2017.12.15

井浦秀夫『魔法使いの弟子』 メスメリズムが照らす心の姿、国家の姿

 明治時代初期、新国家の安定のために辣腕を振るう参議・鬼窪は、外国人居留地はずれの洋館に召魔と名乗る妖術使いが住んでいるという噂を聞く。一笑に付す鬼窪だが、愛妾の妙が召魔のもとに通い始めたと知り、洋館に乗り込むことになる。しかし妙は、鬼窪の背後に憑いた幽霊を見たと語り……

 『弁護士のくず』『刑事ゆがみ』の作者が、明治時代初期を舞台に、人間の心の不思議を描いたユニークな物語であります。

 舞台となるのは明治6年頃――新政府は樹立されたものの、まだ政治・社会・外交・文化全てにおいて混沌とした時代。
 その新政府の参議である元薩摩藩士・鬼窪巌は、征韓論に端を発する西郷隆盛らとの争いに奔走する毎日を送っていたのですが――体調を崩していた愛妾の妙が、召魔(めすま)と名乗る怪しげな外国人のもとに通い始めたことを知ります。

 「動物磁気」なる力で病人を癒やし、降霊術で死者の霊を呼び出すという美青年・召魔。当然ながら彼を騙り扱いして妙を連れ戻す鬼窪ですが、一種の気鬱状態の妙の状況は一向に良くならず、やむなく召魔に妙を託すことになります。
 治療の甲斐あってか回復していく妙。しかし彼女は、鬼窪の背後に、彼を弾劾する死者の姿を見たと語り、それを聞かされた鬼窪は、驚きから顔色を失うことになります。その死者こそは、鬼窪がひた隠す過去の所業にまつわる人物だったのですから……


 本作で一種の狂言回しを務める謎の青年・召魔。作中でも語られるように、その名と使う技は、フランツ・アントン・メスメルと彼が提唱した動物磁気(メスメリズム)に基づくものであります。
 このメスメリズム、近代日本を舞台とした物語で、外国人が操る妖しげな技というと結構な確率で登場する印象がありますが――一種の催眠状態を用いた治療であったと言いますから、その扱いもわからないでもありません。

 つまり非常に大雑把に言ってしまえば、オカルトと科学の中間に(過渡期に)存在するこのメスメリズムですが、それを用いて本作が描き出すのが、過去を断罪する幽霊というのが面白い点でしょう。
 果たして妙が見た幽霊は単なる神経の作用なのか、本物の幽霊なのか。そのどちらであったとしても、何故妙の目に映るようになったのか? 本作はその謎解きの中に、人間の心と意識と魂の三者の姿とその関係を浮かび上がらせるのであります。

 そして本作は、その物語の中で暴かれる鬼窪の罪を、同時にこの国が辿ってきた血塗られた歴史と重なるものとして描きだします。あたかも国家(の歴史)にも、心と意識と魂に照合するものが存在するかのように……
 そしてさらにそこに、終盤で明らかになる召魔自身の過去(にまつわる死)が重ね合わせられることで、本作は一種の断罪と贖罪の物語を浮かび上がらせることになるのです。

 正直なところ、なかなか物語が向かう先が見えない作品ではあります。題材的にも、短編向きに感じる内容ではあります(事実、本作は単行本1巻という短い作品なのですが)。
 そんなどこか窮屈さを感じさせる作品なのですが、それだからこそ、結末で描かれるものには、不思議な感動と解放感を感じさせられる――それこそ、魔法にでもかけられたような、不思議な後味の作品であります。


 ちなみに鬼窪は、島津久光に重用されたという過去といい、征韓論での西郷との対立といい、何よりもそのネーミング(とビジュアル)といい、モデルは明らかに大久保利通でしょう。
 他の登場人物が実名で描かれているものが、彼のみこのように改変されているのは奇妙にも感じますが、これは物語の核心である彼の過去を自由に描くためのものでしょうか。


『魔法使いの弟子』(井浦秀夫 小学館ビッグコミックス) Amazon
魔法使いの弟子 (ビッグコミックス)

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2017.12.12

「このマンガがすごい! 2018」のアンケートに参加しました

 お仕事というようなものではありませんが、告知であります。先日発売された「このマンガがすごい! 2018」の、今年のベストマンガアンケートに回答させていただきました。毎年恒例のアンケートですが、参加させていただいたのは今年が初めてであります。

 今更言うまでもないことはではありますが、「このマンガがすごい!」は、毎年この時期に刊行される、この1年のマンガ作品のランキングを中心にしたムック。
 2005年をスタートに、今年で実に12年、「○○がすごい!」系の確たる一角を占めているものであります(この辺り、ちょっと刺さるものがありますがそれはさておき)。

 オトコ編とオンナ編に分けられたこのランキングは、書店員や雑誌編集部、そして各界のマンガ好きの投票から成り立っていますが、今年はその数を増やして過去最高の700人以上とのこと。おかげさまで私のもとにも声をかけていただけました。
 といっても「伝奇時代劇アジテーター」という肩書きであるからして、それを裏切るような投票はできません。かくて、オトコ編にて時代(伝奇)マンガベスト5(+オンナ編1作品)を挙げさせていただいたのですが……

