2017.02.20

入門者向け時代伝奇小説百選 忍者もの(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪に並び伝奇ものの華である忍者を主人公とした作品の紹介。古今の名作のうち、5作品をまず紹介いたします。
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)

16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎) 【江戸】 Amazon
 忍者もの一番手は、忍者といえばこの方、という山田風太郎の忍法帖の第1作であります。

 家光か忠長か、徳川三代将軍を決するためのゲームの駒として選ばれた甲賀卍谷と伊賀鍔隠れ、各十名の死闘を描いた本作は、奇怪極まりない――それでいて医学的合理性を備えた――忍者たちのトーナメントバトルという、忍法帖の一つのスタイルを作った記念すべき作品。
 しかし本作が千載に名を残すのは、忍者たちの忍法合戦の面白さもさることながら、その非人間的な戦いの中で、権力者たちに翻弄される甲賀と伊賀の恋人たちの姿をも描き出した点でしょう。

 近年、『バジリスク』のタイトルで漫画化・アニメ化され、今なお愛されている不滅の名作であります。

(その他おすすめ)
『信玄忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『忍者月影抄』(山田風太郎) Amazon


17.『赤い影法師』(柴田錬三郎) 【江戸】【剣豪】 Amazon
 柴錬が昭和30年代の忍者ブームに参戦した本作は、実に作者らしい、剣豪ものの側面も色濃く持つ作品であります。

 三代将軍家光の御前で行われたという寛永御前試合。この十番勝負に出場した二十人の武芸者たちの死闘が本作の縦糸ですが、横糸となるのは、その勝者を襲って拝領の太刀を奪う謎の忍者の存在であります。
 その正体は、伝説の忍者「影」の娘と、服部半蔵の間に生まれた若き天才忍者「若影」。ただ己の腕のみを頼みとし、強者との戦いの中にのみ己の存在を見出す彼の姿は、いかにも柴錬らしい独特の乾いた美意識に貫かれています。

 ちなみに本作には、大坂の陣を生き延び隠棲している真田幸村と猿飛佐助も登場。そのカッコ良さはファン必見です。

(その他おすすめ)
『猿飛佐助 真田十勇士』(柴田錬三郎) Amazon


18.『風神の門』(司馬遼太郎) 【戦国】 Amazon
 その活動初期に伝奇的な作品を発表していた司馬遼太郎。本作は忍者ブームに発表された、天才忍者・霧隠才蔵の活躍を描く長編です。

 徳川と豊臣の決戦が迫る中、どちらにつくでもなく飄々と暮らす才蔵。ある時、人違いから襲撃を受けた彼は、それがきっかけで東西の忍者たちの暗闘の世界に巻き込まれることになります。
 そんな中、才蔵はかつては宿敵であった猿飛佐助の主君・幸村と出会い、己の主と仰ぐのですが――

 才蔵を己の技を売って生きる自由闊達な男と設定し、痛快な活躍を描く本作ですが、そんな彼の自由は孤独と背中合わせ。自由であることの光と陰を背負った彼の姿は、同時に極めて現代的であり、だからこそ魅力的なのです。

(その他おすすめ)
『梟の城』(司馬遼太郎) Amazon


19.『真田十勇士』(全5巻)(笹沢左保) 【戦国】 Amazon
 大河ドラマの題材にもなり、今なお人気の真田幸村と、その配下・十勇士。そんな十勇士を描いた中でも決定版が本作です。

 智将・真田幸村一の臣である猿飛佐助が、幸村の股肱の臣たるべき勇士を求めて諸国を巡る発端から、十勇士集結、豊臣・徳川の開戦、そして凄絶な決戦からその結末に至るまでを描いた本作。
 設定自体は極めてオーソドックスではありますが、しかし十勇士たちをはじめとするキャラクターの個性、そして物語展開は、名手ならでは、というべきさすがの内容。何よりも、十勇士たち一人一人が背負った過去、あるいは彼らが出会う事件それぞれが、みな実に伝奇色濃厚で、さながら戦国意外史の感すらある作品です。


20.『妻は、くノ一』シリーズ(全10巻)(風野真知雄) 【江戸】 Amazon
 市川染五郎と瀧本美織主演でドラマ化もされた作者の代表作にして、一味も二味も違うユニークな忍者活劇であります。

 たった一月の新婚生活の後に姿を消した妻・織江を追って江戸にやってきた、ちょっと変わり者の平戸藩士・雙星彦馬。
 実は織江は藩を探る公儀のくノ一、任務で彦馬に近づいたのですが、そうと知らず彦馬は彼女を探す毎日。そして彦馬を愛してしまった織江も、やがて抜け忍となることを決意して――

 彦馬が出会う市井の事件の謎解きを縦糸に、織江が忍びとして繰り広げる苦闘を横糸に、濃厚な伝奇風味を隠し味とした本作。愛し合うカップルの苦難に満ちた冒険が、どこかユーモラスで、そして暖かい、作者ならではの筆致で描かれる名品です。

(その他おすすめ)
『消えた十手 若さま同心徳川竜之助』(風野真知雄) Amazon
『私が愛したサムライの娘』(鳴神響一) Amazon


今回紹介した本
甲賀忍法帖  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)赤い影法師 (新潮文庫)風神の門 (上) (新潮文庫)真田十勇士 巻の一 (光文社文庫)妻は、くノ一 (角川文庫)


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 「風神の門」上巻 自由人、才蔵がゆく
 「風神の門」下巻 自由児の孤独とそれを乗り越えるもの
 「妻は、くノ一」 純愛カップルの行方や如何に!?

