2017.04.23

斉藤洋『くのいち小桜忍法帖 3 風さそう弥生の夜桜』 公儀隠密の任と彼女の小さな反抗と

 公儀隠密の総帥の娘である少女・小桜を主人公とした『くのいち小桜忍法帖』……つい先日、完結巻の第4巻が刊行されたシリーズの第3巻であります。江戸の町で起きる小さな事件を追うことになった小桜。しかしその果てに彼女は、自分の家も関わった、思いも寄らぬからくりの存在を知ることになるのです。

 あと数ヶ月で桜が咲こうという中、その次の季節の花をあしらった着物を求めて江戸の町を行く小桜。その途中に出会った顔なじみの岡っ引き・雷蔵親分から彼女が聞かされたのは、またもや怪事件の噂であります。

 江戸の町から姿を消した幾人もの職人。周囲に気付かれないように巧妙に消え、そしていつの間にか戻っている彼らに共通するのは、いずれも金座で小判づくりに携わる職人であることでした。
 なるほど、周囲から隔離された金座であれば、一時期職人が消えていたとしてもすぐに気付かれることはありません。しかしそうだとしても、誰が、何のために……

 探索を始めた小桜たちが掴んだのは、事件の背後にとある外様藩の存在があること。だとすればこれはまさに彼女の、いや彼女の家である外様大名の探索担当の公儀隠密・橘北家の役目であります。
 遠国に出ていた彼女の二番目の兄も加わり、事件の背後で密かに進行していた陰謀を押さえるべく動く橘北家の面々なのですが――


 江戸で次々と起きる怪事件に、小桜が挑むというスタイルで展開してきた本シリーズ。本作も基本的にはそのフォーマットを踏まえたものですが、しかしそこからいささか踏み出した形を見せることになります。

 実は本作においては、事件の謎は比較的早い段階で判明し、その後はその陰謀を明るみに出さんとする橘北家の作戦が描かれることとなります。
 しかし物語の中心となるのは、むしろその作戦が終わってから。中心となるのは、作戦の(小桜にとっては)思いもよらぬ結末であり、そしてそれを目の当たりにした彼女の心の動きなのです。

 思えば、開幕当初より、事件とそれに対する小桜の活躍と同じかそれ以上に、彼女の内面を描いてきた本シリーズ。
 それはまだ未熟ながらも公儀隠密の一員としての彼女の姿を描くと同時に、一人の年頃の少女としての彼女の内面を描くものでもありました。

 これまで彼女の持つこの二つの側面は、矛盾することなく存在してきました。自分は公儀隠密の家に生まれ、当然公儀隠密になる。そしてその任は常に正しい(と言わないまでも道理に叶ったものである)という思いの下に。

 しかし本作の事件の結末において、そしてそれと同時に進行していたある任務の結果(それが史上に残るあの大事件に繋がることに……!)を知ることによって、彼女の中に一つの疑問が生じることになります。
 自分たちのしていることは本当に正しいのか。公儀隠密の任とは何なのか、というような。

 それは大人の目から見れば――そして一般の時代小説は基本的にそのスタンスなのですが――青臭い感傷に過ぎないと断じられるものなのでしょう。
 しかし、そんな感傷を抱くことができるのも、大人の世の中の「当然」に対して異議申し立てするのも、子供の特権でしょう。そしてそんな子供たちが読む物語においてそれが描かれることも、また必要なことであります。

 もちろん、そんな異議申し立ては容易いことではありません。公儀隠密のような立場であればなおさら。
 そんな小桜の小さな反抗が、本作の、いや本シリーズの冒頭から描かれてきた彼女のキャラクターの一端を通じて描かれるのは、これはもうベテランの技だと、大いに感嘆させられた次第です。


 果たして小桜が抱いた想いはどこに向かうのか。本作で描かれた大きな大きな事件に、彼女は今後どのように関わっていくことになるのか。シリーズ最終巻も近日中に紹介いたします。

 ちなみにこの最終巻では、驚くべき(予想はしていましたが……)クロスオーバーの存在が明らかになるのですが、よく読んでみればその痕跡はこの巻から既に存在していたことに驚かされます。
 知っていて読まなければわからない部分ではありますが――


『くのいち小桜忍法帖 3 風さそう弥生の夜桜』(斉藤洋 あすなろ書房) Amazon
3風さそう弥生の夜桜 (くのいち小桜忍法帖)


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2017.04.19

『コミック乱ツインズ』2017年5月号

 今月も『コミック乱ツインズ』の時期となりました。今月号は、『そば屋幻庵』と『小平太の刃』が掲載されているほかは、レギュラー陣が並びますが、しかしそれが相変わらず粒ぞろい。今回も印象に残った作品を紹介いたします。

『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 明治時代、鉄道の黎明期に命を賭ける男たちを描く本作は今回から新エピソードに突入。島安次郎の懸命の説得に、国鉄に移籍した凄腕機関士・雨宮が、島の依頼で碓氷峠の視察に向かうことになります。

 碓氷峠といえば、その急勾配でつい最近まで知られた難所。現代ですらそうなのですから、蒸気機関車が運行されていたこの時代、その苦労はどれほどほどのものだったか……
 と、事故が相次ぐこの峠で奮闘する人々が登場する今回。雨宮が見せるプロの技が実にいいのですが、むしろ今回の主役はそんな現地の人々と感じさせられます。

 時代が明治、題材が鉄道と、本誌では異色の作品と感じてきましたが、一種の職人ものとして読めば全く違和感がないと、今更ながらに気付かされました。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 「梅安晦日蕎麦」の後編。彦次郎が、恩のある田中屋に依頼され、仕掛けることとなった容貌魁偉な武士・石川。その彼を尾行した梅安は、真の事情を知ることになって――
 と、腕利きの武士相手のの仕掛けを頼まれてみれば、その実、彼こそは……という展開は、この前に描かれたエピソード「後は知らない」と重なる点が大きくてどうかなあと思うのですが、これは原作もこうなので仕方がありません。

