2018.07.17

上田秀人『検断 聡四郎巡検譚』 江戸城を出た聡四郎の出会う人々


 『勘定吟味役異聞』『御広敷用人大奥記録』と活躍してきた水城聡四郎ものの第3シリーズ、その第2巻であります。ただ旅しているだけで厄介事に巻き込まれていく聡四郎主従ですが、旅先で出会う者は敵もそれ以外も様々。一方、彼らが旅立った江戸でも、とんでもない動きが……

 御広敷用人としての任務を終え、娘も生まれて一時の休息を得た聡四郎。しかし主君たる吉宗が、「使える」人間を放っておくわけがありません。久々に吉宗に召し出された聡四郎が任じられたのは、「道中奉行副役」なる新しい役職――とりあえずは三ヶ月世の中を見てこいというアバウトな命に、右腕と言うべき大宮玄馬と二人、ひとまず東海道を京に向かった聡四郎ですが……

 そんな形で始まった物語ですが、彼らが向かう京では前シリーズの宿敵・天英院の実家が刺客を用意して待ち受け、そしてその途中には、これまで10巻以上に渡り聡四郎と暗闘を繰り広げてきた(一方的に絡んできた)伊賀があります。
 さらに、聡四郎を使って自分の改革への抵抗勢力を炙り出してやろうという吉宗の思惑が見事に(?)当たり、聡四郎の役目が自分たちの権益を侵すと考えた目付・中野が暗躍を開始。徒目付を使い、目付では先輩に当たる駿府町奉行を利用して聡四郎を旅先で始末しようと企むのであります。

 いやいや、それはさすがに無理があるのでは、と言いたくなる中野の策ですが、聡四郎にとってはこれが最初の厄介事。しかしこれはむしろ、その手駒に使われそうになった徒目付と駿府町奉行こそいい迷惑であります。
 油断すれば他人に――特に上司に乗じられる役人の世界。利用されるだけ利用されて弊履の如く捨てられる、などというのも珍しくない話であります。今回もまた、上田作品ではこれまで無数に描かれてきた役人残酷物語(中野の指示状が、自分の名前を書いていないというどこかで聞いたような厭らしさに嘆息)のように見えたのですが……

 しかしこの状況を打開するため、彼らが聡四郎が全く預かり知らぬところで取った行動が、物語に大きな動きを与えるというのが面白い。
 これまで本シリーズでは聡四郎の味方か敵か(そしてほとんど後者)しかいなかったという印象もある役人たちですが、もちろん実際にはそれ以外の人間がほとんどなのは言うまでもありません。そして本作においては、こうした人々に、これまで以上に目が向けられている印象があります。

 そんなそれ以外の(それは役人に限ったことではなく)人々が登場するのは、物語が「旅」を舞台としていることによることは言うまでもありません。そしてそれは、吉宗が聡四郎を送り出した際に密かに期待したことでもあります。
 江戸城を飛び出し、旅に出ることによってて、聡四郎が何を見て、誰と出会うのか――それが今更ながらに楽しみになります。


 と、その一方で敵と出会ってしまうのがまた聡四郎の運命。先に述べたように、聡四郎の宿敵とも言うべき伊賀の忍びたちが、この巻では決戦を挑んでくることになります。
 任務の上で仲間が殺されれば、その仇を討つまで戦いを止めないという、厄介極まりない掟を持つ伊賀。その掟がある限り聡四郎と伊賀の戦いは終わらないはずなのですが……

 正直なところ、この戦いの先に待つ結末は想定外のもの。詳細は伏せますが、なるほどこう来るか! と言いたくなるような、それでいて実に「らしい」展開に大いに感心させられました。
 そしてそこにあるカラクリを的確に見抜いてみせた聡四郎の洞察力の深さが、彼の成長を強く感じさせてくれるのも、また嬉しいところであります。

 そしてもう一つ嬉しいと言えば、前作同様、本作においても、生臭い政治の世界の対極にあるような純粋な剣の世界が描かれるのがいい。
 といっても今回二人が駿府で訪れた剣術道場は、一放流の道場に慣れた二人にとってはいささかならずとも拍子抜けの――要するに「今どきの」剣術道場。道場主が食っていくにはそれも必要と言うべきかもしれませんが――しかしそんな中でも、剣に心を燃やす者がいます。

 いささか変則的な形で挑んできた挑戦者に対して、聡四郎が、玄馬が何を語るのか――やはり純粋に剣の道に励む者の姿は、一服の清涼剤として実に心地よく感じられます。


 と、様々な形で物語の広がりを感じさせてくれた本作。ラストには尾張徳川家の無謀にもほどがある計画が発動してヒキとなりますが――こちらの結末も含め、次巻も楽しみなシリーズであります。


『検断 聡四郎巡検譚』(上田秀人 光文社文庫) Amazon
検断: 聡四郎巡検譚(二) (光文社時代小説文庫)


関連記事
 上田秀人『旅発 聡四郎巡検譚』 水城聡四郎、三度目の戦いへの旅立ち

| | トラックバック (0)

2018.07.16

「コミック乱ツインズ」2018年8月号

 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、連載10周年記念で『そば屋幻庵』がスペシャルゲストを迎えて表紙&巻頭カラー。また、ラズウェル細木の『文明開化めし』が新連載となります。それでは、特に印象に残った作品を今回も一作ずつ紹介していきましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今月は『そば屋幻庵』と二作掲載の作者ですが、こちらはいつもながらがらりと作風を変えたアクションと政治劇が満載です。

 前回自分たちを(前田家の人間と間違えて)襲撃した刺客たちの正体が、尾張徳川家の人間だったことを知った聡四郎。しかし何故尾張が前田家を襲うのか――その謎が今回明かされることになります。その背後には聡四郎に表舞台を追われたはずのあの男が……
 一方、江戸城内では間部詮房と新井白石が相変わらず対立とも協調ともつかぬ微妙な関係。鍋松(徳川家継)の服喪の儀に関して、詮房に知恵を貸して恩を売る白石ですが――ここで聡四郎の前で白石がほとんど初めて人間臭さを見せるのが印象に残ります。

