2019.05.21

「コミック乱ツインズ」2019年6月号


 元号が改まって最初の「コミック乱ツインズ」誌は、表紙と巻頭カラーが橋本孤蔵『鬼役』。その他、叶精作『はんなり半次郎』が連載再開、原秀則『桜桃小町』が最終回であります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 新年早々、宿敵・紀伊国屋文左衛門の訪問を受けた聡四郎。後ろ盾の新井白石と袂を分かった不安、自分の振るった剣で多くの者が主家から放逐されたことなどを突かれた上、自分と組んで天下を取ろうなどと突拍子もない揺さぶりを受けるのですが――そんな紀文の精神攻撃の前に、彼が帰った後も悩みっぱなし。ジト目の紅さんのツッコミを受けるほどでありますす(このコマが妙におかしい)。

 その一方で紀文は、その聡四郎に敗れたおかげで尾張藩を追われた当のリストラ武士団の皆さんに資金投下して煽りを入れたり暗躍に余念がありません。聡四郎が悩みあぐねている間に、主役級の活躍ですが――その上田作品名物・使い捨て武士団に下された命というのは、次期将軍の暗殺であります。これはどうにも藪蛇感が漂う展開ですが――さて。


『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 大橋家から失われた七冊の初代宗桂の棋譜を求めてはるばる長崎まで向かった宗桂と仲間たち。ようやく二冊まで手に入れた一行は更なる手掛かりを求めて長崎の古道具屋に辿り着くのですが――そこで待ち受けるは、インスマス面の店主による心理試験で……

 と、将棋要素は、心理試験に使われるのが異国の将棋の駒というくらいの今回。むしろ今回は長崎編のエピローグといったところで、旅の仲間たちが、楽しかった旅を終えてそれぞれ家に帰ってみれば、その家に縛られ、自分の行くべき道を自分で選ぶこともできない姿が印象に残ります。
 そんな中、ある意味一番家に縛られている宗桂が見つけたものは――というところで、次回から新展開の模様です。


『カムヤライド』(久正人)
 難波の湊に出現した国津神の前に立ちふさがり、相手の攻撃を受けて受けて受けまくるという心意気の末に国津神を粉砕した新ヒーロー、オトタチバナ・メタル。しかし戦いを終えた彼女に対し、不満げにモンコは突っかかっていって……
 と、早くも二大ヒーロー揃い踏みの今回、オトタチバナ・メタルとすれ違いざまにカムヤライドに変身するモンコの姿が非常に格好良いのですが、傍若無人なまでのオトタチバナのパワーの前に、文字通り彼も悶絶することになります。

 ヒーロー同士が誤解や立場の違いから衝突する、というのは特撮ヒーローものの一つの定番ですが、しかし気のせいか最近のモンコはいいとこなしの印象。そしてガチムチ女性がタイプだったらしいヤマトタケルは、その彼女に後ろから抱きつかれて――いや、この展開はさすがにない、という目に遭わされることになります。
 そして緊縛要員の彼のみならず、モンコまで縛られ、二人の運命は――というピンチなんだけど何だかコメントに困る展開で次回に続くのでした。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 今回は「かまいたち愛」編の後編――江戸でとある大店に用心棒として雇われた三人ですが、夏海が心惹かれた店の女中・おりんは、実は極悪非道な盗賊・かまいたちの首領の女で……。と、夏海にとってはショッキングな展開で終わった前回を受けて、今回はさらに重くハードな物語が展開します。

 おりんの口から、そのあまりに過酷な半生を聞かされた夏海。かまいたちにしばられた彼女を救うため、店を狙うかまいたちを倒し、おりんが愛する男と結ばれるのを助けようとする夏海ですが――しかし物語はここから二転三転していくことになります。
 薄幸の女・おりんを巡る幾人もの男。その中で彼女を真に愛していたのは誰か、そして彼女の選択は……

 本作名物の剣戟シーンは抑えめですが、クライマックスである人物が見せる「目」の表情が圧巻の今回。無常しかない結末ですが、これを見せられれば、これ以外のものはない――そう思わされるのであります。


 その他、今回最終回の『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)は、江戸を騒がす火付けの濡れ衣を着せられた友人の許婚を救うため、桃香が活躍するお話。絵は良いけれども何か物足りない――という作品の印象は変わらず、やはり「公儀隠密」という桃香の立ち位置が最後まですっきりしなかった印象は否めません。


「コミック乱ツインズ」2019年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年6月号[雑誌]


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2019.05.07

篠原烏童『生類憐マント欲ス』 希代の「悪法」の陰の人と動物の可能性


 悪法として名高い徳川綱吉の生類憐みの令。近年はその評価の見直しも進んでおりますが、本作『生類憐マント欲ス』は、まさにその法にまつわる物語――巨大な黒犬に変化する謎の浪人と旗本の次男坊が、江戸を騒がす怪事件の数々に挑む連作であります。

 生類憐みの令に対する江戸の人々の不満が高まっていた元禄――暇を持て余して部屋住み仲間たちと町をぶらついていた旗本の次男坊・遠山進之介は、近頃悪評で名高い材木問屋に入っていく奇怪な狐と、それを追う巨大な黒犬を目撃することになります。
 おふうという少女に「せんせい」と呼ばれて引き取られていく黒犬を追うも、見失ってしまった進之介。それでも自分が見たものが頭から去らない彼は、材木問屋周辺を調べ始めるのですが――そこであの黒犬とよく似た気配を持つ長身痩躯の浪人と出会うのでした。

 やがてその浪人とともに驚くべき事件の真相を目の当たりにする進之介。そして邪悪な魂に対して「我――生類憐れまんと欲す されどその心 生きものの法を越えた時 もはや鬼籍に入りたり」の言葉とともに破邪顕正の太刀を振るう浪人もまた、「せんせい」と呼ばれていることを彼は知ることになります。

