2017.09.19

武内涼『妖草師 無間如来』 帰ってきた妖草師と彼の原点と

 あの妖草師が帰ってきました。常世に芽吹き、人の世に害を為す妖草を刈るエキスパート・庭田重奈雄と、天眼通を持つ美女・椿の冒険を描くシリーズ第4弾であります。短編集形式の本作では、お馴染みの面々に加え、個性的な新キャラクターも登場し、新たな物語が始まることになります。

 この世の植物によく似た姿ながら、この世ならぬ常世に芽吹いて人の心(の負の部分)を苗床に育ち、その超常的な能力で害を為す植物――妖草。

 この妖草に対し、その正体・能力・性質を知り、対処する者たちが妖草師――本作の主人公・重奈雄は、代々京を守ってきた妖草師の家系に生まれながらも、故あって家を飛び出し、市井に暮らしながら妖草の脅威に立ち向かう白皙の青年です。
 その彼を支えるのが、華道滝坊家の娘・椿。生まれながらにこの世ならぬものの気配を察知する天眼通の持ち主である彼女は、愛する重奈雄をその力で助けてきたのでありました。

 そんな二人と宝暦事件の背後で妖草を操り恐るべき陰謀を企んだ怪人との戦いを描いた第3作『魔性納言』刊行後、一旦休止状態にあったシリーズですが、本作でめでたく復活。帰ってきた重奈雄に椿たちの新たな冒険を描く本作は、全5話から構成された短編集であります。
 『赤山椿』『深泥池』『遠眼鏡の娘』『姿なき妖』『無間如来』――いずれも奇怪な妖草の跳梁と、その陰の人の心の在りようが描かれる、その内容については後述するとして、まず見逃せないのは、新たなレギュラーが二人加わったことでしょう。

 一人は妖草師の修行のため、江戸からやってきた男装の美女にして剣士の阿部かつら。前作の事件を経て、妖草師養成の必要性を痛感した幕府が、妖草師の本場である京に派遣したという設定も実に興味深いのですが、その彼女が重奈雄に弟子入りし、長屋の隣の部屋で暮らすというのが、椿の心を乱すことになります。
 もちろん重奈雄は椿一筋、かつらも色気とは無縁のサバサバしたタイプなのですが、ようやく結ばれると思ったら(いや第3弾のラストからすればそう思って当然ですが)お預けのところに、悪い虫が! と一方的に椿をヒートアップさせるのが、本人には申し訳ないことながら実に楽しいのです。

 そしてもう一人は実在の本草学者・小野蘭山。植物や自然の事物に造詣の深い、まずは好漢なのですが――妖草の存在を認めようとしないのが玉に瑕(?)。
 重奈雄を胡散臭い男とみてことあるごとに突っかかる(しかしこういう立場のキャラの常として、妖草の犠牲になりやすい)人物で、決して悪人ではないものの、重奈雄にとっては何ともやりにくい人物なのです。


 そんな個性的な二人だけでなく、曾我蕭白や池大雅といったシリーズのレギュラー陣も健在で、賑やかなキャラ配置の本作ですが――短編集という性質故か、ストーリー的には少々おとなしめ、どちらかと言えば人情譚的側面が強い印象を受けます。
 が、これが本作においては良いアクセントとなっている――というよりも、妖草師の在り方に関わってくるのには感心させられました。

 言うまでもなく妖草を駆除するのがその任務である妖草師。しかし妖草も一種の植物であれば、単に生えたものを刈るだけでは足りません。二度とそれが生えることのないよう、その元を絶つ必要があるのです。
 冒頭に述べたとおり、常世に芽吹き、人の負の心を苗床に育つ妖草。だとすれば元を絶つとは、負の心をなくすこと――すなわち、悲しみや怒り、恐れといった感情に囚われた人々の心を癒やすこともまた、妖草師の任なのです。

 妖草師を志す者を登場させ、そして妖草師の原点を――彼が単に妖草と戦う存在ではないことを改めて示した本作。その物語は、シリーズの再開に相応しい内容と言えるのではないでしょうか。

 と、その一方で、シリーズらしい奇想に富んだ妖草バトルも忘れられてはいません。特に巻末に収められた表題作は、他の作品とは毛色が異なり、妖草の力を得て巨大な野心を抱えた者を相手に、重奈雄が完全武装で挑むアクションシーン満載の物語であります。

 内容的には長編でも良かったのでは――というのはさておき、敵に力を貸す妖草の正体も、ある意味非常にメジャーな、仰天ものの存在で、いやはや本作の物語バリエーションと世界観の豊かさを感じさせます。


 何はともあれ、新たなキャラクターを迎え、シリーズの魅力を再確認させてくれた本作。次はあまり間をおかずに続編に出会いたい――そう思ってしまうのも無理はない一冊なのです。


『妖草師 無間如来』(武内涼 徳間文庫) Amazon
無間如来: 妖草師 (徳間時代小説文庫)


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2017.09.12

横山光輝『魔界衆』 滅びゆく超人たちと切なる祈り

 大坂夏の陣を生き延びた真田幸村は、豊臣家再興のため、飛騨に住まう伝説の「魔界衆」を探し出し、助力を得ようとしていた。その動きを察知した南光坊天海は配下の忍者集団を派遣、魔界衆の根絶を目論む。幸村との接触で外界に興味を持った若き魔界衆を待つ運命は……

 横山光輝の時代伝奇SF――そのおどろおどろしいタイトルと裏腹に、ある意味作者らしい一種の無常感・寂寥感を感じさせる物語であります。

 大坂の陣で死んでおらず、猿飛佐助・霧隠才蔵とともに生き延びていた幸村。何者かを探し、諸国をさすらう彼らの目的こそは、伝説の一族・魔界衆でありました。
 外界から隔絶された飛騨の山中に潜み、テレパシーなど常人を超えた能力を持つという彼らを味方につければ、豊臣家再興も夢ではないというのです。

