2017.03.22

長谷川卓『嶽神伝 鬼哭』上巻 景虎出奔、山中の大乱戦

 戦国時代の関東甲信越から駿河までを舞台に、山の者・無坂の生き様を描く「嶽神伝」シリーズもこれで第三弾。時は流れ、老境に近づいた無坂たちは、またしても里の者――すなわち戦国大名たちの争いに巻き込まれ、強敵たちと死闘を繰り広げることとなります。

 家臣同士が領地を巡って争う状況に怒り、出奔した長尾景虎。彼がわずかな供を連れ、かつて縁のあった月草と真木備のもとに押し掛けたことから、たまたま彼らを訪ねていた無坂も行動を共にする羽目になります。
 やむを得ず景虎を案内することになった無坂たちですが……しかし景虎の出奔は、すぐに宿敵たる武田晴信の知るところに。

 景虎を暗殺する好機と見た武田家中では、透破の精鋭部隊である「かまきり」そして「かまり」を放ち、晴信の後を追跡。そして偶然彼らと遭遇した女ばかりの山の民・鳥谷衆は、真木備と無坂、そして長尾方に対する恨みから武田方に協力を申し出るのでした。
 さらに北条方も、この動きを察知した北条幻庵がやはり景虎を討たんと風魔小太郎ら風魔衆を連れて自ら出陣、その動きに巣雲衆の弥十たちが巻き込まれることに。

 そして長尾方も、山中から景虎を救い出すべく、「落とし」を生業とする山の者・南稜七ツ家に依頼、軒猿たちとともに景虎のもとに急行することになるのです。
 かくて、景虎と無坂たち、武田の透破・かまきり・かまり、北条の風魔衆、上杉の軒猿と七ツ家衆……実に四つの集団が、山中の聖地・龍穴を舞台に激しく激突することに――


 いやはや、これまでも幾度となく山の者と忍び、忍びと忍びの死闘を描いてきた本シリーズですが、今回ほどのスケールの戦いはこれが初めて。何しろここに登場するのは敵味方合わせて約60人、全員が戦うわけではないにせよ、ちょっとした合戦レベルであります。
 そしてその戦いの内容が凄まじい。誰が敵で誰が味方かもわからなくなるような状況の中、一対一、一対複数、複数対複数で繰り広げられるのは、本作ならではのリアルな手触りの、それでいて派手さも感じさせる見事なバトルであります。

 特に、今回登場する「かまり」の里の者たちは、「かまきり」の中でも危険すぎるために里に封じられていた遣い手たちというケレン味に溢れる設定が楽しい。
 その中でも四囲を血の海とする死人使いとして恐れられる四方津の技は、地に足の着いた設定ではありつつも(時代小説で用いられるのはかなり珍しいのですが)その二つ名の通りの内容で、本シリーズにしては珍しいほど凄惨な展開が強烈なインパクトを残します。

 その一方で、そもそもの発端である景虎のキャラクターも何とも楽しい。今回の騒動は、有名な景虎の高野山出奔をベースとしたものですが、戦国武将が領内不統一に起こって自分の家を捨てるという、何とも唖然とさせられるような事件も、ああこの人物なら……と感じさせられるものがあります。

 強引に月草たちのところに押しかけて居候し、山の自然の美しさに目を輝かせる彼の純粋といえば純粋、無神経といえば無神経、しかしそれでいて妙に魅力的な姿は、我々が知る景虎のイメージをさらに純化させ、そして独自性を与えていると言えるでしょう。
 本シリーズのもう一人の主人公たちとも言うべき戦国武将たちの見事な人物像は、本作でも健在なのです。


 さて、この上巻の後半で描かれるのは、武田家が狙う山の者の分断作戦であります。

 この物語の冒頭から、主に敵サイドとして登場することが多かった武田家。無坂をはじめとする山の者との長年の(ほぼ一方的な)確執を背景に、かまきりを束ねる春日弾正忠は、山の者を自らの手として使い、そして無坂への復讐のため、山の者の一部を味方につけるべく暗躍することになります。

 無坂を中心とした物語だけに、純粋な暮らしの姿がクローズアップされてきた山の者。しかし戦国の世にそれだけでは暮らしていけず、時に手を汚す者が出ることは、第一作の鳥谷衆を巡る事件でも明らかですが、それが山の者同士の戦いにまで繋がっていくとなれば別です。

 しかしこの局面を、意外な、いや、山の者クロニクルをこれまで読んできた人間にとっては納得の人間が収めることになるのですが……次の世代は既に育っているのだな、と思わされるこの展開は、頼もしくも、いささか寂しさも感じさせるところであります。
 無坂が自分の望む死に様について語る場面も含めて――


 しかしこの物語はまだ続きます。下巻においては戦国史に残る二つの合戦が描かれることになりますが……それはまた後ほど。


『嶽神伝 鬼哭』上巻(長谷川卓 講談社文庫) Amazon
嶽神伝 鬼哭 上 (講談社文庫)


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2017.03.21

北方謙三『岳飛伝 三 嘶鳴の章』 そして一人で歩み始めた者たち

 北方大水滸の第三部たる本作も、開幕したばかりのこの巻において早くも大戦が展開。梁山泊にとっては怨敵である金国の大軍に対し、梁山泊の精鋭たちが挑むことになります。しかしその戦いの先にあるのは意外な展開……そしてその先では南宋が、岳飛がそれぞれ独自の動きを見せることになります。

