2018.04.23

芝村涼也『討魔戦記 3 魔兆』 さらなる戦い、真実の戦いへ


 人間が異形の鬼に変わっていく世界を舞台に、鬼たちを狩る者たち・討魔衆に加わることとなった少年・一亮の戦いも、この第3作目で最初のクライマックスを迎えることになります。結界の中から人間たちを襲う鬼に対し、精鋭集団・弐の小組と共に挑む一亮たちの小組たちの戦いの行方は?

 鬼が引き起こした惨劇から、生来の鬼を感知する能力によって生き残り、討魔衆の僧侶・天蓋によって保護された少年・一亮。
 それ以来天蓋の小組に加わり、糸使いの健作、手裏剣の名手の桔梗と行動を共にすることとなった一亮は、ある任務で東北に向かうことになります。そこで大飢饉の最中、人を鬼に変えるおぞましい企てを進める鬼と戦い、その手中から他者の能力を増幅する力を持つ少女・早雪を救い出すのですが……

 という前作の物語を受けて展開する本作において描かれるのは、一亮たちが東北から連れ帰った早雪を巡って揺れる討魔衆の姿と、シリーズ第1巻から密かに跳梁を続けてきた強大な鬼との対決であります。

 「芽生えた」――鬼の力と本能に目覚めた者たちと人知れず対決し、これを狩ってきた討魔衆。しかし彼らが決して一枚岩ではないのは、これまでの物語の要所要所に挿入されてきた、討魔衆上層部の僧侶たちの会議の模様を見れば明らかであります。
 鬼との戦いと、そのための戦力の維持に向けた方針を巡り、幾度となく討論を続けてきた上層部。彼らは、使い方によっては(というより既にそう使われたのですが)鬼の力を遙かに高める少女の存在に大きく揺れることとなります。

 その一方で、かつて向島で幾人もの人々を殺めた鬼が活動を再開し、今度は水戸街道沿いで数多くの人間が犠牲に。
 異空間に潜んで一度に複数の鬼を繰り出し、襲いかかるその鬼の前に、天蓋たちの小組は圧倒され、一亮も為すすべもなく立ち尽くすのみという窮地――と、そこに駆けつけるのは、討魔衆の実戦部隊、弐の小組!

 無数の紙の蝶を飛ばし、そして扇子から水を放つ――弐の小組の頭である於蝶太夫の技は、そのまま彼女の表芸である浅草奥山の見世物のそれと変わりませんが、しかし死闘において見せるそれがただの芸であるはずもありません。
 一度鬼を前にすれば、華麗な芸がたちまち破邪顕正の技となる――強大な力を持つ鬼たちを前にしては劣勢を強いられがちであった天蓋の小組に対し、太夫をはじめとする弐の小組の強さは爽快ですらあります。

 それもそのはず、弐の小組は、壱・弐と二つしかない討魔衆のエリート戦闘集団の一つ。遊撃隊である(遊撃しか担当できない)天蓋たちに対し、鬼の力に真っ向から対抗できる貴重な存在なのであります。
 壱の小組は以前に顔見せ的に登場しましたが、実際の戦闘部隊がここまで本格的に登場したのは今回が初めて。正直なところ比較的地味な戦いが多かった本作において、その派手な活躍は強く印象に残りますが――それは裏を返せば、鬼との戦いが本格的なものとなったことにほかなりません。

 そしてそれが上に述べた討魔衆内部の動きと結びついた時、新たな悲劇の種が撒かれることとなります。
 結成以来、数百年にわたり鬼と戦ってきた討魔衆。しかし本作において、一亮がその事実の中にある一つの齟齬を指摘することにより、その背後に潜む、巨大かつ慄然たる真実が語られることになります。

 次々と新たな能力を得て、その企ても複雑化していく鬼たち。それはさらなる、真の戦いの始まりなのかもしれません。


 そして一亮たちの物語がいよいよスケールしていく一方で、本シリーズの一方の極である、南町奉行所の老同心・小磯による捜査も着実に進んでいくことになります。
 鬼の存在も討魔衆の存在も知らず、ただ彼らの戦いの痕跡を丹念に追ってきた小磯同心。極めてロジカルに人知を超えた戦いの存在に一歩一歩近づいていく彼の姿は、別の意味で極めてエキサイティングに感じられます。

 今回は比較的一亮たちとは離れた場所に留まっていた印象のある小磯同心ですが、彼の屋敷の間借り人との微笑ましいやりとりも含め、本シリーズに確かなリアリティを与える存在として、もう一方の主役と言うべきでしょう。


 少しずつではありますが、着実に事態は進展し、ついに新たな段階に入ったと言える本作。まさしく「魔の兆し」が現れる中、一亮は、小磯はどこに向かうのか――いよいよ激化する戦いから目が離せるはずもないのであります。


『討魔戦記 3 魔兆』(芝村涼也 祥伝社文庫) Amazon
魔兆 討魔戦記(三) (祥伝社文庫)


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2018.04.18

「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その一)


 今月の「コミック乱ツインズ」誌の巻頭カラーは、ついに「熾火」編が完結の『勘定吟味役異聞』。その他、レギュラー陣に加えて小島剛夕の名作再録シリーズで『薄墨主水地獄帖』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一作ずつ紹介いたします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 上で述べたように、原作第2巻『熾火』をベースとした物語も今回でついに完結。吉原の公許を取り消すべく、神君御免状を求めて吉原に殴り込んだ聡四郎と玄馬は忘八の群れを蹴散らし、ついに最強の敵剣士・山形と聡四郎の一騎打ちに……

