2019.01.15

「コミック乱ツインズ」2019年2月号


 今年初の「コミック乱ツインズ」誌、2019年2月号であります。表紙は『用心棒稼業』、巻頭カラーは『そば屋幻庵』――今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 というわけで、『勘定吟味役異聞』がお休みの間、三号連続で掲載の本作。ある晩、幻庵の屋台の隣にやってきた天ぷら屋兄弟の屋台。旨いそば屋の横で商いすると天ぷら屋も繁盛すると商売を始めた二人ですが、やって来た客たちは天ぷら蕎麦にして食べ始め、幻庵の蕎麦の味つけが天ぷらに合わないと文句を付け始めて……

 もちろんこの騒動には黒幕が、というわけなのですが、それに対する幻庵の親爺こと玄太郎の切り返しが実にいい。「もう食べる前から旨いに決まっている!!」という登場人物の台詞に、心から共感であります。


『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 今回から新展開、本家から失われた初代・大橋宗桂の棋譜集を求めて、長崎に向かった宗桂。追いかけてきた平賀源内の口利きで、その棋譜集の今の持ち主であるオランダ商館長・イサークと対面した宗桂ですが、イサークは将棋勝負で勝てば返してやると……

 というわけで、ゲーム漫画ではある意味お馴染みの展開の今回。表紙で薔薇の花を手にしているイサークを見て感じた悪い予感通り、彼がオネエで宗桂の体を狙ってくる――という展開は本当にどうかと思いましたが、イサークの意外な強豪っぷりは、漫画的な設定でなかなか楽しい。
 何よりも、将棋に慣れていないというイサークが要求した八方桂(桂馬が前だけでなく八方向に桂馬飛びできる)という特殊なルールを活かしたバトルは、本作ならではの新鮮な面白さがあり、これなら源内も満足(?)。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 「梅安迷い箸」の後編。料理茶屋での梅安の仕掛けを目撃しながらも、偽りの証言で結果的に梅安を救った女中・おとき。彼女の口を封じるか迷った梅安は、医者の方の仕事で、彼女の弟を治療することになるのですが……
 と、完璧に針のムシロの状況のおとき。すでに梅安の方は彼女を見逃すことに決めていたわけですが、そうとは知らぬ彼女にはもう同情するほかありません。(自分と)梅安のことを邪魔する奴は殺すマンとなった彦さんも久々に裏の住人っぽい顔をしているし。

 結末は梅安の私的制裁ではないか――という気もしますが、梅安・おとき・彦さんの微妙な(?)すれ違いがなかなか面白くもほろ苦いエピソードでした。


『カムヤライド』(久正人)
 連載1周年の今回も、主人公はヤマトタケル状態、謎の男・ウズメとの死闘の最中に彼が思い出すのは、熊襲平定軍の副官となった武人・ウナテのことであります。自分以外の皇子はほとんど皆敵の状態で、仲の悪い兄に仕えるウナテのことを疑っていたタケルですが……

 第1話で土蜘蛛と化したクマソタケルに惨殺された兵たちにこんなドラマが!? という印象ですが、しかしウズメの奥の手の前にはそんな感傷も効果なし。ひとまず水入りとなった戦いですが、タケルにはまだ秘められた力が――?
 ウズメの求めるものも仄めかされましたが、これはもしかして巨大ヒーローものにもなるのでは、と妄想を逞しくしてしまうのでした。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 今回の主人公は、本誌の表紙を飾った仇討浪人の海坂坐望。兄の仇を討ち、その遺児・みかんを連れて故郷に帰ってきた坐望ですが、そこはみかんにとっても故郷であります。
 彼女と別れ、実家に帰った坐望を待っていたのは、彼とは絵のタッチまで違うぼんやりした顔立ちの妹婿。既に居場所はなくなった実家に背を向けて旅に出ようとする坐望ですが、義弟の思わぬ噂を聞きつけて……

 片田舎が舞台となることが多い印象の本作ですが、久々に賑やかな町の風情が描かれる(坐望の若き日の放蕩ぶりがうかがわれるのが愉快。張り合おうとする雷音も)今回。しかしそこでも待ち受けるのは憂き世のしがらみと悪党であります。降りしきる雪の中、無音で繰り広げられる大殺陣の最中、終始憂い顔の坐望の姿が印象に残るエピソードでした。

 物語的にはあまり生かされているとは思えなかったみかんも今回で退場か、と思われましたが――しかし彼女の存在は、全てをなくした坐望にとっては一つの希望と考えるべきなのでしょう。


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コミック乱ツインズ 2019年2月号 [雑誌]


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2019.01.12

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第14巻 死闘の中に浮かぶ柱二人の過去と現在


 アニメもこの春からスタート、連載中の本編の方も決戦に突入と追い風に乗りまくる本作。この単行本最新巻では、刀鍛冶の里編がいよいよクライマックスに突入、前巻では炭治郎と玄弥の同期コンビが奮戦しましたが、この巻では二人の柱がついにその真の力を見せることになります。

 鬼殺隊の日輪刀を打つ刀鍛冶の里の位置を突き止め、襲撃してきた上弦の伍・玉壺と上弦の肆・半天狗。偶然里に居合わせた炭治郎・玄弥・禰豆子と、霞柱の無一郎は迎撃に向かうものの、やはり上弦の名は伊達ではありません。
 一見非力な老人のような外見ながら、四体もの分身を創り出した半天狗に苦しめられる炭治郎たち。一方、謎の刀を研ぐことに没頭する鋼鐵塚らを襲う玉壺に立ち向かった無一郎ですが、脱出不能の水玉・水獄鉢に閉じ込められて絶体絶命のピンチに……


