2019.01.11

『どろろ』 第一話「醍醐の巻」

 領地の繁栄と己の栄達のため、地獄堂に祀られた12体の鬼神と取り引きした醍醐景光。その代償に体中の各部位を奪われた景光の子は、川に流されて何処かへ姿を消す。それから16年後、盗みで暮らしを立てていた子供・どろろは、怪物に襲われたところを人形のような外見の少年に助けられるが……

 というわけで、この1月からスタートした手塚治虫原作の妖怪時代劇『どろろ』アニメ版。これまで様々な形でリメイクされてきた原作を、今どのようにアニメ化するのか――第1話の時点では、想像以上に手堅い印象です。

 時は戦国――加賀国守護職・富樫政親(実在。ということは15世紀後半か)に仕える武士・醍醐景光は、初の子が生まれようとするその時、地獄堂なる恐ろしげな堂宇を訪れるのでした。「外道に落ちる」「この先待つのは地獄」と止める上人を、「もう落ちている」「地獄とはこの世のことよ」とありがちなことを言いながらバッサリ切り捨て、中に祀られた奇怪な鬼神像に取引を持ちかける景光。困窮する領土を救い、自分に天下を取らせれば、自分の持つ好きなものを何でもやろうと彼が語った時……
 地獄堂に、そして景光の屋敷に落ちる激しい雷。まさにその時、景光の妻・縫の方が産み落とした赤子は、雷が止んでみれば、顔の皮膚をはじめ、目も鼻も手足もない、無惨な姿となっていたのです。周囲の者たちが驚き怯え、そして悲しむ中、ただ一人哄笑するのは景光。そう、この赤子の姿こそは、彼と鬼神の契約が成った証なのですから。

 もはや赤子に興味をなくした景光は、乳母に捨ててくるように命じるのですが――思いとどまった乳母により、殺される代わりに小舟に乗せて流される赤子。その直後に現れた妖怪によって乳母が食い殺されたため、赤子の生存を知る者は誰一人いなくなったのでした。その場を通りかかって妖怪を一刀の下に切り捨て、そして流れ去る小舟を見送った(見送るのか)、琵琶法師のほかは……

 そしてそれから16年後、賑やかな口上で道行く人を呼び止めては、様々な物を売りつけようとするのは、まだ幼い子供――名はどろろ。しかし彼が売っていたのは人足たちが運んでいた荷物、どうやらこれまでも同様のことをやらかしていた様子です。
 追いかけてきた人足たちを身軽に振り切り、一度は逃げ切ったかに見えたどろろですが、河原で出会った野良の子犬に情をかけたばっかりに、人足たちに捕まり、袋叩きにあう羽目に。それでもまあ、ボコボコにするくらいで見逃そうとした人足に対して、石をぶつけて目を潰したりするもんだから、ついに本気で簀巻きにされて殺されそうに……

 と、その時、傍らの古ぼけた橋の上に立つ一人の少年。およそ生気の感じられない不気味な彼に声をかける人足たちですが、少年が見ているのは、自分たちの後ろだとどろろは気づきます。その後ろにあったのは、川から流れてきた泥ともゴミともつかぬものの塊――が、それが突然立ち上がり、腕を伸ばして人足たちに襲いかかった!
 次々に泥に飲まれていく人足たちに続き、怪物――泥鬼に捕まったどろろ。そこを、己の腕を引き抜き、仕込まれた刃でもって少年が泥鬼を斬って救い出します。そしてどろろ以上に身軽な動きで泥鬼を翻弄し、橋の上に誘き寄せながら橋に切りつける少年。泥鬼の重みも相まって橋は崩れ去り、泥鬼は橋の下敷きとなって生き絶えるのでした。

 命の恩人である少年に喜び勇んで飛びつくどろろ。しかし少年はその前で突如苦しみだします。少年の顔から落ちる精巧な面。その下の顔は生皮を剥がれたような無惨なもの――と思いきや、少年の顔は瞬く間に皮膚で覆われるのでありました。
 時を同じくして、何かを察知して地獄堂に向かった景光が見たものは、真っ二つにされた鬼神像の一体。一方、彼の屋敷では、五体満足な景光の息子・多宝丸を前に、縫の方は16年前のあの日を思い出していたのでした。そしてもう一人、打ち捨てられた死体に、失った手足や顔を付けて弔っているという医者・寿海は、何かを案じるように「百鬼丸……」と呟いて……


 と、一話の中に基本設定からメインどころのキャラクターの顔見せまでソツなく織り込んでみせた今回(百鬼丸が何者か、妖怪を倒したら何故皮膚が甦ったかは明確に語られませんが、それは一目瞭然でしょう)。
 ビジュアル的にはキャラクター原案の浅田弘幸のタッチがはっきり現れた百鬼丸が印象的で、彼の目には周囲が暗視ビジョンのように見えるという演出もなかなか面白いところ。アクションもかなりよく動いていましたが、これはまあ、第1話だからかなあ……

 何はともあれ、魔物の数が12という手頃な数に変わったこともあり、原作を踏まえつつ本作ならではのものをどう見せてくれるか――それが見所と言うべきでしょうか。



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2018.12.31

このブログが選ぶ2018年ベストランキング(単行本編)

 今年の締めくくり、一人で選んで一人で発表する2018年のベストランキング、大晦日の今日は単行本編であります。2017年10月から2018年12月末発刊までの作品について6作品挙げます。

1.『童の神』(今村翔吾 角川春樹事務所)
2.『敗れども負けず』(武内涼 新潮社)
3.『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所)
4.『虎の牙』(武川佑 講談社)
5.『さよ 十二歳の刺客』(森川成美 くもん出版)
6.『恋の川、春の町』(風野真知雄 KADOKAWA


 第1位は角川春樹小説賞受賞に輝き、そして直木賞候補ともなった作品。平安時代を舞台に、鬼や土蜘蛛と呼ばれたまつろわぬ者たち「童」の戦いを描く大作であります。
 本作で繰り広げられる安倍晴明や頼光四天王、袴垂といった平安オールスター戦の楽しさはもちろんですが、何より胸を打つのは、自由を――自分たちが人間として認められることを求めて戦う童たちの姿であります。痛快なエンターテイメントであると同時に、胸を打つ「反逆」と「希望」の物語で。

