2018.01.09

大柿ロクロウ『シノビノ』第2巻 大乱入、狂気の天才!

 ペリーの黒船に潜入したという実在の忍び・沢村甚三郎を主人公とする忍者アクションの続巻であります。ペリー暗殺の命を受けて黒船に潜入した甚三郎ですが、そこに思わぬ男たちが乱入、事態は全く想定外の方向に転がっていくことに……

 浦賀沖に来航したペリー艦隊に対して幕閣が右往左往する中、老中・阿部正弘に招かれた最後の忍び・沢村甚三郎。事態を収めるためにペリー暗殺の命を受けた甚三郎は、着々と準備を整え、黒船への潜入に成功します。
 そこに待ち受けるは、日本攻撃の野望を秘めたペリーの秘密戦力「部外戦隊」。しかし甚三郎はその一人を軽々と粉砕し、ペリーの旗艦に向かうのでした。

 しかしここで、甚三郎も、ペリーも予想だにしなかった事態が発生することになります。黒船の来航に、大望の実現するとき来たれりと狂気――いや狂喜したある人物が、動き出したのです。
 その名は吉田松陰――言うまでもなく松下村塾の創設者として、維新の志士たちを数多く生み出した人物であります。

 この松陰、松下村塾設立に先立つこと3年前、渡米のため黒船に密航しようとするも失敗したという史実が確かにあるのですが――しかし本作の松陰は、それを踏まえつつも大変な人物として登場することになります。
 何しろ、確かに渡米のために黒船に乗り込んだものの、彼が求めたのは黒船に乗せてもらうことではなく、黒船を自分のものにすることだったのですから……!

 かくて、配下を引き入れた松陰は黒船乗っ取りのために行動開始。もうこの辺りの松陰は狂熱的――というより明らかに狂っているレベルですが、しかし多分にデフォルメされているものの、これはこれで実に松陰らしい。
 こんな松陰が見たかった、と言ったらさすがに怒られるかもしれませんが……

 そしてここでさらなるサプライズキャラが登場いたします。松陰の黒船乗っ取りの切り札として並み居る米兵相手に刀一本で大暴れする少年の名は藤堂平助――ってあの平助!?

 なんと松陰に心酔する少年として、ここで藤堂平助が登場。もちろん後の新選組八番隊長の平助ですが――史実では松陰との接点はなかったはず。
 実は新選組の隊長クラスの中でも前歴に不明な点が多い人物だけに、そこに本作の設定の余地があるのかもしれませんが、いずれにせよ、意外な人物の登場であります。

 そして、そんな松陰と平助の暴れっぷりは完全に主人公である甚三郎を食うほどのものなのですが――それは同時に、甚三郎の任務の重大な障害であることはもちろんのこと、この国の将来にとっても大きな危機が生まれたということでもあります。

 先に述べたように、本作におけるペリーの真の狙いは日本攻撃。さすがに問答無用で戦端を開くわけにはいかないものの、何かきっかけがあれば即座に攻撃を開始せんと、彼は虎視眈々と待ち構えていたわけであります。
 その前にペリーを――というのが甚三郎の任務であったわけですが、ここで松陰が黒船に攻撃を仕掛けたことで、ペリーは開戦の大義名分を得たことになったわけです。

 江戸攻撃が始まる前にペリーを討ち、任務を果たさんとする甚三郎。しかしもちろんペリーの部外戦隊が黙って見ているはずもなく(巨大な獣使いが現れたと思いきや、それが○○○○○○の獣だったのには驚いたり喜んだり)、そして平助が暴れ回る中、三つ巴の戦いが始まることに……


 上で述べたように、この巻では松陰たちに主役の座を奪われかねない状態だった甚三郎。しかしここでペリーたちとの戦いだけが描かれていたとしたら、物語が盛り上がったかどうかは疑問です。

 何しろ甚三郎は作中ではほとんど規格外の存在、部外戦隊を含めて艦隊一つを敵に回したとしても、あまり苦戦するような気がしない――というのが正直なところ。
 それはそれで良いかもしれませんが、しかしそれが面白いかといえば別なわけで――それが松陰と平助というこれまた規格外かつ想定外の連中が登場したことで、物語の先が全く読めなくなったことは大歓迎であります。

 そして先が読めないといえば、史実との繋がりであります。果たして甚三郎のペリー暗殺は成功するのか、ペリーは江戸を攻撃してしまうのか――どちらに転んでも史実とは大きくかけ離れた展開になるわけで、さてその整合性を如何につけようというのか?

 それはもちろん物語の先行きと密接に絡み合うものですが――ここまで広げた風呂敷を如何に畳んでみせるのか、大いに興味をそそられるではありませんか。


『シノビノ』第2巻(大柿ロクロウ 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
シノビノ 2 (少年サンデーコミックス)


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2018.01.03

細谷正充『少女マンガ歴史・時代ロマン 決定版全100作ガイド』で芳醇な奥深い世界へ

 昨年刊行された時代小説関連書籍の中でも群を抜いてユニークかつ極めて内容が濃い一冊であった『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』。その姉妹編とも言うべき書籍が登場しました。タイトルのとおり、少女マンガの中の歴史・時代ものの100人100作を紹介するガイドブックです。

 おそらくはいま時代小説の解説を、最も多く書いている人物である著者は、実は大の――という言葉では足りないほどの漫画愛好家でもあります。
 本書はその著者が、少女漫画(本書のラインナップ的にはレディースコミックも含めた「女性向けの漫画」と考えていただければよいかと思います)の歴史・時代ものに限定して紹介するガイドブック。漫画のガイドブク自体は最近ではあまり珍しくありませんが、このような単一ジャンルに絞ったものは、非常に珍しいことは間違いありません。

 ……いえ、単一と申し上げましたが、一口に歴史・時代ものといっても、その内容は多岐にわたることは言うまでもありません。本書も以下のように、幾つかの地域と時代に分類した内容となっています。

