2017.02.21

六本木歌舞伎『座頭市』 奮闘、海老蔵&寺島しのぶ しかし……

 この20日までEXシアター六本木で上演されていた六本木歌舞伎の『座頭市』を観ました。座頭市を演じるは市川海老蔵、二人のヒロインを演じるのは寺島しのぶ、そして脚本はリリー・フランキー、演出は三池崇史と、異色の歌舞伎であります。

 舞台は六本木温泉宿場町、時は江戸時代――それも、史実よりもずっと長く続いた(おそらくは現代に近くまで)江戸時代。
 この六本木に流れ着いた盲目の男・市は、放浪の按摩は表の姿、実は凶状持ちで莫大な賞金をかけられた侠客でありました。

 そんな市が出会ったのは、宿の女中として懸命に働く盲目の少女・おすずと、江戸随一の花魁・薄霧太夫。特に薄霧は市の危険な香りに強く惹かれるようになります。
 しかし町を牛耳る六樽組の親分・権三は、市を危険視し、六樽組の用心棒である狂剣士・風賀清志郎らに抹殺を指示。陰謀を察知した薄霧は、市を連れて町を抜けようとするのですが――


 というこの歌舞伎、物語的には上の概略がほとんど全てと、非常にシンプル。流れ者が土地を牛耳る顔役と対決、ヒロインと別れて再び旅立つ……というのは、流浪のヒーローものの定番ではありますが、相当にあっさりした内容ではあります。
 が、その分、存分に見せてくれるのは、海老蔵と寺島しのぶの演技合戦なのです。

 海老蔵の座頭市というのは、坊主頭がトレードマークの一つであるだけに、コロンブスの卵的なビジュアルですが、これがなかなかにはまっている印象。
 本作の市は、一般的な座頭市のイメージに比べれば若くまた格好良すぎるようにも見えるのですが……しかしその無頼さ・慇懃さ・無愛想さ・人懐っこさ・真摯さ・洒脱さetc.といった、相反する要素が入り混じったキャラクターは、海老蔵という役者自身のイメージとも重なって、本作ならではの座頭市像を生み出していると感じます。

 特に冒頭、なんとTシャツにスウェットという姿で現れ、本水を被りながら立ち回った後で、コンビニのビニール袋を片手にタオルで顔を拭い、袋から取り出したモンキーバナナをつまらなそうに頬張る姿は、「今の」座頭市像として、一気に心を掴まれました。
(その後、早変わりで真っ赤な衣装に着替えるのですが、これはこれで格好良い)

 そして対する寺島しのぶですが――梨園の名門に生まれながらも、女性という理由で歌舞伎役者になれなかった彼女にとって、「歌舞伎」の舞台は夢だった、と思ってもよいでしょうか。
 薄霧の情念に満ちた役どころはお得意のそれかと思いますが、しかしむしろ舞台の上でのはっちゃけぶりが凄まじく、海老蔵との濡れ場はほとんどアドリブで無茶なネタの連発ですし、後半には歌謡ショー(!)まであったりと、大暴れであります。

 二役で演じた少女・すずの方はうって変わって可愛らしい役どころですが、舞台上での二人の早変わりも楽しく、実に楽しそうに舞台上を走り回っていたのが印象に残ります。


 しかし――舞台全体として見れば、正直なところ、この二人の奮闘ぶりが全てという印象であります。

 上で述べたとおり物語としては相当に薄い本作。2時間と比較的短いためもあるかもしれませんが、その時間の多くがアドリブに割かれた印象で、二人を除けば辛うじて印象に残るのは、市川右團次演じる清志郎のみ。
 そもそも、基本的に市はただ六本木にやって来て普通に過ごしているだけなのに、一方的に薄霧や六樽組がエキサイトして彼に絡んだ末に、自滅していくのですから……

 終わらない江戸時代という舞台設定も、有効に利用されていたのは先に触れた冒頭の市の姿くらいで、「今」の物語としては突っ込み不足でありました。

 しかし何よりも驚かされたのはクライマックス。死闘の末に辛うじて清志郎を倒した市。しかしその時、周囲がにわかにかき曇り、倒されたはずの清志郎が不気味な姿で復活。そしてその背後から現れる、巨大な怪物・鵺――
 いやはや、座頭市と怪物が戦う話は初めて見ましたが、普段であれば大好物の要素も、何の伏線もなく突然出てくれば、夢でも見たかと思うほかありません。
(鵺の造形が結構良かっただけに残念)


 ラスト、市にとって美しいもの、純粋なものの象徴であるはずのすずが……という苦い結末は良かった(「厭な渡世だなァ」という台詞も納得)だけに、尚更、そこに至るまでが残念に感じられた次第です。


関連サイト
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2017.02.20

入門者向け時代伝奇小説百選 忍者もの(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪に並び伝奇ものの華である忍者を主人公とした作品の紹介。古今の名作のうち、5作品をまず紹介いたします。
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)

16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎) 【江戸】 Amazon
 忍者もの一番手は、忍者といえばこの方、という山田風太郎の忍法帖の第1作であります。

 家光か忠長か、徳川三代将軍を決するためのゲームの駒として選ばれた甲賀卍谷と伊賀鍔隠れ、各十名の死闘を描いた本作は、奇怪極まりない――それでいて医学的合理性を備えた――忍者たちのトーナメントバトルという、忍法帖の一つのスタイルを作った記念すべき作品。
 しかし本作が千載に名を残すのは、忍者たちの忍法合戦の面白さもさることながら、その非人間的な戦いの中で、権力者たちに翻弄される甲賀と伊賀の恋人たちの姿をも描き出した点でしょう。

 近年、『バジリスク』のタイトルで漫画化・アニメ化され、今なお愛されている不滅の名作であります。

(その他おすすめ)
『信玄忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『忍者月影抄』(山田風太郎) Amazon


