2017.09.13

和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』 第一幕「明治十六年 神谷道場」

 ついに『るろうに剣心』が帰ってきました。18年前(!)の完結時からその構想が語られてきた北海道編――それがついに描かれる日が来たのです。お馴染みの面々に、昨年発表された前後編に登場した少年少女も加えて始まった物語は、ブランクを全く感じさせぬ、快調な滑り出しであります。

 雪白縁との死闘の果て、自らの贖罪の生の在り方を悟り、そして薫と結ばれてひとまずは戦いの生から退いた剣心。それから五年後、一子・剣路が生まれ、神谷活心流道場は盛況と、まずは穏やかな毎日であります。
 そんな中に転がり込んできたのが、共に前科一犯の少年・明日郎と阿爛――というのは昨年掲載された『明日郎前科アリ』で描かれた内容ですが、北海道編は、このエピソードを踏まえて始まることになります。

 『明日郎前科アリ』で志々雄一派の残党に加わり、明日郎に接近してきた少女・旭。実は元々残党の人間ではなく、謎の組織(?)の命を受けて潜入していた彼女ですが――そこから抜けようと組織の人間と言い争っていたところに割って入ったのが、偶然居合わせた明日郎であります。
 当然ただですむはずもなく、警官も集まる大騒動となったところに駆けつけた剣心。志々雄の愛刀・無限刃に突き動かされるように襲いかかる明日郎に対し、剣心は久々にあの刀を手にすることになります。

 そんな騒動の末、神谷道場に迎え入れられることとなった旭。そして混乱の中、組織の人間が落としていった封筒に入っていたのは、既に死んだと思われていたある人物が写った写真でありました。
 その裏に記された「北海道 函館」の文字を手がかりに、剣心たちは北海道に渡ることを決意することになります。

 そしてその函館では、警察の一団を全滅させた「逆賊」に対し、軍隊が投入され……


 と、早くも色々と盛り上がる連載第1回。賑やかで平和な神谷道場の様子、新顔である明日郎たちの活躍(?)、久々の剣心の飛天御剣流に、ラストにはあの男も登場……と、実に「うまい」としか言いようのない展開であります。

 何よりも嬉しいのは、剣心・薫・弥彦が、それぞれに時を重ねながらも、しかし全くあの頃と変わらぬ姿で――それはもちろんビジュアルだけでなく、キャラクター性も含めて――登場してくれたことでしょう。
 彼らに再び会えるのは嬉しい、しかしあの頃と全く変わってしまっていたら――という不安は、かつての愛読者が誰もが一度は抱いたかと思いますが、全くの杞憂でした。

 もっとも、一つだけひっかかったのは、暴走する明日郎に対して、剣心が弥彦から逆刃刀を受け取って立ち向かったことですが――逆刃刀の継承は、過去から現在、そして未来への時代の流れを象徴するものであった(と思われる)だけに、これは少々残念。
 もっともこれは、過去の亡霊は過去の人間が相手をするということだと考えるべきでしょう。何よりも第1話に剣心の活躍が描かれないわけにはいかないですし!

 閑話休題、そんな懐かしさだけではなく、もちろん新たな物語ならではの要素も実に気になるものばかりであります。
 旭を縛ってきた(どうにも後ろ暗いとしか思えない)謎の組織、軍隊まで投入されるような巨大な敵、そして何よりも、全く予想もしなかった形で登場したあの人物……
(特に最後の要素は、まだこの膨らませ方があったか、と感心)


 何はともあれ、物語は動き始めました。
 自分の作品には極めて誠実な作者のこと、本当に色々あってハッピーエンドを迎えた物語を再び語り始めることには、相当悩まれたのではないかと思いますが――しかしそれでも新たな物語が始まったということは、それが安易な続編ではなく、かつての、そしてこれからの読者を決して失望させないものとなることの証とも感じます。

 そしてそこで描かれるものは、間違いなく、重い過去を背負い、苦しい現在を生きつつも、輝く未来を目指すことを止めない人々の姿であると――僕は信じています。


 ちなみにこの北海道編に合わせて、作者の公私にわたるパートナーである黒碕薫による小説『るろうに剣心 神谷道場物語』が掲載される模様。
 今回描かれたのは剣心と薫の婚礼で起きた大騒動ですが、あるキャラの滅多にないような側面が見られてなかなか愉快な内容でした。

 本編では描けなかったようなエピソードを拾っていく内容となるのではないかと思いますが、剣心たちの意外な素顔を描く物語として、こちらも大いに楽しみにしております。

『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』(和月伸宏 ジャンプSQ 2017年10月号) Amazon
ジャンプSQ.(ジャンプスクエア) 2017年 10 月号 [雑誌]


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2017.08.22

唐々煙『煉獄に笑う』第7巻 開戦、第二次伊賀の乱!

 ついに正伝『曇天に笑う』の巻数を超え、なおも続く本作。義兄弟の契りを交わして立った佐吉と曇の双子が巻き込まれるのは、彼らにとっては共に強敵である信長と伊賀の戦いであります。しかしその戦いを目前に、伊賀の百地丹波が語る驚くべき真実を耳にした芭恋は……

 大蛇の器も九人に絞られた中、その一人として追い詰められた佐吉の前に生還した曇芭恋と阿国。安倍の邪術と百地八咫烏を打ち破った三人は義兄弟の契りを交わし、ここに「石田三成」が誕生することになります。
 しかしその間も大蛇を狙う織田信長、そして百地丹波の暗躍は続き、ついに正面からの激突は目前の状態に。そんな中、曇神社に現れた丹波は、芭恋に対して語りかけます。「我が息子よ」と。

