2018.08.10

滝口琳々『明朝幻想夜話 『聊斎志異』選集』 美女と怪異と道士と 甦る中国怪談集


 『北宋風雲伝』や『新再生縁』など、かなりマニアックな原典を巧みに少女漫画として再生させてきた作者による、中国怪談集『聊斎志異』のコミカライズ――ユニークなアレンジにより、一種の連作としての味わいも感じられる全5編の短編集であります。

 『聊斎志異』は清代の文人・蒲松齢による全491編の志怪小説(怪奇小説)集。「聊斎(作者の号)が異を志す」という題を冠する本書は、現代に至るまで親しまれ、『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー』など、映像化作品も少なくありません。
 日本でも特に明治時代以降様々な作家によって翻訳・翻案されている、おそらくは日本で最も有名な中国怪談集でしょう。

 本作はこの『聊斎志異』のうちから以下の5話をピックアップ。物語の舞台を明代に設定し、原典ではそれぞれ全く別個の物語であったものに、共通の主人公(狂言回し)としてオリジナルキャラクターの侠客道士・郭玄礼を設定しているのがユニークなところであります。

『連瑣』 20年前に亡くなった美女・連瑣と相思相愛となった書生・楊于畏。しかし二人は生と死の壁に隔てられ、さらに連瑣を我がものにしようとする者が……

『瑞雲』 強く惹かれあう杭州一の名妓・瑞雲と貧乏書生の賀。しかし賀に身請けの金はなく、悲しみに暮れる瑞雲の前に現れた郭玄礼の術が思わぬ運命の変転をもたらす。

『画壁』 荒れ寺で一夜を過ごすことになった郭玄礼と朱沖。寺の壁画に描かれた仙女に恋をした朱沖は、絵の仲に引き込まれ、彼女と情を交わすものの……

『画皮』 夜道で出会った美女・周玉卿を妾にしようと連れ帰った王準。しかし彼女の正体は美女の皮を被った魔物だった。魔物は退治されたものの、命を奪われた王準は……

『五通』 蘇州で次々と美女を辱める妖魔・五通神。街で出会った男装の美少女が五通神と婚礼を挙げるよう強いられていると知った郭玄礼は、魔物退治に乗り出す。


 いずれも翻訳されたり映像化されたり(『画壁』は『チャイニーズ・フェアリー・ストーリー』、『画皮』は『画皮 あやかしの恋』の邦題でそれぞれ映画化)と、比較的有名な作品が題材となっている本作。
 私もほとんどの作品の内容を知っていましたが、しかし本書はまたそれらとは一風異なる味付けで楽しませてくれます。

 本書に収録された5編の共通点の一つは、いずれも美女が登場し、登場人物と恋に落ちる点。もっともその美女は普通の人間ではなく、彼女と愛し合ったために大変なことになって――という『聊斎志異』の定番パターンも少なくないのですが、それでも彼女たちが実に美しく、存在感があるのは、この漫画ならではの魅力でしょう。

 エピソードによってはかなり甘々な展開となるのですが、それもまた原典どおり。ここは素直に美男美女の微笑ましくも温かい恋愛の行方に胸を熱くするべきなのでしょう。エピソードによってはかなり露骨な内容も含まれているのですが、その辺りを生々しくなく、サラリと描いているのもまた魅力であります。

 そしてもう一つの共通点は、そんな男女を見つめ、助ける郭玄礼の存在です。
 恋愛には障害がつきもの、ましてやそこにこの世ならぬものが絡むとすれば――と、二人の恋路を邪魔する魔物、美女を苦しめる魔物を颯爽と退治するのが、本書における彼の役回りであります(もっとも、『瑞雲』のみはちょっと役回りが異なりますが、二人を助ける役回りであることには変わりはありません)

 もちろん先に述べたように郭玄礼はオリジナルキャラクターではあります。しかし、彼の役割を果たす豪傑や道士は原典にも登場しており(『画壁』は結構アレンジが入っていますが)、作品のチョイス的にこうした点が影響しているのかな――という印象もありますが、何はともあれ、本書を一つの世界としてまとめるに彼の存在が意味を持っていることは間違いありません。


 何はともあれ、長きにわたり語り継がれた魅力的な怪異譚を、これまた魅力的にリライトしてくれた本作。原典は491話もあるだけに、まだまだ漫画化して欲しい――と今でも思ってしまう一冊であります。


『明朝幻想夜話 『聊斎志異』選集』(滝口琳々 秋水社ORIGINAL) Amazon
明朝幻想夜話~『聊斎志異』選集~ (少女宣言)

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2018.07.31

瀬川貴次『百鬼一歌 都大路の首なし武者』 怪異が浮き彫りにする史実の爪痕


 コミカルさとシリアスさが絶妙に入り交じった平安ものを描かせれば右に出る者がない作者の新シリーズ第2弾――和歌マニアの公家・希家と、源頼政の孫で怪異譚好きの少女・陽羽が今回挑むのは、都大路を駆け抜ける首なし武者の怪。果たしてこの怪異は真実なのか、そしてその陰に潜むものとは……

 源平の合戦から数年後の都で、ある晩都大路を馬で行く首なし武者と出会ってしまった希家。怪異との遭遇に震え上がったものの、それでも九条家の家司の務めがあるのが哀しいところ、鎌倉から病気平癒の加持祈祷を受けるためにやってきたという公文書別当のゆかりだという母娘の世話を頼まれ、希家はあれこれと奔走することになります。

 一方、なかなか和歌も作法も上達しない上に、前作の事件で周囲から注目を集めてしまった陽羽は、洛中の八条で暮らす元・斎院の宮の式子内親王のもとに預けられることになります。そこで同じ敷地に暮らす以仁王の忘れ形見だという西の対の姫宮と出会った陽羽。変わり者で周囲とは没交渉の姫宮ですが、陽羽は持ち前の明るさと遠慮のなさで、彼女と次第に距離を縮めていくのでした。

