2017.11.11

岡田秀文『帝都大捜査網』 二つの物語が描き出す怪事件

 最近では歴史小説家と並んで、(時代)ミステリ作家としての印象も強い岡田秀文が、戦前の東京を舞台に、猟奇連続殺人に挑む警察の特捜隊の姿を描く警察小説――と見せかけてとんでもないもう一つの顔が用意された、実に作者らしいトリッキーな長編であります。

 二・二六事件を経て、表面上は安定を取り戻した昭和11年の東京で発見された男の刺殺体。体に幾つもの刺し傷があったその死体は、身元を示すものはあったものの、どこでなぜ殺されたかは一切不明――そんな死体が一つにとどまらず連続して発見されたことから、警視庁の特別捜査隊の郷咲警視はこれを連続殺人事件とみて特別捜査態勢を引くことになります。

 しかし殺された男たちの間には交友関係などは一切なく、共通しているのは、全員が多額の借金を負い、そして周囲から金を騙し取って姿を消していることのみ。
 そんな状況の中、一つ一つ地道に証拠を当たりつつ事件の全貌を追う特捜隊ですが、状況は打開できず、ただ死体の数が増えていくばかりとなります。

 そんな中、郷咲の娘であり秘書、そして何よりも彼の知恵袋である多都子は、最初の死体の刺し傷が7つ、二番目が6つ、三番目が4つであったことから、どこかに発見されていない死体――5つの刺し傷を持つ死体が存在することを指摘します。
 それが真実であったとしても、何故刺し傷は減っていくのか? 答えの出ないまま、懸命の捜査を続ける特捜隊は、ついに被害者たちの共通点を発見するのですが……


 いかにも警察小説らしく、丹念に、地道に特捜隊の捜査の模様が描かれていく本作。しかし本作はある程度まdきて、意外な、そして全く別な姿を露わにすることになります。
 第一章が終わり、第二章に入って物語の視点は変わり、登場するのは株で大失敗して全てを失った男・貝塚。全財産を失い、どん底まで落ちた彼は、ある男からの提案を受け容れたことで、更なる地獄へと足を踏み入れることになって……

 と、この貝塚らどん底の人間たちが織りなすこのもう一つの物語は、ジャンルでいえば暗黒小説――というよりむしろここしばらく流行のデ○○○○ものと言うべき内容で、いやはや、全く予想もしなかった展開に、こちらは驚かされるばかりであります。

 作品の内容が内容なだけに、これ以上は触れるのが難しいのですが、郷咲警視のパートと貝塚のパートと、一見全く別々のこの二つの物語は、密接な関係を――いわばコインの裏と表として――持つことがやがて明らかになります。
 一歩間違えれば、互いの物語の内容を台無しにしかねないこの物語構造ですが、しかしもちろんそんなことになるどころか、むしろ巧みな構成により、互いの緊迫感を煽る効果を上げているのはお見事と言うほかありません。

 それに加えて、本作には更なるとんでもない爆弾が隠されているのですが――さすがにこれについては触れることはできません。あまりにも意外な(しかし読み返してみればきちんと伏線がある)この仕掛けには、ただ脱帽であります。


 が、そのように優れてトリッキーな作品である一方で、本作に不満点がないわけではありません。

 (そのような物語構造ゆえ仕方ないとはいえ)犯人の行動には少々無理があるように感じますし、事件を解明するきっかけとなったのが、冷静に考えればかなり偶然に近い(因縁話的な)きっかけに見えてしまうのも悩ましいところであります。
 何よりも、すぐ上で述べた大どんでん返しも、果たして本作で描く必然性があったのかどうか、評価が分かれるところではないでしょうか。

 さらに、本作がこの時代と場所を舞台とする必然性が今ひとつ薄く感じられた(この時期に実際に起きた事件を一つの背景にしているのですが)のが、個人的には残念なところではありました。


 とはいえ、それらを考慮に入れてもなお、本作がミステリとして十分以上に刺激的で、まさしく一読巻を置くあたわざる作品であることは間違いありません。
 やはり作者のミステリは油断できない――そう再確認させられた次第であります。


 それにしても本作でもう一つの物語の舞台となった場所、あれはやはりあの作品の……


『帝都大捜査網』(岡田秀文 東京創元社) Amazon
帝都大捜査網

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2017.11.10

武川佑『虎の牙』(その二) 伝奇の視点が映し出す戦国武士の姿と一つの希望

 新鋭が武田信虎の半生を、その弟・勝沼信友らの視点から描くユニークな物語の紹介の続きであります。本作を大きく特徴付ける伝奇的趣向の果たす機能、役割とは――

 その最たるものは、本作の最大の特徴ともいうべき信友の出自による、新たな視点の設定であります。
 生まれはともかく、育ちにおいては武士ならざる山の民出身という設定である信友。齢三十を過ぎるまで己の出自を知らず、ある意味武士とは最も遠い暮らしを続けてきた彼の目に映るのは、外側から見た武士の姿――ある種の客観性を持った戦国武士の姿なのです。

 そもそも我々の持つ戦国武士のイメージは、最近はだいぶ緩和されてきたとはいえ、かなりの部分美化されたものであることは否めません。
 雄々しく敵と戦い、国を富ませ、戦を終わらせる――そうした側面はもちろんあるにせよ、特に本作の舞台となる戦国時代初期の関東の武士の姿は、より泥臭く、より容赦なく、より残酷なものであったのですから。

 それは当時の武士たちにとっては当然のことではありますが――しかしそんな戦国武士たちの姿を、信友は(その中に身を置きつつも)外側からの視点で描くことになります。
 武士にとっての「当然」が、それ以外の者にとってどう映るか――そんな異者としての信友の視点は、同じく異者である我々の視点と重なり、より鋭く戦国武士たちの現実の姿を描き出す力を持つのです。

 そしてまた、戦国武士の現実を描き出すことになるのは、実は信友の視点のみではありません。その当の戦国武士たる虎胤――後に「鬼美濃」といういかにもな渾名で呼ばれた彼の姿からも、その現実は痛いほど伝わるのです。

