2017.09.22

『コミック乱ツインズ』2017年10月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2017年10月号の紹介、後編であります。

『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 ついに最終回を迎えた本作。八犬士が、くノ一たちがこぞって死んでいく中、最後に残ったのは信乃と船虫のみ――伊賀甲賀珠の取り合い果たし合いも最終戦であります。

 と、実はこの戦いは原作にはない展開なのですが――しかし物語としては非常に盛り上がる良改変。この号と同時に発売された単行本第1巻に収められた第1話と読み比べれば、ニヤリとさせられる趣向があるのも嬉しいところであります。

 そして結末もまた、原作とは少々違った形なのですが、これがまたいい。原作のもの悲しさとは少々味わいを異にしながらも、よりドラマチックな、そして美しい結末となった本作――もう一つの『忍法八犬伝』として見事に完結したと感じます。
(詳しい紹介は、また単行本の方で)


『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)
 今回も続く将軍家慶の日光社参編。江戸からの、そして京からの刺客が次々と襲う中、ようやく日光にたどり着いた家慶一行ですが、しかし日光例大祭の場でもまた新たな魔手と、思わぬ大自然のトラブルが……

 というわけで、今回もまた、ほとんど鬼役の担当業務外で奮闘を余儀なくされる矢背蔵人介。家慶の父たる大御所・家斉派の送り込んだ刺客、そして朝廷方の静原冠者と、次々と息継ぐまもなく襲いかかるのですが――その刺客たちとの対決模様もさることながら、感心させられるのは、そこに至るまでのシチュエーション作りであります。

 江戸城にいる限りは、食事に毒でも漏られない限り――その時のために蔵人介のような鬼役がいるわけですが――命の危険に晒されることなどまずありえない将軍。その将軍を危機に陥らせるためにはどうすればよいか? この日光社参編は、道中ものの手法を用いて、あの手この手でそのシチュエーションを作り出しているのが実に面白いのです。

 そしてついに数十人、いや数人までに減じてしまった将軍一行。いよいよ物語はクライマックスであります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 四回の長きに渡り描かれてきた「鬼神転生」の章もついに完結。信長の血肉を与えられて復活した四人の武将の戦いもここに決着するのですが……

 秀吉を討たんとした長秀は返り討ちにあい、残るは秀吉・利家・氏郷となった鬼武将。己の子孫を残さんとする秀吉に目をつけられ、拉致された鈴鹿御前あやうし――という形で始まった今回。しかしその窮地は思わぬ急展開を見せ、そして最強の鬼武将・氏郷と激突する鬼切丸の少年。その戦いの行方を左右したものは……

 と、これまでの展開から考えると意外とあっさりと結末を迎えた感のあるこのエピソードですが、鬼武将たちの姿を、そして彼らと相対した鬼切丸の少年の姿を通じ、鬼とは何か、人間とは何かを描いてみせたのは、いかにも本作らしかったと言うべきでしょう。

 そして死闘の果て、鬼切丸の少年も愕然とするような信長鬼の「情」の存在が描かれる結末にも唸らされるのです(……が、冷静に考えればこれは以前にもあったような)。
 しかしまだ信長鬼を引っ張るのは、うーん……


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 「熾火」編も第3回、相変わらず刺客に襲われ続ける聡四郎ですが、ようやく今回の本題である吉原運上金にスポットが当たり、物語が動き出した感があります。
 危機感を強めた吉原の名主衆たちがついに動き出し――と、上田作品らしい展開になってきた今回ですが、今回特に印象に残るのは、紀伊国屋文左衛門が語る、彼の一連の行動の理由でしょう。

 本作に限らず、極めて世俗的な理由で動く敵――いや登場人物がほとんどの上田作品の中でも、数少ない大望を持っていたといえる紀文。
 聡四郎が状況に流され続ける一方で、紀文の姿は自らの道を自らの力で選び取ろうとする者として――その内容や手法に共感できるかは全く別として――ひときわ目立つのです。

 そして印象に残るといえば、紅さん、今回もチョイ役ではありますが、実に可愛らしいツンデレぶりで眼福です。


『コミック乱ツインズ』2017年10月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年10月号 [雑誌]


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2017.09.20

芝村涼也『鬼変 討魔戦記』 鬼に化す者と討つ者を描く二つの視点

 先に完結した『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズで大いに伝奇時代小説ファン、時代怪異譚ファンを驚かせた作者の新シリーズの登場であります。鬼と化して凶行に走る者たちと、それを討つ者たちの死闘を、作者ならではの視点から描く開幕編です。

 浪人の子であり、父を亡くした後、商家の小僧となった市松。それなりに平穏だった彼の日常は、店の前で行き倒れた物乞い夫婦が、人の良い主人夫婦に保護された日に一変することになります。
 その晩、眠りこけている店の者たちを次々と刺し殺していく何者かの影。間一髪、それに気づき、押入に隠れた市松は、その影が主人夫婦であること、そして物乞い夫婦に身をやつしていた男女が不可思議な技で主人たちを討つ姿を目撃することになるのです。

