2018.10.17

「コミック乱ツインズ」2018年11月号


 月も半ばのお楽しみ、「コミック乱ツインズ」2018年11月号の紹介であります。今月の表紙は『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)、巻頭カラーは『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)――今回もまた、印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 単行本第1巻発売ということもあってか巻頭カラーの本作。今回中心となるのは、桃香と公儀のつなぎ役ともいうべき八丁堀同心・安達であります。

 ある日、安達の前に現れ、大胆不敵にも懐の物を掏ると宣言してみせた妖艶な女。その言葉を見事に実現してみせた女の正体は、かつて安達が説教して見逃してやった凄腕の女掏摸・薊のお駒でした。しかしお駒は十年以上前に江戸を離れ、上方で平和に暮らしていたはず。その彼女が何故突然江戸に現れ、安達を挑発してきたのか……
 という今回、お駒の謎の行動と、上方からやってきた掏摸一味の跳梁が結びついたとき――と、掏摸ならではの復讐譚となっていくのが実に面白いエピソードでした。

 桃香自身の出番はほとんどなかったのですが、これまであまりいい印象のなかった安達の人となりが見えたのも良かったかと思います(しかし、以前の子攫い回もそうですが、何気に本作はえぐい展開が多い……)


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 将軍の寵臣の座を巡る間部越前守と新井白石の暗闘が将軍家墓所選定を巡る裏取引捜査に繋がっていく一方で、尾張徳川家の吉通が不穏な動きを見せて――と、その双方の矢面に立たされることとなった水城聡四郎。今回は尾張家の刺客が水城家を襲い、ある意味上田作品定番の自宅襲撃回となります。

 この尾張の刺客団は、見るからにポンコツっぽい吉通のゴリ押しで派遣されたものですが、その吉通は紀伊国屋文左衛門に使嗾されているのですから二重に救いがありません。もちろん、襲われる聡四郎の方も白石の走狗であるわけで、なんとも切ないシチュエーションですが――しかしもちろんそんな事情とは関係なしに、繰り広げられる殺陣はダイナミックの一言。。
 勝手知ったる我が家とはいえ、これまで幾多の死闘を乗り越えてきた聡四郎が繰り出す実戦戦法の数々はむしろ痛快なほどで、敵の頭目相手に一放流の真髄を発揮するクライマックスもお見事であります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 伊達家包囲網との対決も一段落ついたところで、今回はいよいよあの男――豊臣秀吉が本格登場。ページ数にして全体の2/3を占拠と、ほとんど主役扱いであります。
 既にこの時代、天下人となっている秀吉ですが、ビジュアル的には『信長の忍び』の時のものに泥鰌髭が生えた状態。というわけで貫禄はさっぱり――なのですが、芦名家との決戦前を控えた政宗もほとんど眼中にないような言動は、さすがと言うべきでしょうか。
(そして残り1/3を使ってデレデレしまくる嵐の前の静けさの政宗と愛姫)


『孤剣の狼』(小島剛夕)
 名作復活特別企画第七回は『孤剣の狼』シリーズの「仇討」。諸国放浪を続ける伊吹剣流の達人・ムサシを主人公とする連作シリーズの一編であります。
 旅先でムサシが出会った若侍。仇を追っているという彼は、しかし助太刀を依頼した浪人にタカられ続け、音を上げて逃げてきたのであります。今度はムサシに頼ろうとする若侍ですが、しかしムサシは若侍もまた、仇討ちを売り物にして暮らしていることを見抜き、相手にせずに去ってしまうのですが……

 武士道の華とも言うべき仇討ちを題材にしながらも、味気なく残酷なその「真実」を描いてみせる今回のエピソード。ドライな言動が多いムサシは、今回もまたドライに若侍を二度に渡って突き放すのですが――その果てに繰り広げられるクライマックスの決闘は、ほとんど全員腹に一物持った者の戦いで、何とも言えぬ後味が残ります。
(ちなみに本作の前のページに掲載されている連載記事の『実録江戸の真剣勝負』、今月の内容は宮本武蔵が指導した少年の仇討で、ちょっとおかしな気分に)


 その他、『用心棒稼業』(やまさき拓味)は、前回から一行に加わった少女・みかんを中心に据えた物語。クライマックスの殺陣は、本作にしてはちょっと漫画チックな動きも感じられるのですが、今回の内容には似合っているかもしれません。

 そして来月号は『鬼役』が巻頭カラーですが――新顔の作品はなし。そろそろ新しい風が欲しいところですが……


「コミック乱ツインズ」2018年11月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年11月号[雑誌]


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2018.10.07

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の3『わたつみの』、第4章の4『内侍所』


 北から来た美少女修法師・百夜が付喪神に挑む連作伝奇シリーズ『百夜・百鬼夜行帖』の紹介、今回は左吉が思わぬ危機に陥る第4章の3(第21話)『わたつみの』、ある意味シリーズ最強の相手が登場する第4章の4(第22話)『内侍所』を紹介いたします。

『わたつみの』
 使いで沼津に出かけた左吉が帰ってこないと心配して、百夜のもとを訪れた左吉の主・倉田屋徳兵衛。途中の女郎屋にでも引っかかっているのだろうとにべもない百夜ですが、徳兵衛は、実は左吉は自分の隠し子だと衝撃の告白をいたします。
 流石に放ってもおけず、呪法で居場所を占う百夜ですが、しかし術が何者かに妨害されたことから、桔梗、徳兵衛とともに西へ旅立つことになるのでした。

 一方、神奈川宿近くで「蓬莱屋」なる遊郭を見つけ、思わず足を踏み入れていた左吉。見世の花魁・乙ノ前太夫に見初められた左吉ですが、彼の周囲では次々と奇怪な現象が起きることになります。
 それでも床入りにこぎ着けた左吉ですが、彼の前で太夫が見せた姿とは……

