2018.09.19

澤見彰『横浜奇談新聞 よろず事件簿』 もう一人の福地、時代の影から物申す


 最近は『ヤマユリワラシ』『白き糸の道』と骨太の作品が続いた作者ですが、軽妙な味わいの(それでいて根底には重いものが流れる)作品も得意とするところであります。本作もその流れを汲む作品――明治初期の横浜を舞台に、生真面目な元武士と軽薄な英国人記者のコンビが怪事件を追う連作です。

 かつて海軍伝習所に学び、その外国語の知識を活かすことを夢見たものの、病で海外行きの機会を逃して以来、鳴かず飛ばずの暮らしを送る青年・福地寅次郎。恩人の勧めで横浜を訪れては見たものの、彼にできることさしてはなく、翻訳の仕事などで食いつなぐ毎日であります。
 そんな中、ついに髷を落とすという決心を固めて訪れた寅次郎は、理髪店で容姿端麗ながら脳天気で軽薄な英国人青年・ライルと出会うことになります。

 奇談怪談ばかりを扱う新聞「横浜奇談」の記者であるライルから、この理髪店で落とされた髷の怨念が夜な夜な怪事件を起こすという噂を聞かされた寅次郎。成り行きから理髪店の店主を助けるために一肌脱いだ寅次郎は、ライルから自分と一緒に「横浜奇談」を作ろうと誘われるのですが……


 おそらくは明治初期、いや幕末の日本において、最も世界に開かれた場所であろう横浜。この開化の横浜を舞台とした作品は数々ありますが、本作の最大の特徴は、その時代と場所、そしてそこに集う人々を描くのに、新聞という新たなメディアを切り口としていることでしょう。
 もちろん、江戸時代にも瓦版はありますが、新聞はそれとはまた似て非なるもの。面白半分のゴシップや奇談だけでなく、社会や政治に対するオピニオンを掲載したその内容は、新たな時代の象徴として、そして欧米から流入した文化の代表として、まことに相応しいと言えます。

 ……もっとも、本作で寅次郎とライルが携わる「横浜奇談」は前者をメインに扱うのですが、しかしそれでも新聞の、記者の魂は変わりません。ワーグマンやベアトといった当時の(実在の)先達に嗤われながらも、地に足のついた、いや地べたから物申すメディアとして、寅次郎とライルは日夜奮闘を繰り広げる――その姿こそが、本作の魅力であります。

 そう、新しい時代が輝かしい文明の光をもたらす一方で、光に憧れながらそれに手が届かない者、その光の輝きに馴染めぬ者、光の中に踏み出すのを躊躇う者――そんな光から外れた影の中に暮らす人々、暮らさざるを得ない人々がいます。
 その一人が、物語が始まった時点の寅次郎であることは言うまでもありません。

 そして寅次郎だけでなく、取材の中で彼とライルが出会う人々もまた、それぞれの形で時代の影に囚われた者たちであり、そんな人々が絡んだ怪事件の数々は、そんな時代の影、時代の矛盾が生んだものであります。
 そしてそんな事件の背後にあるのは、女性蔑視や人種差別といった重く難しい――そして何よりも、今この時代にも存在するもの。その事件を新聞記事として明るみに出すことで、彼らは彼らなりのやり方で、時代に、時代の在り方に挑んでいると言えるでしょう。

 寅次郎とライルを中心にしたキャラクターのコミカルなやりとりを描く一方で、この時代背景ならではの、そして決して我々にとっても無縁ではない「もの」を浮き彫りにしてみせる本作。
 実のところ、描かれる怪事があまり怪事でなかったり、登場人物たちがいささか物わかりが良すぎる印象は否めないのですが――軽く明るく、そして重く厳しい物語内容は、実に作者らしい、作者ならではのものと言えます。
(そして小動物が可愛いのもまた、別の意味で作者らしい)


 ちなみに上に書いたとおり、寅次郎の姓は福地ですが、この時代にはもう一人、新聞記者の福地が存在します。その名は福地源一郎――桜痴の号で知られる彼は、やはり幕末に外国語を学び、明治時代に新聞記者として活躍した人物であります。

 しかし幕末に遣欧使節に加わり、明治時代には役人として活躍した源一郎は、寅次郎とは対照的な存在と言えるでしょう。
 ある意味本作は、明治の光を浴びた福地ではない、もう一人の福地を主人公とすることで、光からは描けないものを描いてみせた物語なのではないか――いささか大袈裟かもしれませんが、そのようにも感じるのであります。


『横浜奇談新聞 よろず事件簿』(澤見彰 ポプラ文庫ピュアフル) Amazon
横浜奇談新聞 よろず事件簿 (ポプラ文庫ピュアフル)

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2018.09.18

福田悠『本所憑きもの長屋 お守様』 連続殺人の影に呪いの人形あり!? どんでん返しの時代ミステリ


 第16回 『このミステリーがすごい! 』大賞の隠し玉作品に選出された本作は、一見妖怪時代小説のようなタイトルでありつつも、その実かなりストレートな時代ミステリ。晴らせぬ恨みを晴らせると噂の人形を巡って起きる連続殺人と、その陰に潜む意外な人の情を描く物語であります。

 江戸で続発する殺人事件。いずれも人から強い恨みを受ける悪党が殺されたものの、被害者同士に繋がりはなく、いずれも達人と思しき相手に一刀のもとに斬られているという謎多き事件であります。
 その調べに当たる岡っ引きの甚八は、殺人が起きる前に、いずれも被害者に恨みのある女性がある人形に願掛けをしていたことを知るのですが――それはなんと、甚八が暮らす徳兵衛長屋の奥の祠に祀られた「お守様」と呼ばれる人形だったのです。

