2017.02.20

入門者向け時代伝奇小説百選 忍者もの(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪に並び伝奇ものの華である忍者を主人公とした作品の紹介。古今の名作のうち、5作品をまず紹介いたします。
16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎)
17.『赤い影法師』(柴田錬三郎)
18.『風神の門』(司馬遼太郎)
19.『真田十勇士』(笹沢佐保)
20.『妻は、くノ一』シリーズ(風野真知雄)

16.『甲賀忍法帖』(山田風太郎) 【江戸】 Amazon
 忍者もの一番手は、忍者といえばこの方、という山田風太郎の忍法帖の第1作であります。

 家光か忠長か、徳川三代将軍を決するためのゲームの駒として選ばれた甲賀卍谷と伊賀鍔隠れ、各十名の死闘を描いた本作は、奇怪極まりない――それでいて医学的合理性を備えた――忍者たちのトーナメントバトルという、忍法帖の一つのスタイルを作った記念すべき作品。
 しかし本作が千載に名を残すのは、忍者たちの忍法合戦の面白さもさることながら、その非人間的な戦いの中で、権力者たちに翻弄される甲賀と伊賀の恋人たちの姿をも描き出した点でしょう。

 近年、『バジリスク』のタイトルで漫画化・アニメ化され、今なお愛されている不滅の名作であります。

(その他おすすめ)
『信玄忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『忍者月影抄』(山田風太郎) Amazon


17.『赤い影法師』(柴田錬三郎) 【江戸】【剣豪】 Amazon
 柴錬が昭和30年代の忍者ブームに参戦した本作は、実に作者らしい、剣豪ものの側面も色濃く持つ作品であります。

 三代将軍家光の御前で行われたという寛永御前試合。この十番勝負に出場した二十人の武芸者たちの死闘が本作の縦糸ですが、横糸となるのは、その勝者を襲って拝領の太刀を奪う謎の忍者の存在であります。
 その正体は、伝説の忍者「影」の娘と、服部半蔵の間に生まれた若き天才忍者「若影」。ただ己の腕のみを頼みとし、強者との戦いの中にのみ己の存在を見出す彼の姿は、いかにも柴錬らしい独特の乾いた美意識に貫かれています。

 ちなみに本作には、大坂の陣を生き延び隠棲している真田幸村と猿飛佐助も登場。そのカッコ良さはファン必見です。

(その他おすすめ)
『猿飛佐助 真田十勇士』(柴田錬三郎) Amazon


18.『風神の門』(司馬遼太郎) 【戦国】 Amazon
 その活動初期に伝奇的な作品を発表していた司馬遼太郎。本作は忍者ブームに発表された、天才忍者・霧隠才蔵の活躍を描く長編です。

 徳川と豊臣の決戦が迫る中、どちらにつくでもなく飄々と暮らす才蔵。ある時、人違いから襲撃を受けた彼は、それがきっかけで東西の忍者たちの暗闘の世界に巻き込まれることになります。
 そんな中、才蔵はかつては宿敵であった猿飛佐助の主君・幸村と出会い、己の主と仰ぐのですが――

 才蔵を己の技を売って生きる自由闊達な男と設定し、痛快な活躍を描く本作ですが、そんな彼の自由は孤独と背中合わせ。自由であることの光と陰を背負った彼の姿は、同時に極めて現代的であり、だからこそ魅力的なのです。

(その他おすすめ)
『梟の城』(司馬遼太郎) Amazon


19.『真田十勇士』(全5巻)(笹沢左保) 【戦国】 Amazon
 大河ドラマの題材にもなり、今なお人気の真田幸村と、その配下・十勇士。そんな十勇士を描いた中でも決定版が本作です。

 智将・真田幸村一の臣である猿飛佐助が、幸村の股肱の臣たるべき勇士を求めて諸国を巡る発端から、十勇士集結、豊臣・徳川の開戦、そして凄絶な決戦からその結末に至るまでを描いた本作。
 設定自体は極めてオーソドックスではありますが、しかし十勇士たちをはじめとするキャラクターの個性、そして物語展開は、名手ならでは、というべきさすがの内容。何よりも、十勇士たち一人一人が背負った過去、あるいは彼らが出会う事件それぞれが、みな実に伝奇色濃厚で、さながら戦国意外史の感すらある作品です。


20.『妻は、くノ一』シリーズ(全10巻)(風野真知雄) 【江戸】 Amazon
 市川染五郎と瀧本美織主演でドラマ化もされた作者の代表作にして、一味も二味も違うユニークな忍者活劇であります。

 たった一月の新婚生活の後に姿を消した妻・織江を追って江戸にやってきた、ちょっと変わり者の平戸藩士・雙星彦馬。
 実は織江は藩を探る公儀のくノ一、任務で彦馬に近づいたのですが、そうと知らず彦馬は彼女を探す毎日。そして彦馬を愛してしまった織江も、やがて抜け忍となることを決意して――

 彦馬が出会う市井の事件の謎解きを縦糸に、織江が忍びとして繰り広げる苦闘を横糸に、濃厚な伝奇風味を隠し味とした本作。愛し合うカップルの苦難に満ちた冒険が、どこかユーモラスで、そして暖かい、作者ならではの筆致で描かれる名品です。

(その他おすすめ)
『消えた十手 若さま同心徳川竜之助』(風野真知雄) Amazon
『私が愛したサムライの娘』(鳴神響一) Amazon


今回紹介した本
甲賀忍法帖  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)赤い影法師 (新潮文庫)風神の門 (上) (新潮文庫)真田十勇士 巻の一 (光文社文庫)妻は、くノ一 (角川文庫)


関連記事
 「風神の門」上巻 自由人、才蔵がゆく
 「風神の門」下巻 自由児の孤独とそれを乗り越えるもの
 「妻は、くノ一」 純愛カップルの行方や如何に!?

