2018.07.10

仁木英之『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(その二) これが二人の旅路の終わり、そして始まり


 ついに迎えることとなった僕僕先生と王弁の旅路の果て、『僕僕先生』シリーズ最終巻の紹介の後編であります。

 世界の終わりが目前に迫る中、希望を捨てなかった者たちの戦いの末についに復活した(上に何かラブラブになってた)僕僕と王弁。
 しかしこれでも物語はまだまだ道半ばであります。人間と神仙の凄惨な戦いを終わらせるために、滅び行く世界を救うために――ここからが本当の、そして最後の旅。

 そもそも僕僕は何者で、何のために旅をしているのか? 前者についてはこれまでの物語で、そしてプリクウェルである『僕僕先生 零』でかなりの部分が判明しましたが――さて後者についてはどうであったか?
 マイペースに世界を旅する姿が当たり前になってしまい、そんな疑問はとうの昔に消えていましたが、ここに至り、それが大きくクローズアップされることになります。

 そしてもう一つ、最大の謎が――何故、僕僕の旅の道連れが王弁だったのか。そしてその王弁とラブラブになったのか!?
 後の方はともかく(いや本当は大事なのですが)こうした物語を貫く謎――上で触れたように読者が気にかけていたもの、いなかったもの――全てに対し、本作においては答えが提示されることになります。


 ここで少々本作を離れ、作者の他の作品に目を向けてみることとしましょう。

 作者の大長編ファンタジー(大長編伝奇)――『千里伝』『くるすの残光』『魔神航路』を読めば、物語(の終盤)で主人公の前に立ちふさがる敵に、ある種の共通点があることに気付きます。
 それはその敵が神の強大な力を持ち、世界(の則)を己の思うとおりに変える――すなわち、世界を己の思うままに再編しようとすることであります。そしてその敵に対して、主人公はそれに対抗する力を持つ(味方につける)のですが――しかし彼自身はあくまでも人間に過ぎず、それ故に彼は苦しい闘いを強いられることになるのです。

 もちろんこの要素は、作品によってその程度が(その表に現れる度合いが)異なることは言うまでもありません。しかしその構図は、本作、『僕僕先生』にも通底している――それも、最も明確な形で――ことは明らかでしょう。
 そしてこの点こそは、作者の作品に通底する視点、そしてそこから生まれる魅力に繋がるものだと、私は改めて感じました。

 『僕僕先生』をはじめとする作者の長編ファンタジーにおいては、強大な神仙の力、超自然的な力が、この世界の一部としてある意味当然のように登場します。そのまさしく人知を超えた力の前には、人間など及ぶべくもありません。
 それは言い換えれば、その力を手にした者は、まさしく超人となるということですが――しかし作者は決してその力を手に入れて事足れり、とはしません。いやむしろ、こうした超人による救済を否定する形で物語は描かれていくと感じます。

 人間は、己を超える力を持つ者に屈するべきでもなければ、その力を得て他を圧するべきでもない。たとえ力を持たない存在であっても、いやそれだからこそ、人間は他者を受け入れ、共に生きていくことができる……
 当たり前のことかもしれません。ごく普通のことかもしれません。しかしその素晴らしさを――そしてこの『僕僕先生』という物語でそれを体現してきたのが誰か、我々は知っています。それこそが、全ての答えであることもまた。


 本作の結末で描かれるものは――さすがにこれ以外の結末はないと理解しつつも――やはり一抹の、いや大きな寂しさを感じさせるものであることは否めません。
(さらに言えば、ちょっと物語展開が激しすぎて、いささか急に感じる部分も少なくなかった印象があります) しかしそうであっても、本作は、本シリーズは、描くべきものを全て描き、その上で迎えるべき結末を迎えたと、自信を持っていうことができます。まさに大団円――僕僕と王弁の旅路の終わりと始まりがここにあります。

 そう、これは野暮と言うほかないと自分でもわかっているのですが――旅路の始まりであって欲しいと、僕は「祈り」たいと――本作を読み終えて心から感じた次第です。


『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(仁木英之 新潮社) Amazon
師弟の祈り 僕僕先生: 旅路の果てに


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2018.07.09

仁木英之『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(その一) 希望を失わぬ者たち、そして帰ってきた者たち


 ついに最終巻であります。ツンデレボクっ子仙人・僕僕先生と、元ニートで凡人の弟子・王弁の長きに渡る旅もこれにて完結――世界の再編を巡り神仙と人間が死闘を繰り広げ、世界が滅びに向かう中、王弁と僕僕はどこに消えたのか。そして世界の命運は――旅路の果てが描かれることになります。

 数々の出会いと別れを繰り返しながら、この天地を旅してきた僕僕と王弁。その彼らの旅の陰で仙界の、いや世界の再編を目論んできた仙人・王方平は、世界のバランスを守るために人間を一度滅ぼし、人界を作り直すことをついに宣言します。
 彼に同調する者、抗して人界につく者、様々な神仙・英雄が出現し、風雲急を告げる世界。しかし王弁はそんな動きの中で原因不明の眠りに陥った末、あわや闇落ちして世界を滅ぼしかねない存在に変貌。僕僕の奔走により、辛うじて己を取り戻した王弁が目覚めた場所は――現代の日本!?


