2017.07.23

朝日曼耀『戦国新撰組』第2巻 新撰組、いよいよ本領発揮!?

 戦国へのタイムスリップはもはや定番ネタ……というのは言い過ぎかもしれませんが、しかしその中でもユニークさでは屈指の一作、あの新撰組が、こともあろうに桶狭間の戦直前にタイムスリップして大暴れする物語の第2巻であります。第1巻の衝撃の結末を経て、事態はいよいよややこしいことに……

 いかなる理由によるものか、突然、壬生の屯所から戦国時代の桶狭間周辺に放り出された新撰組。その一人である三浦啓之助は、土方、島田らとともに木下藤吉郎と蜂須賀小六に捕らえられ、信長の前に引き出されることになります。
 そこに乱入してきた近藤、井上、斎藤らにより、一時は形成逆転したかに見えた新撰組サイドですが、柴田勝家をはじめとする怪物めいた戦国武者たちの前には分が悪い。近藤が、島田が深手を負う中で、啓之助は思いも寄らぬ行動に出ることに――


 と、啓之助によって信長が○○されるという、まさしく「何してくれてんだ!」というしかない衝撃の展開を受けて始まるこの第2巻。
 自分たちの命を守り、未来の天下人を救うためとはいえ、豪快に歴史を変えてしまった啓之助ですが(この辺りのあっけらかんぶりがまた彼らしい)、藤吉郎もそれに乗ってしまうのがまた面白い。

 主君と仰ごうとしていた人間を……というのにこの行動というのは、一見不条理に見えるかもしれませんが、まだ本格仕官前というこのタイミング、そして彼の合理的のようでいて博打好きな性格を考えれば、この選択はアリでしょう。
 その後も大きな犠牲を払いつつ、藤吉郎と新撰組は、こともあろうに織田家の懐に飛び込むという奇策に出るのですが……


 しかし大混乱の中で忘れそうになりますが、桶狭間の戦がなし崩し的に消滅してしまったことで、いまだ今川義元の軍は健在。そしてそこには、やはりタイムスリップしていた山南、沖田、藤堂の姿が……

 自分の刀を存分に振るえる時代にテンションのあがりまくった沖田によってさらに歴史が変わっていく中、織田攻めの先方を命じられた松平元康。
 彼こそは言うまでもなく後の徳川家康、新撰組が忠誠を誓った徳川幕府の祖を守るため、山南たちも大きな役割を果たすことになるのであります。

 主人公の敵サイドにも未来人(主人公の同時代人)が!? というのは、タイムスリップものでは定番の展開の一つではあります。
 しかしそれがかなり早い段階で登場、しかもその「敵」が、(少なくともこの時点では)鉄の結束を誇っていた新撰組の同志とは……これには驚き、テンションが上がりました。

 しかしそれ以上にテンションを上げてくれるのは、この沖田の、そしてこの巻から本格的に活躍する斎藤の「強さ」であります。


 実は第1巻の時点で個人的に不満に感じたのは、新撰組があまり活躍していないというか、強くない点でした。

 過去にタイムスリップといえば、(女子高生主人公を除けば)未来の知識や技術でチートして大活躍、というのが定番。
 しかし本作の場合、いきなり新撰組は野武士に蹴散らされ、土方も蜂須賀小六に一騎打ちで敵わず――といきなりピンチの連続。

 もちろん冷静に考えれば、戦が数十年続いてきた時代にテクノロジーレベルが少々高い時代の人間がタイムスリップしても、さほどアドバンテージにはならないのはむしろ当然なのかもしれません。
 しかし折角(?)タイムスリップしたのだから、戦国時代での新撰組の無双の活躍を見たい――それも人情でしょう。

 そしてその気持ちは、上で述べた沖田を、そしてさらに本多忠勝と一騎打ちを演じた斎藤を通じて満たされることになるのです。
(そしてその斎藤の活躍に至るまでに、土方の巧みな指揮があったというのも嬉しい)


 ついに戦国の世で本領を発揮することとなった新撰組。しかし彼らの存在によって、戦国の世の混迷は一層深まり――歴史の歯車の狂いはいよいよ大きくなることになります。
 さらに「もう一人」(いや二人?)がこの状況に絡むことにより、歴史はどこに向かうことになるのか。そしてその中で新撰組は、啓之助はいかなる役割を果たすことになるのか?

 新撰組隊士の中でまだ登場していないあの男とあの男の行方も含めて、まだまだ先が読めない物語であります。


『戦国新撰組』第2巻(朝日曼耀&富沢義彦 小学館サンデーGXコミックス) Amazon
戦国新撰組 2 (サンデーGXコミックス)


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2017.07.18

かたやま和華 『されど、化け猫は踊る 猫の手屋繁盛記』 彼の奮闘の意味と努力の行方と

 猫股の祟りで等身大の白猫になってしまった青年・近山宗太郎が、人間の姿に戻るべく善行を重ねるため、よろず請け負い屋として活躍するシリーズも、早いもので第4作目。今回彼が出くわすのは、千里通の福犬がきっかけの犬猫合戦に、五匹の黒猫と暮らす浪人の謎であります。

 ふとしたことから猫股の長老の怒りを買い、気がついてみれば正真正銘の猫侍になってしまった宗太郎。父に迷惑をかけてはならじと家を出た彼は、百の善行を重ねて人間に戻るため、裏長屋で猫の手を貸すよろず請け負い業を開業いたします。
 江戸の人々からは、人間になる途中の猫股と思い込まれている宗太郎、猫山猫太郎という周囲の呼び間違いを律儀に訂正しつつ、今日も猫の手屋として奔走することに……


 という本シリーズですが、本作に収録されているのは三編二話のエピソードであります。
 一話目の『犬猫合戦』で描かれるのは、猫と並んで人間の友として長年親しまれてきた犬を巡る騒動。
 ある日、犬を連れて江戸に現れた一人の老婆。福犬だというその犬・大丸からのお告げを語る老婆は、あらゆるものを見通すかのようなその正確さから、(特に犬党の間に)瞬く間に信奉者を集めていくことになります。