 そして偶然魔界衆の赤子を見つけたことで、首尾よく魔界衆の里に入り込んだ幸村。しかしこの地に住み着いて以来、一族以外の人間との接触を禁じてきたという魔界衆の長は幸村の依頼を拒絶するのですが――兵馬ら魔界衆の若者たちは外界に興味を抱き、幸村とともに里を出て見聞を広めることになるのでした。

 一方、家康のブレーンである南光坊天海は、配下の忍者・九鬼一族に幸村抹殺を命じたものの、幸村が魔界衆と接触したことを知り、憂慮を深めます。
 九鬼一族の秘術と、魔界衆と同等の力を持つ天海によって追い詰められていく兵馬たち。さらに天海は魔界衆の里にもその手を伸ばすことに……


 と、幸村と手を組んだ魔界衆vs天海配下の忍者団の死闘が繰り広げられるアクション時代劇――と思いきや、それとは一風異なった物語展開を辿ることになる本作。
 何しろ、物語序盤は幸村視点で物語は進むものの、中盤以降はほぼ完全に彼の存在はフェードアウト、物語は完全に兵馬たち魔界衆が、天海率いる幕府の力に次第に追い詰められていく様を描いていくのですから。

 確かに本作には、いかにも横山時代劇らしいバトル要素もふんだんにあります。
 不死身の巨人を操る秘術、近づいたものを絡め取る「布とりで」(どこかで聞いたことがある……)などの忍法を操る九鬼一族に対し、兵馬らはテレパシーによる連携と常人離れした身体能力、そして一族に伝わる「神器」の力で激しい戦いを繰り広げるのですから。

 しかしその戦いは、それ自体が目的となるトーナメントバトル的なものでは決してありません。その戦いは、あくまでも物語を描くための手段にとどまるのであります。
 それではその物語とは何か? それは人間以上の力を持つ者たちが、その力故に運命に翻弄された末、多数者から弾圧され、滅ぼされていく物語――それであります。

 実は横山作品には(それが主題であるか否かはさておき)こうした構図の物語が決して少なくはありません。『闇の土鬼』の血風党、『地球ナンバーV7』の超能力者たち、あるいは『その名は101』のバビル2世……
 本作の魔界衆もまた、その力故に幸村のような人間に利用され(そうになり)、そして徳川幕府に追い詰められていく者たちなのであります。

 そう、ここにあるのは、横光漫画のトーナメントバトルにある非情さとは似て非なる、無常さとも言いたくなる味わいであり、人間存在に対するシニカルな視点なのです。


 正直に申し上げて、それ故本作は、どこか味気ないものを感じさせるのも事実なのですが――しかし、ラストで語られる本作のタイトルの本当の意味には、作者が人間という存在に賭けたある種の希望を、切なる祈りを感じさせます。
 そしてそれが本作独自の魅力であることは間違いありません。


 それにしても、魔界衆が『マーズ』の異星人のような置き土産を残さなくてよかった、というのは、もちろん蛇足であります。


『魔界衆』(横山光輝 講談社漫画文庫 全2巻) 上巻 Amazon/ 下巻 Amazon
横山光輝時代傑作選 魔界衆(上) (講談社漫画文庫)横山光輝時代傑作選 魔界衆(下) (講談社漫画文庫)

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2017.09.08

仁木英之『魔神航路 3 英雄の結婚』 望まぬ力と想いを分かち合う相手と

 ギリシャ神話の世界に転移し、神々や英雄たちと融合してしまった現代の若者たちがアルゴ船に乗り込んで繰り広げる冒険を描く本シリーズも後半戦となります。彼らを阻む様々な魔物たちとの戦いの中で浮かび上がる、人間と神、人間と魔神、人間と英雄の結び付きの姿とは……

 オリンポス最強の神・ゼウスと融合した友人・健史により、ギリシャ神話の世界に転移させられた信之たち。魔神テューポーンと融合した信之をはじめ、いずれも神や英雄と融合してしまった彼らは、ゼウスの野望を阻むため、アルゴ船に乗り組み、黄金の羊の毛皮を求めてコルキスに向かいます。

 途中襲いかかる様々な魔物、そしてその背後に潜むゼウスの策謀を、コルキスのメディア王女と融合した海晴の力も借りつつ突破していくアルゴ船の一行。
 そんな彼らの行く手を今回阻むのは、ビザンティオンの地を阻むハルピュイアの群れに、海峡を阻む双黒石・シュムプレガデス――いずれも力押しだけではどうにもならない難所難敵であります。

 この難関を、ゼウスの未来を見たことで永遠にハルピュイアに啄まれる運命を背負わされた予言者ピネウス、さらにはこれまで海晴を通じて彼方から協力してくれていたメディアの力を借りて突破しようとする一行ですが、……


 神話において様々な困難に直面したアルゴ船。これまでのシリーズで描かれた女護が島レームノス島や伝説の巨人ギガス同様、今回のピネウスとハルピュイア、そしてシュムプレガデスも、それら神話で描かれた逸話であります。
 しかしこれらのキャラクターたちは、これまで同様に、本シリーズならではのアレンジを受けて物語に登場することになります。その中でも特に印象に残るのは、ピネウスとメディアの二人でしょう。

 望まぬ予言の力を持ったが故にゼウスに目をつけられ、理不尽な理由から死ぬに死ねぬ苦痛を味合わされるピネウス(彼の境遇はダイダロスのそれも入っていますが……)。生まれつきに魔法の力を持つ故に、実の家族からも疎んじられ、幽閉され利用されるメディア。

 神話において描かれたエピソードを膨らませることによって、現代の我々が読んで違和感ないものとなった彼らの物語。その中でも特に大きなアレンジとして感じられるのは、二人が、望まぬまま背負わされた大きすぎる力に悩んできたという点ではないでしょうか。

 神、魔神、英雄たちなど、人を遙かに超える力を持つ者たちが数多く存在するギリシャ神話の世界。しかしその力が何のためにあるのか、何のために使うのかという点で悩む者は、原典では少なかったように感じます。
 それに対して本作のピネウスとメディアの二人は、望まぬままにその力を得て、そしてその力の存在に悩むがゆえに、力に対して一種否定的な視点を持つ存在。その点において二人は神話に礎を置きながらも、神話から離れた視点を持つ存在と感じられます。

