2017.11.08

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻 物語の広がりと、情や心の広がりと

 発売からずいぶんと間が空いてしまい恐縮ですが、『猫絵十兵衛 御伽草紙』の第18巻の紹介であります。これだけの巻数を重ねてもなお絶好調の本作、今回は思いもよらぬ世界からの来訪者が登場する、世界観の広がりを感じさせる巻であります。

 常人には見えぬものを見る力を持つ猫絵描きの青年・十兵衛と、その相棒で元・猫仙人のニタのコンビを狂言回しに、市井で起きる猫絡みの事件・出来事を、ユーモラスかつ情感豊かに描く連作シリーズの本作。
 20巻近く巻数を重ねてくれば、数多くのサブレギュラーも登場してきたわけですが、この巻ではその一人(?)にまつわる意外極まりないエピソードが、巻頭に収録されています。

 そのエピソードとは「猫妖精」――これまで何度も登場してきた猫好きの老住職・奎安和尚が、ある晩尋ねてきた異人たちに出会って以来、人事不省の身になってしまったことから、この物語は始まります。
 ニタの見立てによれば和尚は何者かに魂が抜かれてしまったとのこと。そこに現れたかつての和尚の飼い猫であり、今は根子岳で暮らす異国から来た猫・縹は、その犯人に心当たりがある様子であります。

 果たして十兵衛とニタ、縹の前に現れる三人の異人。縹が目的だという異人の正体とは……!

 第2巻というかなり初期に描かれつつも、今なお人気の高い縹と奎安和尚のエピソード。長毛種でオッドアイという、この時代の日本には極めて珍しい姿であることから忌避されてきた縹と、彼を受け容れ愛する和尚との心の絆には、私も泣かされたものですが……
 その後日譚というべきエピソードを、この角度から持ってくるか! と、一読大いに驚かされました。

 なるほど、人語を解する異国から来た猫とくれば、この線があったか(よく見てみれば、尾も二又に分かれていない=猫又ではないのにまた感心)と、妖怪その他大好き人間としては納得かつ大喜びのこの展開。
 異国の妖というのは、以前も登場したことがありますが、今回は猫ということでより本作のカラーにあった存在なのも嬉しく、そんな相手のことも知り尽くしているニタの何でもアリっぷりもいいのであります。

 そしてもちろん、縹と和尚の間の絆に、変わるところが全くないのもグッとくるこのエピソード、本書の表紙を縹が飾るのも納得の好編であります。


 ……と、冒頭のエピソードばかり大きく取り上げてしまいましたが、もちろんその他にもユニークな物語が並びます。
 猫町長屋を守ることになった小さな地荒神が、猫たちと一緒に災いを払うために奮闘する「神の月猫」
 迷子になった猫を探してまじないを記す父子と猫の絆「まじない猫」
 とある村で村長の娘を狙う妖怪がニタを恐れていると知り、妖怪退治に乗り出した十兵衛たちが意外な真実を知る「歳除猫」
 戯作者の初風先生と愛猫の小春のある日を描く「小春 初風の一日」
 お人好しの椋鳥=地方からの出稼ぎの男と猫を助けるため、十兵衛と西浦さんが一肌脱ぐ「椋鳥猫」
 自分の描きたいものが見つからず苦しむ弟弟子に、十兵衛が与えた助言を描く「三ノ猫」

 今回も妖怪あり神さまあり、人情ありとバラエティに富んだ内容ですが、相変わらず高い水準というのは共通点であるのは間違いありません。

 そんな中、これらの物語の中で十兵衛たちが「情」を示す際の態度が、ある種博愛的であるのが個人的に嬉しい。

 例えば「歳除猫」で他の物語であれば退治されて終わりになりそうな妖の身になって怒る、「椋鳥猫」で田舎者の自分のためにと恐縮する男に「助けに国は関係ねぇぞ」とさらりと答えてみせる……
 人も出自も関係なく、分け隔てのなく示される十兵衛たちの「情」と「心」の存在が、何とも沁みるのです。


 海を越える物語の広がり、十兵衛たちの情と心の広がり――本書でもまだまだ広がる物語が、実に心地よい作品であります。


『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛 御伽草紙 十八 (ねこぱんちコミックス)


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 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第1巻 猫と人の優しい距離感
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第2巻 健在、江戸のちょっと不思議でイイ話
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第3巻 猫そのものを描く魅力
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第4巻
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第5巻 猫のドラマと人のドラマ
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第6巻 猫かわいがりしない現実の描写
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第7巻 時代を超えた人と猫の交流
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第8巻 可愛くない猫の可愛らしさを描く筆
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第9巻 女性たちの活躍と猫たちの魅力と
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第10巻 人間・猫・それ以外、それぞれの「情」
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第11巻 ファンタスティックで地に足のついた人情・猫情
 『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻 表に現れぬ人の、猫の心の美しさを描いて
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第14巻 人と猫股、男と女 それぞれの想い
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第15巻 この世界に寄り添い暮らす人と猫と妖と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻 不思議系の物語と人情の機微と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と

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2017.11.07

入門者向け時代伝奇小説百選 児童文学

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は児童文学。大人の読者の目に止まることは少ないかもしれませんが、実は児童文学は時代伝奇小説の宝庫とも言える世界なのであります。
91.『天狗童子』(佐藤さとる)
92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋)
93.『鬼の橋』(伊藤遊)
94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子)
95.『送り人の娘』(廣嶋玲子)

91.『天狗童子』(佐藤さとる) 【怪奇・妖怪】【鎌倉-室町】 Amazon
 「コロボックル」シリーズの生みの親が、室町時代後期の混乱の時代を背景に、天狗の世界を描く物語であります。

 ある晩、カラス天狗の九郎丸に笛を教えて欲しいと大天狗から頼まれた笛の名手の老人・与平。神通力の源である「カラス蓑」を外して人間の子供姿となった九郎丸と共に暮らすうちに情が移った与平は、カラス蓑を焼こうとするのですが失敗してしまいます。
 かくて大天狗のもとに連行された与平。そこで知らされた九郎丸の秘密とは……

