2018.09.16

『つくもがみ貸します』 第八幕「江戸紫」

 近江屋の幸之助から、海苔問屋の淡路屋半助のことを調べて欲しいと頼まれた清次。商売は巧みで容姿端麗、人当たりも良い半助だが、何故か幸之助に良くしてくれるのだという。そこで調べてみれば、海苔問屋を始める5年前より前の経歴は謎に包まれている半助。しかし思わぬところからその手がかりが……

 もう完全にレギュラーになった感のある幸之助から、海苔問屋・淡路屋の主である半助のことを調べて欲しいと依頼された清次。丁度損料屋を探していた半助に出雲屋を紹介してくれたということで、早速半助と対面することになる清次ですが――これがいかにも本作らしい面白デザインのキャラながら、お姫やうさぎ、お紅までも頬を赤らめてしまうほどの美形であります。が、そこで五位だけは、怪訝そうな顔で半助を見つめるのですが……

 それはさておき、今度旦那衆で川下りの遊びをする際に、扮装をするための衣装や小道具を貸して欲しいという半助(現代でいうハロウィンパーティーのようなもの、というナレーションの解説がおかしい)。さらに半助は幸之助と仲の良い清次たちも川下りに誘います。そして綺麗どころを集めて賑やかに始まる川下り、花魁(?)姿のお花、盗人姿のお紅の姿が実に可愛い――というのはともかく、自分を「お大尽」と呼ばせてにこやかに遊ぶ半助は、確かにその名に相応しい姿です。
 その川下りの途中、千住名物だというおばけ櫓――角度によって4つの櫓が2つに見えたり3つに見えたりというどこかで聞いたようなもの――が好きだと語る半助に、何気なく五位のキセルを渡す清次。しかし半助はその模様を見て明らかに表情を変えるのでした。

 そんなことはあったものの、その日は楽しく終わり、清次にも相場の倍の価を気前よく支払う半助。こんなにいただくわけにはいかないと、代わりに店の品物を貸すことにした清次ですが――その中にはつくもがみたちが混じっていることは言うまでもありません。そして情報を聞き込んできたつくもがみたちですが――そこには半助の過去の話は一つもなく、聞こえてくるのは今現在の話ばかり。どこから来たのか、これまで何をやっていたのか、親類縁者の話なども何一つないというのであります。
 5年前に浅草に身一つで現れ、海苔を売り始めて瞬く間に身上を築いたという半助。しかしまるで過去がないように、誰もそれ以前のことを知らない――そんな半助が自分に、自分と縁のあった清次にまで非常に良くしてくれることに幸之助が困惑したことが、今回の依頼のきっかけだったのであります。

 そんな中、つくもがみたちに過去の苦い思い出を語る五位。ある芸者に買われた五位は、彼女が懸想していた妻ある男に贈られ、男は妻を捨てて芸者のもとに走る結果になりました。しかし一時の情熱が冷めた頃、男はかつての妻が食卓に出していた海苔が、どれだけ精魂込めて焼いてあったか気付いたと……
 その出来事が5年と少し前のこと、そして妻の行方は誰も知らないと聞いた清次は、何かに気付いたように、五位を手に半助のもとを訪れます。そしてこのキセルに覚えがあるのではないか、と問う清次を、半助は二人きりで川下りに誘うのでした。

 船の上で、自分が女――あの五位の昔話の夫に去られた妻であることを認める半助。親類縁者に合わせる顔がないと姿を隠し、髪を落として男を装った彼女は、生計のために海苔を売り始めたのであります。しかし親が海苔漁師であったためか商売は大当たり、そんな中で幸之助と出会った彼女は、彼に恋してしまった……
 清次に真実を語った半助は、しかしこの先も半助として生きていくと語ります。半助と清次が見つめるお化け櫓の姿は、その時々で様々に姿を変える半助の姿なのか、あるいは人生の有為転変を映したものか……


 オリジナルエピソードだったものの、全く過去がないというちょっとゾッとさせられるような人物や、その人物が抱えた哀しい過去と屈託の存在など、ある意味これまでで最も原作――というか原作者のテイストが感じられる内容だった今回。
 半助のその後の姿が描かれることなく、二人が黙って川を下る姿で終わるのも、何とも言えぬ余韻を感じさせてくれます。

 しかし、いかに海苔に親しんでいたとはいえ、素人が5年で大店の主にというのはやはり違和感が大きいですし、何よりも今回の物語の象徴であるお化け櫓が、あからさまにお化け煙突――すなわちこの時代に存在しないもの、というのは残念ではありますが……

 ちなみにどう聞いても美青年の声にしか聞こえない半助役は、美青年を演じたら右に出る者がいない女性声優・斎賀みつき。なるほど、と納得するとともに、ある意味ネタバレ的キャストなのがちょっと面白いところです。


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 「つくもがみ貸します」 人と妖、男と女の間に
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2018.09.14

和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第1巻 再び始まる物語 帰ってきた流浪人! 


 あの『るろうに剣心』の正真正銘の続編――北海道編の第1巻が発売されました。作中の時間軸では前作の5年後、現実世界では1999年の連載終了から18年の時を経て復活した本作が、本当に色々あって――…ようやく単行本の登場であります。

 幕末には人斬り抜刀斎として、そして明治には一人の流浪人として戦い続けた緋村剣心。その戦いは、抜刀斎の罪を償わせんとする者との激突を経て、剣心として闘いの生を全うすることを決意したことをもって終わりを告げ、薫と新しい家庭を築いたところで物語は完結したのですが……

 明治16年、小菅集治監から刑期を終えて出所した少年・長谷川悪太郎と井上阿爛。金もなく行くあてもない二人は、5年前に悪太郎が志々雄真実一派のアジトから持ち出した一本の刀を売り払おうとするも、謎の少女・旭にまとわりつかれた上に、残党に追われることになります。
 追い詰められた二人を救ったのは剣心――かくて神谷道場に引き取られた悪太郎は、明日郎と名乗り、阿爛とともに新たな暮らしに足を踏み出すことに……

