2018.05.20

「コミック乱ツインズ」2018年6月号


 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、表紙&巻頭カラーが『用心棒稼業』(やまさき拓味)。レギュラー陣に加え、『はんなり半次郎』(叶精作)、『粧 天七捕物控』(樹生ナト)が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 先月に続いて鬼輪こと夏海が主人公の今回は、前後編の後編とも言うべき内容です。
 旅の途中、とある窯元の一家に厄介になった夏海。彼らのもとで生まれて初めて心の安らぎを得た彼は、用心棒稼業を抜けて彼らと暮らすことを選ぶのですが――鬼輪番としての過去が彼を縛ることになります。

 夏海の設定を考えれば(いささか意地の悪いことを言えば)この先どうなるかは二つに一つ――という予想が当たってしまう今回。そういう意味では意外性はありませんが、夏海の血塗られた過去と、悲しみに沈む心を象徴するように、雨の夜(今回もあえて描きにくそうなシチュエーション……)に展開する剣戟が実に素晴らしい。
 駆けつけた坐望と雷音の「用心棒」としての啖呵も実に格好良く印象に残ります。

 それにしても最終ページに「終」とあるのが気になりますが……

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 隠密(トラブルシューター)の裏の顔を持つ漢方医・桃香を主人公とした本作、今回の題材は子供ばかりを狙った人攫い。彼女の顔見知りの母子家庭の娘が、人攫いに遭いながらも何故か戻された一件から、桃香は事件の背後の闇に迫るのですが――その闇があまりにも深く、非道なものなのに仰天します。
 この世界のどこかで起きているある出来事を時代劇に翻案したかのような展開はほとんど類例がなく、驚かされます。

 一方、娘を攫った犯人が人間の心を蘇らせる様を(色っぽいシーンを入れつつ)巧みに描いた上で、ラストに桃香の心意気を見せるのも心憎い。前後編の前編ですが、後編で幸せな結末となることを祈ります。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回から原作第3巻『秋霜の撃』に突入した本作。六代将軍家宣が没し、後ろ盾を失ったことで一気に江戸城内での地位が低下した新井白石と、新たな権力者となった間部越前守の狐と狸の化かし合いが始まります。
 その一方、白石がそんな状態であるだけに自分も微妙な立場となった聡四郎は、人違いで謎の武士たちの襲撃を受けるもこれを撃退。しかし相手の流派は柳生新陰流で……

 と第1回から不穏な空気しかない新展開ですが、聡四郎を完全に喰っているのは、白石のくどいビジュアルと俗物感溢れる暗躍ぶり(キャラのビジュアル化の巧みさは、本当にこの漫画版の収穫だと思います)。
 そんな暑苦しくもジメジメした展開の中で、聡四郎を想って愁いに沈んだり笑ったりと百面相を見せる紅さんはまさに一服の清涼剤であります。

『鬼切丸伝』(楠桂)
 今回はぐっと時代は下って江戸時代前期、尾張での切支丹迫害(おそらくは濃尾崩れ)を描くエピソードの前編。幕府や大名により切支丹が無残に拷問され、処刑されていく中、その怨念から切支丹の鬼が生まれることになります。
 切支丹であれ鬼を滅することができるのは鬼切丸のみ――のはずが、その慈愛と赦しで鬼になりかけた者を救った伴天連と出会った鬼切丸の少年。それから数十年後、再び切支丹の鬼と対峙した少年は、その鬼を滅する盲目の尼僧・華蓮尼と出会うこととなります。

 鬼が生まれる理由もその力も様々であれば、その鬼と対する者も様々であることを描いてきた本作。今回は日本の鬼除けの札も通じない(以前は日本の鬼に切支丹の祈りは通じませんでしたが)弾圧された切支丹の怨念が生んだ鬼が登場しますが、それでも斬ることができるのが鬼切丸の恐ろしさであります。
 しかし今回の中心となるのは、少年と華蓮尼の対話でしょう。己の母もまた尼僧であったことから、その尼僧に複雑な感情を抱く少年に対し、彼の鬼を斬るのみの生をも許すと告げる華蓮ですが……

 しかし鬼から人々を救った尼僧の正体は、金髪碧眼の少女――頭巾で金髪を、目を閉じて碧眼を隠してきた(これはこれで豪快だなあ)彼女は、役人に囚われることに……
 禁忌に産まれたと語る尼僧の過去――は何となく予想がつきますが、さて彼女がどのような運命を辿ることになるのか? いつものことながら後編を読むのが怖い作品です。

 その他、今号では『カムヤライド』(久正人)、『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)が印象に残ったところです。

「コミック乱ツインズ」2018年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年6月号 [雑誌]

関連記事
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その二)

| | トラックバック (0)

2018.05.07

武内涼『敗れども負けず』(その二) 彼らは何故、何に負けなかったのか?


 歴史上の敗者を題材にした短編集の紹介の後編であります。今回ご紹介する二編は、本書のテーマに即しながらも、作者の小説に通底するものがより色濃く現れた作品です。

『春王と安王』
 足利義教と対立した末に討たれた足利持氏の子として奉じられ、結城合戦の大将となった足利春王丸・安王丸。圧倒的な力の前に散った幼い子供たちの姿を、本作は瞽女――盲目の女性芸能者を通して描きます。

 幼い頃に瞽女となり、長じてのち琵琶法師の夫と出会い、坂東に出た千寿。ならず者に襲われていたところを二人の少年に助けられた彼女は、やがてその二人が春王丸・安王丸であったことを知ります。
 義教に反旗を翻し、結城城に依った二公子に求められ、その心を慰めるために城に入った千寿たち。善戦を続けるものの、幕府軍の物量に押されついに迎えた落城の日、城を脱した二公子の伴をする千寿たちですが……

