2017.04.22

細谷正充『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』 

 他のジャンルに比べると意外なほど少ない印象がありますが、それでもコンスタントに発売されている時代小説の紹介本。しかしその中でも本書ほど個性的な本はないでしょう。時代小説を中心に八面六臂の活躍を続ける著者による本書は、類書ではまずお目にかかれないような切り口の一冊なのですから――

 そのマニアックなまでの知識の深さと、リーダビリティの高い語り口で、文庫解説の点数が減少する中でも、一人気を吐いている著者。私も、面白そうだと思って手に取った文庫の解説が、かなりの確率で著者のものであったりするのですが……それはさておき。
 そんな著者が時代小説の解説本を書くとすれば、通り一遍のものにはなるまいと思いきや、その予感は的中。何しろそのチョイスが、実にユニークなものなのです。

 タイトルのとおり、歴史・時代小説を100作品紹介している本書。その中で本書は11のサブジャンルに分けて作品を取り上げるのですが……そのチョイスは以下の通りです。

 歴史・時代小説名作選
 剣豪・忍者時代小説
 伝奇
 捕物帖・ミステリー
 SF・ホラー
 エロ
 大陸
 海外
 ライトノベル
 短篇
 偏愛

 最初の4つはわかります。というより当然です。SF・ホラーも。しかしエロとは!? いや、あまり表立って取り上げられることはありませんが、確かに今でも時代小説の中で、隠然たる勢力を誇っている(?)サブジャンルではありますが……
 そして続くサブジャンルも、やはり解説本の類では、なかなか見かけないものばかり。あるとしても、ジャンルで数作品分まとめての記載で、作品が一つ一つ取り上げられることは滅多にない、という印象があります。

 そうした作品もきっちり一つ一つ取り上げていくのですから、それだけで本書のユニークさが、そして価値がわかろうというものではありませんか。


 さて、ここで恥を忍んで打ち上げれば、本書で紹介されている100作品中、私が存在すら知らなかった作品が20ありました(その約半数がエロでしたが)。
 そんな人間が言っても説得力がないかもしれませんが、本書において「こんな作品があったとは!?」と驚かされることがあっても、「こんな作品が載っているなんて……」と思わされるものはほぼなかった、というのが正直な印象であります。

 それは紛れもなく、著者の目の確かさと、それと同時に、カバーする範囲の広さによるものでしょう。
 ある意味その広さ故に、人によっては合わない作品があるかもしれませんが……しかしここで紹介されている作品は確実に面白い(のだろう)と感じます。

 まずは本書を助けに、存在を知らなかった作品を探しにいくとしましょう。


『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』(細谷正充 河出書房新社) Amazon
歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド

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2017.04.21

久保田香里『緑瑠璃の鞠』 鬼と人を分かつもの、人が人として生きる意味

 児童向けの歴史小説で活躍している作者が、闇深い平安時代を舞台に描く、一風変わった物語であります。没落貴族の姫君のもとに現れた見目麗しき青年貴族。しかし彼にはある目的が……
(以下、物語の内容にかなり踏み込むことをご容赦下さい)

 前の大宰権帥の娘でありながら、父が亡くなって以来寄り付く者もなく、次々と仕える者も消え、今は女房と女童、下男の三人と荒れ果てた屋敷に暮らす夏姫。そんな中、母の代から姫に仕える女童のわかぎは、自分が屋敷を支えねばと奮闘の毎日であります。
 一方、都では神出鬼没の盗賊「闇の疾風」が跳梁。しかし取るものとてない屋敷とは無縁に思われたのですが……

 そんなある日、屋敷に現れた美しい青年貴族。右近の少将の大江高藤と名乗る彼は、かつて夏姫の父に世話になった恩を返したいと、様々な形で援助を申し出るのでした。
 高藤によって屋敷は美しい姿を取り戻し、何よりも夏姫が高藤に惹かれている様子なのを見たわかぎは、大いに喜ぶのですが……しかし、やがて彼女は高藤にもう一つの顔があることを知ることになるのです。


 正直な印象を申し上げれば、一本の物語としてはかなり大人しめで、平安時代の説話集の一挿話といった趣もなきにしもあらずの本作。
 冒頭で描かれる、夜の都で出会った「小鬼」と「少女」が、誰と誰なのかもすぐに予想がつくため、物語の展開もそのまま予想できるところではあります。

 しかしそれでも本作にはどこか得難い魅力が漂っていると感じられるのは、これは本作の中心となるアイテムであり、本作の題名でもある「緑瑠璃の鞠」によるものであることは間違いないでしょう。
 鬼の宝と言われ、闇の中でも朧な光を放つ鞠。上で述べた小鬼が、かつて少女に与えたこの鞠は、手にした者から恐れや悲しみといった感情を消し去る力を持つアイテムであります。

 夜の闇の恐ろしさや、大事な人間を失う悲しみも、この鞠があればもう感じることはないと小鬼は告げるのですが……しかしそれが真に正しいこと、幸せなことであるかを、本作は問いかけます。
 そしてこの鞠の輝きは、鬼と人を分かつものを、言い換えれば人を人たらしめるものを浮かび上がらせる存在でもあります。さらに言えば、人が人として生きる意味をも――

