2018.01.18

新井隆広『天翔のクアドラブル』第2巻 生きていた信長、戦国のメフィストフェレス!?

 紹介が遅れているうちに急転直下の完結ということになってしまい、ちょっと驚かされた天正遣欧少年使節異聞、起承転結の承から転にかかる第2巻であります。マレー半島で総督の牢に囚われてしまったマンショとミゲル。彼らは牢の中で、死んだはずのあの人物に出会うことになるのですが……

 悪魔が蔓延するヨーロッパを救うため、ヴァリニャーノに招請されて海を渡ることとなった4人の志能便の少年――伊東マンショ・千々石ミゲル・中浦ジリアン・原マルチノ。
 それぞれ呪禁・修験・機関・帰神の異能を持つ彼らの航海は、マカオを経てマレーに至ることになります。

 しかし上陸したマレーで、無実の罪で囚われ、牢に放り込まれてしまったマンショとミゲル。そんな二人の前に「オッサンだけど仲良くしてちょーだいな♪」と飄々とした態度で現れた先客、その名は織田信長……!

 という、さすがに予想だにしなかった展開から始まるこの第2巻。絶大な権力と富を持ち、恣に振る舞う総督の娯楽のため、3人は闘技場に引き出されて総督の配下と戦わされる羽目になるのですが――信長はさておき、志能便の2人が並の相手に苦戦するはずがありません。
 そんな彼らに対し、総督が向かわせたのは、卵から生まれた異形のドラゴン。さしもの2人も徒手空拳では及ばぬ相手を前に、しかし信長は喜びの表情を浮かべて……


 少年使節たちの師ともいうべきヴァリニャーノとは縁浅からぬ信長。そして信長生存説は、フィクションの世界ではもうお馴染みに近いところですが――しかし信長と少年使節との絡みはフィクションの世界でもほとんど見たことがないように思います。
 それが全く思わぬ形で飛び出してきた本作。その信長がマレーに現れた理由自体は非常にファンタジー的なものではありますが、この信長の、虚実正邪陰陽入り混じったような混沌とした人物像はなかなかに魅力的です。

 そして、少年たち――特にミゲルの過去の行動によって余命幾ばくもない身となっているマンショが心のなかに秘め隠したものを丸裸にし、奪い去ろうとする信長。
 その真意はまだまだ不明ではありますが、一種メフィストフェレスめいた姿は強烈に印象に残ります。

 さらに去り際にジリアンに対して残した言葉が、その先の展開に繋がっていくのもいい。
 4人の中ではひ弱な印象のあるジリアンですが、彼もまた親をなくして志能便の里に引き取られ、唯一の肉親である懸命に生きてきた少年であります。

 その彼の兄貴分として支えてくれたのがミゲルであり、そしてそのミゲルがマンショに対して深い罪の意識を持っているとすれば――なんとかしたいと考えるのは当然の成り行きでしょう。
(ちなみに彼の回想で、親が唯一残してくれた名前を捨てて洗礼名を名乗る行為が、彼の決意とミゲルとの絆の表れとして描かれる場面があるのですが――そこから感じられるある種の「居心地の悪さ」は、やはり狙って描いているものでしょう)

 しかしそれはミゲルをはじめとして、誰にも知られてはならない決意であり、また物語を複雑なものにするのが、実に意地悪くも面白いところなのであります。


 そしてその本作の一筋縄ではいかない複雑さが爆発するのが、次の寄港地であるインドはゴアであります。
 既に悪魔の撒き散らした呪いである黒死病が蔓延し、死の大地と化したインド。そのインドでもヴァリニャーノの恩人がいるゴアに急ぐ一行ですが、そこで彼らを待っていたのは、思わぬ惨劇の姿でありました。

 ゴアの聖職者たちを襲い、無残に殺害していったのは、本当にその現場にいた信長なのか。そしてジリアンの悩みが、彼が抱えた秘密が一行の足を引っぱる形となって……
 というのは定番の展開ではありますが、しかしこれまで積み上げてきた物語の(背後に見え隠れする)不穏さが、そうと感じさせないのも巧みであります。

 そして再びヴァリニャーノを襲う信長たちの真意はどこにあるのか。残るはおそらくあと2巻、不穏極まりない折り返し地点の先に真実が見えたとき、本作の真の姿が見えるのであります。
 まずは2月発売の第3巻で語られるものを楽しみにいたしましょう。


『天翔のクアドラブル』第2巻(新井隆広 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
天翔のクアドラブル 2 (少年サンデーコミックス)


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2018.01.15

上田秀人『旅発 聡四郎巡検譚』 水城聡四郎、三度目の戦いへの旅立ち

 昨年7月に大団円を迎えた『御広敷用人大奥記録』。その続編、水城聡四郎の戦いを描く第3シリーズが早くも開幕することとなりました。「道中奉行副役」なる役目を与えられた彼の新たな戦いの始まりであります。

 新井白石に手駒として見出されたことから、幕府の金を巡る闇の数々と戦うこととなった『勘定吟味役異聞』。
 その最中に出会った徳川吉宗に命じられ、大奥改革のため、そして吉宗の愛する人のために奔走した『御広敷用人大奥記録』。

 いずれも四面楚歌の危険極まりないお役目をくぐり抜け、一時の平穏を得た聡四郎ですが――使える人間ほどこき使われるのが上田作品、あいや、吉宗の配下であります。
 久々に吉宗に召し出された聡四郎が任じられたのは、「道中奉行副役」という聞いたこともない役目。聞いたこともないのは道理、吉宗が聡四郎のために新たに作った役目だったのです。

 大奥の改革をひとまず終えた吉宗ですが、さらなる改革の最大の支障となるのは、吉宗を徳川の傍流とみて侮る諸大名や旗本たち。
 そんな自分の改革を妨げる者を炙り出すための監察役――目付へのステップとして、吉宗は道中奉行副役、すなわち主要街道の巡検使を設置したのであります。

