2018.12.14

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の4『大川のみづち』 第8章の5『杲琵墅』 第8章の6『芝居正月』


 北から来た盲目の美少女修法師が怪異に挑む連作短編シリーズ、第8章の後半の紹介であります。今回も怪獣ものやこれまでとは趣向の異なる怪異など、バラエティに富んだ作品が並びます。

『大川のみづち』
 大川に船を出していた倉田屋や薬楽堂の長兵衛の眼前で、水中から巨大な顔を出した怪物。彼らだけでなく夕涼みに来ていた大勢の人々に目撃された怪物を、伝説のみづちではないかと言い出す長兵衛ですが、相談を受けた百夜は冷たくあしらいます。
 しかし日本書紀に倣ったみづち退治を企画し、それを無念によって戯作に仕立て上げることを企む長兵衛。それを危ぶんで駆けつける百夜が見たみづちの正体とは……

 というわけで、今回も薬楽堂が登場する本作は、久々に桔梗も登場して賑やかなエピソードなのですが――しかしそれだけでなく、登場するのが怪異、というより怪獣というのが嬉しいところであります。
 何しろ今回の登場怪獣みづちは、大川からニュッと突き出した頭だけで八尺、全身ではおそらく二十尺という巨大さ。現代のサイズ感でみれば小ぶりかもしれませんが、大きな建造物のない江戸時代であればさぞかし「映える」ことでしょう。映像で見てみたい……!

 というのはさておき、そんな怪獣を前にしても、自分の商売に利用してやろうという長兵衛の商魂たくましさが印象に残る本作。考えてみれば、怪獣ものでマスコミ関係者が話をややこしくするというのは、まま見る展開であります。そんな長兵衛に頭を抱えながらも助けに向かった百夜による謎解きも楽しい一編です。


『杲琵墅』
 無頼の部屋住集団・紅柄党の一員・林信三郎の様子が最近おかしいのに気がついた頭目の宮口大学。信三郎を問いただしてみれば、数日前から周囲で腐った臭いが漂ってくるのに悩まされているというではありませんか。
 自分たちには感じられないその臭いが霊的なものではないか、と考えた大学から依頼を受けた百夜は、林家の隣の日比野家に秘密があると睨みます。はたして、日比野家から盗まれた手文庫が林家の庭に落ちていたことを知る百夜ですが……

 全く聞いたことが無い言葉「杲琵墅(こうびしょ)」がタイトルとなっている本作は、「臭い」を題材とした怪談。何だかわからないモノの臭いを嗅いでしまう、嗅がされてしまうというのは、対象がどこにあるかわからないだけに、何とも始末が悪いとしか言いようがありませんが――解き明かされた真相は、この存在であれば、と感じさせられます。
 そして明らかになるタイトルの意味も、なるほどと感心させられるもので、小品ながら面白いエピソードであります。


『芝居正月』
 顔見世興行も近づく十月の晩、両国の芝居小屋・東雲座で夜毎起きる怪異。誰もいない小屋の中から様々な声が聞こえてくるという怪異の解決を依頼された百夜は、調査に向かった東雲座で、強い情念を背負った菊之丞という役者に目を留めます。
 はたして聞こえてくる声の内容は、菊之丞が演じる役の台詞。さらに彼が南部の出身であることを知った百夜たちが、彼の長屋で見たものは……

 臭いに続き、今度は音にまつわる怪談である本作。芝居が題材といえば、鶴屋南北の息子・孫太郎を相棒とする鐵次の出番では――と一瞬思ってしまいますが、物語が進むにつれて、これは百夜が挑むべき事件であるということがわかります。
 この怪異の正体――そしてそれがまた、この巻の幾つかのエピソード同様、これまでのシリーズと大きく異なる趣向のものなのですが――は比較的早い段階で明らかになるのですが、しかし問題はこれから。怪異を祓って終わりとならない一件に決着をつけたのは――これはまさしく、役者が違うと言うべきでしょうか。


 ところで以下は蛇足。本作でおっと思わされるのは、作中でこれが『ゴミソの鐵次調伏覚書』シリーズの第3弾『丑寅の鬼』の翌年であると明言されていることであります。
 ゴミソの鐵次と孫太郎が出会ったのは文政7年ですから、本作はそれ以降の出来事となりますが、一方で『草紙屋薬楽堂』シリーズの『絆の煙草入れ』は文政3年の出来事。すなわち本作は『草紙屋薬楽堂』の出来事よりも少し後の時期を描いていることになるのですが、だとすれば前回紹介した『笑い榎』でまだ本能寺無念が無名のように描かれていたのと少し矛盾があるのですが、これはもちろん、ここで登場する薬楽堂と無念が、いわばプロトタイプであるためでしょう。

 そして薬楽堂といえばやっぱり欠かすことができないあの人は――それは次回のお楽しみ、であります。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『大川のみづち』 Amazon/ 『杲琵墅』 Amazon/ 『芝居正月』 Amazon
夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖46 大川のみづち 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖47 杲琵墅(こうびしょ) 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖48 芝居正月 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)

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2018.12.09

鷹野久『向ヒ兎堂日記』第6-8巻 彼らの戦いの結果、彼らの叶えた望み


 以前途中までしか紹介していなかった作品、それもだいぶ前に完結した作品を今頃で恐縮ですが――怪異や怪談が取り締まられるようになった明治時代を舞台に、怪談を集め、怪(あやかし)が集まる貸本屋・向ヒ兎堂を舞台とした物語のラスト3巻をご紹介いたします。

