2019.07.01

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 8 弥助、命を狙われる』 逆襲の女妖、そして千弥の選択の行方


 先日ご紹介したように漫画版の第1巻も刊行された『妖怪の子預かります』シリーズ、原作の方は何とこれで8巻目であります。物語の方は前作ラストの展開を受けて、危険極まりない妖怪に弥助が狙われることになるのですが――物語は思わぬ方向に展開し、千弥が思わぬ行動に……?

 かつて妖怪奉行・月夜公に横恋慕し、自分に振り向かせるために彼の両親を惨殺、長年氷牢に閉じ込められていた女妖・紅珠。
 奉行所の烏天狗の一人を籠絡して牢から脱出した彼女は、かつて月夜公の心を奪った(と彼女が信じている)白嵐=千弥を苦しめるため、今の彼にとって宝物に等しい弥助の命を奪うことを宣言したのでした。

 このヤンデレにもほどがある地雷女を捕らえるため総力を挙げる妖怪奉行所ですが、しかし杳として知れないその行方。当然千弥の方も厳戒態勢で弥助にべったりなのですが、当の弥助の方はそんな状態に飽き飽きして、いつも通りの子預かり屋として働き始めるのでした。
 しかしはじめのうちは順調に見えた子預かり屋ですが、そこにも陰を落とす紅珠の存在。そして周到な罠がついに弥助を捕らえた時、千弥は……


 ここしばらくは久蔵や王蜜の君、烏天狗兄弟と、他のキャラクターにスポットが当たっていた感のある本シリーズ。それがこの巻では久しぶりに弥助と千弥が主役になることになります。
 が、今回の二人はヤンデレ女妖の復讐(それも完全に八つ当たり)のターゲットという、非常にありがたくない役回り。しかも結構早い段階で弥助は敵の毒牙にかかってしまうのですが――実はここから本作は凄まじい形で盛り上がっていくことになります。

 弥助のことになると途端にメロメロになるものの、他者に対してはかなり冷淡な千弥が窮地に陥った時にとったのは――あまりにも意外かつ、エモさ満点の行動。
 冷静に考えればそれほどおかしな行動ではないのかもしれませんが、普段の彼からすれば、そして何よりも彼の来し方を考えれば、こ、ここでこう来るか! と、ある種の感動すら覚えます。

 そしてさらなる紅珠の卑劣な罠に追いつめられた千弥が選んだ道は――これもこれしかない選択ではあるものの、しかしシリーズ読者にとっては驚きと感慨なしには見られないものであります。
 未読の方のために詳細を書けないのが非常に歯がゆいのですが、ここで描かれるのは、本シリーズには比較的珍しい大バトルであり――そしてかつて本シリーズで最もエモかったあのエピソードの、リプライズとも言うべき物語なのであります。

 もちろん最後は収まるべきところに全ては収まるのですが――いやはや、ある意味本シリーズで一番ドキドキさせられた物語でありました。


 そして巻末に併録されているのは、本作の後日談ともいうべき短編。シリーズのサブレギュラーである付喪神と人間の仲人屋・十郎が主人公のエピソードであります。
 紅珠騒動の中で壊れてしまった付喪神を直すため、奉行所の武具師・あせびのもとを訪れ、彼女の手伝いをすることなった十郎。その作業の最中に彼が思いだしたのは、彼が人間であった時の記憶だったのですが……

 という本作で描かれるのは、紅珠とはまた別の形で実に暗くおぞましい人の心の存在。十郎が今に至るまでにひどく暗いものを見てきたことは以前にもほのめかされていましたが、本作を読めばなるほど――と思うほかありません。
 だからこそラストの十郎の姿には、笑顔で声援を送りたくなってしまうのですが――こうしてみると、シリーズが始まってから、人間(妖怪)関係もだいぶ動いてきたものだと感慨深くなります。

 少なくとも10巻までは刊行が決まっているという本シリーズ、その先に何があるのか――これまで同様、温かくも恐ろしく、深い闇と明るい光が共に存在する物語を期待したいと思います。


『妖怪の子預かります 8 弥助、命を狙われる』(廣嶋玲子 創元推理文庫) 
弥助、命を狙われる (妖怪の子預かります8) (創元推理文庫)


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 森野きこり『妖怪の子預かります』第1巻 違和感皆無の漫画版

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2019.06.21

森野きこり『妖怪の子預かります』第1巻 違和感皆無の漫画版

 ほぼ時を同じくして原作第8作が刊行された廣島玲子の人気妖怪時代小説シリーズ『妖怪の子預かります』――本作はその第1作を、『明治瓦斯燈妖夢抄 あかねや八雲』の森野きこりが漫画化した第1巻であります。

 故あって盲目の美青年・千弥と長屋で暮らす少年・弥助。ふとしたことから、森の中にあった石を割ってしまった彼は、突然烏天狗に捕らえられ、妖怪奉行所の奉行・月夜公の前に引き出されることになります。
 実は弥助が割った石こそは、妖怪たちの子を預かってきたうぶめが棲む石。しかし住処を壊されたうぶめはどこかへ消えてしまい、妖怪たちは怒り心頭というのであります。