 第2位は、昨年辺りから伝奇ものと並行して優れた歴史小説を描いてきた作者の収穫。上杉憲政、板額、貞暁――戦いには敗れたものの、人生において決して負けなかった者たちの姿を描く短編集であります。
 各話それぞれに趣向を凝らした物語が展開するのはもちろんのこと、そこに通底する、人間として望ましい生き様とは何かを希求する視点が実に作者らしい、内容豊かな名品です。

 そして第3位は、大友ものを中心とした戦国ものを引っさげて彗星のように現れた作者の快作。悪鬼のような前半生を送りながらも、周囲の人々の叱咤と愛によって改心し、聖人として落日の大友家を支えた「豊後のヘラクレス」の戦いを描く、戦国レ・ミゼラブルとも言うべき作品です。
 まさしく孤軍奮闘を繰り広げる主人公が、運命の理不尽に屈しかけた周囲の人々の魂を救うクライマックスには、ただ感涙であります。

 そして第4位は、これまた昨年から歴史小説シーン活躍を始めた新鋭のデビュー作。武田信虎という、これまで悪役として描かれがちだった人物の前半生を描く物語は、戦国時代の「武士」というものの姿を浮き彫りにして目が離せません。
 そして何よりも、その物語の主人公になるのが、信虎の異母弟である山の民――それも山の神の呪いを受けた青年――という伝奇味が横溢しているのも嬉しいところです。

 第5位は児童文学から。義経に一門を滅ぼされ、奇跡的に生き延びて奥州に暮らす平家の姫君が、落ち延びてきた義経を狙う姿を描くスリリングな物語であります。
 平家を単なる奢れる敗者として描かない視点も新鮮ですが、陰影に富んだ義経の姿を知って揺れる少女の心を通じて、人間性への一つの希望を描き出すのが嬉しい。大人にも読んでいただきたい佳品です。

 そして第6位は、文庫書き下ろしで大活躍してきた作者が、恋川春町の最後の日々を描いた連作。戯作者としての、そして男としてのエゴとプライドに溺れ、のたうち回る主人公の姿は、一種私小説的な凄みさえ感じさせますが――しかし何よりも注目すべきは、権力に対する戯作者の意地と矜持を描いてみせたことでしょう。
 デビュー以来常に弱者の側に立って笑いとペーソスに満ちた物語を描いてきた作者の、一つの到達点というべき作品です。


 さて、そのほかに強く印象に残った一冊として、操觚の会によるアンソロジー『幕末 暗殺!』を挙げておきます。書き下ろしのテーマアンソロジー自体は珍しくありませんが、本書はタイトル通り、幕末史を彩った暗殺を題材としているのが面白い。
 奇想天外な幕末裏面史として、そして本年も大活躍した歴史時代小説家たちの豪華な作品集として大いに楽しめる一冊です。


 というわけで、駆け足となりましたが、今年の一年をベストの形で振り返りました。もちろんあくまでもこれは私のベスト――決して同じ内容の人はいないであろうベストですが、これをきっかけに、この二日間採り上げた作品に興味を持っていただければ幸いです。

 それでは、来年も様々な、素晴らしい作品に出会えることを祈りつつ……


童の神

今村翔吾 角川春樹事務所 2018-09-28
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敗れども負けず

武内 涼 新潮社 2018-03-22
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大友の聖将

赤神諒 角川春樹事務所 2018-07-12
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虎の牙

武川 佑 講談社 2017-10-18
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さよ 十二歳の刺客 (くもんの児童文学)

槙 えびし,森川 成美 くもん出版 2018-11-03
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恋の川、春の町

風野 真知雄 KADOKAWA 2018-06-01
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 このブログが選ぶ2017年ベストランキング(単行本編)

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2018.12.27

霜島けい『とんちんかん あやかし同心捕物控』 新作で帰ってきたのっぺら同心!


 あののっぺら同心が、帰ってきました。正真正銘の(?)のっぺらぼうながら、江戸を守る南町奉行所の腕利き同心である柏木千太郎が、復刊した前2巻に続き、新作で活躍することになったのであります。いつも人間とあやかしの間で起きる不思議な事件ばかり扱う羽目になる千太郎の今回の活躍は?

 人間の同心の父と八王子の狐の母の間に生まれたのっぺらぼうでありながら、頭の切れと腕の冴え、そして何よりもその正義感の強さとさっぱりした気性から、いまや江戸では知らぬ者とてない人気者の千太郎。
 のっぺらぼうくらいで驚いたら江戸っ子の名折れ、という町の人々の声援を受け、彼は今日もお江戸の怪事件に颯爽と挑むのです。

 そんな本シリーズは、かつて廣済堂モノノケ文庫で2作が発表されたものの、レーベルの消滅に伴い惜しくも中絶していたもの。それが最近アンソロジーに収録されたこともあってか見事復活し、先の2作に続き、本書が書き下ろしで登場したというわけなのです。


 さて復活第1作にして表題作の『とんちんかん』は、盗人と疑われて番屋に突き出された少女・お駒にまつわると、千太郎たちが出会ったことから始まる物語であります。

 跳ねっ返りの元気な娘ながら、幼い頃に水害で両親をなくし、人買いに売られるなど辛酸を舐めてきたお駒。そんな彼女の周囲では、盗まれたものが見つかったり、彼女を傷つけようとした人間が叩きのめされたりと、奇妙な出来事ばかりが起きていました。
 そんな彼女に何くれとなく目をかけるようになった千太郎たちは、お駒の周囲に怪しげな男が出没しているのに気づきます。どうやらお駒は彼を知っているようなのですが……

 辛い暮らしを送りながらも明るさを忘れない少女と、彼女を影ながら支える人物――というのは、人情ものでしばしば見かけるシチュエーションですが、しかし本作ではその人物というのが怪しい、いや妖しい。何しろこの男、川で何度も土左衛門になって見つかりながら、そのたび息を吹き返して――と、なるほどこれは千太郎向きの事件であります。