 百夜の後ろ盾である倉田屋と百夜の繋ぎとして、弟子とも助手ともつかぬ位置づけの左吉。何とも頼りないお調子者ですが、今回なんともリアクションに困る出生の秘密が語られることになります。
 そんな彼が巻き込まれるのは、いかにも彼らしい事態なのですが――しかし今回登場するのは、かなり不気味かつ洒落にならない相手。何となくピンチ担当となった感もある桔梗が大苦戦するその敵の正体は――ここからどうやって付喪神に繋げるのだろう、と思いきや、なるほどと感心させられます。

 にしても左吉が遊郭で体験する怪現象描写は、その理不尽さと、それと裏腹の妙なリアリティなど、実話怪談作家としても活躍した作者らしいものを感じます。


『内侍所』
 同じ長屋の住人がもらってきた琵琶の引き取りを徳兵衛に依頼した百夜。しかし琵琶の買い手となった大店・高砂屋では、光る亡魂を目撃した者が鼻血を出し、目を病むという怪事が続発していたのであります。
 調査に向かった百夜と桔梗は、目を病んだ使用人たちから、神罰・仏罰のような気配を感じるのですが――しかし逆に高砂屋からは、土地神も稲荷も気配がない、すなわち逃げだしていたことに気づくのでした。

 この奇怪な現象の陰に潜むものはなにか――犠牲者がいずれも蔵の近くで亡魂を目にしていることに気付いた桔梗は、蔵の中に高砂屋が京で手に入れたある品物が入っていることを知ったのですが、その正体は何と……

 これまでも毎回のように申し上げているように、単純に怪事を引き起こすモノを調伏するのではなく、そのモノの正体をまず突き止める――すなわちフーダニットの要素があるミステリ風味が楽しい本シリーズ。
 今回はその中でも、近づいた者に奇怪な障りを引き起こし、他の神仏が逃げ出すほどの存在という、何とも気になるモノの正体探しとなるのですが――いやはや、解き明かされたその正体には驚くしかありません。

 ここで詳細に触れることはできませんが、冒頭の琵琶で百夜が平家物語を語るという場面が伏線となっているという――そして実は最初からそのものズバリを語っているのですが――ある意味フェアな謎解きに感心しつつ、この相手にはさすがに百夜でも敵うはずがないと納得であります。

 しかしその先のある意味身も蓋もない結末には二度驚くのですが――人間、自分の力でどうにも出来ないものに手を出した時の処分というものは、いつの時代も変わらないと言うべきでしょうか。

『百夜・百鬼夜行帖 21 わたつみの』(平谷美樹 小学館) Amazon
『百夜・百鬼夜行帖 22 内侍所』(平谷美樹 小学館) Amazon
九十九神曼荼羅シリーズ 百夜・百鬼夜行帖21 わたつみの 百夜・百鬼夜行帖シリーズ九十九神曼荼羅シリーズ 百夜・百鬼夜行帖22 内侍所(ないしどころ) 百夜・百鬼夜行帖シリーズ


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2018.09.29

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第4章の1『狐火鬼火』、第4章の2『片角の青鬼』


 電子書店で1話ずつ発表されている美少女修法師・百夜の活躍譚『百夜・百鬼夜行帖』――以前『修法師百夜まじない帖』のタイトルで小学館文庫から3巻が刊行されたこのシリーズを、これから数話ずつ紹介していきたいと思います。今回は、文庫版の続きとなる第19話、第20話を紹介いたします。

 盲目ながら強い力を持つイタコの美少女・百夜。同じ作者の『ゴミソの鐵次調伏覚書』シリーズの主人公・鐵次の妹弟子である彼女は、鐵次同様に北の地から江戸に出て、修法師稼業を始めることになります。
 この百夜が、江戸に出てすぐの事件で出会った薬種問屋・倉田屋の手代でお調子者の青年・左吉を助手に、次々と起きる付喪神絡みの事件に挑む――というのが本シリーズの基本設定であります。

 以下、各話の紹介と参りましょう。


『狐火鬼火』
 四谷近辺で頻発する奇妙な小火騒ぎ。どうやらこれが現実の火ではなく、鬼火らしいと知った顔見知りの町奉行所同心の依頼を受け、百夜は調べに向かうことになります。
 鬼火が出たという三軒を調べるうちに、ある共通点に気づいた百夜。そこから怪異の原因を察知した彼女は、怪異を鎮めるために品川のとある村に向かうことになりますが――はたしてその村でも怪異は起こっていたのであります。

 しかし一足先に、村に雇われていた女修験者・桔梗。果たしてイタコと女修験者、二人は如何にして怪異を鎮めるのか……

 『百夜・百鬼夜行帖』の第四章の開幕編である本作(第三章までの各章は、それぞれこれまで刊行された文庫版が該当)は、新レギュラーである女修験者の桔梗の初登場エピソードであります。
 侍言葉で喋る(江戸弁で喋るために侍の霊を憑かせている)盲目の美少女という濃いキャラである百夜。その彼女に並び立つことになる桔梗ですが――これが色黒で、すぐにでも人を殺しそうなほど強い眼光の尼削ぎ(おかっぱ)の若い女性という、これまた濃いキャラクターであります。

 もっとも内容的には桔梗は顔見せの要素も大きく、メインとなるのは四谷に出没した鬼火の正体。怪異を鎮める前に、それを何者が引き起こしているかを探るミステリ風味の展開が本シリーズの特色ですが、今回の謎解きはこの時代ならではの風物を使ったものであるのが実に面白いところです。
 さらにクライマックスには思わぬ活劇も用意されており、なかなかに豪華な一編であります。


『片角の青鬼』
 前話の一件で百夜に心服した桔梗が挨拶代わりに持ち込んできた一件――それは、深川の料理屋に、巨大な青鬼が出現したという事件でした。
 店の先代の七回忌の法要が行われた後の宴席に、突如響き渡った轟音――いや咆哮。そこには身の丈九尺、一本角に恐ろしい形相の青鬼が突如出現していたというのです。