 そしてそれは、むしろ信之たちに近い立場と言えるかもしれませんが――しかし、その一方で、二人と信之たちとで大きく異なる点も存在します。
 それは信之たちの力が融合する相手あってこそであるのに対し、二人には(メディアには海晴が登場するまで)その力を、想いを分かち合う者がいなかった点であります。

 もちろん、それが両者の運命を分けたというのは残酷にすぎるでしょう。しかし、想いを同じくする者が人を、神も英雄もどれだけ強くするか、我々はこれまで見てきました。
 そして本作のラストにおいて、メディアは海晴とはまた異なる意味のパートナーを――本作の副題に示される形で――持つことになります。
 神話においては決して幸福のみをもたらさなかった結び付きですが、しかし本作においてはまた別の意味を持ってくれるのではないか、彼女たちの力の新たな意味が生まれるのではないか――そう期待したくなるのであります。

 もっとも、人と人(含む神々)が出会い、結びつくことは、ポジティブなものだけではありません。いよいよ結び付きを増していく信之やテューポーンは格別、未だに相手を理解し切れていない者、微妙な違いを感じる者たちもまた存在します。

 そして本作のラストにおいては、そのせいではないとはいえ、あの最強の英雄が一行から離脱(これも神話通りといえばそうなのですが)。
 果たして彼らの結び付きが神話に本当に何をもたらすことになるのか――それは続く最終巻が物語ることでしょう。


『魔神航路 3 英雄の結婚』(仁木英之 PHP文芸文庫) Amazon
魔神航路 3 (PHP文芸文庫)


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 仁木英之『魔神航路 肩乗りテューポーンと英雄船』 おかしなアルゴノーツ、冒険に旅立つ
 仁木英之『魔神航路 2 伝説の巨人』 ギャップ萌えの魔神と古の神の信徒と

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2017.09.02

仁木英之『魔神航路 2 伝説の巨人』 ギャップ萌えの魔神と古の神の信徒と

 ギリシャ神話の世界に転移、神々や英雄と融合してしまった現代日本の若者たちの冒険を描く『魔神航路』の第2弾であります。思わぬ「敵」の登場によって水入りとなった航海も再び始まり、新たなる騒動と強敵に見えることになった彼らの運命は……

 久々に帰った故郷で、高校時代の仲間たちと再会したものの、天変地異によりギリシャ神話の世界に飛ばされてしまった信之。
 彼は魔神テューポーンと融合、その他の仲間たちも、それぞれ神話に名を残す神や英雄と融合してしまうことになります。

 元の世界に戻るべく、二つの世界の接点と思われるコルキスの黄金の羊の毛皮を求めてアルゴ船で航海に出た信之たち。しかしその前に現れた健史――別人のような人格に変貌し、そしてオリンポスの主神・ゼウスと融合した彼によって、信之とテューポーン、オルフェウスは元の世界に戻されることに……

 という前作ラストを受けて始まる本作。信之はともかく、テューポーンたちまで現代の日本へ転移してしまい、どうなることかと思いきや、これがあっさりと古代ギリシャに帰還するのですが――しかしこの展開が、物語の強烈なアクセントとなっているのです。
 信之とはタイムラグを以て現代の日本に飛び出してしまったテューポーンたち。何とか適応して生き延びてきた彼らは、現代の日本のアレコレを学習して帰ってきたのです。

 かくて、テューポーンが事あるごとに現代で目にしたもの――特に特撮やアニメの類――の知識を活かそうとすることで、色々と面白くもややこしい展開が繰り広げられることになります。
 ただでさえ魔神の魂と少女(?)の姿というギャップの塊のようなテューポーンが、うろ覚えの現代の知識を語り出すということでギャップの二段・三段重ねとなるのですから、振り回される信之たちももう大変なのです。

 そして健史を除けばただ一人、信之たちアルゴ船のメンバーとは離れた――というより彼らの目的地のコルキスにいる――海晴も、融合したコルキスの王女にして強力な魔法使いであるメディアのパワーで助っ人参戦するのであります。……20歳にもなって魔女っ子コスで。(一応理屈はあるのですが)

 この辺りは好き嫌いが分かれるかもしれませんが、僕としては、せっかく(?)現代人が転移してきているのだから、これくらいはむしろあってしかるべき、という印象です。
 テューポーンと信之の絆がより強まっていくことを、いささか変則的な形で描くという意味づけもあり、何よりも非常に楽しいではありませんか。


 が、もちろん彼らの旅は、楽しいことばかりではありません。この巻のメインとなる冒険では、彼らは相対する二つの国家と、そしてその両者から弾圧される古き神の信徒たちの戦いに巻き込まれることになるのですから。

 突如現れた伝説の巨人――ギガス族の生き残りを辛くも退け、港町キュジコスに辿り着いた一行。隣国ペラスドイとは一触即発状態のキュジコスで歓待される一行ですが、しかしキュジコス王宮を守る武官・ダリアヌスには隠れた大望があったのです。

 ゼウスらに敗れたティーターン神の一人であり、その信徒も激しい弾圧を受けてきた女神・レアー。その信徒である彼は、レアーの子たるギガスを密かに育て、意思を通じていたのであります。
 そして密通を重ねていたキュジコス王の妃のためにも、二つの国を向こうに回して立とうとするダリアヌなのですが……

 本作の陰の主役とも言うべき存在が、このダリアヌ。その行動は一種のテロリズムというべきなのかもしれませんが、しかし理不尽な弾圧を受けてきた民の出身である彼の想いは、簡単に悪と断じることなどできない多面性があります。
 また、王妃との密通も、王に捨てられた彼女に対するむしろ純愛とも言うべきものであり――単純な反逆者としては描かれてはいないのです。

 そして人の身ながら強大な神の力を手にしたという点で、彼は信之たちの鏡像ともいうべき存在なのですが――そんな彼とやむを得ず対決することとなる信之、というシチュエーションはいかにも作者らしい展開といえるでしょう(弾圧された神の信徒の戦いという点で『くるすの残光』にも重なるものが)。
 ここでで描かれる、明るいばかりでも楽しいばかりでもない――そして便利な神々の力でも解決できぬ――何処の世界でも変わらぬ人間の生のままならなさは、強く心に残るのであります。

