2017.07.16

田中芳樹『天竺熱風録』 普通の男のとてつもない冒険譚

 先日、伊藤勢による漫画版第1巻をご紹介いたしました『天竺熱風録』の原作小説であります。玄奘三蔵の天竺行からやや遅れた頃、天竺の内紛に巻き込まれた外交使節・王玄策が、一国を向こうに回して途方もない大活劇を繰り広げる冒険譚であります。

 時は七世紀半ば、天竺は摩伽陀国へ送られたものの、前王亡き後に国を簒奪した阿羅那順に捕らえられ、投獄されてしまった王玄策一行。
 獄中で奇怪な老行者・那羅延娑婆寐と出会った玄策は、老人の力を借りて副官と二人、救援を呼ぶために牢から脱出することになります。

 亡き王を慕う人々の手を借りて摩伽陀国から逃れ、これまでの旅で立ち寄った吐蕃(チベット)と泥婆羅(ネパール)、両国の力を借りるべく急ぐ玄策たち。
 交渉の結果、両国から幾ばくかの兵を借りだして摩伽陀国に戻った玄策ですが、しかし摩伽陀国軍は多勢の上、巨象を乗騎とする部隊まで擁する状況であります。

 圧倒的不利な状況の下、果たして玄策は敵を打ち破り、仲間たちを救い出すことができるのでしょうか……


 という、それこそ孫悟空でもいなければ無理といいたくなるような状況で繰り広げられる大冒険を描く本作。
 これが、ディテールはさておき、大まかには史実というのですから驚かされる……というより、そんな史実を発見して、これだけの物語に仕立て上げてみせたのは、これはさすがに作者ならではと感心するほかありません。

 さて、そんな本作ですが、内容もさることながら、特徴的なのはその語り口、文体であります。
 ですます調……とも少し異なる、そう、言うなれば講談調と言うべき文体で繰り広げられる物語は、独特のリズム感とテンションの高さ、そしてどこかユーモラスな(と言って悪ければ、ホッとさせられる)空気を漂わせているのです。

 この辺りは、あるいは好き嫌いが分かれるかもしれません。もっと固めで、風格ある歴史小説的な文体の方が良かった、という方もいらっしゃるでしょう。
 その辺りは、作者も当然考慮の上と考えるべきかと思います(言うまでもなく、「そういう書き方」でもいける……というよりおそらくそちらの方が楽なのですから)。

 しかしそれでも敢えて作者が本作にこうした文体を選んだのは、先に述べた空気、雰囲気こそが本作には相応しいと、そう考えたからではないでしょうか。
 決して無敵の英雄豪傑の物語ではなく、ちょっと人より優れたところはあるものの、あくまでも普通の男の冒険譚――本作はそんな物語として描かれたのではないかと、そう想像してしまうのです。

 上で触れたように、本作で描かれる物語のベースとなっているのは史実、王玄策も実在の人物です。
 しかし日本においては、本作がなければ、王玄策という人物は知られることがなかったのは間違ない程度の知名度。そして中国本国の歴史書においても、彼の晩年ははっきりしないのであります。

 それはいささか寂しいことではありますが……しかし後世まで人口に膾炙するような一騎当千の豪傑ではないからこそ、本作で描かれる冒険譚は逆に異数のものであり、そして素晴らしく感じられます。
 そしてそんな物語だからこそ、本作は四角四面なものではなく、面白おかしく物語られるスタイルとなっているのであろうとも。

 正直なところ、その面白おかしさ(たとえば敵王夫妻のキャラクター)が物語の緊迫感を削いでいる面はなきにしもあらずなのですが――しかしそのまさしく講談的な肩の凝らない楽しさは、また得難いものであります。


 そしてそんな本作の結末、全ての冒険が終わり、静か王玄策が静かに去っていく姿からは、彼が華々しい「虚」の世界から、静かな「実」の世界に帰っていくような――そんなもの悲しくも美しい空気が漂います。
 それはあるいは、作者が玄策という人物を、物語から史実に敬意を以て送り返したということではないか――そんなようにも感じられるのであります。

 そして、果たして漫画版がどのような結末を迎えるか、それはわかりませんが、おそらくはこの原作のものとは全く異なるものとなるのではないか、とも感じている次第です。


『天竺熱風録』(田中芳樹 祥伝社文庫) Amazon
天竺熱風録 (祥伝社文庫)


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2017.06.27

戸土野正内郎『どらくま』第6巻 戦乱の申し子たちの戦いの果てに

 あの幸村の子にしてとんでもない守銭奴の商人・真田源四郎と、伝説の忍び・佐助の技を継ぐ忍者である野生児・クモ――相棒なのか宿敵なのか、おかしなコンビが戦国の亡霊たちに挑む物語もこの巻で完結。伊達家の忍び集団に潜み、戦国を上回る混沌をもたらさんとする怪忍・天雄との戦いの行方は――

 怪しげな動きを見せる忍びたちの動きを追って奥州に向かった源四郎とクモ。そこで彼らは、伊達家の黒脛巾組と、元・軒猿十王の一人・天雄の暗闘に巻き込まれることになります。
 クモのかつての仲間であるシカキンとともに天雄を倒したものの、味方と思っていたシカキンと黒脛巾組に捕らえられ、絶体絶命となった源四郎一行。

 そしてさらに悪いことに、替え玉を使って生き延びていた天雄、そして彼と結んでいた黒脛巾組の頭領・世瀬蔵人が正体を現し、そこに天雄を追う大嶽丸、十王の頭・髑髏までが現れて、大乱戦が繰り広げられることに……


