2019.01.17

戸南浩平『菩薩天翅』 善悪の彼岸に浮かび上がる救いの姿


 明治初頭を舞台に、幕末を引きずる男の苦闘を描いた『木足の猿』の作者の第2作は、やはり明治初頭を舞台とした苦い味わいの物語。大罪人だけを狙う謎の殺人鬼の跳梁を縦糸に、人間の中の善と悪、罪と救いを横糸に描かれる、時代ミステリにしてノワール小説の色彩も濃い作品であります。

 廃仏毀釈の嵐が吹き荒れる明治6年、東京を騒がすのは、大きな悪事を働いてきた者を次々と殺し、仏に見立てた姿で晒す連続殺人事件でありました。この「闇仏」と呼ばれる犯人が次に標的として宣言したのは、閻魔入道こと大渕伝兵衛――悪逆非道を繰り返してのし上がり、今は金貸し、そして死の商人として財を蓄えた男であります。

 そして闇仏から身を守るべく閻魔入道が集めた用心棒の一人が、本作の主人公である倉田恭介――侍崩れで剣の使い手である恭介は、故あって共に暮らす10歳の少女・サキとの暮らしのために、心ならずもこの極悪人の用心棒として雇われたのであります。
 一方、その恭介に接近してきたのは、司法省の役人を名乗る男。彼は閻魔入道が裏で集めた新式銃300丁の在処を、政府転覆を企む一団に売られる前に突き止めて欲しいと恭介にもちかけるのでした。

 将来の警官としての採用と引き替えに、スパイとして危険な立場に身を置くことになった恭介。そんな恭介の正体を知ってか知らずしてか、閻魔入道は彼に見せつけるように、様々な非道を働いてみせるのでした。
 そんな中、自分の恩人であり、孤児たちを育てる老尼を救うために大金が必要となった恭介は、ある覚悟を固めるのですが……


 閻魔入道が秘匿する新式銃300丁の行方、そして何よりも怪人・闇仏の正体と目的という大きな謎を中心に据えたミステリである本作。しかしまず印象に残るのは、維新直後の混乱の中、泥濘を這いずるような暮らしを送る者たちの姿であります。
 時代の流れに取り残され、あるいは時代のうねりに巻き込まれ、輝かしい新時代とは無縁の、食うや食わずやの暮らしを送る人々。その代表が恭介とサキですが――彼らが追いつめられ、そこから抜け出すべく危ない橋を渡る姿を、本作は生々しく描き出します。

 そもそも恭介は、浪人となった父と母を失い、妹と二人で子供の頃から放浪してきた身、その途中に妹と生き別れ、後に出会ったサキを妹のように感じている男であります。
 身につけた剣の腕はあるものの、それ以外何もない恭介が生きるために、大事な者たちを守るために何ができるのか――それが多くの人々を苦しめる大悪人・閻魔入道を守るという、結果として悪に手を貸す行為となる矛盾を、何と表すべきでしょうか。

 そう、冒頭に述べたとおり、本作において描かれるのは、人間の中の善と悪。善のために悪を為し、悪を為したことが善に繋がる――それは恭介のことでもあり、彼が対峙する闇仏のことでもあります。
 そんな複雑で皮肉な、そしてもの悲しい人間たちの姿からは、まさに本作の底流に存在する仏教的な世界観が感じられるのです。

 しかしそんな中で一際異彩を放つのが、自らが生きるためではなく、自らの楽しみのために悪を為す閻魔入道の存在であります。
 驚くべきことに、深く仏教に帰依しているという彼は、自らの悪に自覚的でありながらも、なおも後生を思って行動するというのですが――そんな彼の存在そのものが、本作で描かれる善と悪の線引きの儚さを象徴していると言ってもよいのではないでしょうか。

 そして本作で描かれるその善悪の彼岸で明かされる真実の超絶ぶりには、おそらくは誰もが驚くだろう、とも……


 本作を読み進めるにつれて強まる、この世に仏はないものか、という想い。結末において、我々がその答えをどう出すかは、人によって様々かもしれません。
 しかし私は、やはりそこには一つの救いがあると――それは多分に運命という、あやふやなもに頼ったものかもしれませんが――そう考えたくなります。

 ノワールとして、ミステリとして、剣豪ものとして、明治ものとして、そして何よりも人間の中の善悪と救いの姿を描く物語として――様々な顔を持ち、それが複雑に絡み合って生まれた佳品であります。


『菩薩天翅』(戸南浩平 光文社) Amazon
菩薩天翅(ぼさつてんし)


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2019.01.06

瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第5巻 激闘の果て、驚愕の新展開へ


 生き延びて海を渡った源義経がテムジンを名乗り、新たなる戦いを繰り広げる姿を描く本作も、気付いてみればもう第5巻。メルキトに攫われたボルテを追って単身乗り込んだテムジンは果たしてボルテを奪還できるのか、そしてその先に待つものは?

 放浪の末にキャト氏に拾われ、タイチウトやケレイトとの微妙な関係を危険な綱渡りで切り抜けてきたテムジン。しかし何となくいい感じだったコンギラト族の娘・ボルテがメルキトの族長・トクトアに略奪されたことから、テムジンはただ一人メルキトに乗り込むことになります。
 とはいえメルキトはモンゴル三強の一つであり、鉄資源を擁して力を蓄えてきた強大な部族。行く手に立ち塞がる無数の兵、そして剛力を誇るトクトアに、テムジンは……


 というわけで、この巻の前半で繰り広げられるのは、第1部完とでも言いたくなるような死闘。
 義経としての活躍として伝えられるものから想像できるとおり、兵を率いても個人の武勇でも抜きん出たものを持つテムジンですが――しかし個人の力にはもちろん限界があります。

 そんな彼を助けるのは、ボォルチュやカサル、ベルクテイといったキャト氏の面々だけでなく、ジャムカやオン・ハーンといった、時に手を組み、時に利用し合ってきた面々。
 もちろんこれはお互いの利害関係が合致したからでもあるのですが――しかしそれでも、たった一人で大陸に流れ着いた異邦人がいかなる理由であれこれだけの人を動かすというのは、それは間違いなくテムジンの力であり、運であり、才といえるのではないでしょうか。

 そして死闘の果てに様々なものを得たテムジン。ボルテを傍らに、新たな道を踏み出した彼の向かう先は……


 と、仰天させられたのは、ここで物語の時間は大きく流れ、4年後を舞台とした物語が始まること。テムジンはキャト氏の族長となり、そして大国ケレイトのオン・ハーンは、弟の反乱によって国を追われ――え!?