 恐れを感じないことが、悲しみを感じないことが、人として真に在るべき姿なのか。そこから得られるものも、人の生を豊かにするものもあるのではないか? 
 ストレートに描けばいささか気恥ずかしいこの問いかけを、本作は不思議な鞠の存在を通じて、ごく自然に浮かび上がらせるのです。
 そしてこの鞠にまつわる物語を、夏姫と高藤の姿を見届けるのが、しっかり者のようでまだまだ幼いわかぎというのが、またよくできていると感心させられます。

 紛れもなく夏姫と高藤がこの物語の中心にいるものの、二人の目からでは、本作の物語の景色は、どこか偏ったものとなってしまうでしょう。
 ある意味第三者であり、そしてまだ真っ直ぐにものを見つめることができるわかぎの視点こそが、本作に必要なのだと、本作を最後まで読めば理解できます。


 先に述べたように、本作の物語としての起伏はさほど大きなものではなく、意外極まりない展開が用意されているというわけもありません。
 しかしそれでも、本作で描かれているものは、静かに、そして深く心に染み入るものがあります。それはあるいは、人生のあれこれを経験してしまった大人の方が、より深く頷けるものではないか……そんな気がいたします。


『緑瑠璃の鞠』(久保田香里 岩崎書店) Amazon
緑瑠璃の鞠 (物語の王国 7 )

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2017.04.12

會川昇『洛陽幻夢』 もう一つの可能性と土方歳三の選択

 「歴史街道」 2017年5月号の第一特集は「新選組副長 土方歳三 なぜ戦い続けたのか」。『新選組!』の時代考証や、『新選組刃義抄 アサギ』の原作者である山村竜也を中心とした特集ですが、この中に會川昇の短編小説が掲載されているとくれば、見逃すわけにはいきません。

 會川昇で土方歳三とくれば、思い出すのは『天保異聞妖奇士』に登場した少年時代の土方ですが、実は同作の時代考証が山村竜也。ということでファンとしては思わぬ嬉しい取り合わせであります。

 さて、今回掲載された小説のタイトルは『洛陽幻夢』。洛陽といえば中国の都、ではなく、この場合は平安京の東側の意であります。近藤勇は池田屋事件のことを「洛陽動乱」と呼んでいたそうですが……そう、本作の題材となっているのは池田屋事件なのです。

 長州浪士を中心とした蜂起の企てを知り、浪士たちの本拠を探るべく二手に分かれた新選組。
 その結果、近藤を長とする隊が池田屋にて浪士を発見、激しい戦闘となっていたところに土方隊が到着し……という事件のあらましをここで語るまでもありませんが、本作はこの土方が池田屋に突入する寸前の物語であります。

 既に池田屋で戦闘が始まっていることを知り、突入を決意しつつも、実は人を斬った経験の乏しさから一瞬のためらいを見せる土方。
 と、その瞬間に周囲の風景は揺らぎ、次々と姿を変えていくと、彼がいるのは全く見覚えのない土地。そしてそこに彼で待っていたのは、一人の青年でありました。

 かつてこの地で起きた事件の名と、それがこの国の歴史に大きな影響を与えたことを語る青年。あるいは戦い以外の道があるのではないかと語る青年を前に、土方の選択は……


 というわけで、一種の○○○○○○○ものである本作。新選組や土方とそのアイディアの組み合わせ自体は実は比較的数はあるのですが、しかし本作は池田屋突入直前というタイミングが何とも面白い。
 そしてそこで一つの可能性を示されつつも、ある想いからそれを振り切る土方の姿は、その先に待っていたものを思えば物悲しくも、しかし「それでこそ!」と思わされるものがあるのです。

 そして、歴史を巨視的に考えればあるいはそちらの方が正しかったかもしれない道を前にしつつも、ごくパーソナルな、人間としては当然の感情から選択を行う土方の姿は、実に作者らしい人間描写であると、個人的には嬉しくなってしまったところであります。
(もちろん、考証への拘りや小ネタのチョイスなどもまた、実に作者らしい)


 実は本作は雑誌のページで言えば4ページ弱、史実の解説的な部分を除けばさらに分量は少なくなります。しかしその中で作者らしさをきっちり見せ、そして魅力的な土方像を……そしてこの特集のタイトルへの回答を示してみせた作者の腕の冴えに、改めて感心した次第です。


 ちなみに特集本体の方は、山村竜也の総論が実にわかりやすく(これは本当に重要と改めて感心)丹念に書かれており、こちらももちろん一読をおすすめします。


『洛陽幻夢』(會川昇 PHP研究所「歴史街道」2017年5月号所収) Amazon
歴史街道 2017年 05 月号

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2017.04.07

唐々煙『煉獄に笑う』第6巻 誕生、曇三兄弟!?