 というわけで大いに盛り上がったままラストに突入した今回ですが、冒頭を除けば対話がメインの展開。それゆえバトルの連続の前回に比べれば大人しい展開にも見えますが、遊女の砦を束ねる「君がてて」――当代甚右衛門の気構えが印象に残ります。(そしてもう一つ、甚右衛門の言葉で忘八たちが正気(?)に返っていく描写も面白い)
 しかし結局吉原の扱いは――というところで後半急展開、新井白石の後ろ盾であった家宣が亡くなるという激動の一方で、今回の一件の黒幕たちの暗躍は続き、そして更なる波乱の種が、という見事なヒキで、次号からの新章、原作第3巻『秋霜の撃』に続きます。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 日本に鉄道を根付かせるために奔走してきた男たちを描いてきた本作も、まことに残念なことに今号で完結。道半ばで鉄道院を去ることとなった島安次郎の跡を継ぐ者はやはり……

 鉄道院技監(現代のものから類推すればナンバー2)の立場に就きながらも、悲願である鉄道広軌化は政争に巻き込まれて遅々と進まない状況の安次郎。ついに鉄道院を飛び出すこととなった安次郎の背中を見てきた息子・秀雄は、ある決断を下すことになります。
 そして安次郎が抜けた後も現場で活躍してきた雨宮も、安次郎のもう一つの悲願の実現を期に――というわけで、常に物語の中心に在った二人のエンジニールの退場を以て、物語は幕を下ろすことになります。

 役人にして技術者であった安次郎と、機関手にして職人であった雨宮と――鉄道という絆で深く結ばれつつも、必ずしも同じ道を行くとは限らなかった二人の姿は、最終回においても変わることはありません。それは悲しくもありつつも、時代が前に進む原動力として、必要なことだったのでしょう。
 彼らの意思を三人目のエンジニールが受け継ぐという結末は、ある意味予想できるところではありますが、しかしその後の歴史を考えれば、やはり感慨深いものがあります。本誌においては異色作ではありますが、内容豊かな作品であったと感じます。


『カムヤライド』(久正人)
 快調に展開する古代変身ヒーローアクションも早くも第4回。今回の物語は菟狭(宇佐)から瀬戸内へ、海上を舞台に描かれることになります。天孫降臨の地・高千穂で国津神覚醒の謎の一端を見たモンコとヤマトタケル。その時の戦いでモンコから神弓・弟彦公を与えられたヤマトタケルは絶好調、冒頭から菟狭の国津神を弟彦公で一蹴して……

 というわけでタケルのドヤ顔がたっぷりと拝める今回。開幕緊縛要員だったくせに! というのはさておき、そうそううまくいくことはないわけで――というわけで「国津神」の意外な正体も面白い展開であります。
 ただ、まだ第4回の時点で言うのもいかがと思いますが、バトル中心の物語展開は、毎回あっと言う間に読み終わってしまうのが少々食い足りないところではあります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 ついに動き出した伯父・最上義光によって形成された伊達包囲網。色々な意味で厄介な相手を迎えて、政宗は――という今回。最初の戦いはあっさりと終わり、まずはジャブの応酬と言ったところですが、正直なところ(関東・中部の争いに比べれば)馴染みが薄い東北での争いを、ギャグをきっちり交えて描写してみせるのはいつもながら感心します。
 そんな大きな話の一方で、義光の妹であり、政宗の母である義姫が病んでいく様を重ねていくのも、らしいところでしょう。

 そして作者のファンとしては、一コマだけ(それもイメージとして)この時代の天下人たるあの人物が登場するのも、今後の展開を予感させて大いに楽しみなところです。
(しかし包囲網といえばやっぱり信長包囲網が連想されるなあ――と思いきや、思い切り作中で言及されるのも可笑しい)


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2018年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年5月号 [雑誌]


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2018.03.31

上田秀人『妾屋の四季』 帰ってきた誇り高き妾屋たち!

 妾屋昼兵衛と仲間たちが帰ってきました。吉原との死闘も終結し、シリーズが一端完結してからはや数年――昼兵衛、新左衛門、将左らの変わらぬ活躍ぶりを、春夏秋冬四つの季節を舞台にして描く短編集であります。

 その名の通り妾になりたい女と、妾を持ちたい男を仲介し、結びつける妾屋。妾の顔ぶれもさることながら、時には大名家の側室までも扱うこの稼業は、世間の裏の裏にまで踏み込み、危ない橋を渡ることもしばしばであります。

 そんな妾屋でも遣り手である昼兵衛と、用心棒として彼を、そして女たちを守る新左衛門らの活躍を『妾屋昼兵衛女帳面』シリーズは描いてきました。
 同じ女で稼ぐ商売ながら似て非なる存在である吉原、さらには妾屋の存在を利用せんとする権力者らを向こうに回し、時に刀を、時に知恵を武器に戦ってきた昼兵衛と仲間たち。その戦いは全8巻でひとまず完結しましたが、ここに外伝の形で帰ってきたのであります。

