2017.12.26

寺沢大介『ミスター味っ子 幕末編』第2巻 激動の幕末にあの強敵登場!?

 あまりの異次元の組み合わせに仰天し、そしていざ読んでみれば(作中に登場する料理同様)その美味さに感嘆させられた『ミスター味っ子 幕末編』の第2巻であります。相変わらず勝海舟によって幕末に召喚される味吉陽一ですが、いよいよ時代は激動の渦へ。そして陽一の前にもとんでもない強敵が……

 いかなる理由か、寝ている間に幕末にタイムスリップするようになってしまった陽一。どうやら、海舟が空腹になると呼び出されるようになってしまったようですが――しかしそのタイミングが、いずれもやっかいな事件が起きたときばかり。
 かくて陽一は、海舟の腹を満たすだけでなく、その料理で歴史を揺るがしかねない大事件を解決することに……

 と、何ともすっとぼけた設定の本作ですが、第1巻のラストのカレー勝負で登場した堺一馬も同じくタイムスリップするようになり、坂本龍馬ともどもレギュラー入りと、何とも賑やかな展開に。
 もうタイムスリップするのが当たり前になってしまったのも愉快ですが、しかし時代の流れの激しさは、笑い話ではありません。

 この巻の冒頭で描かれるのは、徳川家茂上洛のエピソード。三代将軍家光以来の上洛となった家茂ですが、しかし二百年前とは違い、攘夷を巡って朝廷相手に厳しい舵取りを迫られる局面であります。
 朝廷に対し、攘夷の無意味さを――時に応じて海外のものを取り入れることの大切さを説こうとする家茂と海舟ですが、しかし勅使は、彼らの前にある菓子を出します。

 それは洋酒に漬けたドライフルーツを埋め込んだ羊羹。わざわざ海外のものを取り入れるまでもないと勅使に豪語させしめたその羊羹を作った者こそは、宮中の料理を司る御厨子所預・村田源壱郎……
 と、ここで味っ子ファンであれば激しいリアクションで驚くことでしょう。味っ子で村田と来れば、言うまでもない味皇様。そう、ここに登場したのは、あの味皇・村田源二郎――のご先祖様ではありませんか!

 陽一にとっては良き師であり、そして越えるべき高い高い壁であった味皇。その先祖が相手とくれば、盛り上るのはもう当然。しかもそこにかかるものが、日本の行く先であるとくればなおさらです。
 ここで陽一が一見料理とは無関係なところで得たヒントから、意外極まりない、しかし食べた者を猛烈に感動させる料理を創り出して――というのは定番の展開ながら、このシチュエーションもあって冒頭から盛り上がりは最高潮なのです。

 そして陽一との勝負の末、自分たちも新たなる料理道を行くべきことを悟った味皇様が、これまたどこかで見たようなおっちゃん(のたぶん先祖)を相手に、その想いを語るのですが……
 それを表す言葉がまた味っ子ファンであれば感涙必至のもので、いやはや素晴らしいサービスなのです(冷静に考えると、何言ってるのこの人!? ではあるのですが)


 そしてこの先も物語は――陽一が目撃する歴史の流れは、禁門の変、四ヶ国艦隊下関砲撃、薩長同盟と勢いを殺すことなく突き進んでいくことになります。
 しかしここで描かれる歴史は、一見学習漫画的「正しい」歴史かと思いきや、龍馬がグラバーと組んで日本の内戦状態を煽り(新たなものを生み出すためとはいえ)更なる混沌を生み出そうとするなど、なかなかユニークかつ毒を含んだものであるのも面白いところであります。

 それゆえさらにややこしい状況となっていくのですが――それでも陽一が少年としてのの、そして料理人としての純粋な視点から、こうした状況と、それに翻弄されていく人々に対峙しようとする姿が実に清々しい。
 ここに本作が描かれる一つの意義があるのではないか――というのは言いすぎかもしれませんが、単なる色物ではない確とした味わいが感じられるのは間違いありません。


 そして思わぬ成り行きから薩長の料理勝負に巻き込まれることとなった陽一と一馬。その前には、この時代の天才少年・少女料理人が登場して――とまだまだ盛り上がる本作。

 味っ子ファンはもちろんのこと、一風変わった幕末ものを求める方は是非味わっていただきたい名品であります。


『ミスター味っ子 幕末編』第2巻(寺沢大介 朝日コミックス) Amazon
ミスター味っ子 幕末編 2 (朝日コミックス)


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2017.12.15

井浦秀夫『魔法使いの弟子』 メスメリズムが照らす心の姿、国家の姿

 明治時代初期、新国家の安定のために辣腕を振るう参議・鬼窪は、外国人居留地はずれの洋館に召魔と名乗る妖術使いが住んでいるという噂を聞く。一笑に付す鬼窪だが、愛妾の妙が召魔のもとに通い始めたと知り、洋館に乗り込むことになる。しかし妙は、鬼窪の背後に憑いた幽霊を見たと語り……

 『弁護士のくず』『刑事ゆがみ』の作者が、明治時代初期を舞台に、人間の心の不思議を描いたユニークな物語であります。

 舞台となるのは明治6年頃――新政府は樹立されたものの、まだ政治・社会・外交・文化全てにおいて混沌とした時代。
 その新政府の参議である元薩摩藩士・鬼窪巌は、征韓論に端を発する西郷隆盛らとの争いに奔走する毎日を送っていたのですが――体調を崩していた愛妾の妙が、召魔(めすま)と名乗る怪しげな外国人のもとに通い始めたことを知ります。

 「動物磁気」なる力で病人を癒やし、降霊術で死者の霊を呼び出すという美青年・召魔。当然ながら彼を騙り扱いして妙を連れ戻す鬼窪ですが、一種の気鬱状態の妙の状況は一向に良くならず、やむなく召魔に妙を託すことになります。
 治療の甲斐あってか回復していく妙。しかし彼女は、鬼窪の背後に、彼を弾劾する死者の姿を見たと語り、それを聞かされた鬼窪は、驚きから顔色を失うことになります。その死者こそは、鬼窪がひた隠す過去の所業にまつわる人物だったのですから……


