2019.06.22

梶川卓郎『信長のシェフ』第24巻 大坂湾決戦の前哨戦にケン動く


 近づきつつある「その時」に向け、歴史を変えるために動き出したケンの奮闘はまだまだ続きます。この巻は丸々一冊かけて、織田と毛利の大坂湾決戦――木津川口の戦いの前哨戦というべき内容が描かれます。強敵の仕掛ける様々な策に対して、ケンは信長から意外な役割を命じられることに……

 歴史を変えて信長を救うため、不確定要素というべき最後の現代人を探すケン。どうやら四国の三好長治に仕えていた料理人が彼らしいと知ったケンですが、しかし中国四国は、織田と激しく敵対する強敵である毛利の勢力圏。特に海は、毛利と組んだ最強の村上水軍の支配下であります。

 そんな中、信長がケンに命じたのは――堺の商船の、その護衛の船に飯を振る舞うという謎のお役目。
 護衛というにはどうにもガラの悪い、どう見てもアレな感じの連中が(嫌がらせのために)持ち込む様々な食材を文字通り捌き、彼らの長にも気に入られたケンですが……

 と、言うまでもなく、その彼らこそが――なのですが(古今東西の料理には異常に詳しいケンも、この歴史知識は持っていなかったのか、とちょっと微笑ましい)、そんなところに自ら現れた信長の言葉が実に格好良い。
 いかにも本作の信長らしい、一歩間違えれば誇大妄想のようでいて、しかし先見の明がありすぎるその言葉に――現実の信長がそうであったかはさておき――ケンならずともKOされてしまうのはよくわかるところであります。

 しかしこのミッションの最中、これで料理を作ってみろとウミガメを差し出された時のケンの嬉しそうな顔たるや……


 さて、それもこれも信長が勝利した暁のことですが、しかしその彼の前に今立ち塞がっているのは、何度も繰り返すように毛利――あの元就にも負けぬ俊傑・輝元であります。

 そしてその輝元を謀略で支えるのは、小早川隆景――養子のおかげでいまいちイメージがよろしくない隆景ですが、しかし本作の隆景は、実にシブく格好良い。
 決して正面からの力押しではなく、信長を倒すために最も有効な手段は何か――それを見定めて、着々と布石を打っていくその姿は、本作にはこれまでいなかったタイプではないでしょうか。

 そしてその隆景の策の一つが、ある意味最も定番である調略、すなわち寝返り工作。そしてここでそれに引っかかって信長を裏切ったのが誰であるか、それは史実を知る我々にとっては、一目瞭然であります。
(あまりにもダメ人間なので、少しは裏があるかと思ったら本当にダメ人間だった……)

 しかし信長にとってはそれが誰かわかるはずもありません。内通者がいるらしい、とまではわかったものの、果たしてそれが誰なのか、肝心なところでわからない――とくれば、ケンの出番です。
 正直なところ、信長が前線で戦っていた頃の方が普通(?)の任が多かったケンですが、信長が隠居して身軽になってからは、無茶なミッションが増えた気がする――というのはさておき、今回の任務は内通者探しであります。

 内通者と結んで、本願寺に米を運び込んでいるのが川筋衆――川を使う運輸業で生計を立てている人々――と知り、彼らの元に向かうケン。
 しかし彼らは元々、本願寺の仕事を引き受けて暮らしていた人々であり、その本願寺を包囲して仕事を奪った信長はむしろ敵であります。そんな彼らの心を開くことができるか――おお、ケンの仕事らしくなってきました。

 ここでケンが繰り出すのが、料理としての見事さはもちろんのこと(この巻で一番おいしそう!)、川筋衆の身を立てるという点でも理にかなったのが楽しいところ。
 そしてここからさらに内通者を炙り出すためにケンが持ち出したのは――FSR!? 確かに戦場めしではありますが、と戸惑っていれば、それを使った策もなかなか面白くで、いやはやケンも人が悪くなったものだ――と妙なところで感心させられるのです。


 と、冒頭に述べたとおり丸々前哨戦、歴史の表面上はまだ何も起きていないだけに、地味といえば地味なのですが――ケンの料理の面白さと使いどころの巧みさはもちろんのこと、歴史上の人物解釈・描写の面白さもあって、この巻もしっかりと読まされてしまいました。。
 しかしいよいよ木津川口の戦い――歴史が大きく動くことになります。そして木津川口の戦いといえば、信長のあの船が登場するはずですが――本作でそれがただの船であるとは思えません。それも含めて、今から次の巻が楽しみなところであります。


『信長のシェフ』第24巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 24 (芳文社コミックス)


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 梶川卓郎『信長のシェフ』第23巻 思わぬ攻防戦、ケンvs三好!?

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2019.05.13

大塚已愛『ネガレアリテの悪魔 贋者たちの輪舞曲』 少女と青年と贋作の戦いと救済の物語


 先日ご紹介した同じ作者の『鬼憑き十兵衛』の日本ファンタジーノベル大賞受賞と同年に第4回角川文庫キャラクター小説大賞を受賞した本作は、19世紀末のロンドンを舞台に、「贋作」から生み出される魔を祓う青年と少女の戦いを描く、奇怪で風変わりで、そして美しくもどこか物悲しい冒険譚です。

 ハンズベリー男爵家の長女でありながら一人身軽に外を歩き、画廊や美術館で絵画を鑑賞するのをこよなく愛する少女、エディス・シダル。ある日、父の使いで画廊を訪れた彼女は、そこでルーベンスの未発表作品と言われる絵画を目にすることになります。
 しかしその絵から、強い怒りと羞恥の念をを感じ取るエディス。彼女の言葉に反応した深紅の瞳の美青年サミュエルは、この絵は贋作だと断じて去っていくのでした。

