2017.02.10

長谷川明『戦国外道伝 ローカ=アローカ』第3巻 急展開、そして明かされた纐纈城の秘密

 戦国時代の日本に現れ、次々と人々を狩り集めていく纐纈城。この魔界の存在を討伐するため、武田信玄により集められた外道者たちの戦いを描く本作もこの巻で急展開、纐纈城と外道者たちの最終決戦が描かれるのですが――

 川中島に現れ、不死身の兵でもって戦場を蹂躙した纐纈城。その纐纈城攻めを決意した武田信玄により、地獄を見る目を持ち、地獄の牛頭馬頭を喰らう力を持つ加藤段蔵を筆頭に、異能を持つ外道者たちが集められることになります。
 その外道者の一人を求めて常陸に向かった段蔵たちは、猿神憑きの剣客・猿御膳、そして彼と虚ろ舟の蛮女との間に生まれた子供を巡り、纐纈城の使者と激突することに――

 という第2巻の展開を受けてまず描かれるのは、猿御前の子・前勝坊を巡る戦いの行方。あまりにも無垢で儚い蛮女と、異形の猿神憑きの間に生まれた彼は、果たして母と父――異界からやって来た人間と、異形と化した人間の、どちらに近いのか?
 戦いの末に描かれる、人間という存在、命の在り方に繋がるその答えは、殺伐とした展開が続く本作において、一つの「愛」の姿を描き出すことになります。

 そして続いて登場するのは、新たな外道者……いやむしろ、彼の存在があったからこそ外道者が集められることとなったという一人の剣豪。その名は草深甚四郎!
 この名を聞いて盛り上がるのは、剣豪ファン――それもかなり偏った方でしょう。本作でも描かれる、盥に張られた水に斬りつけることで、遙か遠くの相手を斬ったという逸話で知られる「実在の」剣豪であります。

 なるほど、剣豪としてこれほど異界に近い存在はあるまい……と大いに盛り上がるのですが、しかしこの辺りから物語は急展開。終焉に向かって爆走していくこととなります。

 物語冒頭から纐纈城との戦いに巻き込まれてきた小姓・五郎丸――成り行きから段蔵らとともに対纐纈城戦の一員となっていた彼が纐纈城の手に落ちたことから始まる、纐纈城による武田家急襲。
 思わぬ決戦の始まりに、纐纈城に乗り込むのは、段蔵と死者が見える少女・火車鬼、前勝坊と歩き巫女のふふぎ、そして城の実験部屋から脱走した行者・長谷川角行――

 と、あまりに急な展開に驚かされるのですが、これは作中でも何度かメタ的に言及されるように、作品の完結を急がざるを得ない状況になったということなのでしょう。しかし、いや実に勿体ない。
 どうも展開的には「纐纈城の七人」とも言うべきものになのではないかと思われただけに――そしてこうした物語の面白さは、メンバーが一人ずつ集まってくる過程にあるだけに――急展開が悔やまれてなりません。

 甚四郎はもちろんのこと、こちらも実在の人物である角行も、突然の登場ではあるもののビジュアル、設定(特に人穴、宗教者というキーワードは「纐纈城」としては実に気になります)ともに、非常に美味しいキャラクターであっただけに――


 しかし本作は、そんな状況の中であっても、描かれるべきものはきっちりと描いてみせた、ということだけは言えるでしょう。
 その描かれるべきものとは、纐纈城主、いや纐纈城の生みの親の正体、言い換えれば纐纈城は何故存在するのか……その謎解きであります。

 纐纈城に突入した者たちの前で語られる、纐纈城誕生の秘密。そこには、遙か過去、遙か遠くの地で、死から甦ったというある男の存在がありました。
 その男の名はここでは伏せさせていただきますが、あまりにも意外のようでいて、「纐纈城」とは決して無縁な人物ではない、と言えばわかる方にはわかるでしょうか。

 そして「彼」の存在が纐纈城を……纐纈城で繰り広げられる地獄を生む、その過程の凄惨さには、ただただ圧倒されるばかり。
 さらに「彼」と、その目で文字通りの「地獄」を見てきた段蔵との思わぬ共通点(そして同時にそれは前勝坊の存在とも重なる部分が)に思い至れば、ただただもう唸らされるほかありません。


 物語展開には残念な点は残ったものの、描かれるべきものは描かれた本作。あるいは性急な展開故に、その結末にも違和感は残るかもしれません。

 しかし、生と死、現世と地獄、生者と死体、誕生と死亡……と、相反するものが入り乱れ、しかしそのほとんどがわかり合えず擦れ違うままに終わるこの結末は、途方もない虚無感を漂わせつつも、本作に相応しいもののようにも感じられるのです。


『戦国外道伝 ローカ=アローカ』第3巻(長谷川明&佐藤将 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
戦国外道伝 ローカ=アローカ(3)<完> (ヤンマガKCスペシャル)


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2017.02.07

入門者向け時代伝奇小説百選 剣豪もの

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪もの五作を紹介いたします。時代ものの華である剣豪たちを主人公に据えた作品たちであります。
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

11.『柳生非情剣』(隆慶一郎) Amazon
 様々な剣豪を輩出し、そしてそれ自体が徳川幕府を支えた隠密集団として描かれることが少なくない柳生一族。本作はそんな柳生像の定着に大きな役割を果たした作者による短編集であります。

 十兵衛、友矩、宗冬、連也斎……これまでも様々な作家の題材となってきた綺羅星の如き名剣士たちですが、隆慶作品においては敵役・悪役として描かれることの多い面々。そんな彼らを主人公とした短編を集めた本書は、剣と同時に権――すなわち政治に生きた特異な一族の姿を浮かび上がらせます。

