2019.07.14

みもり『しゃばけ』第2巻 若だんなが追う殺人の謎と自分の未来


 原作小説の方は近日中に最新巻が刊行される『しゃばけ』シリーズ――その第1作の漫画版の第2巻が、実に1年3ヶ月を置いての登場であります。物騒な人殺しを目撃してしまい、その謎を追いかける長崎屋の若だんな。しかし犯人の魔手はついに若だんなにまで……

 店の番頭を務める二人の兄やをはじめ、幼い頃から何故か妖に好かれる江戸有数の薬種問屋・長崎屋の若だんな・一太郎。その若だんなが故あって一人外出した晩、無惨な人殺しを目撃することになります。
 もしかしたら犯人の方も若だんなを目撃しているかもしれない、と探りを入れる若だんなと妖たち。しかし犯人の行方は杳として知れません。そんな中、不死の妙薬と言われる木乃伊があることを聞きつけて、長崎屋を訪れる一人の男。その応対をする若だんなですが、その男こそは……


 若だんなが偶然目撃してしまった殺人を巡り展開していく物語の方も、いよいよ盛り上がってきたこの第2巻。
 出入りの十手持ち・日限の親分も当てにならないと――若だんなに褒められたい一心で――それぞれ手がかりを探しに出かける妖たちですが、そうそう簡単に見つかるはずもありません。それどころか、元々の謎はそのまま、さらなる新たな謎ばかりが増えていく状況であります。

 最近のシリーズはいささかこの辺りの味わいが薄れてきている感がなきにしもあらずですが、こうして読み返してみると、記憶以上に時代ミステリしているのに気づかされる本作。
 何しろ途中で若だんなが未解決の謎をリストアップしてくれるのですから親切ですが――しかしそのいずれもがこの時点でも謎だらけ、いや一つの謎が解けたと思えば、また新たな謎が生まれるのが、悩ましくも楽しいところであります。

 この、世間から見るとアウトサイダーな、しかし極めて個性的で愉快な連中が寄り集まって騒々しく事件に挑む様は、原作者の師にあたる都筑道夫の『なめくじ長屋捕物さわぎ』にある意味通じるものがあるというのに、今更ながらに気づかされた、というのはさておき……
(もちろん、こちらが大金持ちに比べてあちらは赤貧洗うが如しですが)


 しかし同時に本作の魅力は、ミステリとしての興趣だけでも、賑やかな妖たちの個性だけでもないこともまた、改めて再確認させられます。
 それはこの世で人が生きていく上で否応なしに背負うことになる、ままならないものの数々――ある意味、人生そのものとも言うべきものの数々。その苦さは、本作から今に至るまでシリーズの基調を成すものとして存在しているのであります。

 そして本作においてそれをある意味体現しているのは、若だんなの親友である菓子屋の息子・栄吉であります。
 いずれは実家を継がねばならぬ身の上ながら、どうしようもなく菓子作りが下手――という彼のキャラクター描写は、漫画では特にユーモラスに感じられます。しかしそんな彼の姿には、早々にモラトリアムから抜け出さなければならない者の苦さが濃厚に漂います。

 そんな彼のあり方は、彼の妹の人生にも残酷な影響を与えるのですが――それだけでなく、何不自由ないはずの若だんなの心にも、大きな波紋を残すことになります。
 幼い頃から病弱で、長崎屋の跡取りとは言い条、できること、やってきたことはほとんどない若だんな。自分自身のやるべきことがあり、それに向かって曲がりなりにも進んでいる栄吉の姿に引き比べて、自分の身をどう考えるか――想像するまでもないでしょう。

 本作は、そんな限りある生の未来に向けて懸命にもがく人々の姿を描く物語でもあります。それは、その生を断ち切る殺人という行為、そしてまた、ほとんどいつまでも生き続ける妖の存在と対比することによって、より際だって感じられるのです。


 ほとんど同じ髪型のキャラクターばかりというビジュアル化にはなかなかに困難な状況ながら、それを丹念に描き分けて見せた作者の絵の確かさもあり、新たな『しゃばけ』としての存在感を確立した印象の本作。
 ただ、次の巻はもう少し早く刊行されることを祈るのみであります。


『しゃばけ』第2巻(みもり&畠中恵 新潮社バンチコミックス) Amazon
しゃばけ 2 (BUNCH COMICS)


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2019.05.01

新美健『満洲コンフィデンシャル』 陰謀と冒険と――作り物の国で見た夢


 その実情はともあれ、大陸に一つの国家として生まれ、わずか13年で幻のように消え去った満洲国。今なお様々な物語の題材とされているこの満洲国を舞台に展開される本作『満洲コンフィデンシャル』は、幻の国に生まれた夢の世界を舞台に展開する、陰謀と冒険の物語、なのですが……

 昭和15年、海軍士官候補生でありながらも、憲兵を殴って軍に居られなくなり、満洲鉄道に飛ばされた湊春雄。そこで彼に与えられた命令は、甘粕正彦の内偵でありました。
 関東大震災時に大杉栄らを殺害し、今は満洲映画協会理事長として隠然たる力を振るう甘粕を探るため、軍からは機密だというフィルムを持たされ、新京の満洲映画協会に向かう春雄。しかし大連駅に向かって早々、彼は西風と名乗る正体不明の気障な男に出会うことになります。

 その西風から尾行されていると警告され、その通りであったものの、非常に胡散臭い相手に警戒心を抱く春雄。その予感は正しく、大連駅から超特急あじあ号に乗り込んだ後も、彼は西風に散々振り回されることになります。
 果たして西風とは何者なのか。機密フィルムに隠された秘密とは。そして春雄は命令を果たすことができるのか……