 そしてラスト、玄馬と離れて一人となった聡四郎を襲う刺客の群れ。逃れんと橋の上を走る聡四郎の前に現れた黒覆面黒装束の謎の剣士は、初対面と名乗りつつも何故か一放流のことを知っているのでした。「お主を倒すのは拙者だ」とツンデレっぽいことを言いながら助太刀してくれるその正体は……
 ツンデレといえば紅さんは名前のみの登場で残念ですが、名前のみの登場といえば、ついに今回、徳川吉宗の名が登場。顔は陰になっていて見えないのですが、果たしてどのような姿なのか――猛烈に気になります。


『カムヤライド』(久正人)
 出雲編中編の今回、中心となるのは謎の男・イズモタケル。出雲国主ホムツワケの叛乱の尖兵となった土蜘蛛たちを倒す力を持つ彼の正体は――ヤマトタケルの大ファンでした(本当)。
 ヤマトタケルに憧れ、偶然手に入れた土蜘蛛を倒す力を持つ剣を手に、捕らえられた人々を助けたいと熱っぽく語るイズモタケル。そんな彼を前に、ヤマト王家の者としてその名に鬱屈を抱えるヤマトタケルはその名を名乗ることができず……

 モンコが完成された人格に見えのに対し、人間味のある、成長代のあるキャラクターとして描かれるヤマトタケル。自分の実像を知らず、理想の人物として目標にするイズモタケルを前に揺れる彼の心の動きを、ホムツワケの高殿に急ぐ三人のシルエットに重ねて描く場面は、実に作者らしく格好良い名シーンであります。
 そしてカムヤライドしたモンコの前に現れた国津神の意外な正体は、そして彼らの戦いを見守る久々に登場した謎の旅人の動きは――次回出雲編完結です。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 伊達家包囲網に苦しむ伊達家に襲いかかる佐竹・芦名連合軍。この危機に、政宗の母・義姫が――という前回の引きを受けての今回、母が自分のために動いてくれたと浮かれる政宗の姿が微笑ましくも痛ましいのですが、如何にドシスコンであっても最上義光が譲るはずもありません。かえって(シスコンをこじらせた)義光が動き出し、思わぬことで景綱と義光の陰険……いや知将対決が勃発することになります。

 が、そこに義姫が割って入り――と、史実の時点でメチャクチャ漫画っぽいエピソードをこの作品は如何に料理するのか。ある意味これまでで一番の山場かもしれません。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 東海道は川崎宿にやってきた三人組が今回巻き込まれるのは、大店の娘の連続誘拐殺人事件。宿の米問屋の娘の警護に雇われた三人ですが、はたして娘は何者かに攫われ、百五十両の身代金の要求が届けられることに……

 凶悪な拐かしと、米問屋の父娘の軋轢を絡めて展開する職人芸的面白さの今回、ここのところ重めの話が続いていただけにホッとさせられる内容が嬉しいところです。
 そして基本的にカッコイイ担当だった坐望は、今回夏風邪を押して賭場に出かけてスッテンテンになった挙句風邪をこじらせるという実に微妙な役どころなのですが、それを吹き飛ばすようにクライマックスの乱闘でもんのすごくヒドい啖呵とともに登場(つられて夏海もスゴいことを)。静かな殺陣が多い本作には珍しく、豪快な「音」入りの剣戟を見せてくれました。


 そして『そば屋幻庵』のスペシャルゲストは――この人が良さそうで腰が低くてものわかりがいい人は誰!? という印象。今の読者はわかるのかしら、というのは野暮な心配ですね。


「コミック乱ツインズ」2018年8月号(リイド社) Amazon


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年6月号
 「コミック乱ツインズ」7月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」7月号(その二)

| | トラックバック (0)

2018.07.04

岡田鯱彦『薫大将と匂の宮』 名探偵・紫式部、宇治十帖に挑む!?


 源氏物語のいわゆる「宇治十帖」、光源氏の子・薫大将とその親友・匂の宮を巡る物語には続編が、それも奇怪な連続殺人を描く物語があった――そんな奇想天外な着想で、しかも作者たる紫式部と、清少納言を探偵役として描かれる、時代ミステリの古典にして名品であります。

 紫式部が描いた宇治十帖。それは、理想的すぎる人物として光源氏を描いてしまった反省から、より人間的な存在として、実在のモデルに忠実な人物として、薫大将と匂の宮を描いた物語でありました。
 しかしそのあまりの生々しさに辟易とした紫式部は中途で筆を置き、二人の物語は宙に浮いた形で完結することなったのですが――そこに思わぬ事件が起きます。

 薫大将と匂の宮の間で揺れた女性・浮舟。二人の間で苦しみ、一度は出家したものの、いまは還俗して薫の妻となっていた彼女が、死体となって川から上がったのであります。
 水死かと思いきや、しかし水を飲んだ形跡はなく、額をぱっくりと割られた惨たらしい姿で発見された浮舟。そしてややあって、今度は匂の宮の妻であり、浮舟の姉の中君が、同じような死体となって発見されることになります。

 薫大将と匂の宮に深い関わりを持つ二人の女性の怪死に、騒然となる宮中。しかし匂の宮は、これが薫大将の仕業と決めつけます。その証拠は薫の名の由来となった薫香――極めて鋭敏な匂の宮のみがかぎ分けられる薫の香りが、匂の宮の恋人たちから、そして中君から発していたというのです。
 これすなわち、浮舟の死を恨む薫が、匂の宮への嫌がらせのため、次々と匂の宮の恋人と中君を手込めにしていった証拠である――そう主張する匂の宮。

 しかし薫はどちらかといえば優柔不断、出家遁世を願っているような温和しい人物であり、そんな彼がそのような行為に及ぶものか――式部はそう考えるものの、今度は第三の、思いも寄らぬ人物の死体が同じ形で発見されるに至り、薫は決定的に追いつめられることになります。