 しかしその点に目を瞑れば、魁偉な容貌を持つ者が必ずしも凶悪ではなく、優しげな容貌を持つ者が必ずしも善良ではないという物語は、梅安たち仕掛人という裏の「顔」を持つ者たちと重なるのはやはり面白い。
 そしてこの点で、男たちの顔を過剰なほどの迫力で描く作画者の作風とは、今回のエピソードはなかなかマッチしていたと感じます。
(その一方で、一件落着してから呑気に年越し蕎麦をすする二人の表情も微笑ましくていい)


『鬼切丸伝』(楠桂)
 まだまだ続く信長鬼編。今回のエピソードは明智光秀の娘・珠(細川ガラシャ)を主役とした前編であります。
 本能寺の変で鬼と化し、自らを討った光秀とその血族に祟る信長。血肉のある鬼というより、ほとんど悪霊と化した感のある信長は、最後に残された珠に執拗につきまとい、苦しめることに――

 というわけで、冷静に考えれば前々回のラストで鬼になったばかりなのに、何だかえらいしつこい印象のある信長ですが、さすがに魔王と呼ばれただけあって、鬼切丸の少年も、久々登場の鈴鹿御前も、なかなか決定打を繰り出せないのがもどかしい。
 そんな中、口では否定しても少しずつ珠を、人間を守る方向に心を動かしつつある少年の「人間にしかできぬ御技で呪いに打ち勝て!!」という至極真っ当な言葉に感心してみれば、それが事態を悪化させるとは――

 この国の魔はこの国の神仏にしか滅せぬという概念には「えっ!?」という気分になりましたが(『神の名は』『神GAKARI』は……<それは別の作品)、そろそろ信長とも決着をつけていただきたいところです。


『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)
 ついに残すところあと2回となった本作ですが、今回はラス前にふさわしい大殺陣というべき展開の連続。敵の本拠とも言うべき金吹き替え所に乗り込んだ聡四郎を待つのは、紀伊国屋文左衛門が雇った11人の殺し屋……というわけで、ケレン味溢れる殺陣が連続するのが実にいい。

 同じ号に掲載された『そば屋幻庵』が静とすればこちらは激しい動、これくらい方向性が異なれば気持ちがいいほどですが、さてその戦いも思わぬ形で妨害を受けて、さあどうなる次号! というところで終わるのは、お約束とはいえ、やはり盛り上がるところであります。


『コミック乱ツインズ』2017年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年 05 月号 [雑誌]


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2017.04.04

木村忠啓『慶応三年の水練侍』 幕末武士が特訓の果てに見たもの

 毎回ユニークな題材の作品が登場する朝日時代小説大賞の第八回大賞受賞作は、タイトルのとおり水練・水術――水泳を題材とした物語。幕末の動乱に揺れる津・藤堂家を舞台に、藩の行方を左右する水泳勝負に挑む羽目になった一人の侍の奮闘が描かれます。

 佐幕か勤王かで、日本中が割れることとなった動乱の慶応三年。それまで中道を行っていた藤堂家にもその動きが波及してきた頃――砲術師範・市川清之助は、突如、水術試合への参加を命じられます。
 試合の相手は、江戸で水術を修め、そして勤王思想に傾倒した江戸帰りの俊英・谷口善幸。彼は、かつて清之助が敬愛していた先輩・善之丞の息子であります。

 しかし17年前、藩の火薬工場の爆発事故で父が死に、清之助が生き延びたことを逆恨みして、次々と嫌がらせを仕掛けてくる善幸。
 さらに藩内の勤王派のリーダー的存在となっていた彼が勝てば、藩内で勤王派が力を増し、藩を二分しかねない……それを恐れた佐幕派によって、清之助は佐幕派の代表選手扱いをされることになります。

 高慢な善幸に一泡吹かせるため、そして藩内の争いを防ぐため、決して負けられない戦いに挑む清之助。しかし問題が一つ――実は彼は水術は苦手だったのであります。


 という本作の基本設定が描かれるのは、冒頭から1/4程度の辺りまで。本作は、そこから終盤まで、ひたすら清之助の水術訓練が描かれることとなります。

 今の実力では到底かなわない相手に勝つため、主人公が個性的な師匠の下、奇想天外な特訓を繰り広げる……それは、スポーツものや格闘技ものの一つのパターンと言えます。
 本作もそうした物語なのですが、さて、どのような特訓が……と思えば、本作の舞台は津・藤堂家。藤堂家といえば伊賀上野、伊賀といえば――そう、忍者!

 かくて清之助は、伊賀者から特訓を受ける
ことになるのですが、彼のコーチ役を務めるのは、訓練の指示以外はほとんど全く語らぬ無愛想な伊賀者・伊八。清之助は、この伊八から次々と理不尽としか思えぬ特訓を課せられることになります。
 延々と薪を割らされる、地面に落ちた豆を素早く拾って棚の上に置く、尺八を演奏する……清之助は、到底水泳と関係あるとは思えぬ特訓を強いられる上に、食事は粥や豆腐ばかりという過酷な暮らしを数ヶ月に渡り強いられるのです。

 もちろん、実はこれらの特訓に意味があるのは言うまでもありません。その特訓をクリアしていくことで、以前とは比べものにならぬほど水術の腕を上げる清之助ですが……しかしそれでも善幸の壁は高い。
 最後の策として、清之助と伊八は伊賀の秘術を元に新たなる泳法を編み出さんとするのですが、その姿はなんと――