 数日後、再び同じ画廊を訪れたエディスが見たものは、店内が闇に包まれ、人々は全て意識を失うという奇怪な状況。そして異空間と化した店に閉じこめられた彼女の前で、あの贋作は奇怪に変貌し、中から鋼の異形が現れたではありませんか。
 異形に襲われた彼女があわやというところに現れたのは、あの美青年サミュエル。異空間にも平然と入り込んできたサミュエルは、手にした極東の刀と人間離れした身体能力を武器に、異形を迎え撃つのですが……


 この事件をきっかけに、現世に口を開いた異界「ネガ・レアリテ」で、贋作を媒介に生まれる魔を祓うサミュエルの戦いに巻き込まれたエディス。本作はこの二人が、ネガ・レアリテを解き放たんとする妖人に挑む姿を描く、全3話の連作スタイルの物語であります。
 その作風を一言で表せば、「ダークファンタジー」――THORES柴本の表紙絵が何よりもふさわしい作品といえます。

 そしてそんな本作のモチーフであり、最大の特徴が、絵画――それも「贋作」であることは言うまでもないでしょう。ある作家の作品として偽ってこの世に生み出される「贋作」。本作はその存在を、著名な作家たちの、現実に存在する真作と対比させつつ、一定以上のリアリティをもって、見事に浮かび上がらせます。
 しかし本作は――それを扱う多くの作品がそうであるように――贋作の真贋のみを問題とする物語ではありません。本作で描かれるのは、そのように描かれてしまった贋作の悲しみや怒り、怨念――「生まれてきたことそのものが罪である存在」の想いなのです。

 贋作が何故描かれるのか――その理由は様々に存在します。そしてその数だけ、贋作者の想いが、そして贋作自身の想いがある……。本作はそれを、真摯な審美眼と、豊かな感受性、そして何よりも優しさを持つエディスの瞳を通じて浮かび上がらせます。そしてそれを認め、心に留めようとする彼女の存在は、贋作たちに一種の赦しを与えるのです。

 それは、刀と呪法でもって贋作の魔を倒し、祓うサミュエルとは、また別の力を発揮するのであり――そこに本来であればごく普通の少女でしかないエディスが、一種の超人たるサミュエルのパートナーとして活躍する意味がある、という構成も巧みであります。


 しかし、本作はそれ以上の贋作との関係性を二人に持たせます。

 実は男爵の実の子ではなく、その姉が誰とも知らぬ男との間に生んだ娘であるエディス。彼女に注がれる家族の愛は本物であったとしても――しかし本物の家族ではない、という意識が彼女にはつきまといます。それは彼女自身が、自分を不義の子という「生まれてきたことそのものが罪である存在」と感じているからにほかなりません。
 そしてサミュエルもまた――その形は彼女とは全く異なるものの――一種の贋者であり、そしてやはり同様の存在なのです。

 そんな二人が出会い、そしてある意味己と同じ存在である贋作の魔と対峙することによって、己自身を見つめ直し、そして互いに見つめ合う時生まれるもの……
 エディスが贋作に与えるものが救済であるとすれば、同時にそこには彼女自身の、彼女とサミュエルへの救済がある――そんな物語構成が、本作に豊かな味わいを生み出しているのであります。


 全てを知る敵の企てに、二人がほとんど何も知らされぬまま(そしてそれは読者も同様なのですが)翻弄されるという物語展開には違和感を感じないでもありません。日本刀と日本の呪法を操るサミュエルにもやり過ぎ感はあります。

 しかし――本作で描かれる異形の存在と、それに対して、そして二人に対して与えられる救済の形は、何よりも魅力的に感じられることは間違いありません。是非とも続編を読みたい作品であります。


『ネガレアリテの悪魔 贋者たちの輪舞曲』(大塚已愛 角川文庫) Amazon
ネガレアリテの悪魔 贋者たちの輪舞曲 (角川文庫)


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2019.04.26

琥狗ハヤテ『ねこまた。』第5巻 町人と武士 異質な物語の中に浮かぶもの


 家に憑く不思議な存在「ねこまた」と、そのねこまたに憑かれた(懐かれた?)仁兵衛親分の日常を描く四コマ漫画『ねこまた。』の第5巻であります。静かな日常を描く本作に血生臭い空気を持ち込む人斬り浪人・三好の存在を気にかける親分ですが、ついに三好の運命に大きな変転が……

 「家」に必ず一匹憑いている、猫又ならぬねこまた。その一匹に憑かれている京の岡っ引き・仁兵衛親分は、その正義感と腕っ節から町の人々に慕われる好漢であります。
 人には見えないねこまたたちと会話することから、「ささめ(つぶやき)」というありがたくない渾名を頂戴している仁兵衛ですが、肩の一匹、そして家の四匹のねこまたたちと暮らす仁兵衛は、それなりに彼らとの平穏な生活を楽しんでいて……

 という、基本日常系(?)の四コマ漫画である本作。この巻でももちろんその流れは変わることなく、親分とねこまたたちの、何とものんびりとした、そして微笑ましい日常が描かれております。
 しかし本作では同時に、1巻に数回、極めてシリアスな物語が短編形式で挿入されることになります。そして第3巻以来そのシリアスパートを担ってきたのが、京にやってきた朱鞘の浪人・三好なのであります。

 その三度笠に白ねこまたが憑いているということもあり、仁兵衛にとっては何とも気になる人物である三好。賞金稼ぎという殺伐とした稼業の彼は、かつては某藩の歴とした侍であったことが、前の巻で描かれました。

