2019.07.24

『鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録』 ファンであればあるほど納得の一冊!


 いまや週刊少年ジャンプの看板作品の一つとなった感もある『鬼滅の刃』の公式ファンブックが発売されました。ファンブックとしては定番の内容ながらその内容は充実の一言、新情報も多く、ファンであれば必読の内容であります。

 ある程度の人気と連載期間の作品には刊行されることも少なくない公式ファンブック。本書はそのファンブックとして、単行本第16巻までの内容をベースとした(それゆえ単行本未収録分については記載なし)一冊であります。
 その内容はといえば、ストーリー紹介にキャラクター紹介、カラーイラストの再録など、定番のものが少なくないのですが――しかしその部分だけでも十二分に面白いのです。

 特に面白いのはキャラクター紹介。何が面白いといえば、主要登場人物に付されたプロフィールの数々であります。
 身長体重や生年月日、出身地などは、個人的にはそこまで興味はないのですが(ただ、出身地は馴染みのある地名が多くてなかなか面白い)、趣味や好きなものが、かなりユニークなものとなっていて、実に愉快なのです。

 詳細は述べませんが、キャラクターのイメージのままであったり、意外だったりと、ちょっとした情報なのに、ぐっとその人物像が膨らむのは、ファンとしては何とも楽しいもの。
 特に目つきが異常に悪いあのキャラの趣味がカブトムシを育てることというのは、これはもうネタにしてくれと言わんばかりで、作中ではまず描かれない(まあこのキャラの場合、作中で好きなものをさんざんいじられていましたが)情報がこうして提示されるのは、ファンとしては嬉しいことです。

 さらに情報といえば、単行本のおまけページやアニメ予告でおなじみの「大正コソコソ噂話」は、各キャラクターに作者の描き下ろしカットつきで収録+細かい字でびっしりと書かれた全3ページと大盤振る舞い。
 その内容がまた、趣味や好きなものどころではないぶっ飛び方で、ある意味実に身も蓋もありません。個人的には、誰もが何となく気付いていた蛇柱の想いの正体をぶっちゃけている点など、もう少しこう何というか、手心というか――と言いたくなるほどであります。

 ひねくれた見方をすれば、こうした企画記事というのは、ファンブックの編集スタッフの手になるものが多いのかもしれませんが、しかし本書については、そのあまりの内容ゆえに、これは作者が自分で書いたのだろうなあ――と、妙な形で確信してしまうのです。


 さて、こうした定番企画自体も面白いのですが、その他に目を引くのは、本作の前身に当たる『鬼殺の流』の第1話から第3話までのネームの収録であります。
 てっきり本作の原型である読み切りの『過狩り狩り』が収録されるのかと思いきや、より現在の形に近い形のネームが収録されるというのは驚きです。

 原稿を横向きにして、1ページに2ページ収録という変則的な形式ではありますが、しかしそれでも絵などは十分細部まで読みとれる精度。もちろん内容の方は今回初公開であり、ファンブックとしては珍しい、かなり思い切った――そしてファンには非常に興味深い企画であることは間違いありません。

 ちなみにこの『鬼殺の流』は、明治時代を舞台に、鬼を狩る鬼殺隊の少年・流を主人公とした物語。
 鬼と鬼殺隊の関係、最終選抜の内容、沼鬼の登場など、すでにこの時点で現在の作品の設定ができあがっていたのがよくわかりますが――主人公が右腕と両手を失い、左手のみで刀を振るうという設定はさすがに尖りすぎていて、現在の形になったのも頷けるところではあります。


 その他、これでもかとばかりにキャラクター(特に善逸と義勇さん)をいじりたおした『キメツ学園』の短編9ページ描き下ろしが収録されていたりと、とにかくファンを楽しませることに徹した印象のある本書。

 非常にひねくれた、意地の悪いことを申し上げれば、ファンブックというものは、ファンであればあるほど納得のいかない内容であったりするものですが――本書については、それは全くの杞憂であった、と言ってよいかと思います。
 こうしたファンブックを手にしてみようと思うくらいのファンであれば、間違いなく読んで損はない一冊であります。


『鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録』(集英社ジャンプコミックス) Amazon
鬼滅の刃公式ファンブック 鬼殺隊見聞録 (ジャンプコミックス)


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2019.07.23

麻貴早人『鬼哭の童女 異聞大江山鬼退治』第2巻 「正義」という名の壁を叩き壊して進め!


 酒呑童子が倒された後に始まる酒呑童子伝とも言うべき奇怪な物語『鬼哭の童女』の続巻であります。体を喪い、童女・葵(アオ)の中に眠る酒呑童子を守り、孤独な戦いを続ける茨木童子。頼光四天王との戦いの末、鬼取山の前鬼・後鬼を訪ねる茨木ですが、そこにも安息の地はなく……

 大江山で源頼光と四天王によって滅ぼされたと言われる酒呑童子一党。しかしただ一人の生き残りである隻腕の男・茨木童子は、その身に酒呑童子の魂を宿した童女・葵を連れ、復讐のために京に向かうことになります。
 一度鬼としての力を発揮すれば、異形の獣人と化し、超絶の力を揮う茨木。しかし彼の怨敵である頼光配下の四天王もまた、酒呑童子の血を口にすることで、異形の怪物と化す力を得ていたのでした。

 かくて、鳥人に変身する力を得た四天王随一の弓使い・卜部季武と、人外の死闘を繰り広げることとなった茨木は、辛うじてこれを撃退したものの、力つきたアオを守って同じ鬼である前鬼・後鬼を訪ねることになるのですが、そこで彼らを待っていたものは……


