2017.04.19

『コミック乱ツインズ』2017年5月号

 今月も『コミック乱ツインズ』の時期となりました。今月号は、『そば屋幻庵』と『小平太の刃』が掲載されているほかは、レギュラー陣が並びますが、しかしそれが相変わらず粒ぞろい。今回も印象に残った作品を紹介いたします。

『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 明治時代、鉄道の黎明期に命を賭ける男たちを描く本作は今回から新エピソードに突入。島安次郎の懸命の説得に、国鉄に移籍した凄腕機関士・雨宮が、島の依頼で碓氷峠の視察に向かうことになります。

 碓氷峠といえば、その急勾配でつい最近まで知られた難所。現代ですらそうなのですから、蒸気機関車が運行されていたこの時代、その苦労はどれほどほどのものだったか……
 と、事故が相次ぐこの峠で奮闘する人々が登場する今回。雨宮が見せるプロの技が実にいいのですが、むしろ今回の主役はそんな現地の人々と感じさせられます。

 時代が明治、題材が鉄道と、本誌では異色の作品と感じてきましたが、一種の職人ものとして読めば全く違和感がないと、今更ながらに気付かされました。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 「梅安晦日蕎麦」の後編。彦次郎が、恩のある田中屋に依頼され、仕掛けることとなった容貌魁偉な武士・石川。その彼を尾行した梅安は、真の事情を知ることになって――
 と、腕利きの武士相手のの仕掛けを頼まれてみれば、その実、彼こそは……という展開は、この前に描かれたエピソード「後は知らない」と重なる点が大きくてどうかなあと思うのですが、これは原作もこうなので仕方がありません。

 しかしその点に目を瞑れば、魁偉な容貌を持つ者が必ずしも凶悪ではなく、優しげな容貌を持つ者が必ずしも善良ではないという物語は、梅安たち仕掛人という裏の「顔」を持つ者たちと重なるのはやはり面白い。
 そしてこの点で、男たちの顔を過剰なほどの迫力で描く作画者の作風とは、今回のエピソードはなかなかマッチしていたと感じます。
(その一方で、一件落着してから呑気に年越し蕎麦をすする二人の表情も微笑ましくていい)


『鬼切丸伝』(楠桂)
 まだまだ続く信長鬼編。今回のエピソードは明智光秀の娘・珠(細川ガラシャ)を主役とした前編であります。
 本能寺の変で鬼と化し、自らを討った光秀とその血族に祟る信長。血肉のある鬼というより、ほとんど悪霊と化した感のある信長は、最後に残された珠に執拗につきまとい、苦しめることに――

 というわけで、冷静に考えれば前々回のラストで鬼になったばかりなのに、何だかえらいしつこい印象のある信長ですが、さすがに魔王と呼ばれただけあって、鬼切丸の少年も、久々登場の鈴鹿御前も、なかなか決定打を繰り出せないのがもどかしい。
 そんな中、口では否定しても少しずつ珠を、人間を守る方向に心を動かしつつある少年の「人間にしかできぬ御技で呪いに打ち勝て!!」という至極真っ当な言葉に感心してみれば、それが事態を悪化させるとは――

 この国の魔はこの国の神仏にしか滅せぬという概念には「えっ!?」という気分になりましたが(『神の名は』『神GAKARI』は……<それは別の作品)、そろそろ信長とも決着をつけていただきたいところです。


『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)
 ついに残すところあと2回となった本作ですが、今回はラス前にふさわしい大殺陣というべき展開の連続。敵の本拠とも言うべき金吹き替え所に乗り込んだ聡四郎を待つのは、紀伊国屋文左衛門が雇った11人の殺し屋……というわけで、ケレン味溢れる殺陣が連続するのが実にいい。

 同じ号に掲載された『そば屋幻庵』が静とすればこちらは激しい動、これくらい方向性が異なれば気持ちがいいほどですが、さてその戦いも思わぬ形で妨害を受けて、さあどうなる次号! というところで終わるのは、お約束とはいえ、やはり盛り上がるところであります。


『コミック乱ツインズ』2017年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年 05 月号 [雑誌]


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2017.04.11

松尾清貴『真田十勇士 7 大坂の陣・下』 そして英雄の物語から人間の歴史へ

 ついに決着の時がやってきました。真田幸村と彼に仕える勇士たちの戦いを、真田対「天下」という切り口で描いてきたこのシリーズも、いよいよ本書で完結。大坂夏の陣を舞台に、次々と猛将・勇将たちが散ってく中、明らかとなる驚愕の真実とは――

 天下との、そして百地三太夫との戦いの末に全てを喪い、最後に残された武士としての意地を胸に、大坂城に入った幸村。
 豊臣家の存続を最優先にして勝つ気のない大坂城の首脳陣を尻目に、幸村とその子・大助、そして勇士たちは、あの真田丸で徳川軍相手に大活躍を繰り広げることになります。

 しかしその一方で勇士の一人が大坂城を捨て蓄電、そしてまた一人が大助を守って命を落とすことに。
 その下手人である怪僧・天海は討ったものの、彼の自らの死を覚悟していたような態度と、そして百地三太夫の依代でありながらも、彼の野望――現世と曼荼羅世界(神仏の存在する異界)の合一を否定するような天海の末期の言葉に、幸村たちは釈然としない想いを抱くことになります。

 しかしそんな出来事を経ても、そして豊臣方と徳川方の不本意な休戦を経ても、なおも彼らの戦いは続きます。ある者は豊臣家存続を勝ち取るために、ある者は死に場所を求めるために、そしてまたある者は、武士としての最後の意地を示すために。
 そして始まった大坂夏の陣。後藤又兵衛が、薄田隼人が、木村重成が、それぞれの命を散らす中、幸村と勇士たちも、それぞれの最後の戦いに踏み出すことになるのですが――