 という第1話から始まる本作。以降、昭和20年の満洲国崩壊に至るまで、春雄と西風という奇妙なコンビによる冒険が、全4話構成で描かれることとなります。
 童顔で小兵の春雄と、瀟洒な物腰と国籍不明の風貌の西風。正反対の二人ですが、何故か西風に気に入られた春雄は、ほとんど彼に振り回される形で、様々な冒険に巻き込まれることになるのであります。

 満映の女優とその恋人の撮影技師が相次いで命を落とした謎に、阿片と某国のスパイ、尾崎秀実が絡む第2話。満洲国皇帝・溥儀暗殺の企てを背景に、霍殿閣・植芝盛平の中日の達人同士が火花を散らす第3話。そして日本の敗色濃厚となる中、自分の映画を撮ろうとする西風と李香蘭・川島芳子の姿を描く第4話……

 天才的な才能を持つ奇人と、彼の相棒として振り回される凡人のコンビ――というのは、これはエンターテイメントの定番ではありますが、本作は満洲国という独特の舞台を用意するとともに、そこに集った(かもしれない)実在の人々を巧みに配することで、起伏に富んだ物語を描いてみせるのです。


 このようにエンターテイメントとして実に楽しい本作ですが、しかし正直なことを申し上げれば、途中まで、いささか違和感を感じたのも事実であります。
 それは本作に描かれるもの、本作に漂うムードが、(終盤を除けば)どこか長閑とすら感じられること、そしてこの時代を描いた物語にはつきものの、一種のイデオロギー的な匂いがほとんど全く感じられなかったことにあります。

 しかし――その点こそが、実は本作の、本作の舞台の、独自性であり特殊性であることが、やがて明らかとなります。
 日本の傀儡政府として、中国東北部に打ち立てられた満洲国。そしていわば作り物の国を舞台とする本作の中心となるのは、満洲映画協会――作り物の国の中で作り物の物語を生み出す存在なのであります。

 その二重に作り物の世界に集うのは、他の世界に受け入れられない――表の世界から追われた甘粕や複雑なルーツを持つ西風のような――者たち。そんな彼らが、一つの国に固執するイデオロギーを背負うはずもないでしょう。
 そして彼らが、唯一自分たちのものとして夢見ることができたのが、虚構の世界である満洲、満映であったという真実は、何とも切なくほろ苦い味わいを生み出すのですが……

 実はそれは、本作の主人公である春雄も同様であることが、やがて明らかになります。やはり日本にいられなくなったものの、甘粕や西風とは別の人種として、一種の傍観者的たち位置にあった春雄。しかし彼もまた虚構の世界の住人であったことを、物語の終盤で我々は知ることになります。
 そしてその真実は、満洲国の崩壊と重ね合わされることにより、一つの夢の終わりをくっきりと浮かび上がらせるのであります。


 しかし――一つの夢が覚めたとしても、全ての夢が消えてしまうわけではありません。夢を見続けた、夢を貫いた者の姿を浮かび上がらせる本作の結末は、一つの希望として、実に爽やかなものを残してくれます。

 戦争による巨大な負の産物というべき満洲国を描きつつ、そこだからこそ描けた晴れ晴れとした夢の姿を描いてみせる――本作はそんな物語であります。


『満洲コンフィデンシャル』(新美健 徳間書店) Amazon
満洲コンフィデンシャル (文芸書)

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2019.03.25

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第14章の4『強請(上)』 第14章の5『強請(中)』 第14章の6『強請(下)』


 これまでほぼ毎週お送りしてきた北の美少女陰陽師が江戸を騒がす怪異に挑む『百夜・百鬼夜行帖』シリーズの紹介も、ついに最新話に追いつきました。旗本・土井勇三郎から百夜への依頼、それは強請を止めること――あまりに不可解な謎と真実が、シリーズ初の上中下編で描かれることになります。

『強請』(上)(中)(下)
 これまで再三にわたり百夜の腕を試してきた旗本・土井勇三郎。旗本・御家人専門のトラブルシューターともいうべき彼が、何故百夜に接触してきたのか――その真実がついに明かされることになります。

 近頃、数十人にも及ぶ旗本・御家人を強請る謎の人物。<やまそう>と名乗る小僧を手足に使い、被害者の過去のスキャンダルをネタに強請をかけるという謎の人物は、神出鬼没の亡魂でもなければ知らないような秘密を知っているというのです。
 そう、土井が家老の村島たちを使って悪霊憑きを探し、そして悪霊を祓う力を持つ百夜の腕を確かめていたのは、悪霊憑きとしか思えぬこの相手を見つけ、滅ぼさんとしていたためだったのであります。

 村島の言葉にまだ裏があることを感じながらも<やまそう>の後を追い、彼が末吉という名の子供であり、背後に<和尚さま>なる人物がいることを知った百夜。しかし末吉の周囲には悪霊の痕跡はなく、悪霊憑きというのは勘違いかと思われたのですが……
 そんな中、向こうから百夜のもとに乗り込んできた末吉。百夜の身の回りの者に犠牲を出したくなければ、この一件から手を引けという<和尚さま>の言葉を伝える末吉ですが、もちろんそれで百夜が引き下がるわけがありません。

 仲間たちとともに調べを続け、強請のネタに関するある事実から、ついに敵の正体を知った百夜。しかしその正体故に、如何にこの件を収めるか百夜が悩んでいる間に、土井は配下の武士を使い、強硬手段に出ることに……