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2017.02.06

武村勇治『天威無法 武蔵坊弁慶』第8巻 前代未聞!? 秀衡vs清盛開戦

 宿敵・平清盛を討たんとする源義経と弁慶の物語から、超絶の力を発揮する六韜を持つ者たちの天下を巡る戦いへと飛翔する驚天動地の物語もいよいよクライマックス。義経一行が奥州の藤原秀衡のもとを訪れたのをきっかけに、一気に六韜を持つ者たちの戦いに火蓋が切って落とされることになります。

 かつて都を舞台に展開していった義朝・清盛・秀衡の三人の友情と夢。しかしその三人の関係が後白河院の悪意によって歪められ、壊れていった末にこの物語があることが、前巻では描かれました。
 そしてこの巻の中心となるのはその三人の一人――藤原秀衡であります。

 奥州の莫大な黄金を背景に、都何するものぞの心意気を見せてきた豪放無頼の秀衡。史実同様、義朝の遺児である義経を、そして双子の妹である遮那を庇護してきた秀衡は、二人にとっては頼もしくも温かい「秀じい」だったのですが――
 しかし、秀衡もまた六韜の一つ・虎韜を持つ男。そしてその力は巨大からくりの製造と操作……そう、秀衡は巨大からくり兵団によって平清盛撃滅を企図していたのであります!


 いやはや、史実では上に述べたとおり義経を匿いはしたものの、源平合戦においては静観を保っていた秀衡。しかし本作においては、この国に争いを招く呪いの書・六韜の力に毒され、からくり兵団を用いて因縁の清盛との全面対決に臨むことになります。
 そして秀衡が天下獲りに立ったことで、残る六韜の持ち主も同様に動き出すことに――

 かくて繰り広げられるのは秀衡vs清盛、そして源義仲vs平教経の決戦。後者はともかく、前者は史実が変わってしまう……どころの騒ぎではないのが本作の恐ろしさであります。
 身の丈数丈はあろうかという巨大なからくり兵の力の前に文字通り薙ぎ払われていく平家の兵たち。しかしそこで発揮される清盛の犬韜の真の力。人心を操るものと思われた犬韜の力の極まるところ、操られた者は死をも超えた不死身の亡者と化すのであります。

 すなわち、ここで繰り広げられるのは巨大ロボット軍団vsゾンビ軍団の決戦。今まで色々な源平合戦を読んできましたが、こんなとんでもないものはさすがに初めてであります。

 しかし、前巻で描かれた過去の物語の中で描かれたのが、紛れもなく生身の人間の弱き心であったのと同様に、この地獄絵図の中で消費されていくのもまた、紛れもなく生身の人間たち。
 その地獄にあって、弁慶は、遮那は如何に対するのか……六韜を操る地獄の鬼に対するために、自ら鬼になることは許されるのか。「その力」を持ち、その誘惑に晒されながらも戦い続けてきた弁慶は、一つの決断を下すことになります。

 そしてこれに対するのが、六韜の力を持たぬまま、地獄の鬼の心を持った義経。ある意味この物語の中で全くぶれない男(表面では殊勝なことを言っていても全く当てにならないのはある意味凄い)である彼もまた、ある行動に出るのですが――それがこの物語に如何なる影響を及ぼすのか。

 この第8巻発売時の作者の言によれば、本作はあと2巻……ということは次巻がラストということでしょうか。残された時間は短い中で、如何にこの物語に決着をつけるのか、非情に気になるところです。

 しかしただ一つ、地獄の前では人間はただ鬼となるしかないのか……その答えが示されることには期待したいと思います。


『天威無法 武蔵坊弁慶』第8巻(武村勇治&義凡 小学館クリエイティブヒーローズコミックス) Amazon
天威無法-武蔵坊弁慶(8) (ヒーローズコミックス)


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 「天威無法 武蔵坊弁慶」第2巻 奇怪な清盛に奇怪な鬼若が求めたもの
 『天威無法 武蔵坊弁慶』第3巻 大転換、争奪戦勃発!?
 『天威無法 武蔵坊弁慶』第4巻 二人の過去と求める力、そして真の旅の始まり
 武村勇治『天威無法 武蔵坊弁慶』第5巻 激突! 突き抜けた力を持てる者
 武村勇治『天威無法 武蔵坊弁慶』第6巻 新たなる六韜、そして頼朝が示す弁慶の道
 武村勇治『天威無法 武蔵坊弁慶』第7巻 破天荒なる青春と等身大の人間と

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2017.01.30

入門者向け時代伝奇小説百選 古典(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、古典の紹介その二であります。
6.『ごろつき船』
7.『美男狩』
8.『髑髏銭』
9.『髑髏検校』
10.『眠狂四郎京洛勝負帖』

6.『ごろつき船』(大佛次郎)【江戸】 Amazon
 大佛次郎といえば『鞍馬天狗』の生みの親ですが、その作者の伝奇ものの名作が本作――松前藩を牛耳る悪徳商人に家を滅ぼされた大商人の遺児と、彼を守って決死の戦いを繰り広げる人々の姿を描く物語であります。

 本作の魅力の一つは、何よりも松前に始まり、舞台は江戸に、西国に、そして遙か遠く異国まで広がっていくスケールの大きさ。しかしそれ以上に心に残るのは、主人公側の登場人物を次から次へと襲う苦難の運命と、それにも負けぬ善き心の存在であります。
 運命の悪意に翻弄され、世の枠組みからつまはじきにされようとも、善意と希望を捨てず戦い抜く……そんな「ごろつき」たちの勇姿には、心を熱くせずにはいられません。

(その他おすすめ)
『鞍馬天狗 角兵衛獅子』(大佛次郎) Amazon


7.『美男狩』(野村胡堂)【幕末-明治】 Amazon
 密貿易の咎で獄死した銭屋五兵衛が残した莫大な財宝を巡り、架空・実在の様々な人々の運命が入り乱れ、やがて伊皿子の怪屋敷に習練していく――銭形平次の生みの親である作者が初めて手掛けた時代小説である本作には、時代伝奇の楽しさが横溢しています。