 数々の痛手から復活しつつも、楊令時代とは異なり、聚義庁の明確な方針なく、各人にその向かう先が委ねられた梁山泊。そんな新・新梁山泊に戸惑う間もなく、兀朮と撻懶率いる金軍二十万が梁山泊に迫ります。

 対する梁山泊軍は八万、数こそ倍以上の差がありますが、しかし兀朮といえば間接的とはいえ楊令の死の原因を作った相手。これこそ仇討ちの好機と、勇躍迎え撃つのは、呼延凌・秦容・蘇琪・山士奇そして史進と、現時点のベストメンバーであります。

 そして繰り広げられる戦いはまさしく一進一退。正面からの激突あり、奇襲あり、探り合いあり、突撃あり……多大な犠牲を払い、ありとあらゆる手を尽くした後に、梁山泊はほぼ勝ちに等しい引き分けを掴むことになります。
(ここで最後の一撃となった攻撃が、全盛期の梁山泊的というか、実に痛快極まりないもので実にイイ)

 しかしこの時点で本書はまだ四分の一程度、これだけ見れば随分とあっさり終わったようですが、しかしある意味真の戦いはここから始まることになります。

 この機を捉えて、金に講和を結ぶ決定を下した梁山泊。その全権を任せられたのは宣凱……聚義庁に入ってまだ日の浅い若き文官であり、そして同様に金との交渉の最中に、父・宣賛を殺された青年であります。
 いきなり呉用からの指名でこの重責を担わされた宣凱は、悩み、苦しみ、恐れながらも、金国に乗り込んでいくことに――


 第3巻のMVPを挙げるとすれば、間違いなくこの宣凱ということになるでしょう。かつて父が命を奪われた金国に乗り込み、父の命を奪った相手と交渉に挑む。それもほぼ自分一人のみで。
 それを超人的な活躍で見事に成し遂げた彼には驚かされるばかりですが、しかし無事に帰ってきてから呼延凌に飲めない酒を飲んで絡む姿など、実に人間的な顔を見せるのも、楽しいところであります。

 そして、好むと好まざるとにかかわらず、一人で歩み始めた者は彼一人ではありません。

 恋に燃えて韓世忠の造船所で笛を吹く王清も、西域貿易の最中で慢心から思わぬ深手を負うことになった王貴も、そして何よりも、軍を退役して遠く南方の開拓に向かった秦容も――
 皆、一人ひとり、自分自身の考えで、これまでの梁山泊であれば考えられなかったような行動を取っているのです。

 しかしこれは言うまでもなく、前巻で語られた「志」の在り方、梁山泊の在り方と密接に関係するものであり……そしてそれはまた、これまで『水滸伝』『楊令伝』で描かれてきた物語の先にあるものであります。

 国を倒し、国を造ったその先にあったもの……それが個人個人の心の中にある自由、自主自律というべきものであった、というのはもちろん結論を急ぎすぎではありますが、現代の我々には非常に納得できるところではあります。
(そしてそんな国の在り方を模索していたと思われる楊令は、やはりあまりにも早すぎる人物であったとも……)


 しかしそれでも、一人では生きられぬ人々、土地とともに生きる人々は存在します。そしてそのために戦う者も。
 それこそが本作の主人公である岳飛ですが、彼は本書においても、一見マイペースな生き方を貫いているように見えます。
(兀朮にどうせ「つまらないこと」に燃えているのだろうと予想されたら、全くその通りだったのには思わず噴き出しましたが)

 一大勢力の長でありつつもフットワークが軽く、そしてどこかいじられキャラ的な彼の人物像は実に魅力的なのですが、しかしそれが彼の一面に過ぎないこともまた事実。
 これまではいわば雌伏の時であったわけですが……しかしこの巻のラストではいよいよ兀朮との戦が始まります。

 歴史を揺るがす戦いの行方は、そしてその中で明らかになるであろう岳飛の姿とは……こちらも注目であります。


『岳飛伝 三 嘶鳴の章』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
岳飛伝 三 嘶鳴の章 (集英社文庫)


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2017.03.18

平谷美樹『江戸城 御掃除之者!』 物と場所、そして想いを綺麗に磨くプロの技

 2,4,5,6月と文庫化も含めた新刊が並び、四社合同企画でプッシュされている平谷美樹の時代小説。その第1弾が本作……タイトルのとおり、江戸城の掃除を担当する御掃除之者たちの活躍をユーモアを交えて描く、作者らしい独創性に富んだな作品であります。

 御掃除之者とはまたあまりにストレートなネーミングですが、歴とした徳川幕府の役職。江戸城の御殿の清掃をメインに、その他物資の運搬なども行ったお役目であります。
 身分は御家人ですが、ランク的には黒鍬者と同じと言えば、失礼ながら下から数えた方が早いとわかるでしょう。

 身分は低く、もちろん薄給で、来る日も来る日も(しかも世襲で)掃除……というのはなかなか厳しいものですが、しかしどんな仕事もそうであるように、彼らの仕事にもまた、それぞれにやりがいと誇りがあります。
 そして本作で描かれるのは、そんな仕事に日々奮闘する男たちの姿なのです。

 本作の主人公は、御掃除之者組頭(例えれば係長クラス?)の山野小左衛門。全部で三つある江戸城御掃除之者の組の一つをまとめ、家に帰れば妻と二人の息子が待っている(でも色々と肩身が狭い)人物であります。