 それだけならばまだしも、老婆は怪しげな厄除けの護符を売り始め、さらに宗太郎の存在が化け猫の祟りをもたらすと予言したことから、江戸の犬党と猫党の間が一触即発に。
 自分の存在が争いの原因となったことに悩む宗太郎は、普段からまとわりついてくる役者の中村雁也の力を借りて、老婆の正体を暴くべく一芝居打とうとするのですが……

 「伊勢屋、稲荷に犬の糞」と言われたように、江戸には数多くいた犬。そんな犬たちがこれまで本作にほとんど登場しなかったのは、言うまでもなく主人公をはじめとして猫サイド(?)であったためかと思いますが、しかしこの時代に犬党の人間が少なくなかったであろうことは容易に想像がつきます。
 このエピソードは、犬だ猫だと異なる好みの人々の間で、ちょっとしたきっかけで争いが起こる怖さを描いた物語でもありますが、同時に、これまで宗太郎が出会った人々が次々と登場し、彼を支えてくれるという内容であるのも楽しいところです。

 猫の手屋としての彼の奮闘の意味を今一度確認させてくれる、なんともホッとさせられるエピソードであります。


 そして後半の『宵のぞき』『すばる』は、本シリーズには比較的珍しい、重たくも切なく、そして感動的なエピソード。

 町のあちこちから烏猫(黒猫)を集めている謎の浪人がいるとの知らせに、浪人のことを密かに探ることになった宗太郎。吉原裏の浅草田んぼで五匹の烏猫と暮らすその浪人を見つけた宗太郎ですが、浪人はかつて彼が人間であった頃の道場の先輩・羽鳥晋次郎だったのです。
 剣の腕も、人となりも優れた人物であった晋次郎が労咳を病み、周囲に迷惑をかけないように一人家を出たと知る宗太郎。晋次郎が烏猫を集めていたのも、烏猫が労咳に効くとの俗信によるものだったのであります。

 猫姿の宗太郎をかつての後輩と知らずに接する晋次郎を助けるべく、小屋に通うこととなった宗太郎。しかし彼の力も病には及ばず、晋次郎は彼にある頼みをするのでした。
 それは介錯――既に治る見込みもない病によって見苦しい姿で死んでいくのであれば、せめて武士らしく自裁したいという晋次郎を前に、宗太郎は……

 これまで、宗太郎自身の努力と、周囲の助けによって、猫の手屋として、様々な難事を解決してきた宗太郎。しかしそんな彼の力でも、どうにもならないことは確かにこの世にあります。
 このエピソードで描かれるのはその一つ――ただ命を消耗していくばかりの相手に何ができるのか。本当に武士として介錯することが正しいのか――本作はそこに、実に彼らしい見事な答えを描いてみせるのです(特に、彼の語る武士のあり方には感心!)

 もちろんそれはある種の慰めにすぎないのかもしれません。結局は彼も周囲も踊らされただけで、結末は変わらないのかもしれません。それでもなお貫いてみせた宗太郎の努力が決して無駄でないことは、可笑しくも美しい一つの奇跡を描く結末に表れています。


 果たしていつ終わるともしれぬ宗太郎の猫の手屋稼業。しかし彼の奮闘が報われる日はいつか必ず来る――そしてその時そこにいるのは、かつてとは比べものにならないほどに成長した人間・近山宗太郎の姿でしょう。
 いささか気が早いことながら、そんなことを想像してしまう本作でありました。


『されど、化け猫は踊る 猫の手屋繁盛記』(かたやま和華 集英社文庫) Amazon
されど、化け猫は踊る 猫の手屋繁盛記 (集英社文庫)


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2017.07.11

ほおのきソラ『戦国ヴァンプ』第4巻 混迷する少女久秀と世界の運命

 タイムスリップ女子高生ものと、人外信長もの――時代ものでは比較的メジャーな(本当に?)二つを合体させたら大変なことになってしまった本作、松永久秀になってしまった主人公・ひさきと、彼女を愛する吸血鬼・信長が織りなす歴史は、様々な横やりのおかげで混迷を極めることとなります。

 何者かの手によって戦国時代に招かれた現代の女子高生・ひさきと、彼女を庇護した吸血鬼の王・三好長慶によって、瀕死となったところを救われ、吸血鬼となった信長。
 長慶によって、今は行方不明の腹心・松永久秀の名を与えられたひさきは、久秀の実の弟・長頼に支えられながら都で暮らすことになります。

 そんな中、実は戦国のヴァンパイアハンターであった真・久秀によって、三好一族は次々と斃される事件が発生。長慶はいずこに姿を消してしまい、残された吸血鬼と人間のハーフ・三好義継が大暴走して将軍義輝を襲撃、ひさきはその罪を着せられ、そして長頼は瀕死の深手を負うことに……


 と、大筋は合っているにもかかわらず、ディテールでは本当に大変なことになっている本作。

 大変な中でもひさきラブの信長は吸血鬼の瞬間移動能力で彼女にまとわりつき、ひさきと一緒にタイムスリップして家康役になってしまった幼なじみのはじめは、歴オタの知識を活用して彼女を支え……
 と、役に立っているのかいないのか微妙な男どもはさておき、ひさきはこの世界で生き抜き、少しでも犠牲を減らすために、今日も戦いを続けることになります。

 しかしそんな決意を胸にした彼女が演じるのが、よりによって松永久秀というのは運命の皮肉、というより悪意。東大寺での戦いに引きずり込まれた彼女は、歴史通りに大仏を焼いた人間という汚名を着せられることになってしまうのです。
(そんな中で、大仏消火よりも人命救助を優先したり、結果として大仏がなくなって大ショックを受けたりする彼女の姿は、それはそれである種のリアリティがあるかも……と妙な感心をさせられます)

