2018.11.08

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第13巻 物語を彩る二つのテクニック、そして明らかになる過去


 刀鍛冶の里編もいよいよバトルが本格化し、佳境に入った『鬼滅の刃』。里を襲撃する上弦の鬼2体を迎え撃つ炭治郎、禰豆子、無一郎、そして玄弥ですが、上弦たちの奇怪な能力の前に窮地に立たされることに……

 日輪刀を打つ刀鍛冶たちが住まう刀鍛冶の里。厳重に秘匿されたその里で、慌ただしくもそれなりに平和(?)な時間を過ごしていた炭治郎ですが、そこに上弦の伍・玉壺と上弦の肆・半天狗の二人が出現したことで、里には血風が吹き荒れることになります。
 そして突如現れた半天狗と対決することになった炭治郎。一見非力ながら、斬られるたびに、空喜・積怒・哀絶・可楽と名乗るそれぞれ異なる能力を持った四人に分裂する半天狗を前に、炭治郎、そして鬼と化して参戦した禰豆子は大苦戦を強いられるのでした。

 と、そこに現れたのは、炭治郎の同期最後の一人である不死川玄弥。短期間のうちに体格が急激に変化したり、抜けた歯がいつの間にか生えていたり、何よりも炭治郎に異常に敵意を燃やしたりと不審な点も多い玄弥ですが、二連のショットガンという本作では珍しい武器を用いて半天狗と戦う姿はなかなかに頼もしいものがあります。
 かくて戦いは炭治郎vs空喜、玄弥vs哀絶、禰豆子vs可楽という団体戦の様相を呈することになる一方、霞柱・時透無一郎は、奇怪な魚(?)を操り、里の刀鍛冶たちを惨殺していく玉壺と対峙することになって……


 と、これまで嫌というほど強豪ぶりを見せつけてきた上弦の鬼が二人も出現という絶望的な状況でのバトルが描かれるこの巻。
 半天狗は「ヒィィィィ」と悲鳴を上げてばかりの老人のような姿、玉壺は壺から現れる無数の短い手を生やした蛇のような体の持ち主と、奇怪なデザインの敵が多い本作においても屈指の異形ですが、それだけに――というべきか、その能力のトリッキーさも群を抜いたものがあります。

 そしてその敵を相手に繰り広げられるのは、上で述べたように半天狗と玉壺、それぞれを相手に炭治郎たちが繰り広げる二元中継――いや、三元四元中継のバトル。
 敵も味方それぞれの特徴的な能力が入り乱れる戦いは一歩間違えるととっ散らかりかねないところですが、そこをギリギリのところ(半天狗の分身たちは結構見分けがつきにくい)で捌いてみせるのは、口で言うのは簡単ですが、相当なテクニックであります。

 いわばこの巻で繰り広げられるのは、登場キャラクターたちのテクニックと作者自身のテクニック、その双方の競演というべきものでしょうか。


 そして本作の最大の魅力と言うべき、そのバトルの中で浮かび上がるキャラクターたちの人間性の描写ももちろん健在であります。

 この巻でスポットライトが当てられるのは、登場自体は相当前だったものの、ほとんど新キャラに近い(名前がわかったのもごく最近という)存在である不死川玄弥。
 上で述べたように不審な行動も多い上に、バトルの中では明らかに常人ではない――というより人間ではない回復力を見せる彼は、一歩間違えれば悪役にも見えかねないキャラクターなのですが、今回描かれるその過去が、その印象を完全にひっくり返すことになります。

 その姓を見ればわかるように、風柱・不死川実弥の弟である玄弥。しかし実弥は俺に弟などいないと言っているという情報が前巻で語られ、複雑な事情が窺われた兄弟ですが――この巻で描かれた彼らの過去は凄絶と言うほかありません。
 そしてそのある意味炭治郎と禰豆子と対になる過去の悲劇を見れば、玄弥が、さらに言えば実弥がこれまで何故あのような行動を取ってきたのか、その一端が明らかになるとともに、これまで憎々しい存在に見えてきた彼らに、一瞬のうちに感情移入させられてしまうのです。

 これまで何度も、登場キャラクターたち――それもつい先程まで戦っていた人食いの鬼たちですら――の人間性をほんの僅かなページ数の中で描き出し、印象を一変させてきた本作ですが、今回もやられた! と大いに唸らされた次第です。

 そしてもう一人、前巻で炭治郎をして「すごく嫌!!」と言わしめた冷徹さが描かれた無一郎も、その人間性の一端を見せ始めた印象。さらに恋柱・甘露寺蜜璃も参戦し、いよいよ激化するバトルの決着はどうなるのか――気になるところだらけであります。


 そして毎回意外な事実が明らかになるおまけページ、今回は柱の中でも異様な存在感を持つ悲鳴嶼行冥の意外すぎる姿が……(一瞬、キメツ学園の方の設定かと)


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2018.11.07

陸秋槎『元年春之祭』 彼女たちが挑む謎、彼女たちを縛るもの


 若手中国人作家による、作中に二度の読者への挑戦状が織り込まれた本格ミステリとして、そして何よりも前漢時代の中国を舞台として時代ミステリとして話題となった作品であります。山中の名家で起きた連続殺人に挑む天才少女を待ち受ける真実とは……

 時は武帝の下で漢(前漢)が栄華の絶頂を極めた天漢元年(紀元前100年)、長安の富豪の娘・於陵葵が、楚の山中に住まう観家を訪ねたことから物語は始まります。
 かつて楚に仕えて祭祀を司りながら、今は山中で古えの教えを守って暮らす観家。古礼に並々ならぬ関心を寄せる葵は、忠実な従僕の少女・小休を連れ、春の祭儀を目前としたこの地を訪れたのであります。