 そんな中、よんどころない事情で夜に鎌倉からの客人を送ることになった希家。あの首なし武者に襲われてはと、陽羽に護衛を依頼した希家ですが、不幸にもその心配は的中し、首なし武者が一行に襲いかかってきて……


 文系(というか文弱)の青年公家と、体育会系(でも怪異好き)の少女の凸凹コンビという主人公設定が実に楽しい本シリーズ。前作はキャラクター紹介編という趣もありましたが、今回は初めから全力疾走であります。
 当時の女性としては破格のアクティブさと、武術の腕を誇る陽羽。今回はめんどくさい和歌マニアとしての姿は比較的控えめではあるものの、本作においてはある種の(当時の)理性の象徴として活躍する希家。全く正反対の二人は今回も絶好調であります。

 さらに本作では、史実で希家のモデルと色々と深い関わりのあった式子内親王が初登場。希家との関係性も面白く、今後の活躍にも期待したくなるキャラクターであります。


 さて、冒頭で触れたとおり、平安ものにおいては有数の名手というべき作者ですが、本作は、本シリーズは、その中でも少々ユニークな位置を占めています。それは「史実」との関わり――本作は作者の作品の中でも、特に史実とのリンクが大きいのです。

 そう、作者の作品には、登場人物や描かれる逸話など、史実を題材とした作品はいくつもあるものの、しかし設定年代を明示しない作品がほとんどで、実は史実と明確にリンクした作品は想像以上に少ないのであります。
 それに対して本シリーズは、登場人物の時点で既に史実とのリンクが密接です。希家と陽羽は架空の人物ですが、希家にはほぼ明確にモデルがいますし、陽羽も頼政の孫という設定のキャラであります。さらに式子内親王や、名前は伏せますが本作のゲストキャラクターたちなど、作中の登場人物は、かなりの割合で実在の人物なのです。

 しかし本作は、単に実在の人物が登場し、活躍するだけの物語ではありません。本作は、「この時代」ならではの、「この時代」だからこそ生まれた物語なのです。

 本作の設定年代は、源平の合戦からわずか数年後。源氏と平氏に武士の世界を二分した――いや、同じ源氏ですら幾つにも分かれ、殺し合った合戦の爪痕が、濃厚に残された時代であります。
 それは荒れ果て治安の悪化した都の姿といった物質的な面でも描かれますが、それ以上に爪痕が残るのは精神面――親族を、愛する者を喪った者、そして遺された者の心にこそ、爪痕はより深く残されているのです。

 実に本作の事件の背後にあるのはこの爪痕――あの合戦さえなければ起きなかったはずの悲劇。それを背負った者、それに深く傷ついた者たちの姿が、事件の中から浮かび上がるのであります。

 それでは、その爪痕は消すことはできないのか? 悲しみは何時までも残り続けるのか? その答えは決して是ではないことを、しかし本作は示します。人が人を悼み、悔み、そして愛おしむ心。和歌に象徴される人間の想いが、時として悲しみを乗り越える力を発揮することを、本作は美しく描き出すのであります。


 キャラクターものとしての面白さはもちろん、史実との密接なリンクが生み出す濃厚なドラマ性が魅力の本作。ラストのどんでん返しも見事で、作者の新たな代表作と評しても過言ではない名品であります。

『百鬼一歌 都大路の首なし武者』(瀬川貴次 講談社タイガ) Amazon
百鬼一歌 都大路の首なし武者 (講談社タイガ)


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2018.07.19

森谷明子『望月のあと 覚書源氏物語『若菜』』 「玉鬘」と「若菜」を通じた権力者との対峙


 作者がデビュー作以来描いてきた紫式部と源氏物語を題材とした平安ミステリ三部作の第三弾――今回舞台となるのは、藤原道長が栄華の絶頂を極めようとしている時代。その道長にまつわる二つの「事件」に、式部たちは関わっていくことになります。そしてそこから生まれた源氏物語のエピソードとは……

 相変わらず源氏物語の執筆に忙しい香子(紫式部)。そんな中、彼女は因縁浅からぬ道長が別邸に密かに一人の姫君を隠していることを知ります。
 親友の和泉式部、そして密かに送り込んだ侍女の阿手木を通じて、その姫君・瑠璃と道長の因縁を知り、瑠璃をモデルに物語を描き始めた香子。道長が瑠璃姫を我がものにしようとする一方、彼女には将来を誓い合った相手がいることを知った香子たちは、一計を案じて瑠璃姫を救い出そうとするのですが……

 という本作の前半部分で描かれるのは、源氏物語の中でも比較的独立したエピソードとして成立している「玉葛」=瑠璃姫にまつわる物語を、道長と現実世界の瑠璃姫に重ね合わせて描く物語であります。

 実は瑠璃の正体は、かつて道長が想いを寄せながら我がものにできなかった相手の娘。あの頃は無理だったが、位人臣を極めた今であれば――と自分を大物と勘違いした中年男そのものの思考回路で行動する道長の毒牙から、いかに瑠璃を救い出すか――すなわちいかに道長を出し抜くか、その仕掛けが楽しいエピソードであります。

 そして同時にここで描かれるのは、男たちの身勝手な欲望に翻弄される女性たちが、何とか自分自身の道を選び、自分自身の足で歩いていこうとする姿。もちろん香子や和泉、さらに瑠璃はその代表ではありますが、ここでさらに印象に残るのは、かつて一条帝の女御であった元子であります。

 女御として帝に侍りながらも、その寵が薄れて一条帝から、そして世間から忘れられた存在となった元子。彼女が一条帝の崩御を前にしての感慨は涙なしには読めないのはもちろんのこと、その彼女が固めたある決意と、それを支えたある男性の姿には(手前勝手な男の代表である道長と正反対の存在として)思わず快哉を挙げたくなるのです。


 そして後半で描かれるのは、本作の副題ともなっている「若菜」の巻。源氏物語の中では最長の巻であり、なおかつ唯一下巻が存在する「若菜」は、同時に光源氏の栄光の頂点と、その没落を描く物語でもあります。そして本作において光源氏になぞらえられているのはもちろん道長。だとすれば……