 舞台化も決定し、『曇天に笑う』にも負けず盛り上がる本作。巻数も本編と並びつつも、まだ先のわからぬ物語が展開していきますが……しかし今回、ついに佐吉と曇の双子が結びつき、そして佐吉が信長と対面と、物語を左右する数々の出来事が描かれることになります。そして最後には大きな爆弾が……

 ついに明らかになった大蛇の器候補者たちの顔ぶれ。その一人であった佐吉は、大蛇の力を求める百地一党と結んだ安倍清鳴の罠で、故郷の石田村襲撃の濡れ衣を着せられることになります。
 最高のタイミングで登場した曇の双子によって辛くも佐吉たちと石田村は救われたものの、人々の目は佐吉に厳しいまま。しかしそこで佐吉はある行動を……

 ということで、曇の双子の満を持しての復活という前巻のラストを経ても、なおも重い展開が続くこの第6巻。
 何もそこまでしなくとも……と佐吉の行動には思わされますが、しかしそれでもなお、自分の無力さを嘆きながらも、時代の不幸を不幸として受け入れることを拒否して立ち向かおうとする佐吉の姿は、清々しく映ります。

 そしてその佐吉の不器用な真っ直ぐさは、ついにあの二人を動かすこととなります。一人では無理でも、二人なら、いや三人ならば……主と部下ではなく、兄弟として、佐吉と曇芭恋、曇阿国は、義兄弟の契りを交わすのであります。
 ここに曇の三兄弟が誕生、さらに佐吉は「三人ならば成せる」と、三成の名乗りを――

 そうきたか! と唸り、そしてニンマリしてしまうようなこの展開。ここに至るまで本当に長かった……としみじみ思いますが、正直に言って予想だにしなかった展開であるものの、しかし同時にこれこそが見たかったものだと心から思わされる内容に、ただただ脱帽であります。


 しかしここで三兄弟はいきなり難敵にぶつかることになります。大蛇を求め、そして自らも器の一人である信長――安土城に潜む魔王が、佐吉の持つ髑髏鬼灯の巻物を求め、出頭を命じたのですから。
 というより信長による佐吉召喚は、この騒動以前からのもの。ある意味ようやく本筋に戻ったわけですが……しかし本作の信長は一筋縄でいく存在ではありません。

 何しろ、そのビジュアルはどうみても(安倍)比良裏……大蛇との戦いのために転生を続け、『泡沫に笑う』『曇天に笑う』とシリーズ皆勤(?)を果たしている人物なのですから。
 あるいは他人の空似ということもあるかと思いましたが、しかしこの巻でのある描写を見るに、やはりこの信長は比良裏の転生と思うべきなのでしょう。

 しかし少なくとも現時点では、大蛇打倒を志しているとは到底思えぬ信長。その信長に対して、佐吉の、「三成」の選択は……もちろん、期待に決して違わぬものなのですが、しかしそれに巻き込まれる者もおります。
 この巻の後半では、佐吉の数少ない友であり、巻物を託された大谷紀之介と、百地八它烏の一人・海臣が激突が描かれることになるのであります。

 ……正直に申し上げて、八它烏が登場すると話が長くなるので個人的には好きになれない(しかも今回は、紀之介には申し訳ないのですが主役級不在のバトル)のですが、曇の双子に仕える伊賀者・鬼平太という助っ人を絡めてのバトルはそれなりに面白い。
 しかも実は紀之介もまた大蛇を……? という捻った展開もあり、これ以上話が広がるのはどうかなあ、と思いつつも、やはり楽しんでしまうのもまた事実であります。
(しかし紀之介の後の名を考えれば、彼のアレはアレなのでしょう……)


 などと思っている間にも歴史は動き続け、迫るは信長による伊賀攻め。これに抗する急先鋒である百地丹波は、何故か芭恋の前に現れ、ある言葉を告げるのですが――
 いやはや、ここに来て、とんでもない爆弾が大爆発。果たしてこれが真実かはわかりませんが、一歩間違えれば、がらりと物語の勢力分布が変わりかねない内容ではあります。

 さて、これを受けての芭恋の選択は……全くもって気になるところで次の巻に続くのであります。


『煉獄に笑う』第6巻(唐々煙 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
煉獄に笑う 6 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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2017.02.26

みなと菫『夜露姫』 自分らしくあるための戦い

 平安時代を舞台に、濡れ衣を着せられて亡くなった父の無念を晴らすため、盗賊団に加わった姫君の活躍を描く痛快な物語……講談社児童文学新人賞佳作を受賞した作者のデビュー作であります。

 後三条帝の御代、笛の名手として知られ、帝からも引き立てを受けた中納言。その娘で15歳の晶子姫は、帝と対立する左大臣の息子で色好みの蔵人の少将からの求婚を手ひどくはねのけるのですが、その直後に彼女の運命は大きく変転することになります。

 帝から預かっていた名笛・黒鵜……その名笛が屋敷から忽然と消え失せ、帝への叛意までも疑われてしまった中納言。心労から寝付いた彼は、たちまちのうちに儚くなってしまったのです。
 後ろ盾もなくなり、瞬く間に没落した晶子。この世に生きる望みを失った彼女は、ある晩出会った盗賊・狭霧丸の正体を知ったのがきっかけに、さらわれてしまうのでした。

