2012.05.26

「楊令伝 十一 傾暉の章」 国という存在、王という存在

 先日ついに刊行開始された「岳飛伝」。その前作に当たる文庫版「楊令伝」もいよいよラスト1/3に突入してこれで第11巻ですが、前の巻同様、この巻でも比較的平和な梁山泊の姿が描かれます。
 しかしそれは嵐の前の静けさ。大陸は一種の戦国時代を迎えることになるのですが…

 童貫が梁山泊に敗れ、開封府が金軍により陥落したことで、国としては風前の灯火となった宋国。
 趙構を帝に戴く形にはなったものの、しかし直下の官軍は、金軍の執拗な攻撃から帝を守って逃げ回るのが精一杯。その一方で、共に童貫の下で戦ってきた岳飛と張俊は、それぞれ軍閥を作り、己の領地経営に奔走することとなります。
 一方、一応の勝者であるはずの金国も、朝廷内の派閥争い、皇帝・呉乞買の後継者争いで一枚岩と言えず、宋に侵攻した軍の内部も揺れる状況…

 そんな中、ほとんど唯一平穏を保つ梁山泊は、貿易による立国という楊令のアイディアを実現するため、西域との貿易路を確立せんと努力することとなります。
 実はこの巻においては、かなりの部分が、この貿易路確立――その途中に存在する西夏、西遼といった国家との外交交渉の描写に割かれているのですが、これがなかなかに面白い。
 軍と軍が直接ぶつかり合う戦の描写に比べれば、外交のそれは退屈…というのは、本作においてはあてはまりません。
 外交もまた、二つの国、二つの勢力のぶつかり合いであり、直接的な力の行使が伴わないだけ、逆により激しく水面下でぶつかり合い、その後の歴史を変えかねぬものがあると、本作では実感として教えてくれるのです。

 考えてみれば、本作においては、「水滸伝」の頃から、直接的な戦いだけでなく、水面下での人と人との交渉が、重要な要素として存在していました。
 それがここでスケールアップされた…という印象もありますが、それ以上に、この「楊令伝」においては、「国」という存在がクローズアップされてきたと言うべきでしょう。

 冒頭で一種の戦国時代と述べましたが、まさに本作においては、様々な国――その形を取らなくとも、一定上の規模と領土を持つ勢力――が割拠する姿が描かれます。
 実質的に宋を倒しながらも、全土を征服することなく、限られた領土のみを富ませる方向に進んだ梁山泊。いま滅亡の直前となりながらも復活への胎動を見せる宋。いままさに発展期にありながらも、その速度が逆に国のあり方を歪める金。宋・金と国境を接しつつも一定の距離を保つ西夏。
 その他、まだ国としての形は取っていないものの、中央アジアの族長たちをまとめつつ力を蓄える耶律大石。そして未だ己の行くべき道を迷いながらも、己を慕う者たちを養うため、そして軍としての力を保つため、国というものを考え始める岳飛――

 前作、そして本作の半分ほどまでは、梁山泊の最大の目的は――その先に理想の国作りはあったとはいえ――一貫して、宋という国を倒すことが目的でした。
 しかし、腐敗した国は倒さなければならないとしても、国を倒しただけで全てが解決するわけではありません。人が、一定規模以上の人が生きていくためには、秩序が必要となるのであり、それを維持するための制度と財、そして力が必要となります。
 本作でいま描かれているのは、まさにその国が生まれる過程であり、生まれた国が成長していく姿であります。

 そして(少なくともこの時代においては)国が国として存在するためには「王」の存在が必要となります。一つの国を倒した者が次の王となり、新たな国を作る――そのある意味当然のサイクルを、しかし、楊令は拒否するかのように描かれます。

 それは、梁山泊がそれを必要としない国であることをも意味するわけですが、しかしあまりに時代を先取りしすぎたと言える梁山泊が、果たしてこの先も国として存在し得るのか。
 それがこの後の本作の物語となるかと思いますが――楊令がかつて「幻王」と名乗っていたことが、ここに来て、何とも皮肉に感じられるのです。

「楊令伝 十一 傾暉の章」(北方謙三 集英社文庫) Amazon
楊令伝 11 傾暉の章 (集英社文庫)


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2012.05.21

「夢追い月 蘭学塾幻幽堂青春記」 怪異も青春の一ページ!?

