2019.05.15

百地元『黒狼』第2巻 「馬賊」原田左之助、本格始動?


 あの新選組の原田左之助が、上野戦争から40年後にタイムスリップ、中国大陸で大馬賊・張作霖と出会って――という奇想天外な大活劇『黒狼』待望の第2巻であります。紆余曲折の果てに作霖の下で馬賊に加わった左之助ですが、しかしまだ見習い扱い。そんな中で始まった敵との戦いの中で左之助は……

 上野寛永寺で新政府軍と死闘を繰り広げた末、壮絶に散った――と思いきや、意識を取り戻してみれば40年後の満州にいた原田左之助。
 そこで訳が分からぬまま、伝説の宝玉「龍の瞳」の欠片争奪戦に巻き込まれた左之助は、なりゆきで欠片の一つを飲み込んだことから、満州に覇を唱える大馬賊・張作霖に拾われることになります。

 その破天荒な暴れぶりを気に入ったのか、左之助を馬賊に加えた作霖。左之助もまた、今の日本には未練はないと、不思議なカリスマを持つ作霖一党に身を投じるのですが――しかし馬賊は超身分社会、まだまだ見習いの左之助は、彼を快く思わない幹部にこき使われる羽目に……

 というわけでついに本格的に始まった左之助の馬賊生活――なのですが、見習いの彼がやることといえば馬の世話や雑用ばかり。
 それでも、元々が中間出身の上に規律が厳格だった新選組にいたためか(?)、意外にも早々に見習い生活に馴染む左之助ですが、しかしいざ戦いにという時に加われないのは、彼にとっては苦痛でしかありません。

 折しも作霖のライバルであり、左之助とも因縁がある大馬賊・金寿山の一党が、作林の武器庫を襲撃。やりたい放題の狼藉を働いたことで、ついに作霖は全面対決を決意することになります。
 しかし、そこに加わることを許されない左之助。そんな彼に、作霖配下の小隊長・トカゲは、戦いに加わる手段があることを語ります。しかしそれは文字通り決死の任務で……


 と、左之助を通じて、前半は馬賊の普段の(?)生活を描き、そして後半は馬賊流の苛烈な戦いを描く第2巻。その落差には驚くほどですが――しかしその両方にきっちりと違和感なく適応してみせるのが、左之助という男であります。
 いやもちろん、それはあくまでも「左之助」という人物に我々が抱くイメージに過ぎないのですが、しかしそのイメージを忠実に、いやそれ以上に魅力的に描いているのですから、それに文句があろうはずがありません。

 特にこの巻のクライマックス、「ナニ物めずらしくもねぇ 要は○○だろ」(○○は敢えて伏せさせていただきます)と平然と死地に踏み込んでいく姿には、こちらはもうニコニコするしかないのであります。
 それでこそ左之助、と……

 そしてそんな左之助が、その美しい容貌とは裏腹に――あるいはそれに相応しく――冷酷非情な作霖にある表情を浮かべさせるのも、また痛快・爽快なのです。


 しかしここで白状すれば終盤のある描写には、ちょっと引くものがあったのも事実であります
 これは全く個人的な趣味の問題ではありますが、実は第1巻の時点で、非常に苦手だったあるある台詞。よりによってこの巻ではそれがよりクローズアップされ、その上、終盤では何だか想像を絶する展開に繋がっていくのですから、いやもうこれは一体――と大いに混乱させられました。

 しかし――そこからさらにひっくり返し、汚濁の極みから至純の愛の形を描いてみせるのが、本作の凄まじいところであります。
 ここに至るまでの数々の悪趣味な描写は、このためであったか!? と舌を巻くようなこの展開は、あたかも美と醜の間を行き来し、その間に君臨する作霖のよう――というのはさすがに言い過ぎかと思いますが、些かならず唸らされた次第です。
(犬と猫の違いがもう少しはっきり描かれてもよかったような気もしますが、それはそれで……)


 何はともあれ、並行して描かれる直情な左之助の活躍と、複雑な作霖の暗躍の姿が何ともユニークな本作。伝奇的な題材のみならず、この先の展開が気になる物語なのであります。


『黒狼』第2巻(百地元 講談社アフタヌーンKC) Amazon
黒狼(2) (アフタヌーンKC)

関連記事
 百地元『黒狼』第1巻 原田左之助、満州に立つ――40年後の!?

|

2019.05.11

碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第3巻 「平時」の五稜郭と揺れる少年の心


 北の大地に希望を求めた土方歳三ら、旧幕府軍の男たちを描く『星のとりで』も巻を重ね、これで第3巻であります。松前藩を打倒し、箱館を占領した旧幕府軍。一時の安らぎを取り戻した中、土方の傍らでその戦いを目撃してきた幼い新選組隊士も運命の岐路を迎えることに……

 新政府側との苦闘の末、ついに蝦夷地に上陸した旧幕府軍の面々。しかしそこに至るまでの犠牲は決して少なくはありません。

 北に向かう旅の途中で交誼を結んだ元唐津藩の若君・胖は戦死し、そして旅の当初からの仲間であった良蔵が病で脱落、そして今度は馬之丞が何者かに捕らわれ――と、数々の別れを経験することになった市村鉄之助と田村銀之助。
 戦いの現実や、政治の力学――決して甘くはない現実と否応なしに直面せざるを得ない少年たちですが、それでも刻一刻と状況は変化していくことになります。

 ついに五稜郭に入り、蝦夷地に新国家を樹立した旧幕府の面々。軍ではなく(事実上の、というただし書き付きとはいえ)国家になったということは、とりもなおさず戦い以外に行うべきことが幾つもできたということであり――陸軍奉行並とはいえ、土方もまた、戦場とは別の場所で力を振るうことになります。
 そして彼に小姓として仕えてきた鉄之助と銀之助もまた。

 自分から離れて新たな道を歩めという土方の言葉を受け容れる銀之助と、困惑する鉄之助。それでも土方の近くに在ろうとする鉄之助の決断は……


 物語の始まりから、土方たち「大人」の戦いの姿を、鉄之助や銀之助たち「少年」の視点から描いてきた本作。ある意味その戦いも一段落したこの巻においては、その視点も、新たなものに向けられることになります。