 いや、テムジンがキャト氏の英雄イェスゲイの子として族長を継ぎ、弟であるカサル、ベルクテイを率いて高原統一に乗り出したのも、一方ケレイトでオン・ハーンがその王位を追われたのも史実通りではあります。
 しかしそれを直接描かずにスルーしてしまうとは――おそらくは非常に長い期間を描くことを想定しているであろう本作で、どこかで時間が飛ぶのはむしろ当然とはいえ――さすがに驚かされました。

 特にオン・ハーンは、物語が始まって以来テムジンやジャムカにとって、壁として立ち塞がってきた人物。強大とも凶暴ともいうべきその人物像は、テムジンの最大の敵かつ目標として描かれていたのですが――しかしその(一時)退場がこのような形で処理されるとは、どうなのかなあ――という印象はあります。
 史実通り(といってもおそらくベースは『元朝秘史』だとは思いますが)タイミングなどアレンジも可能だったのでは、と素人考えながら感じてしまいました。もっとも、この後より詳しく描かれるのかもしれませんが……

 さらにいえば今回テムジンとジャムカの間に決定的な影響を与えるジャムカの弟の登場も、いささか唐突な印象があり――過去エピソードも今回描かれてはいるものの――本作独特のテンポの良さが、今回はいささか性急な印象に繋がってしまったように思えます。


 とはいえ、終盤には本作ならではの展開――テムジンではなく、源義経に恨みを持つと思しき謎の人物が登場。彼の存在がこの先のテムジンの運命と物語に如何なる影響を与えるかは気になってしまうところで、その辺りはやはり巧みと言わざるを得ません。


『ハーン 草と鉄と羊』第5巻(瀬下猛 講談社モーニングコミックス) Amazon
ハーン ‐草と鉄と羊‐(5) (モーニング KC)


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2018.12.30

このブログが選ぶ2018年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

 今年も一年の締めくくり、一人で選んで一人で発表する、2018年のベストランキングであります。今回は2017年10月から2018年12月末発刊までの作品について、まずは文庫書き下ろし6作品を挙げたいと思います。

1.『おもいで影法師 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫)
2.『百鬼一歌 都大路の首なし武者』(瀬川貴次 講談社タイガ)
3.『義経暗殺』(平谷美樹 双葉文庫)
4.『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』(阿部暁子 集英社文庫)
5.『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫)
6.『勾玉の巫女と乱世の覇王』(高代亞樹 角川春樹事務所時代小説文庫)


 第1位は、これは個人的には文庫書き下ろしにおける妖怪時代小説の一つの完成型ではないか、とすら思う作品。死んでぬりかべになった父を持つヒロインが奮闘する『九十九字ふしぎ屋商い中』シリーズの第3弾ですが、とにかく表題作が素晴らしい。
 妻を亡くしたばかりの隠居同心宅に現れる不思議な影法師。はじめは同心の妻の幽霊かと思われたその影は、しかしやがて様々な姿を見せ始めて――と、ちょっといい話と思いきやゾッとさせられて、そして意外な結末へ、と二転三転する物語には感心させられたり泣かされたり。作者は期間中、幻となっていた『あやかし同心捕物控』シリーズも再開し、いま脂が乗りきっているといえるでしょう。

 第2位は、平安ものを得意とする作者が鎌倉時代初期の京を舞台に、和歌マニアの青年と武芸の達人の少女を主人公に繰り広げるコミカルな時代奇譚の第2弾。今回はタイトル通りに奇怪な首なし武者事件に巻き込まれる二人ですが、その背後には哀しい真実が……
 と、個性的過ぎるキャラクターのドタバタ騒動で魅せるのはいつもながらの作者の得意技ですが、本作はそれに史実――この時代、この人々ならではの要素が加わり、新たな魅力を生み出しているのに感心です。

 そして第3位は、今年もバラエティ豊かな作品で八面六臂の活躍を見せた作者の作品の中でも、久々の義経ものである本作を。兄に疎まれ、奥州に逃げた源義経が、妻子とともに何者かに殺害された姿で発見されるというショッキングかつ何とも魅力的な導入部に始まり、その謎が奥州藤原氏の滅亡、そしてその先のある希望に繋がっていく物語は、『義経になった男』で時代小説デビューした作者の一つの到達点とも感じられます。
 ちなみに作者は今年(も)実にバラエティ豊かな作品を次々と発表。どの作品を採り上げるか非常に悩んだことを申し上げます。

 第4位は南北朝時代を背景に、副題通り吉野――南朝の姫君が、お忍びで向かった京で出会った義満と世阿弥とともに繰り広げる騒動を描く作品。今年も何かと話題だった室町時代ですが、本作はライト文芸的な人物配置や展開を見せつつも、混沌としたこの時代の姿、そしてその中でも希望を見いだそうとする若者たちの姿が爽快な作品です。
 個人的には作者の以前の作品を思わせるキャラクター造形が嬉しい――というのはさておき、作品のテーマを強く感じさせる表紙も印象に残ります。

