2017.06.07

入門者向け時代伝奇小説百選 古代-平安(その一)

 ここからは作品の舞台となる時代ごとに作品を取り上げます。まずは古代から奈良時代、平安時代にかけての作品の前半です。

46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)


46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫) Amazon
 とてつもなくキャッチーなタイトルの本作は、そのタイトルどおりの内容に驚愕必至の作品。
 赤壁の戦いで大敗を喫した曹操が諸葛孔明に匹敵する奇門遁甲の遣い手として白羽の矢を立てた相手――それは邪馬台国の女王・卑弥呼だった! という内容の本作ですが、架空戦記的な内容ではなく、あったかもしれない要素を丁寧に積み上げて、世紀の対決にきっちりと必然性を持たせていくのが実に面白いのです。

 そして物語に負けず劣らず魅力的なのは、この時代の倭国の姿であります。大陸や半島から流れてきた人々が原始的都市国家を作り、そこに土着の人々が結びつく――そんな形で生まれた混沌とした世界は、統一王朝を目指す中原と対比されることにより、国とは、民族とはなにかいう見事な問いかけにもなっているのです。

 ラストの孔明のとんでもない行動も必見!

(その他おすすめ)
『倭国本土決戦』(町井登志夫) Amazon
『シャクチ』(荒山徹) Amazon


47.『いまはむかし』(安澄加奈) Amazon
 実家に馴染めず都を飛び出した末、代々の(!)かぐや姫を守ってきた二人の「月守」の民と出会った弥吹と朝香。かぐや姫がもたらす莫大な富と不死を狙う者たちにより一族を滅ぼされ、彼女の五つの宝を封印するという彼らに同行することにした弥吹たちの見たものは……

 竹取物語の意外すぎる「真実」を伝奇色豊かに描く本作。その物語そのものも魅力的ですが、見逃せないのは、少年少女の成長の姿であります。
 旅の途中、それぞれの目的で宝を求める人々との出会う中で、自分たちだけが必ずしも正しいわけではないことを知らされつつも、なお真っ直ぐに進もうという彼らの姿は実に美しく感動的なのです。

 そして「物語を語ること」を愛する弥吹がその旅の果てに知る物語の力とは――日本最古の物語・竹取物語に込められた希望を浮かび上がらせる、良質の児童文学です。


48.『玉藻の前』(岡本綺堂) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 インド・中国の王朝を騒がせた末に日本に現れ、玉藻前と名乗って朝廷に入り込むも正体を見顕され、那須で殺生石と化した九尾の狐の伝説。本作はその伝説を踏まえつつ、全く新しい魅力を与えた物語です。

 幼馴染として仲睦まじく暮らしながら、ある事件がきっかけで人が変わったようになり、玉藻の前として都に出た少女・藻と、玉藻に抗する安倍泰親の弟子となった千枝松。本作は、数奇な運命に引き裂かれつつも惹かれ合う、この二人を中心に展開します。
 そんな設定の本作は、保元の乱の前史的な性格を持った伝奇物語でありつつも、切ない味わいを濃厚に湛えた悲恋ものとしての新たな魅力を与えたのです。

 山田章博『BEAST OF EAST』等、以後様々な作品にも影響を与えた本作。九尾の狐の物語に新たな生命を吹き込むこととなった名作です。

(その他おすすめ)
『小坂部姫』(岡本綺堂) Amazon


49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 劇画界の超大物原作者による本作は、鬼と化した少女を主人公としたオールスター活劇であります。

 父・藤原秀郷を訪ねる旅の途中、鬼に襲われて鬼の毒をその身に受けた少女・茨木。不老不死となり、徐々に鬼と化していく彼女は、藤原純友、安倍晴明、渡辺綱、坂田金時等々、様々な人々と出会うことになります。そんな中、藤原一門による鬼騒動に巻き込まれた茨木の運命は……

 平安時代と言っても三百数十年ありますが、本作は不老不死の少女を狂言回しにすることにより、長い時間を背景とした豪華キャストの物語を可能としたのが実に面白い。
 しかしそれ以上に、「人ならぬ鬼」と、権力の妄執に憑かれた「人の中の鬼」を描くことで、鬼とは、裏返せば人間とは何かという、普遍的かつ重いテーマを描いてみせるのに、さすがは……と感心させられるのです。


50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 平安ものといえば欠かすわけにはいかないのが『陰陽師』シリーズ。誕生30周年を経てなおも色あせない魅力を持つ本シリーズは、安倍晴明の知名度を一気に上げた陰陽師ブームの牽引役であり、常に第一線にある作品です。

 その中で初心者の方にどれか一冊ということであれば、ぜひ挙げたいのが本作。元々は短編の『金輪』を長編化した本作は、恋に破れた怨念から鬼と化した女性と、安倍晴明・源博雅コンビの対峙を描く中で主人公二人の人物像について一から語り起こす、総集編的味わいがあります。

 もちろんそれだけでなく、晴明と博雅がそれぞれに実に「らしい」活躍を見せ、内容の上でも代表作といって遜色ない本作。
 特に人の心の哀れを強く感じさせる物語の中で、晴明にも負けぬ力を持つ、もう一人の主人公としての存在感を発揮する博雅の活躍に注目です。

(その他おすすめ)
『陰陽師 瀧夜叉姫』(夢枕獏) Amazon



今回紹介した本
諸葛孔明対卑弥呼 (PHP文芸文庫)(P[あ]6-1)いまはむかし (ポプラ文庫ピュアフル (P[あ]6-1))玉藻の前夢源氏剣祭文【全】 (ミューノベル)陰陽師生成り姫 (文春文庫)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 諸葛孔明対卑弥呼
 「いまはむかし 竹取異聞」 異聞に込められた現実を乗り越える力
 玉藻の前
 夢源氏剣祭文
 

| | トラックバック (0)

2017.06.01

片山陽介『仁王 金色の侍』第3巻 決戦、関ヶ原にぶつかり合う想い

 コーエーテクモの時代アクションゲームのコミカライズである本作もこの第3巻で完結。金色の侍、ウィリアム・アダムスは、ついに決戦の地・関ヶ原において宿敵と対峙することになるのですが――