 前編に当たる第6巻同様、基本的に史実をベースに展開していくこの最終巻。
 そこで描かれる物語は、我々のよく知る歴史をなぞったものではありますが、しかしこれまでのシリーズがそうであったように、平明な表現で、しかしフッと歴史の「真実」を掘り下げてくる、本作の魅力は変わることがありません。
 特に、後藤又兵衛が最期を迎えた道明寺での戦において、彼が突出した(あるいは幸村たちが遅れた)理由について、これまでになくシンプルでありながら、しかし説得力十分の回答を示しているのは印象に残ります。

 しかしもちろん、その中で最も強く印象に残るのは、最後の戦いに赴く勇士たちの姿であります。

 これまでの巻の紹介で繰り返し述べてきたように、それぞれその理由と背景は異なるものの、それぞれの形で「人間」であること、「自分」であることを否定され、奪われてきた勇士たち。
 本作は、そのまさに人間性を否定する「天下」と人間の対決を描いてきた物語でした。そしてここで示される彼らの戦う理由は、彼らがそれぞれに自分自身が失ったものを(人生の最後の最後において)取り戻したことを示すが故に、感動的なのであります。

 そしてそれは、彼らの主である幸村にとっても変わることはないのですが――


 しかし、しかし物語を読み進める中、一つの疑問が頭の中で大きくなっていくことになります。この作品における最大の敵、天下の名の下に人間を、個人を否定する存在の象徴である百地三太夫は、この戦いのどこに潜んでいるのか……と。

 物語の核心中の核心となるため、ここでそれをはっきりと述べることはできません。しかし全ての結末において、その理由は明確に、そして意外な形で明らかになるとだけは述べることができます。
 そしてそれは、一つの物語の、英雄たちが超常の敵に立ち向かう戦いの否定であるとも――

 それはこの物語をここまで読んできた者にとって、必ずしも望ましい結末ではないかもしれません。
 しかし、物語を、そしてその中で生まれるここではないどこかを否定することで、初めて歴史が、生きた人間が織りなすそれが生まれるのだとすれば、それはこの上ない人間の勝利だということができるでしょう、

 物語を否定することを以て物語を終え、そしてそれによって作品のテーマを完結してみせる……一種メタフィクション的な、人を食った仕掛けではあります。
 そしてそれは単なる否定にのみ終わるものではありません。そこにあるのは、幸村と勇士たちが求めたもの、取り返そうとしてきたものの先にある、一つの希望の姿でもあるのですから。


 しかしこの物語を愛するからこそ、結末において呼びかけたくなるのもまた事実。お前は本当にそれでよかったのか……と。その答えはもちろんわかってはいるのですが――


『真田十勇士 7 大坂の陣・下』(松尾清貴 理論社) Amazon
真田十勇士〈7〉大坂の陣〈下〉


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 松尾清貴『真田十勇士 1 忍術使い』(その一) 容赦なき勇士たちの過去
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 松尾清貴『真田十勇士 2 淀城の怪』 伝奇活劇の果ての人間性回復
 松尾清貴『真田十勇士 3 天下人の死』 開戦、天下vs真田!
 松尾清貴『真田十勇士 4 信州戦争』 激闘上田城、そしてもう一つの決戦
 松尾清貴『真田十勇士 5 九度山小景』 寄る辺なき者たちと小さな希望と
 松尾清貴『真田十勇士 6 大坂の陣・上』 決戦、自分が自分であるために

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2017.04.02

入門者向け時代伝奇小説百選 怪奇・妖怪(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回はある意味この百選のキモである怪奇・妖怪ものの紹介(その一)であります。

26.『おそろし 三島屋変調百物語事始』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)

26.『おそろし 三島屋変調百物語事始』(宮部みゆき)【江戸】 Amazon
 数多くのジャンルで活躍する作者が得意とする時代怪談の名品、数年前に波瑠主演でNHKドラマ化された作品です。
 ある事件が原因で心を閉ざし、叔父夫婦の営む三島屋に預けられた少女・おちか。彼女はふとしたことから、様々な人々が持ち込む不思議な話の聞き役を務めることに――

 というユニークな設定で描かれる全5話構成の本作は、題名のとおり真剣に恐ろしい物語揃いの怪談集。しかしそんな恐ろしい物語に聞き手として、時には当事者として向き合うことにより、おちかの心が少しずつ癒され、前に向かって歩き出す姿には、作者の作品に通底する人間という存在の強さが感じられます。
 副題通りの百話目指し、今なお書き継がれているシリーズであります。

(その他おすすめ)
『あんじゅう 三島屋変調百物語事続』(宮部みゆき) Amazon
『あやし』(宮部みゆき) Amazon


27.『しゃばけ』(畠中恵)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 大店・長崎屋の若だんな・一太郎は生まれついての虚弱体質で、過保護な兄やの佐助と仁吉に口うるさく構われる毎日。しかし若だんなは妖を見る力の持ち主、実は大妖の佐助と仁吉とともに、次々と奇怪な事件に巻き込まれて――という妖怪時代小説の代名詞と言うべきシリーズの第1弾です。

 人間と妖のユーモラスで賑やかな騒動を描くいわゆる妖怪時代小説のスタイルを作ったとも言える本作は、しかし同時に、ミステリ性も濃厚な物語。
 続発する奇怪な殺人事件に巻き込まれた若だんなが解き明かすのは、この世界観だからこそ成立する奇怪なロジック。そしてその先には、苦い人間社会の現実が――

 連作スタイルで今なお続くシリーズを貫く魅力は、この第1弾の時点から健在なのです。

(その他おすすめ)
『ゆめつげ』(畠中恵) Amazon
『つくもがみ貸します』(畠中恵) Amazon


28.『巷説百物語』(京極夏彦)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 妖怪といえばこの人、な作者の代表作の一つであり、幾度も映像化・漫画化されてきた本作。しかし作者の作品らしく一筋縄ではいかない妖怪時代小説であります。