 自らも口封じに命を絶たれかけたところを、そこに現れた僧に救われ、彼らと同行することとなった市松改め一亮。
 一方、翌朝事件の発生を知り、惨憺たる店の有様を検めた南町奉行所の臨時廻り同心・小磯は、不可解な状況に尋常ならざるものの存在を感じ取り、独自に捜査を始めることになります。

 そして数日後、僧に伴われ、次なる惨劇の現場に立ち会うこととなった一亮。「芽吹いた」者を討つという僧たちは何者なのか。そして何故一亮は彼らに拾われたのか――いつしか一亮は、江戸の命運を左右するという戦いの渦中に身を置くことになるのであります。


 シリーズ開幕編ということでまだまだ謎の多い本作。敵の――いや彼らだけでなく、それに抗する僧たちも――正体や目的の詳細はわからぬまま、物語は展開していくことになります。

 どうやら敵は、いかなる切っ掛けによるものか、「鬼」に変じた、上で述べたように僧たちの言葉でいえば「芽吹いた」人間、そして僧たちは、遙か過去から鬼たちを討ってきた組織の人間……
 そこまではわかるものの、しかし物語を構成する要素の大半は、未だ謎のベールに隠されたままなのであります。

 しかしそれでも、いやそれだからこそ本作は面白い。そう思わせるのは、作者ならではの巧みな物語構成、そして視点設定の妙によるものでしょう。
 それを生み出しているのは、本作が二つの――一つは一亮の、一つは小磯の――視点から語られていくことによるものと感じられます。

 どうやらある種の特殊能力を持っているらしいものの、今のところはごく普通の少年でしかない一亮。そしてベテラン同心としての感覚で、一連の惨事の陰に何かがあるのを察知したものの、その真相を想像するべくもない小磯。
 彼らに共通するのは、それぞれ真相に対する距離に違いはあるものの、今のところは局外者でしかない点であります。すなわち彼らはヒーローでも魔物でもない、ごく普通の人間であり、本作は怪事に巻き込まれたそんな人々の物語なのです。


 この第1巻の時点で見えてくるものを踏まえて考えれば、本作はいわゆる「退魔師」ものであると想像できます。それも、かなりストレートなスタイルのものであると。
 時代ものといわず現代ものといわず、これまで無数に描かれてきた退魔師もの。そのありふれた題材を、本作は局外者の視点から――それも小磯の方は、いわゆる同心ものとしてのフォーマットをきっちり踏まえた上で、描きます。

 そこから生まれるものは、伝奇ものである以前に、時代ものとしての確たるリアリティ――鬼や超人が跋扈する世界を、我々常人の目からは隠された、しかし確かに我々の世界の隣に存在するものと思わせる手触りであります。

 虚実の皮膜ギリギリで展開する物語――それこそが時代伝奇ものの興趣の源であることは間違いありません。
 かつて『半四郎百鬼夜行』シリーズにおいてそれを見事に成し遂げた作者ですが、その手腕は、本作においてもしっかり健在であると言うことができるでしょう。

 この先、この世界で何が起こるのか、一亮と小磯が何を見ることになるのか――興味と期待は尽きない、新たなる芝村伝奇の幕開けであります。


『鬼変 討魔戦記』(芝村涼也 祥伝社文庫) Amazon
鬼変 討魔戦記 (祥伝社文庫)

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2017.09.15

北方謙三『岳飛伝 八 龍蟠の章』 岳飛の在り方、梁山泊の在り方

 北方大水滸伝の最終章も折り返し地点間近、史実を離れて南宋に処刑されなかった岳飛の戦いが、いよいよここから始まることになります。同盟を結んで梁山泊に当たらんとする兀朮の金と秦檜の南宋が暗躍し、海上で、南方でいよいよ戦いの火蓋が切って落とされる中、岳飛と梁山泊がついに……

 国家と民族を巡る考え方の違いの末に秦檜と対立し、処刑されるところを、梁山泊の助けで南方に逃れた岳飛。元・岳家軍の兵たちが集まり始める中、彼は再起に向けて動き出すことになります。
 といっても初めはたった二人で始めた新生岳家軍、兵は集まっても彼らを食べさせ、備えさせるには先立つものが――ということで、軍閥として立っていた頃からは考えられない苦労をすることとなった岳飛たちですが、しかし梁山泊の、地元の住民たちの、そして友人とも仲間とも言うべき大商人・梁興の助けで、その力を蓄えていくことになります。

 しかしそんな中でも中原での状勢は刻一刻と変化し、宿敵であったはずの金と南宋の同盟は秒読み状態。それぞれに北と南にまつろわぬ国を抱えながらも同盟を結んだ両国の敵は、もちろん梁山泊であります。

 そんな中、日本からの帰路で遭難した梁紅玉を張朔の船が救助したことから、勝手に瞋恚を抱いた韓世忠が、半ばそれを口実に王貴の船を襲撃(また襲われ役……)。小規模とはいえ、ついに南宋と梁山泊の水軍の間の戦いの火蓋が切って落とされることになります。
 一方、国力増強のために南方を傘下に治めんとする秦檜の命により、南宋軍が阮廉の村を襲撃。新生岳家軍はこれを完膚なきまでに打ち払ったものの、もちろんこれが第一歩に過ぎないことは言うまでもありません。