 御家騒動に巻き込まれ、主も家族も、全てを喪い、故郷を捨てた――その過去は知らないものの、大きな陰を背負っていることはいやでもわかる三好を、仁兵衛は治安維持を担う岡っ引きの役目以上に、気にかけるようになります。
 そしてその彼の危惧が現実のものとなる日が、ついにこの巻で描かれることになります。それは桑名からやって来た男・木下――三好に対する討ち手の出現であります。

 見かけはわんこ系で正直な人柄ながら、見えないはずのねこまたの存在を察知する力を持つ木下。そんな彼は、実は三好とは竹馬の友であり、同門の剣士であります。
 そんな間柄でありながら、主家の命により、三好を斬らねばならぬ木下。仁兵衛は三好を救うため、何とか二人が対面するのを避けようとするのですが……


 作中で登場する、桑名という地名と、前の巻で描かれた野村(そして藩主が定重)という名前からすると、ほぼ間違いなく、18世紀初頭に伊勢桑名藩で起きた御家騒動・野村騒動が題材となっているこのエピソード。
 これまで史実との関係が匂わされることはほとんどなく、いつかどこかの物語として描かれてきた本作においては、かなり異質に感じられるところですが――それが逆に、強烈な印象を残します。

 たとえねこまたという妙な因縁で結ばれ、互いに不思議な共感を抱きながらも、しかし片や浪人とはいえ武士、片や町人である岡っ引きである三好と仁兵衛。同じ町に暮らしながらも、しかし二人の属する世界は、その世界を動かす規は、あまりに異なるものであります。
 どうにもできぬ世界の規を前に、仁兵衛は何を想うのか。そしてその規に縛られた末に、全く望ままに敵同士として対峙することを余儀なくされる三好と木下の運命は……

 平和な世界に生きる我々にとってみれば異質でしかない、しかしそれでいて我々と同じ人間たちが演じる悲劇の姿は、仁兵衛そしてねこまたたちという存在を間に挟むことで、より鮮明に、我々の胸に突き刺さるのです。
(そしてその両者の間に立つ、立たざるを得ない、奉行所の寺島の旦那の存在感が、また実にいいのであります)


 今回の三好のエピソードを通じて、これまで以上に「時代劇」を描いてくれた本作。しかしそこにあるものが、これまで本作が日常の中で描いてきたもの――この世に生きる者の生の姿と情の形と本質的に変わらぬものであることは言うまでもありません。
 己の「家」を喪い、そして図らずも己が白ねこまたの「家」となってさすらい続けた三好。その彼が向かう先は――やはりこのエピソードは、本作だからこそ描くことができた物語と評すべきでしょう。

 哀しくも心に沁みる物語であります。


(と、一瞬親分についにロマンスが!? と思われた展開もあったのに、完全に頭からすっ飛んだこの巻であります)


『ねこまた。』第5巻(琥狗ハヤテ 芳文社コミックス) Amazon
ねこまた。 5 (芳文社コミックス)


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2019.04.04

重野なおき『信長の忍び』第15巻 「負け」続きの信長に迫る者


 『信長の忍び』第15巻は、第三次包囲網に参加した諸勢力との戦いの真っ最中の信長を描く内容。当然ながら千鳥(と助蔵)もあちこちに飛び回ることになりますが――何と今回は戦国の超大物との出会いまで!?

 元将軍・足利義昭の暗躍(手紙攻勢)によって、本願寺・毛利・上杉といった、いまだ信長に屈せぬ強豪たちによって形成された信長包囲網。何とかこれを突き崩そうとする信長ですが、局地戦では分が悪く、苦戦や敗戦が続くことになります。
 その間も各地で発生する戦いの火種――というわけで、この巻では信長があまり動かない分、千鳥たちが各地に奔走し、戦いを見届けることになります(という形で、信長が直接参加していない戦いを描いてみせるのは、相変わらず巧みだと感心させられます)。

 そしてこの巻でその第一弾となるのは、北畠具教――かつて信長と戦い、そして千鳥との一騎打ちを繰り広げた剣豪大名であります。信長に敗れた後、信長の次男・信雄を養子にした具教ですが、包囲網に加わったことで、ついに粛正されることに……
 が、ここで手を下したのは信長ではありません。その信長に命じられた信雄なのですが――その信雄がどのような人物であるか、ご存じの方も多いでしょう。

 そう、信長から「うつけ」の部分だけを継いだような人物――一方的に歴史上の人物を下げることは比較的少ない本作において、容赦なくボンクラとして描かれているのですから、その程度は推して測るべし、でしょう。
 そのようなボンクラを養子とし、そして攻め滅ぼされる具教の無念たるやいかほどのものか――最後の望みすら叶えられない最期には、酷く苦いものが残ります。

 そして主人公が信長に命じられるまま、そのボンクラに手を貸した(わりに綺麗事を言っていること)ことにも釈然としないものが残ります。この辺りは、その先の歴史がある種の皮肉となっているだけに、それをどのように描くか、気になるところですが……


 それはまだ先の話として、次いで信長が対峙するのは、本願寺攻防戦で織田軍を最も苦しめた男・雑賀孫市率いる雑賀衆。
 傭兵として乱世が続くことを望む孫市と、乱世を終わらせようとする信長――現実に信長がそのような人物であったかは別として、本作においてはある意味好一対の男であります。

 そして信長に千鳥(と助蔵)がいるとすれば、孫市にも――というべき凄腕の少女ガンマン・小雀と蛍が登場。
 織田軍と雑賀軍の激突の背後で、この両者の激突が描かれるのもまた面白いのですが――そのある意味局地戦を描きつつ、この戦いの複雑な決着を解説してみせるのは、これは本作ならではの面白さでしょう。

 そして解説といえば、この巻を読んで改めて理解させられたのは、この時期の信長が苦戦続きであったこと。前の巻で描かれた丹波攻略失敗、天王寺の苦戦、木津川口の敗戦――そしてこの雑賀攻め。
 決して自領を失ったわけではなく、それだけに負けという印象は薄かったのですが、なるほど攻めていった先で撃退されるのは、確かに「負け」と言うべきでしょう。