 いきなりの爆弾発言に当然ながら荒れ狂う芭恋ですが、しかし丹波は真剣。どうやら嘘ではないと知った芭恋は、(当然ながらもう一人の子である)阿国に事情を告げず、ただ誘いに乗って伊賀に潜入すると言い残して佐吉と阿国から離れます。
 一方、佐吉は信長からの召喚を受け、伊賀攻めの間、信長の小姓として仕えることに。そして残された阿国も、織田軍に潜入して、戦の混乱の中、隙をうかがうことに……


 というわけでこの巻ではついに第二次伊賀の乱が勃発。言うまでもなく、信長によって伊賀が殲滅されたことで知られる戦ですが、本作においては、大蛇を狙う二大勢力の正面からの激突として、また違う意味を持つことになります。

 しかしその前に衝撃の事実が明かされたことで、さらにややこしくなる状況。この巻ではその状況――芭恋の伊賀(百地)入りを中心に、物語が展開していくことになります。

 何しろ芭恋たちと百地一党といえば、つい前の巻まで本気で殺し合っていた相手同士。
 特に八咫烏の一人・秋水は芭恋によって倒され、また深手を負わされた者もいる中、いかに絶対的な力を持つ丹波の子とて、そう易々と受け容れられるはずもありません。

 それに加え、丹波が織田迎撃戦の指揮官として芭恋を指名、八咫烏を預けたことで(そしてその任にあらずば殺しても可、などと言い出したことで)、なおさら大変な状況に。
 さしもの人を食った芭恋も苦闘を強いられるのですが――しかし実際に戦が始まってみれば!


 正直なところ、物語展開は今回もあまり早くないのですが、しかしおそらくはこの戦いは中盤(?)のクライマックス。信長と丹波の戦いに加え、芭恋の去就という新たな要素が加わったことで、この先が一層見えなくなったのは歓迎すべきでしょう。

 一方の阿国の方も、それほど出番は多くはないものの、亡き母に絡んで髑髏鬼灯こと牡丹に対して感情を露わにしたり、佐吉への慕情を垣間見せたり(!)、潜入の際にはショートカット姿を披露したりと、これまで以上に表情豊かなキャラクターとなっているのも嬉しいところであります。


 しかしこの巻のラストページで描かれたのは、どう考えても明るい未来とはほど遠いものを感じさせるもの。サイコパス野郎・安倍晴鳴の暗躍も続き、さらなる悲劇を予感させます。
 そんな状況において、信長の側にあって動けぬ状況の佐吉に何ができるのか――まだまだ先の見えぬ物語、今から早く次の巻を、と言いたくなってしまうのであります。


 しかしカバー裏といい折り込みといい、オマケ四コマの内容が本当にヒドい(褒め言葉)


b>『煉獄に笑う』第5巻(唐々煙 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
煉獄に笑う7 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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2017.08.10

入門者向け時代伝奇小説百選 鎌倉-室町

 初心者向け時代伝奇小説、今回は日本の中世である鎌倉・室町時代。特に室町は最近人気だけに要チェックです。
56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子)
57.『彷徨える帝』(安部龍太郎)
58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵)
59.『妖怪』(司馬遼太郎)
60.『ぬばたま一休』(朝松健)

56.『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子) 【ミステリ】 Amazon
 鎌倉時代の京を舞台に、「新古今和歌集」の歌人・藤原定家と、藤原頼長の孫・長覚が古今伝授の謎に挑む時代ミステリであります。
 古今伝授は「古今和歌集」の解釈に纏わる秘伝ですが、本作で描かれるのは、その中に隠された天下を動かす大秘事。父から古今伝授を受けるための三つの御題を出された定家がその謎に挑み、そこに様々な陰謀が絡むことになるのですが……
 ここで定家はむしろワトソン役で、美貌で頭脳明晰、しかし毒舌の長覚がホームズ役なのが面白い。時に極めて重い物語の中で、二人のやり取りは一服の清涼剤ともなっています。

 政の中心が鎌倉に移ったことで見落とされがちな、この時代の京の政争を背景とするという着眼点も見事な作品であります。

(その他おすすめ)
『華やかなる弔歌 藤原定家謎合秘帖』(篠綾子) Amazon
『月蝕 在原業平歌解き譚』(篠綾子) Amazon


57.『彷徨える帝』(安部龍太郎) Amazon
 南北朝時代の終結後、天皇位が北朝方に独占されることに反発して吉野などに潜伏した南朝の遺臣――いわゆる後南朝は、時代伝奇ものにしばしば登場する存在です。
 本作はその後南朝方と幕府方が、幕府を崩壊させるほどの呪力を持つという三つの能面を求めて暗闘を繰り広げる物語であります。

 この能面が、真言立川流との関係でも知られる後醍醐天皇ゆかりの品というのもグッと来ますが、舞台が将軍義教の時代というのも実に面白い。
 ある意味極めて現実的な存在たる義教と、伝奇的な存在の後醍醐天皇を絡めることで、本作は剣戟あり、謎解きありの伝奇活劇としての面白さに加え、一種の国家論、天皇論にまで踏み込んだ骨太の物語として成立しているのです。

(その他おすすめ)
『妖櫻記』(皆川博子) Amazon
『吉野太平記』(武内涼) Amazon


58.『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』(仲町六絵) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 混沌・殺伐・荒廃という恐ろしい印象の強い室町時代。本作は、それとは一風異なる室町時代の姿を、妖術師と使用人のカップルを主人公に描く物語です。

 南都(奈良)で金貸しを営む青年・楠葉西忍こと天竺ムスル。その名が示すように異国人の血を引く彼には、妖術師としての顔がありました。そのムスルに、借金のカタとして仕えることになった少女・葉月は、風変わりな彼に振り回されて……

