2017.09.25

入門者向け時代伝奇小説百選 戦国(その一)

 入門者向け伝奇時代小説百選、今回は戦国ものその一。戦国ものといえば歴史時代小説の花形の一つ、バラエティに富んだ作品が並びます。

61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)


61.『魔海風雲録』(都筑道夫) 【忍者】 Amazon
 ミステリを中心に様々なジャンルで活躍してきた才人のデビュー作たる本作は、玩具箱をひっくり返したような賑やかな大冒険活劇であります。

 主人公は真田大助――退屈な日常を嫌って九度山を飛び出した彼を待ち受けるのは、秘宝の謎を秘めるという魔鏡の争奪戦。奇怪な山大名・紅面夜叉と卒塔婆弾正、異形の忍者・佐助、非情の密偵・才蔵、豪傑、海賊、南蛮人――個性の固まりのような連中が繰り広げる物語は、木曾の山中に始まってあれよあれよという間に駿府に飛び出し、果ては大海原へと、止まる間もなく突き進んでいくのです。

 古き酒を新しき革袋に、を地で行くような、痛快かつ洒脱な味わいの快作です。


62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝) 【剣豪】 Amazon
 壮大かつ爽快な物語を描けば右に出るもののない作者の代表作にして、作者に最も愛されたであろう英雄の一代記です。

 タイトルの義輝は言うまでもなく室町第13代将軍・足利義輝。若くして松永久秀らに討たれた悲運の将軍にして、その最期の瞬間まで、塚原卜伝から伝授を受けた剣を降るい続けたまさしく剣豪将軍であります。

 その義輝を、本作は混沌の世を終息させるという青雲の志を抱いた快男児として活写。将軍とは思えぬフットワークで活躍する義輝と頼もしい仲間たちの、戦乱あり決闘あり、友情あり恋ありの波瀾万丈の青春は、結末こそ悲劇であるものの、悲しみに留まらぬ爽やかな後味を残すのです。
 そして物語は『海王』へ……

(その他おすすめ)
『海王』(宮本昌孝) Amazon
『ドナ・ビボラの爪』(宮本昌孝) Amazon


63.『信長の棺』(加藤廣) Amazon
 今なお謎多き信長の最期を描いた本作は、「信長公記」の著者・太田牛一を主人公としたユニークな作品です。

 上洛の直前、信長からある品を託された牛一。しかし信長は本能寺に消え、牛一も心ならずも秀吉に仕えることになります。時は流れ老いた牛一は、信長の伝記執筆、そして信長の遺体探しに着手するのですが……

 戦国史上最大の謎である本能寺の変。本作はそれに対し、ある意味信長を最もよく知る男である牛一を探偵役に据えたのが実に面白い。
 秀吉の出自など、伝奇的興趣も満点なのに加え、さらに牛一の冒険行を通じ、執筆者の矜持、そして一人の男が自分の生を意味を見つめ直す姿を織り込んでみせるのにも味わい深いものがあります。

(その他おすすめ)
『空白の桶狭間』(加藤廣) Amazon


64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 常人にはできぬ悪事を三つも成したと信長に評された戦国の梟雄・松永弾正久秀。その久秀を、歴史幻想小説の雄が描いた本作は、もちろんただの作品ではありません。
 本作での松永久秀は、波斯渡りの暗殺術を操る美貌の妖人。敬愛する兄弟子・斎藤道三(!)と、それぞれこの国の東と西を奪うことを誓って世に出た久秀は、奇怪な術で天下を窺うのであります。

 戦国奇譚に、作者お得意の海を越えた幻想趣味をたっぷりと振りかけてみせた本作。様々な事件の背後に蠢く久秀を描くその伝奇・幻想味の豊かさはもちろんのこと、輝く日輪たる信長に憧れつつも、しかし遂に光及ぶことのない明けの明星たる久秀の哀しみを描く筆に胸を打たれます。

(その他おすすめ)
『天王船』(宇月原晴明) Amazon


65.『太閤暗殺』(岡田秀文) 【ミステリ】 Amazon
 重厚な歴史小説のみならず、奇想天外な趣向の歴史ミステリの名手として名を高めた作者。その奇才の原点ともいえる作品です。

 本作で描かれるのは、タイトルのとおり太閤秀吉暗殺の企て。そしてその実行犯となるのが、生きていた石川五右衛門だというのですからたまりません。
 しかしもちろん厳重に警戒された秀吉暗殺は至難の業。果たしてその難事を如何に成し遂げるか、という一種の不可能ミッションものとしても非常に面白いのですが、何よりも本作の最大の魅力はそのミステリ性です。

 何故、太閤が暗殺されなくてはならなかったのか――ラストに明かされる「真犯人」の姿には、ただ愕然とさせられるのです。

(その他おすすめ)
『本能寺六夜物語』(岡田秀文) Amazon
『秀頼、西へ』(岡田秀文) Amazon



今回紹介した本
魔海風雲録 (光文社文庫)剣豪将軍義輝 上 鳳雛ノ太刀<新装版> (徳間文庫)信長の棺〈上〉 (文春文庫)黎明に叛くもの (中公文庫)太閤暗殺 (双葉文庫)

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 「剣豪将軍義輝」 爽快、剣豪将軍の青春期
 加藤廣『信長の棺』 信長終焉の真実と記述者の解放と
 太閤暗殺

