2017.05.16

誉田龍一『将軍を蹴った男 松平清武江戸奮闘記』 民のため、将軍を動かす男!

 市井に暮らすあの人物が実は大変な身分の……というのは古今東西不滅のパターン。本作はそれを踏まえつつも、将軍を蹴った男――六代将軍家宣の弟であり、八代将軍候補となったともいわれる松平清武を主人公に据えたユニークな作品です。

 私がそうなので言ってしまいますが、松平清武という人物を知っていた方は、相当少ないのではないでしょうか。
 この清武は上州館林藩主、そして三代家光の孫にして六代家宣の実弟という実在の人物。直系男子という将軍位に極めて近い位置におり、冒頭で述べたように、七代家継が危篤となった際、家宣の御台であった天英院から八代将軍に推されたともいわれている人物であります。

 実際にはそうならなかったのは、一つには彼がこの時既に五十代であったこと、そしてもう一つは(これが大きいと思われますが)、彼が家臣の越智家に育てられてその家督を継ぎ、またその後に館林藩主となったという経歴があったと言われています。
 これはこれで尤もな話かもしれませんが、しかし本作はそこに独自の、そしてよりドラマチックな理由を描いてみせるのです。


 館林藩主でありながら、江戸では裏長屋に暮らす浪人・清さんとして暮らす清武。ある理由からこのような二重生活を送っていた彼は、天英院から呼び出され、八代将軍候補になるよう頼まれます。
 しかし将軍という望んでも得られぬ地位を、自らの任に非ずと蹴ってしまった清武。それには彼が市井に暮らす理由と同じ、ある過去の出来事があって――

 と、歴とした殿様が市井に暮らしているという設定にまずひっくり返るのですが(まあ、同じレーベルの別の作家の作品では、その兄の家宣が市井で暮らしているのですが)、しかしそこが本作の設定の巧みな点。

 彼が治める館林藩は、実は一度は廃され、彼の代になって再興された藩。館林城も、一度は廃されたのを、彼が再建したものであります。
 しかしそのために重税を化したことで領民の反発を招いた清武は、百姓一揆と江戸屋敷への強訴を起こされてしまったのであります(これは史実)。これは言うなれば藩主失格の烙印を押されたようなものでしょう。

 そしてその過去が、本作の彼をして市井にその身を暮らさせ、そして将軍位を辞退させたのであります。藩主失格の自分が、天下を統べることができるわけがない、それよりも市井に暮らし、庶民の目を持って共に暮らしたい……と。

 そんな彼の設定自体、十分にユニークですが、しかしさらに面白いのはここから。
 その将軍を蹴った彼に手を差し伸べ、自分のブレーンとなることを願ったのは、何と八代将軍吉宗その人。紀州から江戸にほとんど単身乗り込むこととなった彼は、幕政改革のために、清武のようなこれまでにない視点を持つ人物を求めていたのです。

 かくて将軍を蹴った男は将軍と組んで、市井に起きる様々な事件をきっかけに、幕政の改革に取り組んでいく……というのが本作の基本スタイルであります。


 先に述べたとおり、御連枝の殿様が、それも結構な年齢の(彼の正体を知らない町の人々からは「清爺」と呼ばれたりする)人物が市井に暮らし、しかも将軍のいわばご意見番として活躍するというのは、ある意味ファンタジーにファンタジーを重ねたような物語に思えるかもしれません。
(その将軍自身が、フィクションの世界では市井をうろついていたおかげで違和感が少ない……というのはさておき)

 確かに見かけはそうかもしれません。しかし本作ではそこにある種の共感と好感を感じさせるのは、その根底に、藩政での失敗という彼の悔恨と、そこから生まれた庶民への思いやりがあるからではないでしょうか。
 実は本作の第2話は、その彼の過去の失敗にダイレクトに繋がるエピソード。かつて自分が生み出したのと同じような立場の人間と出会った彼が、かつてと同じ運命を繰り返させないため奔走し、将軍をも動かす……そんな清武の人物像が、実にイイのであります。

 そう、彼は将軍を蹴った男であるだけではありません。彼は過去の悔恨を糧にして、庶民のために将軍を動かす男となったのであります。これは、ある意味将軍以上に大きな男と言えるのではないでしょうか?


 そんな清武と、まだ三十代でやり手の若手然とした吉宗の対比も面白い本作。まだまだ様々なドラマが生み出せそうな、そんな物語の開幕であります。


『将軍を蹴った男 松平清武江戸奮闘記』(誉田龍一 コスミック・時代文庫) Amazon
将軍を蹴った男―松平清武江戸奮闘記 (コスミック・時代文庫)

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2017.05.14

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第12巻 逃げる近藤 斬る土方 そして駆けつけた男

 毎回毎回、読んでいるこちらの心が悲鳴を上げたくなるような展開が続く本作。劇場アニメ化も決定し(作者曰く「鬱アニメ」)、まだまだこれからの盛り上がりが期待できる本作ですが……しかし物語は、最大の悲劇に向けて、ゆっくりと、しかし着実に進んでいくことになります。

 甲陽鎮撫隊と名を改め、なおも戦いを続けんとする新撰組ですが、結成当時からのメンバーであった永倉と原田が、近藤との衝突をきっかけに脱退。
 さらに近藤が官軍の伊地知正治に捕らえられ、その場は大久保大和と変名を使って凌いだものの、その命は風前の灯火であります。

 その近藤助命のために江戸の勝海舟を頼った土方は、その条件として大鳥圭介率いる幕軍に合流。宇都宮城攻略戦に加わることになるのですが――


 というわけで、宇都宮城攻略戦を中心に描かれるこの第12巻。史実に照らせば、この後に何が待っているのかは明らかなわけで、それに対する覚悟を何とか固めて手に取ってみれば、いやはや焦らす焦らす。
 やるなら一気にバッサリとやってくれ! と言いたくなるところですが、しかし「それ」に至るまでの新撰組の男たちそれぞれの戦いが、この巻では丹念に描かれるのであります。

 その筆頭が、言うまでもなく土方。ある意味近藤の命を人質に取られた形で幕軍に加わった彼を待っていたのは、土方の、そしてこちらのヘイトを煽るために造形したとしか思えないような大鳥。

 その彼に半ば振り回される形で宇都宮城を攻め、そして守ることとなった土方ですが……ここで描かれるのは阿修羅の如く、という表現が最も相応しく感じられるような土方無双。土方が斬る、撃つ、翔る!

