2017.12.16

輪渡颯介『欺きの童霊 溝猫長屋 祠之怪』 パターン破りの二周目突入!?

 コミカルで、そしておっかない時代怪談を書かせたら右に出る者がいない作者の人気シリーズも三作目。幽霊を「嗅いで」「聞いて」「見て」しまう溝猫長屋の悪ガキ四人組が、今回も様々な幽霊騒動に巻き込まれることになるのですが――今回は何と「二周目」アリ!?

 大量にいる猫が溝にはまって寝ていることから「溝猫長屋」と呼ばれる長屋にある祠。
 溝猫長屋では、かつてある事件で亡くなった女の子・お多恵を祀るこの祠に、毎年最年長の子供がこの祠に詣でるしきたりがあったのですが――お参りをした子供は、なんと幽霊に出くわすようになってしまうのでした。

 今年この順番に当たったのは、忠次、銀太、新七、留吉の四人組。しかし銀太を除く三人は、同じ幽霊に対して、それぞれ分担する形で「嗅いで」「聞いて」「見て」しまうようになってしまい、さらにそれが順繰りでやってくることになってしまいます。そして仲間はずれの形となった銀太には、最後に三つの感覚がまとめて襲いかかることに……

 と、おかしな形で幽霊に出くわす形になってしまった子供たちの冒険を描く本シリーズですが、今回はちょっと変化球。
 上の基本設定ゆえに、これまで全四話構成(三つの感覚が忠次・新七・留吉で一周+三つまとめて銀太)だった本シリーズですが、今回はなんと七話構成なのです。

 つまり二周目が――というわけなのですが、その理由が、冒頭で銀太が銭を入れた巾着袋をなくしたのを、お多恵ちゃんのおかげで幽霊に出くわしたからと嘘をつこうとした上に、毎回パターンに忠実なお多恵ちゃんのことを「芸がない」と罵ったからというのが、何ともすっとぼけていておかしい。
 おかげで本物の幽霊に出くわした上に、二周目という新パターンにまで突入され――と、今回も四人組は大いに幽霊に振り回されることになるのです。


 シリーズの毎回の物語展開に定番のパターンがあるというのは、うまくいけばその安定感に心地よさを感じるものですが、同時にワンパターンに陥りかねないという諸刃の剣でもあります。それも、そのパターンが特殊であればあるほど、その危険性が高まると感じられます。
 しかし本作においては、その危険性を逆手にとって、パターン破りを一つの題材としてしまう点に、何とも人を食った面白さがあります。

 実際、本作では作中で登場人物たちが「いつもだったらここで○○が出て来て……」とか「いつもだったら一連の出来事が実は裏で繋がってるはず」などと言い出す、メタ一歩手前の発言を連発。
 危険球スレスレではありますが、物語構造を逆手にとっての半ば捨て身の展開は実に楽しい。キャラクター造形や会話の妙も相まって、これまで以上に、読みながら幾度となく吹き出してしまった――というのは決して大げさな表現ではありません。

 もちろんその一方で、怪談としてもキッチリ成立しているのも本作の魅力であることは間違いありません。
 話数――すなわち怪異の数がこれまでの倍近いということは、そのバラエティもまた同様というわけで(特に二周目は一種の縛りもなくなったということもあって)これまで以上に楽しませていただきました。

 そして怖いだけでなく、切ない怪異があるのもまた本シリーズの魅力。
 本作で描かれた固く締め切られているはずの無人の長屋で人の生活の気配が――というエピソードなどは、その真相も相まって、温かみすら感じさせてくれる、ある意味本シリーズらしい人情怪談であります。


 とはいうものの、やはりパターン破りを売りにするというのは、シリーズとしては一度限りの大ネタ、窮余の一策という印象は否めません。
 内容的にも、毎度お馴染みの、あるキャラクターの「活躍」がおまけのようになってしまったりと(結果としてそのキャラの異常性をより浮き彫りにしているようにも感じますが)、マイナスの影響も感じます。

 本作の中で何度かほのめかされているように、いよいよ四人組とも別れの時が近いのかもしれませんが、いずれにせよ次回が正念場となることだけは間違いないでしょう。
 その時が来るのが楽しみなような怖いような――そんな気分なのであります。


『欺きの童霊 溝猫長屋 祠之怪』(輪渡颯介 講談社) Amazon
欺きの童霊 溝猫長屋 祠之怪


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2017.12.14

北方謙三『岳飛伝 十二 瓢風の章』 海上と南方の激闘、そして去りゆく男

 いよいよ物語が大きく動き出した感のある『岳飛伝』。呼延凌と兀朮の決戦が決着がつかぬまま終わった後も海上で、南方で戦いは続き、そして長きに渡り戦い続けてきた男が、また一人静かに退場していくことに……

 梁山泊打倒のために総力を結集した兀朮をやはり総力で迎え撃った呼延凌。その戦いは両軍に多大な犠牲を払いつつも痛み分けで終結し、梁山泊は金、南宋という大敵からの攻撃をひとまず凌ぎきったのでした。
 しかしもちろん、それはあくまでも新たな戦いの始まりにすぎません。海上では、張朔に敗れて左遷された韓世忠が梁山泊の交易船を次々と襲い、南方では、ついに北上の意思を固めた岳飛と秦容が戦いの準備を進め――一触即発の状況はそこかしこに存在しているのであります。