 戯作者志望の青年・百介が旅先で出会った謎めいた男・御行の又市。一癖も二癖もある面々と組む彼の稼業は、表沙汰にできない面倒事の解決や悪党への復讐を請け負うことでありました。
 妖怪の仕業にしか見えない不可解な事件を引き起こし、その陰に隠れて仕掛けを行う本作は、作者が愛してやまない必殺シリーズmeets妖怪的味わいの連作集です。

 百鬼夜行シリーズ(京極堂もの)とは表裏一体とも言える本作は、その後も後日譚・前日譚と数多く書き継がれ、更なる続編が待たれるシリーズです。

(その他おすすめ)
『続巷説百物語』(京極夏彦) Amazon


29.『一鬼夜行』(小松エメル)【幕末・明治】 Amazon
 妖怪時代小説の旗手の一人である作者のデビュー作にして代表作、明治の東京を舞台にした賑やかでほろ苦い妖怪活劇です。

 ある晩、空から古道具屋を営む青年・喜蔵の前に落ちてきた自称大妖怪の少年・小春。百鬼夜行からこぼれ落ちたという小春が居候を決め込んで以来、様々な妖怪沙汰に巻き込まれる喜蔵ですが――

 小生意気な小春と、妖怪も恐れる閻魔顔の喜蔵の凸凹コンビが活躍する本作、人間と妖怪のバディものは定番ですが、ここまで二人のやり取りが楽しい作品は他にはありません。
 その一方で、それぞれ孤独を抱えた人と妖が寄り添い、絆を深める人情ものとしても魅力的な本作。今なおシリーズが書き継がれているのも納得です。

(その他おすすめ)
『夢追い月 蘭学塾幻幽堂青春記』(小松エメル) Amazon


30.『のっぺら あやかし同心捕物控』(霜島ケイ)【江戸】 Amazon
 『封殺鬼』シリーズなど伝奇アクションで90年代から活躍してきた作者の初時代小説は、とんでもなくユニークな妖怪ものであります。
 主人公の千太郎は江戸町奉行所の敏腕同心。腕が立ち、正義感に溢れて情に厚い、江戸っ子の人気者なのですが……何と彼はのっぺらぼう。あやかしを退治する同心ではなく、あやかしが同心なのです。

 しかし本作はパラレルワールドものではありません。江戸にのっぺらぼうがいたらどうなるか……本作は丹念に描写を積み重ねることでその難題(?)をクリアするのです。
 そしてもちろん、千太郎が挑む事件も奇っ怪極まりないものばかり。人間が、妖が引き起こす怪事件に挑む千太郎の姿は、「男は顔じゃない」と思わせてくれるのであります。


今回紹介した本
おそろし 三島屋変調百物語事始 (角川文庫)しゃばけ (新潮文庫)巷説百物語 (角川文庫)(P[こ]3-1)一鬼夜行 (ポプラ文庫ピュアフル)のっぺら あやかし同心捕物控え (モノノケ文庫)


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 「おそろし 三島屋変調百物語事始」 歪みからの解放のための物語
 「一鬼夜行」 おかしな二人の絆が語るもの
 「のっぺら あやかし同心捕物控」 正真正銘、のっぺらぼう同心見参!

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2017.03.14

柳広司『ザビエルの首』 その聖人が追い求めたもの

 この日本にキリスト教を伝えた者として、知らぬ者とていないであろうフランシスコ・ザビエル。本作は、そのザビエルの首に導かれて過去に意識を飛ばした現代人を探偵役とし、ザビエルがその生涯で出会った数々の事件の謎を解くという趣向の、奇想天外な連作時代ミステリであります。

 スペイン・バスク地方に生まれ、パリでイグナチウス・ロヨラとともにイエズス会を創設、インドのゴアでの布教を経て、戦国時代の我が国を訪れた聖人ザビエル。
 その後、中国で客死したザビエルの遺体は腐敗することがなかったと言われますが……そのザビエルの首が鹿児島で発見されたことから、この物語は始まることになります。

 オカルト雑誌からザビエルの首の取材を依頼され、九州まで出向くことになったフリーライターの片瀬修平。しかしミイラ化したその首と視線を合わせた時、如何なることか彼の意識は時を飛び越え、来日したばかりのザビエルの従者の体に宿ることに。
 そしてその彼とザビエルが宗論のために招かれた寺で、ザビエルのもう一人の従者がダイイングメッセージを残して殺害され、修平は探偵役としてその謎を解くことに……


 この第1話「顕現――1549」に始まる本作。過去の時代の有名人が、探偵役として自分が巻き込まれた事件を解決する、いわゆる有名人探偵ものは実は作者の最も得意とするところですが、本作はその系譜にあることは間違いありません。

 しかし本作の趣向はあまりにもトリッキーです。修平の意識が過去に飛び、その時代の人間に宿るというだけでも驚かされますが、全4話で構成される本作では、修平は毎回別々の人物に宿ることになるのですから。
 いや何よりも、本作はそれぞれのエピソードによって時代が異なり……それも過去へ過去へと向かっていくのです。

 インドはゴアの教会で、野心家の司教代理が奇怪な黄金の蛇に咬まれ、毒殺される「黄金のゴア――1542」
 パリでロヨラと理想を追うザビエルが学んでいた講師が殺され、その犯人と目されたザビエルの従者も彼の眼前で死を遂げる「パリの悪魔――1533」
 故郷のバスクはザビエル城で迫り来るスペイン軍を迎撃するための策が惨劇を招く「友の首と語る王――1514」

 いわばこの全4話で描かれるのは、我々が知るザビエルという人物の、ルーツを遡る旅なのであります。


 そんな本作ですが、正直なところ、短編連作ということもあってか、個々の謎は、いささか小粒という印象があります。

 確かに、日本と西洋の文化の違いが思わぬ形で事件を複雑化させる第1話、人間の心の動きを巧みに活かしたトリックの第2話、主人公が別人の視点で物語を俯瞰するという構造が思わぬ効果を上げる第3話と、それぞれにユニークな試みがあるのですが……一般的なミステリという点のみを期待すれば、いささかの不満は残るのではないか、という印象があるのです。

