2019.07.21

夢枕獏『陰陽師 女蛇ノ巻』 定番に留まらない怪異と霊異の世界


 実に3年ぶりの『陰陽師』シリーズ新刊であります。本書に収録されているのは全12編――いつもと変わらぬ、そして同時にそれぞれ極めてユニークな物語が収められた、楽しい一冊です。

 平安の大陰陽師・安倍晴明と、彼の親友で笛の名手・源博雅――このコンビが様々な怪異や霊異に出会う連作も、本書でもう16作目であります。
 本シリーズといえば、のんびりと風景を眺めながら酒を楽しんでいた二人のもとに依頼が持ち込まれ、「ゆくか」「ゆこう」そういうことになったのであった――というのが定番ではありますが、本書ではそれを踏まえた作品ももちろん多いものの、それだけに留まらない作品も少なくないのが、一つの特徴と言えるでしょう。

 晴明とは敵とも友人ともつかぬ、何ともユニークな立ち位置の蘆屋道満が主人公を務める『狗』『にぎにぎ少納言』や、そのタイトルどおり、むしめずる姫君が主人公となる掌編『露子姫』など、シリーズのサブレギュラーたちが中心となる物語。
 あるいは、観相の名手として「今昔物語集」に登場する登照の背負ったものを、少々捻った構成で博雅と晴明が解き明かす『相人』など――このように本書は先に述べた定番に収まらない物語も、様々に含まれているのです。

 あるいはその理由の一つは、冒頭に述べた全12編という作品数にあるかもしれません。シリーズのファンであれば気付かれるかと思いますが、この数は、一冊に収められるにはずいぶん多い数字(これまでは9編前後を収録)であり――言い換えれば一作辺りの分量は比較的抑えめということになります。
 そのため、定番に依らない(定番を描かない)作品が多いのでは――いや、そんなことを云々するのは、無粋というものでしょう。

 大事なのは、こうして描かれた作品の一つ一つが、それぞれ独自の味わいを持って、この『陰陽師』の世界を広げ、そして我々を楽しませてくれるということなのですから。


 もちろん、その一方で、本書にはシリーズの定番をきっちり踏まえ、晴明と博雅が恐ろしくも奇怪な怪異に挑む物語も、当然ながら収められております。

 その代表格は、『土狼』と『墓穴』の二作でしょうか。前者は、京の夜の闇の中で突如人の片足を食いちぎる謎の獣の正体と、突如人が変じたように凶暴となった貴族を結ぶ因縁を描く物語。そして後者は、近江の野中の墓穴で恐怖の一夜を明かした男が奇怪な症状で倒れたことをきっかけに、この地に潜む魔物の姿が明らかになる物語――と、どちらも定番でありつつも、本シリーズらしいひねりを効かせた内容となっています。

 特に『墓穴』は、結末に至り大いに伝奇的な――そしてシリーズファンであればニヤリとさせられる真実が明かされる点も面白く、怪異との対決という点では、本書随一の内容ではないでしょうか。

 また、本シリーズの魅力の一つである、どこかすっとぼけた霊異の物語という点では『月を呑む仏』が面白いところであります。
 神泉苑に夜毎現れる薬師如来が、水面に映る月を呑み込んで消してしまうという奇怪極まりない怪異もさることながら、その背後のある霊異と「真犯人」の意図が何とも楽しい。
 そしてクライマックスに描かれるある光景の突き抜けたスケール感にはただ驚き呆れるほかなく――これもまた、本シリーズの面白さをよく表した物語かと思います。

 ちなみに本書は、巻末の一編を除いて全て「オール讀物」に掲載されたものですが、その一編『蝉丸』は、CD+書籍というユニークな形式で発売された『蝉丸 陰陽師の音』に掲載された作品。
 内容的にはこれまでシリーズで何度か言及された、蝉丸にまつわるある出来事を描いたものなのですが――これまた『陰陽師』シリーズに欠かせない魅力である「自然」「音」「美」といったものの描写がたっぷり詰まった作品で、何ともたまらないものがあります。


 シリーズ開始から実に30年以上を経過した『陰陽師』ですが、まだまだこれほど豊饒な世界を見せてくれるとは――と嬉しくなってしまうような一冊であります。


『陰陽師 女蛇ノ巻』(夢枕獏 文藝春秋) Amazon
陰陽師 女蛇ノ巻


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2019.07.20

京極夏彦『巷説百物語』(その二) 「妖怪」が解決する不可能ミッション


 ついに新作が発表された『巷説百物語』シリーズ、その」第一作の紹介の後編であります。今回は全七篇のうち、残る四篇をご紹介いたします。


『芝右衛門狸』
 村に人形浄瑠璃が来た晩、何者かに惨殺された淡路の長者・芝右衛門の孫娘。気落ちした芝右衛門は、庭にやって来た狸を可愛がるようになるのですが、ある日その狸だと名乗る老人が現れたではありませんか。
 一方、故あって高貴な身分らしい若侍を預かることとなった人形浄瑠璃一座の座長の屋敷では、夜な夜な怪異が起きて……

 又市や百介といった一味以外のゲストキャラクターの視点から物語が語られることが多い『巷説百物語』のスタイルが、ある意味一番良く出ているのが本作かもしれません。
 人間に化けたという狸と、謎の若侍、座長の屋敷での怪異――三題噺のようなこれらの要素がどう繋がっていくのかは、読み進めていれば容易に予想はつくのですが、さてこれをどう妖怪の仕業として収めるのか? かなり直球ではありますが、本作らしいエピソードであります。