 果たして男は何者なのか、そして何故お駒を助けるのか。そしてお駒は何故彼を避けるのか? その謎の先にあるのは、相手を想う気持ちが、かえって相手を苦しめてしまう――しかしそれが善意なのがわかるからこそ尚更悲しい――想いのすれ違いであります。
 そんな切ない想いを描く一方で、お駒を救うために千太郎たちが繰り広げるとんでもない作戦は実に愉快で――そして彼が悪に見せる怒りの凄まじさも印象に残る、復活作に相応しい作品です。


 そして後半の『憑き物』は、題名通りに一風変わった憑き物が、それも千太郎に憑くというユニークな一編であります。
 何者かに刺し殺された男を看取った千太郎。しかしその男に掴まれた彼の腕は奇妙に腫れ上がり、やがてその腫れは人間の顔のようになってしまいます。ついには目を開き、喋りだした腫れ物――そう、千太郎の腕にできたのは、人面疽だったのです。

 しかもその顔は、殺された男の顔。千太郎に何かを託そうとしていた男の想いが、人面疽となったのだと思われたのですが――しかし人面疽は自分を誰が、何故殺したのか、肝心なことを覚えていません。やたらと気が短く、鼾のうるさい人面疽に悩まされつつ、千太郎は謎を追うのですが……

 というわけで、顔のないのっぺらぼうと、顔だけの人面疽という組み合わせだけで、既に本作は面白いのですが――しかし本作の魅力はもちろんそうした楽しさ、可笑しさだけではありません。

 本作の魅力は人面疽が自分を殺した相手を確かに見ているはずなのに、知らないと言い張るという謎――第1話以上に強いミステリ味と、その背後に隠された想いにあります。
 実のところ、その真実は、それだけ見れば、さまで珍しい内容ではないかもしれません。しかし本作以外あり得ないような奇っ怪なシチュエーションを通じて描かれるその真相は、そこまでしなければならなかった想いの存在と、その強さを強く浮き彫りにするのです。


 人とあやかしの間に立ち、双方の世界を知る千太郎の活躍を通じて、人もあやかしも決して変わらない――いや、人ならぬ身だからこそより一層強く感じさせる――情の姿を描く本シリーズ。その復活編として、本書は笑いあり、涙ありと、期待通りの楽しさを見せてくれました。

 久方ぶりに復活したこのシリーズが、この先どのような物語を、どのような情の姿を描いてくれるのか――シリーズ開始当初から応援してきた身としては、この先の展開が楽しみでならないのです。


『とんちんかん あやかし同心捕物控』(霜島けい 光文社文庫)

とんちんかん: あやかし同心捕物控 (光文社時代小説文庫)

霜島 けい 光文社 2018-12-07
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2018.12.03

光瀬龍『所は何処、水師営 SF〈西郷隆盛と日露戦争〉 』 現実に存在した虚構の歴史、現実と化した虚構の歴史


 今年の大河ドラマもいよいよ終盤――つまり西郷隆盛の最期の時が近づいているということですが、西郷は死なず、ロシアに逃れたという有名な伝説があります。本作はそれを踏まえつつ、西郷によって日露戦争でロシアが勝利したことをきっかけに、大きく歴史が変わっていく姿が描かれるのですが……

(以下、作品の性質上、内容の詳細に触れますのでご容赦下さい)

 西南戦争に敗れ、城山で自害した西郷隆盛。しかし彼の生存説はその後も根強く残り、ロシアに渡り、消えた戦艦畝傍に乗ってくる、あるいはニコライ皇太子と共に帰ってくる――そんな奇説が真面目に人の口に上ったほどであります。

 そして本作のほぼ前半を使って描かれるのは、その西郷がロシアに客将として遇され、やがて日露戦争に遭遇する姿であります。
 当時、巨大な国家に相応しい規模の軍隊を持ちながらも、皇帝の親政の名の下に到底近代軍隊とは言い難い制度に留まっていたロシアと、小国ながらもロシアの存在に危機感と怒りを抱き、挙国一致で対決を望んだ日本と――その対決の様が、西郷の視点を中心に描かれるのであります。
(ここでの双方の国家とその軍の在り方の分析、さらに当時の日本と太平洋戦争時の日本の比較分析は、それ自体が非常に興味深いものがあります)

 結果、あまりに杜撰すぎるロシア軍の体制にも助けられる形で日本は快進撃を続け、ついに旅順で両軍は最大の激戦を繰り広げるのですが――ここで西郷の奇策によりロシア軍が大逆転。西郷の指揮により一気に反撃に転じたロシア軍は日本軍を散々に打ち破り、水師営の地において、西郷と乃木大将は勝者と敗者として会談することになって……


 そして一体このまま物語はどこに向かっていくのか――と不安になってくる頃に、舞台は現代に移ることになります。中国に、日本近海に、そして東京のど真ん中に出現する謎の軍隊。強大な戦力を有し、日本共和国を名乗るその軍隊の出現に、元・かもめ・笙子の三人は、恐るべき敵の存在を察知して……

 というわけでここで登場するのはお馴染みの三人組――作者のシリーズキャラクターであります。ある任務を帯びつつも、普段は古本屋や骨董屋に身をやつし、一朝事あらば人知れず奮闘する彼女たちの正体は時間監視員――というわけで、ここに至り、本作は歴史改変テーマのSFであるということを明らかにします。

 過去のある時点で歴史が改変されたことにより、未来、すなわち現代において異変が生じ、それがやがて世界全体を覆い尽くし、歴史を塗り替えるほどになっていく――というのは、この時間監視員シリーズの多くに共通するシチュエーション。
 しかし本作は、ある意味前半で丹念に種明かしをすることによって、逆にその改変された歴史の重さ・大きさを感じさせるのが面白いところでしょう。
(現実にはあり得ない過去の絵葉書や雑誌の出現という、小さなところから広がっていく異変の描写も相変わらず巧みです)