 この刀鍛治の里編の冒頭で、その無神経とも冷徹とも傲慢とも言うべきキャラクターをいきなり披露し、あの炭治郎をして妹絡み以外で反感を抱かせた無一郎。
 しかしその一方で、彼には記憶の欠落――それもリアルタイムでの――があることが折に触れて描かれ、その過去には相当複雑なものがあることがほのめかされてきました。

 そして今回、玉壺戦の中で描かれる――彼が思い出す――過去は、予想通り凄絶極まりないもの。彼が柱となるまでに何があったのか、いや何を失ってきたのか――その痛切な物語が、実に本作らしい形で、容赦なく描かれることになります。
 しかしそこにあるのは、喪失の物語だけではありません。同時に描かれるのは再生の物語――過去と直面し、失われた記憶を甦らせた無一郎が、ついに全き人間として立つ姿は、この巻最高の名場面であることは間違いありません。
(特に彼の名前に込められたものが語られるシーンはただ涙……)

 これはこれまで何度も何度も繰り返してきたことではありますが、本作はキャラクターの――ほとんどの場合ネガティブな――第一印象を、その過去を描くことによって一気にひっくり返してみせるのが非常に巧みな作品であります。
 それはこちらも十分承知していたはずですが、しかし今回もしてやられた――と、もちろん大喜びしながらひっくり返った次第であります。
(そしてそんなシリアスなシーンの直後に、すっとぼけたギャグを投入してくる呼吸にも脱帽)


 そして後半に描かれるのはもう一人の柱、恋柱・甘露寺蜜璃。半天狗の四分身が合体して登場した第五の分身・憎珀天に圧倒される炭治郎たちの前に駆けつけた蜜璃は、たちまち柱の力を発揮して彼らの窮地を救うのですが――しかし分身といえども、攻撃力的には憎珀天は実質半天狗の本体であります。
 一瞬の隙を突かれ、憎珀天の攻撃をまともに食らった蜜璃は……

 と、この巻の表紙で笑顔で決めている蜜璃ですが、ビジュアル的にも、「恋」という謎の呼吸法的にも、そしてゆるふわなキャラ造形も、本作では明らかに異質なキャラクター(この巻のおまけページでもその面白キャラぶりはたっぷりと……)。
 一歩間違えれば賑やかしの色物になりかねないところですが――そんな読者の目をエピソード一つで変えてみせるのが、やはり本作の恐ろしいところであります。

 大ダメージを受けた彼女の走馬燈の形で描かれる回想――そこで描かれるものは、他の登場人物とは少々違う形ながら、やはり自分が自分として生きることができる場を求めて、鬼殺隊にたどり着いた者の真摯な姿にほかなりません。
 それは無一郎のそれとはあまりにベクトルの違うものではありますが、己の過去を背負い、それを乗り越えるべく懸命な者の姿を描いて、こちらの心を大いに揺り動かすのであります。


 さて、柱二人が奮起したとあれば、炭治郎たちも負けているわけにはいきません。蜜璃の援護の下、半天狗の本体を追う炭治郎たちですが――あまりのしぶとさに玄弥がブチ切れるほどの半天狗を倒すことができるのか。
 かなり長きに渡ってきた戦いだけに、そろそろ決着といってほしいものであります。


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2019.01.10

横田順彌『火星人類の逆襲』 押川春浪と天狗倶楽部、火星人と対決す!

 大河ドラマに登場したことでにわかに注目を集めることとなった明治の熱血冒険科学小説家・押川春浪と、彼を中心に集まったバンカラ書生集団・天狗倶楽部。その彼らが、何と帝都東京を襲撃した火星人類に戦いを挑んでいた――本作はそんな奇想天外痛快無比な明治SFであります。

 明治43年の暮れに、千里眼の持ち主・御船千鶴子が予知した光景。それは真っ赤に染まった帝都東京の姿でありました。その不吉な光景が何を意味するのかわからぬまま――翌年の夏、大森海岸に宇宙からの物体が落下したことから全てが始まります。

 海に沈んだその物体からやがて現れたのは、タコのような怪物と、その怪物が操る巨大な歩行戦闘機械。それは13年前にロンドンを襲撃した火星人類の再来でありました。
 大森海岸に上陸した火星人類に対し、かつてロンドンで人類を救ったウィルスを以て攻撃する帝国陸軍。しかしウィルスは効かないどころかかえって火星人類を活発化させ、多大な犠牲をもたらす結果となるのでした。

 行く先々に繁茂する奇怪な赤い植物――火星草とともに、行動範囲を火星人類。その高熱光線と触手で、街を、人々を、軍隊を薙ぎ払う戦闘機械に対しては、かの乃木大将率いる帝国陸軍の精鋭も敗走するのみ。
 そしてさらに悪いことに、この混乱に乗じて、ロシアが南下を開始。もはや風前の灯火となった帝都の、いや日本の運命――いや、日本には押川春浪が、天狗倶楽部がいる!

 火星人類の出現当初から、その科学知識と義侠心、そして何より野次馬根性から、火星人類の動向を追っていた春浪と天狗倶楽部。火星人類の猛攻により幾度も窮地に陥りながらも、彼らは火星人類に一矢報いるべく、独自の活動を開始するのでありました。

 そしてついに帝都に侵入した火星人類の戦闘機械に対して、意外極まりない迎撃作戦を計画する春浪たち。そして天狗倶楽部の総力を挙げた作戦が展開するのとほぼ時を同じくして、火星人類の意外な秘密が明らかになっていくこととなります。
 果たして最後に帝都に響くのは、火星人類の奇怪な咆哮か、天狗倶楽部勝利の雄叫びか? 奇絶! 怪絶また壮絶!!


