2017.07.28

石ノ森章太郎『変身忍者嵐』第2巻 ヒーローと怪人という「同族」

 石ノ森章太郎による漫画版『変身忍者嵐』の紹介の後編であります。一人孤独に血車党の化身忍者を屠っていくハヤテ。非情に徹した旅の果てに彼を待つ伝説の結末とは……

 というわけで大都社版単行本第2巻の冒頭は第6話『蜜蜂の羽音は地獄の子守唄』。孕み女が次々とさらわれていく事件を追うハヤテが出会ったのは、蜂の力を持つ奇怪な女……
 なのですが、自在に蜜蜂を操ったり蜜蝋で目を潰したりという能力以上に、奪った子供たちを蜂のように変えて操ったり、何よりもハヤテを自分の子にしておかあさんと呼ばせるという、歪んだキャラクターが恐ろしい。

 ここでハヤテは自分の「兄弟」を蹴散らし、母「親」を斬るのですが……この時点で、結末は予告されていたのかもしれません。

 続く第7話『菩薩の牙が霧を裂く』は、ハヤテが珍しく女性の美しさに心を動かされるという描写が登場するものの、内容的にはあまり特筆すべきところはない印象。しかし登場する化身忍者はインパクト絶大です。
 そして第8話『獺祭りの雷太鼓』は、大坂城の火薬庫爆発という、本作には珍しく史実と絡めたエピソード。展開的には先を読みやすいものの、敵を滅ぼすためであれば、他者(幕府という権力)がどうなっても何とも思わない、もはやヒーローとは言い難いハヤテの言動が強烈な印象を残します。(それでいて久々に嵐に変身するのがまた面白い)

 続く3話は、三部構成の連続エピソードというべき内容。まず第9話『虎落笛の遠い夏』は、江戸に出没して人々を惨殺していく虎の化身忍者との対決篇であります。

 この相手の名が李徴子というのはどうかと思いますが(しかしそこに国姓爺伝説が絡むのは面白い)、注目すべきは彼が幼い頃のハヤテとは兄弟同然に育った人物という点。
 家族同然の相手との死闘というのは忍者ものの定番ではありますが、ここでまたもや「兄弟」との戦いを強いられるハヤテは心に大きな傷を負い、それが物語の結末に繋がっていくことになります。

 続く第10話『呪いの孔雀曼陀羅』は、江戸で人々の心を操らんとする血車党の邪教集団の尼僧との対決と、久々に(?)真っ当なアクションものという印象。
 この尼僧たちは基本的には「敵」以上のキャラクターではないのですが、化身忍者に女性が多い理由と、その弱点が、ここである意味ロジカルに描かれるのが面白い。冷静に考えれば女性の孔雀って……という点を逆手に取ったような展開もユニークです。

 そして第11話『血車がゆく、餓鬼阿弥の道』は実質的に血車党との最終決戦。第1話に登場し、唯一生き残った梅雨道軒も再登場、骨餓身丸との死闘も決着と、ラストらしい内容なのですが――しかしこの回は骨餓身丸の存在が全て。
 TV版ではビジュアルこそ奇怪なものの、単なる粗暴な悪役であった彼に悲痛な過去を与え、そしてそれと密接に絡み合った化身忍者としての能力を与えてみせる。その上で描かれるいい意味で後味の悪い結末には、ただ唸らされるのみなのです。


 それでも己の心を殺すように骨餓身丸を倒し、血車党の陰謀を粉砕したハヤテですが――しかし最終話『犬神の里に吠える』の冒頭で描かれるのは、復讐と贖罪という目的を果たしてしまった虚しいハヤテの心の内。
 自分のしてきたことは何だったのか、と鬱々と考えていたところに現れた血車魔神斎の姿に、闘志を奮い立たせるハヤテですが……

 しかし魔神斎を追うハヤテの前に現れたのは、人とも獣ともつかぬ子供たちの群れと、彼らが犬神の子だと告げる裸女。どこかまでも歪んだ世界の中で最後の対決に臨んだハヤテが知った真実とは……
 無情とも無常とも、あるいは無惨とも言うべき結末は(私はあまり好きな表現ではありませんが)屈指のバッドエンドと今なお語り草なのも宜なるかな、であります。

 そしてこの結末は、上で述べてきたように、これまでのハヤテの戦いが同族殺し――それも兄弟や母親を含めた――であったことを考えれば、ある意味当然の結末と言うべきかもしれません。

 さらに言えばそれは、変身(改造人間)ものにおけるヒーローと怪人は本質的に同じものではないか――言いかえれば正義と悪の違いは奈辺にあるのかという問いかけの、究極の答えではないでしょうか(ハヤテが嵐に変身して魔神斎と対決するのがまた象徴的)

 そしてそれを、上に述べたように同門との対決というのは忍者ものの定番の中で昇華してみせたのにも痺れる本作。
 変身ヒーローものとして、忍者ものとして……やはり名作というほかない作品と再確認した次第です。


『変身忍者嵐』第2巻(石ノ森章太郎 大都社St comics) Amazon
変身忍者嵐 (2) (St comics)

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2017.07.27

石ノ森章太郎『変身忍者嵐』第1巻 怪人たちの中の「人間性」を描いて

 故あって、今更ながらに石ノ森章太郎の漫画版『変身忍者嵐』を読み返しました。その衝撃のラストで知られる本作ですが、改めて読み返してみれば、そこに至るまでも実に面白い。というわけで漫画版を紹介――大都社版の単行本をベースとしていますので、今回は全2巻のうち第1巻を取り上げます。

