2018.05.24

朝日曼耀『戦国新撰組』第3巻 彼らが選び、撰んだ道の先に


 新撰組が突如戦国時代、それも桶狭間の戦直前にタイムスリップしてしまうという、とてつもないシチュエーションから始まった本作もこの第3巻で完結。既に変わり始めた歴史の行き着く先は、そしてその中で新撰組の面々の向かう先は……

 突然、新撰組屯所から戦国時代にタイムスリップし、織田と今川の激突寸前の戦場に現れた新撰組。幕末では最強を誇る彼らも、戦が日常であった時代では分が悪く、初めは追いつめられるものの、大乱戦の中で主人公・三浦啓之助が信長を射殺したことで、大きく状況は変わることになります。

 その中で、織田家に士官しようとしていた木下藤吉郎と結んだ新撰組。しかし戦いの中で深手を負った近藤は、後事を土方に託し、壮烈な最期を遂げることになります。
 近藤の遺志を継ぎ、信長の跡を継いだ濃姫に仕えることになった土方と新撰組。初めは今川方についていた山南・沖田・藤堂も合流し、戦力を増したものの、しかし濃姫の近くに控える明智光秀の正体は、同じくタイムスリップした桂小五郎であることが判明し……


 と、戦国と幕末、それぞれの人物が入り乱れる上に、その生死が史実と変わっていくことにより、向かう先が見えない本作。
 何しろ史実通り今川義元を討ったものの、信長亡き後の織田家が極めて不安定な状況にあることは言うまでもありません。そんな状況だからこそ、新参の藤吉郎、そして新撰組にも台頭の余地があるのですが――さて濃姫の、そして光秀(桂)の次なるターゲットは美濃であります。

 信長が道三亡き後の美濃を攻略したのは史実にあるとおりですが、しかし繰り返しになりますが、本作はその信長も亡き状態。しかも美濃斎藤家――正確には竹中半兵衛の下には、行方不明となっていた最後の新撰組隊長コンビ、原田左之助と永倉新八の姿があるではありませんか。
 しかし史実では最終的に近藤らと袂を分かったこの二人が、戦国時代でおとなしくしているわけがありません。案の定、二人は未来の(幕末の)兵器までも持ち込んでいて……


 というわけで美濃攻めがメインとなるこの第3巻。既に史実とはブレ始めた歴史の中、しかも新撰組同士が激突する戦場で、この戦がどのような結末を迎えるのか、というのが眼目であることは言うまでもありませんが――しかし実はそれ以上に印象に残るのは、新撰組隊士それぞれが辿る運命の結末なのです。

 既に近藤が志半ばにして斃れるという意外な展開となったわけですが、しかし考えてみれば史実においても近藤はやはり志半ばで散ったことに違いはありません。
 だとすれば、他の隊士たちも? というこちらの予感を裏付けるように、生き残った隊士たちも一人、また一人と、あたかも本来の歴史をなぞるかのように……

 これぞ歴史の修正力――というよりは見立ての面白さと言うべきでしょうか。史実での運命をこういう形でアレンジしてみせるか、とニヤリとさせられるような展開を用意してみせるのは、これはやはり原作者のセンスというべきでしょう。
 しかしそうだとすれば、一人、気になる人物が存在します。そう、本作の主人公たる三浦啓之助が。

 史実では新撰組隊士とは名ばかりに適当に歴史の荒波をやり過ごし、実につまらぬ最期を迎えた啓之助。その彼は、この物語においてどのような運命を辿るのか?
 それをここで語るわけにはいきませんが、なるほど、ここでこの違いを使ってくるか! と一捻り(更に漫画ならではのキャラデザインを逆手にとってもう一捻り)した上で、ある種の希望を見せてくれる結末は、大団円と言うべきでしょう。


 正直なところを申し上げれば、歴史の流れを描く上でも、新撰組隊士の運命を描く上でも、もう一巻欲しかった、という印象は強くあります(無情なまでの呆気なさもまた、本作の味わいかもしれませんが……)。
 特に本作においてジョーカーとなるべきある人物が、あまりに呆気なく、便利に使われた感があるのは、勿体ない限りであります。

 それでもなお、新撰組+戦国という、ある意味身も蓋もない取り合わせを、二つの歴史を巧みに摺り合わせながらも再構成し、一つの物語として描き直してみせた本作は、もう一つの新撰組を語る物語として、見事に結末を迎えたと言うことができるでしょう。

 どれほど流されたように見えても、彼らは史実同様に自らの道を選び、撰んだのだと――そしてその先に確かに道は繋がっていたと、本作は描いてみせたのですから。


『戦国新撰組』第3巻(朝日曼耀&富沢義彦 小学館サンデーGXコミックス) Amazon
戦国新撰組 3 (サンデーGXコミックス)


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 ことだま屋本舗EXステージ『戦国新撰組』

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2018.05.21

道雪葵『女子漫画編集者と蔦屋さん』 逆ハーレム? 江戸の出版界の変人たち


 お仕事ものというべきか、有名人ギャグというべきか――なんと現代の漫画編集者の女性が江戸時代にタイムスリップ、出版社の元祖ともいうべき蔦屋の下で、様々な浮世絵師・戯作者たちと賑やかな毎日を繰り広げるという四コマ漫画であります。

