2018.05.20

「コミック乱ツインズ」2018年6月号


 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、表紙&巻頭カラーが『用心棒稼業』(やまさき拓味)。レギュラー陣に加え、『はんなり半次郎』(叶精作)、『粧 天七捕物控』(樹生ナト)が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 先月に続いて鬼輪こと夏海が主人公の今回は、前後編の後編とも言うべき内容です。
 旅の途中、とある窯元の一家に厄介になった夏海。彼らのもとで生まれて初めて心の安らぎを得た彼は、用心棒稼業を抜けて彼らと暮らすことを選ぶのですが――鬼輪番としての過去が彼を縛ることになります。

 夏海の設定を考えれば(いささか意地の悪いことを言えば)この先どうなるかは二つに一つ――という予想が当たってしまう今回。そういう意味では意外性はありませんが、夏海の血塗られた過去と、悲しみに沈む心を象徴するように、雨の夜(今回もあえて描きにくそうなシチュエーション……)に展開する剣戟が実に素晴らしい。
 駆けつけた坐望と雷音の「用心棒」としての啖呵も実に格好良く印象に残ります。

 それにしても最終ページに「終」とあるのが気になりますが……

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 隠密(トラブルシューター)の裏の顔を持つ漢方医・桃香を主人公とした本作、今回の題材は子供ばかりを狙った人攫い。彼女の顔見知りの母子家庭の娘が、人攫いに遭いながらも何故か戻された一件から、桃香は事件の背後の闇に迫るのですが――その闇があまりにも深く、非道なものなのに仰天します。
 この世界のどこかで起きているある出来事を時代劇に翻案したかのような展開はほとんど類例がなく、驚かされます。

 一方、娘を攫った犯人が人間の心を蘇らせる様を(色っぽいシーンを入れつつ)巧みに描いた上で、ラストに桃香の心意気を見せるのも心憎い。前後編の前編ですが、後編で幸せな結末となることを祈ります。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回から原作第3巻『秋霜の撃』に突入した本作。六代将軍家宣が没し、後ろ盾を失ったことで一気に江戸城内での地位が低下した新井白石と、新たな権力者となった間部越前守の狐と狸の化かし合いが始まります。
 その一方、白石がそんな状態であるだけに自分も微妙な立場となった聡四郎は、人違いで謎の武士たちの襲撃を受けるもこれを撃退。しかし相手の流派は柳生新陰流で……

 と第1回から不穏な空気しかない新展開ですが、聡四郎を完全に喰っているのは、白石のくどいビジュアルと俗物感溢れる暗躍ぶり(キャラのビジュアル化の巧みさは、本当にこの漫画版の収穫だと思います)。
 そんな暑苦しくもジメジメした展開の中で、聡四郎を想って愁いに沈んだり笑ったりと百面相を見せる紅さんはまさに一服の清涼剤であります。

『鬼切丸伝』(楠桂)
 今回はぐっと時代は下って江戸時代前期、尾張での切支丹迫害(おそらくは濃尾崩れ)を描くエピソードの前編。幕府や大名により切支丹が無残に拷問され、処刑されていく中、その怨念から切支丹の鬼が生まれることになります。
 切支丹であれ鬼を滅することができるのは鬼切丸のみ――のはずが、その慈愛と赦しで鬼になりかけた者を救った伴天連と出会った鬼切丸の少年。それから数十年後、再び切支丹の鬼と対峙した少年は、その鬼を滅する盲目の尼僧・華蓮尼と出会うこととなります。

 鬼が生まれる理由もその力も様々であれば、その鬼と対する者も様々であることを描いてきた本作。今回は日本の鬼除けの札も通じない(以前は日本の鬼に切支丹の祈りは通じませんでしたが)弾圧された切支丹の怨念が生んだ鬼が登場しますが、それでも斬ることができるのが鬼切丸の恐ろしさであります。
 しかし今回の中心となるのは、少年と華蓮尼の対話でしょう。己の母もまた尼僧であったことから、その尼僧に複雑な感情を抱く少年に対し、彼の鬼を斬るのみの生をも許すと告げる華蓮ですが……

 しかし鬼から人々を救った尼僧の正体は、金髪碧眼の少女――頭巾で金髪を、目を閉じて碧眼を隠してきた(これはこれで豪快だなあ)彼女は、役人に囚われることに……
 禁忌に産まれたと語る尼僧の過去――は何となく予想がつきますが、さて彼女がどのような運命を辿ることになるのか? いつものことながら後編を読むのが怖い作品です。

 その他、今号では『カムヤライド』(久正人)、『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)が印象に残ったところです。

「コミック乱ツインズ」2018年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年6月号 [雑誌]

関連記事
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その二)

| | トラックバック (0)

2018.05.15

渡千枝『黒き海 月の裏』第1-2巻 千里眼少女を襲う運命の荒波


 ホラー漫画で活躍してきた作者が、大正時代を舞台に、千里眼の少女と彼女を取り巻く人々の辿る数奇な運命を描いた異色のサスペンスロマン――細谷正充の『少女マンガ歴史・時代ロマン決定版全100作ガイド』で取り上げられた名作の一つであります。

 大正時代の熱海で、芸者の母と暮らす少女・夕里。彼女は生まれつきほとんど盲目ながら、幼いころから人には見えぬものが見え、透視や未来予知すら行う千里眼の持ち主でありました。
 ある日、その力がきっかけで大病院の娘・環とその兄・隆太郎、そして貿易商の息子・俊樹と知り合い、友人となる夕里ですが、母は身分違いだといい顔をせず――特に隆太郎と環に近づくことを強く禁じるのでした。

 しかしその母が、殺人の疑いをかけられ、何故か抗弁もせずに牢に繋がれたことから、母を助けるために念写を使うこととなった夕里。さらに病に倒れた母を救うため、超能力に強い興味を持つ隆太郎の手引きで夕里は東京に出るのですが――そこで彼女は何者かに命を狙われることになります。
 ついには誘拐されて横浜のカフェに売り飛ばされる夕里。しかしそこでも優しさを失わず生きる彼女に、周囲の人々は心を開いていくことになります。

 やがて隆太郎と再会する夕里ですが、しかし彼は以前と打って変わってよそよそしい態度を見せることに。そして環は俊樹に気遣われる夕里に複雑な感情を抱くようになります。
 そんな中、幼い頃から悩まされてきた幻覚――ひたひたと迫る真っ黒な海と廃墟と化した街――がいよいよ強くなるのを感じた夕里は、ついには荒れ果てた街の写真を念写するのですが……