 かつての陰陽寮を母体とする国の機関・違式怪異取締局によって、妖怪変化など怪たちと、彼らのことを記した怪談が取り締まられていく時代。そんな中、密かに怪談を集める向ヒ兎堂には、人間に化けた様々な怪たちが集まるようになります。
 そして向ヒ兎堂店主・兎崎伊織も、人間でありながら鬼や天狗に育てられ、怪を見ることができる不思議な片目を持つ青年。怪が失われていく世情を憂う彼らは、密かに怪を保護していたのですが――それはやがて、取締局との対立に繋がっていくこととなります。

 そんな中で明らかになっていく取締局の企み。新時代となり解体された陰陽寮の人々は、怪を手中に収め、それを使役して騒ぎを起こすことによって、自分たちの必要性を世に示そうとしていたのであります。
 そして伊織も知らなかった彼の出生もまた、陰陽寮に繋がるもの――彼こそは安倍家の正統の血筋であり、強大な鬼・白姫の血を文字通り受けた存在だったのです。

 これまで何かと縁を持ち、取締局のやり方に反対して離反した局員・都築夫妻と手を組むことになった伊織と怪たちは、ついに帝都に怪たちを放った取締局に全面対決を挑むことに――


 と、ノスタルジックでのんびりした空気の流れる連作怪異譚であった序盤から大きくストーリーは動き、伝奇活劇的な展開となっていった本作。
 決して派手な術合戦などが繰り広げられるわけではありませんが、まだ闇深い帝都の夜を舞台に繰り広げられる本作ならではの攻防戦は、次々と明らかになる伊織や周囲の人々・怪の因縁も相まって、大いに盛り上がります。

 しかしそんな中でも、当初のムードが薄れないのも面白いところで、人間とは価値観や感覚が異なる怪たちはあくまでもマイペース。真剣な戦いの中でも、やはりどこか呑気な感覚があるのに、ホッとさせられます。
 そしてそれはまた、この戦いが――少なくとも向ヒ兎堂側にとっては――相手を滅ぼそうというものではなく、自分たちの存在を認めさせるためのものであるからなのでしょう。

 そう、第5巻の紹介でも述べましたが、取締局が怪を取り締まり使役しようとするのは、自分たちがこの世から、時代から忘れ去られないようするため。そして向ヒ兎堂が怪を、怪談を守るのは、怪たちの存在がこの世から、時代から忘れ去られないようするため。
 その目的、望みという点を見れば、両者は同じものを求めていると言ってもいいかもしれません。

 しかしもちろん、その望みは基本的に併存できるものではありません――少なくとも、取締局が今のやり方を続ける限りは。
 それを変えるべく奮闘した伊織の、都築の、周囲の人々・怪たちの戦いの結果がどうなったか? それはもちろん、決して甘いばかりのものではありません。いくつもの傷と痛みが残り、それはこの先も残っていくものでもあるでしょう。

 しかし同時にそれは、この先に希望の光を示してくれるものでもあります。少なくとも、この物語そのものが次の物語を生み出すという結末は、彼らの存在が語り継がれていったということにほかならないのですから……


 最後の最後まで温かい空気感を漂わせていた本作。一つの物語が終わったにもかかわらず、まだどこかに彼らがいるような気持ちになってしまうのは、その空気感があればこそであり――そしてそれこそは彼らが望んだものなのだと、心から思うのです。


『向ヒ兎堂日記』(鷹野久 新潮社バンチコミックス)



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2018.12.08

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第8章の1『笑い榎』 第8章の2『俄雨』 第8章の3『引きずり幽霊』


 北から来た美少女陰陽師が江戸を騒がす怪異と対決する短編連作シリーズも8章に突入。この章は意外なクロスオーバーあり、シリーズの方向性の転換(?)ありと、バラエティに富んだ物語が展開いたします。

『笑い榎』
 友人である草紙屋・薬楽堂の先代・長右衛門が耄碌したという噂に、店を尋ねた左吉の主・倉田屋。しかし長右衛門が中庭の榎が時折大声で笑うと語ったまさにその時、倉田屋もその笑い声を聞くことになるのでした。
 倉田屋の依頼で薬楽堂を訪れた百夜は、そこで居候で目下スランプ中の戯作者・本能寺無念と出会って……

 というわけで、平谷美樹ファンには仰天のクロスオーバーである本作。『草紙屋薬楽堂ふしぎ草紙』シリーズの薬楽堂の面々、特に無念の登場にはさすがに驚かされました。
 といっても本作の発表は2015年11月、『草紙屋薬楽堂ふしぎ草紙』のシリーズ第一弾はその約一年後なので、むしろスピンオフということになるのかもしれませんが……

 それはさておき、考えてみればどちらも文政年間の物語(実は細かいことをいえば色々あるのですがそれはまた次回)――『薬楽堂』は怪異に見えた事件をロジカルに解決するミステリ、本作はミステリ味の強い怪異譚と、方向性は正反対ですが、こうして交わってみると違和感がないのは面白いところです。
(というより『薬楽堂』の主人公であり、一番怪異否定派の金魚が登場しないのが、大きいのかもしれませんが)

 さて、本作で描かれるのは一風変わった怪異ですが、百夜が解き明かすその真実はそれに輪をかけてユニーク。一種の霊異譚ではありますが、そこに戯作者の業が絡むのは、『薬楽堂』的といえるかもしれません。
 にしても無念は、やはり基本的に陰のキャラクターなのだなあ……