 先に述べたように、本作の大半を割いて描かれるこの特訓シーン。しかしそれが全く飽きることなく一気に読めてしまうのは、一つにはデビュー作とは思えぬ作者の筆力があることは間違いありません。
 しかしそれに加えて本作の魅力は、そのある意味ストレートな勝負に、幕末という時代、藤堂家という舞台を組み合わせ、さらに清之助の成長物語に重ね合わせることで、物語に深みを与えていることでしょう。

 佐幕か勤王か、旗幟を鮮明にすることなく渡ってきた藤堂家(もっともこの後、藤堂家は幕末史に残る大転回を見せるのですが)。その主家において清之助もまた、日々を静かに送ってきました。そこに現れた善幸という存在……それは清之助を大きな嵐に巻き込むこととなります。

 その清之助が挑む特訓で彼を突き動かすのは、初めは善幸への怒り、そして善幸に勝ちたいという思いでしたが……しかしその中で彼は、自分が勝つべき相手は、それまでの環境に安住してきた自分自身であったことに気づくのです。
 そしてその特訓のコーチである伊八に代表される伊賀者も、忍びには思想はない、と超然とした態度を見せつつも、やはり時代のうねりの中に巻き込まれていくことになるのを、清之助は目撃することになります。

 そんな清之助の想いの変化と水術勝負が重なり、その果てに彼が選ぶ道は、そこで見たものは……その結末に、あるいはすっきりとしないものを感じる方もいるかもしれません。しかしこれは物語で提示されてきた一つの価値観を体現した、見事な結末と言うべきではないかと私は思います。


 作者は今後もスポーツ時代小説にチャレンジすることを宣言している由、これは楽しみな作家が登場したものです。


『慶応三年の水練侍』(木村忠啓 朝日新聞出版) Amazon
慶応三年の水練侍

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2017.04.02

入門者向け時代伝奇小説百選 怪奇・妖怪(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回はある意味この百選のキモである怪奇・妖怪ものの紹介(その一)であります。

26.『おそろし 三島屋変調百物語事始』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)

26.『おそろし 三島屋変調百物語事始』(宮部みゆき)【江戸】 Amazon
 数多くのジャンルで活躍する作者が得意とする時代怪談の名品、数年前に波瑠主演でNHKドラマ化された作品です。
 ある事件が原因で心を閉ざし、叔父夫婦の営む三島屋に預けられた少女・おちか。彼女はふとしたことから、様々な人々が持ち込む不思議な話の聞き役を務めることに――

 というユニークな設定で描かれる全5話構成の本作は、題名のとおり真剣に恐ろしい物語揃いの怪談集。しかしそんな恐ろしい物語に聞き手として、時には当事者として向き合うことにより、おちかの心が少しずつ癒され、前に向かって歩き出す姿には、作者の作品に通底する人間という存在の強さが感じられます。
 副題通りの百話目指し、今なお書き継がれているシリーズであります。

(その他おすすめ)
『あんじゅう 三島屋変調百物語事続』(宮部みゆき) Amazon
『あやし』(宮部みゆき) Amazon


27.『しゃばけ』(畠中恵)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 大店・長崎屋の若だんな・一太郎は生まれついての虚弱体質で、過保護な兄やの佐助と仁吉に口うるさく構われる毎日。しかし若だんなは妖を見る力の持ち主、実は大妖の佐助と仁吉とともに、次々と奇怪な事件に巻き込まれて――という妖怪時代小説の代名詞と言うべきシリーズの第1弾です。

 人間と妖のユーモラスで賑やかな騒動を描くいわゆる妖怪時代小説のスタイルを作ったとも言える本作は、しかし同時に、ミステリ性も濃厚な物語。
 続発する奇怪な殺人事件に巻き込まれた若だんなが解き明かすのは、この世界観だからこそ成立する奇怪なロジック。そしてその先には、苦い人間社会の現実が――

 連作スタイルで今なお続くシリーズを貫く魅力は、この第1弾の時点から健在なのです。

(その他おすすめ)
『ゆめつげ』(畠中恵) Amazon
『つくもがみ貸します』(畠中恵) Amazon


28.『巷説百物語』(京極夏彦)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 妖怪といえばこの人、な作者の代表作の一つであり、幾度も映像化・漫画化されてきた本作。しかし作者の作品らしく一筋縄ではいかない妖怪時代小説であります。

 戯作者志望の青年・百介が旅先で出会った謎めいた男・御行の又市。一癖も二癖もある面々と組む彼の稼業は、表沙汰にできない面倒事の解決や悪党への復讐を請け負うことでありました。
 妖怪の仕業にしか見えない不可解な事件を引き起こし、その陰に隠れて仕掛けを行う本作は、作者が愛してやまない必殺シリーズmeets妖怪的味わいの連作集です。

 百鬼夜行シリーズ(京極堂もの)とは表裏一体とも言える本作は、その後も後日譚・前日譚と数多く書き継がれ、更なる続編が待たれるシリーズです。

(その他おすすめ)
『続巷説百物語』(京極夏彦) Amazon


29.『一鬼夜行』(小松エメル)【幕末・明治】 Amazon
 妖怪時代小説の旗手の一人である作者のデビュー作にして代表作、明治の東京を舞台にした賑やかでほろ苦い妖怪活劇です。

 ある晩、空から古道具屋を営む青年・喜蔵の前に落ちてきた自称大妖怪の少年・小春。百鬼夜行からこぼれ落ちたという小春が居候を決め込んで以来、様々な妖怪沙汰に巻き込まれる喜蔵ですが――

 小生意気な小春と、妖怪も恐れる閻魔顔の喜蔵の凸凹コンビが活躍する本作、人間と妖怪のバディものは定番ですが、ここまで二人のやり取りが楽しい作品は他にはありません。
 その一方で、それぞれ孤独を抱えた人と妖が寄り添い、絆を深める人情ものとしても魅力的な本作。今なおシリーズが書き継がれているのも納得です。