 そしてこの巻の終盤では、その「負け」続けの信長に迫る男が、それも二人描かれることになります。

 その一人が上杉謙信。言うまでもなく戦国最強の大名の一人でありながら、これまで本作においてはほとんど全く出番のなかった人物が、ついに描かれることになるのですが――その登場の仕方がとんでもない。
 「かなり信憑性が低い」「本当に無茶苦茶」と作中でも言われるほどの、ある逸話を踏まえて描かれる謙信の姿は、やはり実に本作らしいデフォルメぶりなのですが――しかし恐るべき強敵であることは間違いありません。

 そしてもう一人は――それはここではその名を伏せますが、下克上・謀叛を繰り返し、ある意味戦国の申し子と言うべき存在ながら、ここのところ一武将に甘んじてきた人物。
 千鳥とも縁浅からぬキャラクターとして、本作ではどちらかといえばコミカルに描かれていたこの人物がついに――というのは、これまで本作を読んできた身には、何とも感慨深いものがあります。


 「負け」続きの信長に迫る二人――何とも気になる引きで、次の巻に続くことになります。


『信長の忍び』第15巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
信長の忍び 15 (ヤングアニマルコミックス)


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 重野なおき『信長の忍び』第12巻 開戦、長篠の戦 信長の忍びvs勝頼の忍び
 重野なおき『信長の忍び』第13巻 決戦、長篠に戦う女たちと散る男たち
 重野なおき『信長の忍び』第14巻 受難続きの光秀を待つもの

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2019.02.25

『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(その一)


 様々な合戦を、豪華作家陣がそこに参陣した武将一人ひとりを主人公に描くアンソロジー『決戦!』シリーズの第8弾は『決戦! 設楽原』。設楽原? と一瞬思うかもしれませんが、これはいわゆる長篠の戦い――副題にあるとおり、武田軍と織田・徳川連合軍の文字通り決戦を描いた一冊であります。

 以下、収録作品を一つずつ取り上げます。

『麒麟児殺し』(宮本昌孝):徳川信康
 徳川家康の長子であり後々まで家康の信頼厚かったことがうかがわれる徳川信康。その信康と設楽原の戦いというのは今ひとつ結びつかない印象ですが、そこに参戦していたのは事実。しかしそれ以上に彼とこの戦いを繋ぐのは、大賀弥四郎事件によってでしょう。

 本作における信康は、武勇もさることながら、その鋭い知恵の冴え、若いに似合わぬ腹芸の使いよう、そして何よりも配下や周囲を慮る人物の大きさと、言うことなしの英傑。作者は颯爽たる英雄たちを描かせれば右に出る者のない作家ですが、本作の信康もまた、確かに作者の主人公であります。
 そんな信康が知ったのは、実母・瀬名の近くに仕える弥四郎の不穏な動き。勝頼の三河侵攻と呼応して岡崎に武田軍を引き込もうとした弥四郎の動きを、水際立った動きで防いで見せる信康ですが……

 本書の主題である設楽原の戦いの引き金となった勝頼の三河侵攻の、そのまた引き金となったとも言われる大賀弥四郎事件。その意味ではこの事件を描く本作は、本書の巻頭に置かれるにふさわしいと言えるでしょう。
 しかし本作はそこで終わりません。本作のタイトルの意味は――それは残念ながら、史実が証明するところであります。颯爽たる英雄を描きつつも、その英雄が小人たちによって悲劇的な最期を遂げるのもまた、作者の作品にはまま見られること。それが歴史と言ってしまえばそれまでですが、何とも物悲しく、口惜しいことであります。


『ならば決戦を』(佐藤巖太郎):武田勝頼
 設楽原での決戦は、言うまでもなく信長がこの地に誘き寄せて起きたものではありますが、しかし直接の引き金を引いたのは勝頼の決断であることは間違いありません、本作で描かれるのは、その勝頼が決戦を決断する姿であります。

 元々は後継者の資格がなかったものが、兄の死によりその座につけられ、信玄へのコンプレックスと諸将との反目から、無理な拡大路線を続けた――という人物像が定番の勝頼。
 本作もそれを踏まえたものではあるのですが、三人称と勝頼の一人称を交互に用いるという変則的なスタイルを通じて浮かび上がるのは、愚将のイメージからは遠い、等身大の勝頼の姿であります。

 この決戦の判断について、甚だしきは、勝頼と側近が、父の代からの宿将たちを一掃するために無謀な戦を仕掛けた、などという説もまま見かけます。しかし、本作の勝頼の判断は、失敗ではあるもののある意味ごく真っ当であり――それだけに、その後の結末が身につまされるものがあります。


『けもの道』(砂原浩太朗):酒井忠次
 どちらかというと壮絶な最期を遂げた武田軍の武将の方が印象に残る設楽原の戦いですが、それに対して織田・徳川軍で最も印象に残る武将は、酒井忠次ではないでしょうか。
 本隊が設楽原で武田軍と激突する中、別働隊を率いて夜の山を越え、長篠城を囲む鳶ヶ巣山の砦を奇襲、さらに武田軍の退路までも断つという活躍を見せた忠次。情報が漏れることを恐れた信長に献策を一旦撥ね付けられながらも、後に密かに決行を命じられたという逸話も含めて、実にドラマチックです。

 本作はその忠次の奇襲を巡る意外譚。土地の者に道案内を依頼した忠次の前に現れたのは、何と女性――武田軍に夫を殺された敵討ちのために協力を申し出た杣だったのであります。夜目が利くという彼女の先導で、忠次たちは危険極まりない夜の山道を行くことになるのですが……
 という本作で描かれるのは、奇襲そのものではなく、そこに至るまでの山中行。道案内が女性という設定も面白いのですが、何よりも素晴らしいのは、その山中行の描写そのものであります。