 神出鬼没の盗賊として、鬼とも恐れられた大盗・狭霧丸。しかし彼の素顔を知り、そして彼を通じて外の世界で暮らす人々……貧富の差に苦しみながらも必死に生きる人々の存在を知った彼女は、自分も盗賊になることを望みます。
 晶子……昼の世界の水晶から、夜の闇に輝く夜露へと名を変えた彼女は、やがて狭霧丸一味にとって、そして狭霧丸にとってもなくてはならない存在となっていくのですが――


 没落の姫君が、苦難の末に奪われたものを取り戻し、そして優しく頼もしい伴侶を得る……そんな貴種流離譚は古今東西に数え切れぬほどそれこそ本作の舞台である平安時代においても語られています。
 本作もそんな典型的な作品に見えるかもしれません。しかし本作の主人公・晶子/夜露は、「普通の」姫君とは異なり、自ら盗賊となって活躍するという、いそうでいなかったタイプのヒロインとして描かれるのです。

 幼い頃から男の子に混じって遊び、姫君としては少々、いやかなりおてんばに育った晶子。そのパワフルさは、無理矢理言い寄ってきた少将に対して硯を振り上げる冒頭にもよく現れていますが……しかし彼女の魅力は、そして主人公たる所以は、彼女がおてんばで、活動的であるからだけではありません。

 それは彼女の心の中にあるもの、そして不幸な境遇に陥りながらも、いやそれだからこそ彼女を奮い立たせた想い――それは真に自由でありたいという想い、「自分は自分」でいたいという想いなのです。

 生まれながらに高い身分にあり、衣食住に悩むこともなく、いつか素敵な殿方と恋をして結ばれることを夢見る……いささかステロタイプではありますが、我々の頭のなかにある平安時代の姫君像は、だいたいこのようなものでしょう。

 それはもしかしたら一つの理想であるかもしれません。そう思う気持ちは決して否定しませんが……しかしそれは時代や社会が決めた一つの枠、もっときつい言い方をしてしまえば、檻であるとも言えます。

 もちろんそれは平安時代に特有のものではあります。しかし、人に嵌める枠、人を閉じこめる檻は、いつの時代も、どの世界にも存在します。もちろんこの時、この場所にも。
 そしてそれを良しとはせず、周囲からは道見られようとも、自分は自分らしくありたいと思う者もまた――


 本作にはファンタジー要素はほとんどありません(せいぜい、自在に姿を消す狭霧丸の術くらいでしょう)。しかしドキドキハラハラの冒険の末に、正義が勝ち悪が滅びる、そしてヒロインは幸せを手に入れるという内容は、やはりファンタジー――お伽話と言ってよいかもしれません。

 しかし、お伽話だからこそ描ける理想が、その理想の尊さがあります。それは一方で、時代によって様々に変化していくものでしょう。
 そして本作は、平安時代を舞台にしつつも、この時代だからこそ生まれ、そしてこの時代だからこそ読まれるべきお伽話であると感じます。

 平安の世に、悲運に負けることなく活躍する盗賊姫の物語は、現代の日本で、自分らしくありたいと願う女の子たちへのエールなのであります。

 まだまだ荒削りな部分もありますが、しかし作者のこの先の活躍が楽しみになる、素敵な児童文学であります。


『夜露姫』(みなと菫 講談社) Amazon
夜露姫

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2017.02.24

谷口ジロー『柳生秘帖 柳生十兵衛 風の抄』 名手が描いた時代活劇

 先日、惜しまれながらもこの世を去った谷口ジローが描いた数少ない時代活劇の一つが本作。柳生十兵衛を主人公に、幕府の存在にも関わる秘文「風の抄」と、天下を巡る争いを描いた物語であります。以前文庫化の際にも取り上げましたが、その際は触り程度の紹介だったため、改めて紹介させていただきます。

 柳生の菩提寺・芳徳寺を襲撃し、本尊の中に隠された「風の抄」を強奪した謎の一団。急報を受けた父・宗矩から派遣された十兵衛は、その背後に後水尾上皇の存在を知ることになります。

 皇位にあった頃から幕府と熾烈な対立を続けてきた上皇。幕府の存立に関わる秘事が記された風の抄を手にした彼は、都を脱出すると、各地の有力大名、そして様々な階層の人々に檄を飛ばし、幕府との戦いを呼びかけます。
 一歩間違えればこの国を二分する大戦となりかねぬ中、十兵衛は上皇方の怪剣士・夜叉麿と、幾度となく死闘を繰り広げることに――


 明治時代、隠居して久しい勝海舟が、自分の江戸城無血開城と幕府瓦解にまつわる秘話を語り始める……という、何とも気になる冒頭から始まる本作。

 正直に申し上げれば、古山寛の原作によるストーリー展開自体はかなりオーソドックスと申しましょうか、裏柳生や八瀬童子といったガジェットも、時代伝奇ものとしては見慣れたものが多く用いられています。
 その意味では物語的にそこまで意外性に富んだものではないのですが、しかしそれは面白くないということとイコールなどでは、もちろんありません。

 十兵衛の前に次々と現れる、夜叉麿をはじめとする強敵との対決。京を脱出し、後醍醐帝をなぞらえるように吉野に篭もった上皇一派との戦。そして風の抄に隠された意外な家康の言葉――本作には伝奇時代活劇として描かれるべきものがきっちりと描かれています。


