2018.11.14

室井大資『レイリ』第5巻 修羅場を超え、彼女が知った意味


 武田勝頼の嫡男・信勝の影武者となった死にたがりの少女・レイリを描く物語も、これではや第5巻であります。織田方による高天神城攻めに対し、命の恩人を救うために単身城に潜入したレイリ。そこで彼女は、若い城兵たちを逃すため決死の任務に挑むことになるのですが……

 信長の命により高天神城を攻める家康軍に対し、救援の兵を送らぬと決めた武田家。しかし城の守将は足軽たちに家族を殺された自分を救い育ててくれた岡部丹波守、恩人を見殺しにすることはできない――と、レイリは単身城に潜入し、丹波守と再会することになります。
 しかしもちろん、如何にレイリが類希なる戦闘力の持ち主といっても、ただ一人で戦況を覆せるわけがありません。そこで丹波守はレイリに対し、若い城兵たちを連れて人一人が通るのがやっとの尾根道・犬戻り猿戻りからの脱出を命じるのでした。

 というわけで、前巻ラストから引き続いてこの巻の前半で描かれるのは高天神城からの脱出作戦。しかし尾根道といっても敵がこれを見逃すはずもなく、味方を逃がす間の時間稼ぎが必要なわけですが――これこそがもちろんレイリの出番であります。

 単身出撃すると、待ち受ける敵兵をある時は刀で、ある時は弓で斃し、そして馬が鉄砲で撃たれればその亡骸を壁代わりにして敵兵をスナイプしていくという恐るべき戦いぶりを見せるレイリ。
 が、しかしそれも所詮は時間稼ぎ、ついに城が落城し、前方だけでなく、後方からも敵兵に挟み撃ちされることとなった彼女は、城兵たちを連れて逃れるものの、文字通り刀折れ矢尽きる形で、雑兵たちに取り囲まれて……


 と、文字通りの修羅場が続いた前半に対し、後半は表向き平和な甲府を中心に、武田家中を舞台とした物語が展開いたします。

 武田を根絶やしにせんとする信長に対し、如何に負けず戦い抜くか――信勝はその策としてなんと籠城を発案、その場として小山田信茂の守る岩殿山をレイリと共に視察することになります。
 ここで信茂の前で信勝が語る策が、ある意味実に壮大で面白いのですが――その合間合間に信勝やレイリが見せる若者としての素の表情もまた面白い。

 本作は戦国ものでありつつも、「派手な」場面はむしろ少な目(来るときはドッと来ますが)という印象ですが、それ以外のいわば「平時」で描かれる人々の姿もまた魅力的であると、今更ながらに再確認させられます。
 もっとも、その「平時」がそう長くは続かないことを、我々は知っているのですが……


 しかしその「平時」を望まない――「死にたがり」だったレイリに、大きな心境の変化が訪れたことが、この後半において示されることになります。

 かつて己の眼前で、自分を庇った家族が惨殺されたのを目の当たりにして以来、早く戦いの中で殺されて家族のもとへと行くことを望むようになったレイリ。
 この主人公の強烈な設定こそが、本作の大きな特徴だったわけですが――しかしここでレイリは、その「死にたがり」を、自らの口から否定するのであります。

 彼らは何のために死んだのか、そして人は何のため戦い、生きるのか――その意味をついに彼女が知った、と文字で書くのは簡単です。しかし恩人である丹波守の死を経験した彼女が語る言葉は、どこまでも重く、そして同時に清々しく感じられるのです。


 そして結末においては、全く思わぬ形で、レイリにもう一つの重大な転機が訪れることになるのですが――死にたがりを止め、そして一つの役目を終えた彼女が、この先如何にして新たな生を生きることになるのか。
 いや、この先の生があるとは限りません。いよいよ信長が武田家殲滅を決定、最後の戦いがいよいよ始まろうとしているのですから……

 おそらくはこの物語もあとわずか、少なくともその時までにレイリが如何に生きるのか、見届けたいと思います。


『レイリ』第5巻(室井大資&岩明均 秋田書店少年チャンピオン・コミックス・エクストラ)

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2018.10.27

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第10巻 最終決戦目前! 素顔の張良と仲間たちの絆


 抗秦の戦いもいよいよ佳境、単行本もついに二桁に突入した本作。この巻では項羽サイドはほとんど(ただし、極めて重要な場面を除いて)描かれることなく、その全てで劉邦の、すなわち張良の戦いが描かれることとなります。関中を目前とした劉邦軍の行く手に待ち受けるものは……

 先に関中に入り、咸陽を落としたものが天下の王となる――そんな構図の下、再び合流した張良の策により天下の険たる函谷関を避け、武関を目指す劉邦軍。途中、調子に乗った劉邦のチョンボによって窮地に陥るも、張良の機転によって事なきを得た一行は、ついに武関を目前とすることになります。
 しかしここから先は秦の地、兵糧もさることながら兵の志気も考慮に入れることを進言する張良ですが――ここに状況を一変させるような報が入ります。

 そう、なんと秦軍を率いて項羽に真っ向から抗していた章邯が降伏し、これによって関中への障害がなくなった項羽は、一気に西進を始めることとなったのであります。

 これもまた張良の予想通りではあります。しかしこの報を受けて彼の中にたぎるのは、他人の手ではなくこの手で――すなわち項羽軍ではなく劉邦軍が秦を滅せねば気がすまないという強い想い。
 万事冷静さを崩さぬ彼にしては珍しく感情的な姿を見せる場面ではありますが――しかしそんなある意味素顔の彼を理解し、支える窮奇と黄石の姿が実にいい。そして二人の想いに応え、これが「私戦」だと――己の名が地に墜ちても本望と思い定める張良の姿もまた熱いのであります。