 それは言ってみれば「平時」の五稜郭の姿。その最期の姿があまりに鮮烈であっただけに、戦時の印象ばかりが残りますが、かつて蝦夷地に生まれたもう一つの国が、どのように国であろうとしたのか――少年の視点で描かれたその姿は、我々が見ても新鮮に映ります。

 もちろん、その大きな変化に対して、ついていけない者がいるのも事実ではあります。例えば前の巻で鮮烈な印象を残した胖の唐津藩のように、藩としての立場からこの戦いに参加した者たちにとって、新たな国は決して居心地が良いものではなかった――というのはなかなか興味深い視点であります。

 そしてその流れに巻き込まれた者に対する土方の言葉がまた実に格好良いのですが――しかしその土方の言葉を持ってしても、なかなか納得できないのが少年の純情というもの。なんとか土方を翻意させようとする鉄之助ですが、そこに思わぬ助っ人が現れて……


 というところで満を持して(?)登場するのが、あの隻腕の美剣士・伊庭八郎であります。
 本作においては、土方と伊庭は旧知の仲という設定。まだ江戸で暮らしていた時分につるんでバカをやっていた二人が、全く別の道を辿りながらそれぞれの節を曲げずに戦いを続けた末に五稜郭で再会する――というのは実にグッとくる展開です。

 そして本作の伊庭は、(期待通りに)明るく捌けた江戸っ子ではありますが、しかしそれだけに、彼が語る、これまで戦いを続けてきた理由は実に胸に迫るものがあります。
 そんな伊庭と鉄之助の会話の中で、それぞれにとっての「砦」の意味が語られるのが、個人的にはこの巻のクライマックスである――そう感じます。


 そしてこの巻の巻末には、その伊庭八郎と、親友である本山小太郎の姿を描く短編が収録されています。
 片腕を失い、江戸に潜伏しながらいまだ戦意を失わない伊庭と、そんな伊庭を案じる本山と――やはり「星のとりで」に集った綺羅星の一つである伊庭と、そんな星を振り仰ぎながらもついていこうとする本山の姿が印象に残る好編であります。


『星のとりで 箱館新戦記』(碧也ぴんく 新書館ウィングス・コミックス) Amazon
星のとりで~箱館新戦記~(3) (ウィングス・コミックス)


関連記事
 碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第1巻 少年たちの目に映る星々たちの戦い
 碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第2巻 辿り着いた希望の砦に集う綺羅星

|

2019.04.23

木原敏江『白妖の娘』第4巻 大団円 大妖の前に立つ人間の意思が生んだもの


 木原敏江版『玉藻の前』というべき本作『白妖の娘』もついに最終巻となりました。白妖をその身に憑かせた娘・十鴇と、かつて白妖を封じた術者の子孫・直と――すれ違う二人の想いはどこに向かうのか。そしてついに真の力を取り戻した白妖を倒すことはできるのか――いよいよ大団円であります。

 都の貴族に騙されて死んだ姉のため、禁忌の森に封じられていた白妖にその身を差し出した十鴇。そして貴族たちの世界を滅ぼすことを望んだ末、玉藻と名を変えた十鴇は、ついに法皇の寵姫にまで上り詰めることになります。
 十鴇とともに白妖を世に放ったことに責任を感じ、そして何よりも愛する彼女を救おうとする葛城直は、陰陽師・安倍泰親の下で修行に励むのですが――しかし白妖の力には未だに及ばず、妖魔の跳梁は続くのでした。

 そんな中、うち続く日照りを前に、雨乞い対決を行うことになった泰親と十鴇。師の助手に選ばれた直ですが、しかしその直前に十鴇の罠にかかって儀式に間に合わず、結果として十鴇が勝利することになるのでした。
 権力と妖力と――もはやこの世に並ぶ者のない力を手に入れた彼女に対して、直に残された手段は……


 ついに法皇を完全に操り、名実ともにこの国の頂点に立とうという暴挙に出た十鴇と白妖。もはや近づくことすら難しい相手に対して、直と仲間たちが仕掛ける最後の賭けは――というわけで、この第4巻で描かれるのは、クライマックスに相応しいスケールの大きな展開。
 その一方で、この深刻極まりない事態の中で直たちが仕掛ける作戦が、(少なくとも見かけ上は)それとは正反対だったりする変化球加減もまた、実に楽しいところで、この辺りはもう、大ベテランの横綱相撲というべきでしょう。

 しかし、真のクライマックスは、真の感動は、その先に用意されています。辛うじて最悪の事態は防いだものの、本性を剥き出しにした白妖の前に、大きな危機に瀕する都。これに対して直は、自分の先祖がかつてこの大妖を封印した呪の正体を知るため、危険な旅に出ることになります。
 そしてついにその呪の正体を、白妖封印の真実を、そして白妖の秘めた想いを知った直。かつて夢の中で直が見た、不思議な光景――暗い闇の中で、ただ一人、孤独に石積み遊びを続ける白いけものの姿の意味を。

 そしてそこから、これまで物語の中で積み上げられてきた全てが一つに繋がり、全ての謎が解かれることになります。
 無敵の白妖が、何故直の祖先に敗れ去ったのか。復活した白妖が直を直接倒そうとしなかったのは何故か。白妖の力の源とは、白妖を倒す手段はあるのか。白妖に憑かれた十鴇を救う手段はあるのか、救うことはできるのか。そして十鴇と直の運命は、二人が望んだものとは……


 以前の巻の紹介でも触れましたが、本作の題材は、岡本綺堂の『玉藻の前』であります。本作の設定や物語展開(例えばこの巻でいえば雨乞い対決のくだり)は、ある程度この『玉藻の前』を踏まえたものであるのですが――しかし結末において、本作は明確に新たな物語を描くことになります。

