2018.09.18

福田悠『本所憑きもの長屋 お守様』 連続殺人の影に呪いの人形あり!? どんでん返しの時代ミステリ


 第16回 『このミステリーがすごい! 』大賞の隠し玉作品に選出された本作は、一見妖怪時代小説のようなタイトルでありつつも、その実かなりストレートな時代ミステリ。晴らせぬ恨みを晴らせると噂の人形を巡って起きる連続殺人と、その陰に潜む意外な人の情を描く物語であります。

 江戸で続発する殺人事件。いずれも人から強い恨みを受ける悪党が殺されたものの、被害者同士に繋がりはなく、いずれも達人と思しき相手に一刀のもとに斬られているという謎多き事件であります。
 その調べに当たる岡っ引きの甚八は、殺人が起きる前に、いずれも被害者に恨みのある女性がある人形に願掛けをしていたことを知るのですが――それはなんと、甚八が暮らす徳兵衛長屋の奥の祠に祀られた「お守様」と呼ばれる人形だったのです。

 お守り様に願をかければ天誅が下されるという噂を流している何者かがいると、その後を追う甚八は、やがて自分と姉のおしの、幼馴染の武士の子・柳治郎の子供時代にも、お守様にまつわる事件があったことを思い出します。
 果たしてお守様は呪いの人形なのか、そしてお守様にまつわる因縁とは何か。何故お守り様への願い通りに悪人が殺されていくのか。ついに甚八が掴んだその真相と、犯人の正体とは――

 『このミス』大賞の隠し玉といえば、これまでも『もののけ本所深川事件帖 オサキ江戸へ』や『大江戸科学捜査 八丁堀のおよう』といった、時代ミステリも――それも、一筋縄ではいかない作品を送り出してきた枠であります。
 それ故、ジャンルとしては同じ時代ミステリもまた、どんな作品が飛び出してくるか、と身構えていたのですが、これが意外なまでに(といっては失礼に当たりますが)端正で、それでいて一ひねりが効いた作品でありました。

 物語の主な舞台はタイトルどおりに本所の裏長屋、主人公はその長屋に出戻りの姉と暮らす岡っ引きと、いかにも文庫書き下ろし時代小説の王道の一つ、ミステリ風味の人情もの的スタイルですが、丁寧な文体と物語構成で描かれる物語は、やがて少々意外な姿を現していくことになるのです。

 実は本作は、物語の随所に犯人の視点からのパートが挿入されます。個人的にはこの趣向は、直接的ではないものの、犯人の正体や狙いの一端を明かしているようで、最初は違和感があったのですが――しかしやがてこのパートで描かれるものは、こちらがそうであろうと予想していたことから少しずつ離れていくことになります。
 そしてそれが全く異なるもう一つの姿を浮かび上がらせていくことに気付いた時には、もう物語にすっかり引き込まれていたのです。


 正直なところ、犯人はかなり早い段階で予想がついてしまうのですが、その犯人像は、本作が真っ向からの時代小説として成立しているからこそ意外なもの。
 そしてその先に描かれるもの、広義のホワイダニットと申しましょうか――犯人の存在と密接に関わり合う「お守様」誕生のきっかけもまた、なるほどと感心させられます。

 そしてこれらの物語のピースがぴたりぴたりとあるべきところに嵌まっていった末に、物語は結末を迎えるのですが――その先にもう一つどんでん返しが用意されているというのもいい。
 ミステリとしての面白さはもちろんのこと、あるの人物の抱えてきた想いが、その無念のほどが、これでもかと言わんばかりに描かれていただけに、この結末は大きなカタルシスを与えてくれるのであります。


 このレーベルの作品が得意とする(印象もある)大仕掛けがあるわけでもなく、キャラクターたちも少々地味なきらいはあります。先に述べたとおり(その詳細はともかく)、犯人がすぐにわかってしまうのも勿体ないところではあります。

 物語的にも、もう一山ほしかったような印象はありますが――しかし丁寧な物語運びと、そこから生まれるどんでん返しの味わいには、捨てがたい魅力がある作品であります。

『本所憑きもの長屋 お守様』(福田悠 宝島社文庫「このミス」大賞シリーズ) Amazon
本所憑きもの長屋 お守様 (宝島社文庫 「このミス」大賞シリーズ)

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2018.08.26

山田秋太郎『墓場の七人』第3巻 急転直下の決着!? それでも繋がっていくもの


 墓場村を守るために集められた七人と、生ける死者・屍人たちの死闘もこの第3巻で急転直下決着。墓場村が待ちわびていた公儀の援兵があろうことか住人皆殺しを宣言するという絶望的な状況の下で、最後の戦いが繰り広げられることとなります。そしてその先に一色と七平太を待つ運命とは……

 屍人から墓場村を守るため、七平太ら村長の子供たちによって集められた、一色・邪魅羅・暮威・由利丸・百山・千両箱・椿團十郎ら七人の猛者。緒戦で屍人を蹴散らしたものの、次なる刺客・がしゃどくろ戦で戦力を消耗した一色たちは、墓場村の住人とともに戦うため、隠された武器を探すために村を離れることになります。
 しかしその間に、屍人の恐るべき秘密――屍人に噛まれた者もまた屍人になるという現象により、村人が次々と屍人になっていくことに……

 という絶体絶命の状態から始まった第3巻。自分の肉親や親しい者たちがゾンビに、というのは定番の展開ではありますが、しかし人間の感情としてそれを乗り越えるのは至難の業であります。
 一体どうやってこの窮地を――と思いきや、これまで唯一その能力を明かしていなかった椿團十郎がとんでもない花道を見せてくれるのにひっくり返ったのですが、さてここからが急展開の連続であります。