 そしてある意味箍を外した張良の策によって武関、そして嶢関攻めが行われることになりますが――ここで武関の将が金に汚いことをついてこれを宝物で落とす張良。
 そして武関の兵とともに嶢関に進軍する張良ですが、彼が珍しく気を緩める姿に不安感を覚えてみれば――いやはやこう来たか、と唸らされる展開が描かれることになります。

 なるほど、史実からすればこの展開以外はないのですが(尤も、あとがきによればこの辺りも作者の苦慮が窺われるのですが……)、しかしこの辺りの盛り上げ方の巧さは、これはやはり作者の業というものでしょう。


 そしてついに関中に入った劉邦と張良ですが――ここで描かれるのは秦国内の混乱と、二世皇帝・胡亥を傀儡とする宦官・趙高の専横の姿。あの有名な馬鹿(うましか)の故事もここで描かれることとなりますが――その後の国を売って己の身を長らえようとする姿といい、いやはや、権力者の醜悪さは古今東西を問わず変わらぬものと見えます。

 それはさておき、その趙高の誘いに対し、毅然と断ってみせる張良の姿もまた格好良いのですが――真に盛り上がるのはここからであります。
 混乱の中にあるとはいえまだまだ秦の国力は強大、正面から咸陽を落とすのは不可能。だとすればどうすればよいのか――ここで秦の「心を折る」策を進言、いや宣言する張良と、劉邦を始めとする仲間たちが張良を信頼する姿は、ほとんど最終決戦直前のような盛り上がりなのです。


 いや、まさしくこれが秦との最終決戦。張良が、劉邦が、窮奇が、そして黄石までもが己の命を賭けて挑む戦いの行方は、劉邦軍優位に進むのですが、ここである事件によって秦軍の志気が一気に高まることに……
 前には秦軍が立ちふさがり、後ろには項羽が迫る中、果たして劉邦と張良の戦いの行方は――心憎いほど先が気になるヒキで終わる第10巻であります。

『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第10巻(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス)

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2018.09.19

澤見彰『横浜奇談新聞 よろず事件簿』 もう一人の福地、時代の影から物申す


 最近は『ヤマユリワラシ』『白き糸の道』と骨太の作品が続いた作者ですが、軽妙な味わいの(それでいて根底には重いものが流れる)作品も得意とするところであります。本作もその流れを汲む作品――明治初期の横浜を舞台に、生真面目な元武士と軽薄な英国人記者のコンビが怪事件を追う連作です。

 かつて海軍伝習所に学び、その外国語の知識を活かすことを夢見たものの、病で海外行きの機会を逃して以来、鳴かず飛ばずの暮らしを送る青年・福地寅次郎。恩人の勧めで横浜を訪れては見たものの、彼にできることさしてはなく、翻訳の仕事などで食いつなぐ毎日であります。
 そんな中、ついに髷を落とすという決心を固めて訪れた寅次郎は、理髪店で容姿端麗ながら脳天気で軽薄な英国人青年・ライルと出会うことになります。

 奇談怪談ばかりを扱う新聞「横浜奇談」の記者であるライルから、この理髪店で落とされた髷の怨念が夜な夜な怪事件を起こすという噂を聞かされた寅次郎。成り行きから理髪店の店主を助けるために一肌脱いだ寅次郎は、ライルから自分と一緒に「横浜奇談」を作ろうと誘われるのですが……


 おそらくは明治初期、いや幕末の日本において、最も世界に開かれた場所であろう横浜。この開化の横浜を舞台とした作品は数々ありますが、本作の最大の特徴は、その時代と場所、そしてそこに集う人々を描くのに、新聞という新たなメディアを切り口としていることでしょう。
 もちろん、江戸時代にも瓦版はありますが、新聞はそれとはまた似て非なるもの。面白半分のゴシップや奇談だけでなく、社会や政治に対するオピニオンを掲載したその内容は、新たな時代の象徴として、そして欧米から流入した文化の代表として、まことに相応しいと言えます。

 ……もっとも、本作で寅次郎とライルが携わる「横浜奇談」は前者をメインに扱うのですが、しかしそれでも新聞の、記者の魂は変わりません。ワーグマンやベアトといった当時の(実在の)先達に嗤われながらも、地に足のついた、いや地べたから物申すメディアとして、寅次郎とライルは日夜奮闘を繰り広げる――その姿こそが、本作の魅力であります。

 そう、新しい時代が輝かしい文明の光をもたらす一方で、光に憧れながらそれに手が届かない者、その光の輝きに馴染めぬ者、光の中に踏み出すのを躊躇う者――そんな光から外れた影の中に暮らす人々、暮らさざるを得ない人々がいます。
 その一人が、物語が始まった時点の寅次郎であることは言うまでもありません。

 そして寅次郎だけでなく、取材の中で彼とライルが出会う人々もまた、それぞれの形で時代の影に囚われた者たちであり、そんな人々が絡んだ怪事件の数々は、そんな時代の影、時代の矛盾が生んだものであります。
 そしてそんな事件の背後にあるのは、女性蔑視や人種差別といった重く難しい――そして何よりも、今この時代にも存在するもの。その事件を新聞記事として明るみに出すことで、彼らは彼らなりのやり方で、時代に、時代の在り方に挑んでいると言えるでしょう。