『塩の長司』
 放下師一座の座長・四玉の徳次郎が信州で拾った記憶をなくした少女。彼女が加賀の馬飼長者・長次郎の娘ではないかと考えた徳治郎は、旧知の又市に調べを依頼するのでした。
 12年前に凶悪な盗賊・三島の夜行一味に一家全員を殺されたという長次郎は、その時に一味の頭領兄弟の一人を無我夢中で殺し、それ以来復讐を怖れてか人前に出なくなったというのですが……

 その後も本シリーズ等に顔を見せる徳次郎のデビュー作である本作。彼の特技は幻術――刀や馬を飲み込んでみせるなどお手の物の徳次郎ですが、しかし本シリーズのような仕掛けものでは、こうした何でもありの技は興を削ぎかねません。
 しかし本作で驚かされるのは、そんな禁じ手を、彼や又市が挑む長者の謎に絡めて生かしてみせる、その巧みな語り口であります。塩の長司だけでなく、夜行や提馬といった、馬関連の妖怪(の名前)を織り込んでみせるのも楽しいエピソードです。


『柳女』
 見事な柳の木で知られる北品川宿の老舗旅籠・柳屋の主人・吉兵衛の後添いに迎えられることになったという、おぎんの幼馴染み。しかし吉兵衛には、柳に祟られ、そのために過去に幾人もの妻や子を失ったという噂がありました。
 おぎんの依頼を受けて、その真相を探ることになった又市が知った真実とは……

 前話同様、又市の仲間が頼み手となる本作。先祖代々祀られていた祠を打ち壊したことがきっかけで、柳に呪われたとしか思えない男が――という謎の正体自体は、正直なところ予想するのは難くありません。
 しかし本作の面白さは、祝言が三日後に迫る中、不幸な半生を送ったおぎんの幼馴染みを傷つけずに事を収めるという、不可能ミッションめいた条件設定にあります。あちらを立てればこちらが立たず、という状況を、妖怪を利用して解決してみせる――本作の魅力の一つが横溢したエピソードです。


『帷子辻』
 一年ほど前から、何度も女性の腐乱死体が何処からか現れるという京の帷子辻。既に下手人の大体の見当はついているものの、故あって表沙汰にできないというこの一件の始末を、腐れ縁の悪党・靄船の林蔵から依頼され、不承不承引き受けた又市ですが……

 又市の悪友であり、後に『西巷説百物語』の主役を務めることになる林蔵。その他、今後も何度か顔を見せる又市のかつての相棒・玉泉坊初登場となる本作は、あらすじから察せられるように、本書の中でも最もおどろおどろしい物語であります。
 本作も林蔵が語るように犯人(とその動機)はすぐに予想がつくのですが、見所はルチオ・フルチ映画のような気合いの入った仕掛け――ではなく、随所で描かれる、又市の内面を窺わせる描写でしょう。

 一種全能の狂言回しのような立場でいて、その実、様々な過去を背負った人間でしかない又市。その彼が冒頭で九相図を見ながら語る言葉、そして結末の一言は、人間・又市の発露として、強く印象に残るのであります。
(その一方で、百介と接している時とは全く違う、玉泉坊や林蔵との生き生きとした掛け合いもまた楽しい)


 本作と対を成す構成の『続巷説百物語』は、近日中にご紹介いたします。


『巷説百物語』(京極夏彦 角川文庫) Amazon
巷説百物語 (角川文庫)

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2019.07.19

京極夏彦『巷説百物語』(その一) 又市一味、初のお目見え


 先日、最新作『遠巷説百物語』がスタートした『巷説百物語』シリーズ。しかし考えてみればこれまで漫画版の紹介はしたものの、原作小説の紹介はしておりませんでした。そこでこれを機に、原作の全話紹介に挑戦してみたいと思います。まずはもちろんシリーズ第一作、『巷説百物語』から……

 まだ妖怪たちの存在が当然のように人々に受け容れられていた江戸時代を舞台に、裁くに裁けぬ外道、暴くに暴けぬ人の闇を、妖怪の仕業に託して始末をつける小悪党一味の活躍を描く『巷説百物語』シリーズ。
 その第一弾である本作は、口八丁の御行の又市、妖艶な山猫廻しのおぎん、老獪な事触れの治平という裏社会のメンバーに、戯作者志望の考物の百介が協力する(させられる)形で展開していくこととなります。

 以下、一話ずつ紹介していくことといたしましょう。

『小豆洗い』
 越後の山中で、嵐を避けるために小屋に集まった人々。その一人である旅の僧・円海の前で、退屈しのぎに人々は怪談話――百物語を始めることになります。

 嫁入り直前に姉が山猫に魅入られた末、山の中に作った小屋の中で息絶えたという山猫廻しの女。誰も信用できず知恵の足りない小僧に店を譲ると宣言した結果、小僧が殺され、以来周囲で小豆洗いの怪事が起こるようになったと語る江戸の商人。
 それらの怪談を聞く中、円海は不審な態度を見せるようになるのですが……

 記念すべき第一話は、タイトル通り百物語スタイルで展開していく物語。偶然小屋に集った男女が語る奇妙な怪談(それがこれだけ取り出しても十分に面白いのは流石であります)が、やがて思わぬ形で標的を糾弾して――というのは、それ以降のより直接的なエピソードとは少々趣は異なるものの、やはり本シリーズならではの妖怪の使い方と言えるでしょう。

 まだほとんど顔合わせ状態とはいえ、レギュラー4人もしっかりと顔を見せ、まずは理想的な第一話であります。


『白蔵主』
 かって自分が狐を釣って暮らしていた甲州の狐杜にやってきた弥作。そこで江戸からやって来たというおぎんと出会った彼は、近くの寺で役人の捕り物があったと聞かされることになります。
 どういうわけかそこで意識を失ってしまい、気が付いた百姓家で出会った治平と百介から、狐杜が白蔵主という古狐の墓であること、そしてその狐が長い間寺の住職に化けていたと聞かされた弥作は……