 天狗の世界をユーモラスに描きつつ、その天狗と人間の温かい交流を描く本作。その一方で、終盤で語られる史実との意外なリンクにも驚かされます。
 後に結末部分を追加した完全版も執筆された名作です。


92.『白狐魔記』シリーズ(斉藤洋) 【古代-平安】【鎌倉-室町】【戦国】【江戸】 Amazon
 特に動物を主人公とした作品を得意とする名手が、神通力を持った白狐を狂言回しに描く武士の世界の年代記であります。

 平安時代末期、人間に興味を持って仙人に弟子入りした末、人間に変身する力を得た狐の白狐魔丸。人の世を見るために旅立った彼は、源平の合戦を目撃することになります。
 以来、蒙古襲来、南北朝動乱、信長の天下布武、島原の乱、赤穂浪士討ち入りと、白狐魔丸は時代を超え、武士たちの戦いの姿を目撃することに……

 神通力はあるものの、あくまでも獣の純粋な精神を持つ白狐魔丸。そんな彼にとって、食べるためでなく、相手を殺そう戦う人間の姿は不可解に映ります。そんな外側の視点から人間の歴史を相対化してみせる、壮大なシリーズです。

(その他おすすめ)
『くのいち小桜忍法帖』シリーズ(斉藤洋) Amazon


93.『鬼の橋』(伊藤遊) 【怪奇・妖怪】【古代-平安】 Amazon
 妹が井戸に落ちて死んだのを自分のせいと悔やみ続ける少年・小野篁。その井戸から冥府に繋がる橋に迷い込んだ彼は、死してなお都を守る坂上田村麻呂に救われます。
 現世に戻ってからのある日、片方の角が折れた鬼・非天丸や、父が造った橋に執着する少女・阿子那と出会った篁は、やがて二人とともに鬼を巡る事件に巻き込まれていくことに……

 六道珍皇寺の井戸から冥府に降り、閻魔に仕えたという伝説を持つ篁。その少年時代を描く本作は、彼をはじめそれぞれ孤独感を抱えた者たちが出会い寄り添う姿を通じて、孤独を乗り越える希望の姿を、「橋を渡る」ことを象徴に描き出します。
 比較的寡作ではあるものの、心に残る作品を発表してきた作者ならではの名品です。

(その他おすすめ)
『えんの松原』(伊藤遊) Amazon


94.『忍剣花百姫伝』(越水利江子) 【SF】【戦国】 Amazon
 児童向けの歴史ものを数多く発表してきた作者の代表作、遙かな時を超える時代ファンタジー大活劇であります。

 戦国時代、忍者の城・八剣城が謎の魔物たちに滅ぼされて十年――捨て丸と名前を変えて生き延びた八剣城の姫・花百姫は、かつて八剣城に仕えた最強の八忍剣らを集め、再び各地を襲う魔物たちに戦いを挑むことになります。
 戦いの最中、幾度となく時空を超える花百姫と仲間たち。自らの命を削りつつも戦い続ける花百姫が知った戦いの真実とは……

 かつて児童文学の主流であった時代活劇を現代に見事に甦らせただけでなく、主人公を少女とすることで、さらに情感豊かな物語を展開してみせた本作。時代や世代を超えて生まれる絆の姿も感動的な大作です。

(その他おすすめ)
『うばかわ姫』(越水利江子) Amazon
『神州天馬侠』(吉川英治) Amazon


95.『送り人の娘』(廣嶋玲子) 【怪奇・妖怪】【古代-平安】 Amazon
 死んだ者の魂を黄泉に送る「送り人」の後継者として育てられた少女・伊予。ある日、死んだ狼を甦らせた伊予は、若き征服者として恐れられながらも、病的なまでに死を恐れる猛日王にその力を狙われることになります。
 甦った狼、実は妖魔の女王・闇真に守られて逃避行を続ける伊予。やがて彼女は、かつて猛日王に滅ぼされた自分たちの一族に課せられた宿命を知ることに……

 児童文学の枠の中で、人間の邪悪さや世界の歪み、そしてそれと対比する形で人間が持つ愛や希望の姿を描いてきた作者。
 本作も日本神話を踏まえた古代ファンタジーの形を取りつつ、生と死を巡る人の愛と欲望、そしてその先の救済の姿を丹念に描き出した、作者ならではの作品です。


(その他おすすめ)
『妖怪の子預かります』シリーズ(廣嶋玲子) Amazon
『鬼ヶ辻にあやかしあり』シリーズ(廣嶋玲子) Amazon



今回紹介した本
天狗童子 (講談社文庫)源平の風 (白狐魔記 1)鬼の橋 (福音館文庫 物語)忍剣花百姫伝(一)めざめよ鬼神の剣 (ポプラ文庫ピュアフル)送り人の娘 (角川文庫)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 「天狗童子 本朝奇談」 異界からの乱世への眼差し
 「白狐魔記 源平の風」 狐の瞳にうつるもの
 「鬼の橋」 孤独と悩みの橋の向こうに
 「忍剣花百姫伝 1 めざめよ鬼神の剣」 全力疾走の戦国ファンタジー開幕!
 「送り人の娘」 人と神々の愛憎と生死

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2017.09.25

入門者向け時代伝奇小説百選 戦国(その一)

 入門者向け伝奇時代小説百選、今回は戦国ものその一。戦国ものといえば歴史時代小説の花形の一つ、バラエティに富んだ作品が並びます。

61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)


61.『魔海風雲録』(都筑道夫) 【忍者】 Amazon
 ミステリを中心に様々なジャンルで活躍してきた才人のデビュー作たる本作は、玩具箱をひっくり返したような賑やかな大冒険活劇であります。

 主人公は真田大助――退屈な日常を嫌って九度山を飛び出した彼を待ち受けるのは、秘宝の謎を秘めるという魔鏡の争奪戦。奇怪な山大名・紅面夜叉と卒塔婆弾正、異形の忍者・佐助、非情の密偵・才蔵、豪傑、海賊、南蛮人――個性の固まりのような連中が繰り広げる物語は、木曾の山中に始まってあれよあれよという間に駿府に飛び出し、果ては大海原へと、止まる間もなく突き進んでいくのです。