 実は人間と黒犬の間を行き来する謎の男・せんせいは、将軍綱吉と柳沢吉保に仕える隠密。そして進之介もまた、せんせいと行動を共にするうちに綱吉と吉保の真の姿を知り、隠密として活動することに……


 その苛烈な取り締まりによって、人間を犬などの動物の下風に置いた稀代の悪法と言われてきた生類憐れみの令。勢い、その令を発し広めた綱吉と吉保も、時代ものでは悪役とされることが非常に多いといえます。
 もっとも、生類憐れみの令(そもそもこれも単一のものではないのですが)自体は、捨て子を禁ずるなど人間を含めた生類全体の保護に関する精神規定だったようですが――上の人間の意図を下が勝手に慮って悲惨なことになるのはいつの時代も同じということでしょうか。

 それはさておき、本作はまさにその生類憐れみの令に関する一種のギャップを題材とした物語。本作においてせんせいと進之介たちが対決する主な相手は、その悪評を利用して――いやむしろその悪評を作りだして――綱吉の政権に打撃を与えようとする者たちなのであります。
 読売などを操り、ありもしない苛烈な取り締まりや、憐れみの令によって増長した動物たちが起こしたという事件を声高に訴える敵の陰謀を阻むため、せんせいたちは奔走することになるのです。


 しかし本作のユニークな点は、こうした「普通の」時代ものとはある種逆転した構図――本作の綱吉は善良で純粋な君主、吉保は能吏として描かれる――のみにあるわけではありません。本作の最大の特徴――それは「せんせい」たち、人と獣の間に在る者たちの存在にほかなりません。

 人の歴史の陰に密かに生きてきた「彼ら」。せんせいのように犬の姿を取る者だけでなく、虎や狐など、様々な動物から人に変じる――もしくは人から動物に変じる者たちの存在が、本作においては生類憐れみの令と重ね合せて描かれることになります(というより、彼らの存在がこの憐れみの令を……)。
 人とその他の動物を分かつ(ものとして描かれる)生類憐れみの令。生類憐れみの令が人よりも動物を重んじるものだとすれば、あるいは人が動物の上に立つべきであるとすれば――彼らはそのどちらの立場にあるべき者なのでしょうか。

 本作は、せんせいと進之介の活躍を通じてそう問いかけることにより、必然的に生類憐れみの令の中のある種の矛盾を描きます。そしてそれ以上に、人と動物を分けることなく、ともにこの世に暮らす「生類」として共存することの可能性もまた……


 当初は全2巻の予定であったものが全4巻に延長されたこともあってか、大きな物語は2巻のラスト(正確には3巻の冒頭)でひとまず終わった感もあり、またラストの展開も少々駆け足の印象もあります。
 しかし、それを踏まえたとしても、本作で描かれた「せんせい」たちの生き様、そして「せんせい」と進之介の友情が浮かび上がらせるこの可能性の姿は、魅力的で、そして希望に満ちたものとして感じられるのであります。

 もちろんそれは、綱吉が没した途端に廃止された生類憐れみの令のように、仮初めの、はかないものかもしれません。それでも確かにその可能性は存在するのだと信じたくなる――本作は、そんな爽やかな後味を残す物語であります。


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2019.04.17

赤神諒『神遊の城』 甲賀鈎の陣に展開する驚天動地の忍法、そして自由と秩序の物語


 大友家を題材とした三作品を矢継ぎ早に送り出して斯界の注目を集めた赤神諒が、室町時代を舞台に、忍者を題材として描いた本作『神遊の城』。いわゆる甲賀鈎の陣を舞台としつつ、驚天動地の忍術を描く、全く先が予想できない奇想天外な物語です。

 応仁の乱の混乱冷めやらぬ中、九代将軍義尚が六角高頼討伐のために近江に親征した長享の乱。大軍を率いた義尚の慢心、それと裏腹の諸将の志気の低下等により、勢力では遙かに勝る幕府軍は六角家を滅ぼせず、それどころか義尚が陣没するという、足利将軍家の凋落を象徴するような戦いです。

 しかし時代ものファンにとってこの戦はまた別の意味を持ちます。それは、その中で甲賀忍びが大活躍し、彼らが歴史に名を残した戦いであったことであります。
 甲賀に逃れた高頼を迎え入れた甲賀の地侍たち。彼らはゲリラ戦によって散々幕府軍を悩ませ、ついに撤退に追い込んだ――それは甲賀の歴史に燦然と輝く勝利であります。

 本作の主人公は、その甲賀忍びの若きリーダー格である三雲新蔵人。伝説の忍術・神遊観を体得したという彼は自分を慕う異父妹のお喬らとともに、義尚暗殺のために陣中深く潜入することになります。
 しかし将軍に肉薄したものの、そこで凄腕の武士にして元伊賀の忍び・藤林半四郎に強烈な反撃を受けた末、新蔵人はお喬らを逃すために壮絶な自爆をして果てることに……

 全体のまだ二割程度で主人公が爆死、という衝撃の展開に愕然とする間もなく、続いて描かれるのは、その半四郎に密かに心を寄せる義尚の愛妾・煕子の視点からの物語。
 京兆家の重臣たる異母兄によって政略の道具として送り込まれた彼女にとって、唯一の支えは、兄に仕える半四郎のみ。しかしやがて彼女は、お飾りの将軍として扱われる義尚もまた、自分と同様の存在と気づきます。

 やがて義尚と真に心を通わせるようになった煕子。義尚を支え、将軍の権威を取り戻したい――しかしその希望を打ち砕くような出来事が、彼女を襲うことになります。
 一方、幕府軍に対して甲賀方が懸命のレジスタンスを繰り広げる中、窮地に陥ったお喬の前に現れたのは……!