 座敷の中を涙を流しながら暴れまわり、やがて姿を消した青鬼。翌晩、料理屋の主人の依頼で調伏に向かった桔梗の前にも青鬼は出現し、彼女の山刀の一撃で姿を消したのですが――その正体を追った桔梗は、店の蔵で角の折れた青鬼が描かれた桃太郎の絵を見つけて……

 というわけで新レギュラーの桔梗が本格的に活躍する本作。あるいは百夜のライバルキャラになるのかな――と思った桔梗が百夜に弟子入り志願というのはちょっと勿体ない気もしますが(ほとんど名ばかりの弟子とはいえ既に左吉がいることもあり)、しかし本作では彼女の存在が良いアクセントとなっているといえます。

 前話の紹介でも触れたように、怪異の正体を巡る謎解きが特色となっている本シリーズ。
 これまでは百夜が名探偵役として快刀乱麻を断つ如く謎を解いてきたわけですが、そこに彼女に負けぬ力を持ちつつも、謎解きという点では一歩譲る桔梗を設定することで、一種のミスリーディングを無理なく行える――というのが面白いのであります。

 はたして桔梗の謎解きではどうしても解き明かせぬ謎が残り、現場に足を運んだ百夜が真実を解き明かす――というひねりが面白い本作。
 恐ろしげな怪異が、ちょっとイイ話に落着するのも、ある意味定番ではありますがホッとさせてくれます。


『百夜・百鬼夜行帖 19 狐火鬼火』(平谷美樹 小学館) Amazon
『百夜・百鬼夜行帖 20 片角の青鬼』(平谷美樹 小学館) Amazon
九十九神曼荼羅シリーズ 百夜・百鬼夜行帖19 狐火鬼火 百夜・百鬼夜行帖シリーズ九十九神曼荼羅シリーズ 百夜・百鬼夜行帖20 片角の青鬼 百夜・百鬼夜行帖シリーズ


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2018.09.13

北崎拓『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島』第3巻 二人のますらおを分かつ死と生


 人を信じず、ただ戦の中においてのみ生を実感する青年・源義経を描く『ますらお 秘本義経記』の第2シリーズ、待望の第3巻であります。愛する人のため、義経の首級を挙げるために孤独な戦いを続ける那須与一と義経の対決の決着は、そして源氏と平氏の決戦の行方は……

 人や動物の心を感じることができる異形の右目と、恐るべき弓矢の腕を持つ男・那須与一。己を広い、慈しんでくれた「姉」――ただ一人自分を人間扱いし、己に「与一」の名を与えてくれた彼女に報いるため、彼は執拗に義経を狙うものの、天運味方せず幾度も取り逃がすことに。
 さらに女子供の窮地を見過ごせない性格故に源範頼の暗殺に失敗した彼は、逃走中に瀬戸内の海賊衆頭目の女丈夫・瑠璃に救われたものの、彼女に迫られて……

 と、前シリーズに登場したキャラクターの久々の登場(色々な意味で逞しく成長して……)で昔からのファンには盛り上がる展開ですが、しかし与一は相変わらず良くも悪くも一途な男。
 瑠璃の誘惑を撥ね付け、逆に彼女に気に入られた与一は、平氏の陣に帰るのですが――その彼を思わぬ悲劇が待ち受けます。

 度重なる暗殺失敗のため、そして敗戦の責をなすりつけられて、裏切りの濡れ衣を着せられて捕らえられる与一。
 家族であったはずの那須一門からも裏切られ罵られ、それでも耐える与一ですが、最愛の姉までもが裏切り者として捕らえられ、手荒に扱われるのを目の当たりにして、ついに彼の怒りは大爆発することになります。

 それでも彼が生き延びることを望む姉の想いを受け、瑠璃の手引きでその場を逃れる与一。もはや姉を救うには、義経の首を手土産にするしかないと、瑠璃を謀り、与一は義経に会うために京へ向かいます。
 一方義経は、戦に出ることも許されぬまま、妻に迎えた郷御前と静御前に挟まれ、それなりに賑やかな毎日を送っていたのですが、再び現れた与一を前にして……


 こうして第2巻冒頭以来、再び出会うこととなった義経と与一。かたや源氏の(一応)御曹司、かたや平氏方の武家に拾われた野生児と、その身分や立ち位置はほとんど正反対であれど、この二人は極めて似た、大きな共通点を持つ存在として描かれてきたという印象があります。
 その共通点とは、戦いの中でしか己の存在を肯定できないこと――すなわち、戦いの中でしか他者とのコミュニケーションを取れないこと。

 共に孤独な少年時代を送り、その中から這い上がってきた彼らは、己の力のみが頼りであり、それ故にその力を発露する場――すなわち戦場においてのみ、人間として認められるという、極めて皮肉な存在なのであります。
 普通であれば人間性が否定される場においてのみ、人間性を発露できる――そんな義経の悲劇を描くのがこの『ますらお』という物語であるとすれば、与一は、もう一人の義経であると言ってもよいのでしょう。

 しかし、義経は与一をもう一人の自分――とは言わないまでも、己と同類と見なしているふしがある一方で、与一は己と義経を異なる存在と見ているのがまた面白い。
 そして与一にそう感じさせるのは、言うまでもなく彼にとっては生きる理由、生きなければならない理由があるから――己の命よりも大事な女性がいるからにほかなりません。

 義経がどれだけ周囲を惹きつけ、慕われても、それを弱さと否定し、他者を拒絶して戦に――死に向かうのに対して、与一はただ一人の女性を愛し、そのために生きようとする。(もっともそのために与一には彼女以外の他者がいないようにも見えるのですが……)
 そんな死にたがりと生きたがりの違いは、この巻の終盤においてクローズアップされることになります。