 現代でいえば小学生くらいの年齢ながら、反幕府の旗頭として祭り上げられ、そして非業の最期を遂げた春王丸と安王丸。
 本作はその二人の姿を――その少年らしい素顔を、千寿という第三者の目を通じて瑞々しく、だからこそ痛々しく描きます。そしてそれと対比する形で、「万人恐怖」と呼ばれた暴君・義教の姿が浮かぶのですが――しかし本作が描くのはそれだけに留まりません。本作が描くのはもう一つ、そんな「力」に抗する者――芸能の形で敗者たちの物語を愛し、語り継いできた庶民たちの姿なのです。

 思えば、作者の作品は常に弱者――忍者や暗殺者など、常人離れした力を持っていたとしても社会的にはマイノリティに属する存在――を主人公として描いてきました。その作者が描く歴史小説が、強者・勝者の視点に立つものではないことはむしろ当然でしょう。
 そして本作においてその立場を代表するのが、千寿であることは言うまでもありません。強者たる義教があっさりと命を落とした後に、春王丸・安王丸の姿が芸能として後世に語り継がれることを暗示する本作の結末は、決して彼らが、千寿たちを愛した者たちが負けなかったことを示すのであります。


『もう一人の源氏』
 最後の作品の主人公は、源氏嫡流の血を引きながらも、将軍位を継ぐことはなかった貞暁。頼朝亡き後、頼家が、実朝が、公暁が相次いで死に、源氏の血が途絶えたかに見えた中、ただ一人残された頼朝の子の物語です。

 頼朝が側室に産ませ、妻・政子の目を恐れて逃し、高野山に登った貞暁。彼を四代将軍に望む声が高まる中、政子は九度山で貞暁と対面することになります。表向きは将軍就任への意思を問いつつも、是と答えればこれを討とうとしていた政子に対し、貞暁は己の師の教えを語るのですが……

 本書に登場する中で、最も知名度が低い人物かもしれない貞暁。幼い頃に出家し、高野山で生き、没したという彼の人生は、メインストリームから外れた武士の子の典型に思えますが――しかし本作は政子に対する貞暁の言葉の中で、それが一面的な見方に過ぎないことを示します。
 高野聖に加わり、自然の中で暮らした貞暁。初めは己の抱えた屈託に苦しみつつも、しかし師との修行の日々が、彼を仏教者として、いや人間として、より高みに近づけていく――そんな彼の姿が露わなっていく政子の対話は、静かな感動を生み出します。

 そしてその師の言葉――「この世界は……愛でても、愛でても、愛で足りんほど美しく、さがしても、さがしても、さがし切れぬほどの喜びで溢れとる」は、作者の作品における自然観を明確に示していると言えるでしょう。
 デビュー以来、作者の作品の中で欠かさずに描かれてきた自然の姿。登場人物を、物語を包むこの自然は、この世の美しさを、そして何よりも、決して一つの枠に押し込めることのできないその多様性を示しているのだと――そう感じられます。

 その多様性に触れた末に、武士の戦いの世界を乗り越えた貞暁の姿は、本書の掉尾を飾るに相応しいというべきでしょう。


 以上全五作の登場人物たちが戦いに敗れた理由は、そしてその結果は様々です。しかしその者たちは、あるいはその者たちの周囲の者たちは、戦いに敗れたとしても決して負けなかったと、本作は高らかに謳い上げます。何に負けなかったか? その人生に――と。

 作者はこれまでその伝奇小説において、正史の陰に存在したかもしれない敗者の、弱者の姿を描いてきました。勝者の、強者の力に苦しめられながらも、決してそれに屈することなく、自分自身を貫いた者たちを。
 本書は、そんな作者の姿勢を以て描かれた歴史小説――作者ならではの、作者にしか描けない歴史小説なのであります。


『敗れども負けず』(武内涼 新潮社) Amazon
敗れども負けず


関連記事
 武内涼『駒姫 三条河原異聞』(その一) ヒーローが存在しない世界で
 武内涼『駒姫 三条河原異聞』(その二) 人が生み出した美の中の希望

| | トラックバック (0)

2018.05.06

武内涼『敗れども負けず』(その一) 様々な敗者の姿、そして残ったものの姿


 デビュー以来、常に時代伝奇小説を手がけてきた一方で、最近は独自の視点に立った歴史小説『駒姫 三条河原異聞』を発表している作者。本書も伝奇色のない歴史小説――歴史上の敗者とその周囲にあった者を主人公に、「その先」を描いてみせる全五編の短編集であります。以下、一作ずつ紹介してきます。

『管領の馬』
 関東管領でありながら、北条氏康に惨敗し、居城の平井城を喪った上杉憲政。本作の巻頭に言及されるように、甲陽軍鑑において臆病な大将などと厳しい評価を与えられた武将ですが――本作はその己の愚かさから敗北を喫した憲政のその後の姿を、その若き臣・曾我祐俊の目を通じて描く物語であります。

 それまで幾度も北条氏との戦を繰り返しながらも、腰巾着の甘言に乗せられ、戦に出ようとしなかった憲政。その果てに上杉軍は追いつめられて嫡男の龍若丸は討たれ、さらに混乱の中で憲政は居城の平井城を喪うことになります。何とか死を思い留まって再起のために逃れ、平井からの難民の中に潜り込んだ憲政が見たものとは……

 城を奪われた末に民たちの間に身を隠し、そして信じていた者たちから次々と裏切られ、ついには命を狙われる――敗軍の将としての辛酸をこれ以上はないほど舐めた憲政。本作はその苦しみをつぶさに描きつつも、それだからこそ再び立ち上がる力を得た憲政の姿を浮かび上がらせます。
 主がいつまでも主が戦場に出なかったことから、動かぬことの喩えに使われた憲政の馬。その馬が放たれ、自然の中で厳しくも新たな道を歩み始めた姿を、憲政自身が求める新たな戦いの姿に重ねて見せる結末が、何とも爽やかな後味を残します。