 この修羅場に、突如墓場村に現れた公儀からの使者を名乗る男・赤舌。そもそもこの墓場村は幕府の直轄、七人の任務も公儀の援兵が到着する十日後までに村を守ることだったのですが――しかし赤舌は村の鏖殺を宣言、しかもこの事態は村長が招いたこととまで言い放つのでした。
 生き延びたければ二日後に村長の首を差し出せと言い残して一端姿を消した赤舌。この事態に村は真っ二つに割れ、村を守るはずの一色も牢に入れられるという、最悪の展開になってしまうのであります。


 これもゾンビものの定番である、閉鎖空間での立て籠もりからの、人間同士の不信と対立。いずれ必ず描かれるであろうと思っておりましたし、また、これまた定番で公儀の援兵というのも絶対怪しいと思っていたところ、こう組み合わせてくるか、と感心させられます。
 ここで普通のゾンビものであれば、あるいは村長が――ということにもなりかねませんが、しかし本作はあくまでもゾンビに屈せず真っ正面から戦いを挑む者たちの物語。この絶体絶命の状況から、一色との絆によって大きく成長を遂げた七平太の下、墓場の七人と村人たちは一致団結して決戦に臨むことになります。

 しかし敵方には、かつて一色の両親を殺し、村を滅ぼした「傷の男」――屍人の将とも言うべき謎の存在が。かくて戦いは、赤舌と彼の配下の三人の鬼佗番、そして傷の男と、一色たちのバトルへと展開することに……


 と、大いに盛り上がるのですが、ここからの最終決戦がわずか3回で描かれてしまうのが非常に勿体ない。当然ながら――とはあまり言いたくないのですが――一つ一つの戦い、一人一人の見せ場はかなり切り詰められた形となってしまい、戦いの果てに散っていく猛者たちのインパクトが薄れてしまうのが、何とも残念であります。
(これくらいあっさりしていた方が「らしい」、というのはさすがに無理があるでしょう)

 もちろんラスト1話前に、一色に関するとんでもない真実が明かされるという展開は悪くありませんし、そこから七平太に「襷」が渡され、屍人には決してできない、人間だからこそできる勝利の形に繋いでいくという展開も実にいいと思います。
 その意味では本作は、きっちりと描くべき
を描いてはいるのですが――やはり駆け足故の描写不足は否めません。

 もちろんこのような形になるには色々と事情もあるのだとは思いますが、随所に光るものがあっただけに、あと1巻あれば――感じてしまった次第であります。


 ちなみに残念といえば、この第3巻は電子書籍のみの刊行。私個人としては電子書籍中心で作品にアクセスしているので、それはそれでいいのですが、しかし発売日の情報がほとんど全く伝わってこないのには弱りました。
(第3巻の紹介に間が空いてしまったのは、そういう事情が――というのはもちろん言い訳なのですが)


『墓場の七人』第3巻(山田秋太郎 ヤングジャンプコミックスDIGITAL) Amazon
墓場の七人 3 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)


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2018.07.30

鳴神響一『飛行船月光号殺人事件 謎ニモマケズ』 名探偵・宮沢賢治、空の密室に挑む


 最近は時代ミステリに変形の警察ものと、特にミステリで八面六臂の活躍を見せる作者の新作は、宮沢賢治を主人公とした『謎ニモマケズ』シリーズの第2弾。前作とは大きく趣を変え、空の密室――霞ヶ浦と鹿児島間を往復する飛行船を舞台に展開する連続殺人事件に、賢治が挑むことになります。

 昭和5年(1930年)、父親の勧めで本邦初の大型旅客飛行船・月光号の記念飛行に搭乗することとなった賢治。医者・官僚・記者・華族・歌手・財界人――各界の男女が搭乗する月光号に乗り込んだ賢治は、美しい医学生・薫子と親しくなり、楽しい空の旅が始まったと思われたのですが……

 しかし離陸から数時間後、乗客の一人・一色子爵が、自室で血塗れの刺殺死体となって発見。しかもその部屋は施錠され、完全な密室となっていたのであります。
 さらにいつの間にかその場に残されていた「ハーデース」を名乗る斬奸状と、悪魔のタロットカード。遺体の発見現場に居合わせ、そしてギリシャ神話やタロットの知識を持っていたことから、賢治は月光号の船長から捜査への協力を依頼されることになります。

 しかし密室殺人のトリックは見破ったものの、乗客の中に紛れた犯人は依然として正体不明。そして更なる殺人事件が発生、その場にも斬奸状とタロットカードが残されていたのであります。果たして犯人の正体は、そしてその目的は――やがて賢治と乗客たちは、事件の背後の思わぬ因縁と哀しい想いを知ることに……


 冒頭に述べたとおり、『謎ニモマケズ 名探偵・宮沢賢治』に続くシリーズ第2弾である本作。といっても舞台設定は前作(大正9年)の10年後ということで物語内容的にはほとんど繋がりはなく(ほんのわずか言及されるのみ)、独立した物語として楽しむことができます。
 何よりも、前作がジャンル的には冒険小説であったのに対し、今回はストレートな探偵小説。前作あれこれ言っていた私も大喜びなのですが――これが本当に舞台といい内容といい、ここまでやってくれるのか! と言いたくなるような趣向を凝らした内容なのが嬉しすぎるところであります。

 密室ものといえば本格ミステリの花ですが、本作はそれを動く密室――それも空を飛ぶ飛行船として設定。
 前年のツェッペリン伯爵号の来日を受けて日本でも旅客飛行船の気運が高まり、月光号の記念飛行が――というのはフィクションだと思いますが、当時としては最先端のテクノロジーであり、かつ優雅な印象がある飛行船というのは、ミステリの現場として実に良いではありませんか。

