2017.11.20

森美夏『八雲百怪』第3巻 還ってきた者と異郷の鬼と

 大塚英志の民俗学三部作の一つが、実に9年ぶりに復活しました。あの小泉八雲を主人公に、明治の世から失われてゆく古きもの――妖怪や神、異界の姿を描く連作シリーズの最新巻の登場であります。この巻でもまた、思いも寄らぬ奇怪な事件に巻き込まれる八雲が、その隻眼で見るものは……

 幼い頃に片目の視力を失い、この世のものならぬものを見る力を持つラフカディオ・ハーン。
 流浪の果て、古きものたちが息づく日本にたどり着き、小泉八雲の名で日本人となった彼は、次々と奇怪な事件に巻き込まれ、その中で常人ならざる者たちと関わりを持っていくことになります。

 額に第三の目を持つ押し掛け弟子の会津八一。普段は目を包帯で覆い、この世と異界を繋ぐ門を封じて回る怪人・甲賀三郎。はじめは三郎と行動を共にし、今は八雲邸に住み着いた生き人形のキクリ様――
 いずれも異界を見る力を持つ者たちとともに、八雲は新しい時代にはあってはならないモノとして消されていく者たちの目撃者となるのです。


 そんな基本設定で展開する本作ですが、この第3巻の前半に収録されているのは、おそらくは単行本のページ数の関係で収録されてこなかったと思われる、9年前に雑誌連載されたエピソード「狢」であります。

 娘を亡くして以来、学校に出てこなくなった同僚の様子を見に行くことになった八雲。男の屋敷には、のっぺらぼうが出没するらしいと聞かされて興味を持ち、キクリさまと共に男の元を訪れた八雲は、果たしてそこでのっぺらぼうと対面することになります。
 古から伝わるという秘術により、遺骨から愛娘を蘇らせたという男。しかし蘇った娘はのっぺらぼうだったのであります。

 一方、変人科学者の土玉が、のっぺらぼうの子供たちを集めていることを知り、彼を脅しつけて、どこからのっぺらぼうがやって来たかを聞き出す三郎。
 子供の親たちが、いずれも何処からか現れた巨大な「鬼」と出会い、その手ほどきによって子供たちを蘇らせたと知った三郎は、鬼を追った末に、同僚の男に監禁された八雲とキクリさまの前に現れるのですが……

 八雲の『怪談』によって広く人口に膾炙することとなったのっぺらぼう=狢。夜道でのっぺらぼうと出会った男が、逃げていった先で出会った夜泣きそば屋にこれを語るも、そば屋の顔も――というお話であります。

 本作はこれを巧みに換骨奪胎し(ちゃんと本物の(?)のっぺらぼうのそば屋も登場するのが楽しい)、新たな物語を生み出しているのですが――いやはや、いつもながら驚かされるのは、伝奇三題噺と言いたくなるような組み合わせの妙であります。

 のっぺらぼうと、○○の秘術と、○○○○○○○○○○の怪物と――未読の方の興を削がないように伏せ字にさせていただきましたが、よくもまあ、この三者を組み合わせたものだと感嘆させられます。
(実は後二者については先駆がないわけではありませんが、本作はさらにその先というか根元に踏み込むわけで……)

 物語的に、娘を蘇らせた男の真実については容易に予想できてしまうのですが、それをきっかけに、異郷の鬼がその真の姿を現すという展開は予想の遙か上を行くもの。
 さらにそこに物語作者としての八雲が絡むことにより、不可思議で、そして何とも切ない余韻が残るのも見事と言うほかありません。

 そして物語的には今回は脇役だった三郎――これまで冷然と異界の門を処分してきた彼が、どこか同情や哀惜めいたものをうかがわせるのも印象に残ります。
 それと同時に、彼が物語の前に「敗北」する姿も……


 そして後半に収録された「隘勇線」は、これまたとんでもない組み合わせが猛威を振るうエピソード。あの八甲田山死の行軍の背後には、伝説のコロポックルの存在があり、さらにそこに日露戦争に備えた軍の極秘の計画が……という展開には、良い意味で開いた口が塞がりません。

 その一方で、八雲の前には台湾からやってきた原住民の少年(伊能嘉矩絡みというのにニヤリ)が現れ、彼もまたコロポックルを求める旅に出ることに――ということになるのですが、この巻に収録されているのはエピソードの途中まで。

 何とも気を持たせる展開ですが、幸い来月には第4巻の刊行が予定されているところ、これまで待たされた分、存分に楽しませていただこうと思います。

『八雲百怪』第3巻(森美夏&大塚英志 角川書店) Amazon
八雲百怪 3 (単行本コミックス)


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2017.11.15

入門者向け時代伝奇小説百選 中国もの

 入門者向け時代小説百選、ラストはちょっと趣向を変えて日本人作家による中国ものを紹介いたします。どの作品もユニークな趣向に満ちた快作揃いであります。
96.『僕僕先生』(仁木英之)
97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都)
98.『琅邪の鬼』(丸山天寿)
99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬)
100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州)

96.『僕僕先生』(仁木英之) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 唐の時代、働きもせずに親の財産頼みで暮らす無気力な青年・王弁。ある日出会った美少女姿の仙人・僕僕に気に入られて弟子となった王弁は、彼女とともに旅に出ることになります。世界はおろか、天地を超えた世界で王弁が見たものは……

 実際に中国に残る説話を題材としつつも、それをニート青年とボクっ娘仙人という非常にキャッチーな内容に生まれ変わらせてみせた本作。現代の我々には馴染みが薄い神仙の世界をコミカルにアレンジしてみせた面白さもさることながら、旅の中で異郷の事物に触れた王弁が次第に成長していく姿も印象に残ります。
 作者の代表作にして、その後シリーズ化さえて10年以上に渡り書き続けられることとなったのも納得の名作です。

