2019.01.17

戸南浩平『菩薩天翅』 善悪の彼岸に浮かび上がる救いの姿


 明治初頭を舞台に、幕末を引きずる男の苦闘を描いた『木足の猿』の作者の第2作は、やはり明治初頭を舞台とした苦い味わいの物語。大罪人だけを狙う謎の殺人鬼の跳梁を縦糸に、人間の中の善と悪、罪と救いを横糸に描かれる、時代ミステリにしてノワール小説の色彩も濃い作品であります。

 廃仏毀釈の嵐が吹き荒れる明治6年、東京を騒がすのは、大きな悪事を働いてきた者を次々と殺し、仏に見立てた姿で晒す連続殺人事件でありました。この「闇仏」と呼ばれる犯人が次に標的として宣言したのは、閻魔入道こと大渕伝兵衛――悪逆非道を繰り返してのし上がり、今は金貸し、そして死の商人として財を蓄えた男であります。

 そして闇仏から身を守るべく閻魔入道が集めた用心棒の一人が、本作の主人公である倉田恭介――侍崩れで剣の使い手である恭介は、故あって共に暮らす10歳の少女・サキとの暮らしのために、心ならずもこの極悪人の用心棒として雇われたのであります。
 一方、その恭介に接近してきたのは、司法省の役人を名乗る男。彼は閻魔入道が裏で集めた新式銃300丁の在処を、政府転覆を企む一団に売られる前に突き止めて欲しいと恭介にもちかけるのでした。

 将来の警官としての採用と引き替えに、スパイとして危険な立場に身を置くことになった恭介。そんな恭介の正体を知ってか知らずしてか、閻魔入道は彼に見せつけるように、様々な非道を働いてみせるのでした。
 そんな中、自分の恩人であり、孤児たちを育てる老尼を救うために大金が必要となった恭介は、ある覚悟を固めるのですが……


 閻魔入道が秘匿する新式銃300丁の行方、そして何よりも怪人・闇仏の正体と目的という大きな謎を中心に据えたミステリである本作。しかしまず印象に残るのは、維新直後の混乱の中、泥濘を這いずるような暮らしを送る者たちの姿であります。
 時代の流れに取り残され、あるいは時代のうねりに巻き込まれ、輝かしい新時代とは無縁の、食うや食わずやの暮らしを送る人々。その代表が恭介とサキですが――彼らが追いつめられ、そこから抜け出すべく危ない橋を渡る姿を、本作は生々しく描き出します。

 そもそも恭介は、浪人となった父と母を失い、妹と二人で子供の頃から放浪してきた身、その途中に妹と生き別れ、後に出会ったサキを妹のように感じている男であります。
 身につけた剣の腕はあるものの、それ以外何もない恭介が生きるために、大事な者たちを守るために何ができるのか――それが多くの人々を苦しめる大悪人・閻魔入道を守るという、結果として悪に手を貸す行為となる矛盾を、何と表すべきでしょうか。

 そう、冒頭に述べたとおり、本作において描かれるのは、人間の中の善と悪。善のために悪を為し、悪を為したことが善に繋がる――それは恭介のことでもあり、彼が対峙する闇仏のことでもあります。
 そんな複雑で皮肉な、そしてもの悲しい人間たちの姿からは、まさに本作の底流に存在する仏教的な世界観が感じられるのです。

 しかしそんな中で一際異彩を放つのが、自らが生きるためではなく、自らの楽しみのために悪を為す閻魔入道の存在であります。
 驚くべきことに、深く仏教に帰依しているという彼は、自らの悪に自覚的でありながらも、なおも後生を思って行動するというのですが――そんな彼の存在そのものが、本作で描かれる善と悪の線引きの儚さを象徴していると言ってもよいのではないでしょうか。

 そして本作で描かれるその善悪の彼岸で明かされる真実の超絶ぶりには、おそらくは誰もが驚くだろう、とも……


 本作を読み進めるにつれて強まる、この世に仏はないものか、という想い。結末において、我々がその答えをどう出すかは、人によって様々かもしれません。
 しかし私は、やはりそこには一つの救いがあると――それは多分に運命という、あやふやなもに頼ったものかもしれませんが――そう考えたくなります。

 ノワールとして、ミステリとして、剣豪ものとして、明治ものとして、そして何よりも人間の中の善悪と救いの姿を描く物語として――様々な顔を持ち、それが複雑に絡み合って生まれた佳品であります。


『菩薩天翅』(戸南浩平 光文社) Amazon
菩薩天翅(ぼさつてんし)


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2019.01.13

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第10章の1『光り物』 第10章の2『大筆小筆』 第10章の3『波』


 盲目の美少女修法師・百夜が怪異と対決する連作シリーズもこれでついに第10章。この章は江戸を舞台としてきたこれまでとは趣向を大きく変え、倉田屋の箱根への湯治旅に同行することになった百夜が、その旅路で出会った怪事の数々に挑むことになります。

『光り物』
 というわけで、倉田屋徳兵衛の湯治旅に誘われた百夜。忙しい身ではあるものの、日頃から世話になっている倉田屋が自分を骨休めさせるために誘っていると知った彼女は、左吉ともども、箱根への旅に同行することになるのでした。

 そしてここから展開するのは温泉エピソード、本作のちょっとドキッとするような表紙はそれゆえ――ではなく、今回の舞台となるのは、戸塚の少し先の小さな村。雨で村に宿を請うた一行は、そこで起きている怪異の存在を知ることになります。
 それがタイトルの光り物――西の山の上に宙を漂う光る物体が、さらには青白い人影が現れ、目撃した者たちが寝込んでしまったというのであります。早速、調伏に向かう百夜と左吉ですが……

