2018.05.18

柴田錬三郎『花嫁首 眠狂四郎ミステリ傑作選』 登場、名探偵狂四郎!?


 あの時代小説史上に残るニヒリスト剣客・眠狂四郎を、なんとミステリという切り口から扱った作品集であります。確かに柴錬先生の作品にはミステリもありますが、それにしても――と思いきや、これが実に面白く、興味深い一冊なのであります。

 異国人のころび伴天連が武士の娘を犯して生まれたという陰惨な出自を持ち、妖剣・円月殺法を操る異貌の剣客・眠狂四郎。
 襲いかかる敵は容赦なく斬り捨て、女性に落花狼藉も躊躇わない――それでいてこの世の全てに倦み疲れたような虚無の影を背負って放浪する、この世に恃むところのない、まさしく無頼の徒であります。

 さて、1956年に「週刊新潮」誌上で第1作『眠狂四郎無頼控』の連載がスタートし、以降実に20年近くに渡って活躍してきた狂四郎ですが、その(特に第1作の)特徴は、連作短編スタイルであること。
 週刊誌での連載であることから、毎回一話完結を志向した内容は、短いページ数の中で起承転結を収め、さらに長編としての大きな物語も進行させていく――という離れ業をものしてきたのが本シリーズなのであります。

 と、そんな眠狂四郎ものの中から、ミステリ色の強い作品を集めたのが本書。全21編のうち、第3作『殺法帖』からの1編、中短編集の『京洛勝負帖』からの3編を除けば、全て『無頼控』からの収録であります。
 その収録作は以下のとおり――

『雛の首』『禁苑の怪』『悪魔祭』『千両箱異聞』『切腹心中』『皇后悪夢像』『湯殿の謎』『疑惑の棺』『妖異碓氷峠』『家康騒動』『毒と虚無僧』『謎の春雪』『からくり門』『芳香異変』『髑髏屋敷』『狂い部屋』『恋慕幽霊』『美女放心』『消えた兇器』『花嫁首』『悪女仇討』
 いずれもタイトルを見ただけでドキドキさせられる作品揃いであります。

 さすがにこれらの作品を一話ずつ紹介はいたしませんが、収録作はどれも「らしい」作品揃い。大きな物語として見るとかなり間があいているため、混乱させられる点もあるかもしれませんが、基本的にどこから読んでも楽しめる内容であります。


 ……と、それよりも注目すべきは「ミステリ」であります。
 本書は、編者の言を借りれば「密室殺人、雪の密室、呪われた屋敷、山中の怪異、重要書類の消失、雪の密室、首切り殺人など」ミステリ要素の強いエピソードを集めた一冊であり、もちろん探偵役は狂四郎です。

 正直なところ、ミステリプロパーの作者でもなければ、元々の作品がミステリというわけでもないわけで、ガチガチのミステリを期待すれば、さすがに少々拍子抜けの印象は否めないでしょう。
 また使われているトリックなども(特に『消えた兇器』など)ちょっと驚くほどプリミティブなものもあるのも事実です。

 しかしそこまで堅いことを言わなければ、そして広義のミステリというものを含めて考えれば、本書はなかなかの高水準の作品が並んでいると感じられます。
 例えば、美人比べの候補者が次々と無惨な最期を遂げるという事件以上に、サイコスリラーめいた犯人の動機の異常性が際だつ『皇后悪夢像』。
 三幅も現れた家康直筆の天照大神画の真贋を巡り人間心理の綾を巧みに突いてみせる『家康騒動』。
 消えた宝玉の行方を巡り、いかにも本作らしいエロティシズムが漂う『芳香異変』(宝玉の隠し所はすぐ見当がつくものの、それを暴く手段が、裏腹に雅趣に富んだものなのが面白い)。

 そして特に表題作である『花嫁首』は、新婚初夜の花嫁の首が無惨にも奪われ、代わりに凶悪な面相の罪人の首が据えられていたという、猟奇色濃厚な事件のインパクトにまず驚かされるエピソード。
 犯人の企て自体はそれほどでもないのですが(というよりかなり強引ではあります)、そこにさらにある思惑が加わって事件の様相が変わるという展開の妙、そして狂四郎が真相に気付く証拠のユニークさなど、表題作に相応しい内容と感じます。


 それにしても、よく考えてみれば狂四郎は、ヒーローでもなく悪党でもなく――つまりは使命感も目的もなく、ただ自分の興味の惹いたものに首を突っ込む人物。
 そんな人物だからこそ、その『もの』が謎であった時、彼は探偵として活躍するのであり――本書はそんな狂四郎の特異なキャラクターがあってこそ成立したものと言えるのではないでしょうか。

 そんな狂四郎の立ち位置についても改めて考えさせられる本書、シリーズファンにも初読の方にもおすすめできる一冊です。


『花嫁首 眠狂四郎ミステリ傑作選』(著:柴田錬三郎 編:末國善巳 創元推理文庫) Amazon
花嫁首 (眠狂四郎ミステリ傑作選 ) (創元推理文庫)

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2018.05.01

久賀理世『ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家小泉八雲』 英国怪談の香気溢れる名品

 母を亡くし、故あってダラムの神学校に送られることになった「おれ」が、ダラムに向かう列車の中で出会った少年・パトリック。周囲から怪談を好んで集めているという彼は、この世ならざるものを見る力を持っていた。寄宿舎でパトリックと同室になった「おれ」は、様々な怪事に巻き込まれることに……

 妖怪や怪異といったモノになにがしかの関わりを持っていた実在の人物は、フィクションの世界においては、そうしたモノたちと実際に出会っていたという設定で描かれることが多いものです。
 その最たるものが、ラフカディオ・ハーン、すなわち小泉八雲でしょう。彼を主人公/狂言回しにした伝奇もの、ホラーものはこれまでこのブログで幾つも取り上げてきましたが、その最新の作品が本作であります。