 という、あまりに気になりすぎる引きで終わった前作から一年半。ようやく手にすることができた最終巻は、これまでの王弁と僕僕の旅の集大成と言うべき内容となっています。

 何しろキャラクターの顔ぶれは、あの人物からこの人物まで、これまで王弁と僕僕が出会った相手は全て登場したのではないかと言いたくなるほど――もう二度と会えないと思った者たちも含めて――ほとんど網羅した状態。
 そして舞台の方も、王弁と僕僕が旅した世界各地、いや星々の彼方の世界まで、次から次へと登場するのですから懐かしかったり驚かされたり……

 いや、驚かされると言えば、前作のラストそして本作の冒頭に、あの『福毛』(短編集『童子の輪舞曲』所収)の世界が登場することにこそまず驚くべきでしょう。
 現代日本を舞台に、王弁を思わせる主人公・康介と、僕僕を思わせる彼の妻(!)香織の愛と別れを描いたこの作品は、一体どこが『僕僕先生』なのか、と読者を大いに混乱させたシリーズ最大の問題作なのですから。

 その真相がついにここで、王弁と康介の対面を通じて明かされることになるのですが――ちょっと複雑な気分にはなるものの――それはなるほど、と頷けるものであります。
 しかし本作においてはその真相もプロローグに過ぎません。そして真相が明らかになったからと言って、事態が好転したわけではないことは、王弁を追って現れる者たちの言葉からも明らかです。

 王弁と僕僕が消えた後、王方平をはじめとする神仙たちはついに人間を一掃すべく行動を開始。天変地異を用いて地上を蹂躙し、数多くの命が一瞬のうちに失われていくことになります。
 しかし人間側もこれに抗すべく、妖人・貂が生み出した人工神仙とも言うべき存在を戦線に投入。激化する戦いは、これまで人間と神仙の間に存在していた結びつきを完全に断ち切り、憎しみが支配する戦いの中で、全てが滅びに向かうことになるのですが……

 しかし、それでも希望を失わない者たちがいます。王弁と僕僕の旅をもっともよく知る「薄」幸の美女が、人間と神仙の境を越えて深い友情を結んだ少年たちが、異国の王とそのおかしな兄が、元宝捜し人とその家族たち、そして鋼の巨神が――自分の愛する者たちを守るために、戦い続けているのですから。
 そして彼らの声に応えるように、ついに僕僕と王弁が復活――!

 って、復活したはいいものの、会う人会う人にツッコまれるほど、二人の関係は目に見えて変化。デレた! 先生がデレた! という二人の姿を、ここで笑うべきか喜ぶべきか?
 世界の滅びの瀬戸際で、読んでいるこちらも思わぬことで悩まされますが、ここは二人の姿を評するに、登場人物が良い言葉を使っています。すなわち「尊い」と……


 しかしこれでも物語はまだまだ道半ばであります。人間と神仙の凄惨な戦いを終わらせるために、滅び行く世界を救うために――ここからが本当の、そして最後の旅なのであります。

 そして――ついつい勢いに乗って長くなりすぎました。次回に続きます。


『師弟の祈り 僕僕先生 旅路の果てに』(仁木英之 新潮社) Amazon
師弟の祈り 僕僕先生: 旅路の果てに


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2018.07.04

岡田鯱彦『薫大将と匂の宮』 名探偵・紫式部、宇治十帖に挑む!?


 源氏物語のいわゆる「宇治十帖」、光源氏の子・薫大将とその親友・匂の宮を巡る物語には続編が、それも奇怪な連続殺人を描く物語があった――そんな奇想天外な着想で、しかも作者たる紫式部と、清少納言を探偵役として描かれる、時代ミステリの古典にして名品であります。

 紫式部が描いた宇治十帖。それは、理想的すぎる人物として光源氏を描いてしまった反省から、より人間的な存在として、実在のモデルに忠実な人物として、薫大将と匂の宮を描いた物語でありました。
 しかしそのあまりの生々しさに辟易とした紫式部は中途で筆を置き、二人の物語は宙に浮いた形で完結することなったのですが――そこに思わぬ事件が起きます。

 薫大将と匂の宮の間で揺れた女性・浮舟。二人の間で苦しみ、一度は出家したものの、いまは還俗して薫の妻となっていた彼女が、死体となって川から上がったのであります。
 水死かと思いきや、しかし水を飲んだ形跡はなく、額をぱっくりと割られた惨たらしい姿で発見された浮舟。そしてややあって、今度は匂の宮の妻であり、浮舟の姉の中君が、同じような死体となって発見されることになります。

 薫大将と匂の宮に深い関わりを持つ二人の女性の怪死に、騒然となる宮中。しかし匂の宮は、これが薫大将の仕業と決めつけます。その証拠は薫の名の由来となった薫香――極めて鋭敏な匂の宮のみがかぎ分けられる薫の香りが、匂の宮の恋人たちから、そして中君から発していたというのです。
 これすなわち、浮舟の死を恨む薫が、匂の宮への嫌がらせのため、次々と匂の宮の恋人と中君を手込めにしていった証拠である――そう主張する匂の宮。

 しかし薫はどちらかといえば優柔不断、出家遁世を願っているような温和しい人物であり、そんな彼がそのような行為に及ぶものか――式部はそう考えるものの、今度は第三の、思いも寄らぬ人物の死体が同じ形で発見されるに至り、薫は決定的に追いつめられることになります。

 思わず薫の弁護を買って出た式部ですが、彼女にも具体的な証拠はありません。さらに彼女をライバル視する清少納言が式部の推理に挑戦状を叩きつけ、宮中引退を賭けた推理対決が繰り広げられることに……


 有名人探偵ものは時代ミステリの定番の一つ、それもその有名人の事績に関わる事件が――というのも定番中の定番ですが、しかし紫式部が、薫大将が被疑者となった事件に挑む(さらに乱入してくる実に嫌な造形の清少納言)というのは、これは驚くべき奇想としか言いようがありません。

 そもそも紫式部は物語の作者、薫大将らはその登場人物なのですから、そのシチュエーションだけであり得ない。
 それを、実は宇治十帖は実在のモデルに忠実に書いていました、というある意味直球ど真ん中でクリアしているのは痛快ですらあるのですが――しかし本作の魅力は、こうした設定以上に、ミステリそのものの面白さにあることは間違いないのであります。