 祖父の家で、漫画の原点ともいうべき黄表紙を手にした途端、江戸時代にタイムスリップしてしまった女子漫画編集者の千代子。そこで当時飛ぶ鳥を落とす勢いの出版人・蔦屋重三郎と出会った彼女は、なりゆきから彼の店で働くことになります。
 現代でも過去でも変わらぬ(?)編集者の仕事をこなすなかで、後世に名を残す文化人たちと出会う千代子ですが、彼らはいずれもイケメンながらどこかヘンで……

 と、問答無用でタイムスリップした現代の女子編集者(同人経験アリの腐女子)が、江戸の出版界に飛び込んで――というと真面目な(?)お仕事もの、あるいは逆ハーレムものに見えるかもしれませんが、本作の眼目は登場する文化人のエキセントリックなキャラクターであります。

 何しろ、メインキャラたちがこんな調子なのですから――
蔦屋重三郎:人の心に無頓着な根っからの商売人
喜多川歌麿:重三郎にベッタリのオネエ浮世絵師
葛飾北斎:仕事に打ち込むと周囲が見えない浮世絵馬鹿
東洲斎写楽:常に能面を被った超引っ込み思案
曲亭馬琴:上から目線の俺様ドS
山東京伝:何事も体験してみないと気が済まない天然

 いずれもタイプの異なるイケメンなのはお約束ですが、こんな面子とラブい展開になるはずもなく、唯一の現代人かつ常識人である千代子が、彼らの行動にツッコミを入れる――というのが、毎回の定番であります。

 しかし上で述べた文化人たちのキャラクターは、本作独自のキャラ付けも多いものの、しかしその背景となっているのはきっちりと史実通りなのが、本作の最大の魅力であります。
(たとえば馬琴が蔦屋に奉公する前に、武士が商家に奉公できるかとわざわざ名を変えたエピソードなど)。

 また作中で取り上げられる(ネタにされる)作品も、馬琴の「尽用而二分狂言」や京伝の「江戸生艶気樺焼」など、もちろん実在の作品。
 江戸の黄表紙のユニークさ――というよりぶっ飛び具合は、時にネット上で話題になることもありますが、本作でも漫画らしくデフォルメされているものの、描かれる内容はなるほど原典通り。そこに千代子がツッコミを入れることで、さらにおかしみが増してくる、その塩梅も実に良いのであります。

 細かいことを言えば、黄表紙を漫画の先祖として強調するあまり、馬琴や京伝が現代でいう漫画業界の人間のような描写になっている点は気にならないでもありません。
 また馬琴が手代になった時期と京伝が手鎖くらった時期は逆ではないかな、など史実の上でのツッコミもありますが、それはさすがに野暮というものでしょう。

 基本的に(これ大事)史実を踏まえつつ、ギャグでデフォルメすることでその人物の存在やその作品の楽しさ、意義を描いてみせるというのは、これはやはり愛があって初めて為せるものであることは、間違いないのですから……

 ちなみに本作の舞台は寛政年間(1790年代初頭)。寛政といえば松平定信によって出版界が規制された寛政の改革ですが、本作のラストエピソードでこの改革が登場人物たちに与えた影響もきっちり描かれることとなります。
 もっともそれも笑い飛ばすのが本作、ラストは本当にギリギリのひどい(ほめ言葉)オチで終わるのですが……

 もちろんこの後もまだまだ元気な江戸の出版人。ここで終わるなんてもったいない、まだまだ愉快でパワフルな彼らの姿を見せてもらいたいところであります。

『女子漫画編集者と蔦屋さん』(道雪葵 一迅社ZERO-SUMコミックス) Amazon
女子漫画編集者と蔦屋さん (ZERO-SUMコミックス)

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2018.05.04

田中啓文『シャーロック・ホームズたちの新冒険』(その二) ホームズをホームズたらしめたもの


 様々な有名人が名探偵として活躍す短編集の紹介の後編であります。残る三話も、これまたいずれも趣向を凝らした物語揃いです。

『2001年問題』
 本作に登場するのは、あの黒後家蜘蛛の会の面々――様々な謎を抱えた人々をゲストに、喧々囂々と謎解きを楽しむ六人の男たちと一人の給仕の姿を描いた、アイザック・アシモフの連作ミステリの登場人物たちが、現代を舞台に謎に挑むのですが――その謎というのが、アシモフがアーサー・C・クラークに宛てた手紙から失われた秘密なのであります。

 それも『2001年宇宙の旅』に隠された謎、ディスカバリー号で起きたことの真実――そう、本作はあの名作が現実の出来事として起きた世界での物語。木星に向かったディスカバリー号の事件の顛末をドキュメンタリー化したものがキューブリックの映画であり、クラークの小説だというのであります!

