2017.05.12

さとみ桜『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業』 人を救い、幸せを招く優しい怪異の物語

 第23回電撃小説大賞の銀賞受賞作である本作は、タイトルどおり明治時代を舞台に、妖怪変化を使ってもめ事を解決する新聞記者と舞台役者に出会った少女が、彼らとともに事件解決に奔走する、ちょっとユニークな物語であります。

 ある日、日陽新聞社に乗り込んできた少女・井上香澄。新聞に載った迷信じみた記事が元で、親友が奉公先を追い出されたことに苦情を言いにやってきた香澄は、記事を書いた記者・内藤久馬から、その記事が彼女の親友を守るためのものであったと聞かされます。
 実は久馬は、自称役者崩れの芝浦艶煙と組んで、妖怪騒動をでっち上げ、その陰で人助けをするのを裏稼業にしている男。今回の記事も、極めて女癖の悪い奉公先の主から守るために、主の方から香澄の親友を店から出すようにし向けたものだと言うのです。

 そんな久馬の態度が気にくわない香澄は、彼を見返すために、半ば強引に裏稼業の仲間に加わるのですが――


 お転婆だけども気持ちの真っ直ぐな少女が、ちょっと斜に構えたツンデレ気味の青年とともに様々な騒動に巻き込まれ、そのうちに……というのは、古今東西を問わないパターンの一つと言えるかもしれません。
 その意味では本作はまさにそのパターンを踏まえた作品であります。

 さらに言えば、本作の(実際には存在しない)妖怪変化の存在を隠れ蓑にしてもめ事を収めるという趣向には、非常に有名な先行作品が存在します。
 その辺りと比較すると、本作で描かれる仕掛けは、いささかストレートに感じられるのが正直なところですが……しかし、物語が進むにつれて、本作の独自性が描き出されることになります。


 本作での久馬と艶煙、そして香澄の裏稼業は、悩み苦しむ人を救うためのもの。そしてそこには多くの場合、その人を悩ませ苦しめる相手が存在します。
 そんな時、裏稼業は半ば当然のようにそんな「悪人」を退治することになりますが……しかし彼らの目的は、本質的には人助け。その主眼は、悪人の断罪ではなく、むしろ善人の救済にこそあります。

 そんな彼らの裏稼業の目的は、時に金のためではない場合すらあります。
 一歩間違えれば極めて現実味の薄い話になりかねないこの趣向は、しかし物語の終盤で久馬が裏稼業を行う理由が明かされることにより、本作の独自性を浮かび上がらせることになるのです。
(ちなみに艶煙は艶煙で、立派な、そして個人的に大いに納得できる理由があるのがイイ)

 そう、実は最終話で描かれるのは、久馬自身の事件、そして彼の過去と現在を巡る物語であります。
 その詳細を語ることはさすがに避けますが、ここで描かれるのは、一つの悲劇を怪異を絡めることによって昇華し、誰を傷つけることなく、関わった者たちを救うという本作ならではの構図であります。

 そしてそこに、物語の冒頭から久馬たちに翻弄され、それでも自分の求める道を探して真っ直ぐに走ってきた香澄が絡み、そしてそこで彼女の成長が、裏稼業に加わった意味が示されるという展開は――定番ではありますが――なかなかに感動的なのです。
(ちなみにここで、彼女について引っかかっていた点がきっちりと解消されるのも納得)


 確かに彼らのやっていることは綺麗事かもしれません。それでも、妖怪変化の存在を、怪異の存在を以て誰もが……それを仕掛ける者も含めて幸せになれるのであれば、それは素晴らしいことと言えるでしょう。
 怖さではなく優しさを感じさせる怪異の物語……普段であればちょっと顰めっ面になってしまいそうな趣向を素直に楽しませてくれる、そんな物語であります。


『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業』(さとみ桜 メディアワークス文庫) Amazon
明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業<明治あやかし新聞> (メディアワークス文庫)

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2017.05.09

入門者向け時代伝奇小説百選 SF

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回紹介するのはSF編。いずれもその作品ならではの独自の世界観を持つ、個性的な顔ぶれです。
36.『寛永無明剣』(光瀬龍)
37.『産霊山秘録』(半村良)
38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)
39.『大帝の剣』(夢枕獏)
40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)

36.『寛永無明剣』(光瀬龍)【江戸】【剣豪】 Amazon
 大坂の陣の残党を追う中、何故か柳生宗矩配下の襲撃を受けた北町奉行所同心・六波羅蜜たすく。一つの集落そのものを消し去り、幕府要人たちといつの間にかすり替わっているという謎の強大な敵の正体とは……

 と、歴史改変テーマの時代SFを数多く発表してきた作者の作品の中でも、完成度と意外性という点で屈指の本作。
 奇怪極まりない陰謀に巻き込まれた主人公の活躍だけでも、時代小説として実に面白いのですが、しかしそれだけに、中盤に物語の真の構図が明らかになるその瞬間の、一種の世界崩壊感覚は、本作ならではのものであります。

 そしてその先に待つのは、あまりにも途方もないスケールの秘密。まさに「無明」と呼ぶほかないその虚無感と悲哀は、作者ならではの味わいなのであります。

(その他おすすめ)
『多聞寺討伐』(光瀬龍) Amazon


37.『産霊山秘録』(半村良)【戦国】【江戸】【幕末-明治】 Amazon
 時代伝奇SF、いや伝奇SFの巨人とも言うべき作者の代表作である本作は、長き時の流れの中で、強大な超能力を持つ「ヒ」一族の興亡を連作形式で描く壮大な年代記であります。

