2018.09.16

『つくもがみ貸します』 第八幕「江戸紫」

 近江屋の幸之助から、海苔問屋の淡路屋半助のことを調べて欲しいと頼まれた清次。商売は巧みで容姿端麗、人当たりも良い半助だが、何故か幸之助に良くしてくれるのだという。そこで調べてみれば、海苔問屋を始める5年前より前の経歴は謎に包まれている半助。しかし思わぬところからその手がかりが……

 もう完全にレギュラーになった感のある幸之助から、海苔問屋・淡路屋の主である半助のことを調べて欲しいと依頼された清次。丁度損料屋を探していた半助に出雲屋を紹介してくれたということで、早速半助と対面することになる清次ですが――これがいかにも本作らしい面白デザインのキャラながら、お姫やうさぎ、お紅までも頬を赤らめてしまうほどの美形であります。が、そこで五位だけは、怪訝そうな顔で半助を見つめるのですが……

 それはさておき、今度旦那衆で川下りの遊びをする際に、扮装をするための衣装や小道具を貸して欲しいという半助(現代でいうハロウィンパーティーのようなもの、というナレーションの解説がおかしい)。さらに半助は幸之助と仲の良い清次たちも川下りに誘います。そして綺麗どころを集めて賑やかに始まる川下り、花魁(?)姿のお花、盗人姿のお紅の姿が実に可愛い――というのはともかく、自分を「お大尽」と呼ばせてにこやかに遊ぶ半助は、確かにその名に相応しい姿です。
 その川下りの途中、千住名物だというおばけ櫓――角度によって4つの櫓が2つに見えたり3つに見えたりというどこかで聞いたようなもの――が好きだと語る半助に、何気なく五位のキセルを渡す清次。しかし半助はその模様を見て明らかに表情を変えるのでした。

 そんなことはあったものの、その日は楽しく終わり、清次にも相場の倍の価を気前よく支払う半助。こんなにいただくわけにはいかないと、代わりに店の品物を貸すことにした清次ですが――その中にはつくもがみたちが混じっていることは言うまでもありません。そして情報を聞き込んできたつくもがみたちですが――そこには半助の過去の話は一つもなく、聞こえてくるのは今現在の話ばかり。どこから来たのか、これまで何をやっていたのか、親類縁者の話なども何一つないというのであります。
 5年前に浅草に身一つで現れ、海苔を売り始めて瞬く間に身上を築いたという半助。しかしまるで過去がないように、誰もそれ以前のことを知らない――そんな半助が自分に、自分と縁のあった清次にまで非常に良くしてくれることに幸之助が困惑したことが、今回の依頼のきっかけだったのであります。

 そんな中、つくもがみたちに過去の苦い思い出を語る五位。ある芸者に買われた五位は、彼女が懸想していた妻ある男に贈られ、男は妻を捨てて芸者のもとに走る結果になりました。しかし一時の情熱が冷めた頃、男はかつての妻が食卓に出していた海苔が、どれだけ精魂込めて焼いてあったか気付いたと……
 その出来事が5年と少し前のこと、そして妻の行方は誰も知らないと聞いた清次は、何かに気付いたように、五位を手に半助のもとを訪れます。そしてこのキセルに覚えがあるのではないか、と問う清次を、半助は二人きりで川下りに誘うのでした。

 船の上で、自分が女――あの五位の昔話の夫に去られた妻であることを認める半助。親類縁者に合わせる顔がないと姿を隠し、髪を落として男を装った彼女は、生計のために海苔を売り始めたのであります。しかし親が海苔漁師であったためか商売は大当たり、そんな中で幸之助と出会った彼女は、彼に恋してしまった……
 清次に真実を語った半助は、しかしこの先も半助として生きていくと語ります。半助と清次が見つめるお化け櫓の姿は、その時々で様々に姿を変える半助の姿なのか、あるいは人生の有為転変を映したものか……


 オリジナルエピソードだったものの、全く過去がないというちょっとゾッとさせられるような人物や、その人物が抱えた哀しい過去と屈託の存在など、ある意味これまでで最も原作――というか原作者のテイストが感じられる内容だった今回。
 半助のその後の姿が描かれることなく、二人が黙って川を下る姿で終わるのも、何とも言えぬ余韻を感じさせてくれます。

 しかし、いかに海苔に親しんでいたとはいえ、素人が5年で大店の主にというのはやはり違和感が大きいですし、何よりも今回の物語の象徴であるお化け櫓が、あからさまにお化け煙突――すなわちこの時代に存在しないもの、というのは残念ではありますが……

 ちなみにどう聞いても美青年の声にしか聞こえない半助役は、美青年を演じたら右に出る者がいない女性声優・斎賀みつき。なるほど、と納得するとともに、ある意味ネタバレ的キャストなのがちょっと面白いところです。


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 「つくもがみ貸します」 人と妖、男と女の間に
 畠中恵『つくもがみ貸します』(つばさ文庫版) 児童書版で読み返す名作

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2018.09.15

畠中恵『つくもがみ貸します』(つばさ文庫版) 児童書版で読み返す名作


 現在アニメ放送中の『つくもがみ貸します』、アニメ紹介のためには原作も再読しなければ――と思ったのですが、以前紹介した作品をただ再読してもつまらない、というわけで、角川つばさ文庫版を再読いたしました。

 角川つばさ文庫はKADOKAWAの児童文学レーベル――他社の児童文庫同様、新書サイズの書籍に大きめのフォントとふりがなの本文、豊富なイラストというスタイルのレーベル。オリジナルの作品だけでなく、過去に一般向けに刊行されたSF・推理小説、ライトノベルのリライトも数多く(個人的な感覚では他社の児童文庫よりも多い印象)収録されています。
 それだけにこの『つくもがみ貸します』の収録も特に意外ではないのですが、しかし物語的には男女の関係の機微が中心にあるだけに、大丈夫なのかな――と思えば、ほとんどそのままの内容となっていたのには好感が持てました。(ちなみに対象年齢は「小学校高学年から」)