 酒呑童子ならぬ酒呑童女として、一つの身に二つの魂を宿すこととなった酒呑とアオ。弱い体に宿ったことでその力を十全に発揮できない魔人――というのは定番パターンではありますが、しかしそれが鬼の中の鬼であるだけに、そのギャップは強烈であります。
 そんな状況のこともあり、この巻ではアオは力尽きて寝ているか、人質になっているかの状態で、戦いはほとんど全て茨木の役割なのですが――いずれにせよ、大江山のツートップがこの状況だけに、残された鬼たちの苦境も推して知るべしであります。

 そう、この巻に登場するのは、そんな残された鬼たち――朝廷に帰順し、その庇護に、いやその支配下に置かれた鬼たちの姿。かつて役小角に従った古き鬼・前鬼と後鬼すら、今は自由に出ることのできない結界の中の里に、一族の者たちと細々と暮らすのみなのであります。
 もちろんそれは一つの立派な選択の結果であり、それを今になって――それも自分たちの敗北がその原因である――酒呑童子たちが復讐に憑かれてそれをひっくり返そうというのは、むしろ迷惑であるだけなのかもしれません。

 しかし――だからといって、「正義」の名の下に行われる理不尽に屈するわけにはいかない。その気持ちで、目の前の(物理的にも精神的にも存在する)壁を叩き壊す茨木の姿には、大きなカタルシスがあります。
 そしてアオをさらった季武との再戦に向かう茨木。鬼の子供たちを引き取り、育てるという意外な側面を持つ季武ですが、しかしその本心は鬼とは全く相容れない歪んだもの。そんな季武に怒りを燃やして突っ込む茨木ですが……

 というわけでこの巻のクライマックスも季武との対決となるのですが、ここで明かされる季武のかなり歪んだキャラクターはそれなりに面白いものの、第1巻で対決したばかりの季武と、他の四天王と対峙する前に再戦というのは、少々盛り上がらない印象があるのも正直なところ。

 何よりも、「正義」を謳う季武ら頼光サイドの主張に全く説得力がないのがカタルシスに欠けるところで――もちろんそれが狙いなのかもしれませんが――現時点では単純に裏返しの善悪二元論に留まっているのが、勿体ないと感じます。
 せめて茨木と戦う正統な理由がある綱が前面に出てくれば印象は変わるのかもしれませんが……(いや、それはそれで復讐者vs復讐者に矮小化されてしまうのかな)

 そしてそんな本作の「正義」のよくわからなさを象徴する頼光も、この巻ではほとんど出番のなかったのですが――そろそろ彼の「「正義」の一端を見せてほしい、というのが偽らない心境なのです。


『鬼哭の童女 異聞大江山鬼退治』第2巻(麻貴早人 マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ) Amazon
鬼哭の童女 異聞大江山鬼退治 2 (マッグガーデンコミックスBeat'sシリーズ)


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2019.07.22

『鬼滅の刃』 第十六話「自分ではない誰かを前へ」

 那田蜘蛛山に潜む鬼に操られる鬼殺隊士たちに襲われる炭治郎と伊之助。卑劣かつ非情な敵に怒りを燃やして進む二人の前に、首を持たない怪物が現れる。炭治郎の的確な指示で怪物を倒した二人は、その余勢を駆って母鬼をも倒すのだが……

 敵に操られる隊士たちの襲撃を受けた炭治郎と伊之助(善逸はへたれて置いてけぼり)が、その敵の居場所を看破して――というところで終わった前回。しかし目の前には操られた隊士たちが立ち塞がって――というところでいきなり男を見せたのは、モブ隊士の村田さんであります。「ここは俺に任せて先に行け!」とやたらと格好良い台詞で二人を送り出します。
 が、すぐに二人の前に立ち塞がったのは、操られるその他の隊士たち。肉体の限界を超え、体を損壊しつつも攻撃してくる者や、既に体中がずたずたになって殺してくれと訴えてくる者と、もう大変な鬱展開なのですが――ここでめげる炭治郎ではありません。

 攻撃できず、そして糸を斬ってもすぐ繋げられてしまう状態――それなら糸を斬らずに動きを封じることができれば、というわけで、相手を捕まえて樹の上に投げ上げ、枝に糸を絡ませてしまおうという炭治郎の策は大成功。こういう変わったことには目がない伊之助も大喜びでチャレンジして成功、これで隊士たちを助けられる――と思いきや、怒った母鬼の手で隊士たちは全員首を捻られて……
 さすがの伊之助も黙るほど怒りのオーラを漂わせる炭治郎。決意も新たに先に進む二人の前に現れたのは――母鬼の切り札、首のない肉体に、肘から先を昆虫めいた奇怪な刃に変えた異形の「人形」であります。冷静に考えれば鬼じゃないのだから首がなくてもまあ何とかなる気もしますが、しかし伊之助は急所が無ェと、ちょっとびっくりするほど大慌て。そこで炭治郎は冷静に、袈裟斬りにしてみてはどうかと提案するのでした(これはこれで怖い子だな)。

 そこまで聞いていきなり突っ込む伊之助。しかし蜘蛛に動きを封じられ、身動きできずに目の前に迫る敵の刃――というところで割って入ったのはもちろん炭治郎。危機一髪のところを助けられて好感度ゲージがホワホワ上がる(まあ、より正確には人間との関係性ゲージなのだと思いますが)伊之助にダメ押しするように、炭治郎は力を合わせた攻撃を提案、さらに自分を踏み台にして跳べと促すのでした。
 そして炭治郎が相手の足を斬れば、大ジャンプした伊之助は相手の巨体を袈裟斬りに――この見事なコンビネーションの源が、俺が俺がではなく、戦いの流れを見ている炭治郎にあるとと、さすがの伊之助もついに認めるのでした。(しかしこの「人形」、斬られるとボロボロになって消えたというのは鬼の死体を人形にしたということなのか?)

