2017.01.30

入門者向け時代伝奇小説百選 古典(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、古典の紹介その二であります。
6.『ごろつき船』
7.『美男狩』
8.『髑髏銭』
9.『髑髏検校』
10.『眠狂四郎京洛勝負帖』

6.『ごろつき船』(大佛次郎)【江戸】 Amazon
 大佛次郎といえば『鞍馬天狗』の生みの親ですが、その作者の伝奇ものの名作が本作――松前藩を牛耳る悪徳商人に家を滅ぼされた大商人の遺児と、彼を守って決死の戦いを繰り広げる人々の姿を描く物語であります。

 本作の魅力の一つは、何よりも松前に始まり、舞台は江戸に、西国に、そして遙か遠く異国まで広がっていくスケールの大きさ。しかしそれ以上に心に残るのは、主人公側の登場人物を次から次へと襲う苦難の運命と、それにも負けぬ善き心の存在であります。
 運命の悪意に翻弄され、世の枠組みからつまはじきにされようとも、善意と希望を捨てず戦い抜く……そんな「ごろつき」たちの勇姿には、心を熱くせずにはいられません。

(その他おすすめ)
『鞍馬天狗 角兵衛獅子』(大佛次郎) Amazon


7.『美男狩』(野村胡堂)【幕末-明治】 Amazon
 密貿易の咎で獄死した銭屋五兵衛が残した莫大な財宝を巡り、架空・実在の様々な人々の運命が入り乱れ、やがて伊皿子の怪屋敷に習練していく――銭形平次の生みの親である作者が初めて手掛けた時代小説である本作には、時代伝奇の楽しさが横溢しています。

 しかし印象に残るのは何とも不穏なタイトル。実は本作で大活躍するのは不倶戴天の宿敵である二人の美剣士。そしてそこに魔手を伸ばすのが、大の美男好き、それも美男同士の死闘を観るのを愛するという怪屋敷の女主人なのであります。
 そのドキドキするような要素を、「ですます」調の爽やかな文体で、節度を守りつつ描き出し、波瀾万丈の物語として成立させてみせた本作。作者ならではの逸品です。


8.『髑髏銭』(角田喜久雄)【江戸】 Amazon
 今では知名度こそ高くないものの、紛れもなく時代伝奇小説界の巨人と呼ぶべき作者の代表作がこの作品。莫大な財宝の在処を示す八枚の「髑髏銭」を巡り、青年剣士・怪人・大盗・悪女・奸商入り乱れての争奪戦が繰り広げられる本作は、まさに時代伝奇の教科書ともいうべき先品です。
 特に印象的なのは、髑髏銭を求めて跳梁する覆面の怪人・銭酸漿。冷酷で陰惨な殺人鬼のようでありながら、実は悲しい宿命を背負い、人間的な側面を覗かせる彼には、現代においても全く古びない存在感があります。

 推理小説家として知られるだけに、ミステリ的趣向が濃厚なのも作者の時代伝奇の特徴ですが、それは本作も同様。ミステリファンにも読んでいただきたい作品です。

(その他おすすめ)
『妖棋伝』(角田喜久雄) Amazon
『風雲将棋谷』(角田喜久雄) Amazon


9.『髑髏検校』(横溝正史)【怪奇・妖怪】【江戸】 Amazon
 たとえ異国の存在であっても貪欲に取り込んでしまうのが時代伝奇というジャンルですが、異国の妖魔の代表格である吸血鬼が江戸を脅かすのが本作。

 『吸血鬼ドラキュラ』の翻案と言うべき本作は、異境の吸血鬼に囚われた若者の手記に始まり、都で若者の恋人を狙う吸血鬼の跳梁、これに挑む老碩学たちの死闘――と、基本的に原典の展開をなぞっているのですが、それでいて要素の一つ一つが見事に日本のものとして翻案されているのが素晴らしい。

 何よりも、唸らされるのは、ラストで明かされる吸血鬼・不知火検校の正体。終盤の展開がやや駆け足ではありますが、時代伝奇ホラーの名作であることは間違いありません。

(その他おすすめ)
『天動説』(山田正紀) Amazon
『神変稲妻車』(横溝正史) Amazon


10.『眠狂四郎京洛勝負帖』(柴田錬三郎)【剣豪】【江戸】 Amazon
 古典ジャンルの中で唯一戦後の作品であります。古くは市川雷蔵や田村正和が、近年はGACKTが演じた孤高のヒーローの活躍を描く短編集です。

 異国の転び伴天連と武士の娘の間に生まれたという出生の秘密を背負い、立ち塞がる相手は円月殺法で斬り捨てる異貌の剣士。そんな狂四郎の人物像は今なおインパクトがありますが、しかし本シリーズは、今現在は最終作を除いて絶版という状況。その一方で容易に手に取ることができるのが本書です。

 張り巡らされた陰謀と謎、強敵を斬り払う狂四郎の一刀、むせび泣く女体……眠狂四郎ものの王道を行く表題作をはじめとしてバラエティに飛んだ短編が集められた本書は、眠狂四郎に初めて触れるにも適した一冊でしょう。


(その他おすすめ)
『眠狂四郎無頼控』(柴田錬三郎) Amazon
『運命峠』(柴田錬三郎) Amazon


今回紹介した本
ごろつき船 上 (小学館文庫)美男狩(上) 文庫コレクション (大衆文学館)髑髏銭 (春陽文庫)髑髏検校 (角川文庫)新篇 眠狂四郎京洛勝負帖 (集英社文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 大佛次郎『ごろつき船』上巻 悪事を捨て置けぬ男たちの苦闘!
 大佛次郎『ごろつき船』下巻 今立ち上がる一個人(ごろつき)たち!
 「美男狩」 時代伝奇小説の魅力をぎゅっと凝縮
 「髑髏検校」 不死身の不知火、ここに復活
 「眠狂四郎京洛勝負帖」 狂四郎という男を知る入り口として