 本作で一種の狂言回しを務める謎の青年・召魔。作中でも語られるように、その名と使う技は、フランツ・アントン・メスメルと彼が提唱した動物磁気(メスメリズム)に基づくものであります。
 このメスメリズム、近代日本を舞台とした物語で、外国人が操る妖しげな技というと結構な確率で登場する印象がありますが――一種の催眠状態を用いた治療であったと言いますから、その扱いもわからないでもありません。

 つまり非常に大雑把に言ってしまえば、オカルトと科学の中間に(過渡期に)存在するこのメスメリズムですが、それを用いて本作が描き出すのが、過去を断罪する幽霊というのが面白い点でしょう。
 果たして妙が見た幽霊は単なる神経の作用なのか、本物の幽霊なのか。そのどちらであったとしても、何故妙の目に映るようになったのか? 本作はその謎解きの中に、人間の心と意識と魂の三者の姿とその関係を浮かび上がらせるのであります。

 そして本作は、その物語の中で暴かれる鬼窪の罪を、同時にこの国が辿ってきた血塗られた歴史と重なるものとして描きだします。あたかも国家(の歴史)にも、心と意識と魂に照合するものが存在するかのように……
 そしてさらにそこに、終盤で明らかになる召魔自身の過去(にまつわる死)が重ね合わせられることで、本作は一種の断罪と贖罪の物語を浮かび上がらせることになるのです。

 正直なところ、なかなか物語が向かう先が見えない作品ではあります。題材的にも、短編向きに感じる内容ではあります(事実、本作は単行本1巻という短い作品なのですが)。
 そんなどこか窮屈さを感じさせる作品なのですが、それだからこそ、結末で描かれるものには、不思議な感動と解放感を感じさせられる――それこそ、魔法にでもかけられたような、不思議な後味の作品であります。


 ちなみに鬼窪は、島津久光に重用されたという過去といい、征韓論での西郷との対立といい、何よりもそのネーミング(とビジュアル)といい、モデルは明らかに大久保利通でしょう。
 他の登場人物が実名で描かれているものが、彼のみこのように改変されているのは奇妙にも感じますが、これは物語の核心である彼の過去を自由に描くためのものでしょうか。


『魔法使いの弟子』(井浦秀夫 小学館ビッグコミックス) Amazon
魔法使いの弟子 (ビッグコミックス)

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2017.12.13

サックス・ローマー『魔女王の血脈』 美しき魔人に挑む怪奇冒険譚

 一定年齢層以上のホラーファンにとっては懐かしい国書刊行会のドラキュラ叢書――その幻の第二期に予定されていた作品、『怪人フー・マンチュー』シリーズのサックス・ローマーが、奇怪な魔術妖術を操り行く先々に災厄をまき散らす魔青年の跳梁を描く、スリリングな怪奇冒険小説であります。

 著名なエジプト研究者を父に持ち、類い希な美貌と洗練された物腰で周囲の女性たちの注目の的である青年アントニー・フェラーラ。父同士が親友同士であったことから、幼なじみとして育ったロバート・ケルンは、彼が時折部屋に籠もって何かに耽っているのに不審を抱きます。

 やがて、ロバートの周囲で次々と起きる奇怪な事件と、不可解な人の死。フェラーラの父までもが命を落とす中、ロバートに現実とは思えぬ奇怪な現象が襲いかかります。
 医師であり隠秘学の泰斗である父により、すんでのところで救われたロバートは、フェラーラが奇怪な魔術の使い手であり、その力で様々な人々を犠牲にしてきたことを知ります。

 父とともにフェラーラの凶行を阻むために立ち上がったロバート。しかし彼らをあざ笑うように跳梁し、犠牲を増やしていくフェラーラの魔手は、やがてロバートの愛する人をも狙うことに……


 かのラヴクラフトが、評論『文学と超自然的恐怖』でその名を挙げている本作。冒頭で触れたように、実に40年ほど前に邦訳を予告されつつも果たされなかった、ある意味幻の作品であります。
 それがこのたび、古典ホラーの名品を集めたナイトランド叢書で刊行(こちらも第二期なのは奇しき因縁と言うべきか)されたことから、ようやく手軽にアクセスできるようになりました。

 その本作、発表は1918年と、ほぼ一世紀前の作品ですが――さすがは、と言うべきでしょうか、今読んでみてもほとんど色あせることなくエキサイティングな作品であります。
 何よりも印象に残るのは、本作の闇の側の主人公とも言うべきフェラーラの造形でしょう。美女とも見紛う容姿で周囲の人間を魅了し、次々と破滅させていく彼は、古怪な魔力を用いる邪悪の化身でありつつも、どこまでも洗練された「現代的」なキャラクターとして感じられるのです。

 さて本作は、そのフェラーラとケルン父子の対決を描く長編ですが、
ロバートがフェラーラの暗躍に気付く
→フェラーラを追うも術中にはまりかえって危機に
→間一髪で父に助けられる
→父子で反撃に転じるもフェラーラは逃げおおせた後
というパターンの連続。ケルン父子はほとんどフェラーラに翻弄されっぱなしなのであり――フェラーラこそが本作の真の主人公と言っても差し支えはないでしょう。

 しかし、上記のパターンを見ると、本作が単調な繰り返しに終始するように思われるかもしれませんが、心配ご無用。各エピソードでフェラーラが操る魔術は千差万別、幻覚から物理的力を持つ呪い、様々な使い魔による攻撃、さらには○○を用いた呪いとバラエティ豊かなのですから。

 そして、その良くも悪くも派手さを抑えた魔術描写は、作者が実在の魔術結社・黄金の夜明け団に参加していた故でしょうか。
 特に、中盤で展開するエジプト編の冒頭、疾病をもたらす奇怪な風に怯える人々が、風を避けて集まったホテルに奇怪なセト神の仮面を被った男が現れ――というくだりは、恐怖の実体を明らかにせず、雰囲気だけで恐怖を煽る作者の筆が実に見事で、本作の魅力がよく現れた、本作屈指の名シーンではないでしょうか。