17.『赤い影法師』(柴田錬三郎) 【江戸】【剣豪】 Amazon
 柴錬が昭和30年代の忍者ブームに参戦した本作は、実に作者らしい、剣豪ものの側面も色濃く持つ作品であります。

 三代将軍家光の御前で行われたという寛永御前試合。この十番勝負に出場した二十人の武芸者たちの死闘が本作の縦糸ですが、横糸となるのは、その勝者を襲って拝領の太刀を奪う謎の忍者の存在であります。
 その正体は、伝説の忍者「影」の娘と、服部半蔵の間に生まれた若き天才忍者「若影」。ただ己の腕のみを頼みとし、強者との戦いの中にのみ己の存在を見出す彼の姿は、いかにも柴錬らしい独特の乾いた美意識に貫かれています。

 ちなみに本作には、大坂の陣を生き延び隠棲している真田幸村と猿飛佐助も登場。そのカッコ良さはファン必見です。

(その他おすすめ)
『猿飛佐助 真田十勇士』(柴田錬三郎) Amazon


18.『風神の門』(司馬遼太郎) 【戦国】 Amazon
 その活動初期に伝奇的な作品を発表していた司馬遼太郎。本作は忍者ブームに発表された、天才忍者・霧隠才蔵の活躍を描く長編です。

 徳川と豊臣の決戦が迫る中、どちらにつくでもなく飄々と暮らす才蔵。ある時、人違いから襲撃を受けた彼は、それがきっかけで東西の忍者たちの暗闘の世界に巻き込まれることになります。
 そんな中、才蔵はかつては宿敵であった猿飛佐助の主君・幸村と出会い、己の主と仰ぐのですが――

 才蔵を己の技を売って生きる自由闊達な男と設定し、痛快な活躍を描く本作ですが、そんな彼の自由は孤独と背中合わせ。自由であることの光と陰を背負った彼の姿は、同時に極めて現代的であり、だからこそ魅力的なのです。

(その他おすすめ)
『梟の城』(司馬遼太郎) Amazon


19.『真田十勇士』(全5巻)(笹沢左保) 【戦国】 Amazon
 大河ドラマの題材にもなり、今なお人気の真田幸村と、その配下・十勇士。そんな十勇士を描いた中でも決定版が本作です。

 智将・真田幸村一の臣である猿飛佐助が、幸村の股肱の臣たるべき勇士を求めて諸国を巡る発端から、十勇士集結、豊臣・徳川の開戦、そして凄絶な決戦からその結末に至るまでを描いた本作。
 設定自体は極めてオーソドックスではありますが、しかし十勇士たちをはじめとするキャラクターの個性、そして物語展開は、名手ならでは、というべきさすがの内容。何よりも、十勇士たち一人一人が背負った過去、あるいは彼らが出会う事件それぞれが、みな実に伝奇色濃厚で、さながら戦国意外史の感すらある作品です。


20.『妻は、くノ一』シリーズ(全10巻)(風野真知雄) 【江戸】 Amazon
 市川染五郎と瀧本美織主演でドラマ化もされた作者の代表作にして、一味も二味も違うユニークな忍者活劇であります。

 たった一月の新婚生活の後に姿を消した妻・織江を追って江戸にやってきた、ちょっと変わり者の平戸藩士・雙星彦馬。
 実は織江は藩を探る公儀のくノ一、任務で彦馬に近づいたのですが、そうと知らず彦馬は彼女を探す毎日。そして彦馬を愛してしまった織江も、やがて抜け忍となることを決意して――

 彦馬が出会う市井の事件の謎解きを縦糸に、織江が忍びとして繰り広げる苦闘を横糸に、濃厚な伝奇風味を隠し味とした本作。愛し合うカップルの苦難に満ちた冒険が、どこかユーモラスで、そして暖かい、作者ならではの筆致で描かれる名品です。

(その他おすすめ)
『消えた十手 若さま同心徳川竜之助』(風野真知雄) Amazon
『私が愛したサムライの娘』(鳴神響一) Amazon


今回紹介した本
甲賀忍法帖  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)赤い影法師 (新潮文庫)風神の門 (上) (新潮文庫)真田十勇士 巻の一 (光文社文庫)妻は、くノ一 (角川文庫)


関連記事
 「風神の門」上巻 自由人、才蔵がゆく
 「風神の門」下巻 自由児の孤独とそれを乗り越えるもの
 「妻は、くノ一」 純愛カップルの行方や如何に!?

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2017.02.14

せがわまさき『十 忍法魔界転生』第10巻 原作から一歩踏み出した最期の姿

 まだまだ続く十兵衛と魔界転生衆の死闘旅、ついに巻数も二桁に突入です。和歌山城での死闘を経て、粉河寺に至った十兵衛。そこで彼を待つのは、クララお品を捕らえた天草四郎であります。ついに激突する二人の戦いの結果が更なる波乱をもたらし、そして意外すぎるゲストキャラの登場が――

 囚われの身となったお雛を追い、和歌山城に赴いた十兵衛。そこで天守閣で彼を待ち受ける同門の名剣士・柳生如雲斎との二度目の対決は、お品の助勢により十兵衛が辛くも勝利することになります。

 が、お雛が敵の手にあることは変わらず、そして密かに十兵衛を助けてきたお品も、西国三番札所・粉河寺で、ついに天草四郎に責め問われることに――
 そしてお品に対し落花狼藉に及ぶ天草四郎ですが、これは彼にとっては必勝の儀式でもあることは、これまでに描かれたとおり。彼の忍法髪切丸は、女人の髪を用いることで、鋼の刃をも砕く力を生むのですから。

 かくて、万全の体制でもって、遅れて駆けつけた十兵衛と対峙する四郎(背中に黒い羽根と無数の亡骸を背負ったようなエフェクトが格好良い)ですが、その結果は……
 はは、本作で初めて『魔界転生』に触れた、いや原作以外のバージョンに触れていた方の驚きが目に浮かぶようであります。

