2017.03.25

野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と

 ついに単行本も二桁の大台に突入した『ゴールデンカムイ』。思わぬ成り行きから手を組んだ杉元一味と土方一味ですが、脱獄王・白石が第七師団に囚われたことで、思わぬ道草を食うことに……

 鶴見一派がニセの刺青人皮を手に入れたことをきっかけに、一時休戦することとなった杉元と土方。贋作を見破る術を知る可能性がある贋作師・熊岸長庵と会うため、樺戸集治監に向かう一行は、チームをシャッフルして二手に分かれるのですが……もちろんその先でも騒動に巻き込まれることになります。

 アイヌになりすましていた脱獄囚一味と大乱戦を繰り広げた末、そのリーダーであり刺青人皮の持ち主である詐欺師・鈴川聖弘を捕らえた杉元チーム。
 一方、土方チームでは白石が第七師団と遭遇、捕らえられたことから、土方とキロランケという渋すぎるコンビが救出に向かうのですが……しかし白石のポンコツぶりと、彼自身が杉元に内通がバレることを恐れていたことから失敗に終わるのでした。

 合流した両チームは、鈴川の変装術を頼りに、大胆にも第七師団の本拠である軍都・旭川に潜入。首尾良く白石のところまでたどり着いた鈴川と杉元ですが、そこに鶴見中尉の懐刀の薩摩隼人・鯉登少尉が現れ――


 というわけで、白石救出作戦がメインとなったため、本筋はほとんど進まなかった今回。そのため……というわけではまさかないと思いますが、変態キャラの登場も少なく(登場しないとは言っていない)、比較的落ち着いた内容ではあります。

 しかしもちろん、それが面白くないということとイコールではないことは、言うまでもありません。
 相変わらずのテンションの高いギャグ(そして唐突に挿入される小ネタ)、アイヌグルメにアイヌ知識、陸海空(陸水空)に展開される派手なアクションetc.本作の魅力はここでもこれでもか、とばかりに詰め込まれているのですから。

 特に、白石救出作戦の中核として前巻で登場した鈴川の驚くべき変装スキル&詐欺師ならではの人心掌握術が展開されるくだりは、本作の隠れた(?)魅力であるサスペンス味が実に良く出た展開。
 それを迎え撃つ新キャラ・鯉登少尉も、まだまだ顔見せに近い出番ではありますが、精悍な見かけによらぬ一筋縄ではいかない面白キャラぶりを予感させ、今後の展開に期待を持たせます。

 そしてまた、主人公サイドだけでない数多くのキャラクターが入り乱れる本作の楽しさは、この巻でももちろん健在であります。

 今回は比較的動きが静かな鶴見中尉の前には、銃器開発の天才・有坂成蔵中将が登場。言うまでもなく有坂成章がモデルの人物かと思いますが、漫画版ゲッターロボの敷島博士の如きキャラ造形には――登場エピソードがこの巻屈指の異常なテンションであったことも相俟って――少ない出番が強烈に印象に残ります。

 さらに杉元たちを追う谷垣・インカラマッ・チカパシの前には、千里眼の超能力者・三船千鶴子が登場。
 こちらはもちろん御船千鶴子がモデルですが(ご丁寧に彼女のマネージャー的立場だった義兄・清原ならぬ青原というキャラも登場)、同じ千里眼持ちのインカラマッとの絡みは、思わぬ変化球で驚かせてくれます。
(それにしても有坂も御船も、モデルを容易に連想させつつも、あくまでも架空の人物という扱いなのは、色々と苦労が窺われます)


 しかしそんな中でもきっちりとラストを締めるのは、記念すべきこの巻の表紙・裏表紙を飾った杉元とアシリパであります。

 前の巻で、アシリパを守るためとはいえ、その彼女自身がドン引きするような大殺戮をやらかした杉元……その後も、いやそれ以前にも、普段の好青年ぶりとは裏腹の非情かつ狂気に満ちた表情を見せてきた彼に、アシリパがかけた言葉とは――

 杉元・鶴見・土方……彼らに共通するのは、戦争の狂気の中で己を輝かせ、そして戦争が終わった後もなお、その戦争に囚われ、己を見失ったことであります。
 だとすれば彼らは、杉元はもう戻ってくることはできないのか? その哀しい問いかけに対する一つの答えとして、アシリパの言葉は響きます。

 本作の最大の魅力……それは、どれほど極端な描写があろうとも、その奥に息づく人間性の存在と、それを描く筆の確かさであると、改めて確認させられた次第です。


『ゴールデンカムイ』第10巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 10 (ヤングジャンプコミックス)


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2017.03.22

長谷川卓『嶽神伝 鬼哭』上巻 景虎出奔、山中の大乱戦

 戦国時代の関東甲信越から駿河までを舞台に、山の者・無坂の生き様を描く「嶽神伝」シリーズもこれで第三弾。時は流れ、老境に近づいた無坂たちは、またしても里の者――すなわち戦国大名たちの争いに巻き込まれ、強敵たちと死闘を繰り広げることとなります。

 家臣同士が領地を巡って争う状況に怒り、出奔した長尾景虎。彼がわずかな供を連れ、かつて縁のあった月草と真木備のもとに押し掛けたことから、たまたま彼らを訪ねていた無坂も行動を共にする羽目になります。
 やむを得ず景虎を案内することになった無坂たちですが……しかし景虎の出奔は、すぐに宿敵たる武田晴信の知るところに。

 景虎を暗殺する好機と見た武田家中では、透破の精鋭部隊である「かまきり」そして「かまり」を放ち、晴信の後を追跡。そして偶然彼らと遭遇した女ばかりの山の民・鳥谷衆は、真木備と無坂、そして長尾方に対する恨みから武田方に協力を申し出るのでした。
 さらに北条方も、この動きを察知した北条幻庵がやはり景虎を討たんと風魔小太郎ら風魔衆を連れて自ら出陣、その動きに巣雲衆の弥十たちが巻き込まれることに。