 しかしまあ、それは正直なことを申し上げれば、シリーズの先行する作品、例えば『征東都督府』と同じパターン。ということは、どれだけ派手な事件が起きても、結局なかったことになってしまうのでしょう? と、意地悪なことを言いたくなってしまうのですが――まあ、その予想通りの展開ではあります。

 もっとも、本作は西郷生存説という、「現実」に存在した「虚構」の歴史を題材することによって、更なる「虚構」の歴史に一定の強度を与えていることは、これは流石と言うほかありません。
 また、現代における「敵」の工作員のちょっと意外な正体、そして真の「敵」の意外かつとんでもない正体(といっても冒頭で明かされているのですが……)などはなかなか面白く、特に後者については、ある種メタな意味でも時間監視員の最大の敵に相応しいと言えるでしょう。

 終盤には時間監視局始まって以来の大ピンチ――といっても、この事態は想定できなかったのかしら、という印象――もあり、お話としてはそれなりに盛り上がるところではあります。


 何よりも本作の題名が実に格好良くミステリアスで――これはもちろん、「水師営の会見」の唱歌の一節の引用ではあるのですが、それだけでグッと惹きつけられます。この辺りは間違いなく、練達の技と言うべきではないでしょうか。


『所は何処、水師営 SF〈西郷隆盛と日露戦争〉 』(光瀬龍 角川文庫) Amazon
所は何処、水師営 SF〈西郷隆盛と日露戦争〉 (角川文庫)


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2018.11.21

『忍者大戦 赤ノ巻』(その二) 時代小説ファンとミステリファンに橋を架ける作品集


 本格ミステリ作家たちによる忍者バトルアンソロジー『忍者大戦』の第二弾、『赤ノ巻』の紹介の後編であります。引き続き、収録作品を一作ずつ紹介いたします。

『月に告げる』(羽純未雪)
 信長に見初められ、側に侍ることとなった伏屋家の養女・清夜。口が利けない彼女は、召し出されるまで屋敷の奥の離れで侍女とともに静かに暮らしていたのですが――見張りと侍女が離れたほんのわずかな時間に、離れは血がしぶき、無惨に切り刻まれたモノが転がる地獄絵図と化していたのでした。
 実はその惨劇の背後に潜んでいたのは伊賀でも屈指の腕利きの女忍・紫乃。織田軍の侵攻により大切な人々を奪われた彼女が目論む復讐の行方は……

 本作は、この『忍者大戦』でも数少ない女忍を主人公とした物語。本書でも幾度か題材(遠景)となっている天正伊賀の乱に端を発する復讐譚ですが――それが全く思わぬ形で始まるのが面白く、その先の物語をより印象的なものにしていると感じます。
 とはいえ、紫乃の前に立ち塞がる敵の正体がすぐわかってしまうのは残念なところで、途中で語られる信長○○説の処理が至極あっさりしているのも勿体ないところではあります。


『素破の権謀 紅城奇譚外伝』(鳥飼否宇) 難攻不落の市房城を攻略せんとする梟雄・鷹生龍久に、自分ならば籠城した軍勢を城から誘き出してみせると語った元根来衆の素破・田中無尽斎。自らを含め僅か三人の手勢で向かった無尽斎は、底なし沼と広い堀に囲まれた城に巧みに忍び込むのですが……

 戦国の九州を舞台としたゴシック・ミステリともいうべき『紅城奇譚』――紅城に拠る鷹生龍政とその一族が、次々と奇怪な事件に巻き込まれていく姿を描いた物語の「外伝」と冠された本作は、その鷹生家の龍久に仕える素破を主人公とする物語。
 詳細を述べるわけにはいきませんが、次から次へと策を巡らせ、市房家を陥れていく無尽斎の姿には、一種のケイパーノベルの味わいがあります。

 ただ作中、*をつけて「好事家のための忍術解説」がこまめに入るのは、物語のテンポを削がずにトリックを解説する手段として面白いのですが、やりすぎに感じる方もいるのではないかな、という印象。
 また、ある意味本作の肝ともいうべき『紅城奇譚』との関連については――外伝は後に読んだ方がよいかな、とだけ申し上げます。


『怨讐の峠』(黒田研二)
 かつては周囲に一目置かれた腕前だったが、織田軍に眼前で最愛の妻を殺されて以来、無気力に生きてきた下忍・音吉。ある日上がった召集の狼煙に何ごとかと駆けつけれみれば、その場にいたのは服部正成――本能寺の変の発生に、三河へと逃れる家康の警護を求めていたのであります。
 自分には無縁の話と無視しようとしたものの、妻を殺した武士の首元にあった髑髏の形の痣が家康にもあることを知った音吉。彼は仇を他の者に討たせるわけにはいかないと、家康を護衛することを決意するのですが……

 本書の掉尾を飾るのは、これも天正伊賀の乱によって運命を狂わされた忍びの物語。伊賀忍者の功績として史上名高い神君伊賀越え秘話ともいうべき作品なのですが、これが幾重にも捻りが加えられた内容なのであります。
 突然服部半蔵に、つまり家康に頼られていい迷惑なはずが、思わぬことから仇と判明した家康を護る――護った上で自分が殺す――ことを決意した主人公の皮肉な立場がまず面白いのですが、そんな状況下で家康に襲いかかる敵との死闘の様も見所です。

 特にクライマックスは戦場、シチュエーションともちょっと珍しいもので、そんな中で殺したい相手を命がけで護るという音吉の苦闘ぶりが際だつのですが――しかし真のクライマックスはその先にあります。
 思わぬ形で明らかになった真実と、さらにその先にあったものとは――いやはや、その度胸といい狸ぶりといい、天下を取る人間は違う、と嘆息するほかありません。この先の物語も見てみたい、と思わされる結末であります。


 以上、忍者ものとしてもミステリとしても、前作『黒ノ巻』以上に粒よりの印象もある全6編。この巻もまた、極めてユニークな企画ながら、それだけに実に読み応えのあるアンソロジーであったと思います。
 是非また、このような時代小説ファンとミステリファンの双方を楽しませてくれる――そして双方に橋をかけてくれるようなアンソロジーを刊行してほしいと、切に願う次第です。


