2017.09.01

重野なおき『信長の忍び』第12巻 開戦、長篠の戦 信長の忍びvs勝頼の忍び

 本願寺との泥沼の戦いを終えた信長の次なる敵は、戦国最強の呼び名も高い武田家。その戦いの地は設楽ヶ原――いわゆる長篠の戦がついに始まることになります。そしてそこで千鳥は宿敵と再会することに……

 長島での一揆勢撫で切りという凄惨な結果を経て、ひとまずの決着を見た本願寺との戦い。とりあえず危機を脱した信長ですが、しかしまだまだ前途多難、次にその前に立ち塞がるのは、父・信玄亡き後も破竹の勢いをみせる武田勝頼の武田家であります。

 信長の同盟者たる徳川家康の領地を侵す武田家に対し、ついに決戦を決意する信長ですが、しかし武田家は最強の敵。信長は必勝のために幾重にも策を巡らせることになります。
 そんな中、信長の命を受けて千鳥が向かった先の鳶ヶ巣山砦で待っていたのは、かつて自分を捕らえ、瀕死の傷を負わせたくノ一・望月千代女で……

 というわけで、どうにもノレなかった長島編とはうって変わり、正当派の(?)武将と武将の合戦が描かれることとなるこの第12巻で描かれるのは、長篠の戦の前編とも言うべき内容。
 長篠の戦といえば、武田騎馬隊の突進を柵で食い止めた織田軍が鉄砲隊三段撃ちで――というのはもはやフィクションとされているわけですが、この巻では現在の通説を踏まえつつ、巷説などを取り入れてドラマチックに展開していくことになります。

 鳥居強右衛門の命を賭けた知らせ、佐久間信盛の偽りの寝返り、酒井忠次の鳶ヶ巣山砦奇襲――ここで描かれるものは、一つの合戦の勝敗を分けるのが、決してその場での武力のぶつかり合いだけではなく、そこに至るまでの人々の働きであることを示していると言えるでしょうか。

 特に信盛の寝返りと忠次の奇襲は、武田家の主力を織田家に有利な戦場に引っ張り出すという策のための伏線として、直接対決以上に意味を持つものなのですから……
(その一方で、ギャグでもやっぱり感動させられる強右衛門の覚悟)

 そしてそのそれぞれにおいても千鳥は活躍することになるのですが――この巻のラストで忠次の奇襲隊に加わった彼女を待ち受けるのは、信玄の忍び改め勝頼の忍び・望月千代女。
 千鳥とは様々な点で対照的な彼女と、忍び同士の宿命の対決が始まったところでこの巻は幕となるのですが――実のところ、この巻のもう一人の主役は、この千代女、というよりも勝頼をはじめとする武田家の人々という印象があります。


 信長の敵となる者たちを、基本的に単純な「敵」、悪役として描くことは少ない本作。その点からすれば、この戦で信長と激突する武田家の人々の描写が、通り一遍のものではないことは大いに頷けるところであります。

 しかも武田家には、すぐ上で述べたように、信長に対する千鳥とも言うべき千代女の存在があるわけで――彼女の目を通して描かれる勝頼や重臣たち、あと長坂釣閑斎の姿がこれまでの敵以上に生き生きとして見えるのはむしろ当然と言えるでしょう。
(さらに言えば同じ作者の『真田魂』第1巻でもこの戦いが描かれているわけで……しかし釣閑斎、あちらでは良いところもあったのに)

 そして千代女が、(たぶん)色恋抜きで主君のために命を賭けるのも、またグッとくるシチュエーションなのであります。


 ともに戦国において強大な力を――優れた家臣たちを――擁しながらも、(ほとんど)覇者となった者と、なれなかった者。その両者の一種代表となる形で前哨戦を繰り広げることとなった千鳥と千代女。
 その戦いの行方は、両家の運命を象徴するものとなるのでは――そんな気もいたします。

『信長の忍び』第12巻(重野なおき 白泉社ジェッツコミックス) Amazon
信長の忍び 12 (ヤングアニマルコミックス)


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2017.08.28

西條奈加『猫の傀儡』 探偵猫、人間を動かす!?

 猫を題材にした時代小説、それもファンタジー風味の作品は決して少なくはありませんが、本作はその中でも極めてユニークな作品でしょう。というのも主人公は、人間を傀儡として操り、猫に降りかかった面倒事を解決させる猫・ミスジ。本作はそのミスジの一人称で展開する時代ミステリなのであります。

 江戸でも特に猫が多いことから「猫町」と呼ばれる一角。主人公のミスジは、その猫町でも特別な猫しかなれない「傀儡師」であります。
 先代猫の順松が姿を消したことから、新たな傀儡師に選ばれたミスジは、自分の傀儡である人間の阿次郎――商家の次男坊で自称・狂言作家の、普段は長屋で暇をもてあましている男を操り、猫に降りかかった様々な災難、猫絡みの事件を解決していくのです。

 そんな基本設定の本作は、アンソロジー『江戸猫ばなし』に収録された『猫の傀儡師』と、その後『ジャーロ』誌で連載された6話を収録した全7話の連作集であります。

 その表題作『猫の傀儡師』は、とある商家の隠居が育てていた珍しい変種朝顔の鉢を壊したという濡れ衣を着せられた猫を救うために、ミスジと阿次郎が活躍するエピソード。
 鉢が壊された際の状況に違和感を感じ取った一匹と一人は、やがて事件の背後に、ある想いの存在があることを知るのですが……

 と、アンソロジーで読んだ時も群を抜いて面白く感じられた作品ですが、今回読み返してもその印象は変わりません。
 何しろ、傀儡師として人を操るといっても、ミスジはあくまでも普通の猫。少しばかり人間の世界に詳しく、知恵も回るといっても、人間の言葉を喋ったり、人間を洗脳したりなどということはできないのです。

 とすればどうやって阿次郎を操るのか――といえば、それは彼が事件に興味を持ち、真実にたどり着けるように誘導するのみ。
 探偵役として、先に自分の方が真実にたどり着いてもそれを伝えることができない、そして人間に聞き込みしたり、ましてや裁いたりなどできないミスジが、如何に阿次郎を動かすか――という苦心ぶりがスパイスとなって、ミステリとしても猫ものとしても、実にユニークで楽しい作品となっているのであります。