 時系列的にはシリーズ完結後の内容であり、新左衛門は八重と所帯を持ち、将左も吉原の二人の恋人が年期を終えるのを待つ状態と、ファンにとっては嬉しい描写が見られる本書ですが、冒頭に述べたとおりに春夏秋冬四つの短編から構成されています。

 シリーズで協力関係となった吉原の頼みを受け、かつての敵・西田屋の妨害から、地方から吉原に買われてくる娘を守るため将左が用心棒を務める秋の章
 客としてやってきた横柄な大商人に、不可解な裏があることを知った昼兵衛が、その背後を探るうちに意外な真実を知る冬の章
 国元から江戸に出てきたさる藩内の家老が、対抗心からかつてライバルが世話していた女を妾に求めたことで起きる騒動を描く春の章
 江戸でも大手の大手の妾屋からの依頼で、さる大店の婿の妾番の話が新左衛門に回ってきたことに不審を抱いた昼兵衛たちが、背後の卑劣な絡繰りに挑む夏の章

 いずれのエピソードも、長編の時のように権力の深い闇に根ざした大仕掛けな内容ではなく、(武家の内幕に関わる内容もあるものの)基本的に市井の事件であります。
 しかし本作の場合は、その規模感がかえって丁度良いという印象。妾に絡んで起きる様々な事件を、昼兵衛と仲間たちが切れ味良く解決していく様は実に爽快ですし、その事件もそれぞれに趣向が凝らされている内容なのが嬉しいところであります。

 その中でも特に個人的に印象に残ったのは、冬の章であります。
 ある日突然、昼兵衛のもとにやってきた大奥出入りの大商人・会津屋。横柄な態度で妾を求める会津屋に対し、妾の世話にはまずそちらの身元調査が必要と返す昼兵衛の姿を見れば、ハハァこれは、シリーズでも以前あった権柄尽くの愚か者をやりこめる話だなと思いきや……

 昼兵衛の調べが進むにつれて、次々と謎が現れ、最後に待ち受けるのは全く予想もしていなかった男と女の関係と、それを縛る権力・制度のややこしい姿。
 それを巧みに捌いてみせる昼兵衛の姿はもちろんのこと、そこに秘められていた何とも粋で気持ちの良い人の情と、物語の見え方がガラリと変わる構造が実に良いのであります。


 妾屋という、何とも直截でドキリとさせられる名の稼業。それは確かに女性の体を売り物にする、綺麗事では済まされない世界であります。
 しかし同時に妾屋は、少なくとも本作の昼兵衛は、その身を売る女性たちを庇護する存在でもあります。少しでも女性たちへの害が減り、その想いが生きるようにと……

 もちろんそれはフィクションだからこその理想論であることは間違いありません。それでも、人間の最も生な欲望がぶつかり合う世界において、少しでも人間を人間らしく生きさせようとする昼兵衛と仲間たちの姿は、一つの希望として感じられるのです。

 「顧客と女の人生を預かる妾屋の誇り」と言ってのける昼兵衛。その彼と仲間たちの誇り高き生き様を、短編でも長編でもいい、これからも見たいと願うところであります。

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2018.03.20

「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2018年4月号の紹介の後編であります。

『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 ドイツ留学からようやく帰ってきた島安次郎。しかし日本の鉄道は前途多難、今日も雨宮運転手の力を借りつつ奔走する島ですが、しかしここで彼には全く予想もつかぬ事態が起きることになります。
 それは第一次世界大戦――島にとっては恩人とも言うべきドイツと日本が開戦、中国で日本軍に敗れたドイツ人捕虜の護送を鉄道で行うことになった島は、その中に留学時代の友を見つけることになります。そして吹雪の中を走る鉄道にトラブルが発生した時、島の選択は……

 鉄道にかける島の熱意、そしてその途上に起きる鉄道でのトラブルを解決する雨宮の活躍を中心に描かれてきた本作。今回もそのフォーマットを踏まえたものですが――しかし戦争という切り口を本作で、このような切り口で描くか、となかなか意外な展開に驚かされます。
 ある種の民族性を強調するのはあまり好みではありませんし、理想的に過ぎると言えばそうかもしれませんが、しかしクライマックスで描かれる島の想いもまた真実でしょう。苦い現実の中の希望という、ある意味本作らしい結末であります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 宇和島の牛鬼編の後編である今回、中心となるのは犬神使いのなつが遺した双子の八重と甚壱――特に八重。幼い頃から人の死期などを視る力を持った八重は、なつの使役していた三匹の犬神を受け継ぎ、憑かれたように宇和島城に向かうことになるのですが……
 その宇和島城で繰り広げられるのは、牛鬼による虐殺の宴。ついにその正体を表した牛鬼に、八重と甚壱、そして鬼切丸の少年が挑むことになります。

 と、今回はほとんど脇役の少年ですが、犬神に襲いかかられて、なつの犬神を斬るわけにはいかないと焦りの表情を浮かべたり、双子の姿から、短い生を生きる人から人へ受け継がれるものに想いを馳せたりと、なかなか人間臭い顔を見せているのが印象に残ります。

