2018.07.16

「コミック乱ツインズ」2018年8月号

 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、連載10周年記念で『そば屋幻庵』がスペシャルゲストを迎えて表紙&巻頭カラー。また、ラズウェル細木の『文明開化めし』が新連載となります。それでは、特に印象に残った作品を今回も一作ずつ紹介していきましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今月は『そば屋幻庵』と二作掲載の作者ですが、こちらはいつもながらがらりと作風を変えたアクションと政治劇が満載です。

 前回自分たちを(前田家の人間と間違えて)襲撃した刺客たちの正体が、尾張徳川家の人間だったことを知った聡四郎。しかし何故尾張が前田家を襲うのか――その謎が今回明かされることになります。その背後には聡四郎に表舞台を追われたはずのあの男が……
 一方、江戸城内では間部詮房と新井白石が相変わらず対立とも協調ともつかぬ微妙な関係。鍋松(徳川家継)の服喪の儀に関して、詮房に知恵を貸して恩を売る白石ですが――ここで聡四郎の前で白石がほとんど初めて人間臭さを見せるのが印象に残ります。

 そしてラスト、玄馬と離れて一人となった聡四郎を襲う刺客の群れ。逃れんと橋の上を走る聡四郎の前に現れた黒覆面黒装束の謎の剣士は、初対面と名乗りつつも何故か一放流のことを知っているのでした。「お主を倒すのは拙者だ」とツンデレっぽいことを言いながら助太刀してくれるその正体は……
 ツンデレといえば紅さんは名前のみの登場で残念ですが、名前のみの登場といえば、ついに今回、徳川吉宗の名が登場。顔は陰になっていて見えないのですが、果たしてどのような姿なのか――猛烈に気になります。


『カムヤライド』(久正人)
 出雲編中編の今回、中心となるのは謎の男・イズモタケル。出雲国主ホムツワケの叛乱の尖兵となった土蜘蛛たちを倒す力を持つ彼の正体は――ヤマトタケルの大ファンでした(本当)。
 ヤマトタケルに憧れ、偶然手に入れた土蜘蛛を倒す力を持つ剣を手に、捕らえられた人々を助けたいと熱っぽく語るイズモタケル。そんな彼を前に、ヤマト王家の者としてその名に鬱屈を抱えるヤマトタケルはその名を名乗ることができず……

 モンコが完成された人格に見えのに対し、人間味のある、成長代のあるキャラクターとして描かれるヤマトタケル。自分の実像を知らず、理想の人物として目標にするイズモタケルを前に揺れる彼の心の動きを、ホムツワケの高殿に急ぐ三人のシルエットに重ねて描く場面は、実に作者らしく格好良い名シーンであります。
 そしてカムヤライドしたモンコの前に現れた国津神の意外な正体は、そして彼らの戦いを見守る久々に登場した謎の旅人の動きは――次回出雲編完結です。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 伊達家包囲網に苦しむ伊達家に襲いかかる佐竹・芦名連合軍。この危機に、政宗の母・義姫が――という前回の引きを受けての今回、母が自分のために動いてくれたと浮かれる政宗の姿が微笑ましくも痛ましいのですが、如何にドシスコンであっても最上義光が譲るはずもありません。かえって(シスコンをこじらせた)義光が動き出し、思わぬことで景綱と義光の陰険……いや知将対決が勃発することになります。

 が、そこに義姫が割って入り――と、史実の時点でメチャクチャ漫画っぽいエピソードをこの作品は如何に料理するのか。ある意味これまでで一番の山場かもしれません。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 東海道は川崎宿にやってきた三人組が今回巻き込まれるのは、大店の娘の連続誘拐殺人事件。宿の米問屋の娘の警護に雇われた三人ですが、はたして娘は何者かに攫われ、百五十両の身代金の要求が届けられることに……

 凶悪な拐かしと、米問屋の父娘の軋轢を絡めて展開する職人芸的面白さの今回、ここのところ重めの話が続いていただけにホッとさせられる内容が嬉しいところです。
 そして基本的にカッコイイ担当だった坐望は、今回夏風邪を押して賭場に出かけてスッテンテンになった挙句風邪をこじらせるという実に微妙な役どころなのですが、それを吹き飛ばすようにクライマックスの乱闘でもんのすごくヒドい啖呵とともに登場(つられて夏海もスゴいことを)。静かな殺陣が多い本作には珍しく、豪快な「音」入りの剣戟を見せてくれました。


 そして『そば屋幻庵』のスペシャルゲストは――この人が良さそうで腰が低くてものわかりがいい人は誰!? という印象。今の読者はわかるのかしら、というのは野暮な心配ですね。


「コミック乱ツインズ」2018年8月号(リイド社) Amazon


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2018.06.28

かたやま和華『笑う猫には、福来る 猫の手屋繁盛記』 宗太郎が得るべき世界、作るべき世界


 ひょんなことから巨大な白猫に姿を変えられてしまった青年・宗太郎が猫の手屋として奮闘する姿を描くシリーズも、順調に巻を重ねてこれで5作目。今回は過去の作品に登場したキャラクターたちが再登場、これまで以上に賑やかな一冊であります。

 酔っぱらって猫又の長老をふんずけたばかりに、巨大な白猫に姿を変えられてしまった遠――いや近山宗太郎。こんな姿では父母に迷惑がかかると家を出た彼は、裏長屋で困った人を助ける猫の手屋を開業し、人間の姿に戻るために百の善行を重ねるために奮闘の毎日であります。
 人間の頃は石部金吉だった宗太郎ですが、裏長屋で様々な人情、いや猫情や妖情と触れあううちにだいぶ丸くなり、成長した様子。それでもまだまだ彼の丸い手には余る事件があって――というわけで第一話「琴の手、貸します」は、宗太郎がお見合い騒動に巻き込まれることになります。

