2017.06.27

戸土野正内郎『どらくま』第6巻 戦乱の申し子たちの戦いの果てに

 あの幸村の子にしてとんでもない守銭奴の商人・真田源四郎と、伝説の忍び・佐助の技を継ぐ忍者である野生児・クモ――相棒なのか宿敵なのか、おかしなコンビが戦国の亡霊たちに挑む物語もこの巻で完結。伊達家の忍び集団に潜み、戦国を上回る混沌をもたらさんとする怪忍・天雄との戦いの行方は――

 怪しげな動きを見せる忍びたちの動きを追って奥州に向かった源四郎とクモ。そこで彼らは、伊達家の黒脛巾組と、元・軒猿十王の一人・天雄の暗闘に巻き込まれることになります。
 クモのかつての仲間であるシカキンとともに天雄を倒したものの、味方と思っていたシカキンと黒脛巾組に捕らえられ、絶体絶命となった源四郎一行。

 そしてさらに悪いことに、替え玉を使って生き延びていた天雄、そして彼と結んでいた黒脛巾組の頭領・世瀬蔵人が正体を現し、そこに天雄を追う大嶽丸、十王の頭・髑髏までが現れて、大乱戦が繰り広げられることに……


 というわけで、この巻で繰り広げられるのは、ほとんど冒頭からラストまで、超絶の技を持つ忍者たち――いや、前巻でついに見せた真の実力をもって、忍者ならぬ源四郎も参戦――の一大バトルであります。

 かくて展開するのは、大嶽丸vs天雄、髑髏vs天雄、シカキンvs蔵人、源四郎vs蔵人、そしてクモvsシカキンと、見応えしかないようなバトルの連べ打ち。
 特に医術薬術を以て、他者のみならず自らの体まで改造して暴れ回る天雄は、まったく厭になるくらいのしぶとさで、この伊達編のラストを飾るにふさわしい怪物的な暴れぶりでありました。


 しかし、そんなダイナミックな死闘の数々を通じて描かれるのが、どちらが強いかという腕比べだけでなく、彼らそれぞれの戦う理由――言い換えれば、戦乱が終わった後の時代を如何に生きるべきか、という問いかけへの答えのぶつかり合いであることは見逃せません。
 何しろその問いかけは、この物語において様々に形を変え、幾度も問いかけられてきたものなのですから。

 長きに渡りこの国で繰り広げられてきた戦乱の時代の、その最後の戦いともいうべき大坂の陣の翌年を舞台とする本作。
 破壊と殺戮が繰り返され、源四郎流に言えば大いなる金の無駄遣いであったその時代に、しかし、自分自身の夢を見た者たちも確かに存在しました。そしてその戦乱の中においてのみその存在を許される者たちも。

 前者を武将、後者を忍者と呼ぶことができるかもしれませんが――いずれにせよ、戦乱あってこその存在であった彼らが、戦乱が終わった後に何を望むのか? 
 本作の主人公の一人である源四郎は、そんな戦乱の申し子たちの想いを見届け、そしてジャッジする存在であったと、この巻を読んで、改めて感じさせられました。

 そしてそれは、己の父・幸村を討つことで戦乱の時代に終止符を打った彼だからこそできる、彼だからこそやらなければならない役目であるとも……


 さて、冒頭でこの巻を以て本作は完結と述べましたが、しかし物語はまだまだその奥に広がりがあることを窺わせます(本作は人物設定等相当しっかりと行われているらしく、ちょっとした描写が後になって伏線とわかったりと、幾度も感心させられました)。
 いわばこの巻は、伊達編の完結とも言うべき内容。ここでの戦いは終結したものの、解消されぬ因縁は幾つも残されています。

 何よりも、戦乱の時代を引きずり、そして戦乱の時代に囚われた者たちはまだまだ数多くいるはず。だとすれば、源四郎とクモの旅路もまた、これからも続くのでしょう。
 ラストにとんでもない素顔(とか色々なもの)を見せた髑髏の存在もあり、いずれまた、源四郎たちの活躍を見ることができると、信じているところであります。


『どらくま』第6巻(戸土野正内郎 マッグガーデンBLADE COMICS) Amazon
どらくま 6 (BLADE COMICS)


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2017.06.26

北森サイ『ホカヒビト』第2巻 人に寄り添い、人を力付ける者

 この世ならざるものを見る目を持つ少年・エンジュと、彼を連れて旅することになった女薬師・コタカの道行きを描く、不思議でもの悲しく、そして温かい物語の続巻であります。

 行き倒れた母の胎内から、山に暮らす老婆・オバゴによって取り出され、二人で暮らしてきたエンジュ。しかしある年その地方を飢饉が襲ったことから、土地の人々に忌避されてきた二人は災いの源扱いされた末に、理不尽な襲撃を受けることになります。
 オバゴの犠牲とコタカの助けによって救われたものの、天涯孤独となったエンジュ。コタカとともに旅に出た彼は、往く先々で様々な人と、そして不思議な現象と出会うのですが……