 かくて梁山泊と南宋、さらに金との間が一触即発となる中、その最前線とも言うべき南方では、ついに岳飛と秦容が対面することに……


 というわけで、いつまでも岳飛の生存に驚いている場合ではなく、いよいよ風雲急を告げる物語。岳家軍と金の全面対決が終結して以来、しばらく大きな戦が描かれなかったこの物語ですが、束の間の平穏はついに破られることとなります。

 と言ってもこの巻で描かれるのはまだまだ局地戦も局地戦――小競り合いというか、感触を探る程度に過ぎないレベルであります。本気になれば数万、数十万単位のぶつかり合いとなる、国と国との戦いにはまだほど遠い状況ではあります。
 しかし戦いそのものもさることながら、そこに至るまでに、各所で蓄えられた力がグツグツと煮えたぎっていく様がまたたまらないのは、これまで同様。致死軍が思わぬ形で金に食い込めば、ほとんど唯一それに気付いた蕭炫材がこれに抗しようとし――というくだりなど、初期の梁山泊の戦いを思わせてくれます。

 そして山岳戦という思わぬ形で活路を見出そうとする岳家軍の特訓も続き、全面対決が始まった時に何が起こるのか、楽しみになるばかりなのであります。


 しかし――この巻のハイライトは、別のところにあります。

 中原を漢民族の手に取り戻すために戦ってきた岳飛。しかし故国であったはずの南宋に命を奪われかけ、南方に落ち延びてきた彼に、これまで同様の戦いができるのか。何を戦いの目的とすべきなのか――その答えが、彼とも梁山泊とも関係の深い梁興の口から語られることになります。
 梁山泊が水だとすれば、おまえは器を作ればいい。器が良ければ水はその中にきれいに収まる――と。

 その一方で、秦檜は南宋を器にし、同時に水にしようともしているという評も興味深い。
 これまで何となくわかっていたようで、明確に示されていなかった三者の在り方の違いが、彼らのことを深く知りつつ、独自の距離をおく梁興の口から語られるというのは、これは見事な構図と感じさせられます。

 ここに金が加わった四者の戦いで、その関係はどのように変わっていくのか。既に一種の概念となった梁山泊を、岳飛は見事に受け止めることができるのか――いよいよ物語は中盤、戦いの始まりの時であります。


『岳飛伝 八 龍蟠の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 8 龍蟠の章 (集英社文庫)


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2017.09.07

横山光輝『仮面の忍者赤影』第1巻 TV版から独立した忍法合戦の面白さ

 ゆえあってしばらく横山光輝の時代漫画を少しずつ取り上げていきたいと思います。今回はTV特撮番組で大人気となった『仮面の忍者赤影』の漫画版、TV版の金目教編に当たる部分であります。

 時は元亀2年(1571年)、近江の国・江南地方で金目教が流行。この動きに不穏なものを感じた木下藤吉郎の配下・竹中半兵衛は飛騨から腕利きの忍びを呼び寄せた……
 という設定はTV版と同じ、というより本作がTV版の原作という位置づけのため、ある意味当然ではあります。しかしこの漫画版と「あの」TV版でどの程度共通点があるのか――と思えば、これがかなりの部分は共通しているのです。

 味方側は赤影と青影のみと少々寂しいところですが(青影のキャラクターも、赤影より少し年下というところで、対等の口ぶり)、敵方の幻妖斎と霞谷七人衆は健在。
 TV版は鬼念坊・蟇法師・傀儡甚内・悪童子・闇姫・朧一貫・夢堂一ツ目だったものが、こちらでは朧一貫、鬼念坊、悪童子、土蜘蛛、夢堂典膳、ガマ法師、傀儡陣内と、闇姫と土蜘蛛が入れ替わり、夢堂一ツ目と典膳の異同はあるものの(ただし典膳も隻眼)、思った以上の結果であります。

 やっぱり闇姫は伊上キャラなのかなあ……というのはさておき、横山忍者漫画には非常に珍しい「怪獣」――ガマ法師の大ガマが登場するのは興味深いところではあります(しかもTV版ではいつの間にかフェードアウトした蟇法師、漫画版では大ガマを失ってもかなり強い!)
 もっとも、それ以外の超兵器の数々はさすがに登場せず、金目像もある意味「合理的」な仕掛けとなっているのは、これは仕方ないと言うべきだとは思いますが……


 と、TV版との異同ばかり注目してしまいましたが、本作は独立した一個の漫画として読んでも、流石というべきか実に面白いのであります。
 冷静に考えると話の内容はほとんど最初から最後まで忍者同士の忍法合戦、舞台となるエリアもかなり狭いのですが、しかしその忍法合戦が、もう名人芸とでも言いたくなるような呼吸で成り立っているのです。

 一切謎の技で攻撃してくる敵の(技の)正体を如何に割り出すか、そしてその上で如何に現在の状況を生かしつつ反撃を行うか。
 こうしてみるといわゆる能力バトルのパターンですが、それをスピーディーかつダイナミックに展開していく様は、このジャンルの先駆――というより教科書のような完成度であります。