 と、こう書けば爽快アクションもののようですが、しかしその胸中に溜まった鬱屈・鬱憤・焦燥が吹き出すかのようなその姿は、やはり本作らしい情念に満ち満ちていて、爽快さとは正反対の重さがこちらの心にも突き刺さるのであります。

 そしてその一方で、本作の近藤も、ただ座して死を待つだけの男ではありません。大久保大和としての態度を貫き、一度は釈放されるやに見えた近藤。しかしそこで元御陵衛士の男に正体を見破られ……と、万事休す。
 しかしここで同行していた隊士・野村利三郎が駆ける!

 史実であれば近藤がアレされる際、彼の働きかけで釈放されたという野村ですが、本作では何と近藤を引っ張って脱走! 必死の逃走劇を繰り広げるのです。
(しかし史実ではここにいた相馬主計はオミット……)

 なるほど、ここに至って逃走するのは、伊地知が憤激したように、武士の風上にも置けない行為かもしれません。しかしそれでも何でも、近藤には生きていて欲しい、という野村の心情もわかりすぎるほどわかるのであります。

 そして何より、ここからの展開がまた凄まじい。近藤たちに対して伊地知が放った追っ手・源翁……それの正体は、何と盲目の熊! 武士ならざる者の相手は獣が相応しいということかもしれませんが、近藤対熊というのは、ある意味本作らしい異次元マッチではありませんか。

 そして史実とは異なる行動を取る男がもう一人……一度は近藤とは袂を分かったあの男が、行動を共にした親友を振りきって登場。しかも、考え得る限り最高のタイミングで!
 確かに新撰組離脱後の行動は諸説ある人物だけに、ナシとは言えない、いや物語の盛り上がり方を考えれば断然アリです。しかしここまで最高の登場をさせておいて、どうやって退場させるのか、と心配にならないでもない展開ではありますが――


 と、徐々に史実から離れていくようにも見える展開が続く本作。
 こんなことは滅多に言わないのですが、もういいよ、このまま歴史変えちゃおう! ……という気分は、これはほぼ全読者共通なのではないでしょうか。
(しかしまあ、こういう気持ちを最悪の形で裏切ってくれるのが本作なのですが――)

 なお、鬱展開の元凶である鈴は今回出番なし。安心していたら、鉄之助の出番も減ってしまったのは痛し痒しですが――
 しかし辰兄の瞳からは順調にハイライトが消えていき、こちらも目が離せないような、見たくないようなな状況であります。


『PEACE MAKER鐵』第12巻(黒乃奈々絵 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
PEACE MAKER 鐵 12 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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 「PEACE MAKER鐵」第7巻 北上編開始 絶望の中に残るものは
 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第8巻 史実の悲劇と虚構の悲劇と
 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第9巻 数々の新事実、そして去りゆくあの男
 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第10巻 なおも戦い続ける「新撰組」の男たち
 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第11巻 残酷な史実とその影の「真実」

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2017.05.04

入門者向け時代伝奇小説百選 怪奇・妖怪(その二)

 初心者向け時代伝奇小説百選、怪異・妖怪ものの紹介の後半は、これまで以上にユニークで新鮮な作品が並びます。

31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)


31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)【江戸】【剣豪】 Amazon
 真っ正面から人間と怪異との対決を描いて同好の士を唸らせた作品が本作であります。
 主人公・榊半四郎はある事件がきっかけで主家を捨て江戸に出た青年。絶望から死を選ぼうとした時、不思議な力を持つ老人・聊異斎と謎の小僧・捨吉と出会った彼は、この世を騒がす様々な怪異に挑むことに――

 故あって浪人となった主人公が周囲の人々に支えられ、市井の事件に挑むという本作のスタイルは、文庫書き下ろし時代小説の王道であります。しかし本作はその骨格に時代ホラーを乗せ、しかも非常に高いクオリティで融合させている作品。
 特にそのオリジンも含め驚くほどバラエティに富んでいる怪異の数々は必見です。

 そして物語は市井の妖怪退治から、どんどんスケールアップ、ラストはある史実を背景に世界の存亡を賭けた戦いが描かれることになります。
 つい先日、大団円を迎えた本作、今一番読んでいただきたい作品の一つです。


32.『妖草師』シリーズ(武内涼)【江戸】 Amazon
 「この時代小説がすごい! 2016」の文庫書き下ろし部門で見事一位を獲得した本作は、この作者ならではのユニークな伝奇活劇です。

 実家を勘当され、京の市井で暮らす庭田重奈雄。彼の真の姿は妖草師――この世に芽吹いた奇怪な能力を持つ常世の草花・妖草を刈る者であります。
 時に人間の強い想いに反応し、時に邪悪な術者に操られてこの世に現れる妖草に対し、重奈雄は同じく妖草を操って戦いを挑むのです。

 デビュー以来、作中に必ずと言ってよいほど豊かな自然の姿を描いてきた作者ですが、本作はそれを一ひねりした異形の植物ホラーとでも言うべき作品。
 登場する様々な妖草の存在と、それに自らも妖草を武器にして挑むと重奈雄の戦いが実にユニークなのですが、彼を助けるのが曾我蕭伯や池大雅ら、当時の一流文化人というのにも注目であります。


33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)【江戸】 Amazon
 怪談とミステリを見事に融合させた『浪人左門あやかし指南』シリーズでデビューした作者による本作は、深川のおんぼろ古道具屋を舞台とするユニークな作品です。

 釣り狂いの主人・伊平次が適当に営む皆塵堂は、実は曰く付きの品物ばかり集めている上に、店になる前に住人が惨殺されたというヤバすぎる場所であります。
 そこに修行に出されたのは、生まれつき幽霊が見える体質の太一郎。果たして彼は次から次へと恐ろしい目に遭わされることに……