 弥作という男の心理描写を中心に語られる本作では、ある人物の心中を執拗に描いていく作者お得意のスタイルによって、弥作の抱えた闇が少しずつ明らかにされていくことになります。
 途中途中で又市一味が名前そのままで登場してくることで、弥作が標的なのはすぐにわかりますが、さてそれは何故か――結末に明かされる真実は、あまりにも惨く、苦いもの。本シリーズのモチーフの一つである必殺シリーズ――というよりむしろその原点である池波正太郎の暗黒街ものを思わせる味わいであります。


『舞首』
 伊豆の巴が淵に棲みつき、その大力で周囲を荒らし回っては女たちを攫い、好き放題に弄んで死に至らしめる悪漢・鬼虎の悪五郎。
 ある晩、悪五郎によって賭場を滅茶苦茶に荒らされた地元の侠客・黒達磨の小三太は、おぎんに唆され、重傷を負っているという悪五郎を討つことを決意することに。一方、病的な人斬り浪人・石川又重郎も、娘を攫われたという老爺の依頼で、悪五郎を討ちに向かうのですが……

 三つの生首が、口から炎を吐きながら空を飛び、争いあうという強烈なビジュアルの舞首。本作では三人の極悪人が登場して――とくれば、(モチーフとなる妖怪がどのように活かされるかすぐにはわからない他のエピソードに比べて)どのような展開になるかは何となく予想できるかかもしれません。

 しかしそれを一体どうやって――というミステリ的趣向が特に濃厚に漂う本作。簡単に言ってしまえば一種の○○トリックではあるのですが、それを成立させるのが、三つの生首という先入観なのが実に面白いところであります。
 そしてそこに結びつけられたもう一つのトリックは、やがて本シリーズでもまた別の形で使われるのですが――そのプロトタイプと見るのは、牽強付会に過ぎるでしょうか。

 残り4話は次回紹介いたします。


『巷説百物語』(京極夏彦 角川文庫) Amazon
巷説百物語 (角川文庫)

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2019.07.13

仁木英之『飯綱颪 十六夜長屋日月抄』(新装版) 伝奇ものと人情ものを結びつけた快作ふたたび


 約12年前、歴史群像大賞最優秀賞と日本ファンタジーノベル大賞を受賞した直後に刊行された、作者の最初期の作品――そして伝奇ものと人情ものという、全く異なるジャンルの物語を結びつけた快作の加筆修正版であります。深川の長屋に拾われた記憶喪失の巨漢、その驚くべき正体とは……

 深川の十六夜長屋で、男手一人、泥鰌取りでもって幼い娘・とみを育てる甚六。ある日深手を負って倒れていた記憶喪失の男を見つけた彼は、男に山さんと名付け、共に暮らすことになります。
 時にその巨体からは考えられぬほどの運動能力を発揮しつつも、普段は気弱でおとなしい山さんと、慎ましくも楽しい毎日を送る甚六親子。しかしやがて彼らの周囲に、不審な人物が出没するようになります。

 そしてそんな中、娘と山さんを置いて長屋の男衆と善光寺詣でに出かけた甚六は、そこで驚くべき真実を知ることになります。松代真田家に戦国時代から仕え、今は藩内の争いによって分裂した忍たちの存在。そして山さんこそは……


 加筆修正版ということで、内容的には当然ながら同一の本作。その意味では改めて取り上げる理由は薄いといえば薄いのですが――しかしこうして読み返してみると、初版を読んだ時とは別の印象を受けることに気付きます。

 実は本作の特徴の一つは、物語を語る視点の多さであると言えます。
 甚六、とみ、山さんといった物語の中心人物だけでなく、甚六が想いを寄せる長屋の未亡人・さえや同じ長屋の寺子屋の先生などの長屋の人々、そして強引と言われようと復興に邁進する国家老、それと対立して江戸で暗躍する江戸家老、快活な仮面の下に仇への憎悪を秘めた青年武士、そして江戸家老と結んだ忍びの首魁……

 本作は、これらの登場人物の間で次から次へと物語に対する視点が入れ替わり、そして同時に、その視点の主の想いが描かれていく――そんな構成にあります。
 それは初読時には非常にめまぐるしく、そしてまたそれぞれのキャラクターの心情描写が、物語のテンポを削いでいるようにも感じられたのですが――しかしそれはこちらの理解が浅かったと今であれば感じます。

 冒頭に述べたとおり、本作は伝奇ものと人情ものという、全く異なる――ほとんど水と油の――ジャンルを折衷して、新たな物語を生み出してみせた作品であります。
 それはもちろん、全く異なる二つの世界を巧みに並べ、結びつけてみせたストーリーテリングの妙に依るところも大きいでしょう。しかしそれ以上に大きいのは、その二つの世界に生きる人々、本来であれば決して交わらぬ人々の姿を、その内面も含めて丹念に描いてみせたことであると、今ならばわかります。

 ミクロなユートピアを作り上げ、その中で生きる人々を描く人情ものと、マクロな歴史の中で、ある目的のために血で血を洗う戦いを繰り広げる伝奇ものと――全く異なる二つの世界を、決してご都合主義に陥ることなく、結びつけるのはどうすればよいのか?
 その一つの答えが、ここにはあります。

 そして初読時に、いや今回も呆気にとられた、というより置いてけぼり感すらあった、北斗の拳のようなラストバトルの展開も、むしろその感覚を生み出すことで、この二つの世界の距離を描いてみせたのではないか、というのは牽強付会かもしれませんが……


 しかしいずれにせよ、静かな序盤から始まり、徐々に物語がスケールアップする中盤、そして一気呵成に展開する終盤と、波瀾万丈な本作を貫いているのは、これはデビュー時から現在まで変わらない作者の視点であることは間違いありません。
 それは、時に対立し、時に孤立し、分かり合うことなくぶつかり合う人間たちの姿であり――そしてそんな中にふと浮かび上がる相互理解の可能性の美しさ、素晴らしさであります。