 というわけで、この巻で繰り広げられるのは、ほとんど冒頭からラストまで、超絶の技を持つ忍者たち――いや、前巻でついに見せた真の実力をもって、忍者ならぬ源四郎も参戦――の一大バトルであります。

 かくて展開するのは、大嶽丸vs天雄、髑髏vs天雄、シカキンvs蔵人、源四郎vs蔵人、そしてクモvsシカキンと、見応えしかないようなバトルの連べ打ち。
 特に医術薬術を以て、他者のみならず自らの体まで改造して暴れ回る天雄は、まったく厭になるくらいのしぶとさで、この伊達編のラストを飾るにふさわしい怪物的な暴れぶりでありました。


 しかし、そんなダイナミックな死闘の数々を通じて描かれるのが、どちらが強いかという腕比べだけでなく、彼らそれぞれの戦う理由――言い換えれば、戦乱が終わった後の時代を如何に生きるべきか、という問いかけへの答えのぶつかり合いであることは見逃せません。
 何しろその問いかけは、この物語において様々に形を変え、幾度も問いかけられてきたものなのですから。

 長きに渡りこの国で繰り広げられてきた戦乱の時代の、その最後の戦いともいうべき大坂の陣の翌年を舞台とする本作。
 破壊と殺戮が繰り返され、源四郎流に言えば大いなる金の無駄遣いであったその時代に、しかし、自分自身の夢を見た者たちも確かに存在しました。そしてその戦乱の中においてのみその存在を許される者たちも。

 前者を武将、後者を忍者と呼ぶことができるかもしれませんが――いずれにせよ、戦乱あってこその存在であった彼らが、戦乱が終わった後に何を望むのか? 
 本作の主人公の一人である源四郎は、そんな戦乱の申し子たちの想いを見届け、そしてジャッジする存在であったと、この巻を読んで、改めて感じさせられました。

 そしてそれは、己の父・幸村を討つことで戦乱の時代に終止符を打った彼だからこそできる、彼だからこそやらなければならない役目であるとも……


 さて、冒頭でこの巻を以て本作は完結と述べましたが、しかし物語はまだまだその奥に広がりがあることを窺わせます(本作は人物設定等相当しっかりと行われているらしく、ちょっとした描写が後になって伏線とわかったりと、幾度も感心させられました)。
 いわばこの巻は、伊達編の完結とも言うべき内容。ここでの戦いは終結したものの、解消されぬ因縁は幾つも残されています。

 何よりも、戦乱の時代を引きずり、そして戦乱の時代に囚われた者たちはまだまだ数多くいるはず。だとすれば、源四郎とクモの旅路もまた、これからも続くのでしょう。
 ラストにとんでもない素顔(とか色々なもの)を見せた髑髏の存在もあり、いずれまた、源四郎たちの活躍を見ることができると、信じているところであります。


『どらくま』第6巻(戸土野正内郎 マッグガーデンBLADE COMICS) Amazon
どらくま 6 (BLADE COMICS)


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2017.06.13

平谷美樹『でんでら国』(小学館文庫)の解説を担当いたしました

 約一年ぶりのお仕事の報告であります。今月6日に小学館文庫から発売された平谷美樹『でんでら国』の解説を担当いたしました。2015年に単行本で発売された作品が、上下巻で文庫化されたものです(解説は下巻に収録)。幕末の東北を舞台に、老人と武士が繰り広げる攻防戦を描いた快作であります。

 東北の小藩・外館藩の外れに位置する大平村。そこでは60歳になった老人は村を離れ、御山参りに行くという風習がありました。御山参りと言いつつも帰ってきた者のいないその風習を、周囲の村の者たちは棄老、すなわち姥捨と見做して嫌悪していたのですが……

 しかしそこには大きな秘密がありました。実は老人たちは、山の中で老人たちだけの国を作り、そこで自給自足、助け合いの平和な暮らしを送っていたのであります。
 その国の名は「でんでら国」――そしてでんでら国の老人たちは、自分たち自身だけではなく、大平村の人々の助けにもなっていたのであります。

 しかし財政難にあえぐ藩が大平村の豊かさに目をつけたことから、老人たちの桃源郷に危機が迫ります。
 別段廻役(犯罪捜査を役目とする役人)の探索が迫り、徐々に追い詰められていくでんでら国の人々。しかし武士たちの苛斂誅求を逃れてここまで作り上げてきた楽園を、奪うことしか知らない武士に明け渡すわけにはいきません。

 かくて老人たちは、知恵を絞ったあの手この手の作戦で、武士たちを迎え撃つことに……


 『でんでら国』を読んで以来、一体何度このあらすじを書いただろう――と個人的に感慨深くなってしまうのですが(初読時のブログと、『この時代小説がすごい!』2016年版、今回の解説とこの記事で計4回!)、しかし書くたびにワクワクする気持ちが湧いてくるのもまた事実であります。
 元々大ファンの作家の作品なのは間違いありませんが、しかしそれでもどれだけこの作品がが好きなのか――と可笑しくなったりもしますが、それだけ魅力に富んだ作品であることは間違いありません。

 弱い者たちが知恵と勇気で強い者たちを打ち破る痛快さがその理由の最たるものかもしれませんが、それだけではなく、でんでら国というシステムの独創性や、そこに関わる人々のドラマの豊かさ、そしてどんでん返しの連続のストーリー展開の面白さ――本作の魅力は多岐に渡っており、読む人によって異なる魅力を感じるのではないかとも感じます。