 エキセントリックな登場人物たちが、様々な幽霊に振り回される姿を描く、恐ろしくもどこかすっとぼけた味わいの本作。それでいてこの第一作以降、皆塵堂で働いた若者は、みな得難い経験をして成長していくというのもユニークです。
 大いに怖くてちょっとイイ話というべき怪作、いや快作です。

(その他おすすめ)
『溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介) Amazon


34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)【幕末-明治】 Amazon
 デビュー作を含む『宇喜多の捨て嫁』でいきなり直木賞候補となった作者の第二作は、真っ正面からの時代伝奇ホラー。食べた者は不死になるという人魚伝説と、坂本竜馬や新撰組を組み合わせた悪夢の世界であります。

 幼い頃、土佐の浜に打上げられた人魚の肉を食べた竜馬が、寺田屋で最期を迎えた時に知った恐るべき不死の正体を皮切りに、短編連作形式で展開する本作。
 そして、その人魚の肉を食べてしまった新撰組の面々を襲うのは、不死どころか、異能・異形の者に変じていくという怪異。 百目鬼、吸血鬼、生ける屍、禁断の儀式、首なし騎士、ドッペルゲンガー……この題材でよくぞここまで! と言いたくなるほどの怪異のオンパレードです。

 しかしそんな地獄絵図の中でも、さらりと人間の強さ、善性を描いてくるのも素晴らしい。刺激的ながら魅力的な短編集であります。


35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)【江戸】 Google Books
 寡作ではあるものの、いずれも味わい深い時代怪異譚を描く作者のデビュー作は、遊郭・柳うら屋を舞台に、そこに生きる遊女たちの哀歓と希望を描く怪異譚です。

 吉原の妓楼・柳うら屋で嵐の晩に殺害された看板遊女・白椿。その遺体を発見した霧野をはじめとする三人の遊女は、それ以来自分たちに不思議な能力が宿ったことに気づきます。
 そして柳うら屋で相次ぐ相次ぐ奇怪な現象の数々。怪事に巻き込まれた三人は、その背後の様々な人の思いを知ることに……

 一種の異能もの的な展開も面白いのですが、本作の最大の魅力は、遊郭の人間模様も、非現実的な怪異も、等しくこの世に在るものとして認め、受け入れる優しい眼差しにあります。そしてさらに、現実からの救いとしての怪異を提示してみせるのには感心させられるばかり。遊郭怪談の名品というのにとどまらず、怪談というジャンルの存在にまで切り込んだ作品です。



今回紹介した本
鬼溜まりの闇 素浪人半四郎百鬼夜行(一) (講談社文庫)妖草師 (徳間文庫)古道具屋 皆塵堂 (講談社文庫)人魚ノ肉柳うら屋奇々怪々譚 (廣済堂モノノケ文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「鬼溜まりの闇 素浪人半四郎百鬼夜行」 文庫書き下ろしと怪異譚の幸福な結合
 「妖草師」 常世に生まれ、人の心に育つ妖しの草に挑め
 「古道具屋 皆塵堂」 ちょっと不思議、いやかなり怖い古道具奇譚
 木下昌輝『人魚ノ肉』 人魚が誘う新撰組地獄変
 「柳うら屋奇々怪々譚」 怪異という希望を描く遊郭怪談の名品

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2017.04.19

『コミック乱ツインズ』2017年5月号

 今月も『コミック乱ツインズ』の時期となりました。今月号は、『そば屋幻庵』と『小平太の刃』が掲載されているほかは、レギュラー陣が並びますが、しかしそれが相変わらず粒ぞろい。今回も印象に残った作品を紹介いたします。

『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 明治時代、鉄道の黎明期に命を賭ける男たちを描く本作は今回から新エピソードに突入。島安次郎の懸命の説得に、国鉄に移籍した凄腕機関士・雨宮が、島の依頼で碓氷峠の視察に向かうことになります。

 碓氷峠といえば、その急勾配でつい最近まで知られた難所。現代ですらそうなのですから、蒸気機関車が運行されていたこの時代、その苦労はどれほどほどのものだったか……
 と、事故が相次ぐこの峠で奮闘する人々が登場する今回。雨宮が見せるプロの技が実にいいのですが、むしろ今回の主役はそんな現地の人々と感じさせられます。

 時代が明治、題材が鉄道と、本誌では異色の作品と感じてきましたが、一種の職人ものとして読めば全く違和感がないと、今更ながらに気付かされました。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 「梅安晦日蕎麦」の後編。彦次郎が、恩のある田中屋に依頼され、仕掛けることとなった容貌魁偉な武士・石川。その彼を尾行した梅安は、真の事情を知ることになって――
 と、腕利きの武士相手のの仕掛けを頼まれてみれば、その実、彼こそは……という展開は、この前に描かれたエピソード「後は知らない」と重なる点が大きくてどうかなあと思うのですが、これは原作もこうなので仕方がありません。

 しかしその点に目を瞑れば、魁偉な容貌を持つ者が必ずしも凶悪ではなく、優しげな容貌を持つ者が必ずしも善良ではないという物語は、梅安たち仕掛人という裏の「顔」を持つ者たちと重なるのはやはり面白い。
 そしてこの点で、男たちの顔を過剰なほどの迫力で描く作画者の作風とは、今回のエピソードはなかなかマッチしていたと感じます。
(その一方で、一件落着してから呑気に年越し蕎麦をすする二人の表情も微笑ましくていい)


『鬼切丸伝』(楠桂)
 まだまだ続く信長鬼編。今回のエピソードは明智光秀の娘・珠(細川ガラシャ)を主役とした前編であります。
 本能寺の変で鬼と化し、自らを討った光秀とその血族に祟る信長。血肉のある鬼というより、ほとんど悪霊と化した感のある信長は、最後に残された珠に執拗につきまとい、苦しめることに――

 というわけで、冷静に考えれば前々回のラストで鬼になったばかりなのに、何だかえらいしつこい印象のある信長ですが、さすがに魔王と呼ばれただけあって、鬼切丸の少年も、久々登場の鈴鹿御前も、なかなか決定打を繰り出せないのがもどかしい。
 そんな中、口では否定しても少しずつ珠を、人間を守る方向に心を動かしつつある少年の「人間にしかできぬ御技で呪いに打ち勝て!!」という至極真っ当な言葉に感心してみれば、それが事態を悪化させるとは――