 ……と、紹介しているこちらがだんだん熱にやられておかしなテンションになっていく本作ですが、その熱源が、押川春浪と天狗倶楽部にあることは言うまでもありません。

 『海底軍艦』をはじめとする軍事冒険科学小説を次々と発表するとともに、冒険小説雑誌「冒険世界」主筆として活動し、青少年に絶大な影響力を有した春浪と、彼を中心とするアマチュアスポーツ団体にしてバンカラ書生集団・天狗倶楽部。
 元々大の野球ファンであった春浪をはじめ、早稲田大学応援団の虎髭野次将軍こと吉岡信敬ら様々な人々が集まった彼らは、時に野球や相撲に興じ、時に無茶な冒険旅行に出か、そして終わった後は大宴会を開き――そんな豪快かつ愉快な活動を行う面々が、こともあろうに火星人類に立ち向かってしまうのですから面白くないはずがありません。

 そもそも火星人類とは何かいえば、これがあのHGウェルズの古典『宇宙戦争』の火星人。火星人といえばタコ型という印象を残したあの火星人が、再び(本作においては『宇宙戦争』は史実なのであります)地球に、それも日本に来襲したのであります。
 実は『宇宙戦争』のパロディ・パスティーシュは少なくないのですがしかしその中でも一際異彩を放ち、そして何よりも面白いのが本作であることは間違いありません。

 それは火星人類と対決するのが実在の、それもキャラが立ちまくった春浪と天狗倶楽部であることに依るところが大であるのは言うまでもありません。そしてまた、予兆→異変→拡大→蹂躙→反撃という、侵略SFというか怪獣映画的な文法を踏まえた手に汗握る展開(いや原典がその元祖の一つなわけですが)も大きな魅力であります。

 しかしそれだけでなく、本作は火星人類の正体と目的について、原典を踏まえつつも新たな解釈を加えている点が素晴らしい。終盤で描かれる意外な真実は、本作をして古典SFの優れた返歌たらしめているのです。
 そしてそれを受け、ラストで春浪が語る言葉は、戦いの先の一つの希望を語るものとして、胸に響くのであります。


 実在の快男児たちをいきいきと描いた痛快な明治小説として、そして古典SFの巧みな再生として――30年前の作品でありながら、全く古びたところのない本作。
 続編である『人外魔境の秘密』、ある意味副読本ともいうべきノンフィクション『快男児押川春浪 日本SFの祖』ともども、ぜひこれを期に復活していただきたい作品です。


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2019.01.04

野田サトル『ゴールデンカムイ』第16巻 人斬りとハラキリとテロリストと


 網走監獄での決戦で大きくその様相を変えつつも続く、アイヌの黄金を巡る戦い。潜伏する土方は幕末を引きずって生きるもう一人の男と対峙し、アシリパを追って樺太を行く杉元は思わぬ方法で自分たちの存在をアピールすることになります。そしてキロランケには意外な過去の存在が明らかに……

 網走監獄でのキロランケと尾形の思わぬ裏切りによって散り散りとなった一行。キロランケと尾形は、アシリパと白石を連れて北に向かい、その後を追う杉元と谷垣は、鶴見中尉と手を組み、鯉登・月島とともに行動することになります。
 一方、土方と永倉、牛山は北海道に残って潜伏することになり――というわけで、この巻の序盤では、網走以来大きな動きを見せていなかった土方たちの姿が描かれることになります。

 網走監獄の隠し部屋で見つけた手がかり――エトゥピリカの嘴を頼りに、根室で季節労働者として暮らす刺青囚人・土井新蔵こと人斬り用一郎のもとに向かう土方一行。
 しかし折悪しくというべきか、用一郎と彼に恨みを持つ者たちが送り込んだ刺客の間で始まった戦いに、一行も巻き込まれて……

 というわけで、新たに登場した刺青囚人は、かつて京都で天誅を繰り返していた攘夷派の人斬り浪人。つまり土方とは天敵の間柄であり――そして彼と同じく既に年老いた身であります。
 既に耄碌し、日常生活も覚束ない状態となった用一郎ですが、しかし一度覚醒すれば往年の人斬りぶりを発揮して――と、ナメてた××が、のパターンを地で行くような殺人兵器ぶりを見せる怪物。ここで彼と土方は、因縁の対決に及ぶことになりますが――しかし、土方が老いてなお大望に燃える一方で、用一郎は既に死に場所を探すだけの存在となっているのが哀しい。

 覚醒するや、目に映る周囲の景色が幕末のそれに変わっていく用一郎。漫画ならではの見事な表現ですが、しかしそれはすなわち、彼の目には既に現実が映ってはいないことを意味します。そんな彼と土方の対決の行方は歴然としているとも言えるのですが――しかし用一郎が生きてきた道程を否定することは、決して誰にもできないでしょう。
 本作の魅力である、陰影に富んだキャラクター描写が光るエピソードであります。


 しかし粛然たるムードを完膚なきまでに破壊してしまうのは、その後に描かれる杉元サイドの物語であります。

 ある事件がきっかけで、曲馬団・ヤマダ一座と出会った一行。ロシアで大評判だったという彼らが、樺太でも興業を行うと知った杉元は、ここで名前を上げればアシリパさんに自分の生存が伝わるはず! と、強引に曲馬団名物のハラキリショーに志願することになるのですが……(この辺りで既に色々おかしい)

 しかし、鯉登に思わぬ軽業の才があること(単なるギャグ描写かと思いきや……)を知ったヤマダ団長は、むしろ鯉登の方に執心、基本的に犬猿の仲の杉元と鯉登の間を余計にヒートアップさせることになります。
 一方、余った形の谷垣と月島は、バックダンサーである少女団に入れられて特訓を受ける羽目に……

 いやいやいや、何故そこでそうなる! と言いたくなる展開ですが、これまた本作の魅力である、テンポのよいドタバタと、ベタかつ豪快なギャグを交えて描かれてしまえば、もう面白がるしかありません。
 かくて増長の末、とんでもない秘技(with猿叫)を披露する鯉登、乙女衣装で涙する谷垣、傍観する月島、そしてとんでもない手違い(?)から公衆の面前で文字通りの真剣勝負を見せる杉元――前のエピソードでしみじみさせられたと思ったらこれだよ!