 と、こうして内容を紹介してもよさそうなのは、この前半部分のみ。この先の展開はどんでん返しの連続、驚天動地という言葉が最も相応しい内容なのであります。
 特に物語の中核を成す神遊観の秘密は、もはや時代伝奇というよりSF、忍者ものというより○○○○テーマ――とでも言うべき、ほとんど空前絶後のものなのですから。

 その内容をさすがに明かすわけにはいかず、それ故その魅力を語りにくいのが本作の泣き所ですが――しかし、その奇想だけでなく、本作における足利義尚の人物像など、歴史小説としての妙にも目を向けるべきでしょう。

 応仁の乱の原因の一人であり、そしてこの鈎の陣での行状から、一般にその評価はまことに芳しからざるものがある義尚。本作における義尚像――煕子の目を通じて描かれるものも、初めはそれと変わらぬように感じられます。しかし煕子が義尚を理解していくにつれて、本作の描く義尚像もまた、大きく変化していくことになります。
 そこに在るのは、自分にはどうにもならぬ力に流されながらも、なおも理想を貫こう、取り戻そうとする人間の姿。それは作者がこれまでに描いてきた、そして我々の心を動かしてきた人々の姿と、重なるものがあると言えるように感じられます。

 しかし本作は、さらにその先を問いかけることになります。果たして義尚の取り戻そうとしたものが、言い換えれば幕府による秩序が、果たして正しいもの――時代とそこに生きる人々に求められたものであったか、と。

 本作で敵味方に分かれ、激しく相争う半四郎と新蔵人。半四郎が、己が汚れ役となってまでも幕府による秩序を望む者だとすれば、新蔵人は、一見絶望的な戦いであっても甲賀の自由を望む者であります。
 その姿は、衰退していく幕府の姿と勃興する下克上の気風を映すと同時に、いつの時代も変わらぬ、秩序と自由の関係性を描いたものであると言えるように感じられるのです。
(そして新蔵人と半四郎を結ぶ奇しき因縁の正体を思えば、その関係性はさらに大きな意味を持つと感じられるのですが……)


 もっとも、そんな構造が災いしてか、終盤の展開――神遊観を巡る因縁譚は複雑になりすぎた印象もあり、もう少しスパッと終わっても良かったのではないか、という気がしないでもありません。
 しかしそれでもなお、本作が、作者一流の歴史を描く視線と、ジャンルを超えた奇想を両立させてみせた、希有の作品であることは間違いないのであります。


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神遊の城 (講談社文庫)

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2019.04.16

「コミック乱ツインズ」2019年5月号


 「コミック乱ツインズ」2019年5月号の表紙は山本康人『軍鶏侍』。そして巻頭カラーは、今号から連載再開、新章突入のかどたひろし『勘定吟味役異聞』であります。今回も、印象に残った作品を一つずつ紹介しましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 というわけで今回から第四部『相剋の渦』に突入することとなった本作。第三部のラストで、間部越前守の密約の証を独断で焼き捨てたことで新井白石の怒りを買った水城聡四郎ですが、まあそれでもとりあえず身分は保障されているのは公務員のありがたいところであります。
 しかしそんな中で発生した、間部越前守襲撃事件。それにヒントを得た尾張藩主・徳川吉通は、実力で越前守を排除して自分が七代将軍の座に就こうと考え、そのために紀伊国屋文左衛門を動かすことになります。そしてそれが聡四郎に思わぬ影響を……

 と、第一回は間部越前守を襲う刺客たちと護衛の忍びの戦いは描かれたものの、主人公の殺陣はなし。しかし銃弾のような勢いで繰り出される棒手裏剣の描写などは、素晴らしい迫力であります。
 そして権力亡者たちが陰険な(あるいは浅はかな)企みを巡らせる一方で、聡四郎は着飾った紅さんと新年を祝ってめでたいムードですが――しかしそこでとんでもない年始回り(?)現れて、早くも波乱の雰囲気で続きます。


『いちげき』(松本次郎&永井義男)
 永井義男の『幕末一撃必殺隊』の漫画化である本作は、相楽総三率いる薩摩の御用盗に対して、勝海舟が秘密裏に集めた百姓たち「一撃必殺隊」が繰り広げるゲリラ戦を描く物語。
 これまで「コミック乱」誌の方で連載されていたものが今回から移籍、それも内容の方は、一撃必殺隊乾坤一擲の相良暗殺作戦という佳境からのスタートであります。

 人でごった返した金杉橋の上で、白昼堂々相良たちを襲撃する一撃必殺隊。降りしきる雨の中、柄袋をつけたままだったり、手がかじかんでそれを外せなかったりと、相手が混乱する中で襲いかかるという超実戦派のバトルが面白いのですが――その一方で、無数の庶民が巻き添えを食らって無惨に死んでいく描写がきっちりと描かれるのが凄まじい。
 テロvsカウンターテロの泥沼の戦いの行方は――いきなりクライマックスであります。


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 妻と子二人とともに平和に暮らしていた「軍鶏侍」こと岩倉源太夫の前に現れたおかしな浪人・武尾福太郎。源太夫の秘剣「蹴殺し」を見たいという武尾は、源太夫の長子・市蔵を拐かしてまで立ち会いを望んで……

