2019.05.27

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇5 集え! 「梁山泊」の下に!


 長きにわたった官軍との死闘もついに終わり、招安を受けることとなった梁山泊。しかし百八星全員がそれを良しとするはずもありません。散り散りとなった豪傑たちが一つに再び集う時は果たして来るのか――いよいよ『絵巻水滸伝 招安篇』大団円であります。

 梁山を舞台とした壮絶な死闘の末、辛うじて官軍と引き分ける形となった梁山泊軍。しかし戦いの最中に梁山は炎上し、彼らの帰るべき梁山泊は炎の中に消えることとなります。
 まさしく呉越同舟となって梁山泊を離れた両軍を待ち受けていたのは、朝廷が梁山泊を招安し、そして梁山泊がそれを受けたという知らせだったのですが……


 というわけで、ついに招安を受けることとなった梁山泊。もちろんこれは原典と同様の結果ではありますが、しかしそこに至るまでの経緯は全く異なります。

 原典では高キュウや童貫、そして節度使たちの軍を圧倒的な力の違いで散々に打ち破った後に招安を受けたのに対し、ギリギリまで追い詰められ、ついには帰る場所を失った末の苦渋の選択として招安を受けた本作。
 どちらの梁山泊が「強い」かといえばそれは原典かもしれませんが、しかしどちらが「らしい」かと言えば、それは本作ではないでしょうか。

 迫られて梁山に向かった者たちが、その地を望んで捨てて、それを迫った者たちへ帰順する――あの豪傑たちがその選択を容易に肯んぜるかといえば、それはやはり違和感が残ります。
 それを思えば、迫られて梁山を捨てた者たちが、苦渋の選択として招安を受ける方が、まだ梁山泊「らしい」――というのは牽強付会に過ぎるでしょうか。


 しかし、帰るところを失ったとはいえ、そのまま官軍に加わるのを良しとしない者たちがいるのもまた、当然であります。しかも本作においては、去りたい者は梁山泊軍を去ってよろしいと宋江が語った故に、仲間たちと袂を分かつ者たちが続出。
 当て所なく旅立った武松と魯智深、史進、裴宣、燕順。李師師のもとに転がり込んだ燕青。相変わらず二人で旅を続ける楊雄と石秀、故郷に帰った朱仝と雷横、かつての根城に帰った黄門山組……

 官軍を好まない者、束縛を嫌う者、他にやるべきことがある者――理由は様々ですが、それはそれで納得できる一方で、もちろん寂しさが残るのも事実であります。

 そして彼らを失った一方で、梁山泊の主力は東京の帝のもとに粛々と向かうのですが――しかし、あの高キュウが、彼らをただで済ますはずもありません。
 帝の閲兵にかこつけて豪傑たちを武装解除、兵とも切り離して宮城に誘い込み、一網打尽にして皆殺しにする。まさしく、行けば死の罠、いかねば天下の笑い者――そんな状態に追い込まれた豪傑たちの運命は……


 もちろん、その先に描かれるものをわざわざ述べる必要はないでしょう。ここではただ、梁山泊は失われたとしても、百八星の豪傑は「梁山泊」にあるのだと、そしてその絆は何者にも――そう、彼ら自身にも――断ち切ることはできないと、そう述べるだけで足ります。

 この招安で豪傑たちが失ったもの――それは決して小さくはありません。しかしそれでも失われないものを、いうなれば「梁山泊」の心意気というべきものを、本作はここで描き出すのであります。
 それが本作の「招安篇」の最大の収穫と言うべきではないでしょうか。

 しかしその一方で、招安を受けた梁山泊を待ち受けるのは、決して明るい道ではありません。各地で覇を唱える田虎・王慶・方臘ら叛徒たち。宋国を虎視眈々と狙う遼国。そして何よりも宮中に巣くう奸臣たち……
 そんな中で梁山泊の豪傑たちは生き延びることができるか。宋江はかつて見た滅びの運命を変えることができるのか。盧俊義は梁山泊の救い主となることができるのか。呉用の秘策は成就するのか。

 これまで以上に苦難の道を行く豪傑百八星の前にまず立ち塞がるのは遼国――「遼国篇」ももちろん近日中にご紹介いたします。


『絵巻水滸伝 第二部』招安篇5(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon
絵巻水滸伝 第二部 第五巻 招安篇5


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 「絵巻水滸伝」第1巻 日本水滸伝一方の極、刊行開始
 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

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2019.05.26

辻真先『焼跡の二十面相』(その二) 探偵である意味、少年である意味


 昭和20年、敗戦直後の東京を舞台に、再び跳梁を始めた怪人二十面相に小林少年が挑む、痛快なパスティーシュ『焼跡の二十面相』のご紹介の続きであります。

 前回、本作独自の魅力として、小林少年を主人公に据えたことを挙げましたが、もう一つ、決して忘れてはならないものがあります。それは、敗戦直後という舞台設定そのものであります。

 輝かしい文化の数々――その一つにほかでもない、探偵小説があったといえるでしょう――は戦争によって失われた末、誰もが明日の夢よりも今日の飯を追い求めることを余儀なくされた、敗戦直後の日本。本作はその姿を、リアルタイムでそれを目撃してきた者ならではの目で、克明に描き出します。
(例えば、爆撃で真ん中が、そして焚き付けにされて根本が失われ、天辺だけがブラブラと残った電柱、などという奇怪な風景など、その最たるものでしょう)

 そんな世界に蠢くのは、ロマンと稚気、そして美学に溢れる怪人とは全く異なる種類の人間たち――戦争を利用して私腹を肥やす大商人、敗戦したと見るや米軍にすり寄って儲けようと企むブローカー等々、厭な「大人」たちなのであります。
 敗戦直後という夢も希望も、文化も誇りも失われた世界、怪人や探偵にとっては空白の時代には、そんな人間たちが相応しいのかもしれません。しかしそれでも本作が、そんな焼跡にあえて乱歩の世界を復活させてみせたのは――これは作者らしい強烈な異議申し立てであると感じられます。