 果たしてこの極めて近く、そして同時に極めて遠い二人が互いを理解する日が来るのか――来るとすれば、それはこの『波弦、屋島』という物語が終わる時かもしれません。


 そしてまた、そんなギリギリの二人の周囲に生きる人間たちもまた、それぞれの想いがあります。
 この巻において、与一と接することでその一端が描かれたのは佐藤継信――奥州からやってきた佐藤兄弟の兄であります。義経に惹かれ、郎党となりながら、周囲とは目に見えぬ壁を感じている彼が、与一と触れて何を思ったか、そしてそれが何をもたらすのか。

 史実を知っていればそれは予想がつくのですが、さて――いよいよ次巻では屋島の戦が開戦、こちらにも注目であります。


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2018.08.17

「コミック乱ツインズ」2018年9月号

 お盆ということでか今月は少々早い発売であった「コミック乱ツインズ」誌の2018年9月号。表紙は『仕掛人藤枝梅安』、新連載は星野泰視『宗桂 飛翔の譜』であります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介していきましょう。

『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視 監修:渡辺明)
 『哲也 雀聖と呼ばれた男』の星野泰視による新連載は、江戸時代に実在した将棋名人・九代目大橋宗桂の若き日の活躍を描く物語であります。

 1775年、十数年前から「名人」が空位となっている時代。亀戸の将棋会所を営む桔梗屋に敗れた不良侍・田沼勝助が、家宝の大小を奪われる場面から物語は始まります。
 初段の免状を笠に着て、対局相手に高額の対局料を要求するという博打めいたやり口の桔梗屋から刀を取り戻すため、茶屋で出会った若い侍の大小を盗んだ勝助。その大小をカタに再戦を望む勝助ですが、彼を追ってきた侍が代わって桔梗屋と対局することに……

 と、言うまでもなくこの若侍こそが大橋宗桂。素人をカモにする悪徳勝負師を主人公が叩き潰すというのは、ある意味ゲームものの第一話の定番と言えますが、今回はラストに宗桂が勝負を行った本当の理由がほのめかされるのが興味を引きます。
 ちなみに田沼勝助は、かの田沼意次の三男。後世に事績はほとんど残っていない人物ですが、それだけに今後の物語への絡み方も楽しみなところです。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 宿敵たちの陰謀で尾張徳川家に狙われることとなった聡四郎。橋の上でただ一人、多数の刺客に狙われるという窮地に、謎の覆面の助っ人が現れ――というところから始まる今回、冒頭からこれでもかと派手な血闘が描かれることになります。
 己に勝るとも劣らない剣士の出現に、敢えて一放流の奥義を見せる聡四郎と、それに応えて自らも一伝流なる剣の秘技を見せる謎の男。二人の今後の対決が早くも気になるところですが――しかしその因縁は、師・入江無手斎の代から続くものであることが判明します。

 かつて廻国修行の最中、浅山一伝斎なる剣客と幾度となく試合を行った無手斎。いずれも僅差で無手斎が勝負を収めたものの、いつしか一伝斎は剣士ではなく剣鬼と化し、無手斎の前に現れて……
 こうしたエピソードは剣豪ものであればさまで珍しいものではありませんが、一種の官僚ものとも言うべき本作に絡んでくると、途端に異彩を放ちます。あの無手斎までもが恐れる一伝流に対し、紅さんのためにも一歩も引かず戦うと決めた聡四郎――いよいよこの章も佳境に突入でしょうか。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 政宗最大の危機とも言うべき、伊達家包囲網と最上義光との対決。そんな中で政宗の母であり、義光の妹である義姫は、戦を止めるために単身戦場のど真ん中に乗り込んで――と、漫画みたいな(漫画です)前回ラストから始まる今回は、なんと主人公の一人である政宗不在で進むことになります。

 もちろんその代わりとして物語の中心にいるのは義姫。無茶苦茶のようでいて意外としたたかな行動を見せる彼女の姿を、振り回される周囲の人々も含めて浮かび上がらせ、その先に彼女が動いたただ一つの理由を描くのは、もう名人の技と言いたくなるような印象であります。
 そんな中で、義光の口から真に恐るべき相手――豊臣秀吉の名を出して今後に繋げるのも巧みなところ。……秀吉? かつて描かれた(というか今も描かれている)秀吉は、やたら体が頑丈で、奥さんの料理が殺人級の人物でしたが、さて。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 あてどなく旅を続ける浪人三人組の物語、今回は終活こと雷音大作の主役回。御炭納戸役を辞して炭焼きとなった旧友を十年ぶりに訪ねてみれば、その旧友は……
 というわけで、今回は暴利を貪る御炭奉行と炭問屋から、炭焼きたちが焼いた備長炭を守るために戦う三人組。正直に申し上げて今回の悪役の類型ぶりはちょっと驚くほどなのですが、その悪役たちに対して怒りを爆発させる雷音の表情は衝撃的ですらあります。

 激流を下る小舟の上での殺陣といういつもながらに趣向を凝らした戦いの末、悪役を叩き潰した雷音の決め台詞も、ちょっとそれはいかがなものかしらと思わないでもありませんが、これはこれでインパクト十分で良し、であります。


「コミック乱ツインズ」2018年9月号(リイド社) Amazon
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2018.08.10

滝口琳々『明朝幻想夜話 『聊斎志異』選集』 美女と怪異と道士と 甦る中国怪談集


 『北宋風雲伝』や『新再生縁』など、かなりマニアックな原典を巧みに少女漫画として再生させてきた作者による、中国怪談集『聊斎志異』のコミカライズ――ユニークなアレンジにより、一種の連作としての味わいも感じられる全5編の短編集であります。

