2018.01.12

長辻象平『半百の白刃 虎徹と鬼姫』下巻 刀と武士が移り変わるその先に

 名刀匠として知られる虎徹こと長曽祢興里。半百――齢五十近くになってから故あって刀匠を志し、江戸に出てきた彼の半生を、鬼姫こと女剣士・邦香をはじめとする彼を取り巻く人々の姿を通じて描く物語の後編であります。江戸有数の刀匠となった興里は、しかし次々と難事に巻き込まれることに――

 藩主の前での兜割りの試技における振る舞いによって相手の刀鍛冶が命を落としたことをきっかけに、甲冑師を辞め、刀匠を目指すこととなった興里。
 江戸に出て、「鬼姫」と異名を持つ試し切り役の娘・邦香、がめつい刀屋の幸助、朴訥な弟子の興正、邦香の父で名うてのかぶき者・鵜飼十郎右衛門といった人々と出会い、興里は刀匠として次第にその名を知られていくようになります。

 そんなある日、吉原からの使いで、勝山太夫と対面することとなった興里。吉原の作法も無視して興里に迫る勝山と割りない仲となる興里ですが、彼と勝山の間には、意外な因縁が存在したのでした。

 そしてその勝山との出会いを皮切りに、興里は騒動や難事件に、次々と巻き込まれていくことになります。
 興里の住む不忍池周辺に埋められたという由井正雪の隠し軍資金争奪戦と、その中で明らかになるある人物の意外すぎる正体。興里とは因縁を持つ柳生宗冬からの正宗贋作の依頼。そして、刀鍛冶を通じて出会った伊達綱宗と仙台藩を巡る暗闘と……


 刀鍛冶に関する丹念な描写でもって、刀匠としての興里の苦闘と成長を描いてきた上巻。もちろんその要素がこの下巻でも健在であることは言うまでもありませんが、興里が刀匠として大成しつつあるためか、むしろ彼が巻き込まれる事件の数々が前面に描かれた印象があります。
 そしてそれが実に伝奇的で、実に面白いから大歓迎なのであります。

 下巻の冒頭で描かれる勝山太夫との因縁については、正直なところすぐに予想できる内容だったのですが、それに続く由井正雪の埋蔵金を巡るエピソードでの、ある人物を巡るどんでん返しは、全くもっての予想外で度肝を抜かれる展開(この人物、ラストもある意味予想外……)。

 そしてそこから物語は柳生宗冬と酒井忠清らの陰謀に繋がり、クライマックスは伊達騒動のプロローグとも言うべき大川上の屋形船での高尾太夫吊し斬りになだれ込んでいくのですから、本作を以て時代伝奇小説と言い切っても支障はないでしょう。
(ちなみに本作、この高尾吊し斬りをはじめ、いわゆる巷説・俗説を積極的に取り込みつつ、そこに史実との整合性を巧みに取ってみせるのが実に面白いのです)

 そしてその事件の数々に挑むのが、興里を中心に、邦香・幸助・興正・十郎右衛門に勝山を加えた、チーム興里ともいうべき個性豊かな面々であるのも嬉しい。
 刀という存在を中心に固く心を結びあった面々が、金と権力を巡る醜い陰謀を企てる者たちに挑む姿は、実に痛快であります。


 しかし、本作において興里は何故そうしたヒーロー的な役割をも背負っているのか? それは上巻の紹介でも触れたように、興里の生きた時代において、刀の――その持ち主である武士の生き様、そして役割が大きく変わってしまったことと無縁ではないでしょう。
 本作の舞台となるのは、もはや戦はなくなった天下泰平の時代――戦士であった武士が、政治家や官僚へと変貌していくプロセスが完了した時代。そこにおいては、刀剣の持つ意味も、武器から身分の象徴、そして美術品へと大きく変わっていくことになります。

 そんな時代において刀も見かけの華美さがもてはやされるようになった中、美しさはもちろんのこと、刀の切れ味を求め続けた興里の姿は、そんな時代へのアンチテーゼと言えるのではないでしょうか。
 そしてそんな変わりゆく武士と刀の姿は、興里の宿敵とも言うべき柳生宗冬が、剣術家としてよりも政治家として策謀を巡らせる姿に、より色濃く表れていると感じます。


 しかしもちろん、時代は移り変わります。興里が切れ味と美しさを両立させた刀を完成させ、その名を千載のものとして残すに至ったことは、彼が新たな武士の形を示す者として完成されたことをも意味するのでしょう。
 それは戦いと冒険の日々の終わりを告げるものではありますが、しかし人の生の終わりを告げるものではありません。

 「わんざくれ、我が命の尽きるまで」虎徹と鬼姫の挑戦は続く――半百から始まった物語の結末として、それは胸躍るものではないでしょうか。


『半百の白刃 虎徹と鬼姫』下巻(長辻象平 講談社文庫) Amazon
半百の白刃(下) 虎徹と鬼姫 (講談社文庫)

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2018.01.10

玉井雪雄『本阿弥ストラット』第3巻 生き抜くという想いの先に

 本阿弥光悦の玄孫・光健が、人生に希望を失った棄人たちとともに不可能に挑む物語もいよいよ結末を迎えることになります。江戸に新酒を運ぶ新酒番船のレースに参加した光健たちが、ライバルたちとともに危険極まりない航路を行った先にあったものは……

 同じ奴隷船に捕まったことをきっかけに出会い、光健の目利きによって自由を勝ち取った棄人たち。その一人で船頭のとっつぁんこと桐下は、光健と棄人たちに、新酒番船に出ることを宣言します。
 かつては腕利きの船頭として新酒番船に参加したこともあったとっつぁん。彼はこれまで誰も突破できなかった「寛政の早走り」の記録――江戸まで二日半という記録を破ることを悲願としていたのであります。

 桐下の執念と光健の目利きに引き寄せられ、新酒番船に乗り込むこととなった棄人たち。しかし彼らはほとんど素人同然、その一方でライバルは、とっつぁんと深い因縁を持つ大廻船問屋・海老屋に一昨年のチャンピオンの座頭船主・波の市、そしてとっつぁんを兄の仇と狙う倭寇の我太郎と、一癖も二癖もある連中であります。