 その罰として月夜公から、うぶめの代わりに妖怪たちの子を預かるよう命じられ、長屋に返された弥助。その晩から、弥助のもとには次から次へと奇怪な妖怪たちが現れ、子供をを預けていくことになります。
 子供といっても妖怪、奇怪な姿や能力を持つ彼らたちを前に、奮闘する弥助ですが……


 と、今となってみれば実に懐かしいあらすじの原作第1作を漫画化した本作。妖怪時代小説は数あれど、その中でも妖怪の子を預かって育てるという極めてユニークな設定は、今見ても新鮮であります。

 本作はその第1作を、原作に非常に忠実に漫画化。おしゃべりな梅の子や、人の血を餌にする百匹以上の小魚、人の髪を食らう鋏の精、さらには人語を解する巨大な鶏の卵まで――妖怪たちは伝承などに基づかないほぼ本作オリジナルながら、しかし実に面白くも不気味なその姿と生態は、存在感十分であります。

 そしてその妖怪の子たちを預かることになってしまった弥助は、過去のある体験がきっかけに、千弥以外の他人とはほとんど喋れないという少年。
 その彼が、子預かりで奮闘する中で、徐々に成長し、他者とのコミュニケーションに目覚めていく――というのは、ある種お約束ながら、その苦労が並みでないだけに説得力十分なのであります。


 さて、これらの点はもちろん原作由来ではありますが、本作はそれを、原作に忠実に、漫画として再現してみせます。いや、忠実というよりも、むしろ全く違和感なくと言うべきでしょうか。
 元々原作の挿絵はコミックタッチであり、本作もそれをベースとしたものではあるのですが――しかし本作はは、原作既読者をして「あれ、最初から漫画作品だったかしら?」と思わしめるほどの完成度。違和感仕事しろ、という言葉がありますが、本作はまさにそれであります。

 いかにも子供らしく活発さと可愛らしさを感じさせる弥助、彼を溺愛する(いかにもわけありの)盲目の超美形・千弥、そして数少ない人間のレギュラーである遊び人の久蔵――そしてもちろん妖怪たちに至るまで、この漫画版に登場するのは、まさしくファンが原作で親しんできた彼ら。
 上で述べたとおり、デザインは原作のものを踏まえているのだから当たり前――と思われるかもしれません。しかし漫画として作中で彼らが動き回っても、その違和感のなさは変わらない――というより、むしろより際だって感じられます。

 そしてそれはもちろん、この漫画版を担当する森野きこりの画の力によるところであることは言うまでもありません。
 人の世と妖の存在が重なり合うところに生まれる世界を描いた『あかねや八雲』の作者であるだけに、本作においても原作が本質的に持つほの暗さ、恐ろしさを漂わせつつ、漫画としての絵や動きの楽しさを見せてくれるのは、期待以上のコラボレーションであったと言うべきでしょう。


 こうなったら、人気キャラである二人の姫君が登場する原作第2作、千弥とあるキャラクターのあまりにエモすぎる過去が描かれる原作第3作も、ぜひ漫画化してほしい! ……などと、気が早すぎることすら考えさせられてしまうこの漫画版。

 まずは第1作のクライマックスである――様々な隠されていた真実が描かれるであろう――第2巻を楽しみに待ちたいと思います。


『妖怪の子預かります』第1巻(森野きこり&廣嶋玲子 マッグガーデンBLADE COMICS) Amazon
妖怪の子預かります 1 (BLADE COMICS)


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2019.06.18

唐々煙『煉獄に笑う』第10巻 嵐の前の静けさ!? 復活の三兄弟

 長きに渡り続き幾多の犠牲を出した天正伊賀の乱も終結し、呪大蛇を巡る戦いも振り出しに戻った(?)ところで、この『煉獄に笑う』も単行本二桁に突入(ちなみに『泡沫に笑う』と同時発売であります)。再び絆を取り戻した「三兄弟」の前に立ち塞がるの者は果たして……

 抗戦空しく、織田軍の前に伊賀陥落という形で終結した天正伊賀の乱。百地丹波と生き残りの烏たちは姿を消し、藤兵衛を失った国友も勇真がその名を継ぎ、そして安倍晴鳴も姿を消し――と、各勢力も表面上は動きを収め、天下はつかの間の平静を取り戻すことになります。。
 そして曇芭恋と阿国も曇神社に帰り、秀吉の下に戻ってきた佐吉と合わせて三兄弟も無事復活なのですが……

 しかしある意味乱の影響を一番大きく被ることになったのは佐吉であります。前巻で伊賀の生き残りを逃がすため、伊賀側に立って織田軍と戦ったことは、表向きは何となくスルーされてはいるものの、言ってみれば公然の秘密。
 あの魔王信長の小姓(として参戦した身)が、信長の命に逆らった――これは色々な意味で注目されないはずがありません。

 仮に誰かから刺客が放たれても守ってみせる、と豪語するのは芭恋と阿国ですが、早速現れたその刺客は、百地の烏の生き残り・海臣。昼日中から周囲の人々を巻き込んで見境のない攻撃を仕掛ける海臣を相手に戦いを繰り広げる芭恋たちですが……


 天正伊賀の乱の大激戦も終わり、物語的には小休止という印象も強いこの第10巻。史実の上でも大きな戦いのない、ある意味一種の空白期間なのですから、むしろそれは当然かもしれません。
 しかしもちろん、それは物語そのものが停滞しているということではありません。表舞台に立つ者も、地に潜った者も、そして舞台から去った者も――皆それぞれのドラマを抱え、それが様々な形で結びついているのですから。