 自分にとっては大事な「家族」と言うべき守護精霊・シアーシャを奪い、神秘の力・アムリタを用いて奇怪な魑魅魍魎を操る悪人・ケリー(どうやらエドワード・ケリーのことと知ってびっくり仰天)を追ってこの日本にやってきたウィリアム。
 ケリーが石田三成に手を貸していると知ったウィリアムは、彼と対立する徳川家康に接近、その中で様々な出会いと別れを経験することになります。

 そして始まる家康と三成の決戦。そう、関が原の戦に、ウィリアムも参戦することに……


 というわけで、この第3巻の舞台となるのは、ほとんどすべて関が原の戦。表向きにはちょっと驚くほど(という表現は失礼ですが)真っ当な関が原の戦が展開することになりますが、それはあくまでも表向き、その陰では数々の悪鬼、魑魅魍魎が暴れまわっていた――というわけで、ここにウィリアムの活躍の余地が生まれることになります。

 しかしその活躍は、単に人外の魔を倒し、シアーシャを取り戻すためだけのものではありません。これまでこの国で様々な人々と出会ってきたウィリアム。その経験から、彼は自分の目的以上の想いを背負ってこの戦に参戦することになるのです。

 その一方で、想いを背負っているのは必ずしも彼一人のものではなく、また東軍のみのものでもないことが、本作においてはある人物を通じて描かれます。
 それは大谷刑部――彼は友である三成を勝たせるため、自らの身を人外に変えてもウィリアムを止めんとするのであります。

 形部が怪物に変形するというのは、色々と引っかかるものはあります。
 しかし、ここで彼がウィリアムを強き者――自分自身で何事かを為す力を持つ者、そして自分と三成を弱き者――強き者のために命を使う者と説くのが目を引きます。
 強き者が戦うのは当たり前、しかし三成は弱き者でありながら、やはり強き者である家康やウィリアムと戦おうとしている――という視点は、西軍を一方的な悪者にしないものとしてなかなか興味深いものとして感じます。

 もっともこの視点、その後フォローされることなく、結局三成が暴走して終わってしまうのを何と評すべきか……
 ウィリアムが味方についた時点である程度仕方はないとはいえ、結局東軍側に、勝てば官軍的な印象が生まれてしまったのは残念ではあります。
(そして大ボスたるケリーの目的が今ひとつだったのも……)


 上で述べた大谷形部、あるいは最後まで「腕の立つ一般人」のスタンスを貫いてウィリアムを支えた服部半蔵など、面白いキャラクターも色々と登場しただけに、少々勿体無い結末だった――というのが正直な印象ではあります。
(「三浦按針」の史実との豪快な摺り合わせ方は大好きなのですが)


『仁王 金色の侍』第3巻(片山陽介&コーエーテクモゲームス 講談社週刊少年マガジンKC) Amazon
仁王 ~金色の侍~(3) (講談社コミックス)


関連記事
 片山陽介『仁王 金色の侍』第1巻 海から来た侍、その名は……
 片山陽介『仁王 金色の侍』第2巻 彼が来る理由、彼が去る理由

| | トラックバック (0)

2017.05.04

入門者向け時代伝奇小説百選 怪奇・妖怪(その二)

 初心者向け時代伝奇小説百選、怪異・妖怪ものの紹介の後半は、これまで以上にユニークで新鮮な作品が並びます。

31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)


31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)【江戸】【剣豪】 Amazon
 真っ正面から人間と怪異との対決を描いて同好の士を唸らせた作品が本作であります。
 主人公・榊半四郎はある事件がきっかけで主家を捨て江戸に出た青年。絶望から死を選ぼうとした時、不思議な力を持つ老人・聊異斎と謎の小僧・捨吉と出会った彼は、この世を騒がす様々な怪異に挑むことに――

 故あって浪人となった主人公が周囲の人々に支えられ、市井の事件に挑むという本作のスタイルは、文庫書き下ろし時代小説の王道であります。しかし本作はその骨格に時代ホラーを乗せ、しかも非常に高いクオリティで融合させている作品。
 特にそのオリジンも含め驚くほどバラエティに富んでいる怪異の数々は必見です。

 そして物語は市井の妖怪退治から、どんどんスケールアップ、ラストはある史実を背景に世界の存亡を賭けた戦いが描かれることになります。
 つい先日、大団円を迎えた本作、今一番読んでいただきたい作品の一つです。


32.『妖草師』シリーズ(武内涼)【江戸】 Amazon
 「この時代小説がすごい! 2016」の文庫書き下ろし部門で見事一位を獲得した本作は、この作者ならではのユニークな伝奇活劇です。

 実家を勘当され、京の市井で暮らす庭田重奈雄。彼の真の姿は妖草師――この世に芽吹いた奇怪な能力を持つ常世の草花・妖草を刈る者であります。
 時に人間の強い想いに反応し、時に邪悪な術者に操られてこの世に現れる妖草に対し、重奈雄は同じく妖草を操って戦いを挑むのです。

 デビュー以来、作中に必ずと言ってよいほど豊かな自然の姿を描いてきた作者ですが、本作はそれを一ひねりした異形の植物ホラーとでも言うべき作品。
 登場する様々な妖草の存在と、それに自らも妖草を武器にして挑むと重奈雄の戦いが実にユニークなのですが、彼を助けるのが曾我蕭伯や池大雅ら、当時の一流文化人というのにも注目であります。


33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)【江戸】 Amazon
 怪談とミステリを見事に融合させた『浪人左門あやかし指南』シリーズでデビューした作者による本作は、深川のおんぼろ古道具屋を舞台とするユニークな作品です。

 釣り狂いの主人・伊平次が適当に営む皆塵堂は、実は曰く付きの品物ばかり集めている上に、店になる前に住人が惨殺されたというヤバすぎる場所であります。
 そこに修行に出されたのは、生まれつき幽霊が見える体質の太一郎。果たして彼は次から次へと恐ろしい目に遭わされることに……