(その他おすすめ)
『夢追い月 蘭学塾幻幽堂青春記』(小松エメル) Amazon


30.『のっぺら あやかし同心捕物控』(霜島ケイ)【江戸】 Amazon
 『封殺鬼』シリーズなど伝奇アクションで90年代から活躍してきた作者の初時代小説は、とんでもなくユニークな妖怪ものであります。
 主人公の千太郎は江戸町奉行所の敏腕同心。腕が立ち、正義感に溢れて情に厚い、江戸っ子の人気者なのですが……何と彼はのっぺらぼう。あやかしを退治する同心ではなく、あやかしが同心なのです。

 しかし本作はパラレルワールドものではありません。江戸にのっぺらぼうがいたらどうなるか……本作は丹念に描写を積み重ねることでその難題(?)をクリアするのです。
 そしてもちろん、千太郎が挑む事件も奇っ怪極まりないものばかり。人間が、妖が引き起こす怪事件に挑む千太郎の姿は、「男は顔じゃない」と思わせてくれるのであります。


今回紹介した本
おそろし 三島屋変調百物語事始 (角川文庫)しゃばけ (新潮文庫)巷説百物語 (角川文庫)(P[こ]3-1)一鬼夜行 (ポプラ文庫ピュアフル)のっぺら あやかし同心捕物控え (モノノケ文庫)


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 「おそろし 三島屋変調百物語事始」 歪みからの解放のための物語
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 「のっぺら あやかし同心捕物控」 正真正銘、のっぺらぼう同心見参!

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2017.03.31

天野行人『花天の力士 天下分け目の相撲合戦』 前代未聞、平安相撲伝奇活劇!

 毎回個性的な作品を輩出している朝日時代小説大賞の第8回の最終選考候補作である本作は、安倍晴明や渡辺綱が活躍する平安ものですが……しかし中心となる題材はなんと相撲。内裏で行われる相撲節会を舞台に、異能の力士たちが激突するユニークな伝奇活劇であります。

 藤原道長が栄華の階段を登り始めた頃――彼と激しく対立する藤原顕光は、毎年七夕に行われる相撲節会において、自分と道長がそれぞれ選んだ最強の相撲人による決闘を提案、道長もそれに乗せられたことから、物語は始まります。

 顕光側の力士は、樹木を壊死させ、空を飛ぶ鳥を落とす怪しげな呪術を操る巨漢・獲麟。この怪人に対抗する力士探しを命じられた安倍晴明は、渡辺綱と二人、寧楽(奈良)は秋篠の里に向かいます。
 その秋篠の里こそは、遥か千年前、垂仁天皇の御前で行われた七夕相撲で勝利した野見宿禰の子孫が暮らす里。そこで地祇と会話する力を持ち、邪を祓う四股を踏む少年・出雲と出会った晴明は、出雲の陰守役である美少女・鹿毛葉らとともに、都に戻るのですが――


 相撲といえばどうしても江戸時代という印象が浮かびますが、その歴史は遥か過去にまで遡ることができるのは言うまでもない話。
 そしてその起源と言われ、そして伝奇ものでしばしば題材となっているのは、本作の中核ともなっている、野見宿禰と当麻蹴速の御前相撲であります。。

 『日本紀』の垂仁天皇7年の項に記されたこの試合は、激しい蹴りの応酬の末に、宿禰が蹴速の腰を踏み折るという、現代のイメージとは程遠い、凄惨な結末を迎えたと言われる一戦。
 本作はこの一戦を題材に、平安に至るまでの千年の因縁を巡る伝奇活劇として物語を構築しているのがユニークなところであります(ちなみに計算するとこの試合は紀元前の出来事なので、本作の時点から遡れば確かに千年前ではあります)。

 安倍晴明や渡辺綱らが妖魔や術者と戦う平安ものは枚挙に暇がありませんが、そこに相撲が絡んでくる物語は、ほとんど記憶にありません。この点は見事な題材選びと言えるでしょう。

 題材と言えば、個人的には、本作の悪役が藤原顕光であることにも感心させられました。
 芦屋道満による道長への呪詛を晴明が見破ったという有名な伝説は、この人物の依頼という話があるこの人物。死後にも数々の祟りを起こし、「悪霊左府」と呼ばれたというのですから穏やかではありません。

 さまで有名ではないものの、こうした逸話から考えれば本作でのキャラクターはまさにはまり役。先の野見宿禰と当麻蹴速の一戦やこの顕光の存在など、本作は既存の伝説を巧みに絡め合うことで、全く新たな物語を生み出しているのに感心させられます。


 とはいえ、残念な点がないわけではありません。晴明や綱、出雲をはじめとして様々なキャラクターが登場する本作ですが、その人物像はさまで掘り下げがなされているとは言い難いように思えます。
 好奇心旺盛な食えない性格の晴明、実直な武人の綱、天真爛漫な出雲、ツンデレの鹿毛葉……わかりやすいキャラクター設定は親しみが持てるのですが、そこから先に広がりが欲しかった、という印象はあります。

 悪役サイドが、わかりやすい悪役で終わってしまったことも含めて――

(これは全く別の話ですが、過去話としてさらっと邪馬台国と神武東征を絡めて物語を設定しているのにも疑問符が)


 とはいえ、達者な物語運びもあり、ラストまで一気に読むことができた本作。おそらくは本作が作者のデビュー作であることを考えれば、今後の活躍に期待してもよいのではないかと思います。
 本作の登場人物たちのその後の姿も描いて欲しい、という気持ちも確かに感じられるところであります。


