2019.07.11

さいとうちほ『VSルパン』第1巻-第3巻 ロマンスで切り取ったアルセーヌ・ルパン伝


 誰もが知る怪盗アルセーヌ・ルパン――しかし、その怪盗たる所以か、ルパンは描く者によって様々な姿を見せることになります。本作はルパンを少女漫画として――ロマンスの側面を強調して描く作品。そしてそれもまた、確かにルパンの顔の一つなのであります。

 ある日、ヴァンドーム公爵家に舞い込んだルパンからの手紙。それは、公爵の一人娘・アンジェリックとルパンの結婚を宣言するものでありました。もちろん公爵にもアンジェリックにも身に覚えはないものの、ルパンの巧みなマスコミ攻勢によって婚約は既成事実化してしまうのでした。
 これに対して公爵は三人の花婿候補を選び、アンジェリックと結婚させてしまおうとするのですが……

 という第1話「プリンセスの結婚」から始まる本作ですが――ルパンファンほどこのチョイスには驚くのではないでしょうか。
 というのもこの第1話のベースとなっているのは『ルパンの告白』に収録されている短編『ルパンの結婚』。簡単に言ってしまえば、ルパンが結婚詐欺を働こうとするお話なのですから。

 しかもその相手であるアンジェリックは、33歳で、読書をしている時間が一番幸せなオールドミス。容姿も決して優れているわけではなく――と、ルパンよ、いくら犯罪でもやっていいことと悪いことがあるだろう、と言いたくなってしまう内容なのであります。
 が、しかし本作の面白さは終盤のあるドンデン返しなのです。公爵をまんまと欺き、懐に入り込んだものの、ちょっとしたミスから追い詰められたルパン。窮地の彼を救った者は、そしてその相手に対してルパンは……

 と、できすぎといえばできすぎなのかもしれませんが、盗みに入ったルパンがまんまと心を盗まれてしまう――というお話は、なるほど実にロマンチック。
 ヒロインであるアンジェリックの造形も個性的かつ魅力的で、なるほどこれは少女漫画に向いているわい――と、作者の炯眼に感心させられるのです。


 そしてこれ以降も、本作は原作の様々なエピソードをピックアップして展開していくこととなります。

 『伯爵夫人の黒真珠』『王妃の首飾り』『カリオストロ伯爵夫人』『結婚指輪』――そしてその中で中心となるのが、唯一の長編である『カリオストロ伯爵夫人』なのですが、しかしそれに合わせて前後の物語がアレンジされているのも面白いところであります。
 というのも、ルパンの最初の犯罪を語る『王妃の首飾り』――本作では、そこで原作には登場しない『カリオストロ伯爵夫人』のヒロインの一人・クラリスを登場させ、ここでルパンと彼女の出会いを描いているのです。

 こうして『王妃の首飾り』をプロローグとしてスタートする『カリオストロ伯爵夫人』は、マリー・アントワネットがカリオストロ伯爵に明かしたという4つの謎の一つ「七本枝の燭台」の秘密を巡る物語。
 ルパンが謎の美女・カリオストロ伯爵夫人や王党派の結社を向こうに回して繰り広げる初期の冒険なのですが――しかしこの作品もまた、ロマンス(というか愛欲)の香りが濃厚に漂う物語であります

 このエピソードも、原作ではルパンは結構(女性に対して)どうしようもない奴なのですが、しかし本作はその印象を巧みにアレンジし、同時に物語の骨格は外さずにダイジェストしてみせます。
 そして悪女・妖女としかいいようがないカリオストロ伯爵夫人も、母と父の影に縛られた悲しい存在としての側面を描いている(なお、本作に収録されたエピソードには、「親と子」というモチーフにまつわるものが多いのも一つの特徴であります)のも、印象に残るところであります。


 しかし、このロマンスによって独立した原作のエピソードを巧みに繋げてみせる本作の真骨頂は、第3巻のラストに収められた『ルパン誕生』でしょう。
 本作の中では非常にオリジナル度が高い(というより原作の隙間を埋めたという形の)このエピソードで描かれるのは、『カリオストロ伯爵夫人』のエピローグと言うべきある悲劇と、そして原作で最も名高いあのエピソード(そしてそれは『カリオストロ伯爵夫人』とある一点で繋がるのですが)のプロローグなのですから。

 そしてそこで同時に、そのタイトル通りの「ルパン誕生」――ルパンが怪盗紳士として劇場型犯罪を繰り広げるその理由を、本作ならではのものとして示してみせるのですから、もう感嘆するほかありません。
 季刊誌での連載ゆえ、刊行ペースは早くありませんが、次なる展開が大いに気になるアルセーヌ・ルパン伝であります。


『VSルパン』(さいとうちほ 小学館フラワーコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon
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2019.07.05

石川優吾『BABEL』第4巻 巨大な魔との戦い、そして驚きの新章へ


 『南総里見八犬伝』をベースとし、作者一流の精緻な画でもって新たな八犬伝を描く『BABEL』第4巻であります。邪悪な怪人・扇谷定正の支配する佐倉城で新たな珠を持つ男・現八と出会った信乃。しかしそこで姿を現した定正の正体とは何と……。そして物語は予想もしなかった新章に突入いたします。

 里見家を奇怪な闇から救う八つの珠を求めて旅にでた信乃たち。最初に訪れた佐倉城で、信乃は定正の闘技場最強の男・現八と芳流閣で決闘することになります。
 敗れた信乃が城に囚われた一方で、自由を得た現八が十数年ぶりに帰った故郷で知ったのは、奇怪な魔物によって村人全てが食われたという事実。そしてそこで己の珠を得た現八は、佐倉城に舞い戻ることになります。

 折しも信乃が処刑されようとする時、駆けつけた現八によって倒される定正。しかしその体から飛び立ったのは無数の蠅。そしてそれが集まって現れたのは巨大な蠅の魔物――大食を象徴するベルゼブブ!