 寅次郎とライルを中心にしたキャラクターのコミカルなやりとりを描く一方で、この時代背景ならではの、そして決して我々にとっても無縁ではない「もの」を浮き彫りにしてみせる本作。
 実のところ、描かれる怪事があまり怪事でなかったり、登場人物たちがいささか物わかりが良すぎる印象は否めないのですが――軽く明るく、そして重く厳しい物語内容は、実に作者らしい、作者ならではのものと言えます。
(そして小動物が可愛いのもまた、別の意味で作者らしい)


 ちなみに上に書いたとおり、寅次郎の姓は福地ですが、この時代にはもう一人、新聞記者の福地が存在します。その名は福地源一郎――桜痴の号で知られる彼は、やはり幕末に外国語を学び、明治時代に新聞記者として活躍した人物であります。

 しかし幕末に遣欧使節に加わり、明治時代には役人として活躍した源一郎は、寅次郎とは対照的な存在と言えるでしょう。
 ある意味本作は、明治の光を浴びた福地ではない、もう一人の福地を主人公とすることで、光からは描けないものを描いてみせた物語なのではないか――いささか大袈裟かもしれませんが、そのようにも感じるのであります。


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2018.09.17

「コミック乱ツインズ」2018年10月号


 今月の『コミック乱ツインズ』は、表紙が『軍鶏侍』、巻頭カラーが『勘定吟味役異聞』。特別読切等はなしの、ほぼ通常運転のラインナップです。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 上に述べたとおり巻頭カラーの本作ですが、主人公のチャンバラは今回なし。というより、今回のエピソードに関わる各勢力の思惑説明回という趣であります。シリーズ名物の上役から理不尽な命を下される(そして聡四郎を逆恨みする)役人も登場、文章で読むとさほどでもありませんが、絵でみるとかなり可哀想な印象が残ります(普通のおじさんなので)。

 さて、今回聡四郎の代りに活躍するのは、相模屋の職人頭の袖吉。これまでも何かと聡四郎をフォローしてきた袖吉ですが、今回は潜入・探索要員として寛永寺に潜入して重要な情報を掴むという大金星であります。すごいな江戸の人入れ屋……


『軍鶏侍』(山本康人&野口卓)
 久々の登場となった印象のある本作ですが、面白いことに今回の主役は軍鶏侍こと岩倉源太夫ではなく、彼が家に作った道場に通う少年・大村圭二郎。父が横領で腹を切った過去を持ち、鬱屈した日々を追る彼は、ある日、淵で主のような巨大な鯉と出会って……

 と、少年の一夏の冒険を描く今回。周囲の人間とうまく係われずにいた圭二郎が大鯉と対峙する姿を、時に瑞々しく、時に荒々しく描く筆致の見事さは作者ならではのものと言うほかありません。
 師として、大人として、圭二郎を見守る源太夫の立ち位置も実に良く(厭らしい言い方をすれば、若い者に格好良く振舞いたいという読者の要望にも応えていて)、彼の命で圭二郎を扶ける老僕の権助のキャラクターも味わいがあり、良いものを読むことができました。


『カムヤライド』(久正人)
 出雲編の後編である今回は、出雲国主の叛乱に乗じて復活した国津神・高大殿(タカバルドン)との決着が描かれることとなります。
 真の姿を現した高大殿の前に、流石のモンコ=神逐人(カムヤライド)も追い詰められることになるのですが……
 変身ヒーローのピンチ描写では定番の、そして大いに燃えるマスク割れも出て、クライマックス感満点であります(ここでサラリとモンコのヒーロー意識を描いてくれるのもいい)。

 ここでカムヤライドの攻撃も通用しない強敵を前に、モンコが用意する対抗手段も意外かつユニークなのですが、盛り上がるのはそのためにモンコがヤマトタケルを対等の相棒として協力を求めるシーン。自分の王家の血にはそんな特別な力はない、と躊躇うヤマトタケルに対するモンコのセリフは、もう殺し文句としかいいようのないもので、大いに痺れます。
(この出雲編では、冒頭から「王家の血」の存在が様々な形で描かれていただけに、モンコがそれをバッサリと切り捨ててみせるのが、実にイイのです)

 そしてラストでは意外な(?)次回へのヒキも用意され、大いに気になるところであります。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 冒頭のセリフ「酷暑(あつ)い…」が全てを物語る、ひたすら暑い強烈な日差しの下で男たちが過剰に汗を流しながら繰り広げられる今回の主人公は、冒頭のセリフの主である海坂坐望。「仇討」の仇名のとおり、兄の仇を追って長きに渡る旅を続けている坐望ですが……

 川で流されていた少女を助けのがきっかけで、その父である髭浪人・左馬之助と出会った坐望。竜水一刀流の遣い手である左馬之助と語るうちに、かつて主命によって望まぬ人斬りを行い、藩を捨てたという彼の過去を知る坐望ですが、それは彼と無縁ではなく――というより予想通りの展開となります。
 そしてクライマックス、町のヤクザ同士の出入りの助っ人として対峙することとなる坐望と左馬之助。坐望の心の中に既に恨みはなく、左馬之助は坐望の過去を知らず――ただ金のためという理由で向き合う二人の姿は、武士の、用心棒という稼業の一つの姿を示しているようで実に哀しい。

 その哀しさを塗りつぶすかのように過剰にギラギラ照りつける日差しと、ダラダラ流れ続ける汗の描写も凄まじく、息詰まる、という表現がふさわしい今回のクライマックス。
 ラストでちょっと一息つけるものの、これはこれで気になる展開ではあります。


「コミック乱ツインズ」2018年10月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年10月号[雑誌]


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2018.09.14

和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第1巻 再び始まる物語 帰ってきた流浪人! 


