2018.07.18

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 6 猫の姫、狩りをする』 恐ろしくも美しき妖猫姫の活躍


 妖怪の子供専門の子預かり屋になってしまった少年・弥助を主人公とする妖怪時代小説シリーズ、絶好調の第6弾であります。しかし本作では弥助は脇に回り、意外なキャラクターが主役を務めることになります。それは王蜜の君――美しき妖猫族の姫が人間界で巻き込まれた(首を突っ込んだ)事件とは……

 子供の世話に苦労するのは人間も妖も同じ、時には誰かの手を借りたくなるもの――というわけで今日も今日とて妖怪の子預かり屋として奮闘する弥助。すっかり妖たちの間では有名人となった彼の周囲には、時に大妖クラスの妖が現れることがあります。
 その一人が王蜜の君――見かけは美しい少女ながら、気まぐれで騒動好き、そして何よりも悪人の魂をコレクションするのが趣味という、剣呑極まりない猫妖の姫であります。

 これまでも時折弥助と同居人の元・大妖の千弥の前に現れていた王蜜の君ですが、今回は、配下の猫(妖)たちが人の側にいたがることに興味を抱き、人とはそれほどに良いものかと、猫に化けて人間界に現れることに。
 そして彼女が強引に押し掛けたのは――そう、弥助の長屋。千弥には猛烈に嫌な顔をされても一向に構うことなく、猫生活をエンジョイする王蜜の君ですが、しかしその頃、江戸では猫にまつわる悍ましい事件が続発していたのであります。

 それは猫首なる呪い。猫塚に猫四匹の首を捧げれば、何でも望みを叶えることができる。憎い憎い相手を破滅させることも――そんな、はじめは町の片隅で囁かれていた噂が、やがて町中に広がり、ついには猫首の呪いによる犠牲者が出るようになのであります。
 しかしそんな状況を――いや、その生贄とされるのが猫という状況を――猫の守り手たる王蜜の君が見逃せるはずもありません。

 かくて、王蜜の君は、一連の事件を引き起こした者を捕らえ、裁きを与えるべく「狩り」に乗り出すことに……


 個性的な妖が幾人も登場する本シリーズですが、その中でも私が個人的に最も注目していたのが、今回の主役・王蜜の君でした。いえ、単に自分が猫好きだからというのではなく――(これは以前にも何度か申し上げたかもしれませんが)彼女にはモチーフとなったと思われるキャラクターがいるからなのです。

 作者の比較的初期の作品に、『鬼が辻にあやかしあり』という児童文学のシリーズがあります。江戸の魔所・鬼が辻に潜む強大な妖が、人間の訴えに応えて、凶悪な悪人たちを退治するという物語なのですが――しかしこの妖は別に正義の味方ではなく、その目当ては悪人の魂。悪人の魂を集め、愛でることこそが、この妖――妖猫の姫・白蜜の君の目的なのです。

 そう、明言されているわけではありませんが、本作の王蜜の君のモチーフとなっているのは、間違いなく白蜜の君(何しろ本作で王蜜の君が猫に化ける時の名は「白蜜」なのですから……)。
 惜しくも3作しか発表されていない『鬼が辻にあやかしあり』ですが、その児童文学らしからぬ(そして実に作者らしい)ホラーぶりが大好きだっただけに、本シリーズに王蜜の君が登場した時には、私は小躍りしたくなったくらいなのであります。


 と、個人的な話が長くなってしまいましたが、とにかく主役を張るだけのポテンシャルは十二分に備えている王蜜の君。
 「猫」に対する我々人間のイメージ――可愛らしさ、しなやかさ、気ままさ、残酷さ、神秘性などなど――を何百倍にも凝縮したような彼女の存在は実に魅力的であります。いや彼女だけでなく、本作に幾匹となく登場する猫たちもまた……

 そして猫たちが魅力的であればあるほど、その猫たちを虐げ、傷つける人間たちの身勝手さ、非道さには、怒りを覚えざるを得ません。この辺りは人間の負の側面を描くに存分に筆の冴えを見せる作者ならではというべきでしょう。
 ラストに明かされる、ある意味実に皮肉で、そして悍ましい猫首の呪いの真実にもまた、その負の側面はこれでもかと込められているのであります

 しかしご安心を。全ては因果応報、そんな人間たちに罰を下し、悪人を狩る存在が、本作にはいるのですから……


 そしてラストには、前作の主役であり、めでたく華蛇族の姫君と結ばれた久蔵のその後の姿を描く前作と本作共通の後日譚が収められているのも嬉しいところ。
 既に第7弾の刊行も決まっているとのことですが、まだまだ面白くも恐ろしく、魅力的な妖と人の物語を楽しませていただけそうです。


『妖怪の子預かります 6 猫の姫、狩りをする』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon
猫の姫、狩りをする (妖怪の子預かります6) (創元推理文庫)


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2018.06.13

鳴神響一『能舞台の赤光 多田文治郎推理帖』 江戸の名探偵、巨大な密室の中の「舞台」に挑む


 時代小説でユニークなクローズド・サークルを展開した『猿島六人殺し』から約半年――多田文治郎が帰ってきました。今回殺害されたのはただ一人――しかし大大名の催した能が演じられる中、その観客が殺されたというのですから、江戸の名探偵が出馬するに相応しいと言うべき事件であります。

 あの陰惨な猿島の事件から数ヶ月後――故あって事件の際に出会った公儀目付役・稲生正英の屋敷を訪れることとなった文治郎。そこで黒田左少将継高が催す猿楽見物に誘われた文治郎は、二つ返事で正英に同行することになります。
 47万石の大大名、それも能好きで知られる継高が開催するだけあって、当日演じられた五番能は素晴らしいものばかり。能好きの文治郎も大いに楽しんだのですが――しかし最後に演じられた、シテと四人のワキが乱舞する『酒瓶猩々』の最中に事件が発生していたのです。