 そんな『明日郎前科アリ』をプロローグとして始まった北海道編。この第1巻においては、前半に『明日郎前科アリ』前後編が、後半に北海道編第3話までが収録される形となっております。

 赤べこで、偶然旭と再会した明日郎。旭が属する、志々雄一派とも異なる謎の組織の男と激突した明日郎は、暴走の末に剣心に取り押さえられるのですが――そこで男が残した一枚の写真を見つけます。
 函館で撮られたと思しいその写真に写っていたのは、一人の男。しかしその男が、西南戦争で死んだはずの薫の父・越路郎であったことから、事態は一気に動き出すことになります。

 写真の真偽を確かめるため、北海道に向かうことになった剣心と薫、剣路と、明日郎・阿爛・旭。しかしその頃、函館山では、山頂に立て籠もり警官隊を全滅させた謎の敵に、ただ一人、斎藤一が挑もうと……

 そんな第1話の北海道編ですが、実は剣心たちが海を渡るのは第3話、すなわちこの巻のラストであります。先に述べたように、北海道編本編はこの巻の後半からの収録のためではありますが、しかしこの部分だけでも、『るろうに剣心』の続編の始まりとして、大いに盛り上がるのです。

 そう、続く第2話で登場するのは、新たなる謎の敵。警官隊のみならず完全武装の軍隊までわずか四人(実質三人)で戦闘不能にしてのけたその敵の名は「剣客兵器」!
 その形象は剣客、その本質は兵器という名乗りも格好いいこの四人、正体目的は全く不明ながら、その外連が効き過ぎたビジュアルといい武器といい技といい、紛れもなく『るろうに剣心』の敵。この巻ではその一人と斎藤一との激突が始まったところですが、この先の展開には期待大であります。

 そしてそれとはまた別の意味で本作らしい――そして個人的にはより強く印象に残った――のが、第3話で描かれる、弥彦と剣心の再度の立ち会いです。
 この二人の立ち会いは以前にも描かれ、その時は剣心が弥彦に逆刃刀を譲るという結果になったわけですが――今回はその逆、弥彦が剣心に逆刃刀を返すこととなります。

 剣心から弥彦への逆刃刀の継承という展開は、幕末の剣術から開化の剣道への変化という意味も込めて実に良い展開だと感じていたのですが、それがここで再び剣心の手に逆刃刀が返ってしまったのは、正直に申し上げれば残念なところではあります。
 そもそも前作では新たな時代の象徴であった弥彦。その彼が、さらに新たな時代の人間である明日郎たちに押し出されたように、半ば退場する形となったのには、なんとも言えぬ哀しさがあります(身も蓋もないことを言えば、この先登場しそうな前作キャラも加えれば、味方側のキャラが多すぎるのですが)。

 しかしここで描かれる、再度の立ち会いの末に弥彦が失ったもの、手に入れたものの姿は、その見せ方のうまさもあって実に感動的であり――彼にとってのモラトリアムの終わりという印象があります。
 これはこれで一つの時代の終焉――というのが大袈裟であれば、時代の移り変わりを感じさせてくれるものがあります。少年少女時代に前作を読んでいた読者には、胸に迫るものがあるのでは、というのは言い過ぎかもしれませんが……


 何はともあれ、新たな物語の幕は上がりました。かくなる上は、二度と物語が中断することがないよう祈りつつ、新たな時代に向かう、新たな時代に生きる者たちの姿が如何に描かれるのか――それを胸躍らせながら待つのみであります。


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2018.09.13

北崎拓『ますらお 秘本義経記 波弦、屋島』第3巻 二人のますらおを分かつ死と生


 人を信じず、ただ戦の中においてのみ生を実感する青年・源義経を描く『ますらお 秘本義経記』の第2シリーズ、待望の第3巻であります。愛する人のため、義経の首級を挙げるために孤独な戦いを続ける那須与一と義経の対決の決着は、そして源氏と平氏の決戦の行方は……

 人や動物の心を感じることができる異形の右目と、恐るべき弓矢の腕を持つ男・那須与一。己を広い、慈しんでくれた「姉」――ただ一人自分を人間扱いし、己に「与一」の名を与えてくれた彼女に報いるため、彼は執拗に義経を狙うものの、天運味方せず幾度も取り逃がすことに。
 さらに女子供の窮地を見過ごせない性格故に源範頼の暗殺に失敗した彼は、逃走中に瀬戸内の海賊衆頭目の女丈夫・瑠璃に救われたものの、彼女に迫られて……

 と、前シリーズに登場したキャラクターの久々の登場(色々な意味で逞しく成長して……)で昔からのファンには盛り上がる展開ですが、しかし与一は相変わらず良くも悪くも一途な男。
 瑠璃の誘惑を撥ね付け、逆に彼女に気に入られた与一は、平氏の陣に帰るのですが――その彼を思わぬ悲劇が待ち受けます。

 度重なる暗殺失敗のため、そして敗戦の責をなすりつけられて、裏切りの濡れ衣を着せられて捕らえられる与一。
 家族であったはずの那須一門からも裏切られ罵られ、それでも耐える与一ですが、最愛の姉までもが裏切り者として捕らえられ、手荒に扱われるのを目の当たりにして、ついに彼の怒りは大爆発することになります。

 それでも彼が生き延びることを望む姉の想いを受け、瑠璃の手引きでその場を逃れる与一。もはや姉を救うには、義経の首を手土産にするしかないと、瑠璃を謀り、与一は義経に会うために京へ向かいます。
 一方義経は、戦に出ることも許されぬまま、妻に迎えた郷御前と静御前に挟まれ、それなりに賑やかな毎日を送っていたのですが、再び現れた与一を前にして……


 こうして第2巻冒頭以来、再び出会うこととなった義経と与一。かたや源氏の(一応)御曹司、かたや平氏方の武家に拾われた野生児と、その身分や立ち位置はほとんど正反対であれど、この二人は極めて似た、大きな共通点を持つ存在として描かれてきたという印象があります。
 その共通点とは、戦いの中でしか己の存在を肯定できないこと――すなわち、戦いの中でしか他者とのコミュニケーションを取れないこと。