 そして長尾方も、山中から景虎を救い出すべく、「落とし」を生業とする山の者・南稜七ツ家に依頼、軒猿たちとともに景虎のもとに急行することになるのです。
 かくて、景虎と無坂たち、武田の透破・かまきり・かまり、北条の風魔衆、上杉の軒猿と七ツ家衆……実に四つの集団が、山中の聖地・龍穴を舞台に激しく激突することに――


 いやはや、これまでも幾度となく山の者と忍び、忍びと忍びの死闘を描いてきた本シリーズですが、今回ほどのスケールの戦いはこれが初めて。何しろここに登場するのは敵味方合わせて約60人、全員が戦うわけではないにせよ、ちょっとした合戦レベルであります。
 そしてその戦いの内容が凄まじい。誰が敵で誰が味方かもわからなくなるような状況の中、一対一、一対複数、複数対複数で繰り広げられるのは、本作ならではのリアルな手触りの、それでいて派手さも感じさせる見事なバトルであります。

 特に、今回登場する「かまり」の里の者たちは、「かまきり」の中でも危険すぎるために里に封じられていた遣い手たちというケレン味に溢れる設定が楽しい。
 その中でも四囲を血の海とする死人使いとして恐れられる四方津の技は、地に足の着いた設定ではありつつも(時代小説で用いられるのはかなり珍しいのですが)その二つ名の通りの内容で、本シリーズにしては珍しいほど凄惨な展開が強烈なインパクトを残します。

 その一方で、そもそもの発端である景虎のキャラクターも何とも楽しい。今回の騒動は、有名な景虎の高野山出奔をベースとしたものですが、戦国武将が領内不統一に起こって自分の家を捨てるという、何とも唖然とさせられるような事件も、ああこの人物なら……と感じさせられるものがあります。

 強引に月草たちのところに押しかけて居候し、山の自然の美しさに目を輝かせる彼の純粋といえば純粋、無神経といえば無神経、しかしそれでいて妙に魅力的な姿は、我々が知る景虎のイメージをさらに純化させ、そして独自性を与えていると言えるでしょう。
 本シリーズのもう一人の主人公たちとも言うべき戦国武将たちの見事な人物像は、本作でも健在なのです。


 さて、この上巻の後半で描かれるのは、武田家が狙う山の者の分断作戦であります。

 この物語の冒頭から、主に敵サイドとして登場することが多かった武田家。無坂をはじめとする山の者との長年の(ほぼ一方的な)確執を背景に、かまきりを束ねる春日弾正忠は、山の者を自らの手として使い、そして無坂への復讐のため、山の者の一部を味方につけるべく暗躍することになります。

 無坂を中心とした物語だけに、純粋な暮らしの姿がクローズアップされてきた山の者。しかし戦国の世にそれだけでは暮らしていけず、時に手を汚す者が出ることは、第一作の鳥谷衆を巡る事件でも明らかですが、それが山の者同士の戦いにまで繋がっていくとなれば別です。

 しかしこの局面を、意外な、いや、山の者クロニクルをこれまで読んできた人間にとっては納得の人間が収めることになるのですが……次の世代は既に育っているのだな、と思わされるこの展開は、頼もしくも、いささか寂しさも感じさせるところであります。
 無坂が自分の望む死に様について語る場面も含めて――


 しかしこの物語はまだ続きます。下巻においては戦国史に残る二つの合戦が描かれることになりますが……それはまた後ほど。


『嶽神伝 鬼哭』上巻(長谷川卓 講談社文庫) Amazon
嶽神伝 鬼哭 上 (講談社文庫)


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2017.03.21

北方謙三『岳飛伝 三 嘶鳴の章』 そして一人で歩み始めた者たち

 北方大水滸の第三部たる本作も、開幕したばかりのこの巻において早くも大戦が展開。梁山泊にとっては怨敵である金国の大軍に対し、梁山泊の精鋭たちが挑むことになります。しかしその戦いの先にあるのは意外な展開……そしてその先では南宋が、岳飛がそれぞれ独自の動きを見せることになります。

 数々の痛手から復活しつつも、楊令時代とは異なり、聚義庁の明確な方針なく、各人にその向かう先が委ねられた梁山泊。そんな新・新梁山泊に戸惑う間もなく、兀朮と撻懶率いる金軍二十万が梁山泊に迫ります。

 対する梁山泊軍は八万、数こそ倍以上の差がありますが、しかし兀朮といえば間接的とはいえ楊令の死の原因を作った相手。これこそ仇討ちの好機と、勇躍迎え撃つのは、呼延凌・秦容・蘇琪・山士奇そして史進と、現時点のベストメンバーであります。

 そして繰り広げられる戦いはまさしく一進一退。正面からの激突あり、奇襲あり、探り合いあり、突撃あり……多大な犠牲を払い、ありとあらゆる手を尽くした後に、梁山泊はほぼ勝ちに等しい引き分けを掴むことになります。
(ここで最後の一撃となった攻撃が、全盛期の梁山泊的というか、実に痛快極まりないもので実にイイ)

 しかしこの時点で本書はまだ四分の一程度、これだけ見れば随分とあっさり終わったようですが、しかしある意味真の戦いはここから始まることになります。

 この機を捉えて、金に講和を結ぶ決定を下した梁山泊。その全権を任せられたのは宣凱……聚義庁に入ってまだ日の浅い若き文官であり、そして同様に金との交渉の最中に、父・宣賛を殺された青年であります。
 いきなり呉用からの指名でこの重責を担わされた宣凱は、悩み、苦しみ、恐れながらも、金国に乗り込んでいくことに――