 そして描かれる事件も、このユニークな設定を踏まえつつ、それに留まらない現代にも通じる事件を描いているのが実に面白い。
 幼い少女と共に行方不明になった猫の捜索から、少女の辛い境遇が明らかになる『白黒仔猫』、老猫を可愛がってきた知的障害者の男にかけられた濡れ衣を晴らす『十市と赤』、次々と猫や烏といった小動物を吹き矢で狙い惨殺する犯人を追う『三日月の仇』……

 どの物語も、「日常の謎」的側面を持つと同時に、いつの時代も変わらぬ、人間の心の暗い部分をも浮かび上がらせているのが、強く印象に残るのであります。


 しかし本作は、残る『ふたり順松』『三年宵待ち』『猫町大捕物』では、その趣を大きく変えることになります。連作エピソードとなっているこの3話で語られるのは、ある意味ミスジ自身にも関わる事件なのですから。

 先に述べたように、先代の順松が行方不明となったことから傀儡師となったミスジ。尊敬する兄貴分であった順松の行方を常に気にかけていた彼は、ある日思わぬことから順松の――その傀儡もまた、行方不明となっていたことを知ることになります。

 元々順松という名は、時雨という名のその傀儡が馴染みの芸者の名を取ってつけたもの。しかし猫の順松と同時期に、時雨も人間の順松も行方をくらましていたのです。
 それを知ったミスジと阿次郎が時雨の過去を探る中、明らかになっていく意外な過去と因縁。果たして一匹と一人は消えた二人を見つけ出すことができるのか……

 これまでが単発ものであった中、3話構成ということもあって、なかなかに入り組んだ物語が描かれるこのエピソードですが、しかしここで描かれるのは、ミステリとしての面白さだけではありません。
 ここにあるのは、これまでの物語で積み上げられてきた猫と人間の関係性の、ポジティブな結び付きの姿。そしてそれが本作の締めくくりとして、実にイイのであります。


 一般に猫は犬に比べて薄情だと申します。なるほど、本作においては人間を傀儡に使ってしまおうというくらいですが、しかしそれでも互いの間にはきっと情がある、あって欲しい――そんな願いが、本作には込められているといえるでしょう。

 ユニークな時代ミステリとして、猫と人間の関わりを描く物語として――まだまだこの先の物語を読みたい、そんなことを思わせる快作の誕生であります。


『猫の傀儡』(西條奈加 光文社) Amazon
猫の傀儡(くぐつ)


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2017.08.19

梶川卓郎『信長のシェフ』第19巻 二人の「未来人」との別れ、そして

 信長と本願寺の決戦の最中に傷を負い、記憶の一端を取り戻したケン。果たして彼の過去に何があったのか、そして二人の同時代人との関係はどうなるのか――ケンにとって大きな出来事が待ち受ける巻であります。

 信長の本願寺攻めに際して、明智光秀を利用して信長を討とうとする松永久秀と果心居士こと松田。ケンは松田が動かした歴史にない援軍――毛利軍を辛うじて阻み、信長も天王寺砦で光秀との強い絆を見せることにより、辛うじて最大の危機を突破するのでした。
 ……が、ケンの周囲は、むしろこれからが大戦であります。

 同時代人であり、本願寺に身を寄せていたようこ、そして策に破れて久秀に見捨てられた松田――二人の同時代人と再びまみえることとなったケン。
 さらに戦の中で傷を負い、記憶の一端を取り戻した彼は、ようこから、自分たちの過去に何があったかを聞かされることになるのですから……


 ケンが記憶喪失であったことから、今まで謎に包まれていたタイムスリップ当時の状況。
 今回ついに語られたそれは、全貌を明かしたわけではないにせよ(むしろこれ以上が語られる必要はないのでしょう)、しかしケンにとっては、一つの足がかりになるであろう確かな「過去」であります。

 しかしケンが、そしてようこが見るべきものは、過去ではなく未来――そしてその二人の未来は、もはや同じものではないことが、ようこ自身の口からはっきり語られることになります。
 自分にとってはまさしく地獄に仏であった顕如のもとへ帰ることを切望するようこ。しかし今の彼女は織田家の捕虜、そんな好き勝手が許されるはずもないのですが……

 もちろんここで一肌脱ぐのがケン。この先に待つものが織田と本願寺の決戦であり、その先に苦しみしかないとしても、顕如の傍らにありたいと願う彼女のために奔走するケンですが――しかし気になるのは、当の顕如の心であります。
 これまで信長と相対しても全く動じることなく、冷然たる態度を崩さなかった顕如。その彼にとって、ようこはどれだけの価値を持つのか。そして彼だけでなく、本願寺を動かすことができるのか?

 ケンの機転により、この上もない形で示されたようこの想い。そしてそれに対する顕如の答えも、ここではっきりと示されることになります。それも、ケンにとってもこの上もない形でもって。
 なるほど、顕如の真情を示すために、ここでこれを持ってきたか! とシビれる展開に、こちらも笑顔になってしまうのであります。


 そしてもう一つ、この巻ではケンと同時代人の別れが描かれることになります。それはもちろん松田――果心居士として暗躍し、今は捕らわれて死を待つばかりの彼を救うのは、ようこの時以上に困難極まりないことですが、もちろんここで彼を見捨てられるはずがありません。

 口封じに果心居士を処刑を進言する久秀に一泡吹かせんとする秀吉と組んだケンの奇策とは――なるほどこう来たかと、いいたくなるような変化球。
 史実――というか果心居士の伝説を知っていればニヤリとできるようなそれは、虚実の合間に出没した果心居士ならではの結末として、こちらも大いに納得できるのであります。


 歴史の動きでいえば、ほとんど足踏み状態であったものの、しかしケン自身のドラマとしてはこの上ない内容を――もちろんそこに巧みに料理を絡めて――見せてくれたこの巻。

 ラストには二人の新キャラクター(だったはず)が登場、この先の絡みも楽しみなところに、さらにタイムスリップものとしての爆弾が落とされるなど、この先の展開への目配せも巧みで、いやはや満腹の一冊であります。


『信長のシェフ』第19巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 19 (芳文社コミックス)


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 「信長のシェフ」第9巻 三方ヶ原に出す料理は
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 梶川卓郎『信長のシェフ』第13巻 突かれたケンの弱点!?
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 梶川卓郎『信長のシェフ』第15巻 決戦、長篠の戦い!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第16巻 後継披露 信忠のシェフ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第17巻 天王寺の戦いに交錯する現代人たちの想い
 梶川卓郎『信長のシェフ』第18巻 歴史になかった危機に挑め!