 と、新章の導入部である本作ですが、しかし登場する怪異はかなり奇妙なもの。ほとんどUFOのようにも思われるその正体は――いやはや、こう来るか! と大いに驚かされました。
 さらにそこからもう一ひねりの真相には驚かされるとともに、その先の切なくもどこかホッとさせられる結末に感心させられるのであります。


『大筆小筆』
 旅は続き、大磯で百夜が出会ったのは、彼女にしか見えぬ赤い着物の若い女二人。獣臭い臭いをまとった二人が、「みよしや」と囁いて消えたことから、一行は次の小田原の旅籠・三善屋を訪ねることになります。
 そこで宿の主人から、書院に小さな鼠のような生き物が時折現れることを聞いた百夜が解き明かす、二人の女の正体とは……

 北条氏康の死にまつわる北条稲荷の伝説が残る小田原を舞台に描かれるのは、もののけが依頼人ともいうべき事件。しかし問題は、その依頼の内容がわからないことで――と、何ともユニークなシチュエーションで物語が展開することになります。
 小田原という土地の特殊性が、思わぬ世界にまで繋がっているという世界観が楽しいところで、内容的にはちょっと地味ながら、本シリーズならではの物語であります。
(にしてもラストで語られる、百夜の気の休まる場所にはどうリアクションしたものか……)


『波』
 ようやく箱根湯本に辿り着いた一行が訪れたのは、徳兵衛の定宿・如月屋。しかし先代から宿を継いだ若い主人はならず者まがいの人物、宿もあまり良い雰囲気ではないのですが――そこで百夜は不思議な気配を感じることになります。
 その晩、百夜が耳にしたのは波の音――海から遠く離れた地で聞こえるはずもないその音の源を追った百夜が宿のある部屋で見たものは、部屋一杯の海と、そこに漁舟を浮かべた老漁夫の姿で……

 この世の常ならぬ世界を描く物語であるためか、必ずしも真っ当な人間ばかりが登場するわけではない本シリーズですが、今回登場する如月屋の主人は、その中でも結構イヤな人物。
 そんな相手のために百夜が一肌脱ぐいわれはないわけですが、しかし彼女の依頼主は必ずしも人間ばかりではない――というのは『大筆小筆』同様であります。

 そんなわけで怪異の正体自体は早い段階で判明するのですが、しかしそこからの展開は意外かつ何とも痛快。古の霊異譚を彷彿とさせる味わいの一編であります。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『光り物』 Amazon /『大筆小筆』 Amazon /『波』 Amazon
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2019.01.10

横田順彌『火星人類の逆襲』 押川春浪と天狗倶楽部、火星人と対決す!

 大河ドラマに登場したことでにわかに注目を集めることとなった明治の熱血冒険科学小説家・押川春浪と、彼を中心に集まったバンカラ書生集団・天狗倶楽部。その彼らが、何と帝都東京を襲撃した火星人類に戦いを挑んでいた――本作はそんな奇想天外痛快無比な明治SFであります。

 明治43年の暮れに、千里眼の持ち主・御船千鶴子が予知した光景。それは真っ赤に染まった帝都東京の姿でありました。その不吉な光景が何を意味するのかわからぬまま――翌年の夏、大森海岸に宇宙からの物体が落下したことから全てが始まります。

 海に沈んだその物体からやがて現れたのは、タコのような怪物と、その怪物が操る巨大な歩行戦闘機械。それは13年前にロンドンを襲撃した火星人類の再来でありました。
 大森海岸に上陸した火星人類に対し、かつてロンドンで人類を救ったウィルスを以て攻撃する帝国陸軍。しかしウィルスは効かないどころかかえって火星人類を活発化させ、多大な犠牲をもたらす結果となるのでした。

 行く先々に繁茂する奇怪な赤い植物――火星草とともに、行動範囲を火星人類。その高熱光線と触手で、街を、人々を、軍隊を薙ぎ払う戦闘機械に対しては、かの乃木大将率いる帝国陸軍の精鋭も敗走するのみ。
 そしてさらに悪いことに、この混乱に乗じて、ロシアが南下を開始。もはや風前の灯火となった帝都の、いや日本の運命――いや、日本には押川春浪が、天狗倶楽部がいる!

 火星人類の出現当初から、その科学知識と義侠心、そして何より野次馬根性から、火星人類の動向を追っていた春浪と天狗倶楽部。火星人類の猛攻により幾度も窮地に陥りながらも、彼らは火星人類に一矢報いるべく、独自の活動を開始するのでありました。

 そしてついに帝都に侵入した火星人類の戦闘機械に対して、意外極まりない迎撃作戦を計画する春浪たち。そして天狗倶楽部の総力を挙げた作戦が展開するのとほぼ時を同じくして、火星人類の意外な秘密が明らかになっていくこととなります。
 果たして最後に帝都に響くのは、火星人類の奇怪な咆哮か、天狗倶楽部勝利の雄叫びか? 奇絶! 怪絶また壮絶!!