 武士としての義を重んじ、それがもとで国を追われることとなった虎胤。その彼が武田家で経験することになったのは、綺麗事では済まされぬ戦国の現実――乱取りや撫で切り、つまりは略奪や暴行、虐殺の数々であります。
 それを経験した彼の姿は、彼が剛の者であるだけに、こちらにも強く刺さるのです。

 そして彼ら二人との対比によって浮かび上がる信虎の姿は、やはりこうした戦国の現実の具現化のようにすら思えるのですが――しかしそれが彼の「悪行」に、ある意味逆説的な人間性を与えているのには、感心させられるところであります。


 しかし――本作の真に見事なのは、こうした様々な視点から戦国の、戦国武士の現実を描くと同時に、それを打ち破り、乗り越えようとする人の姿を描く点にあると、私は感じます。

 本作において、関東の武士を血で血を洗う争いに駆り立てる山神の呪い。それはある意味、歴史の流れや運命、人間の業といった、人の手によってはどうしようもないような存在の具現化としても感じられます。
 しかしそれに流され、押し潰されるままでよいのか――本作における信友の姿は、それを半ば無言のうちに問いかけるのです。

 武士ではなかったからこそわかる、武士という存在ののどうしようもない業。しかしそれを打ち破る術があるとすれば――たとえその結果が、小さな一つの命を救うだけのことであったとしても。あるいは、己にとって大きすぎる代償を支払うものであったとしても。

 もちろん信友はヒーローではありません。ここに至るまで幾度も恐れ、揺れ、悩み苦しむ、小さな人間にすぎません。
 それでも、それだからこそ、本作の結末で彼が成し遂げたことは、偉大なものとして――たとえ後の歴史には全く語られないものであったとしても――感じられるのです。
(そしてもちろん、そこに「伝説」から「歴史」の時代の変遷を見出すこともできるでしょう)


 しかしその後も、武田家は常に修羅の中にあったように思えます。幾度も述べてきたように、信虎は子に追放され、義信は父に廃嫡され、そして勝頼は家を滅ぼし――関東武士に対する呪いは、絶えることなく続いていたようにすら感じられます。

 果たして呪いは祓われたのかどうか。信友が擲ったものに意味があったのかどうか――それは時代を超え、武田家滅亡の刻を描く本作の終章を見れば明らかでしょう。


 伝奇的趣向を用いて現実を多面的な視点から描き、そしてその先に一つの時代の終焉と希望の姿を描き出す。
 迫力ある合戦描写、確かな人物描写も相まって、これが長編デビュー作とは到底思えぬ、完成度の高い、そして大いに魅力的な歴史小説の新星であります。


『虎の牙』(武川佑 講談社) Amazon
虎の牙

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2017.11.09

武川佑『虎の牙』(その一) 伝奇要素濃厚に描く武田信虎・信友伝

 武田信虎といえば、言うまでも武田信玄の父――ですが、その信玄に追放されたという史実から、芳しからざる印象の強い人物であります。本作はその信虎の青年時代を従来とは全く異なる視点から――その弟・勝沼信友、そしてその臣・原虎胤の視点から伝奇性豊かに描く、極めてユニークな作品です。

 山中で雪崩に遭い、生き延びるために神の使いとされる金目の羚羊に矢を放った山の民・三ツ峯者のイシ。しかし確かに矢に貫かれ、彼に切り裂かれた状態から甦った羚羊から、イシは「たてなしの首を獲りて来よ」という呪いをかけられることになります。
 禁忌を犯したとして山を追放されたイシが出会ったのは、戦場で己の義から敵将を助けたのがきっかけで主家を追放された武士・原清胤と、何者かの刺客に襲われる武田家当主・信直(後の信虎)でありました。

 自分を救った二人に対し、義兄弟の契りを結ぼうと持ちかける信直の言葉に応えるイシ改めアケヨと清胤。しかし武田家に身を寄せたアケヨは、やがて意外な真実を知ることになります。
 実はイシこそは幼い頃に信直の母から山の民に攫われた赤子の成長した姿――本当に彼は信直の異母兄であったのです。

 その出自を知らされてもなお、武士になることを忌避していたアケヨ。しかし内では親族たちや有力国衆が反抗し、外では今川家と北条家が虎視眈々と侵攻を狙う状況で、ただ一人武田家を背負って戦い続ける信虎のため、彼の弟・信友として支えることを決意するのでした。

 そして信虎の足軽大将となった清胤改め虎胤とともに、信虎の覇業を支えることとなった信友。しかしその行く手には、かつて金目の羚羊がかけた呪いが暗い影を落とすことになります。
 頼朝の頃より、東国の武士たちを骨肉相食む争いに駆り立ててきたという山神の呪い。武田家のため、信虎のため、その呪いを解かんとする信友の行く手にあるものは……


 冒頭に述べたように、実の子に追放された――それもその暴政から家臣たちの支持を失って――ことから、悪評高い信虎。しかしその信虎の弟・勝沼信友は、悪評どころか、ほとんど全く評判を聞かない存在ではないでしょうか。

 その出自も今ひとつはっきりせず、気がつけばいつの間にか「勝沼」の姓を名乗り、信虎の下で戦っていた印象すらある信友。本作はその人物を、山の民として育った男として描くのですから、身を乗り出さずにはいられません。
 それもただの山の民ではなく、山神から呪い(頼朝の富士の巻狩で工藤景光が経験したという怪異から、「景光穢」と呼ばれるのがまたいい)を受けた存在だというのですから驚かされるではありませんか。

 そして、その信友とともに信虎を支える虎胤も、かつて戦場で既に亡くなったはずのある武将から「板東武者の業を断て 西へゆけ」という言葉と軍配書を与えられたという過去を持った人物として描かれるのも、大いにそそるものがあります。


 しかし本作においてこうした伝奇的要素は、物語の賑やかし、外連としてのみならず、より大きな意味を持つことになります。
 その伝奇的要素が果たす機能、役割とは――長くなりましたので、次回に続きます。