 幼い頃からの憧れの人物である蘭学者・玄遊の塾に入るため、多摩から京に出てきた少年・水野八重太。しかし実際の玄遊はいい加減な人間、塾生も変わり者ばかりで、学問に集中できぬ八重太は鬱々とした日々を過ごしていた。そんな中、八重太が誘われた名門蘭学塾では、奇怪な事件が起きていた…

 「一鬼夜行」シリーズで妖怪時代小説ファンの心を掴んだ小松エメルの新シリーズがスタートしました。
 幕末の京を舞台に、蘭学への向学心に燃える少年を主人公にした本作を一言で表せば…幕末青春学園(!?)ホラーなのであります。

 主人公の八重太は、学問への情熱と負けん気の強さでは誰にも負けない…のですが美少女顔で体力と腕っ節には自信のない十五歳の少年。
 そんな彼は、自分が生まれる際に、難産だった母と自分を救ってくれた蘭学者・玄遊に憧れ、彼の下で学ぶため、はるばる多摩から京にやってくるのですが――
 初めて出会った玄遊は、酒と女にうつつを抜かす昼行灯。彼の塾に集った生徒たちも、人は良いが頼りない菅谷、熱血喧嘩バカの中村、からくりオタクの泉とおかしな人間ばかり。おまけに賄い係の少女・千草にもいわれのない敵意を向けられ、八重太はロクに学問もできないまま、三ヶ月を過ごすことになります。

 そんなある日、同郷の先輩から名門塾への転籍を勧められる八重太。彼にとっては願ってもない誘いですが、しかし先方の塾生たちは、まるで何かに取り憑かれたように様子がおかしい。しかも、嫌味でクールな塾生・秋貞が何かと絡んできて、八重太は思いもよらぬ大騒動に巻き込まれることに――

 というあらすじを見ればわかる通り、本作は、過去の時代を舞台にしつつも、基本的な骨格やキャラクター配置は、古き良き学園ものを彷彿とさせるものがあります。
 生真面目だけど空回りしがちで周囲から可愛がられる主人公、一癖も二癖もある怪人揃いの先輩たち、頼りになるのかならないのかわからない師匠…いずれも学園もののフォーマットの一つですが、なるほど、蘭学塾を舞台とすれば、江戸時代にこうして学園ものができるのか、とコロンブスの卵を見た思いであります。

 しかし、本作は、奇をてらっただけの作品では、もちろんありません。
 取り合わせの意外性もさることながら、むしろそれとは逆に、我々にも馴染み深い学園という空間を舞台として描くことにより、いつの世にも――幕末でも、現代においても――若者たちの熱意というものは変わらない、かつての彼らの想いが、今の我々にもあることを、本作は教えてくれるのですから。
(その一方で、本作の事件の発端ともいえる過去の惨劇や、主人公である八重太の境遇など、過去の時代でなければ、過去の時代ならではの物語を描き出すのも心憎い)


 もっとも、八重太自身の悩みと、過去の事件に起因する事件と、さらにもう一つの事件が平行して描かれる構成によって、もちろんそれぞれが密接に関わり合うとはいえ、物語展開に慌ただしい印象が生じているのもまた事実。
 いや、それらが平行すること自体に違和感を感じる方もいるかもしれません。
 しかし、彼らにとっては怪異すら青春の一ページ。この世のものであろうとなかろうと、彼らの経験することが、彼らにとって貴重な財産となるのでしょう。

 そして青春のただ中にいるのは、八重太のみではもちろんありません。彼をとりまく仲間たちもまた、それぞれの想いを抱えて、蘭学を学んでいるのですから…
 これから描かれるであろう八重太の、そして彼らの青春の姿が――すでに青春が過去のものとなってしまったおじさんとしても――楽しみなのです。

「夢追い月 蘭学塾幻幽堂青春記」(小松エメル 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
夢追い月 (ハルキ文庫 こ 8-1 時代小説文庫 蘭学塾幻幽堂青春記)

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2012.05.09

「るろうに剣心 キネマ版」連載開始 今に剣心を描く意味

 あの、心優しき明治の剣客が帰ってきました。「ジャンプSQ」誌6月号より、「るろうに剣心 キネマ版」の集中連載開始であります。

 「るろうに剣心」については(このブログをご覧になっている方には)今更言うまでもないかもしれませんが、1994年から99年にかけて、「週刊少年ジャンプ」誌に連載された時代アクション漫画。明治11年頃を舞台に、幕末に人斬り抜刀斎と恐れられた凄腕の剣客・緋村抜刀斎こと剣心が、不殺の誓いを胸に、平和を乱す様々な敵に立ち向かうという作品です。

 言うまでもなく私は時代ものこの作品の大ファンであり、それは連載時から今に至るまで変わらないのですが――
 それでも今回の復活の報を聞いた時に少々複雑な気分になったのは、一つには掲載誌にこれまで連載されていた「エンバーミング」を長期休載までしての掲載であることと、週刊連載+αの時点で、美しい形で完結した作品であると感じていたからにほかなりません。

