2018.06.07

七穂美也子『むしめづる姫異聞 王朝スキャンダル』 姫君は帝を救う昆虫探偵!?


 美しい容姿と高い身分でありながら、化粧もせず、毛虫をこよなく愛する風変わりな姫――「むしめづる姫君」。『堤中納言物語』に登場するこの姫君のエピソードをベースに、ちょっと打たれ弱い帝のため――いや天下万民のため、姫君が虫にまつわる様々な謎を解き明かすユニークな物語であります。

 幼い頃の病のため、髪が悉く白く変わってしまったことから「白銀の宮」と陰で呼ばれる時の帝。その異貌から、そして母君に殺人の疑いがかけられたことから、人々から疎まれ、宮中に味方もほとんどいない彼は、内裏をそぞろ歩いていた時に、奇妙な人物と出会います。

 こともあろうに内裏に市井の子供たちとともに忍び込み、虫取りをしている男装の少女――彼女こそは、「むしめづる姫君」と異名を取る大納言の娘・愛姫。
 見目麗しい容姿でありながら化粧もせず眉毛も手入れしないまま、高貴の身分の姫君でありながら人前に顔を晒し、何よりも人々が忌み嫌う毛虫などの虫を好んで可愛がるという、当時の常識からすれば桁外れの少女であります。

 しかし、この相手が帝とわかっても全く物怖じせず、むしろ帝をこき使ってしまうような愛姫に強く惹かれるようになった帝。
 宮中の権力者である左大臣からは退位の圧力をかけられ、入内した女御からは見向きもされず、すっかり自虐的になっていた帝は、何とか愛姫の心を掴むべく奮闘することになります。

 しかし愛姫は全く入内に興味を示さず、それどころか都で次々と起こる怪事件に、帝自身の身も危うくなる始末。そんな中、愛姫は虫にまつわる知識を用いて怪異の謎を解き、事件を解決していく……

 冒頭に述べたように『堤中納言物語』に登場する「むしめづる姫君」。本作はその原典の設定をきっちりと取り込みながらも、相手役に帝を設定し、さらに一種の科学ミステリとしての趣向を盛り込むという、何とも贅沢で実にユニークな趣向の作品であります。
 特に、探偵役がむしめづる姫君こと愛姫であるのが面白い。これは冷静に考えると相当意外な(意外すぎる)取り合わせですが――しかし実際に読んでみると違和感を全く感じないのが面白いところです。

 もちろんその印象は、作中で描かれる事件がいずれも虫絡み、あるいは虫が手掛かりとなるものであることに依ることは言うまでもありません。
 しかしそれ以上に、愛姫には昆虫観察で培った観察眼と、常識や因習に囚われない自由で合理的な精神を持つことがその理由として描かれていることが大きいと感じます。

 舞台となる平安時代は、「縁起」が人々の、特に貴族たちの生活を支配していた時代。彼らは占いの結果や、日常の出来事から様々な兆しを読み取り、その結果に従い暮らしてきたわけですが――その是非はさておき、そこで合理的な思考というものが生まれにくいことは当然の成り行きでしょう。
 そんな中で、一種規格外の思考回路を持つ愛姫が探偵役を務めるのは、むしろ当然なのかもしれない――そう感じさせられるのです。

 そして時にそれ以上に印象に残るのは、そんな彼女の存在が、彼女の相棒かつ依頼人とも言うべき帝に対する、大いなる救いとなっていることであります。

 先ほど「縁起」と申しましたが、当時は常ならざるもの、規格外のものは、すなわち縁起が悪いものでありました。それだからこそ、常ならざる白髪を持つ帝は、周囲から忌避されるのです。
 しかし同じ規格外の存在でありながら、愛姫はそんな世間の「常識」に縛られない、屈しない存在として敢然と自分の意思を貫き、生きている――それは、その「常識」に縛られ、「縁起」でもない存在とされて日陰者とされた帝にとって、どれだけ眩しい存在であることでしょうか。

 そんな相手が自分を苦しめる事件を解決してくれたら、しかも超美少女であったら――これは確かに惚れない方がおかしいのですが、まあそちらの方面がそうそううまくいかないのもお約束。
 毎回、帝が必死にアプローチしても、全く愛姫の方は振り向いてくれず、ガックリ――というパターンもまた、微笑ましいのであります。
(ちなみに本作はほとんどの部分で帝視点で物語が描かれいるのが、愛姫の超然とした存在感をさらに強めているのも面白い)

 それでも愛姫と出会うことで少しずつ自分の殻を破り、ヘタレ脱却を目指す帝。彼の想いが超然とした姫君に通じる日は来るのか――なろうことなら、その後の物語を読んでみたいものです。

『むしめづる姫異聞 王朝スキャンダル』(七穂美也子 集英社コバルト文庫) Amazon
むしめづる姫異聞 ―王朝スキャンダル― (集英社コバルト文庫)

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2018.05.30

輪渡颯介『物の怪斬り  溝猫長屋 祠之怪』 ついに大団円!? 江戸と江ノ島、二元中継の大騒動


 長屋にある祠に詣でたことで、「幽霊が分かる」力を得てしまった四人の子供たちと、彼らを見守る大人たちが繰り広げる面白恐ろしい大騒動もいよいよこれで大団円(?)。旗本屋敷の恐るべき物の怪騒動に巻き込まれ、江戸を離れることになった四人を待ち受ける運命は、そして物の怪の正体とは……

 かつて長屋で起きた事件で命を落とした少女・お多恵を祀る祠がある溝猫長屋。
 毎年、その祠に詣でた子供は幽霊が分かる力を得てしまうというのですが、しかし今年順番が回ってきた忠次、銀太、新七、留吉の四人組は、それぞれ幽霊を「嗅ぐ」「聞く」「見る」(と「何もわからない」)と分担して感じてしまうという、ややこしい状態になってしまいます。

