2017.02.07

入門者向け時代伝奇小説百選 剣豪もの

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪もの五作を紹介いたします。時代ものの華である剣豪たちを主人公に据えた作品たちであります。
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

11.『柳生非情剣』(隆慶一郎) Amazon
 様々な剣豪を輩出し、そしてそれ自体が徳川幕府を支えた隠密集団として描かれることが少なくない柳生一族。本作はそんな柳生像の定着に大きな役割を果たした作者による短編集であります。

 十兵衛、友矩、宗冬、連也斎……これまでも様々な作家の題材となってきた綺羅星の如き名剣士たちですが、隆慶作品においては敵役・悪役として描かれることの多い面々。そんな彼らを主人公とした短編を集めた本書は、剣と同時に権――すなわち政治に生きた特異な一族の姿を浮かび上がらせます。

 どの作品も、剣豪小説としての興趣はもちろんのこと、等身大の人間として剣との、権との関わり合いに悩む剣士の生きざまが描き出されている名作揃いであります。

(その他おすすめ)
『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐) Amazon


12.『駿河城御前試合』(南條範夫) Amazon
 山口貴由の『シグルイ』をはじめ、平田弘史や森秀樹といった錚々たる顔ぶれが漫画化している名作であります。

 暗愚の駿河大納言徳川忠直が己が城中で開催した十番の真剣勝負を描いた本作は、残酷時代小説で一世を風靡した作者ならではの武士道残酷物語であると同時に、剣豪ものとしても超一級の作品。
 片腕の剣士vs盲目の剣士、マゾヒスト剣士や奇怪なガマ剣法…個性豊かな剣士たちとその武術が炸裂する十番勝負+αで構成される本作は、その一番一番が剣豪小説としての魅力に充ち満ちているのです。

 そして、死闘の先で剣士たちが得たものは……剣とは、武士とは何なのか、剣豪小説の根底に立ち返って考えさせられる作品であります。


13.『魔界転生』(山田風太郎) Amazon
 映画、漫画、舞台とこれまで様々なメディアで取り上げられ、そして今もせがわまさきが『十』のタイトルで漫画化中の大名作です。

 島原の乱の首謀者・森宗意軒が編み出した「魔界転生」なる忍法によって死から甦った宮本武蔵、宝蔵院胤舜、柳生宗矩ら、名剣士たち。彼ら転生衆に挑むのは、剣侠・柳生十兵衛――ここで描かれるのは、時代や立場の違いから成立するはずもなかった夢のオールスター戦であります。

 そして本作の中で再生しているのは剣士たちだけではありません。その剣士たちを描いてきた講談・小説――本作は、それらの内容を巧みに換骨奪胎し、生まれ変わらせた物語。剣豪ものというジャンルそのものを伝奇化したとも言うべき作品であります。

(その他おすすめ)
『柳生忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『宮本武蔵』(吉川英治) Amazon


14.『幽剣抄』(菊地秀行) Amazon
 剣豪と怪異とは水と油の関係のようにも思えますが、しかしその両者を見事に結びつけた時代ホラー短編集であります。

 本作に収録された作品は、「剣」という共通点を持ちつつも、様々な時代・様々な人々・様々な怪異を題材とした、バラエティに富んだ怪異譚揃い。
 しかしその中で共通するのは、剣という武士にとっての日常と、怪異という非日常の狭間で鮮明に浮かび上がる人の明暗様々な心の姿であります。。

 本シリーズは、『追跡者』『腹切り同心』『妻の背中の男』と全四冊刊行されておりますが、いずれもデビュー以来、怪奇とチャンバラを愛し続けてきた作者ならではの、ジャンルへの深い愛と理解が伝わってくる名品揃いであります。

(その他おすすめ)
『妖藩記』(菊地秀行) Amazon
『妖伝! からくり師蘭剣』(菊地秀行) Amazon


15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人) Amazon
 今や時代小説界のメインストリームとなった文庫書き下ろし時代小説、その代表選手の一人である作者が描いた剣豪ものであります。

 ある日飄然と吉原に現れ、遊女屋の居候となった謎の青年・織江緋之介が、次々と襲い来る謎の刺客たちと死闘を繰り広げる本作。複雑な過去を背負って市井に暮らす青年剣士というのは文庫書き下ろしでは定番の主人公ですが、しかしやがて明らかになる緋之介の正体と過去は、本作を飛び抜けて面白い剣豪ものとして成立させるのです。

 彼を巡る三人の薄幸の美女の存在も味わい深い本作は、その後全7巻のシリーズに発展することとなりますが、緋之介が人間として、武士として成長していく姿を描く青春ものの味わいも強い名品です。

(その他おすすめ)
『闕所物奉行裏帳合 御免状始末』(上田秀人) Amazon


今回紹介した本
新装版 柳生非情剣 (講談社文庫)駿河城御前試合 (徳間文庫)魔界転生 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)幽剣抄<幽剣抄> (角川文庫)悲恋の太刀: 織江緋之介見参 一 〈新装版〉 (徳間文庫)


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 上田秀人『織江緋之介見参 一 悲恋の太刀』(新装版) 若き日の剣士と美女の物語

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2017.01.28

宮島礼吏『もののて 江戸忍稼業』第2巻 二人の成すべき仕事の意味

 左右の手が逆についた逆手の青年、実は飛騨望月衆の忍びである皆焼と、ある事件から彼と知り合った医師志望の少女・おこたの冒険を描くユニークな忍者ものの続巻であります。望月衆に加わることとなったおこたは皆焼と珍妙な任務に就くのですが、それが思わぬ事件を引き起こすことに……

