2017.07.25

芦辺拓『地底獣国の殺人』 秘境冒険小説にして本格ミステリ、そして

 本格ミステリの枠を守りつつも、書けないものはないのではないか、と言いたくなるアクロバティックな作品を次々と発表してきた芦辺拓。そのシリーズ探偵・森江春策が、なんと恐竜が徘徊する人外魔境を巡る事件――それも彼の祖父にまつわる事件に挑む、極めつきの異色作にして快作であります。

 またもや一つの難事件を解決した森江春策の前に現れた謎の老人が語る、奇怪な物語。それは戦前に彼の祖父・春之介も参加したという、ある冒険の真実でした。

 昭和11年、ライバル社に対抗せんとする新聞社の驚くべき企画――それは、飛行船により、トルコのアララト山に眠ると言われるノアの方舟を探索するという冒険でした。
 その企画への参加することとなったのは、高天原アルメニア説を唱える異端の老学者・鷲尾とその美人助手・浅桐、飛行船を操る日本軍人コンビ、地質学者、通訳、トルコ軍人に謎の外国人、そして春之介を含む三人の新聞記者という面々であります。

 出発前から不穏な空気の漂う中、旅立った一行がアララト山上空で見たものは、記録に残っていない巨大な亀裂。そして原因不明の機器の異常により亀裂の中に不時着した一行を待っていたのは、鬱蒼たる密林と、そこにうごめく恐竜たち――そう、そこは時に忘れられた世界だったのであります。

 何とか脱出の機会を探る中、不審な動きを見せる鷲尾を追った折竹記者(有名な探検家とは無関係)と浅桐は、祭祀場のような遺跡から、彼が何かを掘り出すのを目撃。しかしその直後に彼らは恐竜の襲撃を受け、折竹たちは深手を負った鷲尾を連れ、原始の森林をさまようことになります。
 そして必死の思いで飛行船に帰還した彼らを待っていたのは、何者かに破壊され、もぬけの空となった飛行船。さらに折竹の前には、あまりに意外な人物が……


 既に現在ではほとんど滅んだジャンルである秘境冒険小説。『失われた世界』『地底旅行』『ソロモン王の宝窟』、そして『人外魔境』に『地底獣国』――地球上から秘境と呼ばれる地と、それを信じる人が消えると共に失われたその作品世界を、本作は見事に復活させています。
 奇想天外な秘境と、そこに潜む恐竜などの怪生物、そして原住民たちと秘められた宝物――そんな胸躍る世界を、本作は戦前というギリギリの虚実の境目の次代を舞台に、丹念に、巧みに描き出しているのです。

 ――いや、確かに面白そうではあるけれども、しかし本作はどう考えてもミステリではないのでは、と思われるかもしれません。それも尤もですが、しかし驚くなかれ、そのような世界を描つつも、本作はあくまでも本格ミステリとして成立しているのであります。
 外界から隔絶された秘境での冒険の中、一人、また一人と命を落としていく探検隊のメンバー。その構図は、有名なミステリのスタイルを思い起こさせはしないでしょうか。「雪の山荘」「嵐の孤島」ものとでも言うべきスタイルを……

 そう、本作はこともあろうに人外魔境を一つの密室に見立てた連続殺人もの。しかもその謎を解き明かすのは、その冒険(事件)から半世紀以上を経た現代に、謎の老人から冒険の一部始終を聞かされた森江春策――すなわち本作は、同時に一種の安楽椅子探偵ものでもあるのです。
 なんたる奇想!ミステリ作家多しといえども、このような作品を生み出すことができるのは、作者しかいない、と言っても過言ではないでしょう。

 物語を構成する要素が一つとして無駄になることなく意外な形で結びつき、やがて巨大な謎とその答えを描き出す。さらにとてつもない仕掛けを用意した上で……
 ここには、本格ミステリというジャンルの魅力の精髄があると言えます。


 そしてまた、本作は同時に、一種の歴史もの・時代ものとして読むことも可能です。それも実に優れたものとして。

 本作で描かれる世界は、確かに現実世界からは隔絶したような人外魔境であります。
 しかしその一方で、そこに向かう人々、そして彼らが引き起こし彼らが巻き込まれる出来事は、皆この時代の、この世界なればこそ成立し得るものなのであります。
(そして発表されてから20年経った本作に描かれる世界は、奇妙に今この時と重なるものがあるようにも感じられます)

 秘境冒険小説と本格ミステリといういわば二重の虚構の世界を描きつつも、その根底にあるもの、そしてそこから浮かび上がるのは、紛れもない我々の現実である……
 本作の真に優れた点はそこにあるのではないかとも感じた次第です。


『地底獣国の殺人』(芦辺拓 講談社文庫) Amazon
地底獣国(ロスト・ワールド)の殺人 (講談社文庫)

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2017.07.19

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』 第1-3巻 史実と伝説の狭間を埋めるフィクション

 『修羅の門』『海皇紀』の川原正敏が、留候――張良子房を主人公に「項羽と劉邦」の世界を描く歴史活劇であります。既に5巻まで刊行されているにもかかわらず、今まで紹介のタイミングを逃していて恐縮ですが、今回は張良が初陣を飾る第3巻までを取り上げましょう。

 張良といえば、漢の高祖――劉邦を支え、彼に天下を取らせた軍師の中の軍師。しかしどうしても劉邦の方がクローズアップされるためか、少なくとも我が国においては張良を中心とした物語は少ないように思えます。
 そこで登場した本作、果たしてどのように張良を料理しているのか――と思えば、これが実に私好みの内容でありました。

 時は秦の始皇帝が中国を統一してから2年後、故国を秦に滅ぼされ、弟を失った張良が向かった東方の地・滄海は、太公望・姜子牙の子孫と言われる一騎当千の兵たちが暮らすと言われる地でした。
 しかし、途中で拾った赤子・黄石とともにたどり着いた滄海では、戦で兵たちは失われ、残っていた若い男は窮奇と名乗る青年のみ。

 それでも長老を口説き落とし、窮奇、そして黄石とともに旅立った張良は、巨大な鉄槌を遠くから窮奇に投げさせるという奇策を以って、博浪沙で巡遊中の始皇帝暗殺を計画します。しかし計画は失敗、辛くも逃れた三人は、時が満ちるのを待つため、江湖に身を潜めることに……


 というのが本作の第1巻のあらすじですが、もうこれだけで私のような人間は大興奮してしまいます。何しろ、張良の相棒とも言うべき存在となる窮奇が、あの「大力の士」(力士)なのですからたまりません。

 張良が滄海君という人物から大力の士を得て、これに巨大な鉄槌を投げさせるも……というのは、これは「史記」に記されたいわば「史実」。この大力の士はその後記録に全く現れることなく、歴史の狭間に消えてしまうのですが――それをこのような形で活かしてみせるとは!