 もちろん今回の新作は、この夏に公開の実写映画あってのものであろうことは想像できますし、新作が読めることを素直に喜んでいればいいのですが…(マニアってイヤですね)
 しかし、蓋を開けてみれば今回の新作は、原作の物語を、今回の映画版に合わせてリメイクしたとも言える内容。まさしく「キネマ版」であり、なるほど、この手があったか――と、感心した次第です。
(ちなみに、キャラクターデザインは完全版のあれになるのではないかと密かに期待していたのですが、さすがにそれはなし)


 さて、その「キネマ版」第1回で描かれるのは、週刊連載版(以下「オリジナル」)でもお馴染みの神谷道場に、剣心が厄介になるまでを描くエピソード。
 一人道場を守ってきたヒロイン・薫が地上げ屋に苦しめられているのを、飄然と東京に現れた剣心が救う、というのはオリジナル第1話の展開と同様ですが、今回はその地上げ屋の役回りに、オリジナルの御庭番衆編の悪役・武田観柳が据えられているのがまず目を引くところです。
 そして剣心と薫の出会いの場が、観柳が主催する撃剣興業(一種のプロ剣術大会)の場であった…というのも、なるほど明治の剣客たちを描いた本作として、納得のチョイスではあります。

 物語の方は、薫の相手として選ばれた偽抜刀斎(その姿はどう見てもオリジナルに登場したあの自称古流剣術のあの人…)と間違えられた剣心が、偽者の偽者として薫と立ち会うも…という場面から始まり、観柳の手に落ちた薫を救い出すため、ついにその逆刃刀を抜く、という展開。

 こうして見ると、なるほど、オリジナルの序盤をダイジェストして、そこにわかりやすい悪役の元締めとして観柳を据えれば、こういう内容になるのか…という、よくできたリメイクという印象はあります。
 しかしそれ以上に、終盤勝ち誇って調子に乗りまくる観柳のテンションの高さや、刀を抜きかけた抜刀斎の一種ダークヒーロー的な空気は、これは間違いなく今の和月伸宏の描写であり――そこに、今もう一度剣心が描かれる意味も意義もあるのでしょう。

 そしてラストには、オリジナルではもっと後に登場する連中も含めて、懐かしい連中が顔を見せてくれるのも嬉しい。
 物語の構成的には、鵜堂刃衛がラストの敵になるのでは、と思われますが、さてそこまでにどのような「今の」緋村剣心、緋村抜刀斎を見せてくれるのか…ファンとして、難しいことを考えるのは止めて、この先の展開を素直に楽しむことといたします。

「るろうに剣心 キネマ版」(和月伸宏 「ジャンプSQ」2012年6月号) Amazon
ジャンプ SQ. (スクエア) 2012年 06月号 [雑誌]


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2012.04.24

「忘れ簪 つばめや仙次 ふしぎ瓦版」 心の翳りと運命の残酷と

 人魚が出るという噂で野次馬がごった返す大川で、一人の武士の死体が浮かび、その後も武士の不審死が相次ぐ。さらに、仙次と梶之進の幼なじみのお由有とその父も姿を消してしまう。謎を追う仙次の前に現れるのは、人の不幸ばかりを載せた黒瓦版を売り歩く謎の童子。果たして事件の真相は…

 高橋由太の「つばめや仙次 ふしぎ瓦版」シリーズ第2弾であります。
 表紙イラストに「猫絵十兵衛 お伽草紙」の永尾まるを迎えた本シリーズは、作者の他の作品に比べると、シリアス度、ミステリ度が高めの内容。
 この「忘れ簪」も、なかなかに重い内容の一編であります。

 深川の薬種問屋つばめやの次男坊・仙次は、ぶらぶらしながら怪事件専門の瓦版を作っては売り歩く極楽とんぼ。。しかしそうした事件を扇情的に扱うのではなく、好きだからこそ偽物は許せず、徹底的に検証してしまうという、一種の変人であります。

 今回は、大川で人魚が出現したという噂を聞いて、その裏に怪しいものを感じて首を突っ込む仙次ですが…しかし、武士が何人も死んだ上に、川辺の茶屋を手伝っていた幼なじみで密かに(?)想いを寄せるお由有と、その父が行方不明になったと知り、その裏を探るために奔走することとなります。