 が、ここで素直になれない伊之助は、炭治郎を捕まえると上にぶん投げ、そのまま炭治郎は母鬼のところへ一気に到達。突然目の前に現れた炭治郎に、母鬼は反撃を――しない。もはや奥の手も尽きたのもさることながら、父鬼からことあるごとにDVを受け、他の家族からも白眼視されていた彼女にとっては、もはや死こそが救いだったのであります。
 そして自ら首を差し出した母鬼の動きを察知し、咄嗟に繰り出す技を伍ノ型 干天の慈雨に変えた炭治郎。例によってナレーションが入らないためにわかりにくいかもしれませんが、この型は相手に苦痛を与えない慈悲の剣撃であります。母鬼はむしろ暖かさすら感じたまま崩れ去るのでした。その間際に、この慈悲を与えた炭治郎に対し、十二鬼月がいると言い残して。

 そしてその頃善逸は、ちゅん太郎をお供におっかなびっくり山の中に歩を進めるのですが、その後ろには……


 一話丸々、母鬼との戦いであった今回。上で述べたように、操られて襲いかかる仲間を救えるかと思いきや結局救えない鬱展開の上に、鬼側ではDVが行われている(またこの時の会話が妙にリアリティのある厭な描写)という、冷静に考えると非常に気の滅入る内容なのですが、比較的その印象が薄いのは、炭治郎と伊之助の関係性の変化を丁寧に描いていたためでしょうか。
 考えてみればなし崩し的に行動を共にしているものの、鼓屋敷での蛮行はやはりドン引きものの上に、結局炭治郎とはぶつかってばかりの伊之助。その伊之助が、真に炭治郎と仲間になったのは、今回からと言えるのではないでしょうか。

 まあ、その時暴力を振るった相手の善逸はここにはいないのですが……


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 『鬼滅の刃』 第五話「己の鋼」
 『鬼滅の刃』 第六話「鬼を連れた剣士」
 『鬼滅の刃』 第七話「鬼舞辻無慘」
 『鬼滅の刃』 第八話「幻惑の血の香り」
 『鬼滅の刃』 第九話「手毬鬼と矢印鬼」
 『鬼滅の刃』 第十話「ずっと一緒にいる」
 『鬼滅の刃』 第十一話「鼓の屋敷」
 『鬼滅の刃』 第十二話「猪は牙を剥き 善逸は眠る」
 『鬼滅の刃』 第十三話「命より大事なもの」
 『鬼滅の刃』 第十四話「藤の花の家紋の家」
 『鬼滅の刃』 第十五話「那田蜘蛛山」

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第4巻 尖って歪んだ少年活劇


関連サイト
 公式サイト

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2019.07.18

青木朋『土砂どめ奉行ものがたり』 史実とファンタジーで描く人間と自然の和合の姿


 中国ものを得意とする青木朋が、江戸時代の農村を舞台として描く物語――江戸時代、土砂崩れなどを防止するために木の伐採などを取り締まる土砂留奉行の奮闘を、ファンタジー要素も交えつつ描いたユニークな作品であります。

 木の伐採や草刈りなどによって山がはげ山となったことにより、土砂崩れや洪水が頻発していた江戸時代。これを重くみた幕府は土砂留令を出し、山での木の伐採を取り締まり、護岸工事などを行うこととするのでした。

 そしてその任についたのが、土砂留奉行――本作の主人公・稲田守弥であります。早速担当の地域に赴き、農民たちを指導する守弥ですが、しかし土砂留の負担は全て農民。当然のことながら、彼らは大きく反発することになります。
 その中でも、村の若き長者である利兵衛は反対の急先鋒。かつて山で幼い弟を事故で喪った彼は、守弥の言葉も聞かず、ひたすら金儲けに邁進するのですが……


 先日発売された「歴史街道」誌の細谷正充「子供や孫にすすめたい「歴史小説&マンガ」24 」という記事で紹介されていた本作。
 このことからも察せられるとおり、本作は子供にも非常にわかりやすい、学習漫画と読んでもよいタッチで描かれた物語なのですが――しかし絵柄は可愛く、展開はコミカルであっても、内容の方は、あくまでも丁寧に史実を踏まえた本格派であります。

 そもそも、江戸時代には森林資源の管理が行われていなかったことから、際限ない伐採によってはげ山が増加し、それに伴い災害が頻発していた――という、ベースとなった史実が興味深い。
 そう、本作は「江戸時代は自然と共存し、自然を大事にしていた」と、何となく共有されている思いこみを完膚なきまでに叩き壊し、そこから文字通り地に足が着いた物語を描いていくのであります。

 しかし、江戸時代に土砂留令のような自然保護と環境回復の思想があったのには感心させられますが、これは農民に対する一方的な申し渡しであり、幕府側では経費の負担等を行わない点で、(今の目で見れば)大きな欠点があります。
 本作でも、土砂留を推進しようとする守弥の重い自体は純粋なものではありますが、しかしこの欠点に目を瞑り、農民に強制する時点で、やはり時代の制約から逃れられていない状況にあるのです。

 そしてそんな彼の矛盾を突く、農民のロジックを代表するのが、農民側の主人公――というより本作の中盤以降の実質的な主人公と言うべき利兵衛であります。
 欲に駆られて山の神木を伐ったことにより、祟りで仲間を、そして弟の命を喪いながらも、そのためにかえって金儲け優先の守銭奴となってしまった利兵衛。そんな彼にとって、土砂留は金儲けの機会を奪うものであり、ことごとく守弥の命に逆らうことになるのです。