 特にこの巻で印象に残るのは、激動の展開の連続でそういえばすっかり忘れていた、芭恋と阿国の母・旭と百地丹波の馴れ初め、そして旭の去就であります。
 いかにも曇の人間に相応しい明朗なキャラクターでありながらあの百地丹波と愛し合い、二人の子供をもうけた旭。その彼女の辿った運命は、ちょっと雑ではないかな――という部分もあるものの、しかし人々に誤解され憎まれようとも、その人々のために戦うという芭恋たちの魂が、実は母親譲りであったことがわかるのは、泣かせるところであります。

 そしてもう一人――佐吉の方は、相変わらずの真っ直ぐ石頭ぶりですが、しかしそれが人の心を揺り動かす様はやはり清々しい。
 新たな大蛇候補者かと思われた大谷紀之介も、佐吉の友情パワーの前に己を取り戻し――と、このくだりは、むしろそんな佐吉の姿を見ていた阿国の表情が必見なのですが――何はともあれ、「三兄弟」が再び、実にらしい形でわちゃわちゃしているのを見るのは、実に嬉しいものであります。


 と言いつつも、やはりこれは嵐の前の静けさなのでしょう。この巻のラストで、信長の影武者を務める比良裏が語る地の名は本能寺――そう、あの本能寺であります。
 もちろん史実でも、天正伊賀の乱の終結後数ヶ月で起きたのがあの事件。この巻の描写を見るに、どう見ても大蛇パワーを持っていそうなのは光秀ですが――さて、この物語がそんなに真っ直ぐ進むかどうか。

 確かなのは、いよいよこの物語も佳境に入った――そのことであります。


『煉獄に笑う』第10巻(唐々煙 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
煉獄に笑う 10 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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2019.06.07

『妖ファンタスティカ』(その四) 朝松健・芦辺拓・彩戸ゆめ・蒲原二郎・鈴木英治


 操觚の会の「書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー」『妖ファンタスティカ』の紹介も今回で最終回。まとめて五編紹介させていただきます。

 『夢斬り浅右衛門  小伝馬町牢屋敷死罪場』(朝松健)
 本作は、『伝奇無双』に掲載された『夢斬り浅右衛門』のある意味本編とも言うべき物語。
 「夢を拾う」、すなわち他人の夢を自分のものとして見る力を持つ仙台藩士が、夢で見た浅右衛門の仕置きの場に立ち会うことで、更なる不思議な世界に入り込む――という物語は、作者ならではの丹念かつ静謐さを感じさせる文章で読ませる作品ですが、長編の一部という印象が否めないのが残念なところです。


 『浅茅が学問吟味を受けた顛末  江戸少女奇譚の内』(芦辺拓)
 本作もやはり『伝奇無双』収録作品の『ちせが眼鏡をかけた由来』と同じシリーズに属する作品。
 男装して昌平黌の学問吟味を受けることとなった少女が巻き込まれた騒動を描く物語は、作者にしてはミステリ味がちょっと控えめなのが惜しいところであります。

 本作や『ちせが眼鏡をかけた由来』は、長編『大江戸黒死館』のプリクウェルに当たるとのことですが――早くこちらもを読みたいものです。


『神楽狐堂のうせもの探し』(彩戸ゆめ)
 神楽坂で美青年が営む喫茶店兼失せ物探しを訪れた少女の不思議な体験を描く本作は、本書で唯一の純粋な現代もの。まさか本書であやかしカフェものを読むことになるとは……!
 舞台は好きな場所ですし、描かれる「失せ物」の正体もグッとくるのですが、伝奇アンソロジーである以上、「彼」の正体にもっと伝奇的な仕掛けが欲しかったところです。


『江都肉球伝』(蒲原二郎)
 江戸で妖怪変化絡みの事件を専門とする同心に、配下の猫又たちが持ち込んだ事件。それは江戸を騒がす連続怪死事件の始まりで――という、変格の捕物帖ともいうべき作品。
 猫又が主人公の作品や、妖怪と人間のバディものは、今ではしばしば見るシチュエーションですが、本作のように猫又が完全に人間の子分として使われているのはなかなか珍しいのではないでしょうか。


『熱田の大楠』(鈴木英治)
 桶狭間の戦の直前に、信長の奇襲を察知した今川家の忍び。信長が出陣前に熱田に詣でることを知った彼は信長狙撃を狙うも……
 作者の桶狭間ものといえば、やはりデビュー作の『義元謀殺』が浮かびますが、本作は全く異なる角度でこの戦いを扱った掌編。この路線を突き詰めると非常に面白い伝奇ものになるのでは――と感じます。


 以上、駆け足の部分もありましたが、全十三篇を取り上げさせていただきました。いずれも短編ながら、作者の個性が発揮された作品も少なくなく、時代小説プロパー以外の作家の作品も含めた貴重な――そして何よりもバラエティーに富んだ伝奇アンソロジーとして楽しめる一冊であります。
 正直なところ、「怪奇」よりの作品が多かった印象もあり、この辺り、実は短編で伝奇ものを描く難しさにも繋がっていくように思われますが……

