2019.01.16

張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第1巻 怪異とギャグと絆が甦らせる新しい古典の姿


 4世紀に東晋の学者・干宝が著した怪談・奇談集である『捜神記』。その名を副題に関する本作は、その『捜神記』をモチーフに、一人の妖狐とその周囲の妖怪・神仙と人々の姿を、時にコミカルに、時にシリアスに、時に感動的に描く、風変わりな連作集であります。

 中国は晋の時代(3世紀頃)、役人の張華を訪ねてきた美しい書生・廣天。博学で知られる張華も到底及ばぬ知識を持つ廣天を、張華の友人・孔章は妖怪ではないかと疑うのですが――果たして廣天の正体は、千年を生きた狐でありました。
 犬をけしかけても正体を現さない廣天に対し、千年生きた木を燃やせば妖怪が正体を現すと知った孔章は、燕昭王の墓地に立つ華表(柱)が千年を経た木を用いたものだと知り、切りに行くのですが……

 この冒頭のエピソードは、第18回MFコミック大賞を受賞し、本書には第0話「張茂先、狐と会う事」として収録されているもの。そしてこのあらすじ自体は『捜神記』の「張華擒狐魅」とほぼ同じ内容でありますが――しかし実際の作品を読んでみれば、その印象は大きく異なります。
 ……というのもこのエピソードに限らず、本作の基本的なトーンは実にコミカル。大いに真面目な話をしているはずが、ちょっとしたところにギャグが入り、それがまたテンポよく実におかしいのです。
(冒頭、狐姿の廣天が禹歩だか反閇を踏むシーンだけで爆笑であります)

 しかし本作は古典を忠実に漫画化しただけのものでなければ、それをギャグにしただけのものでもありません。そんな本作の独自性は、この第0話によく現れています。

 これは物語の内容を明かしてしまって恐縮ですが、原典の結末では、華表を燃やした火に照らされて正体を現した狐はそのまま殺されてしまいます。
 しかし本作は原典とはある意味全く逆の結末を迎えることになります。そこにあるのは人間と妖怪の対立ではなく、むしろ人間と妖怪の間に生まれた絆の姿をなのですから……
(まあ、とんでもないギャグも描いているのですが)


 そしてこれ以降、張華が往古の物語から怪異を――なかんずく狐の怪異を集めたという態で描かれる物語も、原典を踏まえつつも、ギャグと、そして人と妖怪の絆を陰に陽に描いていくこととなります。
(それにしても、中国の怪異譚のどこかすっとぼけた味わいは、ギャグとの相性が実にいいと今更ながら感心)

 三国時代の琅邪王・孫休に召された道士の物語、漢の時代に冥府の使いと出会った漁師の物語、宿屋に現れ人を殺す妖怪と対峙した豪傑の物語、奇怪な獣を産んだ皇帝の男妾の物語、漢の時代に狐に魅せられて軍を脱走した青年の物語……
 もちろんギャグによってうまく中和されている部分はあるものの、ここで描かれるのは、人と妖怪の関係性が決してネガティブなものに留まらないということであり――そしてそれは人と人との関係性と変わるものではないことすら、本作は描き出すのであります。

 そして最後の物語――もう一度張華の時代に戻って語られる物語においては、さらにその先が描かれることとなります。
 その物語とは、廣天自身の物語。そこに浮かび上がるのは、これまで狂言回し的に多くの物語に顔を出していた廣天の想いであり、そして何よりも、何が人と妖怪を分かつのか――その答えの一端であります。

 正直に申し上げれば、軽みのある絵柄と物語展開から、ここまで描かれるとは思ってもみなかった――というのはこちらの不明を恥じるばかりですが、いやはや嬉しい驚きであります。


 そしてこの第1巻のラストでは、ほとんどオールスターキャストで物語が展開し、一応の大団円を見るのですが――しかしこの先も物語はまだまだ、それも思わぬ方向に続いていく様子。
 怪異とギャグと絆と――古典を踏まえながらも、この先もまだまだ新しく刺激的な物語を見せてもらえそうであります。


『千年狐 干宝「捜神記」より』第1巻(張六郎 KADOKAWA MFコミックスフラッパーシリーズ) Amazon
千年狐 一 ~干宝「捜神記」より~ (MFコミックス フラッパーシリーズ)

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2019.01.15

「コミック乱ツインズ」2019年2月号


 今年初の「コミック乱ツインズ」誌、2019年2月号であります。表紙は『用心棒稼業』、巻頭カラーは『そば屋幻庵』――今回も印象に残った作品を一つずつ紹介いたします。

『そば屋幻庵』(かどたひろし&梶研吾)
 というわけで、『勘定吟味役異聞』がお休みの間、三号連続で掲載の本作。ある晩、幻庵の屋台の隣にやってきた天ぷら屋兄弟の屋台。旨いそば屋の横で商いすると天ぷら屋も繁盛すると商売を始めた二人ですが、やって来た客たちは天ぷら蕎麦にして食べ始め、幻庵の蕎麦の味つけが天ぷらに合わないと文句を付け始めて……

 もちろんこの騒動には黒幕が、というわけなのですが、それに対する幻庵の親爺こと玄太郎の切り返しが実にいい。「もう食べる前から旨いに決まっている!!」という登場人物の台詞に、心から共感であります。


『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明)
 今回から新展開、本家から失われた初代・大橋宗桂の棋譜集を求めて、長崎に向かった宗桂。追いかけてきた平賀源内の口利きで、その棋譜集の今の持ち主であるオランダ商館長・イサークと対面した宗桂ですが、イサークは将棋勝負で勝てば返してやると……