 そんな苦いものを味わいつつも、なおも続くアルゴ船の旅。全4巻の物語は、いよいよ後半戦に突入することになりますが――それはまた後ほど。


『魔神航路 2 伝説の巨人』(仁木英之 PHP文芸文庫) Amazon
魔神航路 2 伝説の巨人 (PHP文芸文庫)


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 仁木英之『魔神航路 肩乗りテューポーンと英雄船』 おかしなアルゴノーツ、冒険に旅立つ

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2017.08.27

仁木英之『魔神航路 肩乗りテューポーンと英雄船』 おかしなアルゴノーツ、冒険に旅立つ

 半年ぶりに故郷に帰り、高校時代の旧友たちと再会した信之。早速海に出た信之たち7人はそこで天変地異に遭遇し、気がつけば神々と人間が共存するギリシャ神話の世界に転移していた。しかも強大な(はずの)魔神テューポーンと融合してしまった信之は、仲間と元の世界へ戻る道を探し始めるが……

 思うところあって仁木英之作品を再読していますが、まだ紹介していなかった作品を。
 代表作『僕僕先生』をはじめ、日本や中国などアジア圏を題材とする作品が多い作者が、古代ギリシャ――それも神話の世界を舞台として描くシリーズの開幕編であります。

 と、神話の世界といっても、主人公となるのは現代の大学生・信之とその仲間たち。高校を卒業して、進学・就職とそれぞれの道を歩んでいた旧友たちが再会とくれば、ほろ苦い青春ドラマが始まりそうですが――そして本作にももちろんその要素はあるのですが――さにあらず。
 仲間の船で海に出た彼らは、沖合で巨大な雷の巨人に遭遇、気を失って目覚めてみれば、そこは古代ギリシャだった、という展開なのであります。

 とくれば流行の転生もののようですが、しかしちゃんと実体を持ってこの世界にやってきた信之。しかしその代わり(?)彼は、テューポーン――大地の女神ガイアの子にしてデウスの宿敵である強大なる魔神――と融合してしまっていたのであります。
 が、この思わぬ合体事故のためか、テューポーンは本来の姿とはまったく異なるお子様の姿に変異し、力もそれなりのレベルに。魔神どころかほとんどお荷物のテューポーンを道案内に、ほとんど見知らぬ世界に足を踏み出す羽目になる信之ですが……


 というわけで、人間とそれ以外のバディものでもある本作ですが、面白いのは、その状態となっているのが主人公一人ではなく、同時に難に遭った仲間たちも同様である点です。
 格闘家を目指す勇次にはヘラクレスが、漁師の望にはイアソンが、双子の真奈・里奈にはヒュラース(ヘラクレスの従者)が――それぞれ融合した状態。そんな彼らと再会した信之たちは、やがてゼウスの力が込められたというコルキスの黄金の羊の毛皮を求めて旅立つことになるのです。

 ……とくれば、ギリシャ神話好きの方であれば、「あれか!」と思われることでしょう。そう、本作の題材となっているのは、ギリシャ神話の中でもオールスターキャストの冒険活劇、アルゴノーツの物語であります。

 テッサリアの王の子でありながら王位を奪われたイアソンが、王位返還のための条件である黄金の羊の毛皮を求めて、数十名の英雄たちとともに乗り組んだアルゴ船。本作はその冒険譚をなぞって描かれるのです。
(航海がヘラの加護によるものだったり、ヒドラが出現したりと、むしろ『アルゴ探検隊の大冒険』がベースかも……)

 とはいえ、もちろん本作は神話のノベライズではありません。メンバーは大幅に整理されて、上に挙げた英雄たちの他には、テセウス、オルフェウス、北風の神の子であるカライスとゼテスといった面々のみになっているのです
 もちろん、それでも非常に豪華なメンバーであることは間違いありませんが……

 そしてまた、最大のイレギュラーとして、神話ではここに加わっているはずもないテューポーンと、何よりも信之たち現代人が加わっているのですから、神話においても波乱万丈であったこの冒険行が、ただで済むわけはありません。
 かくて本作の後半で描かれるレームノス島――美しい女性たちだけで構成された島での冒険も、原典と大きく異なり、より凄惨なものとなっていくことになります。

 そしてこれらの冒険の背後で糸を引くのは、テューポーンの宿敵であり、オリンポス十二神の主神たるゼウス――そして彼と融合した信之の親友・健史。
 ゼウスは何を企むのか、そして別人のように変貌し、上から目線となった健史に何が起きたのか?

 ここで描かれるその一端は、まさしく作者の作品にしばしば登場する、超越者とその力に溺れる者のそれなのですが、さて彼らとの対決――というところで水入りとなってしまうのは、いささか残念ではあります。
 が、まだ冒険は始まったばかりであることを考えれば、この展開も妥当というべきでしょう。

 この後の、彼らおかしなアルゴノーツたちの冒険――現代から転移した最後の一人であり、アルゴノーツの物語のヒロインであるメディアと融合した信之の幼馴染・海晴との再会も描かれる次巻も、近日中にご紹介の予定です。


『魔神航路 肩乗りテューポーンと英雄船』(仁木英之 PHP文芸文庫) Amazon
魔神航路 (PHP文芸文庫)

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2017.08.23

杉山小弥花『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第10巻 知りたい、と想う気持ちが暴く秘密

 じゃじゃ馬女学生・菊乃と元伊賀忍びの清十郎のもどかしい恋模様を描いてきた本作も、ついに二桁の大台に達しました。この巻では、清十郎のことを少しでも知りたい菊乃が、清十郎とともに彼の実家の旧知行地に足を運んだことから来る騒動が描かれますが、それが思わぬところに波及することに……

 散々紆余曲折を経た果てに、互いの間に契約などではない真実の愛情があることを確かめ合った菊乃と清十郎。
 元々婚約を交わしていることですし、二人の間に障害はない――と言いたいところですが、しかし菊乃にとっては(そして読者にとっても)まだまだ清十郎のことはわからないことだらけでありますす。