 美しい心と容姿を持ちながらも、貧しくハンディキャップを背負った少女が、苦境に負けず強く生きる――というのはロマンスの一つの定番。
 本作もその一つと言うべきですが――しかしむしろ、その内容と展開には、懐かしの大映ドラマ的な味わいを感じさせる、波瀾万丈過ぎるものがあります。

 幼くして父を失い、母は濡れ衣で投獄されてさらに結核となり、金策のためにカジノに行けばそこで火事に巻き込まれることに。
 さらに執拗につきまとう悪徳探偵に誘拐されて横浜のカフェに売られ、千里眼を見せ物にすることになり、そこでも殺人事件と横領事件に巻き込まれて拉致監禁される羽目に……

 と、次から次へと苦難と不幸に襲われる夕里。そんな彼女の支えになるのが隆太郎と俊樹、そして環たちなのですが――(大体予想がつくように)やがてその中で三角四角と愛憎が入り乱れ、夕里はさらに苦しむことになります。
 その苦しみの何割かは、彼女と母を次々と苦しめ、夕里の命すら狙う隆太郎と環の祖母によるものなのです、しかし何故に夕里はそこまで敵視されなければならないのか……

 この辺り、何となく先の展開は予想できるものの、物語の浮き沈みの激しさと登場人物の運命の触れ幅の大きさを前にすれば、こちらはもう感情を鷲掴みにされ、そして思い切り振り回されるほかありません。(ここまで振り回されればむしろ快感に!)

 そしてそんな物語を引っ張り、動かし、アクセントとなっているのが、夕里の千里眼であることは言うまでもありません。人の未来を見通し(死期を悟り)、隠された物を見通し、遙か離れた地の出来事を知る――そんな千里眼の力は、目の見えない夕里にとって強い武器とも言えます。
 しかしそれは同時に周囲に知られてはならない秘密であり、盲目以上のハンディキャップでもあります。千里眼の女性がその能力の真贋を疑われて命を絶ったのも記憶に新しい中、彼女が千里眼だと知られれば、周囲の好奇の目に晒され、より不幸な目に遭うことは容易に想像できるのですから。

 そしてサスペンス色、ミステリ色の強い本作においては、彼女の能力は、普通であればわからぬことを明るみに出して物語を引っ張っていくものであり、そして同時に知ってはならぬことを知ることで新たなドラマを生み出すものでもあります。
 この千里眼という本作ならではの特色を様々に生かすことで、物語はより予測できない方向に転がり、否応なしに盛り上がるのであります。

 しかし――その物語の先に待つものは何であるのか、その答えこそが「黒き海」なのでしょう。
 夕里が予知したそのビジョンが何を指すのか、それは時代背景を考えれば容易に察せられるところですが――さてそのカタストロフを前に、彼女は、周囲の人々はどのような運命をたどるのか。更なる波乱が待つ後半2巻も近日中にご紹介いたします。

『黒き海 月の裏』(渡千枝 ぶんか社まんがグリム童話) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
黒き海 月の裏 (1) (まんがグリム童話)黒き海 月の裏 (2) (まんがグリム童話)

関連記事
 細谷正充『少女マンガ歴史・時代ロマン 決定版全100作ガイド』で芳醇な奥深い世界へ

| | トラックバック (0)

2018.04.18

「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その一)


 今月の「コミック乱ツインズ」誌の巻頭カラーは、ついに「熾火」編が完結の『勘定吟味役異聞』。その他、レギュラー陣に加えて小島剛夕の名作再録シリーズで『薄墨主水地獄帖』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一作ずつ紹介いたします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 上で述べたように、原作第2巻『熾火』をベースとした物語も今回でついに完結。吉原の公許を取り消すべく、神君御免状を求めて吉原に殴り込んだ聡四郎と玄馬は忘八の群れを蹴散らし、ついに最強の敵剣士・山形と聡四郎の一騎打ちに……

 というわけで大いに盛り上がったままラストに突入した今回ですが、冒頭を除けば対話がメインの展開。それゆえバトルの連続の前回に比べれば大人しい展開にも見えますが、遊女の砦を束ねる「君がてて」――当代甚右衛門の気構えが印象に残ります。(そしてもう一つ、甚右衛門の言葉で忘八たちが正気(?)に返っていく描写も面白い)
 しかし結局吉原の扱いは――というところで後半急展開、新井白石の後ろ盾であった家宣が亡くなるという激動の一方で、今回の一件の黒幕たちの暗躍は続き、そして更なる波乱の種が、という見事なヒキで、次号からの新章、原作第3巻『秋霜の撃』に続きます。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 日本に鉄道を根付かせるために奔走してきた男たちを描いてきた本作も、まことに残念なことに今号で完結。道半ばで鉄道院を去ることとなった島安次郎の跡を継ぐ者はやはり……

 鉄道院技監(現代のものから類推すればナンバー2)の立場に就きながらも、悲願である鉄道広軌化は政争に巻き込まれて遅々と進まない状況の安次郎。ついに鉄道院を飛び出すこととなった安次郎の背中を見てきた息子・秀雄は、ある決断を下すことになります。
 そして安次郎が抜けた後も現場で活躍してきた雨宮も、安次郎のもう一つの悲願の実現を期に――というわけで、常に物語の中心に在った二人のエンジニールの退場を以て、物語は幕を下ろすことになります。

 役人にして技術者であった安次郎と、機関手にして職人であった雨宮と――鉄道という絆で深く結ばれつつも、必ずしも同じ道を行くとは限らなかった二人の姿は、最終回においても変わることはありません。それは悲しくもありつつも、時代が前に進む原動力として、必要なことだったのでしょう。
 彼らの意思を三人目のエンジニールが受け継ぐという結末は、ある意味予想できるところではありますが、しかしその後の歴史を考えれば、やはり感慨深いものがあります。本誌においては異色作ではありますが、内容豊かな作品であったと感じます。