 第3巻のMVPを挙げるとすれば、間違いなくこの宣凱ということになるでしょう。かつて父が命を奪われた金国に乗り込み、父の命を奪った相手と交渉に挑む。それもほぼ自分一人のみで。
 それを超人的な活躍で見事に成し遂げた彼には驚かされるばかりですが、しかし無事に帰ってきてから呼延凌に飲めない酒を飲んで絡む姿など、実に人間的な顔を見せるのも、楽しいところであります。

 そして、好むと好まざるとにかかわらず、一人で歩み始めた者は彼一人ではありません。

 恋に燃えて韓世忠の造船所で笛を吹く王清も、西域貿易の最中で慢心から思わぬ深手を負うことになった王貴も、そして何よりも、軍を退役して遠く南方の開拓に向かった秦容も――
 皆、一人ひとり、自分自身の考えで、これまでの梁山泊であれば考えられなかったような行動を取っているのです。

 しかしこれは言うまでもなく、前巻で語られた「志」の在り方、梁山泊の在り方と密接に関係するものであり……そしてそれはまた、これまで『水滸伝』『楊令伝』で描かれてきた物語の先にあるものであります。

 国を倒し、国を造ったその先にあったもの……それが個人個人の心の中にある自由、自主自律というべきものであった、というのはもちろん結論を急ぎすぎではありますが、現代の我々には非常に納得できるところではあります。
(そしてそんな国の在り方を模索していたと思われる楊令は、やはりあまりにも早すぎる人物であったとも……)


 しかしそれでも、一人では生きられぬ人々、土地とともに生きる人々は存在します。そしてそのために戦う者も。
 それこそが本作の主人公である岳飛ですが、彼は本書においても、一見マイペースな生き方を貫いているように見えます。
(兀朮にどうせ「つまらないこと」に燃えているのだろうと予想されたら、全くその通りだったのには思わず噴き出しましたが)

 一大勢力の長でありつつもフットワークが軽く、そしてどこかいじられキャラ的な彼の人物像は実に魅力的なのですが、しかしそれが彼の一面に過ぎないこともまた事実。
 これまではいわば雌伏の時であったわけですが……しかしこの巻のラストではいよいよ兀朮との戦が始まります。

 歴史を揺るがす戦いの行方は、そしてその中で明らかになるであろう岳飛の姿とは……こちらも注目であります。


『岳飛伝 三 嘶鳴の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 三 嘶鳴の章 (集英社文庫)


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2017.03.19

『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その一)

 今月もやってきました『コミック乱ツインズ』。今月号の表紙&新連載は、叶精作の『はんなり半次郎』であります。

『はんなり半次郎』(叶精作&篁千夏)
 というわけで京は御所近くの古道具屋「求善賈堂」を舞台とする本作。タイトルロールの半次郎はその店主、男名前ですが代々継がれている名であり、当代の半次郎は三十路半ばの女性であります。

 その求善賈堂に半次郎を訪ねてきた盲目の少年・幸吉。同じ古道具屋であった親を押し込み強盗に殺され、自分も視力を奪われた彼は、店から奪われた品物が求善賈堂に出たと聞いて、江戸からはるばるやってきたのであります。
 残念ながらその品は既に売れた後だったものの、事情を聞いた半次郎は幸吉に対してある行動に出るのですが……

 古道具の目利きにしてしたたかな商売人、剣の達人にして腕利きの蘭方医、そしてもちろん美女、といささか盛りすぎにも見える半次郎。
 しかしこの第1話では、銘刀を売りに来た武士とのやりとり、そして幸吉の目の治療と、流れるようにその特徴の数々を示してみせ、終盤にちょっとしたどんでん返しも挟んでみせるのは、さすが、としか言いようがありません。

 が、このコンビだと……と思った通り、間に入るサービスシーンが強引すぎて、いやいやいや、いくらなんでも! とツッコミを入れざるを得ません。それも期待されているのだとは思いますが、いかがなものかなあ。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 明治を舞台に日本の鉄道の曙を描く本作も、はや第3話。関西鉄道から官営鉄道に移籍することを決意した島安次郎は、同じ関西鉄道の凄腕機関手・雨宮にも移籍を持ちかけるのですが……もちろんというべきか、職人気質の雨宮が肯んじるわけがありません。
 そして時は流れ、いよいよ私鉄国有化の流れが決定的になった中、引退を目前とした雨宮の前に現れた島は――

 島と雨宮、管理運行側と現場という立場の違いはあれど、それぞれの立場から鉄道に深い愛情を注ぐ二人の交流を中心に描いてきた本作。
 島が雨宮を口説き落とせるかが今回の眼目ですが、ある意味お約束とも言える展開ながら、二人の真っ直ぐな想いが交錯し、そして合流する様はやはり胸を熱くさせるものがあります。

 雨宮の後継者たちの成長を示す描写も見事で、回を追うごとに楽しみになってきた作品です(そして今回もおまけページが愉快。確かにそれは難題だと思いますが……)。


『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)
 よく見たら表紙に「全10回」と記載されていた本作、今回は第8回ですので、ラスト3回ということになります。

 今回はまさしく決戦前夜といったところ、柳沢吉保・荻原重秀側からは絡め手の引き込みが、新井白石からは温かみの欠片もない命令と板挟みの状況を一挙に打開すべく、自ら虎口に飛び込むことを決意した聡四郎。
 しかしその聡四郎の役に立ちたいと無謀にも敵方の牢人の跡を付けた紅が――