 エキセントリックな登場人物たちが、様々な幽霊に振り回される姿を描く、恐ろしくもどこかすっとぼけた味わいの本作。それでいてこの第一作以降、皆塵堂で働いた若者は、みな得難い経験をして成長していくというのもユニークです。
 大いに怖くてちょっとイイ話というべき怪作、いや快作です。

(その他おすすめ)
『溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介) Amazon


34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)【幕末-明治】 Amazon
 デビュー作を含む『宇喜多の捨て嫁』でいきなり直木賞候補となった作者の第二作は、真っ正面からの時代伝奇ホラー。食べた者は不死になるという人魚伝説と、坂本竜馬や新撰組を組み合わせた悪夢の世界であります。

 幼い頃、土佐の浜に打上げられた人魚の肉を食べた竜馬が、寺田屋で最期を迎えた時に知った恐るべき不死の正体を皮切りに、短編連作形式で展開する本作。
 そして、その人魚の肉を食べてしまった新撰組の面々を襲うのは、不死どころか、異能・異形の者に変じていくという怪異。 百目鬼、吸血鬼、生ける屍、禁断の儀式、首なし騎士、ドッペルゲンガー……この題材でよくぞここまで! と言いたくなるほどの怪異のオンパレードです。

 しかしそんな地獄絵図の中でも、さらりと人間の強さ、善性を描いてくるのも素晴らしい。刺激的ながら魅力的な短編集であります。


35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)【江戸】 Google Books
 寡作ではあるものの、いずれも味わい深い時代怪異譚を描く作者のデビュー作は、遊郭・柳うら屋を舞台に、そこに生きる遊女たちの哀歓と希望を描く怪異譚です。

 吉原の妓楼・柳うら屋で嵐の晩に殺害された看板遊女・白椿。その遺体を発見した霧野をはじめとする三人の遊女は、それ以来自分たちに不思議な能力が宿ったことに気づきます。
 そして柳うら屋で相次ぐ相次ぐ奇怪な現象の数々。怪事に巻き込まれた三人は、その背後の様々な人の思いを知ることに……

 一種の異能もの的な展開も面白いのですが、本作の最大の魅力は、遊郭の人間模様も、非現実的な怪異も、等しくこの世に在るものとして認め、受け入れる優しい眼差しにあります。そしてさらに、現実からの救いとしての怪異を提示してみせるのには感心させられるばかり。遊郭怪談の名品というのにとどまらず、怪談というジャンルの存在にまで切り込んだ作品です。



今回紹介した本
鬼溜まりの闇 素浪人半四郎百鬼夜行(一) (講談社文庫)妖草師 (徳間文庫)古道具屋 皆塵堂 (講談社文庫)人魚ノ肉柳うら屋奇々怪々譚 (廣済堂モノノケ文庫)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 「鬼溜まりの闇 素浪人半四郎百鬼夜行」 文庫書き下ろしと怪異譚の幸福な結合
 「妖草師」 常世に生まれ、人の心に育つ妖しの草に挑め
 「古道具屋 皆塵堂」 ちょっと不思議、いやかなり怖い古道具奇譚
 木下昌輝『人魚ノ肉』 人魚が誘う新撰組地獄変
 「柳うら屋奇々怪々譚」 怪異という希望を描く遊郭怪談の名品

| | トラックバック (0)

2017.04.26

梶川卓郎『信長のシェフ』第18巻 歴史になかった危機に挑め!

 信長の天下布武もいよいよ佳境、ついに始まった宿敵・本願寺との天王寺合戦。しかしその背後では、三人の現代人たちの思惑が絡み合っています。打倒信長のため、毛利を動かして歴史を変えようとする果心居士=松田に対し、その毛利対策を信長からただ一人任されたケンの策とは――

 自分を認めなかった信長を滅ぼすため、松永久秀と手を組んだ松田。自分が歴史を動かすと豪語する彼は、明智光秀に接近し、本願寺攻めの中で彼に信長を討たせんと暗躍します。
 それも全ては本願寺顕如と久秀の手の上で踊らされているだけだと知り、同じ現代人、いやかつての同僚を見殺しにはできないと、ケンにメッセージを送るようこ。しかし既に本願寺と毛利は手を組み、そして光秀も天王寺砦に追いつめられることに――


 これまで信長を襲った数々の危機を、料理の腕と知識、そして機転で乗り越え、信長を支えてきたケン。しかしそれらの危機は、いずれも史実の上のものであり、あるいは彼の存在がなくとも、信長はその危機を乗り越えることができたのかもしれません。
 しかし今回信長を襲うのは、その歴史にはなかった危機なのであります。

 この巻で描かれる天王寺砦の合戦は、確かに信長が敵よりも劣る戦力で、しかも自らが陣頭に立った数少ない戦いですが、この戦いの相手は本願寺のみでありました。
 しかしこの戦いに毛利が――この後の木津川口の合戦で一度は織田軍に大勝を収めたほどの毛利が参戦していれば、大きく歴史は変わったことでしょう。

 松田が狙うのは、大げさに言えばまさにこの毛利参戦による歴史改変。
 なるほど、タイムスリップした現代人が歴史改変を目論むというのは、タイムスリップ時代劇ではある意味定番ですが、本作においてはこれまでケンがある意味歴史そのものに興味がなかったために、この展開はかなり新鮮に感じられます。

 さて、イレギュラーにはイレギュラーと言うべきか、その毛利にはケンが当たることになるのですが……しかし信長を待ち受けるのは、松田によって巧妙に暗示にかけられた光秀が籠もる天王寺砦に仕掛けた罠。
 史実では自ら砦を囲む敵軍を突破した信長が光秀と合流、すぐさまとって返したことで大勝利を収めるのですが、上に述べたとおり、これも信長にとっては異例の、薄氷を踏む勝利であることは間違いありません。そこで何か一つ歯車が狂えば――

 そんなわけで、この巻で描かれるのは、ケンと信長それぞれが立ち向かう戦いであります。その結果がどうなるか……それをここで述べるのは野暮というものですが、しかし、その過程と結果は、本作をこれまで読んできた者にとっては納得の、そして当然のものであると言うことはできるでしょう。

