2019.01.15

「コミック乱ツインズ」2019年2月号


 今年初の「コミック乱ツインズ」誌、2019年2月号であります。表紙は『用心棒稼業』、巻頭カラーは『そば屋幻庵』――今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 というわけで、『勘定吟味役異聞』がお休みの間、三号連続で掲載の本作。ある晩、幻庵の屋台の隣にやってきた天ぷら屋兄弟の屋台。旨いそば屋の横で商いすると天ぷら屋も繁盛すると商売を始めた二人ですが、やって来た客たちは天ぷら蕎麦にして食べ始め、幻庵の蕎麦の味つけが天ぷらに合わないと文句を付け始めて……

 もちろんこの騒動には黒幕が、というわけなのですが、それに対する幻庵の親爺こと玄太郎の切り返しが実にいい。「もう食べる前から旨いに決まっている!!」という登場人物の台詞に、心から共感であります。


『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 今回から新展開、本家から失われた初代・大橋宗桂の棋譜集を求めて、長崎に向かった宗桂。追いかけてきた平賀源内の口利きで、その棋譜集の今の持ち主であるオランダ商館長・イサークと対面した宗桂ですが、イサークは将棋勝負で勝てば返してやると……

 というわけで、ゲーム漫画ではある意味お馴染みの展開の今回。表紙で薔薇の花を手にしているイサークを見て感じた悪い予感通り、彼がオネエで宗桂の体を狙ってくる――という展開は本当にどうかと思いましたが、イサークの意外な強豪っぷりは、漫画的な設定でなかなか楽しい。
 何よりも、将棋に慣れていないというイサークが要求した八方桂(桂馬が前だけでなく八方向に桂馬飛びできる)という特殊なルールを活かしたバトルは、本作ならではの新鮮な面白さがあり、これなら源内も満足(?)。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 「梅安迷い箸」の後編。料理茶屋での梅安の仕掛けを目撃しながらも、偽りの証言で結果的に梅安を救った女中・おとき。彼女の口を封じるか迷った梅安は、医者の方の仕事で、彼女の弟を治療することになるのですが……
 と、完璧に針のムシロの状況のおとき。すでに梅安の方は彼女を見逃すことに決めていたわけですが、そうとは知らぬ彼女にはもう同情するほかありません。(自分と)梅安のことを邪魔する奴は殺すマンとなった彦さんも久々に裏の住人っぽい顔をしているし。

 結末は梅安の私的制裁ではないか――という気もしますが、梅安・おとき・彦さんの微妙な(?)すれ違いがなかなか面白くもほろ苦いエピソードでした。


『カムヤライド』(久正人)
 連載1周年の今回も、主人公はヤマトタケル状態、謎の男・ウズメとの死闘の最中に彼が思い出すのは、熊襲平定軍の副官となった武人・ウナテのことであります。自分以外の皇子はほとんど皆敵の状態で、仲の悪い兄に仕えるウナテのことを疑っていたタケルですが……

 第1話で土蜘蛛と化したクマソタケルに惨殺された兵たちにこんなドラマが!? という印象ですが、しかしウズメの奥の手の前にはそんな感傷も効果なし。ひとまず水入りとなった戦いですが、タケルにはまだ秘められた力が――?
 ウズメの求めるものも仄めかされましたが、これはもしかして巨大ヒーローものにもなるのでは、と妄想を逞しくしてしまうのでした。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 今回の主人公は、本誌の表紙を飾った仇討浪人の海坂坐望。兄の仇を討ち、その遺児・みかんを連れて故郷に帰ってきた坐望ですが、そこはみかんにとっても故郷であります。
 彼女と別れ、実家に帰った坐望を待っていたのは、彼とは絵のタッチまで違うぼんやりした顔立ちの妹婿。既に居場所はなくなった実家に背を向けて旅に出ようとする坐望ですが、義弟の思わぬ噂を聞きつけて……

 片田舎が舞台となることが多い印象の本作ですが、久々に賑やかな町の風情が描かれる(坐望の若き日の放蕩ぶりがうかがわれるのが愉快。張り合おうとする雷音も)今回。しかしそこでも待ち受けるのは憂き世のしがらみと悪党であります。降りしきる雪の中、無音で繰り広げられる大殺陣の最中、終始憂い顔の坐望の姿が印象に残るエピソードでした。

 物語的にはあまり生かされているとは思えなかったみかんも今回で退場か、と思われましたが――しかし彼女の存在は、全てをなくした坐望にとっては一つの希望と考えるべきなのでしょう。


「コミック乱ツインズ」2019年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年2月号 [雑誌]


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 「コミック乱ツインズ」2019年1月号(その二)

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2019.01.08

輪渡颯介『別れの霊祠 溝猫長屋 祠の怪』 今度こそ一件落着? 四人組最後の事件!?