 この彼の行動はさすがに極端かもしれませんが、しかし当時の農民たちがあの手この手で取り締まりを逃れようとしたであろうことは容易に想像がつくところで、農民たちのある種のリアルを、彼は背負っていると言えるのでしょう。


 さて――このようにある意味生真面目な本作をここで取り上げているのには、一つ理由があります。それは冒頭で述べたように、本作にはファンタジー――というより民話的要素が随所に織り交ぜられているためなのです。

 実は守弥は、生まれつき人ならざるものを見ることができる人物。それ故、利兵衛の行いに怒る山神や、兄を心配してこの世に留まる利兵衛の弟の霊などの存在を知り、時にその協力を得て、自らの任を進めていくことになります。
 そして物語中盤から大きな役割を果たすのが、彼にくっついてきた狐のお紺であります。こともあろうに垣間見た利兵衛に一目惚れしてしまった彼女は、人間に化けて彼の屋敷の下働きとなり、物語の台風の目となるのです。

 この辺りは、ややもすれば重い内容になりかねない本作に対するユニークなアクセントであることは言うまでもありません。しかし同時に、狐――人間に比べ遙かに天然自然に近い存在――と人間が、紆余曲折を経てその距離を縮めていく姿は、本作が描く人間と自然の共存、和合の姿を体現しているとも感じられるのです。
 物語後半にはちょっと存在感が薄れていた守弥にも(とんでもない)真実があって、楽しい気分で物語は終わるのですが――これもまた、その和合の姿の一つと感じます。


 江戸時代のシビアな現実を、楽しくも美しいファンタジーで包んで描いてみせる――子供から大人まで楽しめる佳品です。


『土砂どめ奉行ものがたり』(青木朋 双葉社アクションコミックス) Amazon
土砂どめ奉行ものがたり (アクションコミックス)

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2019.07.17

「コミック乱ツインズ」2019年8月号(その二)


 「コミック乱ツインズ」誌、2019年8月号の紹介の後編であります。

『武蔵の理』(柴田真秋&永井義男(協力))
 幕末の佐賀藩で、次々と強者に挑戦しては破っていく二刀鉄人流の剣士・牟田文之助。しかし流祖である宮本武蔵の五輪書を重んじる父からはその派手な剣を厳しく咎められ、文之助は不満と悩みを抱えていたのでした。
 そんな中、彼の前に現れた幼馴染みの直心影流の剣士・誠士郎。全国武者修行の権利を賭けて誠士郎と立ち会う文之助ですが……

 非常にインパクトの強い流派名ですが、その「二刀」が示すとおり、宮本武蔵の弟子が創始したと言われる二刀鉄人流。本作の主人公・文之助は、その皆伝者であり、幕末の佐賀にその人ありと知られた実在の剣士であります。
 その青年時代を描く本作では、派手な技に流れまくって、二刀鉄人流の道理=武蔵の理を理解しない文之助が登場するのですが――ライバルに完膚なきまでに敗れて、そこで初めて、というのはお約束ながらやはり盛り上がるところであります。

 ただ、本作で文之助が目覚める場面が、いわゆる「覚醒」的で説得力に欠けるのと、使う技も二刀鉄人流という本作ならではの流派を踏まえたものとして感じられるかというとちょっと苦しいところであります。題材は非常に面白いだけに、少々勿体なく感じたのが正直なところです。


『カムヤライド』(久正人)
 難波での戦いで出会ったオトタチバナに不審者扱いされた末にのされ、連行されてしまった主人公二人は置いておいて、今回は、彼らの敵であり、国津神を各地で目覚めさせてきた謎の男・ウズメを中心に描かれることになります。
 たった一人でモンコ=カムヤライドとヤマトタケルを手玉に取ってみせた怪物・ウズメ。しかしそのウズメには何と仲間が、それも四人も!? という衝撃の事実が、今回明かされることになるのですが――その面子が、また実に作者らしいビジュアルと言動の奇っ怪な連中揃いであります。

 ウズメ一人でも大変なところに、一気に同格が四人も増えてどうなるのか――と心配になりますが、しかし彼らにも弱味と悩みがある様子。それは――と、いうのも大いに気になりますが、モンコたちの運命も気になるところ。そろそろまた格好良い活躍を見せていただきたいものです。


『政宗さまと景綱くん』(重野なおき)
 芦名氏との戦いに劇的な勝利を収め、奥羽の覇者となった政宗。しかしそれが関白・豊臣秀吉の逆鱗に触れてしまい、政宗は北条家を巻き込みつつ、状況を打開すべく動くことになります。しかし北条家と真田家の激突が、その思惑を狂わせ、そして伊達家の中でもある動きが……

 という史実どおりの、そして非常に緊迫した状況を、四コマ漫画でギャグを絡めつつ描いてみせるのに相変わらず驚かされる本作。
 今回は前半部分に「その後の」秀吉が出ずっぱりで、シリアスなのに妙におかしい――というのはさておき、そりゃあ第二の○○○を期待したくなるだろうなあ、と伊達家に同情させられるというものです。

 ちなみに先月号ラストの四コマに冠されたタイトルは「終章の幕開け」。政宗にとって「最大の危機にして最悪の事件」の存在がここで予告されるのですが――間違いなくそれが指すのはあの出来事だとは思うものの、それが本作のラストとなるのか? それはそれでキリは良いとは思いますが――とこれは先のことを気にしすぎですね。


 来月号はやまさき拓味『用心棒稼業』が巻頭カラー&最終回とのこと。これまで様々な剣戟シーンを楽しませていただいただけに残念ですが、最後まで見届けたいと思います。


「コミック乱ツインズ」2019年8月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年8月号 [雑誌]


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2019.07.16

「コミック乱ツインズ」2019年8月号(その一)