『花天の力士 天下分け目の相撲合戦』(天野行人 朝日新聞出版) Amazon
花天の力士 天下分け目の相撲合戦

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2017.03.25

野田サトル『ゴールデンカムイ』第10巻 白石脱走大作戦と彼女の言葉と

 ついに単行本も二桁の大台に突入した『ゴールデンカムイ』。思わぬ成り行きから手を組んだ杉元一味と土方一味ですが、脱獄王・白石が第七師団に囚われたことで、思わぬ道草を食うことに……

 鶴見一派がニセの刺青人皮を手に入れたことをきっかけに、一時休戦することとなった杉元と土方。贋作を見破る術を知る可能性がある贋作師・熊岸長庵と会うため、樺戸集治監に向かう一行は、チームをシャッフルして二手に分かれるのですが……もちろんその先でも騒動に巻き込まれることになります。

 アイヌになりすましていた脱獄囚一味と大乱戦を繰り広げた末、そのリーダーであり刺青人皮の持ち主である詐欺師・鈴川聖弘を捕らえた杉元チーム。
 一方、土方チームでは白石が第七師団と遭遇、捕らえられたことから、土方とキロランケという渋すぎるコンビが救出に向かうのですが……しかし白石のポンコツぶりと、彼自身が杉元に内通がバレることを恐れていたことから失敗に終わるのでした。

 合流した両チームは、鈴川の変装術を頼りに、大胆にも第七師団の本拠である軍都・旭川に潜入。首尾良く白石のところまでたどり着いた鈴川と杉元ですが、そこに鶴見中尉の懐刀の薩摩隼人・鯉登少尉が現れ――


 というわけで、白石救出作戦がメインとなったため、本筋はほとんど進まなかった今回。そのため……というわけではまさかないと思いますが、変態キャラの登場も少なく(登場しないとは言っていない)、比較的落ち着いた内容ではあります。

 しかしもちろん、それが面白くないということとイコールではないことは、言うまでもありません。
 相変わらずのテンションの高いギャグ(そして唐突に挿入される小ネタ)、アイヌグルメにアイヌ知識、陸海空(陸水空)に展開される派手なアクションetc.本作の魅力はここでもこれでもか、とばかりに詰め込まれているのですから。

 特に、白石救出作戦の中核として前巻で登場した鈴川の驚くべき変装スキル&詐欺師ならではの人心掌握術が展開されるくだりは、本作の隠れた(?)魅力であるサスペンス味が実に良く出た展開。
 それを迎え撃つ新キャラ・鯉登少尉も、まだまだ顔見せに近い出番ではありますが、精悍な見かけによらぬ一筋縄ではいかない面白キャラぶりを予感させ、今後の展開に期待を持たせます。

 そしてまた、主人公サイドだけでない数多くのキャラクターが入り乱れる本作の楽しさは、この巻でももちろん健在であります。

 今回は比較的動きが静かな鶴見中尉の前には、銃器開発の天才・有坂成蔵中将が登場。言うまでもなく有坂成章がモデルの人物かと思いますが、漫画版ゲッターロボの敷島博士の如きキャラ造形には――登場エピソードがこの巻屈指の異常なテンションであったことも相俟って――少ない出番が強烈に印象に残ります。

 さらに杉元たちを追う谷垣・インカラマッ・チカパシの前には、千里眼の超能力者・三船千鶴子が登場。
 こちらはもちろん御船千鶴子がモデルですが(ご丁寧に彼女のマネージャー的立場だった義兄・清原ならぬ青原というキャラも登場)、同じ千里眼持ちのインカラマッとの絡みは、思わぬ変化球で驚かせてくれます。
(それにしても有坂も御船も、モデルを容易に連想させつつも、あくまでも架空の人物という扱いなのは、色々と苦労が窺われます)


 しかしそんな中でもきっちりとラストを締めるのは、記念すべきこの巻の表紙・裏表紙を飾った杉元とアシリパであります。

 前の巻で、アシリパを守るためとはいえ、その彼女自身がドン引きするような大殺戮をやらかした杉元……その後も、いやそれ以前にも、普段の好青年ぶりとは裏腹の非情かつ狂気に満ちた表情を見せてきた彼に、アシリパがかけた言葉とは――

 杉元・鶴見・土方……彼らに共通するのは、戦争の狂気の中で己を輝かせ、そして戦争が終わった後もなお、その戦争に囚われ、己を見失ったことであります。
 だとすれば彼らは、杉元はもう戻ってくることはできないのか? その哀しい問いかけに対する一つの答えとして、アシリパの言葉は響きます。

 本作の最大の魅力……それは、どれほど極端な描写があろうとも、その奥に息づく人間性の存在と、それを描く筆の確かさであると、改めて確認させられた次第です。


『ゴールデンカムイ』第10巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 10 (ヤングジャンプコミックス)


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2017.03.22

長谷川卓『嶽神伝 鬼哭』上巻 景虎出奔、山中の大乱戦

 戦国時代の関東甲信越から駿河までを舞台に、山の者・無坂の生き様を描く「嶽神伝」シリーズもこれで第三弾。時は流れ、老境に近づいた無坂たちは、またしても里の者――すなわち戦国大名たちの争いに巻き込まれ、強敵たちと死闘を繰り広げることとなります。

 家臣同士が領地を巡って争う状況に怒り、出奔した長尾景虎。彼がわずかな供を連れ、かつて縁のあった月草と真木備のもとに押し掛けたことから、たまたま彼らを訪ねていた無坂も行動を共にする羽目になります。
 やむを得ず景虎を案内することになった無坂たちですが……しかし景虎の出奔は、すぐに宿敵たる武田晴信の知るところに。