 悪の忍者集団・血車党に、父・嵐鬼十を殺された青年忍者・ハヤテ。父が編み出した法で奇怪な能力を持った血車党の化身忍者たちに、父に術を施されたハヤテは変身忍者嵐に変身して戦いを挑む――
 そんな物語の骨格自体はTV版と同じ本作ですが、しかしそのディテールは大きく異なります。

 その第1話『化身忍群、闇に踊る』は、骨餓身丸(TVの骸骨丸)率いる三人の化身忍者が、さる藩で巡らせる陰謀に対し、ハヤテとタツマキ・カスミ・ツムジ親子が挑むというフォーマットはTV版とほぼ同一ですが、それはこのエピソードのみというのが潔い(タツマキ親子の登場は今回のみ)。
 しかし容赦ない怪奇描写・怪奇描写は迫力満点、嵐の初変身の描写も面白く、この回のみ炸裂する忍法(秘剣にあらず)影うつしも違和感なく、この路線で行っても十分面白かったのでは……という印象はあります。

 そして第2話『青い猫の夜』は、鍋島直茂を苦しめる化け猫の怪を描く内容で、ほとんどそのまま鍋島の猫騒動をなぞった内容ではありますが、奇怪な猫婆に、ハヤテに助力する二人の美女、そして何よりも強力な猫の化身忍者と嵐の忍法対決と見所が多いエピソード(美女の活け作りなどという山風チックなシーンも)。
 しかし何よりも印象的なのはそのラスト。化身忍者の正体はすぐ予想がつくものの、その行動の理由は――! 最終話で描かれる血の因縁に繋がるものも感じられる、切ない真実が刺さります。

 刺さるといえば第3話『白い狐、枯れ野を走る』。こちらも「葛の葉」の伝説をまんまなぞった展開ながら、それを忍者ものに完璧に落とし込み、哀しい化身忍者の宿命を浮き彫りにしているのはただ圧巻であります。

 そして第4話『視よ 蒼ざめたる馬 その名は死』のモチーフは、黙示録のペイルライダー(!)。もっともナレーション(?)で黙示録が引用されるだけですが、狙いを付けた村人の家の前に青い馬の土偶を置く、古代の武人姿の怪人というシチュエーションは、怪奇性濃厚でいい。
 そしてそれ以上に、今回の敵となる山彦海彦兄弟が、出番が少ないながらかなり個性的で、特に兄の方には、血車党にもこういう人間がいるのか……と考えさせられることしきり。その巻き添えを食ったような形の弟も、共感はできないまでも行動原理はそれなりに理解できます。
(ちなみに今回と次の回は、TV版でもやたら登場した、村人をさらって労働力とする血車党が描かれて、これはこれで興味深い)

 そしてこの巻のラスト、『地の底で黄金の牛が鳴く』は、牛頭人身の化身忍者と地底の黄金という題材から、クレタ島のミノタウロスをモチーフにしたと思しきエピソード。
 本作にしては珍しく、化身忍者側の人間性がほとんど描かれず(それが一つの仕掛けですが、有効に機能しているとは言えず……)、むしろ強力かつ謎めいた行動を取る化身忍者打倒に力点を置いた印象があります。

 そしてそんな内容でありつつも、この回ではついに嵐は登場せず、ハヤテは生身で化身忍者に挑むことに……


 と、第1巻の内容を駆け足で見てまいりましたが、改めて驚かされるのは、その内容の豊かさであります。

 何よりも驚かされるのが、ゲスト化身忍者の「人間性」――異形の能力と容姿を持った者たちの中の「心」の描写は鮮烈で、そんな彼ら彼女らを(時に心ならずもとはいえ)屠っていくハヤテの方が非人間的に見えるほど……
(ラストの展開は、決して突然のものではないと改めて確認)

 その一方で、怪奇性濃厚な、奇怪な能力を化身忍者との死闘は、怪奇アクションものとしての忍者ものの可能性をはっきりと見せてくれるもので、こちらの完成度も決して見逃してはならないと感じます。

 そしてこれらの方向性は、物語がさらに進むにつれてさらに先鋭化していくのですが……それはまた次の回に。


『変身忍者嵐』第1巻(石ノ森章太郎 大都社St comics) Amazon
変身忍者嵐 (1) (St comics)

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2017.07.24

玉井雪雄『本阿弥ストラット』第1巻 光悦の玄孫が招く先の読めない冒険

 『ケダマメ』『怨ノ介 Fの佩刀人』と、最近はユニークな時代漫画を次々と発表している玉井雪雄の最新作は、またもや個性的極まりない作品。天下人家康に唯一逆らった男・本阿弥光悦の玄孫、本阿弥光健が、「目利き」の力で周囲を波乱に巻き込んでいく、先の全く読めない物語であります。

 目覚めてみれば、臭く真っ暗な船倉で縛られていた光健。彼は、女郎屋の代金を踏み倒したおかげで売り飛ばされ、最悪の人買い商人・バムリの権藤親方の奴隷船に乗せられていたのでありました。

 そんな彼と同様に船倉に押し込められていた人々は、しかしごく一部を除き、彼のことを気にしようともしなければ言葉も発しない無気力な人々。
 あらゆる共同体から捨てられ、人別を失った「棄人」である彼らを前にして、光健は、手を縛られたままでも、自分の目利きで船を丸ごと手に入れることができると豪語するのですが……


 刀剣の目利きをはじめ、書・画・茶と様々な古今の芸術に通じ、安土桃山から江戸時代初期にかけて屈指の文化人として知られた本阿弥光悦。
 本作はその光悦を、物だけではなく、人に対しても優れた目利きの力を持ち、その能力で激動の時代を生き抜いてきた人物として描きます。