 と、決戦に向けてどんどん盛り上がっていく……というより聡四郎が追い込まれていく状況。
 しかしこうして改めて見ると、紅の行動は今日日嫌われるヒロインのそれ以外のなにものではないのですが、不快感を感じないのは、これは画の力――有り体に言えば、紅が非常に可愛らしく描けているからに他ならないと感じます。

 改めて画の力というものを感じた次第です。


 以降、長くなりますので、次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年4月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年4月号 [雑誌]


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2017.03.12

入門者向け時代伝奇小説百選 忍者もの(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、忍者ものの紹介の後編は、忍者ものに新風を吹き込む5作品を取り上げます。
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

21.『風魔』(宮本昌孝) 【戦国】【江戸】 Amazon
 後世にその名を知られた忍者の一人である風魔小太郎。本作は、颯爽とした男たちの物語を描いたら右に出る者がいない作者による痛快無比な忍者活劇であります。

 小田原の北条家に仕え、常人離れした巨躯と技で恐れられたという小太郎。本作はその逸話を踏まえつつ、しかしその後の物語を描き出します。
 何しろ本作においては北条家は早々に滅亡。野に放たれた小太郎は、豊臣と徳川が天下を巡って暗闘を繰り広げる中、自由のための戦いを繰り広げるのです。

 戦国が終わり、戦いの中に暮らしてきた者たちの生きる場がなくなっていく中、果たして小太郎たちはどこに向かうのか? 誰に縛られることなく、そして誰を傷つけることなく生き抜く彼の姿が本作の最大の魅力です。


22.『忍びの森』(武内涼) 【戦国】【怪異・妖怪】 Amazon
 発表した作品の大半が忍者ものという、当代切っての忍者作家のデビュー作である本作は、もちろん忍者もの……それも忍者vs妖怪のトーナメントバトルという、極め付きにユニークな作品であります。

 信長に滅ぼされた伊賀から脱出した八人の忍者。脱出の途中、彼らが一夜の宿を借りた山中の廃寺こそは、強大な力を持つ五体の妖怪が封じられた地だったのです。
 空間歪曲により寺から出られなくなった八人は、持てる力の全てを振り絞って文字通り決死の戦いに挑むことになります。

 忍者の鍛え抜かれた忍術が勝つか、妖怪の奇怪な妖術が勝つか? 敵の能力の正体もわからぬ中、果たして人間に勝利はあるのか……空前絶後の忍者活劇であります。

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『戦都の陰陽師』(武内涼) Amazon


23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎) 【戦国】【怪異・妖怪】 Amazon
 映画化された『完全なる首長竜の日』になど、SF作家・ミステリ作家として知られる作者は、同時に奇想に富んだ時代小説の書き手でもあります。

 川中島の戦で召喚され、多大な死をもたらしたという兇神・御左口神。武田の歩き巫女・小梅は、謎の忍者・加藤段蔵に襲われたことをきっかけに、自分がこの兇神と深い関わりを持つことを知ります。
 武田の武士・武藤喜兵衛(後の真田昌幸)とともに、小梅は兇神を狙う段蔵の野望に挑むことに……

 初時代小説である『忍び外伝』も驚くべきSF的展開を披露した作者ですが、本作も実は時代小説にとどまらない内容の作品。果たして御左口神の正体とは……これは「あの世界」の物語だったのか!? と驚愕必至であります。

(その他おすすめ)
『忍び外伝』(乾緑郎) Amazon


24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道龍一朗) 【戦国】 Amazon
 忍者が活躍した戦国時代において、一際奇怪な存在として知られる飛び加藤こと加藤段蔵。本作はその段蔵を、悪人ならぬ悪忍として描いたピカレスクロマンであります。

 伊賀と甲賀の秘技を極めながらも、その双方を敵に回し、自分自身の力のみで戦国を渡り歩く段蔵。一向一揆で揺れる北陸を次の仕事場に選んだ段蔵は、朝倉家に潜り込むことになります。
 そこで段蔵の前に現れるのは、名うての武将、武芸者、そして忍者たち。そして段蔵にも隠された過去と目的が――

 強大な力を持つ者たちを向こうに回して暴れ回る段蔵の活躍が善悪を超えた痛快さを生み出す本作。ラストで明かされる、思わず唖然とさせられるほどの豪快な真実に驚け!

(その他おすすめ)
『乱世疾走 禁中御庭者綺譚』(海道龍一朗) Amazon


25.『嶽神』(長谷川卓) 【戦国】 Amazon
 奉行所ものなどでも活躍する作者の原点が、「山の民」ものというべき作品群――里の人々とは異なる独自の掟と生活様式を持ち、山中の自然と共に暮らす人々の活躍を描く物語であります。

 そして本作はその代表ともいうべき作品。掟を破って追放された山の民・多十が、武田勝頼の遺児と、一族を虐殺された金堀衆の少女を連れ、逃避行に復讐に宝探しにと奮闘する大活劇です。
 殺戮のプロとも言うべき追っ手の忍者集団を向こうに回し、母なる大自然を武器として戦いを挑む多十。山の民殺法とも言うべき技の数々は、本作ならではの豪快な魅力に溢れています。

 様々な欲望が剥き出しとなる戦国に、ただ信義のために命を賭ける多十の姿も熱い名品です。

(その他おすすめ)
『嶽神伝』シリーズ(長谷川卓) Amazon


今回紹介した本
風魔(上) (祥伝社文庫)忍びの森 (角川文庫)塞の巫女 甲州忍び秘伝 (朝日文庫)悪忍 加藤段蔵無頼伝(双葉文庫)嶽神(上) 白銀渡り (講談社文庫)


