2018.01.06

『ワンダーウーマン』 彼女が第一次世界大戦を戦った理由

 舞台は1918年だから、という屁理屈で、このブログで取り上げさせていただきます。昨年世界中で大ヒットを収めたDCコミックス原作の映画――ガル・ガドットがダイアナ=ワンダーウーマンを演じた、初の女性スーパーヒーローを主人公とした映画であります。

 神話の時代から女性だけで構成されたアマゾン族が住む外界から隔絶された島・セミッシラで、戦士となることを夢見て鍛錬を重ねてきたダイアナ。
 ある日、ドイツ軍に追われて島に現れた連合国の諜報員スティーブ・トレバーと出会ったことから外界のことを知った彼女が、トレバーとともに島を出て、人間の世界とのギャップを経験する……

 という、ある意味『ローマの休日』の変奏曲(ちゃんとアイスに舌鼓を打ちますし)といった味わいもある本作ですが、もちろんその主な舞台は戦争。
 ドクター・ポイズンが開発した新型の毒ガスによって劣勢となった状況を逆転し、さらなる戦いを続けようとする狂的なドイツ軍人ルーデンドルフを止めるため、ダイアナはトレバーと彼が集めた独立愚連隊的な面々とともに、欧州の戦場を行くことになります。

 しかし外界とは隔絶した世界で暮らしていたダイアナにとって、この戦いは人ごととも言えるはず。それなのにこの戦いに加わったのは、その背後に、アマゾン族の宿敵であり、世界中に戦火を広げんとする戦いの神アレスの存在を察知したためであります。
 ルーデンドルフこそがアレスであり、彼を倒せば戦いが終わると考えたダイアナは、トレバーの制止も振り切って、ルーデンドルフに挑むのですが……


 元々は1941年という第二次世界大戦期に生まれたヒーローの物語を、それよりも早い時代――第一次大戦末期に移し替えた本作。
 そのオフィシャルな理由を私は存じ上げないのですが、おそらくはその最大の理由は、第一次大戦が、人類にとっての最初の世界戦争であったことではないでしょうか。

 一つの地方や国、大陸に留まらず、世界中に戦火を広げた第一次世界大戦。
 この世界大戦においては、本作にも登場した飛行機や戦車、そして毒ガスといった兵器の登場が戦場と被害を広げ、そして大規模化した戦いを支えるために「総力戦」――まさに本作のルーデンドルフのモデルであろうエーリヒ・ルーデンドルフが著書の題名に据えた――が展開されることとなりました。

 いわば戦いが戦士のものに留まらず、銃後の人々までも巻き込むこととなった初めての戦い――そこに無辜の民を守り、戦いの元凶を終わらせるために戦うというヒーローが登場する余地と必然性があると感じるのです。


 もっとも(大方の予想通り)ルーデンドルフはただの邪悪な人間であり、彼を倒しても戦いは終わりません。そして彼をはじめ、戦いを始め、終えることができない人類の愚劣さに。彼女も一度は絶望を経験することとなります。
 そんな、人類を救うための戦いに挫折したヒーローの心を、ただの一人の人間の行為が救うという展開は、定番とはいえやはり素晴らしい。いや、ここで初めて彼女は神話を信じる愚直な戦士から、人間を守るヒーローとなったと言えるでしょう。

 ヒーローはヒーローに生まれるのではなく、ヒーローになるのだと私は常々思っています。本作のクライマックスで描かれたものは、まさにこのヒーロー誕生の瞬間であり、ワンダーウーマンのオリジンを描く物語として相応しい内容であったと思います。


 もちろん、そこに至るまでの彼女の思考があまりに単純に見えるのは事実ですし、その後に本物のアレスが出現してしまうのも、物語的に仕方ないとはいえ、引っかかるところではあります。
 それ以上に、アレスを倒したらやっぱり戦争が終わった(ように見える)のは、いかがなものかと思わなくもありません。
(さらに言えば、女性映画的な視点がほとんどなかったのも残念でしたが、本作にその立場を期待すること自体が差別的な視点かもしれないと反省)

 それでもなお、世界最初の大戦争において人類を救うために戦い、その中で戦士からヒーローとして生まれ変わったワンダーウーマン(そして一人の人間として戦い抜いたトレバー)を描いた本作は、現代的な意味と魅力を持つスーパーヒーロー映画であったと、この文章を書いて、改めて感じた次第です。

(なお現代的といえば、ダイアナの外界での最初の戦いが難民を救うためというシチュエーションは『アイアンマン』と重なるのですが――これが現代における明確な正義のアイコンなのかな、と興味深く感じた次第)


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2018.01.05

高井忍『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(その二) 怪異の向こうの真実と現実

 若き日の藤原道長が、平安京を騒がす怪事件の謎に挑む姿を、謡曲を題材に描く連作集の紹介の後編であります。今回は全5話の後半3話を紹介いたします。

『妖曲小鍛冶』

 藤原道兼から一条天皇の守り刀を打つよう命じられ、半ば監禁状態に置かれた三条宗近。宗近が神助を求めて稲荷社に篭った後、密室である鍛冶場に謎の童子が現れる。

 名刀数あるなかでも、狐が向こう鎚を務めたという不思議な伝説が残る小狐丸の謎を、合理的に解いてしまおうというのだから驚かされます。

 そもそもお稲荷様が子供の姿をして登場するという時点で合理性以前の問題に思えますが、それを本作は一種の○○ものに落とし込むことで解決してしまうのだから面白い。
 そこに本書の背景である、三条天皇から一条天皇への攘夷を巡る混乱と、藤原兼家とその息子たちの野望を絡めることで、道長が探偵役として登場するある種の必然性を生み出しているのも巧みなところです。