 その小左衛門が、ある日上司から命じられたのは、何と大奥の掃除。もちろん大奥は男子禁制、普段は内部の女性たちが掃除しているわけですが、何年も局に篭もり、ゴミを溜め込んでいるという御年寄の部屋を掃除して欲しいという依頼があったのであります。
 かくて腹心の六人の部下……いずれも一芸に秀でた膳兵衛・浩三朗・金吾とその弟子たち庄輔・新之介・謙助を連れ、大奥に乗り込んだ小左衛門。しかしそこで待ち受けていたのは、何としても部屋を掃除させまいとする女中たちの防衛戦で――


 そんな奇想天外な第1話「音羽殿の局御掃除の事」をはじめとして、本作は全3話で構成されています。
 採薬使からの依頼で、長崎からやってきた将軍の象……の糞を運ぶことになった小左衛門たちが思わぬ危機に巻き込まれる第2話「象道中御掃除の事」。
 そして第1話を受けて、今度はあの人物の亡魂が徘徊するという大奥の開かずの間の掃除をすることになった小左衛門たちの奮闘が描かれる第3話「御殿向 開かずの間御掃除の事 『亡魂あり』」。

 いずれも本作でなければお目にかかれないような、常に凡手を嫌う作者らしい個性的なエピソード揃いであります。

 そして、どんなシリアスな内容でも、どこかにユーモアが感じられる作者の作品らしく、小左衛門と仲間たちのやりとりに、ユルくすっとぼけた味わいがあるのが楽しい。
 特に何故か手製の水鉄砲を毎回持ってくる金吾、同じく手製の御掃除人形(いわば江戸時代版ルンバ)を持ってくる浩三朗とのやりとりは実におかしいのであります(特に第3話には思わず吹き出しました)


 しかしもちろん、本作で描かれるのは面白おかしい物語だけではありません。
 先に述べたとおり、幕府の役人の中では下の方の彼らは、それだけに世間の風の厳しさを知る身の上。特に小左衛門の息子たちは、御掃除之者を継ぐのを嫌い、そんな役目に汲々とする父に白い目を向けてくるのですから、何とも身につまされるものがあります。

 そして彼らが掃除しようとする相手・モノにも、それぞれの事情があります。
 溜め込まれたゴミ、そしてそのゴミが溜め込まれた場所……そこには単なるモノ、単なる場所があるだけではなく、簡単には捨てられない想いも篭もっているのですから。

 それを理解し、そしてその上できっちりと綺麗に磨いてみせるのがプロの矜持というもの。特に、自分たちも色々と溜め込んでいる身であればなおさらであります。
 だからこそ本作で描かれる小左衛門たちの掃除は、単に物理的だけでなく、精神的に周囲を美しく変えていくものとなります。そしてそんな実に小気味よい小左衛門の掃除は、読んでいる我々たちの心もまた、爽やかに元気付けてくれるのです。

 しかし残念ながらそんな小左衛門の掃除の素晴らしさを、まだまだ彼の息子たちはわかってくれないようではあります。
 それでもいつかはわかって欲しい、そしてもちろん、その日が訪れるまで小左衛門たちの活躍をもっともっと読んでみたい……そんな気持ちになる作品です。


 ちなみに第2話は作者の『採薬使佐平次 将軍の象』の外伝。本作にも顔を出す佐平次が、象を守って格好良く活躍している間に、こんな事件が……というファン必見の内容であります。


『江戸城 御掃除之者!』(平谷美樹 角川文庫) Amazon
江戸城 御掃除之者! (角川文庫)


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2017.03.14

柳広司『ザビエルの首』 その聖人が追い求めたもの

 この日本にキリスト教を伝えた者として、知らぬ者とていないであろうフランシスコ・ザビエル。本作は、そのザビエルの首に導かれて過去に意識を飛ばした現代人を探偵役とし、ザビエルがその生涯で出会った数々の事件の謎を解くという趣向の、奇想天外な連作時代ミステリであります。

 スペイン・バスク地方に生まれ、パリでイグナチウス・ロヨラとともにイエズス会を創設、インドのゴアでの布教を経て、戦国時代の我が国を訪れた聖人ザビエル。
 その後、中国で客死したザビエルの遺体は腐敗することがなかったと言われますが……そのザビエルの首が鹿児島で発見されたことから、この物語は始まることになります。

 オカルト雑誌からザビエルの首の取材を依頼され、九州まで出向くことになったフリーライターの片瀬修平。しかしミイラ化したその首と視線を合わせた時、如何なることか彼の意識は時を飛び越え、来日したばかりのザビエルの従者の体に宿ることに。
 そしてその彼とザビエルが宗論のために招かれた寺で、ザビエルのもう一人の従者がダイイングメッセージを残して殺害され、修平は探偵役としてその謎を解くことに……


 この第1話「顕現――1549」に始まる本作。過去の時代の有名人が、探偵役として自分が巻き込まれた事件を解決する、いわゆる有名人探偵ものは実は作者の最も得意とするところですが、本作はその系譜にあることは間違いありません。

 しかし本作の趣向はあまりにもトリッキーです。修平の意識が過去に飛び、その時代の人間に宿るというだけでも驚かされますが、全4話で構成される本作では、修平は毎回別々の人物に宿ることになるのですから。
 いや何よりも、本作はそれぞれのエピソードによって時代が異なり……それも過去へ過去へと向かっていくのです。

 インドはゴアの教会で、野心家の司教代理が奇怪な黄金の蛇に咬まれ、毒殺される「黄金のゴア――1542」
 パリでロヨラと理想を追うザビエルが学んでいた講師が殺され、その犯人と目されたザビエルの従者も彼の眼前で死を遂げる「パリの悪魔――1533」
 故郷のバスクはザビエル城で迫り来るスペイン軍を迎撃するための策が惨劇を招く「友の首と語る王――1514」

