2018.12.06

肋家竹一『ねじけもの』第1-2巻 人間と妖怪、激情と平静の間で


 戦国時代の九州・日向を舞台に、復讐に燃えて放浪する山賊・カガシと長きに渡り山に住まう妖の女・縣――奇妙な二人の姿を描く漫画であります。人間と妖怪、それぞれに考え方も生き様も違う二人が、力が全ての戦国の世で見るものは……

 強盗、追い剥ぎ、人殺し――生きるために平然と悪事に手を染めながら放浪を続ける山賊・カガシ。ある時立ち寄った村で狐の妖怪退治を依頼された彼は、好奇心からそれを引き受けて山に入った際に、凶暴な山犬に襲われることになります。
 谷に落ちた彼の前に現れたのは、人間めいた外見ながら、獣の耳を生やした巨躯の女。山犬を友と呼び、不思議な力でカガシの傷を治した彼女は、カガシの言動に興味を持ち、彼に付いて山を出るのでした。

 実は、かつて彼の仲間を皆殺しにした傭兵集団・蜥蜴衆を追って放浪を続けていたカガシ。様々な事件を経て蜥蜴衆が佐土原城の伊東義祐に仕えていることを知ったカガシは都於郡に向かったものの、そこで住民の蜂起と島津家の侵攻に巻き込まれることになって……


 復讐を目的として放浪する男、異なる時を生きる人間と妖怪のバディ――どちらもエンターテイメントではしばしばお目にかかる題材ではありますが、その二つを組み合わせた本作は、かなりユニークな手触りの物語。そしてそのユニークさを生み出す最大の原因となっているのは、カガシのキャラクターであることは間違いないでしょう。

 目的のためには手段を――特に暴力を選ばないというのは、これは決して珍しい特徴付けではないかもしれませんが、本作の描写は、そんなカガシの在り方を、決して美化することなく、むしろ露悪的に描きます。
 自分より弱い者から奪うことも、敵となった者を殺すことも躊躇わない。いや、己より強い者に勝つためには、人質など卑怯な手をも平然と使ってみせる――その姿は、ピカレスクというような格好良いものではなく、もっと泥臭く、生臭いものを感じさせるのです。

 人間と妖怪がコンビを組む場合、妖怪のキャラクターの方が、命の有り難みを理解せず、平然と暴力を振るい、それに対するものとして人間のキャラクターが存在することが大半のように思えます。
 しかし本作においては、縣の方がよほど穏やかであり――尤も、人間の命に対しては極めて無頓着なのですが――作中で本人が言っているように、カガシの方が妖怪に近い、という印象すらあります。

 その意味では、本作においては、人間と妖怪をはっきりと分けるものはないようにも感じられます。もちろん両者は、姿も、力も、寿命も大きく異なるものではありますが――特に弱肉強食の戦国の世において「生きる」ということにおいて、両者の間に大きな違いはないことが、作中では描かれていくのであります。

 いや、カガシと縣の間に違いがあるとすれば、それは種族ではなく、強い感情――己の、他者の生き様に影響を与えるほどの――有無にあると言えます。

 己を弱者と断じ、それ故に恨みを生きる原動力とするカガシ(そして彼の場合、それが他者にも同様と信じ込んでいるのがまた凄まじい)。大妖と呼べるだけの力を持つが故に、怒りをはじめとする激情を失い、カガシに生きるまで逼塞していた縣。
 果たしてそのどちらが「人間的」なのか――本作で描かれる二人の関係性は、一筋縄でいくものではなく、それだけに何ともユニークなものとして感じられるのです。


 しかしそんな二人もまた、人間の歴史の激動の中に巻き込まれていくこととなります。仇である蜥蜴衆が伊東家に仕えることを知り、戦いを挑もうとするカガシ。しかし当の伊東家は圧政により民の信望を失い、さらに九州統一を目指す島津家の圧倒的な力の前に、風前の灯火の運命にあります。
 その嵐の前に、一人の「人間」がいかなる力を持つものか――仮に一人の「妖怪」が手を貸したところで、それは微々たるものというしかないでしょう。

 その中でカガシは己の激情を貫くことができるのか。縣はそれを前に平静さを保っていられるのか。
 時は1577年、いわゆる伊東崩れが目前に迫る中、物語はいかなるクライマックスを迎えるのか――近いうちに刊行されるであろう第3巻・最終巻に何が描かれるのかを見届けたいと思います。


『ねじけもの』第1-2巻(肋家竹一 新潮社BUNCH COMICS)


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2018.11.28

鳴神響一『鬼船の城塞 南海の泥棒島』 帰ってきた海洋冒険時代小説!


 鎖国下の江戸時代、大海で暴れ回った海賊衆・阿蘭党の活躍を描いた『鬼船の城塞』が帰ってきました。エスパニア海軍との激闘の傷跡も癒えぬ阿蘭党の前に一隻の無人の南蛮船が現れたことをきっかけに、南海を舞台に新たな冒険の幕が開くことになります。

 「鬼船」と呼ばれた赤い巨船を操り、船乗りたちから恐れられた海賊・阿蘭党。彼らは館島(現在の父島)を根城に、寛保の世までその命脈を保ってきた戦国時代の後北条水軍の残党であります。
 その阿蘭党に、任の最中に襲撃を受け、部下を皆殺しにされて捕らえられたのが、元・鉄砲玉薬奉行・鏑木信之介。その武芸の腕を認められて賓客となった彼は、館島で暮らすうちに、阿蘭党の人々と少しずつ絆を育んでいくことになります。

 やがて島を狙って襲来したエスパニア海軍に対し、信之介は阿蘭党と協力して立ち向かうことに――というのが、前作に当たる『鬼船の城塞』の物語であります。

 言うまでもなく鎖国によって日本人が海外に渡航することがなかった江戸時代。それ故に江戸時代を舞台とした海洋ものはほとんどなかった中、前作は非常にユニークかつ新鮮な作品として印象に残っています。
 そしてその待望の続編が本作なのですが――冒頭で語られるのは、エスパニア海軍との決戦の影響の大きさであります。