 この辺り、どこまでも原作に忠実な本作らしいところですが、しかしここで本作は、原作からわずかに踏み出してみせることになります。

 四郎の傍らで、命の火が耐えようとしているお品の心に去来するのは、今よりももっと前、まだ純粋な二人が初めて出会った時の姿。
 そして十兵衛に、涙ながらにこれまでの旅の楽しさを彼女が向かう旅路とは、そしてそれに伴うのは…――

 ここで僕が思い出したのは、『バジリスク 甲賀忍法帖』での初の(と言ってよいかと思いますが)オリジナル要素であったお胡夷の最期。
 原作にはない、作者独自の描写は、ごく短いものでありつつも大いにこちらの心を揺すぶってくれたのですが……それと同様に、強く印象に残る最期の姿でありました。


 が、その一方で四郎が十兵衛に語ったのは、十兵衛の知らなかった――いやよく知っているというべきか――転生衆の名。
 そしてそれが柳生家を滅ぼしかねぬものであったことから、十兵衛は次善の策として密書を託していた弥太郎を、逆に止めねばならぬこととなります。

 この辺りは、「ゲーム」としてのこの
戦いのややこしさ、面白さがよく表れた部分ではありますが、しかし、ここからの弥太郎を巡っての柳生十人衆と根来衆の追いかけっこは、個人的にはあまりノレない展開で――

 と思いきや、ここでまたもやオリジナル(?)要素が、それもせがわまさきの山風ものファンには驚愕のものが飛び出すことになります。

 ただ一人道を往く弥太郎が、途中の村で出会った少女。弥太郎に根来衆の追手が襲いかかった時、彼女が持ちだした刀の持ち主は……
 かなりの年齢に見えながらも、しかし強者の風格と、どこか飄々としたものを伺わせる男。少女の祖父であるその老人の名は与五郎、そして(直接には登場しないものの)祖母の名は登世……そう、「あの作品」の主人公カップルのその後だったのです!

 基本的に原作に忠実であるせがわまさきの山風ものの中では異数の、原作とは異なる結末を迎えた「あの作品」。山風作品にして山風作品ではないその結末のその先がここで描かれるというのは、何とも楽しいファンサービスであります。

 もちろん、正直に申し上げれば唐突感は否めません。しかし、与五郎と武蔵の因縁を考えれば、そしてその時彼が囚われていた妄執に、今は武蔵が囚われているとも言える状況を考えれば、何とも皮肉なシチュエーションと言えるのではないでしょうか。


 もちろんこれはあくまでもファンサービスのスペシャルゲスト、物語は何事もなかったかのように先に進んでいくのですが……さて、この鬼ごっこがいつまで続くのか。個人的には早めに終わらせてほしいのですが。


『十 忍法魔界転生』第10巻(せがわまさき&山田風太郎 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
十 ~忍法魔界転生~(10) (ヤンマガKCスペシャル)


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2017.02.13

高井忍『蜃気楼の王国』(その三) 我々の住む国、我々の生きる時間の物語

 高井忍が稗史・偽史の中に浮かび上がる「国」の姿を鋭く浮き彫りにしていく時代ミステリ短編集の紹介その三です。最後に収められた作品は本書の表題作にして、本書が語り続けてきたものを象徴するような物語であります。

『蜃気楼の王国』
 あまりにも有名なペリーの日本来航。しかしペリーは同時に琉球に対しても修好条約の締結を要求していました。日本同様、琉球にも一年後の再来を期したペリーは、琉球に水兵を残していたのですが……その水兵が、琉球の人々に殺されるという事件が本作では描かれることになります。

 本作の主人公となるのは、ハンガリー出身のイギリス人宣教師ベッテルハイム――ペリーの琉球来航の十年近く前に琉球を訪れ、以来布教に努めていた実在の人物であります。
 当時キリスト教を禁教していた琉球王国との対応に苦慮しながらも、琉球の人々と共に暮らし、親しまれたベッテルハイム。この地で娘も生まれた彼が巻き込まれたのが、件の事件だったのです。

 泥酔した水兵の一人が、琉球人の家に押し入り、女性に乱暴しようとしたことから、怒った人々に追われ、頭を石で殴られた末に、溺死しているのが発見された……
 この微妙な時期に致命的とも言える事件の検死に当たり、一つの疑念を抱くベッテルハイム。しかし事件は彼自身の身にも関わる顔を見せることに――

 米兵による婦女暴行(未遂)という、尖った題材を中心と据えた本作。これが実は実際に起きた事件というのには驚かされますが、本作はそこに幾重にも意味を見出す形で、独自の物語を描き出します。
 物語の核心に触れるため、詳細は触れませんが、結末に浮かび上がるもう一つの差別と偏見の構造も含め、事件の謎以上に、そこに関わる人々の心の在り方は、深く心に残ります。

 ……しかし本作で真に驚くべきは、結末でベッテルハイムが知ることとなるもう一つの真実であります。
 そのある意味空前絶後のスケールの「替え玉」トリックに愕然とさせられると同時に、そこから浮かび上がる本作のタイトルに込められたもの、ベッテルハイムらの想いを全て飲み込んで浮かび上がるものの巨大さ・空虚さに、索漠たる想いを抱かざるを得ません。


 ……ここまで、本書に収録されてきた全五話を一話一話紹介させていただきました。

 これまで何度も申し上げたとおり、各話は直接には関係しない、完全に独立した内容となっています。しかしそこで描かれるものは、偽史・稗史を通じて、国という存在のあり方を描くという点で、通底していたと言うことができます。