 いわばこの全4話で描かれるのは、我々が知るザビエルという人物の、ルーツを遡る旅なのであります。


 そんな本作ですが、正直なところ、短編連作ということもあってか、個々の謎は、いささか小粒という印象があります。

 確かに、日本と西洋の文化の違いが思わぬ形で事件を複雑化させる第1話、人間の心の動きを巧みに活かしたトリックの第2話、主人公が別人の視点で物語を俯瞰するという構造が思わぬ効果を上げる第3話と、それぞれにユニークな試みがあるのですが……一般的なミステリという点のみを期待すれば、いささかの不満は残るのではないか、という印象があるのです。

 しかし本作には、全編を貫く巨大な謎が存在します。
 それはもちろん、何故修平がザビエルに招かれるように過去の時代に飛び、探偵役を務めることとなったのか……その謎であります。

 これは少々内容の核心に触れるところですが、本作で描かれる事件には、いずれも共通点があることにはすぐに気が付きます。その共通点とは「神」の存在――神なかりせば、これらの事件は起きなかったと、そう言うことができるのではないか? と。

 しかし、本作はその終盤において、さらにその奥にある共通点を描き出します。そしてそれは、先に述べた巨大な謎の答えとも直結してくるものなのです。
 その内容をここで述べることはできませんが、本作において描かれてきた事件の見え方が大きく異なってくるものである、と述べることは許されるでしょう。そしてそれは、ザビエル自身の生そのものを描き出すものであることも。
(個人的には、修平がザビエルその人ではなく、周囲の人間に憑依しなければならなかった理由に唸らされた次第です)


 もちろん、この終盤の展開が、あまりにSF的あるいはオカルト的であると、拒否反応を示す方がいるであろうことは想像できます。
 確かに観念的に落としてきたという印象は否めませんがが――しかし、物語構造そのものが大きな仕掛けとして機能する本作は、歴史ミステリとしてやはり魅力的に感じられるのです。


『ザビエルの首』(柳広司 講談社文庫) Amazon
ザビエルの首 (講談社文庫)

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2017.03.12

入門者向け時代伝奇小説百選 忍者もの(その二)

 入門者向け時代伝奇小説百選、忍者ものの紹介の後編は、忍者ものに新風を吹き込む5作品を取り上げます。
21.『風魔』(宮本昌孝)
22.『忍びの森』(武内涼)
23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎)
24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道 龍一朗)
25.『嶽神』(長谷川卓)

21.『風魔』(宮本昌孝) 【戦国】【江戸】 Amazon
 後世にその名を知られた忍者の一人である風魔小太郎。本作は、颯爽とした男たちの物語を描いたら右に出る者がいない作者による痛快無比な忍者活劇であります。

 小田原の北条家に仕え、常人離れした巨躯と技で恐れられたという小太郎。本作はその逸話を踏まえつつ、しかしその後の物語を描き出します。
 何しろ本作においては北条家は早々に滅亡。野に放たれた小太郎は、豊臣と徳川が天下を巡って暗闘を繰り広げる中、自由のための戦いを繰り広げるのです。

 戦国が終わり、戦いの中に暮らしてきた者たちの生きる場がなくなっていく中、果たして小太郎たちはどこに向かうのか? 誰に縛られることなく、そして誰を傷つけることなく生き抜く彼の姿が本作の最大の魅力です。


22.『忍びの森』(武内涼) 【戦国】【怪異・妖怪】 Amazon
 発表した作品の大半が忍者ものという、当代切っての忍者作家のデビュー作である本作は、もちろん忍者もの……それも忍者vs妖怪のトーナメントバトルという、極め付きにユニークな作品であります。

 信長に滅ぼされた伊賀から脱出した八人の忍者。脱出の途中、彼らが一夜の宿を借りた山中の廃寺こそは、強大な力を持つ五体の妖怪が封じられた地だったのです。
 空間歪曲により寺から出られなくなった八人は、持てる力の全てを振り絞って文字通り決死の戦いに挑むことになります。

 忍者の鍛え抜かれた忍術が勝つか、妖怪の奇怪な妖術が勝つか? 敵の能力の正体もわからぬ中、果たして人間に勝利はあるのか……空前絶後の忍者活劇であります。

(その他おすすめ)
『戦都の陰陽師』(武内涼) Amazon


23.『塞の巫女 甲州忍び秘伝』(乾緑郎) 【戦国】【怪異・妖怪】 Amazon
 映画化された『完全なる首長竜の日』になど、SF作家・ミステリ作家として知られる作者は、同時に奇想に富んだ時代小説の書き手でもあります。

 川中島の戦で召喚され、多大な死をもたらしたという兇神・御左口神。武田の歩き巫女・小梅は、謎の忍者・加藤段蔵に襲われたことをきっかけに、自分がこの兇神と深い関わりを持つことを知ります。
 武田の武士・武藤喜兵衛(後の真田昌幸)とともに、小梅は兇神を狙う段蔵の野望に挑むことに……

 初時代小説である『忍び外伝』も驚くべきSF的展開を披露した作者ですが、本作も実は時代小説にとどまらない内容の作品。果たして御左口神の正体とは……これは「あの世界」の物語だったのか!? と驚愕必至であります。

(その他おすすめ)
『忍び外伝』(乾緑郎) Amazon


24.『悪忍 加藤段蔵無頼伝』(海道龍一朗) 【戦国】 Amazon
 忍者が活躍した戦国時代において、一際奇怪な存在として知られる飛び加藤こと加藤段蔵。本作はその段蔵を、悪人ならぬ悪忍として描いたピカレスクロマンであります。

 伊賀と甲賀の秘技を極めながらも、その双方を敵に回し、自分自身の力のみで戦国を渡り歩く段蔵。一向一揆で揺れる北陸を次の仕事場に選んだ段蔵は、朝倉家に潜り込むことになります。
 そこで段蔵の前に現れるのは、名うての武将、武芸者、そして忍者たち。そして段蔵にも隠された過去と目的が――

 強大な力を持つ者たちを向こうに回して暴れ回る段蔵の活躍が善悪を超えた痛快さを生み出す本作。ラストで明かされる、思わず唖然とさせられるほどの豪快な真実に驚け!