 エスパニア海軍撃退の代償として、彼らの象徴たる鬼船を失った阿蘭党。しかし単に海賊稼業だけでなく、海の向こうから物資を手に入れることによって命脈を保ってきた彼らにとって、それはあまりに大きな打撃を与もたらすことになりました。
 海賊に出ることはおろか、食料や生活必需品、医薬品や武具に至るまで、本土からの物資を手に入れる手段を失った阿蘭党。しかしもはや小早船しか残っていない今、彼らは館島に閉じ込められたも同然なのであります。

 そんな阿蘭党始まって以来の苦境の中、島に漂着した無人の南蛮船。小早船に毛が生えたようなこの船であっても今の彼らにとっては天の助け――限りなく小さい可能性に賭けて、本土への航海に乗り出すことになったのは、阿蘭党の頭領である兵庫、南蛮仕込みの航海術を持つ儀右衛門、そして信之介。
 さらに無理やり乗り込んできた兵庫の妹・伊世や豪傑武士・荘十郎を加えて出向した一行を、激しい嵐が襲います。

 帆と舵を失い、運を天に任せて漂流する一行がたどり着いたのは南洋の緑溢れる美しい島。そこは南蛮人からラドロネス(泥棒)島と呼ばれる地だったのですが……


 というわけで、今回の物語の舞台となるのはサブタイトル通り南海の泥棒島。阿蘭党がいわば海賊島の住人であることを思えば、何やら似つかわしい名前に思えますが――しかしこの名前には事情があります。
 作中では明確にはされていませんが、本作から遡ること約200年前、マゼランがこの島々を「発見」した際に、船の積荷を島の原住民に奪われたことから付けられたのが、この名前。しかしこれはマゼランたちの方が先に食料を強奪したとも言われており、その後の収奪の歴史を鑑みれば、さもありなんという印象があります。

 そう、その後この島々はエスパニアの植民地として収奪され、元々の住民たちは強制的にキリスト教に改宗させられた上に、外部から持ち込まれた疫病によってその数を減らしていくこととなりました。
 信之介たちが漂着したのは、まさしくこのような時代。そしてその島で密かに隠れ住む誇り高き現地の人々と交流した信之介たちは、島に来襲するエスパニア船に対し、戦いを挑むことになるのであります。

 が、その戦力差は前作で繰り広げられた戦いよりも更に上。そもそも信之介たちにはもはや軍船はなく、そして戦えるメンバーもわずか数人という状況なのですが――その絶望的な戦力差をどうするか、それが本作のクライマックスの見所となります。


 終盤にはそんな盛り上がりをみせる本作ですが、全体と通してみたスケール感では前作にはかなり譲るところがあり、温度があまり高くない文体も相まって、かなりおとなしい印象を受けるというのが正直なところ。そんなこともあって、前作の続編というより、後日譚という印象があります。

 その意味では、まだまだもっと先に行くことができるシリーズなのではないかと思いますが――しかし本作を以て、シリーズが再起動したのは、やはり喜ばしいことです。
 前作においては阿蘭党と共に戦ったものの、いまだ自分の在り方に悩む信之介が、ついに居場所を見つけたこともあり――これからの信之介と阿蘭党の活躍に期待したいところであります。


『鬼船の城塞 南海の泥棒島』(鳴神響一 角川春樹事務所時代小説文庫)

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 鳴神響一『鬼船の城塞』 江戸の海に戦う男たち!

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2018.10.04

『忍者大戦 黒ノ巻』(その一) 本格ミステリ作家による忍者大戦始まる


 時代小説界に彗星の如く現れた謎の(?)一冊――時代小説の執筆はほとんど初めての本格ミステリ作家5人が、それぞれ趣向を凝らして忍者と忍者の死闘を描くという、非常にユニークなアンソロジーであります。ここでは一作品ずつ収録作品をご紹介いたしましょう。

『死に場所と見つけたり(安萬純一)
 かつての任務において、その身に深い傷を負った幕府の隠密・右門と相棒の雉八。もはや忍者同士の戦いは不可能と、平穏な小浜藩に派遣された右門は、そこで草の家に生まれた若者・韮山兼明を鍛えることになります。
 厳しい指導もあって、兼明が藩でも頭角を現し始めた頃、彼に下された草としての任務。それは薩摩藩からの暗号解読の鍵となる巻物を、城から奪取するというものでした。

 しかしその任務を伝えてきたのが、自分たちに遺恨を抱くかつての同僚、飛龍と黄猿であることに違和感を覚える右門と雉八。果たしてこの任務の陰には……

 巻頭を飾る本作は、セミリタイアした隠密という、捻りの効いた視点から描かれる物語。一線を退いたはずの老兵が思わぬ力を――という燃えるシチュエーションも実にいいのですが、そこに次代の草の若者を絡ませるのが、物語の深みを与えています。
 右門が抱える秘密の想い――それが昇華される結末が感動的であると同時に苦い後味を残してくれるのが、実に忍者ものらしい味わいと言えるでしょう。


『忍夜かける乱』(霞流一)
 泰平の時代に幕府隠密としての任務は失われ、金で工頼案人(くらいあんと)から雇われて任務をこなす影戦使位(えいせんしー)制の下、影戦人(えいせんと)として活躍する伊賀の忍びたち。今回の任務は、岡場所で腹上死した大洗藩主の死体を寺へ運ぶというものだったのですが――そこに他藩に雇われた甲賀の忍びたちが立ち塞がります。

 かくて繰り広げられる伊賀と甲賀の忍法合戦。伊賀側は狩倉卍丸の逆さ崩れ傘、九十九了仁斉の飛燕腹しずく、天滑新奇郎の陽炎浄瑠璃を繰り出せば、甲賀側は沼鬼泡之介の紅おろちの舞い、霧塚竜太夫の涅槃車が迎え撃つ忍び同士の死闘の行方は……

 バカミス界の第一人者たる作者が忍者ものを!? と思えば、想像以上にとんでもないものが飛び出してきた本作。
 まずギャビン・ライアルに謝りましょう、と題名の時点で言いたくなりますが、繰り出される珍妙な用語(当て字)や奇っ怪な忍法の数々にはただ絶句であります。(特に霧塚竜太夫の涅槃車は、もうビジュアルの時点でアウトと言いたくなるような怪忍法!)