 道長が栄華を極める一方で、盗賊や貴族の屋敷への付け火が横行し、ついには内裏までもが炎上した都。そんな世情騒然とする中で、定子の娘・修子に仕える少年・糸丸は、秋津という少年と出会います。
 はじめは険悪なムードながら、やがて打ち解けていく糸丸と秋津。しかし糸丸は、やがて民衆が、税や災害でどれだけ苦しんでいるかを秋津を通じて痛感するのでした。

 そして道長と三条帝が激しく対立し、そして相次ぐ不審火が帝の不徳ゆえと囁かれる中、再び炎上する内裏。しかし糸丸はあるきっかけから、火をつけたのが秋津ではないかと恐ろしい疑惑を抱くことになります。
 果たして本当に秋津は付け火の犯人なのか。そしてその背後に潜む存在とは――香子は恐ろしい真実に気づくことになるのです。

 華やかな宮中を舞台とする源氏物語を題材として、貴族の世界の裏表を描いてきた本シリーズ。しかしそこではこれまで、その外の世界――すなわち民衆の世界のことは、完全に抜け落ちていたと言えます。
 それが本作において描かれた理由について、個人的に発表年から想像することはありますがそれはともかく――ここでどん底の暮らしに喘ぐ人々の姿を描くことは、己の権勢を望月に喩える道長の存在をより鮮烈に浮かび上がらせるものと言えるでしょう。

 しかし望月は後は欠けていくだけであります。「若菜」下において光源氏が手にしたものを次々と喪っていくように――そして香子もまた、(シリーズ第一作『千年の黙』に描かれたように)物語の作者の意地を胸に道長と対峙し、一大痛撃を与えることになります。

 本作はシリーズの中ではミステリ性は(もちろん存在はするものの)薄めではあります。その点は残念ではありますが、しかしそこに存在するのは、これまでと全く変わることない視線――香子の、その作品同様全てを貫いて現代にまで至る、透徹したそして権力者に屈することない毅然とした視線なのです。

 そして本作のある描写を読んで、現在を予言したかのような内容に驚きを隠せなかったのですが――7年前に発表された作品がいま文庫化されたのはそれが理由ではないか、というのはもちろん私の妄想であります。


『望月のあと 覚書源氏物語『若菜』』(森谷明子 創元推理文庫) Amazon
望月のあと (覚書源氏物語『若菜』) (創元推理文庫)


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2018.07.16

「コミック乱ツインズ」2018年8月号

 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、連載10周年記念で『そば屋幻庵』がスペシャルゲストを迎えて表紙&巻頭カラー。また、ラズウェル細木の『文明開化めし』が新連載となります。それでは、特に印象に残った作品を今回も一作ずつ紹介していきましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今月は『そば屋幻庵』と二作掲載の作者ですが、こちらはいつもながらがらりと作風を変えたアクションと政治劇が満載です。

 前回自分たちを(前田家の人間と間違えて)襲撃した刺客たちの正体が、尾張徳川家の人間だったことを知った聡四郎。しかし何故尾張が前田家を襲うのか――その謎が今回明かされることになります。その背後には聡四郎に表舞台を追われたはずのあの男が……
 一方、江戸城内では間部詮房と新井白石が相変わらず対立とも協調ともつかぬ微妙な関係。鍋松(徳川家継)の服喪の儀に関して、詮房に知恵を貸して恩を売る白石ですが――ここで聡四郎の前で白石がほとんど初めて人間臭さを見せるのが印象に残ります。

 そしてラスト、玄馬と離れて一人となった聡四郎を襲う刺客の群れ。逃れんと橋の上を走る聡四郎の前に現れた黒覆面黒装束の謎の剣士は、初対面と名乗りつつも何故か一放流のことを知っているのでした。「お主を倒すのは拙者だ」とツンデレっぽいことを言いながら助太刀してくれるその正体は……
 ツンデレといえば紅さんは名前のみの登場で残念ですが、名前のみの登場といえば、ついに今回、徳川吉宗の名が登場。顔は陰になっていて見えないのですが、果たしてどのような姿なのか――猛烈に気になります。


『カムヤライド』(久正人)
 出雲編中編の今回、中心となるのは謎の男・イズモタケル。出雲国主ホムツワケの叛乱の尖兵となった土蜘蛛たちを倒す力を持つ彼の正体は――ヤマトタケルの大ファンでした(本当)。
 ヤマトタケルに憧れ、偶然手に入れた土蜘蛛を倒す力を持つ剣を手に、捕らえられた人々を助けたいと熱っぽく語るイズモタケル。そんな彼を前に、ヤマト王家の者としてその名に鬱屈を抱えるヤマトタケルはその名を名乗ることができず……

 モンコが完成された人格に見えのに対し、人間味のある、成長代のあるキャラクターとして描かれるヤマトタケル。自分の実像を知らず、理想の人物として目標にするイズモタケルを前に揺れる彼の心の動きを、ホムツワケの高殿に急ぐ三人のシルエットに重ねて描く場面は、実に作者らしく格好良い名シーンであります。
 そしてカムヤライドしたモンコの前に現れた国津神の意外な正体は、そして彼らの戦いを見守る久々に登場した謎の旅人の動きは――次回出雲編完結です。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 伊達家包囲網に苦しむ伊達家に襲いかかる佐竹・芦名連合軍。この危機に、政宗の母・義姫が――という前回の引きを受けての今回、母が自分のために動いてくれたと浮かれる政宗の姿が微笑ましくも痛ましいのですが、如何にドシスコンであっても最上義光が譲るはずもありません。かえって(シスコンをこじらせた)義光が動き出し、思わぬことで景綱と義光の陰険……いや知将対決が勃発することになります。

 が、そこに義姫が割って入り――と、史実の時点でメチャクチャ漫画っぽいエピソードをこの作品は如何に料理するのか。ある意味これまでで一番の山場かもしれません。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 東海道は川崎宿にやってきた三人組が今回巻き込まれるのは、大店の娘の連続誘拐殺人事件。宿の米問屋の娘の警護に雇われた三人ですが、はたして娘は何者かに攫われ、百五十両の身代金の要求が届けられることに……