(その他おすすめ)
『薄妃の恋 僕僕先生』(仁木英之) Amazon
『千里伝』(仁木英之) Amazon


97.『双子幻綺行 洛陽城推理譚』(森福都) 【ミステリ】 Amazon
 デビュー以来、中国を舞台とした歴史ミステリを次々と発表してきた作者が、唐の則天武后の時代を舞台に描く連作ミステリです。

 則天武后の洛陽城に宦官として献上された怜悧な美少年・馮九郎と、天真爛漫な双子の妹・香連。九郎は複雑怪奇な権力闘争が繰り広げられる宮中で、次々と起きる奇怪な事件を持ち前の推理力で解決していくのですが、権力の魔手はやがて二人の周囲にも……

 探偵役が宦官という、ユニークな設定の本作。収録された物語が、いずれもミステリとして魅力的なのはもちろんですが、則天武后の存在が事件の数々に、そして主人公たちの動きに密接に関わってくるのが実に面白い。結末で明かされる、史実との意外なリンクにも見所であります。

(その他おすすめ)
『十八面の骰子』(森福都) Amazon
『漆黒泉』(森福都) Amazon


98.『琅邪の鬼』(丸山天寿) 【ミステリ】 Amazon
 中国史上初の皇帝である秦の始皇帝。本作は、その始皇帝の命で不老不死の研究を行った人物・徐福の弟子たちが奇怪な事件に挑む物語であります。

 徐福が住む港町・琅邪で次々と起きる怪事件。鬼に盗まれた家宝・甦って走る死体・連続する不可解な自死・一夜にして消失する屋敷・棺の中で成長する美女――超自然の鬼(幽霊)によるとしか思えない事件の数々に挑むのは、医術・易占・方術・房中術・剣術と、徐福の弟子たちはそれぞれの特技を活かして挑むことになります。

 とにかく起きる事件の異常さと、登場人物の個性が楽しい本作。本当に合理的に解けるのかと心配になるほどの謎を鮮やかに解き明かす人物の正体が明かされるラストも仰天必至の作品です。

(その他おすすめ)
『琅邪の虎』(丸山天寿) Amazon
『邯鄲の誓 始皇帝と戦った者たち』(丸山天寿) Amazon


99.『もろこし銀侠伝』(秋梨惟喬) 【ミステリ】 Amazon
 遙かな昔、黄帝が悪を滅するために地上に下したという「銀牌」。本作は、様々な時代に登場する銀牌を持つ者=銀牌侠たちが、江湖(官に対する民の世界)で起きる怪事件の数々に挑む武侠ミステリであります。

 本書に収録された四つの物語で描かれるのは、武術の奥義による殺人事件の謎。日本の剣豪小説同様、中国の武侠小説でも達人の奥義の存在と、それを如何に破るかというのは作品の大きな魅力ですが、本作ではそれがそのまま謎解きとなっているのが、実にユニークであります。

 そしてもう一つ、ラストの中編『悪銭滅身』の主人公が浪子燕青――「水滸伝」の豪傑百八星の一人なのにも注目。水滸伝ファンの作者らしい、気の利いた趣向です。

(その他おすすめ)
『もろこし紅游録』(秋梨惟喬) Amazon
『黄石斎真報』(秋梨惟喬) Amazon


100.『文学少年と書を喰う少女』(渡辺仙州) 【児童】【怪奇・妖怪】 Amazon
 時代伝奇小説の遠い祖先とも言える中国四大奇書。その一つ「西遊記」の作者――とも言われる呉承恩を主人公とした奇譚です。

 父との旅の途中、みすぼらしい少女・玉策に出会って食べ物を恵もうとした作家志望の少年・承恩。しかし玉策の食べ物は何と書物――実は彼女は、泰山山頂の金篋から転がり落ちた、人の運命を見抜く力を持つ存在だったのです。
 玉策の力を狙う者たちを相手に、承恩は思わぬ冒険に巻き込まれることに……

 「西遊記」などの中国の古典を児童向けに(しかし大人も唸る完成度で)リライトしてきた作者。本作もやはり本格派かつ個性的な味わいを持った物語ですが、同時に物語の持つ力や意味を描くのが素晴らしい、「物語の物語」であります。

(その他おすすめ)
『封魔鬼譚』シリーズ(渡辺仙州) Amazon



今回紹介した本
僕僕先生 (新潮文庫)双子幻綺行―洛陽城推理譚琅邪の鬼 (講談社文庫)もろこし銀侠伝 (創元推理文庫)(P[わ]2-1)文学少年と書を喰う少女 (ポプラ文庫ピュアフル)


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 入門者向け時代伝奇小説百選

 「僕僕先生」
 「双子幻綺行 洛陽城推理譚」(その一) 事件に浮かぶ人の世の美と醜
 「琅邪の鬼」 徐福の弟子たち、怪事件に挑む
 「もろこし銀侠伝」(その一) 武侠世界ならではのミステリ
 渡辺仙州『文学少年と運命の書』 物語の力を描く物語

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2017.11.02

さおとめあげは『零鴉 Raven 四国動乱編』第1巻 妖怪+忍者+変身ヒーロー しかし……

 『TIGER & BUNNY』などで知られるアニメ監督・さとうけいいちが原作ということで話題の本作、戦国時代の四国を舞台に、奇しき運命から人間と妖怪の間に立つ者「零鴉(レイヴン)」となった若き忍者の戦いを描く異色の漫画であります。

 時は天正10年(1582年)、戦国時代の動きを全く変えることとなったあの年――故あって八十八箇所を逆打ち巡礼していた咬我忍者の谺は、異形の巨人たちの戦いに巻き込まれて片目を失い、瀕死の重傷を負うこととなります。
 戦っていた片割れであり、讃岐を守護する「黒天狗」の八咫烏に霊体を与えられ、一命を取り留めた谺。八咫烏と戦っていたのが妖怪たちを乱獲し、西洋人に売り渡す陰陽師・星冥党であることを知った彼は、力を失った八咫烏に代わって妖怪のために戦うことを決意するのでした。