 いやはや、もはや脱線暴走大爆発、という感がありますが、これもまた『ゴールデンカムイ』という作品。無茶苦茶をやりながらも思わぬ着地を見せ、先の展開にきっちり繋がっていくのには、ただ脱帽であります。


 そしてこの巻の終盤では、一足先に北に向かったアシリパたちの姿が描かれるのですが――ここで明らかになる、全くもって意外というほかないキロランケの正体。
 得体の知れないながらも、レギュラー陣の中では常識人の部類に思われた彼が、ある意味一番の危険人物だった! というのにはシビレるほかありません。

 そしてアシリパたちを襲う新たな強敵を前に最近アシリパを見る目が色々と心配な尾形の本領発揮となるか――もはやこれまで以上に闇鍋状態の本作ですが、もうここまで来たら、どんどんこちらを振り回していただきたいものです。


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2019.01.02

平谷美樹『唐金の兵団 鉄の王』 出雲に甦る怨念の系譜


 鉄にまつわる人々の戦いと、伝説の不死者の謎を描く伝奇活劇シリーズの第3弾は、前作同様、歩き蹈鞴衆の少女・多霧を主人公とした物語。出雲を訪れた多霧たちを待ち受ける奇怪な事件と新たな敵とは、そして古代からの怨念とは……

 諸国を巡って製鉄を行う歩き蹈鞴衆の一つ・橘衆の長の長女である多霧。越後山中で、何者かに皆殺しにされた蹈鞴場と、瀕死の重傷を負った青年と出会ったことがきっかけで、彼女と仲間たちは伝説の不死者・無明衆を狙う武士たちの陰謀に巻き込まれることになります。
 その中で母と兄の一人を喪いながらも、仇である女忍・早苗を討った多霧。しかし恐るべき力を持つ無明衆本流によって、恐るべきカタストロフが訪れて……


 という前作に続く本作では、神話の地・出雲で、神代から続く恐るべき怨念の存在が描かれることになります。

 越後での戦いを生き延び、出雲を訪れた多霧と橘衆。しかし彼らの蹈鞴場を、一帯を治める山根家の山廻の侍たちが訪れている時、突如唐金(青銅)の鎧に身を包んだ猪の集団が一行を襲撃し、侍たちは無惨な姿となるのでした。
 ここで侍たちと何者かが争っていること、そして自分たちがその争いに巻き込まれてしまったことを悟った橘衆は、さっそく山で、里で調べを始めるのですが――唐金の鎧の猪だけでなく、同じ鎧をまとった熊や狼までもが、彼らに襲いかかります。

 一方、里では、山根家が地中から出土した唐金の品を集めては鋳つぶしていること、これに反対した唐金吹の岳見屋が誅殺されたことを知る多霧たち。そして岳見屋の者たちが、唐金の蹈鞴衆である八千矛衆と繋がっていたことを知った彼女は、自分たちを襲撃したのが八千矛衆と確信することになります。

 一方、陸奥の橘衆の里で巫女としての修行を積んでた多霧の妹・夷月は、恐るべき魔物の前に多霧たちが窮地に陥る様を予知し、出雲に急ぎます。
 さらに山根家の側について暗躍する無明衆の一員、無明銑之介と兄の兼高。そして彼らの傍らには、不死の肉体を得て蘇った早苗の姿が……


 「甲冑で武装した猪が襲来!!」という、一目見て何事!? と驚かされる帯が極めて印象的な本作。しかしその帯はまだ序の口、その先に現れるのは、唐金をまとった様々な動物たち、そしてそれを操るのは――と、本作は、冒頭からいきなりクライマックスのテンションのまま、一気に突っ走っていくことになります。
 その果てに待ち受けるのは、古代からの秘密を巡る蹈鞴衆と侍たちの死闘――という点では前作と重なる部分も多いように見えますが、しかし本作は敵と味方が入り乱れた末、実に物語のかなりの部分を割いて、激しい攻防戦が繰り広げられることになります。

 そのアクション描写――何よりもゲリラ戦法では右にでる者のない蹈鞴衆たちの戦闘スタイルなど――だけでも大いに魅力的な本作ですが、しかし本作の真の魅力は、その戦いの背後に秘められた超伝奇的「真実」、太古から黒々と蟠る怨念の存在であります。
 と、ここから先は物語の核心に触れてしまうため、あまり多くは語れないのですが、出雲といえば神話の地神々の地と言えば、ある程度は察せられるかもしれません。もっとも、そこに本作ならではのある要素が絡むことによって、状況はより混沌としたものになるのですが……

 そしてその先に繰り広げられるのは、これまでの戦いが前座に過ぎなかったほどの恐るべき敵との戦いであります。
 前作とは若干ベクトルが異なるものの、ここに横溢しているのは、(最近の)作者の時代小説では少し抑え気味だった濃厚な伝奇味。いや、堪能させていただきました。


 そして一つの戦いが、一つの物語が終わった先に残されるのは、幾つもの更なる謎。多霧と橘衆につきまとう無明衆・兼高の目的とは何か。銑之介と多霧の想いの行方は。そして多霧たちの物語は、いつか鉄澤重兵衛の物語と、再び交わることがあるのか――
 この先もまだまだ続くであろう「鉄の王」を巡る冒険の向かう先が、楽しみでなりません。