 映画の終盤の、数々の難解な映像。本作では、それは木星で保護され、後に姿を消したボーマン船長の供述によるというのですが――さて本当は船内で何が起きていたのか、船長以外の乗組員の死の真相は何なのか? 
 いやはや、謎のために物語世界を作ってしまうのが本書の特徴の一つですが、ここまでやってしまうとは驚くほかありません。

 しかし、給仕のヘンリーが解き明かすあまりに合理的なその真相もさることながら、彼がそこにたどり着く、その根拠が実に楽しい。
 そういえばアシモフ先生にはそういうミステリもあったなあ……と愉快な気持ちになってしまう本作。その先の更なる真実はどうかと思いますが、本書でも一二を争う好編です。


『旅に病んで……』
 とくれば松尾芭蕉の辞世の句。本作は同じく死を目前とした大俳人・正岡子規と弟子の高浜虚子が、芭蕉の門人・服部土芳の書状から、芭蕉の死の真相に迫ります。

 大阪で客死した芭蕉が直前まで健康であったことから死因に疑問を抱き、調査を進めていたという土芳。芭蕉が死の間際に残した句に着目した土芳は、ついにたどり着いた恐るべき真実は――それは書状に残されていなかったのですが、子規はそこまでの内容から、自力で真相にたどり着いたと語ります。
 しかしその子規もそれを語ることなく亡くなり、残された虚子は一人謎に挑むことになります。そして彼も真相に至るのですが……

 本作は一種の暗号ミステリですが、ある事物を詠んだ俳句の中にまた別の意味が、というのは技巧として存在するわけで、ミステリとの親和性は高いのでしょう。
 そしてそれはまた、一つの言葉を別の言葉に繋げてみせる駄洒落とも親和性が――というのは言いすぎですが、こじつけのような言葉合わせが、とんでもない伝奇的真実を導き出すのは、(人を食ったような結末も含めて)作者ならではのダイナミズムと感じるのです。


『ホームズの転生』
 そしてラストはホームズを探偵役に据えた物語――なのですが本作のホームズは老人。しかも探偵になることなく老いさらばえてしまったホームズなのですから驚かされます。

 町医者として平凡かつ平和な人生を送り、妻に先立たれて一人暮らす老ワトスンが訪れた小さなコンサート。その舞台上で、ホルン奏者が背中から撃たれて死亡するという事件が発生します。警察は当然、被害者の後ろにいた人間を疑うのですが――しかしそれに異論を唱えた人物がいました。
 それは舞台に上がっていた老バイオリニスト・ホームズ――音楽家を志すも芽が出ず、場末の楽団で演奏していた彼は、実は類稀なる推理の才能を持っていたのであります。たちまち意気投合したホームズとワトスンは、事件の捜査に乗り出すのですが……

 ホームズものと言うものの、そのほとんどは正確にはホームズとワトスンものと言うべきでしょう。名探偵は、彼の助手にして記録者、そして親友があってこそ存在し得る――それを本作は、これ以上なく力強く語ります。
 若き日に一度出会いながらも、些細な行き違いからベイカー街で同居することはなかった二人。それが大きな歴史の分岐となってしまうとは――二人のファンには大いに悲しくも、しかし大きく頷ける内容であります。

 もちろん事件の方も、そのトリックの面白さ(そして時代がかった豪快さ)も含めて、実に「らしい」本作。できることなら、ここから始まる二人の物語をもっと読みたくなってしまうような快作でした。

 そして数々のトリッキーな作品を描いた本作のラストに、それらにも負けずトリッキーでいて、しかし見事なパスティーシュを描いてみせる、作者のセンスには脱帽するほかありません。もちろん三冊目も期待したくなる快作であります。


『シャーロック・ホームズたちの新冒険』(田中啓文 東京創元社) Amazon
シャーロック・ホームズたちの新冒険

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2018.05.03

田中啓文『シャーロック・ホームズたちの新冒険』(その一) 有名人探偵たちの饗宴ふたたび


 多芸多才の作家・田中啓文が、実在の、あるいは虚構の中で実在の(?)人物を探偵役に描くミステリ短編集の続編が刊行されました。いずれの作品も、お馴染みの人物が探偵役として、奇想天外なシチュエーションで活躍する作品ばかり。まさしく作者ならではの作品集であります。

 5年前に刊行された前作『シャーロック・ホームズたちの冒険』同様、 巻末の一作を除いて、いずれもホームズとは直接の関係がない名探偵を描く作品が収録されている本書ですが、いずれもユニークな作品揃い。以下、収録作品を一作ずつ紹介していきます。

『トキワ荘事件』
 ミステリではしばしば舞台となる(タイトルに冠される)「○○荘」。では日本で一番有名な○○荘といえば――というわけで本書の舞台となるのは、後に日本を代表する漫画家たちを次々と輩出したトキワ荘。漫画界の特異点のようなこの地を舞台に、ユニークなミステリが展開します。

 今日も若き漫画家たちが奮闘を続けるトキワ荘に現れた編集者・丸谷。某社の手塚治虫番である彼は、〆切当日になっても手塚が行方不明で、このままでは二ヶ月連続で連載に穴が空いてしまうと語るのでした。
 そこで丸谷の依頼に応え、手塚の代作に挑んだトキワ荘の面々は、協力しあって何とか〆切に間に合わせたのですが、描き上げたばかりの原稿がどこかに消えてしまい……

 というわけで、活気溢れる日本漫画界の創世期あるいは青春期の空気も楽しい本作。探偵役も藤子・石森・赤塚・寺田という錚々たる面々が努めることになりますが――実は原稿紛失の謎自体はそこまで面白いものではありません(というよりちょっと無理が?)
 しかしハウではなくホワイダニットの方はなかなか面白く、漫画界のある種の空気(と手塚治虫の逸話)に親しんだ者ほど、気付きにくい真相なのが愉快であります。

 そしてもう一つ、本作には隠れた(?)真実があるのですが――これは正直に申し上げてあまり必然性はないようにも感じられます。
 しかし彼らの存在が一つの分岐点に――それも明るい歴史への――なっていたとすれば、それはそれで素晴らしいことではあると、ちょっと良い気分になれました。


『ふたりの明智』
 名探偵で明智といえばもちろん小五郎。しかしタイトルは「ふたり」、もう一人有名な明智とは――その遠い祖先だという光秀であります。本作はその二人が競演するのであります。死の世界で!