 そんな四人と、口やかましい長屋の大家さん、岡っ引きの弥之助親分、寺子屋の先生(実は超ドSの腕利き剣士)蓮十郎といった大人たちが騒動を繰り広げてきた本シリーズですが――本作では、その蓮十郎がきっかけで、大事件が発生することになります。

 剣術道場を開いていた頃の門人であり、旗本の次男である市之丞から、屋敷に出る物の怪退治を依頼された蓮十郎。二つ返事で引き受けた蓮十郎ですが、霊感はないため、四人組を屋敷に連れて行くことになります。
 しかし屋敷に着く前に、その強力過ぎる力は子供たちにはっきりとわかってしまう状態。これは危険過ぎると子供たちを返した蓮十郎ですが――時既に遅し、だったのです。

 蓮十郎の前にも何人も存在した、物の怪に挑んだ者たち。しかし屋敷で物の怪の気配を感じた者たちは、いずれも数日のうちに死を遂げていたのです。そしてそれを避けるには、江戸を離れるしかない……
 そんな時、トラブルメーカーの自称箱入り娘・お紺が江ノ島見物に出かけると知った長屋の大人たちは、彼女を追いかける形で、急遽四人組を旅に送り出すことになります。

 自分が生き残り、そして子供たちを救うためには物の怪を倒すしかないと決意を固め、弥之助とその子分で「○○○切り」と恐ろしい二つ名を持つ竜を助っ人に、夜毎現れる物の怪に挑む蓮十郎。
 そして子供たちは子供たちで、お紺が聞きつけてきた怪談話に巻き込まれ、旅先でも幽霊に出くわすことに……

 というわけで、江戸パートと江ノ島道中パートと、二元中継で展開することとなった本作。冒に述べたように特異なルールが設定されているだけに、一歩間違えればルーチンとなりかねない本シリーズですが、前作同様、意表をついた構成であります。
 そのおかげで本作では、子供たちが旅先で出くわす幽霊たちとその因縁を描くお馴染みの面白恐い怪談と、大人たちがこれまでにない真っ向勝負に挑む物の怪退治と、二つの異なった味わいの物語を、同時に楽しむことができるのです。

 もちろん本作において、子供たちと大人たち、それぞれの立場からの物語は一体不可分のものではあります。しかしそれをこうして切り分けてみせることで、お互いの持ち味を殺すことなく、より魅力を増した形で描いてみせたのには感心するほかありません。
(もちろんこれもまた、一回限りの一種の飛び道具ではありますが……)

 しかし本作の面白さは、こうした構成の妙に留まりません。本シリーズに限らず、デビュー以来の作者の作品で一貫するのは、怪異の正体と物語展開を結ぶ伏線――因果因縁と申し上げてもいいですが――の妙であることは、ファンであればよくご存知のとおり。
 そしてそれは本作においても遺憾なく、いやシリーズ最大の形で発揮されることになります。

 その内容はもちろん伏せますが、シリーズを展開する上でいずれ必ず描かれるだろうと予想されていたものを、このような形で描いてみせるとは――と唸らされること必至の展開であることだけは、請け合いであります。
(そして真相を知ったある人物のリアクションが、実にグッとくるのです)

 ことほどさように、本作はまさしくクライマックスに相応しい内容なのですが――しかしそれはそれでファンにとっては不安になってしまうのもまた事実であります。それが描かれる時は、シリーズが完結する時ではないか――と。

 それは正直なところわかりませんが、結末を見れば幾らでも続けることはできる気もするのもまた事実(新たにレギュラーになりそうなキャラも登場したことですし……)
 いずれまた、子供も大人も賑やかな溝猫長屋の連中に再会できることを期待したい――そんな気持ちになれる、最後の最後まで面白恐ろしい快作であります。

『物の怪斬り  溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社) Amazon
物の怪斬り 溝猫長屋 祠之怪

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2018.05.27

高代亞樹『勾玉の巫女と乱世の覇王』 復活した神の望みと少年の求めたもの


 神代から続く壮大な戦いと、それに巻き込まれた少女を救わんとする少年の奮闘が交錯する、極めてユニークな時代伝奇小説である本作――『宿儺村奇譚』のタイトルで第九回角川春樹小説賞最終候補作に残った作品が、改訂・改題を経て刊行された作品です。

 本作の背景となるのは、永禄から元亀年間にかけての、織田信長が天下布武に向けて動き出した時代。桶狭間で奇跡的な勝利を収めた信長が美濃を攻略し、将軍義昭を奉じて上洛し、周囲の大名たちと戦いを繰り広げていた頃であります。
 そして物語の始まりは、その信長と対立した北畠家領内の南伊勢・宿儺村――はるか昔から「お南無様」なる神を信奉してきた、半ば世間から隠れた村であります。

 織田と北畠の戦で村が揺れる中、村の少女・サヨの祈りを受けて、その姿を現した「お南無様」。蓬髪に巨躯、赤い目と黒い肌という、むしろ明王のような姿を持つお南無様は、戦の世を終わらせると嘯き、サヨを無理やり引き連れて信長の動静を探り始めるのでした。
 これに心中穏やかでないのは、かつて旅の途中に母親を追い剥ぎに殺されたサヨを村に迎え入れ、許嫁として共に育った少年・真吉。サヨを取り返そうとする真吉に、お南無様は遙か西の海で失われた神剣を取り戻すように命じます。

 命がけの苦闘の末、ついに神剣を回収し、お南無様の元に帰った真吉。しかしサヨは人が変わったかのように彼を拒み、神剣を手にしたお南無様と共に姿を消します。
 一度は絶望に沈んだ真吉ですが、お南無様を遙かな昔から付け狙う一門と出会ったことで、お南無様が信長に注目するその真の狙いを知ることになります。