Ⅰ 日本(古代―戦国時代/江戸時代―新選組/明治・大正・昭和) 51作品
Ⅱ フランス(ルネッサンスからバロック、ロココへ/フランス革命―ナポレオン戦争期/近代) 12作品
Ⅲ ヨーロッパ(中世―ルネッサンス期/近世/近代) 16作品
Ⅳ ロシアとアメリカ(ロシア/アメリカ) 7作品
Ⅴ アラブ・インド(エジプト、オリエント/インド) 5作品
Ⅵ 中国・西域(中国/西域) 9作品

 なかなかユニークな区分とも思えますが、実際のラインナップを見ればそれも納得。この区分そのものが、「少女漫画」における歴史・時代ものの対象の分布になっていると言うのも、本書のユニークな点でしょう。

 それはさておき、本書に取り上げられているのは、大御所の作品からフレッシュな若手の作品まで、非常にバラエティに富んだ内容であります。
 例えば『日出処の天子』(山岸凉子)、『はいからさんが通る』(大和和紀)、『ベルサイユのばら』(池田理代子)、『キャンディ・キャンディ』(いがらしゆみこ)、『王家の紋章』(細川智栄子)など、あまりにメジャーすぎて、そういえば歴史・時代ものであったかと再確認してしまうような作品が並ぶかと思えば、この数年間にスタートした作品も数多く含まれているのが、本書のユニークで魅力的な点であります。

 非常に個人的なことを言えば、『子どもと十字架』(吉川景都)を取り上げ、連載は完結しているにもかかわらず、単行本が上巻しか刊行されていないことに憤るなど、まさに我が意を得たりであります。
 いや、これは本当に個人的な感想で恐縮ですが、このように非少女漫画誌に連載された、決して恵まれた扱いとは言い難い作品も取り上げている辺り、著者の目配りの広さ、確かさが感じられるではありませんか。

 ちなみに本書で取り上げられた100作品のうち、私が本書の内容を目にする前に読んでいたものは、わずか15,6作品、それも日本を舞台とした作品のみ。
 作品名はおろか、作者名も存じ上げなかった作品も数多くあったのですからお恥ずかしい限りですが、それだけ未知の作品を知ることができたのですから、これは大いに喜ぶべきでしょう。

 内容の方も、作品内容の紹介はもちろんのこと、作者自身の紹介や作品の成立過程の紹介も行われている充実ぶり。
 1作品あたり2ページと、分量的には決して多くはないものの、誠に当を得た内容は、先に述べたように数多くの解説を執筆してきた著者ならではのものでしょう。


 そんな本書において、敢えて難点を上げれば、現在では入手困難な作品が幾つか含まれている点と、長編の場合でもデータとして総巻数が記載されていない(本文中で言及されているものはあり)ことでしょうか。
 特に後者については、連載期間が長期に渡ることも少なくない漫画という媒体を扱うだけに、実際に作品を読む際の大きな参考データとなるだけに、少々残念ではあります。

 とはいえ、それももちろん小さなことであることは間違いありません。
 本書が、「少女漫画」の中の歴史・時代ものという、極めて芳醇な、そして奥深い世界に分け入る唯一無二の、そしてもちろん極めて優れたガイドであることは間違いないのですから――

 この先しばらく、このブログで少女漫画を取り上げる頻度が増えたとすれば、それは本書の影響であることは間違いありません。


『少女マンガ歴史・時代ロマン 決定版全100作ガイド』(細谷正充 河出書房新社) Amazon
少女マンガ歴史・時代ロマン決定版全100作ガイド


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2017.12.31

このブログが選ぶ2017年ベストランキング(単行本編)

 自分一人でやってます2017年のベストランキング、今日は単行本編。2016年10月から2017年9月末までに刊行された作品の中から、6作品を挙げます。単行本はベスト3までは一発で決まったもののそれ以降が非常に難しいチョイス――正直に申し上げて、4位以降はほぼ同率と思っていただいて構いません。

1位『駒姫 三条河原異聞』(武内涼 新潮社)
2位『敵の名は、宮本武蔵』(木下昌輝 KADOKAWA)
3位『天の女王』(鳴神響一 エイチアンドアイ)
4位『決戦! 新選組』(葉室麟・門井慶喜・小松エメル・土橋章宏・天野純希・木下昌輝 講談社)
5位『さなとりょう』(谷治宇 太田出版)
6位『大東亜忍法帖』(荒山徹 アドレナライズ)

 今年ダントツで1位は、デビュー以来ほぼ一貫して伝奇アクションを描いてきた作者が、それを一切封印して描いた新境地。あの安土桃山時代最大の悲劇である三条河原の処刑を題材としつつも、決して悲しみだけに終わることなく、権力者の横暴に屈しない人々の姿を描く、力強い希望を感じさせる作品です。
 作者は一方で最強のバトルヒロインが川中島を突っ走る快作『暗殺者、野風』(KADOKAWA)を発表、ある意味対になる作品として、こちらもぜひご覧いただきたいところです。

 2位は、時代小説としてある意味最もメジャーな題材の一つである宮本武蔵を、彼に倒された敵の視点から描くことで新たに甦らせた連作。その構成の意外性もさることながら、物語が進むにつれて明らかになっていく「武蔵」誕生の秘密とその背後に潜むある人物の想いは圧巻であります。
 ある意味、作者のデビュー作『宇喜多の捨て嫁』とは表裏一体の作品――人間の悪意と人間性、そして希望を描いた名品です。

 デビュー以来一作一作工夫を凝らしてきた作者が、ホームグラウンドと言うべきスペインを舞台に描く3位は、今この時代に読むべき快作。
 支倉使節団の中にヨーロッパに残った者がいたという史実をベースに、無頼の生活を送る二人の日本人武士を主人公とした物語ですが――信仰心や忠誠心を失いながらも、人間として決して失ってはならないもの、芸術や愛や理想といった人間の内心の自由のために立ち上がる姿には、大きな勇気を与えられるのです。