 そんな中、ついにスタートした新酒番船で、とっつぁんは驚くべき策を披露します。それは「地獄回り航路」――黒瀬川、すなわち黒潮に乗って江戸に向かうこと。
 一度乗ってしまえば凄まじいと速度で走れる一方で、降りるタイミングを誤れば遙か太平洋の真ん中まで流される黒瀬川に、光健たちは一か八かで乗ることになります。

 しかし3艘のライバル船もまた黒瀬川に突入、危険な海域で、命がけのぶつかり合いが始まることに……


 何をやっても落ちこぼれだった連中が、一度その価値を見出され、団結することによって、それぞれの特技を活かして大逆転を演じる――本作は、そんな「落ちこぼれチーム」ものとしての性格を色濃く持つ物語であると、第2巻までを読んで感じていました。
 しかしこの第3巻において、物語はそうした枠を超えて、更に大きく、激烈なドラマを描き出すことになります。

 トラブルとアクシデント続きの地獄回り航路で文字通りのデッドヒートを繰り広げる4艘。自分たちの命を賭けたギリギリの戦いの中で、棄人たちはもちろんのこと、そのライバルたちもまた、それぞれの生を見つめ直すことになります。
 自分たちは何のためにここにいるのか、自分は本当は何を求めているのか――そして、自分たちにとって最も価値あるものとは何なのか、と。

 しかし彼らが挑むのは、そんな人間たちの想いすら呑み込み、押し流してしまおうとする恐るべき大海であります。互いを敵対視する彼らにとっても共通の、そして真の敵である海を向うに回してのサバイバルの中で、この新酒番船に挑む彼ら全員に、太い絆が生まれることになるのです。
 ただ一つ、生き抜くことを目的として……

 その想いが重なった末に生まれたものの姿は、ある意味極めて即物的――というよりもむしろ象徴的なものとして、その想いの強さを伝えてくれるのです。そしてその先に生まれたものの素晴らしさをも。


 本作の主人公・本阿弥光健は、目利きであります。その目利きの力は、相手の本質を見抜き、銘をつけることで、その価値を相手自身と周囲に理解させること――そう表すことができるでしょう。
 それはしかし、あくまでも相手に対して行うもの。その意味で彼はどこまでも観察者であり、そして狂言回しという立場に留まらざるを得なかったとも感じます。
(それは物語の結末を語る者が彼自身でなかったということに、逆説的に現れているのかもしれません)

 本阿弥の家に生まれ、光悦に比されるほどの才を持ちながらも、それゆえに家を追われ、心に満たされぬものを抱えた光健。
 それはあるいは、彼自身を目利きできる者が誰もいなかった、ということによる悲劇によるものであったと言えます。

 しかしこの第3巻、いやこの物語全てで描かれたもの全てが、彼の存在あってこその、彼の存在があって初めて生まれたものであることを思えば、本作という物語全てが、彼の価値を示すものなのでしょう。
 だとすれば、それを見届けた我々が、彼とこの物語を目利きしたのだと――そう言ってもよいのではないでしょうか。

 そしてその目利きの結果は――決して長くはなかったものの、本作という物語を読み通すことができてよかったと、今、そう心から思っていると言えば十分でしょう。そしてまた会えるものなら光健に会いたいとも……


『本阿弥ストラット』第3巻(玉井雪雄 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
本阿弥ストラット(3) (ヤンマガKCスペシャル)


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2018.01.08

長辻象平『半百の白刃 虎徹と鬼姫』上巻 虚構で補う奇妙な刀匠の半生

 まだまだ熱い「刀剣」の世界。本作はそんな刀剣の中でも現代にまで名を残す名刀を残した刀工――長曽祢興里(虎徹)を主人公に、彼が名工として歴史に名を残すまでを伝奇風味たっぷりに描く物語であります。

 明暦の大火からようやく江戸が復興した頃に、無骨な刀を手にして日本橋の刀屋に現れた男・長曽祢興里。なかなか江戸の刀剣界の様子を掴めず苦労する彼に声をかけたのは、「鬼姫」の異名を取る試し斬り役・鵜飼家の娘である邦香でありました。
 邦香に誘われるまま彼女の屋敷を訪れ、彼女が自分の太刀で死体を二つ胴に試し斬りしてみせるのを目の当たりにした興里。彼は問われるままに、彼女に自分の過去を語ることになります。

 かつては越前で代々の家業である甲冑師を営んでいた興里。しかしある事件がきっかけで彼は故郷と甲冑師の生業を捨て、齢五十を過ぎてから刀匠を志して江戸に出てきたのでした。
 彼のその過去と、流行とは無縁の無骨な拵えながら無類の切れ味を持つ太刀、そして彼女の知るある人物に瓜二つのその風貌に興味を持った邦香は、興里の太刀を売り出すべく、一計を案じることになります。

 やがてその太刀が柳生厳包(連也斎)の目に留まり、一気にその名を挙げることとなった興里。
 邦香をはじめ、江戸で出会った人々の協力で腕をめきめきと上げ、刀匠・虎徹としてその人ありと知られるようになった彼は、ある出来事がきっかけで、由井正雪の埋蔵金の存在を知ることになるのですが……


 近藤勇の愛刀などでその名を知られる長曽祢虎徹。しかしその盛名に比べ、その前半生は謎が多い人物と言えます。
 何しろ初めから刀匠として修行したわけではなく、その前半生は甲冑師、そして刀匠として名を上げたのは五十代になってから――というのは、上で述べたとおり本作でも描かれていることですが、興味深いといえば、これだけ興味深い人物はいないでしょう。

 本作はその長曽祢虎徹の半生を、史実を拾い集めた上で、その隙間を虚構で埋めるという形で描いていくことになります。そしてその虚構の最たるものは、虎徹と並んで本作のサブタイトルに冠された鬼姫こと邦香の存在であることは言うまでもありません。

 かぶき者として泣く子も黙る荒武者を父に持ち、そして自身も男を男とも思わぬ言動を見せる邦香。
 本作の冒頭、試し斬りで服を血で汚さぬためとはいえ、初対面の興里の前に半裸で現れるくだりなど、そのインパクト(と大衆小説としてのサービス精神)もさることながら、彼女の心の持ちようが良く現れた場面と言えるでしょう。