 しかし印象に残るのは何とも不穏なタイトル。実は本作で大活躍するのは不倶戴天の宿敵である二人の美剣士。そしてそこに魔手を伸ばすのが、大の美男好き、それも美男同士の死闘を観るのを愛するという怪屋敷の女主人なのであります。
 そのドキドキするような要素を、「ですます」調の爽やかな文体で、節度を守りつつ描き出し、波瀾万丈の物語として成立させてみせた本作。作者ならではの逸品です。


8.『髑髏銭』(角田喜久雄)【江戸】 Amazon
 今では知名度こそ高くないものの、紛れもなく時代伝奇小説界の巨人と呼ぶべき作者の代表作がこの作品。莫大な財宝の在処を示す八枚の「髑髏銭」を巡り、青年剣士・怪人・大盗・悪女・奸商入り乱れての争奪戦が繰り広げられる本作は、まさに時代伝奇の教科書ともいうべき先品です。
 特に印象的なのは、髑髏銭を求めて跳梁する覆面の怪人・銭酸漿。冷酷で陰惨な殺人鬼のようでありながら、実は悲しい宿命を背負い、人間的な側面を覗かせる彼には、現代においても全く古びない存在感があります。

 推理小説家として知られるだけに、ミステリ的趣向が濃厚なのも作者の時代伝奇の特徴ですが、それは本作も同様。ミステリファンにも読んでいただきたい作品です。

(その他おすすめ)
『妖棋伝』(角田喜久雄) Amazon
『風雲将棋谷』(角田喜久雄) Amazon


9.『髑髏検校』(横溝正史)【怪奇・妖怪】【江戸】 Amazon
 たとえ異国の存在であっても貪欲に取り込んでしまうのが時代伝奇というジャンルですが、異国の妖魔の代表格である吸血鬼が江戸を脅かすのが本作。

 『吸血鬼ドラキュラ』の翻案と言うべき本作は、異境の吸血鬼に囚われた若者の手記に始まり、都で若者の恋人を狙う吸血鬼の跳梁、これに挑む老碩学たちの死闘――と、基本的に原典の展開をなぞっているのですが、それでいて要素の一つ一つが見事に日本のものとして翻案されているのが素晴らしい。

 何よりも、唸らされるのは、ラストで明かされる吸血鬼・不知火検校の正体。終盤の展開がやや駆け足ではありますが、時代伝奇ホラーの名作であることは間違いありません。

(その他おすすめ)
『天動説』(山田正紀) Amazon
『神変稲妻車』(横溝正史) Amazon


10.『眠狂四郎京洛勝負帖』(柴田錬三郎)【剣豪】【江戸】 Amazon
 古典ジャンルの中で唯一戦後の作品であります。古くは市川雷蔵や田村正和が、近年はGACKTが演じた孤高のヒーローの活躍を描く短編集です。

 異国の転び伴天連と武士の娘の間に生まれたという出生の秘密を背負い、立ち塞がる相手は円月殺法で斬り捨てる異貌の剣士。そんな狂四郎の人物像は今なおインパクトがありますが、しかし本シリーズは、今現在は最終作を除いて絶版という状況。その一方で容易に手に取ることができるのが本書です。

 張り巡らされた陰謀と謎、強敵を斬り払う狂四郎の一刀、むせび泣く女体……眠狂四郎ものの王道を行く表題作をはじめとしてバラエティに飛んだ短編が集められた本書は、眠狂四郎に初めて触れるにも適した一冊でしょう。


(その他おすすめ)
『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎) Amazon
『運命峠』(柴田錬三郎) Amazon


今回紹介した本
ごろつき船 上 (小学館文庫)美男狩(上) 文庫コレクション (大衆文学館)髑髏銭 (春陽文庫)髑髏検校 (角川文庫)新篇 眠狂四郎京洛勝負帖 (集英社文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 大佛次郎『ごろつき船』上巻 悪事を捨て置けぬ男たちの苦闘!
 大佛次郎『ごろつき船』下巻 今立ち上がる一個人(ごろつき)たち!
 「美男狩」 時代伝奇小説の魅力をぎゅっと凝縮
 「髑髏検校」 不死身の不知火、ここに復活
 「眠狂四郎京洛勝負帖」 狂四郎という男を知る入り口として

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2017.01.25

芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 拾遺 追憶の翰』 この世の理不尽に足掻く者たち

 江戸を、各地を騒がす怪異との戦いの果てに、浅間山大噴火の百鬼夜行の中で姿を消した素浪人・榊半四郎と聊異斎、捨吉。果たして彼らはどこに消えたのか……本シリーズもこれで最終巻ですが、本作はここに少々意外な形で結末を迎えることとなります。

 配下の妖忍たちを操って浅間山大噴火を目論む松平定信、それを阻もうと手勢を繰り出す田沼意次一派――様々な勢力が入り乱れる中に奔走した半四郎、聊異斎、捨吉の戦いの甲斐あってか大噴火は多大な被害を与えたものの、致命的な結果とはならず終わったのですが……しかし三人はその混乱の中で姿を消すことになります。
 そしてその後の彼ら三人の運命は……誰もが気になるその問いに、本作はいささか変わった形で答えを示すのです。

 シリーズ第4巻での出来事において火盗改に目をつけられ、江戸を離れて各地を巡ることとなった半四郎ら三人。その模様は軽く第5巻において触れられました。
 本作に収録された全四話のうち、掌編ともいうべき第三話を除く三つの物語で描かれるのは、その旅の中で彼らが遭遇した怪異の物語なのです。

 房総に向かった三人が、ある特定の網元の舟のみが嵐に襲われ遭難していくという怪事の影に、不幸な運命に見舞われた網子の存在を知る第一話「海霊」。
 土地の神に生け贄の娘を捧げて山中深くの平家の落人部落で、暴走を始めた奇怪な神の猛威に半四郎が孤剣を以て挑む第二話「異神」。
 山中で行方不明となり、三年の間異界で暮らしていたという座敷牢の中の若者と半四郎たちが出会う第四話「桃源郷」。