 というわけで、今回は秘剣に取り憑かれた男の物語の後編。作品冒頭からその存在が語られながらも、ついぞ使われず仕舞いだった「蹴殺し」については、武尾ならずとも気になるところでしたが――今回ついにその一端が明かされることになります。
 その剣理たるや、なるほど! と感心させられるものでありましたし、養子である市蔵を巡る源太夫の老僕の怖い思惑なども面白いのですが、しかしいかにも温厚篤実な人格者然とした源太夫に対して、あまりにも武尾のビジュアルが――というのが前回から気になったところ。

 ちょっと残酷すぎるのではないかなあ、と見当違いなところが気になってしまった次第です。


『カムヤライド』(久正人)
 百済からの交易船に化けて難波に現れた新たな国津神に立ち向かうヤマトの黒盾隊。さしもの黒盾隊も「神」を前にしては分が悪い――という時に隊長のオトタチバナ(!)が切り札として鋼の鎧に魂を遷し、新たな戦士が……

 という衝撃の展開となった今回、何が衝撃ってどう見てもメタルヒーローなその外見(と名前)もさることながら、ファイティングスタイルが回避を一切拒否、全て受けて受けて受けまくるという、板垣恵介のキャラみたいなのには、驚くというより困惑であります。
 もっとも、結局は定番通り(?)目が光って光線剣でシルエットになってフィニッシュなのですが――それはともかく、旧き土の力で国津神を封じるカムヤライドに対して、黒金で国津神に抗するというのは、これはこれで平仄のあった考え方になっているのが、これはさすがと言うべきでしょう。

 今回はほとんど驚き(というかツッコミ)役だったモンコですが、果たして新たな戦士の登場に、彼は何を想うのか――いよいよ盛り上がってきました。


「コミック乱ツインズ」2019年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年5月号 [雑誌]


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2019.04.12

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第1巻 ややこしい時代と世界を描く「漫画」の力


 発売と同時に第1巻を読み、紹介しようと思いつつも機会を逃し、ついに第2巻発売の日が来た『新九郎、奔る!』、今更ながらで大変恐縮ですが第1巻の紹介であります。伊勢新九郎――後の北条早雲の姿を、その少年時代、応仁の乱の直前から描こうという意欲作であります。

 元祖戦国大名とも言うべき存在である北条早雲。かつては一介の素浪人から身を起こしたと言われていましたが、今は室町幕府の政所(財政担当)執事・伊勢氏の支流の出身とされており――と言っても、正直なところ前半生はだいぶ馴染みのない人物であります。
 その北条早雲=伊勢新九郎を、1493年に彼が鎌倉公方の御所に討ちいることにより下克上の狼煙を上げた場面から描く本作は、すぐに時代を遡り、1466年の未だ元服前の新九郎(千代丸)の姿から描くことになります。

 政所執事・伊勢貞親の義弟を父に持ち、その父に呼ばれて京に上った新九郎。元服した兄・八郎や姉の伊都とともに暮らし始めた新九郎は、そこで幕府の政治の何たるかを目の当たりにすることになります。
 しかしそれに慣れる間もなく、足利義視排斥を狙った貞親が逆に排斥されるという文正の政変が勃発、新九郎の両親もそのあおりを受けて都落ちを余儀なくされるのでした。

 貞親の子・貞宗とともに京に残った新九郎は、細川勝元の近くに仕えることとなるのですが、今度は勝元と山名宗全の対立を目の当たりにすることになって……


 1467年に勃発した応仁の乱の、その前年から物語が展開していく本作。ここ数年、一種のブームとなった感のある応仁の乱、そして室町時代でありますが、しかしそれなり以上に興味を持つ人間でも、やはり非常にややこしい時代であることは間違いありません。

 その最大の理由は、言うまでもなく入り乱れまくった人間関係にあります。将軍の権威が失われつつあるこの時代、幕府を実質的に支える有力武家たちが林立そして対立するだけでなく、その諸家の中でも家督争いが頻発する状態であります。
 何しろその上の将軍からして、足利義視と義尚で争っていたわけですが――いずれにせよ、その争いが様々な形で入り乱れ、しかも時に敵味方が入れ替わるのですから、見ている方はたまったものではありません。

 ……が、たまったものではないのは、その時代を実際に生きた人間たちの方こそ。本作はそんなややこしい時代を、新九郎という少年の目を通じて、鮮やかにそして賑やかに、そして何よりも我々にとってもわかりやすく描いてみせるのです。


 もちろん、状況が状況だけに、説明の台詞などは非常に多かったりもするのですが、しかしその印象を和らげ、物語をスムーズに展開してみせる本作の武器は、その「漫画」らしさにあります。
 例えば物語の序盤、京に出てきたばかりの新九郎に、父が現在の状況を説明する場面で、いきなり画面上からスクリーン(?)が降りてきたり、登場人物同士の会話の中に「武家のリアル」「ウィンウィンの関係」といった言葉が普通に出てきたり……

 生真面目な方は顔をしかめるかもしれませんが、それが実際に目にしてみれば、するりと入ってくる、許容できてしまうのは、漫画家としての作者の力というほかありません。
 この融通無碍な「漫画らしさ」は、本作に始まったわけではなく、作者の作品であればお馴染みのものではありますが――それが実に鮮やかに、効果的に感じられるのは、先に述べたとおりのややこしい物語世界だからこそなのでしょう。

 そしてもう一つ魅力的なのが、人物描写の巧みさであります。この巻の後半、新九郎が近く接することになる細川勝元は、応仁の乱の中心人物の一人。謀略渦巻く幕府の中枢にいたこともあり、あまりよいイメージをもたれない人物であります。
 本作の勝元のビジュアルも、いかにも怜悧で、常に目が笑っていない人物として描かれるのですが――その勝元がフッと人間味を見せる場面が印象的なのです。