 いささか大袈裟な表現ではありますが、もう、この設定だけで本作のことを全肯定したくなってしまうのであります。
(この窮奇が、姜子牙の子孫という設定もまた、『修羅の門』ファンにはニヤリ)

 そしてまた、もう一人のメインキャラクターである黄石、どうやら不思議な力を持つらしい少女の設定も面白い。

 「史記」における黄石公――始皇帝暗殺に失敗して潜伏していた張良が、黄色い石の化身と名乗る不思議な老人と出会って太公望の兵書を授けられたという伝説。
 これをアレンジした彼女(さらにそこで上で述べた窮奇の姜子牙との関わりも出て来るのですが)の設定は、そのまま本作における「史実」と「伝説」の関係性を示すものとなっているのです。

 そう、中国史(に全く限ったわけではありませんが)にしばしば登場するファンタジーめいた伝説や逸話の類――上で述べた黄石公や、劉邦が白竜を斬った赤帝の子であるという逸話の類を、本作はそのまま事実として描くことはありません。
 身も蓋もないことを言ってしまえば、それらは箔を付けるためにこしらえられた後付の創作、その時はハッタリであっても、功成り遂げた後は「事実」として受け止められるようになる――という解釈が本作では為されているのです。

 それが決して味気ないものとも、嫌味なものともなっていないのは、その「伝説」が張良たちにとって一種の策として明確に成立していることももちろんあります。
 しかしそれ以上に、一つの伝説を否定しつつも、その奥にある更なる伝説めいたものの存在を描き出していることでしょう。

 それは一騎当千の兵である窮奇の存在であり、あるいは人の価値を見抜き張良に道を指し示す黄石の存在であり――史実と伝説の狭間をフィクションを以って埋めてみせるという(一種メタな)趣向が、何とも気持ち良いのであります。


 正直なところを申し上げれば、第1巻で張良が始皇帝暗殺に失敗、第2巻で張良が劉邦と対面、第3巻で張良が劉邦の帷幄に参じて初勝利――というペースはかなり遅いようにも感じられます。しかしその分、この「狭間」を丹念に描いていると思えば、これはやむを得ないものと言うべきかもしれません。

 始皇帝が薨去してから劉邦が天下を取るまでわずか十年ほど。その狭間に本作が何を描くのか――楽しみにならないわけがありません。


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon
龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(1) (講談社コミックス月刊マガジン)龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(2) (講談社コミックス月刊マガジン)龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(3) (講談社コミックス月刊マガジン)

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2017.07.04

辻真先『義経号、北溟を疾る』(その二) 幕臣たちの感傷の果てに

 明治天皇のお召し列車による北海道行幸を背景に、謎解きあり活劇あり大決闘ありのジャンルクロスオーバーで繰り広げられる大快作の紹介の続きであります。

 前回は、本作に登場するキャラクターたちが如何に魅力的であるかを縷々述べさせていただきましたが、もちろん、彼らが活躍する物語の方も興趣満点であることは言うまでもありません。

 その一つが、この物語が幕を開けるきっかけとなった殺人事件。酒乱で知られる黒田清隆が、元同心の妻を乱暴、首を締めた末に梁から吊したという凄惨な内容なのですが――これがミステリでいう「雪の密室」そのものとなっているのが実に面白いのです。

 一見、黒田の犯行にしか見えないこの事件ですが、何故わざわざ彼が被害者を吊り下げるような行為に及んだのか? しかも天井は高く、梁は人一人を支えるのがやっとな状況で……
 そんな謎がある上に惨劇の舞台となった場所では雪が降り積もり、にもかかわらず(仮に外部の犯行だとして)犯人の足跡も見つからない状況なのです。

 天皇のお召し列車を巡る物語の中でで、このような密室ミステリが展開されるのも驚きですが、しかしこれが、物語において、賑やかし以上の役割を持っていて――というのはさておき、ここまできっちりとミステリを仕掛けてくるのも、今なお『名探偵コナン』の脚本を手がける作者ならではの要素でしょう。


 しかしもちろん、本作のクライマックスであり、最大の魅力は、こうした要素を積み重ねた末にラストで繰り広げられるお召し列車を巡る攻防戦にあることは間違いありません。

 藤田らコンビの探索の一方で、当然ながら厳戒態勢で進められるお召し列車の警備。その列車の進行を如何にして妨害するのか――元同心一味はたった四人、その四人で北海道の原野を往く列車に挑むというのは、一種の不可能ミッションものとしての面白さすら感じさせます。

 そしてお召し列車が出発(天皇一行の到着が遅れ、夜の出発となったという史実をまた効果的に利用!)して以降のクライマックスは、もはや全編これ読みどころとも言うべき内容であります。
 次から次へと繰り出される妨害側の奇手に対し、立ち向かえるのは藤田五郎と法印大五郎の二人のみ……というのは、ある意味お約束ながら、そのシチュエーションが最高に熱く盛り上がります。

 そしてまた、視点を少し変えてみれば、元新選組の藤田と、元八丁堀同心の彼らは、かつては共に幕臣。藤田が会津戦争後に斗南の開拓に加わっていたことを考えれば、屯田兵でもある元同心たちは、藤田とはほとんどコインの裏表とも言うべき存在であると気付きます。
 そんな両者が、明治という新しい時代の象徴とも言える鉄道を挟んで激突するというのは、何とも物悲しい構図であるとも言えますが……