『虎の牙』(武川佑 講談社) Amazon
虎の牙

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2017.11.07

入門者向け時代伝奇小説百選 児童文学

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は児童文学。大人の読者の目に止まることは少ないかもしれませんが、実は児童文学は時代伝奇小説の宝庫とも言える世界なのであります。
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

91.『天狗童子』(佐藤さとる) 【怪奇・妖怪】【鎌倉-室町】 Amazon
 「コロボックル」シリーズの生みの親が、室町時代後期の混乱の時代を背景に、天狗の世界を描く物語であります。

 ある晩、カラス天狗の九郎丸に笛を教えて欲しいと大天狗から頼まれた笛の名手の老人・与平。神通力の源である「カラス蓑」を外して人間の子供姿となった九郎丸と共に暮らすうちに情が移った与平は、カラス蓑を焼こうとするのですが失敗してしまいます。
 かくて大天狗のもとに連行された与平。そこで知らされた九郎丸の秘密とは……

 天狗の世界をユーモラスに描きつつ、その天狗と人間の温かい交流を描く本作。その一方で、終盤で語られる史実との意外なリンクにも驚かされます。
 後に結末部分を追加した完全版も執筆された名作です。


92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋) 【古代-平安】【鎌倉-室町】【戦国】【江戸】 Amazon
 特に動物を主人公とした作品を得意とする名手が、神通力を持った白狐を狂言回しに描く武士の世界の年代記であります。

 平安時代末期、人間に興味を持って仙人に弟子入りした末、人間に変身する力を得た狐の白狐魔丸。人の世を見るために旅立った彼は、源平の合戦を目撃することになります。
 以来、蒙古襲来、南北朝動乱、信長の天下布武、島原の乱、赤穂浪士討ち入りと、白狐魔丸は時代を超え、武士たちの戦いの姿を目撃することに……

 神通力はあるものの、あくまでも獣の純粋な精神を持つ白狐魔丸。そんな彼にとって、食べるためでなく、相手を殺そう戦う人間の姿は不可解に映ります。そんな外側の視点から人間の歴史を相対化してみせる、壮大なシリーズです。

(その他おすすめ)
『くのいち小桜忍法帖』シリーズ(斉藤洋) Amazon


93.『鬼の橋』(伊藤遊) 【怪奇・妖怪】【古代-平安】 Amazon
 妹が井戸に落ちて死んだのを自分のせいと悔やみ続ける少年・小野篁。その井戸から冥府に繋がる橋に迷い込んだ彼は、死してなお都を守る坂上田村麻呂に救われます。
 現世に戻ってからのある日、片方の角が折れた鬼・非天丸や、父が造った橋に執着する少女・阿子那と出会った篁は、やがて二人とともに鬼を巡る事件に巻き込まれていくことに……

 六道珍皇寺の井戸から冥府に降り、閻魔に仕えたという伝説を持つ篁。その少年時代を描く本作は、彼をはじめそれぞれ孤独感を抱えた者たちが出会い寄り添う姿を通じて、孤独を乗り越える希望の姿を、「橋を渡る」ことを象徴に描き出します。
 比較的寡作ではあるものの、心に残る作品を発表してきた作者ならではの名品です。

(その他おすすめ)
『えんの松原』(伊藤遊) Amazon


94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子) 【SF】【戦国】 Amazon
 児童向けの歴史ものを数多く発表してきた作者の代表作、遙かな時を超える時代ファンタジー大活劇であります。

 戦国時代、忍者の城・八剣城が謎の魔物たちに滅ぼされて十年――捨て丸と名前を変えて生き延びた八剣城の姫・花百姫は、かつて八剣城に仕えた最強の八忍剣らを集め、再び各地を襲う魔物たちに戦いを挑むことになります。
 戦いの最中、幾度となく時空を超える花百姫と仲間たち。自らの命を削りつつも戦い続ける花百姫が知った戦いの真実とは……

 かつて児童文学の主流であった時代活劇を現代に見事に甦らせただけでなく、主人公を少女とすることで、さらに情感豊かな物語を展開してみせた本作。時代や世代を超えて生まれる絆の姿も感動的な大作です。

(その他おすすめ)
『うばかわ姫』(越水利江子) Amazon
『神州天馬侠』(吉川英治) Amazon


95.『送り人の娘』(廣嶋玲子) 【怪奇・妖怪】【古代-平安】 Amazon
 死んだ者の魂を黄泉に送る「送り人」の後継者として育てられた少女・伊予。ある日、死んだ狼を甦らせた伊予は、若き征服者として恐れられながらも、病的なまでに死を恐れる猛日王にその力を狙われることになります。
 甦った狼、実は妖魔の女王・闇真に守られて逃避行を続ける伊予。やがて彼女は、かつて猛日王に滅ぼされた自分たちの一族に課せられた宿命を知ることに……

 児童文学の枠の中で、人間の邪悪さや世界の歪み、そしてそれと対比する形で人間が持つ愛や希望の姿を描いてきた作者。
 本作も日本神話を踏まえた古代ファンタジーの形を取りつつ、生と死を巡る人の愛と欲望、そしてその先の救済の姿を丹念に描き出した、作者ならではの作品です。


(その他おすすめ)
『妖怪の子預かります』シリーズ(廣嶋玲子) Amazon
『鬼ヶ辻にあやかしあり』シリーズ(廣嶋玲子) Amazon



今回紹介した本
天狗童子 (講談社文庫)源平の風 (白狐魔記 1)鬼の橋 (福音館文庫 物語)忍剣花百姫伝(一)めざめよ鬼神の剣 (ポプラ文庫ピュアフル)送り人の娘 (角川文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「天狗童子 本朝奇談」 異界からの乱世への眼差し
 「白狐魔記 源平の風」 狐の瞳にうつるもの
 「鬼の橋」 孤独と悩みの橋の向こうに
 「忍剣花百姫伝 1 めざめよ鬼神の剣」 全力疾走の戦国ファンタジー開幕!
 「送り人の娘」 人と神々の愛憎と生死