 そんな二人の旅路を描くこの2巻の冒頭で描かれるのは、前巻から続く、エンジュの目にしか見えない妖虫・ツツガムシが跳梁する村の物語であります。
 江戸から明治に変わり、新しい時代となっても重税と病に苦しむ村の人々の中で、病気の祖父を支えて健気に暮らす美少女・ユキと仲良くなったエンジュ。しかしエンジュたちが村を離れている間に、ユキに目を付けた徴税吏によって、彼女は惨たらしい暴力に晒されて……

 というあまりにも救いのないエピソードに続いて描かれるのは、コタカとは幼なじみの青年・リュウジが監督として働く鉱山に現れた、奇怪な幽霊の物語。
 坑道の中に現れ、おれは誰だと訪ねる、体中に包帯を巻いた男という、本作には珍しいストレートな怪物めいた存在の意外な正体とその過去に、コタカとエンジュは触れることになります。

 そしてそこから続いてリュウジがエンジュに語るのは、コタカが「コタカ」となった物語であります。
 不作の年に村から生贄に出された末、狼に育てられて人の言葉を無くし、犬神の使いと呼ばれることとなった少女・ハナ。彼女と、彼女を救おうとするリュウジの前に現れた隻眼の男、旅の薬師「コタカ」は、ハナを捕らえると厳しい態度で接するのですが……


 この巻に収められた三つのエピソードは、それぞれ全く異なる物語ではありますが、そこに共通するものは確かに存在します。
 それは人間の見せる弱さ、悲しさ、醜さ――自分自身の力ではどうにもならぬ理不尽な状況の中で、苦しむ人々の姿であります。

 そんな苦しみの中で、ある者はなす術なく流され、ある者は他者を犠牲にしようとし、またある者は深く傷つき――時には命を、人の身を捨てるしかなかった人々の前に、エンジュとコタカは立つことになります。
 いや、ここまで描かれてきたように、エンジュとコタカ自身が、そんな人々の一人であったのです。

 それでは人間は――そしてエンジュとコタカは――そんな理不尽な苦しみに対して、本当に無力な存在でしかないのでしょうか。
 その答えは、半分は是、半分は否なのでしょう。
 神ならぬ人の力ではどうにもならないことはある。しかし、それでも、人が人として命を全うしようとする限り、それに寄り添い、力づけることはできる――そしてそれこそが、「コタカ」と呼ばれる者の持つ力なのです。

 「コタカ」にできることは、苦しむ者に、命の流れの向かう先を示してやることでしかありません。
 しかし、人が自分一人で生きてるわけではないと知ることが、どれだけの力を生み、救いをもたらすか。本作で描かれるコタカとエンジュの旅路は、その一つの証であると言えます。そしてそれこそが、彼らから世に生きる人々への祝福なのでしょう。


 もっとも、身も蓋もないことを言ってしまえば、そこから生まれるカタルシスは、そこまでに描かれる人間と世界の悲惨さを上回るものではなかった――より厳しい言い方をすれば、そこから予想できる物語の範囲から出るものではなかった、という印象はあります。
 それを考えれば、本作がこの巻で終了というのも、やむなしとも感じますが……

 しかし新たな「コタカ」の誕生を予感させる結末は、人一人のそれを超えて――血の繋がりを超える、心の繋がりを持って――遙かに受け継がれていく(受け継がれてきた)命の流れを感じさせるものであります。
 そしてそれを以て、本作として描かれるべきは描かれたと、そう言ってもよいのではないでしょうか。


ホカヒビト』第2巻(北森サイ 講談社モーニングKC) Amazon
ホカヒビト(2) (モーニング KC)


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2017.06.25

ことだま屋本舗EXステージ『戦国新撰組』

 本日、ESPエンタテインメント東京本館で開催された、ことだま屋本舗EXステージ『戦国新撰組』を観てきました。昨年の冬の『クロボーズ』に続くLIVEリーディングなるこのイベント、観客の前で、声優が漫画のキャラクターの声を当てるというユニークな試みであります。

 今回のLIVEリーディングの題材となっている『戦国新撰組』は、『クロボーズ』と同じく富沢義彦原作の戦国アクション漫画。
 朝日曼耀作画による本作は、以前このブログでも第1巻をご紹介いたしましたが、タイトルから察せられるように、あの新撰組が戦国時代にタイムスリップして始まる奇想天外な物語であります。


 今回のLIVEリーディングで上演されたのは、原作の第8話まで――現在発売されている単行本第1巻は第5話までが収録されていますが、おそらくは第2巻まで収録される辺りまでが今回上演されたことになります。

 池田屋事件後のある日、突如として戦国時代――桶狭間の戦いの直前の尾張にタイムスリップしてしまった新撰組。
 その一人、三浦啓之助は、土方、島田らとともに、織田家に士官する前の木下藤吉郎と蜂須賀小六と遭遇し、捕らえられて信長の前に引き出されることになります。

 その動きを察知した近藤・斎藤・井上・山崎たちは、土方らを救出するために、織田の本陣を急襲。一方、山南・沖田・藤堂は成り行きから今川軍に潜り込み、織田軍と戦うことに……