 そうした作品には、当然ながら書くべきことは様々にあります。この点について掘り下げるべきだろうか、あの作品にも触れておくべきだろうか……
 色々と悩みましたが、本作はこの数ヶ月に渡って開催されたKADOKAWA・徳間書店・大和書房・小学館の四社合同企画のラストを飾るということで、本作自体の解説であると同時に、一種総論的な内容とさせていただきました。


 私は初読時から、本作はある意味最も作者らしい作品であると考えています。それは、「奇想」と「気骨」と「希望」という作者の作品に通底する三つの要素が、最も色濃く表れていると感じられたからにほかなりません。
 老人たちの桃源郷たる「でんでら国」という奇想天外な舞台設定の「奇想」、武士という支配階層に一歩も引かず立ち向かう老人たちの「気骨」、そして攻防戦の先に浮かび上がる和解の「希望」――その三つの要素が。

 この三つの要素については、このブログ以外でも事あるごとに触れてきたことでもあり、繰り返すべきかは悩ましいところではありました。。
 しかし上で述べたようなタイミングということもあり、平谷作品の一種の総括として、そしてこの企画などをきっかけに初めて作者の作品に触れた方への水先案内として、敢えて取り上げさせていただいた次第です。


 いやはや、色々と書いてしまいましたが、解説の解説というのは野暮の極みであります。
 私の解説などは抜きにしても、心からお勧めできる名作だけに、この機会にぜひご一読を(既に単行本でご覧になっている方も再読を)お願いする次第であります。


『でんでら国』(平谷美樹 小学館文庫全2巻) 上巻 Amazon/ 下巻 Amazon
でんでら国 上 (小学館文庫)でんでら国 下 (小学館文庫)


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 『でんでら国』(その一) 痛快なる老人vs侍の攻防戦
 『でんでら国』(その二) 奇想と反骨と希望の物語

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2017.06.11

平山夢明『大江戸怪談 どたんばたん』 帰ってきた江戸の怪談地獄絵図

 かつて実話怪談界を震撼させた平山夢明、久々の時代怪談集であります。以前竹書房から刊行された『大江戸怪談草紙 井戸端婢子』収録作の一部再録と、雑誌連載及び書き下ろしで構成された、全33話の怪談集です。

 ここしばらく実話怪談とはご無沙汰している私ですが、かつて平山夢明がデルモンテ平山として活躍していたころは、大いに作者の怪談に震え上がらされたものでした。
 そんな中刊行された『井戸端婢子』は、平山実話怪談のテイストを濃厚に漂わせた時代怪談集として、大いに楽しませていただいたものの、その後続編はなく、残念に感じていたのですが……

 再録が1/3程度とはいえ、ここにこうして平山時代怪談が復活したのは欣快至極。陰惨なグロ怪談あり、狂気に満ちた人間地獄あり、ちょっとすっぽぬけたような奇談あり……
 巻頭の作者の言では、杉浦日向子の『百物語』に幾度も言及していますが、怖さ面白さという点ではそちらに並びつつ、作者でなければ描けないような世界がここには展開されています。


 短編怪談集のため紹介が難しいところですが、特に印象に残った作品は以下の四作でした。

『地獄畳』:賭場の借金で追い詰められた男が狙った按摩の隠し金のおぞましい隠し場所は……
 とにかく、登場人物がほとんど全員ろくでなしという恐ろしい作品。その上でラストに描かれる怪異のインパクトも凄まじい。

『魂呼びの井戸』:死にかけた人間を生き返らせると評判の長屋の井戸に、ある晩、瀕死の娘を連れて現れた女が現れるが……
 平山作品でしばしば描かれる、人間の半ば無意識の無関心さ、残酷さを浮き彫りにする一編。それだけに身近な嫌悪感があります。

『木の顔』:吝嗇な主人にこき使われていた鬱憤を、木に浮かび出た顔を虐め抜くことで晴らしていた少女が見たものは……
 こちらも人間の残酷さを容赦なく描き切った物語。一種の因果応報譚と言えるのかもしれませんが、しかしそれをもたらしたものを考えれば複雑な気持ちにならざるを得ません。

『しゃぼん』:辛い奉公を続ける少女に、不思議なシャボン玉を見せてくれた女。ある日変わり果てた姿で少女の前に現れた女が、シャボン玉の中に見せたものは。
 どこかノスタルジックで、そして物悲しい物語を描きつつ――ラストで読者を突き落とすその非情ぶりに愕然とさせられます。


 その他、これは『井戸端婢子』に収録されていた『肉豆腐』と『人独楽』も、相変わらず厭な厭な味わいで、あっという間に読める分量ながら、しかし読み応えは相当のものがある一冊であります。

 個人的には、平山怪談の――いや平山作品の基底に流れる、人を虐げる世の不条理に対する静かな、そして激しい怒りというべきものが、少々薄いような気もしましたが、その辺りは感じ方かもしれません。
(その意味からも『魂呼びの井戸』は、やはり出色と感じます)

 何はともあれ、ここに復活した平山時代怪談。今度は途切れることなく、書き継がれていくことを期待する次第です。


『大江戸怪談 どたんばたん』(平山夢明 講談社文庫) Amazon
大江戸怪談 どたんばたん(土壇場譚) (講談社文庫)