 そしてここで動いたのが、梁山泊の長老格の一人・李俊。これまで己の死に場所を求めてきた彼は、水軍を動かして韓世忠討伐に向かったのであります。
 韓世忠が潜む孤島に目星をつけ、韓世忠の周到な策を躱して迫る李俊。追い詰める李俊と追い詰められた韓世忠、両者の運命が交錯したとき……

 というわけで、今回まず退場することとなったのは韓世忠。梁山泊の前に幾度となく立ち塞がりつつも、特に『岳飛伝』に入ってからは梁山泊の男たちと変わらぬウェイトで描かれてきた彼の生も、ついに結末を迎えることとなります。
 肉親に対する屈折した情と女性に対する不信感を抱き、優れた才を持ちつつも負けぬための戦いしかできず、最後はみじめと言ってもよいような最期を遂げた韓世忠――なかなか共感を抱くのが難しい人物ではあります。

 しかし、彼がなぜそのような結末を迎えることとなったのか――同じ男として、個人的には大いに考えさせられたところであります。
(彼の女性に対する態度には全く共感できなかった一方で、「本気なのに本気になっていないつもり」の生き方は身につまされるものがあったので……)

 それは作中でも触れられていたように、彼が周囲の人間との正常な関係を築けなかった、周囲の人間と向き合えなかったということなのでしょう。そしてそれは、梁山泊や岳家軍に集った者たちとは対局にある生き方であったと言うべきでしょうか。


 一方、南方での戦いは、五万の大軍を擁する辛晃に対して、秦容と岳飛の同盟軍がついに動き出すことになります。
 南方制圧軍を率いて駐留する辛晃は、岳飛の悲願である国土奪還のためのいわば第一関門。北征のためにはここで立ち止まっているわけにはいかないのですが――しかし辛晃もさるもの、堅牢な城塞と独自に編み出した森林戦略で二人を苦しめるのであります。

 この辺りの戦いは、本当に久々に感じる攻城戦あり、秦容側の思わぬ危機あり(それを救ったのが、いわば南方に来てからの彼らの積み重ねにあったというのが熱い)となかなか盛り上がるのですが、正直に申し上げて岳飛の道のりはまだまだ険しい――という印象。
 二人ともほとんどゼロからのスタート、将軍クラスがほとんど自身のみという状況ではありますが、この調子では南宋に、金に辿り着く頃には皆退場して誰もいなくなっているのでは――と少々不安にもなります。

 死にゆく孫範を前にして素直になれなかったり、姚平と脱走兵ネタでじゃれあう姿などキャラクター的には本当に好感しかない岳飛。その未完の大器が今度こそ立ち上がることを期待したいと思います。


 そして退場といえば、感慨深いのはこの巻で描かれる梁山泊長老(という印象が全くなかった人物なのですが……)の一人の退場。
 本作においては既に一歩引いた立ち位置にあったキャラクターですが、しかしここで描かれたその最期は、それが結果だけ見れば必然ではなかったもと感じられるだけに、かえって彼の強い想いを感じさせます。

 思えば本作は、場所としての「梁山泊」を離れて若い力が立ち上がる様を描く物語であると同時に、「梁山泊」を造った老いた者たちが退場していく姿を描く物語でもあります。
 その中で彼は、自分の望んだ時に、自分の望んだ人と対面して去ったという点で、恵まれたものであったのかもしれません。


 梁山泊・南宋・金で若い力と老いた力が幾重にも絡み合う中、物語はどこに落着するのか。
 胡土児がついに自分の出自の一端を知ることとなった(そのくだりがまた実に「巧い」としか言いようがない)ことが、この物語で如何なる意味を持つのかも含め、まだまだ結末が見えない物語であります。


『岳飛伝 十二 瓢風の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 12 瓢風の章 (集英社文庫)


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 北方謙三『岳飛伝 九 曉角の章』 これまでにない戦場、これまでにない敵
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 北方謙三『岳飛伝 十一 烽燧の章』 戦場に咲く花、散る命

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2017.12.13

サックス・ローマー『魔女王の血脈』 美しき魔人に挑む怪奇冒険譚

 一定年齢層以上のホラーファンにとっては懐かしい国書刊行会のドラキュラ叢書――その幻の第二期に予定されていた作品、『怪人フー・マンチュー』シリーズのサックス・ローマーが、奇怪な魔術妖術を操り行く先々に災厄をまき散らす魔青年の跳梁を描く、スリリングな怪奇冒険小説であります。

 著名なエジプト研究者を父に持ち、類い希な美貌と洗練された物腰で周囲の女性たちの注目の的である青年アントニー・フェラーラ。父同士が親友同士であったことから、幼なじみとして育ったロバート・ケルンは、彼が時折部屋に籠もって何かに耽っているのに不審を抱きます。

 やがて、ロバートの周囲で次々と起きる奇怪な事件と、不可解な人の死。フェラーラの父までもが命を落とす中、ロバートに現実とは思えぬ奇怪な現象が襲いかかります。
 医師であり隠秘学の泰斗である父により、すんでのところで救われたロバートは、フェラーラが奇怪な魔術の使い手であり、その力で様々な人々を犠牲にしてきたことを知ります。

 父とともにフェラーラの凶行を阻むために立ち上がったロバート。しかし彼らをあざ笑うように跳梁し、犠牲を増やしていくフェラーラの魔手は、やがてロバートの愛する人をも狙うことに……


