2018.07.10

仁木英之『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(その二) これが二人の旅路の終わり、そして始まり


 ついに迎えることとなった僕僕先生と王弁の旅路の果て、『僕僕先生』シリーズ最終巻の紹介の後編であります。

 世界の終わりが目前に迫る中、希望を捨てなかった者たちの戦いの末についに復活した(上に何かラブラブになってた)僕僕と王弁。
 しかしこれでも物語はまだまだ道半ばであります。人間と神仙の凄惨な戦いを終わらせるために、滅び行く世界を救うために――ここからが本当の、そして最後の旅。

 そもそも僕僕は何者で、何のために旅をしているのか? 前者についてはこれまでの物語で、そしてプリクウェルである『僕僕先生 零』でかなりの部分が判明しましたが――さて後者についてはどうであったか?
 マイペースに世界を旅する姿が当たり前になってしまい、そんな疑問はとうの昔に消えていましたが、ここに至り、それが大きくクローズアップされることになります。

 そしてもう一つ、最大の謎が――何故、僕僕の旅の道連れが王弁だったのか。そしてその王弁とラブラブになったのか!?
 後の方はともかく(いや本当は大事なのですが)こうした物語を貫く謎――上で触れたように読者が気にかけていたもの、いなかったもの――全てに対し、本作においては答えが提示されることになります。


 ここで少々本作を離れ、作者の他の作品に目を向けてみることとしましょう。

 作者の大長編ファンタジー(大長編伝奇)――『千里伝』『くるすの残光』『魔神航路』を読めば、物語(の終盤)で主人公の前に立ちふさがる敵に、ある種の共通点があることに気付きます。
 それはその敵が神の強大な力を持ち、世界(の則)を己の思うとおりに変える――すなわち、世界を己の思うままに再編しようとすることであります。そしてその敵に対して、主人公はそれに対抗する力を持つ(味方につける)のですが――しかし彼自身はあくまでも人間に過ぎず、それ故に彼は苦しい闘いを強いられることになるのです。

 もちろんこの要素は、作品によってその程度が(その表に現れる度合いが)異なることは言うまでもありません。しかしその構図は、本作、『僕僕先生』にも通底している――それも、最も明確な形で――ことは明らかでしょう。
 そしてこの点こそは、作者の作品に通底する視点、そしてそこから生まれる魅力に繋がるものだと、私は改めて感じました。

 『僕僕先生』をはじめとする作者の長編ファンタジーにおいては、強大な神仙の力、超自然的な力が、この世界の一部としてある意味当然のように登場します。そのまさしく人知を超えた力の前には、人間など及ぶべくもありません。
 それは言い換えれば、その力を手にした者は、まさしく超人となるということですが――しかし作者は決してその力を手に入れて事足れり、とはしません。いやむしろ、こうした超人による救済を否定する形で物語は描かれていくと感じます。

 人間は、己を超える力を持つ者に屈するべきでもなければ、その力を得て他を圧するべきでもない。たとえ力を持たない存在であっても、いやそれだからこそ、人間は他者を受け入れ、共に生きていくことができる……
 当たり前のことかもしれません。ごく普通のことかもしれません。しかしその素晴らしさを――そしてこの『僕僕先生』という物語でそれを体現してきたのが誰か、我々は知っています。それこそが、全ての答えであることもまた。


 本作の結末で描かれるものは――さすがにこれ以外の結末はないと理解しつつも――やはり一抹の、いや大きな寂しさを感じさせるものであることは否めません。
(さらに言えば、ちょっと物語展開が激しすぎて、いささか急に感じる部分も少なくなかった印象があります) しかしそうであっても、本作は、本シリーズは、描くべきものを全て描き、その上で迎えるべき結末を迎えたと、自信を持っていうことができます。まさに大団円――僕僕と王弁の旅路の終わりと始まりがここにあります。

 そう、これは野暮と言うほかないと自分でもわかっているのですが――旅路の始まりであって欲しいと、僕は「祈り」たいと――本作を読み終えて心から感じた次第です。


『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(仁木英之 新潮社) Amazon
師弟の祈り 僕僕先生: 旅路の果てに


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2018.07.09

仁木英之『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(その一) 希望を失わぬ者たち、そして帰ってきた者たち


 ついに最終巻であります。ツンデレボクっ子仙人・僕僕先生と、元ニートで凡人の弟子・王弁の長きに渡る旅もこれにて完結――世界の再編を巡り神仙と人間が死闘を繰り広げ、世界が滅びに向かう中、王弁と僕僕はどこに消えたのか。そして世界の命運は――旅路の果てが描かれることになります。

 数々の出会いと別れを繰り返しながら、この天地を旅してきた僕僕と王弁。その彼らの旅の陰で仙界の、いや世界の再編を目論んできた仙人・王方平は、世界のバランスを守るために人間を一度滅ぼし、人界を作り直すことをついに宣言します。
 彼に同調する者、抗して人界につく者、様々な神仙・英雄が出現し、風雲急を告げる世界。しかし王弁はそんな動きの中で原因不明の眠りに陥った末、あわや闇落ちして世界を滅ぼしかねない存在に変貌。僕僕の奔走により、辛うじて己を取り戻した王弁が目覚めた場所は――現代の日本!?