『忍者大戦 赤ノ巻』(光文社文庫)

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 鳥飼否宇『紅城奇譚』 呪われた城に浮かびあがる時代の縮図

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2018.11.20

『忍者大戦 赤ノ巻』(その一) 再びの忍者ミステリアンソロジー


 本格ミステリ作家たちによる忍者バトル――そんなユニーク極まりないコンセプトのアンソロジー『忍者大戦』の第2弾であります。数少ない例外を除けば、忍者ものはおろか時代ものは初挑戦の執筆陣が、何を生み出すか――それを楽しみに、今回も一作ずつ収録作品を紹介いたします。

『殺人刀』(鏑木蓮)
 宮沢賢治を主人公とする歴史ミステリ『イーハトーブ探偵』をこれまでに発表している作者ですが、本作は一種の剣豪ものの味わいもある忍者ミステリというべき作品です。

 京の公家方から柳生新陰流に叩きつけられた挑戦状。絶対不敗を義務づけられた柳生を陰から守るために呼び出されたのは、密かに育成された新陰流「印」と呼ばれる苦人・集人・滅人・道人の四人であります。
 殺さずに内部を傷つける「くじき」により、試合の際に相手が実力を発揮できないようにしてのける彼らは、これまで同様に仕掛けるのですが――しかし相手が死体となって発見され、仕掛けた道人は柳生の名を辱めたと仲間たちから追われることに……

 五味康祐の柳生ものを彷彿とさせる味わいの本作は、懐かしの三年殺しを思わせる秘技「くじき」の存在を中核とした物語。殺さないはずの技で相手が死んだのは何故か、そして主人公・道人が狙われることとなったのは何故か――二つの謎を巡り、物語は展開していくことになります。
 その真相がちょっとバタバタしてしまった印象はあるものの、剣豪ファンには有名な史実と繋がっていくラストがユニークです。


『忍喰い』(吉田恭教)
 地獄のような飢饉の中で育ち、軒猿の里に拾われた源蔵。腕利きの忍びとなった彼は、くノ一の桔梗と結ばれたものの、彼を敵視する小頭に度重なる嫌がらせを受け、ついに彼を殺害、出奔することになります。
 そして越中に草として入っている桔梗の元に急ぐ源蔵ですが、彼を追うのは抜け忍狩りを専門とする謎の忍・忍喰い。これまで幾多の忍を葬ってきた敵と死闘を繰り広げた末、源蔵を待っていたのは……

 自由を求めて抜け忍となった源蔵と、追っ手の死闘が次々と繰り広げられる本作。源蔵も敵も必殺の忍術を操るものの、しかしそれはあくまでも人間技の範疇で、リアルな忍者たちの姿を描いた本作は、最も忍者同士のバトルが緻密に描かれた、ある意味最も本書のタイトルに相応しい作品かもしれません。
 残念ながら本作の謎ともいうべき部分についてはすぐに察しがついてしまうのですが、その果てに描かれるもの――地獄に生きた非情の忍びが最後に見せたもの、人間としての心情が切ない。それを以て瞑すべし、と言うべきでしょうか。


『虎と風魔と真田昌幸』(小島正樹)
 かつて懇意だった北条家の家臣から真田家に預けられた美女・さゆきを、上杉家まで送り届けることとなった出浦盛清。重臣からの側室の求めを断って逆恨みされ、風魔に狙われる彼女を守るため、盛清は伊賀の凄腕・横山甚吾らを雇い旅に出ることになります。
 しかし途中の宿で護衛役の一人の牢人が毒殺され、さらに峠で迫る風魔六人衆の一人・三久羅道順が。風魔との決戦の前に、なんと甚吾はさゆりを「消し」てみせるのですが……

 歴史もの、忍者もの、そしてミステリ――この三つの要素がきっちりと絡み合った本作は、個人的には本書でベストの作品と言ってよいのではないかと感じます。

 本作の舞台となる天正13年は、沼田の帰属を巡り、かつて従属した北条家そして徳川家と手を切って、上杉家に接近していた、第一次上田合戦が起きた年。本作はその時期に一人の女性を設定することで、他の大名家と非常に危ういバランスの間で綱渡りしてきた真田家の姿を浮かび上がらせます。
 そんな中で活躍するのは、本作のタイトルのトップに冠された「虎」こと伊賀の横山甚吾。信長に故郷を滅ぼされたものの、その代わりに自由を手に入れたフリーランスの忍者という設定の彼は、本作のような史実の合間に描かれる物語で活躍するのに相応しい、非情の忍びにして快男児とも言うべきキャラクターとなっています。

 そしてミステリ――一行のうちで唯一毒を見抜くことができない人物が、衆人環視の状況で狙われたように毒殺された謎、そして何よりも決戦目前の人間消失トリックと、本作を彩る二つの謎が、物語と有機的に結びついているのも心憎いところであります。
 結末のすっとぼけたようなオチも面白く、是非ともこの奇妙な三題噺の続編を読んでみたい――そう思わされる一編です。

 後半三作品は次回ご紹介いたします。


『忍者大戦 赤ノ巻』(光文社文庫)

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2018.11.19

山本 巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ドローン江戸を翔ぶ』ついにあの男が参戦!? 大波乱の捜査網


 現代の元OL・関口優佳がタイムトンネルで江戸に渡り、十手持ちのおゆうとして難事件に挑むシリーズの第5弾ですが、今回はタイトルの時点でいきなり強烈すぎるインパクト。しかもついにあの男までもが江戸に向かい、さらにおゆうにもライバルが現れと、何かと波乱含みの展開であります。

 祖母が遺した家に江戸時代へのタイムトンネルがあったことから、現代と江戸時代で二重生活を送ることになったおゆう(優佳)。持ち前の推理力と、友人の分析オタク・宇田川の科学分析によって、南町奉行所の同心・鵜飼伝三郎を助けて難事件を解決していく彼女ですが、なかなか伝三郎との仲は進展せず――というのが、本シリーズの基本設定であります。