 かのラヴクラフトが、評論『文学と超自然的恐怖』でその名を挙げている本作。冒頭で触れたように、実に40年ほど前に邦訳を予告されつつも果たされなかった、ある意味幻の作品であります。
 それがこのたび、古典ホラーの名品を集めたナイトランド叢書で刊行(こちらも第二期なのは奇しき因縁と言うべきか)されたことから、ようやく手軽にアクセスできるようになりました。

 その本作、発表は1918年と、ほぼ一世紀前の作品ですが――さすがは、と言うべきでしょうか、今読んでみてもほとんど色あせることなくエキサイティングな作品であります。
 何よりも印象に残るのは、本作の闇の側の主人公とも言うべきフェラーラの造形でしょう。美女とも見紛う容姿で周囲の人間を魅了し、次々と破滅させていく彼は、古怪な魔力を用いる邪悪の化身でありつつも、どこまでも洗練された「現代的」なキャラクターとして感じられるのです。

 さて本作は、そのフェラーラとケルン父子の対決を描く長編ですが、
ロバートがフェラーラの暗躍に気付く
→フェラーラを追うも術中にはまりかえって危機に
→間一髪で父に助けられる
→父子で反撃に転じるもフェラーラは逃げおおせた後
というパターンの連続。ケルン父子はほとんどフェラーラに翻弄されっぱなしなのであり――フェラーラこそが本作の真の主人公と言っても差し支えはないでしょう。

 しかし、上記のパターンを見ると、本作が単調な繰り返しに終始するように思われるかもしれませんが、心配ご無用。各エピソードでフェラーラが操る魔術は千差万別、幻覚から物理的力を持つ呪い、様々な使い魔による攻撃、さらには○○を用いた呪いとバラエティ豊かなのですから。

 そして、その良くも悪くも派手さを抑えた魔術描写は、作者が実在の魔術結社・黄金の夜明け団に参加していた故でしょうか。
 特に、中盤で展開するエジプト編の冒頭、疾病をもたらす奇怪な風に怯える人々が、風を避けて集まったホテルに奇怪なセト神の仮面を被った男が現れ――というくだりは、恐怖の実体を明らかにせず、雰囲気だけで恐怖を煽る作者の筆が実に見事で、本作の魅力がよく現れた、本作屈指の名シーンではないでしょうか。


 もっとも、本作にも困ったところは皆無ではなく、フェラーラの正体を知っている(らしい)ロバートの父が、毎回それをロバートに問われてもはぐらかして、終盤まで語らないのは、さすがに引っ張りすぎと感じます。
 また、ラストも、それまでの展開に比べれば、いささかあっさり目と感じる方も少なくないでしょう。

 とはいえ、終盤でついに語られるフェラーラの出自は、こう来たか! と大いに驚かされましたし、結末のある意味皮肉な展開も、強大な悪の魔術師の末路として、相応しい結末であることは間違いありません。

 怪奇冒険小説として、魔術小説として、一種のピカレスクものとして――今なお様々な、一級の魅力に満ちた作品であります。


『魔女王の血脈』(サックス・ローマー 書苑新社ナイトランド叢書) Amazon
魔女王の血脈 (ナイトランド叢書2-7)

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2017.12.12

「このマンガがすごい! 2018」のアンケートに参加しました

 お仕事というようなものではありませんが、告知であります。先日発売された「このマンガがすごい! 2018」の、今年のベストマンガアンケートに回答させていただきました。毎年恒例のアンケートですが、参加させていただいたのは今年が初めてであります。

 今更言うまでもないことはではありますが、「このマンガがすごい!」は、毎年この時期に刊行される、この1年のマンガ作品のランキングを中心にしたムック。
 2005年をスタートに、今年で実に12年、「○○がすごい!」系の確たる一角を占めているものであります(この辺り、ちょっと刺さるものがありますがそれはさておき)。

 オトコ編とオンナ編に分けられたこのランキングは、書店員や雑誌編集部、そして各界のマンガ好きの投票から成り立っていますが、今年はその数を増やして過去最高の700人以上とのこと。おかげさまで私のもとにも声をかけていただけました。
 といっても「伝奇時代劇アジテーター」という肩書きであるからして、それを裏切るような投票はできません。かくて、オトコ編にて時代(伝奇)マンガベスト5(+オンナ編1作品)を挙げさせていただいたのですが……

 その内容についてはぜひ本誌をごらんいただくとして、ベスト20までに2作品しか入らないとは、我ながらさすがに驚きました(というかベスト50まででも変化なし!)。
 この辺り、自分のチョイスの偏りによるところはもちろんなのですが――しかしそれ以上に、日本のマンガというものの多様性、はっきり言ってしまえば作品数の多さによるものではないか、と改めて感心いたしました。

 読んでないマンガがこんなにたくさん――というのは自分の不勉強を晒すようで恥ずかしいのですが、しかしこうしてランキングの形で並んでいると、本当に驚かされます。
 自分が日頃行っているアジテーションは、このマンガの山を前にして少しは役に立っている――とは今回の結果を見ると正直なところ言い難いのですが、その山の大きさは、むしろこちらをワクワクさせてくれるようなものであります。

 正直来年も呼んでいただけるかは自信がありませんが、アンケートに答えようと答えまいと、来年は自分の勧める作品が少しでも高い順位になればいいなあ……と思っているところです。