 続く第5位は、期間中、ほとんど毎月、それもかなりバラエティに富んだ新作を刊行しつつ、水準以上の内容をキープするという活躍を見せた作者の、新たな代表作となるであろう作品。孤島に居合わせた六人の男女が次々と奇怪な手段で殺される――という、クローズドサークルものど真ん中のミステリである(本作が時代小説レーベルではないことに注目)と同時に、時代ものとしてもきっちりと成立させてみせた快作です。

 そして最後に、本作がデビューした作者のフレッシュな伝奇活劇を。いまだ混沌とした戦国時代を舞台に、長き眠りから目覚めた「神」と、その巫女に選ばれた少女を巡り、一人の少年が冒険を繰り広げる様は、時代伝奇小説の王道を行く魅力があります。
 その一方で、神の意外な正体や目的、そして張り巡らされた伏線の扱いなど、これがデビュー作とは思えぬ堂々たる作品で、今後の活躍が楽しみであります。


 ちなみにもう一つ、本年印象に残ったのは、本格ミステリ作家たちが忍者(の戦い)をテーマに描いたアンソロジー『忍者大戦』。『黒ノ巻』『赤ノ巻』と二冊刊行された内容は、正直なところ玉石混淆の部分もあるのですが、しかし時代小説初挑戦の作家も多い中で描かれる物語は、それだけに魅力的で、ユニークな企画として印象に残りました。

 と、振り返ってみれば、図らずも平安・鎌倉・室町・戦国・江戸と散らばったラインナップになりました。保守的なイメージの強い文庫書き下ろし時代小説ですが、その実、多様性に溢れていることの一つの証――と申し上げては牽強付会に過ぎるでしょうか?


おもいで影法師: 九十九字ふしぎ屋 商い中 (光文社時代小説文庫)

霜島 けい 光文社 2017-10-11
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百鬼一歌 都大路の首なし武者 (講談社タイガ)

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義経暗殺 (双葉文庫)

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室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君 (集英社文庫)

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猿島六人殺し 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)

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勾玉の巫女と乱世の覇王 (時代小説文庫)

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 瀬川貴次『百鬼一歌 都大路の首なし武者』 怪異が浮き彫りにする史実の爪痕
 平谷美樹『義経暗殺』(その一) 英雄の死の陰に潜むホワイダニット
 平谷美樹『義経暗殺』(その二) 天才探偵が見た奥州藤原氏の最期と希望
 阿部暁子『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』 現実を受け止めた先の未来
 鳴神響一『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』 本格ミステリにして時代小説、の快作
 高代亞樹『勾玉の巫女と乱世の覇王』 復活した神の望みと少年の求めたもの

 このブログが選ぶ2017年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

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2018.12.18

百地元『黒狼』第1巻 原田左之助、満州に立つ――40年後の!?


 新選組隊士の中でも、その豪快なキャラクターで特に人気の高い原田左之助。彼には幕末に生き残り、満州に渡って馬賊となったという楽しい伝説がありますが――本作は伝説通り、左之助が満州で大暴れする姿が描かれる物語であります。ただし、戊辰戦争から40年後の満州で!

 彰義隊に加わり、上野寛永寺で新政府軍と戦った末に壮絶な最期を遂げた原田左之助。しかし彼が目を覚ましてみれば、そこは遠く異国の地――中国大陸は満州でありました。
 状況が掴めぬまま、この地で覇権を争う二つの馬賊集団――金寿山と白虎王の争いに巻き込まれた左之助は、その最中に白虎王に目を付けられることになります。

 いや、白虎王が注目したのは、左之助ではなく、彼が首に下げた石。左之助の祖父の形見のその石こそは、持つ者に王の力を与える伝説の宝玉「龍の瞳」の欠片だというのではありませんか。
 自身もその欠片の一つを持つという白虎王に自分の欠片を奪われそうになり、逆に相手の欠片を飲み込んでしまった左之助。それがきっかけで、彼は白虎王と行動を共にすることになるのでした。

 自分が目覚めたこの時代が、上野戦争から実に40年後と知り、さすがに驚く左之助。しかし満州の覇権を争う男たちの戦いの真っ只中に放り込まれた左之助は、持って生まれた闘争心に火をつけ、馬賊となることを決意するのでした。
 白虎王――後に満州王と呼ばれる男・張作霖の下で……


 というわけで、冒頭で触れたように、左之助が馬賊となって活躍する(正確にはこの巻のラストでようやく馬賊に仲間入りするのですが)本作。
 左之助が馬賊に、と聞いた時には、普通に(?)上野戦争で死ななかった左之助が海を越えるものと思いこんでいたのですが――豈図らんや、一度死んだと思ったら満州にいました、という転生もの(というよりタイムスリップもの)チックな展開だったとは!

 というわけで冒頭から驚かされる本作ですが、さらに驚かされるのは、彼の前に現れた馬賊の頭目――一見とても馬賊に見えぬ小柄な美形ながら、その実、極めて凶暴なその青年の正体が、張作霖であることでしょう。

 爆殺という、たぶん日本史の教科書に出てくる人物の中でも屈指のアグレッシブな最期を遂げたことで多くの人の記憶に残る張作霖ですが、本作で描かれるようにその前身は馬賊。
 貧しい少年時代を過ごしながらも馬賊として頭角を現し、日清・日露戦争後の東三省(中国東北部)で、日本軍や地方軍閥の間を巧みに立ち回って一大軍閥を築いた彼は、ある意味、混沌としたこの時代を象徴するに相応しい人物と言えるかもしれません。

 なるほど、いくら左之助が有名人であったとしても、いきなり彼自身に馴染みのない異国に渡るのも、我々読者にあまり馴染みのない馬賊になるのも、ちょっとすぐには受け入れにくい話。
 そこで彼を、我々を新たな世界に導くナビゲーターとして――そしてもちろん、その世界で大暴れするもう一人の主役として、張作霖を設定してみせたのは、実にユニークな目配りと言うべきでしょう。

