2017.04.28

碧也ぴんく『義経鬼 陰陽師法眼の娘』第5巻 史実通りの悲劇の先に

 源九郎義経の身にその魂を宿すこととなった鬼一法眼の娘・皆鶴の愛と戦いの物語もいよいよ佳境。自らの体を取り戻すため、平家打倒を目指す彼女の戦いは、ついに屋島、そして壇ノ浦に平家を追いつめるのですが……その代償は、あまりにも大きかったのであります。

 父の術の失敗により、義経と二人で一人の状態となってしまった皆鶴。彼女と義経が分離するためには、義経が大望を果たすか、諦めなければならないというのですが……その大望とは言うまでもなく平氏打倒。
 体の主導権をほとんど失った義経に代わり、皆鶴は弁慶、佐藤継信・忠信、伊勢三郎らの頼もしい仲間たちとともに、平氏を追いつめていくことになります。

 しかし「義経」が快進撃を続けるほど、冷たくなっていく兄・頼朝の目。それでもこの戦いが終われば、と突き進む皆鶴たちですが、しかし屋島の戦いにおいて、愛し愛される間柄となった継信が平教経の矢に斃れてしまい――


 義経と鬼一法眼、皆鶴の伝説を踏まえ、中心に義経=皆鶴という巨大なフィクションを抱えつつも、しかし基本的に史実に忠実に展開していく本作(「弓流し」のエピソードの使い方など、思わずニヤリ)。それは、歴史上に名を残した人物の生死においても変わることはありません。
 そのある意味避けられぬ悲劇が、継信の死であったわけですが……しかし、我々はこの先、さらなる悲劇が「義経」を襲うことを知っています。

 ついに壇ノ浦で打倒平氏を果たしたものの、頼朝との距離は広がり、ついには鎌倉に入ることすら禁じられた義経主従。密かにただ一人鎌倉に忍び入り、頼朝対面した皆鶴は、頼朝が心の中に隠していたものを知ることになります(このシーンの兄貴、かなり最低)。
 頼朝の心底を知り、生き延びるために西国に落ち延びんとする主従。既に全員が義経と皆鶴の関係を知った彼らの心は一つなのですが――

 しかし結果としてこの展開もまた史実通りであるとすれば、その先もまた……と思うべきなのでしょう。それを裏付けるかのように、この巻のラストではまた一人の男が命を賭けることになります。

 この悲劇を避ける道があるとすれば、それは歴史のイレギュラーと言うべき皆鶴の存在にかかっているのかもしれません。
 ある意味、ここからが彼女にとって本当の、自分自身のための戦い。その先に何が待っているのか、そして彼女にとってその戦いに本当に意味があるのか、それはわかりませんが……しかしそれが彼女にとって、義経にとって、二人を慕う郎党たちにとって、より幸多き道であることを祈るしかありません。


 作者のブログを見れば、本作もあと1巻で完結する様子。皆鶴は、果たして厳然たる史実に穴を穿つことができるのか……たとえ何が待ち受けていたとしても、彼女の最後の戦いを見届けたいと思います。


『義経鬼 陰陽師法眼の娘』第5巻(碧也ぴんく 秋田書店プリンセスコミックス) Amazon
義経鬼~陰陽師法眼の娘~(5)(プリンセス・コミックス)


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2017.04.26

梶川卓郎『信長のシェフ』第18巻 歴史になかった危機に挑め!

 信長の天下布武もいよいよ佳境、ついに始まった宿敵・本願寺との天王寺合戦。しかしその背後では、三人の現代人たちの思惑が絡み合っています。打倒信長のため、毛利を動かして歴史を変えようとする果心居士=松田に対し、その毛利対策を信長からただ一人任されたケンの策とは――

 自分を認めなかった信長を滅ぼすため、松永久秀と手を組んだ松田。自分が歴史を動かすと豪語する彼は、明智光秀に接近し、本願寺攻めの中で彼に信長を討たせんと暗躍します。
 それも全ては本願寺顕如と久秀の手の上で踊らされているだけだと知り、同じ現代人、いやかつての同僚を見殺しにはできないと、ケンにメッセージを送るようこ。しかし既に本願寺と毛利は手を組み、そして光秀も天王寺砦に追いつめられることに――


 これまで信長を襲った数々の危機を、料理の腕と知識、そして機転で乗り越え、信長を支えてきたケン。しかしそれらの危機は、いずれも史実の上のものであり、あるいは彼の存在がなくとも、信長はその危機を乗り越えることができたのかもしれません。
 しかし今回信長を襲うのは、その歴史にはなかった危機なのであります。

 この巻で描かれる天王寺砦の合戦は、確かに信長が敵よりも劣る戦力で、しかも自らが陣頭に立った数少ない戦いですが、この戦いの相手は本願寺のみでありました。
 しかしこの戦いに毛利が――この後の木津川口の合戦で一度は織田軍に大勝を収めたほどの毛利が参戦していれば、大きく歴史は変わったことでしょう。