 『聊斎志異』は清代の文人・蒲松齢による全491編の志怪小説(怪奇小説)集。「聊斎(作者の号)が異を志す」という題を冠する本書は、現代に至るまで親しまれ、『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』など、映像化作品も少なくありません。
 日本でも特に明治時代以降様々な作家によって翻訳・翻案されている、おそらくは日本で最も有名な中国怪談集でしょう。

 本作はこの『聊斎志異』のうちから以下の5話をピックアップ。物語の舞台を明代に設定し、原典ではそれぞれ全く別個の物語であったものに、共通の主人公(狂言回し)としてオリジナルキャラクターの侠客道士・郭玄礼を設定しているのがユニークなところであります。

『連瑣』 20年前に亡くなった美女・連瑣と相思相愛となった書生・楊于畏。しかし二人は生と死の壁に隔てられ、さらに連瑣を我がものにしようとする者が……

『瑞雲』 強く惹かれあう杭州一の名妓・瑞雲と貧乏書生の賀。しかし賀に身請けの金はなく、悲しみに暮れる瑞雲の前に現れた郭玄礼の術が思わぬ運命の変転をもたらす。

『画壁』 荒れ寺で一夜を過ごすことになった郭玄礼と朱沖。寺の壁画に描かれた仙女に恋をした朱沖は、絵の仲に引き込まれ、彼女と情を交わすものの……

『画皮』 夜道で出会った美女・周玉卿を妾にしようと連れ帰った王準。しかし彼女の正体は美女の皮を被った魔物だった。魔物は退治されたものの、命を奪われた王準は……

『五通』 蘇州で次々と美女を辱める妖魔・五通神。街で出会った男装の美少女が五通神と婚礼を挙げるよう強いられていると知った郭玄礼は、魔物退治に乗り出す。


 いずれも翻訳されたり映像化されたり(『画壁』は『チャイニーズ・フェアリー・ストーリー』、『画皮』は『画皮 あやかしの恋』の邦題でそれぞれ映画化)と、比較的有名な作品が題材となっている本作。
 私もほとんどの作品の内容を知っていましたが、しかし本書はまたそれらとは一風異なる味付けで楽しませてくれます。

 本書に収録された5編の共通点の一つは、いずれも美女が登場し、登場人物と恋に落ちる点。もっともその美女は普通の人間ではなく、彼女と愛し合ったために大変なことになって――という『聊斎志異』の定番パターンも少なくないのですが、それでも彼女たちが実に美しく、存在感があるのは、この漫画ならではの魅力でしょう。

 エピソードによってはかなり甘々な展開となるのですが、それもまた原典どおり。ここは素直に美男美女の微笑ましくも温かい恋愛の行方に胸を熱くするべきなのでしょう。エピソードによってはかなり露骨な内容も含まれているのですが、その辺りを生々しくなく、サラリと描いているのもまた魅力であります。

 そしてもう一つの共通点は、そんな男女を見つめ、助ける郭玄礼の存在です。
 恋愛には障害がつきもの、ましてやそこにこの世ならぬものが絡むとすれば――と、二人の恋路を邪魔する魔物、美女を苦しめる魔物を颯爽と退治するのが、本書における彼の役回りであります(もっとも、『瑞雲』のみはちょっと役回りが異なりますが、二人を助ける役回りであることには変わりはありません)

 もちろん先に述べたように郭玄礼はオリジナルキャラクターではあります。しかし、彼の役割を果たす豪傑や道士は原典にも登場しており(『画壁』は結構アレンジが入っていますが)、作品のチョイス的にこうした点が影響しているのかな――という印象もありますが、何はともあれ、本書を一つの世界としてまとめるに彼の存在が意味を持っていることは間違いありません。


 何はともあれ、長きにわたり語り継がれた魅力的な怪異譚を、これまた魅力的にリライトしてくれた本作。原典は491話もあるだけに、まだまだ漫画化して欲しい――と今でも思ってしまう一冊であります。


『明朝幻想夜話 『聊斎志異』選集』(滝口琳々 秋水社ORIGINAL) Amazon
明朝幻想夜話~『聊斎志異』選集~ (少女宣言)

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2018.07.31

瀬川貴次『百鬼一歌 都大路の首なし武者』 怪異が浮き彫りにする史実の爪痕


 コミカルさとシリアスさが絶妙に入り交じった平安ものを描かせれば右に出る者がない作者の新シリーズ第2弾――和歌マニアの公家・希家と、源頼政の孫で怪異譚好きの少女・陽羽が今回挑むのは、都大路を駆け抜ける首なし武者の怪。果たしてこの怪異は真実なのか、そしてその陰に潜むものとは……

 源平の合戦から数年後の都で、ある晩都大路を馬で行く首なし武者と出会ってしまった希家。怪異との遭遇に震え上がったものの、それでも九条家の家司の務めがあるのが哀しいところ、鎌倉から病気平癒の加持祈祷を受けるためにやってきたという公文書別当のゆかりだという母娘の世話を頼まれ、希家はあれこれと奔走することになります。

 一方、なかなか和歌も作法も上達しない上に、前作の事件で周囲から注目を集めてしまった陽羽は、洛中の八条で暮らす元・斎院の宮の式子内親王のもとに預けられることになります。そこで同じ敷地に暮らす以仁王の忘れ形見だという西の対の姫宮と出会った陽羽。変わり者で周囲とは没交渉の姫宮ですが、陽羽は持ち前の明るさと遠慮のなさで、彼女と次第に距離を縮めていくのでした。

 そんな中、よんどころない事情で夜に鎌倉からの客人を送ることになった希家。あの首なし武者に襲われてはと、陽羽に護衛を依頼した希家ですが、不幸にもその心配は的中し、首なし武者が一行に襲いかかってきて……