 ……もちろん、それでいきなり40年飛ぶのはどうかとも思いますが、しかしそれは「龍の瞳」とともに、本作の物語の根幹となる一つの要素なのではないかと思います(実は単なる設定のための設定でも、それはまあそれで)。
 本作の舞台設定が、上野戦争からジャスト40年後だとすれば、1908年――その年に西太后が亡くなり、清朝最後の皇帝である溥儀が皇帝となったことを考えれば、その激動の中で、左之助と張作霖がどのように暴れ回ることになるのか、大いに気になるではありませんか。

 何よりも本作の左之助は、荒々しくも凛々しく、そして何よりもバイタリティに溢れた快男児。そんな彼が、「また」死に損なった後にたどり着いた新天地で何を見るのか、見せてくれるのか――実に楽しみなのであります。


 そしてもう一つ、左之助が首に下げる形見が、彼の祖父のものだけでなく、彼がかつて手に掛けた(と本作では描かれる)あの男のものでもある、というのが、新選組ファンとしては何とも気になるところなのですが――さて。


『黒狼』第1巻(百地元 講談社アフタヌーンKC)

黒狼(1) (アフタヌーンKC)

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2018.12.12

SOW『風銘係あやかし奇譚』 百人斬りが見た文明開化の光と陰


 西南戦争で百人斬りの悪名を轟かせた時代遅れのサムライと、内務省警保局図書課風銘係なる肩書きを持った謎の少女が、文明開化の世に新たな生き方を探す(中であやかし絡みの騒動に巻き込まれる)、ちょっと変わった明治ものノベルであります。

 西南戦争の熊本城での激戦で無数の官軍を斬った末、深手を負って捕らえられた青年・乃木虎徹。牢の中で意識を取り戻した彼を迎えに来たのは、卯月と名乗るちょっと変わった少女でありました。

 彼女が勤めるのは内務省警保局図書課風銘係なる聞いたこともない部署。その上司であり、官界に顔の利く謎の男・天樹鈴白に何故かスカウトされた虎徹は、行く宛もなかったこともあり、試用期間ということで風銘係に参加することになります。
 その風銘係の業務とは、一種の文化振興事業。文明開化の世にはびこる因習や偏見・誤解を解くために奔走する卯月を――自分自身も文明開化の風物に驚きつつ――助けて、虎徹は奮闘することになります。

 そんな中、二人が新宿の貧民街で出くわしたのは、コレラの流行に乗じてぼろ儲けを企むインチキ宗教者。人々を誑かし、こちらの言葉も通じない相手に、人斬りに戻ることを決意する虎徹ですが、その前に宗教者に雇われた用心棒が現れます。異様な存在感を漂わせるその男こそは、帝都を騒がせるある事件の犯人であり、そして……


 文明開化の時代を舞台した物語といえば、文明開化に乗り切れない時代遅れのサムライか、あるいは夢に燃えてその文明開化の最先端で活躍(奮闘)する人物が主人公になるというのが、まず定番でしょう。

 そして本作の主人公たる虎徹は、その双方の要素を持つキャラクター――すなわち、西南戦争で人を斬って斬って斬りまくってきた最後の薩摩武士にして、一転、風銘係なる肩書きで文化振興に奔走する人物として、描かれることになります。
 もちろんそこには卯月という導き手がいるのですが、ちょっと浮き世からずれたキャラである卯月と、さらにずれている虎徹のおかしなコンビが文化振興に当たる様は、本作の前半の見せ場というべきでしょうか。

 ちなみにその中で虎徹が目の当たりにすることになる文明開化の東京の姿は、有名なものからマイナーなものまで様々で、かなり丁寧に描写されているのが印象に残るところであります。
 聞けば本作の作者は、劇場版の『るろうに剣心』のノベライゼーションを担当していたとのこと。恥ずかしながらそちらは未読なのですが、なるほど、と言うべきでしょうか。


 しかし本作は、ちょっとおかしなバディの、ちょっとトリビアルな明治漫遊記だけで終わる物語では、もちろんありません。何しろ虎徹は剣呑極まりない百人斬り――一見平和の世に馴染んだようでいて、作中後半で描かれるように、容易に人斬りのメンタリティに戻れる男なのですから。

 そんなキャラクターを本作の主人公にする必然性は何なのでしょうか。その手がかりの一つになるのは、本作が決して時代の陽を――輝かしい文明開化の光のみを描くものではなく、同時にその光から外れた陰の中に取り残された者・物・モノを描いた物語であるということではないでしょうか。

 そう、虎徹は(そして実は卯月も)最も文明開化とほど遠い、それどころかその対極にあった人物。その彼の目から見た時代の姿は、ある意味正面から描く以上に、よりその本質を――少なくともその本質の一つを――描き出しているように感じられます。
(ちなみに、主人公たちを助ける役回りであり、二人とは別の意味で文明開化の時代を象徴するキャラクターとして、佐藤進を配置するセンスには感心させられます)

 そしてその構図は、後半に登場する「敵」の姿と対比することによってより明確になるのですが――そのもう一人の虎徹というべき存在と対峙することによって、虎徹の中の人間性、ある意味文明と対応する部分を浮かび上がらせるのも、面白いところでしょう。


 正直な印象を申し上げれば、虎徹のキャラクターはあまりにわかりやすい、関ヶ原からタイムスリップしてきたような薩摩武士でありますし、その「敵」の「ヒャハハと笑う殺人鬼」というキャラも、非常に類型的に感じます。(ただし本作の場合、それをあえてやっている印象も強いのですが……)