 というわけで、ゲーム漫画ではある意味お馴染みの展開の今回。表紙で薔薇の花を手にしているイサークを見て感じた悪い予感通り、彼がオネエで宗桂の体を狙ってくる――という展開は本当にどうかと思いましたが、イサークの意外な強豪っぷりは、漫画的な設定でなかなか楽しい。
 何よりも、将棋に慣れていないというイサークが要求した八方桂(桂馬が前だけでなく八方向に桂馬飛びできる)という特殊なルールを活かしたバトルは、本作ならではの新鮮な面白さがあり、これなら源内も満足(?)。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 「梅安迷い箸」の後編。料理茶屋での梅安の仕掛けを目撃しながらも、偽りの証言で結果的に梅安を救った女中・おとき。彼女の口を封じるか迷った梅安は、医者の方の仕事で、彼女の弟を治療することになるのですが……
 と、完璧に針のムシロの状況のおとき。すでに梅安の方は彼女を見逃すことに決めていたわけですが、そうとは知らぬ彼女にはもう同情するほかありません。(自分と)梅安のことを邪魔する奴は殺すマンとなった彦さんも久々に裏の住人っぽい顔をしているし。

 結末は梅安の私的制裁ではないか――という気もしますが、梅安・おとき・彦さんの微妙な(?)すれ違いがなかなか面白くもほろ苦いエピソードでした。


『カムヤライド』(久正人)
 連載1周年の今回も、主人公はヤマトタケル状態、謎の男・ウズメとの死闘の最中に彼が思い出すのは、熊襲平定軍の副官となった武人・ウナテのことであります。自分以外の皇子はほとんど皆敵の状態で、仲の悪い兄に仕えるウナテのことを疑っていたタケルですが……

 第1話で土蜘蛛と化したクマソタケルに惨殺された兵たちにこんなドラマが!? という印象ですが、しかしウズメの奥の手の前にはそんな感傷も効果なし。ひとまず水入りとなった戦いですが、タケルにはまだ秘められた力が――?
 ウズメの求めるものも仄めかされましたが、これはもしかして巨大ヒーローものにもなるのでは、と妄想を逞しくしてしまうのでした。


『用心棒稼業』(やまさき拓味)
 今回の主人公は、本誌の表紙を飾った仇討浪人の海坂坐望。兄の仇を討ち、その遺児・みかんを連れて故郷に帰ってきた坐望ですが、そこはみかんにとっても故郷であります。
 彼女と別れ、実家に帰った坐望を待っていたのは、彼とは絵のタッチまで違うぼんやりした顔立ちの妹婿。既に居場所はなくなった実家に背を向けて旅に出ようとする坐望ですが、義弟の思わぬ噂を聞きつけて……

 片田舎が舞台となることが多い印象の本作ですが、久々に賑やかな町の風情が描かれる(坐望の若き日の放蕩ぶりがうかがわれるのが愉快。張り合おうとする雷音も)今回。しかしそこでも待ち受けるのは憂き世のしがらみと悪党であります。降りしきる雪の中、無音で繰り広げられる大殺陣の最中、終始憂い顔の坐望の姿が印象に残るエピソードでした。

 物語的にはあまり生かされているとは思えなかったみかんも今回で退場か、と思われましたが――しかし彼女の存在は、全てをなくした坐望にとっては一つの希望と考えるべきなのでしょう。


「コミック乱ツインズ」2019年2月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年2月号 [雑誌]


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2019.01.12

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第14巻 死闘の中に浮かぶ柱二人の過去と現在


 アニメもこの春からスタート、連載中の本編の方も決戦に突入と追い風に乗りまくる本作。この単行本最新巻では、刀鍛冶の里編がいよいよクライマックスに突入、前巻では炭治郎と玄弥の同期コンビが奮戦しましたが、この巻では二人の柱がついにその真の力を見せることになります。

 鬼殺隊の日輪刀を打つ刀鍛冶の里の位置を突き止め、襲撃してきた上弦の伍・玉壺と上弦の肆・半天狗。偶然里に居合わせた炭治郎・玄弥・禰豆子と、霞柱の無一郎は迎撃に向かうものの、やはり上弦の名は伊達ではありません。
 一見非力な老人のような外見ながら、四体もの分身を創り出した半天狗に苦しめられる炭治郎たち。一方、謎の刀を研ぐことに没頭する鋼鐵塚らを襲う玉壺に立ち向かった無一郎ですが、脱出不能の水玉・水獄鉢に閉じ込められて絶体絶命のピンチに……


 この刀鍛治の里編の冒頭で、その無神経とも冷徹とも傲慢とも言うべきキャラクターをいきなり披露し、あの炭治郎をして妹絡み以外で反感を抱かせた無一郎。
 しかしその一方で、彼には記憶の欠落――それもリアルタイムでの――があることが折に触れて描かれ、その過去には相当複雑なものがあることがほのめかされてきました。

 そして今回、玉壺戦の中で描かれる――彼が思い出す――過去は、予想通り凄絶極まりないもの。彼が柱となるまでに何があったのか、いや何を失ってきたのか――その痛切な物語が、実に本作らしい形で、容赦なく描かれることになります。
 しかしそこにあるのは、喪失の物語だけではありません。同時に描かれるのは再生の物語――過去と直面し、失われた記憶を甦らせた無一郎が、ついに全き人間として立つ姿は、この巻最高の名場面であることは間違いありません。
(特に彼の名前に込められたものが語られるシーンはただ涙……)