 作中で繰り返し繰り返し描かれる、当時のそして戦時中の世相、そしてそれを仕掛けた人々とそれに流された人々に対する皮肉。読んでいて些か鼻白むほど痛烈なその皮肉は、先に述べたように、リアルタイムでその世界を知る作者ならではのものというべきでしょう。
 しかし本作はそんな直接的な皮肉以上に、さらに強烈なカウンターパンチを、現実に喰らわせるのであります。戦争というバカバカしい現実にも負けずに復活し、現実を翻弄してみせる怪人の存在によって。そしてそれに挑む正義と理性の徒である探偵の存在によって。

 そしてまた――そんな焼跡の物語だからこそ、現実の愚かな「大人」たちを相手にするからこそ――本作の探偵は、未来と希望の象徴である「少年」でなければなかったと感じます。
 目の前の現実に翻弄されて右往左往している大人たち、現実の中にどっぷりはまって小狡く立ち回っている大人たちを後目に、明日を夢見て奮闘する少年に……

 さらに言えば、本作で描かれる痛烈な皮肉が、決して舞台となった時代に対してのみ向けられているわけではなく、今我々が生きるこの時にも向けられているであろうことをと思えば――小林少年の活躍は、かつて少年だった我々に対するエールとも、発破とも感じられるのです。


 などと小難しいことをあれこれと申し上げましたが、やはり本作の基本は良くできたパスティーシュであり、痛快な探偵活劇であります。

 終盤の逆転また逆転のスリリングな騙し合いのたたみかけは見事というほかなく、何よりも思いもよらぬ(それでいて乱歩とは全く無関係というわけではない)ビッグなゲストまで登場するサービス精神にはただ脱帽するほかありません。
 そしてここで語られるこのゲストの戦争中の行動については、なるほど! と納得するほかなく――そしてそこから生まれる「名探偵」同士の爽やかな交流にも胸を熱くさせられるのです。
(さすがにそこからあのキャラクターに持っていくのはちょっとやりすぎ感もありますが……)

 そして、ラストの小林少年の言葉に思わずニッコリとさせられる――そんな怪人二十面相と少年探偵団の世界、探偵小説という世界への愛に満ちた本作。
 かつてその世界に胸躍らせた我々にその時の気持ちを甦らせると同時に、空白の時代に活躍する彼らの姿を描くことにより、我々の胸に新たな火を灯してくれる――そんな快作であります。


『焼跡の二十面相』(辻真先 光文社) Amazon
焼跡の二十面相

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2019.05.25

辻真先『焼跡の二十面相』(その一) 昭和20年 対決、怪人vs少年探偵


 いまや遠い昔になってしまった感もある昭和。その昭和育ちの多くの方が親しんだであろう怪人二十面相が帰ってきました。焼け野原になった東京に再び現れた二十面相に対し、応召されていまだ帰国しない明智小五郎に代わって挑むのは、小林少年――名手が送る痛快なパスティーシュであります。

 1945年8月――敗戦の混乱冷めやらぬ中、それでも明日への希望を胸に、明智小五郎の留守を守って懸命に生きる小林少年。そんなある日、買い出しに出た彼は、途中で警視庁の中村警部が輪タクを追う現場に出くわし、輪タクの後をを追うことになります。
 中村警部が追っていたのは、輪タクに乗っていた隠匿物資のブローカー・伊崎。しかし追いついてみれば乗っていたのは替え玉、しかも彼以外いないはずの走る車中で、何者かに刺されて死んでいたのであります。

 走る密室の謎を鮮やかに解いてみせた小林少年ですが、伊崎は行方をくらましたまま。その後に友人を訪ねた田園調布で偶然輪タクの運転手を目撃した小林少年は、その場所が、戦争中に巨万の富を築いた四谷重工業の社長宅であることを知ります。
 早速中村警部と一緒に調査に向かった小林少年ですが――しかしそこで二人が見つけたのは、なんと二十面相の予告状! それは、四谷重工の社長が密かに隠匿しているという秘仏・乾陀羅の女帝像を狙った大胆不敵な犯行予告だったのであります。

 応召されてヨーロッパに渡り、いまだ帰国の目処が立たない明智小五郎に代わり、小林少年は二十面相の犯行を阻むべく行動を開始するのですが……


 名探偵・明智小五郎とそのライバル・怪人二十面相、そして明智探偵の助手・小林少年の名は、たとえ実際に彼らが登場する作品に触れたことがない方でもよくご存じでしょう。
 戦前の昭和11年に登場して以来、戦争を挟んで昭和の半ばに至るまで、数々の奇怪な事件を引き起こした二十面相と、それを阻んだ明智探偵と小林少年、そして少年探偵団の冒険は、私も子供の時分に大いに心躍らせた、懐かしい存在であります。

 本作は、そんな名探偵vs怪人の世界を、終戦直後の東京を舞台に忠実に蘇らせてみせた物語。そのシチュエーションだけでも心躍りますが、それを描くのが、今なお『名探偵コナン』などで活躍する名脚本家にしてミステリ作家、そしてこの時代を実際に生きてきた辻真先なのですから、つまらないはずがないではありませんか。

 かくてここに展開するのは、初めて目にする、しかし懐かしさが漂う――全編ですます調で展開するのも嬉しい――物語であります。
 かつてあの名探偵が、そして怪人が大好きだった身にとっては、その時のときめきを――作中で二人の帰還を信じて待つ、小林少年と中村警部のような心境で――思い出しつつ、ただただ夢中させられるのです。