 かくて聡四郎は、まずは三ヶ月世の中を見てこいという吉宗の命を受け、玄馬らを伴に東海道に旅立つのですが……


 というわけで、聡四郎三度目の受難の開幕編たる本作。今までに比べると「なにもなく旅をするだけでもかまわぬ」と、送り出す吉宗に言われているだけマシにも感じられますが、もちろんそれで済むわけがありません。

 何しろ、早速吉宗の決定が自分たちの権益を侵すと役人根性丸出しの目付たちが妨害活動を開始(しかし「水城? 勘定吟味役だから剣は駄目なんだろ?」的な彼らの勘違いが可笑しい)。
 そして前シリーズで散々聡四郎を逆恨みして襲いまくり、散々叩きのめされた末に江戸の暗黒街の住人にまで堕ちた伊賀者がしつこく彼を狙うことになります。

 さらに京では、これまた前シリーズで散々吉宗の恋路を妨害した末に隠居の身に追いやられた天英院の縁者までもが聡四郎を狙って――と、早くも聡四郎の四面楚歌状態がスタートした感があります。
(そこに、京と江戸の暗黒街の覇権争いが絡んでくるのがまた面白い)

 この巻では聡四郎の東海道中もまだ小田原・箱根どまりですが、この先旅が進めば、また雪だるま式に彼の敵は増えていくのでしょう。もちろん、そうなればなるほど、読む側の楽しみは増えるのですが……


 と、生まれたばかりの娘と相変わらずの奥さんから引き離されての苦行旅の聡四郎ですが、そんな彼――そしてお供の玄馬にとって、この旅にも一つの楽しみがあります。
 それは、二人の師である入江無手斎が用意した各地の道場への紹介状――長い間廻国修行を続けていた無手斎が知り合った各地の道場への紹介状を手にした二人は、各地の剣客たちとの出会いに胸躍らせるのです。

 そしてその第一弾が、小田原の一尖流道場。聞いたことのない名前ですが、あの無手斎が認めた相手なのですから、ただの道場のわけがありません。
 そこで聡四郎と玄馬は、強敵と対峙することになるのですが――その戦いは、これまでのシリーズになかったような、純粋かつ爽快なものであるのが嬉しいのです。

 これまでのシリーズでの聡四郎の戦いは、ほとんどの場合、任務の途上で襲ってきた者との対決でした。ということは、その戦いに絡むのは様々な欲であり、悪意であり、恨みであり――どうにも「暗い」ものばかりであります。
 しかしこの道場での戦いは、純粋な剣術家たちの競い合い。いわば剣豪ものとしての要素がここで大きくクローズアップされてきたとも言えますが、それが意外かつ魅力的なのです。

 もちろん、聡四郎は剣術家である以前に幕臣。あくまでも任務が優先であり、あまり剣術修行に現を抜かすわけにはいきません。
 しかしここで聡四郎を上回る剣の腕を持つ玄馬(もちろん彼も聡四郎の家士ではありますが)をより前面に押し出すことで、剣豪もの要素に違和感を感じさせない工夫がなされているのにも感心いたします。

 先に述べた通り、この先で聡四郎が出会う苦難の数々も気になりますが――それと同時に、この各地の剣術道場での、純粋な剣術(に終わる保証はないのですが……)との対峙も、大いに気になる新要素であります。


『旅発 聡四郎巡検譚』(上田秀人 光文社文庫) Amazon
旅発: 聡四郎巡検譚 (光文社時代小説文庫)


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 上田秀人『御広敷用人大奥記録 9 典雅の闇』 雲の上と地の底と、二つの闇
 上田秀人『御広敷用人大奥記録 10 情愛の奸』 新たなる秘事と聡四郎の「次」
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2018.01.13

新井隆広『天翔のクアドラブル』第1巻 少年たちは欧州の戦場に旅立つ

 いまだ戦国の世であった天正年間、日本から遙かヨーロッパに渡った四人の少年――天正遣欧少年使節。その史実を踏まえつつ、四人の志能便(しのび)の少年がヨーロッパを席巻する悪魔たちを滅ぼすために海を越えるという奇想天外な物語の開幕篇であります。

 悪魔たちの跳梁により、暗黒の地と化したヨーロッパ。この事態を憂慮したイエズス会の宣教師ヴァリニャーノは、人知を超えた力を持つ日本の志能便たちをヨーロッパに送り込むことを提案するのでした。

 これに応えて志能便の里から選ばれ、勇躍海を渡ることになったのは、血よりも濃い絆で結ばれたのは以下の四人――
己の血を媒介に攻撃・回復様々な術を操る「呪禁」を究めた伊東マンショ
又鬼(マタギ)として鳥獣を駆使し射撃を行う「修験」を究めた千々石ミゲル
銃火器など科学知識を生かした発明を行う「機関(からくり)」を究めた中浦ジリアン
様々な能力を持つ付喪神を使役する「帰神」を究めた原マルチノ。

 海で襲い来る海賊たちを軽々と蹴散らし、最初の寄港地・マカオでは奇怪な二胡の調べで数多くの子供たちを連れ去った妖女を倒した一行。
 そして次なる寄港地・タイでは、思わぬ誤解から獄に繋がれることとなったマンショとミゲルが、そこで意外極まりない人物と出会うことに……


 歴史上名高い天正遣欧少年使節。しかしそのスケール――旅路の長さ故か、時代伝奇もので描かれることは非常に少ないように感じます。
 本作はその少年使節を、大胆にもそれぞれ異能の力を持つ孤児たちとして設定。そしてその目的も、ヨーロッパに蔓延る悪魔たちと対決するためなのですから、ユニークといえばユニーク、豪快といえば豪快であります。