 何はともあれ、この伝奇ルネッサンスの流れがこれからも絶えることなく続き、さらなるアンソロジーにも期待したい――心よりそう思います。


『妖ファンタスティカ 書き下ろし伝奇ルネサンス・アンソロジー』(書苑新社ナイトランドクォータリー別冊) Amazon
妖(あやかし)ファンタスティカ?書下し伝奇ルネサンス・アンソロジー (ナイトランド・クォータリー (別冊))


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2019.06.02

東郷隆『邪馬台戦記 Ⅱ 狗奴王の野望』 巨人の謎を追い、海の彼方まで繋がる物語


 あの東郷隆が邪馬台国を題材に描く児童文学『邪馬台戦記』の第2巻であります。物語の舞台は前作から十数年後――前作の主人公の子・ワカヒコが、ヒミコの命を受け、巨岩を投じて船を沈める巨人の謎を追い、東に旅立つことになります。

 いまだ謎多い弥生時代、邪馬台国を中心とした当時の倭国を舞台に、博覧強記の作者が綿密な考証で描く『邪馬台戦記』。前作は、海人族の少年・ススヒコが、クナ国に連れ去られた幼なじみのツナテを救うために繰り広げた冒険が描かれました。
 その後、邪馬台国に暮らすこととなったススヒコとツナテの間には13歳の息子・ワカヒコが生まれ、邪馬台国も一層の繁栄を見せるのですが――しかしそこに生じたある翳りが、新たな物語の始まりとなります。

 ヒミコの下で、繁栄と拡大を続けてきた邪馬台国。しかし増えすぎた人口を養うための農地は邪馬台国にはなく、他国との交易で国費を補おうとしていたのです。
 そのために邪馬台国から船団が送られるのですが――しかしその途中、霧の中から突如投じられた幾つもの巨岩によって壊滅させらたというのであります。

 これは東の国、蓬莱国に住むという巨人の仕業ではないか――そう考えたヒミコによって、ワカヒコは巨人の謎を探る密使として選ばれることになります。。
 その父が英雄ススヒコであるだけでなく、大陸の学者の薫陶により海外の言葉を習得しそして何より大人顔負けの冷静さと頭の回転を持つ彼こそは密使に相応しい――と。

 こうして東国に旅だったワカヒコですが、早くも危難に見舞われることになります霧の深い日、突如現れた山のような巨船により彼の乗った船は沈められ、助かったのは彼と水先案内の少女・サナメのみだったのです。
 実は兄の乗った船を巨船に沈められた過去を持ち、復讐に燃えるサナメと、彼女に協力する風を装い、東国に向かうワカヒコ。二人が旅の先に見たものは……


 シリーズ第二弾ということで、基本的な舞台紹介は済ませ、いよいよ物語が本格的に走り出した感がある本作。それは何よりも、キャラ描写の面白さに現れていると感じられます。その中で特に魅力的なのは、もちろんワカヒコとサナメの主役コンビであります

 まだ少年の部類に入るワカヒコは、力には劣るものの、苦しい旅の中のサバイバル術、そして巻き込まれた戦闘において見せる軍略など、知識と知恵で活躍する軍師タイプの少年であります
 それに対してサナメは弓の達人の戦士タイプで、男勝りのあらくれ美少女(もちろんツンデレ)という設定。そんな凸凹コンビのやりとりは何とも楽しく(年下のワカヒコの方が主導権を持っているのもイイ)、少年少女が大人の中でも負けずに大活躍するのが、何とも痛快なのです。

(その一方で、邪馬台国といえばこの人、のヒミコの、茶目っ気たっぷりの食えないキャラクターも何とも楽しい)


 しかし本作の更なる魅力は、そのキャラクターたちが活躍する世界観の広がりにあると感じます。
 前作の時点で、大陸や半島から渡来した人々、あるいは黒潮に乗って南方からやってきた人々――言葉や習俗すら異なる人々が寄り集まった国として描かれた倭国。本作ならではの考証の豊かさを通じて描かれたその姿は、混沌としつつも生命力に溢れた、ひどく魅力的な世界でありました。

 しかし本作では、その倭国の遙か彼方の世界の存在が描かれることとなります。それは大秦国――すなわち古代ローマ!
 西の果ての古代ローマが、この東の果ての邪馬台国の物語に結びつく――それは一見荒唐無稽に見えますが、しかし後漢と古代ローマに、か細いながらも交流があったのは紛れもない事実であります。

 邪馬台国と三国の魏が同時代であるのは有名な話ですが、遙か西に目を向ければ、共和制末期のローマが存在している――そんな一種の時間と空間のダイナミズムを、本作は巧みに取り入れることで、破格のスケール感と、そして物語の根幹を為すあるガジェットを違和感なく取り入れることに成功しているのであります。


 倭国の少年少女の冒険に、古代ローマがいかなる形で絡むのか? 実は本作は、中盤のクライマックスとも言うべき部分で終わっているのですが、この先で描かれるであろう、本作ならではの冒険物語が今から楽しみなのなのです。


『邪馬台戦記 Ⅱ 狗奴王の野望』(東郷隆 静山社) Amazon
邪馬台戦記 II 狗奴王の野望


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 『邪馬台戦記 Ⅰ 闇の牛王』 確かな考証と豊かな発想で描く未知の世界