 ……なるほど、八つの珠に抗する者はと思えば、こう来たか! というこの展開。八つの徳目に対して、七つの大罪を持ってくるとは驚くほかありません。
 しかし相手が伝説の堕天使とすれば、人間たちにとってはあまりに分が悪い。たとえ珠の力があっても、信乃の言葉が城の人々を奮い立たせようとも、現八の怒りの力があろうとも――あまりに強大な敵に如何に挑むのか? 佐倉城編のラストに相応しい死闘が描かれることとなります。


 そしてその激闘の興奮覚めやらぬ中、この巻の後半から突入する新章の舞台となるのは――何と南国。その中心となるのは、薩摩の下士と覚しき犬田家の下人・小文吾(!)であります。

 島津家で行われた犬追物で逃げ出した犬を追いかることとなった小文吾。しかし彼が見つけたその犬は、「我を助けよ」と彼に語りかけてきたのであります。
 心優しき主夫婦の協力で、犬を匿うこととなった小文吾。しかしそれを知った残忍な薩摩侍たちによって主夫婦は惨殺され、崖から海に転落した小文吾と犬。彼らが辿り着いた先とは……


 信乃・荘助・現八とくればやはり次は小文吾――というところですが、ここで舞台がいきなり薩摩と屋久島に飛ぶのには、冒頭から驚かされっぱなしの本作においても、ある意味最大の驚きであります。

 もはや南総でも里見でもありませんが(もっとも本作はタイトルにその二つを謳ってはいないわけですが)、八犬伝で南国というのは、かの『新八犬伝』も通った道であります。
 あちらは『椿説弓張月』を取り入れたから――というのはさておき、本作に登場する八犬士の敵の正体と出自を考えれば、もはやこの国のどこが舞台となってもおかしくないということなのでしょう。
(ちなみに本作の小文吾は、小太りの体型に太い眉と丸い目という、何だか西郷さんをイメージさせる造形ですが――その辺りの連想もあるのかしらん)

 もはやこの先の物語がどう展開していくのか、見当もつきませんが――まずは第三の八犬士(であろう男)の冒険の向かう先と、それがどのように信乃たちの旅と繋がっていくのか、本作らしい奇想天外な物語を期待するとしましょう。


『BABEL』第4巻(石川優吾 小学館ビッグコミックス) Amazon
BABEL (4) (ビッグコミックス)


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2019.07.03

久賀理世『ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家小泉八雲 罪を喰らうもの』 謎と怪異の中に浮かぶ「想い」の姿


 少年時代の小泉八雲――ラフカディオ・ハーンと、神学校の寄宿舎で同室の親友「おれ」が、様々な怪異と出会い、その謎を探る英国ホラーシリーズの待望の続巻であります。今回収録されているのは短編2話に中編1話――心温まる怪異あり、心を凍てつかせるような恐怖ありと内容豊かな一冊です。

 さる貴族とオペラ歌手の母の間に生まれ、辺境の神学校に厄介払いされた「おれ」ことオーランド。そこで彼は、この世ならぬものを見る力を持ち、怪談を蒐集する変わり者の少年パトリック・ハーンと出会い、意気投合するのでした。
 そんな二人が怪談を蒐集する過程で出会う様々な怪異が、本シリーズでは描かれることになります

 本書の冒頭の『名もなき残響』は、そんなオーランドが、学校の周囲の森の中に佇む自分自身――それも初めに現れた時には子供だったのが、徐々に成長していく――姿を目撃したことから始まる物語。
 「自分」が出現したきっかけが、休日に外出した町で、かつての持ち主の霊が取り憑いた手回しオルガンと出会ったことではないかと考えた二人は、再び向かった町で、オルガンにまつわる過去、そしてもう一人のオーランドの正体を知ることになります。

 そして続く『Heavenly Blue Butterfly』 では、学校の敷地内に迷い込んだ母猫を探しているという子供の手伝いをすることになった二人が、その途中でこの世のものならざる不思議な蝶と出会うことになります。
 窓をすり抜けて飛ぶ蝶が入り込んだ寄宿舎の部屋を訪ねた二人は、そこで絵を愛する上級生ユージンと出会うのですが……

 この2編は、いずれも短編ながら、一見全く関係なさそうな二つの要素を巧みに絡み合わせることで、入り組んだ謎を巧みに織り上げてみせた物語。
 どちらも超自然的な怪異や不思議をきっちりと描きながらも、その核に温かく優しい「想い」を置くことで、美しい物語を成立させて見せる、ジェントル・ゴースト・ストーリーの名品であります。


 しかし本書の表題作である中編『罪を喰らうもの』では、一転してひどく重苦しく忌まわしい怪異と、複雑怪奇に絡み合った因果因縁が描かれることになります。

 ある晩、神学校の礼拝堂で見つかった身元不明の老人の死体。奇妙なのは、その礼拝堂では一年前にもアンソニーという学生が転落死を遂げていたことであります。
 彼の親友だった上級生・ハロルドの頼みで、事件を調べることになったパトリック。彼はアンソニーの友人たちを集め、「罪喰い」の儀式を行うことを提案するのでした。