 凶悪な拐かしと、米問屋の父娘の軋轢を絡めて展開する職人芸的面白さの今回、ここのところ重めの話が続いていただけにホッとさせられる内容が嬉しいところです。
 そして基本的にカッコイイ担当だった坐望は、今回夏風邪を押して賭場に出かけてスッテンテンになった挙句風邪をこじらせるという実に微妙な役どころなのですが、それを吹き飛ばすようにクライマックスの乱闘でもんのすごくヒドい啖呵とともに登場(つられて夏海もスゴいことを)。静かな殺陣が多い本作には珍しく、豪快な「音」入りの剣戟を見せてくれました。


 そして『そば屋幻庵』のスペシャルゲストは――この人が良さそうで腰が低くてものわかりがいい人は誰!? という印象。今の読者はわかるのかしら、というのは野暮な心配ですね。


「コミック乱ツインズ」2018年8月号(リイド社) Amazon


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2018.07.11

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第5巻 八郎が見た剣の道の陽と陰


 伊庭の小天狗こと伊庭八郎の青春を描く本作も順調に巻を重ねてこれで第5巻であります。この巻の前半で描かれるのは、試衛館での出稽古で賑やかな毎日を過ごす八郎の姿。そして後半では一転、八郎が人生初めて経験する修羅場が描かれることになります。そしてそこでは意外な人物との出会いが……

 かつて縁のあった吉原の花魁の死をきっかけに、同じ講武所に通う旗本の子弟・富長が攘夷浪士と繋がっていたことを知った八郎。そして講武所の中にも彼らと繋がる者が潜むことに、八郎は大きな衝撃を受けることになります。
 さらには富長が何者かによって斬殺され、にわかにきな臭くなってきた八郎の周囲。まだまだ自分の剣技を磨く必要があると考えた八郎は、かねてより縁があった試衛館に出稽古に出ることになります。

 さて、言うまでもなく試衛館は近藤・土方・沖田をはじめとする、後の新選組の中核メンバーが集った道場。この時点はまだ浪士組結成前であり(近藤が講武所参加を断念した件はこの巻でも触れられますが)、今はまだ、青雲の志を抱いた青年たちが集う梁山泊のごとき様相を呈している状況です。
 以前試衛館では沖田と名勝負を繰り広げたこともあり、ほとんど同門扱いの八郎は、たちまちのうちに彼らと馴染むのですが……

 いやはや、ここで描かれる試衛館組の姿が実にいい。現時点から大人物ぶりを発揮する近藤、バラガキそのものの土方、傍若無人な剣術馬鹿の沖田、ほかにも山南、永倉、平助――その誰もが、ビジュアルといい言動といい、実に「らしい」。新選組好きとしては実にたまらないものがあります。
 もちろん本作は伊庭八郎の物語、彼らはいわば脇役にすぎないと言えばその通りではあります。それでも八郎と同年代の、同じ青春を過ごす彼らの姿が生き生きと描かれるということは、それだけ八郎の姿も鮮明に描かれるということにほかなりません。

 本作の魅力の一つは、八郎の青春時代の爽やかさ、眩しさにあると思いますが、このエピソードにはそれが非常に濃厚に現れていると感じます。


 しかしそんな彼らの切磋琢磨の姿が、剣の道の陽の面を示すものとすれば、その陰の面――すなわち真剣での殺し合いがこの巻の後半で描かれることになります。

 江戸から故郷に帰るという馴染みの女郎への餞に、二人で芝居を見に行くことになった八郎。しかし芝居茶屋で一服した帰り、八郎たちは三人の刺客に襲われることになります。(まさか前の巻でサラリと振られた芝居見物の話がこんな形で展開するとは……)
 富長の件で八郎を逆恨みした攘夷浪士たちの襲撃に、八郎は生まれて初めての真剣勝負を経験することになるのです。

 言うまでもなく八郎は心形刀流の麒麟児、亡き父から子供の頃から真剣で稽古をつけられていたほどの超一流の剣士であります。しかしそんな彼をしても真剣での、それも一対多数の勝負は勝手が違います。
 経験者である永倉(と、ここで彼がピックアップされるのがいい)から聞いていたことを活かす間もなく、窮地に陥る八郎ですが……

 そこに思わぬ助けが入って逆転、そして初めての人斬りを経験する八郎。その人斬りのインパクトもさることながら、ここで驚かされるのは、救い主というのがあの名優・三世沢村田之助であることです。
 実はその日に八郎が見た芝居に出ていたのが田之助――ただそれだけの縁のはずが、偶然彼が浪士たちの企みを知ったことで、救い主を買って出ることになったのです。

 こうした展開は定番といえば定番ですが、しかしそれが沢村田之助というのが面白い。確かに田之助は幕末から明治にかけて活躍した歌舞伎役者、その壮絶な晩年については様々な作品の題材となっているところですが――この時期の物語に、それも八郎と絡めてというのはかなり珍しい(少なくとも後者は初めて?)のではないでしょうか。

 果たしてこの出会いが、物語においてこの先どのような意味を持つのか。あるいは一時のすれ違いに過ぎないのかもしれませんが――それはそれで面白い趣向であったことは間違いありません。


 さて、剣の道の陽と陰を経験することによって、更なる強さを求めることを決意した八郎。折しも世情はさらに不安定になる中、彼の剣は何のために使われることとなるのか――時はまだ1861年、彼が本格的に世に出るまではまだ間があります。
 それまでに、そしてその先に何が描かれるのか、この先も楽しみにしたいと思います。

(しかしこの巻のラストエピソードは少々文字と理屈が多すぎな印象が……)


『MUJIN 無尽』第5巻(岡田屋鉄蔵 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon
MUJIN~無尽~ 巻之5 (ヤングキングコミックス)


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2018.06.07

七穂美也子『むしめづる姫異聞 王朝スキャンダル』 姫君は帝を救う昆虫探偵!?