 その邦香が興里に心を開くのは、いささか因縁めいた物語が用意されているのですが、それがきっかけで、生まれも育ちも、年齢も大きく異なる興里と邦香が、刀を仲立ちに交流を深めていく様はなかなか微笑ましい。
 そしてそんな二人の生きざまに、明暦という時期の刀と武士の在りようが重なっていく物語展開は、明暦の大火で数多くの刀が焼失し、刀の需要が高まったという背景も含めて、実に興味深く感じられます。

 この流れは、刀匠を描く作品としてある意味当然なのかもしれませんが、本作におけるフィクション――すなわち伝奇味の源とも言える、尾張柳生と江戸柳生の確執や由井正雪の乱もまたここに繋がってくるものであることは言うまでもありません。
 興里という奇妙なな刀匠の人生を補完しつつ、エンターテイメント性を高め、そしてその中でこの時代特殊の刀と武士の在りようを描く――この辺りをさらりとこなしてみせるあたり、作者の筆の巧みさに感心させられるのです。


 しかし興里の、そして邦香の物語はこの上巻の時点ではいまだ半ば。上巻のラストで興里の前に現れ、吉原のルールもものともせずに彼に迫る勝山太夫の真意は、そして正雪の埋蔵金の行方はと、まだまだ気になることだらけであります。

 興里が稀代の名匠として名を成すまでに、二人がこの先如何なる事件と出会い、そしてその中で何を見ることになるのか――下巻も近日中にご紹介いたします。


『半百の白刃 虎徹と鬼姫』上巻(長辻象平 講談社文庫) Amazon
半百の白刃(上) 虎徹と鬼姫 (講談社文庫)

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2018.01.02

『風雲児たち 蘭学革命篇』

 2018年の正月時代劇として元旦夜にNHKで放映された『風雲児たち 蘭学革命篇』を観ました。言うまでもなく、みなもと太郎の漫画『風雲児たち』を原作に、三谷幸喜の脚本によって、一昨年の大河ドラマ『真田丸』の出演陣でドラマ化した作品であります。

 物語の始まりは、1792年(寛政4年)――それぞれ古希を迎えた前野良沢と還暦を迎えた杉田玄白の老いた姿から始まります。
 その20年ほど前、彼らが「ターヘル・アナトミア」を翻訳して、刊行した「解体新書」。しかし何故かそこに良沢の名はなく、以来、袂を分かっていた二人。果たして二人の間に何が起きたのか……

 と、ここから物語は過去に遡り、二人が「ターヘル・アナトミア」を手に入れ、千住骨ヶ原で死体の腑分けを見学した日から始まる悪戦苦闘が描かれることになります。

 中川淳庵、桂川甫周を加え、翻訳どころか単語の意味から辿るという気の遠くなるような挑戦を、一歩一歩進めていく良沢と玄白。
 それでも開始から三年を経て、ほぼ翻訳を終えることができたのですが――しかし良沢は翻訳が不完全であることを恐れて刊行の延期を主張、一方玄白は少しでも刊行を早めることがそれだけ多くの人々を救うことになると反発するのでした。

 さらにオランダ医学をはじめとする蘭学を危険視し、弾圧しようとする人々の存在など、刊行に至るまでの問題を前に苦闘する玄白。そんな中で玄白の下した決断は、良沢との関係を決定的に変えることに……


 日本の医学だけでなく蘭学の進歩に、いや西洋そのものへの関心を高めたことによって、歴史を変える原動力となったとも言える「解体新書」の刊行。
 本作は、そのほとんど暗号解読のような翻訳の過程を、コミカルにユーモラスに描きます。時折入り交じる第四の壁を超えるような演出も楽しく、わずか1時間半という時間の中で、テンポ良く展開する物語は、それだけで実に魅力的であります。

 そしてその魅力をさらに高めているのは、豪華なキャストとその好演であることは言うまでもありません。冒頭で触れたとおり、本作のキャストはメインどころだけでも、良沢の片岡愛之助(大谷吉継)、玄白の新納慎也(豊臣秀次)、さらに平賀源内の山本耕史(石田三成)、田沼意次の草刈正雄(真田昌幸)と『真田丸』のメンバーの再結集。
 この他、高山彦九郎や工藤平助、林子平といった本作ではチョイ役(それにしても豪華な面子!)に至るまで、どこかで見たようなメンバーが再結集しているのは、『真田丸』ファンには思わぬサービスであります。

 しかし同時に本作は、こうした顔ぶれの豪華さだけに頼った作品ではありません。
 本作の根幹に据えられているのは、こうした登場人物たち――歴史上に実際に生きた人々の想いと生き様が交錯し、ぶつかり合い、絡み合うその姿そのものなのですから。


 「解体新書」刊行を巡る最大の謎――それは、メンバーの中核であった前野良沢の名がクレジットされていないことであります。本作は後半に至り、その謎を――そこに至るまでの良沢と玄白の心の動きを中心に描き出すことになります。

 お互いに純粋な想いを抱きつつ、しかしそこにほんの僅かのエゴが絡んだこともあって亀裂は決定的となり、二人は袂を分かつことになる――この辺りのすれ違い、行き違いの描写は、ある意味我々も日常的に経験しているようなものだけに、強く胸に刺さります
 そしてれ以上に、袂を分かった二人が、しかしそれぞれほとんど全く同じ想いを抱いていたことが描かれるくだりには大いに泣かされるのです。そしてまた、物語の時点が冒頭に戻り、老いて再会した二人の万感の想いを込めた表情にもまた……
(さらに言えば、この出演陣が、皆『真田丸』では敗者となった側を演じた面々というのもグッときます)

 本作を観て、歴史というものは、決して無機質な出来事の羅列ではなく、その背後に、その時代に生きた人々の想いや生き様が詰まったものであることを――すなわち、一人一人の人生が積み重なって生まれるものであることを、つくづくと再確認させられました。
 そしてそれこそが、私が歴史好きになったそもそもの理由であったことも。