 しかしその果てで明かされる捻りの効いた真実は実に皮肉で、忍者という稼業の空しさをまざまざと浮き彫りにしているように感じられます。この辺りの人を食った仕掛けもまた、作者らしいと言うべきでしょうか。


『風林火山異聞録』(天祢涼)
 幾度も繰り返された川中島の合戦の中でも、最も激戦だったと言われる第四次合戦。この合戦では、武田信玄の軍師であった山本勘助考案の啄木鳥戦法が上杉側に見破られ、一時は武田側が劣勢に立たされた――と半ば巷説的に語られます。

 本作はこの窮地に、実は忍びであった勘助が、己の秘術を尽くして単身上杉政虎(謙信)の首を狙わんと、最後の戦いを決意したことから始まる物語。
 路傍の石の如く、一切の気配を立つ忍術【小石】を用いて上杉の陣深くに潜入した勘助は、政虎を守る軒猿たちと死闘を繰り広げるのですが、その果てに現れた軒猿頭領の恐るべき秘術とその正体とは……

 実は本書で唯一、史実を中心として描かれた本作。勘助自身が忍びというのは、これは伝奇ものではしばしば見かける趣向ではありますが、本作で勘助が死闘を繰り広げるあの人物が忍びというのは、これはほとんどこれまで見たことがないという印象であります。

 しかし本作の面白さはそれに留まらず、勘助の闘志の源――信玄に寄せる忠誠心を軸に、勘助の生き様死に様を浮き彫りにしてみせたことでしょう。そしてその想いが川中島で最も良く知られたあの名場面で、見事に花開いた――そして信玄もそれに応えてみせた――結末は、壮絶なこの物語において、何とも言えぬ爽快な後味を残すのです。

 風・林・火・山それぞれを章題とした構成もよく、このアンソロジーにおいて最も完成度の高い作品ではないかと思います。


 残る二編については、次回紹介いたします。


『忍者大戦 黒ノ巻』(光文社文庫) Amazon
忍者大戦 黒ノ巻 (光文社時代小説文庫)

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2018.09.28

『猫絵十兵衛御伽草紙 代筆版』 三者三様の豪華なトリビュート企画


 今月発売の「ねこぱんち」誌12周年号に、『猫絵十兵衛御伽草紙 代筆版』というトリビュート企画が掲載されています。『しろねこ荘のタカコ姐さん』の胡原おみ、『江の島ワイキキ食堂』の岡井ハルコ、『品川宿猫語り』のにしだかなの三氏がそれぞれ『猫絵十兵衛』を描くユニークな企画であります。

 「ねこぱんち」誌でも最古参の一つであり、看板作品である永尾まるの『猫絵十兵衛御伽草紙』。
 ところが今回の企画は、「作者不在!? 慌てた版元は、江戸で名うての代筆屋を三名呼び寄せた…」という設定――作者不在というのはちょっとドキッとさせられますが(そのためか、今回永尾まるによる作品の掲載はなし)、三者三様の作品を読むことができるのは、実に新鮮で楽しいものです。

 以下、一作品ずつ簡単に紹介しましょう。

「迷い猫」の巻(胡原おみ)
 『しろねこ荘のタカコ姐さん』が今号で完結の作者による作品は、同作の登場猫であるリクが江戸時代にタイムスリップしてしまうという、ある意味クロスオーバー作品。
 西浦さんのところに文字通り転がり込んだリクをニタと十兵衛が元の時代に返すために奔走することになります。

 そんな本作ではニタが西浦さんの前で口を利くという「おや?」という場面もあるのですが、そもそもの設定からして番外編ということで、気楽に楽しむべきなのでしょう。
 ちなみに本作、三作品の中では最も原作に忠実な絵柄で、特に原作の名物ともいうべき江戸の町を行き交う物売りの口上などの描き文字などもそっくりなのに感心であります。


「猫田楽がやって来た」の巻(岡井ハルコ)
 百代が十兵衛の長屋に落っこちてきたおかげで、十兵衛お気に入りの机が壊れて――という場面から始まる本作は、その混乱の最中に長屋を訪れた猫田楽社中が、さらに賑やかな騒動を起こすお話であります。

 十兵衛に助けられた常陸の猫王のお礼に舞を献上しに来たというこの三猫組、最初の二匹はよかったものの、最後の一匹・参太は落ちこぼれ。木の葉を花に変えるはずが、何故かハサミが、三ツ目入道が、牛が――とミスにしても不思議なものに変えてしまうのでした。
 自分には才能がないとその場を飛び出した参太に対し、「そのテの話が嫌いじゃねぇから」というちょっとニヤリとさせられるような理由で十兵衛とニタがいつものように一肌脱ぐ――という趣向ですが、愉快なのは参太の術の正体であります。

 いや流石にそれは強引では――と思わなくもないのですが、何ともすっとぼけた内容は、これはこれで猫絵十兵衛らしい楽しさだと思います。


「猫のみち」の巻(にしだかな)
 原作のサブレギュラーである猫又の雪白が暮らす伊勢屋を舞台とした本作、その伊勢屋に勤めるやはりサブレギュラーの徳二の同輩の小僧・喜作が偶然ねこの道に迷い込んでしまい、人間姿で舞っていたニタを目撃してしまい――という場面から始まるお話であります。

 すっかりニタに魅せられてしまった喜作は、仕事も上の空で、周囲から心配されたり気味悪がられたり――なのですが、その「憑かれた」というほかない喜作の描写が実にいい。
 見ためはごく普通のままに平然と暮らしていながらも、その行動は普通ではなく、目は明らかに現世のものを見ていない――という彼の描写は、異界を見て帰ってきた人間の姿として、非常に説得力が感じられるのです。