 物語がある意味二分化されることもあり、これまで以上にケンの料理の出番は少ないこの巻。しかしそれでもここで描かれたものは、『信長のシェフ』という物語が紡ぎ、築いてきたものを踏まえたものであり、例え料理シーンが少なくとも、その味は変わらない……そう再確認させられた次第です。


 しかし一つの戦いが終わり、また浮かぶのはケンと歴史の関係に対する疑問であります。
 果たしてケンの存在は、本当に歴史を変えていないのか。今は結果として歴史は変わっていないだけで、やがては大きく歴史は変わるのではないか。そしてもう一つ、この先、ケンが自らの意志で歴史を変えようとすることはないのか……と。

 しかし信長にとって大きな危機が去った今、その答えが示されるのは、まだまだ先のことかと思いきや……この後ケンを待ち受けているのは、おそらくは小さくとも歴史を変えかねない決断であります。
 そこでまず何が示されるのか。思わぬところで描かれたケンの過去の記憶も含めて、まだまだ気になることは尽きない作品であります。


『信長のシェフ』第18巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 18 (芳文社コミックス)


関連記事
 「信長のシェフ」第1巻
 「信長のシェフ」第2巻 料理を通した信長伝!?
 「信長のシェフ」第3巻 戦国の食に人間を見る
 「信長のシェフ」第4巻 姉川の合戦を動かす料理
 「信長のシェフ」第5巻 未来人ケンにライバル登場!?
 「信長のシェフ」第6巻 一つの別れと一つの出会い
 「信長のシェフ」第7巻 料理が語る焼き討ちの真相
 「信長のシェフ」第8巻 転職、信玄のシェフ?
 「信長のシェフ」第9巻 三方ヶ原に出す料理は
 「信長のシェフ」第10巻 交渉という戦に臨む料理人
 『信長のシェフ』第11巻 ケン、料理で家族を引き裂く!?
 『信長のシェフ』第12巻 急展開、新たなる男の名は
 梶川卓郎『信長のシェフ』第13巻 突かれたケンの弱点!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第14巻 長篠への前哨戦
 梶川卓郎『信長のシェフ』第15巻 決戦、長篠の戦い!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第16巻 後継披露 信忠のシェフ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第17巻 天王寺の戦いに交錯する現代人たちの想い

| | トラックバック (0)

2017.04.02

入門者向け時代伝奇小説百選 怪奇・妖怪(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回はある意味この百選のキモである怪奇・妖怪ものの紹介(その一)であります。

26.『おそろし 三島屋変調百物語事始』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)

26.『おそろし 三島屋変調百物語事始』(宮部みゆき)【江戸】 Amazon
 数多くのジャンルで活躍する作者が得意とする時代怪談の名品、数年前に波瑠主演でNHKドラマ化された作品です。
 ある事件が原因で心を閉ざし、叔父夫婦の営む三島屋に預けられた少女・おちか。彼女はふとしたことから、様々な人々が持ち込む不思議な話の聞き役を務めることに――

 というユニークな設定で描かれる全5話構成の本作は、題名のとおり真剣に恐ろしい物語揃いの怪談集。しかしそんな恐ろしい物語に聞き手として、時には当事者として向き合うことにより、おちかの心が少しずつ癒され、前に向かって歩き出す姿には、作者の作品に通底する人間という存在の強さが感じられます。
 副題通りの百話目指し、今なお書き継がれているシリーズであります。

(その他おすすめ)
『あんじゅう 三島屋変調百物語事続』(宮部みゆき) Amazon
『あやし』(宮部みゆき) Amazon


27.『しゃばけ』(畠中恵)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 大店・長崎屋の若だんな・一太郎は生まれついての虚弱体質で、過保護な兄やの佐助と仁吉に口うるさく構われる毎日。しかし若だんなは妖を見る力の持ち主、実は大妖の佐助と仁吉とともに、次々と奇怪な事件に巻き込まれて――という妖怪時代小説の代名詞と言うべきシリーズの第1弾です。

 人間と妖のユーモラスで賑やかな騒動を描くいわゆる妖怪時代小説のスタイルを作ったとも言える本作は、しかし同時に、ミステリ性も濃厚な物語。
 続発する奇怪な殺人事件に巻き込まれた若だんなが解き明かすのは、この世界観だからこそ成立する奇怪なロジック。そしてその先には、苦い人間社会の現実が――

 連作スタイルで今なお続くシリーズを貫く魅力は、この第1弾の時点から健在なのです。

(その他おすすめ)
『ゆめつげ』(畠中恵) Amazon
『つくもがみ貸します』(畠中恵) Amazon


28.『巷説百物語』(京極夏彦)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 妖怪といえばこの人、な作者の代表作の一つであり、幾度も映像化・漫画化されてきた本作。しかし作者の作品らしく一筋縄ではいかない妖怪時代小説であります。

 戯作者志望の青年・百介が旅先で出会った謎めいた男・御行の又市。一癖も二癖もある面々と組む彼の稼業は、表沙汰にできない面倒事の解決や悪党への復讐を請け負うことでありました。
 妖怪の仕業にしか見えない不可解な事件を引き起こし、その陰に隠れて仕掛けを行う本作は、作者が愛してやまない必殺シリーズmeets妖怪的味わいの連作集です。

 百鬼夜行シリーズ(京極堂もの)とは表裏一体とも言える本作は、その後も後日譚・前日譚と数多く書き継がれ、更なる続編が待たれるシリーズです。

(その他おすすめ)
『続巷説百物語』(京極夏彦) Amazon


29.『一鬼夜行』(小松エメル)【幕末・明治】 Amazon
 妖怪時代小説の旗手の一人である作者のデビュー作にして代表作、明治の東京を舞台にした賑やかでほろ苦い妖怪活劇です。

 ある晩、空から古道具屋を営む青年・喜蔵の前に落ちてきた自称大妖怪の少年・小春。百鬼夜行からこぼれ落ちたという小春が居候を決め込んで以来、様々な妖怪沙汰に巻き込まれる喜蔵ですが――