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2017.08.18

天野純希『信長嫌い』 「信長」という象徴との対峙

 最近は戦国時代を中心に次々と作品を発表している作者が、戦国時代最大の有名人ともいうべき織田信長を題材にしつつ、しかし信長本人ではなく、彼に敗れた人々を主人公に描く、極めてユニークな短編集であります。

 歴史小説で最も題材となっている戦国大名ではないかと思われる織田信長。言い換えれば信長はそれだけ手垢の付いた題材ということになりますが――しかし、本書はその信長を遠景におくことにより、彼に振り回され、歴史に埋没していった人々の姿を、時にシニカルに、時にユーモラスに描き出します。。

 そんな本書は全七話構成。一話ごとに変わる主人公は、今川義元・真柄直隆・六角承禎・三好義継・佐久間信栄・百地丹波・織田秀信――いやはや、今川義元(一部の人にとっては百地丹波も)を除けば、失礼ながらマイナー武将揃いであります。
 いや、その義元も、後世の人々に芳しからざるイメージを持たれていることは言うまでもありません。余裕ぶって油断をした挙げ句、信長に首を取られた公家武将――などと。

 しかし本書はそんな義元の、いやその他六人の武将――信長に苦しめられ、信長に囚われ、信長に敗れた武将たちそれぞれにも、考えてみれば当然のことながら、望みが、夢が、そして人生があったことを、丹念に描き出します。

 例えば第一話「義元の呪縛」で描かれるのは、一度は仏門に入ったものの、兄弟子である太原雪斎に導かれるままに還俗し、今川家の当主として京を目指す義元の姿であります。
 雪斎亡き後もその教えのままに京を目指す義元。その前に現れた、あたかも雪斎に教えを受けたかのような戦いぶりを見せる信長に妬心を抱いたことから、彼の運命の歯車が狂っていく様が描かれるのであります。

 そしてその他の物語においても――
 朝倉家に迫る信長の脅威に挑もうとする真柄直隆が、その武辺者としての偏屈さから家中で浮き上がっていく姿を描く第二話「直隆の武辺」。
 名門の自負だけを胸に、全く及ばぬ信長に対し(時にほとんどギャグのような姿で)挑み続ける六角承禎の妄執が描き出される第三話「承禎の妄執」。
 将軍弑逆などの汚名を背負いながらも、三好家の当主としてしぶとく立ち回ってきた義継が、最後の最後に自らの矜持に気付く第四話「義継の矜持」。
 織田家の宿老・佐久間信盛を父に持ちながらも戦に馴染めぬ信秀が、茶の湯に傾倒していくも、意外な形で自らの誤算に気付かされる第五話「信栄の誤算」。
 伊賀を滅ぼされるのを止められなかった悔恨から執拗に信長暗殺を狙う百地丹波が、ついに本能寺で信長と対峙する第六話「丹波の悔恨」。
 祖父・信長と瓜二つの容貌を持ち、祖父に強い憧憬を抱く織田秀信(三法師)が、織田宗家の栄光を取り戻すため関ヶ原に臨む第七話「秀信の憧憬」。

 いずれも信長なかりせばまた違った人生を歩んでいたであろう者たち、自らを魔王と称するような男を前にあまりに凡人であった者たちの姿が、ここにはあります。


 さて、これらの物語の中心に屹立するのが信長ですが、しかしその人物像自体は、実はさほど斬新なものではなく、従来の信長像を敷衍したものという印象もあります。
 しかしそれこそが、本作が真に描こうとするものを導き出す仕掛けであるように、私には感じられます。

 本書における信長を見ていると、こう感じられるのです。信長という個人であると同時に、主人公の前に立ち塞がる戦国という時代の混沌を、恐怖を、理不尽を象徴する存在――それこそ「時代」あるいは「天下」そのものを擬人化したような存在ではなかったか、と。
 だからこそ本書の信長はしばしば主人公たちが呆れるほどの強運を以て窮地を切り抜け、圧倒的な力によって戦国に君臨していたのではなかったのでしょうか。

 だとすれば、本書で描かれるのは、信長一個人(だけ)ではなく、戦国時代そのものと対峙した末に、苦しめられ、囚われ、敗れた人間たちの姿なのでしょう。
 そしてそんな彼らの姿は、この時代この舞台でしかあり得ないものでありながらも、だからこそどこか普遍的な共感を以て我々の胸に響くのではないか――と。

 もちろんそれは牽強付会に過ぎるかもしれません。
 しかし少なくとも、本書で描かれた七人が、それぞれの物語の結末において、それぞれ自分自身の生きる道を見出す姿は、我々に対しても、ある種の希望を与えてくれることは間違いないでしょう。


『信長嫌い』(天野純希 新潮社) Amazon
信長嫌い

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2017.08.10

入門者向け時代伝奇小説百選 鎌倉-室町

 初心者向け時代伝奇小説、今回は日本の中世である鎌倉・室町時代。特に室町は最近人気だけに要チェックです。
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子) 【ミステリ】 Amazon
 鎌倉時代の京を舞台に、「新古今和歌集」の歌人・藤原定家と、藤原頼長の孫・長覚が古今伝授の謎に挑む時代ミステリであります。
 古今伝授は「古今和歌集」の解釈に纏わる秘伝ですが、本作で描かれるのは、その中に隠された天下を動かす大秘事。父から古今伝授を受けるための三つの御題を出された定家がその謎に挑み、そこに様々な陰謀が絡むことになるのですが……
 ここで定家はむしろワトソン役で、美貌で頭脳明晰、しかし毒舌の長覚がホームズ役なのが面白い。時に極めて重い物語の中で、二人のやり取りは一服の清涼剤ともなっています。