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2017.02.18

篠綾子『紫式部の娘。 賢子がまいる!』 暴走ヒロインの活躍と母娘の和解

 かの紫式部が中宮彰子に仕えていたことは有名ですが、その娘もまた彰子に仕えたことはどうでしょうか。本作はタイトルのとおり、その紫式部の娘・賢子を主人公にした物語。14歳の彼女が、大人の貴族の世界に飛び込んで活躍するお話であります。

 母と同じく中宮彰子に仕えることとなり、期待に胸膨らませる賢子。控えめな母とは違い、負けず嫌いで勝ち気な性格の彼女は、お約束の新人いじめも軽々と跳ね返し、今光君と呼ばれる藤原頼宗をはじめ、素敵な殿方との恋愛に胸をときめかせる日々であります。
 そんな彼女の周囲にいるのは、地味ながら人の良い先輩の小馬、元は賢子いじめの先頭に立っていた中将君良子、そしてかの和泉式部の娘で母譲りの言動の小式部……賢子は勝手に小式部をライバル視していますが、まずは賑やかな宮中生活であります。

 そんなある日、彰子の伴で参内した賢子たちが巻き込まれた物の怪騒動。占いによればその原因が小馬であるという噂が流されていることを知った彼女は、小馬の汚名を雪ぐために立ち上がります。
 それがやがて、宮中の権力の座を巡る争いにまで繋がっていくとも知らずに――


 おそらくは主人公と同年代の女の子を対象としているであろう本作、その親の世代の年齢である僕の目から見ると、暴走気味の賢子の第一印象は何ともハラハラさせられる……というか、正直に言えば辟易とさせられるものではありました。
 新人いじめ上等、仕掛けて来た相手には弱みを見つけて逆襲するのはいいとして、顔だけでなく血筋や出世の見込みも計算に入れて男の品定めをするのは、当時は現代よりも早熟だったとしてもどうなのかなあ……と。

 しかしその印象は、後半に行くに従って大分変わったものとなっていきます。

 早くに亡くなった父のことをほとんど知らず、仕事に執筆にと忙しく暮らしてきた母を持つ賢子。
 特に母に対しては、一つにはその文学者としての盛名から、そしてもう一つはそんな母に自分は放置されてきたという想いから、彼女はむしろ敵愾心にも似た感情を抱いているのであります。

 そんな境遇は彼女の境遇に影響を与えないはずはありません。過剰なほどに早く大人になることを望み、誰に頼ることなく――男と恋愛したとしても依存せず――生きていこうとする彼女の姿は、そんな彼女の複雑な心情の現れと言うべきでしょう。
 軽薄に見える貴公子たちへの態度も、中流の生まれである自分が、真に彼らと結ばれることはないと理解しているゆえ、というのがまた切ないのであります。

 そしてそんな肉親への複雑な想いは、一人賢子のみが抱えているわけではありません。彼女同様、偉大な母を持った彼女の友人・同僚たち(小馬の母には仰天)。そして彼女の周囲に現れる名門の男性たちもまた……
 皆、エキセントリックとも言えるキャラクターですが、しかしそんなキャラたちの姿から、それぞれに己の生まれに縛られ、親との相剋を抱えながら生きている様が浮かび上がってくるのに感心させられるのです。

 そしてそんなキャラクター造形が、そして物語の中心となる物の怪騒動が、この時代の政治の、権力のあり方と繋がっていく展開も、お見事と言うほかありません。

 作者は本作以前に『藤原定家謎合秘帖』『在原業平歌解き譚』と、貴族社会を舞台とした歴史ミステリを発表していますが、本作も控えめではあるものの、物の怪の正体を推理し、それに基づいて「犯人」を追い詰めるくだりなどにミステリ要素が見られるのも嬉しいところであります。

 そしてその先には、大人たちの浅ましい権力闘争の姿が浮かび上がるのですが――しかしそれに対して賢子が怖じることなく、闘志を燃やすのもまたいい。
 そんな彼女の真っ直ぐな思いが、先に述べた複雑な心情と結びつき、ポジティブに昇華される姿は、児童文学として理想的な結末といえるでしょう。

 さらに紫式部の意外な姿、彼女が背負ってきた真の役割が明かされ、それが母娘の和解に繋がっていく結末は、大人であっても唸らされるものであることは間違いありません。


 後に数々の男性と恋愛遍歴を重ね、歌人としても幾多の勅撰和歌集に採録され、何よりも従三位という高位に上りつめた賢子。

 しかしそこに至るまではまだまだ時間があります。この後彼女がどんな活躍をして、どんな恋をするのか……本作のその先が見てみたいものです(特にラストで描かれたある男性のことを思えば――)

『紫式部の娘。 賢子がまいる!』(篠綾子 静山社) Amazon
紫式部の娘。賢子がまいる!

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2017.02.15

北方謙三『岳飛伝 二 飛流の章』 去りゆく武人、変わりゆく梁山泊

 北方謙三の大水滸伝最終章の第2巻であります。楊令の死の衝撃が冷めやらぬ中、行くべき道を模索する梁山泊の人々。金と南宋の思惑が交錯する中、岳飛もまた迷いの中から少しずつ立ち上がっていきます。そして一人の偉大な人物がついに退場することに――

 楊令の死から半年後、梁山泊を襲った大洪水の水もようやく引き、その機能を取り戻しつつある梁山泊。しかし新頭領に選ばれた呉用の聚義庁は何ら命令を下すことなく、軍をはじめとする面々は、自らの、梁山泊の行動に迷いつつ、自分自身の判断で動き始めることになります。
 そして兀朮が南を、秦檜が北を窺い、それぞれに中国全土統一を狙う中、その間に立たされた岳飛は、力を蓄えつつも自分自身を見つめ直すことに――

 と、この巻の前半の展開は、第1巻からあまり大きな動きはないようにも見えます。が、ここで梁山泊にとって、そしてこの物語にとって、大きな事件が起きることとなります。
 それは王進の死……子午山に隠棲し、史進・鮑旭・馬麟・楊令・花飛麟・秦容・張平・ 王貴 ・蔡豹と、数多くの若者を導いてきた武人が最期を遂げることのであります。

 ある意味、原典とは最も大きく異なる人生を歩むこととなった北方大水滸伝の王進。
 作中最強レベルの実力を持ちながら梁山泊の同志となるわけではなく、しかし己の生に迷う梁山泊の若者たちを受け入れ、再生させる……そんな役割を彼は果たしてきました。