『俄雨』
 とある呉服屋の隠居所で、晴天の日であっても毎晩深更に聞こえてくる、俄雨の降るような音。実はその屋敷は、数年前に足抜けした遊女とその恋人が心中したという曰く付きだったことから、震え上がった当代の主人は、百夜に依頼してくることになります。
 偶然、数日前に隠居と知り合っていた百夜は早速屋敷に向かいますが、そこで彼女が感じた気配とは……

 表紙の、早春に咲く梅の花を前にした百夜の笑顔が印象に残る本作。描かれる事件は、シリーズに幾度かあったように記憶している幽霊屋敷もので、あまり特徴はないようにも思われるのですが――しかし実は本作にはこれまでにない大きな特徴があります。
 それが一種の引っかけとなっているところもあり、ここではその内容には触れませんが、ようやく百夜の念願も叶ったというところでしょうか。

 閑話休題、これまでと趣向はいささか異なっているものの、怪異の謎に対峙する百夜の姿勢は変わることがありません。その彼女が明かす真実とは――これはちょっとヒエッと言いたくなるようなものなのですが、それに対する百夜の選択にもまた驚かされます。
 これで良いのかと考えさせられる一方で、しかしこれが最良なのだろうと思わされるその答えは、やはり百夜が元々は生者と死者を繋ぐイタコだから――と思うべきでしょうか。幾重にも捻りの効いた作品であります。


『引きずり幽霊』
 板橋宿の岡場所で遊んだ帰り、見えない何かに絡みつかれ、引きずり倒されたおばけ長屋の住人二人。自分たちを引きずっているのが十人もの女郎の亡魂であることに気付いた二人は、命からがら逃れると、百夜のもとに駆け込むことになります。
 実は最近板橋宿で同様の被害が増えていると知った百夜は、左吉を囮に幽霊たちの正体を探るのですが……

 夜道で亡魂たちに捕まり、どこかへ引きずられていくという、冷静に考えれば非常に恐ろしい怪異が描かれる今回。しかしこれも冷静に考えれば、女郎たちは何故男たちを捕らえるのか、どこへ引きずって行こうというのか、謎だらけであります。
 もちろん本作の肝はその謎解き。百夜がクライマックスでその謎を知る手段はちょっと反則の気もしますが、しかしそこで明かされる女郎たちの行動の理由と、女性ならではの心情がなんとももの悲しくも切なく印象に残ります。

 実は今回も前話同様、これまでとは異なる趣向の内容なのですが――考えてみればだいぶ前にレーベルのタイトルも「九十九神曼荼羅シリーズ」から「夢幻∞シリーズ」と変わっていることもあり、あるいはこの先世界観が広がっていくのかもしれません。もちろん、それはそれで大歓迎であります。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『笑い榎』 Amazon/ 『俄雨』 Amazon/ 『引きずり幽霊』 Amazon
夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖43 笑い榎 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖44 俄雨 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖45 引きずり幽霊 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)


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2018.12.01

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の4『青輪の龍』 第7章の5『於能碁呂の舞』 第7章の6『紅い牙』


 盲目の美少女修法師が付喪神の引き起こす怪異に挑むミステリタッチのシリーズ『百夜・百鬼夜行帖』の第7章――吉原編の後半、第7章の4(第40話)から第7章の6(第42話)までのご紹介であります。

『青輪の龍』
 重陽の節句に吹き荒れた野分の翌日から、吉原上空で目撃されるようになった怪異――空に浮かんだ青白い輪の中を龍がくるくると回るという姿を目撃して体調を崩した者の依頼で吉原を訪れた百夜は、さらに路上に龍を見上げて佇む僧侶の亡魂の存在を知ることになります。
 この僧侶の亡魂が鍵を握ると睨んだ百夜が知った龍の正体とは……

 実に本シリーズ三回目の登場となった龍の怪異を描く今回、龍といえば強大で荒々しいイメージもありますが、夜の吉原の上空を静かに龍が飛び回るというのは、どこか不気味な迫力が感じられます。
 今回はそれに謎の僧侶の亡魂まで登場し、入り組んだ事件を予感させるのですが――明かされた真相は、むしろ何故龍が出現したか、よりも何故吉原なのか、という場所にまつわるホワイダニットなのが面白いところであります。
(そしてまたその推理の中で、吉原とあの場所がある意味同一と喝破するのがまた痛快です)

 ちなみに作中で、廓内に百夜を快く思っていない輩がいると語られるのですが、それは次のエピソードでより明確に描かれることになります。


『於能碁呂の舞』
 ある晩、吉原の松竹楼の男衆五人に襲撃された百夜。もちろん軽々と撃退した百夜ですが、自分が疎まれていると知って吉原の出入りを断とうと彼女が決意した矢先、当の松竹楼から仕事の依頼が舞い込みます。
 かつて身請けされて吉原を去り、その後亡くなった花魁・桐壺太夫の霊が夜毎出没し、神楽舞を踊るという怪異に、不承不承挑むことになった百夜ですが……

 冒頭で描かれる吉原の荒っぽい連中と百夜の対決。百夜の存在が怪異を招いているのではないかと彼女を疎む者たちの存在は前話をはじめこれまでも語られていましたが、常の世間とは異なる吉原からも阻害される彼女の心の痛みは、彼女がいわば制外の民であるだけに、より一層突き刺さるものがあります。

 そしてその疎外感、その哀しみは実はこのエピソードで描かれる怪異――吉原の花魁にまでなろうとも、周囲から疎外されていた桐壺にも共通するものであることは明らかでしょう。
 夜毎現れ、自分がかつて舞った伊弉冉と伊弉諾の国生みの儀式を描いた神楽を舞う怪異を鎮めることができるのは、なるほど百夜のみと感じます。