 かくて零鴉に変身し、その圧倒的な力で襲い来る陰陽師を撃破していく谺。しかし、その前には宣教師・ルイスや、くノ一のつぐみなど、曰くありげな者たちが現れます。
 さらに、八咫烏が讃岐の「護り手」という使命を持つことから、谺と八咫烏の前には妖怪の掟という難題が……


 というわけで、妖怪もの+忍者もの+変身ヒーローものといったテイストの物語の開幕編であります。

 これは申し上げてよいのかはわかりませんが、さとう監督で鴉と妖怪といえば、どうしても思い出すのは『鴉 KARAS』――妖怪たちを守る「鴉」と名乗る存在を描いたアニメ。
 今のところその『鴉 KARAS』と本作の関わりは全く語られていないのですが(今後もないと思いますが)、どうしても気になってしまうのは人情でしょう。

 もちろんそれはこちらの勝手な想像ではあるので置いておくとしても、戦国時代の四国という、こうした伝奇ものではあまり題材となっていない地を舞台とした物語設定は目を引きます。
 零鴉の「白い鴉天狗」というスタイリッシュなコスチュームもさすがに格好良く、主人公・谺が妖怪に力を貸すことを決意する理由なども面白いのですが……


 しかし、正直に申し上げて、画がそれに追いついていないように感じられます。
 いえ、画そのものというよりも、「漫画」としての描写や構成という点で、わかりにくかったり、流れが滞り気味であったり――この外連味に満ちた物語を描くに、少々苦しい印象が否めないのであります。
(特に第1話冒頭の黒天狗と陰陽師ロボの戦いや、第2話での陰陽師ロボの合体シーンなど……)

 そのため、先に挙げた本作の三つの要素――妖怪もの・忍者もの・変身ヒーローものとしての味わいが、十全に活かし切れていないのが、何とももったいないと感じます。


 もっとも本作はまだ始まったばかり、ここで評価を決めてしまうのは早いのでしょう。

 何よりも、谺=零鴉と陰陽師たちの戦いの行方がどこへ向かうのか、そしてそれとこの天正10年の四国という舞台がどのように関わっていくのか――気になる点は多々あるのですから。


『零鴉 Raven 四国動乱編』第1巻(さおとめあげは&さとうけいいち リイド社SPコミックス) Amazon
零鴉-Raven- ~四国動乱編~ 1 (SPコミックス)

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2017.10.29

入門者向け時代伝奇小説百選 幕末-明治(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選も、いよいよ最後の時代に突入。幕末から明治にかけてを舞台とする作品であります。

81.『でんでら国』(平谷美樹)
82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰)
83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎)
84.『完四郎広目手控』(高橋克彦)
85.『カムイの剣』(矢野徹)

81.『でんでら国』(平谷美樹) Amazon
 時代小説レビュー以来、ユニークな作品を次々と発表してきた作者が、老人たちと武士が繰り広げる攻防戦を描いた快作が本作です。

 棄老の習慣があると言われる大平村。しかしその実、村を離れて山中に入った老人たちは、彼らだけの国「でんでら国」を作り、村の暮らしをも支えていたのでした。
 ところが村の豊かさに目を付けた藩が探索のために役人を派遣。あの手この手で老人たちはこれに抵抗するものの、いよいよでんでら国に危機が……

 でんでら国というユニークな舞台設定に見られる奇想、武士たちに決して屈しない老人たちの姿に表される気骨、そしてその先にある相互理解の姿を描く希望――作者の作品の魅力が凝縮された集大成とも言うべき作品です。

(その他おすすめ)
『貸し物屋お庸』シリーズ(平谷美樹) Amazon
『ゴミソの鐵次 調伏覚書』シリーズ(平谷美樹) Amazon


82.『ヤマユリワラシ 遠野供養絵異聞』(澤見彰) Amazon
 絵を描くことだけが楽しみの孤独な武士・外川市五郎が出会った少女・桂香。心を閉ざしていた彼女と絵を通じて心を通わせた市五郎は、やがて二人で「現絵」――死者があの世で楽しく暮らす姿を描き、後生を祈る供養絵を描くようになります。
 厳しい現実を忘れさせる供養絵で人々の心を和ませる二人ですが、しかし悪政に苦しむ人々が一揆を計画していることを知って……

 これまで妖と人間が共存する世界でのコミカルな物語を得意としてきた作者。本作もその要素はありますが、むしろ中心となるのは、人の世界の重い現実の姿であります。
 物語を「イイ話」で終わらせることなく、一歩進めて重い現実を描き、さらにそれを乗り越える希望の存在を描いた名品です。


(その他おすすめ)
『もぐら屋化物語』シリーズ(澤見彰) Amazon


83.『慶応水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon
 アウトローと呼ばれる男たちの生き様を数多く描いてきた作者による、町火消にして大侠客として知られた新門辰五郎の一代記であります。

 幼い頃に両親を火事で失い、町火消の頭に引き取られて火消として活躍する辰五郎。やがて町火消の頂点=江戸最高の「侠」となった彼の前には、綺羅星のような男たち――忠治、次郎長、海舟、慶喜、さらには座頭の市らが現れ、ともに幕末の激動に挑んでいくのであります。

 いずれも一廉の人物である侠たちが出会いと別れを繰り返すという点で、「水滸伝」を冠するに相応しい本作。
 どんな道を歩もうとも決して己の節を曲げず、己の心意気を貫いた者たちの姿が堪らない、作者の江戸水滸伝三部作のラストを飾る快作です。

(その他おすすめ)
『天保水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon
『明暦水滸伝』(柳蒼二郎) Amazon


84.『完四郎広目手控』(高橋克彦) 【ミステリ】 Amazon
 ミステリ、歴史、ホラー、浮世絵など、作者がこれまで扱ってきた題材のある意味集大成と言うべきユニークな連作集であります。