『唐金の兵団 鉄の王』(平谷美樹 徳間文庫)

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2018.12.31

このブログが選ぶ2018年ベストランキング(単行本編)

 今年の締めくくり、一人で選んで一人で発表する2018年のベストランキング、大晦日の今日は単行本編であります。2017年10月から2018年12月末発刊までの作品について6作品挙げます。

1.『童の神』(今村翔吾 角川春樹事務所)
2.『敗れども負けず』(武内涼 新潮社)
3.『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所)
4.『虎の牙』(武川佑 講談社)
5.『さよ 十二歳の刺客』(森川成美 くもん出版)
6.『恋の川、春の町』(風野真知雄 KADOKAWA


 第1位は角川春樹小説賞受賞に輝き、そして直木賞候補ともなった作品。平安時代を舞台に、鬼や土蜘蛛と呼ばれたまつろわぬ者たち「童」の戦いを描く大作であります。
 本作で繰り広げられる安倍晴明や頼光四天王、袴垂といった平安オールスター戦の楽しさはもちろんですが、何より胸を打つのは、自由を――自分たちが人間として認められることを求めて戦う童たちの姿であります。痛快なエンターテイメントであると同時に、胸を打つ「反逆」と「希望」の物語で。

 第2位は、昨年辺りから伝奇ものと並行して優れた歴史小説を描いてきた作者の収穫。上杉憲政、板額、貞暁――戦いには敗れたものの、人生において決して負けなかった者たちの姿を描く短編集であります。
 各話それぞれに趣向を凝らした物語が展開するのはもちろんのこと、そこに通底する、人間として望ましい生き様とは何かを希求する視点が実に作者らしい、内容豊かな名品です。

 そして第3位は、大友ものを中心とした戦国ものを引っさげて彗星のように現れた作者の快作。悪鬼のような前半生を送りながらも、周囲の人々の叱咤と愛によって改心し、聖人として落日の大友家を支えた「豊後のヘラクレス」の戦いを描く、戦国レ・ミゼラブルとも言うべき作品です。
 まさしく孤軍奮闘を繰り広げる主人公が、運命の理不尽に屈しかけた周囲の人々の魂を救うクライマックスには、ただ感涙であります。

 そして第4位は、これまた昨年から歴史小説シーン活躍を始めた新鋭のデビュー作。武田信虎という、これまで悪役として描かれがちだった人物の前半生を描く物語は、戦国時代の「武士」というものの姿を浮き彫りにして目が離せません。
 そして何よりも、その物語の主人公になるのが、信虎の異母弟である山の民――それも山の神の呪いを受けた青年――という伝奇味が横溢しているのも嬉しいところです。

 第5位は児童文学から。義経に一門を滅ぼされ、奇跡的に生き延びて奥州に暮らす平家の姫君が、落ち延びてきた義経を狙う姿を描くスリリングな物語であります。
 平家を単なる奢れる敗者として描かない視点も新鮮ですが、陰影に富んだ義経の姿を知って揺れる少女の心を通じて、人間性への一つの希望を描き出すのが嬉しい。大人にも読んでいただきたい佳品です。

 そして第6位は、文庫書き下ろしで大活躍してきた作者が、恋川春町の最後の日々を描いた連作。戯作者としての、そして男としてのエゴとプライドに溺れ、のたうち回る主人公の姿は、一種私小説的な凄みさえ感じさせますが――しかし何よりも注目すべきは、権力に対する戯作者の意地と矜持を描いてみせたことでしょう。
 デビュー以来常に弱者の側に立って笑いとペーソスに満ちた物語を描いてきた作者の、一つの到達点というべき作品です。


 さて、そのほかに強く印象に残った一冊として、操觚の会によるアンソロジー『幕末 暗殺!』を挙げておきます。書き下ろしのテーマアンソロジー自体は珍しくありませんが、本書はタイトル通り、幕末史を彩った暗殺を題材としているのが面白い。
 奇想天外な幕末裏面史として、そして本年も大活躍した歴史時代小説家たちの豪華な作品集として大いに楽しめる一冊です。


 というわけで、駆け足となりましたが、今年の一年をベストの形で振り返りました。もちろんあくまでもこれは私のベスト――決して同じ内容の人はいないであろうベストですが、これをきっかけに、この二日間採り上げた作品に興味を持っていただければ幸いです。

 それでは、来年も様々な、素晴らしい作品に出会えることを祈りつつ……


童の神

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敗れども負けず

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大友の聖将

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虎の牙

武川 佑 講談社 2017-10-18
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恋の川、春の町

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2018.12.25

星野之宣『海帝』第1巻 伝説の海の男・鄭和を突き動かす想い


 星野之宣といえば、ハードかつロマンチシズムに溢れた希有壮大なSF漫画の名手ですが、しかしその活躍の舞台は、SFだけに留まりません。本作はその作者が15世紀初頭の大海を舞台に描く歴史ロマン――主人公は明王朝で重用された宦官にして、七度もの大航海を成功させた伝説の男・鄭和であります。

 元を滅ぼした明王朝において、二代皇帝・建文帝を力で除き、皇位に就いた永楽帝の時代。猜疑心の強い永楽帝により血で血を洗う粛正が相次ぎ、秘密警察・錦衣衛と東廠が恐怖政治を支える中、永楽帝に諫言することを恐れない数少ない男が鄭和であります。
 今日も倭寇を蹴散らし、足利義満への使節の任を成功させて帰ってきた鄭和。その彼に対して、永楽帝は明の威信を諸国に知らしめるための大船団派遣を命じることになります。

 建国以来ほとんど鎖国状態にあった明において、本格的に海外に乗り出すのはこれが初めて。かねてより海の向こうの国を夢見てきた鄭和にとっては念願とも言うべき機会ですが――しかし、彼にはもう一つの目的があったのです。