 長屋の祠に詣でたことで、幽霊が分かるようになってしまった四人の子供。しかし祠にいた霊が成仏し、子供たちも奉公に出て一件落着かと思いきや、まだまだ騒動が――というわけで、これで本当に完結(?)の『溝猫長屋祠之怪』の最終巻であります。

 かつて長屋で亡くなった少女・お多恵の霊を祀っていた祠。この祠に詣でた子供は幽霊と出会うようになってしまうのですが――今年その番が回ってきた忠次、銀太、新七、留吉の四人組は、何故かそれぞれ幽霊を「嗅ぐ」「聞く」「見る」(そして全く感じない――かと思えば最後にまとめてくる)と分担してしまうのでした。
 しかしそれもお多恵殺しの犯人が捕まったことで彼女の霊も成仏し、怪異もなくなって……

 という前作を受けて始まる本作ですが――祠の霊もいなくなり、四人もそれぞれ長屋を出て奉公することになって、これでもう幽霊騒動から卒業――かと思えば、もちろん(?)そうは問屋が卸しません。

 徐々に力は弱まっていったものの、まだ怪異を感じてしまう四人組。しかしそれどころではない、とんでもない事件が勃発することになります。そう、これまで散々四人を振り回してきたトラブルメーカーの(自称)箱入り娘・お紺に縁談が、それも二件も持ち上がったのです!
 どちらもお紺の実家と同じ質屋の、それも次男坊。しかし一方の杢太郎は強面で無愛想、そしてもう一方の文次郎はイケメンで愛想よし。これは既に勝負あった――ように見えますが、しかしそれはそれで「あの」お紺の夫となるのも災難ではあります。

 そしてそんな二人の婿候補に、何故か色々な形で関わってしまう四人組。夢で屋根の上に立つ不気味な女を目撃した忠次、姿なき白粉の匂いを嗅ぐ新七、行く先々で不思議な声から助言を受ける留吉――銀太だけはまあ関係なさそうですが、彼は彼で「幸運を呼ぶ」観音像にまつわる事件に巻き込まれたりと、相変わらずであります。
 そして騒動の果てに明らかになる恐るべき因縁とは……


 というわけで繰り返しになりますが、お多恵ちゃんの霊も成仏して、幽霊を感じる能力もなくなったはずの四人組。これでめでたくシリーズも終了か――と思いきや、最後の最後に爆弾を落とすのが本作であります。

 四人組が長屋を出ただけでなく、長屋の猫たちもあちこちに貰われ(そして唯一の犬も姿を消し)、ついでに古宮先生も手習所を辞め、おまけにお紺に縁談が――と、完全に終了ムード。
 しかしそのほとんどがおかしな方向に転がり、そして一見無関係に見えた事件の数々が繋がった末に真実が――というのは、本シリーズ、というより作者の作品ならではの醍醐味というべきでしょう。

 そしてそれを彩るのは真剣に怖い怪異の数々。今回は四人組がそれぞれ奉公に出たことで怪異が分散してしまったのは痛し痒しですが、しかしそれによって、ある意味怪異が同時多発的に現れるようになるというのは、これはこれで今までになかった新鮮な見せ方です。
 そしてその怪異がまた、実に厭な、というより忌まわしい感じなのがイイのであります。

 もっとも、普通とは別の意味で人間が一番怖いのが本シリーズ。今回描かれるのは完全に洒落にならない事件の数々、特に今回の悪役はシリーズでも相当の外道なのですが――まあ、そんな連中が古宮先生に、ち○こ切りの竜にどんな目に合わされるかも本シリーズのお楽しみなので、それはそれで……


 一番怖かった怪異が、あれっというような扱いで終わったり、ある意味オールマイティーなキャラクターが登場して四人組の存在がちょっと薄くなったりという点はあるものの、本シリーズらしい結末はやはり楽しく、満足できる幕切れでした。
 もちろん第二シリーズが始まっても大歓迎なのですが、まずは怪異に笑いに、最後の最後まで楽しませてくれたシリーズに感謝であります。


『別れの霊祠 溝猫長屋 祠の怪』(輪渡颯介 講談社) Amazon
別れの霊祠 溝猫長屋 祠之怪

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2018.12.31

このブログが選ぶ2018年ベストランキング(単行本編)

 今年の締めくくり、一人で選んで一人で発表する2018年のベストランキング、大晦日の今日は単行本編であります。2017年10月から2018年12月末発刊までの作品について6作品挙げます。

1.『童の神』(今村翔吾 角川春樹事務所)
2.『敗れども負けず』(武内涼 新潮社)
3.『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所)
4.『虎の牙』(武川佑 講談社)
5.『さよ 十二歳の刺客』(森川成美 くもん出版)
6.『恋の川、春の町』(風野真知雄 KADOKAWA


 第1位は角川春樹小説賞受賞に輝き、そして直木賞候補ともなった作品。平安時代を舞台に、鬼や土蜘蛛と呼ばれたまつろわぬ者たち「童」の戦いを描く大作であります。
 本作で繰り広げられる安倍晴明や頼光四天王、袴垂といった平安オールスター戦の楽しさはもちろんですが、何より胸を打つのは、自由を――自分たちが人間として認められることを求めて戦う童たちの姿であります。痛快なエンターテイメントであると同時に、胸を打つ「反逆」と「希望」の物語で。

 第2位は、昨年辺りから伝奇ものと並行して優れた歴史小説を描いてきた作者の収穫。上杉憲政、板額、貞暁――戦いには敗れたものの、人生において決して負けなかった者たちの姿を描く短編集であります。
 各話それぞれに趣向を凝らした物語が展開するのはもちろんのこと、そこに通底する、人間として望ましい生き様とは何かを希求する視点が実に作者らしい、内容豊かな名品です。

 そして第3位は、大友ものを中心とした戦国ものを引っさげて彗星のように現れた作者の快作。悪鬼のような前半生を送りながらも、周囲の人々の叱咤と愛によって改心し、聖人として落日の大友家を支えた「豊後のヘラクレス」の戦いを描く、戦国レ・ミゼラブルとも言うべき作品です。
 まさしく孤軍奮闘を繰り広げる主人公が、運命の理不尽に屈しかけた周囲の人々の魂を救うクライマックスには、ただ感涙であります。