 そこで観家当主の末娘・観露申と出会った葵。才気煥発で広く世を旅してきた葵と、人は良いが世間知らずの露申は、正反対の性格ながらたちまち親しくなるのですが――しかしそこに思わぬ事件が起きます。
 この祭りのために長安から帰省していた露申の叔母が何者かに――それも周囲に人の目があった場所で――殺害されたのであります。

 若年ながら多くの知識を持ち、鋭い観察眼を持つことを見込んで、この一件の調べを露申の父から任された葵。露申を助手代わりに調査を始める葵ですが、しかしほどなくして第二の犠牲者がダイイングメッセージを残して殺害され、さらにまた……

 次々と観家に関わる人々を襲う姿なき魔手はどうやって犯行を行い、そしてその動機は何なのか。四年前に起きた観家の前当主一家惨殺事件との関係は。調査と対立の末、葵と露申は、犯人の恐るべき、そして深い想いを知ることになるのであります。


 古からのしきたりに縛られた旧家で起こる連続殺人という、実に古典的かつ魅力的なシチュエーションに、暴君のケのある天才少女探偵が世間知らずのお嬢様と忠実な召使いの少女を振り回すという、ある意味実に今らしい構図の本作。
 そのスタイルは、一種日本の新本格ミステリ的と言ってよいほどで――その衒学的な中国史の知識の連打をさて置けば、日本の読者にとってはむしろ親しみ易さを感じさせるのではないでしょうか。
(というのは、作者が日本のミステリファンであるため、むしろ当然の仕儀なのかもしれませんが……)

 しかしそのフェアで端正に描かれたミステリとしての部分、様々な中国古典の引用が(訳文抜きで)乱れ飛ぶ衒学味など、本作を構成する数々のユニークな要素の中で、何よりも強烈に印象に残るのは、実にヒロインたちの関係性であります。
 強烈なキャラクターの葵を中心に、露甲や小休といった若い女の子たちがわちゃわちゃと入り乱れる様は、ある種の趣味を持った方にはおそらく非常に魅力的であるはず。さらにその関係性は後半に至って全く意外な方向に変質し、とてつもない泥沼ぶりを見せてくれるのですからなおさらであります。

 しかしあるいはこの葵の暴君ぶりに、その知識に裏付けされた突拍子もない視点に、反感を覚える方も少なくないかもしれません。
 そして本作の他の女性キャラのほとんどが――そしてそれは同時代の女性たちも同様だったはずですが――家というものに縛られているのに対し、供を連れて気ままに旅する彼女の姿はあまりに異質にも感じられます。

 しかし本作においては冒頭からさりげなく、そして物語が進むにつれてはっきりと、葵もまた古からの理不尽なしきたりに縛られた存在であることを、明確に描くことになります。
 そして彼女が自由奔放に振る舞えば振る舞うほど、冷徹な論理を振りかざせば振りかざすほど、彼女を縛るものの大きさ、重さはより鮮明なものとして感じられるのです。

 ……先に述べたとおり、本作はミステリであると同時に、様々な顔をを持つ作品であります。それゆえに、どこに魅力を感じるかは人それぞれかもしれません。しかし私はまさにこの点――彼女を、彼女たちを縛るものの大きさと、それに必死に挑む彼女たちの姿を描いた点に魅力を感じます。
 それは本作がこの時代を舞台にして初めて描けるもの、すなわち、本作をして時代ミステリたらしめている根幹なのですから。
(そしてその構図を、現代の隣国の人々に重ねて見るのはさすがに牽強付会が過ぎるかもしれませんが)


 邦訳ではオミットされていますが、本作の原題に付された副題は「巫女主義殺人事件」。何とも奇妙なものを感じさせるこの副題が、どれだけ本作の内容を忠実に反映したものであるか――本作を最後まで読み通した時、痛切なまでに胸に突き刺さるのです。


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2018.11.05

平谷美樹『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 月下狐の舞』 江戸の出版界を駆ける個性豊かな彼女たち


 江戸の本屋・草紙屋薬楽堂に集う風変わりな面々が、本や出版にまつわる奇妙な事件に挑むシリーズも本作で第4弾。推当(推理)に冴えを見せる女戯作者・鉢野金魚と残念イケメンの貧乏戯作者・本能寺無念を中心とする面々に加え、今回は新顔も登場していよいよ賑やかな物語が展開されます。

 持ち前の頭の冴えと好奇心、気っぷのよさで様々な事件に首を突っ込んでは解決し、それを題材に戯作を書いてきた金魚。
 そんな彼女が顔を出すのは薬楽堂――大旦那から奉公人に至るまで曲者揃いの上に、金魚とはつかず離れずの間柄の無念、女流文学者の只野真葛、薬楽堂の旦那の娘の天才少女・おけいなど、一癖も二癖もある面々が集う草紙屋であります。

 さて、その薬楽堂に居候する無念を訪ねてきた金魚。自分のアイディアがある戯作者とネタかぶりした憤懣を聞いてもらおうとして来た金魚ですが、無念は無念で自分の戯作で忙しくロクに相手もしてくれない状況におかんむりであります。
 と、そんな中に現れたのが、当の戯作者である千両萬両こと紙くず拾いの千吉。一度死にかけた時に、あの世で故人の戯作者・小野萬了に出会って書いたという作品がヒット中の彼ですが、萬了の孫という武士に脅されて弱っているというのです。

 自分が使おうと思っていたネタを使った奴を助ける必要はねェとけんもほろろな金魚ですが、しかし千吉が何かを隠していることを察した彼女は、騒動の裏にある事情を探ることに――という「千両萬両 冥途の道行」に始まる本作、残る3話も個性的なエピソード揃いであります。