 松田が狙うのは、大げさに言えばまさにこの毛利参戦による歴史改変。
 なるほど、タイムスリップした現代人が歴史改変を目論むというのは、タイムスリップ時代劇ではある意味定番ですが、本作においてはこれまでケンがある意味歴史そのものに興味がなかったために、この展開はかなり新鮮に感じられます。

 さて、イレギュラーにはイレギュラーと言うべきか、その毛利にはケンが当たることになるのですが……しかし信長を待ち受けるのは、松田によって巧妙に暗示にかけられた光秀が籠もる天王寺砦に仕掛けた罠。
 史実では自ら砦を囲む敵軍を突破した信長が光秀と合流、すぐさまとって返したことで大勝利を収めるのですが、上に述べたとおり、これも信長にとっては異例の、薄氷を踏む勝利であることは間違いありません。そこで何か一つ歯車が狂えば――

 そんなわけで、この巻で描かれるのは、ケンと信長それぞれが立ち向かう戦いであります。その結果がどうなるか……それをここで述べるのは野暮というものですが、しかし、その過程と結果は、本作をこれまで読んできた者にとっては納得の、そして当然のものであると言うことはできるでしょう。

 物語がある意味二分化されることもあり、これまで以上にケンの料理の出番は少ないこの巻。しかしそれでもここで描かれたものは、『信長のシェフ』という物語が紡ぎ、築いてきたものを踏まえたものであり、例え料理シーンが少なくとも、その味は変わらない……そう再確認させられた次第です。


 しかし一つの戦いが終わり、また浮かぶのはケンと歴史の関係に対する疑問であります。
 果たしてケンの存在は、本当に歴史を変えていないのか。今は結果として歴史は変わっていないだけで、やがては大きく歴史は変わるのではないか。そしてもう一つ、この先、ケンが自らの意志で歴史を変えようとすることはないのか……と。

 しかし信長にとって大きな危機が去った今、その答えが示されるのは、まだまだ先のことかと思いきや……この後ケンを待ち受けているのは、おそらくは小さくとも歴史を変えかねない決断であります。
 そこでまず何が示されるのか。思わぬところで描かれたケンの過去の記憶も含めて、まだまだ気になることは尽きない作品であります。


『信長のシェフ』第18巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ 18 (芳文社コミックス)


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2017.04.24

霜月かいり『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 乙女幻遊奇』 丹翡の目から見た懐かしき好漢・悪党たち

 本編第二期に外伝の映像化と、この先の展開も楽しみな『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』。本作にはそれらの映像作品だけでなく、周辺作品にも気になるものが幾つも存在します。その一つがこの『乙女幻遊奇』……霜月かいりの美麗な絵により、「乙女」の視点から描かれた物語です。

 大悪人・蔑天骸により兄を討たれ、先祖代々守護してきた天刑劍を奪われた少女・丹翡。彼女が謎多き美青年・朱鳥こと凜雪鴉、そして西の果てから来た風来坊・殤不患と出会ったことから、この東離劍遊紀という物語は始まります。
 そして本作はその丹翡……すなわち乙女の視点から再構成された物語なのです。

 本来であれば、聖地から外の世界に出ることなく、天刑劍を守って暮らしたであろう丹翡。その彼女のお人好しぶり、世間知らずぶりは、本編でもしばしば描写されていました。
 そんな彼女の目に、海千山千の好漢・悪党が、彼らと共に繰り広げてきた冒険の数々がどのように映るものか……それはなかなか興味深いものであります。

 もちろん、こうした構造ゆえ、基本的な内容は本編のそれをなぞる以上のものはないわけですが(尤も、後半にはオリジナル妖魔も登場する本作独自のエピソードもあるのですが)、それはファンにとってはむしろ望むところでしょう。
 凜雪鴉が、殤不患が、捲殘雲が、あるいは殺無生や刑亥が、丹翡の目から見ることによって、おなじみの、それでいてこれまでとは少しだけ違う姿で見えてくるのですから――
(狩雲霄のみほとんど登場しないのは、凜雪鴉を除けば彼のみ真の顔を隠していたからでしょうか)

 そしてそれを描くのが霜月かいりとくれば、これはもう言うことなし。いや、個人的な趣味を言えば、殤不患はもう少しむさく……いや男臭く描いて欲しかったところですが、それはさておき、原作の賑やかですらある美形キャラの群舞を描くのに、これほど適任はおりますまい。
 そして、決して強くはない者が、傷つきながらも強くあろうとする姿、そしてその傍らに在る者が不器用に手をさしのべる姿は、実に作者の作品らしいと感じるのです。

 ただし、原作に強烈に漂っていた武侠ものの香り――己の腕と剣のみを頼りに江湖を渡り、冒険に命を燃やす連中の心意気とでも言うべきものが、やはりほとんど感じられないのは、これもまた本作の構造上全く仕方ないところですが、やはり少々残念ではあります。


 こうした点を踏まえて考えれば、やはり一種のファンアイテムであることは否めませんが……しかし本編終了から半年が過ぎ、少々寂しくなってきた頃に、またあの連中に会えるというのはやはり嬉しいもの。
 新作までの飢えを和らげる作品として、気軽に楽しめる一冊ではあります。