 かくてこの巻のメインとなるのは、清十郎が、彼の旧知行地である荻窪村の庄屋の婚礼に招かれたのを良い機会に、少しでも彼のことを知りたいと同行を申し出た菊乃が巻き込まれる騒動の数々。
 そもそも今でこそ東京で住みたい街として人気の荻窪ですが、この時代では全く以て地方の部類、そんな旧弊が大手を振って通用している土地に開化の先頭を行く女学生たる菊乃が顔を出して、ただですむわけがありません。

 土地の人々の好奇の目やいびりで済むならマシな部類、密室のはずの彼女の部屋で物が動く怪現象が起きたり、どこかで見たような老人の下で花嫁修業をする羽目になったり……
 それだけならまだしも、村が、近隣の農民と不平士族による蜂起のターゲットにされたりと、騒動に次ぐ騒動の連続なのであります。


 というわけで、この巻でもある意味相変わらずの菊乃と清十郎(の周囲)ですが、今回も感心させられるのは、まず、時代背景をきっちりと踏まえた物語展開やガジェットであります。
 特に一揆のエピソードで、庄屋という一揆に狙われる側の視点から描かれる物語に加えて、その一揆が「(旧幕の頃の)作法を知らない一揆」(それ故行動が予測できず恐ろしい)というのが、実に面白いのではありませんか。

 しかしそれ以上に注目すべきは、これもこれまでも同様、明治初期という舞台ならではの時代ものとしての面白さと、何時の時代も普遍的な恋愛ものとしての面白さを、きっちり両立――いや双方を生かした物語作りが為されている点でしょう。

 大好きな相手のことは何でも知りたい、全てを知っておきたい――おそらくは、恋した人間であれば誰にでも共通するであろうこの想い。その想いが、今回菊乃を突き動かしているのは上で述べたとおりですが……
 しかしそれが、これまで清十郎がひた隠してきた彼の最大の秘密――すなわち「清十郎が清十郎になる前の過去」、言い換えれば「清十郎が実は清十郎ではないこと」の証拠暴きに繋がっていくのですから、たまりません。

 この数巻ばかりで少しずつ読者に明かされてきたこの秘密は、間違いなく清十郎にとっては最も菊乃に知られたくないはずのもの。
 己が人に、いや菊乃に愛されることにいまだ馴れない清十郎が、今の自分の名と過去――すなわち今の彼の存在までもが偽りであると菊乃に知られることを怖れていることは間違いありません。

 それが図らずも、愛する人のことは何でも知りたいという乙女心によって揺るがされるとは――清十郎だけでなく、こちらも予想だにしなかった、しかし本作ならではのものと頷くほかない、見事な展開であります。


 しかし時代は、二人の周囲の状況は、あるいは時が解決したかもしれないそんな秘密の存在を巻き込んで、否応なく動いていきます。
 これまで物語の遠景として幾度となく描かれてきた不平士族の反乱。その最大のものが――すなわち西郷の反乱が、いよいよ勃発したのですから。

 清十郎が清十郎になる前の過去を知り、そしてその頃から彼を縛ってきた男「若」によって、その時代のうねりに巻き込まれることとなる清十郎。
 ここで一端が明かされた彼の過去からすれば、絶望的なこの状況から、彼が生還することができるのか。そして何よりも、彼は過去を断ち切り、未来を掴むことが出来るのか……

 ついに「若」の軛から逃れることを決意した清十郎。彼と菊乃の物語の結末もそう遠くはない――そう感じられます。


『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第10巻(杉山小弥花 秋田書店ボニータCOMICSα) Amazon
明治失業忍法帖~じゃじゃ馬主君とリストラ忍者~(10) (ボニータ・コミックスα)


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 「明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者」第4巻 自分が自分であること、隙を見せるということ
 「明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者」第5巻 すれ違う近代人の感情と理性
 『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第6巻 面倒くさい二人の関係、動く?
 杉山小弥花『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第7巻 それぞれの欠落感と不安感の中で
 杉山小弥花『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第8巻 清十郎を縛る愛と過去
 杉山小弥花『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第9巻 清十郎の初めての恋!?

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2017.08.10

入門者向け時代伝奇小説百選 鎌倉-室町

 初心者向け時代伝奇小説、今回は日本の中世である鎌倉・室町時代。特に室町は最近人気だけに要チェックです。
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子) 【ミステリ】 Amazon
 鎌倉時代の京を舞台に、「新古今和歌集」の歌人・藤原定家と、藤原頼長の孫・長覚が古今伝授の謎に挑む時代ミステリであります。
 古今伝授は「古今和歌集」の解釈に纏わる秘伝ですが、本作で描かれるのは、その中に隠された天下を動かす大秘事。父から古今伝授を受けるための三つの御題を出された定家がその謎に挑み、そこに様々な陰謀が絡むことになるのですが……
 ここで定家はむしろワトソン役で、美貌で頭脳明晰、しかし毒舌の長覚がホームズ役なのが面白い。時に極めて重い物語の中で、二人のやり取りは一服の清涼剤ともなっています。

 政の中心が鎌倉に移ったことで見落とされがちな、この時代の京の政争を背景とするという着眼点も見事な作品であります。

(その他おすすめ)
『華やかなる弔歌 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子) Amazon
『月蝕 在原業平歌解き譚』(篠綾子) Amazon


57.『彷徨える帝』(安部龍太郎) Amazon
 南北朝時代の終結後、天皇位が北朝方に独占されることに反発して吉野などに潜伏した南朝の遺臣――いわゆる後南朝は、時代伝奇ものにしばしば登場する存在です。
 本作はその後南朝方と幕府方が、幕府を崩壊させるほどの呪力を持つという三つの能面を求めて暗闘を繰り広げる物語であります。

 この能面が、真言立川流との関係でも知られる後醍醐天皇ゆかりの品というのもグッと来ますが、舞台が将軍義教の時代というのも実に面白い。
 ある意味極めて現実的な存在たる義教と、伝奇的な存在の後醍醐天皇を絡めることで、本作は剣戟あり、謎解きありの伝奇活劇としての面白さに加え、一種の国家論、天皇論にまで踏み込んだ骨太の物語として成立しているのです。