 死者になすりつけたパンを口にすることで、死者の犯した罪の記憶を共有できるというこの儀式。それに参加したのは、ハロルド、アンソニーと同室だったウォルター、そして彼らと友人だったユージン。しかし儀式の最中、ウォルターは謎めいた言葉を残して気絶、意識不明となってしまうのでした。
 この思わぬ結果が一連の事件と深い関わりを持つと考え、上級生たち、そしてアンソニーに信頼されていたロレンス先生に共通する過去を調べ始める二人。しかし学校内では更なる怪異が続発して……


 「罪喰い」という名前に相応しく何とも不気味で忌まわしい儀式を題材とした本作。そしてそんな物語の中でクローズアップされるのは、その「罪」の存在――本作ではその正体を追って、二人が奔走することになります。
 これまでミステリを数多く手掛けてきた作者らしく、事件に関わる人々それぞれが胸の内に隠した秘密と想いが、二人の手によって一つずつ解き明かされていく様は、読み応えたっぷり。この辺りは良質のミステリと読んでもよいほどであります。

 しかし本作の魅力は、怪異の恐ろしさや、謎解きの興趣のみではありません。本作の最大の魅力は、前2話同様に本作にも確かに存在する、人の「想い」の姿なのですから。
 人がいればその数だけ存在する想い。人はその想いによって時に力付けられ、時に悩み苦しむことになります。本シリーズにおいては、これまで様々な想いの形が描かれてきましたが――人間関係が複雑に入り組んだ本作においては、その姿が特に強く浮かび上がることになります。

 それは時に重く苦しく、時にやりきれないものではあります。しかしそれでも、そんな「想い」の存在こそが人と人を結びつけ――そう、パトリックとオーランドのように――そして救うことができる。本作はそう強く謳い上げるのです。

 ホラーとしてミステリとして、そして何よりも人の「想い」を丹念に描く物語として――末永く続いてほしいシリーズであります。


『ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家小泉八雲 罪を喰らうもの』(久賀理世 講談社タイガ) Amazon
ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家 小泉八雲 罪を喰らうもの (講談社タイガ)


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2019.06.24

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第16巻 最後の時まで屈することない男たちを描いて


 もはや一人一冊/一殺という状態で(史実がそうだといえばそうなのですが)、ファンとしては悲鳴と涙しか出ない本作。前々巻では近藤が、前巻では原田が散り、この巻では沖田の最期の姿が描かれることとなります。一方、続く悲劇と絶望に壊れた土方は……

 一度は脱出しながらも、宇都宮城での戦いで土方を救うために首の座に就いた近藤。一度は袂を分かちながらも、誠の旗を背負い、薩摩最強の伊地知と戦って散った原田。
 それまでに命を落とした者たちも含め、誠の旗の下に集った若者たちが次々と散っていくのには、それが史実(原田は置いておくとしても)とはいえ、こちらも土方の如くがっくりと沈み込みたくなるばかりであります。

 しかし歴史はさらに非情です。ここで待ち受けるのは更なる悲しみ――そう、沖田総司の最期の刻なのですから。


 結核を病み、もはや土方たちと行動するのも不可能となった沖田。彼に残されたのは、サイゾー(懐かしい!)を友に、江戸での療養と称した、自分が徐々に衰えていくのを見つめる日々のみであります。

 そんな中、ひたすら新選組隊士たちを追いつめ、苦しめることを快とする鈴が送り込んだのは、人の声色を忠実に再現する力を持つ黒猫めいた幼い双子・腦(なづき)と頭(つむり)。
 彼らを沖田の家に忍ばせ、夜な夜な土方や隊士らの声を聞かせることで、沖田を精神面からも追い込もうという、頭のどこを使えばこれほど鬼畜なことを思いつくのか――と言いたくなるほどの企みであります。

 しかし――ここで我々は、沖田の無垢なる心と、それが生んだ奇跡を目撃することになります。
 彼を苦しめるために再生される、彼を置いて旅立ったかつての仲間たちの声。しかしそれは決して沖田ににとっては絶望の響きなどではなく――そしてそれをもたらした者たちすら歓迎すべきものとして、沖田は受け止めてみせるのであります。

 それが何をもたらすのか――これ以上を語るのは野暮というものですが、しかしその無垢な心が起こした一つの、いやたくさんの奇跡には、こちらはただただ涙するしかなかった、というのが正直なところであります。
 死の床にあった沖田が黒猫を斬ろうとしたというのは有名な逸話ですが、それをこのような全く正反対の、こうであって欲しかったという形で描いてみせるとは!

 そしてここに至り気付くのであります。近藤も、原田も、沖田も、他の者たちも――本作で描かれる新選組隊士たちは、運命の悪意(鈴の存在はその象徴というべきでしょう)に翻弄され、地獄のような境遇で喘ぎ苦しみながらも、決して負けなかった、と。
 決して最後の時まで屈することなく、そして最後の時にはいまだ戦い続ける仲間たちを信じ、自分の生を生ききる――新選組の男たちは、そんな見事な最期を遂げたのだと。


 だとすれば――彼らに置いて行かれたと、残された者たちが沈み続けているわけにはいかないことは言うまでもありません。
 近藤の死に深い衝撃を受け、ほとんど廃人のような有様となった土方。この先伝説になるであろう、モブおじさんたちに路地裏に引っ張り込まれるほど壊れた土方も、ついに沖田の最期を知り、動くことになります。

 もっともそれが素直に前向きになるわけではないのは困ったものですが――いや、それも復活のための前奏曲というべきでしょう。
 生き残った隊士たちが、いやそれだけではなく「彼ら」までもが集まり、背中を押す中で立ち上がる土方。その姿は、お約束といえばそうかもしれませんが、しかしやはりこの上なく胸を打つのであります。