『妖曲草紙洗』

 大の小野小町ファンである道綱の妻・中の君に対して、小町の「草紙洗」の伝説の不合理さを説明する道長。しかし何と言っても中の君は反論を繰り出してきて……

 本書は道長らの周囲で、つまり同時代に起きた怪事件の謎を解く作品集ですが、その中で唯一過去を題材としたのが本作。
 歌合で大伴黒主から盗作の疑いをかけられた小野小町が、証拠として示された万葉集の草紙を水洗いすれば、黒主が後から書き足した部分が消えて潔白が示される――という「草紙洗」の真偽が問われることになります。

 過去のある事件や逸話に対して、後世の人間たちがディベート形式で謎解きするというのは作者の作品のパターンの一つ。本作ではそのスタイルで、道長と中の君の論争をユニークに描くことになります。
 それまで小面憎いほどの名探偵ぶりを示してきた道長が理路整然と繰り出してくる反証を、中の君が次々と正面していく様には、ある意味マニアの愛情の極まるところとして感動すら覚えたのですが……

 しかしやがて、「おや?」と思わされ、やがてうそ寒いものを思わされるのが本作。そう、ここで描かれているのは、いわゆるオルタナティブファクトに対する論争そのものなのですから。
 客観的常識的な証拠をどれだけ理性的に示しても、結論ありきの人間の後付けの理屈には通用しない――現実世界でいやというほど見せられてきたものを、本作はユーモラスな物語の中で突きつけてくるのです。

 その「現実」を前に、「そんなことがあるものか」と呟くことしかできない道長の姿は、我々の姿でもあります。国家の成立にまつわる虚偽を抉り出した『蜃気楼の王国』の作者ならではの一遍であります。


『妖曲羅生門』

 羅城門跡で馬に乗せた女から突如襲われ、撃退した渡辺綱。その場には男の腕が残されていた。一方、大盗賊・袴垂は、かつて出会った恐ろしい人物のことを語る……

 本書の表題作である本作は、それにふさわしい題材と、凝った構成の作品。謡曲の「羅生門」、誰もが知る羅生門の鬼の物語に合理的な解釈を与えると同時に、そこにもう一つの(ある意味より不可解な)物語――袴垂と藤原保昌の逸話を絡めてみせるという、作者ならではの離れ業が楽しめる逸品です。

 剽悍な盗賊である袴垂が、ある晩、笛を吹きながら道を往く保昌を狙いながらも恐ろしく感じて果たせず、逆に屋敷に連れて行かれて衣を与えられたというこの逸話。
 それ自体、非常に風雅かつ奇妙で面白い内容であり、また確かに保昌は綱や道長とは同一時代人ですが――しかしそれがどうすれば羅生門の鬼と結びつくのか?

 その内容はそのまま本作の核心になってしまうため語れませんが、これまで背景事情として描かれてきた武士という存在のある側面をえぐり出し、そしてそれが本作の「トリック」に直結してくるのには唸らされます。
 そして道長が推理してみせた袴垂の心情を踏まえた上でもう一度読み返してみせれば、思わずニヤニヤ……内容といいキャラ描写といい、本書の掉尾を飾るに相応しい一編です。


 というわけで駆け足の紹介となりましたが、極めてユニークで、そして作者らしい捻りが随所に効いた作品揃いの本書。
 道長と道綱、頼光と四天王、晴明、そして保昌と袴垂と魅力的なキャラ揃いということもあり、是非とも続編を――と今から期待してしまうような快作であります。


『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(高井忍 光文社) Amazon
妖曲羅生門 御堂関白陰陽記


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2018.01.04

高井忍『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(その一) 若き道長、怪異に挑む

 史実や巷説・逸話に描かれた内容を合理的に謎解きし、「真実」を提示してみせる作品を得意とする作者が、「ジャーロ」誌で『平安京妖曲集』のタイトルで連載してきた連作シリーズの単行本化であります。後の御堂関白・藤原道長が、謡曲を題材とした奇怪な事件の謎に挑むことになります。

 本作の舞台となるのは、987年――藤原兼家と道兼が花山天皇を唆して出家退位させ、一条天皇が即位した翌年。振り返れば、兼家の一族が摂関を独占するきっかけとなった出来事の翌年であります。

 上に述べたように、後に御堂関白と呼ばれ、「御堂関白記」という日記を残すことになる道長ですが、この時点では兼家の五男坊――要するに上に何人も父の後継者がいた状態で、ある意味気楽といえば気楽な状態。
 本作はその道長が、鉄輪・土蜘蛛・小鍛冶・草子洗・羅生門と、謡曲を題材とした(後に謡曲として遺される)事件の意外な「真実」を解き明かすことになります。

 以後、一話ずつ紹介していきましょう。


『妖曲鉄輪』

 宇治に毎夜現れるという藤原惟成の妻が変じたという鬼女。ある晩、鬼女は卜部季武と坂田金時に追いつめられるが、川の中から発見された死体は死後数日を経たものだった……

 本作の題材となった「鉄輪」は、不実な夫に捨てられた妻が、貴船神社に詣でて神託を得て、顔を赤く塗って鉄輪を頭に逆さにかぶり、その脚に蝋燭を立てた姿で生霊となったものに、安倍晴明が対峙するという謡曲。
 晴明が登場すること、そしてその鬼女の姿の凄まじさからも有名な能ですが、本作はそのシチュエーションを巧みに史実に移し替えて奇怪な謎解きとして成立させています。

 頼光四天王のうち二人という、ある意味これ以上確かな相手はないという証人の前に現れ、その直後になって腐乱死体となって発見された鬼女は真実の鬼であったのか。
 怪異といえばこの人、というわけで引っ張り出された晴明ですが、彼が鬼女の死体の首に、何者かに扼殺された後を発見したことから、鬼女はこの女性の怨霊であったかと思われたのですが……