 そして、事件をさらにややこしくさせるのが、謎の「黒瓦版」の存在であります。
 百年近く姿が変わらないという謎の童子・千代松が売り歩く、人の不幸ばかりが載っているという「黒瓦版」。実は仙次の過去とも浅からぬ因縁を持つ、この黒瓦版に、今回の事件が予言されていたというのですが――
 かくて仙次と親友の剣術馬鹿・梶之進は、深川にわだかまる闇の中に踏み込むこととなります。


 本作は、その帯等で「大江戸活劇」「新感覚時代ミステリー」と謳われています。
 ジャンル・内容的にそれは間違いではありませんが、しかし、その要素(のみ)を期待すると、ちょっと外されるのではないか、と個人的には感じます。
 もちろん活劇要素もミステリ要素も本作にはありますが、前者は本作のメインではなく、そして後者は、厳しい言葉を使えば構成的に破綻していると――

 しかし、それでもなお私は本作に大いに魅力を感じます。
 それは、本作の終盤で明かされる事件の真相…そこに描かれる、残酷で、醜く、そして哀しく切ない人間の姿が、心の琴線に響くためであります。

 一連の事件の背後にあるもの――タイトルの「忘れ簪」に象徴されるそれについて、ここではもちろん詳細には述べません。
 しかし、そこに込められているのは、己の心の翳りと、そして己の力ではどうにもならない運命の残酷に絡め取られた人々の心の点描なのです。

 そしてそれを横糸とすれば、縦糸となるのは、千代松をはじめとする深川鬼通りに集う、(常)人の世からつまはじきにされた者たちの心の叫び。
 人として生まれながらも、人として扱われず、そして自らも人であることを捨てた者たちの悲しみが、今回の事件の背後には存在します。


 高橋由太の作品は、妖怪をはじめとする個性的なキャラクターが、コミカルな騒動を繰り広げるという印象があります。
 もちろんそれは間違いではありませんが、その裏側には、人の心の中の昏い領域の存在と、人ならざる者、人でなくなった者たちの悲しみが存在していることは忘れてはなりますまい。そして本作においては、その側面を描くことに、より筆が費やされているのであります。

 正直なところ、本作は特に謎解き部分の構成には無理があると感じますし、仙次のキャラクターもまだまだ掘り下げはできると感じます(というよりクライマックスでは完全に傍観者…)。
 その意味ではまだまだ磨きどころが大きい作品ではあるのですが、しかし、そこが解決された時――ある意味、非常に作者らしい、作者の代表作と呼べる作品が生まれるのではないかと、同時に感じた次第です。

「忘れ簪 つばめや仙次 ふしぎ瓦版」(高橋由太 光文社文庫) Amazon
忘れ簪: つばめや仙次 ふしぎ瓦版 (光文社時代小説文庫)


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2012.04.23

「明治骨董奇譚 ゆめじい」第1巻 骨董品に込められた念の正体は

 明治終わり頃の京都の骨董店・夢堂。その店主の老人、通称「ゆめじい」は京都一の目利きと目されていた。しかし彼の本当の力は、物に宿った念を感じること。夢堂に持ち込まれる曰く付きの品物に秘められた謎を、ゆめじいは次々と解き明かしていく。

 骨董品もの、美術品ものとも言うべき作品は、一ジャンルを築いていると言ってもよいほどの作品数があるかと思いますが、その中には、ファンタジックな色彩を帯びた作品も少なからず存在します。
 本作「明治骨董奇譚 ゆめじい」もその一つ。明治末期の京都を舞台に、目利き腕利きの老骨董店主・ゆめじいが、骨董品にまつわる様々な謎を解き明かしていく連作短編であります。

 京都一の目利きとして知られ、同業者や好事家、警察ややくざにまで一目置かれるゆめじいの真の力は、物に宿った念を感じ取ること。
 店に持ち込まれる、あるいは商売の最中にゆめじいが出会う曰く付きの品物…そこに宿った念を手がかりに、ゆめじいがその曰く因縁に迫っていくというのが本作の基本スタイルです。

 もちろん、曰く付きの品物だからといって、持ち主や周囲に害を与えるものばかりではなく、むしろ持ち主を護り、助けるものも存在しますが、しかし多くは、むしろ祟りとも呪いとも呼べる効果を及ぼすものであります。

 そして、そんな品物の背後にあるのは、その多くが、明治という時代が抱えてきた歪みとも軋みとも呼べるもの。あまり安直な表現は使いたくありませんが、「闇」と呼んでも良いかもしれません。

 近世から近代へ、激しく時代が動く中で、その動きの中に取り残され、忘れ去られた物・者・モノ…ゆめじいの謎解きは、それを拾い上げて、ある時はそれを忘れた者に突きつけ、ある時はそれを弔って眠りにつかせることにより、一種の浄化をもたらす行為であります。