 比較的ストレートなタイトルが多かったこの章ですが、しかしこの三話以上のものはないでしょう。「強請」――直球ですが、まさにその強請が本作の中心であることは、上に述べてきたとおりであります。そしてそれが百夜と彼女の稼業にどのように結びつくかも。

 正直なところ、その強請の張本人については、比較的早い段階で正体が察せられるところではあります。しかしその「状態」はさすがに予想外であり――そしてそれだからこそ百夜には手の打ちようがない、という状況設定には、唸らされました。
 これまで本シリーズの複数話構成のエピソードでは、派手なバトルが展開することが通例でした。今回ももちろん、ラストでは大殺陣が展開されるのですが――しかしそこで描かれるのは、これまでとは一風異なる、捻った展開であることは間違いありません。


 本シリーズの主人公・百夜は、もちろん悪霊を祓い、悩める人間を救うヒーローであります。しかし彼女の価値判断の基準は、決して世間の――いや正確に申し上げれば、世の権力者たちのそれとは大きく異なります。
 それは東北という彼女の出身や、この世ならぬ世界を活動の舞台とするという理由があるかもしれません。しかしそれが何であるにせよ、今回のエピソードは――なかんずくラストの展開は、ある意味極めて百夜らしい、本シリーズらしい内容であると感じます。

 今回の結末に、釈然としないものを感じる向きもあるかもしれませんが――しかしその違和感こそが逆に本シリーズの独自性を証明する、極めてユニークなエピソードでありました。
(それにしても<やまそう>、彼だけで一大伝奇小説が描けてしまいそうな、実にユニークなキャラクターであります)


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『強請(上)』 Amazon/ 『強請(中)』 Amazon/ 『強請(下)』 Amazon
夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖82 強請(上) 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖83 強請(中) 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖84 強請(下) 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)


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2019.03.17

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第14章の1『あぐろおう』 第14章の2『妖刀』 第14章の3『幽霊屋敷』


 盲目の美少女修法師が様々な怪異に立ち向かう『百夜・百鬼夜行帖』シリーズ、最新の第14章前半の紹介であります。ある謎を巡って展開していくこの章ですが、前半で描かれるのは、何やら百夜の腕前を試そうという不可解な試みで……?

『あぐろおう』
 怪異専門の読売屋・文七が仕入れてきた奇怪な噂。ある侍を中心に、悪霊憑きを探している一団がいるというその噂を探っていた文七は、悪霊に取り憑かれたとある商家の娘を、件の侍が大身旗本・土井勇三郎の屋敷に連れ込んだことを探り当てるのでした。
 と、そこで百夜のもとを尋ねてきたのは当のその侍――村島孫兵衛と名乗った彼は、娘に憑いた悪霊「あぐろおう」調伏を百夜に依頼してくるのですが……

 というわけで、悪霊を調伏する修法師ではなく、悪霊憑きを探している侍という、何とも奇妙で不可解な出来事から始まった本章。しかもその侍が仕えるのが、無役ながら旗本寄合席――すなわち三千石以上の大身旗本なのですからなおさら奇妙であります。
 一体何が起きているのか、まだ百夜にも分からない状態ですが――しかし悪霊に憑かれて苦しんでいる者がいるのであれば、もちろん放っておくわけにはいきません。しかも取り憑いているのが「あぐろおう」、すなわち東北最強の悪霊ともいうべき悪路王だとすれば――ん? 「あくろおう」ではなく?

 と、本章を貫く大きな謎はさておき、ユニークなのはこの小さな謎。わかってみればなあんだ、という印象もありますが、これはある意味、百夜だからこそ(まあ、鐵次でもOKですが)解決できた事件かもしれません。


『妖刀』
 持つ者を不幸にするという妖刀・夕凪。大枚はたいてこの妖刀を手に入れた土井家の家老・村島孫兵衛から、百夜は調伏を依頼されることになります。
 度重なる奇怪な依頼に、百夜から一連の出来事の背後を探るよう命じられた左吉は、不良武士・宮口大学から、土井勇三郎が旗本たちの厄介事処理を生業としていることを聞かされるのでした。

 さらに夕凪が、戦国時代から持つ者を操り、次々と殺戮を繰り返してきたことを知った百夜は、土井家に急ぐのですが――時既に遅く、夕凪に魅入られた村島が百夜に襲いかかってきて……!

 前話に引き続き、百夜に絡んでくる土井家の村島。その真意はどうやら腕試しらしいことはわかるのですが、何故百夜の腕を確かめようというのか、そして前話の悪霊憑き探しとの関係は――まだまだ謎だらけであります。

 それはともかく、本作の題材はそのものずばりのタイトルが示すとおり妖刀。付喪神との対決を中心としてきた本作ではこれまで登場しなかったのが不思議なくらいの存在ですが――妖刀ものの定番と言うべきか、遣い手の手に渡ってしまってさあ大変、となります。
 互いに達人同士の戦いの行方は――旗本絡みのエピソードということで出張ってきた大学のリアクションも愉快な一編であります。


『幽霊屋敷』
 とある大身旗本の屋敷に幽霊が出ると聞きつけた村島。屋敷の離れに老婆の幽霊が出没するのを目撃した村島は、百夜に三度調伏を依頼してくることになります。そこで屋敷に赴いた百夜は、幽霊が出没する理由にすぐに気付くのですが……

 今回も非常にストレートなタイトルの一編。実際には幽霊屋敷という言葉から受けるイメージほど大がかりな怪異ではないのですがそれはさておき、冒頭で村島が経験する怪異は、作者ならではの迫真の描写で印象に残ります。
 そして百夜が解き明かす真相も小粒ではあるのですが、しかし――これが原因でそんなことになるなんて、というある種の残酷さも含めて――個人的には身につまされるものであります。