 もちろんここで描かれたものはいずれも作者の空想……という言い方が良くなければフィクションの物語であります。
 しかしこの中に仮託されたもの、特に琉球と中国の関係に仮託されたものが何を指すか――それは明らかでしょう。最後の作品のタイトルであり、本書のタイトルでもある「蜃気楼の王国」が真に何を指すのかも。

 その意味では紛れもなく本作は、我々の住む国、我々の生きる時間の物語であると言えるのです。


 ここからは個人的な話となりますが、僕は時折、「伝奇」(「稗史」とかなりの部分でイコールかもしれません)と「偽史」の違いについて考えてきました。

 「史実」の陰に隠れた、それとは異なる「もう一つの真実」を描く歴史……その点では共通する両者は、しかしその動機、意図において明確に異なると……そう僕は考えます。
 伝奇があくまでもその「真実」を物語の枠の中で描く一方で、偽史はその「真実」こそが真の歴史であると語ること……その点が両者の決定的な相違点と言えるのではないか、と。

 もちろん、その出発点は共に等しいものでしょう。本書で繰り返し描かれてきたように、人々の願い――歴史の真実の姿はこうあって欲しいという思いが、こうしたもう一つの歴史を生み出すのです。
 しかしそれを物語として、一時の楽しい空想という慰めとして終わらせることと、こちらこそが本物であると史実を塗り替えようとすることは同じではありません。少なくとも伝奇は、その基礎となる確かな史実があってこそ成立するものなのですから。

 僕はあくまでも伝奇を愛し、追いかけていきたい……本書を読んで、その想いを新たにした次第です。


『蜃気楼の王国』(高井忍 光文社文庫) Amazon
蜃気楼の王国 (光文社文庫)

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2017.02.12

高井忍『蜃気楼の王国』(その二) 二つの古典に秘められた想い

 高井忍が稗史・偽史を題材に描く時代ミステリ短編集の紹介その二であります。その一で紹介した二編同様、いやそれ以上にこちらも挑戦的な、挑発的な内容であります。

『雨月物語だみことば』
 京で次々と起きる、謎の侍たちによる怪事件。それが近頃評判の読本『雨月物語』の各話の見立てとなっていることに気付いた大坂で医者を営む主人公。かつて国学を学んだ師である加藤宇万伎とともに事件を追う彼が知った犯人たちの意外な思惑とは――

 という本作は、本書に収録された作品の中ではほとんど唯一、琉球には直接関わらない物語です。ですが、しかしその根底に存在するのは、他の作品に通底する、作者の偽史への眼差しなのであります。

 今なおその名を残す『雨月物語』の各話に登場する地名、登場する事物・人物をモチーフとした見立てを続ける一味を追うという、時代ミステリとしても非常にユニークな本作ですが、主人公の探索の果てに浮かび上がるのは、本居宣長とその弟子たちの存在。
 「古事記」や「源氏物語」を独自の立場から解釈し、国学四大人の一人とも言われる宣長ですが……しかし本作で描かれるのは、神代の世界をそのまま受け取り、そして我が国独自の文化を最古最高のものとして他国のそれの上に置く、ファナティックな思想家としての姿であります。

 そんな宣長像は、決して本作独自の、偏った見方とばかりは言えないものがあるですが……そんな宣長と、そして彼以上に狂信的に日本の素晴らしさを説く弟子たちの姿に、一種の既視感を覚えるのは、決してうがった見方ではないでしょう。
 そしてそんな彼らに対して、『雨月物語』が用意していた最大のカウンターとは……いやはや、このような読み方があったか! と、驚き呆れるばかり。いやはや、作者は恐ろしいことを考えるものです。

 ちなみに本作、文学史の知識がある方であれば、冒頭から「おや?」という描写があるのですが――これも一種の叙述トリックと言うべきでしょうか。この点もまた、時代ミステリとしての本作の面白さでしょう。


『槐説弓張月』
 タイトルから察せられるとおり、本作は冒頭の『琉球王の陵』において描かれた為朝の琉球渡航伝説が人口に膾炙するきっかけともいえる、滝沢馬琴の『椿説弓張月』を巡る物語。
 馬琴の死をきっかけに、実は八犬伝の大ファンであった将軍家慶に対し、腹心である遠山景元(金四郎)が、在りし日の馬琴との出会いを語る……というユニークなスタイルの作品です。

 まだ放蕩生活を送っていた頃、女郎に蛸をけしかけたことで袋叩きにあっていた老人(この時のメタな言い草が実に楽しい)を助けた金四郎。金四郎が弓張月のファンであることを知った老人が彼を誘った先は、飯田町の馬琴邸でありました。
 そこで金四郎は、弓張月の製作秘話を聞くことになって……というのが本作の趣向であります。

 いわば作者による一種ストレートな弓張月解題である本作は、本書に収録された作品の中ではある意味異色の内容ではあります。しかしそこで語られる内容は、他の作品とは遜色のないほど刺激的であることは言うまでもありません。

 弓張月以前からも存在した為朝の琉球渡航説。金四郎が教えられるのは、その「真実」――そもそも為朝なのは何故か、そして為朝を琉球に渡らせたのは誰なのか……
 つまりはホワイダニット、フーダニットの問題として、本作は『琉球王の陵』とは別の視点から、為朝という特異な立ち位置の(そしてここで前作との接点が生じているのですが)英雄伝説を捉え直すのであります。

 そこに浮かび上がるのは、琉球の庶民の、そして為政者の切なる願いであり……それは同時に、国は如何に在るべきか、という点に繋がっていくことを、本作は明らかにしていきます。
 そしてそこで描かれるのはもちろん、国を守るために周囲の強国に追従し、しかしその強国に翻弄され続けた琉球独自の物語ではありますが……しかしその立場にあるのは琉球だけではないことを、今の我々は知っています。いや、知るべきなのでしょう。

 と、非常に尖った切り込みを見せつつも、前作同様、途中で感じた些細な違和感が、ラストのどんでん返しを招くのが実に楽しい。
 いやはや、ここまでシリアスにしておいてこのオチか! と言いたくなるようなすっとぼけた結末には脱帽であります。


