2018.09.20

武内涼『はぐれ馬借 疾風の土佐』の解説を担当しました


 本日集英社文庫から発売の武内涼『はぐれ馬借 疾風の土佐』の解説を担当させていただきました。室町時代の土佐を舞台に、諸国往来御免の「はぐれ馬借」に加わった青年・獅子若の活躍を描くシリーズの第2弾――攫われた子を探す僧を助けて獅子若たちが死闘を繰り広げる室町アクションの快作です。

 先達が源義経から過書(通行許可証)を与えられ、諸国往来御免の特権を持つ「はぐれ馬借」。並外れた体躯と印地(石投げ)の腕で鳴らした馬借・獅子若は、ある事件がきっかけで坂本を追放された末に、このはぐれ馬借の一員に加わることになります。
 敵であっても命を奪わないというはぐれ馬借の掟に戸惑いつつも、徐々に仲間と馬たちにも馴染み、旅を続ける獅子若の冒険が描かれた前作『はぐれ馬借』。

 その続編である本作は、獅子若たちが鳴門海峡を越え、四国に入る場面から始まります。
 一仕事を終え、攫われた子を探しているという雲水の一人・昌雲とともに土佐に向かうことになった一行ですが、しかしその先に待ち受けるのは厄介事の数々。火付けの疑いをかけられ、土地の悪徳代官からは義経の過書を売るように執拗に迫られ、さらには獅子若に恨みを持つ凶賊・猿ノ蔵人率いる盗賊連合に追われ……

 四面楚歌の状況の中、己の命を、荷を、そして誇りを守るため、土佐の山林を舞台に、獅子若と仲間たちは、幾多の敵を向こうに回し、死闘を繰り広げることになります。


 というわけで、「飛び交う金礫、疾駆する荒馬! これぞ室町ウェスタン!」という帯の文句そのままのアクションが繰り広げられる本作。
 特に、獅子若をはじめとする登場人物たちが――この時代では弓矢を除いてほとんど唯一の飛道具である――印地打ちを得意とするだけに、作中では様々なシチュエーションで礫が飛び交うことになり、その面白さと迫力は、このシリーズならではのものと言えます。

 しかし、アクションがスゴい、ヒーローが強い――では終わらないのが武内作品の魅力であります。
 本作の主人公である獅子若は、単純な力という点では、作中屈指の存在であります。しかし、その力を振るって敵を倒せばそれで全てが解決するのか? そうではありません。力で勝つだけでは何かが足りない――その先にあるものを求めて、獅子若は悩みながら歩を進めていくことになります。

 人が人らしく生きるというのは如何なることなのか。そしてそのためには何が必要なのか――その道を常に問いかけ、辛く厳しくともその道を行こうとする人々を、作者は本作のみならず、その作品のほとんど全てで描いてきました。
 そしてそんな人々の姿は、室町という時代において、より大きな意味を持つことになります。それも、我々現代の人間にも無縁ではない形で。

 さて、それは一体どのような意味か――それはまあ、読んでのお楽しみということで、よろしくお願いいたします。


 というわけで、作品の紹介なのか、解説の紹介なのか、いささかこんがらがってしまいましたが、本作が、血湧き肉躍る時代活劇であるのと同時に、室町時代ならではの(そして現代にまで通底する)人間の姿を鋭く描いてみせた歴史時代小説であることは、私が保証いたします。

 獅子若の物語と平行して、ある歴史的事件に繋がる動きが描かれるのも気になるところで――まずは本作を通じて、この『はぐれ馬借』の世界、武内作品の魅力に触れていただければと思います。


『はぐれ馬借 疾風の土佐』(武内涼 集英社文庫) Amazon
はぐれ馬借 疾風の土佐 (集英社文庫)


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2018.09.17

「コミック乱ツインズ」2018年10月号


 今月の『コミック乱ツインズ』は、表紙が『軍鶏侍』、巻頭カラーが『勘定吟味役異聞』。特別読切等はなしの、ほぼ通常運転のラインナップです。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 上に述べたとおり巻頭カラーの本作ですが、主人公のチャンバラは今回なし。というより、今回のエピソードに関わる各勢力の思惑説明回という趣であります。シリーズ名物の上役から理不尽な命を下される(そして聡四郎を逆恨みする)役人も登場、文章で読むとさほどでもありませんが、絵でみるとかなり可哀想な印象が残ります(普通のおじさんなので)。

 さて、今回聡四郎の代りに活躍するのは、相模屋の職人頭の袖吉。これまでも何かと聡四郎をフォローしてきた袖吉ですが、今回は潜入・探索要員として寛永寺に潜入して重要な情報を掴むという大金星であります。すごいな江戸の人入れ屋……


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 久々の登場となった印象のある本作ですが、面白いことに今回の主役は軍鶏侍こと岩倉源太夫ではなく、彼が家に作った道場に通う少年・大村圭二郎。父が横領で腹を切った過去を持ち、鬱屈した日々を追る彼は、ある日、淵で主のような巨大な鯉と出会って……

 と、少年の一夏の冒険を描く今回。周囲の人間とうまく係われずにいた圭二郎が大鯉と対峙する姿を、時に瑞々しく、時に荒々しく描く筆致の見事さは作者ならではのものと言うほかありません。
 師として、大人として、圭二郎を見守る源太夫の立ち位置も実に良く(厭らしい言い方をすれば、若い者に格好良く振舞いたいという読者の要望にも応えていて)、彼の命で圭二郎を扶ける老僕の権助のキャラクターも味わいがあり、良いものを読むことができました。


『カムヤライド』(久正人)
 出雲編の後編である今回は、出雲国主の叛乱に乗じて復活した国津神・高大殿(タカバルドン)との決着が描かれることとなります。
 真の姿を現した高大殿の前に、流石のモンコ=神逐人(カムヤライド)も追い詰められることになるのですが……
 変身ヒーローのピンチ描写では定番の、そして大いに燃えるマスク割れも出て、クライマックス感満点であります(ここでサラリとモンコのヒーロー意識を描いてくれるのもいい)。