 ただ一箇所すぐ気付いたところでは、第1話に登場する深川の遊女・おきのの説明が「深川の旅籠で働いている女性」となっていた辺りは、苦労というか限界というかを感じましたが……


 さて、そんなわけで内容的には原著と全く変更のない本書。すなわち、深川の損料屋兼古道具屋・出雲屋を営むお紅と清次の姉弟が、店の気難しくも好奇心旺盛なつくもがみたちとともに、つくもがみや古道具絡みの事件に挑む以下の全5話が収録されています。

 格上の家に婿入りすることになった武士から、先方より譲られた根付けが足を生やして逃げ出したという事件の背後に潜む人の情を描く「利休鼠」
 料理屋を開こうとする男が居抜きで買った家に出没する幽霊。出雲屋のつくもがみ・裏葉柳は、その幽霊が自分の恋人ではないかと言い出して……「裏葉柳」
 お紅に想いを寄せる若旦那・佐太郎が別の女性から譲られたものの、いつの間にか消え失せ、佐太郎がお紅のために売ったと噂になった蘇芳の香炉。その手掛かりを掴んだ清次が、かつての謎を解く「秘色」
 かつて嫁入りしたくば佐太郎に贈られた櫛を使って大店を立て直すほどの金を用意してみせろと、佐太郎の母に挑まれたお紅。お紅と助ける清次、佐太郎の過去が語られる「似せ紫」
 四年ぶりに江戸に帰ってきたものの、お紅の前に現れず、行方不明となった佐太郎を探す清次。煮え切らない男たちに対するお紅の想いの行方が明かされる最終話「蘇芳」

 いずれのエピソードも、人間の起こした事件につくもがみが関わり、そして清次がつくもがみを利用してそれを解決するミステリ仕立ての内容。
 しかし清次とつくもがみが、単純な友人関係ではなく、ましてや使役される間柄でもないというのが、読み返してみても実に面白いところであります。

 あくまでも人間は人間、つくもがみはつくもがみ――両者は厳然と分かたれているものの、しかし同じ世界に住む隣人同士。面倒な間柄をどうクリアして事件の謎を解くか、という関係性の面白さは、そのまま清次とお紅という人間同士、いや男と女の関係性に重なっていくというのが、本作の何よりの魅力でしょう。

 もちろんこの児童文庫版の読者がその構図をストレートに読みとれるかはわかりません。
 しかし単純に妖怪ものとして見ても、身の回りの(もちろん江戸時代の、という限定付きですが)品物がつくもがみとなって動き、話し出すというのはやはり楽しく、一種マスコット的なつくもがみたちのキャラクターを見ているだけで、十分以上に楽しめるのではないでしょうか。

 少なくとも、大の妖怪好きだった(これは現在進行形ですが)子供の頃の自分が読んだらさぞかし夢中になったに違いない――そう感じます。


 ちなみに、本作は全5話のうち、半分以上の3話が、佐太郎と蘇芳の香炉にまつわるエピソード。第2話のラストから蘇芳が登場することを考えれば、物語の大半がこのエピソードに繋がることになります。
 これはもちろん、本作がそういう作品であるということであり、初読の時は全く気にならなかったのですが、今読み返してみると、それだけで終わるには勿体ない設定とキャラクターであったと感じます。

 現在放送中のアニメ版は、かなりのエピソードがオリジナルなのですが、原作の話数が少ないという以上に、原作の可能性を広げるという意味で、これも正しい方向性だな――と再確認した次第です。


『つくもがみ貸します』(畠中恵 角川つばさ文庫) Amazon
つくもがみ貸します (角川つばさ文庫)

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2018.09.12

芦辺拓『帝都探偵大戦』(その三) 探偵たちの本質と存在の意味を描いた集大成


 芦辺拓による夢の探偵クロスオーバーの紹介の第三回、最終回であります。探偵小説ファンであれば垂涎の内容である一方で、個人的には不満点もあった本作、しかし本作にはそれを上回る魅力が……

 と、前回は私にはしては珍しく色々と厳しいことを申し上げましたが、しかしそれでもなお、本作が魅力的な、そして何よりも時代性というものを濃厚に漂わせた作品であることは間違いありません。
 いわゆるクロスオーバーものとしての楽しさに留まるものではない本作の魅力、本作の真に優れたる点――それは、こうした数々の探偵たちの活躍を通じて、その時代ごとの探偵の概念、その存在する意味を問い直している点にこそあると、私は感じます。

 科学捜査の概念も、それどころか近代的な法も警察制度もなかった時代に、目に見えぬ真実を解き明かすことによって悪事を暴き、正義を行う存在として登場する「黎明篇」。
 個人の犯罪は表向き存在しないこととなり、探偵が国事に関わることによってのみ認められる時代に、その国家による巨大な犯罪とも言うべき行為に最後の反抗を見せる黄昏の存在として描かれる「戦前篇」。
 輝かしい民主主義と自由の象徴、そして戦後の新たな時代の象徴であると同時に、その時代の光に取り残され、闇の中に苦しむ人々を救う存在として、復活した勇姿を見せる「戦後篇」。

 同じ「探偵」と呼ばれる存在であり、推理によって謎を解き、悪と戦う姿は同じであっても、その立ち位置――社会との関わりは、このように大きく異なります。
 先に同じような構成が続くと文句を言った舌の根も乾かぬうちに恐縮ですが、実にこの構成の繰り返しは、この差異をこそ描くためのものではなかったか、というのは言い過ぎかもしれませんが……