 燃やすといえば「このキャラクターがすごい!」コーナーオトコ編にはあのアニキが……これはさすが、と言うべきでしょう。


「このマンガがすごい! 2018」(宝島社) Amazon
このマンガがすごい! 2018

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2017.12.11

鳴神響一『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』 本格ミステリにして時代小説、の快作

 これまでも一作ごとに趣向を凝らした作品を発表してきた鳴神響一の新作は、何と時代ミステリ、それも本格的な密室殺人もの。『影の火盗犯科帳』シリーズで知恵袋役を担当していた博覧強記にして多芸多才の浪人・多田文治郎が探偵役をつとめる本格ミステリであります。

 浪人の気楽さで江ノ島・鎌倉見物に出た文治郎が今回巻き込まれたのは、猿島――かつて流罪となった日蓮上人を島の猿が助けたという伝説を持つ小島で起きた殺人事件。
 地元の住民からは不入の聖地とされていたこの島に、江戸の大商人が建てた豪勢な寮(別荘)が事件の舞台となるのですが――これが常識では考えられないような奇怪な惨劇だったのであります。

 布団の中で焼死体となっていた老武士、無数の蜂に襲われて悶死した浪人、何かの刃物で首筋を裂かれた役者、矢で貫かれ目をくり貫かれた使用人、毒殺され切断された首を屋根に晒された妾、撲殺され血染めの文字を遺した囲碁棋士……
 身分も出自も年齢も全て異なる、共通点も不明な六人の男女が、そこでそれぞれ無惨に殺害されていたのであります。

 しかし現場は対岸から舟でなければ渡れない孤島、寮も周囲を断崖と塀で囲まれ、外部からの浸入は不可能という状態。
 そこで誰がどうやって、六人の男女を次々と惨殺し、姿を消したのか――この事件を担当することになった浦賀奉行所の与力・宮本甚五左衛門が偶然学友であったことから、文治郎は謎解きを依頼されることになります。

 そしてそんな不可解な状況の検分を行う中、文治郎と甚五左衛門が見つけた手記。犠牲者の棋士が遺したそれには、六人が何者であり如何に集ったか、そして島で何が起こったのかが克明に記されていたのですが……


 ミステリでいえば、クローズ・ドサークルものの一つ、孤島ものである本作。人の行き来が制限された、一種の密室となった孤島で事件が発生して――というあれであります。

 本作はその典型と言いましょうか、孤島に集った人々が一人一人殺されていくのですが――本作が面白い(という言葉が適切かはわかりませんが)のは、物語開始時点で、既に全員が殺されて発見される点でしょう。
 いきなり一切が不明な状況で、生存者なしの皆殺し! というインパクトは強烈で、一気に物語に引き込まれる構成の巧みさにまず感心させられます。

 もちろん、ミステリに肝心なのは事件そのものの謎解きですが、これも本作が作者の初ミステリとは思えぬ堂々たる内容。
 本作で描かれる、不可能としか思えないような六人六様の奇怪な殺人のトリックと、それらの凶行の犯人の正体は、どれも意外かつフェアなもので、本作を本格ミステリと呼んでも差し支えはないでしょう。

 また、文治郎による推理の前に、手記の形で経緯を語ることで、いわば証拠のみを先に提示した形(一部、後出し的に感じるものがなくもありませんが)で、一種読者への挑戦的な構造となっているのも楽しいところです。


 しかし、本作はそれのみに終わりません。文治郎の手で一連の事件のトリックが解き明かされ、犯人が暴かれてもなお残る謎――つまりハウとフーが解き明かされた先の、ホワイダニットにおいて、本作は優れて時代小説としての顔を見せるのです。

 これの詳細はもちろん語れませんが、終盤に明かされる犯人の動機――犯人が犯行に至るまでの経緯は、それ自体が一編の時代小説と成立するような内容。
 無惨な殺人の陰に潜む、それ以上に無惨な人の世の姿――一種の残酷な人情もの時代小説としても、本作は読むことができるのです。

 そしてその犯人の過去が、その動機そのものが、本作で描かれるような「劇場型犯罪」につきまとう不自然さ――そんな派手な事件を起こせば、かえって明るみに出て捕まりやすくなるのでは?――に対する、明確な答えになっているのには、脱帽するほかありません。
(ちなみに本作、実は犠牲者の多くが実在の人物なのですが――終盤の一ひねりでその点に整合性を与えているのは、作者の時代小説家としての生真面目さでしょう)


 ちなみに本作は、「幻冬舎時代小説文庫」ではなく「幻冬舎文庫」からの刊行。これは時代小説ファンに留まらず、一般のミステリ読者にもアピールするためのものと思いますが――その意気や良し。
 時代小説としてはもちろんのこと、ミステリとしても一級の魅力を持つ本作は、その試みに相応しい作品なのですから。


『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫) Amazon
猿島六人殺し 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)


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2017.12.08

平谷美樹『江戸城 御掃除之者! 地を掃う』 掃除のプロ、再び謎と怪事件に挑む!?