 いささか失礼なことを申し上げれば、このまま最終回でも満足してしまいそうになるほど……


 しかしもちろん、ここで物語が終わってよいはずがありません。先に述べたとおり、本作が、最後の最後まで生ききる新選組隊士たちの姿を描く物語であるとすれば、描かれるべきものはまだ数多くあるのですから。

 それでも――巻末に掲載された、連載ペースを落とすという作者の宣言には、むしろ心から共感し、納得してしまうのもまた事実。それは一番辛いのは、確かに作者ご自身でしょう、と。
 この先もまだまだ地獄は続くことでしょう。それでもその先に光があることを祈って――気長に待つことといたします。


『PEACE MAKER鐵』第16巻(黒乃奈々絵 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
PEACE MAKER 鐵 16 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第12巻 逃げる近藤 斬る土方 そして駆けつけた男
 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第13巻 無双、宇都宮城 そして束の間の……
 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第14巻 さらば英雄 そして続出する病んだ人
 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第15巻 闘いの獣、死闘の果てに

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2019.06.13

安萬純一『滅びの掟 密室忍法帖』 忍法帖バトルをミステリに再構築した意欲作


 サブタイトルを見ただけで「これは!」と思わざるを得ない――ミステリ作家であり、『忍者大戦 黒ノ巻』にも参戦した作者による本作は、伊賀と甲賀の五対五のトーナメントバトルと、それと平行する奇怪な連続殺人を繋ぐ恐るべき謎を描く、時代伝奇忍者ミステリと言うべき力作であります。

 時は島原の乱から数年後――伊賀に点在する忍びの里の一つ、木挽の里に、江戸の五代目服部半蔵からの使いが現れたことから、この物語は幕を開けることになります。
 その半蔵からの命とは、里の使い手五人――塔七郎、半太夫、五郎兵衛、十佐、湯葉――に対して、甲賀の忍び五人――麩垣将間、藪須磨是清、紫真乃、奢京太郎、李香――を討てというもの。

 しかし、戦国の世ならいざ知らず、共に徳川家に仕える甲賀の忍びを何故殺さなければならないのか? そんな疑問を胸に抱きつつも、しかし忍びにとって上からの命令は絶対、甲賀に向けて伊賀の五人は旅立つのでした。
 しかし早くも最初の犠牲者が――五人の中でも最強と目される半太夫の顔の皮が何者かによって無惨にも剥がされ、集合場所に打ち付けられているのが見つかったではありませんか。

 ところが、塔七郎たちが里を離れた間に、何者かによって里の住人たちが殺されていくという事態が発生することになります。外敵に対しては鉄桶であるはずの里の守りが簡単に破られ、里の者たちの探索も空しく、次々と犠牲者は続くのでした。

 熾烈な忍法合戦が繰り広げられる間も、次々と殺されていく里の人々。この両者に関連があると考えた塔七郎は、戦いの中で知り合った旅の牢人・由比与四郎、そして江戸城勤めの親友の手を借りて、背後にあるものを探ろうとするのですが……


 副題から明らかなように、山田風太郎の忍法帖のオマージュという性格を色濃く持つ本作。なるほど、見方を変えれば忍法帖の忍者たちはそれぞれ独自のトリックによる殺人者であり、そして同時に被害者であります。本作はその点に着目して、忍法帖をミステリとして再構築してみせたものと言えます。
 そして本作の場合、登場する忍者たちが、自分が何故戦うかを知らない――すなわち変形のホワイダニットものというべき内容なのが、また目を引きます。

 さらに本作は、その副題が示すように「密室」にまつわる忍法が――すなわち殺人手段が――全てとはさすがに言わないまでも、数多く登場するのがユニークであります。
 忍者で密室? と思われるかもしれませんが、代表選手の中に密室/機械式トリックマニアがいた、という理由で、本当に次々と趣向を凝らした密室が登場するのが実に楽しい。かなり豪腕ではあれど、そこ繰り広げられる忍法殺人の数々は、副題に偽りなしと言うべきでしょう。


 しかし、本作の魅力は、そんな連続殺人としての忍法バトルのみというわけでは、もちろんありません。忍法バトルが本作の縦糸とすれば、横糸は里で起きる連続殺人――代表選手を派遣しているとはいえ、本来無関係であるはずの忍びの里で、何故人々が殺されていくのかという謎であります。
 その内容に触れるわけにはもちろんいかないのですが――しかしこの謎こそが、本作を時代ミステリとして成立させている、ということはできます。

 忍者たちの使命の陰にもう一つ、ある存在のさらに巨大な、恐るべき意図が、というのは、山田風太郎の『忍びの卍』を思い出させます(そして作者も同作に強い影響を受けていることを言明しているのですが)。
 本作はそんな忍者を題材とした時代ミステリの流れを汲みつつも、本作ならではの謎と仕掛けを用意し――特に「真犯人」も想定しなかったある人物の秘密を絡めることで、事件をさらに複雑なものに変えてみせるのはお見事と言うほかありません――そしてさらに、この時代が生んだ非情と無情、そして理不尽の存在をえぐり出すのであります。


 もっとも、この本作最大の仕掛けについては、ちょっと苦しい部分があるように感じられる点は否めません。ここまで回りくどい手を使わなくとも――と。
 しかしこれは「忍者は殺し合うもの」という忍法帖のルールを内面化している我々だからこそ引っかかるトリックであると考えれば――むしろ本作だからこそできるトリックであると言えるものでしょう(また、読み進めながらちょっと違和感のあったトーナメントバトルの展開もまた――なのにも感心させられました)

