2018.11.06

石川優吾『BABEL』第2巻 第一の犬士誕生の時、そして新たなる舞台へ


 原典を踏まえつつ、その華麗な画でもって新たな伝奇物語を描いてみせる新釈八犬伝、待望の第2巻であります。辛うじて恐るべき玉梓と闇の力を退けた信乃たち。しかしその犠牲は決して小さなものではなく、そしてすぐに魔の手は再び彼らを襲うことになります。窮地の信乃に救いの手はあるのか……?

 奇怪な魔の力を味方につけた山下定包に攻められ風前の灯火の里見家を救うべく、比叡山に神の犬・八房と丶大法師を頼った里見の姫・伏姫。
 里見に向かう彼女たちを山下の兵から助けた信乃と額蔵の二人は、一度は八房に討たれながらも里見義実に取り憑いた魔女・玉梓の闇の力を目の当たりにすることになります。

 その義実が伏姫に刃を振り下ろした時、彼女の身につけた数珠の不思議な力により、一度は退散した闇。しかし数珠の八つの玉はいずこかへと飛び去り、伏姫は生とも死ともつかぬ不思議な状態のまま、八房ともども眠りにつくのでした。

 ……と、我々の知る八犬伝とはある部分で重なり、ある部分で大きく異なる本作。その第1巻を受けたこの巻の前半では、再び信乃を襲う闇の猛威が描かれることになります。

 昏睡状態の伏姫たちをひとまず比叡山に迎えることとなった丶大一行。しかし額蔵は己の無力さに絶望して彼らのもとを離れ、そして信乃は、山下に取って代わった安西景連が村の人々を人質に取って自分を捜していると知り、単身村に取って返すのでした。
 しかし非道にも信乃の目の前で磔にされた人々を処刑する安西軍。怒りに燃える信乃は、ただ一人残された少女を守るため、獅子奮迅の活躍を見せるのですが――しかし多勢に無勢の上、その前に再びあの玉梓が立ち塞がることになります。

 自分の体を奪おうとする玉梓に対し、闇の力に奪われるくらいならばと一度は自刃を考えた信乃ですが、その時、思わぬ援軍が出現。しかし一度は形勢逆転したものの、闇の力が生み出した不死の軍勢を前に、今度こそ絶体絶命となったその時……

 と、早くも絶体絶命の窮地に陥った信乃。原典でも冒頭から辛い目に遭いまくる信乃ですが、本作ではそれとは全く異なるベクトルでボロボロにされていくことになります。しかし苦しい時に彼らを助けるものは――というわけで、いよいよここで待望の場面が描かれるのであります。

 その様は如何にも本作らしく、美しくも外連みに溢れたものですが――それは新たな八犬士の誕生に相応しいものといえるでしょう。そう、本作はここまでが序章、これからが本当の戦いの始まりと言ってよいのではないか、と感じます。


 そしてこの巻の後半では、仲間たちを求めて旅立つことになった信乃と丶大、そして信乃に救われた少女(その名は――ここで登場するのか! と感心)が、不思議な犬たちに導かれて関東管領・扇谷定正の佐倉城を訪れることになります。
 しかし佐倉城はスラムと迷宮と要塞を混淆したような奇怪な城、そしてそこでは城兵が人狩りを行い、犠牲者を闘技場に連行していたのであります。そして人間同士が闘技場で殺し合う姿を喜びながら見つめる奇怪な巨漢こそが定正、そしてその傍らにはまたもや死んだはずの玉梓の姿が……!

 と、ここに来て、別の作品になったかのようにいきなりリアリティレベルが下がる本作(特に定正。史実ではとうに亡くなっている人物ではありますが……)。この辺りは、正直に申し上げて非常に違和感がありますが――しかしここで注目すべきは、闘技場に現れた一人の男の存在でしょう。
 手にした鎌で無表情に対戦相手を斃していく寡黙な男――その名は現八、犬飼現八!

 玉梓の魔力によって早くも正体が露見して逃げる信乃は、この現八に追われることになるのですが――追われた末に信乃が向かう建物の名が芳流閣とくれば、もうニヤニヤが止まりません。


 果たして信乃と現八の戦いの行方は、そして二番目の仲間はどのような形で誕生するのか。上に述べたように、違和感を感じる部分もあるものの、それを吹き飛ばす物語に期待したいと思います。


『BABEL』第2巻(石川優吾 小学館ビッグコミックス)

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2018.11.04

遠藤遼『平安あかしあやかし陰陽師 怪鳥放たれしは京の都』 二人の好人物が挑む怪異


 平安京を守る陰陽師――といえば、もちろん真っ先に名が挙がるのは安倍晴明。しかしそもそも陰陽道の本流は賀茂家であり、この時代、晴明と並ぶ達人として名が挙がるのが賀茂光栄であります。本作はその光栄が紫式部の叔父である藤原為頼を相棒に、都を騒がす怪異に挑む物語です。

 太宰府への赴任を終え、京に帰って早々に幼なじみである光栄のもとを訪れた為頼。実は為頼は、肝試しに訪れた廃屋敷で何かに取り憑かれたので陰陽師を紹介してほしいという貴族から仲立ちを頼まれていたのであります。
 その一件をあっさりと片付けた光栄ですが、それがきっかけで今度は時の権力者である藤原師輔が人面の怪鳥に襲われたという事件に関わることに。さらに宮中でもうち続く怪事に対し、光栄は弟子の晴明、師輔の娘である中宮安子、そして為頼の力を借りて挑むことになります。