 戦国時代に始まり、江戸時代、幕末、そして第二次大戦前後に至るまで……強大な異能を活かして、歴史を陰から動かしてきたヒの一族。高皇産霊尊を祖と仰ぐ彼ら一族の血を引くのは、明智光秀、南光坊天海、猿飛佐助、坂本竜馬、新選組……と錚々たる顔ぶれ。
 そんなヒの一族が如何に歴史に絡み、動かし、そして滅んでいくのかを描いた物語は、まさに伝奇ものの興趣横溢。最後にはアポロの月面着陸まで飛び出す奇想天外な展開には、ただ圧倒されるばかりなのです。

 そしてそんな物語の中に、生命とは、生きることとは何か、という問いかけを込めるのも作者ならではであります。


38.『TERA小屋探偵団 未来S高校航時部レポート』(辻真先)【江戸】【ミステリ】 Amazon
 アニメ界の生きる伝説であり、同時にミステリ、ジュブナイルを中心に活躍してきた作者が描いたジャンルクロスオーバーの快作であります。

 22世紀の未来から、享保年間にやってきた五人の高校生+顧問の航時部。彼らは、江戸に到着早々、二つの密室殺人事件に巻き込まれることになります。それぞれ個性的な能力を持つ彼らは特技を活かして事件解決に乗り出すのですが――
 とくれば、未来人が科学知識を活かして江戸時代で事件捜査を行う一種の時代ミステリになると思われますが、その先に待ち受けているのは、様々なジャンルが入り混じり、謎が謎呼ぶ物語。

 「過去」と「未来」が交錯するその先に、思わぬ形で開く「現在」への風穴にはただ仰天、齢八十を超えてなお意気衰えぬ作者が現代の若者たちに送る、まさしく時代を超えた作品であります。

(その他おすすめ)
『戦国OSAKA夏の陣 未来S高校航時部レポート』 Amazon


39.『大帝の剣』(夢枕獏)【江戸】【剣豪】 Amazon
 伝奇バイオレンスで一世を風靡した作者が、時代伝奇小説に殴り込みをかけてきた、記念すべき大作であります。

 主人公は日本人離れした容姿と膂力を持ち、背中に大剣を背負った巨漢・万源九郎。その剣を頼りに諸国を放浪する彼が出会ったのは、奇怪な忍びに追われる豊臣家の娘・舞。しかし彼女の体には、異星からやってきた生命体・ランが宿っていたのであります。
 かくて源九郎の前に現れるのは、徳川・真田両派の忍びに切支丹の妖術師、宮本武蔵ら剣豪、そして不死身の宇宙生物たち……!

 無敵の剣豪が強敵と戦うのは定番ですが、その敵が宇宙人というのはコロンブスの卵。そしてそこに「大帝の剣」を含む三種の神器争奪戦が絡むのですから、面白くないはずがありません。終盤には人類の歴史にまで物語が展開していく実に作者らしい野放図で豪快な物語です。

(その他おすすめ)
『天海の秘宝』(夢枕獏) Amazon


40.『押川春浪回想譚』(横田順彌)【幕末-明治】 Yahoo!ブックストア
 ハチャハチャSFを得意としながらも、同時に古典SF研究家として活動し、さらに明治時代を舞台としたSFを描いてきた作者。本作はその作者の明治SFの中心人物である実在のSF作家・押川春浪と、その弟子筋の若き小説家・鵜沢龍岳(こちらは架空の人物)を主人公とした短編集であります。

 明治時代の新聞の切り抜きを冒頭に掲げ、春浪自身が経験した、あるいは耳にした、この記事にまつわるエピソードを龍岳が聞くという聞くというスタイルの短編12篇を納めた本書は、いずれも現実と地続きの世界で起きながら、この世の者ならぬ存在がひょいと顔を出す、すこしふしぎな(まさにSF)物語ばかり。
 内容的にはあっさり目の作品も少なくないのですが、ポジでもネガでもない明治を、SFという観点から掘り起こしてみせたユニークな作品集です。

(その他おすすめ)
『火星人類の逆襲』(横田順彌) Amazon



今回紹介した本
寛永無明剣 (角川文庫)産霊山秘録 上の巻<産霊山秘録> (角川文庫)未来S高校航時部レポート TERA小屋探偵団 (講談社ノベルス)大帝の剣 1 (角川文庫)押川春浪回想譚 (ふしぎ文学館)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「寛永無明剣」 無明の敵、無明の心
 『未来S高校航時部レポート TERA小屋探偵団』 未来の少年少女が過去から現在に伝えるもの
 夢枕獏『大帝の剣 天魔望郷編』 15年ぶりの復活編
 「押川春浪回想譚」 地に足の着いたすこしふしぎの世界

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2017.04.18

風野真知雄『密室 本能寺の変』 探偵光秀、信長の死の謎を追う

 戦国史最大の事件たる本能寺の変の謎に挑んだ作品は数多くありますが、本作はその中でもかなりユニークな部類に入るでしょう。何しろ探偵役となるのが、本来であれば犯人であるはずの明智光秀。そして彼が挑む謎とは、自分が攻め込んだ時、既に密室で殺されていた信長の死なのですから――

 天下統一を目前として、ごくごく僅かの手勢のみで、公家、僧侶、商人と、彼に恨みを持つ者たちばかりが集う本能寺に入った信長。愛する信長を守るために警備を固めようとする森蘭丸ですが、しかし信長に一笑に付されることになります。
 なるほど、防備は城塞並み、特に寝所は完全に密室となっている本能寺ですが、しかし刺客の影がちらつく中、危機感を募らせていく蘭丸。

 そしてこの状況に危機感を募らせていた男がもう一人。自分こそが信長に最も信頼されていると自負し、そして蘭丸の存在に嫉妬を燃やす明智光秀であります。
 信長の過信が現在の危険極まりない状況を招いたと憂える光秀は、煩悶の末、ほかの人間に殺されるくらいならばと信長弑逆を決断、本能寺に攻め入ることになります。

 そして始まった明智軍の猛攻の中、信長が寝所から姿を見せないことに不審を抱いた蘭丸。閉め切られた寝所の扉をこじあけてみれば、中にあったのは何と信長の無惨な遺体ではありませんか!