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2017.03.07

廣嶋玲子『狐霊の檻』 少女同士の絆、人と自然の絆

 私利私欲にまみれた人々に囚われた少女の姿をした狐の精霊・あぐりこと、彼女を世話することとなった少女・千代の絆を描く物語――2008年に第14回児童文学ファンタジー大賞奨励賞を受賞した作品『あぐりこ』をベースとした作品であります。

 過去のいつか、この国のどこか……身寄りをなくし、人買いに売られた少女・千代が迎えられたのは、富と権力をほしいままにする阿豪家の屋敷。そこで屋敷の離れに住まう幼い少女・あぐりこの世話を命じられた千代ですが、しかしあぐりこには思わぬ秘密がありました。

 実はあぐりこは狐の精霊……幼い外見にもかかわらず長き年月を生きてきた存在であり、そして90年前、この阿豪家の先祖に裏切られ、封印されてきたのです。
 幸を呼ぶあぐりこの持つ力により、以来富み栄えてきた阿豪家。しかし自由を奪われたあぐりこの怒りは激しく、その身から放つ瘴気により阿豪家の人々は病み衰え、子も生まれなくなっていく状態にありました。

 そんな中で、自分があぐりこを宥めるためにこの家に連れてこられたことを知った千代は、あぐりこに深く同情し、あぐりこも彼女にだけは心を開いていくことになります。
 やがてこの屋敷から脱出するために準備を始める二人。しかし千代の動きに不審を抱いた阿豪家の者は――


 作者は、人間と妖の関わりを描きつつ、時に妖以上に残酷で恐ろしい人間の陰の部分を浮かび上がらせる物語を得意としてきました。
 『鵺の家』『妖怪の子預かります』など、最近発表が続いている一般向け作品においても、本作のような児童文学においても、その方向性は変わることはありません。

 人間が、幸をもたらしてくれる人ならぬ存在と出会い、その恩恵を受けつつも、やがて欲を募らせ、そのために幸を逃す……そんな物語は、古今東西を問わず存在します。
 しかし本作で描かれるのは、その幸を永遠に享受するために相手を裏切り、自由を奪い続ける人間の醜い欲望の姿であります。

 もちろん、自らの幸を求めるのは人間にとって当然の性ではあります。そして一度得た幸を手放したくないと考えるのもまた。
 しかし、そのために他者を犠牲にすることは許されるのか……という『オメラスから歩み去る人々』的なジレンマに本作が向かわず、千代が一貫してあぐりこの味方であり続けるのは、物語を単純化しているように見えるかもしれません。

 しかし千代にあぐりこの世話を命じた阿豪家の次男・平八郎のように、このジレンマに揺れる存在も描かれていることを思えば、むしろそれは千代の、年端のいかぬ少女ならではの純粋な想い……子供だからこそ抱ける想いによる、純粋な理非の判断によるものと考えるべきでしょう。

 そう、本作で描かれるのは、少女同士の純粋な想いが生み出す絆……人と妖、いや人と自然が最も幸せな形で結びついた姿であり、それは私利私欲からは生まれない、人の心の善き部分から生まれるものであること、そしてその尊さを、本作は強く謳い上げているのです。


 人外の存在を利用して富み栄える一族と、呪いを避けるための道具として迎えられた少女というシチュエーションは、作者の『鵺の家』と重なる部分が非常に大きいようにも思えます。
 また、終盤の展開が、新事実の連続でいささか目まぐるしい点も、少々気になるところではあります。

 しかし人間の悍ましい負の心を容赦無くえぐり出してみせ、そしてその容赦無い描写を通じて、それにも負けぬ人間の美しさ、強さを描き出してみせた本作は、やはり作者ならではの魅力に満ちていることは間違いありません。
 残酷で美しいお伽話とも言うべき物語であります。


『狐霊の檻』(廣嶋玲子 小峰書店Sunnyside Books) Amazon
狐霊の檻 (Sunnyside Books)


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2017.02.23

『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その二)

 『コミック乱ツインズ』3月号の感想の続きであります。

『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)
 今回は『そば屋幻庵』と同時掲載となった本作ですが、絵・物語ともその影響は感じられぬ確かなもの。いよいよクライマックス目前であります。

 新井白石からの催促が厳しく迫る中、柳沢・荻原サイドからの縁談という干渉を受けることとなった聡四郎。刺客だけでなく、こうした搦め手の攻撃というのが実に上田作品的ですが、追いつめられた聡四郎は、自らの身を囮に勝負を決意することになります。
 そして訪れた道場で待っていた師が聡四郎に語るのは……という今回、上田作品名物の師匠の説教が描かれるのですが、そこでの描写、具体的には聡四郎と対峙した師の放つ圧力の描写が素晴らしい。

 内容的にも聡四郎が己にとって真に大事なもの、剣を振るう理由を悟るというシーンだけに、重みのある描写は嬉しくなってしまいます。嬉しいといえば、聡四郎の頼もしい配下、いや仲間となる玄馬の初登場も嬉しいところであります。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 道節一世一代の香具師忍法により窮地を脱したかに見えた村雨姫と信乃。しかし服部忍軍の外縛陣がなおも迫った時、現れたのは……葭原は西田屋の遊女たちを連れた女郎屋の用心棒・現八でありました。
 姫と信乃を遊女の中に隠すという奇策でその場を脱出したものの、しかし服部のくノ一もまた葭原に――

 というわけで今回は嵐の前の静けさ的な会ではあったのですが、敵味方で美女美少女が入り乱れるのはこの作者らしい華やかな画面造りで印象に残ります。
 が、今回の最大の見所は、信乃、現八、そして合流した角太郎が、既に散った三人を偲びつつも、彼らを含めた自分たちが何のために戦うか再確認するシーンでしょう。