 そう、本作の中核にあるのは、極めて特異なアリバイ(不在証明)――いや存在証明。
 薫大将がそこにいたかどうか、そしてその行為に及んだのかどうか――本来であれば実証不可能なそれを、薫だからこそ、匂の宮だからこそ証明できてしまうという、本作でしかできない謎の設定には、成る程! と膝を打たされるのであります
(さらに、紫式部の当時の女性としての倫理観が、探偵としての活動に縛りをかけるというのも見事です)


 もっとも、文体(これも現代語訳してあるというエクスキューズはあるわけですが)や物語展開が、あまりに「探偵小説」しすぎているという点が少々ひっかからないでもないのですが――これはもう、執筆年代を、そして作者の嗜好を考えれば仕方がないことでしょう。

 何よりももう一つの作者の嗜好、国文学者というもう一つの作者の顔が、その謎を支えていること、そしてその謎を生み出した登場人物たちの実に「らしい」心の動きを生み出していることを考えれば――やはり本作は奇跡的なバランスの上に成り立った作品であると、今更ながらに感心させられるのです。

『薫大将と匂の宮』(岡田鯱彦 扶桑社文庫) Amazon
薫大将と匂の宮―昭和ミステリ秘宝 (扶桑社文庫)

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2018.06.28

かたやま和華『笑う猫には、福来る 猫の手屋繁盛記』 宗太郎が得るべき世界、作るべき世界


 ひょんなことから巨大な白猫に姿を変えられてしまった青年・宗太郎が猫の手屋として奮闘する姿を描くシリーズも、順調に巻を重ねてこれで5作目。今回は過去の作品に登場したキャラクターたちが再登場、これまで以上に賑やかな一冊であります。

 酔っぱらって猫又の長老をふんずけたばかりに、巨大な白猫に姿を変えられてしまった遠――いや近山宗太郎。こんな姿では父母に迷惑がかかると家を出た彼は、裏長屋で困った人を助ける猫の手屋を開業し、人間の姿に戻るために百の善行を重ねるために奮闘の毎日であります。
 人間の頃は石部金吉だった宗太郎ですが、裏長屋で様々な人情、いや猫情や妖情と触れあううちにだいぶ丸くなり、成長した様子。それでもまだまだ彼の丸い手には余る事件があって――というわけで第一話「琴の手、貸します」は、宗太郎がお見合い騒動に巻き込まれることになります。

 寒い風が吹き始めた頃、珍しくも風邪を引いてしまった宗太郎。そんな時猫の手屋に、上野でちょっと遅い紅葉狩りにかこつけて行われる、大店同士のお見合いの立ち会いの依頼が入ってしまいます。
 体調不良でも、そして自分には無縁の世界の話でも、仕事はこなすのが猫の手屋――と頑張ろうとする宗太郎ですが、そこに琴姫が居合わせたことから騒動が始まります。

 シリーズ第三弾『大あくびして、猫の恋』の「男坂女坂」に登場した彼女は、大身旗本のお嬢様にして宗太郎の許嫁。姫君らしからぬアクティブな方ですが、何かの修行と称して消息不明(ということになっている)の宗太郎をいつまでも待ち続けるといういじらしい娘さんでもあります。
 それが思わぬ因縁で猫の手屋の宗太郎と知り合い、彼が許婚のなれの果てとも(たぶん)知らずにすっかり気に入ってしまった彼女がたまたま宗太郎の長屋に顔を出していたばかりに、今回の顛末となってしまったという状況であります。

 宗太郎が本調子ではないのを良いことに(?)、彼に成り代わって猫の手を、いや琴の手を貸すと変装して立ち会い役を買って出た彼女は、首尾よく見合いを終わらせたかに見えたのですが、それが騒動の始まりに……


 そんな愉快かつ微笑ましい第一話に続く「田楽の目、貸します」は、今度は宗太郎の「子」として猫の手屋になろうと奮闘する子猫・田楽の姿を描くお話。
 シリーズ第二弾『化け猫、まかり通る』の「晩夏」で、宗太郎に拾われた猫の孤児・田楽。そのエピソードで目の見えない大店の娘・お絹に飼われることになった田楽は、猫の手屋として彼女を扶けるべく、彼女の目の代わりになって、思い出の景色を再現すべく奔走することになります。

 そしてラストの「あすなろ」は、とある長屋の偏屈な観相師・あすなろ先生が次々と彫る木彫りの面――同じ長屋の住民たちに気味悪がられている――を何とか処分するよう依頼された宗太郎が、先生の抱える事情を知ることになるというお話であります。
 かつて愛妻を失い、残った息子を健康に育てようと思うあまり、かえって子供を苦しめ、家出させる過去を持っていた先生。その息子が猫の姿で帰ってきたと思い込んだ彼を、何とかなだめようとする宗太郎ですが、さらに幽霊騒ぎまで持ち上がって……

 と、どのエピソードも、シリーズでは既にお馴染みの鉄板ギャグ、天丼ギャグを交えつつ展開する、微笑ましくもほろ苦く、温かい物語ばかり。正直なところ、ものすごく斬新、という内容ではないのですが、しかし宗太郎という特異過ぎるキャラクターと彼が存在する世界観を交えることで、独特の味わいを生み出しているのは間違いありません。
 特に「あすなろ」の、白黒をきっちりとつけるのではなく、余韻を――余白を残した結末は素晴らしく、ある意味これまでの宗太郎であれば選べなかったであろう結末として、印象に残ります。


 そう、考えてみれば宗太郎が石部金吉であったということは、ある意味、他人と――周囲の世界に対して、頑なに己のやり方で接してきた、と言えるのではないでしょうか。本シリーズは、そんな彼が猫になり、猫の手屋となることによって、周囲の人々と共に生きることを学んでいく物語であると感じられます。