 しかしこの世界を支配する運命は、さらに彼女を、そして信長をはじめとするこの時代の人々を振り回します。
 物語から一度は退場したあの人物この人物が、異なる名を得て再び歴史の表舞台に登場。さらに舞台は近畿と東海だけかと思いきや甲州にも広がり、あの超大物が、妖魔と手を組んで暗躍。そして信長の忠臣かと思われた秀吉もまた……

 と、異形の戦国ものとしても楽しくなってきてしまった本作。
 終盤では長慶改め○○○○が、この手の作品では本当に禁句なことを言い出して「おいっ!」とツッコミたくなりましたが、この辺りの成り行きも含め、想像以上に本作の世界は(もちろん面白い方向に)広がってきたと言わざるを得ません。

 その一方でラストには、そういえばこの人のことを完璧に忘れていた――な濃姫が登場。ひさきと信長との三角関係も気になるところで、本当にあらゆるところで先の読めない、先が楽しみな作品なのです。


 ちなみにこの巻で初登場したキャラクターの一人が、かの服部半蔵。しかしこの半蔵、一応常人ながらキャラの濃さが半端ではなく、こちらも要チェックであります。


『戦国ヴァンプ』第4巻(ほおのきソラ 講談社KCx(ARIA)) Amazon
戦国ヴァンプ(4) (KCx)


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2017.07.08

今野敏『サーベル警視庁』 警察ものにして明治ものの快作

 格闘技、SF、伝奇と様々なジャンルで活躍し、その中でも特に警察小説の名手として知られる作者が、なんと明治時代の警察庁を舞台として描くユニークな作品であります。明治後半の東京で連続する殺人事件。捜査に当たる警視庁第一部第一課のメンバーが辿り着いた真相とは……

 舞台となるのは明治38年7月、日露戦争では日本が日本海海戦で大勝し、終戦に向かいつつある頃――上野不忍池で、死体が発見されます。
 その報に現場に向かった警視庁第一部第一課の鳥居部長、葦名警部と岡崎巡査ら四人の巡査は、その場に現れた自称私立探偵・西小路とともに捜査を開始。被害者は帝大講師の高島であると判明します。

 急進的なドイツ文化受容論者であったという高島の周辺の捜査を開始する巡査たち。しかし遺体の発見者である薬売りは不可解な状況で姿を消し、帝大生を名乗る男からは捜査を攪乱するような偽りの情報がもたらされるなど、捜査は難航することになります。

 さらに内務省からの横やりが入るなど不穏な空気が漂う中で、陸軍大佐が高島と同様に鋭利な刃物で一突きされて殺害されるという事件が発生。
 そしてこの事件現場の近くで、不審な老人の目撃情報を得て後を追った岡崎巡査は、老人の意外な正体を知ることになります。

 そしてなおも事件は続き、次第に明らかとなっていくその全貌。犯人の真意を知った第一部第一課の面々は……


 なるほど、本作は舞台こそ明治であれ、まさしく警察小説と呼ぶにふさわしい内容。
 謎解きの要素はもちろんあるものの、より力点が置かれるのは、その事件を追う警察の面々の奮闘であり、あるいは他の組織や上層部との軋轢であり――と、明治を舞台としてもこのようなやり方があるのか、と感心させられます。

 登場キャラクターの方も、べらんめえ口調で型破りな部長に、理論派で冷徹な警部、部長の行動に振り回されがちの課長に、現場で奮闘する巡査たち……という配置など、ある意味定番ながら面白い。
 さらに上で述べた組織の問題など、当時の内務省と警視庁の力関係を、現代の警察庁と警視庁を思わせる形に当てはめて描いてみせるのには感心させられます。

 その一方で、明治という時代背景ならではの要素も随所に設定されていることも言うまでもありません。

 第一の事件の背景となる帝大では現代にまで不朽の名を残すあの文学者が教鞭を取っていたこの時代。その文学者は、間接的な登場ではあるものの、前任者の小泉八雲ともども、作中で大きな存在感を以って描かれることになります
 そして何より、明治で警察とくれば、どうしても連想してしまうあの人物ももちろん登場し、終盤ではほとんど主役クラスの活躍をみせるのであります。

 ――しかし、本作の「時代もの」たる所以は、こうした当時の実在の人物たちが登場する点に留まるものではありません。
 それ以上に本作において時代性を感じさせるのは、事件の背景となった政府内のある動き、そしてその原因となった一種の世相――上で述べた実在の人物たちの運命とも密接に関わるそれなのであります。

 それが何であるかは、ここでは具体的には述べません。しかしそれは、文明開化に邁進して日清・日露という対外戦争をくぐり抜け、近代国家へと変貌しつつあった日本が抱えることとなった一種の歪みであると――そう述べることは許されるでしょう。
(この辺り、作者が述べているように、『坊ちゃんの時代』の影響が確かに強く感じられます)

 そしてそんな明治の日本の姿は、この時代特有のものでありつつも、奇妙に現代の日本に重なるものであるとも……


 厳しいことを申し上げれば、警察以上に部外者が活躍した印象はあります。ラストの展開も、突然「時代劇」的になった感は否めません(そしてそれもまた、部外者あってこその展開でもあり……)

 それでもなお、警察小説を明治時代に巧みに移植するとともに、そのスタイルの中で、明治という時代性を、しっかりとした必然性を以て描いてみせた本作は、大いに魅力的であることは間違いありません。

 警察ものにして明治もの――本作のみで終わらせるには惜しい趣向であります。


『サーベル警視庁』(今野敏 角川春樹事務所) Amazon
サーベル警視庁

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2017.07.01

松尾清貴『真田十勇士』 「嘘」を軸に描くもう一つの真田十勇士

 昨年から今年にかけて全7巻刊行され、児童書とは思えぬ伝奇性とドラマ性で驚かせてくれた松尾清貴版『真田十勇士』。本作はその作者によるもう一つの真田十勇士――2014年に初演され、2016年に再演と映画化が行われたマキノノゾミ版十勇士のノベライゼーションであります。