 しかし、ここであの密室殺人の真相を挟んで語られる物語の真の構図は、意外かつ異常な内容でありつつも、そんな歴史を背負ってきた男たちの感傷を完膚なきまでに叩き壊してみせる、皮肉極まりないものとして突き刺さります。
 そして同時に、ラストを含めて随所に描かれてきた鉄面皮の下の素顔があるからこそ、藤田にはそんな事件を解決し、そして犯人を裁くことができたのだということに、我々は驚きとともに気付かされるのです。


 キャラクター良し、謎解き良し、アクション良し、そして歴史への目配せももちろん良し――生ける伝説のページにまた一つ傑作が加わったと評しても、決して大げさとは言えないと感じます。


『義経号、北溟を疾る』(辻真先 徳間文庫) Amazon
義経号、北溟を疾る (徳間文庫)

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2017.07.03

辻真先『義経号、北溟を疾る』(その一) 藤田五郎と法印大五郎、北へ

 TV創生期から脚本家として数々の名作を送り出してきた辻真先。しかし同時に氏はミステリを中心に活躍してきた小説家でもあります。本作はその最新の成果――北海道を舞台に、明治天皇を乗せた列車の妨害を企てる一党に、藤田五郎(斎藤一)と法印大五郎が挑む、歴史冒険ミステリの快作であります。

 明治13年(1881年)のある日、警視庁を訪れた勝海舟と清水次郎長――山岡鉄舟と繋がりを持つ二人は、北海道大開拓使・黒田清隆にまつわるある探索を、かつての新撰組三番隊長・斎藤一、今は警視庁に奉職する藤田五郎に依頼します。
 黒田のためなら動かないが、山岡鉄舟の依頼であればと二つ返事で引き受けた藤田。彼は、相棒として選ばれた次郎長一家の法印大五郎とともに、札幌に向かうのでした。

 彼らの探索の目的は、北海道に行幸した明治天皇がアメリカから輸入された機関車・義経号が引くお召し列車に乗る――黒田清隆肝煎りのこの一大イベントを妨害しようとする者がいるという情報の真実を探ること。
 この報を残して謎めいた死を遂げた諜者の痕跡を追ってきた二人は、屯田兵の中に、黒田に深い恨みを持つ一団がいることを知ることになります。

 かつての八丁堀同心たちである彼らが恨みを抱く理由――それは、彼らの一人の愛妻が、黒田に乱暴された末、首吊り死体として発見されたという事件でありました。
 その真相を追う間も近づいてくる天皇行幸の日。真相がどうあれ、元同心たちが列車を妨害し、黒田の面目を丸潰れにせんとしていることを知った二人は、それを阻むために奔走するのですが……


 そんな本作の感想を表すとすれば、それはもう「面白い!」の一言に尽きます。

 まず何よりもたまらないのは、主人公コンビの人物配置であります。
 もはや明治ものではすっかりメジャーなキャラクターになった感のある斎藤一こと藤田五郎は、鉄面皮で洞察力が鋭く、凄まじい剣の遣い手――というキャラクターはある意味定番ではありますが、時折見せる人間味がなんとも魅力的な人物。

 何しろ登場するや否や、薩摩閥のお偉方の言葉を無視して、家で待つ妻子のもとに帰ろうとするという、この時代からすれば型破りな人物なのですが、普段寡黙なのに、話題が土方のことになると黙っていられないのもまた、ニヤニヤさせられてしまうのです。

 そして彼の相棒となる法印大五郎もまた、実にユニークな人物であります。
 有名な「すし食いねえ」でも名が上がる侠客であり、その通り名が示すように山伏姿であったという彼は、様々な逸話の持ち主ですが、本作においては子供好きで、藤田とは正反対の陽性のキャラクターとして描かれているのもなのが楽しい。

 そして先に挙げた勝海舟や次郎長、山岡鉄舟などチョイ役ながら大きな存在感を持つ面々に加え、本作のそもそもの発端ともいうべき黒田清隆も、酒乱で好色という欠点を持ちつつも、普段は豪快で度量の大きな好漢として描かれているのもまたいいのです。


 しかし本作のキャラクターの魅力は、実在の人物だけにとどまりません。本作においてはいわば容疑者となる四人の元八丁堀同心は、いずれも得意な、いや特異な武術や特技を持つキャラクターであり、歴戦の猛者である主人公コンビにとっても、敵として不足はないといったところ。
 そして義経号を動かす洋行帰りの御室兄弟も、線が細いようでいてなかなか骨っぽい良いキャラクターで魅力的なのですが――しかしこれら全てを吹き飛ばすほどの破壊力を持つのが、本作のヒロイン格の二人であります。

 その一人は、黒田に殺害されたと目される元同心の妻の妹・春乃。まだ少女ながら、しかし実は武術の達人であり、その戦闘力は元同心たちの中でも最強クラスのとんでもない戦闘美少女であります。
 そしてもう一人は、御室兄弟の妹のように育てられたアイヌの少女・メホロ。赤子の頃に箱館戦争に巻き込まれて親と引き離され、何と狼に育てられたという天真爛漫な野性の美少女であります。

 このあまりに対照的な(初登場時にいきなり物理的な意味で大激突する)美少女二人、特にメホロの強烈なキャラクターは、一歩間違えると作品のカラーそのものを塗り替えかねないのですが、その辺りのさじ加減も含め、これはさすがにこの作者ならでは……と感心するほかないのです。


 と、キャラクターだけでだいぶ分量を取ってしまいました。次回に続きます。


『義経号、北溟を疾る』(辻真先 徳間文庫) Amazon
義経号、北溟を疾る (徳間文庫)

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2017.06.12

室井大資&岩明均『レイリ』第3巻 レイリの初陣、信勝の初陣

 岩明均が原作を担当ということで話題を集めた異色の戦国漫画の第3巻であります。落ち武者狩りに家族を惨殺され、腕を磨き、いつか戦いの中で死ぬことを夢見る少女・レイリが、武田信勝の影武者として選ばれたことで、思わぬ戦いに巻き込まれることになります。

