2008.11.10

「江戸宵闇妖鉤爪」(その二) 人間豹、江戸に消ゆ

 江戸川乱歩「人間豹」を原作とした歌舞伎「江戸宵闇妖鉤爪」の感想、続きであります(以下、本作や他の作品の核心に触れる部分がございますのでご注意)。

 さて、本作を乱歩ファンが見た時に驚くべきは、原作にない、本作ならではの独自展開を、他の乱歩作品を引いて作り上げている点でしょう。
 原作では「永遠に解きがたき謎」とすら記されて、ついぞ明かされることのなかった人間豹・恩田の正体。それが、この「江戸宵闇妖鉤爪」の中で語られるのです。

 人間豹の正体――それは、百御前によって幼い頃に体を作り替えられ、ケモノの姿を与えられた男でありました。
 それだけではなく、百御前は自分が集めてきた赤子たちも同様に改造し、奇形の世界を作り出していたのでありました。
 …と言えば、乱歩ファンであれば驚く方、あるいは頷かれる方も多いでしょう。この件は、乱歩の「孤島の鬼」をベースとしているのですから。

 さらに驚かされるのは、こうして生み出された子供たちが、浅草奥山の見世物小屋で働かされているという設定。
 かつての日本に限らず、世界各地で見られた見世物小屋の実状についてここでは触れませんが、そこで時には人道的ではない行為があったことはしばしば語られる話。
 そのため現代では一種タブーとされている世界を、ここで変化球とはいえ題材として描いたきたのには、ちょっとどころではなく驚かされました。

 しかしながら――ここで再確認させられたのは、歌舞伎というメディアが持つ特殊な作用であります。
 生々しい人間の欲望も残忍無惨な殺人も、いい意味で現実味が薄れ、まるで絵草紙の中の物語のように見えてくるという歌舞伎独特の作用――そして、乱歩作品にもこうした性格は少なからずあるのですが――が、ここでは働いており、思ったよりもどぎつくは感じられなかったのが、興味深いところでありました。


 閑話休題、この人間豹・恩田の出自の設定は、ある意味当然のことながら、その後の物語の内容にまで影響を与えることとなります。
 恩田は明智との対決の中で語ります。
 親に捨てられ無惨な怪物に変えられた子が親を憎んでどこが悪い、人を呪ってどこが悪い。人の面をして獣の心をもった悪人どもがゴマンといるこの世に俺を裁く掟はない…と。

 もっとも、この辺りは、正直なところ、原作読者の間では、大きく賛否が分かれるのではと――そしておそらく後者の方が多いのではと――強く感じます。
 私個人としても、謎めいた怪物・人間豹が説教めいた言葉を口にするのには、些か違和感を感じないでもありません。

 しかし同時に――本来暴力と怪奇の化身たる人間豹が、己の凶行の理由として斯様な言葉を口にしたこと自体、彼が、彼の否定する人間性に敗北したとも取れるのではないか…そう感じたのも事実です。

 実は、私の座ったのは二階席で、宙乗りの経路のほとんど真横でした。自然、宙乗りで消えていく染五郎の、人間豹の姿は、頭から爪先まではっきりと見えたのですが…
 私の目に映った彼の表情は、台本には「哄笑とともに」とあったにも関わらず、むしろ悲しげに歪んでいたように見えたというのは、いささかセンチメンタルに過ぎるでしょうか。


 斯様に、単に話題性のみに寄りかからず、作品に新しい要素を加えて物語性を広げてみせた本作。
 その試みは、必ずしも評価されるものばかりではない(上で述べたほかにも、人間豹の存在を幕末の混乱に結びつけるのは、少々苦しかったと感じます)かもしれませんが、歌舞伎ファンとして、乱歩ファンとしては、大いに興味深く、かつ楽しく拝見させていただきました。
 まだまだ乱歩作品には、歌舞伎の題材となりそうな素材が山のように眠っているのではと感じているところ、江戸の明智小五郎の再登場を、期待する次第です。


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2008.09.27

「逃亡者おりん 烈火の巻」 道悦様大ハッスル!

 放浪の旅の途上、虚無僧たちに追われる少女・すみれを助けたおりん。すみれは、由比正雪の軍資金の在りかを知る唯一の存在だった。軍資金を狙う駿府城代・土井采女正一派、そして大岡忠光配下の風魔一族からすみれを守り戦うおりんだが、その争いを陰から操る由比正雪の亡霊の正体は…

 二週連続の「逃亡者おりん」スペシャル第二弾は、由比正雪が遺したという莫大な財宝を巡る争奪戦に、おりんが巻き込まれるという趣向。
 正直なところ、続編的な趣向は前回のスペシャルでほぼやってしまったため、そういう意味では今回は続編的な要素は少なめではあるのですが、TVシリーズで大暴走したあおい輝彦演じる大岡忠光が再登場。相変わらずロクでもない陰謀を企んでくれます。

 その他、風魔幻一郎役に遠藤憲一、土井采女正に田村亮、その娘・佐奈子に木下あゆ美と微妙に豪華キャストで、アクションあり人間ドラマありサービスシーン(ゴールデンタイムだというのに女郎屋の折檻蔵に吊されるヒロイン…)ありと、盛り沢山であります。

 が…番組終盤で全てを掻っ攫って行くのはやっぱりあの人。
 生き残ったおりんと弥十郎の前に現れた由比正雪の亡霊。果たしてその正体は――ってやっぱり道悦!(正体を現すときは意味なくモーフィング)
 しかも道悦、先週のスペシャルのラストで底無し沼に呑まれて死んだはずなのに、生きていた理由をあっさりスルーする豪快さが実に素晴らしい。

 そしてクライマックス、おりんと道悦の死闘の最中に、正雪の軍資金を収めた堂宇の仕掛けが発動。これは来るぞ、来るぞ…と思っていたらやっぱり来た! スイッチが入ると周囲で爆発、爆発の連続!
 折角だから余った火薬を全て使いました、と言わんばかりの爆発の連続に、こちらの腹筋も爆発しそうになりました。

 結局、軍資金は道悦もろとも爆破の中に消え、おりんはまたただ一人さすらいの旅に――と、意味ありげに映し出される堂宇…と思ったらそこからガバッと突き出される腕!
 まったく、最後の最後まで期待を裏切りません。


 というわけで、二週間にわたって放映された久々の「逃亡者おりん」。振り返ってみれば道悦様の大ハッスルぶりが強く印象に残りました。冷静に考えてみると、果たして私らのような特殊ファン以外の視聴者にどれだけ受け入れられるか、ちょっと不安ですが、これも立派に一つの時代劇の姿。
 どう考えても続編を作る気満々のラストだったので、おりんさんには申し訳ないですが、またの再会を楽しみにしている次第です。


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 「逃亡者おりん 紅蓮の章」 正しい続編スペシャル!

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2008.09.21

「逃亡者おりん 紅蓮の章」 正しい続編スペシャル!