 「主人と使用人」もの――有能ながらも風変わりな主人と、彼に振り回されながらも惹かれていく使用人の少女というスタイルを踏まえた本作。
 それだけでなく、「墓所の法理」など、この時代ならではの要素を巧みに絡めて展開する、極めてユニークにして微笑ましくも楽しい作品であります。


59.『妖怪』(司馬遼太郎) Amazon
 室町時代の混沌の極みであり、そして続く戦国時代の扉を開いた応仁の乱。最近一躍脚光を浴びたその乱の前夜とも言うべき時代を描く作品です。

 熊野から京に出てきた足利義教の落胤を自称する青年・源四郎。そこで彼は、八代将軍義政を巡る正室・日野富子と側室・今参りの局の対立に巻き込まれることになります。それぞれ幻術師を味方につけた二人の争いの中で翻弄される源四郎の運命は……

 どこかユーモラスな筆致で、源四郎の運命の変転と、奇妙な幻術師たちの暗躍を描く本作。しかしそこから浮かび上がるのは、この時代の騒然とした空気そのもの。「妖怪」のように掴みどころのない運命に流されていく人々の姿が印象に残る、何とも不思議な感触の物語であります。


60.『ぬばたま一休』(朝松健) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 最近にわかに脚光を浴びている室町時代ですが、この20年ほど、伝奇という切り口で室町を描いてきたのが朝松健であり、その作品の多くで活躍するのが、一休宗純であります。

 とんち坊主として知られてきた一休。しかし作者は彼を、優れた禅僧にして明式杖術の達人、そして諧謔味と反骨精神に富んだ人物として、その生涯を通じて様々な姿で描き出します。

 悍ましい妖怪、妖術師の陰謀、奇怪な事件――室町の闇が凝ったようなモノたちに対するヒーローとして活躍してきた一休。
 その冒険は長編短編多岐に渡りますが、シリーズタイトルを冠した本書は、バラエティに富んだその作品世界の入門編にふさわしい短編集。室町の闇を集めた宝石箱のような一冊であります。

(その他おすすめ)
『一休破軍行』(朝松健) Amazon
『金閣寺の首』(朝松健) Amazon



今回紹介した本
藤原定家●謎合秘帖 幻の神器 (角川文庫)彷徨える帝〈上〉 (角川文庫)南都あやかし帖 ~君よ知るや、ファールスの地~ (メディアワークス文庫)新装版 妖怪(上) (講談社文庫)完本・ぬばたま一休


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 『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(その一) 定家、古今伝授に挑む
 『幻の神器 藤原定家謎合秘帖』(その二) もう一つの政の世界の闇
 仲町六絵『南都あやかし帖 君よ知るや、ファールスの地』 室町の混沌と豊穣を行く青年妖術師
 「ぬばたま一休」 100冊の成果、室町伝奇の精華

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2017.08.05

輪渡颯介『溝猫長屋 優しき悪霊』 犠牲者の、死んだ後のホワイダニット!?

 時代怪談ミステリの第一人者、輪渡颯介の新シリーズ、早くも第二弾の登場です。「幽霊がわかる」ようになってしまう長屋の祠にお参りした四人の悪ガキたちの行く先々に現れる幽霊の男。現れるたびにその男が告げる人間の名前に込められた意味とは……

 やたらとたむろしている猫が溝に入り込んでいることから「溝猫長屋」の異名を持つ裏長屋。ある一点を除けばごく普通のこの長屋に住む忠次、銀太、新七、留吉の四人が、しきたりに従って長屋の祠に詣でたのがすべての物語の始まることとなります。
 実はかつて長屋で非業の死を遂げた少女を祀るこの祠は、詣でれば幽霊がわかるようになってしまうという曰く付き。しかもそれは、「嗅覚」「聴覚」「視覚」の形で、その時によって別々の子供に訪れるのです。

 かくて、おかしな形で幽霊と関わり合うこととなった四人は、それがきっかけでとある事件を解決することになり、まずはめでたしだったのですが――彼らがその後おとなしくしているはずもありません。

 寺子屋に建て替えの話が出たのをきっかけに、その間の仮移転先になる仏具屋・丸亀屋の空き店を訪れ、そこでかくれんぼを始める四人。しかしその最中、忠次は目の前でみるみるうちに腐っていく男の幽霊に遭遇し、一方で留吉は、幽霊が「おとじろう」と告げるのを耳にするのでした。

 そしてその直後に店の裏手から発見されたのは、その幽霊として現れた男・儀助の死体。丸亀屋の娘の婿になるはずだった彼は、半年前に行方不明になっていたのです。
 そして次の婿候補の名が「乙次郎」だったこと、そして乙次郎も行方不明となったことを知った子供たちは……


 これまで(本来であれば)恐ろしい幽霊騒動を、たっぷりのユーモアと、ひねりの効いたミステリ味で描いてきた作者。もちろん本作においても、その味わいは健在です。

 そんな中でも何よりも特徴的なのは、幽霊が現れるたびに、子供たちが一人一人、別々の三つの感覚で幽霊を感じ取ってしまう点であることは間違いないでしょう。
 一度に全て感じてしまうのではなく、ある時は幽霊の姿を、ある時は幽霊の声を、またある時は幽霊(というか死体)の臭いを……子供たちがバラバラに感じ取ることで、恐ろしい状況が、何やらややこしい状況に一変してしまうのが楽しい。何しろ幽霊までも困惑してしまうのですから……

 しかもこの遭遇がローテーション性(一度ある感覚に当たれば、同じ感覚はそれ以降回ってこない)だったり、今回も子どもたちの中で銀太だけ、毎回どの感覚にも当たらない(幽霊を感じられない)仲間外れ状態だったりというお約束が今回も健在なのが、実に愉快なのです。


 しかし本作の面白さはそれにとどまりません。本作の最大の魅力は、幾度も子供たちの前に現れる儀助の幽霊の行動――現れる度に別々の人間の名前を口にする、その行動の謎にあるのです。