 ――というエピソードだけに、今回は随所で描かれる左吉のクズっぷりが際立ちます。無神経な男の側の象徴なのだとは思いますが……


『紅い牙』
 吉原の松屋で、敵娼を待っていた男の前に現れ、ざわざわ ざわざわいう音とともに床を這い回り、足に噛みついてきた怪異。無数の髪の毛が絡みついたような形だったことから鬢頬玉と呼ばれたこの怪異が現れた部屋は、開かずの間として封印されるのでした。
 松屋に上がった際に好奇心から部屋を覗きに行き、部屋からあふれ出した髪の毛に仰天した左吉に泣きつかれた百夜は、七瀧とともに松屋を訪れることに……

 第7章ラストのエピソードは、実体を備えて人を襲う、不気味な怪異との対決を描く物語。髪の毛の塊の隙間から、紅く小さい牙を覗かせるというその姿だけでも不気味ですが、何よりも怖いのは、それがいつまでも実体を持って、封印された部屋の中で這いずり回っているということでしょう。
 怪異が――それも肉体的被害を与えてくるものが――その時々に出没するだけでなく、ずっと存在して、すぐ隣にいるというのは、これは何よりも恐ろしいことではないでしょうか。

 お話的にはそれほどスケールが大きなものではないのですが、しかしだからこそ、この物語は、そして明かされる怪異の正体は、吉原を舞台とした第7章の掉尾を飾るに相応しいと感じます。
 結末で百夜にかけた七瀧の言葉もまた、一つの救いとして、そして一つの願いとして、実に沁みるのです。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『青輪の龍』 Amazon/ 『於能碁呂の舞』 Amazon/ 『紅い牙』 Amazon
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2018.11.23

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第7章の1『花桐』 第7章の2『玉菊灯籠の頃』 第7章の3『雁ヶ音長屋』


 北から来た盲目の美少女修法師と付喪神の対決を描く『百夜・百鬼夜行帖』、第7章は吉原で起きる奇怪な事件に百夜が挑むことになります。今回はその前半、第7章の1(第37話)から第7章の3(第39話)までをご紹介いたしますが、作者のファンにはちょっと嬉しいゲストが登場することに……

『花桐』
 吉原大門前に現れ、金棒引き(夜警)たちを仰天させたモノ――それは目撃した者と同じ顔をした花魁の姿をした化物でありました。
 その翌日、大見世・常盤楼の客の前にやはり自分と同じ顔の花魁が現れたと左吉から聞いた百夜は、事件が起きた常盤楼には鐵次がぞっこんの花魁・七瀧がいることから、彼女の顔を見物がてら吉原に向かうことに……

 というわけでこの第7章のサブレギュラーとなるのは、百夜の兄弟子であるゴミソの鐵次のデビュー作『萩供養』に登場した花魁・七瀧をはじめ、女主人の亀女や七瀧の禿のおなみ&めなみといった常盤楼の人々。同じ世界観の話ですから、登場してもおかしくはないのですが、こうして実際にクロスオーバーされてみれば、作者のファンとしては嬉しい限りです。
 さて、この七瀧が鐵次と親しいのは、二人が同郷の津軽出身ということもあるのですが――ということは、百夜とも同郷であるということ。普段は武士の霊を憑かせて堅い江戸弁を話している百夜が、本作ではまるで姉と再会したように、七瀧には明るく打ち解けて語る姿が何とも微笑ましく印象に残ります。

 と、そんなイベント性だけでなく、事件の方も極めてユニークな本作。自分と同じ顔を持った花魁という、実に厭な怪異が連夜、様々な人の前に現れるというのはなかなかに不気味で、「影の患い」(ドッペルゲンガー)の疑いも恐ろしいのですが――百夜が解き明かした真相は、この吉原という地にふさわしい切ないものなのであります。
 結末で百夜と七瀧が交わす言葉が『萩供養』のそれと同じというのも心憎い趣向です。


『玉菊灯籠の頃』
 吉原の末広屋で昼日中に禿が目撃した、縁の下に潜り込んでいた不審な遊女。その晩、末広屋の花魁・芙蓉のもとにその遊女が現れ、四つん這いで近づくと芙蓉の薬指を噛んで逃げた……
 そんな不気味な事件が起きたのが玉菊灯籠が飾られる頃であったことから、灯籠のもととなった玉菊の亡魂ではないかと噂になっているのを聞いた百夜は、七瀧とともに末広屋に出向いて謎に挑むことになります。

 タイトルの玉菊灯籠とは、吉原の三大景容とも言われる盆灯籠のこと――河東節に優れた玉菊という花魁の死を悼んで彼女の新盆に飾られたのをきっかけに、吉原の年中行事になったというものであります。ということはすなわち本作の舞台はお盆の頃、亡魂が出没してもおかしくない時期ですが――それにしても今回の冒頭に描かれるのは、実に怖い、というより気持ちが悪い怪異の姿であります。

 ところがそれが百夜の謎解きにかかれば、一転、何とも切ない真実を明らかにする――というのは前話同様。人情譚の要素も大きい本シリーズですが、この吉原編はその側面が色濃く出ていると感じられます。

 ちなみに今回、左吉から吉原に入っても咎められないのは女のウチに入れられていないからと言われて百夜が落ち込む場面があるのですが――それがクライマックスに繋がっていく構成も素晴らしい。百夜と二人の女性が並んで満面の笑みを浮かべる、本シリーズとしては異色の表紙イラストの意味が明らかになる結末には唸らされます。