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 「大江戸怪談草紙 井戸端婢子」 大江戸「超」怖い話のお目見え

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2017.06.07

入門者向け時代伝奇小説百選 古代-平安(その一)

 ここからは作品の舞台となる時代ごとに作品を取り上げます。まずは古代から奈良時代、平安時代にかけての作品の前半です。

46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)


46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫) Amazon
 とてつもなくキャッチーなタイトルの本作は、そのタイトルどおりの内容に驚愕必至の作品。
 赤壁の戦いで大敗を喫した曹操が諸葛孔明に匹敵する奇門遁甲の遣い手として白羽の矢を立てた相手――それは邪馬台国の女王・卑弥呼だった! という内容の本作ですが、架空戦記的な内容ではなく、あったかもしれない要素を丁寧に積み上げて、世紀の対決にきっちりと必然性を持たせていくのが実に面白いのです。

 そして物語に負けず劣らず魅力的なのは、この時代の倭国の姿であります。大陸や半島から流れてきた人々が原始的都市国家を作り、そこに土着の人々が結びつく――そんな形で生まれた混沌とした世界は、統一王朝を目指す中原と対比されることにより、国とは、民族とはなにかいう見事な問いかけにもなっているのです。

 ラストの孔明のとんでもない行動も必見!

(その他おすすめ)
『倭国本土決戦』(町井登志夫) Amazon
『シャクチ』(荒山徹) Amazon


47.『いまはむかし』(安澄加奈) Amazon
 実家に馴染めず都を飛び出した末、代々の(!)かぐや姫を守ってきた二人の「月守」の民と出会った弥吹と朝香。かぐや姫がもたらす莫大な富と不死を狙う者たちにより一族を滅ぼされ、彼女の五つの宝を封印するという彼らに同行することにした弥吹たちの見たものは……

 竹取物語の意外すぎる「真実」を伝奇色豊かに描く本作。その物語そのものも魅力的ですが、見逃せないのは、少年少女の成長の姿であります。
 旅の途中、それぞれの目的で宝を求める人々との出会う中で、自分たちだけが必ずしも正しいわけではないことを知らされつつも、なお真っ直ぐに進もうという彼らの姿は実に美しく感動的なのです。

 そして「物語を語ること」を愛する弥吹がその旅の果てに知る物語の力とは――日本最古の物語・竹取物語に込められた希望を浮かび上がらせる、良質の児童文学です。


48.『玉藻の前』(岡本綺堂) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 インド・中国の王朝を騒がせた末に日本に現れ、玉藻前と名乗って朝廷に入り込むも正体を見顕され、那須で殺生石と化した九尾の狐の伝説。本作はその伝説を踏まえつつ、全く新しい魅力を与えた物語です。

 幼馴染として仲睦まじく暮らしながら、ある事件がきっかけで人が変わったようになり、玉藻の前として都に出た少女・藻と、玉藻に抗する安倍泰親の弟子となった千枝松。本作は、数奇な運命に引き裂かれつつも惹かれ合う、この二人を中心に展開します。
 そんな設定の本作は、保元の乱の前史的な性格を持った伝奇物語でありつつも、切ない味わいを濃厚に湛えた悲恋ものとしての新たな魅力を与えたのです。

 山田章博『BEAST OF EAST』等、以後様々な作品にも影響を与えた本作。九尾の狐の物語に新たな生命を吹き込むこととなった名作です。

(その他おすすめ)
『小坂部姫』(岡本綺堂) Amazon


49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 劇画界の超大物原作者による本作は、鬼と化した少女を主人公としたオールスター活劇であります。

 父・藤原秀郷を訪ねる旅の途中、鬼に襲われて鬼の毒をその身に受けた少女・茨木。不老不死となり、徐々に鬼と化していく彼女は、藤原純友、安倍晴明、渡辺綱、坂田金時等々、様々な人々と出会うことになります。そんな中、藤原一門による鬼騒動に巻き込まれた茨木の運命は……

 平安時代と言っても三百数十年ありますが、本作は不老不死の少女を狂言回しにすることにより、長い時間を背景とした豪華キャストの物語を可能としたのが実に面白い。
 しかしそれ以上に、「人ならぬ鬼」と、権力の妄執に憑かれた「人の中の鬼」を描くことで、鬼とは、裏返せば人間とは何かという、普遍的かつ重いテーマを描いてみせるのに、さすがは……と感心させられるのです。


50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 平安ものといえば欠かすわけにはいかないのが『陰陽師』シリーズ。誕生30周年を経てなおも色あせない魅力を持つ本シリーズは、安倍晴明の知名度を一気に上げた陰陽師ブームの牽引役であり、常に第一線にある作品です。

 その中で初心者の方にどれか一冊ということであれば、ぜひ挙げたいのが本作。元々は短編の『金輪』を長編化した本作は、恋に破れた怨念から鬼と化した女性と、安倍晴明・源博雅コンビの対峙を描く中で主人公二人の人物像について一から語り起こす、総集編的味わいがあります。

 もちろんそれだけでなく、晴明と博雅がそれぞれに実に「らしい」活躍を見せ、内容の上でも代表作といって遜色ない本作。
 特に人の心の哀れを強く感じさせる物語の中で、晴明にも負けぬ力を持つ、もう一人の主人公としての存在感を発揮する博雅の活躍に注目です。

(その他おすすめ)
『陰陽師 瀧夜叉姫』(夢枕獏) Amazon



今回紹介した本
諸葛孔明対卑弥呼 (PHP文芸文庫)(P[あ]6-1)いまはむかし (ポプラ文庫ピュアフル (P[あ]6-1))玉藻の前夢源氏剣祭文【全】 (ミューノベル)陰陽師生成り姫 (文春文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 諸葛孔明対卑弥呼
 「いまはむかし 竹取異聞」 異聞に込められた現実を乗り越える力
 玉藻の前
 夢源氏剣祭文
 

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2017.06.05

鳴神響一『天の女王』(その二) サムライたちの戦う理由!