『越後の女傑』
 巴御前と並び、女傑として歴史に名を残す板額御前。並の男の及びもつかぬ力を持ちつつも、鎌倉幕府を向こうに回し、いわば時流の前に敗れた女性を本作は瑞々しく描きます。
 叔父・長茂とともに倒幕計画に加わりながらも、長茂を討たれ、鳥坂城に籠城を余儀なくされた城資盛。その甥の救援に駆けつけた板額は、寡兵を率いて幕府の討伐軍を散々に悩ませながらも、しかし衆寡敵せず、ついに城を落とされることとなります。そして捕らえられた板額を待ち受けるものとは……

 正史に記録は残るものの、むしろ浄瑠璃や歌舞伎などの芸能で後世に知られる板額。越後の豪族・城氏に連なる彼女を、しかし本作は蝦夷の血を引く者として描くのが面白い。
 なるほど、彼女が身の丈八尺、美女とも醜女などと評されるのは、当時の人々の尺度から外れる人物であったことを示すものでしょう。しかしその源流に蝦夷を設定したのは、伝奇小説家たる作者ならではの発想であります。(城氏の祖が蝦夷と戦っていた史実からすればあり得ないものではないと感じます)

 自然の中で獣を狩り、そして狩った動物を神として崇める誇り高き狩人であった蝦夷。その血を引く彼女は、武内主人公の一人として相応しいと言えるのではないでしょうか。

 本作の結末は、そんな彼女が武器を捨てて「女の幸せ」を得たように見えるかもしれません。しかし彼女が求めていたのが自分と同じ価値観を持ち、そして自分を一個の人間として認める相手であったと明示されているのを思えば、本作がそのような浅薄な結末を描いた作品ではないことは、明らかでしょう。


『沖田畷』
 その勇猛さと冷酷さから「肥前の熊」と呼ばれながらも、絶対的に有利なはずの戦で大敗し、首を取られたことで後世の評判は甚だ悪い龍造寺隆信。本作で描かれるのは、その疑心故に自滅した彼の姿であります。

 主君の疑心により祖父と父をはじめとする一族のほとんどを討たれ、以来幾度も裏切り裏切られながら、ついに肥前を支配するに至った隆信。本作の隆信は、そんな過去から一度疑った相手は無残に処断する冷酷さを持ちながらも、同時に自ら包丁を振るい周囲に振る舞う美食家という側面をも持つ複雑な人物として描かれます。
 そんな彼とは兄弟同様に育ちつつも、彼に諫言するうちに溝が深まり、冷遇されるに至った鍋島信生(後の直茂)。彼の懸念は当たり、ついに隆信は沖田畷で……

 数万対数千という圧倒的な戦力差、しかも相手の島津家は当初持久戦を狙っていたにもかかわらず、大敗することとなった沖田畷の戦い。しばしばその敗因を増長に求められる隆信ですが、本作においてはむしろ、疑心とそれと背中合わせの独善に求めています。
 その視点は非常に説得力がありますが――敗れた隆信の姿が強烈すぎて、「負け」なかった信生の姿が薄いのは、少々残念なところではあります。

 残り二話は次回に紹介いたします。


『敗れども負けず』(武内涼 新潮社) Amazon
敗れども負けず


関連記事
 武内涼『駒姫 三条河原異聞』(その一) ヒーローが存在しない世界で
 武内涼『駒姫 三条河原異聞』(その二) 人が生み出した美の中の希望

| | トラックバック (0)

2018.05.02

浅田靖丸『乱十郎、疾走る』 ユニークな超伝奇時代青春アクション小説!?

 秩父・大嶽村で祖父と暮らし、村の若い者を集めて日々暴れ回る少年・乱十郎。しかし村に謎めいた男女が現れたことをきっかけに、彼の日常は崩れていく。乱十郎と祖父を狙う者たちの正体とは、彼を悩ます悪夢の正体とは――そして死闘の末、「神」と対峙することとなった乱十郎の運命は!?

 約5年前に忍者アクション『咎忍』を発表した作者の久々の新作は、江戸時代の農村を主な舞台とした、超伝奇時代青春アクション小説とも呼ぶべき作品です――と書くと違和感があるかもしれませんが、これが本当、そして面白いのであります。

 開幕早々描かれるのは、「宗主」と呼ばれる男が、奇怪な儀式の末に鬼に変化し、それを止めようとした息子に襲いかかるという惨劇。何とかその場を逃れた宗主の息子は、妻と生まれたばかりの子と故郷を捨て――そして十数年後、物語が始まるのです。

 本作の主人公は、秩父の大嶽村で住職にして剣の士の祖父に育てられた少年・乱十郎。根っからの乱暴者の彼は、村の若い者を集めて「乱鬼党」なるグループを作り、似たような隣村の若い衆と喧嘩したり、酒盛りをしたり、農作業に勤しんだりの毎日であります。

 しかしそんな暮らしに安住している乱十郎に業を煮やした乱鬼党のナンバー2・由利ノ丞が、ある日、乱十郎に反発し、村を飛び出してしまうことになります。
 よくある仲間同士の諍いに思えた二人の衝突。しかし由利ノ丞が、山中で怪しげな男女と出会ったことで、大きく運命が動き出すことになります。その男女が探していたものこそは、かつて喪われた「神」の降臨に必要なものだったのですから……


 序章に登場したある一族の物語と、乱十郎たち秩父の少年たちの物語が平行して語られ、やがて合流することになる本作。
 その両者の関係は早い段階で察しがつきますが、全く異なる世界に暮らす人々の運命が徐々に結びつき、やがて「神」との対決にまでエスカレートしていくというのは、伝奇ものならではの醍醐味でしょう。

 筋立ては比較的シンプルな物語なのですが、しかし最後まで一気に読み通したくなるのは、この構成の巧みさが一つにあることは間違いありません。しかしそれ以上に大きな魅力が、本作にはあります。
 それは本作が伝奇時代小説であると同時に青春小説、成長小説でもある点であります。

 上で述べたように、本作の主人公・乱十郎は、力でも武術でも村一番、村の血気盛んな青少年たちのリーダー格であるわけですが――しかし厳しい言い方をすれば、その程度でしかない。将来の夢があるわけでもなく、ただ己の力を持て余すばかり――ちょっとおかしな譬えになりますが、地方都市のヤンキーグループのリーダー的存在なのであります。