 夜な夜な店に現れる河童に友人が脅かされているという事件を戯作に書こうとするおけいとともに、金魚・真葛が真実を探る 「戯作修業 加賀屋河童騒動」
 写本の書き手との身分違いの恋に悩む呉服屋の娘が狐憑きになったという事件を八方丸く収めるため、金魚と新たな仲間が奔走する「月下狐之舞 つゆの出立」
 薬楽堂の新企画・素人戯作試合の最終選考に残った二人の正体を追う金魚と無念が、思わぬ「殺人事件」に巻き込まれる 「春吉殺し 薬楽堂天手古舞」

 日常の(?)謎あり、怪談の真相暴きあり、人助けあり――バラエティに富んだ各話の趣向が魅力であるのはもちろんですが、それぞれが皆、戯作や江戸の出版業界に絡んだ内容となっているのが実に面白い。
 特にラストのエピソードは、江戸の新人賞ともいうべき素人戯作試合の応募者の正体探しというシチュエーション自体が非常に楽しく、推理に関してはほとんど無敵だった金魚が初めて外した!? という興味も相まって、ファンには様々な意味で必見の作品です。


 そしてまた、本作の魅力は物語の内容自体には留まりません。上に述べたように、薬楽堂に集う面々の個性も大きな魅力なのですが――特に本作においては、新顔をはじめとして、女性陣のキャラクターが際立って感じられます。

 その新顔とは、葛飾応為ことお栄――あの葛飾北斎の娘であり、自身も優れた絵師であった女性であります。もちろんお栄は実在の人物ですが、本作では金魚の戯作に興味を持って薬楽堂を訪れ、たちまち金魚と意気投合。その勢いで狐憑き事件の解決にともに奔走することになります。

 このお栄は、小説のみならず映像作品などでも最近様々に題材となっていますが、本作では金魚以上にあけっぴろげでさっぱりした性格の持ち主――それでいて優れた芸術的感性の持ち主として描かれているのが面白い。
 金魚とお栄の感性がシンクロして、月下に舞う妖しい狐の姿を幻視する場面は、本作随一の名場面と呼んで良いかと思います。

 そして面白いのは、そんな金魚とお栄、さらに真葛やおけいといった面々の、その個性を説明するのに、「不思議」に対する態度で表現するのも、またユニークなところでしょう。
 頭っから信じない金魚、信じている真葛、自分で見たことがないものは判断しないおけい、あった方が世の中面白いというお栄――キャラクターの描き分けという点において、このような視点を用意してみせるのもまた、本作らしい巧みさと感じます。


 と、またもや女性キャラクターが増えたことで「少しは活躍させてもらえねぇと、影が薄くなっちまうじゃねぇか」とボヤく無念ですが――その彼と金魚の距離が微妙に、いやかなり近づきつつあるのもまたニヤニヤとさせられる本作。
 この先の作品世界の広がり同様、二人の行き先もまた大いに気になるシリーズなのであります。


『草紙屋薬楽堂ふしぎ始末 月下狐の舞』(平谷美樹 だいわ文庫)

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2018.11.02

睦月れい『空海 KU-KAI』 元作品の構造を再確認させてくれた漫画版


 一昨日ご紹介いたしました映画『空海 KU-KAI 美しき王妃の謎』の公開前後に刊行された、睦月れいによる全二巻のコミカライズであります。原作小説を漫画化したものではなく、原作小説を映画化したものの漫画化という立ち位置の作品であります。

 というわけで、夢枕獏の『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』をベースとした映画を、ほぼ忠実に漫画化した本作。
 すなわち、入唐した沙門空海が皇帝が不可解な死を目撃したのをきっかけに、白居易とともに跳梁する妖猫と対峙し、そしてその陰に潜む楊貴妃の死を巡る謎に迫っていく――その物語を、本作は上下巻で描いています(上巻は空海と白居易が阿倍仲麻呂の日記を読み始めるところまでを収録)。

 冒頭こそ、空海の「皇帝の死因はショック死です」という台詞に驚かされますが(これはおそらく作者の責任ではないのだろうなあと想像しますが)、基本的に物語を丹念に再現してみせた本作。
 スケール感は流石に映画に一歩譲りますが、適度に漫画的表現を織り交ぜた画作りはなかなか巧みで、特に下巻冒頭で描かれる「極楽之宴」の場面は、個人的には映画よりも良かった――と感じます。

 また、これは映画ではなかったように記憶していますが(記憶違いであれば申し訳ありません)、極楽之宴で李白が池に筆を投げ捨てたというエピソードを踏まえ、それを見ることができたのは誰であったかと空海が推理する場面など、随所で物語を補強する箇所があるのも嬉しい。
 もちろん、史実に対する言及も映画よりも豊富で――映像の情報量・質と書籍(漫画も含めた)のそれはもちろん異なるところではありますが、本作はその後者の長所を上手く活かしている印象があります。

 さらに言えば、本作は物語の結末――空海が大青龍寺である人物と出会う場面から始まっており、ある意味原作読者ほど結末のインパクトが大きい仕掛けとなっているのも、なかなか面白いところであります。


 その一方、映画のある意味最大の特長ともいえる猫の活躍については、本作はそれほどでもないのですが――と言いつつ、終盤で見せる泣き顔がえらくグッとくるのですが――ある意味、そのために物語の構造がかえってスッキリと見えてくるのも面白い。

 そう、本作は、登場人物のほとんどが過去の幻想に魅入られ囚われていたものが、それにただ一人囚われなかった(いやもう一人、全てを知る人物がいますが)空海の導きによってその先の真実を知り、それを受け容れる物語――その構造が、本作においては明確に感じられるのです。

 そしてまた、その真実は必ずしも客観的なものではなく、時に主観的なものであるにもかかわらず、それだからこそ、そこにその者にとっての真実が含まれる――本作の持つ、そんな一種逆説的な視点もまた明確になっているのもいい。
 この視点こそがある意味仏教的であり――その意味では、上に述べたように幻想に囚われなかったのが空海ともう一人というのは実に象徴的であると、今更ながらに感じさせられました。