 しかしそれもそのはず、本作の直前まで作者が連載していたのは忍者漫画の金字塔『伊賀の影丸』。
 忍者もののフォーマットを少年漫画に落とし込んだ同作は、終盤は比較的そのフォーマットから離れた内容になっていくのですが、本作ではそこで練り上げられたものを踏まえた上で、忍者同士のバトルを生き生きと描いているのが実に良いのです。

 それでいて、幻妖斎の背後の黒幕に実在の人物を配置することで、きっちりと時代ものとしての目配せもなされているのが、また心憎いのであります(もっとも、この人物の進退は史実とは異なるのですが)。


 どうしてもTV版と比較してしまうものの、しかし忍者ものとしての骨組みと肉付けをしっかりと生かすことで、独自の面白さを描いて見せた本作。
 この辺り、赤影という作品の魅力がどこにあるのか――という点にも関わってくるようにも思いますが、何はともあれ今読んで見ても十分面白い作品であったことを再確認できたのは収穫であります。


『仮面の忍者赤影』第1巻(横山光輝 秋田文庫) Amazon
仮面の忍者赤影 (1) (秋田文庫)


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2017.09.06

とみ新蔵『剣術抄 五輪書・独行道』第1巻 武蔵の生きざまに込められた作者自身の剣理

 自らも剣術を修める作者による剣豪漫画『剣術抄』の最新作の主人公は、タイトルからも察せられるように、かの宮本武蔵。巌流島の決闘から十数年を経た、後半生の武蔵を通じて、剣の道が描かれることになります。

 これまで『剣術抄』『剣術抄 新宿もみじ池』と刊行されてきた『剣術抄』シリーズ。シリーズといっても、劇画の形をした剣術書ともいうべき点が共通するのみで、第1作は仇討ちを望む青年と師の老剣士の時空を超える奇想天外な冒険譚、第2作は父の仇を追って半生を費やした青年の辿る道を描く人情譚と、個々の作品に内容の関連はありません。

 そして第3作たる本作の主人公は宮本武蔵。言うまでもなく剣豪の中の剣豪――これまで実在の剣豪は基本的に登場してこなかった(第1作の老剣士は辻月旦の子孫という設定でしたが)本シリーズですが、しかし主人公とするにある意味最も相応しい人物と言えるでしょう。

 そして本作に登場する武蔵は(折に触れて過去の姿も描かれるものの)壮年期から老境にさしかかる辺りの姿であります。
 第1話の時点で44歳――巌流島の決闘も既に十数年の昔、決闘に明け暮れた日々も昔のこととなり、剣豪というよりも剣聖的な風格を感じさせる姿なのです。

 そのような武蔵は、主人公と言いつつも、むしろ狂言回し的な位置づけの存在として描かれます。
 この第1巻に収録された各話のサブタイトルは
「宮本伊織」「無想権之助」「槍の又兵衛」「島原の乱」「天草の鈴木重成」「細川忠利」「寺尾孫之允」「林又七」
と、島原の乱を除けば、全て各話で武蔵と関わる人物の名前。そして全員、実在の人物であります(槍の又兵衛は高田又兵衛)。

 これらの人々はいずれも一廉の人物と言うべきながら、いずれも剣の道では武蔵にはまだ及ばぬ人物(そもそも林又七は剣士ではなく職人なのですが)。
 そんな彼らと武蔵の姿を、本作は静かに描き出すのであります。

 もちろん、ほとんどのエピソードで剣戟シーン、決闘シーンが描かれるのですが、しかしそれも武蔵が相手を軽くあしらう内容がほとんどで、稽古/試合の域を出るものではありません。
 そしてゲストキャラクターたちを相手とする武蔵はあくまでも静かで、その佇まいはあたかも(いささか大袈裟な表現ではありますが)仏のような穏やかさとすら感じられます。

 しかしそれでも本作が実にエキサイティングなのは、そんな武蔵の姿に、行動に、作者が自得した剣理が込められているからにほかなりません。
 そしてそれは実際の剣の動きだけではなく、武蔵の生きざまにまで込められているように感じられるのです。

 徒に己の強さを誇らず、必要以上に相手を傷つけず、他者を尊重し、自らを守る。時代劇にはしばしば登場する、そしてしばしば絵空事と否定されるこの境地が「現実に」あり得るものであり、そして何よりもそれがいかに素晴らしいものであるか――本作はその後の武蔵の姿を通じて描いているのです。

 しかしそれでも武蔵の歩んできた道は、血塗られたものであることは間違いありません。時に武蔵を襲う矢の射手は何者か……(実は出版社の紹介文では明かされているのですが)
 この第1巻では正体がいよいよ明らかになる、という実にいいところで引きになっているのですが、それが何者であれ、武蔵がそれにいかに相対するのか、そして自らの道を貫くのか――興味は尽きないのであります。


『剣術抄 五輪書・独行道』第1巻(とみ新蔵 リイド社SPコミックス) Amazon
剣術抄~五輪書・独行道~ 1 (SPコミックス)