 かつて家族を皆殺しにされた際に命を救われた岡部丹波守の下で腕を磨き、普通の男では到底及ばぬほどの腕となったレイリ。
 そんな彼女をも遥かに上回る力を見せた武田家の重臣・土屋惣三にスカウトされたレイリは、武田家当主・勝頼の長子・信勝の影武者となるよう命じられることになります。

 奇しくも信勝とは瓜二つの相貌のレイリは、他の影武者候補とともに訓練を受けるのですが……

 と、この第3巻で描かれるのは、いきなり彼女たち影武者の出番ともいうべき事態。そう、何者かの刺客が、信勝を襲撃したのであります。
 先ほどまで談笑していた影武者の一人があっけない最期を遂げ、動揺を隠せなかったものの(滅びゆく武田家という重荷を背負わされ、死という逃げ道も塞がれた姿が切ない)、自分を囮に刺客をおびき寄せ、一網打尽にする策を立てた信勝。

 あえて襲撃を誘い、惣三とレイリで迎え撃つ作戦は見事当たったと思いきや、刺客団の数は想像を遙かに超え、レイリは思わぬ形で初陣を経験することになるのです。


 そう、ここで描かれるのはレイリの初陣。これまで味方の雑兵などとは立ち会ってきた彼女ですが、それはもちろん訓練にすぎず、実際の刃を手にしての殺し合いは、これが初めてなのであります。
 そんな命のやり取りの場に立った彼女は――意外にというべきか、全く気負うことも恐れることもなく、惣三とともに刺客を次々と斬り倒す活躍を見せます。

 このくだりは、正直に申し上げればいささか拍子抜けの感もあるのですが、刺客をあらかた片付けた後でその弱さを罵り、そしていつか自分が斬り死ぬことを夢見るという壊れぶりを見せる彼女であれば、むしろこの程度で心を動かすまでもないと言うべきなのでしょうか。


 そして後半に描かれるのは、ある意味信勝の初陣とでも言うべき展開。徳川軍が武田家の要衝たる高天神城を攻める中、城から甲府館に送られた二つの書状を前に、信勝と勝頼が対峙することとなります。

 書状の一つは、城の主将たる岡部丹波守から送られた、救援の要請。そしてもう一つは、城の副将から送られた、救援を断る書状――同じ城に籠もりながら、全く正反対の判断を記した二つの書状に悩む勝頼と諸将に対し、信勝は己の分析を語るのであります。

 ここで示されるのは、武田家を周到に張り巡らせた策で滅ぼさんとする織田信長の存在と、その罠を見抜いてみせる信勝の才――そしてその信勝に極めて複雑な感情を見せる勝頼の姿であります。

 偉大すぎる父・信玄にコンプレックスを抱く勝頼というのはしばしば見られる構図ではありますが、一説によれば、その信玄から、信勝が成人するまでの後見を命じられていたという勝頼。
 言い換えれば、それは彼が、父から信勝成人までの繋ぎと見做されていたということであり、内心穏やかであるはずがありません。

 そんな尋常の親子とは全く異なる関係にある勝頼と信勝の捻れた関係性を丹念に描きつつ、同時に、長篠の大敗後に武田家が置かれた状況を示す――この辺りの描写の濃さは、前半の大殺陣以上に、本作の魅力と言うべきとも感じます。


 もっとも、こうした内容を描くには、いささかテンポがゆったりし過ぎているのでは――という印象があるのも事実。第1巻を手にした際も同じ印象を受けましたが、月刊連載の物語としては、このペースは少々厳しいように感じます。
 これはもちろん、丁寧な描写とは表裏の関係にあるのですが……

 宿敵ともいうべき信長も(これがまた印象的なビジュアルで)登場し、いよいよレイリと信勝の戦いも本格化していくであろう中で、どれだけ物語に引きつけてくれるのか、気になるところであります。


『レイリ』第3巻(室井大資&岩明均 秋田書店少年チャンピオン・コミックス・エクストラ) Amazon
レイリ 第3巻 (少年チャンピオン・コミックスエクストラ)


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2017.06.07

入門者向け時代伝奇小説百選 古代-平安(その一)

 ここからは作品の舞台となる時代ごとに作品を取り上げます。まずは古代から奈良時代、平安時代にかけての作品の前半です。

46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫)
47.『いまはむかし』(安澄加奈)
48.『玉藻の前』(岡本綺堂)
49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫)
50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏)


46.『諸葛孔明対卑弥呼』(町井登志夫) Amazon
 とてつもなくキャッチーなタイトルの本作は、そのタイトルどおりの内容に驚愕必至の作品。
 赤壁の戦いで大敗を喫した曹操が諸葛孔明に匹敵する奇門遁甲の遣い手として白羽の矢を立てた相手――それは邪馬台国の女王・卑弥呼だった! という内容の本作ですが、架空戦記的な内容ではなく、あったかもしれない要素を丁寧に積み上げて、世紀の対決にきっちりと必然性を持たせていくのが実に面白いのです。

 そして物語に負けず劣らず魅力的なのは、この時代の倭国の姿であります。大陸や半島から流れてきた人々が原始的都市国家を作り、そこに土着の人々が結びつく――そんな形で生まれた混沌とした世界は、統一王朝を目指す中原と対比されることにより、国とは、民族とはなにかいう見事な問いかけにもなっているのです。

 ラストの孔明のとんでもない行動も必見!