 古き革袋に新しき酒、を地で行くような、痛快かつ洒脱な味わいの快作です。


62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝) 【剣豪】 Amazon
 壮大かつ爽快な物語を描けば右に出るもののない作者の代表作にして、作者に最も愛されたであろう英雄の一代記です。

 タイトルの義輝は言うまでもなく室町第13代将軍・足利義輝。若くして松永久秀らに討たれた悲運の将軍にして、その最期の瞬間まで、塚原卜伝から伝授を受けた剣を降るい続けたまさしく剣豪将軍であります。

 その義輝を、本作は混沌の世を終息させるという青雲の志を抱いた快男児として活写。将軍とは思えぬフットワークで活躍する義輝と頼もしい仲間たちの、戦乱あり決闘あり、友情あり恋ありの波瀾万丈の青春は、結末こそ悲劇であるものの、悲しみに留まらぬ爽やかな後味を残すのです。
 そして物語は『海王』へ……

(その他おすすめ)
『海王』(宮本昌孝) Amazon
『ドナ・ビボラの爪』(宮本昌孝) Amazon


63.『信長の棺』(加藤廣) Amazon
 今なお謎多き信長の最期を描いた本作は、「信長公記」の著者・太田牛一を主人公としたユニークな作品です。

 上洛の直前、信長からある品を託された牛一。しかし信長は本能寺に消え、牛一も心ならずも秀吉に仕えることになります。時は流れ老いた牛一は、信長の伝記執筆、そして信長の遺体探しに着手するのですが……

 戦国史上最大の謎である本能寺の変。本作はそれに対し、ある意味信長を最もよく知る男である牛一を探偵役に据えたのが実に面白い。
 秀吉の出自など、伝奇的興趣も満点なのに加え、さらに牛一の冒険行を通じ、執筆者の矜持、そして一人の男が自分の生を意味を見つめ直す姿を織り込んでみせるのにも味わい深いものがあります。

(その他おすすめ)
『空白の桶狭間』(加藤廣) Amazon


64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 常人にはできぬ悪事を三つも成したと信長に評された戦国の梟雄・松永弾正久秀。その久秀を、歴史幻想小説の雄が描いた本作は、もちろんただの作品ではありません。
 本作での松永久秀は、波斯渡りの暗殺術を操る美貌の妖人。敬愛する兄弟子・斎藤道三(!)と、それぞれこの国の東と西を奪うことを誓って世に出た久秀は、奇怪な術で天下を窺うのであります。

 戦国奇譚に、作者お得意の海を越えた幻想趣味をたっぷりと振りかけてみせた本作。様々な事件の背後に蠢く久秀を描くその伝奇・幻想味の豊かさはもちろんのこと、輝く日輪たる信長に憧れつつも、しかし遂に光及ぶことのない明けの明星たる久秀の哀しみを描く筆に胸を打たれます。

(その他おすすめ)
『天王船』(宇月原晴明) Amazon


65.『太閤暗殺』(岡田秀文) 【ミステリ】 Amazon
 重厚な歴史小説のみならず、奇想天外な趣向の歴史ミステリの名手として名を高めた作者。その奇才の原点ともいえる作品です。

 本作で描かれるのは、タイトルのとおり太閤秀吉暗殺の企て。そしてその実行犯となるのが、生きていた石川五右衛門だというのですからたまりません。
 しかしもちろん厳重に警戒された秀吉暗殺は至難の業。果たしてその難事を如何に成し遂げるか、という一種の不可能ミッションものとしても非常に面白いのですが、何よりも本作の最大の魅力はそのミステリ性です。

 何故、太閤が暗殺されなくてはならなかったのか――ラストに明かされる「真犯人」の姿には、ただ愕然とさせられるのです。

(その他おすすめ)
『本能寺六夜物語』(岡田秀文) Amazon
『秀頼、西へ』(岡田秀文) Amazon



今回紹介した本
魔海風雲録 (光文社文庫)剣豪将軍義輝 上 鳳雛ノ太刀<新装版> (徳間文庫)信長の棺〈上〉 (文春文庫)黎明に叛くもの (中公文庫)太閤暗殺 (双葉文庫)

関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 「剣豪将軍義輝」 爽快、剣豪将軍の青春期
 加藤廣『信長の棺』 信長終焉の真実と記述者の解放と
 太閤暗殺

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2017.09.01

重野なおき『信長の忍び』第12巻 開戦、長篠の戦 信長の忍びvs勝頼の忍び

 本願寺との泥沼の戦いを終えた信長の次なる敵は、戦国最強の呼び名も高い武田家。その戦いの地は設楽ヶ原――いわゆる長篠の戦がついに始まることになります。そしてそこで千鳥は宿敵と再会することに……

 長島での一揆勢撫で切りという凄惨な結果を経て、ひとまずの決着を見た本願寺との戦い。とりあえず危機を脱した信長ですが、しかしまだまだ前途多難、次にその前に立ち塞がるのは、父・信玄亡き後も破竹の勢いをみせる武田勝頼の武田家であります。

 信長の同盟者たる徳川家康の領地を侵す武田家に対し、ついに決戦を決意する信長ですが、しかし武田家は最強の敵。信長は必勝のために幾重にも策を巡らせることになります。
 そんな中、信長の命を受けて千鳥が向かった先の鳶ヶ巣山砦で待っていたのは、かつて自分を捕らえ、瀕死の傷を負わせたくノ一・望月千代女で……

 というわけで、どうにもノレなかった長島編とはうって変わり、正当派の(?)武将と武将の合戦が描かれることとなるこの第12巻で描かれるのは、長篠の戦の前編とも言うべき内容。
 長篠の戦といえば、武田騎馬隊の突進を柵で食い止めた織田軍が鉄砲隊三段撃ちで――というのはもはやフィクションとされているわけですが、この巻では現在の通説を踏まえつつ、巷説などを取り入れてドラマチックに展開していくことになります。