 政の中心が鎌倉に移ったことで見落とされがちな、この時代の京の政争を背景とするという着眼点も見事な作品であります。

(その他おすすめ)
『華やかなる弔歌 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子) Amazon
『月蝕 在原業平歌解き譚』(篠綾子) Amazon


57.『彷徨える帝』(安部龍太郎) Amazon
 南北朝時代の終結後、天皇位が北朝方に独占されることに反発して吉野などに潜伏した南朝の遺臣――いわゆる後南朝は、時代伝奇ものにしばしば登場する存在です。
 本作はその後南朝方と幕府方が、幕府を崩壊させるほどの呪力を持つという三つの能面を求めて暗闘を繰り広げる物語であります。

 この能面が、真言立川流との関係でも知られる後醍醐天皇ゆかりの品というのもグッと来ますが、舞台が将軍義教の時代というのも実に面白い。
 ある意味極めて現実的な存在たる義教と、伝奇的な存在の後醍醐天皇を絡めることで、本作は剣戟あり、謎解きありの伝奇活劇としての面白さに加え、一種の国家論、天皇論にまで踏み込んだ骨太の物語として成立しているのです。

(その他おすすめ)
『妖櫻記』(皆川博子) Amazon
『吉野太平記』(武内涼) Amazon


58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 混沌・殺伐・荒廃という恐ろしい印象の強い室町時代。本作は、それとは一風異なる室町時代の姿を、妖術師と使用人のカップルを主人公に描く物語です。

 南都(奈良)で金貸しを営む青年・楠葉西忍こと天竺ムスル。その名が示すように異国人の血を引く彼には、妖術師としての顔がありました。そのムスルに、借金のカタとして仕えることになった少女・葉月は、風変わりな彼に振り回されて……

 「主人と使用人」もの――有能ながらも風変わりな主人と、彼に振り回されながらも惹かれていく使用人の少女というスタイルを踏まえた本作。
 それだけでなく、「墓所の法理」など、この時代ならではの要素を巧みに絡めて展開する、極めてユニークにして微笑ましくも楽しい作品であります。


59.『妖怪』(司馬遼太郎) Amazon
 室町時代の混沌の極みであり、そして続く戦国時代の扉を開いた応仁の乱。最近一躍脚光を浴びたその乱の前夜とも言うべき時代を描く作品です。

 熊野から京に出てきた足利義教の落胤を自称する青年・源四郎。そこで彼は、八代将軍義政を巡る正室・日野富子と側室・今参りの局の対立に巻き込まれることになります。それぞれ幻術師を味方につけた二人の争いの中で翻弄される源四郎の運命は……

 どこかユーモラスな筆致で、源四郎の運命の変転と、奇妙な幻術師たちの暗躍を描く本作。しかしそこから浮かび上がるのは、この時代の騒然とした空気そのもの。「妖怪」のように掴みどころのない運命に流されていく人々の姿が印象に残る、何とも不思議な感触の物語であります。


60.『ぬばたま一休』(朝松健) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 最近にわかに脚光を浴びている室町時代ですが、この20年ほど、伝奇という切り口で室町を描いてきたのが朝松健であり、その作品の多くで活躍するのが、一休宗純であります。

 とんち坊主として知られてきた一休。しかし作者は彼を、優れた禅僧にして明式杖術の達人、そして諧謔味と反骨精神に富んだ人物として、その生涯を通じて様々な姿で描き出します。

 悍ましい妖怪、妖術師の陰謀、奇怪な事件――室町の闇が凝ったようなモノたちに対するヒーローとして活躍してきた一休。
 その冒険は長編短編多岐に渡りますが、シリーズタイトルを冠した本書は、バラエティに富んだその作品世界の入門編にふさわしい短編集。室町の闇を集めた宝石箱のような一冊であります。

(その他おすすめ)
『一休破軍行』(朝松健) Amazon
『金閣寺の首』(朝松健) Amazon



今回紹介した本
藤原定家●謎合秘帖 幻の神器 (角川文庫)彷徨える帝〈上〉 (角川文庫)南都あやかし帖 ~君よ知るや、ファールスの地~ (メディアワークス文庫)新装版 妖怪(上) (講談社文庫)完本・ぬばたま一休


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 『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(その二) もう一つの政の世界の闇
 仲町六絵『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』 室町の混沌と豊穣を行く青年妖術師
 「ぬばたま一休」 100冊の成果、室町伝奇の精華

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2017.06.07

入門者向け時代伝奇小説百選 古代-平安(その一)

 ここからは作品の舞台となる時代ごとに作品を取り上げます。まずは古代から奈良時代、平安時代にかけての作品の前半です。

46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)


46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫) Amazon
 とてつもなくキャッチーなタイトルの本作は、そのタイトルどおりの内容に驚愕必至の作品。
 赤壁の戦いで大敗を喫した曹操が諸葛孔明に匹敵する奇門遁甲の遣い手として白羽の矢を立てた相手――それは邪馬台国の女王・卑弥呼だった! という内容の本作ですが、架空戦記的な内容ではなく、あったかもしれない要素を丁寧に積み上げて、世紀の対決にきっちりと必然性を持たせていくのが実に面白いのです。

 そして物語に負けず劣らず魅力的なのは、この時代の倭国の姿であります。大陸や半島から流れてきた人々が原始的都市国家を作り、そこに土着の人々が結びつく――そんな形で生まれた混沌とした世界は、統一王朝を目指す中原と対比されることにより、国とは、民族とはなにかいう見事な問いかけにもなっているのです。

 ラストの孔明のとんでもない行動も必見!