(その他おすすめ)
『倭国本土決戦』(町井登志夫) Amazon
『シャクチ』(荒山徹) Amazon


47.『いまはむかし』(安澄加奈) Amazon
 実家に馴染めず都を飛び出した末、代々の(!)かぐや姫を守ってきた二人の「月守」の民と出会った弥吹と朝香。かぐや姫がもたらす莫大な富と不死を狙う者たちにより一族を滅ぼされ、彼女の五つの宝を封印するという彼らに同行することにした弥吹たちの見たものは……

 竹取物語の意外すぎる「真実」を伝奇色豊かに描く本作。その物語そのものも魅力的ですが、見逃せないのは、少年少女の成長の姿であります。
 旅の途中、それぞれの目的で宝を求める人々との出会う中で、自分たちだけが必ずしも正しいわけではないことを知らされつつも、なお真っ直ぐに進もうという彼らの姿は実に美しく感動的なのです。

 そして「物語を語ること」を愛する弥吹がその旅の果てに知る物語の力とは――日本最古の物語・竹取物語に込められた希望を浮かび上がらせる、良質の児童文学です。


48.『玉藻の前』(岡本綺堂) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 インド・中国の王朝を騒がせた末に日本に現れ、玉藻前と名乗って朝廷に入り込むも正体を見顕され、那須で殺生石と化した九尾の狐の伝説。本作はその伝説を踏まえつつ、全く新しい魅力を与えた物語です。

 幼馴染として仲睦まじく暮らしながら、ある事件がきっかけで人が変わったようになり、玉藻の前として都に出た少女・藻と、玉藻に抗する安倍泰親の弟子となった千枝松。本作は、数奇な運命に引き裂かれつつも惹かれ合う、この二人を中心に展開します。
 そんな設定の本作は、保元の乱の前史的な性格を持った伝奇物語でありつつも、切ない味わいを濃厚に湛えた悲恋ものとしての新たな魅力を与えたのです。

 山田章博『BEAST OF EAST』等、以後様々な作品にも影響を与えた本作。九尾の狐の物語に新たな生命を吹き込むこととなった名作です。

(その他おすすめ)
『小坂部姫』(岡本綺堂) Amazon


49.『夢源氏剣祭文』(小池一夫) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 劇画界の超大物原作者による本作は、鬼と化した少女を主人公としたオールスター活劇であります。

 父・藤原秀郷を訪ねる旅の途中、鬼に襲われて鬼の毒をその身に受けた少女・茨木。不老不死となり、徐々に鬼と化していく彼女は、藤原純友、安倍晴明、渡辺綱、坂田金時等々、様々な人々と出会うことになります。そんな中、藤原一門による鬼騒動に巻き込まれた茨木の運命は……

 平安時代と言っても三百数十年ありますが、本作は不老不死の少女を狂言回しにすることにより、長い時間を背景とした豪華キャストの物語を可能としたのが実に面白い。
 しかしそれ以上に、「人ならぬ鬼」と、権力の妄執に憑かれた「人の中の鬼」を描くことで、鬼とは、裏返せば人間とは何かという、普遍的かつ重いテーマを描いてみせるのに、さすがは……と感心させられるのです。


50.『陰陽師 生成り姫』(夢枕獏) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 平安ものといえば欠かすわけにはいかないのが『陰陽師』シリーズ。誕生30周年を経てなおも色あせない魅力を持つ本シリーズは、安倍晴明の知名度を一気に上げた陰陽師ブームの牽引役であり、常に第一線にある作品です。

 その中で初心者の方にどれか一冊ということであれば、ぜひ挙げたいのが本作。元々は短編の『金輪』を長編化した本作は、恋に破れた怨念から鬼と化した女性と、安倍晴明・源博雅コンビの対峙を描く中で主人公二人の人物像について一から語り起こす、総集編的味わいがあります。

 もちろんそれだけでなく、晴明と博雅がそれぞれに実に「らしい」活躍を見せ、内容の上でも代表作といって遜色ない本作。
 特に人の心の哀れを強く感じさせる物語の中で、晴明にも負けぬ力を持つ、もう一人の主人公としての存在感を発揮する博雅の活躍に注目です。

(その他おすすめ)
『陰陽師 瀧夜叉姫』(夢枕獏) Amazon



今回紹介した本
諸葛孔明対卑弥呼 (PHP文芸文庫)(P[あ]6-1)いまはむかし (ポプラ文庫ピュアフル (P[あ]6-1))玉藻の前夢源氏剣祭文【全】 (ミューノベル)陰陽師生成り姫 (文春文庫)


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 諸葛孔明対卑弥呼
 「いまはむかし 竹取異聞」 異聞に込められた現実を乗り越える力
 玉藻の前
 夢源氏剣祭文
 

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2017.05.30

入門者向け時代伝奇小説百選 ミステリ

 今回の入門者向け時代伝奇小説百選はミステリ。物語の根幹に巨大な謎が設定されることの多い時代伝奇は、実はミステリとはかなり相性が良いのです。

41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子)
42.『義元謀殺』(鈴木英治)
43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍)
44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる)
45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介)


41.『千年の黙 異本源氏物語』(森谷明子) 【古代-平安】 Amazon
 日本最大の物語と言うべき源氏物語。本作はその作者・紫式部を探偵役として、源氏物語そのものにまつわる謎を解き明かす、極めてユニークな物語です。

 本作で描かれるのは、大きく分けて宮中でおきた猫の行方不明事件と、題名のみが現代に残されている「かかやく日の宮」の帖消失の謎。片や日常の謎、片や源氏物語そのものに関わる謎と、その趣は大きく異なりますが、どちらの事件もミステリとして興趣に富んでいるだけでなく、特に後者は歴史上の謎を解くという意味での歴史ミステリとして、高い完成度となっているのです。

 そして本作は、「物語ることの意味」「物語の力」を描く物語でもあります。源氏物語を通じて紫式部が抱いた喜び、怒り、決意……本作は物語作家としての彼女の姿を通じ、稀有の物語の誕生とそれを通じた彼女の生き様を描く優れた物語でもあるのです。

(その他おすすめ)
『白の祝宴 逸文紫式部日記』(森谷明子) Amazon


42.『義元謀殺』(鈴木英治) 【戦国】 Amazon
 文庫書き下ろし時代小説の第一人者であると同時に、戦国時代を舞台としたミステリ/サスペンス色の強い物語を送り出してきた作者のデビュー作は、戦国時代を大きく変えたあの戦いの裏面を描く物語です。