 そしてお南無様を、信長を追って京に出た真吉。果たしてお南無様の正体とは。その彼に従うサヨの真意とは。そして次代の帝たる親王を巻き込んで信長に接近する二人の狙いとは。そして真吉とサヨの運命は……

 曰く因縁の地に封じられた神(あるいは魔王)が復活し、猛威を振るう――というのは、ファンタジーや伝奇ものでは定番中の定番の展開といえるでしょう。
 本作も一見その定番に沿ったものに見えますが――しかし本作におけるその神、「お南無様」の目的と手段は、これまでに類を見ないものであります。

 何しろお南無様の目的は、上に述べたように戦の世を終わらせること。それはその恐ろしげな外見と言動に似合わぬものに見えますが――前回復活した際には平清盛に接近し、今回は信長に興味を抱いた彼の目的が、その言葉通りのものであるかどうか。
 そして信長に近づくことで、如何にして戦の世を終わらせるのか、その先に何が待つのか――それが本作の大きな謎として機能することになります。

 そしてそれと平行して描かれる、神という大きすぎる相手に愛する者を奪われ、そして取り返そうとする真吉の純な想いもまた、共感できるものとして描かれています。
 お南無様を守るため、代々村に伝わる気を操る武術を学んでいるとはいえ、真吉自身は肉体も精神も、あくまでも普通の少年に過ぎません。それが如何にして神に挑むのか――それも、信長の天下布武という巨大な歴史の流れに巻き込まれた中で。

 全てを知り、人外の力を持つお南無様に対し、何も知らず、人より少々優れた力しか持たない真吉は、我々読者の分身といえます。
 神代から人間の歴史に干渉してきた魔人と、彼にかき乱される歴史が、その彼の目に如何に映るのか――日常と非日常、平常と異常の間のふれ幅が大きいほど増す時代伝奇ものの醍醐味は、彼を通じてよりビビッドに伝わってくるのです。

 そしてまた本作の場合、その伝奇的な設定、仕掛けの数々を支え、確たるものとして見せていくガジェットの存在や伏線の描写が抜群にうまいのにも驚かされます。
 並の作品であれば「そういうもの」で済ませてしまいそうな点まで、丹念に理由を(あるいはエクスキューズを)用意し、穴を潰してみせる。当たり前のようでいて難しいこれを、本作は巧みにやってのけるのです。

 それが見えた瞬間の「アッそうだったのか!」「やられた!」感は、大きな快感であすらあります(特に、「お南無様」の真の名が明らかになった時の驚きたるや……)

 そして激しい戦いの末にたどり着く結末も、神や歴史といった巨大なものに抗った人間がたどり着く、ある種のもの悲しさと希望を感じさせるものであるがまた素晴らしい。
 これがほぼデビュー作というのが信じられない、完成度の高い時代伝奇小説であります。

『勾玉の巫女と乱世の覇王』(高代亞樹 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
勾玉の巫女と乱世の覇王 (時代小説文庫)

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2018.05.17

宮本昌孝『武者始め』 将の将たる者たちの第一歩


 宮本昌孝といえば、戦国時代を舞台にした稀有壮大かつ爽快な作品の数々が浮かびますが、本作は戦国時代を舞台としつつも、後世に名を残す七人の戦国武将の「武者始め」を描いたユニークな、しかし作者らしい短編集であります。

 「武者始め」という言葉はあまり馴染みがありませんが、武者が武者としてデビューすること、とでも評すればよいでしょうか。それであれば初陣とイコールではないか、という気もいたしますが、しかし必ずしもそうではないのが本書の面白いところであります。
 そして本書のテーマはその「武者始め」――以下に各話の内容を簡単にご紹介しましょう。

 烏梅(梅の燻製)好きの伊勢新九郎が、様々な勢力の思惑が入り乱れる今川家の家督争いに、快刀乱麻を断つが如き活躍を見せる『烏梅新九郎』
 幼い頃から賢しらぶると父・信虎に疎まれ、老臣にも侮られる武田太郎晴信が、股肱たちとともに鮮やかな初陣を飾る『さかしら太郎』
 幼い頃に寺に入れられ、そこで武将としての英才教育を受けた長尾虎千代が、父亡き後の越後で恐るべき早熟ぶりを見せる『いくさごっこ虎』
 赤子の頃から癇が強く実母に疎まれた織田吉法師が、乳母となった池田恒興の母・徳に支えられて新たな一歩を踏み出す『母恋い吉法師』
 上洛した信長の前に現れ、その窮地を救った持萩中納言こと日吉。やんごとなき血を引くとも言われながらも猿の如き醜貌を持つ日吉の企みを描く『やんごとなし日吉』
 今川家の人質の身からの解放を目指すためには体が資本と、自らの手で薬を作る松平次郎三郎元信の奮闘『薬研次郎三郎』
 生まれつきの醜貌で「ぶさいく」と呼ばれ、上杉・豊臣と次々と人質になりながらもその才知で運命を切り開く真田弁丸の姿を描く『ぶさいく弁丸』

 いずれも年少期の物語ということで、タイトルに付されているのは幼名ですが、それが誰のことかは、申し上げるだけ野暮でしょう。
 そしてその中で描かれるのは史実と、我々もよく知る逸話に基づいたものですが――しかし「武者始め」に視点を集約することで、これまでとは一風変わったものとして映るのが本書の魅力でしょう。

 何よりも、先に述べた通り、必ずしも武者始め=初陣とは限らないのが面白い。
 単なる武士であればその二つはイコールかもしれませんが、ここに登場するのはいずれも将――それも将の将と呼ぶに相応しい者たちであります。そんな彼らの武者始めは、必ずしも得物を手に戦うだけとは限りません。

 本書における「武者始め」とは、武士が己の目的のために初めてその命を賭けた時――そう表することができるでしょう。人生最初の好機に、あるいは窮地に、己の才を活かし、その将の将としての一歩を踏み出した瞬間を、本作は鮮やかに描き出すのです。