 その意味で本作は、優れた時代もの、優れた時代ミステリと呼ぶことができるでしょう。


 しかし面白いのは、ゆめじいが決して善意の人でも正義の味方でもなく――むしろ守銭奴とも呼べる、生臭い部分を持った人物であることでしょう。
 もちろん対象はあくどく儲ける者や弱者を泣かして恥じない者がほとんどですが、騙す・嘘をつく・脅かす…様々な手練手管でそうした手合いから大金を巻き上げる悪党ぶりであります。

 そのある種の人間臭さは、ややもすれば「イイ話」になりがちなスタイルの本作に、ピリッとしたアクセントを与えるとともに――あくまでもこの世に生き、この世を動かすのは、結局人間であるのだと、皮肉混じりに教えてくれるように感じるのであります。


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2012.04.22

「楊令伝 十 坡陀の章」 混沌と平穏と

 ちょうど全体の2/3となった文庫版「楊令伝」第10巻。冒頭から戦いの連続という印象のあった本作ですが、この巻では戦らしい戦はほとんど描かれず、楊令や梁山泊の面々のある意味平時の姿が描かれますが…しかし、歴史は着々と動きつつあります。

 梁山泊との決戦でついに童貫が倒れ、その直後に侵攻してきた金軍により、崩壊目前となった宋という国家。
 この巻の冒頭では、首都である開封府が破られ、帝をはじめとする宋国朝廷がほとんど金に連行されるという異常事態となります。
 しかしこれは童貫が倒れた時点で予測されていた事態。
 これに対し梁山泊は静観――いや、戦の代わりに梁山泊という民のための国を作るために必要な、東は日本から西は中近東までを結ぶ貿易ルート構築に力を注ぎ――を保ち、官軍の将軍たちはそれぞれの兵を抱えて地方に割拠と、既に次の体制作りを見越した動きが始まることとなります。
 そして江南では、暗躍を続けていた青蓮寺の李富がついに大きく動き出し、新たな国家が胎動を始めます。

 この「楊令伝」という物語が始まってしばらくは、梁山泊・宋・金・遼・方臘と複数の勢力が入り乱れた複雑な状況となりましたが、現時点はそれをさらに上回る状況。
 梁山泊・金・北宋(金の傀儡政権)・南宋(になるもの)・地方軍閥(岳飛・張俊・韓世忠)の各勢力が合従連衡を繰り返し、まさに「混沌」としか言いようのない状況であります。

 そんな中で、しかし、楊令はある種の平穏さを取り戻しているように見えます。
 この巻では、楊令は領内の各地を巡り、梁山泊の同志たちと様々に語らい、その中で様々な側面を見せて行くこととなるのですが、これが面白い。

 これまで物語が始まって以来、鬼神の如き戦いぶりを見せてきた楊令ですが、それはある意味、彼という個人の姿を見えにくくしていたのは事実。
 それが、こうして様々な人々と触れ合う中で、人間としての顔を見せ、そしてそれは同時に、彼と出会った人々の新たな顔を見せていく――本作を含めた北方水滸伝の最大の魅力は、様々な人間たちの生き様を活写する群像劇にあることは言うまでもないかと思いますが、戦の場を離れることで、この群像劇の魅力が、より強まった感があります。

 そしてそれは梁山泊サイドのみではありません。楊令とは激突する宿命にある岳飛も、この巻では配下を抱えて(精神的にも肉体的にも)放浪を続ける中で、様々な出会いを経験し、あるべき己の姿を模索していくことなるのですが、その姿もまた、魅力的に映ります。
 特に、この巻で彼が辿り着く「盡忠報国」の想いは、一般的な言葉のイメージとは異なり、むしろ梁山泊の「替天行道」に通じる概念となっているのが実に興味深い。

 方臘とはまた別の意味で、もう一つの梁山泊とも言うべき存在として、彼の今後が大いに気になるところであります。
(その一方で、徐史との馬鹿馬鹿しくも微笑ましいやりとりは、深刻な場面の多い本作においては実に貴重であります)


 しかし、そんな中で楊令と岳飛以上に私に強い印象を残したのは、死を目前とした金大堅であります。
 これまで、主に宋の公印の偽造という立場で梁山泊の革命に貢献してきた金大堅。その彼が、生涯の終わりを迎えるにあたって、遂に偽物ではない、本物の公印を作ることが出来た…
 それに誇りを抱く彼の姿からは、地味ではありますが、しかし鮮烈に、そして感動的に梁山泊という存在の変化を――そしてそれは原典からの変化でもあります――教えてくれるように感じたのです。


 そんな数々の変化を重ねつつ、状況はさらに動いていきます。残すところあと1/3、楊令と梁山泊の、いや物語に生きる人々全ての行く先がいよいよますます気になるのです。

「楊令伝 十 坡陀の章」(北方謙三 集英社文庫) Amazon
楊令伝 10 坡陀の章 (集英社文庫)


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2012.04.17

中国ミステリ新人王座決定戦 秋梨惟喬vs丸山天寿!?