 そして第4位は、これまた昨年から歴史小説シーン活躍を始めた新鋭のデビュー作。武田信虎という、これまで悪役として描かれがちだった人物の前半生を描く物語は、戦国時代の「武士」というものの姿を浮き彫りにして目が離せません。
 そして何よりも、その物語の主人公になるのが、信虎の異母弟である山の民――それも山の神の呪いを受けた青年――という伝奇味が横溢しているのも嬉しいところです。

 第5位は児童文学から。義経に一門を滅ぼされ、奇跡的に生き延びて奥州に暮らす平家の姫君が、落ち延びてきた義経を狙う姿を描くスリリングな物語であります。
 平家を単なる奢れる敗者として描かない視点も新鮮ですが、陰影に富んだ義経の姿を知って揺れる少女の心を通じて、人間性への一つの希望を描き出すのが嬉しい。大人にも読んでいただきたい佳品です。

 そして第6位は、文庫書き下ろしで大活躍してきた作者が、恋川春町の最後の日々を描いた連作。戯作者としての、そして男としてのエゴとプライドに溺れ、のたうち回る主人公の姿は、一種私小説的な凄みさえ感じさせますが――しかし何よりも注目すべきは、権力に対する戯作者の意地と矜持を描いてみせたことでしょう。
 デビュー以来常に弱者の側に立って笑いとペーソスに満ちた物語を描いてきた作者の、一つの到達点というべき作品です。


 さて、そのほかに強く印象に残った一冊として、操觚の会によるアンソロジー『幕末 暗殺!』を挙げておきます。書き下ろしのテーマアンソロジー自体は珍しくありませんが、本書はタイトル通り、幕末史を彩った暗殺を題材としているのが面白い。
 奇想天外な幕末裏面史として、そして本年も大活躍した歴史時代小説家たちの豪華な作品集として大いに楽しめる一冊です。


 というわけで、駆け足となりましたが、今年の一年をベストの形で振り返りました。もちろんあくまでもこれは私のベスト――決して同じ内容の人はいないであろうベストですが、これをきっかけに、この二日間採り上げた作品に興味を持っていただければ幸いです。

 それでは、来年も様々な、素晴らしい作品に出会えることを祈りつつ……


童の神

今村翔吾 角川春樹事務所 2018-09-28
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敗れども負けず

武内 涼 新潮社 2018-03-22
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大友の聖将

赤神諒 角川春樹事務所 2018-07-12
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虎の牙

武川 佑 講談社 2017-10-18
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さよ 十二歳の刺客 (くもんの児童文学)

槙 えびし,森川 成美 くもん出版 2018-11-03
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恋の川、春の町

風野 真知雄 KADOKAWA 2018-06-01
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 武川佑『虎の牙』(その二) 伝奇の視点が映し出す戦国武士の姿と一つの希望
 森川成美『さよ 十二歳の刺客』 人として少女が掴んだ一つの希望
 風野真知雄『恋の川、春の町』 現代の戯作者が描く、江戸の戯作者の矜持と怒り

 このブログが選ぶ2017年ベストランキング(単行本編)

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2018.12.30

このブログが選ぶ2018年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

 今年も一年の締めくくり、一人で選んで一人で発表する、2018年のベストランキングであります。今回は2017年10月から2018年12月末発刊までの作品について、まずは文庫書き下ろし6作品を挙げたいと思います。

1.『おもいで影法師 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫)
2.『百鬼一歌 都大路の首なし武者』(瀬川貴次 講談社タイガ)
3.『義経暗殺』(平谷美樹 双葉文庫)
4.『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』(阿部暁子 集英社文庫)
5.『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫)
6.『勾玉の巫女と乱世の覇王』(高代亞樹 角川春樹事務所時代小説文庫)


 第1位は、これは個人的には文庫書き下ろしにおける妖怪時代小説の一つの完成型ではないか、とすら思う作品。死んでぬりかべになった父を持つヒロインが奮闘する『九十九字ふしぎ屋商い中』シリーズの第3弾ですが、とにかく表題作が素晴らしい。
 妻を亡くしたばかりの隠居同心宅に現れる不思議な影法師。はじめは同心の妻の幽霊かと思われたその影は、しかしやがて様々な姿を見せ始めて――と、ちょっといい話と思いきやゾッとさせられて、そして意外な結末へ、と二転三転する物語には感心させられたり泣かされたり。作者は期間中、幻となっていた『あやかし同心捕物控』シリーズも再開し、いま脂が乗りきっているといえるでしょう。

 第2位は、平安ものを得意とする作者が鎌倉時代初期の京を舞台に、和歌マニアの青年と武芸の達人の少女を主人公に繰り広げるコミカルな時代奇譚の第2弾。今回はタイトル通りに奇怪な首なし武者事件に巻き込まれる二人ですが、その背後には哀しい真実が……
 と、個性的過ぎるキャラクターのドタバタ騒動で魅せるのはいつもながらの作者の得意技ですが、本作はそれに史実――この時代、この人々ならではの要素が加わり、新たな魅力を生み出しているのに感心です。

 そして第3位は、今年もバラエティ豊かな作品で八面六臂の活躍を見せた作者の作品の中でも、久々の義経ものである本作を。兄に疎まれ、奥州に逃げた源義経が、妻子とともに何者かに殺害された姿で発見されるというショッキングかつ何とも魅力的な導入部に始まり、その謎が奥州藤原氏の滅亡、そしてその先のある希望に繋がっていく物語は、『義経になった男』で時代小説デビューした作者の一つの到達点とも感じられます。
 ちなみに作者は今年(も)実にバラエティ豊かな作品を次々と発表。どの作品を採り上げるか非常に悩んだことを申し上げます。