 しかし本作の最大の魅力が、谷口ジローによる絵の力にあることは言うまでもありません。

 作者一流の緻密な情景描写は様々に舞台を変えて繰り広げられる戦いを巧みに彩って飽きさせませんが、何よりも印象に残るのは、時代劇最大の見所――剣戟シーンであります。

 柳生新陰流をはじめとして、作中に次々と登場する登場する様々な武器や武術、剣術流派。その丹念な描写は、格闘描写にも定評のあった作者らしいものと言えるでしょう。
 特に十兵衛のライバルとなる夜叉麿の、古代剣法とも言うべき独特の技の描写は、本作ならではとしか言いようがありません。

 そしてこうした武術・剣術描写の頂点が、ラストに描かれる十兵衛の活人剣であります。一見奇妙に見えるその技の動きに説得力を与え、そしてその中に十兵衛の「思想」を見せる――そしてその境地に至るまでの心の遍歴が、そのまま本作の物語に重なるクライマックスには、何度読んでも唸らされるのです。


 「風の抄」の正体の一部はかなり早い段階でわかってしまいますし、残る部分も蓋を開けてみれば……という印象はあり、ちょっと勿体ない部分はあるものの、再読でも十分以上に楽しめた本作。

 作者の作品の中ではあまり知名度の高い部類ではないかと思いますが、しかし、不世出の漫画家は時代活劇においても確かな実力を有していたことがよくわかる佳品です。


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柳生秘帖~柳生十兵衛 風の抄~ (SPコミックス)

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2017.02.10

長谷川明『戦国外道伝 ローカ=アローカ』第3巻 急展開、そして明かされた纐纈城の秘密

 戦国時代の日本に現れ、次々と人々を狩り集めていく纐纈城。この魔界の存在を討伐するため、武田信玄により集められた外道者たちの戦いを描く本作もこの巻で急展開、纐纈城と外道者たちの最終決戦が描かれるのですが――

 川中島に現れ、不死身の兵でもって戦場を蹂躙した纐纈城。その纐纈城攻めを決意した武田信玄により、地獄を見る目を持ち、地獄の牛頭馬頭を喰らう力を持つ加藤段蔵を筆頭に、異能を持つ外道者たちが集められることになります。
 その外道者の一人を求めて常陸に向かった段蔵たちは、猿神憑きの剣客・猿御膳、そして彼と虚ろ舟の蛮女との間に生まれた子供を巡り、纐纈城の使者と激突することに――

 という第2巻の展開を受けてまず描かれるのは、猿御前の子・前勝坊を巡る戦いの行方。あまりにも無垢で儚い蛮女と、異形の猿神憑きの間に生まれた彼は、果たして母と父――異界からやって来た人間と、異形と化した人間の、どちらに近いのか?
 戦いの末に描かれる、人間という存在、命の在り方に繋がるその答えは、殺伐とした展開が続く本作において、一つの「愛」の姿を描き出すことになります。

 そして続いて登場するのは、新たな外道者……いやむしろ、彼の存在があったからこそ外道者が集められることとなったという一人の剣豪。その名は草深甚四郎!
 この名を聞いて盛り上がるのは、剣豪ファン――それもかなり偏った方でしょう。本作でも描かれる、盥に張られた水に斬りつけることで、遙か遠くの相手を斬ったという逸話で知られる「実在の」剣豪であります。

 なるほど、剣豪としてこれほど異界に近い存在はあるまい……と大いに盛り上がるのですが、しかしこの辺りから物語は急展開。終焉に向かって爆走していくこととなります。

 物語冒頭から纐纈城との戦いに巻き込まれてきた小姓・五郎丸――成り行きから段蔵らとともに対纐纈城戦の一員となっていた彼が纐纈城の手に落ちたことから始まる、纐纈城による武田家急襲。
 思わぬ決戦の始まりに、纐纈城に乗り込むのは、段蔵と死者が見える少女・火車鬼、前勝坊と歩き巫女のふふぎ、そして城の実験部屋から脱走した行者・長谷川角行――

 と、あまりに急な展開に驚かされるのですが、これは作中でも何度かメタ的に言及されるように、作品の完結を急がざるを得ない状況になったということなのでしょう。しかし、いや実に勿体ない。
 どうも展開的には「纐纈城の七人」とも言うべきものになのではないかと思われただけに――そしてこうした物語の面白さは、メンバーが一人ずつ集まってくる過程にあるだけに――急展開が悔やまれてなりません。

 甚四郎はもちろんのこと、こちらも実在の人物である角行も、突然の登場ではあるもののビジュアル、設定(特に人穴、宗教者というキーワードは「纐纈城」としては実に気になります)ともに、非常に美味しいキャラクターであっただけに――


 しかし本作は、そんな状況の中であっても、描かれるべきものはきっちりと描いてみせた、ということだけは言えるでしょう。
 その描かれるべきものとは、纐纈城主、いや纐纈城の生みの親の正体、言い換えれば纐纈城は何故存在するのか……その謎解きであります。

 纐纈城に突入した者たちの前で語られる、纐纈城誕生の秘密。そこには、遙か過去、遙か遠くの地で、死から甦ったというある男の存在がありました。
 その男の名はここでは伏せさせていただきますが、あまりにも意外のようでいて、「纐纈城」とは決して無縁な人物ではない、と言えばわかる方にはわかるでしょうか。