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2017.08.30

野田サトル『ゴールデンカムイ』第11巻 蝮と雷が遺したもの

 やはりというべきか、まさかのというべきか、アニメ化が決定した『ゴールデンカムイ』。しかし物語はまだまだ刺青人皮争奪戦の真っ最中――呉越同舟となった杉元勢と土方勢の珍道中は続き、その一方で鶴見勢は新たな囚人と対決することになります。

 思わぬ成り行きから手を組むことになったものの、白石捕縛などのアクシデントから一部メンバーを入れ替え、二手に分かれた杉元勢と土方勢。現在杉元と行動を共にしているのは、アシリパ、白石、尾形の(見かけは)比較的常識派のメンバーであります。
 白石救出のために大きく道を逸れた杉元たちは、鶴見勢の追っ手を撒くと同時に、噂を耳にした釧路にいるという囚人を追うために、旅を続けることになります。

 その一方、複製人皮を手にした鶴見と二階堂、月島、鯉登の面々は小樽に向かいますが――そこで登場するのが今回のメイン、稲妻強盗と蝮のお銀のカップルであります。
 韋駄天の如き脚力を持つ強盗殺人犯・坂本慶一郎と、千枚通しを得物に次々と旅人を殺してきた凶悪犯・蝮のお銀――凶悪だからこそ惹かれ合った二人は、ここ蝦夷地において、明治のボニー&クライドとも言うべき暴れっぷりを見せていたのです。

 ちなみにこの二人、作中では「実在した」と語られていますが、少なくとも慶一郎の方は、ほぼ間違いなく、稲妻強盗(稲妻小僧とも)と呼ばれ、樺戸集治監から脱獄した経歴を持つ坂本慶次郎のもじり。
 蝮のお銀の方は明確なモデルが見つからなかったのですが――あるいは明治期に毒婦として知られた蝮のお政なのでしょうか。

 閑話休題、小樽で賭場荒らしを目論むカップルは、土方勢についた元・日泥一家の用心棒を味方に引き入れ、刺青人皮があるという賭場を狙うのですが――しかしそれは鶴見勢の罠。
 待ち構えていた鶴見たちの攻撃を受ける慶次郎らですが、賭場が油問屋で開かれていたことから、油を周囲に巻いて鶴見たちの動きを封じ、脱出を狙うことに……

 と、どちらが主役かわからなくなるような両者の戦いは、どちらもそれぞれのメンバーが持つ能力をフルに活用しての展開が見所。
 特に月島-二階堂-鯉登-鶴見と、鶴見勢が流れるような連携で慶一郎を追い詰めるくだりは、変態軍団の印象が強い彼らの地力というものを感じさせられます(その一方で、油を撒かれて真顔で滑り落ちる彼らの姿が異常におかしい)。

 しかしこのエピソードの真の見所は、その構成の妙と結末でしょう。
 この戦いが繰り広げられていた頃に杉元たちが何をしていたかと言えば、森林の中を彷徨いながら、白石が蝮に噛まれたり、伝説の大蛇に出くわしたりという珍道中。その一方で、愛なき家庭環境から生みだされたと言うべき、尾形の凄惨な過去の所業も描かれるのですが……

 一見無関係に見えるこれらのエピソードも、蝮と雷にまつわるアイヌ神話をアシリパに語らせることで慶一郎とお銀の深い繋がりを暗示。
 そして二人が遺したものが尾形の境遇と重ね合わされるような形で描かれる結末は、人間性というものの淵源に想いを馳せらずにはいられない、本作において屈指の感動的な場面となっているのです。


 ……が、その余韻を次の回で完膚なきまでにぶち壊すのもまた本作らしい展開。
 これまで物語に登場してきた変態の中でも群を抜く変態、全年齢向けのこのブログではその詳細を語ることが憚られる超弩級の変態・姉畑支遁の登場で、物語は一気に怪しい雲行きとなります。

 刺青囚人の一人であり、次々と凶行を繰り返す支遁。ようやく杉元たちと合流したものの、その支遁に銃を奪われ、濡れ衣を着せられた谷垣のためにも、後を追う杉元とアシリパという場面で次巻に続くのですが……
 いやはや、ここまで先が見たいような見たくないような展開は本作でも初めてなのであります。


『ゴールデンカムイ』第11巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 11 (ヤングジャンプコミックス)


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2017.08.16

『コミック乱ツインズ』2017年9月号(その一)

 「乱ツインズ」誌9月号は、野口卓原作の『軍鶏侍』が連載スタート。表紙は季節感とは無縁の『鬼役』が飾りますが、その隅に、『勘定吟味役異聞』のヒロイン・紅さんがスイカを手にニッコリしているカットが配されているのが夏らしくて愉快であります。今回も印象に残った作品を取り上げます。

『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 というわけで新連載の本作は、原作者のデビュー作にして、現在第6作まで刊行されている出世作の漫画化。
 原作は南国の架空の小藩・園瀬藩を舞台に、秘剣「蹴殺し」を会得した隠居剣士・岩倉源太夫が活躍する連作シリーズですが、12月号で池波正太郎の『元禄一刀流』を見事に漫画化した山本康人が作画を担当しています。