 そしてその空飛ぶ密室の中で起きる事件も、密室の中の密室での殺人に始まり、衆人環視の中での殺人、さらには人間の仕業とは思えぬものまで様々。そこにタロットカードによる見立ての要素まで加わるのですからたまりません。
 その博学と論理的思考が理由で、賢治が巻き込まれ方の探偵となるのも面白く、また本作での経験が、賢治のあの名作に繋がっていくという趣向も、定番ではありますが楽しいところです。


 しかし本格ミステリゆえ、残念ながらここで物語の詳細に触れるわけにはいきません。それ故、終盤に待ち受ける急転直下の、そして大ドンデン返しの連続の展開に触れること(おそらくはモチーフになったであろう作品ももちろんのこと)ができないのが何とも苦しいのですが……
 この展開はアリなのかという気持ち半分、これしかないかという気持ち半分の謎解きは実に楽しく、普段生真面目な印象のある作者の、意外な豪腕ぶりがうかがえたのは大きな収穫でした。

 しかし、これは実に作者らしいと感じさせられたのは、本作で描かれた事件の背後に潜むもの、そしてそれを生み出したものと許すものに対する鋭い視線の在り方であります。
 終盤において賢治が珍しく怒りを露わにする相手こそは、本作における真の悪なのであり――そしてそれはまた、決して滅びることなく、我々の周囲にも蟠っているものなのでしょう。そしてまた、本作の年代設定にも、ある意図を感じるのも、決して考えすぎではないのではないかと感じるのです。
(さらに言えば、その存在が賢治のある行動へのエクスキューズとなっているのもまた、賛否はあるかもしれませんが、ミステリの構造として面白いところです)


 さて、本作で描かれるのは賢治のほぼ晩年の姿であります。この先であれ、はたまた時代を遡るのであれ――名探偵・宮沢賢治の姿をまだ見てみたいと感じるところです。


『飛行船月光号殺人事件 謎ニモマケズ』(鳴神響一 祥伝社文庫) Amazon
飛行船月光号殺人事件 謎ニモマケズ (祥伝社文庫)


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2018.07.20

久賀理世『倫敦千夜一夜物語 ふたりの城の夢のまた夢』 美しき妹が夢見るもの


 ヴィクトリア朝のイギリスを舞台に、故あって家を捨て、貸本屋を営む貴族の兄妹が書籍にまつわる様々な謎に挑むミステリシリーズの続編であります。日常の謎を解きつつ、平穏に日々を送っていくかに見えた二人を巻き込む恐るべき事件。そしてその果てに示される真実とは……

 家督を狙う叔父に両親を殺され、その毒牙にかかる前に家から離れてロンドン郊外の街に姿を潜めたアルフレッドとサラ。方便のために貸本屋「千夜一夜」を開いた兄妹は、偶然店を訪れたアルフレッドの学生時代の後輩・ヴィクターを加えた三人で、彼らの周囲で起きる様々な謎を解き明かしていくことになります。
 そんな中、おぞましい「自殺クラブ」事件の背後で、グリフォンの紋章を用いる何者かが跳梁していることを知る三人。しかしそれは、アルフレッドとサラの両親が殺された場に残されたものと同一で……

 と、日常の謎から殺人事件まで、書籍にまつわる謎を描いた前作。本作はそのシリーズ第2弾ですが、もちろんその趣向は変わることなく展開していくことになります。

 店の貸本に貼られた蔵書票が何者かに剥がされて持ち去られる事件の意外な真相と、サラを助けて奔走するヴィクターの姿が描かれる『夢みる少女と恋する青年』。
 父親の愛読書だというスマイルズの『自助論』を店で読んでいた少年が飼おうとしていた犬を、その父親が突然追い出そうとした謎をシートンの動物記を背景に描く『仔犬と狼のあいだ』。

 どちらもちょっとした出来事がきっかけで明るみに出た、解かれてみればささやかな日常の謎ですが、その謎を生み出した人の心の温かさと、それを見つめるサラたちの優しい視線が心地よいエピソードであります。
 そしてそこに巧みに当時の流行の書籍や出版事情が絡められているのは、イギリスものを得意とする作者ならではの、本作ならではの特徴というべきでしょう。

 しかしそうした物語の空気は、三つ目の、そして本書で最長のエピソード『ふたりの城の夢のまた夢』において大きく変わることになります。何しろそこで描かれるのは悍ましい連続猟奇殺人、そしてその渦中にサラたちも巻き込まれていくのですから。

 ジェロームの『ボートの三人男』よろしく、ある日ボートでピクニックに出かけたアルフレッドとサラ、ヴィクターたち。しかしその楽しい時間は、川下りの途中にサラが森の中で不審な灯りを見たことから、一転恐ろしい様相を呈することになります。
 その灯りが見えた場所に残されていたのは、顔は無傷のまま、背中を巨大な獣にズタズタにされた少女の遺体――今ロンドンを騒がす怪事件の犠牲者だったのであります。

 犯人がサラを狙うのではないかと懸念するアルフレッドの依頼で、ヴィクターは一連の事件の捜査状況を追いかけるものの遅々として解明は進まない状態。
 そんな中、店の常連客に紹介されたと千夜一夜を訪れた美女・ライザは、アルフレッドに蔵書の装幀を依頼したいと語り、アルフレッドを自邸に招くのですが……


 大英帝国の絶頂期であり、現代にも繋がる様々な文化が――何よりも文学や書籍が生まれたヴィクトリア朝時代。
 しかしそこには黒い陰もまた蟠っていたことは、物語の数年前に起きたあの「切り裂きジャック」事件からも明らかでしょう。そしてこのエピソードで描かれるのも、そうした時代の陰から生まれたような怪事件です。