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2017.09.09

森田信吾『追儺伝セイジ』 剣豪漫画家が描く魔の姿

 時は幕末、町医者・伝宗斎の助手を務める青年・星次には、奇怪な式神を操り、魔を祓う力があった。その力で江戸を騒がす怪事件に挑む星次だが、彼の胸には巨大な手形のアザがあった。やがて彼の周囲に迫る魔手。それは彼の一族を殺し、彼にアザを背負わせた宿敵の仕業だった――

 剣豪漫画で知られる作者の数少ない時代怪異譚とも言うべき伝奇活劇――IKKI誌の創刊号から6回にわたり連載された作品であります。

 タイトルにある「追儺」とは、元は宮中で大晦日に行われた鬼払いの儀式。現代の節分の原型となったとも言われる風習ですが、ここでは転じて魔を祓う技と考えればよいでしょうか。
 そう、本作の主人公・星次は、北斗七星が刀身に刻まれた七星刀を片手に、様々な魔の気配を察知し、これを祓う力を持つ青年なのであります。

 普段は町の老医・伝宗斎の助手としてつき従う星次ですが、伝宗斎の手に負えぬ魔の力に苦しむ者を救うため、彼はその力で立ち向かう――というのが本作前半のスタイル。
 第1話では死霊に取り憑かれて奇怪な姿に変わり果てた商家の少女を救わんとし、第2話では何者かの呪詛から上方歌舞伎の名役者を守るため奔走し、第3話では奇怪な百鬼夜行の舞台となったさる大名家の謎に挑み――と、なかなか多彩な物語であります。

 そして後半は一転、彼の過去にまつわる伝奇活劇が展開。
 彼の故郷である星河村――陰陽師・賀茂氏の流れを汲む人々が暮らす地を十年前に襲った惨劇と、その村に隠された巨大な秘密を巡り、星次は一族と自らの敵と言うべき存在と対峙することになります。


 冒頭に述べたとおり、剣豪漫画家という印象が強い作者ですが、しかし本作で描かれる怪異の世界やそれに挑む星次の術の描写は想像以上の迫力であり、類作にはないビジュアルイメージに圧倒されます。

 特にインパクト満点なのは、星次が操る式神たちの存在。式神といえば、言うまでもなく陰陽師が操る使い魔、ビジュアル的には紙人形的なものが思い浮かびますが――本作に登場するそれは、完全に異形の妖物としかいいようのないモノ、なのであります。

 たとえば、星次が最もよく呼び出す提婆王子は、男性器と女性器と四足獣を溶け合わせたような姿ですし、空飛ぶ式神・赤王子も、脊椎動物の背骨から作られた無脊椎動物と言うべき異常な姿の怪物。
 ここで作者の大ファンであれば、あの作品を思い出すのではないでしょうか。そう、欧米人を触手と粘液まみれの本物の怪物として描いた怪作中の怪作『攘夷 幕末世界』を。

 確かに本作で描かれる妖魔の姿は、あの作品の延長線上にあるものであると言えます。
 しかしあちらが世界観そのものが尋常でないもの、むしろ正常なものが異常に見える世界であったのに対し、本作はあくまでも時代ものとして枠から大きく踏み出すものでなく、言い換えれば正常な世界の中の異物として描くことで、強烈な異界感を生み出している点に注目すべきでしょうか。

 その一方で、こうした直球の怪物だけでなく、光や影といったシルエットでのみ描かれる妖魔の姿なども印象に残りますし、冒頭、視界の隅で鬼の姿を捉えるという行為を「眼を使った遊び」と表現してみせるなど、インパクトだけでない、ツボを心得た描写に感心させられるのです。
(あるいは後者は何か原典がある可能性は大きいですが、しかし作者独特の台詞回しと相俟って、実に「らしい」のです)

 さらにまた、特に第1話・第2話で描かれたひねりを効かせた事件の真相――怪異の背後に潜む、怪異以上に恐ろしく悍ましい人間心理なども、実にイイのであります。


 正直なところ、伝奇ものとしては物語は比較的シンプルというか、そこまで意外性はないという点はありますが、しかし作者一流の描写によって、単行本一冊ながら、なかなかに満足度の高い本作。
 作者の時代怪異譚がこれ以降描かれていないのが何とも勿体なく感じられてしまう作品なのです。


『追儺伝セイジ』(森田信吾 小学館BIC COMICS IKKI) Amazon
追儺伝SEIJI(セイジ)

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2017.08.24

殿ヶ谷美由記『だんだらごはん』第2巻 悩みと迷いを癒やす「食」、史実の背後の「食」

 新撰組に集った若者たちの姿を、「食」というユニークな切り口から描いてみせる新撰組漫画の第2巻であります。それぞれに悩みを抱えながらも楽しく暮らしてきたものが、ある事件がきっかけで離れ離れになった斎藤一と沖田総司。それぞれ京に向かう彼らを待つものは……

 江戸の試衛館にたむろっていた若き剣客たちの中でも、同い年でともに剣の腕が立ちながらも、性格は正反対の山口一と沖田総司。
 それでも腐れ縁と言うべきか、何かと行動を共にしてきた二人は、やがて浪士組結成のため、試衛館の面々と京に向かうことになります。

 しかしその前日、一はある事件が原因で一方的に恨みを持つ相手に襲われ、思わず返り討ちにしてしまうことになります。
 自首しようとしたものの、土方に名を捨てて生きろと諭され、一は斎藤一と名を変えて、一足先に江戸を出ることとなります。
 一方、中山道を京に向かう試衛館組ですが、総司は一が人を斬ったのは自分のせいだと、罪の意識を感じて……