 映像作品のコミカライズは、特にそれが元の作品に忠実であればあるほど隔靴掻痒のきらいがあるものです。
 しかし本作は元の作品に忠実でありつつも、そうした不満を感じさせない――それどころか元の作品の描こうとしていたものを再確認させてくれた、なかなかによく出来た作品であると感じた次第です。


『空海 KU-KAI』(睦月れい&夢枕獏 KADOKAWA単行本コミックス全2巻)

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 「沙門空海唐の国にて鬼と宴す」第1巻 再び始まる空海と逸勢の冒険

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2018.10.31

『空海 KU-KAI 美しき王妃の謎』 名作原作の大作映画、そして健気な猫


 チェン・カイコー監督、染谷将太&ホアン・シュアン主演の大作――というよりこのブログ的には夢枕獏『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』の映画化作品であります。日本では吹替版のみの劇場公開でしたが、ソフト版では字幕版も収録。私も字幕版で拝見しました。

 唐の時代――病気平癒の祈祷を依頼され、宮廷を訪れたものの、その眼前で皇帝が悶死するのを目の当たりにすることとなった空海。役人たちが死因を風邪とするのに違和感を感じた記録係の白居易(白楽天)は、空海にこの場で起きたことの真実を訪ねますが、彼はその場にいるはずのない猫がいたことを示すのでした。

 一方、宮中を守る金吾衛の陳雲樵の屋敷には、言葉を喋る黒猫が出没。妓楼で遊ぶ雲樵の前に現れた猫は、居合わせた空海と白楽天の目の前で雲樵の取り巻きたちを襲撃し、その場は阿鼻叫喚の惨状となります。
 さらに妓楼で雲樵に付いていた娘が蠱毒に倒れ、これを治療した空海。その腕を見込んだ雲樵の依頼を受けた空海は白楽天とともに彼の屋敷に向かうのですが――そこに現れたのは、猫に取り憑かれ、李白の詩を口ずさむ雲樵の妻でした。

 その詩が、かつて玄宗が楊貴妃のために開いた「極楽の宴」で李白が楊貴妃を詠んだ詩であることに強い関心を惹かれる白楽天。そして二人の前に現れた猫は、自分がかつて玄宗に飼われた猫であり、安史の乱の混乱の中、雲樵の父に生き埋めにされたことから、彼の家に祟ると語って姿を消すのでした。
 しかしなおも怪事は続き、犠牲者が相次ぐ中、玄宗と楊貴妃の過去にこそ事件の鍵があると推理する空海。そして極楽の宴に阿倍仲麻呂の姿があったことを知った空海は、その日記を紐解くのですが……


 冒頭に述べたとおり、『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』を原作とする本作。原作は単行本全4巻の大作ですが、本作はその骨格をかなり忠実に踏まえつつも2時間強にまとめており、原作での空海の相棒である橘逸勢の存在がそれはもう完璧にオミットされたことを除けば、印象としてかなり原作に沿ったものを感じさせます。
 妖猫の跳梁と宮中にまで繋がる怪異、阿倍仲麻呂も巻き込んで語られる楊貴妃にまつわる大秘事――と、原作の要諦は踏まえつつ、オープンセットの長安に代表されるうような中国の大作映画特有のパワーで一気に走り抜けてみせた作品、という印象であります。

 あまり空海が活躍していない、と感じる方も多いかと思いますが、原作でも空海の活躍はそれなりだったわけで、個人的には許容範囲という印象(尤も、タイトルがタイトルなので期待外れに感じた方が多かったのもわかります)。
 日本側のキャストが中国語の台詞を自分で喋っている(らしい)のも好印象であります。(とはいえ、これは上で述べたとおり、ソフトで初めて確認できるのですが)


 にも関わらず、一本の映画としてみるとちょっとどうかな――と感じさせられる部分も少なくないのが本作。
 なぜ妖猫が今頃活動を始めたのかが今一つ腑に落ちないように感じたり(以前から活動していたとしても、もっと早く関係者を根絶やしにできたのでは)、そもそも一介の沙門に過ぎぬ空海がなぜ冒頭で祈祷に招かれたのか等、入り組んだ物語だけに、細かい点が気になってしまったのは残念なところであります。

 それでも本作が愛すべき作品と感じられるのは――これはある意味原作から最も大きく改変された点と密接に繋がっているのですが――本作における妖猫の大活躍、いや大奮闘に依るところが大きいと言わざるを得ません。
 原作とは異なり、最後までほとんど出ずっぱりの妖猫。本作においては怪異の中心であり、いわば悪役である猫なのですが――その姿が実に泣かせてくれるのであります。

 楊貴妃の最期にまつわる因縁を抱え、ある人物の怨念と絶望を背負い、数十年にわたり跳梁を続ける猫。その姿は恐ろしくもあるのですが――それ以上に可愛い、あ、いや、健気としか言いようがありません。
 これはCGが良くできているため(極楽の宴のCGはかなり微妙だったのに……)ももちろんあるかと思いますが、それ以上に猫にグイグイ感情移入させるドラマ作りの賜物でもあるのでしょう。

 物語の構造がわかってから考えてみれば、本作は往年の怪猫映画的な味わいもあって――特に妓楼での大暴れはまさにそれで――ある意味、史上最もお金のかかった怪猫映画と呼べるのかもしれません。
 もちろんそれは、ある意味非常におかしく、失礼な評価なのですが――本作を観た方は、大いに頷いて下さるのではないかなあ、と感じる次第であります。