『カムヤライド』(久正人)
 快調に展開する古代変身ヒーローアクションも早くも第4回。今回の物語は菟狭(宇佐)から瀬戸内へ、海上を舞台に描かれることになります。天孫降臨の地・高千穂で国津神覚醒の謎の一端を見たモンコとヤマトタケル。その時の戦いでモンコから神弓・弟彦公を与えられたヤマトタケルは絶好調、冒頭から菟狭の国津神を弟彦公で一蹴して……

 というわけでタケルのドヤ顔がたっぷりと拝める今回。開幕緊縛要員だったくせに! というのはさておき、そうそううまくいくことはないわけで――というわけで「国津神」の意外な正体も面白い展開であります。
 ただ、まだ第4回の時点で言うのもいかがと思いますが、バトル中心の物語展開は、毎回あっと言う間に読み終わってしまうのが少々食い足りないところではあります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 ついに動き出した伯父・最上義光によって形成された伊達包囲網。色々な意味で厄介な相手を迎えて、政宗は――という今回。最初の戦いはあっさりと終わり、まずはジャブの応酬と言ったところですが、正直なところ(関東・中部の争いに比べれば)馴染みが薄い東北での争いを、ギャグをきっちり交えて描写してみせるのはいつもながら感心します。
 そんな大きな話の一方で、義光の妹であり、政宗の母である義姫が病んでいく様を重ねていくのも、らしいところでしょう。

 そして作者のファンとしては、一コマだけ(それもイメージとして)この時代の天下人たるあの人物が登場するのも、今後の展開を予感させて大いに楽しみなところです。
(しかし包囲網といえばやっぱり信長包囲網が連想されるなあ――と思いきや、思い切り作中で言及されるのも可笑しい)


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2018年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年5月号 [雑誌]


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その二)

| | トラックバック (0)

2018.04.13

北方謙三『岳飛伝 十七 星斗の章』 国を変える、国は変わる――希望の物語、完結


 ついにこの時がやってきました。『水滸伝』全19巻、『楊令伝』全15巻、そして『岳飛伝』全17巻――50巻を超える北方大水滸伝の大団円であります。南宋と金に対して繰り広げてきた岳飛と梁山泊の戦いもついに決着――その戦いを決したものは何か、そしてその先になにが待つのか……?

 果てることなく続く岳飛&秦容軍と南宋軍の、梁山泊軍と金軍の大決戦。奮闘を続ける岳飛たちですが、南宋と金――一つの「国」丸ごとを相手にして、そうそう簡単に決着が着くはずがありません。
 そんな中、死闘の間の一瞬をついてついに史進が兀朮を斃すも、自ら瀕死の重傷を負って……

 というラスト直前に最高に気になる引きで終わった前巻。深手を負い、戦線を離脱することになったものの史進は命を繋ぎ、その一方で兀朮亡き金は崩壊目前――と思いきや、むしろ兀朮という「顔」を無くした金軍は、最後の兵力十万を加えた数の力で梁山泊を圧倒することになります。

 一方、これまでの奇策の応酬はなりを潜め、正面からの戦いとなった岳飛&秦容と、南宋軍総帥・程雲の戦いは長期戦の様相。さらに海上では張朔の梁山泊水軍と夏悦の南宋水軍が決戦の場を求め、そして岳飛たちの留守を守る南方では、不気味な動きを見せる許礼を留守番部隊が迎え撃ち……

 と、前巻以上に戦いまた戦いの連続。史進の「帰郷」や、胡土児の旅立ちなども描かれるものの、物語のほとんど全ては、最後の決戦に費やされると言って過言ではありません。


 しかしその決戦の姿は、これまでの物語で描かれてきた血沸き肉躍るような戦人と戦人の、武人と武人との戦いとはほとんど異なる様相を呈することになります。
 その姿は――特に梁山泊軍と金軍の戦いは――壮絶な潰し合い、殲滅戦とでも言うべきもの。ただひたすらに相手を殺し、殺され、最後の一兵まで斃されるまでは続くような、そんなある種不気味な戦いであります。

 それは残念ながらと言うべきか、戦いのあり方は、既にかつての英雄同士のそれとは異なる、一種システマチックなものとなったということなのでしょう。
 少なくとも、かつての「国」を無くそうとしている――そしてその手段として敵の兵力を無くそうとする――梁山泊にとって、その戦いはある種当然の帰結かもしれません。そしてそれに自分たちが苦しめられるのもまた、当然なのかもしれません。


 それでも、戦いは人が行うものであります。少なくとも、本作で描かれる岳飛と秦容、呼延凌は、人としての顔を以て、戦いに臨んでいるのですから。
 だからこそ、本作のクライマックスで、ついに南方から駆けつけた秦容と呼延凌の再会シーンは、そしてさらに岳飛が驚くべき数の義勇軍を率いて戦場に現れる場面は、熱く熱く盛り上がるのであります。

 特に後者は、岳飛の尽忠報国の戦いの――いや、そこに至るまでの梁山泊の、そこに集い、連なる男たちの命がたどり着いた一つの夢と希望の姿として、この大水滸伝の掉尾を飾る名場面でしょう。
 それはあまりにも理想的に過ぎるのかもしれませんが――革命というものに熱い共感を寄せてきた作者が描いてきた大水滸伝の結末において、いや、民衆の反骨と希望の象徴であった「水滸伝」の名を冠する物語の結末として、誠に相応しいものであったと言うべきでしょう。

 そしてその希望の象徴として、現実世界において長きに渡り愛されてきた岳飛が、この物語のタイトルロールであるのも当然の帰結であった、と今更ながらに感じた次第です


 以前に、北方『水滸伝』は国を壊す物語、『楊令伝』は国を造る物語と評したことがありました。
 そうだとすればこの『岳飛伝』は、国を変える物語――いや、国は変わることを描く物語だったのではないかと、ここに至り感じます。

 そして一つの物語は終わり、そして歴史の中に埋もれていく、回帰していくことになります(本来であればはるか以前に死んでいた岳飛の、ラストでの姿はその象徴でしょう)。
 しかしそこで描かれたものは、いつまでもこちらの心に残り続けることでしょう。自分たちがどこにいるのか、そして自分たちに何ができるのかを問いかけ示す、そんな希望の物語として……


『岳飛伝 十七 星斗の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 十七 星斗の章 (集英社文庫)