 そしてその根底にあるのは、登場人物たちの、その代表である十鴇の想い、明確な意思――それであります。白妖に運命を狂わされた十鴇と直の悲恋物語とも言うべき本作。しかしそれは(原典のように)どうしようもない運命に流されただけではなく、二人が自分の意思で選んだ結果でもあります。

 それを象徴するのが、第1巻で十鴇が白妖に言い放ったセリフ「なにがあっても私は私!」といってよいでしょう。そしてその十鴇の意思は、最後の最後まで変わることなく貫かれることになります。そしてそれが、全く思わぬ形で、大いなる救いを生み出すのであります。

 白妖という巨大な超自然の悪意(しかし同時に……)を描きつつも、その前に毅然と立つ人間の意思の姿を描いてみせた本作。
 だからこそ、この物語はあまりにやるせなく、悲しくもあるのですが――しかし同時に、力強くも優しく、そして何よりも美しく感じられるのです。

 そして我々がこの物語を読み終え、『白妖の娘』の名を振り返ってみた時に浮かぶ想いは――何とも切なくも温かく、そしてどこか微笑ましいものなのではないでしょうか。


『白妖の娘』第4巻(木原敏江 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon
白妖の娘(4)完結 (プリンセス・コミックス)


関連記事
 木原敏江『白妖の娘』第1巻 私は私、の妖狐伝
 木原敏江『白妖の娘』第2巻 復讐という「意思」、それぞれの「意思」
 木原敏江『白妖の娘』第3巻 陽だけでなく陰だけでないキャラクターたちの魅力

|

2019.04.20

戸部新十郎『秘剣水鏡』(その二) 兵法が終わった後の兵法者たち


 戸部新十郎の「秘剣」シリーズの一つ、『秘剣水鏡』の紹介の続きであります。前回は三作品をご紹介いたしましたが、今回は二作品+残る作品をご紹介いたしましょう。

『無外』
 慶安二年に甲賀に生まれた辻月丹は、兵法を志して京に出るも、既に家光の御前試合も終わり、兵法者が兵法者として名を上げられる時代は終わったも同然。それでも兵法に打ち込み続けた月丹は、江戸に出ても芽の出ない日々を過ごすのですが……

 「秘剣」シリーズは、それこそタイトルに相応しく、兵法者同士の決闘の中で秘剣が繰り出される様を描く作品が多い一方で、兵法者の一代記とも言うべき内容のものも少なくありません。本作もその一つ、タイトルどおり無外流の祖として知られる辻月丹の半生を描いた物語であります。
 江戸時代前期という既に泰平の世に入り、剣術が無用の長物となった――師から「つまらぬときに生まれた」「おまえが生まれたころで、兵法は終わった」と言われるのがキツい――中でも、ただひたすら剣を磨いた月丹の道が思わぬ縁から開けていく姿は、比較的淡々と描かれているだけに、かえって不思議な感動があります。

 月丹の師や兄弟子とのそれこそ禅問答めいた立ち会いの様も、実に本シリーズらしい枯れた味わいがあるといえるでしょう。


『空鈍』
 加賀から兵法修行のために江戸に出てきた青年・狩野叶之助は、ある日立ち会った伊庭是水軒から、当世無双の剣士として、無住心剣流の小田切空鈍の存在を教えられます。ついに空鈍と出会った叶之助は、その教えを受けるのですが……

 『無外』同様、兵法者が無用の長物となった時代を描く本作ですが、異なるのは、達人本人ではなく、達人の近くにいた一人の青年剣士の姿を通じて描いたことでしょう。
 その時代遅れの剣術に青春を燃やし、ついに師とも目標ともいうべき存在である空鈍と出会った主人公が辿った皮肉な運命は、青春時代に何かに打ち込んだ者にとっては、身震いするほど恐ろしく感じられるのではないでしょうか。

 ある意味『無外』のB面とでも言うべき本作――ラストの主人公の叫びが胸に突き刺さる、シリーズ有数の「痛い」作品であります。


 その他、『善鬼』は、伊東一刀斎の弟子の一人でありながら、御子神典膳に敗れたという小野善鬼を題材とした作品。
 粗暴なやられ役として描かれることの多い善鬼ですが、彼の師に対する想いをある言葉を通じて描くことで、結末に何とも言えぬ哀しみが生まれています。

 『大休』は、松田織部之助によるもう一つの新陰流、松田方新陰流の幕屋大休の物語。柳生家の隠し田を密告したことで後に柳生に殺されたという松田織部之助の逸話を題材としたものです。
 この逸話は、主に柳生の黒さを描く際にしばしば描かれるもので、今回もその流れを踏まえたものですが――ラスト、大休の言葉を描くことで、物語にずんと深みを与えているのが本シリーズらしいところでしょう。ある意味、『水月』の前編とも言える作品です。

 『牡丹』は、様々な流派の太刀への返し技で構成された雖井蛙流というユニークな剣術を生み出しながら、娘の恋愛のもつれから相手方を殺して腹を切ったという、何とも言えぬ逸話が残る深尾角馬の物語。
 その通りの内容ながら、そこに至るまでの角馬の人生を淡々と描くことで、語らぬ中にも多くのことを語る物語は、読後に苦味とも哀しみと言えるものを残します。

 巻末の『花影』は、本書の中で最も遅い時代、江戸時代後期を舞台に、桃井春蔵の鏡心明智流の誕生を描いた一編。
 開祖である春蔵の父・八郎左衛門のアイディアマンぶりも楽しい物語で、八郎左衛門と春蔵の父子鷹ぶりが、「位」の桃井を生む結末はホッとさせられるものがあります。


 以上十編、いずれも剣豪小説の名編とも言うべきものであります。つい先日『秘剣龍牙』も復刊されましたが、こちらも近いうちにご紹介したいと思います。


『秘剣水鏡』(戸部新十郎 光文社文庫) Amazon
秘剣水鏡 (光文社時代小説文庫)