 一連の怪事に共通する「もの」とは何か、そしてその背後に潜む存在とは……


 天才陰陽師が、お人好しで心優しい友人とともに怪事件に挑む――このシチュエーションは、もはや平安ものでは定番中の定番と呼んでも良いでしょう。本作もまた、その一つであるわけですが、目を惹くのは、主人公の光栄のキャラクターです。

 陰陽道の天才であり若くして陰陽寮のエースとして知られる存在、そして何より女性と見間違うほどの年齢不詳の美貌の持ち主――実に陰陽師ヒーロー的な光栄ですが、しかしその性格は至って「いいひと」。
 普段は近所の童たちに交じって遊びに汗をかき、甘いものに目がないという人物で、陰陽師という言葉から感じる孤高の天才、あるいは近寄りがたい奇人というイメージからはかけ離れたキャラクターなのです。
(といっても、自分の納得いかないことであれば、師輔を前に一歩も引かない硬骨漢でもあります)

 そしてそんな光栄の幼なじみであり、親友である為頼もまた実に素直な好人物。その歌人らしい豊かな感受性は、時に亡魂相手であっても悲しみや慈しみの念を隠さない――と、こちらは定番の気味がありますが、単なる驚き役で終わらず、彼ならではの特技が役に立つ場面があるのは実に面白いところであります。

 また、光栄が必ずしも作中の事件を超自然的な解釈で片付けない点も目を引くところですが、陰陽師が魔術師である以前に技術者であることを考えればこれも納得で、この辺りのある種の生真面目さは、本作の特色と言って良いかもしれません。


 しかしその生真面目さが少々物足りないと感じてしまうところで、意外性という点では類作に一歩譲る印象があります。
 上で述べたように為頼の特技が事件の真相解明に役立つという部分は面白いのですが、その真相というのがある意味直球であったため、意外性に薄いのは残念なところであります。

 光栄と為頼、さらに晴明や安子のキャラクターもそれなりに面白くはあり、また登場する女性たちに向ける視線の優しさ、温かさも印象に残るところではあるのですが――もう少し尖った部分があっても良かったのではないでしょうか。
 ……というのは派手好きの読者の勝手な感想かもしれませんが、少々もったいなさを感じたというのが正直なところであります。


『平安あかしあやかし陰陽師 怪鳥放たれしは京の都』(遠藤遼 富士見L文庫)

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2018.10.30

瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第3巻・第4巻 テムジン、危機から危機への八艘跳び状態


 生き延びた源義経が海を渡り、ユーラシア大陸でテムジンを名乗って大陸制覇に乗り出す――そんな古典的な伝説を題材にしつつ、新たな物語を生み出してみせる『ハーン 草と鉄と羊』の第3巻&第4巻であります。いきなりの挫折からモンゴルに逃れたテムジン。そこから立ち上がる術は……

 兄・頼朝の手の者に追い詰められた末、ただ一人海を渡り、大陸に辿り着いた義経。そこで謎の男・ジャムカと盟友(アンダ)となった彼は、北方の3強の一つ・ケレイトのオン・ハーンの下に身を寄せるのですが――その首を狙った企てはあっさりと失敗、逃亡の果てにモンゴルに辿り着きます。
 そこでお調子者ながら、天下を夢見る青年・ボオルチュと出会い、彼の紹介で、今は亡きキャト氏の族長・イェスゲイの未亡人であるホエルンのもとに身を寄せた二人。しかし敵対するタイチウト族と二人が事を構えたことで、一族全体が危機に晒されることに……

 というわけで、これまで個人レベルの戦いは描かれていたものの、ついに集団レベルの――すなわち、兵を率いての戦いを経験することとなったテムジン。
 多勢に対して少数で策を巡らせて勝利する、というのはというのは定番中の定番ではありますが、源平合戦でも先進的過ぎる(と言われている)戦を繰り広げた男が戦うのですから、負けるはずはありません。

 ……と言いたいところですが、この戦いを収めたのは彼の力だけでなく、介入してきたケレイト軍の力あってこそ。しかしケレイトといえば、テムジンはその長の暗殺未遂犯であります。この時はごまかせたものの、いつかテムジンの存在がばれた暁には、ただで済むはずがありません。
 もちろん、テムジンも座して待つだけの男では当然なく、この戦いで勝ち得た名声をはじめ、使えるものは全て使って自分の勢力を広げるべく動き出すことになります。

 そんなテムジンにボオルチュは「あんたは俺のハーンだ」と語り、そしていまやオン・ハーンの義子となり、モンゴルで一番勢いがあると言われるジャムカも再登場。テムジンとジャムカ、二人のどちらかが高原を統一し、大陸を西進しようと希有壮大な誓いを交わすのでありました。
 しかしその前に、テムジンの首を狙い、ジャムカを追い落とそうとするケレイトの隊長・ダイルが立ち塞がります。そしてさらに、モンゴルにはオン・ハーンその人までもが姿を見せて……


 というわけで、危機から危機への八艘跳び状態のテムジン。普通の国盗り、普通ののし上がりだけでも大変なところですが、そこにテムジンとしての過去、義経としての過去が重なるのですから、さらにややこしい状況であります。しかしそれはもちろん、物語がそれだけ面白くなるということであることは言うまでもありません。
 第3巻のクライマックスがボオルチュと、そしてジャムカと大望を語るテムジンの姿であったとすれば、第4巻のクライマックスは、これは間違いなくテムジンとオン・ハーンの再会でしょう。