 その内容についてはぜひ本誌をごらんいただくとして、ベスト20までに2作品しか入らないとは、我ながらさすがに驚きました(というかベスト50まででも変化なし!)。
 この辺り、自分のチョイスの偏りによるところはもちろんなのですが――しかしそれ以上に、日本のマンガというものの多様性、はっきり言ってしまえば作品数の多さによるものではないか、と改めて感心いたしました。

 読んでないマンガがこんなにたくさん――というのは自分の不勉強を晒すようで恥ずかしいのですが、しかしこうしてランキングの形で並んでいると、本当に驚かされます。
 自分が日頃行っているアジテーションは、このマンガの山を前にして少しは役に立っている――とは今回の結果を見ると正直なところ言い難いのですが、その山の大きさは、むしろこちらをワクワクさせてくれるようなものであります。

 正直来年も呼んでいただけるかは自信がありませんが、アンケートに答えようと答えまいと、来年は自分の勧める作品が少しでも高い順位になればいいなあ……と思っているところです。


 燃やすといえば「このキャラクターがすごい!」コーナーオトコ編にはあのアニキが……これはさすが、と言うべきでしょう。


「このマンガがすごい! 2018」(宝島社) Amazon
このマンガがすごい! 2018

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2017.12.09

響ワタル『琉球のユウナ』第1巻 異能の少女と伝説の王が抱えた孤独感

 琉球、それも15世紀のいわゆる古琉球期を舞台とした、ユニークな少女漫画――朱色の髪と不思議な力を持つヒロインが、後に琉球の黄金時代を築いたと言われる尚真王と出会ったことから始まる、ちょっと不思議で実に甘いラブコメディであります。

 時は1482年の琉球、主人公は朱色の髪を持ち、人ならざるものと交信する力を持つことから、幼い頃より周囲の人々から時に利用され、時に忌避されてきた少女・ユウナ。
 二匹のシーサー以外友達もなく、極度の引っ込み思案だったユウナが、今日もまたその力を利用しようとする者たちに絡まれていた時――そこに現れたのは、なんとお忍びでやってきた時の琉球王・尚真王だったのです。

 実は何者かの呪いにより、体中に奇怪な模様を浮かび上がらせていた尚真王。それが何者かの生き霊によることを見抜いたユウナに、尚真王は自分の即位が偽りの神託によって成され、そのために一度は王位についた叔父が命を落としたことを語ります。
 幼い頃から王として生きざるを得なかった尚真王に自分と同じ孤独を見たユウナは、彼を救うために一大決心をすることに……


 琉球を舞台とした物語は、もちろん決して少なくありませんが、しかしその大半は、薩摩に征服された、17世紀以降の琉球を描いたものではないでしょうか。
 それに対して本作は、それ以前の琉球(古琉球)を舞台とするのが、まず大きく興味をそそります。

 本作の舞台となる15世紀末は、第二尚氏王朝の時代(琉球王国を樹立した尚氏をいわばクーデターで除いた、臣下による王朝のため「第二」)。
 そして本作のもう一人の主人公である尚真王は、わずか12歳で即位した後、実に50年間に渡り統治を行い、中央集権体制を固めたという、なかなかにドラマチックな人物であります。

 本作に登場するのは17歳の頃の尚真王ですが、その存在及びビジュアルは、文字通りの「王子様」。美形で優しく、そして身分と力を持った人物――まず非の打ち所のないキャラクターに見えます。
 が、本作を面白くしているのは、ちょっとチャラめの彼が、しかしその実、王として深い孤独感に苛まれている人物として描かれることでしょう。

 先に触れたように、本来は叔父(先王の弟)が王位に就いていたものが、母の画策による偽りの神託により、王に選ばれることとなった尚真王。
 それ故に在位当初から暗い影を背負うことになった上に、その父の行動を見ればわかるように、いつその座を覆されるかもわからない――そんな彼が、自分を一人と感じ、幼い頃から本心を韜晦する人物となったのはむしろ当然でしょう。

 ……と、尚真王のことばかり書いてしまいましたが、ユウナの方もその異能によって過酷な過去を重ねてきたことから、深い孤独を抱えてしまった少女であります。
 つまり本作の主役カップルは共に深い孤独感を抱えたキャラクターであり、一見どれだけ甘々に見えようとも、二人が互いの傷を慮り、癒しあう姿は、どこか切なくそして暖かく感じられるのです。

 実は尚真王には、側室が天女の子だった(那覇に伝わる羽衣伝説)という説があるそうですが、作者によればユウナの設定はそれを踏まえてのものとのこと。
 極めてロマンチックでファンタジー的なその伝承を踏まえつつも、どこか現代的なキャラクター造形となっているのが、なかなか興味深いところであります。


 そんななかなかに個性的な本作ですが、しかしその一方で、物語的には少々おとなしめ(上で紹介した第1話は、尚真王の史実とリンクして面白いのですが)という印象は否めません。

 また、これは残存する資料の関係等もあるかと思いますが、描かれる琉球の姿は、あくまでもファンタジーの中の琉球、琉球の記号的なものと、意地悪に見れば言えるかもしれません。
 もちろんその点を差別化するのが尚真王の史実であることは間違いありませんが、もう少し史実(伝承としてのそれ)に絡めてきてもよいのかな、と感じてしまうのは、これはマニアの視点ではありますが……