 ここでカムヤライドの攻撃も通用しない強敵を前に、モンコが用意する対抗手段も意外かつユニークなのですが、盛り上がるのはそのためにモンコがヤマトタケルを対等の相棒として協力を求めるシーン。自分の王家の血にはそんな特別な力はない、と躊躇うヤマトタケルに対するモンコのセリフは、もう殺し文句としかいいようのないもので、大いに痺れます。
(この出雲編では、冒頭から「王家の血」の存在が様々な形で描かれていただけに、モンコがそれをバッサリと切り捨ててみせるのが、実にイイのです)

 そしてラストでは意外な(?)次回へのヒキも用意され、大いに気になるところであります。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 冒頭のセリフ「酷暑(あつ)い…」が全てを物語る、ひたすら暑い強烈な日差しの下で男たちが過剰に汗を流しながら繰り広げられる今回の主人公は、冒頭のセリフの主である海坂坐望。「仇討」の仇名のとおり、兄の仇を追って長きに渡る旅を続けている坐望ですが……

 川で流されていた少女を助けのがきっかけで、その父である髭浪人・左馬之助と出会った坐望。竜水一刀流の遣い手である左馬之助と語るうちに、かつて主命によって望まぬ人斬りを行い、藩を捨てたという彼の過去を知る坐望ですが、それは彼と無縁ではなく――というより予想通りの展開となります。
 そしてクライマックス、町のヤクザ同士の出入りの助っ人として対峙することとなる坐望と左馬之助。坐望の心の中に既に恨みはなく、左馬之助は坐望の過去を知らず――ただ金のためという理由で向き合う二人の姿は、武士の、用心棒という稼業の一つの姿を示しているようで実に哀しい。

 その哀しさを塗りつぶすかのように過剰にギラギラ照りつける日差しと、ダラダラ流れ続ける汗の描写も凄まじく、息詰まる、という表現がふさわしい今回のクライマックス。
 ラストでちょっと一息つけるものの、これはこれで気になる展開ではあります。


「コミック乱ツインズ」2018年10月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年10月号[雑誌]


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2018.09.07

田中芳樹『新・水滸後伝』下巻 巧みなアレンジを加えた傑作リライト


 あの田中芳樹が水滸伝の世界に――それもその続編である『水滸後伝』に挑むということで、水滸伝ファンの心を大いに騒がせた『新・水滸後伝』の下巻であります。金の侵攻を前に大宋国が揺れる中、各地で立ち上がった梁山泊の豪傑たち。その運命はついに一つに集うことに……

 阮小七が役人と争って以来、各地で再び厄介事に巻き込まれていく梁山泊の生き残りたち。折しも北方から金国が侵攻を開始する中、豪傑たちは貪官汚吏や悪人たち、金軍などと戦いながら、やがて登雲山、飲馬川、そして金鼇島の三ヶ所集っていくことになります。

 そんな中、飲馬川から偵察に出た戴宗と楊林が出会ったのは、一人隠棲していた燕青。相変わらず才知に富んだ燕青を中心に様々な冒険を繰り広げた彼らは、やがて金軍に敗れた王進や関勝らとともに飲馬川に戻ったものの、うち続く金軍の侵攻を前に、ついに登雲山組との合流を決意することになります。
 一波乱も二波乱もあった末に登雲山に着いた一行ですが、しかしそこにも迫る金軍の魔手。そこで李俊たちが南方に雄飛したことを知った一同は、彼らに合流すべく、金の軍船を奪取して海に出るのでした。

 一方その李俊の方は南方の金鼇島で平和に暮らしていた――と思えば、国王が魔人・薩頭陀と手を組んだ宰相・共濤に毒殺されたことににょり、暹羅国は大波乱。国王の敵討ちに攻め込んだものの、逆に薩頭陀と配下の革三兄弟に金鼇島を攻められ、絶体絶命の窮地に陥ることに……


 と、下巻は上巻にも増して、合戦また合戦の連続。合戦になると豪傑たちの個性が弱まるのは、これは原典というか原典の原典以来の欠点ですが、しかしそんな中でも、いかにも水滸伝らしい知恵と度胸で大逆転、という展開が数々散りばめられているのが嬉しいところであります。
 そして戦いの最中、あるいはその合間に見せる豪傑たちの素顔もいかにも「らしく」、この物語の発端であり、どうやら作者のお気に入りらしい阮小七のある種無邪気な無頼漢ぶりや、呼延ギョクと徐晟の義兄弟コンビの初々しい若武者ぶりなど、なかなか魅力的であります。

 そんな中でも特に印象に残るのは、この下巻ではほとんど出ずっぱりを見せる燕青でしょう。知略に武術に、相変わらずのオールマイティーぶりですが、囚われの皇帝に蜜柑と青梅を献じる忠心溢れる名場面から、李師師に迫られて大弱りの迷場面まで、下巻の主役と言ってもよいほどの大活躍であります。


 さて、こうした物語展開やキャラクター描写は(特に前者は)基本的に原典のそれをかなり忠実に踏襲しているのですが――しかしもちろん、随所に作者の手が入り、より整合性の取れた、より盛り上がる、そしてより現代日本の読者の感性に合った物語となっているのが注目すべきところでしょう。

 たとえばそれは、原典で日本の関白(!)が暹羅に来襲するくだりがオミットされていたり(ただし象に乗っていたり「黒鬼」なる水中部隊を擁しているのは他のキャラで再現)、金軍との対決が幾度か増量されていたり、現代人の目で見るとどうかなあという印象のラストの結婚ラッシュがなくなったり――下巻では上巻以上にアレンジが加えられている印象があります。
 しかしここで特筆すべきは――いささかネタばらしになることをお許し下さい――終盤で一度宋に戻り、杭州を訪れた燕青たちの前に現れる「彼」の存在であります。