 そして、こうした探偵の姿は、時代時代における「理性」の――より巨大な存在に対する人間個人を支えるものとしての――存在を象徴するものであると感じられます。

 現代的な合理精神が生まれる前の萌芽の姿、全てが巨大な時代の狂気の前に押し潰されていく中で懸命に抗う姿、そして輝かしい新たな時代の中で再生し、時代を切り開く姿……
 探偵は推理によって謎を、すなわち一種の理不尽を解決する存在であると同時に、歴史の中の理不尽に挑む人間の理性の象徴、さらに言えば証明であると、本作は高らかに歌い上げていると――そう感じます。

 そしてその中で、そんな探偵を、理性を押し潰していく時代と社会のあり方に、強く批判的な眼差しを向ける骨っぽい「社会派」(という表現は怒られるかもしれませんが)ぶりが浮き彫りとなっているのも、好ましいところであります。


 作者の愛する探偵たちをこれでもかと集め、そして作者一流の技でもって探偵たちを生き生きと動かし、そしてそれを通じて探偵たちの本質を、存在の意味を描く。
 もちろん賑やかで豪華なお祭り騒ぎであることは間違いありませんが、しかし決してそれだけでは終わるものではなく、本作は極めて作者らしい、意欲的で挑戦的な作品なのであります。
(というより、探偵の本質を描くためのサンプルとしても、これだけの探偵の数が必要だったのではないか――とも感じます)

 先に述べたように個人的に不満な点はあるものの、それらも含めて、現時点の――作家生活30年も間近となった――作者の集大成と言うべき作品であることは間違いありません。


『帝都探偵大戦』(芦辺拓 創元クライム・クラブ) Amazon
帝都探偵大戦 (創元クライム・クラブ)

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2018.09.11

芦辺拓『帝都探偵大戦』(その二) 野暮を承知で気になる点が……


 登場探偵数50人の夢のクロスオーバーの紹介の第二回であります。作者ならではの魅力に溢れた物語ではありますが、しかし……

 しかし、いささか厳しいことを申し上げれば、賞賛すべき点だけではないのもまた、事実ではあります。

 例えば、物語の構成。次々と登場する探偵たちがそれぞれ謎と怪事件に遭遇し、その次の探偵が、そのまた次の探偵が――と連鎖を続け、終盤になってそれが一つの巨大な事件の姿を現し、探偵たちが悪と対決して真相を明らかにする……
 その構成が三つの物語でほとんど全く変わらないのは――もちろんその内容は様々であり、そして複数回繰り返されるのを除けば、この展開自体が探偵ものの定番ということを差し引いても――続けて読んだとき特に、厳しいものがあると言わざるを得ません。
(しかしこの構造こそが――というのは後ほどお話いたします)

 そしてこれはクロスオーバーものの宿命ではありますが、登場する探偵のチョイスにも、いささか首を傾げるところがあります。

 まず気になるのは横溝作品の少なさ。金田一耕助はこれまで幾度も活躍してきたから良いとしても、その分ほかの横溝探偵が登場してもよいのではないかと思います。例えば何故か五大捕物帖で唯一登場しなかった人形佐七、もう一人の横溝探偵たる由利先生と三津木俊助……
 特に後者は、「戦後篇」で大きな位置を占める少年探偵役として御子柴進もいるだけに、登場しなかったのが残念でなりません(山村正夫のリライトネタも入れられるのに……)。

 そしてまた、本作で「戦争」が大きな意味を持つのであれば、坂口安吾は欠かせなかったのでは、と個人的には思います。結城新十郎は時代設定が合わないとしても、巨勢博士などキャラクター的にも、他の探偵と絡めれば実に面白かったのでは、と感じます。
 もちろんこの辺りは許可の関係など色々と事情があることは容易に想像ができるところであり、素人が軽々に口を出せるものではないところではありますが……


 が、野暮を承知で個人的に最もひっかかったのは(そして言わないわけにはいかないのは)黎明篇の顔ぶれです。
 ここに登場した探偵たちの大半は江戸時代後期から幕末にかけて活躍した捕物帖ヒーローなのですが、その中でむっつり右門のみは江戸時代前期で、これはどうしても重ならない。銭形平次のような例があるので一概には言えませんが、やはり矛盾ではあります。

 これが五大捕物帖の主人公を揃えるため、というのであれば納得ですが、上述の通り人形佐七がいないわけで、これはやはり大いに首を傾げてしまうところであります。
(これはあとがきにある「キャラクターと時代との関係をシャーロッキアン的に厳密には詰めないということ」とは、その例示を見れば別の次元の問題とわかります)

 正直なところ、これが他の作家であれば、ああお祭り騒ぎだから――とスルーしてしまうのですが、ここでネチネチと絡むのは、作者であれば何か理由があるに違いない! とこちらが期待していたゆえ。
 何しろ異次元でもスチームパンクでもロストワールドでも、きっちりと整合性をつけてくれたのだからきっと――と勝手に思いこまれたのは、これは作者にとっては災難かもしれませんが……

 しかし本来であれば異なる世界に属する者たちが集うクロスオーバーものにおいては、その世界観と設定、すなわち元の作品の「現実」との整合性が大きな意味を持つ――その意味でクロスオーバーものは時代伝奇的である、というのはここではおいておくとして――のは間違いない話。
 何よりも一連の金田一VS明智ものでそれを体現してきた作者であれば、そこは実現して欲しかった、というのは強く感じます。

 もっともこの辺りは、文字通り「黎明」の語が示すとおり、いまだ「推理」も「探偵」も明確に存在しない、現代の探偵たちの時代と対比しての近代以前のプレ探偵時代として、一括りにしているのだということはよくわかります。
(江戸時代前期が舞台だからミステリとしての構造が甘く、幕末だからしっかりしている、というわけではもちろんないわけであります)

 また、発表年代と作中年代が極めて近い、いわばリアルタイムの作品であった戦前篇と戦後篇の原典とは異なり、黎明篇の作品は、明確に過去を振り返る物語であり、その点では等しい世界に存在しているとも言えるのですが……


 と、言いたい放題のところで恐縮ですが、次回に続きます。


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帝都探偵大戦 (創元クライム・クラブ)

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2018.09.10

芦辺拓『帝都探偵大戦』(その一) 夢の探偵オールスター戦!