 医師になることを夢見て中山道を旅する途中のおこたが、悪辣な賊に襲われた際に出会った皆焼。彼は、周囲の人間たちが「もののて」と呼んで一様に嫌悪し、疎外する逆手の持ち主でありました。
 しかし彼の逆手を恐れぬどころか、それに惹かれたおこたが助けを求めたことがきっかけで、(貸しを背負わされた)おこたは彼と旅することになります。

 そして二人が辿り着いた望月衆の里では、皆それぞれに泰平の世の忍びとしてのお仕事(金儲け)に勤しむ毎日。そしてその一員となることを望んだおこたですが――


 というわけでおこたの初仕事となるわけですが、その内容がとんでもない。
 錠前屋からの依頼を受けて、とある町で錠前を売ることとなったおこたは、周囲から引き離されないように互いを手鎖で結んで駆け落ちをする夫婦という触れ込みで、その錠前の頑丈さを宣伝(ステマ)することになったのであります。

 そしてもちろん(?)その相手役は皆焼。かくて四六時中手鎖に繋がれた二人の共同生活が始まることに――
 とくれば、何と言いますか、未成年向けの『剣鬼喇嘛仏』的なエロコメ展開になりそうですが(そして実際のところ結構そういう感じでもあるのですが)、しかし物語は思わぬ方向に転がっていくことになります。

 実は二人が夫婦生活を始めた大田の町は、かつておこたが暮らしていた場所。針子として幽閉同然の暮らしを送っていた彼女は、しかし名門の若君・長雄に見初められ、輿入れすることとなっていたのであります。
 しかし医者になるという夢を諦められなかったおこた。その後の彼女はこれまで描かれたとおりですが、ここで長雄に見つけ出され連れ戻されることになってしまったのです。

 剣の達人である長雄によって手鎖を斬られ、連れ戻されるおこた。彼女の夢に全く理解を示さぬ長雄に、おこたは大切にしていた医学書を燃やされ、そして皆焼も己の忍びとしての役目を嘲られ、ついに剣を以って長雄に対峙することに――


 いやはや、前半である意味いかにも本作らしい、可笑しくも世知辛い「仕事」を巡るコミカルな騒動が展開されていたと思えば、後半で意外にもシリアスかつ重い方向へ展開していったこの巻。
 しかしこの前半と後半には、「仕事」――己のなすべきことに対する、皆焼とおこたの矜持が描かれるという共通点があります。

 大きな戦闘力を持ちつつも、その能力はほとんど必要とされず、事務や営業といった能力を持った面々に比べて低く見られている皆焼。皆焼への借金を返すため、そして自分自身の手で金を稼ぎ、未来の夢である医者を目指すおこた。

 その来し方、そして目指すところは全く異なりますが、しかし二人に共通するのは、それでも己の任せられた任務を最後までやり遂げようとする心であります。
 それは様々な重荷を背負ってきた二人にとって、自分自身の足で立ち、生きていくことと同義なのですから――

 そして二人の前に立ちふさがる長雄は、そんな二人が仕事に向ける想いを理解しない、できない存在として描かれます。
 織田信長の孫(しかも実在の人物)という立場にある長雄にとって、忍びなどは顧みる価値もない存在。そして彼がおこたに向ける想いは本物ではあるものの、しかしそれはあくまでも一方的なもの……彼女の夢もまた、彼にとっては無価値なものでしかないのです。

 もっとも、彼もまた、一族の名が一人歩きする中で、己の居場所と価値を求めてあがく人間であります。(その中で自分を一個の人間として見てくれたおこたを見初めたという設定がまたうまい)
 そこには同情の余地があるのですが、しかし、二人にとっては、物語設定以上に、乗り越えるべき相手として描かれていることは間違いありません。


 脳天気でアバウトなようでいて、その実、意外と骨っぽく、しっかりとしたものを内包している……そんな、主人公たる皆焼同様のものを持つ本作の在り方が見えてきた今、続きが気になる作品です(この巻がまた、イイところで引いていて……)


『もののて 江戸忍稼業』第2巻(宮島礼吏 週刊マガジンKC) Amazon
もののて(2) (講談社コミックス)


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2017.01.15

物集高音『大東京三十五区 冥都七事件』 縁側探偵が解く「過去」と「現在」

 日本の首都である東京都区部=二十三区。その二十三区が現状とほぼ同じ範囲となったのは、昭和7年……当時は三十五区という形でした。本作はその前年から始まる連作短編集、下宿の大家と不良書生という異色のコンビが、「過去」と「現在」に渡り東京を騒がせる怪事件に挑むユニークなミステリです。

 本作の主人公の一人は、早稲田大学の学生・阿閉万。学生とは名ばかりで、落語や探偵小説など、様々なことにちょろっと手をつけてはすぐに投げ出すことからついたあだ名が「ちょろ万」という、まずうだつのあがらない青年であります。
 その阿閉青年が目下血道を上げているのは、明治時代の奇談の蒐集。明治の新聞記事から奇妙な事件を取り上げて一冊にまとめようという目論見なのです。

 そんな彼が今回見つけたのは、明治13年に起きたという品川東海寺での怪事件を記した記事。東海寺の七不思議の一つ、切れば血が出るという血出の松が台風で倒れて暫く経ったある晩、警邏の巡査が、按摩がその松を何かに憑かれたように揉み療治していたのを見つけたというのであります。

 さて、阿閉青年がこの記事のことを語って聞かせた相手というのが、彼の下宿「玄虚館」の大家・玄翁先生こと間直瀬玄蕃老人。
 真っ白い総髪に長い山羊髭と仙人めいた風体で博覧強記、こうした奇聞珍聞も大好物の玄翁先生は、阿閉青年を相手にこの事件の謎解きを始めるのですが――