 考えてみれば本作に登場するのは「許嫁(すなわち将来の妻)」「子供」、そして他所様ではありますが「親」――人間にとって最もミニマムな「世界」であります。
 宗太郎が、果たしてこの先人間に戻って、この世界を得ることができるのか。そしてその時どのような世界を作るのか――楽しみにしたいと思います。


『笑う猫には、福来る 猫の手屋繁盛記』(かたやま和華 集英社文庫) Amazon
笑う猫には、福来る 猫の手屋繁盛記 (集英社文庫)


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2018.06.25

銅大『アンゴルモア 異本元寇合戦記』 良質で良心的な小説版、もう一つのアンゴルモア


 ついにこの夏からアニメも開始の『アンゴルモア 元寇合戦記』。そのノベライゼーションが本作であります。副題には「異本」とありますが、内容自体は原作に忠実な本作。しかしそこから受けるイメージは、原作からほんの少し異なったものがある、まさしく副題通りの作品であります。

 流人として対馬に流された元御家人の朽井迅三郎。対馬で意外な歓待を受けた迅三郎たち流人ですが、しかしすぐに元軍が対馬目前まで迫っていること、自分たち流人がその戦いの駒として用意されたことを知ることになります。
 ほどなくして対馬に来襲する無数の元軍。地頭代の宗助国をはじめ、迎え撃った対馬の兵たちは善戦するも、初めて目にする元軍の戦法・兵器、そして何よりも物量の前に瞬く間に潰走する羽目となるのでした。

 そんな中、奇策を以て元軍に挑み、痛撃を与えた迅三郎と流人たち。しかし彼らをしても元軍の動きを一時的に抑えることができたのみ、対馬の難民たちとともに、迅三郎たちは絶望的な撤退戦を繰り広げることに……


 そんな原作序盤――単行本でいえば第5巻の冒頭、迅三郎がある人物と対面するまでを描くこの小説版。先に述べましたが、「異本」とは言い条、その内容は驚くほど原作に忠実で、物語展開はもちろんのこと、キャラクターの動きや情景描写、台詞のひとつ一つまで、原作を再現したものとなっています。

 もちろん本作で初めて『アンゴルモア』という物語に触れる読者にとってはそれで良いと思いますが、しかしそれでは原作読者はわざわざ本作を読む必要はないのか――と思われるかもしれませんが、その答えは否。むしろ原作を読んだ人間ほど楽しめるのではないか――そんな印象すらあります。
 しかし原作に忠実なのに新たに楽しめるとはいかなる理由か? それは本作が小説として再構成される際に、新たに付け加えられたもの、補われたものによります。

 その一つは、史実に基づく、史実に関するデータや解説の補足であります。
 作中で描かれる数々の史実や、独自の用語や事物――特に兵器の数々。それらは、もちろん原作でも説明はされているのですが、漫画という作品のスタイルを考えれば、それにも限界があることは言うまでもありません。

 それを本作は、地の文できっちりと補っていきます。例えば原作冒頭で「アンゴルモア」の意味を語る際に描かれたポーランド軍と元軍の戦い――そのポーランド軍がいかに戦い、そして敗れた後に何があったのか。本作はそれを簡潔かつ丁寧に語り、より物語の輪郭を明確に浮かび上がらせるのです。

 そしてもう一つ、個人的にはより大きな意味を持つものとして感じられるのが、登場人物たちの心理描写の補強であります。
 こちらももちろん原作では様々な形で描かれているところですが――しかしその内面を事細かに描くわけにはいきません。

 しかし小説であれば、それを――漫画では見えなかった部分まで――不自然さなく、丹念に描くことが可能になります。もちろんそれはあくまでも補強に過ぎませんが、しかし「ああこの時、この人物はこんなことを考えていたのか!」と(違和感なく)感じさせてくれるのが実に大きいと感じます。
 特に序盤、宗助国が迅三郎に郎党たちの面前で面罵されるくだり――それ自体は原作にもありますが、ここで助国が無表情な外見の内側で「――よし、殺そう。」と思っていたという描写など、実に中世武士らしくて良いではありませんか。

 そしてこの内面描写の影響を最も大きく受けているのは、やはり迅三郎でしょう。戦場での獰猛さと裏腹に、平時は飄々とした人物であるだけに、内面が比較的見えにくい人物だから――という点はもちろんありますが、しかしそれだけではありません。
 原作の、特に序盤ではかなり色濃く感じられる迅三郎のヒロイズム。絶望的な戦いの中でのそれが作品の魅力の一つであるのはもちろんですが、時に超人的なヒーローに見えてしまった彼の姿を、本作は良い意味で抑え、人間として再構築してみせていると感じます。

 それは同時に、原作を読んでいた時に常に頭の片隅にあった、侵略戦争を――それも自分の国でかつて確かに行われたものを――エンターテイメントとしていかに描くか、という問いへの答えともなっている、というのはいささか考えすぎかもしれませんが……


 しかしいずれにせよ、ノベライゼーションとして、本作がかなり良質で良心的なものであることは間違いありません。
 先に述べたとおり原作半ばまでで終わっている本作ですが、この続きもぜひ読んでみたいと感じさせられる一冊であります。


『アンゴルモア 異本元寇合戦記』(銅大&たかぎ七彦 KADOKAWA Novel 0) Amazon
アンゴルモア 異本元寇合戦記 (Novel 0)


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2018.06.22

山本巧次『軍艦探偵』 軍艦の上の日常、戦争の中の等身大の人間


 『八丁堀のおゆう』『明治鐵道探偵』と、これまでもユニークな時代ミステリを手がけてきた作者が次に手がけた題材は軍艦――軍艦に探偵といえば、軍事冒険小説的なものを感じさせますがさにあらず。軍艦上で起きる日常の謎をメインに扱った、実にユニークな連作集であります。