 これはこれまで何度も何度も繰り返してきたことではありますが、本作はキャラクターの――ほとんどの場合ネガティブな――第一印象を、その過去を描くことによって一気にひっくり返してみせるのが非常に巧みな作品であります。
 それはこちらも十分承知していたはずですが、しかし今回もしてやられた――と、もちろん大喜びしながらひっくり返った次第であります。
(そしてそんなシリアスなシーンの直後に、すっとぼけたギャグを投入してくる呼吸にも脱帽)


 そして後半に描かれるのはもう一人の柱、恋柱・甘露寺蜜璃。半天狗の四分身が合体して登場した第五の分身・憎珀天に圧倒される炭治郎たちの前に駆けつけた蜜璃は、たちまち柱の力を発揮して彼らの窮地を救うのですが――しかし分身といえども、攻撃力的には憎珀天は実質半天狗の本体であります。
 一瞬の隙を突かれ、憎珀天の攻撃をまともに食らった蜜璃は……

 と、この巻の表紙で笑顔で決めている蜜璃ですが、ビジュアル的にも、「恋」という謎の呼吸法的にも、そしてゆるふわなキャラ造形も、本作では明らかに異質なキャラクター(この巻のおまけページでもその面白キャラぶりはたっぷりと……)。
 一歩間違えれば賑やかしの色物になりかねないところですが――そんな読者の目をエピソード一つで変えてみせるのが、やはり本作の恐ろしいところであります。

 大ダメージを受けた彼女の走馬燈の形で描かれる回想――そこで描かれるものは、他の登場人物とは少々違う形ながら、やはり自分が自分として生きることができる場を求めて、鬼殺隊にたどり着いた者の真摯な姿にほかなりません。
 それは無一郎のそれとはあまりにベクトルの違うものではありますが、己の過去を背負い、それを乗り越えるべく懸命な者の姿を描いて、こちらの心を大いに揺り動かすのであります。


 さて、柱二人が奮起したとあれば、炭治郎たちも負けているわけにはいきません。蜜璃の援護の下、半天狗の本体を追う炭治郎たちですが――あまりのしぶとさに玄弥がブチ切れるほどの半天狗を倒すことができるのか。
 かなり長きに渡ってきた戦いだけに、そろそろ決着といってほしいものであります。


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2019.01.11

『どろろ』 第一話「醍醐の巻」

 領地の繁栄と己の栄達のため、地獄堂に祀られた12体の鬼神と取り引きした醍醐景光。その代償に体中の各部位を奪われた景光の子は、川に流されて何処かへ姿を消す。それから16年後、盗みで暮らしを立てていた子供・どろろは、怪物に襲われたところを人形のような外見の少年に助けられるが……

 というわけで、この1月からスタートした手塚治虫原作の妖怪時代劇『どろろ』アニメ版。これまで様々な形でリメイクされてきた原作を、今どのようにアニメ化するのか――第1話の時点では、想像以上に手堅い印象です。

 時は戦国――加賀国守護職・富樫政親(実在。ということは15世紀後半か)に仕える武士・醍醐景光は、初の子が生まれようとするその時、地獄堂なる恐ろしげな堂宇を訪れるのでした。「外道に落ちる」「この先待つのは地獄」と止める上人を、「もう落ちている」「地獄とはこの世のことよ」とありがちなことを言いながらバッサリ切り捨て、中に祀られた奇怪な鬼神像に取引を持ちかける景光。困窮する領土を救い、自分に天下を取らせれば、自分の持つ好きなものを何でもやろうと彼が語った時……
 地獄堂に、そして景光の屋敷に落ちる激しい雷。まさにその時、景光の妻・縫の方が産み落とした赤子は、雷が止んでみれば、顔の皮膚をはじめ、目も鼻も手足もない、無惨な姿となっていたのです。周囲の者たちが驚き怯え、そして悲しむ中、ただ一人哄笑するのは景光。そう、この赤子の姿こそは、彼と鬼神の契約が成った証なのですから。

 もはや赤子に興味をなくした景光は、乳母に捨ててくるように命じるのですが――思いとどまった乳母により、殺される代わりに小舟に乗せて流される赤子。その直後に現れた妖怪によって乳母が食い殺されたため、赤子の生存を知る者は誰一人いなくなったのでした。その場を通りかかって妖怪を一刀の下に切り捨て、そして流れ去る小舟を見送った(見送るのか)、琵琶法師のほかは……

 そしてそれから16年後、賑やかな口上で道行く人を呼び止めては、様々な物を売りつけようとするのは、まだ幼い子供――名はどろろ。しかし彼が売っていたのは人足たちが運んでいた荷物、どうやらこれまでも同様のことをやらかしていた様子です。
 追いかけてきた人足たちを身軽に振り切り、一度は逃げ切ったかに見えたどろろですが、河原で出会った野良の子犬に情をかけたばっかりに、人足たちに捕まり、袋叩きにあう羽目に。それでもまあ、ボコボコにするくらいで見逃そうとした人足に対して、石をぶつけて目を潰したりするもんだから、ついに本気で簀巻きにされて殺されそうに……

 と、その時、傍らの古ぼけた橋の上に立つ一人の少年。およそ生気の感じられない不気味な彼に声をかける人足たちですが、少年が見ているのは、自分たちの後ろだとどろろは気づきます。その後ろにあったのは、川から流れてきた泥ともゴミともつかぬものの塊――が、それが突然立ち上がり、腕を伸ばして人足たちに襲いかかった!
 次々に泥に飲まれていく人足たちに続き、怪物――泥鬼に捕まったどろろ。そこを、己の腕を引き抜き、仕込まれた刃でもって少年が泥鬼を斬って救い出します。そしてどろろ以上に身軽な動きで泥鬼を翻弄し、橋の上に誘き寄せながら橋に切りつける少年。泥鬼の重みも相まって橋は崩れ去り、泥鬼は橋の下敷きとなって生き絶えるのでした。