 シリーズ第一話にふさわしく、レギュラー陣の紹介編でもある本作。道長と兄の道綱(史実を踏まえて「脳筋」キャラという造形なのが楽しい)のコンビ、源頼光と四天王、安倍晴明らが短い中に次々と登場し、「らしい」キャラを見せてくれるのが、平安ファン的には何とも楽しいところであります。

 そしてもちろんそれだけでなく、鬼女の謎解きが実に面白い。登場人物のキャラ造形そのものも伏線にしつつ、奇怪な謎に合理的な解決を与えてみせるのには唸らされますが――しかしその先に、何ともこの時代らしい「動機」が設定されているのには脱帽と言うほかありません。


『妖曲土蜘蛛』

 病床の頼光の前に現れたという化生の者。相手に一太刀浴びせたという頼光の証言通り、滴る血の跡を追って塚に辿り着いた道長らだが、そこから現れた死体は……

 歌川国芳の浮世絵などでも知られる頼光と土蜘蛛の逸話。夜な夜な頼光の寝所に現れては呪いをかけてきた怪しの僧に、頼光が家宝の太刀・膝丸で斬りつければ退散、後を追ってみれば塚の中で巨大な蜘蛛が――という、派手なお話であります。

 本作はその逸話をほぼ忠実に敷衍しますが、一点異なるのは、塚の中で死んでいたのが、僧は僧でも、菅原道真を祀る北野神宮寺を牛耳る僧・最鎮だったことであります。
 何故最鎮が塚の中で死んでいたのか。果たして彼が頼光を呪詛していたのか。この怪事に呼ばれた晴明は、「怪異の気配はどこにもない」と語るのですが……

 たまたま頼光の見舞いに来ていて騒動に巻き込まれ、好奇心から道長が道綱とともに調査を始めるというスタイルの本作。
 面白いのは、事件そのものの謎もさることながら、いつしか道長の調査が、菅原道真の左遷と御霊化にまつわる「真実」の探求へと繋がっていくことであります。

 この辺り(ここで慶滋保胤が登場するのも嬉しい)は実に作者らしい内容でありつつも、いささか煙に巻かれたような印象もありますが――そこから一気に事態は急展開、事件の真相から意外な結末になだれ込む様は、一つの物語として楽しむことができます。


 長くなりましたので、残る三話につきましては次回に紹介いたします。


『妖曲羅生門 御堂関白陰陽記』(高井忍 光文社) Amazon
妖曲羅生門 御堂関白陰陽記

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2017.12.30

このブログが選ぶ2017年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

 今年は週刊朝日のランキングに参加させていただきましたが、やはり個人としてもやっておきたい……ということで、2017年のベストランキングであります。2016年10月から2017年9月末発刊の作品について、文庫書き下ろしと単行本それぞれについて、6作ずつ挙げていくところ、まずは文庫編であります。

 これは今年に限ったことではありませんが、普段大いに楽しませていただいているにもかかわらず、いざベストを、となるとなかなか悩ましいのが文庫書き下ろし時代小説。
 大いに悩んだ末に、今年のランキングはこのような形となりました。

1位『御広敷用人大奥記録』シリーズ(上田秀人 光文社文庫)
2位『義経号、北溟を疾る』(辻真先 徳間文庫)
3位『鉄の王 流星の小柄』(平谷美樹 徳間文庫)
4位『宿場鬼』シリーズ(菊地秀行 角川文庫)
5位『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』(佐野しなの メディアワークス文庫)
6位『妖草師 無間如来』(武内涼 徳間文庫)

 第1位は、既に大御所の風格もある作者の、今年完結したシリーズを。水城聡四郎ものの第2シリーズである本作は、正直に申し上げて中盤は少々展開がスローダウンした感はあったものの、今年発売されたラスト2巻の盛り上がりは、さすがは、と言うべきものがありました。
 特に最終巻『覚悟の紅』の余韻の残るラストは強く印象に残ります。

 そして第2位は、非シリーズものではダントツに面白かった作品。明治の北海道を舞台に、天皇の行幸列車を巡る暗闘を描いた本作は、設定やストーリーはもちろんのこと、主人公の斎藤一をはじめとするキャラクターの魅力が強く印象に残りました。
 特にヒロインの一人である狼に育てられたアイヌの少女など、キャラクター部門のランキングがあればトップにしたいほど。さすがはリビングレジェンド・辻真先であります。

 第3位は、4社合同企画をはじめ、今年も個性的な作品を次々と送り出してきた作者の、最も伝奇性の強い作品。「鉄」をキーワードに、歴史に埋もれた者たちが繰り広げる活躍には胸躍らされました。物語の謎の多くは明らかになっていないこともあり、続編を期待しているところです。
 また第4位は、あの菊地秀行が文庫書き下ろし時代小説を!? と驚かされたものの、しかし蓋を開けてみれば作者の作品以外のなにものでもない佳品。霧深い宿場町に暮らす人々の姿と、記憶も名もない超人剣士の死闘が交錯する姿は、見事に作者流の、異形の人情時代小説として成立していると唸らされました。

 そして第5位はライト文芸、そして英国ものと変化球ですが、非常に完成度の高かった一作。
 狂気の医師の手術によって生み出された異能者「スナーク」を取り締まる熱血青年刑事と、斜に構えた中年スナークが怪事件に挑む連作ですが――生まれも育ちも全く異なる二人のやり取りも楽しいバディものであると同時に、スナークという設定と、舞台となるヴィクトリア朝ロンドンの闇を巧みに結びつけた物語内容は、時代伝奇ものとして大いに感心させられた次第です。