 当日は武士だけでなく町人たちも招かれていたこの能会。その一人、札差の上州屋が、会の終了後に死体となって発見されたのであります。
 黒田家が正英に検分を依頼したことがきっかけで、これに同行することとなった文治郎。彼の観察眼により、上州屋が毒を塗った細い刃物で刺されたことがすぐに判明したのですが――犯人は如何にして上州屋に近づき、周囲から気付かれることなく殺害してのけたのか。

 いやそもそも、何故上州屋が殺されなければならなかったのか? 正英の依頼により、友人で正英の部下である宮本五郎左衛門と共に事件解明のために調査を開始した文治郎は、上州屋には人から恨まれる理由を十分持った人物だと知ることになります。
 しかしどうすれば能の最中に上州屋を殺すことができるのか、肝心のそれがわかりません。調査と推理の末、文治郎は容疑者を絞り込むのですが、しかし彼には確たるアリバイが……

 孤島で六人が次々と奇怪な死を遂げていくという前作に比べれば、いささか事件の内容は地味に見えるかもしれない本作。しかし一つの謎をじっくりと追いかけるその内容の密度の濃さは、前作に勝るとも劣らないものがあります。

 劇場という場は、収容人数が多い(上に人の出入りがある)こと、そして場が暗いことが多いこと、そして何よりもその「舞台」としてのドラマチックさから、古今のミステリで事件の現場となることが少なくない印象があります。
 本作ももちろんその系譜にある作品、能という幽玄の世界が展開する一方で、世俗の極みというべき醜い殺人が行われるという、その取り合わせの面白さにまず魅せられます。

 そして本作で事件の現場となるのは、大名家の中に作られた能舞台(ちなみに黒田継高が大の能好きだったというのは史実であります)という、いわば巨大な密室の中の「舞台」という趣向が楽しい。
 大名家が客を招いて行う能会という、まず不審者が入り込めるはずもない場。そんな密室の中で、どうすれば人一人に近づき、殺し、逃げることができるのか? 本作もまた、変形の密室ミステリと呼ぶべきでしょう。

 ……が、実のところ、本作のトリックは、ミステリ慣れした方であれば、その詳細はわからないまでも、ここが怪しいとすぐに感づくものであるかもしれません。
 この辺り、時代小説ではなく一般レーベルとして(すなわちミステリ小説として)刊行されている本作としてはいかがなものかな、と意地悪なことを感じないでもありません。

 しかし本作の場合、それが能という題材と綺麗に結びつき、一定以上の必然性を持って描かれるのが素晴らしい。
 特に(これは作品の性質上、触れるのにかなり神経を使うのですが)、ある人物のアリバイを描くのに、「この手があったか!」という理由を設定してみせるのには、唸るしかありません。

 そして本作ならではの人物配置と、それが生み出すドラマも含めて、本作はまさしく能楽ミステリと呼ぶに相応しい内容の作品であると言うことができると思います。

 上では意地の悪いことも申し上げましたが、ミステリ味のある時代小説ではなく、時代小説の世界を舞台としたミステリとして成立している――別の表現を使えば、謎が謎を描くためのものとして機能している本作。

 こうした作品を文庫書き下ろし時代小説的なペースで刊行するのは難しいのではないかと思いますが――しかし早くも次の作品が楽しみになってしまうのであります。

『能舞台の赤光 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫) Amazon
能舞台の赤光 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)

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2018.05.22

梶川卓郎『信長のシェフ』第21巻 極秘ミッション!? 織田から武田、上杉の遠い道のり


 その過去も明かされ、西洋料理の封印も解かれて、戦国生活も新たな段階に入ったケン。信長も最前線に出ることもなくなりましたが、まだまだ彼とケンの行方は波瀾万丈であります。この巻では、ついに動き出した謙信に対し、直接の会見を望んだ信長のため、ケンは決死の試みに出ることに……

 というわけで、「わしは謙信に会ってみようと思う」「よっておぬし(ケン)武田勝頼に捕まってこい」と、いきなり衝撃的なことを言い出した信長。
 久々に(?)人の一歩も二歩も先を行く信長の命令が飛び出した印象ですが、突然命令されてしまったケンも、それを聞いてしまった柴田勝家も面食らうどころではありません。

 しかし勝家がツッコんだように、これから合戦中の大将同士が会談するなどという前代未聞な試みを行うのであれば、正規ルートで話を通せるはずもありません。
 そもそも、織田軍は上杉方に攻められる七尾城救援のため、能登を目指している状況。一方、七尾城が陥落すれば、上杉軍は織田軍と対決するために一気に南下を始めることになります。そしてその七尾城では、親上杉方が力を持ち、落城は目前の状況……

 そんな中で、仮に大将同士が会談を望んだとしてもそれが円満に進むはずもありません。そして密使を送ろうにも伝手がなく、また地理的にも潜入は難しい――というわけでケンの出番となるわけであります。
 武将でも官僚でもなく、しかし信長の意を最も良く知るケン。その彼を、上杉とは現在同盟関係にある武田に捕らえさせ、陣中見舞いの名目で上杉に送らせる――いやはや、無茶苦茶ですが、実に本作らしい作戦でしょう。

 そしてそのための細い細い伝手が、以前ケンが協力した織田信忠と勝頼の妹・松姫の恋仲。この無茶な案のために使えるものは何でも使おうという信長の中に、謙信であれば自分の目指すところを理解できるのではないか――と期待する信長の孤独を見て、ケンが協力を決意するという展開も、また本作らしくて良いのであります。