 夜の山が刻一刻と姿を変えていく様、そしてそれに対して人間たちがある意味合戦以上に命がけで挑んでいく様――その描写は、合戦以上に強く印象に残ります。
 途中のある展開が(ある意味お約束に感じられて)ちょっと引っかかったのですが、それも終盤の一文で納得であります。


 長くなりますので数回に分かれます。


『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(宮本昌孝ほか 講談社) Amazon
決戦!設楽原 武田軍vs.織田・徳川軍


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2019.02.20

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第20巻 いつまでも変わらぬ、そして新鮮な面白さを生む積み重ね


 ちょっと不思議な力を持つ猫絵師・十兵衛と、元・猫仙人で今は十兵衛の相棒・ニタを狂言回しに描く本作も、連載12年目にしてついに単行本20巻達成であります。しかし20巻目でも描かれるのはこれまで変わぬ物語――人と猫と妖が織りなすちょっと不思議な物語の数々であります。

 猫と会話できるのをはじめ、この世ならぬ世界に触れることができる十兵衛と、十兵衛の絵を実物に変えるなど、強力な神通力を持つニタ。この凸凹コンビを中心に、時に切ない人情噺、時にちょっと恐ろしい怪異譚、時に可愛らしい猫物語を綴ってきた本作。
 この第20巻には全8話+αが収録されていますが、妖絡みの話が多めなのが特徴でしょうか。

 猫神の娘・真葛が想いを寄せる人間・権蔵が巻き込まれた奇妙な怪異の姿が描かれる「科戸猫の巻」
 師走も押し迫った頃、十兵衛たちの周囲に出没する謎の影の意外な正体を描く「事納め猫の巻」
 お馴染みの猫怖浪人・西浦さんの猫まみれの日常を描く「西浦弥三郎の日々の巻」
 かつて子供の頃の十兵衛が出会った、人そして猫とともに暮らす狐を巡る思い出「初午猫の巻」
 木彫り職人として今日も頑張る信夫が寺の経蔵に彫った猫が、夜毎抜け出して鯉を穫るという「経蔵猫の巻」
 十兵衛が捜索を依頼された、家を飛び出した猫の意外な旅路が語られる「踏み猫の巻」
 老夫婦から河鹿が鳴く絵を奪った旗本の横暴を十兵衛とニタが懲らしめる「河鹿笛猫の巻」
 七夕というのに雨が降り続く中、再び十兵衛の前に現れた異国の猫王が引き起こす騒動を描く「烏鵲猫の巻」
 その猫王とお供の日本観光の模様を描く猫絵茶話「妖精日本紀行」

 お馴染みの面々の登場あり、新顔の登場ありと、登場するキャラクターも、そして彼らが繰り広げる物語も、相変わらずバラエティに富んだこの巻の収録作品。先に述べたように妖絡みの物語が多いためか、不思議なのはもちろんですが、しかしどこか穏やかで呑気ですらある空気が楽しめます。

 例えば「事納め猫の巻」に登場するのは、これまでも作者の作品に何度か登場してきた、ある妖怪。シンプルでどこかユーモラスでもあるその妖怪は、しかし今回はちょっと意外で剣呑ですらある目的で現れます。
 その妖怪に十兵衛たちがどう対処するかがこのエピソードの肝なのですが――いかにも妖怪らしい(?)妙な義理堅さを逆手に取った展開は、一編の民話を聞かされたような暖かみすら残します。

 また、ラストの「烏鵲猫の巻」は、以前に弟猫に会うためにはるばる海を渡ってきたエーレ(アイルランド)の猫王・イルサンが再び登場。
 この漫画では当たり前ながら極めて珍しいバリバリの洋装で登場し、王族に相応しい気品と傲岸さを見せるイルサンですが、それでも時折すっとぼけたところを見せるのは、作中でぬけぬけと語るように「猫だからね!」ということだからでしょうか。この辺りの空気感も、実に本作らしい味わいです。

 一方、そんなユニークな妖たちを前にしては人間たちの影はちょっと霞みがちではありますが、「初午猫の巻」で自分とともに暮らす雌猫と雌狐を見守る堂守の男などは、なかなかに味わい深い造形であります。


 と、そんなゲストキャラクターたちがまず印象に残るところではありますが、しかしそれも十兵衛やニタたち、レギュラーキャラと、彼らの物語があってのことであるのは言うまでもありません。

 本作は各話読み切りの短編連作スタイル。どこから読むこともできる物語構成ゆえ、作中で時間の経過を感じさせることは――「初午猫の巻」のような過去エピソードを除けば――基本的にほとんどありません。
 その意味では、十兵衛とニタたちは変わらぬ日常を送っているわけですが――しかしそれが決して単調などではなく、毎回それぞれに新鮮さを感じさせてくれるのは、本作のレギュラーたちの描写が、そしてそれが描かれる物語が、丹念に積み上げられてきたからにほかなりません。

 そしてその積み重ねこそが、いつまでも変わらない面白さを生み出していることも、言うまでもありません。


 12年、そして20巻もほんの通過点――これからもいつも変わらぬ、しかし新鮮な日常を描く人と猫と妖の物語は、長きにわたって積み重ねられ、そして魅力を増していくのでしょう。


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猫絵十兵衛 御伽草紙 二十 (二十巻) (ねこぱんちコミックス)


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 『猫絵十兵衛御伽草紙 代筆版』 三者三様の豪華なトリビュート企画

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2019.01.24

梶川卓郎『信長のシェフ』第23巻 思わぬ攻防戦、ケンvs三好!?