 これまで無数に生み出されてきた「探偵」――そんな探偵たちの競演を夢見ないファンはいないでしょう。そして本作はその夢の正しく具現化した作品――江戸時代を、戦前を、戦後を舞台に推理を巡らせ、事件を解決してきた探偵たち実に50人が集結する一大クロスオーバーであります。

 ……いやいやいや、確かにそれは探偵小説ファンの夢ですが、幾ら何でも無理ではないか、と思う方もいることでしょう。しかしここで作者の名前を見れば納得していただけるのではないでしょうか。
 芦辺拓――これまで数々の本格推理小説を、それもそれ自体が不可能ではないかという設定や状況の下で成立してきた、そして何よりも、『金田一耕助VS明智小五郎』シリーズを代表に、数々の名探偵競演ものを発表してきた作家の名を見れば。

 そして本作は冒頭に述べたとおり、「黎明篇」(江戸時代篇)「戦前篇」「戦後篇」と、三つの時代それぞれで活躍した探偵たちが、相次ぐ謎の事件に挑み、協力して解決するという趣向のいわば連作集という豪華三本立て。

 二度刺された死体に消えた化け猫娘、謎の軽業盗人におかしな時の鐘、悪党たちが集まる怪屋敷、土砂が詰め込まれた棺桶――不可解な、時には事件なのかすらわからぬ謎に対して、三河町の半七、銭形平次、顎十郎、若さま侍、むっつり右門ら江戸時代に於ける隠れたるシャアロック・ホームズたちが挑むプロローグ的な位置づけの「黎明篇」。

 内蒙古の古都から帝大の探検隊が持ち帰ったという謎の秘宝――輝くトラペゾヘドロンをナチスが要求してきたことに始まり、帝都のど真ん中でカーチェイスを繰り広げた車が消失、麻布のホテルでは密室で口にミカンの皮を詰め込んだ男の死体が発見されるなど続発する奇怪な事件。
 さらには帝室博物館の金庫からトラペゾヘドロンが消失し、政府の要人たちが皆何者かとすり替わっているという恐るべき事件が発覚、さらに――と、第二次大戦直前、帝都を揺るがす奇怪な陰謀に、法水麟太郎と帆村荘六を中心とした探偵たちが挑む「戦前篇」。

 そして、法医学徒時代の神津恭介が遭遇した無惨に体中の前後を入れ替えられた「あべこべ死体」、明智不在の中で八剣産業の後継者のあかしである錠前を守らんと奔走する小林少年を襲う奇禍と、戦後の東京でも怪事件が続発。
 さらに衆人環視で絞殺された男、新聞社で少女探偵を襲う謎の怪人、そして大阪・広島・佐賀で発生した同じ凶器による密室殺人――東京のみならず日本各地で起きる数々の事件の謎を、警視庁捜査一課の名警部集団、各地から集結する探偵たち、そして新時代の少年少女探偵が解き明かす「戦後篇」。

 ……いやはや、探偵と探偵を競演させるだけでも大仕事なところを、三つの時代で総勢50人の探偵、さらにワトスン役も含めれば(そして名前だけ登場するキャラや敵役も含めれば)さらにその人数は膨れ上がるという、とんでもないスケールの本作。
 もちろん古今東西の名探偵を集合させるという試みは本作が初めてというわけではありませんが、しかしこれだけの人数は空前絶後と言うほかありません。

 しかもそれぞれの探偵に相応しい謎を用意し、そしてそれを全体で一つの本格ミステリとしてきっちりと成立させる――そんな考えただけで気が遠くなるようなことを実現してみせる手腕の、そして何よりも情熱の持ち主は、作者をおいて他にはいないでしょう。

 そして探偵小説においては、謎解きだけでなく、探偵自身の個性もまた大きな魅力であることを考えれば、その描写も欠かすわけにもいかないわけですが――しかしその点もぬかりはありません。
 ああ、「この探偵であれば絶対こんなこと言う!」と膝を打ちたくなるような言動の数々にはニヤニヤさせられっぱなしになること請け合いであります。
(それぞれの探偵の活躍場面では文体までも原典に合わせて変えてみせるのですから頭が下がります)

 特に「戦前篇」冒頭、お馴染みの熊城・支倉コンビから、輝くトラペゾヘドロンの存在を聞かされた時の法水麟太郎の台詞は最高で、是非この場面だけでもご覧いただきたい名場面であります。


 しかし――と、非常に長くなりますので次回に続きます。


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2018.09.08

『つくもがみ貸します』 第七幕「裏葉柳」

 清次が品物を貸すこととなった料理屋・鶴屋は、幽霊が出る店だった。店の前の持ち主・大久間屋は、かつての大火を機に屋敷を買いたたいて財を成したものの、幽霊が出ると鶴屋を手放したらしい。その幽霊は自分の妻ではと言い出す出雲屋のつくもがみ・裏葉柳だが、清次はあることに気付いて……

 勝三郎から、かつて自分の家で働いていた料理人・徳兵衛が店を出す祝儀代わりに、出雲屋の品を貸してほしいと頼まれた清次。早速、彼の店・鶴屋に品物を貸し出した清次は、帰りしなに徳兵衛の後ろに女性の影を見るのですが――貸し出されたつくもがみたちは、そこで先住のつくもがみから、この家に幽霊がいると聞かされるのでした。
 と、ここで騒ぎ出したのは、出雲屋に最近やってきた香炉のつくもがみ・裏葉柳。元は人間だったという彼は、幽霊が数年前の日本橋の大火が原因で離ればなれとなった妻ではないかと言いだしたのであります。妻は歌舞伎役者の中村菊之丞が女形を演じた時にそっくりな美人だと言うのですが……