(その他おすすめ)
『妖櫻記』(皆川博子) Amazon
『吉野太平記』(武内涼) Amazon


58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 混沌・殺伐・荒廃という恐ろしい印象の強い室町時代。本作は、それとは一風異なる室町時代の姿を、妖術師と使用人のカップルを主人公に描く物語です。

 南都(奈良)で金貸しを営む青年・楠葉西忍こと天竺ムスル。その名が示すように異国人の血を引く彼には、妖術師としての顔がありました。そのムスルに、借金のカタとして仕えることになった少女・葉月は、風変わりな彼に振り回されて……

 「主人と使用人」もの――有能ながらも風変わりな主人と、彼に振り回されながらも惹かれていく使用人の少女というスタイルを踏まえた本作。
 それだけでなく、「墓所の法理」など、この時代ならではの要素を巧みに絡めて展開する、極めてユニークにして微笑ましくも楽しい作品であります。


59.『妖怪』(司馬遼太郎) Amazon
 室町時代の混沌の極みであり、そして続く戦国時代の扉を開いた応仁の乱。最近一躍脚光を浴びたその乱の前夜とも言うべき時代を描く作品です。

 熊野から京に出てきた足利義教の落胤を自称する青年・源四郎。そこで彼は、八代将軍義政を巡る正室・日野富子と側室・今参りの局の対立に巻き込まれることになります。それぞれ幻術師を味方につけた二人の争いの中で翻弄される源四郎の運命は……

 どこかユーモラスな筆致で、源四郎の運命の変転と、奇妙な幻術師たちの暗躍を描く本作。しかしそこから浮かび上がるのは、この時代の騒然とした空気そのもの。「妖怪」のように掴みどころのない運命に流されていく人々の姿が印象に残る、何とも不思議な感触の物語であります。


60.『ぬばたま一休』(朝松健) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 最近にわかに脚光を浴びている室町時代ですが、この20年ほど、伝奇という切り口で室町を描いてきたのが朝松健であり、その作品の多くで活躍するのが、一休宗純であります。

 とんち坊主として知られてきた一休。しかし作者は彼を、優れた禅僧にして明式杖術の達人、そして諧謔味と反骨精神に富んだ人物として、その生涯を通じて様々な姿で描き出します。

 悍ましい妖怪、妖術師の陰謀、奇怪な事件――室町の闇が凝ったようなモノたちに対するヒーローとして活躍してきた一休。
 その冒険は長編短編多岐に渡りますが、シリーズタイトルを冠した本書は、バラエティに富んだその作品世界の入門編にふさわしい短編集。室町の闇を集めた宝石箱のような一冊であります。

(その他おすすめ)
『一休破軍行』(朝松健) Amazon
『金閣寺の首』(朝松健) Amazon



今回紹介した本
藤原定家●謎合秘帖 幻の神器 (角川文庫)彷徨える帝〈上〉 (角川文庫)南都あやかし帖 ~君よ知るや、ファールスの地~ (メディアワークス文庫)新装版 妖怪(上) (講談社文庫)完本・ぬばたま一休


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 仲町六絵『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』 室町の混沌と豊穣を行く青年妖術師
 「ぬばたま一休」 100冊の成果、室町伝奇の精華

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2017.06.20

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第4巻 変と酒宴と悲劇の繋がり

 動乱の幕末に活躍した隻腕の剣士として後世に名を残すこととなる「伊庭の小天狗」伊庭八郎の生涯を描く本作も、もう4巻目。沖田総司との凄絶な試合を経て講武所の門を叩き、剣士として新たな一歩を踏み出した八郎ですが、時代が彼を新たな事件に巻き込むこととなります。

 父を喪い、一度は己の往くべき道に迷いつつも、試衛館の若き怪物・沖田との初の他流試合の末に、志も新たに剣を手にした八郎ですが――この巻の冒頭では、徳川幕府の終わりの始まりとも言うべき、桜田門外の変の様が描かれることとなります。

 こともあろうに幕府の大老が、江戸城の目の前で討たれたというこの一件は、幕府の威信を大いに低下させたわけですが、この巻の前半で描かれるのは、そんな時代の流れとは一見無縁にも見える、八郎をはじめとする若者たちの剣談政談、そして雑談の様であります。

 八郎の自称一の家来であり、そして腕利きの板前である鎌吉の店で飲むこととなった八郎と土方(もう完全に八郎の悪友として馴染んでいるのがおかしくも楽しい)。彼らに鎌吉が加わっての三人の会話で物語が進んでいくのですが――この展開、地味なようでいて、なかなか楽しいのです。

 八郎も土方も幕末史に名を残した男とはいえ、今この時点では、剣の腕は立つもののまだまだ普通の若者。そんな彼らの目線から見たこの時代、その世相は何とも興味深いものですし、何よりもその中に彼らのキャラクターが良く出ているのが、ファンとしては実に楽しいのであります。
 しかもそこに思わぬ乱入者――軍艦操練所時代の榎本釜次郎、言うまでもなく後の榎本武揚までもが現れるのだからたまりません(さらに榎本が土方をスカウトしようとするのは、やりすぎ感はあるもののやはり楽しい)

 しかしもちろん、そんな楽しい話題だけではありません。土方が持ち出した近藤の講武所参加の話題に始まり、彼らの口に上るのは、いまだ旧態依然とした、危機感に乏しい幕府とそこに集う者たちの姿なのですから……


 そして後半で描かれるのは、がらりと雰囲気を変えたエピソード――かつて八郎が初めて吉原に登楼した際の相方・野分との再会が、思わぬ波乱を生むことになります。
 土方から、野分が病み付き明日へも知れぬ容態であると聞かされ、彼女のもとを訪れた八郎。しかし彼女が亡くなった後、その死因が間夫に暴行されたことであったこと、そしてその相手が講武所の人間であることを知った八郎は、犯人を捜すことになります。