 ……と、紹介しているこちらがだんだん熱にやられておかしなテンションになっていく本作ですが、その熱源が、押川春浪と天狗倶楽部にあることは言うまでもありません。

 『海底軍艦』をはじめとする軍事冒険科学小説を次々と発表するとともに、冒険小説雑誌「冒険世界」主筆として活動し、青少年に絶大な影響力を有した春浪と、彼を中心とするアマチュアスポーツ団体にしてバンカラ書生集団・天狗倶楽部。
 元々大の野球ファンであった春浪をはじめ、早稲田大学応援団の虎髭野次将軍こと吉岡信敬ら様々な人々が集まった彼らは、時に野球や相撲に興じ、時に無茶な冒険旅行に出か、そして終わった後は大宴会を開き――そんな豪快かつ愉快な活動を行う面々が、こともあろうに火星人類に立ち向かってしまうのですから面白くないはずがありません。

 そもそも火星人類とは何かいえば、これがあのHGウェルズの古典『宇宙戦争』の火星人。火星人といえばタコ型という印象を残したあの火星人が、再び(本作においては『宇宙戦争』は史実なのであります)地球に、それも日本に来襲したのであります。
 実は『宇宙戦争』のパロディ・パスティーシュは少なくないのですがしかしその中でも一際異彩を放ち、そして何よりも面白いのが本作であることは間違いありません。

 それは火星人類と対決するのが実在の、それもキャラが立ちまくった春浪と天狗倶楽部であることに依るところが大であるのは言うまでもありません。そしてまた、予兆→異変→拡大→蹂躙→反撃という、侵略SFというか怪獣映画的な文法を踏まえた手に汗握る展開(いや原典がその元祖の一つなわけですが)も大きな魅力であります。

 しかしそれだけでなく、本作は火星人類の正体と目的について、原典を踏まえつつも新たな解釈を加えている点が素晴らしい。終盤で描かれる意外な真実は、本作をして古典SFの優れた返歌たらしめているのです。
 そしてそれを受け、ラストで春浪が語る言葉は、戦いの先の一つの希望を語るものとして、胸に響くのであります。


 実在の快男児たちをいきいきと描いた痛快な明治小説として、そして古典SFの巧みな再生として――30年前の作品でありながら、全く古びたところのない本作。
 続編である『人外魔境の秘密』、ある意味副読本ともいうべきノンフィクション『快男児押川春浪 日本SFの祖』ともども、ぜひこれを期に復活していただきたい作品です。


『火星人類の逆襲』(横田順彌 新潮文庫) Amazon


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2019.01.09

滝沢志郎『明治銀座異変』 狙撃事件に浮かび上がる時代の悲劇と運命の皮肉


 『明治乙女物語』で松本清張賞を受賞した作者の受賞後第一作は、前作から数年を遡った明治16年を舞台とした物語。銀座で起きた鉄道馬車の御者狙撃事件の背後に潜む闇を、散切り頭の新聞記者と、記者見習いの少女、そして日本語よりも英語が堪能な美女の三人が追うことになります。

 ある日、銀座で起きた鉄道馬車の御者の狙撃事件。偶然その場に居合わせた開化日報の見習探訪員・直太郎こと男装の少女・直は、暴走する鉄道馬車に飛び乗り、転覆の危機を救うことになります。
 そしてその馬車に乗り合わせていたのは、「山本咲子」を名乗る妙齢の美女。何故かおかしな日本語を操る彼女は、直を助手に巧みな医術を振るうと、御者の命を辛うじて救うのでした。

 しかし運び込まれた先の病院で息を引き取る御者。彼が撃たれた直後に「「青い眼の子よ、許せ」と呟いていたことを咲子――実は山川捨松から聞いた開化日報の敏腕記者・片桐は、直太郎を助手代わりに、実松の言葉の意味を探るべく調査を開始するのでした。

 やがて明らかになったのは、開港直後の横浜で三人組の侍が、ささいなことから英国人商人ロバート・ブラウンを、その妻子の眼前で殺害した事件。
 その直後に横浜で大火が起きたことから有耶無耶になっていたこの事件と、今回の狙撃事件に関わりがあるのではないか? さらに調査を進める三人ですが、そこに第二の事件が発生。やがて明らかになる意外な真相とは……


 というわけで、元武士でやさぐれ気味の新聞記者、秩父から出てきた素直なんだけど抜けてる男装の少女記者見習、そして大山巌との結婚を間近に控えた山川捨松――と、ある意味明治時代を象徴するような三人が探偵役となって描かれる本作。

 上で述べた維新直前の横浜での英国人殺しはプロローグとして配置されており、どう考えても狙撃はこの事件に繋がっていくのだろうな、さらに言ってしまえば三人の侍が物語の中に名と姿を変えて登場するのだろうな、と予想できてしまうところであります。
 その予想が当たっているかどうかはここでは詳しく述べませんが――ミステリ的にはそれほど大きな仕掛けがあるわけではないものの、ちょっとしたボタンの掛け違えが次々と悲劇の連鎖を引き起こしていくという皮肉さ、やるせなさは強く印象に残ります。

 そしてそれがこの時代――明治16年という、近世と近代の境目を舞台としていることから、より一層大きな意味を持って感じられます。
 江戸時代において支配階層であった武士という存在がなくなり、そして幕末においては夷狄と呼ばれていたものたちの文化を積極的に取り入れる。そんな新しい時代において、それまで抑圧されてきた者が幸せになったかといえば、否というほかありません。

 そんな時代の軋みや歪みを象徴するのが、本作で描かれる事件であり――本作の登場人物たちは、その時代の悲劇と運命の皮肉に巻き込まれた者たちと言うこともできるでしょう。
 上で「ある意味明治時代を象徴するような三人」と述べましたが、彼らもまた、そうした時代を――時代の陰を背負ってきた人物。そんな三人が事件の真相を解き明かし、そこに縛られた人々を解放するのは、彼ら自身をもまた、過去から解放することに繋がっていくのも、興味深いところであります。

 何よりも、本作の結末で描かれるある祝宴の姿、そこで語られるある言葉は、ひどく象徴的に感じられるのです。


 と言いつつも、やはり因果因縁話のように見えるほど、物語展開に偶然が作用するのはどうかと思いますが――しかしそれがある種のミスリードになって、終盤のある場面に思い切り引っ掛けられたりしたのは、果たして狙ったものかはわかりませんが大いに楽しませていただきました。
 このメンバーでの新たな物語、この先の物語も読んでみたいところであります。


『明治銀座異変』(滝沢志郎 文藝春秋) Amazon
明治銀座異変

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2019.01.08

輪渡颯介『別れの霊祠 溝猫長屋 祠の怪』 今度こそ一件落着? 四人組最後の事件!?