 お守り様に願をかければ天誅が下されるという噂を流している何者かがいると、その後を追う甚八は、やがて自分と姉のおしの、幼馴染の武士の子・柳治郎の子供時代にも、お守様にまつわる事件があったことを思い出します。
 果たしてお守様は呪いの人形なのか、そしてお守様にまつわる因縁とは何か。何故お守り様への願い通りに悪人が殺されていくのか。ついに甚八が掴んだその真相と、犯人の正体とは――

 『このミス』大賞の隠し玉といえば、これまでも『もののけ本所深川事件帖 オサキ江戸へ』や『大江戸科学捜査 八丁堀のおよう』といった、時代ミステリも――それも、一筋縄ではいかない作品を送り出してきた枠であります。
 それ故、ジャンルとしては同じ時代ミステリもまた、どんな作品が飛び出してくるか、と身構えていたのですが、これが意外なまでに(といっては失礼に当たりますが)端正で、それでいて一ひねりが効いた作品でありました。

 物語の主な舞台はタイトルどおりに本所の裏長屋、主人公はその長屋に出戻りの姉と暮らす岡っ引きと、いかにも文庫書き下ろし時代小説の王道の一つ、ミステリ風味の人情もの的スタイルですが、丁寧な文体と物語構成で描かれる物語は、やがて少々意外な姿を現していくことになるのです。

 実は本作は、物語の随所に犯人の視点からのパートが挿入されます。個人的にはこの趣向は、直接的ではないものの、犯人の正体や狙いの一端を明かしているようで、最初は違和感があったのですが――しかしやがてこのパートで描かれるものは、こちらがそうであろうと予想していたことから少しずつ離れていくことになります。
 そしてそれが全く異なるもう一つの姿を浮かび上がらせていくことに気付いた時には、もう物語にすっかり引き込まれていたのです。


 正直なところ、犯人はかなり早い段階で予想がついてしまうのですが、その犯人像は、本作が真っ向からの時代小説として成立しているからこそ意外なもの。
 そしてその先に描かれるもの、広義のホワイダニットと申しましょうか――犯人の存在と密接に関わり合う「お守様」誕生のきっかけもまた、なるほどと感心させられます。

 そしてこれらの物語のピースがぴたりぴたりとあるべきところに嵌まっていった末に、物語は結末を迎えるのですが――その先にもう一つどんでん返しが用意されているというのもいい。
 ミステリとしての面白さはもちろんのこと、あるの人物の抱えてきた想いが、その無念のほどが、これでもかと言わんばかりに描かれていただけに、この結末は大きなカタルシスを与えてくれるのであります。


 このレーベルの作品が得意とする(印象もある)大仕掛けがあるわけでもなく、キャラクターたちも少々地味なきらいはあります。先に述べたとおり(その詳細はともかく)、犯人がすぐにわかってしまうのも勿体ないところではあります。

 物語的にも、もう一山ほしかったような印象はありますが――しかし丁寧な物語運びと、そこから生まれるどんでん返しの味わいには、捨てがたい魅力がある作品であります。

『本所憑きもの長屋 お守様』(福田悠 宝島社文庫「このミス」大賞シリーズ) Amazon
本所憑きもの長屋 お守様 (宝島社文庫 「このミス」大賞シリーズ)

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2018.09.15

畠中恵『つくもがみ貸します』(つばさ文庫版) 児童書版で読み返す名作


 現在アニメ放送中の『つくもがみ貸します』、アニメ紹介のためには原作も再読しなければ――と思ったのですが、以前紹介した作品をただ再読してもつまらない、というわけで、角川つばさ文庫版を再読いたしました。

 角川つばさ文庫はKADOKAWAの児童文学レーベル――他社の児童文庫同様、新書サイズの書籍に大きめのフォントとふりがなの本文、豊富なイラストというスタイルのレーベル。オリジナルの作品だけでなく、過去に一般向けに刊行されたSF・推理小説、ライトノベルのリライトも数多く(個人的な感覚では他社の児童文庫よりも多い印象)収録されています。
 それだけにこの『つくもがみ貸します』の収録も特に意外ではないのですが、しかし物語的には男女の関係の機微が中心にあるだけに、大丈夫なのかな――と思えば、ほとんどそのままの内容となっていたのには好感が持てました。(ちなみに対象年齢は「小学校高学年から」)

 ただ一箇所すぐ気付いたところでは、第1話に登場する深川の遊女・おきのの説明が「深川の旅籠で働いている女性」となっていた辺りは、苦労というか限界というかを感じましたが……


 さて、そんなわけで内容的には原著と全く変更のない本書。すなわち、深川の損料屋兼古道具屋・出雲屋を営むお紅と清次の姉弟が、店の気難しくも好奇心旺盛なつくもがみたちとともに、つくもがみや古道具絡みの事件に挑む以下の全5話が収録されています。

 格上の家に婿入りすることになった武士から、先方より譲られた根付けが足を生やして逃げ出したという事件の背後に潜む人の情を描く「利休鼠」
 料理屋を開こうとする男が居抜きで買った家に出没する幽霊。出雲屋のつくもがみ・裏葉柳は、その幽霊が自分の恋人ではないかと言い出して……「裏葉柳」
 お紅に想いを寄せる若旦那・佐太郎が別の女性から譲られたものの、いつの間にか消え失せ、佐太郎がお紅のために売ったと噂になった蘇芳の香炉。その手掛かりを掴んだ清次が、かつての謎を解く「秘色」
 かつて嫁入りしたくば佐太郎に贈られた櫛を使って大店を立て直すほどの金を用意してみせろと、佐太郎の母に挑まれたお紅。お紅と助ける清次、佐太郎の過去が語られる「似せ紫」
 四年ぶりに江戸に帰ってきたものの、お紅の前に現れず、行方不明となった佐太郎を探す清次。煮え切らない男たちに対するお紅の想いの行方が明かされる最終話「蘇芳」