 この三話で描かれるのは、これまでシリーズで描かれてきたものと同様、由来も姿形も力も、それぞれ全く異なる、そして何よりも本作ならではの個性的な怪異の数々。
 その前において、半四郎たちが時に怪異に抗する者となり、時に傍観者となるのもまた、これまでと同様であります。

 そして残る第三話において、我々が最も気になっていたその後の江戸の姿が語られることになります。ただ一人江戸に残された愛崎同心が、噴火後に発生した大飢饉の余波による一揆の中で見たもの、それは――


 このような最終巻のエピソードの配置に、疑問を感じる方も少なくないかもしれません。本来であれば時系列的に一番後となる第三話、このエピソードこそが本作の最後に配置されるべきではないか……と。
 そして同時に、ここで描かれたその後の物語に、すっきりしないものを感じる方も多いのではないでしょうか。さらに言えば、本作に収められた他のエピソードが、過去の語られざる物語であることにも。

 この点については、あくまでも想像するしかないのですが、これも一つの結末の形である……ということは間違いなく言えるでしょう。
 大噴火の百鬼夜行の果てに、半四郎たちがどこに消えたのか。いかなる運命を辿ったのか。真実がいかなるものであれ、世界のその後の運命は第三話のとおりであり、そして半四郎たちのその後の運命は、第四話の結末に暗示されたとおりなのだと。

 そして本作の前半の二つの物語に、最終巻としての意義を見出すとすれば、それはその怪異の背後に、ある種の「理不尽」の存在を描いたことではないでしょうか。
 あるいは人の世の悪意がもたらしたもの、あるいは人知を超えた怪異がもたらしたものという違いはありますが、これらの物語で人々を苦しめるのは、まさしく理不尽としか言いようのない運命なのであります。

 思えば本シリーズにおいて描かれてきた物語の数々に通底するのは、この「理不尽」の存在でした。
 様々な超自然の怪異に苦しめられる人々だけではありません。悪政に、災害に、そして人の悪意に苦しめられる人々――本作に登場する人々の多くは、自身に責任のない理不尽な出来事に苦しめられてきたのです。

 しかし同時に本シリーズは、その理不尽を描くだけのものではありません。運命の悪意に負けることなく必死に「足掻く」者、そしてそれを助け、見守る者をまた、本作は描いてきました。そしてその代表が、自身も理不尽な運命に翻弄され続けてきた半四郎であることは言うまでもありません。

 本作で描かれたとおり、過去にも、現在にも、未来にも理不尽は存在します。しかしそれだけではない、それに挑む者が、それを助ける者が必ずいる……本シリーズはその姿を描くものではなかったでしょうか。
 本作は、それを我々に改めて提示してみせたように感じるのです。


『素浪人半四郎百鬼夜行 拾遺 追憶の翰』(芝村凉也 講談社文庫) Amazon
素浪人半四郎百鬼夜行(拾遺) 追憶の翰 (講談社文庫)


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 『蛇変化の淫 素浪人半四郎百鬼夜行』 繋がる蛇と龍の怪異譚の陰にあるもの
 芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 零 狐嫁の列』 怪異と共に歩む青春記
 芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 四 怨鬼の執』 人の想いが生む怪異に挑む剣
 芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 五 夢告の訣れ』 新たなる魔の出現、そして次章へ
 芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 六 孤闘の寂』 新章突入、巨大な魔の胎動
 芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 七 邂逅の紅蓮』 嵐の前の静けさからの大爆発
 芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 八 終焉の百鬼行』 そして苦闘の旅路の果てに待つもの

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2017.01.24

入門者向け時代伝奇小説百選 古典(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、古典でチョイスしたのは、基本的に戦前の作品を中心とした十作品。70年以上前の作品だからと言っても古臭さとは無縁の作品の数々、これぞ時代伝奇、と呼ぶべき定番の名作群です。
1.『神州纐纈城』
2.『鳴門秘帖』
3.『青蛙堂鬼談』
4.『丹下左膳』
5.『砂絵呪縛』

【古典】
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)【戦国】 Amazon
 記念すべき第一作目は、鬼才・国枝史郎の代表作にして時代伝奇小説史上に燦然と輝く作品であります。

 捕らえた人間の生き血を絞って美しい真紅の布を染めるという纐纈城。富士山麓に潜むその伝説の城を巡り、業病に犯された仮面の城主、若侍、殺人鬼、面作りの美女、薬師、剣聖、聖者……
 様々な人々が織りなす物語は、血腥く恐ろしいものではありますが、しかしその中で描かれる人間の業は、不思議な荘厳さ、美しさを持ちます。

 実は未完ではありますが、それが瑕疵になるどころかむしろ魅力にすらなる本作。今なお語り継がれ、消えては復活する、まさしく不滅の名作であります。

(その他おすすめ)
『八ヶ嶽の魔神』(国枝史郎) Amazon


2.『鳴門秘帖』(吉川英治)【江戸】 Amazon
 国民的作家・吉川英治は、その作家活動の初期に幾つもの優れた伝奇小説を残しています。その中でも代表作と言うべきは、外界と隔絶された阿波国を舞台に、阿波蜂須賀家の謀叛の秘密を巡る冒険が繰り広げられる本作であります。

 水際だった美青年ぶりを見せる主人公・法月弦之丞をはじめとして、怪剣士・お十夜孫兵衛、海千山千の女掏摸・見返りお綱など、個性的で魅力的な面々が入り乱れての大活劇は、まさしく伝奇ものの醍醐味を結集したというべき物語。
 そして、波瀾万丈の活劇に留まらず、その中で登場人物たちの情を細やかに描き出してみせるのは、さすがは、と言うべきでしょう。

(その他おすすめ)
『神州天馬侠』(吉川英治) Amazon
『江戸城心中』(吉川英治) Amazon


3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)【怪奇・妖怪】【江戸】【幕末・明治】 Amazon
 捕物帳第一号たる『半七捕物帳』の作者である岡本綺堂は、同時に稀代の怪談の名手でもあります。本作はその綺堂怪談の代表作――ある雪の夜に好事家たちが集まっての怪談会というスタイルで語られる、十二の怪談が収められた怪談集なのです。