 原作でもしばしば異界や異界の者と人間の交流は描かれますが、どこかで明確に一線が画されている(あるいは人間はあくまでもこちら側にいて、向こう側の者がやって来る)印象があります。
 本作はそれが逆にこちら側の人間があちら側への一線を踏み出そうとしてしまう点が非常に面白く、この点だけでも、原作者以外の作家の手による作品が描かれた意味があると思います。


 その他、『10DANCE』の井上佐藤のイラスト寄稿1Pもありと豪華なこの企画。今度はぜひ、一冊丸ごとやって欲しい――などと言いたくなるような楽しい内容でありました。


「ねこぱんち」No.145 12周年号 (にゃんCOMI廉価版コミック) Amazon
ねこぱんち No.145 12周年号 (にゃんCOMI廉価版コミック)


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 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第1巻 猫と人の優しい距離感
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第2巻 健在、江戸のちょっと不思議でイイ話
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第3巻 猫そのものを描く魅力
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第4巻
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第5巻 猫のドラマと人のドラマ
 「猫絵十兵衛 御伽草紙」第6巻 猫かわいがりしない現実の描写
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第7巻 時代を超えた人と猫の交流
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第8巻 可愛くない猫の可愛らしさを描く筆
 「猫絵十兵衛御伽草紙」第9巻 女性たちの活躍と猫たちの魅力と
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第10巻 人間・猫・それ以外、それぞれの「情」
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第11巻 ファンタスティックで地に足のついた人情・猫情
 『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻 表に現れぬ人の、猫の心の美しさを描いて
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第14巻 人と猫股、男と女 それぞれの想い
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第15巻 この世界に寄り添い暮らす人と猫と妖と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻 不思議系の物語と人情の機微と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第18巻 物語の広がりと、情や心の広がりと
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第19巻 らしさを積み重ねた個性豊かな人と猫の物語

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2018.09.24

梶川卓郎『信長のシェフ』第22巻 ケンの決意と二つの目的と


 織田軍が上杉軍に大敗を喫したと言われる手取川の戦い。実はこの戦いの背後では信長と謙信が対面していた!? という、実に本作らしい展開の『信長のシェフ』。当然(?)そのお膳立てをする羽目となったケンですが、ようやく謙信にまで近づいたもの、まだまだ試練は続きます。

 諸大名による信長包囲網が狭まる中、迫る軍神・上杉謙信。しかし謙信に興味を持った信長は、「わしは謙信に会ってみようと思う」「よっておぬし武田勝頼に捕まってこい」と爆弾発言。

 今は上杉と同盟関係にある武田経由で謙信に接近し、信長の意思を伝えることとなったケンは、大奮闘の末に謙信に膳を出すまで漕ぎ着けるのですが――ここでまたもやというべきか、牢に入れられる羽目になります。
 その間にも、謙信と会談すべく単身動く信長。そしてその動きを知らぬ秀吉が独断で動き、信長の意志とは正反対に謙信の命を狙うことに……

 ここでサバイバルアクションものでお馴染みのアレを使って窮地を脱するケンにも痺れますが、インパクト絶大なのはここから。ついに対面を果たした信長と謙信が果たして何を語り合うのか――って、ええええ、何やってるの二人とも(というか謙信)!? と言いたくなる超展開が待っているのですから。
 ……いや、冷静に考えてみれば、これは戦国大名としてはごく当たり前、特にこの二人であれば当たり前にやりそうなイメージもある行動。そしてまた、実に本作らしい展開でもあるのですが、あまりにいきなりだったので困惑&大笑いしてしまいました。

 しかしその先に待ち受けるのは、これまた実にこの二人らしい和解、いや理解の姿。
 あまりに信長が通俗的なイメージどおりですし、格好良すぎる姿ですが、旧世代の権威の最後の継承者たる謙信と、その権威(の源)を打ち壊してきた信長の出会いとして、本作ならではの説得力を感じさせられます。


 そしてこの時代の移り変わりの象徴とも言うべき姿を目にしたケンもまた、ついに信長に対してある告白をすることになるのですが――そこから、ケンはついにある決意を固めることになります。
 そのために必要になる条件は二つ。一つは、今が西暦何年であるか確認すること。そうしてもう一つは、この時代にやって来たもう一人の現代人・望月を探すこと……

 一つ目については、正直なところ、今までわかってなかったの!? あれだけ細かい史実を知っているのに――という驚きはあるのですが、西暦と和暦の対比がわからないというのはある意味リアルといえばリアルでしょう。結局今回もその細かい史実の知識が解決に繋げるわけですが、そこに先の秀吉の独走のフォローと、そして実に意外かつ美味しそうな料理が絡む辺りも、本作らしいといえるでしょう。

 そして二つ目は、いずれ必ず語られるであろうと思われたものが、こう絡んでくるか、と少々驚かされたのですが――ここで物語はあの人物の最期に向けて動き出すことになります。
 その人物とは松永久秀――本作においては飄々としたしかし全く油断ならぬ老人として、そして何よりも、未来人の一人である果心居士こと松田と長らく行動を共にしていたと描かれる人物であります。

 史実では手取川の戦いとほぼ時を同じくして信長に反旗を翻し、その結果信貴山城に立て籠もることとなった久秀ですが、何と本作においては、久秀はケンとの対面を要求。
 ケンにとっては久秀は望月の手掛かりを知っているかもしれない数少ない人物、信長の信貴山城を開城させてこいという、なにげに無茶ぶりもあって、ケンは森長成(!)とともに、信貴山城に入ることになります。

 しかし久秀といえば、信長も欲した平蜘蛛の茶釜もろとも爆死したという、戦国史でも屈指のなんか凄い最期を遂げた人物。そんなところに乗り込んでいって大丈夫なのかどうか(というかその辺りの知識はなかったのかケン)。果たして――という、実にいいところで次巻に続くことになります。


 冷静に考えてみると、この巻の内容の背景となっている出来事は、信長自身が合戦に参加するわけでもなく、歴史に及ぼす影響としてもさまで大きくないものではあります。
 しかしだからこそ、その中で信長を、ケンを自由に動かし、物語を作ることができる――最近の本作は、初期のような勢いを感じるのですが、あるいはこの辺りの構図にその理由があるのかもしれません。