 アメリカとの開戦も目前に迫る中、短期現役士官制度に応募して海軍主計士官となった池崎幸一郎。戦艦榛名に配属された彼に、補給で運び込まれたはずの野菜の箱が一つ紛失したという報告が入ります。
 海軍ではお馴染みの銀蠅(食料盗難)かと思いきや、食料箱の総数には変化はない――とすれば一箱予定になかった箱が運び込まれたことになります。山本五十六連合艦隊司令長官の視察を控えたこの時期、万が一のことがあってはならぬと調査を始めた幸一郎がやがてたどり着いた真実とは……

 という第1話の内容が示すように、軍艦上で起きたささいな、しかし奇妙な出来事をきっかけに、その謎を追うことになった幸一郎が意外な真実を解き明かす、というスタイルで(終盤を除けば)展開していく本作。
 そこあるのは華々しい戦いでも複雑怪奇な陰謀もなく、真相を知ればなんだと苦笑してしまいそうな「事件」ばかりであります。

 そもそも主計士官というのは、会社で言えば総務と経理の役目――つまり基本的に事務方。軍艦や海軍という言葉から受ける格好良くも華々しい――あるいは厳しく危険だらけのイメージとは遠いところにいる存在です。
 タイトルの軍艦探偵も、配属される先々の艦で事件に巻き込まれ、仕方なくそれを解決してきた幸一郎に対して冷やかしまじりに与えられた渾名のようなもので、もちろん公式の任務ではないのですから。

 しかし、それだからこそ本作は実に面白い。上で挙げたような一般的な(?)イメージとはほど遠いところで展開する本作ですが、しかし冷静に考えてみれば、軍艦だからといって、そして太平洋戦争中だからといって(少なくとも戦争初期は)四六時中戦闘しているというわけではありません。
 いやむしろそれ以外の時間が多かったはずであり、そして軍艦という空間の中に数多くの人間が日々を送っていれば、そこに「日常」が生まれることは当然でしょう。

 そんな軍艦上の日常という、史実の上でも物語の上でも我々とは縁遠い、しかし確かにかつて存在したものを、本作はミステリという視点から切り取ってみせた作品なのです。
 そしてそこに浮かび上がるのは、決して格好良くはない(そして同時に悲劇ばかりではない)等身大の人間たちの姿であります。軍艦探偵という二つ名は持ちつつも、やはりそんな人間の一人である幸一郎だからこそ気付くことのできる真実が、ここにはあります。

 しかしそんな日常も、戦況の変化とはもちろん無縁ではありません。そして一種の極限状況に近づいていくにつれて、人間性の表れ方も変わっていくことになります。
 本作のラスト2話で描かれるのは、そんなもう一つの現実の姿――そこで幸一郎は、これまで幸運にも出会わずに済んできたものの一つを突きつけられることになります。そしてそれを解決するには、彼をしても長い時間を必要としたのですが……


 そんな、ミステリとしても一種の歴史小説としても楽しめる本作ですが、しかし個人的には幾つかすっきりしない点もあります。

 その一つは本作に登場する軍艦――全六話に一隻ずつ登場する軍艦の半分が、架空のものであることです。
 もちろん同型艦は存在するかと思いますし、確たる資料と根拠をもって作中でも描かれているはずですが――しかし、本作のように明確な史実を踏まえた作品、その史実の中の人間を描く作品であれば、その舞台となる軍艦もまた、全て実在のものであって欲しかったと感じるのです。

 そしてもう一つ――それは、幸一郎がその中で生きてきた戦争の姿が――言い換えれば幸一郎がその戦争とどう向き合ってきたかが、ラスト近くまでほとんど伝わってこなかったように感じられる点です。

 確かに海軍は陸軍と違い、直接敵と向き合い戦う機会は少ないでしょう(そしてそれが作中ではっきりとある機能を果たしているのですが)。しかしそれでもどこかに敵は――彼らと同じ人間は存在し、それと彼らは戦っているのであります。
 本作はそれを描く作品ではない(というより意識して慎重に避けている印象)のかもしれませんが――戦争の中の日常を、人間を描く作品であったとすれば、その点も描いて欲しかったと感じます。幸一郎の身の回りの世界だけでなく、その先の人間の姿も……

 もちろんこれは個人的な拘りに過ぎないのではありますが。


『軍艦探偵』(山本巧次 ハルキ文庫) Amazon
軍艦探偵 (ハルキ文庫)

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2018.06.21

横田順彌『水晶の涙雫』 消えた少年と南極からの友が繋ぐ想い


 明治の科学小説作家・押川春浪と鵜沢龍岳師弟、そして彼らを取り巻く人々が不可思議な事件に挑む明治SFシリーズ――その長編第2弾であります。白瀬大尉の南極探検を背景に、長きにわたり意識不明だった少年の行方不明事件が、様々な波紋を呼び、奇妙で暖かい物語を描き出します。

 白瀬大尉の南極探検隊が、惜しくも志半ばで帰国を余儀なくされた明治44年――東京帝国大学附属病院の特別病室から姿を消した少年・白鳥義彦。
 勤め先の金を横領して追いつめられた父の無理心中に巻き込まれ、半年以上にわたって意識不明の状態であった彼は、しかし本来であれば息を引き取ってもおかしくないところが、不可思議にも生き続けていたのであります。

 だからといって、衰弱しきった病院を抜け出せるほど急に回復するするはずもありません。しかし病院側は義彦少年の状態に目を付けて人体実験紛いの治療を行っていたため表沙汰にするわけにもいかず、ただ残された母親・雪枝のみが心を痛める状況となっていたのでした。

 そんな状況とも知らず、春浪の友人・阿部天風は、雪枝が妻の遠縁であったのをきっかけに、雪枝の夫の事件に関心を抱いて調査を続けた結果、その死に不審な点があることに気付きます。
 もしそれが偽装された殺人事件であれば、本職の出番――と警視庁の黒岩刑事に協力を依頼する龍岳たちですが、しかし正義感の強いの黒岩にしては、珍しく消極的な態度をみせます。