 ただ残念だったのは、「子を守って命を落とした母/母から受け継がれた命を繋いでいく子供」と、「子供を失って鬼と化した者」という面白い対比があまり物語中で機能していなかった点であります。
 共に仇討ちのために力を振るうという共通点を持つ両者を分かつものがなんであったのか――それは上に述べたとおりだと思うのですが、牛鬼が弱すぎたせいもあってそれがぼやけてしまったのはもったいなく感じました。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 今回もほとんど完全に芦名家メインの本作。佐竹家の次男から芦名家の新当主となった義広の姿が描かれるのですが――いかにもお家乗っ取りのように見えて、実は彼には彼なりの事情と想いが、と持っていくのがいい。
(……というより、それを引き出すのが小杉山御台とのわちゃわちゃというのが実に微笑ましい。)

 この辺りの呼吸は、作者の漫画ではお馴染みのものではありますが、やはりさすがは――と感じさせられます。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 「闇の大川橋」の中編、御用聞き・豊治郎が殺された現場に居合わせたために、刺客たちの襲撃を受けて窮地に陥った梅安(どれだけゴツくでも、複数の相手に真正面から襲われると危ない、というのは当たり前ですが面白い)。
 彦さんの家に転がり込んだ梅安は、嬉しそうに二人で一つの布団にくるまって(当然のようにそれは提案する梅安)――というのはさておき、自分が襲われたこと自体よりも、豊治郎を助けただけで襲われた、すなわち人助けもできない世の中になったことになったことに憤る姿が、強く印象に残ります。

 予想通りのビジュアルだったおくらもお目見えして、次回いよいよ決着であります。

 ……にしても、これは全くの偶然なのですが、今回の悪役の名前、連呼されるとドキドキするなあ。


 次号は『用心棒稼業』(やまさき拓味)、『小平太の刃』(山口正人)が登場とのこと。連載陣が充実しすぎてフルメンバーが揃わないという、贅沢過ぎる悩みも感じられます。


『コミック乱ツインズ』2018年4月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年4月号 [雑誌]


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2018.03.16

阿部暁子『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』 現実を受け止めた先の未来

 京と吉野に二人の帝が擁立された南北朝時代。この混沌の時代を舞台に、吉野――すなわち南朝の姫君が京で若き日の足利義満と世阿弥の二人と出会い、厳しい現実と直面しつつもそれに立ち向かう姿を瑞々しく描いた好編であります。

 足利幕府との戦も劣勢が続く南朝を立て直すため、数年前に北朝に降った楠木正儀を連れ戻すべく、男装して出奔した今上帝の妹・透子。しかし彼女は京に入って早々、あっさりと人買いに捕らえられてしまうのでした。
 そこで共に捕らえられていた美少女と、その手引きでやってきた高慢な青年武士たちにより救い出された透子ですが――しかし救い主の正体に大いに驚くことになります。

 美少女――いや女装した少年は観阿弥の息子・鬼夜叉。そして高慢な青年こそが、透子たちの宿敵たる足利義満だったのですから!

 そんな騒動の中で早々に正体がばれ、義満に捕らえられかけたところを、ひとまず観阿弥の家に身を寄せることとなった透子。
 そこで鬼夜叉たちと言葉を交わす中、自分が如何に世間知らずであったか痛感した彼女は、義満の小姓として幕府に潜り込み、幕府を巡る状況の複雑さを知ることになります。

 そんな中、義満の身に起きた大事件。幕府と南朝の間で、そして幕府内で大きな争いを引き起こしかねないこの事件が、自分の存在がきっかけで起きたと知った透子の決断は……


 これまで集英社コバルト文庫を中心に活躍してきた作者。本作は一般レーベルの作品ですが、しかしそのコミカルでライトな手触りは、作者のホームグラウンドの作品の延長線上にあるものとして感じられます。

 実は本作は、作者が以前コバルト文庫で発表した『室町少年草子 獅子と暗躍の皇子』とかなりの部分で共通点を持つ作品。
 続編というわけではありませんが、ないと思いますが、設定年代はほぼ同一、物語の中心となるのは俺様キャラの義満に、彼に振り回される美少年の鬼夜叉(後の世阿弥)というキャラクターには重なるものを感じます。

 しかしもちろん本作はあくまでも独立した作品であります。本作の主人公たる透子――亡き後村上帝の娘である彼女の目を通して描かれる本作は、『少年草子』と、いや他の南北朝ものと、一味も二味も違う物語として成立しているのですから。

 文字通りのプリンセスである透子は、長い黒髪をばっさりと落とし、供を一人連れただけで京に出てくるというバイタリティははあるものの、基本的には無菌に近い状況で育った少女であります。
 そんな彼女の目に映るのは、これまで見たこともない世界と、そこに暮らす人々。皇族・貴族中心の世界で生まれ育った彼女の見たことも想像したこともない様々な身分の人々が、そこには存在していたのです。

 そしてその代表と言うべき存在が、義満と鬼夜叉であることは言うまでもありません。
 幕府の長というべき地位にあり、傲岸不遜に振る舞いながらも、それだけに厳しい現実としばしば直面することになる義満。幼くして義満らを引きつける芸を持ちつつも、周囲からは蔑まれる身分にある鬼夜叉――透子は、二人を通じて、これまで気付きもしなかった現実を知ることになります。

 そしてその現実には、彼女がこれまで信じてきたような、わかりやすい南朝=善、北朝=悪という図式などは、存在しないことを。そしてその現実には重みと痛みが伴うこと、その前では自分はあまりにも非力であることを……


 しかし本作は、一人の少女が現実を知り、その現実に倦んでいく物語でも、その現実にすり潰される物語でもありません。
 彼女は、いえ、義満も鬼夜叉も――その現実を受け止めつつも、それでもなお、自分の望む未来を掴むべく、一歩一歩でも前進していこうとしているのですから。