 さて、本作でおゆうが挑むことになるのは、連続する蔵破り。引き込み役を用意して鍵を開けさせるという用意周到な手口ながら、盗むものはごく小さな、しかし値打ちもの一つのみという、謎めいた盗賊であります。
 それでも相手の手口を読んだ伝三郎は、多勢を率いて待ち構えたものの、しかし常人離れした身のこなしで屋根の上を走り、軽々と道を飛び越えてしまう盗賊によって、まんまと出し抜かれてしまうのでした。

 このままでは伝三郎の立場がないと、おゆうは現代に戻り、蔵の錠前を宇田川のラボに持ち込むのですが――いつもであればラボに籠もりっきりの宇田川が、今回は俺も捜査に加わると、おゆうについて江戸時代に来てしまったからさあ大変。
 とりあえず格好はそれらしく見繕ったものの、宇田川は現代から様々なアイテムを持ち込むものだからおゆうも冷や汗ダラダラであります。ついには、屋根の上を駆ける盗賊を追うため、宇田川はとんでもないものを持ち出して……


 というわけでタイトルの状況となるわけですが、いやはや、ここまで豪快に現代科学を持ち込まれると、逆に爽快ですらあります(江戸時代人は空などそうそう見上げないから大丈夫、というエクスキューズも楽しい)。
 そして楽しいといえば、宇田川本人の出馬。これまではほとんどラボに引き籠もり状態で、おゆうが持ち込むアイテムの分析のみを行っていた彼が、今回色々あってラボに居にくくなったことからそこを出て――と思ったら江戸時代にまで乗り込んでくるとは、これはほとんど禁じ手の展開ではありませんか。

 しかも科学分析だけでなく、使用する技術もアイテムもおゆう以上、観察力も彼女に負けず劣らず――と、一歩間違えれば主人公を食いかねない宇田川の存在感が面白い。
 しかし基本的にものぐさなので、自分の興味のあることしかやらない、という一種の縛りが設定されているのもいいのですが、普段のだらしない格好から着替えてみれば実は! というお約束展開も楽しい。突然現れた謎のイケメンに、伝三郎がやきもきさせられてしまうのですから、読者にとっては笑いを堪えられません。

 いや、本作でやきもきさせられるのは、むしろおゆうの方かもしれません。何しろ、本作では伝三郎の知り合いだという女髪結い・お多津が登場。様々な場所に入り込み、噂にもよく接するという職業柄を生かして、伝三郎のために様々な情報を掴んでくる上に、美人というのですから、落ち着いていられるはずもありません。
 かくて事件の謎だけでなく、人間関係もややこしく入り乱れていくことになるのですが……


 と、実は事件の謎(盗賊の正体)そのものは、さほど意外ではない――ある分析結果が判明した時点で気付く方も多いでしょう――のですが、そのフーダニットだけでなく、その先のホワイダニットは正直想定外。
 ここであの史実に繋がってくるか! という驚きもあり、またある歴史上の有名人の存在も仄めかされて、時代ミステリとしての趣向も十分であります。

 そしてラストではおっと思わされるような描写もあり、この先の色々な進展も気になってしまう本シリーズ。正直なところ、伝三郎の方のドラマが進展させようがないのが気になるところですが、そこがおゆうのドラマとうまく絡ませられれば、とんでもない作品になるのではないか――という気もいたします。
 本作くらいまで書いてしまえばもう怖いものなし、次回作でどこまで行ってくれるのか、実に楽しみなのです。


『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう ドローン江戸を翔ぶ』(山本巧次 宝島社文庫『このミス』大賞シリーズ)

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2018.10.22

『つくもがみ貸します』 最終幕「蘇芳」(その二) そしてアニメ版を見終えて

 アニメ版『つくもがみ貸します』の最終幕の紹介の後半と、アニメ版全体のまとめであります。江戸に帰ってきたものの行方不明になった佐太郎を、つくもがみや友人たちの協力でようやく見つけだしたかに見えた清次ですが、思わぬ一撃を喰らって……

 と、意識を取り戻してみればどこかの座敷、そこには佐太郎と叔父もいます。聞いてみれば清次を殴ったのはこの質屋の主人、彼を賊と勘違いしてとのことであります。清次には完全にとばっちりですが、これがきっかけで店を訪れた際に誤って倉に閉じこめられ、誰にも気づかれていなかった二人も助かって一件落着、ではありますが……

 もちろん清次とお紅と佐太郎の関係はまだ解決していません。佐太郎などは、もうこれでお紅とは結ばれたものと有頂天になっていますが――そこに当のお紅が駆けつけます。清次が殴られた際に、急を告げるべく出雲屋へ急いだ野鉄から知らせを聞いたお紅ですが、彼女が飛び込んだのは――清次の腕の中。涙ながらに清次の無事を喜ぶ彼女の耳には、後ろから呼びかける佐太郎の声など入るべくもなかったのでした。

 かくて本当に一件落着した物語。勝三郎と早苗は無事に婚礼を挙げ、幸之助とお花もまあ公認の間柄となり――そして佐太郎はお紅にどうしても七曜を受け取ってもらえず、結局叔父が間に入って七曜を半額の40両で買い取り、それを清次たちに渡す、ということになります。その金で件の借金も完済し、めでたしめでたしであります(佐太郎以外は)。

 そして変わらぬ日々を迎える出雲屋。にぎやかに騒ぎ回るつくもがみを捕まえ、商売に向かう清次ですが、一つだけ変わったことがあります。そう、それは清次がお紅を「姉さん」ではなく、「お紅」と名前で呼ぶようになったこと――そしてお紅の簪を褒める清次の言葉に、お紅も嬉しそうに微笑むのでした。


