2018.05.23

横田順彌『時の幻影館 秘聞 七幻想探偵譚』 明治の科学小説家が出会う七つの怪事件


 明治SF研究の第一人者である作者による明治ものSFの中でも中核をなす、鵜沢龍岳ものの第一弾――昨年同じシリーズの長編『星影の伝説』と合本で復刊した全七話の短編集であります。新進科学小説作家である龍岳とその師たる押川春浪が次々と出会う、奇怪で不思議な事件の真相とは……

 明治時代に発表されたSFの研究から始まり、その中心人物とも言うべき押川春浪と周囲の人々の伝記執筆、さらには明治文化の研究といった活動を行っている作者。
 しかし作者の本分はあくまでもSF小説であり、この両者が結びついて明治時代を舞台としたSFが発表されたのは、むしろ当然の成り行きというべきでしょう。

 その第一作『火星人類の逆襲』は一大冒険スペクタクルというべき大活劇でしたが、続く本作は、それとは打って変わった、どこか静謐さすら感じさせる、奇妙な味わいのSF幻想譚を集めた作品集であります。

 科学小説家を志し、念願かなって斯界の第一人者・押川春浪に認められ、彼が主筆を務める「冒険世界」誌の連載作家となった青年・鵜沢龍岳。
 ある日、春浪からとある村で起きた奇妙な事件――ギリシア人の未亡人の住む屋敷が不審火で全焼した事件の調査を依頼された彼は、そこで春浪の友人である警視庁の刑事・黒岩四郎と、その妹・時子と出会い、行動を共にすることになります。

 目の不自由な老婆と、生まれつき目の見えない孤児の少年と暮らしていたという婦人。少年の目が手術で回復するという矢先、不審火で婦人と老婆もろとも焼け落ちた屋敷の跡からは、数多くの蛇の死体が……

 という記念すべき第一話『蛇』に始まる本シリーズ。そこで共通するのは春浪・龍岳・時子・黒岩の四人、そして春浪が主催するバンカラ書生団体「天狗倶楽部」の面々が、科学では説明のつかないような事件に遭遇することであります。

 数々の女性を毒牙にかけてきた男が蠍に刺し殺され、高い鳥居の上に放置された姿で発見される『縄』
 畝傍の乗組員を名乗る男が海の上で暴行されかけた女性の前に現れ、彼女を救って消える『霧』
 隕石が落ちて以来、病人がいなくなり、人付き合いが悪くなった村に向かった龍岳が不思議な女性と出会う『馬』
 突然龍岳と友人・荒井の前に現れた何者かに追われる男。その男が荒井の妹が事故に遭う歴史を変えたと語る『夢』
 日本人初の飛行実験中、突如飛行士が取り乱して墜落する瞬間、一人の少年のみが飛行士と何者かの格闘を目撃する『空』
 事故で沈没した潜水艦の艦長の上官が、自宅で頭が内部から弾け飛ぶという奇怪な死を遂げる『心』

 いずれも実に「そそる」内容ばかりですが、しかし本作の最大の特徴は、それぞれの物語の結末にあるかもしれません。

 作者が単行本のあとがきで、どの作品も「起承転結」ならぬ「起承転迷」もしくは「起承転?」となっていると語るように、どの作品も、一応は結末で謎は解けるのですが――しかしその真相が常識では計り知れないものであったり、更なる謎を呼ぶものであったり、何とも後を引くものなのであります。
 作中で春浪が(ある意味身も蓋もないことながら)「これは科学小説、いや神秘小説の世界だ」と語るような結末を迎える本作は、まさに副題にあるように「幻想探偵譚」と評すべきものでしょう。

 もっとも、この趣向は、一歩間違えれば「こんな不思議なことがありました」という単なるエクスキューズを語って終わりになりかねない点があるのもまた事実。
 特に『縄』のオチは、は、いくら明治時代が舞台の作品でも――と、何度読んでも(悪い意味で)唖然とさせられるものがあります。

 もちろんそれだけでなく、例えば『空』は飛行機という当時最先端の科学と、一種の祟りという取り合わせの妙が素晴らしい作品。
 さらにその怪異を目撃するのが少年時代の村山槐多というのもまた、登場人物のほとんどが実在の人物という本シリーズの特徴を最大限に活かした点で、何とも心憎いところであります。

 本作が全体を通じて、いずれも一種プリミティブなSF的アイディアに依っている点は好き嫌いが分かれるでしょう。しかし全体を貫く落ち着いた、ある種品のある文章には、何とも得難い味わいがあり、読んでいて不思議な安らぎを感じるのもまた事実であります。

 今回の合本は短編集3冊と長編3作を合わせて全3巻としたもの。近日中に本作と合本の長編『星影の伝説』、そして残る作品もご紹介したいと思います。

『時の幻影館 秘聞 七幻想探偵譚』(横田順彌 柏書房『時の幻影館・星影の伝説』所収) Amazon
時の幻影館・星影の伝説 (横田順彌明治小説コレクション)

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2018.05.19

宇野比呂士『天空の覇者Z』第4巻 流星の剣の目覚めるとき

 真のヒトラーと対面した天馬は、彼が両親の仇であったことを思い出す。しかし彼の剣は通じず、その場を辛うじて逃れるのだった。そしてT鉱を求めてイタリアの要塞島に潜入する天馬たちだが、罠にはまり分断されてしまう。そこに現れた蜘蛛の能力を持つ獣人に苦戦する天馬だが、その時流星の剣が……

 ムッソリーニの館でついに真のヒトラーと対面した天馬とアンジェリーナ。その顔を見るや問答無用で斬りかかるという彼らしくもない行動に出た天馬ですが、それは彼の赤子の頃の記憶ゆえ――彼は両親をヒトラーに殺され、自らも殺されるところを剣の師に救われたのであります。
 しかしその際に痛撃を与えた陸奥守流星も、天馬では真の力を発揮することはできずヒトラーの体をすり抜けるのみ。絶体絶命の天馬を救うため、自らを差し出すアンジェリーナですが、あわやのところで駆けつけたJと天馬がヒトラーに連撃! が、それすら通じず、ヒトラーは彼らの攻撃に免じてその場は退くと告げ、(どこかで見たようなアングルで)アンジェリーナの唇を奪って去るのでした。