(その他おすすめ)
『倭国本土決戦』(町井登志夫) Amazon
『シャクチ』(荒山徹) Amazon


47.『いまはむかし』(安澄加奈) Amazon
 実家に馴染めず都を飛び出した末、代々の(!)かぐや姫を守ってきた二人の「月守」の民と出会った弥吹と朝香。かぐや姫がもたらす莫大な富と不死を狙う者たちにより一族を滅ぼされ、彼女の五つの宝を封印するという彼らに同行することにした弥吹たちの見たものは……

 竹取物語の意外すぎる「真実」を伝奇色豊かに描く本作。その物語そのものも魅力的ですが、見逃せないのは、少年少女の成長の姿であります。
 旅の途中、それぞれの目的で宝を求める人々との出会う中で、自分たちだけが必ずしも正しいわけではないことを知らされつつも、なお真っ直ぐに進もうという彼らの姿は実に美しく感動的なのです。

 そして「物語を語ること」を愛する弥吹がその旅の果てに知る物語の力とは――日本最古の物語・竹取物語に込められた希望を浮かび上がらせる、良質の児童文学です。


48.『玉藻の前』(岡本綺堂) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 インド・中国の王朝を騒がせた末に日本に現れ、玉藻前と名乗って朝廷に入り込むも正体を見顕され、那須で殺生石と化した九尾の狐の伝説。本作はその伝説を踏まえつつ、全く新しい魅力を与えた物語です。

 幼馴染として仲睦まじく暮らしながら、ある事件がきっかけで人が変わったようになり、玉藻の前として都に出た少女・藻と、玉藻に抗する安倍泰親の弟子となった千枝松。本作は、数奇な運命に引き裂かれつつも惹かれ合う、この二人を中心に展開します。
 そんな設定の本作は、保元の乱の前史的な性格を持った伝奇物語でありつつも、切ない味わいを濃厚に湛えた悲恋ものとしての新たな魅力を与えたのです。

 山田章博『BEAST OF EAST』等、以後様々な作品にも影響を与えた本作。九尾の狐の物語に新たな生命を吹き込むこととなった名作です。

(その他おすすめ)
『小坂部姫』(岡本綺堂) Amazon


49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 劇画界の超大物原作者による本作は、鬼と化した少女を主人公としたオールスター活劇であります。

 父・藤原秀郷を訪ねる旅の途中、鬼に襲われて鬼の毒をその身に受けた少女・茨木。不老不死となり、徐々に鬼と化していく彼女は、藤原純友、安倍晴明、渡辺綱、坂田金時等々、様々な人々と出会うことになります。そんな中、藤原一門による鬼騒動に巻き込まれた茨木の運命は……

 平安時代と言っても三百数十年ありますが、本作は不老不死の少女を狂言回しにすることにより、長い時間を背景とした豪華キャストの物語を可能としたのが実に面白い。
 しかしそれ以上に、「人ならぬ鬼」と、権力の妄執に憑かれた「人の中の鬼」を描くことで、鬼とは、裏返せば人間とは何かという、普遍的かつ重いテーマを描いてみせるのに、さすがは……と感心させられるのです。


50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 平安ものといえば欠かすわけにはいかないのが『陰陽師』シリーズ。誕生30周年を経てなおも色あせない魅力を持つ本シリーズは、安倍晴明の知名度を一気に上げた陰陽師ブームの牽引役であり、常に第一線にある作品です。

 その中で初心者の方にどれか一冊ということであれば、ぜひ挙げたいのが本作。元々は短編の『金輪』を長編化した本作は、恋に破れた怨念から鬼と化した女性と、安倍晴明・源博雅コンビの対峙を描く中で主人公二人の人物像について一から語り起こす、総集編的味わいがあります。

 もちろんそれだけでなく、晴明と博雅がそれぞれに実に「らしい」活躍を見せ、内容の上でも代表作といって遜色ない本作。
 特に人の心の哀れを強く感じさせる物語の中で、晴明にも負けぬ力を持つ、もう一人の主人公としての存在感を発揮する博雅の活躍に注目です。

(その他おすすめ)
『陰陽師 瀧夜叉姫』(夢枕獏) Amazon



今回紹介した本
諸葛孔明対卑弥呼 (PHP文芸文庫)(P[あ]6-1)いまはむかし (ポプラ文庫ピュアフル (P[あ]6-1))玉藻の前夢源氏剣祭文【全】 (ミューノベル)陰陽師生成り姫 (文春文庫)


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 諸葛孔明対卑弥呼
 「いまはむかし 竹取異聞」 異聞に込められた現実を乗り越える力
 玉藻の前
 夢源氏剣祭文
 

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2017.06.01

片山陽介『仁王 金色の侍』第3巻 決戦、関ヶ原にぶつかり合う想い

 コーエーテクモの時代アクションゲームのコミカライズである本作もこの第3巻で完結。金色の侍、ウィリアム・アダムスは、ついに決戦の地・関ヶ原において宿敵と対峙することになるのですが――

 自分にとっては大事な「家族」と言うべき守護精霊・シアーシャを奪い、神秘の力・アムリタを用いて奇怪な魑魅魍魎を操る悪人・ケリー(どうやらエドワード・ケリーのことと知ってびっくり仰天)を追ってこの日本にやってきたウィリアム。
 ケリーが石田三成に手を貸していると知ったウィリアムは、彼と対立する徳川家康に接近、その中で様々な出会いと別れを経験することになります。

 そして始まる家康と三成の決戦。そう、関が原の戦に、ウィリアムも参戦することに……


 というわけで、この第3巻の舞台となるのは、ほとんどすべて関が原の戦。表向きにはちょっと驚くほど(という表現は失礼ですが)真っ当な関が原の戦が展開することになりますが、それはあくまでも表向き、その陰では数々の悪鬼、魑魅魍魎が暴れまわっていた――というわけで、ここにウィリアムの活躍の余地が生まれることになります。

 しかしその活躍は、単に人外の魔を倒し、シアーシャを取り戻すためだけのものではありません。これまでこの国で様々な人々と出会ってきたウィリアム。その経験から、彼は自分の目的以上の想いを背負ってこの戦に参戦することになるのです。

 その一方で、想いを背負っているのは必ずしも彼一人のものではなく、また東軍のみのものでもないことが、本作においてはある人物を通じて描かれます。
 それは大谷刑部――彼は友である三成を勝たせるため、自らの身を人外に変えてもウィリアムを止めんとするのであります。