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2017.01.24

入門者向け時代伝奇小説百選 古典(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、古典でチョイスしたのは、基本的に戦前の作品を中心とした十作品。70年以上前の作品だからと言っても古臭さとは無縁の作品の数々、これぞ時代伝奇、と呼ぶべき定番の名作群です。
1.『神州纐纈城』
2.『鳴門秘帖』
3.『青蛙堂鬼談』
4.『丹下左膳』
5.『砂絵呪縛』

【古典】
1.『神州纐纈城』(国枝史郎)【戦国】 Amazon
 記念すべき第一作目は、鬼才・国枝史郎の代表作にして時代伝奇小説史上に燦然と輝く作品であります。

 捕らえた人間の生き血を絞って美しい真紅の布を染めるという纐纈城。富士山麓に潜むその伝説の城を巡り、業病に犯された仮面の城主、若侍、殺人鬼、面作りの美女、薬師、剣聖、聖者……
 様々な人々が織りなす物語は、血腥く恐ろしいものではありますが、しかしその中で描かれる人間の業は、不思議な荘厳さ、美しさを持ちます。

 実は未完ではありますが、それが瑕疵になるどころかむしろ魅力にすらなる本作。今なお語り継がれ、消えては復活する、まさしく不滅の名作であります。

(その他おすすめ)
『八ヶ嶽の魔神』(国枝史郎) Amazon


2.『鳴門秘帖』(吉川英治)【江戸】 Amazon
 国民的作家・吉川英治は、その作家活動の初期に幾つもの優れた伝奇小説を残しています。その中でも代表作と言うべきは、外界と隔絶された阿波国を舞台に、阿波蜂須賀家の謀叛の秘密を巡る冒険が繰り広げられる本作であります。

 水際だった美青年ぶりを見せる主人公・法月弦之丞をはじめとして、怪剣士・お十夜孫兵衛、海千山千の女掏摸・見返りお綱など、個性的で魅力的な面々が入り乱れての大活劇は、まさしく伝奇ものの醍醐味を結集したというべき物語。
 そして、波瀾万丈の活劇に留まらず、その中で登場人物たちの情を細やかに描き出してみせるのは、さすがは、と言うべきでしょう。

(その他おすすめ)
『神州天馬侠』(吉川英治) Amazon
『江戸城心中』(吉川英治) Amazon


3.『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)【怪奇・妖怪】【江戸】【幕末・明治】 Amazon
 捕物帳第一号たる『半七捕物帳』の作者である岡本綺堂は、同時に稀代の怪談の名手でもあります。本作はその綺堂怪談の代表作――ある雪の夜に好事家たちが集まっての怪談会というスタイルで語られる、十二の怪談が収められた怪談集なのです。

 利根の河岸に立つ座頭の復讐、夜ごと目を光らせる猿の面、男を狂わせる吸血の美少女……「第○の男(女)は語る」という形で語り起こされる怪談の数々は、舞台も時代も内容もそれぞれ全く異なりつつも、どれも興趣に富んだ名品揃い。
 背後の因縁全てを語らず、怪異という現象そのものを取り出して並べてみせるその語り口は、全く古びることのないものとして、今なおこちらの心を捕らえ、震わせるのです。

(その他おすすめ)
『三浦老人昔話』(岡本綺堂) Amazon
『影を踏まれた女』(岡本綺堂) Amazon


4.『丹下左膳』(林不忘)【剣豪】【江戸】 Amazon
 隻眼隻腕の怪剣士、丹下左膳。元々は「新版大岡政談」(現『丹下左膳 乾雲坤竜の巻』)に敵役として登場した彼は、しかしそのキャラクターが大受けして続編ではヒーローとなった変わり種であります。

 ここでオススメするのは、その続編たる『こけ猿の巻』『日光の巻』。その特異な風貌はそのままに、より人間臭い存在となった左膳は、莫大な財宝の在処を秘めたこけ猿の壷争奪戦や柳生家の御家騒動という物語を、カラリと明るい陽性のものに変えてしまうパワーを持っています。
 何よりもスラップスティック・コメディ調の味付けが、到底戦前の作品とは思えぬモダンな空気を漂わせていて、これはもう他の作者・他の作品では味わえぬ妙味なのです。


5.『砂絵呪縛』(土師清二) Amazon
 第六代将軍擁立を巡り、柳沢吉保の配下・柳影組と、水戸光圀を後ろ盾とする間部詮房の組織する天目党の暗闘を描く本作は、典型的な時代活劇のようでいて、ある一点でもってそこから大きく踏み出してみせた作品であります。

 その一点とは、この二つの勢力の争いに割って入る浪人・森尾重四郎の存在。
 時代小説には決して珍しくはないニヒルな人斬り剣士である彼は、しかし、そのニヒルである理由……行動原理や主義主張というものが全く見えない(それでいて決して木偶人形でもない)、極めてユニークな存在なのです。

 オールドファッションな物語を描きつつ、真に虚無的な存在を織り交ぜることで、今なお「新しい」作品であります。



今回紹介した本
神州纐纈城 (大衆文学館)鳴門秘帖(一) (吉川英治歴史時代文庫)青蛙堂鬼談 - 岡本綺堂読物集二 (中公文庫)丹下左膳(一)(新潮文庫)砂絵呪縛(上) 文庫コレクション (大衆文学館)


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 「青蛙堂鬼談」(その一) 多種多様の怪談会の幕開け
 「砂絵呪縛」 というよりも森尾重四郎という男について

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2017.01.06

魅月乱『鵺天妖四十八景』第1巻 トリックスターが語る残酷なおとぎ話

 人間と妖が共存する時代を舞台に、とある村で畏れ崇められる正体不明の存在「鵺天」を狂言回しに展開する和風ダークファンタジーであります。この第1巻は連作短編スタイルの全4話から構成されております。