 そんな本書で個人的に印象に残った作品を挙げれば、『母恋い吉法師』『やんごとなし日吉』『ぶさいく弁丸』でしょうか。

 『母恋い吉法師』は、その気性の激しさから母・土田御前に疎まれながらも母の愛を求めていた吉法師の姿の切なさもさることながら、面白いのはそこでもう一人の母の存在として池田恒興の母を置き、実母と乳母の争いを重ね合わせてみせることでしょう。
 ラストに語られるもう一つの「武者始め」の存在に唸らされる作品であります。

 また『やんごとなし日吉』は本書の中では最も伝奇性の強い一編。桶狭間前の信長の上洛を背景に、謎めいた動きを見せる持萩中納言とその弟――日吉と小一郎の暗躍ぶりが面白く、ちょっとしたピカレスクもの的雰囲気すらあるのですが……
 最後の最後に、驚かされたり苦笑させられたりのどんでん返しが用意されているのも心憎いところです。

 そして『ぶさいく弁丸』は、後世にヒーローとして知られるあの武将が、実はぶさいくだった、という切り口だけで驚かされますが、その彼がほとんどギャグ漫画のようなノリで名だたる武将たちの心を掴んでいく姿が楽しく、かつどこか心温まるものを感じさせるのが魅力であります。。


 本書に収録された7編は、さすがに短編ということもあり、少々食い足りない部分はないでもありません。作品によっては、もっともっとこの先を読みたい――そう感じたものもあります。
 とはいえ、その史実に対するユニークな切り口と同時に、男たちの爽快かつ痛快な活躍ぶりを描くその内容は、まさしく宮本節。この作者ならではの戦国世界を堪能できる一冊であることは間違いありません。


『武者始め』(宮本昌孝 祥伝社) Amazon
武者始め

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2018.04.30

さとみ桜『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業 三』 優しい嘘に浮かぶ親の愛


 新聞社のグータラ記者・久馬と役者崩れの美男子・艶煙、そして明るく真っ直ぐな少女・香澄のトリオが、妖怪を題材とした新聞記事で人助けを行う姿を描くシリーズもこれで三作目。今回はこれまで謎だった艶煙の過去が語られることに……

 ある事件がきっかけで久馬と艶煙と出会い、悩める人々からの秘密の依頼を受けて、その悩みの源を、妖怪の仕業として片付けてしまうという彼らの裏稼業を知った香澄。
 その裏稼業の片棒を担いだのをきっかけに二人の仲間となった彼女は、様々な事件を経て二人とも絆を深め、特に久馬とは何となくイイムードになったりしながら、今日も奔走するのであります。

 そんなわけで今回も全三話構成の本作。今回も表沙汰にできない悩みを抱える人々を、妖怪の仕業になぞらえて助けることになるのですが――しかし本作の重要なバックグラウンドとなるのは、艶煙の過去なのです。
 普段は浅草の芝居小屋の花形役者として(しかし結構適当に)活躍する艶煙。久馬とは昔からの付き合いで、町奉行所の与力だった彼の父のことも知る仲、そして芝居小屋の面々も彼らの裏稼業を知り、しばしば積極的に協力してくれる関係にあります。

 そんな様々な顔を持つ艶煙ですが、しかしその過去は、香澄にとって、すなわち読者にとってこれまで謎に包まれていました。それが今回語られるのですが――そのきっかけとなるのが、第一話「雲外鏡の怪」の依頼人である彼の昔馴染み・藤治郎との再会です。

 これまで様々な苦労を重ね、そして艶煙たちに助けられて、今では自分の小間物屋を持つまでになった藤治郎。しかしかつては自分を何かと助けてくれた菓子屋の主人が、今では自分のことを疫病神呼ばわりして、周囲にも悪い噂を広げているというのです。
 しかしそれはむしろ菓子屋の評判を下げて店を傾ける有様。主人の変貌が、妻を亡くしてからだと知る藤治郎は、何とか主人を昔に戻してほしいと願っていたのでした。

 そんなちょっと厄介な依頼も、三人のチームワークで見事に解決するのですが――しかしそこで艶煙の過去の一端に触れた香澄に、艶煙は第二話「鬼火の怪」でその全容を語ることになります。

 まだ徳川の世であった頃、ある事件で父を亡くし、遊び人のように女物の衣装で浅草をぶらついていた艶煙を、姉と間違えて声をかけた藤治郎。同じ店に奉公していた姉が姿を消してしまったという彼の話に興味を持った艶煙は店を探ることになります。
 そこで彼が見たのは、店に町の鼻つまみ者の破落戸・定七が出入りする姿。そしてこの定七こそは……

 その先は詳しくは語りませんが、ここで語られるのは、艶煙がどのような家庭に生まれ、何故芝居の世界に入ったのか。そして何より、何故裏稼業を始めるに至ったのか――その物語であります。
 そう、ここで描かれるのはいわばエピソードゼロ。こうしたエピソードの楽しさは、本編で確立しているスタイルがどのように生まれたかが描かれることにありますが、本作においても、なるほどこういうことかと、シリーズ読者には興味深い内容となっています。


 そして幼なじみから嫁にと望まれながら何故か断ってしまった奉公人の少女と、店のお嬢様の友情を描く第三話の「嘆きの面の怪」もまた、艶煙の過去と関わってくるのですが――しかし本作の全三話には、もう一つ通底するテーマがあります。
 それは子に対する親の愛――それも特に、今は亡き親の愛であります。

 親が子よりも先に逝くのはこの世の定め、避けられないことではあります。しかし残された子にとっては、定めだからと納得できるものではありません。もっと生きていて欲しかった、自分を見守って欲しかった――そんな気持ちになるのが当然でしょう。
 本作で描かれる物語に共通するのは、そんな親を喪った子の姿であり、その悲しみを抱えながらも懸命に生きる人々の姿なのです。