 形部が怪物に変形するというのは、色々と引っかかるものはあります。
 しかし、ここで彼がウィリアムを強き者――自分自身で何事かを為す力を持つ者、そして自分と三成を弱き者――強き者のために命を使う者と説くのが目を引きます。
 強き者が戦うのは当たり前、しかし三成は弱き者でありながら、やはり強き者である家康やウィリアムと戦おうとしている――という視点は、西軍を一方的な悪者にしないものとしてなかなか興味深いものとして感じます。

 もっともこの視点、その後フォローされることなく、結局三成が暴走して終わってしまうのを何と評すべきか……
 ウィリアムが味方についた時点である程度仕方はないとはいえ、結局東軍側に、勝てば官軍的な印象が生まれてしまったのは残念ではあります。
(そして大ボスたるケリーの目的が今ひとつだったのも……)


 上で述べた大谷形部、あるいは最後まで「腕の立つ一般人」のスタンスを貫いてウィリアムを支えた服部半蔵など、面白いキャラクターも色々と登場しただけに、少々勿体無い結末だった――というのが正直な印象ではあります。
(「三浦按針」の史実との豪快な摺り合わせ方は大好きなのですが)


『仁王 金色の侍』第3巻(片山陽介&コーエーテクモゲームス 講談社週刊少年マガジンKC) Amazon
仁王 ~金色の侍~(3) (講談社コミックス)


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2017.05.04

入門者向け時代伝奇小説百選 怪奇・妖怪(その二)

 初心者向け時代伝奇小説百選、怪異・妖怪ものの紹介の後半は、これまで以上にユニークで新鮮な作品が並びます。

31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)


31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)【江戸】【剣豪】 Amazon
 真っ正面から人間と怪異との対決を描いて同好の士を唸らせた作品が本作であります。
 主人公・榊半四郎はある事件がきっかけで主家を捨て江戸に出た青年。絶望から死を選ぼうとした時、不思議な力を持つ老人・聊異斎と謎の小僧・捨吉と出会った彼は、この世を騒がす様々な怪異に挑むことに――

 故あって浪人となった主人公が周囲の人々に支えられ、市井の事件に挑むという本作のスタイルは、文庫書き下ろし時代小説の王道であります。しかし本作はその骨格に時代ホラーを乗せ、しかも非常に高いクオリティで融合させている作品。
 特にそのオリジンも含め驚くほどバラエティに富んでいる怪異の数々は必見です。

 そして物語は市井の妖怪退治から、どんどんスケールアップ、ラストはある史実を背景に世界の存亡を賭けた戦いが描かれることになります。
 つい先日、大団円を迎えた本作、今一番読んでいただきたい作品の一つです。


32.『妖草師』シリーズ(武内涼)【江戸】 Amazon
 「この時代小説がすごい! 2016」の文庫書き下ろし部門で見事一位を獲得した本作は、この作者ならではのユニークな伝奇活劇です。

 実家を勘当され、京の市井で暮らす庭田重奈雄。彼の真の姿は妖草師――この世に芽吹いた奇怪な能力を持つ常世の草花・妖草を刈る者であります。
 時に人間の強い想いに反応し、時に邪悪な術者に操られてこの世に現れる妖草に対し、重奈雄は同じく妖草を操って戦いを挑むのです。

 デビュー以来、作中に必ずと言ってよいほど豊かな自然の姿を描いてきた作者ですが、本作はそれを一ひねりした異形の植物ホラーとでも言うべき作品。
 登場する様々な妖草の存在と、それに自らも妖草を武器にして挑むと重奈雄の戦いが実にユニークなのですが、彼を助けるのが曾我蕭伯や池大雅ら、当時の一流文化人というのにも注目であります。


33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)【江戸】 Amazon
 怪談とミステリを見事に融合させた『浪人左門あやかし指南』シリーズでデビューした作者による本作は、深川のおんぼろ古道具屋を舞台とするユニークな作品です。

 釣り狂いの主人・伊平次が適当に営む皆塵堂は、実は曰く付きの品物ばかり集めている上に、店になる前に住人が惨殺されたというヤバすぎる場所であります。
 そこに修行に出されたのは、生まれつき幽霊が見える体質の太一郎。果たして彼は次から次へと恐ろしい目に遭わされることに……

 エキセントリックな登場人物たちが、様々な幽霊に振り回される姿を描く、恐ろしくもどこかすっとぼけた味わいの本作。それでいてこの第一作以降、皆塵堂で働いた若者は、みな得難い経験をして成長していくというのもユニークです。
 大いに怖くてちょっとイイ話というべき怪作、いや快作です。

(その他おすすめ)
『溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介) Amazon


34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)【幕末-明治】 Amazon
 デビュー作を含む『宇喜多の捨て嫁』でいきなり直木賞候補となった作者の第二作は、真っ正面からの時代伝奇ホラー。食べた者は不死になるという人魚伝説と、坂本竜馬や新撰組を組み合わせた悪夢の世界であります。

 幼い頃、土佐の浜に打上げられた人魚の肉を食べた竜馬が、寺田屋で最期を迎えた時に知った恐るべき不死の正体を皮切りに、短編連作形式で展開する本作。
 そして、その人魚の肉を食べてしまった新撰組の面々を襲うのは、不死どころか、異能・異形の者に変じていくという怪異。 百目鬼、吸血鬼、生ける屍、禁断の儀式、首なし騎士、ドッペルゲンガー……この題材でよくぞここまで! と言いたくなるほどの怪異のオンパレードです。

 しかしそんな地獄絵図の中でも、さらりと人間の強さ、善性を描いてくるのも素晴らしい。刺激的ながら魅力的な短編集であります。


35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)【江戸】 Google Books
 寡作ではあるものの、いずれも味わい深い時代怪異譚を描く作者のデビュー作は、遊郭・柳うら屋を舞台に、そこに生きる遊女たちの哀歓と希望を描く怪異譚です。