 主人公・香冶完四郎は名門の生まれで腕も頭も人並み外れた青年ですが、今は「広目屋」――今でいう広告代理店の藤岡屋の居候。そんな彼が、相棒の仮名垣魯文とともに様々な江戸の噂の裏に潜む謎を解き、金儲けに、人助けに、悪人退治にと活躍するのが本作の基本スタイルです。

 広目屋というユニークな題材と、虚実入り乱れた登場人物が賑やかに絡む本作。
 毎回の完四郎の快刀乱麻の謎解きと、それを活かした金儲けも楽しいのですが、終盤に描かれるある歴史上の大事件を前に、金儲け抜きで奔走する彼らの心意気も感動的であります。


85.『カムイの剣』(矢野徹) 【忍者】 Amazon
 りんたろう監督によるアニメ版を記憶している方も多いであろう、奇想天外な大冒険活劇であります。

 謎の敵に母と姉を殺されて公儀御庭番首領・天海に拾われ、忍びとして育てられた和人とアイヌの混血の少年・次郎。やがて父の形見の「カムイの剣」に巨大な秘密が秘められていることを知った彼は、抜忍となって海を超えることになります。
 キャプテン・キッドの遺した財宝を巡る冒険の末、次郎は、幕末史を陰から動かしていくことに……

 日本はおろかカムチャツカから北米まで、海を越えて展開する気宇壮大な物語である本作。同時に、周囲から虐げられ過酷な運命に翻弄されながらも、一歩一歩成長していく次郎の姿が感動的な不朽の名作であります。



今回紹介した本
[まとめ買い] でんでら国ヤマユリワラシ ―遠野供養絵異聞― (ハヤカワ文庫JA)慶応水滸伝 (中公文庫)完四郎広目手控 (集英社文庫)カムイの剣 1巻+2巻 合本版 (角川文庫)


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 『でんでら国』(その一) 痛快なる老人vs侍の攻防戦
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 『慶応水滸伝』(その一) 侠だ。侠の所業だ!
 高橋克彦『完四郎広目手控』 江戸の広告代理店、謎を追う

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2017.10.24

室井大資『レイリ』第4巻 死にたがりの彼女の、犬死にが許されぬ戦い

 武田勝頼の嫡男・信勝の影武者にして、戦の中で死ぬことを夢見る少女・レイリが戦国の荒波を駆ける物語も第4巻。彼女にとっては命の恩人である岡部丹波守が高天神城で徳川軍に重囲される中、ただ一人、彼女は高天神城に向かうことに……

 織田からと思しき刺客が信勝を襲撃するなど、日増しに高まる武田家と織田家の緊張。
 影武者として、土屋惣三とともに信勝を守り抜いたレイリですが、その信勝と勝頼は、高天神城を巡り意見を対立させることになります。

 徳川軍に包囲された高天神城から送られた書状――救援を要請する主将・岡部丹波守からのものと、救援を断る副将・横田甚五郎からのもの、その二つを前に救援を送るべきか否かで意見が分かれた信勝と勝頼。
 その結果、高天神城への援兵は見送られることに……


 という展開を受けて始まるこの第4巻。恩人であり唯一の肉親にも等しい岡部丹波守の身を案じるレイリですが、、援兵見送りがある意味戦略的判断によって城側に伝えられていなかったことを知った彼女は、怒りを募らせることになります。
(このくだりで登場する真田昌幸の小才子ぶりが妙におかしい)

 勝頼とのわだかまりを抱えた信勝がそれどころではないのに見切りをつけ、惣三の制止を振り切って(何しろ斬ると言われれば本望な子であるからして)ただ一人レイリは高天神城へ……。
 というわけで、史実を踏まえつつも、ここから物語は一気に飛躍することになります。

 しかし、十重二十重に徳川軍に囲まれた城にそもそも彼女が入ることができるのか。そしていくら剣を取ってはほぼ最強の腕前とはいえ、彼女一人、合戦の場で彼女にできることはあるのか。――道場破りではあるまいし。
 その答えが一つ一つ示されていくこの先の展開が、この巻の白眉であります。

 本作の最大の特徴であるレイリの「死にたがり」という性格。それは言い換えれば「命知らず」ということでもあります。
 そしてその命知らずがしでかすことが、時に掟や道理、建前や理屈にがんじがらめに縛られた世界を打ち砕き、新たな答えを示すこともまた、あるのでしょう。

 正直なところ、これまで本作には、人物描写などは面白いものの、物語のエネルギーとしてはどこに向かうのかが今ひとつわからなかったのですが――なるほどこういう方向だったのか、と今更ながらにこの展開には感じ入りました。

 そしてその中で、彼女が信勝の影武者であるという要素も見事に活かされるとくれば、これまでの自分の不明を恥じるしかありません。(さらにそれを受けての守将たちの決断がまた泣かせる)
 さらにそこに、本作の細やかな描写――特に人物の表情で見せる感情表現が加われば鬼に金棒であります。

 特に再会したレイリと岡部丹波守のやり取りは、一つ一つのコマが(表情が)見所と呼びたくなってしまうようなクオリティ。
 ある「作戦」のために自ら望んで死地に赴くレイリにかけた丹波守の言葉に見せた彼女の表情などは、屈指の名場面というべきでしょう。


 死にたがりであった彼女にとっては、ある意味最良の戦場とも言うべきこれからの戦い。しかしここからは、決して彼女一人が死んで終わるものではない戦い、犬死には許されない戦いであります。
 我々はこの先の合戦の行方を史実として知っていますが――しかし、史実に決して残らない彼女の戦いの結末は、まだ誰も知りません。

 それを早く知りたい――そういう思いが高まる本作、いよいよ佳境に入ったと言うべきでしょう。


『レイリ』第4巻(室井大資&岩明均 秋田書店少年チャンピオン・コミックス・エクストラ) Amazon
レイリ 第4巻 (少年チャンピオン・コミックスエクストラ)