 本能寺の変まであと5年、それまでに何が描かれるのか、まだまだ楽しめそうです。


『信長のシェフ』第22巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 22 (芳文社コミックス)


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 梶川卓郎『信長のシェフ』第13巻 突かれたケンの弱点!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第14巻 長篠への前哨戦
 梶川卓郎『信長のシェフ』第15巻 決戦、長篠の戦い!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第16巻 後継披露 信忠のシェフ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第17巻 天王寺の戦いに交錯する現代人たちの想い
 梶川卓郎『信長のシェフ』第18巻 歴史になかった危機に挑め!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第19巻 二人の「未来人」との別れ、そして
 梶川卓郎『信長のシェフ』第20巻 ケン、「安心」できない歴史の世界へ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第21巻 極秘ミッション!? 織田から武田、上杉の遠い道のり

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2018.09.23

伽古屋圭市『ねんねこ書房謎解き帖 文豪の尋ね人』 名作が導く二重構造の大正ミステリ


 デビュー以来、大正時代を舞台としたミステリを中心に活躍してきた作者による、新たな大正ミステリであります。神保町の古書店を舞台に、奇妙な日常の謎を無頼派の店主と好奇心旺盛な使用人の少女が解き明かす、なかなかユニークな連作です。

 関東大震災で職を失い、新たな働き口を求めてさまよう少女・石嶺こより。あちこちで断られた末に、最後に彼女が訪れたのは、神保町の古書店街の裏通り――その路地の奥にある古書店「ねんねこ書房」でありました。
 しかし無愛想な店の主人・根来佐久路からも門前払いされそうになったこよりは、佐久路のもう一つの稼業――萬相談に客が来たのをきっかけに、試験代わりに客の相談の背後にあるものを推理することになるのでした。

 同居する古書店員の兄が、夜毎大きなランプを手に出かけていくのを不審に思った少女の依頼。その兄の行動のヒントだと、佐久路はこよりに、芥川龍之介の『羅生門』(それも春陽堂の『鼻』収録版)を佐久路から渡されるのですが……


 この第1話を皮切りに、全5話で構成される本作。元気な少女が、気難しい(でも本当は心優しい)店主が営む小さな店に勤めることになって――というのは、これは今般のライト文芸では定番中の定番、そこにさらにミステリの要素が加わればなおさらですが、しかし本作ならではの独自要素を見逃すわけにはいきません。

 その一つが、関東大震災後の東京――大震災によって一度は灰燼に帰したものの、ようやく復興しつつある東京――という舞台背景であることは、もちろん間違いありません。
 しかしそれ以上にユニークなのは、ミステリとしての本作のスタイルにあるといえます。そう、変形の安楽椅子探偵とも言うべきスタイルに。

 古書店のほかにわざわざ萬相談――一種の探偵業を営むだけあって、佐久路は玄人はだしの推理力の持ち主。依頼人たちが持ち込む相談事の真相を、わずかな手がかりから、ほとんどあっという間に解決する――のは無理な場合でも、こうであろうという目星をつけてしまうのです。
 そしてその助手として、実際に証拠集めや調査に赴くのがこよりの役目なのですが、面白いのは、佐久路がこよりに対しても、謎解きを求めることであります。

 もちろんこよりはごく普通の少女、佐久路並みの推理は求めるべくもありませんが、佐久路は彼女にヒントを――それも「本」という形で示します。上で述べた芥川龍之介『羅生門』のほかにも、黒崎涙香『幽霊塔』、谷崎潤一郎『秘密』、村井呟斎『食道楽』、永井荷風『ふらんす物語』といった本を。
 この本と、そしてそれを手渡すときの佐久路の言葉をヒントに、こよりが佐久路の解いた謎に挑む――いわば本作は、二重構造のミステリと言えるのです。

 収録されたエピソードは、基本的にはいわゆる「日常の謎」がその大半を占めます。それ故に事件性は高くありませんが、この二重構造によって、物語に一定の緊張感がうまれ、そして(古)書店を舞台とする意味も生まれていると言えるでしょう。
(そしてまた、それまでほとんど本に触れたことがなかったこよりが、推理のために本を読んだことで感じる初々しい感動がまた良いのです)

 ちなみに表題作である最終話「文豪の訪ね人」は、その中で謎解きのヒントとなる『ふらんす物語』の作者である永井荷風が依頼人という一風変わったエピソード。
 荷風が可愛がっていたカフェーの女給が行方不明となったことに始まるこのエピソードは、大震災後という舞台の意味、ミステリとしての面白さ、そして有名人の登場という点もあって、表題作にふさわしい内容と言えるでしょう。


 このようにユニークな本作ですが、これまでの作者の大正ミステリを追ってきた読者としては、いささか残念な点もあります。
 それはミステリとしてだいぶおとなしいこと、とでも申しましょうか――作者の作品の多くでこれまで描かれてきた、全編を通じて仕掛けられる大きな謎やどんでん返しが本作になかったことが、いささか不満です。

 もちろん本作にも全編を通じての背骨とも言うべき謎は存在するのですが、少なくとも本作の時点ではそれが有機的に機能していたという印象は小さく、もっと刺激が欲しかった――というのが正直な印象です。
 あまり過激なものばかりを求めるのは、読者としてもあまり良くないことだとはわかってはいるのですが、この作者ならば、とついつい期待してしまったところであります。


『ねんねこ書房謎解き帖 文豪の尋ね人』(伽古屋圭市 実業之日本社文庫) Amazon
ねんねこ書房謎解き帖 文豪の尋ね人 (実業之日本社文庫)

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2018.09.05

重野なおき『信長の忍び』第14巻 受難続きの光秀を待つもの


 長篠の戦いも終わり、天下布武に王手をかけた――というのはまだ気の早い話で、本願寺や毛利といった勢力によって、三度包囲されることとなった信長。千鳥もまた大忙しでありますが、しかし今回物語の中心となるのは光秀であります。相変わらず苦労人の彼を次から次へと襲う苦難とは……