 そして「彼」の存在が纐纈城を……纐纈城で繰り広げられる地獄を生む、その過程の凄惨さには、ただただ圧倒されるばかり。
 さらに「彼」と、その目で文字通りの「地獄」を見てきた段蔵との思わぬ共通点(そして同時にそれは前勝坊の存在とも重なる部分が)に思い至れば、ただただもう唸らされるほかありません。


 物語展開には残念な点は残ったものの、描かれるべきものは描かれた本作。あるいは性急な展開故に、その結末にも違和感は残るかもしれません。

 しかし、生と死、現世と地獄、生者と死体、誕生と死亡……と、相反するものが入り乱れ、しかしそのほとんどがわかり合えず擦れ違うままに終わるこの結末は、途方もない虚無感を漂わせつつも、本作に相応しいもののようにも感じられるのです。


『戦国外道伝 ローカ=アローカ』第3巻(長谷川明&佐藤将 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
戦国外道伝 ローカ=アローカ(3)<完> (ヤンマガKCスペシャル)


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2017.02.07

入門者向け時代伝奇小説百選 剣豪もの

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は剣豪もの五作を紹介いたします。時代ものの華である剣豪たちを主人公に据えた作品たちであります。
11.『柳生非情剣』(隆慶一郎)
12.『駿河城御前試合』(南條範夫)
13.『魔界転生』(山田風太郎)
14.『幽剣抄』(菊地秀行)
15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人)

11.『柳生非情剣』(隆慶一郎) Amazon
 様々な剣豪を輩出し、そしてそれ自体が徳川幕府を支えた隠密集団として描かれることが少なくない柳生一族。本作はそんな柳生像の定着に大きな役割を果たした作者による短編集であります。

 十兵衛、友矩、宗冬、連也斎……これまでも様々な作家の題材となってきた綺羅星の如き名剣士たちですが、隆慶作品においては敵役・悪役として描かれることの多い面々。そんな彼らを主人公とした短編を集めた本書は、剣と同時に権――すなわち政治に生きた特異な一族の姿を浮かび上がらせます。

 どの作品も、剣豪小説としての興趣はもちろんのこと、等身大の人間として剣との、権との関わり合いに悩む剣士の生きざまが描き出されている名作揃いであります。

(その他おすすめ)
『秘剣・柳生連也斎』(五味康祐) Amazon


12.『駿河城御前試合』(南條範夫) Amazon
 山口貴由の『シグルイ』をはじめ、平田弘史や森秀樹といった錚々たる顔ぶれが漫画化している名作であります。

 暗愚の駿河大納言徳川忠直が己が城中で開催した十番の真剣勝負を描いた本作は、残酷時代小説で一世を風靡した作者ならではの武士道残酷物語であると同時に、剣豪ものとしても超一級の作品。
 片腕の剣士vs盲目の剣士、マゾヒスト剣士や奇怪なガマ剣法…個性豊かな剣士たちとその武術が炸裂する十番勝負+αで構成される本作は、その一番一番が剣豪小説としての魅力に充ち満ちているのです。

 そして、死闘の先で剣士たちが得たものは……剣とは、武士とは何なのか、剣豪小説の根底に立ち返って考えさせられる作品であります。


13.『魔界転生』(山田風太郎) Amazon
 映画、漫画、舞台とこれまで様々なメディアで取り上げられ、そして今もせがわまさきが『十』のタイトルで漫画化中の大名作です。

 島原の乱の首謀者・森宗意軒が編み出した「魔界転生」なる忍法によって死から甦った宮本武蔵、宝蔵院胤舜、柳生宗矩ら、名剣士たち。彼ら転生衆に挑むのは、剣侠・柳生十兵衛――ここで描かれるのは、時代や立場の違いから成立するはずもなかった夢のオールスター戦であります。

 そして本作の中で再生しているのは剣士たちだけではありません。その剣士たちを描いてきた講談・小説――本作は、それらの内容を巧みに換骨奪胎し、生まれ変わらせた物語。剣豪ものというジャンルそのものを伝奇化したとも言うべき作品であります。

(その他おすすめ)
『柳生忍法帖』(山田風太郎) Amazon
『宮本武蔵』(吉川英治) Amazon


14.『幽剣抄』(菊地秀行) Amazon
 剣豪と怪異とは水と油の関係のようにも思えますが、しかしその両者を見事に結びつけた時代ホラー短編集であります。

 本作に収録された作品は、「剣」という共通点を持ちつつも、様々な時代・様々な人々・様々な怪異を題材とした、バラエティに富んだ怪異譚揃い。
 しかしその中で共通するのは、剣という武士にとっての日常と、怪異という非日常の狭間で鮮明に浮かび上がる人の明暗様々な心の姿であります。。

 本シリーズは、『追跡者』『腹切り同心』『妻の背中の男』と全四冊刊行されておりますが、いずれもデビュー以来、怪奇とチャンバラを愛し続けてきた作者ならではの、ジャンルへの深い愛と理解が伝わってくる名品揃いであります。