(その他おすすめ)
『乱世疾走 禁中御庭者綺譚』(海道龍一朗) Amazon


25.『嶽神』(長谷川卓) 【戦国】 Amazon
 奉行所ものなどでも活躍する作者の原点が、「山の民」ものというべき作品群――里の人々とは異なる独自の掟と生活様式を持ち、山中の自然と共に暮らす人々の活躍を描く物語であります。

 そして本作はその代表ともいうべき作品。掟を破って追放された山の民・多十が、武田勝頼の遺児と、一族を虐殺された金堀衆の少女を連れ、逃避行に復讐に宝探しにと奮闘する大活劇です。
 殺戮のプロとも言うべき追っ手の忍者集団を向こうに回し、母なる大自然を武器として戦いを挑む多十。山の民殺法とも言うべき技の数々は、本作ならではの豪快な魅力に溢れています。

 様々な欲望が剥き出しとなる戦国に、ただ信義のために命を賭ける多十の姿も熱い名品です。

(その他おすすめ)
『嶽神伝』シリーズ(長谷川卓) Amazon


今回紹介した本
風魔(上) (祥伝社文庫)忍びの森 (角川文庫)塞の巫女 甲州忍び秘伝 (朝日文庫)悪忍 加藤段蔵無頼伝(双葉文庫)嶽神(上) 白銀渡り (講談社文庫)


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 「忍びの森」 忍びと妖怪、八対五
 「忍び秘伝」 兇神と人、悪意と善意
 「悪忍 加藤段蔵無頼伝」 無頼の悪党、戦国を行く

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2017.03.10

松尾清貴『真田十勇士 6 大坂の陣・上』 決戦、自分が自分であるために

 これまで奇想天外な形で描かれてきた天下対真田の戦いも、ついに最終決戦に突入。守るべき土地を失い、全てを失ったかに見えた場から立ち上がった真田幸村と勇士たちの真の戦いが始まることになります。その決戦の場は、言うまでもなく大坂の陣……この巻で描かれるのはその冬の陣であります。

 上田城の戦を優位に進めながらも関ヶ原で西軍が敗れたことで上田の地を失い、そして荼枳尼天の力を手に完全復活した百地三太夫に敗れたことで白鳥明神の加護を失い……二重の意味で守るべきものを失った幸村。
 しかし、以来十数年にわたり九度山に逼塞を余儀なくされた彼に従う者たちも確かに存在します。

 佐助、才蔵、清海、伊佐、六郎、小助、十蔵、甚八、鎌之助……いずれもそれぞれの形で自分自身を奪われ、そして幸村の下でそれを再び見出してきた者たちであります。
 そして幸村もまた、自分に残された最後のものを抱いて、最後の戦いに臨むことになります。それは己の戦う理由、信念、矜持、縁等々……言い換えれば「自分が自分であること、そしてために必要なもの」であります。

 全てを喪い、それでも残ったもの……自分が自分であるために、確かな絆を持った者たち同士大坂城に入った幸村と九人の勇士。彼らが拠る場は、言うまでもなく彼ら自身の城、真田丸――


 というわけで始まった大坂冬の陣ですが、その内容としては、基本的に史実に沿ったものが描かれることになります。

 もちろん、織田有楽斎の子であり、父以上に不可解な行動を取った左門(頼長)や、大坂に入城しながらも徳川と内通して討たれた南条忠成(元忠)など、面白い人物ながらマイナーな人物にもスポットが当たるのはなかなかに面白いなところであります
 また、木村重成の颯爽としつつもどこか歪みを感じさせるキャラ造形の妙(そしてそこに絡む本シリーズならではの驚くべき伏線!)にも唸らされるところですが、「今のところは」戦いの流れそのものは、史実から大きく離れたものではありません。

 しかしそれが物語としての面白さや緊迫感をいささかも減じるものではないのは、これまで本作で描かれてきた合戦と変わるところではありません。
 たとえ経緯と結果は史実通りであれど、その中で暴れ回るのが、これまでに「人生」を積み重ねてきたキャラクターたちだからこその盛り上がりが、ここには確かにあるのです。

 しかし個人的にその中で最も印象に残ったのは、ある意味人生の積み重ねと最も遠いところにある二人のキャラクター――真田大助と由利鎌之助であります。

 九度山で生まれ、もちろんこれが初陣となる大助。記憶力や学習能力というものを持たず、常に今この時しかない鎌之助。前巻において不思議な、どこかもの悲しい絆で結ばれた主従であり、親友であり、兄弟であり……そしてそのどちらでもない二人。
 そんな二人が、真田丸攻防戦で繰り広げる戦いは、生涯「最初」の戦場となるだけに、他の登場人物とはまた異なる緊迫感と、ある種の初々しさに満ちています。

 そしてその戦いの果てに二人の間に生まれたもの、手にしたものは……それはここでは書けませんが、これまで本シリーズを、少なくとも前巻を読んだ人間は、必ずや天を仰いで「嗚呼!」と嘆じたくなる、そんな名場面であります。