 と、日本橋の大火と聞いて清次が思い出すのは、その火事でお紅が焼け出された時のことであります。寺に避難していた彼女を見つけた清次ですが、火傷をおった父の看病と店のことでお紅も暗い表情。そんな彼女に、清次は前回描かれた櫛からスタートした物々交換で手に入れた玉簪を差し出します。目標額である80両の値打ちはあるこの玉簪を売れば、店の再建資金にはなるのですが――それは同時に、お紅が佐太郎の母の試練に失格するということでもあります。しかしお紅は玉簪は売らないと言い出して……(ちなみにこのシーンでお紅の前に寝てたの、彼女の父親だと思うんですが――顔も声も出ず動きもしないのでほとんど物状態)

 そんな中、出雲屋を訪れる徳兵衛。鶴屋を破格の値段で彼に売ってくれたという前の持ち主・大久間屋が店に来るので、もてなしのために品を貸してくれという徳兵衛に、お紅はここぞとばかりにつくもがみの品を押しつけるのでした。一方清次は、店に幽霊がいるのでは、と単刀直入に訪ねるのですが、店にいた女性は自分の妻だと、徳兵衛に一笑に付されます。
 が、その後勝三郎に聞いてみれば、大火の後に長屋から立ち退きを迫られ路頭に迷った徳兵衛は、その時に病がちだった妻を亡くしているとのこと。さらに役者絵を売りに来た浜松屋から、大久間屋が大火の後に日本橋近辺の屋敷を買い叩いて財をなしたこと、そしてそのうちの一軒に幽霊が出たことから、徳兵衛を騙して売りつけたのではないか、と聞かされる清次。と、そこで清次は中村菊之丞の役者絵を見て、鶴屋の幽霊は裏葉柳の妻ではない、と言い出します。

 そして鶴屋に急ぎ、徳兵衛を呼び出す清次。徳兵衛と妻を長屋から追い出したのは大久間屋であり、彼に復讐するために徳兵衛は妻の幽霊が出る鶴屋を買い、そしてそこで大久間屋を毒殺するつもりではないか――そう指摘する清次の言葉を肯定し、徳兵衛は復讐した上で自分も死に、妻のもとに行くことこそが自分の望みであると語ります。
 そんな徳兵衛に対し、過去に生きることよりも、前に進むことを選ぶべきだと懸命に説得する清次。その言葉に徳兵衛の心が動いたのを見て取った清次は、後は自分に任せてほしいと徳兵衛を外に出すと、つくもがみたちに後は好きにしろと語りかけるのでした。

 そしてお墨付きが出たとばかりに、大久間屋をこれでもかと脅かすつくもがみたち。その後の惨状を見た徳兵衛は、妻の幽霊に前に進むことを告げ、幽霊も成仏するのでした。
 さて、清次が鶴屋の幽霊が裏葉柳の妻ではないことを見破ったのは、中村菊之丞の話から。女形を得意としたのは初代の話、当代は荒事専門であることから、裏葉柳が数年前と思いこんでいたのは相当な昔だったと推理したのであります。その話を聞かされて、裏葉柳も(びっくりするくらいの美形姿で)妻を追いかけるために成仏するのでした。


 今回は久々の原作エピソード。日本橋の大火を中心に、清次とお紅の過去(これも原作由来)、徳兵衛と大久間屋の因縁、さらに裏葉柳の物語と、三重に絡めてみせた構成が実に面白いところです。徳兵衛を説得する清次の姿を、一歩間違えれば綺麗事に終わりかねないものを、同じく過去に捕らわれたお紅の存在を描くことにより、文字通り説得力あるものにしていたのもうまいと感じます。

 しかし実は今回、徳兵衛と大久間屋の因縁が原作とは相当異なっております。詳細は伏せますが、徳兵衛が大久間屋を恨んでいるのは共通ながら、原作ではその理由=大久間屋の過去の所業が全く異なり、簡単には白黒付けがたい物語となっていたのですが――こちらではかなりわかりやすい設定となっていたなあ、という印象があります。
 この辺りの人間関係の苦さ、ままならなさが原作の持ち味だっただけに、この辺りは個人的にちょっと残念ではあります。
(あと、大久間屋のキャラデザには絶句)


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2018.09.06

伊藤勢『天竺熱風録』第4巻 ついに開戦! 三つの困難と三つの力


 天竺・摩伽陀国で展開する陰謀に巻き込まれた唐の外交使節・王玄策の奇想天外な活躍を描く本作もいよいよ佳境。牢を脱出し、苦難の末にネパールとチベットの援兵獲得に成功した玄策は、ついに摩伽陀国に再び戻ってきたのですが――しかし本当の戦いはこれからであります。

 数年ぶりに訪問した摩伽陀国で、先代王の死に乗じて王座を簒奪したアルジュナによって理不尽にも捕らえられた玄策と唐の使節団。副官の蒋師仁と二人で牢を脱出した玄策は、仲間たちが時間を稼ぐ間に苦難の旅を続けネパール・カトマンドゥに到着、お得意の交渉術で、ついに援兵の獲得に成功します。
 さらにネパールを訪れていたチベットの兵までも加え、一路摩伽陀国に戻る玄策ですが――もちろん、この先には更なる苦難が待ち受けていることは言うまでもありません。

 確かに、美しくも勇猛な(そして兵に絶大な人気を誇る)ネパールのラトナ将軍、そして剛力と巨躯を誇るチベットのロンツォン・ツォンポ将軍という、対照的ながらもどちらも頼もしい味方を得た玄策。
 ほとんど無一物の状態から考えれば、天佑とも言うべき援兵ですが、しかしその数は八千――摩伽陀国という一国を相手にするには何とも心許ない数です。

 しかも、山岳や森林といった環境では無類の強さを発揮するネパール/チベットの兵ですが、摩伽陀国周辺は見渡す限りの平原。さらに、アルジュナには異能・異形の一団、アナング・ブジャリ――地祇を崇める謎に満ちた集団が味方についているのです。