 発表した作品の数とその個性という点では、平谷美樹は今年有数の活躍を見せた時代小説家ではないでしょうか。その個性を象徴するようなシリーズ――江戸城の掃除を担当する御掃除之者たちの活躍をコミカルに、ペーソス豊かにに描く物語、待望の第2弾の登場であります。

 その名のとおり江戸城の御殿の清掃等を担当した御掃除之者。その職務から察せられるように下から数えた方がよいような身分の御家人であります。
 本作はその一人、江戸城御掃除之者組頭の山野小左衛門とその配下たちの活躍を描く連作シリーズ。毎回のように掃除絡みで発生する意外な事件や厄介事に対し、彼らが持ち前の御掃除技とプロ意識で難題を解決していく姿が描かれることになります。

 例えば本作の最初のエピソード「楓山秘閣御掃除御手伝の事」の舞台は、楓山秘閣――将軍家の図書館、後世に言ういわゆる紅葉山文庫であります。
 そこに所蔵された本が紛失され、担当の御掃除之者が疑われかねない事態となったことから、前作で様々な事件を解決してきた小左衛門に紛失本捜索の指示が下ったのです。

 それが掃除之者の任かどうかは別として、同じ御掃除之者たちの運命がかかっているとくれば、無視するわけにもいきません。かくて、普通であれば全く無縁の紅葉山文庫の掃除を経験できるという職業的な興味もあって、小左衛門と6人の配下は紛失本捜索に乗り出すことに……


 ファンにとっては今更言うまでもありませんが、実はかなりの割合でミステリ的な趣向の作品を手がけている作者。前作もそうでしたが、特にこのエピソードは、ミステリ味が強い内容となっております。

 紛失本は、シリーズものの途中2冊のみが抜けた漢籍と、内容もわからない蘭書という、何とも共通性のなさそうな代物。果たしてそれらには何が書かれているのか。そして誰が、何のために持ち出したのか……
 その謎を、一つ一つロジカルに解き明かしていく様は、まさしくミステリの魅力に溢れています。

 そして書物の、何ともあちゃーな内容と、意外な持ち出し主の正体を解き明かしたその先で、事を荒立てぬための思いやりに満ちた作戦が展開されるのもいい。
 掃除之者をライバル視する黒鍬者との対決も絡んでくるのも楽しく、本作の約半分を占めるだけはある、ユニークにして爽やかな後味の一編です。


 そして本作の残る二つのエピソードも実に面白いのは言うまでもありません。

 まず「浜御殿御掃除御手伝いの事」で小左衛門が巻き込まれることになるのは、タイトル通り浜御殿(今の浜離宮)の掃除。
 江戸城担当の彼らからすればこれまた所轄外の事案ですが、既に掃除絡みの事件とくれば小左衛門、となっているために巻き込まれるのがなんとも哀しくも可笑しいのです。

 この浜御殿でうち続く魚の減少という怪事の解明を求められた小左衛門たちですが、謎の偉丈夫や怪生物が出没、何とも不穏な展開が繰り広げられることになります。
 そんな騒動の末に、この時代が舞台であればいつか出てくると思っていたあの人が登場、全てを攫っていくのもまた愉快なのであります。

 そしてラストの「中奥煤納めの事」は、これまでのエピソードと些か趣を変えた物語が描かれることとなります。

 日頃懸命に掃除を行い、時に怪事件を解決してと外では大活躍の小左衛門ですが、家に変えれば二人の息子との関係が悩みのタネ。
 そろそろ家を継いでもおかしくない年頃の彼らですが、しかし彼らは御掃除之者の役目に不満を抱き、小左衛門に対して反抗的だったり冷笑的だったり――という状況なのです。

 この辺り、世のお父さんたちには何とも身につまされる展開ではないかと思いますが――しかしこのエピソードでは、そんな状況に大きな変化が生じることになります。
 その一方で、思わぬことから江戸城の抜け穴の存在を知った凶賊の群れが、江戸城侵入を狙って――と、一見全く関係ない二つの流れが、思わぬ形で合流するクライマックスは、本作の掉尾を飾るに相応しい盛り上がりでしょう(結末の微笑ましさも実にいい)。


 というわけで、ラストで少しだけ未来に踏み出すことになる小左衛門ですが、もちろん彼ら御掃除ものが掃除する相手がなくなることはありません。
 だとすればこの先の物語も――と期待したくなるのが当然の快作であります。


『江戸城 御掃除之者! 地を掃う』(平谷美樹 角川文庫) Amazon
江戸城 御掃除之者! 地を掃う (角川文庫)


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2017.12.04

日野真人『殺生関白の蜘蛛』 平蜘蛛と秀次を結ぶ驚愕の時代伝奇ミステリ

 全く予想もしないところから、素晴らしい作品が現れることがあります。『アラーネアの罠』のタイトルで第7回アガサ・クリスティー賞優秀賞受賞の本作はまさにそんな作品――松永久秀が秘蔵したという名器・平蜘蛛の茶釜と、関白・豊臣秀次の最期を結びつける、見事な時代伝奇ミステリであります。

 秀吉に仕え、今は秀次付きの家臣として暮らす舞兵庫。ある日秀吉に呼び出された彼は、「本物の」平蜘蛛の茶釜を持つと称する者が現れたことを告げられ、その入手を厳命されることになります。
 実はかつては松永久秀に仕え、その最期の時に平蜘蛛の茶釜を手土産に秀吉に寝返った過去を持つ兵庫。しかしその平蜘蛛が偽物であると言われた彼は、老耄の天下人の怒りを恐れつつ、探索に乗り出すことになるのでした。