 この「彼」との出会い自体は原典でも描かれるものの、あちらではかなりしみじみとした場面だったものが、本作においてはそれを作中屈指の一大バトルに改変。
 李俊たちの宿敵としてしぶとく生き残っていたあの男(この展開も本作オリジナルなのですが)を、「彼」が仲間たちを制して単身迎え撃つのですから、これを最高と言わずして何を最高と言いましょうか!
(実は読む前に「折角アレンジするのであれば、こんな場面があればいいのに……」と思っていたものが、ほとんどそのまま出てきたので仰天しました)


 ……と、思わずテンションが上がってしまいましたが、ただでさえ水滸伝ファンであればニヤニヤが止まらない原典を、この場面のように、さらに嬉しい形にリライトしてくれたのですから、水滸伝ファンにはまず必読と言い切ってかまわないでしょう。
 そしてもちろん、本作から逆に遡る形で水滸伝に触れる方がいれば――それはもちろん素晴らしいことであります。

 初心者から大の水滸伝ファンまで、少しでも多くの方が、この水滸後伝の、水滸伝の世界を楽しんでいただければと願う次第です。


『新・水滸後伝』下巻(田中芳樹 講談社) Amazon
新・水滸後伝 下巻


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2018.09.01

『盡忠報国 岳飛伝・大水滸読本』 17年間、全51巻の締めくくりに


 先日文庫版も完結した北方謙三の大水滸伝第三部『岳飛伝』。その『岳飛伝』と大水滸伝全体の読本であります。対談やインタビュー、エッセイ等に加え、思いもよらぬ企画まで、読み応え十分の一冊です。

 全17巻で完結した『岳飛伝』に加え、『水滸伝』全19巻、『楊令伝』全15巻と、実に計51巻、17年間に渡って描かれてきた大水滸伝。私も水滸伝ファンの端くれとして、この極めて意欲的で刺激的な「水滸伝」を楽しませていただきました。
 そのある意味締めくくりの一冊として刊行された本書も、ある意味ボーナス的な気分で手に取ったのですが――これが想像以上にユニークで楽しい一冊でした。

 これまで刊行された『替天行道』『吹毛剣』の二冊の読本同様、様々な企画記事を集めて構成された本書。対談4本、インタビュー2本、作者や評論家、担当編集者によるエッセイ、名台詞や用語辞典、さらにはダイジェスト漫画まで――約470ページぎっしりと詰まった内容はなかなか圧巻であります。
 本書に収録された記事は基本的には雑誌やwebサイトに掲載されたものが大半なのですが(作者と原泰久の対談、岳飛伝年表、編集者のエッセイの一部、漫画「圧縮岳飛伝」等が主な書き下ろしでしょうか)、単行本派としてはほとんど初見の内容なのでこれはこれでありがたいところです。

 名台詞と用語辞典は連載途中のものであるため(というより前者は『楊令伝』までの内容)『岳飛伝』を網羅していないのが不満ですが、それ以外の対談やエッセイは連載終了後のものが多く、完結後の今読んでも違和感がないのが嬉しいところであります。
 特に川合章子「『岳飛伝』――その虚と実」は、タイトルのとおり『岳飛伝』の内容と対比しつつ、史実の北宋末期から南宋初期の時代や岳飛の生涯を解説した記事で、必読とも言うべき内容と言えます。

 また語り下ろしの原泰久との対談の中では
(あまり潜在能力を発揮すると寿命が縮むと言われて)「それで縮んだ寿命は、それをもってよしとする覚悟をすれば、縮まない」
(原泰久が無理をして体調を崩したという話に)「それはまだ、技術的に潜在能力を常に出すというところを発揮していないんだよ」
と作中の人物のようなことを語る作者の言葉がたまらないところであります。


 さて――本書の内容について軽く紹介しましたが、しかし個人的に本書において必読の内容はその他にあります。それは「やつら」と題されたwebサイト掲載の内容+αの企画――作者たる北方謙三が、作中で命を落とした登場人物たちと邂逅し、対話する企画であります!
 その相手も、林冲・魯達・楽和・丁得孫・凌振・朱貴・石勇・時遷・扈三娘・王英・鄒潤・張横・李袞・童威・皇甫端・宋清・湯隆・陶宗旺――作中で大活躍した作品を語る上で欠かすことのできない大物から、梁山泊入りしてすぐに亡くなった者、大した活躍はできなかった者まで、多士済済であります。

 そんな面々が、(死後の?)世界に紛れ込んだ作者に対して、あるいは語り合い、あるいは問いかけ、あるいは愚痴をいい――思わぬ裏設定が語られたりするのも嬉しいのですが、何はともあれ、今この時代に作者が作中人物と対談する企画が堂々と描かれるとは、と驚かされます。
 ……そしてそれがきっちりと北方作品として、大水滸外伝として成立しているのには感心するばかりであります

 また、巻末の超ダイジェスト漫画『圧縮大水滸伝』は、作者の、そして作品のイメージとはだいぶ異なる、「今時の」ファン漫画的な内容なのにも驚かされますが、こうした読者層までファンが広がったことが大水滸伝の強さであり、受容の証なのだなあ――と今更ながらに感じたところです。


 何はともあれ、本書は『岳飛伝』全17巻、いや大水滸伝全51巻の締めくくりとして、ファンであれば楽しめる一冊であることは間違いありません。
 さて、『チンギス紀』読本は出るのか……(気が早い)


『盡忠報国 岳飛伝・大水滸読本』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
盡忠報国 岳飛伝・大水滸読本 (集英社文庫)