 命の恩人である少年に喜び勇んで飛びつくどろろ。しかし少年はその前で突如苦しみだします。少年の顔から落ちる精巧な面。その下の顔は生皮を剥がれたような無惨なもの――と思いきや、少年の顔は瞬く間に皮膚で覆われるのでありました。
 時を同じくして、何かを察知して地獄堂に向かった景光が見たものは、真っ二つにされた鬼神像の一体。一方、彼の屋敷では、五体満足な景光の息子・多宝丸を前に、縫の方は16年前のあの日を思い出していたのでした。そしてもう一人、打ち捨てられた死体に、失った手足や顔を付けて弔っているという医者・寿海は、何かを案じるように「百鬼丸……」と呟いて……


 と、一話の中に基本設定からメインどころのキャラクターの顔見せまでソツなく織り込んでみせた今回(百鬼丸が何者か、妖怪を倒したら何故皮膚が甦ったかは明確に語られませんが、それは一目瞭然でしょう)。
 ビジュアル的にはキャラクター原案の浅田弘幸のタッチがはっきり現れた百鬼丸が印象的で、彼の目には周囲が暗視ビジョンのように見えるという演出もなかなか面白いところ。アクションもかなりよく動いていましたが、これはまあ、第1話だからかなあ……

 何はともあれ、魔物の数が12という手頃な数に変わったこともあり、原作を踏まえつつ本作ならではのものをどう見せてくれるか――それが見所と言うべきでしょうか。



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2019.01.07

原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第12巻 信長の仮面が外れる時!


 父・信秀亡き後ついに織田家の当主の座に就いた信長。しかし織田家の内情は四分五裂、さらに大国・今川の脅威が目前に迫る中、まさに内憂外患であります。そんな中、今川家と結び、叛旗を翻した清洲城小守護代・坂井大膳との戦いの中で、ついに信長の仮面の下の素顔が明らかに……

 父・山口教継ともども今川に寝返り、尾張切り取りを狙った山口教吉と赤塚で激突し、倍近い戦力差でありながら互角以上に戦って見せた信長。しかし尾張の内乱はうち続き、今度は坂井大膳が織田彦五郎・坂井甚介・織田三位・川尻左馬丞らとともに信長方の松葉城・深田城を落として信長の叔父たちを人質に取ることになります。

 しかしそれこそは信長の思う壺。腹心の武羅衆とともに立ち上がった信長は、爺こと平手政秀から彼の愛馬・鬼葦毛を譲られると、勇躍戦場に向かうのですが――しかしそこに、信長の弟・信行派である柴田勝家が、信長の真価を見極めるために加わることになります。
 そして疾風迅雷の勢いで清洲に迫る信長軍は、慌てふためいて清洲から打って出た坂井甚介と萱津で激突することに……


 というわけで、前巻の赤塚の戦いに続き、この巻で描かれるのは萱津の戦い――と、以前の派手な展開が嘘のように、マイナーな戦いが続く本作。もちろん、桶狭間以前の信長の戦いとしてそれなりの位置づけがあるのは間違いありませんが、それにしても――と驚かされます。

 しかし本作ならではの位置づけが、この戦いには成されているのであります。それは作中で沢彦が語るように、尾張衆に初めて信長の仮面――うつけの仮面の下の素顔を見せる戦いであること。
 内憂外患の中で潰されることを避けるため、父の、爺の、そして信長自身の深謀遠慮によって、うつけの仮面の下に秘め隠してきた英傑としての素顔が、ここで初めて明かされるのであります。

 ……いや、読者にとっては物語開始当初から散々素顔を見てきたわけで、その意味では新鮮味はありません。しかしここで素晴らしいリアクションを見せる男がいます。
 そう、それこそが柴田勝家――上で述べたように反信長派でありながら、史実の上でもこの萱津の戦いに加わった勝家が、ここで信長の素顔を目の当たりにするのです。

 本作ではある意味珍しく史実から受けるイメージ通りの、髭面の豪傑肌の人物である勝家。そのいわゆる「いくさ人」である彼が、戦場で何を見ることになるのか――その瞬間の描写が、実に作者らしく気持ちがいい。
 信長軍が使ったことで有名な長槍を使って切り開いた道を駆け抜ける信長と勝家。そこでの信長のある行動、ある表情を見た勝家が、一瞬にして信長の真実を悟る場面が、この巻のクライマックスであることは間違いありません。
(そして勝家が、それとほぼ同時に信長の本質――それも意外で、かつどこか納得させられるそれを見抜くのも実にいいのです)

 正直なところ、悪役・敵役(この巻でいえば甚介)がほとんど人外のビジュアルと言動なのは相変わらずどうかと思いますが、しかしその一方で描かれる信長たち英雄豪傑の姿は痛快で、この辺りの魅せ方はさすがというべきでしょう。


 しかし、この戦いで信長の素顔を知ったのは、尾張の者だけではありません。美濃の蝮・斎藤道三もこの戦いの結果から、そして信長にすっかり心酔した感もある光秀の言から、ついに動き出す決意を固めることになります。
 一歩間違えれば信長の、尾張の絶体絶命の危機となりかねぬこの事態に、爺こと平手政秀はある決意を固めて……

 というところでこの巻は終わり。なるほどこの史実をこう描くか! と驚かされますが、その影響は、その波紋はこれから描かれることになります。さてそれがどのように料理されるのか――本作流のエモーショナルな描写に期待したいと思います。


『いくさの子 織田三郎信長伝』第12巻(原哲夫&北原星望 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon
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2019.01.06

瀬下猛『ハーン 草と鉄と羊』第5巻 激闘の果て、驚愕の新展開へ


 生き延びて海を渡った源義経がテムジンを名乗り、新たなる戦いを繰り広げる姿を描く本作も、気付いてみればもう第5巻。メルキトに攫われたボルテを追って単身乗り込んだテムジンは果たしてボルテを奪還できるのか、そしてその先に待つものは?

