2018.05.22

梶川卓郎『信長のシェフ』第21巻 極秘ミッション!? 織田から武田、上杉の遠い道のり


 その過去も明かされ、西洋料理の封印も解かれて、戦国生活も新たな段階に入ったケン。信長も最前線に出ることもなくなりましたが、まだまだ彼とケンの行方は波瀾万丈であります。この巻では、ついに動き出した謙信に対し、直接の会見を望んだ信長のため、ケンは決死の試みに出ることに……

 というわけで、「わしは謙信に会ってみようと思う」「よっておぬし(ケン)武田勝頼に捕まってこい」と、いきなり衝撃的なことを言い出した信長。
 久々に(?)人の一歩も二歩も先を行く信長の命令が飛び出した印象ですが、突然命令されてしまったケンも、それを聞いてしまった柴田勝家も面食らうどころではありません。

 しかし勝家がツッコんだように、これから合戦中の大将同士が会談するなどという前代未聞な試みを行うのであれば、正規ルートで話を通せるはずもありません。
 そもそも、織田軍は上杉方に攻められる七尾城救援のため、能登を目指している状況。一方、七尾城が陥落すれば、上杉軍は織田軍と対決するために一気に南下を始めることになります。そしてその七尾城では、親上杉方が力を持ち、落城は目前の状況……

 そんな中で、仮に大将同士が会談を望んだとしてもそれが円満に進むはずもありません。そして密使を送ろうにも伝手がなく、また地理的にも潜入は難しい――というわけでケンの出番となるわけであります。
 武将でも官僚でもなく、しかし信長の意を最も良く知るケン。その彼を、上杉とは現在同盟関係にある武田に捕らえさせ、陣中見舞いの名目で上杉に送らせる――いやはや、無茶苦茶ですが、実に本作らしい作戦でしょう。

 そしてそのための細い細い伝手が、以前ケンが協力した織田信忠と勝頼の妹・松姫の恋仲。この無茶な案のために使えるものは何でも使おうという信長の中に、謙信であれば自分の目指すところを理解できるのではないか――と期待する信長の孤独を見て、ケンが協力を決意するという展開も、また本作らしくて良いのであります。


 しかし考えれば考えるほど無茶なこの作戦、そもそも信忠と松姫の仲は秘密である上に、そこから勝頼との面談に持っていく手段がない。
 そして仮に勝頼と対面したとしても、ケンとはやたらに因縁のある彼が、素直に頼みを聞いて上杉に送ってくれるとは限らない。そして上杉に入ったとしても、どうやって謙信と対面し、彼だけに信長の意を伝えて納得させるのか……

 いやはや、あまりの不可能ミッションぶりに、こうして挙げていて逆に楽しくなってきましたが、この難題の数々を料理の力でクリアしていくのこそ本作の真骨頂。
 前巻ではケンの料理シーンが少なかったのが少々不満でしたが、この巻の後半では材料も不十分な中で、機転とテクニックで次々と難関を乗り越えていくケンの姿が存分に味わえるのも嬉しいところであります。
(そして作中で妙に美味しそうに見えたあの料理が、巻末で紹介されているのにも納得)

 また、久々に対面したケンと勝頼の対話の面白さも、これまでの積み重ねがあってこそのものでしょう(勝頼の「おぬしに飯を作らせるとろくなことがない!!」の言には爆笑)。
 そしてその一方で男として、武将としての器を見せる勝頼の描写も良く、ある意味この巻の裏のMVPは勝頼なのではないか――としら感じた次第です。


 さて、何とか上杉の陣中に入り込み、謙信の前で料理を作ったものの、やっぱり窮地に陥ったケン。
 その一方で織田軍の中では、唯一信長の真意を知る勝家と他の将の軋轢が深まり、ついに秀吉は勝頼と対立した末に離陣――のふりをして、独自に状況を探り始めることになります(なるほど、あの史実をこのように使うか、と感心)。

 そしてこの先に待ち受けているのは、手取川の戦い――謙信が織田軍を圧倒したと言われる合戦ですが、実はその規模や結果については諸説あり、不明な点も多いこの合戦を、本作がどのように扱うのでしょうか。
 前巻辺りからクローズアップしてきた、史実との整合性――歴史は変わってしまうのか否か?――も含めて、先が大いに気になるところであります。


『信長のシェフ』第21巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 21 (芳文社コミックス)


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2018.04.27

魅月乱『鵺天妖四十八景』第2巻(その二) 悲しみの物語から生まれ変わった先に


 人の肉を、魂を喰らい、代わりにその望みを叶えるという仮面の妖・鵺天を中心に語られる和風ダークファンタジー第2巻の紹介の後編であります。この巻の後半に収められた前後編の最終話「美しい人々」において、ついに鵺天の過去が語られることに……

 今は強大な力を持つ妖として人々から、妖から恐れられる鵺天。しかし彼にはかつて、人間の少年であった頃がありました。

 予言を生業とする「姫神」であった母から、その座を継ぐために幼い頃から娘として生きることを強いられ、女の名前を与えられた少年「つぐみ」。
 母からは厳しく躾けられ、周囲から好奇の目を向けられ、自分に自分に価値がないと思い込むようになった彼は、ある日、美しい女の妖・鵺と出会うことになります。