 一ヶ月空いてしまいましたが、「コミック乱ツインズ」誌の最新号、8月号の紹介であります。表紙は武村勇治『仕掛人藤枝梅安』、巻頭カラーは橋本孤蔵『鬼役』、特別読み切りで柴田真秋『武蔵の理』が掲載されています。今回もまた、印象に残った作品を一つずつ取り上げましょう。

『勘定吟味役異聞』(かどたひろし&上田秀人)
 七代将軍・家継宣下が近づく中でいよいよ激しくなっていく権力者の暗闘。新井白石は長崎奉行減員の噂を聞き、その背後に柳沢吉保の影を知ることになります。
 ここで聡四郎に代わり白石の手足となった徒目付の前に立ち塞がるのは、同じ徒目付でありながら柳沢の下についた永渕。そして二人が激突を繰り広げる場に現れた怪漢の正体は……

 というわけで、白石に逆らって聡四郎が閑職に置かれ、今回はほとんど驚き役となっている一方で、どんどん展開していく物語。これまでも物語の陰で暗躍してきた一伝流の達人・永渕ですが、今回ついにその師が登場することになります。
 その師というのがまた、剣鬼という存在を絵にしたような――本当に本作は「厭な人間」の顔を描くのが上手い――実に恐ろしい相手。そしてその存在が、聡四郎たちを思わぬ因縁に引きずりこんでいくことになるのですが――その前に聡四郎の前に再び紀文が、というところで次回に続きます。


『宗桂 飛翔の譜』(星野泰視&渡辺明(監修))
 散逸した初代大橋宗桂の棋譜七冊のうち、長崎までの旅で二冊を手にした宗桂。残る五冊を、宗桂と彼の周囲の人々は、それぞれの思惑を秘めて探すことになります。
 そして今回の中心となるのは、宗桂の従姉妹であり、将棋御三家・伊藤家の生まれながら女である故に将棋に触れることを許されなかったお香。宗桂のもとに調べに向かった彼女は、そこで思わぬ相手に出くわして……

 宗桂・お香・田沼勝助と、これまで将棋を通じて結びついてきた仲間たちが、それぞれに背負ったもののために道を少しずつ違えていく姿を最近描いている本作。その中でも最も印象に残るのは、女というだけで差別され続け、好きなように将棋を打つという自由を掴むためにスパイ紛いの行為を余儀なくされるお香の姿でしょう。
 今回もその彼女の複雑な心中が描かれることとなりますが――その一方で相変わらずの鉄面皮なのが宗桂。思惑が一番わからないのが主人公というのもすごい話ですが、しかし今回彼が明かした棋譜の秘密の一端は、そうならざるを得ないようなとんでもない背後があることをうかがわせます。

 果たして今回明かされた人物の名前が如何なる意味を持つのか――これは気になります。


『土忍記 剣と十字架』(小島剛夕)
 小島剛夕の名作復活特別企画の第十一回は、先月に引き続き、抜忍たちの孤独な旅と戦いの姿を描く連作『土忍記』からの採録であります。

 放浪の果てにやって来た九州で激しいキリシタン弾圧を目の当たりにした抜忍・多羅尾平八。ふとしたことからそんなキリシタンの村の一つに身を寄せることとなった平八は、両親を処刑されたばかりの娘・香代らとともに、そこで開墾に勤しむことになります。
 キリシタンの教えを理解できぬものの、香代と語らううちに、神の存在を信じるようになっていく平八。彼がようやく平和と幸せを掴もうとしたその時、村の人間の醜い嫉妬が……

 抜忍+キリシタンという、これはもうどう転んでも悲惨なことにしかなりそうもないという予感のとおり、何ともやりきれない物語が展開する本作。決して辛苦だけでなく、小さな希望の姿が描かれるだけに、その辛さは幾層倍にもなって刺さるのであります。
 アクションシーンは非常に少ないのですが、凝縮されたそれが、(一歩間違えるとかなり無理矢理な場面なのですが)主人公の悲痛な想いの爆発として描かれる様も印象的な作品であります。


 長くなりましたので二回に分けたいと思います。


「コミック乱ツインズ」2019年8月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2019年8月号 [雑誌]


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2019.07.15

『鬼滅の刃』 第十五話「那田蜘蛛山」

 先の戦いの傷も完全に癒えた炭治郎・善逸・伊之助に下された新たな任務――それは那田蜘蛛山に急ぎ向かえというものだった。先に派遣された十人もの隊士たちが行方不明になっていたその山で、先発の隊士たちから襲われる炭治郎たち。彼らは皆、蜘蛛の糸に操られていた……

 禰豆子だけでなく、炭治郎まで頭上にお花を浮かべて追いかけ回す善逸の姿から始まる今回。このアニメ版特有の(?)原作のナレーションは再現しない仕様のおかげで、禰豆子が炭治郎の妹だと知ったくだりが描かれず、とうとう善逸が色々と見境がなくなったように見えないでもないのが困りものですが、何はともあれ炭治郎・善逸・伊之助の三人組は、今回も実に賑やかであります。
 そんなこんなで傷も完治したと思えば、早速鎹鴉が指令を携えてやってくるブラックな職場の鬼殺隊、今度の任務地は那田蜘蛛山だそうですが……

 他人に無償の好意を向けられるのに全くもって馴れていない伊之助が、藤の花の家紋の屋敷のお婆さんが手向けの言葉を贈ってくれたことを理解できず炭治郎に絡んだり、うまく説明できなかった炭治郎がダッシュしてごまかしたり――と、相変わらず男子中学生の日常のような微笑ましい三人組なのですが、しかし辿り着いた那田蜘蛛山は見るからにヤバげなムードであります。
 例によってへたれぶりを発揮した善逸が腰を抜かしているところに現れたのは、鬼殺隊の隊士。しかし助けを求めてきたその隊士は、炭治郎たちの眼前で、謎めいた言葉を残して、文字通り山の中に引き戻されてしまったではありませんか。