 という本作は、新撰組のキャラクター数からも察せられるように、かなりのキャラクターが登場する物語。さらにモブが入り乱れる合戦シーンなどもあり、相当賑やかな(?)展開となるのですが――それがこのLIVEリーディングという形式には実に似合っていた印象があります。

 特に物語の中で結構なウェイトを占める合戦シーンは、SEによる効果もあいまって相当の迫力。ここだけでもLIVEリーディングの甲斐があった――というのはさすがに言い過ぎですが、漫画ではさらっと読んでしまうような乱戦部分にも引き込まれたというのは、大きな効果であったと思います。

 そして内容の方も、先に触れたように第8話までと結構なボリュームではあったのですが、しかし駆け足という印象はなかったのは、これは原作自体のスピード感が相当なものであるためでしょうか。

 なにしろ、上で述べたあらすじだけではわからないような驚きの展開の連続である本作。連載の方ではかなりの頻度でショッキングな展開(特に第5話のラストの信長○○にはもう……)が飛び出してくるのですが、それを一気に観ることができたのは、原作読者としても非常に楽しい体験でありました。
(もっとも、このLIVEリーディングにおいては、個人的には第○話、というように分けなくてもよかったのでは……とは思います)

 演者の方も、声優オンチの私でも名前を知っている代永翼の三浦啓之助などはまさにハマり役。原作での、根性なしで、それでいていざとなると何をやらかすかわからない(そしてそんな中に様々に鬱屈するものを抱えた)「現代っ子」ぶりをうまく再現していたという印象があります。
 もう一つ、楠田敏之演じる土方は、声がついてみるとかなりテンパったキャラだったのだなあ……とも(これは演技への感想ではなく、作中での扱いへの感想ですが)


 何はともあれ、前回の『クロボーズ』よりも(物語のテンポなどが異なるとはいえ)より舞台にマッチした内容で、演出等も洗練された印象があった今回のLIVEリーディング。
 流行の2.5次元よりもさらに2次元に近い、2.25次元的な舞台ですが、この形式ならではの面白さをまだまだ見てみたいと思わされる舞台でありました。



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2017.06.21

谷地恵美子『遙けし川を渡る』 軽妙で自然体の奇譚集

 大正末期を舞台に、不思議な事物が大好物の好奇心旺盛な青年を主人公とした、軽妙な物語――ふっと日常の中に迷い込んでくるような感覚が楽しくも心地よい連作集であります。

 本作の舞台は関東大震災の翌年、主人公は「奇天烈報」なるへんてこな小冊子の編集者・六車時男青年。政界に顔の利く叔父がいるなど、どうやら生まれは決して悪くないようなのですが、好奇心の赴くままにあちらこちらに飛び回っている、少々脳天気な青年であります。
 ちなみにこの時男青年、霊感などはほとんどないのですが、何かと不思議な事件に巻き込まれる人物。未来から来た女の子にも会ったことがあるなどと口走っているのですが……

 本作は、そんな時男を狂言回しにした短編集。取材に出た先で、あるいは思いも寄らぬ偶然から、彼が出会い、巻き込まれた以下のエピソードから構成されています。

 作家を追って出た旅先で、黒ずくめの美しい旅役者・牙鳥天衣之丞と出会った時男。実は幽霊が見える体質で、今も祖父の霊にまとわりつかれているという天衣之丞を巡る『凶鳥のゆううつ』

 失恋して以来、不眠症に悩まされているという顔見知りの芸妓の普通でない様子に、評判の巫女「夕星の美女」を訪ねたことから、時男が思わぬ存在と出くわす『夕星の美女』

 神隠しに遭って戻ったという名家の少年・剣一朗。将来に悩む少年に懐かれた時男ですが、彼には思わぬ者が護りについていて……という『風の子ども 神の子ども』

 自殺した彫刻家が残したという、顔が焼かれた菩薩像。その来歴を追うことになった時男ですが、天衣之丞や剣一朗までもが怪異に巻き込まれ、時男自身もあわや命を落としかける羽目に。不思議な尼僧に導かれ、時男が像の真実に迫る前後編『遥けし川を渡る』


 と、あらすじをご覧いただければおわかりのように、バラエティに富んだエピソード揃い本書。幽霊譚あり、一種の霊異譚あり、凄絶な因縁話あり……全一巻という分量自体が少なめとはいえ、一つとして同じ題材のない、そして類話があるようでない物語が並ぶのには感心いたします。

 そんな本作の独自性を生み出しているのは(特に類話があるようでないように感じられる点は)、やはり時男の個性によるところが大でしょう。

 先に述べたように、特に変わった能力があるわけでなく――すなわち、不思議な事件に特段有効な手だてがあるわけでもなく――ただノンシャランと不思議に出会ったことを喜び、ただあるがままに受け入れる時男。
 そんな本作は、時に結構な大物が登場したりもするのですが、しかし時男の視点から描くことで、良い意味でスケール感や深刻さを感じさせず、自然体で物語が展開していくのが、何とも心地よく感じられるのです。