 人を喰らうと周囲からは忌避されつつも、ざっかけない性格の鵺と触れ合う中で、善悪の価値判断は自分自身で行うべきこと、そして己の生きる道もまた、自分自身で選ぶべきことを学んだつぐみ。
 そして彼は母の前で男に戻ることを宣言して虎次と名を改め、彼の決意は(母を除く)周囲にも受け入れられたかに見えたのですが――しかしほどなくして、彼は自分自身に刻み込まれた、あまりに無残な真実を知ることになります。

 そして彼の家を襲う更なる悲劇。完全に心が壊れてしまった母を前に、再び道を選ぶこととなる虎次/つぐみ。しかしそんな彼の決意も、最後の悲劇の前に脆くも……


 いわゆる毒親による児童虐待とも言うべき題材に、飢饉による極限状態という時代ものならではのシチュエーションを重ねて描かれるこのエピソード。
 当然ながらと言うべきか、ここで描かれるのは地獄に地獄を重ね合わせたような物語。これまで狂言回し的な存在として、様々な地獄絵巻を見つめてきた鵺天ですが、その過去は、目を覆わんばかりの哀しみに彩られたものとして描かれるのであります。

 しかしそこで描かれるのはただ哀しく、無惨な物語だけではありません。このエピソードで鵺天の過去とともに描かれるのは、「美しい人としての営み」とは何か、という問いかけなのですから。
 それは言い換えれば、望ましい生き方とは何か、この世は生きるに足る場所なのか? という問いかけであり――このエピソードは、その答えを描く物語でもあります。

 そしてその問いは、振り返ってみれば本作の全てのエピソードにおいて、陰に陽に様々な形を以て描かれていたものであると、今更ながらに気付かされます。

 それぞれに事情はあれど、決して生きやすいばかりではないこの世界。人間も妖も、生きる者も死んだ者も、美しいものも醜いものも――全てが入り混じりながら存在しているこの世界で起きる物事を、鵺天は見つめ、介入してきました。
 そんな彼の行動はひどく皮肉で、独善的なものであります。しかし同時にそこには、美しく生きることへの、ある種の決意と憧憬とも言うべきものが感じられたのも、また事実でしょう。

 気紛れに数多くの死を生み出しつつも、同時に善き者を救い、生を繋ぐ。そんな謎めいた鵺天の行動原理が、ここで描かれるあまりに大きな悲劇によって生み出されたものだとすれば――それ自体が、本作で描かれてきたこの世界に溢れる皮肉の一つと言えるでしょう。
 しかしそれは同時に、大いなる救いでもあります。そして物語の結末において、彼にそれを与えたものの正体を鵺天が語ることによって、この悲しみの物語は、素晴らしく美しい物語へと、鮮やかに生まれ変わることになります。つぐみが、鵺天へと生まれ変わったように……


 本作において「妖」は、「あやかし」ではなく「およずれ」と呼ばれ(読まれ)ます。
 「およずれ」とは「他を惑わす言葉、妖言」の意。――なるほど、本作は鵺天の妖言によって惑わされた人と妖の姿をどきつい色彩で描く物語でありました。

 しかし本作はそれだけに留まりません。その物語は同時に、その妖言によって生まれた真実の美しさをも描くものであった――それはあまりに美しすぎる結論かもしれませんが、しかし私の正直な想いでもあります。

『鵺天妖四十八景』第2巻(魅月乱 秋田書店プリンセスコミックス) Amazon
鵺天妖四十八景 2 (プリンセスコミックス)


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2018.04.26

魅月乱『鵺天妖四十八景』第2巻(その一) 死なずの妖が知った真実の愛


 人の肉を喰らい、人の望みを叶える仮面の妖・鵺天(ぬえてん)を狂言回しに、人間と妖(およずれ)が共存する世界で繰り広げられる複雑怪奇な愛と哀しみの物語を描く連作時代ファンタジー漫画の続編、完結巻であります。様々な悲喜劇の中で浮かび上がる人と妖の姿とは……

 いつかの時代、どこかの場所のとある村外れの祠に祀られる、鳥の面をつけた長身痩躯の男・鵺天――「俺ぁただバカみてぇに生きてるだけで何者でもねぇぜ」と嘯く彼は、しかし人を食らう妖。
 そして同時に求めるものを与えれば、望みを叶えてくれるという彼は、村の人間たちの畏れと敬意を同時に受けている存在なのであります。

 本作は、そんな彼が出会った人間たち、あるいは妖たちの姿を、少々どぎつい味付けで描く一話完結の連作漫画。この第2巻には、全4回3話の物語が収録されています。

 その最初のエピソード「残滓を抱く脳食い鳥」は、妖の脳を食うことで人の姿になり、死んでも生き返る力を得たシジュウカラの妖・楸の物語であります。

 女性に恋しては振られ、その度に自害しては生き返る――という暮らし(?)を送っていた彼は、ある日、男に騙されて毒殺された娘の死骸と出会い、彼女に一目惚れして……
 というあらすじの時点で不穏極まりないこの物語。もちろん娘は死体ゆえ意思も心もなく(亡霊は体の近くに留まっているものの、それは楸には見えず、鵺天にしか見えないというのがまた面白い)、それゆえどれだけ楸が愛を語ってもそれは一方通行にすぎません。

 そして何よりも、死んでも生き返ることができる楸には、死ぬということが、その恐ろしさがわからない。だからこそ死体を愛せるのかもしれませんが、しかし決して彼は娘の生前の想いを理解できない――その皮肉を本作は痛烈に描き出します。