 第6位は悩みましたが、シリーズの復活編であるシリーズ第4弾。今年は歴史小説でも大活躍した作者ですが、ストレートな伝奇ものも相変わらず達者なのは、何とも嬉しいところ。お馴染みのキャラクターたちに加えて新たなレギュラーも登場し、この先の展開も大いに楽しみなところであります。


 その他、次点としては、『京の絵草紙屋満天堂 空蝉の夢』(三好昌子 宝島社文庫)と『半妖の子 妖怪の子預かります』(廣嶋玲子 創元推理文庫)を。
 前者は京を舞台に男女の情の機微と、名刀を巡る伝奇サスペンスが交錯するユニークな作品。後者は妖怪と人間の少年の交流を描くシリーズ第4弾として、手慣れたものを見せつつもその中に重いものを内包した作者らしい作品でした。


 単行本のベストについては、明日紹介させていただきます。


今回紹介した本
覚悟の紅: 御広敷用人 大奥記録(十二) (光文社時代小説文庫)義経号、北溟を疾る (徳間文庫)鉄の王: 流星の小柄 (徳間時代小説文庫)宿場鬼 (角川文庫)刑事と怪物―ヴィクトリア朝エンブリオ― (メディアワークス文庫)妖草師 無間如来 (徳間文庫)


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 平谷美樹『鉄の王 流星の小柄』 星鉄伝説! 鉄を造る者とその歴史を巡る戦い
 菊地秀行『宿場鬼』 超伝奇抜きの「純粋な」時代小説が描くもの
 佐野しなの『刑事と怪物 ヴィクトリア朝エンブリオ』 異能が抉る残酷な現実と青年の選択
 武内涼『妖草師 無間如来』 帰ってきた妖草師と彼の原点と

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2017.12.20

「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その二)

 創刊15周年記念号の「コミック乱ツインズ」2018年1月号の紹介の後編であります。新連載あり名作の再録あり、バラエティに富んだ誌面であります。

『桜桃小町』(原秀則&三冬恋)
 今号もう一つの新連載は、約1年前に読み切りで本誌に登場した原秀則のヒロインもの。前回登場時も達者であった筆致は今回も健在であります。

 主人公・桃香は腕利きの漢方医として吉原にも出入りするお侠な美女――ながらその裏の顔は将軍から裏の仕事を受ける隠密。これまでも様々なトラブルを陰で処理してきた、という設定であります。
 今回彼女が挑むのは、武家の嫡男が吉原の花魁・黄瀬川に入れあげた末にプレゼントしてしまった家宝の印籠を取り戻すというミッション。しかし黄瀬川は桃香の患者、しかも真剣に二人は惚れあっていて……

 という今回、「公儀隠密」と「将軍から裏の仕事を受ける隠密」の微妙な違いや、そもそも(おそらくは旗本が)自分の家の不祥事の後始末をそんな家の人間に託してしまってマズくはないのか、などと気になる点はありますが、喜怒哀楽表情豊かなキャラクターたちが飛び回るだけでも十分楽しい内容であります。
 一件落着かと思いきや、ラスト一コマで次回へ引いてみせるのも巧みなところでしょう。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 宇多田ヒカルもオススメの本作、今回の舞台は関ヶ原後の土佐。どこかで見たような少女が――と思いきや「戦国武将列伝」連載時の本作に登場した犬神娘・なつの再登場であります。
 その術で土佐を鬼から守ってきたものの、長宗我部元親によって一族を滅ぼされ、ただ一人残された犬神使いのなつ。今も一人戦い続けてきた彼女は、一領具足組の生き残りである青年・甚八と巡り合い、幸せを手に入れたのですが……

 浦戸一揆から続く、新領主である山内一豊に対する長宗我部の一領具足組の抵抗を背景とした今回。鬼切丸の少年の出番はごくわずかで、完全になつが主人公の回なのですが――彼女が幸せになればなるほど不安が高まるのが本作であります。
 今回は前編、後編で何が起こるのか――もうタイトルも含めた今回の内容全てがフラグとしか思えないのが胸に痛い。病みキャラっぽいビジュアルの山内一豊の妻の存在も含めて、次回が気になります。


『柳生忍群』(小島剛夕)
 前回小島剛夕の『孤狼の剣』が再録された「名作復活特別企画」、巻末に収録された第二回・第三回は、同じく小島剛夕が昭和44年という雑誌での活動初期に発表した『柳生忍群』から「使命」「宿命」を掲載。
 タイトルにあるように、柳生新陰流を徳川幕府安定のために諸大名を監視する、柳生十兵衛をトップとした忍者集団として描いた連作集であります。

 半年に一度の柳生忍群の会合を舞台に、復讐のために会合に潜入した者、武士として自分の任務に疑問を持った者らの姿を通じて、柳生忍群の非情極まりない姿を描く「使命」(シリーズ第1作?)。
 自分が柳生忍群の草であることを突然知らされた某藩の青年武士が、恋人との婚礼を間近に控えた中、柳生忍群から藩取り潰しのための密命を受けて悩み苦しむ「宿命」。

 どちらも、無情・無惨としかいいようのない地獄めいた武士の――いや隠密の世界を描いてズンと腹に堪える内容で、ある意味巻末にに相応しい、非常に重い読後感の二作品であります。
 ちなみに本作、記憶ではまだ単行本化されていなかったはずですが――これを期にどこかでまとめてもらえないものか、と強く思います。


 というわけで充実した内容だった今号(まことに失礼ながら、小島剛夕の作品が埋め草的に見えてしまうほどの……)。

 今号では2作品がスタートした新連載ですが、次号でも1作品スタート。しかしそれが、あの久正人の古代ヒーローファンタジーというのには、猛烈に驚かされました。 15周年を過ぎても変わらない、いやそれ以上の凄まじい攻めの姿勢には感服するほかありません。


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コミック乱ツインズ 2018年 01 月号 [雑誌]