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2018.10.28

風野真知雄『恋の川、春の町』 現代の戯作者が描く、江戸の戯作者の矜持と怒り


 黄表紙本の元祖と言うべき戯作者・恋川春町。彼は晩年、その作品がもとで時の老中・松平定信に睨まれ、その最中に亡くなったことから、自殺説もある人物であります。本作はその春町の姿を通じて戯作者の魂を描く、いかにも作者らしくユニークで、そして一つの矜持を感じさせる物語であります。

 駿河小島藩の年寄本役という歴とした侍でありながらも、売れっ子戯作者として活躍してきた春町。黄表紙の生みの親として、お上を皮肉り、人々を楽しませてきた彼は、共に世の中を遊べる「菩薩のような女」を探す日々を送っていたのですが――そこに思わぬ筆禍が降りかかります。

 時は松平定信による寛政の改革の真っ只中、庶民の生活――なかんずく娯楽への規制が続く中、武家社会を面白おかしく描いた『鸚鵡返文武二道』が大ヒットしたことで、周囲からは不安の目で見られるようになった春町。
 はたして春町に対して届けられたのは、松平定信からの呼び出し。盟友であった朋誠堂喜三二は筆を折って地方に隠居し、太田南畝は文化人に鞍替えし――と周囲が慌ただしくなる中、春町は如何にすべきか、深い悩みを抱えることになります。

 愛する女たち、戯作の道、武士の矜持――様々なものの間に挟まれ、悩み抜いたその果てに、春町が選んだ道とは……


 冒頭に述べたように、その最期には不審な点もある春町。その真実がどうであれ、そこには、寛政の改革の影が色濃く落ちていたことは間違いのないことなのでしょう。
 本作はその春町が最期の日に向かう姿を描いた物語なのですが――それを悲劇のみで終わらせないのが、作者の作者たる所以です。

 何しろ本作の恋川春町は、今一つ格好良くない。歴とした妻子がありながらも、ある時はうなぎ屋の看板娘、ある時は吉原の女郎に熱を上げ、またある時には女性戯作者や幼馴染と怪しからん雰囲気になったりと忙しい。
 と言っても艶福家というわけではなく、むしろ女の子と仲良くなりたいのになかなかなれない冴えないおっさん――というのが正直なところで、その辺りの何ともいえぬユーモアとペーソスは、これはもう作者の作品でお馴染みの味わいであります。

 しかしそんなおっさんでありつつも、しかし戯作者としての誇りは誰にも負けないのが春町。自分の作品で世の中を楽しませることが信条の彼が密かに信奉するのは馬場文耕――30年ほど前にその作品が幕府の逆鱗に触れ、打ち首獄門となった講釈師――なのですから、その根性は筋金入りであります。

 その文耕に倣って権力に屈することなく、ただ己の目指す作品を描く――そんな意気軒昂なところを見せる春町ではありますが、しかしそんな彼に忍び寄るのは、定信の影だけではありません。
 売れっ子戯作者として追い上げてきた山東京伝の存在、自分を応援するといいつつ今一つ信頼できない蔦屋(本屋)――さらに先に述べたような周囲の戯作者たちの変節が、彼を悩ませ、弱らせていくことになります。

 そしてもう一つ、武士であるという己の矜持ににも縛られ、どんどん追い込まれていく(己を追い込んでいく)彼の姿は、それまでが生き生きとしていただけに実に辛い。
 その一方でその姿には作者の自己投影を見てしまうわけで、特に終盤に描かれる春町の八方破れの姿などは、ほとんど私小説の味わいを感じてしまう――というのはもちろん、読者の勝手な思い入れではありますが……


 そんなわけで、様々な意味で実に作者らしい本作なのですが――しかしもう一つ作者らしいのは、それは権力の理不尽に対する怒りが、作品の基調を成していることでしょう。

 本作の悪役ともいうべき定信。しかし彼は最後の最後に至るまで、その姿をはっきりと見せることなく、その真意が明示されるわけでもありません。しかしここに在るのは確かに権力の理不尽の姿であり――そしてそれに押し潰され、消されていく者の姿なのです。

 これは折りに触れて述べてきたことでありますが、デビュー以来作者の作品の底流に着実に脈打っているのは、この権力への怒りであり、そして弱くとも必死に生きる者たちへの慈しみであることは、愛読者であればよくご存じでしょう。
 いわば本作は、その二つの想いに揺れ続けた一人の戯作者の姿を、現代の戯作者たらんとする作者が描いた物語であり――そしてそんな本作が、今この時に書かれたことには、必ず意味があると感じさせられます。

 あくまでもユーモアとペーソスを漂わせつつ、その核にあるのは作者の叫びのような想い――そんな本作を、私はこよなく愛するものです。


『恋の川、春の町』(風野真知雄 KADOKAWA)

恋の川、春の町

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2018.10.26

武川佑『弓の舞(クリムセ)』 天下がもたらすものと舞に込められた想い

 これまで戦国時代を題材とした作品を中心に発表してきた武川佑。その作者が、戦国時代の一つの終わりを描く短編――九戸政実の乱の結末を、そこに加わった青年とアイヌの姿から描く短編であります。

 秀吉の奥州仕置が終わり、ひとまずは奥州に新たな秩序が生まれたものの、なおも続く一揆や兵乱。そんな中、南部家の中でも有力者であった九戸政実が、当主・南部信直に対して挙兵し、散々に本家側を苦しめることになります。
 これに対して秀吉は諸大名に号令して大討伐軍を編成、追い詰められた政実は九戸城に籠もり、6万の包囲軍を相手にすることになるのですが……

 本作は、この九戸政実の乱に参加した青年・小本兵次郎を主人公とした物語。半漁半士の閉伊郡船越党の一人として、九戸家への助太刀を命じられた兵次郎が、やはり九戸家に味方するアイヌのシウラキと出会い、彼とともに九戸城に入る場面から物語は始まります。