 しかし本作は副題とは裏腹に、まだハーンが八雲になる、はるか以前の物語――それもまだ彼が十代の少年であった頃、彼が神学校に在学していた時代を舞台とした物語であることが大きな特徴となっています。
 父と母が離婚して母に引き取られたものの、ある事情から母と別れた少年時代のハーン。敬虔なキリスト教徒だった大叔母にによってダラムの神学校に送られた彼は、そこで数年を過ごすのですが――本作はそのダラムを舞台とした連作短編集なのです。


 母を亡くし、父の親族から放り出されるように神学校に入れられることとなった語り手が、ダラムに向かう列車の中で出会った少年から、この列車と神学校にまつわる因縁話を聞かされる第一話『境界の少年』に始まり、全四編で構成される本作。
 ここで少年――彼の生国流に発音すればパトリキオス・レフカディオス・ハーン、ダラムではパトリック・ハーンと名乗る彼と意気投合した語り手は、同室となったパトリックに半ば引きずり込まれるように、様々な怪異と遭遇することになるのです。

 このパトリック、下級生などからわざわざ怖い話を蒐集しているほどの好事家。しかしそれだけでなく、あちら側と交感し、この世ならざるもののを見る力までも持っているののです(何しろ、亡き兄の魂が姿を変えたという鴉を連れ歩いているというのですから「本物」であります)。

 そんなわけで自分から怪異に首を突っ込んだり、あるいは向こうからやってきたり――第二話以降は、二人が巻き込まれた三つの物語が語られることになります。

 寄宿舎で新入生たちのもとに現れ、目に砂を投げ込むという怪人「砂男」と、学内である生徒が目撃した聖母の存在が、意外な形で交わる『眠れぬ子らのみる夢は』
 曰く付きの品の蒐集家である友人の父が手に入れた日本の人魚の木乃伊を見て以来、語り手の片手の感覚がなくなっていくという怪異の背後に潜むある想いが語られる『忘れじのセイレーン』
 街の無縁墓地に首を吊ったような形の子供の人形が備えられていることをパトリックの顔なじみの墓守から聞かされ、調べることとなった二人が、思わぬ邪悪なモノと対峙する『誰がために鐘は』

 ご覧のとおり、本作に収録されているのは、題材も内容もバラエティに富んだ怪異譚ですが――しかしこれら四編に共通するのは、いずれも良い意味で抑制の効いた、落ち着いて風格のある語り口と物語展開であります。

 言ってみれば本作は、日本の作家の手になるものでありながらも、「英国怪談」という言葉が誠に相応しい物語揃い。
 単に英国が舞台だから、というだけではもちろんなく、背景となる風物の描き方から題材のチョイスとその活かし方、そして何よりもその空気感が、古き良き英国怪談作家たちのそれに通底するものを感じさせる――というのは褒めすぎかもしれませんが、愛好家としてはたまらないものがあるのです。

 そしてそれ以上に嬉しいのは、本作に収録された物語の全てに通底する、怪異に――いやその背景にある人間の想いに向けられた、優しい眼差しであります。

 本作の主役であるパトリックも語り手も、どちらも少年らしい活発さと明るさに満ちたキャラクターでありつつも、しかしその家庭環境に、両親に深い屈託を抱えた者同士。
 そんな二人だからこそ、同様に屈託を抱えた者の想いに共感することができる。(それが危機に繋がることもあるのですが)その構図は、本作に独特の暖かみと後味の良さを与えていると感じます。


 「ふりむけばそこにいる」――怪談小説の題名としては、そこにいるのはどうしても恐ろしいモノを想像してしまうかもしれません。しかしそこにいるのはそれだけではない、確かに温かいものもそこにはいるのだと――そんなことを感じさせてくれる名品であります。


『ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家小泉八雲』(久賀理世 講談社タイガ) Amazon
ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家 小泉八雲 (講談社タイガ)

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2018.04.17

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第14巻 さらば英雄 そして続出する病んだ人


 長きにわたり描かれてきた宇都宮城の戦いもついに終結。しかし本作におけるそれは、新撰組に欠くべからざるある人物の退場を意味します。というより、表紙の時点でもうこちらの瞳のハイライトも消えそうな気分なのですが――そんな衝撃もあって、病んだ人続出の第14巻であります。

 近藤を救うための条件として大鳥圭介の伝習隊に協力し、宇都宮城攻略に参加することとなった土方と(元)新撰組の面々。意外な人物の参戦もあり、一時は新政府軍を圧倒するかに見えたのですが――しかし敵の大火力の前には及ぶべくもありません。
 ついに追い詰められた土方。しかしその彼と新政府軍の間に立った者こそは、土方が救おうとしていた近藤勇その人でした。

 野村利三郎に引っ張られる形で新政府軍の陣から脱出した近藤。必死の逃避行の末に命を拾ったかと思えば、ここでそれを土方のために投げ出してしまうとはいかにも近藤らしい――といえばそのとおりなのですが、しかしこれは皮肉にもほどがある。
 かくて再び捕らえられた近藤は従容と首の座に向かうことになります。それを知った病床の沖田は、そして土方は……


 いやはや、こんな展開を食らっては、それは土方も病みます。ゲスモブと化した作者――と単行本のそで部分で自称しているので仕方ない――によってガンガン追い詰められた(夢の中での風呂焚きのシーンが鬼)土方は、とうとう刃物や縄状のものを周囲から遠ざけられるような状態になってしまうのでした。

 そんなわけで闘神から一転、病み状態となってしまった土方ですが、しかしもう一人同様の状態となってしまった人物がいます。

 それは、大化けした末に前巻では面白カッコ良いガンマンとして大活躍した市村辰之助。
 既に以前からその兆候はありましたが、鉄之助への依存というより執着はいよいよ暴走し、彼を戦場から遠ざけるためには命令を偽造(ここのところ主人公の出番がないと思ったら犯人がこんなところに!)、ついには土方に銃を向けるまでに……