『雁ヶ音長屋』
 吉原の外れ、羅生門河岸を訪れた船乗りの金太。ふと足を踏み入れた雁ヶ音長屋と呼ばれる一角の見世に上がって遊女と一時を過ごした金太ですが、突然部屋の畳が揺れ動き、畳の合せ目から海水が噴き上がると、「もって行け……」と不気味な声が響くのでした。
 不可解な事件に震え上がった切見世の主から仲立ちを頼まれた亀女に依頼された百夜は、怪異は金太がいる時に起こることに気付くのですが……

 吉原のどん詰まりとも言うべき羅生門河岸で起きた事件を描いた本作は、内容的には小品といったところですが、怪異の不可解さと、原因の意外さが印象に残るエピソード。
 置いてけ堀ならぬ「もって行け」という怪異の正体は――これはちょっと事前に予測するのは困難かもしれません。しかし、どんな人間にもその人自身の過去があるという、当たり前のことが、この舞台だからこそ胸に響く――そんな結末には、何とも言えぬ味わいがあります。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『花桐』 Amazon/ 『玉菊灯籠の頃』 Amazon/ 『雁ヶ音長屋』 Amazon
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2018.11.16

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の4『四神の嘆き』 第6章の5『四十二人の侠客』 第6章の6『神無月』


 盲目の美少女修法師が付喪神が引き起こす奇怪な事件に挑むシリーズの第6章の後半、第6章の4(第34話)から6(第36話)の紹介です。今回も、不動の清五郎と傳通院の助次郎親分が絡んだ物語が展開することになります。

『四神の嘆き』
 江戸を離れ、故郷の上州磐座村を訪れた清五郎。そこで白い虎、黒い大亀、空を覆う赤い鳥が出没すると旧友から聞かされた清五郎は、自らも雷雨とともに出現した青龍を目撃することになります。さらに村では様々な怪奇現象が起きていると聞き、江戸に戻った清五郎は百夜に解決を依頼するのでした。
 早速磐座村を訪れ、いまは祀る者もない山の神社に向かう百夜。そこで彼女を待ち受けていたのは……

 というわけで、各巻に一話はある(ような気がする)百夜が遠方の村で起きた事件を解決するエピソードの今回。しかし彼女が対峙する相手は、タイトルにあるとおり四神――白虎・玄武・朱雀・青龍と、相当の大物であります。
 特に冒頭で清五郎が青龍を目撃する場面は、ほとんど怪獣映画のような味わい。百夜はクライマックスでその四神と対決することになるのですが――その果てに明らかになる真実は、実に本作らしいと感心させられるようなものであります。

 怪異を鎮めるための手段も微笑ましく、なかなか盛りだくさんのエピソードであります。


『四十二人の侠客』
 赤坂の旗本屋敷で新たに開かれた賭場で壺振りをすることとなった清五郎。しかしその帰りに、彼は赤鞘の刀を差した2人の不気味な渡世人につけ狙われることになります。その翌日にはその2人に加え、黒鞘を差した4人が現れ、その後も相手の数は12人、20人、30人と増えていくことになります。
 ついに渡世人たちと刃を交えたものの、彼らを斬っても手応えはなく、溶け込むように消えてしまったことから、これがこの世の者でないと気付いた清五郎。百夜のもとを訪れた清五郎ですが、百夜は次には相手は42人になると予言して……

 まず常識では考えられないような怪事件が発生して、その謎を、ある意味ロジカルに百夜が解決していくという基本構成の本シリーズ。その中でも本作で描かれる怪異は、まず桁外れの――というより他のどんな作品でも見たことがないようなものと言えるでしょう。

 初めは2人だった謎の渡世人がどんどん数を増やしていき、最後には42人と赤穂浪士並みの数になるというのは、不気味というよりもはや不条理。
 一体何が起きているのか、清五郎ならずとも困惑してしまうのですが――それが百夜の手によって解き明かされてみれば、なるほど! と唸るしかない真実がそこには存在しているのが、実に素晴らしいのであります。

 怪奇ミステリとしての本シリーズの魅力が、これまでで最もよく現れた名品であると断言してしまってよいでしょう。


『神無月』
 傳通院の助次郎宅の奥座敷で子分たちが遭遇した怪異の数々。寂しいとすすり泣く声や、ピシャッ、ピシャッと断続的に続く濡れた足音に、子分たちはおろか助次郎まで震え上がる中、助次郎に泣きつかれた百夜が意外な真相を指し示すことになります。

 第6章のラストエピソードは、前2話と比べるとちょっと小品の印象もある作品。しかしその意外性はさすがというべきもので、タイトルが一つのヒントとなっているとはいえ、自力ではこの結末にはちょっとたどり着けないかと思います。
(ある程度の予備知識が必要とはいえ、それなりにフェアな内容なのはこれまで同様ではあります)

 そしてこのエピソードで再び旅に出る清五郎。ちょっと唐突な気がしないでもありませんが、本作のちょっと目出度いムードを以て章が終わるのも、悪くはないかと思います。


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2018.11.10

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第6章の1『願いの手』 第6章の2『ちゃんちゃんこを着た猫』 第6章の3『潮の魔縁』


 北から来た盲目の美少女修法師・百夜の活躍を描く短編シリーズの第6章前半――第6章の1(第31話)から3(第33話)の紹介であります。今回からは、第6章のゲストキャラクターである傳通院の助次郎親分と博徒・不動の長五郎が登場することになります。