 個人的にはこうした人間再生工場とも言うべき王進の在り方には違和感を感じていたのですが(尤も、大水滸伝で初めて泣かされたのは鮑旭のくだりだったのですが……と、これは王母の功績かしら)、やはりその存在は、この大水滸伝の世界にはなくてはならないものであったことは間違いありません。
 そしてその最期もまた、この最強の武人に相応しい、身も蓋もない言い方をすれば無茶な挑戦でありつつも、しかし荘厳さを感じさせる見事なものであったと言うべきでしょう。

 しかし同時に王進の退場は、大水滸伝の世界が大きく変貌しつつあることの、一つの表れなのかもしれません。
 何しろ、この第2巻で描かれる、梁山泊の幹部クラスが一同に会して行われる大会議においては、梁山泊の在り方、その根底にある志――替天行道の在り方までもが、問い直されることとなるのですから。

 大水滸伝における「志」の存在については――これはたぶんに原典の野放図な梁山泊の印象が残っていたために――これも個人的には大いに引っかかっていたのですが、しかし物語と大前提として受け容れてきました。しかしその大前提すら、一種の疑いとすら言える眼差しを向けてくるとは……
 大水滸伝は、こちらの想像していた以上に柔軟な存在、物語世界自体が一人歩き始めるほどのものであったか……と、恥ずかしながら今頃感心させられた次第です。

 そしてその柔軟さは、梁山泊に生まれた第二世代において花開いていくこととなります。兀朮と秦檜が、それぞれの立場から中国統一という壮大な夢を見る中、彼ら若い世代は中国という枠を超えて、西へ東へ南へ……自由の大地を求めて歩み出すのですから。
 それが梁山泊の、国という存在の向かう先であるかはわかりませんが、枠から飛び出した若い世代というのはやはり気持ちの良いものであります。

 そしてもう一人気持ちの良い存在となってきたのが岳飛であります。

 これまで幾多の戦いに参加し、作中でも有数の実力者でありつつも、重要な戦いにはほとんど敗北し、辛くも命を繋いできた岳飛。
 身も蓋もない言い方をすれば「しぶとい敵役」という扱いに近かった彼も、自らの名を関する本作においては、武人としてだけではなく人間として、生き生きとした若者としての素顔を見せてくれることとなります。

 特に自分の義手を作ってくれた毛定や、何よりも娘の崔蘭とのやり取りは、純粋に物語として、登場人物同士の生き生きとしたやりとりとして実に楽しい。
 まだまだ岳家軍の総帥としての――歴史に名を残す英雄・岳飛としての先行きは不明なものの、一人の人間として、この先の彼の行動が楽しみになるというものです。


 さて、大きな変貌を遂げていく梁山泊ですが、しかし変わらないもの、変われないものもあります。それは楊令の死に対する復仇の想い――間接的にせよその引き金となった兀朮への復仇であります。

 本作の終盤では、兀朮率いる金軍が実に二十万の大軍を率いて梁山泊に襲来、迎え撃つは復仇の心に燃える八万の梁山泊軍。
 果たしてこの戦いの行方は……いきなりクライマックスであります。


『岳飛伝 二 飛流の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 二 飛流の章 (集英社文庫)


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 北方謙三『岳飛伝 一 三霊の章』 国を壊し、国を造り、そして国を……

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2017.02.02

皆川亮二『海王ダンテ』第2巻 いよいよ始まる異境の大冒険

 超古代文明の遺産である本と魔導器を手にした少年・ダンテ(実は若き日の○○○○)が繰り広げる奇想天外な冒険を描く海洋冒険伝奇漫画の第2巻であります。正式に英国海軍の士官候補生となったダンテが向かうのはインド。そこでじゃじゃ馬未亡人を連れ帰る任務に就いたダンテの前に思わぬ敵が――

 「生命」の書を巡る南極での冒険の最中に行動を共にした英国海軍の人々に惹かれ、自らも海軍を志願したダンテ。パトリックとダミアン、同年代の友人もできた彼の乗る船は、インドに向かうこととなります。
 航海の目的は、現地の大富豪と結婚したイギリス人女性・フランシス・ニズベット(ファニー)嬢を連れて帰ること。ヒンドゥー教の「サティー(寡婦殉死)」……夫が死んだ際に、妻がその亡骸と共に焼かれるという儀式から、彼女を救出することが目的なのですが――

 しかしそこで待ち受けるのは、執拗にファニーをサティーにかけようとする教徒たち。町中の人々を敵に回すこととなったダンテたちですが、ファニーまでイギリスに帰ることを拒み、ダンテは思わぬ苦闘を強いられることになります。

 さらに海からダンテたちの船に予想もしなかった脅威が迫ります。何と百年前に処刑されたはずの海賊キャプテン・キッドとその不死の兵たちが襲ってきたのであります。
 書を狙うゾンビ海賊を退け、そしてファニーを連れてダンテは無事帰還することができるのか――


 というわけで、設定の紹介編的な第1巻に続くこの巻では、いよいよ海に出た主人公が繰り広げる大冒険……という、実にワクワクさせられる展開。
 何しろ後の○○○○提督だけに、海に出るのは当然と言うべきかもしれませんが、そこで繰り広げられるのは、貴婦人(?)救出という古式ゆかしい冒険活劇に加え、死から甦った大海賊を向こうに回してのバトルなのですから、盛り上がらないはずがありません。

 ダンテの持つ書「要素」と魔導器の能力――この世界を構成する分子を自らの意志で組み替え、物理的な力に変えるという能力。
 これは彼の体の一部を触媒に使うとはいえほとんど万能であるだけに、主人公無双となるのでは、という不安もありましたが、それはもちろん杞憂。

 ダンテが海軍という組織に加わり、共に戦う仲間ができたことで、その能力を使うのにいい意味で制限がかかった(使わずに切り抜けることが可能となった)ことが、物語にとってはポジティブに作用していると感じます。

 そして興味深いのは今回の舞台。インドという(イギリスにとっての)異境は、この時代を舞台としたフィクションではしばしば登場しますが、サティーという風習を中心に据えているのが印象に残ります。