 この第1巻は、この壮大な物語の設定紹介篇という印象も強く、冒険の中で、四人の少年たちそれぞれの能力が解説されることとなります(ただし原マルチノは第2巻での描写)。
 なるほど、わざわざ海を渡っての悪魔との戦いを求められるだけあって、彼らの力は絶大。志能便というよりは異能者というに相応しい彼らの暴れぶりはなかなかに痛快ですし、一歩間違えれば悲壮感漂う旅路も、少年故の明るさで中和しているようにも感じられます。


 しかし、本作が単純明快な冒険活劇であるかといえば、それはおそらく、いや間違いなく否、でしょう。なんとなればこの第1巻の時点でも、この旅が、そして少年たちが抱えたものが、決して単純でも軽いものでもないことは随所から伺えるのであります。
 それが最もはっきり描かれたのは、マカオでの戦いの中で描かれた、ミゲルとマンショの過去でしょう。

 志能便の里に来る前は、人買いに買われ、売り飛ばされたミゲルと、彼と同じ身の上であり、そして彼に救い出されたマンショ。
 海外だけではなく、戦国時代の日本においても行われていた人身売買をこのような形で少年漫画で描くことは珍しく、それだけに彼らの過去の物語は、かなりのインパクトを持ちます。

 しかし本作の凄みはそれに留まりません。その悲惨な境遇から逃れるための行為が生んだミゲルの罪――そしてそこから生まれる、マンショに対するミゲルの深い屈託が、物語に深い陰影を与えるのであります。

 先に述べたように――いずれもそれなりの身分を持っていた史実とは異なり――志能便の里で育った孤児である四人の少年。それは裏を返せば、彼らが戦争の申し子であるとも言えます。
 その彼らが、彼ら自身が語るように、戦うことしか教わっていない彼らが遠くヨーロッパにまで戦いに赴く。その物語が、明朗快活なだけで終わるはずがありません。


 本作の冒頭においては、ヴァリニャーノによる日本スゴイの賛美がいささか鼻につくのですが、どうやらこれも字義通りには受け取れない様子。
 その一方で、マカオでの二胡の妖女の過去にもほのめかされているように、単純にキリスト教を、ヨーロッパを是とするだけではない空気も漂います。

 果たしてその不確かな戦場で、彼ら四人が何を見るのか、何を得るのか――この第1巻のラストに登場した、とんでもない人物の真実も含めて、気にならないはずがありません。
 発売中の第2巻も、早々に紹介いたします。


『天翔のクアドラブル』第1巻(新井隆広 小学館少年サンデーコミックス) Amazon
天翔のクアドラブル 1 (少年サンデーコミックス)

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2017.12.31

このブログが選ぶ2017年ベストランキング(単行本編)

 自分一人でやってます2017年のベストランキング、今日は単行本編。2016年10月から2017年9月末までに刊行された作品の中から、6作品を挙げます。単行本はベスト3までは一発で決まったもののそれ以降が非常に難しいチョイス――正直に申し上げて、4位以降はほぼ同率と思っていただいて構いません。

1位『駒姫 三条河原異聞』(武内涼 新潮社)
2位『敵の名は、宮本武蔵』(木下昌輝 KADOKAWA)
3位『天の女王』(鳴神響一 エイチアンドアイ)
4位『決戦! 新選組』(葉室麟・門井慶喜・小松エメル・土橋章宏・天野純希・木下昌輝 講談社)
5位『さなとりょう』(谷治宇 太田出版)
6位『大東亜忍法帖』(荒山徹 アドレナライズ)

 今年ダントツで1位は、デビュー以来ほぼ一貫して伝奇アクションを描いてきた作者が、それを一切封印して描いた新境地。あの安土桃山時代最大の悲劇である三条河原の処刑を題材としつつも、決して悲しみだけに終わることなく、権力者の横暴に屈しない人々の姿を描く、力強い希望を感じさせる作品です。
 作者は一方で最強のバトルヒロインが川中島を突っ走る快作『暗殺者、野風』(KADOKAWA)を発表、ある意味対になる作品として、こちらもぜひご覧いただきたいところです。

 2位は、時代小説としてある意味最もメジャーな題材の一つである宮本武蔵を、彼に倒された敵の視点から描くことで新たに甦らせた連作。その構成の意外性もさることながら、物語が進むにつれて明らかになっていく「武蔵」誕生の秘密とその背後に潜むある人物の想いは圧巻であります。
 ある意味、作者のデビュー作『宇喜多の捨て嫁』とは表裏一体の作品――人間の悪意と人間性、そして希望を描いた名品です。

 デビュー以来一作一作工夫を凝らしてきた作者が、ホームグラウンドと言うべきスペインを舞台に描く3位は、今この時代に読むべき快作。
 支倉使節団の中にヨーロッパに残った者がいたという史実をベースに、無頼の生活を送る二人の日本人武士を主人公とした物語ですが――信仰心や忠誠心を失いながらも、人間として決して失ってはならないもの、芸術や愛や理想といった人間の内心の自由のために立ち上がる姿には、大きな勇気を与えられるのです。

 4位は悩んだ末にアンソロジーを。今年も幾多の作品を送り出した『決戦!』シリーズが戦国時代の合戦を題材とするのに対し、本書はもちろん幕末を舞台とした番外編とも言うべき一冊。
 合戦というある意味「点」ではなく、新選組の誕生から滅亡までという「線」を、隊士一人一人を主人公にすることで描いてみせた好企画でした。

 そして5位は、2017年の歴史・時代小説の特徴の一つである、数多くの新人作家の誕生を象徴する作品。千葉さなとおりょうのバディが、坂本竜馬の死の真相を探るという設定の時点で二重丸の物語は、粗さもあるものの、ラストに浮かび上がる濃厚なロマンチシズムがグッとくるのです。