 しかしその深い溝の――人と妖、生と死の間の深い溝の――存在を、ある出来事を(それがまた実に本作らしいどぎつさなのですが)きっかけに楸も知ることになります。
 しかし気付いたとしても決して超えられぬその溝を彼は超えることができるのか――その先に、我々は一つの奇跡を目にするのであります。

 人の心を、愛を知らぬ男が、ふとしたことをきっかけに無償の愛の存在を知り、生まれ変わる――そうした物語はこれまで無数に描かれてきました。本作もその一つではありますが――その中でも極めて奇怪で、そしてだからこそ感動的な物語、本作だからこそ描ける物語であります。


 続く第2話「たゆらなる娑婆っ気」は、男性に依存しなければ生きていけない娘に惚れ込まれ、生活を共にすることになった絵師の男を主人公とする物語。
 出会った直後に酔って転んで両足を折った絵師は、娘に世話されて日々を送るようになるものの、実はその足は娘が――と、いわば『ミザリー』の変奏曲的な物語なのですが、しかし一つ決定的に異なる点があります。

 それは、男の側も実は自分の才能に限界を感じており、奇怪な形とはいえ、娘に必要とされる生活を自ら選んでしまうということであります。
 現代の言葉で言えば共依存の一種というべきでしょうか――そんな地獄めいた人間関係が、ここでは描かれるのです。

 しかしそんな中で、ある理由から一部始終を見ていた鵺天と出会ったことで、男は真実を知ることになります。
 それでもなお娘を信じようとする彼に、鵺天が告げるさらなる真実がまた実にキツいのですが――しかし、男の目を覚まさせるのがその真実ではなく、別の現実であった、というのが更に刺さります。

 果たして男が、娘が本当に望んでいたものは何だったのか? そして二人はそれを手に入れることができたのか?
 一見ハッピーエンドのようでいて、どうにもならない不思議な味が舌に残るような結末――おそらくは鵺天も予見できなかったような――も含め、おぞましくも皮肉で、そして等身大の人間の姿を描いた物語として印象に残ります。
(ただ一つ、これは前話も含めて、悪役が悪役のための悪役になってしまった感があるのだけは残念)


 興が乗って長くなってしまったため、次回に続きます。


『鵺天妖四十八景』第2巻(魅月乱 秋田書店プリンセスコミックス) Amazon
鵺天妖四十八景 2 (プリンセスコミックス)


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2018.04.25

鳴神響一『謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治』 賢治、国際謀略に挑む!?


 昨年末から時代本格ミステリ、現代を舞台とした警察ものとバラエティに富んだ作品を送り出してきた作者の新作は、大正時代を舞台とした冒険活劇――それも、あの宮沢賢治が、国際的な謀略事件に巻き込まれ、美しき令嬢を守るために活躍する奇想天外な物語であります。

 時は大正九年(1920)――盛岡高等農林学校を卒業したばかりの宮沢賢治は、花巻の正教会で、ロシア語の師であるペトロフ司祭が仮面の大男に殺害されるのを目撃することになります。
 一度は犯人と誤認されて逮捕されたものの、何とか釈放され、恩師の依頼で遠野に鉱物調査に向かうこととなった賢治。偶然、正教会の寺男が、知人である佐々木喜善を頼ると知った賢治は、自分も喜善のもとを訪れるのですが――そこで彼が出会ったのは、柳田国男と、美しい異国の令嬢でした。

 柳田の知人である外国公使の娘だという令嬢――エルマとの出会いに胸ときめかせる賢治ですが、しかしその周囲にはあの仮面の大男が出没。ついにはエルマが大男に攫われ、賢治は彼女を追って遠野の山中に分け入ることになります。
 果たして大男たちの正体とは、柳田国男たちが関わる計画とは。そして何故エルマは狙われるのか? いつしか賢治は国際的な陰謀に巻き込まれることに……


 「名探偵・宮沢賢治」という副題を持つ本作。それを見れば、宮沢賢治が探偵役のミステリだな、と万人が思うところでしょう。
 しかし宮沢賢治が探偵役の作品というのはこれまでもいくつか存在しており、後発の本作はいささか不利なのでは――などとも一瞬思いましたが、それはなかった、と言うべきでしょう。いやそもそも、本作はミステリと言うより、ほぼ完全に冒険活劇なのですから。

 本作の舞台となるのは、上で述べたとおり1920年。賢治の年譜を辿れば、まだ農林学校を卒業したばかりの彼が、将来の夢と家業という現実の間に挟まれていた時代――まだ将来の作家/詩人としての顔を完全に見せるに至っていない時代と知れます。
 しかしこの時代は同時に、全世界を巻き込んだ最初の世界大戦が数年前に終結し、その傷跡がまだ生々しく各地に残された――いやあるいは広がりつつあった時期にほかなりません。

 本来であればそうした動きとはほとんど無縁のはずの東北に暮らす賢治が、海の向こうの巨大な歴史の動きに巻き込まれていく――そんな構図のダイナミズムは、デビュー以来、多くの作品で、海を越えるスケールの大きな物語を描いてきた作者ならではのものと言えるでしょう。


 ただ――個人的には少々残念に感じる部分がないわけではありません。それは、あまりにも賢治が巻き込まれただけに見えてしまう点であります。

 もちろん、まだ何者でもない賢治があたふたしている間に状況がどんどん変わり、のっぴきならない方向に向かっていく――というのは、完全に巻き込まれ型サスペンスの呼吸で、これはこれで実に楽しい展開ではあります。
 しかし、もう少し賢治ならではの部分があってもよかったのではないか、その後の彼の事績と結びつくような部分がもっと強調されても良かったのではないかな、と感じてしまったのが正直なところなのです。