 忍法帖をミステリとして読み替え、そして忍法帖であることをトリックとする――そんな意欲的かつ魅力的な作品であります。

『滅びの掟 密室忍法帖』(安萬純一 南雲堂) Amazon
滅びの掟――密室忍法帖


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2019.05.31

瀬川貴次『ばけもの好む中将 八 恋する舞台』 宗孝、まさかのモテ期到来!? そして暗躍する宣能


 気がつけば前作から1年を経ておりましたが、『ばけもの好む中将』待望の第8巻の登場であります。ばけもの好む中将・宣能に振り回されて恐ろしい目にあってばかりの宗孝ですが、今回は何とモテ期に突入……!? しかしまあ、結局おかしな事件に巻き込まれるのは、いつものとおりなのであります。

 九の姉の遅咲きの自分探しに巻き込まれたり、十二の姉・真白に想いを寄せる東宮のための花見騒動があったりと、春から(というかいつもながら)慌ただしい日々を送っていた宗孝。ついには帝の前で舞を披露する羽目になるのですが――これが思わぬ幸運(?)を彼にもたらすことになります。

 何とその舞が評判になり、宮中の女房からの恋文が舞い込むようになった宗孝。まさかのモテ期到来ですが――そこで調子に乗れないのが彼の彼たるゆえんでしょう。
 そもそも和歌が苦手で返歌に苦しむ上に、相手が本気なのか悩んだりして、状況が一向に進展しないことを宣能が知ってしまい――はい、もう騒動の予感しかしません。

 その予感は的中し、宗孝のもとに来た恋文の数々を、妹の初草に見せてしまう宣能。確かに初草は、筆跡から書き手の感情を読み取る能力はありますが、しかし初草は宗孝のことを――なわけで……
 いかな兄上といえどもそれはさすがに無神経が過ぎるのでは、というより火に油を注ぎすぎではと感じますが、しかしそれも宣能の深謀遠慮。初草の反応を見た宣能は、さらにとんでもない行動に出ることになります。

 そして、そんな宣能の暗躍も知らぬ宗孝に襲いかかる更なる恐怖。何と、恋文の差し出し主の一人は、恋文を出した時には既に身罷っていたというではありませんか!
 死者からの恋文という、実に宣能好みのシチュエーションに放り込まれて怯える宗孝ですが、彼を表に引っ張り出したのは九の姉。そんなこんなで、今は稲荷社の専女衆の振り付けを担当している彼女の次の演目「藤の舞」の手伝いをすることになった宗孝ですが……


 ここのところ、九の姉が過去への未練から暴走したり、宣能が父・右大臣に弱みを握られてその暗部を引き継ぐ羽目になったりと、ちょっと重い展開が続いた本シリーズ。
 そんな中で本作は、ある意味ファンの期待通りの展開が次々と描かれることになります。すなわち、明るく、可笑しく、楽しいスラップスティックコメディが。

 今回は宣能と宗孝の不思議めぐりこそ少なめですが、それ以外の我々がシリーズに期待するものは――言い換えれば、お馴染みのキャラクターたちの活躍は、ほとんど余すことなく盛り込まれていたという印象。
 そう、愛すべき善人の宗孝、いつもながら完璧超人の宣能、相変わらず可憐な初草、個性的で人騒がせな宗孝の姉たち、そして相変わらず真白一直線で暴走する東宮――といった面々の賑やかな大騒ぎが。

 特に宣能は、今回は裏方に回ったような印象もありましたが、しかしクライマックスにはあまりにとんでもない見せ場が――あまりの面白さに書きたいのですが、さすがに未読の方のために伏せますが、まさかの○○○○がっ!――用意されており、全く油断できません。


 しかしそんな中でも、今回特に印象に残るのは、やはり宗孝であります。
 冒頭に述べたとおり、前作において帝の前で舞ったことで、思わぬ名を馳せた宗孝。それはある意味巡り合わせではありますが、しかしそこから先の彼の活躍(?)は、彼自身の誠実さが、これまで積み上げてきたものがもたらしたものと言えるでしょう。

 宣能のように持って生まれた身分も才もなくとも、しかし彼にはその誠実さがある――そんな彼の存在は、遠い平安という過去の時代を描き、ばけもの好む中将という一種の奇人を描きながらも、本作を親しみやすく地の足のついた物語としていると、今更ながらに再確認させられるのです。

 ところが――その一方で、本作を読んでいると、宗孝自身が台風の目になるような予感もいたします。「彼女」のことだけでなく、もう一つ、思わぬところで……
 この予感が正しいかどうかはともかく、これから先、これまで以上に宗孝と宣能の繋がりは強くなっていくのでしょう。そしてそれこそが、父の遺産の負の側面に引きずられていく宣能の救いになるのはないかと思うのですが――これもまた予感であります。


 何はともあれ、物語自体の楽しさはもちろんのこと、シリーズの先行きへの期待も膨らむ本作。ぜひ次の巻はあまり待たせないでいただければ――というのは、これは偽らざる気持ちであります。


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2019.05.15

百地元『黒狼』第2巻 「馬賊」原田左之助、本格始動?