 第1話は、藩内で対立する家老派と中老派の暗闘に巻き込まれながらも、政の世界に嫌気がさして逃げていた主人公が、自分の隠居の背後にあるある事情を知り、ついに剣士として立つことを決意して――という展開。
 どう見ても家老派が悪人だったり、よくいえば親しみやすい、厳しくいえば既視感のある物語という印象ですが、家老の爬虫類的な厭らしさを感じさせる描写などはさすがに巧みなで、今回は名前のみ登場の秘剣「蹴殺し」が如何に描かれるか、次回も期待です。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 新展開第2話の今回は、敵サイドの描写にが印象に残る展開。吉原に潜み、荻原重秀の意向を受けて新井白石の命を狙わんとする紀伊国屋文左衛門、白石に御用金下賜を阻まれ、その走狗と見て聡四郎の命を狙う本多家、そしてそれらの動きの背後に潜んで糸を引く柳沢吉保――と、相変わらずの聡四郎の四面楚歌っぷりが際立ちます。

 そのおかげで(?)、奉行所の同心に絡まれるわ、刺客に襲われるわ、紅さんにむくれられるわと大変な聡四郎ですが、紅さん以外には脅しつけたり煽ったりとふてぶてしく対応しているのを見ると、彼も成長しているのだなあ――と思わされるのでした。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 北海道編の後編。広大な北海道に新たな、理想の鉄道を敷設するために視察に訪れた島と雨宮。そこで鉄道に激しい敵意を燃やし、列車強盗を繰り返す少女率いる先住民たちと雨宮は出会うことになります。

 そして今回は、先住民の殲滅を狙う地元の鉄道員たちが、島が同乗する列車を囮に彼女たちを誘き寄せようと企みを巡らせることに。それに気付いた雨宮は、一か八かの行動に出るものの、それが意外な結果を招くことになるのですが……

 各地の鉄道を訪れた雨宮が、現地の鉄道員たちとの軋轢を経験しつつ、その優れた運転の腕でトラブルを切り抜け、鉄道の明日に道を繋げていく――というパターンが生まれつつあるように感じられる本作。しかしこの北海道編で描かれるものは、一つのトラブルを解決したとしても、大勢を変えることは到底出来ぬほど、根深い問題であります。

 そんな中で描かれる結末は、さすがに理想的に過ぎるようにも感じますが――その一方で、島に対する雨宮の「自分でも気付かないうちに北海道を特別視していませんか?」という言葉、すなわち島の中にも北海道を「未開の地」、自分たちが好きなように扱える地と見なしている部分があるという指摘には唸らされるのであります。


 長くなりましたので、次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2017年9月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年9月号 [雑誌]


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2017.08.09

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第7巻 走る密室の怪に挑む心の強さ

 単行本累計150万部突破と、既にジャンプ人気作品の一角を占めることとなった『鬼滅の刃』単行本最新巻であります。戦いの傷も癒え、新たな力を手にした炭治郎たちが、「柱」の一人・煉獄杏寿郎とともに挑む戦いの舞台は、何と疾走する列車の中……!

 炭治郎が蜘蛛鬼との死闘の最中に、かつて父が舞ったヒノカミ神楽の記憶から繰り出した火の呼吸。その謎を知る可能性のある「炎柱」の煉獄と会うため、そして新たな任務のため、炭治郎・善逸・伊之助(と禰豆子)は、新たな任務の地に向かうことになります。
 その任務の地とは、鉄道――行方不明者が多発し、鬼殺隊の隊士も次々と消息を絶ったという、鬼の存在が疑われる地だったのであります。

 ヒノカミ神楽も火の呼吸も全く知らないとあっさり煉獄に告げられた炭治郎ですが、鬼の攻撃は、彼らも気づかぬ間に始まっていて……


 というわけで新章の舞台は鉄道。大正時代を舞台としつつ、正直なところそれらしいところはこれまであまりなかった本作ですが、なるほど、鉄道というのはなかなか面白い。

 鉄道=文明開化という印象がありますが、鉄道の敷設が全国に広がり始めたのは明治中頃、日本のほぼ全域に路線網が引かれた(といっても全線合わせて1万キロ未満なのですが)のが明治末期、東京駅開業が大正3年と、鉄道がポピュラーになってきたのは、明治かなり遅くとなります。

 そう考えると炭治郎や伊之助が鉄道を目の前にしてのリアクションもそれなりにアリかと思いますが、いずれにせよ、珍しくもそれなりに作中で好きなように扱える程度には普及してきたという意味で、うまいチョイスだと思います。

 そして動く密室とも言うべき鉄道内で繰り広げられるのは、それにふさわしい奇怪な攻撃。鉄道に巣食った十二鬼月最後の下弦・魘夢の能力は、その名の通り「夢」の中に相手を閉じ込めるというもの。
 さらに、好きな夢を見せるという甘言で仲間に引き入れた人間を用いて、夢の中の炭治郎たちを襲わせるという、陰険に陰険を重ねたような手段であります。
(人が多数集まり、それでいて一定時間外部からの干渉がないという点で、魘夢の能力と鉄道は相性がいいと、ここでも感心)