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2017.10.23

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第4巻 史実の将星たちと虚構の二人の化学反応

 劉邦を支えて項羽を破り、漢の礎を築いた張良の姿を独自のアレンジで描く物語の第4巻であります。劉邦を扶け、ついに初陣を飾った張良たちですが、情勢の思わぬ変化から一歩間違えれば賊軍として討たれかねない状況に。その打開に向かった張良たちを待つ者は――

 国と一族を滅ぼした秦の始皇帝を討つために、伝説の倉海の一族の青年・窮奇と、人の器を見抜く不思議な少女・黄石とともに旅立った張良。
 始皇帝は既に没したものの、乱れ始めた秦を滅ぼすため、「愚の龍」たる劉邦に仕えることとなった彼は、その奇策で景駒の配下から兵を借りてトウを落とし、トウの兵を傘下に収めることに成功するのでした。

 が、景駒軍が七万の大軍を擁する項梁に敗れ、劉邦軍は一転項梁に滅ぼされかねぬ立場に……


 というのが第3巻までの物語。本書ではこの状況を受け、劉邦と張良たちは、項梁の居る薛に向かうことになります。
 敵軍と見做されれば討ち滅ぼされ、降将と見做されれば兵を取り上げられて冷遇される。力では完全に勝る相手に対し、如何に自分の貫目を下げずに弁明してみせるか――これはなんとも肝の冷える綱渡りであります。

 もちろん、ここで活躍するのが張良であることは言うまでもありません。過去に項梁の兄弟である項伯を助けていた張良は、その縁である言葉を項梁に吹き込み、そのたった一言が劉邦の運命を大きく変えることになるのであります。

 ……と、この巻のかなりの部分は、この薛が舞台となる物語。しかし劉邦が項梁の下に参じたという史実が描かれるのは冒頭1/4程度まで。それ以降で描かれるのは、本作ならではの将星たちの出会いなのです。
 楚漢戦争最大の悪役とも言うべき刺青の男、後に張良らと並び劉邦を支えた背の高い男、その張良らの知における最大のライバルとなる老賢人――誰も皆、項羽と劉邦の戦いの中で歴史に名を残した人物たちであります。

 もちろん、彼らがこの戦いに加わり、ある者は味方として、ある者は敵として張良と関わるのは史実であります。
 しかし彼らがどこで、どのように張良と出会うのか――言い換えれば、我々読者と出会うのかは、本作のさじ加減次第。そしてその加減がやはり滅法面白いのです。

 それぞれの人物がどのようなシチュエーションで登場するか――それは伏せますが、ここで本作ならではの役割を果たすのは、(今のところ)本作の創作である窮奇と黄石であります。
 およそ個人の武という点では本作最強の窮奇と、対面した相手の人物の器をたちどころに見抜く黄石。張良を支えるこの虚構の(正確には窮奇は違いますが……)二人が、史実の人々と出会う時の化学反応こそが、本作の独自性の源であり、魅力を支えると言っても良いでしょう。

 特に兵を指揮すれば張良にも負けぬと静かに大言する、今は衛士に過ぎない男に対して黄石が「あの言葉」を以て評する場面は、「ここでこの言葉が出てくるか!」という驚きに満ちていて、この巻の隠れた名場面ではないか――と感じるところであります。


 そしてこの巻のラストには、窮奇と黄石の二人が、いよいよあの男と対面することになります。
 その名は項羽――おそらくは窮奇と並ぶ武を持ち、黄石でも読めない器を持つ男。

 彼らとの出会いが、本作にどのような変化をもたらすか――それはおそらくは序盤のクライマックスと呼べるものになるのでしょう。
 特にこの作品の方向性を考えれば、どう考えてもただですむはずがない窮奇とのファーストコンタクトが楽しみであります。


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第4巻(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon
龍帥の翼 史記・留侯世家異伝(4) (講談社コミックス月刊マガジン)


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2017.10.09

入門者向け時代伝奇小説百選 江戸(その一)

 入門者向け時代伝奇小説百選、今回は本丸ともいうべき江戸時代を舞台とした作品のその一であります。

71.『蛍丸伝奇』(えとう乱星)
72.『吉原御免状』(隆慶一郎)
73.『かげろう絵図』(松本清張)
74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人)
75.『魔岩伝説』(荒山徹)


71.『蛍丸伝奇』(えとう乱星) 【剣豪】 Amazon
 最近の名刀ブームで俄かに知名度の上がった名刀・蛍丸。本作はその蛍丸を巡り、幾多の剣豪たちが激突する物語です。

 勤王の象徴である螢丸を所望した後水尾上皇の動きを警戒する幕府。上皇を抑えるために西国に向かうことになったのは、沢庵和尚の弟子であり、上皇の異母弟である青年僧・化龍でした。しかし彼の前には、柳生一門、宮本武蔵、そして松山主水がそれぞれの思惑を秘めて立ち塞がることに……

 名刀を巡る剣豪バトルロイヤルが展開される本作。しかしそれと同時に、そこでは化龍をはじめとする登場人物たちが抱えた哀しみの存在と、その浄化をも描き出します。派手な伝奇活劇と、切なく暖かい群像劇を得意とする作者ならではの作品です。


72.『吉原御免状』(隆慶一郎) 【剣豪】 Amazon
 その作家としての活動期間の短さにもかかわらず、今なお多くの読者を魅了して止まぬ作者のデビュー作であります。
 宮本武蔵に育てられ、師の遺言に従って吉原に現れた好青年・松永誠一郎。彼はそこで吉原に隠された神君家康の御免状を狙う柳生一門と対峙することになります。そしてそれはやがて彼自身の出生の秘密にも関わっていくことに……