 尾張攻めを目前とした駿府で次々と惨殺されていく今川家の家臣たち。義元の馬廻で剣の達人の宗十郎と、その親友で敏腕目付けの勘左衛門は、事件の背後にかつて義元の命で謀殺された山口家の存在を疑うことになります。彼らの懸念どおり事件を実行していたのは山口家の残党。しかしその背後には、更なる闇が……

 戦国最大の逆転劇である桶狭間の戦。本作はその運命の時をゴールに設定しつつ、どんでん返しの連続の、一種倒叙もの的な味わいすらあるミステリとして成立させた逸品であります。最後の最後まで先が読めず、誰も信用できない、サスペンスフルな名作です。

(その他おすすめ)
『血の城』(鈴木英治) Amazon


43.『柳生十兵衛秘剣考』(高井忍) 【剣豪】【江戸】 Amazon
 歴史上の事件の「真実」をユニークな視点から解き明かす作品を得意とする作者が、名だたる剣豪たちの秘剣の「真実」を解き明かす連作であります。
 それだけでも興味津々な設定ですが、主人公となるのはかの剣豪・柳生十兵衛と、手裏剣の達人・毛利玄達(男装の麗人)。この凸凹コンビが探偵役だというのですからつまらないわけがありません。

 本作の題材となるのは、塚原卜伝の無手勝流、草深甚十郎の水鏡、小笠原源信斎の八寸ののべかね、そして柳生十兵衛(!?)の月影と、名だたる剣豪の名だたる秘剣。いずれもその名が高まるのと比例して、神秘的ですらある逸話がついて回るようになったその秘剣の虚像と実像を、本作は見事に解き明かしていくのです。

 十兵衛と玄達のキャラクターも楽しく、剣豪ファンにも大いにお薦めできる作品です。

(その他おすすめ)
『柳生十兵衛秘剣考 水月之抄』(高井忍) Amazon
『名刀月影伝』(高井忍) Amazon


44.『ギヤマン壺の謎』『徳利長屋の怪』(はやみねかおる) 【幕末-明治】【児童文学】 Amazon / Amazon
 自称名探偵・夢水清志郎が活躍する児童向けミステリ『名探偵夢水清志郎事件ノート』シリーズの登場人物の先祖的キャラが活躍する外伝であります。

 幕末の長崎出島に住み着いていた謎の男・夢水清志郎左右衛門。出島で事件を解決した彼は、ふらりと江戸に出ると、徳利長屋に住み着いて探偵稼業を始め……という本作、前半は呑気な事件が多いのですが、終盤にガラリとシリアスかつ驚天動地の展開を迎えることとなります。
 江戸を舞台に激突寸前の新政府軍と幕府軍。これ以上の時代の犠牲を防ぐべく、清志郎左右衛門は勝と西郷を前に、江戸城を消すというトリックを仕掛けるのですから――

 時代劇パロディ的な作品でありつつも、人を幸せにしない時代において、「事件を、みんなが幸せになるように解決する」べく挑む主人公を描く本作。子供も大人も必読の名作です。


45.『股旅探偵 上州呪い村』(幡大介) 【幕末-明治】 Amazon
 『大富豪同心』をはじめとするユニークな作品で活躍する作者による伝奇ミステリの問題作であります。

 旅先で看取った青年の末期の言葉を携え、モウリョウの伝説が残る上州の火嘗村を訪れた渡世人の三次郎。そこで彼を待ち受けるのは、猟奇的な事件の数々。関わりねえ事件に巻き込まれた三次郎の運命は――
 と、奇怪な伝説や因習の残る僻地の謎と、それに挑む寡黙な渡世人という、どこかで見たような内容満載の本作。しかし本作はそこに濃厚な怪奇性と、きっちり本格ミステリとしての合理的謎解きを用意することで、さらに独特の世界を生み出しているのが何とも心憎いのです。

 そして本作のもう一つの特徴は、作中の人物がミステリのお約束に突っ込みを入れるメタフィクション的な言及。路線的に前作に当たる『猫魔地獄のわらべ歌』ほど強烈ではありませんが、後を引く味わいであります。



今回紹介した本
千年の黙 異本源氏物語 (創元推理文庫)義元謀殺 上 (ハルキ文庫 す 2-25 時代小説文庫)柳生十兵衛秘剣考ギヤマン壺の謎<名探偵夢水清志郎事件ノート外伝> (講談社文庫)徳利長屋の怪<名探偵夢水清志郎事件ノート外伝> (講談社文庫)股旅探偵 上州呪い村 (講談社文庫)


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 森谷明子『千年の黙 異本源氏物語』 日本最大の物語作者の挑戦と勝利
 鈴木英治『義元謀殺』上巻 「その時」に向けて交錯する陰謀
 「柳生十兵衛秘剣考」(その一)
 「ギヤマン壺の謎 名探偵夢水清志郎事件ノート外伝」 名探偵幕末にあらわる
 「徳利長屋の怪 名探偵夢水清志郎事件ノート外伝」 時代に挑む大仕掛け
 『股旅探偵 上州呪い村』 時代もの+本格ミステリ+メタの衝撃再び?

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2017.05.04

入門者向け時代伝奇小説百選 怪奇・妖怪(その二)

 初心者向け時代伝奇小説百選、怪異・妖怪ものの紹介の後半は、これまで以上にユニークで新鮮な作品が並びます。

31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)
32.『妖草師』シリーズ(武内涼)
33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)
34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)
35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)


31.『素浪人半四郎百鬼夜行』シリーズ(芝村涼也)【江戸】【剣豪】 Amazon
 真っ正面から人間と怪異との対決を描いて同好の士を唸らせた作品が本作であります。
 主人公・榊半四郎はある事件がきっかけで主家を捨て江戸に出た青年。絶望から死を選ぼうとした時、不思議な力を持つ老人・聊異斎と謎の小僧・捨吉と出会った彼は、この世を騒がす様々な怪異に挑むことに――