 あるいはこの辺りは、明治と昭和の合間の時代、古きものと新しきものの間に挟まれた、大正という時代背景も作用しているのかもしれませんが……
(もっとも本書においては、ことさらに大正らしさをアピールすることもないのすが)

 いずれにせよ、登場するアイテムの不気味さや、事件の背後に潜む因縁など描きようによっては相当陰惨な物語になりかねない内容ながら、どこかあっけらかんとした感覚を漂わせている表題作などは、本作の面白さが一番よく表れていると言えるでしょう。
 そして何よりも、そんな軽妙さを感じさせつつ、全く物足りなさを感じさせないさじ加減は、これは実は大変なことなのでは――と感じます。

 ゴリゴリの怪異譚好き、ホラーファンにはどうかと思いますが、ちょっと温かい不思議なお話が好き、という方には絶好の作品集です。


 ちなみに本書にはもう一編、現代から関東大震災直前の大正時代にタイムスリップしてしまった少女を主人公とした短編『みらくる・さまぁたいむ』が収録されています。

 こちらは実は、上で触れた、時男が出会った未来から来た少女の物語。もちろん時男も登場するのですが、こちらはちょっぴりウェットな印象の作品となっているのは、やはり主人公の違いというべきでしょうか。
(もっとも、発表時期的にはこちらが先だから……というのは身も蓋もない言い方かしら)


『遙けし川を渡る』(谷地恵美子 集英社クイーンズコミックス) Amazon
遙けし川を渡る (クイーンズコミックス)

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2017.06.20

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第4巻 変と酒宴と悲劇の繋がり

 動乱の幕末に活躍した隻腕の剣士として後世に名を残すこととなる「伊庭の小天狗」伊庭八郎の生涯を描く本作も、もう4巻目。沖田総司との凄絶な試合を経て講武所の門を叩き、剣士として新たな一歩を踏み出した八郎ですが、時代が彼を新たな事件に巻き込むこととなります。

 父を喪い、一度は己の往くべき道に迷いつつも、試衛館の若き怪物・沖田との初の他流試合の末に、志も新たに剣を手にした八郎ですが――この巻の冒頭では、徳川幕府の終わりの始まりとも言うべき、桜田門外の変の様が描かれることとなります。

 こともあろうに幕府の大老が、江戸城の目の前で討たれたというこの一件は、幕府の威信を大いに低下させたわけですが、この巻の前半で描かれるのは、そんな時代の流れとは一見無縁にも見える、八郎をはじめとする若者たちの剣談政談、そして雑談の様であります。

 八郎の自称一の家来であり、そして腕利きの板前である鎌吉の店で飲むこととなった八郎と土方(もう完全に八郎の悪友として馴染んでいるのがおかしくも楽しい)。彼らに鎌吉が加わっての三人の会話で物語が進んでいくのですが――この展開、地味なようでいて、なかなか楽しいのです。

 八郎も土方も幕末史に名を残した男とはいえ、今この時点では、剣の腕は立つもののまだまだ普通の若者。そんな彼らの目線から見たこの時代、その世相は何とも興味深いものですし、何よりもその中に彼らのキャラクターが良く出ているのが、ファンとしては実に楽しいのであります。
 しかもそこに思わぬ乱入者――軍艦操練所時代の榎本釜次郎、言うまでもなく後の榎本武揚までもが現れるのだからたまりません(さらに榎本が土方をスカウトしようとするのは、やりすぎ感はあるもののやはり楽しい)

 しかしもちろん、そんな楽しい話題だけではありません。土方が持ち出した近藤の講武所参加の話題に始まり、彼らの口に上るのは、いまだ旧態依然とした、危機感に乏しい幕府とそこに集う者たちの姿なのですから……


 そして後半で描かれるのは、がらりと雰囲気を変えたエピソード――かつて八郎が初めて吉原に登楼した際の相方・野分との再会が、思わぬ波乱を生むことになります。
 土方から、野分が病み付き明日へも知れぬ容態であると聞かされ、彼女のもとを訪れた八郎。しかし彼女が亡くなった後、その死因が間夫に暴行されたことであったこと、そしてその相手が講武所の人間であることを知った八郎は、犯人を捜すことになります。

 と、ある意味市井の人情もの的展開が始まったのには驚かされましたが、その中で描かれる人間模様も実にいい。特に八郎が遊女たちの、いや女性の心を尊重しつつ、あくまでも対等な人間として自然に接する姿には、素直に好感が持てます。
 そしてそんな八郎と対になるのは、彼に先んじて犯人と対峙し、吉原の遊女の矜持を貫いてみせた野分の妹女郎・左京の存在であります。刀を持った相手にも決して屈せず、傷を負いながらも引かず啖呵を切ってみせる彼女の姿は、作者の画の力が最大限に発揮された、この巻のクライマックスと言ってもよいかと思います。