 しかし本作には、全編を貫く巨大な謎が存在します。
 それはもちろん、何故修平がザビエルに招かれるように過去の時代に飛び、探偵役を務めることとなったのか……その謎であります。

 これは少々内容の核心に触れるところですが、本作で描かれる事件には、いずれも共通点があることにはすぐに気が付きます。その共通点とは「神」の存在――神なかりせば、これらの事件は起きなかったと、そう言うことができるのではないか? と。

 しかし、本作はその終盤において、さらにその奥にある共通点を描き出します。そしてそれは、先に述べた巨大な謎の答えとも直結してくるものなのです。
 その内容をここで述べることはできませんが、本作において描かれてきた事件の見え方が大きく異なってくるものである、と述べることは許されるでしょう。そしてそれは、ザビエル自身の生そのものを描き出すものであることも。
(個人的には、修平がザビエルその人ではなく、周囲の人間に憑依しなければならなかった理由に唸らされた次第です)


 もちろん、この終盤の展開が、あまりにSF的あるいはオカルト的であると、拒否反応を示す方がいるであろうことは想像できます。
 確かに観念的に落としてきたという印象は否めませんがが――しかし、物語構造そのものが大きな仕掛けとして機能する本作は、歴史ミステリとしてやはり魅力的に感じられるのです。


『ザビエルの首』(柳広司 講談社文庫) Amazon
ザビエルの首 (講談社文庫)

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2017.03.12

入門者向け時代伝奇小説百選 忍者もの(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、忍者ものの紹介の後編は、忍者ものに新風を吹き込む5作品を取り上げます。
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

21.『風魔』(宮本昌孝) 【戦国】【江戸】 Amazon
 後世にその名を知られた忍者の一人である風魔小太郎。本作は、颯爽とした男たちの物語を描いたら右に出る者がいない作者による痛快無比な忍者活劇であります。

 小田原の北条家に仕え、常人離れした巨躯と技で恐れられたという小太郎。本作はその逸話を踏まえつつ、しかしその後の物語を描き出します。
 何しろ本作においては北条家は早々に滅亡。野に放たれた小太郎は、豊臣と徳川が天下を巡って暗闘を繰り広げる中、自由のための戦いを繰り広げるのです。

 戦国が終わり、戦いの中に暮らしてきた者たちの生きる場がなくなっていく中、果たして小太郎たちはどこに向かうのか? 誰に縛られることなく、そして誰を傷つけることなく生き抜く彼の姿が本作の最大の魅力です。


22.『忍びの森』(武内涼) 【戦国】【怪異・妖怪】 Amazon
 発表した作品の大半が忍者ものという、当代切っての忍者作家のデビュー作である本作は、もちろん忍者もの……それも忍者vs妖怪のトーナメントバトルという、極め付きにユニークな作品であります。

 信長に滅ぼされた伊賀から脱出した八人の忍者。脱出の途中、彼らが一夜の宿を借りた山中の廃寺こそは、強大な力を持つ五体の妖怪が封じられた地だったのです。
 空間歪曲により寺から出られなくなった八人は、持てる力の全てを振り絞って文字通り決死の戦いに挑むことになります。

 忍者の鍛え抜かれた忍術が勝つか、妖怪の奇怪な妖術が勝つか? 敵の能力の正体もわからぬ中、果たして人間に勝利はあるのか……空前絶後の忍者活劇であります。

(その他おすすめ)
『戦都の陰陽師』(武内涼) Amazon


23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎) 【戦国】【怪異・妖怪】 Amazon
 映画化された『完全なる首長竜の日』になど、SF作家・ミステリ作家として知られる作者は、同時に奇想に富んだ時代小説の書き手でもあります。

 川中島の戦で召喚され、多大な死をもたらしたという兇神・御左口神。武田の歩き巫女・小梅は、謎の忍者・加藤段蔵に襲われたことをきっかけに、自分がこの兇神と深い関わりを持つことを知ります。
 武田の武士・武藤喜兵衛(後の真田昌幸)とともに、小梅は兇神を狙う段蔵の野望に挑むことに……

 初時代小説である『忍び外伝』も驚くべきSF的展開を披露した作者ですが、本作も実は時代小説にとどまらない内容の作品。果たして御左口神の正体とは……これは「あの世界」の物語だったのか!? と驚愕必至であります。

(その他おすすめ)
『忍び外伝』(乾緑郎) Amazon


24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道龍一朗) 【戦国】 Amazon
 忍者が活躍した戦国時代において、一際奇怪な存在として知られる飛び加藤こと加藤段蔵。本作はその段蔵を、悪人ならぬ悪忍として描いたピカレスクロマンであります。

 伊賀と甲賀の秘技を極めながらも、その双方を敵に回し、自分自身の力のみで戦国を渡り歩く段蔵。一向一揆で揺れる北陸を次の仕事場に選んだ段蔵は、朝倉家に潜り込むことになります。
 そこで段蔵の前に現れるのは、名うての武将、武芸者、そして忍者たち。そして段蔵にも隠された過去と目的が――

 強大な力を持つ者たちを向こうに回して暴れ回る段蔵の活躍が善悪を超えた痛快さを生み出す本作。ラストで明かされる、思わず唖然とさせられるほどの豪快な真実に驚け!