(その他おすすめ)
『妖藩記』(菊地秀行) Amazon
『妖伝! からくり師蘭剣』(菊地秀行) Amazon


15.『織江緋之介見参 悲恋の太刀』(上田秀人) Amazon
 今や時代小説界のメインストリームとなった文庫書き下ろし時代小説、その代表選手の一人である作者が描いた剣豪ものであります。

 ある日飄然と吉原に現れ、遊女屋の居候となった謎の青年・織江緋之介が、次々と襲い来る謎の刺客たちと死闘を繰り広げる本作。複雑な過去を背負って市井に暮らす青年剣士というのは文庫書き下ろしでは定番の主人公ですが、しかしやがて明らかになる緋之介の正体と過去は、本作を飛び抜けて面白い剣豪ものとして成立させるのです。

 彼を巡る三人の薄幸の美女の存在も味わい深い本作は、その後全7巻のシリーズに発展することとなりますが、緋之介が人間として、武士として成長していく姿を描く青春ものの味わいも強い名品です。

(その他おすすめ)
『闕所物奉行裏帳合 御免状始末』(上田秀人) Amazon


今回紹介した本
新装版 柳生非情剣 (講談社文庫)駿河城御前試合 (徳間文庫)魔界転生 上  山田風太郎ベストコレクション (角川文庫)幽剣抄<幽剣抄> (角川文庫)悲恋の太刀: 織江緋之介見参 一 〈新装版〉 (徳間文庫)


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 上田秀人『織江緋之介見参 一 悲恋の太刀』(新装版) 若き日の剣士と美女の物語

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2017.01.22

東村アキコ『雪花の虎』第4巻 去りゆく兄と、ライバルとの(とんでもない)出会いと

 今年の大河ドラマは女城主の物語ですが、それは本作の方が先んじている……というのは大げさではありますが、しかし着実に面白い女謙信物語、早くも第4巻に突入であります。互いを支え合い、想い合っているにも関わらず、周囲の思惑から対峙することとなった景虎と晴景の運命は――

 武将として初陣以来圧倒的な力を振るい、長尾家の当主たる兄・晴景を支えるために奮闘してきた景虎。しかし皮肉にもその強さが柔弱な晴景に不満を抱く国人衆を惹きつけ、越後は晴景派と景虎派に二分されることとなります。
 かくて描かれるのは、この戦国時代には無数に存在した、血を分けた者同士が国を、家を巡って争う騒動――

 ということには簡単にはならないのが本作。これが男同士であればわかりませんが、本作の晴景と景虎は、互いを害する気などない兄妹なのですから。
 とはいえ、時に主君の思惑などは無視して突き進むのが(戦国時代の)家臣というもの。下の者が暴発して暗殺などの手段に走らぬよう、晴景は形だけの挙兵をすることになります。

 そんな二人の計らいにより、すべてが丸く収まるかに見えたこの対立ですが、しかし思わぬ悲劇が――


 景虎を主人公として中心に置きつつも、同時に彼女が属する、彼女を支え、彼女が支える家族という存在をこれまで陰に日に描いてきた本作。この巻の前半においては、その構図に一つの結末が描かれることになります。
 そしてそこで、ある意味景虎以上に存在感を以て描かれるのが晴景であります。

 謙信を描く従来の物語では、暗君として描かれてきた印象のある晴景ですが、本作の晴景は、冒頭から一貫して、それとはひと味違う描かれ方をされてきました。

 武将としては力不足であり、景虎には様々な点で遠く及ばぬものの、それでも血の通った一個の人間として、時に景虎以上に親しみのある存在であった晴景。
 その彼がついに表舞台を退く姿には、何ともやるせなく、「現実」の苦さを感じさせるのですが……しかし同時に、一つの小さな希望、赦しという名のそれをさらりと描いてみせるのが、また心憎いところであります。

(それにしても、傷は最小限となったとはいえ、辛い選択を強いられた景虎に対して、特大のフラグを立てる宗謙よう……!)


 さて、何はともあれ新たなステージに入った物語ですが、この巻の後半で描かれるのは、景虎の終生のライバルというべき武田晴信の存在であります。

 彼女とは異なる形とはいえ、骨肉の争いを経て当主となった晴信。この時点では村上義清を相手に、生涯初の敗北(戸石崩れ)を喫した彼ではありますが、それでも景虎にとっては最も警戒すべき存在であることは言うまでもありません。
 かくて、北信濃にしばらく残り、戦の傷を癒しているという晴信という男を探るため、ごくわずかの手勢を連れ、「女装」して偵察に向かう景虎ですが――

 というわけで、かなり重く、またそれなりに史実に沿った形であった前半部分に対し、後半の物語は思わぬハジけ方をすることになります。
 ある意味、本作が始まった時から最も気になっていた、景虎と晴信の対峙。それが全く思わぬ形で――いや、もしかしてこれやるのかな、本当にやるのかな……やっぱりやった! 的な展開で描いてみせるのですから、やはり本作は面白い。

 この辺りを、えいやっとやってしまうのは、本作の、本作の作者の良い意味での軽さというべきでしょう。真面目な方は眉を顰めるかもしれませんが、本作の設定であればこれはアリ、というよりやるべき展開でしょう。
 もっとも、これがこの先どう物語に、歴史に絡んでくるのか、さっぱりわからないのも事実ですが……