 鳥居強右衛門の命を賭けた知らせ、佐久間信盛の偽りの寝返り、酒井忠次の鳶ヶ巣山砦奇襲――ここで描かれるものは、一つの合戦の勝敗を分けるのが、決してその場での武力のぶつかり合いだけではなく、そこに至るまでの人々の働きであることを示していると言えるでしょうか。

 特に信盛の寝返りと忠次の奇襲は、武田家の主力を織田家に有利な戦場に引っ張り出すという策のための伏線として、直接対決以上に意味を持つものなのですから……
(その一方で、ギャグでもやっぱり感動させられる強右衛門の覚悟)

 そしてそのそれぞれにおいても千鳥は活躍することになるのですが――この巻のラストで忠次の奇襲隊に加わった彼女を待ち受けるのは、信玄の忍び改め勝頼の忍び・望月千代女。
 千鳥とは様々な点で対照的な彼女と、忍び同士の宿命の対決が始まったところでこの巻は幕となるのですが――実のところ、この巻のもう一人の主役は、この千代女、というよりも勝頼をはじめとする武田家の人々という印象があります。


 信長の敵となる者たちを、基本的に単純な「敵」、悪役として描くことは少ない本作。その点からすれば、この戦で信長と激突する武田家の人々の描写が、通り一遍のものではないことは大いに頷けるところであります。

 しかも武田家には、すぐ上で述べたように、信長に対する千鳥とも言うべき千代女の存在があるわけで――彼女の目を通して描かれる勝頼や重臣たち、あと長坂釣閑斎の姿がこれまでの敵以上に生き生きとして見えるのはむしろ当然と言えるでしょう。
(さらに言えば同じ作者の『真田魂』第1巻でもこの戦いが描かれているわけで……しかし釣閑斎、あちらでは良いところもあったのに)

 そして千代女が、(たぶん)色恋抜きで主君のために命を賭けるのも、またグッとくるシチュエーションなのであります。


 ともに戦国において強大な力を――優れた家臣たちを――擁しながらも、(ほとんど)覇者となった者と、なれなかった者。その両者の一種代表となる形で前哨戦を繰り広げることとなった千鳥と千代女。
 その戦いの行方は、両家の運命を象徴するものとなるのでは――そんな気もいたします。

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2017.08.28

西條奈加『猫の傀儡』 探偵猫、人間を動かす!?

 猫を題材にした時代小説、それもファンタジー風味の作品は決して少なくはありませんが、本作はその中でも極めてユニークな作品でしょう。というのも主人公は、人間を傀儡として操り、猫に降りかかった面倒事を解決させる猫・ミスジ。本作はそのミスジの一人称で展開する時代ミステリなのであります。

 江戸でも特に猫が多いことから「猫町」と呼ばれる一角。主人公のミスジは、その猫町でも特別な猫しかなれない「傀儡師」であります。
 先代猫の順松が姿を消したことから、新たな傀儡師に選ばれたミスジは、自分の傀儡である人間の阿次郎――商家の次男坊で自称・狂言作家の、普段は長屋で暇をもてあましている男を操り、猫に降りかかった様々な災難、猫絡みの事件を解決していくのです。

 そんな基本設定の本作は、アンソロジー『江戸猫ばなし』に収録された『猫の傀儡師』と、その後『ジャーロ』誌で連載された6話を収録した全7話の連作集であります。

 その表題作『猫の傀儡師』は、とある商家の隠居が育てていた珍しい変種朝顔の鉢を壊したという濡れ衣を着せられた猫を救うために、ミスジと阿次郎が活躍するエピソード。
 鉢が壊された際の状況に違和感を感じ取った一匹と一人は、やがて事件の背後に、ある想いの存在があることを知るのですが……

 と、アンソロジーで読んだ時も群を抜いて面白く感じられた作品ですが、今回読み返してもその印象は変わりません。
 何しろ、傀儡師として人を操るといっても、ミスジはあくまでも普通の猫。少しばかり人間の世界に詳しく、知恵も回るといっても、人間の言葉を喋ったり、人間を洗脳したりなどということはできないのです。

 とすればどうやって阿次郎を操るのか――といえば、それは彼が事件に興味を持ち、真実にたどり着けるように誘導するのみ。
 探偵役として、先に自分の方が真実にたどり着いてもそれを伝えることができない、そして人間に聞き込みしたり、ましてや裁いたりなどできないミスジが、如何に阿次郎を動かすか――という苦心ぶりがスパイスとなって、ミステリとしても猫ものとしても、実にユニークで楽しい作品となっているのであります。

 そして描かれる事件も、このユニークな設定を踏まえつつ、それに留まらない現代にも通じる事件を描いているのが実に面白い。
 幼い少女と共に行方不明になった猫の捜索から、少女の辛い境遇が明らかになる『白黒仔猫』、老猫を可愛がってきた知的障害者の男にかけられた濡れ衣を晴らす『十市と赤』、次々と猫や烏といった小動物を吹き矢で狙い惨殺する犯人を追う『三日月の仇』……

 どの物語も、「日常の謎」的側面を持つと同時に、いつの時代も変わらぬ、人間の心の暗い部分をも浮かび上がらせているのが、強く印象に残るのであります。


 しかし本作は、残る『ふたり順松』『三年宵待ち』『猫町大捕物』では、その趣を大きく変えることになります。連作エピソードとなっているこの3話で語られるのは、ある意味ミスジ自身にも関わる事件なのですから。

 先に述べたように、先代の順松が行方不明となったことから傀儡師となったミスジ。尊敬する兄貴分であった順松の行方を常に気にかけていた彼は、ある日思わぬことから順松の――その傀儡もまた、行方不明となっていたことを知ることになります。

 元々順松という名は、時雨という名のその傀儡が馴染みの芸者の名を取ってつけたもの。しかし猫の順松と同時期に、時雨も人間の順松も行方をくらましていたのです。
 それを知ったミスジと阿次郎が時雨の過去を探る中、明らかになっていく意外な過去と因縁。果たして一匹と一人は消えた二人を見つけ出すことができるのか……