 そして彼のライバルともいうべき山名宗全も、いかにもというビジュアルながら、しかし人間味の感じられる描写で――決して怪物ではない、血の通った人間たちの描写が、より我々を物語に引き込んでくれるのす。


 正直なところ、作者と歴史漫画は今一つ結びつかなかったのですが(『ヤマトタケルの冒険』は、まあ……)、これほどまでに合うとは、と嬉しい驚きの『新九郎、奔る!』。
 この巻で描かれるのは応仁の乱の前夜まで、いよいよ始まる未曾有の乱を、本作が漫画として如何に描くか――期待するほかありません。


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2019.03.14

賀来ゆうじ『地獄楽』第5巻 激突、天仙対人間 そして内なる不協和音と外なる異物と


 不老不死の仙薬を巡り、謎の孤島で死罪人たちが繰り広げるデスゲーム――であったかに見えた物語が、思わぬ方向に向かっていくことになった本作もこれで第5巻であります。島を支配する天仙との戦いの中、見えてきた小さな光明。しかしその一方で思いもよらぬ、それも幾つもの波乱が……

 仙薬を巡る探索と戦いの最中、死罪人と浅ェ門たちの前に現れた謎の存在――天仙。
 これまで現れた怪物たちとは桁外れの戦闘力と生命力を持ち、そして何よりも人間同様の知性を持つ天仙たちの前に、画眉丸をはじめ、死罪人も浅ェ門たちも、多大なダメージを受けることになります。

 そしていま、単独行動をとった画眉丸たちを追いかける佐切、杠、仙汰が辿り着いた島の中心・蓬莱の門で、三人の前に現れた天仙の一人・不空就君ムーダン。
 「人間いじり」が好きという不空就君は、三人のことを歯牙にもかけず、その圧倒的な方術で以て翻弄するのですが……


 というわけで、これまで圧倒的な戦闘力を誇ってきた天仙の一人との決戦が描かれる第5巻。その戦いがこの巻の約7割を費やして描かれているといえば、その激闘ぶりがわかるというものでしょう。
 何しろ、斬っても死なない。常人には見えない攻撃を放つ――と、あの画眉丸ですら、瀕死にまで追い詰められた天仙。その天仙を相手に、いかに三対一とはいえ、生き残り組の中でも比較的常人に近い(ように見える)佐切たちの勝機はなきに等しいというほかありません。

 そんな中で逆転の鍵となるのは「タオ」――天仙たちが操る一種の生命力、いわゆる「気」であります。天仙の力の全てを支えるタオ。しかしそれは彼らの専売特許ではなく、元々は生きとし生けるものが持つものです。だとすれば、タオを使いこなせば、天仙に並ぶことができるかもしれない……
 いや、もちろんそうそう簡単にいくわけはないのですが、しかしそれは、小さくとも決して無視できない希望であることは間違いありません。そして実際に、死罪人たちにも浅ェ門たちにも、以前からそうと知らぬままタオを使っていたもの、あるいはタオに目覚めるものが現れることになります。

 この辺り、何でもタオに収斂してしまうのは、一歩間違えれば強さの全てが同じ源に、同じ表れ方になりかねないところがあって、正直なところちょっと残念ではあるのですが――しかしそれでも、圧倒的な力を持つ相手に戦いの中で成長しながら挑む主人公サイド、というシチュエーションは大いに燃えることはいうまでもありません。
 そしてその戦いの形――定命の人間が不老不死の天仙に挑む姿は、ある意味本作で幾度となく描かれてきた「強さ」と「弱さ」の構図と重なり合わさることによって、これまでにない盛り上がりを見せるのであります。

 が、死力を尽くして天仙を倒したと思えば、彼らは(おそらく皆)第二形態持ち。時代アクションであったはずが、ほとんど狩りゲーのボスキャラのような巨大な、そして即死攻撃持ちの相手に如何に挑むのか……
 いやはや、最後の最後まで気が抜けない、そして同時に人間の、人間の命の強さをこれでもかと見せつけてくれた、本作始まって以来の激闘にして名勝負であります。


 が――死罪人と浅ェ門、いや人間たちの側に微かな光明が見えたかに思われたところで、全く思わぬところから突きつけられる、ある疑い。
 一歩間違えれば、本作を支えるものの一つが根こそぎ喪われてしまうかもしれない、そんな恐るべき疑いが生まれただけで大変なところに、画眉丸に生じたある異変は、この先の戦いが、決して一筋縄ではいかないことを物語ります。

 そして前巻のラストに登場した新たなる四人の浅ェ門と、画眉丸が属していた忍び・石隠れ衆の精鋭四人――先発隊の援軍として送り出される名目ではあるものの、しかし彼らが天仙と戦う人間たちの助けだけになるとは到底思えません。
 倒すべき者とそのための術が見えたかに思われる一方で、内に抱えた不協和音と、外からやって来る異物――この先も予定調和で終わりそうにない物語が続きそうであります。


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2019.03.04

重野なおき『真田魂』第2巻 表裏比興の本領発揮!? 武田魂から真田魂へ


 実に約2年9ヶ月ぶりに、『真田魂』の第2巻が発売されました。真田昌幸、信幸、信繁と真田一族の生き様を描く本作ですが、この巻ではある意味彼らの本領発揮。主家の、そしてそれを滅ぼした覇王亡き後の大混乱の中で、したたかに、そして必死に生きる彼らの姿が描かれることになります。

 武田信玄そして勝頼に仕え、奮闘を続けてきた昌幸。しかし長篠で、そして天王山で織田信長に敗れた武田家に、ついに最期の時がやってきて……
 と、前巻での頑張りも空しく(?)この巻の冒頭でついに滅亡してしまった武田家(ここでも長坂釣閑斎がえらく良いことを言うのに、前巻に引き続きびっくり)。悲しみと怒りに沈む昌幸ですが、その想いに浸っているひまはありません。