 この巻の表紙は当然ながら近藤のインパクトに目を奪われてしまいますが、実はここにもう一つ描かれているのは、それに勝るとも劣らぬ悲劇――辰之助と鉄之助の決別。
 弟を戦場から、すなわち新撰組から引き離すために暴走する兄と対峙した鉄之助が、何を選ぶのか――それは言うまでもないものですが、それが辰之助に与えた衝撃は想像に難くありません(彼の主張もまた、ある程度理解できるものではあるのが哀しい)。

 そしてその果てに辰之助が向かう道は、我々読者は既に知っているのですが……


 その他、相変わらず忘れたころに現れて鬼畜プレイを繰り広げる鈴という元祖病みキャラもいるわけですが、さらにここに来て相当の代物が登場します。
 それは薩摩人でありながら、あまりの凶行の果てに自陣の牢に捕らえられていた男・所古伊周。細身で一見物静かにも見える彼の好物は、「二重の意味」で少年なのであります。

 舞台は伝習隊が転戦の末に向かった会津に移り、そこで新政府軍十数名を相手に獅子奮迅の戦いを見せる会津の少年兵・町野久吉(実在の人物)。その前に現れた伊周は……
 というわけで、町野久吉の最期については確かに薩摩兵などに×××たという話もあるのですが、それをここで、こんな形で書くか! と、こちらは愕然とするほかありません。

 度重なる衝撃シーンと度重なる病みキャラの登場に、ただただ圧倒されるばかりの本作。果たしてこの先どこに向かうのか、期待以上に心配になりますが――少なくとも土方はこのままで終わるはずはありません。
 その一刻も早い復活を、まずは祈りたいと思います。

 そしても一つ、ラストにはまた意外な人物が意外な役割を得て登場。こちらの展開も大いに気になってしまうところであります。

『PEACE MAKER鐵』第14巻(黒乃奈々絵 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
PEACE MAKER 鐵 14 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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 黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第13巻 無双、宇都宮城 そして束の間の……

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2018.04.12

大西実生子『僕僕先生』第4巻 旅の終わりにその意味を問う


 漫画版『僕僕先生』もこの第4巻でついに完結であります。美少女(の外見の)仙人・僕僕に誘われ、遙かな天地を巡る旅に出た王弁青年の冒険は、ここに静かに、しかし美しく力強く終わりを迎えることになります。

 ふとしたことから出会った僕僕先生に惹かれ、あてどない旅に出た無気力青年の王弁。しかし時に唐の王宮、時に天地の果てと、常人では想像もできぬような世界ばかりを巡った末に、再び二人は中原に帰ってきました。
 折しも山東では蝗が大量発生し、人々を苦しめる中、僕僕はその力で蝗を払おうとするのですが――ここで人間の側が、意外な動きを見せることになります。

 神仙の術に頼ることなく、人間の知恵と技術で立ち向かう――この時代からすれば破格の試みで、見事に蝗害を除いてみせた朝廷の人々。
 その結末に、仙人たちの側もある決断を下し、その使者が僕僕の前に現れます。人界に居る仙人を全て仙界に引き上げさせ、仙界と人界を断絶するというその決断に対して、僕僕は、王弁は……


 これまで基本的に原作に忠実に展開してきた本作。それはこの最終巻においても変わることなく、原作の後半約四分の一の物語が漫画として描かれることになります。
 が、原作読者の方はご存じかと思いますが、この四分の一というのがなかなかのくせもの。というのも、それまでの物語に比べれば派手な見せ場――皇帝の御前での剣術勝負や、星々の果てでの混沌との対決などのような――が、この部分にはほとんどないのであります。

 ここで描かれるのは、旅から帰り、蝗害騒動においても出番のなかった僕僕が、王弁とともに彼の故郷に隠棲し、その医術で以て人々を助け、日々を送る姿。
 仙界再編を目論む王方平と仲間たちとの対峙や、クライマックスのくだりはあるものの、全般的に静かな展開がここでは続くのです。

 これは漫画として描くのは相当難しいのでは――などというこちらの心配は、しかし、もちろん的外れなものでありました。この(表面上は)静かな日常と、その中で複雑な想いを抱く王弁の姿を、この漫画版は端正に、丁寧に描いてみせるのですから。

 これまで物語の中で幾度となく語られたように、仙骨なるものがない王弁は、仙人にはなれません。それはすなわち、彼が僕僕とこの先同じ時を歩むことはできないことを示します。
 いつかは必ず訪れる僕僕との別れ。その事実をどう受け止めるか、そしてそれまでの日々を如何に過ごすか? それはこれまで彼にとって僕僕と過ごしてきた日々がなんであったのかを問い直すことであり――そしてそれはとりもなおさず、この物語で描かれたものが何であったか、ということを問うことであります。

 その極めて難しく、そして大切なことを、本作は王弁の、そして僕僕のごく僅かな表情とその変化を足がかりに、見事に描き出してみせます。
 そしてそれは時に、二人がこれまで経験してきた旅に勝るとも劣らぬほどスリリングであり、そして感動的なものである、と言って良いでしょう。

 いえ、二人の姿だけではありません。この巻の終盤で描かれるある光景――かつて王弁に世界の広さを教え、それへの憧れを掻き立てたものが、全く逆の姿を見せる場面の描写は衝撃的の一言。
 以前に描かれたその姿が、この漫画版においてポジティブな形で印象的であっただけに、その裏返しに現実の非情さと厳しさを見せつけるその姿は強く印象に残りました。
(これは原作を読んだのが相当以前ということもありますが、この場面が漫画オリジナルではないかと一瞬思ってしまったほど……)