 そしてたどり着いた国境で、早くも玄策たちは、この三つの困難と対峙することになります。そう、ここで待ち受けていたのは、アナング・ブジャリ出身の将・ヴァンダカ率いる三万の遊撃隊との大平原での戦いだったのであります……


 というわけで、緒戦からいきなり厳しい戦いを強いられることとなった玄策と仲間たち。何しろ立ち塞がる敵は「蟒魔(ヴリトラ)」の名の通り、蛇のような陣形と素早い動きで襲いかかる強敵。そしてそれを率いるヴァンダカは、獰猛な犀を馬のように駆る怪物です。

 しかしもちろん、玄策も決して負けるわけにはいきません。なるほど、玄策は戦いについては素人でありますが、彼には人間の心の動きを読みとる洞察力がある。知識がある。そしてクソ度胸がある。この三つがラトナとロンツォン、二人の武勇と合わされば……
 そして玄策はここで選ぶのは、あの名将・韓信が取ったが如き背水の陣。そしてこの先の展開は、ただ痛快の一言なのであります。

 敵の行動を読み切った玄策が陣を敷いて待ち構え、ラトナが攪乱し、ロンツォンが叩き伏せる――寡兵を以て多勢を討つというのはこうした物語では定番中の定番ではありますが、作者の画力で描かれれば、その痛快さは何倍にも高まります。
 さらに異形・異能のアナング・ブジャリに対しては、二人の将軍がそれぞれの持ち味を存分に活かして一騎打ちを演じるのですから、面白くないわけがないのであります。

 特にラトナの、奔る騎馬の上での、旗竿までも使ったアクロバティックな格闘は華麗の一言で(その前の攻撃開始時のアクションの美しさも含めて)一挙手一投足に釘付けになりました。


 さて、この巻の時点では玄策側が優勢ではあるものの、もちろんこの戦いは緒戦も緒戦。まだまだ敵が兵力を温存している中、この先の戦いの行方はわかりません。

 その一方で、アルジュナ側には、彼の非道を責める真っ当な精神を持つ息子・ヴィマル王子が登場。おそらくは彼の存在がこの戦いに何らかの影響を与えることになるかと思われますが……
 と、これまでは敵の首魁としてそれなりに威厳を保ってきたアルジュナ(と妻)が、王子の登場で一気に小物臭くなってしまったのは少々気になるところではあります(これはある意味原作どおりではありますが)。

 しかしこの漫画版は、この巻での合戦同様、原作に忠実に、そしてそれだけでなく、その行間を補うことでその魅力をさらに増している作品。それだけに、この先も期待して間違いはない――と思うのです。


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2018.09.03

『つくもがみ貸します』 第六幕「碧瑠璃」

 おかしな成り行きで近江屋の若旦那と一緒に大川に転落した清次。その時に若旦那は印籠・焦香を落としてしまい、拾った破落戸から三十両を要求される。とても金を作れない若旦那に代わり、清次はかつて佐太郎がお紅に贈った櫛から大金を作った時と同じように、物々交換で金を作ろうとするのだが……

 朝早く目が覚めてしまい、そこらを散歩していた途中、大川の上の橋でふらふらしている人影を目撃した清次。すわ身投げかと慌てて駆け寄ってみれば、その人影は前々回登場した近江屋の若旦那であります。甘味屋のお花に懸想して、ようやくアタックに至ったはずが、この様子では玉砕した末に世を儚んで――と思いきや、若旦那はせっせとお花の店に通って団子を食べているうちに太ってしまったので、絶食ダイエット中とか……
 確かに清次が内心思うとおり残念な男前(まあ、清次も人のこと言えない)の若旦那ですが、てっきり身投げするのかと→まさかあ(ツッコミ)→勢い余って二人とも橋から転落という漫画のようなコンボを決めて、結局二人とも水も滴る何とやらに。朝からわけのわからないことをしている清次にお紅はおかんむりですが、若旦那は川に大事なものを落としたと青い顔であります。

 若旦那の大事なものといったらどう考えても前々回登場した印籠のつくもがみ・焦香ですが、つくもがみたちが気を利かせて話題に出すまで全く気付かなかった清次とお紅。結局焦香は見つからず、若旦那も行方不明の状況で甘味屋に行ってみれば、そこにやってきたのはこれも前々回登場した、尻に焦香がぶつかったのを若旦那のアプローチと勘違いした芸者さんであります。
 すっかり若旦那の女気取りでお花に噛みつく芸者に、お紅は自分の過去の経験を思い出してムカムカと嫌な気分に……

 前回の回想シーンで、佐太郎と母が帰った後に、お紅と清次の前に現れた娘。佐太郎の縁談相手であり、彼に値80両の蘇芳の香炉を贈った彼女は、佐太郎には自分のような人間が相応しいと上から目線でまくしたてたのであります。佐太郎への気持ちはともかく、さすがに頭に来たお紅は、だったら80両稼いでやろうじゃねえかと闘志を燃やすものの、佐太郎の櫛は見積もって10両。そこでお紅はどうするか――と思えば、佐太郎を恋敵視してる清次を頼ろうとするのですから鬼です。

 ……と、そんなことを思い出しながら町を歩く二人の目に飛び込んできたのは、焦香を手にした破落戸に返してくれと懇願する佐太郎。30両出せば考えてやるよ(返すとは言っていない)的なやりとりがあったものの、お花の店で団子に10両使ってしまった今の自分に、30両はとても用意できないと嘆く(そこは店からちょちょいと――いやいや)佐太郎を見て、またもやお紅は無責任に清次にすがるのでした――あの時みたいにやればいいじゃん、とか何とかいう感じで。

 そう、かつて櫛から80両作るとなった時、清次が取った手段は、わらしべ長者作戦。売っても貸しても足りないのだったら、品物をより高いものと交換していこうと、需要と供給のバランスを掴んで次々とアイテム交換をしていった結果――は今後のお楽しみとして、しかしこの手段には情報収集に時間がかかるという欠点があります。
 急がないといけないのに――とためらう清次に対して、同類を案じる出雲屋のつくもがみを使えばいいじゃない、と悪魔の知恵を出すお紅。そして清次の手腕とお紅の邪知により30両見事に集まった!