 利根の河岸に立つ座頭の復讐、夜ごと目を光らせる猿の面、男を狂わせる吸血の美少女……「第○の男(女)は語る」という形で語り起こされる怪談の数々は、舞台も時代も内容もそれぞれ全く異なりつつも、どれも興趣に富んだ名品揃い。
 背後の因縁全てを語らず、怪異という現象そのものを取り出して並べてみせるその語り口は、全く古びることのないものとして、今なおこちらの心を捕らえ、震わせるのです。

(その他おすすめ)
『三浦老人昔話』(岡本綺堂) Amazon
『影を踏まれた女』(岡本綺堂) Amazon


4.『丹下左膳』(林不忘)【剣豪】【江戸】 Amazon
 隻眼隻腕の怪剣士、丹下左膳。元々は「新版大岡政談」(現『丹下左膳 乾雲坤竜の巻』)に敵役として登場した彼は、しかしそのキャラクターが大受けして続編ではヒーローとなった変わり種であります。

 ここでオススメするのは、その続編たる『こけ猿の巻』『日光の巻』。その特異な風貌はそのままに、より人間臭い存在となった左膳は、莫大な財宝の在処を秘めたこけ猿の壷争奪戦や柳生家の御家騒動という物語を、カラリと明るい陽性のものに変えてしまうパワーを持っています。
 何よりもスラップスティック・コメディ調の味付けが、到底戦前の作品とは思えぬモダンな空気を漂わせていて、これはもう他の作者・他の作品では味わえぬ妙味なのです。


5.『砂絵呪縛』(土師清二) Amazon
 第六代将軍擁立を巡り、柳沢吉保の配下・柳影組と、水戸光圀を後ろ盾とする間部詮房の組織する天目党の暗闘を描く本作は、典型的な時代活劇のようでいて、ある一点でもってそこから大きく踏み出してみせた作品であります。

 その一点とは、この二つの勢力の争いに割って入る浪人・森尾重四郎の存在。
 時代小説には決して珍しくはないニヒルな人斬り剣士である彼は、しかし、そのニヒルである理由……行動原理や主義主張というものが全く見えない(それでいて決して木偶人形でもない)、極めてユニークな存在なのです。

 オールドファッションな物語を描きつつ、真に虚無的な存在を織り交ぜることで、今なお「新しい」作品であります。



今回紹介した本
神州纐纈城 (大衆文学館)鳴門秘帖(一) (吉川英治歴史時代文庫)青蛙堂鬼談 - 岡本綺堂読物集二 (中公文庫)丹下左膳(一)(新潮文庫)砂絵呪縛(上) 文庫コレクション (大衆文学館)


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 「青蛙堂鬼談」(その一) 多種多様の怪談会の幕開け
 「砂絵呪縛」 というよりも森尾重四郎という男について

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2017.01.23

殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第1 若者たちを繋ぐ剣と食

 新撰組を描いた漫画はこれまで枚挙に暇がありませんが、そこにまた一作が、それも非常にユニークな作品が加わりました。山口一(斎藤一)と沖田宗次郎(沖田総司)の視点から、「食」を通じて新撰組を描く、一味も二味も違う物語であります。

 物語の始まりは、山口一が江戸の貧乏道場・試衛館に出入りしていた頃。年が近いせいか何かと絡んでくるものの、性格も食べ物の好みも正反対の宗次郎と何となく日々を過ごしている一は、落ち込んでいるという近藤勇のために一肌脱ぐことになります。

 念願であった幕府の武術指南所である講武所の教授方に内定した勇。しかし出身が農民であったことから内定を取り消された彼は、今でいうノイローゼのような状態で、食も細ってしまったというのです。
 勇の力になりたいという宗次郎に付き合って、勇でも食べられる料理を探す一は「玉子ふわふわ」という料理を見つけるのですが――


 という第1話から始まり、本作の各話のタイトルとなっているのは「とろ飯と納豆汁」「にら粥」「桜もち」「おにぎり」と、作中に登場する食べ物の名前。
 この食べ物に、良くも悪くも高級感がないのは、この時代の彼らのステータスを表しているようで何とも微笑ましく、そして物語の方も、どこかほのぼのしたムードが漂うのですが……しかし本作は決してそれだけで終わるものではありません。

 上で触れたとおり、第1話で描かれているのは、身分に翻弄される近藤勇の姿。そしてそれ以降のエピソードで陰に陽に描かれるのも、まだ何者にもなれない一や宗次郎、試衛館の若者たちの悩める姿なのです。

 その代表となるのが、本作の主人公たる一と宗次郎であることは言うまでもありません。
 彼ら二人は、どちらも歴とした武士の出身ですが、しかしどちらも家督を継げるわけでもなく、片や家の厄介者、片や外に養子を出され……と、ままならぬ日常を抱えているのであります。

 己がこの家に、この世に不要な人間なのではないか? 若き日々にそんな想いを抱えるほど哀しく辛いことはないでしょう。
 そんな若者たちが繋がり合う糸の一つが「剣」……というのは普通の新撰組ものですが、しかし本作においてはもう一つの糸として「食」が描かれるのが、何よりの特徴であり、魅力なのです。

 これは一見突飛なようですが、しかしまさしく「同じ釜の飯を食う」仲だったのが試衛館の仲間たち――といっても一はそこから少し外れているわけですが、しかしその関係も物語の中に取り込まれているのがまた何ともうまい――であります。

 そんな彼らが食べるものが物語の軸となるのは、実は理にかなっているように感じられます。
 少なくとも、その剣を――己の生を守るために――振るったことがきっかけで全てを失いかけた一に対し、彼を仲間たちと繋ぎ止めたか細い糸が食であったことを考えれば――