 とある村の外れの祠で祀られる存在・鵺天。鳥の仮面をつけた男の姿で現れ、人の肉を、魂を食らうと畏怖される鵺天は、同時に彼の求めるものを与えれば、望みを叶えてくれるという存在でもありました。
 しかしその求めるものとは、人々にとってはかけがえのないもので――

 第1話「暗澹たる眇 全き光彩」で描かれるのは、そんな鵺天の祟りを受け、顔が醜く変わった少年と、眼病を患った少女の物語であります。
 顔の醜さとその由来から、他の村人たちに忌避される少年。そんな中、村外れで一人暮らす少女だけは、眼がほとんど見えないが故に少年の優しい心を知り、二人は交流を深めていくのでした。

 しかし少女の眼がますます悪くなっていき、まもなく失明すると知った少年は、唯一の友から、人骨が薬となると聞かされます。
 やがて村の墓が何者かに暴かれ、その犯人として捕らえられる少年。村人たちに吊し上げられた少年が、鵺天に望んだものとその代償とは――

 醜い外見と美しい心を持つ者が、その外見を見ることができず、それ故に正しい判断を下すことができる相手と巡り会う……という物語は、古今東西を問わず存在します。

 この第1話もその一つではありますが、もちろん類話と大きく異なるのは鵺天の存在。少年と少女が不幸な運命にどんどん追いつめられた末に、鵺天が二人に、周囲の者たちに何をもたらすのか――
 あまりに容赦ない展開の末に、思わぬ光が描かれるラストは、「残酷なおとぎ話」とも言うべき本作の、一つの典型を提示していると言えます。


 そして続く物語も、なかなかに容赦のない設定と展開の連続であります。
 親を人間に殺され、鵺天に村の人間の皆殺しを願う狸の娘と、狸のために親が亡くなったと怨む人間の男が思わぬ関係を築く「長閑ろかな橋」
 夫を亡くし女手一つで幼子を育てる中、正体不明の化物の子を孕み、生んだ女性の恐怖と悩みを描く「無用の嬰児」
 制外の民を集め妖のための家畜としている美貌の妖に嫁として望まれた大食らいの娘が、鵺天の力を借りてその運命から逃れようとする前後編「件百鬼の射干」

 あらすじを見れば、どれも皆、なかなかにどぎつい内容ですが……しかし、それが実際に読んでみれば、悪趣味に過ぎることなく、独特の、それも悪くない味わいのものとして読むことができるのは、やはり鵺天という大きな捻りがあるからにほかなりません。

 強大な神通力を持ち、人間を容赦なく食らう鵺天。その姿は一種の祟り神であり、一見、人間と、他者とわかりあえぬ怪物に見えるかもしれません。
 しかし作中で描かれるその姿は、決して人の、他者の情理を理解しない存在ではなく、むしろそれに皮肉な態度で接し、周囲を振り回す一種のトリックスターともいうべきものなのです。

 悲劇惨劇以外の結末が考えられない物語の中に、その皮肉な妖が紛れ込んだとき、何が起きるか……その意外さこそが本作の魅力と言ってもよいでしょう。

 物語の結末がイイ話方向に振れすぎているきらいはありますが、これはまあ、悲惨な物語を意外な方向に持っていけば、そうした結末となるのはむしろ当然と言うべきかもしれません。


 タイトルでは「妖」と書いて「およずれ」と読ませる本作。
 その「およずれ」本来の意味は、「他を惑わすことば、妖言」――周囲を惑わし、思わぬ結末をもたらす鵺天は、なるほどその言葉に相応しい存在かもしれません。

 彼自身の過去にも何やら因縁があるようですが、その辺りも含め、この先もトリックスターとして、大いに物語を、読者を惑わして欲しいものです。


『鵺天妖四十八景』第1巻(魅月乱 秋田書店プリンセスコミックス) Amazon
鵺天妖四十八景 1 (プリンセスコミックス)

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2016.12.22

梶川卓郎『信長のシェフ』第17巻 天王寺の戦いに交錯する現代人たちの想い

 長篠の戦の後、家督を長子・信忠に譲るとこととなった信長。その相続の場で、諸勢力への宣戦布告に等しい宣言を行った信長に対して動き出したのは本願寺であります。しかしその背後には、果心居士、すなわちケンやようこと同じ現代人である松田の暗躍が――

 信長の宣言を受けた諸勢力の中で、真っ先に信長との対決に向けて動き出した本願寺顕如。しかしその背後には松永久秀、そして果心の姿がありました。
 彼らの謀計を知ってしまったようこは、ケンの目に入ることを期待し、本願寺から織田に送られた自らの西洋菓子に警告のメッセージを託して送ることになります。

 そのメッセージを察知したケンですが、しかし詳細は不明のまま。そこでケンは織田と本願寺の宴席にかこつけ、ようこと対面して直に話を聞こうとします。
 しかしその間も、自らが使者となって毛利を動かし、さらに光秀に接近して彼の深層心理を操り……と果心の謀計は進行。ついに始まった本願寺攻めの中、逆に反撃で追い詰められた光秀は天王寺砦に入るのですが――


 というわけでこの巻で描かれるのは、石山合戦のうちの天王寺合戦の序曲。歴史を紐解けば、信長がわずか三千の兵でもって五倍もの本願寺勢に挑んだという、この時期の信長が直接軍の指揮を執った、非常に珍しい合戦であります。
 序曲と述べたように、この巻で描かれるのはその戦の始まり、光秀が砦に籠もり、信長が自ら援兵を率いて飛び出すまでで、物語の展開としては嵐の前の静けさといったところ。本作の最大の魅力である料理を用いた問題解決という展開も、かなり少なめであります。
(ケンが、自分の西洋料理が本願寺に封じられたことを逆手に取るくだりはなかなか面白いのですが)