 そんな彼が、彼の仲間たちが、外の世界に――それも地理的にというだけでなく、人としての(さらに言ってしまえばこの世の則の)外に在る連中と出会った時、何が起こるか? 先ほどの譬えを続ければ、ヤンキー少年が、その道の「本職」に出会ってしまった時に生まれる衝撃を、本作は描くのです。

 今まで小さな世界しか知らなかった少年たちが外の世界に出会った時に経験するもの――それは必ずしもポジティブなものだけではありません。
 むしろそれは時に大きな痛みをもたらすものですが、しかし同時に、成長のためには避けては通れないものであり、そしてその中で人は自分自身を知ることができる――我々は誰でも大なり小なり、そんな経験があるのではないでしょうか。

 本作で描かれる乱十郎の戦いは、いささか過激であり、スケールも大きなものではありますが、まさにそんな外側の世界と出会い、成長するための通過儀礼と言えるでしょう。
 そしてその視点は、本作のサブ主人公であり、乱十郎のように強くもなければヒロイックでもないフツーの少年・小太郎の存在を通すことで、より強調されるのであります。

 そう、本作は伝奇小説ならではの要素を「外」として描くことによって成立する、一個の青春小説。そしてその「日常」と「非日常」のせめぎ合いが、同時に伝奇小説の構造と巧みに重ね合わされていることは言うまでもありません。


 スケールの大きな伝奇活劇を展開させつつも、それを背景に少年たちの成長を描き、そしてそれによってスケール感を殺すことなく良い意味で我々との身近さを、キャラの人間味を感じさせてくれる……
 唯一、敵キャラに今一つ魅力がないのだけが残念ですが、それを差し引いても非常にユニークで、そして魅力的な作品であることは間違いありません。


『乱十郎、疾走る』(浅田靖丸 光文社文庫) Amazon
乱十郎、疾走る (光文社時代小説文庫)

| | トラックバック (0)

2018.04.22

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第6巻 覇王覚醒!? 複雑なる項羽の貌


 劉邦を支えた軍師・張良の活躍を描く史記異聞の第6巻で描かれるのは、しかし主人公たる張良や劉邦以上に、項羽の姿であります。ある意味覚醒を遂げた項羽の向かう先は、そしてそれに対して劉邦は?

 張良の巧みな策により、項梁軍の客将の座を手にした劉邦。しかしあくまでも配下ではない、という程度で立場の弱い劉邦に対して、張良は自分たちの旗頭そして後ろ盾とするため、韓王家の公子・韓成の擁立という策に出ます。
 項梁方の軍師たる范増との心理戦に勝ち、その許可を得た張良は、自らの故郷でもある韓に向かうことになります。劉邦と一時別れる形で……

 そんな前巻の展開を受けて、この巻の冒頭で描かれるのは、韓成を奉じてわずか二百の兵で秦側の城を落とすという張良の神算鬼謀。窮奇の助けもあるとはいえ、この辺りの見事な策の切れ味は、さすがと言うほかありません。
 しかしもちろん、これは局地戦の始まりにすぎません。その後も韓と張良の戦いは続いていくのですが――そこに挟まれる人の良すぎる韓成たちと、人の悪い(あるいは人を食った)張良との会話の天丼っぷりも楽しい――ある知らせが、張良を愕然とさせることになります。

 それは項梁の敗死――連戦連勝を重ね、項羽と劉邦でも落とせなかった定陶を落として気を良くした項梁は、范増や宋義が諫めるのも聞かず、章邯率いる秦軍の奇襲を受けてあっさりと大敗、討ち取られてしまったのであります。
 抗秦の大勢力であり、何よりも劉邦と自分が身を寄せていた項梁。その慢心と油断を見抜けなかった張良は大きく肩を落とすのですが――しかし最前線の将たちにとってはそれどころではありません。

 自らの叔父でもある項梁を失った項羽は、咆哮とともに号泣し――そして劉邦は静かに腰を抜かす。あまりにも対局的なその姿は実にこの二人らしく、そしてまた作者らしいのですが――いずれにせよ、その衝撃は計り知れないほどであったことは間違いありません。


 実にこの巻においては、張良の出番は冒頭を中心としたごく限られたもの、という印象があります。それに代わってというべきか、この巻において主役級の扱いとなるのは、項羽その人なのであります。

 前巻では黄石を巡って窮奇と真っ向から激突、その怪物ぶりを遺憾なく発揮してみせた項羽。その豪勇はいかにも歴史に名を残す彼らしいものでありますが――しかしこの巻においては、彼はそこからさらに不気味な、凄みとでも言うべきものをまとった姿を見せることになります。

 項梁の慢心と敗北を予見するほどの士であり、項梁亡き後の楚軍を掌握した宋義。しかし自分自身も慢心に陥った宋義を、項羽は容赦なく処断してみせます。
 その直後、項羽と対峙することとなった黥布のリアクションが、これがまたある意味実に彼らしくて可笑しいのですが、しかし項梁亡き後の項羽の危険な変貌をいち早く察知していた描写がそれ以前にあるために、これもまた彼の本能ゆえと言うべきでしょうか。

 上で述べたように、叔父の死に号泣したという項羽。彼はその果てに何かが変わったと語られるのですが――その「何か」の正体は明確には語られません。しかしそれは、彼が放つ猛気が内に籠もるような形となっているように見えることと無縁ではないでしょう。
 人の本質を見抜く黄石をして、「わからない」と言わしめた項羽。その項羽の底の知れなさが、ここに来てさらに深まったと言うべきでしょうか。

 後世では猛将あるいは梟雄として語られることが多い印象の項羽。その彼を、このような一筋縄でいかぬ複雑な存在として描くのは、これは本作ならではの魅力の一つと言ってよいでしょう。
 そしてもう一人、底が知れないといえば、張良がいなくとも、この怪物と飄々と渡りあって見せる劉邦もまた、相当のものだと感じますが……