 どれほど深い悲しみや恨みを抱えようと、どれほど(物理的にも精神的にも)異なる世界に暮らそうとも、この世に生きる者同士はわかりあえる、手を取り合うことができる……
 字にしてみれば理想主義に過ぎるものを、エンターテイメントの中で、強く実感できるものとして描いてみせる。そんな作者の精神は、伝奇ものと人情ものという二つの世界を交わらせてみせた本作において、特に強く感じられるのであります。

 そしてそれが、本作を現在に至るまで色あせることない物語として成立させていることは、言うまでもありません。


『飯綱颪 十六夜長屋日月抄』(仁木英之 徳間文庫) Amazon
飯綱颪: 十六夜長屋日月抄 (徳間時代小説文庫)


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2019.07.12

鳴海丈『どくろ舞 あやかし小町大江戸怪異事件帳』 首無し死体を巡る怪異捕物帖の快作


 颯爽たる北町奉行所の青年同心と、妖怪の力を借りる可憐な美少女が、江戸を騒がす怪事件に挑む『あやかし小町大江戸怪異事件帳』シリーズ、待望の第5弾であります。今回二人が挑むのは、夜の空を舞う奇怪などくろの怪。その怪異に込められた秘密とは、そして怪異を生んだものとは……

 妖怪・おえんちゃんこと煙羅を櫛に宿し、その力で人々を助けてきた茶屋の看板娘・お光と、北町奉行所で活躍する切れ者の同心・和泉京之介。本シリーズは、不思議な縁で出会い、そして互いに強く惹かれあうようになったこの二人が、知恵と異能、そして情で様々な怪事件を解決する姿を描いてきました。

 そして全3話構成の本書の表題作である中編『どくろ舞』では、タイトル通りの何ともぞっとする怪異の出現をきっかけに、京之介たちが入り組んだ謎に挑むことになります。

 夜中に長い髪を振り乱したどくろが、首を求めてさまようという噂が流れる中、京之介が上役から解決を依頼された事件。それはとある寺で、老女が墓の一つを掘り起こそうとしたという騒動でありました。
 そして調査に出向いた京之介の問いに答えて老女・お路が語るのは、彼女の生き別れの娘・お絹にまつわる奇怪な物語だったのです。

 故あって養子に出され、さる大店の長女として育てられたお絹。しかしさる旗本屋敷に奉公に出た彼女は、半年前のある晩、彼女は何者かに呼び出されて一人大川端に出かけ、そこで首と胴が切り離された無惨な亡骸となって発見されたのであります。
 この一件、別件で獄門となった男が、自分が殺したと嘯いていたことから事件は解決したものと思われたのですが……

 しかし数日前、自分の頭を抱え、失われた首を探すお絹が夢枕に立ったと語るお路。そこで無我夢中でお絹の墓の中を確かめようとしたという彼女の言葉を信じた京之介が墓を確かめてみれば――何と棺は破られ、お絹の首が失われていたのではありませんか。

 この奇怪な事件には、半年前のお絹殺しが関わっていると考え、再度調べ始めた京之介。しかし、事件の第一発見者の男、獄門となった男から話をきいたちんぴら、そしてお路までもが、何者かに襲われる事件が頻発し、ついに京之介自身にも危険が迫ります。
 京之介の危機を知り、おえんちゃんとともに彼を救うために奔走するお光ですが……


 前作を紹介した際、私は事件そのものはかなりシンプルな部類と評していたのですが――一転、かなり複雑な謎が描かれることとなる本作。お絹を呼び出したのは何者か、何故彼女は無惨に殺害されたのか。事件の関係者の口封じに動くのは何者か。そして何よりも、お絹のどくろが宙を舞うのは何故か――と、様々な謎が、物語の中で複雑に絡み合っているのであります。

 本作の魅力は、間違いなく、過去の事件を構成するこれらの謎が京之介の奮闘により解き明かされ、少しずつ真実が浮かび上がっていく様にこそあると言えるでしょう。
 特にお絹が何故首を斬られなければならなかったというホワイダニットが、首を探す彼女のどくろと結びつく様は――「なるほど!」と言いたくなるミスリーディングとも結びついて――時代ミステリとして、きっちり楽しませていただきました。

 そして事件が明るみに出るきっかけと、事件の締めくくりに怪異の存在が絡む――そしてそこにお光活躍の必然性が生まれる――のも巧みで、前作で確立した怪奇捕物帖としてのスタイルが、本作においてさらに深化したと言っても間違いありません。
(ただし、明かされていない謎というか、一種の矛盾があるようにも感じるのですが……)


 そして残る短編2編は、いずれもシリーズ第三の主人公というべき男装の娘陰陽師・長谷部透流にまつわるエピソードであります。

 彼女が操る四体の強力な式神にまつわる悲痛な物語を描く『死闘・四鬼神狩り』、そしてお光と京之介が巻き込まれた奇妙な行き倒れに関する事件に、透流が思わぬ形で関わる『人憑き』――京之介とお光の物語が捕物帖だとすれば、透流のそれは伝奇もの。その違いからしばしば生じるある種の違和感(もちろんそれは狙ってのものではありますが)は、この2編にも漂っています。

 しかし今回は透流の過去を描くことにより、彼女がお光たちと関わり合う一つの理由が示されるのが目を引きます。そして、それは私がこのシリーズを愛する理由でもあると気付かされます。
 怪奇・捕物帖・伝奇――それぞれ異なる世界を繋ぐもの。それは人間の心がもたらす光であり――それがヒロインの名に冠されているのも、決して偶然ではないと、今更ながらに感じた次第です