 文系(というか文弱)の青年公家と、体育会系(でも怪異好き)の少女の凸凹コンビという主人公設定が実に楽しい本シリーズ。前作はキャラクター紹介編という趣もありましたが、今回は初めから全力疾走であります。
 当時の女性としては破格のアクティブさと、武術の腕を誇る陽羽。今回はめんどくさい和歌マニアとしての姿は比較的控えめではあるものの、本作においてはある種の(当時の)理性の象徴として活躍する希家。全く正反対の二人は今回も絶好調であります。

 さらに本作では、史実で希家のモデルと色々と深い関わりのあった式子内親王が初登場。希家との関係性も面白く、今後の活躍にも期待したくなるキャラクターであります。


 さて、冒頭で触れたとおり、平安ものにおいては有数の名手というべき作者ですが、本作は、本シリーズは、その中でも少々ユニークな位置を占めています。それは「史実」との関わり――本作は作者の作品の中でも、特に史実とのリンクが大きいのです。

 そう、作者の作品には、登場人物や描かれる逸話など、史実を題材とした作品はいくつもあるものの、しかし設定年代を明示しない作品がほとんどで、実は史実と明確にリンクした作品は想像以上に少ないのであります。
 それに対して本シリーズは、登場人物の時点で既に史実とのリンクが密接です。希家と陽羽は架空の人物ですが、希家にはほぼ明確にモデルがいますし、陽羽も頼政の孫という設定のキャラであります。さらに式子内親王や、名前は伏せますが本作のゲストキャラクターたちなど、作中の登場人物は、かなりの割合で実在の人物なのです。

 しかし本作は、単に実在の人物が登場し、活躍するだけの物語ではありません。本作は、「この時代」ならではの、「この時代」だからこそ生まれた物語なのです。

 本作の設定年代は、源平の合戦からわずか数年後。源氏と平氏に武士の世界を二分した――いや、同じ源氏ですら幾つにも分かれ、殺し合った合戦の爪痕が、濃厚に残された時代であります。
 それは荒れ果て治安の悪化した都の姿といった物質的な面でも描かれますが、それ以上に爪痕が残るのは精神面――親族を、愛する者を喪った者、そして遺された者の心にこそ、爪痕はより深く残されているのです。

 実に本作の事件の背後にあるのはこの爪痕――あの合戦さえなければ起きなかったはずの悲劇。それを背負った者、それに深く傷ついた者たちの姿が、事件の中から浮かび上がるのであります。

 それでは、その爪痕は消すことはできないのか? 悲しみは何時までも残り続けるのか? その答えは決して是ではないことを、しかし本作は示します。人が人を悼み、悔み、そして愛おしむ心。和歌に象徴される人間の想いが、時として悲しみを乗り越える力を発揮することを、本作は美しく描き出すのであります。


 キャラクターものとしての面白さはもちろん、史実との密接なリンクが生み出す濃厚なドラマ性が魅力の本作。ラストのどんでん返しも見事で、作者の新たな代表作と評しても過言ではない名品であります。

『百鬼一歌 都大路の首なし武者』(瀬川貴次 講談社タイガ) Amazon
百鬼一歌 都大路の首なし武者 (講談社タイガ)


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2018.07.19

森谷明子『望月のあと 覚書源氏物語『若菜』』 「玉鬘」と「若菜」を通じた権力者との対峙


 作者がデビュー作以来描いてきた紫式部と源氏物語を題材とした平安ミステリ三部作の第三弾――今回舞台となるのは、藤原道長が栄華の絶頂を極めようとしている時代。その道長にまつわる二つの「事件」に、式部たちは関わっていくことになります。そしてそこから生まれた源氏物語のエピソードとは……

 相変わらず源氏物語の執筆に忙しい香子(紫式部)。そんな中、彼女は因縁浅からぬ道長が別邸に密かに一人の姫君を隠していることを知ります。
 親友の和泉式部、そして密かに送り込んだ侍女の阿手木を通じて、その姫君・瑠璃と道長の因縁を知り、瑠璃をモデルに物語を描き始めた香子。道長が瑠璃姫を我がものにしようとする一方、彼女には将来を誓い合った相手がいることを知った香子たちは、一計を案じて瑠璃姫を救い出そうとするのですが……

 という本作の前半部分で描かれるのは、源氏物語の中でも比較的独立したエピソードとして成立している「玉葛」=瑠璃姫にまつわる物語を、道長と現実世界の瑠璃姫に重ね合わせて描く物語であります。

 実は瑠璃の正体は、かつて道長が想いを寄せながら我がものにできなかった相手の娘。あの頃は無理だったが、位人臣を極めた今であれば――と自分を大物と勘違いした中年男そのものの思考回路で行動する道長の毒牙から、いかに瑠璃を救い出すか――すなわちいかに道長を出し抜くか、その仕掛けが楽しいエピソードであります。

 そして同時にここで描かれるのは、男たちの身勝手な欲望に翻弄される女性たちが、何とか自分自身の道を選び、自分自身の足で歩いていこうとする姿。もちろん香子や和泉、さらに瑠璃はその代表ではありますが、ここでさらに印象に残るのは、かつて一条帝の女御であった元子であります。

 女御として帝に侍りながらも、その寵が薄れて一条帝から、そして世間から忘れられた存在となった元子。彼女が一条帝の崩御を前にしての感慨は涙なしには読めないのはもちろんのこと、その彼女が固めたある決意と、それを支えたある男性の姿には(手前勝手な男の代表である道長と正反対の存在として)思わず快哉を挙げたくなるのです。


 そして後半で描かれるのは、本作の副題ともなっている「若菜」の巻。源氏物語の中では最長の巻であり、なおかつ唯一下巻が存在する「若菜」は、同時に光源氏の栄光の頂点と、その没落を描く物語でもあります。そして本作において光源氏になぞらえられているのはもちろん道長。だとすれば……