 景虎を暗殺する好機と見た武田家中では、透破の精鋭部隊である「かまきり」そして「かまり」を放ち、晴信の後を追跡。そして偶然彼らと遭遇した女ばかりの山の民・鳥谷衆は、真木備と無坂、そして長尾方に対する恨みから武田方に協力を申し出るのでした。
 さらに北条方も、この動きを察知した北条幻庵がやはり景虎を討たんと風魔小太郎ら風魔衆を連れて自ら出陣、その動きに巣雲衆の弥十たちが巻き込まれることに。

 そして長尾方も、山中から景虎を救い出すべく、「落とし」を生業とする山の者・南稜七ツ家に依頼、軒猿たちとともに景虎のもとに急行することになるのです。
 かくて、景虎と無坂たち、武田の透破・かまきり・かまり、北条の風魔衆、上杉の軒猿と七ツ家衆……実に四つの集団が、山中の聖地・龍穴を舞台に激しく激突することに――


 いやはや、これまでも幾度となく山の者と忍び、忍びと忍びの死闘を描いてきた本シリーズですが、今回ほどのスケールの戦いはこれが初めて。何しろここに登場するのは敵味方合わせて約60人、全員が戦うわけではないにせよ、ちょっとした合戦レベルであります。
 そしてその戦いの内容が凄まじい。誰が敵で誰が味方かもわからなくなるような状況の中、一対一、一対複数、複数対複数で繰り広げられるのは、本作ならではのリアルな手触りの、それでいて派手さも感じさせる見事なバトルであります。

 特に、今回登場する「かまり」の里の者たちは、「かまきり」の中でも危険すぎるために里に封じられていた遣い手たちというケレン味に溢れる設定が楽しい。
 その中でも四囲を血の海とする死人使いとして恐れられる四方津の技は、地に足の着いた設定ではありつつも(時代小説で用いられるのはかなり珍しいのですが)その二つ名の通りの内容で、本シリーズにしては珍しいほど凄惨な展開が強烈なインパクトを残します。

 その一方で、そもそもの発端である景虎のキャラクターも何とも楽しい。今回の騒動は、有名な景虎の高野山出奔をベースとしたものですが、戦国武将が領内不統一に起こって自分の家を捨てるという、何とも唖然とさせられるような事件も、ああこの人物なら……と感じさせられるものがあります。

 強引に月草たちのところに押しかけて居候し、山の自然の美しさに目を輝かせる彼の純粋といえば純粋、無神経といえば無神経、しかしそれでいて妙に魅力的な姿は、我々が知る景虎のイメージをさらに純化させ、そして独自性を与えていると言えるでしょう。
 本シリーズのもう一人の主人公たちとも言うべき戦国武将たちの見事な人物像は、本作でも健在なのです。


 さて、この上巻の後半で描かれるのは、武田家が狙う山の者の分断作戦であります。

 この物語の冒頭から、主に敵サイドとして登場することが多かった武田家。無坂をはじめとする山の者との長年の(ほぼ一方的な)確執を背景に、かまきりを束ねる春日弾正忠は、山の者を自らの手として使い、そして無坂への復讐のため、山の者の一部を味方につけるべく暗躍することになります。

 無坂を中心とした物語だけに、純粋な暮らしの姿がクローズアップされてきた山の者。しかし戦国の世にそれだけでは暮らしていけず、時に手を汚す者が出ることは、第一作の鳥谷衆を巡る事件でも明らかですが、それが山の者同士の戦いにまで繋がっていくとなれば別です。

 しかしこの局面を、意外な、いや、山の者クロニクルをこれまで読んできた人間にとっては納得の人間が収めることになるのですが……次の世代は既に育っているのだな、と思わされるこの展開は、頼もしくも、いささか寂しさも感じさせるところであります。
 無坂が自分の望む死に様について語る場面も含めて――


 しかしこの物語はまだ続きます。下巻においては戦国史に残る二つの合戦が描かれることになりますが……それはまた後ほど。


『嶽神伝 鬼哭』上巻(長谷川卓 講談社文庫) Amazon
嶽神伝 鬼哭 上 (講談社文庫)


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2017.03.21

北方謙三『岳飛伝 三 嘶鳴の章』 そして一人で歩み始めた者たち

 北方大水滸の第三部たる本作も、開幕したばかりのこの巻において早くも大戦が展開。梁山泊にとっては怨敵である金国の大軍に対し、梁山泊の精鋭たちが挑むことになります。しかしその戦いの先にあるのは意外な展開……そしてその先では南宋が、岳飛がそれぞれ独自の動きを見せることになります。

 数々の痛手から復活しつつも、楊令時代とは異なり、聚義庁の明確な方針なく、各人にその向かう先が委ねられた梁山泊。そんな新・新梁山泊に戸惑う間もなく、兀朮と撻懶率いる金軍二十万が梁山泊に迫ります。

 対する梁山泊軍は八万、数こそ倍以上の差がありますが、しかし兀朮といえば間接的とはいえ楊令の死の原因を作った相手。これこそ仇討ちの好機と、勇躍迎え撃つのは、呼延凌・秦容・蘇琪・山士奇そして史進と、現時点のベストメンバーであります。

 そして繰り広げられる戦いはまさしく一進一退。正面からの激突あり、奇襲あり、探り合いあり、突撃あり……多大な犠牲を払い、ありとあらゆる手を尽くした後に、梁山泊はほぼ勝ちに等しい引き分けを掴むことになります。
(ここで最後の一撃となった攻撃が、全盛期の梁山泊的というか、実に痛快極まりないもので実にイイ)

 しかしこの時点で本書はまだ四分の一程度、これだけ見れば随分とあっさり終わったようですが、しかしある意味真の戦いはここから始まることになります。

 この機を捉えて、金に講和を結ぶ決定を下した梁山泊。その全権を任せられたのは宣凱……聚義庁に入ってまだ日の浅い若き文官であり、そして同様に金との交渉の最中に、父・宣賛を殺された青年であります。
 いきなり呉用からの指名でこの重責を担わされた宣凱は、悩み、苦しみ、恐れながらも、金国に乗り込んでいくことに――