 実際にはこの当時は既に廃れかけていた風習とのことですが(そしてそれは作中でも語られるのですが)、何故周囲がそれに拘るのかという点で一ひねりあるのが面白い。
 そしてそれが、単純に現地の人々だけを、あるいは西洋人だけ悪人としない作劇に繋がっていくのも巧みであります。

 しかし何よりも面白いのは、救い出すべきファニー自身がサティーを望んでいるという設定でしょう。もちろん単なる自殺願望ではなく、そこには彼女なりの深い理由があるのですが……そこから逆にダンテとの心の絆が生まれるというのが、実にイイのです。
 実はサティーからヒロインを助けて……というのは、『八十日間世界一周』のオマージュではないかなあと思うのですが、しかし見事な換骨奪胎と言うべきでしょう。

 そしてこの巻のラストでダンテたちが取る行動も、如何にも少年らしい正義感と無鉄砲さがあって、実に爽快、痛快。さらにここで史実を見れば、思わずニヤニヤさせられてしまうのであります。

 この巻では登場しないのかな、と思わされたライバル・ナポリオもまたとんでもない形で登場、二人の微妙な距離感も楽しく、少年漫画の王道を往く冒険活劇として(作者の作品の中でも最も「冒険」の語が相応しい作品ではないでしょうか?)大いに楽しませていただきました。


 しかし「敵」が手にした力はある意味無尽蔵。ラストで登場する次なる敵は、ある意味海賊の元祖というべき存在だけに、一筋縄でいくはずもありません。
 ダンテが、ナポリオが、仲間たちがこの強敵に如何に立ち向かうのか、そして如何なる冒険が待ち受けているのか……第3巻が待ち遠しいのです。


『海王ダンテ』第2巻(皆川亮二&泉福朗 小学館ゲッサン少年サンデーコミックス) Amazon
海王ダンテ 2 (ゲッサン少年サンデーコミックススペシャル)


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2017.02.01

宮川輝『買厄懸場帖 九頭竜 KUZURYU』第3巻 三人目の九頭竜が選んだ道

 石ノ森章太郎の原作漫画を宮川輝がアレンジする本作もこの第3巻でついに完結。母の仇を捜す買厄人・九頭竜の旅は思いも寄らぬ方向に進み、九頭の竜の前金物に秘められた莫大な黄金を巡る争いに巻き込まれることに。そして死闘の果てに彼を待つものとは――

 表の顔は薬売り=売薬人、そして裏の顔は金で厄介事を始末する買厄人・九頭竜。幼い頃に母を殺した下手人を追う彼は、母が残した前金物を手がかりに旅から旅を続ける中、ついに下手人の正体を知ることになります。
 それは自分を拾い、育て上げた養父とその仲間たち――謎の行者姿の一団。長きに渡りこの国の歴史の陰で戦いを繰り広げてきた二つの勢力の一つに属する彼らは、その軍資金として隠し金山から莫大な黄金を掘り出し、それに関わった者たちを皆殺しにしたというのであります。

 そしてその黄金の隠し場所が記されたのが、全部で九枚存在する前金物。九頭竜は残る仇を追い、真実を確かめるため、残りの前金物を追うのですが……その前に現れたのは、武田家の残党・天涯法師率いる一団。そして行者たちの配下である謎の女・蛇姫でありました。
 かくて九頭竜の旅は、復讐行から、思わぬ三つ巴の秘宝争奪戦へと変わることに――


 これまで描写の少々の違いこそあれ、原作をほぼ忠実に追ってきた本作。この最終巻で描かれるのは、その原作の中盤から終盤からの物語なのですが……物語が進むにつれ、その内容は、やはり原作を踏まえつつも、しかし大きくその方向性を変えていくこととなります。

 九頭竜とその配下、天涯法師一味、そして行者たちと蛇姫……三派が各地で繰り広げる壮絶な血闘の数々。その最中で変わっていく九頭竜と蛇姫の関係性。そして訪れる別れと秘宝の真実――
 その多くは原作通りでありながら、本作が迎えるのは、ある意味原作とは正反対の結末。冷静に考えれば原作では曖昧なままであった部分に答えを示したのはさておき、全く異なる結末の味わいには、原作ファンからは賛否が分かれるかもしれません。

 ……が、私はこの結末を大いに気に入っています。


 以前にも紹介していますが、本作は、実はさいとう・たかをによるリライト『買厄人九頭竜』に続く二番目のリライト。その意味では、本作の九頭竜は、三人目の九頭竜と言うことができるでしょう。
 そして過去の二人の九頭竜は、出会う真実はほぼ同じだったとしても、その選んだ道、辿った運命は、また大きく異なるものでした。

 その結末について詳細に述べることは避けますが、一人目の九頭竜はその運命に飲み込まれ(あるいは殉じ)、二人目の九頭竜はその運命を投げ出した……そう表することができるのではないかと思います。
 それに対して本作の九頭竜、三人目の九頭竜は、その運命を自ら切り開いたと言うべきでしょうか。己を苦しめ、翻弄してきた運命の真実を知ってもなお、それを受け止め、そして前向きに歩き出す――それが本作の九頭竜の選んだ道なのです。

 繰り返しになりますが、この結末に違和感を感じる方はいても不思議ではありません。しかしあくまでも本作は三人目の九頭竜の物語であり、ようやく「九頭竜」は未来を手にしたのだと――最終回、あまりにも意外なゲスト(カメオ)の登場を通じて、私は感じられたのです。
(そして、原作終盤では薄れがちであった「買厄人」という要素を思わぬ形で甦らせたラストも心憎い)


 「邀撃」で描かれる天涯法師とその息子の辿る結末、「逮夜」冒頭で描かれる卑小な人間に対する自然の巨大さなど、描写の面でも印象に残り、唸らされることも少なくなかった本作。
 まずは大団円を迎えた作品として、私は満足しております。