 しかし考えれば考えるほど無茶なこの作戦、そもそも信忠と松姫の仲は秘密である上に、そこから勝頼との面談に持っていく手段がない。
 そして仮に勝頼と対面したとしても、ケンとはやたらに因縁のある彼が、素直に頼みを聞いて上杉に送ってくれるとは限らない。そして上杉に入ったとしても、どうやって謙信と対面し、彼だけに信長の意を伝えて納得させるのか……

 いやはや、あまりの不可能ミッションぶりに、こうして挙げていて逆に楽しくなってきましたが、この難題の数々を料理の力でクリアしていくのこそ本作の真骨頂。
 前巻ではケンの料理シーンが少なかったのが少々不満でしたが、この巻の後半では材料も不十分な中で、機転とテクニックで次々と難関を乗り越えていくケンの姿が存分に味わえるのも嬉しいところであります。
(そして作中で妙に美味しそうに見えたあの料理が、巻末で紹介されているのにも納得)

 また、久々に対面したケンと勝頼の対話の面白さも、これまでの積み重ねがあってこそのものでしょう(勝頼の「おぬしに飯を作らせるとろくなことがない!!」の言には爆笑)。
 そしてその一方で男として、武将としての器を見せる勝頼の描写も良く、ある意味この巻の裏のMVPは勝頼なのではないか――としら感じた次第です。

 さて、何とか上杉の陣中に入り込み、謙信の前で料理を作ったものの、やっぱり窮地に陥ったケン。
 その一方で織田軍の中では、唯一信長の真意を知る勝家と他の将の軋轢が深まり、ついに秀吉は勝頼と対立した末に離陣――のふりをして、独自に状況を探り始めることになります(なるほど、あの史実をこのように使うか、と感心)。

 そしてこの先に待ち受けているのは、手取川の戦い――謙信が織田軍を圧倒したと言われる合戦ですが、実はその規模や結果については諸説あり、不明な点も多いこの合戦を、本作がどのように扱うのでしょうか。
 前巻辺りからクローズアップしてきた、史実との整合性――歴史は変わってしまうのか否か?――も含めて、先が大いに気になるところであります。

『信長のシェフ』第21巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 21 (芳文社コミックス)

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 「信長のシェフ」第8巻 転職、信玄のシェフ?
 「信長のシェフ」第9巻 三方ヶ原に出す料理は
 「信長のシェフ」第10巻 交渉という戦に臨む料理人
 『信長のシェフ』第11巻 ケン、料理で家族を引き裂く!?
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 梶川卓郎『信長のシェフ』第14巻 長篠への前哨戦
 梶川卓郎『信長のシェフ』第15巻 決戦、長篠の戦い!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第16巻 後継披露 信忠のシェフ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第17巻 天王寺の戦いに交錯する現代人たちの想い
 梶川卓郎『信長のシェフ』第18巻 歴史になかった危機に挑め!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第19巻 二人の「未来人」との別れ、そして
 梶川卓郎『信長のシェフ』第20巻 ケン、「安心」できない歴史の世界へ!?

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2018.04.27

魅月乱『鵺天妖四十八景』第2巻(その二) 悲しみの物語から生まれ変わった先に


 人の肉を、魂を喰らい、代わりにその望みを叶えるという仮面の妖・鵺天を中心に語られる和風ダークファンタジー第2巻の紹介の後編であります。この巻の後半に収められた前後編の最終話「美しい人々」において、ついに鵺天の過去が語られることに……

 今は強大な力を持つ妖として人々から、妖から恐れられる鵺天。しかし彼にはかつて、人間の少年であった頃がありました。

 予言を生業とする「姫神」であった母から、その座を継ぐために幼い頃から娘として生きることを強いられ、女の名前を与えられた少年「つぐみ」。
 母からは厳しく躾けられ、周囲から好奇の目を向けられ、自分に自分に価値がないと思い込むようになった彼は、ある日、美しい女の妖・鵺と出会うことになります。

 人を喰らうと周囲からは忌避されつつも、ざっかけない性格の鵺と触れ合う中で、善悪の価値判断は自分自身で行うべきこと、そして己の生きる道もまた、自分自身で選ぶべきことを学んだつぐみ。
 そして彼は母の前で男に戻ることを宣言して虎次と名を改め、彼の決意は(母を除く)周囲にも受け入れられたかに見えたのですが――しかしほどなくして、彼は自分自身に刻み込まれた、あまりに無残な真実を知ることになります。

 そして彼の家を襲う更なる悲劇。完全に心が壊れてしまった母を前に、再び道を選ぶこととなる虎次/つぐみ。しかしそんな彼の決意も、最後の悲劇の前に脆くも……


 いわゆる毒親による児童虐待とも言うべき題材に、飢饉による極限状態という時代ものならではのシチュエーションを重ねて描かれるこのエピソード。
 当然ながらと言うべきか、ここで描かれるのは地獄に地獄を重ね合わせたような物語。これまで狂言回し的な存在として、様々な地獄絵巻を見つめてきた鵺天ですが、その過去は、目を覆わんばかりの哀しみに彩られたものとして描かれるのであります。

 しかしそこで描かれるのはただ哀しく、無惨な物語だけではありません。このエピソードで鵺天の過去とともに描かれるのは、「美しい人としての営み」とは何か、という問いかけなのですから。
 それは言い換えれば、望ましい生き方とは何か、この世は生きるに足る場所なのか? という問いかけであり――このエピソードは、その答えを描く物語でもあります。