 そして本作の主人公・光健もまた、その能力を継ぎ、人の目利きにかけては絶対の自信を持つ男。
 同じ船にいた棄人の一人に対し、新たな名前(銘)を与えただけで、彼らに希望の灯を灯し、それをきっかけに大きく事態を動かしていくという冒頭の展開は、彼の力のなんたるかを示していると言えるでしょう。

 しかしさらに本作を面白くしているのは、彼は目利きを行い、相手の価値を見抜く(そして自覚させる)のみであって、人々を完全にコントロールするわけではないという点。
 そのため、価値を見抜いた人物がどのような行動を起こすか、それは彼の予想の範囲外なのであります。

 そう、その人物が起こした行動がもとで、素手で人間を引き裂くような人間凶器が覚醒したり、幕府が絡んだ秘密のプロジェクトの存在が明かされたりするというようなことは……


 というわけで、一話進むたびに状況が刻一刻と変わっていく、全く先が読めない展開の連続に、現時点では内容の評価自体が難しい作品ではある本作。
 しかしその展開自体に退屈させられことがないのはもちろんのこと、ここで描かれる物語世界の一端が非常に魅力的であることは、間違いありません。

 この先、光健は棄人に何を見出すのか、そして何よりも彼が自分自身に何を見出すのか――我々も、それをこの作品から見出したいところであります。


『本阿弥ストラット』第1巻(玉井雪雄 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
本阿弥ストラット(1) (ヤンマガKCスペシャル)

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2017.07.15

『風雲ライオン丸』 第18話「マントルゴッド悪魔の要塞」

 マントルの地下要塞の中で、自分と瓜二つの娘・志津に匿われた志乃。戦いの末、深手を負って要塞内を彷徨っていた獅子丸も彼女に助けられ、虹之助と三吉も合流する。志津を連れて要塞を脱出する一行の前に立ち塞がる怪人ズガングを死闘の末に倒す獅子丸だが、その直後、思わぬ悲劇が……

 獅子丸と二人で地虫に扮してマントル要塞に潜入した志乃。彼女は獅子丸とはぐれた末に自分と瓜二つの顔を持つ――そして今回の冒険の目的である――志津と対面、要塞内でかなりの地位を持つらしい志津は、地虫を退けて志乃を匿います。
 一方、前回ヤリコウモリを倒した獅子丸ですが、無事では済まずに深手を負い、血を滴らせながらの逃避行。後から後から襲い来る地虫を何とか退けながら要塞内を彷徨います。そして入り口で待っていたところが、地虫に追われて要塞内に逃げ込んだ虹之助と三吉も奇怪な部屋に追い詰められるのでした。

 時代ものとは思えない妙に現代的なデザインで興醒めなそこは、マグマをエネルギー化しているらしい部屋。そこからマグマ溜まりを挟んで反対側の洞穴に逃げた二人は、巨大な卵が並ぶ部屋に迷い込みます。二人の目の前で割れた卵から現れたのは地虫忍者の幼虫……地虫忍者は本当に虫だったのか!? と驚く以前に、猛烈に気持ち悪い造形です。

 そんな中、獅子丸を追う怪人ズガング。どうやらヤリコウモリとは友人であったらしく、その槍を手に執念深く獅子丸たちを追います。辛うじてその追求を逃れた志乃は、獅子丸が傷を負って追われていることを知り、志津とともに彼を匿います。さらにそこに逃げ回っていた虹之助と三吉が合流、再び一行は勢揃いすることになります。
 そして自分のことを問う獅子丸たちに対し、自分は物心ついた時からこの要塞にいて何も知らないこと、そして自分は地虫に女神のように崇められていることを語る志津。結局探し求める志乃の父のことはわからぬままですが、しかし志乃は、志津も要塞を出て一緒に来るよう促します。

 と、志津が獅子丸たちを匿ったことを知りやってくるズガング。仲間たちを行かせて一人で戦う獅子丸ですが、傷で片手が使えず、洞窟内で変身もできない状態で苦戦を強いられます。が、一直線に外に続く通路に出た獅子丸は、そこでロケットを水平噴射! 脱出と変身を一度に済ませ(この辺りの細かい描写がいかにも「らしい」)、なおも追うズガングと最後の戦いに臨むのでした。
 しかし友の復讐に燃えるズガングは鎖鎌を操る強敵。途中、逆立ちして足で鎖鎌を振り回したり(ビジュアル的にはどう見ても股間にズガングの頭をつけて突っ立ち、手で振り回しているようにしか見えず、見てはいけないものを見た気分)、分銅からスカンクらしく黄色い煙を放ったりと大いに獅子丸を苦しめます。

 その危機に割って入った志津に対しても刃を向けるズガングを、辛うじて獅子丸はライオン滝落としで倒すのですが――皆が勝利を喜んでいる間、ヤリコウモリの槍に手を伸ばすズガング。投じられた槍は、獅子丸を庇った志津に刺さるのでした。
 ライオン風返しでトドメを刺しても時既に遅く、苦しい息で志乃に短刀を託す志津。その刀が父の打ったものと見抜き、志乃は自分たちがやはり姉妹であったと気付きます。そしてマントルゴッドの居場所を問う獅子丸に答えようとする志津ですが――その時、怒りに燃えるマントルゴッドの稲妻が落ち、哀れ彼女は石像に変わってしまうのでした。

 悲しみに暮れ、石像に手を合わせる志乃。そして獅子丸はまだ見ぬマントルゴッドに対し、改めて闘志を燃やすのですが――(この描写をよく覚えてきましょう)