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 北方謙三『岳飛伝 一 三霊の章』 国を壊し、国を造り、そして国を……
 北方謙三『岳飛伝 二 飛流の章』 去りゆく武人、変わりゆく梁山泊
 北方謙三『岳飛伝 三 嘶鳴の章』 そして一人で歩み始めた者たち
 北方謙三『岳飛伝 四 日暈の章』 総力戦、岳飛vs兀朮 そしてその先に見える国の姿
 北方謙三『岳飛伝 五 紅星の章』 決戦の終わり、一つの時代の終わり
 北方謙三『岳飛伝 六 転遠の章』 岳飛死す、そして本当の物語の始まり
 北方謙三『岳飛伝 七 懸軍の章』 真の戦いはここから始まる
 北方謙三『岳飛伝 八 龍蟠の章』 岳飛の在り方、梁山泊の在り方
 北方謙三『岳飛伝 九 曉角の章』 これまでにない戦場、これまでにない敵
 北方謙三『岳飛伝 十 天雷の章』 幾多の戦いと三人の若者が掴んだ幸せ
 北方謙三『岳飛伝 十一 烽燧の章』 戦場に咲く花、散る命
 北方謙三『岳飛伝 十二 瓢風の章』 海上と南方の激闘、そして去りゆく男
 北方謙三『岳飛伝 十三 蒼波の章』 健在、老二龍の梁山泊流
 北方謙三『岳飛伝 十四 撃撞の章』 決戦目前、岳飛北進す
 北方謙三『岳飛伝 十五 照影の章』 ついに始まる東西南北中央の大決戦
 北方謙三『岳飛伝 十六 戎旌の章』 昔の生き様を背負う者、次代を担う者――そして決戦は続く
 北方謙三『岳飛伝 十七 星斗の章』 国を変える、国は変わる――希望の物語、完結

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2018.08.17

「コミック乱ツインズ」2018年9月号

 お盆ということでか今月は少々早い発売であった「コミック乱ツインズ」誌の2018年9月号。表紙は『仕掛人藤枝梅安』、新連載は星野泰視『宗桂 飛翔の譜』であります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介していきましょう。

『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視 監修:渡辺明)
 『哲也 雀聖と呼ばれた男』の星野泰視による新連載は、江戸時代に実在した将棋名人・九代目大橋宗桂の若き日の活躍を描く物語であります。

 1775年、十数年前から「名人」が空位となっている時代。亀戸の将棋会所を営む桔梗屋に敗れた不良侍・田沼勝助が、家宝の大小を奪われる場面から物語は始まります。
 初段の免状を笠に着て、対局相手に高額の対局料を要求するという博打めいたやり口の桔梗屋から刀を取り戻すため、茶屋で出会った若い侍の大小を盗んだ勝助。その大小をカタに再戦を望む勝助ですが、彼を追ってきた侍が代わって桔梗屋と対局することに……

 と、言うまでもなくこの若侍こそが大橋宗桂。素人をカモにする悪徳勝負師を主人公が叩き潰すというのは、ある意味ゲームものの第一話の定番と言えますが、今回はラストに宗桂が勝負を行った本当の理由がほのめかされるのが興味を引きます。
 ちなみに田沼勝助は、かの田沼意次の三男。後世に事績はほとんど残っていない人物ですが、それだけに今後の物語への絡み方も楽しみなところです。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 宿敵たちの陰謀で尾張徳川家に狙われることとなった聡四郎。橋の上でただ一人、多数の刺客に狙われるという窮地に、謎の覆面の助っ人が現れ――というところから始まる今回、冒頭からこれでもかと派手な血闘が描かれることになります。
 己に勝るとも劣らない剣士の出現に、敢えて一放流の奥義を見せる聡四郎と、それに応えて自らも一伝流なる剣の秘技を見せる謎の男。二人の今後の対決が早くも気になるところですが――しかしその因縁は、師・入江無手斎の代から続くものであることが判明します。

 かつて廻国修行の最中、浅山一伝斎なる剣客と幾度となく試合を行った無手斎。いずれも僅差で無手斎が勝負を収めたものの、いつしか一伝斎は剣士ではなく剣鬼と化し、無手斎の前に現れて……
 こうしたエピソードは剣豪ものであればさまで珍しいものではありませんが、一種の官僚ものとも言うべき本作に絡んでくると、途端に異彩を放ちます。あの無手斎までもが恐れる一伝流に対し、紅さんのためにも一歩も引かず戦うと決めた聡四郎――いよいよこの章も佳境に突入でしょうか。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 政宗最大の危機とも言うべき、伊達家包囲網と最上義光との対決。そんな中で政宗の母であり、義光の妹である義姫は、戦を止めるために単身戦場のど真ん中に乗り込んで――と、漫画みたいな(漫画です)前回ラストから始まる今回は、なんと主人公の一人である政宗不在で進むことになります。

 もちろんその代わりとして物語の中心にいるのは義姫。無茶苦茶のようでいて意外としたたかな行動を見せる彼女の姿を、振り回される周囲の人々も含めて浮かび上がらせ、その先に彼女が動いたただ一つの理由を描くのは、もう名人の技と言いたくなるような印象であります。
 そんな中で、義光の口から真に恐るべき相手――豊臣秀吉の名を出して今後に繋げるのも巧みなところ。……秀吉? かつて描かれた(というか今も描かれている)秀吉は、やたら体が頑丈で、奥さんの料理が殺人級の人物でしたが、さて。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 あてどなく旅を続ける浪人三人組の物語、今回は終活こと雷音大作の主役回。御炭納戸役を辞して炭焼きとなった旧友を十年ぶりに訪ねてみれば、その旧友は……
 というわけで、今回は暴利を貪る御炭奉行と炭問屋から、炭焼きたちが焼いた備長炭を守るために戦う三人組。正直に申し上げて今回の悪役の類型ぶりはちょっと驚くほどなのですが、その悪役たちに対して怒りを爆発させる雷音の表情は衝撃的ですらあります。

 激流を下る小舟の上での殺陣といういつもながらに趣向を凝らした戦いの末、悪役を叩き潰した雷音の決め台詞も、ちょっとそれはいかがなものかしらと思わないでもありませんが、これはこれでインパクト十分で良し、であります。


「コミック乱ツインズ」2018年9月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年9月号 [雑誌]