 と、ある意味市井の人情もの的展開が始まったのには驚かされましたが、その中で描かれる人間模様も実にいい。特に八郎が遊女たちの、いや女性の心を尊重しつつ、あくまでも対等な人間として自然に接する姿には、素直に好感が持てます。
 そしてそんな八郎と対になるのは、彼に先んじて犯人と対峙し、吉原の遊女の矜持を貫いてみせた野分の妹女郎・左京の存在であります。刀を持った相手にも決して屈せず、傷を負いながらも引かず啖呵を切ってみせる彼女の姿は、作者の画の力が最大限に発揮された、この巻のクライマックスと言ってもよいかと思います。

 しかしこの巻はまだまだ驚かせてくれます。犯人を捕らえて一件落着かと思いきや、その口から、この巻の冒頭から描かれてきた幕府の凋落の姿と、幕府の内部にありながらそれを加速させようとする者たちの存在が明らかになるのですから。

 冒頭の桜田門外の変と、八郎と土方の酒宴と、野分の悲劇と――一見バラバラに見えるエピソードが、実は全てその根底においては繋がっていることが示された時には、思わずゾクゾクさせられました。
 そしてその先にいるのが、これまた幕末史に名を残すあの男とくれば……

 八郎と左京の美しい姿を描きつつも、ラスト一コマで不穏極まりない空気を漂わせる引きも印象的で、これまで同様、先の展開が気になって仕方ない作品であります。


『MUJIN 無尽』第4巻(岡田屋鉄蔵 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon
MUJIN 無尽 4巻 (ヤングキングコミックス)


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2017.06.10

戸南浩平『木足の猿』 変わりゆく時代と外側の世界を前にした侍

 最近の歴史時代小説界で印象に残るのは、個性的な作品をひっさげてデビューする新人作家の登場が続いていることであります。本作はその一つ――明治初期の横浜を舞台に、親友の仇を追い続ける片足の元武士が、連続する英国人殺害事件に巻き込まれる時代ハードボイルドであります。

 幕末の動乱の中、親友を殺した男を追って脱藩、江戸から明治と変わる時代を尻目に放浪を続けてきた居合いの達人・奥井。
 親友の水口の形見の刀を仕込み杖に忍ばせ、その鍔を懐に、老いの近づく年齢になりながらも、なおも仇を追う彼は、ある日一人の奇妙な男・山室の訪問を受けます。

 殺した相手の首を晒すという幕末の攘夷浪士のような所業で街を騒がせている連続英国人殺害事件――その背後に水口の仇と目される男が絡んでいると山室から聞かされた奥井。
 犠牲者の母に雇われたディテクティヴ(探偵)だという山室から協力を求められた彼は、二つ返事で事件を追うことになるのですが、やがて事件は思わぬ様相を呈することに……


 徳川幕府は倒れたものの、いまだ国の形も明確には定まらぬ混沌とした時代、侍たちが退場しつつある時代――それが物語の背景として似合うのか、明治初期を舞台としたミステリタッチの作品というのは、実は少なくありません。
 本作ももちろんその一つですが、他の作品と大きく異なるのは、そのハードボイルドタッチの味わいと、それを生み出す主人公のキャラクターでしょう。

 上で述べたとおり、主人公の奥井は、親友・水口を殺した仇を追い、時代が変わってもなお放浪を続ける男。そしてそんな彼を特徴付けるのは、その境遇以上に、左足が木製の義足であることであります。
 若き日に山津波に巻き込まれて足を岩に挟まれ、そこから脱するために、水口によって足を断たれた奥井。優れた剣の腕を持ちつつも、武芸の道を断たれた彼は、それでも来るべき時代に身を立てるべく英語を学ぶなど、未来を見据えて生きていたのですが……

 しかし、突然の水口の死、それも横領の疑いをかけられた上でのそれが、彼の運命を大きく変えます。仇の男を追って藩を捨て――すなわち侍としての境遇を捨て――それでもなお、友の形見の刀を抱いて、放浪を続ける奥井。
 彼は、侍の時代が終わった後も侍たらんとする、しかし既に侍としては不適合者であるという奇妙な存在として、物語の中を駆けるのであります。

 それは一種の象徴と言えるかもしれません。時代から取り残されたモノの、そして時代が流れても変わらぬモノの、あるいは変わりゆく時代に流されるモノの。
 そんな彼の目から描く明治維新後の世界は、畢竟、輝きに満ちた新世界などではあり得ないのであります。


 しかし本作は、そんな奥井の、変わりゆく日本に対する感傷めいたものを拒否するような「外部」を持ちます。
 それは文字通り日本の外――本作で描かれる連続殺人の被害者の母国である英国をはじめとした諸外国、外の世界の存在であります。

 ある意味、江戸から明治に変わった以上に大きな変化をもたらした開国。それは、この島国で行われていた様々な営みを根底から揺るがすインパクトをもたらしました。
 そしてそれは、この国に縛られていた人々、この国に生きる場所の無かった人々にとっては福音であったかもしれませんが――そこにもやはり、純粋な楽園はないのです。

 本作のタイトルである「木足の猿」――「木足」が、主人公たる奥井の義足であることはいうまでもありませんが、それでは「猿」は何を意味するのか。
 それが明らかにされる時、本作は、英国人殺しという直接的なもの以上に、日本が外部に開かれたことから、外部と触れたことから生まれる悲しみと理不尽の存在を描き出すのです。


 時代から遊離してしまった男の目を通じて、変わりゆく時代と、外側の世界とに翻弄されるモノたちの姿を描く本作。
 クライマックスに待ち受けるどんでん返しも見事ですが、それ以上にこの視点こそが、本作をして優れた「時代」ミステリとして成立させていると感じられるのです。


『木足の猿』(戸南浩平 光文社) Amazon
木足(もくそく)の猿

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2017.05.30

入門者向け時代伝奇小説百選 ミステリ

 今回の入門者向け時代伝奇小説百選はミステリ。物語の根幹に巨大な謎が設定されることの多い時代伝奇は、実はミステリとはかなり相性が良いのです。

41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)


41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子) 【古代-平安】 Amazon
 日本最大の物語と言うべき源氏物語。本作はその作者・紫式部を探偵役として、源氏物語そのものにまつわる謎を解き明かす、極めてユニークな物語です。