 あの『るろうに剣心』の正真正銘の続編――北海道編の第1巻が発売されました。作中の時間軸では前作の5年後、現実世界では1999年の連載終了から18年の時を経て復活した本作が、本当に色々あって――…ようやく単行本の登場であります。

 幕末には人斬り抜刀斎として、そして明治には一人の流浪人として戦い続けた緋村剣心。その戦いは、抜刀斎の罪を償わせんとする者との激突を経て、剣心として闘いの生を全うすることを決意したことをもって終わりを告げ、薫と新しい家庭を築いたところで物語は完結したのですが……

 明治16年、小菅集治監から刑期を終えて出所した少年・長谷川悪太郎と井上阿爛。金もなく行くあてもない二人は、5年前に悪太郎が志々雄真実一派のアジトから持ち出した一本の刀を売り払おうとするも、謎の少女・旭にまとわりつかれた上に、残党に追われることになります。
 追い詰められた二人を救ったのは剣心――かくて神谷道場に引き取られた悪太郎は、明日郎と名乗り、阿爛とともに新たな暮らしに足を踏み出すことに……

 そんな『明日郎前科アリ』をプロローグとして始まった北海道編。この第1巻においては、前半に『明日郎前科アリ』前後編が、後半に北海道編第3話までが収録される形となっております。

 赤べこで、偶然旭と再会した明日郎。旭が属する、志々雄一派とも異なる謎の組織の男と激突した明日郎は、暴走の末に剣心に取り押さえられるのですが――そこで男が残した一枚の写真を見つけます。
 函館で撮られたと思しいその写真に写っていたのは、一人の男。しかしその男が、西南戦争で死んだはずの薫の父・越路郎であったことから、事態は一気に動き出すことになります。

 写真の真偽を確かめるため、北海道に向かうことになった剣心と薫、剣路と、明日郎・阿爛・旭。しかしその頃、函館山では、山頂に立て籠もり警官隊を全滅させた謎の敵に、ただ一人、斎藤一が挑もうと……

 そんな第1話の北海道編ですが、実は剣心たちが海を渡るのは第3話、すなわちこの巻のラストであります。先に述べたように、北海道編本編はこの巻の後半からの収録のためではありますが、しかしこの部分だけでも、『るろうに剣心』の続編の始まりとして、大いに盛り上がるのです。

 そう、続く第2話で登場するのは、新たなる謎の敵。警官隊のみならず完全武装の軍隊までわずか四人(実質三人)で戦闘不能にしてのけたその敵の名は「剣客兵器」!
 その形象は剣客、その本質は兵器という名乗りも格好いいこの四人、正体目的は全く不明ながら、その外連が効き過ぎたビジュアルといい武器といい技といい、紛れもなく『るろうに剣心』の敵。この巻ではその一人と斎藤一との激突が始まったところですが、この先の展開には期待大であります。

 そしてそれとはまた別の意味で本作らしい――そして個人的にはより強く印象に残った――のが、第3話で描かれる、弥彦と剣心の再度の立ち会いです。
 この二人の立ち会いは以前にも描かれ、その時は剣心が弥彦に逆刃刀を譲るという結果になったわけですが――今回はその逆、弥彦が剣心に逆刃刀を返すこととなります。

 剣心から弥彦への逆刃刀の継承という展開は、幕末の剣術から開化の剣道への変化という意味も込めて実に良い展開だと感じていたのですが、それがここで再び剣心の手に逆刃刀が返ってしまったのは、正直に申し上げれば残念なところではあります。
 そもそも前作では新たな時代の象徴であった弥彦。その彼が、さらに新たな時代の人間である明日郎たちに押し出されたように、半ば退場する形となったのには、なんとも言えぬ哀しさがあります(身も蓋もないことを言えば、この先登場しそうな前作キャラも加えれば、味方側のキャラが多すぎるのですが)。

 しかしここで描かれる、再度の立ち会いの末に弥彦が失ったもの、手に入れたものの姿は、その見せ方のうまさもあって実に感動的であり――彼にとってのモラトリアムの終わりという印象があります。
 これはこれで一つの時代の終焉――というのが大袈裟であれば、時代の移り変わりを感じさせてくれるものがあります。少年少女時代に前作を読んでいた読者には、胸に迫るものがあるのでは、というのは言い過ぎかもしれませんが……


 何はともあれ、新たな物語の幕は上がりました。かくなる上は、二度と物語が中断することがないよう祈りつつ、新たな時代に向かう、新たな時代に生きる者たちの姿が如何に描かれるのか――それを胸躍らせながら待つのみであります。


『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第1巻(和月伸宏 集英社ジャンプコミックス) Amazon
るろうに剣心─明治剣客浪漫譚・北海道編─ 1 (ジャンプコミックス)


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 和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』 第一幕「明治十六年 神谷道場」

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2018.08.22

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第8-9巻 劉邦を囲む人々、劉邦の戦の流儀


 「項羽と劉邦」の戦いを、張良の視点から見た新解釈で描く本作も、早くも単行本の巻数は二桁目前。しばらく物語は項羽サイドを中心に描かれていた印象がありますが、この第8、9巻では、再び劉邦と張良の活躍が描かれることになります。が、もちろんその戦いの道のりは決して平坦ではないのですが……