『どくろ舞 あやかし小町大江戸怪異事件帳』(鳴海丈 廣済堂文庫) Amazon
あやかし小町  大江戸怪異事件帳  どくろ舞 (廣済堂文庫)


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2019.07.10

鳴神響一『凶嵐 おいらん若君徳川竜之進』 クライマックス目前!? 立ち塞がる思わぬ「敵」


 尾張徳川家のご落胤ながら、故あって吉原の花魁・篝火として暮らす徳川竜之進の冒険もこの第4弾でいよいよ佳境に入りました。娘の生き肝を食らう河童の跳梁に怒りを燃やし、黒幕に迫る竜之進。しかしその先に待ち受けていたのは、思いも寄らぬ大陰謀で……

 生まれ落ちてすぐに藩の政争に巻き込まれて命の危険に晒された末、五人の甲賀忍びによって救い出され、吉原に潜んで成長した徳川竜之進。
 木を隠すには森の中――その身を隠すために花魁・篝火に身をやつした竜之進は、決して客とは同衾しない花魁として名を馳せつつ、裏では江戸を騒がす許せぬ悪を成敗してたのであります。

 そんな七夕の晩、気に染まぬ花魁稼業の憂さ晴らしに吉原を抜け出し、いつもの仲間たちが集う煮売り屋に向かった竜之進。そこで、娘たちが河童によって無惨に殺され、生き肝を奪われているという噂を聞いた竜之進は、あまりにも無惨な所業に激しく怒りを燃やすのでした。
 そして町娘に扮し、自らを囮に河童が出没するという赤坂の溜池近くの山王社に向かった竜之進。果たして現れた悪党たちに、破邪顕正の刃を振るう竜之進ですが……


 もはや第4弾ともなればシリーズのスタイルも固まったというべきでしょうか、仲間たちと飲んでいるところで江戸を騒がす怪異じみた事件の存在を聞きつけ、竜之進が成敗に乗り出す――という展開を今回も敷衍する本作。
 誰かから依頼されたわけでも、犠牲者に関連があるわけでもなく、直接竜之進には関連のない事件に正義感のみで乗り出すのは、世を忍ぶご落胤としてはいかがなものか――という気もいたしますが、それがヒーローというものでしょうか。

 それはさておき、「河童」の目的を察知した(ここで登場するゲストキャラがなかなかの存在感)竜之進は、悪党成敗に向かうのですが――ちょっと展開が急なのでは、と思いきや、ここから物語は思わぬ方向に走り始めることになるのです。


 ここから先の展開について、未読の方の興を削がぬように紹介するのはなかなか難しいところであります。
 しかし、事件の背後に潜んでいたものが思わぬ存在であり、そしてそれがまた、さらに思わぬ形で、竜之進自身の存在に繋がっていく――と述べることは許されるかと思います。

 冒頭に述べたとおり、尾張徳川家の御家騒動の中で危うく命を奪われかけ、江戸に逃れた竜之進。その彼がいまだに吉原に潜み、こともあろうに花魁に身をやつしているのは、彼の身に迫る危険がいまだ去っていないことを意味します。
 だとすれば、いずれは尾張徳川家を
向こうに回した物語を――と予想できるのですが、いやはや、それを思わぬ、それも絶妙な形でひねった展開が待ち受けているとは……

 これも詳細を述べられないのが非常に心苦しいのですが、ここで竜之進の前に立ちはだかるのは、ちょっと意外な、しかし史実を見ればまさしく彼の敵とするに相応しい存在であります。
 実は時代物では比較的メジャーな人物ではあるのですが、この時期に登場するのはかなり珍しいのでは――というのは語り過ぎかもしれませんが、定番の物語かと思えば、この落差十分の変化球には、大いに唸るしかありません。

 そして繰り広げられる、シチュエーション的にもスケール的にもシリーズ屈指の大殺陣だけでも楽しいところに、さらに「えっ!?」というような展開から「ええっ!!」という結末に――いやはや、完全に作者の掌の上で転がされました。


 はたしてこの先に竜之進を待ち受けるものは何か。はたして彼は己の正義を貫き、そして平穏な日常を手に入れることができるのか――クライマックスは目前であります。


『凶嵐 おいらん若君徳川竜之進』(鳴神響一 双葉文庫) Amazon
おいらん若君 徳川竜之進(4)-凶嵐 (双葉文庫)


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2019.07.06

蓮生あまね『去にし時よりの訪人』 室町の謎の中で過去と向き合う人々


 近頃何かと話題の室町時代――それも応仁の乱前夜を舞台とした本作は、能の観世小次郎信光とその謎めいた弟子を中心に様々な人間群像を描く、ミステリ味も濃厚な連作であります。京の闇を騒がす事件の背後に潜む存在とは……

 かの世阿弥が足利将軍の不興を買った後に能の世界の中心となった音阿弥の七男である小次郎信光。その名を挙げてもすぐにはわからない方も多いかもしれませんが、「羅生門」「紅葉狩」「舟弁慶」といった、現代まで残る名作を残した人物です。
 本作に登場する小次郎はまだ青年時代――才気は溢れながらもどこか暢気で飄々とした人物。そしてその小次郎の弟子として近くに仕えるのが、小次郎と並んで(そしてほとんど彼以上に)主人公格である那智であります。

 観世座に拾われるまでは何をやっていたのか不明ながら、頭は切れるし腕っ節は立つ那智。師である小次郎を師とも思わぬようなぶっきらぼうな言動を見せると思えば、連れ子である幼い少年・天鼓は過剰に大切にするという、なかなかユニークな男であります。
 本作はそんな那智と小次郎を中心に、応仁の乱も間近な京を舞台に起きる奇妙な事件の数々を描く連作集です。