 そしてこの巻ではあまり表に出なかったとはいえ、史実の背後で蠢く奇怪な魔の影は、戦いを静かに、そして確実に侵していくことになります。

 戦いの後に幸村の前に現れた南光坊天海が取った行動は、そして彼が残した言葉は何を意味するのか。
 そしてそれと繋がっていくであろう、冒頭で描かれたある人物の行動は何を意味するのか――

 ここに来て未だ全貌が見えず、しかしそれが顕わになった時、とてつもないものが描かれるのではないか……そんな期待を抱いてしまう松尾版『真田十勇士』。
 天下対真田、天下対人間の戦いの向かう先は……いよいよ次巻完結であります。


『真田十勇士 6 大坂の陣・上』(松尾清貴 理論社) Amazon
真田十勇士〈6〉大坂の陣〈上〉


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 松尾清貴『真田十勇士 3 天下人の死』 開戦、天下vs真田!
 松尾清貴『真田十勇士 4 信州戦争』 激闘上田城、そしてもう一つの決戦
 松尾清貴『真田十勇士 5 九度山小景』 寄る辺なき者たちと小さな希望と

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2017.03.07

廣嶋玲子『狐霊の檻』 少女同士の絆、人と自然の絆

 私利私欲にまみれた人々に囚われた少女の姿をした狐の精霊・あぐりこと、彼女を世話することとなった少女・千代の絆を描く物語――2008年に第14回児童文学ファンタジー大賞奨励賞を受賞した作品『あぐりこ』をベースとした作品であります。

 過去のいつか、この国のどこか……身寄りをなくし、人買いに売られた少女・千代が迎えられたのは、富と権力をほしいままにする阿豪家の屋敷。そこで屋敷の離れに住まう幼い少女・あぐりこの世話を命じられた千代ですが、しかしあぐりこには思わぬ秘密がありました。

 実はあぐりこは狐の精霊……幼い外見にもかかわらず長き年月を生きてきた存在であり、そして90年前、この阿豪家の先祖に裏切られ、封印されてきたのです。
 幸を呼ぶあぐりこの持つ力により、以来富み栄えてきた阿豪家。しかし自由を奪われたあぐりこの怒りは激しく、その身から放つ瘴気により阿豪家の人々は病み衰え、子も生まれなくなっていく状態にありました。

 そんな中で、自分があぐりこを宥めるためにこの家に連れてこられたことを知った千代は、あぐりこに深く同情し、あぐりこも彼女にだけは心を開いていくことになります。
 やがてこの屋敷から脱出するために準備を始める二人。しかし千代の動きに不審を抱いた阿豪家の者は――


 作者は、人間と妖の関わりを描きつつ、時に妖以上に残酷で恐ろしい人間の陰の部分を浮かび上がらせる物語を得意としてきました。
 『鵺の家』『妖怪の子預かります』など、最近発表が続いている一般向け作品においても、本作のような児童文学においても、その方向性は変わることはありません。

 人間が、幸をもたらしてくれる人ならぬ存在と出会い、その恩恵を受けつつも、やがて欲を募らせ、そのために幸を逃す……そんな物語は、古今東西を問わず存在します。
 しかし本作で描かれるのは、その幸を永遠に享受するために相手を裏切り、自由を奪い続ける人間の醜い欲望の姿であります。

 もちろん、自らの幸を求めるのは人間にとって当然の性ではあります。そして一度得た幸を手放したくないと考えるのもまた。
 しかし、そのために他者を犠牲にすることは許されるのか……という『オメラスから歩み去る人々』的なジレンマに本作が向かわず、千代が一貫してあぐりこの味方であり続けるのは、物語を単純化しているように見えるかもしれません。

 しかし千代にあぐりこの世話を命じた阿豪家の次男・平八郎のように、このジレンマに揺れる存在も描かれていることを思えば、むしろそれは千代の、年端のいかぬ少女ならではの純粋な想い……子供だからこそ抱ける想いによる、純粋な理非の判断によるものと考えるべきでしょう。

 そう、本作で描かれるのは、少女同士の純粋な想いが生み出す絆……人と妖、いや人と自然が最も幸せな形で結びついた姿であり、それは私利私欲からは生まれない、人の心の善き部分から生まれるものであること、そしてその尊さを、本作は強く謳い上げているのです。


 人外の存在を利用して富み栄える一族と、呪いを避けるための道具として迎えられた少女というシチュエーションは、作者の『鵺の家』と重なる部分が非常に大きいようにも思えます。
 また、終盤の展開が、新事実の連続でいささか目まぐるしい点も、少々気になるところではあります。

 しかし人間の悍ましい負の心を容赦無くえぐり出してみせ、そしてその容赦無い描写を通じて、それにも負けぬ人間の美しさ、強さを描き出してみせた本作は、やはり作者ならではの魅力に満ちていることは間違いありません。
 残酷で美しいお伽話とも言うべき物語であります。


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2017.03.05

菊地秀行『人造剣鬼 隻眼流廻国奇譚』 もう一つの人間たちへのまなざし

 隻眼の剣豪・柳生十兵衛が、諸国を旅する中で様々な怪異と対決する「隻眼流廻国奇譚」の長編第2弾です。前作で十兵衛が対決したのは異国の吸血鬼でしたが、本作で彼の前に現れるのは、人間が造り出した人間――そう、あの「怪物」。それも恐るべき剣技を身につけた、まさしく剣鬼であります。