(その他おすすめ)
『乱世疾走 禁中御庭者綺譚』(海道龍一朗) Amazon


25.『嶽神』(長谷川卓) 【戦国】 Amazon
 奉行所ものなどでも活躍する作者の原点が、「山の民」ものというべき作品群――里の人々とは異なる独自の掟と生活様式を持ち、山中の自然と共に暮らす人々の活躍を描く物語であります。

 そして本作はその代表ともいうべき作品。掟を破って追放された山の民・多十が、武田勝頼の遺児と、一族を虐殺された金堀衆の少女を連れ、逃避行に復讐に宝探しにと奮闘する大活劇です。
 殺戮のプロとも言うべき追っ手の忍者集団を向こうに回し、母なる大自然を武器として戦いを挑む多十。山の民殺法とも言うべき技の数々は、本作ならではの豪快な魅力に溢れています。

 様々な欲望が剥き出しとなる戦国に、ただ信義のために命を賭ける多十の姿も熱い名品です。

(その他おすすめ)
『嶽神伝』シリーズ(長谷川卓) Amazon


今回紹介した本
風魔(上) (祥伝社文庫)忍びの森 (角川文庫)塞の巫女 甲州忍び秘伝 (朝日文庫)悪忍 加藤段蔵無頼伝(双葉文庫)嶽神(上) 白銀渡り (講談社文庫)


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 「風魔」 小太郎が往く自由の中道
 「忍びの森」 忍びと妖怪、八対五
 「忍び秘伝」 兇神と人、悪意と善意
 「悪忍 加藤段蔵無頼伝」 無頼の悪党、戦国を行く

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2017.03.10

松尾清貴『真田十勇士 6 大坂の陣・上』 決戦、自分が自分であるために

 これまで奇想天外な形で描かれてきた天下対真田の戦いも、ついに最終決戦に突入。守るべき土地を失い、全てを失ったかに見えた場から立ち上がった真田幸村と勇士たちの真の戦いが始まることになります。その決戦の場は、言うまでもなく大坂の陣……この巻で描かれるのはその冬の陣であります。

 上田城の戦を優位に進めながらも関ヶ原で西軍が敗れたことで上田の地を失い、そして荼枳尼天の力を手に完全復活した百地三太夫に敗れたことで白鳥明神の加護を失い……二重の意味で守るべきものを失った幸村。
 しかし、以来十数年にわたり九度山に逼塞を余儀なくされた彼に従う者たちも確かに存在します。

 佐助、才蔵、清海、伊佐、六郎、小助、十蔵、甚八、鎌之助……いずれもそれぞれの形で自分自身を奪われ、そして幸村の下でそれを再び見出してきた者たちであります。
 そして幸村もまた、自分に残された最後のものを抱いて、最後の戦いに臨むことになります。それは己の戦う理由、信念、矜持、縁等々……言い換えれば「自分が自分であること、そしてために必要なもの」であります。

 全てを喪い、それでも残ったもの……自分が自分であるために、確かな絆を持った者たち同士大坂城に入った幸村と九人の勇士。彼らが拠る場は、言うまでもなく彼ら自身の城、真田丸――


 というわけで始まった大坂冬の陣ですが、その内容としては、基本的に史実に沿ったものが描かれることになります。

 もちろん、織田有楽斎の子であり、父以上に不可解な行動を取った左門(頼長)や、大坂に入城しながらも徳川と内通して討たれた南条忠成(元忠)など、面白い人物ながらマイナーな人物にもスポットが当たるのはなかなかに面白いなところであります
 また、木村重成の颯爽としつつもどこか歪みを感じさせるキャラ造形の妙(そしてそこに絡む本シリーズならではの驚くべき伏線!)にも唸らされるところですが、「今のところは」戦いの流れそのものは、史実から大きく離れたものではありません。

 しかしそれが物語としての面白さや緊迫感をいささかも減じるものではないのは、これまで本作で描かれてきた合戦と変わるところではありません。
 たとえ経緯と結果は史実通りであれど、その中で暴れ回るのが、これまでに「人生」を積み重ねてきたキャラクターたちだからこその盛り上がりが、ここには確かにあるのです。

 しかし個人的にその中で最も印象に残ったのは、ある意味人生の積み重ねと最も遠いところにある二人のキャラクター――真田大助と由利鎌之助であります。

 九度山で生まれ、もちろんこれが初陣となる大助。記憶力や学習能力というものを持たず、常に今この時しかない鎌之助。前巻において不思議な、どこかもの悲しい絆で結ばれた主従であり、親友であり、兄弟であり……そしてそのどちらでもない二人。
 そんな二人が、真田丸攻防戦で繰り広げる戦いは、生涯「最初」の戦場となるだけに、他の登場人物とはまた異なる緊迫感と、ある種の初々しさに満ちています。

 そしてその戦いの果てに二人の間に生まれたもの、手にしたものは……それはここでは書けませんが、これまで本シリーズを、少なくとも前巻を読んだ人間は、必ずや天を仰いで「嗚呼!」と嘆じたくなる、そんな名場面であります。


 そしてこの巻ではあまり表に出なかったとはいえ、史実の背後で蠢く奇怪な魔の影は、戦いを静かに、そして確実に侵していくことになります。

 戦いの後に幸村の前に現れた南光坊天海が取った行動は、そして彼が残した言葉は何を意味するのか。
 そしてそれと繋がっていくであろう、冒頭で描かれたある人物の行動は何を意味するのか――

 ここに来て未だ全貌が見えず、しかしそれが顕わになった時、とてつもないものが描かれるのではないか……そんな期待を抱いてしまう松尾版『真田十勇士』。
 天下対真田、天下対人間の戦いの向かう先は……いよいよ次巻完結であります。


『真田十勇士 6 大坂の陣・上』(松尾清貴 理論社) Amazon
真田十勇士〈6〉大坂の陣〈上〉


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 松尾清貴『真田十勇士 3 天下人の死』 開戦、天下vs真田!
 松尾清貴『真田十勇士 4 信州戦争』 激闘上田城、そしてもう一つの決戦
 松尾清貴『真田十勇士 5 九度山小景』 寄る辺なき者たちと小さな希望と