 もちろん、彼とエルマの交流と、そしてそれがもたらすクライマックスの展開は、賢治あってのものであることは間違いありません。
 しかし同時にそれは、些か厳しいことを申し上げれば、賢治に近いパーソナリティーの人物でもこの物語は成立するようにも感じられてしまったのです。

 先に述べたように、マクロな時代背景と物語の結びつきの妙や、巻き込まれ型サスペンスとしての物語展開の楽しさといった点は大きいのですが――しかし有名人主人公ものという構造から見れば、もったいないと感じられる部分は確かにある作品であります。


 もう一つ、やはり本作の賢治は「名探偵」という以前に「探偵」的な活動を行わない――というのは、やはり引っかかるところではあります。
 これはむしろ一種の宣伝戦略の結果と思われ、触れるのも野暮ですが、しかしスルーするのもまた不誠実かと思い、あえて蛇足として書かせていただく次第です。

『謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治』(鳴神響一 祥伝社文庫) Amazon
謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治 (祥伝社文庫)

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2018.04.10

重野なおき『信長の忍び』第13巻 決戦、長篠に戦う女たちと散る男たち


 この4月から第3期『姉川・石山篇』もスタートと勢いが衰えることのない『信長の忍び』、原作の最新巻は前巻から引き続き長篠の戦が描かれることになります。忍びは忍びの、武将は武将の戦いを繰り広げる中、ついに決着の時が……

 父を超えるべく進撃を続ける武田勝頼の攻撃が迫る三河。同盟相手である徳川家康を脅かす武田に対して、ついに信長は決戦を決意することとなります。
 佐久間信盛の偽投降、酒井忠次の鳶ヶ巣山砦奇襲と布石を積み重ね、「その時」を待つ織田・徳川連合軍。その陰で、千鳥(と助蔵)もまた、因縁重なる宿敵である勝頼の忍び・望月千代女との決戦に臨むことに……


 そんなわけで冒頭からいきなりクライマックスの第13巻。以前、千代女には文字通り死ぬような目に遭わされた千鳥ですが、しかし今回は負けるわけにはいかない戦いであります。
 しかしそんな覚悟を固めてもなお、千代女は強い。本当に強い。再びあわやのところまで千鳥が追いつめられた時、彼女を救ったのが誰であったか――意外で、しかしこの人物しかいないというその名を言うまでもないでしょう。

 忍びとして主に向けた想いの強さは互角、戦闘力としては千代女の方が上。しかしそれでも千鳥には千代女に勝る点があります(そもそも、それがあったこそここで再戦に挑むことができたわけで)。
 それはたった一人ではない、強い絆の存在――忍びとしてはもしかしたら不要かもしれないそれが、確かな力となって千鳥を支える展開は、特に物語を冒頭から読んでいる者にはグッとくるものがあります。お前、本当に頑張るなあ……と。

 と、思わず忍者漫画のように(いや、忍者漫画でもありますが)盛り上がってしまう展開ですが、しかし戦はこれからが本番。決戦の地で死闘を繰り広げる男たちの姿が、この先ひたすらに描かれていくことになります。

 鳶ヶ巣山砦争奪戦のくだりのように、そんな死闘の中でもきっちりとギャグが――それも史実に絡めて――描かれるのにはいつものことながら感心させられますが、しかしそんな中でもシリアスにならざるを得ない時がやってきます。
 武田家の猛攻を前に、一歩も引かず、いやむしろ前に出て行く信長と配下たち。その圧倒的な力の前に、ついに武田家を支えてきた猛将たちも一人、また一人散っていくのであります。

 山県昌景、内藤昌豊、馬場信春――武田家四天王と謳われた名将たちの実に三人までもが散っていく姿は、やはりその直前まで本作らしいギャグでデコレートされているものの、最期の瞬間はどこまでも真面目でドラマチックなのもまた、本作らしいと言うべきでしょう。
 特に馬場が勝頼に託したものと、それを受けての勝頼の姿は、織田方と武田方、どちらが主人公サイドかわからなくなるほどで――この辺り、『真田魂』に重なるわけですが――こうして敗者にも光を当てるのが、本作が長らく愛される理由の一つなのでしょう。


 さて、一つの大戦は終わったものの、まだ信長の戦が終わったわけではもちろんありません。
 この先、信長の道を阻まんとする第二次信長包囲網が形作られるわけですが――しかし既に信長が戦の前面に出る時期ではなくなったことは、史実が示すところであります。

 そんなわけでこの巻の後半から描かれるのは、明智光秀の丹波攻略。信長による方面軍構想により、織田家一の出頭人として丹波攻略の主将に命じられた光秀に、ようやく傷の癒えた千鳥と助蔵はつき従うことになるのですが……
 が、ここで鬼のようなナレーションにより「光秀挫折編」というワードが語られることになります。

 言うまでもなく光秀といえば信長を――というわけですが、さてその源流であろうこの戦いがどのように描かれるのか。
 その後の光秀の姿がちらりと描かれた『黒田官兵衛伝』の官兵衛も登場し、相変わらずの目薬屋っぷりを見せるクロスオーバー(と言ってよいのかしら)も楽しい本作、信長同様に、まだまだ勢いは衰えそうにありません。


『信長の忍び』第13巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
信長の忍び 13 (ヤングアニマルコミックス)