 忠義のために戦った祖先とは違い、ただ一人の女人にいいところを見せるためだけに戦う……その心意気が泣かせるのであります。


『怨ノ介 Fの佩刀人』(玉井雪雄)
 自分の国を奪った男・多々羅玄地への復讐のために旅を続けてきた怨ノ介の物語も今回で最終回。自分の仇は既に亡く、その名を継いだ当代の玄地と対決というのは、ちょっと最後の対決として盛り上がらないのでは……と前回思いましたが、しかしそれこそが本作の恐ろしさ。
 既に怨念を晴らすための、そして生み出すための一種のシステムと化した多々羅玄地「たち」に対して、復仇という概念は意味はないのですから――

 しかしそれでは本当に怨ノ介の戦いに意味はないのか、という想いに、見事に応えてみせたクライマックスが実にいい。さらにそこから、数々の魔刀の中で何故怨ノ介の持つ不破刀のみが女性の姿を持つのかという、「言われてみれば……」という謎にきっちり答えを出してみせるのも泣かせます。

 なるほど彼にはこういう役割があったのね、という結末も微笑ましく、まずは大団円というべきでしょう。


『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 前髪立ちの少年・久馬を守る豪剣士・又蔵相手の仕掛のはずが、又蔵が自害してしまい……という「後は知らない」の後編。

 意外な展開から、真相を知った梅安たちの仕掛けが描かれることとなりますが、印象に残るのは、梅安と彦次郎、久馬と又蔵、そして悪人たちといった登場人物たちの感情の起伏の大きさであります。
 特に久馬と又蔵の絆、二人の武士としての矜持は、テンションの高い画風ならではのインパクトと言うべきでしょう。

 それを受け止める梅安の、姿はゴツいけれども口調は妙に丁寧なところも含めて、好みが分かれるところかもしれませんが、私はこの作者の「梅安」として、さらに突き詰めてもらいたいと感じているところです。


『コミック乱ツインズ』2017年3月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年3月号 [雑誌]


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2017.02.20

入門者向け時代伝奇小説百選 忍者もの(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪に並び伝奇ものの華である忍者を主人公とした作品の紹介。古今の名作のうち、5作品をまず紹介いたします。
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)

16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎) 【江戸】 Amazon
 忍者もの一番手は、忍者といえばこの方、という山田風太郎の忍法帖の第1作であります。

 家光か忠長か、徳川三代将軍を決するためのゲームの駒として選ばれた甲賀卍谷と伊賀鍔隠れ、各十名の死闘を描いた本作は、奇怪極まりない――それでいて医学的合理性を備えた――忍者たちのトーナメントバトルという、忍法帖の一つのスタイルを作った記念すべき作品。
 しかし本作が千載に名を残すのは、忍者たちの忍法合戦の面白さもさることながら、その非人間的な戦いの中で、権力者たちに翻弄される甲賀と伊賀の恋人たちの姿をも描き出した点でしょう。

 近年、『バジリスク』のタイトルで漫画化・アニメ化され、今なお愛されている不滅の名作であります。

(その他おすすめ)
『信玄忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『忍者月影抄』(山田風太郎) Amazon


17.『赤い影法師』(柴田錬三郎) 【江戸】【剣豪】 Amazon
 柴錬が昭和30年代の忍者ブームに参戦した本作は、実に作者らしい、剣豪ものの側面も色濃く持つ作品であります。

 三代将軍家光の御前で行われたという寛永御前試合。この十番勝負に出場した二十人の武芸者たちの死闘が本作の縦糸ですが、横糸となるのは、その勝者を襲って拝領の太刀を奪う謎の忍者の存在であります。
 その正体は、伝説の忍者「影」の娘と、服部半蔵の間に生まれた若き天才忍者「若影」。ただ己の腕のみを頼みとし、強者との戦いの中にのみ己の存在を見出す彼の姿は、いかにも柴錬らしい独特の乾いた美意識に貫かれています。

 ちなみに本作には、大坂の陣を生き延び隠棲している真田幸村と猿飛佐助も登場。そのカッコ良さはファン必見です。

(その他おすすめ)
『猿飛佐助 真田十勇士』(柴田錬三郎) Amazon


18.『風神の門』(司馬遼太郎) 【戦国】 Amazon
 その活動初期に伝奇的な作品を発表していた司馬遼太郎。本作は忍者ブームに発表された、天才忍者・霧隠才蔵の活躍を描く長編です。

 徳川と豊臣の決戦が迫る中、どちらにつくでもなく飄々と暮らす才蔵。ある時、人違いから襲撃を受けた彼は、それがきっかけで東西の忍者たちの暗闘の世界に巻き込まれることになります。
 そんな中、才蔵はかつては宿敵であった猿飛佐助の主君・幸村と出会い、己の主と仰ぐのですが――

 才蔵を己の技を売って生きる自由闊達な男と設定し、痛快な活躍を描く本作ですが、そんな彼の自由は孤独と背中合わせ。自由であることの光と陰を背負った彼の姿は、同時に極めて現代的であり、だからこそ魅力的なのです。

(その他おすすめ)
『梟の城』(司馬遼太郎) Amazon


19.『真田十勇士』(全5巻)(笹沢左保) 【戦国】 Amazon
 大河ドラマの題材にもなり、今なお人気の真田幸村と、その配下・十勇士。そんな十勇士を描いた中でも決定版が本作です。

 智将・真田幸村一の臣である猿飛佐助が、幸村の股肱の臣たるべき勇士を求めて諸国を巡る発端から、十勇士集結、豊臣・徳川の開戦、そして凄絶な決戦からその結末に至るまでを描いた本作。
 設定自体は極めてオーソドックスではありますが、しかし十勇士たちをはじめとするキャラクターの個性、そして物語展開は、名手ならでは、というべきさすがの内容。何よりも、十勇士たち一人一人が背負った過去、あるいは彼らが出会う事件それぞれが、みな実に伝奇色濃厚で、さながら戦国意外史の感すらある作品です。