 何しろ織田軍の侵攻は止むことがなく、武田の遺臣は降るか滅びるかの二択状態。しかもそのどちらを選ぶかの選択権は、時に自分たちの側になかったりするのであります。
 そんな危ない綱渡りの状況で、信長と対面し、大きく領土を減らされることになりながらも首は繋がった昌幸。しかしその直後に起きたのが何であるか――言うまでもありません。

 そう、昌幸が降ったわずか三ヶ月後に、本能寺に消える信長(仕方ないとはいえ、スピンオフの方で先に何度も死ぬ信長さん……)。ここで昌幸ら武田家家臣たちの魂の叫びには思わず噴き出しましたが――それはさておき、ある意味、ここからが本当の戦いの始まりであります。

 武田家が滅び、織田家が大混乱のまま残された甲斐・信濃・上野地域。周囲の勢力からの草刈場にされかねない地域の真っ只中にある真田領を如何にして守るか――この巻の大半を費やして描かれるのは、実にそのための苦闘なのです。

 そしてそれをこれ以上なくはっきりと示すのが、巻末に収録された年表なのですが――
天正十年三月 織田家に従属
同 六月 上杉家に従属
同 七月 北条家に従属
同 十月 徳川家に従属

と、これだけ見れば「何なのこの人!?」となりかねないところを、その原因と周辺事情、各勢力の動きを交えてわかりやすく描いてみせるのは、これはもう歴史四コマのベテランと呼んでもよいであろう作者の筆の冴えというべきでしょう。

 そして、客観的に見ればまさしく「表裏比興の者」としか言いようがない昌幸の行動の根幹に、ただ生き残りのためだけでなく、あるもう一つの想いがあった――というのが実にうまい。
 それはもちろん本作独自のアレンジではあろうと思いますが、しかしこの描写があるだけで、様々な者に屈した――しかし見方を変えれば何者にも屈しなかった昌幸の、真田の魂の在り方が、全く違った形で見えてくるのですから。


 そしてそんな昌幸たちの魂の姿を、ちょっとユニークな角度から描いてみせるのが、本書の巻末に収録された、武川佑による短編小説であります。
 長編デビューの『虎の牙』をはじめ、いま歴史時代小説界で武田家を描かせたらこの人! という印象のある武川佑ですが、ここで題材に選んだのが依田信蕃というのには、さすがに驚かされました。

 昌幸と同じく武田家の旧臣であり、北条氏直と徳川家康が激突した天正壬午の乱において、昌幸を徳川方に手引きしたという信蕃。
 ある理由から後世では無名に近い人物であり、彼を中心に描いた作品もほとんどないのではないかと思いますが――しかし本作で描かれるのは、そんな彼が掲げる最後の「武田魂」とでも言うべきものなのであります。

 この辺りはさすが武川佑と言うべきか、「武田魂」から「真田魂」への変遷を描く、見事な作品であったこの短編。重野なおきと武川佑、どちらの作者にとっても、どちらのファンにとっても、最良の結果に終わったコラボと言うべきではないでしょうか。


 さて、そんな中でも時は流れ、この巻のラストは天正十三年。さすがに家康も怒るよ、という展開を経て、ついに第一次上田合戦開幕!! というところでこの第2巻は終わることになります。
 その直前、信繁が上杉景勝と直江兼続に語ったある事実――誰か一人ではなく、真田「一族」を主人公とする本作にまことに相応しいそれを以て終わるのも、実に心憎いところであります。

 真田ファンとしては大満足の本書、第3巻はこれほど待たないようにしていただきたい――それだけが今の望みであります。


『真田魂』第2巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
真田魂 2 (ヤングアニマルコミックス)


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2019.03.03

まわれぎみ『響銅猫見聞録』  人と猫を繋ぐ道具と涙


 おかしな商人が奇妙な対価と引き替えに、不思議なアイテムを貸して/譲ってくれる――そんなスタイルの作品はしばしば見かけますが、本作もその一つ。しかしユニークなのは、その商人が人間大の猫であって、貸してくれる道具も猫にまつわるものであること。ちょっと不思議で暖かい連作であります。

 時は大正――夜毎家に現れては呼びかけてくる謎の女性に心を惹かれていた小説家の行人先生。そんな彼の前に現れたのは、旧知の道具屋・響銅であります。
 道具屋といっても並の者ではありません。響銅は人間大で二本の足で歩き、人間の言葉を喋る赤銅色の猫。彼は気ままな旅を続けながら、悩める人間に様々な道具を貸し出しているのであります。客の涙を対価に……

 響銅から相手の心の内を聞くことができる「筒抜けの猫」を借りた行人は、ついに幻の美女の真実を知るのですが、その正体は……

 そんな第1話から始まる本作は、「ねこぱんち」「世にも奇妙なねこぱんち」誌を中心に掲載されていた連作シリーズ。物語展開は基本的に第1話と同じで、悩める者の前に現れた響銅が貸し出した道具が不思議な奇跡を起こし、そして客の流した涙を響銅が代価として回収していく――というものであります。
 その意味では物語のスタイルはほぼ固定されているのですが、しかし登場する猫道具が、毎回毎回、バラエティに富んだ内容なのが楽しいところであります。

 例えば、怠け猫を特訓するために響銅が貸し出した「言霊になった猫」を燃料にして動くという「荒魂水滴」。
 言霊になった猫って? というこちらの疑問を、なるほどと思わせる仕掛けも面白い上に、そのビジュアルも実に可愛らしく、漫画ならではの楽しさを味わわせてくれる秀逸な道具であります。