 さて、本作の怪異調伏の一方で、本章の本筋も少しずつ明らかになっていくことになります。大学の調べによれば、土井家を頻繁に訪れている旗本たちが、何者かに強請られているらしいのですが――それと百夜の腕試しにどのような関係があるのか。
 章の後半では、シリーズ初の全三話構成で、奇怪な真実が描かれることになるのですが、さて……


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『あぐろおう』 Amazon/ 『妖刀』 Amazon/ 『幽霊屋敷』 Amazon
夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖79 あぐろおう 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖80 妖刀 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖81 幽霊屋敷 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)


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2019.03.15

北崎拓『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島』第4巻 四半世紀前からの伏線、ついに……


 孤独で荒ぶる魂を持つ源義経の戦いを描く『ますらお 秘本義経記』第2シリーズも、ついにサブタイトル通り屋島の合戦に突入。ついに那須与一を配下に加え、屋島の内裏へ出陣した義経。思いも寄らぬ奇策によって奇襲を成功させた義経を待つのは、しかし……

 京で不遇をかこつ中、少年時代からの縁である瀬戸内の海賊衆の頭目・瑠璃と再会した義経。その彼女を騙して潜り込んだ与一と幾度か目の激突の末、戦意をなくした与一を捕らえた義経は、佐藤継信の取りなしで彼を配下に加え、屋島へと出陣することになります。
 その義経の秘策の要となるのが、瑠璃たち海賊党の船。荒れ狂う海を船に馬を乗せて往くことで、屋島を奇襲しようというのであります。

 兵も馬も船に乗れる数はわずかである中、総大将自ら本隊とは別行動を取って四国に渡り、屋島に乗り込む義経ですが……


 というわけで、ついに始まった屋島の合戦。義経が戦から遠ざけられていたこともあり、大きな戦は久しぶりの印象もありますが、本作のサブタイトルとなっているとおり、ここではこれでもか、と言わんばかりに冒頭からラストまで、いやその先まで、様々な形で死闘が描かれることになります。

 その中心に在るのはもちろん義経。静や萌子の前で見せるのとは全く異なる、狂気に満ちた戦のカリスマとでもいうべき顔を見せる彼に引っ張られる形で、源氏軍は文字通り怒濤の進撃を繰り広げることになります。
 そんな正気の人間であればやるはずもない蛮行の前に立たされた平家の側こそ災難と言うべきか、特に前の巻で生き残るために醜い顔を見せた者たちが、あまりにあっさりと消えていくのには唖然とさせられるほどであります。

 しかし義経たちの目標は平家の兵ではなく玉――屋島の内裏に座す帝の身柄を確保し、そして三種の神器を手に入れれば、そこで戦の帰趨は決するのであります。
 そのために内裏に乱入する義経たちですが――しかし運命はここでも残酷なすれ違いを用意していたのでした。

 与一がこの世で唯一大切に想う存在であり、彼が――義経の下に立って――戦う理由である「姉」、日々子。その彼女はここ屋島で、建礼門院に仕えていたのであります。
 源氏軍の突入によってある「真実」を知らされながらも、懸命にこの地から脱しようと
(ほとんどホラー映画のような展開をくぐり抜けて)する彼女は、しかしその使命感に縛られたが故に、愛しい与一を間近にしながらも名乗り出ることができず……


 この『波弦、屋島』では、もう一人の「ますらお」、もう一人の主人公とも言ってよい存在である与一。
 しかしこの巻では、先に述べた義経の破滅的なカリスマの前に、(実はけっこう常識人である)与一の影は少々薄くなっていたのですが――それをこういう形で、別の角度から光を当ててみせるか、と感心させられます。

 そして、そんなある意味新しいますらおのドラマが繰り広げられる一方で、元祖ますらおの方も、もちろん留まってはいません。この巻の解説ページで、作者自身から幾度も触れられるように、ここでは第1シリーズの時点から用意されていた伏線の数々が、ついに生きることになります。

 それにしても――考えてみれば第1シリーズは、ほとんど四半世紀前の作品。そこでの伏線がついに意味を持つとは、作者にとってはもちろんのこと、当時からの読者にとっても、感慨深い、深すぎるものがあります。


 ……と、浸っているばかりではいられません。

 ここで義経を待ち受けるのは、いずれも彼とは因縁深い平教経――そして彼に策を授けるのは平知盛。いずれも今の平家を支える将ですが、特に知盛は、その幾重にも張り巡らせた策によって義経を散々に苦しめてきた相手であります。
 その知盛の策は――なるほど、この史実をこう描くか、と唸らされるような見事なアレンジで、敵ながら平家最強と呼ぶに相応しい存在感に、感心させられるばかりであります。

 そしてこの死闘の果てに待つものは――あの、源平合戦の中でも屈指の名場面なわけですが、それを本作が如何に描くのか。それを目にする日が少しでも早く来ることを願う次第です。


『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島』第4巻(北崎拓 少年画報社YKコミックス) Amazon
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2019.03.07

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第6巻 激突、鉄砲突き! そして動き続ける時代


 伊庭の小天狗こと伊庭八郎の一代記もますます快調の第6巻。攘夷浪士絡みの一件でついに命のやりとりまで経験することとなった八郎ですが、本書で彼が対峙するのはとんでもない大物。この巻の表紙を飾る豪傑――鉄砲突きの山岡鉄太郎(鉄舟)との大一番が、この巻の前半を飾ることになります。