 思わず薫の弁護を買って出た式部ですが、彼女にも具体的な証拠はありません。さらに彼女をライバル視する清少納言が式部の推理に挑戦状を叩きつけ、宮中引退を賭けた推理対決が繰り広げられることに……


 有名人探偵ものは時代ミステリの定番の一つ、それもその有名人の事績に関わる事件が――というのも定番中の定番ですが、しかし紫式部が、薫大将が被疑者となった事件に挑む(さらに乱入してくる実に嫌な造形の清少納言)というのは、これは驚くべき奇想としか言いようがありません。

 そもそも紫式部は物語の作者、薫大将らはその登場人物なのですから、そのシチュエーションだけであり得ない。
 それを、実は宇治十帖は実在のモデルに忠実に書いていました、というある意味直球ど真ん中でクリアしているのは痛快ですらあるのですが――しかし本作の魅力は、こうした設定以上に、ミステリそのものの面白さにあることは間違いないのであります。

 そう、本作の中核にあるのは、極めて特異なアリバイ(不在証明)――いや存在証明。
 薫大将がそこにいたかどうか、そしてその行為に及んだのかどうか――本来であれば実証不可能なそれを、薫だからこそ、匂の宮だからこそ証明できてしまうという、本作でしかできない謎の設定には、成る程! と膝を打たされるのであります
(さらに、紫式部の当時の女性としての倫理観が、探偵としての活動に縛りをかけるというのも見事です)


 もっとも、文体(これも現代語訳してあるというエクスキューズはあるわけですが)や物語展開が、あまりに「探偵小説」しすぎているという点が少々ひっかからないでもないのですが――これはもう、執筆年代を、そして作者の嗜好を考えれば仕方がないことでしょう。

 何よりももう一つの作者の嗜好、国文学者というもう一つの作者の顔が、その謎を支えていること、そしてその謎を生み出した登場人物たちの実に「らしい」心の動きを生み出していることを考えれば――やはり本作は奇跡的なバランスの上に成り立った作品であると、今更ながらに感心させられるのです。

『薫大将と匂の宮』(岡田鯱彦 扶桑社文庫) Amazon
薫大将と匂の宮―昭和ミステリ秘宝 (扶桑社文庫)

| | トラックバック (0)

2018.06.27

皆川亮二『海王ダンテ』第5巻 今明かされる二人のルーツ、そしてこれからの戦い


 超古代の英知の結晶たる「書」を巡り、若き日のホレイショ・ネルソン(ダンテ)とナポレオン(ナポリオ)が世界を股に掛けて激突する大冒険活劇の最新巻であります。オーストラリアを舞台に幾度めかの激突を繰り広げる二人。その戦いのルーツとは果たして……

 かのジェームズ・クックとともに、任務でオーストラリアに向かったダンテと仲間たち。しかしそこで待ち受けていたのは、一足先にオーストラリアに上陸し、無法の限りを尽くすナポリオたちフランス軍と、ナポリオの兄・ジョゼによって送り込まれた海賊女王アルビダでありました。
 かつての敵にして今は頼もしき友であるオルカとともに辛うじて難敵たちとの戦いをくぐり抜けたダンテ。しかし魔導器を用いた代償は、彼の体に奇怪な痣として残ることになります。

 ダンテとナポリオに超人的な知識と力を与える「書」と魔導器。それはかつて彼らがまだ幼かった頃――コルシカ島に共に暮らす頃に出会ったものでした。
 育ての親であるコロンバス牧師の下、平和に暮らしてきたダンテ。しかしある日、ダンテはコロンバスが密かに隠してきた二冊の「書」のうち、「要素」と魔導器を託されることとなります。

 何者かが現れることを強く恐れるコロンバスは、ダンテに書の主たる資格があることを見届け、南極に眠るというもう一冊の「書」である「生命」を封印するように語るのですが――時すでに遅し。
 コロンバスとは因縁を持つらしい海賊の一団がコルシカ島を襲撃し、略奪と虐殺を繰り広げることとなります。コロンバスも殺され、その混乱の中で、ナポリオも「構成」の書を手にし、その主となるのでした。

 怒りに燃えて魔導器の力を解放したダンテによって海賊は撃退されたものの、「書」を狙う者たちはいずれまた現れるに違いない。これ以上故郷を巻き込まないため、そして(特にナポリオは)「書」の力を広い世界で試すため――ダンテはコロンバスの友人であるイギリスのネルソン家を頼り、そしてナポリオはフランス軍に潜り込むことになります。
 そんな二人の姿を、ジョゼが意味ありげに見つめるとも知らず……


 物語の始まりの時点において、既にそれぞれ「書」の持ち主として登場し、南極で「生命」の書の争奪戦を繰り広げたダンテとナポリオ。そんな二人の過去はこれまで断片的に語られてきましたが、ここでようやく物語冒頭と繋がることになります。
 ジョゼをして「できすぎ」と言わしめる優等生のダンテと、才に優れながらも鬱屈を抱えるナポリオ――と、少年時代から全く変わらない二人の腐れ縁は愉快ですが、しかしそんな二人の日常が一瞬にして奪われる様は、なかなかに痛ましいものがあります。

 もっとも、過去を描くといっても、実は謎はほとんど明かされていないのも事実であります。コロンバスはどこで「書」を手に入れ、何故海賊に追われていたのか。いやそもそも、何故彼は「書」の力と「生命」の書の危険性を知っていたのか。
 前巻においてクックが語るところによれば、「書」はピサロが新大陸から持ち帰り、博物館に収められていたはずなのですが……

 さらに言えばこれらの秘密をジョゼがあらかじめ知っていたかに見えるのも不審でありますし、個人的にはどうもダンテ自身にまだ秘密があるようなのが気になるのですが――いずれにせよ、かえって謎は深まってしまった印象があります。
 これは、見事に作者の掌の上で踊らされてしまっているのだと思いますが――もちろんそれは望むところであります。