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2018.08.14

せがわまさき『十 忍法魔界転生』第13巻 決戦、十兵衛vs武蔵 そして十兵衛は何処へ


 長きに渡り繰り広げられてきた柳生十兵衛と魔界転生衆の戦いもこれにてついに完結であります。魔界転生衆で最後に残ったのは、名実ともに最強の剣豪・宮本武蔵――果たしてこの強敵に十兵衛は如何に挑むのか? そして決戦の果てに待つものは……

 十兵衛に魔界転生衆を六人まで倒され、さらに乗り込んできた松平伊豆守に圧倒された徳川頼宣。追い詰められた末に宗意軒の甘言に乗せられた頼宣は、お雛とお縫を使って魔界転生を行うことを決意するのですが――ーしかしそんな中、一人不穏な動きを見せるのは宮本武蔵であります。
 あろうことか自らの主である頼宣を見限り、頼宣らの企てを手土産に松平伊豆守に接近して徳川本家への仕官を狙う武蔵。その意図を知った宗意軒を一撃で叩き潰した武蔵は、様子を窺っていた柳生十人衆最後の二人をも叩き斬ると姿を消すのでした。

 そんな非常事態とはつゆ知らず、自らの手でもってお雛とお縫を忍体と化し、頼宣を転生させようとしていたお銭。しかしその場に現れた荒木又右衛門――いやその扮装をした十兵衛の妨害に遭い、その簪を手裏剣としてのダイナミックなアクション(これが実にインパクトのある構図で良いのです)で十兵衛に挑むも、もちろん叶うべくもありません。
 そして二人娘は無事に救い出した(けれどもはだかんぼうで放っておく)十兵衛の叱咤に、そしてかつて魔界転生衆に討たれた三達人の願いに打たれて頼宣も観念し、ここに紀州を舞台とした奇怪な陰謀も終結したのであります。

 が、そこに現れたのは武蔵に斬られたはずの二人衆。文字通り死力を振り絞った二人が十兵衛に伝えた武蔵の行動は、彼に大きな衝撃を与えます。この武蔵の暴走こそは、十兵衛のこれまでの苦労を、三達人の願いに応えて紀州徳川家を守ろうとした苦心惨憺の日々を無にするものなのですから。
 かくて最大の敵を止めるため、最後の戦いに挑む十兵衛。場所こそ違え、名前は同じ舟島――すなわち武蔵が佐々木小次郎を斃した島――に武蔵をおびき寄せた彼は、かつての決闘の如く十兵衛を粉砕せんとする武蔵の前に立つのですが……


 七人の魔界転生衆を討つべく柳生を旅立った時には、十兵衛と三人娘に弥太郎、そして柳生十人衆と賑やかだった一行。しかし十人衆は全て斃れ、今では三分の一の人数となったあまりにも寂しい姿が印象に残ります。

 十兵衛は久々の「んふっ」笑いからの獰猛な表情で「おれはおれ 柳生十兵衛だ」と実に格好良い見得を切ったものの、しかし相手は宮本武蔵。決闘の地が舟島と知り、かつての小次郎との決闘を反芻してもはや勝った気になっている状況です。
 もっともこれこそが十兵衛の策――これまでの戦いがそうであったように、絶対的に有利な状況にある相手を戦いの場に引っ張り出し、逆転の布石を打つのが本作の十兵衛の先方ではありますが、しかし今回はあまりに相手が悪いとしか言いようがありません。

 十兵衛勝つか、武蔵が勝つか――その死闘がいかなる決着を見せるのか、その詳細は伏せますが、その果てに描かれる結末は、二つの点で、いささか意外に思われる方も多かったのではないでしょうか。
 一つは、この大作のフィナーレとは思えぬ寂寥感溢れるものであったこと。そしてもう一つは、原作とはいささか異なる描写であったこと――この二つの点において。

 前者は原作由来(というよりこのラストバトルの元ネタである吉川英治の『宮本武蔵』由来と言うべきでしょうか)であるから仕方ないとして、後者は何故か……?
 これはもちろん想像するしかないのですが、この『魔界転生』という物語が、血湧き肉躍る剣豪オールスター戦であり、そしてこれまでに小説や講談等で描かれてきた剣豪もののパロディであったのと同時に、彼ら剣豪の、そして剣豪たちの時代への鎮魂歌であると考えれば、この結末も大いに頷けるものではないでしょうか。

 さらに言えば、これまで十兵衛が戦ってきたのは、既に時代の遺物となりかけていた――そして魔性の者となってもその運命に逆らおうとした――剣豪たちでした。
 そして作中でその剣豪たちによって、同志として魔界転生衆に誘われたように、十兵衛もまたその剣豪であるとすれば――彼は自分で自分の仲間たちを斬り、その果てに最後の一人となってしまったとも言えるかもしれません。

 だとすれば、ラストシーンの十兵衛の表情の意味は、そしてこの先十兵衛は何処に向かうのか……


 『十 忍法魔界転生』――原作そのものの内容だけでなく、その先にあるものまでも描き出してみせた、見事な漫画版でした。


『十 忍法魔界転生』第13巻(せがわまさき&山田風太郎 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
十 ~忍法魔界転生~(13) (ヤンマガKCスペシャル)


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 せがわまさき『十 忍法魔界転生』第7巻 決闘第二番 奇勝の空中戦!
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2018.08.11

賀来ゆうじ『地獄楽』第3巻 明かされゆく島の秘密、そして真の敵!?