 私にとって「メフィスト」誌の2012年 VOL.1の最大の見所は「中国ミステリ新人王座決定戦」。秋梨惟喬と丸山天寿、中国を舞台にした時代ミステリ…いや伝奇ミステリ作家の短編を掲載ということで、まさに俺得企画であります。

 さて、まず秋梨惟喬の「位牌発電 黄石斎真報」は、中華民国が誕生したばかりの江南の小都市・仙陽を舞台としたユニークな作品。
 タイトルにある黄石斎真報とは、仙陽の小出版社(印刷所)・黄石斎石印書房が発行する画報のこと。本作では、書房に集う一癖も二癖もある面々が探偵役となります。

 仙陽の隣の城市に現れた、位牌に籠もった魂から電気を取り出すという触れ込みで位牌を集める怪しげな一団。
 位牌を持って行くだけで金が支払われ、偽の位牌を持っていた者には電気に撃たれたような天罰が下るという評判の裏側を探るため、書房の面々が動き出すのですが――

 本作でとにかく面白いのはこの主人公チームのキャラクターであります。
 仙陽の顔役、様々な幇会の主である社主と、その妹の阿麗。専属絵師にしてもう一つの顔を持つ老人。得体の知れぬ側面を持つベテラン記者と、振り回されっぱなしの若き記者見習い。そして社に居候する“黒蝙蝠”と呼ばれる博覧強記の黒衣の怪人――
 いかにも作者らしい武侠色と無国籍色漂う怪人たちであります。

 ただ、そのユニークなキャラクターたちの紹介にそれなりの分量が割かれているためもあってか、物語の方は比較的あっさりめに感じられるのが残念ではあります。
 トリックの方も、冷静に考えればかなり強引、というか博打色が強いもので(それはそれで作者の持ち味ではあるのですが)、そこはつっこみどころではあるでしょう。

 しかしながら、ホワイダニットの部分は、清から民国への混乱の時代故に成立する内容となっているのが面白い。クライマックスのアクションも短いながら印象的で、やはり作者でしか描けない物語でしょう。

 全体的な印象としては、海外ドラマの特殊チームもの的な味わいで、これは是非シリーズ化して続きを見せて欲しいものであります。


 そして丸山天寿「夢美女の呼び声」の方は、本ブログでもこれまで取り上げてきた作者の徐福シリーズの番外編であります。
 シリーズ第三弾の「威陽の闇」の事件で徐福一行が不在となった港町・琅邪で、警察官の希仁、儒者兼巫医の笠遠、水商売の女将・蓮といったおなじみの面々と、新キャラの巫医・嬌娜が事件に挑むのですが…

 その事件というのが(いつものことながら)また非常に奇っ怪であります。
 琅邪に大雪が降った頃、蓮が浜辺で見つけた、意識不明の素っ裸の少女。その身元を調べようとした希仁と笠遠は、しかしそれだけでなく、ある船大工の夢の中に幾度となく現れる、幽霊船の中で餓死していた美女の謎解きをする羽目となるのです。
(こんな無茶な展開になるのが、夢の中で笠遠先生が人殺しの濡れ衣を着せられたから、というのが楽しい)

 夢の中の世界での出来事を果たして論理的に解き明かし、人殺しの濡れ衣を晴らすことができるのか、いやそもそも意味があるのか? 
 この、あまりに無茶なものに見える問いかけを、本作は巫術を媒介にして鮮やかに解決してみせます。

 正直に言って、物語の中に超自然的な部分とロジカルな謎解きが共存しているのには評価が大きく分かれるかと思います。
 しかし、本作は――これまでのシリーズがそうであったように――それが許される、それが当然と人々に受け止められていた舞台を
設定しているのであり、そこは作者の筆の妙と言うべきでしょう。
 とはいえ、短編であるためか、歴史ものとしての色彩、この時代であることの必然性は、シリーズ本編に比べると薄いのが残念ですが――


 ということで、どちらの作品も作者の個性が良く出た作品で、私は非常に楽しめました。
 あえて採点するとすれば、歴史ミステリとしての視点では「位牌発電」が、謎解きの面白さでは「夢美女の呼び声」が優れていたという印象でしょうか。

 個人的には「王座決定戦」などと優劣付けを煽るのは――こういう盛り上げ方であることは百も承知の上で――あまりに好きではないのですが、(失礼ながら)まだまだジャンル的にはマイナーな中国ミステリを、こういう形で取り上げてくれるのは素直に喜ぶべきでしょう。
 さらに参加者を増やした二回、三回目が開催されることを期待したいと思います。

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メフィスト 2012 VOL.1 (講談社ノベルス)


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2012.04.10

「柳生番外地」 十兵衛対西洋魔人!