 さて、こうして過去の物語は語られたものの、現在の戦いが終わったわけではありません。
 アボリジニの人々が恐れ、「構成」の書が求める「毒」とは何か――それがまだわからぬまま(これはまず間違いなく○○○だと思いますが)、フランス軍の奇襲と囚人たちの反乱の前に、ダンテたちが捕らわれ、さらなる窮地に追い込まれることとなります。

 全てを奪われ、絶望的な状況に陥ったダンテたちを救う者は誰か――この漫画における「大の男どもを千切っては投げ」枠となった感のあるアルビダ様の動向も含めて、先の展開が大いに気になるところです。


 それにしても――ナポリオによって機械仕掛けの体を与えられ、「総司令官」と呼ばれるようになった「構成」の書(の意志)。これ、どう考えてもナポリオが捨てられるフラグのような……


『海王ダンテ』第5巻 (皆川亮二&泉福朗 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) Amazon
海王ダンテ 5 (ゲッサン少年サンデーコミックス)


関連記事
 皆川亮二『海王ダンテ』第1巻 二人の少年が織りなす海洋伝奇活劇
 皆川亮二『海王ダンテ』第2巻 いよいよ始まる異境の大冒険
 皆川亮二『海王ダンテ』第3巻 植民地の過酷な現実と、人々の融和の姿と
 皆川亮二『海王ダンテ』第4巻 新章突入、新大陸で始まる三つ巴の戦い

| | トラックバック (0)

2018.06.26

野田サトル『ゴールデンカムイ』第14巻 網走監獄地獄変 そして新たに配置し直された役者たち


 放送中のアニメも大人気のようでめでたい『ゴールデンカムイ』ですが、原作漫画の方はこの巻で大きな区切りを迎えることになります。全ての始まりとなったのっぺら坊を巡り、網走監獄に全ての役者が集結して繰り広げられる一大血戦――その先に待ち受ける意外すぎる展開とは?

 アシリパの父・ウイルクではないかと疑われるのっぺら坊を求めて手を組み、網走監獄への旅を続けてきた杉元一派と土方一派。しかし網走監獄は、鬼の典獄・犬童によって要塞同然に防備を固められた場所であります。

 土方に内通していた看守・門倉の手引きや、白石の活躍で何とか内部に潜入した杉元・アシリパ・白石たちですが、しかし見つけたのっぺら坊は偽物。
 さらに土方が不審な動きを見せる一方、鶴見中尉の北鎮部隊が水雷艇を持ち出して監獄に対して攻撃開始!

 かくて杉元・土方・鶴見・犬童の四派の思惑が入り乱れたバトルロイヤルが始まることに……

 というわけで、この巻の8割方を占めるのは、死闘に次ぐ死闘の数々。そもそも網走監獄自体が入るも地獄・出るも地獄の要塞と化していたところに、日露戦争帰りのガチの軍隊――それも半ば狂人が指揮する――数十名が乗り込んでくるのですから、ただで済むわけがありません。
 さらに乱戦の中で収監された700名の凶悪犯が解き放たれたとくれば、そこで展開するのはまさしく血で血を洗う地獄絵図以外にないのであります。

 そしてその中で繰り広げられるのは、杉元vs二階堂、土方vs犬童という因縁の対決。
 特に後者は、長きにわたり捕らえられてきた男と、その男に執着し続ける男という数十年に渡る怨念の激突に留まらず、さらに明治という時代の構図まで重なるのがグッときます。この巻の表紙が、この対決時の土方なのも頷けます。

 さらに彼らの他のレギュラー陣にも、皆それぞれの出番があり――特に出番は少ないながらも強烈なインパクトを見せた○○○先生に拍手――これだけの混戦を見事に捌いてみせる作者の手腕には瞠目するほかありません。


 そして戦いに次ぐ戦いの末、ついに対面する杉元と真ののっぺら坊。はたしてその正体は――なのですが、それを知った杉元が、アシリパのためにぶつける言葉がたまらない。

 目的のためであれば全く躊躇することがない土方。もはや戦い自体が自己目的と化しているかにも見える鶴見。
 望むと望まざるとにかかわらず、すでに修羅の世界に踏み込んでしまった連中は仕方がない。しかし、アシリパだけは、彼女だけはそうなってはならない――そう叫ぶ杉元の言葉は、彼もまた敵に対しては狂的な闘志をむき出しにする一種の怪物だけに、強く胸に刺さるのです。

(そしてそんな好青年と狂戦士の二面性を持った杉元のキャラクター像は、混沌とした本作の主人公にふさわしいと再確認させられます)


 しかし恐るべきクライマックスは、その直後に訪れます。杉元に真実を語ろうとするのっぺら坊――その二人を襲う凶弾。それを放った者、この乱戦の中で巧妙に身を潜め、機を窺っていた者とは……
 あまりといえばあまりの急展開に驚かされる中、怒濤の勢いで動いていく事態。ある者は捕らわれ、ある者は逃れ、ある者は深く傷つき――ここに至り、物語の人物配置図はほとんど全てリセットされ、新たに配置し直されることになるのであります。

 ひねくれた言い方をしてしまえば、まだ黄金の在処を示す刺青人皮が全て揃っていないこの状況で物語が終わるわけはないとは思っていましたが、しかしこう来るか! と悔しさ三割、嬉しさ七割で唸るほかありません。

 そして新たな――これまた意外すぎるチーム編成で、物語は次の局面に突入することになります。更なる北の地で、いかなる物語が描かれることになるのか。そしていかなる秘密が明かされるのことになるのか……
 まだまだまだ、この作品には振り回されることになりそうですが――それがまた、たまらなく嬉しいのであります。


 ……あっ、ラストにはウルヴァリンが乱入!?(嘘は言っておりません)


『ゴールデンカムイ』第14巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 14 (ヤングジャンプコミックス)