 実在の日本人武士コンビが、17世紀のスペインで国家を揺るがす陰謀に挑む大活劇たる物語の紹介の後編であります。本作の根底にある精神性とそれを生み出すもの、それは――

 それは、本作の二人の主人公が経験してきたもの、背負ってきたものに由来するものであります。

 遣欧使節という立場でバチカンをはじめとする欧州を訪れた二人。支倉常長の秘書役であった外記、ある事情から日本を捨てバチカンを目指した嘉兵衛――それぞれにバチカンに、キリスト教に希望を抱いてきた彼らは、その後の経験から深い幻滅を抱き、今は剣が頼りの無頼の身の上というのは、先に述べたとおりであります。

 無頼――そう、彼らはまさしく頼るもの、仕えるもの無き身の上。
 日本という故国を捨て、この時代の欧州の二大権力である王と教会のどちらに仕えるわけでもない二人の戦う理由は、洋の東西を問わず武士の根幹にあるもの――忠誠心、あるいは名誉などではありえないのであります。

 それでは二人が戦う理由は、単に金のため、身過ぎ世過ぎのためだけにすぎないのでしょうか?
 もちろんその答えは否、であります。二人が戦う理由は、もっと大きく、根源的なもの――たとえば「義」、たとえば「自由」、たとえば「愛」。そんな人間の善き心に根ざしたものなのですから。


 それは一見、ひどく陳腐な絵空事に見えるかもしれません。しかし本作に登場する敵と対峙する時、彼らの戦う理由は、むしろひどく身近なものとしてすら、感じられるのです。

 己の利益を貪り、己が権力を手にする――そのために戦争を招く。そのために邪魔となる王族をその座から追う。そのために人の秘密を暴き立て、強請りたてる。
 あるいは、単なる自分の好悪を絶対的な善悪の基準にすり替え、人間の自由な魂の発露である芸術を型に押し込め、あまつさえそれを以て人を害さんとする……

 本作で二人のサムライが、そしてルシアやベラスケスやタティアナが対峙するのは、そんな、いつの時代にも普遍的な、いや今この時も世界各地で吹き出している人間社会の悪しき側面なのであります。
 だからこそ彼らの冒険には、絵空事とは思えない重みがある。だからこそ彼らの冒険を応援したくなる……本作はそんな物語なのです。


 その本作のプロローグとエピローグは、現代を舞台とした、ちょっとしたサスペンスとなっています。
 ここでは、本編の物語の由来が語られることになるのですが――しかしそれだけはなく、本編で描かれた人間性の輝かしい勝利が決して一過性のものではなく、連綿と受け継がれてきたことを同時に語るのが何よりも嬉しい。

 そんなプロローグとエピローグを含め、本作が与えてくれるものは、スケールの大きな伝奇活劇の楽しさはもちろんのこと、それと同時に、「勇気」「希望」「元気」――いま我々が決して忘れてはならないものであります。

 物語の枠を超え、人が人として生きる上で大切なものを示してくれる――そんな本作を、現時点での作者の最高傑作であると、自信を持って言いたいと思います。


『天の女王』(鳴神響一 エイチアンドアイ) Amazon
天の女王

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2017.06.04

鳴神響一『天の女王』(その一) 欧州に駆けるサムライたち

 デビュー以来、スケールの大きな時代小説を次々と発表し、そしてスペインとフラメンコをこよなく愛する作者が、その持てる力を全て注ぎ込んだかのような快作であります。17世紀前半のスペインを舞台に、日本のサムライたちが、自由と愛のためにその刃をふるう、奇想天外かつ痛快な冒険活劇です。

 時は1623年、舞台はフェリペ4世の治世下のスペイン(エスパーニャ)。そして主人公は日本人武士・小寺外記と瀧野嘉兵衛の二人――というと、何故この時代のスペインに日本のサムライがいるのかと不思議に思う方も多いでしょう。この二人が、実在の人物とくればなおさらであります。
 実はこの二人は、あの支倉常長の慶長遣欧使節団の一員。その中でも日本に帰国せず、欧州に残留したと言われている人物であります。

 しかしその使節団もこの物語から10年近くも前のこと――希望に胸を膨らませて欧州に残った二人は、それぞれその希望に裏切られ、今は金と引き替えにその刀を振るう、いわば裏稼業で口を糊する毎日。
 そんな中、とある依頼で要人の命を救い、王と謁見したことがきっかけで、二人はイザベル王妃から極秘の使命を託されることになります。

 ルイ13世の妹であり、フランスからスペインに嫁いだ王妃。しかし彼女は、ある重大な過去の秘密が隠された宝石箱をバチカンの司教に奪われ、脅しを受けていたのであります。
 その秘密が明るみに出れば、フランスとスペインの間で戦端が開かれかねぬ宝物を奪還すべく、外記と嘉兵衛、そして王妃の侍女ルシアは、海賊が横行する海を越え、バチカンを目指すことに……