 第3巻のMVPを挙げるとすれば、間違いなくこの宣凱ということになるでしょう。かつて父が命を奪われた金国に乗り込み、父の命を奪った相手と交渉に挑む。それもほぼ自分一人のみで。
 それを超人的な活躍で見事に成し遂げた彼には驚かされるばかりですが、しかし無事に帰ってきてから呼延凌に飲めない酒を飲んで絡む姿など、実に人間的な顔を見せるのも、楽しいところであります。

 そして、好むと好まざるとにかかわらず、一人で歩み始めた者は彼一人ではありません。

 恋に燃えて韓世忠の造船所で笛を吹く王清も、西域貿易の最中で慢心から思わぬ深手を負うことになった王貴も、そして何よりも、軍を退役して遠く南方の開拓に向かった秦容も――
 皆、一人ひとり、自分自身の考えで、これまでの梁山泊であれば考えられなかったような行動を取っているのです。

 しかしこれは言うまでもなく、前巻で語られた「志」の在り方、梁山泊の在り方と密接に関係するものであり……そしてそれはまた、これまで『水滸伝』『楊令伝』で描かれてきた物語の先にあるものであります。

 国を倒し、国を造ったその先にあったもの……それが個人個人の心の中にある自由、自主自律というべきものであった、というのはもちろん結論を急ぎすぎではありますが、現代の我々には非常に納得できるところではあります。
(そしてそんな国の在り方を模索していたと思われる楊令は、やはりあまりにも早すぎる人物であったとも……)


 しかしそれでも、一人では生きられぬ人々、土地とともに生きる人々は存在します。そしてそのために戦う者も。
 それこそが本作の主人公である岳飛ですが、彼は本書においても、一見マイペースな生き方を貫いているように見えます。
(兀朮にどうせ「つまらないこと」に燃えているのだろうと予想されたら、全くその通りだったのには思わず噴き出しましたが)

 一大勢力の長でありつつもフットワークが軽く、そしてどこかいじられキャラ的な彼の人物像は実に魅力的なのですが、しかしそれが彼の一面に過ぎないこともまた事実。
 これまではいわば雌伏の時であったわけですが……しかしこの巻のラストではいよいよ兀朮との戦が始まります。

 歴史を揺るがす戦いの行方は、そしてその中で明らかになるであろう岳飛の姿とは……こちらも注目であります。


『岳飛伝 三 嘶鳴の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 三 嘶鳴の章 (集英社文庫)


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2017.03.19

『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その一)

 今月もやってきました『コミック乱ツインズ』。今月号の表紙&新連載は、叶精作の『はんなり半次郎』であります。

『はんなり半次郎』(叶精作&篁千夏)
 というわけで京は御所近くの古道具屋「求善賈堂」を舞台とする本作。タイトルロールの半次郎はその店主、男名前ですが代々継がれている名であり、当代の半次郎は三十路半ばの女性であります。

 その求善賈堂に半次郎を訪ねてきた盲目の少年・幸吉。同じ古道具屋であった親を押し込み強盗に殺され、自分も視力を奪われた彼は、店から奪われた品物が求善賈堂に出たと聞いて、江戸からはるばるやってきたのであります。
 残念ながらその品は既に売れた後だったものの、事情を聞いた半次郎は幸吉に対してある行動に出るのですが……

 古道具の目利きにしてしたたかな商売人、剣の達人にして腕利きの蘭方医、そしてもちろん美女、といささか盛りすぎにも見える半次郎。
 しかしこの第1話では、銘刀を売りに来た武士とのやりとり、そして幸吉の目の治療と、流れるようにその特徴の数々を示してみせ、終盤にちょっとしたどんでん返しも挟んでみせるのは、さすが、としか言いようがありません。

 が、このコンビだと……と思った通り、間に入るサービスシーンが強引すぎて、いやいやいや、いくらなんでも! とツッコミを入れざるを得ません。それも期待されているのだとは思いますが、いかがなものかなあ。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 明治を舞台に日本の鉄道の曙を描く本作も、はや第3話。関西鉄道から官営鉄道に移籍することを決意した島安次郎は、同じ関西鉄道の凄腕機関手・雨宮にも移籍を持ちかけるのですが……もちろんというべきか、職人気質の雨宮が肯んじるわけがありません。
 そして時は流れ、いよいよ私鉄国有化の流れが決定的になった中、引退を目前とした雨宮の前に現れた島は――

 島と雨宮、管理運行側と現場という立場の違いはあれど、それぞれの立場から鉄道に深い愛情を注ぐ二人の交流を中心に描いてきた本作。
 島が雨宮を口説き落とせるかが今回の眼目ですが、ある意味お約束とも言える展開ながら、二人の真っ直ぐな想いが交錯し、そして合流する様はやはり胸を熱くさせるものがあります。

 雨宮の後継者たちの成長を示す描写も見事で、回を追うごとに楽しみになってきた作品です(そして今回もおまけページが愉快。確かにそれは難題だと思いますが……)。


『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)
 よく見たら表紙に「全10回」と記載されていた本作、今回は第8回ですので、ラスト3回ということになります。

 今回はまさしく決戦前夜といったところ、柳沢吉保・荻原重秀側からは絡め手の引き込みが、新井白石からは温かみの欠片もない命令と板挟みの状況を一挙に打開すべく、自ら虎口に飛び込むことを決意した聡四郎。
 しかしその聡四郎の役に立ちたいと無謀にも敵方の牢人の跡を付けた紅が――