関連記事
 「水鏡」 秘剣が映す剣流の発展史

|

2019.04.19

戸部新十郎『秘剣水鏡』(その一) 一刀斎の後の兵法者たち


 あくまでも個人の印象ではありますが、最近は剣の遣い手を主人公にした作品はあっても、実在の剣豪(剣流)を主人公とした「剣豪もの」はだいぶ少なくなっているように感じます。そんな中で本書『秘剣水鏡』の復刊は福音とも言うべきもの。全10話、どれから読んでも味わい深い名品揃いの短編集です。

 一足早く復刊された大作『伊東一刀斎』によって、戦国末期の剣豪たちの姿を描いてみせた戸部新十郎。本書を含めたいわゆる作者の「秘剣」シリーズは、ある意味その姉妹編ともいうべき短編集――実在の剣豪、実在の剣術流派を中心に、その剣の姿を様々な形で描いてみせた作品が収められています。

 本書『秘剣水鏡』の表題作である名作『水鏡』については、以前この作品のみでご紹介しておりますので、今回はその他の収録作の中で、特に印象に残ったものをご紹介しましょう。


『無明』
 中条流の達人・富田勢源にまめまめしく仕える少年・柿之助。時折おかしないたずらをする猪口才な彼一人を連れ、勢源は美濃に旅立つことになります。そこで梅津兵庫なる武芸者に執拗に迫られた勢源は……

 作者の故郷である加賀の剣豪・富田勢源とその弟子の姿を題材とした本作。中条流と勢源は、この後もシリーズにしばしば顔を見せるセミレギュラーであり、そして勢源は一刀斎の師の師でもあることを考えれば、本作が冒頭に収められているのは妥当なところと言うべきかもしれません。
 薪ざっぽうで梅津某を一撃で破ったという勢源の有名な逸話をクライマックスに据えつつ、剣豪と弟子の複雑な関係性を、戦国時代の武将たちの興亡を背景に描いた本作。まさしくすれ違う師弟の姿が強く印象に残ります。


『岩柳』(がんりゅう) 巌流
 「岩流」を編み出した一方で、妻亡き後、草木染めで娘を養う岩柳斎。ある日現れた佐々木小次郎なる美貌の青年から、いま売り出し中の宮本武蔵なる武芸者のことを聞いた岩柳斎は、小次郎にも見せなかった秘伝の「虎切」でもって武蔵と対峙するのですが……

 『宮本武蔵』外伝とも言うべき内容の本作は、武蔵の逸話をちりばめながらも、兵法家というより兵法(記録)マニアの岩柳斎の目を通すことで、どこか地に足の付いた味わいが残る作品。
 虎切という秘剣を持ちながらも、あくまでも常識人のおじさんである彼が、武蔵と小次郎の双方と関わる姿が何ともユニークなのですが、しかしそれがあの決闘の結果に繋がっていく――という結末は、何ともいえぬ皮肉な味わいを残すのです。


『水月』
 癲狂となり、致仕して柳生の里に暮らす柳生十兵衛。奇矯な言動を繰り返す彼の前にある日現れた武士・荒木又右衛門は、十兵衛に「水月」の極意を問いかけます。それに対する十兵衛の答えとは……

 この「秘剣」シリーズにおいて、中条流と並んで、そしてその敵役としてしばしば登場することになるのが、柳生新陰流であります。その中心となるのは柳生宗矩(いわゆる黒宗矩)なのですが、その子である十兵衛が不気味な存在感を見せるのが本作であります。
 いわゆる躁鬱病と診断された十兵衛の奇妙な隠居生活を描きつつ、鍵屋の辻の仇討ちの物語でもあることが徐々に浮かび上がる構成も良いのですが、白眉はやはり十兵衛が語る「水月」の極意でしょう。

 剣術の極意に関する(難解な)問答は、「秘剣」シリーズの隠れた名物ともいうべきものですが、ここでは十兵衛と又右衛門という両達人の問答の形で描かれるのが、何とも味わい深いのであります。
 ある史実の背後を仄めかす不気味な結末も含めて、他の十兵衛像とはずいぶん異なるにもかかわらず、奇妙に印象に残る作品です。


 以降、長くなりましたので次回に続きます。


『秘剣水鏡』(戸部新十郎 光文社文庫) Amazon
秘剣水鏡 (光文社時代小説文庫)


関連記事
 「水鏡」 秘剣が映す剣流の発展史

|

2019.03.12

鳴神響一『伏魔 おいらん若君徳川竜之進』 死神医者の跳梁と若君の危機!?


 尾張前藩主・徳川宗春の御落胤でありながら、吉原一の花魁・篝火に身をやつす徳川竜之進が、秘剣・見返り柳剣で悪を成敗するシリーズの第三弾であります。今回、篝火/竜之進が挑むのは、江戸の町を騒がす謎の死神医者騒動。そしてその背後には、思わぬ悪の跳梁が……

 初午の日、賑やかな吉原で、今日もしつこい客を手酷く振って帰ってきた大見世初音楼の花魁・篝火。それも当然、篝火の正体は藩の政争に巻き込まれて赤子の頃に命を狙われ、筆頭家老配下の五人の忍びによって吉原に匿われ、成長した徳川竜之進なのであります。
 しかし、如何に母の命を奪い、今も自分の命を狙う敵方の刺客から身を隠す奇策とはいえ、女装して暮らすのはストレス以外の何ものではないのは当然のこと。そんな彼の唯一の楽しみは、吉原を抜け出して、浅草の馴染みの煮売り屋で、常連の仲間たちと飲むことです。

 さてその晩は、仲間の一人である読売屋見習いの娘・楓が、自分が初めて書いたという読売を持ってきたのですが――そこに書かれていたのは、「死神医者「鵜殿六斎」江戸の夜を走る」という、何とも奇怪な内容。
 読売を読んでみれば、鵜殿六斎なる名を記した乗物医者の駕籠が深夜の江戸に出没、しかしその医者を呼んだ者もいなければ、そもそもそのような名の医者もいないというのであります。