 その事実を知った光秀は、自分が手を下すよりも先に信長が殺されたことに怒りを燃やし、犯人を見つけだそうとするのですが……彼の前に次々登場する、犯人を自称する者たち。
 しかし信長の最期の姿は、彼らの主張する犯行方法ではいずれも成し得ないものであったことから、事態は混迷を極めることになるのであります。


 その作品のかなりの割合でミステリ的趣向を用いたものが含まれている作者。本作もその一つということになりますが、題材といい探偵役といい展開といい、それらの作品の中でも群を抜いてユニークな作品であることは間違いありません。

 とは言うものの、終盤で解き明かされる信長殺害のトリックは、ビジュアル的には面白いものの、実現するにはあまりに無理があり、これはミステリファンの方は激怒するのでは……というのが正直な感想であります。

 しかし、真犯人の犯行理由は――こちらはむしろ普通の歴史小説ファンが怒り出しそうなのですが――作者のファンとしては、なるほど、と感じさせられました。
 本作に登場する(光秀を含めた)容疑者の誰に比べても、遙かに「つまらない」ものである彼の動機。しかしその動機は、まさしく信長がこれまでの覇道で踏みにじり、一顧だにしなかったものの象徴と感じられるものなのですから。

 思えば作者は、デビュー作以来、常に強者より弱者、勝者よりも敗者、高所よりも低所からの視点を好んで描いてきた作家。だとすればこの真犯人像も、(小説として盛り上がるかは別として)大いに頷けるものがあるのです。
 そしてさらに言えば、光秀と容疑者たちの対話の中から、言い換えれば容疑者たちの犯行動機から浮かび上がるのは、英雄と称されてきた信長の負の側面……と言うのがキツい表現であれば、信長の英雄らしからぬ側面であります。

 本作はユニークなミステリとしての形式を取りながらも、むしろその中で信長の姿を、通常とは異なる角度から描き出そうとしていたのではないか――
 と牽強付会気味に感じたのは、これは作者がこれまで、『魔王信長』『死霊大名』といった作品の中で、これまた特異な形で信長を扱ってきたからなのですが。


 とはいえ、このような内容であれば、その信長の正の側面……光秀と蘭丸が愛する信長の魅力も、より掘り下げて描かれる必要があるように思うのですが、それが今ひとつ見えないのもまた事実。やはりアイディアと趣向は非常に面白いものの、色々と勿体ない作品と言うべきでしょうか。


『密室 本能寺の変』(風野真知雄 祥伝社) Amazon
密室 本能寺の変

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2017.03.29

宮島礼吏『もののて 江戸忍稼業』第3巻 二人を命がけで立たせたもの

 左右の手が逆についた異形の青年忍者・皆焼と、医師志望の少女・おこたの冒険を描く物語の最終巻であります。思わぬ成り行きから、しかし己の誇りを賭けて名門の貴公子と決闘を繰り広げることとなった皆焼。そしてついに明かされる彼の過去、彼が忍びとなった理由とは……

 皆焼の属する飛騨望月衆に加わり、その初仕事として、皆焼と二人で駆け落ちの夫婦を装って錠前を売ることになったおこた。しかしその仕事場所は、かつておこたが暮らしていた町でありました。
 そこで素性がバレてしまったおこたは、彼女を嫁に望んでいた名門・織田家の八男・長雄のもとに連れ戻されることになります。

 しかし自分の、そしておこたの仕事をあざ笑った長雄に対し、刀を手に対峙する皆焼ですが……相手は武芸の修練を積んだ侍、そして手にした得物も名刀・圧し切りとくれば相手が悪すぎる。
 正面から打ち合った皆焼のなまくら刀はへし折れ、自身も無数の傷を負う皆焼。しかしそれでも決して倒れず、なおも刀を交える彼の姿を見かねたおこたも、一つの決意を固めるのですが――


 第2巻の紹介では、皆焼とおこたが長雄を前に屈せず立つ理由を、己の仕事に対する「矜持」ゆえと述べましたが、しかしここで描かれたものは、それ以上に深く、重いものでありました。

 この巻の冒頭で挿入されるおこたの過去話は、彼女があれほど旅に憧れ、そして皆焼に惹かれる理由として、深く頷けるもの。
 長く孤独に生きてきた者にとって、自分以外の他者の存在が、自分をとりまく世界の存在が、どれほど暖かく、嬉しいものであるか……そしてそれを他者が力ずくで奪うことが、どれだけ腹立たしいことであるか。

 当たり前といえば当たり前のその想いのために、そしてそんな自分自身を貫くために、そんな相手を守るために、二人は命を賭けて立つのであります。


 そしてその想いは、皆焼の壮絶な過去を目の当たりにすることにより、より一層こちらの心に強く焼き付くことになります。

 幼いころからその腕のために、差別され、好奇の目に晒され、石もて逐われてきた皆焼。傷つき飢え、瀕死の彼がたどり着いたのは、目も見えず耳も聞こえない老人と、病で瀕死の少年が暮らす小屋でした。
 老人が気づかぬのをよいことに少年の食事を奪い、そして少年が死んでいくのを見殺しにした皆焼。そして少年になり代わって老人の下で、彼は一時の平和を得ることになります。

 しかしその彼を追って山賊が老人の小屋を襲ったことで、再び彼の運命は激しく動くことになります。そして老人を守るためについに刀を手にした皆焼に、老人はある真実を語るのですが――


 いやはや、皆焼の手とそれに対する周囲の反応という基本設定の部分だけでも驚かされた本作ですが、しかしこの過去編でのあまりの容赦のなさには、これまで以上に驚かされました。
 何もここまで描かなくとも……と言いたくなるほど、皆焼を追い詰め苦しめる描写と展開の連続は、ほとんど連載漫画ということを考慮に入れていないようにも感じられる構成も相まって、強烈なインパクトを残します。
(どうやらこの過去編は雑誌連載ではなく、web連載のようですが……)