 そしてまた、ラストに流れる有働アナ(こちらもまた『真田丸』組)の「そして時代は、良沢たちの意思を継いだ数多の風雲児たちによって幕末の大革命へと歩みを進めていくのである」というナレーションもたまらない。
 もうこうなったら、この先も毎年『風雲児たち』をドラマ化して欲しい! と心から願う次第です。


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2017.12.24

山本 巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 北斎に聞いてみろ』新機軸! 未来から始まる難事件

 東京と江戸で二重生活を送るヒロインが、怪事件解決に奔走する「八丁堀のおゆう」シリーズ第4弾は、これまでとはいささか趣を変えた物語。現代で発見された葛飾北斎の未発表肉筆画の真贋を巡り、江戸で調査に当たることになったおゆうが、思わぬ連続殺人に巻き込まれることになります。

 祖母が遺した家で江戸時代へのタイムトンネルを見つけたことから、江戸時代での二重生活を送ることになった優佳(おゆう)。
 平凡な元OLの彼女も、持ち前の推理力と、分析ラボを営む友人・宇田川の科学力で名探偵に早変わり、江戸では南町奉行所の定町廻り同心・鵜飼伝三郎に十手を預けられた女親分として活躍するのであります。

 そんな本シリーズですが、今回は意外な場面からスタートすることに――近日オープンする「東京青山美術館」の目玉の一つ、葛飾北斎の未発表の肉筆画に贋作疑惑が持ち上がり、宇田川のラボに持ち込まれたのです。

 売り手が買い主に対して記した由来書きが添付されていたこの画。この画にはかつて贋作が作られたものの、これは本物なので安心してほしい――というような、逆に安心できないこの書き付けがあったことから、この画が本物か贋作か、頭を抱えていた美術館のスタッフ。
 状況から見て、この画が描かれたのはちょうどおゆうが江戸で暮らすのと同時代、だとすれば北斎本人に真贋を確かめることもできるのではないか――そんなずいぶん乱暴な宇田川の発想で、おゆうは江戸に向かうことになります。

 しかしおゆうが調査を始めた途端、画を扱った仲買人が何者かに殺害され、さらに彼と組んで贋作を描いていたという女絵師までもが死体で発見。
 悪いことにどちらもおゆうが関わった直後に殺された上に、何故北斎の画を探っているか、伝三郎にも話せない(話しようがない)おゆうは、伝三郎にまで不信の目で見られ、思わぬ窮地に陥ることになります。

 そこで北斎の娘・阿栄の思わぬ助けを得たおゆうは、疑いを晴らし、真贋を解き明かすために事件を追うのですが……


 これまでは、江戸時代に訪れていたおゆうが事件に巻き込まれるという導入であった本シリーズ。正直なところ、スタート時には目新しかったこのスタイルも、巻を重ねてくると当たり前になってしまった感があったのですが――なるほどこう来たか、と本作の導入は好印象です。

 過去からではなく、現代の(つまり過去から見れば未来の)出来事がきっかけで始まる事件というのは、これは本作のような設定でなくては描けない物語。
 しかもそれが理由で、おゆうが伝三郎に真実を語りたくても語れず、シリーズ始まって以来の窮地に陥るという展開になるのが、実に面白いのであります。

 さらにこれまでのシリーズでは、現代の科学力で謎を解き明かしたとしても、それを
江戸でいかに辻褄が合うように説明してみせるか――という面白さがあったのですが、本作ではそれとは逆パターンの展開。
 江戸で明らかになった真実を如何に現代で説明するか(しかもえらい豪快なアイディアでそれを解決!)、非常に新鮮な気持ちで最後まで読むことができました。

 そして本作に用意されている更なる新機軸は、阿栄とその父の北斎という、歴史上の人物が物語に大きく関わることでしょう。

 これまで、江戸時代を舞台としつつも、歴史上の人物や史実とはほとんど関わってこなかった本シリーズ(設定年代が明記されたのも初めてでは……?)。それはそれで理由があることかと思いますが、しかし折角(?)のタイムスリップなのだから、という気持ちがあるのは否めません。

 それが今回は、当然と言えば当然ながら、北斎の存在が大きく関わる内容なのが実に面白い。さらに阿栄の、おゆうとある意味対等に話せる人物というこれまでいなかったキャラクター造形が実に魅力的なのであります。

 そして贋作にまつわる事件の二転三転する謎解き、さらに事件を引き起こした複雑でそしてもの悲しい人間の心の綾なども印象的で――正直に申し上げて、これまでのシリーズで最も魅力的な作品であったと感じます。


 これも毎回恒例の、ラストで明かされる伝三郎の胸中が、こちらは今ひとつ盛り上がらないのが少々残念ではありますが、タイムスリップ時代ミステリとして、本作がシリーズに新たな魅力をもたらしたことは言うまでもありません。
 読み終わった後、カバーを見返してまたにっこりとできる――そんな快作であります。


『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 北斎に聞いてみろ』(山本巧次 宝島社文庫『このミス』大賞シリーズ) Amazon
大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 北斎に聞いてみろ (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)


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2017.12.01

武内涼『はぐれ馬借』 弱肉強食という悪循環を超える生き様を求めて

 『駒姫 三条河原異聞』『暗殺者、野風』といった新作や『妖草師』シリーズの復活など、今年は活躍著しかった武内涼の新作は、これらの作品に負けず劣らず個性的な作品。混沌の室町時代を舞台に、諸国を自由に往来するはぐれ馬借衆の活躍を描く活劇です。

 物語の始まりは坂本――室町時代中期、京都の財界とも言うべき比叡山領で馬借を営む青年・獅子若が本作の主人公。
 並外れた体躯の持ち主であり、印地(石投げ)の達人である彼が、比叡山の有力者の娘と出会ったことから、物語は始まります。

 彼女の馬である春風の面倒を見たことがきっかけで、急速に惹かれ合っていく二人。しかし身分違いの恋は彼女の父の逆鱗に触れ、獅子若は私刑を受けた末、叡山領立ち入りを禁じられて追放されることになります。

 自分に懐いた春風とともに、当てもない放浪に出た獅子若の前に現れたのは、美少女・佐保をはじめとする「はぐれ馬借」の面々。
 ある依頼の途中に行方不明となった前頭領の愛馬を追っている彼女たちと行動を共にすることになった獅子若は、敵であっても命を奪わないというはぐれ馬借の掟に戸惑いつつも、少しずつ心を開いていくことに……