 それを、冥土の使い=死神が医者の姿をして寿命の尽きた病人を迎えに来たのだ――と書いてしまうのは、まあ江戸の読売ならではですが、しかし謎の医者駕籠が夜の江戸に出没しているのは事実。
 その陰に悪事を企む何者かの陰を感じた竜之進は、自分に仕える忍び・成瀬四鬼に、背後を探るように命じるのですが――しかしその矢先に、楓が謎の武士に襲われるという事件が起きるのでした。

 思わぬ助っ人によって楓は助かったものの、彼女が狙われたのは、あの読売が原因に違いない――そう考えた竜之進は、初音楼に彼女を匿うことになります。
 そして竜之進は、配下たちの調べで、事件の背後に忍びたちの姿があること、そして医者駕籠が出現した場所で、ある事件が起きていたことを知るのですが……


 これはシリーズに共通する趣向ということか、今回もまた、江戸の夜を騒がす怪人の跳梁に絡んだ事件に挑むことになる竜之進。しかし第三作ともなれば、新たな風を入れることも――ということでしょうか、前二作と比べると、色々と変わった趣向が施されているのが目を引きます

 その一つが、シリーズのヒロインの一人・楓が、こともあろうに竜之進が篝火の姿で暮らす吉原の初音楼にやってくることでしょう。
 もちろん、大がかりで危険な陰謀に巻き込まれてしまったらしい彼女の身を保護するのに、ある種の閉鎖空間であり、それ故に外敵の侵入が難しい――そして初音楼の場合、実際に竜之進を守る砦でもあるわけで――吉原に匿うのは一つの手であります。

 とはいえ、もちろん竜之進=篝火であることは色々な意味で絶対の秘密(御落胤である以前に、ねえ……)。いずれその秘密が友人たちに!? という展開はあるかと思っていましたが、それをこういう形で持ってくるか、というのに唸らされます。

 さらにまた面白いのは、死神医者の正体でしょう。江戸の夜を騒がす怪異に見えたものが実は、というのは――そしてそれを、ある意味夜の住人である篝火=竜之進が討つのは――先に述べたようにシリーズに共通する趣向ですが、今回はそこから更に一ひねりが用意されているのであります。
 内容的に詳細は伏せますが、ここでは通俗時代小説で使い古された題材を、作者が得意とするミステリ性を幾重にも付与することによって、また新しい味わいを与えているのに注目すべきでしょう。
(それが、今回竜之進と仲間たちがこの事件に挑む必然性を与えている点もまた)


 そしてもう一つ、本作にはこのシリーズならではの趣向が用意されているのですが――これもまた、物語の核心に触れるため、ここでは詳細は述べません。
 しかしそれが、より大きな物語としての、シリーズ全体に関わるものである――と言うことくらいは書いてもよいでしょう。

 本作は本作として、きっちりと独立した物語でありつつ、これから始まるより大きな、そして真の戦いの序章なのかもしれない――そんな印象もある快作であります。
(そういえばもう一つ、今まで全く良いところがなかったあのキャラクターがちょっぴり報われるのも、なかなか気持ちの良いところであります)


『伏魔 おいらん若君徳川竜之進』(鳴神響一 双葉文庫) Amazon
伏魔-おいらん若君 徳川竜之進(3) (双葉文庫)


関連記事
 鳴神響一『天命 おいらん若君徳川竜之進』 意表を突いた題材に負けない物語とキャラクター
 鳴神響一『仇花 おいらん若君 徳川竜之進』 二重の籠の鳥、滝夜叉姫に挑む

| | トラックバック (0)

2019.03.05

石川優吾『BABEL』第3巻 八つの徳目に対するもの、それは……


 あの名作を踏まえつつ、自由奔放奇想天外に物語を展開してみせる新釈八犬伝の第3巻であります。邪悪な闇の侵攻を前に、ついに現れた八つの玉。その一つ・孝の珠を手にした信乃、丶大、浜路は、扇谷定正の佐倉城に向かうのですが――そこでついに真の敵の正体の一端が明かされることになります。

 魔女・玉梓によって滅亡寸前まで追い込まれた里見家。霊犬・八房と伏姫、そして信乃が手にした孝の珠の力によって撃退された玉梓ですが、しかし不死身の魔女がこれで滅びるはずがありません。
 丶大と、玉梓によって村の者を皆殺しにされた少女・浜路とともに、珠と仲間を求めて旅立った信乃。不思議な犬たちの導きによって佐倉城を訪れた一行ですが、しかしそこは定正と玉梓によって、人と人が殺し合う巨大な闘技場を中心とした魔窟と化していたのであります。

 その闘技場で15年もの間生き延びてきた男・現八と遭遇した信乃。定正の命じるまま襲いかかってきた現八と信乃――二人はやがて巨大な芳流閣の屋根の上で対峙することに……


 と、八犬伝随一の名場面から始まるこの巻。なるほど、ここで原典通り屋根から転がり落ちた二人は川に流されて――と思えば、その予想は完全に裏切られることになります。

 魔ではない人との戦い、それも己の自由のために全く容赦しない現八に敗れて牢獄に囚われ、やがて闘技場の戦士として戦わされる運命に陥った信乃。
 一方の現八は自由を手に入れ、両親と妹の待つ故郷に向かうことになります。そして何故か犬たちに妙に懐かれる現八を追って、丶大と浜路も同行するのですが……

 ここで物語は、信乃と現八、両者の視点から描かれることになります。深手を負って牢に入れられた末、ついに死のバトルロワイヤルに参加させられる信乃の運命は。そして故郷で現八を待つ過酷な現実とは……
 そしてその合間に描かれる、定正と玉梓が奇怪な企みを巡らせる姿。そして玉梓が定正に対して呼びかけたある名前とは――ええええええっ!? と、ここでこの巻最大のサプライズが描かれることになるのであります。


 定正が「忌み名」と呼ぶその名――それだけでも驚きなのですが、注目すべきはそれが象徴する「もの」。
 これから読む方の興を削ぐといけませんのではっきり書けないのがもどかしいのですが、八犬伝という物語を支える八つの徳目――仁義礼智信忠孝悌に対するものとして、なるほどこれがあったか! と目から鱗と言うほかありません。