関連記事
 北方謙三『岳飛伝 一 三霊の章』 国を壊し、国を造り、そして国を……
 北方謙三『岳飛伝 二 飛流の章』 去りゆく武人、変わりゆく梁山泊
 北方謙三『岳飛伝 三 嘶鳴の章』 そして一人で歩み始めた者たち
 北方謙三『岳飛伝 四 日暈の章』 総力戦、岳飛vs兀朮 そしてその先に見える国の姿
 北方謙三『岳飛伝 五 紅星の章』 決戦の終わり、一つの時代の終わり
 北方謙三『岳飛伝 六 転遠の章』 岳飛死す、そして本当の物語の始まり
 北方謙三『岳飛伝 七 懸軍の章』 真の戦いはここから始まる
 北方謙三『岳飛伝 八 龍蟠の章』 岳飛の在り方、梁山泊の在り方
 北方謙三『岳飛伝 九 曉角の章』 これまでにない戦場、これまでにない敵
 北方謙三『岳飛伝 十 天雷の章』 幾多の戦いと三人の若者が掴んだ幸せ
 北方謙三『岳飛伝 十一 烽燧の章』 戦場に咲く花、散る命
 北方謙三『岳飛伝 十二 瓢風の章』 海上と南方の激闘、そして去りゆく男
 北方謙三『岳飛伝 十三 蒼波の章』 健在、老二龍の梁山泊流
 北方謙三『岳飛伝 十四 撃撞の章』 決戦目前、岳飛北進す
 北方謙三『岳飛伝 十五 照影の章』 ついに始まる東西南北中央の大決戦
 北方謙三『岳飛伝 十六 戎旌の章』 昔の生き様を背負う者、次代を担う者――そして決戦は続く

| | トラックバック (0)

2018.04.08

北方謙三『岳飛伝 十六 戎旌の章』 昔の生き様を背負う者、次代を担う者――そして決戦は続く


 ついに北方岳飛伝もラスト2! 岳飛と秦容の北上をきっかけに突入した岳飛軍&秦容軍vs南宋軍、梁山泊軍vs金軍の決戦はいつ果てることもなく続き、その中で幾人もの豪傑たちが散っていくことになります。そしてついにあの男までもが……?

 国を倒し、国を作り、いま国を根底から変えようとする男たちの戦いもついにクライマックス。これまで営々と蓄えられてきたものが一気に解き放たれたように、この巻においては、ごく一部の例外を除いては、ひたすら続くマラソンバトルが描かれることになります。

 そこで繰り広げられるのは、かつての戦いとは異なり、大将首を取ればそれで終わり、とはならない潰し合い。
 どちらかがどちらかの戦闘能力を完璧に奪うまで続く戦いですが――しかし「国」が総力を挙げてぶつかりあう中で、早々簡単に決着がつくはずもありません。

 もちろんそんな中でも大将を討てば相手の戦闘力を奪うことはできるはず――という計算以上に、そんな「今の」戦いの形に違和感を持った男たちの激突が、ここでは様々な形で描かれていくことになります。

 呼延凌と兀朮の幾度目かの一騎打ち、前回殺されかけたお返しを程雲に仕掛ける岳飛――こうした「これまでの」戦いを目にすると、どこかホッとしてしまうのですが、それはとりもなおさず、こうした個人と個人がぶつかり合うような戦は、作中において既に珍しくなってしまったということなのでしょう。

 しかしそんな中でも、個人としての輝きを放って散っていく男たちがいます。
 李俊を兄と慕い張朔を弟のように慈しんできたあの無頼漢が、梁山泊百八人の残り二人のうち一人となり死に場所を求めていたあの男が、華々しい戦の陰で人知れず戦いを続けてきた男が――ここで命の最後の煌めきを放ち、散っていくことになるのであります。

 男一人が巨大すぎる相手に立ち向かい、その命と引き替えに一大痛棒を食らわせる――それはかつての梁山泊流とでもいうべきものかもしれませんが、そんな「昔の」生き様を貫いてみせた男たちの姿は、勇猛さと同時に、どこか侘しさを感じさせるものがあります。


 もちろん、その一方で、次代を担う者たちは着実に動き始めています。そしてその代表格が、楊令の実子であり、兀朮の養子である胡土児でしょう。
 その複雑な出生から、そして兀朮との血を超えた深い絆から、海陵王の嫉妬を買うこととなった胡土児。兀朮の命で北方(ほっぽう)――蒙古との国境に遣られた後も、海陵王の刺客は幾度となく彼を襲うことになります。

 中原での戦いから切り離された彼の物語は、『岳飛伝』という物語から離れた別個の物語という印象もあります(そして実際に次の物語のプロローグ的位置づけなのだとは思いますが)。
 しかし梁山泊と金の双方のある側面を最も濃厚に受け継ぐ存在である彼が、新天地を求める、ある意味青春真っ直中の姿は、この物語が、ある種のオープンエンド――最後の戦いに決着がついて、それで全てが終わるものではないことを示しているのでしょう。

(そしてその一方で、放浪を重ねた末に新天地にたどり着いた王清の青春の終わりの姿も実に良いのであります)


 と、新旧それぞれの生き様が描かれた末に、この巻はラストにおいて、それらの全てを吹き飛ばすような展開を用意しています。

 ついに梁山泊百八人のうち、最後の一人となった男・史進。
 誰よりも苛烈な戦いの中に身を置き、長きにわたって死に場所を求めてきた彼が、最後の最後で大きな大きな一撃を食らわせることになるのですが――しかしその代償はあまりに大きいとしか言いようがありません。

 あまりに呆気なく命が奪われていく世界(現に、史進に倒された側の呆気なさにはちょっと吃驚)において、彼の命のみが特別ではないことは、誰よりも我々読者が一番良く知っているのですが――それでもなお、唖然とならざるを得ない結末を以て、物語は最終巻に続くことになります。


 ちなみに上で述べられなかったのですが、この数巻でにわかに存在感を増していた程雲の副官・陸甚は、この巻でも素晴らしい存在感を発揮。あの台詞がこう生かされるか!? と驚かされる展開には、ただ詠嘆させられるばかりでありました。


『岳飛伝 十六 戎旌の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 16 戎旌の章 (集英社文庫)