 永楽帝によって南京の兵火の中に消えたはずの建文帝。しかしその生きたいという願いに応えて、鄭和は建文帝と皇女を密かに匿っていたのであります。
 今回の航海の機会に乗じて、彼らを海外に亡命させようとする鄭和は、命を救ったことで縁ができた少年・潭太と、彼が属する倭寇・黒市党の協力を得ると、建文帝らを乗せて大海に乗り出そうとするのですが……


 冒頭に述べたとおり、鄭和といえば大航海時代に先んじて、大艦隊を率いて遠く南洋までの航海を七度も成功させた実在の人物であり、世界史の教科書ではお馴染みの人物――しかしその実像については知られていないことが多いのではないでしょうか。

 実際のところ、鄭和の航海については永楽帝の死後、資料がことごとく破棄されてしまい、実像は不明の部分が多いのが事実。
 たとえば艦隊の母艦であった「宝船」のサイズなども、コロンブスのサンタマリア号の5倍という途方もないサイズと言われていますが、それが本当であるかは、謎のベールに包まれています。

 しかし本作はそれを巧みに利用し、その史実の隙間を作者一流のビジュアルを以て巧みに埋めつつ、説得力のある物語を生み出すことに成功しています。いやそれだけでなく、そこに建文帝生存伝説という巷説を絡めることによって、伝奇風味も濃厚な物語を作りだしているのですからたまりません。
 これも冒頭に述べたとおり、日本屈指のSF漫画家である作者ですが、それと同時に、屈指の伝奇作家でもあります。本作はその作者の資質がはっきりとでた、希有壮大な物語なのであります。


 が、本作の最大の魅力は、その歴史ロマンとしての壮大さ、伝奇物語としての面白さではなく、本作で描かれる鄭和の人物像にこそあると感じられます。

 史実においても、永楽帝が帝位に就く前の燕王であった時代から彼に仕え、武人として知られた鄭和(宦官にして武人というのは一見矛盾して感じられますが、水滸伝でおなじみの童貫のように、決してあり得ない存在ではないのでしょう)。
 本作においては、燕王とともに蒙古と戦っていた時代に追った数々の傷が、作中の言を借りれば、まさしく「完膚なきまでに」その身を覆う鄭和。そんな彼の行動は、常にその身に相応しく果断かつ勇敢なものなのですが――しかしそんな彼を突き動かしているのは、常に「生きたいと強く願う人間の命を救う」という想いなのです。

 時に己の身をも平然と危険に晒す鄭和の強い想いはどこから来ているのか――彼の出自にも繋がるその理由が語られる場面は、間違いなくこの巻のクライマックス。ぜひ作品を実際に読んで驚き、感動していただきたいと思います。

 もちろん、彼は決して単純な理想主義者ではありません。それどころか、それを貫くことの難しさを誰よりも知りつつ――それでいて決して諦めない。そんな快男児の姿に、心を動かされずにいられるでしょうか。
 そしてそんな強い想いを抱く鄭和が、海を往来する倭寇をして「遥かなる旅人の目だ」と言わしめるその瞳で、この先何を見るのか――この先を彼と共に見届けたいと、強く感じるのであります。


『海帝』第1巻(星野之宣 小学館ビッグコミックススペシャル)

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2018.12.23

「コミック乱ツインズ」2019年1月号(その二)


 2019年最初の「コミック乱ツインズ」誌の掲載作品の紹介、その二であります。

『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 宗桂の従姉妹であり、自身も名うての棋士であるお香が縁日で出会ったおかしな男。天才浄瑠璃作家・鬼外を名乗るこの男に口説かれ、南蛮渡来の櫛を渡されたお香ですが、その話を聞いた宗桂は、突然鬼外に会いたいと言い出します。
 鬼外にあることを尋ねる宗桂と、それに対してお香を賭けた将棋を挑む鬼外。しかし意外なことに、素人に見えた鬼外の早指しは宗桂を圧倒して……

 これまで単発エピソードが続いていたものが、今回一気に物語が動き出した印象の本作。自称天才で面長で新しいもの好きの浄瑠璃作家でもある鬼外さんとくれば、これはもうあの人しかいないわけですが、なるほど考えてみれば宗桂たちとは同時代人であります。その彼が宗桂を追い詰めるのも(そしてそのカラクリも)実にらしく楽しいところであります。
 しかし今回のクライマックスは、将棋指しがルールなどに変化のない将棋のない世界にしがみついていると嘲笑う鬼外に対して、宗桂が己が将棋に拘り続ける理由を語る場面でしょう。普段は飄々とした、穏やかな宗桂が将棋において見せる異様な迫力――その理由の一端が語られるこの場面は、物語において大きな意味を持つといえるでしょう。

 そしてラストにはちょっと伝奇的な趣向も待ち受けていて、どうやら物語はこの謎を追って広がっていく様子。物語はここまでがプロローグといったところでしょうか、これからの展開が楽しみであります。


『カムヤライド』(久正人)
 出雲に出現した強敵を倒し、イズモタケルを救ったモンコとヤマトタケル。ようやくこれで一息か、と思いきや、その前には皆殺しにされた大和の軍勢と、手を下したと思しき謎の旅人が……
 というわけで第1話以来、久々に顔を合わせた3人。この謎の旅人ことウズメこそは、各地で国津神を覚醒させている「敵」――異形の腕を武器とするウズメにヤマトタケルは一蹴され、カムヤライドに変身したモンコも追い詰められることになります。そして今回のかなりの部分で、この二人の息詰まる死闘が描かれるのですが――しかしこの戦いは、もはやモンコ一人のものではありません。