 どの作品も、剣豪小説としての興趣はもちろんのこと、等身大の人間として剣との、権との関わり合いに悩む剣士の生きざまが描き出されている名作揃いであります。

(その他おすすめ)
『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐) Amazon


12.『駿河城御前試合』(南條範夫) Amazon
 山口貴由の『シグルイ』をはじめ、平田弘史や森秀樹といった錚々たる顔ぶれが漫画化している名作であります。

 暗愚の駿河大納言徳川忠直が己が城中で開催した十番の真剣勝負を描いた本作は、残酷時代小説で一世を風靡した作者ならではの武士道残酷物語であると同時に、剣豪ものとしても超一級の作品。
 片腕の剣士vs盲目の剣士、マゾヒスト剣士や奇怪なガマ剣法…個性豊かな剣士たちとその武術が炸裂する十番勝負+αで構成される本作は、その一番一番が剣豪小説としての魅力に充ち満ちているのです。

 そして、死闘の先で剣士たちが得たものは……剣とは、武士とは何なのか、剣豪小説の根底に立ち返って考えさせられる作品であります。


13.『魔界転生』(山田風太郎) Amazon
 映画、漫画、舞台とこれまで様々なメディアで取り上げられ、そして今もせがわまさきが『十』のタイトルで漫画化中の大名作です。

 島原の乱の首謀者・森宗意軒が編み出した「魔界転生」なる忍法によって死から甦った宮本武蔵、宝蔵院胤舜、柳生宗矩ら、名剣士たち。彼ら転生衆に挑むのは、剣侠・柳生十兵衛――ここで描かれるのは、時代や立場の違いから成立するはずもなかった夢のオールスター戦であります。

 そして本作の中で再生しているのは剣士たちだけではありません。その剣士たちを描いてきた講談・小説――本作は、それらの内容を巧みに換骨奪胎し、生まれ変わらせた物語。剣豪ものというジャンルそのものを伝奇化したとも言うべき作品であります。

(その他おすすめ)
『柳生忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『宮本武蔵』(吉川英治) Amazon


14.『幽剣抄』(菊地秀行) Amazon
 剣豪と怪異とは水と油の関係のようにも思えますが、しかしその両者を見事に結びつけた時代ホラー短編集であります。

 本作に収録された作品は、「剣」という共通点を持ちつつも、様々な時代・様々な人々・様々な怪異を題材とした、バラエティに富んだ怪異譚揃い。
 しかしその中で共通するのは、剣という武士にとっての日常と、怪異という非日常の狭間で鮮明に浮かび上がる人の明暗様々な心の姿であります。。

 本シリーズは、『追跡者』『腹切り同心』『妻の背中の男』と全四冊刊行されておりますが、いずれもデビュー以来、怪奇とチャンバラを愛し続けてきた作者ならではの、ジャンルへの深い愛と理解が伝わってくる名品揃いであります。

(その他おすすめ)
『妖藩記』(菊地秀行) Amazon
『妖伝! からくり師蘭剣』(菊地秀行) Amazon


15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人) Amazon
 今や時代小説界のメインストリームとなった文庫書き下ろし時代小説、その代表選手の一人である作者が描いた剣豪ものであります。

 ある日飄然と吉原に現れ、遊女屋の居候となった謎の青年・織江緋之介が、次々と襲い来る謎の刺客たちと死闘を繰り広げる本作。複雑な過去を背負って市井に暮らす青年剣士というのは文庫書き下ろしでは定番の主人公ですが、しかしやがて明らかになる緋之介の正体と過去は、本作を飛び抜けて面白い剣豪ものとして成立させるのです。

 彼を巡る三人の薄幸の美女の存在も味わい深い本作は、その後全7巻のシリーズに発展することとなりますが、緋之介が人間として、武士として成長していく姿を描く青春ものの味わいも強い名品です。

(その他おすすめ)
『闕所物奉行裏帳合 御免状始末』(上田秀人) Amazon


今回紹介した本
新装版 柳生非情剣 (講談社文庫)駿河城御前試合 (徳間文庫)魔界転生 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)幽剣抄<幽剣抄> (角川文庫)悲恋の太刀: 織江緋之介見参 一 〈新装版〉 (徳間文庫)


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 上田秀人『織江緋之介見参 一 悲恋の太刀』(新装版) 若き日の剣士と美女の物語

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2017.01.22

東村アキコ『雪花の虎』第4巻 去りゆく兄と、ライバルとの(とんでもない)出会いと

 今年の大河ドラマは女城主の物語ですが、それは本作の方が先んじている……というのは大げさではありますが、しかし着実に面白い女謙信物語、早くも第4巻に突入であります。互いを支え合い、想い合っているにも関わらず、周囲の思惑から対峙することとなった景虎と晴景の運命は――

 武将として初陣以来圧倒的な力を振るい、長尾家の当主たる兄・晴景を支えるために奮闘してきた景虎。しかし皮肉にもその強さが柔弱な晴景に不満を抱く国人衆を惹きつけ、越後は晴景派と景虎派に二分されることとなります。
 かくて描かれるのは、この戦国時代には無数に存在した、血を分けた者同士が国を、家を巡って争う騒動――

 ということには簡単にはならないのが本作。これが男同士であればわかりませんが、本作の晴景と景虎は、互いを害する気などない兄妹なのですから。
 とはいえ、時に主君の思惑などは無視して突き進むのが(戦国時代の)家臣というもの。下の者が暴発して暗殺などの手段に走らぬよう、晴景は形だけの挙兵をすることになります。

 そんな二人の計らいにより、すべてが丸く収まるかに見えたこの対立ですが、しかし思わぬ悲劇が――


 景虎を主人公として中心に置きつつも、同時に彼女が属する、彼女を支え、彼女が支える家族という存在をこれまで陰に日に描いてきた本作。この巻の前半においては、その構図に一つの結末が描かれることになります。
 そしてそこで、ある意味景虎以上に存在感を以て描かれるのが晴景であります。