 そんな姿は、特に透子のそれは、ややもすれば世間知らずの子供の青臭い理想論と見えるかもしれません。
 しかし子供だからこそ見えるものが、子供だから言えることがあります。そんな透子たちの姿は、室町という過去のある時代に置かれたものでありつつも、同時に、今に生きる我々にも力を与えてくれるものであります。

 コミカルな筆致と個性的なキャラクターたちによって南北朝期ならではの複雑怪奇な諸相を巧みに浮き彫りにしつつ、その中で、いつの時代も変わらない若者たちの姿を描き、現代の我々をエンパワメントしてみせる。
 これまで読んだことのないような室町の物語、作者ならではの物語を存分に堪能させていただきました。


『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』(阿部暁子 集英社文庫) Amazon
室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君 (集英社文庫)

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2018.02.27

杉山小弥花 『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第11巻 大団円、そして新たな時代と物語へ

 開化の世に夢を膨らませるじゃじゃ馬女学生・菊乃と、元伊賀忍び(?)の清十郎、二人のいささか不穏な恋模様を描いてきた本作も、ついにこの巻にて完結。菊乃に秘め隠してきたもう一つの顔の存在を知られた末、姿を消した清十郎。果たして彼の正体は、そして二人は再会できるのか――!?

 清十郎の実家の旧知行地に足を運んだ際、そこにあった清十郎の手形が、現在の彼のものと異なることを偶然知ってしまった菊乃。清十郎は清十郎ではないのか、それでは彼は本当は何者なのか?
 そんな中、清十郎の方も周囲が大きく動き出します。太政官監部課が清十郎の調査を始め、そして何よりも清十郎の過去を知り、支配する男・杠こと栗栖靱負が出現、清十郎を追い詰めることになります。

 西郷の挙兵により事態は風雲急を告げる中、ついに栗栖に連れ去られる清十郎。菊乃に、清十郎にそれぞれ危機が迫る中、果たして二人の愛の行方は……


 と、何とも気になり過ぎる展開から始まったこの最終巻、前半は本作におけるもう一組のカップルの想いの行方、土佐の楡大尉を頼った菊乃の前に現れる強烈な新キャラ(?)と、ある意味通常運転の展開が続くことになります。

 が、もちろんこれは細かな伏線の積み重ね。後半、ついに清十郎の真実にたどり着いた菊乃は、思わぬ形で彼と再会して――と、ここからが怒涛の盛り上がりであります。

 物語の核心に触れてしまうため、詳細を語るわけにはいかないのが全くもって弱ってしまうのですが、しかし、ここで描かれたある「トリック」があまりにも素晴らしかった、ということはできます。
 これまで、様々な形でほのめかされてきた清十郎の過去。それが本作の後半部の物語を様々な形で引っ張ってきたわけですが、ここで明かされるその真実のどんでん返しぶりが凄まじい。これはよほどの歴史好きでなければ気づかないのでは――と思わされる見事な仕掛けには大きく嘆息させられます。

 元々全編に渡ってミステリ味が強かった本作ですが、ここに至り時代ミステリ史上に残る作品になったのではないか――というのは少々大げさに聞こえるかもしれませんが、これは偽りのない思いであります。
(このトリック、かなり前から考えていたものと思いますが、果たしてどこから思いついたものか……感心)


 しかしもちろん、本作の根本はもどかしい二人のラブロマンス。西南戦争の混沌の中に男たちが飲み込まれていく中、残された菊乃を待つものは――と、こちらもこれまた見事な大団円。全ての因縁に決着をつけた上で物語はこれ以上ない結末を迎えることになります。

 武士たちの最後の戦いが終わり、維新の立役者たちが去った後――真に旧幕が終わり、明治が始まった時、菊乃が問われて答えた言葉は、物語の全てを受け止め、そしてその上で新たな扉を開く、非常に素晴らしいものであり、思わず本当に良かった――とホロリ。
 これまでの巻の紹介でも繰り返し繰り返し述べてまいりましたが、歴史・時代ものと、恋愛・ラブコメものが非常に高いレベルで融合していた本作。その本作の魅力は、最後の最後まで変わることなく、見事に昇華されたと自信を持っていうことができます。

 この後に続く新たな物語、幸福な物語の内容を笑顔で想像することができる――そんな素晴らしい作品でした。

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2018.02.22

「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」誌3月号掲載作品の紹介その2であります。今回はオリジナル作品メインの紹介となります。

『カムヤライド』(久正人)
 前号で衝撃のスタートを切った古墳時代変身アクション・ファンタジー、今回は設定紹介編という趣もありますが、その尖った画面作りと設定の面白さは健在であります。

 前回、カムヤライドに変身したモンコに助けられたオウスの皇子。一度は姿を消したモンコを見つけたオウスは、彼に国津神の正体を問います。そこでモンコが語るのは、200年前の天孫光臨とヤマト王家の真実、そして国津神とカムヤライドの関係……
 と、一見奇想天外ながらも筋の通った設定・物語展開を得意とする作者らしく、伝奇ものとして実に面白く思わず納得させられる設定が描かれる今回。「神」誕生のメカニズムとそれに抗するカムヤライドの力などの「らしさ」には感心させられます。