 幽霊が誰かの名前を口にする――怪談話ではしばしば見られるこのシチュエーションですが、その内容は文字通りダイイングメッセージ、すなわち自分を殺した犯人の名を告げるのが一つの典型でしょう。
 しかしそうだとしたら、毎回違う人物の名前が出るのに平仄が合わない。実は儀助が告げる名前には、ある共通点があり、警告としての意味があるのですが――しかしそうだとすれば、なぜそんな回りくどい行動を取るのか? 自分を殺した下手人の名を告げれば、一度に解決するはずなのに……

 ミステリには、ある人物の行動の理由を解き明かすホワイダニットというスタイルがあります。ほとんどの場合、それは犯人の反抗理由なのですが――本作の場合、何と犠牲者の、それも犠牲になった後の行動のホワイダニットだったとは。
 これは間違いなく、怪談ミステリというスタイルでなければ描けない内容であります。

 正直なところ、犯人の正体自体は、容易に予想がつくところではあります。しかしこの変化球のホワイダニットにより、物語に意外性と、新たな興趣が生まれているのは間違いありません。


 そして今回もまた、厳しくも温かく子供たちを見守る大人たちが、事件を丸く収めるために奔走するのですが――怖っ! この人たちの方がよっぽど怖い……
 四人の子どもたちを引きずり回す自称箱入り娘のお紺も含め、幽霊や悪人とは別のベクトルでおっかない大人たちの「活躍」にも肝を冷やすことになる、何とも最後の最後までユニークな作品です。


『優しき悪霊 溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社) Amazon
優しき悪霊 溝猫長屋 祠之怪


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2017.07.26

物集高音『大東京三十五区 夭都七事件』 古今の帝都を騒がす怪事件ふたたび

 昭和初期を舞台に、お調子者の書生が持ち込む奇っ怪な事件を、居ながらにして解決してしまう「縁側探偵」のご隠居の名推理を描く連作短編シリーズの第2弾であります。今回も、今昔の帝都を騒がす七つの奇怪な事件が描かれることに……

 時は東京都区部が三十五区となった昭和7年、早稲田大学に席を置きながら、怪しげな事件を嗅ぎつけてはそれを扇情的な記事に仕立てては小銭を稼ぐ不良書生の阿閉万、通称「ちょろ万」が本シリーズの狂言回し。
 そしてそんな彼がかき集めてくる怪事件の数々を――起きた場所はおろか、起きた時代も全く異なるものも含めて――縁側に居ながらにして解き明かしてしまうのが、彼の下宿の家主であるご隠居・玄翁先生こと間直瀬玄蕃であります。

 今日も今日とて、明治の浅草で起きた無惨かつ不可解な事件の存在を嗅ぎつけてきたちょろ万に対し、玄翁先生はこともなげにその謎を解き明かして……


 と、ここでシリーズ第1弾たる『冥都七事件』の読者であれば首を傾げることでしょう。同作のラストにおいてご隠居は何処かへ姿を消したのでは――と。
 しかし本作の第1話であっさりとご隠居は帰還。あまりにあっけらかんとした展開にはさすがに驚かされましたが、それはそれで本シリーズらしい……と言えるかもしれません。

 そして登場人物の方も、ちょろ万と玄翁先生のほか、前作にも登場した鋼鉄の女性記者・諸井レステエフ尚子に加え、もとは箱根の温泉宿の女中、今はご隠居の店子の少女・臼井はなといった新キャラが登場、シリーズものとしては順調にパワーアップしている感があります。


 さて、そんな本作で描かれるのは、前作同様、東京の各地で起きる事件の数々であります。

 明治10年の浅草で模型の富士の上に観音様が現れた直後に、見世物小屋に首無し死体が降る「死骸、天ヨリ雨ル」
 芝高輪の天神坂を騒がす、夜ごと髑髏が跳び回る怪異「坂ヲ跳ネ往クサレコウベ」
 麻布の新婚家庭で結婚祝いに送られた夫人の肖像が、日に日に醜く年老いていく「画美人、老ユルノ怪」
 若かりし日の間直瀬玄蕃の眼前で、雛人形を奪って逃走した男が日本橋の上で消える「橋ヨリ消エタル男」
 内藤新宿の閻魔堂で一人の少年が妹の眼前から姿を消し、脱衣婆に喰われたと騒ぎになる「子ヲ喰ラフ脱衣婆」
 大正11年の上野に展示された平和塔に、一夜にして奇怪な血塗れの記号が描かれる「血塗ラレシ平和ノ塔」
 駒込の青果市場に自転車で通う老農夫の後を、荒縄が執拗に追いかけては消える「追ヒ縋ル妖ノ荒縄」

 いずれもミステリというより怪談話めいたな事件ですが、それを現場に足を運ばず――それどころか、既に述べたように過去に起きた事件もあるわけで――解決してみせる縁側探偵の推理には、今回も痺れさせられます。
 そしてまた、謎が解けたと思いきや……という、良い意味の(?)後味の悪さが残るエピソードが多いのも、実に好みであります。

 そんな本作の中で個人的にベストを挙げれば、「画美人、老ユルノ怪」でしょうか。
 扱われているのが老いていく絵という、直球の絵画怪談的現象を描いた上で、考えられる解を一つ一つ潰しつつも、たった一つの手がかりから、見事に合理的な解を導いてみせるが、何とも痺れるのです。

 そしてその上で、事件の背後に人間の心の中の黒々とした部分を描き、さらに追い打ちをかけるようにゾッとする結末を用意しているのは、お見事と言うほかありません。
(実はこの作品のみ、探偵役がご隠居ではなく、ちょろ万の恩師である大学教授というのも面白い)