 それでもなお本作は、明治を、文明開化を切り取った物語として独自の味わいを持ちます。新たな時代で生まれ変わった虎徹が何を見るのか――その先が気にならない、と言えば嘘になるでしょう。


『風銘係あやかし奇譚』(SOW マイクロマガジン社文庫)

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2018.12.02

『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』 当時ならではの、そして現在だからこその悪の姿

 邪悪な魔法使いグリンデルバルドが護送の途中に脱走、パリに潜伏した。一方、恩師ダンブルドアの依頼もあり、仲違いしたそれぞれの恋人を追いかけて、人間の友人・ジェイコブと共にパリに向かうニュート。そこで彼らは再びグリンデルバルドとクリーデンスにまつわる事件に巻き込まれることに……

 ハリー・ポッターシリーズと同一世界の過去の物語であり、その前史とも言うべき『ファンタスティック・ビースト』シリーズの第二弾である本作。
 前作は1926年のアメリカを舞台に、逃げた魔法生物を追うニュートの奮闘と、強大な魔力を持つ青年・クリーデンスの謎が描かれた末、事件の黒幕であったグリンデルバルドの捕縛を持って終わりましたが、本作はその翌年を舞台に、次なる物語が描かれることとなります。

 その物語の中心となるのは、もちろん第1作で活躍した面々顔ぶれ――魔法生物の研究に並々ならぬ熱意と愛情を燃やすもののコミュ障気味のニュート、魔法とは無縁で気のいい中年男性・ジェイコブ、生真面目で活動的な魔法省の役人のティナ、そして彼女の妹で相手の心を読む魔力を持つクイニーの四人。
 そんな彼らの(特に物語前半での)姿は、実に「らしく」楽しく、久々にお馴染みの面々に再会できたという気持ちになれます。

 そしてお馴染みといえば、本シリーズには初登場ながら、ファンの皆が待ち望んでいた若き日のダンブルドアがついに登場。
 初登場シーンの表情一つで、「これはあのダンブルドアだ!」と思わされるジュード・ロウの好演は、登場する場面は決して多くないものの、一筋縄ではないかないこの人物を見事に描き出していたといえるでしょう。

 そして予備知識なしに見れば誰もが仰天したであろう「彼女」が実に印象的な姿で登場し、さらに今まで名前だけが語られていたあの人物の意外な活躍(?)と、ファンにとっては実に嬉しいキャラクターたちが登場。
 何よりも、(過去の時代の姿ではあるのですが)「懐かしの」と形容したくなるようなホグワーツ魔法学校の姿には、誰もが胸躍らせることでしょう。


 このように、心憎いまでのファンに対する目配せを見せる本作ですが――しかしそこで描かれるのは、前作よりも遙かに重く、厳しい物語であります。

 前作ではほとんど顔見せ同然の登場で捕らえられてしまったグリンデルバルド。本作では(予想通り)冒頭であっさりと逃走、故あって――その「故」を、ファンにはお馴染みのあのアイテムを用いて、直接的ではなく、しかしこれ以上ないほど鮮明に描く演出に脱帽――ダンブルドアが彼と戦いを避ける中、彼の影響力が水面下で、しかし着実に広がっていく姿が、克明に描かれることになります。

 そしてその末に――今回もまた様々な姿で登場する魔法生物たち以上に――強烈な印象を残すのは、本作のクライマックスで描かれるグリンデルバルドの姿であります。

 まだ公開されたばかりの作品故に、詳細は申し上げません。しかしここで描かれるグリンデルバルドの姿は、後の世を騒がせることとなるヴォルデモートとは全く異なる「悪」の姿を体現するものである――と言うことは許されるでしょう。
 そしてそれはまた、物語の舞台となる1920年代――先の大戦が終わり、平和な日々への希望を抱いた人々の間に、新たな不安が芽生えつつあった時代――だからこそ生まれたものであると同時に、極めて現代的なものでもあるのです。

 この世に悪の種を蒔くべく、自らの信奉者を煽り立てるグリンデルバルド。しかしその言葉は、表向きは決して悪を為そうというものではありません。そこにあるのは、この世にある脅威や恐怖の存在と、それに対する備えの訴え――そのことのみ。
 しかしその言葉にどれだけの毒があるのか、それがどれだけ危険なものであるか、我々は知っています。そう、ここで描かれる悪は、いま我々が目の前で対峙しているものにほかならないのですから。


 一本の映画としてみた場合、悪の存在感が強すぎるために、歪な印象があるのは否めません(それはあるいは、五部作の二作目だからこそ描けるものであるかもしれませんが)
 しかし個人的には、この時代が舞台だからこそ描ける、そしていまこの時代だからこそ描かれなければならない悪の存在を見事に提示してくれた本作に、大いに満足しています。

 そしてこの先に望むのは、この悪に我々はどう対峙すべきなのか――その答えであります。本作の結末でわずかにその可能性が垣間見えたようにも思えるそれを、この先どのように描くのか――今後の物語が今から楽しみでなりません。


関連サイト
 公式サイト

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2018.11.27

永山涼太『八幡宮のかまいたち 江戸南町奉行・あやかし同心犯科帳』 しまらない二人が挑む「怪異」の意味


 弁慶の亡霊に鬼火、かまいたちに置いてけぼりと、江戸を騒がす「怪異」に挑む者たちを描く本作は、タイトルを見れば一見伝奇捕物帖のようですが――しかし主人公は悩めるおっさんと若者のバディ。そんなしまらない二人が、ままならぬ世の不条理に挑む、何ともユニークで味わい深い連作であります。

 「とりもちの栄次郎」の異名を持ち、若くして隠密廻りになりながらも、やりすぎて周囲から疎まれ、妻にも逃げられた北町奉行所同心・望月栄次郎。江戸を騒がす盗賊一味を追いつめたものの頭目を逃し、謹慎処分となった彼は、好奇心から永代橋のたもとに弁慶の亡霊が出るという噂を確かめに行くのですが――そこで一人の青年武士とぶつかることになります。