 彼らが入ってすぐに始まった包囲軍の猛攻の中、シラウキが敵方についたアイヌと戦おうとしたのを兵次郎が止めたことをきっかけに、親しくなった二人。
 その晩、対陣する兵から蝦夷舞の勝負を持ちかけられたシラウキは、兵次郎をパートナーに指名し、見事な『弓の舞(クリムセ)』を舞ってみせるのでした。

 しかし劣勢は覆せず、兵や民を坑道から逃し、開城することとなった九戸城。アイヌに扮するとシラウキと二人、敵陣に潜り込んだ兵次郎は、敵将・蒲生氏郷の前でクリムセを舞うことになるのですが……


 その前年に行われた奥州仕置の、ある意味締めくくりとも言う形となった九戸政実の乱。この局地戦ともいうべき戦いによって奥州は統一され――すなわち、天下は秀吉の下に統一されたことになります。
 この戦いの結末、九戸城落城の際に、「夷人二人」が許され、氏郷の前で舞ったという『氏郷記』の記述を基とした本作。このわずか数行の記述から、本作は深く重い、そして豊かな物語を生み出してみせるのです。

 主人公たる兵次郎は、いわば一族の代表という形で九戸城に入った青年。かつて父を奪った大浦為信が敵方にいることもあり、敵討ちと心を励まして激戦に身を投じるのですが――しかしその実、一族は南部方に付き、彼は一人梯子を外された格好となります。
 そして彼と厚誼を結ぶシラウキは、その大浦氏によって故郷であるト・ワタラ(十和田)の地を奪われ、戦うことで土地を取り戻そうとする男として描かれます。

 この二人に共通するのは大浦氏への遺恨――ではありますが、それ以上に大きいのは、舞台となる九戸城においては局外者であること。彼らは九戸と南部、九戸と豊臣の戦には直接関係のない身でありつつも、二人は九戸城に入ったのであります。

 そんな二人が、城内から脱出する人々のため、アイヌとして敵陣に乗り込むというのは、見方によっては非常に盛り上がる展開ではありますが――しかしそれを単純なヒロイズムの発露として描かないのは、本作の巧みな点でしょう。
 そしてその印象は、氏郷を前にして兵次郎が取ろうとした行動と、それに対するシラウキの行動によって、より印象的なものとなります。

 そこに浮かび上がるのは、この戦いの先に生まれる「天下」がもたらすものの真の姿であり、そしてそれによって踏みにじられる者たちの存在であり、そしてそれに対する「もう一つの」戦いの在り方なのですから。


 本作において二度にわたり描かれることとなるクリムセ。それは野で美しい鳥に出会った男が、弓で射るか射るまいか惑う姿を表した舞であります。それは自然とその美に対する敬虔の念の現れであると同時に、それを奪うことを躊躇う人間性の現れと言うことができるのではないでしょうか。
 だとすればその舞を戦いの最中に、そして敵将を前に踊ることにどれだけの意味が、想いが込められているのか――それを考えたとき、我々の胸は、あるいは熱く高鳴り、あるいは冷たく沈むのであります。

 しかし私は、兵次郎とシラウキが最初にクリムセを舞ったとき、兵次郎は鉄砲を、シラウキは弓を手にしていたことに、一つの希望を感じます。
 アイヌにとっては禁忌でもある鉄砲。それを手にした兵次郎とシラウキが共に舞う時、そこにあるのは決して破壊ではなく、人と人との融和の姿であると――そう信じたいのであります。

『弓の舞(クリムセ)』(武川佑 「小説現代」2018年8月号)

小説現代 2018年 08 月号 [雑誌]

講談社 2018-07-21
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2018.10.17

「コミック乱ツインズ」2018年11月号


 月も半ばのお楽しみ、「コミック乱ツインズ」2018年11月号の紹介であります。今月の表紙は『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)、巻頭カラーは『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)――今回もまた、印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 単行本第1巻発売ということもあってか巻頭カラーの本作。今回中心となるのは、桃香と公儀のつなぎ役ともいうべき八丁堀同心・安達であります。

 ある日、安達の前に現れ、大胆不敵にも懐の物を掏ると宣言してみせた妖艶な女。その言葉を見事に実現してみせた女の正体は、かつて安達が説教して見逃してやった凄腕の女掏摸・薊のお駒でした。しかしお駒は十年以上前に江戸を離れ、上方で平和に暮らしていたはず。その彼女が何故突然江戸に現れ、安達を挑発してきたのか……
 という今回、お駒の謎の行動と、上方からやってきた掏摸一味の跳梁が結びついたとき――と、掏摸ならではの復讐譚となっていくのが実に面白いエピソードでした。

 桃香自身の出番はほとんどなかったのですが、これまであまりいい印象のなかった安達の人となりが見えたのも良かったかと思います(しかし、以前の子攫い回もそうですが、何気に本作はえぐい展開が多い……)


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 将軍の寵臣の座を巡る間部越前守と新井白石の暗闘が将軍家墓所選定を巡る裏取引捜査に繋がっていく一方で、尾張徳川家の吉通が不穏な動きを見せて――と、その双方の矢面に立たされることとなった水城聡四郎。今回は尾張家の刺客が水城家を襲い、ある意味上田作品定番の自宅襲撃回となります。