 そしてその問いは、振り返ってみれば本作の全てのエピソードにおいて、陰に陽に様々な形を以て描かれていたものであると、今更ながらに気付かされます。

 それぞれに事情はあれど、決して生きやすいばかりではないこの世界。人間も妖も、生きる者も死んだ者も、美しいものも醜いものも――全てが入り混じりながら存在しているこの世界で起きる物事を、鵺天は見つめ、介入してきました。
 そんな彼の行動はひどく皮肉で、独善的なものであります。しかし同時にそこには、美しく生きることへの、ある種の決意と憧憬とも言うべきものが感じられたのも、また事実でしょう。

 気紛れに数多くの死を生み出しつつも、同時に善き者を救い、生を繋ぐ。そんな謎めいた鵺天の行動原理が、ここで描かれるあまりに大きな悲劇によって生み出されたものだとすれば――それ自体が、本作で描かれてきたこの世界に溢れる皮肉の一つと言えるでしょう。
 しかしそれは同時に、大いなる救いでもあります。そして物語の結末において、彼にそれを与えたものの正体を鵺天が語ることによって、この悲しみの物語は、素晴らしく美しい物語へと、鮮やかに生まれ変わることになります。つぐみが、鵺天へと生まれ変わったように……


 本作において「妖」は、「あやかし」ではなく「およずれ」と呼ばれ(読まれ)ます。
 「およずれ」とは「他を惑わす言葉、妖言」の意。――なるほど、本作は鵺天の妖言によって惑わされた人と妖の姿をどきつい色彩で描く物語でありました。

 しかし本作はそれだけに留まりません。その物語は同時に、その妖言によって生まれた真実の美しさをも描くものであった――それはあまりに美しすぎる結論かもしれませんが、しかし私の正直な想いでもあります。

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2018.04.26

魅月乱『鵺天妖四十八景』第2巻(その一) 死なずの妖が知った真実の愛


 人の肉を喰らい、人の望みを叶える仮面の妖・鵺天(ぬえてん)を狂言回しに、人間と妖(およずれ)が共存する世界で繰り広げられる複雑怪奇な愛と哀しみの物語を描く連作時代ファンタジー漫画の続編、完結巻であります。様々な悲喜劇の中で浮かび上がる人と妖の姿とは……

 いつかの時代、どこかの場所のとある村外れの祠に祀られる、鳥の面をつけた長身痩躯の男・鵺天――「俺ぁただバカみてぇに生きてるだけで何者でもねぇぜ」と嘯く彼は、しかし人を食らう妖。
 そして同時に求めるものを与えれば、望みを叶えてくれるという彼は、村の人間たちの畏れと敬意を同時に受けている存在なのであります。

 本作は、そんな彼が出会った人間たち、あるいは妖たちの姿を、少々どぎつい味付けで描く一話完結の連作漫画。この第2巻には、全4回3話の物語が収録されています。

 その最初のエピソード「残滓を抱く脳食い鳥」は、妖の脳を食うことで人の姿になり、死んでも生き返る力を得たシジュウカラの妖・楸の物語であります。

 女性に恋しては振られ、その度に自害しては生き返る――という暮らし(?)を送っていた彼は、ある日、男に騙されて毒殺された娘の死骸と出会い、彼女に一目惚れして……
 というあらすじの時点で不穏極まりないこの物語。もちろん娘は死体ゆえ意思も心もなく(亡霊は体の近くに留まっているものの、それは楸には見えず、鵺天にしか見えないというのがまた面白い)、それゆえどれだけ楸が愛を語ってもそれは一方通行にすぎません。

 そして何よりも、死んでも生き返ることができる楸には、死ぬということが、その恐ろしさがわからない。だからこそ死体を愛せるのかもしれませんが、しかし決して彼は娘の生前の想いを理解できない――その皮肉を本作は痛烈に描き出します。

 しかしその深い溝の――人と妖、生と死の間の深い溝の――存在を、ある出来事を(それがまた実に本作らしいどぎつさなのですが)きっかけに楸も知ることになります。
 しかし気付いたとしても決して超えられぬその溝を彼は超えることができるのか――その先に、我々は一つの奇跡を目にするのであります。

 人の心を、愛を知らぬ男が、ふとしたことをきっかけに無償の愛の存在を知り、生まれ変わる――そうした物語はこれまで無数に描かれてきました。本作もその一つではありますが――その中でも極めて奇怪で、そしてだからこそ感動的な物語、本作だからこそ描ける物語であります。


 続く第2話「たゆらなる娑婆っ気」は、男性に依存しなければ生きていけない娘に惚れ込まれ、生活を共にすることになった絵師の男を主人公とする物語。
 出会った直後に酔って転んで両足を折った絵師は、娘に世話されて日々を送るようになるものの、実はその足は娘が――と、いわば『ミザリー』の変奏曲的な物語なのですが、しかし一つ決定的に異なる点があります。

 それは、男の側も実は自分の才能に限界を感じており、奇怪な形とはいえ、娘に必要とされる生活を自ら選んでしまうということであります。
 現代の言葉で言えば共依存の一種というべきでしょうか――そんな地獄めいた人間関係が、ここでは描かれるのです。

 しかしそんな中で、ある理由から一部始終を見ていた鵺天と出会ったことで、男は真実を知ることになります。
 それでもなお娘を信じようとする彼に、鵺天が告げるさらなる真実がまた実にキツいのですが――しかし、男の目を覚まさせるのがその真実ではなく、別の現実であった、というのが更に刺さります。

 果たして男が、娘が本当に望んでいたものは何だったのか? そして二人はそれを手に入れることができたのか?
 一見ハッピーエンドのようでいて、どうにもならない不思議な味が舌に残るような結末――おそらくは鵺天も予見できなかったような――も含め、おぞましくも皮肉で、そして等身大の人間の姿を描いた物語として印象に残ります。
(ただ一つ、これは前話も含めて、悪役が悪役のための悪役になってしまった感があるのだけは残念)


 興が乗って長くなってしまったため、次回に続きます。


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2018.04.25

鳴神響一『謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治』 賢治、国際謀略に挑む!?