 長篠の戦いで強敵・武田家に壊滅的な打撃を与えた信長。もはや自分が前線に出ることはない、と配下の武将により各地方を攻略・統治させる方面軍構想を取り、自分は(形の上とはいえ)信忠に家督を譲って安土城にて睨みを効かせるという体制を取ることになります。

 その方面軍の一つとして丹波攻略に向かうこととなったのが光秀。丹波の赤鬼と異名を取る赤井直正を攻略することとなった光秀は、信長の軍門に下った波多野秀治を味方として、籠城した赤井を攻めるのですが――前の巻で「光秀挫折編」と予告されているのですから、ただですむわけがありません。
 目にハイライトがなくてどうみても怪しい――と、光秀以外はみんな気付いていたある人物の裏切りにより、光秀は一転窮地に立たされることに……

 一方、この丹波攻略戦でも示されたように、まだまだ信長に服さぬ勢力は数多存在します。宿敵の一つである本願寺、まだ見ぬ西国の強豪・毛利。さらには軍神・上杉謙信までもが動きだし――いわば第三次信長包囲網が形成されることになります。
(その背後には、これはこれでスゴいよな、と言いたくなるあの人物の影もあるのですが、それはさておき)

 そしてその中でも反信長の最右翼と言うべきは、かつて信長によって長島で無数の門徒を撫で斬りにされた本願寺教如。本願寺に籠城する形となっている教如ですが、鉄砲を扱えば無敵の雑賀孫市率いる雑賀衆、そして毛利とも密かに結び、備えは万全であります。
 一方、信長の方も、この宿敵と一気に決着をつけんと兵を動かし、ここに天王寺の戦いが――あれ、天王寺といえば確か、と思っていれば、ここで「光秀救出編」のナレーションが!

 そう、天王寺の戦いといえば、攻め手の一人であった光秀が、思わぬ味方の劣勢によって天王寺の砦に寡兵で立てこもることとなり、その救出に信長本人が駆けつけた戦い。そしてその中でおいて信長は――と、またもや光秀を不幸とストレスとプレッシャーが襲うことになります。
 
 そしてそんな光秀のメンタルにトドメを刺すように、彼を更なる、最大の不幸が襲うことに……


 というわけで、内容的にはほとんど完全に光秀が主役という印象の第14巻。ああ、あと6年でアレだしね――というのは言いすぎにしても、ここで描かれる光秀の一挙手一投足が、フラグに見えてしまうのも無理はないことでしょう。
 しかしこの巻で描かれる信長と光秀の主従関係は悪くない――というよりかなり良好。何度も窮地に陥る光秀を、得難い臣として赦し、救おうとする信長の姿からは、6年後のアレに繋がるような空気は感じられません。

 ……と言いたいところですが、何とも不吉に感じられるのは、信長が寛大さを見せれば見せるほど、光秀が追い詰められていくように見えるところでしょう。

 身も蓋もないことを言ってしまえば、信長を下げて――失敗はしても理不尽はしないというような形で――描くことがほとんどない本作では、アレは光秀側の(一方的な)理由で起きるような予感があって、正直これは外れて欲しいのですが……
 この巻のラストで光秀が失うある人物の言葉も、何となくフラグに感じられるのが不安になってしまうところであります。

 などと、何となく光秀びいきの気分になってしまうのは、信長だけでなく敗者の側も下げない本作ならではのマジックでしょうか。


 しかしもちろんそれはこの先の話。いまだ本願寺は、そしてその中でも最強の敵と言うべき孫市も健在の中、先の見えない戦いが続くことになります。
 果たしてこの戦いがいかなる決着を迎えるのか、そしてそこに至るまでにいかなるギャグが描かれるのか――まだまだ見所は尽きません。
(ちなみにこの巻では、光秀救出に向かった信長に尽き従う顔ぶれネタに大笑いしました。史実なんですが……)


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2018.09.04

あさのあつこ『にゃん! 鈴江藩江戸屋敷見聞帳』 名手の意外な顔を見せる暴走コメディ


 さる藩の江戸屋敷の奥向きを舞台に、奉公に上がった町娘と、実は正体は猫の奥方をはじめとする人々(?)が繰り広げるスラップスティックコメディ時代劇――招き猫文庫『てのひら猫語り』に冒頭が収録され、「WEB招き猫文庫」で約2年半連載された、最後の招き猫文庫ともいうべき作品です。

 幼い頃から常人にはない感覚があったことから周囲に奇異な目で見られ、嫁入りが遅れた呉服屋の娘・お糸。行儀見習いとほとぼりを冷ますために彼女が奉公することになったのは三万石の小藩・鈴江藩の上屋敷――そこで藩主の正室・珠子に仕えることとなったお糸は、すぐにとんでもない秘密を知ることになります。
 実は珠子の正体は猫――猫族なんだけどちょいと不思議な一族の姫である彼女は、藩主・伊集山城守長義に一目惚れした末に、人間に化けたりアレコレしたりして、見事正室に収まり、今は一女を授かっているというのです。

 そんな珠子に一目で気に入られ、腹心の上臈にして虎女の三嶋とともに、珠子近くに仕えることとなったお糸。
 自由な気風の珠子たちに触れ、珠子の娘・美由布姫の可愛らしさに癒やされ、珠子の父で一族の長・権太郎に振り回され――楽しい時間を過ごすお糸ですが、しかし鈴江藩には大変な危機が迫っていました。

 かねてより藩主の座を狙っていた長義の叔父・利栄が暗躍を始め、珠子を正室の座から引きずり下ろそうとしていた――のはまだいいとして、利栄の背後には、鈴江藩征服とちょいと不思議一族滅亡を目論む妖狐族が潜んでいたのであります。
 国元から利栄とともに江戸にやって来た妖狐族に対し、珠子の、そしてお糸の運命は……