 この尾張の刺客団は、見るからにポンコツっぽい吉通のゴリ押しで派遣されたものですが、その吉通は紀伊国屋文左衛門に使嗾されているのですから二重に救いがありません。もちろん、襲われる聡四郎の方も白石の走狗であるわけで、なんとも切ないシチュエーションですが――しかしもちろんそんな事情とは関係なしに、繰り広げられる殺陣はダイナミックの一言。。
 勝手知ったる我が家とはいえ、これまで幾多の死闘を乗り越えてきた聡四郎が繰り出す実戦戦法の数々はむしろ痛快なほどで、敵の頭目相手に一放流の真髄を発揮するクライマックスもお見事であります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 伊達家包囲網との対決も一段落ついたところで、今回はいよいよあの男――豊臣秀吉が本格登場。ページ数にして全体の2/3を占拠と、ほとんど主役扱いであります。
 既にこの時代、天下人となっている秀吉ですが、ビジュアル的には『信長の忍び』の時のものに泥鰌髭が生えた状態。というわけで貫禄はさっぱり――なのですが、芦名家との決戦前を控えた政宗もほとんど眼中にないような言動は、さすがと言うべきでしょうか。
(そして残り1/3を使ってデレデレしまくる嵐の前の静けさの政宗と愛姫)


『孤剣の狼』(小島剛夕)
 名作復活特別企画第七回は『孤剣の狼』シリーズの「仇討」。諸国放浪を続ける伊吹剣流の達人・ムサシを主人公とする連作シリーズの一編であります。
 旅先でムサシが出会った若侍。仇を追っているという彼は、しかし助太刀を依頼した浪人にタカられ続け、音を上げて逃げてきたのであります。今度はムサシに頼ろうとする若侍ですが、しかしムサシは若侍もまた、仇討ちを売り物にして暮らしていることを見抜き、相手にせずに去ってしまうのですが……

 武士道の華とも言うべき仇討ちを題材にしながらも、味気なく残酷なその「真実」を描いてみせる今回のエピソード。ドライな言動が多いムサシは、今回もまたドライに若侍を二度に渡って突き放すのですが――その果てに繰り広げられるクライマックスの決闘は、ほとんど全員腹に一物持った者の戦いで、何とも言えぬ後味が残ります。
(ちなみに本作の前のページに掲載されている連載記事の『実録江戸の真剣勝負』、今月の内容は宮本武蔵が指導した少年の仇討で、ちょっとおかしな気分に)


 その他、『用心棒稼業』(やまさき拓味)は、前回から一行に加わった少女・みかんを中心に据えた物語。クライマックスの殺陣は、本作にしてはちょっと漫画チックな動きも感じられるのですが、今回の内容には似合っているかもしれません。

 そして来月号は『鬼役』が巻頭カラーですが――新顔の作品はなし。そろそろ新しい風が欲しいところですが……


「コミック乱ツインズ」2018年11月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年11月号[雑誌]


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2018.10.05

『忍者大戦 黒ノ巻』(その二) 忍者でバトルでミステリで


 本格ミステリ作家5人による忍者バトルアンソロジー『忍者大戦 黒ノ巻』の紹介の後編であります。いよいよ後半戦、こちらもこれまでに負けず劣らず、いやこれまで以上にユニークな物語が描かれることとなります。

『下忍 へちまの小六』(山田彩人)
 タイトルからして少々脱力ものの本作は、しかし本書の中で最も頼りなく、そして不気味な忍者が登場する物語であります。
 織田軍による二度目の伊賀攻めが間近に迫る中、偵察中に織田軍に追われることとなった風間十兵衛と配下の下忍たち。その中でも最も能なしの老忍(といっても三十過ぎなのですが)・へちまの小六を囮に脱出した一行ですが――生き延びたのは十兵衛と、何故か小六のみでありました。

 小六は植物の栽培が趣味で、作物を周囲に配ることから人気はあるものの、忍者としてはこれといった特技もない男。それにもかかわらず、これまでどんな困難な状況からも生還してきた小六に運の良さだけでは説明できないものを感じた十兵衛は、何とかその秘密を解き明かそうとします。
 ついに小六を罠にかけ、同じ伊賀忍びに襲わせることとした十兵衛。そして彼が知った真実とは……

 一種の能力バトルとも言うべき忍者ものにおいては、自分の能力は極力秘密にするというのが定番。しかしそもそもその秘密があるのかないのか――本作はそんな謎めいた、どこかすっとぼけた男の姿を描き出します。
 しかしその先にあるものは――ここでは書けませんが、最近時代ものでもしばしば見かけるアレかと思いきや、そこに一ひねりを加えたアイディアが面白くも恐ろしい。そしてそれが、下忍たちを弊履の如く使い捨てにする忍者という社会への、ある意味強烈な皮肉となっている点にも注目であります。


『幻獣 伊賀の忍び 風鬼雷神』(二階堂黎人)
 ラストに控えし作品は、ある意味本書で一番の問題作であります。

 まだ大坂に豊臣家があった頃、反徳川の動きを探るため、甲府に送り込まれた山嵐と桔梗の二人。しかし二人の連絡が途絶え、探索に向かった三人の忍びも消息を絶ち、江戸に届いた「<霧しぶく山><三つ首のオロチ><幻惑>」と記された血文字。服部半蔵はこれを受けて、風鬼と雷神の二人が派遣されるのでした。

 山嵐との間の赤子を育てていた桔梗から、探索に出かけた山嵐が真っ黒焦げの死体となって発見されたと聞かされた二人。藩の鍛錬所に潜入した風鬼は根来衆に襲撃され、昔から神隠しが相次ぐという霧谷山に向かった雷神は、恐るべき<三つ首のオロチ>の襲撃を受けることに……


 とにかく、手裏剣も効かぬ強靱かつ巨大な体に、口から業火を吐く三つの首を持つ怪物という、三つ首のオロチのインパクトが絶大な本作。忍者vs怪獣というのはある意味夢のカード、さらにそこに、ある者は骸となり、またある者は消息を絶った四人の忍びの謎が絡み、エンターテイメント度では本書でも屈指の作品と言えます。
 が、実際のところはまさしく大山鳴動して――といったところで、特撮時代劇では一作に一回はあったエピソードの小説化という印象。小説として見ても苦しいところも多く、正直なところどうなのかなあ――と思わざるを得ませんでした。