 そしてこの世界のビジュアルとは相性抜群の作者とは、新作の時にも何らかの形で関わって欲しいとも、強く感じた次第です。


『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 乙女幻遊奇』(霜月かいり&Thunderbolt Fantasy Project 秋田書店プリンセス・コミックスDX) Amazon
Thunderbolt Fantasy東離劍遊紀 乙女幻遊奇 (プリンセス・コミックスDX)


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 『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』 第13話「新たなる使命」(その二) と全編を通じて

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2017.04.19

『コミック乱ツインズ』2017年5月号

 今月も『コミック乱ツインズ』の時期となりました。今月号は、『そば屋幻庵』と『小平太の刃』が掲載されているほかは、レギュラー陣が並びますが、しかしそれが相変わらず粒ぞろい。今回も印象に残った作品を紹介いたします。

『エンジニール 鉄道に挑んだ男たち』(池田邦彦)
 明治時代、鉄道の黎明期に命を賭ける男たちを描く本作は今回から新エピソードに突入。島安次郎の懸命の説得に、国鉄に移籍した凄腕機関士・雨宮が、島の依頼で碓氷峠の視察に向かうことになります。

 碓氷峠といえば、その急勾配でつい最近まで知られた難所。現代ですらそうなのですから、蒸気機関車が運行されていたこの時代、その苦労はどれほどほどのものだったか……
 と、事故が相次ぐこの峠で奮闘する人々が登場する今回。雨宮が見せるプロの技が実にいいのですが、むしろ今回の主役はそんな現地の人々と感じさせられます。

 時代が明治、題材が鉄道と、本誌では異色の作品と感じてきましたが、一種の職人ものとして読めば全く違和感がないと、今更ながらに気付かされました。


『仕掛人藤枝梅安』(武村勇治&池波正太郎)
 「梅安晦日蕎麦」の後編。彦次郎が、恩のある田中屋に依頼され、仕掛けることとなった容貌魁偉な武士・石川。その彼を尾行した梅安は、真の事情を知ることになって――
 と、腕利きの武士相手のの仕掛けを頼まれてみれば、その実、彼こそは……という展開は、この前に描かれたエピソード「後は知らない」と重なる点が大きくてどうかなあと思うのですが、これは原作もこうなので仕方がありません。

 しかしその点に目を瞑れば、魁偉な容貌を持つ者が必ずしも凶悪ではなく、優しげな容貌を持つ者が必ずしも善良ではないという物語は、梅安たち仕掛人という裏の「顔」を持つ者たちと重なるのはやはり面白い。
 そしてこの点で、男たちの顔を過剰なほどの迫力で描く作画者の作風とは、今回のエピソードはなかなかマッチしていたと感じます。
(その一方で、一件落着してから呑気に年越し蕎麦をすする二人の表情も微笑ましくていい)


『鬼切丸伝』(楠桂)
 まだまだ続く信長鬼編。今回のエピソードは明智光秀の娘・珠(細川ガラシャ)を主役とした前編であります。
 本能寺の変で鬼と化し、自らを討った光秀とその血族に祟る信長。血肉のある鬼というより、ほとんど悪霊と化した感のある信長は、最後に残された珠に執拗につきまとい、苦しめることに――

 というわけで、冷静に考えれば前々回のラストで鬼になったばかりなのに、何だかえらいしつこい印象のある信長ですが、さすがに魔王と呼ばれただけあって、鬼切丸の少年も、久々登場の鈴鹿御前も、なかなか決定打を繰り出せないのがもどかしい。
 そんな中、口では否定しても少しずつ珠を、人間を守る方向に心を動かしつつある少年の「人間にしかできぬ御技で呪いに打ち勝て!!」という至極真っ当な言葉に感心してみれば、それが事態を悪化させるとは――

 この国の魔はこの国の神仏にしか滅せぬという概念には「えっ!?」という気分になりましたが(『神の名は』『神GAKARI』は……<それは別の作品)、そろそろ信長とも決着をつけていただきたいところです。


『勘定吟味役異聞 破斬』(かどたひろし&上田秀人)
 ついに残すところあと2回となった本作ですが、今回はラス前にふさわしい大殺陣というべき展開の連続。敵の本拠とも言うべき金吹き替え所に乗り込んだ聡四郎を待つのは、紀伊国屋文左衛門が雇った11人の殺し屋……というわけで、ケレン味溢れる殺陣が連続するのが実にいい。

 同じ号に掲載された『そば屋幻庵』が静とすればこちらは激しい動、これくらい方向性が異なれば気持ちがいいほどですが、さてその戦いも思わぬ形で妨害を受けて、さあどうなる次号! というところで終わるのは、お約束とはいえ、やはり盛り上がるところであります。


『コミック乱ツインズ』2017年5月号(リイド社) Amazon
コミック乱ツインズ 2017年 05 月号 [雑誌]


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2017.04.15

フカキショウコ『鬼与力あやかし控』 内与力、裁けぬ悪を斬る

 古今東西、いつの世も尽きないのは法では裁けない悪人の存在。しかし悪人がいればそれを倒すヒーローもいる……というわけで、表で裁けぬ悪を、妖怪になぞらえて始末する町奉行所の内与力を主人公とした連作シリーズであります。