 一方、ルシアの兄であり、後世に大画家として名を残すことになるベラスケスは、思わぬことから、マドリードの夜に浮き名を流す歌姫・タティアナと、フェリペ王との仲立ちをする羽目になります。
 さらに王の命で、彼はタティアナをモデルに「無原罪の御宿り」の聖母マリア像を描くことになるのですが――その彼に近づくのは苛烈で知られる異端審問所の長官。王と異端審問所の板挟みになり、ベラスケスは苦しむことになります。

 そして一見関係の内容に見えた外記・嘉兵衛たちの冒険とベラスケスの受難は意外な形で結びつき、やがて明らかになるのは、戦争を望み、王をその座から追おうという者たちの邪悪な陰謀。
 そしてタティアナ――実はかつて嘉兵衛と愛し合った彼女が陰謀の生贄とされることを知り、サムライと芸術家たちは、一世一代の大勝負を挑むことに……


 これまで伝奇色が濃厚な作品を発表してきた作者の作品。しかし本作は伝奇は伝奇でも、西洋の伝奇小説――アレクサンドル・デュマの作品を彷彿とさせるような題材と展開の、胸躍る冒険活劇が描き出されることになります。
 特に中盤、外記と嘉兵衛、ルシアが王妃の秘密奪還のために奮闘する展開は、かの『三銃士』の、王妃の首飾りのくだりを連想させるのですが――もちろんここには本作ならではの、作者ならではの、魅力と趣向が存分に用意されているのです。

 その最たるものが、主人公コンビの存在にあることは言うまでもありません。
 女好きで陽気な外記と、寡黙で金に目がない嘉兵衛――どちらも一癖も二癖もある曲者ながら、それぞれ武術は達人クラスの二人。そんなコンビが西洋の剣士や悪漢を相手に、地中海海上やバチカンの地下迷宮等、めまぐるしく変わる舞台の中で活躍を繰り広げるのですから、これはもう、つまらないわけがないのであります。

 しかし本作は、ニッポン男児が海外で活躍してバンザイ、という趣向の作品ではありません。むしろそれとは――そして『三銃士』などの作品とは――対極にある精神性を抱えた物語であるとも言えます。


 それは――長くなりますので次回に続きます。


『天の女王』(鳴神響一 エイチアンドアイ) Amazon
天の女王

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2017.05.30

入門者向け時代伝奇小説百選 ミステリ

 今回の入門者向け時代伝奇小説百選はミステリ。物語の根幹に巨大な謎が設定されることの多い時代伝奇は、実はミステリとはかなり相性が良いのです。

41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)


41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子) 【古代-平安】 Amazon
 日本最大の物語と言うべき源氏物語。本作はその作者・紫式部を探偵役として、源氏物語そのものにまつわる謎を解き明かす、極めてユニークな物語です。

 本作で描かれるのは、大きく分けて宮中でおきた猫の行方不明事件と、題名のみが現代に残されている「かかやく日の宮」の帖消失の謎。片や日常の謎、片や源氏物語そのものに関わる謎と、その趣は大きく異なりますが、どちらの事件もミステリとして興趣に富んでいるだけでなく、特に後者は歴史上の謎を解くという意味での歴史ミステリとして、高い完成度となっているのです。

 そして本作は、「物語ることの意味」「物語の力」を描く物語でもあります。源氏物語を通じて紫式部が抱いた喜び、怒り、決意……本作は物語作家としての彼女の姿を通じ、稀有の物語の誕生とそれを通じた彼女の生き様を描く優れた物語でもあるのです。

(その他おすすめ)
『白の祝宴 逸文紫式部日記』(森谷明子) Amazon


42.『義元謀殺』(鈴木英治) 【戦国】 Amazon
 文庫書き下ろし時代小説の第一人者であると同時に、戦国時代を舞台としたミステリ/サスペンス色の強い物語を送り出してきた作者のデビュー作は、戦国時代を大きく変えたあの戦いの裏面を描く物語です。

 尾張攻めを目前とした駿府で次々と惨殺されていく今川家の家臣たち。義元の馬廻で剣の達人の宗十郎と、その親友で敏腕目付けの勘左衛門は、事件の背後にかつて義元の命で謀殺された山口家の存在を疑うことになります。彼らの懸念どおり事件を実行していたのは山口家の残党。しかしその背後には、更なる闇が……

 戦国最大の逆転劇である桶狭間の戦。本作はその運命の時をゴールに設定しつつ、どんでん返しの連続の、一種倒叙もの的な味わいすらあるミステリとして成立させた逸品であります。最後の最後まで先が読めず、誰も信用できない、サスペンスフルな名作です。

(その他おすすめ)
『血の城』(鈴木英治) Amazon


43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍) 【剣豪】【江戸】 Amazon
 歴史上の事件の「真実」をユニークな視点から解き明かす作品を得意とする作者が、名だたる剣豪たちの秘剣の「真実」を解き明かす連作であります。
 それだけでも興味津々な設定ですが、主人公となるのはかの剣豪・柳生十兵衛と、手裏剣の達人・毛利玄達(男装の麗人)。この凸凹コンビが探偵役だというのですからつまらないわけがありません。

 本作の題材となるのは、塚原卜伝の無手勝流、草深甚十郎の水鏡、小笠原源信斎の八寸ののべかね、そして柳生十兵衛(!?)の月影と、名だたる剣豪の名だたる秘剣。いずれもその名が高まるのと比例して、神秘的ですらある逸話がついて回るようになったその秘剣の虚像と実像を、本作は見事に解き明かしていくのです。