 しかしもちろん、本作はノスタルジーのみに頼った作品では、決してありません。それでは本作ならではの魅力の一つは――といえば、それは言うまでもなく、本作の主人公として二十面相に、そして劇中で起きる怪事件に挑むのが、明智小五郎ではなく小林少年であることでしょう。

 明智小五郎の助手として、そして少年探偵団のリーダーとして、常に大人顔負けの活躍を見せてきた小林少年。しかしそうではあっても、やはり少年――物語の中では、明智小五郎の庇護の下、一歩譲る役回りでありました。
 しかし本作においては、名探偵不在の中、怪人を向こうに回して一歩も引かない活躍を見せて大活躍。これは、かつて自分たちの代表として小林少年に憧れた世代には、たまらないものがあります。

 しかし、本作で小林少年が戦うのは二十面相だけではありません。それは、二十面相などよりもある意味もっとたちの悪い、我欲に駆られた悪人たち――そんな美学も理想もない連中を前にしては、さすがの小林少年も、分が悪いように思われます。
 が、そんな小林少年の前に思いもよらぬ意外な同盟者が登場、痛快な共同戦線を張ることになるのですが……。いや、これ以上は内緒、ぜひ実際に作品に触れていただきたいと思います。

 長くなりましたので、恐縮ですが次回に続きます。


『焼跡の二十面相』(辻真先 光文社) Amazon
焼跡の二十面相

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2019.05.24

折口真喜子『月虹の夜市 日本橋船宿あやかし話』 隣り合った世界と、隣り合った時間と


 箱崎の船宿・若狭屋を舞台に、何かとこの世のものならぬものと縁を持ってしまう女将・お涼を狂言回しに描かれるシリーズの第二弾であります。今回もお涼の前に現れるのは、どこか人間くさいあやかしや神さまたち。そして本作では、お涼のルーツも描かれることに……

 日本橋は箱崎――現代では東京シティエアターミナルの所在地ですが、江戸時代はこの時代は江戸の水運の中心地。本シリーズは、その江戸を海と繋ぐ箱崎の小さな船宿・若狭屋を中心に、人とあやかしの、この世とあの世の奇妙な繋がりを描く短編連作であります。

 この若狭屋の女将・お涼は、父親・甚八譲りの見える体質。それゆえ幼い頃から何かとあやかしたちと縁を持ってしまうことになります。
 何しろ生まれてすぐに水害で流され、そこから救われるのと引き換えに、サルタヒコなる神の嫁になる約束をしたというのですから、筋金入り(?)なのであります。

 そんなこともあって、三十を過ぎた今も一人で父から譲られた若狭屋を切り盛りしているお涼ですが――しかし彼女はそんな運命など気にすることなく、江戸っ子らしいさっぱりとした態度で日々を暮らす、気持ちのよい女性。今日もおかしな縁で結ばれた人やあやかしを出迎え、明るくもてなすのであります。


 さて、そんな若狭屋とお涼を中心として描かれるシリーズ第二弾の本書は、八つの短編を収録しています。
 攫われた山の守り神を探して江戸にやってきた片目片足の小僧を助けてお涼が奔走する「小正月と小僧」
 幼い頃のお涼が手習所で出会った少年・吉弥との間の淡い恋心と、ある約束を描く「約束」
 飛鳥山に花見に出かけたお涼が、月虹が出る晩に開かれる異界の市に迷い込んだ末、思わぬ勝負に巻き込まれる「月虹の夜市」
 お涼と遊女上がりの綾と御家人の娘の菊江、生まれも育ちも違う友達同士の心の交流「月を蔵す」
 人付き合いを好まない男・源造が不思議な力を持つ女性・志乃と出会ったことから動き出す運命を描く「常世の夜」
 幼い頃に父の愛人・お慶に預けられた甚八が、自分の持って生まれた力に悩みつつも、お慶らの励ましで歩み出す「痣」
 行き倒れの男と出会った幼い頃のお涼が、男とともに雷珠を落とした雷獣に遭遇する「遠雷」
 いつも変わることなくそこにいて、若狭屋の船頭の銀次に、そして災害に苦しむ人々に力を与える萱原の女神の存在を描く「鹿屋野比売神 」

 いずれの物語も過剰に派手でも、ひどく恐ろしいわけでもなく、描かれているのは日常から半歩、あるいは一、二歩踏み出した不思議の世界。どこかのどかで、親しみやすさすら感じられる――そんな物語が描かれるのは、前作同様であります。


 しかし、本作で描かれるのは、日常とその隣の世界だけではありません。本作の特徴の一つは、現在に繋がる過去の世界が描かれることであります。
 特に「常世の夜」「痣」「遠雷」の三部作とも呼ぶべきエピソードは、お涼の親の、そしてそのまた親の代からの繋がりを描く物語として、印象に残ります。

 お涼が生まれながらに持つ力――それが父・甚八から受け継いだものであることは冒頭に述べましたが、その力もまた、甚八の親から受け継がれたものでもあります。
 ここで描かれるのは、受け継がれるその「力」と、そこに込められた想いの繋がり。それは決して真っ直ぐなものばかりではなく、時に脇道に逸れたり、ねじれたりとすることもありますが――しかし確かに今の自分に受け継がれている。本作で描かれるお涼たちの姿は、そんなことを感じさせてくれるのです。


 そしてまたもう一つ本作で印象に残るのは、巻末に収められた「鹿屋野比売神 」であります。紆余曲折を経て船頭となった銀次に、折に触れて力を与える萱原の女神の存在を描く本作は、しかしその女神が、銀次だけではなく、この世に、この自然に生きるものたちに力を与えるものであることを描きます。
 洪水や噴火などの天災に苦しめられる人々に寄り添う存在として――

 そんな女神の存在が、今この物語の中で語られるのは何故か――それを言うのは野暮かもしれません。しかしそこには本作の、そして作者の、我々に向ける優しい眼差しを感じる――そう述べることは許されるのではないでしょうか。