 冷静に考えてみると、ほとんど史実通りの展開に終始したこの第6巻。前巻の大力の士vs項羽のガチバトルのような破天荒な展開がなかったのは、振り返ってみれば少々残念なのですが――しかし読んでいる最中は、全くそうとは思わされなかったのが事実であります。

 物語の意外性だけでなく、丹念な人物描写でも魅せる――ますます目の離せない作品であります。

『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon
龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(6) (講談社コミックス月刊マガジン)


関連記事
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』 第1-3巻 史実と伝説の狭間を埋めるフィクション
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第4巻 史実の将星たちと虚構の二人の化学反応
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第5巻 激突、大力の士vs西楚の覇王!

| | トラックバック (0)

2018.04.19

「コミック乱ツインズ」2018年5月号(その二)


 今月の「コミック乱ツインズ」誌の紹介のその二であります。

『薄墨主水地獄帖』(小島剛夕)
 「地獄の入り口を探し求める男」薄墨主水が諸国で出会う事件を描く連作シリーズ、今回は第3話「無明逆手斬り」を収録。

 とある港町に夜更けに辿り着いた主水が、早速町の豪商・唐津屋のもとに忍び込んだ盗賊・七助と出会い、見逃してやったと思えば、無頼たちにあわや落花狼藉に遭わされかけていた娘・富由を救うために立ち回りを演じて、と冒頭からスピーディーな展開の今回。
 唐津屋の客人となっている父を訪ねて来たものの追い返され、襲われることとなった富由のため、主水の命で再度忍び込んだ七助がそこで見たものは……

 タイトルの「無明」とは、上で述べた富由を救った際、相手を斬ったものの目潰しを受けて一時的に失明した主水を指したもの。その主水が、襲い来る唐津屋の刺客に対して、敢えて不利を晒し、逆手抜刀術で挑む場面が本作のクライマックスとなっています。
 が、悪役の陰謀が妙に大仕掛けすぎること、何よりも非情の浪人である(ように見える)主水が、口では色々言いつつも盗賊を子分にしたり薄幸の娘のために一肌脱ぐというのは、ちょっと普通の時代劇ヒーローになってしまったかな――という印象があるのが勿体ないところではあります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 これまでしばらく戦国時代を舞台としてきた本作ですが、今回は一気に時代は遡り、鬼切丸の少年が生まれてさほど経っていない平安時代を舞台としたエピソード。題材となるのは、かの絶世の美女の末路を題材とした卒塔婆小町であります。

 かつて絶世の美女として知られた小野小町。数多の貴族から想いを寄せられながらも決して靡くことのなかった小町は、その一人である深草少将に百夜通ってくることができれば心に従うと語るも、彼はその百夜目に彼女のもとに向かう途中、息絶えてしまうことに。
 無念の少将の怨念は小町を老いても死ねぬ体に変え、やがて彼女は仏僧の説法も効かぬ鬼女と化すことに……

 と、「卒塔婆小町」と各地の鬼婆伝説をミックスしたかのような内容の今回。妙にその両者がしっくりとはまり、違和感がないのも面白いのですが、鬼小町の真実が語られるクライマックスの一捻りもいい。
 本作の一つの見どころは、鬼と人間の複雑な有り様に触れた少年が最後に残す言葉とその表情だと感じますが、今回は人の色恋沙汰に踏み込んでしまった彼のやってられるか感が溢れていて、ちょっとイイ話ながら微笑ましい印象もある、不思議な余韻が残ります。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 老年・壮年・青年の三人の浪人が、用心棒稼業を続けながら、それぞれの目的を果たすため諸国を放浪する姿を描く本作。これまで過去2回では「終活」こと雷音大作、「仇討」こと海坂坐望の過去を踏まえたエピソードが描かれましたが、今回はある意味最も気になる男「鬼輪」の主役回となります。
 かつて御公儀探索方鬼輪番の一人でありながら、嫌気がさしてその役目を捨て、気ままな用心棒旅を送っている青年、「鬼輪」こと夏海。スリにあった角兵衛獅子の少女のために、もらったばかりの用心棒代を全て渡してしまうほどのお人好しの彼ですが、しかし鬼輪番たちは「鬼」たることを辞めた彼を見逃すことなく、海上を行く船の上で夏海と大作・坐望に襲いかかることに……

 作者のデビュー作である小池一夫原作の『鬼輪番』を連想させる(というかそのまま)のワードの登場で大いに気になっていた「鬼輪」が、やはり鬼輪番、それもいわゆる抜け忍であったことが明かされた今回。その名前は夏海と、作者単独クレジットの『鬼輪番NEO』の主人公と同じなのもグッとくるところであります(もっともあちらとは出生も舞台となる時代も異なる様子)。
 そのためと言うべきか、お話的にはラストの一捻りも含め、いわゆる抜け忍もののパターンを踏まえた内容ではありますが、暗い過去に似合わぬ夏海の明るいキャラクターと、二人の仲間との絆が印象に残ります。

 そして本作の最大の見どころであるクライマックスの大立ち回りの描写ですが、今回は鬼輪番たちとの海中での死闘を、1ページ2コマを4ページ連続するという手法で描いてみせるのが素晴らしい。海中ゆえ戦いの様子がよく見えないという、一歩間違えれば漫画としては致命的になりかねない手法が、かえって戦いの厳しさと激しい動きを感じさせるのにはただ唸るばかりであります。


 次号はその『用心棒稼業』が巻頭カラー。カラーでどのような画を見せてくれるのか、今から楽しみであります。


「コミック乱ツインズ」2018年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年5月号 [雑誌]


関連記事
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年2月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年3月号(その二)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その一)
 「コミック乱ツインズ」2018年4月号(その二)

| | トラックバック (0)

2018.04.16

平谷美樹『義経暗殺』(その二) 天才探偵が見た奥州藤原氏の最期と希望


 平谷美樹が源義経の死と奥州藤原氏の滅亡を題材に、極めて個性的な切り口から描く時代ミステリ『義経暗殺』の紹介の後編であります。本作の主人公・清原実俊のユニークで魅力的なキャラクターとは……