 背中を大きく獣に引き裂かれながらも、それ以外は傷一つないままというアンバランスさにより、人と獣が入り交じった魔物――伝説の狼男になぞらえて「ルー・ガルー」の仕業と囁かれるこの事件。それは本シリーズには似合わぬ凄惨なものに見えますが――しかしやがて幾つもの意味で、実にふさわしい事件であることが浮かび上がるのです。

 そしてそこに重なる物語は、ポーの『アッシャー家の崩壊』。呪われた兄妹の運命を描くこの物語は、作中で大きな役割を果たすライザと兄の――いわばサラとアルフレッドの陰画ともいうべき二人の――姿を象徴していると、そう思われたのですが……
 しかし本書のラストで炸裂する特大の爆弾は、それを大きくひっくり返してみせるのです。ここで明かされるこのエピソードの、すなわち本書のサブタイトルに込められた想いにはただただ絶句するほかありません。

 そしてそんな想いを乗せて、物語はどこに向かっていくのか――しばらく続編は刊行されていないようですが、これは是非とも描いていただきたいと強く願う次第です。

『倫敦千夜一夜物語 ふたりの城の夢のまた夢』(久賀理世 集英社オレンジ文庫) Amazon
倫敦千夜一夜物語 ふたりの城の夢のまた夢 (集英社オレンジ文庫)


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2018.07.15

TAGRO『別式』第3巻 強く正しく美しい彼女の残酷さ、無神経さ


 江戸時代初期を舞台に、剣術自慢の娘――別式たちの姿を描く本作もいよいよ佳境。無類の強さを誇る剣士にして面食いの主人公・類の存在を、一人の男と一人の女が問い直すことになります。そしてその先に描かれるものは……

 自分より強いイケメンを求めて次々と男たちと立ち会う類、そんな彼女にコンプレックスを抱きつつ秘めた恋に悩む魁、表では伝法に振る舞いつつも仇である狐目の男を密かに追う切鵺、日本橋の母と異名を持つ占い師にして二刀流の達人の刀萌――今日も江戸でそれぞれに暮らす別式たち。
 そんな中でも今日も類は絶好調、亡父の主である土井大炊守が差し向ける婿候補(その他街角でエンカウントするモブ侍)をバッタバッタと薙ぎ倒す毎日であります。

 ということはすなわち、相変わらず類は男に縁なしということですが――そこに新たな挑戦者が現れます。その名は菘十郎――かつての類の父の門下生であり、そして類の視界から自動的に抹消されるほどの微妙なルックスの持ち主であります。
 その風貌により、幼い頃から周囲にいじめ抜かれ、理不尽な嘲りを受けてきた十郎ですが、しかしその実、彼は類の父直伝の剣の達人。試合の場で類の父と瓜二つの剣技を見せる十郎は、ついに類を圧倒するのですが……

 そしてそのエピソードに次いで描かれるのは、刀萌の過去編であります。占い師と二刀流の剣士――いや、金で人を死末する凄腕の殺し屋という二つの顔を持つ刀萌。その優しげな姿には似合わぬ裏の顔を彼女が持つに至ったのは何故か、その二刀流はどこで身につけたものか、そして彼女は何のために人を斬るのか――すなわち、金を稼ぐのか。
 それはあまりにも重く無惨な物語。青春残酷物語どころではない、純粋に残酷時代劇であります。

 そして次の死末のターゲットとして彼女が挑むことになったのは、狐目の男・岩渕源内……


 これまで物語の中では圧倒的に「強く」「正しく」「美しい」存在として描かれてきた類。イケメン以外や自分より弱い者に徹底的に冷たいという欠点などはあるものの、それは主人公としての一種の特権の前には塗りつぶされるものであります。

 そんな類に対して、この巻で描かれる十郎と刀萌の姿は、正反対とすら感じられます。
 (かつては)理不尽な暴力の前に萎縮するしかないほど「弱く」、人として正道ではない道を歩むという「誤り」を犯し、そしてその姿あるいは生き様はあまりにも「醜い」――容赦のない言い方をしてしまえば、それが二人の在り方なのです。
(そしてそのあまりの無残さを、本作ならではの可愛らしい絵柄が巧みに中和し、そして同時に増幅しているのには唸るほかありません)

 しかしそんな二人は、類というキャラクターの根本的にある、どうしようもないほどの残酷さ、無神経さを容赦なく剔抉する存在として機能します。
 他のキャラクターが大なり小なりの悩みを、陰を抱える中で、彼女のみは――もちろん皆無ではないものの――あまりにも軽い。いやむしろ、その悩みを無神経に周囲にぶつけ、あまりにも自分本位に生きていると言うほかありません。

 そしてその根底にあるもの、それを許しているものが彼女自身の「強さ」「正しさ」「美しさ」にあるとすれば――それはなんと残酷なことでしょうか。彼女が彼女である限り、彼女はそれに気付くことはないのですから。
 源内との決闘に向かう直前、刀萌が彼女に対して予言したように……


 もちろんそれは、彼女に「情」がないということではありません。いやむしろ、彼女は様々な形で「情」が濃すぎると言うべきかもしれませんが――だとすれば、その彼女を変えることがあるとすれば、それは彼女の「情」を揺るがせるほど、周囲から失われるものがあった時かもしれません。
 かつて早和が去った時のように。そしてこの巻のラストのように。

 果たしてその先に彼女を待つものが何なのか。それを経験してなお、彼女は「強く」「正しく」「美しく」存ることができるのか。
 そしてそれは本作の第1巻の冒頭で描かれたあの昏い未来図に繋がっていくのかもしれませんが――そこに至るまでの道の辛さから目を背けたいのにもう目が逸らせない、そんな強烈な力を持つ作品であります。