『月虹の夜市 日本橋船宿あやかし話』(折口真喜子 東京創元社) Amazon
月虹の夜市 (日本橋船宿あやかし話)


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2019.05.23

『邪馬台戦記 Ⅰ 闇の牛王』 確かな考証と豊かな発想で描く未知の世界


 博覧強記で知られる東郷隆の児童文学、しかも題材は邪馬台国――と、何とも気になることだらけの本作『邪馬台戦記 闇の牛王』。未だ混沌とした3世紀初頭の日本を舞台に、少年少女が奇怪な暴君に挑む姿を描く、ユニークで骨太なファンタジーであります。

 瀬戸内海沿岸の集落・ウクイ村を悩ませるクナ国の「徴税」。畿内を治める邪馬台国の女王・ヒミコに従わず、数年おきに近隣を襲うクナ国は、数年おきに生口(奴隷)として少年少女をさらっていき、そしてさらわれた者は二度と帰ってこないのであります。
 そのクナ国が襲来する年――今年に12歳となったばかりの村長の子・ススヒコは、幼なじみの少女・ツナテが生口に選ばれると知ると、彼女を守るため自ら生口に志願し、共にクナ国に向かうことになります。

 一方、遼東太守の公孫氏の命で邪馬台国への使節として派遣された学者・劉容公達は、対面した女王ヒミコから、思わぬ言葉を聞かされることになります。
 クナ国を治めるハヤスサは、実はヒミコの父親違いの弟。そしてクナ国に向かってハヤスサの様子を探り、叶うならば討ち果たして欲しい――と。

 国民を貧困に喘がせ、そして近隣諸国を武力で従わせようとするハヤスサ。ごく一部の者にしか姿を見せない謎の王に抗する者として、ススヒコとツナテ、そして劉容たちの運命が、クナ国で交錯することになります。


 歴史上、確かに存在したにもかかわらず、その位置を含めて不明な点が多く、また女王卑弥呼が用いたという「鬼道」もあって、あたかもファンタジーの中の存在のように扱われる邪馬台国。
 冒頭に述べたように、驚くほどの広範な知識を踏まえた作品を描いてきた作者であっても、これにリアリティを持たせて描くのはなかなか難しいのでは――というこちらの予想は、もちろんと言うべきか、完全に裏切られることになります。

 そんな難しい題材に対する本作のアプローチは、邪馬台国に限らず、この時代に関する(数は多くはないものの確かに存在する)記録や遺構の数々を踏まえ、そしてその点と点を結び、さらに他の知識を繋ぐことによって、大きな像を浮かび上がらせるというもの。

 その結果、本作は一種の人種のるつぼであった日本列島とそこに生まれた国々の姿、そしてその筆頭ともいうべき邪馬台国の姿を、何とも魅力的に、そして地に足のついた世界として描き出します。
 特に邪馬台国については、ユニークでダイナミックでありつつも、描き方の難しい邪馬台国東遷説を違和感なく採用しつつ、そしてそこに物語が有機的に結びついているのには感心させられます。


 と、本作の歴史小説としての側面ばかり触れてしまいましたが、本作の基本はあくまでも児童文学。
 自分の村以外の世界を知らなかったススヒコが、正義感と冒険心、そしてツナテへの想いから外の世界に飛び出し、様々な(時に過酷な)経験を踏まえて成長していく姿は、王道の児童文学の展開といえるでしょう。
(そしてそんなススヒコの、この国の無垢な少年の視点と、劉容という大陸の知識人、二つの視点から物語を描く手法も巧みであります)

 そしてその彼の先に待ち受けるのが、本作の副題の「牛王」なのですが――当時日本には伝来しておらず、未知の獣であった牛の角を戴くこの怪人の存在は、そんなススヒコのヒロイックな冒険の先に待つ者として、なかなかに魅力的であります。
 そしてこの牛王(と卑弥呼)から、我が国のあの神の存在や、異国のあの神話の影を感じさせる――あくまでも感じさせる、に留まるのがまたうまい――ことから生まれるロマンチシズムも、心憎いほどなのであります。


 確かな考証と豊かな発想を踏まえ、未知の世界で展開される『邪馬台戦記』。第2巻ではまた趣向を変えた物語が展開することになりますが――そちらも近日中に紹介したいと思います。


『邪馬台戦記 Ⅰ 闇の牛王』(東郷隆 静山社) Amazon
邪馬台戦記 闇の牛王

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2019.05.13

大塚已愛『ネガレアリテの悪魔 贋者たちの輪舞曲』 少女と青年と贋作の戦いと救済の物語


 先日ご紹介した同じ作者の『鬼憑き十兵衛』の日本ファンタジーノベル大賞受賞と同年に第4回角川文庫キャラクター小説大賞を受賞した本作は、19世紀末のロンドンを舞台に、「贋作」から生み出される魔を祓う青年と少女の戦いを描く、奇怪で風変わりで、そして美しくもどこか物悲しい冒険譚です。

 ハンズベリー男爵家の長女でありながら一人身軽に外を歩き、画廊や美術館で絵画を鑑賞するのをこよなく愛する少女、エディス・シダル。ある日、父の使いで画廊を訪れた彼女は、そこでルーベンスの未発表作品と言われる絵画を目にすることになります。
 しかしその絵から、強い怒りと羞恥の念をを感じ取るエディス。彼女の言葉に反応した深紅の瞳の美青年サミュエルは、この絵は贋作だと断じて去っていくのでした。

 数日後、再び同じ画廊を訪れたエディスが見たものは、店内が闇に包まれ、人々は全て意識を失うという奇怪な状況。そして異空間と化した店に閉じこめられた彼女の前で、あの贋作は奇怪に変貌し、中から鋼の異形が現れたではありませんか。
 異形に襲われた彼女があわやというところに現れたのは、あの美青年サミュエル。異空間にも平然と入り込んできたサミュエルは、手にした極東の刀と人間離れした身体能力を武器に、異形を迎え撃つのですが……