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2019.05.26

辻真先『焼跡の二十面相』(その二) 探偵である意味、少年である意味


 昭和20年、敗戦直後の東京を舞台に、再び跳梁を始めた怪人二十面相に小林少年が挑む、痛快なパスティーシュ『焼跡の二十面相』のご紹介の続きであります。

 前回、本作独自の魅力として、小林少年を主人公に据えたことを挙げましたが、もう一つ、決して忘れてはならないものがあります。それは、敗戦直後という舞台設定そのものであります。

 輝かしい文化の数々――その一つにほかでもない、探偵小説があったといえるでしょう――は戦争によって失われた末、誰もが明日の夢よりも今日の飯を追い求めることを余儀なくされた、敗戦直後の日本。本作はその姿を、リアルタイムでそれを目撃してきた者ならではの目で、克明に描き出します。
(例えば、爆撃で真ん中が、そして焚き付けにされて根本が失われ、天辺だけがブラブラと残った電柱、などという奇怪な風景など、その最たるものでしょう)

 そんな世界に蠢くのは、ロマンと稚気、そして美学に溢れる怪人とは全く異なる種類の人間たち――戦争を利用して私腹を肥やす大商人、敗戦したと見るや米軍にすり寄って儲けようと企むブローカー等々、厭な「大人」たちなのであります。
 敗戦直後という夢も希望も、文化も誇りも失われた世界、怪人や探偵にとっては空白の時代には、そんな人間たちが相応しいのかもしれません。しかしそれでも本作が、そんな焼跡にあえて乱歩の世界を復活させてみせたのは――これは作者らしい強烈な異議申し立てであると感じられます。

 作中で繰り返し繰り返し描かれる、当時のそして戦時中の世相、そしてそれを仕掛けた人々とそれに流された人々に対する皮肉。読んでいて些か鼻白むほど痛烈なその皮肉は、先に述べたように、リアルタイムでその世界を知る作者ならではのものというべきでしょう。
 しかし本作はそんな直接的な皮肉以上に、さらに強烈なカウンターパンチを、現実に喰らわせるのであります。戦争というバカバカしい現実にも負けずに復活し、現実を翻弄してみせる怪人の存在によって。そしてそれに挑む正義と理性の徒である探偵の存在によって。

 そしてまた――そんな焼跡の物語だからこそ、現実の愚かな「大人」たちを相手にするからこそ――本作の探偵は、未来と希望の象徴である「少年」でなければなかったと感じます。
 目の前の現実に翻弄されて右往左往している大人たち、現実の中にどっぷりはまって小狡く立ち回っている大人たちを後目に、明日を夢見て奮闘する少年に……

 さらに言えば、本作で描かれる痛烈な皮肉が、決して舞台となった時代に対してのみ向けられているわけではなく、今我々が生きるこの時にも向けられているであろうことをと思えば――小林少年の活躍は、かつて少年だった我々に対するエールとも、発破とも感じられるのです。


 などと小難しいことをあれこれと申し上げましたが、やはり本作の基本は良くできたパスティーシュであり、痛快な探偵活劇であります。

 終盤の逆転また逆転のスリリングな騙し合いのたたみかけは見事というほかなく、何よりも思いもよらぬ(それでいて乱歩とは全く無関係というわけではない)ビッグなゲストまで登場するサービス精神にはただ脱帽するほかありません。
 そしてここで語られるこのゲストの戦争中の行動については、なるほど! と納得するほかなく――そしてそこから生まれる「名探偵」同士の爽やかな交流にも胸を熱くさせられるのです。
(さすがにそこからあのキャラクターに持っていくのはちょっとやりすぎ感もありますが……)

 そして、ラストの小林少年の言葉に思わずニッコリとさせられる――そんな怪人二十面相と少年探偵団の世界、探偵小説という世界への愛に満ちた本作。
 かつてその世界に胸躍らせた我々にその時の気持ちを甦らせると同時に、空白の時代に活躍する彼らの姿を描くことにより、我々の胸に新たな火を灯してくれる――そんな快作であります。


『焼跡の二十面相』(辻真先 光文社) Amazon
焼跡の二十面相

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2019.05.25

辻真先『焼跡の二十面相』(その一) 昭和20年 対決、怪人vs少年探偵


 いまや遠い昔になってしまった感もある昭和。その昭和育ちの多くの方が親しんだであろう怪人二十面相が帰ってきました。焼け野原になった東京に再び現れた二十面相に対し、応召されていまだ帰国しない明智小五郎に代わって挑むのは、小林少年――名手が送る痛快なパスティーシュであります。

 1945年8月――敗戦の混乱冷めやらぬ中、それでも明日への希望を胸に、明智小五郎の留守を守って懸命に生きる小林少年。そんなある日、買い出しに出た彼は、途中で警視庁の中村警部が輪タクを追う現場に出くわし、輪タクの後をを追うことになります。
 中村警部が追っていたのは、輪タクに乗っていた隠匿物資のブローカー・伊崎。しかし追いついてみれば乗っていたのは替え玉、しかも彼以外いないはずの走る車中で、何者かに刺されて死んでいたのであります。