 放浪の末にキャト氏に拾われ、タイチウトやケレイトとの微妙な関係を危険な綱渡りで切り抜けてきたテムジン。しかし何となくいい感じだったコンギラト族の娘・ボルテがメルキトの族長・トクトアに略奪されたことから、テムジンはただ一人メルキトに乗り込むことになります。
 とはいえメルキトはモンゴル三強の一つであり、鉄資源を擁して力を蓄えてきた強大な部族。行く手に立ち塞がる無数の兵、そして剛力を誇るトクトアに、テムジンは……


 というわけで、この巻の前半で繰り広げられるのは、第1部完とでも言いたくなるような死闘。
 義経としての活躍として伝えられるものから想像できるとおり、兵を率いても個人の武勇でも抜きん出たものを持つテムジンですが――しかし個人の力にはもちろん限界があります。

 そんな彼を助けるのは、ボォルチュやカサル、ベルクテイといったキャト氏の面々だけでなく、ジャムカやオン・ハーンといった、時に手を組み、時に利用し合ってきた面々。
 もちろんこれはお互いの利害関係が合致したからでもあるのですが――しかしそれでも、たった一人で大陸に流れ着いた異邦人がいかなる理由であれこれだけの人を動かすというのは、それは間違いなくテムジンの力であり、運であり、才といえるのではないでしょうか。

 そして死闘の果てに様々なものを得たテムジン。ボルテを傍らに、新たな道を踏み出した彼の向かう先は……


 と、仰天させられたのは、ここで物語の時間は大きく流れ、4年後を舞台とした物語が始まること。テムジンはキャト氏の族長となり、そして大国ケレイトのオン・ハーンは、弟の反乱によって国を追われ――え!?

 いや、テムジンがキャト氏の英雄イェスゲイの子として族長を継ぎ、弟であるカサル、ベルクテイを率いて高原統一に乗り出したのも、一方ケレイトでオン・ハーンがその王位を追われたのも史実通りではあります。
 しかしそれを直接描かずにスルーしてしまうとは――おそらくは非常に長い期間を描くことを想定しているであろう本作で、どこかで時間が飛ぶのはむしろ当然とはいえ――さすがに驚かされました。

 特にオン・ハーンは、物語が始まって以来テムジンやジャムカにとって、壁として立ち塞がってきた人物。強大とも凶暴ともいうべきその人物像は、テムジンの最大の敵かつ目標として描かれていたのですが――しかしその(一時)退場がこのような形で処理されるとは、どうなのかなあ――という印象はあります。
 史実通り(といってもおそらくベースは『元朝秘史』だとは思いますが)タイミングなどアレンジも可能だったのでは、と素人考えながら感じてしまいました。もっとも、この後より詳しく描かれるのかもしれませんが……

 さらにいえば今回テムジンとジャムカの間に決定的な影響を与えるジャムカの弟の登場も、いささか唐突な印象があり――過去エピソードも今回描かれてはいるものの――本作独特のテンポの良さが、今回はいささか性急な印象に繋がってしまったように思えます。


 とはいえ、終盤には本作ならではの展開――テムジンではなく、源義経に恨みを持つと思しき謎の人物が登場。彼の存在がこの先のテムジンの運命と物語に如何なる影響を与えるかは気になってしまうところで、その辺りはやはり巧みと言わざるを得ません。


『ハーン 草と鉄と羊』第5巻(瀬下猛 講談社モーニングコミックス) Amazon
ハーン ‐草と鉄と羊‐(5) (モーニング KC)


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2019.01.04

野田サトル『ゴールデンカムイ』第16巻 人斬りとハラキリとテロリストと


 網走監獄での決戦で大きくその様相を変えつつも続く、アイヌの黄金を巡る戦い。潜伏する土方は幕末を引きずって生きるもう一人の男と対峙し、アシリパを追って樺太を行く杉元は思わぬ方法で自分たちの存在をアピールすることになります。そしてキロランケには意外な過去の存在が明らかに……

 網走監獄でのキロランケと尾形の思わぬ裏切りによって散り散りとなった一行。キロランケと尾形は、アシリパと白石を連れて北に向かい、その後を追う杉元と谷垣は、鶴見中尉と手を組み、鯉登・月島とともに行動することになります。
 一方、土方と永倉、牛山は北海道に残って潜伏することになり――というわけで、この巻の序盤では、網走以来大きな動きを見せていなかった土方たちの姿が描かれることになります。

 網走監獄の隠し部屋で見つけた手がかり――エトゥピリカの嘴を頼りに、根室で季節労働者として暮らす刺青囚人・土井新蔵こと人斬り用一郎のもとに向かう土方一行。
 しかし折悪しくというべきか、用一郎と彼に恨みを持つ者たちが送り込んだ刺客の間で始まった戦いに、一行も巻き込まれて……

 というわけで、新たに登場した刺青囚人は、かつて京都で天誅を繰り返していた攘夷派の人斬り浪人。つまり土方とは天敵の間柄であり――そして彼と同じく既に年老いた身であります。
 既に耄碌し、日常生活も覚束ない状態となった用一郎ですが、しかし一度覚醒すれば往年の人斬りぶりを発揮して――と、ナメてた××が、のパターンを地で行くような殺人兵器ぶりを見せる怪物。ここで彼と土方は、因縁の対決に及ぶことになりますが――しかし、土方が老いてなお大望に燃える一方で、用一郎は既に死に場所を探すだけの存在となっているのが哀しい。