 そして、悲しみを抱えた人を助けるのが裏稼業であることは言うまでもありません。
 本作において久馬たちは、そんな子たちの想いに対してそれとは表裏一体の想い――子を残して逝く親の想い、子を気遣う親の心残りを、怪異として甦らせ、人々を救ってみせるのです。

 妖怪や怪異を通じて描かれるもの――そこには、真実がそのままの形で明らかになってはならないものだけでなく、それを通じてしか語れないものも含まれます。
 そんないわば優しい嘘を語ってみせる本作。本シリーズの最大の魅力である物語の暖かさ、心地よさは、そんな妖怪たちの在り方と結びついて、本作において特に強く感じられると、僕は感じます。


『明治あやかし新聞 怠惰な記者の裏稼業 三』(さとみ桜 メディアワークス文庫) Amazon
明治あやかし新聞 三 怠惰な記者の裏稼業 (メディアワークス文庫)


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2018.04.23

芝村涼也『討魔戦記 3 魔兆』 さらなる戦い、真実の戦いへ


 人間が異形の鬼に変わっていく世界を舞台に、鬼たちを狩る者たち・討魔衆に加わることとなった少年・一亮の戦いも、この第3作目で最初のクライマックスを迎えることになります。結界の中から人間たちを襲う鬼に対し、精鋭集団・弐の小組と共に挑む一亮たちの小組たちの戦いの行方は?

 鬼が引き起こした惨劇から、生来の鬼を感知する能力によって生き残り、討魔衆の僧侶・天蓋によって保護された少年・一亮。
 それ以来天蓋の小組に加わり、糸使いの健作、手裏剣の名手の桔梗と行動を共にすることとなった一亮は、ある任務で東北に向かうことになります。そこで大飢饉の最中、人を鬼に変えるおぞましい企てを進める鬼と戦い、その手中から他者の能力を増幅する力を持つ少女・早雪を救い出すのですが……

 という前作の物語を受けて展開する本作において描かれるのは、一亮たちが東北から連れ帰った早雪を巡って揺れる討魔衆の姿と、シリーズ第1巻から密かに跳梁を続けてきた強大な鬼との対決であります。

 「芽生えた」――鬼の力と本能に目覚めた者たちと人知れず対決し、これを狩ってきた討魔衆。しかし彼らが決して一枚岩ではないのは、これまでの物語の要所要所に挿入されてきた、討魔衆上層部の僧侶たちの会議の模様を見れば明らかであります。
 鬼との戦いと、そのための戦力の維持に向けた方針を巡り、幾度となく討論を続けてきた上層部。彼らは、使い方によっては(というより既にそう使われたのですが)鬼の力を遙かに高める少女の存在に大きく揺れることとなります。

 その一方で、かつて向島で幾人もの人々を殺めた鬼が活動を再開し、今度は水戸街道沿いで数多くの人間が犠牲に。
 異空間に潜んで一度に複数の鬼を繰り出し、襲いかかるその鬼の前に、天蓋たちの小組は圧倒され、一亮も為すすべもなく立ち尽くすのみという窮地――と、そこに駆けつけるのは、討魔衆の実戦部隊、弐の小組!

 無数の紙の蝶を飛ばし、そして扇子から水を放つ――弐の小組の頭である於蝶太夫の技は、そのまま彼女の表芸である浅草奥山の見世物のそれと変わりませんが、しかし死闘において見せるそれがただの芸であるはずもありません。
 一度鬼を前にすれば、華麗な芸がたちまち破邪顕正の技となる――強大な力を持つ鬼たちを前にしては劣勢を強いられがちであった天蓋の小組に対し、太夫をはじめとする弐の小組の強さは爽快ですらあります。

 それもそのはず、弐の小組は、壱・弐と二つしかない討魔衆のエリート戦闘集団の一つ。遊撃隊である(遊撃しか担当できない)天蓋たちに対し、鬼の力に真っ向から対抗できる貴重な存在なのであります。
 壱の小組は以前に顔見せ的に登場しましたが、実際の戦闘部隊がここまで本格的に登場したのは今回が初めて。正直なところ比較的地味な戦いが多かった本作において、その派手な活躍は強く印象に残りますが――それは裏を返せば、鬼との戦いが本格的なものとなったことにほかなりません。

 そしてそれが上に述べた討魔衆内部の動きと結びついた時、新たな悲劇の種が撒かれることとなります。
 結成以来、数百年にわたり鬼と戦ってきた討魔衆。しかし本作において、一亮がその事実の中にある一つの齟齬を指摘することにより、その背後に潜む、巨大かつ慄然たる真実が語られることになります。

 次々と新たな能力を得て、その企ても複雑化していく鬼たち。それはさらなる、真の戦いの始まりなのかもしれません。


 そして一亮たちの物語がいよいよスケールしていく一方で、本シリーズの一方の極である、南町奉行所の老同心・小磯による捜査も着実に進んでいくことになります。
 鬼の存在も討魔衆の存在も知らず、ただ彼らの戦いの痕跡を丹念に追ってきた小磯同心。極めてロジカルに人知を超えた戦いの存在に一歩一歩近づいていく彼の姿は、別の意味で極めてエキサイティングに感じられます。

 今回は比較的一亮たちとは離れた場所に留まっていた印象のある小磯同心ですが、彼の屋敷の間借り人との微笑ましいやりとりも含め、本シリーズに確かなリアリティを与える存在として、もう一方の主役と言うべきでしょう。


 少しずつではありますが、着実に事態は進展し、ついに新たな段階に入ったと言える本作。まさしく「魔の兆し」が現れる中、一亮は、小磯はどこに向かうのか――いよいよ激化する戦いから目が離せるはずもないのであります。


『討魔戦記 3 魔兆』(芝村涼也 祥伝社文庫) Amazon
魔兆 討魔戦記(三) (祥伝社文庫)