 諸国を巡礼としていたおりんは、清国使節団の中に、根来で暮らしているはずの娘・お咲の姿を目撃する。使節団に潜入したおりんが見たものは、かつて討ったはずの宿敵・植村道悦だった。手鎖人を率いて幕府転覆を企む道悦に囚われ、再び手鎖をはめられたおりんの運命は…

 21世紀なのにむせ返るほどの70年代テイストが魅力だった「逃亡者おりん」…約二年前にテレ東系列で放映された連続TV時代劇が、二時間スペシャルとして帰ってきました。それも二週連続! …一体何があったのでしょう。

 今回のスペシャルは、TVシリーズのその後の物語、完全な続編。刺客人集団・手鎖人として育てられたおりんは、TVシリーズラストにおいて手鎖人頭領にして宿敵・植村道悦を倒し、自らを縛る手鎖を断ち切ったはずなのですが…
 スペシャル第一回目であるこの「紅蓮」の章は、手鎖人の残党を狩る老中直属の戦闘集団「紅蓮」が跳梁する一方で、手鎖人の虎の穴ともいうべき地・夜叉が峰では新たなる手鎖人軍団が暗躍を開始。そしてその双方の背後で糸を引くのは、やっぱり生きていた道悦様――というわけで、ある意味、実に正しい続編スペシャルものストーリーであります。

 娘を人質に取られたおりんは道悦に囚われ、再び手鎖をはめられてしまった上に、清国人コスをさせられてエロ奉行の人身御供にされかかったり、洗脳された我が子に刃を向けられたりと、相変わらずの受難旅。
 もちろん、おりんが泣き寝入りするわけもなく、そこから怒涛の大反撃、相変わらずの別人みたいな運動能力・戦闘能力で大暴れ。そしてドラマ後半、溜めに溜めたところで、あのレオタード戦闘服で登場した時には、拍手喝采したくなりました。

 しかし…本作の最大の見所は、無茶過ぎる道悦様の大活躍。そもそもTVシリーズ最終回でもんの凄い崖から落ちてキラッとお星様になったはずが、何事もなかったように今回復活(復活の理屈はスルーしたのに、顔の火傷の消えた理由は説明するのが理不尽)。
 何と清国の使節団に化けた上に、老中までも配下に置いて(「手鎖人が老中になっただけだ!」という狂ったロジックが素晴らし過ぎる)、狙うは将軍暗殺という壮大な悪党ぶりが実に楽しいのです。
 そしてラストには、自分が与えた手鎖で「手鎖、御免!」と喉元を刺された揚げ句、突然現れた(本当、突然過ぎる)底無し沼に飲まれて消えるという壮絶な最期を遂げるのですが…しっかり次回予告に出ているから恐ろしい。薬師寺天膳より不死身だよ!


 と、万事この調子で、ツッコミ所満載ながら、しかしそれだけに、時代劇…というかエンターテイメントとしてプリミティブな魅力に溢れる本作。
 復活すると聞いた時には、パワーダウンするんではと心配がないわけではありませんでしたが、いざ蓋を開けてみればその味わいは健在で、安心するとともに、大いに楽しませていただきました。
 スペシャル第二回は、由比正雪の亡霊に風魔一族、あとあおい輝彦と、これまた楽しみな要素が満載。こちらも大いに楽しみです。


 ちなみに次回は、青山倫子とは何となく顔立ちが似ているなあと前から思っていた木下あゆ美がゲスト出演という点にも個人的に注目しております。


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2008.09.02

「日本猟奇史 江戸時代篇」 裏面から見た江戸時代史

 言葉の意味・用法が時代によって変化していくのは世の常とはいえ、「猟奇」という言葉の受け取られ方は、ずいぶん変わっているものだと感じます。
 今では(…と思ったら、初刊行時に既に誤解を受けていたようで苦笑)、グロテスクなもの・変態的という印象のある「猟奇」ですが、本来の意味は「奇」を「猟る」、すなわち「怪奇・異常なものをあさり求めること」。本書「日本猟奇史」も、もちろんこの本来の意味に基づくものです。

 この「江戸時代篇」は、タイトル通り江戸時代に記録された様々な怪奇事件・奇現象を当時の書物から収集し、年代順に記載したもの。いわば編年体の江戸怪奇事件簿といったところでしょうか。

 全二百話収録されたその内容は、駿府城の肉人や、うつろ舟の女のようにメジャーな(?)ものから、安房勝浦で地中の櫃から発見された巨大な頭蓋骨と剣など、なかなか類書では取り上げられないものまで、実に様々。
 実は私もこの手の怪奇事件というのは大好きで、折を見てネタを漁っては、このサイトの年表に掲載しているのですが、こういう人間にとっては、実に、実に楽しい書物であります。

 しかし何よりも注目すべきは、本書が年代順に編まれていることではないでしょうか。
 こうした方面の内容を集めた類書は、何冊も――それこそ毎年のように――出版されていますが、それらは大抵テーマ別に題材をまとめて掲載されています。
 それに対して、本書は冒頭から一貫して、その事件が発生した(記録された)時期に従って配列されています。

 正直なところ、単純に事件の内容を読者に読ませるだけであれば、同傾向のものを集めたテーマ別の方が良い部分もあります。しかし本書で敢えて編年体を採っているのは、単なる物語集とするのではなく、一種の歴史を記すものとして、裏面から見た江戸時代史として成立させることを目指した作者の気持ちの表れではないか…私はそう感じます。

 普通の(?)事件がそうであるように、その時代に起きた、語られた怪奇事件もまた――明示的ではないにせよ――その時代の世相を映し出すものと、私は考えています。
 「史実」の年表と、この「猟奇」の年表を重ね合わせたとき、また新たに見えてくるものがあるのではないか――内容の面白はもちろんのこと、そんな楽しみも感じられる書物です。


「日本猟奇史 江戸時代篇」(富岡直方 国書刊行会) 江戸時代篇1 Amazon/江戸時代篇2 Amazon
日本猟奇史 江戸時代篇 1 (1)日本猟奇史 江戸時代篇 2 (2)

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2008.07.12

「ななし奇聞」 妖かしたちはマイペースに

 妖怪漫画も色々とありますが、本作はその中でもなかなかユニークな作品の一つ。明治時代の初期を舞台に、放浪の旅絵師・七篠晩鳥(ななしのばんどり)が、あちらこちらで妖かしと出会う様を描いた連作短編集であります。

 七篠先生は、妖かしを見る力を持ってはいますが、別にこれを恐れたり、退治したりしようというわけでもなく(たまに依頼に応じて対決したりもするようですが)、それも天然自然の一部であるかのように、ごく普通に、むしろ洒脱ですらある態度で接する人物。「ななしの」という名が象徴しているように、氏素性も来歴も不明ではありますが、そんなことが気にならなくなるくらい、そのあやかしに対するスタンスは魅力的で、妖怪馬鹿的には「いいなあ…」と思わず思ってしまうほどです。

 収録された作品は、「ななし奇聞」「飛び首」「つくも」「ひとつ」「待ちびと」「くだの」「くだの弐」「泣き虫されこうべ」「あやかし散歩」の全九編。ストーリーものあり、掌編あり、四コマあり、妖怪エッセイあり…七篠先生が出会う妖かし同様、収録作品もバラエティに富んだ内容で、独特の絵柄も相まって、万華鏡を覗き込んでいるかのような楽しさがありました。
(ほも要素も微妙にありますが、なに、男同士のキスシーンがちょっとあるくらいなのでこれくらいは我慢…しづらい)

 冒頭で触れたとおり、舞台となっているのは明治初期。時代の大きなうねりの中で、急激に人々の生活も欧化していき、良くも悪くも古きものたちが姿を消していった時代であります。本書の冒頭に収められた表題作「ななし奇聞」において、七篠先生が皮肉な口調で語るように、
妖かしにとっても住みにくい時代となったことは想像に難くありません。
 しかし、七篠先生の気ままな旅と、その道行きに現れる妖かしたちを見ていると、案外どこまでもマイペースに、妖かしたちはそこら辺で生き残っているのではないかなあと、楽しい気分で考えることができた次第です。

 ちなみに作者の永尾まる氏は、猫漫画専門誌で「猫絵十兵衛御伽草紙」という時代漫画を連載されているようですが、こちらも単行本化されないかと期待しているところです。


「ななし奇聞」(永尾まる 司書房CROWN SERIES) Amazon
ななし奇聞 (CROWN SERIES)

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2008.07.10

「泣く侍」第3巻 今回は泣かず?