 項梁が章邯率いる秦軍の前に思わぬ敗死を遂げ、混沌とした状況となった抗秦の戦い。その中で恐るべき「狂」の力を発揮した項羽は、(窮奇のフォローはあったものの)七万の楚軍で二十万の秦軍を破るという大勝利を挙げ、一気にその名を高めることになります。

 が、もちろん秦との戦いはそれで終わったわけではありません。この戦いにあたっては、項羽が奉戴する楚王・懐王により、一番先に関中――秦の都たる咸陽一帯に入った者をその地の王とする、と宣言されている以上、先に関中に入ったものが「あがり」なのであります。
 一度は敗れたとはいえ章邯はいまだ健在、項羽が章邯と対峙している間に、するりと関中に入ってしまえば――という漁夫の利を狙うのが、ある意味劉邦らしいといえばらしいところであります。

 が、もちろんそれがそうそううまくいくはずもありません。主力ではないとはいえ、咸陽を守る軍が弱兵であるはずもなく、しかも戦力差はまだまだ大きい。そしてそもそも劉邦はそれほど戦に強くなく、何よりも張良は韓の地で韓王を奉じて戦っている最中――とくれば、迷走しない方が不思議であります。
 かくて、あちらの敵軍にちょっかいを出し、こちらの城を攻め、そのたびに反撃を食らっては這々の体で逃れる――ということになるのでした。

 と、そこに颯爽と帰還したのは張良であります。項羽とも見紛う巨漢にして韓王家の傍流の血を引く姫信(韓王信)と援軍を伴って駆けつけた張良は早速秦軍を一蹴。さらに関中を目指すため、堅牢で知られる函谷関を避け、より南にある、そして手薄な武関を攻めるべし、と的確な指示を下すのです。
 さすがは主人公、張良が劉邦の側にいる時の安心感は相当のものがあります。……側にいる時は。

 ここのところの連戦で体調を崩したこともあり、一端劉邦と別行動を取ることになった張良。そんな中でもしっかり策は残していったのですが――張良の言を容れるのに躊躇わない劉邦は、同時に他の人間の言を容れるのも躊躇わず、そのために思わぬ窮地に陥ることに……


 というわけで、実に危なっかしい、見ようによっては何だか楽しい劉邦軍の戦いが描かれることになるこの2巻。前巻の鬼神の如き項羽の暴れっぷりに比べると、お人好しでお調子者の劉邦の頼りなさは、あまりに対照的に映ります。
 しかし対照的なのは将本人の姿だけではありません。将を囲む人々の姿――それこそが二人の大きな違いであるとわかります。

 范増という軍師はいるものの、基本的にその強さは項羽自身の武威に依る楚軍。前巻で嫌というほど描かれたその姿は、今回も項羽が韓信の献策を一蹴することで明確にされていると言えます。
 それに対して劉邦の軍は――本人の人柄と言うべきか、何ともユルい。将としての威厳・威圧感のなさもさることながら、元々が任侠の仲間たちであるためか、彼と配下の面々との距離感は、非常に近いことは間違いありません。

 それは彼が強く信を置く張良との関係にも現れているところであり、それがこれまでの、そしてこれからの劉邦の躍進に大きな影響を与えることは間違いありませんが――本作におけるそれは、項羽と劉邦の間の違いを象徴しているようにも感じられます。

 そしてまた、その違いが今回取り上げた巻では随所に現れていると言えるでしょう特に蕭何の地道な兵站(そこには張良の策があるものの)が勝利に繋がるくだりは、項羽と劉邦の戦の流儀の違いとも直結する内容で、感心させられたところであります。


 そして、こうしたキャラクター描写の妙に加えて、これまでも何度も述べてきたように、「史記」の数行の描写の行間を読む作者の努力――には、基本的にあとがきを読むまでは読者は気付かないのですが――が本作の面白さを支えていることは言うまでもありません。
 特に第8巻のあとがきに記された、張良と劉邦の合流場所については、作者の拘りが物語の起伏に直結する形で昇華されていて、改めて感心させられたところであります。


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2018.08.21

楠章子『夢見の占い師』 まぼろしの薬売りが怒り、悲しむもの


 前作『まぼろしの薬売り』から5年後に刊行された待望の続編――明治初期の日本を舞台に、人里離れた村々に薬を届ける時雨と小雨の師弟が出会った事件の数々を描く物語です。が、本作の後半では少々意外な展開が……

 未だ近代化の波が及ばない僻地を訪れては、人々に薬を与える「まぼろしの薬売り」こと時雨と、その弟子・小雨。世にも美しい青年である時雨と、元気いっぱいの少年である小雨には、それぞれ隠された過去がありましたが――今は二人で人々に希望と元気を与えるために旅を続ける毎日であります。
 前作は全四話構成の連作短編集といった趣の作品でしたが、本作も基本的な構成はほぼ同様であります。

 第一話「野ざらしさま」の舞台となるのは、医者や薬師が必要ないという海辺の小村。他所とほとんど交流がないというこの村を訪れた二人は親切な夫婦に歓待されるのですが、小雨が食あたりで倒れ、薬も効かない状態で苦しむことになります。
 そこで村に伝わる万病を治す存在・野ざらしさまを頼ろうとする夫婦ですが――しかしその正体は意外なものであったのです。