 何はともあれ、本作は一端完結したものが、好評により来春から連載開始、早くも単行本2巻の刊行も決まっているとのこと。
 であれば、この先、二人が互いの孤独感を癒し、新たな歴史を作っていく姿を期待して続巻を楽しみにするとしましょう。それだけのポテンシャルはある作品なのですから……


『琉球のユウナ』第1巻(響ワタル 白泉社花とゆめコミックス) Amazon
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2017.12.07

『水滸伝の豪傑たち 歴史をうつす武勇伝』 北宋史に見る物語と史実の間の皮肉な関係

 久々の水滸伝紹介、今回はなかなかの変わり種――中央公論社から刊行されていた中公コミックス『中国の歴史』のうちの第8巻『水滸伝の豪傑たち 歴史をうつす武勇伝』であります。いわゆる学習漫画シリーズの1冊なのですが、学習漫画で水滸伝!? と思いきや、これがなかなか面白い内容なのです。

 この『中国の歴史』は、今からほぼ30年前の1986年から87年にかけて全12巻刊行されたシリーズ。今から考えるとちょっと驚かされるような企画ですが、監修が陳舜臣と手塚治虫と、なかなか気合いの入っていたようです。
 もっとも、全巻のシナリオは武上純希が担当。アニメや特撮もので活躍してきた脚本家ですが、小説家としても『不死朝伝奇ZEQU』や『古代幻視行』シリーズなどの古代中国を題材とした作品を発表していたことを考えれば、それなりに納得の人選であります。

 このシリーズ、作画担当は各巻で異なるのですが(玄宗皇帝と楊貴妃の巻は小林智美が!)、この巻の作画は堀田あきお。最近ではご夫妻でのアジア紀行ものでの活躍が中心のようですが、このシリーズでは「項羽と劉邦」の巻も担当している模様です。


 さて、こうした背景はともかく、内容を見てみれば、冒頭は百八星解放――は納得として、そこから大きく飛んで、後半のクライマックスということか、呼延灼戦がいきなり描かれているのがなかなか面白いところ。
 その他、原典の内容としては、林冲受難と魯智深の活躍(本作では二竜山に行かずにそのまま梁山泊入り)、武松の虎退治、晁蓋の逃走と林冲のクーデター、江州での宋江(と戴宗)の危機、宋江の頭領就任が描かれています。(ちなみに呉用のうっかりシーンもあり)

 と、これだけであれば非常に粗めのダイジェストといった趣きですが、先に述べた通り本書は中国の歴史の学習漫画。あくまでも架空の物語である水滸伝を描くのは大いに不思議に感じられますが――実は本書の冒頭とラストで、二つの史実が描かれるのであります。

 冒頭で描かれる史実とは、徽宗皇帝の時代の姿――社会の爛熟と花石綱の収奪。そしてラストで描かれる史実は、遼との戦争と、それに続く金の侵攻、北宋の滅亡であります。
 どちらもこの時代の象徴的な出来事ではありますが――注目すべきは、この二つが、水滸伝においても、舞台背景として存在していたことでしょう。

 すなわち、この二つの出来事において、水滸伝という物語と、北宋の史実は重なり合っていたわけであり、この重なり合いを利用して、北宋の歴史を切り取って見せるという本書の趣向はなかなか興味深いものがあります。
(「歴史をうつす武勇伝」という本書のサブタイトルにもそれは表されているでしょう)

 ちなみに冒頭では「史実」の宋江、宋江三十六人の宋江の姿も描かれているのが、また面白いところであります。


 とはいえ、このような本書の構造(あくまでも想像ですが)は面白いものの、やはり本書は中国史の学習漫画としてはいささかアンバランスな内容であることは否めません。

 結局虚構部分(水滸伝部分)は、全体の2/3と決して少なくはない割合を占めるのは、仕方ないとはいえやはり違和感が残ります。
 またエピソードについても、史実との繋がりが薄い(もっとも林冲や宋江も、実在の人物である高キュウや蔡京(の息子)に苦しめられた、という以上のリンクではないですが)武松の虎退治が含まれているのには疑問符がつきます。

 この辺り、宋代に1巻割かないわけにはいかないけれども、他の時代に比べると題材として苦しかったからなのかな、と邪推したくもなるのですが……


 しかし、このようなスタイルだからこそ浮かび上がる構図もあります。
 物語の上では豪傑たちを利用して遼という外敵を除き、豪傑たちも除いて最後まで生きながらえた皇帝や奸臣たちが、豪傑たちが登場しない史実においては、外敵に蹂躙された末に悲惨な末路を迎える……

 水滸伝には、このような物語と史実の間のある種の皮肉が存在することを、浮かび上がらせてくれた本書に対しては、ファンとしてはなかなか愉快な気分になるのであります。

『中国の歴史 8 水滸伝の豪傑たち 歴史をうつす武勇伝』(堀田あきお&武上純希 中央公論社中公コミックス) Amazon

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2017.12.06

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第9巻 吉原に舞う鬼と神!(と三人組)

 今年は一躍、週刊少年ジャンプの連載漫画の中でもダークホースからゴボウ抜きして本命に躍り出た感のある『鬼滅の刃』。その今年最後の単行本、第9巻が刊行されました。今回の舞台となるのは色町・吉原――表紙を独占した音柱・宇髄天元を中心に、新たなる死闘が始まることになります。