 太平洋戦争中にさる華族邸に届けられた怪人二十面相の予告状。警視庁の中村警部も一度見事に出し抜かれ、明智小五郎が出馬するも、二十面相がまんまと密室から目的の品を盗んだかにみえたのですが――小五郎は皆の前で謎解きを始めることになります。
 しかしそこで何が起きたのか、気付けば死の世界にいた小五郎。そこは自分の死んだ理由がわからなければ天国にも地獄にもいけないルール、同様の立場の光秀を前に、小五郎は自分の死の真相を探ることになります。

 ……密室からの盗難の謎、明智小五郎殺害の謎、それに加えて明智光秀死亡の謎という三つを解き明かそうという本作。いくら何でもそれは――と思えば、それぞれにきっちりと謎が解かれてしまうのはなかなか面白い。
 とはいえ、かなり強引に感じられる部分もあって、特に二番目の謎は、その結末も相まって、どうにもすっきりしないものが残ります(三番目の謎までくると、もう作者らしいとしか言いようがないのですが)。

 この辺り、謎を語るために作られた世界が、逆にその物語を縛る形となってしまっているというべきでしょうか……

 これはちょっと核心に触れずに書くのが難しいのですが、戦前と戦後の乱歩の作風の違い(そして○○○○の年齢の謎)に一つの回答を与えようとしているようにも感じられるのですが、どうにもすっきりしないものが残る結末でした。


 残る三話は次回ご紹介いたします。


『シャーロック・ホームズたちの新冒険』(田中啓文 東京創元社) Amazon
シャーロック・ホームズたちの新冒険

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2018.04.29

稲田和浩『水滸伝に学ぶ組織のオキテ』 実は水滸伝概説本の収穫!?


 それほど数が多くない水滸伝本ですが、さすがにノーチェックだったのが本書。『○○に学ぶ』というタイトルの新書は数多くありますが、しかしそれが「水滸伝」というのは珍しい。そして蓋を開けてみれば、これが実は相当に真っ当な水滸伝概説本だったのであります。

 『水滸伝に学ぶ』といえば真っ先に思い浮かぶのが、大分以前にご紹介した『水滸伝に学ぶリーダーシップ』。あちらは原典の設定を踏まえつつ、オリジナルのシチュエーションでリーダーシップを語るという一種の奇書でありました。
 それでは本書は? と思えば、こちらは水滸伝を紹介しつつ、組織――人事論を語るという内容ではあるのですが、目次を見ると「ん?」となるのは、本書は序論を除けば、全百二十章構成であることです。

 そう、本書は実に百二十回本の内容をダイジェストしつつ、その合間に「ノート」の形で人事論を挿入するというスタイル。ノート自体は49個なので、二、三章に一個挿入されているという計算ですが、いずれにせよ、ダイジェスト部分の方が本書の大半を占めるという形になっています。

 そもそもただでさえ数の少ない水滸伝ダイジェスト、あるいはリライトですが、その中でも七十回以降――すなわち百八星終結後をきちんと紹介しているものはかなり少ない。
 圧縮した内容で載っているのであればまだマシな方で、原典の七十回本同様、ばっさりとカットされているというケースも少なくありません。(大きなアレンジなしでしっかり百二十回書いているのは、最近では渡辺仙州版くらいではないでしょうか)

 それを本書では丁寧に百二十回全て取り上げているのは、一つには本書のテーマである組織として梁山泊が動くのが、この七十回以降(以降、便宜上「後半部分」と呼びます)であることによるでしょう。

 戦争の連続で退屈だ、水滸伝の魅力である個人が埋没してしまっている――と評判の悪いこの後半部分ですが、しかし梁山泊が本格的に組織として動くのはまさにこの部分。
 それまで豪傑個人個人の銘々伝という色彩の強かった物語は、ここに来て集団対集団の戦いの物語へと変貌するのですが――それはとりもなおさず、水滸伝が組織の物語になったということにほかなりません。その意味では、後半部分をきっちりと描くというのはむしろ必然にも思えます。


 しかしここからは全くの想像ですが、むしろ本書は、著者が単純に水滸伝好きであったから、その全てを描きたかったためにこの形になったのではないか――そんな印象を強く受けます。

 先に述べたように、本書のメインである組織/人事論のノート部分は、本書においてはあまり大きな割合ではありません。繰り返しになりますが、本書においては原典ダイジェストの部分が――いわばテーマの前提部分が――大部分を占めているのであります。
 しかしテーマの前提として語るのであれば、何も百二十回を丁寧に全て語ることはありません。中にはテーマと関係ないようなエピソードも含まれており(というよりそちらの方が多い)、ダイジェストにしても必要な部分を大きく取り上げる形式でもよかったはずであります。

 それが百二十回、取り上げられることが少ない後半部分を含めてきちんと全て紹介されているのは、これはもう著者の水滸伝愛がなせる技ではと、私はそう感じてしまったのです。
 そう思うのは、本書が水滸伝ダイジェストとして実に面白いから――という言いがかりのような理由ですが、しかし本書では単なる題材に対するもの以上の関心が、原典に対して向けられていることが、確かに伝わってきます。