 これでどうだと甘味屋で30両を破落戸に突きつける清次ですが、すっとぼけて要求をつり上げようとする破落戸。しかし怒った焦香が破落戸の素肌に噛みついたために、破落戸は焦香を放り出して逃げていくのでした。いや、もっと早くやろうよ焦香――そもそも足があるんだから逃げればよかったものを。
 何はともあれ焦香は帰ってきて一件落着。どさくさでダウンした若旦那も、お花に案じてもらってご満悦、という残念ぶりを発揮してこのお話は終わりであります。


 今回もオリジナル――と思いきや、回想部分のみは原作の一部を使用、というちょっとイレギュラーなスタイルの今回。確かに原作はこの回想だけでほぼ一話使っていたので、この構成はなるほど面白いと感じますが、しかし上で述べたように、焦香が自分で逃げれば良かったのでは――という根本部分がひっかかるところであります。

 ちなみに作中で何回か、月夜見が弘法大師と印籠にまつわるありがたい話というのを語るのですが、これが史実にもギャグにも掠らないのが苦しい、というより視聴者を混乱させる原因となってるのは如何なものか……
(一応、聞いていると眠くなるほどつまらない話→佐太郎が意識を失ったのに清次がそれを引っかける、というオチなのだと思いますが)


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 「つくもがみ貸します」 人と妖、男と女の間に

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2018.09.02

『つくもがみ貸します』 第五幕「深川鼠」

 麻布のとある神社に願い出れば願いを叶えてくれると評判の怪盗イタチ小僧。イタチ小僧を追う岡っ引きの平蔵も、出来心から神社に出雲屋のお姫人形が欲しいと願掛けしてしまうが、その通りにお姫が盗まれてしまった。イタチ小僧に恋してしまったお姫のためにも、小僧を追うことになる清次だが……

 前回ラストで描かれた清次とお紅、そして佐太郎の過去の回想の続きから始まる今回。佐太郎のところには、縁談話が来ている大店の娘が蘇芳の香炉を贈ってきたようですが、佐太郎自身は縁談に反対の様子。逆にお紅を嫁に迎えたいと言い出しますが、佐太郎の母はお紅に櫛を一つ渡し、これを元手に大金を作ってみせれば認めてやると上から目線であります。
 その後がどうなったかはさておき、前回ラストで浜松屋が持ち込んできた香炉は、単にそっくりさんでした、というオチで、とりあえず今回は過去関連のお話はおしまい。

 さて本筋ですが、浜松屋と入れ替わりに出雲屋にやって来たのは岡っ引きの平蔵。いま瓦版で大評判の怪盗イタチ小僧を追っているというのであります。このイタチ小僧、麻布の居酒屋で役人のセクハラに苦しんでいた店の娘が神社で願掛けをしたら、それに応えて現れ、役人を退治してくれたというのが初のお目見え。以来義賊イタチ小僧の人気はうなぎ登り、麻布の神社も小僧に願掛けしたいという参拝客で溢れている状況です。

 そこで神社に調べに向かった平蔵ですが、「出雲屋で一番値の張りそうなお姫人形が欲しい」などとトンチキな願掛けをしたのはまあいいとして、その後、十手をなくしてしまうという大失態。そこで清次に泣きつく平蔵ですが、さすがに出雲屋にも十手は置いていないのでした(もし置いてあったらどうしようかと思いましたよ……)。
 しかしてその晩、出雲屋に現れたのはイタチ小僧。平蔵の願い通りお姫人形を盗んだ小僧は、神社にお姫を置いて去ろうとするのですが――お姫は神社の神さまのフリをして、何故こんなことをするのか問います。答えて曰く、実はかつて金もなく行き倒れになりかけたイタチ小僧は、神社にお供えされていたサツマイモを囓って命を繋ぐことができた恩を返すため、神社に願掛けされた願いをせっせと叶えているというのであります。

 
翌日、神社にやってきた平蔵に見つけられて出雲屋に帰ってきたお姫ですが、実は彼女には、雑に扱われていた屋敷から盗み出され、その末に出雲屋に辿り着いたという過去がありました。そんなこともあって、義賊に人一倍の憧れを抱くお姫は、イタチ小僧にベタ漏れしてしまったのであります(しかしイタチ小僧はもはや義賊なのか何なのかわからないし、そもそも昔お姫を盗んだ男は普通に盗賊だと思います)。
 そんな彼女を見て、清次に小僧のことを調べるように言い出すお紅。自分も恋する乙女だから、ということかは知りませんが、これはやはり無茶振りではないでしょうか……

 さて、調べを続けていた平蔵ですが、イタチ小僧のおかげで神社が繁盛していたことから、正体は神社の関係者ではないかとなかなか鋭いところを見せます。が、むしろ神社側は芋ばかりお供えされて困惑している様子ですし、そもそも、最初にイタチ小僧に助けられたのは居酒屋の娘ではなくお婆さんであったことがわかります。
 さらにつくもがみを調べに出した清次は、瓦版での評判と実際の事件が異なる――というより、瓦版が現実の事件をことさらに大げさに書いていることに気付きます。そういえばイタチ小僧が出現する前は、瓦版の内容はイマイチで鳴かず飛ばずだったはず――と気付いた清次は、瓦版売りこそが小僧見破り、平蔵は瓦版売りを捕らえるのでした。