 あともう一回、続きます。


『蜃気楼の王国』(高井忍 光文社文庫) Amazon
蜃気楼の王国 (光文社文庫)

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2017.02.11

高井忍『蜃気楼の王国』(その一) 意外な「探偵」たちが解き明かす「真実」

 時代ミステリの快作を次々と送り出してきた作者が、「国」と「歴史」を題材として描く、極めてエッジの立った短編集であります。それぞれ別々の時代、別々の謎に挑む意外な「探偵」たちを描いた五つの物語から浮かび上がるものは……以下、収録作を一つずつ紹介いたします。

『琉球王の陵』
 バルチック艦隊の行方を求める中、西表島に立ち寄った東郷平八郎と秋山真之。そこで一人のアメリカ人記者と出会った二人が見せられた一枚の写真……ペリー艦隊に同行した絵師が撮影したそれに映るのは、琉球最初の王の伝説が残る源為朝の墓でありました。
 果たして伝説は真実なのか、写真に写った地を探しに出る一行が見たものは――

 いずれの作品においても実在の人物、有名人が探偵役となる本書ですが、いきなり冒頭からとんでもない探偵役であります。何しろ、日本海海戦の立役者である軍神・東郷と秋山弟が、源為朝伝説を追うというのですから。
 かの滝沢馬琴の『椿説弓張月』で今なお知られる為朝の琉球渡航伝説――その成立過程については後の作品で語られますが、本作で描かれるのは、琉球で発見されたという彼の墓の謎であります。

 その証拠というのが、かのペリー艦隊が持ち帰ったというスケッチの中から出てきた一枚の写真というのがまた伝奇的で痺れるほかないのですが、しかし本作は、そんな伝奇的真実、稗史の陰に潜むものを、容赦なくえぐり出します。
 何故、為朝の墓が琉球にあるのか。いや、琉球になければならなかったのか? ミステリに例えるとすればその墓の存が犯行結果であり、そして二人が探るのは、ホワイダニットとフーダニット……そんな構図なのです。

 その謎解きの中で浮かび上がるのは、琉球にまつわるある史実。そしてそこから繋がっていく、琉球は何処の国の物なのか、琉球とは如何に在るべきなのかという問いかけは、今この瞬間に、驚くべき鋭さで我々に突き刺さるのです。
 人々の願いと、権力者たちの思惑の間に揺れる「真実」として――


『蒙古帝の碑』
 為朝以上に人口に膾炙している渡海伝説――それは為朝の甥である義経がかのジンギスカンとなったというあの伝説でしょう。本作で語られるのはその伝説なのですが……ここでその謎に挑むのはなんとシーボルト、そして聞き手となるのは若き日の遠山金四郎というのですから、奇想ここに極まれりであります。

 来日前に日本のことを学ぶ中で、源義経が実は生きて蝦夷に、そして大陸に渡り、その子孫が清朝皇帝の先祖になったという奇説――しかし新井白石が書き残したもの――を目にしたシーボルト。
 来日したシーボルト、そして彼の通訳を勤める遠山金四郎(父が長崎奉行だった関係で、という設定が面白い)は、この時代にただ一人、黒竜江地方に足を踏み入れたただ一人踏み入った日本人の存在を聞かされます。

 その日本人、かの間宮林蔵と対面したシーボルトは、林蔵の口から義経渡来説を聞いた上で、「より無理がない」説を開陳することとなります。そう、それこそは義経=ジンギスカン説……!

 本作でも冒頭に引用されているように、高木彬光の『成吉思汗の秘密』などで知られるようになった義経=ジンギスカン説。本作はシーボルトがその真実を推理する……というよりも、その成立過程が彼の口から語られていく様を描くことになります。
 一見義経とシーボルトというのは突飛すぎる組み合わせにも見えますが、しかし実は記録上初めてこの説を残したのは実はシーボルト。ある意味探偵=犯人のような状況が実に面白いのですが、しかし本作はその先に、ある種の人の想いをあぶり出すのであります。

 本朝の英雄が異国に渡り、その祖となる――確かに気宇壮大なロマンではありますが、そこにある種の政治的な意図が働いていたとすればどうであるか? 本作でシーボルトが推理したある「真実」の中に存在する我が国の姿は、前話の琉球の姿となんら変わることはないものなのであります。

 自国に都合のよい歴史ばかりをありがたがろうとする態度に対する、どこかうそ寒くなるシーボルトの予言とも言うべき言葉と、彼の推理が招いた皮肉な結末……非常に興趣に富つつも、何とも苦い後味の物語であります。


 どうにも熱が入り、長くなってしまいました。次回以降に続きます。


『蜃気楼の王国』(高井忍 光文社文庫) Amazon
蜃気楼の王国 (光文社文庫)

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2017.02.08

山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 千両富くじ根津の夢』 科学捜査でも解き明かせぬ思い

 現代と江戸時代で二重生活を送るヒロイン・おゆうが江戸の名探偵となって活躍する本シリーズもこれで第3弾。今回彼女が挑むのは、数年前に姿を消し、今また江戸に現れた伝説の盗人ですが……しかし事件は根津の寺院で行われる富くじにも関わり、思わぬ様相を呈することになるのであります。

 祖母が残した家の中に江戸時代に繋がるタイムトンネルを見つけたことから、現代と江戸時代を行き来するようになった元OL関口優佳=おゆう。
 現代の分析オタクの友人・宇田川の力を借りた科学捜査で、南町奉行所の定町廻り同心・鵜飼伝三郎を助けて難事件を次々解決してきた彼女は、今では伝三郎に十手を預けられるほどであります。