『別式』第3巻(TAGRO 講談社モーニングコミックス) Amazon
別式(3) (モーニング KC)


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2018.07.05

瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第1-2巻 英雄・義経の目を通して描かれる異郷の歴史


 ここ数年盛んに発表されている、世界史を題材とした漫画。本作もその一つ、モンゴル帝国を一代で作り上げたチンギス・ハーンことテムジンの若き日を描く作品ですが――しかしこのテムジンの正体はお馴染みの人物。そう、実は生きていた源義経が海を越えて大陸統一を目指す物語であります。

 兄・頼朝に追われた末、己に付き従う者たちを全て失い、蝦夷地に隠れ住んでいた源九郎義経。しかし追っ手はなおも彼に迫り、嵐の海にこぎ出した彼は、ただ一人大陸に漂着することになります。
 そこで金国人父娘とともに暮らすことになった義経=クロウですが、突如襲ってきたタタル人に街は滅ぼされ彼も捕らわれの身に。しかしそこで出会った奇妙な男・ジャムカと盟友(アンダ)になった彼は、ジャムカが手引きして現れた強国・ケレイトに身を寄せるのでした。

 メルキト、タタルとともにモンゴルを取り巻く3強の一つであるケレイトの王、オン・ハーンに取り立てられながらも、密かにその首を狙うクロウ=テムジン。しかし目論見はあっけなく露見し、テムジンはモンゴルに逃れてボオルチュという男に拾われることになります。
 ボオルチュの紹介で、亡き族長イェスゲイの未亡人であるホエルンのもとに身を寄せた二人。そこでホエルンの息子で大力のカサルとのブフ(モンゴル相撲)勝負に臨むことになったテムジンは……


 ある世代以上の日本人にとってはなじみ深い説である一方で、既に一種の奇説・妄説の類という扱いとなっている義経=チンギス・ハーン説。
 もちろん現在での扱いは作者も承知の上かと思いますが、しかし本作はそれを真っ正面から、丹念に描くことになります。

 本作の義経=クロウ=テムジンは、端正な容貌と天狗の如き身のこなし、並外れた弓馬の才を持つ男。そして何よりも、当時の日本人らしからぬ非情とすら見える合理精神の持ち主として描かれます。
 この辺りは我々の良く知る義経像を大きく外れることがない、というより忠実な印象ですが――しかしそんな英雄・義経をしても、大陸は広く、多士済々であります。

 この第2巻までで彼が出会うのは、上で述べたジャムカ、オン・ハーン、ボオルチュ、カサル、さらにはタイチウトの冷徹な戦士ジルグアダイと、一癖もふた癖もある人物。
 金が既に退潮し、数々の騎馬の民が入り乱れたモンゴル周辺はまさに群雄割拠であり――文字通り身一つで現れた義経にとっては、言葉も食べ物も異なる完全な異郷なのです。


 異郷――そう、それは我々にとっても異郷であります。確かにモンゴル帝国やチンギス・ハーンの名前くらいであれば我々も知っていますが、しかしその来歴などを詳しく知る方は少ないでしょう。
 先に名を挙げた登場人物たちは、実は全て実在の人物ですが、しかしその誰もがほとんど馴染みがない世界、ほとんどファンタジーの世界――と言っては失礼かもしれませんが、それくらい遠い世界なのです。

 しかし、そこに義経が加わればどうなるか? 日本人誰もが知る英雄であり、そして伝説とはいえチンギス・ハーンと同一人物説を有する人物が加われば――そこに12世紀末のモンゴルと、我々読者が暮らす現代の日本と、一つの繋がりができることになります。
 これは勝手な想像ではありますが、本作が敢えて義経=チンギス・ハーン説を持ち出してきたのは、この馴染みのない、しかし極めて魅力的な世界と人々を漫画として描くに、義経の存在を一つの取っかかりとするためではないでしょうか?


 そんな想像が当たっているにせよ外れているにせよ、肝心の作品自体が面白くなければ意味がありませんが――その点は心配なし。作者の筆は、馴染みのなさをそのまま新鮮さに転化していると感じられますし、何よりも非常にテンポよく進む物語は波瀾万丈で飽きさせることがありません。
 いや、波瀾万丈というよりも危機また危機という状況に、読んでいるこちらもハラハラさせられっぱなしなのですが――しかしもちろんそれがまた大きな魅力であることは言うまでもないのであります。

 英雄の目を通して描かれる異郷・モンゴルの歴史をこの先も見届けたい――そんな気持ちになる、胸躍る物語の幕開けであります。


『ハーン 草と鉄と羊』(瀬下猛 講談社モーニングコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
ハーン ‐草と鉄と羊‐(1) (モーニングコミックス)ハーン ‐草と鉄と羊‐(2) (モーニングコミックス)

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2018.07.03

碧也ぴんく『星のとりで 箱館新戦記』第2巻 辿り着いた希望の砦に集う綺羅星


 箱館戦争で五稜郭に依って戦った、土方歳三をはじめとする旧幕府軍の男たちを描く『星のとりで』、待望の第2巻であります。蝦夷地に上陸し、五稜郭を目指す旧幕府軍。その中に加わった幼い新選組隊士たちが知ることとなる戦場の現実とは……

 鳥羽伏見の戦で大打撃を受け、将軍が恭順の意を示しても、なお闘志を失わなず、北へ北へとその戦場を移していった旧幕府軍の侍たち。
 その最中に新選組に加わった四人の隊士――市村鉄之助、田村銀之助、玉置良蔵、上田馬之丞は、元服をしたかしないかの年齢ながら、土方を信じて行動を共にすることになります。