 その他にも、今この『僕僕先生』を読んでみると、その後のシリーズ作品とは異なる手触り(要するに単発作品としての性格が強い)があることや、そしてここではある意味背景として描かれた仙界と人間界再編の動きが、完結間近のシリーズにおいて再び大きくクローズアップされることが興味深く感じられますが……

 それはさておき、原作の漫画化として、そして独立した漫画として、本作は最初から最後まで、素晴らしい完成度であったと言い切って構わないでしょう。
 この漫画版のこの先を、僕僕と王弁の旅の続きを読んでみたい――そう感じるのは、一人僕のみではないと心より感じる次第です。


『僕僕先生』第4巻(大西実生子&仁木英之 朝日新聞出版Nemuki+コミックス) Amazon
僕僕先生 4 (Nemuki+コミックス)


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 「僕僕先生」
 「薄妃の恋 僕僕先生」
 「胡蝶の失くし物 僕僕先生」
 「さびしい女神 僕僕先生」
 「先生の隠しごと 僕僕先生」 光と影の向こうの希望
 「鋼の魂 僕僕先生」 真の鋼人は何処に
 「童子の輪舞曲 僕僕先生」 短編で様々に切り取るシリーズの魅力
 『仙丹の契り 僕僕先生』 交わりよりも大きな意味を持つもの
 仁木英之『恋せよ魂魄 僕僕先生』 人を生かす者と殺す者の生の交わるところに
 仁木英之『神仙の告白 僕僕先生 旅路の果てに』 十年、十巻が積み上げてきたもの

 『僕僕先生 零』 逆サイドから見た人と神仙の物語
 仁木英之『王の厨房 僕僕先生 零』 飢えないこと、食べること、生きること

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2018.03.25

山田睦月『コランタン号の航海 フィドラーズ・グリーン』 インドから最後の戦いへ、最後の航海へ

 彼岸と此岸の狭間を行くイギリス海軍コランタン号の冒険もこの第4部でいよいよ完結。秘宝・ガンガーの封じ珠を奪った宿敵ベシャール大佐を追ってインドに辿り着いたコランタン号ですが、想像以上の混沌たる状況にルパートは戸惑うばかり。そして冒険の果てに、ついに最大の敵と対峙したコランタン号は……

 かつてイギリスの手によってインドから持ち出された謎の秘宝・ガンガーの封じ珠を追ってロンドンからアフリカ、そしてついにインドに向かうこととなったコランタン号。
 到着早々、上空に女神の幻影を見るなど驚かされるルパートですが、さらに身分が高い夫が死んだ後、妻が焼身自殺する「サティー」の風習を知り、大いに戸惑うことになります。

 そのサティーを止めため、ウダル王国に向かうコランタン号ですが、逆にサティーを利用せんとしていたのがベシャール大佐。身内の思わぬ裏切りもあり、封じ珠の継承者であるアルジュンを奪われたコランタン号は、彼の故郷・ベナレスに急ぐことになります。
 しかしそこで起きた衝撃的な出来事により、事態は全く予想もしなかった方向に……


 19世紀のイギリスの海外進出の象徴ともいうべき国・インド。まさにその時代(の始まり)を描く本作において、インドが舞台となるのはある意味当然かもしれません。
 しかしそのインドは、イギリスに暮らしていたルパートにとっては異世界とも言うべき世界。風物も、文化も、社会制度も――全てが異質な世界に、ルパートは大きく戸惑うことになります。

 その最たるものが、本作の鍵ともなるサティーの風習でしょう。妻が夫に殉死するというその文化を、他国の目で見て一方的に批判することはできませんが――そして前作の経験からそうした見方の理不尽を知るルパートにとってはなおさら――しかしやはり大きな違和感があるのは否めません。

 そしてそのサティーは、かつてコランタン号のある人物の運命を大きく変え、さらにベシャール大佐が己の目的のために利用せんとするもの。
 それを思えば、この風習はインドという世界の異質さだけでなく、本作で繰り返し書かれてきた彼岸と此岸の境目をも象徴するものでもあるのではないか、というのはいささか牽強付会かもしれませんが……


 しかし本作は終盤において、このインドでの物語から驚くべき形の飛躍を見せ、最終決戦に突入することになります。

 それがどこに向けての飛躍であり、決戦の地で何が待ち受けているのか――それをはっきりと書くのはさすがに躊躇われるのですが、本シリーズの舞台となっているのがナポレオン戦争である、と申し上げれば十分ではないでしょうか。
 いや本当に、最終作の本作の舞台はインドなのに、どうやってこの戦争に繋げていくのだろう――と思いきや、こうきたか! と仰天必至の展開であります。

 しかし一歩間違えれば突然すぎるこの展開も、コランタン号が如何なる船であるか、ガンガーの封じ珠が如何なる力を持つものか、そしてルパートがその旅の中で如何なるものを見てきたのか――それを考えれば、十分に納得できるものでしょう。


 そしてこの最終決戦の果てに、物語は一つの結末を迎えることになります。そう、コランタン号の航海は、ここに終わりを迎えることになるのです。
 その別れもまた、いささか突然の印象もあり、そして何よりもあまりにも寂しいものなのですが――しかしそれもまた、これまでの物語を思い返せば、納得のいくものではあります。

 そしてそれはルパートにとっても一つの旅の終わりでもあります。すなわち、彼が常に抱いてきた「ここではないどこか」への憧れに対して、どう向き合うかの一つの答えが、ここに示されることになります。
 そしてそれを見れば、これは別れというよりも、新たな旅の始まりなのだと感じられます。一時は彼岸と此岸に分かれつつも、やがては「フィドラーズ・グリーン」――船乗りたちが死後向かう楽園で再び出会うまでの旅路の……