 江戸南町奉行として江戸の治安を守る根岸鎮衛。その彼が、様々な怪異譚を含む珍談奇談を記した随筆『耳袋』の著者であることをご存じの方も多いでしょう。
 本作の主人公は、その根岸の内与力・鬼山……役人とは思えぬような傾いたなりの優男で、市井で怪事件があれば全て妖怪の仕業にしてほったらかしにしてしまうことで、奉行所内で悪名を轟かせている人物であります。

 しかし昼行灯は仮の姿、真の彼は奉行の指示の下、表だって裁けぬ悪を得意の二階堂平法で始末し、妖怪の仕業として収めていたのです。江戸を騒がす猟奇事件の数々……いずれも美女が無惨に犠牲になった事件の陰に潜む悪に、鬼山の秘剣・心の一方が唸ることに――


 というわけで、タイトルを見れば与力が妖怪退治をする伝奇もののようですが、その実は仕事人ものの本作。
 奉行所の役人が実は……というのは、これは中村主水からの定番ではありますが(ちなみに本作を読みながら森田信吾の『必殺!! 闇千家死末帖』を思い出したのですが、原作者が同じでした)、本作のユニークな点は、主人公が内与力という点でしょう。

 内与力とは、奉行所付きではなく、町奉行個人に仕える与力のこと。奉行所付きの与力がほとんど世襲であり、一応任期のある町奉行にとって必ずしも扱いやすい存在ではなかったことから、いわば秘書官的な立場で任命されたものであります。
 つまり根っからの奉行所の役人としては少々毛色の違う存在であることが、設定上ある程度許され、そして奉行に近しいところにいる存在が内与力。なるほど、本作の鬼山に相応しい立場でしょう。

 尤も、内与力という立場にしては、月代も剃らぬ鬼山はいかがなものか、という印象はあるのですが、この辺りは主人公の記号というべきでしょうか――
 と、この点に限らず、時代ものとしては少々乱暴な描写も散見される本作なのですが、その辺りは無知から来るものではなく、ある程度割り切ったものとなっていることが、作中の描写からは伺えるのもなかなか楽しい。

 例えば終盤、鬼山が井戸の水を浴びて独り言ちるシーンなどは、当時の井戸を踏まえての内容にニヤリとさせられますし、そのほかにも、無茶をやっているようで、舞台設定を踏まえたガジェットが使われているのが、なかなか面白いのです。

 この辺りはおそらく原作者の白川晶の功績ではないかと思いますが、画を担当するフカキショウコの方の功績は、まず毎回登場する美しいゲストヒロインの存在でしょう。
 尤も、本作においては彼女たちはかなりの確率で大変に非道い目に遭うのですが、その美麗な絵柄は、陰惨なイメージを和らげるのに一役買っていたと感じます。


 というわけで、基本的に一話完結ということもあり、エピソード的にはそれほど膨らみはないものの、まずは肩の凝らずに楽しめる痛快時代劇と言うべき本作なのですが……

 しかしいただけないのは、本作の特色である、悪人たちを妖怪になぞらえるという趣向が、ほとんど機能していないように思える点であります。
 この辺り、ベースとなるのが、必ずしも妖怪談集ではない「耳袋」なだけに苦しいところもあったのだろうと思いますが、しかし結局は普通の仕事人ものになってしまっていたのは、何とも残念ではあります。


 ちなみに本作の作者コンビには、『戦国武将列伝』にシリーズ連載されていた『戦女 バテレンお彩』という作品もあるのですが、こちらは未だに単行本化されていない作品。こちらもいつかまとめて読めるようになることをと願う次第です。


『鬼与力あやかし控』(フカキショウコ&白川晶 朝日新聞出版朝日コミックス) Amazon
鬼与力あやかし控 (朝日コミックス)

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2017.04.14

崗田屋愉一『大江戸国芳よしづくし』 豪傑絵師が描いた英雄

 今なお人気を誇る浮世絵師・歌川国芳。その国芳の若き日の姿を、国芳の壮年期を舞台とした『ひらひら 国芳一門浮世譚』の崗田屋愉一(岡田屋鉄蔵)が描いた連作漫画であります。なかなか芽が出ずに苦しむ国芳が、裕福な商人・遠州屋佐吉ら、刎頸の友との交わりの中で見たものとは……

 時に豪快で奇抜な、時に滑稽で可愛さすら感じさせる画風で、この数年、幾度も展覧会が開かれている国芳。武者絵や妖怪、猫など、題材も実に好みのものばかりで、私も大好きな浮世絵師であります。
 冒頭に述べた作者の『ひらひら』は、人気絵師となった国芳と弟子たちの姿を描いた作品ですが、本作は国芳の駆け出し時代を描いた作品。『ひらひら』が完成度の高い作品だっただけに、本作も期待してしまったのですが、果たして期待を上回る作品なのでした。