 一人の花魁の死をきっかけに、講武所の中にまで、尊皇攘夷を叫ぶ浪士たちの集団・虎尾の会との繋がりがある者がいることが判明し、にわかに騒然となった八郎の周囲。
 事件の発端となった旗本の子弟が何者かに斬られたこともあり、浪士たちの逆恨みを警戒した八郎は、講武所を離れ、試衛館への出稽古で腕を磨くことになります。

 はたして、ある晩、芝居見物に出かけた八郎を襲撃する浪士たち。思わぬ救い主のおかげで辛うじて窮地を切り抜けたものの、初めての命のやり取りは、八郎に大きな衝撃を与えることになります。
 しかしどうやら事態も沈静化し、講武所に復帰した八郎。しかしその前に現れたのは、虎尾の会との繋がりを疑われてきた山岡鉄太郎だったのであります。

 八郎と試合を望む山岡。果たしてそれは純粋に剣を磨くためなのか、はたまた試合にかこつけて八郎の命を狙う気なのか――周囲の懸念の中、八郎と山岡の試合が始まることになります。


 後に幕末の三舟と呼ばれ、明治時代には天皇の侍従となった傑物・山岡鉄舟。玄武館に学んだその剣術の腕前は言うまでもありませんが、生来の長身を鍛え上げたその肉体は八郎とはあまりにも対照的であります。
 これまでも様々な相手と対峙してきた八郎ですが、おそらくはその中でも最も大物であり、そして最も強敵の山岡。特に分厚い板をもブチ抜くという通称・鉄砲突きを如何に攻略すればよいのか――と、ここで、前巻での試衛館での出稽古が生きることになります。

 その時から山岡との対決を予感していた八郎。自分より遙かに体格も膂力も上回る相手に、如何に挑むか――それを考えた結果、近藤や沖田と八郎は特訓を繰り返してきました。その間に浪士たちの襲撃という思わぬ事件は挟まりましたが、しかし予感通り山岡と試合うことになった八郎はそこで……
 と、それまでの力と力、力と技、技と技のぶつかり合いにも痺れましたが、そこから一転、山岡の恐るべき鉄砲突きを迎え撃つ八郎の秘策は、実に漫画的ではあるものの、しかし、これまでの伏線を踏まえて実に実に盛り上がるのであります。


 しかし、八郎が剣士として腕を磨く間も、時は流れ続けます。それも、大きな事件を伴って。この巻の後半で描かれるのは、そんな事件の数々と、八郎の生涯を決定付けた出会いであります。

 黒船来航以来、外交――攘夷を巡って険悪な関係にあった幕府と朝廷。その雪解けの第一歩として京から江戸に下向してきたのが、かの皇女和宮であります。
 そしてその和宮を迎えたのは、第十四代将軍家茂。その家茂直衛として新たに設けられた奧詰に父が任じられたことをきっかけに、八郎も初めて江戸城に登城し、そこで家茂と対面することになります。そして八郎の目に映った家茂は……

 これが実に理想的な君主像。果たして実際の家茂がこれほどの人物であったかはわかりませんが、しかし少なくとも本作では、八郎ほどの侍が心酔する主君であることは間違いありません。
 そしてそんな人物だからこそ、混迷に向かいつつあるこの時代を治めてほしい、という気持ちにさせられるのですが――しかし史実は非情というほかありません。

 繰り返された要人襲撃に右往左往するばかりの幕府、勢力伸張を狙う西国諸藩、そして増長する攘夷浪士たち。その状況を本作は庶民の視点を含めて、様々な角度から――相変わらず突然文字(台詞)が増えるのが困り者ですが――浮かび上がらせます。

 その果てに起きた二つの大事件が、この巻のラストで描かれることになります。まもなく八郎の、そして若者たちのモラトリアムが終わる。そんなことを予感させながら、この巻は幕となるのですが……

 その最後の最後にまた面倒な人物が登場。どう考えてもソリの合いそうにないこの人物を前に、八郎はどう動くのか――次の巻は、いきなり不穏な状況から始まることになりそうです。


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2019.03.02

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第13章の4『四十七羽の鴉』 第13章の5『錆』 第13章の6『あきらめ聖』


 盲目の美少女修法師・百夜が付喪神や亡魂を向こうに回して活躍する『百夜・百鬼夜行帖』の第13章も後半戦に突入。大敵との連戦で霊力が弱まった百夜の力もほとんど復活してきた様子ですが、さてそんな彼女の前には相変わらず奇怪な事件が……

『四十七羽の鴉』
 雑司ヶ谷の産土神の社に現れ、社の周囲にのみ聞こえる声で鳴き続けるこの世のものならざる鴉。地元の神主もお手上げのこの怪異を収めるため、百夜(の弟子の桔梗)を頼ってきた村の男の依頼で、百夜たちは山を下りることになります。
 聞けばその社では、数ヶ月前に一人の女が自殺しているとのこと。その亡魂の正体が、板橋宿の女郎であったことを知った百夜は、鴉たちの正体に気付くのですが……

 前回、再修行のために山に籠もり滝行を行っていた百夜と桔梗ですが、しかし成果はあったらしく、今回でそれも終了。はるばる桔梗を尋ねて雑司ヶ谷からやってきた依頼者のために、山を下りることになります。
 されはさておき、今回の物語はタイトルそのものがヒントとなっている事件であります。民間信仰に詳しい方であれば、何が事件の引き金となっているかにはすぐ気付かれるかもしれませんが――しかし物語はそこからが本番です。

 何故女の亡魂が鴉たちを招いたのか、そして何故女は死んだのか――それこそが、この物語で真に明らかにすべき謎。不幸な女の想いのために百夜が取った行動も面白いのですが、左吉の意外な(?)男気も印象に残るエピソードです。