 もっとも、本作にも困ったところは皆無ではなく、フェラーラの正体を知っている(らしい)ロバートの父が、毎回それをロバートに問われてもはぐらかして、終盤まで語らないのは、さすがに引っ張りすぎと感じます。
 また、ラストも、それまでの展開に比べれば、いささかあっさり目と感じる方も少なくないでしょう。

 とはいえ、終盤でついに語られるフェラーラの出自は、こう来たか! と大いに驚かされましたし、結末のある意味皮肉な展開も、強大な悪の魔術師の末路として、相応しい結末であることは間違いありません。

 怪奇冒険小説として、魔術小説として、一種のピカレスクものとして――今なお様々な、一級の魅力に満ちた作品であります。


『魔女王の血脈』(サックス・ローマー 書苑新社ナイトランド叢書) Amazon
魔女王の血脈 (ナイトランド叢書2-7)

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2017.11.24

さとみ桜『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業 二』 怪異の陰の女性たちの姿

 明治時代初期を舞台に、妖怪にまつわる新聞記事を使って人助けを行う一味に加わった少女・香澄の活躍を描くシリーズの第2弾であります。一味にも馴染み、自分の生き方を模索する香澄ですが、この巻では意外な強敵が現れることに……

 とある事件をきっかけに、日陽新聞社のグータラ記者・久馬と、彼の相棒で役者崩れの美男子・艶煙と知り合うことになった香澄。
 久馬と艶煙たちが、ある事件を妖怪絡みに仕立て上げ、その陰で人助けを行っていることを知った彼女は、その手伝いをしたのをきっかけに、一味に加わることになります。

 開明的な父の許可を得て、新聞社で小間使いとして働くようになった香澄は、怠け者で自分を子供扱いする久馬の態度に苛立ちながらも、様々な事件解決のために奔走することに……


 という設定の本シリーズですが、基本的に本作でもそのスタイルは変わることはありません。

 芸者に手を出して子供を作った上に手酷く捨てた男に、久馬と艶煙の一座が復讐の芝居を仕掛ける「産女の怪」。
 久馬が通う道場の周囲でのっぺらぼうの目撃譚が広まり、道場の一人娘が翻弄される「のっぺらぼうの怪」。
 間違って国庫に納めてしまった本を取り戻しにきた田舎役人が、思わぬ盗難騒動に巻き込まれる「河童の怪」

 実はどのエピソードも実際に妖怪が登場するわけではなく、その噂を用いた一種の情報戦を仕掛けるという形なのですが、派手さはないものの、安心して楽しめる人情譚とでも言うべき内容となっています。


 さて、そんな本作を構成する3つのエピソードに共通するものを探すとすれば、それはこの時代に生きる「女性」の在り方と言えるのではないでしょうか。
 不実な男に翻弄される芸者、父の道場を畳んで新たな商売を目指す娘、そして何よりも、自分のやりたいこと、やるべきことを求めて外の世界に出ようとする香澄……

 それぞれに全く異なる姿ではありますが、明治という新たな時代の中で、懸命に自分自身の明日を求めて生きているという点で、彼女たちは皆等しい存在といえます。
 そして本作での久馬たちの活躍は、彼女たちの生を守り、導くためのもの――いささか格好良く表現すれば、そう言えるかもしれません。

 もっとも、そんな中で香澄はかなり恵まれた存在、当時としては破格の生き方をしている女性であります。
 いかに開明的な家庭とはいえ、職業婦人も珍しい時代に、嫁入り前の娘が男に立ち混じって働く――これは滅多にあったことではないでしょう。

 もちろんそれは、お話の中の一種のファンタジーではあるのですが――しかし本作はそれを自覚的に取り上げ、香澄自身に、彼女のいわばモラトリアムの意味を幾度となく突きつけることになります。
 その役割を果たすのが、彼女の兄・主計――文部省に奉職するお堅い役人である彼は、彼女が外で働くことを、そして彼女の近くに久馬がいることを快く思わず、何かと口を挟んでくる強敵として描かれることになるのです。

 この辺りは少々お約束的なものも感じますが、しかし物語にあまりギスギスしたものを感じさせずに(ファンタジーとしての枠を壊さずに)、香澄の立ち位置を冷静に問い直させるというのはうまい構造だと感心いたしました。
 もちろんその役割を果たしているのは、主計だけではなく、物語に登場する、明治という時代の制約を受けた他の女性たちも(一種の鏡の形で)含まれることは言うまでもないのですが。


 何はともあれ、兄を向こうに回しつつも、一歩一歩、自分自身というものを固めつつある香澄。
 久馬への想いにほとんど全く気づいていないのがもどかしいといえばもどかしいのですが、これはまあ置いておきましょう。

 「妖怪もの」を期待するとどうかと思いますが、丁寧な物語作りが心地よい「女性小説」であります。


『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業 二』(さとみ桜 メディアワークス文庫) Amazon
明治あやかし新聞 二 怠惰な記者の裏稼業 (メディアワークス文庫)


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 さとみ桜『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業』 人を救い、幸せを招く優しい怪異の物語

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2017.11.15

入門者向け時代伝奇小説百選 中国もの

 入門者向け時代小説百選、ラストはちょっと趣向を変えて日本人作家による中国ものを紹介いたします。どの作品もユニークな趣向に満ちた快作揃いであります。
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)

96.『僕僕先生』(仁木英之) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 唐の時代、働きもせずに親の財産頼みで暮らす無気力な青年・王弁。ある日出会った美少女姿の仙人・僕僕に気に入られて弟子となった王弁は、彼女とともに旅に出ることになります。世界はおろか、天地を超えた世界で王弁が見たものは……

 実際に中国に残る説話を題材としつつも、それをニート青年とボクっ娘仙人という非常にキャッチーな内容に生まれ変わらせてみせた本作。現代の我々には馴染みが薄い神仙の世界をコミカルにアレンジしてみせた面白さもさることながら、旅の中で異郷の事物に触れた王弁が次第に成長していく姿も印象に残ります。
 作者の代表作にして、その後シリーズ化さえて10年以上に渡り書き続けられることとなったのも納得の名作です。