 ブルターニュ・ロンドン・アフリカ・インド――世界各地を、いやこの世ならざる地も含めて展開してきた本作。海洋冒険物語として、伝奇活劇として、一人の青年の成長物語として――素晴らしい作品であったと、改めて感じます。

 今はただ、ルパートたちのその後の冒険を夢見ていたいと、感じているところなのです。


『コランタン号の航海 フィドラーズ・グリーン』(山田睦月&大木えりか 新書館ウィングス・コミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
コランタン号の航海~フィドラーズ・グリーン~(1) (ウィングス・コミックス)コランタン号の航海 ~フィドラーズ・グリーン~ (2) (ウィングス・コミックス)


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2018.03.23

久保田香里『駅鈴』 歴史を駆け抜けた少女の青春

 律令制下で公用の情報伝達・旅行のために街道沿いに設置された「駅家」。その駅家を舞台に、駅家で働くことを夢見る少女を主人公とした物語――『氷石』で奈良時代の少年少女の姿を瑞々しく描いた作者が、再び奈良時代を舞台に描く物語です。

 近江国の駅家の駅長の家に生まれ、将来は駅子(駅家の業務を行う者)や駅長になることを夢見てきた少女・小里。しかし周囲からは女がなれるわけないと言われ続けてきた彼女は、ある日京から来た駅使(役所や朝廷からの手紙を運ぶ使者)見習いの青年・井上若見と出会います。
 駅の仕事をさせてもらえない小里と、なかなか駅使に馴染めない若見――どこか似た二人は、やがて互いの周囲の出来事や、将来の夢を語り合うようになるのでした。

 時が流れていく中、駅子の仕事を任されるようになった小里と、親王に仕えるようになた若見。互いに惹かれ合いながらも、自分の夢である駅家での仕事に打ち込むことを選んだ小里ですが、思わぬ事件のために大きな挫折を味わうことに……


 冒頭に述べたように律令制下で各地に設けられた駅家。フィクションの世界で中心的に描かれることは極めて珍しいこの制度を中心に置いて、本作は展開していきます。
 駅家の運営が地元の富裕な農民等によって行われていたというのも、その代替わりの際に国の審査があるというのも、恥ずかしながら初耳。それだけにまず題材の時点で、大いに新鮮に感じました。

 さて、小里はそんな駅家を運営する一族に生まれ、祖父や両親が働く姿を間近に見て育った少女ですが――駅子や駅長に憧れるのはむしろ当然であったとしても、その夢の実現が、特にこの時代においては極めて困難であることは言うまでもありません。
 そんな厳しい道を一心に行こうとする彼女の姿は、若者だからこその無鉄砲さに満ちていると言うべきですが――しかしだからこそ眩しく感じられます。

 本作はジャンル(レーベル)としては児童文学となりますが、なるほど、自分の将来に向けて歩いていこうとする子供たちに向けた物語として――そして同時に、性別の壁を超えようとするエンパワメントの物語として――その内容は、大きな意味を持つと感じられます。


 しかし本作は、そうした一種の青春小説としてだけでなく、歴史小説としても、実に魅力的な作品であります。
 その源が、駅家にあることは言うまでもありません。その時代特有の事物を描きつつ、それを密接に物語に絡めてみせる――歴史小説としては当たり前ではありますが、それが本作においては、独特の題材を用いることもあって、特に巧みに感じられます。

 何よりも、上で触れたように駅家が今で言えば運営を民間委託しているという特徴が、小里の夢の行方に大きく関わってくる物語展開には、大いに感心させられました。

 そしてまた、本作の物語の背景として描かれる当時の史実、歴史の流れにも注目する必要があるでしょう。本作の舞台となるのは739(天平11)年から747(天平19)年の約10年間。奈良時代の最盛期ですが――しかし華やかな印象に比して、決して平坦な時代ではありません。
 遣唐使の帰還と渤海使の渡来、九州での藤原広嗣の乱、幾度もの遷都、そして地震などの天変地異――本作の後半で重要な背景となる大仏建立へと繋がる時代の波乱が、そこにはあるのです。

 本作の登場人物である小里や若見は、これらの史実と密接に結びつきつつも、しかし決してその史実の主役ではありません。むしろその史実を時に傍観し、時に翻弄される立場なのですが――それこそが大きな意味を持ちます。

 歴史に触れるとき、我々はどうしてもその時代を動かしてきた層ばかりに目を向けてしまう(古代であればなおさら)ものです。
 しかしその時代に生きてきたのは、そんな一握りの人々だけではありません。我々と同じように、それぞれに日々を懸命に生きてきた人々がそこにはいたのだと、本作ははっきりと示してくれるのです。

 そしてそれが、読者と主人公を重ね合わせて描くことの多い児童文学において、大きな意味を持つことは言うまでもないでしょう。


 現代の我々とさして変わらぬ夢や希望、不安や喜びを抱いて生きる若者たちの姿を描く青春小説として、そしてそんな彼らの姿を通じて、この時代ならではの風物や事件を庶民の視点から描く歴史小説として――その両者が見事に結びついた名品であります。


『駅鈴』(久保田香里 くもん出版) Amazon
駅鈴(はゆまのすず) (くもんの児童文学)

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2018.03.18

さちみりほ『花宵奇談』 豪腕女房と天然陰陽師が挑んだもの

 秋田書店やハーレクインで長らく活躍してきた作者による耽美な平安ホラー――に見せかけておいて、その実、霊感少女と天然陰陽師が怪事件解決のために奔走する、コミカルで時々泣かせる連作集であります。

 内裏に宮仕えに上った少女・玉響。彼女の目的はただ一つ、玉の輿に乗ること! ……であったのですが、一人の美青年に目を奪われたことから、彼女の運命は大きくわき道に逸れていくことになります。
 その青年こそは、かの安倍晴明から五代目の子孫であり、指神子の異名を持つ安倍播磨守泰親。しかしこの泰親、美青年でありながら、今一つアバウトで天然気味のどうにも頼りない人物だったのです。