 長屋の祠に詣でたことで、幽霊が分かるようになってしまった四人の子供。しかし祠にいた霊が成仏し、子供たちも奉公に出て一件落着かと思いきや、まだまだ騒動が――というわけで、これで本当に完結(?)の『溝猫長屋祠之怪』の最終巻であります。

 かつて長屋で亡くなった少女・お多恵の霊を祀っていた祠。この祠に詣でた子供は幽霊と出会うようになってしまうのですが――今年その番が回ってきた忠次、銀太、新七、留吉の四人組は、何故かそれぞれ幽霊を「嗅ぐ」「聞く」「見る」(そして全く感じない――かと思えば最後にまとめてくる)と分担してしまうのでした。
 しかしそれもお多恵殺しの犯人が捕まったことで彼女の霊も成仏し、怪異もなくなって……

 という前作を受けて始まる本作ですが――祠の霊もいなくなり、四人もそれぞれ長屋を出て奉公することになって、これでもう幽霊騒動から卒業――かと思えば、もちろん(?)そうは問屋が卸しません。

 徐々に力は弱まっていったものの、まだ怪異を感じてしまう四人組。しかしそれどころではない、とんでもない事件が勃発することになります。そう、これまで散々四人を振り回してきたトラブルメーカーの(自称)箱入り娘・お紺に縁談が、それも二件も持ち上がったのです!
 どちらもお紺の実家と同じ質屋の、それも次男坊。しかし一方の杢太郎は強面で無愛想、そしてもう一方の文次郎はイケメンで愛想よし。これは既に勝負あった――ように見えますが、しかしそれはそれで「あの」お紺の夫となるのも災難ではあります。

 そしてそんな二人の婿候補に、何故か色々な形で関わってしまう四人組。夢で屋根の上に立つ不気味な女を目撃した忠次、姿なき白粉の匂いを嗅ぐ新七、行く先々で不思議な声から助言を受ける留吉――銀太だけはまあ関係なさそうですが、彼は彼で「幸運を呼ぶ」観音像にまつわる事件に巻き込まれたりと、相変わらずであります。
 そして騒動の果てに明らかになる恐るべき因縁とは……


 というわけで繰り返しになりますが、お多恵ちゃんの霊も成仏して、幽霊を感じる能力もなくなったはずの四人組。これでめでたくシリーズも終了か――と思いきや、最後の最後に爆弾を落とすのが本作であります。

 四人組が長屋を出ただけでなく、長屋の猫たちもあちこちに貰われ(そして唯一の犬も姿を消し)、ついでに古宮先生も手習所を辞め、おまけにお紺に縁談が――と、完全に終了ムード。
 しかしそのほとんどがおかしな方向に転がり、そして一見無関係に見えた事件の数々が繋がった末に真実が――というのは、本シリーズ、というより作者の作品ならではの醍醐味というべきでしょう。

 そしてそれを彩るのは真剣に怖い怪異の数々。今回は四人組がそれぞれ奉公に出たことで怪異が分散してしまったのは痛し痒しですが、しかしそれによって、ある意味怪異が同時多発的に現れるようになるというのは、これはこれで今までになかった新鮮な見せ方です。
 そしてその怪異がまた、実に厭な、というより忌まわしい感じなのがイイのであります。

 もっとも、普通とは別の意味で人間が一番怖いのが本シリーズ。今回描かれるのは完全に洒落にならない事件の数々、特に今回の悪役はシリーズでも相当の外道なのですが――まあ、そんな連中が古宮先生に、ち○こ切りの竜にどんな目に合わされるかも本シリーズのお楽しみなので、それはそれで……


 一番怖かった怪異が、あれっというような扱いで終わったり、ある意味オールマイティーなキャラクターが登場して四人組の存在がちょっと薄くなったりという点はあるものの、本シリーズらしい結末はやはり楽しく、満足できる幕切れでした。
 もちろん第二シリーズが始まっても大歓迎なのですが、まずは怪異に笑いに、最後の最後まで楽しませてくれたシリーズに感謝であります。


『別れの霊祠 溝猫長屋 祠の怪』(輪渡颯介 講談社) Amazon
別れの霊祠 溝猫長屋 祠之怪

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2019.01.05

平谷美樹『百夜・百鬼夜行帖』 第9章の4『天気雨』 第9章の5『小豆洗い』 第9章の6『竜宮の使い』


 盲目の美少女修法師が江戸の怪異に挑む連作シリーズの第9章後半の紹介であります。今回は比較的小規模な怪異ではありますが、ちょっとイイ話が続きます。

『天気雨』
 小石川の小普請組の御家人・吉野虎之助宅にのみ降るという天気雨。三日連続の天気雨を薄気味悪くなった虎之助の妻の相談を受けた百夜は、これが土地にまつわるものか人にまつわるものか、調べ始めるのですが……

 怪異としてはかなりおとなしい部類に入る本作。しかし周囲は全く晴れているのに、自分の家の敷地の真上だけ雨が降るというのは、やはりなかなか不気味で、作中後半、百夜たちが外からその様子を目撃した時の描写が印象的です。
 この怪異に対して、その原因が土地なのか人なのか、そこから着手するのが、怪奇探偵としての百夜ならではというべきでしょう。そしてその果てに明らかになる真実は――なるほど、こういう形で史実に絡めてくるか、と感心させられるのと同時に、虎之助がそれに対して自分自身になぞらえた感慨を持つのも印象に残ります。そしてその先の不思議な因縁も……