 しかしこの巻はまだまだ驚かせてくれます。犯人を捕らえて一件落着かと思いきや、その口から、この巻の冒頭から描かれてきた幕府の凋落の姿と、幕府の内部にありながらそれを加速させようとする者たちの存在が明らかになるのですから。

 冒頭の桜田門外の変と、八郎と土方の酒宴と、野分の悲劇と――一見バラバラに見えるエピソードが、実は全てその根底においては繋がっていることが示された時には、思わずゾクゾクさせられました。
 そしてその先にいるのが、これまた幕末史に名を残すあの男とくれば……

 八郎と左京の美しい姿を描きつつも、ラスト一コマで不穏極まりない空気を漂わせる引きも印象的で、これまで同様、先の展開が気になって仕方ない作品であります。


『MUJIN 無尽』第4巻(岡田屋鉄蔵 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon
MUJIN 無尽 4巻 (ヤングキングコミックス)


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2017.06.12

室井大資&岩明均『レイリ』第3巻 レイリの初陣、信勝の初陣

 岩明均が原作を担当ということで話題を集めた異色の戦国漫画の第3巻であります。落ち武者狩りに家族を惨殺され、腕を磨き、いつか戦いの中で死ぬことを夢見る少女・レイリが、武田信勝の影武者として選ばれたことで、思わぬ戦いに巻き込まれることになります。

 かつて家族を皆殺しにされた際に命を救われた岡部丹波守の下で腕を磨き、普通の男では到底及ばぬほどの腕となったレイリ。
 そんな彼女をも遥かに上回る力を見せた武田家の重臣・土屋惣三にスカウトされたレイリは、武田家当主・勝頼の長子・信勝の影武者となるよう命じられることになります。

 奇しくも信勝とは瓜二つの相貌のレイリは、他の影武者候補とともに訓練を受けるのですが……

 と、この第3巻で描かれるのは、いきなり彼女たち影武者の出番ともいうべき事態。そう、何者かの刺客が、信勝を襲撃したのであります。
 先ほどまで談笑していた影武者の一人があっけない最期を遂げ、動揺を隠せなかったものの(滅びゆく武田家という重荷を背負わされ、死という逃げ道も塞がれた姿が切ない)、自分を囮に刺客をおびき寄せ、一網打尽にする策を立てた信勝。

 あえて襲撃を誘い、惣三とレイリで迎え撃つ作戦は見事当たったと思いきや、刺客団の数は想像を遙かに超え、レイリは思わぬ形で初陣を経験することになるのです。


 そう、ここで描かれるのはレイリの初陣。これまで味方の雑兵などとは立ち会ってきた彼女ですが、それはもちろん訓練にすぎず、実際の刃を手にしての殺し合いは、これが初めてなのであります。
 そんな命のやり取りの場に立った彼女は――意外にというべきか、全く気負うことも恐れることもなく、惣三とともに刺客を次々と斬り倒す活躍を見せます。

 このくだりは、正直に申し上げればいささか拍子抜けの感もあるのですが、刺客をあらかた片付けた後でその弱さを罵り、そしていつか自分が斬り死ぬことを夢見るという壊れぶりを見せる彼女であれば、むしろこの程度で心を動かすまでもないと言うべきなのでしょうか。


 そして後半に描かれるのは、ある意味信勝の初陣とでも言うべき展開。徳川軍が武田家の要衝たる高天神城を攻める中、城から甲府館に送られた二つの書状を前に、信勝と勝頼が対峙することとなります。

 書状の一つは、城の主将たる岡部丹波守から送られた、救援の要請。そしてもう一つは、城の副将から送られた、救援を断る書状――同じ城に籠もりながら、全く正反対の判断を記した二つの書状に悩む勝頼と諸将に対し、信勝は己の分析を語るのであります。

 ここで示されるのは、武田家を周到に張り巡らせた策で滅ぼさんとする織田信長の存在と、その罠を見抜いてみせる信勝の才――そしてその信勝に極めて複雑な感情を見せる勝頼の姿であります。

 偉大すぎる父・信玄にコンプレックスを抱く勝頼というのはしばしば見られる構図ではありますが、一説によれば、その信玄から、信勝が成人するまでの後見を命じられていたという勝頼。
 言い換えれば、それは彼が、父から信勝成人までの繋ぎと見做されていたということであり、内心穏やかであるはずがありません。

 そんな尋常の親子とは全く異なる関係にある勝頼と信勝の捻れた関係性を丹念に描きつつ、同時に、長篠の大敗後に武田家が置かれた状況を示す――この辺りの描写の濃さは、前半の大殺陣以上に、本作の魅力と言うべきとも感じます。


 もっとも、こうした内容を描くには、いささかテンポがゆったりし過ぎているのでは――という印象があるのも事実。第1巻を手にした際も同じ印象を受けましたが、月刊連載の物語としては、このペースは少々厳しいように感じます。
 これはもちろん、丁寧な描写とは表裏の関係にあるのですが……

 宿敵ともいうべき信長も(これがまた印象的なビジュアルで)登場し、いよいよレイリと信勝の戦いも本格化していくであろう中で、どれだけ物語に引きつけてくれるのか、気になるところであります。