 夢を自在に操り、鉄道と一体化する下限の壱・魘夢、真っ正面から相手を叩き潰す恐るべき戦闘力の持ち主である上弦の参・猗窩座との死闘の果てに、「柱」の一人である炎柱・煉獄杏寿郎を眼前で失った炭治郎・善逸・伊之助。
 一時は悲しみに沈みながらも、杏寿郎の遺志を受け止めた三人組は、鬼との戦いを続けていたのですが――そんな中、蝶屋敷に現れ、女性隊員たちを強引に連れだそうとしていた天元と、三人組は対峙して……

 と、女性隊員の代わりに天元の下で任務に就くことになった三人組。その向かう先は吉原――というわけで、何となくこの先の展開に予想がついたと思えばその通りで、三人組は女装させられて吉原に潜入することになります。
 実は鬼の存在を察知した天元により送り込まれた彼の三人の嫁(ここで当然のように善逸が嫉妬を大爆発させるのが非常に可笑しい)が消息を絶ったことから、彼は三人を追って吉原に向かおうとしていたのであります。

 ちなみに吉原遊郭といえばやはり江戸時代の印象が強いのですが、遊郭がなくなったのは終戦後しばらく経ってからなので、この時代に遊郭があることはおかしくはありません。
(ちなみに花魁道中も、明治時代に一度途絶えたものが、大正初期に復活しているので作中に登場するのは問題なし)

 というわけでほとんど女衒のような言動の天元(しかし冷静に考えると、当初の予定どおり女性隊員たちが連れて行かれていたら、コレ大問題だったのでは)によってそれぞれ別の女郎屋に放り込まれた三人組。
 行方を断った人々を探す彼らは、やがて色町に潜む邪悪な存在に気付くことに……


 と、まさに「遊郭潜入大作戦」だったこの第9巻(の前半)ですが、ここで猛威を振るったのは、本作ならではの緩急の(緩緩の?)ついたギャグシーンの数々であります。。

 この吉原編の陰の主役とも言うべき天元ですが、派手メイクを落とせば超イケメンながら、しかし自らを「派手を司る神、祭りの神」と自称する怪人物。そんな天元と三人組の絡みが絶品で、感受性が豊かすぎる三人組のリアクションにいちいち同じレベルで返す姿が、とにかく可笑しい。
 特に、三人組がそれぞれ女郎屋に放り込まれながらも、それぞれの特技(?)を活かして活躍するシーンは抱腹絶倒であります。

 黙っていれば超美少女フェイスの伊之助、持ち前の音感で吉原一の花魁を目指す善逸、生真面目さと体力で甲斐甲斐しく働く炭治郎……
 一番まともなはずの炭治郎までもが変顔を披露するなど、潜入捜査とくれば緊迫感に満ちた展開のはずですが、相変わらず全く油断できない作品です。


 ……が、「緩」が大きければ大きいほど、「急」の部分がさらに大きくなるのが本作。闇深き街、吉原に潜むのは、花魁の姿を隠れ蓑にした上弦の陸・堕姫であります。
 吉原で密かに語り継がれてきた、何十年かごとに現れる、美しくも邪悪な花魁――その正体である彼女は、既に吉原中に魔手を及ぼしていたのです。

 そしてそれぞれの立場から、堕姫の脅威を知り、対峙することになる三人組と天元(この辺り、四人がバラバラに分かれて探索しているという状況を巧みに使って、緊迫感を高めるのがお見事!)。
 炭治郎が単身堕姫と遭遇、孤独な戦いを始める一方で、伊之助が、善逸がそれぞれの戦いを始め、そしてそこに――!


 という猛烈に盛り上がる展開で引きとなったこの第9巻。今まで以上に読み始めると止まらない巻でしたが、決して勢いだけでないうまさ、巧みさがあることを単行本で再確認させられました。

 実はこの紹介を書いている時点で、まだ決着していないこの戦い。その先の展開に想いを馳せつつ、もう何回か、読み返すことになるかと思います。


『鬼滅の刃』第9巻(吾峠呼世晴 集英社少年ジャンプコミックス) Amazon
鬼滅の刃 9 (ジャンプコミックス)


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2017.12.05

森美夏『八雲百怪』第4巻 そして円環を成す民俗学伝奇

 9年ぶりに2ヶ月連続で単行本が刊行されることとなった大塚英志の民俗学三部作の第3弾、『八雲百怪』の第4巻であります。見えぬ片目に異界のものを映す小泉八雲、そして隠した両目で異界とこの世の境を探す甲賀三郎の見たものは……

 世界を放浪した末に日本に落ち着き、日本を愛して日本人となった小泉八雲。そんな彼は、その片目の力ゆえか、明治の世に消えゆく異界のものにまつわる事件に次々と巻き込まれることになります。
 その中で八雲の前に現れるのは、両目を包帯で隠した異形の男・甲賀三郎。柳田國男に雇われ、異界とこの世を繋ぐ門を封じて回る彼は、異界に憧憬と哀惜の念を抱く八雲を時に導き、時に阻むことになるのであります。