 この先、食と剣が如何に孤独な若者たちを繋げ、そして新撰組を生み出すのか……温かい中に、時々ドキリとする苦い隠し味を忍ばせた、何とも味わい深い物語の始まりであります。


 ちなみに本作のタイトルの一部となっており、そして第5話の前半部分の初出時のサブタイトルとなっていたのが「だんだら」。
 新撰組で「だんだら」と言えば、言うまでもなく連想されるのはあの隊服ですが、ここでは当時下級な魚の扱いであった、そして今ではそれとは正反対の扱いである、マグロの大トロのことを指します。

 この辺りも、この第1巻の時点の姿と、後の彼らの姿との違いを感じさせて心憎いところではありませんか。


『だんだらごはん』第1巻(殿ヶ谷美由記 講談社KCxARIA) Amazon
だんだらごはん(1) (KCx)

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2016.11.10

宮本昌孝『ドナ・ビボラの爪』下巻 美しき復讐鬼、信長を狙う

 織田信長の正室にして斎藤道三の娘・帰蝶を中心に、信長の天下布武の有様と、彼に対する驚天動地の復讐絵巻を描く大作の下巻であります。運命の悪意に翻弄され、歴史の闇に埋もれた帰蝶。彼女はどこに消えたのか、そして謎の「ドナ・ビボラ」とは……(上巻の詳細に触れますのでご容赦下さい)

 未曾有の大洪水の中で産声を上げた道三の娘・帰蝶。父と瓜二つの顔立ちであった彼女は、しかし信長から特にと請われて彼の正室となり、信長と深い愛情で結ばれ、若き彼を支えて活躍することになります。
 やがてついに彼の子を宿した彼女ですが、しかし、兄の地位を狙う織田信行とのたった一度の過ちが、信行誅伐という最悪のタイミングで明かされたことで、。幸せの絶頂から不幸のどん底に引きずり落とされることに――という上巻の結末から八年後の時点から下巻の物語は始まることとなります。

 道三にその才能を認められた麒麟児であり、そして帰蝶の守り役にして親友、母にして姉のような存在だった煕子の夫である明智十兵衛(光秀)。諸国を渡り歩いた末、信長の下に参じた彼は、瞬く間に頭角を現していくことになります。
 木下藤吉郎と並び、信長の天下布武を支えて活躍する十兵衛。しかし彼には隠された大望がありました。信長を討つという……

 表向きは信行誅伐に驚き、転倒して頭を打って亡くなったと語られてきた帰蝶。しかしその実、信長の容赦ない打擲によって力尽きた彼女の無念を晴らすため、十兵衛と煕子は、獅子身中の虫となって、信長の隙を窺っていたのであります。
 「ドナ・ビボラ」を奉じて――


 というわけで、ついに登場する謎の存在ドナ・ビボラ。……なのですが、しかし弱ったことに、これ以上は何を述べても物語の興を削ぐことになりかねません。
 詳細に触れぬように申し上げれば、この下巻で描かれるのは、復讐劇の陰に存在する、奇しき人々の因縁。それは上巻の時点から既に綿密に用意され、思いも寄らぬ形でこちらの前に明かされることとなります。

 その意外性、そしてフェアさは、ほとんどミステリ小説的と言えるでしょうか……真実が明かされるたびに、嗚呼! と驚き唸らされるばかりなのであります。

 その一方で本作は、主に十兵衛の視点から、織田信長という男が、その破天荒なやり方で天下布武を押し進めていく、その姿を描き出す、歴史小説としての性格も強く持つ作品であります。

 かの道三を瞠目させ、何よりもその薫陶を受けた娘・帰蝶が心身を捧げ尽くした信長。この下巻ではその非情ぶり、酷薄さが嫌と言うほど描かれるとはいえ、彼自身が歴史を変えた風雲児であることは間違いありません。
 そしてその信長の姿は、次第に十兵衛の心をも変えていきます。その行き着く先を見てみたい、その中で己の力を試したい……と。

 それが物語にいかなる影響を与えるかは置いておくとして、この十兵衛の姿、さらには信長の姿から浮かび上がるのは、野心を抱き、他者の血肉を喰らってでものし上がろうという、乱世における男という存在の愚かしさであると感じます。
 そしてもう一つ、煕子や帰蝶のように、そんな彼らを案じながらも愛し、包み込もうとする女の強さもまた。

 その両者の溝とすれ違いは、復讐という本作の主題と相まって、何とも切なく、もの悲しく感じられるのです。


 しかし、本作で描かれるのは、決して哀しみや虚しさだけではありません。

 本作における復讐者たち――帰蝶を慕い、彼女のために信長を討たんとする者たちは、誰に命じられたわけでもありません。彼らは皆、ただ帰蝶を慕い、彼女の無念を晴らすために立ち上がるのです。
 そこから浮かび上がるのは、たとえ不幸に死したとしても、その人物を悼み、慕い続ける者がいるとすれば、その者の生は決して無駄ではなかったと言うべきではないか――その想いであります。

 本作のエピローグ――あまりにも意外な、しかし極めてフェアな「最後の一撃」が用意された結末は、これぞ宮本作品! と叫びたくなるほど痛快極まりないものであると同時に、この想いを形にしてみせたものである……そう感じるのであります。
 そして同時にそれは、男の野心に対する女の愛情の勝利であるとも――

 伝奇色の強い復讐劇であると同時に骨太の歴史小説であり、何よりも男と女の愛の物語である……作者ならではの一大ロマンであります。


『ドナ・ビボラの爪』下巻(宮本昌孝 中央公論新社) Amazon
ドナ・ビボラの爪 下


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2016.10.29

荒山徹『大東亜忍法帖』上巻(その二) 幕末・明治だからこその無念と後悔

 荒山徹の話題作『大東亜忍法帖』上巻の紹介の続きであります。あまりに「あの作品」写しにも見える本作。そこに引っかかるものが感じられるのですが、しかし……

 しかしそんな引っかかり、拘りは、本作の圧倒的な面白さの前にはくすんでしまうものでもあります。

 何よりも、本作に登場する12人の剣豪の顔ぶれたるや……
 千葉周作、男谷精一郎、伊庭軍兵衛(八郎)、近藤勇、土方歳三、沖田総司、物外不遷(拳骨和尚)、大石進、坂本龍馬、岡田以蔵、田中新兵衛、河上彦斎と、いやはや集めも集めたり!