 ジパングに存在するという異界への扉の鍵。それは、柳生十兵衛の眼球だった!? その眼を奪うべく、日本に現れた西洋妖術師。慶安3年3月21日、妖術師の奇怪な術の前に倒された柳生十兵衛だが――果たして十兵衛は本当に死んだのか?

 先月光文社から刊行されたコミック叢書「SIGNAL」VOL.1――星野之宣や畑中純、寺田克也に谷口ジロー、森美夏と、なかなかにマニア好みの面々の作品が収録されているアンソロジーですが、伝奇時代劇アジテーターとして決して見逃すことが出来ないのは、元祖時代劇アジテーター・近藤ゆたかの「柳生番外地」であります。

 伝奇時代漫画の金字塔「大江戸超神秘帖 剛神」の作者による柳生十兵衛もの、と聞いただけで涎が垂れそうになりますが、果たして、その期待は裏切られることはありません。
 冒頭の
「いつの頃からか……黄金の国ジパングには――異界への“扉”を開ける“鍵”あり――との流言あり
――そしてその鍵は……柳生十兵衛の“眼球”なり!――とも」
というナレーションの時点でこちらのテンションは上がる一方。
 そして生ける屍や奇怪な巨人侍を操る仮面の女と十兵衛の対決から、いきなり「柳生十兵衛死す」な冒頭を経て、真の柳生十兵衛の登場へ…

 柳生十兵衛と言えば言わずとしれた人気キャラクター、これまでも様々な物語で描かれてきた人物ですが、本作で描かれる十兵衛像は実に格好良い。
 ギラギラしつつも、どこか枯れたような、疲れたようなものを漂わせた…しかし、これぞ十兵衛! とこちらに思わせるビジュアルは、これはもう作者ならではのものと言うべきでしょう。

 そしてその十兵衛が対決する相手が海を渡ってきた奇怪な妖術遣いというのが嬉しい(しかも彼女が使う術などを指して「魔芸」「南蛮獣」と表現するセンスが素晴らしい)。
 とんでもないすっとぼけたゲストの顔見せもあり、伝奇者としては、もうたまらないものがあります。

 さらに、単にド派手な伝奇活劇のみで終わらないのもまた見事。終盤の二重三重のどんでん返しから浮かび上がるのは、「柳生十兵衛」を巡る残酷な真実であり――荒唐無稽なストーリーを展開させながらも、見事に時代劇として物語を着地させているのであります。

 短編読み切りというのがあまりにももったいない本作――続編を切望する次第であります。

「柳生番外地」(近藤ゆたか 光文社「SIGNAL」VOL.1所収) Amazon
SIGNAL VOL.1 (光文社コミック叢書“シグナル” 27)

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2012.04.04

「楊令伝 九 遙光の章」 国の終わりと興りに

 全体の2/3も間近となった文庫版「楊令伝」。ここに来て梁山泊の戦いは一つの大きな区切りを迎え、「国」を巡る戦いは新たな局面に踏み込むこととなります。

 いつ果てるとも知らず続いてきた梁山泊軍と童貫軍の決戦。しかしこの戦いにもついに終わる時がやってきます。
 来てみればあっけないような気もする(これは、本の構成によるところが大の気もしますが)戦いの決着――しかし、「水滸伝」から数えれば、本当に長い長い戦いでありました。
 宿敵との決着がついた後、楊令が涙を零し、梁山泊軍が弔意を表したその気持ちも、よくわかる気がいたします。

 しかし――これは作中でも語られていることではありますが――梁山泊の真の目的、為すべきことは官軍の、童貫の打倒ではありません。
 梁山泊に集った者たちの真の目的は、新たな国作り。腐敗しきった宋国を倒し、その先に自分たちの理想とする新たな国を作ることにあったはずです。
 巨大な敗北の先に始まった物語であるだけに、逆襲・勝利が最大の目的のように見えてきた本作ですが、しかし彼らの真の戦いはこれからなのであります。