 その青年の名は筒井十兵衛――直心影流の名門・団野道場でも有数の使い手であり、名奉行・筒井伊賀守の三男である彼は、父から命を受け、釈然としないながらも亡霊の正体を探りに来ていたのであります。
 互いに胸に鬱屈を抱えた者同士、些細なことから争いとなった二人ですが、場数の違いから叩きのめされたのは十兵衛の方。弁慶の亡霊の正体は成り行きから解き明かされたものの、遺恨を残した二人は、深夜の回向院で立ち会いを約するのでした。

 そして始まった二人の対決。しかしその最中に、パチパチという音とともに不気味な炎が出現して……


 というわけで、本作の主役を務めるのは、公私ともどもドロップアウト寸前の中年と、自分の将来に希望を見いだせず空回りする青年という、なかなか身につまされる設定の二人。

 狙った相手から離れないことから「とりもち」と呼ばれていたものが、役目から外されて町会所見廻となった末に「餅搗き」と呼ばれるようになった栄次郎。弁慶の幽霊の探索を命じられたものの勝手がわからず、橋のたもとの茶店で餅ばかり食べていたために「餅食い」と呼ばれてしまった十兵衛。
 共に餅にまつわるしまらない渾名を付けられてしまった二人が、なりゆきから「永代橋の弁慶」「回向院の鬼火」「八幡宮のかまいたち」「深川の置いてけぼり」といった江戸を騒がす怪事件に立ち向かう姿が、本作では描かれることになります。

 はじめは斬り合いを始めるほど仲が悪かった二人が、同じ謎に挑み、同じものを見る中で、やがて互いの距離を縮め、無二の相棒となっていく――そんな定番をきっちり押さえた展開は、バディもののファンであれば必ずや琴線に触れるはず。
 特に、上に述べたように、二人がある意味世の正道から外れかけた人物だけに、彼らの絆と、そして彼らが事件の最中で出会う人々に向ける眼差しは、強く印象に残るのです。


 そしてそんな二人の存在は、本作で描かれる「怪異」の正体とも、強く関わっていくことになります。

 あまり詳細に触れるわけにはいきませんが、本作で描かれる「怪異」は、いずれも人間が、人間の心が――そしてそんな人々を生み出すこの世の在り方が生み出したもの。
 そうして生まれた「怪異」は、常の法で裁くことはできません。仮に裁くことができたとしても、それは真の解決にならず、新たな「怪異」を生み出すことになりかねないのですから。

 だとすればそれを鎮められるのは、この世を法で治める側の人間にありつつも、「怪異」に関わる人々と同じく、この世のままならなさの前にもがき苦しみ、それでいてこの世を諦めきることもできない者たちでしょう。
 そしてそれは、栄次郎と十兵衛の二人しかいないのであります。
(ただこの二人の――特に栄次郎の視線というか主義主張がえらく保守的に見えてしまうのは、少々、いやかなり気になるところではあります)


 誰が名付けたか、いつの間にか世間に広まった「物怪憑物改方」の名に振り回される二人。しかしこの世において「怪異」が如何なる意味を持つか、如何なる役割を持たせるべきか知った時、二人は胸を張ってその名を受け容れることになります。

 そう、物怪憑物改方 妖同心の活躍はまだ始まったばかり。二人がいかなる「怪異」と出会い、そこに人の世の何を見るのか――この先の物語も見てみたくなる作品であります。


『八幡宮のかまいたち 江戸南町奉行・あやかし同心犯科帳』(永山涼太 ポプラ文庫)

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2018.11.26

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第15巻 闘いの獣、死闘の果てに


 ついに近藤が去り、どんどんと寂しくなっていく『PEACE MAKER鐵』。土方が絶望に沈む中も戦いは続き、この巻では大敵・伊地知正治とあの男が激突することになります。新選組十番隊隊長・原田左之助が!

 近藤を救うために宇都宮城で死闘を繰り広げた土方ら新選組の面々。一方、一度は野村利三郎とともに新政府軍の陣から脱出した近藤ですが、追いつめられた土方を救うため、自らの命を笑って投げ出すのでありました。
 近藤の死を知り、廃人状態と化した土方を献身的に世話する鉄之助ですが、しかし土方に復活の兆しはなく……

 と、地獄模様の中始まったこの巻の冒頭に久々に登場するのは、小せー人こと永倉。史実では決別したっきりの人間がこうして登場してくれるのは嬉しいところですが、しかし永倉とくれば、もう一人欠かすことができない男がいるはずであります。
(それにしても、永倉に解説されるまで、いま自分たちが何のために戦っていたかわかっていなかった鉄はマズすぎませんか)

 その頃、近藤の体を取り戻した野村に迫る、野村と近藤にとっては因縁の大熊(本当のクマ)。この野獣と、野村史上に残る激闘を繰り広げる野村ですが、しかし人間と熊ではあまりに分が悪い。彼が絶体絶命の状態に陥った時――凄まじい一撃が熊を貫いた!
 その一撃を放ったのは、誰であろう原田左之助。永倉と別れ、京に晒されていた近藤の首を一人奪取した彼は、今度は近藤の体を取り戻そうとしていたのであります。

 瀕死の深手を負った野村から、彼が近藤の体を取り戻してくれたと聞いて喜ぶ原田。しかしその彼の前に現れたのは、薩摩の豪勇・伊地知正治――白河城攻めを目前に控えながらも、原田の強さに魅せられた彼は、余人を交えぬ一騎打ちを望むのでした。
 かくてここに激突するは、ともに槍一本に命を賭けてきた武士二人。その決着の日は慶応4年5月17日……