 こうして見ると、ノート部分もむしろ、水滸伝を題材に組織/人事論を語るというより、それらの視点から水滸伝という物語を補強するようにも感じられるのですが――さすがにそれは牽強付会が過ぎるでしょうか。


 作者の経歴を見れば、本業は大衆芸能の脚本家とのこと。大衆芸能といえば、まさしく水滸伝は本来それであったわけで、ある意味これほど適した著者はいないのかもしれません。
 本書の真に目指すところがどこであれ――少なくとも本書は、作者の水滸伝愛が感じられる、水滸伝概説本としてよくできた一冊であることは間違いない、と申し上げてよいかと思います。


『水滸伝に学ぶ組織のオキテ』(稲田和浩 平凡社新書) Amazon
水滸伝に学ぶ組織のオキテ (平凡社新書)


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2018.04.24

みもり『しゃばけ』第1巻 漫画で甦る人気シリーズの原点


 2001年の第1作刊行以来、ほぼ年1冊ペースで刊行されている『しゃばけ』シリーズ。昨年はミュージカル化されるなど全く勢いに衰えを見せないこのシリーズの、記念すべき第1作が漫画化されました。担当するのは、以前に原作者の未単行本化作品『八百万』の漫画化を担当しているみもりであります。

 江戸有数の薬種問屋の若だんな・一太郎は、子供の頃から身体が弱くて少しのことで寝込み、そのたびに過保護な兄やの仁吉と佐助を騒がせる毎日。
 しかしそんな彼には一つの秘密があります。大妖を祖母に持つ彼は妖怪を見る力を持ち、実は強力な妖である仁吉と佐助をはじめ、様々な妖怪たちが若だんなの周囲には集まってきていたのであります。

 何はともあれ、そんな妖たちに囲まれて賑やかな毎日を送る一太郎は、ある晩何を思ったか一人こっそりと外出するのですが――なんとそこで人殺しを目撃してしまうのでした。
 妖怪たちの助けで何とか犯人から逃れることはできたものの、もしかすると犯人に顔を見られているかもしれない。若だんなを守るため、妖怪たちは犯人の手がかりを探るべく、町に飛び出していくのですが……


 というわけで本作は、冒頭に述べたとおり原作第1弾の『しゃばけ』を極めて忠実に漫画化した作品。分量的には原作の四分の一辺りまでが、この第1巻には収録されています。
 その意味では原作ファンにとっては既にお馴染みの内容であり、新味はないのですが――しかしやはり、漫画として画が付くのは非常に大きな変化として感じられます。

 小説を読みながら頭の中で想像していたものと、こうして漫画としてビジュアル化されたものと――ある部分は重なり、ある部分は異なるのは、まず当たり前ではありますが、しかし本作からはほとんど違和感が感じられないのが嬉しい。
 特に冒頭のナイトシーンなど、江戸時代の暗闇を暗闇として描きつつ、なおその奥に存在するモノを感じさせる仕上がりと言えるのではないでしょうか。

 そしてキャラクターデザインの方も、漫画的なディフォルメは為されてはいるものの、如何にも育ちの良さそうな若だんなや、美形の仁吉とゴツい佐助といったいつもの面々はまず違和感なし。
 何より妖怪たちも、可愛らしい鈴彦姫にどこか抜けた野寺坊と獺、そして何よりも(かなり色男になった気もしますが)その動きも楽しい屏風のぞきと、原作のイメージどおりの賑やかさが嬉しいところであります。

 そしてシリーズのマスコットとも言うべき鳴家たちも、柴田ゆうの挿絵にアレンジを加えつつも、「おっさん顔なのに何故かカワイイ」をしっかりと成立させていて、私は悪くないと思います。
 この辺りのセンスは、長年ファンタジー/ホラー漫画を手がけている作画者ならではのセンスと言うべきかと思います。


 ただ――これは理不尽を承知で申し上げれば――原作に比べて違和感がない、というのは、逆に言えば原作を超えていないということでもあります。
 また、原作のストーリーを忠実に再現しているとはいえ、物語展開がスロースタートで、盛り上がりに欠けているように感じられるのもまた事実です(この巻に収められているのは起承転結の「起」の部分であるだけなおさら)。

 その意味では、原作既読者にとっては、いささか訴求力が薄いようにも感じられるのですが……

 しかし冒頭に述べたとおり、『しゃばけ』シリーズも開幕してからもう20年近くが経過し、原作は膨大な量になっているのは事実。その高い山を前に、シリーズに興味を持った方が最初に手に取る一冊としては、本作は大きな意味を持つかと思います。
 そして何だかんだ言いつつも、私も懐かしさ半分、新鮮さ半分で本作を楽しんだのは間違いない話であります(何しろ、原作を読んだのは相当以前のこともあり……)。

 刊行ペースがかなりかかりそうなのだけが残念ではありますが、妖怪時代小説の草分けの魅力を、この先もしっかりと味わわせていただくつもりです。


『しゃばけ』第1巻(みもり&畠中恵 新潮社バンチコミックス) Amazon
しゃばけ (1) (BUNCH COMICS)


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2018.04.20

阿部暁子『戦国恋歌 眠れる覇王』 人物造形と描写で魅せる帰蝶と信長の愛


 少し前に刊行された『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』も高評価の作者が以前に発表した歴史もの――織田信長の正室として知られる濃姫こと帰蝶を主人公に、彼女と信長の愛を描く戦国ラブロマンスの佳作であります。