20.『妻は、くノ一』シリーズ(全10巻)(風野真知雄) 【江戸】 Amazon
 市川染五郎と瀧本美織主演でドラマ化もされた作者の代表作にして、一味も二味も違うユニークな忍者活劇であります。

 たった一月の新婚生活の後に姿を消した妻・織江を追って江戸にやってきた、ちょっと変わり者の平戸藩士・雙星彦馬。
 実は織江は藩を探る公儀のくノ一、任務で彦馬に近づいたのですが、そうと知らず彦馬は彼女を探す毎日。そして彦馬を愛してしまった織江も、やがて抜け忍となることを決意して――

 彦馬が出会う市井の事件の謎解きを縦糸に、織江が忍びとして繰り広げる苦闘を横糸に、濃厚な伝奇風味を隠し味とした本作。愛し合うカップルの苦難に満ちた冒険が、どこかユーモラスで、そして暖かい、作者ならではの筆致で描かれる名品です。

(その他おすすめ)
『消えた十手 若さま同心徳川竜之助』(風野真知雄) Amazon
『私が愛したサムライの娘』(鳴神響一) Amazon


今回紹介した本
甲賀忍法帖  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)赤い影法師 (新潮文庫)風神の門 (上) (新潮文庫)真田十勇士 巻の一 (光文社文庫)妻は、くノ一 (角川文庫)


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 「風神の門」上巻 自由人、才蔵がゆく
 「風神の門」下巻 自由児の孤独とそれを乗り越えるもの
 「妻は、くノ一」 純愛カップルの行方や如何に!?

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2017.02.18

篠綾子『紫式部の娘。 賢子がまいる!』 暴走ヒロインの活躍と母娘の和解

 かの紫式部が中宮彰子に仕えていたことは有名ですが、その娘もまた彰子に仕えたことはどうでしょうか。本作はタイトルのとおり、その紫式部の娘・賢子を主人公にした物語。14歳の彼女が、大人の貴族の世界に飛び込んで活躍するお話であります。

 母と同じく中宮彰子に仕えることとなり、期待に胸膨らませる賢子。控えめな母とは違い、負けず嫌いで勝ち気な性格の彼女は、お約束の新人いじめも軽々と跳ね返し、今光君と呼ばれる藤原頼宗をはじめ、素敵な殿方との恋愛に胸をときめかせる日々であります。
 そんな彼女の周囲にいるのは、地味ながら人の良い先輩の小馬、元は賢子いじめの先頭に立っていた中将君良子、そしてかの和泉式部の娘で母譲りの言動の小式部……賢子は勝手に小式部をライバル視していますが、まずは賑やかな宮中生活であります。

 そんなある日、彰子の伴で参内した賢子たちが巻き込まれた物の怪騒動。占いによればその原因が小馬であるという噂が流されていることを知った彼女は、小馬の汚名を雪ぐために立ち上がります。
 それがやがて、宮中の権力の座を巡る争いにまで繋がっていくとも知らずに――


 おそらくは主人公と同年代の女の子を対象としているであろう本作、その親の世代の年齢である僕の目から見ると、暴走気味の賢子の第一印象は何ともハラハラさせられる……というか、正直に言えば辟易とさせられるものではありました。
 新人いじめ上等、仕掛けて来た相手には弱みを見つけて逆襲するのはいいとして、顔だけでなく血筋や出世の見込みも計算に入れて男の品定めをするのは、当時は現代よりも早熟だったとしてもどうなのかなあ……と。

 しかしその印象は、後半に行くに従って大分変わったものとなっていきます。

 早くに亡くなった父のことをほとんど知らず、仕事に執筆にと忙しく暮らしてきた母を持つ賢子。
 特に母に対しては、一つにはその文学者としての盛名から、そしてもう一つはそんな母に自分は放置されてきたという想いから、彼女はむしろ敵愾心にも似た感情を抱いているのであります。

 そんな境遇は彼女の境遇に影響を与えないはずはありません。過剰なほどに早く大人になることを望み、誰に頼ることなく――男と恋愛したとしても依存せず――生きていこうとする彼女の姿は、そんな彼女の複雑な心情の現れと言うべきでしょう。
 軽薄に見える貴公子たちへの態度も、中流の生まれである自分が、真に彼らと結ばれることはないと理解しているゆえ、というのがまた切ないのであります。

 そしてそんな肉親への複雑な想いは、一人賢子のみが抱えているわけではありません。彼女同様、偉大な母を持った彼女の友人・同僚たち(小馬の母には仰天)。そして彼女の周囲に現れる名門の男性たちもまた……
 皆、エキセントリックとも言えるキャラクターですが、しかしそんなキャラたちの姿から、それぞれに己の生まれに縛られ、親との相剋を抱えながら生きている様が浮かび上がってくるのに感心させられるのです。

 そしてそんなキャラクター造形が、そして物語の中心となる物の怪騒動が、この時代の政治の、権力のあり方と繋がっていく展開も、お見事と言うほかありません。

 作者は本作以前に『藤原定家謎合秘帖』『在原業平歌解き譚』と、貴族社会を舞台とした歴史ミステリを発表していますが、本作も控えめではあるものの、物の怪の正体を推理し、それに基づいて「犯人」を追い詰めるくだりなどにミステリ要素が見られるのも嬉しいところであります。

 そしてその先には、大人たちの浅ましい権力闘争の姿が浮かび上がるのですが――しかしそれに対して賢子が怖じることなく、闘志を燃やすのもまたいい。
 そんな彼女の真っ直ぐな思いが、先に述べた複雑な心情と結びつき、ポジティブに昇華される姿は、児童文学として理想的な結末といえるでしょう。

 さらに紫式部の意外な姿、彼女が背負ってきた真の役割が明かされ、それが母娘の和解に繋がっていく結末は、大人であっても唸らされるものであることは間違いありません。


 後に数々の男性と恋愛遍歴を重ね、歌人としても幾多の勅撰和歌集に採録され、何よりも従三位という高位に上りつめた賢子。

 しかしそこに至るまではまだまだ時間があります。この後彼女がどんな活躍をして、どんな恋をするのか……本作のその先が見てみたいものです(特にラストで描かれたある男性のことを思えば――)

『紫式部の娘。 賢子がまいる!』(篠綾子 静山社) Amazon
紫式部の娘。賢子がまいる!