 共に孤独な少年時代を送り、その中から這い上がってきた彼らは、己の力のみが頼りであり、それ故にその力を発露する場――すなわち戦場においてのみ、人間として認められるという、極めて皮肉な存在なのであります。
 普通であれば人間性が否定される場においてのみ、人間性を発露できる――そんな義経の悲劇を描くのがこの『ますらお』という物語であるとすれば、与一は、もう一人の義経であると言ってもよいのでしょう。

 しかし、義経は与一をもう一人の自分――とは言わないまでも、己と同類と見なしているふしがある一方で、与一は己と義経を異なる存在と見ているのがまた面白い。
 そして与一にそう感じさせるのは、言うまでもなく彼にとっては生きる理由、生きなければならない理由があるから――己の命よりも大事な女性がいるからにほかなりません。

 義経がどれだけ周囲を惹きつけ、慕われても、それを弱さと否定し、他者を拒絶して戦に――死に向かうのに対して、与一はただ一人の女性を愛し、そのために生きようとする。(もっともそのために与一には彼女以外の他者がいないようにも見えるのですが……)
 そんな死にたがりと生きたがりの違いは、この巻の終盤においてクローズアップされることになります。

 果たしてこの極めて近く、そして同時に極めて遠い二人が互いを理解する日が来るのか――来るとすれば、それはこの『波弦、屋島』という物語が終わる時かもしれません。


 そしてまた、そんなギリギリの二人の周囲に生きる人間たちもまた、それぞれの想いがあります。
 この巻において、与一と接することでその一端が描かれたのは佐藤継信――奥州からやってきた佐藤兄弟の兄であります。義経に惹かれ、郎党となりながら、周囲とは目に見えぬ壁を感じている彼が、与一と触れて何を思ったか、そしてそれが何をもたらすのか。

 史実を知っていればそれは予想がつくのですが、さて――いよいよ次巻では屋島の戦が開戦、こちらにも注目であります。


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2018.09.08

『つくもがみ貸します』 第七幕「裏葉柳」

 清次が品物を貸すこととなった料理屋・鶴屋は、幽霊が出る店だった。店の前の持ち主・大久間屋は、かつての大火を機に屋敷を買いたたいて財を成したものの、幽霊が出ると鶴屋を手放したらしい。その幽霊は自分の妻ではと言い出す出雲屋のつくもがみ・裏葉柳だが、清次はあることに気付いて……

 勝三郎から、かつて自分の家で働いていた料理人・徳兵衛が店を出す祝儀代わりに、出雲屋の品を貸してほしいと頼まれた清次。早速、彼の店・鶴屋に品物を貸し出した清次は、帰りしなに徳兵衛の後ろに女性の影を見るのですが――貸し出されたつくもがみたちは、そこで先住のつくもがみから、この家に幽霊がいると聞かされるのでした。
 と、ここで騒ぎ出したのは、出雲屋に最近やってきた香炉のつくもがみ・裏葉柳。元は人間だったという彼は、幽霊が数年前の日本橋の大火が原因で離ればなれとなった妻ではないかと言いだしたのであります。妻は歌舞伎役者の中村菊之丞が女形を演じた時にそっくりな美人だと言うのですが……

 と、日本橋の大火と聞いて清次が思い出すのは、その火事でお紅が焼け出された時のことであります。寺に避難していた彼女を見つけた清次ですが、火傷をおった父の看病と店のことでお紅も暗い表情。そんな彼女に、清次は前回描かれた櫛からスタートした物々交換で手に入れた玉簪を差し出します。目標額である80両の値打ちはあるこの玉簪を売れば、店の再建資金にはなるのですが――それは同時に、お紅が佐太郎の母の試練に失格するということでもあります。しかしお紅は玉簪は売らないと言い出して……(ちなみにこのシーンでお紅の前に寝てたの、彼女の父親だと思うんですが――顔も声も出ず動きもしないのでほとんど物状態)

 そんな中、出雲屋を訪れる徳兵衛。鶴屋を破格の値段で彼に売ってくれたという前の持ち主・大久間屋が店に来るので、もてなしのために品を貸してくれという徳兵衛に、お紅はここぞとばかりにつくもがみの品を押しつけるのでした。一方清次は、店に幽霊がいるのでは、と単刀直入に訪ねるのですが、店にいた女性は自分の妻だと、徳兵衛に一笑に付されます。
 が、その後勝三郎に聞いてみれば、大火の後に長屋から立ち退きを迫られ路頭に迷った徳兵衛は、その時に病がちだった妻を亡くしているとのこと。さらに役者絵を売りに来た浜松屋から、大久間屋が大火の後に日本橋近辺の屋敷を買い叩いて財をなしたこと、そしてそのうちの一軒に幽霊が出たことから、徳兵衛を騙して売りつけたのではないか、と聞かされる清次。と、そこで清次は中村菊之丞の役者絵を見て、鶴屋の幽霊は裏葉柳の妻ではない、と言い出します。

 そして鶴屋に急ぎ、徳兵衛を呼び出す清次。徳兵衛と妻を長屋から追い出したのは大久間屋であり、彼に復讐するために徳兵衛は妻の幽霊が出る鶴屋を買い、そしてそこで大久間屋を毒殺するつもりではないか――そう指摘する清次の言葉を肯定し、徳兵衛は復讐した上で自分も死に、妻のもとに行くことこそが自分の望みであると語ります。
 そんな徳兵衛に対し、過去に生きることよりも、前に進むことを選ぶべきだと懸命に説得する清次。その言葉に徳兵衛の心が動いたのを見て取った清次は、後は自分に任せてほしいと徳兵衛を外に出すと、つくもがみたちに後は好きにしろと語りかけるのでした。

 そしてお墨付きが出たとばかりに、大久間屋をこれでもかと脅かすつくもがみたち。その後の惨状を見た徳兵衛は、妻の幽霊に前に進むことを告げ、幽霊も成仏するのでした。
 さて、清次が鶴屋の幽霊が裏葉柳の妻ではないことを見破ったのは、中村菊之丞の話から。女形を得意としたのは初代の話、当代は荒事専門であることから、裏葉柳が数年前と思いこんでいたのは相当な昔だったと推理したのであります。その話を聞かされて、裏葉柳も(びっくりするくらいの美形姿で)妻を追いかけるために成仏するのでした。