 舞台はほとんど要塞内部ながら、地下帝国の動力源らしいマグマや、実におぞましい地虫誕生の間など、印象に残るシーンの多かった今回。しかしその中でも、志津の存在が物語の中心であることは間違いありません。
 何故彼女はマントルゴッドから特別な地位を与えられていたのか、そもそも何故マントルゴッドは地下要塞にただ一人の人間の娘を置いていたのか、そして父はどこへ行ってしまったのか……今回何一つ謎は解けないのですが、それだけに印象に残るのです。
(にしても、声は違う人とはいえ、志津さん、初登場シーンはとても志乃と同じ役者さんが演じているとは思えず……素晴らしい)


今回のマントル怪人
ズガング

 マントル地下要塞を守るスカンクの怪人。ヤリコウモリの友人だったらしく、その槍を手に獅子丸に復讐を誓う。鎖鎌の遣い手で、逆立ちした状態(という設定)で鎖鎌を操ることが可能で、分銅からは黄色いガスを放つ。死闘の末にライオン滝落としに斃れるが、最期の力でヤリコウモリの槍を投げ、志津に深手を負わせた。


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2017.07.10

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 4 半妖の子』 家族という存在の中の苦しみと救い

 廣島玲子によるちょっとダークな妖怪時代小説の本シリーズも、快調に巻を重ねて早くも第4作目。妖怪の子を預かることとなった少年・弥助を主人公とする本シリーズですが、今回彼の前に現れるのは、少々訳ありの少女――タイトルのとおり、妖怪と人間の血を引く少女なのであります。

 江戸の貧乏長屋に盲目の美青年、実は元・大妖怪の千弥とともに暮らす少年・弥助。
 かつてある事件がきっかけで妖怪の子預かり屋――その名のとおり、妖怪たちの子供を短期間預かる役目を務めることとなった彼は、それ以来、様々な事件に巻き込まれながらも、妖怪たちとの絆を深め、人間として少しずつ成長してきました。

 短編連作集的な性格の強かった前作では千弥の隠された過去が描かれるなど、弥助の出番は少な目だったのですが、本作においては妖怪の子預かり屋としての彼の姿を再びクローズアップ。
 千弥の宿敵の大妖怪・月夜公に仕える三匹の鼠の微笑ましい願い、憑き物付きの手鞠など、いかにも本作らしいユニークさがあったり、ドキッとするような重さのあるエピソードが描かれた先に始まるのが、本作のメイン――半妖の子の物語であります。

 ある日、人間姿の化けいたち・宗鉄が弥助のもとに連れてきた8歳の娘・みお。宗鉄と人間の女性の間に生まれたみおは、最近母親を亡くし、宗鉄との間に深い深い心の溝ができてしまったというのです。
 いえ、溝ができたのは宗鉄との間だけではありません。周囲の全てに対して心を閉ざしたみおは、両目のみが開いた白い仮面をかぶり、外そうとしないのであります。

 途方に暮れた宗鉄からみおを預かったものの、自分に対しても心を開かず、逃げ隠れしてしまうみおに手を焼く弥助。しかしその間も弥助のもとに預けられる妖怪の子たちと触れ合ううちに、みおも少しずつ弥助に心を開いていくのですが……


 毎回、可愛らしい妖怪の子たちが繰り広げる騒動をユーモラスに描きつつも、それと同時に、読んでいるこちらの心にいつまでも残るような、重く、恐ろしく、苦い物語をも描いてきた本シリーズ。
 今回もその苦みは健在なのですが――それを生み出すものは、もちろんみおの境遇にほかなりません。

 妖怪と人間という種族を超えた愛の結晶を授かりつつも、しかしその娘が妖怪の血と姿を引くのではないかと恐れ続け、心を病んだみおの母。
 母に愛されず、そしてその原因となった父を憎み――誰が悪いわけでもない、ほんのわずかの掛け違いで、どうしようもなくすれ違ってしまったみおと両親の姿は、「家族」という普遍的な存在を背景にしているだけに、幾度もこちらの心に突き刺さるのであります。

 そしてそれは、終盤に登場する、みおのネガともいえる存在、あるいはあり得たかもしれない彼女の未来の姿と対比されることで、より鮮烈に感じられるのです
(さらにいえば、ここでみおと家族の姿に仮託されるものが、現代社会でしばしば見られるものであることに、児童文学者として活躍してきた作者の視点を感じた次第)


 はたしてみおと宗鉄は救われるのか、いや、弥助はみおを救うことができるのか――その答えはここで書くまでもないことではありますが、微笑ましく、何よりもキャラクターたちの個性がよく表れた結末は、必見であります。

 と思いきや、ラストには思わぬ人物の口から次作への引きが飛び出し、まだまだ広がる本シリーズ。冬に登場予定の次作がまた楽しみなのです。


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半妖の子 (妖怪の子預かります4) (創元推理文庫)


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2017.07.09

碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第1巻 少年たちの目に映る星々たちの戦い

 その作家活動の大半を通じて時代もの、歴史ものを描いてきた碧也ぴんくの最新作は、土方歳三と五稜郭の戦いを題材とした作品。作者は、以前「週刊マンガ日本史」シリーズでも土方歳三を描いていますが、そちらとは全く異なる切り口となる、新たな土方の物語、五稜郭に集う面々の物語であります。

 さて、最初に白状しておけば、私は本作について、この単行本化まで、土方歳三と五稜郭の戦いを描くという以外の知識を仕入れないでおりました。そして本書を手にしてみれば大いに驚かされたのですが――その理由は、本作の物語の視点の置き方にあります。

 そう、この第1巻において描かれるのは、土方から見た箱館戦争ではありません。
 この第1巻の時点で物語の中心となり、土方を、やがて五稜郭に集う人々を見つめるのは、土方の周囲に在った少年たちなのであります。