 あの新選組の原田左之助が、上野戦争から40年後にタイムスリップ、中国大陸で大馬賊・張作霖と出会って――という奇想天外な大活劇『黒狼』待望の第2巻であります。紆余曲折の果てに作霖の下で馬賊に加わった左之助ですが、しかしまだ見習い扱い。そんな中で始まった敵との戦いの中で左之助は……

 上野寛永寺で新政府軍と死闘を繰り広げた末、壮絶に散った――と思いきや、意識を取り戻してみれば40年後の満州にいた原田左之助。
 そこで訳が分からぬまま、伝説の宝玉「龍の瞳」の欠片争奪戦に巻き込まれた左之助は、なりゆきで欠片の一つを飲み込んだことから、満州に覇を唱える大馬賊・張作霖に拾われることになります。

 その破天荒な暴れぶりを気に入ったのか、左之助を馬賊に加えた作霖。左之助もまた、今の日本には未練はないと、不思議なカリスマを持つ作霖一党に身を投じるのですが――しかし馬賊は超身分社会、まだまだ見習いの左之助は、彼を快く思わない幹部にこき使われる羽目に……

 というわけでついに本格的に始まった左之助の馬賊生活――なのですが、見習いの彼がやることといえば馬の世話や雑用ばかり。
 それでも、元々が中間出身の上に規律が厳格だった新選組にいたためか(?)、意外にも早々に見習い生活に馴染む左之助ですが、しかしいざ戦いにという時に加われないのは、彼にとっては苦痛でしかありません。

 折しも作霖のライバルであり、左之助とも因縁がある大馬賊・金寿山の一党が、作林の武器庫を襲撃。やりたい放題の狼藉を働いたことで、ついに作霖は全面対決を決意することになります。
 しかし、そこに加わることを許されない左之助。そんな彼に、作霖配下の小隊長・トカゲは、戦いに加わる手段があることを語ります。しかしそれは文字通り決死の任務で……


 と、左之助を通じて、前半は馬賊の普段の(?)生活を描き、そして後半は馬賊流の苛烈な戦いを描く第2巻。その落差には驚くほどですが――しかしその両方にきっちりと違和感なく適応してみせるのが、左之助という男であります。
 いやもちろん、それはあくまでも「左之助」という人物に我々が抱くイメージに過ぎないのですが、しかしそのイメージを忠実に、いやそれ以上に魅力的に描いているのですから、それに文句があろうはずがありません。

 特にこの巻のクライマックス、「ナニ物めずらしくもねぇ 要は○○だろ」(○○は敢えて伏せさせていただきます)と平然と死地に踏み込んでいく姿には、こちらはもうニコニコするしかないのであります。
 それでこそ左之助、と……

 そしてそんな左之助が、その美しい容貌とは裏腹に――あるいはそれに相応しく――冷酷非情な作霖にある表情を浮かべさせるのも、また痛快・爽快なのです。


 しかしここで白状すれば終盤のある描写には、ちょっと引くものがあったのも事実であります
 これは全く個人的な趣味の問題ではありますが、実は第1巻の時点で、非常に苦手だったあるある台詞。よりによってこの巻ではそれがよりクローズアップされ、その上、終盤では何だか想像を絶する展開に繋がっていくのですから、いやもうこれは一体――と大いに混乱させられました。

 しかし――そこからさらにひっくり返し、汚濁の極みから至純の愛の形を描いてみせるのが、本作の凄まじいところであります。
 ここに至るまでの数々の悪趣味な描写は、このためであったか!? と舌を巻くようなこの展開は、あたかも美と醜の間を行き来し、その間に君臨する作霖のよう――というのはさすがに言い過ぎかと思いますが、些かならず唸らされた次第です。
(犬と猫の違いがもう少しはっきり描かれてもよかったような気もしますが、それはそれで……)


 何はともあれ、並行して描かれる直情な左之助の活躍と、複雑な作霖の暗躍の姿が何ともユニークな本作。伝奇的な題材のみならず、この先の展開が気になる物語なのであります。


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黒狼(2) (アフタヌーンKC)

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2019.05.11

碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第3巻 「平時」の五稜郭と揺れる少年の心


 北の大地に希望を求めた土方歳三ら、旧幕府軍の男たちを描く『星のとりで』も巻を重ね、これで第3巻であります。松前藩を打倒し、箱館を占領した旧幕府軍。一時の安らぎを取り戻した中、土方の傍らでその戦いを目撃してきた幼い新選組隊士も運命の岐路を迎えることに……

 新政府側との苦闘の末、ついに蝦夷地に上陸した旧幕府軍の面々。しかしそこに至るまでの犠牲は決して少なくはありません。

 北に向かう旅の途中で交誼を結んだ元唐津藩の若君・胖は戦死し、そして旅の当初からの仲間であった良蔵が病で脱落、そして今度は馬之丞が何者かに捕らわれ――と、数々の別れを経験することになった市村鉄之助と田村銀之助。
 戦いの現実や、政治の力学――決して甘くはない現実と否応なしに直面せざるを得ない少年たちですが、それでも刻一刻と状況は変化していくことになります。

 ついに五稜郭に入り、蝦夷地に新国家を樹立した旧幕府の面々。軍ではなく(事実上の、というただし書き付きとはいえ)国家になったということは、とりもなおさず戦い以外に行うべきことが幾つもできたということであり――陸軍奉行並とはいえ、土方もまた、戦場とは別の場所で力を振るうことになります。
 そして彼に小姓として仕えてきた鉄之助と銀之助もまた。

 自分から離れて新たな道を歩めという土方の言葉を受け容れる銀之助と、困惑する鉄之助。それでも土方の近くに在ろうとする鉄之助の決断は……


 物語の始まりから、土方たち「大人」の戦いの姿を、鉄之助や銀之助たち「少年」の視点から描いてきた本作。ある意味その戦いも一段落したこの巻においては、その視点も、新たなものに向けられることになります。