 しかしそれだけに、その先にあった真実はそれまでの苦さに倍する感動を我々に与えてくれます。。
 そしてその真実が生み出したものこそが、その後の皆焼の生涯を、この巻の冒頭での彼の行動を決めることになるのであります。


 冒頭で触れたように、残念ながら本作はこの第3巻で完結となります。本作の最大の特徴であり、そして最大の謎であった皆焼の手の正体は明かされぬまま、物語は一つの結末を迎えることとなります。
(柳生十兵衛もまた……という描写があっただけにこの辺りは実にもったいない)

 それは本当に残念でならないのですが、しかし皆焼の過去とおこたの過去が描かれ、そしてそこから生まれた二人の願いが、二人の想いが結びつき、一つとなったことは、それはそれで一つの美しい結末であったと感じます。

 もちろん、その先の物語が描かれることがあれば、それに勝る喜びはないのですが――


『もののて 江戸忍稼業』第3巻 (宮島礼吏 週刊マガジンKC) Amazon
もののて(3)<完> (講談社コミックス)


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 宮島礼吏『もののて 江戸忍稼業』第2巻 二人の成すべき仕事の意味

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2017.03.20

『コミック乱ツインズ』 2017年4月号(その二)

 『コミック乱ツインズ』4月号の掲載作品の紹介の後編であります。今回も印象に残った作品を一つずつ取り上げます。

『エイトドッグス 忍法発見伝』(山口譲司&山田風太郎)
 木は森に、の例えの如く、現八が用心棒を務める吉原西田屋に隠れることとなった村雨姫と信乃。しかし敵もさるもの、半蔵配下のくノ一のうち、椿と牡丹が遊女志願を装って西田屋に現れます。
 現八はこれを単身迎え撃つことに――

 といってもここで繰り広げられるのは閨の中での睦み合い。しかしそれが武器を取っての殺し合い以上に凄惨なものとなりえるのは、忍法帖読者であればよくご存知でしょう。
 かくて今回繰り広げられるのは、椿の「忍法天女貝」、現八の「忍法蔭武者」、牡丹の「忍法袈裟御前」と、いずれ劣らぬ忍法合戦。詳細は書くと色々とマズいので省きますが、この辺りの描写は、まさにこの作画者のためにあったかのように感じられます。

 そして壮絶な戦いの果てに倒れる現八。原作を読んだ時は男としてあまりに恐ろしすぎる運命に慄然とさせられたこのくだり、あまり真正面から描くと、ギャグになってしまう恐れもありますが……
 しかし本作においては、前回語られたように村雨姫にいいところを見せるために戦いながらも、決して彼女には見せられない姿で死んでいくという悲しさを漂わせた画となっているのに、何とも唸らされた次第です。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 時代と場所を次々と変えて描かれる本作ですが、今回のエピソードは前回から続き、本能寺の変の最中からスタート。蘭丸を失った悲しみから鬼と化した信長は、変を生き残り(と言ってよいものか?)自我を失うことなく、怨みと怒りを漲らせながら、光秀とその血族に襲いかかることになります。
 それを阻むべく信長の後を追う、鬼斬丸の少年ですが、さしもの彼も鬼と化した信長には苦戦を強いられて――

 これまではどんな人物であっても、一度鬼と化せば理性を失い、人間を襲ってその血肉を喰らうしかない姿が描かれてきた本作。そんな中で、言動はまさしく「鬼」のそれであっても、明確に己の意志で動く信長はさすがというべきでしょうか。
 そして生前の彼を、この世に鬼を呼び込む怪物と見て弑逆に走った光秀もまた、その本質を正しく見抜いていたと言えますが……しかしそんな彼であっても、信長に家族が襲われるという煩悶から鬼となりかけるというのが哀しい。

 人が鬼を生み、鬼が鬼を生む地獄絵図の中、人がどうなっても構わぬと明言しつつも、その行動が結果的に人を救うことになる少年の皮肉も、これまで以上に印象的に映ります。
 そして物語はさらに続くことに――


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 父・輝宗を殺され、怒りに逸るままに力押しを仕掛けて失敗した政宗。今回はそんな彼が己を取り戻すまでが描かれることとなります。

 悲しみのあまりとはいえ、景綱ですら止められぬほどに我を忘れて暴走する政宗。その怒りは、必死に彼を止めようとする愛姫にまで向けられ……と、姫に刀を向ける姿にはさすがに引きますが、しかし何となく「ああ、政宗だからなあ……」と納得してしまうのがちょっと可笑しい。

 もちろんこの辺りの描写にふんだんにギャグが散りばめられていることもあるのですが、変にフォローが入らない方が、かえって人物への好感を失わないものだな、と再確認しました。


 その他もう一つの新連載は『よりそうゴハン』(鈴木あつむ)。長屋に妻と暮らす絵師が料理をする姿を通じて描く人情もののようですが、展開はベタながら、今回の料理である焼き大根、確かにおいしそうでありました。


『コミック乱ツインズ』2017年4月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年4月号 [雑誌]


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 『コミック乱ツインズ』2017年1月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』2017年1月号(その二)
 『コミック乱ツインズ』 2017年2月号
 『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その一)
 『コミック乱ツインズ』 2017年3月号(その二)

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2017.02.07

入門者向け時代伝奇小説百選 剣豪もの

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪もの五作を紹介いたします。時代ものの華である剣豪たちを主人公に据えた作品たちであります。
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

11.『柳生非情剣』(隆慶一郎) Amazon
 様々な剣豪を輩出し、そしてそれ自体が徳川幕府を支えた隠密集団として描かれることが少なくない柳生一族。本作はそんな柳生像の定着に大きな役割を果たした作者による短編集であります。