 新選組の末期に隊に加わった少年たち――市村鉄之助、田村銀之助、玉置良蔵、上田馬之丞(鏡心明智流ではない方)。
 元服したかしないかの年齢であり、兄らの入隊に伴って新選組に加わった彼ら四人は、それから間もないうちに、戊辰戦争の激動に飲み込まれることとなります。

 土方の指示により、仙台に向かったものの、新政府に抵抗を続ける奥羽諸藩も決して一枚岩ではなく、苦しい道のりを強いられる少年たち。何とか土方と合流した彼らは、土方がさらなる北上を――蝦夷地を目指していることを知ります。
 蝦夷地へ向かう新選組から抜ける者、加わる者、様々な人々の運命が交錯する中で、少年たちは自分の意思で、土方とともに蝦夷に渡ることを決意することに……


 戊辰戦争の、新選組の、そして土方歳三の最期を飾る戦いとしてこれまで無数に描かれてきた箱館戦争。フィクションの中でのその戦いは、土方はもちろんのこと、榎本武揚や大鳥圭介といった、歴史上の有名人たちが中心となって描かれてきました。
 当然本作もそうなるかと思いきや、少年たちの視点で、ということで大いに驚かされたのはすでに述べたとおりですが、本作の視点の独自性は、その点だけに留まりません。

 本作において描かれるのは、星のとりで――五稜郭に集った綺羅星の中心で一際輝く星だけではありません。その周囲で密やかに、しかし激しく輝いた星々をも、本作は描き出すのです。

 新選組でいえば、山野八十八、安富才助、蟻通勘吾、野村利三郎に相馬肇といった面々。さらに陸軍隊の春日左衛門、額兵隊の星殉太郎、さらにはフランス軍人ブリュネと彼の通訳であった田島応親(金太郎)までと、多士済々。
 正直に申し上げれば、その存在を知らなかった人物もいたのですが、しかしそうした人々を、本作は実に魅力的に描き上げるのであります。

 そんな中で個人的に特に印象に残ったのは、唐津藩主の子であり、老中小笠原長行の甥である三好胖であります。
 鉄之助たちとほぼ同年代ながら、その生まれから唐津藩残党に奉じられ、海を渡るために新選組に加わった胖。その背負ったものから、周囲から浮いた存在であった彼に対し、土方が、少年たちが如何に接したのか……

 それはおそらくはフィクションなのだろうと想像しますが、しかしそんなことは関係なく、この時代に生まれついてしまった一人の少年の心の叫びと、真っ先に彼を受け容れた少年たちの姿を描いて、強く心に残るエピソードであります。


 何やら登場人物名を列挙して終わってしまい恐縮ですが、それだけ魅力的な人物揃いの本作。
 実は作者の言によれば本作は三部構成、第一部は鉄之助たちの視点、第二部は他の大人たちからの視点、第三部は土方の視点と、先に進むにつれて「星」の中心に迫っていく構造の模様です。

 しかしこの第一部の時点で、実に新鮮かつ魅力的な本作。ほとんどまっさらな心を持った彼らの瞳に、この星々の戦いはどのように映るのか――それを想像するだけで胸が高鳴るのであります。

『星のとりで 箱館新戦記』第1巻(碧也ぴんく 新書館ウィングス・コミックス) Amazon
星のとりで~箱館新戦記~(1) (ウィングス・コミックス)

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2017.07.05

瀬川貴次『ばけもの好む中将 六 美しき獣たち』 浮かび上がる平安の女性たちの姿

 『暗夜鬼譚』の復刊もめでたく続きがでましたが、こちらももちろん続く瀬川貴次『ばけもの好む中将』。前作で鬱々としていた宣能も復活し、さて再び宗孝の受難の日々が……と思いきや(いや受難はするのですが)今回は少々趣を変えた重めの物語が展開いたします。

 宗孝の八の姉である梨壺の更衣の出産も近づく中、宮中での思わぬ出来事で腰を痛めた宗孝の父。姉たちが入れ替わり立ち替わりで見舞いに訪れる中に、九の姉が久々に宗孝の前に姿を現します。

 中流貴族と早々に結ばれたものの、地方に赴任した夫について行かず、都で暮らす九の姉。夫の心が離れるのではないかと不安に思いながらも、しかし任地についていけない彼女は、梨壺の更衣に複雑な想いを抱いていたのです。

 かつて宮中で舞を披露した際に、帝に見初められた梨壺の更衣。しかしその舞は元々は九の姉が舞うはずだったものの、自分に自信の持てない彼女は、夫との結婚を口実にその役目を下りたのであります。
 もし自分があの時舞っていたら、帝に見初められていたのは――という想いを抱えた彼女は、ある日出かけた稲荷社で、曰くありげな老巫女たちから「あなたは特別なお方」と声をかけられて……


 これまで様々なエピソードで登場してきた宗孝の十二人の姉ですが、今回の九の姉を以て、ついに全員登場したことになります。
(そのためか、この巻から巻頭に姉リスト付きの人物相関図がついたのは有り難いところです)

 その九の姉のキャラクターは、これまでの基本的にたくましかった姉たちとは少々異なり、毒親気味の母に育てられた結果、自分に自信が持てず、それでいて、過去のタラレバにすがってしまうという、ある意味実にリアルな人物として描かれております。
 そんな彼女が怪しげな巫女たちに目を付けられたのが今回の騒動の始まり。彼女につきまとい、次第に行動をエスカレートさせていく巫女たちは何者なのか、そしてその目的は何なのか――宣能と宗孝(と前回登場した色々な意味で自虐的な陰陽師・歳明)は、九の姉と巫女を追って稲荷社に向かいます。