 道長が栄華を極める一方で、盗賊や貴族の屋敷への付け火が横行し、ついには内裏までもが炎上した都。そんな世情騒然とする中で、定子の娘・修子に仕える少年・糸丸は、秋津という少年と出会います。
 はじめは険悪なムードながら、やがて打ち解けていく糸丸と秋津。しかし糸丸は、やがて民衆が、税や災害でどれだけ苦しんでいるかを秋津を通じて痛感するのでした。

 そして道長と三条帝が激しく対立し、そして相次ぐ不審火が帝の不徳ゆえと囁かれる中、再び炎上する内裏。しかし糸丸はあるきっかけから、火をつけたのが秋津ではないかと恐ろしい疑惑を抱くことになります。
 果たして本当に秋津は付け火の犯人なのか。そしてその背後に潜む存在とは――香子は恐ろしい真実に気づくことになるのです。

 華やかな宮中を舞台とする源氏物語を題材として、貴族の世界の裏表を描いてきた本シリーズ。しかしそこではこれまで、その外の世界――すなわち民衆の世界のことは、完全に抜け落ちていたと言えます。
 それが本作において描かれた理由について、個人的に発表年から想像することはありますがそれはともかく――ここでどん底の暮らしに喘ぐ人々の姿を描くことは、己の権勢を望月に喩える道長の存在をより鮮烈に浮かび上がらせるものと言えるでしょう。

 しかし望月は後は欠けていくだけであります。「若菜」下において光源氏が手にしたものを次々と喪っていくように――そして香子もまた、(シリーズ第一作『千年の黙』に描かれたように)物語の作者の意地を胸に道長と対峙し、一大痛撃を与えることになります。

 本作はシリーズの中ではミステリ性は(もちろん存在はするものの)薄めではあります。その点は残念ではありますが、しかしそこに存在するのは、これまでと全く変わることない視線――香子の、その作品同様全てを貫いて現代にまで至る、透徹したそして権力者に屈することない毅然とした視線なのです。

 そして本作のある描写を読んで、現在を予言したかのような内容に驚きを隠せなかったのですが――7年前に発表された作品がいま文庫化されたのはそれが理由ではないか、というのはもちろん私の妄想であります。


『望月のあと 覚書源氏物語『若菜』』(森谷明子 創元推理文庫) Amazon
望月のあと (覚書源氏物語『若菜』) (創元推理文庫)


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2018.07.16

「コミック乱ツインズ」2018年8月号

 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、連載10周年記念で『そば屋幻庵』がスペシャルゲストを迎えて表紙&巻頭カラー。また、ラズウェル細木の『文明開化めし』が新連載となります。それでは、特に印象に残った作品を今回も一作ずつ紹介していきましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今月は『そば屋幻庵』と二作掲載の作者ですが、こちらはいつもながらがらりと作風を変えたアクションと政治劇が満載です。

 前回自分たちを(前田家の人間と間違えて)襲撃した刺客たちの正体が、尾張徳川家の人間だったことを知った聡四郎。しかし何故尾張が前田家を襲うのか――その謎が今回明かされることになります。その背後には聡四郎に表舞台を追われたはずのあの男が……
 一方、江戸城内では間部詮房と新井白石が相変わらず対立とも協調ともつかぬ微妙な関係。鍋松(徳川家継)の服喪の儀に関して、詮房に知恵を貸して恩を売る白石ですが――ここで聡四郎の前で白石がほとんど初めて人間臭さを見せるのが印象に残ります。

 そしてラスト、玄馬と離れて一人となった聡四郎を襲う刺客の群れ。逃れんと橋の上を走る聡四郎の前に現れた黒覆面黒装束の謎の剣士は、初対面と名乗りつつも何故か一放流のことを知っているのでした。「お主を倒すのは拙者だ」とツンデレっぽいことを言いながら助太刀してくれるその正体は……
 ツンデレといえば紅さんは名前のみの登場で残念ですが、名前のみの登場といえば、ついに今回、徳川吉宗の名が登場。顔は陰になっていて見えないのですが、果たしてどのような姿なのか――猛烈に気になります。


『カムヤライド』(久正人)
 出雲編中編の今回、中心となるのは謎の男・イズモタケル。出雲国主ホムツワケの叛乱の尖兵となった土蜘蛛たちを倒す力を持つ彼の正体は――ヤマトタケルの大ファンでした(本当)。
 ヤマトタケルに憧れ、偶然手に入れた土蜘蛛を倒す力を持つ剣を手に、捕らえられた人々を助けたいと熱っぽく語るイズモタケル。そんな彼を前に、ヤマト王家の者としてその名に鬱屈を抱えるヤマトタケルはその名を名乗ることができず……

 モンコが完成された人格に見えのに対し、人間味のある、成長代のあるキャラクターとして描かれるヤマトタケル。自分の実像を知らず、理想の人物として目標にするイズモタケルを前に揺れる彼の心の動きを、ホムツワケの高殿に急ぐ三人のシルエットに重ねて描く場面は、実に作者らしく格好良い名シーンであります。
 そしてカムヤライドしたモンコの前に現れた国津神の意外な正体は、そして彼らの戦いを見守る久々に登場した謎の旅人の動きは――次回出雲編完結です。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 伊達家包囲網に苦しむ伊達家に襲いかかる佐竹・芦名連合軍。この危機に、政宗の母・義姫が――という前回の引きを受けての今回、母が自分のために動いてくれたと浮かれる政宗の姿が微笑ましくも痛ましいのですが、如何にドシスコンであっても最上義光が譲るはずもありません。かえって(シスコンをこじらせた)義光が動き出し、思わぬことで景綱と義光の陰険……いや知将対決が勃発することになります。