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2018.02.23

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第19巻 らしさを積み重ねた個性豊かな人と猫の物語

 連載開始から10年以上を数え、そして単行本も20巻目前の『猫絵十兵衛 御伽草紙』。その最新巻である本書は、久々にピンで表紙に登場した猫姿のニタが目印であります。

 猫絵師の十兵衛と元猫仙人のニタのコンビを時に中心人物として、時に狂言回しとして、市井で起きる様々な猫絡みの事件・出来事を描いてきた本作。
 今回も毎回一話完結のエピソードが七話収められていますが、何と言っても注目すべきは、巻頭に収められた異色作中の異色作「時翔け猫」でしょう。

 何しろこのエピソードの主人公は、現代の中学生・あやめ。親と進路のことで喧嘩して家を飛び出し、近所の猫石神社で怪我をした猫を見つけ、追いかけるうちに意識を失ってしまった彼女が、意識を取り戻した時に見たものは……

 というわけで、まさかのタイムスリップもののこのエピソード、当然というべきかあやめは十兵衛とニタと出会うことになるのですが――しかしあくまでも二人は脇役で、あやめと接することになるのは、サブレギュラーである蜆売りの少年・松吉とその家族なのが、何ともユニークなところであります。

 なるほど、以前も松吉たちは、猫石神社絡みのエピソードに登場したキャラクターではあります。
 しかしそれ以上に、自分の将来に、自分がどのように生きていくか悩むあやめと交流するのが――ある種浮世離れした十兵衛やニタではなく――彼女と同年代であり、そして既に一家を背負って働く松吉という構造が、実に巧みなところと感じさせられます。

 ある意味タイムスリップもののお約束とも言うべき結末も美しく、異色作ながら本作らしい好編であります。


 もちろん、その他のエピソードもいつもながらのクオリティの高さですが、幾つか特に印象に残った作品を挙げれば、まず「産婆猫」でしょうか。

 前話の「いちご猫」で登場した産婆の弟子の少女・子路を主人公とした本作は、ひょんなことから猫の御方様の子を取り上げる羽目になるというお話。
 神や獣など異類の者のお産を人間が助ける物語は民話にしばしば登場する印象がありますが、本作の見事な点は、子路が産婆としては未だ見習いであり、しかし少しでも早く立派な産婆になろうと努力する少女であることでしょう。

 ここに物語は人間に化けた猫のお産というファンタジーと、命を救うために奮闘する少女の成長譚が見事に結び付くことになり、これも実に本作らしい味わいの物語が生み出されているのです。

 そしてまた、ファンタジーだけではないのも本作の魅力であります。陰険で横暴な夫に虐げられ、ついに耐えかねて可愛がっていた猫とともに家を出た女性を描く『事解猫』は、本作を通じても非常に現実的な、重い題材を扱っていることが印象に残ります。

 もちろん、重い・辛いだけでなく、そこに人の強さと猫との絆を絡め、力強く希望に満ちた物語に仕上げてみせるのもまた本作ならでは。
 時にコミカルな描写を交えつつ描かれるこのエピソードにあるのは、そんな人の、女性の強さとそれに対するエールであることは言うまでもありません。


 冒頭に述べたように、一話完結のエピソードを積み重ね、積み重ねて(本書に収録されたところまでで実に128話!)きた本作。
 それでもなお、この巻に見られるように、それぞれに個性的で内容豊かな、本作ならではの人と猫の物語が描き継がれていることは、読者として大きな驚きであり、喜びであります。

 この巻に収められたものだけでなく、この先も描き継がれていくに違いない、本作らしい物語の数々が今から楽しみになる――そんな一冊であります。


『猫絵十兵衛 御伽草紙』第19巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛 御伽草紙 十九 (ねこぱんちコミックス)


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 「猫絵十兵衛御伽草紙」第9巻 女性たちの活躍と猫たちの魅力と
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第10巻 人間・猫・それ以外、それぞれの「情」
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第11巻 ファンタスティックで地に足のついた人情・猫情
 『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻 表に現れぬ人の、猫の心の美しさを描いて
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第14巻 人と猫股、男と女 それぞれの想い
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第15巻 この世界に寄り添い暮らす人と猫と妖と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻 不思議系の物語と人情の機微と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻 物語の広がりと、情や心の広がりと

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2018.02.06

永尾まる「まるのみ永尾まる」 ファン必見、三つの物語が待つ一冊

 「ねこぱんち」とその系列誌でエースとして活躍する永尾まる。その永尾まるの作品集として「まるのみ永尾まる」以来実に10年ぶり(!)に刊行された増刊――「江戸人情・猫咄傑作選&妖怪物語」と題して『猫絵十兵衛御伽草紙』の傑作選と、2つの単行本未収録作品を収録した一冊であります。

 というわけで、本書に収録されているのは『猫又と上手に暮らす法。』3編と『飛び耳茶話』3編、そして『猫絵十兵衛御伽草紙』6編の全12編。

 巻頭の『猫又と上手に暮らす法。』は、2010年に「OYATUねこぱんち」でスタートして以来、最近では「世にも奇妙なねこぱんち」誌に登場している現代もの。故あって猫又の一夜と同居することになった人間の少女・咲耶を主人公とするシリーズです。
 好奇心旺盛な咲耶と、イケメンの青年に变化するツンデレの一夜のコンビが楽しいシリーズですが、猫漫画というよりも妖怪漫画としての要素が強いのも本作の魅力。