 走る密室の謎を鮮やかに解いてみせた小林少年ですが、伊崎は行方をくらましたまま。その後に友人を訪ねた田園調布で偶然輪タクの運転手を目撃した小林少年は、その場所が、戦争中に巨万の富を築いた四谷重工業の社長宅であることを知ります。
 早速中村警部と一緒に調査に向かった小林少年ですが――しかしそこで二人が見つけたのは、なんと二十面相の予告状! それは、四谷重工の社長が密かに隠匿しているという秘仏・乾陀羅の女帝像を狙った大胆不敵な犯行予告だったのであります。

 応召されてヨーロッパに渡り、いまだ帰国の目処が立たない明智小五郎に代わり、小林少年は二十面相の犯行を阻むべく行動を開始するのですが……


 名探偵・明智小五郎とそのライバル・怪人二十面相、そして明智探偵の助手・小林少年の名は、たとえ実際に彼らが登場する作品に触れたことがない方でもよくご存じでしょう。
 戦前の昭和11年に登場して以来、戦争を挟んで昭和の半ばに至るまで、数々の奇怪な事件を引き起こした二十面相と、それを阻んだ明智探偵と小林少年、そして少年探偵団の冒険は、私も子供の時分に大いに心躍らせた、懐かしい存在であります。

 本作は、そんな名探偵vs怪人の世界を、終戦直後の東京を舞台に忠実に蘇らせてみせた物語。そのシチュエーションだけでも心躍りますが、それを描くのが、今なお『名探偵コナン』などで活躍する名脚本家にしてミステリ作家、そしてこの時代を実際に生きてきた辻真先なのですから、つまらないはずがないではありませんか。

 かくてここに展開するのは、初めて目にする、しかし懐かしさが漂う――全編ですます調で展開するのも嬉しい――物語であります。
 かつてあの名探偵が、そして怪人が大好きだった身にとっては、その時のときめきを――作中で二人の帰還を信じて待つ、小林少年と中村警部のような心境で――思い出しつつ、ただただ夢中させられるのです。


 しかしもちろん、本作はノスタルジーのみに頼った作品では、決してありません。それでは本作ならではの魅力の一つは――といえば、それは言うまでもなく、本作の主人公として二十面相に、そして劇中で起きる怪事件に挑むのが、明智小五郎ではなく小林少年であることでしょう。

 明智小五郎の助手として、そして少年探偵団のリーダーとして、常に大人顔負けの活躍を見せてきた小林少年。しかしそうではあっても、やはり少年――物語の中では、明智小五郎の庇護の下、一歩譲る役回りでありました。
 しかし本作においては、名探偵不在の中、怪人を向こうに回して一歩も引かない活躍を見せて大活躍。これは、かつて自分たちの代表として小林少年に憧れた世代には、たまらないものがあります。

 しかし、本作で小林少年が戦うのは二十面相だけではありません。それは、二十面相などよりもある意味もっとたちの悪い、我欲に駆られた悪人たち――そんな美学も理想もない連中を前にしては、さすがの小林少年も、分が悪いように思われます。
 が、そんな小林少年の前に思いもよらぬ意外な同盟者が登場、痛快な共同戦線を張ることになるのですが……。いや、これ以上は内緒、ぜひ実際に作品に触れていただきたいと思います。

 長くなりましたので、恐縮ですが次回に続きます。


『焼跡の二十面相』(辻真先 光文社) Amazon
焼跡の二十面相

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2019.05.23

『邪馬台戦記 Ⅰ 闇の牛王』 確かな考証と豊かな発想で描く未知の世界


 博覧強記で知られる東郷隆の児童文学、しかも題材は邪馬台国――と、何とも気になることだらけの本作『邪馬台戦記 闇の牛王』。未だ混沌とした3世紀初頭の日本を舞台に、少年少女が奇怪な暴君に挑む姿を描く、ユニークで骨太なファンタジーであります。

 瀬戸内海沿岸の集落・ウクイ村を悩ませるクナ国の「徴税」。畿内を治める邪馬台国の女王・ヒミコに従わず、数年おきに近隣を襲うクナ国は、数年おきに生口(奴隷)として少年少女をさらっていき、そしてさらわれた者は二度と帰ってこないのであります。
 そのクナ国が襲来する年――今年に12歳となったばかりの村長の子・ススヒコは、幼なじみの少女・ツナテが生口に選ばれると知ると、彼女を守るため自ら生口に志願し、共にクナ国に向かうことになります。

 一方、遼東太守の公孫氏の命で邪馬台国への使節として派遣された学者・劉容公達は、対面した女王ヒミコから、思わぬ言葉を聞かされることになります。
 クナ国を治めるハヤスサは、実はヒミコの父親違いの弟。そしてクナ国に向かってハヤスサの様子を探り、叶うならば討ち果たして欲しい――と。

 国民を貧困に喘がせ、そして近隣諸国を武力で従わせようとするハヤスサ。ごく一部の者にしか姿を見せない謎の王に抗する者として、ススヒコとツナテ、そして劉容たちの運命が、クナ国で交錯することになります。


 歴史上、確かに存在したにもかかわらず、その位置を含めて不明な点が多く、また女王卑弥呼が用いたという「鬼道」もあって、あたかもファンタジーの中の存在のように扱われる邪馬台国。
 冒頭に述べたように、驚くほどの広範な知識を踏まえた作品を描いてきた作者であっても、これにリアリティを持たせて描くのはなかなか難しいのでは――というこちらの予想は、もちろんと言うべきか、完全に裏切られることになります。