 ……現代における八犬伝リライトにおいては、幾つもの作品で、八犬士のライバルとなる存在・八犬士と対になる存在が、様々な形で描かれてきました。
 人間の善を象徴する八人の勇士とくれば、それに対する悪の勇士(?)たちを用意したい、というのはこれはある意味人情。しかしそれがなかなか容易いことではないのは言うまでもありません。

 その最大の理由は、犬士たちに対する悪の側のキャラクターを用意することはできても、その彼らの精神的支柱――八犬士の側の仁義礼智信忠孝悌――を用意することが難しいこと、これに尽きるでしょう。
 それを本作は、思わぬ形で飛び越えてしまったのです。

 いや、数はちょっとずれてはいますし、果たしてこれが八犬伝の世界と食い合わせが良いのかどうか、それはまだまだわかりません。しかし少なくとも、これまで描かれてきた八犬伝リライトではほとんど全く見たことがないアイデアであることは間違いない――それは間違いありません。


 と、敵側の設定にテンションが上がってしまいましたが、この世にはびこる悪意や陰の前に苦しみ、翻弄される人々を描いてこそ八犬伝。その意味ではこの巻で描かれる信乃と現八の姿はまさしく八犬伝の王道を往くものと言えるでしょう。
 一度は離れたものの、やがて二人の魔――定正と玉梓に呼び寄せられるように、再び佐倉城で交錯する信乃と現八、二人の運命。巨大すぎる悪意の、まさしく地獄の謀の前に、二人の力が及ぶのか――これが楽しみにならないはずがありません。

 牢に入れられた信乃の前に現れた狡っ辛い少年の名にも驚かされますが――まだまだ仰天させられることだらけであろう本作。これからも八犬伝を知らない方はもちろん、八犬伝ファンをこそ驚倒させる、そんな作品であって欲しいものであります。


『BABEL』第3巻(石川優吾 小学館ビッグコミックス) Amazon
BABEL (3) (ビッグコミックス)


関連記事
 石川優吾『BABEL』第1巻 我々が良く知る、そして初めて見る八犬伝
 石川優吾『BABEL』第2巻 第一の犬士誕生の時、そして新たなる舞台へ

| | トラックバック (0)

2019.02.27

『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(その三)


 『決戦!』シリーズ第8弾、『決戦! 設楽原』の紹介の最終回です。今回取り上げるのはいずれも実力派による注目の二作品。それぞれちょっと意外な人物が主役となります。

『淵瀬は廻る』(箕輪諒):朝比奈泰勝
 この戦において主を逃すために壮絶な討ち死にを遂げた武田の名将たち。その一人、武田四天王・内藤昌豊を討ったのは、織田でも徳川でもない、何と今川の将であったことを、恥ずかしながら私は知りませんでした。
 それが本作の主人公・朝比奈泰勝――あの剛勇・朝比奈(三郎)義秀の子孫が、今川家に仕えていたとも知りませんでしたが、その泰勝の主が「あの」今川氏真であったとは、事実は小説より奇なりと言うほかありません。

 「あの」氏真――桶狭間に父・義元を討たれ、その後の混乱を立て直すことができずに家臣は次々と離反、戦国大名としての今川家を一代で滅ぼした末、はじめは北条家、ついで何と徳川家康を頼ったという氏真。歌や蹴鞠に耽溺していたと言われ、典型的な愚将として描かれることの多い人物であります。

 しかし本作の氏真は、こうしたイメージよりも、はるかに陰影に富んだ存在として描かれることになります。
 完全に敗北者であるにもかかわらず、「再起のために奮闘している自分」像にすがり、現実から目を背ける氏真。その姿は愚かとも情けないともいうしかありませんが――しかし同時にその姿は、日々窮屈な現実の中で生きている我々にとって、どこかしら親近感を感じさせるものですらあります。

 本作の主人公は、そんな主の姿を純粋に憂い、今川家再興のために徳川軍に参陣して戦功を挙げようとする泰勝であります。しかし本作は同時に、そんな泰勝を白眼視し、不信感すら抱く氏真を、陰の主人公として描いていると言ってもよいでしょう。

 本作の題名の「淵瀬」とは、古今集の「世の中は なにか常なる飛鳥川 昨日の淵ぞ今日は瀬になる」――世の中の有為転変の習いをさすもの。そのように、今は不遇の氏真も、いつか必ず雄飛の日が来ると信じる泰勝ですが、さてそれは本当に来たのか。
 それは歴史が示すとおり、と言いたいところですが――しかし本作はそこに、もう一つの鮮やかで美しい「真実」を示してみせます。

 確たる史実を踏まえつつも、そこに人間の生の想いを乗せることにより、意外なドラマと感動を生み出してみせる――大げさに言えば、自分はこんな歴史小説が読みたかった、とすら感じさせられた一編です。


『表裏比興の者たち』(赤神諒):真田昌輝
 本書の掉尾を飾るのは、やはり設楽原の戦で勝頼を逃がすために戦場に散った武田方の武将の一人――あの真田昌幸の兄であり、本作においては信玄に仕えて右眼左眼と昌幸と並び称されたと語られる昌輝であります。
 が、本作の昌輝は、何とも意外かつ個性的な人物造形。何しろ彼が愛するのは女と酒と博打――武田の名将はどこへやら、絵に描いたような放蕩無頼の男なのですから。
 そしてその昌輝が、昌幸とともにこの戦いで巡らせる一計が、戦の中で巧みに敵を誘導し、武田家をかき乱す君側の奸を討たせてしまおうというのですからとんでもない。
 しかしそれにとどまらず、昌輝には昌幸も知らない真の狙いがありました。敵を誘導するのは同じ、しかし討たせる相手は……

 大友三部作で鮮烈なデビューを飾った作者。その題材のユニークさに目を向けられがちですが、しかしそこで描かれるものは決してお堅い史実のみではなく、中心にあるのは、血の通った人間である武将たちが、歴史や運命の巨大なうねりの中で、悩み、迷いながら懸命に生きる姿であると言えます。
 そして本作で描かれる真田昌輝――いや真田三兄弟も、そんな血の通った人間なのです。