関連記事
 『ゴールデンカムイ』第1巻 開幕、蝦夷地の黄金争奪戦!
 『ゴールデンカムイ』第2巻 アイヌの人々と強大な敵たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第3巻 新たなる敵と古き妄執
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第4巻 彼らの狂気、彼らの人としての想い
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第5巻 マタギ、アイヌとともに立つ
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第6巻 殺人ホテルと宿場町の戦争と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第7巻 不死の怪物とどこかで見たような男たちと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第8巻 超弩級の変態が導く三派大混戦
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第9巻 チームシャッフルと思わぬ恋バナと
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第12巻 ドキッ! 男だらけの地獄絵図!?
 野田サトル『ゴールデンカムイ』第13巻 潜入、網走監獄! そして死闘の始まりへ

| | トラックバック (0)

2018.06.22

山本巧次『軍艦探偵』 軍艦の上の日常、戦争の中の等身大の人間


 『八丁堀のおゆう』『明治鐵道探偵』と、これまでもユニークな時代ミステリを手がけてきた作者が次に手がけた題材は軍艦――軍艦に探偵といえば、軍事冒険小説的なものを感じさせますがさにあらず。軍艦上で起きる日常の謎をメインに扱った、実にユニークな連作集であります。

 アメリカとの開戦も目前に迫る中、短期現役士官制度に応募して海軍主計士官となった池崎幸一郎。戦艦榛名に配属された彼に、補給で運び込まれたはずの野菜の箱が一つ紛失したという報告が入ります。
 海軍ではお馴染みの銀蠅(食料盗難)かと思いきや、食料箱の総数には変化はない――とすれば一箱予定になかった箱が運び込まれたことになります。山本五十六連合艦隊司令長官の視察を控えたこの時期、万が一のことがあってはならぬと調査を始めた幸一郎がやがてたどり着いた真実とは……

 という第1話の内容が示すように、軍艦上で起きたささいな、しかし奇妙な出来事をきっかけに、その謎を追うことになった幸一郎が意外な真実を解き明かす、というスタイルで(終盤を除けば)展開していく本作。
 そこあるのは華々しい戦いでも複雑怪奇な陰謀もなく、真相を知ればなんだと苦笑してしまいそうな「事件」ばかりであります。

 そもそも主計士官というのは、会社で言えば総務と経理の役目――つまり基本的に事務方。軍艦や海軍という言葉から受ける格好良くも華々しい――あるいは厳しく危険だらけのイメージとは遠いところにいる存在です。
 タイトルの軍艦探偵も、配属される先々の艦で事件に巻き込まれ、仕方なくそれを解決してきた幸一郎に対して冷やかしまじりに与えられた渾名のようなもので、もちろん公式の任務ではないのですから。

 しかし、それだからこそ本作は実に面白い。上で挙げたような一般的な(?)イメージとはほど遠いところで展開する本作ですが、しかし冷静に考えてみれば、軍艦だからといって、そして太平洋戦争中だからといって(少なくとも戦争初期は)四六時中戦闘しているというわけではありません。
 いやむしろそれ以外の時間が多かったはずであり、そして軍艦という空間の中に数多くの人間が日々を送っていれば、そこに「日常」が生まれることは当然でしょう。

 そんな軍艦上の日常という、史実の上でも物語の上でも我々とは縁遠い、しかし確かにかつて存在したものを、本作はミステリという視点から切り取ってみせた作品なのです。
 そしてそこに浮かび上がるのは、決して格好良くはない(そして同時に悲劇ばかりではない)等身大の人間たちの姿であります。軍艦探偵という二つ名は持ちつつも、やはりそんな人間の一人である幸一郎だからこそ気付くことのできる真実が、ここにはあります。

 しかしそんな日常も、戦況の変化とはもちろん無縁ではありません。そして一種の極限状況に近づいていくにつれて、人間性の表れ方も変わっていくことになります。
 本作のラスト2話で描かれるのは、そんなもう一つの現実の姿――そこで幸一郎は、これまで幸運にも出会わずに済んできたものの一つを突きつけられることになります。そしてそれを解決するには、彼をしても長い時間を必要としたのですが……


 そんな、ミステリとしても一種の歴史小説としても楽しめる本作ですが、しかし個人的には幾つかすっきりしない点もあります。

 その一つは本作に登場する軍艦――全六話に一隻ずつ登場する軍艦の半分が、架空のものであることです。
 もちろん同型艦は存在するかと思いますし、確たる資料と根拠をもって作中でも描かれているはずですが――しかし、本作のように明確な史実を踏まえた作品、その史実の中の人間を描く作品であれば、その舞台となる軍艦もまた、全て実在のものであって欲しかったと感じるのです。

 そしてもう一つ――それは、幸一郎がその中で生きてきた戦争の姿が――言い換えれば幸一郎がその戦争とどう向き合ってきたかが、ラスト近くまでほとんど伝わってこなかったように感じられる点です。

 確かに海軍は陸軍と違い、直接敵と向き合い戦う機会は少ないでしょう(そしてそれが作中ではっきりとある機能を果たしているのですが)。しかしそれでもどこかに敵は――彼らと同じ人間は存在し、それと彼らは戦っているのであります。
 本作はそれを描く作品ではない(というより意識して慎重に避けている印象)のかもしれませんが――戦争の中の日常を、人間を描く作品であったとすれば、その点も描いて欲しかったと感じます。幸一郎の身の回りの世界だけでなく、その先の人間の姿も……

 もちろんこれは個人的な拘りに過ぎないのではありますが。


『軍艦探偵』(山本巧次 ハルキ文庫) Amazon
軍艦探偵 (ハルキ文庫)

| | トラックバック (0)

2018.06.18

「コミック乱ツインズ」7月号(その二)


 「コミック乱ツインズ」誌の今月号、7月号の紹介の後編であります。

『カムヤライド』(久正人)
 スタイリッシュなあらすじページも格好いい本作、今回は出雲編の前編。前回、瀬戸内海に現れた巨大触手型国津神にヤマトタケルが脱がされたりと苦戦の末、かろうじて勝利したモンコとタケル。どうやら水中では全く浮力が生じないなど謎だらけのモンコですが、しかし彼も何故自分がカムヤライドできるのか、そして自分が何者なのか、一年より前の記憶はないと語ります。
(今回の冒頭、意識を失ったモンコの悪夢の形でその過去らしきものが断片的に描かれますが――やはり改造手術が?)