 最近どうにも元気がなくて心配になる「コミック乱ツインズ」誌ですが、その誌上からこのところお休みしているのが本作「泣く侍」。しばらく淋しい思いをしていたのですが、ようやく単行本の新刊がでました。

 前巻で旅芸人一座に命を助けられた主人公・総次郎ですが、この一座の座長・蟻助も何やら訳あり。老人ながら凄まじい腕前を持つ蟻助と総次郎により手下の多くを失い、追い詰められた幕府隠密・梟の次なる手は、蟻助により育てられた人間凶器・風雷兄弟…ということでこの巻では、風雷兄弟との対決と、蟻助の過去の罪とが描かれることになります。
 そしてとにかく印象に残るのはこの風雷兄弟のキャラクター。作者の中山昌亮氏は、厭な――一目見ただけで目を逸らしたくなるような――目をした人物を描かせたら、山口貴由と並ぶと個人的に思っていますが、この風雷兄弟の目はまさにそれ。一目で壊れた人間とわかるビジュアルには、怖気を奮わずにはいれません(特に兄の方は、蟻助の飛礫によって喉に穴を空けられたため、喋るときには指をそこに突っ込んで蓋にするという実に厭なキャラ立て)。

 もちろん(?)ビジュアルに負けず凶悪無惨な行動を見せる兄弟ですが、しかし二人をこうしてしまったのは蟻助。二人との対決は、同時に蟻助の過去との対決でもあります。
 今は身寄りのない子供たちに軽業を教える蟻助ですが、かつて彼が子供たちに教えていたのは殺人術。その事実を知った今の蟻助の子供たちの不信と善意が、思わぬ大混戦を招くのが、この巻のクライマックスと言えるでしょう。

 ――と、こう書くと何となくわかるように、この巻の中心はほとんど蟻助サイド。総次郎の側にも、彼の江戸行きの目的であった江戸家老との対面というドラマは用意されているのですが、やはりドラマの中心から一歩引いている感があります(この巻では一度も泣いていないですしね)。
 何よりも、伊藤清之進様の出番が、肝腎のクライマックスでもほとんどなかったのが何とも残念でした。

 物語的にはいよいよクライマックスに向かっているかと思いますが、過去の清算を決意した蟻助に負けず、総次郎と清之進のドラマも、どんどんと盛り上げていただきたいものです。


「泣く侍」第3巻(中山昌亮 リイド社SPコミックス) Amazon


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 「泣く侍」第二巻 地獄に仏、か…?

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2008.07.05

「爺いとひよこの捕物帳 七十七の傷」 未来と過去が解き明かす謎

 三年前の大火で父親が行方不明となり、今は叔父の下で岡っ引きの下働きをしている喬太。図体は大きくとも気が弱く気苦労ばかりの喬太は、ある日深川で和五助という不思議な老人と出会う。物腰は柔らかながら総身に傷痕を持ち、数々の戦場を潜り抜けたとおぼしい和五郎の助けで、喬太は次々と怪事件に立ち向かっていく。

 最近、何だか二月に一つは新シリーズを生み出しているような気がする風野真知雄先生がまたもや送り出した新シリーズは、「爺いとひよこの捕物帳」。何だか身も蓋もないタイトルですが、これがまた――いつもの通り――キャラクターといい舞台設定といい、なかなか面白い作品となっております。

 タイトルにある「爺い」と「ひよこ」とは、言うまでもなく和五郎と喬太のこと。江戸時代前期――ちなみに、関ヶ原からこの物語までの時間と、太平洋戦争から今現在までに流れた時間とがほぼ等しいのが面白い――戦争が歴史として語られる時代を舞台に、家康の傍で活躍した過去を持つ凄腕の忍びである(ことは隠して今は悠々自適の隠居暮らしの)和五郎と、知恵は回るが腕っ節と度胸はまだまだの喬太の老若二人の主人公が、不可思議な事件の謎を解明していくというのが基本パターン。

 渡し船上で刃傷沙汰を起こした犯人が水面を歩いて逃げたという「水を歩く」、奇怪な鬼の面をかぶった男たちによる強盗殺人の背後に伝奇的な犯人像が描かれる「戦国の面」、斑点のような小さな傷痕が残された死体から犯人と被害者の意外な繋がりが浮かび上がる「小さな槍」――いずれも一筋縄ではいかない事件ばかりですが、一種の安楽椅子探偵的なスタイルを取りながらも、答えをすべて明かすのではなく、事件を解決するのはあくまでも喬太自身というのが、青年の成長物語としての楽しさを本作に与える効果を挙げています。

 と、ひよこの方のドラマがこうして用意されている一方で、それでは爺いの方はといえば、こちらは和五郎が懐かしさと悔恨混じりに過去を振り返る形で、少しずつ語られていきます。
 朝鮮出兵から島原の乱まで、幾多の戦に加わった和五郎に残されたものは、体のみならず心にも残された数多くの傷痕。本書のタイトルにある「七十七の傷」は、実に和五郎のこの傷の数を指しているのです。
 喬太が事件を持ち込むたびに、和五郎の心身の傷が痛む…と書くとずいぶん重たい作品に見えるかもしれませんが、そうした過去の傷を乗り越えた…というか、受け容れて淡々と飄々と生きる軽やかさが、和五郎にはあります。

 未来に向かうひよこと、過去を思い出す爺い。事件の謎解きに、この二人の主人公のドラマが絡み、味わい深い物語となっている本作ですが、しかしそれだけで終わらないのが風野エンターテイメントの面白いところ。
 和五郎のまだまだ語られざる過去の存在が印象付けられるとともに、さらに、行方不明の喬太の父も、和五郎と思わぬ繋がりがあるらしいことまでもが描かれるラスト数ページでの急展開は、シリーズものの常道ながら、うまい構成だと感心する次第です。
 そしてもちろん、ここまで楽しませていただければ、次もまた読まなければと思ってしまうわけです。


「爺いとひよこの捕物帳 七十七の傷」(風野真知雄 幻冬舎文庫) Amazon
七十七の傷―爺いとひよこの捕物帳 (幻冬舎文庫 か 25-1)

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2008.06.29

コクーン歌舞伎「夏祭浪花鑑」に行ってきました

 ご趣味はと聞かれれば、時代劇…ではなく古典芸能観賞と答えてしまう私ですが、恥ずかしながら、渋谷はシアターコクーンのコクーン歌舞伎を観たのは昨日が初めて。
 演目は「夏祭浪花鑑」、題名通り夏の祭に湧く大坂を舞台とした作品で、大坂の町人の心意気と、それが招いた思わぬ悲劇の姿が描かれる名作なのですが…なかなかユニークなアレンジがなされ、面白い舞台となっていました。

 男伊達で鳴らす団七が、主筋の放蕩息子・磯之丞とその恋人・琴浦を匿ったことから様々な事件に巻き込まれ、遂には弾みから小悪党の舅・義平次を夏祭りの喧騒の中で殺害してしまうというのがあらすじ。

 私は以前、文楽でこの演目を観ているのですが、一番の見せ場、名場面として知られる義平次殺しの段は、効果音以外は無音の中で二人がつかみ合い、団七が舅を殺した瞬間、バックに夏祭りの喧騒とともに神輿が飛び出してくるという演出。
 しかしこちらでは、暗闇の中、照明は蝋燭とスポットライトのみでひたすら生々しく二人が取っ組み合い――義平次の方は舞台上に実際に(!)作られた泥沼の中に落ちて泥田坊のようにまでなって――文字通りの泥臭いまでのぶつかり合いが殺人で終わった次の瞬間! 舞台上が一瞬に明るくなり、奥から一斉に祭の衆がどっと駆けてくるという演出。文楽での静と動のコントラストも見事でしたが、こちらでの、喧騒のなかに登場人物の感情がふっと溶けていくような感触も、なかなか味わい深いものがあります。

 話が前後しますが、今回の演目は夏祭りが背景ということで、舞台上だけでなく、通路やロビーを含めた会場全体がお祭りムードで統一され、時にはそれらの空間まで使用しての演出が実にダイナミックな面白さでした。
 特にラストの、殺人が露見して逃れる団七と捕り手(一斉に舞台上に出現するシーンに吃驚)の派手な大立ち回りは、舞台本来の楽しさに溢れていたと思います。その後に待ち受ける、ある意味メタなオチは、賛否あるかとは思いますが…