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2017.12.19

「コミック乱ツインズ」2018年1月号(その一)

 今年最後の、そしてカウント上は来年最初の「コミック乱ツインズ」誌は、創刊15周年記念号。創刊以来王道を征きつつも、同時に極めてユニークな作品を多数掲載してきた本誌らしい内容であります。今回も、印象に残った作品を一作ずつ紹介していきます。

『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 新連載第一弾は、流浪の用心棒たちが主人公の活劇もの。
 用心棒といえば三人――というわけかどうかは知りませんが、自分の死に場所を探す「終活」中の老剣士、仇を追って流浪の旅を続ける「仇討」中の剣士、そしてお人好しながら優れた忍びの技を操る青年と、それぞれ生まれも目的も年齢も異なる三人の浪人を主人公とした物語であります。

 連載第一回は、宿場町を牛耳る悪いヤクザと、昔気質のヤクザとの対立に三人が巻き込まれて――というお話で新味はないのですが(でっかいトンカチを持った雑魚がいるのはご愛嬌)、端正な絵柄で手慣れた調子で展開される物語は、さすがにベテランの味と言うべきでしょう。

 ……と、今回驚かされたのは、忍びの青年が「鬼輪番」と呼ばれることでしょう。作中の言葉を借りれば「天下六十余州をまわり幕府に抗おうとする大名たちの芽を摘む」のが任務の忍びたちですが――しかし、ここでこの名が出るとは!
 『優駿の門』の印象が強い作者ですが、デビュー作は小池一夫原作の『鬼輪番』。その名がここで登場するとは――と、大いに驚き、そしてニンマリさせられた次第です。


『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 吉原という底知れぬ相手を敵に回すことになったものの、同門の青年剣士・大宮玄馬を家士として味方につけた聡四郎。今回は早くもこのコンビが、ビジュアル的にも凄い感じの刺客・山形をはじめとする刺客団と激闘を繰り広げることになります。
 死闘の末に刺客たちを退けたものの、はじめて人を殺してしまった玄馬は、その衝撃から目からハイライトが消えることに……

 というわけで上田作品お馴染みの、はじめての人斬りに悩むキャラクターという展開ですが、体育会系の聡四郎はいまいち頼りにならず――というか、紅さんが話してあげてと言っているのに、竹刀でぶん殴ってどうするのか。この先が、江戸城内の不穏な展開以上に気になってしまうところであります。


『大戦のダキニ』(かたやままこと)
 特別読み切りとして掲載された本作は、なんと太平洋戦争を舞台とするミリタリーアクション。といっても、主人公は日本刀を片手に太腿丸出しで戦う戦闘美少女というのが、ある意味本誌らしいのかもしれません。
 作者のかたやままこと(片山誠)は、ここしばらくはミリタリーものを中心に活動していたのようですが、個人的には何と言っても會川昇原作の時代伝奇アクション『狼人同心』が――というのはさておき。

 物語は、江戸時代に流刑島であった孤島に上陸した日本軍を単身壊滅させた少女・ダキニが、唯一心を開いた老軍人・亀岡とともに、ニュージョージア島からの友軍撤退作戦に参加することに――という内容。
 銃弾をも躱す美少女が、日本刀で米軍をバッサバサというのは、今日日ウケる題材かもしれませんが、ダキニが異常なおじいちゃん子というのは、それが狙いの一つとは思いつつも、あまりにアンバランスで乗れなかったというのが正直なところであります。
(見間違いしたかと思うような無意味な特攻描写にも悪い意味で驚かされました)


『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 日本の鉄道の広軌化を目指す中で、現場の技術者たちとの軋轢を深めることとなってしまった島。それでも現状を打開し、未来にも役立てるための新たな加熱装置を求め、島はドイツに渡ったものの……

 という今回、主人公が二年もの長きに渡り日本を、すなわち物語の表舞台を離れるということになってしまいましたが、後任が汚職役人で――という展開。
 これを期に雨宮たち現場の技術者も島の存在の大きさを再確認する――という意味はあるのですが、あまりに身も蓋もない汚職役人の告白にはひっくり返りました。

 そして未来に夢の超高速鉄道を開発することになる少年も色々と屈託を抱えているようで、こちらも気になるところであります。


 長くなりましたので、次回に続きます。


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2017.12.18

芝村涼也『楽土 討魔戦記』 地獄絵図の向こうの更なる謎の数々

 『素浪人半四郎百鬼夜行』の芝村涼也による新たな時代怪異譚の第二弾――人間から変化し人間を喰らう異能の鬼と、それを斃すべく戦う人間たちの死闘を描く物語は早くも佳境。この戦いに巻き込まれてしまった少年と、戦いの存在に迫る同心のさらなる物語が展開することになります。

 身寄りをなくし、ある商家に奉公することとなった少年・一亮。しかし彼の日常は、ある晩突然、店の主人夫婦が奉公人を皆殺しにし、そして自分たちも謎の男女に殺害されたことから終わりを告げることになります。

 実はその男女――健作と桔梗、そして一亮を救った僧侶の天蓋は、人間社会に潜む「鬼」を討ち滅ぼす討魔衆の一員。人が「芽吹く」ことにより変化する異形異能の鬼を、彼らは表に出ぬように始末していたのであります。
 そして惨事から逃れたのが、鬼の存在を察知する能力を持っていた故であったことが明らかになった一亮は、彼らの一員に加わることになるのでした。

 一方、一亮が生き延びた一件をはじめとして、数々の奇怪な事件を担当することとなった南町奉行所の老練な臨時廻り同心・小磯は、一連の事件の陰に繋がるものがあることを悟ります。
 経験で培った勘と卓抜した推理力、そして執念で、ついに新たな惨劇の場である向島百花園に駆けつけた小磯は、その現場で、一亮と一瞬の遭遇を果たすことに……