 というのが第一話「老松ヲ揉ムル按摩」の物語。阿閉青年が仕入れてきた様々な奇談怪談に対し、玄翁先生が屋敷の縁側に座り、青年をこき使って手に入れた情報を元に真相を推理してみせる……という、安楽椅子探偵ならぬ縁側探偵というべきスタイルであります。

 しかしこの縁側探偵、単純に空間的な距離のみならず、物語の時点から数十年前という時間的な距離まであるという状況からの推理なのが実に面白い。
 しかもこの第一話の題材となっているのが(本作においてはアレンジした形で描かれていますが)吉村昭や葉室麟の作品の題材ともなったあの事件というのにも唸らされるところであります(しかも……)。


 本作はそんな二人が挑む全七話を収録。
 荏原郡の医師の家にバラバラと石が降り、窓を破って中にまで飛び込んできたという「天狗礫、雨リ来ル」
 三ノ輪で産婆の家の前の夜泣き石が咽び泣いたことを探る中で思わぬ事件が露呈する「暗夜ニ咽ブ祟リ石」
 明治34年、花見で賑やかな向島に作られた迷路の中から二人の花魁が忽然と消えた「花ノ堤ノ迷途ニテ」
 根岸の小川で、見知らぬ子供が橋が落ちると騒いだ直後、川の水が増量し橋が流された「橋ヲ墜セル小サ子」
 明治末、開業したばかりの王子電車が飛鳥山近くで花電車の幽霊電車に幾度も目撃された「偽電車、イザ参ル」
 東京三十五区の誕生記念式典の最中、天に「凶」の字が浮かんだ騒動の背後に、思わぬ犯人の姿が浮かぶ「天ニ凶、寿グベシ」

 第一話のように明治時代の事件もあれば、物語の時点でリアルタイムともいえる昭和初期の事件もありと様々ですが、共通するのは、超常現象としか思えないような事件の数々に対し、きっちりと合理的な解決がつけてみせるミステリとしての面白さであります。

 特に「花ノ堤ノ迷途ニテ」は、人体消失トリックをフェアな形で解き明かす同時に、背後にその時代ならではの事情を織り交ぜるのが見事で、本作で個人的に最も好きな一編。
 また「橋ヲ墜セル小サ子」も、到底人間の手では不可能としか思えない怪事に対して鮮やかな解決が提示されつつも、しかし……と不気味な後味が残るのも面白く、こちらも本作を代表する作品と言えるでしょう。

 もっとも中には少々強引と思えるものもあるのですが、衒学趣味の強い玄翁先生と「現代っ子」の阿閉青年という全く毛色の違う主人公二人のやり取りの面白さと、地の文の講談風の独特の語りによって、それも物語の一部として何となく受け入れられる……
 というのは少々強引かもしれませんが、本作ならではの魅力というものが、確かにあることは間違いありません。


 そして……本作にはもう一つの仕掛けがあります。その内容をここで語ること自体がルール違反となりかねませんが、ここで描かれるのは、「過去」と「現在」が入り乱れる本作だからこそできる、意味がある大仕掛と言うことは許されるでしょう。個人的には直球ストライクの趣向であります。

 しかし気になるのは結末のその先ですが……本作はあと二冊続編が刊行されているのでご安心を。そちらも近々紹介の予定です。


『大東京三十五区 冥都七事件』(物集高音 祥伝社文庫) Amazon
大東京三十五区 冥都七事件 (祥伝社文庫)

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2017.01.14

輪渡颯介『溝猫長屋 祠之怪』 四人の子供、幽霊を「感じる」!?

 『古道具屋皆塵堂』シリーズも完結し、寂しい気持ちでいた輪渡ファンに嬉しいプレゼント……言うまでもなくユニークな新たの怪談が登場しました。長屋を舞台に、おかしな習いのおかげで幽霊と出くわすようになってしまった四人の子供たちが引き起こす騒動を描く快作であります。

 その名のとおり、何匹もの猫たちが溝の中までゴロゴロしている溝猫長屋。一見、どこにでもあるようなこの長屋ですが、一つだけ余所とは違う点があります。
 それは長屋の奥にある祠を、長屋に住んでいる男の子でその年に一番の年長が毎朝お参りすること――

 何年にも渡り行われてきたこの行事(?)に今年当たったのは、十二歳の忠次、銀太、新七、留吉の四人。何やら曰くありげな周囲の大人たちの態度に不審を抱きつつ、毎日を過ごす四人ですが、やがて彼らの周囲で奇怪な、いや怪奇な事件が起きます。
 人死にがあったという近所の空き家から、新七は鼻の曲がるような悪臭を嗅ぎ、留吉は子供の声を聞いたことから、家の中に忍び込んだ四人。そこで忠次は、見るも無惨な姿の子供の幽霊と出くわしてしまったのです。

 実はかつてある事件で殺されたお多恵という女の子を祀る長屋の祠は、拝んだ子供たちが、皆「幽霊がわかる」ようになってしまうという曰くつきのものだったのです。それも「嗅ぐ」「聞く」「見る」と一人ひとり別々の形で。
 かくて、次々と妙な形で幽霊に遭遇することになってしまった四人ですが、その幽霊たちには奇妙な共通点が――


 というわけで、本作においても、かなり怖い怪談と、ユーモラスで人情味が効いたちょっとイイ話、そして隠し味のミステリ趣向という輪渡ワールドの魅力は健在……というより絶好調であります。