『願いの手』
 傳通院の助次郎が開く賭場に顔を出した左吉。しかし丁半博打が始まった時、盆ゴザが突然動き出し、丸く盛り上がると大年増女の腕に変化するという怪異が起こります。
 長五郎の刀の一撃で斬り落とされた腕はい草に戻ったものの、何故そんな怪異が起きたのかはわからぬまま、その後も毎晩のように女の手は出現。音を上げた助次郎は長五郎を通じて百夜に解決を依頼してきたのですが……

 というわけで助次郎と長五郎の初登場回である本作。やくざの親分でありつつもどこかすっとぼけた男の助次郎と上州無宿のクールな渡世人の長五郎と、いかにも本シリーズらしい個性を持った二人であります(ちなみに助次郎に賭場の場所を貸していた住持の人を食ったキャラクターもいい)。

 さて、今回の怪異はそんな二人にふさわしいというべきか、賭場で起きた不可思議な事件。その怪異を、百夜が快刀乱麻を断つ――いや断たないようにして解き明かす真実は、意外かつ、この設定ならではの異形の人情話となっており、強く印象に残ります。


『ちゃんちゃんこを着た猫』
 助次郎が妾の芸者・梅太郎のところに泊まった晩に現れた、紅いちゃんちゃんこを着た虎縞の猫。梅太郎は猫を飼っておらず、しかも密室にもかかわらず猫が出没するようになって以来、彼女の周囲には変事が続くことになります。梅太郎から依頼を受けた桔梗は、この一件が付喪神によるものと見抜くのですが……

 表紙イラストの、恐ろしくもなんだか可愛らしい猫の姿が実に味わいのある本作。今回も助次郎周りの事件となるのですが、そんな状況でも登場するなり「百夜ちゃん」呼ばわりするところが助次郎のキャラの面白さであります。
 それにしてもどうみても化け猫としか思えない今回の怪異の正体は何なのか、そして何故梅太郎のもとに現れ、彼女を害しようとするのか? 百夜の推理が解き明かすその謎は、本作ならではの奇怪な、しかし一種の論理性を以て語られるのですが――しかし猫好きとしては、クライマックスに登場するこの猫の姿が何とも泣かせます。

 ちなみに今回久々にゴミソの鐵次がゲスト出演。百夜とは相変わらずのぶっきらぼうなやりとりですが、しかしそれが実にらしくて良い感じです。。


『潮の魔縁』
 紅柄党の一人の屋敷で開かれていた助次郎の賭場に顔を出した紅柄党の頭目・宮口大学。そこで宮口から強烈な磯のにおいを嗅いだ清五郎ですが、宮口はそれが霊的なものではないかと考え、百夜のもとに事件を持ち込むのですが――百夜は宮口の実家で何かが起きたのではないかと語ります。
 はたして彼の実家では、父の寝所に奇怪なものたち――伸び縮みする棒、巨大な黒い幼虫、凄まじい水飛沫、黒壁と巨大な目が出没していたのですが……

 『内侍所』事件以来久々の登場となった宮口大学。強面という点ではやくざ顔負けの不良旗本子弟の頭目ですが、百夜の前では形無しというのはこれまで通りであります。
 それはさておき、今回登場する怪異は、奇怪な現象が少なくなる本作においても滅多にないようなもの。謎が解き明かされてみればなるほど、となるのですが、正直に言って百夜は何でも知っているなあ――という印象もあります。

 ちなみに本作のラストで、一旦清五郎が江戸を去り、故郷に帰ることになるのですが――そこで清五郎が何を見るのか、それはまた次回、であります。


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2018.11.03

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の4『蛇精』 第5章の5『聖塚と三童子』 第5章の6『侘助の男』


 北から来た盲目の美少女修法師・百夜の活躍を描く短編シリーズの第5章後半、第5章の4(第28話)から6(第30話)の紹介であります。第5章を貫く謎――昌平橋のたもとに侘助の裏地の着物を着て現れ、彼女を誘う謎の色男と、ついに百夜は対峙することになります。

『蛇精』
 ある晩、婚儀を間近に控えた荏原の大庄屋の娘を襲った怪異。夜中に畳が何かを擦る音で目覚めてみれば、彼女の周囲を這い回るのは蟒蛇――それも笑い声を上げ、髪を生やした物の怪だったのであります。
 依頼を受けた百夜は、「蛇精に気をつけな」という侘助の男の託宣を背に調伏に向かうのですが、娘から感じたのは嫉妬と人ならぬモノの気配。そして娘の母も、かつて同様に奇怪な目に遭っていたことがわかり……

 冒頭、寝ていた娘を蟒蛇が襲うシーンの怪談めいた描写(特に蟒蛇に髪が生えていることに気付くくだりが良い)が中々に恐ろしい本作。しかし真に恐ろしいのは、中盤で語られるある人物の情念の存在でしょう(尤も、そこにきちんと救いが用意されているのもいいのですが)。

 事件は百夜の景迹によって比較的あっさりと解決するのですが――ある意味真のクライマックスはその先。再び百夜の前に現れた侘助の男は、何と百夜を――という表紙の場面がインパクト絶大であります。
 百夜が失明した時も側にいたという侘助の男。百夜を共に行こうと誘い、従わないのであれば別の者を連れていくと語る男の正体は果たして……


『聖塚と三童子』
 陸奥で修行中の桔梗が百夜の危機を察知し、立ち上がる――という冒頭から、クライマックスの近さを感じさせる本作。
 それはさておき、百夜は日野のとある村の入り口にある聖塚――百年ほど前に上人が入定して即身成仏となった地――の麓に、三人の童子が現れるという怪異の調伏を依頼されることになります。