 今回収録されたエピソードは、山からやってきたアナグマが引き起こす騒動、癇癪を起こして家出した一夜を追って魔所を行く咲耶の奮闘、そして古墳で肝試ししていた最中に本物に出会ってしまった咲耶の友達を救う一夜の活躍と、賑やかなエピソード揃いですが、登場する妖怪たちの描写はどれもなかなかに恐ろしい。
 特に2話目のエピソードで咲耶が踏み込む魔所のビジュアルは、実質的には一コマのみの描写ながら実に恐ろしげで、『猫絵十兵衛』にも幾度か登場していますが、このあたりの異界描写は、実は作者の最も得意とするところでは――という印象もあります。(3話目に登場する魔物たちも実におっかない)


 そして『飛び首茶話』は、「江戸ぱんち」誌に掲載された、そのタイトル通りに飛び首を主人公とした連作。初出時は「猫絵十兵衛異聞」と冠されていましたが、おそらくは同じ世界、同じ時代の別の話でしょう。
 飛び首とは、抜け首、飛頭蛮、落頭民などとも呼ばれる、ろくろ首の原型とも言われる妖怪。夜になると首だけが外れ、耳を翼として飛び回るという、あまり夜道に会いたくない妖怪ですが――作者のお気に入りらしく、『ななし奇聞』でも可愛らしい役どころで登場した妖怪であります。

 本作の飛び首・シノリもまだ年端もいかない少女で、人間の父と落頭民の母の間に生まれたハーフ(ただし体質は母親譲り)。山中で両親と暮らしていたものの、父が、そして母が相次いで行方不明となり、街に出てきて浮浪者のように暮らしていた――というなかなかハードな設定ではあります。
 そんな中で、何故か家に無数の付喪神や妖怪を住まわせている縫箔屋(裁縫師)の老人・将護と出会った彼女が、彼に弟子入りして――という設定で、ハートウォーミングな物語が展開していくことになります。

 上で触れたように、恐ろしいものは恐ろしく、人間とは相容れない存在として描く作者ですが(本作の1話めでも、シノリを攫おうとする魔物の描写がかなり不気味)、その一方で、人間と接する世界に暮らす連中の描写も巧みであるのは言うまでもないお話。
 本作においても、シノリをはじめとして、将護の家に住まう連中は実に人間臭く、「妖怪もの」として楽しめる作品であることは間違いありません。


 そして『猫絵十兵衛御伽草紙』は、作中にしばしば登場するサブレギュラーの二人――猫好きでさばけた性格の老僧・奎安和尚と、木匠を目指す生真面目な少女・信夫の二人を中心とするエピソードが収録されています。

 信夫が依頼を受けた猫と月の欄間が思わぬ奇瑞を起こす「観月猫」、奎安和尚と愛猫・縹の強い結びつきを描く「縹色の猫」、不思議な傀儡芝居を見せる少女と奇妙な猫妖を描く「山猫いたち」、火事で片方が焼け落ちた狛猫のために信夫が腕を振るう「石猫」、破れ寺を再建しようと奮闘する猫又が奎安に弟子入りする「猫和尚の修行」、猫の浮き彫りの入った衝立のために信夫が猫相手に奮闘する「衝立猫」――

 どのエピソードも単行本に収録済のため、ここでは細かく紹介しませんが、どれも本作らしい水準以上の作品揃い。
 特に「縹色の猫」は、和尚と縹の交流はもちろんのこと、本作では比較的珍しい派手なアクションと術描写(そして格好いい西浦さん)、ニタと十兵衛のいちゃつきと、本作全体を通じてのベストエピソードであると今更ながらに確認した次第です。


 以上、それぞれ魅力的な三作品を堪能できる本書、ファンであれば必読なのですが――個人的には『猫又と上手に暮らす法。』はそろそろ単行本化していただけないかなあ、とも思ってしまったところではあります。

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2018.01.25

ブラム・ストーカー『七つ星の宝石』 古代の魔女王を巡る謎と怪奇と「愛」

 『吸血鬼ドラキュラ』で怪奇小説家として不朽の名を残したブラム・ストーカーの知られざる作品――20世紀初頭のイギリスを舞台に、古代エジプトの忘れられた女王の遺物が奇怪な事件を引き起こす、長編オカルトホラーの佳品であります。

 ある晩、突然の急報に叩き起こされた青年弁護士マルコム・ロス。最近パーティーで知り合ったマーガレット嬢が、父であり、エジプト学の権威として知られるトレローニー氏が、何者かに襲われて倒れために助けを求めて来たのです。
 密かに憎からず思う美女の頼みにトレローニー邸に駆けつけたロスが見たのは、密室となった自室で腕に傷を負って倒れたトレローニーの姿。しかも傷の深さはさほどでなかったにもかかわらず、彼は深い昏睡状態となっていたのです。

 駆けつけた医師や刑事たちとともに調査に当たるロス。しかしトレローニーが、この時を予想していたかのようにマーガレットに対して奇妙な指示書を残していたことから、ロスたちは、不寝番をすることになります。
 しかし、不寝番の者たちも原因不明の催眠状態に陥り、再びトレローニーが襲撃されるなど、なおも続く不可解な事件。そんな中、トレローニーの友人であり、彼の求めでエジプトに向かっていたという男・コーベックが屋敷に現れます。

 トレローニーと共に、かつてエジプトの魔術師の谷と恐れられる場所で、数々の魔術を操り、歴史上から抹消された女王テラの墓を訪れたとロスに語るコーベック。
 そしてテラのミイラと、一緒に埋葬されていた北斗七星が彫られた宝石は、この屋敷に運び込まれていたというのです。