(その他おすすめ)
『薄妃の恋 僕僕先生』(仁木英之) Amazon
『千里伝』(仁木英之) Amazon


97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都) 【ミステリ】 Amazon
 デビュー以来、中国を舞台とした歴史ミステリを次々と発表してきた作者が、唐の則天武后の時代を舞台に描く連作ミステリです。

 則天武后の洛陽城に宦官として献上された怜悧な美少年・馮九郎と、天真爛漫な双子の妹・香連。九郎は複雑怪奇な権力闘争が繰り広げられる宮中で、次々と起きる奇怪な事件を持ち前の推理力で解決していくのですが、権力の魔手はやがて二人の周囲にも……

 探偵役が宦官という、ユニークな設定の本作。収録された物語が、いずれもミステリとして魅力的なのはもちろんですが、則天武后の存在が事件の数々に、そして主人公たちの動きに密接に関わってくるのが実に面白い。結末で明かされる、史実との意外なリンクにも見所であります。

(その他おすすめ)
『十八面の骰子』(森福都) Amazon
『漆黒泉』(森福都) Amazon


98.『琅邪の鬼』(丸山天寿) 【ミステリ】 Amazon
 中国史上初の皇帝である秦の始皇帝。本作は、その始皇帝の命で不老不死の研究を行った人物・徐福の弟子たちが奇怪な事件に挑む物語であります。

 徐福が住む港町・琅邪で次々と起きる怪事件。鬼に盗まれた家宝・甦って走る死体・連続する不可解な自死・一夜にして消失する屋敷・棺の中で成長する美女――超自然の鬼(幽霊)によるとしか思えない事件の数々に挑むのは、医術・易占・方術・房中術・剣術と、徐福の弟子たちはそれぞれの特技を活かして挑むことになります。

 とにかく起きる事件の異常さと、登場人物の個性が楽しい本作。本当に合理的に解けるのかと心配になるほどの謎を鮮やかに解き明かす人物の正体が明かされるラストも仰天必至の作品です。

(その他おすすめ)
『琅邪の虎』(丸山天寿) Amazon
『邯鄲の誓 始皇帝と戦った者たち』(丸山天寿) Amazon


99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬) 【ミステリ】 Amazon
 遙かな昔、黄帝が悪を滅するために地上に下したという「銀牌」。本作は、様々な時代に登場する銀牌を持つ者=銀牌侠たちが、江湖(官に対する民の世界)で起きる怪事件の数々に挑む武侠ミステリであります。

 本書に収録された四つの物語で描かれるのは、武術の奥義による殺人事件の謎。日本の剣豪小説同様、中国の武侠小説でも達人の奥義の存在と、それを如何に破るかというのは作品の大きな魅力ですが、本作ではそれがそのまま謎解きとなっているのが、実にユニークであります。

 そしてもう一つ、ラストの中編『悪銭滅身』の主人公が浪子燕青――「水滸伝」の豪傑百八星の一人なのにも注目。水滸伝ファンの作者らしい、気の利いた趣向です。

(その他おすすめ)
『もろこし紅游録』(秋梨惟喬) Amazon
『黄石斎真報』(秋梨惟喬) Amazon


100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州) 【児童】【怪奇・妖怪】 Amazon
 時代伝奇小説の遠い祖先とも言える中国四大奇書。その一つ「西遊記」の作者――とも言われる呉承恩を主人公とした奇譚です。

 父との旅の途中、みすぼらしい少女・玉策に出会って食べ物を恵もうとした作家志望の少年・承恩。しかし玉策の食べ物は何と書物――実は彼女は、泰山山頂の金篋から転がり落ちた、人の運命を見抜く力を持つ存在だったのです。
 玉策の力を狙う者たちを相手に、承恩は思わぬ冒険に巻き込まれることに……

 「西遊記」などの中国の古典を児童向けに(しかし大人も唸る完成度で)リライトしてきた作者。本作もやはり本格派かつ個性的な味わいを持った物語ですが、同時に物語の持つ力や意味を描くのが素晴らしい、「物語の物語」であります。

(その他おすすめ)
『封魔鬼譚』シリーズ(渡辺仙州) Amazon



今回紹介した本
僕僕先生 (新潮文庫)双子幻綺行―洛陽城推理譚琅邪の鬼 (講談社文庫)もろこし銀侠伝 (創元推理文庫)(P[わ]2-1)文学少年と書を喰う少女 (ポプラ文庫ピュアフル)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「僕僕先生」
 「双子幻綺行 洛陽城推理譚」(その一) 事件に浮かぶ人の世の美と醜
 「琅邪の鬼」 徐福の弟子たち、怪事件に挑む
 「もろこし銀侠伝」(その一) 武侠世界ならではのミステリ
 渡辺仙州『文学少年と運命の書』 物語の力を描く物語

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2017.11.04

琥狗ハヤテ『メテオラ 肆』 過去との決別と新たな出会いと

 琥狗ハヤテによる獣人水滸伝『メテオラ』、待望の続巻であります。自分たち魔星(メテオラ)の前世と宿命を知り、メテオラの拠点となる地を拓くために宿敵の目から隠れることのできる聖域を探す旅に出た林冲と魯智深。二人の前に現れる追っ手、そして新たなる魔星とは――

 獣人に変化する力を持つことから、呪われた存在として忌避される者たち「魔星(メテオラ)」。その一人でありながら、育ての親の王進らの愛に包まれ、人として育った林冲は、しかし自分たちを狙う敵の存在を知ることになります。
 その敵の名は「混沌」――かつて魔星との戦いに敗れ、封印された災いが、魔星を食らい、この世に舞い戻るために活動を始めたのであります。

 混沌の化身と化した高キュウの配下により王進をはじめとする周囲の人々を失い、親友であり同じ魔星である魯智深と都を逃れた林冲。彼らは、やはり魔星である柴進のもとで、ついに自分たちの運命と成すべきことを知ることになります。
 そして柴進が二人に託したのは、混沌の目を逃れ、魔星たちが拠ることのできる地を探すこと。今はまだ見ぬ地に向けて旅立った二人ですが……


 というところから始まったこの巻、いきなり道に迷う羽目になった二人は、風が吹き、雪が降る中、古ぼけた廟に一夜の宿を借りることになります。
 ……とくれば、このくだりは「風雪山神廟」。原典では、林冲が都からの高キュウの追っ手となったかつての知人・陸謙と対決することになる見せ場の一つであります。