 この事件をきっかけに、現世に口を開いた異界「ネガ・レアリテ」で、贋作を媒介に生まれる魔を祓うサミュエルの戦いに巻き込まれたエディス。本作はこの二人が、ネガ・レアリテを解き放たんとする妖人に挑む姿を描く、全3話の連作スタイルの物語であります。
 その作風を一言で表せば、「ダークファンタジー」――THORES柴本の表紙絵が何よりもふさわしい作品といえます。

 そしてそんな本作のモチーフであり、最大の特徴が、絵画――それも「贋作」であることは言うまでもないでしょう。ある作家の作品として偽ってこの世に生み出される「贋作」。本作はその存在を、著名な作家たちの、現実に存在する真作と対比させつつ、一定以上のリアリティをもって、見事に浮かび上がらせます。
 しかし本作は――それを扱う多くの作品がそうであるように――贋作の真贋のみを問題とする物語ではありません。本作で描かれるのは、そのように描かれてしまった贋作の悲しみや怒り、怨念――「生まれてきたことそのものが罪である存在」の想いなのです。

 贋作が何故描かれるのか――その理由は様々に存在します。そしてその数だけ、贋作者の想いが、そして贋作自身の想いがある……。本作はそれを、真摯な審美眼と、豊かな感受性、そして何よりも優しさを持つエディスの瞳を通じて浮かび上がらせます。そしてそれを認め、心に留めようとする彼女の存在は、贋作たちに一種の赦しを与えるのです。

 それは、刀と呪法でもって贋作の魔を倒し、祓うサミュエルとは、また別の力を発揮するのであり――そこに本来であればごく普通の少女でしかないエディスが、一種の超人たるサミュエルのパートナーとして活躍する意味がある、という構成も巧みであります。


 しかし、本作はそれ以上の贋作との関係性を二人に持たせます。

 実は男爵の実の子ではなく、その姉が誰とも知らぬ男との間に生んだ娘であるエディス。彼女に注がれる家族の愛は本物であったとしても――しかし本物の家族ではない、という意識が彼女にはつきまといます。それは彼女自身が、自分を不義の子という「生まれてきたことそのものが罪である存在」と感じているからにほかなりません。
 そしてサミュエルもまた――その形は彼女とは全く異なるものの――一種の贋者であり、そしてやはり同様の存在なのです。

 そんな二人が出会い、そしてある意味己と同じ存在である贋作の魔と対峙することによって、己自身を見つめ直し、そして互いに見つめ合う時生まれるもの……
 エディスが贋作に与えるものが救済であるとすれば、同時にそこには彼女自身の、彼女とサミュエルへの救済がある――そんな物語構成が、本作に豊かな味わいを生み出しているのであります。


 全てを知る敵の企てに、二人がほとんど何も知らされぬまま(そしてそれは読者も同様なのですが)翻弄されるという物語展開には違和感を感じないでもありません。日本刀と日本の呪法を操るサミュエルにもやり過ぎ感はあります。

 しかし――本作で描かれる異形の存在と、それに対して、そして二人に対して与えられる救済の形は、何よりも魅力的に感じられることは間違いありません。是非とも続編を読みたい作品であります。


『ネガレアリテの悪魔 贋者たちの輪舞曲』(大塚已愛 角川文庫) Amazon
ネガレアリテの悪魔 贋者たちの輪舞曲 (角川文庫)


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2019.05.09

正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇4 立て好漢!! 明日なき総力戦!!


 第3巻の紹介から大きく間が空いてしまい恐縮ですが、『絵巻水滸伝』第2部「招安篇」の第4巻では、いよいよ梁山泊と官軍の死闘もクライマックス。孤立した梁山泊に追いつめられた好漢たちは生き延びることができるのか、果たしてこの戦いを終わらせる術とは……

 梁山泊の息の根を完全に止めるため、実に十三万の大軍を擁して襲いかかる官軍。その主力はかつて好漢たちとは同類であった節度使――宋を守る最後の砦というべき十人と、底知れぬ知謀を誇る聞煥章の攻撃の前に、梁山泊は主力というべき騎兵軍を対岸に釘付けにされることになります。
 その最中、頭領たる宋江が姿を消し、さらに水軍の船まで失われて、完全に孤立した梁山泊を陥とすべく、高キュウ率いる大海鰍船団が迫る……


 と、無敵を誇ってきた梁山泊が、これまでにないほど追いつめられるこの第4巻。前の巻の時点で大変だったことは間違いありませんが、しかし現在の梁山泊は、歩兵軍の好漢たちと、その他の――いわば技術職ともいうべき好漢たち、さらには老人や女子供といった非戦闘員のみが残された状況なのですから、窮地というも生ぬるい状況であります。
 そんな中に迫るのは(高キュウはともかく)三人の節度使の軍勢と、宋国最強の海鰍船団。戦力差だけみれば、もはや絶望的というほかないのですが――もちろん、ここからが梁山泊は強いのであります。

 迎え撃つすべもなく、敵船団の上陸を許してしまった梁山泊。しかしそこで本領発揮と言うべきか、内外から呼応しての奇襲という、我々の大好きな梁山泊流で大反撃を開始――敵の戦力を減らし、残された者たちを逃がし、分断された主力を迎えに行く一石三鳥の策を繰り出してくるのですからたまりません。