 こうしたミステリとしての魅力に加えて、今回もポンポンとテンポのよい擬古的な文体といい、その中で描かれる当時の風俗描写の巧みさといい、実に楽しい作品なのですが……
 一点だけ不満点を挙げれば、本作には前作にあったような、巨大な仕掛けが存在しないことでしょうか。

 もちろんそれはあくまでもおまけの仕掛けであったのかもしれませんが、人間、一度贅沢に慣れてしまうと、今度はそれがないと不満に感じてしまうのは仕方のないところでもあるでしょう。

 厳しい言い方をすれば、普通の続編になってしまった――という印象は残ってしまったところではあります。


『大東京三十五区 夭都七事件』(物集高音 祥伝社文庫) Amazon
夭都七事件―大東京三十五区 (祥伝社文庫)


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2017.07.25

芦辺拓『地底獣国の殺人』 秘境冒険小説にして本格ミステリ、そして

 本格ミステリの枠を守りつつも、書けないものはないのではないか、と言いたくなるアクロバティックな作品を次々と発表してきた芦辺拓。そのシリーズ探偵・森江春策が、なんと恐竜が徘徊する人外魔境を巡る事件――それも彼の祖父にまつわる事件に挑む、極めつきの異色作にして快作であります。

 またもや一つの難事件を解決した森江春策の前に現れた謎の老人が語る、奇怪な物語。それは戦前に彼の祖父・春之介も参加したという、ある冒険の真実でした。

 昭和11年、ライバル社に対抗せんとする新聞社の驚くべき企画――それは、飛行船により、トルコのアララト山に眠ると言われるノアの方舟を探索するという冒険でした。
 その企画への参加することとなったのは、高天原アルメニア説を唱える異端の老学者・鷲尾とその美人助手・浅桐、飛行船を操る日本軍人コンビ、地質学者、通訳、トルコ軍人に謎の外国人、そして春之介を含む三人の新聞記者という面々であります。

 出発前から不穏な空気の漂う中、旅立った一行がアララト山上空で見たものは、記録に残っていない巨大な亀裂。そして原因不明の機器の異常により亀裂の中に不時着した一行を待っていたのは、鬱蒼たる密林と、そこにうごめく恐竜たち――そう、そこは時に忘れられた世界だったのであります。

 何とか脱出の機会を探る中、不審な動きを見せる鷲尾を追った折竹記者(有名な探検家とは無関係)と浅桐は、祭祀場のような遺跡から、彼が何かを掘り出すのを目撃。しかしその直後に彼らは恐竜の襲撃を受け、折竹たちは深手を負った鷲尾を連れ、原始の森林をさまようことになります。
 そして必死の思いで飛行船に帰還した彼らを待っていたのは、何者かに破壊され、もぬけの空となった飛行船。さらに折竹の前には、あまりに意外な人物が……


 既に現在ではほとんど滅んだジャンルである秘境冒険小説。『失われた世界』『地底旅行』『ソロモン王の宝窟』、そして『人外魔境』に『地底獣国』――地球上から秘境と呼ばれる地と、それを信じる人が消えると共に失われたその作品世界を、本作は見事に復活させています。
 奇想天外な秘境と、そこに潜む恐竜などの怪生物、そして原住民たちと秘められた宝物――そんな胸躍る世界を、本作は戦前というギリギリの虚実の境目の次代を舞台に、丹念に、巧みに描き出しているのです。

 ――いや、確かに面白そうではあるけれども、しかし本作はどう考えてもミステリではないのでは、と思われるかもしれません。それも尤もですが、しかし驚くなかれ、そのような世界を描つつも、本作はあくまでも本格ミステリとして成立しているのであります。
 外界から隔絶された秘境での冒険の中、一人、また一人と命を落としていく探検隊のメンバー。その構図は、有名なミステリのスタイルを思い起こさせはしないでしょうか。「雪の山荘」「嵐の孤島」ものとでも言うべきスタイルを……

 そう、本作はこともあろうに人外魔境を一つの密室に見立てた連続殺人もの。しかもその謎を解き明かすのは、その冒険(事件)から半世紀以上を経た現代に、謎の老人から冒険の一部始終を聞かされた森江春策――すなわち本作は、同時に一種の安楽椅子探偵ものでもあるのです。
 なんたる奇想!ミステリ作家多しといえども、このような作品を生み出すことができるのは、作者しかいない、と言っても過言ではないでしょう。

 物語を構成する要素が一つとして無駄になることなく意外な形で結びつき、やがて巨大な謎とその答えを描き出す。さらにとてつもない仕掛けを用意した上で……
 ここには、本格ミステリというジャンルの魅力の精髄があると言えます。


 そしてまた、本作は同時に、一種の歴史もの・時代ものとして読むことも可能です。それも実に優れたものとして。

 本作で描かれる世界は、確かに現実世界からは隔絶したような人外魔境であります。
 しかしその一方で、そこに向かう人々、そして彼らが引き起こし彼らが巻き込まれる出来事は、皆この時代の、この世界なればこそ成立し得るものなのであります。
(そして発表されてから20年経った本作に描かれる世界は、奇妙に今この時と重なるものがあるようにも感じられます)

 秘境冒険小説と本格ミステリといういわば二重の虚構の世界を描きつつも、その根底にあるもの、そしてそこから浮かび上がるのは、紛れもない我々の現実である……
 本作の真に優れた点はそこにあるのではないかとも感じた次第です。


『地底獣国の殺人』(芦辺拓 講談社文庫) Amazon
地底獣国(ロスト・ワールド)の殺人 (講談社文庫)