 謙信を描く従来の物語では、暗君として描かれてきた印象のある晴景ですが、本作の晴景は、冒頭から一貫して、それとはひと味違う描かれ方をされてきました。

 武将としては力不足であり、景虎には様々な点で遠く及ばぬものの、それでも血の通った一個の人間として、時に景虎以上に親しみのある存在であった晴景。
 その彼がついに表舞台を退く姿には、何ともやるせなく、「現実」の苦さを感じさせるのですが……しかし同時に、一つの小さな希望、赦しという名のそれをさらりと描いてみせるのが、また心憎いところであります。

(それにしても、傷は最小限となったとはいえ、辛い選択を強いられた景虎に対して、特大のフラグを立てる宗謙よう……!)


 さて、何はともあれ新たなステージに入った物語ですが、この巻の後半で描かれるのは、景虎の終生のライバルというべき武田晴信の存在であります。

 彼女とは異なる形とはいえ、骨肉の争いを経て当主となった晴信。この時点では村上義清を相手に、生涯初の敗北(戸石崩れ)を喫した彼ではありますが、それでも景虎にとっては最も警戒すべき存在であることは言うまでもありません。
 かくて、北信濃にしばらく残り、戦の傷を癒しているという晴信という男を探るため、ごくわずかの手勢を連れ、「女装」して偵察に向かう景虎ですが――

 というわけで、かなり重く、またそれなりに史実に沿った形であった前半部分に対し、後半の物語は思わぬハジけ方をすることになります。
 ある意味、本作が始まった時から最も気になっていた、景虎と晴信の対峙。それが全く思わぬ形で――いや、もしかしてこれやるのかな、本当にやるのかな……やっぱりやった! 的な展開で描いてみせるのですから、やはり本作は面白い。

 この辺りを、えいやっとやってしまうのは、本作の、本作の作者の良い意味での軽さというべきでしょう。真面目な方は眉を顰めるかもしれませんが、本作の設定であればこれはアリ、というよりやるべき展開でしょう。
 もっとも、これがこの先どう物語に、歴史に絡んでくるのか、さっぱりわからないのも事実ですが……


 何はともあれ、いよいよ戦うべき外敵としての武田晴信が現れた本作。
 景虎の影武者(候補の青年)・シロとその妹・麦という新キャラの存在も楽しく、特にほとんど景虎のファン……というより信者な麦のキャラクターなど、本作ならではのもので、この先の展開も楽しみになるというものです。


『雪花の虎』第4巻(東村アキコ 小学館ビッグコミックススペシャル) Amazon
雪花の虎 4 (ビッグコミックススペシャル)


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2016.12.21

立花水馬『世直し! 河童大明神』 父と子と河童を繋ぐ世直し

 虫封じを題材としたユニークな連作『虫封じマス』で登場した作者の新作は、人間の若者と河童――そう、あの頭に皿があってキュウリが好きなあの河童――が組んで、世の為人の為に奮闘する活劇であります。

 ある理由から父と喧嘩をして江戸を飛び出し、大坂で暮らしていた青年・喜助。ふと思い立って久々に江戸に帰ってみれば父・喜八は危篤、駆けつけた彼の目の前で喜八は完爾と微笑んで逝くのでした。
 しかし生前、掘割の整備に私財を投じ――そしてそれこそが喜助が父と仲違いした理由だったのですが――極貧の中で暮らしていた喜八には弔いを出す金もなく、途方に暮れていた喜助の前に、奇妙な男が現れます。

 生前喜八に世話になったという男の手配で無事に弔いを終えた喜助ですが、何とその男の正体は河童! 世の為人の為に働いた喜八の姿に感動した彼ら河童たちは、喜八を助けて働いたというのであります。
 生前は軽蔑していた父の意外な姿に関心を持った喜助は、喜八の名を継ぎ合羽職人として江戸で暮らし始めるのでした。

 と、その江戸では子供の拐かしが続発。さらに美女の誘拐殺人、米価の吊り上げ、強引な冥加金の取り立てなどが相次ぎ、庶民の暮らしはどんどん苦しくなっていきます。
 その一連の出来事の背後に、今太閤を名乗る大商人・茂十郎の存在を知った喜八は、河童のぎーちゃん、謎解き坊主の春雪とチームを組んで世直し大明神を名乗ると、世の為人の為、巨大な悪に戦いを挑むことに――


 現在もその名が残る浅草の合羽橋。江戸時代に合羽屋喜八が私財を投じて堀割整備を行い、そしてその喜八のために河童が力を貸していた、という二重の意味で「カッパ」にまつわる伝承が残される地ですが、言うまでもなく本作の題材はこの合羽橋であります。
 なるほど、大抵の伝承では人に迷惑をかける河童が、人間を助けて働く(しかも強制されたわけでもなく)というのがなかなか興味深いのですが、本作はそこにさらに一ひねりを加え、喜八の息子が主人公というのが工夫でしょう。

 私財を投げ出し、家族を顧みなかった父に反発してきた主人公が、その父が最期の刻に極めて満足したかのような笑みを浮かべるのを見る……という冒頭部分だけでぐっと来るのですが、その後の展開がまたいい。
 一文の得もしなかった父の生き方が理解できない中、川で溺れる子供を見て前後を考えず助けに飛び込み、それが父同様、河童の心を大きく揺り動かすというのは、本作のテーマである「世の為人の為」を体現するものと言えるでしょう。