 そんな二人を中心に描かれる物語の最新巻の前半に収録されているのは、第3巻から続くエピソード「隘勇線」の後半であります。

 死の行軍として知られる八甲田山での軍の遭難事件。その背後には、八甲田山で目撃されたという、伝説のコロポックル族を探さんとする軍のある思惑が秘められていました。
 その調査に向かった柳田と三郎に同行していたのが台湾帰りの青年学者・伊能嘉矩であり、その伊能を追ってきた山岳民族の少年・マクと出会ことから、八雲もこの一件に巻き込まれることになります。

 マクの境遇に共感し、伊能たちを追って青森に向かう八雲。さらにマクに目をつけた台湾総督府の刑事が怪しげな動きを見せる中、八甲田山に集った人々が見たものとは……


 毎回この表現を使ってしまい恐縮ですが、今回のエピソードも、伝奇三題噺と言いたくなるような奇想の塊。
 八甲田山+コロポックル+台湾先住民(さらにはオシラサマ)という組み合わせから生まれる物語は、意外としか言いようもありませんが、しかしそれ故の興奮と、不思議な説得力とをもって描かれることになります。

 そしてその幻想的な物語で描かれるのは、これまでの本作で描かれた、いや民俗学三部作に通底する、近代化していく日本の中で、あってはならないものとして切り捨てられていく者たちの姿であります。
 特にこのエピソードにおいては、当時の台湾という日本のある種鏡像めいた世界を遠景に置くことにより、その存在がより鋭く浮かび上がります。終盤でのマクの血を吐くような言葉の哀しさたるや……

 さらにもう一つ、柳田絡みで『北神伝綺』読者にはニヤリとさせられるシーンがあるのも見逃せないところであります。


 そして後半で描かれるのは最新のエピソードにして甲賀三郎の過去を描く、八雲の登場しない前日譚「蝮指」であります。

 九州某所で講演を行っていた際、近くの山中に山民の村があると聞かされ、興味を持った柳田國男。その前に案内人として現れたのは、着物に散切り頭、黒眼鏡という異装の男・甲賀三郎でした。
 枝の代わりに市松人形を用いる三郎のダウジングで導かれた村が、隠れキリシタンの村であることを見抜いた柳田。三郎とともに村で一夜を明かすことになった柳田は、そこで思わぬ怪物と遭遇し、三郎の過去を知ることになるのであります。

 民俗学三部作それぞれに登場する「仕分け人」あるいはそれに類する立場の怪人物――本作でそれに当たるのが甲賀三郎であることは言うまでもありません。
 甲賀三郎といえば、血族の裏切りの末に地底に落とされ、遍歴の末に蛇体と化して地上に戻ったという諏訪地方の伝説の人物。その名をそのまま冠する彼が登場した時には、彼と初めて出会った柳田同様、偽名(あるいはファンサービス)と思ったものですが……

 しかしここで描かれる三郎変生は、まさしく伝説のそれに重なるもの。そしてその陰惨極まりない過去の物語を見れば、三郎が八雲に接する時に見せる冷たさ、敬意、同情――それらが入り混じったような表情の淵源がわかるというものです。

 そしてもう一つ注目すべきは、彼との出会いが、柳田をして日本近代化のための手段に気づかせたことでしょう。
 民俗学三部作に共通する柳田の立ち位置――異界に心惹かれながらも近代化のための「神殺し」たらんとする柳田の誕生を描くこのエピソードは、柳田が陰の主役であり、本作の未来に位置するシリーズ第一作『北神伝綺』へと円環を描いたと感じられます。

 幸いにも本作は今後も新作の発表が予定されているとのこと。次なる物語に触れるのがいつの日かわかりませんが――過去と未来の繋がりの一端が描かれた本作の広がりを楽しみに待ちたいと思います。


『八雲百怪』第4巻(森美夏&大塚英志 角川書店) Amazon
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2017.11.30

小山春夫『長編時代漫画 甲賀忍法帖』 ある意味夢の組み合わせ!? 最初の漫画版

 山田風太郎の記念すべき忍法帖第一作『甲賀忍法帖』の漫画版といえば、やはりせがわまさき『バジリスク』が思い浮かびますが、本作はその実に40年前、原作発表の5年後に刊行された最初の漫画版――後に白土三平の赤目プロの大番頭となる名手・小山春夫作画による作品であります。

 大御所家康が、徳川三代将軍を竹千代と国千代のどちらにするかを選ぶため、伊賀と甲賀それぞれ十人の代表を最後の一人まで殺し合わさせた忍法勝負――既にあまりに有名となったこの『甲賀忍法帖』。
 50年代末から60年代初頭にかけて、この『甲賀忍法帖』を含む数々の名作によりブームとなった忍者小説ですが、その影響を受け、僅かに遅れて忍者漫画ブームもまた始まることとなりました。

 その火付け役の一つである『伊賀の影丸』に『甲賀忍法帖』の影響が極めて濃厚であることは以前触れましたが、考えてみれば、それほどの作品自体が漫画化されていないはずはありません。というわけで貸本出版社から刊行された全3巻の漫画版が本作であります。

 作画を担当したのは小山春夫――冒頭に触れたように、後に白土三平の下で大活躍した漫画家ですが、赤目プロに加わるのは本作の翌年の話。
 本作の時点では、白土三平フォロワーの一人であったわけですが、やはり忍者漫画ブームの火付け役である『忍者武芸帳』の白土三平の影響を濃厚に受けた作家が、『甲賀忍法帖』を漫画化するというのは、ある意味夢の組み合わせと言えるかもしれません。