 吉原に秘められた秘密、幕府と天皇家の激しい暗闘と、娯楽性の高さは言うまでもないことながら、無縁・公界など網野善彦の歴史学の成果をも取り込んだ、一種アカデミックな伝奇世界を作り出した本作。
 その一方で、一人の無垢な青年の成長を描く青春小説としても第一級の作品であります。

(その他おすすめ)
『かくれさと苦界行』(隆慶一郎) Amazon
『死ぬことと見つけたり』(隆慶一郎) Amazon


73.『かげろう絵図』(松本清張) 【ミステリ】 Amazon
 言うまでもなく社会派ミステリの巨匠である作者が天保期を舞台に、権力に群がる人々の姿を描いた大作です。

 大御所家斉や大奥と結び、権勢をほしいままにする中野石翁。寺社奉行・脇坂淡路守が大奥の腐敗を暴かんとする中、淡路守派の旗本の甥・島田新之助もこの暗闘に巻き込まれていくことになります。敵味方を問わず次々と犠牲者が出る中、新之助が見たものは……

 政治を牛耳る巨悪という如何にも作者らしい題材を描きつつも(下山事件を思わせる展開も……)、単純な善悪の戦いに留まらず、人々の現世的な欲望の世界を描いた本作。
 ヒーローの立場にありつつも、超然とした視点から人々の右往左往する様を見る新之助の存在が強く印象に残ります。


74.『竜門の衛 将軍家見聞役元八郎』(上田秀人) Amazon
 いまや文庫書き下ろし時代小説界の代表選手の一人となった作者のデビュー作にして、作者の魅力が色濃く現れた快作です。

 八代将軍吉宗の時代、将軍嗣子・家重暗殺の企みに巻き込まれた南町同心・三田村元八郎。その功績を買われて抜擢された彼は、将軍宣下を巡る陰謀を探るため、京に向かうことに。暗闘が帝の身辺にも及ぶ中、元八郎の宝蔵院一刀流が唸る……!

 その作品の多くで、権力を巡る幕閣たちの暗闘と、それに巻き込まれた剣の達人の苦闘、そしてその背後の伝奇的秘密を描いてきた作者。そんな特徴は、第一作である本作の時点で、はっきりと現れています。
 巨大な権力を前にしても己を失わない主人公の活躍が爽快な名作です。

(その他おすすめ)
『幻影の天守閣』(上田秀人) Amazon
『奥右筆秘帳』シリーズ(上田秀人) Amazon


75.『魔岩伝説』(荒山徹) Amazon
 日本と朝鮮の交流史を背景に、奇想天外な作品を次々に発表してきた作者。その作者の魅力が最もストレートに現れた作品です。

 50年ぶりの朝鮮通信使来日を控えた頃、対馬藩江戸屋敷に出現した怪人。この騒動に巻き込まれたことから、若き日の遠山景元は、朝鮮の美少女・春香とともに海を越え、通信使に秘められた秘密を追うことになります。しかし二人の後を追い、若き日の鳥居耀蔵、剣豪・柳生卍兵衛も朝鮮に向かうことに……

 徳川幕府と李氏朝鮮の間に隠された巨大すぎる秘密の存在を朝鮮妖術を絡めつつ描く本作。本作はそんな伝奇活劇と同時に、権力に屈せぬ人々の姿、そして戦いの中で成長する青年の姿を描いていきます。美しいラストも必見!

(その他おすすめ)
『高麗秘帖』(荒山徹) Amazon
『鳳凰の黙示録』(荒山徹) Amazon



今回紹介した本
螢丸伝奇吉原御免状 (新潮文庫)かげろう絵図〈上〉 (文春文庫)将軍家見聞役 元八郎 一  竜門の衛<新装版> (徳間文庫)魔岩伝説 (祥伝社文庫)


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2017.09.25

入門者向け時代伝奇小説百選 戦国(その一)

 入門者向け伝奇時代小説百選、今回は戦国ものその一。戦国ものといえば歴史時代小説の花形の一つ、バラエティに富んだ作品が並びます。

61.『魔海風雲録』(都筑道夫)
62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝)
63.『信長の棺』(加藤廣)
64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明)
65.『太閤暗殺』(岡田秀文)


61.『魔海風雲録』(都筑道夫) 【忍者】 Amazon
 ミステリを中心に様々なジャンルで活躍してきた才人のデビュー作たる本作は、玩具箱をひっくり返したような賑やかな大冒険活劇であります。

 主人公は真田大助――退屈な日常を嫌って九度山を飛び出した彼を待ち受けるのは、秘宝の謎を秘めるという魔鏡の争奪戦。奇怪な山大名・紅面夜叉と卒塔婆弾正、異形の忍者・佐助、非情の密偵・才蔵、豪傑、海賊、南蛮人――個性の固まりのような連中が繰り広げる物語は、木曾の山中に始まってあれよあれよという間に駿府に飛び出し、果ては大海原へと、止まる間もなく突き進んでいくのです。

 古き革袋に新しき酒、を地で行くような、痛快かつ洒脱な味わいの快作です。


62.『剣豪将軍義輝』(宮本昌孝) 【剣豪】 Amazon
 壮大かつ爽快な物語を描けば右に出るもののない作者の代表作にして、作者に最も愛されたであろう英雄の一代記です。

 タイトルの義輝は言うまでもなく室町第13代将軍・足利義輝。若くして松永久秀らに討たれた悲運の将軍にして、その最期の瞬間まで、塚原卜伝から伝授を受けた剣を降るい続けたまさしく剣豪将軍であります。

 その義輝を、本作は混沌の世を終息させるという青雲の志を抱いた快男児として活写。将軍とは思えぬフットワークで活躍する義輝と頼もしい仲間たちの、戦乱あり決闘あり、友情あり恋ありの波瀾万丈の青春は、結末こそ悲劇であるものの、悲しみに留まらぬ爽やかな後味を残すのです。
 そして物語は『海王』へ……