 寒い風が吹き始めた頃、珍しくも風邪を引いてしまった宗太郎。そんな時猫の手屋に、上野でちょっと遅い紅葉狩りにかこつけて行われる、大店同士のお見合いの立ち会いの依頼が入ってしまいます。
 体調不良でも、そして自分には無縁の世界の話でも、仕事はこなすのが猫の手屋――と頑張ろうとする宗太郎ですが、そこに琴姫が居合わせたことから騒動が始まります。

 シリーズ第三弾『大あくびして、猫の恋』の「男坂女坂」に登場した彼女は、大身旗本のお嬢様にして宗太郎の許嫁。姫君らしからぬアクティブな方ですが、何かの修行と称して消息不明(ということになっている)の宗太郎をいつまでも待ち続けるといういじらしい娘さんでもあります。
 それが思わぬ因縁で猫の手屋の宗太郎と知り合い、彼が許婚のなれの果てとも(たぶん)知らずにすっかり気に入ってしまった彼女がたまたま宗太郎の長屋に顔を出していたばかりに、今回の顛末となってしまったという状況であります。

 宗太郎が本調子ではないのを良いことに(?)、彼に成り代わって猫の手を、いや琴の手を貸すと変装して立ち会い役を買って出た彼女は、首尾よく見合いを終わらせたかに見えたのですが、それが騒動の始まりに……


 そんな愉快かつ微笑ましい第一話に続く「田楽の目、貸します」は、今度は宗太郎の「子」として猫の手屋になろうと奮闘する子猫・田楽の姿を描くお話。
 シリーズ第二弾『化け猫、まかり通る』の「晩夏」で、宗太郎に拾われた猫の孤児・田楽。そのエピソードで目の見えない大店の娘・お絹に飼われることになった田楽は、猫の手屋として彼女を扶けるべく、彼女の目の代わりになって、思い出の景色を再現すべく奔走することになります。

 そしてラストの「あすなろ」は、とある長屋の偏屈な観相師・あすなろ先生が次々と彫る木彫りの面――同じ長屋の住民たちに気味悪がられている――を何とか処分するよう依頼された宗太郎が、先生の抱える事情を知ることになるというお話であります。
 かつて愛妻を失い、残った息子を健康に育てようと思うあまり、かえって子供を苦しめ、家出させる過去を持っていた先生。その息子が猫の姿で帰ってきたと思い込んだ彼を、何とかなだめようとする宗太郎ですが、さらに幽霊騒ぎまで持ち上がって……

 と、どのエピソードも、シリーズでは既にお馴染みの鉄板ギャグ、天丼ギャグを交えつつ展開する、微笑ましくもほろ苦く、温かい物語ばかり。正直なところ、ものすごく斬新、という内容ではないのですが、しかし宗太郎という特異過ぎるキャラクターと彼が存在する世界観を交えることで、独特の味わいを生み出しているのは間違いありません。
 特に「あすなろ」の、白黒をきっちりとつけるのではなく、余韻を――余白を残した結末は素晴らしく、ある意味これまでの宗太郎であれば選べなかったであろう結末として、印象に残ります。


 そう、考えてみれば宗太郎が石部金吉であったということは、ある意味、他人と――周囲の世界に対して、頑なに己のやり方で接してきた、と言えるのではないでしょうか。本シリーズは、そんな彼が猫になり、猫の手屋となることによって、周囲の人々と共に生きることを学んでいく物語であると感じられます。

 考えてみれば本作に登場するのは「許嫁(すなわち将来の妻)」「子供」、そして他所様ではありますが「親」――人間にとって最もミニマムな「世界」であります。
 宗太郎が、果たしてこの先人間に戻って、この世界を得ることができるのか。そしてその時どのような世界を作るのか――楽しみにしたいと思います。


『笑う猫には、福来る 猫の手屋繁盛記』(かたやま和華 集英社文庫) Amazon
笑う猫には、福来る 猫の手屋繁盛記 (集英社文庫)


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2018.06.19

久賀理世『倫敦千夜一夜物語 あなたの一冊、お貸しします。』 この時代、この舞台ならではの本と物語のミステリ


 『英国マザーグース物語』や、先日ご紹介した『ふりむけばそこにいる』など、イギリスを舞台とした作品を得意とする久賀理世。その作者が、ヴィクトリア朝のロンドンで貸本屋を営むちょっと訳ありの兄妹を主人公に描く、優しく暖かく、時にほろ苦い連作ミステリであります。

 時は19世紀末――ライヘンバッハの滝に消えたホームズがいまだ帰還せず、読者たちを嘆かせていた頃。ロンドン郊外の町に、若く美しい兄妹――アルフレッドとサラが営む貸本屋「千夜一夜」がありました。
 ある事情を抱えて周囲には身分を隠して暮らす二人ですが、しかし無数の本に囲まれての暮らしはなかなか快適。そんなある日、幼い二人の弟を連れた青年貴族・ヴィクターが店に現れて――という形で、第1話「紳士淑女のタイムマシン」は始まります。

 ヴィクターは、弟が公園で友だちから聞いたという女の子と犬が冒険を繰り広げるという物語を探していたのですが――しかし本にかけては人並みならぬ知識を持つサラも、その内容には心当たりがありません。
 それでもヴィクターの語る内容に興味を引かれ、その本を探すサラ。そんな中、アルフレッドは乏しい手がかりから本の正体を見抜きます。さらに、そこに秘められたある事情までも……


 子供があやふやな記憶で語る内容というごくごくわずかな手がかりから、古今の物語にまつわる知識と観察眼、そして何よりも見事な洞察力で、本の正体という謎を解き明かしてみせるこの第1話。
 いや、本だけではなくその本の内容を子供に教えたのは誰か、さらにここでは一種の「信頼できない語り手」として機能する子供が、何故そのように語らなければならなかったのか――という更なる謎まで鮮やかに解決してみせる、その切れ味に驚かされます。

 しかし、それに勝るとも劣らぬほど魅力的なのは、そのあまりにも切なく悲しい真相と、それに対する暖かで優しい「裁き」であります。
 ここで白状してしまえば、そのくだりを読んだときには、思わずボロボロと涙が――いや、いい年して本当に恥ずかしいお話ではありますが、しかし単なる興味本位でもなく無機質でもない、本作ならでは心温まる謎解きとその語り口の見事さに、この第1話の時点でKOされてしまったのです。