 かつて自分を殺そうとした男をオン・ハーンはどう遇するのか、そしてテムジンはそれにどう応ずるのか。
 実はこの二人の再会は、第3巻での次巻予告に取り上げられているのですが、そこで黒塗りにされていたテムジンの台詞にはさすがに仰天。あまりのテムジンの鉄面皮と、それを飲み込むオン・ハーンの腹芸にはただ唸るほかなく、二人のキャラクターが良く出た名場面と呼んでもよいのではないでしょうか。


 しかし、まだまだテムジンの向かう先には前途多難という言葉も生ぬるい困難が続きます。第4巻の終盤においては、テムジンと互いに関心を寄せ合っていたコンギラト族の娘・ボルテがメルキト武の変態じみた長に奪われ、テムジンは単身救出に向かうことになるのですが……

 第2巻に意味ありげに顔を見せたホラズム・シャー朝の少年のドラマも本格的に動きだし、こちらがテムジンの物語とどう交わるのか、それも気になるところであります。


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2018.10.19

許先哲『鏢人 BLADE OF THE GUARDIANS』第1巻 お喋り子連れ賞金稼ぎ、侠を見せる


 武侠ものの本場・中国のクリエーターによる武侠活劇漫画――隋朝末期を舞台に、凄腕ながらお喋り、そして子連れというユニークな賞金稼ぎを主人公とした大活劇であります。己の腕の他は頼むもの無し――まさに無頼の主人公が、荒野で死闘を繰り広げる相手とは!?

 物語の開幕早々描かれるのは、賊徒・響子組の根城に飄然と乗り込み、頭目相手に平然と取り引きを持ちかける一人の男――と彼が連れる一人の子供の姿。賞金首である頭目に対し、その三倍の額を払えば見逃してやるとふっかける男に、当然ながら頭目と手下たちは刀で以て答えとするのですが――しかしこの男、桁外れに強い。
 連れの子供に、目を閉じて九つ数えさせる間に手下たちを皆殺しにするや、ただ震え戦くしかない頭目から平然と有り金を奪って去っていく――これが本作の主人公・刀馬と、連れの七の初登場となります。

 さて、この二人が帰路に出会ったのは、砂漠に潜む食人鬼・羅刹の群れに襲われた人々の無惨な姿。
 ただ二人の(うち一人は無惨に顔の皮を剥がれた)生存者に助けを求められながらも、容赦なく駄賃を要求する刀馬ですが――彼らが六千銭の賞金首・双頭蛇を追っていることを知るや、一転手助けを申し出ます。

 そして顔なじみであり恩人である砂漠の町の大商人・莫から双頭蛇の行き先の情報を得る刀馬。
 しかし双頭蛇が潜むという赤沙町は、朝廷の役人・常貴人が権力を振るう死の街で……


 と、映画などでいえばアバンタイトルの部分から快調に展開していく本作。この第1巻の大半を占める第一章「遊侠」では、赤沙町を舞台に、刀馬と常貴人、双頭蛇の三つ巴の死闘が描かれることとなります。
 かつては無法の町として恐れられたこの町に赴任し、法による支配を敷いた常貴人。しかしその法とはまたの名を暴力と恐怖――逆らう者は見せしめに街の周囲に吊すという、絵に描いたような恐怖政治によって、この町は支配されていたのであります。

 そんな常貴人――もちろん単なる役人であるはずもなく、七尺はありそうな身の丈に男色家の気配もある怪人――に何故か気に入られた刀馬ですが、もちろんそんな相手に膝を屈するようでは武侠ものの主人公は務まりません。
 意外なところ(……と言いたいのですが、これはまあ定番の展開)から現れた双頭蛇を巡り、刀馬と常貴人の、いやそこに双頭蛇も加わって、誰もが「二対一」のメキシカンスタンドオフ状態からの大殺陣は、最初のエピソードのクライマックスに相応しいテンションと密度の高さ、そして迫力を大いに満喫させてくれました。


 しかしこのエピソードの、そしてとりもなおさず本作の最大の魅力は、刀馬という男の存在そのものにあるといえます。

 少々――いや大いに癖のある、ストレートいハンサムとは言い難いビジュアル(あとがきである俳優がモチーフと知って納得)の刀馬。
 しかも四六時中減らず口を叩いているような男なのですが――しかしそんな彼が抜群に格好良く感じられるのは、その彼独特のキャラクター、生き様に依るところが大と言えます。

 死にかけた人間を助ける時であっても平然と金をふんだくろうとするかと思えば、死んだ人間の物が落ちていても拾おうとはしない(まあ、例外はありますが)。
 相手への貸しは必ず取り立てる一方で、借りは必ず返す。そして何よりも、権力の横暴には決して与しない――そんな彼なりの美学は、力が全ての荒んだ世界によく似合っているようでいて、しかし同時に極めて似つかわしくないものとして映ります。

 その気になればもっと利口に、甘い汁を吸って生きることができそうなところに敢えて背を向け、己の美学に従って生きる――その生き様はまさに「侠」。そんな男が格好良くないわけがないのであります。


 そしてこの巻の終盤から始まる第二章「大漠」では、意外な過去と朝廷との繋がりが語られることとなる刀馬。
 莫の娘・アユアとともに、隋を転覆させると嘯く謎の仮面の男・知世郎を長安に護送することになった刀馬と七の前に何が待つのか、そしてかつて何があったのか。