 昨年末から時代本格ミステリ、現代を舞台とした警察ものとバラエティに富んだ作品を送り出してきた作者の新作は、大正時代を舞台とした冒険活劇――それも、あの宮沢賢治が、国際的な謀略事件に巻き込まれ、美しき令嬢を守るために活躍する奇想天外な物語であります。

 時は大正九年(1920)――盛岡高等農林学校を卒業したばかりの宮沢賢治は、花巻の正教会で、ロシア語の師であるペトロフ司祭が仮面の大男に殺害されるのを目撃することになります。
 一度は犯人と誤認されて逮捕されたものの、何とか釈放され、恩師の依頼で遠野に鉱物調査に向かうこととなった賢治。偶然、正教会の寺男が、知人である佐々木喜善を頼ると知った賢治は、自分も喜善のもとを訪れるのですが――そこで彼が出会ったのは、柳田国男と、美しい異国の令嬢でした。

 柳田の知人である外国公使の娘だという令嬢――エルマとの出会いに胸ときめかせる賢治ですが、しかしその周囲にはあの仮面の大男が出没。ついにはエルマが大男に攫われ、賢治は彼女を追って遠野の山中に分け入ることになります。
 果たして大男たちの正体とは、柳田国男たちが関わる計画とは。そして何故エルマは狙われるのか? いつしか賢治は国際的な陰謀に巻き込まれることに……


 「名探偵・宮沢賢治」という副題を持つ本作。それを見れば、宮沢賢治が探偵役のミステリだな、と万人が思うところでしょう。
 しかし宮沢賢治が探偵役の作品というのはこれまでもいくつか存在しており、後発の本作はいささか不利なのでは――などとも一瞬思いましたが、それはなかった、と言うべきでしょう。いやそもそも、本作はミステリと言うより、ほぼ完全に冒険活劇なのですから。

 本作の舞台となるのは、上で述べたとおり1920年。賢治の年譜を辿れば、まだ農林学校を卒業したばかりの彼が、将来の夢と家業という現実の間に挟まれていた時代――まだ将来の作家/詩人としての顔を完全に見せるに至っていない時代と知れます。
 しかしこの時代は同時に、全世界を巻き込んだ最初の世界大戦が数年前に終結し、その傷跡がまだ生々しく各地に残された――いやあるいは広がりつつあった時期にほかなりません。

 本来であればそうした動きとはほとんど無縁のはずの東北に暮らす賢治が、海の向こうの巨大な歴史の動きに巻き込まれていく――そんな構図のダイナミズムは、デビュー以来、多くの作品で、海を越えるスケールの大きな物語を描いてきた作者ならではのものと言えるでしょう。


 ただ――個人的には少々残念に感じる部分がないわけではありません。それは、あまりにも賢治が巻き込まれただけに見えてしまう点であります。

 もちろん、まだ何者でもない賢治があたふたしている間に状況がどんどん変わり、のっぴきならない方向に向かっていく――というのは、完全に巻き込まれ型サスペンスの呼吸で、これはこれで実に楽しい展開ではあります。
 しかし、もう少し賢治ならではの部分があってもよかったのではないか、その後の彼の事績と結びつくような部分がもっと強調されても良かったのではないかな、と感じてしまったのが正直なところなのです。

 もちろん、彼とエルマの交流と、そしてそれがもたらすクライマックスの展開は、賢治あってのものであることは間違いありません。
 しかし同時にそれは、些か厳しいことを申し上げれば、賢治に近いパーソナリティーの人物でもこの物語は成立するようにも感じられてしまったのです。

 先に述べたように、マクロな時代背景と物語の結びつきの妙や、巻き込まれ型サスペンスとしての物語展開の楽しさといった点は大きいのですが――しかし有名人主人公ものという構造から見れば、もったいないと感じられる部分は確かにある作品であります。


 もう一つ、やはり本作の賢治は「名探偵」という以前に「探偵」的な活動を行わない――というのは、やはり引っかかるところではあります。
 これはむしろ一種の宣伝戦略の結果と思われ、触れるのも野暮ですが、しかしスルーするのもまた不誠実かと思い、あえて蛇足として書かせていただく次第です。

『謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治』(鳴神響一 祥伝社文庫) Amazon
謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治 (祥伝社文庫)

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2018.04.10

重野なおき『信長の忍び』第13巻 決戦、長篠に戦う女たちと散る男たち


 この4月から第3期『姉川・石山篇』もスタートと勢いが衰えることのない『信長の忍び』、原作の最新巻は前巻から引き続き長篠の戦が描かれることになります。忍びは忍びの、武将は武将の戦いを繰り広げる中、ついに決着の時が……

 父を超えるべく進撃を続ける武田勝頼の攻撃が迫る三河。同盟相手である徳川家康を脅かす武田に対して、ついに信長は決戦を決意することとなります。
 佐久間信盛の偽投降、酒井忠次の鳶ヶ巣山砦奇襲と布石を積み重ね、「その時」を待つ織田・徳川連合軍。その陰で、千鳥(と助蔵)もまた、因縁重なる宿敵である勝頼の忍び・望月千代女との決戦に臨むことに……