 かくてそれぞれ夢の中に囚われた炭治郎たち四人ですが――ここでも本作ならではの構成のうまさが光ります。
 まず、ほぼ予想通りというか期待通りにコミカルさ全開で善逸と伊之助の夢を描いておいて、次にほぼ初登場に近い煉獄の夢を通じて彼の過去を描いてみせるのには感心させられました。

 列車内で登場するなり「うまい」連呼で弁当を食いまくるシーンのように「豪快」「空気読まない」印象の強かった煉獄。
 しかしこの夢――過去の中で描かれるのは、彼が柱になった直後の、彼と父との哀しい記憶であり、そしてその中でも弟を鼓舞し、前向きに進もうとする、極めて好もしい人間としての彼の姿なのであります。

 そして炭治郎ですが――物語の冒頭で無惨に奪われた彼の母と弟・妹たちとの平和な暮らしが描かれるというのが、その平穏さ故に、我々読者の精神にもダメージを与えます。
 この手の精神攻撃は(本作においては攻撃準備の時間稼ぎ的な面も大きいものの)、対象に、現実に背を向けて虚構の世界に埋没したいという想いを植え付けるものが大半ですが、これはその中でも最強のものでしょう。

 果たしてその中からどうやって脱出するのか――それを、多分に偶然(とギャグ)の要素を含みつつも、炭治郎の強さ(そして主人公としての資格)の源と言うべき、彼の心の強さを改めて強調しつつ、そして十二分の説得力を以って描くのには唸らされるばかりです。
(この巻の冒頭で、彼が感情を見せない同期の少女に「心の強さ」を語っていたのを考えればなおさら)


 かくて夢から覚醒した炭治郎と仲間たち。ここから始まる主人公サイド五人がそれぞれの特性を発揮しての、変形のチームバトルも盛り上がり(特にこういう時に猛烈に頼もしい伊之助)、一挙に逆転、といきたいところですが――さて、このままうまくいくでしょうか。
 随所に「らしさ」を見せつつも、また本領を発揮していない煉獄の真価も含め、まだまだ油断はできない物語であります。


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2017.08.08

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第6巻 緊迫の裁判と、脱力の特訓と!?

 家族を殺した「鬼」と戦うため、「鬼殺隊」に加わった少年・竈門炭治郎の死闘を描く本作も、めでたく連載一周年を突破しました。今回紹介する第6巻では、その作品世界がより広がる展開が描かれることになります。鬼殺隊最強のメンバー、「柱」の登場によって……

 那田蜘蛛山に潜む鬼との死闘を辛くも生き延びた炭治郎と禰豆子。しかし、「鬼」である禰豆子と、彼女を庇う(そして他の鬼にも哀れみの念を抱く)炭治郎に対し、疑念を抱く者たちにより、二人は鬼殺隊の本部に連行されることになります。

 そこで二人を待つのは、鬼殺隊最強の戦力、鬼側最強の十二鬼月を討つ力を持つ九人――水・蟲・炎・音・恋・岩・霞・蛇・風の流派を代表する「柱」たちであります。
 しかし、炭治郎と禰豆子を襲った最初の悲劇の時から面識を持ち、炭治郎が鬼殺隊に加わるきっかけを作るなど、浅からぬ縁を持つ水柱の冨岡は格別、その他の柱にとっては二人は鬼とそれを庇う異端分子に過ぎません。

 かくて、二人は鬼殺隊柱合裁判にかけられることに……


 主人公が組織に所属する戦士である少年漫画の場合、しばしば登場する、それよりもランクが上の戦士集団の存在。
 彼らは主人公にとっては頼もしい先輩にもあれば乗り越えるべき最強の敵にもなるわけですが――鬼という明確な敵が存在する本作において後者のパターンはないかなと思えば、なるほどこの手があったか、と感心いたします。

 それにしてもこの九人の柱、これまで登場した冨岡と蟲柱のしのぶは普通の人間だった一方で、新登場の面子はビジュアル的にも言動的にもキャラが立ちすぎていて、ちょっと不安になるくらいだったのですが……

 ちょっとした描写で、そのキャラクターの印象を変えたり、深みを与えたり――という本作のキャラ描写と造形の巧みさはこれまで同様で、一歩間違えれば嫌味な先輩集団になりかねないところに、きっちりと(ギャグを交えつつ)人間味を与えているのには感心させられます。


 そしてこの巻の後半、何とか鬼殺隊に改めて迎えられた炭治郎たちを待つのは、傷の治療と特訓――と言いつつ、その地味そうな印象とは裏腹に、半ばギャグパートになっているのが面白い。
 少しの間出番のなかった善逸と伊之助が再登場するも、二人とも戦いのダメージは深刻で――と、本来であれば洒落にならないところに、強引に笑いを突っ込んでくるのも、実に本作らしいところであります。