 観世座出入りの能面師が、顔に火傷を負い、生きたまま野辺送りされた娘を拾ってきたことから始まる『鬼女の顔』。
 貧乏貴族のところに出入りしていた小次郎が、貴族の庭の見事な桜を巡る争いに巻き込まれたことをきっかけに、都の闇に跳梁する者たちと出くわす『桜供養』。

 そして、そんなプロローグ的短編2話を踏まえて展開するのが、表題作である中編『去にし時よりの訪人』であります。

 とある妓楼での宴席に招かれた際に、その妓楼の近くで起きた辻斬りの下手人として囚われてしまった那智。被害者の持ち物が彼の荷物から出てきたためですが、もちろん那智には身に覚えなどあるはずがありません。
 那智の無実を証明するために奔走する小次郎たちですが、しかしこの時代、一度罪を問われればそうそう簡単に解放されることはありません。

 それでも那智を救うために調べを続ける小次郎たちは、やがて都の土倉(金貸し)が何者かに相次いで襲われ死者も多数出ていること、その一方で貧乏貴族たちの屋敷から秘蔵の宝物が次々と盗まれていることを知るのでした。
 何者かの手引きで牢を脱した那智自身も交え、謎に迫る小次郎たち。やがて一連の事件の背後には、数年前に吉野で起きたある惨劇が関わっていることが明らかになるのですが……


 冒頭でミステリ味も濃厚、という表現を使いましたが、本作のエピソードは、いずれも提示された大小様々な謎の解明が中心となって展開する物語であります。

 その意味では本作は時代ミステリに区分されるのかもしれませんがしかし実際に読んでみれば、そのようなジャンルの枠に囚われない――強いていえば「室町小説」とも言うべき内容であることがわかります。
 そう、本作で謎を通じて描かれるものは、応仁の乱も間近――というのはもちろん登場人物たちにはわからないのですが――の、ほとんど無法とも言える混沌たる京の姿であり、そしてその中で生きる人々の姿なのであります(脇役で若き日の伊勢新九郎が登場するのもちょっと楽しい)。

 帝や貴族とといった既存の権威が衰え始め、その後を襲った将軍や幕府ですら、時代の波に飲み込まれつつある時代。その一方で、まさに能に代表される新たな芸術が育っていく時代――そんな厳しく混沌とした時代の中で、人々は現在を懸命に生きることになります。
 しかしその現在を生きようとする人々を縛るものの姿が、本作では描かれることになります。それこそは過去――すなわち「去にし時」、ある者は隠しある者は忘れようとしながらも――決して逃れられない過去なのです。

 その過去と如何に向き合うのか、それはもちろん人によって様々ですが、その向き合う姿、向き合おうともがく姿こそが、本作の最大の魅力なのではないか――そう感じます。


 ……と、本作の最大の仕掛け(これがまた非常に伝奇的なんですが!)を伏せたおかげで抽象的な表現が多くなってしまいましたが、これがデビューとは思えぬ筆致で、時代と人間と謎の姿を描いてみせた本作が、優れた物語であることは間違いありません。
 終盤にちらりと登場した黒幕の正体も気になるところ、是非とも続編を――すなわち、彼らの未来の姿を――期待したいところであります。


『去にし時よりの訪人』(蓮生あまね 双葉社) Amazon
去にし時よりの訪人

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2019.07.04

『ご存じ、白猫ざむらい 猫の手屋繁盛記』 ついに実現、待望の父子競演!?


 猫又の呪いで巨大な白猫にされてしまった猫ざむらい・近山宗太郎の奮闘を描く『猫の手屋繁盛記』も快調シリーズ第6弾――今回はいよいよある人物がゲストとして登場することになります。そう、元町奉行の大身旗本であり、若い頃は遊び人だった宗太郎の父が――果たして父子競演の行方は如何に!?

 ふとしたことから猫又の呪いを受け、巨大な白猫の姿に変えられてしまった宗太郎。呪いを解くためには百の善行を積まなければならないという運命に、市井で何でも屋を開業した宗太郎は、その中で様々な人間や猫、動物や幽霊と触れ合ううちに、人間として大きく成長していくことになります。

 そして今日も猫の手屋として市井の人々を助ける宗太郎が、ある日銭湯で出くわした事件を描くのが、巻頭の『昔取った杵柄』です。
 ある日、馴染みの銭湯で思わぬ人物と出会うことになった宗太郎。それは近山銀四郎――自称・用心棒の浪人にして「桜吹雪の銀の字」、そして宗太郎の父であります。

 ……もともと宗太郎の父親は、以前町奉行を務めた大身旗本という設定。そもそも近山という姓自体本名ではなく、父や家に迷惑をかけないための偽名なのであります。
 しかしこのような設定であれば、いずれ父親も登場するのかな――と思えばこの展開。思わずびっくりの直球ですが、息子が猫ざむらいなのを思えば(?)これもOKでしょう。

 かくて思わぬ再会を果たした宗太郎は、父が密かに自分を見守ってくれていたことに感動するのですが――そこに水を差すように起きたのが、思わぬ泥棒騒動。銭湯の二階から、24両もの大金が盗まれたという騒動に、近山父子は二人で挑むことになります。
 しかし父の方は昔取った杵柄とはいえ今はお役目を外れ、一方の宗太郎のほうは猫ざむらい。性格の方も若い頃は遊び人で彫り物までしていたという父と、石部金吉金兜の宗太郎は正反対であります。

 果たしてこの二人のコンビネーションや如何に――と、一種のミステリとしての楽しさに加えて、父子のコミカルなやりとり、そしてたとえ姿は変わっても確かに通じ合っている父子の情がグッとくるお話です。


 そして何だかんだで年末には実家に帰った宗太郎を襲った思わぬ悪夢を描く小編『加牟波理入道、ホトトギス』 に続いて描かれる第3話『すごろく』は、それまでとは一風変わった、何とも不思議な味わいの作品です。