 不老不死の仙薬を求め、地獄とも極楽ともいうべき奇怪な孤島に送り込まれた十人の死罪人と、監視役の十人の山田浅ェ門。死罪人同士の、死罪人と浅ェ門との、そして彼らと怪物たちとの殺し合いが繰り広げられた末に、ついにこの島の秘密の一端が姿を現すことになります。そして真の敵たちもまた……

 赦免と引き替えに、不老不死の仙薬を手に入れるために謎の島に送り込まれた死罪人たちと浅ェ門たち。しかし彼らを待っていたものは、人間を花に変える奇怪な蟲たちと、禍々しい姿と力を持つ巨大な怪物たちでありました。
 さらに、一つしかないと思われる仙薬を巡るライバルを消すために、あるいは監視役を潰して自由になるために、互いに潰し合いを始める死罪人たち。死闘の末にこの巻の冒頭の時点で生き残っているのは、5人の死罪人と6人の浅ェ門――実にほぼ半数であります。

 そんな中、この島で初めて、自分たち以外の人間である少女・めいを見つけた画眉丸と佐切、杠と仙汰の一行。めいを捕らえ、彼女を守る奇怪な木人・ほうこを倒した一行は、ほうこの口から、ついにこの島の姿を知ることになります。
 「こたく」と呼ばれ、「えいしゅう」「ほうじょう」「ほうらい」と呼ばれる三つの地域に分かれるこの島。そして島の中心である「ほうらい」には、確かに不老不死の薬「たん」があると、ほうこは語ります。しかしこの島を統べ「たん」を守る存在――「てんせん様」がいるとも。

 その言葉を裏付けるように、島の各地で死罪人と浅ェ門たちに襲いかかる謎の存在。人間と同じ姿と知性を持ちながらも、性別を自在に変え、島の怪物たちをも遙かに上回る力を振るう彼ら(?)によって、次々と生き残りの者たちは倒されていくことになります。
 そしてその「てんせん様」は、仙薬を手に入れ、愛する妻の元に帰るために単独行動に出た画眉丸の前にも出現。持てる力の全てを尽くして戦う画眉丸ですが……


 連載スタート以来、どこに向かっていくのか、何が現れるのかわからない――刻一刻と姿を変える物語として描かれていた本作。
 これまで描かれてきた仙薬たちを求める人間たちのデスゲームはほぼ一段落し、残った面々が仙薬のため、生還のために手を組み始めた状況に入った印象ですが――ここに至り、今まで謎であった島の正体がようやく語られ始めることになります。

 数百年前からここで暮らすという奇怪な木人が語る秘密――その全ての意味がわかるわけではありませんが、少なくとも「たん」は「丹」、「えいしゅう」「ほうじょう」「ほうらい」は瀛州・方丈・蓬莱、そして「てんせん」は「天仙」のことでしょう。
 まさしく仙薬である丹、東方に存在する三神山(あるいは島)と言われる瀛州・方丈・蓬莱、そして最上級の仙人である天仙――それが伝説にいうものと全く同一の存在かはわかりませんが、しかしいずれも仙道・仙界にまつわるものであることは間違いありません。

 しかし伝説にいう仙人が暮らす地は、奇怪な怪物たちが徘徊したりしなければ、人間から咲く奇怪な花も存在しません。ましてや仙人は、その地に入り込んだ者を問答無用で血祭りにあげるような存在でもないでしょう。
 だとしたらこの地は、彼らは一体何なのでしょうか?

 正直なところ、これまで謎だらけだった物語に答えの一端が明かされ、そしてこれまでの怪物たちとは異なる、意志の疎通が可能な敵が登場したことは、本作の魅力を削ぐのではないかと心配していました。
 しかしそれは全くの杞憂――一端が明かされたことで逆に謎は一層深まり、そして恐るべき敵が登場したことで、倒すべき本当の敵が明らかになったのですから。


 しかしこの島のボスとも言うべき存在だけあって、天仙たちは並みの強さではありません。賊王・亜左弔兵衛が、山の民のヌルガイが手も足も出せずに敗れ、画眉丸が死力を尽くしてもなおその上を行く敵であり――そしてその前にまた一人、新たな犠牲者が出てしまうのですから。
 しかもこの巻のラストには彼らが勢揃い。一人一人であれだけの強さであったものが、これだけ揃えばどうなるのか――これまで以上の絶望としか言いようがありません。

 それでも――人間たちも並みの人間ではありません。たとえ天仙たちにとってはちっぽけな存在に見えても、人間にも心がある、意地がある、力がある――死を乗り越え、生を掴もうとする意志がある。
 この巻のラストで同時に描かれるのは、そんな人間たちの再起の姿。ここから人間たちがどのような逆襲を見せるのか、期待するなというほうが無理なのであります。


『地獄楽』第3巻(賀来ゆうじ 集英社ジャンプコミックス) Amazon
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2018.08.07

田中芳樹『新・水滸後伝』上巻 帰ってきた豪傑たち 新生の水滸伝続編


 スペースオペラ、ファンタジー等、様々なジャンルで活躍してきた作者のもう一つの得意分野は中国の古典。これまで様々な作品をリライトしてきた作者ですが、その最新作は――『水滸後伝』! あの水滸伝の続編小説をリライトするとあれば、マニアとしてはもちろん黙っていられないのであります。

 朝廷に帰順し、四方の賊を平らげたものの、その数を三十数名にまで減じることとなった梁山泊の豪傑たち。今はそれぞれ各地で平和に暮らす豪傑たちですが――しかし運命は彼らを決して放ってはおかないのであります。
 時あたかも北方で金が遼を滅ぼし、南下を狙っている頃。しかし北宋では相変わらず奸臣や小人たちが幅を利かせてやりたい放題、まさに国の滅びは目前に迫っている状況です。

 そんな中、阮小七が悪徳役人に難癖をつけられたことをきっかけに、各地で梁山泊の豪傑たちが動き始めることになります。貪官汚吏に陥れられ逆襲に転じる者、新天地を求めて雄飛する者、国を守るために奮戦する者――再び集う豪傑たちが向かう先は……


 本作のベースとなった水滸後伝は、16世紀前半に成立したとみられる水滸伝に遅れること百数十年、1668年に陳忱が書いた作品。
 水滸伝ファンであれば誰もが結末にはなにがしかの不満を抱くものですが、それは数百年前でも同じこと、作者が自分なりの続編・後日譚を書いたのが本作であり――いわば二次創作であります。