 人の世に跳梁する人ならざる者と人知れず戦う人々というのは、時代ものに限らず、伝奇ものでは定番のシチュエーションの一つであります。
 本シリーズもまた、そうした構図を踏まえた物語ではありますが――しかしユニークな点は、その戦いを、戦いの最前線に立つ討魔衆の視点からではなく、その一員となったとはいえまだよそ者に近い一亮と、鬼と討魔衆の存在も知らぬ小磯という、外側の視点から描くことでしょう。

 そしてその視点と、そこから生まれる地に足のついた感覚は、特に本作の前半――小磯が中心となるパートに顕著であります。
 前作のラスト、百花園で起きた事件の後始末に始まり、新たに起きた少女拐かしへと繋がるこのパートは、もはや完全に奉行所ものの呼吸なのが実に面白いのであります。

 与力同心岡っ引きたちが事件解決に向けて燃やす闘志だけでなく、無関係とされた過去の事件を掘り返されることへの恐れや忖度、さらには帰宅してからの平凡な日常まで……
 そんな数々の要素を交えて描かれた物語は、「普通の」奉行所ものと何ら変わらないだけに、かえってその先の非日常的な怪異の世界を際だたせるのです。
(特に途中に一亮らのチームと拐かしの犯人である鬼との戦いが挿入されることもあって、その印象はさらに色濃く感じられます)

 そしてその一方で、本筋とも言える討魔衆パートも、前作よりもさらにパワーアップ。
 小磯らの追求が迫ったこともあって、一時的に江戸を離れた天蓋チームと一亮は、大飢饉により地獄絵図と化した奥州路に向かうこととなるのですが――その途中、飢えに苦しむ者たちを救うという楽土の噂を聞くことになります。そして、一亮の導きもあって、その楽土にたどり着いた彼らが見たものは……

 周囲の飢餓地獄が嘘のようなその楽土に隠された秘密がなんであったか――それは伏せますが、そこにあるのは更なる地獄絵図と、さらに物語の根幹に迫る謎の数々である、とだけは申し上げられます。
 そしてその先には、更なる謎と、悲劇の予感があることも……
(更に言えば、本作のモチーフを想像すると色々と考えさせられるものがあるのですが)


 意外な真実の一端と新たな謎が提示されて終わることとなる本作。上で述べたそのスタイルも含めて、大いに引き込まれてしまったのですが――その一方で、隠された世界観がなかなか明かされないことに、隔靴掻痒の印象があることは否めません。
 また、前半の小磯パートと、後半の一亮パートで、物語の繋がりが一端断たれることに違和感を感じないでもありません。

 もっともこれは、上に述べた本シリーズの魅力を生み出す基本構造とは表裏一体のものであり、むしろそのもどかしさや違和感をこそ、狙って描いていると言うべきかもしれませんが……

 何はともあれ、本作の不穏な結末をみれば、いよいよ物語が大きく動き出す日も近いと感じられる本シリーズ。数々の謎の先に何があるのか、そしてそこで一亮が、小磯が何を見るのか――心して見届けたいと思います。


『楽土 討魔戦記』(芝村涼也 祥伝社文庫) Amazon
楽土 討魔戦記 (祥伝社文庫)


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2017.12.09

響ワタル『琉球のユウナ』第1巻 異能の少女と伝説の王が抱えた孤独感

 琉球、それも15世紀のいわゆる古琉球期を舞台とした、ユニークな少女漫画――朱色の髪と不思議な力を持つヒロインが、後に琉球の黄金時代を築いたと言われる尚真王と出会ったことから始まる、ちょっと不思議で実に甘いラブコメディであります。

 時は1482年の琉球、主人公は朱色の髪を持ち、人ならざるものと交信する力を持つことから、幼い頃より周囲の人々から時に利用され、時に忌避されてきた少女・ユウナ。
 二匹のシーサー以外友達もなく、極度の引っ込み思案だったユウナが、今日もまたその力を利用しようとする者たちに絡まれていた時――そこに現れたのは、なんとお忍びでやってきた時の琉球王・尚真王だったのです。

 実は何者かの呪いにより、体中に奇怪な模様を浮かび上がらせていた尚真王。それが何者かの生き霊によることを見抜いたユウナに、尚真王は自分の即位が偽りの神託によって成され、そのために一度は王位についた叔父が命を落としたことを語ります。
 幼い頃から王として生きざるを得なかった尚真王に自分と同じ孤独を見たユウナは、彼を救うために一大決心をすることに……


 琉球を舞台とした物語は、もちろん決して少なくありませんが、しかしその大半は、薩摩に征服された、17世紀以降の琉球を描いたものではないでしょうか。
 それに対して本作は、それ以前の琉球(古琉球)を舞台とするのが、まず大きく興味をそそります。

 本作の舞台となる15世紀末は、第二尚氏王朝の時代(琉球王国を樹立した尚氏をいわばクーデターで除いた、臣下による王朝のため「第二」)。
 そして本作のもう一人の主人公である尚真王は、わずか12歳で即位した後、実に50年間に渡り統治を行い、中央集権体制を固めたという、なかなかにドラマチックな人物であります。

 本作に登場するのは17歳の頃の尚真王ですが、その存在及びビジュアルは、文字通りの「王子様」。美形で優しく、そして身分と力を持った人物――まず非の打ち所のないキャラクターに見えます。
 が、本作を面白くしているのは、ちょっとチャラめの彼が、しかしその実、王として深い孤独感に苛まれている人物として描かれることでしょう。