 そして第二話「赤花の人たち」は、不治の病と恐れられる赤花病の患者が捨てられる山中の村を舞台とした物語。そこで暮らすのは、みな捨てられた元患者たち――実は病は完治するものでありながら、伝染を恐れる人々に追われた彼らは、一つの共同体を作って暮らしていたのであります。
 その村を訪れた時雨と小雨は、途中で赤花病を発症した幼い少女と出会うのですが……

 共同体を維持するために、か弱いものを犠牲にせざるを得ない人々を描く第一話、周囲の人々の偏見の目によりやむなく隔離された環境で生きざるを得ない人々を描く第二話――いずれもそこで描かれるものは、近代化以前の、因習や迷信に囚われた者たちの姿ではあります。

 しかしそれは決してこの時代のものだけではなく、様々に形を変えて現代に通じるものであることを、我々は知っています(特に第二話のモチーフが何かは明白でしょう)。
 ここで描かれるのは過去の物語であるだけでなく、現在の現実――そんな重く苦い(もちろんそれだけではないのですが)味わいは、前作同様と言えるでしょう。


 一方、前後編的な内容である後半の「さるお方」「奇跡の子ども」は、前半とは少々変わり、伝奇的味わいすらある内容です。

 謎の一団によって攫われた小雨。かつてなみだ病なる奇怪な病で家族や周囲の人々を全て失いながらも生き延びた彼は、「奇跡の子供」と呼ばれ万病に効く「薬」として狙われていたことから、小雨を救うべく時雨は奔走することになります。
 しかしその前に現れたのは、かつて時雨を広い、医術を仕込んでくれた師にして老忍びの雷雨。手違いで配下の者が小雨を攫ってしまったと語る雷雨は、時雨を自分たち忍びが暮らす村に迎えるのでした。

 そこで周囲から丁重に扱われていたのは、白い髪と白い肌を持った少女・ユキ。夢によって将来を占う力を持つユキは、雷雨たちの主にとって大事な存在なのですが、体が弱く、日の光の下では暮らせぬ身だったのです。そんな彼女と仲良くなった小雨は、何とか彼女を救い出そうとするのですが……

 前作では時雨の背景として描かれる程度であった、雷雨と忍びたちの存在がクローズアップされるこのエピソード。そこに明治初期という時代背景と「国」という存在を絡めることによって、物語は意外なスケールの大きさを見せることになります。

 しかしあくまでも物語の中心にあるのは、一人の人間の命の重さと尊さ、儚さ。そしてその命を守り、癒やすための犠牲は許されるのか、という問いかけであります。
 もちろん、その問いに簡単に答えが出せないことは言うまでもありません。いかに優れた腕を持ち、「まぼろしの薬売り」とまで呼ばれるとはいえ、時雨もただの人間。全ての病を治すことはできず、そしてそのためにあらゆる手段を用いようとする人々の心は、誰よりもよくわかっているのですから。

 しかし、それでも守らなくてはいけないことが、許してはいけないことがあります。物語の結末で時雨が語る言葉――弱者の犠牲を当然とする世界に対する怒りと悲しみの念は、それを知る時雨の口から出るからこそ、この上もない重みを持って感じられます。
 そしてその時雨だからこそ、人の命を救うという重圧を背負いながらも、旅を続けられるのだと、理解できるのです。

 そんな時雨と、時雨を支える小雨の旅路をこの先も読んでみたい――そう感じさせられる佳品であります。


『夢見の占い師』(楠章子 あかね書房) Amazon
夢見の占い師


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2018.08.18

東村アキコ『雪花の虎』第6巻 川中島直前 去る命、集まる命


 掲載誌の休刊という奇禍に見舞われたものの、無事に移籍した女長尾景虎(上杉謙信)伝の最新巻であります。北上を企てる武田晴信との決戦を控えつつ、にわかに慌ただしさを増していく景虎の周囲。そんな中、彼女の最愛の存在が、ついにその命を燃やし尽くすことに……

 武田晴信との思いも寄らぬ遭遇を乗り越え、いずれ来るであろう彼との激突を腕を撫して待つ景虎。しかし天文21年は無事に明け景虎は春日山城の者たち、そして嫁いだ姉・綾、そして景虎との家督争いに敗れた形で隠居した兄・晴景とともに、一時の平和な時間を過ごすことになります。

 しかしそんな中でも不穏な影は彼女たちに迫ります。晴景の近くに潜んでいた武田家の草――山本勘助によって送り込まれた忍びが、景虎が女姿で晴景のもとを訪れたことを知ってしまったのであります。
 一人これを察知した晴景は、病身にも関わらず、単身これを阻もうとするのですが……


 長尾景虎が女性、という奇想天外かつキャッチーなアイディアがまず印象に残る本作ですが、同時に、景虎と彼女の周囲の家族の姿を、一種ホームドラマ的に描く点もまた、特徴と言うべきではないか――私はそう感じてきました。

 その要素は、景虎が武将として独り立ちし、長尾家の当主となったことで薄れてきた面は否めませんが、しかしそれでももちろん、肉親との関係が断ち切られるわけではありません。
 特に「男」同士であり、心ならずとはいえ家督を争うことになった兄・晴景との関係は、(他の作品で描かれる)他の戦国武将の兄弟関係とは、また大きく異なるものとして描かれていた印象があります。