 北上の最中、陸軍隊や額兵隊、さらには唐津藩の残存兵などを加えた一行は、仙台を経て、蝦夷地に上陸。鷲ノ木浜から箱館を目指す土方と大鳥圭介は、二手に分かれて進軍することになるのですが……


 ついに土方や少年たちが、物語の真の舞台である五稜郭にたどり着くこの第2巻。そこで彼らがいかなる戦いを繰り広げることになるか――実はそれはまだまだ先の話であります。
 この巻で描かれるのは、新天地に希望を抱く彼らの姿――自分たちを謀反人ではなく、対等の交戦国として胸を張ってこの北の地に立とうとする、希望に燃える彼らの姿なのです。

 そしてまさしく「星のとりで」である五稜郭に集った彼らの姿は、まさしく綺羅星というべき輝きを放ちます。
 第1巻でもその俊英ぶりを発揮した星殉太郎、胸に複雑なものを抱えつつも一心に戦う野村利三郎&相馬肇、さらに今回初登場(のはず)の古屋佐久左衛門など――見ているだけで胸躍るような豪傑・英傑ぶりであります。

 正直なところ、土方たちに比べれば知名度という点では劣る彼らではありますが、しかし史実でのその姿を見れば、一人一人が物語の主人公になれそうな人間ばかり。
 そんな面々の姿を見ることができるだけでも、本作を読む価値はあると――いささか大げさかもしれませんが、思ってしまうのです(特にこの巻では、古屋佐久左衛門と高松凌雲兄弟のキャラの濃さには感心いたします)。

 そしてそんな彼らを束ねるのが土方ですが――現時点ではまとめ役に徹しているというか、一歩引いた「大人」の立場で要所要所を締めているという印象。
 それはもちろん、物語が少年たちの視点から描かれていることによるところは大きいのだと思いますが――かつての「鬼」の副長が、五稜郭では「慈母」のように慕われていたという、この時期の土方の姿を巧みに浮き彫りにしていると感じられます。

 もっともこの巻のラストでは「蜥蜴」呼ばわりされてしまうのですが、それはさておき……


 しかし、あくまでも彼らが居るのは戦場であります。箱館に、五稜郭に入る直前の戦いで、少年たちは悲しい別れを経験。さらに一人が病で倒れることになります。
 そして、松前藩を説得すべく向かった松前でも戦闘が行われた末、少年たちは思わぬ危機に見舞われることになります。

 希望が一転危機に変わる戦場。そこで少年たちが何を見るのか、そしてそんな少年たちに、土方ら大人たちはどのように接するのか?
 そして、この先待ち受ける真の「戦争」において、彼らが如何に戦うのか――物語はこれからが本番というべきなのでしょう。


 ちなみにこの巻には、番外編として旧幕府軍に参陣する直前の星殉太郎と細谷十太夫の物語が収録されています。

 仙台藩において鴉組こと衝撃隊を率いて活躍しつつも、仙台藩降伏を目前に殉太郎とは道を違えた十太夫。なおも華々しい戦いを求めた殉太郎を支え、十太夫は闇に沈む道を選ぶのですが……
 しかしついに五稜郭に入ることはなかった彼もまた、綺羅星の一つであったことを浮き彫りにしてみせる本作は、まさしく『星のとりで』という物語の番外編に相応しい内容と感じます。

 「星」の陰の闇夜の「鴉」――男と男の熱い友情が胸に響く好編です。

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2018.07.02

にわのまこと『変身忍者嵐Χ』第2巻 なぜだ?! 新たなる驚愕の敵


 大の特撮ファンである作者による『変身忍者嵐』のリメイク――それも関ヶ原の戦を背景に描く意欲作の待望の続巻であります。第二次上田城の戦を舞台に暗躍する化身忍者マシラ。その秘術に翻弄される徳川秀忠と真田幸村の運命は……。そして物語は新章に突入することになります。

 父が生み出した化身忍者の法という巨大な過ちを償うため、自ら改造手術を受けた青年忍者ハヤテ。獣に化けるのではなく、人の心を持って身が変わる――変身忍者嵐となった彼は、化身忍者を操って天下を狙う血車党を滅ぼすため、孤独な戦いを繰り広げます。

 折しも徳川家康と石田三成の決戦が目前となった中、先を急ぐ秀忠を狙う化身忍者ハンザキを倒し、秀忠を救ったハヤテの次なる戦場は上田城。そこで暗躍する化身忍者マシラは、幼い頃から真田昌幸・幸村父子に可愛がられてきた少年・佐助の姿で現れ、上田城合戦の最中に昌幸を襲撃、その奇怪な術で昌幸を自らの操り人形にしてしまうのでした。
 そして上田城におびき寄せた秀忠の軍に襲いかかる真田の兵――いや、マシラの術に操られる死人の群れ。血車党の陰謀を粉砕するため、ハヤテは嵐に変身するのですが……


 というわけで、この巻の前半で展開されるのは、第1巻に引き続いて描かれるマシラとの戦い。石ノ森章太郎の漫画版でも冒頭に登場したマシラですが、本作のマシラはその怪力と刃を通さぬ鋼の肉体に加え、死人までも操るというかなり強豪であります。
 そのマシラと嵐の対決を本作はスピーディーに、そして迫力十分に描くのですが――しかしそれ以上に印象的なのは、戦いが終わった後に語られる佐助の想い。非常にウェットなこのくだりは、実に「らしい」ドラマとして(この悲しい過去が、マシラの弱点に繋がるという展開も定番ながらうまい)――そして戦国時代を舞台とする本作ならではのものと感じられます。


 そして上田城合戦は終わりを告げるのですが、もちろんこの戦いがほんの前哨戦に過ぎないことを我々は知っています。この巻の後半ではついに関ヶ原の戦が開戦し、東軍と西軍が全面衝突を繰り広げることになるのですが――そこにとんでもない新たな敵が登場いたします。