 佐幕も倒幕も一度死に、明治の世になってみればノーサイド、これほどの顔ぶれが一堂に会せば、それはもう幕末ファン、剣豪ファンとしては盛り上がるしかないのでしょう。

 そしてまた、あちらとほとんど同じようなであっても、決して全く同じではない展開・構成・設定が、本作独自の魅力を強く放つことになります。
 この巻のほとんどを占める、彼ら12人が転送されるまでの経緯。そこに触れてみれば、「剣士が無念と後悔を呑んで亡くなるのに、幕末以上の舞台はないのでは」という強烈な印象を抱かざるにはおれません。

 少々生まれた時期が早かったばかりに、実戦の場で存分に剣を振るえなかった千葉、男谷、大石。朝敵として長きに渡り汚名を着せられた新撰組の三人。そして薩長土肥のために剣を振るいながらも、走狗として無惨な最期を遂げた三大人斬り。

 なるほど、一人一人は無双の力を持ちながらも、時代の流れに呑まれて虚しく消えた剣士たちの存在は、戦国・江戸初期よりも、幕末の方が遙かに多かったのではないか……そう感じさせられるのです。
(本作の剣士たちは、決して魂は魔人のそれなどではなく、生前のそれをそのまま残しているのがまた切ない。……千葉周作はともかく)

 さらにまた、冒頭から登場する榎本の役回りの意外さなどを見るに、決して本作が、偉大な先駆者のまがいものなどで終わるものではないこと(と同時に本作なりの「ルール」をきっちりと守ろうとする作者の一種の律儀さ)を示していると感じられるのです。

 そしてもう一つ、作中で折に触れて描かれる一風斎の行動原理は、これはこの作品ならではのものとしか言いようがないものであり――そしてそこから一部のキャラクターへの共感が生まれるのも実にいい――その手段は本当にとんでもないものなのですが、しかしある意味時代小説の欺瞞とも言うべきものに切り込んだ、恐ろしくドラスティックなものですらあると感じます。
(そしてこの点がまさに一風斎の(そして彼の……の)正体を感じさせるものとなっているのも見事、というのは私の全くの想像ではありますが)


 もっとも、その一方で人を食ったようなパロディやギャグが堂々と描かれるのも、これはこれでどうかと思うのですが、しかしやはり面白い。

 この上巻の終盤の舞台となる、南海の竜ならぬ南海の鯨・山内容堂(この対応関係もまた見事)の別荘に集った転送剣士団が、どれほどおぞましい血と肉の祝宴に耽るかと思いきや、ほとんど体育系学生の合宿的なノリのなったり、「Gメン75」「菊池俊輔」といった時代小説とは無関係に見える(いや、後者はOKか?)ワードが飛び出したり……
 個人的には河上彦斎が「何故か」ござるしゃべりをするのがツボでありました。

 ただし、クトゥルーものとしては、少なくともこの上巻の時点では、本当にエクスキューズ的な要素に留まるのが不満といえば不満ではありますが……


 何はともあれ、この上巻ほとんど全てを費やして、敵の編成は終わりました。明治天皇暗殺という大逆を狙う山田一風斎の正体は何か、そして天皇を守り、転送衆を討つ侍は誰なのか……
 真の物語は、ここからが開幕なのであります。


『大東亜忍法帖』上巻(荒山徹 創土社クトゥルー・ミュトス・ファイルズ) Amazon
大東亜忍法帖 上 (クトゥルー・ミュトス・ファイルズ)

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2016.10.28

荒山徹『大東亜忍法帖』上巻(その一) 大作家の大名作に挑むパロディ?

 五稜郭陥落も目前の中、伊庭軍兵衛の臨終に立ち会った榎本武揚は、ただ一人奇怪な陰陽師の出現を目撃する。時は流れ、出獄した榎本の前に、死んだはずの千葉周作が出現、彼は明治政府転覆を目論む陰陽師・山田一風斎の秘術・擬界転送により、他の11人の剣士とともに復活したと語るのだが――

 これまで数々の野心的な作品を送り出してきたクトゥルー・ミュトス・ファイルズですが、その中でも本作は屈指の作品でしょう。何しろ、時代伝奇小説の雄・荒山徹が、あの大作家のあの大名作をモチーフに、幕末・明治を舞台に展開する一大活劇なのですから……

 五稜郭に依った函館共和国の総裁・榎本武揚が、相次いで目撃した怪事。右利きのはずの土方歳三が左手の剣で刺客を撃退し、かつて喪われたはずの伊庭軍兵衛の左手が臨終の際には復活しており、その代わりに右手が欠けていたのであります。
 さらに軍兵衛の臨終の際、あたかも時間が止まったかのように周囲の人間たちが動きを止める中、忽然と現れた謎の陰陽師が「――これで11人」と呟くのを、榎本は聴くことになります。

 あたかも五稜郭陥落の混乱の中で見た幻のような出来事ですが、しかし極めつけの怪事を、降伏後収監されていた牢獄から出た武揚を待ち受けます。かつて交流を持ち、しかし15年前にこの世を去ったはずの千葉周作が、生前そのままの姿で現れたのであります!
 彼を甦らせたのは、謎の陰陽師・山田一風斎だと語る周作。明治政府の転覆……いや、明治天皇の暗殺を狙い、彼のほか、実に11人の大剣士を甦らせたという一風斎の企てに協力するよう求められる武揚ですが――


 人並み外れた技量と体力を持ち、そして死の直前になって自分の生に悔いを残し強烈に生を求める者を、新たな肉体で復活させ、生前の望みを遂げるためにその剣を振るわさしめる――この秘術を知らない伝奇時代劇ファンはいないでしょう。
 その名は忍法魔界転生、言うまでもなくこれまで幾度も映像化・漫画化され、いまもされている山田風太郎の大名作『魔界転生』に登場する秘術です。