 というわけでめでたく大団円を迎えた、このアニメ版『つくもがみ貸します』。これまでの紹介のなかでも何度も述べて参りましたが、このアニメ版は、原作のキャラクターや設定、物語を踏まえつつも、そのかなりの部分において、オリジナルの物語、オリジナルのキャラクターが描かれてきました。
 これは言うまでもなく、原作が全5話しかなかったことによるものかと思いますが、しかし原作に極めて忠実な内容の、原作そのままと言ってよいようなアニメがほとんどの昨今を考えれば極めて珍しいことで、むしろ快挙と言ってもよいのではないでしょうか。
(もっとも、原作者のアイディアに拠る部分もあるようですが……)

 もっとも原作ファンの目から見ると、人間とつくもがみの一筋縄ではいかない関係性をベースとした時代ミステリ、という原作の構造からは外れるようなエピソードもあり、ちょっとどうかなあ――と思う点は、正直なところ少なくありませんでした。
 しかしその一方で、このオリジナル展開によって、わずか5話だった――それもその半分以上が蘇芳にまつわる物語であった――原作の世界観を大きく広げて見せてくれたのは、非常に大きな意味があったと感じます。
(以前も書きましたが、半助のキャラクターなど、オリジナルでありつつも、非常に原作的な味わいを出していたと感じます。)

 そしてそんな本作の魅力が最も良い形で結実したのが、この最終幕であることは言うまでもありません。人間とつくもがみ(そしてもちろん人間と人間)の関係性が、最もポジティブな形で昇華したクライマックスの展開は、これまでその関係性を様々な形で描いてきた本作だからこそ描けたものであることは間違いないのですから……
 ちなみにもう一つ嬉しかったのは、清次のお紅の名前呼びが最後の最後であったこと。実は原作ではちょっと違うタイミングだったので、上のつくもがみとの関係性も含めて、よりドラマチックな展開となっていたのは、これは個人的には大いに嬉しかったところであります。


 さて、本作はここでめでたく完結ですが、原作には続編『つくもがみ、遊ぼうよ』が存在します(そして第三作も連載中)。
 清次とお紅の子供(!)世代が主人公となるこの続編では、人間と一線を画していたつくもがみたちもすっかり丸くなり、より賑やかな物語となるのですが――こちらもいつかアニメで観てみたいなあ、と願っているところであります。


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 「つくもがみ貸します」 人と妖、男と女の間に
 畠中恵『つくもがみ貸します』(つばさ文庫版) 児童書版で読み返す名作
 「つくもがみ、遊ぼうよ」 親と子と、人間と付喪神と

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2018.10.21

『つくもがみ貸します』 最終幕「蘇芳」(その一)

 佐太郎が江戸に戻ってきたことを知った清次とお紅。しかし佐太郎は翌日からまた姿を消してしまったという。清次は佐太郎が探しているのが蘇芳の兄弟の香炉・七曜であることに気付くが、そのことを聞いたお紅は清次に怒りをぶつける。果たして佐太郎はどこに消えたのか、お紅の想いはどこに……

 いよいよ最終幕の今回、アバンで出雲屋に姿を現したのは佐太郎の母。しかし突然佐太郎の行方を尋ねる彼女に、清次もお紅も当惑するほかありません。彼女が語るには、佐太郎は大坂で叔父を頼り、米相場で一山当てて自分の店を持ったとか――そして叔父とともに江戸に帰ってきたのですが、その翌日から姿を消してしまったというのであります。

 さて、佐太郎の帰還に心中穏やかではないものの、何だかんだで佐太郎の行方を捜して奔走した清次は、佐太郎が探しているものが、蘇芳と一緒に焼かれた香炉の残る一つ・七曜であることに思い当たります。
 同じ職人により三つ作られた香炉のうち、蘇芳は行方不明となり(前回発見されましたが)、以前にお紅が佐太郎のために80両で購った三曜は佐太郎が壊し、残るは七曜のみ。佐太郎は過去のけじめをつけるために七曜を探し出し、それを手にしてお紅に会いに来るに違いない! と、お紅に話す清次ですが――そこでお紅の平手打ちが一閃!

 突然のことに目を白黒させる清次に、「急にぶちたくなったから」と言い放つお紅。さらに、いつまで私を姉さんと言ってるの! と激しく追撃をかけてきます。一見とばっちりに思えますが、しかし、江戸に帰ってきたにもかかわらず過去の約束に拘泥して香炉探しを優先する佐太郎も、そんな佐太郎への引け目か遠慮か、お紅を慕いながらも姉と呼ぶ清次も、己の想いに浸っているばかりで肝心のお紅の気持ちは考えないという点では同様と言えるでしょう。
 この辺り、男性視聴者はむしろ佐太郎たちの方に感情移入していたのではないかと思うのですが――そこに思い切り冷や水を浴びせかけるのは、さすがというべきでしょうか。

 それはさておき、当惑が隠せない清次は一度退散すると、お花の茶屋ですっかり顔なじみとなった面々――勝三郎・早苗・幸之助・お花・半助相手に嘆き節ですが、尋常でないニブチンの幸之助を除けば、皆には清次のお紅への気持ちも、お紅が怒っている理由もバレバレ。挙げ句の果てには勝三郎から、第1話でアドバイスした「綺麗だと言っておあげなさい」という言葉を返される始末……
 と、そこに駆けつけた権平から、佐太郎の母が奉行所に届けたことで大事となってしまったと聞かされる清次。しかしなおも佐太郎の手がかりはなし――と、そこで清次とお紅は閃きます。

 それはこれまでの物語で何度も繰り返されてきたこと――つくもがみたちを貸し出しての情報収集。しかし今までと異なるのは、初めて二人がつくもがみに力を貸して欲しいと頼んだこと――そしてつくもがみたちもまた、人間である二人に話しかけられたのを無視せず、手を貸すと答えたことであります。
 そしてそのつくもがみをあちこちに貸し出すように頼まれたのは、先ほど茶店で会っていた面々。二つ返事で引き受けた彼らの手により、つくもがみたちは江戸の方々へ……