 それは言ってみれば「平時」の五稜郭の姿。その最期の姿があまりに鮮烈であっただけに、戦時の印象ばかりが残りますが、かつて蝦夷地に生まれたもう一つの国が、どのように国であろうとしたのか――少年の視点で描かれたその姿は、我々が見ても新鮮に映ります。

 もちろん、その大きな変化に対して、ついていけない者がいるのも事実ではあります。例えば前の巻で鮮烈な印象を残した胖の唐津藩のように、藩としての立場からこの戦いに参加した者たちにとって、新たな国は決して居心地が良いものではなかった――というのはなかなか興味深い視点であります。

 そしてその流れに巻き込まれた者に対する土方の言葉がまた実に格好良いのですが――しかしその土方の言葉を持ってしても、なかなか納得できないのが少年の純情というもの。なんとか土方を翻意させようとする鉄之助ですが、そこに思わぬ助っ人が現れて……


 というところで満を持して(?)登場するのが、あの隻腕の美剣士・伊庭八郎であります。
 本作においては、土方と伊庭は旧知の仲という設定。まだ江戸で暮らしていた時分につるんでバカをやっていた二人が、全く別の道を辿りながらそれぞれの節を曲げずに戦いを続けた末に五稜郭で再会する――というのは実にグッとくる展開です。

 そして本作の伊庭は、(期待通りに)明るく捌けた江戸っ子ではありますが、しかしそれだけに、彼が語る、これまで戦いを続けてきた理由は実に胸に迫るものがあります。
 そんな伊庭と鉄之助の会話の中で、それぞれにとっての「砦」の意味が語られるのが、個人的にはこの巻のクライマックスである――そう感じます。


 そしてこの巻の巻末には、その伊庭八郎と、親友である本山小太郎の姿を描く短編が収録されています。
 片腕を失い、江戸に潜伏しながらいまだ戦意を失わない伊庭と、そんな伊庭を案じる本山と――やはり「星のとりで」に集った綺羅星の一つである伊庭と、そんな星を振り仰ぎながらもついていこうとする本山の姿が印象に残る好編であります。


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星のとりで~箱館新戦記~(3) (ウィングス・コミックス)


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2019.04.23

木原敏江『白妖の娘』第4巻 大団円 大妖の前に立つ人間の意思が生んだもの


 木原敏江版『玉藻の前』というべき本作『白妖の娘』もついに最終巻となりました。白妖をその身に憑かせた娘・十鴇と、かつて白妖を封じた術者の子孫・直と――すれ違う二人の想いはどこに向かうのか。そしてついに真の力を取り戻した白妖を倒すことはできるのか――いよいよ大団円であります。

 都の貴族に騙されて死んだ姉のため、禁忌の森に封じられていた白妖にその身を差し出した十鴇。そして貴族たちの世界を滅ぼすことを望んだ末、玉藻と名を変えた十鴇は、ついに法皇の寵姫にまで上り詰めることになります。
 十鴇とともに白妖を世に放ったことに責任を感じ、そして何よりも愛する彼女を救おうとする葛城直は、陰陽師・安倍泰親の下で修行に励むのですが――しかし白妖の力には未だに及ばず、妖魔の跳梁は続くのでした。

 そんな中、うち続く日照りを前に、雨乞い対決を行うことになった泰親と十鴇。師の助手に選ばれた直ですが、しかしその直前に十鴇の罠にかかって儀式に間に合わず、結果として十鴇が勝利することになるのでした。
 権力と妖力と――もはやこの世に並ぶ者のない力を手に入れた彼女に対して、直に残された手段は……


 ついに法皇を完全に操り、名実ともにこの国の頂点に立とうという暴挙に出た十鴇と白妖。もはや近づくことすら難しい相手に対して、直と仲間たちが仕掛ける最後の賭けは――というわけで、この第4巻で描かれるのは、クライマックスに相応しいスケールの大きな展開。
 その一方で、この深刻極まりない事態の中で直たちが仕掛ける作戦が、(少なくとも見かけ上は)それとは正反対だったりする変化球加減もまた、実に楽しいところで、この辺りはもう、大ベテランの横綱相撲というべきでしょう。

 しかし、真のクライマックスは、真の感動は、その先に用意されています。辛うじて最悪の事態は防いだものの、本性を剥き出しにした白妖の前に、大きな危機に瀕する都。これに対して直は、自分の先祖がかつてこの大妖を封印した呪の正体を知るため、危険な旅に出ることになります。
 そしてついにその呪の正体を、白妖封印の真実を、そして白妖の秘めた想いを知った直。かつて夢の中で直が見た、不思議な光景――暗い闇の中で、ただ一人、孤独に石積み遊びを続ける白いけものの姿の意味を。

 そしてそこから、これまで物語の中で積み上げられてきた全てが一つに繋がり、全ての謎が解かれることになります。
 無敵の白妖が、何故直の祖先に敗れ去ったのか。復活した白妖が直を直接倒そうとしなかったのは何故か。白妖の力の源とは、白妖を倒す手段はあるのか。白妖に憑かれた十鴇を救う手段はあるのか、救うことはできるのか。そして十鴇と直の運命は、二人が望んだものとは……


 以前の巻の紹介でも触れましたが、本作の題材は、岡本綺堂の『玉藻の前』であります。本作の設定や物語展開(例えばこの巻でいえば雨乞い対決のくだり)は、ある程度この『玉藻の前』を踏まえたものであるのですが――しかし結末において、本作は明確に新たな物語を描くことになります。