 6位は不幸な事情から上巻のみで刊行がストップしていた作品が転生――いや転送(?)を遂げた作品。明治を舞台に『魔界転生』をやってみせるという、コロンブスの卵もここに極まれりな内容ですが、ここまできっちりと貫いてみせた(そしてラストで思わぬひねりをみせた)のはお見事。
 ただやっぱり、敵をここまで脳天気に描く必要はあったのかな――とは思います(あと、この世界での『武蔵野水滸伝』の扱いも)

 ちなみに6位は電子書籍オンリー、今後はこうしたスタイルの作品がさらに増えるのではないでしょうか。


 なお、次点は幽霊を感じるようになってしまった長屋の子供たちを主人公としたドタバタ怪談ミステリ『優しき悪霊 溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社)。事件の犠牲者である幽霊の行動の理由が焦点となる、死者のホワイダニットというのは、この設定ならではというほかありません。

 そのほか小説以外では、『幕末武士の京都グルメ日記 「伊庭八郎征西日記」を読む』(山村竜也 幻冬舎新書)が出色。キャッチーなタイトルですが、あの「伊庭八郎征西日記」の現代語訳+解説という一冊です。


 ――というわけで今年も毎日更新を達成することができました。来年も毎日頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 良いお年を!


今回紹介した本
駒姫: 三条河原異聞敵の名は、宮本武蔵天の女王決戦!新選組さなとりょう大東亜忍法帖【完全版】


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 木下昌輝『敵の名は、宮本武蔵』(その一) 敗者から見た異形の武蔵伝
 鳴神響一『天の女王』(その一) 欧州に駆けるサムライたち
 『決戦! 新選組』(その一)
 谷治宇『さなとりょう』 龍馬暗殺の向こうの「公」と「私」

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2017.12.19

「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)

 今年最後の、そしてカウント上は来年最初の「コミック乱ツインズ」誌は、創刊15周年記念号。創刊以来王道を征きつつも、同時に極めてユニークな作品を多数掲載してきた本誌らしい内容であります。今回も、印象に残った作品を一作ずつ紹介していきます。

『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 新連載第一弾は、流浪の用心棒たちが主人公の活劇もの。
 用心棒といえば三人――というわけかどうかは知りませんが、自分の死に場所を探す「終活」中の老剣士、仇を追って流浪の旅を続ける「仇討」中の剣士、そしてお人好しながら優れた忍びの技を操る青年と、それぞれ生まれも目的も年齢も異なる三人の浪人を主人公とした物語であります。

 連載第一回は、宿場町を牛耳る悪いヤクザと、昔気質のヤクザとの対立に三人が巻き込まれて――というお話で新味はないのですが(でっかいトンカチを持った雑魚がいるのはご愛嬌)、端正な絵柄で手慣れた調子で展開される物語は、さすがにベテランの味と言うべきでしょう。

 ……と、今回驚かされたのは、忍びの青年が「鬼輪番」と呼ばれることでしょう。作中の言葉を借りれば「天下六十余州をまわり幕府に抗おうとする大名たちの芽を摘む」のが任務の忍びたちですが――しかし、ここでこの名が出るとは!
 『優駿の門』の印象が強い作者ですが、デビュー作は小池一夫原作の『鬼輪番』。その名がここで登場するとは――と、大いに驚き、そしてニンマリさせられた次第です。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 吉原という底知れぬ相手を敵に回すことになったものの、同門の青年剣士・大宮玄馬を家士として味方につけた聡四郎。今回は早くもこのコンビが、ビジュアル的にも凄い感じの刺客・山形をはじめとする刺客団と激闘を繰り広げることになります。
 死闘の末に刺客たちを退けたものの、はじめて人を殺してしまった玄馬は、その衝撃から目からハイライトが消えることに……

 というわけで上田作品お馴染みの、はじめての人斬りに悩むキャラクターという展開ですが、体育会系の聡四郎はいまいち頼りにならず――というか、紅さんが話してあげてと言っているのに、竹刀でぶん殴ってどうするのか。この先が、江戸城内の不穏な展開以上に気になってしまうところであります。


『大戦のダキニ』(かたやままこと)
 特別読み切りとして掲載された本作は、なんと太平洋戦争を舞台とするミリタリーアクション。といっても、主人公は日本刀を片手に太腿丸出しで戦う戦闘美少女というのが、ある意味本誌らしいのかもしれません。
 作者のかたやままこと(片山誠)は、ここしばらくはミリタリーものを中心に活動していたのようですが、個人的には何と言っても會川昇原作の時代伝奇アクション『狼人同心』が――というのはさておき。

 物語は、江戸時代に流刑島であった孤島に上陸した日本軍を単身壊滅させた少女・ダキニが、唯一心を開いた老軍人・亀岡とともに、ニュージョージア島からの友軍撤退作戦に参加することに――という内容。
 銃弾をも躱す美少女が、日本刀で米軍をバッサバサというのは、今日日ウケる題材かもしれませんが、ダキニが異常なおじいちゃん子というのは、それが狙いの一つとは思いつつも、あまりにアンバランスで乗れなかったというのが正直なところであります。
(見間違いしたかと思うような無意味な特攻描写にも悪い意味で驚かされました)


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 日本の鉄道の広軌化を目指す中で、現場の技術者たちとの軋轢を深めることとなってしまった島。それでも現状を打開し、未来にも役立てるための新たな加熱装置を求め、島はドイツに渡ったものの……

 という今回、主人公が二年もの長きに渡り日本を、すなわち物語の表舞台を離れるということになってしまいましたが、後任が汚職役人で――という展開。
 これを期に雨宮たち現場の技術者も島の存在の大きさを再確認する――という意味はあるのですが、あまりに身も蓋もない汚職役人の告白にはひっくり返りました。