 もちろんそのような作品は無数にあったと思われますが、しかし本作が現代まで残っているのは、その中でも非常に面白かったからにほかなりません。
 生き残りの豪傑たちはもちろんのこと、その他の原典の登場人物、豪傑たちの二世世代を散りばめて描かれる物語は原典の最も楽しい時期――すなわち、天に替わって道を行い、弱きを助け強きをくじく豪傑たちの野放図な活躍を描き、何よりもハッピーエンドなのですから嬉しい。

 当然、水滸伝ファンには必修の作品と思っていたのですが――しかし作者の言を見ると「原典の存在を知ってもらうだけでも、恥をかく価値はある、と考えて刊行してもらうことにした」と、何やら非常に控えめ。
 もしかして水滸後伝はマイナー作品なのかしら、と頭に上った血を下げて考えてみれば、確かにこの水滸後伝は、現在はアクセスしにくい作品であります。

 完訳は鳥居久靖による東洋文庫で全3巻が出ているのみ、抄訳も寺尾善雄による1巻本があるきりで、リライトに至ってはゼロ! いかに日本で水滸伝が不遇とはいえ、これはあまりに残念な状況であります。
 だとすれば、ここでこうして作者が水滸後伝をリライトしてくれるのは、大いに意味のある、素晴らしい試みであると言うほかありません。何しろ、水滸後伝が書店で平積みになっているのですから、痛快ではありませんか!


 と、中身にほとんど触れず恐縮ですが、この上巻で描かれるのは全三十回の原典の第二十二回まで。豪傑たちが登雲山や飲馬川という原典ファンには懐かしい地に集い、あるいは海を越えて金鼇島に拠る様が描かれることになります。
 しかし先に述べたとおり金軍の侵略は迫り、首都たる開封府までもが危うい状況。そんな中、(最近はスマホゲームでの登場で有名になった)あの男が登場して……という展開であります。

 さて、それでは本作のリライトぶりは、といえば、これが意外なほど原典に忠実な内容。全2巻とはいえやはりある程度ダイジェストされた部分はあるのですが、しかしこの上巻の時点では、原典の内容はほぼ全てフォローされているのは――と感じます。
 むしろ描写や説明についてはかなり丁寧な印象で、特にキャラクター描写については原典の不足をうまく補っていると感じられるところ。特にこの後伝で初登場の二世組のうちの二人――呼延ギョク、徐晟ら若武者の描写は、これまで梁山泊にいないタイプのキャラだけに、なかなか新鮮に感じられます。

 何よりも、全編にどこかあっけらかんとした、明るいムードが漂っているのが、気持ち良いのであります。


 さて、上巻では生き残りの豪傑たちの大半が登場しましたが、さて残る豪傑たちはどこにいるのか。そして上巻ラストで登場した謎の怪人の正体は(あと、こればかりは改変せざるを得ないと思われるあのキャラの扱いは)……
 下巻も近日中にご紹介いたします。


『新・水滸後伝』上巻(田中芳樹 講談社) Amazon
新・水滸後伝 上巻

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2018.08.06

野口賢『幕末転生伝 新選組リベリオン』第1巻 転生+タイムスリップの新選組奇譚!?


 歴史ものでも転生を題材としたものは既に珍しくはありませんが、その波がついに新選組にも来たか――とサブタイトルを見て思わされた本作。しかし主人公は現代の高校生ではあるものの、どうやら色々と捻った内容である様子。誰がどのように転生したのか、大いに気になる作品です。

 超高校生級の空手の実力を持ちながらも、トラブルを起こして今は空手を離れ、定時制高校に通う幸田ヒロユキ。
 ある晩、以前叩きのめしたチンピラが担ぎ出してきたMMA(総合格闘技)の実力者・菊池洋平とストリートファイトを繰り広げた彼は、一晩留置場で過ごした末に、罰として担任教師・奥山から神田川のドブさらいのボランティアを命じられるのでした。

 不承不承掃除を始めようとしたヒロユキですが、気がつけば昼だったはずの周囲は夜となり、何よりもコンクリート製だった水道橋が木造の橋に。さらに着物姿の娘・ユキに助けを求められたヒロユキは、彼女を追いかけてきたサムライの格好をした連中と戦う羽目になります。
 訳の分からぬまま、素手で日本刀と戦うことになったヒロユキ。そこに駆けつけたのはあの菊池――いまは藤堂平助(!)と名乗る彼は、サムライを撃退し、今が幕末であること、自分はヒロユキよりも2年前の時点に飛ばされたことを語るのでした。

 ユキが持つ勅諚を狙って襲ってきたというサムライ――水戸天狗党の男たち。しかし彼らを撃退したのも束の間、次いで奇怪な風体と術を使う忍者――彦根鬼忍衆が襲いかかります。
 さらに鬼忍衆の魔の手は、小石川の試衛館道場をも襲撃。試衛館の近藤勇らと合流したヒロユキたちは、襲いかかる忍者と対峙するのですが……


 冒頭に述べたとおり、現代の高校生が主人公ということで、てっきり彼が幕末に転生して新選組隊士の体に入るのかと思いきや、体ごと幕末に転移したことで「?」となった本作。
 これはむしろ転生ものというよりタイムスリップものでは――(事実、連載初回は「幕末時空旅行反逆譚」と冠されていた模様)と感じさせられるのですが、物語が進んでいくに連れて、本作がどうやら確かに転生ものらしい、ということが見えてきます。

 忍者と命がけの戦いを繰り広げる中、近藤たちから「斎藤一」と呼ばれるヒロユキ。その言葉に応えるように、彼の中には、出会ったはずもない近藤たちの記憶がかすかに浮かぶことになります。
 経験していない記憶、別の名前で呼びかける人々――この物語は、ヒロユキが斎藤一に転生するのではなく、斎藤一がヒロユキに転生していた(彼の前世であった)ようなのです。