 それはさておき、自分の伯父に当たる出雲の国主・ホムツワケが乱を起こしたと聞き、大和への帰還よりも出雲に急ぐことを選ぶタケル。それはなにも伯父への情などではなく、かつてホムツワケが出雲に追われたように、皇子でも油断できぬ魑魅魍魎の宮中で自分の座を守るための必死の行動なのですが……
 普段は相棒(というかヒロインというか)的立ち位置で明るいタケルの心の陰影を描くように、文字通り陰影を効かせまくったモノトーンの中に浮かび上がるモンコとタケルの姿が強く印象に残ります。

 と、出雲にたどり着いてみれば、やはりと言うべきかそこは土蜘蛛たちが蠢く地。しかしそこで二人を制止して土蜘蛛と戦おうとする男が登場。その名は――イズモタケル! 敵か味方か第二(第三?)のタケル、という心憎いヒキであります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 鬼支丹編の後編である今回描かれるのは、前編で処刑された切支丹が変じた鬼を、祈りの力で消滅させたのがきっかけで正体がばれてしまった尼僧――実は金髪碧眼の盲目の少女・華蓮尼が歩む苦難の道であります。

 彼女を棄教させようと、その前で偽装棄教していた村人たちに無惨な拷問を行う尾張藩主。華蓮の悲しみと苦しみを知りながらも、俺は人間は救わない、華蓮も鬼になれば斬ってやると嘯く鬼切丸の少年ですが……
 それでも屈することなき華蓮と、彼女のために死にゆく村人たち。しかしその死が皮肉な形で(藩の側ではむしろ慈悲を与えたつもりなのがまたキツい)辱められた時、巨大な怨念の鬼が出現、少年の出番となるのですが――しかしそこでもまた、少年は華蓮のもたらした奇跡を目にすることになります。

 華蓮の出自も含めて、正直なところ内容的には予想の範囲内であった今回。その辺りは少々勿体なく感じましたが、無意識のうちに華蓮に母を重ねていた少年の心の揺れが描かれる終盤の展開はやはり面白いところです。
 しかしこの『鬼切丸伝』、本誌連載は今号まで。7月より「pixivコミック」にて移籍というのは実に残念であります。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 ちゃんと続いていて一安心の本作、三人の過去回も一巡して、今回は通常の(?)エピソードですが――しかしただでは終わらないのが、らしいところであります。

 旅の途中、とある藩で追っ手に追われていた若侍・春之進を救った三人組。悪家老の暴政によって財政が逼迫した藩の窮状を江戸に訴え出ようとする春之進に雇われた三人は、多勢で襲いかかる家老の手の者から逃れるべく戦いを繰り広げるのですが……
 今回も、夜、雨の降りしきる山道という、特殊なシチュエーションで繰り広げられる殺陣が印象的な本作。一歩間違えれば漫画ではなく絵物語になりそうなところを巧みに踏みとどまり、無音の剣戟を展開するのはお見事であります。

 中盤で先の展開が読めてしまうといえばその通りですし、ラストはもう用心棒の仕事から外れているように思えますが、それでも納得してしまうのは、この描写力と、これまで培われてきたキャラクター像があってのことと納得であります。
(リアリストの海坂、人情肌の雷音、理想主義の夏海というのはやはりよいバランスだと、今更ながらに感心)


 その他、今月号では『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』単行本第2巻発売記念として、2Pの特別ショートマンガが掲載されているのが嬉しいところ。
 連載も終わり、寿司屋で静かに酒を酌み交わす島と雨宮の会話の中で、作品内外の雨宮のルーツが語られる番外編を楽しませていただきました。


「コミック乱ツインズ」7月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年7月号 [雑誌]


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年6月号

| | トラックバック (0)

2018.06.17

「コミック乱ツインズ」7月号(その一)


 早いもので号数の上ではもう今年も後半に突入した「コミック乱ツインズ7月号」。巻頭カラー&表紙を『鬼役』が飾り、シリーズ連載の『そば屋 幻庵』も久々に登場、小島剛夕の名作復活特別企画も掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介しましょう。

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 江戸で起きる子供たちの神隠しを題材とした「神隠し綺譚」の後編は、全編を通してのアクション編といった印象。人手不足を補うために子供たちを拐かしていた那珂藩に、やはり子供の頃に拐かされ、今はその手先となっていた男・清吉が、江戸で出会った女性・お律とその娘・お鈴のために改心、藩に殴り込みをかけることになります。

 その殴り込みの助っ人を買って出た桃香は、これまでの罪滅ぼしと、止めても聞かない清吉をフォローして、いかにも忍者らしい(?)火薬玉やらをフル装備で大暴れするのですが、しかしこの後、悲劇の連続。子供たちを救い出したはいいものの、清吉が、そして思いも寄らぬ人物までが――という容赦ない展開に驚かされます。
 さらに桃香も、子供たちを人質に取られて藩の追っ手の前にあわやの危機。もちろんそこは豪快な大逆転が待っているのですが――しかしそれにしてもこのような結末になるとは全く予想ができませんでした。

 結末に一抹の救いは残されているものの、これは明確に桃香の失態で、ちょっとどうなのかなあ――という印象は強くあります。


『薄墨主水地獄帖 狂気の夜』(小島剛夕)
 小島剛夕の名作復活特別企画第6弾は、薄墨主水の3回目の登場。この世の地獄をのぞいて歩くと嘯く主水が、今回も奇怪な人間模様に巻き込まれることになります。

 放浪の末に立ち寄ったとある城下町で、春の夜のそぞろ歩きを楽しんでいた主水。しかしそこで美しい女性・幾代と出会ったことがきっかけで、辻斬りに襲われることになります。実は辻斬りの正体はこの藩の若君・東吾、取り巻きとともに夜毎人々を殺めていた相手に刃を向ける主水ですが、家老が割って入ったことでその場は引くことになります。
 その後、宿を借りた寺で幾代と出会う主水。実は自分に横恋慕してきた東吾に夫を謀殺され、以後もつきまとわれ続けていた彼女は、夫の仇を取るためであればいかなる恥も辞さないと主水にその身を任せようとするのですが……