 そして実はヴィクターとアルフレッドの間には浅からぬ因縁があったという意外な真実が語られ、さらにそこからアルフレッドとサラの抱える複雑で危険な事情、そしてそこから作品を通じて追いかけられるであろう謎が提示されるという構成の妙には、ただ唸らされ続けるほかありません。


 というわけでこの先の物語は、アルフレッドとサラ、そしてヴィクターを加えた三人を中心に展開していくことになります。
 ヴィクターがパブリック・スクール時代の図書室で目撃した不可思議な儀式にまつわる謎を描く「春と夏と魔法の季節」、ヴィクターたちの友人が謎めいた死を遂げた陰に、恐るべき邪悪な企みが蠢く「末の世とアラビア夜話」と、全3話で構成されています。

 第1話が優しく温かい味わいだとすれば、第2話はほろ苦く切なく、第3話は恐ろしくもひどく苦い――ここで描かれるのは、それぞれ本と物語を題材としつつも、全く異なる味わい。
 完璧超人のアルフレッドと、優しく聡明で、それでいて(それだからこそ)ちょっとニブいサラ、そしてそんな二人の間で一生懸命の「忠犬」ヴィクター――物語を彩るそんな三人の関係性も実に楽しく、読書と物語の楽しさを満喫させてくれる作品であります。

 そしてもう一つ、ヴィクトリア朝のイギリスの文化風物を、丁寧にかつ自然に物語に盛り込んでくれるのも嬉しい。特に店でサラが客に出す菓子の数々など、物珍しくも実においしそうで――この時代、この舞台ならではの空気感を作り出すのに、大きな役割を果たしていると感じます。

 ……そう、本作に詰まっているのは、この時代、この舞台ならではの物語。単純に舞台背景だけでなく、その独自性が物語に密接に結びつき、大いなる必然性をもってそこでは描かれているのであります。
 そしてその象徴となるのが、「本」であるのは言うまでもありません。

 (貸)本屋とミステリというのは最近の流行であるかもしれませんが、決してそれに乗ったわけでないと感じさせてくれる、本作ならでは、この作者ならではの物語――ミステリの形を取りつつ、読書の楽しみを思い出させてくれる「本」であります。


『倫敦千夜一夜物語 あなたの一冊、お貸しします。』(久賀理世 集英社オレンジ文庫) Amazon
倫敦千夜一夜物語 あなたの一冊、お貸しします。 (集英社オレンジ文庫)


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2018.06.18

「コミック乱ツインズ」7月号(その二)


 「コミック乱ツインズ」誌の今月号、7月号の紹介の後編であります。

『カムヤライド』(久正人)
 スタイリッシュなあらすじページも格好いい本作、今回は出雲編の前編。前回、瀬戸内海に現れた巨大触手型国津神にヤマトタケルが脱がされたりと苦戦の末、かろうじて勝利したモンコとタケル。どうやら水中では全く浮力が生じないなど謎だらけのモンコですが、しかし彼も何故自分がカムヤライドできるのか、そして自分が何者なのか、一年より前の記憶はないと語ります。
(今回の冒頭、意識を失ったモンコの悪夢の形でその過去らしきものが断片的に描かれますが――やはり改造手術が?)

 それはさておき、自分の伯父に当たる出雲の国主・ホムツワケが乱を起こしたと聞き、大和への帰還よりも出雲に急ぐことを選ぶタケル。それはなにも伯父への情などではなく、かつてホムツワケが出雲に追われたように、皇子でも油断できぬ魑魅魍魎の宮中で自分の座を守るための必死の行動なのですが……
 普段は相棒(というかヒロインというか)的立ち位置で明るいタケルの心の陰影を描くように、文字通り陰影を効かせまくったモノトーンの中に浮かび上がるモンコとタケルの姿が強く印象に残ります。

 と、出雲にたどり着いてみれば、やはりと言うべきかそこは土蜘蛛たちが蠢く地。しかしそこで二人を制止して土蜘蛛と戦おうとする男が登場。その名は――イズモタケル! 敵か味方か第二(第三?)のタケル、という心憎いヒキであります。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 鬼支丹編の後編である今回描かれるのは、前編で処刑された切支丹が変じた鬼を、祈りの力で消滅させたのがきっかけで正体がばれてしまった尼僧――実は金髪碧眼の盲目の少女・華蓮尼が歩む苦難の道であります。

 彼女を棄教させようと、その前で偽装棄教していた村人たちに無惨な拷問を行う尾張藩主。華蓮の悲しみと苦しみを知りながらも、俺は人間は救わない、華蓮も鬼になれば斬ってやると嘯く鬼切丸の少年ですが……
 それでも屈することなき華蓮と、彼女のために死にゆく村人たち。しかしその死が皮肉な形で(藩の側ではむしろ慈悲を与えたつもりなのがまたキツい)辱められた時、巨大な怨念の鬼が出現、少年の出番となるのですが――しかしそこでもまた、少年は華蓮のもたらした奇跡を目にすることになります。

 華蓮の出自も含めて、正直なところ内容的には予想の範囲内であった今回。その辺りは少々勿体なく感じましたが、無意識のうちに華蓮に母を重ねていた少年の心の揺れが描かれる終盤の展開はやはり面白いところです。
 しかしこの『鬼切丸伝』、本誌連載は今号まで。7月より「pixivコミック」にて移籍というのは実に残念であります。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 ちゃんと続いていて一安心の本作、三人の過去回も一巡して、今回は通常の(?)エピソードですが――しかしただでは終わらないのが、らしいところであります。

 旅の途中、とある藩で追っ手に追われていた若侍・春之進を救った三人組。悪家老の暴政によって財政が逼迫した藩の窮状を江戸に訴え出ようとする春之進に雇われた三人は、多勢で襲いかかる家老の手の者から逃れるべく戦いを繰り広げるのですが……
 今回も、夜、雨の降りしきる山道という、特殊なシチュエーションで繰り広げられる殺陣が印象的な本作。一歩間違えれば漫画ではなく絵物語になりそうなところを巧みに踏みとどまり、無音の剣戟を展開するのはお見事であります。