 血車党の気配を察し、関ヶ原に急ぐハヤテに襲いかかる黒い影。宙を舞い、異形の剣を操る敵の名は、化身忍者・暁闇。コウモリの化身忍者と思しいその姿は――イ、イ○ル?
 ことは躇錯剣にからむ可能性があるゆえ、詳しくは申し上げませんが、その姿はどうみても三人組でイザ! な悪魔剣士の一人――を彷彿とさせるデザイン(ちなみに銃の使い手でもあります)。まずは夢の対決と申し上げるべきでしょうか……

 何はともあれ、暁闇の腕前に苦戦するハヤテですが、しかし相手は本気で殺し合うつもりはない様子。というより、ハヤテは普通の化身忍者とは異なる気配を感じるのですが――それもそのはず、暁闇は血車党に使役される○○○○だった! とこれまた仰天の展開であります。

 第1巻の紹介でも触れたかと思いますが、本作はどれだけそれっぽく見えようとも、あくまでも石ノ森章太郎の漫画版のリメイク。それゆえ、東映のTV版を直には使えない(はずな)のですが――だとすればこうだ! とばかりに投入されてきたこの大ネタ、今後の展開も期待できそうなものだけに、個人的には大喜びであります。

 さて、そうこうしているうちに関ヶ原の戦は佳境に入り、東軍西軍の勢いは伯仲。ここで合戦の帰趨を決めたのは、ある人物の行動だったわけですが――それを背景に再び激突するハヤテと暁闇、そして暗躍するもう一人の化身忍者、というところでこの巻は幕となります。


 と、前巻に続き、ある意味期待通りの内容を大いに楽しませていただいたこの第2巻。
 第1巻から登場のタツマキ、カスミに続き、当然と言うべきかツムジも登場し、暁闇や大谷吉継、徳川家康と関わり、密かにドラマを引っ張っていく役割を果たすのも面白いところであります。
(この辺り、鉄面皮かつ積極的に武将たちの戦いには関わらない立場にあるハヤテの存在を、補うようにも感じられます)

 ただ残念なのは、第1巻の刊行からこの第2巻まで、約一年かかっている――言い換えればこの巻の収録分が一年かけて発表されている――ことであります。
 物語のテンポ自体は決して悪くないだけに、このペースは何とも歯がゆい。おそらくは、いや間違いなく関ヶ原の戦の先も物語が続いてくであろうことを思えば、スピードアップをお願いしたいと強く願うところです。

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2018.06.20

TAGRO『別式』第2巻 新たな別式が抱える陽と陰


 何でもアリ日常系時代漫画のようでいて、実は青春残酷時代劇――そんな『別式』の第2巻であります。団子四別式の一人にして要だった早和が去った江戸に登場した新たな別式――類たちとはタイプの違う美女にして二刀流の遣い手である刀萌。しかし彼女もまた、何やら暗い影を背負っていて……

 古河藩土井家の武芸指南役だった亡父の技を継ぎ、無敵の剣の腕を持つ女武芸者(=別式)の佐々木類。そして彼女とは幼馴染みで古河藩の別式女筆頭・魁、島原藩別式の早和、渡世人の切鵺――彼女たち四人は、団子四別式などと名乗って日々を楽しく過ごす友人同士であります。

 しかし島原で勃発した切支丹一揆において早和の父は戦死。早和もお役御免となり、残った家族を助けるために帰国することになるのでした。
 明るく脳天気で、だからこそそれぞれ個性の異なる類たちを束ねる団子の串だった早和が姿を消したことで、彼女たちの関係も微妙なものに変わっていくことになります。

 そんな中、江戸で日本橋の母と評判の女占い師の噂を聞きつけて出かけた魁の前に現れたのは、豊満な肢体と母のような包容力を持った娘・刀萌。
 モモンガの斬九郎をお供に、宙に投げ上げた紙を二刀で瞬く内に切り刻むという変わった占いの技で、ぴたりと魁の悩みを当てただけでなく、それに対する答えまで語ってみせる刀萌に、魁は強い安らぎを覚えるのでした。

 そしてそれがきっかけとなったように、様々な形で関わり合うことになる四人の別式。しかしそんな中、類の弟子の少年・慎太郎の父が逆手斬りを操る何者かに斬殺されるという事件が発生し、古河藩士で魁や類とは何かと絡む遊び人・九十九は、刀萌に疑いをかけるのですが……


 早和が去って後、現れた別式・刀萌を中心に進んでいくこの第2巻。どちらかというと(体型的にも性格的にも)「女性らしさ」というものとは縁遠い類たちでしたが、刀萌はその二つを兼ね備えた、彼女たちとはちょっとタイプが異なる人物であります。
 その癒し系のキャラクターは、早和なき後の類たちを結びつけ、人間関係が希薄な(というか無神経な)類をも惹きつけるのですが――しかしその刀萌には裏の顔があります。それも安らぎとは正反対の顔が。

 果たして彼女は慎太郎の父親殺しに関わっているのか――ーという謎はすぐに解けるのですが、しかし物語はむしろそこからが本番。
 どうやら九十九とは顔なじみらしい(それどころか――)彼女は果たしてどこで二刀を学び、そして何故もう一つの顔を持つのか? それはここではまだわかりませんが、背負ったものの大きさ、重さでは別式随一のものを感じさせます。

 いや、重いものを背負ったといえばもう一人――類たちには想い人だと語る(そしてそれが早和に大きな犠牲を払わせることとなったのですが)狐目の男・源内を追う切鵺がいます。
 断片的に描かれる彼女の記憶によれば、両親の仇であり、彼女の心に深いトラウマを残した源内。物語の陰に見え隠れするこの男も、この巻で本格的に姿を現し、その異常性を露わにしていくことになります。