 そんな本作でまず印象に残るのは、タイトルともなっている「はぐれ馬借」という存在でしょう。
 当時の馬を使った運送業者である馬借。彼らは、ある土地を拠点として活動を行うのが普通ですが――しかしはぐれ馬借は、特定の地に腰を落ち着けることなく、旅から旅への稼業なのであります。

 そしてそれを可能とするのが、彼らの祖が落ち延びる義経を助けた功績により与えられたという「源義経の過書」。
 関銭を払わずに諸国往来自由を認められるというその力により、彼らは一つところに落ち着くことなく生きることが可能なのです。

 このはぐれ馬借、義経の過書という伝奇的アイテムの存在も面白いのですが、何より興味を惹かれるのは、それによって彼らが土地の軛から離れることができたという設定であります。
 それは一見、不安定極まりない暮らしに見えるかもしれません。しかし見方を変えれば、それは土地の権力者の庇護を受けることなく――すなわちその代償を払うことなく――生きることができるということであります。

 そしてそれは、本作の主人公たる獅子若の生き様とも大きく関わっていきます。
 馬借という仕事を持ち、そして印地の世界でもその人ありと知られていた獅子若。しかしそんな彼の胸中は、常に不満と苛立ちに満ちていました。

 時あたかも、あの義教が将軍になる直前の、世情が不安定極まりなかった室町時代中期。
 そんな、権力者は下の者を守ることなく、弱き者はより強き者の力に怯える時代――そして生まれついての身分がそれを支えていた時代は、強い力と心を持ち、しかし身分の低い獅子若には生きにくい時代だったのです。

 弱肉強食で全ては自己責任の世の中に苛立ち、そこで生まれた凶暴な衝動を印地に叩きつける――そしてその果てに、より強い力に叩きのめされ、住む土地を失った獅子若。
 そんな彼が身を寄せ、そして何よりも自分らしく生きるために、はぐれ馬借以上の世界があるでしょうか?

 しかしそんな自由なはぐれ馬借にも、強い掟があります。先に述べたような不殺というその掟は、ある意味この時代においては甘きに過ぎるものであり――そして獅子若にとっても理解の外にあるものです。
 しかしその掟は、終わりない暴力と遺恨を避けるための知恵。同時に弱肉強食の世界の則には従わないという宣言と言えるでしょう。

 力が全ての時代に苛立ちつつも、それを発散するために力を用いれば、それはそんな世の理を認め、その一部になることにほかなりません。
 そんな悪循環に背を向けるはぐれ馬借の生き様は、獅子若にとっての救いであり――さらにそれは、同じく混沌の時代に生きる我々にとって、強く共感できるものであります。


 一冊の物語の中に様々なエピソードが散りばめられているため、一つ一つが少々食い足りない印象はあります(伝奇性が思ったほど濃くないのも残念)。
 それでも、はぐれ馬借という生き方と、それと共に少しずつ成長していく獅子若の姿は、大いに魅力的に感じられます。

 時代の混沌がいよいよ深まっていく中、獅子若ははぐれ馬借とともに自由を貫けるのか、人としての希望を見出すことができるのか――この物語の先をまだまだ見てみたい、そう感じます。


『はぐれ馬借』(武内涼 集英社文庫) Amazon
はぐれ馬借 (集英社文庫)

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2017.11.29

入門者向け時代伝奇小説百選 拾遺その二

 入門者向け時代伝奇小説の百選に含められなかった作品の紹介であります。今回は条件のうち、現在電子書籍も含めて新刊で手に入らない8作品を紹介いたします。

『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐) 【剣豪】【江戸】
『秘剣水鏡』(戸部新十郎) 【剣豪】【江戸】
『十兵衛両断』(荒山徹) 【剣豪】【江戸】
『打てや叩けや 源平物怪合戦』(東郷隆) 【古代-平安】【怪奇・妖怪】
『聚楽 太閤の錬金窟』(宇月原晴明) 【戦国】【怪奇・妖怪】
『真田三妖伝』シリーズ(朝松健) 【戦国】【怪奇・妖怪】
『写楽百面相』(泡坂妻夫) 【江戸】
『秘闘秘録新三郎&魁』シリーズ(中谷航太郎) 【江戸】

 歴史に残すべき名作、刊行してあまり日が経っていないはずのフレッシュな作品でも容赦なく絶版となっていく今日この頃。電子書籍はその解決策の一つかと思いますが、ここに挙げる作品は、言い換えればその電子書籍化がされていない作品であります。

 まずはともに剣豪ものの名品ばかりを集めた名短編集二つ――いわずとしれた柳生ものの名手の代表作である二つの表題作をはじめとして、切れ味鋭い短編を集めたいわばベストトラックともいうべき『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐)。
 そして一瞬の秘剣に命を賭けた剣士たちを描く『秘剣』シリーズの中でも、奇怪な秘剣を操る者たちの戦いの中に剣の進化の道筋を描く『水鏡』を収録した『秘剣水鏡』(戸部新十郎)。どちらも絶版であるのが信じられない大家の作品であり、名作であります。

 そしてもう一つ剣豪ものでは『十兵衛両断』(荒山徹)。一時期荒山伝奇のメインストリームであった柳生ものの嚆矢にして、伝奇史上に残る表題作をはじめとした本書は、伝奇性もさることながら、権に近づくあまり剣の道を見失っていった柳生一族の姿を浮き彫りにした作品集であります。

 また古代-平安では博覧強記の作者が、源平の合戦をどこかユーモラスなムードで描いた『打てや叩けや 源平物怪合戦』(東郷隆)があります。
 司馬遼太郎の『妖怪』の源平版とも言いたくなる本作は、貴族から武家に社会の実権が移る中、武家たちの争いと妖術師の跳梁が交錯する様が印象に残ります。

 そして戦国ものでは、なんと言っても作者の絢爛豪華にして異妖極まりない伝奇世界が炸裂した『聚楽 太閤の錬金窟』(宇月原晴明)。
 関白秀次の聚楽第に隠された錬金の魔境を巡る大活劇は、作者の特徴である異国趣味を濃厚に描き出すと同時に、もう一つの特徴である深い孤独と哀しみを漂わせる物語であります。