 小生意気な小春と、妖怪も恐れる閻魔顔の喜蔵の凸凹コンビが活躍する本作、人間と妖怪のバディものは定番ですが、ここまで二人のやり取りが楽しい作品は他にはありません。
 その一方で、それぞれ孤独を抱えた人と妖が寄り添い、絆を深める人情ものとしても魅力的な本作。今なおシリーズが書き継がれているのも納得です。

(その他おすすめ)
『夢追い月 蘭学塾幻幽堂青春記』(小松エメル) Amazon


30.『のっぺら あやかし同心捕物控』(霜島ケイ)【江戸】 Amazon
 『封殺鬼』シリーズなど伝奇アクションで90年代から活躍してきた作者の初時代小説は、とんでもなくユニークな妖怪ものであります。
 主人公の千太郎は江戸町奉行所の敏腕同心。腕が立ち、正義感に溢れて情に厚い、江戸っ子の人気者なのですが……何と彼はのっぺらぼう。あやかしを退治する同心ではなく、あやかしが同心なのです。

 しかし本作はパラレルワールドものではありません。江戸にのっぺらぼうがいたらどうなるか……本作は丹念に描写を積み重ねることでその難題(?)をクリアするのです。
 そしてもちろん、千太郎が挑む事件も奇っ怪極まりないものばかり。人間が、妖が引き起こす怪事件に挑む千太郎の姿は、「男は顔じゃない」と思わせてくれるのであります。


今回紹介した本
おそろし 三島屋変調百物語事始 (角川文庫)しゃばけ (新潮文庫)巷説百物語 (角川文庫)(P[こ]3-1)一鬼夜行 (ポプラ文庫ピュアフル)のっぺら あやかし同心捕物控え (モノノケ文庫)


関連記事
 「おそろし 三島屋変調百物語事始」 歪みからの解放のための物語
 「一鬼夜行」 おかしな二人の絆が語るもの
 「のっぺら あやかし同心捕物控」 正真正銘、のっぺらぼう同心見参!

| | トラックバック (0)

2017.03.28

八犬伝特集その二十 越水利江子『南総里見八犬伝 運命に結ばれし美剣士』

 越水利江子といえば、『忍剣花百姫伝』『うばかわ姫』といったオリジナルの時代ものがまず浮かびますが、その一方で児童向けの偉人伝や古典リライトでも活躍している作家。本作もその系譜に属する作品ですが、なかなかに完成度の高い、単純なダイジェストに留まらぬ八犬伝として成立しています。

 この『ストーリーで楽しむ日本の古典』は、児童文学の老舗・岩崎書店が刊行しているヤングアダルト作家による古典リライトシリーズ。執筆陣には金原瑞人、那須田淳、令丈ヒロ子等々、錚々たる面々が並びますが、本書の越水利江子も、これまで『とりかえばや物語』『落窪物語』『東海道中膝栗毛』を刊行しています。

 そのシリーズの最新巻である本作は、言うまでもなく曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』をベースとしたもの。
 この八犬伝、大人よりもむしろ子供の間で人気なのではないか……と思ってしまうほど、児童文学の出版社それぞれからリライトが刊行されており、その幾つかはこのブログでも紹介させていただいております。

 もちろんそのアプローチは千差万別、可能な限り原典に忠実な作品もあれば、原典をベースにアレンジを加えたもの、あるいは題材のみを借りたほとんどオリジナルの作品すらありますが……本作は、相当に原典に忠実な部類と言えるでしょう。

 結城合戦に始まり、里見義実と伏姫の物語から、八犬士誕生と来て、信乃の登場と荘介との義兄弟の契り、浜路くどきから道節登場、芳流閣の決闘――いずれも八犬伝ならではの見せ場ですが、本作は原典の要素をほぼそのままに、それらを巧みに再構築してみせます。
 もちろん、必ずしも原典そのままではないものの(特に房八とぬいのくだりは相当にアレンジ)、本作は基本的に新しい要素は足さずに、原典の物語を再現してみせることに成功しているのです。
(玉梓が怨霊の出番がほとんどないというのも、実はリライトでは非常に珍しい)

 しかし、個人的に一番印象に残ったのは、その情景・心理描写の美しさであります。
 富山の自然の中での伏姫と八房の生活、信乃と浜路の出会い、芳流閣の上からの眺望など、原典の名場面の間にふと差し挟まれる描写の美しさは、本作ならではの魅力として、特筆すべきものでしょう。
 例えば、
「冬ごもりの雪雲はいつしか晴れ、春霞が立てば、朝鳥が友を呼んで鳴きかわす。(中略)
 夏の夜には、谷川の苔石は、昼間の陽のぬくみを残してやわらかく、苔石に腰かけ、見上げれば、三日月の青く冴えわたるのに、伏姫の胸はせまった。
 夏の夕立で洗い流した黒髪も、秋ともなればやや冷えて、織りなす谷の紅葉も散りつもり、松風が吹きこむ伏姫の寝床の岩窟は、いつしか錦の床となっていた。」
というように――


 このように、子供に限らず、我々が読んでも十分に面白い本作ですが、しかし一点本当に残念なのは、本作が荒芽山のくだり――一旦は集結した五人の犬士が、管領軍の襲撃に散り散りとなる場面で終わっていること。

 もちろん原典の分量を考えれば、一冊で全てを収めることは不可能であることは間違いありませんが、これだけの水準のものであるからこそ、勿体無いというほかありません。
 この後も数々の名場面が存在する『南総里見八犬伝』。いつかそれらの名場面を作者の筆で読むことができるよう、願う次第です。


『南総里見八犬伝 運命に結ばれし美剣士』(越水利江子 岩崎書店ストーリーで楽しむ日本の古典) Amazon
ストーリーで楽しむ日本の古典 (19) 南総里見八犬伝 運命に結ばれし美剣士


関連記事
 八犬伝特集 インデックス

| | トラックバック (0)

2017.03.17

重野なおき『信長の忍び』第11巻 泥沼の戦いと千鳥の覚悟、しかし……

 アニメも二期決定と好調の『信長の忍び』、朝倉義景・浅井長政を滅ぼし、包囲網をついに突破した信長ですが、しかし意外なところで越前の戦いは本願寺と結びつき、泥沼の戦いが始まることとなります。そしてその果てに信長が取った戦略に対し、千鳥は……