 冒頭の展開を見た時は、眠狂四郎の『悪女仇討』のような物語かと思いきや、手段は選ばぬものの、まずは貞女(といってもその手段には矛盾があるわけですが)であった幾代。作者の筆が浮き彫りにするそんなー彼女の美しさと危うさが印象に残ります。
 しかし本作はそれで終わらず、最後の最後に彼女のもう一つの表情を描くことになります。その表情を何と評すべきか――そこにも主水が求める地獄の一つがあったのかもしれません。

 それにしてもこれまで以上にキメキメの台詞を連発する主水。こういう皮肉めいた表現は本来は好きではありませんが、柴錬原作であったかと一瞬思うほどでありました。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 冒頭に述べたように、今回は『そば屋 
幻庵』も掲載している作者。しかしコミカルなあちらに比べて、こちらはあくまでもシリアスな展開が続きます。

 何者かに人違いで襲われたことを師匠に報告したら油断を説教されたり、白石から将軍家宣の墓所が増上寺となった裏のからくりを探れと無茶ぶりされたり、相変わらずの聡四郎。墓所の造営にかかる金の動きを知ろうと、久々に相模屋を訪れるのですが――はいお待ちかねの紅さんの登場であります。
 ここのところご無沙汰だったのにお冠の紅さん、あえて普通の武士に対するようなよそよそしい丁寧語を使ってくるのが、怒りの度合いと、それと背中合わせのいじらしさを感じさせるのですが――聡四郎の新たな傷を見て一転あんた馬鹿モードになるのもまた可愛らしいところです。

 しかしそれでももちろん戦わねばならない聡四郎、自分の「人違い」の裏に気付いた彼は、今度は玄馬をお供に再び襲撃してきた相手に大決闘。上田イズム溢れる言動を見せる刺客(ビジュアル的には普通のおじさんたちなのがまた哀愁漂います)を迫力の太刀で撃退して――さて敵の正体は、というところで次回に続きます。


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」7月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年7月号 [雑誌]


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年6月号

| | トラックバック (0)

2018.06.12

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第11巻 遊郭編決着! その先の哀しみと優しさ


 ついにアニメ化決定、連載中の新章も絶好調と、脂の乗り切った状態の本作。この第11巻では、ついに真の姿を現した上弦の陸と、炭治郎・善逸・伊之助そして宇髄の死闘の決着が描かれることになります。長い長い戦いの末に生き残った者は、そしてそこに残ったものは……

 遊郭に潜む鬼を求め、宇髄の指揮の下に潜入した炭治郎たち三人。はたしてそこに潜んでいたのは遊女に化けた上弦の陸・堕姫――彼女に単身挑む炭治郎は、禰豆子の助けもあって、宇髄が駆けつけるまで奮闘を続けます。
 しかし堕姫の中から現れたのは、もう一人の、そして真の上弦の陸・妓夫太郎! 堕姫の兄であり、彼女を遥かに上回る戦闘力を持つ相手に宇髄も大苦戦、善逸と伊之助が駆けつけても、圧倒されるばかり。桁外れの相手に徐々に追いつめられていく四人の運命は……

 前巻の紹介でも述べましたが、とにかく戦いの長さと敵の底知れぬ強さに驚かされるばかりだったこの遊郭編。堕姫一人にあれだけ苦戦したと思いきや、さらにもう一人、それ以上の力を持つ妓夫太郎が出現というのは、もう反則と言いたくなるほどであります。
(特に妓夫太郎の攻撃手段が、一撃くらったら即死の猛毒というのがズルい)

 何しろ堕姫戦が始まったのは第9巻から。それからこの第11巻のほとんど全てを使ってようやく決着がついたのですから、その戦いの激しさを思うべし。
 読んでいるこちらも大変だったのですから、戦っている方はもっと大変だったに違いない――という変な感想はさておき、雑誌連載を追っていた時は、まだ続くのか、今度こそ誰か(具体的には宇髄)死ぬんじゃないかと最後の最後までひたすらハラハラさせられ通しでありました。

 それでも飽きることなく読まされてしまう――雑誌連載時でもこの単行本でも――のは、やはり刻一刻変わっていく状況を巧みに捉えて描いてみせる画の力が一つ。
 そしてそれ以上に、戦いに加わっている者たちの感情の揺れを掴み、読者の心に叩きつけてくる人物造形と描写の妙によるところが大きいと感じます。

 特にこの戦いの終盤――鬼殺隊側がほとんど全滅状態となった中からの大逆襲は、それまでの絶望が大きかっただけに、それでもなお立ち上がり、突っ走る面々の気合いがビビッドに伝わってくる名シーン。
 いかにも少年漫画らしい展開ではありますが、やはりこちらが見たかったものをきっちりと見せてくれるのは、実に気分のいいものであります。

 しかし、この巻において描かれるものは、戦いのみではありません。戦いがようやく終わった後――その後にこそ、本作の本作たる所以の物語が待ち受けているのですから。
 死闘の末についに倒れた妓夫太郎と堕姫。首を断たれ、もはや崩壊を待つのみの状態で、敗北の責任を擦り付けあう二人の前に立った炭治郎の行動とは、言葉とは……

 本作の主人公である炭治郎の魅力は、その心身の強さだけではありません。彼を彼たらしめるものは、その優しさ――憎むべき鬼すら、その最期において悼んでみせる、その想いの広さであります。
 これまで幾度も炭治郎の優しさに泣かされてきたものですが――今回もその優しさ、というよりそれを媒介して描かれる妓夫太郎と堕姫の過去がこちらの心に響くのです。