 今回は久々の原作エピソード。日本橋の大火を中心に、清次とお紅の過去(これも原作由来)、徳兵衛と大久間屋の因縁、さらに裏葉柳の物語と、三重に絡めてみせた構成が実に面白いところです。徳兵衛を説得する清次の姿を、一歩間違えれば綺麗事に終わりかねないものを、同じく過去に捕らわれたお紅の存在を描くことにより、文字通り説得力あるものにしていたのもうまいと感じます。

 しかし実は今回、徳兵衛と大久間屋の因縁が原作とは相当異なっております。詳細は伏せますが、徳兵衛が大久間屋を恨んでいるのは共通ながら、原作ではその理由=大久間屋の過去の所業が全く異なり、簡単には白黒付けがたい物語となっていたのですが――こちらではかなりわかりやすい設定となっていたなあ、という印象があります。
 この辺りの人間関係の苦さ、ままならなさが原作の持ち味だっただけに、この辺りは個人的にちょっと残念ではあります。
(あと、大久間屋のキャラデザには絶句)


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2018.09.06

伊藤勢『天竺熱風録』第4巻 ついに開戦! 三つの困難と三つの力


 天竺・摩伽陀国で展開する陰謀に巻き込まれた唐の外交使節・王玄策の奇想天外な活躍を描く本作もいよいよ佳境。牢を脱出し、苦難の末にネパールとチベットの援兵獲得に成功した玄策は、ついに摩伽陀国に再び戻ってきたのですが――しかし本当の戦いはこれからであります。

 数年ぶりに訪問した摩伽陀国で、先代王の死に乗じて王座を簒奪したアルジュナによって理不尽にも捕らえられた玄策と唐の使節団。副官の蒋師仁と二人で牢を脱出した玄策は、仲間たちが時間を稼ぐ間に苦難の旅を続けネパール・カトマンドゥに到着、お得意の交渉術で、ついに援兵の獲得に成功します。
 さらにネパールを訪れていたチベットの兵までも加え、一路摩伽陀国に戻る玄策ですが――もちろん、この先には更なる苦難が待ち受けていることは言うまでもありません。

 確かに、美しくも勇猛な(そして兵に絶大な人気を誇る)ネパールのラトナ将軍、そして剛力と巨躯を誇るチベットのロンツォン・ツォンポ将軍という、対照的ながらもどちらも頼もしい味方を得た玄策。
 ほとんど無一物の状態から考えれば、天佑とも言うべき援兵ですが、しかしその数は八千――摩伽陀国という一国を相手にするには何とも心許ない数です。

 しかも、山岳や森林といった環境では無類の強さを発揮するネパール/チベットの兵ですが、摩伽陀国周辺は見渡す限りの平原。さらに、アルジュナには異能・異形の一団、アナング・ブジャリ――地祇を崇める謎に満ちた集団が味方についているのです。

 そしてたどり着いた国境で、早くも玄策たちは、この三つの困難と対峙することになります。そう、ここで待ち受けていたのは、アナング・ブジャリ出身の将・ヴァンダカ率いる三万の遊撃隊との大平原での戦いだったのであります……


 というわけで、緒戦からいきなり厳しい戦いを強いられることとなった玄策と仲間たち。何しろ立ち塞がる敵は「蟒魔(ヴリトラ)」の名の通り、蛇のような陣形と素早い動きで襲いかかる強敵。そしてそれを率いるヴァンダカは、獰猛な犀を馬のように駆る怪物です。

 しかしもちろん、玄策も決して負けるわけにはいきません。なるほど、玄策は戦いについては素人でありますが、彼には人間の心の動きを読みとる洞察力がある。知識がある。そしてクソ度胸がある。この三つがラトナとロンツォン、二人の武勇と合わされば……
 そして玄策はここで選ぶのは、あの名将・韓信が取ったが如き背水の陣。そしてこの先の展開は、ただ痛快の一言なのであります。

 敵の行動を読み切った玄策が陣を敷いて待ち構え、ラトナが攪乱し、ロンツォンが叩き伏せる――寡兵を以て多勢を討つというのはこうした物語では定番中の定番ではありますが、作者の画力で描かれれば、その痛快さは何倍にも高まります。
 さらに異形・異能のアナング・ブジャリに対しては、二人の将軍がそれぞれの持ち味を存分に活かして一騎打ちを演じるのですから、面白くないわけがないのであります。

 特にラトナの、奔る騎馬の上での、旗竿までも使ったアクロバティックな格闘は華麗の一言で(その前の攻撃開始時のアクションの美しさも含めて)一挙手一投足に釘付けになりました。


 さて、この巻の時点では玄策側が優勢ではあるものの、もちろんこの戦いは緒戦も緒戦。まだまだ敵が兵力を温存している中、この先の戦いの行方はわかりません。

 その一方で、アルジュナ側には、彼の非道を責める真っ当な精神を持つ息子・ヴィマル王子が登場。おそらくは彼の存在がこの戦いに何らかの影響を与えることになるかと思われますが……
 と、これまでは敵の首魁としてそれなりに威厳を保ってきたアルジュナ(と妻)が、王子の登場で一気に小物臭くなってしまったのは少々気になるところではあります(これはある意味原作どおりではありますが)。

 しかしこの漫画版は、この巻での合戦同様、原作に忠実に、そしてそれだけでなく、その行間を補うことでその魅力をさらに増している作品。それだけに、この先も期待して間違いはない――と思うのです。


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 田中芳樹『天竺熱風録』 普通の男のとてつもない冒険譚

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2018.09.05

重野なおき『信長の忍び』第14巻 受難続きの光秀を待つもの


 長篠の戦いも終わり、天下布武に王手をかけた――というのはまだ気の早い話で、本願寺や毛利といった勢力によって、三度包囲されることとなった信長。千鳥もまた大忙しでありますが、しかし今回物語の中心となるのは光秀であります。相変わらず苦労人の彼を次から次へと襲う苦難とは……