 そんな難しい題材に対する本作のアプローチは、邪馬台国に限らず、この時代に関する(数は多くはないものの確かに存在する)記録や遺構の数々を踏まえ、そしてその点と点を結び、さらに他の知識を繋ぐことによって、大きな像を浮かび上がらせるというもの。

 その結果、本作は一種の人種のるつぼであった日本列島とそこに生まれた国々の姿、そしてその筆頭ともいうべき邪馬台国の姿を、何とも魅力的に、そして地に足のついた世界として描き出します。
 特に邪馬台国については、ユニークでダイナミックでありつつも、描き方の難しい邪馬台国東遷説を違和感なく採用しつつ、そしてそこに物語が有機的に結びついているのには感心させられます。


 と、本作の歴史小説としての側面ばかり触れてしまいましたが、本作の基本はあくまでも児童文学。
 自分の村以外の世界を知らなかったススヒコが、正義感と冒険心、そしてツナテへの想いから外の世界に飛び出し、様々な(時に過酷な)経験を踏まえて成長していく姿は、王道の児童文学の展開といえるでしょう。
(そしてそんなススヒコの、この国の無垢な少年の視点と、劉容という大陸の知識人、二つの視点から物語を描く手法も巧みであります)

 そしてその彼の先に待ち受けるのが、本作の副題の「牛王」なのですが――当時日本には伝来しておらず、未知の獣であった牛の角を戴くこの怪人の存在は、そんなススヒコのヒロイックな冒険の先に待つ者として、なかなかに魅力的であります。
 そしてこの牛王(と卑弥呼)から、我が国のあの神の存在や、異国のあの神話の影を感じさせる――あくまでも感じさせる、に留まるのがまたうまい――ことから生まれるロマンチシズムも、心憎いほどなのであります。


 確かな考証と豊かな発想を踏まえ、未知の世界で展開される『邪馬台戦記』。第2巻ではまた趣向を変えた物語が展開することになりますが――そちらも近日中に紹介したいと思います。


『邪馬台戦記 Ⅰ 闇の牛王』(東郷隆 静山社) Amazon
邪馬台戦記 闇の牛王

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2019.05.21

「コミック乱ツインズ」2019年6月号


 元号が改まって最初の「コミック乱ツインズ」誌は、表紙と巻頭カラーが橋本孤蔵『鬼役』。その他、叶精作『はんなり半次郎』が連載再開、原秀則『桜桃小町』が最終回であります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 新年早々、宿敵・紀伊国屋文左衛門の訪問を受けた聡四郎。後ろ盾の新井白石と袂を分かった不安、自分の振るった剣で多くの者が主家から放逐されたことなどを突かれた上、自分と組んで天下を取ろうなどと突拍子もない揺さぶりを受けるのですが――そんな紀文の精神攻撃の前に、彼が帰った後も悩みっぱなし。ジト目の紅さんのツッコミを受けるほどでありますす(このコマが妙におかしい)。

 その一方で紀文は、その聡四郎に敗れたおかげで尾張藩を追われた当のリストラ武士団の皆さんに資金投下して煽りを入れたり暗躍に余念がありません。聡四郎が悩みあぐねている間に、主役級の活躍ですが――その上田作品名物・使い捨て武士団に下された命というのは、次期将軍の暗殺であります。これはどうにも藪蛇感が漂う展開ですが――さて。


『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 大橋家から失われた七冊の初代宗桂の棋譜を求めてはるばる長崎まで向かった宗桂と仲間たち。ようやく二冊まで手に入れた一行は更なる手掛かりを求めて長崎の古道具屋に辿り着くのですが――そこで待ち受けるは、インスマス面の店主による心理試験で……

 と、将棋要素は、心理試験に使われるのが異国の将棋の駒というくらいの今回。むしろ今回は長崎編のエピローグといったところで、旅の仲間たちが、楽しかった旅を終えてそれぞれ家に帰ってみれば、その家に縛られ、自分の行くべき道を自分で選ぶこともできない姿が印象に残ります。
 そんな中、ある意味一番家に縛られている宗桂が見つけたものは――というところで、次回から新展開の模様です。


『カムヤライド』(久正人)
 難波の湊に出現した国津神の前に立ちふさがり、相手の攻撃を受けて受けて受けまくるという心意気の末に国津神を粉砕した新ヒーロー、オトタチバナ・メタル。しかし戦いを終えた彼女に対し、不満げにモンコは突っかかっていって……
 と、早くも二大ヒーロー揃い踏みの今回、オトタチバナ・メタルとすれ違いざまにカムヤライドに変身するモンコの姿が非常に格好良いのですが、傍若無人なまでのオトタチバナのパワーの前に、文字通り彼も悶絶することになります。

 ヒーロー同士が誤解や立場の違いから衝突する、というのは特撮ヒーローものの一つの定番ですが、しかし気のせいか最近のモンコはいいとこなしの印象。そしてガチムチ女性がタイプだったらしいヤマトタケルは、その彼女に後ろから抱きつかれて――いや、この展開はさすがにない、という目に遭わされることになります。
 そして緊縛要員の彼のみならず、モンコまで縛られ、二人の運命は――というピンチなんだけど何だかコメントに困る展開で次回に続くのでした。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 今回は「かまいたち愛」編の後編――江戸でとある大店に用心棒として雇われた三人ですが、夏海が心惹かれた店の女中・おりんは、実は極悪非道な盗賊・かまいたちの首領の女で……。と、夏海にとってはショッキングな展開で終わった前回を受けて、今回はさらに重くハードな物語が展開します。