 14年前、関ヶ原に向かう徳川勢を信州上田で散々悩ませ、紀州九度山村に流刑となった真田幸村。天下の智将として知られ、今なお崇敬を集める幸村は、しかしその実は凡庸な男、周囲の期待を負担に思い続けるままに年を重ねてきた男に過ぎなかったのです。
 そんな中、幸村の前に現れた、大名の御落胤と騙って諸国を荒らしてきた男・猿飛佐助。自分の「正体」を包み隠さず語った幸村に興味を抱いた佐助は、幸村を名将として担ぎ上げ、天下に名を挙げることを目論みます。

 同じ忍びの里で生まれ育ち、共に抜忍となった霧隠才蔵とその子分の三好清海・伊佐。幸村にただ一人仕えてきた海野六郎。さらに望月六郎、筧十蔵、由利鎌之助、根津甚八、真田大介と、幸村の下に集った十人の勇士。
 折しも、幸村を大坂城に迎えるために密かに淀殿が九度山を訪れ、ついに大坂城入りを決断した幸村を操り、佐助は真田丸で大活躍するのですが……


 あの英雄・真田幸村が、実はいかにも名将然とした外見だけの凡人、その背後に控える猿飛佐助が操っていた……というユニークなアイディアの本作。
 白状すれば、恥ずかしながら舞台版・映画版ともに未見の私ですが、このアイディアと基本的な物語展開は、そちらとも共通する模様であります。

 本来であれば、少なくとも舞台版を観てからこの小説版を取り上げるべきかもしれませんが、あえて小説版から取り上げるのは、冒頭で触れたとおり、本作の作者である松尾清貴の同名の別作品(本当にややこしいとは思います)の大ファンだったというのが理由の一つなのですが……
 しかしそれだけでなく、本作がノベライゼーションという域を越えて、一つの小説として、完成度が高い作品だから、というのが最大の理由であります。


 先に述べたように、本作の最大の特徴である、幸村の「嘘」。本作はその幸村と佐助の、いわば共犯関係を中心に展開していく物語ですが――しかし「嘘」をついているのは、幸村だけではありません。
 彼に仕える十勇士や、さらには淀殿やその他の人々に至るまで、本作の登場人物の多くが、それぞれの「嘘」を抱えているのであります。

 それは時に自分の経歴を、人となりを偽るものであります。そしてまた時に自分の気持ちを、望みを偽るものであります。それは他人を偽り、傷つけるものであれば、自分を偽り、傷つけるものでもあります。
 こうでありたい、こうでありたくない――人が自分自身に、周囲との関係性に抱くイメージとのギャップを埋めるために用いる方便が嘘であるとすれば、本作の登場人物の大半が嘘をついていると言えるでしょう。

 そんな本作の物語は、当然と言うべきか、こうした登場人物たちの心中を掘り下げて描いていくこととなります。そしてそれは、舞台や映画に比して、小説というメディアにおいてアドバンテージがある手法でしょう。
 かくて本作は、血沸き肉躍る戦国アクションであると同時に、戦国の世をさすらってきた人々の群像劇を描く一個の小説として、独立した魅力を生み出しているのです。

 そしてそんな本作は、先に述べた作者のもう一つの『真田十勇士』とはもちろん全く異なる内容であるものの、その一方で大きな共通点があると感じられます。
 それは自分自身を見失った者たちによる、人間性の回復――あちらでは超常的な伝奇物語との対比で描かれていたそれが、本作においては「嘘」を軸に描いていたと言うべきでしょうか。

 手法や内容は違えど、そこで描かれるものは、英雄物語の背後で悩み、苦しみ、そして立ち上がる人間たちの力強さなのです。


 正直なところ、そのシビアなドラマ性の印象が強いあまり、(おそらくは舞台版から存在する、この物語の肝である)ラストの大どんでん返しに、逆に違和感がないわけではないのですが――それは些細なことでしょう。
 ノベライゼーションという枠を超え、松尾清貴によるもう一つの『真田十勇士』として、本作は十分以上に魅力的なのですから。


『真田十勇士』(松尾清貴 小学館文庫) Amazon
真田十勇士 (小学館文庫)


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2017.06.25

ことだま屋本舗EXステージ『戦国新撰組』

 本日、ESPエンタテインメント東京本館で開催された、ことだま屋本舗EXステージ『戦国新撰組』を観てきました。昨年の冬の『クロボーズ』に続くLIVEリーディングなるこのイベント、観客の前で、声優が漫画のキャラクターの声を当てるというユニークな試みであります。

 今回のLIVEリーディングの題材となっている『戦国新撰組』は、『クロボーズ』と同じく富沢義彦原作の戦国アクション漫画。
 朝日曼耀作画による本作は、以前このブログでも第1巻をご紹介いたしましたが、タイトルから察せられるように、あの新撰組が戦国時代にタイムスリップして始まる奇想天外な物語であります。


 今回のLIVEリーディングで上演されたのは、原作の第8話まで――現在発売されている単行本第1巻は第5話までが収録されていますが、おそらくは第2巻まで収録される辺りまでが今回上演されたことになります。

 池田屋事件後のある日、突如として戦国時代――桶狭間の戦いの直前の尾張にタイムスリップしてしまった新撰組。
 その一人、三浦啓之助は、土方、島田らとともに、織田家に士官する前の木下藤吉郎と蜂須賀小六と遭遇し、捕らえられて信長の前に引き出されることになります。

 その動きを察知した近藤・斎藤・井上・山崎たちは、土方らを救出するために、織田の本陣を急襲。一方、山南・沖田・藤堂は成り行きから今川軍に潜り込み、織田軍と戦うことに……