 本作で描かれるのは、大きく分けて宮中でおきた猫の行方不明事件と、題名のみが現代に残されている「かかやく日の宮」の帖消失の謎。片や日常の謎、片や源氏物語そのものに関わる謎と、その趣は大きく異なりますが、どちらの事件もミステリとして興趣に富んでいるだけでなく、特に後者は歴史上の謎を解くという意味での歴史ミステリとして、高い完成度となっているのです。

 そして本作は、「物語ることの意味」「物語の力」を描く物語でもあります。源氏物語を通じて紫式部が抱いた喜び、怒り、決意……本作は物語作家としての彼女の姿を通じ、稀有の物語の誕生とそれを通じた彼女の生き様を描く優れた物語でもあるのです。

(その他おすすめ)
『白の祝宴 逸文紫式部日記』(森谷明子) Amazon


42.『義元謀殺』(鈴木英治) 【戦国】 Amazon
 文庫書き下ろし時代小説の第一人者であると同時に、戦国時代を舞台としたミステリ/サスペンス色の強い物語を送り出してきた作者のデビュー作は、戦国時代を大きく変えたあの戦いの裏面を描く物語です。

 尾張攻めを目前とした駿府で次々と惨殺されていく今川家の家臣たち。義元の馬廻で剣の達人の宗十郎と、その親友で敏腕目付けの勘左衛門は、事件の背後にかつて義元の命で謀殺された山口家の存在を疑うことになります。彼らの懸念どおり事件を実行していたのは山口家の残党。しかしその背後には、更なる闇が……

 戦国最大の逆転劇である桶狭間の戦。本作はその運命の時をゴールに設定しつつ、どんでん返しの連続の、一種倒叙もの的な味わいすらあるミステリとして成立させた逸品であります。最後の最後まで先が読めず、誰も信用できない、サスペンスフルな名作です。

(その他おすすめ)
『血の城』(鈴木英治) Amazon


43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍) 【剣豪】【江戸】 Amazon
 歴史上の事件の「真実」をユニークな視点から解き明かす作品を得意とする作者が、名だたる剣豪たちの秘剣の「真実」を解き明かす連作であります。
 それだけでも興味津々な設定ですが、主人公となるのはかの剣豪・柳生十兵衛と、手裏剣の達人・毛利玄達(男装の麗人)。この凸凹コンビが探偵役だというのですからつまらないわけがありません。

 本作の題材となるのは、塚原卜伝の無手勝流、草深甚十郎の水鏡、小笠原源信斎の八寸ののべかね、そして柳生十兵衛(!?)の月影と、名だたる剣豪の名だたる秘剣。いずれもその名が高まるのと比例して、神秘的ですらある逸話がついて回るようになったその秘剣の虚像と実像を、本作は見事に解き明かしていくのです。

 十兵衛と玄達のキャラクターも楽しく、剣豪ファンにも大いにお薦めできる作品です。

(その他おすすめ)
『柳生十兵衛秘剣考 水月之抄』(高井忍) Amazon
『名刀月影伝』(高井忍) Amazon


44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる) 【幕末-明治】【児童文学】 Amazon / Amazon
 自称名探偵・夢水清志郎が活躍する児童向けミステリ『名探偵夢水清志郎事件ノート』シリーズの登場人物の先祖的キャラが活躍する外伝であります。

 幕末の長崎出島に住み着いていた謎の男・夢水清志郎左右衛門。出島で事件を解決した彼は、ふらりと江戸に出ると、徳利長屋に住み着いて探偵稼業を始め……という本作、前半は呑気な事件が多いのですが、終盤にガラリとシリアスかつ驚天動地の展開を迎えることとなります。
 江戸を舞台に激突寸前の新政府軍と幕府軍。これ以上の時代の犠牲を防ぐべく、清志郎左右衛門は勝と西郷を前に、江戸城を消すというトリックを仕掛けるのですから――

 時代劇パロディ的な作品でありつつも、人を幸せにしない時代において、「事件を、みんなが幸せになるように解決する」べく挑む主人公を描く本作。子供も大人も必読の名作です。


45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介) 【幕末-明治】 Amazon
 『大富豪同心』をはじめとするユニークな作品で活躍する作者による伝奇ミステリの問題作であります。

 旅先で看取った青年の末期の言葉を携え、モウリョウの伝説が残る上州の火嘗村を訪れた渡世人の三次郎。そこで彼を待ち受けるのは、猟奇的な事件の数々。関わりねえ事件に巻き込まれた三次郎の運命は――
 と、奇怪な伝説や因習の残る僻地の謎と、それに挑む寡黙な渡世人という、どこかで見たような内容満載の本作。しかし本作はそこに濃厚な怪奇性と、きっちり本格ミステリとしての合理的謎解きを用意することで、さらに独特の世界を生み出しているのが何とも心憎いのです。

 そして本作のもう一つの特徴は、作中の人物がミステリのお約束に突っ込みを入れるメタフィクション的な言及。路線的に前作に当たる『猫魔地獄のわらべ歌』ほど強烈ではありませんが、後を引く味わいであります。



今回紹介した本
千年の黙 異本源氏物語 (創元推理文庫)義元謀殺 上 (ハルキ文庫 す 2-25 時代小説文庫)柳生十兵衛秘剣考ギヤマン壺の謎<名探偵夢水清志郎事件ノート外伝> (講談社文庫)徳利長屋の怪<名探偵夢水清志郎事件ノート外伝> (講談社文庫)股旅探偵 上州呪い村 (講談社文庫)


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 鈴木英治『義元謀殺』上巻 「その時」に向けて交錯する陰謀
 「柳生十兵衛秘剣考」(その一)
 「ギヤマン壺の謎 名探偵夢水清志郎事件ノート外伝」 名探偵幕末にあらわる
 「徳利長屋の怪 名探偵夢水清志郎事件ノート外伝」 時代に挑む大仕掛け
 『股旅探偵 上州呪い村』 時代もの+本格ミステリ+メタの衝撃再び?

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