 そこで起きる騒動の数々は、相変わらずの賑やかさと楽しさなのですが(特にクライマックスの一大追跡劇で披露されるアクションとそのオチ)、しかし今回の物語は、そこからさらに思わぬ展開を見せることになります。
 拠ん所ない事情から、梨壷の更衣の局に身を寄せることとなった九の姉。思わぬことから帝に出会ってしまった彼女の胸に、あのタラレバが甦って……


 二部構成の後編で舞台が宮中に移ることもあり、見かけ上は比較的おとなしめにも感じられる本作。上で述べたように、前編でのクライマックスのテンションがえらい高かったためもありますが、しかしそれとは別のベクトルで、後編も熱を持った物語が展開します。

 既に失われて戻らない過去――いや、そもそもなかったのだけれども、もしかしたらあったかもしれない過去。誰にでも一つや二つはあるそんな過去が、もしかしたら取り戻せるかもしれないとしたら……
 後編で描かれるのは、そんな想いに取り憑かれた一人の女性の物語。その姿は、前編の巫女軍団とは異なる意味で、己の目的に貪欲な者、「獣」と呼べるのかもしれません。

 ここで自分の恥を白状しますが、僕はこれまで本シリーズの賑やかで明るい楽しさ――宣能や宗孝のやりとりや、怪異を巡る騒動など――にばかり目を向けていて、シリーズが持つもう一つの、大きな特長を見落としておりました。

 それは、本シリーズが平安時代の女性たちの姿、生き様を描いた物語であること。
 宗孝の十二人の姉たちは、この時代に確かに生きていた、しかし歴史にはほとんど残ることのない女性たちの代表として、物語に登場しているのではないか……そう感じられるのです。

 男連中が夢に、欲望にと賑やかに騒いでいる一方で描かれてきた彼女たちの姿は、(もちろん十の姉のようなデウス・エクス・マキナめいた例外はあるものの)ひどく切実で、現実的な存在として感じられます。
 そしてそれだからこそ本シリーズは、面白おかしい物語でありつつも、それに振り回されない地に足の着いた物語が描かれてきたのでしょう。


 これまでとはいささか異なり(第4巻のともまた異なる意味で)、次の巻へと不穏なものを残して続くこととなった本作。
 その先に待つものは――もしかすればクライマックスは近いのかもしれません。


『ばけもの好む中将 六 美しき獣たち』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon
ばけもの好む中将 六 美しき獣たち (集英社文庫)


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2017.06.30

入門者向け時代伝奇小説百選 古代-平安(その二)

51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧)
52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明)
53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次)
54.『風神秘抄』(荻原規子)
55.『花月秘拳行』(火坂雅志)


 入門者向け時代伝奇小説百選、平安ものの後編であります。

51.『安倍晴明あやかし鬼譚』(六道慧) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 突然人の命を奪う鬼撃病が流行し、怪異が頻発する都。この事態を収めるべく奔走する齢84歳の晴明は、自分が少年となった夢を見て以降、徐々に若返り、陰陽師の力を失っていきます。
 自分が夢の中で光源氏と一体化してしまったことを知る晴明。さらに現実世界と、「源氏物語」の物語世界が入り交じるような出来事が次々と起こって……

 平安の有名人・安倍晴明。そして平安を代表する物語「源氏物語」――本作はその両者を組み合わせるという趣向のみならず、現実が物語と混淆し、侵食されていくという、一種の物語の怪を描きます。しかしそこに、政略の道具とされてきた二人の女性が、自分の物語を取り戻す様が重ね合わされることで、本作の物語は深みを増します。
 ユニークな伝奇物語であるだけでなく、同時に物語の力を様々な側面から描く快作です。


52.『かがやく月の宮』(宇月原晴明) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 独特の美意識に貫かれた伝奇物語を発表してきた作者が、日本最初の物語と日本最大の物語の奇妙な交錯を描く作品であります。

 自らの物語の書き出しに悩むある女性が手にした秘巻「かがやく月の宮」。かぐや姫の物語を記したそれは、しかし巷間に知られた竹取物語とは似て非なる物語を語ることになります。
 そして徐々に明らかになっていくかぐや姫の正体。仙道書「抱朴子」に記された玉女とは、波斯で月狂外道に崇められた月の女神とは……

 海を越えて展開する幻妖華麗な世界と同時に、その根底にある深い「孤独」の存在を描いてきた作者。本作はその孤独を、日輪に比されるこの国の帝のそれとして描き、日と月の出会いの先に、奇妙な救いを描き出します。 さらにそこから新たな物語の誕生が生まれるのも面白い、作者ならではの奇想に満ちた物語です。


53.『ばけもの好む中将』シリーズ(瀬川貴次) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 少女向けの平安伝奇を中心に活躍してきた作者が一般読者向けに描く本作は、実に作者らしいコミカルでエキセントリックな物語であるります。
 タイトルの「ばけもの好む中将」とは、左近衛中将宣能のこと。右大臣の御曹司にして容姿端麗な彼は、しかし怪異が好きでたまらず、わざわざ探しに出かけてしまう奇人であります。

 そんな宣能と、何故か彼に気に入られてしまった中流貴族の青年・宗孝。二人が怪異を求めて繰り広げる珍騒動は、作者が自家薬籠中とする平安コメディの楽しさに満ちています。
 その一方で、「怪異」の中に浮かび上がる人間模様もまた興味深い。特に各エピソードに絡む宗孝の十二人の(!)姉のキャラクターは、歴史の表舞台には現れない当時の女性たちの姿を掘り下げることで、本作に可笑しさに留まらない味わいを与えているのです。