 ちなみに本作の冒頭で、天気雨のことを聞いた百夜と左吉の二人が、雨にまつわる妖怪談義を展開するのもちょっと楽しいところです。


『小豆洗い』
 駄菓子屋から大店にまで成長した麹町の菓子舗・真田屋で夜毎響く、小豆をとぐような音。半年間我慢したものの堪りかねた主人・五兵衛の依頼を受けて店を訪れた百夜は、何故か遠回りのような行動ばかりを取るのですが……

 夜中に小豆をとぐような音が――とくれば、小豆を扱う菓子屋が舞台ということもあり、これはもうタイトルどおりの妖怪・小豆洗いの仕業では? と思ってしまう今回。
 冒頭、依頼内容を聞いた百夜が、左吉の小豆洗いの真似に、普通の娘のように腹を抱えて笑う場面が妙に新鮮なのですが――それはさておき、本シリーズがそんな直球で終わるはずもありません。

 早々に正体を見抜いたような様子を見せたものの、すぐにその正体を暴くのではなく、先代が営んでいた駄菓子屋跡を検分したり、当代の五兵衛の菓子作りの腕を確かめたりと、何やら迂遠な行動を取る百夜。
 しかし怪異の思わぬ、しかしユニークな正体を知ってみれば、なるほどと納得させられることになります。

 シリーズの中ではちょっと異色の怪異ではありますが、小粒ながら心温まる結末が心地よいエピソードです。


『竜宮の使い』
 夜目覚めてみると、自分が海の中に沈んでいて、天井の近くに海亀が浮いているのがはっきり見える――夢かと思えば、潮の匂いが翌朝も残っている怪異が三日続いているという駿河屋から依頼を受けた百夜。
 百夜が見抜いたその正体は、そして怪異を鎮めるために彼女が取った行動とは……

 竜宮といえば、以前左吉が酷い目に遭わされた『わたつみの』を思い出しますが、今回はそれとは全く異なる印象の、幻想的で、ちょっと切なくもいい話であります。
 自分が海の中に沈んでいる――そしてそこにもの悲しげな目で海亀が見つめてくるというのは、これはなかなか美しい夢ではありますが、しかし毎晩続けばだんだん不安になってくるのは頷ける話。

 何故、そして何がこの夢を見せているのか――そんな一種のホワイダニットとフーダニットも気になるところですが、しかし本作は、いや本シリーズは、その正体を暴いておしまい、というものではないのは、これまで見てきたとおりであります。
 百夜が早い段階で見抜いたその怪異の正体には驚くと同時に納得させられますが、さらに印象に残るのはその祓い方。一種の鎮魂の技法は、もともとがイタコである百夜ならでは――というべきでしょうか。

 と、その百夜の異常なまでの博識ぶりには毎回驚かされてきましたが、今回ついにその秘密が明らかになります。が、それがまたある意味身も蓋もないというか反則というか――ジト目の左吉に対して、ムキになる百夜の可愛らしさも印象に残ります。


『百夜・百鬼夜行帖』(平谷美樹 小学館) 『天気雨』 Amazon /『小豆洗い』 Amazon /『竜宮の使い』 Amazon
夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖52 天気雨 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖53 小豆洗い 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)夢幻∞シリーズ 百夜・百鬼夜行帖54 竜宮の使い 百夜・百鬼夜行帖シリーズ (九十九神曼荼羅シリーズ)

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 『鯉と富士 修法師百夜まじない帖』 怪異の向こうの「誰」と「何故」

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2019.01.02

平谷美樹『唐金の兵団 鉄の王』 出雲に甦る怨念の系譜


 鉄にまつわる人々の戦いと、伝説の不死者の謎を描く伝奇活劇シリーズの第3弾は、前作同様、歩き蹈鞴衆の少女・多霧を主人公とした物語。出雲を訪れた多霧たちを待ち受ける奇怪な事件と新たな敵とは、そして古代からの怨念とは……

 諸国を巡って製鉄を行う歩き蹈鞴衆の一つ・橘衆の長の長女である多霧。越後山中で、何者かに皆殺しにされた蹈鞴場と、瀕死の重傷を負った青年と出会ったことがきっかけで、彼女と仲間たちは伝説の不死者・無明衆を狙う武士たちの陰謀に巻き込まれることになります。
 その中で母と兄の一人を喪いながらも、仇である女忍・早苗を討った多霧。しかし恐るべき力を持つ無明衆本流によって、恐るべきカタストロフが訪れて……


 という前作に続く本作では、神話の地・出雲で、神代から続く恐るべき怨念の存在が描かれることになります。

 越後での戦いを生き延び、出雲を訪れた多霧と橘衆。しかし彼らの蹈鞴場を、一帯を治める山根家の山廻の侍たちが訪れている時、突如唐金(青銅)の鎧に身を包んだ猪の集団が一行を襲撃し、侍たちは無惨な姿となるのでした。
 ここで侍たちと何者かが争っていること、そして自分たちがその争いに巻き込まれてしまったことを悟った橘衆は、さっそく山で、里で調べを始めるのですが――唐金の鎧の猪だけでなく、同じ鎧をまとった熊や狼までもが、彼らに襲いかかります。

 一方、里では、山根家が地中から出土した唐金の品を集めては鋳つぶしていること、これに反対した唐金吹の岳見屋が誅殺されたことを知る多霧たち。そして岳見屋の者たちが、唐金の蹈鞴衆である八千矛衆と繋がっていたことを知った彼女は、自分たちを襲撃したのが八千矛衆と確信することになります。