 この国の魔はこの国の神仏にしか滅せぬという概念には「えっ!?」という気分になりましたが(『神の名は』『神GAKARI』は……<それは別の作品)、そろそろ信長とも決着をつけていただきたいところです。


『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)
 ついに残すところあと2回となった本作ですが、今回はラス前にふさわしい大殺陣というべき展開の連続。敵の本拠とも言うべき金吹き替え所に乗り込んだ聡四郎を待つのは、紀伊国屋文左衛門が雇った11人の殺し屋……というわけで、ケレン味溢れる殺陣が連続するのが実にいい。

 同じ号に掲載された『そば屋幻庵』が静とすればこちらは激しい動、これくらい方向性が異なれば気持ちがいいほどですが、さてその戦いも思わぬ形で妨害を受けて、さあどうなる次号! というところで終わるのは、お約束とはいえ、やはり盛り上がるところであります。


『コミック乱ツインズ』2017年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年 05 月号 [雑誌]


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 『コミック乱ツインズ』 2017年2月号
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 『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その一)
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2017.04.11

松尾清貴『真田十勇士 7 大坂の陣・下』 そして英雄の物語から人間の歴史へ

 ついに決着の時がやってきました。真田幸村と彼に仕える勇士たちの戦いを、真田対「天下」という切り口で描いてきたこのシリーズも、いよいよ本書で完結。大坂夏の陣を舞台に、次々と猛将・勇将たちが散ってく中、明らかとなる驚愕の真実とは――

 天下との、そして百地三太夫との戦いの末に全てを喪い、最後に残された武士としての意地を胸に、大坂城に入った幸村。
 豊臣家の存続を最優先にして勝つ気のない大坂城の首脳陣を尻目に、幸村とその子・大助、そして勇士たちは、あの真田丸で徳川軍相手に大活躍を繰り広げることになります。

 しかしその一方で勇士の一人が大坂城を捨て蓄電、そしてまた一人が大助を守って命を落とすことに。
 その下手人である怪僧・天海は討ったものの、彼の自らの死を覚悟していたような態度と、そして百地三太夫の依代でありながらも、彼の野望――現世と曼荼羅世界(神仏の存在する異界)の合一を否定するような天海の末期の言葉に、幸村たちは釈然としない想いを抱くことになります。

 しかしそんな出来事を経ても、そして豊臣方と徳川方の不本意な休戦を経ても、なおも彼らの戦いは続きます。ある者は豊臣家存続を勝ち取るために、ある者は死に場所を求めるために、そしてまたある者は、武士としての最後の意地を示すために。
 そして始まった大坂夏の陣。後藤又兵衛が、薄田隼人が、木村重成が、それぞれの命を散らす中、幸村と勇士たちも、それぞれの最後の戦いに踏み出すことになるのですが――


 前編に当たる第6巻同様、基本的に史実をベースに展開していくこの最終巻。
 そこで描かれる物語は、我々のよく知る歴史をなぞったものではありますが、しかしこれまでのシリーズがそうであったように、平明な表現で、しかしフッと歴史の「真実」を掘り下げてくる、本作の魅力は変わることがありません。
 特に、後藤又兵衛が最期を迎えた道明寺での戦において、彼が突出した(あるいは幸村たちが遅れた)理由について、これまでになくシンプルでありながら、しかし説得力十分の回答を示しているのは印象に残ります。

 しかしもちろん、その中で最も強く印象に残るのは、最後の戦いに赴く勇士たちの姿であります。

 これまでの巻の紹介で繰り返し述べてきたように、それぞれその理由と背景は異なるものの、それぞれの形で「人間」であること、「自分」であることを否定され、奪われてきた勇士たち。
 本作は、そのまさに人間性を否定する「天下」と人間の対決を描いてきた物語でした。そしてここで示される彼らの戦う理由は、彼らがそれぞれに自分自身が失ったものを(人生の最後の最後において)取り戻したことを示すが故に、感動的なのであります。

 そしてそれは、彼らの主である幸村にとっても変わることはないのですが――


 しかし、しかし物語を読み進める中、一つの疑問が頭の中で大きくなっていくことになります。この作品における最大の敵、天下の名の下に人間を、個人を否定する存在の象徴である百地三太夫は、この戦いのどこに潜んでいるのか……と。

 物語の核心中の核心となるため、ここでそれをはっきりと述べることはできません。しかし全ての結末において、その理由は明確に、そして意外な形で明らかになるとだけは述べることができます。
 そしてそれは、一つの物語の、英雄たちが超常の敵に立ち向かう戦いの否定であるとも――

 それはこの物語をここまで読んできた者にとって、必ずしも望ましい結末ではないかもしれません。
 しかし、物語を、そしてその中で生まれるここではないどこかを否定することで、初めて歴史が、生きた人間が織りなすそれが生まれるのだとすれば、それはこの上ない人間の勝利だということができるでしょう、

 物語を否定することを以て物語を終え、そしてそれによって作品のテーマを完結してみせる……一種メタフィクション的な、人を食った仕掛けではあります。
 そしてそれは単なる否定にのみ終わるものではありません。そこにあるのは、幸村と勇士たちが求めたもの、取り返そうとしてきたものの先にある、一つの希望の姿でもあるのですから。


 しかしこの物語を愛するからこそ、結末において呼びかけたくなるのもまた事実。お前は本当にそれでよかったのか……と。その答えはもちろんわかってはいるのですが――


『真田十勇士 7 大坂の陣・下』(松尾清貴 理論社) Amazon
真田十勇士〈7〉大坂の陣〈下〉


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 松尾清貴『真田十勇士 1 忍術使い』(その二) 人間を、自分を勝ち取るための戦い
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 松尾清貴『真田十勇士 3 天下人の死』 開戦、天下vs真田!
 松尾清貴『真田十勇士 4 信州戦争』 激闘上田城、そしてもう一つの決戦
 松尾清貴『真田十勇士 5 九度山小景』 寄る辺なき者たちと小さな希望と
 松尾清貴『真田十勇士 6 大坂の陣・上』 決戦、自分が自分であるために