 いずれのエピソードも、人間の起こした事件につくもがみが関わり、そして清次がつくもがみを利用してそれを解決するミステリ仕立ての内容。
 しかし清次とつくもがみが、単純な友人関係ではなく、ましてや使役される間柄でもないというのが、読み返してみても実に面白いところであります。

 あくまでも人間は人間、つくもがみはつくもがみ――両者は厳然と分かたれているものの、しかし同じ世界に住む隣人同士。面倒な間柄をどうクリアして事件の謎を解くか、という関係性の面白さは、そのまま清次とお紅という人間同士、いや男と女の関係性に重なっていくというのが、本作の何よりの魅力でしょう。

 もちろんこの児童文庫版の読者がその構図をストレートに読みとれるかはわかりません。
 しかし単純に妖怪ものとして見ても、身の回りの(もちろん江戸時代の、という限定付きですが)品物がつくもがみとなって動き、話し出すというのはやはり楽しく、一種マスコット的なつくもがみたちのキャラクターを見ているだけで、十分以上に楽しめるのではないでしょうか。

 少なくとも、大の妖怪好きだった(これは現在進行形ですが)子供の頃の自分が読んだらさぞかし夢中になったに違いない――そう感じます。


 ちなみに、本作は全5話のうち、半分以上の3話が、佐太郎と蘇芳の香炉にまつわるエピソード。第2話のラストから蘇芳が登場することを考えれば、物語の大半がこのエピソードに繋がることになります。
 これはもちろん、本作がそういう作品であるということであり、初読の時は全く気にならなかったのですが、今読み返してみると、それだけで終わるには勿体ない設定とキャラクターであったと感じます。

 現在放送中のアニメ版は、かなりのエピソードがオリジナルなのですが、原作の話数が少ないという以上に、原作の可能性を広げるという意味で、これも正しい方向性だな――と再確認した次第です。


『つくもがみ貸します』(畠中恵 角川つばさ文庫) Amazon
つくもがみ貸します (角川つばさ文庫)

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 『つくもがみ貸します』 第一幕「利休鼠」
 『つくもがみ貸します』 第二幕「梔子」
 『つくもがみ貸します』 第三幕「撫子」
 『つくもがみ貸します』 第四幕「焦香」
 『つくもがみ貸します』 第五幕「深川鼠」
 『つくもがみ貸します』 第六幕「碧瑠璃」
 『つくもがみ貸します』 第七幕「裏葉柳」

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2018.09.12

芦辺拓『帝都探偵大戦』(その三) 探偵たちの本質と存在の意味を描いた集大成


 芦辺拓による夢の探偵クロスオーバーの紹介の第三回、最終回であります。探偵小説ファンであれば垂涎の内容である一方で、個人的には不満点もあった本作、しかし本作にはそれを上回る魅力が……

 と、前回は私にはしては珍しく色々と厳しいことを申し上げましたが、しかしそれでもなお、本作が魅力的な、そして何よりも時代性というものを濃厚に漂わせた作品であることは間違いありません。
 いわゆるクロスオーバーものとしての楽しさに留まるものではない本作の魅力、本作の真に優れたる点――それは、こうした数々の探偵たちの活躍を通じて、その時代ごとの探偵の概念、その存在する意味を問い直している点にこそあると、私は感じます。

 科学捜査の概念も、それどころか近代的な法も警察制度もなかった時代に、目に見えぬ真実を解き明かすことによって悪事を暴き、正義を行う存在として登場する「黎明篇」。
 個人の犯罪は表向き存在しないこととなり、探偵が国事に関わることによってのみ認められる時代に、その国家による巨大な犯罪とも言うべき行為に最後の反抗を見せる黄昏の存在として描かれる「戦前篇」。
 輝かしい民主主義と自由の象徴、そして戦後の新たな時代の象徴であると同時に、その時代の光に取り残され、闇の中に苦しむ人々を救う存在として、復活した勇姿を見せる「戦後篇」。

 同じ「探偵」と呼ばれる存在であり、推理によって謎を解き、悪と戦う姿は同じであっても、その立ち位置――社会との関わりは、このように大きく異なります。
 先に同じような構成が続くと文句を言った舌の根も乾かぬうちに恐縮ですが、実にこの構成の繰り返しは、この差異をこそ描くためのものではなかったか、というのは言い過ぎかもしれませんが……

 そして、こうした探偵の姿は、時代時代における「理性」の――より巨大な存在に対する人間個人を支えるものとしての――存在を象徴するものであると感じられます。

 現代的な合理精神が生まれる前の萌芽の姿、全てが巨大な時代の狂気の前に押し潰されていく中で懸命に抗う姿、そして輝かしい新たな時代の中で再生し、時代を切り開く姿……
 探偵は推理によって謎を、すなわち一種の理不尽を解決する存在であると同時に、歴史の中の理不尽に挑む人間の理性の象徴、さらに言えば証明であると、本作は高らかに歌い上げていると――そう感じます。

 そしてその中で、そんな探偵を、理性を押し潰していく時代と社会のあり方に、強く批判的な眼差しを向ける骨っぽい「社会派」(という表現は怒られるかもしれませんが)ぶりが浮き彫りとなっているのも、好ましいところであります。


 作者の愛する探偵たちをこれでもかと集め、そして作者一流の技でもって探偵たちを生き生きと動かし、そしてそれを通じて探偵たちの本質を、存在の意味を描く。
 もちろん賑やかで豪華なお祭り騒ぎであることは間違いありませんが、しかし決してそれだけでは終わるものではなく、本作は極めて作者らしい、意欲的で挑戦的な作品なのであります。
(というより、探偵の本質を描くためのサンプルとしても、これだけの探偵の数が必要だったのではないか――とも感じます)