(その他おすすめ)
『暗夜鬼譚 春宵白梅花』(瀬川貴次) Amazon


54.『風神秘抄』(荻原規子) 【児童文学】 Amazon
 古代を舞台とした「勾玉三部作」の作者が、その先の平安末期を舞台に描くボーイミーツガールの物語です。

 平治の乱に敗れ、一人生き残った源義平の郎党・草十郎。笛のみを友に生きてきた彼は、自分の笛と共鳴する舞を見せる白拍子の少女・糸世と出会い、惹かれ合うようになります。
 時空さえ歪めるほど自分たちの笛と舞の力で、幼い源頼朝の運命を変えようとする草十郎。しかしその力に後白河法皇が目をつけて……

 文字通り時空を超えるファンタジーであると同時に、実在の人物を配置した歴史ものでもある本作。その中では、神の世界と人の世界の合間で、自分の価値と居場所を求めて彷徨う少年少女の姿を描き出されることになります。
 草十郎にまとわりつくカラス、鳥彦王のキャラクターも魅力的で、重たくも明るく、微笑ましさすら感じさせる快作です。

(その他おすすめ)
『あまねく神竜住まう国』(荻原規子) Amazon


55.『花月秘拳行』(火坂雅志) Amazon
 後に大河ドラマ原作をも手がけた作者のデビュー作――平安末期を舞台とした奇想天外な拳法アクションであります。
 漂泊の歌人として歌枕を訪ねて陸奥へ旅立った西行。しかし実は彼は藤原貴族の間に連綿と伝えられてきた伝説の秘拳「明月五拳」の達人。もうひとつの秘拳「暗花十二拳」の謎を求める彼の行く手には、恐るべき強敵たちの姿が……

 西行といえば人造人間製造など、逸話には事欠かない人物。しかし本作は、その彼に歌人としての要素を踏まえつつ、拳法の達人というキャラクターを与えたのが素晴らしい。
 さらに、暗花十二拳を大和朝廷に怨みを持つまつろわぬ民の末裔に伝わる拳法と設定したのも見事。秘術比べの域を超え、歴史の陰に隠された怨念の系譜を浮かび上がらせることで、本作は優れた伝奇ものとして成立しているのです。


(その他おすすめ)
『人造記』(東郷隆) Amazon
『宿神』(夢枕獏) Amazon



今回紹介した本
安倍晴明あやかし鬼譚 (徳間文庫)かがやく月の宮ばけもの好む中将―平安不思議めぐり (集英社文庫)風神秘抄【上下合本版】 (徳間文庫)花月秘拳行 (角川文庫)


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 「安倍晴明あやかし鬼譚」(その一) 晴明と紫式部、取り合わせの妙を超えるもの
 「かがやく月の宮」 奇想と孤独に満ちた秘巻竹取物語
 「ばけもの好む中将 平安不思議めぐり」 怪異という多様性を求めて
 荻原規子『風神秘抄』上巻 歌舞音曲が結びつけた二人の向かう先に
 「花月秘拳行」 衝撃のデビュー作!?

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2017.06.28

浅田京麻『文明開化とアンティーク 霧島堂古美術店』 定番を超えた美しいものたちの物語

 明治時代の横浜の古美術店を舞台に、士族の娘と異人の血を引く鑑定士が繰り広げる、ちょっと不思議要素あり、ラブコメ要素ありの、瑞々しく魅力的な物語であります。

 留学を目指す兄のために、洋服店で働いてきた芳野結子。客に勧められて投機のために買った雪舟の掛け軸を売りに古美術店・霧島堂を訪れた彼女は、しかし店の鑑定士・ミハルから、掛け軸が真っ赤な偽物と知らされます。

 掛け軸のためにした借金返済のため、あわや身売りさせられそうになったものの、ミハルと友人たちの奔走で事なきを得た結子。
 それがきっかけで、霧島堂で売り子兼メイドとして働くことになった彼女は、イケメンながらドSで俺様キャラのミハルに反発を覚えつつも、いつしか惹かれるようになって……


 素直でお節介焼きのヒロインが、イケメンで腕利きだけど変わりものの店主に振り回されながらも少しずつ成長し、そしていつしかラブいことに――というのは、今日日のお仕事ものには定番のパターンでしょう。
 その意味では本作はそのど真ん中の作品。ミハルが異人の父と日本人の母との間に生まれたハーフであったり、物に込められた人の記憶を視る能力があったりという要素はあるものの、スタイル自体はまず定番と言ってよいかと思います。

 そのため(ミハルの「能力」が思ったよりも作中でクローズアップされることが少ないこともあって)第1巻を読んだ時点では、そこまで印象に残る作品ではなかったのですが――しかし、読み進めるにつれ、本作の魅力が、どんどんと強まっていくのを感じました。

 何よりも、結子とミハルの、初対面は悪印象だった同士が、やがてそれぞれの美点を見出し、様々な障害を乗り越えて惹かれあっていく――というこれまた定番の展開を、本作ならではの設定を生かしつつ丹念に描き、積み上げていくのがいいのです。

 士族の出とは言い条、兄の立身のためには自分が働かなければならない結子。父は母国に帰り、母は早くに亡くなって、異人の子として周囲から爪弾きにされてきたミハル。
 それぞれにこの時代ならではの背景を抱えた二人が、その背景から生まれるものに翻弄されつつ、それだからこそ互いを理解し、距離を縮めていく……

 むしろお話としては当然の展開ではありますが、それだからこそ、きちんと描くのは難しい内容。しかし作者は、おそらくはデビュー作の本作において、そうとは感じさせぬ確かな筆致で、そんな微笑ましくも、大いに共感を抱かせる二人の姿を丹念に描き出すのであります。