 思わぬことから幽霊騒動に巻き込まれるようになってしまった個性豊かな四人の子供――主人公格の忠次、悪ガキ……というよりア○の銀太、優等生の新七に弟妹の世話に追われる留吉――を中心に、子供目線で展開する物語は、何とも賑やかで微笑ましく、それでいて容赦なくコワい展開の連続で、まさに「これこれ」とニンマリしたくなるほど。

 何よりも怖楽しいのは、彼らが幽霊を感じるのが、毎回視覚・嗅覚・聴覚と一人ずつバラバラであることであります。
 それもある感覚で経験すれば、同じ感覚には連続で当たらず、次は別の感覚で幽霊を感じるというルール(?)が何ともユニークで、幽霊の出現にバリエーションを付ける面白さはもちろんのこと、それを知った子供たちのリアクションもまた愉快なのです。

 しかし、感覚は三つ、子供は四人……ということは毎回一人余ることになるのですが、その辺りがどうなるかがまた非常に楽しい。
 この辺り、作者の別の作品を連想させるところもありますが、奇妙な設定が生む悲喜こもごものシチュエーションが、また一層可笑しさを生むのが、いかにも作者らしいところでしょう。

 そして作者が得意とするといえばデビュー作から一貫する、怪談の中のミステリ味。
 本作の最初のエピソードで語られるのは、かつて押し込み強盗に殺された子供の存在なのですが、以降、様々な形でその悲劇は後を引き、実は……という形で、大きな物語に繋がっていくのも、実に好みの趣向です。


 そして本作には、もう一つ魅力があります。それは、元気な子供たちを見守る周囲の大人たちの存在であります。

 口うるさく説教ばかりながら、子供たちを深く愛する大家さん。長屋のOBで元は相当やんちゃをしながら、今は「泣く子も黙る」弥之助親分。子供たちにナメられがちな寺子屋の師匠にして、とんでもないもう一つの顔を持つ蓮十郎先生。
 これまた個性的な面子ですが、共通するのは、子供たちに振り回されつつも、時に厳しく、しかし暖かく彼らを見守ること――

 どれだけ幽霊が、悪人が恐ろしくとも、どれだけ子供たちが騒動を起こそうとも……それを受け止め、子供たちを守り導く大人たちの存在が、大人がきちんと「大人」していることが、幽霊が跋扈する本作において、地に足の着いた安定感を与えているのです。


 こうした長屋の面々に、大店の娘でトラブルメーカーの美少女・お紺も加わって、まさに役者は揃ったというこの溝猫長屋の物語、この一作で終わるということはまさかありますまい。
 コワくておかしくて、そして優しい……そんな物語がこの先も描かれていくことを期待しております。


『溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社) Amazon
溝猫長屋 祠之怪

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2017.01.09

垣根涼介『室町無頼』 誰に頼ること無く、時代に風穴を開けた男たち!

 自分以外の人間による作品評価というものにはかなり無頓着な私ですが、やはり賞を取る作品は素晴らしいなあ……と今更ながら再確認させられたのが本作。今年の『本屋が選ぶ時代小説大賞』を受賞した室町ものの大快作であります。

 舞台となるのは寛正2年から3年(1462-63)にかけて、応仁の乱のわずか5年前……とくれば将軍は政治をそっちのけにして遊びと金儲けにうつつを抜かし、幕府の権威も失墜の一途を辿る時代。
 神社仏閣も自分たちの武力財力を集めることに余念がなく、その一方で一般の民衆たちは飢えと貧しさに苦しみ、貧富の格差は広がるばかり――

 そんな一般人には未来への希望も描けぬ時代に、ただその日を生きるのだけに夢中になっていた少年・才蔵が、本作の主人公とも言うべき存在。
 自己流で修めた棒術を頼りに土倉の用心棒をしていた彼は、ある日店を襲ってきた連中相手に無我夢中で立ち向かっていったことがきっかけで、思わぬ運命の変転を迎えることになります。

 実は店を襲ってきたのは、印地(傭兵)の頭目・骨皮道賢の一党。その武力と裏社会での顔の広さによって、幕府から京の治安維持を任せられていたにも関わらず、裏では強盗としても振る舞っている悪党どもであります。
 必死に立ち向かっていったことがきっかけで道賢に気に入られ命を救われた才蔵は、道賢一党と共に暮らしたのもつかの間、やがて道賢以上に食わせ物の浪人・蓮田兵衛のもとに預けられるのでした。

 恐るべき腕を持つ兵法者でありながら、農民や商人、遊芸の民たちとの間にも極めて広いネットワークを持つ兵衛は、しかし関所を破って番兵を殺し、金銭を奪って平然としている上に、その金銭にも恬淡としているという謎また謎の男。
 その兵衛に伴われてとある老武芸者の元に預けられた才蔵は、命がけの修行を課せられることになります。

 そしてそこには兵衛の秘めたある大望が関わっていました。それは幕府の根幹を揺るがし、この硬直した時代に風穴を開けること。
 その大望に、兵衛の片腕として参加することとなった才蔵。兵衛を誰よりも認め、共感しつつも、その立場故に対立する道賢。三人の対峙は、京に巨大な戦いの炎を招くことに――


 作者がインタビューで明言しているように、明らかに現代の世相を反映して描かれる本作の室町時代。本作はそんな時代を、その時代に真っ向から立ち向かっていった三人の男(そして彼らに関わる一人の女)の姿を通じて描き出します。