 と、非常にシリアスに始まったこの巻では、総司と一、それぞれの姿が交互に「食」を交えて描かれることとなります。

 罪の意識から食欲を無くした総司に土方が作った鍋の味、一人京に上った一が戸惑う京のうどんの薄味……
 彼らが悩み、迷う時でも、常に「食」は彼とらと共にあります。

 どれほど苦しく辛くても、人は生きている限り物を食べなくてはなりません。
 総司と一ももちろん同様。二人の悩みと迷いを受け止め、癒やすように、彼らが様々な「食」と出会い、それに力をもらって少しずつ前に歩んでいく姿の、本作ならではのしみじみとした味わいが実にいいのであります。


 しかし、そんな彼らのパーソナルな物語が展開していく一方で、大きな歴史の流れも――すなわち、新撰組結成に向けた動きも加速していくこととなります。

 幕府のために結成されたはずの浪士組が、清河八郎の新徳寺での演説によって一転、尊皇攘夷の尖兵として江戸に向かうことになる……
 これに反発した近藤派と芹沢派が京に残留、彼らが新撰組の母体に――というのはあまりにも有名な史実ですが、この巻で描かれるその史実の背後にも「食」が、というのは、これも別の意味で実に本作らしくて面白い。

 何しろその新徳寺での会合前日に、それまで不仲だった近藤派と芹沢派――というより芹沢鴨を宥め、近づけるため、近藤派の面々が料理に挑むというのですから驚かされます
 酒乱の芹沢を抑えるには、酒だけでなく何か食べさせればいい。それも彼が喜ぶような、郷土の食を――という彼らの作戦は、いささか即物的ではありますが、重いエピソードが続いていた中で、これはこれでホッとさせてくれる展開であります。

 しかしそこで彼らが選んだ料理が、あまりにも意外というか――水戸と言ってコレか! というようなものなのには驚かされますが、それが思わぬところで芹沢と清河の人物像の違いを浮き彫りにするくだりは実にうまい。
 ユルいようでいて鋭い視点を持つ、本作の面白さをここで改めて見せられた思いであります。


 そして騒動が続く中、思わぬ形で再会することとなった一と総司。これがまた、ある意味実に本作らしい形で微笑ましいのですが、一転、総司の口からは衝撃的な言葉が吐かれることになります。

 まだまだ激動の展開が予想される中、一と総司は再び肩を並べて戦うことができるのか、そしてそこに「食」はどのような形で絡んでいくのか?
 「食」という味付けのおかげで、なかなか先が読めない――そしてそれがもちろん大きな魅力の本作、ドラマCD化などの企画もあるようですし、今後の展開にも期待して良さそうです。


『だんだらごはん』第2巻(殿ヶ谷美由記 講談社KCxARIA) Amazon
だんだらごはん(2) (KCx)


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2017.08.11

武村勇治『天威無法 武蔵坊弁慶』第9巻 一気呵成の激闘の末に選ばれた道

 六韜により超絶の力を得た者たちによる源平合戦の物語もついにこの巻にて完結。藤原秀衡vs平清盛、そして源義仲vs平教経の決戦を皮切りに、次々と激突する英傑たちの戦いの行方は、そしてその中で弁慶の、義経の、遮那の戦いの意味は……

 日本に混乱をもたらすため、宋国皇帝の命を受けた鬼一法眼により持ち込まれた六韜。それを手にした清盛、秀衡、義仲、教経、後白河法皇、源頼朝は、頼朝を除いてその力に心を蝕まれ、我こそが天下を取らんと激しく相争うこととなります。
 一方、六韜の力を激しく求める義経、そして唯一六韜に抗する力を持つ傀韜の力を持つ弁慶もまた、それぞれの思惑を秘めて六韜の戦いに割って入らんといたします。

 そして積年の因縁がついに爆発した清盛と秀衡の決戦に参戦する二人ですが――その中でついに義経は怨敵・清盛を討って六韜を手にする一方で、弁慶は傀韜の力を暴走させて完全に鬼と化すことに。
 遮那の存在により辛うじて弁慶は力を抑えたものの、その間に六韜の力を得た義経は次々と六韜の持ち主を襲い、兄・頼朝までも手に掛けるのでした。

 かくて、六韜を三本ずつ手にした教経と「頼朝」の間で繰り広げられる源平の合戦。「頼朝」に力を貸すこととなった「義経」と弁慶もまた、その戦いに加わるのですが……


 さて、この巻を手にする前に、どうにも気になってならないことが二つありました。その一つは「あと1冊で全ての物語に――六韜を巡る物語と、弁慶と義経の物語に――決着をつけることができるのか?」ということ。
 そしてもう一つは「決着がつくとして、それは史実の枠内で終わるのか(完全にパラレルな歴史となってしまうのではないか)?」ということであります。

 何しろこの巻の冒頭の時点で六韜の持ち主はほぼ健在、そして史実に照らせば、まだ義仲が挙兵したばかりと、源平の合戦は始まったばかり。その一方で清盛と秀衡が史実にない正面衝突を繰り広げた末に、清盛が義経に討たれるのですから……

 しかしそれは杞憂でありました。実に本作は、この1巻を以てきっちりと完結し、そしてそれは史実の枠の中にほぼ収まっているのですから。(上で述べた秀衡や清盛については、まあ「経過」としてフォロー可能と言うことで……)

 そしてそれだけではありません。本作は壇ノ浦のその先、すなわち、義経と弁慶の物語の「結末」まで描いてみせるのです。
 本作ならではの設定――ふたり義経とも言うべき、義経と遮那の存在にもきっちりと意味を与えてみせた上で。