 中盤で先の展開が読めてしまうといえばその通りですし、ラストはもう用心棒の仕事から外れているように思えますが、それでも納得してしまうのは、この描写力と、これまで培われてきたキャラクター像があってのことと納得であります。
(リアリストの海坂、人情肌の雷音、理想主義の夏海というのはやはりよいバランスだと、今更ながらに感心)


 その他、今月号では『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』単行本第2巻発売記念として、2Pの特別ショートマンガが掲載されているのが嬉しいところ。
 連載も終わり、寿司屋で静かに酒を酌み交わす島と雨宮の会話の中で、作品内外の雨宮のルーツが語られる番外編を楽しませていただきました。


「コミック乱ツインズ」7月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年7月号 [雑誌]


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2018.06.15

横田順彌『夢の陽炎館 続・秘聞七幻想探偵譚』 明治のリアルが描く不思議の数々


 先だって復刊された横田順彌の明治SF連作の第二弾――日本SFの祖・押川春浪と、その弟子である青年科学小説家・鵜沢龍岳が次々と遭遇する不思議な事件を描く、全七話の連作短編集であります。

 『海底軍艦』をはじめとする熱血科学冒険小説家として、雑誌「冒険世界」の主筆として、そしてバンカラ書生団体・天狗倶楽部の中心人物として活躍する春浪。その春浪に見出されて科学小説家として成長著しい好青年・龍岳。
 さらに二人の友人である警視庁刑事・黒岩と、その妹で龍岳とは憎からず想い合う女学生・時子の四人を中心に展開していく本シリーズは、「幻想探偵譚」と角書されるに相応しい内容の連作であります。

 ここで描かれるのは、いずれも明治の世を舞台とした、登場人物たちも出来事も社会風俗も、明治のリアルを丹念に拾い上げた物語。
 しかしその中で描かれるのは、明治の常識や科学では計り知れない――いや、現代のそれらを以てしても摩訶不思議な、説明のつかない奇怪奇妙な事件たちなのであります。以下に述べるような……

『夜』映画館で発見された首を刺された死体。一人の女性が容疑者と目されたものの、彼女にはアリバイがあった。しかし事件を捜査していた刑事が何者かに殺害され……
『命』ふとしたことから日露戦争の脱走兵と知り合った龍岳たち。彼は旅順攻略前に、宙に銀の球体が浮かび、兵士たちに光線を照射していたと語るが。
『絆』自分の乗った漁船が徐々に浸水していくという夢に夜な夜な悩まされる男。催眠療法により沈没船から救い出される夢を見て完治したかに思われた男だが……
『幻』博覧会に展示されていた発明品の兜を被った途端意識を失った龍岳。目覚めた時に違和感を感じる龍岳だが、実は彼は日露戦争で日本が敗れた世界に迷い込んでいた。
『愛』醜聞に巻き込まれて死んだある女性の絵から、夜な夜な幽霊が抜け出すという現場を目撃した龍岳たち。その中で画家の倉田白洋だけは幽霊の出現する理由を看破して……
『犬』弓館小鰐の友人が、西洋から珍しい犬を連れ帰った。それと時同じくして、素っ裸の変態が女性を襲うという事件が発生、龍岳たちはその思わぬ正体を知る。
『情』女性のマネキン制作に度を超した情熱を注ぐ青年と出会った龍岳。その青年がやがて生み出したものとは……

 これらの物語は、いずれも本シリーズらしい、どこか懐かしさを感じさせる――古典的なSFアイディアを踏まえた――不思議の数々。完全にその謎が解かれるわけではなく、どこかすっきりとしない後味を残すところが、また実に「らしい」味わいであります。

 その味わいといい、同時代人のリアルを描いた(と見紛う)文章といい、岡本綺堂の怪談をどこか彷彿とさせるところがある……
 というのは少々褒めすぎで、前作同様にいささか評価に困る作品も幾つかあるのですが、しかし一度その世界に浸ってしまえば、ひどく心地よい、そして龍岳や春浪たちとともに冒険してみたくなる、そんな作品集であります。

 そんな中で個人的にベストだったのは『命』であります。
 旅順要塞攻略直前に宙に浮かぶ銀色の球体が兵士たちに光を浴びせ、その後戦死したのは、皆その光を浴びた者だった――という戦争怪談的な内容だけでも十分不気味でありますが、その後の展開も実に恐ろしい。

 球体を目撃した男がその光景を、そしてさらなる恐るべき「真実」を記したという原稿を預かった春浪たちですが、しかし彼らの周囲にも現れ、怪現象を起こす謎の物体。
 さらに男が残した幾つかの数字の羅列――西暦と思しき数字と、別の数字が組み合わさったその意味が暗示される(そして現代に生きる我々はそれが「真実」であると知っている!)結末の不気味な後味は絶品であります。

 実は本作は、ある有名な古典SFテーマを題材としているのですが、作中で描かれる怪異の無機質さ・理不尽さといい、それを引き起こしたモノの描写といい、UFOホラーの佳品と評してよいのではないかと思います。

 と、自分の好みの作品ばかり大きく取り上げてしまいましたが、おそらくは人それぞれに琴線に触れる作品があるであろう本書。随分と久々に読み返しましたが、今読み返しても様々な発見のある一冊であります。

 本作とカップリングで復刊された長編『水晶の涙雫』、そして残るもう一冊の作品集も、近日中にご紹介したいと思います。

『夢の陽炎館 続・秘聞七幻想探偵譚』(横田順彌 柏書房『夢の陽炎館・水晶の涙雫』所収) Amazon
夢の陽炎館・水晶の涙雫 (横田順彌明治小説コレクション)