 という、あまりに気になりすぎる引きで終わった前作から一年半。ようやく手にすることができた最終巻は、これまでの王弁と僕僕の旅の集大成と言うべき内容となっています。

 何しろキャラクターの顔ぶれは、あの人物からこの人物まで、これまで王弁と僕僕が出会った相手は全て登場したのではないかと言いたくなるほど――もう二度と会えないと思った者たちも含めて――ほとんど網羅した状態。
 そして舞台の方も、王弁と僕僕が旅した世界各地、いや星々の彼方の世界まで、次から次へと登場するのですから懐かしかったり驚かされたり……

 いや、驚かされると言えば、前作のラストそして本作の冒頭に、あの『福毛』(短編集『童子の輪舞曲』所収)の世界が登場することにこそまず驚くべきでしょう。
 現代日本を舞台に、王弁を思わせる主人公・康介と、僕僕を思わせる彼の妻(!)香織の愛と別れを描いたこの作品は、一体どこが『僕僕先生』なのか、と読者を大いに混乱させたシリーズ最大の問題作なのですから。

 その真相がついにここで、王弁と康介の対面を通じて明かされることになるのですが――ちょっと複雑な気分にはなるものの――それはなるほど、と頷けるものであります。
 しかし本作においてはその真相もプロローグに過ぎません。そして真相が明らかになったからと言って、事態が好転したわけではないことは、王弁を追って現れる者たちの言葉からも明らかです。

 王弁と僕僕が消えた後、王方平をはじめとする神仙たちはついに人間を一掃すべく行動を開始。天変地異を用いて地上を蹂躙し、数多くの命が一瞬のうちに失われていくことになります。
 しかし人間側もこれに抗すべく、妖人・貂が生み出した人工神仙とも言うべき存在を戦線に投入。激化する戦いは、これまで人間と神仙の間に存在していた結びつきを完全に断ち切り、憎しみが支配する戦いの中で、全てが滅びに向かうことになるのですが……

 しかし、それでも希望を失わない者たちがいます。王弁と僕僕の旅をもっともよく知る「薄」幸の美女が、人間と神仙の境を越えて深い友情を結んだ少年たちが、異国の王とそのおかしな兄が、元宝捜し人とその家族たち、そして鋼の巨神が――自分の愛する者たちを守るために、戦い続けているのですから。
 そして彼らの声に応えるように、ついに僕僕と王弁が復活――!

 って、復活したはいいものの、会う人会う人にツッコまれるほど、二人の関係は目に見えて変化。デレた! 先生がデレた! という二人の姿を、ここで笑うべきか喜ぶべきか?
 世界の滅びの瀬戸際で、読んでいるこちらも思わぬことで悩まされますが、ここは二人の姿を評するに、登場人物が良い言葉を使っています。すなわち「尊い」と……


 しかしこれでも物語はまだまだ道半ばであります。人間と神仙の凄惨な戦いを終わらせるために、滅び行く世界を救うために――ここからが本当の、そして最後の旅なのであります。

 そして――ついつい勢いに乗って長くなりすぎました。次回に続きます。


『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(仁木英之 新潮社) Amazon
師弟の祈り 僕僕先生: 旅路の果てに


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2018.07.06

坂口よしを『地獄ヤ変』 不老不死の「水」と「地獄」を巡る者たちの戦い


 明治初期の東京を舞台に、一人の少女が、二人の男――「地獄」と呼ばれる男と、その男を追う男とともに、不老不死をもたらす「水」にまつわる事件に巻き込まれる伝奇活劇であります。

 仕えていた主を亡くし、ひとりぼっちとなった少女・お玉の前に現れた無愛想な青年・鉄戒(くろがね かい)。亡き主の友人だったという戒に引き取られる形となったお玉ですが、その前に戒の主だという美青年・紅月天星が現れます。
 人当たりの良い貿易商という表の顔を持ちながら、戒を「地獄」と呼び、呪を込めた弾丸でこの世ならざるものを滅する力を持つ天星。不老不死をもたらすという「水」なる存在を求める彼は、その手掛かりがお玉にあるに違いないと、彼女に近づいたのであります。

 果たして明らかになるお玉の意外な「正体」。自分でも知らぬうちに「水」の力で命を繋いでいたお玉は、戒と天星とともに「水」の在処を求めるうち、様々な怪異にまつわる事件に巻き込まれることに……


 本作の作者・坂口よしをは、宮部みゆきの『霊験お初捕物控』の漫画化を担当した漫画家。その時も良い意味で漫画的な明るい絵柄が印象に残りましたが、それはもちろん本作でも健在であります。
 本作で描かれるのは、決して明るいとは言い難い――むしろ不老不死という人間のある意味最も強く根源的な欲望にまつわる物語。その物語が決して陰湿になりすぎないのは、この絵の力に依るところが大きいのでしょう。

 しかしもちろん、物語自体も面白いことは言うまでもありません。本作はジャンル的には退魔ものであり、決して珍しいものではないのかもしれませんが――ベースとなる設定が、既存の伝説伝承を用いることはほとんどなく(あるいは独自の解釈が加わり)、本作独自のものとなっているのが目を引きます。

 特に強く印象に残るのは主人公の一人である戒の設定です。天星から「地獄」と呼ばれる戒は、実は「水」によるものとはまた別の形で不老不死の男。少しだけ内容を明かしてしまえば、彼は体内に魔物を封じる異空間「地獄」を持ち、魔物退治を生業とする紅月家に代々使役されてきた存在なのであります。
 そんな彼が、何故紅月家から離れてお玉を守ろうとするのか。そしてそもそも彼はいかなる過去を持ち、何故「地獄」となったのか――そんな彼の秘めた謎が、物語後半を引っ張る原動力の一つとなります。