 と、決戦に向けてどんどん盛り上がっていく……というより聡四郎が追い込まれていく状況。
 しかしこうして改めて見ると、紅の行動は今日日嫌われるヒロインのそれ以外のなにものではないのですが、不快感を感じないのは、これは画の力――有り体に言えば、紅が非常に可愛らしく描けているからに他ならないと感じます。

 改めて画の力というものを感じた次第です。


 以降、長くなりますので、次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年4月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年4月号 [雑誌]


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2017.03.12

入門者向け時代伝奇小説百選 忍者もの(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、忍者ものの紹介の後編は、忍者ものに新風を吹き込む5作品を取り上げます。
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

21.『風魔』(宮本昌孝) 【戦国】【江戸】 Amazon
 後世にその名を知られた忍者の一人である風魔小太郎。本作は、颯爽とした男たちの物語を描いたら右に出る者がいない作者による痛快無比な忍者活劇であります。

 小田原の北条家に仕え、常人離れした巨躯と技で恐れられたという小太郎。本作はその逸話を踏まえつつ、しかしその後の物語を描き出します。
 何しろ本作においては北条家は早々に滅亡。野に放たれた小太郎は、豊臣と徳川が天下を巡って暗闘を繰り広げる中、自由のための戦いを繰り広げるのです。

 戦国が終わり、戦いの中に暮らしてきた者たちの生きる場がなくなっていく中、果たして小太郎たちはどこに向かうのか? 誰に縛られることなく、そして誰を傷つけることなく生き抜く彼の姿が本作の最大の魅力です。


22.『忍びの森』(武内涼) 【戦国】【怪異・妖怪】 Amazon
 発表した作品の大半が忍者ものという、当代切っての忍者作家のデビュー作である本作は、もちろん忍者もの……それも忍者vs妖怪のトーナメントバトルという、極め付きにユニークな作品であります。

 信長に滅ぼされた伊賀から脱出した八人の忍者。脱出の途中、彼らが一夜の宿を借りた山中の廃寺こそは、強大な力を持つ五体の妖怪が封じられた地だったのです。
 空間歪曲により寺から出られなくなった八人は、持てる力の全てを振り絞って文字通り決死の戦いに挑むことになります。

 忍者の鍛え抜かれた忍術が勝つか、妖怪の奇怪な妖術が勝つか? 敵の能力の正体もわからぬ中、果たして人間に勝利はあるのか……空前絶後の忍者活劇であります。

(その他おすすめ)
『戦都の陰陽師』(武内涼) Amazon


23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎) 【戦国】【怪異・妖怪】 Amazon
 映画化された『完全なる首長竜の日』になど、SF作家・ミステリ作家として知られる作者は、同時に奇想に富んだ時代小説の書き手でもあります。

 川中島の戦で召喚され、多大な死をもたらしたという兇神・御左口神。武田の歩き巫女・小梅は、謎の忍者・加藤段蔵に襲われたことをきっかけに、自分がこの兇神と深い関わりを持つことを知ります。
 武田の武士・武藤喜兵衛(後の真田昌幸)とともに、小梅は兇神を狙う段蔵の野望に挑むことに……

 初時代小説である『忍び外伝』も驚くべきSF的展開を披露した作者ですが、本作も実は時代小説にとどまらない内容の作品。果たして御左口神の正体とは……これは「あの世界」の物語だったのか!? と驚愕必至であります。

(その他おすすめ)
『忍び外伝』(乾緑郎) Amazon


24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道龍一朗) 【戦国】 Amazon
 忍者が活躍した戦国時代において、一際奇怪な存在として知られる飛び加藤こと加藤段蔵。本作はその段蔵を、悪人ならぬ悪忍として描いたピカレスクロマンであります。

 伊賀と甲賀の秘技を極めながらも、その双方を敵に回し、自分自身の力のみで戦国を渡り歩く段蔵。一向一揆で揺れる北陸を次の仕事場に選んだ段蔵は、朝倉家に潜り込むことになります。
 そこで段蔵の前に現れるのは、名うての武将、武芸者、そして忍者たち。そして段蔵にも隠された過去と目的が――

 強大な力を持つ者たちを向こうに回して暴れ回る段蔵の活躍が善悪を超えた痛快さを生み出す本作。ラストで明かされる、思わず唖然とさせられるほどの豪快な真実に驚け!

(その他おすすめ)
『乱世疾走 禁中御庭者綺譚』(海道龍一朗) Amazon


25.『嶽神』(長谷川卓) 【戦国】 Amazon
 奉行所ものなどでも活躍する作者の原点が、「山の民」ものというべき作品群――里の人々とは異なる独自の掟と生活様式を持ち、山中の自然と共に暮らす人々の活躍を描く物語であります。

 そして本作はその代表ともいうべき作品。掟を破って追放された山の民・多十が、武田勝頼の遺児と、一族を虐殺された金堀衆の少女を連れ、逃避行に復讐に宝探しにと奮闘する大活劇です。
 殺戮のプロとも言うべき追っ手の忍者集団を向こうに回し、母なる大自然を武器として戦いを挑む多十。山の民殺法とも言うべき技の数々は、本作ならではの豪快な魅力に溢れています。

 様々な欲望が剥き出しとなる戦国に、ただ信義のために命を賭ける多十の姿も熱い名品です。

(その他おすすめ)
『嶽神伝』シリーズ(長谷川卓) Amazon


今回紹介した本
風魔(上) (祥伝社文庫)忍びの森 (角川文庫)塞の巫女 甲州忍び秘伝 (朝日文庫)悪忍 加藤段蔵無頼伝(双葉文庫)嶽神(上) 白銀渡り (講談社文庫)


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 「忍びの森」 忍びと妖怪、八対五
 「忍び秘伝」 兇神と人、悪意と善意
 「悪忍 加藤段蔵無頼伝」 無頼の悪党、戦国を行く

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