 上杉謙信との対峙を経て、もはやほとんど向かうところ敵なしとなった信長。しかし未来を知るケンにとってはこれからが正念場、歴史を変えるために最後の現代人・望月を探すべく、三好家に接近しようとするのですが――その矢先に、松永久秀の無理心中に付き合わされたケンの運命やいかに!?

 謙信と信長の対面という、正史に残らぬ一大イベントを何とか成立させ、信長の作る世界を見届けるべく、歴史を変える決意を新たにしたケン。
 そのためには、不確定要素である自分たち現代人(この時代にとっては未来人)を複数揃える必要がある――と考えた彼は、この時代に来た直後に自分たちを襲ったのが四国の三好の残党であったと知り、そこから手がかりを得ようと考えるのでした。

 しかしケンはあくまでも信長のシェフ、勝手に持ち場を離れて三好の領国に行くわけにはいきません。おまけにここで謀反を起こした松永久秀がケンとの対面を要求。
 平蜘蛛の釜を手に入れてこいと信長の無茶ぶりもあって、ケンは信貴山城に向かったものの、久秀はケンを捕まえるともろともに自爆を……

 と、それ自体は火力が小さくて助かったものの、炎に包まれた信貴山城からの脱出は容易ではありません。それどころか、久秀はケンを道連れにしようとするのですが――ここでケンを救ったのは意外な「もの」。
 それが久秀に自分の時代の終わりを納得させ、従容と死に向かわせるというのが何とも切ないのですが、しかし一代のトリックスターに相応しい最期であったと感じさせます。


 そして年は改まり、自分の天下一統が五年後には終わると、各方面軍の司令官ら重臣たちに語る信長。しかし信長は、その先を――ケン以外にはほとんど理解できない目的を語ることになります。
(ちなみにここで登場する荒木村重、なかなかのポンコツ感が)

 さらに光秀を、その片腕とも言うべき役目に抜擢し、光秀もそれを受けて感激に震えるのですが――さて、こんな理想的な主従が、何故道を違えることになるのか。
 それはまだわかりませんが、光秀をも敬愛するケンは、彼も救う道を探すことになります。そしてそのためのか細い糸が望月の存在なのであります。

 そんなわけで本能寺の変を止めるために、まずは三好家に渡りをつけようとするケン。折りよく堺に行く用事を見つけた彼は、河内に所領を持つ三好康永を訪ねようとするのですが……

 と、ここからこの巻の後半で描かれるのは、何とか康永に会おうとするケンと、ケンのことを信長のスパイと勘違いした康永以下三好家との攻防戦(?)。
 自分がそんなとんでもない勘違い――まあ、信長のエージェントではあるような気がしますが――をされてるとは思いもよらぬケンと、様々な手段でケンを追い返そうとする三好家と、ボタンの掛け違いが妙に可笑しいのですが、もちろんそこで待ち受ける難局をくぐり抜けるのは料理の力であります。

 そしてもう一人の料理人との出会いもあって、誤解も解けたケンに対して康永が語るのは何か――正直に申し上げて今回、展開的には地味ではあり、史実ともほとんどリンクしないお話ではありますが、あまり緊迫感を感じずに読めるエピソードというのは、これはこれで貴重と言うべきでしょうか。
(そしてこのエピソードのオチというべきか、ジャガイモを巡る主従の問答がほとんど漫才で異常におかしい)


 この巻のラストでは謙信が逝き、一つの時代の終わりを感じさせるのですが――さて、本能寺の変まであと四年、長いようで短い時間の中で、ケンに何が為せるのか、何を為すのか?
 以前に信長を大敗させた村上水軍との戦い(?)が始まる予感もあり、引き続き次の巻も楽しみになります。


『信長のシェフ』第23巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 23 (芳文社コミックス)


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2019.01.21

肋家竹一『ねじけもの』第3巻 大妖が見た人間の生の意味と無意味さと


 戦国時代末期の九州を舞台に、復讐に生きる山賊・カガシと、彼に興味を持ってつきまとう大妖の女・縣の姿を描く本作もこれで最終巻。自分の仲間たちを皆殺しにした戦闘集団・蜥蜴を追い続けたカガシは、伊東義祐の下についていた蜥蜴と戦うため、島津家の下で決戦の時を待つのですが……

 自らが生きるために容赦なく他の者から奪い、殺しながら放浪を続けるカガシ。ある時、妖が住まうという山に立ち入った彼は、そこに長きにわたり逼塞していた強大な妖怪・縣と出会います。
 長い生のうちに激情を失っていた縣は、復讐のために生きるカガシに興味を持ち、山を出て勝手に彼の旅に同行することに。そして旅の末、蜥蜴が佐土原城の伊東義祐に仕えていることを知ったカガシは、伊東を攻める島津義弘と対面することになるのでした。

 というところから始まるこの最終巻ですが、互いの利害関係が一致して、カガシは島津の兵となり、戦場で生き生きと暴れ回る姿を見せます。そして高城川で島津家と伊東家の求めで派兵した大友家が激突する中、カガシは以前仕留めた蜥蜴の副頭領の息子、そして真の仇である頭領と対峙することになります。
 一人で彼らに挑むカガシと、戦いを見つめる縣。あまりに強大な頭領との戦いの行方は、そしてその先にカガシを、縣を待つものは……


 第2巻辺りからそうであったように、構図的には人間と妖の物語というよりも、人間同士(と彼らを見つめる妖)の物語となった感のある本作。その印象はこの巻の背景が高城川の戦い(耳川の戦い)であることで、より強まります。