 もちろん、さすがに物語展開が駆け足となっていることは否めません。ここで描かれる数々の戦い、そして何よりも個々のキャラクターの描写については、もう少し余裕があれば……と思わないでもありません(特に久々に、それも思わぬ「正体」を与えられた上で登場したあのキャラなど勿体ない)。

 しかし、六韜による超常の力のぶつかり合いは、これくらのスピード感が相応しい、とも感じます。その時代もの・歴史もの離れしたパワーの前には、小さな描写の積み重ねはむしろ足かせになりかねない――ただ一気呵成に突き進むことが正解ではないか、と。
 そしてそれはもちろん、これまでの物語の積み重ねがあってこそ描けるものであることも間違いないのですが……

 その一方で本作は、描くべきものは――本作の常に中心にあった弁慶、義経、遮那の物語は――決して省くことなく、きっちりと描き切ってみせたと言うことができます。
 平家打倒という目的は共通しながらも、その背負ったもの、目指すところは大きく異なる三人。そんな彼らが、戦いの先に何を見出すのか、見出すべきなのか――その答えは、間違いなく描かれるべきものでしょう。

 そして本作はそこにはっきりと答えを出しました。地獄のような生の中で、修羅のような戦いの中で、なおも選ぶべき道、人の道を……


 さらにまた、最後の最後で「あっ、そういえば義経は……」と思わせるような展開を用意しているのも実に心憎く、そのダイナミックな結末は、本作に真に相応しいものであったと感じます。

 「天威無法」の名に相応しい、希有壮大にして豪快無比の物語を、最後の最後まで楽しませていただきました。満足、の一言です。


『天威無法 武蔵坊弁慶』第9巻(武村勇治&義凡 小学館クリエイティブヒーローズコミックス) Amazon
天威無法-武蔵坊弁慶(9) 完 (ヒーローズコミックス)


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2017.07.16

田中芳樹『天竺熱風録』 普通の男のとてつもない冒険譚

 先日、伊藤勢による漫画版第1巻をご紹介いたしました『天竺熱風録』の原作小説であります。玄奘三蔵の天竺行からやや遅れた頃、天竺の内紛に巻き込まれた外交使節・王玄策が、一国を向こうに回して途方もない大活劇を繰り広げる冒険譚であります。

 時は七世紀半ば、天竺は摩伽陀国へ送られたものの、前王亡き後に国を簒奪した阿羅那順に捕らえられ、投獄されてしまった王玄策一行。
 獄中で奇怪な老行者・那羅延娑婆寐と出会った玄策は、老人の力を借りて副官と二人、救援を呼ぶために牢から脱出することになります。

 亡き王を慕う人々の手を借りて摩伽陀国から逃れ、これまでの旅で立ち寄った吐蕃(チベット)と泥婆羅(ネパール)、両国の力を借りるべく急ぐ玄策たち。
 交渉の結果、両国から幾ばくかの兵を借りだして摩伽陀国に戻った玄策ですが、しかし摩伽陀国軍は多勢の上、巨象を乗騎とする部隊まで擁する状況であります。

 圧倒的不利な状況の下、果たして玄策は敵を打ち破り、仲間たちを救い出すことができるのでしょうか……


 という、それこそ孫悟空でもいなければ無理といいたくなるような状況で繰り広げられる大冒険を描く本作。
 これが、ディテールはさておき、大まかには史実というのですから驚かされる……というより、そんな史実を発見して、これだけの物語に仕立て上げてみせたのは、これはさすがに作者ならではと感心するほかありません。

 さて、そんな本作ですが、内容もさることながら、特徴的なのはその語り口、文体であります。
 ですます調……とも少し異なる、そう、言うなれば講談調と言うべき文体で繰り広げられる物語は、独特のリズム感とテンションの高さ、そしてどこかユーモラスな(と言って悪ければ、ホッとさせられる)空気を漂わせているのです。

 この辺りは、あるいは好き嫌いが分かれるかもしれません。もっと固めで、風格ある歴史小説的な文体の方が良かった、という方もいらっしゃるでしょう。
 その辺りは、作者も当然考慮の上と考えるべきかと思います(言うまでもなく、「そういう書き方」でもいける……というよりおそらくそちらの方が楽なのですから)。

 しかしそれでも敢えて作者が本作にこうした文体を選んだのは、先に述べた空気、雰囲気こそが本作には相応しいと、そう考えたからではないでしょうか。
 決して無敵の英雄豪傑の物語ではなく、ちょっと人より優れたところはあるものの、あくまでも普通の男の冒険譚――本作はそんな物語として描かれたのではないかと、そう想像してしまうのです。

 上で触れたように、本作で描かれる物語のベースとなっているのは史実、王玄策も実在の人物です。
 しかし日本においては、本作がなければ、王玄策という人物は知られることがなかったのは間違ない程度の知名度。そして中国本国の歴史書においても、彼の晩年ははっきりしないのであります。

 それはいささか寂しいことではありますが……しかし後世まで人口に膾炙するような一騎当千の豪傑ではないからこそ、本作で描かれる冒険譚は逆に異数のものであり、そして素晴らしく感じられます。
 そしてそんな物語だからこそ、本作は四角四面なものではなく、面白おかしく物語られるスタイルとなっているのであろうとも。