 そう、この漫画版に登場する甲賀伊賀の代表選手たちは(作者の妻である小山弘子が担当した朧とお胡夷を除き)実に白土タッチのキャラクター。
 白土画で山風忍法帖を見てみたい、というのは誰でも考えるのではないかと思いますが、まさにそれが実現した(というかそれを狙ったのでしょう)企画と言えます。

 ちなみに上で述べたように小山春夫の手によらない二人は、他の登場人物とはかなり異なる絵柄なのですが――それが二人のキャラを際立たせることになっているのが面白い。
 特にお胡夷は、原作とはある意味全く正反対の幼女めいたビジュアル。これであの忍法と使うのは、逆に凄惨なものを感じさせて印象に残ります。

 閑話休題、もちろん画風だけでなく、その動かし方、漫画としての面白さも本作はお見事の一言。
 特に冒頭の将監対夜叉丸の対決は、原作同様、忍者同士の死闘を描く物語の導入部として素晴らしい出来映えで、実に50年以上前の作品であっても今読んで十分に面白いのは、(原作の面白さはもちろん)この画の力によるものであることは間違いありません。


 そんな本作ですが、残念な点はあります。それは後半の展開があまりに駆け足であること――以下のように、全3巻と原作の内容を比較してみれば一目瞭然であります。

第1巻:地虫十兵衛の最期まで(角川文庫版P78まで)
第2巻:伊賀に潜入した如月の変身が暴かれるまで(同P143まで)
第3巻:結末(同P298まで)

 第3巻だけでほぼ全体の半分を消化しているわけで、第2巻までの内容がほぼ原作に忠実であっただけに実に勿体ない。
 おかげで豹馬・刑部・陽炎・天膳・雨夜・小四郎・赤まむし(って誰!? と思いきや朱絹の代替であります)は、原作とは全く異なる形で作品から退場することになります。

 特に対象が少年向けであったのか、性に関する描写が軒並みオミットされているため、陽炎などは忍法の内容も「死の間際に息が猛毒になる」と大きな改変となっているのは、これは仕方ないと言うべきか残念と言うべきか……
 上記のような分量の問題も、あるいはこの辺りの描写の変更を踏まえてのものであったのかもしれません。


 と、大事なことに触れるのを忘れていました。本作には原作と大きく異なる点が一つあります。実は、本作においては、何のための甲賀伊賀の戦いであるかを、弦之介も朧も、最後の最後まで知らないのであります。

 それゆえ本作のラストの
「いったいわれらはなんのためにたたかったのか………それさえもわかってはおらぬ……だがもうよい すべてはおわった………」
という弦之介の言葉が実に突き刺さります。
 この点、ささいなようでいて、物語の無常さをさらに高める、見事な改変と言えるのではないでしょうか。

 もう一つの『甲賀忍法帖』として、漫画版『甲賀忍法帖』の先駆として、大きな価値を持つ作品であります。


『長編時代漫画 甲賀忍法帖』(小山春夫&山田風太郎 アップルBOXクリエート) Amazon
長編時代漫画 甲賀忍法帖

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2017.11.28

『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』 少年の冒険と「物語」の力、生きる意味

 三味線の音で折り紙に命を与える力を持つ少年・クボ。彼は幼い頃邪悪な魔力を持つ祖父・月の帝に片目と父を奪われ、母と隠れ住んでいた。しかしついに追っ手からクボを守って母も散り、クボは祖父を倒す力を持つ三つの武具を求める旅に出る。命を得た木彫りのサルと、クワガタの侍をお供にして……

 公開前から絶賛の声を聞いていた『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』を観て参りました。
 本作の製作はストップモーション・アニメで知られるスタジオライカ。それだけに、驚くほど精巧に作られた世界の美しさと、とそこで生き生きと動き回るキャラクターたちの姿がまず印象に残ります。

 巨大な波が荒れ狂う夜の海を小舟が行く様を描く冒頭だけで引き込まれますが、それに続く、成長したクボが、村の人々を前にして三味線をかき鳴らすシーンが抜群にいい。
 彼の三味線に合わせ、宙に舞った折り紙がひとりでに形をなし、自由自在に宙を舞って波瀾万丈な冒険物語を描き始める――という心躍るシーンを見せられば、後はもう作品世界に魂を奪われるほかありません。

 本作はこの後、雪原や洞窟、水底から荒れ果てた城に至るまで様々な世界を駆け巡ることになるのですが――しかし面白いのは、これらのシーンにも、日常感に溢れた村のシーンと同様の不思議なリアリティがあり、絵空事としての違和感を感じさせない点でしょう。
 本作の全編を貫いているのは、キャラクターや登場する事物の不思議な存在感――喋るサルやクワガタの侍などという奇妙な連中ですら当たり前に受け容れられる、どこか民話的な世界観なのであります。おそらくはこれこそが、呆れるほどの手間暇をかけて作り上げた映像の力と言うべきなのでしょう。

 ちなみに違和感といえば、本作においては、「外国人が描いた日本」という違和感をほとんど感じさせないのに驚かされます。
 もちろん、全くツッコミどころがないわけではないのですが、少々のことは民話的なファンタジー、あるいは歌舞伎的な世界観のデフォルメということで受け容れられてしまうのは、本作のビジュアル設計の勝利と言えるのではないでしょうか。