 しかもここで活躍する面子は、(特に地上で戦う面々は)地サツ星が大半。失礼ながらどうしても二線級のイメージがあったり、そもそも戦闘ではなく特殊技能で活躍するメンバーたちであります。
 しかしそんな彼らが、それぞれの特技や持ち味を発揮して、実に「らしい」活躍を見せてくれるのが本当に嬉しい。もとより、原典ではあまり活躍しなかった好漢一人一人を掘り下げてみせるのが『絵巻水滸伝』ですが、ここではそれが最も効果的に発揮された印象であります。(終盤の戦いで勝利のきっかけとなったのがあの二人という展開も泣かせます)

 そして、その性質上「外」での戦いが中心であり、攻め込まれることはほとんどなかった梁山泊において、百八星が全員――普段梁山泊に残る面々も含めて――一つの戦いに加わることは、これまでほぼなかったと言えます。
 そう考えてみると、この「招安篇」での総力戦は、ある意味夢のオールスター戦なのかもしれない――などとも考えてしまうのであります。


 しかし、喜ぶのはまだまだ早計に過ぎます。既に梁山に上陸した官軍は、力と数で全てを薙ぎ倒す勢いで聚義庁に迫り、そしてようやく梁山泊帰還の希望が見えた騎兵軍の前には、十節度使最後の一人・あだ名なき韓存保が立ちふさがります。

 特に韓存保は、本作においては呼延灼・関勝・聞煥章と並ぶ宋国四天王の一人であり、呼延灼とは無二の親友であったという設定。「あだ名なき」が示すように、地味ではありますが、しかし迷いなきその戦いぶりは、梁山泊を圧倒することになります。
 そんな韓存保と呼延灼の無骨な男と男同士の激突は、武器と武器、拳と拳を超えて、想いと想いとがぶつかり合う戦い。数々の死闘が繰り広げられたこの巻においても、屈指の名勝負であることは間違いありません。

 そんな戦いの果て、誰もが傷つき、倒れていく中、ついに轟音を上げて燃え落ちる梁山。全てが終わったかに見えた、まさにその時に現れた者たちは、果たして何を告げるのか……
 次巻、「招安篇」最終巻は、それほど間を空けずにご紹介する予定です。


『絵巻水滸伝 第二部』招安篇4(正子公也&森下翠 アトリエ正子房) Amazon
絵巻水滸伝 第二部 招安篇4


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 正子公也&森下翠『絵巻水滸伝 第二部』招安篇3 絶体絶命、分断された梁山泊!

 「絵巻水滸伝」第1巻 日本水滸伝一方の極、刊行開始
 「絵巻水滸伝」第2巻 正しきオレ水滸伝ここにあり
 「絵巻水滸伝」第3巻 彷徨える求道者・武松が往く
 「絵巻水滸伝」第四巻 宋江、群星を呼ぶ
 「絵巻水滸伝」第五巻 三覇大いに江州を騒がす
 「絵巻水滸伝」第六巻 海棠の華、翔る
 「絵巻水滸伝」第七巻 軍神独り行く
 「絵巻水滸伝」第八巻 巨星遂に墜つ
 「絵巻水滸伝」第九巻 武神、出陣す
 「絵巻水滸伝」第十巻 百八星、ここに集う!

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2019.05.06

木下昌輝『炯眼に候』 信長が暴くトリックと、人間が切り拓く歴史の姿


 戦国時代で合理的――といえば、頭にまず浮かぶのは織田信長の名ではないでしょうか。本作『炯眼に候』は、信長の周囲の人々の視点から、その合理性を描く物語――信長の事績の陰に隠された謎の一つ一つを明るみに出していく、ミステリ風味の連作短編集であります。

 桶狭間や長篠をはじめ、生涯数々の戦で驚くべき戦果を上げ、実にドラマチックな生を送った信長。本作はその最も信頼のおける記録である『信長公記』を踏まえつつも、その記述の隙間をクローズアップし、秘められた真実を解き明かす、全7話から構成される物語であります。

 常に命知らずの戦いを繰り広げてきた馬廻衆・荒川新八郎から戦意を奪った、首から上が映らない姿見の井戸の謎を解く『水鏡』
 桶狭間の合戦で今川義元の首を取った毛利新介の意外な出自と、首を巡る記録の矛盾から、その背後の逆転劇を描く『偽首』
 信長を狙撃し、後に無惨に処刑された鉄砲名人・杉谷善住坊に狙撃を依頼した黒幕の驚くべき正体とその動機を描いた『弾丸』
 信長の快進撃を支えた軍師「山中の猿」――源平合戦から続く呪われた一族の末裔であり、天候を予知する軍師の真実『軍師』
 本願寺の決戦に向けて信長から鉄甲船の建造を命じられ、苦心を重ねる九鬼嘉隆に対して秀吉が授けた驚くべき策『鉄船』
 土岐家復興のために暗躍する光秀に対し、武田家との決戦に向けた騎馬武者圧倒のための鉄砲運用法を命じた信長の真意『鉄砲』
 数奇な運命の果てに日本に渡り、信長に仕えることとなった黒人・弥助のみが知る信長最期の策と、その首の行方を描く『首級』


 以上、信長の天下布武の始まりから終わりまでを題材とした7話で描かれるのは、その信長の活躍にまつわる謎の数々。謎を信長が解くこともあれば、あるいは信長が臣下に謎をかけることもありますが、クライマックスで描かれる信長の「炯眼」による謎解きは、一種のミステリとしての興趣に満ちています。

 例えば『鉄船』――信長のテクノロジー重視の姿勢の現れとして語られる鉄甲船ですが、記録に記されたその姿は、実は大きさも形もまちまちという奇妙な事実があります。
 それは人の目の不確かさによるものかもしれませんが、しかしその他にも、当時の技術レベルから考えれば考えられないほどのサイズであったこと、そして何よりも、その後の歴史で鉄甲船が活躍していないことを考えれば、奇妙というべきでしょう。