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2017.11.03

紅玉いづき『大正箱娘 見習い記者と謎解き姫』 「箱」の中の謎と女性たち

 創刊2年の間にユニークな作品を次々送り出してきた講談社タイガ。その中でも私好みの一冊――大正時代を舞台に、新米新聞記者と「開けぬ箱もなく、閉じれぬ箱もない」という謎の少女が様々な事件と対峙する、不思議な味わいのミステリにして「女性文学」であります。

 故あって実家を飛び出し、帝京新聞で埋め草の三文記事を書いている新米記者の英田紺。
 ある日届いた旧家の蔵で呪いの箱が見つかったという手紙の取材に出かけた紺は、そこで夫が自害したというその家の美しい嫁・スミからその箱を押しつけられることになります。

 箱の扱いに悩んだ末、上司に唆されて神楽坂にある箱屋敷なる館を訪れた紺。どこを歩いたか定かでない道を辿った末に現れた、文字通り箱のような形をした奇妙な館で、紺は回向院うららと名乗る美少女と出会うことになります。
 開けぬ箱はないという彼女は、女が触れば祟りがあるというその箱を平然と開けて……

 という第1話「箱娘」に始まる本作は、全4話構成の連作形式となっています。

「今際女優」:今際女優の異名を持つ女優と気鋭の脚本家が組んだことで話題の新作舞台。しかし脚本家は謎めいた死を遂げ、彼が完成させたという脚本の最終稿が行方不明となったことから、紺が二つの謎を解くために奔走することに。
「放蕩子爵」:時を同じくして起きた、悪事を暴き立てる怪人カシオペイアの跳梁と心中ブーム。不正を暴かれた家の一つで「文通心中」と呼ばれる不思議な死を遂げた娘がいることを知った紺は、自分の過去と重ねて真相を追いかける。
「悪食警部」:再婚して身重となったスミから再び手紙を受け取った紺。しかし再会したスミは、その直後に蔵の中で腹に刀を刺されて発見され、紺はその容疑者にされてしまう。そこに現れたのは、「悪食警部」の異名を持つ警視庁の警部だった……


 「箱娘」というと、どうしても「箱の中に収まっている娘」を連想してしまいますが、本作の箱娘・うららは、どんな箱も開け、閉じるという不思議な少女。
 神楽坂の屋敷に「叉々」というぶっきらぼうなお目付役らしい男と住んでいること、どうやら軍部や警察とも繋がりがあるらしいことを除けば、一切が謎の存在であります。

 そんな彼女が、これら4つの奇妙な事件を描く物語に登場する「箱」を開くことで、事件を解決に導くのが本作のスタイルですが――しかしその「箱」は、物理的なものに限りません。
 人がその心に隠し持った秘密、あるいはその身を閉じ込める一種の規範やしきたり――それもまた、開かれ、そして閉じられるべき箱として描かれるのです。

 そして本作で描かれる各エピソードには、「箱」以外には共通点があります。それは「女性」――いずれの物語にも、その「箱」を持つ者、あるいはその「箱」に閉じ込められた者として、女性が登場するのです。


 思えば舞台となる大正は、女性にとってはまだまだ非常に息苦しい、生きづらい時代であります。
 「新しい女性」、女性解放運動に身を投じる女性たちは登場したものの、しかしまだまだ彼女たちは少数派。世の大多数の女性は、家や女性らしさといった「箱」に閉じ込められていたのですから。

 そう、実に本作で描かれるのは、この閉じ込められた女性たち、あるいは女性たちを閉じ込めたものが生み出した事件であります。
 だとすれば、その事件を真に解決するのは、その「箱」を開ける――彼女たちを解き放つ必要があります。その結果、彼女たちが再び箱に戻るかもしれないとしても……

 本作は、ミステリとして見れば物足りないと感じる方もいるかもしれません。しかしこの構図を重ね合わせて見たとき、本作は一つの「女性文学」として、いずれも深く濃い味わいを持つのであります。


 そしてもう一人、本作には「箱」に閉じ込められた人物がいます。それは紺――ある意味、うららの最も近くにいる紺こそは、ある意味最も強く、そしてはっきりと「箱」に閉じ込められているのです。

 そこから紺が出ることはできるのか? その答えの一端は、本作の結末において静かに、そして感動的な形で示されているのですが――しかしそこで終わりではないでしょう。

 その結末は同時に、その先に何が待つのか見届けたい――そう感じさせる物語の開幕なのですから……


『大正箱娘 見習い記者と謎解き姫』(紅玉いづき 講談社タイガ) Amazon
大正箱娘 見習い記者と謎解き姫 (講談社タイガ)

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2017.10.29

入門者向け時代伝奇小説百選 幕末-明治(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選も、いよいよ最後の時代に突入。幕末から明治にかけてを舞台とする作品であります。

81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)

81.『でんでら国』(平谷美樹) Amazon
 時代小説レビュー以来、ユニークな作品を次々と発表してきた作者が、老人たちと武士が繰り広げる攻防戦を描いた快作が本作です。

 棄老の習慣があると言われる大平村。しかしその実、村を離れて山中に入った老人たちは、彼らだけの国「でんでら国」を作り、村の暮らしをも支えていたのでした。
 ところが村の豊かさに目を付けた藩が探索のために役人を派遣。あの手この手で老人たちはこれに抵抗するものの、いよいよでんでら国に危機が……

 でんでら国というユニークな舞台設定に見られる奇想、武士たちに決して屈しない老人たちの姿に表される気骨、そしてその先にある相互理解の姿を描く希望――作者の作品の魅力が凝縮された集大成とも言うべき作品です。

(その他おすすめ)
『貸し物屋お庸』シリーズ(平谷美樹) Amazon
『ゴミソの鐵次 調伏覚書』シリーズ(平谷美樹) Amazon


82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰) Amazon
 絵を描くことだけが楽しみの孤独な武士・外川市五郎が出会った少女・桂香。心を閉ざしていた彼女と絵を通じて心を通わせた市五郎は、やがて二人で「現絵」――死者があの世で楽しく暮らす姿を描き、後生を祈る供養絵を描くようになります。
 厳しい現実を忘れさせる供養絵で人々の心を和ませる二人ですが、しかし悪政に苦しむ人々が一揆を計画していることを知って……