 その一方で、「神」復活を目論む謎の旅人も、出番は少ないながらもその描写が実に面白い。彼が復活させた新たな国津神の微妙なネタっぽさも楽しいところであります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 前回、犬神娘・なつの悲恋を描いた本作、これで四国編は完結かと思いきや、何と引き続き今回も四国が舞台――それもなつの子供たちが新たに登場することになります。

 相変わらず鬼を斬り続ける少年の前に現れたなつ。犬神で鬼を狩り続けてきた彼女は、宇和島に出現した鬼を斬って欲しいと願います。宇和島藩の御家騒動でその子もろとも無惨に殺され、妻も後を追ったという山家清兵衛。その怨霊が化したと言われる鬼――牛鬼と対峙したなつは、しかし己の二人の子供に気を取られて……

 と、今回驚かされたのは、牛鬼という強敵感溢れる相手(巨大な蜘蛛の体に牛の頭というビジュアルはやはり凄まじい)もさることながら、それが山家清兵衛事件――和霊騒動と結びつけて語られる点。
 なるほど、宇和島近辺では牛鬼の伝承が多く、何よりも清兵衛が祀られる和霊神社では牛鬼の山車などがあるのですが、この両者を結びつけた作品はほとんどなかったはずであります。しかもこの宇和島の牛鬼と対決するのが土佐の犬神というのはある意味ドリームマッチではありませんか。

 なつの悲痛な想いに応えて牛鬼との対決を決意する少年ですが、同時になつの子供たち(これがまたビジュアル等なかなかのキャラ立ち)も動きだし、後編に向けて盛り上がる物語。構造的に牛鬼の正体はおそらく――ですが、さてそれに対峙した少年は、なつの子供たちは何を想うのか、今から楽しみであります。(ただ、浦戸一揆が1600年、和霊騒動が1620年なので微妙に年が合わないという気がしないでも――とこれは蛇足)


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 前回から引き続き、芦名家の当主を巡る佐竹家と伊達家の争いを描いた回なのですが、驚かされるのはその大半が芦名家内の評定である点であります。
 (物理的な)動きのない評定シーン、それもそこに加わっているのは誠に失礼ながらあまり有名ではない面々と、漫画として盛り上げるのが大変そうな要素ばかりなのですが、しかしそれが実に面白いのです。それも四コマギャグ漫画としても。

 考えてみれば作者の『信長の忍び』がスタートして早10年、その積み重ねがここにも現れていると言うべきでしょう。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 三人の用心棒の流浪旅を描く本作、今回は己の死に場所を求める老武士・終活の主役回。旅の途中、リストラの肩叩きという憎まれ役を演じながらも自分も閑職に回され、しかし家族のために不平を言うことも叶わない気弱な武士と出会った終活は、その武士の姿に自分の過去を思い出して……

 と、宮仕えの辛さ・味気なさと、それでも生きていかねばならない者の生き様を静かに、しかし力強く描いた今回。相変わらず剣戟シーンが見事(今回も無音で剣戟を描くセンスが冴える)ですが、何よりも印象に残るのは、普段眠ったような糸目の終活が、怒りに目を見開いたシーンの迫力。
 今回、終活の本名が雷音大作というのが明かされるのですが、なるほどあのビジュアルは獅子のたてがみに相応しいものであります。そしてその終活がラストの大立ち回りで決める台詞が、また実に熱く、イイのであります。


 というわけで今月の「コミック乱ツインズ」紹介でありました。

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2017.12.26

寺沢大介『ミスター味っ子 幕末編』第2巻 激動の幕末にあの強敵登場!?

 あまりの異次元の組み合わせに仰天し、そしていざ読んでみれば(作中に登場する料理同様)その美味さに感嘆させられた『ミスター味っ子 幕末編』の第2巻であります。相変わらず勝海舟によって幕末に召喚される味吉陽一ですが、いよいよ時代は激動の渦へ。そして陽一の前にもとんでもない強敵が……

 いかなる理由か、寝ている間に幕末にタイムスリップするようになってしまった陽一。どうやら、海舟が空腹になると呼び出されるようになってしまったようですが――しかしそのタイミングが、いずれもやっかいな事件が起きたときばかり。
 かくて陽一は、海舟の腹を満たすだけでなく、その料理で歴史を揺るがしかねない大事件を解決することに……

 と、何ともすっとぼけた設定の本作ですが、第1巻のラストのカレー勝負で登場した堺一馬も同じくタイムスリップするようになり、坂本龍馬ともどもレギュラー入りと、何とも賑やかな展開に。
 もうタイムスリップするのが当たり前になってしまったのも愉快ですが、しかし時代の流れの激しさは、笑い話ではありません。

 この巻の冒頭で描かれるのは、徳川家茂上洛のエピソード。三代将軍家光以来の上洛となった家茂ですが、しかし二百年前とは違い、攘夷を巡って朝廷相手に厳しい舵取りを迫られる局面であります。
 朝廷に対し、攘夷の無意味さを――時に応じて海外のものを取り入れることの大切さを説こうとする家茂と海舟ですが、しかし勅使は、彼らの前にある菓子を出します。

 それは洋酒に漬けたドライフルーツを埋め込んだ羊羹。わざわざ海外のものを取り入れるまでもないと勅使に豪語させしめたその羊羹を作った者こそは、宮中の料理を司る御厨子所預・村田源壱郎……
 と、ここで味っ子ファンであれば激しいリアクションで驚くことでしょう。味っ子で村田と来れば、言うまでもない味皇様。そう、ここに登場したのは、あの味皇・村田源二郎――のご先祖様ではありませんか!