 という本作は、新撰組のキャラクター数からも察せられるように、かなりのキャラクターが登場する物語。さらにモブが入り乱れる合戦シーンなどもあり、相当賑やかな(?)展開となるのですが――それがこのLIVEリーディングという形式には実に似合っていた印象があります。

 特に物語の中で結構なウェイトを占める合戦シーンは、SEによる効果もあいまって相当の迫力。ここだけでもLIVEリーディングの甲斐があった――というのはさすがに言い過ぎですが、漫画ではさらっと読んでしまうような乱戦部分にも引き込まれたというのは、大きな効果であったと思います。

 そして内容の方も、先に触れたように第8話までと結構なボリュームではあったのですが、しかし駆け足という印象はなかったのは、これは原作自体のスピード感が相当なものであるためでしょうか。

 なにしろ、上で述べたあらすじだけではわからないような驚きの展開の連続である本作。連載の方ではかなりの頻度でショッキングな展開(特に第5話のラストの信長○○にはもう……)が飛び出してくるのですが、それを一気に観ることができたのは、原作読者としても非常に楽しい体験でありました。
(もっとも、このLIVEリーディングにおいては、個人的には第○話、というように分けなくてもよかったのでは……とは思います)

 演者の方も、声優オンチの私でも名前を知っている代永翼の三浦啓之助などはまさにハマり役。原作での、根性なしで、それでいていざとなると何をやらかすかわからない(そしてそんな中に様々に鬱屈するものを抱えた)「現代っ子」ぶりをうまく再現していたという印象があります。
 もう一つ、楠田敏之演じる土方は、声がついてみるとかなりテンパったキャラだったのだなあ……とも(これは演技への感想ではなく、作中での扱いへの感想ですが)


 何はともあれ、前回の『クロボーズ』よりも(物語のテンポなどが異なるとはいえ)より舞台にマッチした内容で、演出等も洗練された印象があった今回のLIVEリーディング。
 流行の2.5次元よりもさらに2次元に近い、2.25次元的な舞台ですが、この形式ならではの面白さをまだまだ見てみたいと思わされる舞台でありました。



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2017.06.19

『コミック乱ツインズ』2017年7月号

 コンビニ等で見かけると、もう月も半ばだな――という気分になる『コミック乱ツインズ』、今月号の表紙は連載第100回の『そば屋幻庵』であります。今回も、個人的に印象に残った作品を紹介していきましょう。

『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 今日も今日とて日本の鉄道の能力向上のために奮闘する島と雨宮。輸送力増強のため列車の最高速度を引き上げたいと悩む島の前に現れた老人は、「日本の鉄道のハンディキャップ」の存在を指摘します。そのハンディキャップとは何か。意外な正体を見せたその老人の提案に対し、島はどう答えるのか……

 困難に挑む技術開発史という側面と、そこに関わる人々による一種の人情話という側面を持つ本作ですが、今回はさらに歴史ものとしての側面がクローズアップされます。
 それが今回登場する謎の老人の存在なのですが――現在の呼び名から正体はすぐに推測できるものの、「彼」と鉄道がすぐには結びつかない組み合わせなのが実に面白い。

 彼が語る日本鉄道のハンディキャップの正体も納得ですが、その打開策に対する島のリアクションも、もっともといえばもっとも。とはいえ具体的な解決策が示せたわけではないので、それはこの先に期待でしょうか。
 オチもやりすぎ感はあるものの、やはりニヤリとできる内容であります。


『すしいち!』(小川悦司)
 前々回、江ノ島で婚約した鯛介とおりんの祝言が描かれる今回。しかしむしろ中心になるのは、鯛介の愛弟子であり、ともに菜の花寿司を支えてきた蛤吉であります。自分の存在が二人の邪魔になると、店を辞める決意を密かに固めた彼が、祝言にあたって望んだのは、客へのふるまい寿司を握ること……

 というわけで蛤吉の成長が語られるのですが、ここで彼が握る寿司が、これまで作中で鯛介が握ったものという趣向が面白い。これまで見せた技(料理)が再び――というのは、漫画のクライマックスとして定番のパターンの一つですが、それを主人公ではなく蛤吉が行うのが、受け継がれる技の存在を示すようで印象に残ります。

 そしてタイトルの「すしいち」という言葉の意味も語られ、誌面には特に言及はなかったものの、ほとんど最終回のような……と思いきや、作者のツイートによれば、やはりひとまずの最終回とのこと。まずは綺麗な結末であったと思います。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 いよいよ最強の八犬士・親兵衛と最後の八犬士・荘助が登場してクライマックスも近づいた感のある本作。服部屋敷に囚われた村雨姫を救うため、犬士たちの作戦が始まることになります。

 正面から殴り込んだ(また殴り込みか、的なことを言われているのには笑いましたが)親兵衛が半蔵とくノ一を相手にし、さらに大角の忍法で村雨と瓜二つになった信乃と荘助が陽動、その間に大角が村雨を救い出す……と、彼らにしては珍しい連携を見せるのは、もちろん村雨の存在あってこそ。
 特に剽悍無比な親兵衛が、村雨から亡き兄に代わって慕われた過去を胸に強敵に挑む展開は、やはり大いに盛り上がります。

 くノ一たちを血祭りにあげつつも半蔵の刃に深手を負い、地に伏した彼が最後に発動した忍法こそは、あの――というわけで、まだまだ盛り上がります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 前回、ようやく倒されたかと思いきや、今回も堂々登場する信長鬼。実は時系列的には今回の方が先なのですが――今回描かれるのは、死を目前とした信長麾下の武将たちのもとを、信長鬼が訪れる姿であります。
 丹羽長秀、蒲生氏郷、豊臣秀吉、前田利家――死を間際にして無念の想いを抱えた彼らの前に現れた信長。彼は自らの「鬼の肉」を彼らに与え、死して後に鬼に転生することを唆したのであります。そして関が原を目前に信長鬼が倒されたことが契機となったように、彼らは鬼と化して復活を……