 そして戦国ものでもう一つ、『真田三妖伝』『忍 真田幻妖伝』『闘 真田神妖伝』(朝松健)の三部作は、作者が持てる知識と技量をフルに投入して描いた真田十勇士伝であります。
 猿飛佐助と柳生の姫、豊臣秀頼の三人の運命の子を巡り展開する死闘は、作者の伝奇活劇の総決算とも言うべき大作。ラストに飛び出す秘密兵器の正体は、これまた伝奇史上に残るものでしょう。

 続いて江戸ものでは、今なおその正体は謎に包まれた東州斎写楽の謎を追う『写楽百面相』(泡坂妻夫)。
 江戸文化に造詣が深い(どころではない)作者の筆による物語は、伝奇ミステリ味を濃厚に漂わせつつ、史実と虚構の合間を巧みに縫って伝説の浮世絵師の姿を浮かび上がらせます。

 さらに今回紹介する中でもっとも最近の作品である『ヤマダチの砦』に始まる『秘闘秘録新三郎&魁』シリーズ(中谷航太郎)も実にユニークな江戸ものです。
 品性下劣な武家のバカ息子と精悍な山の民の青年が謎の忍びに挑むバディものとしてスタートした本シリーズは、あれよあれよという間にスケールアップし、海を越える大伝奇として結実するのです。


 というわけで駆け足で紹介した8作品ですが、それぞれに事情はあるにせよ、媒体の違いだけで後の世の読者が――今はネット書店で古書も手にはいるとはいえ――アクセスできないというのは、残念というより無念な話。
 ぜひともこれらの名作にも容易に触れることができるような日が来ることを、心から祈る次第であります。


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「水鏡」 秘剣が映す剣流の発展史
 「十兵衛両断」(1) 人外の魔と人中の魔
 「打てや叩けや 源平物怪合戦」 二つの物怪の間で
 「聚楽 太閤の錬金窟」 超越者の喪ったもの
 写楽とは何だったのか? 「写楽百面相」
 『ヤマダチの砦』 山の民と成長劇と時代ウェスタンと

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2017.11.26

入門者向け時代伝奇小説百選 拾遺その一

 先日地味に作品紹介を終了した初心者向け伝奇時代小説百選ですが、作品選定が拡散するのを避けるために条件をつけた結果、百選に入れたいのにどうしても入らない作品が出てしまいました。あまりに残念なので、ここにまとめて紹介いたします。まずは、いま入手可能なのに入れられなかった10作品……

『忍びの者』(村山知義) 【忍者】【戦国】
『吉原螢珠天神』(山田正紀) 【SF】【江戸】
『黄金の犬 真田十勇士』(犬飼六岐) 【戦国】【忍者】
『大江戸剣聖一心斎』シリーズ(高橋三千綱) 【江戸】【剣豪】
『闇の傀儡師』(藤沢周平) 【江戸】
『山彦乙女』(山本周五郎) 【江戸】
『花はさくら木』(辻原登) 【江戸】
『大奥の座敷童子』(堀川アサコ) 【幕末-明治】【怪奇・妖怪】
『鈴狐騒動変化城』(田中哲弥) 【児童】【怪奇・妖怪】
『風の王国』(平谷美樹) 【中国もの】【古代-平安】

 忍者ものの『忍びの者』(村山知義)は、百地三太夫と藤林長門守という対立する二人の上忍に支配された伊賀を舞台に、歴史に翻弄される下忍たちに姿を描いた作品。50年代末から60年代初頭にかけての忍者ブームの一角を担い、後世の忍者ものに与えた影響も大きいマスターピースであります

 SFものでは『吉原螢珠天神』(山田正紀)は、元御庭番の殺し屋が、吉原に代々伝わるという不可思議な玉を巡って死闘を繰り広げるSF時代小説の名品。時代小説として面白いのはもちろんのこと、家康の御免状どころか何と――という凄まじい発想に唸らされます。

 戦国時代ものの『黄金の犬 真田十勇士』(犬飼六岐)は、真田十勇士を、忠誠心の欠片もない流浪の十人のプロフェッショナルとして描いた痛快な作品であります。

 激戦区だった江戸時代ものでは、まず『大江戸剣聖一心斎』シリーズ(高橋三千綱)は、奇妙な風来坊剣士・中村一心斎が、歴史上の偉人たちを自分勝手な言動で振り回しながらも、いつしかその悩みを解決してしまう味わい深い作品であります。

 また、『闇の傀儡師』(藤沢周平)は、ある意味人情もの的側面の強い作者が、秘密結社・八嶽党と、それと結んだ田沼意次に立ち向かう剣士の戦いを描いた正調時代伝奇。
 一方『山彦乙女』(山本周五郎)は、禁断の地に踏み入って発狂した末に行方を絶った叔父の遺品というホラーめいた導入部から、山中異界を巡る冒険が展開されていく、これも作者には珍しい作品です。

 さらに『花はさくら木』(辻原登)は、改革者たる田沼意次と謎の海運業者との暗闘が、皇位継承を巡るある企てと思わぬ形で絡み合い、切なくも美しい結末を迎える佳品であります。

 そして幕末-明治ものでは、大奥に消えたという座敷童子を探す少女を主人公にした『大奥の座敷童子』(堀川アサコ)。いわゆる大奥もののイメージとはひと味異なる、バイタリティ溢れる楽しい作品です。

 児童ものでは『鈴狐騒動変化城』(田中哲弥)。作者の新作落語をベースに、バカ殿に目をつけられたヒロインを救うために町の若者たちと狐が奮闘するナンセンス大活劇。読みながら「むははははは」と笑い転げたくなる作品であります。

 そして中国ものでは大作『風の王国』(平谷美樹)。幻の渤海王国の興亡を舞台に、東日流に生まれ育った男が大陸で繰り広げる壮大な愛と戦いの物語。悲劇を予感させる冒頭で描かれたものの意味が明かされる結末には、ただただ感動させられる名作です。