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2017.07.19

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』 第1-3巻 史実と伝説の狭間を埋めるフィクション

 『修羅の門』『海皇紀』の川原正敏が、留候――張良子房を主人公に「項羽と劉邦」の世界を描く歴史活劇であります。既に5巻まで刊行されているにもかかわらず、今まで紹介のタイミングを逃していて恐縮ですが、今回は張良が初陣を飾る第3巻までを取り上げましょう。

 張良といえば、漢の高祖――劉邦を支え、彼に天下を取らせた軍師の中の軍師。しかしどうしても劉邦の方がクローズアップされるためか、少なくとも我が国においては張良を中心とした物語は少ないように思えます。
 そこで登場した本作、果たしてどのように張良を料理しているのか――と思えば、これが実に私好みの内容でありました。

 時は秦の始皇帝が中国を統一してから2年後、故国を秦に滅ぼされ、弟を失った張良が向かった東方の地・滄海は、太公望・姜子牙の子孫と言われる一騎当千の兵たちが暮らすと言われる地でした。
 しかし、途中で拾った赤子・黄石とともにたどり着いた滄海では、戦で兵たちは失われ、残っていた若い男は窮奇と名乗る青年のみ。

 それでも長老を口説き落とし、窮奇、そして黄石とともに旅立った張良は、巨大な鉄槌を遠くから窮奇に投げさせるという奇策を以って、博浪沙で巡遊中の始皇帝暗殺を計画します。しかし計画は失敗、辛くも逃れた三人は、時が満ちるのを待つため、江湖に身を潜めることに……


 というのが本作の第1巻のあらすじですが、もうこれだけで私のような人間は大興奮してしまいます。何しろ、張良の相棒とも言うべき存在となる窮奇が、あの「大力の士」(力士)なのですからたまりません。

 張良が滄海君という人物から大力の士を得て、これに巨大な鉄槌を投げさせるも……というのは、これは「史記」に記されたいわば「史実」。この大力の士はその後記録に全く現れることなく、歴史の狭間に消えてしまうのですが――それをこのような形で活かしてみせるとは!

 いささか大袈裟な表現ではありますが、もう、この設定だけで本作のことを全肯定したくなってしまうのであります。
(この窮奇が、姜子牙の子孫という設定もまた、『修羅の門』ファンにはニヤリ)

 そしてまた、もう一人のメインキャラクターである黄石、どうやら不思議な力を持つらしい少女の設定も面白い。

 「史記」における黄石公――始皇帝暗殺に失敗して潜伏していた張良が、黄色い石の化身と名乗る不思議な老人と出会って太公望の兵書を授けられたという伝説。
 これをアレンジした彼女(さらにそこで上で述べた窮奇の姜子牙との関わりも出て来るのですが)の設定は、そのまま本作における「史実」と「伝説」の関係性を示すものとなっているのです。

 そう、中国史(に全く限ったわけではありませんが)にしばしば登場するファンタジーめいた伝説や逸話の類――上で述べた黄石公や、劉邦が白竜を斬った赤帝の子であるという逸話の類を、本作はそのまま事実として描くことはありません。
 身も蓋もないことを言ってしまえば、それらは箔を付けるためにこしらえられた後付の創作、その時はハッタリであっても、功成り遂げた後は「事実」として受け止められるようになる――という解釈が本作では為されているのです。

 それが決して味気ないものとも、嫌味なものともなっていないのは、その「伝説」が張良たちにとって一種の策として明確に成立していることももちろんあります。
 しかしそれ以上に、一つの伝説を否定しつつも、その奥にある更なる伝説めいたものの存在を描き出していることでしょう。

 それは一騎当千の兵である窮奇の存在であり、あるいは人の価値を見抜き張良に道を指し示す黄石の存在であり――史実と伝説の狭間をフィクションを以って埋めてみせるという(一種メタな)趣向が、何とも気持ち良いのであります。


 正直なところを申し上げれば、第1巻で張良が始皇帝暗殺に失敗、第2巻で張良が劉邦と対面、第3巻で張良が劉邦の帷幄に参じて初勝利――というペースはかなり遅いようにも感じられます。しかしその分、この「狭間」を丹念に描いていると思えば、これはやむを得ないものと言うべきかもしれません。

 始皇帝が薨去してから劉邦が天下を取るまでわずか十年ほど。その狭間に本作が何を描くのか――楽しみにならないわけがありません。


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龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(1) (講談社コミックス月刊マガジン)龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(2) (講談社コミックス月刊マガジン)龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(3) (講談社コミックス月刊マガジン)

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2017.07.04

辻真先『義経号、北溟を疾る』(その二) 幕臣たちの感傷の果てに

 明治天皇のお召し列車による北海道行幸を背景に、謎解きあり活劇あり大決闘ありのジャンルクロスオーバーで繰り広げられる大快作の紹介の続きであります。

 前回は、本作に登場するキャラクターたちが如何に魅力的であるかを縷々述べさせていただきましたが、もちろん、彼らが活躍する物語の方も興趣満点であることは言うまでもありません。

 その一つが、この物語が幕を開けるきっかけとなった殺人事件。酒乱で知られる黒田清隆が、元同心の妻を乱暴、首を締めた末に梁から吊したという凄惨な内容なのですが――これがミステリでいう「雪の密室」そのものとなっているのが実に面白いのです。

 一見、黒田の犯行にしか見えないこの事件ですが、何故わざわざ彼が被害者を吊り下げるような行為に及んだのか? しかも天井は高く、梁は人一人を支えるのがやっとな状況で……
 そんな謎がある上に惨劇の舞台となった場所では雪が降り積もり、にもかかわらず(仮に外部の犯行だとして)犯人の足跡も見つからない状況なのです。

 天皇のお召し列車を巡る物語の中でで、このような密室ミステリが展開されるのも驚きですが、しかしこれが、物語において、賑やかし以上の役割を持っていて――というのはさておき、ここまできっちりとミステリを仕掛けてくるのも、今なお『名探偵コナン』の脚本を手がける作者ならではの要素でしょう。