 とある田舎道場で容赦なく殺人剣を振るう魔剣士・蘭堂不乱、そしてその妹を名乗る謎の美女・富士枝と出会った十兵衛。
 それから数日後、刺客団に襲われた美女を助けた十兵衛は、彼女が遠丈寺藩の大目付の娘であることを知ります。藩主が進めるある計画を知った大目付は討たれ、彼女にも刺客が差し向けられたというのですが――

 その計画とは、死者の体を繋ぎ合わせた不死身の兵士を作り、幕府を転覆させるというもの。普通であれば到底信じられないようなとんでもない話ですが、しかしこの世ならぬ者の存在を知るのが十兵衛であります。
 一人遠丈寺藩に向かった十兵衛が見たものは、間近に迫った藩を挙げての武芸試合のため、全国から集まった腕自慢の群れ。

 しかも藩を訪れた中には、あの不乱が、その妹・富士枝が、そして二人を討つために追ってきた弟・賢祇の姿が――実は彼らもまた、人間によって作り出された者だったのであります。次々と襲い来る死人の剣に挑む十兵衛の運命は――


 冒頭に述べたとおり、前作の吸血鬼に続き、本作の題材となっているのは、かの「フランケンシュタインの怪物」――生命創造の妄執に取り憑かれたフランケンシュタイン博士が死体から生んだ怪物であります。
 あとがきによれば、本シリーズは作者がこよなく愛するハマー・フィルムの怪物たちのオマージュであるとのことですが、なるほど……とというチョイスであす。

 しかしこのある意味定番のホラーモンスターも、名手の筆に依れば、新たな命を得ることになります。
 本作で描かれる「怪物」は、それぞれに個性的かつ超人的な力を持つ三兄弟であり、そして奇怪な技によって生み出された死人武士団なのですから。そう、本作に登場するのは、まさしく人造の剣鬼の群れなのであります。

 実は宮本武蔵や益田四郎、柳生友矩が登場した前作に比べると、本作は十兵衛以外の歴史上の人物はほとんど登場しないのですが、しかしそれでも不足感がないのは、実にこの敵の陣容によるところが大きいでしょう。
 とにかく冒頭からラストまで、ほとんど絶えることなく剣戟また剣戟――十兵衛が、死人たちが、そして諸流派の達人たちが絶え間なく繰り広げる激突は、本作の大きな魅力であることは間違いありません。


 しかしそれと同時に、本作は実に作者らしいある問いを投げかけてくることになります。我々人間と「彼ら」と……一体両者のどこが異なるのか、と?

 確かに彼らは、人間の手により死体を繋ぎ合わせてこの世に生み出された醜い存在であり、そしてその多くは知性を持たないか、あるいは破綻したこころの持ち主ではあります。
 しかし――人間とそれ以外を分かつのは、生まれる手段なのか、外見の美醜なのか、正常なこころの有無なのか……?

 思えばフランケンシュタインの怪物の特異性は、吸血鬼のように人間とは別個の種族ではなく、人間が人間から、人間と同等の存在として生み出したという点にあるのではないでしょうか。
 だとすれば……そんな存在が人間らしく生きることを、扱われることを望むのを誰が咎められるでしょうか。

 デビュー以来、400冊という驚異的な作品を送り出してきた中で、そのほとんどで、人ならざるものを描いてきた作者。そしてまたその多くにおいて、作者はそうした存在に、優しいとも言える眼差しを向けてきました。
 その眼差しは、先に述べた問いかけとともに、本作においても健在であると感じます。

 もっとも、こうした要素はあくまでも味付けであり、過度に触れることは誤解を招くかもしれません。本作の基本はあくまでも時代伝奇小説であり、剣豪小説なのですから。
 その意味では本作はまず水準の作品という印象。前作よりもさらに人間味の増した十兵衛(囲碁シーンは実に可笑しい)のキャラクターも楽しく、肩の凝らない作品であることは間違いありません。。


 さて、隻眼流が次に挑む相手はいかなる怪物か……何しろ相手も多士済々、今から期待は膨らむのであります。
(しかし、何というか編集はもう少ししっかりチェックしていただきたいものではありますが――)

『人造剣鬼 隻眼流廻国奇譚』(菊地秀行 創土社) Amazon
人造剣鬼 (隻眼流廻国奇譚)


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2017.03.04

竹内清人『躍る六悪人』(その二) 本当の悪人は誰であったか?

 新進気鋭の作家による初時代小説『躍る六悪人』の紹介の後編であります。時代アクションとしてはなかなかに新鮮かつ豪快な内容で楽しめる本作なのですが……しかし、不満がないわけではありません。

 例えばすぐ上で触れたケイパーもの、クライムアクションとしての顔ですが、本作はかなりのところその定番に忠実な展開だけに、このキャラは実は○○で、このキャラも○○してないな……など、ある程度先の展開が読める部分が少なくないのが惜しいところではあります。

 また、最大の見せ場であるキャラクターたちがそれぞれの特技で活躍するシーンも、突貫斎が頑張りすぎて他の面々が霞んだという印象は否めません。
(特に直侍は、それだけで一本描けるほどの過去を持っているだけに、もっと前面に押し出しても良かったのではないかという印象もあります)

 しかし……個人的に一番もったいなかったと感じるのは、作中に登場する「悪人」たちの「悪人」たる所以を、もう少し突っ込んで描いて欲しかった、という点であります。


 実は本作のようなケイパーものをエンターテイメントとして成立させるためには、一つの鉄則があると言えます。
 それは、主人公たちのターゲットとなるのも悪人……それも主人公たち以上の巨大な悪人であることです。