 思わぬ絆で結ばれた喜八とぎーちゃんの姿は、一種のバディもの――すなわち、全く異なる生まれや育ちの二人が、一緒に行動する中で互いを(特に読み手に近い側を)認め、その価値を再確認していく物語として受け止めることもできます。


 そしてそんな彼らが繰り広げる世直しはなかなかに痛快、特に米の買い占めに対する逆襲など、なるほどこの手があったか、と感心させられるほどなのですが……しかし、終盤に来てその印象は個人的に少々違ったものとなりました。

 これまで幾度もその陰謀を潰してきた茂十郎が、追い詰められた末に暴走し、さらに人々を苦しめていることを知った喜八。全面対決を決意する喜八ですが、しかし奉行所までも抱き込んだ敵はあまりにも強大であります。
 これまでは人間の知恵と河童の力で難題を解決してきた喜八たちが、この最後の戦いで取った手段とは……いやいやこれはアリなのか、と言いたくなるような乱暴なもの。

 あるいは普通の(?)時代劇ではアリなのかもしれませんし、これ以外の手段はないのもわかりますが、しかしここまで来ると思いつめた喜八の姿に、一種の痛ましさまでも感じさせるのです。

 ここで改めて考えさせられるのは「世の為人の為」というキーワード。確かに大事で美しい想いではありますが、それが生み出す犠牲はどこまで許容されるのか、そして他人の思う「世の為人の為」と衝突することがあるのではないか……本作の終盤からは、そんなことを考えさせられました
(本作では茂十郎も「世の為人の為」を口にするのですが、明らかに口先だけのものなのでこれとは異なります)

 ヴィジランティズムの矛盾とも言うべきこの疑問にまで踏み込むことができれば、さらに素晴らしい作品になったと思うのですが……それはちょっと難しく考えすぎでしょうか。


『世直し! 河童大明神』(立花水馬 徳間文庫) Amazon
世直し! 河童大明神 (徳間時代小説文庫)


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2016.12.11

和月伸宏『明日郎前科アリ るろうに剣心・異聞』後編 少年たちが前に進むために

 『るろうに剣心』の物語から五年後の世界で、少年たちが繰り広げる新たな冒険の物語の後編であります。ようやく明日に踏み出そうという二人の少年――長谷川悪太郎と井上阿爛の前に現れるのは、しかし過去からの悪因縁。果たして二人は自分自身の道を切り開くことができるのか?

 集治監から同じ時に出所したのをきっかけに行動を共にするようになった悪太郎と阿爛。どちらも行く当てもなければ金もない、そんなないない尽くしの二人にとって唯一の希望は、悪太郎が五年前に拾ったある刀でした。
 実はその刀こそは、悪太郎もかつて属していた賊の首魁……その陰謀のあまりの大きさから、今ではその存在すらが抹消された言禁の首魁が手にしていた刀だったのです。

 再起の、そして力の象徴として、今は亡きその首魁の刀を求める賊の残党たちの手から辛くも逃れた二人は、手にした刀を早く売ってしまおうと、阿爛の知人がいる商会を訪れるのですが――
 と、言うまでもなくその首魁こそは剣心と死闘を繰り広げた末に炎に消えた志々雄真実。そして共に消えたと思われた彼の愛刀こそは異形の殺人刀・無限刃……というわけで、思わぬところで剣心本編との繋がりを見せた本作ですが、この後編においてはいよいよ本格的にリンクしていくこととなります。

 何しろ、二人が刀を持ち込んだのが塚山商会……とくれば、そこに現れるのは剣心や弥彦とも深い縁のある塚山由太郎なのがまず嬉しいところであります。

 しかし阿爛が適当に(意外とそうでもないのですが)並べた刀の来歴が嘘とすぐに見ぬいた由太郎に、嘘は必ず他人と自分に取り返しのつかない傷を負わせると、彼の過去を考えればえらく重い説教を受ける二人。
 しかしそれに対して阿爛を庇い、由太郎の言葉に反論してみせる悪太郎の姿がいい。前回の悪太郎の拾い食いを止めた阿爛の言葉といい、この辺りの少年描写は作者ならではの明朗さと感じさせられます。

 何はともあれ、結局刀は売れず、それどころか賊の残党に追われた末に(よりによって由太郎のかつての師に潰された道場の跡地に)追い詰められた二人。
 中空の内部に油を仕込み、打撃力を倍加させる賊長の面白武器(このあたりのギミックもまた作者らしい)に苦戦する悪太郎を助けるために飛び込んだ阿爛ですが、そのために彼は思わぬ姿を晒すことになるのでした。

 かつて志々雄に拾われた際、強くならなければ一生惨めなままだ、という言葉をかけられた悪太郎。その言葉が示すように、前編とこの後編で描かれたのは、決して格好良くない悪太郎と阿爛の姿でした。
 悪太郎が前編で阿爛に止められても気づかなかったその「惨めさ」を自覚し、そしてそれを乗り越えるための「強さ」として、ついに無限刃を抜き放つのですが――


 しかしここで物語は急展開、由太郎の急報でかけつけた剣心が悪太郎を止め、代わって久々の飛天御剣流龍槌閃で賊長を粉砕。……異聞であったはずが、そのまま本編の一部に変わってしまったようなこの展開、正直なことを言えば、大いに面食らいました。

 後で作者へのインタビューを拝見したところでは、今回の異聞は来春スタートする『るろうに剣心』の続編である北海道編に先立ち、新キャラクターである悪太郎たちを紹介する物語、いわばプロローグであったということで、その意味ではこの展開は納得できます。
 しかし、自分自身の「惨めさ」(個人的には阿爛のそれをこの名で呼ぶのには抵抗があるのですが)を知り、そこから抜け出すためについに一歩を踏み出した悪太郎が、あっさりと剣心によって止められてしまったのは、少々残念ではあります。