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2017.03.05

菊地秀行『人造剣鬼 隻眼流廻国奇譚』 もう一つの人間たちへのまなざし

 隻眼の剣豪・柳生十兵衛が、諸国を旅する中で様々な怪異と対決する「隻眼流廻国奇譚」の長編第2弾です。前作で十兵衛が対決したのは異国の吸血鬼でしたが、本作で彼の前に現れるのは、人間が造り出した人間――そう、あの「怪物」。それも恐るべき剣技を身につけた、まさしく剣鬼であります。

 とある田舎道場で容赦なく殺人剣を振るう魔剣士・蘭堂不乱、そしてその妹を名乗る謎の美女・富士枝と出会った十兵衛。
 それから数日後、刺客団に襲われた美女を助けた十兵衛は、彼女が遠丈寺藩の大目付の娘であることを知ります。藩主が進めるある計画を知った大目付は討たれ、彼女にも刺客が差し向けられたというのですが――

 その計画とは、死者の体を繋ぎ合わせた不死身の兵士を作り、幕府を転覆させるというもの。普通であれば到底信じられないようなとんでもない話ですが、しかしこの世ならぬ者の存在を知るのが十兵衛であります。
 一人遠丈寺藩に向かった十兵衛が見たものは、間近に迫った藩を挙げての武芸試合のため、全国から集まった腕自慢の群れ。

 しかも藩を訪れた中には、あの不乱が、その妹・富士枝が、そして二人を討つために追ってきた弟・賢祇の姿が――実は彼らもまた、人間によって作り出された者だったのであります。次々と襲い来る死人の剣に挑む十兵衛の運命は――


 冒頭に述べたとおり、前作の吸血鬼に続き、本作の題材となっているのは、かの「フランケンシュタインの怪物」――生命創造の妄執に取り憑かれたフランケンシュタイン博士が死体から生んだ怪物であります。
 あとがきによれば、本シリーズは作者がこよなく愛するハマー・フィルムの怪物たちのオマージュであるとのことですが、なるほど……とというチョイスであす。

 しかしこのある意味定番のホラーモンスターも、名手の筆に依れば、新たな命を得ることになります。
 本作で描かれる「怪物」は、それぞれに個性的かつ超人的な力を持つ三兄弟であり、そして奇怪な技によって生み出された死人武士団なのですから。そう、本作に登場するのは、まさしく人造の剣鬼の群れなのであります。

 実は宮本武蔵や益田四郎、柳生友矩が登場した前作に比べると、本作は十兵衛以外の歴史上の人物はほとんど登場しないのですが、しかしそれでも不足感がないのは、実にこの敵の陣容によるところが大きいでしょう。
 とにかく冒頭からラストまで、ほとんど絶えることなく剣戟また剣戟――十兵衛が、死人たちが、そして諸流派の達人たちが絶え間なく繰り広げる激突は、本作の大きな魅力であることは間違いありません。


 しかしそれと同時に、本作は実に作者らしいある問いを投げかけてくることになります。我々人間と「彼ら」と……一体両者のどこが異なるのか、と?

 確かに彼らは、人間の手により死体を繋ぎ合わせてこの世に生み出された醜い存在であり、そしてその多くは知性を持たないか、あるいは破綻したこころの持ち主ではあります。
 しかし――人間とそれ以外を分かつのは、生まれる手段なのか、外見の美醜なのか、正常なこころの有無なのか……?

 思えばフランケンシュタインの怪物の特異性は、吸血鬼のように人間とは別個の種族ではなく、人間が人間から、人間と同等の存在として生み出したという点にあるのではないでしょうか。
 だとすれば……そんな存在が人間らしく生きることを、扱われることを望むのを誰が咎められるでしょうか。

 デビュー以来、400冊という驚異的な作品を送り出してきた中で、そのほとんどで、人ならざるものを描いてきた作者。そしてまたその多くにおいて、作者はそうした存在に、優しいとも言える眼差しを向けてきました。
 その眼差しは、先に述べた問いかけとともに、本作においても健在であると感じます。

 もっとも、こうした要素はあくまでも味付けであり、過度に触れることは誤解を招くかもしれません。本作の基本はあくまでも時代伝奇小説であり、剣豪小説なのですから。
 その意味では本作はまず水準の作品という印象。前作よりもさらに人間味の増した十兵衛(囲碁シーンは実に可笑しい)のキャラクターも楽しく、肩の凝らない作品であることは間違いありません。。


 さて、隻眼流が次に挑む相手はいかなる怪物か……何しろ相手も多士済々、今から期待は膨らむのであります。
(しかし、何というか編集はもう少ししっかりチェックしていただきたいものではありますが――)

『人造剣鬼 隻眼流廻国奇譚』(菊地秀行 創土社) Amazon
人造剣鬼 (隻眼流廻国奇譚)


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2017.02.28

一色美雨季『浄天眼謎とき異聞録 明治つれづれ推理』下巻 日常の謎、日常を破壊する謎

 人に、物に込められた記憶を覗く「浄天眼」の力を持つ戯作者・燕石と、その世話役の由之助が巻き込まれる事件を描く「第2回お仕事小説コン」グランプリ受賞作の下巻であります。非道な強盗殺人犯・辻の桐生を追うことになった二人が知った真実とは……

 まだ若いにもかかわらず、女中の千代と二人、ほとんど世捨て人のような暮らしを送る戯作者・魚目亭燕石。故あって彼の世話役となった由之助は、燕石が浄天眼の力を持つこと、それ故に人を避けて暮らしていることを知ります。

 しかしその力ゆえに、様々な騒動に巻き込まれ、騒々しい毎日を送る羽目になる燕石と由之助。そんな二人の前にある日持ち込まれたのは、かつて連続強盗殺人で帝都を騒がせた凶悪犯・辻の桐生の遺留品でした。
 実は桐生は、由之助の実家である劇場・大北座の花形女優と素性を隠して通じた過去を持ち、その忘れ形見が由之助の許嫁・小梅だったのです。