 生まれ育った美濃を離れ、尾張の織田家に嫁すことになった帰蝶。悪人として知られる父・斎藤道三に対して、父ではなく夫を取ると啖呵を切ってきたものの、その相手の信長は、隣国まで「うつけ者」として知られる青年でした。
 おかしな格好で野山や町中を彷徨きまわり、怪しげな連中と付き合う。自分の婚礼の日まで忘れるような型破りの信長ですが、しかし婚礼で見せた気遣いに胡蝶の胸の鼓動は高まります。

 ところが新婚の晩のある行き違いのために、二人の中は一気に険悪に。しかも信長には吉乃という側女の存在があり、帰蝶はさらに追い打ちをかけられることになります。
 しかしそんな中、織田家ではうつけ者の信長を引きずり下ろし、弟の信行を当主に据えようという動きが進行。信長を信じる守役の平手政秀とともに、その動きに抵抗しようとする帰蝶ですが……


 というあらすじを見ればわかるように、本作は信長が織田家の当主となった直後の出来事を、帰蝶の視点を中心に描いた物語。その内容は基本的にほぼ史実に忠実であり、結果として見れば大きくそこから外れることはありません。
 そして発売されたレーベルが集英社コバルト文庫であることからも察せられるように、帰蝶と信長の関係も(側女がいてそちらに先に子供ができるなど、この時代ならではのある意味ハードな展開はありますが)、基本的に恋愛もののフォーマットで描かれることになります。

 このように書けば、さほど新味のない作品のように思えるかもしれませんが――しかしこれが抜群に面白い。
 そしてその理由は、主人公カップルはもちろんのこと、脇役一人ひとりに至るまで、人物造形と描写が実に巧みであることにほかなりません。

 顔も見たこともない相手に嫁ぐことは武士の家に生まれた娘の定めと諦めつつも、せめてその相手と慈しみ合い、そして支えることができるようにありたいと願う帰蝶。
 それは一見現代人的価値観のように見えるかもしれませんが、しかしこれは当時の若い女性の感情としても無理もない想いでしょう。そんな想いを胸に生きる彼女の懸命な姿は、現代の(本来の対象読者層から大きく外れるような僕のような者も含め)読者の目から見ても十分に説得力あるものとして感じられます。

 対する信長の方も、後世に伝わる開明さや合理性の萌芽は見せつつも、決してスーパーマンでなく、実にこの年代の若者的な「面倒くささ」を持った人物として描くのに好感が持てます。
 さらに二人を見守る親世代のキャラクターも、口から出る言葉(特に信長評)がいちいち格好いい道三など、実にいいのですが――しかし本作で一番驚かされたのは信行のキャラクターであります。

 信長と異なり、母・土田御前に溺愛され、彼女をはじめとする人々に奉じられて信長を廃して自分が当主の座に就こうとしたと言われる信行。
 本作の信行像も基本的にそこから外れるものではない、というよりもそのものなのですが――しかし、彼自身の言葉に表れる、彼がそう行動するに至った動機には唸らされました。

 それは単純化すれば兄へのコンプレックスではあるのですが、それだけに留まらない根深さと、何よりもこちらを共感させるだけの説得力――なるほど、一個の男子としてこのような立場に立たされればこうもなろう、というような――を持つものであり、少なくとも私はこれまで見たことのないようなキャラクター造形でありました。
(そしてまた、土田御前も理不尽な毒親というだけではない造形なのもいい)


 残念ながら本作は、後の覇王が目覚める――名実ともに織田家の当主として戦国の世に踏み出すまでで終わり、その先の物語は今に至るまで描かれていないのですが、しかしその先の物語を予感させる余韻を持つ結末も良い。
 歴史小説家としての作者の実力を確かに感じさせる作品であります。


『戦国恋歌 眠れる覇王』(阿部暁子 集英社コバルト文庫) Amazon
戦国恋歌―眠れる覇王 (コバルト文庫)


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2018.04.11

賀来ゆうじ『地獄楽』第1巻 デスゲームの先にある表裏一体の生と死


 webコミック「ジャンプ+」で連載中の期待の時代アクションの単行本第1巻がついに発売されました。不老不死を巡るデスゲームに参加することとなった元・非情の忍びと女山田浅エ門――奇妙な二人が繰り広げる、先が読めない奇怪な死闘絵巻の開幕であります。

 かつて最強の忍と謳われたものの、ある理由から忍びを抜けようとして捕らえられた男・がらんの画眉丸。首切り・火炙り・牛裂き・釜茹で――あらゆる処刑法に耐えた彼をして恐れさせるほどの腕を持つ娘・山田浅ェ門佐切が、放免と身の安全と引き替えに彼に命じたのは、不老不死の仙薬を手に入れることでした。

 海の彼方にあるという、極楽浄土とも呼ばれる謎の島。しかしそこに渡った者はほとんどが消息を絶ち、唯一帰ってきた者も、体中から生えた植物と一体化した人ならざる姿と化していたのであります。
 不老不死に並々ならぬ感心を寄せる将軍の命を受けた幕府は、死んでも惜しくなく、そして恐るべき腕を持つ者たち――それぞれに壮絶な罪状を持つ死罪人たちを集め、島に送り込もうとしていたのです。