 正直なところ、その面白おかしさ(たとえば敵王夫妻のキャラクター)が物語の緊迫感を削いでいる面はなきにしもあらずなのですが――しかしそのまさしく講談的な肩の凝らない楽しさは、また得難いものであります。


 そしてそんな本作の結末、全ての冒険が終わり、静か王玄策が静かに去っていく姿からは、彼が華々しい「虚」の世界から、静かな「実」の世界に帰っていくような――そんなもの悲しくも美しい空気が漂います。
 それはあるいは、作者が玄策という人物を、物語から史実に敬意を以て送り返したということではないか――そんなようにも感じられるのであります。

 そして、果たして漫画版がどのような結末を迎えるか、それはわかりませんが、おそらくはこの原作のものとは全く異なるものとなるのではないか、とも感じている次第です。


『天竺熱風録』(田中芳樹 祥伝社文庫) Amazon
天竺熱風録 (祥伝社文庫)


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2017.06.27

戸土野正内郎『どらくま』第6巻 戦乱の申し子たちの戦いの果てに

 あの幸村の子にしてとんでもない守銭奴の商人・真田源四郎と、伝説の忍び・佐助の技を継ぐ忍者である野生児・クモ――相棒なのか宿敵なのか、おかしなコンビが戦国の亡霊たちに挑む物語もこの巻で完結。伊達家の忍び集団に潜み、戦国を上回る混沌をもたらさんとする怪忍・天雄との戦いの行方は――

 怪しげな動きを見せる忍びたちの動きを追って奥州に向かった源四郎とクモ。そこで彼らは、伊達家の黒脛巾組と、元・軒猿十王の一人・天雄の暗闘に巻き込まれることになります。
 クモのかつての仲間であるシカキンとともに天雄を倒したものの、味方と思っていたシカキンと黒脛巾組に捕らえられ、絶体絶命となった源四郎一行。

 そしてさらに悪いことに、替え玉を使って生き延びていた天雄、そして彼と結んでいた黒脛巾組の頭領・世瀬蔵人が正体を現し、そこに天雄を追う大嶽丸、十王の頭・髑髏までが現れて、大乱戦が繰り広げられることに……


 というわけで、この巻で繰り広げられるのは、ほとんど冒頭からラストまで、超絶の技を持つ忍者たち――いや、前巻でついに見せた真の実力をもって、忍者ならぬ源四郎も参戦――の一大バトルであります。

 かくて展開するのは、大嶽丸vs天雄、髑髏vs天雄、シカキンvs蔵人、源四郎vs蔵人、そしてクモvsシカキンと、見応えしかないようなバトルの連べ打ち。
 特に医術薬術を以て、他者のみならず自らの体まで改造して暴れ回る天雄は、まったく厭になるくらいのしぶとさで、この伊達編のラストを飾るにふさわしい怪物的な暴れぶりでありました。


 しかし、そんなダイナミックな死闘の数々を通じて描かれるのが、どちらが強いかという腕比べだけでなく、彼らそれぞれの戦う理由――言い換えれば、戦乱が終わった後の時代を如何に生きるべきか、という問いかけへの答えのぶつかり合いであることは見逃せません。
 何しろその問いかけは、この物語において様々に形を変え、幾度も問いかけられてきたものなのですから。

 長きに渡りこの国で繰り広げられてきた戦乱の時代の、その最後の戦いともいうべき大坂の陣の翌年を舞台とする本作。
 破壊と殺戮が繰り返され、源四郎流に言えば大いなる金の無駄遣いであったその時代に、しかし、自分自身の夢を見た者たちも確かに存在しました。そしてその戦乱の中においてのみその存在を許される者たちも。

 前者を武将、後者を忍者と呼ぶことができるかもしれませんが――いずれにせよ、戦乱あってこその存在であった彼らが、戦乱が終わった後に何を望むのか? 
 本作の主人公の一人である源四郎は、そんな戦乱の申し子たちの想いを見届け、そしてジャッジする存在であったと、この巻を読んで、改めて感じさせられました。

 そしてそれは、己の父・幸村を討つことで戦乱の時代に終止符を打った彼だからこそできる、彼だからこそやらなければならない役目であるとも……


 さて、冒頭でこの巻を以て本作は完結と述べましたが、しかし物語はまだまだその奥に広がりがあることを窺わせます(本作は人物設定等相当しっかりと行われているらしく、ちょっとした描写が後になって伏線とわかったりと、幾度も感心させられました)。
 いわばこの巻は、伊達編の完結とも言うべき内容。ここでの戦いは終結したものの、解消されぬ因縁は幾つも残されています。

 何よりも、戦乱の時代を引きずり、そして戦乱の時代に囚われた者たちはまだまだ数多くいるはず。だとすれば、源四郎とクモの旅路もまた、これからも続くのでしょう。
 ラストにとんでもない素顔(とか色々なもの)を見せた髑髏の存在もあり、いずれまた、源四郎たちの活躍を見ることができると、信じているところであります。


『どらくま』第6巻(戸土野正内郎 マッグガーデンBLADE COMICS) Amazon
どらくま 6 (BLADE COMICS)


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2017.06.13

平谷美樹『でんでら国』(小学館文庫)の解説を担当いたしました

 約一年ぶりのお仕事の報告であります。今月6日に小学館文庫から発売された平谷美樹『でんでら国』の解説を担当いたしました。2015年に単行本で発売された作品が、上下巻で文庫化されたものです(解説は下巻に収録)。幕末の東北を舞台に、老人と武士が繰り広げる攻防戦を描いた快作であります。