 もちろん、その目的・理由の差こそあれ、明確な殺意を以って無限刃を抜くというのであれば、前の持ち主である志々雄と変わらないわけで、それを剣心が止めるというのはむしろ当然ではあります。
 しかし少年たちが前に進むための選択は、彼ら自身で為されるべきではないか、せめてこの物語においては、それを彼らに全うさせて欲しかった……という気持ちはあります。

 もちろんその選択に当たっては、少年たちを導く存在が必要であることもまた、大いに理解できるのですが――


 いずれにせよ、全ては新章で描かれるものなのでしょう。もちろん私も『るろうに剣心』の大ファンとして、新章は大歓迎です。
 そしてそこにおいて、剣心が切り開いてきた新時代を、「明日」を歩むべき者たちの物語もまた描かれるのであれば言うことはありません。今はただ本編に、そしてこの異聞に続く物語を楽しみに待つのみです。


『明日郎前科アリ るろうに剣心・異聞』後編(和月伸宏 「ジャンプSQ」1月号掲載) Amazon
ジャンプSQ.(ジャンプスクエア) 2017年 01 月号 [雑誌]


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2016.12.06

三好輝『憂国のモリアーティ』第1巻 悪を倒すための悪、モリアーティ!?

 「モリアーティ」といえば、言うまでもなくシャーロック・ホームズのライバル。犯罪界のナポレオンと呼ばれ、聖典はもちろんのこと、様々なパスティーシュでホームズと死闘を繰り広げてきた相手ですが……そのモリアーティを、階級社会を憎む一種の革命家として描くピカレスク物語であります。

 病がちな弟のルイスと二人、モリアーティ伯爵家の養子となった主人公。しかし彼を迎え入れた長男のアルバート以外、彼の両親と弟のウィリアムをはじめとする人々は、世間体のみを気にし、陰では事ある毎に二人を虐待する毎日でありました。
 しかし、極めて優れた知性を持ち、大英帝国を貫く階級制度を悪と断じてこれを打破しようとする主人公に共鳴したアルバートは、彼と共謀して自分たち以外の家族を殺害してモリアーティ家を継ぎ、主人公はウィリアムの名を手に入れることとなります。

 かくて腐敗した社会を変えるべく動き出した三人のジェームズ・モリアーティ。ウィリアムはダラム大学で若くして教鞭を執る傍ら、「悪」に罰を与える犯罪相談役として、仲間たちを率いて動き出すことに――


 というわけで、本作は「ホームズの敵役」(ちなみに冒頭は(おそらく)ライヘンバッハでの決闘シーン)というモリアーティのイメージを根底から覆す作品であります。
 自らは手を汚すことなく人間を動かし、様々な「悪」を為す。その部分は踏まえつつも本作のモリアーティの行動原理は、より大きな「悪」――命に優劣をつけ差別を生む階級制度を打ち砕くためだというのですから!

 有名な悪人キャラが、実は伝えられるような人物ではなく、何らかの理由により実像がねじ曲げられたものだった……というのは時代伝奇ものではしばしばあるスタイルですが、しかしまさかこのキャラが、と思わされた時点で、この作品はある程度成功しているのでしょう。

 それもモリアーティが三人兄弟であったり、「ジェームズ・モリアーティ」と復姓である点や主人公の勤務先、もちろんモランやポーロックといった配下の存在まで、聖典から拾える要素を丹念に拾い上げ、目先の意外さのみに頼ったわけではない点に好感が持てます。


 が、その一方でモリアーティの言動にあまり魅力を感じられないのは、(少なくともこの第1巻の時点では)彼の行動が、厳しい言い方をすれば単なる仕事人レベルに見えてしまう点であります。

 大きな悪を倒すために自らも悪になるというのは良いのですが、その過程でやっていることはあくまでも悪人――それもかなり俗物の、自分の行動を得意がってベラベラと喋ってしまう手合いの――退治レベルに留まっているのが現状。
 それなりに黒いところは窺わせるものの、現時点ではモリアーティがちょっとダーティな正義の味方、一種の自警団に見えてしまうのは、何とも勿体なく感じられます。

 もちろんそれこそが狙い、本作のモリアーティはそういうキャラだ、というのであればそれはそれでありかと思いますが、モリアーティというビッグネームを用いるのであれば、もっと踏み込んだ「悪」の姿を見せてほしい……そう感じます。


 そこで気になるのは、彼のライバルとなることが運命づけられているホームズの存在であります。モリアーティが悪を倒すための悪であるとすれば、果たしてホームズは何者なのか?
 単純にモリアーティの敵=貴族の味方となるのか、あるいはモリアーティの思想とは異なる形で悪を倒そうとする存在なのか。はたまた単なる愉快犯的探偵なのか――

 一つだけ言えるのは、モリアーティの目指す悪の何たるかを客観的に評価することができるのは、ホームズの存在あってこそであろうということ。
 第1巻の時点から先々のことを言うのも恐縮ですが、ホームズの前で彼の悪がどのような形で意義付けられるか……それが楽しみに感じられます。


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2016.11.16

室井大資&岩明均『レイリ』第1巻・第2巻 死にたがり少女と武田の未来と

 あの『寄生獣』『ヒストリエ』の作者、歴史ファンにとっては『雪の峠・剣の舞』の作者である岩明均が原作を担当するということで注目を集める本作。戦国時代の甲斐を舞台に、苛烈な生き様を送る一人の少女の姿を描いて強烈なインパクトを残す作品であります。

 長篠の戦から4年後の天正7年(1579年)、今川家にその人ありと知られ、今は武田勝頼に仕える岡部丹波守の城で、雑兵たちを相手の賭試合で凄まじい剣を振るう少女・レイリ。
 彼女は長篠の戦の後、敗走する丹波守を追う落ち武者狩りに両親と弟を目前で惨殺され、自らも狼藉に遭うところを丹波守に救われた過去を持っていました。