 自らが流星の剣を活かせていなかったことに衝撃を受けるものの、しかしこれ以上ヒトラーに大切な人を奪われまいと――アンジェリーナを守ろうと闘志を燃やす天馬。そしてムッソリーニ邸から奪取した地図を手に、天馬・アンジェリーナ・J・ギヌメールは要塞島――T鉱がナチスによって運び込まれた秘密基地に潜入することになります(その巻き添えで真のヒトラーの顔を見てしまったため殺されたムッソリーニ……)。
 そしてウェルの発明品を使って首尾よく要塞島に潜入した一行。しかし床の崩落に巻き込まれたアンジェリーナを追って天馬は地下に消え、ギヌメールとJのみが先に進むことになります。一方、天馬たちが落下した先は島の地下に広がる古代遺跡――そこに待ち受けるはヒトラーに蜘蛛の獣性腫瘍を与えられた獣人・シュタイナー中佐であります。

 しかしシュタイナーに向けたアンジェリーナの銃口は反転し、避ける間もなく撃たれる天馬。ヒトラーの口づけがアンジェリーナを操ったのか!? ……と思いきや、懐のゴーグルで致命傷は避けた天馬は、それが蜘蛛の糸によって操り人形されていたと見抜き、剣の一閃で彼女を解放するのですが――しかし無数の石柱が存在する遺跡内では数々の蜘蛛糸を操るシュタイナーが有利であります。
 苦し紛れに水中に飛び込んだ天馬ですが、しかし銃創の影響と、ミズグモの能力すら取り込んだ相手の力の前に絶体絶命に……

 と、生と死の境で、流星の剣の真の力に目覚めた天馬。そも流星の剣とは、戦国時代に降ってきた隕石を鍛えた水晶の如き透き通った外見と兜をも砕く強さを持つ刀――やがて千葉周作の手に渡り、北辰一刀流の伝承者の証になったと言われる刀であります。
 その力を十全に発揮すればこの世において斬れぬものなしという流星刀を手に、天馬は一撃で敵もろとも水面を真っ二つに割るという離れ業を見せ、勝利を収めるのでした。

 が、出血多量で意識を失った天馬。アンジェリーナは天馬を背負い、全く道標もない地下遺跡から脱出しようと歩み出すことに……

 一方、残されたギヌメールとJはT鉱の保管所に潜入するもののそこはもぬけの殻。奪取作戦を察知したナチスは、既にT鉱を移送していたのであります。しかしそれこそはネモの策――ギヌメールたちを囮に使ってT鉱をいぶり出すという作戦は当たり、輸送船を鹵獲して見事T鉱確保に成功するのでした。
 しかし元軍人のギヌメールはともかく、駒に使われて怒り心頭のJ。天馬を探すという彼の前に現れたのは――当の天馬とアンジェリーナ。なんと地下遺跡を踏破したアンジェリーナはその後も神がかった感覚を発揮し、一行を水上機の格納庫にまで導きます。

 そこでしぶとく襲ってきたシュタイナーは手加減をしらないJが一蹴し、ようやく要塞島から脱出成功か!? というところで次巻に続きます。


 本作には珍しく、全く空中戦が登場しなかったこの巻。代わって天馬と流星の剣の因縁を中心に、等身大戦が存分に描かれることとなります。
 なんとヒトラーは天馬の親の仇、そして天馬の持つ流星の剣こそがヒトラーを倒すことができる(らしい)というのはいささか出来過ぎた因縁のようにも感じられますが、その辺りはまたこの先に描かれることになります。

 そして因縁といえば天馬とアンジェリーナ。天馬がアンジェリーナに一目惚れしたことから始まったともいえる本作ですが、その二人の運命的な結びつきは、この巻でクローズアップされることになります。
 しかし無敵にすら見えるヒトラーが何故アンジェリーナに目をつけたのか――それもまた、今後のお楽しみであります。


『天空の覇者Z』第4巻(宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) Amazon
天空の覇者Z 4 (少年マガジンコミックス)


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2018.05.16

『修羅天魔 髑髏城の七人 Season極』 新たなる髑髏城――これぞ極みの髑髏城!?

 天魔王率いる関東髑髏党が覇を唱える関東に現れた渡り遊女・極楽太夫。色里・無界の里に腰を落ち着けた彼女には、凄腕の狙撃手というもう一つの顔があった。無界で徳川家康に天魔王暗殺を依頼された極楽。しかしその前に現れた天魔王の素顔は、かつて深い絆で結ばれた信長と瓜二つだった……

 実に1年3ヶ月にわたり、5つのバージョンで公演された劇団☆新感線の『髑髏城の七人』、その最後を飾るSeason極『修羅天魔』を観劇して参りました。
 それまでにも5回上演され、その度に様々な変更が加えられてきた『髑髏城』ですが、しかし今回の『修羅天魔』はその中でも最も大きく変わった――ほとんど新作とも言うべき物語。何しろ、これまで一環して主人公であった捨之介が登場しないのですから!

 上のあらすじにあるように、本作の主人公は、渡り遊女にして凄腕の狙撃手である極楽太夫こと雑賀のお蘭――かつては信長に協力し、その天下獲りを支えてきた人物です。
 これまでの髑髏城において登場してきた極楽太夫は、雑賀出身の銃の達人という裏の顔は同じながら、初めから無界の里の太夫という設定。そしてお蘭の名を持ち、信長と縁を持つ登場人物としては、その無界の里の主・蘭兵衛が別に存在していました。

 そう、本作の極楽太夫(お蘭)は、これまでの捨之介と極楽太夫と蘭兵衛、三人の要素を備え、それを再整理したかのようなキャラクターなのであります。

 それを踏まえて、彼女を取り巻く登場人物たちの人物関係も、これまでとはまた変わった形となります。
 もう一人のヒロインである沙霧や、豪快な傾き者・兵庫といった面々は変わらないものの、蘭兵衛に代わる無界の里の主として若衆太夫の夢三郎が登場。狸穴次郎右衛門こと徳川家康の存在もこれまで以上に大きくなりますし、何よりも新たな七人目が……