 気になることだらけの新ヒーローの物語は、まだまだ始まったばかりなのであります。

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2018.10.15

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の5『白狐』、第4章の6『猿田毘古』


 北からやって来た盲目の美少女イタコが付喪神に挑む時代伝奇ミステリ『百夜・百鬼夜行帖』シリーズの第4章も今回紹介する2話で完結。この章は、付喪神だけでなく神とも対峙することが多かった百夜ですが、今回もまた……

『白狐』
 日暮里の外れの村で祖父母と暮らす少女・おけい。彼女が数ヶ月前から狐憑きとなり、大の男が数人がかりでようやく押さえつけられるほどの力で暴れて弱っている――という依頼を受けた百夜。
 左吉、桔梗といつものトリオで出かけた百夜ですが、彼女には何かの目算がある様子。はたして、彼女が対面したおけいの周囲には、何体もの狐の霊と、一人の男の亡霊が居たのであります。

 果たして男の霊の正体は、そしておけいの狐憑きの真相とは――事件の背後の思わぬ絡繰りを百夜が解き明かすことになります。


 古今の怪異譚ではお馴染みの――というよりお馴染み過ぎて逆に最近ではお目にかかるのが難しい――狐憑き。その狐憑きの少女が、大の男三人を薙ぎ倒す姿から始まる本作ですが、もちろんただの狐憑きが登場するはずがありません。

 冒頭で描かれるおけいの暴れっぷりを男たちから聞き、その中のある行動からこの狐憑きが尋常でないことを見破る百夜ですが――この辺りの謎解きが実に楽しい。
 この尋常でない狐憑きの正体についても、百夜だからこそ見破ることができるものなのも面白く、お話的には比較的シンプルながら、一ひねりの効いた内容の作品です。

 ちなみに本当に珍しく、左吉の推理が的中したエピソードでもあったり……


『猿田毘古』
 かつて『義士の太鼓』事件(文庫第2巻『慚愧の赤鬼』所収)で百夜と対決した不良武士集団・紅柄党の頭目・宮口大学。宮口家の所領である多摩群大平村の別宅を訪れた彼は、その晩、この世のものならぬ怪異と遭遇することになります。
 金属が鳴るような音と共に奥座敷に現れたモノ――それは奇妙な面を被り高下駄を履いた、伝承に言う猿田毘古神そのままの姿をしていたのであります。

 大学の一刀によって面を割わられ、姿を消した猿田毘古ですが、その下から溢れ出したのは強烈な光と熱。翌日、村の神社の宝物庫に収められていた猿田毘古の面が両断されていたことを知った大学は、百夜のもとを訪れることになります。
 不在の彼女に代わり大平村に向かった桔梗は、再び現れた猿田毘古と対決し、これが神だと断じるのですが……


 斜に構えた不良侍ながら、一本筋の通った言動と、百夜と互角以上の剣の腕を持つ大学。先の対決では彼女の仕込みの刃をへし折り、その刃を前差に仕立て直して腰に差しているという、癪に障るほどのカッコイイキャラクターであります。
 しかしそんな彼でも今回の怪異には手を焼いて――という展開となりますが、なるほど今回の怪異も大物。何しろ猿田毘古といえば、紀記の天孫降臨のくだりに登場した由緒ある神なのですから。

 これまで何故か付喪神絡みの事件ばかりに遭遇する百夜ですが、冒頭に述べたように、この第4章においては、何故か神絡みの事件に遭遇することになります。
 それはこの章から桔梗のせいではないか――などと口の悪い左吉は言うわけですがそれはさておくとして、しかしこの怪異、そうそう単純な正体ではないというのがまた本作らしいところであります。

 高い鼻に赤く光り輝く目をもつという何とも謎めいた存在である猿田毘古。
 ここで百夜が語るその解釈は、何やら作者の最近の作品に繋がるものもあって興味深いのですが、百夜の存在こそが……という、大げさにいえば後期クイーン的問題を思わせるひねりも印象に残ります。。

 さほど活躍しないまま桔梗が一端退場というのは残念ですが、この章の掉尾を飾るにはまず相応しい内容だったと言うべきでしょうか。


『百夜・百鬼夜行帖 23 白狐』『百夜・百鬼夜行帖 24 猿田毘古』(平谷美樹 小学館)

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 「冬の蝶 修法師百夜まじない帖」 北からの女修法師、付喪神に挑む
 「慚愧の赤鬼 修法師百夜まじない帖」 付喪神が描く異形の人情譚
 『鯉と富士 修法師百夜まじない帖』 怪異の向こうの「誰」と「何故」

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2018.10.14

武川佑『細川相模守清氏討死ノ事』 天狗という救いを描く太平記奇譚


 「オール讀物」誌の本年8月号の特集「怪異短篇競作 妖し」に掲載された時代怪異譚であります。太平記の巻三十七「細川相摸守討死事付西長尾軍事」を下敷きに、足利幕府の管領にまで登り詰めながらも、幕府を追われ、南朝方として討ち死にを遂げた細川清氏を巡る奇怪な物語です。

 南北朝の動乱期に、足利尊氏に従って数々の軍功を挙げ、ついには二代将軍義詮の執事(=管領)となって権勢を振るった細川清氏。本作は、その小姓として仕えた少年・孫七郎の視点から描かれることとなります。