 十兵衛、友矩、宗冬、連也斎……これまでも様々な作家の題材となってきた綺羅星の如き名剣士たちですが、隆慶作品においては敵役・悪役として描かれることの多い面々。そんな彼らを主人公とした短編を集めた本書は、剣と同時に権――すなわち政治に生きた特異な一族の姿を浮かび上がらせます。

 どの作品も、剣豪小説としての興趣はもちろんのこと、等身大の人間として剣との、権との関わり合いに悩む剣士の生きざまが描き出されている名作揃いであります。

(その他おすすめ)
『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐) Amazon


12.『駿河城御前試合』(南條範夫) Amazon
 山口貴由の『シグルイ』をはじめ、平田弘史や森秀樹といった錚々たる顔ぶれが漫画化している名作であります。

 暗愚の駿河大納言徳川忠直が己が城中で開催した十番の真剣勝負を描いた本作は、残酷時代小説で一世を風靡した作者ならではの武士道残酷物語であると同時に、剣豪ものとしても超一級の作品。
 片腕の剣士vs盲目の剣士、マゾヒスト剣士や奇怪なガマ剣法…個性豊かな剣士たちとその武術が炸裂する十番勝負+αで構成される本作は、その一番一番が剣豪小説としての魅力に充ち満ちているのです。

 そして、死闘の先で剣士たちが得たものは……剣とは、武士とは何なのか、剣豪小説の根底に立ち返って考えさせられる作品であります。


13.『魔界転生』(山田風太郎) Amazon
 映画、漫画、舞台とこれまで様々なメディアで取り上げられ、そして今もせがわまさきが『十』のタイトルで漫画化中の大名作です。

 島原の乱の首謀者・森宗意軒が編み出した「魔界転生」なる忍法によって死から甦った宮本武蔵、宝蔵院胤舜、柳生宗矩ら、名剣士たち。彼ら転生衆に挑むのは、剣侠・柳生十兵衛――ここで描かれるのは、時代や立場の違いから成立するはずもなかった夢のオールスター戦であります。

 そして本作の中で再生しているのは剣士たちだけではありません。その剣士たちを描いてきた講談・小説――本作は、それらの内容を巧みに換骨奪胎し、生まれ変わらせた物語。剣豪ものというジャンルそのものを伝奇化したとも言うべき作品であります。

(その他おすすめ)
『柳生忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『宮本武蔵』(吉川英治) Amazon


14.『幽剣抄』(菊地秀行) Amazon
 剣豪と怪異とは水と油の関係のようにも思えますが、しかしその両者を見事に結びつけた時代ホラー短編集であります。

 本作に収録された作品は、「剣」という共通点を持ちつつも、様々な時代・様々な人々・様々な怪異を題材とした、バラエティに富んだ怪異譚揃い。
 しかしその中で共通するのは、剣という武士にとっての日常と、怪異という非日常の狭間で鮮明に浮かび上がる人の明暗様々な心の姿であります。。

 本シリーズは、『追跡者』『腹切り同心』『妻の背中の男』と全四冊刊行されておりますが、いずれもデビュー以来、怪奇とチャンバラを愛し続けてきた作者ならではの、ジャンルへの深い愛と理解が伝わってくる名品揃いであります。

(その他おすすめ)
『妖藩記』(菊地秀行) Amazon
『妖伝! からくり師蘭剣』(菊地秀行) Amazon


15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人) Amazon
 今や時代小説界のメインストリームとなった文庫書き下ろし時代小説、その代表選手の一人である作者が描いた剣豪ものであります。

 ある日飄然と吉原に現れ、遊女屋の居候となった謎の青年・織江緋之介が、次々と襲い来る謎の刺客たちと死闘を繰り広げる本作。複雑な過去を背負って市井に暮らす青年剣士というのは文庫書き下ろしでは定番の主人公ですが、しかしやがて明らかになる緋之介の正体と過去は、本作を飛び抜けて面白い剣豪ものとして成立させるのです。

 彼を巡る三人の薄幸の美女の存在も味わい深い本作は、その後全7巻のシリーズに発展することとなりますが、緋之介が人間として、武士として成長していく姿を描く青春ものの味わいも強い名品です。

(その他おすすめ)
『闕所物奉行裏帳合 御免状始末』(上田秀人) Amazon


今回紹介した本
新装版 柳生非情剣 (講談社文庫)駿河城御前試合 (徳間文庫)魔界転生 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)幽剣抄<幽剣抄> (角川文庫)悲恋の太刀: 織江緋之介見参 一 〈新装版〉 (徳間文庫)


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 上田秀人『織江緋之介見参 一 悲恋の太刀』(新装版) 若き日の剣士と美女の物語

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2017.01.28

宮島礼吏『もののて 江戸忍稼業』第2巻 二人の成すべき仕事の意味

 左右の手が逆についた逆手の青年、実は飛騨望月衆の忍びである皆焼と、ある事件から彼と知り合った医師志望の少女・おこたの冒険を描くユニークな忍者ものの続巻であります。望月衆に加わることとなったおこたは皆焼と珍妙な任務に就くのですが、それが思わぬ事件を引き起こすことに……

 医師になることを夢見て中山道を旅する途中のおこたが、悪辣な賊に襲われた際に出会った皆焼。彼は、周囲の人間たちが「もののて」と呼んで一様に嫌悪し、疎外する逆手の持ち主でありました。
 しかし彼の逆手を恐れぬどころか、それに惹かれたおこたが助けを求めたことがきっかけで、(貸しを背負わされた)おこたは彼と旅することになります。