 尖った髪で、左右の童子は直立した真ん中の童子の方に上半身を傾けて現れるという三人。これだけなら別におかしなことはありませんが、真ん中の童子が西瓜でも丸呑みできるほどに口を大きく開き、中で舌を蠢かす――というのは、三人が目撃されるのが夕刻ということもあってなかなかに不気味ではあります。
 しかし有徳の上人が眠る地に、何故このような怪異が起こるのか、そして何故今起きるようになったのか――この辺りの謎解きが、本作の一番の面白さでしょう。

 物語的には小品という印象は否めませんが、クライマックスには思わぬ人物(?)の登場もあり、ちょっと民話めいた味わいもある楽しい一編であります。


『侘助の男』
 そして第5章のラストでは、ついにあの侘助の男を巡る事件が描かれることとなります。

 ある真冬の日、大伝馬町の呉服屋の庭で狂い咲きした侘助の木の傍らに倒れていた店の娘・桃代。一方、原因不明の衰弱状態に陥った百夜は、瓦版でその狂い咲きを知ると、左吉と桔梗に支えられて呉服屋を訪れ、変事の存在を知るのでした。

 そしてその前に現れる侘助の男。自分は百夜が遠い昔に産み落とした存在だと語るその正体は。そして何故今になって彼女の前に現れたのか。烏帽子に狩衣姿の男が夢に現れたと桃代から聞かされた百夜が、たどり着いた真実とは……

 冒頭にも述べたとおり、この第5章において一貫して謎として存在してきた侘助の男。男女間の情とは全く無縁にも見えてきた百夜が、彼の誘いを拒絶しながらも明らかに娘らしく心を動かすという、意外な(?)描写がこの章では繰り返し描かれてきました。
 本作はその解決編、いわば侘助の男との決戦とも言うべき内容なのですが――決して派手な戦いとはなるのではなく、しかし心の深い部分に刺さる展開となるのが、本作らしいところでしょう。

 その詳細はここでは伏せます。しかしこれまで断片的に語られてきた百夜の過去が改めて語られ、そしてその中で――という、いわば過去との対峙編でありつつも、そこに少女修法師が付喪神に挑むという、本作の基本構造を踏まえた物語が生み出されているのが、実に素晴らしいのであります。
 第5章は正直なところ比較的小粒なエピソードが多い印象でしたが、このクライマックスはそれを補って余りある名品と言ってもよいかと思います。


『百夜・百鬼夜行帖 28 蛇精』『29 聖塚と三童子』『30 侘助の男』(平谷美樹 小学館)

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2018.10.23

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第5章の1『三姉妹』 第5章の2『肉づきの面』 第5章の3『六道の辻』


 侍言葉の盲目の美少女イタコ・百夜が、付喪神が引き起こす奇怪な事件に挑む『百夜・百鬼夜行帖』シリーズの第5章の紹介、今回はその前半である第5章の1(第25話)から3(第27話)をご紹介いたします。

『三姉妹』
 呉服屋のドラ息子・仙太郎のもとに毎夜現れる三人の芸者姿の妖。ちーんという金属の音とともにどこからともなく現れる彼女たちは、歯も舌もない真っ赤な口を開けて仙太郎に襲いかかり、どこかへ連れて行こうというのであります。
 依頼を受けた百夜は、仙太郎が怪異が始まる直前に、十二社の池の畔で騒ぎを起こしたことに注目するのですが……

 第5章の開幕編は、何といっても登場する怪異の不気味さが印象に残る一編。見た目は人間ながら、一部分だけ明らかに人外というのは――しかもそれが三人、家に押しかけてくるというのはインパクト絶大であります。
(正体を明かされてみれば、ははぁ……という感じなのですが)

 そして本作で注目は、昌平橋のたもとで百夜の前に現れた謎の色男。彼女に何故か懐かしいものと、胸のときめきを感じさせるこの男は、彼女に水難の相があると警告するのですが――侘助の裏地の着物を来たこの男の正体は何者なのか、それがこの第5章を通じての謎となります。


『肉づきの面』
 江戸を騒がす相模の権兵衛一味。押し入った店の者を皆殺しにするというこの凶賊が、日本橋の紙問屋に入ったものの、蔵にあった「痩せ男」の面を一つ奪っただけで退散したというのですが――その面が、いわゆる肉づきの面のように、権兵衛の顔に張り付いてしまったというのであります。
 そして百夜のもとを訪れる油問屋の手代を名乗る男たち。主の顔から面が離れなくなってしまい、祓うために百夜を招きたいというこの依頼は、どう考えても権兵衛一味からのものとしか思えないのですが……

 肉づきの面といえば、越前吉崎観音の嫁威し説話が思い浮かびますが、本作はそれを題材にしたもの――と思いきや、全く意外な角度から肉づきの面を描くのが面白い0。
 凶賊が盗みに入った先でかぶった面が顔に張り付いて――というだけでもユニークですが、この面を作ったのが元盗賊の面作りという因縁が、本作を幾重にも入り組んだものとしています。

 本シリーズは有名な逸話やそこに登場する存在を題材にした怪異を描きつつも、それをそのままでなく、ワンクッション置くことで独自性を見せるエピソードが少なくありません(例えばこれまで紹介した中では『内侍所』『猿田毘古』がそれに当たります)。
 その構図がまた伝奇的――というのはさておき、本作もまたそんな面白さを持つ作品であります。

 そして前回同様登場する侘助の男は、百夜に剣難の相があると警告。しかし本シリーズでは比較的珍しいセクハラ発言を受けて、「男が近づかぬと言った奴、こっちへ来い!」「お前だけは斬り殺してくれる!」と激高する百夜を見ると、それは相手の方では――と思ってしまったり。