 ふるい落としという名の殺し合いの果てに残ったのは、画眉丸をはじめとする十人の死罪人。そして彼らの目付役兼処刑執行人たる山田浅エ門(の門弟)たちとともに、彼らは地獄とも極楽ともつかぬ地に足を踏み入れるのですが……


 というわけで、宝探し+デスゲームとも言うべきスタイルの本作。その特徴の一つはある種凄まじさすら感じさせるテンポの良さでしょう。
 画眉丸の紹介と物語の導入に一話、佐切の紹介と死罪人選抜に一話というのはまず普通ですが、その次の話では早くも島に上陸、そしてそこで早々に死罪人たちの潰し合いが始まるのですから凄まじい。

 何しろゲームのルールでは、島を出て自由を手に入れられるのは、仙薬を手に入れた者(とその目付役)のみ。だとすれば、仙薬を探す前にまずライバルを潰しておいた方が良い――と考えて行動に移すのは、こういう場に選ばれ、残った極悪人揃いならではと言うべきかもしれません。
 しかし死罪人たちの敵は、互いだけではありません。違反行為があればすぐさま首を落とさんとする山田浅エ門たち、そして何よりも、この島の奇怪な生態系が、最大の敵として彼らに襲いかかるのですから……

 それ故と言うべきか、とにかく本作においては、如何にも強そうな、強烈なキャラクターたちが、次から次へと出た→死んだを繰り返す状況となります。
 ほとんど古龍の武侠小説のようなその展開は、テンポが良いといえば確かに良く、それが物語の先の読めなさと、早く次を読みたいという気持ちに繋がっていくのであります。

 しかしそんなテクニカルな巧さはもちろんですが、そのテンポの良さが示すのは、本作においてより根源的なものと言うべきかもしれません。そう、それは同時に、本作においては、人の命の重みが極めて軽いということを示しているのにほかならないのですから。

 本作の登場人物たちの目的は、不老不死の仙薬を求めること。不老不死――いわば究極の生を求める物語において、あっさりと数多くの死がばら撒かれていくというのは皮肉というほかありませんが、しかしその表裏一体の生と死の在り方こそが、本作が描こうとするものなのでしょう。
 そしてそれを象徴するのが、画眉丸と佐切の二人の存在であります。

 生まれた時から殺人兵器として育てられ、人を殺すことを生業として生きてきた画眉丸と、試し斬りと生肝による薬作りを生業とする家に生まれ、自らも首切り人となった佐切。
 共に人の死の上に生きる存在でありながらも、それでもなお画眉丸は人を殺めず生きる道を求め、そして佐切は己が人を殺める意味を求めようとするのであります。

 個人的にはこの第1巻において何よりも強烈なインパクトを持っていたのは、そんな二人の姿が描かれる第1話と第2話――特に画眉丸が戦う=生き延びようとする理由を描く第1話でした。
 そしてそれは、本作における一種の生死感が、何よりも強烈に表れていたからであったと、今回再確認した次第です。


 それにしても生と死の境は薄皮一枚。誰が生き残り、誰が死ぬかわからない戦いはまだまだ続く――というよりも更に激化することを暗示して、物語は第2巻に続きます。
 その先に何があるのか――二人が自分自身の道と意味を掴むことを祈りたいと思います。


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2018.04.05

大柿ロクロウ『シノビノ』第3巻 無敵老忍者の強さと正しさ

 黒船に潜入したという実在の最後の忍び・沢村甚三郎の戦いもいよいよ佳境。首尾良く黒船に潜り込むことはできたものの、吉田松陰の暴走によって事態は悪化し、黒船の江戸攻撃の危機が迫る中、甚三郎はついにペリーと対峙することになるのですが……

 老中・阿部正弘により、ペリー暗殺の命を受けた甚三郎。いずれも異能の持ち主である部外戦隊を一蹴し、黒船の一隻に潜入、続いてペリーの旗艦に迫る甚三郎ですが――ここで双方にとって全く予想もしなかったイレギュラーが発生します。

 そのイレギュラーの名は吉田松陰。渡米のために黒船を奪取するという妄執に取り憑かれた彼は、人斬り少年・藤堂平助と弟子たちを指嗾して黒船に対してテロを敢行したのであります。
 この混乱に乗じて旗艦に潜入した甚三郎ですが、この暴挙を口実に、ペリーは黒船による江戸攻撃を指示。この事態を避けるためにペリー暗殺の命を受けた甚三郎にとって、そして何よりも江戸に暮らす人々にとって最悪の結末が迫る中、甚三郎は松陰と、そしてペリーと最後の対決に臨むことに……


 というわけで、この黒船編もこの第3巻で完結。
 自分の大望のためであれば周囲も、いや自分自身でさえも犠牲にして本望というファナティックな松陰、単なる指揮官ではなく軍人として自らの戦闘力を誇るペリーと、いずれも本作ならではのアレンジを施された二人の強敵が甚三郎の前に立ち塞がることになります。

 その強敵を相手に、甚三郎が如何に戦うか――それももちろん重要ではありますが、しかし真に重要なのは、彼が己の任務を果たすことであります。
 彼の任務――阿部老中に命じられたそれはペリー暗殺であります。しかしそれを果たせば、それで任務完了となるのか? その答えは否でしょう。