 これは実は至極当たり前の話で、主人公たちが自分たちよりも格下の悪人を相手にしても仕方ありませんし、ましてや一般庶民の富を奪っても単なる弱い者いじめにしかなりません。
 悪人がより巨大な悪人に鉄槌を下す……トリックや仕掛けの楽しさもさることながら、このカタルシスがケイパーものの最大の魅力ではないでしょうか。

 そして本作にも、大悪人たちが幾人も登場します。中野碩翁、水野忠邦、鳥居耀蔵、そして忠邦と結ぶ悪徳商人にして宗俊とある因縁を持つ・森田屋清蔵、大塩の乱の残党にして貧民を使った爆弾テロを指揮する飯島玄斎――

 実は「六悪人」が誰を指すかを敢えて明記していない本作。彼らに河内山を加えた六人もまた「六悪人」ではないかとも思えるのは、なかなか面白い点ではあります。
 しかし宗俊を除いた彼ら大悪人のキャラクターを、もう少し掘り下げて欲しかった、もっと彼らの恐ろしさ・巨大さを、そして彼らならではの悪の在り方を見せて欲しかった、という印象が残るのです。

 それこそが、時代ものとしての本作の真の独自性にも繋がってくるのではないか、さらに言えば、なぜ「いま」河内山宗俊なのかという点をさらに明確にできたのではないか……そう感じられた次第です。


 と、長々と厳しいことを書いてしまいましたが、これも作者と本作への期待ゆえ……というのは言い訳かもしれませんが、それだけ語りたくなるだけのものを持っているのは間違いない作品なのであります。。


『躍る六悪人』(竹内清人 ポプラ社) Amazon
躍る六悪人

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2017.03.03

竹内清人『躍る六悪人』(その一) 六花撰、強奪ミッションに挑む!?

 『戦国自衛隊1549』『キャプテンハーロック』の脚本家による初のオリジナル小説は、天保年間を舞台に六人の悪人たちが活躍するクライムアクション……河内山宗俊たちが、権力を嵩にやりたい放題の更なる悪人を向こうに回して大暴れする、痛快な大活劇であります。

 大飢饉と悪政で貧富の差が広がり、窮民が溢れた江戸。そこで強請りたかりを生業に暮らす茶坊主・河内山宗俊と仲間の片岡直次郎、暗闇の丑松は、ある日、首尾よく一仕事片づけた後、思わぬ罠にはめられて捕らえられることになります。
 そして彼らの前に現れたのは老中・水野忠邦とその腹心・鳥居耀蔵。宗俊は、忠邦からある取引を持ちかけられることになります。

 それは放免と引き替えに、大御所・家斉の側近として大名や老中もひれ伏す権力者・中野碩翁が屋敷に隠した不義の財宝十万両を奪うこと――
 逼迫した幕府の財政を救い、そして改革を阻む政敵である碩翁一派を追い落とすため、悪人には悪人をと、忠邦は宗俊たちに目を付けたのであります。

 自由のため、大金のため、そして権力者の鼻を明かすため……この大仕事を引き受けた宗俊。
 しかし碩翁の屋敷は厳重に警護されている上、十万両が収められた蔵は、天才からくり師・国友一貫斎による仕掛けの数々に守られた、難攻不落の要塞とも言うべき存在であります。

 一貫斎の息子・突貫斎を仲間に引っ張り込み、直次郎や丑松、謎の花魁・三千歳、密偵として屋敷に送り込まれた武家娘・波路らと綿密な強奪計画を練る宗俊。
 しかし仲間さえも油断できない状況に加え、漁夫の利を狙う連中も次々と現れて計画はアクシデントの連続。果たして最後に笑う者は――


 河竹黙阿弥の歌舞伎『天衣紛上野初花』などで知られる河内山宗俊ら六人の悪人・天保六花撰。彼らの物語は、現代に至るまで様々な媒体で、その時々に相応しい装いで描かれてきました。
 本作が、その現代版のアップデートであることは言うまでもありません。そしてその装いは……なんとケイパー(強奪)ものなのであります。

 莫大な財宝や巨大な秘密を盗み出すため、いずれも一癖も二癖もあるプロフェッショナルたちがチームを組み、幾重にも張り巡らされた罠をかいくぐって、見事逃れおおせてみせる――
 こうしたスタイルの物語は、『オーシャンズ11』や『グランド・イリュージョン』など現代を舞台とした作品ではお馴染みですが、それを時代小説で、それも天保六花撰でやってしまうとは……! コロンブスの卵と言うべきでしょうか、まず目の付け所に脱帽であります。

 しかもこの六人、本作ならではの一ひねりが加わっているのが面白い。
 宗俊・直侍・丑松・三千歳といったオリジナルメンバー(?)に加え、突貫斎や波路ら本作独自のメンバーが加わったことで、物語の展開に幅が広がっているのが、何とも楽しいのであります。
(そして、残りのオリジナル六花撰もまた、別の立ち位置で登場するのもまた意表を突いた展開)

 そして彼らが挑む「悪事」も、クライマックスのケイパーだけでなく、大仕掛けな詐欺にいかさま賭博、銃撃戦、さらには思わぬ乗り物を使っての逃走劇など、何でもありありで実にユニーク。
 この辺り、映像にした時のイメージから逆算したのかな、という印象もありますが、出し惜しみなし、ちょっとやりすぎ感すらある活劇は、まさにド派手なケイパー映画のクライマックスを見ているような楽しさがあります。


 しかし……というところで次回に続きます。


『躍る六悪人』(竹内清人 ポプラ社) Amazon
躍る六悪人

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