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2017.04.02

入門者向け時代伝奇小説百選 怪奇・妖怪(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回はある意味この百選のキモである怪奇・妖怪ものの紹介(その一)であります。

26.『おそろし 三島屋変調百物語事始』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)

26.『おそろし 三島屋変調百物語事始』(宮部みゆき)【江戸】 Amazon
 数多くのジャンルで活躍する作者が得意とする時代怪談の名品、数年前に波瑠主演でNHKドラマ化された作品です。
 ある事件が原因で心を閉ざし、叔父夫婦の営む三島屋に預けられた少女・おちか。彼女はふとしたことから、様々な人々が持ち込む不思議な話の聞き役を務めることに――

 というユニークな設定で描かれる全5話構成の本作は、題名のとおり真剣に恐ろしい物語揃いの怪談集。しかしそんな恐ろしい物語に聞き手として、時には当事者として向き合うことにより、おちかの心が少しずつ癒され、前に向かって歩き出す姿には、作者の作品に通底する人間という存在の強さが感じられます。
 副題通りの百話目指し、今なお書き継がれているシリーズであります。

(その他おすすめ)
『あんじゅう 三島屋変調百物語事続』(宮部みゆき) Amazon
『あやし』(宮部みゆき) Amazon


27.『しゃばけ』(畠中恵)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 大店・長崎屋の若だんな・一太郎は生まれついての虚弱体質で、過保護な兄やの佐助と仁吉に口うるさく構われる毎日。しかし若だんなは妖を見る力の持ち主、実は大妖の佐助と仁吉とともに、次々と奇怪な事件に巻き込まれて――という妖怪時代小説の代名詞と言うべきシリーズの第1弾です。

 人間と妖のユーモラスで賑やかな騒動を描くいわゆる妖怪時代小説のスタイルを作ったとも言える本作は、しかし同時に、ミステリ性も濃厚な物語。
 続発する奇怪な殺人事件に巻き込まれた若だんなが解き明かすのは、この世界観だからこそ成立する奇怪なロジック。そしてその先には、苦い人間社会の現実が――

 連作スタイルで今なお続くシリーズを貫く魅力は、この第1弾の時点から健在なのです。

(その他おすすめ)
『ゆめつげ』(畠中恵) Amazon
『つくもがみ貸します』(畠中恵) Amazon


28.『巷説百物語』(京極夏彦)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 妖怪といえばこの人、な作者の代表作の一つであり、幾度も映像化・漫画化されてきた本作。しかし作者の作品らしく一筋縄ではいかない妖怪時代小説であります。

 戯作者志望の青年・百介が旅先で出会った謎めいた男・御行の又市。一癖も二癖もある面々と組む彼の稼業は、表沙汰にできない面倒事の解決や悪党への復讐を請け負うことでありました。
 妖怪の仕業にしか見えない不可解な事件を引き起こし、その陰に隠れて仕掛けを行う本作は、作者が愛してやまない必殺シリーズmeets妖怪的味わいの連作集です。

 百鬼夜行シリーズ(京極堂もの)とは表裏一体とも言える本作は、その後も後日譚・前日譚と数多く書き継がれ、更なる続編が待たれるシリーズです。

(その他おすすめ)
『続巷説百物語』(京極夏彦) Amazon


29.『一鬼夜行』(小松エメル)【幕末・明治】 Amazon
 妖怪時代小説の旗手の一人である作者のデビュー作にして代表作、明治の東京を舞台にした賑やかでほろ苦い妖怪活劇です。

 ある晩、空から古道具屋を営む青年・喜蔵の前に落ちてきた自称大妖怪の少年・小春。百鬼夜行からこぼれ落ちたという小春が居候を決め込んで以来、様々な妖怪沙汰に巻き込まれる喜蔵ですが――

 小生意気な小春と、妖怪も恐れる閻魔顔の喜蔵の凸凹コンビが活躍する本作、人間と妖怪のバディものは定番ですが、ここまで二人のやり取りが楽しい作品は他にはありません。
 その一方で、それぞれ孤独を抱えた人と妖が寄り添い、絆を深める人情ものとしても魅力的な本作。今なおシリーズが書き継がれているのも納得です。

(その他おすすめ)
『夢追い月 蘭学塾幻幽堂青春記』(小松エメル) Amazon


30.『のっぺら あやかし同心捕物控』(霜島ケイ)【江戸】 Amazon
 『封殺鬼』シリーズなど伝奇アクションで90年代から活躍してきた作者の初時代小説は、とんでもなくユニークな妖怪ものであります。
 主人公の千太郎は江戸町奉行所の敏腕同心。腕が立ち、正義感に溢れて情に厚い、江戸っ子の人気者なのですが……何と彼はのっぺらぼう。あやかしを退治する同心ではなく、あやかしが同心なのです。

 しかし本作はパラレルワールドものではありません。江戸にのっぺらぼうがいたらどうなるか……本作は丹念に描写を積み重ねることでその難題(?)をクリアするのです。
 そしてもちろん、千太郎が挑む事件も奇っ怪極まりないものばかり。人間が、妖が引き起こす怪事件に挑む千太郎の姿は、「男は顔じゃない」と思わせてくれるのであります。


今回紹介した本
おそろし 三島屋変調百物語事始 (角川文庫)しゃばけ (新潮文庫)巷説百物語 (角川文庫)(P[こ]3-1)一鬼夜行 (ポプラ文庫ピュアフル)のっぺら あやかし同心捕物控え (モノノケ文庫)


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2017.03.14

柳広司『ザビエルの首』 その聖人が追い求めたもの

 この日本にキリスト教を伝えた者として、知らぬ者とていないであろうフランシスコ・ザビエル。本作は、そのザビエルの首に導かれて過去に意識を飛ばした現代人を探偵役とし、ザビエルがその生涯で出会った数々の事件の謎を解くという趣向の、奇想天外な連作時代ミステリであります。