 遊郭で生まれ、育ち、鬼と化した二人。その彼らの過去に何があったか?
 その詳細は伏せるとして、決して許せぬ彼らの所業をこれまで嫌というほど目にしてなお、彼らに対する悲しみを覚えるほどの内容であることは間違いありません。
(それにしてもこの回想シーン冒頭、堕姫の本名とその由来が明かされた時には、頭を一撃されたような衝撃を感じたものです)

 彼らの所業に共感することはできません。しかし何故彼らがそうせざるを得なかったのか――それを理解することはできます。
 炭治郎の真っ直ぐな瞳を通じて、人でいられなかった鬼たちの悲しみを描いてきた本作は、ここでもそれを鮮烈に浮き彫りにしてみせるのであります。

 ……と、そんな感動をもたらす一方で、あんまりといえばあんまりな描写で笑いを取ってくる振れ幅のとんでもない大きさも、本作の油断のならないところ。
 その一方でラストでは鬼の首魁・鬼舞辻無惨の居城に舞台が移り――と、そこで猗窩座が登場する時点で変な笑いがこみ上げてくるのですが、それはさておき――まだまだこの先も盛り上がりは続くのであります。

『鬼滅の刃』第11巻(吾峠呼世晴 集英社少年ジャンプコミックス) Amazon
鬼滅の刃 11 (ジャンプコミックス)

関連記事
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第1巻 残酷に挑む少年の刃
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第2巻 バディであり弱点であり戦う理由である者
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第3巻 ついに登場、初めての仲間……?
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第4巻 尖って歪んだ少年活劇
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第5巻 化け物か、生き物か
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第6巻 緊迫の裁判と、脱力の特訓と!?
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第7巻 走る密室の怪に挑む心の強さ
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第8巻 柱の強さ、人間の強さ
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第9巻 吉原に舞う鬼と神!(と三人組)
 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第10巻 有情の忍、鬼に挑む!

| | トラックバック (0)

2018.06.11

森みつ『カリガネ』 油断の出来ない二人が培った「絆」


 東北に覇を唱えた独眼竜こと伊達政宗と、柳生新陰流の礎を築いた柳生宗矩――あまり接点のないように感じられるこの二人は、実は親しく交流する間柄でした。本作はその史実を踏まえて描かれる二人の物語――戦国の終わり、泰平の始まりに生きた二人とその時代を描く、なかなかにユニークな作品です。

 秀吉の北条攻めの最中、ひとり陣を抜け出したところを野盗に襲われた伊達政宗。彼を救ったのは、そこに居合わせた凄腕の剣士・柳生又右衛門――後の宗矩でありました。
 しかしそこで宗矩が人を斬れないという弱みを見破り、それをネタに、将軍家指南役となった宗矩から情報を得ようと企む政宗。
 一方の宗矩も、主であり次の将軍である秀忠を支えるため、北の雄藩である伊達家の力を利用するべく動くのでした。

 かくて、徳川幕府が地盤を固めていく中、水面下で丁々発止とやり合う政宗と宗矩。しかし、豊臣家との大戦が迫る中、二人の運命もまた歴史に翻弄されることに……

 政宗といえば戦国時代の人、宗矩といえば江戸時代の人――なんとなくそんな印象がありますが、実はこの二人はわずか四歳違い。完全に同時代人であります。
 そして片や有力外様大名、片や将軍家指南役/大目付と、ある意味水と油の中の二人ですが、しかし共に秀忠を支え、個人的にも親しく行き来する仲であったというのは、何とも興味深い史実であります。

 もっとも、政宗が秀忠を支えたのも、その腹心たる宗矩に接近したのも、伊達家生き残りのため――と容易に想像できるところではあります。そして宗矩の方も、トップクラスの要注意人物として政宗に接していたであろうこともまた。
 本作もそのスタンスで描かれてはいるのですが――しかしこの二人のキャラクター、そしてそのやり取りが、なかなか味があるのです。

 小田原合戦以来の因縁である二人。お互いがお互いの腹の底を知り、そしてそれを利用しあうという、何ともドライな仲なのですが、しかし見方を変えれば二人は腹蔵なき関係。
 そんな二人がやり合う様は、信用できない連中ばかりの中で、唯一お互いを知り尽くした、ライバル同士のぶつかり合いにも似た潔さすら感じられます。
(もちろん、そのお互いが一番信用できない、油断できない相手なのですが……)

 本作で描かれる二人の青年期から晩年まで――大きな時代の境目をまたいで、単純な敵とも味方とも言い難い二人の、戦場での命のやり取りとはまた異なるやり取りを経た二人の関係性はなかなか興味深いところであります。

 しかしそんな強者二人も、時代の巨大なうねりの前には、大きく翻弄されることになります。
 戦国最後の戦い、泰平のための最後の試練とも言うべき大坂の陣――そこで二人は、それぞれの立場から、かつてのような自分ではいられぬほどの、歴史の荒波に晒されることになります。

 そしてその荒波は二人だけではなく、彼の周囲の人々――彼らの次の代を担うべき、松平忠輝、五百八姫、そして豊臣秀頼といった若者たちにも等しく、いや、より激しく襲いかかることになります。
 それはあるいは、この国を先頭に立って動かしてきた二人にとっては、耐え難い無力感を感じさせるものであったかもしれません。自分たちが苦しむよりも遥かに苦しいものとして感じられたかもしれません。

 しかしそれでも時は流れる。その先にも残るものがある。本作の終盤で描かれるものは、そんなことを感じさせます。
 本作のタイトルである「カリガネ」は、作品の結末に描かれる、最晩年の政宗が宗矩に送った和歌の一節。そこにあるのは、そんな残ったものの一つ――長く激しい時の中で培われた「絆」に他ならないのですから。

 単行本2巻とそれほど長くないこともあり、第1巻の宣伝で言われる「戦国ロビイスト漫画」という印象はそこまで強くないのですが――しかし他では得難いものを感じさせる作品ではあることは間違いないでしょう。

『カリガネ』(森みつ 新潮社BUNCH COMICS 全2巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
カリガネ 1 (BUNCH COMICS)カリガネ 2 (BUNCH COMICS)

| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