 一時は九州の覇権に王手をかけた宗麟の大友家がこの戦いで島津家に大敗したことにより、以後の大友家の運命を事実上決定づけたとも言える高城川の戦い。
 九州の戦国史において重要な位置を占めるこの戦いですが――しかし本作においては、あくまでもカガシが、蜥蜴がその中でぶつかり合い、殺し合う舞台に過ぎません。そしてその一方で、カガシと蜥蜴はまた、歴史に名を残すことのない無数の兵に過ぎないのであります。

 そしてそのある種の空漠さは、戦いの果てに明らかになる蜥蜴の頭領の意外な「正体」によって、さらに強まると言えます。復讐という激情のままに、己の身を砕きながらも目の前の敵を殺していくカガシ。しかしその最大の目標である頭領は……
 いやはやこう来たか! と言いたくなるような、ある意味危険球であります。しかしその強烈さは、そのままカガシの苛烈な生き方のアンチテーゼというべきでしょう。


 そして結末――この物語の中で語られた因果因縁というものとはほとんど無関係に、登場人物たちの生が続き、あるいは終わる様を見れば、索漠たる想いはより一層強まります。
 それでは彼らの生が無意味なのか? 一時の激情に駆られた愚かなものなのか? そして縣が自分にとっての人間の存在として喩えたように、蟻のようにとるに足らないものなのか?

 確かに人間の生とは、この世の時の流れとは無縁に生きる縣の視点からすれば、そのように感じられるかもしれません。しかしもし、それが無意味なものであったとするならば――たとえそれが小石を指先で転がす程度のものであったとしても――なぜ縣を動かしたのか。
 本作はその答えを明確に出すことはありませんが、そこに一つの小さな小さな意味を見いだすのは、人間の生というものに希望を見過ぎているでしょうか?

 どこまでも一貫してドライで殺伐とした物語の中で、人間の生の意味を――あるいは無意味さを――描く本作。
 その物語を読み終えた時、我々は結末に描かれた縣の姿に、なにがしかの感慨を覚えるのではないでしょうか。


『ねじけもの』第3巻(肋家竹一 新潮社BUNCH COMICS) Amazon
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 肋家竹一『ねじけもの』第1-2巻 人間と妖怪、激情と平静の間で

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2018.12.06

肋家竹一『ねじけもの』第1-2巻 人間と妖怪、激情と平静の間で


 戦国時代の九州・日向を舞台に、復讐に燃えて放浪する山賊・カガシと長きに渡り山に住まう妖の女・縣――奇妙な二人の姿を描く漫画であります。人間と妖怪、それぞれに考え方も生き様も違う二人が、力が全ての戦国の世で見るものは……

 強盗、追い剥ぎ、人殺し――生きるために平然と悪事に手を染めながら放浪を続ける山賊・カガシ。ある時立ち寄った村で狐の妖怪退治を依頼された彼は、好奇心からそれを引き受けて山に入った際に、凶暴な山犬に襲われることになります。
 谷に落ちた彼の前に現れたのは、人間めいた外見ながら、獣の耳を生やした巨躯の女。山犬を友と呼び、不思議な力でカガシの傷を治した彼女は、カガシの言動に興味を持ち、彼に付いて山を出るのでした。

 実は、かつて彼の仲間を皆殺しにした傭兵集団・蜥蜴衆を追って放浪を続けていたカガシ。様々な事件を経て蜥蜴衆が佐土原城の伊東義祐に仕えていることを知ったカガシは都於郡に向かったものの、そこで住民の蜂起と島津家の侵攻に巻き込まれることになって……


 復讐を目的として放浪する男、異なる時を生きる人間と妖怪のバディ――どちらもエンターテイメントではしばしばお目にかかる題材ではありますが、その二つを組み合わせた本作は、かなりユニークな手触りの物語。そしてそのユニークさを生み出す最大の原因となっているのは、カガシのキャラクターであることは間違いないでしょう。

 目的のためには手段を――特に暴力を選ばないというのは、これは決して珍しい特徴付けではないかもしれませんが、本作の描写は、そんなカガシの在り方を、決して美化することなく、むしろ露悪的に描きます。
 自分より弱い者から奪うことも、敵となった者を殺すことも躊躇わない。いや、己より強い者に勝つためには、人質など卑怯な手をも平然と使ってみせる――その姿は、ピカレスクというような格好良いものではなく、もっと泥臭く、生臭いものを感じさせるのです。

 人間と妖怪がコンビを組む場合、妖怪のキャラクターの方が、命の有り難みを理解せず、平然と暴力を振るい、それに対するものとして人間のキャラクターが存在することが大半のように思えます。
 しかし本作においては、縣の方がよほど穏やかであり――尤も、人間の命に対しては極めて無頓着なのですが――作中で本人が言っているように、カガシの方が妖怪に近い、という印象すらあります。

 その意味では、本作においては、人間と妖怪をはっきりと分けるものはないようにも感じられます。もちろん両者は、姿も、力も、寿命も大きく異なるものではありますが――特に弱肉強食の戦国の世において「生きる」ということにおいて、両者の間に大きな違いはないことが、作中では描かれていくのであります。

 いや、カガシと縣の間に違いがあるとすれば、それは種族ではなく、強い感情――己の、他者の生き様に影響を与えるほどの――有無にあると言えます。

 己を弱者と断じ、それ故に恨みを生きる原動力とするカガシ(そして彼の場合、それが他者にも同様と信じ込んでいるのがまた凄まじい)。大妖と呼べるだけの力を持つが故に、怒りをはじめとする激情を失い、カガシに生きるまで逼塞していた縣。
 果たしてそのどちらが「人間的」なのか――本作で描かれる二人の関係性は、一筋縄でいくものではなく、それだけに何ともユニークなものとして感じられるのです。