 そしてもう一人、物語を引っ張るのは天星であります。普段はにこやかなイケメンである一方で、自分の目的に関してはひどく非情となり、お玉や戒を犠牲にして恥じない天星。
 彼は、本作では悪役に近い立ち位置を占めることになりますが――しかしもちろんそれだけではなく、彼もまた大きな秘密と重い過去を背負った存在であることが、終盤でクローズアップされることになるのであります。

 単行本でわずか2巻ということもあり、後半は少々駆け足の印象がないわけではありません(特に意味ありげに登場した天星の後ろ盾の人物にほとんど出番がないのが残念)。
 しかしそれでも決して不足は感じない、いやむしろ物語として描くべきはきちんと描いたと感じられるのは、この本作ならではの設定、本作ならではの登場人物を、作者が完全に消化した上で、物語を構成していることによるのでしょう。

 望まずして不老不死になってしまった者たちと、不老不死を強く望む者――その両者のすれ違いの中から生まれる、悲しみと戦いを描いた本作。
 しかし地獄の中で最後に残ったのは希望だった――そんな結末も気持ちよい、伝奇活劇の佳品です。


『地獄ヤ変』(坂口よしを 秋田書店プリンセスコミックス全2巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
地獄ヤ変(1)地獄ヤ変(2)

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2018.06.24

ことだま屋本舗EXステージ『戦国新撰組 結』 新たな魂を吹き込まれた物語

 舞台上で声優が舞台上に映し出される漫画の台詞をアフレコするという、LIVEリーディングイベントを観劇(聴劇?)して参りました。ほぼ一年前に上演されたことだま屋本舗EXステージ『戦国新撰組』の続編・完結編であります。

 朝日曼耀 作画、富沢義彦 原作の原作漫画についてはこれまでこのブログでも紹介して参りましたが、タイトルのとおりと言うべきか、戦国時代にタイムスリップしてしまった新撰組の活躍を描く物語であります。
 突然桶狭間の戦直前の時代に放り出され、全く勝手の異なる戦いの中で幾多の犠牲を出しつつも、徐々に頭角を現していく土方らの姿を、佐久間象山の息子・三浦啓之助の目を通じて描く作品です。

 乱戦のどさくさに紛れて啓之助に信長が射殺され(!)、その後釜に濃姫が座るという場面まで――全3巻の原作のうち、第2巻の中盤までが上演された前回。
 今回はこれを受けて残る後半部分――清洲城に来襲した今川義元との決戦、さらに竹中半兵衛が守る斎藤家との死闘が、敵味方同士に分かれた新撰組隊士たち同士の戦いを交えて描かれることになります。

 LIVEリーディングというイベントは、冒頭に述べたとおり漫画の画を(吹き出しは消して)そのままスクリーンに映し出し、それに声を当てていくというものだけに、内容は必然的に原作に忠実にならざるを得ません。
 それだけに内容的には原作既読者には(当たり前ですが)目新しさはない――はずなのですが、しかし声優の声が付いてみると、物語がまた全く異なったものとなって見えてくるのが面白いところであります。

 漫画を読んでいる時に何となく脳内で再生しているのとは異なり、生きている人間一人一人がそれぞれのキャラクターとして喋る――本作のようなキャラクター数がかなり多い作品では、それがある意味物語の輪郭を明確にしていくものだと、再確認させられました。
 実は原作の方は、正直に申し上げて後半はかなり駆け足になった印象があるのですが、それがこのLIVEリーディングでは、違和感や不足感を感じさせず、むしろ状況が刻一刻と変わっていく緊迫感を醸し出していたのも、この声の力に依るところが大きいのでしょう。

 ちなみに主人公の三浦啓之助役は、前回と異なり酒井広大が演じていたのですが、前回にも勝るとも劣らぬ啓之助っぷり――特にラストにこれまでの自分を捨て、新たな道を撰ぼうと踏み出す場面はなかなかに良かったと思います。

(しかし前回もそうだったと思いますが、RDJをモデルにした今川義元の声を、「あの声優」チックに演じるのはズルくも楽しかったです)


 なお、今回は本編の前に同じ原作者の作品(作画 たみ)『さんばか』を同形式で上演。こちらは寛政年間の江戸を舞台に、戯作者を夢見る少年・菊池久徳と、戯作ファンの三人娘が風呂屋を(主な)舞台に繰り広げるお色気多めの時代コメディであります。

 原作漫画を読んだのはかなり前でしたが、男臭い『戦国新撰組』に比べると、グッと華やかな内容で、女の子たちがわちゃわちゃと騒がしい展開は、これはこれでこの媒体にかなり似合う――という印象。
 映画で言えば本編前の併映の短編といった趣きですが、ちょうど良い塩梅の作品であったと思います。


 何はともあれ、『戦国新撰組』と『さんばか』――漫画で楽しんだ物語をこうして新たな魂を吹き込んだ形で追体験するというのは、なかなか楽しい経験でありました。機会があれば、またぜひ。



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2018.06.21

横田順彌『水晶の涙雫』 消えた少年と南極からの友が繋ぐ想い


 明治の科学小説作家・押川春浪と鵜沢龍岳師弟、そして彼らを取り巻く人々が不可思議な事件に挑む明治SFシリーズ――その長編第2弾であります。白瀬大尉の南極探検を背景に、長きにわたり意識不明だった少年の行方不明事件が、様々な波紋を呼び、奇妙で暖かい物語を描き出します。