『買厄懸場帖 九頭竜 KUZURYU』第3巻(宮川輝&石ノ森章太郎 リイド社SPコミックス) Amazon
買厄懸場帖 九頭竜KUZURYU 3 (SPコミックス)


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2017.01.30

入門者向け時代伝奇小説百選 古典(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、古典の紹介その二であります。
6.『ごろつき船』
7.『美男狩』
8.『髑髏銭』
9.『髑髏検校』
10.『眠狂四郎京洛勝負帖』

6.『ごろつき船』(大佛次郎)【江戸】 Amazon
 大佛次郎といえば『鞍馬天狗』の生みの親ですが、その作者の伝奇ものの名作が本作――松前藩を牛耳る悪徳商人に家を滅ぼされた大商人の遺児と、彼を守って決死の戦いを繰り広げる人々の姿を描く物語であります。

 本作の魅力の一つは、何よりも松前に始まり、舞台は江戸に、西国に、そして遙か遠く異国まで広がっていくスケールの大きさ。しかしそれ以上に心に残るのは、主人公側の登場人物を次から次へと襲う苦難の運命と、それにも負けぬ善き心の存在であります。
 運命の悪意に翻弄され、世の枠組みからつまはじきにされようとも、善意と希望を捨てず戦い抜く……そんな「ごろつき」たちの勇姿には、心を熱くせずにはいられません。

(その他おすすめ)
『鞍馬天狗 角兵衛獅子』(大佛次郎) Amazon


7.『美男狩』(野村胡堂)【幕末-明治】 Amazon
 密貿易の咎で獄死した銭屋五兵衛が残した莫大な財宝を巡り、架空・実在の様々な人々の運命が入り乱れ、やがて伊皿子の怪屋敷に習練していく――銭形平次の生みの親である作者が初めて手掛けた時代小説である本作には、時代伝奇の楽しさが横溢しています。

 しかし印象に残るのは何とも不穏なタイトル。実は本作で大活躍するのは不倶戴天の宿敵である二人の美剣士。そしてそこに魔手を伸ばすのが、大の美男好き、それも美男同士の死闘を観るのを愛するという怪屋敷の女主人なのであります。
 そのドキドキするような要素を、「ですます」調の爽やかな文体で、節度を守りつつ描き出し、波瀾万丈の物語として成立させてみせた本作。作者ならではの逸品です。


8.『髑髏銭』(角田喜久雄)【江戸】 Amazon
 今では知名度こそ高くないものの、紛れもなく時代伝奇小説界の巨人と呼ぶべき作者の代表作がこの作品。莫大な財宝の在処を示す八枚の「髑髏銭」を巡り、青年剣士・怪人・大盗・悪女・奸商入り乱れての争奪戦が繰り広げられる本作は、まさに時代伝奇の教科書ともいうべき先品です。
 特に印象的なのは、髑髏銭を求めて跳梁する覆面の怪人・銭酸漿。冷酷で陰惨な殺人鬼のようでありながら、実は悲しい宿命を背負い、人間的な側面を覗かせる彼には、現代においても全く古びない存在感があります。

 推理小説家として知られるだけに、ミステリ的趣向が濃厚なのも作者の時代伝奇の特徴ですが、それは本作も同様。ミステリファンにも読んでいただきたい作品です。

(その他おすすめ)
『妖棋伝』(角田喜久雄) Amazon
『風雲将棋谷』(角田喜久雄) Amazon


9.『髑髏検校』(横溝正史)【怪奇・妖怪】【江戸】 Amazon
 たとえ異国の存在であっても貪欲に取り込んでしまうのが時代伝奇というジャンルですが、異国の妖魔の代表格である吸血鬼が江戸を脅かすのが本作。

 『吸血鬼ドラキュラ』の翻案と言うべき本作は、異境の吸血鬼に囚われた若者の手記に始まり、都で若者の恋人を狙う吸血鬼の跳梁、これに挑む老碩学たちの死闘――と、基本的に原典の展開をなぞっているのですが、それでいて要素の一つ一つが見事に日本のものとして翻案されているのが素晴らしい。

 何よりも、唸らされるのは、ラストで明かされる吸血鬼・不知火検校の正体。終盤の展開がやや駆け足ではありますが、時代伝奇ホラーの名作であることは間違いありません。

(その他おすすめ)
『天動説』(山田正紀) Amazon
『神変稲妻車』(横溝正史) Amazon


10.『眠狂四郎京洛勝負帖』(柴田錬三郎)【剣豪】【江戸】 Amazon
 古典ジャンルの中で唯一戦後の作品であります。古くは市川雷蔵や田村正和が、近年はGACKTが演じた孤高のヒーローの活躍を描く短編集です。

 異国の転び伴天連と武士の娘の間に生まれたという出生の秘密を背負い、立ち塞がる相手は円月殺法で斬り捨てる異貌の剣士。そんな狂四郎の人物像は今なおインパクトがありますが、しかし本シリーズは、今現在は最終作を除いて絶版という状況。その一方で容易に手に取ることができるのが本書です。

 張り巡らされた陰謀と謎、強敵を斬り払う狂四郎の一刀、むせび泣く女体……眠狂四郎ものの王道を行く表題作をはじめとしてバラエティに飛んだ短編が集められた本書は、眠狂四郎に初めて触れるにも適した一冊でしょう。


(その他おすすめ)
『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎) Amazon
『運命峠』(柴田錬三郎) Amazon


今回紹介した本
ごろつき船 上 (小学館文庫)美男狩(上) 文庫コレクション (大衆文学館)髑髏銭 (春陽文庫)髑髏検校 (角川文庫)新篇 眠狂四郎京洛勝負帖 (集英社文庫)


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 大佛次郎『ごろつき船』上巻 悪事を捨て置けぬ男たちの苦闘!
 大佛次郎『ごろつき船』下巻 今立ち上がる一個人(ごろつき)たち!
 「美男狩」 時代伝奇小説の魅力をぎゅっと凝縮
 「髑髏検校」 不死身の不知火、ここに復活
 「眠狂四郎京洛勝負帖」 狂四郎という男を知る入り口として