 この変更が何をもたらしたか? その最たるものは、本作における重要な背景である織田信長の存在――信長とメインキャラたちの関係性の変化があるでしょう。
 これまで信長を中心に、捨之介・天魔王・蘭兵衛が複雑な関係性を示していた『髑髏城』。それが本作では極楽太夫・天魔王の関係性に絞られることにより、ドラマの軸がより明確になった――そんな印象があります。

 これは個人的な印象ですが、これまでの『髑髏城』では蘭兵衛の存在――というか第二幕での蘭兵衛の変貌が今一つ腑に落ちないところがありました(色々と理由はあったとはいえ、あそこまでやるかなあ、と)。
 今回、その辺りがバッサリとクリアされた――正確には異なるのですがその変更も含めて――のは、大いに好印象であります。

 閑話休題、その信長を頂点とした「三角関係」の明確化は、これまで(私が見たバージョンでは)背景に留まっていた信長の存在が、回想の形とはいえはっきりと前面に登場したことと無関係ではないでしょう。
 かつては雑賀の狙撃手として信長を狙ったお蘭が、信長の「同志」にして最も愛すべき者となったか――それを描く物語は、古田新太の好演もあって素晴らしい説得力であり、そしてそれだけに登場人物たちの因縁の根深さを感じさせてくれるのには感嘆するほかありません。

 さらにこの過去の物語が、第二幕早々で炸裂する意外な「真実」――これまでの物語を根底から覆すようなどんでん返しに繋がっていくのが、またたまらない。
 実はここまで、如何にこれまでの『髑髏城』と異なるかを述べるのに費やしてきましたが、同時に意外なほどに変わらない部分も多い本作。特に物語展開自体はこれまでとほぼ同じなのですが――だからこそ、この展開には、とてつもない衝撃を受けました。

 そしてその「真実」を踏まえて、極楽太夫が如何に行動するのか、どちら側の道を歩むのかという展開も、本作の人物配置――端的に言ってしまえば男と女――だからこそより重く、そして説得力を持って感じられるのであります。
 ……そしてそれがもう一回クルリと裏返るクライマックスの見事さときたら!。


 もちろん本作の魅力はこれだけではありません。また、生歌が存外に少なかったことや、過剰にエキセントリックな演技(それも演出のうちではありますが)で興ざめのキャラがいたことなど、不満点もあります。
 しかしそれでもなお、本作はこれまで30年近くにわたって培われてきたものを踏まえつつ、それを見直すことでまた新しい魅力を与えた新しい『髑髏城の七人』であり――そして、この1年3ヶ月の最後を飾るに相応しい、まさしく「極」であったということは、はっきり言うことができます。

 実に素晴らしい舞台でした。



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2018.05.12

宇野比呂士『天空の覇者Z』第3巻 激突、巨大空中兵器の死闘!

 アンジェリーナを救出し、Zに合流した天馬一行。しかしそこにクブリック提督が指揮する巨大空中戦艦「G」が襲いかかる。これまでに多大な被害を受けていたZは苦戦するが、ネモの奇策によって逆転、Gの撃退に成功する。そしてT鉱奪取のためムッソリーニ邸に潜入した天馬の前にあの男が現れる……

 流星の剣の一撃で獣化したゲシュタポ将校を斃した天馬。獣人とはいえ人を斬ったことを悔やむ天馬ですが、その暇もなく次々と襲いかかる鉤十字騎士団をJとの抜群のコンビネーションで蹴散らし、救援に現れたZに何とか合流に成功します。
 そしてアンジェリーナの協力により、既に獣性腫瘍が危険な状態となったルーの手術も始まるのですが、そこに現れたのは巨大な敵影――Zと並びルフトバッフェ空中艦隊構想の中核を成す超巨人機・G!!

 Z計画責任者であり、今はヒトラーの命でZを追うインゲ・ベイルマン局長と、誇り高き荒鷲の異名を持つエーリッヒ・フォン・クブリック提督が乗り込んだG。スチームに紛れての接近からドリル付きのワイヤーを打ち込んで動きを止め、さらにガス管を打ち込んでそこから神経ガスを注入、最小の労力でZを制圧せんとするクブリックの策の前に、Zの運命は風前の灯火に……
 と、そこでネモの命を受けて飛び出したのは、タイガー号に乗ったJと天馬。Jのブーメラン剣でパイロットを斬るという無茶を駆使して敵機を抜き、そしてガス管に対して天馬の刀が一閃! ついにZへのガス注入を止めることに成功いたします。

 しかしまだZはGに捕らえられたまま、そして傷ついたZには再度のZ砲発射に耐えられるだけの耐久度はない――が、ワイヤーで固定されたことを逆用してZ砲充填を開始するネモ。さしものGも至近距離からのZ砲をくらってはひとたまりもない――はずですが、何とクブリックは左右時間差でワイヤーを外すことで機体を回転、Z砲を外してみせるという離れ業をみせます。
 ついに万策尽きたかに見えたZ。しかしネモの真の狙いはアルプスの山、Z砲を食らって破壊された山塊はZの上に位置したGを直撃、さしものGも耐えきれずに撤退を余儀なくされるのでした。

 ついにアルプスを越えたZ。ルーの手術も、アンジェリーナの持つ獣性細胞への抗体によって成功し、JたちもZと別れを告げるのですが――しかしただ一機、こんな大きなお宝を見逃す手はないなどとツンデレなことを言いながら戻ってきたJ。Jとエリカを加え、Zはイタリアに向かうことになります。

 そしてイタリアに極秘裏に作られたドックで改修・改造を施されるZですが、しかし命とも言うべきZ鉱は既に艦内には残っておらず、外部からの調達が必要な状態であります。かくてかつての戦友の依頼を受けて、ドイツからイタリアに運び込まれたZ鉱の行方を追うことになったギヌメール隊長。
 その矢先に脱走して上陸したものの隊長に捕まったアンジェリーナと天馬は、ムッソリーニ亭の仮面舞踏会に潜入することになるのですが――成り行きからムッソリーニ、そして謎の仮面の青年とポーカーをプレイすることになります。ゲームは白熱し、ついにサシの勝負となった仮面の青年に対し、天馬は自分の愛刀を賭ける代わりに、その仮面を外すことを賭けるように迫ります。