 これまで妖と人間が共存する世界でのコミカルな物語を得意としてきた作者。本作もその要素はありますが、むしろ中心となるのは、人の世界の重い現実の姿であります。
 物語を「イイ話」で終わらせることなく、一歩進めて重い現実を描き、さらにそれを乗り越える希望の存在を描いた名品です。


(その他おすすめ)
『もぐら屋化物語』シリーズ(澤見彰) Amazon


83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon
 アウトローと呼ばれる男たちの生き様を数多く描いてきた作者による、町火消にして大侠客として知られた新門辰五郎の一代記であります。

 幼い頃に両親を火事で失い、町火消の頭に引き取られて火消として活躍する辰五郎。やがて町火消の頂点=江戸最高の「侠」となった彼の前には、綺羅星のような男たち――忠治、次郎長、海舟、慶喜、さらには座頭の市らが現れ、ともに幕末の激動に挑んでいくのであります。

 いずれも一廉の人物である侠たちが出会いと別れを繰り返すという点で、「水滸伝」を冠するに相応しい本作。
 どんな道を歩もうとも決して己の節を曲げず、己の心意気を貫いた者たちの姿が堪らない、作者の江戸水滸伝三部作のラストを飾る快作です。

(その他おすすめ)
『天保水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon
『明暦水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon


84.『完四郎広目手控』(高橋克彦) 【ミステリ】 Amazon
 ミステリ、歴史、ホラー、浮世絵など、作者がこれまで扱ってきた題材のある意味集大成と言うべきユニークな連作集であります。

 主人公・香冶完四郎は名門の生まれで腕も頭も人並み外れた青年ですが、今は「広目屋」――今でいう広告代理店の藤岡屋の居候。そんな彼が、相棒の仮名垣魯文とともに様々な江戸の噂の裏に潜む謎を解き、金儲けに、人助けに、悪人退治にと活躍するのが本作の基本スタイルです。

 広目屋というユニークな題材と、虚実入り乱れた登場人物が賑やかに絡む本作。
 毎回の完四郎の快刀乱麻の謎解きと、それを活かした金儲けも楽しいのですが、終盤に描かれるある歴史上の大事件を前に、金儲け抜きで奔走する彼らの心意気も感動的であります。


85.『カムイの剣』(矢野徹) 【忍者】 Amazon
 りんたろう監督によるアニメ版を記憶している方も多いであろう、奇想天外な大冒険活劇であります。

 謎の敵に母と姉を殺されて公儀御庭番首領・天海に拾われ、忍びとして育てられた和人とアイヌの混血の少年・次郎。やがて父の形見の「カムイの剣」に巨大な秘密が秘められていることを知った彼は、抜忍となって海を超えることになります。
 キャプテン・キッドの遺した財宝を巡る冒険の末、次郎は、幕末史を陰から動かしていくことに……

 日本はおろかカムチャツカから北米まで、海を越えて展開する気宇壮大な物語である本作。同時に、周囲から虐げられ過酷な運命に翻弄されながらも、一歩一歩成長していく次郎の姿が感動的な不朽の名作であります。



今回紹介した本
[まとめ買い] でんでら国ヤマユリワラシ ―遠野供養絵異聞― (ハヤカワ文庫JA)慶応水滸伝 (中公文庫)完四郎広目手控 (集英社文庫)カムイの剣 1巻+2巻 合本版 (角川文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 『でんでら国』(その一) 痛快なる老人vs侍の攻防戦
 澤見彰『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』 現の悲しみから踏み出す意思と希望
 『慶応水滸伝』(その一) 侠だ。侠の所業だ!
 高橋克彦『完四郎広目手控』 江戸の広告代理店、謎を追う

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2017.10.18

入門者向け時代伝奇小説百選 江戸(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、江戸もののその二は、フレッシュで個性的な作品を中心に取り上げます。

76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

76.『退屈姫君伝』(米村圭伍) Amazon
 ユーモラスかつスケールの大きな時代小説を描けば右に出る者がいない作者の代表作、好奇心旺盛な姫君の活躍を描くシリーズの開幕編です。
 陸奥の大藩から讃岐の小藩・風見藩に嫁いだ、めだか姫。夫がお国入りして暇を持て余し、謎解きをしたり町をぶらついたりといった日々を過ごす姫は、田沼意次が風見藩と実家を狙っていることを知り、俄然張り切ることに……

 作者お得意のですます調で繰り広げられるユーモラスでペーソス溢れる物語が、あれよあれよという間にスケールアップしていく、実に作者らしいスケール感の本作。
 冒頭で述べたとおり「退屈姫君」シリーズの第一作でもあり、また作者の他の作品とのリンクも魅力の一つです。

(その他おすすめ)
『風流冷飯伝』(米村圭伍) Amazon


77.『未来記の番人』(築山桂) 【忍者】 Amazon
 大坂を舞台に、したたかな商人たちの姿や、爽やかな青春群像を描いてきた作者が、聖徳太子の予言書「未来記」を題材に描く活劇です。
 大坂四天王寺に隠されていると言われる未来記奪取を命じられた、南光坊天海直属の忍び・千里丸。千里眼の異能を持つ彼は、そこで初めて自分と同様に異能を持つ少女・紅羽と出会うのですが……

 この二人を中心に、様々な思惑を秘めた様々な人々が繰り広げる未来記争奪戦を描く本作。その内容は、まさに伝奇ものの醍醐味に満ちたものであります。
 しかし本作は同時に、その戦いの中の人々の姿を丹念に描くことにより、歴史の激流の中で人が生きることの意味を問いかけるのです。作者ならではの佳品というべきでしょう。