 そして二人が辿り着いた望月衆の里では、皆それぞれに泰平の世の忍びとしてのお仕事(金儲け)に勤しむ毎日。そしてその一員となることを望んだおこたですが――


 というわけでおこたの初仕事となるわけですが、その内容がとんでもない。
 錠前屋からの依頼を受けて、とある町で錠前を売ることとなったおこたは、周囲から引き離されないように互いを手鎖で結んで駆け落ちをする夫婦という触れ込みで、その錠前の頑丈さを宣伝(ステマ)することになったのであります。

 そしてもちろん(?)その相手役は皆焼。かくて四六時中手鎖に繋がれた二人の共同生活が始まることに――
 とくれば、何と言いますか、未成年向けの『剣鬼喇嘛仏』的なエロコメ展開になりそうですが(そして実際のところ結構そういう感じでもあるのですが)、しかし物語は思わぬ方向に転がっていくことになります。

 実は二人が夫婦生活を始めた大田の町は、かつておこたが暮らしていた場所。針子として幽閉同然の暮らしを送っていた彼女は、しかし名門の若君・長雄に見初められ、輿入れすることとなっていたのであります。
 しかし医者になるという夢を諦められなかったおこた。その後の彼女はこれまで描かれたとおりですが、ここで長雄に見つけ出され連れ戻されることになってしまったのです。

 剣の達人である長雄によって手鎖を斬られ、連れ戻されるおこた。彼女の夢に全く理解を示さぬ長雄に、おこたは大切にしていた医学書を燃やされ、そして皆焼も己の忍びとしての役目を嘲られ、ついに剣を以って長雄に対峙することに――


 いやはや、前半である意味いかにも本作らしい、可笑しくも世知辛い「仕事」を巡るコミカルな騒動が展開されていたと思えば、後半で意外にもシリアスかつ重い方向へ展開していったこの巻。
 しかしこの前半と後半には、「仕事」――己のなすべきことに対する、皆焼とおこたの矜持が描かれるという共通点があります。

 大きな戦闘力を持ちつつも、その能力はほとんど必要とされず、事務や営業といった能力を持った面々に比べて低く見られている皆焼。皆焼への借金を返すため、そして自分自身の手で金を稼ぎ、未来の夢である医者を目指すおこた。

 その来し方、そして目指すところは全く異なりますが、しかし二人に共通するのは、それでも己の任せられた任務を最後までやり遂げようとする心であります。
 それは様々な重荷を背負ってきた二人にとって、自分自身の足で立ち、生きていくことと同義なのですから――

 そして二人の前に立ちふさがる長雄は、そんな二人が仕事に向ける想いを理解しない、できない存在として描かれます。
 織田信長の孫(しかも実在の人物)という立場にある長雄にとって、忍びなどは顧みる価値もない存在。そして彼がおこたに向ける想いは本物ではあるものの、しかしそれはあくまでも一方的なもの……彼女の夢もまた、彼にとっては無価値なものでしかないのです。

 もっとも、彼もまた、一族の名が一人歩きする中で、己の居場所と価値を求めてあがく人間であります。(その中で自分を一個の人間として見てくれたおこたを見初めたという設定がまたうまい)
 そこには同情の余地があるのですが、しかし、二人にとっては、物語設定以上に、乗り越えるべき相手として描かれていることは間違いありません。


 脳天気でアバウトなようでいて、その実、意外と骨っぽく、しっかりとしたものを内包している……そんな、主人公たる皆焼同様のものを持つ本作の在り方が見えてきた今、続きが気になる作品です(この巻がまた、イイところで引いていて……)


『もののて 江戸忍稼業』第2巻(宮島礼吏 週刊マガジンKC) Amazon
もののて(2) (講談社コミックス)


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2017.01.15

物集高音『大東京三十五区 冥都七事件』 縁側探偵が解く「過去」と「現在」

 日本の首都である東京都区部=二十三区。その二十三区が現状とほぼ同じ範囲となったのは、昭和7年……当時は三十五区という形でした。本作はその前年から始まる連作短編集、下宿の大家と不良書生という異色のコンビが、「過去」と「現在」に渡り東京を騒がせる怪事件に挑むユニークなミステリです。

 本作の主人公の一人は、早稲田大学の学生・阿閉万。学生とは名ばかりで、落語や探偵小説など、様々なことにちょろっと手をつけてはすぐに投げ出すことからついたあだ名が「ちょろ万」という、まずうだつのあがらない青年であります。
 その阿閉青年が目下血道を上げているのは、明治時代の奇談の蒐集。明治の新聞記事から奇妙な事件を取り上げて一冊にまとめようという目論見なのです。

 そんな彼が今回見つけたのは、明治13年に起きたという品川東海寺での怪事件を記した記事。東海寺の七不思議の一つ、切れば血が出るという血出の松が台風で倒れて暫く経ったある晩、警邏の巡査が、按摩がその松を何かに憑かれたように揉み療治していたのを見つけたというのであります。

 さて、阿閉青年がこの記事のことを語って聞かせた相手というのが、彼の下宿「玄虚館」の大家・玄翁先生こと間直瀬玄蕃老人。
 真っ白い総髪に長い山羊髭と仙人めいた風体で博覧強記、こうした奇聞珍聞も大好物の玄翁先生は、阿閉青年を相手にこの事件の謎解きを始めるのですが――

 というのが第一話「老松ヲ揉ムル按摩」の物語。阿閉青年が仕入れてきた様々な奇談怪談に対し、玄翁先生が屋敷の縁側に座り、青年をこき使って手に入れた情報を元に真相を推理してみせる……という、安楽椅子探偵ならぬ縁側探偵というべきスタイルであります。

 しかしこの縁側探偵、単純に空間的な距離のみならず、物語の時点から数十年前という時間的な距離まであるという状況からの推理なのが実に面白い。
 しかもこの第一話の題材となっているのが(本作においてはアレンジした形で描かれていますが)吉村昭や葉室麟の作品の題材ともなったあの事件というのにも唸らされるところであります(しかも……)。