 これまでが単発ものであった中、3話構成ということもあって、なかなかに入り組んだ物語が描かれるこのエピソードですが、しかしここで描かれるのは、ミステリとしての面白さだけではありません。
 ここにあるのは、これまでの物語で積み上げられてきた猫と人間の関係性の、ポジティブな結び付きの姿。そしてそれが本作の締めくくりとして、実にイイのであります。


 一般に猫は犬に比べて薄情だと申します。なるほど、本作においては人間を傀儡に使ってしまおうというくらいですが、しかしそれでも互いの間にはきっと情がある、あって欲しい――そんな願いが、本作には込められているといえるでしょう。

 ユニークな時代ミステリとして、猫と人間の関わりを描く物語として――まだまだこの先の物語を読みたい、そんなことを思わせる快作の誕生であります。


『猫の傀儡』(西條奈加 光文社) Amazon
猫の傀儡(くぐつ)


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 『江戸猫ばなし』(その二) 猫と傀儡と死神と

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2017.08.19

梶川卓郎『信長のシェフ』第19巻 二人の「未来人」との別れ、そして

 信長と本願寺の決戦の最中に傷を負い、記憶の一端を取り戻したケン。果たして彼の過去に何があったのか、そして二人の同時代人との関係はどうなるのか――ケンにとって大きな出来事が待ち受ける巻であります。

 信長の本願寺攻めに際して、明智光秀を利用して信長を討とうとする松永久秀と果心居士こと松田。ケンは松田が動かした歴史にない援軍――毛利軍を辛うじて阻み、信長も天王寺砦で光秀との強い絆を見せることにより、辛うじて最大の危機を突破するのでした。
 ……が、ケンの周囲は、むしろこれからが大戦であります。

 同時代人であり、本願寺に身を寄せていたようこ、そして策に破れて久秀に見捨てられた松田――二人の同時代人と再びまみえることとなったケン。
 さらに戦の中で傷を負い、記憶の一端を取り戻した彼は、ようこから、自分たちの過去に何があったかを聞かされることになるのですから……


 ケンが記憶喪失であったことから、今まで謎に包まれていたタイムスリップ当時の状況。
 今回ついに語られたそれは、全貌を明かしたわけではないにせよ(むしろこれ以上が語られる必要はないのでしょう)、しかしケンにとっては、一つの足がかりになるであろう確かな「過去」であります。

 しかしケンが、そしてようこが見るべきものは、過去ではなく未来――そしてその二人の未来は、もはや同じものではないことが、ようこ自身の口からはっきり語られることになります。
 自分にとってはまさしく地獄に仏であった顕如のもとへ帰ることを切望するようこ。しかし今の彼女は織田家の捕虜、そんな好き勝手が許されるはずもないのですが……

 もちろんここで一肌脱ぐのがケン。この先に待つものが織田と本願寺の決戦であり、その先に苦しみしかないとしても、顕如の傍らにありたいと願う彼女のために奔走するケンですが――しかし気になるのは、当の顕如の心であります。
 これまで信長と相対しても全く動じることなく、冷然たる態度を崩さなかった顕如。その彼にとって、ようこはどれだけの価値を持つのか。そして彼だけでなく、本願寺を動かすことができるのか?

 ケンの機転により、この上もない形で示されたようこの想い。そしてそれに対する顕如の答えも、ここではっきりと示されることになります。それも、ケンにとってもこの上もない形でもって。
 なるほど、顕如の真情を示すために、ここでこれを持ってきたか! とシビれる展開に、こちらも笑顔になってしまうのであります。


 そしてもう一つ、この巻ではケンと同時代人の別れが描かれることになります。それはもちろん松田――果心居士として暗躍し、今は捕らわれて死を待つばかりの彼を救うのは、ようこの時以上に困難極まりないことですが、もちろんここで彼を見捨てられるはずがありません。

 口封じに果心居士を処刑を進言する久秀に一泡吹かせんとする秀吉と組んだケンの奇策とは――なるほどこう来たかと、いいたくなるような変化球。
 史実――というか果心居士の伝説を知っていればニヤリとできるようなそれは、虚実の合間に出没した果心居士ならではの結末として、こちらも大いに納得できるのであります。


 歴史の動きでいえば、ほとんど足踏み状態であったものの、しかしケン自身のドラマとしてはこの上ない内容を――もちろんそこに巧みに料理を絡めて――見せてくれたこの巻。

 ラストには二人の新キャラクター(だったはず)が登場、この先の絡みも楽しみなところに、さらにタイムスリップものとしての爆弾が落とされるなど、この先の展開への目配せも巧みで、いやはや満腹の一冊であります。


『信長のシェフ』第19巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 19 (芳文社コミックス)


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 『信長のシェフ』第11巻 ケン、料理で家族を引き裂く!?
 『信長のシェフ』第12巻 急展開、新たなる男の名は
 梶川卓郎『信長のシェフ』第13巻 突かれたケンの弱点!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第14巻 長篠への前哨戦
 梶川卓郎『信長のシェフ』第15巻 決戦、長篠の戦い!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第16巻 後継披露 信忠のシェフ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第17巻 天王寺の戦いに交錯する現代人たちの想い
 梶川卓郎『信長のシェフ』第18巻 歴史になかった危機に挑め!