 もちろん派手なばかりではなく、登場人物の濃やかな心の動きの描写・演技にも見るべき点は多く、個人的に強く印象に残ったのは、団七の親友の妻・お辰を演じた中村七之助の演技。
 磯之丞を匿おうと申し出るも、お前は色気がありすぎるので間違いがあってはいけないと断られ、それでも女の一分を通すため、己の顔の半面を焼いてみせる場面は、女としての意地・覚悟・悲しみ・ためらいと、様々な感情の渦が、表情と所作から伝わってきて感心させられました。個人的には、歌舞伎によくある女性が割を食うこの手の展開は嫌いなのですが、そういった好き嫌いを超えて感心させられたのですから大したものです。


 色々と大胆な演出もあり、真面目な歌舞伎ファンの方はどう思うかはわかりませんが、私個人としては大満足の舞台でした。また追いかけなくてはいけない対象が増えたかな。

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2008.06.25

「忍法十番勝負」(その三) 作品内外の真剣勝負

 三日連続の「忍法十番勝負」紹介もいよいよラスト、今日は残る八番勝負から十番勝負までであります。

八番勝負 小沢さとる
 いよいよ十番勝負も終盤戦。遂に徳川方に渡った絵図面が、意外極まりない戦いを引き起こす本作を描くのは小沢さとる先生。小沢先生といえばやはり潜水艦ものの印象が強く、事実、この前年に「サブマリン707」を開始し、数年後に「青の6号」を連載することとなるのですが、時代ものを描いてもやはりうまい、の一言です。
 何よりも凄まじいのは本作の趣向…絵図面に記された抜け穴が実はフェイクであったことを知った徳川家康は、しかし、徳川方・大坂方双方の注意を引きつけることを目的として、絵図面の価値をもっともらしく思わせるそのためだけに、配下の少年忍者・伊賀丸と、服部半蔵を決闘させようというのですから…! 裏切りなどではなく、主君の命により、無駄とわかっている争いを繰り広げさせられる忍者の存在こそ哀れですが、そこに大坂方の忍者も絡み、さらに終盤にはどんでん返しも用意されていて、見事なストーリーテリングに脱帽です(だから伊賀丸がどう見ても影丸のコピーとか言わない)。


九番勝負 石ノ森章太郎
 そして九番勝負は、前作からワンクッション置くかのような痛快無比な一大活劇。描くのは石ノ森章太郎先生ですが、これがもう完全に忍者ものの枠をブチ抜いたかのようなド派手なアクションを見せてくれます。
 再び繰り返される忍者たちの争奪戦の中、偶然絵図面を手に入れたのは、風来坊忍者三人組。そこに襲いかかるのは、絵図面を追う伊賀忍者と行者体の白忍者、二つの忍者集団で、たちまち三つ巴の壮絶な忍法合戦、いや忍法戦争と言うべきものが始まるのですが――大鉞がブーメランの如く舞い、手刀が骨をも断ち、大地が真っ二つに裂け、山犬の群れが地を埋め尽くす…と、石森先生お得意の超人ヒーローや超能力者同士の激突を、そのまま忍者ものの世界に投入したかのようなアクションにはただただ圧倒されます。
 内容的には、本当に最初から最後までバトルの連続で終わるのですが、その中で、十番中ほとんど唯一と言ってよいほど、絵図面に執着を見せない主人公トリオの存在感が際立って見えるのも面白いところです。


十番勝負 横山光輝
 さてラストの十番勝負は、やはりこのお方――白土三平と並んで忍者漫画の大御所たる横山光輝先生で締めであります。最終戦の舞台となるのは、豊臣方が立て籠もる大坂城。この十番勝負が、大坂城抜け穴の秘密を巡って繰り広げられたことを考えれば、ラストにまことにふさわしい舞台であります。
 家康の唯一の心残りである千姫救出のため、抜け穴の在処を探して次々と襲い来る幕府の忍者を迎え撃つのは猿飛佐助に霧隠才蔵のビッグネーム。彼らの他にも、南光坊天海に木村重成、豊臣秀頼と、お馴染みの大物が次々と登場して、最後の戦いを華々しく飾ってくれます。
 そして展開される物語はと言えば、もはやここまでくると横綱相撲と言いたくなるような、全く危なげないストーリー運びで、まさに大家の風格充分と言ったところ。繰り広げられる忍法合戦には、横山ファンであればお馴染みのシチュエーションも色々と登場するのですが、これはむしろ横山忍者アクションの集大成と見るべきでありましょう。
 ラストの一コマで坂崎出羽守の名が語られ、一番勝負と繋がるという構成もまた、見事と言うほかありません。


 と、長々と紹介してきた「忍法十番勝負」ですが、今回読み直してみて、改めてその完成度の高さに驚かされました。今までの印象では、諸先生方が好きなように物語を展開させていた印象があったのですが、八番勝負と十番勝負で家康の心情がちょっと矛盾するのを除けば、きちんと物語が繋がるようになっていたのには大いに感心いたしました(何を今更、といったところですが…)。
 内容的にも、これまで縷々書き述べて参りましたように、諸先生方がそれぞれの魅力を存分に発揮して、一つとして同じ印象のない、十の物語を展開しており、その豪華な顔ぶれを考えるまでもなく、実に贅沢な作品であったと思います。
 月並みな表現でありますが、物語中の忍者のみならず、その物語を描き出した各先生方もまた、真剣勝負に臨んでいた――そんな印象が残る、名著でありました。


「忍法十番勝負」(石ノ森章太郎ほか 秋田文庫) Amazon
忍法十番勝負 (秋田文庫)


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 「忍法十番勝負」(その一) 十番勝負の幕上がる
 「忍法十番勝負」(その二) いよいよ大御所出陣

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2008.06.24

「忍法十番勝負」(その二) いよいよ大御所出陣

 昨日からの「忍法十番勝負」紹介、今日は四番勝負から七番勝負までであります。

四番勝負 古城武司
 本書に収められた十編中、恥ずかしながら唯一作品を読んだ記憶がないのが、この古城武司先生でした。唯一、私がはっきりとわかるのは、特撮時代劇「白獅子仮面」のエンディングイラストを描いていることですが、初めて読んだ古城作品は、柔らかめの絵のタッチながら、非情かつひねりの効いた忍法合戦を描き出していて、印象に残るものでした。
 今回絵図面を巡って死闘を繰り広げるのは、二つの忍者集団。その一方、かげろう組から飛騨忍党側についた裏切り者に奪われた絵図面を追うのが本編の主人公・風丸ですが、面白いのは、風丸が敵はおろか、味方の素顔すら知らされていないこと。かくて、如法暗夜を行くが如く、風丸の探索行が始まるのですが――これが実に面白い。
 誰が敵で誰が味方かわからない状況下で繰り広げられる争奪戦は実にサスペンスフルで、終盤のどんでん返しまで、一気に読み通すことができました。壮絶な決戦の後に描かれる一コマが、わずかな救いとなって心に残ります。


五番勝負 桑田次郎
 さて折り返し地点の五番勝負を担当するのは、平井和正と組んでの数々の作品を残した桑田次郎先生です。桑田作品と言えば、独特のちょっとバタくさい描線がまず浮かびますが、それは本作でも健在。その絵で展開される物語は、しかしこれまでの絵図面争奪戦とは一風変わった趣向となっています。
 冒頭から描かれるのは、深山から流れ落ちる川に次々と忍者の死体が流れていくというショッキングなシーン。今回絵図面を手にしたのは、黒雲が峰に潜む「魔王」と名乗る忍者、この魔王に挑んだ忍者たちが、次々と返り討ちにされた結果が冒頭の場面であります。その魔王に挑むは真田幸村の配下かすみ丸ですが…
 正直なところ、魔王とかすみ丸の決闘は存外あっさりとしているのですが、しかしネーミングといい、いかにも桑田キャラな悪役的たたずまいといい、魔王のキャラクターが印象に残る一編でありました。