 そして未来に夢の超高速鉄道を開発することになる少年も色々と屈託を抱えているようで、こちらも気になるところであります。


 長くなりましたので、次回に続きます。


『コミック乱ツインズ』2018年1月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年 01 月号 [雑誌]


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2017.11.11

岡田秀文『帝都大捜査網』 二つの物語が描き出す怪事件

 最近では歴史小説家と並んで、(時代)ミステリ作家としての印象も強い岡田秀文が、戦前の東京を舞台に、猟奇連続殺人に挑む警察の特捜隊の姿を描く警察小説――と見せかけてとんでもないもう一つの顔が用意された、実に作者らしいトリッキーな長編であります。

 二・二六事件を経て、表面上は安定を取り戻した昭和11年の東京で発見された男の刺殺体。体に幾つもの刺し傷があったその死体は、身元を示すものはあったものの、どこでなぜ殺されたかは一切不明――そんな死体が一つにとどまらず連続して発見されたことから、警視庁の特別捜査隊の郷咲警視はこれを連続殺人事件とみて特別捜査態勢を引くことになります。

 しかし殺された男たちの間には交友関係などは一切なく、共通しているのは、全員が多額の借金を負い、そして周囲から金を騙し取って姿を消していることのみ。
 そんな状況の中、一つ一つ地道に証拠を当たりつつ事件の全貌を追う特捜隊ですが、状況は打開できず、ただ死体の数が増えていくばかりとなります。

 そんな中、郷咲の娘であり秘書、そして何よりも彼の知恵袋である多都子は、最初の死体の刺し傷が7つ、二番目が6つ、三番目が4つであったことから、どこかに発見されていない死体――5つの刺し傷を持つ死体が存在することを指摘します。
 それが真実であったとしても、何故刺し傷は減っていくのか? 答えの出ないまま、懸命の捜査を続ける特捜隊は、ついに被害者たちの共通点を発見するのですが……


 いかにも警察小説らしく、丹念に、地道に特捜隊の捜査の模様が描かれていく本作。しかし本作はある程度まdきて、意外な、そして全く別な姿を露わにすることになります。
 第一章が終わり、第二章に入って物語の視点は変わり、登場するのは株で大失敗して全てを失った男・貝塚。全財産を失い、どん底まで落ちた彼は、ある男からの提案を受け容れたことで、更なる地獄へと足を踏み入れることになって……

 と、この貝塚らどん底の人間たちが織りなすこのもう一つの物語は、ジャンルでいえば暗黒小説――というよりむしろここしばらく流行のデ○○○○ものと言うべき内容で、いやはや、全く予想もしなかった展開に、こちらは驚かされるばかりであります。

 作品の内容が内容なだけに、これ以上は触れるのが難しいのですが、郷咲警視のパートと貝塚のパートと、一見全く別々のこの二つの物語は、密接な関係を――いわばコインの裏と表として――持つことがやがて明らかになります。
 一歩間違えれば、互いの物語の内容を台無しにしかねないこの物語構造ですが、しかしもちろんそんなことになるどころか、むしろ巧みな構成により、互いの緊迫感を煽る効果を上げているのはお見事と言うほかありません。

 それに加えて、本作には更なるとんでもない爆弾が隠されているのですが――さすがにこれについては触れることはできません。あまりにも意外な(しかし読み返してみればきちんと伏線がある)この仕掛けには、ただ脱帽であります。


 が、そのように優れてトリッキーな作品である一方で、本作に不満点がないわけではありません。

 (そのような物語構造ゆえ仕方ないとはいえ)犯人の行動には少々無理があるように感じますし、事件を解明するきっかけとなったのが、冷静に考えればかなり偶然に近い(因縁話的な)きっかけに見えてしまうのも悩ましいところであります。
 何よりも、すぐ上で述べた大どんでん返しも、果たして本作で描く必然性があったのかどうか、評価が分かれるところではないでしょうか。

 さらに、本作がこの時代と場所を舞台とする必然性が今ひとつ薄く感じられた(この時期に実際に起きた事件を一つの背景にしているのですが)のが、個人的には残念なところではありました。


 とはいえ、それらを考慮に入れてもなお、本作がミステリとして十分以上に刺激的で、まさしく一読巻を置くあたわざる作品であることは間違いありません。
 やはり作者のミステリは油断できない――そう再確認させられた次第であります。


 それにしても本作でもう一つの物語の舞台となった場所、あれはやはりあの作品の……


『帝都大捜査網』(岡田秀文 東京創元社) Amazon
帝都大捜査網

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2017.11.10

武川佑『虎の牙』(その二) 伝奇の視点が映し出す戦国武士の姿と一つの希望

 新鋭が武田信虎の半生を、その弟・勝沼信友らの視点から描くユニークな物語の紹介の続きであります。本作を大きく特徴付ける伝奇的趣向の果たす機能、役割とは――

 その最たるものは、本作の最大の特徴ともいうべき信友の出自による、新たな視点の設定であります。
 生まれはともかく、育ちにおいては武士ならざる山の民出身という設定である信友。齢三十を過ぎるまで己の出自を知らず、ある意味武士とは最も遠い暮らしを続けてきた彼の目に映るのは、外側から見た武士の姿――ある種の客観性を持った戦国武士の姿なのです。

 そもそも我々の持つ戦国武士のイメージは、最近はだいぶ緩和されてきたとはいえ、かなりの部分美化されたものであることは否めません。
 雄々しく敵と戦い、国を富ませ、戦を終わらせる――そうした側面はもちろんあるにせよ、特に本作の舞台となる戦国時代初期の関東の武士の姿は、より泥臭く、より容赦なく、より残酷なものであったのですから。