 そう、本作はその忍法魔界転生に、真っ向からオマージュを捧げた作品であります。あちらが切支丹妖術を操る森宗意軒の魔界転生により甦った7人の大剣士なら、こちらは、陰陽師・山田一風斎の秘術・擬界転送(まがいてんそう)によって甦った12人の大剣士――
 いやはや、『柳生大作戦』『竹島御免状』など、これまでもその作品の随所で山田風太郎への愛をアピールしてきた作者ですが、ついに本作においては、隠すところなくそれを露わにしてきた……そんな印象があります。

 正直に申しあげれば、この点にはファンとして複雑な気持ちがあります。いかに伝奇小説はパロディの文学とはいえ、パロディやオマージュにありきのような作品を、荒山徹ほどの作者が書くのは惜しい、勿体ない。オリジナルで勝負して欲しい……と。
 特に「原典」の文章を、幾度となく引用しているのは、何とも曰く言い難い印象があります。

 しかし……
 いささか長くなりますので、次回に続きます。


『大東亜忍法帖』上巻(荒山徹 創土社クトゥルー・ミュトス・ファイルズ) Amazon
大東亜忍法帖 上 (クトゥルー・ミュトス・ファイルズ)

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2016.10.10

宮本昌孝『ドナ・ビボラの爪』上巻 猛き武人姫、信長を愛す

 宮本昌孝久々の長編は、何と織田信長の正室・帰蝶を題材とした作品。何とというのは、作者に女性主人公の作品が少ない(『紅蓮の狼』収録の二作くらいでしょうか?)こともありますが、何よりも帰蝶という有名で、しかし謎めいた女性が物語の中心に配置されているゆえであります。

 帰蝶――あるいは濃姫は、かの斎藤道三の娘にして、あの織田信長の正室。隣り合い激しく争ってきた美濃と尾張の和睦の証として信長と結婚することとなった女性であります。
 輿入れ前夜、父から信長がうつけであった場合は刺せと短刀を渡され、織田と斎藤が争う場合には父上を刺すかもしれませんと答えた有名な逸話があるように、父譲りの豪毅な性格であったという話もありますが……

 しかし、その実情はほぼ完全に闇の中。信長のもとに嫁いで以降の記録がほとんどなく、実際にどのような人間であったのか(上で述べたのはあくまでも巷説であります)、それ以前にいつ亡くなったのか、それすらわからないのです。
 もとより女性に関する記録が少ない時代ではありますが、信長ほどの人物の正室がこの状況というのはいささか珍しい。それゆえ、フィクションでは彼女の人となりやその去就について、様々な形で描かれてきました。

 もちろん本作もその系譜にあることは間違いありませんが、しかし何よりも印象的なのは、彼女の容貌でしょう。
 はっきり言ってしまえばその顔は父・道三の威圧的な容貌に瓜二つ。男に生まれれば一廉の武将として見られるものでありますが、女性としては……であります。

 その容貌ゆえに実の母にすら疎まれ、ただ父の愛情と、守り役であり彼女にとっては姉とも母とも親友とも恃む煕子(明智十兵衛の妻)の献身的な支えを頼りに、帰蝶は姫君としてよりも武人として、成長していくことになります。
 しかしいかに逞しく成長したとしても彼女も乙女。女性として誰かを愛し、愛されることを望むようになるのですが、しかし――

 と、そんな彼女の前に現れたのが織田信長。こともあろうに自ら美濃領に忍び込み、自身の目で帰蝶を見初めたという信長は、望んで彼女を正室に迎えることとなります。
 そこにはあの道三の娘、という打算も働いていたかもしれませんが、あくまでも颯爽とした、そして型破りな青年武人として帰蝶に接する信長。そんな彼に愛され、帰蝶は女性として――いや、一個の人間としての喜びを味わうことになるのです。


 この上巻の中盤では、こうして信長の正室となった帰蝶が織田家で活躍する姿と、彼女と信長の絆が描かれることとなります。

 彼女が織田家に輿入れしたのは、信長がまだ十代の頃。その数年後に父・信秀が亡くなり、信長が家督を継ぐことになるのですが……しかし当時の織田家は内憂外患。何よりも母・土田御前が信長を認めず弟の信勝を溺愛、自然と家中は二分され、一触即発の状況となっていきます。
 そして武家の表の争いは、奥向きにも反映されるもの。帰蝶は陰になり日向となって信長を支え、土田御前や乳母・養徳院と渡り合う中で、頭角を現していくのであります。

 周囲の愛に飢えてきた――言い換えれば、周囲から認められてこなかった――人物が、己の価値を認めてくれる相手と出会い、活躍の場を与えられる。そんな彼女の姿は、序盤に描かれた彼女の姿が悲しみに満ちたものであるだけに、実に嬉しく、また爽快の一言であります。
 父・道三の死、信長の側室の存在など、幾つもの悲しみに出会いながらもそれを受け止め、成長していく姿もまた感動的で、この辺り、やはり宮本作品! という印象なのですが……


 しかし好事魔多し。彼女が愛されるほど、幸せになっていくほど、同時にこちらの不安は募っていくことになります。何よりも史実においては、先に述べた通り、彼女の存在は歴史にほとんど残されていないのですから。

 そしてこの上巻の結末において、その予感は当たることとなります。ある喜びの最中、あまりにも残酷かつ非道な形で、その座から引きずり下ろされる帰蝶。これまでの活躍が印象的であればあるほど、その落差は衝撃的かつ無惨なものとして感じられるのですが――

 それを受けて、下巻の物語はいかに展開していくのか。全くその姿を見せるタイトルの「ドナ・ビボラ」の意味も含め、下巻を手に取らずにはいられない展開なのです。


『ドナ・ビボラの爪』上巻(宮本昌孝 中央公論新社) Amazon
ドナ・ビボラの爪 上

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