六番勝負 一峰大二
 五番勝負を受けて、再び真田忍者かすみ丸が活躍する(使う術は違うものの、同一人物と思ってよいのでしょう)本作を担当するのは、一峰大二先生。太い描線の迫力あるアクションが印象的な方ですが、本作もまた集中の異色作の一つであります。内容こそ絵図面争奪戦ではありますが、今回かすみ丸の前に立ちふさがるのは忍者にあらず剣法者――徳川の忍者の元締めの一人であり、最強の剣法者たる柳生宗矩であります。
 かくて本作で描かれるのは、忍法対剣法の異種格闘技戦。いかにもトリッキーなかすみ丸の忍法に対し、宗矩の剣法は、超人的ではあるものの、あくまでも正当派の豪剣で、水と油の両者の戦いがクライマックスの決闘に雪崩れ込んでいく様は、大いに興味をそそります。その内容も、巻物に導火線をつけての決闘といい、宗矩の剣に立ち向かうかすみ丸最後の忍法といい、ギミック満載で漫画的楽しさに溢れている好篇でありました。


七番勝負 白土三平
 さて七番勝負にして大御所出陣。忍者漫画の一方の雄というべき白土先生の作品がここで登場です。不純物は一切抜きで、二手に分かれた忍者がひたすら死闘を繰り広げるという内容は、短編なだけに、白土忍者バトルの魅力がより一層凝縮されて感じられます。
 本作で命がけの術比べを演じるのは、一方は真田方の鳥使い・宿鳥と、己の皮膚を硬質化させた無敵の肉体を持つガンダメ。そしてもう一方は、無数の犬を操る(おそらくは)伊賀の術者・犬万――無数の数でもって襲いかかる動物たちが勝つか、不死身の肉体が勝つか? 最後の勝者の姿はあまりに意外ながら、しかしいかにも白土作品らしいものとなっております(というかこのキャラクターも白土スターシステムの一員ですね)。
 ちなみに本作は、「忍法秘話」に「犬万」の題で収録されており、こちらを先にご覧になった方もいるかもしれません。


 もう一回続きます。


「忍法十番勝負」(石ノ森章太郎ほか 秋田文庫) Amazon
忍法十番勝負 (秋田文庫)


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 「忍法十番勝負」(その一) 十番勝負の幕上がる

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2008.06.23

「忍法十番勝負」(その一) 十番勝負の幕上がる

 堀江卓先生の「矢車剣之助」刊行記念、というのは強引に過ぎますが、よく考えてみればきちんと紹介していなかったのが、選ばれた十人の漫画家による伝説の連作企画「忍法十番勝負」。
 大坂の陣直前、大阪城の抜け穴を記した絵図面を巡って、徳川方と大坂方それぞれの忍びが死闘を繰り広げる本作をいま改めて読み返してみれば、これがまた――当たり前のことながら――実に面白い。そこで本作を今日から三回に分けて紹介したいと思います。

一番勝負 堀江卓
 事の発端となる一番勝負は、大坂城建築を担った大工たちが集められた夕月村から、彼らの命とも言うべき大坂城抜け穴の絵図面が奪われる場面から始まります。奪ったのは、ペスト菌を持つネズミを操る怪忍者(日本にペストが伝来したのは明治時代とか言わない)、追うのは一匹狼のはぐれ忍者――大坂城一番乗りを目指し、徳川方の各大名が血眼で絵図面を求める中、十番勝負の幕が上がる、というわけです。
 と、その争奪戦だけでも一番勝負としては十分なのに、贅沢なことにそれだけでは終わらないのが本作。物語は、絵図面を求める大名の一人、かの坂崎出羽守を巻き込んでの、伝奇的な一大陰謀にまで展開するのですから面白い。単なる幕開けの一編では終わらない、という堀江先生の意気込みが感じられるようではありませんか。
 絵柄的にも「矢車剣之助」の後期に見られるような、シャープな中に暖かみが感じられる本作。アクション・アイディア・ビジュアルと、堀江先生の魅力がよく表れた佳品かと思います。


二番勝負 藤子不二雄A
 お次は、もしかするともっとも有名な忍者漫画かもしれない「忍者ハットリくん」の生みの親、藤子不二雄A先生。一番勝負で世に出た絵図面を巡り、甲賀ねむり組と真田忍党六法師、そしてその絵図面を足がかりに侍として世に出ようとする風来忍者の兄弟が死闘を繰り広げます。
 藤子不二雄としても、より陰影の強いビジュアルを得意とするA先生ですが、本作でもそれは遺憾なく発揮され、それぞれ「風」「雨」「雪」と題された各章において、その名の通りの自然現象が印象的な画で描き出されてています。特に雪の場面などは、白抜きのコマ全てに、霏霏として雪が降っているかのように見えるほどの素晴らしい画面作りに唸らされます。
 「風」「雨」「雪」――それぞれの場面に共通する寂寥感・孤独感が、明日なき忍者たちの死闘と相まって、強く印象に残ります。ねむり組の怪忍者の素顔なども、怪奇ものを得意としたA先生のカラーがよく出ているかと思います。


三番勝負 松本あきら(松本零士)
 良くも悪くも今ではすっかり宇宙戦艦と銀河鉄道の先生になった感のある松本零士先生ですが、こちらでは今となっては非常に珍しい忍者アクションを見ることができます。
 主人公は、偶然絵図面を手に入れてしまった大平忍者の若き頭首。乱世の中で独立独歩を守っていた彼らが、絵図面のために伊賀と甲賀の争奪戦に巻き込まれることになります。
 その名の通り平和を愛し、自由と独立を尊ぶ大平忍者の姿は、松本キャラの多くに見られる心意気というものが感じられますが、その彼らが伊賀・甲賀の忍者たちと演じる忍法合戦は壮絶の一言。最後の最後に驚くべき秘密を明らかにする大平忍者の爺の覚悟にも驚かされますが、その他キャラクターとしても、甲賀の頭領・陽炎魔のミュータントめいた奇怪な相貌と、伊賀の頭領・服部半蔵の颯爽たる男ぶりの良さが印象に残ります。彼らもまた、松本キャラの一員と言うべきでしょうか。


 次回に続きます。


「忍法十番勝負」(石ノ森章太郎ほか 秋田文庫) Amazon

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2008.05.18

「長嶋十勇士」 真田一党、現代に出現す

 王貞治が一本足打法を編み出す際に日本刀を用いて特訓を行ったというエピソードにも端的に見られるように、剣術とバッティングの動きに我々はどうも類似性を見出すようです。そのためか、野球と剣術を結びつけたフィクション作品も珍しくないのですが、今日紹介するのはその中でも珍品の部類に入るであろう作品。今をときめく宮本昌孝先生が二十年近く前に発表された作品であります。

 かつての栄光も空しく、今は万年最下位の大洋ホエールズの監督として野球ファンから失笑を罵声を浴びている長嶋茂雄。阪神との試合の後、一人天王寺界隈を彷徨っていた彼が出くわしたのは、何と大坂夏の陣の最中に現代にタイムスリップしてしまった真田幸村と真田十勇士でありました。幸村たちに好感を抱いた長嶋は彼らを匿い、恩義を感じた幸村と十勇士は、長嶋のために野球選手となることを申し出ます。超絶の身体能力を持つ真田九勇士(幸村はコーチ)の活躍で王貞治率いる巨人と激しいペナントレース争いを演じる大洋ですが、しかし巨人の背後には、真田と戦っているうちに共にタイムスリップしてきた柳生宗矩と服部半蔵ら伊賀忍群の姿が――かくて優勝をかけた最終戦、壮絶な秘術争いの結末は!