 第4位は南北朝時代を背景に、副題通り吉野――南朝の姫君が、お忍びで向かった京で出会った義満と世阿弥とともに繰り広げる騒動を描く作品。今年も何かと話題だった室町時代ですが、本作はライト文芸的な人物配置や展開を見せつつも、混沌としたこの時代の姿、そしてその中でも希望を見いだそうとする若者たちの姿が爽快な作品です。
 個人的には作者の以前の作品を思わせるキャラクター造形が嬉しい――というのはさておき、作品のテーマを強く感じさせる表紙も印象に残ります。

 続く第5位は、期間中、ほとんど毎月、それもかなりバラエティに富んだ新作を刊行しつつ、水準以上の内容をキープするという活躍を見せた作者の、新たな代表作となるであろう作品。孤島に居合わせた六人の男女が次々と奇怪な手段で殺される――という、クローズドサークルものど真ん中のミステリである(本作が時代小説レーベルではないことに注目)と同時に、時代ものとしてもきっちりと成立させてみせた快作です。

 そして最後に、本作がデビューした作者のフレッシュな伝奇活劇を。いまだ混沌とした戦国時代を舞台に、長き眠りから目覚めた「神」と、その巫女に選ばれた少女を巡り、一人の少年が冒険を繰り広げる様は、時代伝奇小説の王道を行く魅力があります。
 その一方で、神の意外な正体や目的、そして張り巡らされた伏線の扱いなど、これがデビュー作とは思えぬ堂々たる作品で、今後の活躍が楽しみであります。


 ちなみにもう一つ、本年印象に残ったのは、本格ミステリ作家たちが忍者(の戦い)をテーマに描いたアンソロジー『忍者大戦』。『黒ノ巻』『赤ノ巻』と二冊刊行された内容は、正直なところ玉石混淆の部分もあるのですが、しかし時代小説初挑戦の作家も多い中で描かれる物語は、それだけに魅力的で、ユニークな企画として印象に残りました。

 と、振り返ってみれば、図らずも平安・鎌倉・室町・戦国・江戸と散らばったラインナップになりました。保守的なイメージの強い文庫書き下ろし時代小説ですが、その実、多様性に溢れていることの一つの証――と申し上げては牽強付会に過ぎるでしょうか?


おもいで影法師: 九十九字ふしぎ屋 商い中 (光文社時代小説文庫)

霜島 けい 光文社 2017-10-11
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百鬼一歌 都大路の首なし武者 (講談社タイガ)

瀬川 貴次 講談社 2018-07-20
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義経暗殺 (双葉文庫)

平谷 美樹 双葉社 2018-02-15
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室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君 (集英社文庫)

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猿島六人殺し 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)

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勾玉の巫女と乱世の覇王 (時代小説文庫)

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 高代亞樹『勾玉の巫女と乱世の覇王』 復活した神の望みと少年の求めたもの

 このブログが選ぶ2017年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

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2018.12.29

みなと菫『龍にたずねよ』 戦いの果ての龍との対話に


 『夜露姫』でデビューした新鋭による、戦国ファンタジー児童文学であります。男勝りの姫が人質で送られた先で、彼女の前に現れた、狐と呼ばれる謎の少年――二人の出会いが、戦国の世に奇跡を生むことになります。

 海沿いの青海の国で、男たちに混じって元気に暮らしてきた領主の末娘・八姫。ある日突然、山中にある隣国の萩生に人質として送られることとなった彼女は、萩生に向かう途中に現れた不思議な少年から、これから先は命がけの戦いになると謎めいた言葉をかけられるのでした。

 粗暴で仲の悪い兄弟が治める萩生で、意地の悪い奥方にいびられる暮らしを送ることになった八姫。そんな彼女にとって味方は、先代の領主である「おじじ様」と、彼に仕える下働きの――そして山中で彼女の前に現れた――少年、「狐のゴンザ」こと権三郎のみ。
 辛い中でも彼らとそれなりに楽しい日々を送る八姫ですが――突如、大国である羽田が萩生に侵攻、城兵ほとんどを率いて打って出た領主兄弟は大敗して、萩生は窮地に陥ることになります。

 残された手段は、青海に援軍を請うことのみ。その役目を買って出た八姫は、父への密書を懐に、ゴンザとともに敵兵のうろつく危険な夜の山中を行くことになるのですが……


 戦国時代を舞台としつつ、架空の国を舞台に描かれる本作。主人公が十代の少女ということもあり、賑やかであまり堅苦しくない印象も強い作品ですが(何しろ八姫は愛用の薙刀に「茜ちゃん」なる名前をつけていたりします)、しかしやがて物語は、この時代の過酷な姿を示すことになります。

 戦国大名たちが天下を求めて大軍を率い、華々しくぶつかり合うイメージが強い戦国時代。しかしそれはあくまでもごく一部の話、多くの大名は合従連衡を繰り返し、そして弱ければ見捨てられ、そして攻められるのが習いであります。
 そして攻められれば――そこに生まれるのは無惨な死、であります。

 勇猛な戦いに憧れて無邪気に武器を振り回し、出陣する人々に声援を送っていても、ひとたびその死の姿を眼前にすればそこに生まれる想いは、それまでのものとは大きく変わらざるを得ません。そんな八姫たちの姿は、それまでの彼女たちが明るく賑やかであったからこそ、胸に刺さります。
 そしてそこから敵意を燃やし、自分たちも戦いたいと思うようになるのは、ある意味当然ではありますが――それはそれで、悲しいことというほかありません。その悲しみの姿を、本作は終盤で、意外な形で浮き彫りにすることになります。