 そして本作においても、やはり陸謙は林冲の前に現れるのですが――しかしその姿は本作に相応しいというべきか、悍ましくも哀しきもの。
 混沌の餌食となり、配下とされた彼は、一種のゾンビとして、林冲と対峙するのであります。

 これまで様々な水滸伝の中で、幾度も対峙してきた林冲と陸謙。本作はそんなある意味手垢のついた対決を、獣人vs屍人という、本作に相応しい異形の者同士の対峙として描きます。
 しかしそれが一転、子供時代の二人の姿にオーバーラップしていく描写は、林冲が姿は獣であっても、どこまでも人間であることを何よりも強く示すものでしょう。

 子供時代の描写の中で陸謙が林冲にかける言葉の哀しさも相まって、本作で幾度となく描かれてきた悲劇の中でも、特に心に刺さるくだりであります。


 しかし、なおも二人の旅は続くことになります。旅の途中、人喰い虎が出没するという山にさしかかった二人は、酒屋のおやじが止めるのも構わず(何しろこの二人が野獣を恐れるはずもないわけで)先に進むのですが……
 果たしてその前に現れた一匹の巨大な虎。しかしその虎に襲いかかるもう一匹の、いやもう一人の隻眼の虎の姿が!

 そう、ここで新たに登場する魔星は、虎退治の豪傑、行者武松。武松が虎の姿に変じる作品は本作が初めてではありませんが、やはりしっくりくる組み合わせであります。

 仲間と出会ったことを喜ぶ武松に誘われた二人が出会ったのは、病床にある武松の兄・武大と、その妻・潘金蓮。そして魯智深に対して怪しからぬ振る舞いをみせる潘金蓮ですが……

 というわけで、この巻の後半で描かれるのは、武十回ミーツ林冲&魯智深というべき展開。この辺りは、基本的に武松側のシチュエーション的には原典通りということもあり、前巻や、そのエピローグとも言うべきこの巻の前半の展開に比べるとかなり大人しめの印象があります。

 しかし見慣れたシチュエーションの中に、本来であれば全く無関係(もっとも、原典では柴進と武松には繋がりがあるわけですが)の林冲と魯智深がいるというのはなかなか面白い刺激であることはまちがいありません。

 実は本作は、この巻からは電子書籍のみでの刊行となる模様ですが、しかしどのような形であれ物語が続くというのは素晴らしいことであります。
 武松の物語もまだまだプロローグ、それがここからどのように本作流に料理されるのか――楽しみになるではありませんか。


『メテオラ 肆』(琥狗ハヤテ KADOKAWA/エンターブレインB's-LOG COMICS) Amazon
メテオラ 肆 (B's-LOG COMICS)


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 「ネリヤカナヤ」第一巻 ユニークな試みの水滸伝記
 「ネリヤカナヤ 水滸異聞」第2巻 帰ってきた林冲!
 「ネリヤカナヤ 水滸異聞」第3巻 正義が喪われる日

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2017.11.01

入門者向け時代伝奇小説百選 幕末-明治(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、幕末-明治のその2は、箱館戦争から西南戦争という、武士たちの最後を飾る戦いを題材とした作品が並びます。

86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎)
87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健)
88.『警視庁草紙』(山田風太郎)
89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄)
90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健)


86.『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』(富樫倫太郎) Amazon
 近年、幾つもの土方歳三を主人公とした作品を発表してきた作者が、極めてユニークな視点から箱館戦争を描くのが本作です。

 プロシア人ガルトネルが蝦夷共和国と結ぶこととなった土地の租借契約。その背後には、ロシア秘密警察工作員の恐るべき陰謀がありました。この契約に疑問を抱いた土方は、在野の軍学者、箱館政府に抗するレジスタンス戦士らと呉越同舟、陰謀を阻むたの戦いを挑むことに……

 実際に明治時代に大問題となったガルトネル事件を背景とした本作。その背後に国際的陰謀を描いてみせるのは如何にも作者らしい趣向ですが、それに挑む土方の武士としての美意識を持った人物像が実にいい。
 終盤の不可能ミッション的な展開も手に汗握る快作です。

(その他おすすめ)
『神威の矢 土方歳三蝦夷討伐奇譚』(富樫倫太郎) Amazon


87.『旋風伝 レラ=シウ』(朝松健) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 幕末最後の戦いというべき五稜郭の戦。本作はその戦の終わりから始まる新たな戦いを描く雄編です。

 五稜郭の戦に敗れ、敗残兵となった少年・志波新之介。新政府軍の追っ手や賞金稼ぎたちと死闘を繰り広げつつ、生き延びるための旅を続ける彼の前に現れるのは、和人の過酷な弾圧に苦しむアイヌの人々、そして大自然の化身たる蝦夷地の神々や妖魔たち。
 出会いと別れを繰り返しつつ、北へ、北へと向かう新之介を待つものは……

 和製マカロニウェスタンと言うべき壮絶なガンアクションが次から次へと展開される本作。それと同時に描かれる蝦夷地の神秘は、どこか消えゆく古きものへの哀惜の念を感じさせます。
 一つの時代の終焉を激しく、哀しく描いた物語です。

(その他おすすめ)
『地の果ての獄』(山田風太郎) Amazon


88.『警視庁草紙』(山田風太郎) 【ミステリ】 Amazon
 作者にとって忍法帖と並び称されるのが、明治ものと呼ばれる伝奇小説群。本作はその記念すべき第一作であります。

 川路大警視をトップに新政府に設立された警視庁。その鼻を明かすため、元同心・千羽兵四郎ら江戸町奉行所の残党たちは、市井の怪事件をネタに知恵比べを挑むことに……

 漱石・露伴・鴎外・円朝・鉄舟・次郎長など、豪華かつ意外な顔ぶれが、正史の合間を縫って次々と登場し物語を彩る本作。そんな明治もの全体に共通する意外史的趣向に加え、ミステリとしても超一級のエピソードが並びます。
 そしてそれと同時に、江戸の生き残りと言うべき人々の痛快な反撃の姿を通じて明治以降の日本に対する異議申し立てを描いてみせた名作であります。