 …という内容の作品があったんです。本当に。
 私も雑誌掲載時にちらっと目にしたきりで、今回ようやくきちんと読むことができたのですが(コピーを見せて下さったH氏に心から御礼申し上げます)、いやはや、ある意味期待通りの内容です。

 内容的には、80年の長嶋解任劇の後、巨人に戻ることができず大洋ホエールズの監督に就任したというifの世界のお話(本作発表は90年ですので、93年に監督再任される前ですね)ですが、それはまあ小さいこと。五味先生の名作「一刀斎は背番号6」では伊藤一刀斎(しかもこれは子孫)一人の活躍でしたが、本作では真田十勇士(-霧隠才蔵)の九人が大洋ナインとして大暴れ。何せ立川文庫の荒唐無稽なパワーそのままに活躍するのですから、一流アスリートとはいえ普通の野球選手がかなうわけはない。
(十勇士の中でただ一人、霧隠才蔵のみはナインに加わっていないのですが、彼は忍び稼業に嫌気がさして俳優に転向。その名も市雷蔵として「忍びの者」なる映画に主演しております…)
 しかし巨人側には、王監督に家康の姿を見た(名付けて王御所)宗矩と半蔵が味方して、馬鹿馬鹿しくも何となく懐かしい忍術の数々で真田勢を苦しめるのが愉快。特に僕らの知将・柳生宗矩は、最終戦に(この世界では巨人入りした)荒木大輔を投入、時代小説ファンであればアッと驚く作戦で真田勢を窮地に陥れてくれます。

 …何となく、いまだに単行本に収録されていない理由もわかるような気がしますが、本作は宮本先生にとっては、まだ出世作たる「剣豪将軍義輝」を発表する数年前、「もしかして時代劇」「旗本花咲男」など、時代小説作家の方向性を強めつつも、パロディ・コメディ色の強い作品を執筆していた頃の作品。そう考えれば、取り立てておかしな作品というわけではないかと思います(…いややっぱりどうかなあ)。
 正直なところ、ネタもののわりにちょっとページ数が多かったのか、十勇士たちの活躍を描くにいささか冗長に感じる部分がないでもないのですが、それでも良い意味で稚気溢れる内容は理屈抜きで楽しく、パロディ作家としての宮本先生のスキルというものを感じさせてくれます。


 ちなみにそもそも真田一党と宗矩・半蔵らがタイムスリップしてしまった原因は、淀君のあまりに甲高い叫び声が時空を揺るがしたためという設定なのですが、甲高い声といえばやはり…というわけで、ラストでは驚天動地のオチが待ち受けております。
 色々な意味で素晴らしい本作、いつか皆さんの目にも入る日を私は心から楽しみにしているのですが…どうかなあ。


「長嶋十勇士」(宮本昌孝 「小説奇想天外」11号掲載)

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2008.02.13

「ネリヤカナヤ」第一巻 ユニークな試みの水滸伝記

 誠に残念なことながら、現代の日本では三国志に知名度の点で遠く及ばない水滸伝ですが、それでも想像以上に多くの二次創作が毎年発表されています。
 本作「ネリヤカナヤ」もその一つ。ネリヤカナヤとは聞き慣れない言葉ですが、奄美の言葉で、沖縄で言う「ニライカナイ」と同じもの――すなわち「海のかなたの楽園、常世」の意であります。おそらくは水のほとりの理想郷・梁山泊を指してのタイトルでしょうか。

 この第一巻では、豹子頭林冲と花和尚魯智深の出会い、そして開封府から旅立った二人が立ち寄った桃花村での大騒動が描かれます。
 面白いのは、林冲の設定がだいぶアレンジされていることで、たとえば元の身分については、原典では八十万禁軍の槍術師範だったのが、こちらでは尚書省刑部長官付きの間者(巡視官)という設定。その彼が任務で登州に向かうのに、彼に興味を抱いた魯智深が強引に同行することになるのですが、水滸伝ファンであれば、この時点でストーリー展開に大きな違いがあることがわかるかと思います。
(原典では林冲が開封府から出るのは、原典では妻に目を付けた悪党に陥れられて流刑となったため)

 こうした差異は、本作が林冲を主人公に水滸伝の物語を再構成する、という基本コンセプトのためでありましょう。原典の前半は、好漢一人一人の銘銘伝のスタイルで、一人の好漢の物語が、次の好漢の物語に繋がっていくという形式でしたが、これが林冲メインのストーリーとなることで、このような形になったのであれば、なかなかユニークな試みだと思います。

 さて、スタイルだけでなく内容にも目を向ければ、この第一巻の時点ではまだまだプロローグといった印象ながら、シャープな絵柄と緩急つけたストーリー構成で、なかなか面白い作品となっており、さらに大きなアレンジとなりそうなこの直後の展開も含めて、今後も期待できそうな作品かと思います。


 ――が、ここで大きな問題が一つ。実は本作、元々は同人作品として発表されたものが、商業出版社から刊行されたのですが、この第一巻が出た後に出版社は倒産。
 続編は引き続き同人作品として刊行されているのですが、本サイトでは商業作品以外は基本的に扱わないこととしているもので…
 もちろんこれは私自身の勝手な拘りですし、何よりも水滸伝ファンとして本作を見逃しておく手はありません。何とかして続編も手にしたいと思っている次第です。


「ネリヤカナヤ」第一巻(朱鱶マサムネ 司書房CROWN SERIES) Amazon

関連サイト
 公式サイト

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2008.01.16

「なでし いだてん百里」 まさに山風チックな

 地を撫でるが如き足の早さから「撫衆」と呼ばれる山の民。武田の家臣であった関半兵衛は、過去を捨て、天城の撫衆・半ベエとして暮らしていた。が、徳川と豊臣の決戦の機運が高まる中、各勢力は撫衆の力を利用すべく画策、半ベエもやむを得ぬ仕儀から、その一つ・真田の策に力を貸すこととなる。地雷火百里…遠く江戸まで地雷火を運搬することとなった半ベエを待つものとは…

 山の民を主人公とした作品といえば、近年で言えば長谷川卓氏の諸作が浮かびますが、本作はそれよりも遙か以前に書かれた山田風太郎先生の初期作品「いだてん百里」を原作としたコミックです。

 撫衆という、その脚力を武器とした非常に特異な存在を主人公とするだけに、その能力の発露を如何にビジュアライズするかというのは重要な点ですが、本作においては、些か粗くはあるものの、躍動感とスピード感溢れる絵で半ベエの活躍を描き出しており、まずはラストまで、一気に読むことができました。

 ここで恥を忍んで白状すれば、私は原作は未読なので、そちらと比べてどう、というのは言えないのですが、起伏と意外性に富んだストーリー展開には、大いに驚きかつ楽しませていただきました。
 特に、終盤で明かされる地雷火百里の正体にまつわる、皮肉かつミステリ的興趣に富んだどんでん返しは、まさに山風チックな味わいがあったかと思います。
 そして――その衝撃の中から立ち上がった半ベエの一大反撃は、痛快であるとともに見事に撫衆の設定を生かしたものとなっていたのには感心いたしました。

 一般のファンにとっては、忍法帖、あるいは明治ものの印象が強すぎる山風先生ですが、しかしその初期作品には、ミステリ味の強い、あるいは本作のようにミステリ的アイディアを巧みに生かした作品も多く存在しています。
 本作のような形で再生されることにより、初期作品がより多くの方の目に触れてくれれば…と願う次第です。


「なでし いだてん百里」(岩田やすてる&山田風太郎 リイド社SPコミックス) Amazon

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2007.08.14

「泣く侍」第二巻 地獄に仏、か…?