 陽一にとっては良き師であり、そして越えるべき高い高い壁であった味皇。その先祖が相手とくれば、盛り上るのはもう当然。しかもそこにかかるものが、日本の行く先であるとくればなおさらです。
 ここで陽一が一見料理とは無関係なところで得たヒントから、意外極まりない、しかし食べた者を猛烈に感動させる料理を創り出して――というのは定番の展開ながら、このシチュエーションもあって冒頭から盛り上がりは最高潮なのです。

 そして陽一との勝負の末、自分たちも新たなる料理道を行くべきことを悟った味皇様が、これまたどこかで見たようなおっちゃん(のたぶん先祖)を相手に、その想いを語るのですが……
 それを表す言葉がまた味っ子ファンであれば感涙必至のもので、いやはや素晴らしいサービスなのです(冷静に考えると、何言ってるのこの人!? ではあるのですが)


 そしてこの先も物語は――陽一が目撃する歴史の流れは、禁門の変、四ヶ国艦隊下関砲撃、薩長同盟と勢いを殺すことなく突き進んでいくことになります。
 しかしここで描かれる歴史は、一見学習漫画的「正しい」歴史かと思いきや、龍馬がグラバーと組んで日本の内戦状態を煽り(新たなものを生み出すためとはいえ)更なる混沌を生み出そうとするなど、なかなかユニークかつ毒を含んだものであるのも面白いところであります。

 それゆえさらにややこしい状況となっていくのですが――それでも陽一が少年としてのの、そして料理人としての純粋な視点から、こうした状況と、それに翻弄されていく人々に対峙しようとする姿が実に清々しい。
 ここに本作が描かれる一つの意義があるのではないか――というのは言いすぎかもしれませんが、単なる色物ではない確とした味わいが感じられるのは間違いありません。


 そして思わぬ成り行きから薩長の料理勝負に巻き込まれることとなった陽一と一馬。その前には、この時代の天才少年・少女料理人が登場して――とまだまだ盛り上がる本作。

 味っ子ファンはもちろんのこと、一風変わった幕末ものを求める方は是非味わっていただきたい名品であります。


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2017.12.15

井浦秀夫『魔法使いの弟子』 メスメリズムが照らす心の姿、国家の姿

 明治時代初期、新国家の安定のために辣腕を振るう参議・鬼窪は、外国人居留地はずれの洋館に召魔と名乗る妖術使いが住んでいるという噂を聞く。一笑に付す鬼窪だが、愛妾の妙が召魔のもとに通い始めたと知り、洋館に乗り込むことになる。しかし妙は、鬼窪の背後に憑いた幽霊を見たと語り……

 『弁護士のくず』『刑事ゆがみ』の作者が、明治時代初期を舞台に、人間の心の不思議を描いたユニークな物語であります。

 舞台となるのは明治6年頃――新政府は樹立されたものの、まだ政治・社会・外交・文化全てにおいて混沌とした時代。
 その新政府の参議である元薩摩藩士・鬼窪巌は、征韓論に端を発する西郷隆盛らとの争いに奔走する毎日を送っていたのですが――体調を崩していた愛妾の妙が、召魔(めすま)と名乗る怪しげな外国人のもとに通い始めたことを知ります。

 「動物磁気」なる力で病人を癒やし、降霊術で死者の霊を呼び出すという美青年・召魔。当然ながら彼を騙り扱いして妙を連れ戻す鬼窪ですが、一種の気鬱状態の妙の状況は一向に良くならず、やむなく召魔に妙を託すことになります。
 治療の甲斐あってか回復していく妙。しかし彼女は、鬼窪の背後に、彼を弾劾する死者の姿を見たと語り、それを聞かされた鬼窪は、驚きから顔色を失うことになります。その死者こそは、鬼窪がひた隠す過去の所業にまつわる人物だったのですから……


 本作で一種の狂言回しを務める謎の青年・召魔。作中でも語られるように、その名と使う技は、フランツ・アントン・メスメルと彼が提唱した動物磁気(メスメリズム)に基づくものであります。
 このメスメリズム、近代日本を舞台とした物語で、外国人が操る妖しげな技というと結構な確率で登場する印象がありますが――一種の催眠状態を用いた治療であったと言いますから、その扱いもわからないでもありません。

 つまり非常に大雑把に言ってしまえば、オカルトと科学の中間に(過渡期に)存在するこのメスメリズムですが、それを用いて本作が描き出すのが、過去を断罪する幽霊というのが面白い点でしょう。
 果たして妙が見た幽霊は単なる神経の作用なのか、本物の幽霊なのか。そのどちらであったとしても、何故妙の目に映るようになったのか? 本作はその謎解きの中に、人間の心と意識と魂の三者の姿とその関係を浮かび上がらせるのであります。

 そして本作は、その物語の中で暴かれる鬼窪の罪を、同時にこの国が辿ってきた血塗られた歴史と重なるものとして描きだします。あたかも国家(の歴史)にも、心と意識と魂に照合するものが存在するかのように……
 そしてさらにそこに、終盤で明らかになる召魔自身の過去(にまつわる死)が重ね合わせられることで、本作は一種の断罪と贖罪の物語を浮かび上がらせることになるのです。