 実は町を彷徨っていた義彦と偶然出会い、密かに匿っていた黒岩。義彦が黒岩に語った驚くべき真実とは、そして黒岩が守らなければならない秘密とは……


 冒頭に述べたように春浪と龍岳を中心にする本シリーズですが、その中で龍岳と相思相愛の女学生・時子と、その兄の黒岩刑事もまた、彼らとともに活躍するレギュラーであります。
 そして実は、今回主人公同然の位置を占めるのが、この黒岩刑事なのです。

 幼い頃に両親を失い、苦労に苦労を重ねながら時子を育ててきた黒岩。それだけに人情家で正義感が強く、絵に描いたような「良い刑事さん」である彼は、シリーズを現実サイドから支える名脇役であります。
 その黒岩が今回は妹にすら明かせない秘密を抱えて孤軍奮闘。しかも恋愛方面については妹に完全に先を越されていた彼に、ついにロマンスが! と、完全に主人公ポジションで活躍してくれるという、長らくシリーズを見てきた読者にとっては何とも嬉しい展開なのです。

 さてその物語の方は、義彦少年の失踪(そして彼の抱える秘密)と、その父の「自殺」を巡る謎とが交錯しつつ展開していくことになりますが、そこに登場人物たちが、それぞれの事情や思惑を抱えて関わっていくのも面白い。
 上で述べたように皆とは別行動を取る黒岩。黒岩に疑いを抱きつつ雪枝のために事件を追う龍岳や時子たち。自分を何かと助けてくれる黒岩に支えられながら義彦を捜す(まさかその黒岩が義彦と一緒にいるとは知らない)雪枝。さらにはかねてから義彦に目を付けてきたという陸軍の特務部隊の軍人とその手下まで……

 数々の登場人物が、それぞれに掴んだ真実を手に、少しずつ謎に近づいていく――実は真実そのものはさほど複雑なものではないのですが、しかし人間関係をシャッフルすることで。よく見ると結構地味な話を盛り上げていくのには感心いたします。

 そして本作の、本シリーズのキモとも言うべきSF的ガジェットですが――今回も懐かしさを感じさせる(すなわち古典的な)アイディアを用いつつ、それを巧みにドラマに絡めていくのが嬉しいところ。
(そしてそこに絡むのが、前作のハレー彗星接近と並ぶ一大科学イベントである白瀬大尉の南極探検という趣向もうまい)

 前作などに比べるとかなり早い段階で秘密が明かされるのですが、それを一人背負ってしまった黒岩の苦闘が、上に述べたように物語の大きな要素となり、それがラストに繋がっていくという展開も実にいいのです。
 実に本シリーズらしく、優しくも暖かい、そしてちょっと粋な結末には、誰もが顔がほころぶのではないでしょうか。


 しかしさすがにラストの吉岡信敬はさすがにやりすぎではないかなあ――というより有能にもほどがあります。恐ろしいなあ早稲田大学応援団。

『水晶の涙雫』(横田順彌 柏書房『夢の陽炎館・水晶の涙雫』所収) Amazon
夢の陽炎館・水晶の涙雫 (横田順彌明治小説コレクション)


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2018.06.19

久賀理世『倫敦千夜一夜物語 あなたの一冊、お貸しします。』 この時代、この舞台ならではの本と物語のミステリ


 『英国マザーグース物語』や、先日ご紹介した『ふりむけばそこにいる』など、イギリスを舞台とした作品を得意とする久賀理世。その作者が、ヴィクトリア朝のロンドンで貸本屋を営むちょっと訳ありの兄妹を主人公に描く、優しく暖かく、時にほろ苦い連作ミステリであります。

 時は19世紀末――ライヘンバッハの滝に消えたホームズがいまだ帰還せず、読者たちを嘆かせていた頃。ロンドン郊外の町に、若く美しい兄妹――アルフレッドとサラが営む貸本屋「千夜一夜」がありました。
 ある事情を抱えて周囲には身分を隠して暮らす二人ですが、しかし無数の本に囲まれての暮らしはなかなか快適。そんなある日、幼い二人の弟を連れた青年貴族・ヴィクターが店に現れて――という形で、第1話「紳士淑女のタイムマシン」は始まります。

 ヴィクターは、弟が公園で友だちから聞いたという女の子と犬が冒険を繰り広げるという物語を探していたのですが――しかし本にかけては人並みならぬ知識を持つサラも、その内容には心当たりがありません。
 それでもヴィクターの語る内容に興味を引かれ、その本を探すサラ。そんな中、アルフレッドは乏しい手がかりから本の正体を見抜きます。さらに、そこに秘められたある事情までも……


 子供があやふやな記憶で語る内容というごくごくわずかな手がかりから、古今の物語にまつわる知識と観察眼、そして何よりも見事な洞察力で、本の正体という謎を解き明かしてみせるこの第1話。
 いや、本だけではなくその本の内容を子供に教えたのは誰か、さらにここでは一種の「信頼できない語り手」として機能する子供が、何故そのように語らなければならなかったのか――という更なる謎まで鮮やかに解決してみせる、その切れ味に驚かされます。

 しかし、それに勝るとも劣らぬほど魅力的なのは、そのあまりにも切なく悲しい真相と、それに対する暖かで優しい「裁き」であります。
 ここで白状してしまえば、そのくだりを読んだときには、思わずボロボロと涙が――いや、いい年して本当に恥ずかしいお話ではありますが、しかし単なる興味本位でもなく無機質でもない、本作ならでは心温まる謎解きとその語り口の見事さに、この第1話の時点でKOされてしまったのです。