『錆』
 油問屋・大和屋に夜毎現れる錆の山。さらに奉公人たちが店の中を歩く亡魂を目撃し、百夜のもとに依頼が舞い込むことになります。
 店の主の兄が、金策の旅に出てそのまま帰らなかったことを知り、その亡魂が店に現れているのではないかと考えた百夜と左吉。二人は男の足取りを追いながら、推理競争を始めるのですが……

 ほぼ完全復活した百夜が今回挑むのは、出現した後に錆を残すという謎の亡魂。その正体は早い段階で判明するものの、それでは何故錆が残るのか――その謎解きが物語の中心となります。

 その謎解きもなかなか面白いのですが、それ以上に今回目を引くのは、百夜がノリノリで左吉と推理競争を始めること。
 元々「名探偵皆を集めてさてと言い」的な行動が好きな百夜ですが、今回はかなり楽しそうで――考えてみれば故あって侍言葉ではあるものの、彼女もまだ若い女性、こういう茶目っ気が本来の彼女なのかな、と思わないでもありません。

 しかし事件自体は迷える亡魂に関わるものです。その調伏を推理競争のネタにしてよいものか……と思っていたら、意外な人物からツッコミが入ることに。それに対する百夜のリアクションもあり、ちょっと彼女の素顔を覗けた印象であります。


『あきらめ聖』
 最近江戸に出没するおかしな聖。その話を聞けばいろいろなことを諦めさせてくれるということから、「あきらめの聖」と呼ばれるその人物の周囲には、「あきらめ衆」なる弟子たちまで集まっているというのであります。
 話を左吉から聞いて聖のもとに向かった百夜は、聖が屁理屈で施しを受けている一種の仕掛者(詐欺師)と見て、その行動を注視するのですが……

 第13章のラストとなるのは、シリーズの中でもある意味最大の異色作。特に怪異らしい怪異が起こるわけでもない中で、百夜は不気味な人物と対面することになります。
 すべてを諦めば、心穏やかに暮らせる――そう語る「あきらめの聖」。彼自身は自分を聖などではなく一種の芸人と語るものの、しかし不思議なカリスマで人々を引きつけるこの怪人物と百夜との問答が、物語の結構な割合を占めることになります。

 果たして彼は何者なのか――それはここでは語りませんが、百夜の目に映るその心の中にあったものは、ある意味、付喪神や亡魂よりも恐ろしく、危険なもの。こんな人間もいるのか――という感慨では済まされぬ不気味さがそこにはあります。
 そしてもう一つ、本作で鋭く抉るのは、そんな彼の回りにたむろする「庶民」の存在です。長いものには巻かれ、一人がやり始めると我も我もとなる。そんな無定見な人々が、聖を存在させているのかもしれない――そんな気持ちもいたします。


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 平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第13章の1『百夜の霍乱』 第13章の2『溶けた黄金』 第13章の3『祈りの滝』

 「冬の蝶 修法師百夜まじない帖」 北からの女修法師、付喪神に挑む
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2019.02.23

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第13章の1『百夜の霍乱』 第13章の2『溶けた黄金』 第13章の3『祈りの滝』


 北から来た盲目の美少女陰陽師が付喪神や亡魂、妖と対決する本シリーズ。この前の第11章・第12章では大仕掛けな連続エピソードが描かれましたが、この第13章は久々に単発エピソードが続きます。大事件の連続で霊感が弱まった百夜の、いわばリハビリの行方は……

『百夜の霍乱』
 というわけで、冒頭のこのエピソードで描かれるのは、鬼の霍乱ならぬ百夜の霍乱――死闘に次ぐ死闘で霊感が一時的とはいえすっかり弱まってしまった百夜の姿。そんな時に舞い込んできたのは、唐物屋に出没する、奇怪な唐人の亡霊調伏の依頼であります。
 夜な夜な現れるという、両刃の剣を持った唐人の霊。しかし店の者たちに確認してみれば、霊が手にしているものは剣だけでなく剣と棒になったり、龍に食われる武者であったり、逆に盆で女に叩きのめされる龍であったりと、様々な奇妙な姿で現れるとわかって……

 普段であれば霊感だけで大抵の怪異の正体を察知できる百夜。結構もったいぶり屋なだけに、確実に事件解決となるまでそれをひっぱる彼女ですが、今回はそんな余裕がなく、ほぼ推理と知識によって挑まなければならなくなるのが――本人には申し訳ないですが――何とも面白いところであります。
 そしてそんな苦労の末に百夜が暴いた霊の正体は――なるほど、こちらは実物は見たことはないものの、説明を受ければ納得の存在。正体が明らかになった後の、ちょっとほろ苦くも微笑ましい結末にもホッとさせられます。
(しかし今回の百夜、左吉に弱みを見せないように色々と誤魔化したり、友だちが少ないと言われて怒ったりするのが人間くさくてよろしい)


『溶けた黄金』
 両替商の蔵に現れたという白い人影。調伏の依頼を受けて調べる百夜は、そこで古い古い亡魂の存在を感じ取るのですが――その場に現れた亡魂は、殺気をもって百夜に襲いかかるのでした。
 亡魂が、銭函に納められていたある品物から現れたことを知った百夜ですが、その由来とはなんと……