 かくて、善逸を置いてけぼりにして山中に分け入った炭治郎と伊之助ですが――そこで彼らが出会ったのは、いかにもモブい感じの隊士・村田さん。炭治郎たちの前に、総勢10名でこの山に派遣された村田さんたちですが、突然隊員たちは同士討ちをスタートしたというのであります。
 ……という話が終わるのを待っていたかのように現れるゾンビっぽい隊士の皆さん。早速襲いかかってくる隊士たち(ここで、隊員同士でやり合うのが御法度と知らないなんて馬鹿だぜ、と得意気な伊之助がアホカワイイ)。彼らが何者かに操られていることに早速気付く炭治郎ですが――その正体は、隊員たちの体につけられていた糸だったのでした。

 早速糸を切る炭治郎ですが、しかしこの糸は、周囲に無数に蠢く蜘蛛たちがつけたもの。切っても切ってもすぐにつけ直される上に、炭治郎たちの体にまで隙あらばつけようとするのですから恐ろしい。これではラチがあかないと、伊之助は鋭敏な触覚で遠方の存在をも察知できる獣の呼吸・漆の型 空間識覚――伊之助のわりには攻撃技ではないのが面白い――で、蜘蛛たちを操る鬼を発見するのですが……

 隊士たちの危機にお屋形様の命を受けて出撃する二人の柱・義勇としのぶ、炭治郎が禰豆子を連れていったことを思い出しておっかなびっくり山に足を踏み入れた善逸、操り人形の糸を操る鬼、そしてその鬼を「母さん」と呼び、張り巡らされた糸の上から炭治郎たちの戦いを見つめる少年鬼――かつてない規模の戦いは、まだ始まったばかりであります。


 というわけで、これまでは一対一、せいぜい敵味方二、三人同士の戦いであったものが、敵味方ほとんど団体戦のような様相を呈する那田蜘蛛山の戦い。冒頭のわちゃわちゃと楽しい炭治郎たち三人組の姿からはうって変わった地獄絵図ですが、この落差の激しさこそが『鬼滅の刃』であります。

 そして今回初登場したのは二人目の柱・しのぶさん。冷静に考えれば義勇さんが柱ということがこれまで言及されたのか、そもそも柱って何だっけ? という気もしますが、それはさておき――ほとんどのキャラは初登場の時悪人かサイコパスに見える本作(言いすぎ)らしく、にこやかな態度の中にも昏さが見える瞳が印象的であります。

 今回はもう一つ、善逸の雀・チュン太郎の本名が「うこぎ」だったという事実が判明したのがマニアには嬉しい……か?


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 『鬼滅の刃』 第九話「手毬鬼と矢印鬼」
 『鬼滅の刃』 第十話「ずっと一緒にいる」
 『鬼滅の刃』 第十一話「鼓の屋敷」
 『鬼滅の刃』 第十二話「猪は牙を剥き 善逸は眠る」
 『鬼滅の刃』 第十三話「命より大事なもの」
 『鬼滅の刃』 第十四話「藤の花の家紋の家」

 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第4巻 尖って歪んだ少年活劇


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2019.07.14

みもり『しゃばけ』第2巻 若だんなが追う殺人の謎と自分の未来


 原作小説の方は近日中に最新巻が刊行される『しゃばけ』シリーズ――その第1作の漫画版の第2巻が、実に1年3ヶ月を置いての登場であります。物騒な人殺しを目撃してしまい、その謎を追いかける長崎屋の若だんな。しかし犯人の魔手はついに若だんなにまで……

 店の番頭を務める二人の兄やをはじめ、幼い頃から何故か妖に好かれる江戸有数の薬種問屋・長崎屋の若だんな・一太郎。その若だんなが故あって一人外出した晩、無惨な人殺しを目撃することになります。
 もしかしたら犯人の方も若だんなを目撃しているかもしれない、と探りを入れる若だんなと妖たち。しかし犯人の行方は杳として知れません。そんな中、不死の妙薬と言われる木乃伊があることを聞きつけて、長崎屋を訪れる一人の男。その応対をする若だんなですが、その男こそは……


 若だんなが偶然目撃してしまった殺人を巡り展開していく物語の方も、いよいよ盛り上がってきたこの第2巻。
 出入りの十手持ち・日限の親分も当てにならないと――若だんなに褒められたい一心で――それぞれ手がかりを探しに出かける妖たちですが、そうそう簡単に見つかるはずもありません。それどころか、元々の謎はそのまま、さらなる新たな謎ばかりが増えていく状況であります。

 最近のシリーズはいささかこの辺りの味わいが薄れてきている感がなきにしもあらずですが、こうして読み返してみると、記憶以上に時代ミステリしているのに気づかされる本作。
 何しろ途中で若だんなが未解決の謎をリストアップしてくれるのですから親切ですが――しかしそのいずれもがこの時点でも謎だらけ、いや一つの謎が解けたと思えば、また新たな謎が生まれるのが、悩ましくも楽しいところであります。

 この、世間から見るとアウトサイダーな、しかし極めて個性的で愉快な連中が寄り集まって騒々しく事件に挑む様は、原作者の師にあたる都筑道夫の『なめくじ長屋捕物さわぎ』にある意味通じるものがあるというのに、今更ながらに気づかされた、というのはさておき……
(もちろん、こちらが大金持ちに比べてあちらは赤貧洗うが如しですが)