 大勝負に自ら負けるように仕向け、仮面を外す青年。その下の素顔は真のヒトラー――しかし初対面のはずのヒトラーの顔を見た天馬に戦慄が走ります。かつて何故か日本を離れ、ボロボロになった末にギヌメール隊長に拾われた天馬。ヒトラーこそは、その「何故」と密接に関わる者だったのですから……


 第2巻の後半からこの巻の中盤にかけて、アルプスを舞台に目まぐるしく展開してきた本作。その中でJ、エリカ、クブリックと、後々まで物語で重要な位置を占めるキャラが登場しますが、これほど早くの登場であったかと、今読んでみると驚かされます。

 そしてこの巻ではついにZとG、二つの巨大空中兵器が激突。第2巻の紹介で申し上げたように、本作のバトルは三つのレイヤーが存在するのですが――一つは等身大戦、二つ目は戦闘機による空中戦、そして三つ目がこの空中戦艦同士なのであります。
 ここで本格的に登場したこの三つ目の戦いは、互いが強大な攻撃力を持つ(そして小回りが効かない)中で如何に相手に大打撃を与えるか、という観点で展開されるのが実に面白く、エキサイティング。何よりもそのプレイヤーたるネモとクブリック、二人の名将の読み合いが実に面白くで、本作ならではのバトルの醍醐味がここにはあります。

 そしてもう一つ、この巻の冒頭で描かれた天馬の過去の謎の一端が、巻末の展開に直結していく構成にも、やはり唸らされるところでありますが――その詳細は次巻で描かれることになります。


『天空の覇者Z』第3巻(宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) Amazon
天空の覇者Z 3 (少年マガジンコミックス)


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2018.05.10

鳴神響一『天命 おいらん若君徳川竜之進』 意表を突いた題材に負けない物語とキャラクター


 一作一作、趣向を凝らした作品を送り出してく作者の最新作は、いわゆる若様もの。故あって外で育てられた尾張徳川家の若君が主人公なのですが――タイトルにあるように、若君の表の顔は吉原の花魁。とんでもない設定に驚かされますが、しかしその時点で作者の術中にはまっているのであります。

 将軍吉宗と対立した末に隠居に追い込まれた尾張七代・宗春と侍女との間に生まれた男子・竜之進。しかし何者かの手によって母は殺され、竜之進のみ、くノ一の美咲に救い出されることになります。
 密かに竜之進を庇護していた尾張の付家老・成瀬隼人正は、尾張にいては竜之進の身が危ないと、美咲と配下の四人の遣い手・甲賀四鬼とともに江戸に出すことになります。

 そして吉原に潜んだ竜之進主従。それから17年、吉原の女郎屋の一つの主に収まった美咲はそれぞれ使用人に収まった四鬼とともに竜之進を育て上げ、美丈夫に育った彼は吉原一の花魁・篝火として江戸の評判に……

 いやいやいやそれはおかしい、と思われるかもしれません。いや、尾張家の御落胤が吉原で育つのはいいとして、何故女装、しかも花魁に!? と驚き怪しむのが当然でしょう。
 しかし我々がそう考えるということは、竜之進を狙う者たちも同様に考えるということ。まさか徳川の血を引く若君が花魁に身をやつし、しかも吉原にその人ありと知られるような目立つ存在になるはずがない、と。

 そう、木は森の中に隠せと申しますが、これはそれを地で行く――いやむしろ目の前に隠すべきものを晒してみせるという驚くべき奇計なのであります。
 もちろん、まさか実は男の竜之進/篝火が客と同衾するはずもなく(花魁だからこそその我が侭が許されるという設定がうまい)、しかしそれこそ高嶺の花よ、とさらに評判になっていたのであります。

 しかし如何に己の身を案じた末の策とはいえ、青春真っ盛りの若者が、女に身をやつして酔客の相手が面白いはずもありません。
 かくて竜之進は暇を見ては吉原を抜け出して旗本の四男坊を名乗り、馴染みの居酒屋で貧乏御家人の太田直次郎(そう、若き日のあの人物です)や瓦版屋のお侠な少女・楓とともに、様々な事件に首を突っ込むことに……


 という基本設定の本シリーズ、その第1作で竜之進が挑むのは、彼がその二つの顔――吉原での顔と外の顔のそれぞれで聞きつけた、怪しげな事件であります。

 その一つ目は、楓が聞き込んできた天狗騒動。夜毎に江戸に天狗が現れ、怪しげな歌を歌って踊り回るというのであります。
 そしてもう一つは、吉原で、遠州から買われてきた娘たちが、家族と音信不通になってしまったという出来事。いかに篭の鳥とはいえ、手紙のやり取りはできるはずが、里からの返事が来なくなったというのです。

 一見全く関係のないこの二つの出来事。しかし天狗たちが歌の中で賄賂を取る者を批判し、そして娘たちがみな遠州相良出身であったことから、その背後にある人物の存在が浮かび上がることになります。
 そしてそこから事件は思わぬ方向に転がり、悪の姿が浮き彫りになっていくのですが――この辺りの史実との絡ませ方が実に作者らしい、とまず感心いたします。

 これまで縷々述べてきたように、かなり意表を突いた設定の本作ですが、しかしその背後にあるのは、あくまでも確たる史実であり、描かれる事件もそこから生まれたもの。
 この史実の生かし方と距離感、緩急をつけた物語の付け方――題材としてはある意味定番、これまでで最も「文庫書き下ろし時代小説」的な本作ですが、しかしその中でも作者らしさは薄れることはない、と感じました。


 しかしそれ以上に嬉しいのは、竜之進の人物像――彼が悪に挑む、その理由であります。
 そこにはもちろん、若者らしい正義感や好奇心、冒険心というものはあるでしょう。しかしそれだけではありません。彼にはそれ以上に、吉原に暮らす遊女たちへの強い共感があるのです。