 萩生に昔から残る龍の伝説。かつて領主に祀られていたという龍の力を求めて、八姫とゴンザは山の奥に向かうことになります。そして苦難の果て、ついに対面した龍が語る真実とは、そして救いの代償とは……
 果たしてその代償を払ってまで、戦いを繰り返す人間たちを救う意味があるのか? 龍の語る言葉からは、そんな想いが胸に浮かびます。しかしそれと同時に、これまで物語で描かれてきたものこそが、その答えであり――登場人物たちの想いを力強く肯定する姿は、なかなかに感動的であります。


 ただし、こうして物語で描かれた様々な要素が、うまく収まるべきところに収まっているかはいささか疑問が残るところではあります。
 特にエピローグは、その前に描かれた龍との対話の内容を考えれば、そこに至るまでの道を、もう少し丁寧に描くべきではなかったのか――と強く感じます。

 もちろん、波瀾万丈の戦国ファンタジーとして読む分には、本作はキャラクターも、物語展開も、実に楽しい作品ではあります。しかし同時に、それに留まらない、その先にあるものの姿を垣間見せた以上は、もう少しそこに踏み込んで欲しかった――というのは贅沢な望みでしょうか。


『龍にたずねよ』(みなと菫 講談社)

龍にたずねよ

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 みなと菫『夜露姫』 自分らしくあるための戦い

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2018.12.23

「コミック乱ツインズ」2019年1月号(その二)


 2019年最初の「コミック乱ツインズ」誌の掲載作品の紹介、その二であります。

『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 宗桂の従姉妹であり、自身も名うての棋士であるお香が縁日で出会ったおかしな男。天才浄瑠璃作家・鬼外を名乗るこの男に口説かれ、南蛮渡来の櫛を渡されたお香ですが、その話を聞いた宗桂は、突然鬼外に会いたいと言い出します。
 鬼外にあることを尋ねる宗桂と、それに対してお香を賭けた将棋を挑む鬼外。しかし意外なことに、素人に見えた鬼外の早指しは宗桂を圧倒して……

 これまで単発エピソードが続いていたものが、今回一気に物語が動き出した印象の本作。自称天才で面長で新しいもの好きの浄瑠璃作家でもある鬼外さんとくれば、これはもうあの人しかいないわけですが、なるほど考えてみれば宗桂たちとは同時代人であります。その彼が宗桂を追い詰めるのも(そしてそのカラクリも)実にらしく楽しいところであります。
 しかし今回のクライマックスは、将棋指しがルールなどに変化のない将棋のない世界にしがみついていると嘲笑う鬼外に対して、宗桂が己が将棋に拘り続ける理由を語る場面でしょう。普段は飄々とした、穏やかな宗桂が将棋において見せる異様な迫力――その理由の一端が語られるこの場面は、物語において大きな意味を持つといえるでしょう。

 そしてラストにはちょっと伝奇的な趣向も待ち受けていて、どうやら物語はこの謎を追って広がっていく様子。物語はここまでがプロローグといったところでしょうか、これからの展開が楽しみであります。


『カムヤライド』(久正人)
 出雲に出現した強敵を倒し、イズモタケルを救ったモンコとヤマトタケル。ようやくこれで一息か、と思いきや、その前には皆殺しにされた大和の軍勢と、手を下したと思しき謎の旅人が……
 というわけで第1話以来、久々に顔を合わせた3人。この謎の旅人ことウズメこそは、各地で国津神を覚醒させている「敵」――異形の腕を武器とするウズメにヤマトタケルは一蹴され、カムヤライドに変身したモンコも追い詰められることになります。そして今回のかなりの部分で、この二人の息詰まる死闘が描かれるのですが――しかしこの戦いは、もはやモンコ一人のものではありません。

 いまやモンコの頼もしい相棒、いやもう一人の主人公となった彼の活躍が今回も小気味よく描かれた末に、一気に形勢逆転か、というところで次回に続きますが――さてどうなることか。
 敵の目的の一端も明かされた中、いよいよ佳境に入った印象であります。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 元鬼輪番・夏海と彼の同鬼の友・流一道の戦いを描く物語の後編――鬼となるために人を捨てざるを得なかった男の悲しい宿命が描かれます。

 旅の途中に訪れた林田藩で、かつての親友であり、今は鬼輪番の草として潜入している一道と遭遇してしまった夏海。一騎打ちの末に敗れた夏海を見逃して去る一道ですが、しかしそのために鬼輪番の制裁を受け、何も知らない妻と子、義父を殺されてしまうのでした。
 一方、林田藩を脱出するために、夏海の用心棒を買って出た終活と坐望。裏道を行く一行ですが、決意を固めた一道率いる鬼輪番の群れに追いつめられることに……

 抜け忍キャラには定番中の定番である、追っ手となったかつての親友との対決。しかし今回は、互いがあまりに壮絶かつ悲惨な過去を背負っており(いやもう過去のエピソードには絶句)、そしてその中で培われた友情が全く薄れていないのが、悲壮感をより際だたせます。
 しかしそんな辛い戦いの中でも決して夏海を見捨てないのが今の友。本作の見所であるクライマックスの大殺陣で描かれる、暗闇を舞台にした三人対多数の戦いは見応え十分ですが……

 一度鬼となった人はどうすれば人に戻ることができるのか。これしか道はなかったのか。予想通りの結末ではありますが、やはり胸に刺さるものがあります。


 その他、『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)は、仕掛けの瞬間を目撃されてしまった梅安を巡るエピソードの前編。自分の裏の顔を目撃されたとて、全く無関係の女性を殺すことを躊躇う梅安に対し、梅安さんのためなら――と相手を付け狙う彦さんには、こう、なんだかヤンデレめいた香りが……