 が、その矢先に今の主である秀次に呼び出されて先年に切腹した千利休が遺した平蜘蛛の切型(絵図)を見せられ、やはりその探索を銘じられる兵庫。
 時あたかも再びの朝鮮出兵が目前となった上、秀吉に待望の男児が生まれて、太閤秀吉と関白秀次の不仲が噂される頃。その二人の間に挟まれることとなった彼は、どちらにつくかも決めかねながら、真の平蜘蛛を持つという男を追うことになります。

 秀次付きの武人・大山伯耆とともに探索を続ける中、幾度となく謎の刺客に襲われる兵庫。そして一癖もふた癖もある者たちを向こうに回しながら探索を続ける二人は、松永久秀の隠された過去と、平蜘蛛に秘められた恐るべき力を知ることに……

 果たして平蜘蛛の力は、太閤と関白の争いに如何なる役割を果たすのか。両者の対立が深まる中、兵庫は驚くべき真実を知ることになるのです。


 そんな本作のユニークな点は幾つもありますが、まず挙げるべきは、主人公となるのが、舞兵庫(前野忠康)である点でしょう。あるいはむしろ歴史ゲーマーの方がよく知るかもしれない彼は、後に石田三成の下で、島左近と並ぶ猛将として知られた人物なのですから。

 その彼がかつて松永久秀に仕えたというのは、そこで果たした役割も含めておそらくは架空の設定ではないかと思いますが、三成の前に秀次に仕えていたのは紛れもない史実。
 本作でも大きな役割を果たす三成は、秀次に対しては悪役として描かれることも少なくありませんが、その三成が、兵庫のような(そして大山伯耆も)秀次の遺臣を引き取っていたというのは、何とも興味深いことではありませんか。

 そしてその兵庫を探偵役にした物語で描かれるのが秀次の最期というのは、本作のタイトルの「殺生関白」から察することができますが、しかしそれに大きな意味を持つのが「蜘蛛」――すなわち平蜘蛛の茶釜という取り合わせの妙には、ただ唸らされるほかありません。

 あの信長が引き替えに久秀の助命を認め、そして久秀はそれを拒否し、火薬を詰めて壮絶な爆死を遂げたという逸話で知られる名器・平蜘蛛。
 それが密かに持ち出されて秀吉に渡っていたというだけでも胸が躍ります、実はそれが偽物で、本物の在処を巡って秀吉と秀次が暗闘を繰り広げるとくれば、素晴らしいとしか言いようがありません。

 しかもその正体というのが……! と、それをここで書くわけにはいきませんが、その秘密が秀次の運命に密接に繋がり、さらには――という展開は唸らされっぱなしでありました。。
 正直に申し上げれば、ミステリ味はもの凄く強いというわけではない(どんでん返しは用意されてはいるものの、実は意外性は低め)のですが、ミステリ味のある時代伝奇小説として、かなりのレベルにある作品であることは間違いありません。


 それにしても本作のアイディアもさることながら、これだけの要素を破綻なくまとめ、さらに歴史小説としても読ませる(クライマックスで描かれる、秀次と三成の「合戦」は名場面!)手腕は、とても新人の手によるものとは思えない……
 と思いきや、実は作者の日野真人は、『銭の弾もて秀吉を撃て』(同作で第3回城山三郎経済小説大賞を受賞)などを発表した指方恭一郎の別名義(というより本名)と知り、さてこそは――と納得。

 思わぬ一人二役(?)に驚きつつも、新たな名を得た作者のこれからの活躍に、期待しないわけにはいきません。


『殺生関白の蜘蛛』(日野真人 ハヤカワ文庫JA) Amazon
殺生関白の蜘蛛 (ハヤカワ文庫JA)

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2017.12.03

久保田香里『氷石』 疫病の嵐吹き荒れる中に道を照らす小さな奇蹟

 天平9年(737年)といえば、当時の権力者であった藤原四兄弟が全て急死したほどの天然痘大流行の真っ只中。その混沌に翻弄されながらも、やがて自分の生きるべき道を見出していく少年の姿を厳しくも美しく描く、良質の児童文学であります。

 死に至る疫病が大流行する都の市場で、病に効く護符と称して河原で拾った石を売る少年・千広。
 父は数年前に遣唐使船に乗って渡った唐に残り、その間に母を疫病で失った千広は、自分の身を案じる従兄弟の学生・八尋に背を向けたまま、日銭を稼いで生きていたのであります。

 そんなある日、彼の売る石が氷石(水晶)のようで美しいと語る貴族の下働きの少女・宿奈と出会い、惹かれるようになった千広。
 やがて、かつて父から学んだ書を頼りに、宿奈の協力を得て病除けの護符を売り出した千広の生活には、少しずつ張りが生まれていくのでした。

 しかしそれもつかの間、千広は疫神の魔の手により、最も親しかった人を失うこととなります。さらに市で幅を効かせるならず者に逆らった彼は、ひどく叩きのめされ、旧知の法師・伊真が働く施薬院に運び込まれるのですが……


 冒頭に述べたように、歴史に残るほどの天然痘の大流行が人々を苦しめた天平年間。富める者も貧しき者も平等に――いや、貧しき者はより一層苦しい生を強いられたこの時代に生きた、少年の絶望と再生を本作は瑞々しく描きます。