 武田信玄が志半ばに斃れ、そして信長により朝倉・浅井が滅ぼされたことにより瓦解した信長包囲網。ここに信長の生涯最大の危機の一つが去ったことになりますが、しかしもちろん、それで彼を取り巻く脅威の全てがなくなったわけではありません。

 信玄の跡を継いだ勝頼による高天神城攻めにおいては家康に援軍を出せず、ようやく獲ったはずの越前国では一向一揆が勃発し混乱は深まるばかり。そして一向一揆の中枢ともいうべき本願寺が、最大の敵として立ちふさがるのであります。

 そしてその背後には越前と本願寺を繋ぐ存在が。そう、朝倉義景の娘であり、本願寺顕如の教如の妻となった三位殿の暗躍が……

 と、思わぬ暗黒ヒロイン・三位殿の登場に引っ掻き回されることとなるこの第11巻。
 主人公はもちろんのこと、これまで様々なヒロインが登場した本作ですが、復讐のために明確な悪意を持って政治を動かし、周囲を引っ掻き回していくキャラクターは彼女が初めてでしょう。

 もちろんそれは本作のオリジナル、そもそも史実に残っている部分が少ない人物だけに自由に脚色したというところで、ちょっと引っかかるのですが……(この辺りは後述)

 そして本願寺との緊張が極限までに高まった末に始まるのは長島一向一揆との戦いであります。
 信長の自領である伊勢・尾張両国にまたがる長島で起きたこの一向一揆を率いるのが下間頼タン、いや頼旦――強大な武力と優れた戦略眼、そして右に出る者はいない隠し芸の数々で、信長軍は、そして千鳥は大いに苦しめられることになります。

 ん、隠し芸!? となりますが、本当なのだから仕方ない。本来であればドシリアスな局面に、こんなキャラを投入してくるのが本作の面白恐ろしいところであります。
 いやはやこの頼タン、今まで登場してこなかったのが勿体ないほどの面白キャラ。特に偵察のために潜入した千鳥との絡みなど、それほど多くないボリュームでも、このキャラの存在感・魅力をきっちりとアピールしてくれるのは、作者ならではの技でしょう。


 が……呑気に楽しんでいられなくなるのがこの巻の後半の展開。そう、長島一向一揆において信長が何をしたのか――それは歴史が示すとおりであります。
 鉄壁の防御を誇る長島城に篭り、信長軍を寄せ付けぬ下間頼旦らに対し、兵糧攻めを仕掛ける信長軍。それはいいとして、城の者たちの助命を条件に開城・降伏した頼旦に対して、彼をはじめとする無数の門徒の命を、信長は騙し討ちで奪ったのですから。

 この信長の行動に対しては、その他の戦におけるそれと同様、様々な評価があるでしょう。しかし本作の主人公である千鳥は、信長の判断を疑わず、その命ずるままに動くことを宣言いたします。
 いやはや、どう言葉を飾っても騙し討ち(しかも相手の多くは自分の領民)でしかないものを、取り繕おうともしないのはある意味天晴というべきかもしれませんが、しかしそれを天下布武のために必要な犠牲と切り捨てるのは、やはり居心地の悪いものがあります。

 特に本作の場合、先に述べた三位殿が本願寺サイドで陰険に暗躍する姿を示すことで、信長の側が(どちらかと言えば)正しい、やむを得ないという印象を与える作劇となっているのは違和感が残ります。

 いや、そこまでは仕方ないとしても、覚悟を固めている千鳥を結果的に殲滅戦に参加させず、ラストの美談めいたオチにのみ参加させるのはいかがなものでしょうか。
(その美談も、よりによって本作でもフォロー困難なあの人物絡みという……)


 既に比叡山の焼き討ちという地獄をくぐり抜けた千鳥。その彼女がこうした覚悟を決めるのはむしろ当然であるかもしれません。そしてある意味信長の分身的存在であることを考えればなおさら。
 しかし一人の人間として、それで良いのか。信長を絶賛するだけでよいのか……その違和感の答えは、あるいはこの巻のラストで暗示されるある戦いにおいて示されるのかもしれません。

 その時はまだ先ですが……さて。


『信長の忍び』第11巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
信長の忍び 11 (ヤングアニマルコミックス)


関連記事
 「信長の忍び」第1巻 忍びから見た信長記
 「信長の忍び」第3巻 千鳥と二人の戦国大名
 「信長の忍び」第4巻 まさかまさかのシリアス展開!?
 「信長の忍び」第5巻&「戦国雀王のぶながさん」 シリアス(?)とコメディの信長二本立て
 「信長の忍び」第6巻 長編四コマ漫画というスタイルと歴史を描くということ
 「信長の忍び」第7巻 くノ一、比叡山に地獄を生む
 『信長の忍び』第8巻 二つのクライマックス、二人の忍び
 重野なおき『信長の忍び』第9巻 立ち上がった二人の戦国武将
 重野なおき『信長の忍び』第10巻 浅井家滅亡、小谷城に舞う千鳥

| | トラックバック (0)

2017.03.16

片山陽介『仁王 金色の侍』第2巻 彼が来る理由、彼が去る理由

 コーエーテクモの時代アクションゲームを原作とした漫画版『仁王』の第2巻であります。大事な「家族」を奪った男を追ってこの国にやってきた金色の侍ことウィリアム・アダムスの冒険は続き、ついに彼は徳川家康との対面を果たすことになるのですが――

 1600年、日本に漂着した異国船リーフデ号に乗っていた男、ウィリアム・アダムス。折しもこの国の各地に出没する魑魅魍魎を唯一倒す力を持つ彼は、服部半蔵正就に誘われて中津城を襲った魑魅魍魎と戦う中、自分の「家族」である精霊シアーシャを奪った男・ケリーの手がかりの一端を掴むことに……