(その他おすすめ)
『緒方洪庵浪華の事件帳』シリーズ(築山桂) Amazon
『浪華の翔風』(築山桂) Amazon


78.『燦』シリーズ(あさのあつこ) Amazon
 瑞々しい少年たちの姿を描く児童文学と、人の心の陰影を鮮やかに描く時代小説を平行して描いてきた作者が、その両者を巧みに融合させたのが本作です。

 田鶴藩の筆頭家老の家に生まれ、藩主の次男・圭寿に幼い頃から仕えてきた吉倉伊月。しかしある日彼らの前に、かつて藩に滅ぼされた神波一族の生き残りの少年・燦が現れます。
 突然藩主を継ぐことになった圭寿を支える伊月と、彼らと奇妙な因縁に結ばれた燦。三人の少年は、やがて藩を簒奪せんとする勢力、そして藩が隠してきた闇と対峙することになるのですが……

 三人の少年たちの戦いと成長と同時に、彼らと関わる女性たちの姿も巧みに描き出す本作。ラストに待ち受ける驚愕の真相も必見です。


79.『荒神』(宮部みゆき) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 時代小説においても人情ものからミステリ、ホラーなど様々な作品を発表してきた作者が、何と怪獣ものに挑んだ傑作であります。

 ある晩、北東北の山村が一夜にして壊滅。その山村が敵対する二つの藩の境目にあったことから緊張が高まる中、その犯人である謎の怪物が出現、次々と被害を増やしていくことになります。
 両藩の対応が遅れる中、事件に巻き込まれた人々は、生き残るために、あるいは怪物を倒すために、それぞれ必死の戦いを繰り広げることに……

 怪獣映画のフォーマットを時代小説に見事に落とし込んでみせた本作。怪物の存在感の見事さもさることながら、理不尽な事態に翻弄されながらも決して屈しない人々の姿が熱い感動を呼びます。


80.『鬼船の城塞』(鳴神響一) Amazon
 日本では比較的数少ない海洋時代小説。本作はその最新の成果というべき冒険活劇であります。

 日本近海で目撃が相次ぐ謎の赤い巨船「鬼船」。御用中にこの鬼船に遭遇した鏑木信之介は、鬼船を操る海賊・阿蘭党に一人捕らわれることになります。
 彼らの賓客として遇される中、徐々に彼らの存在を理解していく真之介。しかし鬼船を遙かに上回る巨大なイスパニアの軍艦が出現したことから、事態は大きく動き出すことに……

 デビュー以来、通常の時代小説の枠に収まらない作品を次々発表してきた作者らしく、壮大なスケールの本作。散りばめられた謎や秘密の面白さはもちろんのこと、迫真の海洋描写、操船描写が物語を大いに盛り上げる快作です。

(その他おすすめ)
『私が愛したサムライの娘』(鳴神響一) Amazon
『海狼伝』(白石一郎) Amazon



今回紹介した本
退屈姫君伝未来記の番人 (PHP文芸文庫)燦〈1〉風の刃 (文春文庫)荒神 (新潮文庫)鬼船の城塞 (ハルキ文庫 な 13-3 時代小説文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「退屈姫君伝」 めだか姫、初の御目見得
 『未来記の番人』 予言の書争奪戦の中に浮かぶ救いの姿
 「燦 1 風の刃」
 『荒神』 怪獣の猛威と人間の善意と
 鳴神響一『鬼船の城塞』 江戸の海に戦う男たち

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2017.10.04

畠中恵『とるとだす』 若だんな、妙薬を求めて奔走す

 シリーズ第1作刊行から既に16年を経つつも、なおも快調の『しゃばけ』シリーズの最新作であります。突如人事不省の身になってしまった長崎屋の主・藤兵衛を救うため、若だんなこと一太郎と妖たちが、江戸の町を奔走することになります。

 これまで同様、短編集でありつつも、全体で一つの物語を構成する本作。その発端となるのが冒頭のエピソードにして表題作の『とるとだす』であります。
 ある日、お馴染み寛朝和尚の広徳寺に集められた薬種屋の主人たち。その中には、藤兵衛と一太郎も含まれていたのですが――何やら集まった薬種屋たちの間に険悪なムードが漂う中、藤兵衛が倒れてしまいます。

 医者でも、いや年経りた妖である兄やたちでも手の施しようのない状態となってしまった父に驚き悲しむ若だんな。しかし父を救うには、その身に何が起きたのかを知る必要があります。
 そのために、広徳寺に集まった薬種屋たちを向こうに回して推理を巡らせる若だんなと妖たち。そして明らかになった真相は、何とも切ないもので……


 そんな物語を皮切りに、本作ではなかなか快復しない藤兵衛を救うための手段を求める一太郎たちの懸命の努力が描かれることになります――が、そこに数々の妖が絡んで事件や騒動が勃発するのは言うまでもありません。

 第2話『しんのいみ』は、自分が見たこともない町にいることに気付いた若だんな、という謎めいた状況から始まる物語。
 留まっているうちに徐々に記憶が失われていくというその町があるのは、どうやら江戸の沖に現れた蜃気楼の中らしいと知る若だんなですが、そこから脱出するためには、この世界の主を見つけ、その正体を告げる必要があるというのですが……

 作中に秘められた謎の答えは比較的早い段階で気付くのですが、幻の町というシチュエーションと、そこに暮らす者たちの秘めた想いが印象に残るエピソードであります。

 続く第3話『ばけねこつき』では、とある染物屋が一太郎に縁談を持ち込むという不可解な事件(?)から物語がスタート。
 そもそも一太郎には既に許嫁がいるのはファンにはご存じのとおりですが、染物屋の娘は化け猫憑きの噂を立てられて縁談を立て続けに断られている状態。持参金代わりに秘伝の薬をつけるので、妖と縁が深い(らしい)若旦那にもらってほしいというのです。

 もちろん断ったものの、この一件が瓦版に書き立てられ、ややこしくなってく状況。
 事態を収めるべく、背後の事情を探り始めた一太郎が解き明かした真相が浮き彫りにする、人間の心が時に嵌まる陥穽の存在が強く印象に残ります