 その意味ではかなり地味な巻ではありますが、しかし面白いのは、この戦の陰で、彼ら現代人たちの思惑が交錯する点であります。
 その中心となるのは、言うまでもなく果心こと松田。自分がこの時代(というか信長)に受け容れられないのであれば、歴史を変えてしまえばよいと、悪いタイムトラベラー精神(?)を発揮した彼は、ケンよりも深い歴史の知識を活かして、ある意味史実の果心以上に暗躍することになります。

 そしてそんな松田を放ってはおけないのがようこ。愛するケンが織田方にいることもありますが、それだけでなく彼女の心にあるのは、松田に対する一種の同胞意識でしょう。
 自分が松永をも動かしていると増長する松田のダメっぷりに呆れながらも、それでも彼女が松田を見捨てられないのは、共にタイムトラベルという奇禍に遭い、そしてそれぞれに辛酸を舐めてきたゆえ(そしてケンとようこの馴れ初めにも松田が関わっていたことが判明)。

 この辺り、記憶喪失で現代の記憶が限定的であり、何よりも早々に信長と出会うことができたケンとは異なる態度になるのは、自然な心の動きと納得できます。
 あまりにも小さく、人間的な松田とようこではありますが、一種超人的な存在となってきたケンの鏡像の役割を果たしていると言えるでしょうか。


 とはいえ、ケンが料理で大活躍する姿を見たいという気持ちもまた正直なところ。この巻のラストで、また信長から大変な無茶ぶりをされてしまったケンが、果たして如何にその難題を果たすのか。
 松田との間接的対決とも言えるその展開に期待であります。

『信長のシェフ』第17巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 17 (芳文社コミックス)


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 『信長のシェフ』第11巻 ケン、料理で家族を引き裂く!?
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2016.12.15

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻 変わらぬ二人と少しずつ変わっていく人々と

 単行本が二桁になったのはつい最近のような気もしていましたが、あっという間に巻を重ねて『猫絵十兵衛』ももう17巻目であります。今回艶やかに表紙を飾るのは、下総猫神の娘・真葛。彼女をはじめとして、この巻ではこれまで登場した懐かしい顔ぶれが幾人も登場しております。

 もちろん今回も健在の猫絵師の十兵衛と元猫仙人のニタの名コンビ。彼らを通じて、江戸の人と猫と妖の姿と情を描くスタイルも、もちろん変わることはありません。
 そんなこの巻に収録されているのは以下の全7話であります。

 蘭学を学ぶ二人の少年・源之助と悦二郎が、肺病病みの女性を助けようとしたことで起きた騒動「烏猫」
 本物の狩りと勘違いしていた百代と真葛のために、十兵衛とニタが猫又たちを潮干狩りに連れて行く「磯遊び猫」
 やんちゃが過ぎる猫のやん助に翻弄される幟職人のために十兵衛と西浦さんが一肌脱ぐ「幟猫」
 大事な人(猫)を探しているという真葛と、そんな彼女に内心穏やかでない権蔵の姿を微笑ましく描く「偲はく猫」
 農家の一員として可愛がられている猫に頼まれ、雨乞いをすることとなった十兵衛が奮闘する「よもぎ猫」
 盆猫踊りに置いて行かれた三匹の仔猫たちが、不思議な人物(猫物)に導かれて……という「猫地蔵」
 子供時代の十兵衛と師匠夫婦が、付近を騒がす盗人騒動に巻き込まれた顛末「かきつむ猫」

 時に猫又や妖絡みの不思議な事件を、時に純粋な(?)猫と人間の交流の物語を――その両方を分け隔てることなく、全く同じ世界の物語として描く作者の筆は今回も見事で、どの世界にも共通する「情」の姿が実に気持ちが良いエピソード揃いであります。

 そんな本作ですが、今回特に印象に残ったのは、実に7篇中の4篇に再登場する、過去のエピソードに登場したゲストキャラクターたちであります。
 あれ、誰だったかな、と思う方もいらっしゃるかもしれませんので、以下に簡単に紹介しておきましょう。(カッコ内は初登場回)

・源之助と悦二郎(第12巻「猫のオランダ正月」)
 共に蘭学を学ぶ親友同士の少年コンビ。普段から周囲の事物をオランダ語で呼んでおり、猫のことをいちいち「カット」と呼ぶのが微笑ましいのであります。
・百代(第11巻「百代猫三番勝負」)
 かつてニタに育てられた雌猫又。誰に似たのかいちいち言動がやかましく、十兵衛のことをニタを奪った泥棒猫扱いして挑戦してくるという初登場は異常に印象に残ります。
・真葛と権蔵(第12巻「鈍牛と猫」)
 下総の猫神の八番目の娘で生真面目な真葛と、薬問屋のおもとの付き人で寡黙な大男の権蔵。なかなかのお似合いのこの二人、何よりも真葛の正体を知っても変わらぬ想いを抱く権蔵のおかげで実に微笑ましいリア充ぶりであります。
・やん助(第14巻「やんちゃん猫」)
 生まれてばかりの頃に十玄師匠の家に預けられた仔猫。とんでもない暴れっぷりで周囲の人間を振り回した末に先輩猫たちに説教され、少しはマシになったと思えば――


 というわけで17巻にもなればずいぶんとキャラクターも増えますが、ほとんど一人として、一匹としてかぶることはない個性的なキャラのオンパレードなのには感心させられますし、お気に入りのキャラに再会できるのは嬉しいものであります。
(個人的には真葛と権蔵は大いに応援したいカップルであることもあり――)

 そしてまた、短編連作形式ということもあり、十兵衛とニタは基本的に変わらない(キャラクター像が動かない)本作において、彼らの代わりのように、ゲストたちの方は少しずつ成長し、関係性を変えていくのには、なかなか印象深いものがあります。