 戦国時代の「家」というシステムに規定されざるを得ない彼女たちであった――それゆえにまさに二人は家督争いを「演じ」ざるを得なかったのですが――ものの、しかしそこにあったのは、どこまでも文弱ながら心優しき兄と、剛健にしてしかし時に不安定な立場に揺れる妹が、互いに気遣う姿。
 そんな二人が互いを想い、そして自らの身の上を想う姿は、本作を大きく特徴づけるものであったと感じます。そしてこの巻において、兄が妹に遺したものを見れば、それが最後まで全うされたというほかありません。


 さて、長尾家がそのような状況である一方で、「外」の世界では戦国の激動がいよいよ本格化。
 北条氏康の圧力に押された関東管領・上杉憲政が国を捨てて越後に落ち延び、さらに武田晴信を二度にわたり大敗させた(そして景虎と出会うきっかけを作った)村上義清もまた越後に走り――否応なしに長尾家と越後は戦乱の真っ只中に置かれることになるのであります。

 この辺りの窮鳥を懐に匿ってしまう景虎の態度を、彼女の女性性から来る優しさの表れとして描くのは、個人的には違和感がないでもないのですが、ギャグも交えつつ描かれる(これは作品の全般に渡るところではあります)その姿は妙な説得力がある――と言えるかもしれません。
 何はともあれ、武田の村上攻めの報を受けた家臣たちが「虎様…それは…」「また来ますぞ。」という辺りなどの呼吸は実に楽しく、緩急の付け方のうまさはやはりこの作者ならではなのだなあと、もう何度目かになる確認をした次第であります。

 ちなみに女性性といえば、景虎が女性と知れば途端に口説きにかかる村上義清の気持ち悪さは(いかに外見はナイスミドルとはいえ)実に印象的で、いかにもありそう――と思いつつ、この先彼女が晴信らとはまた別に戦っていかなければならないものの大きさを垣間見せてくれたのも出色と言うべきでしょうか。


 さて、この巻のラストでは、その義清の登場をきっかけにいよいよ第一次川中島の戦いが勃発。武将としての景虎と晴信の関係性が如何に描かれ、変化していくのか――今後も楽しみな作品であります。


『雪花の虎』第6巻(東村アキコ 小学館ビッグコミックススペシャル) Amazon
雪花の虎 (6) (ビッグコミックススペシャル)


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2018.08.17

「コミック乱ツインズ」2018年9月号

 お盆ということでか今月は少々早い発売であった「コミック乱ツインズ」誌の2018年9月号。表紙は『仕掛人藤枝梅安』、新連載は星野泰視『宗桂 飛翔の譜』であります。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介していきましょう。

『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視 監修:渡辺明)
 『哲也 雀聖と呼ばれた男』の星野泰視による新連載は、江戸時代に実在した将棋名人・九代目大橋宗桂の若き日の活躍を描く物語であります。

 1775年、十数年前から「名人」が空位となっている時代。亀戸の将棋会所を営む桔梗屋に敗れた不良侍・田沼勝助が、家宝の大小を奪われる場面から物語は始まります。
 初段の免状を笠に着て、対局相手に高額の対局料を要求するという博打めいたやり口の桔梗屋から刀を取り戻すため、茶屋で出会った若い侍の大小を盗んだ勝助。その大小をカタに再戦を望む勝助ですが、彼を追ってきた侍が代わって桔梗屋と対局することに……

 と、言うまでもなくこの若侍こそが大橋宗桂。素人をカモにする悪徳勝負師を主人公が叩き潰すというのは、ある意味ゲームものの第一話の定番と言えますが、今回はラストに宗桂が勝負を行った本当の理由がほのめかされるのが興味を引きます。
 ちなみに田沼勝助は、かの田沼意次の三男。後世に事績はほとんど残っていない人物ですが、それだけに今後の物語への絡み方も楽しみなところです。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 宿敵たちの陰謀で尾張徳川家に狙われることとなった聡四郎。橋の上でただ一人、多数の刺客に狙われるという窮地に、謎の覆面の助っ人が現れ――というところから始まる今回、冒頭からこれでもかと派手な血闘が描かれることになります。
 己に勝るとも劣らない剣士の出現に、敢えて一放流の奥義を見せる聡四郎と、それに応えて自らも一伝流なる剣の秘技を見せる謎の男。二人の今後の対決が早くも気になるところですが――しかしその因縁は、師・入江無手斎の代から続くものであることが判明します。

 かつて廻国修行の最中、浅山一伝斎なる剣客と幾度となく試合を行った無手斎。いずれも僅差で無手斎が勝負を収めたものの、いつしか一伝斎は剣士ではなく剣鬼と化し、無手斎の前に現れて……
 こうしたエピソードは剣豪ものであればさまで珍しいものではありませんが、一種の官僚ものとも言うべき本作に絡んでくると、途端に異彩を放ちます。あの無手斎までもが恐れる一伝流に対し、紅さんのためにも一歩も引かず戦うと決めた聡四郎――いよいよこの章も佳境に突入でしょうか。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 政宗最大の危機とも言うべき、伊達家包囲網と最上義光との対決。そんな中で政宗の母であり、義光の妹である義姫は、戦を止めるために単身戦場のど真ん中に乗り込んで――と、漫画みたいな(漫画です)前回ラストから始まる今回は、なんと主人公の一人である政宗不在で進むことになります。