『レイリ』第3巻(室井大資&岩明均 秋田書店少年チャンピオン・コミックス・エクストラ) Amazon
レイリ 第3巻 (少年チャンピオン・コミックスエクストラ)


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2017.06.09

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第5巻 化け物か、生き物か

 超常の力を持ち人を喰らう鬼と、鬼を討つ者たち・鬼殺隊の死闘を描く物語も巻を順調に重ねてきました。既に第6巻まで発売されているところに恐縮ですが、今回はまず第5巻を紹介しましょう。

 家族を鬼に殺され、唯一残った妹・禰豆子を鬼に変えられた末、鬼殺隊の隊士となった炭治郎。これまで隊の命で数々の鬼と戦う中、善逸や伊之助といった仲間(?)もできた彼の新たな任務は、那田蜘蛛山に潜んで人々を襲う蜘蛛鬼の家族との対決でありました。
 鬼殺隊の先遣隊を壊滅に追いやった、父母と兄姉、そして末子からなる鬼たち。善逸は兄鬼を倒したものの蜘蛛化の毒に侵され、伊之助は強力な父鬼に苦戦、そして二人とはぐれた炭治郎は、この山の鬼の真の主である末子・累と対峙することに……

 というわけで第4巻の後半から始まった那田蜘蛛山での死闘は、この巻を丸々使って描かれることになります。
 ユルい描写も少なくない一方で、残酷描写・ホラー描写も容赦ない本作ですが、ここで登場する蜘蛛鬼の一家は、ビジュアルも能力も、実に悍ましく恐ろしいもの。しかしその言葉が最もふさわしいのは、この山で最強の鬼・累でしょう。

 見かけは少年でありながら、最強の鬼・十二鬼月の一角を占める累。その力もさることながら、真に恐るべきはその精神性――家族に異常に執着し、自らの力で従えた鬼たちに両親や兄姉の役を強制する様は、歪んだ心を持つ者が多い本作の鬼の中でも屈指の狂気を感じさせます。
 そんな恐怖でこしらえた偽りの家族を持つ累と対峙するのが、炭治郎と禰豆子という本物の兄妹というのも、ドラマ的に実に面白い構図であります。

 そして自分たちよりも遙かに実力が上の相手との戦いの中で、それぞれ新たな技を会得するのも、定番ではありますがやはりいい。
 特に炭治郎の方は、物語開始以前にこの世を去っている父――鬼たちの長・鬼舞辻無惨とも因縁があるらしい――の思い出がきっかけにするというのも、今後の伏線的なものを感じさせてくれます。


 しかし本作ならではの物語が描かれるのは、この戦いが決着した後であります。

 鬼殺隊最強の「柱」の一人・冨岡の救援によってもあって辛くも累を倒した炭治郎。しかし彼は、鬼を醜い化け物と評し、文字通り踏みつけにする(それは決して悪意からではなく鬼殺隊にとっては当然の反応なのですが)冨岡の言葉を否定するのです。
 鬼は自分と同じ人間だったと――そして虚しい生き物、悲しい生き物であると。

 容赦なく鬼を斬ることと、その鬼を哀れみ悼むことと――それを両立させることは、一見矛盾に満ちたものであり、そこにあるのは優しさよりも甘さに近いのかもしれません。そして何よりも、禰豆子という存在がいるからこそ出るものなのでしょう。
 しかしそんな炭治郎の想いが、これまで鬼の中の「人間性」とでも言うべきものを掬い上げ、彼らに一片の救いを与えてきたのも事実であります。

 そしてここにおいても、それが悲しくも最も感動的な形で描かれることになります。詳細は伏せますが、「地獄へ」とサブタイトルが冠されたその回において描かれるものこそは、不吉な印象とは裏腹の、いやその言葉だからこそ輝く、深い愛と救済の姿なのであります。
 そしてそれが、本作を人外の化け物退治の物語に終わらせない、人と人であった者との悲しい戦いと和解(それは後者の死によって成されるものではあるのですが)の物語へと昇華させていることは間違いありません。


 もちろんそれは数ある本作の魅力の一つに過ぎないとも言えます。
 個性的過ぎるキャラクターたちと、そんなキャラたちが、時に何かがすっぽ抜けたかのように繰り広げるユルいやりとりも本作の魅力なのですが――それは次の巻にて存分に描かれることになりますので、その紹介の時にまた。


『鬼滅の刃』第5巻(吾峠呼世晴 集英社少年ジャンプコミックス) Amazon
鬼滅の刃 5 (ジャンプコミックス)


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2017.06.01

片山陽介『仁王 金色の侍』第3巻 決戦、関ヶ原にぶつかり合う想い

 コーエーテクモの時代アクションゲームのコミカライズである本作もこの第3巻で完結。金色の侍、ウィリアム・アダムスは、ついに決戦の地・関ヶ原において宿敵と対峙することになるのですが――