 そして燕石の家族とも悍ましい因縁を持つ桐生。幾重にも因縁重なる相手に挑むことになった二人の運命は――


 と、上巻の展開を引き継いで、最大の山場から始まることとなったこの下巻。浄天眼により、桐生の狙いが実の娘である小梅の命であることを知った燕石と警察は、大北座の舞台に小梅を立たせ、桐生をおびき寄せるという一世一代の賭けに出ることになります。
 小梅ともども舞台に上がる羽目になった由之助は、彼女を守りきることができるのか。そして自分の子を狙うという桐生の真意はどこにあるのか――

 と、この辺りの展開は、文字通りの舞台の派手さもさることながら、明らかに正気を失っているようにしか見えなかった桐生の中にあった真実が、なるほど! と思わず納得させられたのが嬉しい。
 燕石の手になる演目――愛する小紫との逢瀬のために辻斬りとなった白井権八を描く、異形の権八小紫の物語と重なり、不覚にもグッと来るものがありました。


 が、下巻の冒頭でこれほど物語を盛り上げて大丈夫かしら、というこちらの懸念はかなりの部分で当たり、物語はここから小粒なエピソードが続くこととなります。
 燕石の昔なじみが持ち込んできた謎の記号、福を招く雄の三毛猫を巡る争奪戦など、それなりに面白くはあるのですが、ここに配置するかな……という印象は否めません。

 特に、燕石自身の物語……燕石と千代を巡る物語が、割合あっさりと解決した感があるのは、彼らの過去の真実の意外な軽さ(まあ、真実は得てしてこういうものかもしれませんが)も相まって、かなり勿体ないという気がいたします。

 さて、これで如何にして物語を締めるのか……と思ってしまったのですが、しかしここで思わぬ爆弾が飛び出すことになります。

 大北座の頭取であり、かつては熱狂的な女性ファンも多かったという由之助の兄・由右衛門。由之助は、その由右衛門の大ファンだったという中年の婦人に、町で偶然出会うことになります。そして由之助が由右衛門の弟だと知り、過剰なまでの執着を見せる婦人。果たしてその婦人の真意は……


 上で述べた辻の桐生を巡るエピソードは実は例外で、描かれるエピソード、そして燕石と由之助が挑む事件の内容自体は、むしろ「日常の謎」とも言うべきものがほとんどであった本作。

 このラストの展開も、ある意味日常の謎ではありますが、しかしそれは、由之助の日常を根底から破壊しかねない謎であります。
 これも本作の一つの特徴である、男女の関係性の生々しさが、一気に頂点に達した感のあるその真相には、思わず言葉を失いました。

 もちろん、それが悲劇では終わることはなく、あくまでも後味は爽やかなのですが――


 上巻の紹介でも述べたとおり、本作をお仕事小説と呼ぶのは違和感が残りますし、やはり下巻の構成にも難はあると感じます。
 こうした不満はあるものの、それでも上下巻という結構なボリュームを最後まで一気に読んでしまったのは、やはりそれなりの力がある作品と言うべきでしょうか。

 少なくとも、作者の今後の作品をチェックしておきたい、それが本作の続編であれば嬉しいなあ、という気持ちになったことは確かであります。


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浄天眼謎とき異聞録 下 ~明治つれづれ推理(ミステリー)~ (マイナビ出版ファン文庫)


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2017.02.23

『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その二)

 『コミック乱ツインズ』3月号の感想の続きであります。

『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)
 今回は『そば屋幻庵』と同時掲載となった本作ですが、絵・物語ともその影響は感じられぬ確かなもの。いよいよクライマックス目前であります。

 新井白石からの催促が厳しく迫る中、柳沢・荻原サイドからの縁談という干渉を受けることとなった聡四郎。刺客だけでなく、こうした搦め手の攻撃というのが実に上田作品的ですが、追いつめられた聡四郎は、自らの身を囮に勝負を決意することになります。
 そして訪れた道場で待っていた師が聡四郎に語るのは……という今回、上田作品名物の師匠の説教が描かれるのですが、そこでの描写、具体的には聡四郎と対峙した師の放つ圧力の描写が素晴らしい。

 内容的にも聡四郎が己にとって真に大事なもの、剣を振るう理由を悟るというシーンだけに、重みのある描写は嬉しくなってしまいます。嬉しいといえば、聡四郎の頼もしい配下、いや仲間となる玄馬の初登場も嬉しいところであります。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 道節一世一代の香具師忍法により窮地を脱したかに見えた村雨姫と信乃。しかし服部忍軍の外縛陣がなおも迫った時、現れたのは……葭原は西田屋の遊女たちを連れた女郎屋の用心棒・現八でありました。
 姫と信乃を遊女の中に隠すという奇策でその場を脱出したものの、しかし服部のくノ一もまた葭原に――

 というわけで今回は嵐の前の静けさ的な会ではあったのですが、敵味方で美女美少女が入り乱れるのはこの作者らしい華やかな画面造りで印象に残ります。
 が、今回の最大の見所は、信乃、現八、そして合流した角太郎が、既に散った三人を偲びつつも、彼らを含めた自分たちが何のために戦うか再確認するシーンでしょう。

 忠義のために戦った祖先とは違い、ただ一人の女人にいいところを見せるためだけに戦う……その心意気が泣かせるのであります。


『怨ノ介 Fの佩刀人』(玉井雪雄)
 自分の国を奪った男・多々羅玄地への復讐のために旅を続けてきた怨ノ介の物語も今回で最終回。自分の仇は既に亡く、その名を継いだ当代の玄地と対決というのは、ちょっと最後の対決として盛り上がらないのでは……と前回思いましたが、しかしそれこそが本作の恐ろしさ。
 既に怨念を晴らすための、そして生み出すための一種のシステムと化した多々羅玄地「たち」に対して、復仇という概念は意味はないのですから――