 覚醒するや、目に映る周囲の景色が幕末のそれに変わっていく用一郎。漫画ならではの見事な表現ですが、しかしそれはすなわち、彼の目には既に現実が映ってはいないことを意味します。そんな彼と土方の対決の行方は歴然としているとも言えるのですが――しかし用一郎が生きてきた道程を否定することは、決して誰にもできないでしょう。
 本作の魅力である、陰影に富んだキャラクター描写が光るエピソードであります。


 しかし粛然たるムードを完膚なきまでに破壊してしまうのは、その後に描かれる杉元サイドの物語であります。

 ある事件がきっかけで、曲馬団・ヤマダ一座と出会った一行。ロシアで大評判だったという彼らが、樺太でも興業を行うと知った杉元は、ここで名前を上げればアシリパさんに自分の生存が伝わるはず! と、強引に曲馬団名物のハラキリショーに志願することになるのですが……(この辺りで既に色々おかしい)

 しかし、鯉登に思わぬ軽業の才があること(単なるギャグ描写かと思いきや……)を知ったヤマダ団長は、むしろ鯉登の方に執心、基本的に犬猿の仲の杉元と鯉登の間を余計にヒートアップさせることになります。
 一方、余った形の谷垣と月島は、バックダンサーである少女団に入れられて特訓を受ける羽目に……

 いやいやいや、何故そこでそうなる! と言いたくなる展開ですが、これまた本作の魅力である、テンポのよいドタバタと、ベタかつ豪快なギャグを交えて描かれてしまえば、もう面白がるしかありません。
 かくて増長の末、とんでもない秘技(with猿叫)を披露する鯉登、乙女衣装で涙する谷垣、傍観する月島、そしてとんでもない手違い(?)から公衆の面前で文字通りの真剣勝負を見せる杉元――前のエピソードでしみじみさせられたと思ったらこれだよ!

 いやはや、もはや脱線暴走大爆発、という感がありますが、これもまた『ゴールデンカムイ』という作品。無茶苦茶をやりながらも思わぬ着地を見せ、先の展開にきっちり繋がっていくのには、ただ脱帽であります。


 そしてこの巻の終盤では、一足先に北に向かったアシリパたちの姿が描かれるのですが――ここで明らかになる、全くもって意外というほかないキロランケの正体。
 得体の知れないながらも、レギュラー陣の中では常識人の部類に思われた彼が、ある意味一番の危険人物だった! というのにはシビレるほかありません。

 そしてアシリパたちを襲う新たな強敵を前に最近アシリパを見る目が色々と心配な尾形の本領発揮となるか――もはやこれまで以上に闇鍋状態の本作ですが、もうここまで来たら、どんどんこちらを振り回していただきたいものです。


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2019.01.03

『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀2』 第13話「鮮血の恋歌」

 逃亡中の嘯狂狷を利用して、殤不患に挑戦状を叩きつける婁震戒。それに応えて魔脊山に向かった殤不患は、凜雪鴉と二人で婁震戒に立ち向かうが、七殺天凌の力を得た婁震戒の前に苦戦を強いられる。追い詰められた殤不患に残された起死回生の秘策とは……

 最終回らしくオープニングなしでスタートした今回。冒頭に登場するのは、前回ボッコボコにされて逃走途中の嘯狂狷、そして彼がすれ違ったのは、七殺天凌を背負った婁震戒であります。婁震戒が殤不患を探していることを知った嘯狂狷は、それを利用して復讐しようと彼をけしかけるのですが――嗚呼。
 嘯狂狷を追ってきた殤不患・凜雪鴉・浪巫謠の三人組が見たのは、樹にぶら下げられた上、胸元に挑戦状を留められた嘯狂狷の姿。ここまで生き延びたのにこんな最期を遂げるとは、自業自得とはいえ、あまりに無惨と言うほかありません。それはともかく挑戦状に指定された決戦の地、かつて玄鬼宗が根城にしていた魔脊山に向かう殤不患たちですが――七殺天凌を封印するための筆はあるものの、それを使うためには遣い手に手放させる必要があるわけで、それが難しい。

 その難事のために婁震戒と対峙する殤不患。不思議な因縁の二人ですが、今は(特に勝手に嫉妬に燃える婁震戒にとって)不倶戴天の敵同士、待ったなしで始まる両者の対決ですが――七殺天凌の魅了の力は健在の状況では、殤不患は眼を逸らして戦うほかありません。もちろん殤不患ほどの達人ともなれば、相手の気から動きを察知することは可能ではありますが、それは畢竟受けの剣でしかありません。さらに小技も交えて揺さぶりをかけてくる婁震戒に対し、凜雪鴉もついに参戦しますが、しかしそれでも七殺天凌を手にした婁震戒はあまりに強い。追い詰められた二人ですが――そこで凜雪鴉が取り出したのは、あの魔剣・喪月之夜!?