 しかし同時に本作の魅力は、ミステリとしての興趣だけでも、賑やかな妖たちの個性だけでもないこともまた、改めて再確認させられます。
 それはこの世で人が生きていく上で否応なしに背負うことになる、ままならないものの数々――ある意味、人生そのものとも言うべきものの数々。その苦さは、本作から今に至るまでシリーズの基調を成すものとして存在しているのであります。

 そして本作においてそれをある意味体現しているのは、若だんなの親友である菓子屋の息子・栄吉であります。
 いずれは実家を継がねばならぬ身の上ながら、どうしようもなく菓子作りが下手――という彼のキャラクター描写は、漫画では特にユーモラスに感じられます。しかしそんな彼の姿には、早々にモラトリアムから抜け出さなければならない者の苦さが濃厚に漂います。

 そんな彼のあり方は、彼の妹の人生にも残酷な影響を与えるのですが――それだけでなく、何不自由ないはずの若だんなの心にも、大きな波紋を残すことになります。
 幼い頃から病弱で、長崎屋の跡取りとは言い条、できること、やってきたことはほとんどない若だんな。自分自身のやるべきことがあり、それに向かって曲がりなりにも進んでいる栄吉の姿に引き比べて、自分の身をどう考えるか――想像するまでもないでしょう。

 本作は、そんな限りある生の未来に向けて懸命にもがく人々の姿を描く物語でもあります。それは、その生を断ち切る殺人という行為、そしてまた、ほとんどいつまでも生き続ける妖の存在と対比することによって、より際だって感じられるのです。


 ほとんど同じ髪型のキャラクターばかりというビジュアル化にはなかなかに困難な状況ながら、それを丹念に描き分けて見せた作者の絵の確かさもあり、新たな『しゃばけ』としての存在感を確立した印象の本作。
 ただ、次の巻はもう少し早く刊行されることを祈るのみであります。


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しゃばけ 2 (BUNCH COMICS)


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 しゃばけ
 『しゃばけ漫画 仁吉の巻』『しゃばけ漫画 佐助の巻』 しゃばけ世界を広げるアンソロジー

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2019.07.11

さいとうちほ『VSルパン』第1巻-第3巻 ロマンスで切り取ったアルセーヌ・ルパン伝


 誰もが知る怪盗アルセーヌ・ルパン――しかし、その怪盗たる所以か、ルパンは描く者によって様々な姿を見せることになります。本作はルパンを少女漫画として――ロマンスの側面を強調して描く作品。そしてそれもまた、確かにルパンの顔の一つなのであります。

 ある日、ヴァンドーム公爵家に舞い込んだルパンからの手紙。それは、公爵の一人娘・アンジェリックとルパンの結婚を宣言するものでありました。もちろん公爵にもアンジェリックにも身に覚えはないものの、ルパンの巧みなマスコミ攻勢によって婚約は既成事実化してしまうのでした。
 これに対して公爵は三人の花婿候補を選び、アンジェリックと結婚させてしまおうとするのですが……

 という第1話「プリンセスの結婚」から始まる本作ですが――ルパンファンほどこのチョイスには驚くのではないでしょうか。
 というのもこの第1話のベースとなっているのは『ルパンの告白』に収録されている短編『ルパンの結婚』。簡単に言ってしまえば、ルパンが結婚詐欺を働こうとするお話なのですから。

 しかもその相手であるアンジェリックは、33歳で、読書をしている時間が一番幸せなオールドミス。容姿も決して優れているわけではなく――と、ルパンよ、いくら犯罪でもやっていいことと悪いことがあるだろう、と言いたくなってしまう内容なのであります。
 が、しかし本作の面白さは終盤のあるドンデン返しなのです。公爵をまんまと欺き、懐に入り込んだものの、ちょっとしたミスから追い詰められたルパン。窮地の彼を救った者は、そしてその相手に対してルパンは……

 と、できすぎといえばできすぎなのかもしれませんが、盗みに入ったルパンがまんまと心を盗まれてしまう――というお話は、なるほど実にロマンチック。
 ヒロインであるアンジェリックの造形も個性的かつ魅力的で、なるほどこれは少女漫画に向いているわい――と、作者の炯眼に感心させられるのです。


 そしてこれ以降も、本作は原作の様々なエピソードをピックアップして展開していくこととなります。

 『伯爵夫人の黒真珠』『王妃の首飾り』『カリオストロ伯爵夫人』『結婚指輪』――そしてその中で中心となるのが、唯一の長編である『カリオストロ伯爵夫人』なのですが、しかしそれに合わせて前後の物語がアレンジされているのも面白いところであります。
 というのも、ルパンの最初の犯罪を語る『王妃の首飾り』――本作では、そこで原作には登場しない『カリオストロ伯爵夫人』のヒロインの一人・クラリスを登場させ、ここでルパンと彼女の出会いを描いているのです。

 こうして『王妃の首飾り』をプロローグとしてスタートする『カリオストロ伯爵夫人』は、マリー・アントワネットがカリオストロ伯爵に明かしたという4つの謎の一つ「七本枝の燭台」の秘密を巡る物語。
 ルパンが謎の美女・カリオストロ伯爵夫人や王党派の結社を向こうに回して繰り広げる初期の冒険なのですが――しかしこの作品もまた、ロマンス(というか愛欲)の香りが濃厚に漂う物語であります

 このエピソードも、原作ではルパンは結構(女性に対して)どうしようもない奴なのですが、しかし本作はその印象を巧みにアレンジし、同時に物語の骨格は外さずにダイジェストしてみせます。
 そして悪女・妖女としかいいようがないカリオストロ伯爵夫人も、母と父の影に縛られた悲しい存在としての側面を描いている(なお、本作に収録されたエピソードには、「親と子」というモチーフにまつわるものが多いのも一つの特徴であります)のも、印象に残るところであります。