 本作はそんな二人が挑む全七話を収録。
 荏原郡の医師の家にバラバラと石が降り、窓を破って中にまで飛び込んできたという「天狗礫、雨リ来ル」
 三ノ輪で産婆の家の前の夜泣き石が咽び泣いたことを探る中で思わぬ事件が露呈する「暗夜ニ咽ブ祟リ石」
 明治34年、花見で賑やかな向島に作られた迷路の中から二人の花魁が忽然と消えた「花ノ堤ノ迷途ニテ」
 根岸の小川で、見知らぬ子供が橋が落ちると騒いだ直後、川の水が増量し橋が流された「橋ヲ墜セル小サ子」
 明治末、開業したばかりの王子電車が飛鳥山近くで花電車の幽霊電車に幾度も目撃された「偽電車、イザ参ル」
 東京三十五区の誕生記念式典の最中、天に「凶」の字が浮かんだ騒動の背後に、思わぬ犯人の姿が浮かぶ「天ニ凶、寿グベシ」

 第一話のように明治時代の事件もあれば、物語の時点でリアルタイムともいえる昭和初期の事件もありと様々ですが、共通するのは、超常現象としか思えないような事件の数々に対し、きっちりと合理的な解決がつけてみせるミステリとしての面白さであります。

 特に「花ノ堤ノ迷途ニテ」は、人体消失トリックをフェアな形で解き明かす同時に、背後にその時代ならではの事情を織り交ぜるのが見事で、本作で個人的に最も好きな一編。
 また「橋ヲ墜セル小サ子」も、到底人間の手では不可能としか思えない怪事に対して鮮やかな解決が提示されつつも、しかし……と不気味な後味が残るのも面白く、こちらも本作を代表する作品と言えるでしょう。

 もっとも中には少々強引と思えるものもあるのですが、衒学趣味の強い玄翁先生と「現代っ子」の阿閉青年という全く毛色の違う主人公二人のやり取りの面白さと、地の文の講談風の独特の語りによって、それも物語の一部として何となく受け入れられる……
 というのは少々強引かもしれませんが、本作ならではの魅力というものが、確かにあることは間違いありません。


 そして……本作にはもう一つの仕掛けがあります。その内容をここで語ること自体がルール違反となりかねませんが、ここで描かれるのは、「過去」と「現在」が入り乱れる本作だからこそできる、意味がある大仕掛と言うことは許されるでしょう。個人的には直球ストライクの趣向であります。

 しかし気になるのは結末のその先ですが……本作はあと二冊続編が刊行されているのでご安心を。そちらも近々紹介の予定です。


『大東京三十五区 冥都七事件』(物集高音 祥伝社文庫) Amazon
大東京三十五区 冥都七事件 (祥伝社文庫)

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2017.01.14

輪渡颯介『溝猫長屋 祠之怪』 四人の子供、幽霊を「感じる」!?

 『古道具屋皆塵堂』シリーズも完結し、寂しい気持ちでいた輪渡ファンに嬉しいプレゼント……言うまでもなくユニークな新たの怪談が登場しました。長屋を舞台に、おかしな習いのおかげで幽霊と出くわすようになってしまった四人の子供たちが引き起こす騒動を描く快作であります。

 その名のとおり、何匹もの猫たちが溝の中までゴロゴロしている溝猫長屋。一見、どこにでもあるようなこの長屋ですが、一つだけ余所とは違う点があります。
 それは長屋の奥にある祠を、長屋に住んでいる男の子でその年に一番の年長が毎朝お参りすること――

 何年にも渡り行われてきたこの行事(?)に今年当たったのは、十二歳の忠次、銀太、新七、留吉の四人。何やら曰くありげな周囲の大人たちの態度に不審を抱きつつ、毎日を過ごす四人ですが、やがて彼らの周囲で奇怪な、いや怪奇な事件が起きます。
 人死にがあったという近所の空き家から、新七は鼻の曲がるような悪臭を嗅ぎ、留吉は子供の声を聞いたことから、家の中に忍び込んだ四人。そこで忠次は、見るも無惨な姿の子供の幽霊と出くわしてしまったのです。

 実はかつてある事件で殺されたお多恵という女の子を祀る長屋の祠は、拝んだ子供たちが、皆「幽霊がわかる」ようになってしまうという曰くつきのものだったのです。それも「嗅ぐ」「聞く」「見る」と一人ひとり別々の形で。
 かくて、次々と妙な形で幽霊に遭遇することになってしまった四人ですが、その幽霊たちには奇妙な共通点が――


 というわけで、本作においても、かなり怖い怪談と、ユーモラスで人情味が効いたちょっとイイ話、そして隠し味のミステリ趣向という輪渡ワールドの魅力は健在……というより絶好調であります。

 思わぬことから幽霊騒動に巻き込まれるようになってしまった個性豊かな四人の子供――主人公格の忠次、悪ガキ……というよりア○の銀太、優等生の新七に弟妹の世話に追われる留吉――を中心に、子供目線で展開する物語は、何とも賑やかで微笑ましく、それでいて容赦なくコワい展開の連続で、まさに「これこれ」とニンマリしたくなるほど。

 何よりも怖楽しいのは、彼らが幽霊を感じるのが、毎回視覚・嗅覚・聴覚と一人ずつバラバラであることであります。
 それもある感覚で経験すれば、同じ感覚には連続で当たらず、次は別の感覚で幽霊を感じるというルール(?)が何ともユニークで、幽霊の出現にバリエーションを付ける面白さはもちろんのこと、それを知った子供たちのリアクションもまた愉快なのです。

 しかし、感覚は三つ、子供は四人……ということは毎回一人余ることになるのですが、その辺りがどうなるかがまた非常に楽しい。
 この辺り、作者の別の作品を連想させるところもありますが、奇妙な設定が生む悲喜こもごものシチュエーションが、また一層可笑しさを生むのが、いかにも作者らしいところでしょう。