 そんなわけで冒頭からいきなりクライマックスの第13巻。以前、千代女には文字通り死ぬような目に遭わされた千鳥ですが、しかし今回は負けるわけにはいかない戦いであります。
 しかしそんな覚悟を固めてもなお、千代女は強い。本当に強い。再びあわやのところまで千鳥が追いつめられた時、彼女を救ったのが誰であったか――意外で、しかしこの人物しかいないというその名を言うまでもないでしょう。

 忍びとして主に向けた想いの強さは互角、戦闘力としては千代女の方が上。しかしそれでも千鳥には千代女に勝る点があります(そもそも、それがあったこそここで再戦に挑むことができたわけで)。
 それはたった一人ではない、強い絆の存在――忍びとしてはもしかしたら不要かもしれないそれが、確かな力となって千鳥を支える展開は、特に物語を冒頭から読んでいる者にはグッとくるものがあります。お前、本当に頑張るなあ……と。

 と、思わず忍者漫画のように(いや、忍者漫画でもありますが)盛り上がってしまう展開ですが、しかし戦はこれからが本番。決戦の地で死闘を繰り広げる男たちの姿が、この先ひたすらに描かれていくことになります。

 鳶ヶ巣山砦争奪戦のくだりのように、そんな死闘の中でもきっちりとギャグが――それも史実に絡めて――描かれるのにはいつものことながら感心させられますが、しかしそんな中でもシリアスにならざるを得ない時がやってきます。
 武田家の猛攻を前に、一歩も引かず、いやむしろ前に出て行く信長と配下たち。その圧倒的な力の前に、ついに武田家を支えてきた猛将たちも一人、また一人散っていくのであります。

 山県昌景、内藤昌豊、馬場信春――武田家四天王と謳われた名将たちの実に三人までもが散っていく姿は、やはりその直前まで本作らしいギャグでデコレートされているものの、最期の瞬間はどこまでも真面目でドラマチックなのもまた、本作らしいと言うべきでしょう。
 特に馬場が勝頼に託したものと、それを受けての勝頼の姿は、織田方と武田方、どちらが主人公サイドかわからなくなるほどで――この辺り、『真田魂』に重なるわけですが――こうして敗者にも光を当てるのが、本作が長らく愛される理由の一つなのでしょう。


 さて、一つの大戦は終わったものの、まだ信長の戦が終わったわけではもちろんありません。
 この先、信長の道を阻まんとする第二次信長包囲網が形作られるわけですが――しかし既に信長が戦の前面に出る時期ではなくなったことは、史実が示すところであります。

 そんなわけでこの巻の後半から描かれるのは、明智光秀の丹波攻略。信長による方面軍構想により、織田家一の出頭人として丹波攻略の主将に命じられた光秀に、ようやく傷の癒えた千鳥と助蔵はつき従うことになるのですが……
 が、ここで鬼のようなナレーションにより「光秀挫折編」というワードが語られることになります。

 言うまでもなく光秀といえば信長を――というわけですが、さてその源流であろうこの戦いがどのように描かれるのか。
 その後の光秀の姿がちらりと描かれた『黒田官兵衛伝』の官兵衛も登場し、相変わらずの目薬屋っぷりを見せるクロスオーバー(と言ってよいのかしら)も楽しい本作、信長同様に、まだまだ勢いは衰えそうにありません。


『信長の忍び』第13巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
信長の忍び 13 (ヤングアニマルコミックス)


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2018.02.23

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第19巻 らしさを積み重ねた個性豊かな人と猫の物語

 連載開始から10年以上を数え、そして単行本も20巻目前の『猫絵十兵衛 御伽草紙』。その最新巻である本書は、久々にピンで表紙に登場した猫姿のニタが目印であります。

 猫絵師の十兵衛と元猫仙人のニタのコンビを時に中心人物として、時に狂言回しとして、市井で起きる様々な猫絡みの事件・出来事を描いてきた本作。
 今回も毎回一話完結のエピソードが七話収められていますが、何と言っても注目すべきは、巻頭に収められた異色作中の異色作「時翔け猫」でしょう。

 何しろこのエピソードの主人公は、現代の中学生・あやめ。親と進路のことで喧嘩して家を飛び出し、近所の猫石神社で怪我をした猫を見つけ、追いかけるうちに意識を失ってしまった彼女が、意識を取り戻した時に見たものは……

 というわけで、まさかのタイムスリップもののこのエピソード、当然というべきかあやめは十兵衛とニタと出会うことになるのですが――しかしあくまでも二人は脇役で、あやめと接することになるのは、サブレギュラーである蜆売りの少年・松吉とその家族なのが、何ともユニークなところであります。

 なるほど、以前も松吉たちは、猫石神社絡みのエピソードに登場したキャラクターではあります。
 しかしそれ以上に、自分の将来に、自分がどのように生きていくか悩むあやめと交流するのが――ある種浮世離れした十兵衛やニタではなく――彼女と同年代であり、そして既に一家を背負って働く松吉という構造が、実に巧みなところと感じさせられます。

 ある意味タイムスリップもののお約束とも言うべき結末も美しく、異色作ながら本作らしい好編であります。


 もちろん、その他のエピソードもいつもながらのクオリティの高さですが、幾つか特に印象に残った作品を挙げれば、まず「産婆猫」でしょうか。

 前話の「いちご猫」で登場した産婆の弟子の少女・子路を主人公とした本作は、ひょんなことから猫の御方様の子を取り上げる羽目になるというお話。
 神や獣など異類の者のお産を人間が助ける物語は民話にしばしば登場する印象がありますが、本作の見事な点は、子路が産婆としては未だ見習いであり、しかし少しでも早く立派な産婆になろうと努力する少女であることでしょう。