 豊国一門という名門の絵師でありながら、豪快な画風と奔放な性格から一門のはぐれ者となり、兄弟子の国貞に水を開けられっぱなしの若き国芳。そんな彼が、全くの偶然から裕福な商人・佐吉と出会ったことをきっかけに、運命が動き始めることになります。
 国芳の絵に惚れ込み、何かと援助するようになった佐吉。佐吉の伝手で今をときめく七世市川團十郎と対面した国芳は、ある使いを頼まれることになるのですが……

 大きく分けて二つのエピソードから成る本作の前半は、この團十郎の秘めたる過去にまつわる物語であります。
 幼くして團十郎の名を継ぎ、色悪として名を挙げ、後に「歌舞伎十八番」を撰した團十郎。思わぬ悲劇がきっかけで、この役者の中の役者ともいうべき彼の過去に触れてしまった国芳は、一芸を貫く者の矜持と悲しみに触れることになるのです。

 物語的には比較的ストレートな内容ではあるのですが、作者ならではの端正で、それでいて勢いと色気のある絵柄で描かれる團十郎は実に格好良く、それだけでも満足できそうなこのエピソード。
 しかしそれ以上に、あくまでも「團十郎」であることを貫く彼の「素顔」を描いてみせた国芳の画が、これもストレートながら泣かせるのであります。


 と言いつつ、個人的に大いに興奮し、そして泣かされたのは、後半部であります。
 佐吉よりも前から国芳とつるんでいた親友の一人・次郎吉の姿を描くこのエピソード、次郎吉という名から察せられるとおり、彼こそがあの……なのですが、ここからこれまた思わぬ形で国芳の絵の世界に繋がっていくのです。
(ここから先、内容に踏み込むことをお許し下さい)

 かつて二世を契った遊女・吉野を病で亡くした次郎吉。彼女の父に借金を背負わせ、苦界に身を沈めたきっかけを作った悪徳役人が、今度はその妹・梅を狙っていると知った次郎吉は、自ら借金を肩代わりしてすっぱり返してみせるのですが……その後から、江戸の夜を騒がせるあの義賊。
 ふとしたことから次郎吉がその正体ではないかと考えた梅に相談され、国芳と佐吉、そして国芳と次郎吉といつもつるんでいた悪友の金さん(!)は、次郎吉を救うために奔走するのですが――

 フィクションの世界では大の人気者だけに、様々な形で描かれてきた「次郎吉」。その彼が「金さん」とともに登場するのも、実はそれほど珍しいことではないのですが……そこに国芳が絡むのは、これが始めてではないでしょうか。

 しかしそんな伝奇ファン垂涎の取り合わせは、あくまでも本作を形作る枠。本作の魅力は、そんな彼らを繋ぐ厚い熱い友情と反骨心、そして希望の姿なのですから。
 その象徴としてラストに登場するのが、反骨の英雄たちの物語、国芳の名を一気に高めた物語の英雄を描いたあの作品なのですから……国芳ファン、そしてあの物語のファンとして、感涙にむせぶほかないではありませんか!

 冷静に考えれば、芸道もので、主人公の代表作の成立秘話が描かれるというのは定番中の定番なのですが、しかしそんなことも頭からすっ飛ぶほどの、見事な物語を見せていただきました、と心から感謝であります(史実の彼は……などと野暮なことは言わない)。


 というわけで期待以上の感動を与えてくれた本作なのですが、一つだけ残念なのは、本作がこの一冊で完結という扱いなことであります。
 まだまだ国芳の絵師人生は始まったばかり、この先の彼の姿ももっともっと見てみたい……読み終えたいま、そんな想いに駆られているのです。


『大江戸国芳よしづくし』(崗田屋愉一 日本文芸社ニチブンコミックス) Amazon
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2017.04.07

唐々煙『煉獄に笑う』第6巻 誕生、曇三兄弟!?

 舞台化も決定し、『曇天に笑う』にも負けず盛り上がる本作。巻数も本編と並びつつも、まだ先のわからぬ物語が展開していきますが……しかし今回、ついに佐吉と曇の双子が結びつき、そして佐吉が信長と対面と、物語を左右する数々の出来事が描かれることになります。そして最後には大きな爆弾が……

 ついに明らかになった大蛇の器候補者たちの顔ぶれ。その一人であった佐吉は、大蛇の力を求める百地一党と結んだ安倍清鳴の罠で、故郷の石田村襲撃の濡れ衣を着せられることになります。
 最高のタイミングで登場した曇の双子によって辛くも佐吉たちと石田村は救われたものの、人々の目は佐吉に厳しいまま。しかしそこで佐吉はある行動を……

 ということで、曇の双子の満を持しての復活という前巻のラストを経ても、なおも重い展開が続くこの第6巻。
 何もそこまでしなくとも……と佐吉の行動には思わされますが、しかしそれでもなお、自分の無力さを嘆きながらも、時代の不幸を不幸として受け入れることを拒否して立ち向かおうとする佐吉の姿は、清々しく映ります。

 そしてその佐吉の不器用な真っ直ぐさは、ついにあの二人を動かすこととなります。一人では無理でも、二人なら、いや三人ならば……主と部下ではなく、兄弟として、佐吉と曇芭恋、曇阿国は、義兄弟の契りを交わすのであります。
 ここに曇の三兄弟が誕生、さらに佐吉は「三人ならば成せる」と、三成の名乗りを――