 と――ビジュアル面にばかりまず触れましたが、本作の真に優れた点は、その「物語」とそれに対する意味づけにあります。
 自分から片目を、そして父と母を奪った月の帝に抗することができると言われる三つの宝物を求めて旅立つクボ。彼が繰り広げる冒険は、遙か昔から語られる、宝物を求めて遍歴する英雄のそれと重なるものがあります。

 そしてクボにとってその英雄とは、やはり三つの宝物を求めたいう己の父にほかなりません。実に彼が村人たちの前で語るのは、その父を主人公とした冒険の物語なのですから。
 しかし、その物語の結末をクボが語ることはありません。それは父の旅の終わりを彼が知らないことに因るものですが――同時にそれは、その冒険が彼自身のものでない、借り物の物語であるから、とも言えるでしょう。

 そして本作は、父と同じ目的で冒険をする中で、クボが自分自身の「物語」を、その結末を見出す物語でもあります。
 父の「物語」、結末を知らない「物語」を語ってきた少年が、それを受け継いだ末に、自分の「物語」とその結末を手にする――それは言い換えれば、彼が父の人生を追いかけるだけでなく、自分自身の人生を手にしたということでしょう。

 このような冒険譚の姿を借りた少年の成長物語というだけでも胸に迫るものがありますが、しかし本作はそれにとどまりません。
 本作のクライマックスで描かれるある情景(それが何と日本的なものであることか!)、そしてそこで示される本作のタイトルの意味は、この世にある究極の「物語」の存在を、これ以上なく明確に、そして途方もなく美しく描き出すのです。

 この辺りの展開については、作品の核心であるために詳しく語れないのがもどかしいのですが――人が生を受け、その生を生き抜き、そして次の世代に繋いでいくことと、これまで連綿と続いてきた「物語」を受け継ぎ、その先に己の「物語」を語ることを等しいものとして語ってくれるのが何よりも嬉しい。
 そこにあるのはまぎれもなく「物語」の力であり、そして同時に、人の生に価値あることの証明なのですから。


 素晴らしいビジュアルと魅力的なキャラクター、胸躍り胸締め付けられるストーリー、その中の日本的な――いや、きっと世界中の誰の胸にも届くであろう情感。そしてそれらを重ねた末に浮かび上がる「物語」の力と人生の意味を描き切った本作。

 上映館が多くないのがあまりにも口惜しいのですが、機会があれば、いや機会を作って必ずご覧いただきたい名品であります。



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2017.11.27

DOUBLE-S『イサック』第1巻・第2巻 恩と仇討ちを背負った日本人、三十年戦争を行く

 17世紀にヨーロッパ諸国を巻き込んで繰り広げられた三十年戦争。その戦場に、日本から海を渡ってやってきた「銃士」がいた――そんな刺激的な物語が、端正かつ迫力ある画で描かれる歴史漫画であります。

 時は1620年9月、プロテスタント諸国とカトリック諸国の激突の最前線である要衝・フックスブルク城にただ一人現れた東洋人傭兵。
 城攻めの悪魔と称されるスピノラ将軍率いる九千のスペイン軍に恐れをなして他の傭兵たちが逃げ去った中にただ一人残った彼は、イサックと名乗り、城将たるフリードリヒ五世の弟・ハインリッヒの軍に加わることになります。

 そしてスピノラの軍の総攻撃が始まった絶望的な状況の中、イサックは一瞬の勝機を狙い、思わぬ行動に出るのですが……


 正式な呼び名があるのかは存じ上げませんが、「海を渡った日本人武士」もの、とでも呼ぶべき作品は以前から存在します。

 鳥海永行『球形のフィグリド』、佐藤賢一『ジャガーになった男』、新宮正春『ゼーランジャ城の侍』……
 これらはいずれも小説ですが、日本人のメンタリティを持ったキャラが異郷で戦う意外性、そしてそんな孤独な戦いを続ける男たちの背負うドラマが、こうした作品の人気の源と言えるかもしれません。

 そして本作もまさしくそんな物語の一つであります。
 寡黙ながら超凄腕のスナイパーであり、そして「恩」と「仇討ち」を行動原理として動く男・イサックが、三十年戦争初期の動乱の中、長大な銃一つを頼りに生き抜く物語とくれば、気にならないわけがありません。

 上に述べたスピノラ軍との対決の後も、スペイン王太子アルフォンソ率いる一万五千の大軍を、城の傭兵隊が去り、自らも深手を負った身で迎え撃つなど、絶望的な状況を次々とひっくり返していく彼の活躍は、なかなかに痛快であります。

 しかしそんな腕利きの彼が、故国から遠く離れた異郷で戦いに加わっているのは何故か? というのは読者として当然の興味ですが、こちらも面白い。
 銃職人である彼の親方を殺し、彼の手にあるものと対になる銃を奪った男・ロレンツォ――日本を捨て、傭兵となった仇を追い、イサックもまた、傭兵となったのであります。

 彼らの過去に何があったのか、それはまだ完全には描かれていませんが、第2巻のラストで対峙したロレンツォの口からは意味深な言葉が残されており、この辺りのドラマも気になるところではあります。