 吉原の妓楼・柳うら屋で嵐の晩に殺害された看板遊女・白椿。その遺体を発見した霧野をはじめとする三人の遊女は、それ以来自分たちに不思議な能力が宿ったことに気づきます。
 そして柳うら屋で相次ぐ相次ぐ奇怪な現象の数々。怪事に巻き込まれた三人は、その背後の様々な人の思いを知ることに……

 一種の異能もの的な展開も面白いのですが、本作の最大の魅力は、遊郭の人間模様も、非現実的な怪異も、等しくこの世に在るものとして認め、受け入れる優しい眼差しにあります。そしてさらに、現実からの救いとしての怪異を提示してみせるのには感心させられるばかり。遊郭怪談の名品というのにとどまらず、怪談というジャンルの存在にまで切り込んだ作品です。



今回紹介した本
鬼溜まりの闇 素浪人半四郎百鬼夜行(一) (講談社文庫)妖草師 (徳間文庫)古道具屋 皆塵堂 (講談社文庫)人魚ノ肉柳うら屋奇々怪々譚 (廣済堂モノノケ文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「鬼溜まりの闇 素浪人半四郎百鬼夜行」 文庫書き下ろしと怪異譚の幸福な結合
 「妖草師」 常世に生まれ、人の心に育つ妖しの草に挑め
 「古道具屋 皆塵堂」 ちょっと不思議、いやかなり怖い古道具奇譚
 木下昌輝『人魚ノ肉』 人魚が誘う新撰組地獄変
 「柳うら屋奇々怪々譚」 怪異という希望を描く遊郭怪談の名品

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2017.04.26

梶川卓郎『信長のシェフ』第18巻 歴史になかった危機に挑め!

 信長の天下布武もいよいよ佳境、ついに始まった宿敵・本願寺との天王寺合戦。しかしその背後では、三人の現代人たちの思惑が絡み合っています。打倒信長のため、毛利を動かして歴史を変えようとする果心居士=松田に対し、その毛利対策を信長からただ一人任されたケンの策とは――

 自分を認めなかった信長を滅ぼすため、松永久秀と手を組んだ松田。自分が歴史を動かすと豪語する彼は、明智光秀に接近し、本願寺攻めの中で彼に信長を討たせんと暗躍します。
 それも全ては本願寺顕如と久秀の手の上で踊らされているだけだと知り、同じ現代人、いやかつての同僚を見殺しにはできないと、ケンにメッセージを送るようこ。しかし既に本願寺と毛利は手を組み、そして光秀も天王寺砦に追いつめられることに――


 これまで信長を襲った数々の危機を、料理の腕と知識、そして機転で乗り越え、信長を支えてきたケン。しかしそれらの危機は、いずれも史実の上のものであり、あるいは彼の存在がなくとも、信長はその危機を乗り越えることができたのかもしれません。
 しかし今回信長を襲うのは、その歴史にはなかった危機なのであります。

 この巻で描かれる天王寺砦の合戦は、確かに信長が敵よりも劣る戦力で、しかも自らが陣頭に立った数少ない戦いですが、この戦いの相手は本願寺のみでありました。
 しかしこの戦いに毛利が――この後の木津川口の合戦で一度は織田軍に大勝を収めたほどの毛利が参戦していれば、大きく歴史は変わったことでしょう。

 松田が狙うのは、大げさに言えばまさにこの毛利参戦による歴史改変。
 なるほど、タイムスリップした現代人が歴史改変を目論むというのは、タイムスリップ時代劇ではある意味定番ですが、本作においてはこれまでケンがある意味歴史そのものに興味がなかったために、この展開はかなり新鮮に感じられます。

 さて、イレギュラーにはイレギュラーと言うべきか、その毛利にはケンが当たることになるのですが……しかし信長を待ち受けるのは、松田によって巧妙に暗示にかけられた光秀が籠もる天王寺砦に仕掛けた罠。
 史実では自ら砦を囲む敵軍を突破した信長が光秀と合流、すぐさまとって返したことで大勝利を収めるのですが、上に述べたとおり、これも信長にとっては異例の、薄氷を踏む勝利であることは間違いありません。そこで何か一つ歯車が狂えば――

 そんなわけで、この巻で描かれるのは、ケンと信長それぞれが立ち向かう戦いであります。その結果がどうなるか……それをここで述べるのは野暮というものですが、しかし、その過程と結果は、本作をこれまで読んできた者にとっては納得の、そして当然のものであると言うことはできるでしょう。

 物語がある意味二分化されることもあり、これまで以上にケンの料理の出番は少ないこの巻。しかしそれでもここで描かれたものは、『信長のシェフ』という物語が紡ぎ、築いてきたものを踏まえたものであり、例え料理シーンが少なくとも、その味は変わらない……そう再確認させられた次第です。


 しかし一つの戦いが終わり、また浮かぶのはケンと歴史の関係に対する疑問であります。
 果たしてケンの存在は、本当に歴史を変えていないのか。今は結果として歴史は変わっていないだけで、やがては大きく歴史は変わるのではないか。そしてもう一つ、この先、ケンが自らの意志で歴史を変えようとすることはないのか……と。

 しかし信長にとって大きな危機が去った今、その答えが示されるのは、まだまだ先のことかと思いきや……この後ケンを待ち受けているのは、おそらくは小さくとも歴史を変えかねない決断であります。
 そこでまず何が示されるのか。思わぬところで描かれたケンの過去の記憶も含めて、まだまだ気になることは尽きない作品であります。


『信長のシェフ』第18巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 18 (芳文社コミックス)


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 「信長のシェフ」第4巻 姉川の合戦を動かす料理
 「信長のシェフ」第5巻 未来人ケンにライバル登場!?
 「信長のシェフ」第6巻 一つの別れと一つの出会い
 「信長のシェフ」第7巻 料理が語る焼き討ちの真相
 「信長のシェフ」第8巻 転職、信玄のシェフ?
 「信長のシェフ」第9巻 三方ヶ原に出す料理は
 「信長のシェフ」第10巻 交渉という戦に臨む料理人
 『信長のシェフ』第11巻 ケン、料理で家族を引き裂く!?
 『信長のシェフ』第12巻 急展開、新たなる男の名は
 梶川卓郎『信長のシェフ』第13巻 突かれたケンの弱点!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第14巻 長篠への前哨戦
 梶川卓郎『信長のシェフ』第15巻 決戦、長篠の戦い!
 梶川卓郎『信長のシェフ』第16巻 後継披露 信忠のシェフ!?
 梶川卓郎『信長のシェフ』第17巻 天王寺の戦いに交錯する現代人たちの想い