 4位は悩んだ末にアンソロジーを。今年も幾多の作品を送り出した『決戦!』シリーズが戦国時代の合戦を題材とするのに対し、本書はもちろん幕末を舞台とした番外編とも言うべき一冊。
 合戦というある意味「点」ではなく、新選組の誕生から滅亡までという「線」を、隊士一人一人を主人公にすることで描いてみせた好企画でした。

 そして5位は、2017年の歴史・時代小説の特徴の一つである、数多くの新人作家の誕生を象徴する作品。千葉さなとおりょうのバディが、坂本竜馬の死の真相を探るという設定の時点で二重丸の物語は、粗さもあるものの、ラストに浮かび上がる濃厚なロマンチシズムがグッとくるのです。

 6位は不幸な事情から上巻のみで刊行がストップしていた作品が転生――いや転送(?)を遂げた作品。明治を舞台に『魔界転生』をやってみせるという、コロンブスの卵もここに極まれりな内容ですが、ここまできっちりと貫いてみせた(そしてラストで思わぬひねりをみせた)のはお見事。
 ただやっぱり、敵をここまで脳天気に描く必要はあったのかな――とは思います(あと、この世界での『武蔵野水滸伝』の扱いも)

 ちなみに6位は電子書籍オンリー、今後はこうしたスタイルの作品がさらに増えるのではないでしょうか。


 なお、次点は幽霊を感じるようになってしまった長屋の子供たちを主人公としたドタバタ怪談ミステリ『優しき悪霊 溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社)。事件の犠牲者である幽霊の行動の理由が焦点となる、死者のホワイダニットというのは、この設定ならではというほかありません。

 そのほか小説以外では、『幕末武士の京都グルメ日記 「伊庭八郎征西日記」を読む』(山村竜也 幻冬舎新書)が出色。キャッチーなタイトルですが、あの「伊庭八郎征西日記」の現代語訳+解説という一冊です。


 ――というわけで今年も毎日更新を達成することができました。来年も毎日頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 良いお年を!


今回紹介した本
駒姫: 三条河原異聞敵の名は、宮本武蔵天の女王決戦!新選組さなとりょう大東亜忍法帖【完全版】


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 武内涼『駒姫 三条河原異聞』(その一) ヒーローが存在しない世界で
 木下昌輝『敵の名は、宮本武蔵』(その一) 敗者から見た異形の武蔵伝
 鳴神響一『天の女王』(その一) 欧州に駆けるサムライたち
 『決戦! 新選組』(その一)
 谷治宇『さなとりょう』 龍馬暗殺の向こうの「公」と「私」

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2017.12.30

このブログが選ぶ2017年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

 今年は週刊朝日のランキングに参加させていただきましたが、やはり個人としてもやっておきたい……ということで、2017年のベストランキングであります。2016年10月から2017年9月末発刊の作品について、文庫書き下ろしと単行本それぞれについて、6作ずつ挙げていくところ、まずは文庫編であります。

 これは今年に限ったことではありませんが、普段大いに楽しませていただいているにもかかわらず、いざベストを、となるとなかなか悩ましいのが文庫書き下ろし時代小説。
 大いに悩んだ末に、今年のランキングはこのような形となりました。

1位『御広敷用人大奥記録』シリーズ(上田秀人 光文社文庫)
2位『義経号、北溟を疾る』(辻真先 徳間文庫)
3位『鉄の王 流星の小柄』(平谷美樹 徳間文庫)
4位『宿場鬼』シリーズ(菊地秀行 角川文庫)
5位『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』(佐野しなの メディアワークス文庫)
6位『妖草師 無間如来』(武内涼 徳間文庫)

 第1位は、既に大御所の風格もある作者の、今年完結したシリーズを。水城聡四郎ものの第2シリーズである本作は、正直に申し上げて中盤は少々展開がスローダウンした感はあったものの、今年発売されたラスト2巻の盛り上がりは、さすがは、と言うべきものがありました。
 特に最終巻『覚悟の紅』の余韻の残るラストは強く印象に残ります。

 そして第2位は、非シリーズものではダントツに面白かった作品。明治の北海道を舞台に、天皇の行幸列車を巡る暗闘を描いた本作は、設定やストーリーはもちろんのこと、主人公の斎藤一をはじめとするキャラクターの魅力が強く印象に残りました。
 特にヒロインの一人である狼に育てられたアイヌの少女など、キャラクター部門のランキングがあればトップにしたいほど。さすがはリビングレジェンド・辻真先であります。

 第3位は、4社合同企画をはじめ、今年も個性的な作品を次々と送り出してきた作者の、最も伝奇性の強い作品。「鉄」をキーワードに、歴史に埋もれた者たちが繰り広げる活躍には胸躍らされました。物語の謎の多くは明らかになっていないこともあり、続編を期待しているところです。
 また第4位は、あの菊地秀行が文庫書き下ろし時代小説を!? と驚かされたものの、しかし蓋を開けてみれば作者の作品以外のなにものでもない佳品。霧深い宿場町に暮らす人々の姿と、記憶も名もない超人剣士の死闘が交錯する姿は、見事に作者流の、異形の人情時代小説として成立していると唸らされました。

 そして第5位はライト文芸、そして英国ものと変化球ですが、非常に完成度の高かった一作。
 狂気の医師の手術によって生み出された異能者「スナーク」を取り締まる熱血青年刑事と、斜に構えた中年スナークが怪事件に挑む連作ですが――生まれも育ちも全く異なる二人のやり取りも楽しいバディものであると同時に、スナークという設定と、舞台となるヴィクトリア朝ロンドンの闇を巧みに結びつけた物語内容は、時代伝奇ものとして大いに感心させられた次第です。