 その魔力で死後の再生を計画していたというテラを現代に復活させようとしていたトレローニー。その企てと、一連の怪事には関係があるのか。そしてマーガレットとテラの容貌が酷似しているのは果たして偶然なのか。
 事件は思わぬ方向に展開、恐るべき最後の実験の先に待つものは……


 ミステリアスな導入部から始まり、丹念な状況説明と数々の事件の積み重ね、それらを支える客観的な証拠――と、『ドラキュラ』にも通じる手法で描かれた本作。
 ロスの一人称で語られること、そしてロスとマーガレットのロマンスが物語上で大きなウェイトを持つことから、受ける印象はいささか異なるかもしれませんが、その独特のリアルさは、今読んでも十分に魅力です。

 特に前半部など、舞台はほとんど屋敷内に限定されている(というより本作、回想シーンを含めても主な舞台がほとんど3、4ヶ所に留まるというのが凄い。この辺りは演劇人としてのストーカーの手腕でしょうか)にもかかわらず、息詰まるようなサスペンスと怪奇性に圧倒されること請け合いであります。

 その一方で、後半に入るといささか物語の趣が変化し、思索的な部分や解説的な部分が多くなることで――その中には特に現代人からみれば科学的にどうかというものもあり――少々違和感を感じないでもありません(上で述べたロマンス描写もいささかくどい)
 そしてその先に待つ結末も、少々、いやかなり意外なものであって――本作に厳しい評価を下す向きが少なくないのも理解できるところではあります。


 しかし、『ドラキュラ』と同じく異国から、そして長き時を超えて現れた魔人と現代人の対峙と描きつつも、本作においてはその現代人側のベクトルが逆方向を向いているというのは、非常に興味深く感じます。
 そしてその関係性を、両者をそれぞれ代表する二人の女性――それも外見はほとんど同一の――「愛」の存在を以て描き出すというのも、実に面白い(もっとも、この点が難解さに繋がっているきらいもあるのですが)。

 この「愛」はそれぞれに異なる意味を持つものではあり、テラ女王のそれは、一般にいうものと大きく意味は異なります。しかしついに姿を現したテラの意外な姿をも含めて考えると、この女性たちの持つロマンチシズムと、男性たちの傲慢ですらある合理性のすれ違いが、あの結末を招いたのではないかとすら、考えてしまうのです。

 もちろんこの着地点は、もちろん私の勝手な想像ですし、やはりいかにも怪奇小説然とした前半からは、遠く離れたものではあるかもしれませんが……


 ちなみに本作は後に別バージョン(短縮版)が発表され、そちらではほとんど全く正反対な結末となっているのも面白い。本書にはそちらの結末も併録されており、読み比べてみるのもまた、大いに想像力を刺激されるところであります。


『七つ星の宝石』(ブラム・ストーカー 書苑新社ナイトランド叢書) Amazon
七つ星の宝石 (ナイトランド叢書)

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2018.01.24

琥狗ハヤテ『ねこまた。』第4巻 彼にとっての「家」、ねこまたにとっての「家」

 軒に一匹、必ず一匹。それは人を見守るだけ、けれど確かに存在している――そんな不思議な存在「ねこまた」。常人には見えないそのねこまたたちを見ることができる――どころか五匹ものねこまたに囲まれて暮らす岡っ引きの仁兵衛の日常を静かに、暖かく描く四コマシリーズの最新巻であります。

 京の町にその人ありと慕われる名岡っ引きながら、いつも独り言を呟いていることから、「ささめ(つぶやき)の親分」というあまり有り難くない渾名で呼ばれる仁兵衛。
 実はその身に一匹(さらに家には四匹)のものねこが憑いている彼は、常人には見えないそのねこまたに話しかけているだけなのですが……

 何はともあれ、言葉は喋れず、周囲のものに触れることはできず、上に述べたように普通は見ることもできない存在ながら、人の側に確かに居るねこまた。
 猫に似ているけど猫じゃない(今回、改めて図解されているのが非常に可笑しい)、基本的に非常にかわいいけれども、ちょっと不気味なねこまたに囲まれて、今日も仁兵衛は元気に暮らしているのであります。

 というわけで、ある意味「日常系」の四コマ漫画である本作。それゆえこの巻もまた、非常に内容を紹介しにくいところではあります。
 しかし夏の暑さに秋の紅葉、冬の寒さなどなど、その季節ならではの風物と不思議なねこまたたち、そして仁兵衛親分のやりとりは、変わらない空気感だからこそ、実に心地よく、尊さすら感じさせられます。

 ねこまたたちが居る家が住む者に安らぎを感じさせるように、というのはいささか格好良すぎる表現かもしれませんが……


 しかしこれまで同様、この巻においても、四コマだけでなく、数ページに渡る長編エピソードが収録されています。
 その一つは、前の巻で初登場した浪人・三好――お尋ね者を斬ってその首にかけられた賞金で暮らす流れ者であり、そしてその三度笠には白ねこまたが憑いているという謎の男の、過去の物語であります。

 かつては歴としたさる藩の侍であった三好。その彼が、何故血腥い渡世に生きる浪人となったのか――ここで描かれたその物語は、ある意味、この世界には(=時代ものでは)ごくありふれたものであるかもしれません。