 というわけで、新選組ファン、原田左之助ファンにとっては、日にちを見ただけで血が引きそうになるこの第15巻。斎藤改め山口と同じ力を持つ「きせきみの巫女」篠田やそが語る運命の日――5月17日と30日の、その一方がここに訪れることになります。

 原田は、史実ではこの時に彰義隊に加わり、上野戦争に参加したと言われますが――しかしその前後の足取りが今一つ定かでないことから、その後大陸に渡って馬賊となったという、何とも夢のある話が残っているのも有名でしょう。
 それが本作においては、近藤の体を取り戻すために北に馳せ散じるというのは、これもまた胸躍る展開ですが――ここで彼を迎え撃つのが伊地知というのがたまりません。

 この北上編の当初から、いかにも強敵、ボスキャラ然とした存在感を見せていた伊地知。史実では白河城攻めを指揮し、寡兵でもって大勝利を収めたことが知られていますが――寡兵も寡兵、たった一人で原田と戦っていたとは!
 この伊地知は幼い頃から片目片足が不自由であったと言われていますが、本作の伊地知はそれをハンデとも思わぬ怪物。特に片足の義足の中には二本の刃を仕込み、地に刺した槍を軸に回転大キックを放つとくれば、もうどこの世界の人間かわかりませんが――しかしそれがいい。

 重い展開が続く史実にぽっかりと開いた、いや強引に開いた隙間で描かれる豪傑二人のバトルは、これまでの鬱屈を吹き飛ばしてくれるような壮絶な名勝負。ともに戦闘狂の二人の戦いは、いつ果てるとも知れないマラソンバトルとなるのですが――しかしやはり史実は残酷、というほかありません。

 この物語の始まりから、一貫して脳天気で、豪快で、ある意味武士らしい武士として大暴れしてきた「死にぞこない」の原田左之助。そんな彼の姿が、死闘の中に現れるという「闘いの獣」を求めてきた伊地知に対してどう映ったか――それは言うまでもないでしょう。

 そしてその生き様は、人の生死を弄んでいる気になっている鈴ごときでは到底理解できないような、激しくも尊いものであったことも。


 ……そんな死闘が繰り広げられているとも知らず、泥酔してモブおじさんたちに路地裏に引っ張り込まれて着物をはだけられたり、相変わらず大変な土方は果たしていつ復活するのか。
 そしてもう一つの予言の日、5月30日を本作はどのように描くのか――まだまだ地獄は終わりませんが、しかしその中でも新選組の面々が、強烈な生の輝きを放ってくれることを期待したいのです。


『PEACE MAKER鐵』第15巻(黒乃奈々絵 マッグガーデンビーツコミックス) 

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 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第14巻 さらば英雄 そして続出する病んだ人

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2018.11.25

山本風碧『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』 自分が自分らしく生きるための冒険


 これは『とりかえばや物語』という大先輩があるため(?)でしょうか、現代のYA層向けの平安ものでは異性装ネタがしばしば描かれる印象があるのですが、本作もその一つ。星に魅せられ、男装して陰陽寮に入り込んだ姫君が、思わぬ運命の出会いをしたことから繰り広げられる大騒動を描く物語です。

 大納言家の姫として生まれながらも、歌や色恋には全く興味を示さず、求婚者から逃げるために庭の池に飛び込むほど無駄にアクティブな少女・小夜。星空に魅せられるあまり夜更かしをしてばかりの彼女は、昼は居眠りばかりという毎日であります。

 そんな彼女が数年前に出会ったのは、凶星の下に生まれたために、父親をはじめ周囲から疎まれる少年・千尋。しかし彼の瞳の中に素晴らしく輝く運命の星を視た小夜の言葉に千尋は勇気づけられ、小夜もまた、陰陽寮に入りたいという夢を、千尋から励まされれることになります。
 しかしもちろん彼女が陰陽寮に入れるはずもなく、空しく時は流れたのですが――数年前に千尋のもとに彼女を誘い、今も彼女が読み解いた星空を宿曜勘文として利用している宿曜師・賀茂信明が、おかしな話を持ちかけてくるのでした。

 病弱のため出仕もままならない息子の身代わりに、小夜に陰陽寮に入らないかと持ちかけてきた信明。彼の言葉に乗り、小夜は療養と称して家を出ると、髪をばっさりと切って男に扮し、陰陽寮に入ることになります。
 そこでも天文観測に明け暮れ、居眠りばかりしていたところが、それがきっかけでさる貴人と出会い、その運命を占うよう求められた小夜。その貴人とは誰であろう千尋、彼こそは帝の第一皇子だったのであります……


 というわけで、異性装だけでなく、運命の再会、正体を明かせない秘密の恋など、定番要素を様々に盛り込んだ本作。女の子向けの小説らしく、甘々の場面も非常に多く、何ともこそばゆい気分にしばしばなるのですが――しかしこれがなかなかに面白いのであります。

 そもそも本作では、大納言の姫が男装して陰陽寮に入ったり、廃位寸前とはいえ皇子に気に入られて個人的に召し抱えられたりと、豪快な展開が多いように見えるかもしれません。しかしそれはそれなりに、大きな嘘を成り立たせるロジックが用意されているのが楽しい。
 もちろんそれでも無理な部分は残るのですが――それが実は一つの伏線になっていたりして、物語構成がなかなか良くできていると感心させられます。


 しかしそれ以上に魅力的なのは、主人公とその相手役、小夜と千尋の人物像でしょう。
 かたや星に魅せられ、生まれつき宿曜の才を持つ姫、かたや生まれた時から不吉の子と呼ばれ忌避されてきた皇子。二人に共通するのは、望んだわけでもない境遇に縛られ、自分らしく生きることを――大げさに言えば、人間らしく生きることを許されない暮らしを送ってきたことであります。