 最近、私が「コミック乱ツインズ」誌で唯一、毎月楽しみにしている作品である「泣く侍」の第二巻が発売されました。物辺総次郎が辿る修羅道にまだまだ先は見えませんが、それでもこの巻では頼もしき仲間となるであろう人々も現れ、まさに地獄に仏、という印象です。

 姪の沙絵と共に江戸に向かう総次郎に次に迫る魔手。それはごく普通の市井の人々の姿を変えて襲い来る、雇われ忍びの群でありました。その毒針に自由を奪われ、絶体絶命の総次郎(…なのですが、このシーンの総次郎が、ほとんどホラー映画の怪物みたいなテンションで大暴れする様はある意味必見)を救ったのは、何と旅芸人の一座。
 蟻助と名乗る老人以外、ほとんど全員が年端もいかぬ子供たちである一座に拾われて療養する総次郎と沙絵は、久方ぶりに安らぎを味わいますが、もちろんそれで収まるわけがない。蟻助と浅からぬ因縁を持つ邪悪な忍びの頭領が、僕らのヒーロー・伊藤清之進を操って(清之進様は総次郎のことになると文字通り盲目になるからなあ)総次郎らに襲いかかります。

 と、今までひたすら孤立無援で戦ってきた総次郎に、何と味方が――それも一人二人でない人数、しかも妙齢の美女まで――現れた今回。これまでのひりつくような緊張感に満ちた展開が崩されるのではと心配になりましたが、しかしそれは同時に更なる敵の登場と因縁の存在を語るものであり、まだまだ総次郎は楽にはなれそうにありません。
 何よりも、たとえ並の人間ではないとはいえ、旅芸人の一座はほとんど全てが女子供。味方が一転、足枷となることもあるわけです。元々が女子供に全く容赦しない作品だけに…

 と、物語の方には動きがあった一方で、その物語を彩る、異常なまでに情念と狂気と迫力に満ち満ちた画風は変わらず。いやむしろパワーアップ。何もそこまで恐ろしく描かなくても…と言いたくなるほど、子供たちなど一部を除いて、物語の登場人物、構成要素が全て怖い(味方のはずの蟻助老人が一番怖い)。その描写たるや、ほとんどホラーの技法で…と、作者はホラー漫画においても名手なのですが。

 ほんのわずかとはいえ光明が見えてきた総次郎の旅。敵の姿や目的も少しずつ見えてきましたが、しかし、まだまだ彼を待つのは茨の道でしょう。しかも後ろからは清之進様もついてきますし。果たして彼は守るべき者を守り、生き延びることができるのか。これからもまだまだ不安の種は尽きず、こちらもしっかりハラハラさせていただこうと思います。


「泣く侍」第二巻(中山昌亮 リイド社SPコミックス) Amazon

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2007.03.01

「寝小魔夜伽草子」 黒と白の狭間で蠢く妖の世界

 「コミック乱」誌に連載された的場健氏による漫画「寝小魔夜伽草子」。何やら艶っぽいタイトルですが、大丈夫(?)、諸国流浪のお姐さんが、龍脈の乱れに乗じる妖しと対決する時代ファンタジー漫画です。

 主人公のお玉さんは、龍脈を監視し、各地の妖を鎮める組織に属する女性。江戸時代の感覚で言えば中年増といったところでしょうか、きっぷが良くてサッパリした気性の美人という、江戸っ子好みなお姐さんです。
 その彼女が風任せの旅先で出会うのは、いずれも不可思議で怪奇な事件。実はその背後には、日本の地脈の流れ、龍脈を乱し、我が者にせんとする何者かの陰謀が…というのが本作の基本設定です。

 その本作で描かれるのは、いずれも超自然的事件ではありますが、そのきっかけとなるのは、決して神や妖の側の事情ばかりではなく、むしろ大部分が人間の欲望によるもの。人間の不遜な、あるいは醜い欲望に怒る神や妖を鎮め、人と妖の世界双方を平穏に保つため、お玉さんが活躍することとなります。
 そんな物語であるために、描かれる内容は時として陰惨なものともなりますが、そこをお玉さんの明るい個性が救っており、読後感は決して悪くありません。

 そして…そんなお玉さんのキャラクターと物語を飾るのが、本作の最大の魅力とも言うべき、その黒と白のコントラストも鮮やかな絵。光と闇をくっきりと描き分けたその美しい絵は、そのまま人の世界と妖の世界という二つの世界につながって、その狭間で起こる事件を妖しく、美しく浮かび上がらせています。
 本書を開いてその絵に目を奪われ、そのままご購入、という読者の方も多かったのではないかと想像します。

 そんな本作ですが、雑誌連載はすでに終了。本作の大きなストーリーも、一応ひと段落ついてはいます。しかしながら、絵もキャラクターも魅力的な本作、まだまだ終わらせるのは惜しいし、幾らでも続編を描くことはできるでしょう。いつかまた、お玉さんの旅姿を拝みたいものです。


「寝小魔夜伽草子」(的場健 リイド社SPコミックス) Amazon bk1

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2007.01.27

「ぬばたま一休 -紅紫の契-」 原作の空気感を描き出した哉井一休

 いまや朝松健先生の代表作である「ぬばたま一休」シリーズ、その第一作である「紅紫の契」が、「少年シリウス」誌上で哉井涼氏により漫画化されました。
 このシリーズが漫画化されたのは今回が初めて、果たして如何なる作品に相成りますか、と楽しみにしておりましたが、なるほどこのような描き方になるのか…と感心いたしました。

 失意に沈んだ歌人のもとに現れ、夜毎契りを結ぶ美女の怪を描いた本作は、その物語上、艶めいた空気感が必要となりますが、哉井氏の絵は、それにきちんと応えて、少ないページ数の中で、下品にならない艶っぽさというものを描き出していたと感じました。
 そして――この物語で描かれた人外の恋は、一休の調伏により終わりを告げるわけですが、妖が消える際に若き歌人が、そして一休が一瞬浮かべた切ない表情は、この物語を単なる妖怪退治ものに留まらない余韻あるものとしており、その点には大いに頷かされるものがあります。
 また、表情と言えば、ラストの一休の表情が、物語中の厳しいイメージと裏腹な実に茶目っ気たっぷりなものとして描かれていましたが、これは朝松一休の持つ多面的なキャラクター性の現れと解してもいいのかもしれません。

 もっとも、説明的な台詞が多すぎると感じさせられる点はあり、そこは漫画として見た場合はどうかと感じましたのも正直なところですが、そこは今後の経験が解決してくれるでしょう。
 「ぬばたま一休」シリーズは、相当にバラエティ豊かな内容であり、時にグロあり、時にアクションありとなっている中で、本作の原作は比較的おとなしい部類に入るもの。その原作の味わいを絵として活かしてみせた哉井氏がシリーズの他の作品を描くとき、どのような姿となるのか…これはなかなかに興味深いことであります。
 次の哉井一休との出会いを楽しみに待ちたいと思います。


「ぬばたま一休 -紅紫の契-」(哉井涼&朝松健 「少年シリウス」2007年3月号掲載)

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2006.12.13

「ねこのばば」 間口が広くて奥も深い、理想的世界

 大妖の孫ながら虚弱体質で心優しい若旦那と、彼を取り巻く妖たちが難事件に挑むシリーズ第三弾が文庫化されました。シリーズ第三段ということで基本設定はほとんど完全に固まり、登場するのも既にお馴染みの顔ぶれ。ファンタジックな要素を内包しながらも世界観が安定しているため、全く違和感なく安心して物語を楽しむことができます。
 以下、収録作品について簡単に紹介と感想を。

「茶巾たまご」
 何故か元気一杯、食欲一杯の一太郎。その頃、彼の兄に縁談話が持ち上がっていたが、その相手が変死したという知らせが入って…

 一見何も関係のなさそうな一太郎の健啖ぶりと、商家の娘の死が意外なところで結びつくお話。何と言っても、ゲストである謎の男のキャラクターが秀逸で、何とも微笑ましい気持ちになります。事件の動機(というか引き金となったもの)も、この時代を背景としたユニークなもので感心しましたが、犯人像については「本当に怖いのは人間」というのを出そうとする気持ちが強すぎてちょっと違和感がありました。