 ここに物語は人間に化けた猫のお産というファンタジーと、命を救うために奮闘する少女の成長譚が見事に結び付くことになり、これも実に本作らしい味わいの物語が生み出されているのです。

 そしてまた、ファンタジーだけではないのも本作の魅力であります。陰険で横暴な夫に虐げられ、ついに耐えかねて可愛がっていた猫とともに家を出た女性を描く『事解猫』は、本作を通じても非常に現実的な、重い題材を扱っていることが印象に残ります。

 もちろん、重い・辛いだけでなく、そこに人の強さと猫との絆を絡め、力強く希望に満ちた物語に仕上げてみせるのもまた本作ならでは。
 時にコミカルな描写を交えつつ描かれるこのエピソードにあるのは、そんな人の、女性の強さとそれに対するエールであることは言うまでもありません。


 冒頭に述べたように、一話完結のエピソードを積み重ね、積み重ねて(本書に収録されたところまでで実に128話!)きた本作。
 それでもなお、この巻に見られるように、それぞれに個性的で内容豊かな、本作ならではの人と猫の物語が描き継がれていることは、読者として大きな驚きであり、喜びであります。

 この巻に収められたものだけでなく、この先も描き継がれていくに違いない、本作らしい物語の数々が今から楽しみになる――そんな一冊であります。


『猫絵十兵衛 御伽草紙』第19巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛 御伽草紙 十九 (ねこぱんちコミックス)


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 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻 物語の広がりと、情や心の広がりと

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2018.02.06

永尾まる「まるのみ永尾まる」 ファン必見、三つの物語が待つ一冊

 「ねこぱんち」とその系列誌でエースとして活躍する永尾まる。その永尾まるの作品集として「まるのみ永尾まる」以来実に10年ぶり(!)に刊行された増刊――「江戸人情・猫咄傑作選&妖怪物語」と題して『猫絵十兵衛御伽草紙』の傑作選と、2つの単行本未収録作品を収録した一冊であります。

 というわけで、本書に収録されているのは『猫又と上手に暮らす法。』3編と『飛び耳茶話』3編、そして『猫絵十兵衛御伽草紙』6編の全12編。

 巻頭の『猫又と上手に暮らす法。』は、2010年に「OYATUねこぱんち」でスタートして以来、最近では「世にも奇妙なねこぱんち」誌に登場している現代もの。故あって猫又の一夜と同居することになった人間の少女・咲耶を主人公とするシリーズです。
 好奇心旺盛な咲耶と、イケメンの青年に变化するツンデレの一夜のコンビが楽しいシリーズですが、猫漫画というよりも妖怪漫画としての要素が強いのも本作の魅力。

 今回収録されたエピソードは、山からやってきたアナグマが引き起こす騒動、癇癪を起こして家出した一夜を追って魔所を行く咲耶の奮闘、そして古墳で肝試ししていた最中に本物に出会ってしまった咲耶の友達を救う一夜の活躍と、賑やかなエピソード揃いですが、登場する妖怪たちの描写はどれもなかなかに恐ろしい。
 特に2話目のエピソードで咲耶が踏み込む魔所のビジュアルは、実質的には一コマのみの描写ながら実に恐ろしげで、『猫絵十兵衛』にも幾度か登場していますが、このあたりの異界描写は、実は作者の最も得意とするところでは――という印象もあります。(3話目に登場する魔物たちも実におっかない)


 そして『飛び首茶話』は、「江戸ぱんち」誌に掲載された、そのタイトル通りに飛び首を主人公とした連作。初出時は「猫絵十兵衛異聞」と冠されていましたが、おそらくは同じ世界、同じ時代の別の話でしょう。
 飛び首とは、抜け首、飛頭蛮、落頭民などとも呼ばれる、ろくろ首の原型とも言われる妖怪。夜になると首だけが外れ、耳を翼として飛び回るという、あまり夜道に会いたくない妖怪ですが――作者のお気に入りらしく、『ななし奇聞』でも可愛らしい役どころで登場した妖怪であります。

 本作の飛び首・シノリもまだ年端もいかない少女で、人間の父と落頭民の母の間に生まれたハーフ(ただし体質は母親譲り)。山中で両親と暮らしていたものの、父が、そして母が相次いで行方不明となり、街に出てきて浮浪者のように暮らしていた――というなかなかハードな設定ではあります。
 そんな中で、何故か家に無数の付喪神や妖怪を住まわせている縫箔屋(裁縫師)の老人・将護と出会った彼女が、彼に弟子入りして――という設定で、ハートウォーミングな物語が展開していくことになります。

 上で触れたように、恐ろしいものは恐ろしく、人間とは相容れない存在として描く作者ですが(本作の1話めでも、シノリを攫おうとする魔物の描写がかなり不気味)、その一方で、人間と接する世界に暮らす連中の描写も巧みであるのは言うまでもないお話。
 本作においても、シノリをはじめとして、将護の家に住まう連中は実に人間臭く、「妖怪もの」として楽しめる作品であることは間違いありません。


 そして『猫絵十兵衛御伽草紙』は、作中にしばしば登場するサブレギュラーの二人――猫好きでさばけた性格の老僧・奎安和尚と、木匠を目指す生真面目な少女・信夫の二人を中心とするエピソードが収録されています。