関連記事
 北方謙三『岳飛伝 一 三霊の章』 国を壊し、国を造り、そして国を……
 北方謙三『岳飛伝 二 飛流の章』 去りゆく武人、変わりゆく梁山泊
 北方謙三『岳飛伝 三 嘶鳴の章』 そして一人で歩み始めた者たち
 北方謙三『岳飛伝 四 日暈の章』 総力戦、岳飛vs兀朮 そしてその先に見える国の姿
 北方謙三『岳飛伝 五 紅星の章』 決戦の終わり、一つの時代の終わり
 北方謙三『岳飛伝 六 転遠の章』 岳飛死す、そして本当の物語の始まり
 北方謙三『岳飛伝 七 懸軍の章』 真の戦いはここから始まる
 北方謙三『岳飛伝 八 龍蟠の章』 岳飛の在り方、梁山泊の在り方
 北方謙三『岳飛伝 九 曉角の章』 これまでにない戦場、これまでにない敵
 北方謙三『岳飛伝 十 天雷の章』 幾多の戦いと三人の若者が掴んだ幸せ
 北方謙三『岳飛伝 十一 烽燧の章』 戦場に咲く花、散る命
 北方謙三『岳飛伝 十二 瓢風の章』 海上と南方の激闘、そして去りゆく男
 北方謙三『岳飛伝 十三 蒼波の章』 健在、老二龍の梁山泊流
 北方謙三『岳飛伝 十四 撃撞の章』 決戦目前、岳飛北進す
 北方謙三『岳飛伝 十五 照影の章』 ついに始まる東西南北中央の大決戦

| | トラックバック (0)

2018.03.29

冬目景『黒鉄・改 KUROGANE-KAI』第1巻 帰ってきた鉄面の渡世人

 仮面の渡世人と喋る刀が帰ってきました。1993年に初登場してから、時に掲載誌を移しながら連載を続け、2003年に姿を消した『黒鉄』――その物語を踏まえて、変わらぬ面子のちょっと変わった物語が再び始まります。

 少年ながら人斬りの道に進み、野垂れ死んだ末にとある蘭学者に拾われ、半身が機関仕掛けの仮面の渡世人として蘇った鋼の迅鉄。喋れぬ迅鉄の代わりに喋る刀の鋼丸を相棒に、一人と一刀のあてどもない旅が続く――というのが、前作そして本作の基本設定です。

 さて、この第1巻の冒頭に収録された「序章」は、連載開始前にプレ読切として掲載されたエピソードであります。
 金をもらって人を斬る旅を続けてきた迅鉄が同宿することとなった二人の女性・流以と東雲。同じ旅鴉だという流以は、迅鉄と鋼丸の関係をひと目で見抜いて……

 というこのエピソードは、派手な立ち回りもあり、結末には流以の意外な正体(?)が語られたりとあるものの、どこまでも淡々とした(そして時々フッと力の抜ける)味わいは長いブランクを感じさせぬもの。
 まず『黒鉄』らしい第1話という印象であります。
(それでいて、おや? と思わせる描写もあるのですが――それは後述)


 そしてこの巻のメインとなるエピソード「出立の刻」は、数少ないサブレギュラーである男装の少女渡世人・紅雀の丹が冒頭から登場。
 前作では迅鉄を母の仇として付け狙いつつも、一種の腐れ縁で結ばれていくというキャラクターだった丹ですが、本作では何故か鋼丸を帯びていて――と、いきなり意外な展開に驚かされます。

 実は一月前、何者かに襲われて崖から転落して行方不明となっていた迅鉄。
 残された鋼丸は、偶然そこに通りかかった丹に拾われ行動を共にしていたということなのですが――今度は丹が、謎の集団に襲われていた侍を助け、瀕死の侍から幕府への書状を託されることになります。

 しかも迅鉄を襲った男たちと、この侍を襲った男たちは、どちらも奇妙な刺青していたという共通点が。そして当の迅鉄は、記憶を失って薬草園を営む兄妹に救われていたのですが……

 と、内容的にはある意味定番ながら、迅鉄を記憶喪失にすることで、シリーズの基本設定を再度語り直すという趣向も面白い今回のエピソード。
 しかし個人的に気になったのは、このエピソードで(そして上で述べた「序章」で)描かれた迅鉄と鋼丸の描写に、前作とは異なる点があることであります。

 例えば前作の迅鉄は(少なくとも初期は)鉄仮面を外すことはなく、普通の食事を食べることもなかったのですが、本作においては鉄仮面を外して食事を食べる場面が描かれるのです(そして鉄仮面の下の素顔が描かれる場面も……)。

 そして迅鉄を改造したのと同じ学者によって作り出されたという設定だった鋼丸も、或る刀工が作った妖刀という設定となっており、迅鉄の近くにいなければ喋れない(迅鉄の頭の中に鋼丸の脳もあるため)ということもなくなっております。

 この辺りについては、作者のあとがきに「基本的に前作の設定を引き継ぎつつも改変している部分も多々ございます」とあるように、明確に意識して変更して変更したということなのでしょう。
 いわば本作は、続編というよりもリブート――そう表すべき位置づけの作品なのでしょう。


 もっとも『黒鉄』という作品において、迅鉄や鋼丸の素性は、積極的に物語全体を引っ張っていくような性質のものではない――あくまでも物語の舞台装置の一つであった――という印象があります。
 その設定をあえて変えたことが、このリブートでどのような意味を持つのか――それはまだわかりませんが、この「出立の刻」を見るに、原則として一話完結エピソードでありつつも、その背後に一つに繋がった大きな物語を描こうとしているのではないかと感じられます。

 この巻のラストに収められた新エピソード「底根國の天探女」の第1話では、迅鉄を探す謎の蘭学者が登場。
 一方で、迅鉄や丹を襲った謎の男たちも蘭学に関わって暗躍している様子で――さて、こうした動きが鋼の迅鉄にどのように関わっていくことになるのか。

 再び始まった迅鉄の旅の行く先が、前作以上に楽しみになる展開であります。


『黒鉄・改 KUROGANE-KAI』第1巻(冬目景 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
黒鉄・改 KUROGANE-KAI 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)

| | トラックバック (0)

2018.03.27

野田サトル『ゴールデンカムイ』第13巻 潜入、網走監獄! そして死闘の始まりへ

 いよいよアニメ放送開始目前の『ゴールデンカムイ』、原作の方も一大クライマックスに突入であります。物語の始まりともいうべきのっぺら坊の元に向かう杉元・土方連合チームの前に立ち塞がるのは、網走監獄を預かる犬童典獄。果たして潜入作戦の行方はいかに……