 ある意味オーパーツというべきこの鉄甲船に対して、その建造を命じられた当の九鬼嘉隆が実現に頭を悩ませるという本作の構図がまず面白いのですが――しかし、終盤で明かされるその正体たるや!
 嘉隆をフォローするのが秀吉というのが実は――なのですが、しかしこの「トリック」には脱帽するしかありません。


 その他、敵の首にまつわる戦国時代特有の風習をベースに、義元の首争奪戦を巡る逆転劇を描く『偽首』、知性という点では信長にも負けぬ光秀の計算ではどうしても覆せぬ戦力差を覆す鉄砲戦術を描く『鉄砲』など、本作では「トリック」の面白さ、意外性がまず印象に残ります。

 その一方で『弾丸』や『軍師』など、トリックの点ではかなり分かり易い作品もあるのですが――しかし本作は決して、その意外性のみに頼った作品ではないことは強調しておくべきでしょう。
 本作の真の魅力、そして物語の中でトリックを意味あるものとしているもの――それは本作のストーリーテリングの妙であり、そしてそれを支える周囲の人々、各話の主人公たちの姿であると感じます。

 そのトリックや謎が、信長の生涯において、そして歴史の中でいかなる意味を持つか――本作のエピソードは、いずれもそれを丹念に描き、同時に物語としての盛り上がりを設定することにより、そのインパクトのみに頼らない、歴史小説としての面白さを生み出します。
 そして明察神の如き「炯眼」を持つ信長自身を主人公とするのではなく、彼に仕えた、あるいは彼に敵対した人々の視点からそれを描くことにより、無味乾燥な史実の羅列でも、冷徹な論理の連続でもなく、人間(もちろんその中に信長も含まれるのですが)が人間として切り拓く歴史の姿を浮かび上がらせることに成功しているのです。


 信長の論理と凡人たちの人間性と――その両者から生まれる歴史を、ミステリの味付けでもってドラマチックに描いてみせた本作。
 作者ならではのアイディアに満ちたユニークな歴史小説であります。


『炯眼に候』(木下昌輝 文藝春秋) Amazon
炯眼に候

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2019.05.04

大塚已愛『鬼憑き十兵衛』 少年復讐鬼とおかしな鬼の、直球ど真ん中の時代伝奇小説


 日本ファンタジーノベル大賞受賞作であり、直球ど真ん中の時代伝奇小説――松山主水の息子・十兵衛が美貌の鬼の力を借りて繰り広げる仇討ちが、やがて思いもよらぬ壮大かつ壮絶な妖戦へと展開していく、キャラ良しストーリー良しの快作であります。

 寛永12年、傷を受けて療養中のところを暗殺された、細川忠利の剣術指南役・松山主水大吉。しかしその直後、下手人の浪人たちを次々と討ち果たしていく、獣じみた動きの影がありました。
 影の正体は、主水の弟子であり、そして彼が山の民の女性との間に作った子・十兵衛――今際の際の父からその真実を知らされた十兵衛は、怒りに燃えて暗殺者たちを全滅させるものの、自らも瀕死の重傷を負うのでした。

 しかし、死闘の場である廃寺に残されていた干からびた僧の死体に十兵衛の血がかかった時、驚くべきことが起きます。
 実はその死体と思われたものこそは、力を封じられ倒れていた強大な鬼。人間離れした美貌を持つ大悲と名乗る鬼は、十兵衛の血で復活できた礼にと彼の傷を治し、彼が死ぬまで憑くと言い出すではありませんか。

 人の血肉を喰らうことにより相手の記憶を読む大悲の力によって、暗殺者たちの記憶を辿り、関係者を次々と暗殺していく十兵衛。
 しかし十兵衛は、やがて父の死が単なる兵法上の遺恨によるものではなく、背後に細川家で隠然たる力を振るう「御方さま」なる存在が潜むと知ることになります。

 さらに潜伏していた山中で、相討ちになったような人々の奇怪な死体と、彼らが運んでいた長持ちの中に入れられていたと思しき金髪碧眼の少女に出くわした十兵衛。
 顔に傷をつけられ、声を失ったその異国の少女を余計なお荷物と知りつつも助け、紅絹と名付けた十兵衛は、彼女を故郷に帰すことを誓うのですが、紅絹の存在は彼自身の復讐行にも絡むことに……


 と、復讐ありバディあり御家騒動ありボーイミーツガールありと盛りだくさんの本作。
 まず事の発端が松山主水――実在の人物でありながら、その二階堂流平法・心の一方など奇怪な逸話には事欠かない剣士――の暗殺という「史実」の時点でニッコリとさせられますが、その先の物語も、一切出し惜しみなしの波瀾万丈としかいいようのない展開なのに目を奪われます。

 そしてそれに加えて、その物語で暴れ回る主人公二人のキャラクターが実に楽しいのであります。
 山の民に育てられ、師(実は父)に剣を叩き込まれた復讐鬼という、ほとんど外の世界を知らない戦闘マシンのような存在ながら、妙に素直で純情なところを持つ十兵衛。
 見かけは絶世の美形ながら、人間を遙かに超える生命力と魔力を持つ鬼であり、それでいて妙に人なつっこい大悲。
(己の影を操って死人を喰らう力を持ちながらも、本当の好物は年月を経た器物(に宿る魂)というのもまた実に愉快なのです)

 人間と人外のバディものというのは珍しくはありませんが、しかし本作の二人は――特に「鬼」とは裏腹な大悲の飄々としたキャラがあって――その噛み合い方、いや噛み合わなさが、決して明るくはない物語を彩るアクセントとして機能しているのであります。


 しかしそれだけでなく、本作の真に優れた点は、作中に溢れるガジェットと、スケール感の巧みな制御にあると感じます。
 実のところ、伝奇もので物語のスケールを大きくすることは(大風呂敷を広げることによって)さまで難しくはないのでしょう。しかしそれを物語の構成要素と物語展開に見合った形で描こうとすれば、話はまた別であり――それを出来ている作品こそが、優れた伝奇小説と呼ばれるのではないでしょうか。