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2017.01.26

北方謙三『岳飛伝 一 三霊の章』 国を壊し、国を造り、そして国を……

 ついに北方謙三の大水滸伝の第三部『岳飛伝』の文庫化がスタートしました。実に1999年から始まったこの大河ロマンもついに完結編に突入であります。楊令を失った梁山泊は再び立ち上がれるのか、そしてそれぞれに激流の最中にある金は、南宋の運命は――

 兀朮の奇襲を跳ね返し、岳飛を圧倒的な力で追い詰めつつも、思わぬ刺客の刃に斃れた楊令。楊令が心血を注いだ自由市場も大洪水により多大な被害を受け、梁山泊は計り知れないほど大きな打撃を受けることに――

 物語はそんな『楊令伝』の結末から半年後の時点から始まります。

 呉用の策により水は引き、少しずつ復興を続ける梁山泊。しかし楊令という指導者を喪った梁山泊では指示を出す者がおらず、梁山泊軍もその力を保ちつつも、誰と戦うべきかを決めることができず、宙に浮いたような状態に置かれることに。

 一方、楊令の不意の死により辛うじて命を拾い、敗北感に苛まれながらも軍を再編し、金の来襲に備える岳飛。そしてやはり楊令に大敗を喫した兀朮も、長き苦しみの末にようやくそれを乗り越え、金軍を掌握して南宋を窺います。

 さらにかつては青蓮寺の李富と結んだ秦檜も、南宋を再興し、再び中華に統一国家を打ち立てるために活動を始め……と、四者四様にこれまで受けた打撃からようやく立ち直り、明日に向けて動き出す姿が、この巻では描かれることとなります。

 しかし、その中でも中心に描かれ、そしてその動向が最も気になるのは、梁山泊であることは言うまでもありません。

 前作ラストであれほどの大打撃を受け、それでもその地力自体は決して失われたわけではない梁山泊。しかし新たに頭領に選ばれた呉用は統一した戦略を打ち出すことなく、構成員一人一人が、自分の考えで動くことを求めるのであります。
(その結果、それぞれの軍が統一的に動かぬまま金軍と戦う梁山泊軍、というなかなか珍しいものが描かれることに……)

 それは、楊令という偉大なリーダーに全てを背負わせ、結果として彼を追い詰めてしまったという反省によるものではあるでしょう。
 しかし同時に、梁山泊が国として……あるいはもっと別の運動体として立ち上がるために、これまでにない存在として動き出すために必要な産みの苦しみであると言うべきなのかもしれません。

 だとすれば、その中で――この巻ではまだその萌芽ではあるものの――新しい動きを始めたのが、最初の梁山泊が誕生した頃にはまだこの世に生も受けていなかった二世世代の若者たちであったのは、むしろ必然だというべきでしょう。
 その一方で、その彼らの姿を見つめる老いた者たち、この巻においては李俊などの姿にも、胸を打たれるのです


 そしてそれは「物語の裾野」とでも言うべきものがさらに広がっていくということですが……しかしその一方でその裾野が広がりすぎている、という印象があるのも事実です。

 今後、梁山泊・岳家軍・金・南宋と、単純に考えても四つの大きな勢力が登場する中で、タイトルロールたる岳飛がどこまで存在感を示すことができるのか……少なくともこの巻においては、完全に梁山泊に押されている印象であります。
 あるいは彼がそれを覆した時こそが、真に楊令の影から抜けだしたということなのではないか……というのは、いささか文学的に考えすぎかもしれませんが。


 何はともあれ、最後の物語は始まりました。『水滸伝』が「国を壊す物語」、『楊令伝』が「国を造る物語」であったとすれば、本作は何を描くことになるのか――
 「盡忠報国」を背負った岳飛がタイトルロールであることを考えれば、それは「国を守る物語」であるのかもしれませんが、いずれにせよ念頭に置くべきは、彼にとっての「国」は、「民」であるということでしょう。

 そしてその「国」という概念は、先に挙げた四つの勢力、いやそれを構成するそれぞれによっても異なるものでしょう。
 だとすれば、本作で描かれるのはより根源的なもの、「国(とは何か)を問う物語」になるのではないか……そう感じます。

 その第一印象が合っているか否かも含め、この物語で何が描かれることになるのか、物語の始まりに胸が高鳴ります。


『岳飛伝 一 三霊の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 1 三霊の章 (集英社文庫)


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2017.01.17

『コミック乱ツインズ』 2017年2月号

 リイド社の『コミック乱ツインズ』誌の2月号は、新連載が池田邦彦『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』、連続企画の池波正太郎時代劇スペシャルは原秀則『恋文』という、なかなか意外性のある内容。今回も、印象に残った作品を一作品ずつ紹介していきたいと思います。

池波正太郎 時代劇スペシャル『恋文』(原秀則&篁千夏&池波正太郎)
 というわけで毎回作品と、それ以上に作画者のチョイスに驚かされる企画ですが、今回はその中でも最大クラスの驚きでしょう。ラブコメ・恋愛ものを得意としてきた原秀則が初めて時代漫画を描くのですから。

 ある日、想いを寄せていた足袋問屋の娘・おそのから付け文を受け取った丁子屋奉公人の音松。親の縁談を嫌がり、自分を連れて逃げて欲しいという内容に、待ち合わせ場所に向かった音松ですが、しかしいつまでも彼女はこない。
 それもそのはず、その付け文は、店の同僚とその仲間が音松をからかうために書いた偽物。しかし、真に受けた音松が店の掛取り金を持ち逃げしていたことから、思わぬ惨劇が……

 という前半から、後半のおそのの復讐劇と大きく動いていく物語を、作画者はこれが初時代漫画とは思えぬ達者な筆致で描写。特にキャラクター一人ひとりのデザイン、そして浮かべる表情が実に「らしい」のに感心させられます。
 特に絶品なのは、後半の主人公となるおそのの描写。思わぬ運命の変転に巻き込まれた彼女、無口な箱入り娘に過ぎなかった彼女が見せる思わぬ強さ、怖さ、逞しさを、浮かべる表情一つ一つの変化で浮かび上がらせるのには、お見事としか言いようがありません。