 以上5作品、参加した天祢涼の言によれば「忍者が戦って、ちょっとミステリ風味な短編を集めたアンソロジー」というコンセプトだったとのことですが、まさにそれを体現した作品揃い。
 それでいて様々な意味でこれだけバラエティに富んだ作品が揃うというのは、まさにアンソロジーの楽しさが現れていると言えるでしょう。

 個人的にはもう少し一冊として統一感を持たせた内容でもよいのかな、という印象もないではありませんが、この混沌とした楽しさもまた、一つの魅力と言うべきでしょうか。
 何よりも、普段時代小説とは縁遠い作家の方々が、こうして時代小説に挑戦して下さるというのが嬉しいことは言うまでもありません。

 9月には本書と対になる『忍者大戦 赤ノ巻』も刊行されたところ、もちろんそちらの方もご紹介させていただく予定です。


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忍者大戦 黒ノ巻 (光文社時代小説文庫)

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2018.10.01

武川佑『鬼女の飯』 変人武将・長尾景虎が食らったもの


 『虎の牙』で鮮烈なデビューを飾った作者は、短編でも武田ものを手がけており、武田方(?)の作家という印象があります。しかし本作の主人公は、その宿敵たる長尾景虎(上杉謙信)。自らの家を捨てて出奔した景虎が、その途中にある娘と出会ったことでもたらされるものとは……

 戦国大名にまつわる逸話の中でも、ある意味最も異彩を放つ景虎の出奔事件。武田晴信と川中島で激突を繰り広げる真っ最中の弘治2年(1556年)、うち続く家臣同士の争い等に嫌気がさした景虎が突然出家・隠居を宣言、春日山城を飛び出して、高野山に向かってしまったという出来事であります。

 もちろん濁世からの出家遁世を夢見る者は史上無数におりますが、しかし軍神とも呼ばれた人物が、宿敵との死闘のただ中でいきなり自分の家を捨てて出奔するというのは、まず空前絶後の怪事件、いや珍事件と呼んでも良いのではないでしょうか。
 それだけに様々なフィクションでも題材とされているこの事件を、本作は題材としているのですが――しかし本作は文字通り一味違う内容となっています。

 重臣同士の争いに嫌気が差し、武士を捨てて出家することを決意した景虎。偶然その企てを知ってしまった侍大将の安田惣介は、巻き添えを食う形でその旅に同行することになります。
 旅の途中、越中を訪れた二人ですが、その地は長尾家が支援する椎名氏と守護代の神保氏が激しく争う真っ最中。そこで二人は、神保側の奴婢として足軽に混じって戦う少女・鈴と出会うことになります。

 鈴たちが椎名氏の支城・坪野城を攻めることを知った景虎は、何を思ったかその戦に参加すると言い出して……


 我々が長尾景虎という人物に持つイメージは、軍神・義の人など様々あるかと思いますが、その中には、変人・奇矯というものも確かにあるのではないでしょうか。その原因の一つがこの出奔事件かと思いますが、本作の景虎像は、これらのイメージを総合したものと感じられます。
 争いのまっただ中で出家を決断し強引に飛び出す、惣介をはじめとして家臣を振り回す、隣国の争いに首を突っ込んでこともあろうに長尾側を攻める――その言動の数々は滅茶苦茶ではありますが、ああ、この人であればこういうことをやりそうだ、と不思議に納得させられるものがあります。

 が、本作の景虎像は、既存のものに留まるものではありません。ここで描かれる景虎は、こうした様々なイメージ――すなわち周囲からの目や期待に戸惑い振り回される、悩める人間であることが、様々な形で描かれるのであります。
 それはたとえば、旅の途中、担ぐ御輿が誰であろうとかまわぬのだろうと自嘲する彼の(それに返す言葉を持たない惣介の)姿から――そしてその後の「戦はもう、厭になった」という言葉などに、はっきりと示されていると言えるでしょう。


 そんな彼の前に現れ、彼にとって一種の鏡とも役割を果たすのが、タイトルの「鬼女」――鈴であります。

 まだ十代半ばの少女でありながら、戦国の争いの中で家を失い、自由になるために――その条件がまたわかりやすくも凄まじい――戦い続け、新川郡の鬼女とまで呼ばれるようになった鈴。
 鈴にとって景虎は、家を奪った仇にも当たる人物なのですが――その彼女と肩を並べて戦うこととなった景虎が(そして景虎とともに戦うことになった鈴が)何を想い、何を決断したのか……

 不倶戴天の敵同士である二人の運命が一瞬交わったことが、しかし迷い多き二人の道を定め、人間として甦らせることになる――その複雑で皮肉な味わいは、強くこちらの心に突き刺さるのです。

 そしてもう一つ、景虎の人間再生を象徴するのが鬼女とともに題名に並ぶ「飯」――旅の先々で景虎が口にする食事であります。

 本作の各章に冠された食事の名――「昆布の握り飯」「瓜汁」「青菜粥」「どじょうの卵とじ」。これらはいずれも、景虎が口にするには粗末な食べ物ばかりではあります。
 しかしどのような食べ物であっても、人間の生を繋ぐには不可欠なもの。そしてそれを旨いと感じることは、とりもなおさず人間として生きる、生きているということなのでしょう。

 本作の結末において、鈴の作った握り飯を旨そうに食らった景虎。それは悩みの末に仏の道を歩もうとした景虎が、人間として甦ったことを示すのではないでしょうか。たとえそれが無数の人の命を食らう生だとしても……


『鬼女の飯』(武川佑 「小説現代」2018年10月号掲載) Amazon
小説現代 2018年 10 月号 [雑誌]


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