 先に述べたように個人的に不満な点はあるものの、それらも含めて、現時点の――作家生活30年も間近となった――作者の集大成と言うべき作品であることは間違いありません。


『帝都探偵大戦』(芦辺拓 創元クライム・クラブ) Amazon
帝都探偵大戦 (創元クライム・クラブ)

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2018.09.11

芦辺拓『帝都探偵大戦』(その二) 野暮を承知で気になる点が……


 登場探偵数50人の夢のクロスオーバーの紹介の第二回であります。作者ならではの魅力に溢れた物語ではありますが、しかし……

 しかし、いささか厳しいことを申し上げれば、賞賛すべき点だけではないのもまた、事実ではあります。

 例えば、物語の構成。次々と登場する探偵たちがそれぞれ謎と怪事件に遭遇し、その次の探偵が、そのまた次の探偵が――と連鎖を続け、終盤になってそれが一つの巨大な事件の姿を現し、探偵たちが悪と対決して真相を明らかにする……
 その構成が三つの物語でほとんど全く変わらないのは――もちろんその内容は様々であり、そして複数回繰り返されるのを除けば、この展開自体が探偵ものの定番ということを差し引いても――続けて読んだとき特に、厳しいものがあると言わざるを得ません。
(しかしこの構造こそが――というのは後ほどお話いたします)

 そしてこれはクロスオーバーものの宿命ではありますが、登場する探偵のチョイスにも、いささか首を傾げるところがあります。

 まず気になるのは横溝作品の少なさ。金田一耕助はこれまで幾度も活躍してきたから良いとしても、その分ほかの横溝探偵が登場してもよいのではないかと思います。例えば何故か五大捕物帖で唯一登場しなかった人形佐七、もう一人の横溝探偵たる由利先生と三津木俊助……
 特に後者は、「戦後篇」で大きな位置を占める少年探偵役として御子柴進もいるだけに、登場しなかったのが残念でなりません(山村正夫のリライトネタも入れられるのに……)。

 そしてまた、本作で「戦争」が大きな意味を持つのであれば、坂口安吾は欠かせなかったのでは、と個人的には思います。結城新十郎は時代設定が合わないとしても、巨勢博士などキャラクター的にも、他の探偵と絡めれば実に面白かったのでは、と感じます。
 もちろんこの辺りは許可の関係など色々と事情があることは容易に想像ができるところであり、素人が軽々に口を出せるものではないところではありますが……


 が、野暮を承知で個人的に最もひっかかったのは(そして言わないわけにはいかないのは)黎明篇の顔ぶれです。
 ここに登場した探偵たちの大半は江戸時代後期から幕末にかけて活躍した捕物帖ヒーローなのですが、その中でむっつり右門のみは江戸時代前期で、これはどうしても重ならない。銭形平次のような例があるので一概には言えませんが、やはり矛盾ではあります。

 これが五大捕物帖の主人公を揃えるため、というのであれば納得ですが、上述の通り人形佐七がいないわけで、これはやはり大いに首を傾げてしまうところであります。
(これはあとがきにある「キャラクターと時代との関係をシャーロッキアン的に厳密には詰めないということ」とは、その例示を見れば別の次元の問題とわかります)

 正直なところ、これが他の作家であれば、ああお祭り騒ぎだから――とスルーしてしまうのですが、ここでネチネチと絡むのは、作者であれば何か理由があるに違いない! とこちらが期待していたゆえ。
 何しろ異次元でもスチームパンクでもロストワールドでも、きっちりと整合性をつけてくれたのだからきっと――と勝手に思いこまれたのは、これは作者にとっては災難かもしれませんが……

 しかし本来であれば異なる世界に属する者たちが集うクロスオーバーものにおいては、その世界観と設定、すなわち元の作品の「現実」との整合性が大きな意味を持つ――その意味でクロスオーバーものは時代伝奇的である、というのはここではおいておくとして――のは間違いない話。
 何よりも一連の金田一VS明智ものでそれを体現してきた作者であれば、そこは実現して欲しかった、というのは強く感じます。

 もっともこの辺りは、文字通り「黎明」の語が示すとおり、いまだ「推理」も「探偵」も明確に存在しない、現代の探偵たちの時代と対比しての近代以前のプレ探偵時代として、一括りにしているのだということはよくわかります。
(江戸時代前期が舞台だからミステリとしての構造が甘く、幕末だからしっかりしている、というわけではもちろんないわけであります)

 また、発表年代と作中年代が極めて近い、いわばリアルタイムの作品であった戦前篇と戦後篇の原典とは異なり、黎明篇の作品は、明確に過去を振り返る物語であり、その点では等しい世界に存在しているとも言えるのですが……


 と、言いたい放題のところで恐縮ですが、次回に続きます。


『帝都探偵大戦』(芦辺拓 創元クライム・クラブ) Amazon
帝都探偵大戦 (創元クライム・クラブ)

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2018.09.10

芦辺拓『帝都探偵大戦』(その一) 夢の探偵オールスター戦!