(その他おすすめ)
『明治断頭台』(山田風太郎) Amazon
『参議暗殺』(翔田寛) Amazon


89.『西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄) 【ミステリ】 Amazon
 北辰一刀流の達人にして、維新後は写真師として暮らす元幕臣・志村悠之介。西南戦争勃発直前、西郷隆盛の顔写真を撮るという依頼を受けた彼は、一人鹿児島に潜入することになります。
 そこで彼を待つのは、西郷の写真を撮らせようとする者と、撮らせまいとする者――いずれも曰くありげな者たちの間で繰り広げられる暗闘に巻き込まれた悠之介の運命は……

 文庫書き下ろし時代小説界で大活躍中の作者が最初期に発表した三部作の第一作である本作。
 知られているようで謎に包まれている西郷の「素顔」を、写真という最先端の機器を通じて描くという趣向もさることながら、その物語を敗者や弱者の視点から描いてみせるという、実に作者らしさに満ちた物語です。


(その他おすすめ)
『鹿鳴館盗撮 剣豪写真師・志村悠之介』(風野真知雄) Amazon
『黒牛と妖怪』(風野真知雄) Amazon


90.『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健) Amazon
 西南戦争終盤、警視隊の藤田五郎をはじめ曲者揃いのメンバーとともに、西郷を救出せよという密命を下された村田経芳。
 しかしメンバー集合前に隊長が何者かに暗殺され、それ以降も次々と彼らを危機が襲うことになります。誰が味方で誰が敵か、そしてこの依頼の背後に何があるのか。銃豪と剣豪が旅の果てに見たものは……

 期待の新星のデビュー作である本作は、優れた時代伝奇冒険小説というべき作品。
 後に初の国産小銃である村田銃を開発する「銃豪」村田経芳を主人公として、いわゆる不可能ミッションものの王道を行くような物語を描くと同時に、その中で、時代の境目に生きる人々が抱えた複雑な屈託と、その解放を描いてみせるのが印象に残ります。



今回紹介した本
箱館売ります(上) - 土方歳三 蝦夷血風録 (中公文庫)旋風伝 レラ=シウ(1)警視庁草紙 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)西郷盗撮 剣豪写真師・志村悠之介 (角川文庫)明治剣狼伝―西郷暗殺指令 (時代小説文庫)


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 富樫倫太郎『箱館売ります 土方歳三蝦夷血風録』上巻 箱館に迫る異国の大陰謀
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 新美健『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』 銃豪・剣豪たちの屈託の果てに

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2017.10.18

入門者向け時代伝奇小説百選 江戸(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、江戸もののその二は、フレッシュで個性的な作品を中心に取り上げます。

76.『退屈姫君伝』(米村圭伍)
77.『未来記の番人』(築山桂)
78.『燦』シリーズ(あさのあつこ)
79.『荒神』(宮部みゆき)
80.『鬼船の城塞』(鳴神響一)

76.『退屈姫君伝』(米村圭伍) Amazon
 ユーモラスかつスケールの大きな時代小説を描けば右に出る者がいない作者の代表作、好奇心旺盛な姫君の活躍を描くシリーズの開幕編です。
 陸奥の大藩から讃岐の小藩・風見藩に嫁いだ、めだか姫。夫がお国入りして暇を持て余し、謎解きをしたり町をぶらついたりといった日々を過ごす姫は、田沼意次が風見藩と実家を狙っていることを知り、俄然張り切ることに……

 作者お得意のですます調で繰り広げられるユーモラスでペーソス溢れる物語が、あれよあれよという間にスケールアップしていく、実に作者らしいスケール感の本作。
 冒頭で述べたとおり「退屈姫君」シリーズの第一作でもあり、また作者の他の作品とのリンクも魅力の一つです。

(その他おすすめ)
『風流冷飯伝』(米村圭伍) Amazon


77.『未来記の番人』(築山桂) 【忍者】 Amazon
 大坂を舞台に、したたかな商人たちの姿や、爽やかな青春群像を描いてきた作者が、聖徳太子の予言書「未来記」を題材に描く活劇です。
 大坂四天王寺に隠されていると言われる未来記奪取を命じられた、南光坊天海直属の忍び・千里丸。千里眼の異能を持つ彼は、そこで初めて自分と同様に異能を持つ少女・紅羽と出会うのですが……

 この二人を中心に、様々な思惑を秘めた様々な人々が繰り広げる未来記争奪戦を描く本作。その内容は、まさに伝奇ものの醍醐味に満ちたものであります。
 しかし本作は同時に、その戦いの中の人々の姿を丹念に描くことにより、歴史の激流の中で人が生きることの意味を問いかけるのです。作者ならではの佳品というべきでしょう。

(その他おすすめ)
『緒方洪庵浪華の事件帳』シリーズ(築山桂) Amazon
『浪華の翔風』(築山桂) Amazon


78.『燦』シリーズ(あさのあつこ) Amazon
 瑞々しい少年たちの姿を描く児童文学と、人の心の陰影を鮮やかに描く時代小説を平行して描いてきた作者が、その両者を巧みに融合させたのが本作です。

 田鶴藩の筆頭家老の家に生まれ、藩主の次男・圭寿に幼い頃から仕えてきた吉倉伊月。しかしある日彼らの前に、かつて藩に滅ぼされた神波一族の生き残りの少年・燦が現れます。
 突然藩主を継ぐことになった圭寿を支える伊月と、彼らと奇妙な因縁に結ばれた燦。三人の少年は、やがて藩を簒奪せんとする勢力、そして藩が隠してきた闇と対峙することになるのですが……

 三人の少年たちの戦いと成長と同時に、彼らと関わる女性たちの姿も巧みに描き出す本作。ラストに待ち受ける驚愕の真相も必見です。


79.『荒神』(宮部みゆき) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 時代小説においても人情ものからミステリ、ホラーなど様々な作品を発表してきた作者が、何と怪獣ものに挑んだ傑作であります。