 第6位は悩みましたが、シリーズの復活編であるシリーズ第4弾。今年は歴史小説でも大活躍した作者ですが、ストレートな伝奇ものも相変わらず達者なのは、何とも嬉しいところ。お馴染みのキャラクターたちに加えて新たなレギュラーも登場し、この先の展開も大いに楽しみなところであります。


 その他、次点としては、『京の絵草紙屋満天堂 空蝉の夢』(三好昌子 宝島社文庫)と『半妖の子 妖怪の子預かります』(廣嶋玲子 創元推理文庫)を。
 前者は京を舞台に男女の情の機微と、名刀を巡る伝奇サスペンスが交錯するユニークな作品。後者は妖怪と人間の少年の交流を描くシリーズ第4弾として、手慣れたものを見せつつもその中に重いものを内包した作者らしい作品でした。


 単行本のベストについては、明日紹介させていただきます。


今回紹介した本
覚悟の紅: 御広敷用人 大奥記録(十二) (光文社時代小説文庫)義経号、北溟を疾る (徳間文庫)鉄の王: 流星の小柄 (徳間時代小説文庫)宿場鬼 (角川文庫)刑事と怪物―ヴィクトリア朝エンブリオ― (メディアワークス文庫)妖草師 無間如来 (徳間文庫)


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 辻真先『義経号、北溟を疾る』(その一) 藤田五郎と法印大五郎、北へ
 平谷美樹『鉄の王 流星の小柄』 星鉄伝説! 鉄を造る者とその歴史を巡る戦い
 菊地秀行『宿場鬼』 超伝奇抜きの「純粋な」時代小説が描くもの
 佐野しなの『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』 異能が抉る残酷な現実と青年の選択
 武内涼『妖草師 無間如来』 帰ってきた妖草師と彼の原点と

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2017.12.29

友野詳『ジャバウォック Ⅱ 真田冥忍帖』 決着、真田大介vs十幽鬼!

 信長により魔界の蓋が開き、奇怪な妖魔妖術が世を席巻した魔界戦国――その締めくくりと言うべき大坂の陣から十年後、今またこの世に魔界をもたらさんとする者たちに対して真田大介が挑む伝奇アクションの第2巻にして完結編であります。果たして魔王と十幽鬼が狙う豊臣の黄金の正体とは……

 大坂の陣で豊臣家が滅び、魔界戦国の世が終結してから十年――本多家に嫁した千姫を狙う、十幽鬼を名乗る魔人たち。千姫を守り、その魔人たちに挑むのは、生きていた真田大介――同じく大坂城を脱し、儚くも身罷った主・秀頼の命を受けた彼は、千姫と彼女がその秘密を知るという豊臣の黄金を守るため、再び姿を現したのであります。

 その前に立ち塞がる十幽鬼ことは、大介のかつての師であり仲間であり友であった十勇士のなれの果て。大坂の陣で命を落とし、世界中の悪神たちを見に宿して甦った彼らに加え、さらにやはり悪神を宿した大介の妹・茜までもが現れます。
 大介は、千姫付の蜘蛛糸使いのくノ一・あとら、そして謎の伊賀忍者・四貫目とともに、千姫を守って死闘を繰り広げ、辛くも十幽鬼のうち二人と茜を倒したのですが……


 という第1巻を受けて始まる本作の冒頭で描かれるのは、茜の力によって大介が目の当たりにした、彼女が体験した最期の刻――すなわち大坂落城の姿。
 そもそも、父・幸村に率いられ、魔界戦国を終わらせるために戦っていた十勇士と茜が、何故その尖兵と成り果てたのか。そしてこの戦いの陰で糸を引く者は――それがここでは語られることとなるのです。

 しかし、大介が記憶の世界を彷徨う間も、事態はいよいよ悪化していきます。千姫を狙い「天馬城」の異名を持つ(この異名の由来は伝奇ファンなら思わずニッコリ)真田信之の城を十幽鬼が襲撃してきたのであります。
 大介の意識が戻らぬ中、追い詰められていくあとらと四貫目。そして記憶の世界でも、大介の精神には大きな危機が……


 と、開幕からいきなり全力疾走状態の本作。三好ベールゼバブ伊佐入道、由利カーリー鎌之助、海野テトカポリトカ六郎、三好ダゴン清海入道――と、名前を見ただけでこちらの体温が上がりそうな連中が次々登場するだけでテンションが大いに上がります。
 ただでさえ個性的な十勇士いや十幽鬼が、世界中の魔神の力を手にして大暴れするのですからこれが盛り上がらないはずがない。この天馬城の死闘だけで普通の作品のクライマックス並みなのですが、しかしそこから物語は意外な場所に舞台を移すことになります。

 そこでもなおも続く大介たちと十幽鬼たちとの戦い。その中で意外な形で復活を果たした魔王に対し、これまた意外な正体を現したある人物の力を借りて、大介は最後の決戦に臨むことになります。
 そして登場した十幽鬼最後の切り札、恐るべき巨体と魔力を誇る最強の怪物を前に打つ手はあるのか。そして信長が求め、秀頼が封じた豊臣の黄金の正体とは!?

 ……ってそれか! 黄金ってそれなのか! と叫びたくなるラストバトルは、良い意味でツッコミどころの塊。もう最後の最後まで、とんでもない作品なのであります。


 正直なことを、申し上げれば、前作に比べて十幽鬼たちがあっけない――というよりも駆け足で終わった印象はあります。
 この点はまあ、物語の流れと考えるべきかと思いますが(事実、とてつもない化け物を次々とブッ潰していくのはかなり爽快)、ラストバトルをはじめ、色々とやりすぎと感じる方はいるかもしれません。

 しかし本作は、本作の舞台となった魔界戦国という世界は、そのやりすぎを可能にするためのものなのだから仕方がありません。そのやりすぎを正面から受け止めて、ツッコミを入れながら大いに楽しむのが、本作の楽しみ方と言うべきでしょう。
 それは、時代ものに馴染みのない、ともすれば拒否反応を示しかねない層を、この素晴らしい時代伝奇の世界に誘うための仕掛けでもあるのでしょうから。