 これまで無数に生み出されてきた「探偵」――そんな探偵たちの競演を夢見ないファンはいないでしょう。そして本作はその夢の正しく具現化した作品――江戸時代を、戦前を、戦後を舞台に推理を巡らせ、事件を解決してきた探偵たち実に50人が集結する一大クロスオーバーであります。

 ……いやいやいや、確かにそれは探偵小説ファンの夢ですが、幾ら何でも無理ではないか、と思う方もいることでしょう。しかしここで作者の名前を見れば納得していただけるのではないでしょうか。
 芦辺拓――これまで数々の本格推理小説を、それもそれ自体が不可能ではないかという設定や状況の下で成立してきた、そして何よりも、『金田一耕助VS明智小五郎』シリーズを代表に、数々の名探偵競演ものを発表してきた作家の名を見れば。

 そして本作は冒頭に述べたとおり、「黎明篇」(江戸時代篇)「戦前篇」「戦後篇」と、三つの時代それぞれで活躍した探偵たちが、相次ぐ謎の事件に挑み、協力して解決するという趣向のいわば連作集という豪華三本立て。

 二度刺された死体に消えた化け猫娘、謎の軽業盗人におかしな時の鐘、悪党たちが集まる怪屋敷、土砂が詰め込まれた棺桶――不可解な、時には事件なのかすらわからぬ謎に対して、三河町の半七、銭形平次、顎十郎、若さま侍、むっつり右門ら江戸時代に於ける隠れたるシャアロック・ホームズたちが挑むプロローグ的な位置づけの「黎明篇」。

 内蒙古の古都から帝大の探検隊が持ち帰ったという謎の秘宝――輝くトラペゾヘドロンをナチスが要求してきたことに始まり、帝都のど真ん中でカーチェイスを繰り広げた車が消失、麻布のホテルでは密室で口にミカンの皮を詰め込んだ男の死体が発見されるなど続発する奇怪な事件。
 さらには帝室博物館の金庫からトラペゾヘドロンが消失し、政府の要人たちが皆何者かとすり替わっているという恐るべき事件が発覚、さらに――と、第二次大戦直前、帝都を揺るがす奇怪な陰謀に、法水麟太郎と帆村荘六を中心とした探偵たちが挑む「戦前篇」。

 そして、法医学徒時代の神津恭介が遭遇した無惨に体中の前後を入れ替えられた「あべこべ死体」、明智不在の中で八剣産業の後継者のあかしである錠前を守らんと奔走する小林少年を襲う奇禍と、戦後の東京でも怪事件が続発。
 さらに衆人環視で絞殺された男、新聞社で少女探偵を襲う謎の怪人、そして大阪・広島・佐賀で発生した同じ凶器による密室殺人――東京のみならず日本各地で起きる数々の事件の謎を、警視庁捜査一課の名警部集団、各地から集結する探偵たち、そして新時代の少年少女探偵が解き明かす「戦後篇」。

 ……いやはや、探偵と探偵を競演させるだけでも大仕事なところを、三つの時代で総勢50人の探偵、さらにワトスン役も含めれば(そして名前だけ登場するキャラや敵役も含めれば)さらにその人数は膨れ上がるという、とんでもないスケールの本作。
 もちろん古今東西の名探偵を集合させるという試みは本作が初めてというわけではありませんが、しかしこれだけの人数は空前絶後と言うほかありません。

 しかもそれぞれの探偵に相応しい謎を用意し、そしてそれを全体で一つの本格ミステリとしてきっちりと成立させる――そんな考えただけで気が遠くなるようなことを実現してみせる手腕の、そして何よりも情熱の持ち主は、作者をおいて他にはいないでしょう。

 そして探偵小説においては、謎解きだけでなく、探偵自身の個性もまた大きな魅力であることを考えれば、その描写も欠かすわけにもいかないわけですが――しかしその点もぬかりはありません。
 ああ、「この探偵であれば絶対こんなこと言う!」と膝を打ちたくなるような言動の数々にはニヤニヤさせられっぱなしになること請け合いであります。
(それぞれの探偵の活躍場面では文体までも原典に合わせて変えてみせるのですから頭が下がります)

 特に「戦前篇」冒頭、お馴染みの熊城・支倉コンビから、輝くトラペゾヘドロンの存在を聞かされた時の法水麟太郎の台詞は最高で、是非この場面だけでもご覧いただきたい名場面であります。


 しかし――と、非常に長くなりますので次回に続きます。


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帝都探偵大戦 (創元クライム・クラブ)

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2018.09.07

田中芳樹『新・水滸後伝』下巻 巧みなアレンジを加えた傑作リライト


 あの田中芳樹が水滸伝の世界に――それもその続編である『水滸後伝』に挑むということで、水滸伝ファンの心を大いに騒がせた『新・水滸後伝』の下巻であります。金の侵攻を前に大宋国が揺れる中、各地で立ち上がった梁山泊の豪傑たち。その運命はついに一つに集うことに……

 阮小七が役人と争って以来、各地で再び厄介事に巻き込まれていく梁山泊の生き残りたち。折しも北方から金国が侵攻を開始する中、豪傑たちは貪官汚吏や悪人たち、金軍などと戦いながら、やがて登雲山、飲馬川、そして金鼇島の三ヶ所集っていくことになります。

 そんな中、飲馬川から偵察に出た戴宗と楊林が出会ったのは、一人隠棲していた燕青。相変わらず才知に富んだ燕青を中心に様々な冒険を繰り広げた彼らは、やがて金軍に敗れた王進や関勝らとともに飲馬川に戻ったものの、うち続く金軍の侵攻を前に、ついに登雲山組との合流を決意することになります。
 一波乱も二波乱もあった末に登雲山に着いた一行ですが、しかしそこにも迫る金軍の魔手。そこで李俊たちが南方に雄飛したことを知った一同は、彼らに合流すべく、金の軍船を奪取して海に出るのでした。

 一方その李俊の方は南方の金鼇島で平和に暮らしていた――と思えば、国王が魔人・薩頭陀と手を組んだ宰相・共濤に毒殺されたことににょり、暹羅国は大波乱。国王の敵討ちに攻め込んだものの、逆に薩頭陀と配下の革三兄弟に金鼇島を攻められ、絶体絶命の窮地に陥ることに……