 金で売り買いされ、吉原に縛り付けられる遊女たち。もちろん竜之進の場合、その事情は大きく異なりますが、しかし吉原に縛り付けられ、表舞台に立てぬ身という点では彼も同様であります。
 だからこそ、竜之進は彼女たちを傷つける者を、利用する者たちを許さない。単なる(と敢えて言いましょう)正義の味方ではなく、吉原の女性たちの代弁者として破邪顕正の刃を振るう男――それがまた、花魁としての自分を活かした剣法なのも実にいい。

 意表を突いた題材に負けない物語とキャラクターを備えた物語――また一つ、先が楽しみなシリーズの開幕であります。


『天命 おいらん若君徳川竜之進』(鳴神響一 双葉文庫) Amazon
天命-おいらん若君 徳川竜之進(1) (双葉文庫)

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2018.05.05

宇野比呂士『天空の覇者Z』第2巻 天馬vs死神、天馬vs獣人!

 秘密兵器・Z砲を使用し、一撃で超巨大砲もろともナチス基地を壊滅させたネモ艦長。しかし真のヒトラーの厳命を受けたナチスによって送り込まれた空賊・Jによって、アンジェリーナは捕らえられ、秘密研究所に送られてしまう。人質にされていた仲間を惨殺されたJと共に、天馬は研究所に乗り込む。

 天馬の活躍によりついに離陸したものの、いまだ全ての能力を発揮していない状態で800ミリ砲・ジークフリートの攻撃を食らい、大ピンチのZ――というクリフハンガーで始まったこの第2巻。天馬の奮闘と、ネモ艦長に恩義を感じるリヒトホーフェンのナイスフォローで時間を稼いだものの、再攻撃はもう目前――この絶体絶命の危機にネモはZ砲の発射を命令、艦内に戦慄が走るのでした。
 巨大な鋼鉄の塊であるZを浮かせる原動力――T(ツングース)鉱。1908年、ツングースカに落下し大爆発を引き起こした小惑星は、欠片一つで一つの街を消滅させるほどのエネルギーを持っていたのであります。このエネルギーを利用し、艦首から発射された黒い球弾は迫る砲弾を分解、そのままナチスの秘密基地を文字通り押し潰すのでした――まさに天空の覇者!

 そしてベルリンではあのヒトラーが、執務室である人物と対峙していたのですが――いま向かうところ敵なしのはずのヒトラーが冷や汗をかいて恐れるその相手は、一人の美しい青年。彼こそは真のナチス総統、真のヒトラー――あのチョビ髭は影武者に過ぎなかった! というまことに大胆な展開で、序章は幕を閉じることになります。


 そしてそれぞれの想いを胸に、改修のためにイタリアに向かうZに乗り込んだ天馬、ウェル、アンジェリーナと、天馬の飛行機の師・ギヌメール隊長。実は隊長とネモは先の大戦では宿敵同士だったなどと渋い因縁も描かれ、それまでとは一転静かに物語が進むと思えば、アルプス越えのルートに入ったZを襲う黄色の機体に黒い縞の複葉機の群れ――空賊・タイガー軍団。
 さすがにそのネーミングはいかがなものかと思いますが、しかしアルプスの複雑な気流に乗って襲いかかるその腕は確かで、Zに取り付いた一機によりアンジェリーナは奪われてしまいます。当然その後を追う天馬ですが、恐るべきブーメラン剣を操る敵パイロットは彼女を連れ去ってしまうのでした。

 ……ブーメラン剣!? とここで作者のファンはガタッとなってしまうのですが――宇野作品でブーメラン剣といえば、本作に並ぶ作者の代表作『キャプテンキッド』で大活躍した主人公のライバル兼相棒・死神ジョーカーの得物。これはもしやと思えば、この謎のパイロットの名はJ、そしてその素顔もジョーカーに瓜二つ!
 「大海賊だった爺サンの名にかけて」という台詞があるところを見るとそういうことなのでしょう。ファンにとっては嬉しいサービスであります。(しかしバイキング王国の姫君と結ばれたジョーカーの孫がアルプスで空賊をやっているとは、何があったのか……)

 とはいえ、そんなJが依頼とはいえナチスの片棒を担ぐのは解せぬ、と思っていれば、実は部下の空賊たちがナチスに捕らえられ、人質にされていたという事情。しかし解放された人質たちは直後に体中から血を吹き出し、肌を爛れさせて悶死、唯一生き残った男は奇怪な怪物に姿を変え、Jの弟分の少年・ルーに噛み付いてしまうのでした。
 謎の高熱を発して倒れたルーを救うためにスイス国境のナチス研究所に向かうJ。そしてJを天翔馬号で追ったものの墜落し、ルーに助けられていた天馬とウェルもJの助太刀のため、そして同じ研究所に連れ込まれたというアンジェリーク救出のために、共に研究所に殴り込みをかけることになります。

 もとはいえば、アンジェリークがゲシュタポ将校に追われていたことから始まった本作。その際、自分に噛まれたにもかかわらず彼女が異変を起こさなかったことに将校は驚き、そして真のヒトラーも彼女を特別視していたのですが――研究所でJと天馬を待っていたのはその将校であります。
 J怒りのブーメラン剣に斬られたはずが、次の瞬間には復活、左腕を大蛇に変えて襲いかかる将校。これぞ「獣性腫瘍」の力と嘯く将校に、Jに代わって対峙する天馬を苦戦を余儀なくされますが――ついに天馬が抜き払った愛刀――流星の剣こと陸奥守流星の一閃が敵の不死身の肉体を両断! しかし天馬の顔には喜びよりも憂いの色が濃く――彼の重い過去を想像させつつ、次巻に続きます。


 と、派手な空中戦が展開されたドイツ編とは少々趣を変えて、等身大の人間(ではないのもいますが)同士の戦いがメインとなったこの巻の後半。
 実は本作は戦いが三つのレイヤーに分かれて描かれるのが大きな魅力となっているのですが、この等身大戦はまさに作者の自家薬籠中のもの。ここは作者の達者なアクション描写に注目したいところであります。


『天空の覇者Z』第2巻 (宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) Amazon
天空の覇者Z 2 (少年マガジンコミックス)


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 宇野比呂士『天空の覇者Z』第1巻 幻の名作の始まり――快男児、天空に舞う!