 以来、丹波守の下で憑かれたように武術を学び、今や並みの男では及びもつかぬ腕前となったレイリ。そんなレイリの腕を見た勝頼の側近・土屋爽三は、彼女に賭け試合を持ちかけます。
 片手で剣を振るいながらも、レイリを歯牙にもかけぬ力を見せた彼は、丹波守から彼女を貰い受けるのですが――


 ここまでが第2巻の冒頭ですが、とにかく圧倒されるのは、レイリの異常、と言ってもよいほどのキャラクターであります。

 まだ年若くも尋常でない戦闘力を持つ少女というのは、時代漫画においても決して珍しい存在ではありません。
 しかしレイリのキャラクターを特徴付けるのは、彼女の身につけた強さが自分自身のため――自分の目的や、あるいは自分が生き延びるためのものなどではなく、ただ戦って戦って戦い抜いて、その中で死ぬためという点なのです。

 上で述べたとおり、目の前で家族を無残に殺された過去(この辺り、原作者の『剣の舞』を連想)を持つレイリ。その過去が、そしてそこで生き延びたという一種の罪悪感が、彼女をして「死にたがり」というべき性格に変えたのですが……そこに至るまでの過程、そして彼女の心中の描写の凄惨さたるや!
 特に彼女が見る夢のおぞましさは、なるほど、時に人間を動いている肉塊と捉えるような突き抜けた描写を見せる――しかしそれと同時に、人間性というものに深い理解を持つ――原作者ならでは、と思うべきでしょうか。

 ちなみにその一方で、レイリと周囲の人間(特に彼女の主となる者)とのやりとりの中に、すっとぼけたおかしみがあるのは、これは作画者に由来するところでしょうか。


 それはさておき、ただ生前の家族の願いをなぞるように生き、自分自身の夢や希望を持たない――すなわち、自分というものを持たない死にたがりの彼女に与えられた任務が、まさしく自分以外の誰かとなり、その誰かのために死ぬというのは、これは皮肉と言うべきでしょうか。
 そう、彼女の任とは影武者……ある人物の影武者となることだったのであります。

 この人物というのがまた、なるほど面白いところを突いてきたな、と言いたくなるようなユニークで、そしてフィクションで描く余地のある人物なのは、歴史ものとしての本作の面白さでしょう。
(ちなみに惣三が片手での刀の扱いを得意とするというのも、ニヤリとできるところ)

 そしてこの年代でこの設定であれば、ある程度その行き着く先は予想できる気もしますが、果たしてその歴史の陰で――武田家の未来において、「名もない」存在であるレイリがどのような運命を辿ることとなるのか。
 その中で、レイリが自分自身の生を見つけて欲しい……そう願いたくなる物語のスタートであります。


 と、一つだけ気になってしまうのは、本作の物語の展開スピード。内容的に丁寧に描くべき物語であることはわかりますが、かなり遅いのでは……という印象はあります。
 本作は第1巻・第2巻同時発売でしたが、それが正解……というより、第1巻だけでは何の作品かわからない、というのが正直なところで、そこだけは残念に感じた次第です。


『レイリ』(室井大資&岩明均 秋田書店少年チャンピオン・コミックス・エクストラ) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
レイリ(1)(少年チャンピオン・コミックス・エクストラ)レイリ(2)(少年チャンピオン・コミックス・エクストラ)

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2016.10.04

東村アキコ『雪花の虎』第3巻 兄妹の情が招くもの

 実は上杉謙信(長尾景虎)は女性だった、という巷説をベースに彼女の生き様を描く本作も、はや第3巻。武将としての初陣で圧倒的な力を見せた景虎ですが、長尾家のために振るったその力が、皮肉な事態を招くことになります。

 越後に覇を唱える長尾為景の二女として生まれながらも、病弱な兄・晴景に代わる将器を見いだした父により、男として育てられた景虎。
 しかしその父も亡くなり、晴景の下では抑え切れぬ越後の豪族が動き出す中、ついに景虎は栃尾城の戦いで初陣を飾ることになります。

 補佐についた本庄実乃のフォローを受けつつも、傑出した才を見せて見事な初勝利を飾った景虎ですが、しかし体を休めるまもなく、彼女は新たな戦いに向かうこととなります。
 その相手とは黒田秀忠。為景の若い頃より長尾家に仕えた老臣が、居城の黒滝城で謀反を起こしたのであります。

 これに対して兄に代わって討伐の軍を進め、瞬く間にこれを下した景虎。一度は守護の調停が入り、隠居で許した景虎ですが、再び秀忠が謀反を起こすに至っては許せるはずもなく、一族郎党に至るまで滅ぼすに至ったのですが……
 彼女の戦いは全て兄に代わり、兄を補佐するためのもの。しかしそれが彼女の声望を高め、そして皮肉にも兄の立場を弱めていくのであります。

 そして反・晴景派の国人衆が、景虎を奉じるべく動き出すのに対し、彼女は――


 ここで描かれるものは、ある意味、戦国時代ではごく普通に見られた光景であります。
 激動の時代に所領を守るため、あるいはより利を得るため、劣った主を見限り、より優れた新たな主(そしてそれは多くの場合、旧主の血縁なのですが)を迎える……このような動きのなかった家の方が、あるいは少ないかも知れません。

 そしてその典型がこの当時の長尾家の状況であるのですが――しかしここで決定的に異なるのは、景虎が晴景の妹であったこと、そして晴景の妹、景虎には姉である綾姫がいたことであります。