 正直なところ、なかなか物語が向かう先が見えない作品ではあります。題材的にも、短編向きに感じる内容ではあります(事実、本作は単行本1巻という短い作品なのですが)。
 そんなどこか窮屈さを感じさせる作品なのですが、それだからこそ、結末で描かれるものには、不思議な感動と解放感を感じさせられる――それこそ、魔法にでもかけられたような、不思議な後味の作品であります。


 ちなみに鬼窪は、島津久光に重用されたという過去といい、征韓論での西郷との対立といい、何よりもそのネーミング(とビジュアル)といい、モデルは明らかに大久保利通でしょう。
 他の登場人物が実名で描かれているものが、彼のみこのように改変されているのは奇妙にも感じますが、これは物語の核心である彼の過去を自由に描くためのものでしょうか。


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2017.12.13

サックス・ローマー『魔女王の血脈』 美しき魔人に挑む怪奇冒険譚

 一定年齢層以上のホラーファンにとっては懐かしい国書刊行会のドラキュラ叢書――その幻の第二期に予定されていた作品、『怪人フー・マンチュー』シリーズのサックス・ローマーが、奇怪な魔術妖術を操り行く先々に災厄をまき散らす魔青年の跳梁を描く、スリリングな怪奇冒険小説であります。

 著名なエジプト研究者を父に持ち、類い希な美貌と洗練された物腰で周囲の女性たちの注目の的である青年アントニー・フェラーラ。父同士が親友同士であったことから、幼なじみとして育ったロバート・ケルンは、彼が時折部屋に籠もって何かに耽っているのに不審を抱きます。

 やがて、ロバートの周囲で次々と起きる奇怪な事件と、不可解な人の死。フェラーラの父までもが命を落とす中、ロバートに現実とは思えぬ奇怪な現象が襲いかかります。
 医師であり隠秘学の泰斗である父により、すんでのところで救われたロバートは、フェラーラが奇怪な魔術の使い手であり、その力で様々な人々を犠牲にしてきたことを知ります。

 父とともにフェラーラの凶行を阻むために立ち上がったロバート。しかし彼らをあざ笑うように跳梁し、犠牲を増やしていくフェラーラの魔手は、やがてロバートの愛する人をも狙うことに……


 かのラヴクラフトが、評論『文学と超自然的恐怖』でその名を挙げている本作。冒頭で触れたように、実に40年ほど前に邦訳を予告されつつも果たされなかった、ある意味幻の作品であります。
 それがこのたび、古典ホラーの名品を集めたナイトランド叢書で刊行(こちらも第二期なのは奇しき因縁と言うべきか)されたことから、ようやく手軽にアクセスできるようになりました。

 その本作、発表は1918年と、ほぼ一世紀前の作品ですが――さすがは、と言うべきでしょうか、今読んでみてもほとんど色あせることなくエキサイティングな作品であります。
 何よりも印象に残るのは、本作の闇の側の主人公とも言うべきフェラーラの造形でしょう。美女とも見紛う容姿で周囲の人間を魅了し、次々と破滅させていく彼は、古怪な魔力を用いる邪悪の化身でありつつも、どこまでも洗練された「現代的」なキャラクターとして感じられるのです。

 さて本作は、そのフェラーラとケルン父子の対決を描く長編ですが、
ロバートがフェラーラの暗躍に気付く
→フェラーラを追うも術中にはまりかえって危機に
→間一髪で父に助けられる
→父子で反撃に転じるもフェラーラは逃げおおせた後
というパターンの連続。ケルン父子はほとんどフェラーラに翻弄されっぱなしなのであり――フェラーラこそが本作の真の主人公と言っても差し支えはないでしょう。

 しかし、上記のパターンを見ると、本作が単調な繰り返しに終始するように思われるかもしれませんが、心配ご無用。各エピソードでフェラーラが操る魔術は千差万別、幻覚から物理的力を持つ呪い、様々な使い魔による攻撃、さらには○○を用いた呪いとバラエティ豊かなのですから。

 そして、その良くも悪くも派手さを抑えた魔術描写は、作者が実在の魔術結社・黄金の夜明け団に参加していた故でしょうか。
 特に、中盤で展開するエジプト編の冒頭、疾病をもたらす奇怪な風に怯える人々が、風を避けて集まったホテルに奇怪なセト神の仮面を被った男が現れ――というくだりは、恐怖の実体を明らかにせず、雰囲気だけで恐怖を煽る作者の筆が実に見事で、本作の魅力がよく現れた、本作屈指の名シーンではないでしょうか。


 もっとも、本作にも困ったところは皆無ではなく、フェラーラの正体を知っている(らしい)ロバートの父が、毎回それをロバートに問われてもはぐらかして、終盤まで語らないのは、さすがに引っ張りすぎと感じます。
 また、ラストも、それまでの展開に比べれば、いささかあっさり目と感じる方も少なくないでしょう。

 とはいえ、終盤でついに語られるフェラーラの出自は、こう来たか! と大いに驚かされましたし、結末のある意味皮肉な展開も、強大な悪の魔術師の末路として、相応しい結末であることは間違いありません。

 怪奇冒険小説として、魔術小説として、一種のピカレスクものとして――今なお様々な、一級の魅力に満ちた作品であります。


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