 長篠の戦いで強敵・武田家に壊滅的な打撃を与えた信長。もはや自分が前線に出ることはない、と配下の武将により各地方を攻略・統治させる方面軍構想を取り、自分は(形の上とはいえ)信忠に家督を譲って安土城にて睨みを効かせるという体制を取ることになります。

 その方面軍の一つとして丹波攻略に向かうこととなったのが光秀。丹波の赤鬼と異名を取る赤井直正を攻略することとなった光秀は、信長の軍門に下った波多野秀治を味方として、籠城した赤井を攻めるのですが――前の巻で「光秀挫折編」と予告されているのですから、ただですむわけがありません。
 目にハイライトがなくてどうみても怪しい――と、光秀以外はみんな気付いていたある人物の裏切りにより、光秀は一転窮地に立たされることに……

 一方、この丹波攻略戦でも示されたように、まだまだ信長に服さぬ勢力は数多存在します。宿敵の一つである本願寺、まだ見ぬ西国の強豪・毛利。さらには軍神・上杉謙信までもが動きだし――いわば第三次信長包囲網が形成されることになります。
(その背後には、これはこれでスゴいよな、と言いたくなるあの人物の影もあるのですが、それはさておき)

 そしてその中でも反信長の最右翼と言うべきは、かつて信長によって長島で無数の門徒を撫で斬りにされた本願寺教如。本願寺に籠城する形となっている教如ですが、鉄砲を扱えば無敵の雑賀孫市率いる雑賀衆、そして毛利とも密かに結び、備えは万全であります。
 一方、信長の方も、この宿敵と一気に決着をつけんと兵を動かし、ここに天王寺の戦いが――あれ、天王寺といえば確か、と思っていれば、ここで「光秀救出編」のナレーションが!

 そう、天王寺の戦いといえば、攻め手の一人であった光秀が、思わぬ味方の劣勢によって天王寺の砦に寡兵で立てこもることとなり、その救出に信長本人が駆けつけた戦い。そしてその中でおいて信長は――と、またもや光秀を不幸とストレスとプレッシャーが襲うことになります。
 
 そしてそんな光秀のメンタルにトドメを刺すように、彼を更なる、最大の不幸が襲うことに……


 というわけで、内容的にはほとんど完全に光秀が主役という印象の第14巻。ああ、あと6年でアレだしね――というのは言いすぎにしても、ここで描かれる光秀の一挙手一投足が、フラグに見えてしまうのも無理はないことでしょう。
 しかしこの巻で描かれる信長と光秀の主従関係は悪くない――というよりかなり良好。何度も窮地に陥る光秀を、得難い臣として赦し、救おうとする信長の姿からは、6年後のアレに繋がるような空気は感じられません。

 ……と言いたいところですが、何とも不吉に感じられるのは、信長が寛大さを見せれば見せるほど、光秀が追い詰められていくように見えるところでしょう。

 身も蓋もないことを言ってしまえば、信長を下げて――失敗はしても理不尽はしないというような形で――描くことがほとんどない本作では、アレは光秀側の(一方的な)理由で起きるような予感があって、正直これは外れて欲しいのですが……
 この巻のラストで光秀が失うある人物の言葉も、何となくフラグに感じられるのが不安になってしまうところであります。

 などと、何となく光秀びいきの気分になってしまうのは、信長だけでなく敗者の側も下げない本作ならではのマジックでしょうか。


 しかしもちろんそれはこの先の話。いまだ本願寺は、そしてその中でも最強の敵と言うべき孫市も健在の中、先の見えない戦いが続くことになります。
 果たしてこの戦いがいかなる決着を迎えるのか、そしてそこに至るまでにいかなるギャグが描かれるのか――まだまだ見所は尽きません。
(ちなみにこの巻では、光秀救出に向かった信長に尽き従う顔ぶれネタに大笑いしました。史実なんですが……)


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 『信長の忍び』第8巻 二つのクライマックス、二人の忍び
 重野なおき『信長の忍び』第9巻 立ち上がった二人の戦国武将
 重野なおき『信長の忍び』第10巻 浅井家滅亡、小谷城に舞う千鳥
 重野なおき『信長の忍び』第11巻 泥沼の戦いと千鳥の覚悟、しかし……
 重野なおき『信長の忍び』第12巻 開戦、長篠の戦 信長の忍びvs勝頼の忍び
 重野なおき『信長の忍び』第13巻 決戦、長篠に戦う女たちと散る男たち

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2018.09.03

『つくもがみ貸します』 第六幕「碧瑠璃」

 おかしな成り行きで近江屋の若旦那と一緒に大川に転落した清次。その時に若旦那は印籠・焦香を落としてしまい、拾った破落戸から三十両を要求される。とても金を作れない若旦那に代わり、清次はかつて佐太郎がお紅に贈った櫛から大金を作った時と同じように、物々交換で金を作ろうとするのだが……

 朝早く目が覚めてしまい、そこらを散歩していた途中、大川の上の橋でふらふらしている人影を目撃した清次。すわ身投げかと慌てて駆け寄ってみれば、その人影は前々回登場した近江屋の若旦那であります。甘味屋のお花に懸想して、ようやくアタックに至ったはずが、この様子では玉砕した末に世を儚んで――と思いきや、若旦那はせっせとお花の店に通って団子を食べているうちに太ってしまったので、絶食ダイエット中とか……
 確かに清次が内心思うとおり残念な男前(まあ、清次も人のこと言えない)の若旦那ですが、てっきり身投げするのかと→まさかあ(ツッコミ)→勢い余って二人とも橋から転落という漫画のようなコンボを決めて、結局二人とも水も滴る何とやらに。朝からわけのわからないことをしている清次にお紅はおかんむりですが、若旦那は川に大事なものを落としたと青い顔であります。