 一方、陸奥の橘衆の里で巫女としての修行を積んでた多霧の妹・夷月は、恐るべき魔物の前に多霧たちが窮地に陥る様を予知し、出雲に急ぎます。
 さらに山根家の側について暗躍する無明衆の一員、無明銑之介と兄の兼高。そして彼らの傍らには、不死の肉体を得て蘇った早苗の姿が……


 「甲冑で武装した猪が襲来!!」という、一目見て何事!? と驚かされる帯が極めて印象的な本作。しかしその帯はまだ序の口、その先に現れるのは、唐金をまとった様々な動物たち、そしてそれを操るのは――と、本作は、冒頭からいきなりクライマックスのテンションのまま、一気に突っ走っていくことになります。
 その果てに待ち受けるのは、古代からの秘密を巡る蹈鞴衆と侍たちの死闘――という点では前作と重なる部分も多いように見えますが、しかし本作は敵と味方が入り乱れた末、実に物語のかなりの部分を割いて、激しい攻防戦が繰り広げられることになります。

 そのアクション描写――何よりもゲリラ戦法では右にでる者のない蹈鞴衆たちの戦闘スタイルなど――だけでも大いに魅力的な本作ですが、しかし本作の真の魅力は、その戦いの背後に秘められた超伝奇的「真実」、太古から黒々と蟠る怨念の存在であります。
 と、ここから先は物語の核心に触れてしまうため、あまり多くは語れないのですが、出雲といえば神話の地神々の地と言えば、ある程度は察せられるかもしれません。もっとも、そこに本作ならではのある要素が絡むことによって、状況はより混沌としたものになるのですが……

 そしてその先に繰り広げられるのは、これまでの戦いが前座に過ぎなかったほどの恐るべき敵との戦いであります。
 前作とは若干ベクトルが異なるものの、ここに横溢しているのは、(最近の)作者の時代小説では少し抑え気味だった濃厚な伝奇味。いや、堪能させていただきました。


 そして一つの戦いが、一つの物語が終わった先に残されるのは、幾つもの更なる謎。多霧と橘衆につきまとう無明衆・兼高の目的とは何か。銑之介と多霧の想いの行方は。そして多霧たちの物語は、いつか鉄澤重兵衛の物語と、再び交わることがあるのか――
 この先もまだまだ続くであろう「鉄の王」を巡る冒険の向かう先が、楽しみでなりません。


『唐金の兵団 鉄の王』(平谷美樹 徳間文庫)

平谷 美樹 徳間書店 2018-12-07
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2018.12.31

このブログが選ぶ2018年ベストランキング(単行本編)

 今年の締めくくり、一人で選んで一人で発表する2018年のベストランキング、大晦日の今日は単行本編であります。2017年10月から2018年12月末発刊までの作品について6作品挙げます。

1.『童の神』(今村翔吾 角川春樹事務所)
2.『敗れども負けず』(武内涼 新潮社)
3.『大友の聖将』(赤神諒 角川春樹事務所)
4.『虎の牙』(武川佑 講談社)
5.『さよ 十二歳の刺客』(森川成美 くもん出版)
6.『恋の川、春の町』(風野真知雄 KADOKAWA


 第1位は角川春樹小説賞受賞に輝き、そして直木賞候補ともなった作品。平安時代を舞台に、鬼や土蜘蛛と呼ばれたまつろわぬ者たち「童」の戦いを描く大作であります。
 本作で繰り広げられる安倍晴明や頼光四天王、袴垂といった平安オールスター戦の楽しさはもちろんですが、何より胸を打つのは、自由を――自分たちが人間として認められることを求めて戦う童たちの姿であります。痛快なエンターテイメントであると同時に、胸を打つ「反逆」と「希望」の物語で。

 第2位は、昨年辺りから伝奇ものと並行して優れた歴史小説を描いてきた作者の収穫。上杉憲政、板額、貞暁――戦いには敗れたものの、人生において決して負けなかった者たちの姿を描く短編集であります。
 各話それぞれに趣向を凝らした物語が展開するのはもちろんのこと、そこに通底する、人間として望ましい生き様とは何かを希求する視点が実に作者らしい、内容豊かな名品です。

 そして第3位は、大友ものを中心とした戦国ものを引っさげて彗星のように現れた作者の快作。悪鬼のような前半生を送りながらも、周囲の人々の叱咤と愛によって改心し、聖人として落日の大友家を支えた「豊後のヘラクレス」の戦いを描く、戦国レ・ミゼラブルとも言うべき作品です。
 まさしく孤軍奮闘を繰り広げる主人公が、運命の理不尽に屈しかけた周囲の人々の魂を救うクライマックスには、ただ感涙であります。

 そして第4位は、これまた昨年から歴史小説シーン活躍を始めた新鋭のデビュー作。武田信虎という、これまで悪役として描かれがちだった人物の前半生を描く物語は、戦国時代の「武士」というものの姿を浮き彫りにして目が離せません。
 そして何よりも、その物語の主人公になるのが、信虎の異母弟である山の民――それも山の神の呪いを受けた青年――という伝奇味が横溢しているのも嬉しいところです。

 第5位は児童文学から。義経に一門を滅ぼされ、奇跡的に生き延びて奥州に暮らす平家の姫君が、落ち延びてきた義経を狙う姿を描くスリリングな物語であります。
 平家を単なる奢れる敗者として描かない視点も新鮮ですが、陰影に富んだ義経の姿を知って揺れる少女の心を通じて、人間性への一つの希望を描き出すのが嬉しい。大人にも読んでいただきたい佳品です。