 かつて讃岐の寺で天狗に攫われかけたところを清氏に救われ、以来仕えるようになった孫七郎。その忠誠は清氏が佐々木高氏の讒言によって地位を追われ、それまで敵であった南朝方に下ってからも変わることなく続くことになります。
 そして楠木正儀とともに京を奪還した頃、正儀から京にあるという化け物屋敷の噂を聞いた清氏は、退治してくれんと孫七郎や正儀とともにその屋敷を訪れるのですが――そこに待ち受けていたのは、かつて孫七郎を襲い、清氏に右腕を落とされた天狗・白峰山相模坊だったのであります。

 魔界に堕ち、天狗と化した大塔宮に仕える相模坊から主を守るため、その片目を差し出した孫七郎。やがて京を追われ、讃岐に落ちた清氏を守るため、その相模坊の力を借りてまで奮戦する孫七郎ですが……


 一度は権力の頂点に立ちながらも、そのある意味猪武者ぶりが災いしてかその座を追われ、やがて従兄弟である細川頼之に討たれることとなった清氏。現代では決してその名を知られたとは言い難い人物の最期を、本作は冒頭に述べた通り太平記を巧みに引きつつも、本作ならではの独自性を以て描き出します。
 そしてその独自性こそが天狗――と言えば、太平記読者であれば、なるほどと納得してくれることでしょう。そう、時として歴史の隙間から顔を出した、あり得べからざる怪異の存在を記す太平記において、強く印象に残るのが天狗の存在なのですから。

 一般に堕落した仏僧が変化すると言われる天狗ですが、しかし太平記に登場するのは、むしろ強烈な恨みや怒りなどの念を残して世を去った者が魔界に堕ち、天狗と化した存在――武将や貴族、帝までもが天狗と変じ、この世に更なる争いと災いをもたらさんとする姿は、太平記の巻二十七「雲景未来記事」などに、生々しく描かれています。

 そしてその天狗たちの中心に在るのは、我が国最強の魔王とも言うべき崇徳院――と、ここで太平記では全く交わることのなかった(はずの)清氏と天狗が、興味深い接近をみせることになります。
 清氏が籠もり、最期を迎えた地は讃岐の白峰城。そして崇徳院が眠るのは白峰山――ここに清氏を守らんとする孫七郎と、崇徳院を守ろうとする相模坊ら天狗たちが思わぬ利害の一致を見せるというクライマックスの展開の妙には、驚き、感心するほかありません。

 しかもその孫七郎と天狗たちが繰り広げる共同戦線の内容がまた――とこれは読んでのお楽しみ。いやはや、ここまでこちら好みの展開が待ち受けているとは、とすっかり嬉しくなってしまったところであります。


 しかし本作に描かれるのは、天狗を用いた伝奇活劇の世界だけではありません。いやむしろ本作に濃厚に漂うのは、天狗にならざるを得なかった者たちの哀しみである――そう感じます。

 自業自得の気味はあるかもしれないものの、裏切られ、陥れられた末に、追い詰められて天狗へと近づいていく清氏。
 その姿はおぞましくも恐ろしいものですが、しかしそれだけに、この世に――すなわち人間の世界に居場所を無くし、もう一つの世界に足を踏み入れるしかなかった彼の、いや彼らの哀しみが、強く伝わってくように感じられるのです

 しかしそれは同時に、一つの救いであるのかもしれません。人間の世界からはじき出され、さりとて成仏することもできない彼ら天狗たちにも、生きる世界がある、同胞がいるのですから……
 本作の結末から伝わってくるものは、そんな不思議な安らぎの形――歴史からはみ出してしまった者たちへの、慈しみの視線とも言えるものなのであります。


『細川相模守清氏討死ノ事』(武川佑 「オール讀物」2018年8月号掲載) Amazon
オール讀物 2018年 8月号

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2018.10.04

『忍者大戦 黒ノ巻』(その一) 本格ミステリ作家による忍者大戦始まる


 時代小説界に彗星の如く現れた謎の(?)一冊――時代小説の執筆はほとんど初めての本格ミステリ作家5人が、それぞれ趣向を凝らして忍者と忍者の死闘を描くという、非常にユニークなアンソロジーであります。ここでは一作品ずつ収録作品をご紹介いたしましょう。

『死に場所と見つけたり(安萬純一)
 かつての任務において、その身に深い傷を負った幕府の隠密・右門と相棒の雉八。もはや忍者同士の戦いは不可能と、平穏な小浜藩に派遣された右門は、そこで草の家に生まれた若者・韮山兼明を鍛えることになります。
 厳しい指導もあって、兼明が藩でも頭角を現し始めた頃、彼に下された草としての任務。それは薩摩藩からの暗号解読の鍵となる巻物を、城から奪取するというものでした。

 しかしその任務を伝えてきたのが、自分たちに遺恨を抱くかつての同僚、飛龍と黄猿であることに違和感を覚える右門と雉八。果たしてこの任務の陰には……

 巻頭を飾る本作は、セミリタイアした隠密という、捻りの効いた視点から描かれる物語。一線を退いたはずの老兵が思わぬ力を――という燃えるシチュエーションも実にいいのですが、そこに次代の草の若者を絡ませるのが、物語の深みを与えています。
 右門が抱える秘密の想い――それが昇華される結末が感動的であると同時に苦い後味を残してくれるのが、実に忍者ものらしい味わいと言えるでしょう。


『忍夜かける乱』(霞流一)
 泰平の時代に幕府隠密としての任務は失われ、金で工頼案人(くらいあんと)から雇われて任務をこなす影戦使位(えいせんしー)制の下、影戦人(えいせんと)として活躍する伊賀の忍びたち。今回の任務は、岡場所で腹上死した大洗藩主の死体を寺へ運ぶというものだったのですが――そこに他藩に雇われた甲賀の忍びたちが立ち塞がります。