 彼らは決して善人ではありません。(もちろん誰彼構わずではないものの)自分の前に立ち塞がる敵は容赦なく命を奪い、財貨を奪うことに躊躇いを持たない連中――まさしくアウトローと言うべき連中であります。
 しかし同時に、彼らは単純に無法者というだけではありません。彼らの心の中にあるのは、誰に頼ること無く己の道を、そして時代の壁を貫いて生きることなのであります。

 だからこそ、本作はどれだけ多数の血が流されようと、容赦ない死と暴力が描かれようと、どこまでも爽快な魅力に溢れています。
 こんな風に生きてみたい、こんな連中に会ってみたい、そう思わせるような――

 私個人のやり方として、ある作家を、ある作品を評価する際に、他の作者を、他の作品を持ち出すのは好きではありません。
 しかし本作で描かれる「無頼」像――己の道を貫く自立した個人としての内的規範としての「無頼」は、かつて柴田錬三郎が描いたそれを、この時代、この社会において見事にアップデートさせてみせたものだと、強く強く感じます。


 作品としての時代性、批評性の確かさ、登場人物たちの魅力だけでなく、もちろん一個の小説としてのエンターテイメント性も非常に高い本作(特に才蔵の修行シーンの、理に適った、しかしスリリング極まりない内容は必見!)。
 昨年の歴史小説・時代小説を代表する作品の一つと呼ぶべき作品であると感じた次第です。


『室町無頼』(垣根涼介 新潮社) Amazon
室町無頼

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2016.12.26

畠中恵『まことの華姫』 真実の先の明日

 毎回ユニークな設定とキャラクター、そしてミステリ味を効かせた物語で楽しませてくれる作者による本作は、これまでにない主人公(?)像が印象に残る物語であります。何しろ両国の見世物小屋で、声色使いの芸人が操る美少女人形なのですから。

 両国といえば江戸時代の一大歓楽街、様々な娯楽が集まり、日夜を問わず賑やかな場所ですが、そこで近頃評判なのが、元人形師の芸人・月草。
 故あって人形師を辞めた彼は、自分の作品である華姫とともに流れ流れて両国にたどり着き、そこで姫様人形のお華を操りながら一人二役の話芸を売り物にしていたのであります。

 しかし人気を集めていたのはむしろお華そのもの。「お華追い」なぞというおっかけ連中まで登場するほどのその美しさと、それと裏腹の毒舌ぶりもさることながら、彼女は「真実」を見通すという評判があったのです。
 かつて両国にあったという、有徳の僧が掘ったという井戸。水面に姿を映した者に真実を見せるという伝説のあったその井戸の水の凝ったものが、お華の両の瞳だというのです。

 と、それは実は月草の売り口上、お華はあくまでも人形に過ぎないのですが、しかしいつの世も迷える人は尽きないもの。そんな人々がお華の語るという真実を求めてやってきた挙句、月草とお華は様々な事件に巻き込まれ、探偵役を務めることに……というのが、本作の基本スタイルであります。

 その物語の冒頭に登場するのは、両国一帯を縄張りとする(つまりは月草が世話になっている)地回りの娘・お夏。
 川に身投げした姉の死は父が原因でないかと疑う彼女は、お華に真実を問うのですが、いつの間にやらお華と月草は、お夏に振り回されるまま、お夏の姉の死の真相を追うことに――

 という第一話「まことの華姫」に始まる本作は全五話で構成されています。
 七年前の火事で行方不明となった二人の子供を探す古着屋の元締め夫婦の前に十人もの子供が名乗りを上げる「十人いた」
 自分が店を継いだために家を飛び出した親友にして義兄を探して西国からやってきた若旦那の問いが思わぬ騒動を生む「西国からの客」
 お華が密かに高額で真を語るという噂が立ったことをきっかけに、旗本の側室にまつわる騒動に巻き込まれる「夢買い」
 人形師時代の元許嫁が夫殺しの嫌疑をかけられたという知らせに、月草が必死に遠国で起きた事件の真相を追う「昔から来た死」

 どの作品も、コミカルなキャラクターと、日常の謎的な不可思議な事件、そして楽しいばかりではない後味の残る展開と、いかにも作者らしい味わいの物語揃いであります。


 さて、そんな本作の最大の特長がお華の存在にあることは言うまでもありませんが、しかしお華は作者の他の作品のように、妖などではなく、あくまでも月草が操り声色で喋らせる人形――その謳い文句に言うような真を見通す力を持つ不可思議な存在ではありません。
(作中のお客さん同様、その路線を望む方が多いのもわかりますが……)

 しかしここで描かれるのは、そんな人形でしかないお華にすがってでも真実を知りたいと切望する――仮にお華が真に神通力を持っていたとしても、人形に真実を尋ねるという行為自体おかしなものであるわけで――人々の姿であります。
 そして彼らは結局、物語の中で真実を掴むのですが……しかしそれは同時に、その向こうにある苦い現実に直面することを意味します。

 こう見ると本作はひどく味気ない作品にもなりかねません。しかしもちろんそうはならないのは、上で触れたキャラや物語運びの巧みさはもちろんのこと、その苦味の中に、一抹の希望が織り交ぜられているからであります。

 真実は、もしかすると望んだとおりのものではないかもしれない。しかしそれを知って初めて、人は明日に足を進めることができる――
 そう、お華の語りから人々が得るものは真実だけではありません。真実の向こうの明日こそを、人々は真に得ているのであります。


 そしてそれは、お華を操る月草も例外ではありません。本作の結末で明日を手にした月草が、お華とともに何を語るのか。その先の物語もぜひ読みたいものです。


『まことの華姫』(畠中恵 KADOKAWA) Amazon
まことの華姫

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2016.12.20

『コミック乱ツインズ』2017年1月号(その二)