 と、下巻は上巻にも増して、合戦また合戦の連続。合戦になると豪傑たちの個性が弱まるのは、これは原典というか原典の原典以来の欠点ですが、しかしそんな中でも、いかにも水滸伝らしい知恵と度胸で大逆転、という展開が数々散りばめられているのが嬉しいところであります。
 そして戦いの最中、あるいはその合間に見せる豪傑たちの素顔もいかにも「らしく」、この物語の発端であり、どうやら作者のお気に入りらしい阮小七のある種無邪気な無頼漢ぶりや、呼延ギョクと徐晟の義兄弟コンビの初々しい若武者ぶりなど、なかなか魅力的であります。

 そんな中でも特に印象に残るのは、この下巻ではほとんど出ずっぱりを見せる燕青でしょう。知略に武術に、相変わらずのオールマイティーぶりですが、囚われの皇帝に蜜柑と青梅を献じる忠心溢れる名場面から、李師師に迫られて大弱りの迷場面まで、下巻の主役と言ってもよいほどの大活躍であります。


 さて、こうした物語展開やキャラクター描写は(特に前者は)基本的に原典のそれをかなり忠実に踏襲しているのですが――しかしもちろん、随所に作者の手が入り、より整合性の取れた、より盛り上がる、そしてより現代日本の読者の感性に合った物語となっているのが注目すべきところでしょう。

 たとえばそれは、原典で日本の関白(!)が暹羅に来襲するくだりがオミットされていたり(ただし象に乗っていたり「黒鬼」なる水中部隊を擁しているのは他のキャラで再現)、金軍との対決が幾度か増量されていたり、現代人の目で見るとどうかなあという印象のラストの結婚ラッシュがなくなったり――下巻では上巻以上にアレンジが加えられている印象があります。
 しかしここで特筆すべきは――いささかネタばらしになることをお許し下さい――終盤で一度宋に戻り、杭州を訪れた燕青たちの前に現れる「彼」の存在であります。

 この「彼」との出会い自体は原典でも描かれるものの、あちらではかなりしみじみとした場面だったものが、本作においてはそれを作中屈指の一大バトルに改変。
 李俊たちの宿敵としてしぶとく生き残っていたあの男(この展開も本作オリジナルなのですが)を、「彼」が仲間たちを制して単身迎え撃つのですから、これを最高と言わずして何を最高と言いましょうか!
(実は読む前に「折角アレンジするのであれば、こんな場面があればいいのに……」と思っていたものが、ほとんどそのまま出てきたので仰天しました)


 ……と、思わずテンションが上がってしまいましたが、ただでさえ水滸伝ファンであればニヤニヤが止まらない原典を、この場面のように、さらに嬉しい形にリライトしてくれたのですから、水滸伝ファンにはまず必読と言い切ってかまわないでしょう。
 そしてもちろん、本作から逆に遡る形で水滸伝に触れる方がいれば――それはもちろん素晴らしいことであります。

 初心者から大の水滸伝ファンまで、少しでも多くの方が、この水滸後伝の、水滸伝の世界を楽しんでいただければと願う次第です。


『新・水滸後伝』下巻(田中芳樹 講談社) Amazon
新・水滸後伝 下巻


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2018.09.04

あさのあつこ『にゃん! 鈴江藩江戸屋敷見聞帳』 名手の意外な顔を見せる暴走コメディ


 さる藩の江戸屋敷の奥向きを舞台に、奉公に上がった町娘と、実は正体は猫の奥方をはじめとする人々(?)が繰り広げるスラップスティックコメディ時代劇――招き猫文庫『てのひら猫語り』に冒頭が収録され、「WEB招き猫文庫」で約2年半連載された、最後の招き猫文庫ともいうべき作品です。

 幼い頃から常人にはない感覚があったことから周囲に奇異な目で見られ、嫁入りが遅れた呉服屋の娘・お糸。行儀見習いとほとぼりを冷ますために彼女が奉公することになったのは三万石の小藩・鈴江藩の上屋敷――そこで藩主の正室・珠子に仕えることとなったお糸は、すぐにとんでもない秘密を知ることになります。
 実は珠子の正体は猫――猫族なんだけどちょいと不思議な一族の姫である彼女は、藩主・伊集山城守長義に一目惚れした末に、人間に化けたりアレコレしたりして、見事正室に収まり、今は一女を授かっているというのです。

 そんな珠子に一目で気に入られ、腹心の上臈にして虎女の三嶋とともに、珠子近くに仕えることとなったお糸。
 自由な気風の珠子たちに触れ、珠子の娘・美由布姫の可愛らしさに癒やされ、珠子の父で一族の長・権太郎に振り回され――楽しい時間を過ごすお糸ですが、しかし鈴江藩には大変な危機が迫っていました。

 かねてより藩主の座を狙っていた長義の叔父・利栄が暗躍を始め、珠子を正室の座から引きずり下ろそうとしていた――のはまだいいとして、利栄の背後には、鈴江藩征服とちょいと不思議一族滅亡を目論む妖狐族が潜んでいたのであります。
 国元から利栄とともに江戸にやって来た妖狐族に対し、珠子の、そしてお糸の運命は……


 児童文学からスタートしつつも、時代小説においても既にかなりのキャリアを持つ作者。その作品は、基本的に市井に生きる人々を中心にした、かなりシビアでシリアスな内容のもの――というイメージは、本作において完全に吹き飛ぶことになります。
 何しろ本作の登場人物は皆テンションが高い――そしてよく喋る。その内容もほとんどがギャグかネタで、とにかく一旦会話が始まると、それで物語が埋め尽くされてしまうのであります。