 そして題名だけでギョッとさせられる第4話『長崎屋の主が死んだ』は、シリーズには比較的珍しい、人に仇なす凶悪な妖との対決を描く一編であります。
 ある日突然長崎屋に現れ、長崎屋の主は死ななければならないと告げた、骸骨のような異形――狂骨。寛朝の護符の力で一度は撃退したものの、野放しにはできたないと追う若だんなたちの耳には、狂骨の犠牲者と思われる噂が次々と飛び込んでくるのでした。

 一見全くバラバラに見える犠牲者たちにどのような繋がりがあるのか。狂骨は彼らにどのような怨みを持つのか。そして狂骨の正体は――
 背筋の凍るような怨霊の跳梁を描きつつも、しかしその陰にあるのは、世の理不尽に為すすべもなかった人間の哀しい涙。事件を解決しても割り切れないものが残る、本作で最も印象的なエピソードであります。

 そしてラストの『ふろうふし』では、大黒様から、少彦名ならば藤兵衛を救う解毒薬が作れるのではないかと聞いた若だんなが常世の国に向かうも、着いたのはなんと――という物語。
 そのすっとぼけた展開は面白いのですが、一太郎の出会った神仙たちの正体をはじめとして、作中に登場する名前を使った仕掛けが、本シリーズにしてはわかりやすすぎるのが残念なところでした(特に若だんなが出会った「一寸法師」の正体など……)


 と、駆け足で紹介しましたが、今回もまた、コミカルなキャラクターたちのやりとりとユニークなシチュエーション、そしてミステリ要素とほろ苦い味付けを存分に楽しませていただきました。
 ラストのエピソードのキレが今ひとつだったこと、また藤兵衛を救うという目的が後ろにいくにつれ薄れてきたことなど、少々残念な点はあるのですが、それでもラストまで一気に読まされる、読まずにはいられない物語りであるのは、さすがというほかないのであります。


『とるとだす』(畠中恵 新潮社) Amazon
とるとだす


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 しゃばけ
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 畠中恵『なりたい』 今の自分ではない何かへ、という願い
 畠中恵『おおあたり』 嬉しくも苦い大当たりの味

 『えどさがし』(その一) 旅の果てに彼が見出したもの
 『えどさがし』(その二) 旅の先に彼が探すもの
 「しゃばけ読本」 シリーズそのまま、楽しい一冊

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2017.10.03

伊藤勢『天竺熱風録』第2巻 熱い大地を行く混蛋(バカ)二人!

 田中芳樹が唐代に実在した快男児を主人公に描いた物語を、伊藤勢が独自の視点で漫画化した第2巻であります。摩伽陀国を簒奪した暴君に理不尽に仲間ともども捕らえられた唐の外交使節・王玄策の冒険は、いよいよここから本格的に始まることになります。

 唐の外交使節団の正史として、久方ぶりに摩伽陀国を訪れた王玄策。しかし摩伽陀国の王・ハルシャ王は謎めいた死を遂げ、その後を継いだと称するアルジュナの命により、玄策と使節団数十名は、無法にも捕らえられ、獄に繋がれることとなります。
 牢獄の中で出会った怪老人・那羅延娑婆寐から、抜け道の存在を教えられる玄策。しかしそこから全員が抜け出しても逃げ切れるはずもありません。

 かくて悩んだ末に、玄策は自分と副使の蒋師仁の二人のみで密かに牢を脱出し、ネパール・カトマンドゥからの援兵を連れて悪王を討つという道を選ぶのですが……


 というわけで、牢から脱出したところから始まるこの第2巻。ひとまずは自由の身となった玄策と師仁ですが、しかしその自由はあくまでもかりそめのもの。自分を信じて送り出してくれた仲間たちを救い出すためのものであります。
 そのためには一刻も早く摩伽陀国を脱出しなければならないのですが――しかし早くも襲いかかるオリジナル展開!

 折悪しく、アルジュナ配下の奇怪な仮面の怪人に見つかってしまった二人。ここで見つかれば全てが水の泡と、怪人に挑む二人ですが、魔神めいた複数の腕を持つ怪人に多大な苦戦を強いられることに……
 上で述べたようにこの辺りはオリジナル展開なのですが、ビジュアルといい正体といい、いかにも伊藤勢らしい趣味の怪人と、これまた伊藤勢らしいダイナミックな活劇が実に楽しいのであります。

 そしてそんな強敵を辛くも撃破したものの一文無しの二人。先立つものがなければと、覚悟を決めてある屋敷に潜入してみれば、そこは……
 と、ここで描かれるのは、おそらくは前半の山場であろう、玄策と先王の妹・ラージャシュリー、そして彼女に仕える少女・ヤスミナとの出会いであります。

 民に慕われ、ひとまずは身の安全を保証されながらも、完全に軟禁状態におかれ、本人は視力を失ったラージャシュリー。
 一歩間違えればアルジュナ以上に摩伽陀国にとっては害となりかねぬ玄策の考えを見抜きつつも、あえて力を貸すラージャシュリーの助けで、なんとか玄策と師仁は城を脱出しようとするのですが……

 この辺りの展開はほぼ原作同様ではありますが、しかし玄策とラージャシュリーの間で語られる内容――摩伽陀国を巡る状況やアルジュナの正体を巡る会話のディテールの細かさは、これはこの漫画版ならではの内容と言うべきでしょうか。

 そして漫画版ならではといえば、この後に描かれる玄策たちの王都・曲女城脱出劇もまた、実にそれらしい。
 ヤスミナの先導で城門に向かう二人。城兵に誰何されて危機一髪、というところで彼らを助けたのは――というのも原作通りですが、ここでの助っ人たちの活躍ぶり、というよりも彼らの造形が実にまたイイのであります。
(きっといつか出て来るだろうと思いきや、やっぱりスターシステムで登場した彼女)

 イイといえば何よりもヤスミナもいい。外見は凛とした美人ながらも、内面は威勢と気風の良いという、いかにも伊藤勢らしいヒロインぶりで、冷静に考えれば出番はそれほど多くないのですが、実に印象的なキャラクターであります。