 そして凜雪鴉の振るう喪月之夜の一撃を受け、半ば異形と化した顔の下から、鋭い瞳を輝かせる殤不患。自分の意志を失った殤不患ですが、既に喪月之夜に操られる彼にとっては七殺天凌の魅了も効果なく――そしてその彼を操るのは、剣を取っては実は天下無双の凜雪鴉であります。無双の達人二人が力を合わせ、何の遠慮もなく戦うのですから、強いのなんの!(そして自在に殤不患を操る凜雪鴉は超ご満悦で、これはこれでまあよかったよかった)。
 さすがに追い詰められた婁震戒は、しかし魔力の源である喪月之夜さえなければ、と凜雪鴉に襲いかかります。激しくぶつかる七殺天凌と喪月之夜――と思いきや、喪月之夜に見えたのは凜雪鴉の煙管! 凜雪鴉得意の幻術にさすがの婁震戒も驚いた隙に、飛び込んできた浪巫謠は本物の魔剣を手にすると、殤不患の心臓を貫いて元に戻すのでした。

 そして凜雪鴉に動きを封じられている婁震戒に、拙劍無式・鬼神辟易を放つ殤不患。しかし敵もさるもの、婁震戒は以前空飛ぶ魔剣をへし折った蹴り足ハサミ殺しを再び放つ! ……が、相手の気を暴発させるのが鬼神辟易、その太刀を受けてしまったことが婁震戒の命取り――さすがの剣鬼もついに七殺天凌を手放して吹き飛ばされるのでした。
 そしてあの筆で中空に記される封印。そこに吸い込まれていく七殺天凌に飛びつく婁震戒――しかし一瞬遅く封印は閉じ、弾かれた婁震戒は深い谷に落ちていくのでした。

 そして無事魔剣目録を守りきった捲殘雲も(勝手に危ない任を引き受けたとおかんむりの丹翡ともども)合流し、封印の筆で魔剣目録に七殺天凌を戻す殤不患ですが――そこに描かれたのは婁震戒の片腕。封印の瞬間、婁震戒が片腕を犠牲にして七殺天凌を取り戻し、共に地の底に消えたのであります。
 しかしさすがにもはや再び人界に現れることはないだろうと(崖落ちは武侠ものでは生存フラグですが……)考えた一同、これで魔剣が2本減ったはずが、ようやく誤解を解いた伯陽候から3本の神誨魔械を託されて数が増えたりもしましたが、まずはめでたしめでたしであります。

 ……が、西幽の闇の中では、今回ほとんど出番のなかった禍世螟蝗たちが、蠍瓔珞など所詮一番の小物、などと悪役らしい言葉と共に敵意を燃やします。そしてそんな彼らに助力を申し出る魔界の者の影。殤不患と凜雪鴉に恨みを持つというその声の主は、かつて彼らと行動をともにした女、刑亥……


 というわけで、まずは大団円の本作。振り返ってみれば、ほとんど通りすがりのキャラがラスボスになったり、舞台の大半が狭いエリアの中だったり、凜雪鴉にいいところがほとんどなかったりしましたが、しかし普段は仲が良くない二人が息のあったところを見せたり、小技のトリックで一発逆転したりと、ラストバトルには十分満足させられました。

 そして第三期決定とのことですが――さてここから何を見せてくれるのか? 何のかんの言って参りましたが、もちろん大いに期待しているのであります。


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2018.12.28

寺沢大介『ミスター味っ子 幕末編』第3巻 嵐の時代に生きる料理人の心意気


 ミスター味っ子こと味吉陽一(と堺一馬)が幕末にタイムスリップ、勝海舟を料理で助けて歴史を動かす――と驚天動地の設定の本作も第3巻。時代は1864年まで進み、いよいよ大きく歴史が動き出しました。この巻のメインとなるのは長州と薩摩の料理合戦、その果てに待つものは……

 何故か勝海舟が腹を減らすたびに幕末にタイムスリップし、ついでに(?)料理で歴史を揺るがす事件を解決する羽目になってしまった陽一。その後、一馬までも同様にタイムスリップするようになり、何だかすっかり慣れてしまった感のある陽一たちですが――しかしそんな間もどんどん事態は深刻の度合いを増していくことになります。

 そんな中、激しく対立する長州と薩摩を何とか和解させようとする陽一。一度は和解したように見えた両者ですが、どちらが主導権を持つかで再び対立したのを、海舟は料理勝負で決着をつけようと提案するのでした。
 それを受けた両者はそれぞれ代表選手を選びだすのですが――長州が選んだのは、奇兵隊所属の農民出身の天才少年料理人・タカ、そして薩摩側は藩の台所頭で四条流皆伝の少女・徳。

 かくて浅草寺境内で、江戸の町民たちを判定役に、料理勝負が始まることに……


 というわけで、今回陽一と一馬を差し置いて料理勝負を繰り広げるのは、この幕末の天才料理人二人。もちろんどちらも只者ではなく、そして繰り出される料理も尋常なものではありません。
 特に帝の口に入れる料理を作る四条流を操る徳は、その流派的に雅やかな料理を作るかと思いきや――まさかのとんでもないド派手な料理が炸裂。一馬がメタに言及するとおり、「これぞ味っ子ワールドって感じ」の盛り上りを見せることになります。

 が、しかし本作はそれだけでは終わりません。思わぬ(?)乱入者もあって料理勝負が波乱のうちに終わった後、成立したのはいわゆる薩長同盟。そして倒幕の動きが激化する中、幕府の第二次長州征伐が始まることになります。
 この第二次長州征伐は幕府側の戦意が乏しく、幕府の衰亡を決定づけたことで知られていますが――しかしその結果に至るまでに、日本人同士の戦闘が行われたのは事実。そしてその戦闘の中、初陣を経験したタカが見たものは……

 そう、そこにあるのは、食の喜びとは対極にある、無惨な死の姿。それを目の当たりにした彼は、そしてそこに現れた徳は、長州人薩摩人としてではなく、料理人として一つの道を選ぶことになるのであります。
 そこにあるのは、これまで陽一たちを通じて断片的に描かれていたもの――食を楽しむことの大前提というべき平和の尊さであり、料理を通じて自分たちなりにその道を目指そうとする料理人の心意気なのであります。