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コミック乱ツインズ 2019年1月号[雑誌]


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2018.12.11

今村翔吾『童の神』(その二) 反逆と希望の物語の果てに


 平安時代を舞台に、まつろわぬ者たち「童」の熱い反逆を描いた快作の紹介、後編であります。本作が描く、より切実で重いもの。それは……

 それは桜暁丸たちの戦いの目的、彼らの求める自由の意味が、突き詰めれば自分たちもまた人間であること、すなわち自分たちの人間性を認めさせることにほかならないということであります。

 前回のに述べたように、桜暁丸をはじめとして、本作の主人公となるのは、「童」と呼ばれ、京人から激しい差別と抑圧を受けてきた者たちであります。
 鬼や土蜘蛛が、被征服民や異民族のメタファーであるとはしばしば言われることであり、その意味では本作の趣向は珍しいものではないのかもしれませんが――しかしその彼らの視点を中心に物語を描いてみせた作品は、実は決して多くはないと感じます。

 その一方で、本作はその視点をほとんど最初から最後まで貫くことによって、彼らの置かれた状況、彼らの抱く想い、そして彼らをそのような立場に置いてきた者たちの傲慢と社会の無情を、これまでにないほど力強く浮き彫りにするのです。メタファーなどと、したり顔で言うことを恥じさせるほどに。
 そこにあるのは、人が人を差別することへの怒りであり、そして人が人として生きることへの切なる願いであり――その点において、本作は様々な「反逆」を描いた物語の中でも、極めて切実で、根源的なものを描いていると感じるのです。

 そしてその怒りと願いは、実は決して彼ら「童」たちのみのものではないことが、本作にさらなる厚みを与えています。
 童を差別してきた京人――その中でも庶民と言うべき人々もまた、より富める者、より持てる者たちに、同様に扱われる存在にほかなりません。そしてまた、童を抑圧する武士たちの中にも、彼らと同じ血を持ち――それでも生きるため、信じるもののために、彼らに対峙する道を選んだ者もいるのであります。

 善と悪で割り切れる物語ではない、悪を倒してめでたしめでたしという物語ではない――そんな物語である本作は、時に、いや多くの場面で、読者である我々にひどく苦い味わいをもたらします。

 いや、物語が大江山の酒呑童子伝説を題材としていることがわかった時点で、ある意味結末は見えてしまうのですが――しかしそれでもなお本作が我々の目を最後まで惹きつけるのは、そこに描かれている物語がどこまでも希望に満ちたものであり、そしてその希望は自分たちの中にもあるものであることを、感じさせてくれるからではないでしょうか。


 ……などという理屈を捻るまでもなく、とにかく最後の最後まで、こちらの胸を熱くさせてくれる本作。
 特に終盤の疾走感たるや尋常なものではなく――酒呑童子伝説に伝わるある言葉が、異常に格好良い形で使われるのにはもう!――純粋にエンターテイメントとしても非常に魅力的な作品であることは間違いありません。

 もっとも、そんな本作にとっての私の最大の不満は、童たちの戦いが結末で一つの終わりを迎えること――それに尽きます。
 いや何を言っているのだ、と思われるかもしれませんが、童たちが抱いた反逆の想いは、決してこの時この場所の彼らだけのものではない――それは明らかでしょう。それは人間が人間であろうとする限り、人間が人間をあきらめない限り、必ず抱く想いなのですから。

 だとすれば、童たちの戦いがここで終わってしまうはずがない。いつかまた、童たちが、童たちと同じ想いを抱いた者たちが必ず現れる――そんな「希望」を胸に、新たな「反逆」の物語の登場を期待するところであります。


『童の神』(今村翔吾 角川春樹事務所)

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2018.12.10

今村翔吾『童の神』(その一) 平安を舞台に描く日本版水滸伝


 平安時代を彩る様々な伝説やキャラクターを題材に、「童」と呼ばれたまつろわぬ者たちが、自由を求めて命がけの戦いを繰り広げる姿を描いた平安伝奇小説――第10回角川春樹小説賞受賞も納得の、平成の本朝水滸伝とも言うべき大作であります。

 鬼、土蜘蛛、滝夜叉、山姥――かつてはそれぞれ平和に暮らしながらも、朝廷により平定されて恐ろしげな名をつけられ、「童」と呼ばれ京人から蔑まれていた先住民たち。
 その一つ、盗賊団・滝夜叉の美しき頭領・皐月と出会い、密かに愛し合うようになった安倍晴明は、京の貴族でありながらも「童」に心を寄せ、彼らとの共存を図ろうとする源高明の蜂起の企てに加わることになります。

 しかし企ては協力者であったはずの源満仲の裏切りにより瓦解。鬼、土蜘蛛の頭領たちをはじめとして多大な犠牲を払った末に、童たちは散り散りとなるのでした。
 辛うじて追求の手を逃れた晴明は、折しも起きた日食を利用して、これを空前絶後の凶事と断じ、捕らえられた者たちの恩赦を勝ち取るのですが……

 その日食の最中に生まれた越後の郡司の息子・桜暁丸は、その生まれた時と異国人の母から受け継いだ異貌によって周囲からは疎まれつつも、父と師に支えられて成長していくことになります。
 しかし日食から十数年後、凶作から民を救うために力を尽くしていた父が京人によって謀反人の汚名を着せられ、桜暁丸はかつての蜂起に参加していた師に助けられて、一人生き残るのでした。