 何はともあれ、いよいよ戦うべき外敵としての武田晴信が現れた本作。
 景虎の影武者(候補の青年)・シロとその妹・麦という新キャラの存在も楽しく、特にほとんど景虎のファン……というより信者な麦のキャラクターなど、本作ならではのもので、この先の展開も楽しみになるというものです。


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2016.12.21

立花水馬『世直し! 河童大明神』 父と子と河童を繋ぐ世直し

 虫封じを題材としたユニークな連作『虫封じマス』で登場した作者の新作は、人間の若者と河童――そう、あの頭に皿があってキュウリが好きなあの河童――が組んで、世の為人の為に奮闘する活劇であります。

 ある理由から父と喧嘩をして江戸を飛び出し、大坂で暮らしていた青年・喜助。ふと思い立って久々に江戸に帰ってみれば父・喜八は危篤、駆けつけた彼の目の前で喜八は完爾と微笑んで逝くのでした。
 しかし生前、掘割の整備に私財を投じ――そしてそれこそが喜助が父と仲違いした理由だったのですが――極貧の中で暮らしていた喜八には弔いを出す金もなく、途方に暮れていた喜助の前に、奇妙な男が現れます。

 生前喜八に世話になったという男の手配で無事に弔いを終えた喜助ですが、何とその男の正体は河童! 世の為人の為に働いた喜八の姿に感動した彼ら河童たちは、喜八を助けて働いたというのであります。
 生前は軽蔑していた父の意外な姿に関心を持った喜助は、喜八の名を継ぎ合羽職人として江戸で暮らし始めるのでした。

 と、その江戸では子供の拐かしが続発。さらに美女の誘拐殺人、米価の吊り上げ、強引な冥加金の取り立てなどが相次ぎ、庶民の暮らしはどんどん苦しくなっていきます。
 その一連の出来事の背後に、今太閤を名乗る大商人・茂十郎の存在を知った喜八は、河童のぎーちゃん、謎解き坊主の春雪とチームを組んで世直し大明神を名乗ると、世の為人の為、巨大な悪に戦いを挑むことに――


 現在もその名が残る浅草の合羽橋。江戸時代に合羽屋喜八が私財を投じて堀割整備を行い、そしてその喜八のために河童が力を貸していた、という二重の意味で「カッパ」にまつわる伝承が残される地ですが、言うまでもなく本作の題材はこの合羽橋であります。
 なるほど、大抵の伝承では人に迷惑をかける河童が、人間を助けて働く(しかも強制されたわけでもなく)というのがなかなか興味深いのですが、本作はそこにさらに一ひねりを加え、喜八の息子が主人公というのが工夫でしょう。

 私財を投げ出し、家族を顧みなかった父に反発してきた主人公が、その父が最期の刻に極めて満足したかのような笑みを浮かべるのを見る……という冒頭部分だけでぐっと来るのですが、その後の展開がまたいい。
 一文の得もしなかった父の生き方が理解できない中、川で溺れる子供を見て前後を考えず助けに飛び込み、それが父同様、河童の心を大きく揺り動かすというのは、本作のテーマである「世の為人の為」を体現するものと言えるでしょう。

 思わぬ絆で結ばれた喜八とぎーちゃんの姿は、一種のバディもの――すなわち、全く異なる生まれや育ちの二人が、一緒に行動する中で互いを(特に読み手に近い側を)認め、その価値を再確認していく物語として受け止めることもできます。


 そしてそんな彼らが繰り広げる世直しはなかなかに痛快、特に米の買い占めに対する逆襲など、なるほどこの手があったか、と感心させられるほどなのですが……しかし、終盤に来てその印象は個人的に少々違ったものとなりました。

 これまで幾度もその陰謀を潰してきた茂十郎が、追い詰められた末に暴走し、さらに人々を苦しめていることを知った喜八。全面対決を決意する喜八ですが、しかし奉行所までも抱き込んだ敵はあまりにも強大であります。
 これまでは人間の知恵と河童の力で難題を解決してきた喜八たちが、この最後の戦いで取った手段とは……いやいやこれはアリなのか、と言いたくなるような乱暴なもの。

 あるいは普通の(?)時代劇ではアリなのかもしれませんし、これ以外の手段はないのもわかりますが、しかしここまで来ると思いつめた喜八の姿に、一種の痛ましさまでも感じさせるのです。

 ここで改めて考えさせられるのは「世の為人の為」というキーワード。確かに大事で美しい想いではありますが、それが生み出す犠牲はどこまで許容されるのか、そして他人の思う「世の為人の為」と衝突することがあるのではないか……本作の終盤からは、そんなことを考えさせられました
(本作では茂十郎も「世の為人の為」を口にするのですが、明らかに口先だけのものなのでこれとは異なります)

 ヴィジランティズムの矛盾とも言うべきこの疑問にまで踏み込むことができれば、さらに素晴らしい作品になったと思うのですが……それはちょっと難しく考えすぎでしょうか。


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世直し! 河童大明神 (徳間時代小説文庫)


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