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2018.05.28

岩崎陽子『ルパン・エチュード』第2巻 天使と女神の間に立つラウールとルパン


 あの怪盗紳士ルパンが実は二重人格者だった!? という意外な切り口でその青年時代を描く極めてユニークなルパン伝、待望の続巻であります。この第2巻から始まる物語は、原典の『カリオストロ伯爵夫人』――ルパン最初の冒険と銘打たれた物語であります。

 サーカスの青年・エリクが出会った天真爛漫な青年ラウール・ダンドレジー。時折別人のような鋭さを見せる彼には大きな秘密がありました。彼は、実はその精神の中にもう一人の人格を眠らせており、誰かの「悪意」に触れた時、彼は意識を失い、もう一人の人格が表に出るのです。
 エリクに見出され、アルセーヌ・ルパンと名乗ることとなったもう一人のラウール。自分自身の体を持たない日陰の存在であるルパンは、自分がここにいることを天下に宣言するために、大胆不敵な冒険児として生きることを宣言して……

 というわけで、非常に大胆な設定ながら、様々な顔を持つ怪盗紳士の在り方を語るに、不思議な説得力を持つ本作。劇場型犯罪者としてのルパンの心中には、ラウールの陰に隠された自分の存在をアピールしたいという切なる想いがあった――というのは、実にドラマチックで良いではありませんか。

 さて、第1巻はほとんどオリジナルエピソードで構成されていた本作ですが、冒頭に述べたとおり、この巻からは『カリオストロ伯爵夫人』――原典のいわばエピソードゼロとも言うべき物語、まだラウール・ダンドレジーを名乗っていた彼が、本格的にアルセーヌ・ルパンとして冒険に乗り出す姿を描いた物語をベースとしています。

 ルパンからの急を知らせる手紙で彼の元に赴いたエリク。そこで彼が見たのは、避暑に訪れた美しい少女・クラリスと親交を深めるラウールの姿でした。しかしラウールは、周囲の悪意に触れても意識を失わず、ルパンは隠れたままだったのであります。
 クラリスが去った後にようやく現れたルパンは、その理由を推理します。クラリスは周囲の悪意を退ける、強い善意の力を持っているのだと……

 つまりルパンにとっては天敵であるクラリス。「自分」の恋路を邪魔してやろうとクラリスの実家であるデティーグ男爵家に近づくルパンですが、豈図らんや、むしろ二人の仲を決定的に近づけてしまう羽目に。

 しかし二重人格だと打ち明けたのを受け容れてくれたクラリスにルパンも好感を抱き、彼はラウールとクラリスの結婚に反対する男爵の弱味を握るため、一肌脱ぐことを決意します。
 その結果、彼が怪しげな一味に加わり、一人の美しい女性に私刑を下そうとしていたことを知ったルパン。そして彼は海に放り出された彼女を救い出すのですが――それこそがもう一つの運命の出会いだったのです。

 女性の名は、怪人カリオストロ伯爵の娘を名乗り、遙か過去から変わらぬ美しさを持つと言われるカリオストロ伯爵夫人ことジョゼフィーヌ(ジョジーヌ)=バルサモ。
 そして彼女こそは、ラウールの存在を完全に消してしまう存在であり、彼女と共にいればルパンは完全に自由になれる――いわばラウールにとってのクラリスだったのであります。

 たちまちジョジーヌに魅せられ、彼女のために動くことを決意したルパン。やがてその熱意は彼女にも伝わって……

 と、この第2巻の時点では原典の1/3程度とまだ序盤戦ながら、原典の設定と本作の設定が見事に噛み合って、早くも見逃せない展開となってきた本作。

 原典では、クラリスと結ばれた直後にジョジーヌに出会い、熱烈な恋に落ちるという、実に節操のない二股を見せるルパン。
 しかし本作では、上に述べたように彼女はルパンが存在するために欠くことはできない存在であり、この選択も無理もないことと――ことに彼の「存在」に対する強い望みと憧れを考えれば!――納得させられるのです。

 原典の設定を、ここまで本作ならではの形で、無理なく、いやそれどころか強い必然性を持ったものとして昇華してみせるとは――あるいはこのエピソードから逆算して物語を作ったのでは!? とすら思わされてしまった次第であります。
(そして原典では正直なところいささか影の薄かったクラリスが、この設定の下ではジョジーヌと全く対極の、そして等値の存在であることが示されるのも嬉しい)

 共に運命の女性に出会ってしまったラウールとルパンは(そして今回も付き合いよく巻き込まれてしまったエリクも)この先どうなるのか。原典既読者も未読者も、誰もが先が気になること受け合いの物語です。

『ルパン・エチュード』第2巻(岩崎陽子 秋田書店プリンセス・コミックス) Amazon
ルパン・エチュード 2 (プリンセスコミックス)

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2018.05.20

「コミック乱ツインズ」2018年6月号


 今月の「コミック乱ツインズ」誌は、表紙&巻頭カラーが『用心棒稼業』(やまさき拓味)。レギュラー陣に加え、『はんなり半次郎』(叶精作)、『粧 天七捕物控』(樹生ナト)が掲載されています。今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 先月に続いて鬼輪こと夏海が主人公の今回は、前後編の後編とも言うべき内容です。
 旅の途中、とある窯元の一家に厄介になった夏海。彼らのもとで生まれて初めて心の安らぎを得た彼は、用心棒稼業を抜けて彼らと暮らすことを選ぶのですが――鬼輪番としての過去が彼を縛ることになります。

 夏海の設定を考えれば(いささか意地の悪いことを言えば)この先どうなるかは二つに一つ――という予想が当たってしまう今回。そういう意味では意外性はありませんが、夏海の血塗られた過去と、悲しみに沈む心を象徴するように、雨の夜(今回もあえて描きにくそうなシチュエーション……)に展開する剣戟が実に素晴らしい。
 駆けつけた坐望と雷音の「用心棒」としての啖呵も実に格好良く印象に残ります。