 激しい復讐の念を抱いて京に出るや、役人たちばかりを狙う強盗となり、花天狗と呼ばれて恐れられるようになった桜暁丸。しかし源満仲の子・頼光に仕える渡辺綱と坂田金時に追われ、追い詰められた彼は、人間離れした身軽さを持つ一人の男に助けられることになります。
 その男こそは袴垂――歴とした藤原氏出身の貴族ながら、童の一つである夜雀の体術を身につけ、民を救うために貴族から奪っては施しを行う義賊でありました。

 袴垂と行動を共にするうちに、彼を兄とも慕い、同じ夢を追うようになっていく桜暁丸。しかし彼らの行いは思わぬことから露見することとなって……


 と、ここまでで全体の半分弱といえば、本作がどれだけ波瀾万丈な物語であるかが想像できるのではないでしょうか。この先も桜暁丸を待つのは様々な人々との出会いと別れ――奇しき因縁に結ばれた童の仲間たちや愛する人との出会い、宿敵となる頼光四天王との激しい戦いの数々なのであります。

 そんな本作を手にした時に私が真っ先に抱いたのは、「なるほどこうすれば日本で『水滸伝』を描けたのか!」という想いでした。
 『水滸伝』がいかなる物語であるか――そのあらすじや形式ではなく目指すところ、内包する可能性を示す言葉は様々にありますが、そこに確実にあるのは、世を支配する者たちに圧せられ、追われた末に、自由の新天地を求める者たちの願いと心意気ではないでしょうか。

 しかし文化が、歴史が、風土が異なる日本を舞台としてそれを描くのは、決して簡単なことではありません。その難事を、本作はまつろわぬ者たちを――鬼や土蜘蛛といった魔物の名で呼ばれた者たちの代表選手たちを――メインに据えることによって、軽々と成し遂げてみせたと感じます。
 冒頭で私は『本朝水滸伝』の名を挙げましたが、一種の権力奪還の物語の側面を持つ同作よりも、本作の方がさらに『水滸伝』している――と評するのは、贔屓の引き倒しでしょうか。

 もっとも本作の場合、別の『水滸伝』――はっきり言ってしまえば北方謙三のそれの影響が、キャラクター造形や言動、彼らの戦略等に濃厚に見て取れてしまうのは、ちょっとどうかな、とも感じるのですが……


 閑話休題――ファンとしてついつい浮かれるあまり、他の作品と重ねて語りすぎるという、一個の作品に対してあまりに失礼なことを長々と書いてしまいましたが、もちろん本作が、先行する作品(のモチーフ)とは重なるものを持ちつつ、より切実で、重いものを内包する作品であることは間違いありません。

 それではそれは――長くなりますので次回に続きます。


『童の神』(今村翔吾 角川春樹事務所)

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2018.11.15

柳広司『吾輩はシャーロック・ホームズである』 ホームズになった男が見た世界


 夏目漱石がロンドンに留学していた時期は、奇しくもと言うべきか、シャーロック・ホームズの活躍していた時期と重なっています。それ故、漱石が登場するパスティーシュも幾つかありますが――本作はその中でも最もユニークな作品でしょう。何しろ、漱石自身がホームズになってしまうのですから!

 ホームズが遠方の捜査でベーカー街を留守にしていた時に、ワトスンの前に現れた奇妙な日本人・ナツメ。
 留学中に神経衰弱に陥り、ついには自分のことをシャーロック・ホームズだと思いこんでしまったという彼の治療を依頼されたホームズは、ワトスンにナツメの行動につきあって欲しいと頼んでくるのでした。

 ホームズの真似をして、しかし結果は頓珍漢な推理を繰り広げるナツメに辟易しつつも、彼をホームズとして扱って共に行動するワトスン。
 そんな中、著名な霊媒師の降霊会に参加することになった二人は、ナツメが密かに想いを寄せる美女――かのアイリーン・アドラーの妹であるキャスリーンや、旧知の記者(元病院の助手)スタンフォドと出会うことになります。

 そして彼女たちとともに降霊会に参加したワトスンとナツメですが――真っ暗闇の中で奇怪な現象が次々と起こる中、当の霊媒師が何者かに毒殺されるという事件が発生。隣同士で手を繋ぐしきたりの降霊会の最中に、誰が、どうやって霊媒師を殺したのか。そして何のために?
 勇躍推理を始めたナツメと彼に振り回されるワトスン、二人の捜査はやがてロンドン塔を騒がす魔女騒動に繋がっていくことになるのですが……


 冒頭に述べたような理由で、山田風太郎や島田荘司によって描かれているホームズと漱石の共演。本作もそうした作品の一つなのですが――タイトルの「吾輩は」というワードは、漱石の代表作を指している=本作に漱石が登場しているという意味だろうと思ってみれば、いやはや、本当にタイトル通りの作品だったとは!

 ロンドン留学中の夏目漱石が神経衰弱に陥って大いに苦しんだのは有名な話ですが、本作はそのエピソードを大胆に活用、気晴らしにホームズ譚を読むことを勧められた漱石が、自分がホームズになったと思い込んでしまうというのは、これは空前絶後のアイディアというべきでしょう。
 しかもそれが他の作品のようにホームズ顔負けの推理力を発揮するのではなく、いわゆるホームズもどきものの定番どおり、ホームズの真似をして全然見当違いの推理をするのも、実に可笑しいのであります。(もちろんそれだけではないのですが……)

 そしてホームズの「あの女性」であるアイリーン・アドラーのその後が語られたり、ホームズとワトスンを出会わせて以来登場の機会がなかったスタンフォード(本作ではスタンフォド)が登場したりと、ホームズ譚としても面白い試みがなされているのも目を引きます。
 個人的には、作中の出来事としての『最後の事件』『空き屋の冒険』の発生年と、作品としてのそれらの発表年のズレがガジェットの一つとして使われている――それゆえホームズの不在がさほど不自然に思われない――
というのにも感心いたしました。