 たった一人、周囲から顔を背けるようにして生きてきた主人公・千広は、かつては温かい家庭に暮らし、学問好きの父の下で、やはり学問に興味を持ってきた少年。
 そんな彼の心は、しかし、父が自分と母を置いて唐に渡り、そして十数年後まで帰国しない道を選んだことから、深く傷つくことになります

 父が自分や母よりも学問を選んだと思い、そして遣唐使が唐から持ち込んだとも噂された疫病によって母を失ったことから、幾重にも父や周囲の人々への怨みを募らせていく千広。
 彼は生きるために、河原の石を磨いただけのものを護符と称してインチキ商売を始めるのですが――しかしそれは同時に、自分たちに目もくれなかった世間の人々を嘲り、大袈裟に言えば復讐するための哀しい行為にほかなりません。

 そしてそんな歪みは、ヒロインたる宿奈もまた抱えていることが本作では示されることになります。
 身寄りもなく、先輩格の下働きに虐待されながら、豊かに暮らす貴族の屋敷で朝から晩まで働き続ける宿奈。水汲みを命じられた彼女が、疫病で死んだ死体が沈んだ井戸から平然と水を汲んで屋敷に持ち帰るくだりは、何とも衝撃的であります。

 しかしそんな千広も宿奈も、変わることができる。大切に想える相手を、あるいは自分が懸命になれるものを見つけることができれば――世間と正面から向き合いより良い生を生きることができると、本作は静かに、力強く訴えかけるのです。

 もちろんそれは容易いことではありません。身近な人を失うかもしれない。心身に傷を負うかもしれない。親しい人と離ればなれになるかもしれない。
 それでも、それでも――この生には生きる意味が、価値があるのだと、千広と宿奈の姿が、二人が出会う小さな奇蹟が教えてくれるのです。


 そんな物語は、一歩間違えれば、悪い意味でお話めいていたり、お説教めいたものになりかねないかもしれません。
 しかし本作は、生と死が隣り合わせになった過酷な時代を舞台に、容赦ない物語を展開することで、物語にこれ以上ない現実感を与えることに成功していると言えるでしょう。

 あるいはこの時代にいたかもしれない少年少女の姿を描くことにより、いつの時代も変わらないあるべき生の姿を描く。
 良質の歴史物語であり、それだからこそ成し得た良質の児童文学であります。


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氷石 (くもんの児童文学)

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2017.12.02

菊地秀行『宿場鬼 妖剣乱舞』 超人剣士という鏡に映る人の情

 菊地秀行による新たな時代小説――古代からの技を受け継ぐ剣士たちの戦いと、とある宿場町に生きる人々の生きざまが交錯する『宿場鬼』待望の第2弾であります。過去と心を失い、宿場に現れた剣士・無名と今回関わる者は……

 深い霧が発生することを除けば、何の変哲もない中山道の宿場町・鬼利里宿。ある日、その霧の中から忽然と現れた美貌の青年は、しかし、全ての記憶と人間らしい感情を失いながらも、恐るべき剣技の持ち主でありました。

 彼を引き取ることとなった町の元用心棒・清玄と娘の小夜と触れ合ううちに、「無名」と名付けられた青年。少しずつ人間味を見せ始めるようになる無名ですが、しかし彼を狙って、宿場町には奇怪な剣技の遣い手たちが次々と現れることになります。

 そんな無名が、古代から伝わる伝説の武術・臥鬼を受け継ぐ者ではないかと睨む清玄。
 そんな中、また霧の中から現れたのは、無名のように人の情を持たぬ、しかし年端もいかぬ子供で……


 このような本シリーズの基本設定を見れば、作者お得意の超伝奇アクションと思われるかもしれません。そしてそれはもちろん、ある側面においては外れてはおりません。
 本作に登場する無名を襲う謎の遣い手たちが操るのは、己の気配を一切断って襲いかかる、あり得ざる角度からの一撃を放つ、光を失った眼で必殺のカウンターを放つ――いずれも常人ならざる秘剣なのですから。

 しかしそうした点がありながらもなお、本シリーズは、本作は、第一印象を覆す内容を持ちます。
 なんとなれば、そんな妖剣士たちの死闘を描くと同時に――いやその死闘を用いて描かれるものは、日常からほんの少し踏み出した人々の営みの中に浮かび上がる、人の情の姿なのですから。

 一日に二度も立て籠もり男の人質となった遊女、旅の途中に連れとはぐれた商家の令嬢、預かった子供に折檻を加える女郎屋の女主人……
 本作の陰の主人公たちと言うべきは、そんないわば市井の人々。彼女たちは、中にはこの世の表街道から外れた者もおりますが、しかしあくまでもこの世の則からは外れていない、普通の人々であります。

 本作は実に、無名を狂言回しに、彼の繰り広げる死闘を背景に、そんな普通の人々の物語を描き出すのです。

 食い合わせが悪いのではないか――などとは、名手を前に考えるも愚かでしょう。そもそも、作者がどれほど巧みに「人情」を描くかは、『インベーダー・サマー』や『魔界都市ブルース』、あるいは同じ時代ものでいえば『幽剣抄』を見れば一目瞭然なのですから。

 そんな名手の筆による、妖剣士たちという歪んだ鏡に映し出される人の世の営み――それは思わぬほど鋭く、そして美しくも儚い像を結びます。

 例えば本作のラスト、霧の中から現れた子供と、彼を預かった女郎屋の主に対する無名の行動。
 普通の人間であればいささか鼻につきかねないそれは、無名という、異常な存在が行うことによって、よりストレートに、強い感動をもたらすのです。