 そして第6位は、文庫書き下ろしで大活躍してきた作者が、恋川春町の最後の日々を描いた連作。戯作者としての、そして男としてのエゴとプライドに溺れ、のたうち回る主人公の姿は、一種私小説的な凄みさえ感じさせますが――しかし何よりも注目すべきは、権力に対する戯作者の意地と矜持を描いてみせたことでしょう。
 デビュー以来常に弱者の側に立って笑いとペーソスに満ちた物語を描いてきた作者の、一つの到達点というべき作品です。


 さて、そのほかに強く印象に残った一冊として、操觚の会によるアンソロジー『幕末 暗殺!』を挙げておきます。書き下ろしのテーマアンソロジー自体は珍しくありませんが、本書はタイトル通り、幕末史を彩った暗殺を題材としているのが面白い。
 奇想天外な幕末裏面史として、そして本年も大活躍した歴史時代小説家たちの豪華な作品集として大いに楽しめる一冊です。


 というわけで、駆け足となりましたが、今年の一年をベストの形で振り返りました。もちろんあくまでもこれは私のベスト――決して同じ内容の人はいないであろうベストですが、これをきっかけに、この二日間採り上げた作品に興味を持っていただければ幸いです。

 それでは、来年も様々な、素晴らしい作品に出会えることを祈りつつ……


童の神

今村翔吾 角川春樹事務所 2018-09-28
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敗れども負けず

武内 涼 新潮社 2018-03-22
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大友の聖将

赤神諒 角川春樹事務所 2018-07-12
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虎の牙

武川 佑 講談社 2017-10-18
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さよ 十二歳の刺客 (くもんの児童文学)

槙 えびし,森川 成美 くもん出版 2018-11-03
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恋の川、春の町

風野 真知雄 KADOKAWA 2018-06-01
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 このブログが選ぶ2017年ベストランキング(単行本編)

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2018.12.30

このブログが選ぶ2018年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

 今年も一年の締めくくり、一人で選んで一人で発表する、2018年のベストランキングであります。今回は2017年10月から2018年12月末発刊までの作品について、まずは文庫書き下ろし6作品を挙げたいと思います。

1.『おもいで影法師 九十九字ふしぎ屋商い中』(霜島けい 光文社文庫)
2.『百鬼一歌 都大路の首なし武者』(瀬川貴次 講談社タイガ)
3.『義経暗殺』(平谷美樹 双葉文庫)
4.『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』(阿部暁子 集英社文庫)
5.『猿島六人殺し 多田文治郎推理帖』(鳴神響一 幻冬舎文庫)
6.『勾玉の巫女と乱世の覇王』(高代亞樹 角川春樹事務所時代小説文庫)


 第1位は、これは個人的には文庫書き下ろしにおける妖怪時代小説の一つの完成型ではないか、とすら思う作品。死んでぬりかべになった父を持つヒロインが奮闘する『九十九字ふしぎ屋商い中』シリーズの第3弾ですが、とにかく表題作が素晴らしい。
 妻を亡くしたばかりの隠居同心宅に現れる不思議な影法師。はじめは同心の妻の幽霊かと思われたその影は、しかしやがて様々な姿を見せ始めて――と、ちょっといい話と思いきやゾッとさせられて、そして意外な結末へ、と二転三転する物語には感心させられたり泣かされたり。作者は期間中、幻となっていた『あやかし同心捕物控』シリーズも再開し、いま脂が乗りきっているといえるでしょう。

 第2位は、平安ものを得意とする作者が鎌倉時代初期の京を舞台に、和歌マニアの青年と武芸の達人の少女を主人公に繰り広げるコミカルな時代奇譚の第2弾。今回はタイトル通りに奇怪な首なし武者事件に巻き込まれる二人ですが、その背後には哀しい真実が……
 と、個性的過ぎるキャラクターのドタバタ騒動で魅せるのはいつもながらの作者の得意技ですが、本作はそれに史実――この時代、この人々ならではの要素が加わり、新たな魅力を生み出しているのに感心です。

 そして第3位は、今年もバラエティ豊かな作品で八面六臂の活躍を見せた作者の作品の中でも、久々の義経ものである本作を。兄に疎まれ、奥州に逃げた源義経が、妻子とともに何者かに殺害された姿で発見されるというショッキングかつ何とも魅力的な導入部に始まり、その謎が奥州藤原氏の滅亡、そしてその先のある希望に繋がっていく物語は、『義経になった男』で時代小説デビューした作者の一つの到達点とも感じられます。
 ちなみに作者は今年(も)実にバラエティ豊かな作品を次々と発表。どの作品を採り上げるか非常に悩んだことを申し上げます。

 第4位は南北朝時代を背景に、副題通り吉野――南朝の姫君が、お忍びで向かった京で出会った義満と世阿弥とともに繰り広げる騒動を描く作品。今年も何かと話題だった室町時代ですが、本作はライト文芸的な人物配置や展開を見せつつも、混沌としたこの時代の姿、そしてその中でも希望を見いだそうとする若者たちの姿が爽快な作品です。
 個人的には作者の以前の作品を思わせるキャラクター造形が嬉しい――というのはさておき、作品のテーマを強く感じさせる表紙も印象に残ります。

 続く第5位は、期間中、ほとんど毎月、それもかなりバラエティに富んだ新作を刊行しつつ、水準以上の内容をキープするという活躍を見せた作者の、新たな代表作となるであろう作品。孤島に居合わせた六人の男女が次々と奇怪な手段で殺される――という、クローズドサークルものど真ん中のミステリである(本作が時代小説レーベルではないことに注目)と同時に、時代ものとしてもきっちりと成立させてみせた快作です。