 そうきたか! と唸り、そしてニンマリしてしまうようなこの展開。ここに至るまで本当に長かった……としみじみ思いますが、正直に言って予想だにしなかった展開であるものの、しかし同時にこれこそが見たかったものだと心から思わされる内容に、ただただ脱帽であります。


 しかしここで三兄弟はいきなり難敵にぶつかることになります。大蛇を求め、そして自らも器の一人である信長――安土城に潜む魔王が、佐吉の持つ髑髏鬼灯の巻物を求め、出頭を命じたのですから。
 というより信長による佐吉召喚は、この騒動以前からのもの。ある意味ようやく本筋に戻ったわけですが……しかし本作の信長は一筋縄でいく存在ではありません。

 何しろ、そのビジュアルはどうみても(安倍)比良裏……大蛇との戦いのために転生を続け、『泡沫に笑う』『曇天に笑う』とシリーズ皆勤(?)を果たしている人物なのですから。
 あるいは他人の空似ということもあるかと思いましたが、しかしこの巻でのある描写を見るに、やはりこの信長は比良裏の転生と思うべきなのでしょう。

 しかし少なくとも現時点では、大蛇打倒を志しているとは到底思えぬ信長。その信長に対して、佐吉の、「三成」の選択は……もちろん、期待に決して違わぬものなのですが、しかしそれに巻き込まれる者もおります。
 この巻の後半では、佐吉の数少ない友であり、巻物を託された大谷紀之介と、百地八它烏の一人・海臣が激突が描かれることになるのであります。

 ……正直に申し上げて、八它烏が登場すると話が長くなるので個人的には好きになれない(しかも今回は、紀之介には申し訳ないのですが主役級不在のバトル)のですが、曇の双子に仕える伊賀者・鬼平太という助っ人を絡めてのバトルはそれなりに面白い。
 しかも実は紀之介もまた大蛇を……? という捻った展開もあり、これ以上話が広がるのはどうかなあ、と思いつつも、やはり楽しんでしまうのもまた事実であります。
(しかし紀之介の後の名を考えれば、彼のアレはアレなのでしょう……)


 などと思っている間にも歴史は動き続け、迫るは信長による伊賀攻め。これに抗する急先鋒である百地丹波は、何故か芭恋の前に現れ、ある言葉を告げるのですが――
 いやはや、ここに来て、とんでもない爆弾が大爆発。果たしてこれが真実かはわかりませんが、一歩間違えれば、がらりと物語の勢力分布が変わりかねない内容ではあります。

 さて、これを受けての芭恋の選択は……全くもって気になるところで次の巻に続くのであります。


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2017.04.05

霜月かいり『BRAVE10 戯』 新感覚十勇士伝、これにて完結

 本編が大団円を迎えた後も、舞台化など、人気は衰えない『BRAVE10』。本書はその番外編――十勇士+αを主人公に、本編で描かれることのなかった物語を描く、前日譚&後日譚を集めた短編集であります。

 殺戮の女神・イザナミと化した伊佐那海との死闘の末、ある者は散り、またある者は残った十勇士。本書はそんな十勇士たちが真田幸村の下に集うまでの物語、そして集った後の物語を描く全8話+エピローグから構成されています。

 百の下で修行を行う鎌之介の才蔵への(面倒臭い)想いを描く「男か女か」
 真田家に仕官した海野六郎が見た主君・幸村の姿「主君の資質」
 決戦の後、成人した大助(弁丸)が、師匠である十蔵と清海を想い出す「字の師匠」
 伊賀で修行を積む幼い才蔵とアナ、そして半蔵の物語「伊賀の里」
 佐助の出生と幸村との出会いが明かされる「森」
 政宗と小十郎、壱と弐の日常風景を食事を通じて描く「握り飯」
 甚八と十蔵が、今愛する、かつて愛した女性を語る「惚れた女」
 かつて上田で共に日々を送った伊佐那海の姿を思い浮かべる才蔵「約束」
 そして決戦の後、斃れたアナを巡る幸村と甚八の姿を描くエピローグ

 一話当たりのページ数は多くないことから、それぞれのエピソードは比較的シンプルなものがほとんどで、各話にEXTRA-ACTと冠されている通り、まさに外伝以外の何物でもありません。
 しかし今となっては、キャラクター一人一人が本編同様生き生きと活躍する姿を見ることができるのが何とも嬉しいのであります。
(もっとも、ちょっとだけトゥルーエンドを期待したりもしたのですが……)

 そんなわけで本書には読者の数だけ印象に残ったエピソードがあるのではないかと思いますが、私にとっては「男か女か」と「伊賀の里」が特に印象に残りました。

 巻頭を飾る「男か女か」は、本作きっての個性派であった鎌之介を主人公とした物語ですが、注目すべきは、本編でも謎のままであったその性別に対して答えが提示されること。
 その答えに納得がいくかは人それぞれかもしれませんが、それに対する才蔵の反応が、そのまま鎌之介の彼に対する想いに繋がっていくのが、何とも微笑ましいのであります。