 そんな折り、宮中では幼い三の宮がもののけに襲われるという事件が発生。実は霊感体質だった玉響は、無理矢理泰親に引っ張りこまれ、もののけ退治を手伝うことになるのですが……


 そんな第1話を皮切りとして、宮中や貴族の周辺で起きるもののけ騒動に玉響と泰親が挑む全4話構成の本作(後半2話は続き物)。
 泰親という有名人がメインキャラということもあり、いわゆる陰陽師ものに分類できる本作ですが、しかしそれが普通の陰陽師ものとも、ましてや平安ラブコメとも異なるのは、玉響のキャラクターによるところが大であります。

 何しろ玉響は、一見美しいの外見に似合わぬ強烈なキャラクター。決して幸福ではない生い立ちを背負いながらも、それをバネにして幸せを掴むべく猪突猛進、それを邪魔する奴は実力行使で叩き潰す! という精神的にも物理的にも猛烈にパワフルな女性なのであります。

 それが何の因果か泰親に(艶っぽくない意味で)見込まれ――というか利用され、もののけ退治に駆り出されては暴れ回るのですから、本人には申し訳ないのですが実に面白い。
 すっとぼけながらもおいしいところだけ持っていく泰親のキャラクターも相まって、この二人が一緒にいるだけで楽しくなってしまうのです。


 しかし、本作の魅力はそれだけではありません。本作の真の魅力は、登場するもののけたちと、その対極にある玉響の存在にあると言えるのですから。

 少々内容に踏み込んでしまいますが、本作に登場するもののけたちは、いずれも天然自然の妖魔というわけではありません。
 本作のもののけたちは、いずれも人の心が生み出した魔。その「心」とは、家族の愛に満たされない想い、満たされたいという想い――ここで描かれるのは、いずれもねじれた家族関係から生まれた哀しみや苦しみ、迷いから生まれたもののけたちなのです。

 そしてそこに、玉響が本作でもののけ退治役を務める真の理由があります。
 かつて両親の愛は美しい姉姫が一身に受け、自分は下女同様の暮らしを強いられてきた玉響。故あって姉の代わりに宮仕えに上がることになったものの、今もなお両親は自分に愛を向けることはない――そんな過去を背負う彼女は、しかしそれに押し潰されることなく、パワフルに今を生きているのです。

 そんな、親に愛されぬ哀しみを知り、そしてそれを乗り越えた彼女だからこそ、霊感の有無など抜きにして、もののけを祓うことができる――そんな本作の構図は、人間の強さ、たくましさと美しさというものを、これ以上なく感じさせてくれます。


 美麗な絵の中に唐突に挿入されるディフォルメされた絵柄、現代の事物や言葉を入れ込んだ表現など、純粋に平安ものを楽しみたい方にはちょっと敬遠される作品かもしれません。
 しかしここにはあるのは本作ならではのワンアンドオンリーの魅力。わずか単行本1巻ではありますが、微笑ましい結末も含めて、何とも好もしい作品であります。


 ……ちなみに本作の泰親、以前作者が岡本綺堂の『玉藻の前』を漫画化した『伝奇絵巻 玉藻の前』に登場したのと同じビジュアル(ご丁寧にあちらに登場した弟子二人も登場)。この辺りの遊び心も、何とも楽しいところであります。


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2018.03.04

一色 美雨季『浄天眼謎とき異聞録 双子真珠と麗人の髪飾り』 劇場と因習の交わるところに

 人や物に触れることで、その記憶を覗くことができる「浄天眼」の力を持つ戯作者・燕石と、その世話役で大劇場の跡取り・由之助が出会う様々な事件を描いた『浄天眼謎解き異聞録』の続編であります。それぞれの大事件を解決した二人を待つものは……

 時は明治、浅草の人気芝居小屋「大北座」の跡取り息子である少年・由之助は、知人の警部補・相良の頼みで、相良の幼なじみの戯作者・魚目亭燕石の身の回りの世話をすることになります。
 たちまち意気投合した燕石と由之助ですが、燕石には大きな秘密がありました。彼は浄天眼――人や物に触れることで、その記憶や過去を覗く力を持っていたのであります。

 しかしその力はともすれば周囲に忌避され、そして使うことで燕石の体にも多大な負担をかけるというもの。
 そのために他人との関わりを避けてきた燕石ですが、由之助や相良と付き合ううちに様々な事件に巻き込まれることになります。そして由之助と燕石は、それぞれの過去と、愛する人にまつわる事件に対峙することに……

 という第1作を受けた本作は、連作短編集といった趣の物語。
 前作のラストで、長い間想い想われてきた幼なじみの千代と結ばれることになった燕石とその周囲を描く「初耳と周知の事実」、思わぬ椿事がきっかけで殺人犯の疑いをかけられ、逃げてきた千代の弟を救う「黒マントの中」、わがままで世間知らずの燕石の妹・翠子の賑やかな日常「虎と蛇と待宵草」、大北座で人気の男装の女優を巡り、相良警部補が奮闘する「麗人の髪飾り」、燕石の少年時代と、彼が戯作者を志した理由を語る「びるばくしゃの筆」……
そんな全5話から構成されています。

 既に前作において描かれた燕石と由之助をはじめとするレギュラー、サブレギュラーの人物造型を踏まえて展開していく本作。
 細かい設定などは既に語られていることから、その分にページを取られることなく展開していく物語は非常にテンポよく、既にお馴染みとなったキャラクターの一挙手一投足を存分に楽しむことができます。


 そんなキャラクターものとしての魅力(特に今回、翠子の人間台風っぷりが実に楽しい)を備えた本作ですが――しかし、前作で燕石と由之助のドラマがほとんど完結してしまっているのが、苦しいところであります。