 スペイン・バスク地方に生まれ、パリでイグナチウス・ロヨラとともにイエズス会を創設、インドのゴアでの布教を経て、戦国時代の我が国を訪れた聖人ザビエル。
 その後、中国で客死したザビエルの遺体は腐敗することがなかったと言われますが……そのザビエルの首が鹿児島で発見されたことから、この物語は始まることになります。

 オカルト雑誌からザビエルの首の取材を依頼され、九州まで出向くことになったフリーライターの片瀬修平。しかしミイラ化したその首と視線を合わせた時、如何なることか彼の意識は時を飛び越え、来日したばかりのザビエルの従者の体に宿ることに。
 そしてその彼とザビエルが宗論のために招かれた寺で、ザビエルのもう一人の従者がダイイングメッセージを残して殺害され、修平は探偵役としてその謎を解くことに……


 この第1話「顕現――1549」に始まる本作。過去の時代の有名人が、探偵役として自分が巻き込まれた事件を解決する、いわゆる有名人探偵ものは実は作者の最も得意とするところですが、本作はその系譜にあることは間違いありません。

 しかし本作の趣向はあまりにもトリッキーです。修平の意識が過去に飛び、その時代の人間に宿るというだけでも驚かされますが、全4話で構成される本作では、修平は毎回別々の人物に宿ることになるのですから。
 いや何よりも、本作はそれぞれのエピソードによって時代が異なり……それも過去へ過去へと向かっていくのです。

 インドはゴアの教会で、野心家の司教代理が奇怪な黄金の蛇に咬まれ、毒殺される「黄金のゴア――1542」
 パリでロヨラと理想を追うザビエルが学んでいた講師が殺され、その犯人と目されたザビエルの従者も彼の眼前で死を遂げる「パリの悪魔――1533」
 故郷のバスクはザビエル城で迫り来るスペイン軍を迎撃するための策が惨劇を招く「友の首と語る王――1514」

 いわばこの全4話で描かれるのは、我々が知るザビエルという人物の、ルーツを遡る旅なのであります。


 そんな本作ですが、正直なところ、短編連作ということもあってか、個々の謎は、いささか小粒という印象があります。

 確かに、日本と西洋の文化の違いが思わぬ形で事件を複雑化させる第1話、人間の心の動きを巧みに活かしたトリックの第2話、主人公が別人の視点で物語を俯瞰するという構造が思わぬ効果を上げる第3話と、それぞれにユニークな試みがあるのですが……一般的なミステリという点のみを期待すれば、いささかの不満は残るのではないか、という印象があるのです。

 しかし本作には、全編を貫く巨大な謎が存在します。
 それはもちろん、何故修平がザビエルに招かれるように過去の時代に飛び、探偵役を務めることとなったのか……その謎であります。

 これは少々内容の核心に触れるところですが、本作で描かれる事件には、いずれも共通点があることにはすぐに気が付きます。その共通点とは「神」の存在――神なかりせば、これらの事件は起きなかったと、そう言うことができるのではないか? と。

 しかし、本作はその終盤において、さらにその奥にある共通点を描き出します。そしてそれは、先に述べた巨大な謎の答えとも直結してくるものなのです。
 その内容をここで述べることはできませんが、本作において描かれてきた事件の見え方が大きく異なってくるものである、と述べることは許されるでしょう。そしてそれは、ザビエル自身の生そのものを描き出すものであることも。
(個人的には、修平がザビエルその人ではなく、周囲の人間に憑依しなければならなかった理由に唸らされた次第です)


 もちろん、この終盤の展開が、あまりにSF的あるいはオカルト的であると、拒否反応を示す方がいるであろうことは想像できます。
 確かに観念的に落としてきたという印象は否めませんがが――しかし、物語構造そのものが大きな仕掛けとして機能する本作は、歴史ミステリとしてやはり魅力的に感じられるのです。


『ザビエルの首』(柳広司 講談社文庫) Amazon
ザビエルの首 (講談社文庫)

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2017.03.12

入門者向け時代伝奇小説百選 忍者もの(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、忍者ものの紹介の後編は、忍者ものに新風を吹き込む5作品を取り上げます。
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

21.『風魔』(宮本昌孝) 【戦国】【江戸】 Amazon
 後世にその名を知られた忍者の一人である風魔小太郎。本作は、颯爽とした男たちの物語を描いたら右に出る者がいない作者による痛快無比な忍者活劇であります。

 小田原の北条家に仕え、常人離れした巨躯と技で恐れられたという小太郎。本作はその逸話を踏まえつつ、しかしその後の物語を描き出します。
 何しろ本作においては北条家は早々に滅亡。野に放たれた小太郎は、豊臣と徳川が天下を巡って暗闘を繰り広げる中、自由のための戦いを繰り広げるのです。

 戦国が終わり、戦いの中に暮らしてきた者たちの生きる場がなくなっていく中、果たして小太郎たちはどこに向かうのか? 誰に縛られることなく、そして誰を傷つけることなく生き抜く彼の姿が本作の最大の魅力です。


22.『忍びの森』(武内涼) 【戦国】【怪異・妖怪】 Amazon
 発表した作品の大半が忍者ものという、当代切っての忍者作家のデビュー作である本作は、もちろん忍者もの……それも忍者vs妖怪のトーナメントバトルという、極め付きにユニークな作品であります。

 信長に滅ぼされた伊賀から脱出した八人の忍者。脱出の途中、彼らが一夜の宿を借りた山中の廃寺こそは、強大な力を持つ五体の妖怪が封じられた地だったのです。
 空間歪曲により寺から出られなくなった八人は、持てる力の全てを振り絞って文字通り決死の戦いに挑むことになります。

 忍者の鍛え抜かれた忍術が勝つか、妖怪の奇怪な妖術が勝つか? 敵の能力の正体もわからぬ中、果たして人間に勝利はあるのか……空前絶後の忍者活劇であります。

(その他おすすめ)
『戦都の陰陽師』(武内涼) Amazon


23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎) 【戦国】【怪異・妖怪】 Amazon
 映画化された『完全なる首長竜の日』になど、SF作家・ミステリ作家として知られる作者は、同時に奇想に富んだ時代小説の書き手でもあります。