 そして彼女たちの想いを受けて、男たちは荒野に足を踏み出します。その中で「天竺」とそこに住む人々への、己の想いを確かめつつ……(というか、このあたりは完全に作者の想いだとは思いますが)

 そんな想いを抱きつつも、仲間たちを救うため、無謀というも愚かな絶望的な任務に挑む混蛋(バカ)二人。
 ラストには何とも気になる新キャラクターが登場し、まだまだ波乱含み、いや波乱しかない物語は続きます。


『天竺熱風録』第2巻(伊藤勢&田中芳樹 白泉社ヤングアニマルコミックス) Amazon
天竺熱風録 2 (ヤングアニマルコミックス)


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2017.09.25

入門者向け時代伝奇小説百選 戦国(その一)

 入門者向け伝奇時代小説百選、今回は戦国ものその一。戦国ものといえば歴史時代小説の花形の一つ、バラエティに富んだ作品が並びます。

61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)


61.『魔海風雲録』(都筑道夫) 【忍者】 Amazon
 ミステリを中心に様々なジャンルで活躍してきた才人のデビュー作たる本作は、玩具箱をひっくり返したような賑やかな大冒険活劇であります。

 主人公は真田大助――退屈な日常を嫌って九度山を飛び出した彼を待ち受けるのは、秘宝の謎を秘めるという魔鏡の争奪戦。奇怪な山大名・紅面夜叉と卒塔婆弾正、異形の忍者・佐助、非情の密偵・才蔵、豪傑、海賊、南蛮人――個性の固まりのような連中が繰り広げる物語は、木曾の山中に始まってあれよあれよという間に駿府に飛び出し、果ては大海原へと、止まる間もなく突き進んでいくのです。

 古き革袋に新しき酒、を地で行くような、痛快かつ洒脱な味わいの快作です。


62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝) 【剣豪】 Amazon
 壮大かつ爽快な物語を描けば右に出るもののない作者の代表作にして、作者に最も愛されたであろう英雄の一代記です。

 タイトルの義輝は言うまでもなく室町第13代将軍・足利義輝。若くして松永久秀らに討たれた悲運の将軍にして、その最期の瞬間まで、塚原卜伝から伝授を受けた剣を降るい続けたまさしく剣豪将軍であります。

 その義輝を、本作は混沌の世を終息させるという青雲の志を抱いた快男児として活写。将軍とは思えぬフットワークで活躍する義輝と頼もしい仲間たちの、戦乱あり決闘あり、友情あり恋ありの波瀾万丈の青春は、結末こそ悲劇であるものの、悲しみに留まらぬ爽やかな後味を残すのです。
 そして物語は『海王』へ……

(その他おすすめ)
『海王』(宮本昌孝) Amazon
『ドナ・ビボラの爪』(宮本昌孝) Amazon


63.『信長の棺』(加藤廣) Amazon
 今なお謎多き信長の最期を描いた本作は、「信長公記」の著者・太田牛一を主人公としたユニークな作品です。

 上洛の直前、信長からある品を託された牛一。しかし信長は本能寺に消え、牛一も心ならずも秀吉に仕えることになります。時は流れ老いた牛一は、信長の伝記執筆、そして信長の遺体探しに着手するのですが……

 戦国史上最大の謎である本能寺の変。本作はそれに対し、ある意味信長を最もよく知る男である牛一を探偵役に据えたのが実に面白い。
 秀吉の出自など、伝奇的興趣も満点なのに加え、さらに牛一の冒険行を通じ、執筆者の矜持、そして一人の男が自分の生を意味を見つめ直す姿を織り込んでみせるのにも味わい深いものがあります。

(その他おすすめ)
『空白の桶狭間』(加藤廣) Amazon


64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 常人にはできぬ悪事を三つも成したと信長に評された戦国の梟雄・松永弾正久秀。その久秀を、歴史幻想小説の雄が描いた本作は、もちろんただの作品ではありません。
 本作での松永久秀は、波斯渡りの暗殺術を操る美貌の妖人。敬愛する兄弟子・斎藤道三(!)と、それぞれこの国の東と西を奪うことを誓って世に出た久秀は、奇怪な術で天下を窺うのであります。

 戦国奇譚に、作者お得意の海を越えた幻想趣味をたっぷりと振りかけてみせた本作。様々な事件の背後に蠢く久秀を描くその伝奇・幻想味の豊かさはもちろんのこと、輝く日輪たる信長に憧れつつも、しかし遂に光及ぶことのない明けの明星たる久秀の哀しみを描く筆に胸を打たれます。

(その他おすすめ)
『天王船』(宇月原晴明) Amazon


65.『太閤暗殺』(岡田秀文) 【ミステリ】 Amazon
 重厚な歴史小説のみならず、奇想天外な趣向の歴史ミステリの名手として名を高めた作者。その奇才の原点ともいえる作品です。

 本作で描かれるのは、タイトルのとおり太閤秀吉暗殺の企て。そしてその実行犯となるのが、生きていた石川五右衛門だというのですからたまりません。
 しかしもちろん厳重に警戒された秀吉暗殺は至難の業。果たしてその難事を如何に成し遂げるか、という一種の不可能ミッションものとしても非常に面白いのですが、何よりも本作の最大の魅力はそのミステリ性です。

 何故、太閤が暗殺されなくてはならなかったのか――ラストに明かされる「真犯人」の姿には、ただ愕然とさせられるのです。

(その他おすすめ)
『本能寺六夜物語』(岡田秀文) Amazon
『秀頼、西へ』(岡田秀文) Amazon



今回紹介した本
魔海風雲録 (光文社文庫)剣豪将軍義輝 上 鳳雛ノ太刀<新装版> (徳間文庫)信長の棺〈上〉 (文春文庫)黎明に叛くもの (中公文庫)太閤暗殺 (双葉文庫)

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 「剣豪将軍義輝」 爽快、剣豪将軍の青春期
 加藤廣『信長の棺』 信長終焉の真実と記述者の解放と
 太閤暗殺

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