 児童文学からスタートしつつも、時代小説においても既にかなりのキャリアを持つ作者。その作品は、基本的に市井に生きる人々を中心にした、かなりシビアでシリアスな内容のもの――というイメージは、本作において完全に吹き飛ぶことになります。
 何しろ本作の登場人物は皆テンションが高い――そしてよく喋る。その内容もほとんどがギャグかネタで、とにかく一旦会話が始まると、それで物語が埋め尽くされてしまうのであります。

 特に権太郎は、齢六千歳という重みはどこへやら、あやしげな洋風のコスチュームで登場しては、片言の英語やフランス語を交えてあることないこと喋りまくる怪人。このキャラが出てくると物語の進行がピタリと止まるのを、何と評すべきでしょうか。
 その権太郎に対する三嶋の容赦ないツッコミや、珠子と長義のバカップルぶりも負けずにインパクト十分なところですが、唯一の常識人というべきお糸も、テンションが上がると子供の頃に覚えた香具師口調でポンポン啖呵を切るという……

 いやはや、生真面目な時代小説ファンあるいは作者のファンであればきっと怒り出すであろう内容なのですが――しかし とにかく、片手間やページ塞ぎでやっているとは思えぬほどの台詞量を見れば、これはやっぱり作者が楽しんで書いているのだろうなあ、と感じさせられます。
(個人的には、天丼で繰り返されるお糸のやけに良い発音ネタがツボでした)

 そしてまた、こうした台詞の煙幕の陰に、何かと不自由な時代、女性が何かと苦労を強いられた時代において、それでも自分らしさを、自分自身が本当にやりたいことを見つけたいというお糸の痛切な想いが透けて見えるのは、これは正しく作者ならではと感じます。

 その想いは、あるいはあまりに現代人的に見えるかもしれませんが、しかし何時の時代においても若者が――何ものにも染まらない自由な心を持つ若者が望むものは変わらないというべきなのでしょう。
 野望だ陰謀だと言いつつ、実は単に時代と世間に雁字搦めになっているだけでしかない連中に対して、この時代から見れば常識はずれのちょいと不思議一族とともに挑む中で、そんなお糸の想いはより輝きを増して見えるのです。

 ……などと格好良いことを言いつつも、やはり台詞とギャグに押されて物語があまり進行しない――作品の分量の割りに物語の山谷が少なく感じられてしまうのは非常に残念なところではあります。だからといって本作の最大の特徴を削ってしまうわけにもいかず――なかなか難しいものではあります。


 ちなみに本書はソフトカバーの単行本で刊行されましたが、冒頭に述べたとおり、元々は招き猫文庫レーベルの一つとして発表された作品。同レーベルがだいぶ以前に休した今、これがまず間違いなく最後の招き猫文庫作品と思うと、レーベルの大ファンだった身としては、別の感慨も湧くのであります。

『にゃん! 鈴江藩江戸屋敷見聞帳』(あさのあつこ 白泉社) Amazon
にゃん! 鈴江藩江戸屋敷見聞帳


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2018.08.09

霧島兵庫『信長を生んだ男』 等身大の青年・織田信行が下した決断


 織田勘十郎信行(信勝)といえば、信長と母を同じくする弟でありながら、謀反を企てた咎で、若くして兄に誅殺されたと言われる人物。悪役として描かれることも少なくない信行を、本作はこともあろうに覇王信長を「生んだ」男として描く、ユニークにして熱く切ない物語であります。

 若き日は「うつけ者」として知られた信長とは対照的に、折り目正しい優等生的人物であったと評される信行。信長を疎んじた母・土田御前に溺愛されたと言われる人物ですが、本作の前半部分は、基本的にこの人物像を踏まえた形で始まることとなります。

 自分とは正反対の性格のうつけ者でありながら、自分よりも父に認められている信長に反発心を抱き、その力を見せるべく、初陣に臨んだ信行。しかしその結果、五十人もの精兵を失った彼は、頬に負った傷以上に深い傷を心に負うのでした。
 そして志半ばに病に倒れた父が、兄を後継に指名し、その葬儀で信長の挑発を受けたことから、いよいよ反感を抱く信行。信秀亡き後の内訌が絶えぬ尾張で、信行の鬱屈は高まっていくことになります。

 そんな中、兄の正室・帰蝶の口添えもあり、ひとまず兄の側に立つ信行。しかし兄の別働隊として敵にあたることとなった戦で、奮闘空しく追い詰められた末、あわやのところで信行は兄に救われることになります。
 屈辱に震える信行ですが、しかし兄が密かに自分のことを買っており、運命を共にする覚悟であったことを知った彼は、ついに信長こそが天下に号令するに相応しい「虎」であることを悟ります。

 そしてついに長きにわたる対立のしこりを洗い流した信行。彼は信長を支える黒衣の宰相、虎を支える「龍」となることを誓い、兄と手を携えて天下に挑むことに……
 と、ある意味意外な、その後の歴史を覆しかねない展開を迎える本作。ここまでが物語の前半、後半では信長を扶けるため、密かに汚れ役を買って出る彼の姿が描かれることとなります。

 兄と帰蝶と三人、強い絆に結ばれて天下を望む信行。しかし一向に尾張の混乱は収まらず、その中で信行は信長の決定的な弱点――その不羈奔放な顔の下の、優しさ・甘さの存在に気付くことになります。
 そしてある出来事をきっかけに、自分に時間が残されていないことに気付いた彼は、信長を覇王に変え、尾張を固めるために、ある覚悟を固めるのですが……


 冒頭で述べたように、過去の作品では悪役として、あるいは凡愚な人物として描かれることが少なくなかった信行。それは型破りな信長が、桶狭間の戦で天下に躍り出る直前の、ある意味踏み台としての役割を負わされていた、と言えるかもしれません。
 しかしその信行を、本作は史実を踏まえつつも巧みに肉付けし、大望を抱き、肉親の愛を求めつつも、どちらも得られずに苦しみもがく等身大の青年としてまず描きます。

 そんな彼が、理想と現実の間で悩み、そして自らの背負ったものの大きさに苦しむ姿は、中身こそ大きく違えど、誰もが思い当たるものでしょう。だからこそ、彼が自分と信長の器の大きさの違いを思い知った時の衝撃を、その後に訪れる和解の感動を、読者は我がことのように感じ取れるのであります。
 ……そしてその後に待ち受ける、あまりに残酷で哀しい運命を知った時の絶望を、それでも自らの成すべきことを成そうと重すぎる決断を下した彼の覚悟の尊さをも。

 正直なところ、題名と主人公を見れば(さらに序章を読めば)、本作がどういう結末を迎えるかは、ある程度予測できるところではあります。
 それでも本作が単なるイイ話で終わらず、読者の心を大きく揺り動かしてくれるのは、二転三転する状況を描く物語構成の妙に依るのは言うまでもありませんん。
(特に終盤において、ある歴史上の謎に衝撃的な形で答えを提示するくだりの見事さ!)