「花かんざし」
 鳴家を抱いて離さない迷子の少女・於りん。家に帰ると殺される、という彼女の言葉が気になった一太郎は、彼女の家の様子を密かに探りますが。

 コミカルなようでいて実は非常にヘビーな展開も多いこのシリーズですが、本作もそんな一編。家に帰されるのを怯える少女、というと、昨今流行りの厭な厭な事件を連想しましたが、その背後の真実は、ある意味それ以上に重く哀しいもの。しかし、そんな重い事件もそっと包み込んでくれる優しさもこのシリーズにはあると再確認させてくれました。ゲストキャラのお雛さんのキャラクターも印象に残ります。


「ねこのばば」
 広徳寺に捕まったなりかけの猫又を請け出しに行く一太郎たちですが、折しも寺ではたくさんの美しい袋が木にぶら下がるという怪事が。さらには寺僧が殺害される事件まで発生、一連の事件の背後には…

 ミステリとして見た場合、本書の中で一番完成度が高い作品と言ってまず間違いのない本作。物語を構成する、それぞれ一見無関係に見える要素が実は陰で密接につながりあって一つの事件を作り出している、というだけでも面白いですが、それがこのシリーズならではの、このシリーズでなければ成立し得ない必然性を持っていることに大いに感心いたしました。師弟関係ということで、都筑道夫先生の「なめくじ長屋捕物さわぎ」シリーズと比較する方もいらっしゃいますが、それもむべなるかな、です。
 そしてまた、本作で示される犯人像も、物語の時代背景を押さえたものであると同時に、極めて現代的な――現代に通じる――ものであって(いるいる、こういう人間! と思いました)、唸らされました。
 ある意味、本シリーズの一つの完成型かもしれません。

「産土」
 ふとした縁で、若旦那の父の店で働くこととなった犬神の佐助。折からの不況で経営難に陥る店が増える中、佐助は自分の店の中で出所不明の金を見つけますが、それには思わぬ裏が――

 ミステリとしての完成型が「ねこのばば」とすれば、ホラーとしての極は本作、という印象のある作品。一太郎の兄やの一人である佐助の出生や一太郎の祖母との出会いも描かれますが、本筋は、商人たちを次々と毒牙にかける恐るべき妖魔と佐助との対決であります。物語の内容と密接に関わるのであまり詳しくは書けませんが、人の心の透き間に忍び込み、人の命を、魂を蝕んでいくその魔物の存在は、決して派手なものではないのですが、しかしそれだけにある意味身近で、そして極めて危険で恐ろしいもの(そしてそれは、人間の弱さ愚かしさと表裏一体のものなのですが…)。魔物の正体が描かれる場面の不気味さ、おぞましさはシリーズでも白眉かと思います。
 それだけにオチは工エエェェ(;´Д` )ェェエエ工という気がしないでもないですが、これはこれでスタイル的にミステリということでアリかな。

「たまやたまや」
 一太郎の幼馴染・栄吉の妹・お光に持ち上がった縁談。栄吉に代わって、一人相手の素性を確かめに行く一太郎ですが、その相手ともども思わぬ事件に巻き込まれることに。

 内容的にはキャラクターもの、人情ものとしての色彩が強い本作、これまでも物語の端々に顔を出していたお光の存在を遠景に、献上品を巡るどたばたが描かれます。
 お話的にはそれほど凝ったものではないのですが、しかし、幼なじみである異性の結婚という、甘酸っぱくてどこか切ない出来事に触れた一太郎の心の揺れが、細やかに描かれていて印象に残りました。


 というわけで、以上五篇のバラエティに富んだ物語、ご覧の通り時代ものファンもミステリファンも妖怪ファンもそれぞれに楽しめる作品ばかり。間口が広いだけでなく奥も深い、まこと理想的な物語世界として、いよいよ脂が乗りきってきた印象があります。続巻も非常に楽しみですね。


「ねこのばば」(畠中恵 新潮文庫) Amazon bk1

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2006.12.01

「泣く侍」第一巻 侍と人間の狭間で

 最近すっかりおとなしくなってしまった感のある「コミック乱ツインズ」誌で、エッジの効いた描写で読ませてくれる数少ない作品、「泣く侍」。連載開始以来待ちに待っていたこの作品の単行本第一巻がようやく発売されました。

 主人公・物辺総次郎は、姪の沙絵を連れて江戸へ旅する青年武士。しかし、彼の身には、藩の跡目相続の妨害を図った上、実の姉夫婦と甥を斬り、沙絵を連れ去った嫌疑がかけられていたのでありました。その嫌疑を晴らし、亡き義兄の無念を晴らすため、旅を続ける総次郎ですが、藩からの追っ手は次々と二人を襲うことになります。さらに、最強の敵として総次郎を追うのは、かつての彼の親友であり、今は狂気に陥った剣鬼・伊藤清之進。
 四面楚歌の状況の中、一縷の希望を込めて江戸に向かう総次郎は、たとえ相手が追っ手でも悪人であっても斬ろうとはしませんが、しかしそんな彼の気持ちが踏みにじられ、罪なき者たちの命が奪われたとき――怒りと悲しみが頂点に達した総次郎の涙ながらの剛剣が、相手の命を容赦なく奪うことと相成ります。

 と、ストーリー自体はさほど珍しくない、むしろ正統派の物語の本作。しかしながら、画からほとばしる情念においては、当代で五本の指に入るのではないかという凄まじさで、読んでいる間、重く大きな鉛の玉を、ズドンと腹に飲み込んでしまったような気分になります。

 そんな本作の情念と重さを体現するのは、もう一人の主人公と言うべき伊藤のキャラクター。総次郎の姉夫婦を斬った犯人であり、その際に総次郎の木刀に両目を潰された彼は、経文が隈無く書かれた覆面で顔を覆い、藩を捨てて一人総次郎を斬るために追います。そしてその異形の姿同様、精神も異形と化した伊藤は、行く先々で関係のない人々を次々と刃にかけていくのですが――しかし、彼が総次郎を追うのは復讐のためなどではなく、また彼が狂気に陥ることとなったのも理由あってのもの。
 その彼の狂気の淵源を描いた、単行本第一巻のラストに収録された第六話は、彼もまた総次郎同様の犠牲者であり、そしてまた一個の血の通った人間なのだと強く感じさせます。

 侍は人前で涙を流さぬ者。そうであるならば、泣きながら侍の証である刀を振るう総次郎は、矛盾した存在であり、また異端者と呼ばれるべきなのかもしれません。
 しかし同時に、それは、侍の世界の権謀術数に巻き込まれながらも、せめて正しい道を守り、進みたいとあがく、哀しくも尊い、人間の姿でもあります。
 侍と人間の狭間でもがき苦しみながらも歩み続ける――そしてその意味では、伊藤もまた「泣く侍」であります――総次郎の行方を見つめていきたいと思います。


 …当代、スゴい時代コミックというとまず「シグルイ」の名が上がるかと思いますが、なかなかどうして、この「泣く侍」も、そのスゴさではおさおさ引けを取るものではありませんぞ。


「泣く侍」第一巻(中山昌亮 リイド社SPコミックス) Amazon bk1

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2006.09.19

今月の「コミック乱ツインズ」 黄金時代復活間近?

 リイド社の「コミック乱ツインズ」誌、ここしばらくはちょっと内容的に低調かな…と思っていたのですが、石川賢の新連載も好調で、私的な黄金時代(「丹下左膳」「慈恩」「たまゆら童子」「真田十勇士」「黒田・三十六計」が揃い踏みしてた頃。しかし前三作はまともに単行本化されていないのはどうしたわけか!)ほどではありませんが、ずいぶん面白くなってきました。

 さて、連載第三回の「戦国忍法秘録 五右衛門」は、ストーリーはほんのちょっと進めつつ、後はアクションでバンバン押していくというなかなか理想的なパターン。五右衛門の火術で木っ端微塵となったかに見えた雀丸ですが、無数の鳥を盾にして生存。さらに触れずして相手を斬る、いかるが忍法「斬撃剣」を操る蘭丸まで登場。凄まじい間合いの長さの攻撃をいかにして破るのか!? と