 東北の小藩・外館藩の外れに位置する大平村。そこでは60歳になった老人は村を離れ、御山参りに行くという風習がありました。御山参りと言いつつも帰ってきた者のいないその風習を、周囲の村の者たちは棄老、すなわち姥捨と見做して嫌悪していたのですが……

 しかしそこには大きな秘密がありました。実は老人たちは、山の中で老人たちだけの国を作り、そこで自給自足、助け合いの平和な暮らしを送っていたのであります。
 その国の名は「でんでら国」――そしてでんでら国の老人たちは、自分たち自身だけではなく、大平村の人々の助けにもなっていたのであります。

 しかし財政難にあえぐ藩が大平村の豊かさに目をつけたことから、老人たちの桃源郷に危機が迫ります。
 別段廻役(犯罪捜査を役目とする役人)の探索が迫り、徐々に追い詰められていくでんでら国の人々。しかし武士たちの苛斂誅求を逃れてここまで作り上げてきた楽園を、奪うことしか知らない武士に明け渡すわけにはいきません。

 かくて老人たちは、知恵を絞ったあの手この手の作戦で、武士たちを迎え撃つことに……


 『でんでら国』を読んで以来、一体何度このあらすじを書いただろう――と個人的に感慨深くなってしまうのですが(初読時のブログと、『この時代小説がすごい!』2016年版、今回の解説とこの記事で計4回!)、しかし書くたびにワクワクする気持ちが湧いてくるのもまた事実であります。
 元々大ファンの作家の作品なのは間違いありませんが、しかしそれでもどれだけこの作品がが好きなのか――と可笑しくなったりもしますが、それだけ魅力に富んだ作品であることは間違いありません。

 弱い者たちが知恵と勇気で強い者たちを打ち破る痛快さがその理由の最たるものかもしれませんが、それだけではなく、でんでら国というシステムの独創性や、そこに関わる人々のドラマの豊かさ、そしてどんでん返しの連続のストーリー展開の面白さ――本作の魅力は多岐に渡っており、読む人によって異なる魅力を感じるのではないかとも感じます。

 そうした作品には、当然ながら書くべきことは様々にあります。この点について掘り下げるべきだろうか、あの作品にも触れておくべきだろうか……
 色々と悩みましたが、本作はこの数ヶ月に渡って開催されたKADOKAWA・徳間書店・大和書房・小学館の四社合同企画のラストを飾るということで、本作自体の解説であると同時に、一種総論的な内容とさせていただきました。


 私は初読時から、本作はある意味最も作者らしい作品であると考えています。それは、「奇想」と「気骨」と「希望」という作者の作品に通底する三つの要素が、最も色濃く表れていると感じられたからにほかなりません。
 老人たちの桃源郷たる「でんでら国」という奇想天外な舞台設定の「奇想」、武士という支配階層に一歩も引かず立ち向かう老人たちの「気骨」、そして攻防戦の先に浮かび上がる和解の「希望」――その三つの要素が。

 この三つの要素については、このブログ以外でも事あるごとに触れてきたことでもあり、繰り返すべきかは悩ましいところではありました。。
 しかし上で述べたようなタイミングということもあり、平谷作品の一種の総括として、そしてこの企画などをきっかけに初めて作者の作品に触れた方への水先案内として、敢えて取り上げさせていただいた次第です。


 いやはや、色々と書いてしまいましたが、解説の解説というのは野暮の極みであります。
 私の解説などは抜きにしても、心からお勧めできる名作だけに、この機会にぜひご一読を(既に単行本でご覧になっている方も再読を)お願いする次第であります。


『でんでら国』(平谷美樹 小学館文庫全2巻) 上巻 Amazon/ 下巻 Amazon
でんでら国 上 (小学館文庫)でんでら国 下 (小学館文庫)


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 『でんでら国』(その一) 痛快なる老人vs侍の攻防戦
 『でんでら国』(その二) 奇想と反骨と希望の物語

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2017.06.11

平山夢明『大江戸怪談 どたんばたん』 帰ってきた江戸の怪談地獄絵図

 かつて実話怪談界を震撼させた平山夢明、久々の時代怪談集であります。以前竹書房から刊行された『大江戸怪談草紙 井戸端婢子』収録作の一部再録と、雑誌連載及び書き下ろしで構成された、全33話の怪談集です。

 ここしばらく実話怪談とはご無沙汰している私ですが、かつて平山夢明がデルモンテ平山として活躍していたころは、大いに作者の怪談に震え上がらされたものでした。
 そんな中刊行された『井戸端婢子』は、平山実話怪談のテイストを濃厚に漂わせた時代怪談集として、大いに楽しませていただいたものの、その後続編はなく、残念に感じていたのですが……

 再録が1/3程度とはいえ、ここにこうして平山時代怪談が復活したのは欣快至極。陰惨なグロ怪談あり、狂気に満ちた人間地獄あり、ちょっとすっぽぬけたような奇談あり……
 巻頭の作者の言では、杉浦日向子の『百物語』に幾度も言及していますが、怖さ面白さという点ではそちらに並びつつ、作者でなければ描けないような世界がここには展開されています。


 短編怪談集のため紹介が難しいところですが、特に印象に残った作品は以下の四作でした。

『地獄畳』:賭場の借金で追い詰められた男が狙った按摩の隠し金のおぞましい隠し場所は……
 とにかく、登場人物がほとんど全員ろくでなしという恐ろしい作品。その上でラストに描かれる怪異のインパクトも凄まじい。