 しかし本作はそれだけでなく、上で述べたような等身大の青年・信行の人物像と、そこに戦国時代に生を受けた男同士――それも最も近しいところにいる兄弟――という信長と信行の関係性を中心に物語を描く点が素晴らしい。
 さらには帰蝶というファムファタール的な存在(彼女があくまでも常識的な心を持った女性であることが、二人を救い、そして二人を苦しめるのがまた見事)を巧みに絡めてみせた点も大きいと感じます。

 配下との交流のくだりなど、些かセンチメンタルに過ぎるように感じられる部分はありますが――それでも、史実を史実として描きつつ、その中で意外な物語と、深く共感できる人物像を描いた点が大いに評価できる、歴史小説の佳品であります。


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信長を生んだ男

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2018.07.23

松尾清貴『南総里見八犬伝 1 結城合戦始末』(その二) 新たに「八犬伝」を描く二つの視点


 『真田十勇士』の松尾清貴による新たな『南総里見八犬伝』リライトの第1巻の紹介の後編であります。本作を特徴付ける二つの視点の一つ、「正しさ」に対する視点。「正しさ」故に苦しむ人々とは……

 犬との約束を守り大事なものを義実と伏姫、侫人から息子と主君の宝刀を守るために自刃した番作、父の想いを継ぎ武士として立身するために浜路を捨てることとなった信乃。時として愚直に過ぎるその行動は、彼らにむしろ不幸をもたらすことになります。

 本作の前半と後半のそれぞれ中心人物である義実と信乃。二人の行動は、人としてみれば誤っているようにしか見えない時もあるのですが――しかしそれもまた彼らとしての人の道を貫こうとしたためであります。
 たとえば本作の中で義実が八房に伏姫を与えるくだりで、「この国の逆賊たちは人の道から外れていた。(中略)だから、愛する娘を犠牲にしても、人の道を外れられない。人の道を歩むために義実は人でなしの決断を下そうとしていた」とあるように。

 原典はそれを当然のことと受け止めているようにも感じられますが――なぜ正しさが人を苦しめるのか、なぜ正しい者が正しく生きられないのか? それを本作は抑制の効いた筆致で、随所で問いかけていると感じられます。


 そしてもう一つは、本作における「結城合戦」の存在であります。実は本作の前半と後半の最初の章題は、ともに「結城落城」。これは義実と番作の二人が、ともに結城城から落ち延びてきたことを考えれば、当然といえば当然とも思えますが……
 しかし作者はTwitterでこの合戦を評します。「永享の乱の後日談というだけでなく、単なる局地戦とも言えない。重要な歴史の分岐点のひとつ」と。だとすれば、それが単なる背景として済ませられるものではないといえるでしょう。

 鎌倉公方・足利持氏が関東管領・上杉憲実、そして将軍義教と対立した末に滅ぼされた永享の乱。そして持氏の遺児・春王丸と安王丸を奉じる勢力が結城城に籠城した結城合戦。こうしてみれば確かに結城合戦は永享の乱のエピローグ的印象がありますし、そしてまた、武士が幕府を開いて以来無数にあった、中央と地方の争いの一つに過ぎないとも見えます。
 しかしこの結城合戦、実は永享の乱よりも戦いの規模と期間は大きく、長く――特に一年以上の籠城を繰り広げた点においては史上希な戦いであったとも言えるのであります。

 そして鎌倉公方が滅ぼされ、関東管領の力が大きく増したこと、勝った義教がその戦勝会(として招かれた席)で討たれるという、前代未聞の事件が起きたこと等を考えると、(後者は間接的なものであれ)地方と中央の関係、将軍の権威というものを大きく揺るがし、関東における戦国時代の端緒を作った――そう解することもできるでしょう。

 戦国時代がもたらした、あるいは戦国時代をもたらした概念に「下克上」があります。下の者が上の者に逆らい、取って代わる――あるいは当時の社会の、いや世界の則を根底から覆すこの概念が生まれるきっかけの一つがこの結城合戦(の終結)と言えるのかもしれません。
 だとすれば、そこから始まる『南総里見八犬伝』という物語は何を描いているのか? そこに先に述べた、正しい者が正しく生きられない物語の姿を重ね合わせた時、浮かび上がるものがあると感じられます。


 作者はその『真田十勇士』において、戦国時代の終わりと、それによって個人が天下という概念に取り込まれていく様を描きました。それに対して本作で描かれるものは、戦国時代の始まりと、それによって大きく揺り動かされる社会と個人のあり方なのではないか――そう感じられます。。
 しかし『南総里見八犬伝』という物語を原典に忠実に描きつつ、この視点を織り込んでいくことは並大抵のことではないと言えます。それでも私は、この作者ならばできると全幅の信頼を寄せてしまうのです。

 少なくともこの第1巻においては、本作が原典に忠実でありつつも巧みな補足を加えた『南総里見八犬伝』リライトとしての面白さと、作者独自の視点から歴史を読み解くを持つ歴史小説、二つの面白さを兼ね備えていることは間違いありません。
 第2巻以降にも心から期待する次第です。


『南総里見八犬伝 1 結城合戦始末』(松尾清貴 静山社) Amazon
南総里見八犬伝 結城合戦始末


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