 信夫が依頼を受けた猫と月の欄間が思わぬ奇瑞を起こす「観月猫」、奎安和尚と愛猫・縹の強い結びつきを描く「縹色の猫」、不思議な傀儡芝居を見せる少女と奇妙な猫妖を描く「山猫いたち」、火事で片方が焼け落ちた狛猫のために信夫が腕を振るう「石猫」、破れ寺を再建しようと奮闘する猫又が奎安に弟子入りする「猫和尚の修行」、猫の浮き彫りの入った衝立のために信夫が猫相手に奮闘する「衝立猫」――

 どのエピソードも単行本に収録済のため、ここでは細かく紹介しませんが、どれも本作らしい水準以上の作品揃い。
 特に「縹色の猫」は、和尚と縹の交流はもちろんのこと、本作では比較的珍しい派手なアクションと術描写(そして格好いい西浦さん)、ニタと十兵衛のいちゃつきと、本作全体を通じてのベストエピソードであると今更ながらに確認した次第です。


 以上、それぞれ魅力的な三作品を堪能できる本書、ファンであれば必読なのですが――個人的には『猫又と上手に暮らす法。』はそろそろ単行本化していただけないかなあ、とも思ってしまったところではあります。

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2018.01.25

ブラム・ストーカー『七つ星の宝石』 古代の魔女王を巡る謎と怪奇と「愛」

 『吸血鬼ドラキュラ』で怪奇小説家として不朽の名を残したブラム・ストーカーの知られざる作品――20世紀初頭のイギリスを舞台に、古代エジプトの忘れられた女王の遺物が奇怪な事件を引き起こす、長編オカルトホラーの佳品であります。

 ある晩、突然の急報に叩き起こされた青年弁護士マルコム・ロス。最近パーティーで知り合ったマーガレット嬢が、父であり、エジプト学の権威として知られるトレローニー氏が、何者かに襲われて倒れために助けを求めて来たのです。
 密かに憎からず思う美女の頼みにトレローニー邸に駆けつけたロスが見たのは、密室となった自室で腕に傷を負って倒れたトレローニーの姿。しかも傷の深さはさほどでなかったにもかかわらず、彼は深い昏睡状態となっていたのです。

 駆けつけた医師や刑事たちとともに調査に当たるロス。しかしトレローニーが、この時を予想していたかのようにマーガレットに対して奇妙な指示書を残していたことから、ロスたちは、不寝番をすることになります。
 しかし、不寝番の者たちも原因不明の催眠状態に陥り、再びトレローニーが襲撃されるなど、なおも続く不可解な事件。そんな中、トレローニーの友人であり、彼の求めでエジプトに向かっていたという男・コーベックが屋敷に現れます。

 トレローニーと共に、かつてエジプトの魔術師の谷と恐れられる場所で、数々の魔術を操り、歴史上から抹消された女王テラの墓を訪れたとロスに語るコーベック。
 そしてテラのミイラと、一緒に埋葬されていた北斗七星が彫られた宝石は、この屋敷に運び込まれていたというのです。

 その魔力で死後の再生を計画していたというテラを現代に復活させようとしていたトレローニー。その企てと、一連の怪事には関係があるのか。そしてマーガレットとテラの容貌が酷似しているのは果たして偶然なのか。
 事件は思わぬ方向に展開、恐るべき最後の実験の先に待つものは……


 ミステリアスな導入部から始まり、丹念な状況説明と数々の事件の積み重ね、それらを支える客観的な証拠――と、『ドラキュラ』にも通じる手法で描かれた本作。
 ロスの一人称で語られること、そしてロスとマーガレットのロマンスが物語上で大きなウェイトを持つことから、受ける印象はいささか異なるかもしれませんが、その独特のリアルさは、今読んでも十分に魅力です。

 特に前半部など、舞台はほとんど屋敷内に限定されている(というより本作、回想シーンを含めても主な舞台がほとんど3、4ヶ所に留まるというのが凄い。この辺りは演劇人としてのストーカーの手腕でしょうか)にもかかわらず、息詰まるようなサスペンスと怪奇性に圧倒されること請け合いであります。

 その一方で、後半に入るといささか物語の趣が変化し、思索的な部分や解説的な部分が多くなることで――その中には特に現代人からみれば科学的にどうかというものもあり――少々違和感を感じないでもありません(上で述べたロマンス描写もいささかくどい)
 そしてその先に待つ結末も、少々、いやかなり意外なものであって――本作に厳しい評価を下す向きが少なくないのも理解できるところではあります。


 しかし、『ドラキュラ』と同じく異国から、そして長き時を超えて現れた魔人と現代人の対峙と描きつつも、本作においてはその現代人側のベクトルが逆方向を向いているというのは、非常に興味深く感じます。
 そしてその関係性を、両者をそれぞれ代表する二人の女性――それも外見はほとんど同一の――「愛」の存在を以て描き出すというのも、実に面白い(もっとも、この点が難解さに繋がっているきらいもあるのですが)。

 この「愛」はそれぞれに異なる意味を持つものではあり、テラ女王のそれは、一般にいうものと大きく意味は異なります。しかしついに姿を現したテラの意外な姿をも含めて考えると、この女性たちの持つロマンチシズムと、男性たちの傲慢ですらある合理性のすれ違いが、あの結末を招いたのではないかとすら、考えてしまうのです。

 もちろんこの着地点は、もちろん私の勝手な想像ですし、やはりいかにも怪奇小説然とした前半からは、遠く離れたものではあるかもしれませんが……


 ちなみに本作は後に別バージョン(短縮版)が発表され、そちらではほとんど全く正反対な結末となっているのも面白い。本書にはそちらの結末も併録されており、読み比べてみるのもまた、大いに想像力を刺激されるところであります。


『七つ星の宝石』(ブラム・ストーカー 書苑新社ナイトランド叢書) Amazon
七つ星の宝石 (ナイトランド叢書)

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