 それでいて、これまで鬼に対して情を見せる炭治郎に対して否定的な態度を見せてきたしのぶが、その慇懃かつ冷徹な仮面の下に秘めてきた過去と、炭治郎への希望を語るくだりなど、ドラマとしても、キャラクターの肉付けとしても、実と面白い。
 前巻までの蜘蛛鬼との死闘、この巻前半の柱との対面、そしてこの後半と――静と動、戦いと笑いなど、緩急の付け方が実に巧みとしか言いようがありません。


 そして静の展開が続けば、次に来るのは動――鬼との死闘。傷が癒え、新たな力を得た炭治郎たちを待つものは――次の巻の紹介にて。


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2017.08.03

皆川亮二『海王ダンテ』第3巻 植民地の過酷な現実と、人々の融和の姿と

 超古代文明の力を秘めた本と魔導器を持つ若き英国海軍人、ダンテ・ホレイショ・ネルソンの冒険を描く本作、新たなるエピソードは英国の植民地たるアメリカを舞台とした冒険であります。英国陸軍と前首相の息子を護衛しての任務は次々と意外な方向に転がり、その中で彼が見たものとは……

 この世界を構成する分子を自らの意思で組替え、自分の体の一部を触媒に物理的な力に変える力を持つ古代の書『要素』と魔導器を持つ少年ダンテ。海軍に入隊した彼はインドで大冒険を繰り広げ、その功績もあって晴れて士官候補生に仲間入りであります。

 そんな彼らの次なる任務は、ボストン茶会事件の余波で揺れる新大陸アメリカに向かう英国陸軍の船団を、そして現地の視察を行う英国前首相ウィリアム・ピット――の同名の次男を護衛すること。
 わがままで世間知らずのウィリアム少年に手を焼きつつ、新たにジャックとトビーの二人の黒人水夫を仲間に迎えたダンテたちの船は、快調に新大陸に向かうのですが……

 しかしアメリカが目前となった頃、気さくだったジャックが豹変、ダンテの本を狙う死人海賊、海の最強の殺し屋オルカとしての正体を露わにします。
 そしてウィリアムを人質に船を占拠した彼が向かう先は、逃亡した黒人奴隷たちが作り上げた海岸の集落。しかしそこをフランス軍に扇動された先住民が襲撃し、さらにダンテたちを巻き込んでの大混戦の中、ウィリアムとトビーが行方不明となって……


 今回のゲストキャラ、そして物語の中心人物の一人であるウィリアム少年は、絵に描いたような高慢ちきで我が儘の、皆川作品ではお馴染みの造形のキャラクター。
 なるほど、今回は彼が冒険の中で、ダンテたちと触れ合ううちに成長していく物語なのだな――と思いきや、それは当たってはいたものの、こちらの想像を超える形で描かれることになります。

 何しろアメリカ到着早々に始まるのが、黒人奴隷と先住民の戦い。さらにそこに英国軍まで加わって……という展開には、思わず天を仰ぎたくなりました。そこまで容赦ない展開を描くのか、と。

 そう、冒頭で触れたとおり、この時代のアメリカは英国の植民地。そしてそれは先住民の住む地を追い、そして黒人奴隷を牛馬の如く使って得られたものであります。
 ダンテも知らなかったその現実(「現在」のことは『要素』も知らず、ダンテが自分で学ぶしかないという設定がまた見事)を、しかしお説教ぽくならずに如何に描くか? その難題に対し、本作はダンテの、オルカの、そしてウィリアムズの姿を通じて、過酷な現実を生々しく描き出すのです。(後半に描かれる奴隷の闇市に関するエピソードはただ絶句……)

 しかし本作はそれだけでは終わりません。これまで人間という存在が根源的に持つ邪悪さを描きつつも、それに対峙する人間一人ひとりが持つ善き心を描いてきた皆川作品――その構図は、本作においても健在なのです。

 刻一刻と状況が変わっていく中、立ち位置を変えていくキャラクターたち。その一人ひとりが対立を超え、少しずつ歩み寄っていく姿を、本作は丹念に、自然に、それでいてエモーショナルに描き出します。
 特にクライマックスのナポリオとの対決は、ダンテの能力ゆえのピンチの打開に、人々の融和の姿を重ねて見せるという展開に、ただ唸らされるばかりなのです。

 もっともここで、ナポリオが「便利な敵」という一種の装置になってしまった印象は否めませんが、この点は、この時代とそこに生きる人々を描く狂言回しとして、ナポリオが(そしてダンテも)機能していると見るべきかもしれません。
 このあたりの展開は、あるいは本作の今後の方向性を示しているのかもしれない……というのは穿った見方かもしれませんが。


 何はともあれ――この巻を読み終えた後、その後の史実を紐解いてみれば、そこに我々はある事実を見出すことになります。

 ネルソン率いる英国艦隊がナポレオンの海軍に決戦を挑んだトラファルガー海戦時の英国首相の名が、ウィリアム・ピット――俗に言う小ピットであったことを。
 そして彼が、その生涯を通じて、奴隷貿易廃止のために尽力したことを。

 その背後に、彼の少年時代の経験があったとしたら――それはセンチメンタルではありますが、幸福な妄想でしょう。


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