 先に触れたように、本来は叔父(先王の弟)が王位に就いていたものが、母の画策による偽りの神託により、王に選ばれることとなった尚真王。
 それ故に在位当初から暗い影を背負うことになった上に、その父の行動を見ればわかるように、いつその座を覆されるかもわからない――そんな彼が、自分を一人と感じ、幼い頃から本心を韜晦する人物となったのはむしろ当然でしょう。

 ……と、尚真王のことばかり書いてしまいましたが、ユウナの方もその異能によって過酷な過去を重ねてきたことから、深い孤独を抱えてしまった少女であります。
 つまり本作の主役カップルは共に深い孤独感を抱えたキャラクターであり、一見どれだけ甘々に見えようとも、二人が互いの傷を慮り、癒しあう姿は、どこか切なくそして暖かく感じられるのです。

 実は尚真王には、側室が天女の子だった(那覇に伝わる羽衣伝説)という説があるそうですが、作者によればユウナの設定はそれを踏まえてのものとのこと。
 極めてロマンチックでファンタジー的なその伝承を踏まえつつも、どこか現代的なキャラクター造形となっているのが、なかなか興味深いところであります。


 そんななかなかに個性的な本作ですが、しかしその一方で、物語的には少々おとなしめ(上で紹介した第1話は、尚真王の史実とリンクして面白いのですが)という印象は否めません。

 また、これは残存する資料の関係等もあるかと思いますが、描かれる琉球の姿は、あくまでもファンタジーの中の琉球、琉球の記号的なものと、意地悪に見れば言えるかもしれません。
 もちろんその点を差別化するのが尚真王の史実であることは間違いありませんが、もう少し史実(伝承としてのそれ)に絡めてきてもよいのかな、と感じてしまうのは、これはマニアの視点ではありますが……

 何はともあれ、本作は一端完結したものが、好評により来春から連載開始、早くも単行本2巻の刊行も決まっているとのこと。
 であれば、この先、二人が互いの孤独感を癒し、新たな歴史を作っていく姿を期待して続巻を楽しみにするとしましょう。それだけのポテンシャルはある作品なのですから……


『琉球のユウナ』第1巻(響ワタル 白泉社花とゆめコミックス) Amazon
琉球のユウナ 1 (花とゆめCOMICS)

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2017.12.05

森美夏『八雲百怪』第4巻 そして円環を成す民俗学伝奇

 9年ぶりに2ヶ月連続で単行本が刊行されることとなった大塚英志の民俗学三部作の第3弾、『八雲百怪』の第4巻であります。見えぬ片目に異界のものを映す小泉八雲、そして隠した両目で異界とこの世の境を探す甲賀三郎の見たものは……

 世界を放浪した末に日本に落ち着き、日本を愛して日本人となった小泉八雲。そんな彼は、その片目の力ゆえか、明治の世に消えゆく異界のものにまつわる事件に次々と巻き込まれることになります。
 その中で八雲の前に現れるのは、両目を包帯で隠した異形の男・甲賀三郎。柳田國男に雇われ、異界とこの世を繋ぐ門を封じて回る彼は、異界に憧憬と哀惜の念を抱く八雲を時に導き、時に阻むことになるのであります。

 そんな二人を中心に描かれる物語の最新巻の前半に収録されているのは、第3巻から続くエピソード「隘勇線」の後半であります。

 死の行軍として知られる八甲田山での軍の遭難事件。その背後には、八甲田山で目撃されたという、伝説のコロポックル族を探さんとする軍のある思惑が秘められていました。
 その調査に向かった柳田と三郎に同行していたのが台湾帰りの青年学者・伊能嘉矩であり、その伊能を追ってきた山岳民族の少年・マクと出会ことから、八雲もこの一件に巻き込まれることになります。

 マクの境遇に共感し、伊能たちを追って青森に向かう八雲。さらにマクに目をつけた台湾総督府の刑事が怪しげな動きを見せる中、八甲田山に集った人々が見たものとは……


 毎回この表現を使ってしまい恐縮ですが、今回のエピソードも、伝奇三題噺と言いたくなるような奇想の塊。
 八甲田山+コロポックル+台湾先住民(さらにはオシラサマ)という組み合わせから生まれる物語は、意外としか言いようもありませんが、しかしそれ故の興奮と、不思議な説得力とをもって描かれることになります。

 そしてその幻想的な物語で描かれるのは、これまでの本作で描かれた、いや民俗学三部作に通底する、近代化していく日本の中で、あってはならないものとして切り捨てられていく者たちの姿であります。
 特にこのエピソードにおいては、当時の台湾という日本のある種鏡像めいた世界を遠景に置くことにより、その存在がより鋭く浮かび上がります。終盤でのマクの血を吐くような言葉の哀しさたるや……

 さらにもう一つ、柳田絡みで『北神伝綺』読者にはニヤリとさせられるシーンがあるのも見逃せないところであります。


 そして後半で描かれるのは最新のエピソードにして甲賀三郎の過去を描く、八雲の登場しない前日譚「蝮指」であります。

 九州某所で講演を行っていた際、近くの山中に山民の村があると聞かされ、興味を持った柳田國男。その前に案内人として現れたのは、着物に散切り頭、黒眼鏡という異装の男・甲賀三郎でした。
 枝の代わりに市松人形を用いる三郎のダウジングで導かれた村が、隠れキリシタンの村であることを見抜いた柳田。三郎とともに村で一夜を明かすことになった柳田は、そこで思わぬ怪物と遭遇し、三郎の過去を知ることになるのであります。

 民俗学三部作それぞれに登場する「仕分け人」あるいはそれに類する立場の怪人物――本作でそれに当たるのが甲賀三郎であることは言うまでもありません。
 甲賀三郎といえば、血族の裏切りの末に地底に落とされ、遍歴の末に蛇体と化して地上に戻ったという諏訪地方の伝説の人物。その名をそのまま冠する彼が登場した時には、彼と初めて出会った柳田同様、偽名(あるいはファンサービス)と思ったものですが……