 それは当時の武士たちにとっては当然のことではありますが――しかしそんな戦国武士たちの姿を、信友は(その中に身を置きつつも)外側からの視点で描くことになります。
 武士にとっての「当然」が、それ以外の者にとってどう映るか――そんな異者としての信友の視点は、同じく異者である我々の視点と重なり、より鋭く戦国武士たちの現実の姿を描き出す力を持つのです。

 そしてまた、戦国武士の現実を描き出すことになるのは、実は信友の視点のみではありません。その当の戦国武士たる虎胤――後に「鬼美濃」といういかにもな渾名で呼ばれた彼の姿からも、その現実は痛いほど伝わるのです。

 武士としての義を重んじ、それがもとで国を追われることとなった虎胤。その彼が武田家で経験することになったのは、綺麗事では済まされぬ戦国の現実――乱取りや撫で切り、つまりは略奪や暴行、虐殺の数々であります。
 それを経験した彼の姿は、彼が剛の者であるだけに、こちらにも強く刺さるのです。

 そして彼ら二人との対比によって浮かび上がる信虎の姿は、やはりこうした戦国の現実の具現化のようにすら思えるのですが――しかしそれが彼の「悪行」に、ある意味逆説的な人間性を与えているのには、感心させられるところであります。


 しかし――本作の真に見事なのは、こうした様々な視点から戦国の、戦国武士の現実を描くと同時に、それを打ち破り、乗り越えようとする人の姿を描く点にあると、私は感じます。

 本作において、関東の武士を血で血を洗う争いに駆り立てる山神の呪い。それはある意味、歴史の流れや運命、人間の業といった、人の手によってはどうしようもないような存在の具現化としても感じられます。
 しかしそれに流され、押し潰されるままでよいのか――本作における信友の姿は、それを半ば無言のうちに問いかけるのです。

 武士ではなかったからこそわかる、武士という存在ののどうしようもない業。しかしそれを打ち破る術があるとすれば――たとえその結果が、小さな一つの命を救うだけのことであったとしても。あるいは、己にとって大きすぎる代償を支払うものであったとしても。

 もちろん信友はヒーローではありません。ここに至るまで幾度も恐れ、揺れ、悩み苦しむ、小さな人間にすぎません。
 それでも、それだからこそ、本作の結末で彼が成し遂げたことは、偉大なものとして――たとえ後の歴史には全く語られないものであったとしても――感じられるのです。
(そしてもちろん、そこに「伝説」から「歴史」の時代の変遷を見出すこともできるでしょう)


 しかしその後も、武田家は常に修羅の中にあったように思えます。幾度も述べてきたように、信虎は子に追放され、義信は父に廃嫡され、そして勝頼は家を滅ぼし――関東武士に対する呪いは、絶えることなく続いていたようにすら感じられます。

 果たして呪いは祓われたのかどうか。信友が擲ったものに意味があったのかどうか――それは時代を超え、武田家滅亡の刻を描く本作の終章を見れば明らかでしょう。


 伝奇的趣向を用いて現実を多面的な視点から描き、そしてその先に一つの時代の終焉と希望の姿を描き出す。
 迫力ある合戦描写、確かな人物描写も相まって、これが長編デビュー作とは到底思えぬ、完成度の高い、そして大いに魅力的な歴史小説の新星であります。


『虎の牙』(武川佑 講談社) Amazon
虎の牙

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2017.11.09

武川佑『虎の牙』(その一) 伝奇要素濃厚に描く武田信虎・信友伝

 武田信虎といえば、言うまでも武田信玄の父――ですが、その信玄に追放されたという史実から、芳しからざる印象の強い人物であります。本作はその信虎の青年時代を従来とは全く異なる視点から――その弟・勝沼信友、そしてその臣・原虎胤の視点から伝奇性豊かに描く、極めてユニークな作品です。

 山中で雪崩に遭い、生き延びるために神の使いとされる金目の羚羊に矢を放った山の民・三ツ峯者のイシ。しかし確かに矢に貫かれ、彼に切り裂かれた状態から甦った羚羊から、イシは「たてなしの首を獲りて来よ」という呪いをかけられることになります。
 禁忌を犯したとして山を追放されたイシが出会ったのは、戦場で己の義から敵将を助けたのがきっかけで主家を追放された武士・原清胤と、何者かの刺客に襲われる武田家当主・信直(後の信虎)でありました。

 自分を救った二人に対し、義兄弟の契りを結ぼうと持ちかける信直の言葉に応えるイシ改めアケヨと清胤。しかし武田家に身を寄せたアケヨは、やがて意外な真実を知ることになります。
 実はイシこそは幼い頃に信直の母から山の民に攫われた赤子の成長した姿――本当に彼は信直の異母兄であったのです。

 その出自を知らされてもなお、武士になることを忌避していたアケヨ。しかし内では親族たちや有力国衆が反抗し、外では今川家と北条家が虎視眈々と侵攻を狙う状況で、ただ一人武田家を背負って戦い続ける信虎のため、彼の弟・信友として支えることを決意するのでした。

 そして信虎の足軽大将となった清胤改め虎胤とともに、信虎の覇業を支えることとなった信友。しかしその行く手には、かつて金目の羚羊がかけた呪いが暗い影を落とすことになります。
 頼朝の頃より、東国の武士たちを骨肉相食む争いに駆り立ててきたという山神の呪い。武田家のため、信虎のため、その呪いを解かんとする信友の行く手にあるものは……


 冒頭に述べたように、実の子に追放された――それもその暴政から家臣たちの支持を失って――ことから、悪評高い信虎。しかしその信虎の弟・勝沼信友は、悪評どころか、ほとんど全く評判を聞かない存在ではないでしょうか。