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2018.04.18

「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その一)


 今月の「コミック乱ツインズ」誌の巻頭カラーは、ついに「熾火」編が完結の『勘定吟味役異聞』。その他、レギュラー陣に加えて小島剛夕の名作再録シリーズで『薄墨主水地獄帖』が掲載されています。今回も印象に残った作品を一作ずつ紹介いたします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 上で述べたように、原作第2巻『熾火』をベースとした物語も今回でついに完結。吉原の公許を取り消すべく、神君御免状を求めて吉原に殴り込んだ聡四郎と玄馬は忘八の群れを蹴散らし、ついに最強の敵剣士・山形と聡四郎の一騎打ちに……

 というわけで大いに盛り上がったままラストに突入した今回ですが、冒頭を除けば対話がメインの展開。それゆえバトルの連続の前回に比べれば大人しい展開にも見えますが、遊女の砦を束ねる「君がてて」――当代甚右衛門の気構えが印象に残ります。(そしてもう一つ、甚右衛門の言葉で忘八たちが正気(?)に返っていく描写も面白い)
 しかし結局吉原の扱いは――というところで後半急展開、新井白石の後ろ盾であった家宣が亡くなるという激動の一方で、今回の一件の黒幕たちの暗躍は続き、そして更なる波乱の種が、という見事なヒキで、次号からの新章、原作第3巻『秋霜の撃』に続きます。


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 日本に鉄道を根付かせるために奔走してきた男たちを描いてきた本作も、まことに残念なことに今号で完結。道半ばで鉄道院を去ることとなった島安次郎の跡を継ぐ者はやはり……

 鉄道院技監(現代のものから類推すればナンバー2)の立場に就きながらも、悲願である鉄道広軌化は政争に巻き込まれて遅々と進まない状況の安次郎。ついに鉄道院を飛び出すこととなった安次郎の背中を見てきた息子・秀雄は、ある決断を下すことになります。
 そして安次郎が抜けた後も現場で活躍してきた雨宮も、安次郎のもう一つの悲願の実現を期に――というわけで、常に物語の中心に在った二人のエンジニールの退場を以て、物語は幕を下ろすことになります。

 役人にして技術者であった安次郎と、機関手にして職人であった雨宮と――鉄道という絆で深く結ばれつつも、必ずしも同じ道を行くとは限らなかった二人の姿は、最終回においても変わることはありません。それは悲しくもありつつも、時代が前に進む原動力として、必要なことだったのでしょう。
 彼らの意思を三人目のエンジニールが受け継ぐという結末は、ある意味予想できるところではありますが、しかしその後の歴史を考えれば、やはり感慨深いものがあります。本誌においては異色作ではありますが、内容豊かな作品であったと感じます。


『カムヤライド』(久正人)
 快調に展開する古代変身ヒーローアクションも早くも第4回。今回の物語は菟狭(宇佐)から瀬戸内へ、海上を舞台に描かれることになります。天孫降臨の地・高千穂で国津神覚醒の謎の一端を見たモンコとヤマトタケル。その時の戦いでモンコから神弓・弟彦公を与えられたヤマトタケルは絶好調、冒頭から菟狭の国津神を弟彦公で一蹴して……

 というわけでタケルのドヤ顔がたっぷりと拝める今回。開幕緊縛要員だったくせに! というのはさておき、そうそううまくいくことはないわけで――というわけで「国津神」の意外な正体も面白い展開であります。
 ただ、まだ第4回の時点で言うのもいかがと思いますが、バトル中心の物語展開は、毎回あっと言う間に読み終わってしまうのが少々食い足りないところではあります。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 ついに動き出した伯父・最上義光によって形成された伊達包囲網。色々な意味で厄介な相手を迎えて、政宗は――という今回。最初の戦いはあっさりと終わり、まずはジャブの応酬と言ったところですが、正直なところ(関東・中部の争いに比べれば)馴染みが薄い東北での争いを、ギャグをきっちり交えて描写してみせるのはいつもながら感心します。
 そんな大きな話の一方で、義光の妹であり、政宗の母である義姫が病んでいく様を重ねていくのも、らしいところでしょう。

 そして作者のファンとしては、一コマだけ(それもイメージとして)この時代の天下人たるあの人物が登場するのも、今後の展開を予感させて大いに楽しみなところです。
(しかし包囲網といえばやっぱり信長包囲網が連想されるなあ――と思いきや、思い切り作中で言及されるのも可笑しい)


 長くなりましたので次回に続きます。


「コミック乱ツインズ」2018年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年5月号 [雑誌]


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2018.03.31

上田秀人『妾屋の四季』 帰ってきた誇り高き妾屋たち!

 妾屋昼兵衛と仲間たちが帰ってきました。吉原との死闘も終結し、シリーズが一端完結してからはや数年――昼兵衛、新左衛門、将左らの変わらぬ活躍ぶりを、春夏秋冬四つの季節を舞台にして描く短編集であります。

 その名の通り妾になりたい女と、妾を持ちたい男を仲介し、結びつける妾屋。妾の顔ぶれもさることながら、時には大名家の側室までも扱うこの稼業は、世間の裏の裏にまで踏み込み、危ない橋を渡ることもしばしばであります。

 そんな妾屋でも遣り手である昼兵衛と、用心棒として彼を、そして女たちを守る新左衛門らの活躍を『妾屋昼兵衛女帳面』シリーズは描いてきました。
 同じ女で稼ぐ商売ながら似て非なる存在である吉原、さらには妾屋の存在を利用せんとする権力者らを向こうに回し、時に刀を、時に知恵を武器に戦ってきた昼兵衛と仲間たち。その戦いは全8巻でひとまず完結しましたが、ここに外伝の形で帰ってきたのであります。