 そして彼以外の試衛館組――先に触れた菊池以外の面々も、どうもこの時代の人間ではない印象(特に近藤はどう見ても文系の眼鏡少年)。あるいは彼らもまた、同様に新選組隊士が転生し、そしてこの時代にタイムスリップしてきたのだとすれば、これは面白いことになりそうであります。
 今では転生ものといえば、現代の人間が過去や異世界に転生するものですが、かつてのそれは、過去や異世界の人間が現代に転生してきたものが大半であった印象があります。本作はかつてのそれにさらにタイムスリップという要素を加えたのだとすれば、類作はほとんどないと言ってよいでしょう。

 いや、作中で近藤の妻・つねが、斉藤に対して「今度は勝ちましょう ○○○○に」(敢えて伏せます)と語りかけるところを見れば、さらにややこしいことにもなりそうなのですが……


 以前、冲方丁原作でやはり変格の新選組ものである『サンクチュアリ』を発表している作者。あちらは惜しくも中途で物語が終わっていますが、さて本作はどうなるのか――この巻ではまだ顔を出していない試衛館組の土方と源さんのキャラクターも含め、なかなかに気になるところであります。


『幕末転生伝 新選組リベリオン』第1巻(野口賢 秋田書店ヤングチャンピオン・コミックス) Amazon
新選組リベリオン(1)(ヤングチャンピオン・コミックス)


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2018.08.02

横田順彌『惜別の祝宴』 帝都に迫る鱗を持つ影 明治SFシリーズ大団円


 横田順彌による長編明治SFシリーズ三部作の三作目――明治末年の帝都を舞台に、皮膚が鱗状になって死んだ少年の謎を調査することとなった鵜沢龍岳たちが、やがて創造を絶する存在の跳梁を知る、ラストに相応しいスケールを誇る、オールスターキャストの物語であります。

 かつて龍岳たちも事件の調査で訪れたことのある貧民窟で急死した少年。死の直前に何者かの施術を受けていたという少年が、体の皮膚に鱗が発生した奇怪な姿と化していたことを知った押川春浪と鵜沢龍岳は、遺体の調査を始めることになります。
 一方、持病の悪化で余命幾ばくもない河岡潮風の前に現れた漢方医を名乗る男は、潮風の治療と引き換えに、自分の計画に協力するよう求めます。しかし計画の内容を一切語らぬ相手に不信感を抱いた潮風はこれを拒絶するのですが――彼の妻・静乃は、その男から人間のものとは思えぬ宇宙磁気を感じるのでした。

 そして少年の死体が大学病院で検査された過程で、少年と同様の鱗が、数年前に暗殺された伊藤博文と実行犯の安重根、そして大逆事件で処刑された管野スガの体にも発生していたことが判明。さらに龍岳たちは、その鱗が乃木希典大将にも現れていることを知ることになります。
 事件の探索を続ける春浪と龍岳たちですが、なおも怪事件は続きます。明治帝の体調が悪化する中、侍医に入り込んだ正体不明の男は何者なのか、市井の変人発明家の大発明とは何か? やがて一見無関係に見えた要素は一つにまとまり、あまりにも意外な真相が浮かび上がることになるのです。


 これまで少女の連続神隠し、病院から姿を消した少年の謎と(もちろんその背後に壮大なSF的真相があるものの)長編でも比較的静かな内容が描かれてきたこのシリーズ。
 しかし掉尾を飾る本作においては大盤振る舞い、爬虫類のように皮膚が変化した死体の発見という常識では考えられない奇怪な事件が発生し、その背後に、何やら暗躍する二人の男が――という幕開けから大いに興味をそそられます。

 さらにそれが伊藤博文暗殺や大逆事件にまで繋がり、そして乃木大将までもが意外な役割を果たすことに――と、伝奇風味も濃厚なのがたまりません。内容の波瀾万丈さでいえば、別世界の(?)明治SFである『火星人類の逆襲』にも並ぶかもしれません。
(冒頭で謎の男の一人が「皇帝陛下」のことを口の端に上らせる時点で、ははぁ、これは時代的に○○○が絡んでいるのだな、と思わせるミスリードもいい)

 さらに冒頭に述べたように本作はオールスターキャスト――龍岳・春浪・時子・黒岩刑事や天狗倶楽部の面々はもちろんのこと、これまでのシリーズに登場したキャラクターが、(もちろん全てとはいかないものの)脇役に至るまで登場してくれるのは嬉しいところであります。
 特に第1作『星影の伝説』のヒロイン・静乃は、その驚くべき正体と能力を生かして本作では中心人物の一人となり、事件の真相に迫る大活躍。第2作『水晶の涙雫』のヒロイン・雪枝も、特殊能力はないものの、要所要所で存在感を発揮しています。

 何よりも本作の題名にある「祝宴」が指すもの(の一つ)は、黒岩刑事と雪枝の、そして龍岳と時子の結婚式。三部作の大団円にまことにふさわしい結末であります。
 作中にも何度も描かれるように、本作は明治帝の崩御直前の物語であり、言い換えれば明治時代の終了を目前とした物語。それは同時に、この明治SFシリーズの終わりを意味しているのですが――それをむしろ新しい時代の幕開けとして、笑顔で送ってくれたのもまた、ファンへの何よりの贈り物と言うべきでしょう。

 もっともまた細かいことを言えば、内容的に偶然が重なりすぎる(作中で自己言及があるほど)点、終盤の○○○○の告白にはちょっと無理があると思われる点(その出自であればそのような体にはならないのでは等)があるのも事実ですが……
 しかしここはまず、波瀾万丈のSFミステリとして、そして明治SFシリーズの暖かい終幕として、本作を素直に楽しむべきなのでしょう。初版時に一度読んではいるのですが、再びの別れを、笑顔で迎えることができたのは、やはり有り難いことであります。


 と、実はもう一作品、SF色はないためにシリーズの番外編とも言うべき長編(今回の復刊からも漏れる形となった)『冒険秘録 菊花大作戦』があるのですが――こちらもまた近日中にご紹介したいと思います。


『惜別の祝宴』(横田順彌 柏書房『風の月光館・惜別の祝宴』所収) Amazon
風の月光館・惜別の祝宴 (横田順彌明治小説コレクション)


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