 そんなおゆうが近所の長屋のおかみさんから頼まれたのは、女と一緒にいるところを見られて以来行方不明の彼女の亭主・猪之吉探し。やむなく引き受けたものの、しかしすぐに彼女はそれどころではない事件に巻き込まれることになります。

 さる大店の呉服商で起きた蔵破り……その鮮やかな手口は、数年前に江戸を荒らし回り、忽然と姿を消した伝説の盗賊・疾風の文蔵のそれを思わせるもの。
 内輪揉めの末に仲間一人の死体を残して消えて以来、消息不明だった文蔵が帰ってきたのだとすれば大事と、伝三郎や源七親分、さらに文蔵を執拗に追ってきた老岡っ引き・茂三とともに事件を追うおゆうですが――

 さっそく宇田川の助けを借りて呉服商の蔵破りの真相を解き明かしたおゆうですが、しかしその過程で、彼女は行方不明の猪之吉の指紋が、蔵の鍵から見つかったことを知ることになります。
 指紋のことは伝三郎に明かせぬまま、猪之吉の行方を追うおゆうは、金物細工師だった猪之吉が、賞金千両と評判の根津明昌院の富くじに関わっているらしいことを知るのですが――


 既に3作目ともなれば、設定もキャラクター配置もすっかりお馴染みのものとなった本作。
 そのため……というべきか、タイムトラベルという設定にあまり新味はなくなってきたのは痛し痒しかもしれませんが、しかし捕物帖としての面白さは、これまで以上に増してきた印象があります。

 伝説の盗人による蔵破りを縦糸に、行方不明の職人探しを横糸に、一見関係のなさそうな出来事が、人物が思わぬ繋がりを見せ、そして恐るべき事件の全貌を明らかにする――
 定番と言えば定番ですが、物語が始まって以来、刻一刻と様相を変えていく事件像に、適度に配置されたサスペンスと、時代ミステリとして、最後の最後まで楽しませていただきました。

 もちろん、おゆうの(というか宇田川の?)科学捜査は健在で、今回も事件の核心に迫る手がかりを次々と明らかにしていくのですが……しかし面白いのは、その科学捜査でも、そしてそれを活かすおゆうの推理でも解き明かせないものがあることでしょう。
 それは人の心の内……人が心の中に秘めた思いの存在であります。

 おゆうたちの活躍により、ひとまずの解決を見た事件。
 しかしさらにその先――事件に関わった人々の心の内が明かされていくことにより、どんでん返しのように、見えていたものが変わっていく終盤は、おゆうの謎解き以上に強く印象に残ります。

 特にある人物の述懐により、ある意味おゆうにとっては他人事であったこの江戸という時代、江戸という世界が一気にその姿を変えていく展開など、本作ならではの味付けで、感心させられました。


 もっとも、未だにおゆうに対して心の内を明かさない人物は、彼女の一番近くにいるのですが――
 しかしこれは前作の紹介でも触れましたが、おゆうの秘密が彼にバレたところで、対して問題になるように見えないのはやはり大きな弱点と感じます(そしてその逆もまた同様なのですが)。

 もっとも今回、その辺りもほんの少し変化の兆しが見えるのですが……これが今後の物語にどう影響するのか。こちらも気になるところではあります。


『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 千両富くじ根津の夢』(山本巧次 宝島社文庫『このミス』大賞シリーズ) Amazon
大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 千両富くじ根津の夢 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)


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2017.02.07

入門者向け時代伝奇小説百選 剣豪もの

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪もの五作を紹介いたします。時代ものの華である剣豪たちを主人公に据えた作品たちであります。
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

11.『柳生非情剣』(隆慶一郎) Amazon
 様々な剣豪を輩出し、そしてそれ自体が徳川幕府を支えた隠密集団として描かれることが少なくない柳生一族。本作はそんな柳生像の定着に大きな役割を果たした作者による短編集であります。

 十兵衛、友矩、宗冬、連也斎……これまでも様々な作家の題材となってきた綺羅星の如き名剣士たちですが、隆慶作品においては敵役・悪役として描かれることの多い面々。そんな彼らを主人公とした短編を集めた本書は、剣と同時に権――すなわち政治に生きた特異な一族の姿を浮かび上がらせます。

 どの作品も、剣豪小説としての興趣はもちろんのこと、等身大の人間として剣との、権との関わり合いに悩む剣士の生きざまが描き出されている名作揃いであります。

(その他おすすめ)
『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐) Amazon


12.『駿河城御前試合』(南條範夫) Amazon
 山口貴由の『シグルイ』をはじめ、平田弘史や森秀樹といった錚々たる顔ぶれが漫画化している名作であります。

 暗愚の駿河大納言徳川忠直が己が城中で開催した十番の真剣勝負を描いた本作は、残酷時代小説で一世を風靡した作者ならではの武士道残酷物語であると同時に、剣豪ものとしても超一級の作品。
 片腕の剣士vs盲目の剣士、マゾヒスト剣士や奇怪なガマ剣法…個性豊かな剣士たちとその武術が炸裂する十番勝負+αで構成される本作は、その一番一番が剣豪小説としての魅力に充ち満ちているのです。

 そして、死闘の先で剣士たちが得たものは……剣とは、武士とは何なのか、剣豪小説の根底に立ち返って考えさせられる作品であります。


13.『魔界転生』(山田風太郎) Amazon
 映画、漫画、舞台とこれまで様々なメディアで取り上げられ、そして今もせがわまさきが『十』のタイトルで漫画化中の大名作です。

 島原の乱の首謀者・森宗意軒が編み出した「魔界転生」なる忍法によって死から甦った宮本武蔵、宝蔵院胤舜、柳生宗矩ら、名剣士たち。彼ら転生衆に挑むのは、剣侠・柳生十兵衛――ここで描かれるのは、時代や立場の違いから成立するはずもなかった夢のオールスター戦であります。