 美しい容姿と高い身分でありながら、化粧もせず、毛虫をこよなく愛する風変わりな姫――「むしめづる姫君」。『堤中納言物語』に登場するこの姫君のエピソードをベースに、ちょっと打たれ弱い帝のため――いや天下万民のため、姫君が虫にまつわる様々な謎を解き明かすユニークな物語であります。

 幼い頃の病のため、髪が悉く白く変わってしまったことから「白銀の宮」と陰で呼ばれる時の帝。その異貌から、そして母君に殺人の疑いがかけられたことから、人々から疎まれ、宮中に味方もほとんどいない彼は、内裏をそぞろ歩いていた時に、奇妙な人物と出会います。

 こともあろうに内裏に市井の子供たちとともに忍び込み、虫取りをしている男装の少女――彼女こそは、「むしめづる姫君」と異名を取る大納言の娘・愛姫。
 見目麗しい容姿でありながら化粧もせず眉毛も手入れしないまま、高貴の身分の姫君でありながら人前に顔を晒し、何よりも人々が忌み嫌う毛虫などの虫を好んで可愛がるという、当時の常識からすれば桁外れの少女であります。

 しかし、この相手が帝とわかっても全く物怖じせず、むしろ帝をこき使ってしまうような愛姫に強く惹かれるようになった帝。
 宮中の権力者である左大臣からは退位の圧力をかけられ、入内した女御からは見向きもされず、すっかり自虐的になっていた帝は、何とか愛姫の心を掴むべく奮闘することになります。

 しかし愛姫は全く入内に興味を示さず、それどころか都で次々と起こる怪事件に、帝自身の身も危うくなる始末。そんな中、愛姫は虫にまつわる知識を用いて怪異の謎を解き、事件を解決していく……

 冒頭に述べたように『堤中納言物語』に登場する「むしめづる姫君」。本作はその原典の設定をきっちりと取り込みながらも、相手役に帝を設定し、さらに一種の科学ミステリとしての趣向を盛り込むという、何とも贅沢で実にユニークな趣向の作品であります。
 特に、探偵役がむしめづる姫君こと愛姫であるのが面白い。これは冷静に考えると相当意外な(意外すぎる)取り合わせですが――しかし実際に読んでみると違和感を全く感じないのが面白いところです。

 もちろんその印象は、作中で描かれる事件がいずれも虫絡み、あるいは虫が手掛かりとなるものであることに依ることは言うまでもありません。
 しかしそれ以上に、愛姫には昆虫観察で培った観察眼と、常識や因習に囚われない自由で合理的な精神を持つことがその理由として描かれていることが大きいと感じます。

 舞台となる平安時代は、「縁起」が人々の、特に貴族たちの生活を支配していた時代。彼らは占いの結果や、日常の出来事から様々な兆しを読み取り、その結果に従い暮らしてきたわけですが――その是非はさておき、そこで合理的な思考というものが生まれにくいことは当然の成り行きでしょう。
 そんな中で、一種規格外の思考回路を持つ愛姫が探偵役を務めるのは、むしろ当然なのかもしれない――そう感じさせられるのです。

 そして時にそれ以上に印象に残るのは、そんな彼女の存在が、彼女の相棒かつ依頼人とも言うべき帝に対する、大いなる救いとなっていることであります。

 先ほど「縁起」と申しましたが、当時は常ならざるもの、規格外のものは、すなわち縁起が悪いものでありました。それだからこそ、常ならざる白髪を持つ帝は、周囲から忌避されるのです。
 しかし同じ規格外の存在でありながら、愛姫はそんな世間の「常識」に縛られない、屈しない存在として敢然と自分の意思を貫き、生きている――それは、その「常識」に縛られ、「縁起」でもない存在とされて日陰者とされた帝にとって、どれだけ眩しい存在であることでしょうか。

 そんな相手が自分を苦しめる事件を解決してくれたら、しかも超美少女であったら――これは確かに惚れない方がおかしいのですが、まあそちらの方面がそうそううまくいかないのもお約束。
 毎回、帝が必死にアプローチしても、全く愛姫の方は振り向いてくれず、ガックリ――というパターンもまた、微笑ましいのであります。
(ちなみに本作はほとんどの部分で帝視点で物語が描かれいるのが、愛姫の超然とした存在感をさらに強めているのも面白い)

 それでも愛姫と出会うことで少しずつ自分の殻を破り、ヘタレ脱却を目指す帝。彼の想いが超然とした姫君に通じる日は来るのか――なろうことなら、その後の物語を読んでみたいものです。

『むしめづる姫異聞 王朝スキャンダル』(七穂美也子 集英社コバルト文庫) Amazon
むしめづる姫異聞 ―王朝スキャンダル― (集英社コバルト文庫)

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2018.05.30

輪渡颯介『物の怪斬り  溝猫長屋 祠之怪』 ついに大団円!? 江戸と江ノ島、二元中継の大騒動


 長屋にある祠に詣でたことで、「幽霊が分かる」力を得てしまった四人の子供たちと、彼らを見守る大人たちが繰り広げる面白恐ろしい大騒動もいよいよこれで大団円(?)。旗本屋敷の恐るべき物の怪騒動に巻き込まれ、江戸を離れることになった四人を待ち受ける運命は、そして物の怪の正体とは……

 かつて長屋で起きた事件で命を落とした少女・お多恵を祀る祠がある溝猫長屋。
 毎年、その祠に詣でた子供は幽霊が分かる力を得てしまうというのですが、しかし今年順番が回ってきた忠次、銀太、新七、留吉の四人組は、それぞれ幽霊を「嗅ぐ」「聞く」「見る」(と「何もわからない」)と分担して感じてしまうという、ややこしい状態になってしまいます。

 そんな四人と、口やかましい長屋の大家さん、岡っ引きの弥之助親分、寺子屋の先生(実は超ドSの腕利き剣士)蓮十郎といった大人たちが騒動を繰り広げてきた本シリーズですが――本作では、その蓮十郎がきっかけで、大事件が発生することになります。