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2018.04.28

宇野比呂士『天空の覇者Z』第1巻 幻の名作の始まり――快男児、天空に舞う!

 時は1933年、北辰一刀流の達人にして天才パイロット・竜崎天馬は、ベルリンでゲシュタポに追われる高級娼婦アンジェリーナと出会う。相棒のウェルとともに彼女を助けた天馬は、逃走の途中、ナチスの秘密工場に入り込んでしまう。そこで彼らを待っていたのは、ナチスの秘密兵器「Z」だった……

 1997年2月から2002年9月にかけ、「マガジンSPECIAL」誌に連載された冒険SF活劇の隠れたる大傑作『天空の覇者Z』の単行本を、これから1巻ずつ紹介させていただきます。(何故今か、というのはまたいずれ……)

 1933年、ヨーロッパ――いかなる理由か、日本から流れ着き、今は飛行曲芸団の花形パイロットとして活躍する青年・竜崎天馬。相棒の天才メカニック、ウェルことウェルナー・ブラウン(!)とともに、愛機・天翔馬号の改造に余念がない彼の新たな公演地はベルリン――そこで彼は運命の出会いを果たすことになります。

 酒場で公演に向けて気勢を上げる天馬たちの前に現れた美女――ベルリンの夜の天使・高級娼婦アンジェリーナに一目惚れした天馬。
 しかし彼女は目下ゲシュタポの将校に追われる身、向こう見ずにも彼女を助けに飛び出した天馬は、彼女とウェルと三人、ベルリンの夜を駆けることになります。
 途中、人間離れした怪力と生命力を見せる将校を、北辰一刀流の一撃で撃退した天馬は、警戒線を逃れるために三人で天翔馬号に乗り組み、空に逃れるのですが――そこに立ち塞がるは大空の騎士、レッド・バロンことリヒトホーフェン。

 善戦したものの、曲芸機の悲しさ、被弾して不時着した天馬たちがたどり着いたのは、湖の中の秘密工場。そこで天馬たちが見たものは、巨大な鋼鉄の飛行船――それこそはナチスが総力を挙げて開発した秘密兵器「Z」だったのであります!


 いやはや、何度読んでも、自分であらすじを書いてみてもテンションは一気に最高になる第1話。北辰一刀流の達人の熱血児、若き日のフォン・ブラウン、追われる訳ありの美女(それが高級娼婦というのが本作の凄いところ)、奇怪な力を持つナチス軍人、沈着冷静かつ騎士道精神溢れるレッド・バロン(当然美形)、そしてとどめの空中戦艦……
 「男の子ってこういうのが好きなんでしょ」と言わんばかりの、そしてそれに全力で頷くしかない要素だけで構成された素晴らしい掴みであります。

 そしてこのテンションは、第2話以降も全く落ちることなく、この第1巻ラストまで一気呵成に突き進んでいくことになります。
 アンジェリーナと引き離され、牢に放り込まれた天馬とウェル。しかし同じ頃、ドイツの名将エーリッヒ・ハルトマン大佐と反ナチス同盟の同志がZを奪取すべく行動を開始し、その混乱に乗じて二人も牢を脱出、同盟と行動を共にすることになります。

 ヒトラーの命でZを開発しつつも、その強大な力をヒトラーが手にすることに危機感を抱き、反旗を翻したハルトマン大佐――いや、「どこの誰でもない男」ネモ艦長。数々の犠牲も躊躇わない彼の冷徹な指揮により、ついにZは浮上するのですが――そうはさせじと襲いかかる無数の戦闘機。
 成り行きからZに乗り込んだ天馬とウェルは、戦闘機の群れに挑むものの、衆寡敵せず敢えなく撃墜されることに……

 が、そこに駆けつけたサーカス団の仲間たちが持ってきたのは改造済みの天翔馬号二世。走る列車の上からの離陸という燃えるシチュエーションは、しかしまだ序の口であります。
 無数の敵を前にウェルが作動させた天翔馬号の奥の手とは――ロケットエンジン! 世界初、音速の壁を越えた天翔馬号が引き起こしたソニックブームは透明の刃(それが天馬の愛刀に比されるのがまたいい)となって敵の群を粉砕するのでした。

 しかし天馬の前に再び現れるのはリヒトホーフェン駆る紅の複葉機。そして上昇を続けるZも、秘密基地の800ミリ超巨大砲ジークフリートの一撃に大打撃を受けて……


 というわけで、あらすじを追うだけで終わってしまいましたが、先に述べたとおり、この第1巻のテンションの高さとスピード感を現すには、これくらいがふさわしいようにも感じられます。

 その巨体を天空に浮かべるZに隠された力とは、アンジェリーナが追われる理由とは、天馬の秘められた過去とは……数々の謎とともに始まった驚異の旅。
 全16巻だれるところなしの大傑作――これを機に、少しでも多くの方が本作のことを知り、手に取っていただければと、心より願う次第です。

『天空の覇者Z』第1巻(宇野比呂士 講談社少年マガジンコミックス) Amazon
天空の覇者Z 1 (少年マガジンコミックス)

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2018.04.07

築山桂『近松よろず始末処』に推薦の言葉を寄せました


 築山桂の新作『近松よろず始末処』に、推薦のコメントを寄せさせていただきました。近松といえば近松門左衛門――あの浄瑠璃作家が何故か探偵事務所を開業、そこに引っ張り込まれた元・賭場の用心棒の青年を中心とした個性的な面々が、大坂で起きる難事件・怪事件に挑むユニークな作品であります。