 しかしここで描かれる三郎変生は、まさしく伝説のそれに重なるもの。そしてその陰惨極まりない過去の物語を見れば、三郎が八雲に接する時に見せる冷たさ、敬意、同情――それらが入り混じったような表情の淵源がわかるというものです。

 そしてもう一つ注目すべきは、彼との出会いが、柳田をして日本近代化のための手段に気づかせたことでしょう。
 民俗学三部作に共通する柳田の立ち位置――異界に心惹かれながらも近代化のための「神殺し」たらんとする柳田の誕生を描くこのエピソードは、柳田が陰の主役であり、本作の未来に位置するシリーズ第一作『北神伝綺』へと円環を描いたと感じられます。

 幸いにも本作は今後も新作の発表が予定されているとのこと。次なる物語に触れるのがいつの日かわかりませんが――過去と未来の繋がりの一端が描かれた本作の広がりを楽しみに待ちたいと思います。


『八雲百怪』第4巻(森美夏&大塚英志 角川書店) Amazon
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2017.11.26

入門者向け時代伝奇小説百選 拾遺その一

 先日地味に作品紹介を終了した初心者向け伝奇時代小説百選ですが、作品選定が拡散するのを避けるために条件をつけた結果、百選に入れたいのにどうしても入らない作品が出てしまいました。あまりに残念なので、ここにまとめて紹介いたします。まずは、いま入手可能なのに入れられなかった10作品……

『忍びの者』(村山知義) 【忍者】【戦国】
『吉原螢珠天神』(山田正紀) 【SF】【江戸】
『黄金の犬 真田十勇士』(犬飼六岐) 【戦国】【忍者】
『大江戸剣聖一心斎』シリーズ(高橋三千綱) 【江戸】【剣豪】
『闇の傀儡師』(藤沢周平) 【江戸】
『山彦乙女』(山本周五郎) 【江戸】
『花はさくら木』(辻原登) 【江戸】
『大奥の座敷童子』(堀川アサコ) 【幕末-明治】【怪奇・妖怪】
『鈴狐騒動変化城』(田中哲弥) 【児童】【怪奇・妖怪】
『風の王国』(平谷美樹) 【中国もの】【古代-平安】

 忍者ものの『忍びの者』(村山知義)は、百地三太夫と藤林長門守という対立する二人の上忍に支配された伊賀を舞台に、歴史に翻弄される下忍たちに姿を描いた作品。50年代末から60年代初頭にかけての忍者ブームの一角を担い、後世の忍者ものに与えた影響も大きいマスターピースであります

 SFものでは『吉原螢珠天神』(山田正紀)は、元御庭番の殺し屋が、吉原に代々伝わるという不可思議な玉を巡って死闘を繰り広げるSF時代小説の名品。時代小説として面白いのはもちろんのこと、家康の御免状どころか何と――という凄まじい発想に唸らされます。

 戦国時代ものの『黄金の犬 真田十勇士』(犬飼六岐)は、真田十勇士を、忠誠心の欠片もない流浪の十人のプロフェッショナルとして描いた痛快な作品であります。

 激戦区だった江戸時代ものでは、まず『大江戸剣聖一心斎』シリーズ(高橋三千綱)は、奇妙な風来坊剣士・中村一心斎が、歴史上の偉人たちを自分勝手な言動で振り回しながらも、いつしかその悩みを解決してしまう味わい深い作品であります。

 また、『闇の傀儡師』(藤沢周平)は、ある意味人情もの的側面の強い作者が、秘密結社・八嶽党と、それと結んだ田沼意次に立ち向かう剣士の戦いを描いた正調時代伝奇。
 一方『山彦乙女』(山本周五郎)は、禁断の地に踏み入って発狂した末に行方を絶った叔父の遺品というホラーめいた導入部から、山中異界を巡る冒険が展開されていく、これも作者には珍しい作品です。

 さらに『花はさくら木』(辻原登)は、改革者たる田沼意次と謎の海運業者との暗闘が、皇位継承を巡るある企てと思わぬ形で絡み合い、切なくも美しい結末を迎える佳品であります。

 そして幕末-明治ものでは、大奥に消えたという座敷童子を探す少女を主人公にした『大奥の座敷童子』(堀川アサコ)。いわゆる大奥もののイメージとはひと味異なる、バイタリティ溢れる楽しい作品です。

 児童ものでは『鈴狐騒動変化城』(田中哲弥)。作者の新作落語をベースに、バカ殿に目をつけられたヒロインを救うために町の若者たちと狐が奮闘するナンセンス大活劇。読みながら「むははははは」と笑い転げたくなる作品であります。

 そして中国ものでは大作『風の王国』(平谷美樹)。幻の渤海王国の興亡を舞台に、東日流に生まれ育った男が大陸で繰り広げる壮大な愛と戦いの物語。悲劇を予感させる冒頭で描かれたものの意味が明かされる結末には、ただただ感動させられる名作です。


 というわけで非常に駆け足でありますが10作品――何故選から漏れることになったかはご勘弁いただきたいと思いますが、いずれもギリギリまで悩んだ作品揃い、こちらも併せてお読みいただければ、これに勝る喜びはありません。



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 「大江戸剣聖一心斎 黄金の鯉」 帰ってきた剣聖!
 「闇の傀儡師」 闇の中で嗤うもの
 「山彦乙女」 脱現実から脱伝奇へ
 辻原登『花はさくら木』 人を真に動かすものは
 堀川アサコ『大奥の座敷童子』 賑やかな大奥の大騒動
 『鈴狐騒動変化城』 痛快コメディの中に浮かび上がる人の情
 「風の王国 1 落日の渤海」 二つの幻の王国で

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