 はっきり言ってしまえば、陽一や一馬は部外者。このような想いも、所詮は平和な時代からやってきた人間の勝手な感慨と言えるかもしれません。
 それをこの巻では、タカと徳の姿を――実際にこの時代を生きた料理人の姿、それも現実にぶつかりながらも少年少女ならではの理想を諦めない姿を通じて、より鮮明な形で描き出したと言えるでしょう。

 もっとも、このようにタカと徳がほとんどこの巻の実質的な主人公であったこともあり、陽一の活躍が少なめ(終盤、ある有名人相手に一馬とタッグを組んで一泡吹かせる展開は痛快でしたが)だったのは少々残念ではあります。
 しかしこの巻で描かれたものは、この先に描かれるであろうクライマックス――幕府にとっても、海舟にとっても、江戸にとっても大きな意味を持つあの歴史的出来事に向かって物語が突き進んでいく中、大きな意味を持つだろうと、そう感じるのであります。


 などと思っていたら、ラストにはあの超重要人物が、また本作らしい破天荒なイメージで登場。果たしてこのお方が、この先の物語でどのような役割を果たすのか――まだまだ一波乱も二波乱もありそうです。


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2018.12.25

星野之宣『海帝』第1巻 伝説の海の男・鄭和を突き動かす想い


 星野之宣といえば、ハードかつロマンチシズムに溢れた希有壮大なSF漫画の名手ですが、しかしその活躍の舞台は、SFだけに留まりません。本作はその作者が15世紀初頭の大海を舞台に描く歴史ロマン――主人公は明王朝で重用された宦官にして、七度もの大航海を成功させた伝説の男・鄭和であります。

 元を滅ぼした明王朝において、二代皇帝・建文帝を力で除き、皇位に就いた永楽帝の時代。猜疑心の強い永楽帝により血で血を洗う粛正が相次ぎ、秘密警察・錦衣衛と東廠が恐怖政治を支える中、永楽帝に諫言することを恐れない数少ない男が鄭和であります。
 今日も倭寇を蹴散らし、足利義満への使節の任を成功させて帰ってきた鄭和。その彼に対して、永楽帝は明の威信を諸国に知らしめるための大船団派遣を命じることになります。

 建国以来ほとんど鎖国状態にあった明において、本格的に海外に乗り出すのはこれが初めて。かねてより海の向こうの国を夢見てきた鄭和にとっては念願とも言うべき機会ですが――しかし、彼にはもう一つの目的があったのです。

 永楽帝によって南京の兵火の中に消えたはずの建文帝。しかしその生きたいという願いに応えて、鄭和は建文帝と皇女を密かに匿っていたのであります。
 今回の航海の機会に乗じて、彼らを海外に亡命させようとする鄭和は、命を救ったことで縁ができた少年・潭太と、彼が属する倭寇・黒市党の協力を得ると、建文帝らを乗せて大海に乗り出そうとするのですが……


 冒頭に述べたとおり、鄭和といえば大航海時代に先んじて、大艦隊を率いて遠く南洋までの航海を七度も成功させた実在の人物であり、世界史の教科書ではお馴染みの人物――しかしその実像については知られていないことが多いのではないでしょうか。

 実際のところ、鄭和の航海については永楽帝の死後、資料がことごとく破棄されてしまい、実像は不明の部分が多いのが事実。
 たとえば艦隊の母艦であった「宝船」のサイズなども、コロンブスのサンタマリア号の5倍という途方もないサイズと言われていますが、それが本当であるかは、謎のベールに包まれています。

 しかし本作はそれを巧みに利用し、その史実の隙間を作者一流のビジュアルを以て巧みに埋めつつ、説得力のある物語を生み出すことに成功しています。いやそれだけでなく、そこに建文帝生存伝説という巷説を絡めることによって、伝奇風味も濃厚な物語を作りだしているのですからたまりません。
 これも冒頭に述べたとおり、日本屈指のSF漫画家である作者ですが、それと同時に、屈指の伝奇作家でもあります。本作はその作者の資質がはっきりとでた、希有壮大な物語なのであります。


 が、本作の最大の魅力は、その歴史ロマンとしての壮大さ、伝奇物語としての面白さではなく、本作で描かれる鄭和の人物像にこそあると感じられます。

 史実においても、永楽帝が帝位に就く前の燕王であった時代から彼に仕え、武人として知られた鄭和(宦官にして武人というのは一見矛盾して感じられますが、水滸伝でおなじみの童貫のように、決してあり得ない存在ではないのでしょう)。
 本作においては、燕王とともに蒙古と戦っていた時代に追った数々の傷が、作中の言を借りれば、まさしく「完膚なきまでに」その身を覆う鄭和。そんな彼の行動は、常にその身に相応しく果断かつ勇敢なものなのですが――しかしそんな彼を突き動かしているのは、常に「生きたいと強く願う人間の命を救う」という想いなのです。

 時に己の身をも平然と危険に晒す鄭和の強い想いはどこから来ているのか――彼の出自にも繋がるその理由が語られる場面は、間違いなくこの巻のクライマックス。ぜひ作品を実際に読んで驚き、感動していただきたいと思います。

 もちろん、彼は決して単純な理想主義者ではありません。それどころか、それを貫くことの難しさを誰よりも知りつつ――それでいて決して諦めない。そんな快男児の姿に、心を動かされずにいられるでしょうか。
 そしてそんな強い想いを抱く鄭和が、海を往来する倭寇をして「遥かなる旅人の目だ」と言わしめるその瞳で、この先何を見るのか――この先を彼と共に見届けたいと、強く感じるのであります。


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