 もっとも、正直なことをいえば、第1巻の時点では興味深いは興味深いものの、物語の進行スピードが若干遅く感じられ、どうかなあ――と思わされたところはあった本作。
 しかし第2巻に入って早々の大乱戦や、宿敵ロレンツォの登場と、物語も大きく動き出し、この先の展開が楽しみになってきました。

 何よりも、三十年戦争という、我々には今一つ馴染みの薄い史実を、この先イサックの存在を通して如何に描くのか――これは大いに気になるところではあります。
(ちなみに本作、実は第1話の時点で史実と大きく異なる部分があったのですが、それを後で軌道修正する力業が楽しい)

 次から次へと、ギリギリの戦場に放り込まれることになるイサック。史実通りであれば、この先も大変な展開が待ちかまえているはずですが――その中で彼が「恩」を貫き、「仇討ち」を果たすことができるのか。
 第2巻ラストも大ピンチで終わった本作、次巻が気になるところであります。


『イサック』(DOUBLE-S&真刈信二 講談社アフタヌーンKC) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon
イサック(1) (アフタヌーンKC)イサック(2) (アフタヌーンKC)

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2017.11.25

上条明峰『小林少年と不逞の怪人』第1巻 二十面相、人の中の「闇」を追う

 著作権の保護期間が終了したということもあってか、この数年に様々なアレンジで発表された江戸川乱歩作品。その中に、このブログ的には『SAMURAI DEEPER KYO』の作者である上条明峰の作品が加わりました。大正時代を舞台に、小林少年と、怪人二十面相こと明智小五郎が怪事件に挑む連作であります。

 時は大正、大胆不敵な手口で次々と盗みを重ね、そしてその過程で無数の警察官らの命を奪った恐れられる怪人二十面相。
 ただ一人その謎を追ってきた小林少年は、D坂の喫茶白梅軒で時間を潰す高等遊民の青年こそが怪人二十面相と確信し、彼を問い詰めるのですが――相手は馬耳東風、その間にD坂の古本屋の様子がおかしいことに気づき、二人で様子を見に行ってみればそこには!

 というのは本作の第1エピソード「D坂の殺人事件」の導入部。小林少年と怪人二十面相という存在を除けば、ベースとなった同名小説を踏まえた内容であります。

 果たして古本屋の女房が無惨な姿で殺害されているのを発見し、警察はあてにならないと独自に探索を開始する二人。
 着ていた着物の柄のために当の小林少年が容疑者扱いされたり(原典のアレであります)という展開はあったものの、怪人二十面相の活躍により事件は解決、半ばなし崩し的にそのままコンビを組むことになった小林少年に名を問われた怪人二十面相は答えます。「明智小五郎」と……


 かくて、「小林少年」と怪人二十面相=明智小五郎という意表を突いたバディを主人公に展開していく本作。この第1」巻の後半には、D坂とは一種の姉妹編とも言うべき「心理試験」が収録されております。

 どちらのエピソードも、基本的な物語設定や謎の所在は原典から大きく変わるところはありませんが――ここに主人公コンビという異質の存在が加わることにより、物語の様相は大きく変わっていくことになります。

 元々どちらの作品も原典では明智小五郎ものではありますが、小五郎自体はある意味脇役。そして小林少年も二十面相も、どちらの作品にも登場していないキャラクターであります。
 さらに本作の二十面相は(まだまだ謎は非常に多いものの)、己の中に深い「闇」を抱えると同時に、他の人間の「闇」の存在にも興味を抱く人物。

 その二十面相の目に、これらの事件の犯人の姿がどう映るのか――それが本作の大きなアレンジ点であり、そして肝であることは間違いありません。


 が、実のところこの点についてはどうかなあ――という印象。作中で描写される二つの事件の犯人たちの「闇」が、どうにも浅いものに見えてしまうというのが残念なところであります。

 これは一つには、彼らよりも遙かに深い「闇」を持つという設定の二十面相がいるため、それ以上の「闇」を持たせられないという構造的な理由があるかとは思いますが――しかし、ここでの「闇」の描写は、それでも類型的な描写に留まっていると言わざる得ません。

 類型的といえば、俺様な二十面相と、彼に振り回される生真面目な小林少年というシチュエーションも、どこかで見たような気もしますが、これはむしろ作者の味ということで歓迎すべきものと言うべきなのでしょう。

 いずれにせよ、この第1巻の時点では、いささか厳しい評価になってしまうのですが、しかしその一方で、原典のアレンジという点では本作には見るべき点も少なくありません。

 特に「心理試験」のクライマックスの心理試験のビジュアル化は効果的ですし(原典よりも被疑者が増えているのもいい)、二段三段の皮肉なオチも印象に残るものでありました。
 原典の活かし方も、小林少年の父親に、D坂の原典に登場した「当時の名探偵という噂の高かった小林刑事」を持ってくるなど、おっと思わされる点も少なくないのです。


 これら現時点の長所短所をいかに摺り合わせて、原典に新たな魅力を生み出してみせるのか。それはもちろん、この11月末にスタートする連載を見てみなければわからないのですが――しかし個人的には、この先の試みに期待したいと思っているところではあります。


『小林少年と不逞の怪人』第1巻(上条明峰&江戸川乱歩 講談社ヤングマガジンコミックス) Amazon
小林少年と不逞の怪人(1) (ヤングマガジンコミックス)

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