 かくて繰り広げられる伊賀と甲賀の忍法合戦。伊賀側は狩倉卍丸の逆さ崩れ傘、九十九了仁斉の飛燕腹しずく、天滑新奇郎の陽炎浄瑠璃を繰り出せば、甲賀側は沼鬼泡之介の紅おろちの舞い、霧塚竜太夫の涅槃車が迎え撃つ忍び同士の死闘の行方は……

 バカミス界の第一人者たる作者が忍者ものを!? と思えば、想像以上にとんでもないものが飛び出してきた本作。
 まずギャビン・ライアルに謝りましょう、と題名の時点で言いたくなりますが、繰り出される珍妙な用語(当て字)や奇っ怪な忍法の数々にはただ絶句であります。(特に霧塚竜太夫の涅槃車は、もうビジュアルの時点でアウトと言いたくなるような怪忍法!)

 しかしその果てで明かされる捻りの効いた真実は実に皮肉で、忍者という稼業の空しさをまざまざと浮き彫りにしているように感じられます。この辺りの人を食った仕掛けもまた、作者らしいと言うべきでしょうか。


『風林火山異聞録』(天祢涼)
 幾度も繰り返された川中島の合戦の中でも、最も激戦だったと言われる第四次合戦。この合戦では、武田信玄の軍師であった山本勘助考案の啄木鳥戦法が上杉側に見破られ、一時は武田側が劣勢に立たされた――と半ば巷説的に語られます。

 本作はこの窮地に、実は忍びであった勘助が、己の秘術を尽くして単身上杉政虎(謙信)の首を狙わんと、最後の戦いを決意したことから始まる物語。
 路傍の石の如く、一切の気配を立つ忍術【小石】を用いて上杉の陣深くに潜入した勘助は、政虎を守る軒猿たちと死闘を繰り広げるのですが、その果てに現れた軒猿頭領の恐るべき秘術とその正体とは……

 実は本書で唯一、史実を中心として描かれた本作。勘助自身が忍びというのは、これは伝奇ものではしばしば見かける趣向ではありますが、本作で勘助が死闘を繰り広げるあの人物が忍びというのは、これはほとんどこれまで見たことがないという印象であります。

 しかし本作の面白さはそれに留まらず、勘助の闘志の源――信玄に寄せる忠誠心を軸に、勘助の生き様死に様を浮き彫りにしてみせたことでしょう。そしてその想いが川中島で最も良く知られたあの名場面で、見事に花開いた――そして信玄もそれに応えてみせた――結末は、壮絶なこの物語において、何とも言えぬ爽快な後味を残すのです。

 風・林・火・山それぞれを章題とした構成もよく、このアンソロジーにおいて最も完成度の高い作品ではないかと思います。


 残る二編については、次回紹介いたします。


『忍者大戦 黒ノ巻』(光文社文庫) Amazon
忍者大戦 黒ノ巻 (光文社時代小説文庫)

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2018.09.18

福田悠『本所憑きもの長屋 お守様』 連続殺人の影に呪いの人形あり!? どんでん返しの時代ミステリ


 第16回 『このミステリーがすごい! 』大賞の隠し玉作品に選出された本作は、一見妖怪時代小説のようなタイトルでありつつも、その実かなりストレートな時代ミステリ。晴らせぬ恨みを晴らせると噂の人形を巡って起きる連続殺人と、その陰に潜む意外な人の情を描く物語であります。

 江戸で続発する殺人事件。いずれも人から強い恨みを受ける悪党が殺されたものの、被害者同士に繋がりはなく、いずれも達人と思しき相手に一刀のもとに斬られているという謎多き事件であります。
 その調べに当たる岡っ引きの甚八は、殺人が起きる前に、いずれも被害者に恨みのある女性がある人形に願掛けをしていたことを知るのですが――それはなんと、甚八が暮らす徳兵衛長屋の奥の祠に祀られた「お守様」と呼ばれる人形だったのです。

 お守り様に願をかければ天誅が下されるという噂を流している何者かがいると、その後を追う甚八は、やがて自分と姉のおしの、幼馴染の武士の子・柳治郎の子供時代にも、お守様にまつわる事件があったことを思い出します。
 果たしてお守様は呪いの人形なのか、そしてお守様にまつわる因縁とは何か。何故お守り様への願い通りに悪人が殺されていくのか。ついに甚八が掴んだその真相と、犯人の正体とは――

 『このミス』大賞の隠し玉といえば、これまでも『もののけ本所深川事件帖 オサキ江戸へ』や『大江戸科学捜査 八丁堀のおよう』といった、時代ミステリも――それも、一筋縄ではいかない作品を送り出してきた枠であります。
 それ故、ジャンルとしては同じ時代ミステリもまた、どんな作品が飛び出してくるか、と身構えていたのですが、これが意外なまでに(といっては失礼に当たりますが)端正で、それでいて一ひねりが効いた作品でありました。

 物語の主な舞台はタイトルどおりに本所の裏長屋、主人公はその長屋に出戻りの姉と暮らす岡っ引きと、いかにも文庫書き下ろし時代小説の王道の一つ、ミステリ風味の人情もの的スタイルですが、丁寧な文体と物語構成で描かれる物語は、やがて少々意外な姿を現していくことになるのです。