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2017.02.15

北方謙三『岳飛伝 二 飛流の章』 去りゆく武人、変わりゆく梁山泊

 北方謙三の大水滸伝最終章の第2巻であります。楊令の死の衝撃が冷めやらぬ中、行くべき道を模索する梁山泊の人々。金と南宋の思惑が交錯する中、岳飛もまた迷いの中から少しずつ立ち上がっていきます。そして一人の偉大な人物がついに退場することに――

 楊令の死から半年後、梁山泊を襲った大洪水の水もようやく引き、その機能を取り戻しつつある梁山泊。しかし新頭領に選ばれた呉用の聚義庁は何ら命令を下すことなく、軍をはじめとする面々は、自らの、梁山泊の行動に迷いつつ、自分自身の判断で動き始めることになります。
 そして兀朮が南を、秦檜が北を窺い、それぞれに中国全土統一を狙う中、その間に立たされた岳飛は、力を蓄えつつも自分自身を見つめ直すことに――

 と、この巻の前半の展開は、第1巻からあまり大きな動きはないようにも見えます。が、ここで梁山泊にとって、そしてこの物語にとって、大きな事件が起きることとなります。
 それは王進の死……子午山に隠棲し、史進・鮑旭・馬麟・楊令・花飛麟・秦容・張平・ 王貴 ・蔡豹と、数多くの若者を導いてきた武人が最期を遂げることのであります。

 ある意味、原典とは最も大きく異なる人生を歩むこととなった北方大水滸伝の王進。
 作中最強レベルの実力を持ちながら梁山泊の同志となるわけではなく、しかし己の生に迷う梁山泊の若者たちを受け入れ、再生させる……そんな役割を彼は果たしてきました。

 個人的にはこうした人間再生工場とも言うべき王進の在り方には違和感を感じていたのですが(尤も、大水滸伝で初めて泣かされたのは鮑旭のくだりだったのですが……と、これは王母の功績かしら)、やはりその存在は、この大水滸伝の世界にはなくてはならないものであったことは間違いありません。
 そしてその最期もまた、この最強の武人に相応しい、身も蓋もない言い方をすれば無茶な挑戦でありつつも、しかし荘厳さを感じさせる見事なものであったと言うべきでしょう。

 しかし同時に王進の退場は、大水滸伝の世界が大きく変貌しつつあることの、一つの表れなのかもしれません。
 何しろ、この第2巻で描かれる、梁山泊の幹部クラスが一同に会して行われる大会議においては、梁山泊の在り方、その根底にある志――替天行道の在り方までもが、問い直されることとなるのですから。

 大水滸伝における「志」の存在については――これはたぶんに原典の野放図な梁山泊の印象が残っていたために――これも個人的には大いに引っかかっていたのですが、しかし物語と大前提として受け容れてきました。しかしその大前提すら、一種の疑いとすら言える眼差しを向けてくるとは……
 大水滸伝は、こちらの想像していた以上に柔軟な存在、物語世界自体が一人歩き始めるほどのものであったか……と、恥ずかしながら今頃感心させられた次第です。

 そしてその柔軟さは、梁山泊に生まれた第二世代において花開いていくこととなります。兀朮と秦檜が、それぞれの立場から中国統一という壮大な夢を見る中、彼ら若い世代は中国という枠を超えて、西へ東へ南へ……自由の大地を求めて歩み出すのですから。
 それが梁山泊の、国という存在の向かう先であるかはわかりませんが、枠から飛び出した若い世代というのはやはり気持ちの良いものであります。

 そしてもう一人気持ちの良い存在となってきたのが岳飛であります。

 これまで幾多の戦いに参加し、作中でも有数の実力者でありつつも、重要な戦いにはほとんど敗北し、辛くも命を繋いできた岳飛。
 身も蓋もない言い方をすれば「しぶとい敵役」という扱いに近かった彼も、自らの名を関する本作においては、武人としてだけではなく人間として、生き生きとした若者としての素顔を見せてくれることとなります。

 特に自分の義手を作ってくれた毛定や、何よりも娘の崔蘭とのやり取りは、純粋に物語として、登場人物同士の生き生きとしたやりとりとして実に楽しい。
 まだまだ岳家軍の総帥としての――歴史に名を残す英雄・岳飛としての先行きは不明なものの、一人の人間として、この先の彼の行動が楽しみになるというものです。


 さて、大きな変貌を遂げていく梁山泊ですが、しかし変わらないもの、変われないものもあります。それは楊令の死に対する復仇の想い――間接的にせよその引き金となった兀朮への復仇であります。

 本作の終盤では、兀朮率いる金軍が実に二十万の大軍を率いて梁山泊に襲来、迎え撃つは復仇の心に燃える八万の梁山泊軍。
 果たしてこの戦いの行方は……いきなりクライマックスであります。


『岳飛伝 二 飛流の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 二 飛流の章 (集英社文庫)


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