 それにしても最終ページに「終」とあるのが気になりますが……

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 隠密(トラブルシューター)の裏の顔を持つ漢方医・桃香を主人公とした本作、今回の題材は子供ばかりを狙った人攫い。彼女の顔見知りの母子家庭の娘が、人攫いに遭いながらも何故か戻された一件から、桃香は事件の背後の闇に迫るのですが――その闇があまりにも深く、非道なものなのに仰天します。
 この世界のどこかで起きているある出来事を時代劇に翻案したかのような展開はほとんど類例がなく、驚かされます。

 一方、娘を攫った犯人が人間の心を蘇らせる様を(色っぽいシーンを入れつつ)巧みに描いた上で、ラストに桃香の心意気を見せるのも心憎い。前後編の前編ですが、後編で幸せな結末となることを祈ります。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 今回から原作第3巻『秋霜の撃』に突入した本作。六代将軍家宣が没し、後ろ盾を失ったことで一気に江戸城内での地位が低下した新井白石と、新たな権力者となった間部越前守の狐と狸の化かし合いが始まります。
 その一方、白石がそんな状態であるだけに自分も微妙な立場となった聡四郎は、人違いで謎の武士たちの襲撃を受けるもこれを撃退。しかし相手の流派は柳生新陰流で……

 と第1回から不穏な空気しかない新展開ですが、聡四郎を完全に喰っているのは、白石のくどいビジュアルと俗物感溢れる暗躍ぶり(キャラのビジュアル化の巧みさは、本当にこの漫画版の収穫だと思います)。
 そんな暑苦しくもジメジメした展開の中で、聡四郎を想って愁いに沈んだり笑ったりと百面相を見せる紅さんはまさに一服の清涼剤であります。

『鬼切丸伝』(楠桂)
 今回はぐっと時代は下って江戸時代前期、尾張での切支丹迫害(おそらくは濃尾崩れ)を描くエピソードの前編。幕府や大名により切支丹が無残に拷問され、処刑されていく中、その怨念から切支丹の鬼が生まれることになります。
 切支丹であれ鬼を滅することができるのは鬼切丸のみ――のはずが、その慈愛と赦しで鬼になりかけた者を救った伴天連と出会った鬼切丸の少年。それから数十年後、再び切支丹の鬼と対峙した少年は、その鬼を滅する盲目の尼僧・華蓮尼と出会うこととなります。

 鬼が生まれる理由もその力も様々であれば、その鬼と対する者も様々であることを描いてきた本作。今回は日本の鬼除けの札も通じない(以前は日本の鬼に切支丹の祈りは通じませんでしたが)弾圧された切支丹の怨念が生んだ鬼が登場しますが、それでも斬ることができるのが鬼切丸の恐ろしさであります。
 しかし今回の中心となるのは、少年と華蓮尼の対話でしょう。己の母もまた尼僧であったことから、その尼僧に複雑な感情を抱く少年に対し、彼の鬼を斬るのみの生をも許すと告げる華蓮ですが……

 しかし鬼から人々を救った尼僧の正体は、金髪碧眼の少女――頭巾で金髪を、目を閉じて碧眼を隠してきた(これはこれで豪快だなあ)彼女は、役人に囚われることに……
 禁忌に産まれたと語る尼僧の過去――は何となく予想がつきますが、さて彼女がどのような運命を辿ることになるのか? いつものことながら後編を読むのが怖い作品です。

 その他、今号では『カムヤライド』(久正人)、『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)が印象に残ったところです。

「コミック乱ツインズ」2018年6月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2018年6月号 [雑誌]

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2018.05.07

武内涼『敗れども負けず』(その二) 彼らは何故、何に負けなかったのか?


 歴史上の敗者を題材にした短編集の紹介の後編であります。今回ご紹介する二編は、本書のテーマに即しながらも、作者の小説に通底するものがより色濃く現れた作品です。

『春王と安王』
 足利義教と対立した末に討たれた足利持氏の子として奉じられ、結城合戦の大将となった足利春王丸・安王丸。圧倒的な力の前に散った幼い子供たちの姿を、本作は瞽女――盲目の女性芸能者を通して描きます。

 幼い頃に瞽女となり、長じてのち琵琶法師の夫と出会い、坂東に出た千寿。ならず者に襲われていたところを二人の少年に助けられた彼女は、やがてその二人が春王丸・安王丸であったことを知ります。
 義教に反旗を翻し、結城城に依った二公子に求められ、その心を慰めるために城に入った千寿たち。善戦を続けるものの、幕府軍の物量に押されついに迎えた落城の日、城を脱した二公子の伴をする千寿たちですが……

 現代でいえば小学生くらいの年齢ながら、反幕府の旗頭として祭り上げられ、そして非業の最期を遂げた春王丸と安王丸。
 本作はその二人の姿を――その少年らしい素顔を、千寿という第三者の目を通じて瑞々しく、だからこそ痛々しく描きます。そしてそれと対比する形で、「万人恐怖」と呼ばれた暴君・義教の姿が浮かぶのですが――しかし本作が描くのはそれだけに留まりません。本作が描くのはもう一つ、そんな「力」に抗する者――芸能の形で敗者たちの物語を愛し、語り継いできた庶民たちの姿なのです。

 思えば、作者の作品は常に弱者――忍者や暗殺者など、常人離れした力を持っていたとしても社会的にはマイノリティに属する存在――を主人公として描いてきました。その作者が描く歴史小説が、強者・勝者の視点に立つものではないことはむしろ当然でしょう。
 そして本作においてその立場を代表するのが、千寿であることは言うまでもありません。強者たる義教があっさりと命を落とした後に、春王丸・安王丸の姿が芸能として後世に語り継がれることを暗示する本作の結末は、決して彼らが、千寿たちを愛した者たちが負けなかったことを示すのであります。


『もう一人の源氏』
 最後の作品の主人公は、源氏嫡流の血を引きながらも、将軍位を継ぐことはなかった貞暁。頼朝亡き後、頼家が、実朝が、公暁が相次いで死に、源氏の血が途絶えたかに見えた中、ただ一人残された頼朝の子の物語です。