 しかしもちろん、本作のクライマックスであり、最大の魅力は、こうした要素を積み重ねた末にラストで繰り広げられるお召し列車を巡る攻防戦にあることは間違いありません。

 藤田らコンビの探索の一方で、当然ながら厳戒態勢で進められるお召し列車の警備。その列車の進行を如何にして妨害するのか――元同心一味はたった四人、その四人で北海道の原野を往く列車に挑むというのは、一種の不可能ミッションものとしての面白さすら感じさせます。

 そしてお召し列車が出発(天皇一行の到着が遅れ、夜の出発となったという史実をまた効果的に利用!)して以降のクライマックスは、もはや全編これ読みどころとも言うべき内容であります。
 次から次へと繰り出される妨害側の奇手に対し、立ち向かえるのは藤田五郎と法印大五郎の二人のみ……というのは、ある意味お約束ながら、そのシチュエーションが最高に熱く盛り上がります。

 そしてまた、視点を少し変えてみれば、元新選組の藤田と、元八丁堀同心の彼らは、かつては共に幕臣。藤田が会津戦争後に斗南の開拓に加わっていたことを考えれば、屯田兵でもある元同心たちは、藤田とはほとんどコインの裏表とも言うべき存在であると気付きます。
 そんな両者が、明治という新しい時代の象徴とも言える鉄道を挟んで激突するというのは、何とも物悲しい構図であるとも言えますが……

 しかし、ここであの密室殺人の真相を挟んで語られる物語の真の構図は、意外かつ異常な内容でありつつも、そんな歴史を背負ってきた男たちの感傷を完膚なきまでに叩き壊してみせる、皮肉極まりないものとして突き刺さります。
 そして同時に、ラストを含めて随所に描かれてきた鉄面皮の下の素顔があるからこそ、藤田にはそんな事件を解決し、そして犯人を裁くことができたのだということに、我々は驚きとともに気付かされるのです。


 キャラクター良し、謎解き良し、アクション良し、そして歴史への目配せももちろん良し――生ける伝説のページにまた一つ傑作が加わったと評しても、決して大げさとは言えないと感じます。


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義経号、北溟を疾る (徳間文庫)

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2017.07.03

辻真先『義経号、北溟を疾る』(その一) 藤田五郎と法印大五郎、北へ

 TV創生期から脚本家として数々の名作を送り出してきた辻真先。しかし同時に氏はミステリを中心に活躍してきた小説家でもあります。本作はその最新の成果――北海道を舞台に、明治天皇を乗せた列車の妨害を企てる一党に、藤田五郎(斎藤一)と法印大五郎が挑む、歴史冒険ミステリの快作であります。

 明治13年(1881年)のある日、警視庁を訪れた勝海舟と清水次郎長――山岡鉄舟と繋がりを持つ二人は、北海道大開拓使・黒田清隆にまつわるある探索を、かつての新撰組三番隊長・斎藤一、今は警視庁に奉職する藤田五郎に依頼します。
 黒田のためなら動かないが、山岡鉄舟の依頼であればと二つ返事で引き受けた藤田。彼は、相棒として選ばれた次郎長一家の法印大五郎とともに、札幌に向かうのでした。

 彼らの探索の目的は、北海道に行幸した明治天皇がアメリカから輸入された機関車・義経号が引くお召し列車に乗る――黒田清隆肝煎りのこの一大イベントを妨害しようとする者がいるという情報の真実を探ること。
 この報を残して謎めいた死を遂げた諜者の痕跡を追ってきた二人は、屯田兵の中に、黒田に深い恨みを持つ一団がいることを知ることになります。

 かつての八丁堀同心たちである彼らが恨みを抱く理由――それは、彼らの一人の愛妻が、黒田に乱暴された末、首吊り死体として発見されたという事件でありました。
 その真相を追う間も近づいてくる天皇行幸の日。真相がどうあれ、元同心たちが列車を妨害し、黒田の面目を丸潰れにせんとしていることを知った二人は、それを阻むために奔走するのですが……


 そんな本作の感想を表すとすれば、それはもう「面白い!」の一言に尽きます。

 まず何よりもたまらないのは、主人公コンビの人物配置であります。
 もはや明治ものではすっかりメジャーなキャラクターになった感のある斎藤一こと藤田五郎は、鉄面皮で洞察力が鋭く、凄まじい剣の遣い手――というキャラクターはある意味定番ではありますが、時折見せる人間味がなんとも魅力的な人物。

 何しろ登場するや否や、薩摩閥のお偉方の言葉を無視して、家で待つ妻子のもとに帰ろうとするという、この時代からすれば型破りな人物なのですが、普段寡黙なのに、話題が土方のことになると黙っていられないのもまた、ニヤニヤさせられてしまうのです。

 そして彼の相棒となる法印大五郎もまた、実にユニークな人物であります。
 有名な「すし食いねえ」でも名が上がる侠客であり、その通り名が示すように山伏姿であったという彼は、様々な逸話の持ち主ですが、本作においては子供好きで、藤田とは正反対の陽性のキャラクターとして描かれているのもなのが楽しい。

 そして先に挙げた勝海舟や次郎長、山岡鉄舟などチョイ役ながら大きな存在感を持つ面々に加え、本作のそもそもの発端ともいうべき黒田清隆も、酒乱で好色という欠点を持ちつつも、普段は豪快で度量の大きな好漢として描かれているのもまたいいのです。