 時系列的にはシリーズ完結後の内容であり、新左衛門は八重と所帯を持ち、将左も吉原の二人の恋人が年期を終えるのを待つ状態と、ファンにとっては嬉しい描写が見られる本書ですが、冒頭に述べたとおりに春夏秋冬四つの短編から構成されています。

 シリーズで協力関係となった吉原の頼みを受け、かつての敵・西田屋の妨害から、地方から吉原に買われてくる娘を守るため将左が用心棒を務める秋の章
 客としてやってきた横柄な大商人に、不可解な裏があることを知った昼兵衛が、その背後を探るうちに意外な真実を知る冬の章
 国元から江戸に出てきたさる藩内の家老が、対抗心からかつてライバルが世話していた女を妾に求めたことで起きる騒動を描く春の章
 江戸でも大手の大手の妾屋からの依頼で、さる大店の婿の妾番の話が新左衛門に回ってきたことに不審を抱いた昼兵衛たちが、背後の卑劣な絡繰りに挑む夏の章

 いずれのエピソードも、長編の時のように権力の深い闇に根ざした大仕掛けな内容ではなく、(武家の内幕に関わる内容もあるものの)基本的に市井の事件であります。
 しかし本作の場合は、その規模感がかえって丁度良いという印象。妾に絡んで起きる様々な事件を、昼兵衛と仲間たちが切れ味良く解決していく様は実に爽快ですし、その事件もそれぞれに趣向が凝らされている内容なのが嬉しいところであります。

 その中でも特に個人的に印象に残ったのは、冬の章であります。
 ある日突然、昼兵衛のもとにやってきた大奥出入りの大商人・会津屋。横柄な態度で妾を求める会津屋に対し、妾の世話にはまずそちらの身元調査が必要と返す昼兵衛の姿を見れば、ハハァこれは、シリーズでも以前あった権柄尽くの愚か者をやりこめる話だなと思いきや……

 昼兵衛の調べが進むにつれて、次々と謎が現れ、最後に待ち受けるのは全く予想もしていなかった男と女の関係と、それを縛る権力・制度のややこしい姿。
 それを巧みに捌いてみせる昼兵衛の姿はもちろんのこと、そこに秘められていた何とも粋で気持ちの良い人の情と、物語の見え方がガラリと変わる構造が実に良いのであります。


 妾屋という、何とも直截でドキリとさせられる名の稼業。それは確かに女性の体を売り物にする、綺麗事では済まされない世界であります。
 しかし同時に妾屋は、少なくとも本作の昼兵衛は、その身を売る女性たちを庇護する存在でもあります。少しでも女性たちへの害が減り、その想いが生きるようにと……

 もちろんそれはフィクションだからこその理想論であることは間違いありません。それでも、人間の最も生な欲望がぶつかり合う世界において、少しでも人間を人間らしく生きさせようとする昼兵衛と仲間たちの姿は、一つの希望として感じられるのです。

 「顧客と女の人生を預かる妾屋の誇り」と言ってのける昼兵衛。その彼と仲間たちの誇り高き生き様を、短編でも長編でもいい、これからも見たいと願うところであります。

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2018.03.20

「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その二)

 「コミック乱ツインズ」2018年4月号の紹介の後編であります。

『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 ドイツ留学からようやく帰ってきた島安次郎。しかし日本の鉄道は前途多難、今日も雨宮運転手の力を借りつつ奔走する島ですが、しかしここで彼には全く予想もつかぬ事態が起きることになります。
 それは第一次世界大戦――島にとっては恩人とも言うべきドイツと日本が開戦、中国で日本軍に敗れたドイツ人捕虜の護送を鉄道で行うことになった島は、その中に留学時代の友を見つけることになります。そして吹雪の中を走る鉄道にトラブルが発生した時、島の選択は……

 鉄道にかける島の熱意、そしてその途上に起きる鉄道でのトラブルを解決する雨宮の活躍を中心に描かれてきた本作。今回もそのフォーマットを踏まえたものですが――しかし戦争という切り口を本作で、このような切り口で描くか、となかなか意外な展開に驚かされます。
 ある種の民族性を強調するのはあまり好みではありませんし、理想的に過ぎると言えばそうかもしれませんが、しかしクライマックスで描かれる島の想いもまた真実でしょう。苦い現実の中の希望という、ある意味本作らしい結末であります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 宇和島の牛鬼編の後編である今回、中心となるのは犬神使いのなつが遺した双子の八重と甚壱――特に八重。幼い頃から人の死期などを視る力を持った八重は、なつの使役していた三匹の犬神を受け継ぎ、憑かれたように宇和島城に向かうことになるのですが……
 その宇和島城で繰り広げられるのは、牛鬼による虐殺の宴。ついにその正体を表した牛鬼に、八重と甚壱、そして鬼切丸の少年が挑むことになります。

 と、今回はほとんど脇役の少年ですが、犬神に襲いかかられて、なつの犬神を斬るわけにはいかないと焦りの表情を浮かべたり、双子の姿から、短い生を生きる人から人へ受け継がれるものに想いを馳せたりと、なかなか人間臭い顔を見せているのが印象に残ります。

 ただ残念だったのは、「子を守って命を落とした母/母から受け継がれた命を繋いでいく子供」と、「子供を失って鬼と化した者」という面白い対比があまり物語中で機能していなかった点であります。
 共に仇討ちのために力を振るうという共通点を持つ両者を分かつものがなんであったのか――それは上に述べたとおりだと思うのですが、牛鬼が弱すぎたせいもあってそれがぼやけてしまったのはもったいなく感じました。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 今回もほとんど完全に芦名家メインの本作。佐竹家の次男から芦名家の新当主となった義広の姿が描かれるのですが――いかにもお家乗っ取りのように見えて、実は彼には彼なりの事情と想いが、と持っていくのがいい。
(……というより、それを引き出すのが小杉山御台とのわちゃわちゃというのが実に微笑ましい。)