 設楽原の戦が繰り広げられる陰で謀計を巡らせ、己の想いの赴くまま、自由に生き延びようとした昌輝。しかし冒頭に述べたとおり、彼が最終的に選んだのは、戦場での最期でありました。
 そこにあるのは、表裏比興の者であっても裏切れない一つの想い――ある史実の陰に隠された人の心を克明に浮かび上がらせてみせた好編であります。


 これまでの『決戦!』シリーズに比べると、大きく執筆陣が入れ替わった印象のある本書。冒頭を飾った宮本昌孝を除けば、ほとんどが数年以内にデビューを飾った新鋭揃いで――執筆陣の半数近くが「決戦! 小説大賞」を受賞していることもあり――非常にフレッシュな印象があります。

 私個人としてはこのラインナップは大歓迎ですし、成功していると感じます。ぜひ次なる『決戦!』でも、本書の方向性を踏まえた執筆陣の参戦を期待したいところであります。


『決戦! 設楽原 武田軍vs織田・徳川軍』(宮本昌孝ほか 講談社) Amazon
決戦!設楽原 武田軍vs.織田・徳川軍


関連記事
 『決戦! 関ヶ原』(その一) 豪華なるアンソロジー、開戦
 『決戦! 関ヶ原』(その二) 勝者と敗者の間に
 『決戦! 関ヶ原』(その三) 関ヶ原という多様性
 『決戦! 大坂城』(その一) 豪華競作アンソロジー再び
 『決戦! 大坂城』(その二) 「らしさ」横溢の名品たち
 『決戦! 大坂城』(その三) 中心の見えぬ戦いの果てに
 『決戦! 本能寺』(その一) 武田の心と織田の血を繋ぐ者
 『決戦! 本能寺』(その二) 死線に燃え尽きた者と復讐の情にのたうつ者
 『決戦! 本能寺』(その三) 平和と文化を愛する者と戦いと争乱を好む者
 『決戦! 川中島』(その一) 決戦の場で「戦う者」たち
 『決戦! 川中島』(その二) 奇想と戦いの果てに待つもの
 『決戦! 桶狭間』(その一)
 『決戦! 桶狭間』(その二)
 『決戦! 関ヶ原』(その一) 豪華なるアンソロジー、開戦
 『決戦! 関ヶ原』(その二) 勝者と敗者の間に
 『決戦! 関ヶ原』(その三) 関ヶ原という多様性

 『決戦! 忠臣蔵』(その一)
 『決戦! 忠臣蔵』(その二)
 『決戦! 新選組』(その一)
 『決戦! 新選組』(その二)

| | トラックバック (0)

2019.02.21

許先哲『鏢人 BLADE OF THE GUARDIANS』第2巻 おしゃべりな賞金稼ぎが黙るとき


 隋朝末期を舞台に、おしゃべりで子連れの賞金稼ぎ・刀馬が死闘を繰り広げる武侠活劇漫画、待望の第2巻であります。刀馬が引き受けた新たな依頼――それは大きな訳ありの仮面の男を長安へ連れて行くこと。そしてただでさえ困難なこの旅は、やがて思いもよらぬ惨劇を招くことに……

 その氏素性はほとんど不明ながら、途方もなく腕が立ち、そしておしゃべりな賞金稼ぎの刀馬。七と呼ぶ子供を連れて西域を放浪する彼は、巨額の賞金をかけられた殺し屋を追って向かった先で朝廷の役人・常貴人と対立、自ら賞金首になるのを承知で、この怪人を平然と切り捨てるのでした。
 そんな刀馬を庇護するのは、彼とは昔なじみの大商人・莫。その莫から、隋を倒すと嘯く知世郎なる仮面の男を長安まで護衛していくよう依頼された刀馬は、七、そして莫の娘のアユアとその伴と共に、東に向かって旅立つことになるのですが……


 というわけで賞金首の賞金稼ぎが、反隋組織の首魁を護衛して旅するという、面倒と厄介事が起きないはずがないこの旅。しかしそんな旅を最初に騒がすのは、追手ではなく、これまた訳ありの連中であります。

 長安の顔役の囲われ者であったのが、間男を作って逃げ出した色気過剰の女・燕子娘と、彼女を連れ戻すことを依頼された曰くありげな長剣の使い手・豎――長安への帰路で邪教徒たちに襲われる二人を見つけた刀馬一行。
 この二人をすぐに助けず、お得意の「商売」を持ちかけた刀馬は、この二人を一行に加わえて旅を続けるのですが――これで都合七人、見るからに只者でない一行なのが、絵面からもビンビン伝わってくるのが、実に楽しいところであります。

 が、そんな刀馬たちの知らぬ間に、彼らを取り巻く情勢は大きく動き出すことになります。
 莫を含めて、西域で大きな勢力を持つ五つの大商人の一族・五大胡商家族――かつてはどの勢力にも屈服せず、中立を保つという信念を持ってきた彼らに対し、隋二代皇帝・煬帝の西域制圧の命を受けた寵臣・裴(世)矩が接触を図ってきたのであります。

 貿易の利と引き換えに、隋に帰服することを求める裴世矩。他の四大家族がこれを受け入れる中、ただ一人拒んだ莫を待つ運命は、この過酷な時代と世界にふさわしい、残酷なものでありました。
 そしてそんなことが起きているとは知らずに旅を続ける刀馬たちの前に現れた五大胡商家族の頭首の一人・和伊玄。裴世矩との取引で、知世郎の命を狙って現れた彼は、かつて自分の許嫁であったはアユアに対し、ある「もの」を差し出して……


 正直なところ、刀馬の痛快な賞金稼ぎ稼業を描いた第1巻に比べると、物語のテンポも、剣戟の描写も、そして何よりも刀馬の活躍もこの第2巻では抑え気味という印象が強くあります。