 故あって浪人となった主人公が周囲の人々に支えられ、市井の事件に挑むという本作のスタイルは、文庫書き下ろし時代小説の王道であります。しかし本作はその骨格に時代ホラーを乗せ、しかも非常に高いクオリティで融合させている作品。
 特にそのオリジンも含め驚くほどバラエティに富んでいる怪異の数々は必見です。

 そして物語は市井の妖怪退治から、どんどんスケールアップ、ラストはある史実を背景に世界の存亡を賭けた戦いが描かれることになります。
 つい先日、大団円を迎えた本作、今一番読んでいただきたい作品の一つです。


32.『妖草師』シリーズ(武内涼)【江戸】 Amazon
 「この時代小説がすごい! 2016」の文庫書き下ろし部門で見事一位を獲得した本作は、この作者ならではのユニークな伝奇活劇です。

 実家を勘当され、京の市井で暮らす庭田重奈雄。彼の真の姿は妖草師――この世に芽吹いた奇怪な能力を持つ常世の草花・妖草を刈る者であります。
 時に人間の強い想いに反応し、時に邪悪な術者に操られてこの世に現れる妖草に対し、重奈雄は同じく妖草を操って戦いを挑むのです。

 デビュー以来、作中に必ずと言ってよいほど豊かな自然の姿を描いてきた作者ですが、本作はそれを一ひねりした異形の植物ホラーとでも言うべき作品。
 登場する様々な妖草の存在と、それに自らも妖草を武器にして挑むと重奈雄の戦いが実にユニークなのですが、彼を助けるのが曾我蕭伯や池大雅ら、当時の一流文化人というのにも注目であります。


33.『古道具屋皆塵堂』シリーズ(輪渡颯介)【江戸】 Amazon
 怪談とミステリを見事に融合させた『浪人左門あやかし指南』シリーズでデビューした作者による本作は、深川のおんぼろ古道具屋を舞台とするユニークな作品です。

 釣り狂いの主人・伊平次が適当に営む皆塵堂は、実は曰く付きの品物ばかり集めている上に、店になる前に住人が惨殺されたというヤバすぎる場所であります。
 そこに修行に出されたのは、生まれつき幽霊が見える体質の太一郎。果たして彼は次から次へと恐ろしい目に遭わされることに……

 エキセントリックな登場人物たちが、様々な幽霊に振り回される姿を描く、恐ろしくもどこかすっとぼけた味わいの本作。それでいてこの第一作以降、皆塵堂で働いた若者は、みな得難い経験をして成長していくというのもユニークです。
 大いに怖くてちょっとイイ話というべき怪作、いや快作です。

(その他おすすめ)
『溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介) Amazon


34.『人魚ノ肉』(木下昌輝)【幕末-明治】 Amazon
 デビュー作を含む『宇喜多の捨て嫁』でいきなり直木賞候補となった作者の第二作は、真っ正面からの時代伝奇ホラー。食べた者は不死になるという人魚伝説と、坂本竜馬や新撰組を組み合わせた悪夢の世界であります。

 幼い頃、土佐の浜に打上げられた人魚の肉を食べた竜馬が、寺田屋で最期を迎えた時に知った恐るべき不死の正体を皮切りに、短編連作形式で展開する本作。
 そして、その人魚の肉を食べてしまった新撰組の面々を襲うのは、不死どころか、異能・異形の者に変じていくという怪異。 百目鬼、吸血鬼、生ける屍、禁断の儀式、首なし騎士、ドッペルゲンガー……この題材でよくぞここまで! と言いたくなるほどの怪異のオンパレードです。

 しかしそんな地獄絵図の中でも、さらりと人間の強さ、善性を描いてくるのも素晴らしい。刺激的ながら魅力的な短編集であります。


35.『柳うら屋奇々怪々譚』(篠原景)【江戸】 Google Books
 寡作ではあるものの、いずれも味わい深い時代怪異譚を描く作者のデビュー作は、遊郭・柳うら屋を舞台に、そこに生きる遊女たちの哀歓と希望を描く怪異譚です。

 吉原の妓楼・柳うら屋で嵐の晩に殺害された看板遊女・白椿。その遺体を発見した霧野をはじめとする三人の遊女は、それ以来自分たちに不思議な能力が宿ったことに気づきます。
 そして柳うら屋で相次ぐ相次ぐ奇怪な現象の数々。怪事に巻き込まれた三人は、その背後の様々な人の思いを知ることに……

 一種の異能もの的な展開も面白いのですが、本作の最大の魅力は、遊郭の人間模様も、非現実的な怪異も、等しくこの世に在るものとして認め、受け入れる優しい眼差しにあります。そしてさらに、現実からの救いとしての怪異を提示してみせるのには感心させられるばかり。遊郭怪談の名品というのにとどまらず、怪談というジャンルの存在にまで切り込んだ作品です。



今回紹介した本
鬼溜まりの闇 素浪人半四郎百鬼夜行(一) (講談社文庫)妖草師 (徳間文庫)古道具屋 皆塵堂 (講談社文庫)人魚ノ肉柳うら屋奇々怪々譚 (廣済堂モノノケ文庫)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「鬼溜まりの闇 素浪人半四郎百鬼夜行」 文庫書き下ろしと怪異譚の幸福な結合
 「妖草師」 常世に生まれ、人の心に育つ妖しの草に挑め
 「古道具屋 皆塵堂」 ちょっと不思議、いやかなり怖い古道具奇譚
 木下昌輝『人魚ノ肉』 人魚が誘う新撰組地獄変
 「柳うら屋奇々怪々譚」 怪異という希望を描く遊郭怪談の名品

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2017.04.22

細谷正充『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』 

 他のジャンルに比べると意外なほど少ない印象がありますが、それでもコンスタントに発売されている時代小説の紹介本。しかしその中でも本書ほど個性的な本はないでしょう。時代小説を中心に八面六臂の活躍を続ける著者による本書は、類書ではまずお目にかかれないような切り口の一冊なのですから――