 若旦那の大事なものといったらどう考えても前々回登場した印籠のつくもがみ・焦香ですが、つくもがみたちが気を利かせて話題に出すまで全く気付かなかった清次とお紅。結局焦香は見つからず、若旦那も行方不明の状況で甘味屋に行ってみれば、そこにやってきたのはこれも前々回登場した、尻に焦香がぶつかったのを若旦那のアプローチと勘違いした芸者さんであります。
 すっかり若旦那の女気取りでお花に噛みつく芸者に、お紅は自分の過去の経験を思い出してムカムカと嫌な気分に……

 前回の回想シーンで、佐太郎と母が帰った後に、お紅と清次の前に現れた娘。佐太郎の縁談相手であり、彼に値80両の蘇芳の香炉を贈った彼女は、佐太郎には自分のような人間が相応しいと上から目線でまくしたてたのであります。佐太郎への気持ちはともかく、さすがに頭に来たお紅は、だったら80両稼いでやろうじゃねえかと闘志を燃やすものの、佐太郎の櫛は見積もって10両。そこでお紅はどうするか――と思えば、佐太郎を恋敵視してる清次を頼ろうとするのですから鬼です。

 ……と、そんなことを思い出しながら町を歩く二人の目に飛び込んできたのは、焦香を手にした破落戸に返してくれと懇願する佐太郎。30両出せば考えてやるよ(返すとは言っていない)的なやりとりがあったものの、お花の店で団子に10両使ってしまった今の自分に、30両はとても用意できないと嘆く(そこは店からちょちょいと――いやいや)佐太郎を見て、またもやお紅は無責任に清次にすがるのでした――あの時みたいにやればいいじゃん、とか何とかいう感じで。

 そう、かつて櫛から80両作るとなった時、清次が取った手段は、わらしべ長者作戦。売っても貸しても足りないのだったら、品物をより高いものと交換していこうと、需要と供給のバランスを掴んで次々とアイテム交換をしていった結果――は今後のお楽しみとして、しかしこの手段には情報収集に時間がかかるという欠点があります。
 急がないといけないのに――とためらう清次に対して、同類を案じる出雲屋のつくもがみを使えばいいじゃない、と悪魔の知恵を出すお紅。そして清次の手腕とお紅の邪知により30両見事に集まった!

 これでどうだと甘味屋で30両を破落戸に突きつける清次ですが、すっとぼけて要求をつり上げようとする破落戸。しかし怒った焦香が破落戸の素肌に噛みついたために、破落戸は焦香を放り出して逃げていくのでした。いや、もっと早くやろうよ焦香――そもそも足があるんだから逃げればよかったものを。
 何はともあれ焦香は帰ってきて一件落着。どさくさでダウンした若旦那も、お花に案じてもらってご満悦、という残念ぶりを発揮してこのお話は終わりであります。


 今回もオリジナル――と思いきや、回想部分のみは原作の一部を使用、というちょっとイレギュラーなスタイルの今回。確かに原作はこの回想だけでほぼ一話使っていたので、この構成はなるほど面白いと感じますが、しかし上で述べたように、焦香が自分で逃げれば良かったのでは――という根本部分がひっかかるところであります。

 ちなみに作中で何回か、月夜見が弘法大師と印籠にまつわるありがたい話というのを語るのですが、これが史実にもギャグにも掠らないのが苦しい、というより視聴者を混乱させる原因となってるのは如何なものか……
(一応、聞いていると眠くなるほどつまらない話→佐太郎が意識を失ったのに清次がそれを引っかける、というオチなのだと思いますが)


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 「つくもがみ貸します」 人と妖、男と女の間に

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2018.09.02

『つくもがみ貸します』 第五幕「深川鼠」

 麻布のとある神社に願い出れば願いを叶えてくれると評判の怪盗イタチ小僧。イタチ小僧を追う岡っ引きの平蔵も、出来心から神社に出雲屋のお姫人形が欲しいと願掛けしてしまうが、その通りにお姫が盗まれてしまった。イタチ小僧に恋してしまったお姫のためにも、小僧を追うことになる清次だが……

 前回ラストで描かれた清次とお紅、そして佐太郎の過去の回想の続きから始まる今回。佐太郎のところには、縁談話が来ている大店の娘が蘇芳の香炉を贈ってきたようですが、佐太郎自身は縁談に反対の様子。逆にお紅を嫁に迎えたいと言い出しますが、佐太郎の母はお紅に櫛を一つ渡し、これを元手に大金を作ってみせれば認めてやると上から目線であります。
 その後がどうなったかはさておき、前回ラストで浜松屋が持ち込んできた香炉は、単にそっくりさんでした、というオチで、とりあえず今回は過去関連のお話はおしまい。

 さて本筋ですが、浜松屋と入れ替わりに出雲屋にやって来たのは岡っ引きの平蔵。いま瓦版で大評判の怪盗イタチ小僧を追っているというのであります。このイタチ小僧、麻布の居酒屋で役人のセクハラに苦しんでいた店の娘が神社で願掛けをしたら、それに応えて現れ、役人を退治してくれたというのが初のお目見え。以来義賊イタチ小僧の人気はうなぎ登り、麻布の神社も小僧に願掛けしたいという参拝客で溢れている状況です。

 そこで神社に調べに向かった平蔵ですが、「出雲屋で一番値の張りそうなお姫人形が欲しい」などとトンチキな願掛けをしたのはまあいいとして、その後、十手をなくしてしまうという大失態。そこで清次に泣きつく平蔵ですが、さすがに出雲屋にも十手は置いていないのでした(もし置いてあったらどうしようかと思いましたよ……)。
 しかしてその晩、出雲屋に現れたのはイタチ小僧。平蔵の願い通りお姫人形を盗んだ小僧は、神社にお姫を置いて去ろうとするのですが――お姫は神社の神さまのフリをして、何故こんなことをするのか問います。答えて曰く、実はかつて金もなく行き倒れになりかけたイタチ小僧は、神社にお供えされていたサツマイモを囓って命を繋ぐことができた恩を返すため、神社に願掛けされた願いをせっせと叶えているというのであります。