 瓦版売り=イタチ小僧の盗みの動機は瓦版を売るため、しかしイタチ小僧の瓦版で荒稼ぎした分は遊興費に消えてしまい、結局イタチ小僧を続ける羽目になったとか――悪いことはできないものです。何はともあれ、お姫の恋の相手は捕らえられてしまいましたが、今や彼女の関心は、新たに現れたという変な名前の義賊に向けられて――なかなか残酷なものであります。


 今回もオリジナルエピソードですが、脚本はベテラン・浦沢義雄。無生物が動いたり喋ったりする話を得意とするだけに、なるほど本作は適材適所――と思いましたが、どうも今回は物語を構成する要素がうまくかみ合ってない印象で、ミステリ要素も今一つであったのが残念なところであります。

 ちなみに何となくホンワカと終わりましたが、十両盗めば首が飛ぶこの時代、たぶんイタチ小僧は獄門だと思います。


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2018.08.31

長池とも子『中国ふしぎ夜話』 二人の仙人を通じて描く人間の儚さと強さ


 中国ものを得意とする作者が、二人の対照的な性格の仙人を狂言回しに描く中国ファンタジーの連作集――いずれも「それはまだ、光と闇が曖昧だった頃。」という言葉から始まる、人間の心の不思議さ、美しさを描いた物語の数々が収録されています。

 それはまだ、光と闇が曖昧だった頃。亡き父の遺言を果たすために旅をしていた青年・陶は、山で行き倒れになりかかっていたところに、一人の美しい容貌の仙人・趙青龍と出会います。しかし大の人間嫌いである青龍は陶を見捨てて去ろうとするのですが――陶のあまりのお人好しぶりに、やむなく助ける羽目になります。
 そして陶の旅の理由が、かつて親同士が約束を交わした許嫁と結婚するためだと知った青龍は、お前は人間を信じすぎだとあざ笑うのでした。

 それでも相手を信じる陶は、旅の途中に世話をしてくれた貧しくも美しい村娘に別れを告げ、相手の家に向かうのですが――果たして財産もないお前に興味はないと、父娘両方に冷たくあしらわれることになります。
 さすがに落ち込んだ陶に対し、見返すために科挙を受けろと命じる青龍ですが……

 という物語が第1巻の冒頭に収録された「黄金の石榴」。正直者が馬鹿を見るというのは、生きていれば嫌というほど見聞きするお話ですが、しかしそこに仙人が絡めばどうなるか――仙人が人間嫌いというのがややこしいのですが、そこには心温まるファンタジーが生まれることになります。
 ある意味定番の内容ではあるのですが、人間にとって本当に大切なものは何か、という問いかけと、その答えを美しく描き出す様は、やはりグッとくるのであります。


 そして第1巻の後半からは、この連作のもう一人の主人公・白石生が登場します。石を煮たものが大好物という風変わりな(そしていかにも神仙譚らしい)個性をもつ彼は、親友の青龍とは正反対で人懐っこい性格。人里近くに暮らし、様々な事件に好んで首を突っ込むという、仙人らしからぬ仙人です。
 そんな白石生が何故仙人となったのか、そしてどのように趙青龍と出会ったのかを描くのが、第2巻に収められた中編エピソード「瑠璃の月」であります。

 戦乱で親を失い、ただ一人の妹は何処かに金で買われ、天涯孤独となった石生を拾った仙人(その名は左慈!)。彼の推薦で仙人となるための学校の入学試験を受ける羽目になった石生は、全く術も教えられぬ状態で送り出され、大いに苦労することになります。
 そしてそこで出会ったのが天才と謳われる青龍。何から何まで正反対の二人は、しかし何となくウマが合い、不器用ながら友情を育んでいくかに見えたのですが――しかし二人の生まれがそれを阻むことになります。

 実は青龍は秦生まれ、一方石生はその秦に滅ぼされた韓の人間。秦の侵略がなければ家族を失うことはなかったと、理不尽を承知で石生は青龍に反発してしまうのですが……
 友情の脆さと得難さ、そして美しさを象徴する「瑠璃の月」という言葉。危なっかしくも瑞々しい青春を送り、やがてその言葉を地で行くように強い絆で結ばれる二人の姿が強く印象に残る好編です。


 そして最終巻の第3巻には、趙青龍の過去が描かれる「天より来る河」を収録。
 青龍が人間嫌いとなった理由、それはかつて愛した女性に手ひどく裏切られたため――というのは実は第1話で語られるのですが、彼が仙人を志す前の、まだごく普通の青年であった彼の過去の姿が描かれることになります。

 ということは結末は既に明かされているように思えるのですが――そこに一捻りを加えて、人間の生の儚さと、それにも屈することのない人間の愛の強さを描く物語は、これも定番ではありますがやはり素晴らしい。
 全3巻を通すと時系列が行き来するのが少々ややこしいのですが(第1巻の第1話第2話が時系列的に最新で「天より来る河」の前半が一番過去)、これも神仙譚らしく、一種の円環構造を成すと言うべきでしょうか。


 その他にも一話完結で時に美しく、時に微笑ましい物語を紡ぐ本作ですが、一つだけ個人的に残念だった点は、史実とのリンクがほとんどないことであります。
 もちろん、先に述べた「瑠璃の月」のような当時の社会情勢が関わる物語もあるものの、それ以外はいつかの時代、どこかの国が舞台で、以前紹介した同じ作者の『旅の唄うたい』シリーズが史実と密接に結びついた内容であったのに比べると、少々物足りないものを感じたのは事実であります。

 もっとも、史実をベースに物語を描けば、『旅の唄うたい』と同工異曲となるわけで、これはまあ、私のわがままではあります。

『中国ふしぎ夜話』(長池とも子 秋田書店プリンセス・コミックス全3巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon
中国ふしぎ夜話 1 黄金の石榴 (プリンセス・コミックス)中国ふしぎ夜話 2 瑠璃の月 (プリンセス・コミックス)中国ふしぎ夜話 3 天より来る河 (プリンセス・コミックス)

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