 それは一つには、物語の背景となる中国史上に残る暴君と言われた二代皇帝・煬帝の国外遠征――そしてそれがこの世界にもたらすものを描くことに頁を割かざるをえなかった、ということあるでしょう。
 それはそれでもちろん物語を進めていく上で不可欠なものではあります。しかしやはりこちらが見たいのは、法も権力も関係なし、己の中の掟に従って生きる刀馬の痛快な大暴れなのですが――という思いは、この巻のラストで叶えられることになります。

 五大胡商家族の頂点に立つという己の野望のために、あまりに残酷かつ非道な行いをして憚らぬ和伊玄。しかしそれが刀馬の逆鱗に触れることになります。
 いつ如何なる時でもへらず口を欠かさず、ひたすら喋りまくる刀馬――そんな彼が言葉を発しなくなった時どうなるか、その恐るべき答えが、ここで示されるのであります。

 人を人とも思わぬ外道たちがドン引きするほどの刀馬のキレっぷりには、世の中には怒らせてはいけない人間がいるものだとつくづく思わされます――が、彼の怒りはまだ点火されたばかり。
 その燃え盛る炎がどこまで大きく広がることになるのか――ある意味物語の本筋以上に、それが気になってしまうのであります。


『鏢人 BLADE OF THE GUARDIANS』第2巻(許先哲 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon
?人 -BLADES OF THE GUARDIANS-(2) ヒョウ(金ヘンに票)人 -BLADES OF THE GUARDIANS- (ヤングキングコミックス)

関連記事
 許先哲『鏢人 BLADE OF THE GUARDIANS』第1巻 お喋り子連れ賞金稼ぎ、侠を見せる

| | トラックバック (0)

2019.02.18

山本周五郎『秘文鞍馬経』 秘巻争奪戦を通じて描く人と人の間の希望


 没後50年のためか、昨年から次々と刊行されている山本周五郎作品。その中には、これまでほとんどお目にかかることのできなかったレアものも含まれているのは有り難い話です。本作はその一つ、信玄の秘宝の在処を記した秘文を巡り、少年武士と男勝りの姫君が繰り広げる冒険を描く児童文学であります。

 武田家が天目山で滅んだ際、追っ手と相打ちとなって死んだ三人の落ち武者。彼らが手にしていたものこそ、信玄が己の亡骸とともに諏訪湖に沈めるよう命じた巨額の財宝の在処を示す五巻の巻物だったのでした。
 それから時は流れ、関ヶ原の戦で家康が三成を破った直後――落ち武者たちの死に際に居合わせた郷士の子・高市児次郎と家来の猟師の子・伝太は、山賊に追われているという美少女・小菊を救い、屋敷に案内することになります。

 ところがその晩、屋敷から抜け出し、密かに落ち武者たちを葬った塚へ向かった小菊の姿がありました。実は彼女の正体は家康の長子・信康の子――すなわち家康の孫娘であり、男菊との異名を持つ菊姫。
 児次郎と伝太の会話から、塚の下に五巻の秘文があると知った彼女と配下は、巻物を狙って塚を掘り返したのであります。

 ただちに追いかけ、五巻のうち二巻は取り戻したものの、残りは菊姫に持ち去られた児次郎。折りよく父のもとを訪れていた僧・閑雪(その正体は何と○○○○)とともに、児次郎と伝太は菊姫を追って旅に出ることになります。
 しかし剣の達人であったはずが、旅の途中の徳川兵との真剣勝負の中で身動き一つできなかった児次郎は、己を恥じて修行のために一人姿を消すのでした。

 その後も秘文を巡って続く閑雪一派と、菊姫をはじめとする徳川方との丁々発止の戦い。果たして児次郎はどこへ消えたのか、秘文が示す財宝の在処はどこなのか。そして財宝を最後に手にする者は……


 戦前――昭和14年から15年にかけて、「六年生」という雑誌に連載された本作。つまりは児童文学ですが、しかしこれが現代の、しかも大人の目で見ても十分以上に面白い作品であります。

 何しろ物語は伝奇時代小説の王道である宝探し、それも敵味方の手に別れた巻物争奪戦――と、この頃からこのシチュエーションはあったのかと感心しますが、そこに関ヶ原の戦の後、いよいよ天下を掌中に収めんとする家康と、反徳川勢力の暗闘が絡むのですから、面白くないわけがないのであります。
 本作が発表されたのは、直木賞を受賞(辞退)する数年前――作者にとってはまだまだキャリアの初期の頃ではありますが、人物描写といい、物語展開といい、そして剣戟描写といい、丹念に描かれたその内容は、さすがというべきでしょうか。


 しかし個人的に一番感心させられたのは、本作で重要な位置を占める菊姫のキャラクターであります。
 上で述べたとおり、家康の孫娘である菊姫。しかしその行動は男まさりとかじゃじゃ馬という域ではなく、男装して刀を振るったり、秘文奪取のための陰謀を巡らすなど、財宝争奪戦における徳川方の代表選手とも言うべき存在なのです。

 いわばヒロインにしてライバル。本作の主人公である児次郎が優等生型のキャラ――といっても決して完全なキャラなどではなく、彼の修行すなわち成長が、本作の大きな要素となっているのですが――である一方で、菊姫の造形は、実に個性的で、今見ても新鮮なキャラクターに感じられます。

 しかしヒロインがライバル――財宝争奪戦を巡る宿敵であるということは、二人が戦いの果てにすれ違うしかないということを意味しているのでしょうか?
 その答えはここでは記しませんが――ついに五巻の秘文が揃った時に、それは明らかになるとだけ述べておきましょう。そしてその答えは、戦乱うち続くこの時代において一つの希望というべき、爽快さを感じさせるものであるとも……


 波瀾万丈の時代伝奇小説であると同時に、個性豊かな登場人物の人間模様を、そして人と人との間の希望の姿をも描いてみせる――小品ではあるかもしれませんが、作者の力を感じさせる物語であります。

『秘文鞍馬経』(山本周五郎 河出文庫) Amazon
秘文鞍馬経 (河出文庫)

| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