『魂呼びの井戸』:死にかけた人間を生き返らせると評判の長屋の井戸に、ある晩、瀕死の娘を連れて現れた女が現れるが……
 平山作品でしばしば描かれる、人間の半ば無意識の無関心さ、残酷さを浮き彫りにする一編。それだけに身近な嫌悪感があります。

『木の顔』:吝嗇な主人にこき使われていた鬱憤を、木に浮かび出た顔を虐め抜くことで晴らしていた少女が見たものは……
 こちらも人間の残酷さを容赦なく描き切った物語。一種の因果応報譚と言えるのかもしれませんが、しかしそれをもたらしたものを考えれば複雑な気持ちにならざるを得ません。

『しゃぼん』:辛い奉公を続ける少女に、不思議なシャボン玉を見せてくれた女。ある日変わり果てた姿で少女の前に現れた女が、シャボン玉の中に見せたものは。
 どこかノスタルジックで、そして物悲しい物語を描きつつ――ラストで読者を突き落とすその非情ぶりに愕然とさせられます。


 その他、これは『井戸端婢子』に収録されていた『肉豆腐』と『人独楽』も、相変わらず厭な厭な味わいで、あっという間に読める分量ながら、しかし読み応えは相当のものがある一冊であります。

 個人的には、平山怪談の――いや平山作品の基底に流れる、人を虐げる世の不条理に対する静かな、そして激しい怒りというべきものが、少々薄いような気もしましたが、その辺りは感じ方かもしれません。
(その意味からも『魂呼びの井戸』は、やはり出色と感じます)

 何はともあれ、ここに復活した平山時代怪談。今度は途切れることなく、書き継がれていくことを期待する次第です。


『大江戸怪談 どたんばたん』(平山夢明 講談社文庫) Amazon
大江戸怪談 どたんばたん(土壇場譚) (講談社文庫)


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 「大江戸怪談草紙 井戸端婢子」 大江戸「超」怖い話のお目見え

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2017.06.07

入門者向け時代伝奇小説百選 古代-平安(その一)

 ここからは作品の舞台となる時代ごとに作品を取り上げます。まずは古代から奈良時代、平安時代にかけての作品の前半です。

46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)


46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫) Amazon
 とてつもなくキャッチーなタイトルの本作は、そのタイトルどおりの内容に驚愕必至の作品。
 赤壁の戦いで大敗を喫した曹操が諸葛孔明に匹敵する奇門遁甲の遣い手として白羽の矢を立てた相手――それは邪馬台国の女王・卑弥呼だった! という内容の本作ですが、架空戦記的な内容ではなく、あったかもしれない要素を丁寧に積み上げて、世紀の対決にきっちりと必然性を持たせていくのが実に面白いのです。

 そして物語に負けず劣らず魅力的なのは、この時代の倭国の姿であります。大陸や半島から流れてきた人々が原始的都市国家を作り、そこに土着の人々が結びつく――そんな形で生まれた混沌とした世界は、統一王朝を目指す中原と対比されることにより、国とは、民族とはなにかいう見事な問いかけにもなっているのです。

 ラストの孔明のとんでもない行動も必見!

(その他おすすめ)
『倭国本土決戦』(町井登志夫) Amazon
『シャクチ』(荒山徹) Amazon


47.『いまはむかし』(安澄加奈) Amazon
 実家に馴染めず都を飛び出した末、代々の(!)かぐや姫を守ってきた二人の「月守」の民と出会った弥吹と朝香。かぐや姫がもたらす莫大な富と不死を狙う者たちにより一族を滅ぼされ、彼女の五つの宝を封印するという彼らに同行することにした弥吹たちの見たものは……

 竹取物語の意外すぎる「真実」を伝奇色豊かに描く本作。その物語そのものも魅力的ですが、見逃せないのは、少年少女の成長の姿であります。
 旅の途中、それぞれの目的で宝を求める人々との出会う中で、自分たちだけが必ずしも正しいわけではないことを知らされつつも、なお真っ直ぐに進もうという彼らの姿は実に美しく感動的なのです。

 そして「物語を語ること」を愛する弥吹がその旅の果てに知る物語の力とは――日本最古の物語・竹取物語に込められた希望を浮かび上がらせる、良質の児童文学です。


48.『玉藻の前』(岡本綺堂) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 インド・中国の王朝を騒がせた末に日本に現れ、玉藻前と名乗って朝廷に入り込むも正体を見顕され、那須で殺生石と化した九尾の狐の伝説。本作はその伝説を踏まえつつ、全く新しい魅力を与えた物語です。

 幼馴染として仲睦まじく暮らしながら、ある事件がきっかけで人が変わったようになり、玉藻の前として都に出た少女・藻と、玉藻に抗する安倍泰親の弟子となった千枝松。本作は、数奇な運命に引き裂かれつつも惹かれ合う、この二人を中心に展開します。
 そんな設定の本作は、保元の乱の前史的な性格を持った伝奇物語でありつつも、切ない味わいを濃厚に湛えた悲恋ものとしての新たな魅力を与えたのです。

 山田章博『BEAST OF EAST』等、以後様々な作品にも影響を与えた本作。九尾の狐の物語に新たな生命を吹き込むこととなった名作です。

(その他おすすめ)
『小坂部姫』(岡本綺堂) Amazon


49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 劇画界の超大物原作者による本作は、鬼と化した少女を主人公としたオールスター活劇であります。