 基本的なスタイルは変わることなくとも、少しずつ動いていくものがある、変わっていくことがある……居心地の良い世界の中で、それは時に寂しいような気がすることもありますが、それもまたこの世界の姿であると言うべきなのでしょう。


『猫絵十兵衛 御伽草紙』第17巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon
猫絵十兵衛 御伽草紙 十七巻 (ねこぱんちコミックス)


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 「猫絵十兵衛御伽草紙」第8巻 可愛くない猫の可愛らしさを描く筆
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 『猫絵十兵衛御伽草紙』第10巻 人間・猫・それ以外、それぞれの「情」
 『猫絵十兵衛御伽草紙』第11巻 ファンタスティックで地に足のついた人情・猫情
 『猫絵十兵衛 御伽草紙』第12巻 表に現れぬ人の、猫の心の美しさを描いて
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第14巻 人と猫股、男と女 それぞれの想い
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第15巻 この世界に寄り添い暮らす人と猫と妖と
 永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第16巻 不思議系の物語と人情の機微と

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2016.10.17

谷津矢車『信長さまはもういない』 依るべきものを喪った者たちの姿に

 これまでも一作毎に趣向を凝らした作品を発表してきた谷津矢車ですが、本作はタイトルの時点で意表を突く作品。信長の乳兄弟であり、彼の若き日から付き従ってきた池田恒興を主人公に、信長亡き後の彼の歩む道のりを可笑しくも哀しく描いた物語です。

 信長がやんちゃしていた頃から彼に付き従ってきた股肱の臣である恒興。信長が出陣した戦には全て参加したと言われ、信長の覇業も終盤に近づいた頃には摂津十万石を与えられた、まず一廉の武将であります。
 ……が、どうにも他の信長麾下の武将に比べると、恒興は後世においてはいささか影が薄い。信長に忠実に仕え、その後の後継者争いにも一定の役割を果たしたものの、しかし他の強烈な面々に比べると彼が目立っていないのは、主役となった長編は、本作がほぼ初めてであろうことからもうかがえます。

 さて本作は、その恒興が姉川の戦いの後、信長からこの先のことを問われる場面から始まります。その問いに、これまで同様、信長の命じるままに動くだけと答えた恒興に対し、「貴様はどうも面白うないぞ」と不興を露わにする信長。
 そして彼は、これまでの半生で経験した戦や政のあれこれを書き留めた帳面を恒興に与え、これを読み解けと告げるのでした。

 しかしその問いに答える間もなく、信長は突然の謀反によってこの世から消え、恒興はその事実に愕然とすることになります。
 自分に命を下す存在がいなくなったことで、身動きが取れなくなった恒興。彼は息子や家臣たちから今後の動きを問われた時に、あの帳面の存在を思い出します。

 その帳面――彼曰く「秘伝書」を取り出し、パラパラと適当にめくった頁に記されていた言葉。その言葉を助言として動いた恒興は、思わぬ形で山崎の戦に武功を挙げて秀吉を助け、その後のいわゆる清州会議でも、同様の形で大きな役割を果たすことになります。
 しかし秀吉が織田家の後継者、いや簒奪者と化していく中、家康との対立が激化。両者の間に立たされた恒興が、今回も頼った秘伝書にあった言葉とは……


 作者の作品は、重い題材を扱う際も、どこかいい意味での軽みやおかしみがあるのですが、本作においてはその持ち味が最大限に発揮されている印象があります。

 何しろ恒興は一種の戦馬鹿(それでも娘婿の森長可よりはマシなのですが)、その割に意外と神経が細い彼が、難局に右往左往しつつ、適当に出てきた言葉をありがたがって行動したものが思わぬ成功に繋がり……というのは、ほぼ完全にコメディの呼吸。
 恒興ら登場人物たちのキャラ立ちがはっきりしていることもあり、リーダビリティが非常に高い作品であります。

 しかし本作は、シンデレラ武将(?)の活躍を描く作品でも、ドタバタ戦国ギャグでもありません(その気はあるにしても)。
 本作で描かれるものは、信長という、良きにつけ悪しきにつけ巨大すぎる存在が消えた後の、武将たちの喪失感なのであります。

 先に述べたように、勘気を蒙るほど信長の指示待ち人間であった恒興。その彼の喪失感の大きさはもちろんのこと、しかし彼ほど極端ではないにせよ、その喪失感は信長の配下たち一人ひとりが、それぞれの形で感じたものとして描かれます。
 清洲会議で恒興らと対立した丹羽長秀や柴田勝家、鬼武蔵として恐れられる森長可、秀吉を支える蜂須賀小六、そして勝者にして簒奪者たる秀吉すらも……皆「信長さまはもういない」ことを背負い、そしてその空虚さの重みに呻吟するのであります。

 その姿は恒興を筆頭に、皆滑稽で、無様で、不甲斐ないものに見えることでしょう。
 しかし、一度それが我が身に起こったと考えてみれば――例えば、今自分が絶対のものと信じ、依存している会社や社会制度がなくなったとしたら――我々は途端にうそ寒いものを感じることになるのであります。

 過去のある時点の人物や出来事を描くことにより、現代の我々にも通じるものを提示してみせるというのは、歴史小説の常道と言えるでしょう。
 本作もそれを踏まえたものでありますが――しかしその視点が、社会で功成り遂げた者のそれではなく、むしろその社会の壁に弾き飛ばされた者のそれであるのは、実に作者らしいと言うべきでしょうか。


 正直なところ、物語の結末(において恒興が理解したもの)は、物語の構造からすれば容易に予想がつくものではあります。
 しかしそれでももちろん、この結末が描かれるべきものであったことは間違いありません。そこに示されるものは、恒興同様、寄る辺をなくして途方に暮れる我々にとっての、一つの希望でもあるのですから……