 剣術道場を開いていた頃の門人であり、旗本の次男である市之丞から、屋敷に出る物の怪退治を依頼された蓮十郎。二つ返事で引き受けた蓮十郎ですが、霊感はないため、四人組を屋敷に連れて行くことになります。
 しかし屋敷に着く前に、その強力過ぎる力は子供たちにはっきりとわかってしまう状態。これは危険過ぎると子供たちを返した蓮十郎ですが――時既に遅し、だったのです。

 蓮十郎の前にも何人も存在した、物の怪に挑んだ者たち。しかし屋敷で物の怪の気配を感じた者たちは、いずれも数日のうちに死を遂げていたのです。そしてそれを避けるには、江戸を離れるしかない……
 そんな時、トラブルメーカーの自称箱入り娘・お紺が江ノ島見物に出かけると知った長屋の大人たちは、彼女を追いかける形で、急遽四人組を旅に送り出すことになります。

 自分が生き残り、そして子供たちを救うためには物の怪を倒すしかないと決意を固め、弥之助とその子分で「○○○切り」と恐ろしい二つ名を持つ竜を助っ人に、夜毎現れる物の怪に挑む蓮十郎。
 そして子供たちは子供たちで、お紺が聞きつけてきた怪談話に巻き込まれ、旅先でも幽霊に出くわすことに……

 というわけで、江戸パートと江ノ島道中パートと、二元中継で展開することとなった本作。冒に述べたように特異なルールが設定されているだけに、一歩間違えればルーチンとなりかねない本シリーズですが、前作同様、意表をついた構成であります。
 そのおかげで本作では、子供たちが旅先で出くわす幽霊たちとその因縁を描くお馴染みの面白恐い怪談と、大人たちがこれまでにない真っ向勝負に挑む物の怪退治と、二つの異なった味わいの物語を、同時に楽しむことができるのです。

 もちろん本作において、子供たちと大人たち、それぞれの立場からの物語は一体不可分のものではあります。しかしそれをこうして切り分けてみせることで、お互いの持ち味を殺すことなく、より魅力を増した形で描いてみせたのには感心するほかありません。
(もちろんこれもまた、一回限りの一種の飛び道具ではありますが……)

 しかし本作の面白さは、こうした構成の妙に留まりません。本シリーズに限らず、デビュー以来の作者の作品で一貫するのは、怪異の正体と物語展開を結ぶ伏線――因果因縁と申し上げてもいいですが――の妙であることは、ファンであればよくご存知のとおり。
 そしてそれは本作においても遺憾なく、いやシリーズ最大の形で発揮されることになります。

 その内容はもちろん伏せますが、シリーズを展開する上でいずれ必ず描かれるだろうと予想されていたものを、このような形で描いてみせるとは――と唸らされること必至の展開であることだけは、請け合いであります。
(そして真相を知ったある人物のリアクションが、実にグッとくるのです)

 ことほどさように、本作はまさしくクライマックスに相応しい内容なのですが――しかしそれはそれでファンにとっては不安になってしまうのもまた事実であります。それが描かれる時は、シリーズが完結する時ではないか――と。

 それは正直なところわかりませんが、結末を見れば幾らでも続けることはできる気もするのもまた事実(新たにレギュラーになりそうなキャラも登場したことですし……)
 いずれまた、子供も大人も賑やかな溝猫長屋の連中に再会できることを期待したい――そんな気持ちになれる、最後の最後まで面白恐ろしい快作であります。

『物の怪斬り  溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社) Amazon
物の怪斬り 溝猫長屋 祠之怪

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2018.05.27

高代亞樹『勾玉の巫女と乱世の覇王』 復活した神の望みと少年の求めたもの


 神代から続く壮大な戦いと、それに巻き込まれた少女を救わんとする少年の奮闘が交錯する、極めてユニークな時代伝奇小説である本作――『宿儺村奇譚』のタイトルで第九回角川春樹小説賞最終候補作に残った作品が、改訂・改題を経て刊行された作品です。

 本作の背景となるのは、永禄から元亀年間にかけての、織田信長が天下布武に向けて動き出した時代。桶狭間で奇跡的な勝利を収めた信長が美濃を攻略し、将軍義昭を奉じて上洛し、周囲の大名たちと戦いを繰り広げていた頃であります。
 そして物語の始まりは、その信長と対立した北畠家領内の南伊勢・宿儺村――はるか昔から「お南無様」なる神を信奉してきた、半ば世間から隠れた村であります。

 織田と北畠の戦で村が揺れる中、村の少女・サヨの祈りを受けて、その姿を現した「お南無様」。蓬髪に巨躯、赤い目と黒い肌という、むしろ明王のような姿を持つお南無様は、戦の世を終わらせると嘯き、サヨを無理やり引き連れて信長の動静を探り始めるのでした。
 これに心中穏やかでないのは、かつて旅の途中に母親を追い剥ぎに殺されたサヨを村に迎え入れ、許嫁として共に育った少年・真吉。サヨを取り返そうとする真吉に、お南無様は遙か西の海で失われた神剣を取り戻すように命じます。

 命がけの苦闘の末、ついに神剣を回収し、お南無様の元に帰った真吉。しかしサヨは人が変わったかのように彼を拒み、神剣を手にしたお南無様と共に姿を消します。
 一度は絶望に沈んだ真吉ですが、お南無様を遙かな昔から付け狙う一門と出会ったことで、お南無様が信長に注目するその真の狙いを知ることになります。

 そしてお南無様を、信長を追って京に出た真吉。果たしてお南無様の正体とは。その彼に従うサヨの真意とは。そして次代の帝たる親王を巻き込んで信長に接近する二人の狙いとは。そして真吉とサヨの運命は……

 曰く因縁の地に封じられた神(あるいは魔王)が復活し、猛威を振るう――というのは、ファンタジーや伝奇ものでは定番中の定番の展開といえるでしょう。
 本作も一見その定番に沿ったものに見えますが――しかし本作におけるその神、「お南無様」の目的と手段は、これまでに類を見ないものであります。