 もっとも、その仕掛けが逆に、二昔前の伝奇バイオレンス的な描写も相まって、プロパーの時代ものファンを引かせてしまったのではないか――という印象もあるのですが……
(そもそもこれくらいであれば、魔界戦国でなくても出来たのでは、というのは頭のおかしい時代伝奇ファンの戯言として)


 などと言いつつも、最後まで一気呵成に楽しませていただいた本作。ラストに登場するあの人物の存在も実に面白いことですし、もう一丁、と言いたくなってしまう気持ちは確かにあるのです。


『ジャバウォック Ⅱ 真田冥忍帖』(友野詳 KADOKAWA Novel 0) Amazon
ジャバウォック II ~真田冥忍帖~ (Novel 0)


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2017.12.11

鳴神響一『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』 本格ミステリにして時代小説、の快作

 これまでも一作ごとに趣向を凝らした作品を発表してきた鳴神響一の新作は、何と時代ミステリ、それも本格的な密室殺人もの。『影の火盗犯科帳』シリーズで知恵袋役を担当していた博覧強記にして多芸多才の浪人・多田文治郎が探偵役をつとめる本格ミステリであります。

 浪人の気楽さで江ノ島・鎌倉見物に出た文治郎が今回巻き込まれたのは、猿島――かつて流罪となった日蓮上人を島の猿が助けたという伝説を持つ小島で起きた殺人事件。
 地元の住民からは不入の聖地とされていたこの島に、江戸の大商人が建てた豪勢な寮(別荘)が事件の舞台となるのですが――これが常識では考えられないような奇怪な惨劇だったのであります。

 布団の中で焼死体となっていた老武士、無数の蜂に襲われて悶死した浪人、何かの刃物で首筋を裂かれた役者、矢で貫かれ目をくり貫かれた使用人、毒殺され切断された首を屋根に晒された妾、撲殺され血染めの文字を遺した囲碁棋士……
 身分も出自も年齢も全て異なる、共通点も不明な六人の男女が、そこでそれぞれ無惨に殺害されていたのであります。

 しかし現場は対岸から舟でなければ渡れない孤島、寮も周囲を断崖と塀で囲まれ、外部からの浸入は不可能という状態。
 そこで誰がどうやって、六人の男女を次々と惨殺し、姿を消したのか――この事件を担当することになった浦賀奉行所の与力・宮本甚五左衛門が偶然学友であったことから、文治郎は謎解きを依頼されることになります。

 そしてそんな不可解な状況の検分を行う中、文治郎と甚五左衛門が見つけた手記。犠牲者の棋士が遺したそれには、六人が何者であり如何に集ったか、そして島で何が起こったのかが克明に記されていたのですが……


 ミステリでいえば、クローズ・ドサークルものの一つ、孤島ものである本作。人の行き来が制限された、一種の密室となった孤島で事件が発生して――というあれであります。

 本作はその典型と言いましょうか、孤島に集った人々が一人一人殺されていくのですが――本作が面白い(という言葉が適切かはわかりませんが)のは、物語開始時点で、既に全員が殺されて発見される点でしょう。
 いきなり一切が不明な状況で、生存者なしの皆殺し! というインパクトは強烈で、一気に物語に引き込まれる構成の巧みさにまず感心させられます。

 もちろん、ミステリに肝心なのは事件そのものの謎解きですが、これも本作が作者の初ミステリとは思えぬ堂々たる内容。
 本作で描かれる、不可能としか思えないような六人六様の奇怪な殺人のトリックと、それらの凶行の犯人の正体は、どれも意外かつフェアなもので、本作を本格ミステリと呼んでも差し支えはないでしょう。

 また、文治郎による推理の前に、手記の形で経緯を語ることで、いわば証拠のみを先に提示した形(一部、後出し的に感じるものがなくもありませんが)で、一種読者への挑戦的な構造となっているのも楽しいところです。


 しかし、本作はそれのみに終わりません。文治郎の手で一連の事件のトリックが解き明かされ、犯人が暴かれてもなお残る謎――つまりハウとフーが解き明かされた先の、ホワイダニットにおいて、本作は優れて時代小説としての顔を見せるのです。

 これの詳細はもちろん語れませんが、終盤に明かされる犯人の動機――犯人が犯行に至るまでの経緯は、それ自体が一編の時代小説と成立するような内容。
 無惨な殺人の陰に潜む、それ以上に無惨な人の世の姿――一種の残酷な人情もの時代小説としても、本作は読むことができるのです。

 そしてその犯人の過去が、その動機そのものが、本作で描かれるような「劇場型犯罪」につきまとう不自然さ――そんな派手な事件を起こせば、かえって明るみに出て捕まりやすくなるのでは?――に対する、明確な答えになっているのには、脱帽するほかありません。
(ちなみに本作、実は犠牲者の多くが実在の人物なのですが――終盤の一ひねりでその点に整合性を与えているのは、作者の時代小説家としての生真面目さでしょう)


 ちなみに本作は、「幻冬舎時代小説文庫」ではなく「幻冬舎文庫」からの刊行。これは時代小説ファンに留まらず、一般のミステリ読者にもアピールするためのものと思いますが――その意気や良し。
 時代小説としてはもちろんのこと、ミステリとしても一級の魅力を持つ本作は、その試みに相応しい作品なのですから。


『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫) Amazon
猿島六人殺し 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)


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2017.12.07

『水滸伝の豪傑たち 歴史をうつす武勇伝』 北宋史に見る物語と史実の間の皮肉な関係

 久々の水滸伝紹介、今回はなかなかの変わり種――中央公論社から刊行されていた中公コミックス『中国の歴史』のうちの第8巻『水滸伝の豪傑たち 歴史をうつす武勇伝』であります。いわゆる学習漫画シリーズの1冊なのですが、学習漫画で水滸伝!? と思いきや、これがなかなか面白い内容なのです。