 そしてその根底にあるのは、登場人物たちの、その代表である十鴇の想い、明確な意思――それであります。白妖に運命を狂わされた十鴇と直の悲恋物語とも言うべき本作。しかしそれは(原典のように)どうしようもない運命に流されただけではなく、二人が自分の意思で選んだ結果でもあります。

 それを象徴するのが、第1巻で十鴇が白妖に言い放ったセリフ「なにがあっても私は私!」といってよいでしょう。そしてその十鴇の意思は、最後の最後まで変わることなく貫かれることになります。そしてそれが、全く思わぬ形で、大いなる救いを生み出すのであります。

 白妖という巨大な超自然の悪意(しかし同時に……)を描きつつも、その前に毅然と立つ人間の意思の姿を描いてみせた本作。
 だからこそ、この物語はあまりにやるせなく、悲しくもあるのですが――しかし同時に、力強くも優しく、そして何よりも美しく感じられるのです。

 そして我々がこの物語を読み終え、『白妖の娘』の名を振り返ってみた時に浮かぶ想いは――何とも切なくも温かく、そしてどこか微笑ましいものなのではないでしょうか。


『白妖の娘』第4巻(木原敏江 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon
白妖の娘(4)完結 (プリンセス・コミックス)


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2019.04.20

戸部新十郎『秘剣水鏡』(その二) 兵法が終わった後の兵法者たち


 戸部新十郎の「秘剣」シリーズの一つ、『秘剣水鏡』の紹介の続きであります。前回は三作品をご紹介いたしましたが、今回は二作品+残る作品をご紹介いたしましょう。

『無外』
 慶安二年に甲賀に生まれた辻月丹は、兵法を志して京に出るも、既に家光の御前試合も終わり、兵法者が兵法者として名を上げられる時代は終わったも同然。それでも兵法に打ち込み続けた月丹は、江戸に出ても芽の出ない日々を過ごすのですが……

 「秘剣」シリーズは、それこそタイトルに相応しく、兵法者同士の決闘の中で秘剣が繰り出される様を描く作品が多い一方で、兵法者の一代記とも言うべき内容のものも少なくありません。本作もその一つ、タイトルどおり無外流の祖として知られる辻月丹の半生を描いた物語であります。
 江戸時代前期という既に泰平の世に入り、剣術が無用の長物となった――師から「つまらぬときに生まれた」「おまえが生まれたころで、兵法は終わった」と言われるのがキツい――中でも、ただひたすら剣を磨いた月丹の道が思わぬ縁から開けていく姿は、比較的淡々と描かれているだけに、かえって不思議な感動があります。

 月丹の師や兄弟子とのそれこそ禅問答めいた立ち会いの様も、実に本シリーズらしい枯れた味わいがあるといえるでしょう。


『空鈍』
 加賀から兵法修行のために江戸に出てきた青年・狩野叶之助は、ある日立ち会った伊庭是水軒から、当世無双の剣士として、無住心剣流の小田切空鈍の存在を教えられます。ついに空鈍と出会った叶之助は、その教えを受けるのですが……

 『無外』同様、兵法者が無用の長物となった時代を描く本作ですが、異なるのは、達人本人ではなく、達人の近くにいた一人の青年剣士の姿を通じて描いたことでしょう。
 その時代遅れの剣術に青春を燃やし、ついに師とも目標ともいうべき存在である空鈍と出会った主人公が辿った皮肉な運命は、青春時代に何かに打ち込んだ者にとっては、身震いするほど恐ろしく感じられるのではないでしょうか。

 ある意味『無外』のB面とでも言うべき本作――ラストの主人公の叫びが胸に突き刺さる、シリーズ有数の「痛い」作品であります。


 その他、『善鬼』は、伊東一刀斎の弟子の一人でありながら、御子神典膳に敗れたという小野善鬼を題材とした作品。
 粗暴なやられ役として描かれることの多い善鬼ですが、彼の師に対する想いをある言葉を通じて描くことで、結末に何とも言えぬ哀しみが生まれています。

 『大休』は、松田織部之助によるもう一つの新陰流、松田方新陰流の幕屋大休の物語。柳生家の隠し田を密告したことで後に柳生に殺されたという松田織部之助の逸話を題材としたものです。
 この逸話は、主に柳生の黒さを描く際にしばしば描かれるもので、今回もその流れを踏まえたものですが――ラスト、大休の言葉を描くことで、物語にずんと深みを与えているのが本シリーズらしいところでしょう。ある意味、『水月』の前編とも言える作品です。

 『牡丹』は、様々な流派の太刀への返し技で構成された雖井蛙流というユニークな剣術を生み出しながら、娘の恋愛のもつれから相手方を殺して腹を切ったという、何とも言えぬ逸話が残る深尾角馬の物語。
 その通りの内容ながら、そこに至るまでの角馬の人生を淡々と描くことで、語らぬ中にも多くのことを語る物語は、読後に苦味とも哀しみと言えるものを残します。

 巻末の『花影』は、本書の中で最も遅い時代、江戸時代後期を舞台に、桃井春蔵の鏡心明智流の誕生を描いた一編。
 開祖である春蔵の父・八郎左衛門のアイディアマンぶりも楽しい物語で、八郎左衛門と春蔵の父子鷹ぶりが、「位」の桃井を生む結末はホッとさせられるものがあります。


 以上十編、いずれも剣豪小説の名編とも言うべきものであります。つい先日『秘剣龍牙』も復刊されましたが、こちらも近いうちにご紹介したいと思います。


『秘剣水鏡』(戸部新十郎 光文社文庫) Amazon
秘剣水鏡 (光文社時代小説文庫)


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