 というわけで非常に駆け足でありますが10作品――何故選から漏れることになったかはご勘弁いただきたいと思いますが、いずれもギリギリまで悩んだ作品揃い、こちらも併せてお読みいただければ、これに勝る喜びはありません。



関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 村山知義『忍びの者 序の巻』 歴史の前に儚く消えるもの
 「吉原螢珠天神」 天才エンターテイメント作家の初時代小説
 犬飼六岐『黄金の犬 真田十勇士』 十勇士、天下の権を笑い飛ばす
 「大江戸剣聖一心斎 黄金の鯉」 帰ってきた剣聖!
 「闇の傀儡師」 闇の中で嗤うもの
 「山彦乙女」 脱現実から脱伝奇へ
 辻原登『花はさくら木』 人を真に動かすものは
 堀川アサコ『大奥の座敷童子』 賑やかな大奥の大騒動
 『鈴狐騒動変化城』 痛快コメディの中に浮かび上がる人の情
 「風の王国 1 落日の渤海」 二つの幻の王国で

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2017.11.15

入門者向け時代伝奇小説百選 中国もの

 入門者向け時代小説百選、ラストはちょっと趣向を変えて日本人作家による中国ものを紹介いたします。どの作品もユニークな趣向に満ちた快作揃いであります。
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)

96.『僕僕先生』(仁木英之) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 唐の時代、働きもせずに親の財産頼みで暮らす無気力な青年・王弁。ある日出会った美少女姿の仙人・僕僕に気に入られて弟子となった王弁は、彼女とともに旅に出ることになります。世界はおろか、天地を超えた世界で王弁が見たものは……

 実際に中国に残る説話を題材としつつも、それをニート青年とボクっ娘仙人という非常にキャッチーな内容に生まれ変わらせてみせた本作。現代の我々には馴染みが薄い神仙の世界をコミカルにアレンジしてみせた面白さもさることながら、旅の中で異郷の事物に触れた王弁が次第に成長していく姿も印象に残ります。
 作者の代表作にして、その後シリーズ化さえて10年以上に渡り書き続けられることとなったのも納得の名作です。

(その他おすすめ)
『薄妃の恋 僕僕先生』(仁木英之) Amazon
『千里伝』(仁木英之) Amazon


97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都) 【ミステリ】 Amazon
 デビュー以来、中国を舞台とした歴史ミステリを次々と発表してきた作者が、唐の則天武后の時代を舞台に描く連作ミステリです。

 則天武后の洛陽城に宦官として献上された怜悧な美少年・馮九郎と、天真爛漫な双子の妹・香連。九郎は複雑怪奇な権力闘争が繰り広げられる宮中で、次々と起きる奇怪な事件を持ち前の推理力で解決していくのですが、権力の魔手はやがて二人の周囲にも……

 探偵役が宦官という、ユニークな設定の本作。収録された物語が、いずれもミステリとして魅力的なのはもちろんですが、則天武后の存在が事件の数々に、そして主人公たちの動きに密接に関わってくるのが実に面白い。結末で明かされる、史実との意外なリンクにも見所であります。

(その他おすすめ)
『十八面の骰子』(森福都) Amazon
『漆黒泉』(森福都) Amazon


98.『琅邪の鬼』(丸山天寿) 【ミステリ】 Amazon
 中国史上初の皇帝である秦の始皇帝。本作は、その始皇帝の命で不老不死の研究を行った人物・徐福の弟子たちが奇怪な事件に挑む物語であります。

 徐福が住む港町・琅邪で次々と起きる怪事件。鬼に盗まれた家宝・甦って走る死体・連続する不可解な自死・一夜にして消失する屋敷・棺の中で成長する美女――超自然の鬼(幽霊)によるとしか思えない事件の数々に挑むのは、医術・易占・方術・房中術・剣術と、徐福の弟子たちはそれぞれの特技を活かして挑むことになります。

 とにかく起きる事件の異常さと、登場人物の個性が楽しい本作。本当に合理的に解けるのかと心配になるほどの謎を鮮やかに解き明かす人物の正体が明かされるラストも仰天必至の作品です。

(その他おすすめ)
『琅邪の虎』(丸山天寿) Amazon
『邯鄲の誓 始皇帝と戦った者たち』(丸山天寿) Amazon


99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬) 【ミステリ】 Amazon
 遙かな昔、黄帝が悪を滅するために地上に下したという「銀牌」。本作は、様々な時代に登場する銀牌を持つ者=銀牌侠たちが、江湖(官に対する民の世界)で起きる怪事件の数々に挑む武侠ミステリであります。

 本書に収録された四つの物語で描かれるのは、武術の奥義による殺人事件の謎。日本の剣豪小説同様、中国の武侠小説でも達人の奥義の存在と、それを如何に破るかというのは作品の大きな魅力ですが、本作ではそれがそのまま謎解きとなっているのが、実にユニークであります。

 そしてもう一つ、ラストの中編『悪銭滅身』の主人公が浪子燕青――「水滸伝」の豪傑百八星の一人なのにも注目。水滸伝ファンの作者らしい、気の利いた趣向です。

(その他おすすめ)
『もろこし紅游録』(秋梨惟喬) Amazon
『黄石斎真報』(秋梨惟喬) Amazon


100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州) 【児童】【怪奇・妖怪】 Amazon
 時代伝奇小説の遠い祖先とも言える中国四大奇書。その一つ「西遊記」の作者――とも言われる呉承恩を主人公とした奇譚です。

 父との旅の途中、みすぼらしい少女・玉策に出会って食べ物を恵もうとした作家志望の少年・承恩。しかし玉策の食べ物は何と書物――実は彼女は、泰山山頂の金篋から転がり落ちた、人の運命を見抜く力を持つ存在だったのです。
 玉策の力を狙う者たちを相手に、承恩は思わぬ冒険に巻き込まれることに……

 「西遊記」などの中国の古典を児童向けに(しかし大人も唸る完成度で)リライトしてきた作者。本作もやはり本格派かつ個性的な味わいを持った物語ですが、同時に物語の持つ力や意味を描くのが素晴らしい、「物語の物語」であります。