 頼朝が側室に産ませ、妻・政子の目を恐れて逃し、高野山に登った貞暁。彼を四代将軍に望む声が高まる中、政子は九度山で貞暁と対面することになります。表向きは将軍就任への意思を問いつつも、是と答えればこれを討とうとしていた政子に対し、貞暁は己の師の教えを語るのですが……

 本書に登場する中で、最も知名度が低い人物かもしれない貞暁。幼い頃に出家し、高野山で生き、没したという彼の人生は、メインストリームから外れた武士の子の典型に思えますが――しかし本作は政子に対する貞暁の言葉の中で、それが一面的な見方に過ぎないことを示します。
 高野聖に加わり、自然の中で暮らした貞暁。初めは己の抱えた屈託に苦しみつつも、しかし師との修行の日々が、彼を仏教者として、いや人間として、より高みに近づけていく――そんな彼の姿が露わなっていく政子の対話は、静かな感動を生み出します。

 そしてその師の言葉――「この世界は……愛でても、愛でても、愛で足りんほど美しく、さがしても、さがしても、さがし切れぬほどの喜びで溢れとる」は、作者の作品における自然観を明確に示していると言えるでしょう。
 デビュー以来、作者の作品の中で欠かさずに描かれてきた自然の姿。登場人物を、物語を包むこの自然は、この世の美しさを、そして何よりも、決して一つの枠に押し込めることのできないその多様性を示しているのだと――そう感じられます。

 その多様性に触れた末に、武士の戦いの世界を乗り越えた貞暁の姿は、本書の掉尾を飾るに相応しいというべきでしょう。


 以上全五作の登場人物たちが戦いに敗れた理由は、そしてその結果は様々です。しかしその者たちは、あるいはその者たちの周囲の者たちは、戦いに敗れたとしても決して負けなかったと、本作は高らかに謳い上げます。何に負けなかったか? その人生に――と。

 作者はこれまでその伝奇小説において、正史の陰に存在したかもしれない敗者の、弱者の姿を描いてきました。勝者の、強者の力に苦しめられながらも、決してそれに屈することなく、自分自身を貫いた者たちを。
 本書は、そんな作者の姿勢を以て描かれた歴史小説――作者ならではの、作者にしか描けない歴史小説なのであります。


『敗れども負けず』(武内涼 新潮社) Amazon
敗れども負けず


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2018.05.06

武内涼『敗れども負けず』(その一) 様々な敗者の姿、そして残ったものの姿


 デビュー以来、常に時代伝奇小説を手がけてきた一方で、最近は独自の視点に立った歴史小説『駒姫 三条河原異聞』を発表している作者。本書も伝奇色のない歴史小説――歴史上の敗者とその周囲にあった者を主人公に、「その先」を描いてみせる全五編の短編集であります。以下、一作ずつ紹介してきます。

『管領の馬』
 関東管領でありながら、北条氏康に惨敗し、居城の平井城を喪った上杉憲政。本作の巻頭に言及されるように、甲陽軍鑑において臆病な大将などと厳しい評価を与えられた武将ですが――本作はその己の愚かさから敗北を喫した憲政のその後の姿を、その若き臣・曾我祐俊の目を通じて描く物語であります。

 それまで幾度も北条氏との戦を繰り返しながらも、腰巾着の甘言に乗せられ、戦に出ようとしなかった憲政。その果てに上杉軍は追いつめられて嫡男の龍若丸は討たれ、さらに混乱の中で憲政は居城の平井城を喪うことになります。何とか死を思い留まって再起のために逃れ、平井からの難民の中に潜り込んだ憲政が見たものとは……

 城を奪われた末に民たちの間に身を隠し、そして信じていた者たちから次々と裏切られ、ついには命を狙われる――敗軍の将としての辛酸をこれ以上はないほど舐めた憲政。本作はその苦しみをつぶさに描きつつも、それだからこそ再び立ち上がる力を得た憲政の姿を浮かび上がらせます。
 主がいつまでも主が戦場に出なかったことから、動かぬことの喩えに使われた憲政の馬。その馬が放たれ、自然の中で厳しくも新たな道を歩み始めた姿を、憲政自身が求める新たな戦いの姿に重ねて見せる結末が、何とも爽やかな後味を残します。


『越後の女傑』
 巴御前と並び、女傑として歴史に名を残す板額御前。並の男の及びもつかぬ力を持ちつつも、鎌倉幕府を向こうに回し、いわば時流の前に敗れた女性を本作は瑞々しく描きます。
 叔父・長茂とともに倒幕計画に加わりながらも、長茂を討たれ、鳥坂城に籠城を余儀なくされた城資盛。その甥の救援に駆けつけた板額は、寡兵を率いて幕府の討伐軍を散々に悩ませながらも、しかし衆寡敵せず、ついに城を落とされることとなります。そして捕らえられた板額を待ち受けるものとは……

 正史に記録は残るものの、むしろ浄瑠璃や歌舞伎などの芸能で後世に知られる板額。越後の豪族・城氏に連なる彼女を、しかし本作は蝦夷の血を引く者として描くのが面白い。
 なるほど、彼女が身の丈八尺、美女とも醜女などと評されるのは、当時の人々の尺度から外れる人物であったことを示すものでしょう。しかしその源流に蝦夷を設定したのは、伝奇小説家たる作者ならではの発想であります。(城氏の祖が蝦夷と戦っていた史実からすればあり得ないものではないと感じます)

 自然の中で獣を狩り、そして狩った動物を神として崇める誇り高き狩人であった蝦夷。その血を引く彼女は、武内主人公の一人として相応しいと言えるのではないでしょうか。

 本作の結末は、そんな彼女が武器を捨てて「女の幸せ」を得たように見えるかもしれません。しかし彼女が求めていたのが自分と同じ価値観を持ち、そして自分を一個の人間として認める相手であったと明示されているのを思えば、本作がそのような浅薄な結末を描いた作品ではないことは、明らかでしょう。


『沖田畷』
 その勇猛さと冷酷さから「肥前の熊」と呼ばれながらも、絶対的に有利なはずの戦で大敗し、首を取られたことで後世の評判は甚だ悪い龍造寺隆信。本作で描かれるのは、その疑心故に自滅した彼の姿であります。