 いまやモンコの頼もしい相棒、いやもう一人の主人公となった彼の活躍が今回も小気味よく描かれた末に、一気に形勢逆転か、というところで次回に続きますが――さてどうなることか。
 敵の目的の一端も明かされた中、いよいよ佳境に入った印象であります。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 元鬼輪番・夏海と彼の同鬼の友・流一道の戦いを描く物語の後編――鬼となるために人を捨てざるを得なかった男の悲しい宿命が描かれます。

 旅の途中に訪れた林田藩で、かつての親友であり、今は鬼輪番の草として潜入している一道と遭遇してしまった夏海。一騎打ちの末に敗れた夏海を見逃して去る一道ですが、しかしそのために鬼輪番の制裁を受け、何も知らない妻と子、義父を殺されてしまうのでした。
 一方、林田藩を脱出するために、夏海の用心棒を買って出た終活と坐望。裏道を行く一行ですが、決意を固めた一道率いる鬼輪番の群れに追いつめられることに……

 抜け忍キャラには定番中の定番である、追っ手となったかつての親友との対決。しかし今回は、互いがあまりに壮絶かつ悲惨な過去を背負っており(いやもう過去のエピソードには絶句)、そしてその中で培われた友情が全く薄れていないのが、悲壮感をより際だたせます。
 しかしそんな辛い戦いの中でも決して夏海を見捨てないのが今の友。本作の見所であるクライマックスの大殺陣で描かれる、暗闇を舞台にした三人対多数の戦いは見応え十分ですが……

 一度鬼となった人はどうすれば人に戻ることができるのか。これしか道はなかったのか。予想通りの結末ではありますが、やはり胸に刺さるものがあります。


 その他、『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)は、仕掛けの瞬間を目撃されてしまった梅安を巡るエピソードの前編。自分の裏の顔を目撃されたとて、全く無関係の女性を殺すことを躊躇う梅安に対し、梅安さんのためなら――と相手を付け狙う彦さんには、こう、なんだかヤンデレめいた香りが……

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2018.12.22

「コミック乱ツインズ」2019年1月号(その一)


 発売でいえば2018年最後の、号数でいえば2019年最初の『コミック乱ツインズ』は、創刊16周年特別記念号ということもあってか、なかなかに充実の内容。『鬼役』を中心に、本誌の連載陣が並ぶ表紙はなかなか賑やかなのですが、その中には何とゲゲゲの鬼太郎の姿が……!?

『ゲゲゲの鬼太郎』(水木プロダクション)
 というわけで創刊16周年記念プレミアム読切として巻頭に掲載されるのは、まさかの『ゲゲゲの鬼太郎』の完全新作。それも、江戸時代を舞台とした歴とした時代ものです。
 八百屋お七の事件の直後から、江戸を騒がす奇怪な妖怪たち。訝しむ鬼太郎たちですが――その一方でねずみ男は骨女の術中に陥り、太郎坊なる存在の企みの片棒を担がされることになります。そして江戸に出現する巨大妖怪との死闘を経て、謎の太郎坊と対峙する鬼太郎ですが、思わぬ強敵の前に苦戦を強いられることに……

 というわけで、鬼太郎・目玉おやじ・ねずみ男・猫娘・砂かけばばあ・子泣きじじい・ぬりかべ・一反もめんと、鬼太郎一家総出の賑やかなスペシャルエピソードである本作。
 何の説明もなく鬼太郎たちが江戸で暮らしている辺りが実におおらかですが(さすがに鬼太郎と猫娘はどうなのかなあと思わないでもないですが)、しかし砂かけばばあが大家をしている通称おばけ長屋に彼らが住みついているという設定はなかなか楽しいところです。

 内容的には鬼太郎が意外と活躍していない(というかかなり苦戦)する印象があるのですが、それはそれで何となく「らしい」かなあといったところ。ちょっとアダルトな(?)方面で頑張った挙げ句に大変なことになるねずみ男の姿も実にオカチイのであります。
 何よりも、妖怪たちが普通に暮らしていた(?)時代における鬼太郎たちの姿はなかなか楽しく、また時代劇版の鬼太郎も見てみたいな、という気分になります。そしてまた、水木しげる先生の怪奇時代劇画の再録も……

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 隔月連載の本作、今回は、とある大店に奉公を始めたばかりの少年・栗吉の体に突然謎の痛みが生じたことを発端に、漢方医としての顔を持つ桃香が、思わぬ事件に絡むことになります。
 栗吉の体にびっしりと生じた黒い斑点を見て、血相を変えて栗吉の治療に当たる桃香の師匠・竹造。一方で桃香は、捨て子たちを引き取っては育てていると評判の栗吉の両親を調べに向かうことになるのですが……

 江戸で実際に起きたある事件を題材とした今回のエピソード。実に重い内容なのですが、それでも、作者の良い意味でマンガチックな絵に救われた印象があります(特に一見、鬼のような商人の素顔など……)。
 しかし悪い意味で驚かされるのは桃香の未熟ぶりで、クライマックスの展開に繋げるためとはいえ、さすがにこれはちょっとどうかなあ――という印象。以前の子供の神隠し事件といい、肝心なところでモヤモヤさせられる主人公であります。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 第3章というべき「秋霜の撃」編の最終回である今回。間部越前守の不正の証を手に入れるため、芝増上寺に潜入した聡四郎・玄馬・袖吉の三人ですが、その前に不気味な気配を漂わせる四人の墨衣の僧兵たちが……
 というわけで、思わぬ強敵との戦いから始まる今回ですが、これまで様々な敵が登場してきた本作でも、僧兵というのはおそらく初めて。ということは彼らが得物とする錫杖との対決も初めてということで、聡四郎と玄馬は思わぬ苦戦を強いられることになります。