 この『中国の歴史』は、今からほぼ30年前の1986年から87年にかけて全12巻刊行されたシリーズ。今から考えるとちょっと驚かされるような企画ですが、監修が陳舜臣と手塚治虫と、なかなか気合いの入っていたようです。
 もっとも、全巻のシナリオは武上純希が担当。アニメや特撮もので活躍してきた脚本家ですが、小説家としても『不死朝伝奇ZEQU』や『古代幻視行』シリーズなどの古代中国を題材とした作品を発表していたことを考えれば、それなりに納得の人選であります。

 このシリーズ、作画担当は各巻で異なるのですが(玄宗皇帝と楊貴妃の巻は小林智美が!)、この巻の作画は堀田あきお。最近ではご夫妻でのアジア紀行ものでの活躍が中心のようですが、このシリーズでは「項羽と劉邦」の巻も担当している模様です。


 さて、こうした背景はともかく、内容を見てみれば、冒頭は百八星解放――は納得として、そこから大きく飛んで、後半のクライマックスということか、呼延灼戦がいきなり描かれているのがなかなか面白いところ。
 その他、原典の内容としては、林冲受難と魯智深の活躍(本作では二竜山に行かずにそのまま梁山泊入り)、武松の虎退治、晁蓋の逃走と林冲のクーデター、江州での宋江(と戴宗)の危機、宋江の頭領就任が描かれています。(ちなみに呉用のうっかりシーンもあり)

 と、これだけであれば非常に粗めのダイジェストといった趣きですが、先に述べた通り本書は中国の歴史の学習漫画。あくまでも架空の物語である水滸伝を描くのは大いに不思議に感じられますが――実は本書の冒頭とラストで、二つの史実が描かれるのであります。

 冒頭で描かれる史実とは、徽宗皇帝の時代の姿――社会の爛熟と花石綱の収奪。そしてラストで描かれる史実は、遼との戦争と、それに続く金の侵攻、北宋の滅亡であります。
 どちらもこの時代の象徴的な出来事ではありますが――注目すべきは、この二つが、水滸伝においても、舞台背景として存在していたことでしょう。

 すなわち、この二つの出来事において、水滸伝という物語と、北宋の史実は重なり合っていたわけであり、この重なり合いを利用して、北宋の歴史を切り取って見せるという本書の趣向はなかなか興味深いものがあります。
(「歴史をうつす武勇伝」という本書のサブタイトルにもそれは表されているでしょう)

 ちなみに冒頭では「史実」の宋江、宋江三十六人の宋江の姿も描かれているのが、また面白いところであります。


 とはいえ、このような本書の構造(あくまでも想像ですが)は面白いものの、やはり本書は中国史の学習漫画としてはいささかアンバランスな内容であることは否めません。

 結局虚構部分(水滸伝部分)は、全体の2/3と決して少なくはない割合を占めるのは、仕方ないとはいえやはり違和感が残ります。
 またエピソードについても、史実との繋がりが薄い(もっとも林冲や宋江も、実在の人物である高キュウや蔡京(の息子)に苦しめられた、という以上のリンクではないですが)武松の虎退治が含まれているのには疑問符がつきます。

 この辺り、宋代に1巻割かないわけにはいかないけれども、他の時代に比べると題材として苦しかったからなのかな、と邪推したくもなるのですが……


 しかし、このようなスタイルだからこそ浮かび上がる構図もあります。
 物語の上では豪傑たちを利用して遼という外敵を除き、豪傑たちも除いて最後まで生きながらえた皇帝や奸臣たちが、豪傑たちが登場しない史実においては、外敵に蹂躙された末に悲惨な末路を迎える……

 水滸伝には、このような物語と史実の間のある種の皮肉が存在することを、浮かび上がらせてくれた本書に対しては、ファンとしてはなかなか愉快な気分になるのであります。

『中国の歴史 8 水滸伝の豪傑たち 歴史をうつす武勇伝』(堀田あきお&武上純希 中央公論社中公コミックス) Amazon

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2017.12.04

日野真人『殺生関白の蜘蛛』 平蜘蛛と秀次を結ぶ驚愕の時代伝奇ミステリ

 全く予想もしないところから、素晴らしい作品が現れることがあります。『アラーネアの罠』のタイトルで第7回アガサ・クリスティー賞優秀賞受賞の本作はまさにそんな作品――松永久秀が秘蔵したという名器・平蜘蛛の茶釜と、関白・豊臣秀次の最期を結びつける、見事な時代伝奇ミステリであります。

 秀吉に仕え、今は秀次付きの家臣として暮らす舞兵庫。ある日秀吉に呼び出された彼は、「本物の」平蜘蛛の茶釜を持つと称する者が現れたことを告げられ、その入手を厳命されることになります。
 実はかつては松永久秀に仕え、その最期の時に平蜘蛛の茶釜を手土産に秀吉に寝返った過去を持つ兵庫。しかしその平蜘蛛が偽物であると言われた彼は、老耄の天下人の怒りを恐れつつ、探索に乗り出すことになるのでした。

 が、その矢先に今の主である秀次に呼び出されて先年に切腹した千利休が遺した平蜘蛛の切型(絵図)を見せられ、やはりその探索を銘じられる兵庫。
 時あたかも再びの朝鮮出兵が目前となった上、秀吉に待望の男児が生まれて、太閤秀吉と関白秀次の不仲が噂される頃。その二人の間に挟まれることとなった彼は、どちらにつくかも決めかねながら、真の平蜘蛛を持つという男を追うことになります。

 秀次付きの武人・大山伯耆とともに探索を続ける中、幾度となく謎の刺客に襲われる兵庫。そして一癖もふた癖もある者たちを向こうに回しながら探索を続ける二人は、松永久秀の隠された過去と、平蜘蛛に秘められた恐るべき力を知ることに……