 特に権太郎は、齢六千歳という重みはどこへやら、あやしげな洋風のコスチュームで登場しては、片言の英語やフランス語を交えてあることないこと喋りまくる怪人。このキャラが出てくると物語の進行がピタリと止まるのを、何と評すべきでしょうか。
 その権太郎に対する三嶋の容赦ないツッコミや、珠子と長義のバカップルぶりも負けずにインパクト十分なところですが、唯一の常識人というべきお糸も、テンションが上がると子供の頃に覚えた香具師口調でポンポン啖呵を切るという……

 いやはや、生真面目な時代小説ファンあるいは作者のファンであればきっと怒り出すであろう内容なのですが――しかし とにかく、片手間やページ塞ぎでやっているとは思えぬほどの台詞量を見れば、これはやっぱり作者が楽しんで書いているのだろうなあ、と感じさせられます。
(個人的には、天丼で繰り返されるお糸のやけに良い発音ネタがツボでした)

 そしてまた、こうした台詞の煙幕の陰に、何かと不自由な時代、女性が何かと苦労を強いられた時代において、それでも自分らしさを、自分自身が本当にやりたいことを見つけたいというお糸の痛切な想いが透けて見えるのは、これは正しく作者ならではと感じます。

 その想いは、あるいはあまりに現代人的に見えるかもしれませんが、しかし何時の時代においても若者が――何ものにも染まらない自由な心を持つ若者が望むものは変わらないというべきなのでしょう。
 野望だ陰謀だと言いつつ、実は単に時代と世間に雁字搦めになっているだけでしかない連中に対して、この時代から見れば常識はずれのちょいと不思議一族とともに挑む中で、そんなお糸の想いはより輝きを増して見えるのです。

 ……などと格好良いことを言いつつも、やはり台詞とギャグに押されて物語があまり進行しない――作品の分量の割りに物語の山谷が少なく感じられてしまうのは非常に残念なところではあります。だからといって本作の最大の特徴を削ってしまうわけにもいかず――なかなか難しいものではあります。


 ちなみに本書はソフトカバーの単行本で刊行されましたが、冒頭に述べたとおり、元々は招き猫文庫レーベルの一つとして発表された作品。同レーベルがだいぶ以前に休した今、これがまず間違いなく最後の招き猫文庫作品と思うと、レーベルの大ファンだった身としては、別の感慨も湧くのであります。

『にゃん! 鈴江藩江戸屋敷見聞帳』(あさのあつこ 白泉社) Amazon
にゃん! 鈴江藩江戸屋敷見聞帳


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2018.09.01

『盡忠報国 岳飛伝・大水滸読本』 17年間、全51巻の締めくくりに


 先日文庫版も完結した北方謙三の大水滸伝第三部『岳飛伝』。その『岳飛伝』と大水滸伝全体の読本であります。対談やインタビュー、エッセイ等に加え、思いもよらぬ企画まで、読み応え十分の一冊です。

 全17巻で完結した『岳飛伝』に加え、『水滸伝』全19巻、『楊令伝』全15巻と、実に計51巻、17年間に渡って描かれてきた大水滸伝。私も水滸伝ファンの端くれとして、この極めて意欲的で刺激的な「水滸伝」を楽しませていただきました。
 そのある意味締めくくりの一冊として刊行された本書も、ある意味ボーナス的な気分で手に取ったのですが――これが想像以上にユニークで楽しい一冊でした。

 これまで刊行された『替天行道』『吹毛剣』の二冊の読本同様、様々な企画記事を集めて構成された本書。対談4本、インタビュー2本、作者や評論家、担当編集者によるエッセイ、名台詞や用語辞典、さらにはダイジェスト漫画まで――約470ページぎっしりと詰まった内容はなかなか圧巻であります。
 本書に収録された記事は基本的には雑誌やwebサイトに掲載されたものが大半なのですが(作者と原泰久の対談、岳飛伝年表、編集者のエッセイの一部、漫画「圧縮岳飛伝」等が主な書き下ろしでしょうか)、単行本派としてはほとんど初見の内容なのでこれはこれでありがたいところです。

 名台詞と用語辞典は連載途中のものであるため(というより前者は『楊令伝』までの内容)『岳飛伝』を網羅していないのが不満ですが、それ以外の対談やエッセイは連載終了後のものが多く、完結後の今読んでも違和感がないのが嬉しいところであります。
 特に川合章子「『岳飛伝』――その虚と実」は、タイトルのとおり『岳飛伝』の内容と対比しつつ、史実の北宋末期から南宋初期の時代や岳飛の生涯を解説した記事で、必読とも言うべき内容と言えます。

 また語り下ろしの原泰久との対談の中では
(あまり潜在能力を発揮すると寿命が縮むと言われて)「それで縮んだ寿命は、それをもってよしとする覚悟をすれば、縮まない」
(原泰久が無理をして体調を崩したという話に)「それはまだ、技術的に潜在能力を常に出すというところを発揮していないんだよ」
と作中の人物のようなことを語る作者の言葉がたまらないところであります。


 さて――本書の内容について軽く紹介しましたが、しかし個人的に本書において必読の内容はその他にあります。それは「やつら」と題されたwebサイト掲載の内容+αの企画――作者たる北方謙三が、作中で命を落とした登場人物たちと邂逅し、対話する企画であります!
 その相手も、林冲・魯達・楽和・丁得孫・凌振・朱貴・石勇・時遷・扈三娘・王英・鄒潤・張横・李袞・童威・皇甫端・宋清・湯隆・陶宗旺――作中で大活躍した作品を語る上で欠かすことのできない大物から、梁山泊入りしてすぐに亡くなった者、大した活躍はできなかった者まで、多士済済であります。

 そんな面々が、(死後の?)世界に紛れ込んだ作者に対して、あるいは語り合い、あるいは問いかけ、あるいは愚痴をいい――思わぬ裏設定が語られたりするのも嬉しいのですが、何はともあれ、今この時代に作者が作中人物と対談する企画が堂々と描かれるとは、と驚かされます。
 ……そしてそれがきっちりと北方作品として、大水滸外伝として成立しているのには感心するばかりであります