『信長さまはもういない』(谷津矢車 光文社) Amazon
信長さまはもういない

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2016.10.16

重野なおき『信長の忍び』第10巻 浅井家滅亡、小谷城に舞う千鳥

 いよいよアニメも放送開始となった『信長の忍び』、単行本の方も久々に新刊が登場であります。二桁の大台に乗ったこの巻で描かれるのは浅井長政との決着戦ですが、しかしそれは単なる信長の宿敵の滅亡に終わるものではありません。そう、長政には信長の最愛の妹・市が嫁いでいるのですから……

 前巻において、北陸の双璧であった浅井・朝倉のうち、朝倉家をついに滅ぼした織田軍。勢いに乗って浅井家の本拠である小谷城に迫る織田軍ですが、この城は難攻不落、接近するだけでも困難極まりない城であります。
 この小谷城攻略を任せられたのが秀吉であり、そして彼に協力するのが信長の忍びたる千鳥なのですが……果たして彼らはこの城を抜くことができるのか、そしてお市を連れ帰ることができるのか?


 というわけでこの巻のかなりの部分を割いて描かれるのはこの小谷城攻略戦。先に申し上げれば、その結末については史実通りであり、そこからいささかも変わるところはありません。
 しかしそこに至るまでの過程は、まさしく本作流とも言うべき展開。秀吉が、半兵衛が、小六が……秀吉サイドがオールスターで活躍する中、彼らとは、そしてお市とも縁深い千鳥は決死の活躍を見せることになります。

 浅井方でも浅井井規が織田方に寝返り、城への手引きを買って出たものの、しかし小谷城が攻めるに難い城であることは変わりありません(しかも井規の真の目的は……)。
 しかも小谷城は守りの堅さに加え、鉄砲隊を幾重にも配置して徹底抗戦の構え。それを突き崩すために、千鳥は文字通り必死の戦いを挑むことになります。

 そして幾多の犠牲を払った末に最期の刻を迎えた長政。政略結婚とはいえ強い愛で結びつけられ、三人の子を成したお市は、長政とともに命を絶つことを望みます。
 ここでほとんどギャグ抜きで描かれる二人の絆は、ある意味定番とはいえ実に切なく、かつ甘く熱いのですが……しかしたとえ残酷とはいえ、彼女が生き延びることを望む者は少なくありません。

 信長が、秀吉が、そして長政が、お市が生きることを望む中、ここでも千鳥がお市にある言葉をかけるのですが――これが、なるほどこうきたか! と唸らされるほかない見事な説得。
 自らの命など惜しまず、愛する人と運命を共にすることを望む女性が、何故この先も生きることを決意したのか……千鳥ならでは、つまりは本作ならではの説得力であります。
(しかしその直後に、そんな彼女の言葉でも動かせない非常な「現実」が強く突き刺さるのですが……)


 と、大いにこの巻も読まされてしまうのですが、その一方でいささか気になってしまったのは、千鳥のあまりの活躍ぶりです。

 もちろん彼女が本作の主人公であり、そして信長の天下布武の一種象徴として描かれる以上、彼女が活躍することは、ある意味当然であります。
 その点は仕方ないのですが……しかし、お市の説得はともかくとして、その前の小谷城攻略戦でここまで活躍させる必要があったかどうか。

 お市説得は、ここまで手を血で汚し、そして自らも血を流した彼女だからこその言葉があることは十分承知の上で、しかしそれでも彼女が前面に出過ぎたことに、いささか違和感を感じたところです。

 もっともこの辺りは、信長の戦いが局地的なものから、大局的なものとなっていく過程で生じる印象ではあるでしょう。
 しかし(厳しい言い方をすれば)作者の他の歴史四コマにおいて、千鳥のような存在がなくとも物語を展開していることを思えば、その扱いが難しくなっているという面もなきにもあらずではないか……そう感じます。

 もっとも、この後に展開される助三vs杉谷善住坊という異次元マッチは、まさしく本作ならではのものであって、この辺りに対する一つの回答なのかな、と思わなくもありませんが……


 何はともあれ、包囲網が突き崩され、また一歩天下に近づいた信長。しかしその前にはまだ本願寺が、そして武田勝頼が待ち受けます。
 そこで千鳥が何を見て、何を感じ、何を為すのか……この先も色々な意味で気になるところであります。


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2016.09.30

霜島けい『ぬり壁のむすめ 九十九字ふしぎ屋商い中』 おかしな父娘の心の絆

 のっぺらぼうが江戸の町方同心を務めるという『のっぺら』でこちらの度肝を抜き、かつ大いに楽しませてくれた霜島ケイ(本作では「霜島けい」名義)、久々の新作であります。もちろんこちらもとんでもないアイディアの作品、なにしろタイトルの通り……

 早くに母を亡くし、左官の父と二人で暮らしてきたものの、ある日ぽっくりと父が亡くなってしまい、天涯孤独となってしまった少女・るい。
 真っ直ぐで明るい気性を持ちながらも、生まれつきこの世ならざるものを視る力を持つ彼女は、それがもとで(そしてもう一つ、より大きな理由から)奉公先をしくじり続け、途方に暮れる日々を送っておりました。

 そんなある日、何の気なしに入り込んだ路地で彼女が見つけたのは、「働き手求む」の貼り紙。それは、この世のものならざる曰く付きの品と出来事を扱っているという九十九字屋のものでした。
 背に腹は代えられないと店を訪れた彼女を待っていたのは、イケメンだけれども偏屈で態度の大きな主・冬吾。彼は、るいを雇うのにある条件を付けるのですが、それは……


 というあらすじを見ると、もしかすると何やら既視感があるかもしれません。真っ直ぐで明るいヒロイン、イケメンだけど奇人の店主、ちょっと変わった店に持ち込まれる事件――そう、近頃ライト文芸レーベルで大部分を占めている、あのパターンであります。

 しかし本作がそれらの作品と決定的に異なるのは、舞台を時代ものに移し替えた点だけではありません。一言で言えば、るいの場合「パパがぬり壁になっちゃった」のです!