 と、転生バトルロイヤルものの序章といった趣の今回。まさか本作でこのような展開が――と驚かされましたが、しかしその手があったか! という気もいたします。丹羽長秀だけ他の人物とは異なる時期に亡くなっているのですが、復活のトリガーが信長鬼の死ということで、設定上の整合性が取れているのにも感心です。


 次号は『勘定吟味役異聞』が新章に突入。今号に続き、かどたひろし大活躍であります。


『コミック乱ツインズ』2017年7月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年7月号 [雑誌]


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 『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』2017年5月号
 『コミック乱ツインズ』 2017年6月号

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2017.06.07

入門者向け時代伝奇小説百選 古代-平安(その一)

 ここからは作品の舞台となる時代ごとに作品を取り上げます。まずは古代から奈良時代、平安時代にかけての作品の前半です。

46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)


46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫) Amazon
 とてつもなくキャッチーなタイトルの本作は、そのタイトルどおりの内容に驚愕必至の作品。
 赤壁の戦いで大敗を喫した曹操が諸葛孔明に匹敵する奇門遁甲の遣い手として白羽の矢を立てた相手――それは邪馬台国の女王・卑弥呼だった! という内容の本作ですが、架空戦記的な内容ではなく、あったかもしれない要素を丁寧に積み上げて、世紀の対決にきっちりと必然性を持たせていくのが実に面白いのです。

 そして物語に負けず劣らず魅力的なのは、この時代の倭国の姿であります。大陸や半島から流れてきた人々が原始的都市国家を作り、そこに土着の人々が結びつく――そんな形で生まれた混沌とした世界は、統一王朝を目指す中原と対比されることにより、国とは、民族とはなにかいう見事な問いかけにもなっているのです。

 ラストの孔明のとんでもない行動も必見!

(その他おすすめ)
『倭国本土決戦』(町井登志夫) Amazon
『シャクチ』(荒山徹) Amazon


47.『いまはむかし』(安澄加奈) Amazon
 実家に馴染めず都を飛び出した末、代々の(!)かぐや姫を守ってきた二人の「月守」の民と出会った弥吹と朝香。かぐや姫がもたらす莫大な富と不死を狙う者たちにより一族を滅ぼされ、彼女の五つの宝を封印するという彼らに同行することにした弥吹たちの見たものは……

 竹取物語の意外すぎる「真実」を伝奇色豊かに描く本作。その物語そのものも魅力的ですが、見逃せないのは、少年少女の成長の姿であります。
 旅の途中、それぞれの目的で宝を求める人々との出会う中で、自分たちだけが必ずしも正しいわけではないことを知らされつつも、なお真っ直ぐに進もうという彼らの姿は実に美しく感動的なのです。

 そして「物語を語ること」を愛する弥吹がその旅の果てに知る物語の力とは――日本最古の物語・竹取物語に込められた希望を浮かび上がらせる、良質の児童文学です。


48.『玉藻の前』(岡本綺堂) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 インド・中国の王朝を騒がせた末に日本に現れ、玉藻前と名乗って朝廷に入り込むも正体を見顕され、那須で殺生石と化した九尾の狐の伝説。本作はその伝説を踏まえつつ、全く新しい魅力を与えた物語です。

 幼馴染として仲睦まじく暮らしながら、ある事件がきっかけで人が変わったようになり、玉藻の前として都に出た少女・藻と、玉藻に抗する安倍泰親の弟子となった千枝松。本作は、数奇な運命に引き裂かれつつも惹かれ合う、この二人を中心に展開します。
 そんな設定の本作は、保元の乱の前史的な性格を持った伝奇物語でありつつも、切ない味わいを濃厚に湛えた悲恋ものとしての新たな魅力を与えたのです。

 山田章博『BEAST OF EAST』等、以後様々な作品にも影響を与えた本作。九尾の狐の物語に新たな生命を吹き込むこととなった名作です。

(その他おすすめ)
『小坂部姫』(岡本綺堂) Amazon


49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 劇画界の超大物原作者による本作は、鬼と化した少女を主人公としたオールスター活劇であります。

 父・藤原秀郷を訪ねる旅の途中、鬼に襲われて鬼の毒をその身に受けた少女・茨木。不老不死となり、徐々に鬼と化していく彼女は、藤原純友、安倍晴明、渡辺綱、坂田金時等々、様々な人々と出会うことになります。そんな中、藤原一門による鬼騒動に巻き込まれた茨木の運命は……

 平安時代と言っても三百数十年ありますが、本作は不老不死の少女を狂言回しにすることにより、長い時間を背景とした豪華キャストの物語を可能としたのが実に面白い。
 しかしそれ以上に、「人ならぬ鬼」と、権力の妄執に憑かれた「人の中の鬼」を描くことで、鬼とは、裏返せば人間とは何かという、普遍的かつ重いテーマを描いてみせるのに、さすがは……と感心させられるのです。


50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 平安ものといえば欠かすわけにはいかないのが『陰陽師』シリーズ。誕生30周年を経てなおも色あせない魅力を持つ本シリーズは、安倍晴明の知名度を一気に上げた陰陽師ブームの牽引役であり、常に第一線にある作品です。

 その中で初心者の方にどれか一冊ということであれば、ぜひ挙げたいのが本作。元々は短編の『金輪』を長編化した本作は、恋に破れた怨念から鬼と化した女性と、安倍晴明・源博雅コンビの対峙を描く中で主人公二人の人物像について一から語り起こす、総集編的味わいがあります。

 もちろんそれだけでなく、晴明と博雅がそれぞれに実に「らしい」活躍を見せ、内容の上でも代表作といって遜色ない本作。
 特に人の心の哀れを強く感じさせる物語の中で、晴明にも負けぬ力を持つ、もう一人の主人公としての存在感を発揮する博雅の活躍に注目です。