 そして、これまでほとんど語られてこなかった新たな国の姿を、楊令は明確に言葉で表現してみせます。
 それは、民のための一種の自由貿易圏とでも言うべき存在――経済・物流により国を富ませ、維持していこうという、おそらくは当時においては破格の発想であります。

 なるほど、単に力によって宋を打倒し、そして近隣の諸国に渡り合っていくのには、今の梁山泊の力では限界があり、そして何よりも、いつかは宋と同じ轍を踏むこととなるのでしょう。
 そこにはこれまで梁山泊の力の支えとなってきた闇塩の道、そして新たに瓊英や李俊らが切り開いてきた文字通り海外との貿易があるのだと思えば、頷けるものがあります。

 しかしもちろん、何事も壊すよりも作る方が難しいのは言うまでもないことであり――古今東西、多くの革命が、その当初の目的とは大きく異なる道を歩むこととなったのもまた事実。
 そしてまた、最大の強敵は倒れ、宋の命運も風前の灯火とはいえ、いまだ岳飛ら各地に拠った軍があり、北には今や強大な勢力となった金国が存在しています。

 何よりも、童貫とならんで最大の敵であった青蓮寺は、宋の朝廷とは異なる方向に暗躍を始め、ほとんど確実となった宋国が倒れた後を見据えて動き始めています。


 一つの国が興り、一つの国が倒れつつある「その先」に何があるのか――ある意味、ここからが本編であります。

「楊令伝 九 遙光の章」(北方謙三 集英社文庫) Amazon
楊令伝 9 遥光の章 (集英社文庫)


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2012.03.12

「やなりいなり」 時々苦い現実の味

 またもや紹介が遅れてしまいましたが、「しゃばけ」シリーズの最新巻「やなりいなり」であります。前作「ゆんでめて」はかなりトリッキーな構造の作品でしたが、今回は基本的にシンプルな構造の一冊。もちろん、それでも個々のエピソードの面白さは、これまでと異なることはありません。

 シンプルな構造とは書きましたが、本書は、収録された各編の冒頭に、料理のレシピが掲載されているのがなかなかユニークなところ。
 まさか最近料理ものの時代小説が流行だから、ということではありますまいが、なかなかにおいしそうなこのレシピが、各編の内容に様々な形で関わってくるのは工夫と申せましょう。

 さて、その各編の内容は――

 若だんなの暮らす長崎屋のある通町で起きた恋煩い騒動が、とんでもない大物の神様たちを巻き込んで思いもよらぬ方向に展開していく「こいしくて」
 ある日長崎屋に現れた、幽霊のくせにものを食べたがるおかしな幽霊の正体探しが、落語の「粗忽長屋」をベースに描かれる「やなりいなり」
 三日間消息不明となっていた長崎屋の藤兵衛旦那の行方をあれやこれや推理していた若だんなと妖怪たちが意外な結論に辿り着く「からかみなり」
 夕暮れの逢魔時に空から落ちてきた不思議な玉を追いかけて、鳴家たちや逢魔時の魔たちが巻き起こす大騒動「長崎屋のたまご」
 栄吉が修行中の菓子屋にやって来た若だんなが出会った、喧嘩してばかりの不思議な親友二人の真実を描く「あましょう」

 「長崎屋のたまご」など、今回はどちらかと言えばスラップスティックコメディ色が強い印象がありますが、単に賑やかで楽しい妖怪もの、というだけでなく、どきりとするほど鋭い人間観察と、苦い現実を描き出すシリーズの味わいは、今回も健在であります。

 特に印象的なのは、巻末に収録された「あましょう」でしょう。
 若だんなと栄吉が出会った親友同士の二人の男。片方が久々に江戸に帰ってきたというのに、何故かぎくしゃくした空気が二人の間に漂うのは何故か…

 どこか不自然なやりとりを繰り返す二人の謎を若だんなたちが想像していく姿には、いわゆる「日常の謎」の味わいがあるのも楽しいのですが、しかし驚かされるのは、全ての謎が明かされる結末。
 なるほど、この結末であれば、このシリーズで描かれてもおかしくない…と感心すると同時に、あまりにほろ苦くも切ない二人の友情の姿に打ちのめされた思いであります。


 冷静に考えれば本書は(「みぃつけた」を除けば)シリーズ第10弾。
 こうした内容の作品をここまで続けるというのは、なかなか大変な部分もあるのでは…と感じる点もあるのですが、しかしこの「あましょう」などを見るに、まだまだこのシリーズからは目が離せない、という思いを新たにした次第です。

「やなりいなり」(畠中恵 新潮社) Amazon
やなりいなり


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