 そして「伊賀の里」は子供時代の伊賀組が描かれることになりますが、何といっても印象に残るのは幼いアナの想い。
 「くノ一」ではなく「戦忍」を選ぼうとする彼女の強い決意に暗示される彼女の辿ってきた道程、そしてその後本編で描かれた彼女の姿を見れば、何とも複雑な想いに駆られずにはおれません。

 実は本書においては三つのエピソードでそれぞれ重要な役割を果たし、トップクラスの存在感を見せているアナですが、彼女の背負ってきたものを思えば、それもむべなるかな、と言うべきでしょうか。


 しかしこうしてキャラ一人一人の背負ってきた物語と共に積み上げられてきた『BRAVE10』という物語は、ここで完全に終わりを告げることとなります。決して本編で描かれたものが覆されることなく、失われた者、去っていった者が戻ることもなく。
 それを想えば、ただ切ないのですが――しかしこうして最後の最後まで描ききられたことに感謝するべきでしょう。

 『BRAVE10』、これにて本当の完結であります。たぶん。


 ちなみに単行本のお楽しみであった大場快の『殿といっしょ』番外編は今回ももちろん健在。
 最後の最後で、キャラなどがブレにブレまくるという『ぶれぶれてんてん』という危険な香りのするパロディを繰り出してくるのはさすがと言うしか……


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2017.04.01

たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第5-7巻 彼らの「一所」を巡る戦い

 気がつけばだいぶ間を置いてしまいましたが、『アンゴルモア』単行本第5巻から第7巻の紹介であります。元軍の猛攻に追い立てられる対馬の人々は、長きに渡りこの地に潜んできた「刀伊祓」と合流。この3巻では、彼らと蒙古の将・ウリヤンエデイの軍との死闘が描かれることになります。

 流刑となった対馬で、蒙古軍の襲来に巻き込まれることとなった義経流の遣い手の元御家人・朽井迅三郎。成り行きから流人仲間とともに対馬の宗家の姫君・輝日姫を支えて戦う迅三郎ですが、衆寡敵せず、犠牲を最小限にして撤退を続けるのがやっとの状況であります。
 そんな中、迅三郎が輝日に伴われて対面したのは、彼女の曾祖父でもある、生きていた安徳帝で――

 と、伝奇ファン的に大いに盛り上がる展開で始まった第5巻ですが、ここで帝が刀伊祓に勅を下し、宗家の残党と刀伊祓が手を組む、という展開がまたたまりません。
 はるか以前に九州を襲った刀伊の再来に備えるため、密かにこの地に潜んで生きてきた刀伊祓。その彼らが、いま海の向こうから襲来した元軍に挑むというのですから――

 そして第5巻の後半で刀伊祓のリーダー・長嶺判官の出迎えを受けた迅三郎たちは、彼らの山城である金田城に依るのですが……しかしそこに来襲するは、一見温厚な外見の中に得体の知れぬものを感じさせる蒙古の王族にして千戸将軍・ウリヤンエデイ。

 金田城に依る兵は百数十名、対する蒙古軍は一千強……古くからの地の利を持つ者が勝つか、はたまた十倍近い兵力を持つ者が勝つか? ここから描かれる一進一退の攻防には、まさしく本作の醍醐味に溢れているのですが――
 しかしここから第6巻、そして第7巻にかけて、その合戦の面白さと平行して描かれるのは、本作のもう一つの魅力……鎌倉時代という時代、そして戦という極限状況の中で浮き彫りとなる人間の姿であります。


 迅三郎と同じ元武士の流人であり、馬上打物を得意とする武人・白石和久。一癖も二癖もある流人たちの中で、数少ない常識人に見えた彼ですが、しかし彼は蒙古軍と内通し、金田城に敵を導き入れることになります。

 自国が侵略される中、敵国に通じ、自分は生き延びようとする……最も唾棄すべき裏切りを見せる白石。
 しかし本作で描かれるのは、その彼が何故裏切りを選んだのか、選ばなければならなかったのかの過程であり、そしてそもそも彼が何故流人となったのかという過去であります。そしてそれは言い換えれば、彼が何故戦うかの理由にほかなりません。

 正直なところ、本作の蒙古軍については、ほとんど単純に侵略者としての姿が描かれている(それは全く正しくはあるのですが)のに食い足りない部分はありました。襲ってくるのが、感情移入できない憎むべき敵としてのみ描かれているという点で。
 その点を、この白石の物語は大いに補ってくれたという印象があります。

 しかし、ここで白石の背負ってきたものを見れば、一つの疑問が浮かびます。それでは、迅三郎の戦う理由は何なのだろう……と。

 もちろんそれは、自分が生き延びるためのそれであることは間違いありません。しかし、比較的似たような境遇にあった白石と彼と、大きく道を違えることとなった原因は何だったのか?
 その答えの一端と思われるものが、第7巻において描かれることとなります。

 義経流を会得するため、厳しい修行を続けていた幼い日の迅三郎。その命がけの修行の中で彼が知ったのは、人間のみならず、おそらくはあらゆる生き物に備わる想い――「一所懸命」でありました。
 そしてその言葉は、奇しくも第5巻の冒頭で、安徳帝が口にした言葉でもあります。