 白瀬大尉の南極探検隊が、惜しくも志半ばで帰国を余儀なくされた明治44年――東京帝国大学附属病院の特別病室から姿を消した少年・白鳥義彦。
 勤め先の金を横領して追いつめられた父の無理心中に巻き込まれ、半年以上にわたって意識不明の状態であった彼は、しかし本来であれば息を引き取ってもおかしくないところが、不可思議にも生き続けていたのであります。

 だからといって、衰弱しきった病院を抜け出せるほど急に回復するするはずもありません。しかし病院側は義彦少年の状態に目を付けて人体実験紛いの治療を行っていたため表沙汰にするわけにもいかず、ただ残された母親・雪枝のみが心を痛める状況となっていたのでした。

 そんな状況とも知らず、春浪の友人・阿部天風は、雪枝が妻の遠縁であったのをきっかけに、雪枝の夫の事件に関心を抱いて調査を続けた結果、その死に不審な点があることに気付きます。
 もしそれが偽装された殺人事件であれば、本職の出番――と警視庁の黒岩刑事に協力を依頼する龍岳たちですが、しかし正義感の強いの黒岩にしては、珍しく消極的な態度をみせます。

 実は町を彷徨っていた義彦と偶然出会い、密かに匿っていた黒岩。義彦が黒岩に語った驚くべき真実とは、そして黒岩が守らなければならない秘密とは……


 冒頭に述べたように春浪と龍岳を中心にする本シリーズですが、その中で龍岳と相思相愛の女学生・時子と、その兄の黒岩刑事もまた、彼らとともに活躍するレギュラーであります。
 そして実は、今回主人公同然の位置を占めるのが、この黒岩刑事なのです。

 幼い頃に両親を失い、苦労に苦労を重ねながら時子を育ててきた黒岩。それだけに人情家で正義感が強く、絵に描いたような「良い刑事さん」である彼は、シリーズを現実サイドから支える名脇役であります。
 その黒岩が今回は妹にすら明かせない秘密を抱えて孤軍奮闘。しかも恋愛方面については妹に完全に先を越されていた彼に、ついにロマンスが! と、完全に主人公ポジションで活躍してくれるという、長らくシリーズを見てきた読者にとっては何とも嬉しい展開なのです。

 さてその物語の方は、義彦少年の失踪(そして彼の抱える秘密)と、その父の「自殺」を巡る謎とが交錯しつつ展開していくことになりますが、そこに登場人物たちが、それぞれの事情や思惑を抱えて関わっていくのも面白い。
 上で述べたように皆とは別行動を取る黒岩。黒岩に疑いを抱きつつ雪枝のために事件を追う龍岳や時子たち。自分を何かと助けてくれる黒岩に支えられながら義彦を捜す(まさかその黒岩が義彦と一緒にいるとは知らない)雪枝。さらにはかねてから義彦に目を付けてきたという陸軍の特務部隊の軍人とその手下まで……

 数々の登場人物が、それぞれに掴んだ真実を手に、少しずつ謎に近づいていく――実は真実そのものはさほど複雑なものではないのですが、しかし人間関係をシャッフルすることで。よく見ると結構地味な話を盛り上げていくのには感心いたします。

 そして本作の、本シリーズのキモとも言うべきSF的ガジェットですが――今回も懐かしさを感じさせる(すなわち古典的な)アイディアを用いつつ、それを巧みにドラマに絡めていくのが嬉しいところ。
(そしてそこに絡むのが、前作のハレー彗星接近と並ぶ一大科学イベントである白瀬大尉の南極探検という趣向もうまい)

 前作などに比べるとかなり早い段階で秘密が明かされるのですが、それを一人背負ってしまった黒岩の苦闘が、上に述べたように物語の大きな要素となり、それがラストに繋がっていくという展開も実にいいのです。
 実に本シリーズらしく、優しくも暖かい、そしてちょっと粋な結末には、誰もが顔がほころぶのではないでしょうか。


 しかしさすがにラストの吉岡信敬はさすがにやりすぎではないかなあ――というより有能にもほどがあります。恐ろしいなあ早稲田大学応援団。

『水晶の涙雫』(横田順彌 柏書房『夢の陽炎館・水晶の涙雫』所収) Amazon
夢の陽炎館・水晶の涙雫 (横田順彌明治小説コレクション)


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2018.06.14

賀来ゆうじ『地獄楽』第2巻 地獄に立つ弱くて強い人間二人


 不老不死の仙薬を求め、孤島で繰り広げられる死罪人たちと山田浅ェ衛門たちのデスゲームを描く死闘絵巻、待望の第2巻であります。死罪人同士の潰し合いがエスカレートする中、ついに牙を剥く島に潜むモノたち。誰が味方で誰が敵かもわからぬ混沌の中、画眉丸と佐切の戦いの行方は……

 不老不死の仙薬が眠ると言われ、極楽浄土とも呼ばれる南海の孤島。しかし幕府が送り込んだ調査隊は一人を残して全滅、その一人も植物とも生物ともつかぬ奇怪な存在に変化していたのであります。
 そこで幕府が新たに送り込むこととしたのは、いずれも恐るべき力を持つ十人の死罪人。それぞれ一人ずつの山田浅ェ衛門――首斬り浅ェ衛門の名を許された門弟たち――を監視役としてつけられた彼らは、無罪放免と引き替えに「極楽浄土」に送り込まれたのです。