 ある晩、北東北の山村が一夜にして壊滅。その山村が敵対する二つの藩の境目にあったことから緊張が高まる中、その犯人である謎の怪物が出現、次々と被害を増やしていくことになります。
 両藩の対応が遅れる中、事件に巻き込まれた人々は、生き残るために、あるいは怪物を倒すために、それぞれ必死の戦いを繰り広げることに……

 怪獣映画のフォーマットを時代小説に見事に落とし込んでみせた本作。怪物の存在感の見事さもさることながら、理不尽な事態に翻弄されながらも決して屈しない人々の姿が熱い感動を呼びます。


80.『鬼船の城塞』(鳴神響一) Amazon
 日本では比較的数少ない海洋時代小説。本作はその最新の成果というべき冒険活劇であります。

 日本近海で目撃が相次ぐ謎の赤い巨船「鬼船」。御用中にこの鬼船に遭遇した鏑木信之介は、鬼船を操る海賊・阿蘭党に一人捕らわれることになります。
 彼らの賓客として遇される中、徐々に彼らの存在を理解していく真之介。しかし鬼船を遙かに上回る巨大なイスパニアの軍艦が出現したことから、事態は大きく動き出すことに……

 デビュー以来、通常の時代小説の枠に収まらない作品を次々発表してきた作者らしく、壮大なスケールの本作。散りばめられた謎や秘密の面白さはもちろんのこと、迫真の海洋描写、操船描写が物語を大いに盛り上げる快作です。

(その他おすすめ)
『私が愛したサムライの娘』(鳴神響一) Amazon
『海狼伝』(白石一郎) Amazon



今回紹介した本
退屈姫君伝未来記の番人 (PHP文芸文庫)燦〈1〉風の刃 (文春文庫)荒神 (新潮文庫)鬼船の城塞 (ハルキ文庫 な 13-3 時代小説文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「退屈姫君伝」 めだか姫、初の御目見得
 『未来記の番人』 予言の書争奪戦の中に浮かぶ救いの姿
 「燦 1 風の刃」
 『荒神』 怪獣の猛威と人間の善意と
 鳴神響一『鬼船の城塞』 江戸の海に戦う男たち

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2017.10.09

入門者向け時代伝奇小説百選 江戸(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は本丸ともいうべき江戸時代を舞台とした作品のその一であります。

71.『蛍丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)


71.『蛍丸伝奇』(えとう乱星) 【剣豪】 Amazon
 最近の名刀ブームで俄かに知名度の上がった名刀・蛍丸。本作はその蛍丸を巡り、幾多の剣豪たちが激突する物語です。

 勤王の象徴である螢丸を所望した後水尾上皇の動きを警戒する幕府。上皇を抑えるために西国に向かうことになったのは、沢庵和尚の弟子であり、上皇の異母弟である青年僧・化龍でした。しかし彼の前には、柳生一門、宮本武蔵、そして松山主水がそれぞれの思惑を秘めて立ち塞がることに……

 名刀を巡る剣豪バトルロイヤルが展開される本作。しかしそれと同時に、そこでは化龍をはじめとする登場人物たちが抱えた哀しみの存在と、その浄化をも描き出します。派手な伝奇活劇と、切なく暖かい群像劇を得意とする作者ならではの作品です。


72.『吉原御免状』(隆慶一郎) 【剣豪】 Amazon
 その作家としての活動期間の短さにもかかわらず、今なお多くの読者を魅了して止まぬ作者のデビュー作であります。
 宮本武蔵に育てられ、師の遺言に従って吉原に現れた好青年・松永誠一郎。彼はそこで吉原に隠された神君家康の御免状を狙う柳生一門と対峙することになります。そしてそれはやがて彼自身の出生の秘密にも関わっていくことに……

 吉原に秘められた秘密、幕府と天皇家の激しい暗闘と、娯楽性の高さは言うまでもないことながら、無縁・公界など網野善彦の歴史学の成果をも取り込んだ、一種アカデミックな伝奇世界を作り出した本作。
 その一方で、一人の無垢な青年の成長を描く青春小説としても第一級の作品であります。

(その他おすすめ)
『かくれさと苦界行』(隆慶一郎) Amazon
『死ぬことと見つけたり』(隆慶一郎) Amazon


73.『かげろう絵図』(松本清張) 【ミステリ】 Amazon
 言うまでもなく社会派ミステリの巨匠である作者が天保期を舞台に、権力に群がる人々の姿を描いた大作です。

 大御所家斉や大奥と結び、権勢をほしいままにする中野石翁。寺社奉行・脇坂淡路守が大奥の腐敗を暴かんとする中、淡路守派の旗本の甥・島田新之助もこの暗闘に巻き込まれていくことになります。敵味方を問わず次々と犠牲者が出る中、新之助が見たものは……

 政治を牛耳る巨悪という如何にも作者らしい題材を描きつつも(下山事件を思わせる展開も……)、単純な善悪の戦いに留まらず、人々の現世的な欲望の世界を描いた本作。
 ヒーローの立場にありつつも、超然とした視点から人々の右往左往する様を見る新之助の存在が強く印象に残ります。


74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人) Amazon
 いまや文庫書き下ろし時代小説界の代表選手の一人となった作者のデビュー作にして、作者の魅力が色濃く現れた快作です。

 八代将軍吉宗の時代、将軍嗣子・家重暗殺の企みに巻き込まれた南町同心・三田村元八郎。その功績を買われて抜擢された彼は、将軍宣下を巡る陰謀を探るため、京に向かうことに。暗闘が帝の身辺にも及ぶ中、元八郎の宝蔵院一刀流が唸る……!