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2017.08.18

天野純希『信長嫌い』 「信長」という象徴との対峙

 最近は戦国時代を中心に次々と作品を発表している作者が、戦国時代最大の有名人ともいうべき織田信長を題材にしつつ、しかし信長本人ではなく、彼に敗れた人々を主人公に描く、極めてユニークな短編集であります。

 歴史小説で最も題材となっている戦国大名ではないかと思われる織田信長。言い換えれば信長はそれだけ手垢の付いた題材ということになりますが――しかし、本書はその信長を遠景におくことにより、彼に振り回され、歴史に埋没していった人々の姿を、時にシニカルに、時にユーモラスに描き出します。。

 そんな本書は全七話構成。一話ごとに変わる主人公は、今川義元・真柄直隆・六角承禎・三好義継・佐久間信栄・百地丹波・織田秀信――いやはや、今川義元(一部の人にとっては百地丹波も)を除けば、失礼ながらマイナー武将揃いであります。
 いや、その義元も、後世の人々に芳しからざるイメージを持たれていることは言うまでもありません。余裕ぶって油断をした挙げ句、信長に首を取られた公家武将――などと。

 しかし本書はそんな義元の、いやその他六人の武将――信長に苦しめられ、信長に囚われ、信長に敗れた武将たちそれぞれにも、考えてみれば当然のことながら、望みが、夢が、そして人生があったことを、丹念に描き出します。

 例えば第一話「義元の呪縛」で描かれるのは、一度は仏門に入ったものの、兄弟子である太原雪斎に導かれるままに還俗し、今川家の当主として京を目指す義元の姿であります。
 雪斎亡き後もその教えのままに京を目指す義元。その前に現れた、あたかも雪斎に教えを受けたかのような戦いぶりを見せる信長に妬心を抱いたことから、彼の運命の歯車が狂っていく様が描かれるのであります。

 そしてその他の物語においても――
 朝倉家に迫る信長の脅威に挑もうとする真柄直隆が、その武辺者としての偏屈さから家中で浮き上がっていく姿を描く第二話「直隆の武辺」。
 名門の自負だけを胸に、全く及ばぬ信長に対し(時にほとんどギャグのような姿で)挑み続ける六角承禎の妄執が描き出される第三話「承禎の妄執」。
 将軍弑逆などの汚名を背負いながらも、三好家の当主としてしぶとく立ち回ってきた義継が、最後の最後に自らの矜持に気付く第四話「義継の矜持」。
 織田家の宿老・佐久間信盛を父に持ちながらも戦に馴染めぬ信秀が、茶の湯に傾倒していくも、意外な形で自らの誤算に気付かされる第五話「信栄の誤算」。
 伊賀を滅ぼされるのを止められなかった悔恨から執拗に信長暗殺を狙う百地丹波が、ついに本能寺で信長と対峙する第六話「丹波の悔恨」。
 祖父・信長と瓜二つの容貌を持ち、祖父に強い憧憬を抱く織田秀信(三法師)が、織田宗家の栄光を取り戻すため関ヶ原に臨む第七話「秀信の憧憬」。

 いずれも信長なかりせばまた違った人生を歩んでいたであろう者たち、自らを魔王と称するような男を前にあまりに凡人であった者たちの姿が、ここにはあります。


 さて、これらの物語の中心に屹立するのが信長ですが、しかしその人物像自体は、実はさほど斬新なものではなく、従来の信長像を敷衍したものという印象もあります。
 しかしそれこそが、本作が真に描こうとするものを導き出す仕掛けであるように、私には感じられます。

 本書における信長を見ていると、こう感じられるのです。信長という個人であると同時に、主人公の前に立ち塞がる戦国という時代の混沌を、恐怖を、理不尽を象徴する存在――それこそ「時代」あるいは「天下」そのものを擬人化したような存在ではなかったか、と。
 だからこそ本書の信長はしばしば主人公たちが呆れるほどの強運を以て窮地を切り抜け、圧倒的な力によって戦国に君臨していたのではなかったのでしょうか。

 だとすれば、本書で描かれるのは、信長一個人(だけ)ではなく、戦国時代そのものと対峙した末に、苦しめられ、囚われ、敗れた人間たちの姿なのでしょう。
 そしてそんな彼らの姿は、この時代この舞台でしかあり得ないものでありながらも、だからこそどこか普遍的な共感を以て我々の胸に響くのではないか――と。

 もちろんそれは牽強付会に過ぎるかもしれません。
 しかし少なくとも、本書で描かれた七人が、それぞれの物語の結末において、それぞれ自分自身の生きる道を見出す姿は、我々に対しても、ある種の希望を与えてくれることは間違いないでしょう。


『信長嫌い』(天野純希 新潮社) Amazon
信長嫌い

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2017.08.10

入門者向け時代伝奇小説百選 鎌倉-室町

 初心者向け時代伝奇小説、今回は日本の中世である鎌倉・室町時代。特に室町は最近人気だけに要チェックです。
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子) 【ミステリ】 Amazon
 鎌倉時代の京を舞台に、「新古今和歌集」の歌人・藤原定家と、藤原頼長の孫・長覚が古今伝授の謎に挑む時代ミステリであります。
 古今伝授は「古今和歌集」の解釈に纏わる秘伝ですが、本作で描かれるのは、その中に隠された天下を動かす大秘事。父から古今伝授を受けるための三つの御題を出された定家がその謎に挑み、そこに様々な陰謀が絡むことになるのですが……
 ここで定家はむしろワトソン役で、美貌で頭脳明晰、しかし毒舌の長覚がホームズ役なのが面白い。時に極めて重い物語の中で、二人のやり取りは一服の清涼剤ともなっています。

 政の中心が鎌倉に移ったことで見落とされがちな、この時代の京の政争を背景とするという着眼点も見事な作品であります。

(その他おすすめ)
『華やかなる弔歌 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子) Amazon
『月蝕 在原業平歌解き譚』(篠綾子) Amazon


57.『彷徨える帝』(安部龍太郎) Amazon
 南北朝時代の終結後、天皇位が北朝方に独占されることに反発して吉野などに潜伏した南朝の遺臣――いわゆる後南朝は、時代伝奇ものにしばしば登場する存在です。
 本作はその後南朝方と幕府方が、幕府を崩壊させるほどの呪力を持つという三つの能面を求めて暗闘を繰り広げる物語であります。

 この能面が、真言立川流との関係でも知られる後醍醐天皇ゆかりの品というのもグッと来ますが、舞台が将軍義教の時代というのも実に面白い。
 ある意味極めて現実的な存在たる義教と、伝奇的な存在の後醍醐天皇を絡めることで、本作は剣戟あり、謎解きありの伝奇活劇としての面白さに加え、一種の国家論、天皇論にまで踏み込んだ骨太の物語として成立しているのです。