 何しろお南無様の目的は、上に述べたように戦の世を終わらせること。それはその恐ろしげな外見と言動に似合わぬものに見えますが――前回復活した際には平清盛に接近し、今回は信長に興味を抱いた彼の目的が、その言葉通りのものであるかどうか。
 そして信長に近づくことで、如何にして戦の世を終わらせるのか、その先に何が待つのか――それが本作の大きな謎として機能することになります。

 そしてそれと平行して描かれる、神という大きすぎる相手に愛する者を奪われ、そして取り返そうとする真吉の純な想いもまた、共感できるものとして描かれています。
 お南無様を守るため、代々村に伝わる気を操る武術を学んでいるとはいえ、真吉自身は肉体も精神も、あくまでも普通の少年に過ぎません。それが如何にして神に挑むのか――それも、信長の天下布武という巨大な歴史の流れに巻き込まれた中で。

 全てを知り、人外の力を持つお南無様に対し、何も知らず、人より少々優れた力しか持たない真吉は、我々読者の分身といえます。
 神代から人間の歴史に干渉してきた魔人と、彼にかき乱される歴史が、その彼の目に如何に映るのか――日常と非日常、平常と異常の間のふれ幅が大きいほど増す時代伝奇ものの醍醐味は、彼を通じてよりビビッドに伝わってくるのです。

 そしてまた本作の場合、その伝奇的な設定、仕掛けの数々を支え、確たるものとして見せていくガジェットの存在や伏線の描写が抜群にうまいのにも驚かされます。
 並の作品であれば「そういうもの」で済ませてしまいそうな点まで、丹念に理由を(あるいはエクスキューズを)用意し、穴を潰してみせる。当たり前のようでいて難しいこれを、本作は巧みにやってのけるのです。

 それが見えた瞬間の「アッそうだったのか!」「やられた!」感は、大きな快感であすらあります(特に、「お南無様」の真の名が明らかになった時の驚きたるや……)

 そして激しい戦いの末にたどり着く結末も、神や歴史といった巨大なものに抗った人間がたどり着く、ある種のもの悲しさと希望を感じさせるものであるがまた素晴らしい。
 これがほぼデビュー作というのが信じられない、完成度の高い時代伝奇小説であります。

『勾玉の巫女と乱世の覇王』(高代亞樹 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
勾玉の巫女と乱世の覇王 (時代小説文庫)

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2018.05.17

宮本昌孝『武者始め』 将の将たる者たちの第一歩


 宮本昌孝といえば、戦国時代を舞台にした稀有壮大かつ爽快な作品の数々が浮かびますが、本作は戦国時代を舞台としつつも、後世に名を残す七人の戦国武将の「武者始め」を描いたユニークな、しかし作者らしい短編集であります。

 「武者始め」という言葉はあまり馴染みがありませんが、武者が武者としてデビューすること、とでも評すればよいでしょうか。それであれば初陣とイコールではないか、という気もいたしますが、しかし必ずしもそうではないのが本書の面白いところであります。
 そして本書のテーマはその「武者始め」――以下に各話の内容を簡単にご紹介しましょう。

 烏梅(梅の燻製)好きの伊勢新九郎が、様々な勢力の思惑が入り乱れる今川家の家督争いに、快刀乱麻を断つが如き活躍を見せる『烏梅新九郎』
 幼い頃から賢しらぶると父・信虎に疎まれ、老臣にも侮られる武田太郎晴信が、股肱たちとともに鮮やかな初陣を飾る『さかしら太郎』
 幼い頃に寺に入れられ、そこで武将としての英才教育を受けた長尾虎千代が、父亡き後の越後で恐るべき早熟ぶりを見せる『いくさごっこ虎』
 赤子の頃から癇が強く実母に疎まれた織田吉法師が、乳母となった池田恒興の母・徳に支えられて新たな一歩を踏み出す『母恋い吉法師』
 上洛した信長の前に現れ、その窮地を救った持萩中納言こと日吉。やんごとなき血を引くとも言われながらも猿の如き醜貌を持つ日吉の企みを描く『やんごとなし日吉』
 今川家の人質の身からの解放を目指すためには体が資本と、自らの手で薬を作る松平次郎三郎元信の奮闘『薬研次郎三郎』
 生まれつきの醜貌で「ぶさいく」と呼ばれ、上杉・豊臣と次々と人質になりながらもその才知で運命を切り開く真田弁丸の姿を描く『ぶさいく弁丸』

 いずれも年少期の物語ということで、タイトルに付されているのは幼名ですが、それが誰のことかは、申し上げるだけ野暮でしょう。
 そしてその中で描かれるのは史実と、我々もよく知る逸話に基づいたものですが――しかし「武者始め」に視点を集約することで、これまでとは一風変わったものとして映るのが本書の魅力でしょう。

 何よりも、先に述べた通り、必ずしも武者始め=初陣とは限らないのが面白い。
 単なる武士であればその二つはイコールかもしれませんが、ここに登場するのはいずれも将――それも将の将と呼ぶに相応しい者たちであります。そんな彼らの武者始めは、必ずしも得物を手に戦うだけとは限りません。

 本書における「武者始め」とは、武士が己の目的のために初めてその命を賭けた時――そう表することができるでしょう。人生最初の好機に、あるいは窮地に、己の才を活かし、その将の将としての一歩を踏み出した瞬間を、本作は鮮やかに描き出すのです。


 そんな本書で個人的に印象に残った作品を挙げれば、『母恋い吉法師』『やんごとなし日吉』『ぶさいく弁丸』でしょうか。

 『母恋い吉法師』は、その気性の激しさから母・土田御前に疎まれながらも母の愛を求めていた吉法師の姿の切なさもさることながら、面白いのはそこでもう一人の母の存在として池田恒興の母を置き、実母と乳母の争いを重ね合わせてみせることでしょう。
 ラストに語られるもう一つの「武者始め」の存在に唸らされる作品であります。