 果たして平蜘蛛の力は、太閤と関白の争いに如何なる役割を果たすのか。両者の対立が深まる中、兵庫は驚くべき真実を知ることになるのです。


 そんな本作のユニークな点は幾つもありますが、まず挙げるべきは、主人公となるのが、舞兵庫(前野忠康)である点でしょう。あるいはむしろ歴史ゲーマーの方がよく知るかもしれない彼は、後に石田三成の下で、島左近と並ぶ猛将として知られた人物なのですから。

 その彼がかつて松永久秀に仕えたというのは、そこで果たした役割も含めておそらくは架空の設定ではないかと思いますが、三成の前に秀次に仕えていたのは紛れもない史実。
 本作でも大きな役割を果たす三成は、秀次に対しては悪役として描かれることも少なくありませんが、その三成が、兵庫のような(そして大山伯耆も)秀次の遺臣を引き取っていたというのは、何とも興味深いことではありませんか。

 そしてその兵庫を探偵役にした物語で描かれるのが秀次の最期というのは、本作のタイトルの「殺生関白」から察することができますが、しかしそれに大きな意味を持つのが「蜘蛛」――すなわち平蜘蛛の茶釜という取り合わせの妙には、ただ唸らされるほかありません。

 あの信長が引き替えに久秀の助命を認め、そして久秀はそれを拒否し、火薬を詰めて壮絶な爆死を遂げたという逸話で知られる名器・平蜘蛛。
 それが密かに持ち出されて秀吉に渡っていたというだけでも胸が躍ります、実はそれが偽物で、本物の在処を巡って秀吉と秀次が暗闘を繰り広げるとくれば、素晴らしいとしか言いようがありません。

 しかもその正体というのが……! と、それをここで書くわけにはいきませんが、その秘密が秀次の運命に密接に繋がり、さらには――という展開は唸らされっぱなしでありました。。
 正直に申し上げれば、ミステリ味はもの凄く強いというわけではない(どんでん返しは用意されてはいるものの、実は意外性は低め)のですが、ミステリ味のある時代伝奇小説として、かなりのレベルにある作品であることは間違いありません。


 それにしても本作のアイディアもさることながら、これだけの要素を破綻なくまとめ、さらに歴史小説としても読ませる(クライマックスで描かれる、秀次と三成の「合戦」は名場面!)手腕は、とても新人の手によるものとは思えない……
 と思いきや、実は作者の日野真人は、『銭の弾もて秀吉を撃て』(同作で第3回城山三郎経済小説大賞を受賞)などを発表した指方恭一郎の別名義(というより本名)と知り、さてこそは――と納得。

 思わぬ一人二役(?)に驚きつつも、新たな名を得た作者のこれからの活躍に、期待しないわけにはいきません。


『殺生関白の蜘蛛』(日野真人 ハヤカワ文庫JA) Amazon
殺生関白の蜘蛛 (ハヤカワ文庫JA)

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2017.12.02

菊地秀行『宿場鬼 妖剣乱舞』 超人剣士という鏡に映る人の情

 菊地秀行による新たな時代小説――古代からの技を受け継ぐ剣士たちの戦いと、とある宿場町に生きる人々の生きざまが交錯する『宿場鬼』待望の第2弾であります。過去と心を失い、宿場に現れた剣士・無名と今回関わる者は……

 深い霧が発生することを除けば、何の変哲もない中山道の宿場町・鬼利里宿。ある日、その霧の中から忽然と現れた美貌の青年は、しかし、全ての記憶と人間らしい感情を失いながらも、恐るべき剣技の持ち主でありました。

 彼を引き取ることとなった町の元用心棒・清玄と娘の小夜と触れ合ううちに、「無名」と名付けられた青年。少しずつ人間味を見せ始めるようになる無名ですが、しかし彼を狙って、宿場町には奇怪な剣技の遣い手たちが次々と現れることになります。

 そんな無名が、古代から伝わる伝説の武術・臥鬼を受け継ぐ者ではないかと睨む清玄。
 そんな中、また霧の中から現れたのは、無名のように人の情を持たぬ、しかし年端もいかぬ子供で……


 このような本シリーズの基本設定を見れば、作者お得意の超伝奇アクションと思われるかもしれません。そしてそれはもちろん、ある側面においては外れてはおりません。
 本作に登場する無名を襲う謎の遣い手たちが操るのは、己の気配を一切断って襲いかかる、あり得ざる角度からの一撃を放つ、光を失った眼で必殺のカウンターを放つ――いずれも常人ならざる秘剣なのですから。

 しかしそうした点がありながらもなお、本シリーズは、本作は、第一印象を覆す内容を持ちます。
 なんとなれば、そんな妖剣士たちの死闘を描くと同時に――いやその死闘を用いて描かれるものは、日常からほんの少し踏み出した人々の営みの中に浮かび上がる、人の情の姿なのですから。

 一日に二度も立て籠もり男の人質となった遊女、旅の途中に連れとはぐれた商家の令嬢、預かった子供に折檻を加える女郎屋の女主人……
 本作の陰の主人公たちと言うべきは、そんないわば市井の人々。彼女たちは、中にはこの世の表街道から外れた者もおりますが、しかしあくまでもこの世の則からは外れていない、普通の人々であります。

 本作は実に、無名を狂言回しに、彼の繰り広げる死闘を背景に、そんな普通の人々の物語を描き出すのです。

 食い合わせが悪いのではないか――などとは、名手を前に考えるも愚かでしょう。そもそも、作者がどれほど巧みに「人情」を描くかは、『インベーダー・サマー』や『魔界都市ブルース』、あるいは同じ時代ものでいえば『幽剣抄』を見れば一目瞭然なのですから。

 そんな名手の筆による、妖剣士たちという歪んだ鏡に映し出される人の世の営み――それは思わぬほど鋭く、そして美しくも儚い像を結びます。

 例えば本作のラスト、霧の中から現れた子供と、彼を預かった女郎屋の主に対する無名の行動。
 普通の人間であればいささか鼻につきかねないそれは、無名という、異常な存在が行うことによって、よりストレートに、強い感動をもたらすのです。