 そしてその果てに聡四郎が手にした権力者の秘密――その内容もさることながら、それに対する聡四郎の処し方が、ある意味今回のクライマックスと言えるでしょう。そこで描かれるものは、権力を前にしていかに振る舞うべきかを悩んできた聡四郎の、一つの成長の証と感じられます。
 しかしそれはもちろん新たな戦いの始まり。権力に固執する白石は、ある人物と手を組むことを考え始めるのですが――と、ここで、シリーズの陰の主人公と言うべきあの人物(の顔)がついに登場、盛り上がったところで新章に続くことになります。

 その新章は4月号から、というのが残念ですが、今後の展開も楽しみであります(しかし、イメージしていたよりも善い人っぽい顔だったなあ……)

 ちなみに今号では16周年記念プレゼントということで人気作家サイン色紙プレゼントという企画があるのですが、本作の色紙に描かれた聡四郎のイラストがえらく格好良くて思わず応募したくなりました。


 長くなりましたので、次回に続きます。


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2018.11.22

「コミック乱ツインズ」2018年12月号


 号数上は今年最後となるコミック乱ツインズ12月号は、単行本第1巻が発売となった『用心棒稼業』が表紙、巻頭カラーは『鬼役』であります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介したします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 前回、尾張藩主・徳川吉通が放った刺客団を自宅で迎え撃ち、壊滅させた聡四郎。しかし十数人もの死体はそこに残ったわけで、その後始末が――と、いきなり現実的な(?)問題が発生することになります。どうするかと思えば、聡四郎が声をかけたのは相模屋と西田屋。口入れ屋と女郎屋が淡々と遺体を処理していく姿には、政治経済の闇よりももっと深い闇を見てしまった気が……

 それはさておき、相模屋では聡四郎・伝兵衛・袖吉と紅さんを加えての作戦会議。再び家が狙われることがないようにするためには権が必要、しかし権を振るえばこれまで自分が戦ってきた権力亡者の仲間入りをしてしまうのではないか――それを恐れる聡四郎に、自分がいるから大丈夫、と笑顔で宣言する紅さんのヒロイン力が最高であります。
 そして袖吉が普請場で目撃した出来事から増上寺の霊廟に秘密があると察し、玄馬・袖吉とともに潜入した聡四郎を待ち受けていたのは4人の僧兵。思わぬ強敵を前に聡四郎たちは――というところで次回に続きます(にしても袖吉は情報収集の上に戦力にまで数えられていて真剣に有能過ぎです)。


『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視)
 周囲の腫れ物を触るような扱いに不満を募らせていたところに、宗桂にまで対局で手心を加えられ、本気で将棋を指すために江戸城を抜け出した十代将軍家治。相手を求めて足を踏み入れた将棋会所でそうとは知らずに家治にボロ負けした田沼勝助は、強い奴を連れてくると宗桂を呼びに行くのですが、事態はさらにややこしいことになっていて……

 と、ある意味時代劇では定番の、偉い人のお忍びが騒動を起こして――というエピソードである今回。なるほど、考えてみれば宗桂の本職は将軍の将棋の相手であるわけで、なるほどこういう話も本作ではできるのか、とちょっと感心いたしました。
 それにしてもヒロイン(?)お香の物理的なメチャクチャな強さにも驚きますが、やはり今回のハイライトは、家治にはこれまで秘め隠していた「本気」を宗桂が見せる場面でしょう。普段出せないその「本気」を描くために、今回のようなお忍びエピソードが必要だった――と思えば、実に面白い趣向であったと思います。


『カムヤライド』(久正人)
 待望の連載再開となった今回は、出雲編のエピローグ。前回、死闘の末に出雲の国津神・高大殿(タカバルドン)が封印された直後に起きた異変が描かれることとなります。

 土蜘蛛(国津神)を倒す力を持つ謎の剣で、モンコとヤマトタケルを助けた青年・イズモタケル。しかし高大殿が倒された直後、その剣が彼の腕と一体化し、その体の主導権を奪ってヤマトタケルに襲い掛かるではありませんか。しかしカムヤライド=モンコは強敵との戦いの果てに意識を失っており、戦えるのはヤマトタケルのみながら、彼の持つ弓・弟彦公では相手にトドメを刺すことはできません。イズモタケルは、敵を倒すために自分を殺してくれと願うのですが……

 仲間が敵に取り憑かれ、傷つけるわけにいかずに苦悩する――というのはヒーローものの定番パターンの一つですが、そのヒーローたるカムヤライドが戦闘不能となっていることで、さらに絶望的な状況となっている今回。ただ倒すだけでも大変なところに、イズモタケルの命を救うことができるのか、と大いにハラハラさせられるのですが――ここでヤマトタケルがもう一人のヒーローとして立ちあがるのが素晴らしい。
 考えてみればこの出雲編は、大和の王族である自分と、一人の人間である自分との間で悩みながらも、自分の道を――ヒーローであるモンコ、ある意味自分の鏡であるイズモタケルを通じて――ヤマトタケルが掴む物語でありました。だとすればその結末は、彼が決めるのは必然なのでしょう。

 本作のヒーローは一人ではないことを示してくれる、気持ちのよいエピソードでした(しかし活躍するたびに脱がされるヤマトタケル……)。


 その他、『用心棒稼業』(やまさき拓味)は初の連続エピソード。元鬼輪番・夏海の前に、とある藩に草として入り込んでいた彼の旧友にしてライバルが現れて――と、ただでさえ重いエピソードが多い夏海編でも、最も重い内容になりそうな、いや既になっており、次回が気になります。
 しかしその友のことを作中で「同鬼の友」と呼ぶのは、強烈に「らしい」……


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