(その他おすすめ)
『海王』(宮本昌孝) Amazon
『ドナ・ビボラの爪』(宮本昌孝) Amazon


63.『信長の棺』(加藤廣) Amazon
 今なお謎多き信長の最期を描いた本作は、「信長公記」の著者・太田牛一を主人公としたユニークな作品です。

 上洛の直前、信長からある品を託された牛一。しかし信長は本能寺に消え、牛一も心ならずも秀吉に仕えることになります。時は流れ老いた牛一は、信長の伝記執筆、そして信長の遺体探しに着手するのですが……

 戦国史上最大の謎である本能寺の変。本作はそれに対し、ある意味信長を最もよく知る男である牛一を探偵役に据えたのが実に面白い。
 秀吉の出自など、伝奇的興趣も満点なのに加え、さらに牛一の冒険行を通じ、執筆者の矜持、そして一人の男が自分の生を意味を見つめ直す姿を織り込んでみせるのにも味わい深いものがあります。

(その他おすすめ)
『空白の桶狭間』(加藤廣) Amazon


64.『黎明に叛くもの』(宇月原晴明) 【怪奇・妖怪】 Amazon
 常人にはできぬ悪事を三つも成したと信長に評された戦国の梟雄・松永弾正久秀。その久秀を、歴史幻想小説の雄が描いた本作は、もちろんただの作品ではありません。
 本作での松永久秀は、波斯渡りの暗殺術を操る美貌の妖人。敬愛する兄弟子・斎藤道三(!)と、それぞれこの国の東と西を奪うことを誓って世に出た久秀は、奇怪な術で天下を窺うのであります。

 戦国奇譚に、作者お得意の海を越えた幻想趣味をたっぷりと振りかけてみせた本作。様々な事件の背後に蠢く久秀を描くその伝奇・幻想味の豊かさはもちろんのこと、輝く日輪たる信長に憧れつつも、しかし遂に光及ぶことのない明けの明星たる久秀の哀しみを描く筆に胸を打たれます。

(その他おすすめ)
『天王船』(宇月原晴明) Amazon


65.『太閤暗殺』(岡田秀文) 【ミステリ】 Amazon
 重厚な歴史小説のみならず、奇想天外な趣向の歴史ミステリの名手として名を高めた作者。その奇才の原点ともいえる作品です。

 本作で描かれるのは、タイトルのとおり太閤秀吉暗殺の企て。そしてその実行犯となるのが、生きていた石川五右衛門だというのですからたまりません。
 しかしもちろん厳重に警戒された秀吉暗殺は至難の業。果たしてその難事を如何に成し遂げるか、という一種の不可能ミッションものとしても非常に面白いのですが、何よりも本作の最大の魅力はそのミステリ性です。

 何故、太閤が暗殺されなくてはならなかったのか――ラストに明かされる「真犯人」の姿には、ただ愕然とさせられるのです。

(その他おすすめ)
『本能寺六夜物語』(岡田秀文) Amazon
『秀頼、西へ』(岡田秀文) Amazon



今回紹介した本
魔海風雲録 (光文社文庫)剣豪将軍義輝 上 鳳雛ノ太刀<新装版> (徳間文庫)信長の棺〈上〉 (文春文庫)黎明に叛くもの (中公文庫)太閤暗殺 (双葉文庫)

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 加藤廣『信長の棺』 信長終焉の真実と記述者の解放と
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2017.09.13

和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』 第一幕「明治十六年 神谷道場」

 ついに『るろうに剣心』が帰ってきました。18年前(!)の完結時からその構想が語られてきた北海道編――それがついに描かれる日が来たのです。お馴染みの面々に、昨年発表された前後編に登場した少年少女も加えて始まった物語は、ブランクを全く感じさせぬ、快調な滑り出しであります。

 雪白縁との死闘の果て、自らの贖罪の生の在り方を悟り、そして薫と結ばれてひとまずは戦いの生から退いた剣心。それから五年後、一子・剣路が生まれ、神谷活心流道場は盛況と、まずは穏やかな毎日であります。
 そんな中に転がり込んできたのが、共に前科一犯の少年・明日郎と阿爛――というのは昨年掲載された『明日郎前科アリ』で描かれた内容ですが、北海道編は、このエピソードを踏まえて始まることになります。

 『明日郎前科アリ』で志々雄一派の残党に加わり、明日郎に接近してきた少女・旭。実は元々残党の人間ではなく、謎の組織(?)の命を受けて潜入していた彼女ですが――そこから抜けようと組織の人間と言い争っていたところに割って入ったのが、偶然居合わせた明日郎であります。
 当然ただですむはずもなく、警官も集まる大騒動となったところに駆けつけた剣心。志々雄の愛刀・無限刃に突き動かされるように襲いかかる明日郎に対し、剣心は久々にあの刀を手にすることになります。

 そんな騒動の末、神谷道場に迎え入れられることとなった旭。そして混乱の中、組織の人間が落としていった封筒に入っていたのは、既に死んだと思われていたある人物が写った写真でありました。
 その裏に記された「北海道 函館」の文字を手がかりに、剣心たちは北海道に渡ることを決意することになります。

 そしてその函館では、警察の一団を全滅させた「逆賊」に対し、軍隊が投入され……


 と、早くも色々と盛り上がる連載第1回。賑やかで平和な神谷道場の様子、新顔である明日郎たちの活躍(?)、久々の剣心の飛天御剣流に、ラストにはあの男も登場……と、実に「うまい」としか言いようのない展開であります。

 何よりも嬉しいのは、剣心・薫・弥彦が、それぞれに時を重ねながらも、しかし全くあの頃と変わらぬ姿で――それはもちろんビジュアルだけでなく、キャラクター性も含めて――登場してくれたことでしょう。
 彼らに再び会えるのは嬉しい、しかしあの頃と全く変わってしまっていたら――という不安は、かつての愛読者が誰もが一度は抱いたかと思いますが、全くの杞憂でした。

 もっとも、一つだけひっかかったのは、暴走する明日郎に対して、剣心が弥彦から逆刃刀を受け取って立ち向かったことですが――逆刃刀の継承は、過去から現在、そして未来への時代の流れを象徴するものであった(と思われる)だけに、これは少々残念。
 もっともこれは、過去の亡霊は過去の人間が相手をするということだと考えるべきでしょう。何よりも第1話に剣心の活躍が描かれないわけにはいかないですし!