 しかしいずれも凶悪な死罪人たちが、黙って命令を受け入れるはずもありません。死罪人同士殺し合う者、浅ェ衛門に襲いかかる者――そんな中で、本作の主人公たる最強の忍び・がらんの画眉丸と山田浅ェ門の娘・佐切も、時に互いに刃を向けあう危ういバランスで結びついた状態で先に進むことになります。

 そんな中、突如現れたのは奇怪な怪物――人間を花に変える毒を持つ蟲たちや、神や仏をグロテスクに真似たような巨人たちこの世のものとは思えぬような怪物たちの群れとの戦いを余儀なくされる二人ですが……

 不老不死の秘薬と自由という、ただ一人しかたどり着けないゴール目指して始まった死罪人たちのデスゲーム。しかしこの第2巻で描かれるのは、彼らの敵は同じ死罪人(あるいは監視役の山田浅ェ衛門たち)だけでないという恐るべき事実であります。

 人間同士であれば幾人殺してもケロリとしているような死罪人たち――人間社会においては怪物と言うべき彼らですが、しかし本物の怪物と出会ったとしたら?
 人間社会からはみ出した死罪人という怪物と、自然界の法則を逸脱したような異形の怪物――いささか悪趣味かもしれませんが、その戦いには、やはり強く目を引きつけられます。

 そんな地獄めいた世界ですが、しかし送り込まれたのは面々のしぶとさは尋常ではありません。
 画眉丸と佐切の前に現れ、ひとまず手を組むこととなった全く油断ならぬ死罪人のくノ一・杠。実は山田一門に潜入した弟と仙薬獲りに動き出した賊王・亜左弔兵衛。一度は島を抜けようとした際の死闘で心を繋い山の民のヌルガイと山田浅ェ門典坐(さらに、前巻であっさり死んだかと思われた二人も)……

 いずれ劣らぬ強者揃い――ひとまず休戦した者、元々グルだった者、新たに絆を結んだ者と様々ですが、しかし戦闘力だけであればそうそう不覚を取る面々ではありません。
 ……が、そんな中でただ一人、己の本能のみで動き回るのが、死罪人の中でも最大の巨体を持つ備前の大巨人・陸郎太。自分の浅ェ門を文字通り粉砕した彼が、画眉丸と佐切の新たな敵として立ち塞がることになります。

 しかし佐切はその前の怪物たちとの戦いで傷を負い、他の浅ェ門からは戦力外通告を受けた状態。そもそも、この島に渡った後に画眉丸と対決した際に、既に彼女は惨敗を喫しているのであります。
 そもそも人を斬ることに対して、深い屈託を抱えてきた佐切。それでは彼女は弱いのか、弱肉強食のこの島の理の前に屈するしかないのか――答えは否であります。

 ここで描かれるのは、彼女の持つ「強さ」とは何か――その在り方は、そしてその源は何なのか、その答えであります。
 そしてそれは、かつては無敵でありながら、今は人を殺めることに迷いを抱く画眉丸の「弱さ」と、一対のものであることは言うまでもありません。その「強さ」と「弱さ」を繋ぐものが、「人間性」であることもまた。

 そんな弱くて強い人間二人が、共通の敵のために力を合わせる展開に胸が熱くならないわけがありません。今ここに二人は真の相棒としてこの地獄に立つことになったのですから……

 そして死闘の果てに現れた、この島の新たな顔。果たしてそれがこの地獄の謎を解き明かす鍵となるのか――まだまだ先は見えません。そしてそれはもちろん、こちらの楽しみが尽きないということでもあります。

 今はただ、画眉丸と佐切が戦いの果てに、己が掴みかけたものの、その先を見ることができるように祈るのみであります。

『地獄楽』第2巻(賀来ゆうじ 集英社ジャンプコミックス) Amazon
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2018.05.24

朝日曼耀『戦国新撰組』第3巻 彼らが選び、撰んだ道の先に


 新撰組が突如戦国時代、それも桶狭間の戦直前にタイムスリップしてしまうという、とてつもないシチュエーションから始まった本作もこの第3巻で完結。既に変わり始めた歴史の行き着く先は、そしてその中で新撰組の面々の向かう先は……

 突然、新撰組屯所から戦国時代にタイムスリップし、織田と今川の激突寸前の戦場に現れた新撰組。幕末では最強を誇る彼らも、戦が日常であった時代では分が悪く、初めは追いつめられるものの、大乱戦の中で主人公・三浦啓之助が信長を射殺したことで、大きく状況は変わることになります。

 その中で、織田家に士官しようとしていた木下藤吉郎と結んだ新撰組。しかし戦いの中で深手を負った近藤は、後事を土方に託し、壮烈な最期を遂げることになります。
 近藤の遺志を継ぎ、信長の跡を継いだ濃姫に仕えることになった土方と新撰組。初めは今川方についていた山南・沖田・藤堂も合流し、戦力を増したものの、しかし濃姫の近くに控える明智光秀の正体は、同じくタイムスリップした桂小五郎であることが判明し……