 もちろんそのほかにも不思議で、そして夢のある道具が登場するのですが――それだけでなく、それを借りる人間側の事情、そしてまた涙を流す理由も、それぞれに趣向に富んでいるのが、本作の最大の魅力でしょう。

 特に、心にわだかまりがある人が落とす木の実を見る力を持った孤独な少女が、響銅からその実を割る道具を借りてみれば、そこから出てきたのは……という「虚噛人形」、とある学生寮で昔から名誉監事を務める猫・小杜さんの秘密を探る学生が不思議な毛糸玉の力で知った真実「追懐解きの玉」など、物語の内容と道具の力、そしてその中に浮かび上がる人と猫との結び付き――と、なかなか完成度の高いファンタジーと言えます。

 もっとも、最初のうちは明らかにこの世の者ならぬ存在である響銅を、周囲がごく普通に受け入れているのに違和感を感じたり、舞台が大正の割にはあまり「らしさ」がなかったり――という点がひっかかりはしました。
 しかし前者については物語をラストまで読めば、その理由は何となく察せられますし、後者については、この手の作品ではちょっと珍しい、シベリア出兵を題材にした――それも想像以上にスケールの大きな幻想譚「幽結びの井筒」があったりと、すぐにそんなことは忘れて、存分に猫幻想の世界を楽しませていただいた次第です。


 さて、そんな物語の狂言回しとなるのが響銅ですが――ある意味このような作品の定番と言うべきか、謎だらけであった彼自身のことも、物語が進むにつれて少しずつ明らかになっていくことになります。
 貸出の対価である、人の涙が凝って生まれる不思議な結晶・猫想石を集めていること。その猫想石とは対照的に人の心の歪みが生み出す極界石を集める、彼とは同業者の猫・秘色の存在。そしてその秘色が響銅のことを、「先生」を隠したと恨んでいること……

 基本的には一話完結のエピソード故に、大きく動き出すのは物語終盤なのですが、そこで語られる響銅と秘色、そして「先生」の真実も、これまでに語られてきた物語同様、人と猫の関わりを、どこかもの悲しく、そしてどこまでも暖かく描くという点では、全く変わることはないのです。


 本作のタイトルである『響銅猫見聞録』。これは、第1話に登場した行成先生が、響銅の体験を小説としてまとめたそのタイトル――すなわち本作イコールその小説という趣向――なのですが、結末に至り、そこにもう一つの意味があったことに気付かされるのもまた、唸らされるほかありません。

 単行本全2巻と決して長い物語ではありませんが、端正な人と猫のファンタジーが幾つも集められた本作。本作自体がまるで猫想石の結晶のような――というのはいささかセンチメンタルな表現かもしれませんが、美しい物語であることは、間違いないのであります。


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2019.03.01

天野純希『雑賀のいくさ姫』 史実の合間に描く未曾有の大合戦


 海に囲まれている国であるにもかかわらず、決して数は多くない、海を舞台とした歴史時代小説。その中に、とんでもない作品が現れました。雑賀のいくさ姫の異名を持つヒロインが大海に飛び出し、巨大すぎる敵を相手に海の大合戦を繰り広げる、壮大かつ痛快な物語であります。

 信長が天下布武に向けて驀進していた頃――イスパニアのイダルゴ(騎士)の家系に生まれ、流れ流れてアジアにたどり着いた青年・ジョアンは、サムライに憧れて日本に向かう途中に乗った船が嵐で難破。漂流した末に、海賊たちに捕らえられることになります。
 しかしそこで海賊の砦を襲撃してきたのが、雑賀の姫君・鶴率いる一党。瞬く間に海賊を退治し、ジョアンの乗ってきた南蛮船と宝物を奪った彼女に拾われ、ジョアンは雑賀に向かう羽目になるのでした。

 姫君でありながらも水軍を率いて暴れ回り、そして将来は海に出ての貿易を夢見る鶴。そんな彼女にとって南蛮船を手に入れたのは文字通り渡りに船、父・雑賀孫一の反対を押し切って海に飛び出した鶴姫に巻き込まれ、ジョアンも船でこき使われることになります。
 そんな中、村上水軍と悶着を起こした鶴たちの前に現れたのは、薩摩水軍を率いる島津の姫であり、鉄砲の名手の巴。鶴は彼女から、東南アジアを荒らし回る明海賊の頭領・林鳳が、九州侵略を狙っていることを聞かされるのでした。

 九州防衛のため、島津を中心に結集しつつあるという各地の水軍。参加を求められた鶴は、しかし複雑な表情を見せます。そう、実は彼女と林鳳の間には、深い因縁が……


 戦国時代を中心に、骨太の歴史小説を次々と発表してきた作者。本作の舞台もその戦国時代ではありますが、しかし物語の雰囲気、そして人物造形は、最近の作品からはかなり異なったものを感じさせます。

 何しろ鶴をはじめとする登場人物たちはいずれも強者揃いの変わり者揃い。まだ十代ながら男たちを顎で使う女傑ぶりを見せる鶴姫をはじめ、寡黙な剣豪・兵庫、マイペースのスナイパー・蛍、猫の亀助(!?)――と、多士済々。
 そこにジョアンも加わるのですが、サムライを夢見ながらも腕前はからっきしで、役目は下働きの記録係――という設定も、何とも愉快で、良い具合に緊張感を緩めてくれます。

 物語の前半は、こんな個性的な面々が海に乗り出す姿がユーモラスに描かれるのですが――しかし物語は、そこから大きく転回していくことになります。海戦――いや、海を舞台とした大合戦へ!