『エイトドッグス  忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 トーナメントバトルの華ともいうべき敵味方のリスト(死亡者に×印がつく)が表紙でいよいよテンションがあがる忍法合戦。そのリストから里見方・服部方二名づつが消え、八玉も二つまでが村雨姫の手に戻ったものの、まだまだ圧倒的に不利な状況。
 追い詰められた村雨姫の前に現れたのは、胡散臭い香具師の男と、娘姿の美青年で――

 というわけで登場した当代の犬山道節と犬塚信乃ですが、他の八犬士同様、この二人もお家に対する忠義心は薬にしたくともない奴らですが……いや、彼らにないのはあくまでも「お家に対する」忠義心。再び村雨姫を追い詰める服部忍軍の外縛陣に対し、道節が立ち上がることとなります。

 ここで驚かされるのは原作では無名だった道節の忍法に名前が付いた点で……というのはさておき、これは原作どおりの名セリフとともに道節が必死の働きを見せるシーンは、彼がなんともすっとぼけた表情だけに、大いにインパクトがあったところです。


『怨ノ介 Fの佩刀人』(玉井雪雄)
 武士として仇討をするため、不破刀と別れを告げた末、ついに怨敵・多々羅玄地の潜む巌鬼山神社に到着した怨ノ介。その前に現れたのは、不破刀とは瓜二つの少女――当代の玄地の娘でありました。
 父に代わり仇討ちを受けて立つという娘とは戦うことができず逃げ出した怨ノ介の前に現れたのは、以前出会った無頼漢・倦雲で……

 というわけでクライマックスも目前となった本作、前回描かれた日本刀そもそもの由来にまつわる物語……伝説の刀鍛冶・鬼王丸の物語が再び思わぬ形でクローズアップされ、怨ノ介と多々羅玄地の因縁に繋がっていくのには驚かされますが、しかし真に驚かされるのはその先にある、玄地の真実。
 何故彼が怨ノ介の家を滅ぼしたのか……一見通俗的な時代劇めいた御家騒動に見えたその背後にあった真実の無常さ、異常さを何と評すべきでしょうか。

 というわけでここに来て一気に物語の構図が逆転したのにはただただ絶句させられますが、それだけに最後に描かれる当代玄地の姿はちょっと残念なところ。……いや、それもこの異常な「機関」が生み出したものというべきでしょうか。この永久継続の地獄にいかに怨ノ介が挑むのか。結末が楽しみです。
(そして今回もさらりと深いことを呟く倦雲がまたイイのです)

 その他、新連載の『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)は、鉄道黎明期の私鉄という非常にユニークな題材の物語ですが、個人的にはちょっと登場人物の思考についていけないものがあった……という印象。
 また『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治)は、原作の「後は知らない」の漫画化。依頼の金額の大きさから標的の強さを悟り、闘志を燃やす梅安というのは、この作画者ならではのビジュアルだなあ……と感心いたしました。


『コミック乱ツインズ』2017年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年 02 月号 [雑誌]


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2017.01.08

『怪談おくのほそ道 現代語訳『芭蕉翁行脚怪談袋』 イメージとしての、アイコンとしての「芭蕉」

 「俳聖」として後世に名を残し、「おくのほそ道」の旅によって、旅に生きた漂泊の人という印象が強い松尾芭蕉。その芭蕉と弟子たちが諸国で出会った不思議な出来事を描く奇談集を現代語訳したものに、詳細極まりない解説を付した、実にユニークな一冊であります。

 ……と申し上げれば、なるほど、芭蕉や弟子たちの随筆や日記から、怪談奇談を抜き出して集めたものなのかな? と思われる方も多いと思いますが(かく言う私もその一人)、さにあらず。

 本作のベースとなった『芭蕉翁行脚怪談袋』は、江戸時代後期に成立したと考えられる書物ですが、内容はほぼ完全にフィクション。
 タイトルに「行脚」とあるように、芭蕉らが旅先で出会った出来事を中心とした内容ですが、史実では足を運んだのがせいぜいが京阪周辺までだった芭蕉が、中国地方から四国、九州まで足を運んでいるのですから、豪快といえば豪快であります。

 そんな『怪談袋』は、基本的に芭蕉その人と弟子たち、それぞれが主人公となるエピソードを交互に配置し(底本によってこの辺りは異動があるとのこと)、冒頭に彼らの句を掲げ、それにまつわる逸話を語っていくスタイルのエピソードがで、本書では全24話収録されています。

 上で述べたとおり、舞台となるのは実際には芭蕉が足を運んでいない地を含めて日本各地に渡ります。
 その土地土地で怪異や面倒事などに巻き込まれた芭蕉たちが、時に俳句の霊威や当意即妙の知恵でもってそれを切り抜け、あるいはその様を俳句として残すというスタイル自体は、なかなかユニークで楽しめるものではあります。

 が、その内容自体は、実はあまり大したことはない、というのが正直なところ。
 どこかで聞いたような内容であったり、そもそも怪談奇談としては物足りないものであったり、元々の記載の不備故か話が繋がらないものであったり――単純に怪談奇談集としてのみ読めばかなり苦しい内容であることは間違いありません。

 ……が、しかし本書は、それでも実に面白い一冊なのです。


 先に述べたとおり内容的にはほぼ完全にフィクションであり、「説話」というべきものであるこの『怪談袋』。
 それであれば、わざわざ芭蕉や弟子たちが主人公でなくとも……と思いたくもなりますが、しかし、その説話の主人公が芭蕉たちでなければならなかったという、その点にこそ注目することで、『怪談袋』は、本書は俄然興味深いものとなるのです。

 冒頭に述べたとおり、おくのほそ道の旅によって、そして辞世の「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」の句によって、「旅」の印象が強い芭蕉。
 そしてそのおくのほそ道では僧形で旅をした芭蕉は、世俗から離れ、漂泊の旅の中で数々の歌を残していった西行らのイメージ上の後継者とも言うべき存在として受け止められている……そう本書の編著者である伊藤龍平は語ります。