 しかし本作は、面白可笑しいパスティーシュだけではないということが、やがて明らかになることになります。
 物語の核心に触れるためにここでは詳述はできませんが、この事件の背後にあるもの、事件を引き起こしたのは、この当時に海外で起きたある出来事であり――そしてそれはやがて、当時のイギリスの、そして白人社会の矛盾と闇を容赦なくえぐり出していくのであります。

 そしてその矛先は、ホームズ譚の現実の生みの親であるコナン・ドイル自身にも向けられることになるのですが――作中でワトスン=ドイルであると、非常にインパクトのある形で指摘が行われるのも印象に残ります――これはドイルの事績を見れば、なるほどと頷けるところであります。
 またその視点が、まさしくそんな白人たちの世界である国際社会の中の、日本の在り方に悩んでいた漱石が本作に登場する必然性、漱石が主人公である理由にまで――漱石の作品を巧みに引用しつつ――繋がっていくに至っては、感嘆するほかありません。


 ユニークなホームズ譚であると同時に有名人探偵ものであり、そしてそれを通じて当時の社会の様相を鋭く剔抉してみせる――これまで様々な有名人探偵ものを送り出してきた作者ならではの作品であります。

『吾輩はシャーロック・ホームズである』(柳広司 角川文庫)

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2018.11.14

室井大資『レイリ』第5巻 修羅場を超え、彼女が知った意味


 武田勝頼の嫡男・信勝の影武者となった死にたがりの少女・レイリを描く物語も、これではや第5巻であります。織田方による高天神城攻めに対し、命の恩人を救うために単身城に潜入したレイリ。そこで彼女は、若い城兵たちを逃すため決死の任務に挑むことになるのですが……

 信長の命により高天神城を攻める家康軍に対し、救援の兵を送らぬと決めた武田家。しかし城の守将は足軽たちに家族を殺された自分を救い育ててくれた岡部丹波守、恩人を見殺しにすることはできない――と、レイリは単身城に潜入し、丹波守と再会することになります。
 しかしもちろん、如何にレイリが類希なる戦闘力の持ち主といっても、ただ一人で戦況を覆せるわけがありません。そこで丹波守はレイリに対し、若い城兵たちを連れて人一人が通るのがやっとの尾根道・犬戻り猿戻りからの脱出を命じるのでした。

 というわけで、前巻ラストから引き続いてこの巻の前半で描かれるのは高天神城からの脱出作戦。しかし尾根道といっても敵がこれを見逃すはずもなく、味方を逃がす間の時間稼ぎが必要なわけですが――これこそがもちろんレイリの出番であります。

 単身出撃すると、待ち受ける敵兵をある時は刀で、ある時は弓で斃し、そして馬が鉄砲で撃たれればその亡骸を壁代わりにして敵兵をスナイプしていくという恐るべき戦いぶりを見せるレイリ。
 が、しかしそれも所詮は時間稼ぎ、ついに城が落城し、前方だけでなく、後方からも敵兵に挟み撃ちされることとなった彼女は、城兵たちを連れて逃れるものの、文字通り刀折れ矢尽きる形で、雑兵たちに取り囲まれて……


 と、文字通りの修羅場が続いた前半に対し、後半は表向き平和な甲府を中心に、武田家中を舞台とした物語が展開いたします。

 武田を根絶やしにせんとする信長に対し、如何に負けず戦い抜くか――信勝はその策としてなんと籠城を発案、その場として小山田信茂の守る岩殿山をレイリと共に視察することになります。
 ここで信茂の前で信勝が語る策が、ある意味実に壮大で面白いのですが――その合間合間に信勝やレイリが見せる若者としての素の表情もまた面白い。

 本作は戦国ものでありつつも、「派手な」場面はむしろ少な目(来るときはドッと来ますが)という印象ですが、それ以外のいわば「平時」で描かれる人々の姿もまた魅力的であると、今更ながらに再確認させられます。
 もっとも、その「平時」がそう長くは続かないことを、我々は知っているのですが……


 しかしその「平時」を望まない――「死にたがり」だったレイリに、大きな心境の変化が訪れたことが、この後半において示されることになります。

 かつて己の眼前で、自分を庇った家族が惨殺されたのを目の当たりにして以来、早く戦いの中で殺されて家族のもとへと行くことを望むようになったレイリ。
 この主人公の強烈な設定こそが、本作の大きな特徴だったわけですが――しかしここでレイリは、その「死にたがり」を、自らの口から否定するのであります。

 彼らは何のために死んだのか、そして人は何のため戦い、生きるのか――その意味をついに彼女が知った、と文字で書くのは簡単です。しかし恩人である丹波守の死を経験した彼女が語る言葉は、どこまでも重く、そして同時に清々しく感じられるのです。


 そして結末においては、全く思わぬ形で、レイリにもう一つの重大な転機が訪れることになるのですが――死にたがりを止め、そして一つの役目を終えた彼女が、この先如何にして新たな生を生きることになるのか。
 いや、この先の生があるとは限りません。いよいよ信長が武田家殲滅を決定、最後の戦いがいよいよ始まろうとしているのですから……

 おそらくはこの物語もあとわずか、少なくともその時までにレイリが如何に生きるのか、見届けたいと思います。


『レイリ』第5巻(室井大資&岩明均 秋田書店少年チャンピオン・コミックス・エクストラ)

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