 もちろん、女性の方が男性よりも平和的などと根拠なく言うつもりはありませんが、しかし本作の場合、景虎が当時の一般的な武将(当然ながらその性別は男)と異なる感性の持ち主であることに違和感はありません。
 そしてさらに一般的な女性である綾が間に入ることで、二人の間が一層融和的な空気になることもまた。

 さらにそこに、三人の母の体調不良も重なり、三人の絆は一層強まるのですが、この辺り、物語の当初から本作にあった、一種のホームドラマ……という語が誤解を招くとすれば、家族のドラマの色彩が強いのが、本作らしいユニークさでしょう。

 もちろん戦国時代の家族に、現代のそれを単純に重ねて見ることができないのは言うまでもありません。
 しかしすぐ上で述べたように、本作においては特異な設定を用意することにより、その重ね合わせを違和感ないものとして提示し――そしていささか矛盾した言い方ですが、だからこそ明らかになる相違点を浮き彫りにしていると感じられます。

 その相違点が今後何を招くのか、それは戦国ファンであればよくご存じかと思いますが、その歴史的事実の背後に、家族の、兄妹の、姉妹の情の存在を浮かび上がらせてみせるのは――言い換えれば、史実の陰に埋もれた人間の姿を垣間見せるのが本作の魅力なのだと、改めて感じた次第です。


 ちなみにこの巻においては、新たな景虎の家臣として、(鬼)小島弥太郎が登場いたします。

 数々の逸話を持ちながらも、実在したか確証のない一種巷説上の人物ですが、巷説といえば、冒頭に述べたとおり謙信女性説がその最たるもの。そんな本作においては、彼も実在の(?)人物として登場。
 色々と規格外の彼のキャラクターが、ある意味実に戦国らしい豪傑として――そしてもちろん、本作らしい味付けで物語を賑わわせるのも、実に楽しいところであります。


『雪花の虎』第3巻(東村アキコ 小学館ビッグコミックススペシャル) Amazon
雪花の虎 3 (ビッグコミックススペシャル)


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2016.07.31

最近の時代漫画 『悲恋の太刀』『戦国新撰組』『変身忍者嵐Χ』『ゆやばな』

 今回は普段と少しだけ趣を変えて、7月に発売された雑誌に掲載されている時代漫画の中から、気になったものを幾つか取り上げていきましょう。先日『戦国武将列伝』誌が惜しくも休刊しましたが、新たに創刊された雑誌もあり、まだまだ時代漫画の世界は元気であります。

 その新創刊されたのが、「コミック斬」。掲載作品のうち半分近くが再録ではありますが、なかなかフレッシュな作品も収録されており期待の一冊です。

 そしてその中でも決して見逃せないのが森田信吾&上田秀人の『悲恋の太刀』。そう、先日新装版が刊行されたばかりの上田秀人の『織江緋之介見参』シリーズの第一弾が、『明楽と孫蔵』など剣豪アクションの名手によって漫画化されるというのですから、これは期待するなという方が無理でしょう。

 その第1回は、原作の第1章をほぼカバー。吉原に飄然と現れ、吉原一の太夫を望んで慶長大判を出し、取り籠もりの侍を鮮やかに斬ってみせた謎の青年剣士・織江緋之介の登場を、さまで多くはないページ数の中で、巧みに描いております。

 正直なところ画の方は最近の作者のもので、往年の絵を期待すると少々苦しいのですが、しかしこちらの期待に大いに応えてくれるのは、森田節とも言うべきその台詞回し。
「白刃火花散らすさ中を足捌きだけで避し――…!! 血煙土煙に動じず涼しい眼であの若侍 重心ずらさず喧嘩衆の壁……抜けた!!」
もちろん原作にはないこの台詞を見ただけで、ああ、森田信吾が帰ってきた! と嬉しくなってしまうのであります。


 さて、「月刊サンデーGX」8月号では、先月から連載が始まった朝日曼耀&富沢義彦『戦国新撰組』の第2話が登場です。
 わけのわからぬまま、幕末の京から戦国時代の桶狭間に放り出されてしまった新撰組隊士たち。怪物のような屈強の相手に苦戦し、囚われてしまった土方、島田、三浦啓之助を待っていたのは、彼らのリーダー格である木下藤吉郎と蜂須賀小六による「尋問」で……

 と、今回展開されるのは、尋問に名を借りた土方歳三と蜂須賀小六の激突。まさしく野武士そのものである相手と、喧嘩最強の土方のなんでもありの激闘を描きつつも、啓之助だけが現状に気付いている事実がさらりと描かれ、静と動の入り混じった展開が印象に残ります。
 が、正直に申し上げれば、いかに生き死にの経験値では遙か上とはいえ、新撰組側が押されっぱなしなのは、新撰組ファンとしてはいささか不満があります(特に土方など、こういう場面にうってつけなキャラだけに……)

 しかしこれまで登場していなかった近藤をはじめとするいわば本隊もいよいよ活動開始、次回には全面衝突が見られるのではないでしょうか。数百年を閲する間に洗練された剣術の冴えを期待したいところです。


 そしてもはや老舗とも言うべき「コミック乱」9月号では、これも前号から連載開始のにわのまこと『変身忍者嵐Χ』が絶好調であります。

 前回、血車党の化身忍者ハンザキと対決し、辛うじて秀忠とタツマキを救った謎の青年ハヤテが意識を取り戻した時、目の前にいたのはタツマキの美しい娘・カスミ。一方、血車党幹部・骨餓身丸は、ハヤテの正体を、一党を裏切った化身忍者の生みの親・風の鬼十と睨み、再びハヤテに対してハンザキを送り込むのですが……

 カスミ、骨餓身丸、鬼十とお馴染みのキャラクターが次々登場する今回(特にカスミと骨餓身丸は、それぞれにいかにも作者らしいデザインで実にいい)、ハヤテの記憶もほぼ回復し、ぐっと本編に踏み込んできた印象なのですが――今回の見所はなんといっても実に十ページ近くを費やして描かれる「変身」シーンであります。
 変身ヒーローにとって変身シーンは大きな見せ場の一つですが、それを丹念に、そしてそれでいてスピーディーに描いているのは作者ならでは(そしてその中で「化身」と「変身」の違いを語ってみせるのも心憎い)。

 そしてラストページで高らかに名乗りをあげる嵐! これが見たかった!