 しかしそれは三好にとって、ここにしかない彼にとっての「家」が永遠に失われてしまったということであります。武士にとってそれがどれだけ重いことであるか――彼が自らを野良犬と自嘲する姿からは、それが痛いほど伝わってきます。
(ちなみに、この巻で、彼が「新しい砥石を買わねば」と独りごちることで、その背後の出来事を想像させる描写には、大いに唸らされました)

 しかしその一方で――いささか奇妙なことではあるかもしれませんが――彼の「家」は、まだまだ失われていないのかもしれない、とも感じさせられます。
 かつては彼の家に憑いていた白ねこまた。そのねこまたが、彼の三度笠に憑いて(もっとも三好はそれを知らないのですが)共に旅を続けているということは、ある種極めて象徴的に感じられるのですが――それはセンチメンタルに過ぎる見方でしょうか。

 しかしそれを承知の上でも、そうあって欲しいと思ってしまうのは、やはり本作がどこまでも優しさを感じさせる物語であるからでしょう。
 そしてそれが三好にとっての優しさでもあって欲しいと――この巻を読んで改めて感じさせられました。

 この巻のもう一つの長編、仁兵衛の家に憑いた四匹のうち二匹の過去を描いた物語のラストカットを見れば――それは偶然の相似なのかもしれませんが――なおさら、そう感じさせられるのであります。


『ねこまた。』第4巻(琥狗ハヤテ 芳文社コミックス) Amazon
ねこまた。(4) (芳文社コミックス)


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2017.12.21

梶川卓郎『信長のシェフ』第20巻 ケン、「安心」できない歴史の世界へ!?

 ついに20巻という大台に突入した『信長のシェフ』の最新巻であります。本願寺包囲戦が続く中、二人の現代人との別れを経験したケン。この時代で夏とともに生きていく覚悟を決めたケンですが、しかしある事実が、彼の心を揺るがせることに……

 最後の実戦とも言うべき本願寺包囲戦において、松永久秀と果心居士――実は現代人の松田の罠を乗り越えた信長。その最中に傷を負ったのがきっかけで記憶の一部を取り戻したケンは、松田、そしてようことそれぞれ別れを告げることになります。

 そして改めて夏と生きることを誓うケンですが――しかしここで判明したのは、本来であればここで傷を負っていたはずの信長が、無傷で戦いを終えたこと。
 自分が信長に代わって傷を受けたことで歴史が変わってしまったのではないか――その疑惑が、ケンを苦しめるのであります。

 しかし、ケンはこれまでも歴史を――親しい人の死を回避するなど――変えようとしながら果たせなかったはず。それがなぜ今回だけは……? と、ここで示される謎の答え(かもしれないもの)が実に興味深いのであります。


 実のところ、作中でケンが語るように、歴史が変わらないことがある種の「安心感」に繋がっていた本作。
 歴史が変わらない、変えられないのであれば、少なくとも信長は本能寺まで生き延びるのであり、そしてケンもまたその傍らで活躍するのであろうと、既定路線として、それこそ安心して読んでいられたのですが――その根幹をここにきて揺るがせてみせるというのは、実に心憎い展開であります。

 歴史が変えられるかもしれないというのは、あるいは、本能寺に消えるはずの信長の運命を変えることができるかもしれない。それは、信長という人物の向かう先を見届けたいという想いを抱えてきたケンにとっては、強い魅力でしょう。
 しかしそれは同時に諸刃の剣。彼の存在が、あるべき歴史を歪めてしまうのかもしれないのですから……

 何はともあれ、いずれ歴史の分岐点が来る(かもしれない)というのは、良い意味で安心できない展開、先が読めない展開になってきたと言うべきで、大いに歓迎すべき展開でしょう(もっとも、本当に歴史が変わってしまったらそれはそれで不満なのですが……)。


 しかし今はまだその時ではありません。本願寺との合戦はいまだ終わることなく、そして新たな信長包囲網が誕生しつつあるのですから。
 そしてこの巻では、その包囲網の最右翼とも言うべき上杉謙信が本格登場。一般には世俗の欲は薄く、ただ義のために戦うと描かれることの多かった謙信を、一風変わった角度から描くのがなかなか興味深いのですが――それ以上に、ここで物語が思わぬ方向に舵を切るのが実に面白い。

 信長と謙信という、接点があるようでない、ないようである二人の関係をどのように描くのか。もちろんそこで一役買うのがケンであることは間違いありませんが、しかしこの巻のラストで信長が出した指示はあまりにも予想外すぎて、これはこれで早くも先の読めない展開なのです。


 と、歴史ものとして静かに、しかし大きなうねりを見せ始めたこの巻なのですが――しかし少々残念なのは、お楽しみのケンの料理、いやケンの料理による難局突破というシチュエーションが、ほとんどなかったことであります。
 この辺り、物語自体が嵐の前の静けさ的展開であったことともちろん密接に関わるのだと思いますが……

 この巻でほとんど唯一、ケンの「料理」が活躍する信忠のエピソードが、実に微笑ましくも美しく、かつひねりの効いた内容であるだけに(個人的にはこれまでの中でも屈指の内容かと感じました)、この点は少々残念には感じられたところであります。

 もちろん、先に述べたように、この先は予想のつかない波乱含みの展開になるのは間違いない本作。すなわち、そこでケンの料理が活躍することになることは間違いありません。
 毛利相手にもある種のフラグを立てることとなったケンの明日はどちらか――次の巻が一層楽しみになるのであります。


『信長のシェフ』第20巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 20 (芳文社コミックス)


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