 しかしそれでは本当に怨ノ介の戦いに意味はないのか、という想いに、見事に応えてみせたクライマックスが実にいい。さらにそこから、数々の魔刀の中で何故怨ノ介の持つ不破刀のみが女性の姿を持つのかという、「言われてみれば……」という謎にきっちり答えを出してみせるのも泣かせます。

 なるほど彼にはこういう役割があったのね、という結末も微笑ましく、まずは大団円というべきでしょう。


『仕掛人 藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 前髪立ちの少年・久馬を守る豪剣士・又蔵相手の仕掛のはずが、又蔵が自害してしまい……という「後は知らない」の後編。

 意外な展開から、真相を知った梅安たちの仕掛けが描かれることとなりますが、印象に残るのは、梅安と彦次郎、久馬と又蔵、そして悪人たちといった登場人物たちの感情の起伏の大きさであります。
 特に久馬と又蔵の絆、二人の武士としての矜持は、テンションの高い画風ならではのインパクトと言うべきでしょう。

 それを受け止める梅安の、姿はゴツいけれども口調は妙に丁寧なところも含めて、好みが分かれるところかもしれませんが、私はこの作者の「梅安」として、さらに突き詰めてもらいたいと感じているところです。


『コミック乱ツインズ』2017年3月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年3月号 [雑誌]


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2017.02.21

六本木歌舞伎『座頭市』 奮闘、海老蔵&寺島しのぶ しかし……

 この20日までEXシアター六本木で上演されていた六本木歌舞伎の『座頭市』を観ました。座頭市を演じるは市川海老蔵、二人のヒロインを演じるのは寺島しのぶ、そして脚本はリリー・フランキー、演出は三池崇史と、異色の歌舞伎であります。

 舞台は六本木温泉宿場町、時は江戸時代――それも、史実よりもずっと長く続いた(おそらくは現代に近くまで)江戸時代。
 この六本木に流れ着いた盲目の男・市は、放浪の按摩は表の姿、実は凶状持ちで莫大な賞金をかけられた侠客でありました。

 そんな市が出会ったのは、宿の女中として懸命に働く盲目の少女・おすずと、江戸随一の花魁・薄霧太夫。特に薄霧は市の危険な香りに強く惹かれるようになります。
 しかし町を牛耳る六樽組の親分・権三は、市を危険視し、六樽組の用心棒である狂剣士・風賀清志郎らに抹殺を指示。陰謀を察知した薄霧は、市を連れて町を抜けようとするのですが――


 というこの歌舞伎、物語的には上の概略がほとんど全てと、非常にシンプル。流れ者が土地を牛耳る顔役と対決、ヒロインと別れて再び旅立つ……というのは、流浪のヒーローものの定番ではありますが、相当にあっさりした内容ではあります。
 が、その分、存分に見せてくれるのは、海老蔵と寺島しのぶの演技合戦なのです。

 海老蔵の座頭市というのは、坊主頭がトレードマークの一つであるだけに、コロンブスの卵的なビジュアルですが、これがなかなかにはまっている印象。
 本作の市は、一般的な座頭市のイメージに比べれば若くまた格好良すぎるようにも見えるのですが……しかしその無頼さ・慇懃さ・無愛想さ・人懐っこさ・真摯さ・洒脱さetc.といった、相反する要素が入り混じったキャラクターは、海老蔵という役者自身のイメージとも重なって、本作ならではの座頭市像を生み出していると感じます。

 特に冒頭、なんとTシャツにスウェットという姿で現れ、本水を被りながら立ち回った後で、コンビニのビニール袋を片手にタオルで顔を拭い、袋から取り出したモンキーバナナをつまらなそうに頬張る姿は、「今の」座頭市像として、一気に心を掴まれました。
(その後、早変わりで真っ赤な衣装に着替えるのですが、これはこれで格好良い)

 そして対する寺島しのぶですが――梨園の名門に生まれながらも、女性という理由で歌舞伎役者になれなかった彼女にとって、「歌舞伎」の舞台は夢だった、と思ってもよいでしょうか。
 薄霧の情念に満ちた役どころはお得意のそれかと思いますが、しかしむしろ舞台の上でのはっちゃけぶりが凄まじく、海老蔵との濡れ場はほとんどアドリブで無茶なネタの連発ですし、後半には歌謡ショー(!)まであったりと、大暴れであります。

 二役で演じた少女・すずの方はうって変わって可愛らしい役どころですが、舞台上での二人の早変わりも楽しく、実に楽しそうに舞台上を走り回っていたのが印象に残ります。


 しかし――舞台全体として見れば、正直なところ、この二人の奮闘ぶりが全てという印象であります。

 上で述べたとおり物語としては相当に薄い本作。2時間と比較的短いためもあるかもしれませんが、その時間の多くがアドリブに割かれた印象で、二人を除けば辛うじて印象に残るのは、市川右團次演じる清志郎のみ。
 そもそも、基本的に市はただ六本木にやって来て普通に過ごしているだけなのに、一方的に薄霧や六樽組がエキサイトして彼に絡んだ末に、自滅していくのですから……

 終わらない江戸時代という舞台設定も、有効に利用されていたのは先に触れた冒頭の市の姿くらいで、「今」の物語としては突っ込み不足でありました。

 しかし何よりも驚かされたのはクライマックス。死闘の末に辛うじて清志郎を倒した市。しかしその時、周囲がにわかにかき曇り、倒されたはずの清志郎が不気味な姿で復活。そしてその背後から現れる、巨大な怪物・鵺――
 いやはや、座頭市と怪物が戦う話は初めて見ましたが、普段であれば大好物の要素も、何の伏線もなく突然出てくれば、夢でも見たかと思うほかありません。
(鵺の造形が結構良かっただけに残念)


 ラスト、市にとって美しいもの、純粋なものの象徴であるはずのすずが……という苦い結末は良かった(「厭な渡世だなァ」という台詞も納得)だけに、尚更、そこに至るまでが残念に感じられた次第です。


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