 しかし――それ以上に本作を魅力的なものとしているのは、「明治時代の」「横浜の」「古美術店」という設定を存分に活かした物語作りにこそあります。

 タイトルに冠された「文明開化」によって海外の事物が一気に流れ込んできたこの時代。それは同時に、この国の古き物の価値が、一気に揺らいだ時代でもありました。
 廃仏毀釈により破壊・消失した仏像仏典、印刷技術の発展で消えていった(そして海外に流出した)浮世絵――そんな、時代の境目に翻弄された数々の美術品にまつわる物語を、日本と諸外国との接点である横浜において、本作は描き出します。
(そしてその古さと新しさの、洋の東西の交わるところに、その申し子ともいうべきミハルを据える設定もいい)

 そしてまた、上に挙げたようなメジャーな題材だけではありません。
 例えばラストエピソードとなる第4巻においては、「買弁」(欧米のビジネスを支援する代理人的立場の清国人)という、漫画のみならず他のメディアでも滅多に登場しない存在を題材に物語を展開してみせたのには、大いに感心させられた次第であります。


 前半で定番という言葉を連発してしまい、非常に申し訳なかったのですが、その定番を踏まえつつも、そこから大きくステップアップして、この作品ならではの美しい独自の物語を見せてくれた本作。
 全4巻と分量は少なめなのですが、しっかりと内容の濃い良作であります。


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2017.06.26

北森サイ『ホカヒビト』第2巻 人に寄り添い、人を力付ける者

 この世ならざるものを見る目を持つ少年・エンジュと、彼を連れて旅することになった女薬師・コタカの道行きを描く、不思議でもの悲しく、そして温かい物語の続巻であります。

 行き倒れた母の胎内から、山に暮らす老婆・オバゴによって取り出され、二人で暮らしてきたエンジュ。しかしある年その地方を飢饉が襲ったことから、土地の人々に忌避されてきた二人は災いの源扱いされた末に、理不尽な襲撃を受けることになります。
 オバゴの犠牲とコタカの助けによって救われたものの、天涯孤独となったエンジュ。コタカとともに旅に出た彼は、往く先々で様々な人と、そして不思議な現象と出会うのですが……


 そんな二人の旅路を描くこの2巻の冒頭で描かれるのは、前巻から続く、エンジュの目にしか見えない妖虫・ツツガムシが跳梁する村の物語であります。
 江戸から明治に変わり、新しい時代となっても重税と病に苦しむ村の人々の中で、病気の祖父を支えて健気に暮らす美少女・ユキと仲良くなったエンジュ。しかしエンジュたちが村を離れている間に、ユキに目を付けた徴税吏によって、彼女は惨たらしい暴力に晒されて……

 というあまりにも救いのないエピソードに続いて描かれるのは、コタカとは幼なじみの青年・リュウジが監督として働く鉱山に現れた、奇怪な幽霊の物語。
 坑道の中に現れ、おれは誰だと訪ねる、体中に包帯を巻いた男という、本作には珍しいストレートな怪物めいた存在の意外な正体とその過去に、コタカとエンジュは触れることになります。

 そしてそこから続いてリュウジがエンジュに語るのは、コタカが「コタカ」となった物語であります。
 不作の年に村から生贄に出された末、狼に育てられて人の言葉を無くし、犬神の使いと呼ばれることとなった少女・ハナ。彼女と、彼女を救おうとするリュウジの前に現れた隻眼の男、旅の薬師「コタカ」は、ハナを捕らえると厳しい態度で接するのですが……


 この巻に収められた三つのエピソードは、それぞれ全く異なる物語ではありますが、そこに共通するものは確かに存在します。
 それは人間の見せる弱さ、悲しさ、醜さ――自分自身の力ではどうにもならぬ理不尽な状況の中で、苦しむ人々の姿であります。

 そんな苦しみの中で、ある者はなす術なく流され、ある者は他者を犠牲にしようとし、またある者は深く傷つき――時には命を、人の身を捨てるしかなかった人々の前に、エンジュとコタカは立つことになります。
 いや、ここまで描かれてきたように、エンジュとコタカ自身が、そんな人々の一人であったのです。

 それでは人間は――そしてエンジュとコタカは――そんな理不尽な苦しみに対して、本当に無力な存在でしかないのでしょうか。
 その答えは、半分は是、半分は否なのでしょう。
 神ならぬ人の力ではどうにもならないことはある。しかし、それでも、人が人として命を全うしようとする限り、それに寄り添い、力づけることはできる――そしてそれこそが、「コタカ」と呼ばれる者の持つ力なのです。

 「コタカ」にできることは、苦しむ者に、命の流れの向かう先を示してやることでしかありません。
 しかし、人が自分一人で生きてるわけではないと知ることが、どれだけの力を生み、救いをもたらすか。本作で描かれるコタカとエンジュの旅路は、その一つの証であると言えます。そしてそれこそが、彼らから世に生きる人々への祝福なのでしょう。


 もっとも、身も蓋もないことを言ってしまえば、そこから生まれるカタルシスは、そこまでに描かれる人間と世界の悲惨さを上回るものではなかった――より厳しい言い方をすれば、そこから予想できる物語の範囲から出るものではなかった、という印象はあります。
 それを考えれば、本作がこの巻で終了というのも、やむなしとも感じますが……

 しかし新たな「コタカ」の誕生を予感させる結末は、人一人のそれを超えて――血の繋がりを超える、心の繋がりを持って――遙かに受け継がれていく(受け継がれてきた)命の流れを感じさせるものであります。
 そしてそれを以て、本作として描かれるべきは描かれたと、そう言ってもよいのではないでしょうか。


ホカヒビト』第2巻(北森サイ 講談社モーニングKC) Amazon
ホカヒビト(2) (モーニング KC)


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