 その作品の多くで、権力を巡る幕閣たちの暗闘と、それに巻き込まれた剣の達人の苦闘、そしてその背後の伝奇的秘密を描いてきた作者。そんな特徴は、第一作である本作の時点で、はっきりと現れています。
 巨大な権力を前にしても己を失わない主人公の活躍が爽快な名作です。

(その他おすすめ)
『幻影の天守閣』(上田秀人) Amazon
『奥右筆秘帳』シリーズ(上田秀人) Amazon


75.『魔岩伝説』(荒山徹) Amazon
 日本と朝鮮の交流史を背景に、奇想天外な作品を次々に発表してきた作者。その作者の魅力が最もストレートに現れた作品です。

 50年ぶりの朝鮮通信使来日を控えた頃、対馬藩江戸屋敷に出現した怪人。この騒動に巻き込まれたことから、若き日の遠山景元は、朝鮮の美少女・春香とともに海を越え、通信使に秘められた秘密を追うことになります。しかし二人の後を追い、若き日の鳥居耀蔵、剣豪・柳生卍兵衛も朝鮮に向かうことに……

 徳川幕府と李氏朝鮮の間に隠された巨大すぎる秘密の存在を朝鮮妖術を絡めつつ描く本作。本作はそんな伝奇活劇と同時に、権力に屈せぬ人々の姿、そして戦いの中で成長する青年の姿を描いていきます。美しいラストも必見!

(その他おすすめ)
『高麗秘帖』(荒山徹) Amazon
『鳳凰の黙示録』(荒山徹) Amazon



今回紹介した本
螢丸伝奇吉原御免状 (新潮文庫)かげろう絵図〈上〉 (文春文庫)将軍家見聞役 元八郎 一  竜門の衛<新装版> (徳間文庫)魔岩伝説 (祥伝社文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「蛍丸伝奇」 勤王の名刀と鎮魂の象徴と
 青春小説として 「吉原御免状」再読
 松本清張『かげろう絵図』上巻 大奥と市井、二つの世界を結ぶ陰謀
 「魔岩伝説」 荒山作品ここにあり! の快作

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2017.10.05

北崎拓『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島』第2巻 義経の正室、そのキャラは……

 前の巻の発売から丁度2年が経ってしまいましたが、『ますらお 秘本義経記』の約20年ぶりの続編の第2巻であります。三日平氏の乱平定に当たる義経に単身襲いかかる那須与一との戦い。そしてその先に義経の前に現れる思わぬ人物とは……

 平氏との戦いが続く中、義経の前に現れた男・那須与一。相手の心の中を察知することができる異形の右目と人並み優れた弓矢の腕を持つ彼は、かつて淡い想いを交わし合い、己に「与一」の名を与えてくれた那須家の姫に報いるため、義経を狙っていたのであります。

 共に武士として卓越した力を持ちつつも、心の中に埋めようもない虚無を抱え、憑かれたように戦う二人。しかし執念という点では与一が勝ったか、さしもの義経もあわやというところまで追いつめられるのですが……
 それでも何とか窮地を脱した義経ですが、しかしその先に待つのは、彼の思いも寄らぬ事態。都落ちした平氏を追わんと逸る義経を阻むように、貴族たちは彼に検非違使の位を与え、都を守護させんとしたのです。

 ……この検非違使任官は、後に頼朝が義経を難詰する理由の一つとなったことで後世に知られる出来事。それを本作においては、巷説とはまた異なる、奇怪な政治力学にその原因を求めます。
 ある意味極めて純粋な義経には思いも寄らぬような周囲の動きに翻弄される姿は、どこまでも痛ましいのですが(そしてそこでどうしようもないヤンデレぶりを発揮する頼朝)――それが新たな事態を招くことになります。

 義経にいわば足枷として頼朝が打った策。それは婚姻――そう、義経を有力武士の娘と娶せることによって、彼を縛り付けようというのであります。
 そしてここで初登場となるのが、後に義経の正室・郷御前と呼ばれる河越重頼の娘なのですが――冷静に考えると、フィクションにおいて義経の正室にスポットが当たるのは実はかなり珍しいように思います。

 何しろ義経には静御前がいる。特に本作においては、その物語の始まりから、義経と静は運命を共にしてきたのですから、正室の出番がなくとも不思議はありません。
 しかし本作は、その正室をきっちりと登場させてみせるのです。それもある意味、静に匹敵するポテンシャルを持つ存在として。


 本作で描かれる義経の正室、史実では本名不明となっているその名は萌子。
 当時では不美人の象徴であるくせっ毛を持ち、楽しみは絵を描くこととという彼女は、降って沸いたような義経との縁談に驚きつつも、初めて目の当たりにした義経の「たふとし」外見にぼうっっとなって……

 いやはや、登場する作品を間違えたのではないか、と思ってしまうような萌子のキャラクター(にしても名前の直球ぶりがすごい)。殺伐とした人間関係が続く本作において、明らかに異彩を放つ人物ですが――しかし彼女が現れたことで生じる波乱が、思わぬアクセントとして作用するのであります。

 何しろ義経は、戦では軍神の化身のような活躍ぶりを見せるものの、普段は人情――特に女心の機微にはまったく疎い青年。そんな彼ゆえに、萌子の輿入れも意外なほどあっさりと受け入れてしまうのですが……
 それで収まるはずがないのがもちろん静。今回、義経との間の意外な事情(この辺りの事情は実はヘビーなのですが……)も明らかになり、思わぬ三角関係が勃発することになるのであります。

 よく考えてみれば作者は恋愛ものの名手、むしろ本作の方が異色作なのですが、しかしここでこうした変化球を織り交ぜてくるとは、予想だにしていませんでした。
 しかしこれもおそらくは、いや間違いなく、『ますらお』という義経の物語を描く上で不可欠なものなのでしょう。そのことは、萌子の思わぬ能力が招く義経との交感の姿を見れば、十分感じ取れるのではないでしょうか。

 思えば萌子、すなわち郷御前は、静よりも長く、その最期の刻まで義経と行動を共にした人物。その彼女をあえて登場させる以上、ただの賑やかしで終わるはずもない――これまでの物語を思い返せば、そう思えるのです。


 さて、そんな思わぬ人物の登場でちょっと後ろに下がった感のある与一ですが、後半では意外な人物と絡むことになります。
 『ますらお』無印からの時間の流れを感じさせるその人物――いささかステロタイプにも見えますが――と与一との出会いが、彼だけでなく、義経の今後にも影響を及ぼすであろうことは、想像に難くありません。

 いよいよ佳境の物語、続巻はあまり待たせないで欲しい――そう切に願う次第です。


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 北崎拓『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島』第1巻 もう一人の「義経」、もう一人のますらお登場

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