『六道の辻』
 侘助の男の「闇夜の辻は気をつけなよ」という警告から始まる本作の舞台となるのは横山同朋町の小さな辻。その辻に毎月一度、化け物が現れて人を追いかけるというのですが――その姿が凄まじい。
 首は細長く、一つ目に牛のような胴体、短い翼を羽ばたかせ、細長い尻尾に四本の足があるというその姿は、もうほとんどクリーチャーといった代物。これが夜道で人間を追いかけるというのですから、その辻が「六道の辻」と呼ばれてしまうのもむべなるかな、であります。

 もちろん本作では、百夜が依頼を受けてこの怪物と対決することになるのですが――その先で明らかとなったその正体はなるほど、と思うもののいささか拍子抜けではあります。
 これはこれで、いわゆる「化物寺」の問答をビジュアル化したようなもので、付喪神との対決を描く本シリーズのコンセプトに則ったものではあるかとは思いますが……


『百夜・百鬼夜行帖 25 三姉妹』『26 肉づきの面』『27 六道の辻』(平谷美樹 小学館)

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2018.10.17

「コミック乱ツインズ」2018年11月号


 月も半ばのお楽しみ、「コミック乱ツインズ」2018年11月号の紹介であります。今月の表紙は『鬼役』(橋本孤蔵&坂岡真)、巻頭カラーは『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)――今回もまた、印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 単行本第1巻発売ということもあってか巻頭カラーの本作。今回中心となるのは、桃香と公儀のつなぎ役ともいうべき八丁堀同心・安達であります。

 ある日、安達の前に現れ、大胆不敵にも懐の物を掏ると宣言してみせた妖艶な女。その言葉を見事に実現してみせた女の正体は、かつて安達が説教して見逃してやった凄腕の女掏摸・薊のお駒でした。しかしお駒は十年以上前に江戸を離れ、上方で平和に暮らしていたはず。その彼女が何故突然江戸に現れ、安達を挑発してきたのか……
 という今回、お駒の謎の行動と、上方からやってきた掏摸一味の跳梁が結びついたとき――と、掏摸ならではの復讐譚となっていくのが実に面白いエピソードでした。

 桃香自身の出番はほとんどなかったのですが、これまであまりいい印象のなかった安達の人となりが見えたのも良かったかと思います(しかし、以前の子攫い回もそうですが、何気に本作はえぐい展開が多い……)


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 将軍の寵臣の座を巡る間部越前守と新井白石の暗闘が将軍家墓所選定を巡る裏取引捜査に繋がっていく一方で、尾張徳川家の吉通が不穏な動きを見せて――と、その双方の矢面に立たされることとなった水城聡四郎。今回は尾張家の刺客が水城家を襲い、ある意味上田作品定番の自宅襲撃回となります。

 この尾張の刺客団は、見るからにポンコツっぽい吉通のゴリ押しで派遣されたものですが、その吉通は紀伊国屋文左衛門に使嗾されているのですから二重に救いがありません。もちろん、襲われる聡四郎の方も白石の走狗であるわけで、なんとも切ないシチュエーションですが――しかしもちろんそんな事情とは関係なしに、繰り広げられる殺陣はダイナミックの一言。。
 勝手知ったる我が家とはいえ、これまで幾多の死闘を乗り越えてきた聡四郎が繰り出す実戦戦法の数々はむしろ痛快なほどで、敵の頭目相手に一放流の真髄を発揮するクライマックスもお見事であります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 伊達家包囲網との対決も一段落ついたところで、今回はいよいよあの男――豊臣秀吉が本格登場。ページ数にして全体の2/3を占拠と、ほとんど主役扱いであります。
 既にこの時代、天下人となっている秀吉ですが、ビジュアル的には『信長の忍び』の時のものに泥鰌髭が生えた状態。というわけで貫禄はさっぱり――なのですが、芦名家との決戦前を控えた政宗もほとんど眼中にないような言動は、さすがと言うべきでしょうか。
(そして残り1/3を使ってデレデレしまくる嵐の前の静けさの政宗と愛姫)


『孤剣の狼』(小島剛夕)
 名作復活特別企画第七回は『孤剣の狼』シリーズの「仇討」。諸国放浪を続ける伊吹剣流の達人・ムサシを主人公とする連作シリーズの一編であります。
 旅先でムサシが出会った若侍。仇を追っているという彼は、しかし助太刀を依頼した浪人にタカられ続け、音を上げて逃げてきたのであります。今度はムサシに頼ろうとする若侍ですが、しかしムサシは若侍もまた、仇討ちを売り物にして暮らしていることを見抜き、相手にせずに去ってしまうのですが……

 武士道の華とも言うべき仇討ちを題材にしながらも、味気なく残酷なその「真実」を描いてみせる今回のエピソード。ドライな言動が多いムサシは、今回もまたドライに若侍を二度に渡って突き放すのですが――その果てに繰り広げられるクライマックスの決闘は、ほとんど全員腹に一物持った者の戦いで、何とも言えぬ後味が残ります。
(ちなみに本作の前のページに掲載されている連載記事の『実録江戸の真剣勝負』、今月の内容は宮本武蔵が指導した少年の仇討で、ちょっとおかしな気分に)


 その他、『用心棒稼業』(やまさき拓味)は、前回から一行に加わった少女・みかんを中心に据えた物語。クライマックスの殺陣は、本作にしてはちょっと漫画チックな動きも感じられるのですが、今回の内容には似合っているかもしれません。

 そして来月号は『鬼役』が巻頭カラーですが――新顔の作品はなし。そろそろ新しい風が欲しいところですが……


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