 が、そこに義姫が割って入り――と、史実の時点でメチャクチャ漫画っぽいエピソードをこの作品は如何に料理するのか。ある意味これまでで一番の山場かもしれません。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 東海道は川崎宿にやってきた三人組が今回巻き込まれるのは、大店の娘の連続誘拐殺人事件。宿の米問屋の娘の警護に雇われた三人ですが、はたして娘は何者かに攫われ、百五十両の身代金の要求が届けられることに……

 凶悪な拐かしと、米問屋の父娘の軋轢を絡めて展開する職人芸的面白さの今回、ここのところ重めの話が続いていただけにホッとさせられる内容が嬉しいところです。
 そして基本的にカッコイイ担当だった坐望は、今回夏風邪を押して賭場に出かけてスッテンテンになった挙句風邪をこじらせるという実に微妙な役どころなのですが、それを吹き飛ばすようにクライマックスの乱闘でもんのすごくヒドい啖呵とともに登場(つられて夏海もスゴいことを)。静かな殺陣が多い本作には珍しく、豪快な「音」入りの剣戟を見せてくれました。


 そして『そば屋幻庵』のスペシャルゲストは――この人が良さそうで腰が低くてものわかりがいい人は誰!? という印象。今の読者はわかるのかしら、というのは野暮な心配ですね。


「コミック乱ツインズ」2018年8月号(リイド社) Amazon


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2018.07.11

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第5巻 八郎が見た剣の道の陽と陰


 伊庭の小天狗こと伊庭八郎の青春を描く本作も順調に巻を重ねてこれで第5巻であります。この巻の前半で描かれるのは、試衛館での出稽古で賑やかな毎日を過ごす八郎の姿。そして後半では一転、八郎が人生初めて経験する修羅場が描かれることになります。そしてそこでは意外な人物との出会いが……

 かつて縁のあった吉原の花魁の死をきっかけに、同じ講武所に通う旗本の子弟・富長が攘夷浪士と繋がっていたことを知った八郎。そして講武所の中にも彼らと繋がる者が潜むことに、八郎は大きな衝撃を受けることになります。
 さらには富長が何者かによって斬殺され、にわかにきな臭くなってきた八郎の周囲。まだまだ自分の剣技を磨く必要があると考えた八郎は、かねてより縁があった試衛館に出稽古に出ることになります。

 さて、言うまでもなく試衛館は近藤・土方・沖田をはじめとする、後の新選組の中核メンバーが集った道場。この時点はまだ浪士組結成前であり(近藤が講武所参加を断念した件はこの巻でも触れられますが)、今はまだ、青雲の志を抱いた青年たちが集う梁山泊のごとき様相を呈している状況です。
 以前試衛館では沖田と名勝負を繰り広げたこともあり、ほとんど同門扱いの八郎は、たちまちのうちに彼らと馴染むのですが……

 いやはや、ここで描かれる試衛館組の姿が実にいい。現時点から大人物ぶりを発揮する近藤、バラガキそのものの土方、傍若無人な剣術馬鹿の沖田、ほかにも山南、永倉、平助――その誰もが、ビジュアルといい言動といい、実に「らしい」。新選組好きとしては実にたまらないものがあります。
 もちろん本作は伊庭八郎の物語、彼らはいわば脇役にすぎないと言えばその通りではあります。それでも八郎と同年代の、同じ青春を過ごす彼らの姿が生き生きと描かれるということは、それだけ八郎の姿も鮮明に描かれるということにほかなりません。

 本作の魅力の一つは、八郎の青春時代の爽やかさ、眩しさにあると思いますが、このエピソードにはそれが非常に濃厚に現れていると感じます。


 しかしそんな彼らの切磋琢磨の姿が、剣の道の陽の面を示すものとすれば、その陰の面――すなわち真剣での殺し合いがこの巻の後半で描かれることになります。

 江戸から故郷に帰るという馴染みの女郎への餞に、二人で芝居を見に行くことになった八郎。しかし芝居茶屋で一服した帰り、八郎たちは三人の刺客に襲われることになります。(まさか前の巻でサラリと振られた芝居見物の話がこんな形で展開するとは……)
 富長の件で八郎を逆恨みした攘夷浪士たちの襲撃に、八郎は生まれて初めての真剣勝負を経験することになるのです。

 言うまでもなく八郎は心形刀流の麒麟児、亡き父から子供の頃から真剣で稽古をつけられていたほどの超一流の剣士であります。しかしそんな彼をしても真剣での、それも一対多数の勝負は勝手が違います。
 経験者である永倉(と、ここで彼がピックアップされるのがいい)から聞いていたことを活かす間もなく、窮地に陥る八郎ですが……

 そこに思わぬ助けが入って逆転、そして初めての人斬りを経験する八郎。その人斬りのインパクトもさることながら、ここで驚かされるのは、救い主というのがあの名優・三世沢村田之助であることです。
 実はその日に八郎が見た芝居に出ていたのが田之助――ただそれだけの縁のはずが、偶然彼が浪士たちの企みを知ったことで、救い主を買って出ることになったのです。

 こうした展開は定番といえば定番ですが、しかしそれが沢村田之助というのが面白い。確かに田之助は幕末から明治にかけて活躍した歌舞伎役者、その壮絶な晩年については様々な作品の題材となっているところですが――この時期の物語に、それも八郎と絡めてというのはかなり珍しい(少なくとも後者は初めて?)のではないでしょうか。

 果たしてこの出会いが、物語においてこの先どのような意味を持つのか。あるいは一時のすれ違いに過ぎないのかもしれませんが――それはそれで面白い趣向であったことは間違いありません。


 さて、剣の道の陽と陰を経験することによって、更なる強さを求めることを決意した八郎。折しも世情はさらに不安定になる中、彼の剣は何のために使われることとなるのか――時はまだ1861年、彼が本格的に世に出るまではまだ間があります。
 それまでに、そしてその先に何が描かれるのか、この先も楽しみにしたいと思います。

(しかしこの巻のラストエピソードは少々文字と理屈が多すぎな印象が……)


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