 そして実はヴィクターとアルフレッドの間には浅からぬ因縁があったという意外な真実が語られ、さらにそこからアルフレッドとサラの抱える複雑で危険な事情、そしてそこから作品を通じて追いかけられるであろう謎が提示されるという構成の妙には、ただ唸らされ続けるほかありません。


 というわけでこの先の物語は、アルフレッドとサラ、そしてヴィクターを加えた三人を中心に展開していくことになります。
 ヴィクターがパブリック・スクール時代の図書室で目撃した不可思議な儀式にまつわる謎を描く「春と夏と魔法の季節」、ヴィクターたちの友人が謎めいた死を遂げた陰に、恐るべき邪悪な企みが蠢く「末の世とアラビア夜話」と、全3話で構成されています。

 第1話が優しく温かい味わいだとすれば、第2話はほろ苦く切なく、第3話は恐ろしくもひどく苦い――ここで描かれるのは、それぞれ本と物語を題材としつつも、全く異なる味わい。
 完璧超人のアルフレッドと、優しく聡明で、それでいて(それだからこそ)ちょっとニブいサラ、そしてそんな二人の間で一生懸命の「忠犬」ヴィクター――物語を彩るそんな三人の関係性も実に楽しく、読書と物語の楽しさを満喫させてくれる作品であります。

 そしてもう一つ、ヴィクトリア朝のイギリスの文化風物を、丁寧にかつ自然に物語に盛り込んでくれるのも嬉しい。特に店でサラが客に出す菓子の数々など、物珍しくも実においしそうで――この時代、この舞台ならではの空気感を作り出すのに、大きな役割を果たしていると感じます。

 ……そう、本作に詰まっているのは、この時代、この舞台ならではの物語。単純に舞台背景だけでなく、その独自性が物語に密接に結びつき、大いなる必然性をもってそこでは描かれているのであります。
 そしてその象徴となるのが、「本」であるのは言うまでもありません。

 (貸)本屋とミステリというのは最近の流行であるかもしれませんが、決してそれに乗ったわけでないと感じさせてくれる、本作ならでは、この作者ならではの物語――ミステリの形を取りつつ、読書の楽しみを思い出させてくれる「本」であります。


『倫敦千夜一夜物語 あなたの一冊、お貸しします。』(久賀理世 集英社オレンジ文庫) Amazon
倫敦千夜一夜物語 あなたの一冊、お貸しします。 (集英社オレンジ文庫)


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2018.06.15

横田順彌『夢の陽炎館 続・秘聞七幻想探偵譚』 明治のリアルが描く不思議の数々


 先だって復刊された横田順彌の明治SF連作の第二弾――日本SFの祖・押川春浪と、その弟子である青年科学小説家・鵜沢龍岳が次々と遭遇する不思議な事件を描く、全七話の連作短編集であります。

 『海底軍艦』をはじめとする熱血科学冒険小説家として、雑誌「冒険世界」の主筆として、そしてバンカラ書生団体・天狗倶楽部の中心人物として活躍する春浪。その春浪に見出されて科学小説家として成長著しい好青年・龍岳。
 さらに二人の友人である警視庁刑事・黒岩と、その妹で龍岳とは憎からず想い合う女学生・時子の四人を中心に展開していく本シリーズは、「幻想探偵譚」と角書されるに相応しい内容の連作であります。

 ここで描かれるのは、いずれも明治の世を舞台とした、登場人物たちも出来事も社会風俗も、明治のリアルを丹念に拾い上げた物語。
 しかしその中で描かれるのは、明治の常識や科学では計り知れない――いや、現代のそれらを以てしても摩訶不思議な、説明のつかない奇怪奇妙な事件たちなのであります。以下に述べるような……

『夜』映画館で発見された首を刺された死体。一人の女性が容疑者と目されたものの、彼女にはアリバイがあった。しかし事件を捜査していた刑事が何者かに殺害され……
『命』ふとしたことから日露戦争の脱走兵と知り合った龍岳たち。彼は旅順攻略前に、宙に銀の球体が浮かび、兵士たちに光線を照射していたと語るが。
『絆』自分の乗った漁船が徐々に浸水していくという夢に夜な夜な悩まされる男。催眠療法により沈没船から救い出される夢を見て完治したかに思われた男だが……
『幻』博覧会に展示されていた発明品の兜を被った途端意識を失った龍岳。目覚めた時に違和感を感じる龍岳だが、実は彼は日露戦争で日本が敗れた世界に迷い込んでいた。
『愛』醜聞に巻き込まれて死んだある女性の絵から、夜な夜な幽霊が抜け出すという現場を目撃した龍岳たち。その中で画家の倉田白洋だけは幽霊の出現する理由を看破して……
『犬』弓館小鰐の友人が、西洋から珍しい犬を連れ帰った。それと時同じくして、素っ裸の変態が女性を襲うという事件が発生、龍岳たちはその思わぬ正体を知る。
『情』女性のマネキン制作に度を超した情熱を注ぐ青年と出会った龍岳。その青年がやがて生み出したものとは……

 これらの物語は、いずれも本シリーズらしい、どこか懐かしさを感じさせる――古典的なSFアイディアを踏まえた――不思議の数々。完全にその謎が解かれるわけではなく、どこかすっきりとしない後味を残すところが、また実に「らしい」味わいであります。

 その味わいといい、同時代人のリアルを描いた(と見紛う)文章といい、岡本綺堂の怪談をどこか彷彿とさせるところがある……
 というのは少々褒めすぎで、前作同様にいささか評価に困る作品も幾つかあるのですが、しかし一度その世界に浸ってしまえば、ひどく心地よい、そして龍岳や春浪たちとともに冒険してみたくなる、そんな作品集であります。

 そんな中で個人的にベストだったのは『命』であります。
 旅順要塞攻略直前に宙に浮かぶ銀色の球体が兵士たちに光を浴びせ、その後戦死したのは、皆その光を浴びた者だった――という戦争怪談的な内容だけでも十分不気味でありますが、その後の展開も実に恐ろしい。