 人の情を持たぬ者を通してこそ描ける、人の情の姿として……


 しかしもちろん、そんな彼にも、少しずつ人間らしさ――というより人間臭さが生まれていることは、本作の随所に描かれることになります。
 今はまだ、物語のスパイスとも言うべきレベルに留まる(本作で描かれる、村の見回りに出かけた先での出来事が何ともほほえましい)それが、どのような形に成長していくのか……

 人情すなわち人の情ならぬ、超人の情がいかなる姿で描かれるのか、その点も含めてこの先が大いに気になる物語であります。


『宿場鬼 妖剣乱舞』(菊地秀行 角川文庫) Amazon
宿場鬼 妖剣乱舞 (角川文庫)


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2017.11.29

入門者向け時代伝奇小説百選 拾遺その二

 入門者向け時代伝奇小説の百選に含められなかった作品の紹介であります。今回は条件のうち、現在電子書籍も含めて新刊で手に入らない8作品を紹介いたします。

『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐) 【剣豪】【江戸】
『秘剣水鏡』(戸部新十郎) 【剣豪】【江戸】
『十兵衛両断』(荒山徹) 【剣豪】【江戸】
『打てや叩けや 源平物怪合戦』(東郷隆) 【古代-平安】【怪奇・妖怪】
『聚楽 太閤の錬金窟』(宇月原晴明) 【戦国】【怪奇・妖怪】
『真田三妖伝』シリーズ(朝松健) 【戦国】【怪奇・妖怪】
『写楽百面相』(泡坂妻夫) 【江戸】
『秘闘秘録新三郎&魁』シリーズ(中谷航太郎) 【江戸】

 歴史に残すべき名作、刊行してあまり日が経っていないはずのフレッシュな作品でも容赦なく絶版となっていく今日この頃。電子書籍はその解決策の一つかと思いますが、ここに挙げる作品は、言い換えればその電子書籍化がされていない作品であります。

 まずはともに剣豪ものの名品ばかりを集めた名短編集二つ――いわずとしれた柳生ものの名手の代表作である二つの表題作をはじめとして、切れ味鋭い短編を集めたいわばベストトラックともいうべき『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐)。
 そして一瞬の秘剣に命を賭けた剣士たちを描く『秘剣』シリーズの中でも、奇怪な秘剣を操る者たちの戦いの中に剣の進化の道筋を描く『水鏡』を収録した『秘剣水鏡』(戸部新十郎)。どちらも絶版であるのが信じられない大家の作品であり、名作であります。

 そしてもう一つ剣豪ものでは『十兵衛両断』(荒山徹)。一時期荒山伝奇のメインストリームであった柳生ものの嚆矢にして、伝奇史上に残る表題作をはじめとした本書は、伝奇性もさることながら、権に近づくあまり剣の道を見失っていった柳生一族の姿を浮き彫りにした作品集であります。

 また古代-平安では博覧強記の作者が、源平の合戦をどこかユーモラスなムードで描いた『打てや叩けや 源平物怪合戦』(東郷隆)があります。
 司馬遼太郎の『妖怪』の源平版とも言いたくなる本作は、貴族から武家に社会の実権が移る中、武家たちの争いと妖術師の跳梁が交錯する様が印象に残ります。

 そして戦国ものでは、なんと言っても作者の絢爛豪華にして異妖極まりない伝奇世界が炸裂した『聚楽 太閤の錬金窟』(宇月原晴明)。
 関白秀次の聚楽第に隠された錬金の魔境を巡る大活劇は、作者の特徴である異国趣味を濃厚に描き出すと同時に、もう一つの特徴である深い孤独と哀しみを漂わせる物語であります。

 そして戦国ものでもう一つ、『真田三妖伝』『忍 真田幻妖伝』『闘 真田神妖伝』(朝松健)の三部作は、作者が持てる知識と技量をフルに投入して描いた真田十勇士伝であります。
 猿飛佐助と柳生の姫、豊臣秀頼の三人の運命の子を巡り展開する死闘は、作者の伝奇活劇の総決算とも言うべき大作。ラストに飛び出す秘密兵器の正体は、これまた伝奇史上に残るものでしょう。

 続いて江戸ものでは、今なおその正体は謎に包まれた東州斎写楽の謎を追う『写楽百面相』(泡坂妻夫)。
 江戸文化に造詣が深い(どころではない)作者の筆による物語は、伝奇ミステリ味を濃厚に漂わせつつ、史実と虚構の合間を巧みに縫って伝説の浮世絵師の姿を浮かび上がらせます。

 さらに今回紹介する中でもっとも最近の作品である『ヤマダチの砦』に始まる『秘闘秘録新三郎&魁』シリーズ(中谷航太郎)も実にユニークな江戸ものです。
 品性下劣な武家のバカ息子と精悍な山の民の青年が謎の忍びに挑むバディものとしてスタートした本シリーズは、あれよあれよという間にスケールアップし、海を越える大伝奇として結実するのです。


 というわけで駆け足で紹介した8作品ですが、それぞれに事情はあるにせよ、媒体の違いだけで後の世の読者が――今はネット書店で古書も手にはいるとはいえ――アクセスできないというのは、残念というより無念な話。
 ぜひともこれらの名作にも容易に触れることができるような日が来ることを、心から祈る次第であります。


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 「水鏡」 秘剣が映す剣流の発展史
 「十兵衛両断」(1) 人外の魔と人中の魔
 「打てや叩けや 源平物怪合戦」 二つの物怪の間で
 「聚楽 太閤の錬金窟」 超越者の喪ったもの
 写楽とは何だったのか? 「写楽百面相」
 『ヤマダチの砦』 山の民と成長劇と時代ウェスタンと

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