 と、戦国と幕末、それぞれの人物が入り乱れる上に、その生死が史実と変わっていくことにより、向かう先が見えない本作。
 何しろ史実通り今川義元を討ったものの、信長亡き後の織田家が極めて不安定な状況にあることは言うまでもありません。そんな状況だからこそ、新参の藤吉郎、そして新撰組にも台頭の余地があるのですが――さて濃姫の、そして光秀(桂)の次なるターゲットは美濃であります。

 信長が道三亡き後の美濃を攻略したのは史実にあるとおりですが、しかし繰り返しになりますが、本作はその信長も亡き状態。しかも美濃斎藤家――正確には竹中半兵衛の下には、行方不明となっていた最後の新撰組隊長コンビ、原田左之助と永倉新八の姿があるではありませんか。
 しかし史実では最終的に近藤らと袂を分かったこの二人が、戦国時代でおとなしくしているわけがありません。案の定、二人は未来の(幕末の)兵器までも持ち込んでいて……

 というわけで美濃攻めがメインとなるこの第3巻。既に史実とはブレ始めた歴史の中、しかも新撰組同士が激突する戦場で、この戦がどのような結末を迎えるのか、というのが眼目であることは言うまでもありませんが――しかし実はそれ以上に印象に残るのは、新撰組隊士それぞれが辿る運命の結末なのです。

 既に近藤が志半ばにして斃れるという意外な展開となったわけですが、しかし考えてみれば史実においても近藤はやはり志半ばで散ったことに違いはありません。
 だとすれば、他の隊士たちも? というこちらの予感を裏付けるように、生き残った隊士たちも一人、また一人と、あたかも本来の歴史をなぞるかのように……

 これぞ歴史の修正力――というよりは見立ての面白さと言うべきでしょうか。史実での運命をこういう形でアレンジしてみせるか、とニヤリとさせられるような展開を用意してみせるのは、これはやはり原作者のセンスというべきでしょう。
 しかしそうだとすれば、一人、気になる人物が存在します。そう、本作の主人公たる三浦啓之助が。

 史実では新撰組隊士とは名ばかりに適当に歴史の荒波をやり過ごし、実につまらぬ最期を迎えた啓之助。その彼は、この物語においてどのような運命を辿るのか?
 それをここで語るわけにはいきませんが、なるほど、ここでこの違いを使ってくるか! と一捻り(更に漫画ならではのキャラデザインを逆手にとってもう一捻り)した上で、ある種の希望を見せてくれる結末は、大団円と言うべきでしょう。

 正直なところを申し上げれば、歴史の流れを描く上でも、新撰組隊士の運命を描く上でも、もう一巻欲しかった、という印象は強くあります(無情なまでの呆気なさもまた、本作の味わいかもしれませんが……)。
 特に本作においてジョーカーとなるべきある人物が、あまりに呆気なく、便利に使われた感があるのは、勿体ない限りであります。

 それでもなお、新撰組+戦国という、ある意味身も蓋もない取り合わせを、二つの歴史を巧みに摺り合わせながらも再構成し、一つの物語として描き直してみせた本作は、もう一つの新撰組を語る物語として、見事に結末を迎えたと言うことができるでしょう。

 どれほど流されたように見えても、彼らは史実同様に自らの道を選び、撰んだのだと――そしてその先に確かに道は繋がっていたと、本作は描いてみせたのですから。

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戦国新撰組 3 (サンデーGXコミックス)

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 ことだま屋本舗EXステージ『戦国新撰組』

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2018.05.21

道雪葵『女子漫画編集者と蔦屋さん』 逆ハーレム? 江戸の出版界の変人たち


 お仕事ものというべきか、有名人ギャグというべきか――なんと現代の漫画編集者の女性が江戸時代にタイムスリップ、出版社の元祖ともいうべき蔦屋の下で、様々な浮世絵師・戯作者たちと賑やかな毎日を繰り広げるという四コマ漫画であります。

 祖父の家で、漫画の原点ともいうべき黄表紙を手にした途端、江戸時代にタイムスリップしてしまった女子漫画編集者の千代子。そこで当時飛ぶ鳥を落とす勢いの出版人・蔦屋重三郎と出会った彼女は、なりゆきから彼の店で働くことになります。
 現代でも過去でも変わらぬ(?)編集者の仕事をこなすなかで、後世に名を残す文化人たちと出会う千代子ですが、彼らはいずれもイケメンながらどこかヘンで……

 と、問答無用でタイムスリップした現代の女子編集者(同人経験アリの腐女子)が、江戸の出版界に飛び込んで――というと真面目な(?)お仕事もの、あるいは逆ハーレムものに見えるかもしれませんが、本作の眼目は登場する文化人のエキセントリックなキャラクターであります。

 何しろ、メインキャラたちがこんな調子なのですから――
蔦屋重三郎:人の心に無頓着な根っからの商売人
喜多川歌麿:重三郎にベッタリのオネエ浮世絵師
葛飾北斎:仕事に打ち込むと周囲が見えない浮世絵馬鹿
東洲斎写楽:常に能面を被った超引っ込み思案
曲亭馬琴:上から目線の俺様ドS
山東京伝:何事も体験してみないと気が済まない天然

 いずれもタイプの異なるイケメンなのはお約束ですが、こんな面子とラブい展開になるはずもなく、唯一の現代人かつ常識人である千代子が、彼らの行動にツッコミを入れる――というのが、毎回の定番であります。

 しかし上で述べた文化人たちのキャラクターは、本作独自のキャラ付けも多いものの、しかしその背景となっているのはきっちりと史実通りなのが、本作の最大の魅力であります。
(たとえば馬琴が蔦屋に奉公する前に、武士が商家に奉公できるかとわざわざ名を変えたエピソードなど)。