(その他おすすめ)
『陰陽師 瀧夜叉姫』(夢枕獏) Amazon



今回紹介した本
諸葛孔明対卑弥呼 (PHP文芸文庫)(P[あ]6-1)いまはむかし (ポプラ文庫ピュアフル (P[あ]6-1))玉藻の前夢源氏剣祭文【全】 (ミューノベル)陰陽師生成り姫 (文春文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 諸葛孔明対卑弥呼
 「いまはむかし 竹取異聞」 異聞に込められた現実を乗り越える力
 玉藻の前
 夢源氏剣祭文
 

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2017.05.30

入門者向け時代伝奇小説百選 ミステリ

 今回の入門者向け時代伝奇小説百選はミステリ。物語の根幹に巨大な謎が設定されることの多い時代伝奇は、実はミステリとはかなり相性が良いのです。

41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)


41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子) 【古代-平安】 Amazon
 日本最大の物語と言うべき源氏物語。本作はその作者・紫式部を探偵役として、源氏物語そのものにまつわる謎を解き明かす、極めてユニークな物語です。

 本作で描かれるのは、大きく分けて宮中でおきた猫の行方不明事件と、題名のみが現代に残されている「かかやく日の宮」の帖消失の謎。片や日常の謎、片や源氏物語そのものに関わる謎と、その趣は大きく異なりますが、どちらの事件もミステリとして興趣に富んでいるだけでなく、特に後者は歴史上の謎を解くという意味での歴史ミステリとして、高い完成度となっているのです。

 そして本作は、「物語ることの意味」「物語の力」を描く物語でもあります。源氏物語を通じて紫式部が抱いた喜び、怒り、決意……本作は物語作家としての彼女の姿を通じ、稀有の物語の誕生とそれを通じた彼女の生き様を描く優れた物語でもあるのです。

(その他おすすめ)
『白の祝宴 逸文紫式部日記』(森谷明子) Amazon


42.『義元謀殺』(鈴木英治) 【戦国】 Amazon
 文庫書き下ろし時代小説の第一人者であると同時に、戦国時代を舞台としたミステリ/サスペンス色の強い物語を送り出してきた作者のデビュー作は、戦国時代を大きく変えたあの戦いの裏面を描く物語です。

 尾張攻めを目前とした駿府で次々と惨殺されていく今川家の家臣たち。義元の馬廻で剣の達人の宗十郎と、その親友で敏腕目付けの勘左衛門は、事件の背後にかつて義元の命で謀殺された山口家の存在を疑うことになります。彼らの懸念どおり事件を実行していたのは山口家の残党。しかしその背後には、更なる闇が……

 戦国最大の逆転劇である桶狭間の戦。本作はその運命の時をゴールに設定しつつ、どんでん返しの連続の、一種倒叙もの的な味わいすらあるミステリとして成立させた逸品であります。最後の最後まで先が読めず、誰も信用できない、サスペンスフルな名作です。

(その他おすすめ)
『血の城』(鈴木英治) Amazon


43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍) 【剣豪】【江戸】 Amazon
 歴史上の事件の「真実」をユニークな視点から解き明かす作品を得意とする作者が、名だたる剣豪たちの秘剣の「真実」を解き明かす連作であります。
 それだけでも興味津々な設定ですが、主人公となるのはかの剣豪・柳生十兵衛と、手裏剣の達人・毛利玄達(男装の麗人)。この凸凹コンビが探偵役だというのですからつまらないわけがありません。

 本作の題材となるのは、塚原卜伝の無手勝流、草深甚十郎の水鏡、小笠原源信斎の八寸ののべかね、そして柳生十兵衛(!?)の月影と、名だたる剣豪の名だたる秘剣。いずれもその名が高まるのと比例して、神秘的ですらある逸話がついて回るようになったその秘剣の虚像と実像を、本作は見事に解き明かしていくのです。

 十兵衛と玄達のキャラクターも楽しく、剣豪ファンにも大いにお薦めできる作品です。

(その他おすすめ)
『柳生十兵衛秘剣考 水月之抄』(高井忍) Amazon
『名刀月影伝』(高井忍) Amazon


44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる) 【幕末-明治】【児童文学】 Amazon / Amazon
 自称名探偵・夢水清志郎が活躍する児童向けミステリ『名探偵夢水清志郎事件ノート』シリーズの登場人物の先祖的キャラが活躍する外伝であります。

 幕末の長崎出島に住み着いていた謎の男・夢水清志郎左右衛門。出島で事件を解決した彼は、ふらりと江戸に出ると、徳利長屋に住み着いて探偵稼業を始め……という本作、前半は呑気な事件が多いのですが、終盤にガラリとシリアスかつ驚天動地の展開を迎えることとなります。
 江戸を舞台に激突寸前の新政府軍と幕府軍。これ以上の時代の犠牲を防ぐべく、清志郎左右衛門は勝と西郷を前に、江戸城を消すというトリックを仕掛けるのですから――

 時代劇パロディ的な作品でありつつも、人を幸せにしない時代において、「事件を、みんなが幸せになるように解決する」べく挑む主人公を描く本作。子供も大人も必読の名作です。


45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介) 【幕末-明治】 Amazon
 『大富豪同心』をはじめとするユニークな作品で活躍する作者による伝奇ミステリの問題作であります。

 旅先で看取った青年の末期の言葉を携え、モウリョウの伝説が残る上州の火嘗村を訪れた渡世人の三次郎。そこで彼を待ち受けるのは、猟奇的な事件の数々。関わりねえ事件に巻き込まれた三次郎の運命は――
 と、奇怪な伝説や因習の残る僻地の謎と、それに挑む寡黙な渡世人という、どこかで見たような内容満載の本作。しかし本作はそこに濃厚な怪奇性と、きっちり本格ミステリとしての合理的謎解きを用意することで、さらに独特の世界を生み出しているのが何とも心憎いのです。