 これまでも神仏や歴史上の人物等、様々な存在(にまつわる存在)と対決してきた百夜ですが、今回登場するのは、何と誰もが知るあの人物。
 描かれる怪奇現象としてはそこまで派手ではなかったこともあり、まさかこの出だしこう繋がっていくとは! と驚かされますが、最後に何故がいくつも残る結末は、左吉が言うようにもやもやっとする――というより、ちょっと豪快すぎたかなあという印象があるというのが、正直な印象ではあります。

 それはともかく、まだまだ本調子にはほど遠く、修行を決意する百夜。そんな彼女の不調を、ほんのわずかな彼女の言葉から感じ取る左吉は、何のかんの言っても良い奴ではあります。


『祈りの滝』
 修行のため、桔梗の案内で不動山に向かった百夜。そこでは女性も滝行ができるというのですが、しかし地元の人間から、そこに無数の女たちの亡魂、さらに修験者たちの亡魂までも出没すると聞かされるのでした。
 もちろんそんな話に怯むはずもなく、山に踏み込む百夜一行ですが、はたして夜の滝には次々と白い人影が現れて……

 これまでシリーズの折々で描かれてきた、「向こう側」の世界の不思議なロジック。(真面目なことをいえば)その真偽はこちらにはわからないわけですが、百夜の口から語られるそれは妙に信憑性が高く、あの世にも様々な理屈があるのだなあと毎回感心させられます
 以前から何度も述べているように、本シリーズはミステリの要素が強いのですが、それを可能としている一因は、このように超自然の世界には超自然なりの、ロジックが設定されていることにあるとも言えるでしょう。

 そして本作でクローズアップされるのは、まさにそんな向こう側のロジックなのですが――しかしそこから浮かび上がるのは、向こう側に行っても変わらぬ、切なる人の想いであります。
 百夜たちの務めは、怪異を祓うだけでなく、このような想いを受け止め、昇華させることにある――そんなことを再確認させられるエピソードです。

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2019.02.17

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第12章の4『還ってきた男(下)』 第12章の5『高野丸(上)』 第12章の6『高野丸(下)』


 盲目の美少女修法師・百夜が怪異の数々に挑むシリーズ第12章もいよいよ佳境。蘇る死人たちという奇怪な事件に巻き込まれた彼女の前に現れた謎の雲水の正体は、そして奇怪な敵の恐るべき狙いとは――大仕掛けな伝奇世界が展開していくことになります。(以下、内容の詳細に踏み込みますがご容赦下さい)

『還ってきた男(下)』
 一度死にながら蘇った男・六兵衛の謎を追う百夜。ついに六兵衛と対面した彼女は、左吉が助っ人として呼んできた赤柄組の宮口大学とともに、六兵衛が「死んだ」という藤沢宿に向かいます。
 六兵衛が埋葬された寺を訪れた百夜たちの前に再び現れる雲水。二対一の死闘を繰り広げた末、ついに百夜が知った雲水の正体と、一連の事件の構図とは……

 連続エピソードにふさわしく百夜に助っ人が登場する今回。残念ながら桔梗も鐵っつぁんも不在という状況で駆けつけたのは――百夜とは腐れ縁ともいえる不良武士集団の頭領・宮口大学であります。初登場時は刃を交えたものの、以降何かと百夜に助けられていた大学は、意外にも義理堅く、これまでの借りを返す時と二つ返事で駆けつけてくれるのが、嬉しいところです。
 が、前回も登場した謎の雲水は百夜と大学の二人がかりでも手に余る相手。ある意味最強の相手である彼の正体は――次の回で詳しく言及されることになりますが、しかし真の敵は別にいる様子。彼が百夜たちの助力を拒否してまでも追いかける真の敵――蘇者(よみがえり)なる再生した死者を次々と生み出していく敵との決戦は目前であります。
(ちなみに終盤、雲水の台詞の中で「英海」は「慈行」の誤りでは……)


『高野丸(上)(下)』
 各地で人骨から人間を蘇者として蘇らせる怪人・高野丸を追っているという雲水。しかし高野丸の跳梁は続き、高野丸によって小塚原の処刑場で数百人もの罪人が復活、大混乱を引き起こすことになります。処刑場に駆けつけた百夜ですが、さすがの彼女もこの数に苦戦を強いられるのでした。
 さらに、甲州街道は大和田仕置場で、雲水を前に同様に罪人たちを復活させる高野丸。雲水の過去の罪から生み出されたという高野丸の次なる狙いとは……

 というわけで、ついに正体が明らかになった謎の雲水。この章の冒頭、『犬張子の夜』で描かれた不気味な歌の内容、僧形の強者であること、そして何よりも死者の復活という題材から考えれば、ある意味有名人であるこの人物の登場は、ある程度予想できるところですが――しかしここで描かれるのは、そんな予想をさらに上回る奇怪な物語なのであります。

 死後数年を経た死者すら蘇らせるという、恐るべき高野丸の邪法。その邪法で蘇らされた人々が、これまでの事件にどう絡むのか――それはここで詳しくは述べませんが、肉体の復活と魂の帰還を巡る奇怪なロジックはただただ圧巻。それを踏まえて考えれば、これまでの一見矛盾しているようであった雲水の行動にも納得です。

 そして圧巻といえば、連続エピソードにふさわしいこのラスト2話での展開こそ、その言葉にふさわしいでしょう。
 江戸三大処刑場に眠る無数の罪人の死骸。それが一度に蘇って――と、ここで繰り広げられるのは、いわば一大ゾンビハザード。別に人を食ったり、感染して増えるわけではないものの、数百人にも及ぶ蘇者の群れとの戦いは、やはりインパクト絶大であります。