 また作中で取り上げられる(ネタにされる)作品も、馬琴の「尽用而二分狂言」や京伝の「江戸生艶気樺焼」など、もちろん実在の作品。
 江戸の黄表紙のユニークさ――というよりぶっ飛び具合は、時にネット上で話題になることもありますが、本作でも漫画らしくデフォルメされているものの、描かれる内容はなるほど原典通り。そこに千代子がツッコミを入れることで、さらにおかしみが増してくる、その塩梅も実に良いのであります。

 細かいことを言えば、黄表紙を漫画の先祖として強調するあまり、馬琴や京伝が現代でいう漫画業界の人間のような描写になっている点は気にならないでもありません。
 また馬琴が手代になった時期と京伝が手鎖くらった時期は逆ではないかな、など史実の上でのツッコミもありますが、それはさすがに野暮というものでしょう。

 基本的に(これ大事)史実を踏まえつつ、ギャグでデフォルメすることでその人物の存在やその作品の楽しさ、意義を描いてみせるというのは、これはやはり愛があって初めて為せるものであることは、間違いないのですから……

 ちなみに本作の舞台は寛政年間(1790年代初頭)。寛政といえば松平定信によって出版界が規制された寛政の改革ですが、本作のラストエピソードでこの改革が登場人物たちに与えた影響もきっちり描かれることとなります。
 もっともそれも笑い飛ばすのが本作、ラストは本当にギリギリのひどい(ほめ言葉)オチで終わるのですが……

 もちろんこの後もまだまだ元気な江戸の出版人。ここで終わるなんてもったいない、まだまだ愉快でパワフルな彼らの姿を見せてもらいたいところであります。

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女子漫画編集者と蔦屋さん (ZERO-SUMコミックス)

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2018.05.04

田中啓文『シャーロック・ホームズたちの新冒険』(その二) ホームズをホームズたらしめたもの


 様々な有名人が名探偵として活躍す短編集の紹介の後編であります。残る三話も、これまたいずれも趣向を凝らした物語揃いです。

『2001年問題』
 本作に登場するのは、あの黒後家蜘蛛の会の面々――様々な謎を抱えた人々をゲストに、喧々囂々と謎解きを楽しむ六人の男たちと一人の給仕の姿を描いた、アイザック・アシモフの連作ミステリの登場人物たちが、現代を舞台に謎に挑むのですが――その謎というのが、アシモフがアーサー・C・クラークに宛てた手紙から失われた秘密なのであります。

 それも『2001年宇宙の旅』に隠された謎、ディスカバリー号で起きたことの真実――そう、本作はあの名作が現実の出来事として起きた世界での物語。木星に向かったディスカバリー号の事件の顛末をドキュメンタリー化したものがキューブリックの映画であり、クラークの小説だというのであります!

 映画の終盤の、数々の難解な映像。本作では、それは木星で保護され、後に姿を消したボーマン船長の供述によるというのですが――さて本当は船内で何が起きていたのか、船長以外の乗組員の死の真相は何なのか? 
 いやはや、謎のために物語世界を作ってしまうのが本書の特徴の一つですが、ここまでやってしまうとは驚くほかありません。

 しかし、給仕のヘンリーが解き明かすあまりに合理的なその真相もさることながら、彼がそこにたどり着く、その根拠が実に楽しい。
 そういえばアシモフ先生にはそういうミステリもあったなあ……と愉快な気持ちになってしまう本作。その先の更なる真実はどうかと思いますが、本書でも一二を争う好編です。


『旅に病んで……』
 とくれば松尾芭蕉の辞世の句。本作は同じく死を目前とした大俳人・正岡子規と弟子の高浜虚子が、芭蕉の門人・服部土芳の書状から、芭蕉の死の真相に迫ります。

 大阪で客死した芭蕉が直前まで健康であったことから死因に疑問を抱き、調査を進めていたという土芳。芭蕉が死の間際に残した句に着目した土芳は、ついにたどり着いた恐るべき真実は――それは書状に残されていなかったのですが、子規はそこまでの内容から、自力で真相にたどり着いたと語ります。
 しかしその子規もそれを語ることなく亡くなり、残された虚子は一人謎に挑むことになります。そして彼も真相に至るのですが……

 本作は一種の暗号ミステリですが、ある事物を詠んだ俳句の中にまた別の意味が、というのは技巧として存在するわけで、ミステリとの親和性は高いのでしょう。
 そしてそれはまた、一つの言葉を別の言葉に繋げてみせる駄洒落とも親和性が――というのは言いすぎですが、こじつけのような言葉合わせが、とんでもない伝奇的真実を導き出すのは、(人を食ったような結末も含めて)作者ならではのダイナミズムと感じるのです。


『ホームズの転生』
 そしてラストはホームズを探偵役に据えた物語――なのですが本作のホームズは老人。しかも探偵になることなく老いさらばえてしまったホームズなのですから驚かされます。

 町医者として平凡かつ平和な人生を送り、妻に先立たれて一人暮らす老ワトスンが訪れた小さなコンサート。その舞台上で、ホルン奏者が背中から撃たれて死亡するという事件が発生します。警察は当然、被害者の後ろにいた人間を疑うのですが――しかしそれに異論を唱えた人物がいました。
 それは舞台に上がっていた老バイオリニスト・ホームズ――音楽家を志すも芽が出ず、場末の楽団で演奏していた彼は、実は類稀なる推理の才能を持っていたのであります。たちまち意気投合したホームズとワトスンは、事件の捜査に乗り出すのですが……