 何だかものすごい変態脱獄囚の刺青人皮を手に入れつつ、目的地である網走監獄に向かう一行。果たして本当にのっぺら坊はアシリパの父・ウイルクなのか――それを確かめようとする一行ですが、その前に屈斜路湖畔で新たな刺青囚人が立ち塞がることになります。

 盲目の盗賊団を率いる自らも盲目のガンマン・都丹庵士。超感覚で闇から忍び寄るドント・ブリーズ男に対するはほとんどフルメンバーの杉元一派ですが――よりにもよって全員男だらけの温泉大会状態。
 フルメンバーというよりフルフロンタルの状況でいかに強敵と戦うか――というサスペンスと、屈強な男のハダカ(あとキノコ)が乱舞するナニっぷりの共存は、いかにも本作らしい展開であります。

 そしてその混沌の中で、インカラマッから裏切り者と指摘されたキロランケ、そのインカラマッと結ばれた谷垣、三人の関係をクローズアップしてみせるのも、また巧みとしか言いようがありません。


 が、この冒頭の展開もほんのジャブ代わり、この巻のメインとなるのが網走監獄潜入作戦であることは間違いありません。
 白石が脱獄王としての本領を発揮してのこの作戦に力を合わせる杉元チームと土方チーム。さらに内部からの意外な(?)協力者の参加もあり、いよいよ潜入開始であります。

 杉元・アシリパ・白石・庵士というメンバーでの潜入(と、ここで完全にギャグのタイミングでプチ波乱を入れてくるセンスもすごい)は無事成功し、ついにのっぺら坊と対面するアシリパ。
 しかし――ここからがこの網走監獄編の本当の始まりとも言うべき展開。のっぺら坊の意外な反応に始まり、幾人もの登場人物たちが秘め隠していた思惑を露わにして動き始めたことで、一気に状況はひっくり返ることになります。

 さらにそこにタイミングを見計らっていた鶴見中尉の北鎮部隊が、犬童の策の裏をかいた意外な手段で突入を開始。
 杉元・土方・鶴見・犬童――四つの勢力がぶつかり合う死闘に突入する、その巨大な混沌の直前でこの巻は幕となります。


 というわけで、おそらくは物語も中盤(?)のクライマックスに突入した本作。いまだ刺青人皮は全ては集まっておらず、これまでに散りばめられた伏線もまだ残ったままですが、しかし全ての勢力が結集してのこの網走監獄での戦いが、今後の物語の流れを大きく変えていくことは間違いありません。

 そしてその網走監獄突入前に、インカラマッや谷垣、さらには尾形がフラグめいたものを立てているのも気になるところ(いや、写真館のエピソードも入れれば全員候補かもしれませんが)。
 特に以前からフラグを立て続けている上に相変わらず怪しげな動きを見せるインカラマッの運命は本当に変わるのか、谷垣のボタンパワーに期待したいところであります。

 そしてもう一つ、前巻でいささか唐突に登場した感のある石川啄木は、この巻でも出番は少ないものの、ある意味期待通りのダメ人間っぷりを発揮。
 しかしその言葉の中には土方の今後の策のヒントが含まれているようで、こちらも大いに気になってしまうのです。
(個人的には、啄木が釧路新聞社の記者として登場したことで、今が1908年と判明したことが大きいのですが……)


『ゴールデンカムイ』第13巻 (野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 13 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)


関連記事
 『ゴールデンカムイ』第1巻 開幕、蝦夷地の黄金争奪戦!
 『ゴールデンカムイ』第2巻 アイヌの人々と強大な敵たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第3巻 新たなる敵と古き妄執
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第4巻 彼らの狂気、彼らの人としての想い
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第5巻 マタギ、アイヌとともに立つ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第6巻 殺人ホテルと宿場町の戦争と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第7巻 不死の怪物とどこかで見たような男たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第8巻 超弩級の変態が導く三派大混戦
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻 チームシャッフルと思わぬ恋バナと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第12巻 ドキッ! 男だらけの地獄絵図!?

| | トラックバック (0)

2018.03.19

「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その一)

 「コミック乱ツインズ」最新号は、表紙が『軍鶏侍』と非常に渋いのに対して、巻頭カラーは華やかな『桜桃小町』という、ある意味、本誌のバラエティ豊かさを表していると言えるような内容。そんな本誌から、今回も印象に残った作品を1つずつ紹介いたします。

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 表の顔は腕利きの漢方医、裏の顔は公儀隠密というヒロイン・桃香の活躍を描く本作は二ヶ月ぶりの登場。冒頭で述べたように巻頭カラーであります。

 今回登場するゲストキャラクターは、薩摩から江戸へやって来た女剣士・鹿屋桐葉。ふとしたことが縁で桐葉と知り合った桃香は、剣術指南役の家に生まれたために女であることを殺さねばならない彼女に、自分と重なるものを見出します。
 そんな中、薩摩藩を挑発した(蘇鉄に葵の簪が――というあれ)公儀隠密が何者かに殺害される事件が発生。桃香は桐葉の仕業ではと探索を始めるのですが……

 普段は隠密稼業を嫌う桃香が珍しく率先して探索に挑む今回。彼女とある意味同じ存在であり、そして対極にある存在である桐葉が(作者らしい美女ぶりも相まって)印象に残ります。
 真の敵は登場した瞬間にわかってしまいますし、そのわかりやすい悪役ぶりもどうかと思いますが、桐葉の想いと行動を強く肯定してみせる桃香の姿は実に良いと思います。


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 姦夫姦婦を斬って逐電した藩随一の剣の使い手・立川彦蔵と軍鶏侍・岩倉源太夫の対決編の後編。彦蔵に姉を斬られながらもなお彼を尊敬する若侍を通じて描かれる彦蔵の人物像と、その沈着なビジュアルが印象に残りますが――その彦蔵の前妻を後添えに迎えたという妙な因縁を背負いつつ、泰然と決闘に臨む源太夫も人物といえば人物。

 冷静に考えれば非常に武士道残酷物語なシチュエーションをそう感じさせないのは、この二人の人物に依るところが大ですが――しかし決闘が始まってみればこれが壮絶の一言。
 決して綺麗ではない、いや血塗れで泥臭い斬り合いの有様を軍鶏の戦いに例えて語る源太夫ですが、それは自分の腕を自嘲するものでありつつも、それ以上に彦蔵を讃えるものでしょう。