 そんな第1巻を受けて物語も本題に入った印象もある本作ですが、ウィリアム――人呼んで「按針」――の戦いはまだまだ前途多難。石田方に助勢し、家康を狙うケリーと対峙する胃べく家康の元に向かうウィリアムですが、半蔵の口添えがあるとはいえ、家康に対面することは容易いことではありません。
 そしてここでウィリアムの人物を見極めるために現れたのは、家康に古くから仕える老将・鳥居元忠であります。

 1600年に鳥居元忠といえば、浮かぶのはただ一つの史実ですが、ウィリアムと元忠が出会ったのは6月の時点。しかし彼はこの先の運命を知るかのごとく、ウィリアムに対してビシビシと稽古をつけることになります。
 そしてその果てにようやく家康と対面したウィリアムですが、やがてついに開戦する東軍と西軍の決戦。そのいわば囮となった元忠を救うため、ウィリアムは伏見城へ急ぐのですが――


 というわけで、もっと史実に構わずガンガンいくのかな、と思いきや、意外と史実を押さえてきた展開の第2巻。
 そんなこの巻の陰の主役は、何と言っても鳥居元忠であるわけですが、家康との心の通じ合い方など、ベタではあるものの、味のあるキャラクターとなっている印象です。

 そしてここでのウィリアムとの交流が、彼を伏見城に向かわせる理由、そして彼を伏見城から退去させる理由として機能しているのも、堅実ながら好印象。
 そしてそれが、家康の側にいる必要はあるものの極端なことをいえば他人事、異国の戦である関ヶ原において、彼を戦わせる大きな理由付けとなっているのは巧みなところです。


 しかしこうした展開がしっかりしていると、逆に本作オリジナルの部分――というよりゲーム由来であろう部分が浮いてしまうのも事実。例えば物語の途中、信貴山城や本能寺といった地を舞台とした魑魅魍魎との戦いが入りますが、「ああ、ゲームのステージなんだなあ……」と感じてしまうところはあります。
 また、伏見城戦も人間との戦いがメインとなっているため、魑魅魍魎はもういらないんじゃないかな、という印象もなくはないのは痛し痒しですが……

 こうした点はゲームの漫画化としてプラスなのかマイナスなのかは悩ましいところですが、この辺りも含めて、いよいよ関ヶ原の決戦に突入する次の巻にも期待するとしましょう。


『仁王 金色の侍』第2巻(片山陽介&コーエーテクモゲームス 講談社週刊少年マガジンKC) Amazon
仁王 ~金色の侍~(2) (講談社コミックス)


関連記事
 片山陽介『仁王 金色の侍』第1巻 海から来た侍、その名は……

| | トラックバック (0)

2017.02.25

片山陽介『仁王 金色の侍』第1巻 海から来た侍、その名は……

 実に13年前に第一報が出て以来、発売されることなく時は流れ、ついに今年発売に至った際には公式がネタにしたほどの(正直それはどうかと思いますが)ゲーム『仁王』。本作はその漫画版――日本に漂着した金毛碧眼の侍・ウィリアムと魑魅魍魎との戦いを描く物語です。

 時は1600年、徳川家康と石田三成の間の緊張が爆発寸前の頃に日本に漂着した一隻の異国船。「愛」を意味する名のその船に乗っていた金髪の大男・ウィリアムは、海に投げ出され、岸に漂着したところを、漁村の少女に救われます。

 折しも漁村は野武士の一団に蹂躙され続け、少女も、かつて彼らに逆らった父を殺されたという過去の持ち主。そして今また来襲した野武士に対し、ウィリアムが立ち上がる――

 と、この第1話の展開は、もはや懐かしいような典型的バイオレンスもののそれ。ヒャッハーな連中に蹂躙される弱き者を救うため、正体不明の来訪者が一人戦いを挑む……というあれです。

 しかし本作が独自の展開を見せ始めるのは、ウィリアムと野武士の長が激突した時からであります。
 常人離れした力でもって野武士たちを叩き伏せるウィリアムに対し、長が見せた奥の手。それはアムリタなる秘薬の力により、我が身を奇怪な鬼と変えることだったのです。

 しかしウィリアムにとってそれは、意外ながらも望んだ展開。実は彼は、そのアムリタを用いて他者を怪物とする者を追って、この日本にやってきたのですから。
 そして両者の戦いを見つめる忍び、その名も服部半蔵正就(!)の思惑とは――


 冒頭に述べたとおり、ゲームを原作としている本作。私は今のところゲームの方は未プレイですが、本作はそんな人間でも問題なく楽しめる(時折、これはゲームに登場する用語なのだろうな、というものはありますが、それも気にならず)、一個の作品として成立しております。

 何よりも気に入ったのは、主人公「ウィリアム」の存在。
 彼とその船の名、そして日本を訪れた年からすれば、彼が何者なのかはほぼ明らかですが、しかしまさかあの人物が――そもそも主人公になるのも珍しいのに――これほどのバイオレンス伝奇ヒーローになるとは! と大いに驚かされました。

 そしてその相棒的存在になるのが、部下にストライキを起こされたことで悪名高き三代目服部半蔵正就というのにも驚かされますが、本作の正就は、そうした史実とは無縁の、人間臭い若者として描かれているのが面白い。
 家康に仕えることは史実通りの彼ですが、その目的・信念は、ウィリアムのようなヒーローとはまた異なる、常人サイドのキャラクターとして描かれていると言えるでしょう。


 さて、この第1巻の後半では、正就に誘われて黒田如水・長政親子が守る豊前中津城を訪れたウィリアム(史実で彼が漂着したのは豊後なのでそれなりに平仄はあっている)が、城を襲う魑魅魍魎の群れと戦うことになります。
 この辺り、魑魅魍魎にまともにダメージを与えられるのはウィリアムのみ、という物語のルールを踏まえて、正就や長政たちが彼らなりの戦いを見せるというのは、なかなか面白いところであります。

 正直に申し上げれば、バトル描写、特に籠城戦のそれにはかなりガチャガチャした印象を受けるのですが、しかしこれまで述べたとおり、史実とのリンク、そして史実との違いが楽しく、それなりに楽しめる本作。