 
翌日、神社にやってきた平蔵に見つけられて出雲屋に帰ってきたお姫ですが、実は彼女には、雑に扱われていた屋敷から盗み出され、その末に出雲屋に辿り着いたという過去がありました。そんなこともあって、義賊に人一倍の憧れを抱くお姫は、イタチ小僧にベタ漏れしてしまったのであります(しかしイタチ小僧はもはや義賊なのか何なのかわからないし、そもそも昔お姫を盗んだ男は普通に盗賊だと思います)。
 そんな彼女を見て、清次に小僧のことを調べるように言い出すお紅。自分も恋する乙女だから、ということかは知りませんが、これはやはり無茶振りではないでしょうか……

 さて、調べを続けていた平蔵ですが、イタチ小僧のおかげで神社が繁盛していたことから、正体は神社の関係者ではないかとなかなか鋭いところを見せます。が、むしろ神社側は芋ばかりお供えされて困惑している様子ですし、そもそも、最初にイタチ小僧に助けられたのは居酒屋の娘ではなくお婆さんであったことがわかります。
 さらにつくもがみを調べに出した清次は、瓦版での評判と実際の事件が異なる――というより、瓦版が現実の事件をことさらに大げさに書いていることに気付きます。そういえばイタチ小僧が出現する前は、瓦版の内容はイマイチで鳴かず飛ばずだったはず――と気付いた清次は、瓦版売りこそが小僧見破り、平蔵は瓦版売りを捕らえるのでした。

 瓦版売り=イタチ小僧の盗みの動機は瓦版を売るため、しかしイタチ小僧の瓦版で荒稼ぎした分は遊興費に消えてしまい、結局イタチ小僧を続ける羽目になったとか――悪いことはできないものです。何はともあれ、お姫の恋の相手は捕らえられてしまいましたが、今や彼女の関心は、新たに現れたという変な名前の義賊に向けられて――なかなか残酷なものであります。


 今回もオリジナルエピソードですが、脚本はベテラン・浦沢義雄。無生物が動いたり喋ったりする話を得意とするだけに、なるほど本作は適材適所――と思いましたが、どうも今回は物語を構成する要素がうまくかみ合ってない印象で、ミステリ要素も今一つであったのが残念なところであります。

 ちなみに何となくホンワカと終わりましたが、十両盗めば首が飛ぶこの時代、たぶんイタチ小僧は獄門だと思います。


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2018.08.31

長池とも子『中国ふしぎ夜話』 二人の仙人を通じて描く人間の儚さと強さ


 中国ものを得意とする作者が、二人の対照的な性格の仙人を狂言回しに描く中国ファンタジーの連作集――いずれも「それはまだ、光と闇が曖昧だった頃。」という言葉から始まる、人間の心の不思議さ、美しさを描いた物語の数々が収録されています。

 それはまだ、光と闇が曖昧だった頃。亡き父の遺言を果たすために旅をしていた青年・陶は、山で行き倒れになりかかっていたところに、一人の美しい容貌の仙人・趙青龍と出会います。しかし大の人間嫌いである青龍は陶を見捨てて去ろうとするのですが――陶のあまりのお人好しぶりに、やむなく助ける羽目になります。
 そして陶の旅の理由が、かつて親同士が約束を交わした許嫁と結婚するためだと知った青龍は、お前は人間を信じすぎだとあざ笑うのでした。

 それでも相手を信じる陶は、旅の途中に世話をしてくれた貧しくも美しい村娘に別れを告げ、相手の家に向かうのですが――果たして財産もないお前に興味はないと、父娘両方に冷たくあしらわれることになります。
 さすがに落ち込んだ陶に対し、見返すために科挙を受けろと命じる青龍ですが……

 という物語が第1巻の冒頭に収録された「黄金の石榴」。正直者が馬鹿を見るというのは、生きていれば嫌というほど見聞きするお話ですが、しかしそこに仙人が絡めばどうなるか――仙人が人間嫌いというのがややこしいのですが、そこには心温まるファンタジーが生まれることになります。
 ある意味定番の内容ではあるのですが、人間にとって本当に大切なものは何か、という問いかけと、その答えを美しく描き出す様は、やはりグッとくるのであります。


 そして第1巻の後半からは、この連作のもう一人の主人公・白石生が登場します。石を煮たものが大好物という風変わりな(そしていかにも神仙譚らしい)個性をもつ彼は、親友の青龍とは正反対で人懐っこい性格。人里近くに暮らし、様々な事件に好んで首を突っ込むという、仙人らしからぬ仙人です。
 そんな白石生が何故仙人となったのか、そしてどのように趙青龍と出会ったのかを描くのが、第2巻に収められた中編エピソード「瑠璃の月」であります。

 戦乱で親を失い、ただ一人の妹は何処かに金で買われ、天涯孤独となった石生を拾った仙人(その名は左慈!)。彼の推薦で仙人となるための学校の入学試験を受ける羽目になった石生は、全く術も教えられぬ状態で送り出され、大いに苦労することになります。
 そしてそこで出会ったのが天才と謳われる青龍。何から何まで正反対の二人は、しかし何となくウマが合い、不器用ながら友情を育んでいくかに見えたのですが――しかし二人の生まれがそれを阻むことになります。

 実は青龍は秦生まれ、一方石生はその秦に滅ぼされた韓の人間。秦の侵略がなければ家族を失うことはなかったと、理不尽を承知で石生は青龍に反発してしまうのですが……
 友情の脆さと得難さ、そして美しさを象徴する「瑠璃の月」という言葉。危なっかしくも瑞々しい青春を送り、やがてその言葉を地で行くように強い絆で結ばれる二人の姿が強く印象に残る好編です。


 そして最終巻の第3巻には、趙青龍の過去が描かれる「天より来る河」を収録。
 青龍が人間嫌いとなった理由、それはかつて愛した女性に手ひどく裏切られたため――というのは実は第1話で語られるのですが、彼が仙人を志す前の、まだごく普通の青年であった彼の過去の姿が描かれることになります。