 十兵衛と玄達のキャラクターも楽しく、剣豪ファンにも大いにお薦めできる作品です。

(その他おすすめ)
『柳生十兵衛秘剣考 水月之抄』(高井忍) Amazon
『名刀月影伝』(高井忍) Amazon


44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる) 【幕末-明治】【児童文学】 Amazon / Amazon
 自称名探偵・夢水清志郎が活躍する児童向けミステリ『名探偵夢水清志郎事件ノート』シリーズの登場人物の先祖的キャラが活躍する外伝であります。

 幕末の長崎出島に住み着いていた謎の男・夢水清志郎左右衛門。出島で事件を解決した彼は、ふらりと江戸に出ると、徳利長屋に住み着いて探偵稼業を始め……という本作、前半は呑気な事件が多いのですが、終盤にガラリとシリアスかつ驚天動地の展開を迎えることとなります。
 江戸を舞台に激突寸前の新政府軍と幕府軍。これ以上の時代の犠牲を防ぐべく、清志郎左右衛門は勝と西郷を前に、江戸城を消すというトリックを仕掛けるのですから――

 時代劇パロディ的な作品でありつつも、人を幸せにしない時代において、「事件を、みんなが幸せになるように解決する」べく挑む主人公を描く本作。子供も大人も必読の名作です。


45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介) 【幕末-明治】 Amazon
 『大富豪同心』をはじめとするユニークな作品で活躍する作者による伝奇ミステリの問題作であります。

 旅先で看取った青年の末期の言葉を携え、モウリョウの伝説が残る上州の火嘗村を訪れた渡世人の三次郎。そこで彼を待ち受けるのは、猟奇的な事件の数々。関わりねえ事件に巻き込まれた三次郎の運命は――
 と、奇怪な伝説や因習の残る僻地の謎と、それに挑む寡黙な渡世人という、どこかで見たような内容満載の本作。しかし本作はそこに濃厚な怪奇性と、きっちり本格ミステリとしての合理的謎解きを用意することで、さらに独特の世界を生み出しているのが何とも心憎いのです。

 そして本作のもう一つの特徴は、作中の人物がミステリのお約束に突っ込みを入れるメタフィクション的な言及。路線的に前作に当たる『猫魔地獄のわらべ歌』ほど強烈ではありませんが、後を引く味わいであります。



今回紹介した本
千年の黙 異本源氏物語 (創元推理文庫)義元謀殺 上 (ハルキ文庫 す 2-25 時代小説文庫)柳生十兵衛秘剣考ギヤマン壺の謎<名探偵夢水清志郎事件ノート外伝> (講談社文庫)徳利長屋の怪<名探偵夢水清志郎事件ノート外伝> (講談社文庫)股旅探偵 上州呪い村 (講談社文庫)


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 「ギヤマン壺の謎 名探偵夢水清志郎事件ノート外伝」 名探偵幕末にあらわる
 「徳利長屋の怪 名探偵夢水清志郎事件ノート外伝」 時代に挑む大仕掛け
 『股旅探偵 上州呪い村』 時代もの+本格ミステリ+メタの衝撃再び?

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2017.05.27

大羽快『殿といっしょ』第11巻 殿、最後の合戦へ

 あらゆる戦国武将をボンクラの面白キャラにデフォルメして描いてきた戦国四コマギャグ漫画、久々の単行本……と思いきや、何とこれにて最終巻。これまでずっと楽しませてきていただいただけに非常に残念ですが、最後まで殿いつワールドは健在であります。

 どの武将を主人公にするということはなく、戦国時代の様々な場所、様々な時期を切り取り、そこで活躍する様々な武将を描いてきた本作。
 眼帯に異常な熱意を傾けるガンター(眼帯マニア)の政宗、相手をおちょくることでは天下無敵の昌幸・幸村(と被害者の信幸)、お笑い命の秀吉と三成、異常なまでに我慢を好む家康etc.――と、その武将の事績や逸話を大きくデフォルメして、テンポの良いボケとツッコミの連続で展開してきた作品であります。

 それだけにいつ誰が飛び出してくるかわからない作品であるのですが、最終巻となった本書は、大きく分けて、
・長宗我部元親と一条兼定の四万十川の戦い
・人質時代の幸村と上杉家・豊臣家
・秀吉の小田原征伐
の三つのエピソードで構成されています。

 そのうち最も分量が多い幸村ネタは、これは間違いなく昨年の大河ドラマ合わせだと思われますが、これまでも本作で猛威を振るってきた幸村の傍若無人なまでのマイペースぶりがフル回転。
 上杉家と豊臣家で彼が過ごした人質時代がここでは描かれるのですが、本作の両家は、見かけは強烈な強面で笑わん殿下の上杉景勝と、天下の仕置きもお笑い次第の秀吉と、全く対照的な二人(そして彼らを支える兼続と三成もそれぞれに強烈なキャラ)で、その二人の間に幸村が挟まるのですから、面白くないわけがありません。

 特に豊臣家サイドは、まだ元気だったころの大谷吉継やこれまであまり出番のなかった(もしかすると初登場?)清正・正則が加わって、実に賑やかで楽しい。
 さらにそこに異常なゲラのお茶々を巡るドラマが展開して――と、微妙にいい話が挟まれるのも本作ならではであります。