(その他おすすめ)
『妖櫻記』(皆川博子) Amazon
『吉野太平記』(武内涼) Amazon


58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 混沌・殺伐・荒廃という恐ろしい印象の強い室町時代。本作は、それとは一風異なる室町時代の姿を、妖術師と使用人のカップルを主人公に描く物語です。

 南都(奈良)で金貸しを営む青年・楠葉西忍こと天竺ムスル。その名が示すように異国人の血を引く彼には、妖術師としての顔がありました。そのムスルに、借金のカタとして仕えることになった少女・葉月は、風変わりな彼に振り回されて……

 「主人と使用人」もの――有能ながらも風変わりな主人と、彼に振り回されながらも惹かれていく使用人の少女というスタイルを踏まえた本作。
 それだけでなく、「墓所の法理」など、この時代ならではの要素を巧みに絡めて展開する、極めてユニークにして微笑ましくも楽しい作品であります。


59.『妖怪』(司馬遼太郎) Amazon
 室町時代の混沌の極みであり、そして続く戦国時代の扉を開いた応仁の乱。最近一躍脚光を浴びたその乱の前夜とも言うべき時代を描く作品です。

 熊野から京に出てきた足利義教の落胤を自称する青年・源四郎。そこで彼は、八代将軍義政を巡る正室・日野富子と側室・今参りの局の対立に巻き込まれることになります。それぞれ幻術師を味方につけた二人の争いの中で翻弄される源四郎の運命は……

 どこかユーモラスな筆致で、源四郎の運命の変転と、奇妙な幻術師たちの暗躍を描く本作。しかしそこから浮かび上がるのは、この時代の騒然とした空気そのもの。「妖怪」のように掴みどころのない運命に流されていく人々の姿が印象に残る、何とも不思議な感触の物語であります。


60.『ぬばたま一休』(朝松健) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 最近にわかに脚光を浴びている室町時代ですが、この20年ほど、伝奇という切り口で室町を描いてきたのが朝松健であり、その作品の多くで活躍するのが、一休宗純であります。

 とんち坊主として知られてきた一休。しかし作者は彼を、優れた禅僧にして明式杖術の達人、そして諧謔味と反骨精神に富んだ人物として、その生涯を通じて様々な姿で描き出します。

 悍ましい妖怪、妖術師の陰謀、奇怪な事件――室町の闇が凝ったようなモノたちに対するヒーローとして活躍してきた一休。
 その冒険は長編短編多岐に渡りますが、シリーズタイトルを冠した本書は、バラエティに富んだその作品世界の入門編にふさわしい短編集。室町の闇を集めた宝石箱のような一冊であります。

(その他おすすめ)
『一休破軍行』(朝松健) Amazon
『金閣寺の首』(朝松健) Amazon



今回紹介した本
藤原定家●謎合秘帖 幻の神器 (角川文庫)彷徨える帝〈上〉 (角川文庫)南都あやかし帖 ~君よ知るや、ファールスの地~ (メディアワークス文庫)新装版 妖怪(上) (講談社文庫)完本・ぬばたま一休


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 『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(その一) 定家、古今伝授に挑む
 『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(その二) もう一つの政の世界の闇
 仲町六絵『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』 室町の混沌と豊穣を行く青年妖術師
 「ぬばたま一休」 100冊の成果、室町伝奇の精華

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2017.06.07

入門者向け時代伝奇小説百選 古代-平安(その一)

 ここからは作品の舞台となる時代ごとに作品を取り上げます。まずは古代から奈良時代、平安時代にかけての作品の前半です。

46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)


46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫) Amazon
 とてつもなくキャッチーなタイトルの本作は、そのタイトルどおりの内容に驚愕必至の作品。
 赤壁の戦いで大敗を喫した曹操が諸葛孔明に匹敵する奇門遁甲の遣い手として白羽の矢を立てた相手――それは邪馬台国の女王・卑弥呼だった! という内容の本作ですが、架空戦記的な内容ではなく、あったかもしれない要素を丁寧に積み上げて、世紀の対決にきっちりと必然性を持たせていくのが実に面白いのです。

 そして物語に負けず劣らず魅力的なのは、この時代の倭国の姿であります。大陸や半島から流れてきた人々が原始的都市国家を作り、そこに土着の人々が結びつく――そんな形で生まれた混沌とした世界は、統一王朝を目指す中原と対比されることにより、国とは、民族とはなにかいう見事な問いかけにもなっているのです。

 ラストの孔明のとんでもない行動も必見!

(その他おすすめ)
『倭国本土決戦』(町井登志夫) Amazon
『シャクチ』(荒山徹) Amazon


47.『いまはむかし』(安澄加奈) Amazon
 実家に馴染めず都を飛び出した末、代々の(!)かぐや姫を守ってきた二人の「月守」の民と出会った弥吹と朝香。かぐや姫がもたらす莫大な富と不死を狙う者たちにより一族を滅ぼされ、彼女の五つの宝を封印するという彼らに同行することにした弥吹たちの見たものは……

 竹取物語の意外すぎる「真実」を伝奇色豊かに描く本作。その物語そのものも魅力的ですが、見逃せないのは、少年少女の成長の姿であります。
 旅の途中、それぞれの目的で宝を求める人々との出会う中で、自分たちだけが必ずしも正しいわけではないことを知らされつつも、なお真っ直ぐに進もうという彼らの姿は実に美しく感動的なのです。

 そして「物語を語ること」を愛する弥吹がその旅の果てに知る物語の力とは――日本最古の物語・竹取物語に込められた希望を浮かび上がらせる、良質の児童文学です。


48.『玉藻の前』(岡本綺堂) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 インド・中国の王朝を騒がせた末に日本に現れ、玉藻前と名乗って朝廷に入り込むも正体を見顕され、那須で殺生石と化した九尾の狐の伝説。本作はその伝説を踏まえつつ、全く新しい魅力を与えた物語です。