 そんな刀萌と切鵺が(そして九十九が)この世の陰の側を向いているのに比べれば、婿探し(という名の人斬り)に明け暮れる類と、九十九に一途に思いを寄せる魁は、悩み知らずにも思えますが――しかし彼女たちも、この先そんな陰と無縁ではないのでしょう。
 何よりも、不吉な予言とも言うべきあの第1巻冒頭の未来図では、類と切鵺は、敵同士として対峙しているのですから……


 もちろんそれはまだ先のこと。第1巻ほどではないですが、この巻でも蹴鞠ーグなる代物が登場したりして、何でもありの賑やかな楽しさは健在であります。
 そしてそれと同時に、別式たちの剣術描写も、ディフォルメされた可愛らしい等身のキャラらしからぬ巧みなもので――これは第1巻の冒頭で描かれた類と早和の立ち合いからも感じられましたが――時代劇としてもきっちり決めてくるのが心憎い。

 そんな様々な顔を、様々な魅力を持つ本作において、類たち別式がどこに向かい、どこにたどり着くのか――最新巻の第3巻も近々にご紹介いたします。


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 TAGRO『別式』第1巻 彼女たちのなんでもありの日常と、史実という残酷な現実と

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2018.06.06

TAGRO『別式』第1巻 彼女たちのなんでもありの日常と、史実という残酷な現実と


 江戸時代、幾つかの藩に置かれたという女性の武芸指南役「別式」(別式女)。本作はそんな女性武芸者たちを主人公とした時代漫画――可愛らしい絵柄で、現代の言葉が普通に出てくる一見何でもありのコミカルな作品ですが、しかしそれでは終わらない、棘と陰を持った作品であります。

 舞台は江戸時代前期の寛永年間、主人公は古河藩土井家の武芸指南役を父に持つ娘・佐々木類。男勝り――どころではなく、そこらの男では全く歯が立たない剣の腕を持つ彼女は、父亡き後、婿を取るでもなく、江戸に剣術道場を開いて暮らす毎日であります。

 しかし一見生真面目に見えて、実は人並み以上に男性には興味のある彼女。「自分より弱い男に家督を継がせるわけにはいかない」「ただしイケメンに限る!」と、日々街に現れては男漁り――いや腕試しを仕掛けるも、高すぎる理想にマッチした相手は現れないジレンマに苦しんでいるのでした。

 そしてそんな類を取り巻くのも、皆「別式」、武芸自慢の娘たち。人懐っこく脳天気な島原藩別式の早和、類と同じ古河藩の別式女筆頭で生真面目な魁、腕利きでボーイッシュな渡世人の切鵺――と、生まれも育ちも性格も異なる面々ですが、意気投合して遊び歩く仲なのでありますす。

 そんな類と仲間たちの姿を描く本作は、どのキャラクターも4頭身くらいという可愛らしいビジュアルで描かれていることもあり、一種の「日常系」的な趣が感じられます。
 そしてまた本作は、現代の言葉や風物が(後者はアレンジされているとはいえ)ポンポン飛び出してくる、「なんでもあり」系でもあります。合コン、コミケ、温泉回と、時代劇とは思えないような題材の中で、女の子たちがキャッキャと楽しげに日々を送る姿が描かれるのですが……

 しかし本作は、それだけでは終わりません。そんな楽しげな日常と同時に描かれるのは、ひどく残酷で、厳しい現実の姿なのですから。

 冒頭で述べたように、本作の舞台は寛永年間。天下太平が続き、(本作に登場する男たちのように)武士もだいぶだらしなくなってきた時代ですが――しかしこの時代に、最後の戦とも言うべき戦いがありました。
 その戦とは島原の乱――島原? そう、この戦の勃発により、島原藩に仕える早和はもちろんのこと、類たちもまた、大きな影響を受けることになるのであります。

 いかに彼女たちが腕自慢の別式であれ、そして本作がいかになんでもありに見えたとしても――しかし決して「この時代」「この社会」から逃れることはできません。
 史実という現実からは、決して目を逸らすことはできないのであります。

 この第1巻で描かれるのは、類たち別式の楽しげな日常の姿と、そのモラトリアムが現実の前に終わっていく姿。そしてそれと並行して、一見明るく振る舞っていても、皆それぞれに背負う陰の存在もまた、徐々に描かれていくことになります。
 本作は終わらない楽しい日々を描く日常系などではなく、むしろ「ツラい(刺さる)青春もの」とでも言うべき作品であったかと――この第1巻のラストにおいて、我々は痛いほど知ることになるのです。

 いや、そこまで待つまでもなく、この第1巻の冒頭――どれほど先のことか、おそらく近い未来の時間軸を描いた場面では、本作が決して幸せな結末を迎えることがないことが、はっきり描かれているのであります。
 楽しい日々を過ごした別式たちも、気になるアイツも、まだ見ぬもう一人も――仲間は誰も類の前から消えてしまった。刀を向けた目の前の一人を除いては。

 一体どれだけの日常を失い、どれだけの現実を背負えば、このような結末にたどり着くのか――今はまだ、想像すらできない状況であります。

 実は史実では、本作の舞台とほぼ同じ時代の同じ江戸に、佐々木累という人物が存在します。彼女もやはり腕自慢の女武芸者でしたが、最終的にはある人物を婿に迎えたと言われています。
 しかし本作の佐々木類は、おそらくは同じ道は辿らないのでしょう。そうだとすれば彼女の辿る道は一体……

 今はまだ明るさの残るその道の果てに何があるのか、それを知るのが怖い、しかし決して目が離せない――そんな残酷青春時代劇の開幕であります。

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