 そして本作の中で再生しているのは剣士たちだけではありません。その剣士たちを描いてきた講談・小説――本作は、それらの内容を巧みに換骨奪胎し、生まれ変わらせた物語。剣豪ものというジャンルそのものを伝奇化したとも言うべき作品であります。

(その他おすすめ)
『柳生忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『宮本武蔵』(吉川英治) Amazon


14.『幽剣抄』(菊地秀行) Amazon
 剣豪と怪異とは水と油の関係のようにも思えますが、しかしその両者を見事に結びつけた時代ホラー短編集であります。

 本作に収録された作品は、「剣」という共通点を持ちつつも、様々な時代・様々な人々・様々な怪異を題材とした、バラエティに富んだ怪異譚揃い。
 しかしその中で共通するのは、剣という武士にとっての日常と、怪異という非日常の狭間で鮮明に浮かび上がる人の明暗様々な心の姿であります。。

 本シリーズは、『追跡者』『腹切り同心』『妻の背中の男』と全四冊刊行されておりますが、いずれもデビュー以来、怪奇とチャンバラを愛し続けてきた作者ならではの、ジャンルへの深い愛と理解が伝わってくる名品揃いであります。

(その他おすすめ)
『妖藩記』(菊地秀行) Amazon
『妖伝! からくり師蘭剣』(菊地秀行) Amazon


15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人) Amazon
 今や時代小説界のメインストリームとなった文庫書き下ろし時代小説、その代表選手の一人である作者が描いた剣豪ものであります。

 ある日飄然と吉原に現れ、遊女屋の居候となった謎の青年・織江緋之介が、次々と襲い来る謎の刺客たちと死闘を繰り広げる本作。複雑な過去を背負って市井に暮らす青年剣士というのは文庫書き下ろしでは定番の主人公ですが、しかしやがて明らかになる緋之介の正体と過去は、本作を飛び抜けて面白い剣豪ものとして成立させるのです。

 彼を巡る三人の薄幸の美女の存在も味わい深い本作は、その後全7巻のシリーズに発展することとなりますが、緋之介が人間として、武士として成長していく姿を描く青春ものの味わいも強い名品です。

(その他おすすめ)
『闕所物奉行裏帳合 御免状始末』(上田秀人) Amazon


今回紹介した本
新装版 柳生非情剣 (講談社文庫)駿河城御前試合 (徳間文庫)魔界転生 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)幽剣抄<幽剣抄> (角川文庫)悲恋の太刀: 織江緋之介見参 一 〈新装版〉 (徳間文庫)


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 上田秀人『織江緋之介見参 一 悲恋の太刀』(新装版) 若き日の剣士と美女の物語

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2017.01.31

上田秀人『御広敷用人大奥記録 11 呪詛の文』 ただ一人の少女のために!

 将軍吉宗と大奥のいつ終わるとも知れぬ暗闘に巻き込まれた御広敷用人・水城聡四郎の戦いも11巻目であります。再び江戸に舞台を移しての物語はいよいよヒートアップ、吉宗の周囲に次々と迫る天英院の魔の手に、ついに吉宗が反撃を開始することに――

 前作、前々作での危険だらけの京・尾張への旅から何とか帰着した聡四郎。しかしその間にも大奥を巡る情勢は変化し、没落の兆しが見え始めた天英院は、ついに恐るべき暴挙に出ることになります。

 ある日突然、西の丸で倒れた吉宗の世子・長福丸(後の家重)。医師の診察により、毒が盛られた可能性があることが判明したことから、怒りに燃える吉宗は聡四郎を西の丸大奥差配に任命、大鉈を振るうことを命じます。

 一方、長福丸の安否を気遣い、病の平癒祈願で、自ら寺社に参詣することを望む竹姫。しかし、天英院一派が竹姫追い落としを狙う中、江戸市中に竹姫が出るということは刺客に襲えというようなものであります。
 それは承知の上で、竹姫の吉宗への想いを受け止め、そして何よりも竹姫に外の世界を見せるため、総力を挙げて竹姫の警護に臨むことを決意する聡四郎。

 しかし天英院の陰湿な魔手はなおも姫に迫り、ついに怒りを爆発させた吉宗は、ある切り札を手に、聡四郎とともに天英院と直接対決に臨むことに――


 巻数も二桁となり、いよいよクライマックスも近いと思われる本シリーズ。これまで比較的ゆっくりと展開してきた印象のあるシリーズですが、この巻にきてググッとペースアップしてきました。
 そのためか、尾張に関する因縁など、いささかあっさりすぎる結末を迎えた印象は否めません。しかしそれが気にならないほど、この巻の盛り上がりは凄まじく、そして素晴らしいものがあります。

 天英院のの命で動く(といっても一枚岩ではないのがまた面白いのですが)伊賀の郷忍、さらには伊賀者を捨て刺客人となった宿敵・藤川など、並み居る敵が次から次へと仕掛ける罠もスリリングながら、それを防ぎ、打ち砕いてみせる聡四郎たちの活躍は、これまで溜めがあった分、爽快ですらあります。

 そして溜めがあったといえば吉宗であります。これまで改革の大鉈を振るいながらも、それは聡四郎の手を通してのものでした。
 当たり前といえば当たり前ですが、我が子を、そして愛する女性を幾度も襲う奸計に自ら出陣……と、この辺りの展開(というか吉宗の行動)は乱暴といえば乱暴ではありますが、思わず「待ってました!」と言いたくなるほどであります。


 しかし個人的に本作で最も印象に残った部分、本作ならではの魅力と感じさせられたのは、江戸の町に出ようとする竹姫を守る聡四郎の、仲間たちの想いであります。

 将軍の正室、大奥の主となることも目前となった竹姫。それはこの時代の女性にあっては頂点であり、そして本シリーズはその座を巡る暗闘であったとも言えます。
 しかしそれと引き換えに失われるものもあります。それは自由――彼女はもはや、城の外に出ることは能わなくなるのです。

 その竹姫の、一人の少女の一時の自由を守るために戦う……それ以上に尊く、ヒロイズムを感じさせるものがあるでしょうか。
 聡四郎が、玄馬が、無手斎が、袖が――いわば「チーム水城」と言うべき面々が命を賭ける姿は、こちらの胸を否応なしに熱くしてくれるのです。(そしてその想いを語る無手斎の言葉がまたイイ!)