 すなわち、史実か否かに関わらず、江戸時代において旅をして歌を読み(その句も、必ずしも芭蕉や弟子たちのものではなく、別人の句であったりするのですが)、怪異に対するのは、芭蕉でなければならなかった。彼だからこそ、そのような出来事に出会い、そして解決することができた――

 そんな「俳諧説話」の主人公として、一種の文化的なアイコンとして芭蕉が存在していた……それを、芭蕉イメージの一種の集大成である『怪談袋』を通じて、本書は教えてくれるのです。


 本書のタイトルに使われている「おくのほそ道」。そこで描かれる芭蕉と曽良の旅自体は言うまでもなく史実ですが、しかし「おくのほそ道」に記された内容自体は、必ずしも史実に即したものではないこともまた、知られているところです。
 そこには芭蕉自身の手によって、史実のイメージ化、説話化が行われているのであり、そこに『怪談袋』の源泉があると言うこともできるでしょう。

 実は『怪談袋』には東北のエピソードはほとんど収録されていないのですが、にもかかわらず本書が「おくのほそ道」を冠しているのは、この点を鑑みればむしろ適切と言えるでしょう。
 このタイトルにも見られるように、編著者が『怪談袋』を読み解く態度、語る内容は実に当を得たものであり、各話の解説及び解題を含めて一つの作品であると言っても良い一冊であります。


『怪談おくのほそ道 現代語訳『芭蕉翁行脚怪談袋』』(伊藤龍平 訳・解説 国書刊行会) Amazon
怪談おくのほそ道  現代語訳『芭蕉翁行脚怪談袋』

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2017.01.07

『飛び出す冒険映画 赤影』

 昨年は『仮面の忍者赤影』を全話紹介いたしましたが、TVシリーズに加えてもう一本、赤影は存在しています。それが本編終了後に東映まんがまつりで上映された本作。TV本編と同様、Amazonプライムで観ることができるようになりましたので、ここに紹介いたします。

 本作はいわゆる総集編、第一部金目教篇から第1・2・5・6話を編集し、50分強の作品にまとめたもの。しかし単純な総集編ではなく、新撮部分を追加し、その部分が立体映画(それゆえ「飛び出す」)となっているのがミソであります。

 今でこそ3D映画は珍しくありませんが、本作は赤と青のセロファンのついた専用のメガネを用いるタイプ。このメガネ、赤影の仮面型をしていたとのことで、なかなかニクい趣向であります。
 もっとも本作、新撮部分のみが立体のため、その部分になると仮面をつけなくてはいけないのですが、その直前に赤影や白影が仮面をつけるよう、画面のこちら側に呼びかけるのが何とも楽しいのです。
(オープニングの時点で、カラフルな光を背景に赤影のシルエットが語りかけてくるのもイイ)

 もっとも、今回観たAmazonプライムビデオ版では、この立体部分は白黒で、他のシーンがカラーなのに対して逆に見劣りしてしまうのが皮肉ですが――


 さて、内容の方は上で述べたとおり、4話分の再編集。簡単に挙げれば以下のようなシーンから構成されております。

・金目教の暗躍と赤影・青影の派遣
・赤影vs鬼念坊(新撮)
・赤影vsガマ法師の大ガマ(一部新撮)
・捕らわれの青影を襲う悪童子。白影vs悪童子
・赤影vs傀儡甚内、樹上の戦い
・幻妖斎の罠に捕らえられた青影を救う赤影
・敵の罠にかかった白影。白影vs朧一貫(新撮)
・金目像大暴れ。赤影vs幻妖斎(新撮)。金目像vs三人

 バトルシーン中心の編集(そのため数分おきに流れる印象の忍者マーチ)でかなり駆け足ではあります。また、いきなり霞谷近くの寺の住職と娘が登場するなど一部繋がらない部分もあります。
 しかし全体としてみれば、夢堂一ッ目を除く七人衆を全員登場させており(闇姫はほとんど顔見せ程度ですが)、なかなかよくできた編集であるかと思います。


 そして上でも挙げていますが新撮場面は以下の4シーンであります。

(1) 赤影と鬼念坊との対決。鬼念坊の振り回す金棒がかなりオーバーに大きく見えます。これを躱した赤影が一刀を浴びせると、鬼念坊の写真がビリリと破けるという豪快な演出にひっくり返りました。

(2) 赤影と大ガマの対決の一部。おそらく大ガマの吐く炎が飛び出すのだと思いますがシーンとしては短め。

(3) 単独行動の白影を襲う朧一貫。下忍を蹴散らされた一貫、白影を置いて崖の上に登ったと思ったら、そこから下駄を手に飛び降り、飛び出した文字通りの下駄の刃で襲いかかる忍法はげたかを披露します(一度攻撃した後、バタバタ羽ばたいて上に登っていくのが愉快)。しかし見切られて破られ、ペラペラの紙に――

(4) 金目像から楓を救い出した赤影の前に現れた幻妖斎、忍法風水雷で猛烈な嵐を起こし、赤影たちを圧倒。さらに崖まで崩れ絶体絶命の赤影……が、仮面の宝石が輝けば重力反転(フィルム巻き戻し)、驚く幻妖斎は岩に潰され息耐えた(?)のでした。


 というわけでなかなか見応えのある新撮シーンですが、これが実質最後となった出演者たちの熱演が嬉しい。
 特に新撮部分の幻妖斎は、もんのすごいオーバーアクト(特にアップはほとんど顔芸レベル)が実に楽しそうで、やはり幻妖斎は行者姿がイイなあ……と再確認したところです(あと、妙にもみあげがワイルドな赤影)。


 そしてラストは赤影がこちらに向かっていきなり拳を突き出し、これに驚かなかった人は忍者の素質があるよ、ハハハと笑っておしまい。
 これが最後の赤影かと思うとかなり寂しいのですが、しかし最後まで赤影は笑っていたと思えば、それはそれで素敵なことだと思うべきでしょうか。


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