 球体を目撃した男がその光景を、そしてさらなる恐るべき「真実」を記したという原稿を預かった春浪たちですが、しかし彼らの周囲にも現れ、怪現象を起こす謎の物体。
 さらに男が残した幾つかの数字の羅列――西暦と思しき数字と、別の数字が組み合わさったその意味が暗示される(そして現代に生きる我々はそれが「真実」であると知っている!)結末の不気味な後味は絶品であります。

 実は本作は、ある有名な古典SFテーマを題材としているのですが、作中で描かれる怪異の無機質さ・理不尽さといい、それを引き起こしたモノの描写といい、UFOホラーの佳品と評してよいのではないかと思います。

 と、自分の好みの作品ばかり大きく取り上げてしまいましたが、おそらくは人それぞれに琴線に触れる作品があるであろう本書。随分と久々に読み返しましたが、今読み返しても様々な発見のある一冊であります。

 本作とカップリングで復刊された長編『水晶の涙雫』、そして残るもう一冊の作品集も、近日中にご紹介したいと思います。

『夢の陽炎館 続・秘聞七幻想探偵譚』(横田順彌 柏書房『夢の陽炎館・水晶の涙雫』所収) Amazon
夢の陽炎館・水晶の涙雫 (横田順彌明治小説コレクション)

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2018.06.13

鳴神響一『能舞台の赤光 多田文治郎推理帖』 江戸の名探偵、巨大な密室の中の「舞台」に挑む


 時代小説でユニークなクローズド・サークルを展開した『猿島六人殺し』から約半年――多田文治郎が帰ってきました。今回殺害されたのはただ一人――しかし大大名の催した能が演じられる中、その観客が殺されたというのですから、江戸の名探偵が出馬するに相応しいと言うべき事件であります。

 あの陰惨な猿島の事件から数ヶ月後――故あって事件の際に出会った公儀目付役・稲生正英の屋敷を訪れることとなった文治郎。そこで黒田左少将継高が催す猿楽見物に誘われた文治郎は、二つ返事で正英に同行することになります。
 47万石の大大名、それも能好きで知られる継高が開催するだけあって、当日演じられた五番能は素晴らしいものばかり。能好きの文治郎も大いに楽しんだのですが――しかし最後に演じられた、シテと四人のワキが乱舞する『酒瓶猩々』の最中に事件が発生していたのです。

 当日は武士だけでなく町人たちも招かれていたこの能会。その一人、札差の上州屋が、会の終了後に死体となって発見されたのであります。
 黒田家が正英に検分を依頼したことがきっかけで、これに同行することとなった文治郎。彼の観察眼により、上州屋が毒を塗った細い刃物で刺されたことがすぐに判明したのですが――犯人は如何にして上州屋に近づき、周囲から気付かれることなく殺害してのけたのか。

 いやそもそも、何故上州屋が殺されなければならなかったのか? 正英の依頼により、友人で正英の部下である宮本五郎左衛門と共に事件解明のために調査を開始した文治郎は、上州屋には人から恨まれる理由を十分持った人物だと知ることになります。
 しかしどうすれば能の最中に上州屋を殺すことができるのか、肝心のそれがわかりません。調査と推理の末、文治郎は容疑者を絞り込むのですが、しかし彼には確たるアリバイが……

 孤島で六人が次々と奇怪な死を遂げていくという前作に比べれば、いささか事件の内容は地味に見えるかもしれない本作。しかし一つの謎をじっくりと追いかけるその内容の密度の濃さは、前作に勝るとも劣らないものがあります。

 劇場という場は、収容人数が多い(上に人の出入りがある)こと、そして場が暗いことが多いこと、そして何よりもその「舞台」としてのドラマチックさから、古今のミステリで事件の現場となることが少なくない印象があります。
 本作ももちろんその系譜にある作品、能という幽玄の世界が展開する一方で、世俗の極みというべき醜い殺人が行われるという、その取り合わせの面白さにまず魅せられます。

 そして本作で事件の現場となるのは、大名家の中に作られた能舞台(ちなみに黒田継高が大の能好きだったというのは史実であります)という、いわば巨大な密室の中の「舞台」という趣向が楽しい。
 大名家が客を招いて行う能会という、まず不審者が入り込めるはずもない場。そんな密室の中で、どうすれば人一人に近づき、殺し、逃げることができるのか? 本作もまた、変形の密室ミステリと呼ぶべきでしょう。

 ……が、実のところ、本作のトリックは、ミステリ慣れした方であれば、その詳細はわからないまでも、ここが怪しいとすぐに感づくものであるかもしれません。
 この辺り、時代小説ではなく一般レーベルとして(すなわちミステリ小説として)刊行されている本作としてはいかがなものかな、と意地悪なことを感じないでもありません。

 しかし本作の場合、それが能という題材と綺麗に結びつき、一定以上の必然性を持って描かれるのが素晴らしい。
 特に(これは作品の性質上、触れるのにかなり神経を使うのですが)、ある人物のアリバイを描くのに、「この手があったか!」という理由を設定してみせるのには、唸るしかありません。

 そして本作ならではの人物配置と、それが生み出すドラマも含めて、本作はまさしく能楽ミステリと呼ぶに相応しい内容の作品であると言うことができると思います。

 上では意地の悪いことも申し上げましたが、ミステリ味のある時代小説ではなく、時代小説の世界を舞台としたミステリとして成立している――別の表現を使えば、謎が謎を描くためのものとして機能している本作。

 こうした作品を文庫書き下ろし時代小説的なペースで刊行するのは難しいのではないかと思いますが――しかし早くも次の作品が楽しみになってしまうのであります。

『能舞台の赤光 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫) Amazon
能舞台の赤光 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)

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