 そしてラストに描かれるのは、この茶々の物語も絡んで勃発する小田原征伐。
 先に述べたとおり、時代と場所を次々と変えて展開される本作だけに、どのようにひとまずの決着をつけるのか――と思いましたが、なるほど、こう来たか! と膝を打ちました。

 なにしろこの戦は、天下統一に王手をかけた秀吉が、半ば示威行動も含めて全国の大名に参陣を促したいわばオールスター戦。
 秀吉・三成・家康・昌幸・景勝・元親・氏郷・宗茂・政宗(大遅刻)、そして相手は氏直と、本作でこれまで活躍してきた面々が、史実の上でも集っていたのですから、これほどラストに似つかわしい展開はないでしょう。
(もちろんオールスターという意味では関ヶ原、大坂の陣がありますが、あちらは殺伐としすぎるので……)

 滑り込みで登場の忠興と玉(ガラシャ)のあのネタがあったり、いくつもの夢の顔合わせもあったり――と実に賑やかで、実質ラスト二話程度の分量ではあるものの、本作にふさわしく賑やかで明るい結末でありました。
(個人的には、三成の忍城攻めでの不手際の伏線が、実に本作らしい形で描かれているのに感心)


 もちろん続けようと思えばいくらでも続けようはあるのではないかと思いますし、大好きな作品であっただけにこれで完結は寂しいのですが――繰り返し述べてきたように、様々な時代と場所を舞台に、それも四コマでギャグを描くというのは、相当な難易度のはず。

 まずはお疲れさまでした、本当に楽しかったですと、心の底から申し上げたいのであります。


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殿といっしょ 11 (MFコミックス フラッパーシリーズ)


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2017.05.24

伊藤勢&田中芳樹『天竺熱風録』第1巻 豪快かつ壮大な冒険活劇の幕開け!

 あの田中芳樹の歴史活劇を、あの伊藤勢が漫画化した、実に贅沢なコラボレーションであります。唐の時代、天竺の内紛に巻き込まれた外交使節・王玄策が、大軍を向こうに回して大活躍を繰り広げる物語の導入編であります。

 本作の原作は、2004年の同名の小説。田中芳樹といえば『銀河英雄伝説』や『アルスラーン戦記』の印象が強くありますが、しかしその作品の中で決して少なくない割合を占める中国もの、アジアものの一編であります。

 舞台は647年、天竺を統べる摩伽陀国に外交使節団の正史として送られた文官・王玄策。以前一度訪れた時とはいささか異なる国の様子に不審を抱くも時既に遅く、彼は前王・戒日王亡き後に国王となった阿羅那順の軍に捕らえられ、無法にも投獄されることになります。
 とりあえず皆殺しとされるのは避けられたものの、玄策と部下たちの命は風前の灯火。そんな中、牢で彼は自称二百歳の怪老人・那羅延娑婆寐と出会うのですが……

 と、いきなりクライマックスのこの漫画版。実は原作の方では、この投獄のくだりは全十回の第四回と、少し物語が進んでからの話なのですが、本作では一気に主人公をピンチに追い込んで……という展開なのは、これは連載漫画として正しい手法でしょう。

 原作ではここに至るまでに、唐を出て吐蕃(チベット)と泥婆羅(ネパール)を経て、天竺に至るまでの旅が描かれているのですが、その辺りは一気に飛ばして(一部回想シーンに回して)、冒頭にオリジナルの派手なアクションシーンが入るのも、また本作らしい趣向なのですが……

 玄策らが牢に入れられてからの、(原作ではさらりと流された)牢の描写をはじめとする、どちらかというと下世話な展開、そして那羅延娑婆寐の人を食ったキャラクターは、これはもう作者の真骨頂とでもいうべき描写。
 そしてまた、原作には登場しない阿羅那順の周囲に控える妖しの美女と術者の姿も、実に作者らしい造形であります。

 さらにまた、物語の諸所で語られる当時の歴史・社会・風俗の解説は時に原作以上に詳細で、この辺りのどこか理屈っぽい描写も、いかにも作者らしい――というのは言いすぎかもしれませんが。


 と、いきなり原作との相違点を中心に述べてしまいましたが、総じて見ればこの漫画版は、物語の流れ自体は原作を踏まえつつも、キャラクターの描写を初めとするディテール自体は、漫画版独自の――すなわち、伊藤勢の解釈によって自由に描かれているという印象があります。

 これが余人であればいささか不安に感じる場合もあるかもしれませんが、しかしこの作者に限っては大丈夫、というよりむしろ大歓迎。
 作者の作品に通底するエキゾチシズムの香り豊かに、どこまでも精緻に描き込まれた描写、そして漫画ならではのダイナミックなアクションは、スケールの大きな物語世界をしっかりと受け止め、そして更なる魅力を加えて描き出しているのですから。


 上で軽く触れたように、全十回の原作のうち、既にこの第1巻の時点で、第五回までの内容を描いている本作。
 しかし物語はこれからが本番、いよいよ始まる玄策の逆襲を、これから本作はじっくりと描いていくのではないでしょうか。原作で魅力的だったあのキャラが、クライマックスのあの場面がいかに描かれるのか――冒頭に登場した、謎のヒロインの正体も含め、豪快かつ壮大な冒険活劇の幕開けに胸が躍ります。


『天竺熱風録』第1巻(伊藤勢&田中芳樹 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon
天竺熱風録 1 (ヤングアニマルコミックス)

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