 そして終盤、天英院が一顧だにしなかった、彼女が虫けら同然に扱ってきた存在によって彼女の地位が覆される展開にも唸らされるのですが、しかし真に驚かされるのはラスト数行であります。

 本作のタイトルの意味が明らかになるそこで描かれたものが、この先どのような意味を持つのか……そしてこの物語と如何に結んでみせるのか。
 いささか気が早いかもしれませんが、本作を読めば、その先を期待したくもなるというものです。


『御広敷用人大奥記録 11 呪詛の文』(上田秀人 光文社文庫) Amazon
呪詛の文: 御広敷用人 大奥記録(十一)    *12月31日(土)発売 (光文社時代小説文庫)


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2017.01.29

一色美雨季『浄天眼謎とき異聞録 明治つれづれ推理』上巻 彼の孤独感、彼自身の事件

 最近ライト文芸レーベルで非常に多く見かける「○○屋さん」もの。それをまとめてどう呼んだものかと思っていましたが、「お仕事小説」という呼び名があるようです。本作はその「第2回お仕事小説コン」グランプリ受賞作――明治時代を舞台に「浄天眼」の力を持つ青年を中心に描かれる物語であります。

 ある日、知人の警官・相良から、魚目亭燕石なる戯作者の身の回りの世話役となることを頼まれた少年・由之助。
 浅草で人気の芝居小屋・大北座の跡取り息子であるものの、外の世界にも興味を惹かれる年頃の由之助は、好奇心もあってそれを引き受けることになるのですが――

 実は名家の出ながらも実家を飛び出し、女中の千代と静かに暮らすこの燕石、戯作者ではあるものの大変な気分屋で面倒くさがり、そして何よりも引きこもり。
 そんな燕石に手を焼きつつも、何だかんだで楽しく日々を送る由之助ですが、しかし燕石には大変な秘密があったのです。

 それは、彼が「浄天眼」なる能力を持つこと……彼は、人の体を含む物体に触れることでその物が持つ「記憶」を見ることができるという、いわゆるサイコメトリー能力の持ち主だったのです。
 周囲からは厭われ、非常な負担を伴うその力を嫌い、引きこもり生活を送っていた燕石。しかし相良をはじめとして周囲の人間が持ち込んできた事件に巻き込まれ、その力を使うことに――


 という本作、まずこの上巻の時点での正直なところを述べさせていただければ、これはお仕事小説とは違うのでは……という印象は否めません。
 冒頭で述べたお仕事小説コンの開催概要(第1回のものですが)によれば、お仕事小説とは「1.ストーリーの中に何らかの「お仕事」が出てくる作品 2.主人公が何らかの「職業」についている作品」であり、本作をこれに当てはめるのは厳しいと感じます。

 またミステリとして見ても本作は苦しい。何しろ燕石の能力が強力すぎて(過去の映像だけでなく感情なども全て感じてしまう)、真相がほぼダイレクトに判明してしまい、見えたものから何かを推理するという要素がほとんどないのですから。

 こうした点のみを見れば、なかなか苦しいものがある本作ですが……しかしそれだけにとどまるものではありません。
 何よりもまず目を引くのは、登場キャラクターたちの描写でしょう。

 もちろん、その中心となるのは燕石であります。普段は戯作者として飄々と暮らし、年の離れた弟のような由之助をからかっている燕石ですが、しかし彼が背負うのはその浄天眼の力による大いなる孤独感であります。

 常人にはない力を持って生まれたが故に疎外され、孤独を味わう、というのはある意味定番の設定ではありますが、本作はその疎外感、孤独感の描写が面白いと申しましょうか――燕石自身の感情のみならず、いやそれ以上に周囲の人々、それも彼にとっては近しい人々との関係性を以てそれを浮き彫りにしてみせるのはなかなか巧みなところであります。

 そして由之助が、千代が、相良が――それぞれの形で燕石と接する中で、自分自身が抱えたものを浮かび上がらせるのもまたいい。特に、美貌の持ち主にして超有能な女中という千代が抱えた屈託、複雑な想いなどは、実に切なく、胸に残ります。

 しかし個人的にそれ以上に印象に残ったのは、本作のある種の舞台設定と描写の巧みさであります。
 先に述べたとおり、由之助の実家は評判の芝居小屋・大北座。芝居小屋というより、今でいう劇場・劇団のような存在である大北座は数多くの女優を抱えるのですが……本作で折に触れて描かれるのは、その女優とパトロンの「関係」であります。

 今の目で見ると些か感心できぬその「関係」は、どちらかと言えばライトな味わいの本作に生臭さを漂わせる形になっており、読みながら違和感を感じていたのですが……それがまさか物語で大きな意味を持つとは。
 しかもそれが燕石の、由之助の運命に大きく関わり、これまで描かれる事件にはどこか他人事だった彼ら自身の事件として浮かび上がらせる終盤の展開には大いに唸らされた次第です。

 果たして燕石の浄天眼はこの悪因縁を絶つことができるのか、そして彼の孤独は、周囲の人々の屈託は癒されることがあるのか……俄然、下巻も読まねば、という気持ちになっているところです。


『浄天眼謎とき異聞録 明治つれづれ推理』上巻(一色美雨季 マイナビ出版ファン文庫) Amazon
浄天眼謎とき異聞録 上 ~明治つれづれ推理(ミステリー)~ (マイナビ出版ファン文庫)

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