 この辺りの呼吸は、作者の漫画ではお馴染みのものではありますが、やはりさすがは――と感じさせられます。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 「闇の大川橋」の中編、御用聞き・豊治郎が殺された現場に居合わせたために、刺客たちの襲撃を受けて窮地に陥った梅安(どれだけゴツくでも、複数の相手に真正面から襲われると危ない、というのは当たり前ですが面白い)。
 彦さんの家に転がり込んだ梅安は、嬉しそうに二人で一つの布団にくるまって(当然のようにそれは提案する梅安)――というのはさておき、自分が襲われたこと自体よりも、豊治郎を助けただけで襲われた、すなわち人助けもできない世の中になったことになったことに憤る姿が、強く印象に残ります。

 予想通りのビジュアルだったおくらもお目見えして、次回いよいよ決着であります。

 ……にしても、これは全くの偶然なのですが、今回の悪役の名前、連呼されるとドキドキするなあ。


 次号は『用心棒稼業』(やまさき拓味)、『小平太の刃』(山口正人)が登場とのこと。連載陣が充実しすぎてフルメンバーが揃わないという、贅沢過ぎる悩みも感じられます。


『コミック乱ツインズ』2018年4月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年4月号 [雑誌]


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2018.03.16

阿部暁子『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』 現実を受け止めた先の未来

 京と吉野に二人の帝が擁立された南北朝時代。この混沌の時代を舞台に、吉野――すなわち南朝の姫君が京で若き日の足利義満と世阿弥の二人と出会い、厳しい現実と直面しつつもそれに立ち向かう姿を瑞々しく描いた好編であります。

 足利幕府との戦も劣勢が続く南朝を立て直すため、数年前に北朝に降った楠木正儀を連れ戻すべく、男装して出奔した今上帝の妹・透子。しかし彼女は京に入って早々、あっさりと人買いに捕らえられてしまうのでした。
 そこで共に捕らえられていた美少女と、その手引きでやってきた高慢な青年武士たちにより救い出された透子ですが――しかし救い主の正体に大いに驚くことになります。

 美少女――いや女装した少年は観阿弥の息子・鬼夜叉。そして高慢な青年こそが、透子たちの宿敵たる足利義満だったのですから!

 そんな騒動の中で早々に正体がばれ、義満に捕らえられかけたところを、ひとまず観阿弥の家に身を寄せることとなった透子。
 そこで鬼夜叉たちと言葉を交わす中、自分が如何に世間知らずであったか痛感した彼女は、義満の小姓として幕府に潜り込み、幕府を巡る状況の複雑さを知ることになります。

 そんな中、義満の身に起きた大事件。幕府と南朝の間で、そして幕府内で大きな争いを引き起こしかねないこの事件が、自分の存在がきっかけで起きたと知った透子の決断は……


 これまで集英社コバルト文庫を中心に活躍してきた作者。本作は一般レーベルの作品ですが、しかしそのコミカルでライトな手触りは、作者のホームグラウンドの作品の延長線上にあるものとして感じられます。

 実は本作は、作者が以前コバルト文庫で発表した『室町少年草子 獅子と暗躍の皇子』とかなりの部分で共通点を持つ作品。
 続編というわけではありませんが、ないと思いますが、設定年代はほぼ同一、物語の中心となるのは俺様キャラの義満に、彼に振り回される美少年の鬼夜叉(後の世阿弥)というキャラクターには重なるものを感じます。

 しかしもちろん本作はあくまでも独立した作品であります。本作の主人公たる透子――亡き後村上帝の娘である彼女の目を通して描かれる本作は、『少年草子』と、いや他の南北朝ものと、一味も二味も違う物語として成立しているのですから。

 文字通りのプリンセスである透子は、長い黒髪をばっさりと落とし、供を一人連れただけで京に出てくるというバイタリティははあるものの、基本的には無菌に近い状況で育った少女であります。
 そんな彼女の目に映るのは、これまで見たこともない世界と、そこに暮らす人々。皇族・貴族中心の世界で生まれ育った彼女の見たことも想像したこともない様々な身分の人々が、そこには存在していたのです。

 そしてその代表と言うべき存在が、義満と鬼夜叉であることは言うまでもありません。
 幕府の長というべき地位にあり、傲岸不遜に振る舞いながらも、それだけに厳しい現実としばしば直面することになる義満。幼くして義満らを引きつける芸を持ちつつも、周囲からは蔑まれる身分にある鬼夜叉――透子は、二人を通じて、これまで気付きもしなかった現実を知ることになります。

 そしてその現実には、彼女がこれまで信じてきたような、わかりやすい南朝=善、北朝=悪という図式などは、存在しないことを。そしてその現実には重みと痛みが伴うこと、その前では自分はあまりにも非力であることを……


 しかし本作は、一人の少女が現実を知り、その現実に倦んでいく物語でも、その現実にすり潰される物語でもありません。
 彼女は、いえ、義満も鬼夜叉も――その現実を受け止めつつも、それでもなお、自分の望む未来を掴むべく、一歩一歩でも前進していこうとしているのですから。

 そんな姿は、特に透子のそれは、ややもすれば世間知らずの子供の青臭い理想論と見えるかもしれません。
 しかし子供だからこそ見えるものが、子供だから言えることがあります。そんな透子たちの姿は、室町という過去のある時代に置かれたものでありつつも、同時に、今に生きる我々にも力を与えてくれるものであります。

 コミカルな筆致と個性的なキャラクターたちによって南北朝期ならではの複雑怪奇な諸相を巧みに浮き彫りにしつつ、その中で、いつの時代も変わらない若者たちの姿を描き、現代の我々をエンパワメントしてみせる。
 これまで読んだことのないような室町の物語、作者ならではの物語を存分に堪能させていただきました。


『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』(阿部暁子 集英社文庫) Amazon
室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君 (集英社文庫)

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