 本作は、松山主水の死から始まり、そこから、大悲の登場や紅絹との出会い、そして黒幕の正体と陰謀――と、物語のスケールは加速度的に広がり、そして内容も現実を(まさしく「ファンタジーノベル」の名にふさわしく)離れていくことになります。
 しかしその流れは同時に、物語の構成要素と破綻を来すことなく、首尾一貫した十兵衛自身の――彼の戦いと成長の――物語として成立しているのであります。本作は作者のデビュー作とのことですが、それでこのクオリティとは――と驚くほかありません。


 正直なところ、大悲の存在など序の口の、中盤以降の波瀾万丈な展開故に、物語の内容に触れられないのが残念なのですが、しかし本作の面白さには太鼓判を押すことができる――そして作者のこの先の作品が楽しみになる、そんな作品であります。

(そして読み終わった後、ぜひ裏表紙に目を向けていただければ――と思います)


『鬼憑き十兵衛』(大塚已愛 新潮社) Amazon
鬼憑き十兵衛

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2019.05.01

新美健『満洲コンフィデンシャル』 陰謀と冒険と――作り物の国で見た夢


 その実情はともあれ、大陸に一つの国家として生まれ、わずか13年で幻のように消え去った満洲国。今なお様々な物語の題材とされているこの満洲国を舞台に展開される本作『満洲コンフィデンシャル』は、幻の国に生まれた夢の世界を舞台に展開する、陰謀と冒険の物語、なのですが……

 昭和15年、海軍士官候補生でありながらも、憲兵を殴って軍に居られなくなり、満洲鉄道に飛ばされた湊春雄。そこで彼に与えられた命令は、甘粕正彦の内偵でありました。
 関東大震災時に大杉栄らを殺害し、今は満洲映画協会理事長として隠然たる力を振るう甘粕を探るため、軍からは機密だというフィルムを持たされ、新京の満洲映画協会に向かう春雄。しかし大連駅に向かって早々、彼は西風と名乗る正体不明の気障な男に出会うことになります。

 その西風から尾行されていると警告され、その通りであったものの、非常に胡散臭い相手に警戒心を抱く春雄。その予感は正しく、大連駅から超特急あじあ号に乗り込んだ後も、彼は西風に散々振り回されることになります。
 果たして西風とは何者なのか。機密フィルムに隠された秘密とは。そして春雄は命令を果たすことができるのか……


 という第1話から始まる本作。以降、昭和20年の満洲国崩壊に至るまで、春雄と西風という奇妙なコンビによる冒険が、全4話構成で描かれることとなります。
 童顔で小兵の春雄と、瀟洒な物腰と国籍不明の風貌の西風。正反対の二人ですが、何故か西風に気に入られた春雄は、ほとんど彼に振り回される形で、様々な冒険に巻き込まれることになるのであります。

 満映の女優とその恋人の撮影技師が相次いで命を落とした謎に、阿片と某国のスパイ、尾崎秀実が絡む第2話。満洲国皇帝・溥儀暗殺の企てを背景に、霍殿閣・植芝盛平の中日の達人同士が火花を散らす第3話。そして日本の敗色濃厚となる中、自分の映画を撮ろうとする西風と李香蘭・川島芳子の姿を描く第4話……

 天才的な才能を持つ奇人と、彼の相棒として振り回される凡人のコンビ――というのは、これはエンターテイメントの定番ではありますが、本作は満洲国という独特の舞台を用意するとともに、そこに集った(かもしれない)実在の人々を巧みに配することで、起伏に富んだ物語を描いてみせるのです。


 このようにエンターテイメントとして実に楽しい本作ですが、しかし正直なことを申し上げれば、途中まで、いささか違和感を感じたのも事実であります。
 それは本作に描かれるもの、本作に漂うムードが、(終盤を除けば)どこか長閑とすら感じられること、そしてこの時代を描いた物語にはつきものの、一種のイデオロギー的な匂いがほとんど全く感じられなかったことにあります。

 しかし――その点こそが、実は本作の、本作の舞台の、独自性であり特殊性であることが、やがて明らかとなります。
 日本の傀儡政府として、中国東北部に打ち立てられた満洲国。そしていわば作り物の国を舞台とする本作の中心となるのは、満洲映画協会――作り物の国の中で作り物の物語を生み出す存在なのであります。

 その二重に作り物の世界に集うのは、他の世界に受け入れられない――表の世界から追われた甘粕や複雑なルーツを持つ西風のような――者たち。そんな彼らが、一つの国に固執するイデオロギーを背負うはずもないでしょう。
 そして彼らが、唯一自分たちのものとして夢見ることができたのが、虚構の世界である満洲、満映であったという真実は、何とも切なくほろ苦い味わいを生み出すのですが……

 実はそれは、本作の主人公である春雄も同様であることが、やがて明らかになります。やはり日本にいられなくなったものの、甘粕や西風とは別の人種として、一種の傍観者的たち位置にあった春雄。しかし彼もまた虚構の世界の住人であったことを、物語の終盤で我々は知ることになります。
 そしてその真実は、満洲国の崩壊と重ね合わされることにより、一つの夢の終わりをくっきりと浮かび上がらせるのであります。


 しかし――一つの夢が覚めたとしても、全ての夢が消えてしまうわけではありません。夢を見続けた、夢を貫いた者の姿を浮かび上がらせる本作の結末は、一つの希望として、実に爽やかなものを残してくれます。

 戦争による巨大な負の産物というべき満洲国を描きつつ、そこだからこそ描けた晴れ晴れとした夢の姿を描いてみせる――本作はそんな物語であります。


『満洲コンフィデンシャル』(新美健 徳間書店) Amazon
満洲コンフィデンシャル (文芸書)

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