 実は本作の探偵役・実俊は、史実では「吾妻鏡」にその名が見える人物。藤原氏を滅ぼした後の頼朝の前に、弟とともに現れて奥州を案内し、そしてそのまま鎌倉の御家人となったと言われている人物です。
 作者の作品では、先に挙げた『義経になった男』の終盤でもある重要な役割を果たしているのですが――しかし本作の実俊は、史実や過去の作品に比べて、遙かにインパクトのある、いやアクの強い男として描かれます。

 身分としては大帳所(文書庫)の司という中級の文官に過ぎない実俊ですが、一度見たものは決して忘れずにそらんじてみせるほどの記憶力と、わずからデータからたちまちのうちに全体像を解き明かしてみせる推理力で、周囲からは一目も二目も置かれている男。
 が、そんな彼は極度の人付き合いの下手さを誇る――要するに極めて傲岸不遜な人物でもあります。何しろ自分の直属の上司どころか、奥州の支配者である藤原一族、泰衡に対しても呼び捨てなのですから筋金入りです。

 当然のことながら行く先々で要らぬ騒動を起こす彼のフォローに奔走するのは、彼の忠実な従者である葛丸。実俊の口の悪さにも負けず、社会性ゼロの主を時に押さえ、時に引っ張り回す葛丸は、実は故あって男装の少女――というのも面白い。
 実は葛丸は密かに実俊を……なのですが、激ニブの実俊は全く気づかないというのも、お約束ながら実に楽しいところであります。

 そしてこの二人に、口先だけで腕っ節はからっきしの兄とは正反対の、武人で常識人の検非違使・実昌も加えたトリオの姿は、重くなりがちな物語に明るい色彩を加える効果を挙げています。


 しかし、実俊は、天才型探偵にありがちなエキセントリックな人物としてのみ描かれているのではありません。
 彼のその傲岸不遜さは、(本人はほとんど全く自覚していませんが)彼の内面を守るための態度、滅多にいない心惹かれた者を失うことを恐れる彼の心の表れなのであります。

 そしてそんな彼がかつてその感情を覚えた相手、そして新たに覚えることとなる相手が誰であるか――その彼の心の動きもまた、本作の重要な要素であります。
 それはもちろん、主人公の内面の成長という大きなドラマであるのですが――しかしそれに留まらず。本作の謎を解き明かした先にある史実、すなわち奥州藤原氏の滅びにおいて彼が何を見て、何を想うかに密接に関わってくるのですから。

 そう、本作は義経の死の謎を描く時代ミステリと同時に、奥州藤原氏の、そして彼らが築いた平泉という理想郷の滅びを描く歴史小説でもあります。
 その滅びに際して、藤原氏の人々が何を想い、何を遺したのか? それは先に挙げた作者の作品においても描かれてきたところですが、本作はそこに実俊という探偵――冷静な目と心によって真実を見つめ、解き明かし、語る存在を通すことにより、より鮮明に浮き彫りにすることに成功しているのです。


 文庫の折り込み広告に記された本作の紹介文には「熱い思いが落涙を呼ぶ」という一節があります。
 正直なところ、これを最初目にした時には、こういった作品にまで泣かせを求めるのか――といささか鼻白んだものですが、しかし実際に本作を結末まで読んでみれば、なるほどこれは間違っていない、と想いを改めました。

 義経の死に始まる奥州戦争。その結果、 「出羽、陸奥国は、俘囚の国よとさげすまれ、常に搾取されるばかりとなる。百年、二百年、千年たってもそれは変わらぬであろう」
という作中の言葉は現実のものとなるのですが――しかしそれでもなお、その先に何かを遺すべく生きた人々がいた……
 それが胸を打たないはずがあるでしょうか。

 一人の英雄の死は、悲劇の物語としていつまでも語り継がれ、その背後の無数の死は忘れ去られていく。しかしそれでも、決して忘れられないものがある。消え去らないものがある……
 本作は興趣に富んだ時代ミステリの名編であると同時に、そんな想いを込めた希望の物語――やはり作者ならではの、作者でしか描けない物語であると強く感じた次第です。


『義経暗殺』(平谷美樹 双葉文庫) Amazon
義経暗殺 (双葉文庫)


関連記事
 「義経になった男 1 三人の義経」 義経たちと奥州平泉の精神と
 「義経になった男 2 壇ノ浦」 平家滅亡の先の真実
 「義経になった男 3 義経北行」 二つの呪いがもたらすもの
 「義経になった男 4 奥州合戦」 そして呪いと夢の果てに

 「藪の奥 眠る義経秘宝」 秘宝が導く人間への、文化への希望

| | トラックバック (0)

2018.04.15

平谷美樹『義経暗殺』(その一) 英雄の死の陰に潜むホワイダニット


 兄に疎まれて奥州平泉に逃れた末、藤原泰衡に攻められて自刃したという悲劇の英雄・源義経。これまで幾度も義経と奥州藤原氏を題材としてきた作者が新たに描くのは、その義経が実は何者かに殺されていた、という意外な設定の時代ミステリであります。

 義経の影武者となった蝦夷の青年の目から源平合戦と奥州合戦を描く『義経になった男』(作者の歴史時代小説デビュー作でもあります)、かのシュリーマンが幕末に密かに来日して平泉に眠るという秘宝を追う『藪の奥 眠る義経秘宝』……

 東北を舞台とした作品が多い作者にとって、義経と奥州藤原氏は馴染み深い、というより扱う必然がある題材と言うべきかもしれません。
 そこに新たに加わったのが本作――タイトルの時点で非常にインパクトがありますが、内容の方はそれに負けない見事な作品。紛れもなく時代ミステリの名品であります。

 時は1189年、2年前に平泉に逃げ込んだ義経が、妻子を道連れに自害していたのが発見されたことから、物語は始まります。
 その状況に不審を抱いた藤原泰衡は、博覧強記にして記憶力抜群で知られる官吏・清原実俊に調査を依頼。かつて義経とはある縁のあった実俊は、現場を検分してたちどころに不自然な点を発見、これは他殺であると断じるのでした。

 兄・頼朝との対立の果てに、平泉に身を寄せた義経。庇護者であった藤原秀衡も義経が現れてからほどなく没し、藤原氏は鎌倉の求め通り義経を討たんとする泰衡・国衡と、義経を奉じて鎌倉と戦おうとする忠衡らに分かれ、いつ爆発してもおかしくない状態であります。
 さらに平泉には無数の鎌倉の間者も入り込んでいる状況で、ある意味、義経がいつ殺されてもおかしくはない状況だったのですが――しかし、だとしたら彼は何故自刃を装わされなければならなかったのか?