 というこのくだり、実に最終回らしく良い展開であります。実はこの清次とお紅がつくもがみに直接語りかけるというのは原作通りですが、しかしそちらではむしろお紅は飴と鞭でつくもがみを動かそうという展開で、つくもがみたちも意気に感じたりせず、表向きは無視したままという形でした。そしてつくもがみたちを貸し出すのも、清次とお紅自身の手で――と、これはオリジナルキャラが大半なことを考えると当然かもしれませんが、しかし大きな違いと言えるでしょう。
 そう、ここで描かれたのは、本作において清次とお紅がこれまで培ってきた絆が生み出したもの。人であれつくもがみであれ、これまでの二人の想いと言葉に応えて、皆が動いてくれたということにほかならないのであります。

 そしてつくもがみたちの聞き込みで、とある質屋の倉に七曜があることを知った清次は、一緒に行くというお紅を留め、連絡係の野鉄(いつも嫌がっているのが、今回はやる気になっているのもいい)とともに質屋に急ぎます。そして倉まで来た清次は、中から助けを求める佐太郎の声を聞くのですが――そこで後ろから何者かの一撃を受け、意識を失ってしまうことに……


 と、Aパート終了のこの場面で、長くなってしまったので次回に続かせていただきます。


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2018.10.09

『つくもがみ貸します』 第十一幕「似せ紫」

 早苗の周りにかつての男の影があるのではと心配する勝三郎に相談された清次。弱った清次は半助に相談し、半助は勝三郎と早苗、さらに幸之助やお花を招いて茶会を開く。その席で男女の間には心の平静を保つことが一番必要と説く半助の話に閃いた清次は、ついに消えた蘇芳の在処を見つけだすことに……

 台風で一週放送延期となったためでもないでしょうが、月夜見が貸し出された先のつくもがみ・猫神に本作の基本設定を語るアバンから始まる今回、その場にもう一人、佐太郎が主人だったというつくもがみ・黄君が現れて――という場面から変わり、またもや勝三郎の相談を受ける清次が描かれます。
 勝三郎との縁談の前、心を寄せた男性がいた早苗。その男性は既に他の女性と結婚したのですが、最近、勝三郎は早苗の屋敷の近くでその姿をみかけてしまったのであります。もしやまだ二人の間に何かが――と気が気ではない勝三郎ですが、それを相談される清次こそいい面の皮。お紅に話しても、早苗と仲の良い彼女に一喝され、弱った清次は第八幕に登場した半助に相談するのでした。

 なるほど、女性の心も男性の心もわかり、恋愛については過去に色々あった半助は適任ですが、彼は清次の相談を二つ返事で引き受けると、勝三郎と早苗、さらに幸之助やお花を招いて茶会を開くことになるのですが――幸之助とお花を呼んでいいの、と気遣う清次に、今は幸之助を鍛えるのが楽しくて仕方ないというようなことを答える半助はまじ神様のような人であります。

 さて清次が出雲屋に帰ってみれば、貸し出されていた品川から帰ってきた月夜見が、黄君から聞いた過去の出来事を語ります。かつて婚約者のお加乃から贈られた蘇芳の香炉が消え、彼女と結婚せざるを得ない立場に追い込まれた佐太郎。そんな彼のために、お紅はかつて佐太郎の母から託された櫛を元手に(清次が懸命にわらしべ長者戦法で)稼いだ80両で、蘇芳と同じ作者の同型の香炉を買い、それを持って帰るように告げたのでした。
 しかしそれは同時に、お紅が佐太郎の母の試験に不合格になるということでもあります。それを受け入れられぬ佐太郎は、二人の目の前でその香炉を割り(当然清次は激高しますがそれもごもっとも)、一旗揚げて帰ってくるので待っていてほしいと告げて、一人江戸を去ったのです。そこから先、佐太郎がどうなったのか――それは路銀を作るために品川で売られてしまった黄君には預かり知らぬことであります。

 それはさておき、半助主催の茶会は終始和やかなムードで進み、半助は清次のフリに答え、男女の仲を壊さぬための大事な方法について、知り合いの話という態で、かつての自分が経験した出来事を引いて語り始めます。
 かつて遊女から煙管(五位)を贈られた男(半助の夫)。妻(半助)からその煙管を隠していた男ですが、いつの間にか煙管はそこから消え、それを知った遊女から男は責められることになります。ついには事を明らかにされたくなければと、半ば脅される形で男は妻と離縁し、遊女と一緒になったのですが――と、何だかどこかで聞いたようなシチュエーションですが……
 実はこの一件、煙管を隠し場所から盗んだのは遊女自身という恐ろしい真実があったのですが、このことから半助は、男女の間で最も大事なのは心の平静を保ち、伝えるべきことを伝えることだと説きます。男を手に入れるために自作自演の挙に出た遊女も、秘密の存在を脅されて離縁に至ってしまった男も、平静さが足りなかった――と、笑って語る半助はもの凄い平静さの持ち主だと思いますが(そしてその言葉を聞いて突然お花に告白する幸之助は相変わらず平静さゼロ)。

 何はともあれ、勝三郎も早苗に平静に問いかけ、向こうの男の独り相撲だと確認して一件落着ですが――ここで清次が閃きます。
 先ほどの半助の話が、平静さを失った女性の自作自演がきっかけだとすれば、蘇芳の件も――と、お加乃の実家に向かった彼は、第九幕に登場した権平の協力で、店の倉から箱が無く袱紗に直接包まれたモノを見つけだします。はたしてそれは佐太郎のもとから箱だけ残して消え失せた蘇芳ではありませんか! そしてその場に現れたお加乃から、佐太郎のもとを訪れた彼女が蘇芳を持ち出し、乳母に密かに持って帰らせていたことが語られ、かつての謎は解けたのであります。

 そしてその晩、料理屋・鶴屋には二人の客が。うち年長の男は、もう一人の若い男を佐太郎と呼んで……


 予告を見ればオリジナルエピソードかと思いきや、実は本作最大の謎である蘇芳消失の謎解き回でもあった今回。本作の裏テーマとも言うべき男女の間柄に絡めて清次が真相に気づくのは面白いのですが、実は原作ではもう一ひねりしてあったトリックが、ここでは非常に単純なものになっていたのが、何とも残念なところではあります(原作ではそこに哀しい人間心理が絡んでいただけになおさら……)。


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