 もちろんその代わりとして物語の中心にいるのは義姫。無茶苦茶のようでいて意外としたたかな行動を見せる彼女の姿を、振り回される周囲の人々も含めて浮かび上がらせ、その先に彼女が動いたただ一つの理由を描くのは、もう名人の技と言いたくなるような印象であります。
 そんな中で、義光の口から真に恐るべき相手――豊臣秀吉の名を出して今後に繋げるのも巧みなところ。……秀吉? かつて描かれた(というか今も描かれている)秀吉は、やたら体が頑丈で、奥さんの料理が殺人級の人物でしたが、さて。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 あてどなく旅を続ける浪人三人組の物語、今回は終活こと雷音大作の主役回。御炭納戸役を辞して炭焼きとなった旧友を十年ぶりに訪ねてみれば、その旧友は……
 というわけで、今回は暴利を貪る御炭奉行と炭問屋から、炭焼きたちが焼いた備長炭を守るために戦う三人組。正直に申し上げて今回の悪役の類型ぶりはちょっと驚くほどなのですが、その悪役たちに対して怒りを爆発させる雷音の表情は衝撃的ですらあります。

 激流を下る小舟の上での殺陣といういつもながらに趣向を凝らした戦いの末、悪役を叩き潰した雷音の決め台詞も、ちょっとそれはいかがなものかしらと思わないでもありませんが、これはこれでインパクト十分で良し、であります。


「コミック乱ツインズ」2018年9月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年9月号 [雑誌]


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2018.08.15

響ワタル『琉球のユウナ』第2巻 二人にとってのもっともやりにくい「敵」!?


 15世紀末の琉球を舞台に、人ならざるものと交流する力を持つ朱色の髪の少女・ユウナと、後に琉球王朝の黄金時代を築く尚真王・真加戸の交流を描くユニークな漫画の第2巻であります。王として日々奔走する真加戸の力になるべく奮闘するユウナですが、二人の前に思わぬ「敵」が現れて……

 その容貌と力から、幼い頃より周囲に疎まれ、二匹のシーサーの他は友達もなく孤独に暮らしてきたユウナ。そんなある日、お忍びで城を抜け出してきた真加戸と出会ったことから、彼女の運命は大きく変わることになります。
 王位継承時の因縁から、何者かの呪いを受けていた真加戸をその力で救ったユウナは、真加戸に気に入られ、半ば強引に都で暮らすことに。大切な「友達」である真加戸のためにユウナも奮闘するうち、二人の距離は徐々に縮まって……

 と、実に甘々な(しかしユウナがコミュ障のためになかなか進展しない)二人の姿を描く本作。
 尚真王・真加戸は実在の人物であり、薩摩の侵略を受ける以前の古琉球において、50年にも渡り王位にあって黄金時代を築いたと言われる人物ですが、本作はその彼が王位についたばかりの時代、まだ十代の少年王の姿を自由に脚色して描くことになります。

 文字通り少女漫画の「王(子)様」である真加戸ですが、まだ年端もいかぬうちに、当初王になるはずであった叔父を心ならずも押しのける形で王となったこともあり、その心の中には巨大な孤独を抱える人物。
 高い身分にありながらも孤独な人物を、特殊な力を持ち天真爛漫な女性が支えるというのは古今東西の物語で見られる構図ですが、それをこの時代の琉球を舞台に設定してみせることで独自性を生み出してみせる物語には、相変わらず感心させられます。

 琉球王家と言えば、王を神力で支える聞得大君という女性の存在が思い浮かびますが、それはまさに尚真王の時代に誕生した制度――ということで、その初代となる(であろう)人物も登場。
 しかし、もしかしてユウナのライバル!? と思いきや、これがちょっと切なくも微笑ましい人物造形で、これも本作らしいアレンジとなっているのが楽しいところです。


 しかし楽しいばかりではいられないのが王という身分であります。

 先に触れたように、本来であれば王位につけなかったかもしれない(少なくとも違う形でついたと思われる)だけに、真加戸はより相応しい王たらんと、懸命に振る舞ってきたことが語られます。
 しかしこの物語の時代の琉球は、強大な力を持った貴族が各地に存在し、王といえども彼らの力を借りねば統治できない状況。そもそも、彼の父である初代王は、同じ尚姓を持つ先代王家から簒奪する形で王となった(第二尚氏王朝)のですから……

 そんな不安定な状況においては、いかに王といってもそうそう好きには振る舞えません。ましてや人間だけでなく、人ならざる妖怪や神霊が存在するこの世界においてはなおさらでしょう。
 こうした状況だからこそ、ユウナの活躍の余地もあるのですが――しかしこの巻においては、二人の前に思わぬ「敵」が立ちふさがることになります。

 ある時は奸臣と結び、またある時は妖怪を操り――ことあるごとに真加戸の治世に横やりを入れ、王の器にあらずと民衆を扇動する謎の男・ティダ(「太陽」の意)と、彼に協力する術者・白澤。
 この巻を通じての「敵」であり、ラストで明かされるこのティダの正体は――なるほどこうきたか、と思わされるようなある種の説得力を持つ存在であります。

 そんな真加戸の存在を揺るがしかねない相手であると同時に、「敵」であっても「悪人」とは思えない彼らの姿、彼らなりの事情をユウナが知ってしまうという――という展開が実にうまいところで、とにかく、二人にとっては最もやりにくい存在と言うべきでしょう。

 真加戸の権威も、ユウナの神力も純粋さも通用しない――そんな相手にいかに立ち向かうのか? 最大の武器は二人の絆、のはずですが、まだまだ波乱は続きそうであります。


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