 これが鎌倉の刺客や、泰衡らの仕業であれば、堂々と義経を殺せばよい。しかしそうしなかったのは何故なのか?
 その矛盾に悩む実俊ですが、その一方で義経の家来である常陸坊海尊が義経の死と前後して姿を消し、平泉に残された武蔵坊弁慶らも不穏の動きを見せます。

 わずかな糸口から謎を追う中、意外極まりないもう一つの殺人の存在を知る実俊。そしてついに実俊がたどり着いた真実――事件の真犯人とその動機とは……


 と、意外な発端から、この時代と場所ならではのシチュエーションをもって、きっちりと時代ミステリを成立させてみせた本作。
 時代ミステリには有名人探偵ものというべき作品がありますが、さしずめ本作は有名人被害者ものと言うべきでしょうか。誰もが知る義経の悲劇的な死の真実、という趣向の見事さにまず唸らされます。
(ちなみに主人公の実俊はもちろんのこと、本作の登場人物のほとんどは実在の人物であります)

 何しろ義経の周囲は容疑者だらけ。義経を奥州百年の平和を乱す存在として除こうとしていた泰衡を筆頭に、嫡男でありながら母が蝦夷であったために家督を継げず複雑なものを抱えた国衡、対鎌倉の旗印となるべき義経が煮え切らない態度なのに不満を抱いていた忠衡……
 そんな複雑な状況(この辺りの各人の立ち位置は史実のそれを踏まえたものではあります)が、それがそのまま容疑者としての動機にスライドしていくのが面白い。

 そして何よりも、犯人探しに留まらず、その犯行の動機を――特に自害を装わせた点を問うというのが本作の最大の特徴と言えるでしょう。
 その不自然さについては上で述べたとおりですが、それでは何故、義経は自害という形で殺されたのか? そこにあるのは変形のホワイダニットとも言うべき謎であり、時代ミステリとしての本作の面白さをさらに高めているのであります。


 しかし本作の魅力はそれだけに留まりません。主人公のキャラクターもまた、なかなかに魅力的なのです。
 それは――長くなりますので、次回に続きます。


『義経暗殺』(平谷美樹 双葉文庫) Amazon
義経暗殺 (双葉文庫)


関連記事
 「義経になった男 1 三人の義経」 義経たちと奥州平泉の精神と
 「義経になった男 2 壇ノ浦」 平家滅亡の先の真実
 「義経になった男 3 義経北行」 二つの呪いがもたらすもの
 「義経になった男 4 奥州合戦」 そして呪いと夢の果てに

 「藪の奥 眠る義経秘宝」 秘宝が導く人間への、文化への希望

| | トラックバック (0)

2018.04.14

岩崎陽子『ルパン・エチュード』第1巻 誰も知らない青春時代、二重人格者ルパン!?


 誰もが知る怪盗紳士アルセーヌ・ルパン。本作は、ルパンの謎に包まれた人物像を、全く意外な角度から描いてみせる極めてユニークな作品であります。ユニークもユニーク、何しろ実はルパンは二重人格者だったというのですから!

 19世紀末のパリで公演するサーカス団「シルク ドゥ ラ デェス(女神のサーカス団)」をある日訪れた、一人の天真爛漫な青年。ラウール・ダンドレジーと名乗る彼は、そのサーカスの下働きとなるのですが――同じく下働きのエリク・ヴァトーは、ラウールが時に別人のような顔を見せることに気づきます。

 天使のようなラウールに対して、冷徹で鋭利な人格を持つもう一人の「彼」。実はラウールは人の悪意に過敏に反応し、意識を遮断してしまうという体質(?)の持ち主であり、「彼」はその時だけ表に出てくることができるというのです。
 世界で初めてその存在を認識し、その名を問うエリクに対し、「彼」は答えます。父方の姓を取って、「ルパン」と……


 という全く予想もしない形で幕を開ける本作。詳しいファンの方であれば、ルパンの幼名がラウール・ダンドレジーであったことをご存じかと思いますが、まさかそれがルパンのもう一つの人格として描かれるとは!
 普段は天真爛漫(しかし無力)な人物が、一転、正反対の裏の顔を見せて――というのはフィクションにはしばしば登場するパターンですが、それをここでこう使ってくるとは、と大いに驚かされました。

 そんな本作の第1巻で描かれるのは、このラウール/ルパンとエリクの出会いと二人の交流、そしてルパンがその大望を胸に立つまでの物語です。

 ごく普通の青年だったエリクが、まるで普通ではない相手と出会って大いに振り回されつつも、やがて互いになくてはならない存在となり――というのはバディものの定番であります。
(というより冒頭に挙げた『王都妖奇譚』の主人公コンビを連想する方も多いでしょう)
 しかし本作においては、ラウール/ルパンのどちらも浮き世離れした、ふわふわとした存在であり――何しろ互いが互いの意識が失われている時しか表に出れないのですから――特にルパンは、エリクが察知するまでは誰にも知られることがない存在だったというのが切なく、それがルパンとエリクの友情が生まれる理由となるのも面白い。

 そしてそんな本作独自のルパンが、その独自性があるからこそ、我々の誰もが知るルパンというキャラクター――怪盗にして冒険児、危険と美しいものを愛し、そして何よりも自分自身の存在を天下にアピールして止まない劇場型犯罪者として立ち上がる姿に繋がるクライマックスは、ただ衝撃的にして感動的であります。