 そして同誌からはもう一作、たみ&富沢義彦の『ゆやばな』が特別読切で登場。このコンビで湯屋を舞台に、三人娘を通じて江戸の文芸サロンを題材にした作品というと、どうしても『さんばか』が浮かびますが、本作はそれよりも7年ほど後の時代、三人娘も別人のようで、一種のリブート的な印象。
 頁数が少ないのが残念ですが、一種エッセイ漫画的な展開でいくと面白いのかも……と感じたところです。


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2016.07.27

山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 両国橋の御落胤』 現代科学でも気付けぬ盲点

 タイムトンネルを通じて江戸と現代で二重生活を送るヒロイン・おゆうこと優佳が江戸の名探偵として活躍するシリーズの第二弾であります。今回おゆうが挑むのは、さる大名家の御落胤騒動。とある小間物問屋の若旦那こそがその御落胤だというのですが、しかしおゆうが掴んだ真実は……

 江戸は両国橋近くで一人暮らす正体不明の美女・おゆう。普段何をしているかはさっぱりわからないながら、優れた推理力で幾度か南町奉行所の定町廻り同心・鵜飼伝三郎を助けてきた彼女の正体は、ミステリマニアの元OLでありました。
 祖母が遺した家に隠されていたタイムトンネルを発見した彼女は、行き詰まりがちだった現代から江戸に足を踏み入れ、分析マニアで万能分析ラボを営む友人の宇田川の力を借りては、素人探偵を気取っていたのです。

 さて、そんな彼女の評判を聞いた小間物問屋・大津屋の主人が持ち込んだのは、息子の清太郎が実の子か調べて欲しいという依頼。二十年前清太郎を取り上げた産婆のおこうが、強請りまがいの手紙を送ってきたことから、急に不安になったというのです。
 早速一計を案じて父子の唾液を採取した彼女は、宇田川にDNA分析を依頼、99.9%親子という結果を得るのですが、しかし根拠を明かさずに真実を告げるのは至難の業、おゆうが悩んでいる間に事態は思わぬ方向に転がっていくことになります。

 実はおこうの手紙は将軍の子の養子入り先候補である備中の大名・矢懸家にも届けられており、清太郎が実は矢懸家の御落胤ではないかと思わぬ騒動に発展。
 伝三郎がその御落胤騒動を内偵していたことを知ったおゆうは、彼とともに事件の鍵を握るおこうの行方を探すのですが、しかし彼女は行方不明、矢懸家を二分する御家騒動までも絡み、さらに死人までもが出ることに――


 というわけで、今回の題材はタイトル通りの御落胤騒動なのですが、なるほど、時代ものではしばしばお目にかかるこの題材は、基本的にはDNAという概念が普及していなかった時代特有のものでしょう。
 (本作のようにたまたま分析ラボの親友がいるということはそうはないものの)DNA鑑定を簡単に行える環境にあれば、そもそも起こらない……というのは、コロンブスの卵であります。

 おかげで本作は、本来であれば謎の中心になるはずの御落胤の真偽が物語冒頭で判明してしまうのですが、しかし真実を知ることと、それを人に納得させることは別。前作でも指紋鑑定や血液検査の結果を表に出さずに、いかに伝三郎たちに知らせるかが一つの見せ場となっていましたが、それは本作でも同様なのです。

 そして本作においては、さらにおゆうでも引っかかる、いやおゆうだからこそ引っかかってしまうミスリードが存在します。

 どれほど科学的に捜査を行おうとも、その依って立つ前提に誤謬があれば、その分析から明らかになるものも真実から遠のいてしまう……それは言うまでもないことではあります。
 しかし本作においては、主人公が(この時代に比べれば)未来の科学を用いるからこそ気づけない――そして実はそれがこの時代においてはさまで珍しいことではない――「盲点」を設定することにより、主人公の万能さを切り崩しているのに感心させられるのです。

 もっとも、作中で二度ほど、ほとんど反則的な形で科学の力(現代人の立場)を利用している場面があるのですが、これは多くのタイムスリップものとは異なり、江戸と現代を自在に行き来できるという本作ならではの荒業……と好意的に受け止めたいと思います。


 ただし、残念な部分も皆無ではありません。
 事件の真犯人が――あくまでも立ち位置的な理由とはいえ――ほとんどすぐに読めてしまうというのは、やはり本作のようなミステリにおいてはマイナスではないでしょうか(犯人の人物像がそれなりに魅力的であるだけになおさら……)。

 そしてまた、タイムスリップものでは定番とも言える、主人公の正体バレのサスペンスも本作では危機感が薄いのが個人的には気になったところではあります。
 最もバレてはまずい相手である伝三郎、シリーズを通じての仕掛けが施されている彼の存在も、これであれば別にバレても、バレた方がという印象で、この辺りはむしろ逆効果になっているように思えます。

 前作で感じた三郎や宇田川のキャラクターの薄さ(便利さ)も解消されているだけに、いささか贅沢な言い分かもしれませんが、やはり勿体無く感じてしまった次第です。


『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 両国橋の御落胤』(山本巧次 宝島社文庫『このミス』大賞シリーズ) Amazon
大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 両国橋の御落胤 (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)


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