 ……あ、わからないですね。実はるいの父親はぬりかべ――ゲゲゲの鬼太郎に出てくるあの壁の妖怪とは少々スタイルは違いますが、土壁の中に自在に出入りできる妖怪なのであります。
 もっとも、るいは妖怪と人間の間に生まれたというわけではありません。るいの父も生前は人間だったのですが、亡くなったと思ったら、生前の仕事が左官だった故か(?)ぬりかべになってしまっていたのです……いや、なってしまったのだから仕方ありません。

 かくてぬりかべになった父は、るいについて回っては面倒事を起こし、彼女が奉公先を追われる理由を作っていたのであります。
 そんな父を抱えたるいにとって、ある意味お仲間ともいえる(?)九十九字屋への奉公は渡りに船で――


 というわけで、妖怪時代小説数ある中でも屈指の個性的な設定を持つ本作は、全2話で構成されております。

 九十九字屋に雇われる条件として、自分に着いてきてしまった土左衛門を成仏させるべくるいが奔走する第1話。
 晴れて九十九字屋に奉公することとなったるいが、「その音がすると店に凶事が起こる」という鷽笛に秘められた謎を冬吾とともに追う第2話――どちらも人情怪異譚とも言うべき内容となっています。

 正直なところ、描かれる事件自体は比較的シンプルなのですが(特に第2話は、怪異の真相自体は予想がつきやすい)、本作は、ベテランらしい緩急付けた文章・構成と、何よりも九十九字屋の三人のやり取りが抜群に楽しい。
 やや直情径行だけれども心優しいるい、嫌味で自己中に見えるけれども実はツンデレ気質の冬吾、そして妖怪になってもバリバリの江戸っ子な親父と……そんな誰と誰が絡んでも楽しいトリオ(特に冬吾と親父の異次元っぷりがいい)のやりとりを見るだけでも、本作を読む価値はあるといえます。

 もっとも、本作で描かれるのは、楽しいことばかりではありません。
 本作の2つの事件の背後にあるのは、いずれも人の心の薄暗い部分――真っ黒ではないにせよ、時に人を傷つけ、害する負の部分であり、それが引き起こした事件は、真相が明かされてもなお、哀しくやるせないものを残すのですから。

 しかしそれでも、それだけではない、と思わせてくれるのは、たとえ始終口喧嘩していても、いや幽明界を異にするどころか、種族(?)まで異にしてしまっても、強い心の絆に結ばれたるいと親父の存在があるからにほかなりません。

 人間は天使ではないかもしれない。しかし悪魔でもない――いや、妖怪になっちゃうかもしれませんが、とにかく、この世も哀しいこと、悪いことばかりじゃないということを教えてくれる本作は、どこまでも暖かく魅力的です。
 そしてもちろん、そんな物語の続きにも期待している次第です。


『ぬり壁のむすめ 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫) Amazon
ぬり壁のむすめ: 九十九字ふしぎ屋 商い中 (光文社時代小説文庫)


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2016.09.08

琥狗ハヤテ『ねこまた。』第3巻 もう一人のねこまた憑き登場!?

 京で、「ささめ(つぶやき)の親分」と呼ばれる岡っ引きの仁兵衛と、彼に取り憑いた不思議な存在「ねこまた」の交流を、美しい京の風物や四季と絡めて描く四コマシリーズの最新巻であります。今回は何と仁兵衛とは異なるねこまた憑きが……?

 本作に登場する「ねこまた」とは、耳が尖っていて尻尾が二つに分かれているものの、猫が変化した「猫又」にあらず、正体不明の何とも不思議な存在。
 「家」一軒に一匹ずつ憑いてはその家を守る、可愛らしい(のですが目が虚無的でちょっと怖くもある)一種の精霊のような存在なのです。

 そんな常人には見えないねこまたたちを、幼い頃から見ることができる仁兵衛は、家ではなく彼自身に取り憑いた一匹、家に取り憑いた四匹の、都合五匹に取り巻かれ、それなりに賑やかな一人暮らし。
 唯一の悩みは、自分に憑いているねこまたと会話している姿が、独り言を呟いているようにしか見えないことですが……

 何はともあれ、そんな仁兵衛とねこまたたちの交流を描いてきた本作も、早いものでもう3巻目。ある意味日常系の漫画(?)であるため、基本的に大きな物語展開や変化は生じない作品なのですが、もちろん、それがむしろいい。
 不気味可愛いねこまたたちと、ちょっと強面だが心優しい仁兵衛の、静かで、暖かい日常は、実に微笑ましく、心地よく感じられるのです。


 ……が、この巻において、そんな世界にもある変化が生じることとなります。ある日、京に現れた旅姿の浪人。笠で顔を隠し、剣呑な雰囲気を持つその男・三好高久の動きに、岡っ引きとして仁兵衛は目を光らせることになります。
 社会的な身分で目をつけられるのもいやなものですが、しかしここは仁兵衛の目が正しく、実はこの男の稼業は金でお尋ね者を斬る賞金稼ぎ。剣呑なのも道理、本作には珍しく血の匂いを漂わせる男なのであります。

 しかし、注目すべきはそこ(だけ)ではありません。実はこの男が肌身離さぬ笠、その上にはねこまたが常に乗っているのですから。そう、この男もまた、ねこまた――それも仁兵衛の黒ねこまたと対になるような、白ねこまた――を連れる者だったのです。
 と言っても仁兵衛と異なるのは、彼にはねこまたを見ることができず(したがってねこまたが憑いていることも知らず)、そしてねこまたが憑いているのも彼自身ではなく、彼の笠なのですが……

 いささか事情は異なるにせよ、本作では初めて登場した仁兵衛以外のねこまた憑き。彼の出自は、彼がそんな稼業についているのは何故か、そして何よりも何故彼にねこまたが憑いたのか……本書の時点では何もわかりませんが、大いに気をそそるところではあります。