 喧嘩で半死半生だったところを近松に拾われ、花売りの仕事と住む場所まで世話された元用心棒の青年・虎彦。 彼にとっては大恩人である近松が、万始末処――依頼を受けて大坂の人々の悩みを解決する、いわば現代でいう探偵事務所を裏で営むことを知った虎彦は、求められるままにそのメンバーに加わることとなります。
 彼以外のメンバーは、近松を爺と慕う謎の美青年剣士・少将と、並の人間よりも頭の良い犬の鬼王丸。さらに竹本座でからくり職人を目指す少女・あさひも首を突っ込んで、まずは賑やかな裏稼業の始まり始まりとなるのですが……


 さて、本作は(サブ)ジャンルでいえば時代ミステリ、それも有名人探偵ものと呼べるかもしれません。そう、歴史上に名を残す人物が探偵役を務め、事件の謎に挑む――そして多くの場合、事件の内容がその人物の後の業績に影響を与える――という作品であります。

 なるほど本作はその形に当てはまっていますが――しかし本作においては、近松はあくまでも後ろに控える存在で、前面に出て事件解決に奔走するのは虎彦と少将のコンビ(鬼王丸も加えてトリオ?)となるのが面白い。
 喧嘩っぱやくて人情家の虎彦と、腕利きだけれどもクールで得体の知れない少将、対照的な二人が証拠集めや人探しに奔走した末に、近松が事態を収める――そんなスタイルで物語は展開していくのです。

 上役に握りつぶされた事件を追う途中、お犬様(本作の舞台は元禄時代であります)を殺めた科で切腹目前の同心を救うために奔走する第一話。
 父の仇を求めて出奔した兄を探して江戸からやってきた少年の依頼を受けた虎たちが、複雑に入り乱れた仇討ちの因縁に巻き込まれる第二話。
 さる料亭に出没するという井原西鶴の亡霊の正体を暴くという依頼で張り込んだ近松たちが、裏で蠢くからくりと対峙する第三話。

 人使いの荒い近松に文句をこぼしながらも、これも世のため人のため、人情の篤さが身上とばかりに事件の渦中に飛び込んでいく虎彦。
 しかしその果てに、彼はある真実を知ることになって……


 と、終盤で待ち受けるある種のどんでん返しも楽しい本作。全四話、依頼者も内容も様々な事件を描くバラエティに富んだ事件が描かれることになりますが、共通するのは、いずれも大坂の市井を舞台であることであります。

 この辺りは、大坂の町を舞台に、生き生きとした町人たち特に若者たちの姿を描いてきた作者の面目躍如たるものがありますが――しかしそれだけに留まるものではありません。
 それは本作における最大の謎、あるいは違和感の正体にも関わってくるのですが――それはぜひ、実際に作品を手に取っていただければと思います。

 ただ一つ申し上げるとすれば、そこにあるのは物語る者の深い業であり、そしてそれが生み出す物語がこの世にある意味であり――本作は優れた「物語の物語」でもある、ということであります。
 そしてもちろん、それは近松門左衛門という不世出の物語作家の存在と密接に関わっていくのですが……


 さて冒頭で述べたとおり、今回縁あって、ありがたいことに本作の推薦のコメントを寄稿させていただきました。
 大好きな作家の新作ということで、大いに気合いを入れて臨んだのですが――気合いが入りすぎて、他にコメントされた方々(これがもう、本当に錚々たる面々なのですが)に比べて、浮いているというか何というか……

 書店でポップやパネル(特に後者)をご覧になる機会がありましたら、文字通りご笑覧いただければと思います。


『近松よろず始末処』(築山桂 ポプラ社) Amazon
近松よろず始末処

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2018.04.06

万城目学『とっぴんぱらりの風太郎』下巻 己の意志を貫き、思うがままに駆け抜けた男

 やることなすことうまくいかぬニート忍者・風太郎(ぷうたろう)の奮闘を描く物語もいよいよ佳境であります。万城目学お得意の関西を舞台としたちょっと不可思議な青春小説――の時代小説版かと思われた本作は、後半に至って大きな変貌を遂げ、凄絶なクライマックスを迎えることになります。

 伊賀で忍びとして過酷な修行を重ねながらも、ふとしたことから伊賀を追われ、京に出てきた風太郎。なにをやっても間が悪い風太郎はその日暮らしのニート生活、しかもひょうたんに住み着いた因心居士を名乗る奇怪なもののけに魅入られてしまう有様であります。
 それでも、因心居士の脅しもあってひょうたんを栽培することになったり、世間知らずの貴人を祇園祭に連れ出す仕事を請け負ったら刺客に襲われたりと、それなりに慌ただしい日々を送るようになった風太郎。

 そんな中、かつての上役に呼び出された風太郎は、他の忍びたちとともに、大坂城攻めに加わることになるのですが――しかしそこで風太郎は、戦の現実を前に心を深くすり減らすことになるのでした。
 確かに忍びは、彼が帰ることを望んでいた世界であります。しかし同時に彼のような人間にとってはあまりに残酷な世界であり――何よりも、彼はそこから再び突き放されることになります。

 時あたかも再び豊臣と徳川の戦が始まろうとする中、再び行き場を失った彼は、因心居士と高台院ねね、不思議な因縁で出会った二人からそれぞれ依頼されて大坂城本丸を目指すことになります。
 様々な因縁から行動を共にすることになってかつての伊賀の仲間たちと共に、ついにかつての世間知らずの貴人――秀頼と再会することとなった風太郎。そこである頼みを受けた彼の最後の決断は……


 と、時々剣呑ながら、どこか呑気でユーモラスな空気が漂う生活から一変、理不尽に人の命を奪い、奪われていく世界に放り込まれることとなった風太郎を描くこの下巻。
 その冒頭で、彼はそれまでの道のりが全てある意志によるものであり、そして自分は、利用尽くされた果てに弊履の如く捨てられる存在に過ぎなかったと知ることになります。

 それは厳しいことをいえば、ただ流されるままに生きてきた彼にとって、ある意味当然の帰結だったのかもしれません。
 しかしこの時代において、個人の意志にどれだけの力があるものでしょうか。個人が思うがままに生きることはできるのでしょうか?