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2017.04.02

入門者向け時代伝奇小説百選 怪奇・妖怪(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回はある意味この百選のキモである怪奇・妖怪ものの紹介(その一)であります。

26.『おそろし 三島屋変調百物語事始』(宮部みゆき)
27.『しゃばけ』(畠中恵)
28.『巷説百物語』(京極夏彦)
29.『一鬼夜行』(小松エメル)
30.『のっぺら』(霜島ケイ)

26.『おそろし 三島屋変調百物語事始』(宮部みゆき)【江戸】 Amazon
 数多くのジャンルで活躍する作者が得意とする時代怪談の名品、数年前に波瑠主演でNHKドラマ化された作品です。
 ある事件が原因で心を閉ざし、叔父夫婦の営む三島屋に預けられた少女・おちか。彼女はふとしたことから、様々な人々が持ち込む不思議な話の聞き役を務めることに――

 というユニークな設定で描かれる全5話構成の本作は、題名のとおり真剣に恐ろしい物語揃いの怪談集。しかしそんな恐ろしい物語に聞き手として、時には当事者として向き合うことにより、おちかの心が少しずつ癒され、前に向かって歩き出す姿には、作者の作品に通底する人間という存在の強さが感じられます。
 副題通りの百話目指し、今なお書き継がれているシリーズであります。

(その他おすすめ)
『あんじゅう 三島屋変調百物語事続』(宮部みゆき) Amazon
『あやし』(宮部みゆき) Amazon


27.『しゃばけ』(畠中恵)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 大店・長崎屋の若だんな・一太郎は生まれついての虚弱体質で、過保護な兄やの佐助と仁吉に口うるさく構われる毎日。しかし若だんなは妖を見る力の持ち主、実は大妖の佐助と仁吉とともに、次々と奇怪な事件に巻き込まれて――という妖怪時代小説の代名詞と言うべきシリーズの第1弾です。

 人間と妖のユーモラスで賑やかな騒動を描くいわゆる妖怪時代小説のスタイルを作ったとも言える本作は、しかし同時に、ミステリ性も濃厚な物語。
 続発する奇怪な殺人事件に巻き込まれた若だんなが解き明かすのは、この世界観だからこそ成立する奇怪なロジック。そしてその先には、苦い人間社会の現実が――

 連作スタイルで今なお続くシリーズを貫く魅力は、この第1弾の時点から健在なのです。

(その他おすすめ)
『ゆめつげ』(畠中恵) Amazon
『つくもがみ貸します』(畠中恵) Amazon


28.『巷説百物語』(京極夏彦)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 妖怪といえばこの人、な作者の代表作の一つであり、幾度も映像化・漫画化されてきた本作。しかし作者の作品らしく一筋縄ではいかない妖怪時代小説であります。

 戯作者志望の青年・百介が旅先で出会った謎めいた男・御行の又市。一癖も二癖もある面々と組む彼の稼業は、表沙汰にできない面倒事の解決や悪党への復讐を請け負うことでありました。
 妖怪の仕業にしか見えない不可解な事件を引き起こし、その陰に隠れて仕掛けを行う本作は、作者が愛してやまない必殺シリーズmeets妖怪的味わいの連作集です。

 百鬼夜行シリーズ(京極堂もの)とは表裏一体とも言える本作は、その後も後日譚・前日譚と数多く書き継がれ、更なる続編が待たれるシリーズです。

(その他おすすめ)
『続巷説百物語』(京極夏彦) Amazon


29.『一鬼夜行』(小松エメル)【幕末・明治】 Amazon
 妖怪時代小説の旗手の一人である作者のデビュー作にして代表作、明治の東京を舞台にした賑やかでほろ苦い妖怪活劇です。

 ある晩、空から古道具屋を営む青年・喜蔵の前に落ちてきた自称大妖怪の少年・小春。百鬼夜行からこぼれ落ちたという小春が居候を決め込んで以来、様々な妖怪沙汰に巻き込まれる喜蔵ですが――

 小生意気な小春と、妖怪も恐れる閻魔顔の喜蔵の凸凹コンビが活躍する本作、人間と妖怪のバディものは定番ですが、ここまで二人のやり取りが楽しい作品は他にはありません。
 その一方で、それぞれ孤独を抱えた人と妖が寄り添い、絆を深める人情ものとしても魅力的な本作。今なおシリーズが書き継がれているのも納得です。

(その他おすすめ)
『夢追い月 蘭学塾幻幽堂青春記』(小松エメル) Amazon


30.『のっぺら あやかし同心捕物控』(霜島ケイ)【江戸】 Amazon
 『封殺鬼』シリーズなど伝奇アクションで90年代から活躍してきた作者の初時代小説は、とんでもなくユニークな妖怪ものであります。
 主人公の千太郎は江戸町奉行所の敏腕同心。腕が立ち、正義感に溢れて情に厚い、江戸っ子の人気者なのですが……何と彼はのっぺらぼう。あやかしを退治する同心ではなく、あやかしが同心なのです。

 しかし本作はパラレルワールドものではありません。江戸にのっぺらぼうがいたらどうなるか……本作は丹念に描写を積み重ねることでその難題(?)をクリアするのです。
 そしてもちろん、千太郎が挑む事件も奇っ怪極まりないものばかり。人間が、妖が引き起こす怪事件に挑む千太郎の姿は、「男は顔じゃない」と思わせてくれるのであります。


今回紹介した本
おそろし 三島屋変調百物語事始 (角川文庫)しゃばけ (新潮文庫)巷説百物語 (角川文庫)(P[こ]3-1)一鬼夜行 (ポプラ文庫ピュアフル)のっぺら あやかし同心捕物控え (モノノケ文庫)


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 「のっぺら あやかし同心捕物控」 正真正銘、のっぺらぼう同心見参!

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