 実は本作は、物語の随所に犯人の視点からのパートが挿入されます。個人的にはこの趣向は、直接的ではないものの、犯人の正体や狙いの一端を明かしているようで、最初は違和感があったのですが――しかしやがてこのパートで描かれるものは、こちらがそうであろうと予想していたことから少しずつ離れていくことになります。
 そしてそれが全く異なるもう一つの姿を浮かび上がらせていくことに気付いた時には、もう物語にすっかり引き込まれていたのです。


 正直なところ、犯人はかなり早い段階で予想がついてしまうのですが、その犯人像は、本作が真っ向からの時代小説として成立しているからこそ意外なもの。
 そしてその先に描かれるもの、広義のホワイダニットと申しましょうか――犯人の存在と密接に関わり合う「お守様」誕生のきっかけもまた、なるほどと感心させられます。

 そしてこれらの物語のピースがぴたりぴたりとあるべきところに嵌まっていった末に、物語は結末を迎えるのですが――その先にもう一つどんでん返しが用意されているというのもいい。
 ミステリとしての面白さはもちろんのこと、あるの人物の抱えてきた想いが、その無念のほどが、これでもかと言わんばかりに描かれていただけに、この結末は大きなカタルシスを与えてくれるのであります。


 このレーベルの作品が得意とする(印象もある)大仕掛けがあるわけでもなく、キャラクターたちも少々地味なきらいはあります。先に述べたとおり(その詳細はともかく)、犯人がすぐにわかってしまうのも勿体ないところではあります。

 物語的にも、もう一山ほしかったような印象はありますが――しかし丁寧な物語運びと、そこから生まれるどんでん返しの味わいには、捨てがたい魅力がある作品であります。

『本所憑きもの長屋 お守様』(福田悠 宝島社文庫「このミス」大賞シリーズ) Amazon
本所憑きもの長屋 お守様 (宝島社文庫 「このミス」大賞シリーズ)

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2018.08.26

山田秋太郎『墓場の七人』第3巻 急転直下の決着!? それでも繋がっていくもの


 墓場村を守るために集められた七人と、生ける死者・屍人たちの死闘もこの第3巻で急転直下決着。墓場村が待ちわびていた公儀の援兵があろうことか住人皆殺しを宣言するという絶望的な状況の下で、最後の戦いが繰り広げられることとなります。そしてその先に一色と七平太を待つ運命とは……

 屍人から墓場村を守るため、七平太ら村長の子供たちによって集められた、一色・邪魅羅・暮威・由利丸・百山・千両箱・椿團十郎ら七人の猛者。緒戦で屍人を蹴散らしたものの、次なる刺客・がしゃどくろ戦で戦力を消耗した一色たちは、墓場村の住人とともに戦うため、隠された武器を探すために村を離れることになります。
 しかしその間に、屍人の恐るべき秘密――屍人に噛まれた者もまた屍人になるという現象により、村人が次々と屍人になっていくことに……

 という絶体絶命の状態から始まった第3巻。自分の肉親や親しい者たちがゾンビに、というのは定番の展開ではありますが、しかし人間の感情としてそれを乗り越えるのは至難の業であります。
 一体どうやってこの窮地を――と思いきや、これまで唯一その能力を明かしていなかった椿團十郎がとんでもない花道を見せてくれるのにひっくり返ったのですが、さてここからが急展開の連続であります。

 この修羅場に、突如墓場村に現れた公儀からの使者を名乗る男・赤舌。そもそもこの墓場村は幕府の直轄、七人の任務も公儀の援兵が到着する十日後までに村を守ることだったのですが――しかし赤舌は村の鏖殺を宣言、しかもこの事態は村長が招いたこととまで言い放つのでした。
 生き延びたければ二日後に村長の首を差し出せと言い残して一端姿を消した赤舌。この事態に村は真っ二つに割れ、村を守るはずの一色も牢に入れられるという、最悪の展開になってしまうのであります。


 これもゾンビものの定番である、閉鎖空間での立て籠もりからの、人間同士の不信と対立。いずれ必ず描かれるであろうと思っておりましたし、また、これまた定番で公儀の援兵というのも絶対怪しいと思っていたところ、こう組み合わせてくるか、と感心させられます。
 ここで普通のゾンビものであれば、あるいは村長が――ということにもなりかねませんが、しかし本作はあくまでもゾンビに屈せず真っ正面から戦いを挑む者たちの物語。この絶体絶命の状況から、一色との絆によって大きく成長を遂げた七平太の下、墓場の七人と村人たちは一致団結して決戦に臨むことになります。

 しかし敵方には、かつて一色の両親を殺し、村を滅ぼした「傷の男」――屍人の将とも言うべき謎の存在が。かくて戦いは、赤舌と彼の配下の三人の鬼佗番、そして傷の男と、一色たちのバトルへと展開することに……


 と、大いに盛り上がるのですが、ここからの最終決戦がわずか3回で描かれてしまうのが非常に勿体ない。当然ながら――とはあまり言いたくないのですが――一つ一つの戦い、一人一人の見せ場はかなり切り詰められた形となってしまい、戦いの果てに散っていく猛者たちのインパクトが薄れてしまうのが、何とも残念であります。
(これくらいあっさりしていた方が「らしい」、というのはさすがに無理があるでしょう)

 もちろんラスト1話前に、一色に関するとんでもない真実が明かされるという展開は悪くありませんし、そこから七平太に「襷」が渡され、屍人には決してできない、人間だからこそできる勝利の形に繋いでいくという展開も実にいいと思います。
 その意味では本作は、きっちりと描くべき
を描いてはいるのですが――やはり駆け足故の描写不足は否めません。