 そのマニアックなまでの知識の深さと、リーダビリティの高い語り口で、文庫解説の点数が減少する中でも、一人気を吐いている著者。私も、面白そうだと思って手に取った文庫の解説が、かなりの確率で著者のものであったりするのですが……それはさておき。
 そんな著者が時代小説の解説本を書くとすれば、通り一遍のものにはなるまいと思いきや、その予感は的中。何しろそのチョイスが、実にユニークなものなのです。

 タイトルのとおり、歴史・時代小説を100作品紹介している本書。その中で本書は11のサブジャンルに分けて作品を取り上げるのですが……そのチョイスは以下の通りです。

 歴史・時代小説名作選
 剣豪・忍者時代小説
 伝奇
 捕物帖・ミステリー
 SF・ホラー
 エロ
 大陸
 海外
 ライトノベル
 短篇
 偏愛

 最初の4つはわかります。というより当然です。SF・ホラーも。しかしエロとは!? いや、あまり表立って取り上げられることはありませんが、確かに今でも時代小説の中で、隠然たる勢力を誇っている(?)サブジャンルではありますが……
 そして続くサブジャンルも、やはり解説本の類では、なかなか見かけないものばかり。あるとしても、ジャンルで数作品分まとめての記載で、作品が一つ一つ取り上げられることは滅多にない、という印象があります。

 そうした作品もきっちり一つ一つ取り上げていくのですから、それだけで本書のユニークさが、そして価値がわかろうというものではありませんか。


 さて、ここで恥を忍んで打ち上げれば、本書で紹介されている100作品中、私が存在すら知らなかった作品が20ありました(その約半数がエロでしたが)。
 そんな人間が言っても説得力がないかもしれませんが、本書において「こんな作品があったとは!?」と驚かされることがあっても、「こんな作品が載っているなんて……」と思わされるものはほぼなかった、というのが正直な印象であります。

 それは紛れもなく、著者の目の確かさと、それと同時に、カバーする範囲の広さによるものでしょう。
 ある意味その広さ故に、人によっては合わない作品があるかもしれませんが……しかしここで紹介されている作品は確実に面白い(のだろう)と感じます。

 まずは本書を助けに、存在を知らなかった作品を探しにいくとしましょう。


『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』(細谷正充 河出書房新社) Amazon
歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド

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2017.04.21

久保田香里『緑瑠璃の鞠』 鬼と人を分かつもの、人が人として生きる意味

 児童向けの歴史小説で活躍している作者が、闇深い平安時代を舞台に描く、一風変わった物語であります。没落貴族の姫君のもとに現れた見目麗しき青年貴族。しかし彼にはある目的が……
(以下、物語の内容にかなり踏み込むことをご容赦下さい)

 前の大宰権帥の娘でありながら、父が亡くなって以来寄り付く者もなく、次々と仕える者も消え、今は女房と女童、下男の三人と荒れ果てた屋敷に暮らす夏姫。そんな中、母の代から姫に仕える女童のわかぎは、自分が屋敷を支えねばと奮闘の毎日であります。
 一方、都では神出鬼没の盗賊「闇の疾風」が跳梁。しかし取るものとてない屋敷とは無縁に思われたのですが……

 そんなある日、屋敷に現れた美しい青年貴族。右近の少将の大江高藤と名乗る彼は、かつて夏姫の父に世話になった恩を返したいと、様々な形で援助を申し出るのでした。
 高藤によって屋敷は美しい姿を取り戻し、何よりも夏姫が高藤に惹かれている様子なのを見たわかぎは、大いに喜ぶのですが……しかし、やがて彼女は高藤にもう一つの顔があることを知ることになるのです。


 正直な印象を申し上げれば、一本の物語としてはかなり大人しめで、平安時代の説話集の一挿話といった趣もなきにしもあらずの本作。
 冒頭で描かれる、夜の都で出会った「小鬼」と「少女」が、誰と誰なのかもすぐに予想がつくため、物語の展開もそのまま予想できるところではあります。

 しかしそれでも本作にはどこか得難い魅力が漂っていると感じられるのは、これは本作の中心となるアイテムであり、本作の題名でもある「緑瑠璃の鞠」によるものであることは間違いないでしょう。
 鬼の宝と言われ、闇の中でも朧な光を放つ鞠。上で述べた小鬼が、かつて少女に与えたこの鞠は、手にした者から恐れや悲しみといった感情を消し去る力を持つアイテムであります。

 夜の闇の恐ろしさや、大事な人間を失う悲しみも、この鞠があればもう感じることはないと小鬼は告げるのですが……しかしそれが真に正しいこと、幸せなことであるかを、本作は問いかけます。
 そしてこの鞠の輝きは、鬼と人を分かつものを、言い換えれば人を人たらしめるものを浮かび上がらせる存在でもあります。さらに言えば、人が人として生きる意味をも――

 恐れを感じないことが、悲しみを感じないことが、人として真に在るべき姿なのか。そこから得られるものも、人の生を豊かにするものもあるのではないか? 
 ストレートに描けばいささか気恥ずかしいこの問いかけを、本作は不思議な鞠の存在を通じて、ごく自然に浮かび上がらせるのです。
 そしてこの鞠にまつわる物語を、夏姫と高藤の姿を見届けるのが、しっかり者のようでまだまだ幼いわかぎというのが、またよくできていると感心させられます。

 紛れもなく夏姫と高藤がこの物語の中心にいるものの、二人の目からでは、本作の物語の景色は、どこか偏ったものとなってしまうでしょう。
 ある意味第三者であり、そしてまだ真っ直ぐにものを見つめることができるわかぎの視点こそが、本作に必要なのだと、本作を最後まで読めば理解できます。


 先に述べたように、本作の物語としての起伏はさほど大きなものではなく、意外極まりない展開が用意されているというわけもありません。
 しかしそれでも、本作で描かれているものは、静かに、そして深く心に染み入るものがあります。それはあるいは、人生のあれこれを経験してしまった大人の方が、より深く頷けるものではないか……そんな気がいたします。


『緑瑠璃の鞠』(久保田香里 岩崎書店) Amazon
緑瑠璃の鞠 (物語の王国 7 )

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