(その他おすすめ)
『封魔鬼譚』シリーズ(渡辺仙州) Amazon



今回紹介した本
僕僕先生 (新潮文庫)双子幻綺行―洛陽城推理譚琅邪の鬼 (講談社文庫)もろこし銀侠伝 (創元推理文庫)(P[わ]2-1)文学少年と書を喰う少女 (ポプラ文庫ピュアフル)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 「僕僕先生」
 「双子幻綺行 洛陽城推理譚」(その一) 事件に浮かぶ人の世の美と醜
 「琅邪の鬼」 徐福の弟子たち、怪事件に挑む
 「もろこし銀侠伝」(その一) 武侠世界ならではのミステリ
 渡辺仙州『文学少年と運命の書』 物語の力を描く物語

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2017.11.01

入門者向け時代伝奇小説百選 幕末-明治(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、幕末-明治のその2は、箱館戦争から西南戦争という、武士たちの最後を飾る戦いを題材とした作品が並びます。

86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)


86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎) Amazon
 近年、幾つもの土方歳三を主人公とした作品を発表してきた作者が、極めてユニークな視点から箱館戦争を描くのが本作です。

 プロシア人ガルトネルが蝦夷共和国と結ぶこととなった土地の租借契約。その背後には、ロシア秘密警察工作員の恐るべき陰謀がありました。この契約に疑問を抱いた土方は、在野の軍学者、箱館政府に抗するレジスタンス戦士らと呉越同舟、陰謀を阻むたの戦いを挑むことに……

 実際に明治時代に大問題となったガルトネル事件を背景とした本作。その背後に国際的陰謀を描いてみせるのは如何にも作者らしい趣向ですが、それに挑む土方の武士としての美意識を持った人物像が実にいい。
 終盤の不可能ミッション的な展開も手に汗握る快作です。

(その他おすすめ)
『神威の矢 土方歳三蝦夷討伐奇譚』(富樫倫太郎) Amazon


87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 幕末最後の戦いというべき五稜郭の戦。本作はその戦の終わりから始まる新たな戦いを描く雄編です。

 五稜郭の戦に敗れ、敗残兵となった少年・志波新之介。新政府軍の追っ手や賞金稼ぎたちと死闘を繰り広げつつ、生き延びるための旅を続ける彼の前に現れるのは、和人の過酷な弾圧に苦しむアイヌの人々、そして大自然の化身たる蝦夷地の神々や妖魔たち。
 出会いと別れを繰り返しつつ、北へ、北へと向かう新之介を待つものは……

 和製マカロニウェスタンと言うべき壮絶なガンアクションが次から次へと展開される本作。それと同時に描かれる蝦夷地の神秘は、どこか消えゆく古きものへの哀惜の念を感じさせます。
 一つの時代の終焉を激しく、哀しく描いた物語です。

(その他おすすめ)
『地の果ての獄』(山田風太郎) Amazon


88.『警視庁草紙』(山田風太郎) 【ミステリ】 Amazon
 作者にとって忍法帖と並び称されるのが、明治ものと呼ばれる伝奇小説群。本作はその記念すべき第一作であります。

 川路大警視をトップに新政府に設立された警視庁。その鼻を明かすため、元同心・千羽兵四郎ら江戸町奉行所の残党たちは、市井の怪事件をネタに知恵比べを挑むことに……

 漱石・露伴・鴎外・円朝・鉄舟・次郎長など、豪華かつ意外な顔ぶれが、正史の合間を縫って次々と登場し物語を彩る本作。そんな明治もの全体に共通する意外史的趣向に加え、ミステリとしても超一級のエピソードが並びます。
 そしてそれと同時に、江戸の生き残りと言うべき人々の痛快な反撃の姿を通じて明治以降の日本に対する異議申し立てを描いてみせた名作であります。

(その他おすすめ)
『明治断頭台』(山田風太郎) Amazon
『参議暗殺』(翔田寛) Amazon


89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄) 【ミステリ】 Amazon
 北辰一刀流の達人にして、維新後は写真師として暮らす元幕臣・志村悠之介。西南戦争勃発直前、西郷隆盛の顔写真を撮るという依頼を受けた彼は、一人鹿児島に潜入することになります。
 そこで彼を待つのは、西郷の写真を撮らせようとする者と、撮らせまいとする者――いずれも曰くありげな者たちの間で繰り広げられる暗闘に巻き込まれた悠之介の運命は……

 文庫書き下ろし時代小説界で大活躍中の作者が最初期に発表した三部作の第一作である本作。
 知られているようで謎に包まれている西郷の「素顔」を、写真という最先端の機器を通じて描くという趣向もさることながら、その物語を敗者や弱者の視点から描いてみせるという、実に作者らしさに満ちた物語です。


(その他おすすめ)
『鹿鳴館盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄) Amazon
『黒牛と妖怪』(風野真知雄) Amazon


90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健) Amazon
 西南戦争終盤、警視隊の藤田五郎をはじめ曲者揃いのメンバーとともに、西郷を救出せよという密命を下された村田経芳。
 しかしメンバー集合前に隊長が何者かに暗殺され、それ以降も次々と彼らを危機が襲うことになります。誰が味方で誰が敵か、そしてこの依頼の背後に何があるのか。銃豪と剣豪が旅の果てに見たものは……

 期待の新星のデビュー作である本作は、優れた時代伝奇冒険小説というべき作品。
 後に初の国産小銃である村田銃を開発する「銃豪」村田経芳を主人公として、いわゆる不可能ミッションものの王道を行くような物語を描くと同時に、その中で、時代の境目に生きる人々が抱えた複雑な屈託と、その解放を描いてみせるのが印象に残ります。



今回紹介した本
箱館売ります(上) - 土方歳三 蝦夷血風録 (中公文庫)旋風伝 レラ=シウ(1)警視庁草紙 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介 (角川文庫)明治剣狼伝―西郷暗殺指令 (時代小説文庫)


関連記事
 入門者向け時代伝奇小説百選

 富樫倫太郎『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』上巻 箱館に迫る異国の大陰謀
 「西郷盗撮 剣豪写真師志村悠之介 明治秘帳」 写真の中の叫びと希望
 新美健『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』 銃豪・剣豪たちの屈託の果てに

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