 しかし本作のキャラクターの魅力は、実在の人物だけにとどまりません。本作においてはいわば容疑者となる四人の元八丁堀同心は、いずれも得意な、いや特異な武術や特技を持つキャラクターであり、歴戦の猛者である主人公コンビにとっても、敵として不足はないといったところ。
 そして義経号を動かす洋行帰りの御室兄弟も、線が細いようでいてなかなか骨っぽい良いキャラクターで魅力的なのですが――しかしこれら全てを吹き飛ばすほどの破壊力を持つのが、本作のヒロイン格の二人であります。

 その一人は、黒田に殺害されたと目される元同心の妻の妹・春乃。まだ少女ながら、しかし実は武術の達人であり、その戦闘力は元同心たちの中でも最強クラスのとんでもない戦闘美少女であります。
 そしてもう一人は、御室兄弟の妹のように育てられたアイヌの少女・メホロ。赤子の頃に箱館戦争に巻き込まれて親と引き離され、何と狼に育てられたという天真爛漫な野性の美少女であります。

 このあまりに対照的な(初登場時にいきなり物理的な意味で大激突する)美少女二人、特にメホロの強烈なキャラクターは、一歩間違えると作品のカラーそのものを塗り替えかねないのですが、その辺りのさじ加減も含め、これはさすがにこの作者ならでは……と感心するほかないのです。


 と、キャラクターだけでだいぶ分量を取ってしまいました。次回に続きます。


『義経号、北溟を疾る』(辻真先 徳間文庫) Amazon
義経号、北溟を疾る (徳間文庫)

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2017.06.12

室井大資&岩明均『レイリ』第3巻 レイリの初陣、信勝の初陣

 岩明均が原作を担当ということで話題を集めた異色の戦国漫画の第3巻であります。落ち武者狩りに家族を惨殺され、腕を磨き、いつか戦いの中で死ぬことを夢見る少女・レイリが、武田信勝の影武者として選ばれたことで、思わぬ戦いに巻き込まれることになります。

 かつて家族を皆殺しにされた際に命を救われた岡部丹波守の下で腕を磨き、普通の男では到底及ばぬほどの腕となったレイリ。
 そんな彼女をも遥かに上回る力を見せた武田家の重臣・土屋惣三にスカウトされたレイリは、武田家当主・勝頼の長子・信勝の影武者となるよう命じられることになります。

 奇しくも信勝とは瓜二つの相貌のレイリは、他の影武者候補とともに訓練を受けるのですが……

 と、この第3巻で描かれるのは、いきなり彼女たち影武者の出番ともいうべき事態。そう、何者かの刺客が、信勝を襲撃したのであります。
 先ほどまで談笑していた影武者の一人があっけない最期を遂げ、動揺を隠せなかったものの(滅びゆく武田家という重荷を背負わされ、死という逃げ道も塞がれた姿が切ない)、自分を囮に刺客をおびき寄せ、一網打尽にする策を立てた信勝。

 あえて襲撃を誘い、惣三とレイリで迎え撃つ作戦は見事当たったと思いきや、刺客団の数は想像を遙かに超え、レイリは思わぬ形で初陣を経験することになるのです。


 そう、ここで描かれるのはレイリの初陣。これまで味方の雑兵などとは立ち会ってきた彼女ですが、それはもちろん訓練にすぎず、実際の刃を手にしての殺し合いは、これが初めてなのであります。
 そんな命のやり取りの場に立った彼女は――意外にというべきか、全く気負うことも恐れることもなく、惣三とともに刺客を次々と斬り倒す活躍を見せます。

 このくだりは、正直に申し上げればいささか拍子抜けの感もあるのですが、刺客をあらかた片付けた後でその弱さを罵り、そしていつか自分が斬り死ぬことを夢見るという壊れぶりを見せる彼女であれば、むしろこの程度で心を動かすまでもないと言うべきなのでしょうか。


 そして後半に描かれるのは、ある意味信勝の初陣とでも言うべき展開。徳川軍が武田家の要衝たる高天神城を攻める中、城から甲府館に送られた二つの書状を前に、信勝と勝頼が対峙することとなります。

 書状の一つは、城の主将たる岡部丹波守から送られた、救援の要請。そしてもう一つは、城の副将から送られた、救援を断る書状――同じ城に籠もりながら、全く正反対の判断を記した二つの書状に悩む勝頼と諸将に対し、信勝は己の分析を語るのであります。

 ここで示されるのは、武田家を周到に張り巡らせた策で滅ぼさんとする織田信長の存在と、その罠を見抜いてみせる信勝の才――そしてその信勝に極めて複雑な感情を見せる勝頼の姿であります。

 偉大すぎる父・信玄にコンプレックスを抱く勝頼というのはしばしば見られる構図ではありますが、一説によれば、その信玄から、信勝が成人するまでの後見を命じられていたという勝頼。
 言い換えれば、それは彼が、父から信勝成人までの繋ぎと見做されていたということであり、内心穏やかであるはずがありません。

 そんな尋常の親子とは全く異なる関係にある勝頼と信勝の捻れた関係性を丹念に描きつつ、同時に、長篠の大敗後に武田家が置かれた状況を示す――この辺りの描写の濃さは、前半の大殺陣以上に、本作の魅力と言うべきとも感じます。


 もっとも、こうした内容を描くには、いささかテンポがゆったりし過ぎているのでは――という印象があるのも事実。第1巻を手にした際も同じ印象を受けましたが、月刊連載の物語としては、このペースは少々厳しいように感じます。
 これはもちろん、丁寧な描写とは表裏の関係にあるのですが……

 宿敵ともいうべき信長も(これがまた印象的なビジュアルで)登場し、いよいよレイリと信勝の戦いも本格化していくであろう中で、どれだけ物語に引きつけてくれるのか、気になるところであります。


『レイリ』第3巻(室井大資&岩明均 秋田書店少年チャンピオン・コミックス・エクストラ) Amazon
レイリ 第3巻 (少年チャンピオン・コミックスエクストラ)


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