 そして作者が得意とするといえばデビュー作から一貫する、怪談の中のミステリ味。
 本作の最初のエピソードで語られるのは、かつて押し込み強盗に殺された子供の存在なのですが、以降、様々な形でその悲劇は後を引き、実は……という形で、大きな物語に繋がっていくのも、実に好みの趣向です。


 そして本作には、もう一つ魅力があります。それは、元気な子供たちを見守る周囲の大人たちの存在であります。

 口うるさく説教ばかりながら、子供たちを深く愛する大家さん。長屋のOBで元は相当やんちゃをしながら、今は「泣く子も黙る」弥之助親分。子供たちにナメられがちな寺子屋の師匠にして、とんでもないもう一つの顔を持つ蓮十郎先生。
 これまた個性的な面子ですが、共通するのは、子供たちに振り回されつつも、時に厳しく、しかし暖かく彼らを見守ること――

 どれだけ幽霊が、悪人が恐ろしくとも、どれだけ子供たちが騒動を起こそうとも……それを受け止め、子供たちを守り導く大人たちの存在が、大人がきちんと「大人」していることが、幽霊が跋扈する本作において、地に足の着いた安定感を与えているのです。


 こうした長屋の面々に、大店の娘でトラブルメーカーの美少女・お紺も加わって、まさに役者は揃ったというこの溝猫長屋の物語、この一作で終わるということはまさかありますまい。
 コワくておかしくて、そして優しい……そんな物語がこの先も描かれていくことを期待しております。


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溝猫長屋 祠之怪

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2017.01.09

垣根涼介『室町無頼』 誰に頼ること無く、時代に風穴を開けた男たち!

 自分以外の人間による作品評価というものにはかなり無頓着な私ですが、やはり賞を取る作品は素晴らしいなあ……と今更ながら再確認させられたのが本作。今年の『本屋が選ぶ時代小説大賞』を受賞した室町ものの大快作であります。

 舞台となるのは寛正2年から3年(1462-63)にかけて、応仁の乱のわずか5年前……とくれば将軍は政治をそっちのけにして遊びと金儲けにうつつを抜かし、幕府の権威も失墜の一途を辿る時代。
 神社仏閣も自分たちの武力財力を集めることに余念がなく、その一方で一般の民衆たちは飢えと貧しさに苦しみ、貧富の格差は広がるばかり――

 そんな一般人には未来への希望も描けぬ時代に、ただその日を生きるのだけに夢中になっていた少年・才蔵が、本作の主人公とも言うべき存在。
 自己流で修めた棒術を頼りに土倉の用心棒をしていた彼は、ある日店を襲ってきた連中相手に無我夢中で立ち向かっていったことがきっかけで、思わぬ運命の変転を迎えることになります。

 実は店を襲ってきたのは、印地(傭兵)の頭目・骨皮道賢の一党。その武力と裏社会での顔の広さによって、幕府から京の治安維持を任せられていたにも関わらず、裏では強盗としても振る舞っている悪党どもであります。
 必死に立ち向かっていったことがきっかけで道賢に気に入られ命を救われた才蔵は、道賢一党と共に暮らしたのもつかの間、やがて道賢以上に食わせ物の浪人・蓮田兵衛のもとに預けられるのでした。

 恐るべき腕を持つ兵法者でありながら、農民や商人、遊芸の民たちとの間にも極めて広いネットワークを持つ兵衛は、しかし関所を破って番兵を殺し、金銭を奪って平然としている上に、その金銭にも恬淡としているという謎また謎の男。
 その兵衛に伴われてとある老武芸者の元に預けられた才蔵は、命がけの修行を課せられることになります。

 そしてそこには兵衛の秘めたある大望が関わっていました。それは幕府の根幹を揺るがし、この硬直した時代に風穴を開けること。
 その大望に、兵衛の片腕として参加することとなった才蔵。兵衛を誰よりも認め、共感しつつも、その立場故に対立する道賢。三人の対峙は、京に巨大な戦いの炎を招くことに――


 作者がインタビューで明言しているように、明らかに現代の世相を反映して描かれる本作の室町時代。本作はそんな時代を、その時代に真っ向から立ち向かっていった三人の男(そして彼らに関わる一人の女)の姿を通じて描き出します。

 彼らは決して善人ではありません。(もちろん誰彼構わずではないものの)自分の前に立ち塞がる敵は容赦なく命を奪い、財貨を奪うことに躊躇いを持たない連中――まさしくアウトローと言うべき連中であります。
 しかし同時に、彼らは単純に無法者というだけではありません。彼らの心の中にあるのは、誰に頼ること無く己の道を、そして時代の壁を貫いて生きることなのであります。

 だからこそ、本作はどれだけ多数の血が流されようと、容赦ない死と暴力が描かれようと、どこまでも爽快な魅力に溢れています。
 こんな風に生きてみたい、こんな連中に会ってみたい、そう思わせるような――

 私個人のやり方として、ある作家を、ある作品を評価する際に、他の作者を、他の作品を持ち出すのは好きではありません。
 しかし本作で描かれる「無頼」像――己の道を貫く自立した個人としての内的規範としての「無頼」は、かつて柴田錬三郎が描いたそれを、この時代、この社会において見事にアップデートさせてみせたものだと、強く強く感じます。


 作品としての時代性、批評性の確かさ、登場人物たちの魅力だけでなく、もちろん一個の小説としてのエンターテイメント性も非常に高い本作(特に才蔵の修行シーンの、理に適った、しかしスリリング極まりない内容は必見!)。
 昨年の歴史小説・時代小説を代表する作品の一つと呼ぶべき作品であると感じた次第です。


『室町無頼』(垣根涼介 新潮社) Amazon
室町無頼

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