 自分にとっては大事な「家族」と言うべき守護精霊・シアーシャを奪い、神秘の力・アムリタを用いて奇怪な魑魅魍魎を操る悪人・ケリー(どうやらエドワード・ケリーのことと知ってびっくり仰天)を追ってこの日本にやってきたウィリアム。
 ケリーが石田三成に手を貸していると知ったウィリアムは、彼と対立する徳川家康に接近、その中で様々な出会いと別れを経験することになります。

 そして始まる家康と三成の決戦。そう、関が原の戦に、ウィリアムも参戦することに……


 というわけで、この第3巻の舞台となるのは、ほとんどすべて関が原の戦。表向きにはちょっと驚くほど(という表現は失礼ですが)真っ当な関が原の戦が展開することになりますが、それはあくまでも表向き、その陰では数々の悪鬼、魑魅魍魎が暴れまわっていた――というわけで、ここにウィリアムの活躍の余地が生まれることになります。

 しかしその活躍は、単に人外の魔を倒し、シアーシャを取り戻すためだけのものではありません。これまでこの国で様々な人々と出会ってきたウィリアム。その経験から、彼は自分の目的以上の想いを背負ってこの戦に参戦することになるのです。

 その一方で、想いを背負っているのは必ずしも彼一人のものではなく、また東軍のみのものでもないことが、本作においてはある人物を通じて描かれます。
 それは大谷刑部――彼は友である三成を勝たせるため、自らの身を人外に変えてもウィリアムを止めんとするのであります。

 形部が怪物に変形するというのは、色々と引っかかるものはあります。
 しかし、ここで彼がウィリアムを強き者――自分自身で何事かを為す力を持つ者、そして自分と三成を弱き者――強き者のために命を使う者と説くのが目を引きます。
 強き者が戦うのは当たり前、しかし三成は弱き者でありながら、やはり強き者である家康やウィリアムと戦おうとしている――という視点は、西軍を一方的な悪者にしないものとしてなかなか興味深いものとして感じます。

 もっともこの視点、その後フォローされることなく、結局三成が暴走して終わってしまうのを何と評すべきか……
 ウィリアムが味方についた時点である程度仕方はないとはいえ、結局東軍側に、勝てば官軍的な印象が生まれてしまったのは残念ではあります。
(そして大ボスたるケリーの目的が今ひとつだったのも……)


 上で述べた大谷形部、あるいは最後まで「腕の立つ一般人」のスタンスを貫いてウィリアムを支えた服部半蔵など、面白いキャラクターも色々と登場しただけに、少々勿体無い結末だった――というのが正直な印象ではあります。
(「三浦按針」の史実との豪快な摺り合わせ方は大好きなのですが)


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2017.05.27

大羽快『殿といっしょ』第11巻 殿、最後の合戦へ

 あらゆる戦国武将をボンクラの面白キャラにデフォルメして描いてきた戦国四コマギャグ漫画、久々の単行本……と思いきや、何とこれにて最終巻。これまでずっと楽しませてきていただいただけに非常に残念ですが、最後まで殿いつワールドは健在であります。

 どの武将を主人公にするということはなく、戦国時代の様々な場所、様々な時期を切り取り、そこで活躍する様々な武将を描いてきた本作。
 眼帯に異常な熱意を傾けるガンター(眼帯マニア)の政宗、相手をおちょくることでは天下無敵の昌幸・幸村(と被害者の信幸)、お笑い命の秀吉と三成、異常なまでに我慢を好む家康etc.――と、その武将の事績や逸話を大きくデフォルメして、テンポの良いボケとツッコミの連続で展開してきた作品であります。

 それだけにいつ誰が飛び出してくるかわからない作品であるのですが、最終巻となった本書は、大きく分けて、
・長宗我部元親と一条兼定の四万十川の戦い
・人質時代の幸村と上杉家・豊臣家
・秀吉の小田原征伐
の三つのエピソードで構成されています。

 そのうち最も分量が多い幸村ネタは、これは間違いなく昨年の大河ドラマ合わせだと思われますが、これまでも本作で猛威を振るってきた幸村の傍若無人なまでのマイペースぶりがフル回転。
 上杉家と豊臣家で彼が過ごした人質時代がここでは描かれるのですが、本作の両家は、見かけは強烈な強面で笑わん殿下の上杉景勝と、天下の仕置きもお笑い次第の秀吉と、全く対照的な二人(そして彼らを支える兼続と三成もそれぞれに強烈なキャラ)で、その二人の間に幸村が挟まるのですから、面白くないわけがありません。

 特に豊臣家サイドは、まだ元気だったころの大谷吉継やこれまであまり出番のなかった(もしかすると初登場?)清正・正則が加わって、実に賑やかで楽しい。
 さらにそこに異常なゲラのお茶々を巡るドラマが展開して――と、微妙にいい話が挟まれるのも本作ならではであります。


 そしてラストに描かれるのは、この茶々の物語も絡んで勃発する小田原征伐。
 先に述べたとおり、時代と場所を次々と変えて展開される本作だけに、どのようにひとまずの決着をつけるのか――と思いましたが、なるほど、こう来たか! と膝を打ちました。