 しかしそんな二人もまた、人間の歴史の激動の中に巻き込まれていくこととなります。仇である蜥蜴衆が伊東家に仕えることを知り、戦いを挑もうとするカガシ。しかし当の伊東家は圧政により民の信望を失い、さらに九州統一を目指す島津家の圧倒的な力の前に、風前の灯火の運命にあります。
 その嵐の前に、一人の「人間」がいかなる力を持つものか――仮に一人の「妖怪」が手を貸したところで、それは微々たるものというしかないでしょう。

 その中でカガシは己の激情を貫くことができるのか。縣はそれを前に平静さを保っていられるのか。
 時は1577年、いわゆる伊東崩れが目前に迫る中、物語はいかなるクライマックスを迎えるのか――近いうちに刊行されるであろう第3巻・最終巻に何が描かれるのかを見届けたいと思います。


『ねじけもの』第1-2巻(肋家竹一 新潮社BUNCH COMICS)


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2018.11.28

鳴神響一『鬼船の城塞 南海の泥棒島』 帰ってきた海洋冒険時代小説!


 鎖国下の江戸時代、大海で暴れ回った海賊衆・阿蘭党の活躍を描いた『鬼船の城塞』が帰ってきました。エスパニア海軍との激闘の傷跡も癒えぬ阿蘭党の前に一隻の無人の南蛮船が現れたことをきっかけに、南海を舞台に新たな冒険の幕が開くことになります。

 「鬼船」と呼ばれた赤い巨船を操り、船乗りたちから恐れられた海賊・阿蘭党。彼らは館島(現在の父島)を根城に、寛保の世までその命脈を保ってきた戦国時代の後北条水軍の残党であります。
 その阿蘭党に、任の最中に襲撃を受け、部下を皆殺しにされて捕らえられたのが、元・鉄砲玉薬奉行・鏑木信之介。その武芸の腕を認められて賓客となった彼は、館島で暮らすうちに、阿蘭党の人々と少しずつ絆を育んでいくことになります。

 やがて島を狙って襲来したエスパニア海軍に対し、信之介は阿蘭党と協力して立ち向かうことに――というのが、前作に当たる『鬼船の城塞』の物語であります。

 言うまでもなく鎖国によって日本人が海外に渡航することがなかった江戸時代。それ故に江戸時代を舞台とした海洋ものはほとんどなかった中、前作は非常にユニークかつ新鮮な作品として印象に残っています。
 そしてその待望の続編が本作なのですが――冒頭で語られるのは、エスパニア海軍との決戦の影響の大きさであります。

 エスパニア海軍撃退の代償として、彼らの象徴たる鬼船を失った阿蘭党。しかし単に海賊稼業だけでなく、海の向こうから物資を手に入れることによって命脈を保ってきた彼らにとって、それはあまりに大きな打撃を与もたらすことになりました。
 海賊に出ることはおろか、食料や生活必需品、医薬品や武具に至るまで、本土からの物資を手に入れる手段を失った阿蘭党。しかしもはや小早船しか残っていない今、彼らは館島に閉じ込められたも同然なのであります。

 そんな阿蘭党始まって以来の苦境の中、島に漂着した無人の南蛮船。小早船に毛が生えたようなこの船であっても今の彼らにとっては天の助け――限りなく小さい可能性に賭けて、本土への航海に乗り出すことになったのは、阿蘭党の頭領である兵庫、南蛮仕込みの航海術を持つ儀右衛門、そして信之介。
 さらに無理やり乗り込んできた兵庫の妹・伊世や豪傑武士・荘十郎を加えて出向した一行を、激しい嵐が襲います。

 帆と舵を失い、運を天に任せて漂流する一行がたどり着いたのは南洋の緑溢れる美しい島。そこは南蛮人からラドロネス(泥棒)島と呼ばれる地だったのですが……


 というわけで、今回の物語の舞台となるのはサブタイトル通り南海の泥棒島。阿蘭党がいわば海賊島の住人であることを思えば、何やら似つかわしい名前に思えますが――しかしこの名前には事情があります。
 作中では明確にはされていませんが、本作から遡ること約200年前、マゼランがこの島々を「発見」した際に、船の積荷を島の原住民に奪われたことから付けられたのが、この名前。しかしこれはマゼランたちの方が先に食料を強奪したとも言われており、その後の収奪の歴史を鑑みれば、さもありなんという印象があります。

 そう、その後この島々はエスパニアの植民地として収奪され、元々の住民たちは強制的にキリスト教に改宗させられた上に、外部から持ち込まれた疫病によってその数を減らしていくこととなりました。
 信之介たちが漂着したのは、まさしくこのような時代。そしてその島で密かに隠れ住む誇り高き現地の人々と交流した信之介たちは、島に来襲するエスパニア船に対し、戦いを挑むことになるのであります。

 が、その戦力差は前作で繰り広げられた戦いよりも更に上。そもそも信之介たちにはもはや軍船はなく、そして戦えるメンバーもわずか数人という状況なのですが――その絶望的な戦力差をどうするか、それが本作のクライマックスの見所となります。


 終盤にはそんな盛り上がりをみせる本作ですが、全体と通してみたスケール感では前作にはかなり譲るところがあり、温度があまり高くない文体も相まって、かなりおとなしい印象を受けるというのが正直なところ。そんなこともあって、前作の続編というより、後日譚という印象があります。

 その意味では、まだまだもっと先に行くことができるシリーズなのではないかと思いますが――しかし本作を以て、シリーズが再起動したのは、やはり喜ばしいことです。
 前作においては阿蘭党と共に戦ったものの、いまだ自分の在り方に悩む信之介が、ついに居場所を見つけたこともあり――これからの信之介と阿蘭党の活躍に期待したいところであります。


『鬼船の城塞 南海の泥棒島』(鳴神響一 角川春樹事務所時代小説文庫)

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