 そして本作のもう一つの特徴は、作中の人物がミステリのお約束に突っ込みを入れるメタフィクション的な言及。路線的に前作に当たる『猫魔地獄のわらべ歌』ほど強烈ではありませんが、後を引く味わいであります。



今回紹介した本
千年の黙 異本源氏物語 (創元推理文庫)義元謀殺 上 (ハルキ文庫 す 2-25 時代小説文庫)柳生十兵衛秘剣考ギヤマン壺の謎<名探偵夢水清志郎事件ノート外伝> (講談社文庫)徳利長屋の怪<名探偵夢水清志郎事件ノート外伝> (講談社文庫)股旅探偵 上州呪い村 (講談社文庫)


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 森谷明子『千年の黙 異本源氏物語』 日本最大の物語作者の挑戦と勝利
 鈴木英治『義元謀殺』上巻 「その時」に向けて交錯する陰謀
 「柳生十兵衛秘剣考」(その一)
 「ギヤマン壺の謎 名探偵夢水清志郎事件ノート外伝」 名探偵幕末にあらわる
 「徳利長屋の怪 名探偵夢水清志郎事件ノート外伝」 時代に挑む大仕掛け
 『股旅探偵 上州呪い村』 時代もの+本格ミステリ+メタの衝撃再び?

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2017.05.16

誉田龍一『将軍を蹴った男 松平清武江戸奮闘記』 民のため、将軍を動かす男!

 市井に暮らすあの人物が実は大変な身分の……というのは古今東西不滅のパターン。本作はそれを踏まえつつも、将軍を蹴った男――六代将軍家宣の弟であり、八代将軍候補となったともいわれる松平清武を主人公に据えたユニークな作品です。

 私がそうなので言ってしまいますが、松平清武という人物を知っていた方は、相当少ないのではないでしょうか。
 この清武は上州館林藩主、そして三代家光の孫にして六代家宣の実弟という実在の人物。直系男子という将軍位に極めて近い位置におり、冒頭で述べたように、七代家継が危篤となった際、家宣の御台であった天英院から八代将軍に推されたともいわれている人物であります。

 実際にはそうならなかったのは、一つには彼がこの時既に五十代であったこと、そしてもう一つは(これが大きいと思われますが)、彼が家臣の越智家に育てられてその家督を継ぎ、またその後に館林藩主となったという経歴があったと言われています。
 これはこれで尤もな話かもしれませんが、しかし本作はそこに独自の、そしてよりドラマチックな理由を描いてみせるのです。


 館林藩主でありながら、江戸では裏長屋に暮らす浪人・清さんとして暮らす清武。ある理由からこのような二重生活を送っていた彼は、天英院から呼び出され、八代将軍候補になるよう頼まれます。
 しかし将軍という望んでも得られぬ地位を、自らの任に非ずと蹴ってしまった清武。それには彼が市井に暮らす理由と同じ、ある過去の出来事があって――

 と、歴とした殿様が市井に暮らしているという設定にまずひっくり返るのですが(まあ、同じレーベルの別の作家の作品では、その兄の家宣が市井で暮らしているのですが)、しかしそこが本作の設定の巧みな点。

 彼が治める館林藩は、実は一度は廃され、彼の代になって再興された藩。館林城も、一度は廃されたのを、彼が再建したものであります。
 しかしそのために重税を化したことで領民の反発を招いた清武は、百姓一揆と江戸屋敷への強訴を起こされてしまったのであります(これは史実)。これは言うなれば藩主失格の烙印を押されたようなものでしょう。

 そしてその過去が、本作の彼をして市井にその身を暮らさせ、そして将軍位を辞退させたのであります。藩主失格の自分が、天下を統べることができるわけがない、それよりも市井に暮らし、庶民の目を持って共に暮らしたい……と。

 そんな彼の設定自体、十分にユニークですが、しかしさらに面白いのはここから。
 その将軍を蹴った彼に手を差し伸べ、自分のブレーンとなることを願ったのは、何と八代将軍吉宗その人。紀州から江戸にほとんど単身乗り込むこととなった彼は、幕政改革のために、清武のようなこれまでにない視点を持つ人物を求めていたのです。

 かくて将軍を蹴った男は将軍と組んで、市井に起きる様々な事件をきっかけに、幕政の改革に取り組んでいく……というのが本作の基本スタイルであります。


 先に述べたとおり、御連枝の殿様が、それも結構な年齢の(彼の正体を知らない町の人々からは「清爺」と呼ばれたりする)人物が市井に暮らし、しかも将軍のいわばご意見番として活躍するというのは、ある意味ファンタジーにファンタジーを重ねたような物語に思えるかもしれません。
(その将軍自身が、フィクションの世界では市井をうろついていたおかげで違和感が少ない……というのはさておき)

 確かに見かけはそうかもしれません。しかし本作ではそこにある種の共感と好感を感じさせるのは、その根底に、藩政での失敗という彼の悔恨と、そこから生まれた庶民への思いやりがあるからではないでしょうか。
 実は本作の第2話は、その彼の過去の失敗にダイレクトに繋がるエピソード。かつて自分が生み出したのと同じような立場の人間と出会った彼が、かつてと同じ運命を繰り返させないため奔走し、将軍をも動かす……そんな清武の人物像が、実にイイのであります。

 そう、彼は将軍を蹴った男であるだけではありません。彼は過去の悔恨を糧にして、庶民のために将軍を動かす男となったのであります。これは、ある意味将軍以上に大きな男と言えるのではないでしょうか?


 そんな清武と、まだ三十代でやり手の若手然とした吉宗の対比も面白い本作。まだまだ様々なドラマが生み出せそうな、そんな物語の開幕であります。


『将軍を蹴った男 松平清武江戸奮闘記』(誉田龍一 コスミック・時代文庫) Amazon
将軍を蹴った男―松平清武江戸奮闘記 (コスミック・時代文庫)

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