 なにしろこの戦は、天下統一に王手をかけた秀吉が、半ば示威行動も含めて全国の大名に参陣を促したいわばオールスター戦。
 秀吉・三成・家康・昌幸・景勝・元親・氏郷・宗茂・政宗(大遅刻)、そして相手は氏直と、本作でこれまで活躍してきた面々が、史実の上でも集っていたのですから、これほどラストに似つかわしい展開はないでしょう。
(もちろんオールスターという意味では関ヶ原、大坂の陣がありますが、あちらは殺伐としすぎるので……)

 滑り込みで登場の忠興と玉(ガラシャ)のあのネタがあったり、いくつもの夢の顔合わせもあったり――と実に賑やかで、実質ラスト二話程度の分量ではあるものの、本作にふさわしく賑やかで明るい結末でありました。
(個人的には、三成の忍城攻めでの不手際の伏線が、実に本作らしい形で描かれているのに感心)


 もちろん続けようと思えばいくらでも続けようはあるのではないかと思いますし、大好きな作品であっただけにこれで完結は寂しいのですが――繰り返し述べてきたように、様々な時代と場所を舞台に、それも四コマでギャグを描くというのは、相当な難易度のはず。

 まずはお疲れさまでした、本当に楽しかったですと、心の底から申し上げたいのであります。


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2017.05.24

伊藤勢&田中芳樹『天竺熱風録』第1巻 豪快かつ壮大な冒険活劇の幕開け!

 あの田中芳樹の歴史活劇を、あの伊藤勢が漫画化した、実に贅沢なコラボレーションであります。唐の時代、天竺の内紛に巻き込まれた外交使節・王玄策が、大軍を向こうに回して大活躍を繰り広げる物語の導入編であります。

 本作の原作は、2004年の同名の小説。田中芳樹といえば『銀河英雄伝説』や『アルスラーン戦記』の印象が強くありますが、しかしその作品の中で決して少なくない割合を占める中国もの、アジアものの一編であります。

 舞台は647年、天竺を統べる摩伽陀国に外交使節団の正史として送られた文官・王玄策。以前一度訪れた時とはいささか異なる国の様子に不審を抱くも時既に遅く、彼は前王・戒日王亡き後に国王となった阿羅那順の軍に捕らえられ、無法にも投獄されることになります。
 とりあえず皆殺しとされるのは避けられたものの、玄策と部下たちの命は風前の灯火。そんな中、牢で彼は自称二百歳の怪老人・那羅延娑婆寐と出会うのですが……

 と、いきなりクライマックスのこの漫画版。実は原作の方では、この投獄のくだりは全十回の第四回と、少し物語が進んでからの話なのですが、本作では一気に主人公をピンチに追い込んで……という展開なのは、これは連載漫画として正しい手法でしょう。

 原作ではここに至るまでに、唐を出て吐蕃(チベット)と泥婆羅(ネパール)を経て、天竺に至るまでの旅が描かれているのですが、その辺りは一気に飛ばして(一部回想シーンに回して)、冒頭にオリジナルの派手なアクションシーンが入るのも、また本作らしい趣向なのですが……

 玄策らが牢に入れられてからの、(原作ではさらりと流された)牢の描写をはじめとする、どちらかというと下世話な展開、そして那羅延娑婆寐の人を食ったキャラクターは、これはもう作者の真骨頂とでもいうべき描写。
 そしてまた、原作には登場しない阿羅那順の周囲に控える妖しの美女と術者の姿も、実に作者らしい造形であります。

 さらにまた、物語の諸所で語られる当時の歴史・社会・風俗の解説は時に原作以上に詳細で、この辺りのどこか理屈っぽい描写も、いかにも作者らしい――というのは言いすぎかもしれませんが。


 と、いきなり原作との相違点を中心に述べてしまいましたが、総じて見ればこの漫画版は、物語の流れ自体は原作を踏まえつつも、キャラクターの描写を初めとするディテール自体は、漫画版独自の――すなわち、伊藤勢の解釈によって自由に描かれているという印象があります。

 これが余人であればいささか不安に感じる場合もあるかもしれませんが、しかしこの作者に限っては大丈夫、というよりむしろ大歓迎。
 作者の作品に通底するエキゾチシズムの香り豊かに、どこまでも精緻に描き込まれた描写、そして漫画ならではのダイナミックなアクションは、スケールの大きな物語世界をしっかりと受け止め、そして更なる魅力を加えて描き出しているのですから。


 上で軽く触れたように、全十回の原作のうち、既にこの第1巻の時点で、第五回までの内容を描いている本作。
 しかし物語はこれからが本番、いよいよ始まる玄策の逆襲を、これから本作はじっくりと描いていくのではないでしょうか。原作で魅力的だったあのキャラが、クライマックスのあの場面がいかに描かれるのか――冒頭に登場した、謎のヒロインの正体も含め、豪快かつ壮大な冒険活劇の幕開けに胸が躍ります。


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天竺熱風録 1 (ヤングアニマルコミックス)

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