 『コミック乱ツインズ』誌2017年1月号の作品紹介のその二であります。

『すしいち!』(小川悦司)
 今回は鯛介はお休みで、おりんが主役を務めるエピソード。かつて亡き父に連れられて来ていた浅草寺の御開帳に来た彼女が、晩年仲違いしてしまった父のことを思い出しているうちに不思議な寿司屋と出会って……という物語であります。

 その寿司屋の名は「聖寿司」。そして職人の眉間には膨らみが……と、まさか○○様が寿司を! という展開にはひっくり返りました。
 が、既にこの物語の時点で浅草では採れなくなっていた浅草海苔が……というのは物語的にも料理的にもうまい絡め方で、またそれがおりんと父の思い出に繋がっていくのには、ただお見事というべきでしょう。


『エイトドッグス 忍法八犬伝』(山口譲司&山田風太郎)
 村雨姫の懇請に応え、奪われた八玉を奪還するために始まった犬士たちと、服部のくノ一たちの忍法合戦第一番の後半戦が描かれる今回。
 己を影に変える忍法「摩羅蝋燭」で二人のくノ一を打ち、このまま一気に全員を抜くか……という勢いの犬坂毛野の活躍が描かれることとなりますが、いや、やはりハッタリの効いた忍法合戦は良いものです。

 しかし服部忍軍の総帥たる半蔵の前にはさしもの毛野も苦戦必死、そして多勢に無勢の果てに……という展開は、これもまた忍法帖の美学でしょう。無頼の男たちが、純粋無垢な聖姫のために死地に赴くという本作の基本構造は、今回も美しく描き出されます。

 と、敵味方はイーブンとなったものの、敵の追っ手に追いつめられた村雨姫。そこに救いの手をさしのべたのは、美しい外見に似合わぬ鉄火な口調の美少女(?)と剽げた外見の男で……という、実にニクい引きで次回に続きます。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 政宗の生涯でも最悪の事件である父・輝宗の死を描く一連のエピソードも今回でひとまずのラストとなります。

 畠山義継に捕らえられ、息子の夢を守るために自ら死を選んだ輝宗と、怒りに燃えて敵を鏖殺した政宗(義継への振る舞いにはちょっと引きますが……)。
 それで全てが終わったわけではなく、政宗は、そして畠山方も報復戦を決意。しかしそれ以上に、ようやく和解できたかに見えた政宗の母は、政宗に対して恐るべき疑念を――

 というドシリアスな展開が続くのですが、そんな中でまさしく一世一代のとんでもないギャグをぶちかました輝宗が全てを持って行った感があります。いや、ここでこのネタを持ってくるのにはある意味感心。


 その他、『江戸怪盗記』(大島やすいち&池波正太郎)は、ここしばらく『剣客商売』を漫画化してきた作者が鬼平と外道盗人・葵小僧の対決を描く、というのが目を引く作品。が、葵小僧の造形はなかなか面白いものの、絵的にも構成的にもかなり苦しいというのが正直な印象でした。

 そして次号で池波正太郎を漫画化するのは何と原秀則。いやはや、全く予想もしていなかった組み合わせであります。


『コミック乱ツインズ』2017年1月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年1月号 [雑誌]


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2016.12.10

広瀬正『マイナス・ゼロ』 タイムトラベルが描き出す歴史の中の人間

 昭和20年、浜田俊夫は空襲で瀕死の隣人・伊沢先生から、18年後の今日ここに来てほしいと頼まれる。そして昭和38年、旧伊沢邸を訪れた彼の前に現れたのは、18年前に行方不明になった当時と変わらぬ姿の先生の娘・啓子だった。その出会いが、俊夫を時間を超えた運命の変転に巻き込むことに……

 長らく絶版となっていたものが、先日電子書籍として復活した作品、直木賞候補作ともなった作者の代表作にして、タイムトラベルSFの古典であります。
 恥ずかしながら私もこれまで未読だったのですが、尊敬する先輩の言葉に押されて手にしてみれば、なるほどその言葉には全く偽りはなかった……と唸らされた次第です。

 少年時代、大戦末期の不思議な体験から18年後、かつて想いを寄せていた隣家の少女・啓子が、当時と変わらぬ姿で現れたのと出会うこととなった主人公・俊夫。そのあり得るはずのない出会いの背後にあったのは……そう、タイムマシンであります。
 啓子の父が残したタイムマシンの存在を知った二人。意味不明の文字が記されたノートとタイムマシンを調査した結果、啓子の父が現れたと思しき昭和9年へのタイムトラベルを二人は計画するのですが――

 しかし思わぬトラブルから一人で昭和7年にタイムトラベルしてしまい、さらにタイムマシンに置いて行かれてしまった俊夫。幸いタイムマシンの中の古い紙幣を手にしていた俊夫は、人の良い鳶の親方一家に居候し、先生が現れるのを待つのですが、しかし思わぬ波乱が彼を待ち受けているのでありました。


 なるほど、タイムトラベルもの、タイムマシンものの定番の一つは、思わぬトラブルで過去の時代に置き去りとなった主人公が、何とかしてタイムマシンを取り戻し、元の時代に帰ろうとするという物語でしょう。
 未来を知る主人公が、その知識を活かして過去の世界で活躍し、未来に帰るべく悪戦苦闘するも……という本作は、まさにその定番そのもの、というより1965年という発表時期を考えれば、少なくとも日本においては本作がその鼻祖と言えるのかもしれません。

 果たして俊夫は元の時代に帰ることが、啓子と再会することができるのか――俊夫を襲うトラブルの数々と、タイムトラベルに隠された謎が絡み合い、そして物語を構成する全ての要素がかっちりと繋がりあった末に浮かび上がる驚愕の真実! と、タイムトラベルもののお手本のような作品なのです。