 ホームズものと言うものの、そのほとんどは正確にはホームズとワトスンものと言うべきでしょう。名探偵は、彼の助手にして記録者、そして親友があってこそ存在し得る――それを本作は、これ以上なく力強く語ります。
 若き日に一度出会いながらも、些細な行き違いからベイカー街で同居することはなかった二人。それが大きな歴史の分岐となってしまうとは――二人のファンには大いに悲しくも、しかし大きく頷ける内容であります。

 もちろん事件の方も、そのトリックの面白さ(そして時代がかった豪快さ)も含めて、実に「らしい」本作。できることなら、ここから始まる二人の物語をもっと読みたくなってしまうような快作でした。

 そして数々のトリッキーな作品を描いた本作のラストに、それらにも負けずトリッキーでいて、しかし見事なパスティーシュを描いてみせる、作者のセンスには脱帽するほかありません。もちろん三冊目も期待したくなる快作であります。


『シャーロック・ホームズたちの新冒険』(田中啓文 東京創元社) Amazon
シャーロック・ホームズたちの新冒険

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2018.05.03

田中啓文『シャーロック・ホームズたちの新冒険』(その一) 有名人探偵たちの饗宴ふたたび


 多芸多才の作家・田中啓文が、実在の、あるいは虚構の中で実在の(?)人物を探偵役に描くミステリ短編集の続編が刊行されました。いずれの作品も、お馴染みの人物が探偵役として、奇想天外なシチュエーションで活躍する作品ばかり。まさしく作者ならではの作品集であります。

 5年前に刊行された前作『シャーロック・ホームズたちの冒険』同様、 巻末の一作を除いて、いずれもホームズとは直接の関係がない名探偵を描く作品が収録されている本書ですが、いずれもユニークな作品揃い。以下、収録作品を一作ずつ紹介していきます。

『トキワ荘事件』
 ミステリではしばしば舞台となる(タイトルに冠される)「○○荘」。では日本で一番有名な○○荘といえば――というわけで本書の舞台となるのは、後に日本を代表する漫画家たちを次々と輩出したトキワ荘。漫画界の特異点のようなこの地を舞台に、ユニークなミステリが展開します。

 今日も若き漫画家たちが奮闘を続けるトキワ荘に現れた編集者・丸谷。某社の手塚治虫番である彼は、〆切当日になっても手塚が行方不明で、このままでは二ヶ月連続で連載に穴が空いてしまうと語るのでした。
 そこで丸谷の依頼に応え、手塚の代作に挑んだトキワ荘の面々は、協力しあって何とか〆切に間に合わせたのですが、描き上げたばかりの原稿がどこかに消えてしまい……

 というわけで、活気溢れる日本漫画界の創世期あるいは青春期の空気も楽しい本作。探偵役も藤子・石森・赤塚・寺田という錚々たる面々が努めることになりますが――実は原稿紛失の謎自体はそこまで面白いものではありません(というよりちょっと無理が?)
 しかしハウではなくホワイダニットの方はなかなか面白く、漫画界のある種の空気(と手塚治虫の逸話)に親しんだ者ほど、気付きにくい真相なのが愉快であります。

 そしてもう一つ、本作には隠れた(?)真実があるのですが――これは正直に申し上げてあまり必然性はないようにも感じられます。
 しかし彼らの存在が一つの分岐点に――それも明るい歴史への――なっていたとすれば、それはそれで素晴らしいことではあると、ちょっと良い気分になれました。


『ふたりの明智』
 名探偵で明智といえばもちろん小五郎。しかしタイトルは「ふたり」、もう一人有名な明智とは――その遠い祖先だという光秀であります。本作はその二人が競演するのであります。死の世界で!

 太平洋戦争中にさる華族邸に届けられた怪人二十面相の予告状。警視庁の中村警部も一度見事に出し抜かれ、明智小五郎が出馬するも、二十面相がまんまと密室から目的の品を盗んだかにみえたのですが――小五郎は皆の前で謎解きを始めることになります。
 しかしそこで何が起きたのか、気付けば死の世界にいた小五郎。そこは自分の死んだ理由がわからなければ天国にも地獄にもいけないルール、同様の立場の光秀を前に、小五郎は自分の死の真相を探ることになります。

 ……密室からの盗難の謎、明智小五郎殺害の謎、それに加えて明智光秀死亡の謎という三つを解き明かそうという本作。いくら何でもそれは――と思えば、それぞれにきっちりと謎が解かれてしまうのはなかなか面白い。
 とはいえ、かなり強引に感じられる部分もあって、特に二番目の謎は、その結末も相まって、どうにもすっきりしないものが残ります(三番目の謎までくると、もう作者らしいとしか言いようがないのですが)。

 この辺り、謎を語るために作られた世界が、逆にその物語を縛る形となってしまっているというべきでしょうか……

 これはちょっと核心に触れずに書くのが難しいのですが、戦前と戦後の乱歩の作風の違い(そして○○○○の年齢の謎)に一つの回答を与えようとしているようにも感じられるのですが、どうにもすっきりしないものが残る結末でした。


 残る三話は次回ご紹介いたします。


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シャーロック・ホームズたちの新冒険

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