 自分の出生の秘密と対峙し克服した由之助、すれ違い続けてきた愛する人とようやく向き合うことができた燕石、そして二人と大きな因縁を持つ男との対決……
 と、盛り上がるエピソードをすべてクリアしてしまったため、本作において二人の出番は(少なくとも前作よりは)少なく、連作短編集とはいえ、一つの物語としてのまとまりがかなり苦しく感じられるところです。


 しかしそんな中、第三の主人公と呼びたくなるような存在感を見せたのが、相良警部補――本作のサブタイトルの元ともなっている「麗人の髪飾り」は、そんな彼が活躍する、そして彼自身のエピソードなのであります。

 大北座で大当たりを取った男装の麗人・橋本玉緒。彼女が異性装を禁じた違式違式カイ違条例違反であるという投書をきっかけに玉緒に近づくこととなった相良は、平行して捜査していた怪しげな祈祷師の素顔が玉緒に瓜二つだった事実に困惑することになります。
 生神と称して怪しげな祈祷を行う祈祷師と玉緒に関係はあるのか。そして玉緒に対するいやがらせのような投書は何者が、何故行うのか。奔走する相良は、その背後に潜む意外な真相と対峙することに……

 前作でも主な舞台の一つであった大北座という劇場。そこは(パリのオペラ座がそうであったように)華やかなショービジネスの世界であると同時に、男女のナマな欲望が絡み合う世界であります。
 その辺りをかなりはっきりと、露骨に描く本シリーズの特色はこのエピソードでも濃厚なのですが――ここではそこに奇怪な因縁・因習を絡めることで、さらにどぎつくも哀しい物語を描くことに成功していると感じます。

 西洋風の劇場と、土俗的な因習と――その両者が交錯するこのエピソードは、ある意味明治という時代を象徴する内容でもあり、その意味でも本作の中で特に印象に残るところであります。


 このように長所も短所も入り交じった本作。第3作があるのかはまだわかりませんが、相当に強烈なキャラクターが登場したところでもあり、まだこの先を見てみたいという気持ちは確かにあります。

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2018.02.26

木原敏江『白妖の娘』第3巻 陽だけでなく陰だけでないキャラクターたちの魅力

 ベテラン作家による新たな妖狐伝もいよいよ佳境の第3巻であります。白妖の力を借りてついに姉の仇を討った十鴇。しかしその復讐はいまだ終わることなく、彼女と白妖の暗躍は続きます。白妖を倒し、十鴇を救うために修行を続ける直ですが、しかし白妖によって彼の周囲でも悲劇が……

 白妖を我が身に取り憑かせ、姉を弄んで死に至らしめた貴族を罠にかけて破滅に追いやった十鴇。
 しかし彼女の望みは、貴族が弱き者を虐げるこの世そのものをひっくり返すこと――そのために、彼女は宮中に入り込み、この国の頂点を掌中に収めようとしていたのであります。

 そんな十鴇と白妖の企てを知った葛城直ですが、天性の強大な霊力を持ちながらも、その修行は未だ道半ば。白妖から十鴇を救い出さんとする直と、直の命を白妖から守るため彼を避ける十鴇と――互いを想い合う二人は、しかしそれ故に捻れた関係となってしまうのでした。

 そんな中、十鴇が宮中に入り込むために名乗った玉藻姫という存在に疑いを持つ者が現れます。それに対して白妖と十鴇は、己の身の証を立てるために、ある品を持つ貴族の家に狙いを定めることに。
 しかしその家の娘・椋はかつて直に救われ、親しく言葉を交わす間柄。嫉妬混じりに椋を襲う十鴇と、椋を守り十鴇がこれ以上邪妖に近づくのを阻もうとする直――しかし白妖の力の前に直は窮地に陥ることに……


 前巻までの紹介でも幾度となく述べてきたように、「玉藻前」伝説――というより岡本綺堂の『玉藻の前』を題材とした本作。
 しかしこれらの作品と本作の決定的な違いは、妖狐の依代となった十鴇が、妖狐に文字通り魂を奪われることなく、あくまでも自分自身として存在していることであります。

 これはもちろん、彼女を救い出そうとする直にとっては大きな福音と言えますが――しかしそれは同時に、十鴇が己の意志でもって白妖の行為に荷担し、人々に害を成しているということにほかならないのです。

 あるいは、それが姉の復讐という目的のためであり、そして犠牲となるのがその仇であれば、それはまだ許容されるものかもしれません。しかしこの巻において、彼女は自分が宮中に入るために――それも彼女にとっては復讐の一幕ではあるのですが――無辜の一家を犠牲にすることになります。
 目的のために手段が正当化されるとは決して言えないことを思えば――そしてそこに嫉妬が絡んでいればなおさら――彼女の心は、彼女のままで魔物と化してしまったかにも思えます。

 白妖とともにあっても自分自身の意志を失わない十鴇のキャラクターは、ある意味非常に現代的な造形だと感心してきました。
 しかしそれは同時に直にとって(そしてやがては十鴇自身にとっても)地獄の始まりであったかと、今更ながらに思い知らされた次第であります。


 しかしそれでも十鴇を応援したくなってしまうのは、直を巡るライバルが多すぎ、彼女の分が悪すぎるから――というのは冗談としても、やはり彼女があくまでも人間として魅力的な、言い替えれば血の通った人間として共感できる部分があるためなのでしょう。

 そしてその魅力は彼女のみならず、彼女の側と直の側、双方のキャラクターの多くにとっても言えることであるかもしれません。
 時に(かなり?)コミカルに、時にシリアスに――緩急自在の筆で描かれる登場人物たちは、みな陽の部分だけでも陰の部分だけでもなく、その両方を併せ持った存在として、確かな存在感を持ちます。