 しかしこのブログ的な視点で述べさせていただければ、本作の素晴らしさは、そうしたSFの妙味だけでなく、一種の「時代もの」としての完成度の高さにもあります。そう、本作の主な舞台となる昭和7、8年の世界を、本作は丹念に、そしてある意味独自の観点で描き出すのです。

 昭和7、8年といえば上海事変の勃発、満州国の樹立、五・一五事件に日本の国連脱退と、日本があの戦争になだれ込んでいく時期にあたります。当然と言うべきか、フィクションの世界においても暗いムードで描かれることの多い時期であります。

 しかし本作は基本的に異なるスタンスを取ります。それらを遠景に置きつつもここで描かれるのは、そんな未来を知らず、現在を謳歌する人々の明るくも逞しい姿なのです。
 オリンピックに胸躍らせる人々、普及し始めた乗用車やラジオといったテクノロジー、猥雑なパワーに溢れる銀座などの繁華街……それらの姿を、本作は丹念な考証と往時への愛情を込めて描き出すのです。

 そこから生まれるリアリティが、SFとしての本作を支えていることは言うまでもありません。しかしそれだけでなく、ここで描き出されるのは、いつの時代も変わらない人間の営み、人間のバイタリティであり、その人間たちの繋がりこそが我々の歴史を繋いできたと、本作は語るようにすら感じられるのです。

 しかし同時に、時間の流れ、歴史のうねりの前でのこうした人間一人一人の存在のちっぽけさをも、本作は描き出します。タイムトラベルの存在を通じてだけでなく、遠景にあったあの戦争が人々を飲み込んでいく瞬間を以て――
 これはいささか考えすぎかもしれませんが、本作が一種のノスタルジーだけで構成された物語ではないことは、物語後半で俊夫が辿る運命を見ればわかるでしょう。


 個人的にはラストの大どんでん返しは本当に必要だったのかなあと思わなくもありません(他の要素がある意味必然だったのに対し、あれのみは偶然の産物ということもあり)。
 しかし、SFとして、一種の時代ものとして、本作が歴史の中の人間の姿を浮き彫りにした名作である……それはもちろん、間違いのないことであります。


『マイナス・ゼロ』(広瀬正 集英社文庫) Amazon
マイナス・ゼロ (集英社文庫)

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2016.12.02

宮島礼吏『もののて 江戸忍稼業』第1巻 開幕、逆手の忍びの一大アクション

 「もののけ」ならぬ「もののて」の噂が飛び交う江戸時代の中山道街道筋を皮切りに展開する、何ともユニークな忍者漫画の第1巻であります。旅の少女が出会った長袖の青年の正体とは……(物語の展開に触れることになりますのでご注意下さい)

 襲われた者の身に、巨大な爪の跡を残すと恐れられる「もののて」。医者を目指して諸国を見聞中の少女・おこたは、中山道を旅する中でその怪物の噂を耳にします。
 その彼女がある宿場で目にしたのは、土地の悪党どもに雇われ、容赦なく借金の取り立てを行う長袖の青年・皆焼。その態度に反感を抱いたおこたですが、そこで長袖に隠されていた彼の手を目にすることになります。何とその手は右と左が逆……右腕に左手が、左腕に右手が、それぞれ外側を向いてついていたのであります。

 そしてその晩泊まっていた宿が悪党たちに襲われ、囚われの身となったおこたは、彼らの根城で皆焼に再会することとなります。
 周囲の人間からは異形と忌避され、恐れられる皆焼の逆手。しかしその手を恐れるどころか好きだと言うおこたに心を動かされた皆焼は――


 という第1話の本作、核心に触れてしまえば皆焼の正体こそは「もののて」……正確にはもののてと恐れられる人間。その逆手に幾本もの刃を手にした彼は、通常の剣術の理法などは一切無視した、五体すべてを用いた攻撃を操る忍だったのであります。
(その何本もの刃の攻撃の跡が、獣の爪のように見えるというのが面白い)

 街道沿いの賊を内偵するという任務を受けていた皆焼はおこたの依頼に応えて賊を鎮圧、依頼の費用返済のために彼と行動を共にする羽目になった彼女とともに、街道の行く先々で騒動を引き起こす……というのが、この第1巻の主な物語であります。


 そんな本作の最大の特徴は、言うまでもなく、本作のタイトルでもある皆焼の逆手。その異形が行く先々で人々から差別され、嫌悪されるというのは、いささか危険球で、なかなかに思い切った設定だとは思いますが……それはともかく、ビジュアル的なインパクトは満点。
 見慣れたものが逆についているというのはそれだけで強烈な印象を与えるものだ、ということを今更ながらに知りましたが(作画もかなり大変なのでは……)、もちろんインパクトだけではありません。

 上に述べたとおり、常識離れした剣術(と果たして呼んでよいものか?)を操る皆焼。なるほど、通常の剣術使いが左利きの相手と対峙するだけでも相当苦労すると聞いたことがありますが、これはその比ではありません。
 そしてそんな腕から繰り出される常識外れのアクションが実に面白い。剣を剣とも思わぬその技は、その逆手によるものだけでなく、忍のそれとしてある種の説得力と意外性を持っていますし、何よりも絵として漫画として、実に映えるのであります。