 ということは結末は既に明かされているように思えるのですが――そこに一捻りを加えて、人間の生の儚さと、それにも屈することのない人間の愛の強さを描く物語は、これも定番ではありますがやはり素晴らしい。
 全3巻を通すと時系列が行き来するのが少々ややこしいのですが(第1巻の第1話第2話が時系列的に最新で「天より来る河」の前半が一番過去)、これも神仙譚らしく、一種の円環構造を成すと言うべきでしょうか。


 その他にも一話完結で時に美しく、時に微笑ましい物語を紡ぐ本作ですが、一つだけ個人的に残念だった点は、史実とのリンクがほとんどないことであります。
 もちろん、先に述べた「瑠璃の月」のような当時の社会情勢が関わる物語もあるものの、それ以外はいつかの時代、どこかの国が舞台で、以前紹介した同じ作者の『旅の唄うたい』シリーズが史実と密接に結びついた内容であったのに比べると、少々物足りないものを感じたのは事実であります。

 もっとも、史実をベースに物語を描けば、『旅の唄うたい』と同工異曲となるわけで、これはまあ、私のわがままではあります。

『中国ふしぎ夜話』(長池とも子 秋田書店プリンセス・コミックス全3巻) 第1巻 Amazon/ 第2巻 Amazon/ 第3巻 Amazon
中国ふしぎ夜話 1 黄金の石榴 (プリンセス・コミックス)中国ふしぎ夜話 2 瑠璃の月 (プリンセス・コミックス)中国ふしぎ夜話 3 天より来る河 (プリンセス・コミックス)

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2018.08.30

都戸利津『嘘解きレトリック』第9-10巻 「嘘」を解き明かした先の二人の「真実」


 嘘を「聞く」能力を持つ少女・鹿乃子と、頭は切れるが金はない探偵・祝左右馬のコンビが繰り広げてきたレトロ探偵譚もついに完結であります。左右馬への恋心を自覚した鹿乃子を狙う謎の男・史郎の影。誘拐された鹿乃子を左右馬は救うことができるのか、そして鹿乃子の想いのゆくえは……

 周囲からは忌避されてきた力を持つ鹿乃子を受け入れ、そして生きる道を示してくれた左右馬。彼への想いが、助手から探偵へのそれだけではないことに気付いてしまった鹿乃子の心は、千々に乱れることになります。
 第9巻で描かれるのは、そんな彼女を襲う思わぬ事件――かつて左右馬に降りかかった冤罪事件の関連で現場に向かうことになった二人ですが、その途中、一瞬の隙をついて鹿乃子は誘拐されてしまうのであります。

 その犯人こそは「史郎」――かつて名家の跡取り探しの一件でその名を名乗って現れ、また件の冤罪事件では別の名で鹿乃子の助っ人役を買って出るなど、何かと二人の前に現れる怪しげな美青年であります。
 そして鹿乃子にとっては大いに気になることに、彼もまた嘘を聞く能力を持っている、いや「いた」人物。そして彼が鹿乃子たちに付きまとう理由が、ここで明かされることになります。

 子供時代、捨て子として名前もなくその日を暮らしてきた「史郎」。しかしその能力を知った男・武上に拾われた彼は、翡翠様なる霊能力者に扮して、武上の指示するまま、人の秘密を握り、利用して生きてきたのであります。
 しかしある日その能力は消え、武上も姿を消して再び孤独の身の上となった「史郎」。探していた武上の所在をようやく掴んだ彼は、鹿乃子の能力を使って、武上にあることを問おうとしていたのですが……


 これまで様々な形で二人の前に現れ、そして何事かを企む姿が描かれてきた「史郎」。しかし単純な悪人でも愉快犯でもないその行動には、何とも不可解なものがありました。
 ここで語られることとなったその動機は、実に本作らしい、ある意味非常に人間臭いものであり――そしてやはり嘘と真実の在処を問いかけるものでありました。

 しかしその嘘と真実は、これまでのように人間の心の中のものだけではありません。それはむしろより大きなもの、ある人間の存在にとっての嘘と真実なのであります。
 自分は誰なのか、自分は何をしたらいいのか――それを見失った「史郎」は、あるいは鹿乃子がそうなったかもしれない姿、もう一人の鹿乃子と言ってもよいかもしれません。

 そしてその運命を分かつことになったのが、左右馬の存在なのでしょう。ここにおいて物語は、もう一人の鹿乃子の姿を通じて、鹿乃子と左右馬の間の強い絆を、再びはっきり描き出すのであります。


 さて、この「史郎」のエピソードは第9巻の冒頭から最終第10巻の冒頭まで。それ以降は、再び二人とその周囲の、ある意味「小さな」物語が描かれることになります。
 この辺り、最終巻全体が物語のエピローグのようにも感じられるところですが――しかしこの巻の後半で2話にわたって描かれる左右馬の過去の物語は、重要な意味を持つと言えます。

 孤独だった子供時代から学生時代に至るまで、その勘と推理力の鋭さから、時に周囲に利用され、時に誤解されてきた左右馬。
 それが今の彼の飄々とした態度と生き様を生んだとも言えるのですが――それは同時に、彼もまた、鹿乃子と同様の悩みを抱えてきた人間であるということにほかならないでしょう。(そしてこれは、だいぶ以前に描かれた鹿乃子の予感が正しかったことを示すものでもあります)

 もちろん、鹿乃子と左右馬の縁を、そして二人がこれまで築き上げてきたものを、こうした共通点のみに帰するのは正しくないかもしれません。しかし鹿乃子にとって左右馬がそうであったように、左右馬にとっても鹿乃子の存在が救いであったという「真実」は、物語の結末において大きな意味を持つと感じられます。


 そして最終話、鹿乃子の心に深く突き刺さった過去の棘から彼女が解放されるエピソードをもって、物語は終わりを告げます。
 その先、最後の最後に描かれる二人の姿は、ある意味ひどくあっさりしたものにも思えるかもしれませんが――しかしこれ以上の説明もドラマも不要でしょう。

 最後のコマで語られた「真実」――この物語の結末にふさわしい、美しく嬉しい「その真実」こそが全てなのですから。優れたミステリにして人間の「真実」を描いた名編の完結であります。

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