 既に家族を、帰るべき場所を失った迅三郎。その彼が、縁もゆかりもない対馬のために戦うとすれば、それはおそらくは今この時いる場所こそが、彼にとっての「一所」ということなのでしょう。
 かつて存在した場所、ここではないどこかではなく――


 以前から登場した元側の義経流の使い手も再び登場し、まだまだ波乱が続きそうなこの物語。蒙古が対馬を去るまであと四日……しかし金田城に迫るのはこれまでとは比べ物にならぬほどの大軍であります。
 迅三郎の、対馬の人々の一所を巡る戦いはまだまだ続くのであります。


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2017.03.29

宮島礼吏『もののて 江戸忍稼業』第3巻 二人を命がけで立たせたもの

 左右の手が逆についた異形の青年忍者・皆焼と、医師志望の少女・おこたの冒険を描く物語の最終巻であります。思わぬ成り行きから、しかし己の誇りを賭けて名門の貴公子と決闘を繰り広げることとなった皆焼。そしてついに明かされる彼の過去、彼が忍びとなった理由とは……

 皆焼の属する飛騨望月衆に加わり、その初仕事として、皆焼と二人で駆け落ちの夫婦を装って錠前を売ることになったおこた。しかしその仕事場所は、かつておこたが暮らしていた町でありました。
 そこで素性がバレてしまったおこたは、彼女を嫁に望んでいた名門・織田家の八男・長雄のもとに連れ戻されることになります。

 しかし自分の、そしておこたの仕事をあざ笑った長雄に対し、刀を手に対峙する皆焼ですが……相手は武芸の修練を積んだ侍、そして手にした得物も名刀・圧し切りとくれば相手が悪すぎる。
 正面から打ち合った皆焼のなまくら刀はへし折れ、自身も無数の傷を負う皆焼。しかしそれでも決して倒れず、なおも刀を交える彼の姿を見かねたおこたも、一つの決意を固めるのですが――


 第2巻の紹介では、皆焼とおこたが長雄を前に屈せず立つ理由を、己の仕事に対する「矜持」ゆえと述べましたが、しかしここで描かれたものは、それ以上に深く、重いものでありました。

 この巻の冒頭で挿入されるおこたの過去話は、彼女があれほど旅に憧れ、そして皆焼に惹かれる理由として、深く頷けるもの。
 長く孤独に生きてきた者にとって、自分以外の他者の存在が、自分をとりまく世界の存在が、どれほど暖かく、嬉しいものであるか……そしてそれを他者が力ずくで奪うことが、どれだけ腹立たしいことであるか。

 当たり前といえば当たり前のその想いのために、そしてそんな自分自身を貫くために、そんな相手を守るために、二人は命を賭けて立つのであります。


 そしてその想いは、皆焼の壮絶な過去を目の当たりにすることにより、より一層こちらの心に強く焼き付くことになります。

 幼いころからその腕のために、差別され、好奇の目に晒され、石もて逐われてきた皆焼。傷つき飢え、瀕死の彼がたどり着いたのは、目も見えず耳も聞こえない老人と、病で瀕死の少年が暮らす小屋でした。
 老人が気づかぬのをよいことに少年の食事を奪い、そして少年が死んでいくのを見殺しにした皆焼。そして少年になり代わって老人の下で、彼は一時の平和を得ることになります。

 しかしその彼を追って山賊が老人の小屋を襲ったことで、再び彼の運命は激しく動くことになります。そして老人を守るためについに刀を手にした皆焼に、老人はある真実を語るのですが――


 いやはや、皆焼の手とそれに対する周囲の反応という基本設定の部分だけでも驚かされた本作ですが、しかしこの過去編でのあまりの容赦のなさには、これまで以上に驚かされました。
 何もここまで描かなくとも……と言いたくなるほど、皆焼を追い詰め苦しめる描写と展開の連続は、ほとんど連載漫画ということを考慮に入れていないようにも感じられる構成も相まって、強烈なインパクトを残します。
(どうやらこの過去編は雑誌連載ではなく、web連載のようですが……)

 しかしそれだけに、その先にあった真実はそれまでの苦さに倍する感動を我々に与えてくれます。。
 そしてその真実が生み出したものこそが、その後の皆焼の生涯を、この巻の冒頭での彼の行動を決めることになるのであります。


 冒頭で触れたように、残念ながら本作はこの第3巻で完結となります。本作の最大の特徴であり、そして最大の謎であった皆焼の手の正体は明かされぬまま、物語は一つの結末を迎えることとなります。
(柳生十兵衛もまた……という描写があっただけにこの辺りは実にもったいない)

 それは本当に残念でならないのですが、しかし皆焼の過去とおこたの過去が描かれ、そしてそこから生まれた二人の願いが、二人の想いが結びつき、一つとなったことは、それはそれで一つの美しい結末であったと感じます。

 もちろん、その先の物語が描かれることがあれば、それに勝る喜びはないのですが――


『もののて 江戸忍稼業』第3巻 (宮島礼吏 週刊マガジンKC) Amazon
もののて(3)<完> (講談社コミックス)


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