 あまりに放蕩が過ぎたために蔵に押し込められ、それでもまだ行いが収まらず、面当てのように自らの命を絶ったという大店の若旦那・清太。宗太郎とは全く無関係のような話ですが――しかし何でも屋の仕事の帰り道に宗太郎の懐に飛び込んできた子猫には、何と清太の魂が宿っていたのであります。

 首をくくった直後に、その身に近づいた猫に取り憑いたという清太。そんな彼が宗太郎を頼ってきたのは、二世を誓った吉原の遊女のもとに自分を連れていって欲しいと頼むためでありました。
 あまりに自分勝手で脳天気な清太に閉口しつつも、しかし頼まれたらイヤとは言えない宗太郎。しかし彼にとって吉原には最も縁遠い場所と悩んでいるところに、腐れ縁の役者・雁弥と出くわした宗太郎は、彼の力を借りて吉原に向かうのですが……

 テンポよい会話によって、まるで落語のようにおかしなシチュエーションで物語が展開していくのが魅力の一つの本シリーズ。
 その魅力はこのエピソードにおいてももちろんフル回転で、宗太郎以上におかしな境遇ながら太平楽な清太に振り回される宗太郎たちの姿には、幾度も噴き出しそうになります。

 しかしそれだけでは終わらないのも、また本シリーズらしさというもの。苦労の果てに吉原にたどり着いた宗太郎たちが知った真実とは、そしてそれを知った清太の選択は……
 そこまでのおかしさが一変、あまりに苦い真実にギョッとさせられた末に、さらに苦いもう一つ真実を突きつけられる本作。『すごろく』という題名に込められたものに気付かされた後に、何とも言えぬ味わいが残る――本シリーズでなければ描けないような、変格の人情ものであります。


 そんなわけで、本作においても幾つかの善行を積み、そしてそれ以上に大きな経験を積んだ宗太郎。
 そんな彼が百の善行を積んで人間に帰れるのはいつか――は、猫は七つより大きい数を数えられないのでわからないのですが(ひどい)、様々な面白さが詰まった本作を読むと、それはもう少し先でもいいのではないかな、などと思ってしまったりもするのであります。


『ご存じ、白猫ざむらい 猫の手屋繁盛記』(かたやま和華 集英社文庫) Amazon
ご存じ、白猫ざむらい 猫の手屋繁盛記 (集英社文庫)


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2019.07.03

久賀理世『ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家小泉八雲 罪を喰らうもの』 謎と怪異の中に浮かぶ「想い」の姿


 少年時代の小泉八雲――ラフカディオ・ハーンと、神学校の寄宿舎で同室の親友「おれ」が、様々な怪異と出会い、その謎を探る英国ホラーシリーズの待望の続巻であります。今回収録されているのは短編2話に中編1話――心温まる怪異あり、心を凍てつかせるような恐怖ありと内容豊かな一冊です。

 さる貴族とオペラ歌手の母の間に生まれ、辺境の神学校に厄介払いされた「おれ」ことオーランド。そこで彼は、この世ならぬものを見る力を持ち、怪談を蒐集する変わり者の少年パトリック・ハーンと出会い、意気投合するのでした。
 そんな二人が怪談を蒐集する過程で出会う様々な怪異が、本シリーズでは描かれることになります

 本書の冒頭の『名もなき残響』は、そんなオーランドが、学校の周囲の森の中に佇む自分自身――それも初めに現れた時には子供だったのが、徐々に成長していく――姿を目撃したことから始まる物語。
 「自分」が出現したきっかけが、休日に外出した町で、かつての持ち主の霊が取り憑いた手回しオルガンと出会ったことではないかと考えた二人は、再び向かった町で、オルガンにまつわる過去、そしてもう一人のオーランドの正体を知ることになります。

 そして続く『Heavenly Blue Butterfly』 では、学校の敷地内に迷い込んだ母猫を探しているという子供の手伝いをすることになった二人が、その途中でこの世のものならざる不思議な蝶と出会うことになります。
 窓をすり抜けて飛ぶ蝶が入り込んだ寄宿舎の部屋を訪ねた二人は、そこで絵を愛する上級生ユージンと出会うのですが……

 この2編は、いずれも短編ながら、一見全く関係なさそうな二つの要素を巧みに絡み合わせることで、入り組んだ謎を巧みに織り上げてみせた物語。
 どちらも超自然的な怪異や不思議をきっちりと描きながらも、その核に温かく優しい「想い」を置くことで、美しい物語を成立させて見せる、ジェントル・ゴースト・ストーリーの名品であります。


 しかし本書の表題作である中編『罪を喰らうもの』では、一転してひどく重苦しく忌まわしい怪異と、複雑怪奇に絡み合った因果因縁が描かれることになります。

 ある晩、神学校の礼拝堂で見つかった身元不明の老人の死体。奇妙なのは、その礼拝堂では一年前にもアンソニーという学生が転落死を遂げていたことであります。
 彼の親友だった上級生・ハロルドの頼みで、事件を調べることになったパトリック。彼はアンソニーの友人たちを集め、「罪喰い」の儀式を行うことを提案するのでした。

 死者になすりつけたパンを口にすることで、死者の犯した罪の記憶を共有できるというこの儀式。それに参加したのは、ハロルド、アンソニーと同室だったウォルター、そして彼らと友人だったユージン。しかし儀式の最中、ウォルターは謎めいた言葉を残して気絶、意識不明となってしまうのでした。
 この思わぬ結果が一連の事件と深い関わりを持つと考え、上級生たち、そしてアンソニーに信頼されていたロレンス先生に共通する過去を調べ始める二人。しかし学校内では更なる怪異が続発して……