 川中島の戦で召喚され、多大な死をもたらしたという兇神・御左口神。武田の歩き巫女・小梅は、謎の忍者・加藤段蔵に襲われたことをきっかけに、自分がこの兇神と深い関わりを持つことを知ります。
 武田の武士・武藤喜兵衛(後の真田昌幸)とともに、小梅は兇神を狙う段蔵の野望に挑むことに……

 初時代小説である『忍び外伝』も驚くべきSF的展開を披露した作者ですが、本作も実は時代小説にとどまらない内容の作品。果たして御左口神の正体とは……これは「あの世界」の物語だったのか!? と驚愕必至であります。

(その他おすすめ)
『忍び外伝』(乾緑郎) Amazon


24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道龍一朗) 【戦国】 Amazon
 忍者が活躍した戦国時代において、一際奇怪な存在として知られる飛び加藤こと加藤段蔵。本作はその段蔵を、悪人ならぬ悪忍として描いたピカレスクロマンであります。

 伊賀と甲賀の秘技を極めながらも、その双方を敵に回し、自分自身の力のみで戦国を渡り歩く段蔵。一向一揆で揺れる北陸を次の仕事場に選んだ段蔵は、朝倉家に潜り込むことになります。
 そこで段蔵の前に現れるのは、名うての武将、武芸者、そして忍者たち。そして段蔵にも隠された過去と目的が――

 強大な力を持つ者たちを向こうに回して暴れ回る段蔵の活躍が善悪を超えた痛快さを生み出す本作。ラストで明かされる、思わず唖然とさせられるほどの豪快な真実に驚け!

(その他おすすめ)
『乱世疾走 禁中御庭者綺譚』(海道龍一朗) Amazon


25.『嶽神』(長谷川卓) 【戦国】 Amazon
 奉行所ものなどでも活躍する作者の原点が、「山の民」ものというべき作品群――里の人々とは異なる独自の掟と生活様式を持ち、山中の自然と共に暮らす人々の活躍を描く物語であります。

 そして本作はその代表ともいうべき作品。掟を破って追放された山の民・多十が、武田勝頼の遺児と、一族を虐殺された金堀衆の少女を連れ、逃避行に復讐に宝探しにと奮闘する大活劇です。
 殺戮のプロとも言うべき追っ手の忍者集団を向こうに回し、母なる大自然を武器として戦いを挑む多十。山の民殺法とも言うべき技の数々は、本作ならではの豪快な魅力に溢れています。

 様々な欲望が剥き出しとなる戦国に、ただ信義のために命を賭ける多十の姿も熱い名品です。

(その他おすすめ)
『嶽神伝』シリーズ(長谷川卓) Amazon


今回紹介した本
風魔(上) (祥伝社文庫)忍びの森 (角川文庫)塞の巫女 甲州忍び秘伝 (朝日文庫)悪忍 加藤段蔵無頼伝(双葉文庫)嶽神(上) 白銀渡り (講談社文庫)


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 「風魔」 小太郎が往く自由の中道
 「忍びの森」 忍びと妖怪、八対五
 「忍び秘伝」 兇神と人、悪意と善意
 「悪忍 加藤段蔵無頼伝」 無頼の悪党、戦国を行く

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2017.03.10

松尾清貴『真田十勇士 6 大坂の陣・上』 決戦、自分が自分であるために

 これまで奇想天外な形で描かれてきた天下対真田の戦いも、ついに最終決戦に突入。守るべき土地を失い、全てを失ったかに見えた場から立ち上がった真田幸村と勇士たちの真の戦いが始まることになります。その決戦の場は、言うまでもなく大坂の陣……この巻で描かれるのはその冬の陣であります。

 上田城の戦を優位に進めながらも関ヶ原で西軍が敗れたことで上田の地を失い、そして荼枳尼天の力を手に完全復活した百地三太夫に敗れたことで白鳥明神の加護を失い……二重の意味で守るべきものを失った幸村。
 しかし、以来十数年にわたり九度山に逼塞を余儀なくされた彼に従う者たちも確かに存在します。

 佐助、才蔵、清海、伊佐、六郎、小助、十蔵、甚八、鎌之助……いずれもそれぞれの形で自分自身を奪われ、そして幸村の下でそれを再び見出してきた者たちであります。
 そして幸村もまた、自分に残された最後のものを抱いて、最後の戦いに臨むことになります。それは己の戦う理由、信念、矜持、縁等々……言い換えれば「自分が自分であること、そしてために必要なもの」であります。

 全てを喪い、それでも残ったもの……自分が自分であるために、確かな絆を持った者たち同士大坂城に入った幸村と九人の勇士。彼らが拠る場は、言うまでもなく彼ら自身の城、真田丸――


 というわけで始まった大坂冬の陣ですが、その内容としては、基本的に史実に沿ったものが描かれることになります。

 もちろん、織田有楽斎の子であり、父以上に不可解な行動を取った左門(頼長)や、大坂に入城しながらも徳川と内通して討たれた南条忠成(元忠)など、面白い人物ながらマイナーな人物にもスポットが当たるのはなかなかに面白いなところであります
 また、木村重成の颯爽としつつもどこか歪みを感じさせるキャラ造形の妙(そしてそこに絡む本シリーズならではの驚くべき伏線!)にも唸らされるところですが、「今のところは」戦いの流れそのものは、史実から大きく離れたものではありません。

 しかしそれが物語としての面白さや緊迫感をいささかも減じるものではないのは、これまで本作で描かれてきた合戦と変わるところではありません。
 たとえ経緯と結果は史実通りであれど、その中で暴れ回るのが、これまでに「人生」を積み重ねてきたキャラクターたちだからこその盛り上がりが、ここには確かにあるのです。

 しかし個人的にその中で最も印象に残ったのは、ある意味人生の積み重ねと最も遠いところにある二人のキャラクター――真田大助と由利鎌之助であります。

 九度山で生まれ、もちろんこれが初陣となる大助。記憶力や学習能力というものを持たず、常に今この時しかない鎌之助。前巻において不思議な、どこかもの悲しい絆で結ばれた主従であり、親友であり、兄弟であり……そしてそのどちらでもない二人。
 そんな二人が、真田丸攻防戦で繰り広げる戦いは、生涯「最初」の戦場となるだけに、他の登場人物とはまた異なる緊迫感と、ある種の初々しさに満ちています。