 幼馴染として仲睦まじく暮らしながら、ある事件がきっかけで人が変わったようになり、玉藻の前として都に出た少女・藻と、玉藻に抗する安倍泰親の弟子となった千枝松。本作は、数奇な運命に引き裂かれつつも惹かれ合う、この二人を中心に展開します。
 そんな設定の本作は、保元の乱の前史的な性格を持った伝奇物語でありつつも、切ない味わいを濃厚に湛えた悲恋ものとしての新たな魅力を与えたのです。

 山田章博『BEAST OF EAST』等、以後様々な作品にも影響を与えた本作。九尾の狐の物語に新たな生命を吹き込むこととなった名作です。

(その他おすすめ)
『小坂部姫』(岡本綺堂) Amazon


49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 劇画界の超大物原作者による本作は、鬼と化した少女を主人公としたオールスター活劇であります。

 父・藤原秀郷を訪ねる旅の途中、鬼に襲われて鬼の毒をその身に受けた少女・茨木。不老不死となり、徐々に鬼と化していく彼女は、藤原純友、安倍晴明、渡辺綱、坂田金時等々、様々な人々と出会うことになります。そんな中、藤原一門による鬼騒動に巻き込まれた茨木の運命は……

 平安時代と言っても三百数十年ありますが、本作は不老不死の少女を狂言回しにすることにより、長い時間を背景とした豪華キャストの物語を可能としたのが実に面白い。
 しかしそれ以上に、「人ならぬ鬼」と、権力の妄執に憑かれた「人の中の鬼」を描くことで、鬼とは、裏返せば人間とは何かという、普遍的かつ重いテーマを描いてみせるのに、さすがは……と感心させられるのです。


50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 平安ものといえば欠かすわけにはいかないのが『陰陽師』シリーズ。誕生30周年を経てなおも色あせない魅力を持つ本シリーズは、安倍晴明の知名度を一気に上げた陰陽師ブームの牽引役であり、常に第一線にある作品です。

 その中で初心者の方にどれか一冊ということであれば、ぜひ挙げたいのが本作。元々は短編の『金輪』を長編化した本作は、恋に破れた怨念から鬼と化した女性と、安倍晴明・源博雅コンビの対峙を描く中で主人公二人の人物像について一から語り起こす、総集編的味わいがあります。

 もちろんそれだけでなく、晴明と博雅がそれぞれに実に「らしい」活躍を見せ、内容の上でも代表作といって遜色ない本作。
 特に人の心の哀れを強く感じさせる物語の中で、晴明にも負けぬ力を持つ、もう一人の主人公としての存在感を発揮する博雅の活躍に注目です。

(その他おすすめ)
『陰陽師 瀧夜叉姫』(夢枕獏) Amazon



今回紹介した本
諸葛孔明対卑弥呼 (PHP文芸文庫)(P[あ]6-1)いまはむかし (ポプラ文庫ピュアフル (P[あ]6-1))玉藻の前夢源氏剣祭文【全】 (ミューノベル)陰陽師生成り姫 (文春文庫)


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 玉藻の前
 夢源氏剣祭文
 

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2017.06.01

片山陽介『仁王 金色の侍』第3巻 決戦、関ヶ原にぶつかり合う想い

 コーエーテクモの時代アクションゲームのコミカライズである本作もこの第3巻で完結。金色の侍、ウィリアム・アダムスは、ついに決戦の地・関ヶ原において宿敵と対峙することになるのですが――

 自分にとっては大事な「家族」と言うべき守護精霊・シアーシャを奪い、神秘の力・アムリタを用いて奇怪な魑魅魍魎を操る悪人・ケリー(どうやらエドワード・ケリーのことと知ってびっくり仰天)を追ってこの日本にやってきたウィリアム。
 ケリーが石田三成に手を貸していると知ったウィリアムは、彼と対立する徳川家康に接近、その中で様々な出会いと別れを経験することになります。

 そして始まる家康と三成の決戦。そう、関が原の戦に、ウィリアムも参戦することに……


 というわけで、この第3巻の舞台となるのは、ほとんどすべて関が原の戦。表向きにはちょっと驚くほど(という表現は失礼ですが)真っ当な関が原の戦が展開することになりますが、それはあくまでも表向き、その陰では数々の悪鬼、魑魅魍魎が暴れまわっていた――というわけで、ここにウィリアムの活躍の余地が生まれることになります。

 しかしその活躍は、単に人外の魔を倒し、シアーシャを取り戻すためだけのものではありません。これまでこの国で様々な人々と出会ってきたウィリアム。その経験から、彼は自分の目的以上の想いを背負ってこの戦に参戦することになるのです。

 その一方で、想いを背負っているのは必ずしも彼一人のものではなく、また東軍のみのものでもないことが、本作においてはある人物を通じて描かれます。
 それは大谷刑部――彼は友である三成を勝たせるため、自らの身を人外に変えてもウィリアムを止めんとするのであります。

 形部が怪物に変形するというのは、色々と引っかかるものはあります。
 しかし、ここで彼がウィリアムを強き者――自分自身で何事かを為す力を持つ者、そして自分と三成を弱き者――強き者のために命を使う者と説くのが目を引きます。
 強き者が戦うのは当たり前、しかし三成は弱き者でありながら、やはり強き者である家康やウィリアムと戦おうとしている――という視点は、西軍を一方的な悪者にしないものとしてなかなか興味深いものとして感じます。

 もっともこの視点、その後フォローされることなく、結局三成が暴走して終わってしまうのを何と評すべきか……
 ウィリアムが味方についた時点である程度仕方はないとはいえ、結局東軍側に、勝てば官軍的な印象が生まれてしまったのは残念ではあります。
(そして大ボスたるケリーの目的が今ひとつだったのも……)


 上で述べた大谷形部、あるいは最後まで「腕の立つ一般人」のスタンスを貫いてウィリアムを支えた服部半蔵など、面白いキャラクターも色々と登場しただけに、少々勿体無い結末だった――というのが正直な印象ではあります。
(「三浦按針」の史実との豪快な摺り合わせ方は大好きなのですが)


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