 また、巻末の超ダイジェスト漫画『圧縮大水滸伝』は、作者の、そして作品のイメージとはだいぶ異なる、「今時の」ファン漫画的な内容なのにも驚かされますが、こうした読者層までファンが広がったことが大水滸伝の強さであり、受容の証なのだなあ――と今更ながらに感じたところです。


 何はともあれ、本書は『岳飛伝』全17巻、いや大水滸伝全51巻の締めくくりとして、ファンであれば楽しめる一冊であることは間違いありません。
 さて、『チンギス紀』読本は出るのか……(気が早い)


『盡忠報国 岳飛伝・大水滸読本』(北方謙三 集英社文庫) Amazon
盡忠報国 岳飛伝・大水滸読本 (集英社文庫)


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 北方謙三『岳飛伝 十六 戎旌の章』 昔の生き様を背負う者、次代を担う者――そして決戦は続く
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2018.08.29

武内涼『東遊記』(その二) 確かにあった世界で描く人間たちの冒険と希望


 武内涼が中国は唐を舞台に描く一大伝奇絵巻の紹介の後編であります。本作とよく似通った構図の作品とは、そしてその一方で本作ならではの魅力とは……

 その作品の名は、『指輪物語』。これは本作の帯にもその名が挙げられており、自覚的なものではないかだと思いますが、本作の物語構造は、あのトールキンの名作、ファンタジーの中のファンタジーと言うべき『指輪物語』と重なる部分を多く持ちます。

 かつて滅ぼされ、今復活を目論む魔王を滅するため、その象徴的アイテムを火山に投じるという旅の目的。旅には幾人もの英雄・達人が参加するものの、その中心となるのが無力な人物であること。一行の旅を阻むのが、魔王の眷属(すなわち魔物)だけでなく、エゴに囚われた人間たちでもあること……
 『指輪物語』自身、神話的物語に共通的に見られる要素を多々取り込んでいるだけに、ある程度似通ってくるのはむしろ当然ではあるのですが、やはり類似性は相当に高い、という印象はあります。

 しかし本作の驚くべき点は、この構図を、完全に時代伝奇ものの枠の中に落とし込んでいる――言い換えれば、史実によって規定された世界の中に、現実を踏まえた物語として成立させていることです。
 そしてそれこそが、本作をして作者独自の――それも実に作者らしい作品として成立させている所以なのであります。


 本作の舞台となるのは9世紀初頭、唐の皇帝でいえば憲宗が即位したばかりの時代。隆盛を誇った大唐国に大きな爪痕を残した安史の乱から半世紀近くが過ぎた頃です。
 その安史の乱の影響は未だ大きく残り続け、地方では節度使たちが力をつけることにより、唐の支配に服さぬ独立国に近い姿を見せつつあった時代であります。

 そしてそんな背景は、物語にも大きな影を落とすことになります。中央の政治の乱れは地方にはより大きく広がり、そんな中で海燕の祖父は、貧しき人のために心を配りながらも、そのために没落したことが語られます。
 また呂将軍は、武人としてそんな平民たちを守りたいと望みながらも、皇帝一人を守ることのみを命じられ、心中複雑なものを抱えてきた人物として描かれるのであります。

 そんな時代の在り方は、作中において西川節度使の劉闢の反乱という形で最も大きく噴出することになります。そしてそれが海燕一行の旅の中でも最大の障害の一つとして描かれるのを、なんと評すべきでしょうか。
 妖魔の脅威をこの世界から除くべく、いわば人間の代表として旅する海燕たち。その事情を知らぬとはいえ、そして作中では妖魔に唆された設定とはいえ、同じ人間が自分たちを救うために旅する者を苦しめるとは……

 本作において描かれるのは、どこか架空の世界の架空の物語ではありません。本作はかつて確かにあった世界で、確かにあったことを背景に描く物語。そして主人公たちを阻むのは、この世に非ざる奇怪な妖魔であると同時に、同じ人間なのであります。
 それはなんと悲しく、恐ろしいことでしょうか。そこにあるのは現実に存在する人間の心の中の負の側面――恐ろしい憎悪や欲望、嫉妬や絶望の念なのですから。

 そしてそれは決して敵の側だけのものではありません。あまりに強大な敵、遠大な旅を前に、時として挫けそうになる海燕。蚩尤の眼が持つ魔力の前に、一族を追い落とした藤原氏に対する憎悪の念を甦らせる逸勢――負の念は彼女たちの中にもあるのです。


 それでは、この世界には希望はないのでしょうか。海燕たちには主人公の資格はないのでしょうか。

 いいえ、決してそうではありません。どれだけ魔の力が強くても、そしてどれだけ人間が弱く儚くても――決して人間は無力なだけの存在ではない。そして私利私欲のために他人を踏みつけにする者がいる一方で、より人間らしい生き方のために、己の弱さに打ち克とうとする者がいる――そのことを、本作は海燕たちの冒険を通じて高らかに謳い上げるのです。

 そしてそれは、作者がこれまで描いてきた物語――強大な権力や残酷な運命に決して屈することなく、人間の善き心を信じて戦い続けた人間たちの物語に通じるものであることは、言うまでもありません。
 冒険ファンタジーの一類型を用いつつも、その中でどこまでも現実の世界を、そしてより善き人間の理想を描く物語が、本作なのであります。

 実は本作の時点で物語はまだ完結していないのですが――海燕の冒険の旅の終わりが、人間の善き心の勝利が描かれる日を、心から楽しみに待っている次第です。


『東遊記』(武内涼 KADOKAWA) Amazon
東遊記

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