 人の情を持たぬ者を通してこそ描ける、人の情の姿として……


 しかしもちろん、そんな彼にも、少しずつ人間らしさ――というより人間臭さが生まれていることは、本作の随所に描かれることになります。
 今はまだ、物語のスパイスとも言うべきレベルに留まる(本作で描かれる、村の見回りに出かけた先での出来事が何ともほほえましい)それが、どのような形に成長していくのか……

 人情すなわち人の情ならぬ、超人の情がいかなる姿で描かれるのか、その点も含めてこの先が大いに気になる物語であります。


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宿場鬼 妖剣乱舞 (角川文庫)


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2017.12.01

武内涼『はぐれ馬借』 弱肉強食という悪循環を超える生き様を求めて

 『駒姫 三条河原異聞』『暗殺者、野風』といった新作や『妖草師』シリーズの復活など、今年は活躍著しかった武内涼の新作は、これらの作品に負けず劣らず個性的な作品。混沌の室町時代を舞台に、諸国を自由に往来するはぐれ馬借衆の活躍を描く活劇です。

 物語の始まりは坂本――室町時代中期、京都の財界とも言うべき比叡山領で馬借を営む青年・獅子若が本作の主人公。
 並外れた体躯の持ち主であり、印地(石投げ)の達人である彼が、比叡山の有力者の娘と出会ったことから、物語は始まります。

 彼女の馬である春風の面倒を見たことがきっかけで、急速に惹かれ合っていく二人。しかし身分違いの恋は彼女の父の逆鱗に触れ、獅子若は私刑を受けた末、叡山領立ち入りを禁じられて追放されることになります。

 自分に懐いた春風とともに、当てもない放浪に出た獅子若の前に現れたのは、美少女・佐保をはじめとする「はぐれ馬借」の面々。
 ある依頼の途中に行方不明となった前頭領の愛馬を追っている彼女たちと行動を共にすることになった獅子若は、敵であっても命を奪わないというはぐれ馬借の掟に戸惑いつつも、少しずつ心を開いていくことに……


 そんな本作でまず印象に残るのは、タイトルともなっている「はぐれ馬借」という存在でしょう。
 当時の馬を使った運送業者である馬借。彼らは、ある土地を拠点として活動を行うのが普通ですが――しかしはぐれ馬借は、特定の地に腰を落ち着けることなく、旅から旅への稼業なのであります。

 そしてそれを可能とするのが、彼らの祖が落ち延びる義経を助けた功績により与えられたという「源義経の過書」。
 関銭を払わずに諸国往来自由を認められるというその力により、彼らは一つところに落ち着くことなく生きることが可能なのです。

 このはぐれ馬借、義経の過書という伝奇的アイテムの存在も面白いのですが、何より興味を惹かれるのは、それによって彼らが土地の軛から離れることができたという設定であります。
 それは一見、不安定極まりない暮らしに見えるかもしれません。しかし見方を変えれば、それは土地の権力者の庇護を受けることなく――すなわちその代償を払うことなく――生きることができるということであります。

 そしてそれは、本作の主人公たる獅子若の生き様とも大きく関わっていきます。
 馬借という仕事を持ち、そして印地の世界でもその人ありと知られていた獅子若。しかしそんな彼の胸中は、常に不満と苛立ちに満ちていました。

 時あたかも、あの義教が将軍になる直前の、世情が不安定極まりなかった室町時代中期。
 そんな、権力者は下の者を守ることなく、弱き者はより強き者の力に怯える時代――そして生まれついての身分がそれを支えていた時代は、強い力と心を持ち、しかし身分の低い獅子若には生きにくい時代だったのです。

 弱肉強食で全ては自己責任の世の中に苛立ち、そこで生まれた凶暴な衝動を印地に叩きつける――そしてその果てに、より強い力に叩きのめされ、住む土地を失った獅子若。
 そんな彼が身を寄せ、そして何よりも自分らしく生きるために、はぐれ馬借以上の世界があるでしょうか?

 しかしそんな自由なはぐれ馬借にも、強い掟があります。先に述べたような不殺というその掟は、ある意味この時代においては甘きに過ぎるものであり――そして獅子若にとっても理解の外にあるものです。
 しかしその掟は、終わりない暴力と遺恨を避けるための知恵。同時に弱肉強食の世界の則には従わないという宣言と言えるでしょう。

 力が全ての時代に苛立ちつつも、それを発散するために力を用いれば、それはそんな世の理を認め、その一部になることにほかなりません。
 そんな悪循環に背を向けるはぐれ馬借の生き様は、獅子若にとっての救いであり――さらにそれは、同じく混沌の時代に生きる我々にとって、強く共感できるものであります。


 一冊の物語の中に様々なエピソードが散りばめられているため、一つ一つが少々食い足りない印象はあります(伝奇性が思ったほど濃くないのも残念)。
 それでも、はぐれ馬借という生き方と、それと共に少しずつ成長していく獅子若の姿は、大いに魅力的に感じられます。

 時代の混沌がいよいよ深まっていく中、獅子若ははぐれ馬借とともに自由を貫けるのか、人としての希望を見出すことができるのか――この物語の先をまだまだ見てみたい、そう感じます。


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はぐれ馬借 (集英社文庫)

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