 もちろんこのような形になるには色々と事情もあるのだとは思いますが、随所に光るものがあっただけに、あと1巻あれば――感じてしまった次第であります。


 ちなみに残念といえば、この第3巻は電子書籍のみの刊行。私個人としては電子書籍中心で作品にアクセスしているので、それはそれでいいのですが、しかし発売日の情報がほとんど全く伝わってこないのには弱りました。
(第3巻の紹介に間が空いてしまったのは、そういう事情が――というのはもちろん言い訳なのですが)


『墓場の七人』第3巻(山田秋太郎 ヤングジャンプコミックスDIGITAL) Amazon
墓場の七人 3 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)


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2018.07.30

鳴神響一『飛行船月光号殺人事件 謎ニモマケズ』 名探偵・宮沢賢治、空の密室に挑む


 最近は時代ミステリに変形の警察ものと、特にミステリで八面六臂の活躍を見せる作者の新作は、宮沢賢治を主人公とした『謎ニモマケズ』シリーズの第2弾。前作とは大きく趣を変え、空の密室――霞ヶ浦と鹿児島間を往復する飛行船を舞台に展開する連続殺人事件に、賢治が挑むことになります。

 昭和5年(1930年)、父親の勧めで本邦初の大型旅客飛行船・月光号の記念飛行に搭乗することとなった賢治。医者・官僚・記者・華族・歌手・財界人――各界の男女が搭乗する月光号に乗り込んだ賢治は、美しい医学生・薫子と親しくなり、楽しい空の旅が始まったと思われたのですが……

 しかし離陸から数時間後、乗客の一人・一色子爵が、自室で血塗れの刺殺死体となって発見。しかもその部屋は施錠され、完全な密室となっていたのであります。
 さらにいつの間にかその場に残されていた「ハーデース」を名乗る斬奸状と、悪魔のタロットカード。遺体の発見現場に居合わせ、そしてギリシャ神話やタロットの知識を持っていたことから、賢治は月光号の船長から捜査への協力を依頼されることになります。

 しかし密室殺人のトリックは見破ったものの、乗客の中に紛れた犯人は依然として正体不明。そして更なる殺人事件が発生、その場にも斬奸状とタロットカードが残されていたのであります。果たして犯人の正体は、そしてその目的は――やがて賢治と乗客たちは、事件の背後の思わぬ因縁と哀しい想いを知ることに……


 冒頭に述べたとおり、『謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治』に続くシリーズ第2弾である本作。といっても舞台設定は前作(大正9年)の10年後ということで物語内容的にはほとんど繋がりはなく(ほんのわずか言及されるのみ)、独立した物語として楽しむことができます。
 何よりも、前作がジャンル的には冒険小説であったのに対し、今回はストレートな探偵小説。前作あれこれ言っていた私も大喜びなのですが――これが本当に舞台といい内容といい、ここまでやってくれるのか! と言いたくなるような趣向を凝らした内容なのが嬉しすぎるところであります。

 密室ものといえば本格ミステリの花ですが、本作はそれを動く密室――それも空を飛ぶ飛行船として設定。
 前年のツェッペリン伯爵号の来日を受けて日本でも旅客飛行船の気運が高まり、月光号の記念飛行が――というのはフィクションだと思いますが、当時としては最先端のテクノロジーであり、かつ優雅な印象がある飛行船というのは、ミステリの現場として実に良いではありませんか。

 そしてその空飛ぶ密室の中で起きる事件も、密室の中の密室での殺人に始まり、衆人環視の中での殺人、さらには人間の仕業とは思えぬものまで様々。そこにタロットカードによる見立ての要素まで加わるのですからたまりません。
 その博学と論理的思考が理由で、賢治が巻き込まれ方の探偵となるのも面白く、また本作での経験が、賢治のあの名作に繋がっていくという趣向も、定番ではありますが楽しいところです。


 しかし本格ミステリゆえ、残念ながらここで物語の詳細に触れるわけにはいきません。それ故、終盤に待ち受ける急転直下の、そして大ドンデン返しの連続の展開に触れること(おそらくはモチーフになったであろう作品ももちろんのこと)ができないのが何とも苦しいのですが……
 この展開はアリなのかという気持ち半分、これしかないかという気持ち半分の謎解きは実に楽しく、普段生真面目な印象のある作者の、意外な豪腕ぶりがうかがえたのは大きな収穫でした。

 しかし、これは実に作者らしいと感じさせられたのは、本作で描かれた事件の背後に潜むもの、そしてそれを生み出したものと許すものに対する鋭い視線の在り方であります。
 終盤において賢治が珍しく怒りを露わにする相手こそは、本作における真の悪なのであり――そしてそれはまた、決して滅びることなく、我々の周囲にも蟠っているものなのでしょう。そしてまた、本作の年代設定にも、ある意図を感じるのも、決して考えすぎではないのではないかと感じるのです。
(さらに言えば、その存在が賢治のある行動へのエクスキューズとなっているのもまた、賛否はあるかもしれませんが、ミステリの構造として面白いところです)


 さて、本作で描かれるのは賢治のほぼ晩年の姿であります。この先であれ、はたまた時代を遡るのであれ――名探偵・宮沢賢治の姿をまだ見てみたいと感じるところです。


『飛行船月光号殺人事件 謎ニモマケズ』(鳴神響一 祥伝社文庫) Amazon
飛行船月光号殺人事件 謎ニモマケズ (祥伝社文庫)


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