 そう、本作の中盤以降で描かれるのは、九州侵略を企てる大海賊・林鳳一党と、その企てに抗する日本水軍のオールスター戦。島津、毛利、村上、そして雑賀が――各地の水軍が、そしてそれを率いる将たちが手を組んで共通の敵に挑むのですからたまりません。
 しかし敵は500艘というけた外れの数の大戦力。寄せ集めで足並みの揃わぬうちに大打撃を受けた水軍連合に逆転の秘策はあるのか、そしてそこでの鶴たちの活躍は――いや、これが盛り上がらなくて、何が盛り上がるというのでしょう。


 しかし本作の真に素晴らしい――そして恐ろしい点は、この未曾有の大決戦を、その登場人物の多くに実在の人物を配しつつ(実に林鳳も実在の人物であります)、史実の合間にきっちりと成立させている点であります。

 一見自由なように見えて、その実、相当のレベルで研究が進められているために、少なくとも合戦というレベルでフィクションを描く――要するに、合戦そのものを作り上げる――というのはほとんど不可能に近いのではないかと思われる戦国時代。
 そんな時代を舞台に、本作はこれだけの規模の大合戦を、これだけの顔ぶれで描いてみせるのですから驚くほかありません。私も色々と凄いことをやっている作品は見てきましたが、これだけのリアリティレベルで、この規模のフィクションを構築した作品は、これまでほとんどなかったのではないでしょうか。


 キャラクターの面白さ、物語の興趣、大仕掛けの見事さなど、様々な魅力を持つ本作。
 特に作者のファンにとっては、賑やかなチームの姿には『桃山ビート・トライブ』を、戦闘ヒロインが主人公である点は『風吹く谷の守人』を、そして島津の名将たちの活躍からは一連の島津ものを連想するかもしれません。

 こうして考えてみると、本作は作者の集大成的な作品と言ってもよいようにも思えますが――そうした点を抜きにしても、本作は必読の作品であることは間違いありません。
 新たな海洋歴史時代小説の名作の誕生を心から喜びたいと思います。


『雑賀のいくさ姫』(天野純希 講談社) Amazon
雑賀のいくさ姫

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2019.02.26

『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(その二)


 『決戦!』シリーズ第8弾、『決戦! 設楽原』の紹介の第二回であります。今回は武田方と織田方、それぞれで戦い、鉄砲によって運命が分かれた二人を描く作品を取り上げます。

『くれないの言』(武川佑):山県昌景
 いま武田ものといえばこの人、と言いたくなる作者は、時に超自然的な描写を用いて、ある意味それと対極にあるような剛直な武士たちの世界を描き出します。
 本作もそんな作品――武田四天王の一人であり、赤備えで知られた最強の将を悩ませる、ある人物の死後の言葉が大きな意味を持つ物語です。

 敗れるのを覚悟の上の決戦に挑むことになった昌景を悩ませる「四郎勝頼、弑すべし」の言葉。それは、亡き信玄の位牌を高野山に納めに行った際、そこに現れた信玄が命じた言葉でありました。
 しかしそれは昌景にとっては二度目の主君殺しを意味する言葉――かつて信玄の嫡男・義信が、昌景の兄と結んで謀反を起こそうとしていたのを密告し、結果として義信を死に追いやった過去を持つ彼にとって、あまりに残酷な命というほかありません。

 が――物語は、昌景が同じ四天王の馬場信春、内藤昌豊らにこの秘事を語ったところから思わぬ(本当に!)方向に展開。設楽原の決戦へと突入していくことになります。

 前回述べましたが、設楽原の戦いで最も印象に残る武将は、絶望的な戦いの中で勝頼を守る形で死んでいった武田の名将たちであることは間違いないでしょう。
 昌景もその一人ですが、しかし上に述べたように、勝頼に対して屈託を抱える昌景が、どのようにしてその死地に向かったのか――本作はその転回を、信玄の言葉を軸に鮮やかに描いてみせるのです。
(その一方で、昌景と勝頼のある共通項を抉ってみせる一文には脱帽であります)

 さらにその先に待つもの――将たる者の宿命を描く、結末のある会話も、強烈に印象に残る作品です。


『佐々の鉄炮戦』(山口昌志):佐々成政
 設楽原――というより長篠の戦といえば、すなわち鉄砲、という印象がまず浮かびます。さすがに三段撃ちは巷説とのことで、本書にも登場しませんが、しかしそれでも鉄砲の存在がこの戦を決したのは間違いありません。
 が、ここで鉄砲隊を率いたのは誰か、というのは案外印象に残っていないのではないように感じますが――本作の主人公は、その鉄砲隊を率いた武将の一人・佐々成政であります。

 かねてより鉄砲に親しみ、対武田戦の勝利の鍵として、真っ先に鉄砲に注目していた成政。そんな彼にとって、この戦はある意味晴れ舞台だったのですが――しかし周囲の武将たちは彼とはほとんど正反対の立場だったのです。
 特に同じく鉄砲隊を任され、成政の黒母衣と並ぶ赤母衣を率いた前田利家などは、こんなものは戦ではないと不満を隠さないほど。この差から浮かび上がるのは、成政と他の武将たちの意識の違い――鉄砲が戦を変えると信じる成政の視点から見た合戦、いや銃撃戦の姿は、ありそうでなかった設楽原の物語として感じられます。

 正直なところ地味な印象もある成政ですが、この戦の前年、長島一向一揆との戦いで失った長男の存在が、様々な形で「今」の成政に絡んでくるのが印象に残ります。
 そしてまた、その後の成政を知っていると、ここで戦が変わったことが彼にとって本当に幸せであったかと、考えさせられるのですが……


 大変恐縮ですが、次回に続きます。


『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(宮本昌孝ほか 講談社) Amazon
決戦!設楽原 武田軍vs.織田・徳川軍


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