 だからこそ本作のキャラクターたちは皆愛おしく、そしてそれだからこそ、先に悲劇が待ち受けているとしか思えない物語の先行きが大いに気にかかってしまうのですが――それは、陰の部分しか持たないように見える白妖にも当てはまります。

 己の敵には容赦せず、無惨な死を与える白妖。今は十鴇の復讐に手を貸しているものの、その真の目的はこの国を覆すことにある白妖。そんな邪妖の中にも、複雑な想いが存在しているように感じられるのは、これは深読みのしすぎでしょうか。
 そしてその想いが、物語の向かう先を左右するかもしれないと考えることも……

 昨年発売されたムック「総特集 木原敏江 エレガンスの女王」によれば、本作は全4巻を予定しているとのこと。だとすれば残り1巻で何が描かれるのか――登場人物一人一人の向かう先が気になって仕方がないのであります。

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2018.02.14

『幕末 暗殺!』(その三) 暗殺を描き、その先にある現在を問う

 操觚の会による暗殺事件をテーマとした全七編の幕末アンソロジー、紹介のその三/最終回です。

『裏切り者』(秋山香乃)――油小路の変
 一連の伊庭八郎もの等、その作品の大半が幕末ものである作者の最初期の作品である『裏切者』(現『新選組藤堂平助』)の裏面とも言うべき作品が本作――新選組を「裏切った」藤堂を「裏切った」者・斎藤一を主人公とする物語であります。

 伊東甲子太郎一派として新選組を脱退した藤堂と斎藤。しかしその斎藤は偽装脱退――土方のスパイとして伊東派に潜入したものでありました。自分を無二の友と遇する藤堂を裏切り、伊東暗殺の機会を土方に伝える斎藤。しかし斎藤にはさらにもう一つの裏の顔が……

 この御陵衛士へのスパイ説のように、間者役・粛清役として、孤独な剣客として語られることの多い斎藤。本作はその延長線上で斎藤を描きつつも、彼と藤堂の間の熱くも物哀しい友情を描くことにより、その孤独感をより一層深いものとして浮かび上がらせます。
 その不思議な友情が剣士同士の死闘という形で描かれるクライマックスが本作の最大の見どころであることは間違いありませんが――しかし同時に本作はとてつもない趣向を秘めているのであります。

 何故斎藤は御陵衛士に潜入したのか、何故伊東ら御陵衛士は死ななければならなかったのか――本作で語られるその真実は、実に意外極まりないもの。かつて伝奇ものの登場人物めいた名を持っていたある人物と斎藤との関わり、そしてその人物の目的は、それだけで一編の伝奇物語と成り得る内容なのです。
 濃厚なセンチメンタリズムを漂わせながらも、同時に濃厚な伝奇性を併せ持つユニークな作品であります。


『明治の石』(神家正成)――孝明天皇毒殺
 そしてラストは、自衛隊ミステリ『深山の桜』で『このミステリーがすごい!』大賞の優秀賞を受賞した作者による刺激的な作品であります。これまで操觚の会のトークイベントでは最前面に立って活躍してきた作者ですが、実は歴史・時代小説は本作が初めて。果たしてその内容はと思えば、これが幾重にも趣向が凝らされたものなのであります。

 時は明治4年、江戸城に向かう岩倉具視の前に飛び出した青年軍人。こともあろうに孝明天皇の死の真相を直接問うてきたこの青年に対し、岩倉は自分が毒殺したという噂の真偽を調べるよう命じるのでした。
 それ以来、木戸孝允、アーネスト・サトウ、勝海舟、西郷隆盛、大久保利通と様々な人物を訪ねてその真相を問う青年。断片的に語られる内容を繋ぎ合わせた末、ついに青年は岩倉に「真実」を突きつけるのですが……

 本書は原則として題材となる暗殺事件を年代順に配置したアンソロジーでありつつも、実は孝明天皇の死は、時系列的には龍馬暗殺や油小路の変以前の出来事であります。
 しかし本作はその原則を敢えて曲げ、明治の世から過去を問うことにより、「藪の中」的状況を作り出すとともに、暗殺の連鎖の末に到来した新時代における人々の胸中を巧みに描き出すのです。

 そしてその果てに、作中でいささかくどいくらいに繰り返されるある言葉が意外な意味を持って立ち上がる真相、そしてそれがさらに冒頭から伏せられていた青年軍人の正体と結びつくことで更なる意味を持つ結末と、物語の構成も見事な本作。
 一種の時代ミステリにして、幕末という時代を総括してみせた、本作の掉尾を飾るに相応しい作品と言えるでしょう。


 というわけで、この三回に渡り紹介してきたように、それぞれの作家が持ち味を出した個性的な作品が揃った『幕末暗殺!』。個々の作品自体はもちろん独立した作品ではありますが、しかし前後の作品に繋がりを感じさせる構成も巧みな一冊であります。

 さて、ここで正直なことを申し上げれば、ある歴史上の事件に対して、一作家ごとにそこに関係した一人物を主人公に描く書き下ろしアンソロジーというスタイルは、どうしても『決戦!』シリーズを連想させるものがあるかもしれません。
 しかし本書においては、(それを構成するのは個々人ではあるものの)集団と集団が戦う合戦ではなく、個人が個人を殺す暗殺を題材とすることで、より登場人物たちの人間性を浮き彫りにすることに成功していると感じさせられます。

 そしてこの幕末の先にあった明治のそのまた先に現在があることを思えば、その明治を導き出した暗殺の姿を描く本書は、現在を問うものとしてより意義深いものと言えます。
 折に触れて攻めた姿勢を見せてきた操觚の会ならではのアンソロジー――そう評すべき一冊であります。


『幕末 暗殺!』(谷津矢車・早見俊・新美健・鈴木英治・誉田龍一・秋山香乃・神家正成 中央公論新社) Amazon
幕末 暗殺! (単行本)

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