 また、そんな皆焼の逆手をおこたのみが美しいと感じ、それが二人を結ぶ絆となるというのは、これはお約束かもしれませんが、やはり美しい設定でしょう。
 第三話のラスト、戦いを終えて疲れ果てた皆焼に膝枕をしたおこたが、そっと皆焼の手と指を絡め合う場面は、本作ならではの無上の美しさがある……というのはいささか大げさかもしれませんが、この第1巻で一番こちらの胸を打ったことは間違いありません。


 もちろん、これはある程度意図的なものかと思いますし、野暮を承知で申し上げれば、考証的には非常にアバウトであります。また、現代の用語が色々と使われていることには(考証云々よりも純粋に滑っている感があって)やはり違和感はあります。
 こうした点はあるものの、むしろ本作の場合は、上に述べたような長所を伸ばしていくうことこそが重要な作品でしょう。

 第1巻で描かれた物語はおそらく序章、終盤で登場した皆焼の職場、彼の仲間たちがこれからどのように彼に、おこたに絡んでいくことになるのか。忍者アクションとしてはこれからが本番なのでしょうから――


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2016.12.01

鳴海丈『廻り地蔵 あやかし小町大江戸怪異事件帳』 怪異に負けぬ捕物帖を目指して

 「おえんちゃん」こと妖怪・煙羅に守られたあやかし小町・お光と、北町奉行所の熱血同心・和泉京之介のカップルが怪奇の事件に挑む連作シリーズも本書で第三弾。謎解きありあやかしとの対決ありと、三つの事件が描かれることになります。

 と、いきなりあとがきの話で恐縮ですが、本シリーズは(というより作者の作品の多くは)文庫書き下ろし時代小説には珍しく、あとがきが収録されています。
 本シリーズでは企画の原点やモチーフになっている作品など、興味深い内容が多いのですが、本書はそこで「変身人間三部作」に言及されているのに驚かされます。

 変身人間三部作とは、60年ほど前に東宝が製作したSF映画……『美女と液体人間』『電送人間』『ガス人間第一号』の三作品。
 この三作の特徴とは、いずれも科学技術によって超常的な能力を得た存在を描きつつも、あくまでもそこで展開されるのは「人間」の犯罪ドラマであり、それ自体に魅力があること……というのは作者の言ですが、確かに三部作で描かれるのは、麻薬密売・連続殺人・銀行強盗と、ある意味実に人間的な犯罪の数々でした。

 そしてこの三部作、特に『液体人間』のように、それ自体が一級の犯罪ドラマとして成立している……この「あやかし小町」シリーズも、そのような作品でありたいと、作者は宣言しているのであります。
 実際のところ、本作の第1話であり、表題作である『廻り地蔵』は、その狙いを体現した作品と感じます。


 ある晩発見された、厨子を背負った男の死体。探索に当たることとなった京之介は、その場から立ち去った男を押さえたものの、殺人犯は別にいることを知ります。
 一方、ある小間物屋で、店の人間全員が食事の際に何らかの毒に当たり、特に主人が人事不省の重体に陥るという事件が発生。さらに、別の店では主人の孫が誘拐されるという事件までもが起きるのでした。

 お光の目撃から、誘拐事件を起こしたのが最初の殺人の下手人と同じ男であることが判明するのですが、果たして連続する3つの事件に共通点はあるのか。最初の事件の厨子に手がかりがあると睨む京之介ですが――

 と、入り組んだ内容の本作ですが、事件の展開といい描かれる人間模様といい、そして明かされる真相の意外性といい、捕物帖としてかなりの水準にあると感じさせられます。
 バイオレンスやエロスという印象の強い作者ですが、しかし決してそれだけではなく、時に極めて王道の、ミステリ色の強い作品を手がけていることは作者のファンであればご存じかと思いますが、本作はまさにそれと言えるでしょう。

 そしてまた、本作はいわゆる「あやかし」色がかなり薄い作品でもあります。お光も要所要所で活躍するものの、あくまでも中心となるのは京之介であり、そして描かれるのは人間の、人間による事件……作者の狙いを体現した作品と呼んだ所以であります。

 もっとも、このあやかし色の薄さも難しいところで、あまり薄いと本シリーズで描く必然性が……となってしまいます。正直なところ本作にもその印象はあり、さじ加減の難しさを感じさせられるところですが、まずはその意気やよし、と言いたいのです。


 そして第2話『紅蝙蝠』では、行き止まりに追い込まれても煙のように消えてしまう怪盗・紅蝙蝠の謎を京之介たちが追うという(どこか『怪奇大作戦』味もある)内容。
 続く第3話『死神娘』は、周囲で常識では考えられないような頻度で人々が死んでいくことから死神娘と噂される豪商の娘にまつわる意外な真実が描かれることとなります。

 どちらの作品も、第三の主人公と言うべき男装の娘陰陽師・長谷部透流が登場、第1話とは逆にあやかし度高めの内容ですが、しかしその根底にあるのは、あくまでも「人間」が起こした事件という点において、変わるところはありません。
(特に第3話のある意味豪快すぎる真相は、人間とあやかしが入り乱れる本作ならではの意外性で必見)


 もっとも、第1話のところで述べたように、まだバランスが難しい点はあります。また、タイトルロールたるお光の存在感が、本書では少々軽い――人間相手では京之介が、あやかし相手では透流が前面に出てしまうため――きらいはあります。

 そうした点はあるものの、作者の志は確かに感じられる本書。その志が目指すようにシリーズの車の両輪たる人間とあやかし、二つの要素がいつか完璧に噛み合えば――そこには素晴らしい傑作が生まれることでしょう。


『廻り地蔵 あやかし小町大江戸怪異事件帳』(鳴海丈 廣済堂文庫) Amazon
あやかし小町 大江戸怪異事件帳 廻り地蔵 (廣済堂文庫)


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