 閑話休題、そんな懐かしさだけではなく、もちろん新たな物語ならではの要素も実に気になるものばかりであります。
 旭を縛ってきた(どうにも後ろ暗いとしか思えない)謎の組織、軍隊まで投入されるような巨大な敵、そして何よりも、全く予想もしなかった形で登場したあの人物……
(特に最後の要素は、まだこの膨らませ方があったか、と感心)


 何はともあれ、物語は動き始めました。
 自分の作品には極めて誠実な作者のこと、本当に色々あってハッピーエンドを迎えた物語を再び語り始めることには、相当悩まれたのではないかと思いますが――しかしそれでも新たな物語が始まったということは、それが安易な続編ではなく、かつての、そしてこれからの読者を決して失望させないものとなることの証とも感じます。

 そしてそこで描かれるものは、間違いなく、重い過去を背負い、苦しい現在を生きつつも、輝く未来を目指すことを止めない人々の姿であると――僕は信じています。


 ちなみにこの北海道編に合わせて、作者の公私にわたるパートナーである黒碕薫による小説『るろうに剣心 神谷道場物語』が掲載される模様。
 今回描かれたのは剣心と薫の婚礼で起きた大騒動ですが、あるキャラの滅多にないような側面が見られてなかなか愉快な内容でした。

 本編では描けなかったようなエピソードを拾っていく内容となるのではないかと思いますが、剣心たちの意外な素顔を描く物語として、こちらも大いに楽しみにしております。

『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』(和月伸宏 ジャンプSQ 2017年10月号) Amazon
ジャンプSQ.(ジャンプスクエア) 2017年 10 月号 [雑誌]


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2017.08.22

唐々煙『煉獄に笑う』第7巻 開戦、第二次伊賀の乱!

 ついに正伝『曇天に笑う』の巻数を超え、なおも続く本作。義兄弟の契りを交わして立った佐吉と曇の双子が巻き込まれるのは、彼らにとっては共に強敵である信長と伊賀の戦いであります。しかしその戦いを目前に、伊賀の百地丹波が語る驚くべき真実を耳にした芭恋は……

 大蛇の器も九人に絞られた中、その一人として追い詰められた佐吉の前に生還した曇芭恋と阿国。安倍の邪術と百地八咫烏を打ち破った三人は義兄弟の契りを交わし、ここに「石田三成」が誕生することになります。
 しかしその間も大蛇を狙う織田信長、そして百地丹波の暗躍は続き、ついに正面からの激突は目前の状態に。そんな中、曇神社に現れた丹波は、芭恋に対して語りかけます。「我が息子よ」と。

 いきなりの爆弾発言に当然ながら荒れ狂う芭恋ですが、しかし丹波は真剣。どうやら嘘ではないと知った芭恋は、(当然ながらもう一人の子である)阿国に事情を告げず、ただ誘いに乗って伊賀に潜入すると言い残して佐吉と阿国から離れます。
 一方、佐吉は信長からの召喚を受け、伊賀攻めの間、信長の小姓として仕えることに。そして残された阿国も、織田軍に潜入して、戦の混乱の中、隙をうかがうことに……


 というわけでこの巻ではついに第二次伊賀の乱が勃発。言うまでもなく、信長によって伊賀が殲滅されたことで知られる戦ですが、本作においては、大蛇を狙う二大勢力の正面からの激突として、また違う意味を持つことになります。

 しかしその前に衝撃の事実が明かされたことで、さらにややこしくなる状況。この巻ではその状況――芭恋の伊賀(百地)入りを中心に、物語が展開していくことになります。

 何しろ芭恋たちと百地一党といえば、つい前の巻まで本気で殺し合っていた相手同士。
 特に八咫烏の一人・秋水は芭恋によって倒され、また深手を負わされた者もいる中、いかに絶対的な力を持つ丹波の子とて、そう易々と受け容れられるはずもありません。

 それに加え、丹波が織田迎撃戦の指揮官として芭恋を指名、八咫烏を預けたことで(そしてその任にあらずば殺しても可、などと言い出したことで)、なおさら大変な状況に。
 さしもの人を食った芭恋も苦闘を強いられるのですが――しかし実際に戦が始まってみれば!


 正直なところ、物語展開は今回もあまり早くないのですが、しかしおそらくはこの戦いは中盤(?)のクライマックス。信長と丹波の戦いに加え、芭恋の去就という新たな要素が加わったことで、この先が一層見えなくなったのは歓迎すべきでしょう。

 一方の阿国の方も、それほど出番は多くはないものの、亡き母に絡んで髑髏鬼灯こと牡丹に対して感情を露わにしたり、佐吉への慕情を垣間見せたり(!)、潜入の際にはショートカット姿を披露したりと、これまで以上に表情豊かなキャラクターとなっているのも嬉しいところであります。


 しかしこの巻のラストページで描かれたのは、どう考えても明るい未来とはほど遠いものを感じさせるもの。サイコパス野郎・安倍晴鳴の暗躍も続き、さらなる悲劇を予感させます。
 そんな状況において、信長の側にあって動けぬ状況の佐吉に何ができるのか――まだまだ先の見えぬ物語、今から早く次の巻を、と言いたくなってしまうのであります。


 しかしカバー裏といい折り込みといい、オマケ四コマの内容が本当にヒドい(褒め言葉)


b>『煉獄に笑う』第5巻(唐々煙 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
煉獄に笑う7 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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