 一抹の救いがある結末も良い今回のエピソードですが――しかし静かに源太夫を送り出し、この結末を受け入れる新妻のあまりによくできた人物っぷりが、個人的にはむしろ不気味な印象があります。(そもそも、前回語った内容が全然当たってなかったのが……)


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 原作第2巻『熾火』編もいよいよクライマックス。一気に決着をつけるべく、吉原は三浦屋に正面から乗り込んだ聡四郎と玄馬に迫るのは、命知らずの忘八衆――しかもその数、数十人!
 というわけで最初から最後まで一大チャンバラが繰り広げられる今回、以前も描かれたように死兵と化した忘八たちを、顔に紗をかけて目だけ光らせるビジュアルで描くセンスが光ります。

 そんな忘八たちが、思わぬことがきっかけで人間性を見せてしまうという皮肉さも面白いのですが、しかし彼らはあくまでも前座、真の敵は長髪・襟巻きのビジュアルも強烈な人斬り牢人・山形であります(ちなみに常に不敵な山形が、上記の忘八たちを前に慌てる場面がちょっと可笑しい)。

 玄馬の助太刀を断って一対一の決闘に臨む聡四郎、ラストの見開きページの画がまた実にイイのですが、さてその決着は――次回ラストであります。


『カムヤライド』(久正人)
 第3回まで来て好調さは変わらぬ古代変身ヒーローアクション、今回は日向編の後編。全てを変えた天孫降臨の地・高千穂で、異形の国津神と対決するモンコ=カムヤライドとヤマトタケルの運命は――というわけで、ほとんど全編にわたりアクションまたアクションであります。
 見開きコピー二連続という大胆なページ使いから、カムヤライドの神速ぶりを描く冒頭のテクニックにまず驚かされますが、それすら上回る国津神の早さと、それにより、タケルの出番を用意してみせる構成もまた巧み。

 本当にほぼ全編バトルのため、ほとんど物語に展開はなし――と思いきや、ラストに落とされるとんでもない爆弾も素晴らしく、まだまだ先の読めない作品であります。


 今回も長くなってしまいました。次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2018年4月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年4月号 [雑誌]


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その二)

| | トラックバック (0)

2018.03.13

北方謙三『岳飛伝 十五 照影の章』 ついに始まる東西南北中央の大決戦

 残すところはわずか3巻、いよいよ最後の決戦に突入した北方版『岳飛伝』の第15巻であります。岳飛と秦容がそれぞれ南宋に突入し、金がほぼ全軍で梁山泊と対峙。そして梁山泊水軍と南宋水軍も決戦に臨む中、果たして最後に生き残るものは?

 ついに南方から飛び出し、南宋との戦いを開始した岳飛と秦容。三千五百の兵とともに南宋内を縦横無尽に駆け、各地の城郭を解放していく岳飛と、大軍でじっくりと地歩を固めつつ進んでいく秦容――対照的な形ながら、両者は着実に南宋の中に楔を打ち込んでいくこととなります。
 しかしそんな岳飛たちの頭を悩ませるのは、南宋軍の総帥・程雲の直属一万がどこかへ姿を消していること。致死軍の情報網でも掴めぬその行方は……

 というわけで、はじめに激突することになるのは、岳飛と程雲。一カ所に足を止めることなく連続で城を落としていく岳飛に対し、奇策でその効果を最小限にしてしまった程雲(もっともこれは彼の発案ではありませんが)は、さらに意外な手段で岳飛を待ち受けます。
 その正体については前巻で既に描かれているところですが、少なくとも軍総帥が行うとは思えない意外な策であることは間違いありません。そしてその策の前に、あの岳飛すら必殺の窮地に……
(そしてその策の途中、妙にノリのよいところを見せる程雲の副官・陸甚のキャラがここに来て立ちまくる)

 これまで幾度か絶体絶命の窮地に陥って来た岳飛。その中でも今回の危機は、彼のホームグラウンドである戦場で襲いかかったという点で、大きな意味を持つと言えるでしょう。
 これまで快進撃を続けてきた岳飛も、ここでついに膝を屈することに――なったと思ったら、何故か浮気相手を見つけてきたのは目が点になりましたが、この辺りの陽性の個性は岳飛ならではのものでしょう。

 手痛い敗北もなんのその、浮気では先輩である梁興とのダメな大人同士のわちゃわちゃっぷりは、大いに愉快でありました。


 と、そんな触れ幅の大きすぎる展開がある一方で、各地では着実に情勢が動いていくことになります。

 東では張朔の下、今度こそ死んでやろうと狄成と項充が腕を撫し、西では顧大嫂がついに大往生を遂げた一方で韓成が西遼の丞相に任命され……
 北では国境の戦場に赴いた胡土児が蒙古と戦いを続け、南では半ば左遷状態の許礼が岳飛と秦容の留守に不穏な動きを見せることになります。

 さらにこれらの動きの中心には、海陵王と兀朮が率いる金の大軍が呼延稜の梁山泊軍といよいよ一触即発の状態に――と、東西南北中央で、情勢が大きくめまぐるしく動いていくのですからたまりません。

 そしてこうした動きの中で、さらに若い世代が姿を見せてくるのが、物語に爽やかな印象を与えます。
 韓順と蕭周材は諸国漫遊の中で深い友情を育み、胡土児は徒空と名付けた蒙古の少年を友と呼び、(若いとは言えないかもしれませんが)謎の日本人・炳成世は張朔の船で初の本格的な海戦を経験し――と、この決戦が終わった後も、新たな物語が続いていくことを予感させてくれるのです。

 そしてそんな物語を象徴するように感じられるのが、小梁山で飼われる鸚鵡の口から出る「やるだけやって、死ぬ。でも」という言葉であります。
 広い広い物語世界で、無数の登場人物たちが懸命に生き、そして死んでいく。しかしその後にも、先人たちの想いを継いだ者たちが現れ、新たな生を繋いでいく……

 それは、呆気ないほどに容易く命が散っていくこの物語において、大きな慰めであり希望であると感じられます。


 と、大いに盛り上がる――はずのシチュエーションなのですが、本作ならではの様々なキャラクターの視点から細かくエピソードを積み上げていく手法が、同時に展開する戦いを描くには、逆効果になっている感があるのも正直なところ。
 また、個々の戦いが互いに結びついているようであまり結びついていないように見えるのもその印象をより強めるように感じられます。