 主君の疑心により祖父と父をはじめとする一族のほとんどを討たれ、以来幾度も裏切り裏切られながら、ついに肥前を支配するに至った隆信。本作の隆信は、そんな過去から一度疑った相手は無残に処断する冷酷さを持ちながらも、同時に自ら包丁を振るい周囲に振る舞う美食家という側面をも持つ複雑な人物として描かれます。
 そんな彼とは兄弟同様に育ちつつも、彼に諫言するうちに溝が深まり、冷遇されるに至った鍋島信生(後の直茂)。彼の懸念は当たり、ついに隆信は沖田畷で……

 数万対数千という圧倒的な戦力差、しかも相手の島津家は当初持久戦を狙っていたにもかかわらず、大敗することとなった沖田畷の戦い。しばしばその敗因を増長に求められる隆信ですが、本作においてはむしろ、疑心とそれと背中合わせの独善に求めています。
 その視点は非常に説得力がありますが――敗れた隆信の姿が強烈すぎて、「負け」なかった信生の姿が薄いのは、少々残念なところではあります。

 残り二話は次回に紹介いたします。


『敗れども負けず』(武内涼 新潮社) Amazon
敗れども負けず


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2018.05.02

浅田靖丸『乱十郎、疾走る』 ユニークな超伝奇時代青春アクション小説!?

 秩父・大嶽村で祖父と暮らし、村の若い者を集めて日々暴れ回る少年・乱十郎。しかし村に謎めいた男女が現れたことをきっかけに、彼の日常は崩れていく。乱十郎と祖父を狙う者たちの正体とは、彼を悩ます悪夢の正体とは――そして死闘の末、「神」と対峙することとなった乱十郎の運命は!?

 約5年前に忍者アクション『咎忍』を発表した作者の久々の新作は、江戸時代の農村を主な舞台とした、超伝奇時代青春アクション小説とも呼ぶべき作品です――と書くと違和感があるかもしれませんが、これが本当、そして面白いのであります。

 開幕早々描かれるのは、「宗主」と呼ばれる男が、奇怪な儀式の末に鬼に変化し、それを止めようとした息子に襲いかかるという惨劇。何とかその場を逃れた宗主の息子は、妻と生まれたばかりの子と故郷を捨て――そして十数年後、物語が始まるのです。

 本作の主人公は、秩父の大嶽村で住職にして剣の士の祖父に育てられた少年・乱十郎。根っからの乱暴者の彼は、村の若い者を集めて「乱鬼党」なるグループを作り、似たような隣村の若い衆と喧嘩したり、酒盛りをしたり、農作業に勤しんだりの毎日であります。

 しかしそんな暮らしに安住している乱十郎に業を煮やした乱鬼党のナンバー2・由利ノ丞が、ある日、乱十郎に反発し、村を飛び出してしまうことになります。
 よくある仲間同士の諍いに思えた二人の衝突。しかし由利ノ丞が、山中で怪しげな男女と出会ったことで、大きく運命が動き出すことになります。その男女が探していたものこそは、かつて喪われた「神」の降臨に必要なものだったのですから……


 序章に登場したある一族の物語と、乱十郎たち秩父の少年たちの物語が平行して語られ、やがて合流することになる本作。
 その両者の関係は早い段階で察しがつきますが、全く異なる世界に暮らす人々の運命が徐々に結びつき、やがて「神」との対決にまでエスカレートしていくというのは、伝奇ものならではの醍醐味でしょう。

 筋立ては比較的シンプルな物語なのですが、しかし最後まで一気に読み通したくなるのは、この構成の巧みさが一つにあることは間違いありません。しかしそれ以上に大きな魅力が、本作にはあります。
 それは本作が伝奇時代小説であると同時に青春小説、成長小説でもある点であります。

 上で述べたように、本作の主人公・乱十郎は、力でも武術でも村一番、村の血気盛んな青少年たちのリーダー格であるわけですが――しかし厳しい言い方をすれば、その程度でしかない。将来の夢があるわけでもなく、ただ己の力を持て余すばかり――ちょっとおかしな譬えになりますが、地方都市のヤンキーグループのリーダー的存在なのであります。

 そんな彼が、彼の仲間たちが、外の世界に――それも地理的にというだけでなく、人としての(さらに言ってしまえばこの世の則の)外に在る連中と出会った時、何が起こるか? 先ほどの譬えを続ければ、ヤンキー少年が、その道の「本職」に出会ってしまった時に生まれる衝撃を、本作は描くのです。

 今まで小さな世界しか知らなかった少年たちが外の世界に出会った時に経験するもの――それは必ずしもポジティブなものだけではありません。
 むしろそれは時に大きな痛みをもたらすものですが、しかし同時に、成長のためには避けては通れないものであり、そしてその中で人は自分自身を知ることができる――我々は誰でも大なり小なり、そんな経験があるのではないでしょうか。

 本作で描かれる乱十郎の戦いは、いささか過激であり、スケールも大きなものではありますが、まさにそんな外側の世界と出会い、成長するための通過儀礼と言えるでしょう。
 そしてその視点は、本作のサブ主人公であり、乱十郎のように強くもなければヒロイックでもないフツーの少年・小太郎の存在を通すことで、より強調されるのであります。

 そう、本作は伝奇小説ならではの要素を「外」として描くことによって成立する、一個の青春小説。そしてその「日常」と「非日常」のせめぎ合いが、同時に伝奇小説の構造と巧みに重ね合わされていることは言うまでもありません。


 スケールの大きな伝奇活劇を展開させつつも、それを背景に少年たちの成長を描き、そしてそれによってスケール感を殺すことなく良い意味で我々との身近さを、キャラの人間味を感じさせてくれる……
 唯一、敵キャラに今一つ魅力がないのだけが残念ですが、それを差し引いても非常にユニークで、そして魅力的な作品であることは間違いありません。


『乱十郎、疾走る』(浅田靖丸 光文社文庫) Amazon
乱十郎、疾走る (光文社時代小説文庫)

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