 そんな二人が、自分の存在を認め、自分らしく生きる支えとなってくれる相手と出会い、互いを求め合う姿は――思い切りコミカルに、そしてちょっぴり切なく味付けはされているものの――実に魅力的に感じられるのであります。

 そしてもう一人、そんな二人の出会いのきっかけを作り、その後も二人に何かとかかわっていく信明の存在も実に面白い。
 美形で才能に溢れた陰陽師(宿曜師)という、これまた定番のキャラクターに見える信明ですが、しかし小夜の才を利用して金を稼いだり、貴族(の家の女性たち)に取り入っていたりと、何かと油断できない顔を見せる人物であります。

 そんな彼の姿は、ある種極めて純粋な若者二人とは対照的な、小狡い大人として映るのですが――それでとどまらないのが、これも本作らしい捻りの効かせ方と言うべきでしょう。
 終盤に明かされる彼の真の想いは、その大人なりの生きることのままならなさを描き出していて、物語に陰影を与えているのであります。


 一見荒唐無稽なファンタジーのようでいて、丹念に物語を構築し、その中で読者に身近で、切実な想いを抱えたキャラクターたちの姿を浮かび上がらせる本作。
 宿曜道という、本作ならではのガジェットの使い方も面白く、なかなか良くできた作品であると言ってもよいと思います。


『平安とりかえ物語 居眠り姫と凶相の皇子』(山本風碧 KADOKAWAビーズログ文庫)

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2018.11.06

石川優吾『BABEL』第2巻 第一の犬士誕生の時、そして新たなる舞台へ


 原典を踏まえつつ、その華麗な画でもって新たな伝奇物語を描いてみせる新釈八犬伝、待望の第2巻であります。辛うじて恐るべき玉梓と闇の力を退けた信乃たち。しかしその犠牲は決して小さなものではなく、そしてすぐに魔の手は再び彼らを襲うことになります。窮地の信乃に救いの手はあるのか……?

 奇怪な魔の力を味方につけた山下定包に攻められ風前の灯火の里見家を救うべく、比叡山に神の犬・八房と丶大法師を頼った里見の姫・伏姫。
 里見に向かう彼女たちを山下の兵から助けた信乃と額蔵の二人は、一度は八房に討たれながらも里見義実に取り憑いた魔女・玉梓の闇の力を目の当たりにすることになります。

 その義実が伏姫に刃を振り下ろした時、彼女の身につけた数珠の不思議な力により、一度は退散した闇。しかし数珠の八つの玉はいずこかへと飛び去り、伏姫は生とも死ともつかぬ不思議な状態のまま、八房ともども眠りにつくのでした。

 ……と、我々の知る八犬伝とはある部分で重なり、ある部分で大きく異なる本作。その第1巻を受けたこの巻の前半では、再び信乃を襲う闇の猛威が描かれることになります。

 昏睡状態の伏姫たちをひとまず比叡山に迎えることとなった丶大一行。しかし額蔵は己の無力さに絶望して彼らのもとを離れ、そして信乃は、山下に取って代わった安西景連が村の人々を人質に取って自分を捜していると知り、単身村に取って返すのでした。
 しかし非道にも信乃の目の前で磔にされた人々を処刑する安西軍。怒りに燃える信乃は、ただ一人残された少女を守るため、獅子奮迅の活躍を見せるのですが――しかし多勢に無勢の上、その前に再びあの玉梓が立ち塞がることになります。

 自分の体を奪おうとする玉梓に対し、闇の力に奪われるくらいならばと一度は自刃を考えた信乃ですが、その時、思わぬ援軍が出現。しかし一度は形勢逆転したものの、闇の力が生み出した不死の軍勢を前に、今度こそ絶体絶命となったその時……

 と、早くも絶体絶命の窮地に陥った信乃。原典でも冒頭から辛い目に遭いまくる信乃ですが、本作ではそれとは全く異なるベクトルでボロボロにされていくことになります。しかし苦しい時に彼らを助けるものは――というわけで、いよいよここで待望の場面が描かれるのであります。

 その様は如何にも本作らしく、美しくも外連みに溢れたものですが――それは新たな八犬士の誕生に相応しいものといえるでしょう。そう、本作はここまでが序章、これからが本当の戦いの始まりと言ってよいのではないか、と感じます。


 そしてこの巻の後半では、仲間たちを求めて旅立つことになった信乃と丶大、そして信乃に救われた少女(その名は――ここで登場するのか! と感心)が、不思議な犬たちに導かれて関東管領・扇谷定正の佐倉城を訪れることになります。
 しかし佐倉城はスラムと迷宮と要塞を混淆したような奇怪な城、そしてそこでは城兵が人狩りを行い、犠牲者を闘技場に連行していたのであります。そして人間同士が闘技場で殺し合う姿を喜びながら見つめる奇怪な巨漢こそが定正、そしてその傍らにはまたもや死んだはずの玉梓の姿が……!

 と、ここに来て、別の作品になったかのようにいきなりリアリティレベルが下がる本作(特に定正。史実ではとうに亡くなっている人物ではありますが……)。この辺りは、正直に申し上げて非常に違和感がありますが――しかしここで注目すべきは、闘技場に現れた一人の男の存在でしょう。
 手にした鎌で無表情に対戦相手を斃していく寡黙な男――その名は現八、犬飼現八!

 玉梓の魔力によって早くも正体が露見して逃げる信乃は、この現八に追われることになるのですが――追われた末に信乃が向かう建物の名が芳流閣とくれば、もうニヤニヤが止まりません。


 果たして信乃と現八の戦いの行方は、そして二番目の仲間はどのような形で誕生するのか。上に述べたように、違和感を感じる部分もあるものの、それを吹き飛ばす物語に期待したいと思います。


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