 彼は己が殺したいからペリーを暗殺するのではありません。あくまでもそれは手段であり、それによって江戸を戦火から守ることこそが、彼の任務の目的なのですから。
 その目的を果たしたときこそ、甚三郎は真の忍びとなることができる――そういうべきでしょう。
(そしてそれがそのまま、ある人物の悪意に対する反撃となるという終盤の構図が実に痛快であります)


 そんな甚三郎の戦いの結末はそれなりに見応えがあったのですが――しかし個人的には、少々違和感が残ったというのも正直なところであります。
 それは甚三郎が強すぎる、そして立場的に正しすぎるために、彼の勝利にカタルシスが感じられなかった、勝って当然の相手(それにしても黒幕の言動のリアリティのなさよ)に説教して終わってしまったという印象なのですが――それはおそらく、こちらがひねくれすぎているということなのでしょう。

 一見ただの老人が、歴史に名を残す偉人たちを正論でもって徹底的に論破し、若い女の子にもてて、自分の後を継ぐ弟子までゲットするというのは、それは一つの理想ではありますから。

 何はともあれ、任務を果たし、再び歴史の陰に沈むこととなった甚三郎。史実という軛から放たれた彼の強さと正しさがどこに向かうのか……
 この巻でちらりと姿を見せた幕末英雄の動きと、それに対する甚三郎の行動によって、本作の評価はまた変わってくることになるかと思います。


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2018.03.20

「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2018年4月号の紹介の後編であります。

『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 ドイツ留学からようやく帰ってきた島安次郎。しかし日本の鉄道は前途多難、今日も雨宮運転手の力を借りつつ奔走する島ですが、しかしここで彼には全く予想もつかぬ事態が起きることになります。
 それは第一次世界大戦――島にとっては恩人とも言うべきドイツと日本が開戦、中国で日本軍に敗れたドイツ人捕虜の護送を鉄道で行うことになった島は、その中に留学時代の友を見つけることになります。そして吹雪の中を走る鉄道にトラブルが発生した時、島の選択は……

 鉄道にかける島の熱意、そしてその途上に起きる鉄道でのトラブルを解決する雨宮の活躍を中心に描かれてきた本作。今回もそのフォーマットを踏まえたものですが――しかし戦争という切り口を本作で、このような切り口で描くか、となかなか意外な展開に驚かされます。
 ある種の民族性を強調するのはあまり好みではありませんし、理想的に過ぎると言えばそうかもしれませんが、しかしクライマックスで描かれる島の想いもまた真実でしょう。苦い現実の中の希望という、ある意味本作らしい結末であります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 宇和島の牛鬼編の後編である今回、中心となるのは犬神使いのなつが遺した双子の八重と甚壱――特に八重。幼い頃から人の死期などを視る力を持った八重は、なつの使役していた三匹の犬神を受け継ぎ、憑かれたように宇和島城に向かうことになるのですが……
 その宇和島城で繰り広げられるのは、牛鬼による虐殺の宴。ついにその正体を表した牛鬼に、八重と甚壱、そして鬼切丸の少年が挑むことになります。

 と、今回はほとんど脇役の少年ですが、犬神に襲いかかられて、なつの犬神を斬るわけにはいかないと焦りの表情を浮かべたり、双子の姿から、短い生を生きる人から人へ受け継がれるものに想いを馳せたりと、なかなか人間臭い顔を見せているのが印象に残ります。

 ただ残念だったのは、「子を守って命を落とした母/母から受け継がれた命を繋いでいく子供」と、「子供を失って鬼と化した者」という面白い対比があまり物語中で機能していなかった点であります。
 共に仇討ちのために力を振るうという共通点を持つ両者を分かつものがなんであったのか――それは上に述べたとおりだと思うのですが、牛鬼が弱すぎたせいもあってそれがぼやけてしまったのはもったいなく感じました。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 今回もほとんど完全に芦名家メインの本作。佐竹家の次男から芦名家の新当主となった義広の姿が描かれるのですが――いかにもお家乗っ取りのように見えて、実は彼には彼なりの事情と想いが、と持っていくのがいい。
(……というより、それを引き出すのが小杉山御台とのわちゃわちゃというのが実に微笑ましい。)

 この辺りの呼吸は、作者の漫画ではお馴染みのものではありますが、やはりさすがは――と感じさせられます。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 「闇の大川橋」の中編、御用聞き・豊治郎が殺された現場に居合わせたために、刺客たちの襲撃を受けて窮地に陥った梅安(どれだけゴツくでも、複数の相手に真正面から襲われると危ない、というのは当たり前ですが面白い)。
 彦さんの家に転がり込んだ梅安は、嬉しそうに二人で一つの布団にくるまって(当然のようにそれは提案する梅安)――というのはさておき、自分が襲われたこと自体よりも、豊治郎を助けただけで襲われた、すなわち人助けもできない世の中になったことになったことに憤る姿が、強く印象に残ります。

 予想通りのビジュアルだったおくらもお目見えして、次回いよいよ決着であります。

 ……にしても、これは全くの偶然なのですが、今回の悪役の名前、連呼されるとドキドキするなあ。


 次号は『用心棒稼業』(やまさき拓味)、『小平太の刃』(山口正人)が登場とのこと。連載陣が充実しすぎてフルメンバーが揃わないという、贅沢過ぎる悩みも感じられます。


『コミック乱ツインズ』2018年4月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年4月号 [雑誌]


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