 もっとも、この巻においても決戦はまだ序盤といったところ。戦いが進展し、決着に近づいていけば、そんな印象は吹っ飛ぶことでしょう。
 ラスト2巻――全17巻の、いや全51巻の締めくくりに相応しい盛り上がりを期待します。


『岳飛伝 十五 照影の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 十五 照影の章 (集英社文庫)


関連記事
 北方謙三『岳飛伝 一 三霊の章』 国を壊し、国を造り、そして国を……
 北方謙三『岳飛伝 二 飛流の章』 去りゆく武人、変わりゆく梁山泊
 北方謙三『岳飛伝 三 嘶鳴の章』 そして一人で歩み始めた者たち
 北方謙三『岳飛伝 四 日暈の章』 総力戦、岳飛vs兀朮 そしてその先に見える国の姿
 北方謙三『岳飛伝 五 紅星の章』 決戦の終わり、一つの時代の終わり
 北方謙三『岳飛伝 六 転遠の章』 岳飛死す、そして本当の物語の始まり
 北方謙三『岳飛伝 七 懸軍の章』 真の戦いはここから始まる
 北方謙三『岳飛伝 八 龍蟠の章』 岳飛の在り方、梁山泊の在り方
 北方謙三『岳飛伝 九 曉角の章』 これまでにない戦場、これまでにない敵
 北方謙三『岳飛伝 十 天雷の章』 幾多の戦いと三人の若者が掴んだ幸せ
 北方謙三『岳飛伝 十一 烽燧の章』 戦場に咲く花、散る命
 北方謙三『岳飛伝 十二 瓢風の章』 海上と南方の激闘、そして去りゆく男
 北方謙三『岳飛伝 十三 蒼波の章』 健在、老二龍の梁山泊流
 北方謙三『岳飛伝 十四 撃撞の章』 決戦目前、岳飛北進す

| | トラックバック (0)

2018.03.11

平谷美樹『鍬ヶ崎心中』に推薦の言葉を寄せました

この7日に発売された平谷美樹『鍬ヶ崎心中』に推薦の言葉を寄せさせていただきました。戊辰戦争中の盛岡藩宮古を舞台に、鍬ヶ崎遊郭の女郎と元盛岡藩士の二人の運命の交錯を描く物語――地方と庶民の立場からの物語を数多く描いてきた作者ならではの、一味も二味も異なる幕末ものであります。

 明治元年、盛岡藩有数の貿易港・宮古湾を望む鍬ヶ崎遊郭――その遊郭の妓楼・東雲楼でも最年長の女郎・千代菊が、楼を訪れた足の悪い若い侍・七戸和麿に出会ったことから、この物語は始まります。

 蝦夷地に向かう途中の榎本武揚の依頼で東雲楼の隠し部屋に滞在するという和麿の、身の回りの世話を名乗り出た千代菊。
 形としては和麿に身請けされることとなった千代菊ですが、しかし彼は千代菊に指一本触れることなく、宮古湾の見張りと鍬ヶ崎の絵図面作りで日々を費やすのでした。

 そんな和麿との関係に大いに戸惑いながらも、彼に追い出されれば行く当てはないと、必死に関わりを持とうとする千代菊。
 やがて和麿の過去と彼が失ったものを知り、彼に惹かれるようになっていく千代菊ですが、宮古湾に迫る戦の嵐を前に、和麿は……


 物語の舞台となる宮古――今でいう岩手県宮古市の名前を聞いて、すぐにあああそこか、とわかる方は、残念ながら多くはないでしょう。

 いや、箱館戦争、あるいは鳥羽・伏見以降の土方歳三についてよく知る方であれば、ある戦のことを思い浮かべるかもしれません。
 それは宮古湾海戦――箱館に拠る旧幕府軍が、宮古湾に寄港した新政府の装甲艦・甲鉄を奪取するために奇襲攻撃を仕掛けた、幕末史でも有数の海戦であります。

 敵艦に接舷して斬り込むアボルダージュという作戦内容の派手さ、そして生き残りの新選組隊士たちが参加していたことから、フィクションの題材となることも少なくないこの海戦。
 しかし本作は(その海戦を描く場面はありますし、そして登場する土方も実に「らしい」のですが)派手さ・勇猛さとは大きく異なる切り口から物語を描くことになります。

 それは本作の主人公が、一介の女郎に過ぎない千代菊と、武士としては既にドロップアウトしたも同然の和麿である点からも明確でしょう。

 既に実家よりも長い時間を遊郭で過ごし、天下国家の激動とは無縁に、ただ自由になる日のみを夢見る千代菊。若者の熱血のままに藩を飛び出して旧幕軍に身を投じながらも、不具の身となって厄介払いのような形で遊郭に置かれた和麿。
 新政府軍のような新たな時代への希望も、旧幕府軍のような滅びの美学もない――そんな二人の、いわば地べたからの視点から、物語は綴られていくのです。

 もちろん、この二人の間にある隔たりが、決して小さなものではないことも言うまでもありません。
 遊郭の中での「今」しか見つめてこなかった千代菊と、「過去」の戦とそこで失われたものたちに囚われた和麿と――そこにあるのは単に女郎と武士というだけではない、遥かに運命的なものすら感じさせる断絶であります。

 そんな二人の運命の先に何があるのか――それは是非実際に作品をご覧いただきたいのですが、そこにあるのは、作者がこれまでの作品の中で弛まず、様々な形で描いてきた「未来」への希望である、と申し上げることは許されるでしょう。
 つい先日完結した、作中でも言及される盛岡藩家老・楢山佐渡を主人公とした大作『柳は萌ゆる』とはある意味対極にある本作。しかしそこに通底するものは、極めて近い――そんなことも感じさせられました。


 さて、冒頭に触れた推薦の言葉ですが、なんと3月10日の「岩手日報」の第一面に掲載されたとのこと。

 これは全く偶然の上に私事ですが、両親をはじめ一族親戚が岩手県出身(さらに言えば私は宮古市の病院生まれ――もっともすぐに関東に出てきたのですが)の身としては、非常に驚き、かつ嬉しく感じた次第です。


『鍬ヶ崎心中』(平谷美樹 小学館) Amazon
鍬ヶ崎心中

| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