 そしてその戦いの果てに二人の間に生まれたもの、手にしたものは……それはここでは書けませんが、これまで本シリーズを、少なくとも前巻を読んだ人間は、必ずや天を仰いで「嗚呼!」と嘆じたくなる、そんな名場面であります。


 そしてこの巻ではあまり表に出なかったとはいえ、史実の背後で蠢く奇怪な魔の影は、戦いを静かに、そして確実に侵していくことになります。

 戦いの後に幸村の前に現れた南光坊天海が取った行動は、そして彼が残した言葉は何を意味するのか。
 そしてそれと繋がっていくであろう、冒頭で描かれたある人物の行動は何を意味するのか――

 ここに来て未だ全貌が見えず、しかしそれが顕わになった時、とてつもないものが描かれるのではないか……そんな期待を抱いてしまう松尾版『真田十勇士』。
 天下対真田、天下対人間の戦いの向かう先は……いよいよ次巻完結であります。


『真田十勇士 6 大坂の陣・上』(松尾清貴 理論社) Amazon
真田十勇士〈6〉大坂の陣〈上〉


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2017.03.05

菊地秀行『人造剣鬼 隻眼流廻国奇譚』 もう一つの人間たちへのまなざし

 隻眼の剣豪・柳生十兵衛が、諸国を旅する中で様々な怪異と対決する「隻眼流廻国奇譚」の長編第2弾です。前作で十兵衛が対決したのは異国の吸血鬼でしたが、本作で彼の前に現れるのは、人間が造り出した人間――そう、あの「怪物」。それも恐るべき剣技を身につけた、まさしく剣鬼であります。

 とある田舎道場で容赦なく殺人剣を振るう魔剣士・蘭堂不乱、そしてその妹を名乗る謎の美女・富士枝と出会った十兵衛。
 それから数日後、刺客団に襲われた美女を助けた十兵衛は、彼女が遠丈寺藩の大目付の娘であることを知ります。藩主が進めるある計画を知った大目付は討たれ、彼女にも刺客が差し向けられたというのですが――

 その計画とは、死者の体を繋ぎ合わせた不死身の兵士を作り、幕府を転覆させるというもの。普通であれば到底信じられないようなとんでもない話ですが、しかしこの世ならぬ者の存在を知るのが十兵衛であります。
 一人遠丈寺藩に向かった十兵衛が見たものは、間近に迫った藩を挙げての武芸試合のため、全国から集まった腕自慢の群れ。

 しかも藩を訪れた中には、あの不乱が、その妹・富士枝が、そして二人を討つために追ってきた弟・賢祇の姿が――実は彼らもまた、人間によって作り出された者だったのであります。次々と襲い来る死人の剣に挑む十兵衛の運命は――


 冒頭に述べたとおり、前作の吸血鬼に続き、本作の題材となっているのは、かの「フランケンシュタインの怪物」――生命創造の妄執に取り憑かれたフランケンシュタイン博士が死体から生んだ怪物であります。
 あとがきによれば、本シリーズは作者がこよなく愛するハマー・フィルムの怪物たちのオマージュであるとのことですが、なるほど……とというチョイスであす。

 しかしこのある意味定番のホラーモンスターも、名手の筆に依れば、新たな命を得ることになります。
 本作で描かれる「怪物」は、それぞれに個性的かつ超人的な力を持つ三兄弟であり、そして奇怪な技によって生み出された死人武士団なのですから。そう、本作に登場するのは、まさしく人造の剣鬼の群れなのであります。

 実は宮本武蔵や益田四郎、柳生友矩が登場した前作に比べると、本作は十兵衛以外の歴史上の人物はほとんど登場しないのですが、しかしそれでも不足感がないのは、実にこの敵の陣容によるところが大きいでしょう。
 とにかく冒頭からラストまで、ほとんど絶えることなく剣戟また剣戟――十兵衛が、死人たちが、そして諸流派の達人たちが絶え間なく繰り広げる激突は、本作の大きな魅力であることは間違いありません。


 しかしそれと同時に、本作は実に作者らしいある問いを投げかけてくることになります。我々人間と「彼ら」と……一体両者のどこが異なるのか、と?

 確かに彼らは、人間の手により死体を繋ぎ合わせてこの世に生み出された醜い存在であり、そしてその多くは知性を持たないか、あるいは破綻したこころの持ち主ではあります。
 しかし――人間とそれ以外を分かつのは、生まれる手段なのか、外見の美醜なのか、正常なこころの有無なのか……?

 思えばフランケンシュタインの怪物の特異性は、吸血鬼のように人間とは別個の種族ではなく、人間が人間から、人間と同等の存在として生み出したという点にあるのではないでしょうか。
 だとすれば……そんな存在が人間らしく生きることを、扱われることを望むのを誰が咎められるでしょうか。

 デビュー以来、400冊という驚異的な作品を送り出してきた中で、そのほとんどで、人ならざるものを描いてきた作者。そしてまたその多くにおいて、作者はそうした存在に、優しいとも言える眼差しを向けてきました。
 その眼差しは、先に述べた問いかけとともに、本作においても健在であると感じます。

 もっとも、こうした要素はあくまでも味付けであり、過度に触れることは誤解を招くかもしれません。本作の基本はあくまでも時代伝奇小説であり、剣豪小説なのですから。
 その意味では本作はまず水準の作品という印象。前作よりもさらに人間味の増した十兵衛(囲碁シーンは実に可笑しい)のキャラクターも楽しく、肩の凝らない作品であることは間違いありません。。


 さて、隻眼流が次に挑む相手はいかなる怪物か……何しろ相手も多士済々、今から期待は膨らむのであります。
(しかし、何というか編集はもう少ししっかりチェックしていただきたいものではありますが――)

『人造剣鬼 隻眼流廻国奇譚』(菊地秀行 創土社) Amazon
人造剣鬼 (隻眼流廻国奇譚)


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