 おりんの口から、そのあまりに過酷な半生を聞かされた夏海。かまいたちにしばられた彼女を救うため、店を狙うかまいたちを倒し、おりんが愛する男と結ばれるのを助けようとする夏海ですが――しかし物語はここから二転三転していくことになります。
 薄幸の女・おりんを巡る幾人もの男。その中で彼女を真に愛していたのは誰か、そして彼女の選択は……

 本作名物の剣戟シーンは抑えめですが、クライマックスである人物が見せる「目」の表情が圧巻の今回。無常しかない結末ですが、これを見せられれば、これ以外のものはない――そう思わされるのであります。


 その他、今回最終回の『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)は、江戸を騒がす火付けの濡れ衣を着せられた友人の許婚を救うため、桃香が活躍するお話。絵は良いけれども何か物足りない――という作品の印象は変わらず、やはり「公儀隠密」という桃香の立ち位置が最後まですっきりしなかった印象は否めません。


「コミック乱ツインズ」2019年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年6月号[雑誌]


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 「コミック乱ツインズ」2019年5月号

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2019.05.17

室井大資『レイリ』第6巻 武田家滅亡の先に彼女が掴んだもの


 武田勝頼の嫡男・信勝の影武者となった少女の戦いを描く『レイリ』もいよいよ最終巻。信長の勢いに抗することができず、ついに武田家が滅亡に瀕する中、レイリを待つ運命とは、そしてその果てにレイリが選んだ道とは……

 戦に巻き込まれて家族を皆殺しにされた末に、岡部丹波守に拾われ、そして信勝の影武者となったレイリ。高天神城の戦いで援軍のない中戦い続ける丹波守を救いに向かったレイリは、しかし生き残りの城兵脱出を託され、丹波守と永遠の別れを告げることになります。
 その悲しみを背負いつつも、家族を失って以来取り憑かれていた死への誘惑を振り払ったレイリ。しかし信長の攻勢は続き、武田家最後の希望たる信勝の秘策も空しく、武田家の運命はもはや風前の灯火となります。

 そんな中、レイリを襲う最後の悲劇。影武者としての最後の勤めの末、土屋惣三の子を託されたレイリは、武田家を去るのですが……


 長篠の戦に巻き込まれて父母と弟を殺されたことをきっかけに、ひたすらに腕を磨き、戦って戦って戦い抜いた末に自らも死ぬことを長きに渡り望んできたレイリ。その想いは、信勝や惣三との生活、そして何よりも丹波守との別れによって、ようやくぬぐい去られました。
……しかし武田家を、彼女が影武者を務める信勝を待つ運命は、歴史が示すとおりであります。個人としては群を抜いた(あわや歴史を変えかねないほどの)戦闘力を持つレイリであったとしても、としても、できることには限りがあるのです。

 そう、彼女にできることはただ、信勝を――天才を自認する傲岸不遜な少年でありながらも、誰よりも繊細で、父の愛に飢えていた主を――辱める者を討つこと程度(このくだりの人間描写の真っ黒さは、さすがはこの原作者と言うべきでしょうか)。
 歴史の流れを変えることなどできるはずもなく、ただ親しい人々の死を見送ることだけ、せいぜいがただ一人の命を守ることくらいが、彼女にできることなのであります。

 その意味では、最後の策が遅効性の毒として宿敵を滅びに追いやった信勝の方が、大きく歴史を動かしたと言えるでしょう。
 その策が動き出す場面の背後で、勝頼と信勝が初めて通じ合うイメージが描かれるのがまた泣かせるのですが……


 しかし――それでは彼女は結局何もできなかったのでしょうか。武田家で彼女が送った時間は無意味だったのでしょうか? その答えが否であることは、この最終巻を読めば瞭然でしょう。
 それは一つには、武田家を滅亡に追いやった者への復讐の完遂であることは間違いありません。しかしある意味伝奇的なその復讐以上に、本作において大きな意味を持つものが、物語の最後に描かれるのであります。

 かつて親の側を離れないように、という意味を込めて名付けられたレイリ(零里)。その名の通り――と言ってよいかはわかりませんが、彼女は親の死に囚われ、そして第二の生を、武田信勝という勝手には脱げない他人の仮面をかぶって送ることとなりました。
 いわば一カ所に己を縛り、縛られていた彼女が、そこから解放されて選んだ道は――それを象徴する彼女の言葉、ラストシーンに描かれたものは、決して明るいものではなかったこの物語に、素晴らしく爽やかな風を吹かせてくれたのです。


 全6巻という、決して多くはない分量の本作。しかしそこでは、歴史の中に生きた人間、生きる人間、生きていく人間の姿を、豊かに描かれました。
 そしてその中で彼女が掴んだもの――一言で表せば「自由」の姿は、最後まで物語を読み通した我々の胸を熱くしてくれるのであります。


『レイリ』第6巻(室井大資&岩明均 秋田書店少年チャンピオン・コミックス・エクストラ) Amazon
レイリ(6)(少年チャンピオン・コミックス・エクストラ)


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