 この先ウィリアムの戦いが、日本にどのような影響を与えていくのか……ゲームとは独立した、もう一つの『仁王』の物語が描かれることに期待したいところです。


『仁王 金色の侍』第1巻(片山陽介&コーエーテクモゲームス 講談社週刊少年マガジンKC) Amazon
仁王 ~金色の侍~(1) (講談社コミックス)

| | トラックバック (0)

2017.01.30

入門者向け時代伝奇小説百選 古典(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、古典の紹介その二であります。
6.『ごろつき船』
7.『美男狩』
8.『髑髏銭』
9.『髑髏検校』
10.『眠狂四郎京洛勝負帖』

6.『ごろつき船』(大佛次郎)【江戸】 Amazon
 大佛次郎といえば『鞍馬天狗』の生みの親ですが、その作者の伝奇ものの名作が本作――松前藩を牛耳る悪徳商人に家を滅ぼされた大商人の遺児と、彼を守って決死の戦いを繰り広げる人々の姿を描く物語であります。

 本作の魅力の一つは、何よりも松前に始まり、舞台は江戸に、西国に、そして遙か遠く異国まで広がっていくスケールの大きさ。しかしそれ以上に心に残るのは、主人公側の登場人物を次から次へと襲う苦難の運命と、それにも負けぬ善き心の存在であります。
 運命の悪意に翻弄され、世の枠組みからつまはじきにされようとも、善意と希望を捨てず戦い抜く……そんな「ごろつき」たちの勇姿には、心を熱くせずにはいられません。

(その他おすすめ)
『鞍馬天狗 角兵衛獅子』(大佛次郎) Amazon


7.『美男狩』(野村胡堂)【幕末-明治】 Amazon
 密貿易の咎で獄死した銭屋五兵衛が残した莫大な財宝を巡り、架空・実在の様々な人々の運命が入り乱れ、やがて伊皿子の怪屋敷に習練していく――銭形平次の生みの親である作者が初めて手掛けた時代小説である本作には、時代伝奇の楽しさが横溢しています。

 しかし印象に残るのは何とも不穏なタイトル。実は本作で大活躍するのは不倶戴天の宿敵である二人の美剣士。そしてそこに魔手を伸ばすのが、大の美男好き、それも美男同士の死闘を観るのを愛するという怪屋敷の女主人なのであります。
 そのドキドキするような要素を、「ですます」調の爽やかな文体で、節度を守りつつ描き出し、波瀾万丈の物語として成立させてみせた本作。作者ならではの逸品です。


8.『髑髏銭』(角田喜久雄)【江戸】 Amazon
 今では知名度こそ高くないものの、紛れもなく時代伝奇小説界の巨人と呼ぶべき作者の代表作がこの作品。莫大な財宝の在処を示す八枚の「髑髏銭」を巡り、青年剣士・怪人・大盗・悪女・奸商入り乱れての争奪戦が繰り広げられる本作は、まさに時代伝奇の教科書ともいうべき先品です。
 特に印象的なのは、髑髏銭を求めて跳梁する覆面の怪人・銭酸漿。冷酷で陰惨な殺人鬼のようでありながら、実は悲しい宿命を背負い、人間的な側面を覗かせる彼には、現代においても全く古びない存在感があります。

 推理小説家として知られるだけに、ミステリ的趣向が濃厚なのも作者の時代伝奇の特徴ですが、それは本作も同様。ミステリファンにも読んでいただきたい作品です。

(その他おすすめ)
『妖棋伝』(角田喜久雄) Amazon
『風雲将棋谷』(角田喜久雄) Amazon


9.『髑髏検校』(横溝正史)【怪奇・妖怪】【江戸】 Amazon
 たとえ異国の存在であっても貪欲に取り込んでしまうのが時代伝奇というジャンルですが、異国の妖魔の代表格である吸血鬼が江戸を脅かすのが本作。

 『吸血鬼ドラキュラ』の翻案と言うべき本作は、異境の吸血鬼に囚われた若者の手記に始まり、都で若者の恋人を狙う吸血鬼の跳梁、これに挑む老碩学たちの死闘――と、基本的に原典の展開をなぞっているのですが、それでいて要素の一つ一つが見事に日本のものとして翻案されているのが素晴らしい。

 何よりも、唸らされるのは、ラストで明かされる吸血鬼・不知火検校の正体。終盤の展開がやや駆け足ではありますが、時代伝奇ホラーの名作であることは間違いありません。

(その他おすすめ)
『天動説』(山田正紀) Amazon
『神変稲妻車』(横溝正史) Amazon


10.『眠狂四郎京洛勝負帖』(柴田錬三郎)【剣豪】【江戸】 Amazon
 古典ジャンルの中で唯一戦後の作品であります。古くは市川雷蔵や田村正和が、近年はGACKTが演じた孤高のヒーローの活躍を描く短編集です。

 異国の転び伴天連と武士の娘の間に生まれたという出生の秘密を背負い、立ち塞がる相手は円月殺法で斬り捨てる異貌の剣士。そんな狂四郎の人物像は今なおインパクトがありますが、しかし本シリーズは、今現在は最終作を除いて絶版という状況。その一方で容易に手に取ることができるのが本書です。

 張り巡らされた陰謀と謎、強敵を斬り払う狂四郎の一刀、むせび泣く女体……眠狂四郎ものの王道を行く表題作をはじめとしてバラエティに飛んだ短編が集められた本書は、眠狂四郎に初めて触れるにも適した一冊でしょう。


(その他おすすめ)
『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎) Amazon
『運命峠』(柴田錬三郎) Amazon


今回紹介した本
ごろつき船 上 (小学館文庫)美男狩(上) 文庫コレクション (大衆文学館)髑髏銭 (春陽文庫)髑髏検校 (角川文庫)新篇 眠狂四郎京洛勝負帖 (集英社文庫)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 大佛次郎『ごろつき船』上巻 悪事を捨て置けぬ男たちの苦闘!
 大佛次郎『ごろつき船』下巻 今立ち上がる一個人(ごろつき)たち!
 「美男狩」 時代伝奇小説の魅力をぎゅっと凝縮
 「髑髏検校」 不死身の不知火、ここに復活
 「眠狂四郎京洛勝負帖」 狂四郎という男を知る入り口として

| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