 その出自も今ひとつはっきりせず、気がつけばいつの間にか「勝沼」の姓を名乗り、信虎の下で戦っていた印象すらある信友。本作はその人物を、山の民として育った男として描くのですから、身を乗り出さずにはいられません。
 それもただの山の民ではなく、山神から呪い(頼朝の富士の巻狩で工藤景光が経験したという怪異から、「景光穢」と呼ばれるのがまたいい)を受けた存在だというのですから驚かされるではありませんか。

 そして、その信友とともに信虎を支える虎胤も、かつて戦場で既に亡くなったはずのある武将から「板東武者の業を断て 西へゆけ」という言葉と軍配書を与えられたという過去を持った人物として描かれるのも、大いにそそるものがあります。


 しかし本作においてこうした伝奇的要素は、物語の賑やかし、外連としてのみならず、より大きな意味を持つことになります。
 その伝奇的要素が果たす機能、役割とは――長くなりましたので、次回に続きます。


『虎の牙』(武川佑 講談社) Amazon
虎の牙

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2017.11.07

入門者向け時代伝奇小説百選 児童文学

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は児童文学。大人の読者の目に止まることは少ないかもしれませんが、実は児童文学は時代伝奇小説の宝庫とも言える世界なのであります。
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

91.『天狗童子』(佐藤さとる) 【怪奇・妖怪】【鎌倉-室町】 Amazon
 「コロボックル」シリーズの生みの親が、室町時代後期の混乱の時代を背景に、天狗の世界を描く物語であります。

 ある晩、カラス天狗の九郎丸に笛を教えて欲しいと大天狗から頼まれた笛の名手の老人・与平。神通力の源である「カラス蓑」を外して人間の子供姿となった九郎丸と共に暮らすうちに情が移った与平は、カラス蓑を焼こうとするのですが失敗してしまいます。
 かくて大天狗のもとに連行された与平。そこで知らされた九郎丸の秘密とは……

 天狗の世界をユーモラスに描きつつ、その天狗と人間の温かい交流を描く本作。その一方で、終盤で語られる史実との意外なリンクにも驚かされます。
 後に結末部分を追加した完全版も執筆された名作です。


92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋) 【古代-平安】【鎌倉-室町】【戦国】【江戸】 Amazon
 特に動物を主人公とした作品を得意とする名手が、神通力を持った白狐を狂言回しに描く武士の世界の年代記であります。

 平安時代末期、人間に興味を持って仙人に弟子入りした末、人間に変身する力を得た狐の白狐魔丸。人の世を見るために旅立った彼は、源平の合戦を目撃することになります。
 以来、蒙古襲来、南北朝動乱、信長の天下布武、島原の乱、赤穂浪士討ち入りと、白狐魔丸は時代を超え、武士たちの戦いの姿を目撃することに……

 神通力はあるものの、あくまでも獣の純粋な精神を持つ白狐魔丸。そんな彼にとって、食べるためでなく、相手を殺そう戦う人間の姿は不可解に映ります。そんな外側の視点から人間の歴史を相対化してみせる、壮大なシリーズです。

(その他おすすめ)
『くのいち小桜忍法帖』シリーズ(斉藤洋) Amazon


93.『鬼の橋』(伊藤遊) 【怪奇・妖怪】【古代-平安】 Amazon
 妹が井戸に落ちて死んだのを自分のせいと悔やみ続ける少年・小野篁。その井戸から冥府に繋がる橋に迷い込んだ彼は、死してなお都を守る坂上田村麻呂に救われます。
 現世に戻ってからのある日、片方の角が折れた鬼・非天丸や、父が造った橋に執着する少女・阿子那と出会った篁は、やがて二人とともに鬼を巡る事件に巻き込まれていくことに……

 六道珍皇寺の井戸から冥府に降り、閻魔に仕えたという伝説を持つ篁。その少年時代を描く本作は、彼をはじめそれぞれ孤独感を抱えた者たちが出会い寄り添う姿を通じて、孤独を乗り越える希望の姿を、「橋を渡る」ことを象徴に描き出します。
 比較的寡作ではあるものの、心に残る作品を発表してきた作者ならではの名品です。

(その他おすすめ)
『えんの松原』(伊藤遊) Amazon


94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子) 【SF】【戦国】 Amazon
 児童向けの歴史ものを数多く発表してきた作者の代表作、遙かな時を超える時代ファンタジー大活劇であります。

 戦国時代、忍者の城・八剣城が謎の魔物たちに滅ぼされて十年――捨て丸と名前を変えて生き延びた八剣城の姫・花百姫は、かつて八剣城に仕えた最強の八忍剣らを集め、再び各地を襲う魔物たちに戦いを挑むことになります。
 戦いの最中、幾度となく時空を超える花百姫と仲間たち。自らの命を削りつつも戦い続ける花百姫が知った戦いの真実とは……

 かつて児童文学の主流であった時代活劇を現代に見事に甦らせただけでなく、主人公を少女とすることで、さらに情感豊かな物語を展開してみせた本作。時代や世代を超えて生まれる絆の姿も感動的な大作です。

(その他おすすめ)
『うばかわ姫』(越水利江子) Amazon
『神州天馬侠』(吉川英治) Amazon


95.『送り人の娘』(廣嶋玲子) 【怪奇・妖怪】【古代-平安】 Amazon
 死んだ者の魂を黄泉に送る「送り人」の後継者として育てられた少女・伊予。ある日、死んだ狼を甦らせた伊予は、若き征服者として恐れられながらも、病的なまでに死を恐れる猛日王にその力を狙われることになります。
 甦った狼、実は妖魔の女王・闇真に守られて逃避行を続ける伊予。やがて彼女は、かつて猛日王に滅ぼされた自分たちの一族に課せられた宿命を知ることに……