 しかし、そのねこまたが何故笠に憑いているかは語られています。それは、無宿人にとっては笠が軒(屋根)であるから――なるほど、これはこれで理に適っていると同時に、何とも切なさを感じさせる設定ではありませんか。

 そしてもう一つ、この点で気になる物語が、この巻には収録されています。それは仁兵衛の家に憑いたねこまたのうち一番幼い一匹、水玉模様のねこまたが、仁兵衛の家に来るまでの物語。
 その物語の内容は読んでのお楽しみですが、そこでは、また全く似て非なる形で、笠が用いられているのです。

 あるいは白ねこまたと対になるのは、水玉ねこまたの方では、というのはさすがに考えすぎですが、しかしここで描かれたものに、三好とねこまたの関係性を探る――そしてそれは同時に、三好の過去を探るものでもあるでしょう――ことは可能なように思います。

 ここに来て新たな、謎めいた形のねこまたと人の関係性を提示してみせた本作。いつもどおりの変わらぬ物語と、新たな変化の物語と……両方を楽しみするという、少々欲張りな気分になってしまいますが、それも無理もない話でしょう。


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ねこまた。 3 (芳文社コミックス)


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2016.08.22

梶川卓郎『信長のシェフ』第16巻 後継披露 信忠のシェフ!?

 強敵・武田家との一大決戦であった長篠の戦いを終え、まずは一息つけるかと思われたケン。しかし信長が織田家の当主を辞めて嫡男の信忠に家督を譲ると宣言し、ケンに信忠の料理人となることを宣言したことから、またもや一波瀾生じることとなります。

 自分自身幾つもの因縁があった武田勝頼との決戦を、自らの命を危険に晒しつつ乗り切ったケン。しかし、信長の命により「信忠のシェフ」を務めることになった彼には、なかなか安息の時は訪れません。そしてこの巻の前半では、その信忠による岩村城の包囲戦を巡る物語が描かれることとなります。

 この岩村城に籠もるのは武田家の重鎮・秋山信友ですが、いかに相手が猛将とはいえ、彼我の勢いの差は歴然。もはや援軍を待つしかない岩村城が落ちるのは時間の問題、しかもそこに信長の料理人であったケンが信忠付きとしてやってきたことで、浮足立つ信忠の家臣団ですが――もちろんこのまま何事もなく済むはずがありません。
 ついに勝頼自らが援軍として進発したにもかかわらず、降伏を申し出た信友。その真意は何か――家臣団が揺れる中、ケンは信忠に意見を求められることとなります。

 今回ほとんど初登場となった信忠ですが、ビジュアル的には眉がそっくりであるものの、その表情はあくまでも穏やかで落ち着いた若者といったところ。
 その印象通りと言うべきか、父のような飛び抜けた力は持たないものの、周囲の意見を聞き、公正な判断を下すことができる人物として描かれているのが興味深いところです。

 信忠については、その最期が印象に残るものの、その人物像自体は今ひとつ定説がないようですが、本作の信忠は、乱世よりも治世において力を発揮する人物として描かれており、それはこの巻の後半の展開にも大きな意味を持つことになるのですが――


 そしてその後半で描かれるのは、信忠の家督相続の宴席。現代の感覚からすれば、家督相続というのは、まあそれなりに儀式として意味はあれど、そこまでも重いものとは思えないかもしれません。
 しかし時は下克上の時代、親から子へ家督を譲ると宣言すれば、それだけでスムーズに相続できるわけでもありません。特に、信長のように己の力で道を切り開いてきた人物の後継ともなれば……

 後継者としての自分の披露の場であり、武士・公家・商人・僧侶等々、各界の一流の人物が集まる外交の戦場に臨むことになった信忠。しかしそこに思わぬ敵が出現することになります。
 それは信長の三男・信孝。その外見のみならず、志向能力もまた、信長に最も近いと言われる青年であります。

 この信孝、信忠どころでなく信長似というか、若いころの信長はこうであろうというビジュアルなのですが、外見はさておき、その行動力は確かに信長譲り。信忠に家督が譲られることに不満を持った彼は、この宴席をぶち壊しにすることで、信忠にその資格なしと衆人の前に示そうとするのであります。

 もっとも、その手段があまりにもアバウトなのは全く信長似ではありませんが、しかし勢いはあるだけに恐ろしい。ある意味合戦以上の危機に陥った信忠を救うことができるのは、もちろんケンなのであります。


 と、信忠と彼の家督相続を中心に描くこの巻は、比較的に地味に思えるかもしれません。が、そこで描かれるものは、上で述べたとおり、戦国の世にあっては決して軽んじることはできないものであります。
 その辺りをきっちりと描くことができるのは、これは「食」という、人が生きる限りあらゆる局面で必要となる行為を中心とする本作ならでは……と言うのは、決して牽強付会ではないでしょう。

 特にこの宴席騒動のその先に、信長の見据えるこの先の世界像と、そこに向けた宣戦布告とも言うべき一大宣言があるとすれば……

 この宣言を受けてにわかに動き出す諸勢力。その一番手となるのは本願寺のようですが、そこには彼女がいるわけで……
 まだまだ信長のシェフはお役御免になりそうにもありません。


 ちなみに岩村城攻めのエピローグ的に描かれるのは、秋山信友の最期。ケンと夏を一緒に甲斐にさらっていくなど、ケンと浅からぬ因縁を持つ人物を救うために、信長との最後の晩餐に臨む彼に、ケンがある料理を作ることになります。
 これもあまりに豪快な作戦でちょっと噴いてしまうのですが、ケンの信友への想いと、信友の男気が感じられるエピソードで、私は気に入っています。


『信長のシェフ』第16巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 16 (芳文社コミックス)


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