 また『やんごとなし日吉』は本書の中では最も伝奇性の強い一編。桶狭間前の信長の上洛を背景に、謎めいた動きを見せる持萩中納言とその弟――日吉と小一郎の暗躍ぶりが面白く、ちょっとしたピカレスクもの的雰囲気すらあるのですが……
 最後の最後に、驚かされたり苦笑させられたりのどんでん返しが用意されているのも心憎いところです。

 そして『ぶさいく弁丸』は、後世にヒーローとして知られるあの武将が、実はぶさいくだった、という切り口だけで驚かされますが、その彼がほとんどギャグ漫画のようなノリで名だたる武将たちの心を掴んでいく姿が楽しく、かつどこか心温まるものを感じさせるのが魅力であります。。


 本書に収録された7編は、さすがに短編ということもあり、少々食い足りない部分はないでもありません。作品によっては、もっともっとこの先を読みたい――そう感じたものもあります。
 とはいえ、その史実に対するユニークな切り口と同時に、男たちの爽快かつ痛快な活躍ぶりを描くその内容は、まさしく宮本節。この作者ならではの戦国世界を堪能できる一冊であることは間違いありません。


『武者始め』(宮本昌孝 祥伝社) Amazon
武者始め

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2018.04.30

さとみ桜『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業 三』 優しい嘘に浮かぶ親の愛


 新聞社のグータラ記者・久馬と役者崩れの美男子・艶煙、そして明るく真っ直ぐな少女・香澄のトリオが、妖怪を題材とした新聞記事で人助けを行う姿を描くシリーズもこれで三作目。今回はこれまで謎だった艶煙の過去が語られることに……

 ある事件がきっかけで久馬と艶煙と出会い、悩める人々からの秘密の依頼を受けて、その悩みの源を、妖怪の仕業として片付けてしまうという彼らの裏稼業を知った香澄。
 その裏稼業の片棒を担いだのをきっかけに二人の仲間となった彼女は、様々な事件を経て二人とも絆を深め、特に久馬とは何となくイイムードになったりしながら、今日も奔走するのであります。

 そんなわけで今回も全三話構成の本作。今回も表沙汰にできない悩みを抱える人々を、妖怪の仕業になぞらえて助けることになるのですが――しかし本作の重要なバックグラウンドとなるのは、艶煙の過去なのです。
 普段は浅草の芝居小屋の花形役者として(しかし結構適当に)活躍する艶煙。久馬とは昔からの付き合いで、町奉行所の与力だった彼の父のことも知る仲、そして芝居小屋の面々も彼らの裏稼業を知り、しばしば積極的に協力してくれる関係にあります。

 そんな様々な顔を持つ艶煙ですが、しかしその過去は、香澄にとって、すなわち読者にとってこれまで謎に包まれていました。それが今回語られるのですが――そのきっかけとなるのが、第一話「雲外鏡の怪」の依頼人である彼の昔馴染み・藤治郎との再会です。

 これまで様々な苦労を重ね、そして艶煙たちに助けられて、今では自分の小間物屋を持つまでになった藤治郎。しかしかつては自分を何かと助けてくれた菓子屋の主人が、今では自分のことを疫病神呼ばわりして、周囲にも悪い噂を広げているというのです。
 しかしそれはむしろ菓子屋の評判を下げて店を傾ける有様。主人の変貌が、妻を亡くしてからだと知る藤治郎は、何とか主人を昔に戻してほしいと願っていたのでした。

 そんなちょっと厄介な依頼も、三人のチームワークで見事に解決するのですが――しかしそこで艶煙の過去の一端に触れた香澄に、艶煙は第二話「鬼火の怪」でその全容を語ることになります。

 まだ徳川の世であった頃、ある事件で父を亡くし、遊び人のように女物の衣装で浅草をぶらついていた艶煙を、姉と間違えて声をかけた藤治郎。同じ店に奉公していた姉が姿を消してしまったという彼の話に興味を持った艶煙は店を探ることになります。
 そこで彼が見たのは、店に町の鼻つまみ者の破落戸・定七が出入りする姿。そしてこの定七こそは……

 その先は詳しくは語りませんが、ここで語られるのは、艶煙がどのような家庭に生まれ、何故芝居の世界に入ったのか。そして何より、何故裏稼業を始めるに至ったのか――その物語であります。
 そう、ここで描かれるのはいわばエピソードゼロ。こうしたエピソードの楽しさは、本編で確立しているスタイルがどのように生まれたかが描かれることにありますが、本作においても、なるほどこういうことかと、シリーズ読者には興味深い内容となっています。


 そして幼なじみから嫁にと望まれながら何故か断ってしまった奉公人の少女と、店のお嬢様の友情を描く第三話の「嘆きの面の怪」もまた、艶煙の過去と関わってくるのですが――しかし本作の全三話には、もう一つ通底するテーマがあります。
 それは子に対する親の愛――それも特に、今は亡き親の愛であります。

 親が子よりも先に逝くのはこの世の定め、避けられないことではあります。しかし残された子にとっては、定めだからと納得できるものではありません。もっと生きていて欲しかった、自分を見守って欲しかった――そんな気持ちになるのが当然でしょう。
 本作で描かれる物語に共通するのは、そんな親を喪った子の姿であり、その悲しみを抱えながらも懸命に生きる人々の姿なのです。

 そして、悲しみを抱えた人を助けるのが裏稼業であることは言うまでもありません。
 本作において久馬たちは、そんな子たちの想いに対してそれとは表裏一体の想い――子を残して逝く親の想い、子を気遣う親の心残りを、怪異として甦らせ、人々を救ってみせるのです。

 妖怪や怪異を通じて描かれるもの――そこには、真実がそのままの形で明らかになってはならないものだけでなく、それを通じてしか語れないものも含まれます。
 そんないわば優しい嘘を語ってみせる本作。本シリーズの最大の魅力である物語の暖かさ、心地よさは、そんな妖怪たちの在り方と結びついて、本作において特に強く感じられると、僕は感じます。


『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業 三』(さとみ桜 メディアワークス文庫) Amazon
明治あやかし新聞 三 怠惰な記者の裏稼業 (メディアワークス文庫)


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