 そしてその時のエリクの言葉――
「あいつが――「アルセーヌ・ルパン」が陰から姿を現し世界を従える様子はどれほど刺激的だろう! 常識も理不尽もひっくり返して笑い飛ばすのは痛快に違いないんだ!」
は、アルセーヌ・ルパンを愛する者であれば、深く頷けるものでしょう。


 なお、この第1巻には四つのエピソードが収録されており、その多くは当然と言うべきか本作オリジナルの内容ですが、面白いのはうち一つだけ、原典由来のエピソードがあることでしょう。

 財産の争いで係争中なものの、裕福な夫婦の家に秘書として入り込んだ彼が、夫婦の金庫の中から債権の束を奪わんとするも――という内容を聞けば、あれか、という方もいらっしゃるでしょう。
 そう、ここで題材となっているのは「アルセーヌ・ルパン」の初仕事を描く『アンベール夫人の金庫』。なるほど、青年時代のルパンを描く本作では避けては通れない題材ですが――驚かされるのは、これが本作独自の設定の部分を除けば、かなり原典に忠実な内容となっていることであります。

 なるほど、あの物語をこの角度から見ればこうなるか、という本作独自の設定と原典の絡め方が実に面白く、この先の原典エピソードも楽しみになる内容だったのですが、予告によれば次の巻で描かれるのは『カリオストロ伯爵夫人』とのこと。
 これはいきなり楽しみな内容になります。

 本作がこの先描いてくれるであろうもの――我々が初めて出会う、そして同時にお馴染みの怪盗紳士の姿が今から楽しみになる、そんな第1巻であります。


『ルパン・エチュード』第1巻(岩崎陽子 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon
ルパン・エチュード(1)(プリンセス・コミックス)

| | トラックバック (0)

2018.03.26

唐々煙『煉獄に笑う』第8巻 伊賀の乱の混沌に集う者、散る者

 アニメ、舞台ときて今度は実写映画公開と絶好調の『曇天に笑う』、その前日譚も絶好調で巻を重ねてついに第8巻。物語がどこに落着するのか全く見えない中、第二次天正伊賀の乱を舞台に、曇の双子が、大蛇の候補者たちが引き裂かれ、死闘を繰り広げることになります。

 織田と伊賀の決戦が始まる直前に姿を現した魔人・百地丹波から息子だと告げられ、その誘いに乗って伊賀に向かった芭恋。
 阿国には伊賀潜入のためと語ったものの、丹波から指揮権を与えられた芭恋は戦場でその才を発揮、自らが得た力の大きさを知った彼は、これまでと異なる表情を見せることになります。

 彼の変貌を知らぬまま、織田軍に潜入した阿国、そして信長の小姓として従軍する佐吉。さらに大蛇を求めて跳梁する安倍晴鳴は、器候補の一人・国友藤兵衛を標的に定めて……


 と、ようやく本格開戦となった第二次天正伊賀の乱。誕生したばかりの曇の義兄弟「石田三成」もあっさり敵味方に散り散りとなり、さらにこれまで登場した各勢力・各キャラクターも各陣営に散らばって、混沌としか言いようのない状態であります。

 しかしそんな状況の中で、台風の目が芭恋であることは間違いありません。
 丹波の爆弾発言を受けて伊賀に潜入した芭恋ですが、しかしこれまで殺し合いを演じていた八咫烏に囲まれて四面楚歌状態。さらに丹波が煽っているとしか思えない後継者宣言をしたものですからさあ大変――と思いきや、意外な将の器を見せ始めたことで、別の意味で大変なことになります。

 その人懐っこさで下忍たちも惹きつけ、一夜にして変幻自在の陣を作り上げた芭恋。
 その策でもって相変わらずのバカボンぶりを発揮する信雄の軍を翻弄し、巻き込まれた藤兵衛の前に現れた芭恋は、いのうえ歌舞伎の一幕目終わりのような見事な裏切り展開を見せることになります。

 もちろん芭恋が何も考えずにそんなことをするわけもないのですが、しかし運命(というか晴鳴)の悪意は藤兵衛と仲間たちに残酷な結末を用意することに……
 と、この辺りの展開はお約束とはいえ、ああもう、ちゃんと説明しないから! とやきもきさせられるのですが、しかし最近強烈なキャラばかりで一歩引いていた印象があった国友衆を大いに魅せてくれた展開であることは間違いないでしょう。

 その代償は果てしなく大きく、そして今後に禍根を残したわけですが。


 そんな混沌とした展開が続く中、信長付き――ということは戦場から遠く離れることとなった佐吉。それでも阿国から異変を聞いて飛び出そうとする根性は見事ですが、そこでついにあの男が動き出すことになります。

 それは織田信長――ビジュアル的にはどうみても比良裏の転生でありながら、しかし言動は魔王という、これまでのシリーズ読者にとっては一番の謎であった彼は一体何者なのか?
 百地の刺客が迫る中、おそらくは物語のカギを握るであろう彼が、佐吉の前で何を見せるのか――伊賀の乱の行方以上に気になる展開を見せて次巻に続くというのが、何とも心憎いところであります。


『煉獄に笑う』第8巻(唐々煙 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
煉獄に笑う 8 (Beat's コミックス)


関連記事
 「煉獄に笑う」第1巻 三百年前の戦いに集う者たち
 『煉獄に笑う』第2巻 へいくわいもの、主人公として突っ走る
 唐々煙『煉獄に笑う』第3巻 二人の真意、二人の笑う理由
 唐々煙『煉獄に笑う』第4巻 天正婆娑羅活劇、第二幕突入!
 唐々煙『煉獄に笑う』第5巻 絶望の淵で現れた者
 唐々煙『煉獄に笑う』第6巻 誕生、曇三兄弟!?
 唐々煙『煉獄に笑う』第7巻 開戦、第二次伊賀の乱!

| | トラックバック (0)

より以前の記事一覧