 しかし、そんなクライマックスの展開を描いた上で、それでもなおそれ以上に印象に残るのは、雲水と高野丸の因縁であります。出家したにも関わらず残り続けた、雲水の煩悩とも執着とも呼べる想い。ある意味それが凝って生まれたとも言うべき高野丸は、悪霊の集合体という凄まじい設定でありつつも、しかしどこか哀しみを漂わせます。
 これまでシリーズに登場したどんな怪異とも悪人とも異なる、不思議な存在感を持つ高野丸。雲水を苦しめることを狙いながらも、どこか繋がりを求めているようにも感じられるこの魔人との対決は、ある意味非常に意外な結末を迎えることになります。
(冷静に考えるととんでもない爆弾を炸裂させて……)

 このラスト2話では、百夜の存在感が雲水に食われた印象もあり、連続エピソードの結末としてはすっきりしないものが残るかもしれませんが――しかし終わってみれば、この不思議なもの悲しさが残る結末こそが、この物語に相応しいという印象もあります。
 この章自体が、長い不思議な夢であったような――そんな余韻が残る結末です。

『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『還ってきた男(下)』 Amazon / 『高野丸(上)』 Amazon / 『高野丸(下)』 Amazon
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2019.02.13

草野雄『水の如し 丈九郎世直し活人剣』 名手が描く美しき静の剣士の物語

 ほとんどが再録ですが、単行本未収録作の収録や書き下ろし追加など、意外な内容であることも少なくないコンビニコミックの世界。本作もその形で一冊にまとめられた作品――時代劇画でありつつも美麗な画風が印象に残る作者による、美形剣豪ヒーローの活躍を描く連作であります。

 その画力は非常に高いものがあるにも関わらず、これまで単行本化された作品が『外道笠』くらいと非常に少ない草野雄。というより寡作なのかもしれませんが、何しろ情報が少ない作家であります。
 本作もかなり以前から「コミック乱」誌でシリーズ連載されていたというくらいしか、恥ずかしながら存じ上げないのですが(書誌情報が乏しいのがコンビニコミックの最大の弱点ですね――と責任転嫁)、何はともあれこうしてまとまったのは欣快の至りです。

 さて、本作の主人公は無明丈九郎と名乗る美丈夫の浪人。江戸市中の寺・無月院に仮寓し、寺子屋で子供たちに字を教えたり、畑で野菜を育てたりしながら、寺の和尚や美しい尼僧・夕子と静かに暮らす日常であります。
(実は丈九郎は徳川将軍家と関係がある人物らしく、中盤から将軍直属の隠密らしい天真爛漫な美少女・忘れな草が何かとまとわりついてくるのですが、深い事情は物語では触れられぬままであります)

 そしてこの丈九郎は剣の達人。普段は決して自分から刀を抜くことはありませんが、許せぬ悪人や、苦しむ無辜の民に出会った時に彼が振るう太刀は、さながら水の如し無形の剣で――というのが本作のタイトルの由来となっております。

 しかし、「丈九郎世直し活人剣」というサブタイトルや、「江戸に巣食う悪党を断罪! 剣戟アクション冴え渡る時代ヒーロー活劇!!」という表紙の煽り文句とは裏腹に、本作はむしろ、動よりも静のイメージの強い物語。
 何しろ丈九郎自身、侍の論理というやつが大嫌いで、忠義のためや武士の意気地というのを白眼視する人物。動くのはただ義によってのみ――であるため、いきおい受け身になりがちなのですが、しかしそれはむしろ作者の絵柄に非常に良くマッチしていると感じます。

 著作を調べてみると、パステルや色鉛筆によるイラストの教本を数多く発表している作者だけあって――というべきか、その絵柄は描き込まれているようでいて、いい意味で軽みがあり、重く厳しい物語であっても、華やかさや叙情性を感じさせてくれるもの。
 そしてその最たるものが登場する女性陣の美しさであります。夕子や忘れな草といったレギュラー陣はもちろんのこと、毎回のゲストキャラクターもまた、時に儚く、時に力強く、時に憎々しげに――ふとした表情一つとっても皆それぞれに美しく、強く印象に残るのです。


 と、少々話が逸れましたが、一見「定番もの」的なスタイルでありつつも、それぞれにバラエティ豊かなストーリーが並ぶ本作。人々を苦しめる悪党退治のエピソードももちろんありますが、それ以上に一ひねり加わった個性的な物語も数多く収録されています。
 例えば以下のように……

 自分とそっくりな、しかし剣はからっきしで女ったらしの浪人と出会った丈九郎が、自分と正反対の相手と不思議な交誼を結ぶ「忘れな草」
 院の近くで丈九郎に救われた病身の美女との交流と、姿なき謎の暗殺者との死闘が哀しく交錯する「紅」
 当代の侍の軟弱振りを嘆く二人組のタイ捨流剣士に、強者と見込まれた丈九郎が執拗に決闘を迫られる「死狂い一番」
 無月院の墓に詣でる御家人の妻が破落戸に脅されているのに出会った丈九郎が、やがて彼女の思わぬ秘密を知る「影法師」
 過去の事件から人生に絶望し、丈九郎の美しさに魅入られて彼に斬られることを望む絵師の姿を描く「月よりの使者」

 その他にもその絵柄に相応しく、物語も人物描写も味わい深いエピソード揃い。全15話という、単行本2巻分のエピソードが収められた実にお得な内容だけに、少しでも多くの方の手に渡って欲しいものであります。


 そして願わくば――できればコンビニコミック以外の形で――このほかにもかなりの数があるはずの草野雄の作品が、単行本の形でまとまることを祈っているところです。


『水の如し 丈九郎世直し活人剣』(草野雄 リイド社SPコミックス) Amazon


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