 そして最後に、本作がデビューした作者のフレッシュな伝奇活劇を。いまだ混沌とした戦国時代を舞台に、長き眠りから目覚めた「神」と、その巫女に選ばれた少女を巡り、一人の少年が冒険を繰り広げる様は、時代伝奇小説の王道を行く魅力があります。
 その一方で、神の意外な正体や目的、そして張り巡らされた伏線の扱いなど、これがデビュー作とは思えぬ堂々たる作品で、今後の活躍が楽しみであります。


 ちなみにもう一つ、本年印象に残ったのは、本格ミステリ作家たちが忍者(の戦い)をテーマに描いたアンソロジー『忍者大戦』。『黒ノ巻』『赤ノ巻』と二冊刊行された内容は、正直なところ玉石混淆の部分もあるのですが、しかし時代小説初挑戦の作家も多い中で描かれる物語は、それだけに魅力的で、ユニークな企画として印象に残りました。

 と、振り返ってみれば、図らずも平安・鎌倉・室町・戦国・江戸と散らばったラインナップになりました。保守的なイメージの強い文庫書き下ろし時代小説ですが、その実、多様性に溢れていることの一つの証――と申し上げては牽強付会に過ぎるでしょうか?


おもいで影法師: 九十九字ふしぎ屋 商い中 (光文社時代小説文庫)

霜島 けい 光文社 2017-10-11
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百鬼一歌 都大路の首なし武者 (講談社タイガ)

瀬川 貴次 講談社 2018-07-20
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義経暗殺 (双葉文庫)

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室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君 (集英社文庫)

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猿島六人殺し 多田文治郎推理帖 (幻冬舎文庫)

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勾玉の巫女と乱世の覇王 (時代小説文庫)

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 このブログが選ぶ2017年ベストランキング(文庫書き下ろし編)

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2018.12.29

みなと菫『龍にたずねよ』 戦いの果ての龍との対話に


 『夜露姫』でデビューした新鋭による、戦国ファンタジー児童文学であります。男勝りの姫が人質で送られた先で、彼女の前に現れた、狐と呼ばれる謎の少年――二人の出会いが、戦国の世に奇跡を生むことになります。

 海沿いの青海の国で、男たちに混じって元気に暮らしてきた領主の末娘・八姫。ある日突然、山中にある隣国の萩生に人質として送られることとなった彼女は、萩生に向かう途中に現れた不思議な少年から、これから先は命がけの戦いになると謎めいた言葉をかけられるのでした。

 粗暴で仲の悪い兄弟が治める萩生で、意地の悪い奥方にいびられる暮らしを送ることになった八姫。そんな彼女にとって味方は、先代の領主である「おじじ様」と、彼に仕える下働きの――そして山中で彼女の前に現れた――少年、「狐のゴンザ」こと権三郎のみ。
 辛い中でも彼らとそれなりに楽しい日々を送る八姫ですが――突如、大国である羽田が萩生に侵攻、城兵ほとんどを率いて打って出た領主兄弟は大敗して、萩生は窮地に陥ることになります。

 残された手段は、青海に援軍を請うことのみ。その役目を買って出た八姫は、父への密書を懐に、ゴンザとともに敵兵のうろつく危険な夜の山中を行くことになるのですが……


 戦国時代を舞台としつつ、架空の国を舞台に描かれる本作。主人公が十代の少女ということもあり、賑やかであまり堅苦しくない印象も強い作品ですが(何しろ八姫は愛用の薙刀に「茜ちゃん」なる名前をつけていたりします)、しかしやがて物語は、この時代の過酷な姿を示すことになります。

 戦国大名たちが天下を求めて大軍を率い、華々しくぶつかり合うイメージが強い戦国時代。しかしそれはあくまでもごく一部の話、多くの大名は合従連衡を繰り返し、そして弱ければ見捨てられ、そして攻められるのが習いであります。
 そして攻められれば――そこに生まれるのは無惨な死、であります。

 勇猛な戦いに憧れて無邪気に武器を振り回し、出陣する人々に声援を送っていても、ひとたびその死の姿を眼前にすればそこに生まれる想いは、それまでのものとは大きく変わらざるを得ません。そんな八姫たちの姿は、それまでの彼女たちが明るく賑やかであったからこそ、胸に刺さります。
 そしてそこから敵意を燃やし、自分たちも戦いたいと思うようになるのは、ある意味当然ではありますが――それはそれで、悲しいことというほかありません。その悲しみの姿を、本作は終盤で、意外な形で浮き彫りにすることになります。

 萩生に昔から残る龍の伝説。かつて領主に祀られていたという龍の力を求めて、八姫とゴンザは山の奥に向かうことになります。そして苦難の果て、ついに対面した龍が語る真実とは、そして救いの代償とは……
 果たしてその代償を払ってまで、戦いを繰り返す人間たちを救う意味があるのか? 龍の語る言葉からは、そんな想いが胸に浮かびます。しかしそれと同時に、これまで物語で描かれてきたものこそが、その答えであり――登場人物たちの想いを力強く肯定する姿は、なかなかに感動的であります。


 ただし、こうして物語で描かれた様々な要素が、うまく収まるべきところに収まっているかはいささか疑問が残るところではあります。
 特にエピローグは、その前に描かれた龍との対話の内容を考えれば、そこに至るまでの道を、もう少し丁寧に描くべきではなかったのか――と強く感じます。

 もちろん、波瀾万丈の戦国ファンタジーとして読む分には、本作はキャラクターも、物語展開も、実に楽しい作品ではあります。しかし同時に、それに留まらない、その先にあるものの姿を垣間見せた以上は、もう少しそこに踏み込んで欲しかった――というのは贅沢な望みでしょうか。


『龍にたずねよ』(みなと菫 講談社)

龍にたずねよ

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 みなと菫『夜露姫』 自分らしくあるための戦い

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