 真面目に生きようとしても陥れられ、牙を剥けばさらに叩きのめされる。本作の登場人物は、程度の差こそあれ、誰もが己の意に反する運命に流され、傷ついているということができるでしょう。
 その中でひたすらマイペースに振る舞う因心居士ですら、風太郎を頼らねばならない因果に縛られているのですから……

 しかし物語の終盤において、風太郎は初めて自分自身の意志を持って立ち上がることになります。
 その向かう先が、ほとんど確実な死であっても、決して譲れないものがある。流されるわけにはいかない理由がある――そんな想いと共に、風太郎がかつての伊賀の仲間たちが命を的の大勝負に出る姿に、胸が熱くならないわけがありません。

 クライマックスで繰り広げられる大殺陣も、これが初時代小説とは思えぬ高いクオリティ。最後の最後の最後まで油断できぬ忍び同士の死闘が展開する終盤のマラソンバトルは、まさに一読巻を置く能わざる内容で、結末に至り、ようやく深く息をつくことができた――そんな作品であります。


 ……もちろん、前半の呑気な風太郎たちの姿を思えば、それは本当にそれしか道がなかったのかと、ひどく苦い味わいを残すものであります。
 それまで物語で描かれてきたものを思えば、ヒロイックな彼らの姿に、ある種の痛みと哀しみを覚えるのもまた事実です。

 しかしそれでもなお、巨大な力と力のぶつかり合う中で、確かに風太郎が己の意志を貫き、思うがままに駆け抜けたことを思えば、これ以外の結末はなかった、と言うほかありません。。

 誰もが知る戦の結末の裏で、決して変えられぬ史実の陰で、それをひっくり返すことをやってのける――それは流されるまま生きるしかなかった風太郎が見せた、強烈な自己主張というべきなのでしょう。
 そしてその姿は、時と場所を異にしつつも、実は彼とさして変わらぬ生を送る我々にとって、ひどく魅力的に感じられるものであります。


『とっぴんぱらりの風太郎』下巻(万城目学 文春文庫) Amazon
とっぴんぱらりの風太郎 下 ((文春文庫))


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2018.04.04

峰守ひろかず『帝都フォークロア・コレクターズ』 妖怪を追う者たちが見たモノ

 既に近代化の恩恵が隅々まで行き渡った大正時代――そんな中で妖怪伝承を集めるという奇妙な団体「彼誰会」に加わることとなった少女の目を通じて、妖怪にまつわる不可思議な事件の数々を描く連作集であります。

 今からほぼ百年前の大正6年(1917年)、勤め先を失って職探し中に見つけた、「彼誰会」なる団体の書記の採用試験に応募することとなった少女・白木静。
 まだ15歳と年若く、小柄だったことから初めは難色を示されたものの、ある身体的特徴に注目された静は一転採用されることになります。

 しかし採用されて初めて知った彼誰会の目的は、「百年使える妖怪事典の編纂」。
 そのために日本各地に残る妖怪伝承を集めているという彼誰会の調査に同行することとなった彼女は、訳がわかぬまま、石神射理也(いしがみいりや)、多津宮淡游(たつみやたんゆう)という二人の青年とともに、早速四国は徳島の山村に向かうのでした。

 詰め襟学生服に銀髪の生真面目な射理也と、着流しに女物のソフト帽をかぶった軽薄な淡游。全く正反対の二人と、現地で妖怪にまつわる伝承を聞いて回る静は、「コナキジジとゴギャナキ」なる妖怪に父を殺されたという少年と出会うのですが……


 妖怪などその手の話が好きな人間にとってはある意味身近に感じられる民俗学。しかしそれが日本で成立したのはごく最近であります。
 それまでは、民俗学に欠かせぬ調査手法であるフィールドワークも、一般の人々には耳慣れぬものであったに違いありません。

 本作は言ってみれば、そんな民俗学の黎明期に奔走したフィールドワーカーたちを主人公とした物語ですが――当然と言うべきか(?)、本作で描かれるのは、伝承の聞き取りで終わるような平穏無事な調査ではありません。

 四国では人々を襲うという「コナキジジとゴギャナキ」と対決し、伊豆では海から来る「みんつち様」と遭遇。紀州沖の孤島では奇怪な神を祀る人々の前に窮地に陥り、そして人助けのために都心で神隠しを追う……
 何故か伝承どころではなく実際に妖怪がいるとしか思えない事件に巻き込まれ、必死に事態収拾のために奔走する静たち三人の姿が、本作では基本ユーモラスに、時にシリアスに描かれることになります。

 この辺りの展開は、静・射理也・淡游の個性がそれぞれきちんと立っているところもあり――そしてそれがそれぞれのエピソードに陰に陽に絡んでいくこともあり――、キャラクターものとして実に楽しい内容。
 そして妖怪ものとしても、それぞれの事件で彼らが遭遇したものが、やがて彼誰会を私費で主催する「先生」の研究成果に結びついていく――というのは、お約束ですが、やはりニヤリとさせられます。
(「先生」の正体がわかり易すぎるのは、まあ仕方ないとして)

 物語の基調が賑やかでありつつも、失われゆくモノたちへの哀惜を感じさせてくれるのも、こうした世界が好きな人間にとっては嬉しいところであります。


 しかしながら物語の内容的には、正直なところ不満もあります。
 物語が地に足のついた展開のようでいて、意外な方向に転がっていくのは、これは構いません、というより大歓迎ですが――その転がり方が今ひとつ、という印象が強くあるのです。

 幽霊ならぬ妖怪の正体見たり――というのはともかく、それが地に足の着いたものではなく、そして奇想天外なものでもない。実は○○でした、の中身がベタ過ぎるといえばいいでしょうか……
 もちろんこれは全部のエピソードがそうではないのですが、特に後半2話は、登場する悪人の描写がちょっと驚くほど類型的で、妖怪の存在以上に、悪い意味で浮世離れした内容になってしまった――そんな印象があります。

 舞台設定やキャラクターなど、なかなか好みの作品であっただけに、このあたりは本当に勿体なかった、という印象が残った次第です。


『帝都フォークロア・コレクターズ』(峰守ひろかず KADOKAWAメディアワークス文庫) Amazon
帝都フォークロア・コレクターズ (メディアワークス文庫)

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