 「罪喰い」という名前に相応しく何とも不気味で忌まわしい儀式を題材とした本作。そしてそんな物語の中でクローズアップされるのは、その「罪」の存在――本作ではその正体を追って、二人が奔走することになります。
 これまでミステリを数多く手掛けてきた作者らしく、事件に関わる人々それぞれが胸の内に隠した秘密と想いが、二人の手によって一つずつ解き明かされていく様は、読み応えたっぷり。この辺りは良質のミステリと読んでもよいほどであります。

 しかし本作の魅力は、怪異の恐ろしさや、謎解きの興趣のみではありません。本作の最大の魅力は、前2話同様に本作にも確かに存在する、人の「想い」の姿なのですから。
 人がいればその数だけ存在する想い。人はその想いによって時に力付けられ、時に悩み苦しむことになります。本シリーズにおいては、これまで様々な想いの形が描かれてきましたが――人間関係が複雑に入り組んだ本作においては、その姿が特に強く浮かび上がることになります。

 それは時に重く苦しく、時にやりきれないものではあります。しかしそれでも、そんな「想い」の存在こそが人と人を結びつけ――そう、パトリックとオーランドのように――そして救うことができる。本作はそう強く謳い上げるのです。

 ホラーとしてミステリとして、そして何よりも人の「想い」を丹念に描く物語として――末永く続いてほしいシリーズであります。


『ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家小泉八雲 罪を喰らうもの』(久賀理世 講談社タイガ) Amazon
ふりむけばそこにいる 奇譚蒐集家 小泉八雲 罪を喰らうもの (講談社タイガ)


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2019.07.01

廣嶋玲子『妖怪の子預かります 8 弥助、命を狙われる』 逆襲の女妖、そして千弥の選択の行方


 先日ご紹介したように漫画版の第1巻も刊行された『妖怪の子預かります』シリーズ、原作の方は何とこれで8巻目であります。物語の方は前作ラストの展開を受けて、危険極まりない妖怪に弥助が狙われることになるのですが――物語は思わぬ方向に展開し、千弥が思わぬ行動に……?

 かつて妖怪奉行・月夜公に横恋慕し、自分に振り向かせるために彼の両親を惨殺、長年氷牢に閉じ込められていた女妖・紅珠。
 奉行所の烏天狗の一人を籠絡して牢から脱出した彼女は、かつて月夜公の心を奪った(と彼女が信じている)白嵐=千弥を苦しめるため、今の彼にとって宝物に等しい弥助の命を奪うことを宣言したのでした。

 このヤンデレにもほどがある地雷女を捕らえるため総力を挙げる妖怪奉行所ですが、しかし杳として知れないその行方。当然千弥の方も厳戒態勢で弥助にべったりなのですが、当の弥助の方はそんな状態に飽き飽きして、いつも通りの子預かり屋として働き始めるのでした。
 しかしはじめのうちは順調に見えた子預かり屋ですが、そこにも陰を落とす紅珠の存在。そして周到な罠がついに弥助を捕らえた時、千弥は……


 ここしばらくは久蔵や王蜜の君、烏天狗兄弟と、他のキャラクターにスポットが当たっていた感のある本シリーズ。それがこの巻では久しぶりに弥助と千弥が主役になることになります。
 が、今回の二人はヤンデレ女妖の復讐(それも完全に八つ当たり)のターゲットという、非常にありがたくない役回り。しかも結構早い段階で弥助は敵の毒牙にかかってしまうのですが――実はここから本作は凄まじい形で盛り上がっていくことになります。

 弥助のことになると途端にメロメロになるものの、他者に対してはかなり冷淡な千弥が窮地に陥った時にとったのは――あまりにも意外かつ、エモさ満点の行動。
 冷静に考えればそれほどおかしな行動ではないのかもしれませんが、普段の彼からすれば、そして何よりも彼の来し方を考えれば、こ、ここでこう来るか! と、ある種の感動すら覚えます。

 そしてさらなる紅珠の卑劣な罠に追いつめられた千弥が選んだ道は――これもこれしかない選択ではあるものの、しかしシリーズ読者にとっては驚きと感慨なしには見られないものであります。
 未読の方のために詳細を書けないのが非常に歯がゆいのですが、ここで描かれるのは、本シリーズには比較的珍しい大バトルであり――そしてかつて本シリーズで最もエモかったあのエピソードの、リプライズとも言うべき物語なのであります。

 もちろん最後は収まるべきところに全ては収まるのですが――いやはや、ある意味本シリーズで一番ドキドキさせられた物語でありました。


 そして巻末に併録されているのは、本作の後日談ともいうべき短編。シリーズのサブレギュラーである付喪神と人間の仲人屋・十郎が主人公のエピソードであります。
 紅珠騒動の中で壊れてしまった付喪神を直すため、奉行所の武具師・あせびのもとを訪れ、彼女の手伝いをすることなった十郎。その作業の最中に彼が思いだしたのは、彼が人間であった時の記憶だったのですが……

 という本作で描かれるのは、紅珠とはまた別の形で実に暗くおぞましい人の心の存在。十郎が今に至るまでにひどく暗いものを見てきたことは以前にもほのめかされていましたが、本作を読めばなるほど――と思うほかありません。
 だからこそラストの十郎の姿には、笑顔で声援を送りたくなってしまうのですが――こうしてみると、シリーズが始まってから、人間(妖怪)関係もだいぶ動いてきたものだと感慨深くなります。

 少なくとも10巻までは刊行が決まっているという本シリーズ、その先に何があるのか――これまで同様、温かくも恐ろしく、深い闇と明るい光が共に存在する物語を期待したいと思います。


『妖怪の子預かります 8 弥助、命を狙われる』(廣嶋玲子 創元推理文庫) 
弥助、命を狙われる (妖怪の子預かります8) (創元推理文庫)


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