 児童文学の枠の中で、人間の邪悪さや世界の歪み、そしてそれと対比する形で人間が持つ愛や希望の姿を描いてきた作者。
 本作も日本神話を踏まえた古代ファンタジーの形を取りつつ、生と死を巡る人の愛と欲望、そしてその先の救済の姿を丹念に描き出した、作者ならではの作品です。


(その他おすすめ)
『妖怪の子預かります』シリーズ(廣嶋玲子) Amazon
『鬼ヶ辻にあやかしあり』シリーズ(廣嶋玲子) Amazon



今回紹介した本
天狗童子 (講談社文庫)源平の風 (白狐魔記 1)鬼の橋 (福音館文庫 物語)忍剣花百姫伝(一)めざめよ鬼神の剣 (ポプラ文庫ピュアフル)送り人の娘 (角川文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「天狗童子 本朝奇談」 異界からの乱世への眼差し
 「白狐魔記 源平の風」 狐の瞳にうつるもの
 「鬼の橋」 孤独と悩みの橋の向こうに
 「忍剣花百姫伝 1 めざめよ鬼神の剣」 全力疾走の戦国ファンタジー開幕!
 「送り人の娘」 人と神々の愛憎と生死

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2017.11.03

紅玉いづき『大正箱娘 見習い記者と謎解き姫』 「箱」の中の謎と女性たち

 創刊2年の間にユニークな作品を次々送り出してきた講談社タイガ。その中でも私好みの一冊――大正時代を舞台に、新米新聞記者と「開けぬ箱もなく、閉じれぬ箱もない」という謎の少女が様々な事件と対峙する、不思議な味わいのミステリにして「女性文学」であります。

 故あって実家を飛び出し、帝京新聞で埋め草の三文記事を書いている新米記者の英田紺。
 ある日届いた旧家の蔵で呪いの箱が見つかったという手紙の取材に出かけた紺は、そこで夫が自害したというその家の美しい嫁・スミからその箱を押しつけられることになります。

 箱の扱いに悩んだ末、上司に唆されて神楽坂にある箱屋敷なる館を訪れた紺。どこを歩いたか定かでない道を辿った末に現れた、文字通り箱のような形をした奇妙な館で、紺は回向院うららと名乗る美少女と出会うことになります。
 開けぬ箱はないという彼女は、女が触れば祟りがあるというその箱を平然と開けて……

 という第1話「箱娘」に始まる本作は、全4話構成の連作形式となっています。

「今際女優」:今際女優の異名を持つ女優と気鋭の脚本家が組んだことで話題の新作舞台。しかし脚本家は謎めいた死を遂げ、彼が完成させたという脚本の最終稿が行方不明となったことから、紺が二つの謎を解くために奔走することに。
「放蕩子爵」:時を同じくして起きた、悪事を暴き立てる怪人カシオペイアの跳梁と心中ブーム。不正を暴かれた家の一つで「文通心中」と呼ばれる不思議な死を遂げた娘がいることを知った紺は、自分の過去と重ねて真相を追いかける。
「悪食警部」:再婚して身重となったスミから再び手紙を受け取った紺。しかし再会したスミは、その直後に蔵の中で腹に刀を刺されて発見され、紺はその容疑者にされてしまう。そこに現れたのは、「悪食警部」の異名を持つ警視庁の警部だった……


 「箱娘」というと、どうしても「箱の中に収まっている娘」を連想してしまいますが、本作の箱娘・うららは、どんな箱も開け、閉じるという不思議な少女。
 神楽坂の屋敷に「叉々」というぶっきらぼうなお目付役らしい男と住んでいること、どうやら軍部や警察とも繋がりがあるらしいことを除けば、一切が謎の存在であります。

 そんな彼女が、これら4つの奇妙な事件を描く物語に登場する「箱」を開くことで、事件を解決に導くのが本作のスタイルですが――しかしその「箱」は、物理的なものに限りません。
 人がその心に隠し持った秘密、あるいはその身を閉じ込める一種の規範やしきたり――それもまた、開かれ、そして閉じられるべき箱として描かれるのです。

 そして本作で描かれる各エピソードには、「箱」以外には共通点があります。それは「女性」――いずれの物語にも、その「箱」を持つ者、あるいはその「箱」に閉じ込められた者として、女性が登場するのです。


 思えば舞台となる大正は、女性にとってはまだまだ非常に息苦しい、生きづらい時代であります。
 「新しい女性」、女性解放運動に身を投じる女性たちは登場したものの、しかしまだまだ彼女たちは少数派。世の大多数の女性は、家や女性らしさといった「箱」に閉じ込められていたのですから。

 そう、実に本作で描かれるのは、この閉じ込められた女性たち、あるいは女性たちを閉じ込めたものが生み出した事件であります。
 だとすれば、その事件を真に解決するのは、その「箱」を開ける――彼女たちを解き放つ必要があります。その結果、彼女たちが再び箱に戻るかもしれないとしても……

 本作は、ミステリとして見れば物足りないと感じる方もいるかもしれません。しかしこの構図を重ね合わせて見たとき、本作は一つの「女性文学」として、いずれも深く濃い味わいを持つのであります。


 そしてもう一人、本作には「箱」に閉じ込められた人物がいます。それは紺――ある意味、うららの最も近くにいる紺こそは、ある意味最も強く、そしてはっきりと「箱」に閉じ込められているのです。

 そこから紺が出ることはできるのか? その答えの一端は、本作の結末において静かに、そして感動的な形で示されているのですが――しかしそこで終わりではないでしょう。

 その結末は同時に、その先に何が待つのか見届けたい――そう感じさせる物語の開幕なのですから……


『大正箱娘 見習い記者と謎解き姫』(紅玉いづき 講談社タイガ) Amazon
大正箱娘 見習い記者と謎解き姫 (講談社タイガ)

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