 父・藤原秀郷を訪ねる旅の途中、鬼に襲われて鬼の毒をその身に受けた少女・茨木。不老不死となり、徐々に鬼と化していく彼女は、藤原純友、安倍晴明、渡辺綱、坂田金時等々、様々な人々と出会うことになります。そんな中、藤原一門による鬼騒動に巻き込まれた茨木の運命は……

 平安時代と言っても三百数十年ありますが、本作は不老不死の少女を狂言回しにすることにより、長い時間を背景とした豪華キャストの物語を可能としたのが実に面白い。
 しかしそれ以上に、「人ならぬ鬼」と、権力の妄執に憑かれた「人の中の鬼」を描くことで、鬼とは、裏返せば人間とは何かという、普遍的かつ重いテーマを描いてみせるのに、さすがは……と感心させられるのです。


50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 平安ものといえば欠かすわけにはいかないのが『陰陽師』シリーズ。誕生30周年を経てなおも色あせない魅力を持つ本シリーズは、安倍晴明の知名度を一気に上げた陰陽師ブームの牽引役であり、常に第一線にある作品です。

 その中で初心者の方にどれか一冊ということであれば、ぜひ挙げたいのが本作。元々は短編の『金輪』を長編化した本作は、恋に破れた怨念から鬼と化した女性と、安倍晴明・源博雅コンビの対峙を描く中で主人公二人の人物像について一から語り起こす、総集編的味わいがあります。

 もちろんそれだけでなく、晴明と博雅がそれぞれに実に「らしい」活躍を見せ、内容の上でも代表作といって遜色ない本作。
 特に人の心の哀れを強く感じさせる物語の中で、晴明にも負けぬ力を持つ、もう一人の主人公としての存在感を発揮する博雅の活躍に注目です。

(その他おすすめ)
『陰陽師 瀧夜叉姫』(夢枕獏) Amazon



今回紹介した本
諸葛孔明対卑弥呼 (PHP文芸文庫)(P[あ]6-1)いまはむかし (ポプラ文庫ピュアフル (P[あ]6-1))玉藻の前夢源氏剣祭文【全】 (ミューノベル)陰陽師生成り姫 (文春文庫)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 諸葛孔明対卑弥呼
 「いまはむかし 竹取異聞」 異聞に込められた現実を乗り越える力
 玉藻の前
 夢源氏剣祭文
 

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2017.06.05

鳴神響一『天の女王』(その二) サムライたちの戦う理由!

 実在の日本人武士コンビが、17世紀のスペインで国家を揺るがす陰謀に挑む大活劇たる物語の紹介の後編であります。本作の根底にある精神性とそれを生み出すもの、それは――

 それは、本作の二人の主人公が経験してきたもの、背負ってきたものに由来するものであります。

 遣欧使節という立場でバチカンをはじめとする欧州を訪れた二人。支倉常長の秘書役であった外記、ある事情から日本を捨てバチカンを目指した嘉兵衛――それぞれにバチカンに、キリスト教に希望を抱いてきた彼らは、その後の経験から深い幻滅を抱き、今は剣が頼りの無頼の身の上というのは、先に述べたとおりであります。

 無頼――そう、彼らはまさしく頼るもの、仕えるもの無き身の上。
 日本という故国を捨て、この時代の欧州の二大権力である王と教会のどちらに仕えるわけでもない二人の戦う理由は、洋の東西を問わず武士の根幹にあるもの――忠誠心、あるいは名誉などではありえないのであります。

 それでは二人が戦う理由は、単に金のため、身過ぎ世過ぎのためだけにすぎないのでしょうか?
 もちろんその答えは否、であります。二人が戦う理由は、もっと大きく、根源的なもの――たとえば「義」、たとえば「自由」、たとえば「愛」。そんな人間の善き心に根ざしたものなのですから。


 それは一見、ひどく陳腐な絵空事に見えるかもしれません。しかし本作に登場する敵と対峙する時、彼らの戦う理由は、むしろひどく身近なものとしてすら、感じられるのです。

 己の利益を貪り、己が権力を手にする――そのために戦争を招く。そのために邪魔となる王族をその座から追う。そのために人の秘密を暴き立て、強請りたてる。
 あるいは、単なる自分の好悪を絶対的な善悪の基準にすり替え、人間の自由な魂の発露である芸術を型に押し込め、あまつさえそれを以て人を害さんとする……

 本作で二人のサムライが、そしてルシアやベラスケスやタティアナが対峙するのは、そんな、いつの時代にも普遍的な、いや今この時も世界各地で吹き出している人間社会の悪しき側面なのであります。
 だからこそ彼らの冒険には、絵空事とは思えない重みがある。だからこそ彼らの冒険を応援したくなる……本作はそんな物語なのです。


 その本作のプロローグとエピローグは、現代を舞台とした、ちょっとしたサスペンスとなっています。
 ここでは、本編の物語の由来が語られることになるのですが――しかしそれだけはなく、本編で描かれた人間性の輝かしい勝利が決して一過性のものではなく、連綿と受け継がれてきたことを同時に語るのが何よりも嬉しい。

 そんなプロローグとエピローグを含め、本作が与えてくれるものは、スケールの大きな伝奇活劇の楽しさはもちろんのこと、それと同時に、「勇気」「希望」「元気」――いま我々が決して忘れてはならないものであります。

 物語の枠を超え、人が人として生きる上で大切なものを示してくれる――そんな本作を、現時点での作者の最高傑作であると、自信を持って言いたいと思います。


『天の女王』(鳴神響一 エイチアンドアイ) Amazon
天の女王

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