 しかし、このロマンスによって独立した原作のエピソードを巧みに繋げてみせる本作の真骨頂は、第3巻のラストに収められた『ルパン誕生』でしょう。
 本作の中では非常にオリジナル度が高い(というより原作の隙間を埋めたという形の)このエピソードで描かれるのは、『カリオストロ伯爵夫人』のエピローグと言うべきある悲劇と、そして原作で最も名高いあのエピソード(そしてそれは『カリオストロ伯爵夫人』とある一点で繋がるのですが)のプロローグなのですから。

 そしてそこで同時に、そのタイトル通りの「ルパン誕生」――ルパンが怪盗紳士として劇場型犯罪を繰り広げるその理由を、本作ならではのものとして示してみせるのですから、もう感嘆するほかありません。
 季刊誌での連載ゆえ、刊行ペースは早くありませんが、次なる展開が大いに気になるアルセーヌ・ルパン伝であります。


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2019.07.09

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第16巻 哀しき巨人・岩柱の過去 そして最終決戦の幕上がる!


 このブログでも毎週何だかんだ言いつつ取り上げているようにアニメも好調に放送中の『鬼滅の刃』ですが、原作の方は鬼殺隊総出の柱稽古を経て、この巻からいよいよ最終決戦に突入することになります。鬼舞辻無惨たち鬼の本拠地である無限城で、絡み合う因果因縁とは……

 禰豆子がついに日の光を克服したことで、鬼殺隊と鬼、それぞれにとって新たな局面に入った戦い。いよいよ決戦が近いことを予感した鬼殺隊は、柱たちを中心とした大特訓・柱稽古を開始することになります。
 義勇さんのコミュ障ぶりが明らかになったり、不死川兄弟の兄弟喧嘩に皆が迷惑したりと、色々と賑やかに(キャラの掘り下げが)展開していった末――次に炭治郎と善逸は、岩柱・悲鳴嶼行冥のもとに向かうのですが、しかし……

 と、この巻の冒頭で描かれるのは、滝行に丸太背負い、岩押しと、ある意味最も修行らしい岩柱の特訓。しかし強烈なビジュアルだらけの柱たちの中でも一際目立つ風体の悲鳴嶼がそこに加わると、異次元の風景という感があります。
 さらに久々に登場した感のある伊之助も加わって、賑やかな(しかしやる側は笑い事ではない)特訓風景を楽しんでいたものが、しかしここで一転、シリアスで重い物語が語られることになります。

 それは悲鳴嶼の過去――かつては僧として孤児たちと寺に暮らしていた彼が、何故鬼殺隊に加わり、柱にまでなったのか? ここで描かれるのは、他の柱(恋柱とか例外もいますが)――いや炭治郎たち同様、鬼によって運命を狂わされ、辛酸を舐めた者の悲痛な叫びなのであります。

 先に述べたとおりその強烈なビジュアルといい、ことあるごとに数珠を爪繰りながら涙を流すその言動といい(あと玄弥が弟子だったり)、他の柱が評する通りどうにも得体の知れなかった悲鳴嶼。
 しかしたった一つのエピソードで、キャラクターのイメージをマイナスからプラスに変えてみせるのは本作の最も得意とするところであり――ここでも、悲鳴嶼が一気に哀しくも頼もしい勇者に見えてきたのですから、さすがと言うべきでしょう。


 しかし(衝撃の不死川兄の秘密暴露を挟んで)ここから一気に物語は展開していくことになります。
 ついに鬼殺隊の長・産屋敷の居場所を突き止め、その前に現れた無惨。実は同族の出だったという二人の対話によって、鬼と人間の違い――それはこれまで物語の中で語られてきたものの延長線上にあるのですが――が語られるのもイイのですが、まさかここから決戦の烽火が、あまりに思い切った形で上がるとは!

 懐かしいあのキャラクター(ここに来てさらりと語られるあまりに重い過去に涙)、意外なキャラクターの起用に驚きつつ、ついに長かった戦いもここで決着かと思えば――待ち受けていたのは別の意味での決着戦であります。

 無惨の本拠・無限城を操る存在であり、そして空席となった上弦の肆の座に就いた鳴女の力によって、その無限城に引きずり込まれた鬼殺隊の隊員たち。そして無惨に至る道において彼らの前に立ち塞がるのは上弦の鬼たち――これぞジャンプに脈々と続く死亡遊戯パターン(の変形)と言うべきでしょうか。
 かくて、迷宮という言葉すらも生ぬるい無限城の内部で待ちかまえる下弦クラスの力を持つ無数の異形の鬼と上弦の鬼vs岩・霞・風・蛇・恋・水・蟲の各柱、そして炭治郎や(何故か非常に覚悟を決めた表情の)善逸をはじめとした鬼殺隊の隊士たちの決戦がここで始まるのであります

 敵も味方も役者は揃い、幕開けとなる第一番勝負は蟲柱・胡蝶しのぶ対上弦の弐・童磨――あの猗窩座殿を手玉に取る得体の知れぬ男であり、そして何よりもしのぶの姉・カナエの仇であります。
 奇しくも自分が鬼殺隊に入ったその理由を作った相手と対峙したしのぶですが、全力を尽くした彼女にとっても、相手はあまりに悪い。果たして……

 というところで引きとなるこの第16巻。ここから先は全てが死闘であり名勝負(でも突発的にギャグは入る)、今から次の巻が待ち遠しいのであります。


 ちなみに単行本のおまけページは、これまで以上にキャラの掘り下げや補足が多い印象。去就が気になっていたあのキャラクターにもきちんとフォローが加えられていて、少しだけ安心しました。


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